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15cmの飛行時間

 ( SS投稿城 )
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林檎飴 @ringoame38 ★XUYYI3jcMJ_nXr

 月が明るいせいか、闇夜がやけに暗く見えた。
 月明かりを背にして窓辺に立つ彼が、寂しそうに笑う。

「ずいぶん変わったんだね」

 その言葉を、何よりも恐れていたはずなのに。


   *** *


 昔、彼に会ったことがある。
 そう言うと、大抵の人は苦笑する。あからさまに莫迦にする人もいれば、可哀想な目で見る人もいる。
 最初の頃は、「本当だもん」と意地を張っていたが、最近は、彼のことすら忘れていた。
 自分が空を飛べるということも、飛んだことがあるということも、全部ぜんぶ。

「君は、僕のことを覚えてる?」
「……覚えてる、よ。ううん、思い出した」
「忘れてたんだ?」
「ごめんね、でも、だって、何年前の話よ?」

 夜風に当たろうと開けておいた、ベッドの上の窓から入り込んできた客人は、彼だった。忘れていた彼のことを、一目見た瞬間から思い出した。
 どうして忘れていたんだろう。きっと、長い長い年月のせいだ。そう思わないとやっていられない。
 それに、私はつい最近高校受験を終えたばかり。彼のことを考えている暇なんてなかったのだ。
 ……あぁ、自分でも情けないくらいの言い訳だ。莫迦みたい。多分こんなの、彼には通じてない。

「こっちでは、何年前の話なの?」

 ああ。
 貴方は、あの頃と全然変わってないね。

「一応、七年前」
「そっか。すぐ迎えに来たつもりだったんだけど、時間が経ってしまったんだね」
「……あっちでは、どのくらい時間が経った?」
「わからない」

 彼らが遊んでいる間に私は七年を得た。それは良いことなのか、悪いことなのか。
 あぁ、それでも、七年前のような気持ちで彼を見ることはできない。それはとても、とても悲しいことだ。
 あの日私は確かに飛んだ。空を飛ぶ魚や、きらきらしたお姫様や、海の中の人魚や、いろんなことを想像して。
 今の私の足には、重い鉛が付けられていて、ちょっとやそっとの想像では飛ぶことなんてできない。……ううん、多分、もう飛べない。

「……ごめんね。約束、守れなくて。ずっと忘れない、変わらない、また遊びに行くって、言ったのに」

 遠い日の記憶。

『絶対、また会えるよ。その日まであたし、忘れないもん。ずっと今のままで居る。また遊ぼう!』

 あの言葉は、全然軽くなんてなかったはずなのに。

「気にすることはない。僕を忘れてしまって、君が変わってしまって、それでも、まだ君は飛べる」
「……飛べない。飛べないよ」
「飛べるさ」

 彼が懐から取り出したのは、見覚えのあるきらきらした粉。それを私の頭に降りかけてくれた。
 私は目を閉じて、想いをはせる。

「――駄目。やっぱり、駄目だ。飛べないよ、私」

 空飛ぶ魚はいない。お姫様も居ない。人魚にはもう会えない。
 想像だけで膨らんでいったあの世界は、いつの間にか、ただの思い出となった。それは完全に固まってしまっていて、油なんかじゃ解れそうにない。

「飛べるさ。楽しいことを、思い浮かべるんだ」
「無理。どれだけ想っても、無理なの。飛べない、飛べないんだよ、もう」

 いつからだろう。算数のことを数学と呼ぶようになった。図工のことを美術と呼ぶようになった。自分のことを「私」と呼ぶようになった。ママのことを「お母さん」と呼ぶようになった。人の悪口を言うようになった。思ってもいない褒め言葉を言うようになった。
 自分の中のきらきらしたものが、気づいたら色あせていた。
 かくれんぼも鬼ごっこも、何もどきどきなんてしない。
 あたしはいつから私になった?

「思い出して。あの場所で過ごしたことを」

 彼の言葉に誘われて、記憶は勝手にさかのぼる。
 ある日突然、枕元に彼が降り立った。粉と少しの想像力を使って空を飛んだ。妖精に会った。人魚に会った。インディアンに会った。海賊に会った。
 あの場所で私は、どこまでも子どもだった。世界は、とんでもなく広かった。

「君は、飛び方を忘れているだけだ。まだ、飛べるさ」

 もう一度、彼が手を私の上にかざした。きらきら、きらきら、粉が私に降ってくる。
 目を閉じて、思い描いたのは。
 目の前にいる、彼とあの場所で過ごした、眩しい日々。
 瞼の裏に映るのは、太陽みたいなあの笑顔。彼の隣は、どうしてこんなに居心地がいいんだろうと、不思議に思ったのを思い出した。

「目を開けてごらん。君は今、飛んでいる」

 恐る恐る目を開ければ、私の足は少しだけ、地面から離れていた。あまりの高度に思わず笑うと、私の足はすぐに地面に吸い付いてしまう。
 そのことがまた面白くて、私が笑い続けていると、彼と目が合った。

「君の笑顔は変わらないね。相変わらず、とても可愛い」

 甘ったるいその言葉は、今の私を赤に染め上げた。多分今、私の顔は真っ赤だろう。
 あの頃はどうして、こんな言葉たちをスルーしていられたんんだろう。恥ずかしい、のに、嬉しいなんて。

「……貴方だって」
「うん?」
「あ、貴方だって、た、太陽みたい、な……!」

 しどろもどろになりながらそう言うと、彼は一瞬きょとんとしてから、けたけたと笑った。心底楽しそうな笑いに、怒る気もせず、私も曖昧に笑う。

「ありがとう。本当は、君をお嫁さんにしようと思ったんだけど」
「え!?」

 蘇る記憶の中に、もうひとつ。忘れていた、大切な約束。

『あたし、貴方のお嫁さんになってあげるわ!』

 ――およめさん。

「や、私、そんなこと言ってたの!? は、恥ずかしいな、もう」
「僕は本気にしてたけどね」

 さらっと言われた言葉に耳を疑う。
 まさか、本気で、今日ここに?

「……私、もう、十五歳になっちゃった。貴方よりも年上だよ」
「そうだね。僕よりも背が高いね」
「うん。背が、のびたの」
「そう。僕も、背が伸びるようになりたいな」
「貴方は駄目よ。永遠に子どもであるべきだわ。だって貴方は、」

 子ども達の、永遠の憧れ。
 幼い私の、一番のヒーロー。

「ねぇ」
「うん?」
「もう、ここには来ちゃ駄目だよ。あたしはもう、ここには居ない。ここには私が生きているの」

 月を背にした彼が寂しげに顔をゆがめたのが分かった。それを見ていられなくて、私は彼から目を逸らす。
 また来てね、なんて、素直に言える年ではなかった。次に彼が来るとき、私は何歳になっているのだろう。そう考えたら、簡単に、次の約束なんてできない。

「分かったよ。……じゃあ、これで最後だ。最後だから、僕のお願い、聞いてくれる?」
「私に出来ることなら」

 明るい月に照らされて、彼の影がくっきりと私のベッドに現れる。
 おとぎ話の中だけだと思っていた彼が、私の目の前に現れたとき、とても興奮した。嬉しかった。あの場所での日々は飛ぶように過ぎていき、こっちに帰ってきたときは何故か、私が飛び立ったすぐ後だった。
 ねぇ。
 私、本当に楽しかったんだよ?

「君の子どもに、僕のことを話してほしいんだ」
「……私の子ども?」
「うん。君がどこかの誰かと結婚して、子どもが生まれて、そしたら君は、その子どもに僕のことを話してくれ。僕は必ず、その子をあの場所に連れて行くよ」

 想像したのは。
 今の私が、名前も知らない誰かと歩いているところ。その人のために料理をつくるところ。その人の前でウェディングドレスを着るところ。子どもが生まれるところ。
 ――大丈夫。私はまだ、きらきら輝くものを、この胸の中に持っている。

「絶対、話す」
「うん。約束だ」

 お互いの小指を交差させて、誓った。
 今度はぜったい、忘れないから。

「……ばいばい。私の子どもに、よろしくね」
「忘れないで。僕のことを、忘れないでね」
「うん。忘れないよ」

 私の子ども。私の未来。
 きらきら輝いたその中に、貴方も居るんだから。忘れることなんて、出来ないよ。

「さようなら」

 私の言葉と同時に、彼は窓から飛び降りた。まさか落ちたんじゃないかと、慌てて私がベッドから立ち上がり窓の外を見ると、彼はもう上へ上へと飛んでいた。彼が飛んだ後ろに出来る、金色の粉の道。それが見えなくなるまで目で辿ってから、私は窓をゆっくりと閉めた。
 さようなら、私の夢の国。

   *** *

「今日は貴方にお話をしてあげるわ。ママが初めて好きになった人の話よ」
「ききたーい! はやくはやくぅ!」
「はいはい。昔々、あるところに、小さな女の子が住んでいました。ある日、その女の子の元にやってきたのは、」
「だれ? だれ?」
「ピーター・パン」

   *** *

「貴方、誰?」
「僕かい? 僕は、ネバーランドの住人さ」
「ネバーランド……って、まさか……?」
「そう。僕の名前は、ピーター・パン。君を迎えに来たよ」
「すてき! ――ねぇピーター、あたし、貴方のお嫁さんになってあげるわ!」

 それはきっと、過去と未来のお話。

                    fin.

5年前 No.0
ページ: 1


 
 

林檎飴 @ringoame38 ★XUYYI3jcMJ_nXr

 ピーターが大好きです。
 子どもの頃からずっと大好きで、今も大好きです。
 ティンカー・ベルも同じくらい大好きだけど。

 そんな気持ちから、日本版の彼を書いてみました。
 今回ピーターについてぴょこぴょこ調べてみたんですけど、いろいろな二次創作があって驚きました。
 ピーター×ウェンディのお題なんていうのもあって、非常にそそられました。笑

 私の頭の中でピーター・パンというと、緑色の彼が浮かんじゃうのですが、本当の彼はどんな服を着ているんだろうなー。
 そして人殺しという噂は本当なのかなんなのか。
 でも私の中では彼はずっと憧れのヒーローです。
 フック船長も好きですけどねぇ……ピーターにやられるフック船長が好きなんですよねぇ←

 最後になりましたが、素敵な企画を考えてくれたキルちゃんに拍手と愛を!
 ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!
 Special Thanks!! です!

 それでは、どこかにいる彼の姿を瞼の裏に思い浮かべながらお別れの挨拶とします。
 皆様良い夢をー!


 あとがき/林檎飴

5年前 No.1

林檎飴 @ringoame38 ★XUYYI3jcMJ_KMC

▼ばでほりさん
 しゅしゅしゅ趣味です。笑
 明るいピーターのお話も好きなんですけどね! ほんとですよ!
 でも今度殺人鬼のピーターの話も書いてみたいいです←
 拍手&コメント、ありがとうございました。


▼いつか子どもだった誰かさんへ
 拍手ありがとうございます。
 貴方にすてきな夢が訪れることを願っています。

5年前 No.2

林檎飴 @ringoame38 ★XUYYI3jcMJ_KMC

▼朝比さん
 遅くなってすみません!
 凄く嬉しいお言葉です^^*
 このお話が逆にピーターの夢を壊していないかとこっそり心配だったので。笑
 拍手&コメント、ありがとうございました!

5年前 No.3
ページ: 1

 
 
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