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Let’s write a novel!【完結】

 ( 小説投稿城2世(大人風味) )
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美桜@hoep ★WZG2dY76as_KMC

 未来は真っ白じゃないとつまらない。自分で彩る楽しみがなくなるだろう?


 自己満足から生まれる感動だってあるかもしれない。……と、非常に無謀な賭けに挑むのがお恥ずかしながら我が同好会だ。溢れ出す妄想を形にしようぜ! などというモットーにあるまじきモットーを掲げ、今日もくだくだと駄弁って……いや、創作活動をしている。そりゃもうドン引きする程のマイペースで。

 しかし、我が部が真面目でないわけではない、と俺は思う。というより思いたい。例え客観的に見たら真面目には見えなくても。要するに、……自己満足万歳!


 とまあ、今日も無駄に広い図書室でたった三人の部員は、あれこれ雑談しながら妄想を形にしています。

 君も覗いてみますか? そこに価値があるか問われたら返事に詰まるけど、暇潰しにくらいはなるはずです。

6年前 No.0
メモ2018/03/18 23:45 : 美桜 @hoep★EzWHmNBCCi_yoD

完結しました。


*目次


Page 1  始まりのおはなし >>1

Page 2  初夏のあれこれ  >>2-8

Page 3  意外な一面=かわいいの方式 >>9-14

Page 4  妄想癖のある幼馴染と、食卓にて  >>15-21

Page 5  正午の閑話 >>22-24

Page 6  緊急会議  >>25-31

Page 7  とあるケータイ小説家について >>32-37

Page 8  夏空に溶ける >>38-50

Page 8.5 Let's女子会! >>51-52 >>83 >>53-54

Page 9  明け方の閑話  >>55-60

Page 10 とあるケータイ小説家からの挑戦状 >>61-66

Page 11  とあるケータイ小説家への挑発  >>67-73

Page 12  とあるケータイ小説家の代理人  >>74-82

Page 12.5 約束novel!  >>84-92

Page 13  紡ぎ続ける理由 >>93-104

Page 14 あの日々が残したもの  >>105-108

Page 14.5 相葉由紀  >>109-112

Page 15 夏空の先へ >>113-115

Page 16 沈む日に   >>116-121

Page 17 終わりのおはなし >>122

切替: メイン記事(123) サブ記事 (14) ページ: 1 2


 
 
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美桜 @hoep ★ZZYHrR4woU_KMC

Page12 とあるケータイ小説家の代理人



  心の整理がつかずあたふたしているうちに駅近くの公園に連れて行かれ、促されるままにベンチに腰を下ろした。気遣いのつもりなのか彼女は缶コーヒーをくれたが、恩を売られているようであまり気は進まない。

 目のやり場に困ってブランコを漕いでいる子供達を見ていると、

「申し遅れましたが、私は高橋実由といいます。クラスは二年五組です」

 改まって自己紹介をされた。沈むような声音から多少の緊張は感じ取れたが、俺の何倍も落ち着いている。そりゃそうか。自分から声をかけてきたのだから。でも何故そうした? 自分から罠に嵌りにきたようなものじゃないか。いくら「演技だと知っている」と主張したからといっても。


「い、一年四組、古賀蒼依です」
「知ってますよ。聞いていましたから」

 流れで名乗り返したものの、考えてみれば無意味だ。会話は筒抜けなら、名前程度の情報は朝飯前。盗聴器の実体を見る前に仕掛けた本人を目の前にしているとは、なかなかに奇妙だ。


「盗聴なんて悪趣味な真似をしたのは謝ります。まさかそれを逆手に取られるとは思っていませんでしたが」

 高橋さんは自嘲気味に笑い、寸劇について語った。

 東棟四階の自習室で一人勉強していると、盗聴器を通して会話が聞こえてきた。唐突で前後との繋がりが見えない展開に引っ掛かり、しばらく様子を見ることにした。自習室の窓からは、頑張ればこちらの廊下が見える。

 部室の様子は聴覚を頼りに、盗聴器から離れられても視覚を頼りに情報を得る。聴覚が捉えた内部分裂は不安定要素が強いため、視覚を利用した。人より視力がいいらしい高橋さんはカラクリを見破った。廊下での俺達は、演劇を終えた後「お疲れー」と言い合う仲間達そのものだったという。

 騙せなかった、失敗したと痛いほど思い知らされた。だからこそ、尚更謎は大きくなる。演技を真に受けて姿を現したのでなく、その真逆。良心を痛めて自白は道理にかなっているが、罠だと知れば馬鹿にされたと怒り、意固地になってさらに姿をくらましそうなものだが。相葉由紀に対面したらどうしようとうだうだ悩んでいた自分が馬鹿らしくなるくらいに不思議だ。

5年前 No.74

美桜 @hoep ★msjwhzYodk_KMC

「お察しの通り、俺達の芝居は相葉由紀捜索の一貫です。どうして分かっていて自ら姿を現したんですか」
「お話ししたかったからです。演技してまで私を探すような人達、一人くらいには会ってもいいかと思いまして」

 まるで問いを先読みしていて、予め模範解答を考えていたような口ぶりだ。高橋さんはコーヒーを一口飲み、さらに補足する。

「佐藤さんは言わずもがな、坂本さんは押しに弱く吐いてしまいそうなので、口が固そうなあなたを選びました。偶然にも帰る方向が同じで良かったです」


 俺がこの計画に積極的でないことは、盗聴器越しに知られている。自分でも暴いて後悔しないか葛藤している様子、他人からすれば完全な反対派に見えるのかもしれない。

 この行動を同情からのものだと受け取ったのなら、俺の心情を「相葉由紀が佐藤の前に晒し出されるのは見るに堪えない。どうしても避けたい」と予想するのは自然なことだ。自分に同情している上に、探り出そうと意気込んでいる者の一番近くにいる。こうまでお膳立てされては、もはや彼女にとって俺は無害な人間どころではない。利用できる人間だ。


「あなたは俺に、同好会で自分を探すのをやめさせてほしいんですか」

 地雷の場所を教えられたら、人はそこを避けて歩く。佐藤にとっては宝の在り処でも、俺には地雷であろう自分の正体を、俺だけに明かしたら……。今後佐藤が正解に近付くようなことがあっても、遠ざけてくれるだろうと読んでいたのだろう。俺は、メモで活発化した佐藤の火をかき消す水にされようとしている。相手にとっては忠告文よりもずっと効率的な方法だ。

 相葉由紀捜索について悩んでいたのは事実でも、だからといって相手の思惑通りに動くのも嫌だ。利用されて嬉しい人間がいるだろうか。


「私が古賀さんに望むのは、今日私に会ったと誰にも漏らさないことだけです。やめさせようだなんておこがましい」
「でも、『詮索するな』って……」

 あのメモが牽制以外の何を意味するだろうか。やめさせようとしていないなら、俺に正体を明かすメリットがない。分からない。高橋さんの狙いは何だ?

5年前 No.75

美桜 @hoep ★msjwhzYodk_KMC

「あなた達を試したんですよ。『相葉由紀からメモが届いた』と周りに言いふらさないかどうか。他の部に聞き込みはしたようですが、メモ自体については触れませんでしたよね。あれで合格です」


 ますます頭が混乱する。メモは、文字通り詮索の中止を訴えるものではなかった? メモを前にした俺達の行動に着目して――試した? 何で勝手に仕掛けられて合否をつけられなきゃならないんだ。

 疑問ばかり湧いてきて、一つ一つ突き詰めていくと途方もない時間を必要としそうだ。これだけでも押し潰されそうなのに、高橋さんはまたしても枷を増やした。


「今回は、メモの件を踏まえて、相葉由紀の正体を暴いたらどうするのか――また、相葉由紀にどんな感情を持っているのか聞きたくて呼び止めました。盗聴だけでは判断しかねるので」

 おかしい。どう見ても違和感のある言い回し。彼女はさも相葉由紀が第三者であるかのように語る。「暴いたらどうするのか」は、自分が正体なら言えない台詞だ。小説執筆をやめて、相葉由紀の名はもう捨てたと、「私は高橋実由だ」と言い張ってもさすがに無理がある。


「高橋さんは相葉由紀なんですよね……?」

 高橋さんはコーヒー缶をぎゅっと握りしめ、「やっちゃいました」と呟いた。繊細なつくりの唇から吐息が漏れ、彼女は口元を軽く手で押さえた。

「とんだ失言でした。『相葉由紀の正体を暴いたら』を削り、『相葉由紀』を『私』と言うべきでしたね」

 生温かい風が、木々の枝葉と一緒に高橋さんの三つ編みも揺らしていった。少しの空間の後、芯のある声が真実を述べた。


「私は、言うなれば相葉由紀の代理人です」
「代理人?」
「はい。由紀は私の大切な人です」

 自分の正体をごまかすための嘘とは思えない。あくまで相葉由紀の正体は自分だと振る舞おうとしていたのに、ボロが出てしまった様子。これを計算のうちにやって、自分から目を逸らさせようとしている、なんて邪推も一瞬浮かんだが、だとしたら最初から姿を現すはずもない。

5年前 No.76

美桜 @hoep ★msjwhzYodk_KMC

「あなたは大切な人のために盗聴をしたんですか」

 メモや盗聴も本物の相葉由紀がやったのに、高橋さんがわざと被ろうとしていたのかもしれない。そうするだけの報酬をもらっているとか……。だが相葉由紀ではないと明かした今、もう嘘を吐く意味はない。否定が返ってくると思っていたのに、予想はあえなく外れた。


「そうです。古賀さん達が、由紀に会うに足る存在か見極めるために。メモも私がやりました。由紀は手を下していません」
「だけど、相葉由紀は俺達を知って……」
「もちろん。詮索されていると最初に気付いたのは由紀です。そして私に助けを求めてきました」


自分の正体を知る親しい者に、どうにかしてやり過ごせないかと相談した。情報流出源がどこか疑問視しなければ、何らおかしいことではない。しかし、高橋さんの言動には矛盾点がある。正体がバレそうだ、助けてくれと言われておいて、高橋さんは俺達が相葉由紀に会う前提で話を進めている。


「高橋さんは俺達を相葉由紀から遠ざけるのが目的なんじゃないですか」
「無害な人間なら問題なし、及第点以上の人ならむしろ会わすべきです」

 正論を唱えるような口調に迷いは見られない。きっぱりとした断言ぶりは清々しくもあった。

「だって、さっき助けを求められたって……。高橋さんは相葉由紀の味方なんでしょう? バレるのを恐れるべきでは」

 顔を上げて、遠くを見つめる高橋さん。視線の先は薄水色をした空でも、その中に相葉由紀を見ているだろう、感慨深い表情で。

「本人は恐れていますが、そんなの知ったことじゃないですよ。あの人は過去を黒歴史として扱っています。蒸し返されるのが怖くて誰にも触れさせないんです」


 大好きだった小説執筆をやめるほど追いつめられた記憶。いつ素性が暴露されるのかと日夜悩み続けた日々を、思い出したくないと閉じ込めてしまう気持ちは分かる。俺も、あの当時は誰にも知られたくなかった。隣でずっと見てきた刹那しか俺の過去は知らない。だけど……今なら、今だから、佐藤と坂本先輩には打ち明けられる。なかなかタイミングが掴めないが、二人に出会えなかったら俺はまだ中途半端に過去を引きずっていただろう。高橋さんの言葉から想像できる相葉由紀は、そんな俺の姿にも見える。


「誰にも明かさないから、誰にも浄化してもらえない。黒歴史は黒歴史のまま。世の中には平気で人の古傷に塩を塗る輩もいますが、みんながみんなそうじゃありません。由紀の傷を癒してくれる人がいたっていいじゃないですか」


 誰かに話すことで、過去は変えられなくても過去に対する考え方が変わる。もしかしたら、過去を変える魔法よりも尊いものが得られるかもしれない。高橋さんは、相葉由紀を甘やかすだけの味方ではない。逃げようとする彼女の背中を押しているんだ。そのために俺達を……。


「だから私は、古賀さん達をテストしているんです。どうか後者であるように願って」

5年前 No.77

美桜 @hoep ★ZZYHrR4woU_KMC

 大切な人に一歩を踏み出してもらうために盗聴したとは美談にしがたい響きではあるが、胸の中のもやもやは晴れつつあった。


「遠回りしてしまいましたが、本題に入りましょう。古賀さんは由紀に会ったらどうしますか?」

 対面したら何を言おう。自分ほど辛い思いもしてないくせにとか、ただの同情だろうとか偽善者だとか……そう言われたらどうしようと怯えていた。やすやすと共感して、分かった気になって、傷付けてしまったら……。抜け出せない悪循環。考えるほど深みに嵌っていく。今まではそうだった。


 初対面の人間の一言二言で、全てを解決できるほど人間は機械的じゃない。相葉由紀の傍にいる高橋さんから「悪気がない人なら会わせてもいい」とお墨付きをもらったからといって、俺なら相葉由紀の黒歴史を変えてあげる救世主になれると思ったわけでもない。

 それでも、気は軽くなった。佐藤が「恋模様」を持ってきた日、相葉由紀の正体を暴こうと誓ったあの時、誰もが想像した理想図が、もしかしたら実現するかもしれないと。一度失ったからといって、もう二度と手に入らないなんて嘘だ。逃げずに向き合えばあの時の感情が、喜びが戻ってくるのだと教えたい。教えられる人になりたい。

 体が熱くなって、喉が渇く。コーヒーを飲んでも変わらず、だけど決して辛くはない。高揚感のせいで伝えたいことが上手く言葉にならない。結果、刹那しか知らない過去が口から飛び出した。


「私情、ですけど……。俺も小説を書いているじゃないですか。その、……中学時代に相葉由紀と似たような経験があって」
「はい」

高橋さんは相槌を打ち、静かに続きを促した。

「幼馴染や今の部員に支えられて、ようやく克服できました。だから今度は、俺が他の誰かを支えてあげたいと、未熟ながらもそう思っています」

 かける言葉はありきたりなものになっても、高橋さんが望むように、少しでも傷を癒してあげたい。偽善だと思われてもいい。伝えたいことのいくらかが相手の胸に届いたら。


――哀しいだろうと、思ったのだ。
――小説を書いていた時の喜びを思い出してほしい。

 思い立ったが吉日の佐藤は行動するだけの肝は据わっていて、戸惑っていた坂本先輩も覚悟ができていたから、俺みたいにうじうじ悩むことがなかった。俺だけだったのだ。中途半端な気持ちで口先だけの誓いを交わしたのは。俺と相葉由紀の経験は似て非なるものだ。俺が壊せた鎖よりずっと重い鎖に縛られている相葉由紀。苦しみは全然違うのに気持ちが少しでも分かってしまうから、ある種の後ろめたさを感じていた。

 支えたい。刹那が、佐藤が、坂本先輩がそうしてくれたように、俺も相葉由紀を――

 自分が最初に抱いた感情を、根本を見て見ぬフリをしていたらいつの間にか雑念に埋もれていた。一人で空回りして、散々回り道をして、ようやく決心できた。伝えてみないことには、何も始まらない。始まる前から怖気づくのは滑稽だ。

5年前 No.78

美桜 @hoep ★ZZYHrR4woU_KMC

「なるほど、そんなことが……。あなたの意欲を汲んで合格をあげますが、由紀は同族嫌悪が激しいので、険しい道になるかもしれませんね。でも、信じていますよ。あなたが由紀を支えられると。何だか自分の役目を人に押し付けているようですけれど……」


 「傍にいたのに、自分一人では何もできなかった」と、彼女の視線が伝える。過去のことは分からない。まして、高橋さんと相葉由紀の間に何があったかなんて。それでも、ひとつ言えるのは。

「俺達に合格をあげるなら、自分のことも労わってあげてください」

 人任せな人間は、これほどまでの行動力もなければあんな言葉も出てこないだろう。今まで高橋さんが相葉由紀のために起こした行動は絶対に無駄じゃない。

「そんな風に言われるとは、意外です。そう、ですね。もう少し自分に優しくするべきでしょうか」
「はい。自分の頑張りくらい認めたって、罰は当たらないはずです」

 返ってきた短い返事に、今までのことを追想するような深みを感じた。小さく「良い人、ですね」と零したかと思えば、それを取り消すがごとくいきなり話題を変えてきた。


「せっかくの機会ですし、メアド交換でもします?」

 ごく自然な誘いに他意は感じられない。いたずらメールもとい、俺を試すメールのために作り出したアドレスではなく、本当のアドレスを教えてくれるという意味だろうか。それにしたって引っ掛かる。何故わざわざ「交換」という単語を選んだのか。俺は高橋さんのアドレスを知らなくても、向こうは知っているはずなのに。どういう経緯で手に入れたのかは分からないが、テストの一貫であったと知った今では大して気にする点ではない。

「今のアドレスでそのまま送ってくれて構いませんよ」
「え? それじゃあ私が既に古賀さんのアドレスを知っているみたいじゃないですか」

 不思議に思っているどころか気味悪がっているように見える表情に、一瞬目を疑った。メールの件も今更隠す必要はない。知らないフリをしている線は有り得ない。

5年前 No.79

美桜 @hoep ★ZZYHrR4woU_KMC

「メール、送ってきましたよね? 昨日」
 乾いた笑いが漏れる。とぼけるのはやめて下さいと茶化すように言ったつもりが、逆に相手の顔を強張らせる結果となった。

「知りませんよ。そのメール、見せてくれませんか」

 急いで鞄の中の携帯を探し、メールボックスを開く。画面を見た高橋さんは唖然とした様子から一転し、くすりと笑みを零した。次に発されたのは、同じ丁寧語とは思えないほどの悪のオーラが滲み出ている声。

「私が何とかするから手出しするなと言ったのに、まさかの単独行動。由紀にはお仕置きが必要ですね」

 これは、高橋さんではなく相葉由紀本人からのメール……? だとしたら、試す意図が含まれない本物の忠告文になる。

「高橋さんじゃないんですね?」
 念を押すと、高橋さんは自分の携帯を見せ、メールの差出人アドレスを指差した。

「私の機種と、このアドレスから分かる機種、違うでしょう? 他ならぬ証拠です」

 言われてみればドメインが一致しない。パソコンから送信されたメールならまだしも、携帯から出されたものなのに違う。携帯を二つ持っていない限り、同一人物にはなせない技だ。

 高橋さんは何か思いついたように手を叩くと、さっきの予告通りに「お仕置き」内容を口にした。

「由紀に対する罰として、あなたに由紀に関するヒントをあげましょう」

 仮にも第三者の俺を介しての罰とはえげつないが、情報はいくらあっても困らない。対面する心構えもできたところで、近道を教えられるのは悪いことではないだろう。

「私は由紀の代理人、すなわちダミーです。校内で噂される由紀の姿は私のことであり、由紀じゃありません」
「と、言うと?」
「あなたに限らず、周囲が持っているであろう認識と食い違いがあるということです。由紀はこの学校の二年生でも、女でもありません」

 「この学校の二年女子」に当て嵌まる人物は数知れない。相葉由紀と同じ条件を持つ高橋さんだからこそ、身代わりになれるのだと思っていた。さっきの小芝居が坂本先輩を疑うシナリオだったように。それなのに、前提が最初から違っていた?

「……って、男!?」

 高橋さんの台詞を反芻しているうちに、一番の取っ掛かりが口をついて出た。純粋な驚きと、性別までも噂と違うのはどうしてなのかという疑問が入り混じる。

「お人形のように可憐な同級生と、小動物のように愛らしい先輩をはべらせてなお女性を望みますか? 『何だ野郎か』とでも?」

 刹那の冷やかしをさらに佐藤風に捻ったような嫌味に反応している暇はない。結局は噂への疑問の方が勝ったらしい。

5年前 No.80

美桜 @hoep ★ZZYHrR4woU_KMC

「そうじゃなくて……。変、ですよね。噂が真実をかすっていないのは」

 噂はあてにならないといっても、こうまで的外れなケースはレアだ。しかもこれは、語り継がれていく間に改変されていったタイプではない。相葉由紀のブログが「去年うちの高校に入学した女子」だと物語っている。その真実がそのまま流されただけの話。誰かが先入観で二年女子だと決めつけたわけじゃない。証拠がしっかりと残されている。

 ならどうしてか。

 ……もしかして、入学したと報告の記事を上げる前に、特定されるようなミスをしたから? その火消しのために記事を上げ「相葉由紀は二年生の女子である」という固定観念を作り出した? どの程度のミスだったか想像はつかないが、本人の写メは格好の餌食だ。逆に考えれば、人々の視線を真実から逸らすには持ってこいの材料。それまで露骨に本来の年齢性別をアピールしていなければ、写メの信憑性も高くなる。


「炎上のキッカケとなった記事の画像は高橋さんですか?」

 校舎前で撮られた、制服姿の女生徒の写メ。坂本先輩が人伝に聞いた時には既に消去されていたという実物を、もちろん俺が知るはずもない。公開された時間はごく僅かでも、悪い意味で人の注目を集めてしまった画像は、最初からそれが狙いで上げられたのか。

「そりゃあダミーですからね。……おっと、喋りすぎました。疑問はたくさんあるでしょうがこれ以上は受け付けませんよ」

 写メの生徒が高橋さんだと特定された暁には、彼女はダミーとして「はいそうです」と頷くつもりだったのだろうか。だとしたら、何もできなかったどころではない。高橋さんは体を張ってまで相葉由紀を守ろうとした。もし俺が相葉由紀なら、そんなの絶対に止めている。佐藤のした冤罪話ではないが、自分の所業で人が、それも親しい人が責められるのを傍観していられるわけがない。


「憐れむような目ですね。思考が駄々漏れです」

 同情されるのが嫌なのか、空元気のようにわざとらしく明るい声を出す高橋さん。ごめんなさいと言おうと悩んでやめた。逆に負担になってしまいそうだ。


「ダミーに対して、少しは抵抗ありましたよ? テストが全部終わるまで由紀のフリをして、会わせてもいい人間だと判断したら『私は偽物でした』とネタ明かしする。そんな当初の予定を狂わせすぐにダミーだとバラしてしまったのも……その一端なのかもしれません」

 心のどこかで相葉由紀になりきることを躊躇していたからそうなった。ダミーを引き受けるほどに大切な人だったのかもしれないが、それほど大切な人であれば、自分が逆の立場に立った時、同じように頼むだろうか? ……こと人間関係においては一概に言えない。そのくらい難しい。

5年前 No.81

美桜 @hoep ★ZZYHrR4woU_KMC

「そうですか」

 打ち明けてくれたのに、あまりに簡素な返答だと自分でも思う。しかし、下手に喋れば同情と取られる言葉が出てきそうで、当たり障りのないことしか言えない。高橋さんは淀みかけた空気を正すように、話をすり替えた。否、すり替えたは言葉が過ぎるか。


「人に同情している暇はないんじゃありません? 私さえ入手不可だったあなたのアドレスを、どうして由紀が知っていたんでしょうね」

 手出しするなと忠告した以上、高橋さんは相葉由紀の行動にも敏感だったはずだ。その彼女に気取られぬよう静かに動いて、アドレスを手に入れられるとは思えない。他校ならば尚更。ならやはり、知人がアドレスを変えて送ってきたということか。

「相葉由紀は、俺の知り合い……?」

 答えは既に明白だというのに自問してみるのは冷静に考えるとおかしい。俺の知る誰かが忠告文を突き付けてきたと言えば聞こえは悪いが、人数は絞られる。加えて、高橋さんと対極の立場の人間。申し分のないヒントだ。


高橋さんはくすりと悪戯に笑い、空の缶コーヒーを近くのごみかごに投げた。綺麗な放物線を描いて、缶はすっぽりと中へ吸い込まれる。

「あなたが正解に辿り着くのを待っていますよ。早く由紀を見つけてくださいね」

 ブランコで遊んでいた子供達はもういない。残された静寂に焦燥感は湧いてこなかった。

 「すぐ終わる」と言われた割に長引いた話は、そこでついに終わりを迎えた。最後に二つの事柄を告げられて。

 まずは盗聴器の場所を教えられ、お盆明けでいいから回収してくれと頼まれた。佐藤と坂本先輩の前で、たった今見つけたフリをして。もう盗聴器はお役御免とはいえ、高橋さんが回収しては意味がない。佐藤達にもう盗聴されていないのだと認識させる必要がある。

 次に「今日自分に会ったことを口外するな」という忠告は、不合格とみなした時のための保険だったという。心の内で合否をつける以前にテストの全貌を明かしてしまったため、本当に無駄な忠告だったと彼女は苦笑した。だから今日のことを話すも話さないも全て俺に一任する、とのことだった。

 どちらを選んでもいいと言われても答えは決まっている。自分の過去を打ち明けずに、人の過去を……相葉由紀のダミーという役割を担った高橋さんについて話すのは何だかズルく思えた。自分の言葉で自分の想いを伝えた後にする。今は同情と思われるようなことしか言えない自分でも、そうすれば変われる気がした。


 すっかり生温かくなった缶コーヒーを片手に、帰路に就く。味が落ちているはずのそれは、最初の一口よりも美味しく感じられた。

5年前 No.82

美桜 @hoep ★spxLngveWO_KMC

※Page8.5で抜けていた場面です。詳しくはサブ記事を。



 梓ちゃんが手前の本を取って、さらさらと流し読みをする。彼女が手にしたのはヨーロッパの歴史の本で、「こんなもの世界史で習うだろう」と悪態をついていても興味津々な様子は隠せていない。いつの間にか梓ちゃんは真剣な顔をして本に耽るまでに至っていた。

私も数冊の本を覗いてみたけれど、どれをとっても学校で十分に教わることのできる内容ではない。特にファンタジー漫画の評論は小説にも通じるところがあって、色々考えさせられた。


 中学生の頃、ファンタジー小説を書いていた。完成した暁には新人賞に応募したいと夢見ていたのだけれど、途中で行き詰ってしまい未完に終わった。

 私はあのとき、何の下調べもせずに自分勝手に書き続けていた。当時夢中だった異能力系の学園小説に影響されて、それっぽい単語を積み上げていただけ。設計図もないのに適当に見繕ってきた材料で家を建てようとしているのと同じ。既存の創作物に登場する異能力設定を継ぎ接ぎして、自分の創り出した薄っぺらい登場人物に貼り付けた。そんな安物に矛盾が生まれるのは必然で、一つの矛盾はいくつもの矛盾に枝分かれしてしまう。結果、スラム街よりも遥かに恐ろしいものに成り果ててしまった。もう目も当てられない状態の原稿は今でも物置の隅に眠っている。

 それからというもの、勉強なり小説執筆なり調べものをする癖が付いたからあの経験は決して無駄なんかじゃないと言える。むしろ、せっちゃんを見ていてもう一度ファンタジーに挑戦してみたいとまで思うくらい。

5年前 No.83

美桜 @hoep ★spxLngveWO_KMC

Page 12.5 約束novel!



 お盆初日。早く休みが終わって相葉由紀の出方を知りたいという気持ちを抱きつつも、同時にお盆は終わってほしくない大切な時間でもあった。


 例年通り母方の実家に帰省する。隣県の地方都市に身を置く、年季の入った家屋――にいたのは午前中までの話で、そう離れていない伯母宅までやって来た。一人暮らしにしては広い造りのマンションだが、どれも揃って物置化しているため空き部屋はない。その中の一つ、本来の面積をカミングアウトされても信じられない惨状の部屋にて、私は着せ替え人形にされている。

 床の表面を覆い尽くすのは、たくさんの画材に資料、そして御伽噺に出てきそうな華やかな衣装。俗にロリータファッションと呼ばれる服が何着もかさばって、床を各々の色に染めようとしていた。

 その中の一着、胸元の大きな黒リボンが特徴的な衣装を纏って……否、纏わされている。レースやらフリルやらで盛りつけられた、丈の長いドレス。所々白が存在を主張しているがメインは黒だ。この真夏になんと重苦しい色だろう。長袖であるとか肌で感じる暑さはエアコンでどうにかなっても、視覚から与えられるイメージまでは変えられない。

「終わったか」

 下ろして巻かれた髪が頬に当たり、くすぐったさで発言の邪魔をする。このふわふわ感にもどうも慣れない。ヘッドドレスより邪魔だ。雑誌でよく見かける「ゆるふわ」の語尾に、今すぐかっこ笑いを書き足してやりたい。髪に手を触れようとすれば「動かないで」と静止の声がかかった。

「まだなのか」
「もう少しだから」

 向かいでスケッチブックに筆を走らせる彼女から、カメラのレンズのような目で凝視される。いつものふくよかな笑顔はなく、無機質な、それでいて人間味溢れる仕事人の顔だ。人々の好奇の視線より何倍も心地良い。だからそれ以上催促せず、大人しくソファーに上品な物腰で座り続けてやることにした。


 口を開けば面倒だの鬱陶しいだの悪態を吐きそうになるが、彼女といる時間は思いの外心が弾む。子供が好きな性格と未婚という立場が手伝ってか、伯母でありながら姉のように接してくれた。包容力があり面倒見が良く、それも母性とはまた違ったものなのだ。彼女のことは自分の感性に基づき「姉さん」と呼んでいる。母娘揃って同じ人物を姉と呼ぶのは、傍から見ればさぞ不思議だろう。


 姉さんは名門女学院の美術教員兼イラストレーターであり、最近ではライトノベルの挿絵も担当している。昔からよく絵のモデルを頼まれていたが、こうまでマニアックな要求をされるようになったのはやはり最近だ。次の仕事でロリータファッションを山ほど描かなくてはならないらしい。姉さんの力になれるなら、髪を巻かれようがドレスを着せられようが悪くはない。……が、ここ数時間何着もの衣装を試されてそろそろ限界だ。これで最後なのだと着替え中に言われた言葉を信じて、後少し耐えろ私。足元に見える試着済みの衣装を支えに、何とか自分を律した。

4年前 No.84

美桜 @hoep ★VfxCN0mR73_KMC

 今でこそこういう小さな我慢で済むが、初めてモデルを頼まれた時はきっぱりと拒否した。今と違って、苦手だった。描かれることや撮られることが。正しくは、根本にある容姿への賛美が。

 誰もが容姿に注目し、それだけで完結してしまう。幼少時、「お友達のいいところを見つけましょう」とめあてが掲げられた授業で「見た目がキレイ」とド直球な言葉を投げつけられたのは私だけだった。

 成績が劣っていたわけじゃない。徒競走では一位は無理でも三位以内には入れた。至って平凡ではあるが、探せば褒められる点の一つくらいはあるはずだ。しかし、誰もそこまで踏み入ってくれない。容姿の印象が大きすぎてそれ以外はまるきり無視されるのだ。

 容姿で得をしたことがないと言えば嘘になる。あらゆる面で優遇され、少し猫かぶりでもすれば大抵の人間は意のままに動かせた。僻みっぽい一部の女子も上手くあしらい、一時の快楽に溺れた。しかし所詮は茶番だ。残されたのはどうしようもない虚しさ。

 どれだけ容姿を褒められても、私自身は認められていない。絶世の美女だと持て囃された母の遺伝であり、努力の上に成り立ったものではないのだから。身なりに無頓着とまではいかずとも、綺麗でいるために思考錯誤した経験など皆無だ。見た目だけを、運の良さを褒められるほど屈辱的なことはない。

 だから嫌なのだと断れば、姉さんは強制しなかった。そして、しゃがんで私に目線を合わせると、優しく髪を撫でてこう言った。

――嫌なことを言ってしまったお詫びに、見た目以外のいいところを褒められる方法、教えてあげるね。

 そんな魔法みたいなことがあるのかと、私は続きをせがんだ。続く言葉は拍子抜けなほどに短かったけれど、私の人生を変えた言葉だ。

――何事にも全力で取り組めばいいの。
――全力で取り組む?
――梓ちゃんの可愛さが百点だとしたら、勉強や運動、その他にも色々なことを百点かそれ以上になるまで頑張れば、みんなもきちんと評価してくれる。可愛いだけじゃないってこと、もっとみんなに知らせてあげようよ。


 その日から、私の世界は変わりつつあった。容姿が特出しているというのなら、どの物事もそのレベルに合せればいい。他の長所を見てもらえないと嘆いてる暇があったら、自分から見せつけに行くまでだ。無視できないほど存在感を膨らませて。

 文武両道を目指して努力を重ねるうちに、自分に自信が持てるようになった。料理の腕だけは壊滅的なまま進歩しないが、そこはまあギャップ萌えということで。

 モデルについても、容姿だけを見て描かれているのでなく、表情や仕草から滲み出る内面も表現されるのだと理解できた。依頼を断って数年後、今度は自分から描いてくれないかと申し出た。それが記念すべき一枚目となる。描かれるようになって、以前より交流も深まった。今のように姉さんと呼び始めたのもこの頃だ。

 姉さんの仕事に対する情熱は傍にいるだけでも伝わってくる。まさに「全力で取り組む」の師範の彼女が、憧れの存在になるまで時間はかからなかった。もっと姉さんのことを知りたい、姉さんに追いつきたい、と走り続けているうちに、気付けば新しい扉を開けていた。

 初めて書いた小説は、姉さんを題材にしたものだった。作文として書くつもりがいつの間にか物語仕立てになっていた、という寸法だが、確かに未知の世界に足を踏み入れた瞬間だった。

 彼女がいなければ、今の私はいなかった――そう言えるくらい、姉さんが好きだ。本人には面と向かって言えなくても。

4年前 No.85

美桜 @hoep ★G3n4J98JGT_KMC

「はい。終わったわよ」

待ちわびた終了の合図に合わせて、スイッチが切れたように欠伸が漏れた。すまないと口を手で覆えば、姉さんは「いいよいいよ」と筆を置いた手をひらひらと振った。

「約束通りこれで全部。お疲れ様、梓ちゃん」
「なんてことはない。衣装が衣装とはいえ、描かれることには慣れているからな」

 この暑く重い衣装を脱いで、波のようにうねる髪をまとめて、としたいことはたくさんがるが、それより優先すべきは。ソファーから立ち上がる前に、姉さんからスケッチブックが手渡される。開かれたページには今の私の姿があった。一枚ずつ遡り、描かれた私を振り返る。現実感を忘れていないのに、ここではない別世界を覗いている気分になる、不思議な魅力。線の強弱やちょっとした遊び――ほんの小さなことでも、姉さんにしか出せない味なのだと知っている。鏡に映すとつまらないものでも、姉さんの目を通せば何十倍も面白く、また輝いて見える。描かれたのが自分だということも忘れて、私はしばらく姉さんの世界に浸っていた。


「……頼まれればいつだって、梓ちゃんの小説の挿絵も描くのに」

 衣装をまとめながら言う姉さんに、ぶんぶんと首を振る。小説を書き始めた時から言われているが、私はきまって否定する。

「素人作品にプロが関わるなどあってはいけない。でも、いつか絶対描いてもらうからな」

 私の夢は二つある。一つは教師になって姉さんと同じ教壇に立つことで、二つ目は作家として姉さんにイラストを担当してもらうことだ。それまでいくら小説を書いても姉さんには描かせない。絶ち物の意味も込めて、高校も姉さんの学院ではなく今の学校を選んだ。朱里や古賀に出会えたのだから、絶ち物であるのに得をしていることになるが。

「待っているわ。それまで浮気は……って、もう遅いわね」
「残念ながら、今の私には朱里がいる」
「わぁー。姉さん悲しいなあ」

 言葉とは裏腹に楽しげな声。部活に入ろうと思う、と報告したのは春休みのことだった。

「それにしても、驚いた。梓ちゃんがクラブ活動をするなんて」
「どういう意味だ」
「だって、梓ちゃんは一人でやれることは一人で済ませてしまうじゃない?」
「……冒険してみたって、悪くないだろう」

 姉さんの言う通り、今まで個人作業をわざわざ集団でやろうとはしなかった。一人の方が集中できる。気の散る心配もない。だが、独りとは弊害を招くのものだ。

 誰にも邪魔されないのはいいことかもしれない。では、誰からも刺激を受けないのはどうか。物語の構成、人物の描き方、文章の癖一つをとっても十人十色だ。邪魔されることに怯えて、自分とは違う色を知らずにいるのは勿体無い。姉さんから影響を受けたように、今度は同じ小説を書く者と互いの色に染まりたいと思った。

「一本道よりたくさんの岐路があった方が面白いからな」
「なるほど。それで、どんなことがあったの? 入部した時、どんな感じだった?」

 姉さんの仕事の関係で、春休み以降ゆっくりと話せていない。描いている時の集中が切れれば待っているのは質問攻めだ。雑談を始めると止まらないから、先に描かせてくれと言っただけはある。

「順を追って話す。まずは――」

 スケッチブックを閉じ、ヘッドドレスを外した。着替え終わるまで待てないと言うように、口が勝手に動く。さて、何から話そうか。

4年前 No.86

美桜 @hoep ★XmOk08LZxP_KMC

 四月。街を染め上げる桜の花びらのように、たくさんの部活勧誘チラシが舞う。手元にやってきた多種多様のそれに、文芸部のものはなかった。入学前から文芸部の有無は調べていたのだし、クラスで配られた部活動一覧表には活動場所まで載っていたのに。

 ではどうして――と律義に考えている暇があるなら直接確かめた方が早い。古い図書室を部室としていることを知った以上、乗り込まずにどうしろというのか。

 図書室の扉は半開きになっていて、隙間から中を伺うと奥の方に一人の少女を見つけた。長机の窓に近い位置に座り、紙に何か書いては消してを繰り返している。茶色がかった髪から覗くしとやかな横顔や、優しげな瞳から目が離せない。なんとなく、姉さんと同じような雰囲気を感じた。

 他に人の気配がしない、おそらくは彼女一人の室内。書架と本に囲まれて作業をしている少女は、図書室の妖精みたいだ。いつもの私なら躊躇わずに踏み込んでいただろうに、もっと眺めていたいとそのまま突っ立っていた。

 見入っているうちに鞄を扉にぶつけてしまい、鈍い音が広がる。それに反応して顔を上げた少女と、目が合った。

「文芸部は、ここで合って……」

 問おうとした瞬間。立ち上がって私へ歩み寄る彼女の目元に、煌めくものが見えた。……涙? すっと頬を伝うそれに気付き、拭おうとするその姿があまりにも美しくて。無意識に頬へ伸びた手が、彼女の手と重なった。慌てて引っ込めたが、気まずい空気は消えてくれないまま。温かい手の温もりも、まだしばらく残っていそうだ。

「悪かった……じゃ、なくて。すみません。急に覗いてびっくりさせて、だから」

 何を喋っているのか自分でも分からない。文芸部を探しにここまで来て、中を覗いた。そうしたら思わず見入ってしまって……。何か泣かせるようなことでもしたのだろうかと、再度考えてみる。

「誤解させちゃってごめんなさい。違うの、嬉しかったの。まさか新入生が来てくれるなんて思わなかったから」

 解答は頭に描いたどれとも違った。彼女はまだ少し潤んでいる瞳を細めて笑う。朝露に濡れる花のような笑顔が緊張や気がかりを溶かしてゆく。つまりは嬉し泣きだったのか。

「なら、もしかして部員は」

 表立った勧誘活動はなく、彼女は図書室に一人。おそらくあの作業はチラシかポスターの下書きだったのだろう。そして私への反応。ここまで材料が揃えば、気付かない方が不思議だ。

「……そう。部員は私だけ。みんなもう卒業してしまって、文芸部とは呼べないの」
「しかし、廃部が決まったのではないだろう? ……ない、でしょう?」

 さっきから敬語が崩れるのは、姉さんに似ている相手だからだろうか。猫かぶりが得意な私にとって、上級生にタメ口など考えられないことなのに。いや、部活を素の自分を出せる場所にするためにはその方がいいかもしれないが……。しかし敬語は素の自分以前の問題のわけで……。

「一か月の猶予は与えられているから、大丈夫だよ。あなたが来てくれた以上、廃部にするわけにはいかないもの」

 ぎこちない口調を気にするどころか、微笑ましいと言うかのように柔らかな対応。本当に笑顔が似合う人だなと思っていると、忘れていたと言わんばかりに切り出す彼女。

「あ、そうだ。自己紹介がまだだったよね。私は坂本朱里。文芸部の……今は部じゃないけど……、部長です」

 指摘されて気付く。まだ彼女の名前を知らなかったし、私も名乗っていない。普通私が、彼女よりも先にすべきなのだが……、何だか調子が狂う。しまらず落ち着かなくて、だけど緩いこの感覚は嫌いじゃない。

「一年一組、佐藤梓、……です」
「敬語、使わなくていいよ」
「……え」
「そっちの方があなたらしいかなって。親近感もあって、私はそういうの好き」

 気を遣っているのでなく、本心からの素直な言葉に意図せず頬が緩む。あなたらしい。その一言が、何故だかとても嬉しかった。だけど少し、欲を言うなら。

「梓でいい」
 ボリュームが下がった声とは反対に、鼓動の音は大きく響く。――これが、私の。坂本朱里との出会いだった。

4年前 No.87

美桜 @hoep ★XmOk08LZxP_KMC

 放課後に集まる場所があり、待っていてくれる人がいる。中学時代を帰宅部で過ごしたせいか、たったそれだけのことが特別に思えた。

 朱里は第一印象を裏切らず優しいひとだった。でもそれだけじゃなくて、ほんわかとした可愛らしさも併せ持っている。「女の子は砂糖菓子でできている」を体現しているようなそれに癒されたのは、きっと私が初めてではないだろう。時が経つのを忘れてしまうほど、彼女と過ごす放課後は特別なものになっていた。

 しかし、いつまでもそう能天気に構えてはいられない。定められた期限までに部員を集めなければ廃部だ。勧誘活動の最初の一歩がチラシの完成だった。本が実る木の下で、たくさんの生徒が読書をしたり小説を書いたりしている一場面。朱里が描いたぎやかで幻想的なイラストに、私が文章や文字のレイアウトをした。

 できあがったチラシを手に、廊下や校門で呼び込みを始めた……のだが。大きく人気のある部活が目立ち、私たちはその波に流され埋もれていく。
各部が部員を総動員して挑むものに、二人で立ち向かうのは圧倒的に不利だった。文芸部自体がメジャーな部活でない分、さらに難易度は増す。

 ほとんどの部が勧誘活動を終えた頃、事件は起こった。

「これって……気のせいじゃないよね?」

 放課後の校門。いつものようにチラシを持って勧誘に励んでいたところ、朱里が声をひそめて話しかけてきた。次の言葉を聞かずとも言わんとすることは分かる。周りの様子が……おかしいのだ。この時期になると勧誘行為をしているだけで目立つようになり、私たちを見て足を止めてくれる人も多くなった。それはいい傾向なのだが、今回は注目がマイナスに働いているような気がしてならない。私たちに視線を向ける生徒は、みんなある程度の距離を置いてひそひそ話をしている。

「気にするな。くだらない野次馬だ」
 まだ部員の集まらない可哀想な部が晒し者になっている、とでも言いたいのだろうか。聞こえないふりをしても聴覚は素直なもので、いくつかのぼそぼそ声が耳をかすめた。

「もしかしてあそこ、部員二人だけだったり?」
「うわぁ、悲惨だねぇ。あんた入ってあげなよ。どうせ帰宅部でしょ?」
「でも地味な部だと帰宅部も同然じゃない? 内申も期待できないしぃ」

 ここまでなら自制が効いた。外野がどう皮肉ろうが関係ないと割り切ることができた。なのに、
「真面目に右の方タイプだわ。声かけてみるかなー」
 軽快な声によって、我慢にも限度があることを知った。声の主は少し離れた所で友人と談笑している男子生徒。「右の方」が私を指していることも、彼らが文芸部に興味を持っていないことも、すぐに分かった。そこまで理解できてしまったら――後はもう、脳裏に浮かんだ未来が現実にならないように祈るしかない。

4年前 No.88

美桜 @hoep ★XmOk08LZxP_KMC

「あの子一組じゃなかったか? 加えてあれだけ美人なら、お前を相手するとは思えないけど」
「バーカ。だからこその部活だろ。同じ部ってだけでもおいしいのに『廃部を救った人間』という肩書きがつくんだぜ? しかも経験やスキルのいらない、大した活動はしていなさそうな文芸部。適当に話を合わせるだけで、いい思いすること請け合いだ」

 ……ああ、やっぱり。嫌な予感に限って当たる。人を見た目で判断し、理由をつけて取り入ろうとする人間の存在くらい知っていた。でも、例え予期できても許せない。近づきたいからなんてふざけるな。動機が不純なだけでなく馬鹿にまでしておいて、誰がそんな奴にいい思いをさせるというのか。

「そこまで言うなら絶対声かけろよ? そんでもし上手くいったら隣の二年生紹介して」
 友人も友人で止めるどころかさらに拍車をかけ、軽々しい笑い声が野次馬たちの興味を惹きつける。周りの人間も便乗し、いつの間にか大衆の着眼点は、男子生徒に声をかけられた私がどう反応するかに移っていった。

「梓ちゃん……」

 不安げな声音と眼差しを送る朱里は、逃げようと言うように私の手を掴む……否、掴もうとした。その手を取れなかったのはきっと、このまま引き下がりたくなかったから。相手にせずに逃げるのが賢い選択なのかもしれない。奴らはその場の雰囲気に押されているだけで、逃げたからといって執念深く追いかけてくるとは限らない。それでも……どうしても自分を止められなかった。人に気にするなと言ったくせに、この時ばかりは感情を抑えきれなかった。

 気付けば私の足は発端の男子の男子の元に向かっていた。ざわめく周りも止めようとする朱里も構わずに、私は男子生徒の前に立つ。あれだけ息巻いてたくせに、相手は気まずそうに目を逸らした。外野が「これは失敗するんじゃ」と懲りずに野次を飛ばす。

「下心を持った人間の救いなど不要だ。見下しまでして思い上がるな!」

 音のない空白の時間が続いた。現実には一瞬であろうが、長く感じられた無の世界を元に戻したのは、
「なにあれ、感じ悪い」
 紛れもない非難だった。その一言から次々に似た言葉が溢れだす。なかには男子生徒へのものも混じっているようだが、どちらが多いかは比べるまでもない。――私は言いたいことを言った。この発言が間違っていたとは思いたくない。だけど、現に私は……。空気を悪くしてしまった。ただでさえ良くはなかったのに悪化させてしまった。この状態で勧誘を続けられるはず、ない。……何で無視できなかったのか。もっと上手く立ち回っていればまだ……。

 男子生徒は思うところがあったのかぶつぶつと口籠っていたが、弁解は焼け石に水だ。それは私にも言えることで。今の出来事が影響して本当に廃部になってしまったら、と思うと朱里に向ける顔もない。

「……しばらく一人にさせてくれ」
 チラシの束を胸に抱いたままその場を走り去る。朱里の声が背中を追いかけるけれど、応えることはできなかった。

4年前 No.89

美桜 @hoep ★6ciFKIfOsT_mgE

 今日の昼休み、部室に来れる? 待ってます。――と、メールが届いたのは翌朝の学校に着いた頃だった。

 昨日の今日で顔を合わせづらいが、だったらなおさら会って謝るべきだ。あの時はどうすればいいか分からなくて、何の詫びもなしに逃亡という形になってしまった。だから……そう、まずは逃げたことを謝って……。昼休みまでに頭の中で何度もシュミレーションした。それでも、部室へと続く階段を上る足は軽くないけれど。いつまでも逃げてばかりでは駄目だ。

 部室には誰もいなかった。戸が施錠されていなかったり、窓が開いたままだったりと人のいた形跡は見られる。入ってすぐのカウンターの上には、朱里のシャープペンとメモ帳が置いてあった。メモ帳から覗く単語が気になって、手に取って見てみれば私のクラスの担任の名前だった。何を意味するのかはさっぱり分からない。朱里が戻ってくるまで大人しく待っておこう。しかし、変化はそれだけに留まらなかった。

「ない……」
 椅子に手をかけた時に気づいた。長机の中央にひとまとめにしておいたチラシが見当たらない。ペーパーウェイトだけが役割を失った状態でぽつんと取り残されていた。チラシの半分は私の鞄の中にある。昨日、私がそのまま持ち帰ってしまったものだ。とすると朱里も昨日は部室に戻らず帰ったのか。そう考えればなくはない話だが、何だか違うような気がした。

「ごめんね、待ってた?」
 その声に振り返ると、大きな茶封筒を手にした朱里の姿があった。封筒は中身の厚みで表面が膨れ上がっている。それが何なのか、担任と関係があるのかなんて今は分からなくていい。それよりも……。朱里が封筒をカウンターの上に置いたのを見計らって、息を吸った。

「昨日は……」
「梓ちゃんは悪くない。正しいことを言っただけ。そうだよね?」
 大勢の前であんなことを言った挙句、逃げ出して悪かった。――そう続くはずだった言葉は形にならずに消えた。一番悪いのは相手だったとは言われなくても分かっている。でも、だからといって私が悪くないことにはならない。朱里が私を怒らないのはなんとなく予想がついていた。優しさゆえに、私のことを責めないと……責めてくれないと。その優しさに甘えてしまいそうな自分が嫌だ。

「だとしても、あのときあの場で言うべきじゃなかった。何も反応せず静かに立ち去れば良かったんだ」
「そんなこと言わないで。私は梓ちゃんを責めるつもりもなければ、この結果に後悔もしていない」
 自分を責めるなと訴えるように、朱里の表情が悲しみに揺らぐ。何で。私が一番後悔しているのに。あんなことしなければ良かったと、朱里の手を取っていれば、と。

「責めないのと責められないのでは意味が違う。……後悔しないわけがない。あんな……」
 私は何がしたのだろう。叱ってもらいたい。それで、その先にあるものは? 今後どうするか……自分が空けてしまった穴をどう塞ぐのかも考えなければならないのに。俯く私の肩に、顔を上げてと言うように朱里が手を乗せる。その目はとても同情には見えなかった。

4年前 No.90

美桜 @hoep ★6ciFKIfOsT_mgE

「嘘じゃないよ。責められないも何も、責める必要がないの。私は梓ちゃんの行動に感謝さえしてる」
「感謝?」
 聞き返すその声が、前よりも落ち着いているのが自分でも分かった。切羽詰まっていた心を撫でるように朱里は語る。

「馬鹿にしておきながらいい思いはしたいんだねって、嫌味のひとつくらい言ってやりたかったのは、私も同じ。行動に移すだけの勇気がなかった私の代わりに、梓ちゃんがあの子を叱ってくれた」

 まさか、そんな風に思ってくれていたなんて。勢いでやってしまった、自制できなかったと悩んだ。しかし結果として残ったのは不穏な空気だけじゃない。そんな卑怯な真似はするなと彼にぶつけてやったこと。もしあれで少しでも反省してくれたなら、きっと……無意味じゃなかった。

「言いたいことをはっきり言えるところ、立派な長所だよ。だから後悔なんかしないで、むしろ誇ってほしい」
 悪い結果は受け止めてしっかりと心に刻まなくてはならない。だが同時に得られたものもあることを、私は忘れていた。もしかしたら言わなかった方が胸にわだかまりが残っていたかもしれない。

「……ありがとう」
 なんて安直で単純な言葉なんだと思う。だけど、嬉しさや安堵が入り混じった感情は他に表しようがなかった。優しさゆえに責められなかったのではない。根拠のない励ましじゃなくて、私の行動と正面から向き合ってくれた。感謝したいのは私の方だ。和やかな空気によって全て解決したような気分にさせられたが、まだ問題は残っている。だけどそこに焦りはなかった。

「しかし現状が思わしくないのは事実だ。これからどうするか考えなければ」
「それね、実はもう考えてあるんだ。梓ちゃんのおかげで妙案が浮かんだよ」

 朱里は封筒を取り、それを長机の上に持って行った。お互いに椅子に座ると、朱里の手がそっと封を切る。

「作文?」
 顔を出したのは幾枚もの原稿用紙。何十枚もあるそれは二、三枚ごとにホッチキスで留められている。一枚目にはクラスは書かれていないが名前は記されており、どれもが私のクラスメートのものだった。

「うん。春休みの課題にあったでしょ? 自由作文」
 そういえばそんな課題も出された。合格発表が終わって間もない、クラス分けもまだの頃だからクラスが書けないのは当然だ。

「梓ちゃんのクラスの先生は学年主任だから、一年生のは全部預かっているみたい。とりあえずは一組のものだけ、という話になってね」
「この課題と解決策にどんな関係が?」
 メモ帳にあった担任の名前は、作文を受け取るためのものだったのか。自分で尋ねておきながら、答えは薄々気づいていた。チラシがなかったのもおそらく……。

「これ以上勧誘を続けても、冷やかし目的の人や下心を持った人の餌食になりかねないと思うの。だからチラシも処分して……代わりにこれを持ってきた。梓ちゃんなら、ここまで話したら分かるかな」

 このまま続けても意味がないからやめよう。チラシも捨てた。……諦めにも見える行動だが、違う。これは終わりではなく始まりだ。そして、新しい方法に選んだのが。

「作文をもとに適した人材を探そう、ということだな?」
 もう待つのはやめよう。こっちにだって選ぶ権利がある。私たちの場所に、よこしまな気持ちを持つ者やいい加減な者はいらない。作文から文章を書きなれている人間を探し、候補に絞り込む。

「さすが梓ちゃん。この方法だと、人数は期待できないかもしれないけど」
「いい。たった一人でも理想の人がいれば」

4年前 No.91

美桜 @hoep ★6ciFKIfOsT_mgE

 その日から、作文を読み漁る日々が始まった。一クラス分を流し読みするだけでも多大な時間を要するが、親切なことに学年だよりに優秀作がいくつか掲載されてあった。それらを比べて、一人に絞る。しかしそれは思っていたより難しかった。自由作文なのだから当然主題はバラバラだ。方向が違いすぎて比較対象にならない。

 人権問題、高校生活の抱負、中学時代の思い出と、数あるテーマの中にひとつ、異質なものが混じっていた。……創作物は自己満足だと。

 自分の主観しか反映されていない物語。その実、何を伝えたいのか分からない物語。プロならいいが、そうでない人間が創作するのは、プロへの冒涜ではないのか。まとめると以上になる。

 馬鹿にされていると感じた。プロだって、最初からプロだったわけじゃないのに。書き慣れていることは文体から伝わってくるが、押し付けがましい意見ばかり書き散らかしているだけで、何故これを優秀作に選んだのか問い詰めたいくらいだった。

 だけど朱里は、この作品がいいと言った。尋ねれば「これを書いた人は、この意見を誰かに否定してもらいたかったのだと思う」だそうだ。そして「もし本気でそう思ってるなら、自己満足なんかじゃ終わらせないって証明して、ぎゃふんと言わせよう」とも。前者はともかく、後者には素直に頷けた。その腐った根性を何が何でも更生させてやる。

 書き手の名前は古賀蒼依。クラスを確認すると四組だった。会って誘ってみようと踏み出す足は羽のように軽く、はやる心はとめられない。呼び止められたその人が振り返るまで、あと数秒。




 衣装は一式片付けたものの、まだまだ散らかっている床に携帯の振動が伝わる。スケッチブックの下に隠れていた携帯を拾うと、見慣れた名前が飛び込んできた。

「着信? メール?」
 話を遮ったその音は無粋にも感じられるが、休憩を挟むには丁度いい時間かもしれない。それにしても、なんというタイミングだ。

「メールだ。しかも古賀から」
 まあ、と手を叩く姉さんの傍らでメールを開く。「お盆明けに話したいことがある」という簡素な文章は、朱里にも送信されているようだった。いきなり改まって何の話だろうか。なおかつメールではできない話とは……こうやって予想するのも面白いからまあ良しとしよう。

「いい仲間を持ったんだね。今の梓ちゃん、とても輝いてる」
「……まあな」
 気恥ずかしい台詞にそれだけ返すと、立ち上がって伸びをした。時計は三時を回ったところだ。あれから結構経つのにまだ話し足りない。振り返ってみるとほんの数か月だが、私にとっては誰よりも濃く長い数か月。きっとこれからも積み重なっていく。

「さて、続きはおやつを食べてからにしましょうか。冷蔵庫にスイカとマンゴープリンがあったはず」
「なかなかに珍妙な組み合わせだな」
「ふふ。意外と合うかもよ?」

 部屋を出る間際、独り言のように小さな声で紡がれた言葉を、私は忘れない。

「いつか私に挿絵を担当させてね」
 当然だ。そのために私はここにいる。声に出さなくても伝わるであろう気持ちを視線に込めた。思い描いた未来への道のりはまだ遠いけれど、一歩一歩に重要な意味がある。

4年前 No.92

美桜 @hoep ★6ciFKIfOsT_mgE

Page13 紡ぎ続ける理由



 お盆が明けた。暑さはまだまだ続くとはいえ夏も折り返し地点だ。暑中見舞いは残暑見舞いに変わり、甲子園も決勝に近づいている。刹那はイベントの片付けのためホテルにもう一泊すると言った。刹那がいないせいか、先日までいとこ達と遊んでいたせいか、夏の終わりが見えたせいなのか。どれが正解かは分からないが、数日ぶりに戻ってきた家はやけに静かに思えた。しかし、このくらいが今の俺には丁度いい。リレー小説を完成させたら、夏の初めに語ったことをしよう。夏祭りは達成できたのだから、あとはプールと……。それもこれも、今日を終えてからの話だ。

 いつもより数十分は早く家を出たのに、二人はすでに部室に来ていた。単に休み明けだからかもしれないが、メールを気にしてくれたのかと思うと嬉しいような、くすぐったいような気持ちになる。しばらく他愛もない話をすると、誰からともなく「話したいこと」に触れ始めた。

 自分の過去を打ち明けて、高橋さんと会ったことを伝える。自分のなかで順序は立てている。


「最初にこれだけ、言わせてほしい」

 予防線を張るのは好きではないが、ひとつだけささやかな前置きを。これは小さな傷で悲劇と言えるものでもない。類似しているにしても、相葉由紀に比べれば砂粒ほどのくだらないこと。

「これは大それたことじゃなく『なんだこの程度のことか』と言いたくなるようなもの、なんだ」
「それでも伝えるべきだと思ったのだろう?」

 佐藤はこれまで以上に真剣そうな様子だった。一通のメールでどこまで察することができたのかは分からない。しかし言外に匂わせていた――ようやく言ってくれるのか、と。坂本先輩はいつも通り柔らかな雰囲気を放ちながらも、やはり何か知っているようだった。

「古賀くんの抱えるものに対して、『この程度のこと』なんて言わないよ」
「悔しいが、あいつにもお墨付きをもらっているしな」

 どうやら刹那が何かほのめかしていたらしい。お膳立てをするお節介な性分は相変わらずだが、おかげでリラックスして話せそうだ。今ばかりはお節介でなく親切と呼ぶべきか。

 朝の部室。机の上には開かれていない本と裏返しの原稿用紙。小さくてくだらない、けれどあの頃の俺には一大事だった話をはじめよう。

3年前 No.93

美桜 @hoep ★6ciFKIfOsT_mgE

 夢中になれるものが欲しい、と考えるのは誰もが通る道だろうが、俺は人より早くその時期が来た。幼い頃から打ち込めるものがあり、努力し続ける刹那が隣にいたからだ。俺はそんな刹那が大好きで、誇らしくて、だけど時々。悩んでいる姿でさえ輝いている刹那を、眩しくて直視できなかった。



 中学生になって三ヶ月が経とうとしていた頃。日曜日のある日、刹那に付き合って本屋を巡った。刹那は購入目的の本がある場合、事前にリストを作る。この日はそうでなく、ぶらぶらと回って気に入ったものを買いたいといった遊び歩きだった。何件もはしごして隅々まで見て回ったのにもかかわらず、収穫はゼロ。出費なしに楽しめたと考えることもできるが、物足りないと刹那は言う。


「何かいいものがあれば良かったのになあ……」

 茜に染まった部屋に広がる呟き。刹那がベッドに転がり込んだ反動で、上に乗っていた文庫本が床に落ちる。色褪せて皺も寄っているそれは、繰り返し読んでいたことがすぐに分かった。

 刹那の部屋は本に溢れている。大きな本棚には漫画、漫画の指南書、小説にゲームの攻略本と、それはもうぎゅうぎゅう詰めだ。その中から小さな隙間を見つけ、落ちた本を元に戻そうとする。……のを、刹那の手が止めた。

「読むのか?」
「流し読みかな。せめてもの暇つぶし」

 これだけの本を読み尽くしてまだ足りないとは、贅沢にも見えるが向上心の現れでもある。

 退屈だ、何か面白いことがしたい。そう言っては何かしら見つけてくるのが刹那で、いつも新しさを探している。俺は同じことの繰り返しでも飽きないが、刹那の見つける斬新さもまた嫌いじゃない。今回は街に出ても見つけられなかったが、きっと俺には思いつかないようなところから、ふと何かが湧き出てくるのではないかと思った。

 焦っても出てくるようなものではないし、のんびり待っていようと、本棚の小説を手に取った。――数十分経った頃だろうが、俺の予想を遥かに超えるスピードで、刹那のひらめきはやってきた。

「……ねえ蒼依、小説書いてよ!」

3年前 No.94

美桜 @hoep ★6ciFKIfOsT_mgE

「小説? 俺が?」
「そっ。蒼依、国語好きで作文も得意でしょ? いやぁ〜読み尽くしてどうしようかと思ってたけど、まさに灯台下暗し! 身近にあるもんだねぇ」

 好みの小説を「探す」から「作る」への変換とは。漫画を描いている刹那の発想らしいと言えばらしい。が、すぐに了承できる頼みかといえば違う。国語の成績は悪くないし、作文で賞を取ったこともある。だとしてもそれだけで小説が書けるだろうか。

 登場人物という命を生み出し育てる。ここではない自分の創った世界で。大袈裟かもしれないが、創作活動ってそういうものだと思う。媒体が文章なだけで、大きく分ければ刹那のやっていることと同じだ。豊かな想像力、自由自在に世界を操る力がなければ務まらない。

「文章が書けるだけだよ、俺は。第一、日頃から創作活動をしているのは刹那だろ」
「人の作品じゃなきゃ意味ないし、漫画より小説が読みたい気分なんだよ。……それにさ」
 すとんと軽い音がする。刹那はベッドから降りると、俺と目線を合わせるように床に座った。

「今の刹那には何も創れないから。スランプってやつかな」

思い返してみれば最近の刹那は、自分の作品について語ることが少なくなった。放課後、部室に行くからと手を振る時の笑顔だって、含みのあるものだった。いつも明るく元気で、何かあった時も変わらない態度でいるものだから。近くにいても気付けなかった……なんて、そんなのは言い訳にしかならないと分かってはいるけど。

「なんか、ごめん」
「ああもう、人の話は最後まで聞く! スランプだからこそ、色々な作品に触れてリフレッシュしたいの。そう思って探しに出たけどピンとくるものが見つからなくて、だったら蒼依に書いてもらうしかないなって。ていうかね、刹那はわりとスランプって状況を楽しんでるよ? おかげでこんな名案を思い付けたんだから!」

 噛み付くような勢いで一気に喋った刹那は、疲れたのか息が上がっていた。そうは言うものの、無理して明るく振舞っていた節はあったと思う。でも楽しいというのもまた本当なのだろう。どんな形であれ、新しい発見をした時の刹那は、飛び跳ねそうな顔をして笑う。

「自分にはできないことを頼んでいるように見えるだろうけど、あくまで今は≠ナきない、だからね。ほんの気分転換。大事な鍵を預けておくだけ、みたいな」
「何で、それが俺にできると思ったんだ?」
「文章が書けるだけ、で十分じゃん。刹那の幼馴染だけあって、妄想力もあるだろうし、ね?」

 想像力じゃないのか、と突っ込む余裕がないくらい――なぜか、書いてみたいと思っていた。書けるわけがない、無理だ、と思っていたのに。逆境も力に変えて楽しむその姿を、追いかけたいと思ってしまった。今まで心の奥底にあったものが、ついに形を手に入れたのだ。後押しされれば断る理由はなかった。考えていたほど甘くはないと気付いたのは後の話。しかし、これが始まりであることに変わりはない。

3年前 No.95

美桜 @hoep ★6ciFKIfOsT_mgE

 刹那が出すお題を元に短編を書くことから始まった。お題はその日の気分次第で、具体的なものから抽象的なもの、授業で得た真新しい知識など様々だ。お題に沿おうと思うと、小説というより作文っぽくなってしまう。お題を取り入れながら自分の世界を作ることが当面の課題だった。

  読み手を引き込むような世界観や登場人物の設定を練って、それでいて自分の伝えたいこともしっかり伝える。そんなことを考えていると、日に日に執筆時間が長くなっていった。設定や構成といった、下準備でやることが増えたというのも要因だが、完成後に読み返して修正する時間が大半を占めていたように感じる。

 刹那はどんな小説でも喜んで読んでくれた。たまに「このパターン前にもなかった?」なんて茶化しもしたが、面白いとプラスの意見をくれることが多かった。創作においては刹那の方が先輩でもこれは漫画じゃない。アドバイスできる部分が少ないのは当然だ。でも褒められるのは嬉しかったし、俺が刹那の漫画に笑顔を与えられたように、俺も刹那にあげられるものができたことで、距離も前より縮まった気がした。出来不出来は二の次で、自分にも打ち込めることができた事実が心を跳ねあがらせた。

 漫画と小説を互いに読み合うことはあっても、小説と小説はなかった。刹那は違う。当時から漫研に入っていたため、読み合う仲間はたくさんいた。うちの中学は公立校にしては部活の種類が多い方で、漫研とは別に美術部が、吹奏楽部とは別に音楽部があり、写真部といったマニアックな部活もあった。しかし文芸部だけはない。クラスメートに読んでみてくれと言うのも気が引けて、読むのは刹那だけだった。刹那に頼まれて書いたのだから刹那だけが知っていればいい。そう思い日々を過ごしていたある日、変化が訪れた。

 家にパソコンがやってきたのだ。当時携帯も持っていなかった俺にとっては物珍しく、インターネットは未知の世界だった。小学校でタイピングは習っている。パソコンの基本操作も知ってはいたけど、どれもオフラインの話だからだ。

 勉強についての調べ物をしている時、検索に引っかかったサイトに目が留まった。そこは大きな電子掲示板で、趣味や年齢などでページがカテゴライズされており、ネット上で知らない人と雑談できるようなサイトだった。似たサイトはこれまでも目にしていたが、悪い大人が子どもを騙して事件になるような印象が強く、他人の会話を見るだけに終わっていた。しかし、今まで見てきたサイトと決定的に違う部分が、そこにはあった。

 『小説投稿城』。数あるページの一つに、そんな文字を見つけた。クリックすると小説のタイトルらしきものが画面を埋め尽くす。書き込みがあった記事は新着として上へ並び、書き込みがなければ下へ流れ、放っておけばいずれ過去ログに収納される。この方式は普通の雑談スレッドと何ら変わりはないが、記事主は小説を書き込み、読んだ人がコメントを残すシステムは初めて目にした。

 いくつか気になった小説を読んでいくうちに、見ているだけじゃなく感想を書きたいと思い、さらに自分も投稿したいと思った。自由に小説を読める、読んでもらえる。ネット上という環境ではあるけれど、誰かと読み合う関係を築けた。今まで原稿用紙に手書きで書いていたが、キーボードで打ち込むようになった。刹那が本にして手元に残しておきたいと言うから、ワードで書いたものを印刷して刹那に渡す。あとは文章をコピーしてサイトに投稿して――その生活に慣れてきた頃には、中学二年生になっていた。

3年前 No.96

美桜 @hoep ★6ciFKIfOsT_mgE

 ネットにはネットの楽しさがあり見習うべき人もいた。しかし悪い癖がついたとすれば、長編の書き方だ。短編から始まった創作活動も、徐々にシリーズ短編と化し、やがては中編へと段階を踏んできたつもりだった。本編を執筆する前に起承転結を定めるのは大前提。短編、中編といった箱庭の中ならばそれは可能だった。が、いざ長編を書こうと思うとなかなかうまくいかない。そこにちょうど現れたのは「保留」という逃げ道だった。登場人物と大まかな設定だけ決めた段階で本編を書き始めてしまう、行き当たりばったりな方法だ。

 以前の俺にとって、小説とは完成後に読んでもらうものだった。だがネットという媒体の性質上、執筆途中でも他人の目に触れる。完結済みの作品を細かく分けて投稿している人もいたようだが、おそらく多くは今日書いて今日投稿、というパターンを辿っているのだと思う。読者の反応を見てから思いついたような展開やネタは、傍目から見ても分かった。

 旅の途中で出会った人に影響を受け、もらった意見がいい方向に繋がる場合もある。しかし、最低限の荷物も持たずに旅に出てはいけないのだ。今回の件は、批評に慣れていなかったことも原因として挙げられるが、それよりも無計画さが引き金となった。

 初めて書いた長編のジャンルはファンタジー。一般的な中学生である主人公はある日、霊体の少年に出会う。彼にはどうして自分が死んだのか、生前はどのような人間だったのかの記憶がない。そのため人の体に憑依して行動し、自分についての情報を集めている。どういうわけか主人公には少年の姿が見え、そして憑依を許さない。けれど少年は言う。主人公は自分が見てきたどんな人間よりも、記憶を取り戻す手掛かりとなる人物だと。身に覚えのない主人公だが、放ってはおけず協力することになる。

 終着点は、霊体の少年が記憶を取り戻すところ。少年は未練なく成仏し、そこで別れの感動シーンと、ベタではあるがクライマックスに持ち込むことができる。だけどそうはいかない。肝心の真相を「保留」にしてしまったからだ。書いているうちに何とかなるだろう。そんな甘い考えを持っていた。

 序盤では少年の死に関わるエピソードがある。主人公と少年には共通の知り合いがいて、そこで作者にさえ全貌の分かっていない事件をほのめかす発言もあった。しかし話が進むにつれて、主人公の学校生活がメインになっていく。

 学内の小さなトラブルやクラス内の喧嘩を、憑依を生かして解決していくような展開へと横道に反れていった。しかも、初期設定では少年にできるのは憑依だけだったのが、いつの間にやら魔法が使えるようになっている。この頃には失った記憶について触れることもなくなっていた。

 次第に読者は減っていき、何週間かぶりに届いたコメント。それが、俺が荒らしと呼んだものだった。同じ人がやっていたのか、複数人か。覚えてないというよりも確認する余裕がなかった。キーボードを無造作に叩いたもの、「つまらない」「くだらない」の言葉。意味をなさない単語の羅列よりも、こうしたマイナスの意見の方が堪えた。「何が駄目だったんだ」と聞く権利はない。だって自分の作った逃げ道だ。知らないわけがない。乱暴な言葉の裏に「真相を楽しみにしていたのに、君は何も考えていなかったんだね」の声を聞いた気がした。

3年前 No.97

美桜 @hoep ★6ciFKIfOsT_mgE

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3年前 No.98

美桜 @hoep ★6ciFKIfOsT_mgE

 折り返し地点を過ぎた中学生活は飛ぶように去っていった。あれから刹那は数多くの作品を残した。ただの読み手に戻ったことに慣れてきた頃には受験生になっていて、春には俺と刹那は別々の高校に合格した。

 入学説明会の日、春休みの課題が配布された。主要教科の問題集は予習復習の意味があるのだろうが、それとは別に自由作文がある。予想外の課題にどうすればいいのか分からなくなった。文章を書くのは久しぶりだ。嫌でも小説のことを考えてしまう。テーマが指定されていれば気が紛れたのかもしれないが、自由というところがさらに頭を悩ませた。

 俺がしてきたことは何だったのだろう。そう考えた時、自己満足という言葉が頭に浮かんだ。自己顕示欲で物を書いて、欠陥だらけのくせに、それを指摘されたら逃げ出した。気づいたら筆が進んでいた。わがままで、身勝手な自分をさらけ出すことで、何かが変わるような気がしたのだ。創作物は自己満足だなんて、本当は思っていない。俺がそうだっただけで、刹那は違った。きっと他の人だって。これを読んだ人が、違うよと思ってくれたら。提出期限が迫ってきた三月の終わり、そんなことを思いながら最後の課題である作文を封筒に入れて、学校に送った。

 入学してしばらく経った頃。配られた学年だよりに、なんと自分の名前を見つけた。見覚えのある文章は確かに自分の書いたもので、優秀作という名目のもとに掲載されている。誰かに読んでもらいたいとは思った。書かせるのだから教師が読むのは当たり前だが、一人か二人に見られるものと思っていたのに、こんな風に広められるとは。だが、思ったほどに学年だよりは気にされていないようで、何人かのクラスメートに「すごいね、何か書いてたの?」と言われるだけに留まった。「何でこんなのが優秀作なんだ」と騒がれ注目されたら教室に居づらくなるというのに、そうなってほしかったと思う自分がいた。何か害があるわけでもないし、このままでいいと思っていた矢先、それは起こった。


「古賀蒼依くん、だよね?」

 靴を履きかえようとした手が止まる。控えめな、それでいてしっかりと耳に届く声に振り返れば、女子生徒が二人並んでいた。一人はリボンの色から二年生だと分かる。もう一人は……噂に聞く一組の生徒だ。何の用だろうか。

「はい、そうですけど」
「ならばさっそく聞かせてもらう。あの作文はどういう意図があって」
「まあまあ梓ちゃん。その話は場所を移してしよう?」

 「ごめんね、ちょっとついてきてもらえるかな」と促されるままに、二人の後をついていく。何が起こっているのかは分からないが、作文を読まれているのだということは分かった。昇降口から離れて、つれてこられたのは西棟の四階、今は使われていない図書室だった。

3年前 No.99

美桜 @hoep ★GgOfIK5jcX_mgE

 図書室に入ってすぐに本の匂いと懐かしさを感じた。古い書架に詰められた本に、今や役割を失ったカウンター、そして長机が一つ。新設の際に多くのものが移動されているからか、広いはずなのにこじんまりとして見える。見渡しても懐かしさを感じる要素はないのに、妙に安心できる温かい何かがここにはあった。

「初めまして。私は坂本朱里といいます」
「佐藤梓だ」
「……古賀蒼依です」

 椅子に座りそれぞれ名乗る。名前はもう知られているようだが流れで言ってみる。初対面の人間に呼び止められ、向かい合って座っているというこの状況は、多少の緊張はあれど嫌ではなかった。この場所の雰囲気のおかげかもしれない。しばしの沈黙の後に話はゆっくりと本題に入っていく。

「私たちはこの図書室で文芸部として活動しています、と言いたいところだけど、今は二人で同好会すら名乗れないの」

 ここまで聞けば連れてこられた理由は明白だ。なんとなくそんな気はしていた。何で図書室なのか、何で作文が出てくるのか。答えは文芸部に勧誘したいから。だけど疑問も浮かび上がってくる。肝心の作文の内容があれでは、誘う気にはならないんじゃないか。

「部員を探しているところにあなたの作文を見つけて、誘ってみたいなと思ったんだ」
「あの作文を読んで、どう思いましたか」

 誘ってみたい。その言葉に反応するように口をついて出た疑問。あの作文に対し「違うよ」と言ってくれる人がいたらと望んだ。彼女たちこそそう言ってくれるかもしれない。肯定してしまったら、文芸部として活動している意味がない。だからこそ、何で俺を誘うかの意図が分からなかった。

「言いたいことなら山ほどある。文章力は認めるが独りよがりかつ短絡的で、何よりも馬鹿にされていると感じた」

 至極真っ当な意見な意見だと思う。――馬鹿にされている。その言葉で、大きな括りで物を語ったのだと思い知らされた。あの作文が馬鹿にしたのは彼女たちだけじゃない。創作する人、創作されたもの。その全てだ。怒りを纏った声にどう反応すべきか考えていると、二年生……坂本さんと目が合った。にこっと微笑み返され、見つめられたまま意見が述べられる。

「私も内容には賛成できないかな。意見の一つ一つに『そうじゃないよ』と言いたくなる。でもね、不思議なことに『そうじゃないんだ』の声は文章からも聞こえてきた。……それが、誘ってみたいと思った理由」

 まさか……天邪鬼を見破るなんて。本音に気づいてくれたのだ。否定されたかったこと、本当は自己満足であってほしくなかったこと。本当は、自分だって自己満足と言う壁を越えた作品を創りたいこと。たくさんの言葉で隠したはずの「本当は」が溢れ出す。しかしそれならば尚更、貫かなければならないものがある。今まで自分は自己満足で書いていたと。

「共感より否定を求めていたのは事実です。でも……、全てが嘘だったわけでもありません。自己満足だ、馬鹿らしいという思いも本心です」

 刹那が好きだと言ってくれた俺の小説は、小説としても創作物としても矛盾だらけの代物だった。書いてきた時間は確かに意味のあるもので、苦しみを知った後でも幸せだったと言える。やっぱり俺は小説を書くことが好きだった。だからこそ、これまで「そうじゃないんだ」と否定するのは甘えだ。

2年前 No.100

美桜 @hoep ★jxkj1IbDk0_mgE

「ならばその思いを変えさせてやる。二度と馬鹿らしいと言えないように」

 佐藤さんからは、先程までの噛み付かれそうな威嚇の雰囲気が消えていた。まるで全てを察したかのように。強引にも聞こえるが、それ以上に頼もしさを感じた。ずっと、その言葉を待っていたのかもしれない。我ながら身勝手で受け身だと思う。一歩踏み出す勇気をもらうことを期待していたなんて。そうまでして見つけた場所だ。もう嘘はつけない。

「『溢れ出す妄想を形にしようぜ』」

 紡がれた言葉は唐突ながらも、自然に胸に響いた。「妄想」という言葉も一見茶化しているように見える表現も、坂本さんらしくはない。初対面でもそう思えるほど彼女と今の言葉は結びつかないのに。その言葉は、すうっと胸に入ってきて水のように心を潤わせた。

「はじまりはただの妄想でもいい。くだらなくて馬鹿らしい、そんな妄想に形を与えてあげること……自己満足を自己満足のままで終わらせないこと。それが創作。……全部、去年の部長の受け売りなんだけどね。でも今のあなたに贈りたい言葉だなって、思ったの」

 妄想から誰かの心を動かす物語を生み出すことは、決して簡単ではないだろう。妄想として生まれ、妄想のまま死んでいった存在がこの世にはたくさんある。しかし、妄想であったことが信じられないくらいに人を惹きつける物語もまた数多く存在する。「創作物は全て自己満足」という意見に対しての、「自己満足から生まれたけれど、それで終わらなかった意味のあるもの」という答えはまさに救いだ。意味のないものとして投げ出してしまった過去に、今度こそ意味を与えたい。完璧じゃなくても、不恰好でもいいから、もう一度向き合ってみたい。逃げ出した過去を認めたうえで、もう一度。

「とてもいい言葉、ですね」
 ぽつりと零れた呟きに二人は頷く。……そして。

「もし良ければ、私達と一緒に小説を書いてみない?」
「良ければ、じゃなく強制だぞ。古賀蒼依、君に拒否権はない」
「ちょ、梓ちゃん!?」

 そんな掛け合いをする彼女たちが眩しい。刹那を見ているときと同じだ。眩しく楽しそうに見える場所にも、苦しみや挫折があることを知っている。それでもその手を取らずにはいられなかった。もう答えは決まっている。新しい一歩を踏み出すのは今しかない。――こうして、止まっていた時は動き出した。

2年前 No.101

美桜 @hoep ★ViKPoyMeKJ_yoD

 今に至るまでの全てを語り尽くした。まるで過去を旅するように、一つ一つの出来事を振り返る。話せば話すほどにあの頃の感情が蘇るが、もうそれに揺さぶられはしない。どんな感情だって大切な思い出だから。長い旅を終えて、戻ってくるのがこの部室だという当たり前のことに、大きな安心感を覚えた。蝉の声はさらに大きく、地面を焦がす日差しも強くなっている。もう正午に近い時間だった。

「古賀くん」
 何度も呼ばれているはずなのに、何故だかいつもと違って聞こえる。気恥ずかしくて嬉しい。そんな気持ちになったのは俺だけではないのだろう。取り巻く空気の変化を肌で感じた。
「最初に少し触れたけれど、私たちね、せっちゃんにそれとなく聞いていたの。古賀くんから何か打ち明けられるかもしれないって。メールを見た時、嬉しかったけど不安でもあったんだ。話すことで古賀くんが傷ついてしまうかもしれないと思ってた」

 そんな心配をされていたとは思ってもみなかった。だけど、話すことで関係が変わってしまうことを恐れていた面も確かにあった。「傷ついてしまう」など被害者ぶるのもいいところだが、その未来を想像しては話すことを避けてきた。もし相葉由紀の存在がなかったら、高橋さんと話をしなかったら。打ち明けるのはもっと先になっていただろう。

「でも、こうして全てを話した古賀くんは嬉しそうで、それが一番嬉しい。話してくれてありがとう」
「坂本先輩……」
 傷つく可能性を考えていたのが今となっては馬鹿らしい。それほど話せて良かったと思えるのは、やはりこの二人だからだ。佐藤が何か言いたそうに俺を見て、決心したように息を吸った。その表情が、初めて部室に来た時の彼女と重なる。

「話してくれたことには感謝している。その点は朱里と同意見だ。ただ、一ついいか。思い通りにならないから逃げるなんて無責任だ。それも自分の撒いた種なのに」
 そうだ。俺は一度逃げ出した。そのことはもう変えられない。だからこそ変わろうと思った。あのときの「変えさせてやる」に応えようと――

「……だから、逃げた分をここで取り返せ。私と朱里がいるんだ。できないとは言わせない」
 言いたいことをそのまま言われた。逃げた分を取り戻す。ここでならできると。ふっと笑いが漏れると、「何がおかしい」と突っ込まれた。
「そうだな。きっとできる。ありがとう」
 礼を言われるとは思っていなかったのか、佐藤は照れくさそうに目を逸らした。坂本先輩もくすりと笑って、いつの間にか大きな笑いが俺たちを包んでいた。

 それから、二人の過去の話も聞いた。初めから話そうと思っていたのか、それとも俺の話を聞いてそうしようと思ったのか。いや、そんなのどっちでもいい。佐藤は小説を書き始めたきっかけ、伯母の話、約束の話を、まるで宝箱の中身を見せるように大切そうに語ってくれた。坂本先輩は俺と同じような経験があると言った。好きな小説に影響を受けて書いた小説が、多くの矛盾を生み破綻したこと。そして、下調べや設定を練ることの重要さを学んだこと。こんな話をするのは初めてだ。今までだってたくさんの感情を共有してきたけど、もっと深い部分まで分かり合えた。誰のどんな過去でも、少し何かが違えば今この時間は生まれなかったかもしれない。だから今初めて、この過去があって良かったと思えた。

 初めて部室に入ったときに懐かしさを感じたのは、過去にもここで同じように喜び悩んだ人がいたからなのか。……なんて、クサいことを考えてしまうのは、きっとこの空気のせいだ。

1年前 No.102

美桜 @hoep ★d0mFwX7eNV_mgE

「実は、打ち明けようと決心させてくれた出来事があったんです。……冤罪作戦を試したあの日、相葉由紀をよく知る人に会いました」
「それは……」
「本当か!?」
 もうひとつの重要な話は高橋さんについてだ。声をひそめる坂本先輩に、食い気味な佐藤の声が重なる。

「あの日のいつだ。私たちと別れたすぐ後か?」
「帰る途中、降りた駅で話しかけられたんだ。『あれは演技だったのか』と確認された」
「盗聴されているという私の読みは合っていたのだな」
「ああ。盗聴とメモの件も自分がやったと話していた」

言いながら席を立ち、カウンターに取り付けられた電気スタンドのコンセントを抜く。高橋さんは、この延長コードが盗聴器だと教えてくれた。本物はカウンターの引き出しの中だと言う。どこで見つけてきたのだろう、本物そっくりだ。「こんなところにあったとは」と驚く二人と話しながら、盗聴器と本物を入れ替えた。

「その人が本人のように思えるけど、そうじゃなくて『よく知る人』なの?」
 ここまで聞けば、本人が自白したと考えるのは普通だ。演技だと気づかれているとはいえ、当初の予定通り相葉由紀を釣れたと解釈できる。
「俺も最初は本人だと思ってましたが、違いました。本人は噂とは反対の人間だそうです」

 その人の名前は高橋美由といい、彼女が本物の相葉由紀の隠れ蓑となっていること。理解ある人間ならば正体を暴いてほしいと思っていて、俺たちを試していたこと。そして、自分の過去を相葉由紀に重ねて迷っていたが、今回の件で決意できたこと。ぽろぽろと溢れ出る言葉が世界を彩っていく。

「そこまで言われたら、見つけなきゃって思うよね。会って話さなきゃって」
「当然だ。何ならもう一作書かせてやる」

 あの日、俺の作文を見つけてくれた二人を見ているようだ。見つけてほしい、間違っていると言われたいと俺が思ったように、彼もまた、そう考えたのだろうか。「傷を癒してくれる人がいたっていい」――あの言葉は、そんな彼を映しているようにも思えた。

「しかし、他校の生徒となれば捜索は困難だな。性別しか手掛かりが……」
「いや、むしろ絞り込めた。……実は、こんなメールをもらっている」
 携帯を出して、二人に「詮索するな」のメールを見せる。なかなか話すタイミングがつかめずにいたが、消さなくて良かったとつくづく思った。

「あのメモと同じ言葉……」
「これについて、高橋とやらは何と言っていた?」
「自分は送っていない、まず俺のアドレスを知らないと言われた。だからこれは、本人からのメールだ」

 「センサクスルナ」と「詮索するな」。高橋さんがメモを仕込むことを相葉由紀は知っていたが、メールの存在を高橋さんは知らなかった。どうして伝えなかったのかは分からない。でも、これは大きなヒントだ。

1年前 No.103

美桜 @hoep ★IbI3Qun4jg_yoD

「アドレスが流出したと考えるより、アドレスを交換した知り合いと考える方が現実的か……。よし、電話帳に登録している他校の男を書き出せ」

 「私が見てやってもいい」と携帯を奪おうとする佐藤をあしらう。他校の男子生徒といえば、大半は中学のクラスメートだ。中学時代の友人知人で小説を書いていた人間はいないはず。いなかったから、ネット上で書くことに夢中になったのだ。さらに、中学時代から高橋さんと付き合いがあることも条件に加わる。それもただの知り合いではない、「大切な人」と言える間柄だ。頭の中を整理しても、条件に当て嵌まる人物はいない。

「ねえ古賀くん、私たちが探していることを他校の誰かに言った?」
「そうか……! 誰かに言っていれば、それが盗聴のきっかけになるな」

 ――詮索されていると最初に気付いたのは由紀です。
 そうだ。相葉由紀は他校の生徒であるにもかかわらず、高橋さんより先に詮索されていることを知っていた。そして俺のアドレスも知っている。ずっと気にしていた、情報が漏れた原因。盗聴とメモの原因が、俺かもしれないなんて。だけどそう考えれば、全て辻褄が合う。

「刹那には言ったが、他には……」
「あいつに話せばあっという間に広まりそうだが」
「ああ見えて言いふらすタイプじゃないんだよ」
 秘密にしてくれと頼んだわけではないが、それでも面白半分で広めるような性格じゃないことはよく知っている。仮に誰かに話していたとしても、俺のアドレスを知っているのはおかしい。どうあっても俺の知る人間のはずだ。

 ……いや、待てよ。家で部の話をするとき、相川もいなかったか……? 佐藤の話をしたあの日、俺はきっとその名前を口に出した。そして相川は、高校生になって知り合った他行の生徒だ。彼の中学時代は刹那も知らない。もしかしたら高橋さんとの繋がりがあったかもしれない。
 しかし、相川は刹那と同じ漫研に所属しているのだ。だから小説は書かないと言い切るつもりはないが、相川と相葉由紀が同一人物ならば、佐藤が好きな漫画と恋模様の作者も同一人物になる。恋模様は過去に書かれたもので漫画ではないと考えても、どうにも腑に落ちない。

「どうした? 何か思い出したのか?」
「……ちょっと心当たりがあるんだ。でもまだ確証が持てない。だから待っててくれないか」
「確かめる方法はあるの?」

 坂本先輩の問いに少し考えて頷く。相川と高橋さんに繋がりがあることを証明できれば、確定したと言ってもいい。会話の中でさりげなく聞いてみるか? メールを送るほどに警戒されているとはいえ、いざとなったら刹那に協力してもらうこともできる。ここまできたのなら確かめたい。

 さて、どうやって聞こうかと思考を巡らせていた帰り際、刹那からメールが届いた。明日のお昼には帰ってくること、そして。「今度打ち上げをやるんだけど、蒼依も参加しない?」の一文。部外者の俺が参加してもいいのかと返信すると、「人数は多い方がいいよ! 他に友達を連れてくる人もいるからね〜」と軽い文章が返ってきた。部活の打ち上げとしてどうなんだとも思ったが、これはちょうどいい。自然な形で相川に会える。意を決して、了承のメールを送信した。

1年前 No.104

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

Page 14 あの日々が残したもの


 あるビルの屋上テラスにて。遠くに海が見える。砂を焦がす太陽の匂いと潮の香りが、風に乗って運ばれてくる。そして何よりも鼻孔をくすぐる、肉の焼ける香ばしい匂い。
 葉月西漫研の打ち上げはバーベキュー場を貸し切っての開催となった。遠征の費用もかかるだろうに、さらに部外者も誘ってこれとはかなりの太っ腹だ。

 あれから刹那に全てを話した。結論から先に言えばありえないと笑われたが、経緯を話すにつれ真剣な顔になっていく。

――今の冬馬は漫研の一員だよ。もし相葉由紀だったとしても、過去とは違う表現方法を見つけた、ってことじゃないの? 今になってもう一度小説を書いてほしいなんて、余計なお世話じゃないのかな?

刹那はお節介の塊のような奴だが、人の嫌がることは絶対にしない。俺のときも無理にとは言わなかった。相川が完全に過去を振り切っていたなら、刹那の言う通り余計なお世話だ。でも高橋さんの話やメールの件を考えたらそうは思えない。

――とも思ったけど、いいよ。朱里さんと梓ちゃんに免じて刹那にできることは何でもする。それに……たまに冬馬が見せる何か考え込むような表情が気になってたんだよね。

俺の言いたいことを読み取ったのか、そう言って微笑む刹那は頼もしく見えた。さっそく打ち上げで話を切り出す流れを作る。バーベキューは何卓かに組み分けられるが、相川と同じ組になれるようにする。もしできなくても卓に着く前に話せる機会を設ける。……との算段だったのだが。刹那が集合時間を間違えていて、俺たちはギリギリの到着となった。そして相川のいる卓とは遠い卓に通されたのである。


「それではイベント成功記念を祝して!」

部長さんの音頭で乾杯が行われる。グラスに入った炭酸水が揺れてぶくぶくと泡を立てた。部外者でもおめでたい場にいると素直に祝福したくなる。リレー小説を書き終えたら俺たちも何かしたいと思いながら、グラスに口をつける。ほどなくして皆の前にいた部長さんが席に戻ってきた。そう、何故だか部長さんに副部長さん、その他三年生に囲まれた組み分けとなっている。刹那曰く「明るい好青年の皮を被った無茶振り雑食オタク」の部長さん。爽やかな出で立ちによく通る声といい、彼はまさに集団のリーダーといった感じの人だ。

「なんで部長と同じ卓なんですかー」
 それを口に出すのか。だがこんなやり取りには慣れているようで、向こうもさらりと返してきた。
「公平なるくじ引きの結果だよ。誰かさんが細工しようとしたせいで二度手間になったがこれに関しては偶然」
 相川と一緒になれるようにするとはどんな名案があるのかと思いきや、くじの細工だったのかとちらりと刹那を見ると、てへと舌を出して笑った。そして一瞬だけ真面目な顔をして目くばせした。「冬馬の件は後で、絶対に」と言われた気がする。

5ヶ月前 No.105

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

「副部長が一緒にいるのも?」
「もちろん偶然に決まってるじゃない。梶ちゃんをそんな疑い深い子に育てた覚えはないなあ?」

副部長さんは刹那の左隣で野菜を焼いている。利発そうな顔立ちをした彼女は、玉ねぎとピーマンの刺さった串を刹那に渡しながら悪戯っぽく笑った。刹那が「育てられた覚えもありません」とふくれると周囲に笑いが起こる。なんだか自分も部の一員になったみたいだ。葉月西の漫研部員としての刹那を見るのも新鮮だった。佐藤や坂本先輩と一緒に花火大会に行ったときの刹那も同じ気持ちだったのだろうか。いや、あれはあれで羽目を外しすぎか。

「古賀蒼依くん、だっけ?  梶原から聞いた通りの子で安心したよ」
 部長さんの言葉にあははと笑いつつも変なことを言ってないだろうなと考えるが、……あれ? 安心したってことは何も問題ないのか?

「実は君の小説、読ませてもらったことがあるんだ。知り合いに君の高校の生徒がいてたまに部誌をもらってくるから」
 タレをつけた肉が喉につかえそうになる。毎月の部誌はフリーペーパーのような感じで校内のあらゆる場所に配置される。うちの生徒から他校生の手に渡っていても不思議ではないが、読まれていたと思うと恥ずかしい。それも部長さんに。
「それ刹那も初耳なんですけど!」
 ありがとうございますと言うなり刹那が乗り出す。刹那が知っていたら部長さんから感想を聞き出してそうで恥ずかしいどころではない。……と思っていたら部長さんも同じことを考えていたらしい。
「お前に言ったら逐一感想を聞いて本人に伝えそうだから嫌だ」

 それから部長さんは部誌に関する様々なことを語ってくれた。去年はじめて部誌をもらったこと。なかでも坂本先輩の作品が好きで、小説だけでなくイラストまで描いていてさらに一年生だったと知って驚いたこと。去年まで唯一の後輩だった坂本先輩が、ただ一人の先輩となって部長をやっている、それが感慨深いとも語ってくれた。二年生といったら普通はまだ後輩でもある立場なのに、坂本先輩は部長だ。当たり前だったこの事実に改めて感謝したいと思った。

5ヶ月前 No.106

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

 そして「去年」「うちの学校」というワードから連想したのか、誰からともなく相葉由紀の名前が出た。思わず相川の姿を探してしまう。距離も離れているし声が飛び交う賑やかなこの場所で、本人に聞こえるわけがないのに。第一、これから切り出すのだから聞かれてもいいだろうと自分に言い聞かせる。

「恋模様かぁ。私は結構好きだったよ。初恋の初々しい空気感が全面に押し出されていてね。終盤は迷走していたけど、ここまで酷評しなくてもいいじゃないって思ってた」

 そう語る副部長さんはドラマ化される前から恋模様を知っていたという。今更だが、ドラマ化されるということは人気があった証拠でもある。ドラマがきっかけとなって多くの人間に注目され、大きな声の批評が目立つ原因となるのだが。だけどその前から見守っていた人がいたことを、忘れていてほしくはないと思った。

「あの文体は小説と呼べるのかー、とかいって批評されていたよな。文章がどうとかは俺には分からないが、当時作者の年齢を知って驚いたことは覚えている」
「年齢?」
 俺が思ったことを刹那がそのまま口にする。誰も本当の年齢を知らないと知っていても、思わず反応してしまった。間髪入れずに聞き返した刹那を少し不思議そうに見て、部長さんは続ける。
「中学生、それも二年生か一年生だと思ってたんだよ。あの年頃にしか感じられないもの、っていうの? を感じたんだよなあ不思議と」

 デビューが二年前、このとき中三とされているが実際には中二だ。そして去年のドラマ放送時にはすでに原作は完結している。つまり恋模様は中二までに書き上げられた作品だ。部長さんの言う年齢とぴったり合う。とは言ってもたった一歳しか変わらないのにと思えば、またしても刹那に先を越された。

「中学生か高校生かってそんなに違いますかね?」
「そうだ。同じ十五歳でも中三か高一では全然違うだろう?」

そういうものだろうか。ああ、でも……言われてみれば今と去年では大きく違う。新しい出会いがありまた小説を書くようになった。今こうして葉月西の打ち上げに混ざっていることだって、去年の自分には想像できなかった。目をそらした過去は黒歴史なんかじゃなくて、あのときにしか書けなかったもの――今に残る足跡であればいい。俺にとっても、そして相葉由紀にとっても。

5ヶ月前 No.107

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

 気づけばたくさんあった肉や野菜もなくなり、葉月西の先輩方とのバーベキューは幕を閉じた。軽く片付けをして、下の階のカフェテリアで相川と落ち合う。刹那は「イベントの反省会も兼ねて話をしないか」と連絡したらしい。この打ち上げが反省会も兼ねていたと指摘されたようだが、「名目はなんだっていいの! せっかく蒼依も一緒なんだし、ね?」と押し切る形となった。一緒に帰ろうだとか、理由をつけずになんとなく顔を合わせる時間は取れたと思うが、それで上手く切り出せるとは限らない。だから何か話があると言って会うのが一番なのかもしれないが、問題はその後だ。呼び出した本人である刹那が「食べ過ぎてお腹が痛くなった」と場を抜ける。これはあからさますぎたかもしれないな……。

 かくして相川と二人になった。食後だからと飲み物だけを頼んでテーブルにつき、他愛もない話をした。
 同じ卓に先輩しかいなかったこと、それも部長さんや副部長さんまでいたことを気にしてくれていたみたいだ。親切に迎え入れてくれて嬉しかったと答えた。話の内容にまでは触れなかったが。刹那が集合時間を間違えたのは前日までのやり取りに原因があった、なんて話もした。直前になって集合時間が早まったらしい。今まであまり意識していなかったけど、刹那を通じて知り合ったからか刹那に関する話題が多い。本人のいない場では素直に褒める姿から、なんだかんだで仲がいいことがよく分かる。高橋さんと相葉由紀はどんな関係なんだろう。大切な人……恋人の可能性もある。さりげなく彼女の有無を聞けば切り出せるんじゃないか……? 単刀直入に言うのは難しい。刹那や佐藤みたいにズバっと言える性格ではないと自分自身がよく知っている。遠回しに聞くところから始めよう。でもいきなり「彼女いる?」なんて聞くのはいかがなものだろうか。何か取っ掛かりがほしい。……そうだ。

「刹那のこと好きだったり、する?」
「いきなりどうしたの」
「え、いや、楽しそうに話すからもしかしたらと……」
 二人きりで話すと決めたのは自分だが、ここに刹那がいたらからかい半分で恋愛話に持ち込めそうだったのにと後悔しそうになった。取り繕いながらアイスティーを口に運ぶ。緊張のせいかほとんど味がしなかった。
「誰にでも好かれそうな性格してるとは思うけどそんなんじゃないよ。……ていうか僕彼女いるし」
 今度はむせそうになる。まさか自分から言ってくれるとは。年上? うちの学校の生徒? 付き合ってどれくらい経つ? 様々な言葉が浮かび上がるが無難にどんな人かと尋ねた。

「……悲しいくらい優しい人」
 その言葉が全てだった。思いを馳せるような遠い瞳と細い声。あの日の高橋さんとよく似た表情。だから分かってしまった。同時に悟る。相川はもう、俺が何を言いたいのか知っていると。短い沈黙の後で席を立つ相川。

「詳しく聞きたいなら文化祭の日に話すから」
 用事を思い出したから先に行く、お代は払っておくと付け足して去ろうとする相川を引き留めようとするが、何も言えなかった。
「梶さんに今度体調のいいときに反省会するって言っておいて」
 最後に刹那への伝言を預かっただけだ。でもきっとこれで良かった。なにひとつ具体的な内容は口にしなかったのに通じていると確信できた。あとは待つだけ。こちらからは何もしない方がいいだろう。

 アイスティーを飲み干して、遠巻きに様子を伺っていた刹那と合流した。「本題は話せなかったけど上手くいった」と言えば「分かるように説明して」と拗ねられたが、この不思議な感じは形にならない。あえて曖昧に濁すことが最大の表現方法な気がして「近いうちに分かる」とだけ漏らした。

5ヶ月前 No.108

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

Page 14.5 相葉由紀


 もう潮時だろうか。古いノートを撫でて思う。あれだけ必死に隠しておきながら、誰かに暴かれることを望んでいたのかもしれないと。

 絵を描くのは昔から好きだった。漫画のように動きのある絵を描くことはもっと好きで、少年漫画のワンシーンを真似したり、アニメのアクションシーンを切り取って自分なりに描いたりしていた。物語が生まれたのはもっと先。恋をしたのがきっかけだった。

 実由と付き合い始めて、このくすぐったくて甘い感情を描いてみたいと思った。なんともおめでたい発想、幼稚な考えだが、行動せずにはいられなかった。今まで何かの模倣でしかなかった「描く」が、自分だけの色に染まり動き出す瞬間、になるはずだった。ほどなくして、動かせないと気づいた。僕が描きたかったのは一言で表すならば少女漫画だった。実由の見ている世界はきっときらきらと輝いていて、実由から見た僕もそうであってほしい。そんな思いから、どこにでもいる中学生が恋をして、相手を通して世界の美しさを知る、少女漫画のお手本のような話が生まれた。しかし、自分の絵柄と話の内容が絶望的に合わない。愛らしく無垢な主人公なんて描けない。世界観、雰囲気、その全てが、脳内に留まったまま形にならない。絵にして表すのなら大きく動かせるバトルシーンを入れたい。しかし描きたいのはごく普通の学園を舞台にした恋愛ものだ。描きたいものと描けるもの、描きたい話と描きたい場面が噛み合わない。そして僕は、違う表現方法を選んだ。

 頭の中に話があるのなら文章にしてしまえばいい。けれど、モノローグや台詞は水が湧くように出てきても細かい描写を書けるわけがない。何故って、漫画だったら描くべき情報で、わざわざ文章にする情報ではないからだ。文章は書けない。だけど文章らしきものだったら脳内イメージを吐き出せるかもしれない。
いわゆるケータイ小説は、僕の希望する条件を全て満たしてくれた。ほとんど台詞とモノローグだけで進む。少女漫画の雰囲気は繊細な気持ちを綴ったポエムで再現し、漫画によくある擬音をふんだんに使った、小説らしきものができあがった。

5ヶ月前 No.109

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

 最初に書いたのは、山も谷もない幸せな話だった。この話を知る人は少ないだろう。恋模様を書き始める前に削除したからだ。実由のためだけに書いたようなものだし、実由だけが知っていればいい。そう思った一作目とは違い、次は多くの人に見てほしいと欲が出てしまった。書きたいものがはっきりしないまま見切り発車で書き始めた。表現できることが楽しくて、思いだけで突っ走った。もしこれが漫画だったら、あるいはちゃんとした小説の体裁を保っていたのなら、ある程度考えてからでないと形にならないだろう。しかし、今考えたことを今形にできる、そんなインスタント感がケータイ小説にはあった。ブログでも書くかのような気軽さで、物語は悲劇へと向かっていく。

僕が描きたかったのは幸せな話だったはずだが、リアルタイムで物語を追う読者にしてみればそれは退屈だったようだ。恋の話で刺激を加えるなら、やはり恋敵の出現だろうか。主人公とヒーローにそれぞれ恋敵を追加した。つまり四角関係だ。すれ違う二人がこの試練を乗り越えて結ばれる、といった展開にするはずが、だんだん収拾がつかなくなってきた。痴情のもつれをドロドロしている、泥沼などと言うが、泥沼に嵌まっていたのは他の誰でもない、作者の僕だった。この事態を終わらせるためには、さらなる悲劇で上塗りするしかなかった。

 もうハッピーエンドは諦めていた。でも後味の悪いバッドエンドにはしたくない。四角関係などどうでも良くなる悲劇、ラストに相応しい、感動できる悲劇。それが最大の過ち、主人公の死である。さらなる過ちは、ヒーローを自殺させたことだ。好きな人の死を乗り越えて生きていく、というありきたりな終わり方にしたくないと思い、天国で幸せになりました、と締めた。結局どちらもありきたりなのだが、前者の方がまだマシに思える。

 読者には絶賛され、実由も感動したと言ってくれた。そして、書籍化、ドラマ化と信じられない出来事が立て続けに起きて、その先で僕は自分のしでかした全てを知った。ドラマは賛否両論だったが、プロの脚本や演出、役者の演技力に随分と救われていたように思う。ドラマ自体を批評する声より、ドラマを見て興味を持ち、原作を読んで裏切られたと言う人の方が多かった。それに乗っかり、野次馬のように騒ぎ立てる人もいた。

5ヶ月前 No.110

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

 このとき初めて、書かなければ良かったと思った。書籍化後も多少の批評はあったが、より多くの目に触れるとなれば訳が違った。放送前にコメントをくれた人、支持してくれていた人たちも、居づらくなったようで離れていった。

 しょせん蛙が、大海に出てはいけなかったのだ。井戸の中に留まっているべきだった。多くの人に見てもらおうなどと考えるべきじゃなかった。実由に宛てた、小さな自己満足で終わるべきだった。そもそも、消去法で選んだ表現方法で思うように表現できるわけがない。

 巷では相葉由紀の素性について様々な憶測が飛び交っていた。いずれ特定されてしまうかもしれない、どうすればいいと情けなく縋った僕に、実由は言う。「私が由紀になるよ」と。こうして由紀は、実由の通う高校の女子生徒ということになった。一足先に高校生になった実由を、こんなことに巻き込んでしまうなんて。気にしないでと困ったように笑う実由は、代わりにわがままを聞いてほしいと言った。

――ねえ創って。小説が嫌なら漫画だっていい。一人が嫌なら私も一緒に創る。

 ……すぐには頷けなかった。やがて時は経ち、相葉由紀に対する世間の関心も薄れてきた。この頃になってようやく、わがままに応えられるようになった。自分も一緒に。その言葉通り、実由の考えた話を僕が漫画にした。初めからこうするべきだったのかもしれない。僕には、一から何かを生み出すことは向いていなかった。実由の語る物語は、次々にイメージが湧いてくる。ペン先から世界が生み出される。
実由は楽しそうに語りながら、時にこう言う。小説でも漫画でもいい、僕が自分で考えた話を読みたいと。多分そんな日は来ないだろうと返した。実由が好きで、実由の考える話が好きだ。だから漫画を描くことまで嫌いになりたくなかった。

5ヶ月前 No.111

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

 実由と僕で創った漫画を誰かに読ませようとは思わなかった。なるべく人の目に触れずに楽しみたかったから、本当は漫研に入るつもりだってなかったのに。高校に入学して間もない頃、魔が差してノートに落書きをしてしまった、……ところを梶原刹那に見つかったのが運の尽きだった。

 自由奔放でうるさくて、でも何故か憎めない、結果として多くの人に好かれる、この手の人間を人たらしとでも言うのだろうか。なし崩しに入部することになった。実由に話して辞めようとも思ったが、逆に歓迎されてしまい、漫画は二人だけのものではなくなった。しかも、僕一人で描いていることになっている。部員同士で合作ということはあっても、基本的には自分で一人描くもの。バレたら辞めることになるかもしれないが、それはそれで元に戻るだけだ。過去以上にバレて困るものなどない。

 そう思っていた罰が当たったのか、なおも過去はつきまとう。梶さんの幼馴染が実由と同じ高校の生徒で、文芸部に入っているという。間接的な繋がりはあるとはいえ、まさか由紀のことはバレないだろうと思っていた。この時点で何か対策を立てるべきだったが、この関係はそれなりに居心地が良く、切るに切れなかった。その矢先、ついに恋模様という名を聞いた。

 今頃になって、何としても隠さなければならないと焦った。当時、二年生の女子という情報だけで実由までたどり着いた者はいなかったが、事態が収束して余計な情報が入らない今こそ危ない可能性もある。彼らが僕にも実由にも気づかないうちに諦めさせたかった。そのためにまた実由に迷惑をかけて、初めて実由に隠し事をした。

 そこまでして隠したかったはずなのに、僕の取った行動は穴だらけで、逆に証拠を残すことになってしまった。本当は見つけてほしかったのかもしれない。未だに過去と向き合えずにいる僕は、きっと、向き合う機会を探していた。批評から目を背けて、書かなきゃ良かったと思ったこと。逃げるために大切な実由を利用したこと。彼らからも逃げてしまえば、またひとつ後悔が増えるような気さえした。だから、

「文化祭の日に話すから」
 今度こそ自分の言葉を嘘にしない。何かを言いかけて、言わなかったその姿に心の中で返事をする。そうだよ、相葉由紀はここにいる。

5ヶ月前 No.112

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

Page 15 夏空の先へ


 夏休み終了まで一週間を切った頃、めでたくリレー小説が完成した。ほどほどの余裕を持っての完成だったが、序盤を担当した自分が一番遅い提出だったことに少し申し訳なさを感じた。待っている間に坂本先輩はイラストの仕上げを、佐藤はその相談に乗ったり文字のレイアウトを考えたりしていたというのだからなおさら。「自分のペースで大丈夫だよ」「悪く思うなら作業を進めろ」と飴と鞭のような言葉を背に書き上げた。

 ここ数週間、いや数日の間でたくさんの出来事が起きて解決した。解決したと言えば語弊があるかもしれない。しそうになっている、が正しいのか? 妙に気持ちがすっきりして、早朝のしゃんとした、それでいてどこか優しい空気のなかにいる気分だ。夏は夜明けが早い。「夏空に溶ける」の二人はこんな気持ちで最後の朝を迎えたのだろうか。最後の美しい情景のためにも序盤は重要だ。最も大切でない箇所だとひとつもないのだが。

 ぴりぴりとした緊張感と、この先どうなるか分からない絶望感から物語は始まる。複雑な家庭とはいっても、ちゃんと逃げずに向き合えば解決策が見つかることを、当人たちはまだ知らない。ひとつの出会いから生まれる共感と理解、そして静かに生まれる恋。完成させたその日は何故か朝早く目が覚めた。時計を見ると午前四時。出来上がったタイミングで刹那がスイカをおすそ分けに来て、そこで初めてもう昼過ぎだと気づいた。あの日について、刹那にはあれ以上の説明はしなかったが、しばらく時間を置いて察したであろうことは分かった。

その翌日、全員の原稿を繋げて読んで、統一感を出すために最後の推敲をした。通しで読んでもイメージした通りで、大幅な修正はしなかった。二人の出会い、成長、別れとそれぞれのパートが自然な形で繋がりつつ、各々の特徴や個性もしっかり出ている。贔屓目かもしれないが、二ヵ月前の自分に教えてやりたいほどの出来だった。

 そして、あの日の出来事も話した。刹那にした説明と同じような言葉で。結果として悪くはなかったと受け取ってくれたようで、言葉にして、あるいは態度で「待ってる」と伝えてくれた。過去を打ち明けた。相葉由紀についての話も落ち着いた。リレー小説も書き終えた。となれば、いよいよ初夏に語ったことを実現できる。

4ヶ月前 No.113

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

電車に揺られて数十分。あるアミューズメントプールにやってきた。遊園地が併設された屋外プールで、出店なんかもある大きな施設だ。日光に照らされて宝石のように輝く水面が眩しい。八月も終わりとはいえまだ日差しは強く、今日も暑い一日になりそうだ。

「古賀くん、おまたせ」
 プールサイドで更衣室から出てくる二人を待っていた。声をかけられて振り向くと、ドレスのようなワンピースタイプの水着を纏った坂本先輩の姿が。艶やかなワインレッドに大人っぽいデザイン。水着でありながら上品さを感じさせる……って何考えてるんだ。そして珍しいことに、佐藤は先輩を盾にするかのように隠れている。何やらフリルらしきものがちらっと見える。坂本先輩に促されて渋々顔を覗かせた。目に飛び込んできたのは白と淡いピンク。胸元についた花飾りが目立つビキニだ。さっき見えたのはスカート部分のフリルだったらしい。二人とも想像した以上に似合っていて、気の利いた言葉が出てこない自分が恥ずかしい。いや一番恥ずかしがっているのは佐藤なのだが……。前に恥じらいが足りない、といったことを話した気がするが、どうしたものか。今は足りすぎているくらいだ。
「だから嫌だったんだ、あいつの選んだ水着なんて……っ」
「あいつ?」
「実はこの前、せっちゃんと三人で水着を見に行ったの。なかなか決まらなかったんだけど……せっちゃんのアドバイスのおかげで選ぶことができたんだ」
 知らないうちにそんなことがあったとは。言われてみればどことなく刹那の趣味を感じる。今朝見送る刹那がにやにやと笑っていたのはこれが理由か……。佐藤なら自分一人で選んだ水着はむしろ誇りそうなものだが、刹那が関わっているからこその反応なのだろう。いつもそうやって恥じらっていれば可愛いのにと思い想像してみるが、常にこうだと調子が狂いそうだ。現に今狂わされていると言えなくもない。いつぞやのギャップ萌えの話を思い出した。
「ほ、ほら、いつまでも突っ立ってないで行くぞ」
 照れ隠しのように手で顔を覆って、先を駆ける佐藤。追いかけて日陰から日向へ、焼けつくような世界に飛び出した。

 意気揚々とウォータースライダーに挑んだ佐藤が、直前になって尻込みをするといった意外な一面を見せた。その姿は最初こそ怖がっていた坂本先輩に「手を繋いでいれば大丈夫」とまで言わしめたのだが、一度滑ってみるとけろっとした顔をするのだから相変わらずだ。行列に並ぶ時間も惜しまず何度か滑った。下を見下ろすと高さを意識してしまうが、水に押されて体が引っ張られるような感覚は癖になるものがある。
数あるアトラクションで遊んでは休憩し、ときには出店で何か買ったりして――アイスクリームの交換という名の間接キスが起きそうで起きなかったことはそっと胸にしまっておこう。

4ヶ月前 No.114

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

「いつか終わりがくるのかな」
 流水プールでのんびりと流れに身を任せていると、誰ともなしに呟いたような坂本先輩の声が。どうしたのかと尋ねる佐藤に、初めて口に出していたと気づいたらしく手で口を覆って恥ずかしそうな表情を見せた。
「大した意味はないの。ただ、もうすぐ夏も終わると思うと少し寂しくなっちゃって。『夏空に溶ける』を書いていたから意識してしまうのかもしれないね」

 梅雨が明けて夏が始まり、ここまで本当に色々なことが起きた。初夏のあの日、永遠に続くかのように思えた夏も終わりが近づいている。「夏空に溶ける」の終盤はそんな夏の終わりを描いているが、ほんのりと切なさを含んでいながらもどこか晴れ晴れしさもある場面だ。

「……きっと、悲しいことじゃないですよ。終わりは始まりでもあるんですから」
 思ったことがそのまま口から出た。ポエムのようなこっぱずかしい言葉だが、今回ばかりは佐藤も茶化さなかった。
「秋は秋でやることが山ほどあるしな。私たちが創ったあいつらも同じだ」
 自分たちで創った登場人物をあいつらとは。でもそうだ。平穏な生活に戻るには時間を要するだろうけど、きっとお互いの存在を支えに前へ進んでいく。
「そうだね、何度も終わって始まって……やること、楽しいこと、いっぱいあるよね」
 目前に迫った文化祭といい、相川のことといい、これからのために立ち止まってはいられない。

 笑いあった水の中から見上げた空は、吸い込まれそうなくらい青い。太陽に手をかざして思う。夏空に溶ける。このタイトルは花火から連想したもので夜空を想定しているが、透き通った青空に溶けて胸の奥へとしみ込んでいく――みたいな口上もありか? 花火が散る、消えていく様子から思いついて「溶ける」となったが、悲しくはないよと伝えたいのならこちらの方が自然かもしれないな。夏空に溶けてしまっても変わらない思いがあるのだと、夏を共にした彼らは知っているはずだ。

4ヶ月前 No.115

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

Page 16 沈む日に


 二学期に入ってすぐ文化祭の準備が始まった。残暑は長引くことなく涼しい日が続いている。秋めいた空気が漂うなかで準備は着々と進んでいった。クラスの出し物はたこ焼き屋に決まった。冷凍たこ焼きを油で揚げるかレンジで温めるかで議論になった末、第三の選択肢としてたこ焼き器を使うことになったのだが、何度も失敗しそれなりの出来になるまでには時間がかかった。放課後もクラスの方に時間を取られることを考えると、余裕を持って完成させておいて正解だった。

 そして、きたる秋分の日――待ちに待った文化祭当日。綺麗に製本した部誌を百部、部室のカウンターで配布する。いつもなら各教室に置かれている部誌がカウンターに山々と積まれ、手渡しするという光景は年一度のものだ。坂本先輩のクラスはクレープ屋をやるらしく、メニューの考案を担当した先輩は当日の出番がないとのことで朝から部室にいてくれた。

 クラスでの役目を終えて部室へ戻ると、部誌はすでに半分ほどに減っていた。部室に行くまでにすれ違う人も多く、普段は静かなここ西棟四階がこんなに賑わっている様子は初めて見た。そのうちどれだけの人が部誌を目当てに訪れたのかは分からないが、ふらりと立ち寄った先で目に留まっただけでも十分嬉しい。他の部誌も読んだことがある、読んだことはないが興味がある、イラストが綺麗、これ自分たちで作ったの? ――と、色んな言葉をかけてもらえることが嬉しかった。在校生の家族や他校生は、文化祭に来た記念にとりあえずもらうような人が多かったが、普段読まないような人にも手に取ってもらえるのはありがたい。

 部誌は順調に捌けて、なんと十一時を過ぎた頃には全部なくなった。二冊は手元にあるが、これは後から来る刹那と相川の分。二人は午前中まで学校があり、昼から顔を出す予定だ。あれから相川とはごく普通の他愛もない話しかしていないが、今日話してくれるのは間違いないだろう。

 佐藤はというとクラスで喫茶店をやる予定だ。聞けば喫茶店とは名ばかりのパフェ専門屋らしいが。当日はずっとウェイトレスとして出てほしいと頼まれているそうだ。ずっと、とは言っても人気や食数から考えてお昼過ぎには完売する見込みだとか。それまでに部誌が捌けていたら出番がなくなるからと、佐藤は昨日、郵便受けのような形をした小さな箱を持ってきた。いわゆる感想ボックスだと言う。言われてみれば今まで読んだ人の感想を知る余地がなかった。良い機会だとは思うが中を覗く瞬間は緊張しそうだ。おそらく今日中に感想をくれる人は少ないだろう。またここに戻ってくる手間があるし、せっかくの文化祭。読み物に時間を取られていてはもったいない。それでも感想ボックスは人目を惹くことができて話の種にもなった。箱を見て「帰りに寄って感想入れとくね」とメモ用紙を取ってくれた人もいた。

4ヶ月前 No.116

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

 カウンターの引き出しに二冊の部誌を仕舞い、感想ボックスはそのままにしておく。カウンターが見えるように扉は開けたままで俺と坂本先輩は部室を後にした。佐藤とは喫茶店が終わり次第合流、刹那たちとは十二時半に部室前で待ち合わせをしている。これからしばらく坂本先輩と二人きりなわけだが……、二人で文化祭を回るとかデートみたいじゃないか? と考えてぶんぶんと首を振る。同じ西棟の部活の出し物から回り、やがてクラスのある棟へ。佐藤のクラスは本人たちの予想通り行列ができていた。後回しにしてお互いのクラスに寄ることに。

 文化祭では他学年の教室に入っても浮かないはずだが、クラスメイトの連れが先輩や後輩だと興味を持たれるようで、坂本先輩のクラスではなんというか……可愛がられた。友達の弟に接するかのように。坂本先輩が考えたというモンブラン風のクレープを頼んだら、栗を一つおまけしてくれた。俺のクラスでは案の定からかわれたり持てはやされたり、上級生に遠慮はないのかと思ったが、坂本先輩は「温かいクラスで嬉しい」と笑っていたからまあいいか。
食べ歩きするのもなんだからと、中庭のテラスで休憩することになった。手に持って食べられる物ならいいがたこ焼きや焼きそばの類は座って食べた方がいい。ココアを一口飲んで、坂本先輩はゆっくりと切り出した。

「もしかしたら、なんだけど。相葉由紀さんって……今日せっちゃんと一緒に来てくれる、相川さん?」
 つまようじで刺したたこ焼きの生地が破れ、小さなタコが顔を出す。俺が担当した朝よりもクオリティが下がってないかなんてどうでもいいことを考えても、今の言葉は夢じゃない。
「どうして分かったんですか」
 出てきたのは意外にも冷静な声だった。今日言うことはもう決まっていたから、胸にあるのはなんで分かったのかという純粋な驚きだ。

「前にせっちゃんと水着を選びに行ったって話したでしょう? そのときにね。古賀くんが参加した打ち上げの話、文化祭に相川さんを連れて遊びに行くよって話。いっぱいお話してそうじゃないかなって思った。決定的な何かがあったわけじゃないよ。せっちゃんが直接言ったとかじゃなく……ただ、せっちゃんを見ていて思ったの。古賀くんが『近いうちに』と言っていたのもヒントになったかな。それが今日かもって。梓ちゃんが気づいているかどうかは分からないけど」
 直接言ったのではない。それは分かる。仮に言っていたとしたら刹那は俺に言うはずだから。つまりこれは坂本先輩が自分で感じたこと、判断したことだ。そして多分、佐藤は気づいていないだろう。気づいていたら顔に出ていると思う。なんならその場で刹那を問い詰めそうだ。

「知って、どう思いましたか」
「驚いたけど、同じくらいほっとした。私たちが探していた人が、梓ちゃんが好きになった作品の作者さんだった、なんて」
「え……」
 同一人物だから余計に受け入れがたいのでは、と言おうとすると、声にする前に先輩は答えを口にした。
「例えば、漫画の内容は別の人が考えていたとか、色々な事情があるのかもしれないけど。一度は惹かれた人なら、きっと仲良くなれると思う」
 真剣な表情で語り、そして優しく微笑んだ坂本先輩。そうか……こんな考え方もあるのか。仲良くなれる――いずれそうなれたらいい。佐藤と坂本先輩が、刹那とこんなに仲良くなったように。

4ヶ月前 No.117

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

 一息ついている間に十二時になろうとしていた。完売する前にと佐藤のクラスへ急ぐ。「いらっしゃいませ」と迎えられ教室に入ると、煌びやかな光景が目に入る。男子はシンプルな、それでいてお洒落なカフェエプロンであるのに対し、女子はおとぎ話のヒロインをモチーフにした衣装のようだ。席に案内してくれた女子生徒は白雪姫がモチーフだろうか。コスプレのような派手さは抑え目で喫茶店要素を見失っていないおかげか、男子と並んでもあまり違和感がない。レースやフリルを使った可愛らしくも落ち着いた装飾といい、かなり手間がかかっていることが分かる。

「ここまで衣装が本格的なクラス、今日初めてだね」
「予算を考えると後回しになりがちですからね。手作りなら時間もかかりますし」

 安く売っている仮装用の衣装を使っていたクラスはあったが、演劇をするわけでもないのに手作りしているクラスは数えるほどしかいないだろう。メニューがパフェ限定、それも二種類だけというのは衣装に予算を割いたからなのか。俺はチョコレートパフェ、坂本先輩は苺パフェを注文した。ほどなくして二つのパフェをお盆に乗せた……佐藤が現れた。

「お待たせいたしました。チョコレートパフェと苺パフェです」
 水色のワンピース、腰の後ろに白いリボン。モチーフは不思議の国のアリスだろう。髪はいつもより高めの位置で結んでおり、ツインテールの状態だ。さすがと言うべきか、想像以上に似合っている。

「梓ちゃん、よく似合ってるよ」
「一応私語はしないことになっているが、その言葉は受け取っておく。ありがとう」
「本当に凝ってるな……。デザインと縫製した人を褒めてやりたい」
「縫製は担当者がいるがデザインは各自考えるルールだ。つまり私を褒めるべきだな」

 坂本先輩と二人で驚く。まさかデザインまで考えていたとは。接客担当の女子はおとぎ話のタイトルが入ったくじを引いて、モチーフに合ったデザインを考える決まりだったという。前に話した伯母さんがこの系統の衣装に詳しいらしく、考えるのは苦ではなかったようだ。思った以上に私語をしてしまったと、パフェを配膳して足早に去っていった。プラスチックコップの中にコーンフレークとチョコレートアイス、上からチョコレートソースのかかった小さなパフェだったが、諸々かかったであろう費用を考えるとこれでも豪華な気がする。味はなかなか美味しかった。

 食べ終えて一組前の廊下でパンフレットを見ていると目の前で「完売しました」の看板が掲げられ、間もなく佐藤が教室から出てきた。制服に着替えても髪を戻すのは面倒だったのか、ツインテールのままだ。

「お疲れさま、梓ちゃん」
「ずっと接客は疲れただろ。お疲れさま」
「別に疲れてなどいない、役目を果たしただけだ。それより部誌はどうなった?」
「十一時頃には捌けた。思ったよりも順調に」
「梓ちゃんの考えてくれた感想ボックスも好評だったよ。書くよって言ってくれた人もいるくらい」

状況を聞いて安堵の表情を浮かべたかと思えば、「まあ当然だな」と言ってみせる姿に安心感を覚えた。と、そのとき、携帯が鳴った。刹那から部室前に着いたとの連絡だ。約束の時間の十五分前。地図を渡していたとはいえ部室まで迷うかと思ったが、すんなり行けたらしい。刹那たちの到着を報告すると、すぐに部室へ向かって歩き出す。相川がどう切り出すのかは分からないが、さっき坂本先輩と話したおかげか緊張はしなかった。

4ヶ月前 No.118

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

「梓ちゃんツインテールだ! 可愛い!」
 俺たちを迎えたのは明るい刹那の声だ。初対面同士の人間がいても刹那は刹那だった。佐藤や坂本先輩と初めて会ったときもこんな感じだったな。でも打ち解けやすい雰囲気を作るためにはいいかもしれない。軽い自己紹介を済ませ部室に入り、佐藤が相川の漫画を読んだと切り出したところで、その言葉が発された。

「ごめん佐藤さん。僕が、相葉由紀なんだ」

 扉を閉めているとはいえ廊下は楽しそうな声で溢れている。それらが全て遮断されたかのような静寂。当然と言えば当然だが、驚いた顔をしたのは佐藤だけだった。何か言うべきかと思い口を開こうとすると、佐藤の声が被る。
「……恋模様は小説のはずだが」
「昔は小説も書いていたから。そして、君が読んだ漫画のストーリーを考えたのは僕じゃない」

 それから、相葉由紀という存在が生まれて今日に至るまでの長い話が語られた。描きたいものと描けるものの差に悩んだこと。恋愛を題材にしたきっかけが自身の恋愛だったこと。描けずに迷った末、安易な表現方法に頼った。それが、自分が描けない部分と書けない部分の両方を補う、ケータイ小説という表現方法だったこと。見切り発車で、読者の反応を見て物語を進行させようとした――という部分はまさに、俺と同じだ。悲劇を悲劇で上塗りして、安い感動を誘って終わった。それなのに注目されて、注目されたことが原因で批評され特定されそうになったこと。恋模様が生まれるきっかけであった高橋さんが自身の身代わりとなったうえに、それでもまだ何かを創っていてほしいと言われたこと。リハビリのように、二人で一緒に漫画を創ったこと。そして、部活に入るつもりはなかったのに刹那と出会い、流れで漫研に入ったのだと。

「……これで僕の話は終わり」
全てを聞いた後で、高橋さんの「会ったらどうしますか?」という声が脳内で繰り返される。また書いてほしい。無駄だったなんて思わないでほしい。間違えていても、あのときにしか書けなかったものであることは確かだ。目をそらして、なかったことにしないでほしい。様々な言葉が浮かんでくるが、そのどれも言う必要がないような気がする。だって、目の前にいる相川は過去と向き合いにきたような、そんな顔をしていたから。

「古賀はたしかに『近いうちに』とは言っていたが……。普通、古賀が事前に話して会う形にすべきではないのか? その、……不意打ちすぎて、言葉が出てこない」

 ……これに関しては正論だ。謝るやいなや、今度は坂本先輩と刹那が知っていたらしいことを言及された。刹那と共にバーベキューの日にあったことを説明し、坂本先輩が察していたことについてはついさっきの出来事を話した。佐藤にとって今日は「相川と会う日」であり相葉由紀については別の日に、事前に俺から説明されると思っていたのだから、混乱するのは仕方ない。もう少し段取りというものを考えられなかったのかと反省した。バーベキューのときに役目を終えたかのような達成感があったせいか、情けないことにそこまで考えが及ばなかったようだ。

3ヶ月前 No.119

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

「……で、ここまで必死に追いかけてきた理由は何?」
「もう一度書いてほしかったからだ。過去から、それも自分の彼女まで巻き込んだ過去から逃げてほしくなかった。……でも」
 言葉が出てこないと言いながら相川の問いにはすぐに答える佐藤。この言葉と続く言葉は俺が言いたかったことでもあった。
「もう、ここでこうして会っている時点で、私が言うことではないと思った」

 本当におかしな話だ。逃げてほしくないと言って追いかけて、捕まえた――というよりは捕まりにきた時点でもう、逃げてはいない。否定してほしい事柄をあえて書いた俺みたいだ。また書いてほしいと思っている、来てくれてありがとうと伝えた坂本先輩に続いて、俺は自分にしか言えないこと――中学時代の話をして、だから会いたかったのだと伝えた。これを話すのは相川で三人目になる。一言で伝えた高橋さんを入れたら四人目か。

「……それは、なんとなく察してたよ。梶さんの態度で。何かあったんだろうとは思ってた」
「え、刹那ってそんなに分かりやすい?」
 坂本先輩といい、見る人が見れば察するのだろう。口は堅いが態度でバレる……と言うと欠点に聞こえるが、今回はそれに救われていた面もある。
「結局は、追いかけられて、見つけられて、今みたいに『逃げるな』と言われたかったのかもしれない。だから……うん、ありがとう。そしてごめん。メールの件や盗聴の件も」
 いや、こちらこそ……とまとまりそうになった場を佐藤が遮った。
「相葉由紀に言いたいことは以上だが、今からはお前に言いたいことだ。漫画のストーリーを考えていたのが例の彼女――高橋で、それを漫研に隠していた……で間違いなのだな?」
「そうだよ。だからこれを機に責任を取って漫研は辞めようと――」
「駄目だよ」
 割り込んだのは刹那の声。こんな刹那を見るのは初めてだったのか、相川は驚いた様子を見せた。
「責任を取るなら続けて。別の人が内容を考えてたって、それでも刹那は冬馬の漫画が好き。だから、まずみんなに事情を話してみよう? それにさ、大学には学校関係なく参加できるサークルもあるって言うし。ほら、うち自由な校風だから言えば高橋さんも入れてもらえるかも。漫画原案とかで」
「さすがに無理だよ……」
「無理でも、とにかく辞めちゃ駄目なの!」
 刹那に言いたいことのほとんどを言われたのか、少しばかり拗ねる素振りを見せる佐藤。高橋さんの存在は言うべきで、そのうえでどちらも続けてほしい。これが俺たちの総意だ。刹那の言葉に頷く相川は、ふっきれたような、何かを決心したような表情をしていた。

 こうして、長かった相葉由紀を探す旅は終わりを告げた。夏の始まりから今に至るまで、探し考えた日々はまるで旅のようだった。

 刹那と相川に部誌を渡した後は、みんなで文化祭を回った。佐藤のクラスの喫茶店はもう終わっているとはいえ、時間的には午後の部が始まったばかり。他校生や来客もさらに増え、校内はよりいっそう賑やかになっていく。高橋さんのクラスにも寄った。深く説明せずとも察したらしい高橋さんは「良かった」とだけ漏らした。そして冤罪作戦の件について軽く触れた。今となっては笑い話だ。高橋さんといる相川は幸せそうで――付き合っているのだから当たり前だが――けれどそれだけじゃない、この日が来たから今までよりもお互いの前で笑える、そんな気がした。二人でいるところを初めて見る俺でも分かった。しかし、彼女の学校の文化祭に他の女の子……つまり刹那と遊びにきた事実にむくれられる一場面も。当の刹那が面白がって二人をはやし立てたのは言うまでもない。

3ヶ月前 No.120

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

楽しい時間はあっという間に過ぎて、やがて夕方になった。刹那たちは帰っていき、高橋さんも自分のクラスに戻っていった。後夜祭が始まる前に感想ボックスの中身を確認することになった。どのみち一日中開けていた部室を施錠する必要があるのだし、ついでということで。

 箱を手に取るとわずかに感じる重み。出してみると二十通近くはあるように見えた。
 綺麗な話だった、よくまとまっていた、読みやすいけどボリューム不足、情景描写はもっとあってもいい、……などのたくさんの感想やアドバイス。思ったよりも反響をもらえたことに喜んでいると、その中に見慣れた筆跡を見つけた。刹那の字だ。「ヒロインのギャップが良かった。ギャップ萌えとは何たるかをよくわかってる!」と書かれてある。ギャップ萌えの話をしたことがきっかけでその要素は入れていたが、注目するところはそこなのか。多分「他の誰かが書かないようなことを書こう」と思って書いたのだろうが。
「続きを読みたいけど、その続きは蛇足になると思えるくらい良いラストでした。あなたたちが見つけてくれた二人より」との感想は相川と高橋さんだろう。二文目から筆跡が変わっていて、相川から高橋さんの順で書かれたのだと分かった。

「まさか三人とも感想をくれるとはな」
「ほとんど一緒に過ごしたのにね。いつの間に読んでくれたんだろう」
「そしていつ箱の中に感想を入れたんだろうな……」
三人揃って抜けたことがあったかと考えるが、いつ読んで感想を書いたかなんてどうでもいい。温かみのある文字を撫でて窓の外を見る。グラウンドではもうじきキャンプファイヤーが始まり、野外ステージでは今日最後の盛り上がりを見せるだろう。
「それにしても……見つけたんだな、私たち。相葉由紀を」
「その人から感想をもらっていると思うと、なんだか感慨深いね」

 佐藤の思いつきから始まり、自分の過去を打ち明けるきっかけになり……。ここまで色々なことがあった。他人から見たら小さな変化かもしれないが、このような形で今日を迎えられて良かった。

 相川がまた書き始めるように、そして高橋さんと共に描き続けるように。俺たちもこれからもっとたくさんの世界を知って、感じて、自分だけの言葉で表現できるだろうか――ぽろっと口から、ちょっと格好つけたような言葉が出てきた。できるよと頷いた坂本先輩と、できるじゃなくて「する」だと訂正する佐藤。そんなこれからの日々を、沈む日を見つめながら想う。今日は昼と夜がだいたい同じくらいの長さになる日だ。

 自己満足を自己満足で終わらせない。いつかの坂本先輩の言葉を思い出した。自己満足から生まれる感動も、それに価値もちゃんとあった。溢れ出す妄想を形に、意味のあるものにすることができる。どこかの誰かを救うことすらできるかもしれない。今なら、今だから胸を張って言える。グラウンドで燃え上がる炎と、煌びやかな光が俺たちを待っている。だけどもう少しだけこのままでいたい。

3ヶ月前 No.121

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

Page 17 終わりのおはなし


 桜が散り新緑の季節を迎える頃。春らしい陽気に恵まれた、今日のような日だった。初めて部室に足を踏み入れたのは。あれからどれだけの月日が流れただろう。
連休初日にしていつもより早く目が覚めた。それもそのはず、今日は久しぶりに二人と会うからだ。各自小説を書いてきて読み合う約束つきで。
社会人になった今でもたまに小説を書く。文章や言葉に関わる仕事をしている分、昔よりは語彙力が向上したと、少なくとも自分ではそう思っている。あれから、中学生の頃書くのを辞めた長編、霊体の少年の話をネット上でリメイクとして書いた。随分前に完結したが、つい最近コメントが付いているのを発見した。当時追いかけてくれて、また追いかけたからこそ落胆せざるを得なかった人だと、見た瞬間に分かった。当時使っていたサイトはもうなくなっている。確かめる術はないが、それでも分かった。

 これと似た話をひとつ……いや、似てはいないな。原案と作画のコンビが二人三脚で作っている漫画があるのだが、ノベライズ版も同じ二人が担当するらしい。これだけでも注目を浴びそうだが、話題を呼んでいる理由は他にある。なんとなく相葉由紀を思い出させる作品らしい。「恋模様の数少ない良いところを集めたような」とも言われているようだ。この話題を口にすると刹那は「近いうちにね」と笑った。いつかの俺がそうしたように。
刹那といえば、大学時代にいきなり留学すると言っていなくなったり、日本一周の旅をしたりと、より行動力に磨きがかかった。今は遠くで漫画家のアシスタントをしているが、たまに実家に帰ると両親より先に迎えてくれることもある。

 身支度を終えて、最後に今日持っていく原稿を確認する。ジャンルは自由、お題はなし。短編とだけ指定があったが、予想以上に長くなってしまった。二人はどんな顔をするだろう。また、二人の作品を読んだ自分はどんな顔をするだろうか。扉を開くとあたたかい世界に迎えられた。


【完】

3ヶ月前 No.122

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

Secret Page 語り尽くせなかった世界の断片


 明日が楽しみで眠れない夜がある。普段から夜更かしする方で、時と場合によっては徹夜する必要もあった。だから今の時間に起きているのは通常運転なんだけど、いつもと違って時の流れがゆっくり感じられる。たまにやってくるこんな夜は、何度経験しても真新しいそわそわとした感覚をくれる。そしてきまって、落描き用のスケッチブックを手に取るんだ。

 この時期に水着選びなんて言うのが二ヶ月遅いよ、と考えて気づく。二ヶ月前にはまだ出会っていなかったね。もっと前から知っている気がして、むずがゆい気持ちになる。蒼依と別々の高校になったことで新しい出会いが生まれた。それは蒼依にとっても同じ。冬馬のことは驚いたけど、きっとこれも縁だった。だから何も心配いらない。冬馬だから、蒼依たちだから大丈夫。

 さて、売りつくしセールをやっているだろうし安く買えるとは思うけど、問題は二人に相応しいデザインのものがあるかどうか。鉛筆を走らせながら考える。朱里さんは上品なドレスタイプが似合いそう。パーティーにでも行くんですかみたいなお洒落なデザインで、それでいて背中は大胆に空いていて……。梓ちゃんはフリルのいっぱいついたビキニかなあ。原色よりはパステルカラーな色合いで――思い付くまま筆を動かす。明日の二人と、その先にある二人の可愛さに動揺する蒼依を想像してはにやにやする。今夜はまだまだ眠れそうにない。

*

 相葉由紀は男で中学生でした、と公表してみてはどうだろう。僕の提案に、実由は悪戯を思い付いた子供のように笑った。「賛成だけど今はダメ」と。注目を浴びたいだけだと思われるかもしれないし、今はぎゃふんと言わせる材料が足りない。だからね、と繋いで、耳元でささやかれた言葉に頷く。それはさながら、世界へ向けた挑戦状。なんて大げさか。ようやく一つの過去が終わって、実由曰く「世界を驚かせる」企みに向けた未来が始まる。そう遠くない将来、僕たちはきっと――

3ヶ月前 No.123
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