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ひとりぼっち

 ( 小説投稿城2世(大人風味) )
- アクセス(875) - ●メイン記事(58) / サブ記事 (18) - いいね!(7)

激流朱雀@suzaku1 ★ujbn856gTS_EP8

 俺はいつだって友達に囲まれていた。
だけど誰ともそれ以上になれない。友達以上何かになれないし自分からならない。
寂しい人生だねって誰かが俺に言ったけど、俺はそんな人生で満足。
だって俺はこの世界が嫌いだ。だからひとりぼっちでもいい。
 不特定多数に笑顔を振りまいて生きていくのは、辛い。
寂しい人生だねって言った君がすごく憎かった。
君の事が好きだったのに。それなのに――
俺の居場所はあってないようなもの。
 君が死んでからもう二年たつ。
君が居なくなってからずっと俺は取り残された気分。あの時以来、人を愛したり信じたりすることはしなくなった。
臆病な俺のどうでもいい話。
まずは君との話から話してあげる。俺が心の箱に鍵をかけてしまった、あの時の事から。




 ワンクッション

 更新がすごく遅いし、多分文法ミス多いし、ちょっと同性愛気味。
不思議なジャンルにチャレンジしていこうと思って書きます。
内容的には、今まで書いた事無いの書いてる。それになんかうん。

 どうもお馴染みの朱雀です。または初めまして朱雀です。
ssと小説1をうろうろしている新参者ですが温かい目で見ていただければ幸いです。
感想や、批判待っています。辛口でもけっこうです。
それでは。本編どうぞ。

6年前 No.0
メモ2013/09/09 20:04 : 激流朱雀☆92ueQETlAOJB @suzaku1★eSlyshmTyM_Xty

登場人物読み方


品川 真也

しながわ しんや

三木 千成

みき ちせ

三木 世喜

みき せき


/*誤字


>>26

誤 >「父親は仕事の関係で折れては一切合わない、〜

正 >「父親は仕事の関係で俺とは一切合わない、〜


>>31

誤 >側、出掛ける用意をして〜

正 >そく、出かける用意をして〜

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激流朱雀@suzaku1☆92ueQETlAOJB ★ujbn856gTS_EP8

 うっすらと馬鹿みたいに、騒ぐ声が校庭から聴こえた。
まだ授業中なんだなぁって今感じる事でもない事を思ってしまった。
きっとこれが、正気じゃないのかな。
「千成」
「真也」
 返事ではなく、俺の名前。
それ以上は喋る気力がなかった。
「真也はなに」
「…………」
「真也は僕に何を求めているの」
「別に」
「嘘」
 三つ音を発音するだけで、全身のエネルギーを全て持っていかれた気がした。
気だけじゃなくて、この数十分のやり取りが、俺にとって気が遠くなるほど長い時間の様な気がした。
それは比喩じゃない。だって現に時間の感覚が解らなくなってしまっていたからだ。
今は何時。時計が近くにあるのに、時計の読み方を忘れてしまった。
「嘘つきは嫌いだ。だから真也が嫌いだ」
「俺は千成が何を考えているのか分からない」
「僕は何も考えていないよ」
「それに、千成こそ嘘つきなんじゃない」
「…………」
 疲れた。疲れてしまった。肩の力を抜く。
脱力した腕は役目を放棄してしまった。千成が俺を床に押さえつけて、何か言いだけだった。
だけど言葉に言い表す事が出来ないらしい。口を少しだけ開けて、それから黙ってしまっていた。
嘘つきだって。俺が嘘つきなら、千成だって嘘つきじゃん、なんて。
 床に点々と落ちている千成の血。抵抗できない俺。
景色が枯れて見えた。全部白黒に近い茶色に見えた。セピア色、とかって、言うのかな。……知らない。
「嘘つき。だけど俺は千成が好きだよ」
「嘘つき。だから僕は真也が嫌いだよ」
 千成が何に嘘をついているのかは分からない。だけど、根本的な魂の様な物に嘘をついているような気がした。
それは日常が面白いとか全てが大切とかそんなところ。誰もが大切だと思っているとに、どうでもいいと思っている本心を隠すと言う嘘。
大切なのは、みんなと同じ物だよって言う、そういう嘘だろう。
俺と同じ。
俺と同じ嘘を自分につき続けているんじゃないのかな。
だから千成は俺の事を嫌っていのではないだろうか、なんて。自意識過剰な答えだな。
「殺せよ。千成が楽になるぜ」
「そっくりそのまま返すよ。真也、楽になるよ」
 沈黙。
それと千成に感じた違和感。
今言わなくてもいい話。それなのに、疑問に思った事をそのまま口にしてしまった。
「……、千成、お前、本当は自分の事「俺」って言っていたんじゃないのか」
「唐突に何だよ」
 無表情のその瞳。
「僕はずぅーと僕だ」
「ダウト」
「…………」
「嘘つきじゃん」
 瞳が憎しみに揺らぐ。
あぁ、確かに笑えてくる。俺もさっきの千成のようにあははっと笑った。

6年前 No.9

激流朱雀@suzaku1☆92ueQETlAOJB ★ujbn856gTS_EP8

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6年前 No.10

激流朱雀@suzaku1☆92ueQETlAOJB ★ujbn856gTS_EP8

「千成」
「……」
「そんなに怒るなよ」
 スペースキーではじき出される静寂。
雨が降る。
 水滴が上からぽたぽたと落ちてきた。
……いや、違う。あぁ、これは千成の涙か。
左目だけからたらたらと流れる液体は、俺の頬に落ちてきた。
「僕は、嘘つきか」
「さぁ」
「僕は……俺は、嘘なんてついてきていない」
「俺は、千成の過去は知らない」
「俺も、真也の過去は知らないよ」
 千成は俺から手を離した。
だけど自由になっても動ける気がしなかった。
 千成は床にぺたりと座って泣きだした。
嗚咽とでも言うのだろうか。人の泣いた所なんて、あまり見たことがない。
特に、同世代の人間なんて、どんなことがあっても、めったに涙を流すことなどないのだろう。
自分もそうだし。
 思考を少し動かしただけなのに、脳は現実を拒んだ。
俺は重い瞼を閉じ、そこで意識を失った。
少しだけ喉元に、千成の手の感覚を感じた。

 意識が戻ったときには、下校点検の放送が流れていた。
はっとして起き上がると、千成はいないしベッドの下に鞄が置いてあった。
俺は携帯電話を取り出し確認すると、メールが一通だけ届いていた。
 千成からだった。
無題のタイトルに本文も飾り気がなく『悪かった』の一言だけ。
 すぐに返信する気にはなれず、ぱちりと音をたてた後、携帯電話をポケットにしまった。
――帰ろう。
頭痛がひどかった。

6年前 No.12

激流朱雀@suzaku1☆92ueQETlAOJB ★ujbn856gTS_EP8

 千成と出会ってからなぜか立ち寄らなくなった自動販売機。
異常に喉が渇いていた。
硬貨を三つ入れて、ココアを選択した。
 缶のプルトップを開けて口に喉に、そして胃に。どろどろの茶色い液体を、喉に流すと吐き気がした。
咽かえり吐いてしまった。
 半分も飲まないままアスファルトにだらだらと零した。
後悔はしなかったが、喉に残った甘だるさ残る。
 なぜか飲めなくなってしまった。
好きったはずなのに。――おかしいな。
 空になったスチール缶を遠くに投げた。
放物線を描いて、どこかにいってしまった。
 好きなものを拒絶した喉に、右手を当てる。
少し押すと痛む。あざになっているかもしれない。あ、いや、なっていないかもしれない。
だけど血管の通りが悪くなっている気がした。
 家に帰ってすぐ洗面台についている鏡で首元をみた。
よく見ると薄ら蒼くうっ血していた。幸いにも一晩寝ればとれるような位の薄さだった。
それでなんか――。
……携帯電話が鳴りだした。
着信履歴。メールに書かれていたのはクラスメイトで名字しか覚えていない男子。
「今度みんなとカラオケいんだけど真也も行か――」
そこまで読んでどうでもよくなってしまった。
 明るい絵文字にあのココアと同じ吐き気を覚えた。
顔をしかめている事に気が付いた。

6年前 No.13

激流朱雀@suzaku1☆92ueQETlAOJB ★ujbn856gTS_EP8

「帰って来たんなら、お帰りぐらい言いなさい」
 母の声に我に返った。
歯を食いしばるかのように「はい」だけ返して、自室に逃げる。
別に嫌いなわけじゃない。
だけど接し方がイマイチ分からなかった。
 母親だけど、父の再婚相手、本当の母じゃない。
……どうでもいいか。
 メールは返信しなかった。
おっくうだったのもあるけど、なんだか、しなくても良いような気しかしなかった。
軽いノリで返信しなかったのがあだになった。
次の日、千成に「笹山が怒ってた。返信が帰ってこないって」と開口一番に言われた。
 なぜ千成が知っているのかは、分からなかったが、千成から俺に話しかけるようになった。
だけどクラスの輪の中にいる時の顔じゃなくて、酷く冷酷な目をしていた。
無表情のくせに、なんだか、千成の……いや、これが「三木千成」という人間なのだと悟ってしまった。
いつもの明るい彼はきっと一つの仮面にすぎない、なんて。
 そして俺の前だと自身の事を「俺」と言う。
それもとても自然に。今までの会話の中やクラスメイトが居る時の「僕」よりとても自然に聴こえる。
内心やっぱりと思いつつ、俺は何も言わなかった。
 関係性はさらに悪化したような気がしたが、前より千成を近くに感じられるような気がした。
それにもしかしたら千成は、俺と似たような人種じゃないか、なんて。
そんな風に思えてきた。
切り替える一人称に裏表の性格。
 過去の千成は知らないが、今の千成は――。
やめとこう。考えても、しょうがない。ありのままを受け止めればいいことだ。
なんて。

6年前 No.14

激流朱雀@suzaku1☆92ueQETlAOJB ★ujbn856gTS_EP8

*そして事態が急激に悪化する

 二人っきりになると、決まって千成の方から話しかける。
感情なんて無くて、ただ説明文を読むかのような話し方。
きっとどこかに、この世界の台本があって、それをただ感情もなく読みあげてるかのようだった。
必要最低限を話しているようで、実は大半は無駄な会話で。
何でこんな事になったのだろうと、千成との会話を上の空で聞いていると「ちゃんと聞いているのか」と尋ねられる。
「あぁ、ちゃんと聞いてる」と言うが、内容を尋ねられると、答えられない。
 冷たい瞳。
睨まれただけで、脊髄から妙な刺激を感じる。
不器用に顔を歪めて笑いたくなる。
「真也、俺の話を聞けよ」
「聞いてるさ」
「…………」
 ほらその目。
あおっているようにしか感じない。
それとも俺がおかしいのかな。……笑えてくるよ。

6年前 No.15

激流朱雀@suzaku1☆92ueQETlAOJB ★ujbn856gTS_EP8

 いつだったかの夕暮れに、千成からゲーセンに行こうと言いだした。
珍しかった。
 千成は騒がしい店とか嫌がるのはクラス内で結構有名だった。
だから誘えば付いてくるが、自分から行こうなんて言うなんて、少し意外だった。
それも俺と。
 何の感情も抱かない顔で、制服のままゲーセンに行く。
たしか校則では、駄目だった様な。……まぁ、良いか。
家に一本遅くなると、電話を入れて、千成の後ろをついて歩く。
 店内にはいると、がちゃがちゃとうるさい音が耳に響く。
腹の底から震える音は、あんがい嫌いじゃなかった。
ただ千成の隣に周り表情を見ると、酷く辛そうな顔をしていた。
――じぁ、何で来たんだよ。なんて。
「真也」
「なに」
「俺とおんなじ顔をした西高の奴を探せ」
 一瞬聞き間違えたと思った。
だが、俺があっけに囚われていると、もう一度繰り返し、プラス怒声で「はやく」と言い放った。
なんとなくこれはヤバい雰囲気だなぁっと思いつつあたりを見回す。
 すると気をつけてみる事によって意外と西高校の学生がいる事が解った。
そこから顔まで判別するには、少し気が滅入るな。なんせ人が結構いる中で――
なんて思っている間に、千成似の人を見つけた。
 拒絶気味に目を閉じている千成に「あっちにいたよ」と言うと「連れてこい」と命令。
なにがなんだかわからないまま、友人と思しき人らに囲まれているそいつの腕を引っ張って連れて来ると千成はそのまま店内を出た。
俺もそれにならって付いていくと、俺が腕を引っ張っている千成似の人は「はぁーあ」と声に出したため息をついた。
顔だけではなく、声までも同じ。
多分、俺の推測が正しければ、つか、推測しなくてもすぐに双子なんだろうと変換してしまった。

6年前 No.16

激流朱雀@suzaku1☆92ueQETlAOJB ★ujbn856gTS_EP8

 夕闇が押し寄せる。不安定な青が迫ってくる。
 千成は入り組んだ路地まで走り、止まった。
人通りはない。千成は睨むように俺を見る。
だけど、睨んでいたのは俺では無い。俺が引っ張ってきた、千成似のこの誰か。
「世喜。俺が選んだのは、こいつだ」
 千成は感情もなく話す。選んだ?
状況が把握できなかった。
 握っていた腕を振りほどく様に離された。
世喜と呼ばれたその人は、下から上へと俺に目を這わせた。
「ふぅーん」
 なにを分かったのだろう。感嘆符を上げ、ピクリとも動かない表情。
どちらも変わりない表情に、錯覚さえ覚える。
「で、兄さんはどうしたいの」
「…………だから、俺を自由にしろ」
「約束は守るけど、本当に兄さんにとって必要な人なの」
「世喜」
「俺は約束守ってるけど、兄さんは破ってるじゃん」
「なにを……」
「一人称」
「…………」
「交渉不成立だよ」
 話が見えなかった。
まるで蚊帳の外じゃないか、なんて。
兄弟のもめごとと半ば上の空で話を聞いていた。
千成に兄弟がいたのか、ということと、約束とはなんだろう。
それだけをぼんやりと考えていた。
「真也」
「なに」
「帰る」
 千成の目にふつふつと怒りが宿っていたのが解った。
帰るの単語にどこにだろうと一瞬思ったが、千成についていけばいいかとすぐに打ち消した。
世喜と俺の間を横切って歩き路地を出た。俺はなにも言わず後ろについていく。
振り返ると、世喜はにやりとどす黒い笑顔を顔に張り付けていた。

6年前 No.17

激流朱雀@suzaku1☆92ueQETlAOJB ★ujbn856gTS_EP8

 千成は夜に向かって歩く。
その千成を追う。暗がりになる太陽を背にして。
どのくらいか歩いた後、俺は千成の名前を呼んだ。
大分、日が落ちた。
 千成が止まりふりかえる。
合わせて俺も止まった。
全てが止まった気がしたが、気だけだった。
「なに」
 外気に溶け込む千成の声。
俺は用意していた質問を投げかけた。
「どういう事だ」
「聞きたいか」
「そりゃ、聞きたいさ」
「……そうか」
 顔を背ける。ふと、横を見るしぐさ。
「あれは、弟だ。双子の、三木世喜、あれは酷い弟だ」
焦点をどこに合わせているかは分からないが、その目にはいつもと同じ、なにも宿していなかった。
説明文を語りだすかのように、虚ろにだけど、しっかりと言葉にする。
「世喜はおかしい。家に帰れば中の良い兄弟のフリ。学校にいればくだらない兄貴として扱う。二人っきりになれば暴力をふるう」
 そういって、制服をはだける。
見えるか見えないかのギリギリのラインまで、やけに薄い肌色の上に切り傷や青黒いあざが埋まっていた。
切り傷は深く、あざは濃く。新旧様々な色の傷。
「まぁ、性的な事まではされた事がない。元来、世喜は俺の事が嫌いなんだろう」
「なんで」
「さぁ、知らない。それどころか意味不明な取り決めまである」
「なんだ」
「俺以外の場所で俺と名乗るな、ってね。……多分、存在が酷似してるからじゃないか」
「そんな簡単に」

6年前 No.18

激流朱雀@suzaku1☆92ueQETlAOJB ★ujbn856gTS_EP8

「あれの理由はいつも簡単さ」
 千成の酷く諦めた顔。
なんだ。
 酷く嫌な胸騒ぎがした。
夕闇が迫る。まるで、責め立てるかのように。
誰を、さぁ、知らない。
だけど、迫る黒に後ろに感じる太陽が、まだいかないでと身体が告げるのが解った。
「……自由になれるらしい方法が一つだけあるらしい」
「…………」
「俺が、三木千成という存在を必要としている人間を見つける事みたいだ」
「それが俺か」
「あぁ、そうだ」
 酷く冷たい風が吹き去った。
耳元で撫でたその風は、千成の諦めた声色にとても似ていた。
酷く悲しく冷たいものであった。

6年前 No.19

激流朱雀@suzaku1☆92ueQETlAOJB ★ujbn856gTS_EP8

 その日の深夜に電話の着信音が鳴り響いた。相手は千成だった。
 眠気を圧し殺した声で「なに」と問うと事切れそうな声色で俺の名前と助けてを繰り返す。夕方の言動から事態を想像することは容易いことだった。
「大丈夫か、千成」
 言い終わる前に電話は切れた。
静寂の中で無情にも切れた電話の音に、どうしょうもない不安ととりとめもなく溢れる汗に拳を壁に打ち付けることしかできなかった。
 眠れない夜が開け、朝飯を食べずに登校した。やっと頭が冴えてきた頃、教室に千成が来た。右目の上に大きな絆創膏をはり、人に尋ねられると「階段でこけちゃって」なんて答えていた。
本当はこけたんじゃないだろうとわかったが、まさか人が居るなかそんなことは言えず、黙っていた。
 放課後に千成から資料室に呼ばれ、やっと二人っきりになれた。
 資料室の古い紙の匂いに眠気を誘われながら、窓側に立つ千成を見つめる。
妙な違和感を感じた、あ、いや、気のせいか。
「夜遅く、悪かった。忘れて」
 妙な違和感は形を持ち始めた。
冷酷な無表情の千成。だけど、なんで、――。
「誰だ」
「千成さ」
「……違う」
「なんでわかった」
「感覚さ」
「ふぅーん」
 千成じゃない。朝、少なくとも昼休みまでは確信を持って千成だと思う。だけど、今、目の前にいるのは違う人間だ。
「いつすりかわった」
「さっき」
「千成は」
「怒んなって」
 勘にさわる笑い。弟の世喜だと気がつくのに時間はかからなかった。
「あっち、ロッカーにガムテープでぐるぐる巻きにしたから、早くした方がいいかもね」
 自然と舌打ちがなっていた。即座に人一人位入れるロッカーのドアをこじ開けた。
千成と目が合い、なにも言えなくなった。安心を見つけたかの様な顔をして俺を見つめる。今朝、絆創膏がはってあった場所には「千」の文字が刃物傷で刻まれていた。
 すぐにロッカーから千成を引きずり出し、すり替えられた制服の上に貼られたガムテープを剥いだ。
最後に口に貼られたガムテープを剥がすと、千成は眉間を歪ませ「ありがとう」と一言、俺に告げる。
 はっとして、後ろを振り返ると世喜は姿を消していた。
 何度か千成の深呼吸の音に支配された耳は俺の脳髄に致命的な傷を残した。
それは千成への興味と、千成が欲しいと言う欲求だった。
 だが、最低限の思考しか動かさないという、反射的におきた自制のおかげで酷く冷静になれた。
「真也」
「なに」
「……」
 掠れた声に事の重大さが感じられる。
何も言わず千成に手を伸ばす。千成を捕まえ抱き締める。千成の温かさに、肺が苦しくなった。
「……嫌って抵抗すれば」
「疲れちゃったよ」
「嘘つき」
「嘘なんか吐いて」
「本当は俺を試したかったんだろ」
「なにを」
「だから、当たったご褒美」
「…………」
 なんて、言ってみて、案外図星とか。
「試したかったのは俺じゃない、世喜だ」
「……そうか」
「ご褒美って言い方はなんか違う」
「……」
「真也は嫌いだけど、こうされるのは嫌いじゃないって気がついた」
 千成の匂いに気が狂いそうだった。鼻腔くすぐる血の香り。それを隠すかの様な淡く香る甘い匂い。
「世喜も、嘘つき、だから嫌いだ」
「……俺も嘘つきらしいが」
「時々、自分に嘘吐いてるだろう」
「それなら、千成もだろ」
「……」
「人類皆嘘つきさ」
 脆いな。俺も千成も想像するよりずっと心が脆い。だから千成は要らない感情を切って、俺は無感性を装い生きている。
 人がいるからこそ、人間らしく振る舞ってるだけで、本心はなにも感じていないのだ。千成は現実の痛感から逃げるため、俺はただの無感性さを隠したいから。
それだけの事。
「首絞められた時、なぜ笑ったか分かる」
「……自分と同じ目をしていたからか」
「あぁ、そうだ」
「……千成は」
「言うな、聞きたくない」
「……」
「俺、世喜に殺されるかもしれない」
「なんで」
「昨日さ約束破ったとかで、ここにさ千成の千を彫られた。次は心臓に成って彫るんだってさ」
「……」
「安っぽいだろ、笑えよ」
 千成は自分の鼓動の原点を押さえつける。虚ろな瞳に希望はなく、絶望よりも汚濁した色をしていた。

6年前 No.20

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★ujbn856gTS_EP8

「笑えねぇよ、馬鹿」
 千成は俺にしがみつく。
強く、強く。……俺なんかよりも、ずっと執着心が強いんじゃないか、とでも思いたくなるほど。
「今日は家来い。明日は土曜日だ」
「真也?」
「なにもしない」
 なにも考えていない脳みそに、思いつきをぽろりと話す口。
馬鹿みたい。
「いいよ、悪い」
「そんな事無い」
「…………」
「命令、来い」
「分かった」
 酷くやつれた声質。
諦めかけているこの目の色は、千成も孤独なのだと分かる。
「真也」
「なに」
「もう少しだけ、このままいでいて」
「いいよ」
 誰かとこうしたことは、生涯初めてだった。
だけど、千成のすごく近くにいるくせに、なぜかとても虚しかった。
いや、虚しいというより、なにも感じなくて苦しかった。
俺こそ、千成の弟よりも狂っていて変なのかもしれない。
喉にたまった違和感を、必死に唾液で流そうとした。
なぜか、そうしないと俺まで諦めてしまいそうだったから。

6年前 No.21

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★Android=1FFhwM2Vjf

 千成を家に呼んですぐ、母親が俺に「友達が来るなら先に言ってよ」と言われたが、何を言ったか忘れてしまうほど当たり障りのないことを返した。
 夕食はコンビニで適当に買って、自室に持ち帰った。
母親は俺が人を家に上がらせたのが珍しくてしょうがなかったみたいだった。それに千成が着ている制服は本来着ているはずの、俺らの制服とは違う高校の制服だ。
驚くのも無理ない気がした。
 千成は相変わらずの無表情で、必要最小限しか話してくれなかった。
ただ、シャワーを貸すときに服も貸すことになった。風呂上がり、俺より少し足りない身長のせいで貸したシャツのはみ出たところから、生々しい爪痕がちらりと見えた。
 一階の電気が切れ、母親や多分帰ってきたであろう父親が寝静まった時刻、窓ガラスから見える範囲の光も、片手で数えられるほどになっていた。俺もあたりにならい部屋の明かりを消した。月明かりが妙に明るかった。そろそろ満月なのだろう。
 俺のベッドのすぐ真横、千成のために引いた布団に千成は寝ることはせず、膝を抱えてベッドに寄りかかっていた。
「千成」
「なに」
「寝ないのか」
 俺は昨日から寝ていない事もあって、睡魔が波のように緩やかに来ることがわかった。それに比べて、千成は背を向け静寂に身を委ねているようだった。
「あまり、寝たことないんだ」
「……」
「夜は世喜に色々されて」
「それは」
「久々なんだ。こんな静かでなにもない夜は」
 千成は静かに抱えている肩や手に力を込めていた。その証拠にシャツに細い皺が手に向かって伸びていた。
「……世喜ってどんなやつなんだ」
「最初からあんな風だった訳じゃないんだ。前は優しい性格で俺よりずっと人当たりがよかった。早川って世喜の好きだった人が俺達のことを区別できなかった。だから世喜は俺が世喜と同じ存在にならないように調教するようになった。……あれからそろそろ五年がたつ」
「なぁ、千成は世喜のこと、どう思ってるんだ」
「なにも。確かに少し憎い。だけどやっぱり兄弟だから、赦せないとは思えない。……だから、とてもやるせない」
 千成が振り返る。月明かりに照らされた顔にはなんの表情もなかった。だが、その目には空虚にさ迷いつつ、俺に何かを言いかけていた。
 その瞳に応えようと両の手を伸ばしたが、数センチの差で千成には届かなかった。だから、こと虚しく手は空をきりやり場を失った。
「真也は俺をどうしたいんだ」
「別に」
「見返りが欲しいのか」
「何にも貢いでないぜ」
「……」
 静寂。耳鳴りでもしそうだ。
「真也」
「なに」
「もう寝たら」
「千成が寝るなら」
 千成は身を乗りだし俺の手の届く範囲に来た。そして、俺の顔を覗きこむ。だから千成を引っ張り、キスをした。思考がどろどろになって頭蓋から染みでるかと思った。飴玉でも舐めるかのように千成の舌を弄び、絡め、熔解する。唾液が混ざる。融合していくのに脊髄が痺れるように痛い。千成の背に手を回して、もっと深く探るように舌を動かした。
 自分の理性が保てるギリギリのラインで口を離した。
「……これでチャラでいいよ」
「真也」
「なに」
「なんで」
「見くびんなよ、俺は千成が好きだと言ったぜ」
「……俺は真也なんて嫌いだ」
 もう一度、なんて思ったけど今度は抵抗されると思った。
でもここまでしといたら、引き返せる気がしなかった。考えてることと行動が一致しない。だからそのままベッドの上まで引きずり上げて、抱きしめた。夕方の時より強い優しく。
「嫌だ」
「じゃ本気で嫌がれ」
「……」
「俺は寝るからな」
「え、」
 千成を抱きしめたまま横になる。
疲れたから眠かった。目を瞑ると思ったよりずっと早く眠れた。
 出来れば、もう少し千成の熱を感じたかった、なんて。

6年前 No.22

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★Android=1FFhwM2Vjf

 早朝、目が覚めると腕の中で千成が寝ていた。低血圧なのか酷く顔色が悪く、まるで死んでいるかのようだった。
 触れると確かに体温を感じられた。当たり前、生きてるに決まってる。
 それで、千成を見ていたら、まだはっきりしない思考でも髪で隠れた首筋が妙に気になった。傷だ。それもアルファベットで「solitude」と刻まれていた。
「孤独、か」
「……真也」
「悪い、起こした」
「別に」
 千成から手を離し、起き上がる。
まだ眠たそうな眼をこすりながら俺に視線を向ける。
「なに」
「真也」
「……まだ寝ててもいいけど」
「そうじゃなくて」
 言いたげな目。物静かに、何かを告げようか迷っている瞳にもどかしさを覚えた。
「そんな目で見るなよ」
「……俺になんかあっても、世喜を責めないで欲しい」
「何かになる予定でもあるのか」
「……いや、でも、嫌な予感がする」
 嫌な予感、テレパシーでも感じるのだろうか。なんて。
「なんかあったら、俺を頼れよ」
「……」
「千成」
「真也はいいやつだ。だけど俺が世喜をなんとかするのが道理だ」
「そんなこと」
 階段方面から声がした。「朝ごはんできたわよ」という母親の声。肌寒いからタンスからパーカー二着引っ張り出して千成に放り投げた。
「なに」
「廊下にエアコンないから」
「でも」
「どうせ母さんが珍しがって朝飯作ったんだよ」
「珍しい」
「あれ、本当の母親じゃないから、俺のこと、まったくわからないから」
 千成が驚いた目で俺を見る。
「再婚なんてよくあるさ」
 なんて、言って部屋の扉を開けた。冷たい風がすぅーと通ったからやっぱりなんて思い階段を下りた。

6年前 No.23

激流朱雀☆92ueQETlAOJB ★ujbn856gTS_EP8

 目の前に並んだ食卓。久々にきちんとしたものを食べるような気がした。
いつもはコンビニで適当に買ってきて食べたり、食べなかったり。朝飯なんて、ほんと、久しぶり。
そんな事を思いながら、イスに座る。すると千成が下りてきて、母親は俺の迎えの席を千成に進めた。
 そのかん俺は自分の箸をとって、朝食を胃に収める作業をした。
食べなれないかん満載の朝食は、意外と胃に収まるものだと知った。
 千成は座ると妙に落ち着いた声で「いただきます」と手を合わせて言う。
育ちがいいんだな、なんてふと思ったが家族で食卓を囲む機会が多ければ自然とそういうあいさつも出るのかもしれないと思った。
ため息を吐き掛けたが、味噌汁と共に飲みこんだ。
 その光景をどこか満足そうに見ている母親に、休息を取ってなくなったはずの疲れが再び溜まっていくようだった。
まぁ、きっとそれが異常な事だと自覚しているから、やっぱり自分もどこか孤独なのだろ。なんて。

6年前 No.24

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★n8jXdCPL0p_KMC

*朽ちていくかのように

 タイミングを見計らい、そそくさと自室に戻る。はっきり言って辛かった。
自分ではちゃんと理解しているつもりでも、途中で母親が変わるということは以外にも精神的にくることが分かった。
阿呆な面さらして朝飯なんて食えるはずがないと思っていた。
胃に収まった食卓にいまさら吐き気が起きるが、吐くのも体力いるしなにより吐いて何にもなるわけじゃないから、必死にこらえる。
「真也」
 千成の声に一瞬だけ身構えた。
「なに」
「すげー顔色悪い」
「……苦手なんだよ」
 千成は複雑な顔をする。同情だろうか悲しいのかそんな感情を一気に混ぜたような顔をする。
「なんでお前がそんな顔するかわからない」
 顔をそらし表情を悟られまいとする。
それが千成のプライドなのかなんなのかわからなかった。だけど俺は疲れ気味にだけど笑うことができた。

5年前 No.25

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★I1QBkpShMO_KMC

 千世は言葉を選んでいた。そして遠慮気味に俺に言う。
「いい人そうじゃん」
「いい人だと思うよ、たぶん」
「じゃあなんで」
 いい人、なんて無駄に洗練された言葉は今の俺には余計に疲れさせた。
「……少なくても、家ではひとりぼっちなんだよ」
 ひとりぼっち、の単語で千世は眉間を少しだけ歪ませたのがわかった。拍車をかけるつもりはなかったが、どうしても余計な言葉が口からこぼれる。
「父親は仕事の関係で折れては一切合わない、母親はあかの他人。これ以上の孤独はないだろ」
「…………」
「……ほら、笑えよ」
 前に千世が言ったように言葉を吐く。千世は押し黙ってしまった。
 苦笑気味に目を細めていたら視線が交わった。千世の目には「哀れ」の言葉がふさわしい色をしていた。
そんな目で見るなよ、そんな目で。言葉にはしなかった。

5年前 No.26

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★n8jXdCPL0p_KMC

「なんで、」
「真也」
「悲劇の主人公気取りしたって、千成が主人公の物語なんて千成の人生だけなんだからな」
 自分自身の感情を感じ取る器官がきちんと正常に動いていないのだろう。じゃなきゃこんな風に告げるつもりはなかった。
 重くねっとりとした空気だけが肺を埋める。胃にたまった朝食がせりあがってくる。口には苦い酸の味。口内まで溶けてしまいそうだった。
視界が歪む。眼球は劣化しているわけでもないはずだ。視力はいいはずなのに、どうして、前が曇る。
 一瞬だけ目線を千成からはなした。その一瞬を千成は見逃してくれない。左手を急につかまれてひやりとした感覚が服を通り抜けて感じた。そこは壁ではなくたぶん姿見に押し付けられたのだろう。
「……別に、そんな風に気取っていない」
 あと二センチ。あと二センチだけ千成との距離が遠かったら払いのけただろうに。すりガラスのように心の奥が見えない瞳に、近すぎて魅了されていた。
「悪かったよ」
 俺は吐き捨てるように言う。千成は黙る。沈黙。とらえられ上げられた左腕が、千成の体温と鏡の温度と混然する。
その混ざり合った温度に逃げることができなかった。

5年前 No.27

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★I1QBkpShMO_KMC

「本当に、悪いと思っている奴はそんな目をしねぇよ」
 ぼそりと言葉を投げつけるように言うから、俺は視線を逸らそうと思う。しかし、思うだけで行動には移せなかった。距離が近いということはこんなにも行動に影響が出るものだと初めて知った。
 胃酸で溶けかけた朝食だったものがとうとう食道まで這い上がっているかのようで、右頬が引きつる。千成は頑として冷めた視線を俺に向けるから、床が沈めばいいのにと訳のわからないことを思うようになっていた。床が歪んで沈んだら、真っ暗で何もない世界に身を投じられると思った。
 思考だけがやや現実からそれかかるとき、千成はため息を吐いて手を放した。やけに生暖かい吐息に千成は人間なんだなぁとごく当たり前、それも少し狂った感想を抱いた。
 その感想が、俺にとってどんなものなのかは認めたくはなかったが。
「……真也は、最低だ」
 最低じゃない人間なんていないよ、と言おうと思った。だけど自然と口からこぼれたのは「そうだな」という肯定だった。意外な答えだったのだろうか、千成の瞳孔が一瞬だけ開いたように見えた。
 こんな近距離で最低といわれてそれを平気で認めて、どうして平常でいられるのだろうか。伏し目で自分の足がきちんとあるかを確認するような気分だった。
「最低と言って、そうだと答えるところは世喜とよく似ている」
 千成はやり場を失った手を左胸に押し当てながら言った。
 逸らされた視線の向こうには、どんよりとした青色のような暗さを宿していた。どう行動したらこれ以上嫌われずに済むだろうか、と目先のことを考えているうちに両手は千成を捉えて足は崩れる。床に座り込むと、やはり床が沈んでしまえばいいのにと再度脳裏を過る。抱きかかえた千成は温かい。あぁ、やっぱり人間なんだな。なんて。

5年前 No.28

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★R5ZdMtPO5C_KMC

「馬鹿だよな、」
 腕の中に納まる千成が呟く。
「だれが」
「俺がだよ」
「馬鹿は千成じゃないさ。馬鹿は自分を馬鹿だと認識できないよ」
 正確に言うと、馬鹿はいちいち立ち止まったりしない。だけど、立ち止まるという言葉を告げたら千成は全力で否定か俺のことを軽蔑するだろう。そんなリスクを負うようなことを言う勇気は今のところ持ち合わせていない。うつむいた顔を覗くと、酷く重い表情だった。俺なんかよりも気分が悪そうで、今にもぶっ倒れるような血色だった。
「てっきり、泣いてるかと思った」
「死ねよ」
 はんって笑ってやればよかった。いや、そうやって鼻で笑うつもりだった。だけど、無理だった。
「お望みなら、死んでやるさ」
「嘘つき」
 最大の本音を千成は嘘つきの一言で打ち消す。そんなことないと、反論する気にもなれず息が止まるような苦しみをため息に詰め込んで吐いた。ため息だけではなく、朝食までおう吐しかけて口元に手をかける。そのまま抑え込むことができたらよかったが、どうやら無理そうだ。千成にかけていた手を放し、すぐ近くにあったごみ箱にすべて吐き出した。自分の嘔吐く声がプラスチックのごみ箱に反響する。酸味のある香りに、消化されない食べ物だったものが溜まる。
「おい、真也」
 あぁ、かっこ悪い。その一言だけしかもう浮かばない。あとはずっと無駄に出た胃酸がだらだらと唾液とともに沈殿する。口の中はどろどろでとてもじゃないがしゃべれる状態じゃなかった。知らず知らずのうちに生理現象で涙が零れる。それすら汚いものに思えた。ごみ箱に頭を突っ込んだまま千成の俺を呼んでいる声が聞こえる。その声をかき消すように耳鳴りが頭の奥の方に届く。耳鳴りのせいで頭の中は千成の声より自分の壊れる音に支配されていた。

5年前 No.29

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★R5ZdMtPO5C_KMC

「真也、真也、しんや」
 だんだんと声が大きく聞こえる。誰の声だったか、忘れそうだった。
「……だいじょうぶだから」
「嘘言うなよ」
 腐りかけた内臓まで出るかと思った。ごみ箱から顔を上げて、千成に視線を向ける。俺と心配を写すその瞳は、生理食塩水のせいでぼやけて見える。すぐに袖で拭ってへろへろの足腰に鞭を打って立ち上がった。
「ちょっと顔洗ってくるわ」
 もう千成を見る気にもなれなかった。一刻も早く頭から何から冷水に沈めて、意識を覚醒したくてしょうがない。吐き気はすとんと止んだが、胃酸が原因の胸焼けを起こしている。
「まって俺もつきそ」
「くるな」
 感情を表に出して怒鳴り散らしたのは慣れない。加減も感情も全部手から滑り落ちるから、俺には難しい。怖くて当の本人は見ることができなかったが千成の強張る姿が浮かぶ。いかに自分が弱い存在なのだと自覚するのが一番嫌いな行動だ。
「……くるな」
 再度同じセリフを口からこぼす。弱めに吐かれた息とともに出た言葉にはなんの効力も持たない。知っていながら、前へ歩き出すしかなかった。しかし今の自分は階段を下りるという後退的な前進だったけど。

5年前 No.30

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★eSlyshmTyM_KMC

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5年前 No.31

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★eSlyshmTyM_KMC

*片割れの孤独の原因

 携帯電話を鳴らしても現在電源が入っていないという絶望的なセリフが耳に付く。千成とつるむ連中から俺があまり話したことないクラスメイトへ当たり障りのない文章の中に千成の行方を探る文を組み込む。それから何も考えず当てもなく走り続けていたら夕方になっていた。
 執着心と絶望。それから一切れの淡い期待で駆けずり回って、結局手掛かりは何も得られなかった。携帯電話のバッテリーも三パーセントを切りいつの間にか電源が落ちていた。
 真っ赤な茜の空に、気早なが街灯は明かりが灯る。いつの間にか通学路付近をうろうろしていた。
 よく道草をくった自動販売機の前に立ち、自分ではどうすることもできない苛立ちにガンッと鈍い金属音を鳴らして蹴った。鉄の四角い塊はびくともせず、その代わりにがらんっとココアの缶を落とした。吐き気がするほど走った後にこんなあまだるいモノが飲めるわけもなく、睨みつけて舌打ちをする。
「何に怒っているんだ」
 不意に聞こえた千成の声に振り返る。三歩ほど離れた位置に探していた人物がいた。驚いた反射で名前を呼びかけたが違和感だけが喉の奥につまり言うことができなかった。まるで感情の無い鏡のような目玉で俺を見つめる。その瞳から連想させる人は千成ではなく最悪と語られた弟の世喜だった。
「べつに」
 睨むようにその目を見返すが、本当に鏡を見ているかのように自分で自分の怒り狂ったさまが想像できしまう。
「あててあげるよ。千成は家には帰ってきていない」
「聞いていない」
「教えてほしそうな顔をしていた」
 人形のように表情ひとつ変えない。前にあった時のような狂気さも感じられない。ただそこにあるのは感情を抱えた半身が逃げてしまってそれを探しているかのような不安定さが漂っていた。
「ねぇ、千成はどこに行ったの?」
「しらねぇよ」
「嘘つきは死ねよ」
「あいにく、嘘を吐く余裕はない」
 本当の言葉を吐き続けた。けれど片割れは信じようとしない。世喜にとっての本当は自分の目で見たことしか信じないのだろうか。現に今、たった数秒で俺を自動販売機に押し付けて右の目にその暴力を加えなれた手によってえぐられかけていた。
「嘘つきは嫌いだ」
 そう言って中指と薬指を眼球が収まる骨のくぼみに力を加える。残念ながら生きている俺には眼圧があってなかなか取れるものではない。
「嘘は吐いていない」
「それが嘘だろう?」
 会話にもならない。かみ合わない。拉致があかない。意味が分からない。それっぽいニュアンスの言葉がぼろぼろと浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返した。どうしてこの兄弟はこんなにも嘘を嫌うのだろうか。そっちの方が気になってき始めた。
「じゃあ、そう思うならそれでいいよ。誰も信じられないからお前は独りなんだな」
 思考よりはやく思ったことを話す口。今回は火に油だろうか。それで右目が失明したらすこし不便だと不愉快になった。
「独りはお前だろう。品川真也」
「あぁ、俺は独りだよ。だけど信じることはできる」
 言葉を言い終えてすぐに、世喜は俺の右目から手を放した。それから世喜は怖がるように一歩後ずさり顔をそむける。少しそれた顔は千成と見分けがつかないほど弱弱しくなんの感情も抱かせないように振る舞うようだった。無感性、いや何かを感じることはできている。無感情を装った仮面。夕日のせいで紅茶色に染まる世界で、肺呼吸の癖に息苦しく生きていることがわかる。その光景は昔感じていたどうしようもなく湧いてくる残酷心を纏った闇から逃げる自分と重なった。制御することが難しく崩落と制御が紙一重で、いつかこの均衡が崩れてしまうのではないかと夜中布団の中で怯える様子に似ていたのだ。それも一種の孤独でだれからも理解されない心理的な孤独なのだろう。

5年前 No.32

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★eSlyshmTyM_KMC

「あんたの言うとおり、どう頑張っても俺は独りだ」
 ぶつぶつと低い声が茜に溶ける。溶けて消えてもう二度と形を作ることは無い。理解しているから全てが溶ける前に耳に入れた。
「なぜ千成をあんなふうにする」
 茜が濃紺に変わる前。気になっていることをぶつけてみた。すると鏡だったひとみが急に自分の色を持ち、ぎらりと鈍色に光った。
「なに、俺だけ悪者なの?」
 睨みつけられた視線に悪意があった。やっと人らしい感情が見られた気がした。悪意。人に一番抱かせやすい感情だ。
「悪者だとは言っていない。俺が言っていない言葉をお前の口から出るということは、自分でもわかっていんじゃねぇの」
 正論を言ったつもりだった。しかし、言った後に誰にとって正しい事なのかまでは考えなていなかった。俺にとっての正しいことなのか世喜にとっての正しい事なのか、それよりいったい誰が正しいと決めるのだろうか。そこらへんはなにも考えていなかった。だからこの後どんな言葉が返ってくるかわからなかった。そのせいで言った言葉も誰にとっての悪で誰に必要な正かも不明だった。俺にとっての悪者なのか、千成にとっての悪者なのか、この質問ではわからない。ずいぶん甘い切り返しだと嘆きかけた。

5年前 No.33

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★eSlyshmTyM_KMC

「千成が悪いんだ。あいつがおんなじ遺伝子なんだから俺でもお前でもおんなじじゃないか、なんて言うから」
 殺意だろうか。誰に対しての?
 俺は一つの疑問符を口に含んで飲み込んだ。言ってしまったらその殺意は俺に向けられる良ような気がしたからだ。
 茜色が世界を置き去りにする。深い夕闇が茜を追いかける。朱色に取り残された双子の片割れと執着心の肉塊はこれからどうなるかを知らない。知らないならば知らなきゃならない。知るためには行動を起こさなければならない。数々の「なさねばならん」ことが頭に浮かぶが、全部、机の上で考える空想と等しいくらい意味をなさなかった。
「探すんだろ、千成のこと」
 恨みを背中に抱えた世喜に尋ねると低い声で「あたりまえじゃん」と答える。その獣のように息を吐く声に少しだけ「恐ろしい」という感情を抱く。強い感情を置き去りにしてただ不安定な現状維持に努めた千成とは対照的である一つの感情に捕らわれた世喜は、言った通り遺伝子は同じだろうがそれぞれ別の生き物だと思う。それは思っただけで事実かどうかは彼ら二人の心の奥底を見なければわからないことだとも同時に思った。結局、俺には計り知れない心の距離と関係性が成り立っていることだけは緩やかに崩れた思考でも理解した。

5年前 No.34

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★eSlyshmTyM_KMC

 しばらく立ち止まって肺が通常運転し始めたころ、世喜が思い当たる節に向かうと言い出した。
 やはり、テレパシーなのだろうか。やけに確信を持ったその瞳と全てを恨むその瞳が半々に溶け込んだ結果、鏡のように夕焼けであってほしい赤を映しだし。俺はその色に気圧されながらとぼとぼ歩き始めた。それからゆっくり歩く速度を合わせて千成の横を歩くように世喜の横に並んだ。いくつかの角を曲がり袋小路に入りいつのまにかたどり着いたところは、ビルとビルの間に不自然に空いた空間に建てられた古い建設現場だった。それも建設予定と書かれた看板は雨や風で風化し詳しいことは読めなかった。
 夕闇はとうに過ぎ、世界はだんだん暗くなる。街灯は火を灯し小さな羽虫が飛び交う。建物の中自体はぼんやりと照らす街の明かりで幸いにも目に映る限りで世界は輪郭を保っていた。
 静かすぎて不自然に聞こえるキーンッと痛む耳鳴りとカツンと響く二人分の靴音しか鼓膜には届かない。階段を使って二回ほど上へあがるとひらけた階にたどり着いた。ガラスがはめられなかったせいもあって夜空が一望出来て風通しもよい。しかし日陰特有の湿度や温度は最悪だった。そのだだっ広い空間でべったりと床に張り付くように広がった塊が違和感として見える。それが人の形だと認識するのに明かりが少し足りなくて、思考回転速度は鈍かった。微動だにしないその塊は探しいてた人物だろうと推定する。

5年前 No.35

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★eSlyshmTyM_Xty

 鉛のように重くなった足を一歩一歩踏み出しその塊に近づく。俺が膝をつく前に世喜が一度蹴り飛ばした。咳き込む声が聞こえ千成本人だと認識すると共に世喜に「やめろ」と制す。薄暗い空間なのになぜか世喜の瞳だけはほんの少しの光が反射して俺をにらんでくるのだった。
「だ、れ」
 かすれた声が今にも消えそうに響く。がくりと首をこちらに向ける。感情を忘れてしまったかのような虚ろの目は俺よりも先に世喜の方を捉えていた。それから壊れたように「ははは、」と以前にも生きた笑い声をあげた。世喜は苛立ちながら口を開く。
「なにがおかしい」
「べ、つに。世喜がのこのこ、こんな、ところに来るとは、思わなかった、からね」
 千成がすべてのセリフを述べる前に世喜は殴るか蹴るの動作に移ろうとしていた。俺は急いで千成を引きずり自分の背の後ろにかくまった。自分の後ろから「あははは、」と冷たく笑う声が聞こえる。自虐的に笑うその声に酷く腹を立てているのは世喜よりもむしろ俺の方だった。しかしここで世喜の前に千成を付きだすと首でも絞めて殺してしまうような気がしてならない。
「世喜、一ついいことを教えてあげる」
 笑いをやめた千成は俺の肩に手を掛け立ち上がった。それから先ほど笑いなど浮かべていたとは思えないほど冷酷さを持った瞳を向けていた。夜を溶かした瞳に光などない。世喜よりもずっとずっと暗い色を溶かした眼下に何が映っているのか見当もつかなかった。憎しみとはすこしずれた感情でも抱いているかのように静かに張った緊張の膜。破られたらきっと俺は千成も世喜も見分けがつかなくなってしまうだろう。
「俺は世喜と違って、喜びを手にすることはできなくても成せることができるんだぜ」
 歪んだ口元はもはや人ではなかった気がする。だが、人だからこそここまで邪気が帯びることができたのだろうとも思った。背筋が凍って自分が急に達観的になったときにはこれは本当に「やばい」としか言い表せない三文字が脳裏に浮かんで張り付いた。

4年前 No.36

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★eSlyshmTyM_Xty

 頭の中がぐらぐらと煮詰まる。
 おかしいと気が付いたのは「カチカチカチ」と金属とプラスチックがぶつかる音が耳に入った瞬間からだ。嫌な予感だけしかしない。予感であってなにが嫌なことなのかはまだ認識できていない。認識できていない刹那で事象が起きた。もしも世喜が千成を蹴ることがなく俺が手を取っていれば回避できたのかもしれない。そんな何千分の一かの確率。
 あわてて受け身を取ろうとした世喜を片手で押さえつけ千成は身をひるがえしその音を発したなにかを持った手で肩を刺した。床に倒れ込むよく似た二人。暗闇が邪魔をして全容が把握できない。
「いっ……」
 うめき声。
 自分以外の声。片方を払いのけようとする自分は無言。千成も世喜もその顔だけでは判別ができない。誰が悪いかもわからない。どこか蚊帳の外の俺に居場所はないが、居場所が無くてもこの二人が超えていけないラインを踏みとどまる枷にならなければならない。それは千成のためだった。けっして、世喜の身の安全じゃない。けれど結果的には、世喜を助けてしまうことになる。
 それが第二の事象だった。
 急に横腹が熱を帯びぬめりけを感じ始めてから気が付く。都合のいい月明かりがあたりを照らし始めて、やけに黒い液体がぽたりぽたり。震えた手で握る刃と蒼白の千成しか滲んで見えない。腹を一突きされたのは、世喜を助けた代償だろう。
 自分の倒れる音と服の擦れる音。自分の呼吸と千成の荒い嗚咽に似た声。驚いて俺の名を呼ぶ世喜。それだけ理解した後、急に眠気によく似ている感覚が津波のように押し寄せる。飲み込まれたが最後。頬に生暖かい滴が落ちる。
 目を閉じた。

4年前 No.37

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★eSlyshmTyM_Xty

*嘘つき

 一つだけわかったことがある。人間は案外頑丈に作られているということだ。
 目が覚めた時は少し驚いたが、死んだような気はしていなかったのであぁ、なるほどと理解した。
 白を基調とした空間と、やたら消毒液の香りが立ち込めるこの場所は病院だった。そう。腹を刺されて気を失っている間に病院に連れてこられたのだ。それからベッド脇に眠る母親が目に入った。体が強張り血の気が引く感覚を腹の奥底で感じる。生身の女が横で呼吸をしていることに「普通」であると頭に教え込ませて、深く息を吐いた。
 すやすやと寝息をたてる母親から目をそらし目を閉じた。
「しながわ」
 暗闇の名で誰かが呼んだ。
「しながわしんや。……おい、目を覚ませ」
 落ちかけた意識を掬い上げ目を開いた。眼球に突き刺さるような痛みを光と認識すると、よく見慣れた顔があった。
「ち、」
 違う。
 見慣れてなんかいない。
 視界に入ったその顔は確かに見慣れた顔だった。しかし、中身が違った。よく似た姿と違う中身。弟の世喜だった。
「なんでお前が、」
 入院服の俺とは違い私服であった。そのかわり刺された肩側のティシャツの隙間から包帯を覗かせていた。
「通り魔」
 聞きなれない単語を耳にする。思わず「は?」と聞き返すとよこの母親に目くばせをした。まだ眠りに落ちていることを確認すると一つトーンを落とした声でぼろぼろと語り始める。
「俺は千成で、通り魔に俺と品川が刺されことにして欲しい。警察が来て事情聴取されたら適当にあしらって欲しい。その間のキーワードは黒服、高身長、カッターナイフと覆面ね。俺はこれで通した。あとはあの建設予定地じゃなくてその前の路地ということにして欲しい」
「なんで、」
「察しが悪いね。寝起きだから? まぁ、いい。いま千成は俺になっている「設定」にしてある。このことが露呈するのは困るんだ。日頃行っていた暴力。千成の殺傷事件。なぜあの場所にいたか。問われる責任と罪状は隠さなければならない。わかるだろ」
 どこか嫌そうに語る世喜を見て、千成とは違う人間なのだと理解した。そのしぐさと話方。熱の塊のような目と言葉に親身になれる気はしなかった。
「千成が捕まるのは俺にとってよくないことだ。だから架空の犯人を作っただけだ。幸い、入れ替わったことに誰も気が付かない。これでよかったんだよ」
 嘘つき。なぜこの兄弟が嘘を嫌うのかなんとなくわかった。二人の関係が誰にもわからないように、お互いの真実を曲げて隠して嘘で塗り固めていたのだろう。だから自分の嘘が覆されないためにも人の嘘を嫌う。そうやって自分たちを守ってきた。吐きなれた嘘の端くれを目の当たりにして、よくわかった。この二人は存在自体が嘘なのだ。
「わかった」
 めんどくさそうに映ったのだろうか。ため息を一つ吐かれて「たのむよ」と全然モノを頼んでいるようなしぐさで頼まれた。
「じゃあね、品川」
 病室から出ていく世喜を見送り頭の中で整理した。次に目を覚ます時は警察とか、ハードル高すぎだろ。初めてなんだぜ、なんて建前上のセリフをぽつりぽつりと考えて目を閉じた。
 今、千成は何しているんだろう。死んでなきゃいいけど。
 縁起でもないことがぽつりと浮かんで消えた。情報を詰め込んだ頭にはすんなり、眠りを受け入れることができた。再び深い眠りに落ちる。

4年前 No.38

削除済み @suzaku1 ★eSlyshmTyM_Xty

【記事主より削除】 ( 2013/10/04 01:03 )

4年前 No.39

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★eSlyshmTyM_Xty

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 夢の中で誰かが呼んだんだ。
 誰かが誰かの名前を呼んでいて、頭の奥のどこかで誰かが誰かの名前を呼んでる。
 それから痛み。途方もない苦痛が続くような感覚に身を支配される。
 頭の奥が痛い。
 体が痛い。
 腹が痛い。
 イタイ。
 いたい。

「遺体?」

 あぁ、その声は千成か。

-

4年前 No.40

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★eSlyshmTyM_Xty

 目が冴えた。
 母親がわざとらしく喜んだ。いや、わざとじゃないんだろうけど、俺には誠意あるように映らなかったしあまり関係ない事なので途中で考えることを放棄した。これで投げ出せるような気がしていたが、医者が来て、警察が来て、父親が来て、めまぐるしくこの小さい部屋に入れ代わり立ち代わり人が出入りするもんで自分をいかに「普通」にたもっていられるかということにせいを出すことになってしまった。
 医者にはさほど傷は深くないと言われて安堵したふりをして、世喜に言われたように通り魔の「設定」を一字一句間違えずに話すと警察は何度か恐持ての顔を上下にふる姿を見届け、父親に「心配かけて、ごめんなさい」と砂粒ほど思っていない謝罪文を述べてるとあっという間に日は沈み消灯の時間になっていた。
 今日見た顔をひとつひとつ思い出そうとするが、興味がないことほど人間は記憶に刻むことができないみたい。それにどうやら高校生からはだんだんと淡々とこなす暗記系の記憶は出来なくなり小難しい理由を付けた記憶しか残らないという諸説をクラスメイトから聞いた。
「うそつき」
 暗い病室にぽろりと零れて霧散した言葉。
 千成も世喜も嫌いな言葉。それは自分たちの正体だからだろう。……そして俺も、今日の一件で二人に加担した嘘つきという称号をもらったことになる。
 なぜだろう。口角が上に傾いた。

 暗闇に身を投じるといつの間にか教室の真ん中に立っていた。
 これが夢であると気が付くのにさほど時間がかからなかった。夢の癖にやけに現実味があって逃げしたい気にもなった。しかしあくまで夢であると自分に言い聞かせて明晰夢を楽しむのも悪くはない、なんて大口叩いて学校生活に至る「普通」を想像してみるがなかなかうまくいくものではない。教室には夕焼けの日差しが差し込むだけで特に変化はないし、夕暮れ時のいっそう寂しい風景を描き出していた。
「なんだよ、夢の癖に」
 吐き捨てると背中にひとひとり分の重さをズシリと感じた。すぐに首に回る両腕に自校の制服を思い出した。どうやらのしかかる後ろの人は俺よりも身長が低い人間なのだろう。足元を見ると少し背伸びをしているのが見える。
「ちょっと重たいんだけど、」
 答えない。
 俺はひとつため息を吐いた。
 さっきからなにか吐いてばっかりだ。
 なんとなく、ではあったがやはり思考よりも初めに口走るのは我が性分。後ろにいる人間をいつの間にか「千成」と呼びかけていた。

「……帰ろう」

 教室に弱弱しく響く言葉は、帰りへ誘う言葉。するりと手はほどかれ、振り向くとどこかやつれた千成が立っていた。艶めかしい肌は夕闇のオレンジに照らされ健康的に見える。だがそんなのはまやかしで現実は酷く青白く死にそうな顔をしていて、でも他人にはそういう弱さをまるまる隠した仮面をかぶって生きる嘘つきだった。
 俺はオレンジを乱反射する千成の冷たい目に触れたいと思った。
 ここが夢なら俺の思ったことをやっても罪にはならない。別に千成に露呈するわけでもない。ならば、と思ったが結局は思っただけでとどめてしまう。それが本音だったのか抑えだったのか、自分に聞く前に俺は千成に背を向けていた。
「帰ろう」
 かつん、と足音が教室に響く。響いた音は教室を舞って壁に反射されて机やいすに吸収されて消えた。二人分の足跡が教室から消えた時、空は夕闇から本格的な闇に色変えをしていた。

4年前 No.41

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★eSlyshmTyM_Xty

 長い長い廊下と階段。千成の少し後ろをついて歩いて行ていたが、どれほど歩いても昇降口にたどり着かなかった。
「なぁ、」
 俺は前を歩く千成の肩に手をかけた。ぴたりと止まって冷ややかな上目使いで「なぁに」と返事を返す。これは俺の千成に抱いてるイメージなのか。どこか違うことも並行で考えながら俺はぽつぽつと言葉を編んだ。
「帰るってどこに帰るんだよ」
「家だろ?」
 こんなに歩いていても何も疑問に思わないのは夢の中の住人だからだろうか。
「いや、そうだけど」
「じゃあ、なに。真也はなにか別のところに行きたいの?」
「えっ」
 思ってもない言葉が返ってきた。それだけではない、その言葉を吐いたその口に笑みがこぼれていた。どこか悲しげな眼に夕闇のオレンジ。廊下の窓から突き刺さる暖色の光が温かさより悲しさを作っていた。まるでこの光景は現実での出来事で見たことがあるかのように鮮明で、でも遥か昔それこそジュラ紀より前のデボン紀のように生まれる前の知るわけのない時代の記憶のように形が崩れていた。
 ぼかしのかかった感覚にこれはどんな感情なのか思い出そうとする。けれど思い出すことなんてできるわけがなく、脳髄が沸騰でもしているかのような憤怒に近い感情が腹の底で茹だっていた。
「俺は行きたいな、どっか遠くに」
 千成の声が空気を震わせた。空気という液状の気体が水面を描く。千成の顔が紙に滲むように輪郭を失う。なぜ? どこか怪我したわけでもなく悲しいわけでもない。けれど頬には熱を持った液体が伝う。
「ちっ……、」
 どこかに消えてなくなってしまいそうな千成に手を伸ばそうとした。

 けれどあと少しで手が届かずに、痛い朝の日差しが目に突き刺さる。オレンジ色の面影もない空が視界に入ると、現実が脳と体にのしかかってきた。
 いったい、夢は頭のどこで見るものなのだろう。眼にはしょっぱい水が溜まっていた。

4年前 No.42

削除済み @suzaku1 ★eSlyshmTyM_Xty

【記事主より削除】 ( 2013/10/30 00:14 )

4年前 No.43

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★eSlyshmTyM_Xty

「遠く、か」
 日差しがぱらぱらと音を立てて蛍光灯の明かりと共に降り注いでくるから、つい目を閉じてしまった。真っ赤な視界はあぁ、自分にもちゃんと血が流れていることを再確認させるようですこし気分が悪くなった。手で涙を拭って、起き上がる。腰をずらしベッド柵の壁にもたれかかる、寝すぎて頭がぼんやりした。
 さっきの夢はなんだったのだろうか。
 見たくない現実と得たい幻想が混じった「理想」だったのだろうか。理想にしては千成は俺に何を求めたいたのかさっぱりわからなかった。それは俺が千成に向かって考えていたことなのか、否か。
 自分の頭の奥底のシグナルだろうが、俺は千成とどこに行きたかったのだろう。ため息を深く吐いて、今日という日を受け入れるための心を準備をした。せめて昨日よりも傷がつかない精神状態にならないと、こっちまで気が滅入りそうだったからだ。

4年前 No.44

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★eSlyshmTyM_Xty

「やぁ、品川」
 部屋に誰かいることに気が付かなかった。視界の端を確認して、そこに世喜が立っていた。
「世喜」
「おはよう、にしてはすこし時間が経っているけどね」
 複雑そうに笑う、その顔はどう見ても千成そのものだった。世喜に抱けた違和感がなかった。たった一日でどこが変わったのかわからなかったが、幸薄そうな表情と暗闇を連れてきた瞳に不自然なところはない。むしろそれが当たり前かのような印象さえ抱けた。
「世喜?」
「どうしてそこが疑問系なんだい」
 疲れた無表情に冷たい声色。よく聞く声に酷似している。いや、似ていて当たり前なのだろう。けれど、瓜二つすぎていた。
 世喜は空いた見舞い椅子に座った。崩れるように座るその姿はことの異常さが垣間見える。
「おい」
 疑問符を上げるその顔は何の違和感も感じない。無理やり理由を付けるように自分が嫌になったが、自然すぎて、不自然にも思えた。
「なに」
「大丈夫か」
「うん」
 ぽつぽつと続けられる会話は光が沈殿する病室にこぼれていった。
「伝えてほしいって頼まれたんだ。千成に」
 伏し目でぽろっと聞きなれた名前を吐いた。世喜は一度目を閉じてから、息を深く吸っていた。
「ごめんなさい、だって。あいつが謝るのは珍しいよ」
 言った後、眉を眇めて腹のあたりと肩を押さえていた。それからしばらく黙っていると無気力気に笑い出した。
「世喜、お前」
「言うな。確認なんていらないだろう」
 眠気にさいなまれているような重そうなまぶたは痛みを感じるたびに震えているのが分かった。
 千成と世喜は今、立場を交換していると話した。そのままの通り、すべて逆転したんだろう。名前や雰囲気だけではなく、傷つける方も傷つけられる方も、何もかも鏡のように変えてしまったのだろう。表面上の嘘だけでは飽き足らず、細部に至っても完璧にお互いの仮面を塗りたくってしまっていた。完璧としか言いようのない演技と舞台。詳細さえ知らなければ、私生活で気が付く人なんているのだろうか。
「世喜の世。これで今は痛み分けだよ。千成も加減は知っている。今までずっとそうしてきたからね」
 世喜が静かに吐き出した。重々しい言葉の綾が見えた気がした。
「いいのかお前らはこのままの関係で」
「たぶん、良くはない。けれどずっとこの関係を続けてきた。いまさらどうこうできる気がしないし、……なぁ、品川。もうどっちが千成か世喜かなんかわからないんだ」
 苦いものでもかじったかのようなしかめた顔は苦しそうで辛そうで、でもそこに涙はなかった。乾いた目玉が二つ細く遠くを見つめるために絞られて、小刻みに震えていた。
「……少なくても、お前は世喜だよ」
 思考するよりはやく言葉のほうが出てしまった。埃が乱反射してきらきらと舞い始める。「世喜」という自分の名前を耳にしてから、世喜は弱めに「ははは」と笑って椅子から立ち上がって病室を後にした。その後ろ姿はやはり千成にしか見えなかった。
 静かになった病室には冷たい空気がふんわりと戻り始めていた。だれか世界の端っこの空気でも持ってきたかのような冷たい冷たい空気が灰に入りそのまま停滞してしまった。ふと体が訴えた空腹に、朝ご飯を食べそこなっていたことを思い出した。今、何時なのか正確な時間はわからないまま、真ん中より傾いた日差しをにらんでみたり。

4年前 No.45

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★eSlyshmTyM_Xty

*違和感と

 点滴の中身がぽたりぽたりと一定に落ちていく。中に入ってる成分はよくわかっていないが、きっと体に必要なものだと思った。
 何時間後かに再び警察が話を聞きに来たけれど、さほど新しいことを思い出せないとか言って逃げた。恐持て顔もここぞとばかりに険しくなる。そんな顔で睨まれたところで、困るわけでもない。知らないモノは知らないのだ、なんて。
 夕方になる前に、珍しい人が来た。クラスメイトの波木が制服のポケットに両手を突っ込んだまま病室に入ってきた。特に、といったら失礼だがあまり接点が無い彼がなぜ訪ねてきたかはよくわからない。取りあえず愛想よく振る舞うことに努めようと思った。
「やぁ、通り魔に刺されるとかびっくりしたわ」
「そりゃさいで。……んで何しに来たんだよ」
「いやぁ、三木から聞いて心配になって来た、じゃダメか?」
 三木、千成の苗字。あぁ、どっちだろう。この場合は世喜から聞いたのか千成から聞いたのかわからない。けれど波木に聞く訳にもいかない。
「なるほど。てかなぜ疑問形なんだよそこ」
「まぁ細かい事は気にしないことさ」
 そうけらけら笑って、波木は右手をポケットから出して俺の前に差し出した。それこそ疑問形が頭を過って、差し出された手は甲を向けられ空に缶が落下する。つい反射でベッドの上に落ちる前に両手でキャッチした。ほんのり温かいそれは、ラベルを見ると自動販売機で売られてるココアだった。
「なに買ったらいいかわかんなかったから、それでゆるして」
 それだけ言って、はらはらと手を振って帰って行った。
 野次馬なのかなんなのか、良くわからないまま純粋に「好意」ということにしといて、記憶にファイル名「出来事」ととして保存した。温かさが消える前に、缶のプルタブを開けて乾いた口に流し込む。気だるさを覚える甘さとチョコレートの香りに喉が鳴った。胃に入ると粘膜と融合している感覚をじわりと感じたが、悪い気はしなかった。そのまま全部飲み干して、あともう少しだけ量が多くてよかったかな、なんて物足りないと頭の奥が唸りだした。空っぽになった缶の中は黒い空洞で、底が見えなかった。

4年前 No.46

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★eSlyshmTyM_Xty

 どれくらい寝たのかわからない。
 朝が来て昼が来て夜が来て。そこに母親がいて、看護婦がいて時々父親が来て、それだけの繰り返しだった気がする。点滴に悪いものは入っていないと知ってはいたものの、曖昧になっていく時間経過を知る機能と思考力が徐々にそぎ落とされているようにしか感じなかった。腹にまかれた包帯が取れた時なんかはすでに今何時で何を考えられるかなんてわからなくなっていた。きっとあのぽたぽたと投与された薬に問題があったのだ、と妄想も大概にしろと医者に怒られるようなレベルまで判断力は落ちていた。
 たった4日しかたっていないなんて、嘘だろう、なんて。ね。
「はやく退院できてよかったね」
 女の声。あぁ、母親だと認識するのに三秒もかかった。自宅まで運ばれる車の中で、ぼんやりと日常を思い出していた。
「あぁ、わりと早く退院できたんだな」
 会話文だろうか。ちゃんと人と会話できているようになっているだろうか。テストとして母親に語りかけると「そうだね」なんて返ってくるからちゃんと言葉にはなったようだ。
 少し会話というものにブランクを覚えた。おかしい。看護婦や医者とはきちんと話せていた気はしていたのに。自宅についたころには会話のブランクなんてどうでもよくなっていた。今までだって日本語できちんと話すことができたんだ。少しぐらい話さないときがあったって、日常的に使っていた言葉なんだから忘れるわけがない。むしろなぜ自分の言葉に自信がなくなっているのだろう。そっちの方がはるかに疑問で意味不明な内容だ。
 久々のような気がする自室に戻るとむわっとした腐敗臭がした。そう言えばゴミ箱に吐きだした朝食がまだあった。あれから誰もこの部屋に入っていないということを証明している。……この部屋だけ時が止まっていたような気がしたが、どうあがいても物が腐っているんだ、止まっているわけではなく着実に現実の時を刻んでいることを認識して、まだ自分の感覚が死んでいないことをやっと認識できた。
「おそすぎやしませんか、俺」
 部屋の窓を開け換気して、止まりかけた部屋へ時間を入れる。酸っぱい腐った空気を部屋から追い出して、やけに広い空に解き放った。

4年前 No.47

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★eSlyshmTyM_Xty

 入れ替わった冷たい風と床に頭がやっとのおもいでついてくる。深く息を吐いてズキリと刺されたところが痛んだ。問題ない痛みだと脳が判断したので、まずゴミ箱の処理から手順通りに俺が思う「普通」という行動を取る。順調に事が運び可燃なのか不燃なのかわからない腐った朝食のゴミ袋を台所の大きなゴミ袋に入れた。自室に戻るころにはすっかり腐臭は消え現実のひとつを運び込んできた窓を閉じる。
 コンコンとドアをノックする音。
 叩かれた扉だけではなくその音は床や空気や鼓膜を震わせ「来客」を伝える。ドアを開けると母親が入院中、開けることのなかった鞄を届けに来たのだ。
「忘れものよ」
「ありがとう」
 はたして自分はどこに鞄を忘れていたのかとくに意味を成さない質問が浮かんだが、聞く意味もないと冴えた頭はきちんとお礼の言葉を述べれることができた。よくできました、なんて。自分で自分をほめてみた。
 ガチャン、と音をたてて閉じられたドアは千成が消えた時と変わらない音で反射的に目元が不愉快にヒクついた。どこか神経質になりすぎだと感じる。
 渡された鞄の中からバッテリーの切れた携帯電話を出す。充電コードに挿して赤いランプがチカチカッと点滅してから青いランプが点灯した。パカリと開いて電源を付けるとメールが数件来ていた。中には迷惑メールの広告が紛れていたがよく千成とつるんで遊んでいる笹山や八木から心配していると思われる文脈の文字が並んでいた。退院したこととあと二、三日したら学校に行くことを返信した。そして一番新しい着信は無題のメール。本文は書いていない。空メールだった。送り主を見ると三木千成とは書いているが、こんな電子メールじゃ千成か世喜か区別がつかない。
 ため息をついてカチリと携帯電話を閉じた。そのままベッドに倒れ込むと、疲れ気味の体は睡魔をゆっくりと受け入れた。

4年前 No.48

削除済み @suzaku1 ★eSlyshmTyM_mgE

【記事主より削除】 ( 2014/04/26 00:06 )

4年前 No.49

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★eSlyshmTyM_mgE

 目が覚めると真っ暗だった。それが夜だと気が付くのに、どれだけ時間を要したのだろう。目が覚めた世界で感じた疲労感は、睡魔にゆだねてしまったせいで引き起こった弊害だった。
 頭が鉛のように重く、何も考えていたくはなかった。けれど、近々再び通うことになる学校で、千成と顔を会せたらどんな反応をしたらいいか。
「あれ?」
 ほとんど無意識だった。
 なぜ、世喜と言えなかったんだ。確かに、千成でいい。間違ってはいない。次、学校で会うのは、今のところ立場が逆転している世喜に会うだろうが、けれどそれは現時点で俺が知る千成であって実際に次会うことになる千成という名を借りた世喜なのだ。仮名千成としても、問題は無い。……無いけど、俺は。
「俺は次、二人にあったら千成がどっちか判るかい?」
 自分に問いかけた。頭痛すら覚える。……俺はただ三木と言えばよかった。背筋が冷える。セリフを少し間違えた。
 何度か自答で大丈夫、ちゃんとわかるさ、と言い聞かせるがそこに根拠なんて無くて、ただ推論と推定で自信なんて目の前からすいすい消えていくのだった。
 やけに静かな夜は、月明かりも弱く窓から部屋に挿す前に霧散してしまった。闇のような青に泥沼のごとく手足を囚われているが、鉛の頭と違って思考だけはふわふわとしていた。――また、酸味のある香りが漂ってきそうで気分はよくはなかったが。二度と目が覚めなければいいなぁ、なんて阿呆なことを想像しながら、また口の中にココアのような甘さを思い出してしまい酷く人工的な甘さと苦みに唾液が反応して、吐き気を感じた。最近こんなことばっかりと、言葉以外を吐く自分を思い出して自傷気味に笑った。そんなことをしたところで、吐き気が収まるわけもなく、一度えずきそうになったが、口を無理やり閉じた。そして俺は再び来たぬるい微睡みに身をゆだねた。

4年前 No.50

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★nbkWjzid98_UxJ


 刺されたことで一躍有名人。クラスメイトの男子に質問攻めにあったけど、千成のマネを徹底的にこなす世喜が俺のかわりにポンポンと答える。そして最後は、本人とってもショックだから触れてやるなで締めくくる。千成にありがちな言葉を巧みに使って、けれど偽りである事を知っているのは俺だけだ。嘘に嘘を塗り固めて今日という日が緩やかに終わっていった。

 廊下ですれ違い際にクラスメイトの波木が「退院おめでとう」と声を掛けた。適当に返事をすると「何の気なしに病室に言ったわけじゃないんだ」なんて呟いたのだ。思わず波木の顔を見つめると、千成とも世喜とも種類が違う不敵な笑みを張り付けていた。

「それは、どういう意味なんだ」

 この手の意味深な笑みを読み取るのは苦手だった。分からなかったから素直に訊ねと、波木は涼しげに言葉を吐いた。

「三木とは同じ中学だったからね。あんたと世喜とは仲がいいみたいだから、きっと合わせ鏡には気が付いていると思って」

 それから「じゃあね」と切り上げて、片手をひらひらと振って立ち去った。言葉の意味を理解した俺は血の気が下がった。反芻した設問の答え合わせがしたくて波木の事を呼び止めた。けれど波木は声を上げた俺にはお構いなしに、軽快なステップで階段を下っていってしまった。

 それから数十分も経っていない。放課後で誰も居ない教室。

「なぁ、三木」

  自然と言葉を選んで苗字を呼んだ。偽る必要がない二人っきりの空間だった。

6ヶ月前 No.51

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★nbkWjzid98_UxJ

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6ヶ月前 No.52

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★nbkWjzid98_UxJ

 されるがままの三木をやんわりと手放して、描いた未来の断片を話た。俺にとってそれが一番いいと俺は思えるシナリオだったけど、二人にとってこれがいい結末だとは思えなかった。
 精神的に遠くへ連れてってやるとだけ宣言して、もう元の関係には戻れないだろうと伝えた。けれど三木千成は朗らかに笑って「奈落より底なんて、どこにもありはしないさ」と呟いた。
 返す言葉を選んでいるうちに鞄を肩に下げて彼は教室を後にする。俺はその後ろ姿をただ見送る事しかできなかった。
 しぶしぶ自宅に帰って、今度こそ吐き気の起きない自室にこもる。散々だった今日という日を反省する前に、時間を掛けるわけにもいかない事柄を見つなおす。自分がどうすべきかはわかっていた。だけど、それをするためには、もう少しだけタイミングを見計らいたいと思っている。
 俺の事を「品川」と呼ぶ方の三木はたぶん本来は三木千成で、俺の事を「真也」と呼ぶ方の三木は三木世喜で間違いないだろう。だから二人と同中だった波木はこの学校に通っているのは千成なのにもかかわらず、世喜と呼んでいたのだろう。
 いぜんのゲーセンでの出来事を思い出す。あの時の三木世喜の要求は千成にとっての必要な人を探していた。そして何らかの判断基準を持って居るに違いない。
「必要な人、……特別な事柄?」
 そうなると三木世喜からの要求は三木千成にとっての必要な人と、自分を指し示す言葉を僕と言い直す事が暴力をやめる条件になっていた。偶然に正しい解を導き出していく現実に血の気が静かに引いていった。

 つまり、いまこれが、本来の正しい状態という事に、俺は気が付いてしまったのだ。

「あいつは、」

 ……もっとも、現状を変えるための手段は俺にも心当たりがある。それだけでまだ救いがあるような気がしてくるし、根拠もない勇気の源になっている。
 あいつに嘘を吐くまでは、絶対に間違えてはいけない。プレッシャーで嫌に傷口がうずく。緊張感を抱いたまま、疲れた脳味噌はあっという間に睡魔に負けてしまった。

6ヶ月前 No.53

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★nbkWjzid98_UxJ


 目が覚めると窓の外は暗い空。ぽつぽつと雨が降っていた。激しくは見えないが、夜通し降っていたのか屋根や雨どいは川のようになっている。雨の季節にはほんの少し早いけれど、低気圧気味でほんの少し頭痛がした。
「感傷的になる必要なんてどこにもない」
 思ったことを口にするが、気分だけが重たくのしかかる。寝起きの自分の声はかすれていた。
 支度をしてそろそろと静かに階段を下る。母親に「おはよう」と告げると、目を見開いた。いままでロクに挨拶をしたことがなかったから、きっと驚いたのだろう。同じくおはようと答える声は、女性特有の高い声。自分とキーがだいぶ離れた音である。
 ぎこちない母親に言葉のかわりに軽く笑った。間をすりぬけて、キッチンでコップ一杯の水を飲み干す。
 大きな変化は何もない。俺が変わるべきなら、変わったっていいのだ。そう気が付かせてくれたのは紛れもない千成だけど、千成本人は気が付いていないだろう。
 流石に朝ごはんはまだ胃が受け付けないと思い、身支度をしてそのまま登校した。なんでもない学校生活を送り、千成の隣で平生を保ち、放課後になる。
 刺されてから会っていないからきっと騙しとおせると思った。本当の事に気が付いた事を悟られないと思えた。当然、千成だって協力してくれると確信している。
 だから千成に導かれるまま、例の建設予定地に向かった。水のついた足跡がてんてんと目につく。先客の傘がすでに部屋のようなフロアの出入り口の陰に立てかけてあった。俺達もお互いの傘を同じように立てかけた。
俺が刺された時と同じ場所で、慶南のブレザーを着た三木世喜が立っていた。
「久しぶりだね。真也」
 初めて世喜と会ったときによく似た表情を張り付けた顔。嫌に緊張している自分を自覚する。
「久しぶり」
 掛けるセリフを間違えないように、頭の中を手探った。逆光気味の世喜に目を細める。本当に瓜二つな兄弟に、どっちだって同じだからと言った気持ちがよくわかる。
 案内のために隣にいた千成がそっと背後の出入り口の方へ移動した。きっと壁に寄りかかって腕を組んでいるに違いない。俺は歩を進め、世喜の近くへ向かった。
 特に変わった様子もなく、挨拶以外に言葉を掛けない世喜は自分のポケットに手を突っ込んで立っている。これが三木世喜という設定の反応なのだろう。……もっとも、本人だから設定もクソも無いだろうが。
「俺はあんたにとっての特別になりたい」
 手を伸ばして抱き寄せる。世喜の視界を意図的に自分の体で覆った。
「真也はもう十分、俺にとっての特別だよ」
「でもお前の条件はそれじゃあダメなんだろう」
 両手の中で息を吐く様に笑った事がわかる。
「気づいても、踏み込んでくる人は誰も居なかった」
 ぽつりと言った言葉に、きっと嘘は無いだろう。波木みたいな中学の同級生は気が付いたように、わかる人はわかったのだろう。けれど誰も咎めもしないし、感心も持たなかった。
「――真也だったら、お」
 言いかけた世喜の声を遮ったのはコンクリートの床に叩きつけられた衝撃だろう。傘を振り上げた千成が必要に俺と世喜を殴る。はじめは世喜をかばって、立ち上がり、傘を抑えて反抗する。それから千成が俺を薙ぎ払い、止めの一発を脳天に加えた。意識が貧血みたいに暗転して、世喜が「真也」と呼ぶ声が鼓膜に届いたのが最後の記憶だった。

6ヶ月前 No.54

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★nbkWjzid98_UxJ


 再び白い天井を拝む事となり、ご察しの通りで計画は完璧だった。記憶喪失を装うだけ。
 雨が降り続けて三日目。雨がぽつぽつと水たまりに輪を描く。目に写るものが次第と色をもった。重たい雲の下でえむあーるあいとかそんな感じの精密機器に通されて異常のあるわけのない頭を検査されて脳震盪を起こしたフリをするのは大変だったけれど、うまくいったようだ。さすがに社会常識や数学とか文字とかを偽るのは難しいので、今まで体験した出来事だけを忠実に曖昧にした。なんとか診断に、記憶喪失をこじつけたところから、心意的なストレスも相まっての事だと処理された事に違いない。
 今までとはキャラを一遍させてしまえば、母親だって俺の扱いに困ることは無いだろう。最大の壁だった再婚という記憶を持っていない息子に接するのなら、白紙に絵を浮かべるようなもの。逆に母親が俺にどんな嘘を吐くのか。あるいは大切な事柄をいくつ伏せるのか。性格が悪い人間みたいに採点する自分を想像して、罪悪感すら覚える。
 千成にはツラい役を任せてしまったが、ほんの少しの間だが、ご希望通り遠くへ、警察と児童相談所へ連れて行かれた。母親にはやんわりと記憶を失う前の友達ならば悪いようにしないで欲しいと願いを言い、被害届は出ない形で示談となった。怖いくらいに思惑通りに進んでいく。引き返せないところまで来ているからには、俺だって嘘を吐き続ける努力をしよう。

 刺された時と同じような段取りで警察が来て、入院も同じような日数だった。原因は突発的に起きた兄弟喧嘩を止めに入った事になったようで、やはり犯行現場は建設予定地の前の通りになっている。驚いた事がひとつあって、警察の口からあの通りをまっすぐ進むと二人の自宅があるらしいという話を聞いた。結構な付き合いなのに、全然知らなかった事柄だったら本当に記憶喪失みたいな反応になっただろう。
 包帯を巻いたまま登校する事になり、学校まで母親に連れって貰った。ずっとぼんやりとした笑みを浮かべて、よそよそしくお礼を述べると母親は「あなたのお母さんだから」と涙ぐんで笑っていた。いままでの自分がいかに残酷な事をしていたのか、理解はしていたがなんとも言えない気持ちで胸がいっぱいだった。
 通り魔とは違って本校の生徒が起こした傷害罪にあたる事だったら、先生からいろいろ質問攻めにされたが記憶喪失のためなにも答えられないフリをした。二週間ほどすれば包帯から絆創膏へ。傷跡は小さな瘡蓋になっていた。自宅謹慎処分明けの千成が登校してきた時には、教室の空気がガラッと一遍した。けれど俺から「初めまして」なんて朗らかに声を掛けるとクラス一同ほっとしたような塩梅だった。
「本当に、記憶が」
 開口一番に世喜がそんな事を言う。
「俺のせいで」
 世喜がなにか言う前に俺は「すいません、覚えてなくて」と声をかぶせた。それからシレッと疑問形を並べて世喜に名前を訊ねると「千成だ。三木、千成」と今にも泣きそうな声色で答えた。
 脆いガラスのような瞳が揺れていたから「じゃあ、千成って呼んでもいいですか」と笑って伝えた。
朝の教室に似つかわしくないざわめきにはどこか安堵の声が聞こえたから、世喜も千成として前と同じような日常を送れる事を察した。
 違和感のないレベルで親友みたいなポジションを取って、けれどクラスメイトの受け答えを入学式レベルの新鮮度を提供する。誰も俺の嘘には気が付かなかったし、俺に変な嘘を吐くものは居なかった。

6ヶ月前 No.55

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★nbkWjzid98_UxJ


 平穏な日常に罪悪感のためか献身的に尽くしてくれる。悪い気がしないのは俺の最低な下心だと、自分の心にピンをしてまだ友達としての域を保っていた。忘れた俺でも世喜は満足のようで、品川真也の一番の友達であるような態度を取っていた。
偽りの平和をこなす中、俺の家の近くで千成が待っていた。何処で誰が見ているか分からないので、住宅地の細い路地裏に手招いた。素直に千成はしたがって来てくれたけど、場所が場所の故、なんとなく来北生の学ランがガラを悪くさせているのかカツアゲでもされているかのような構図になっていた。
「ありがとう品川」
 千成がお礼を述べるから自虐的に笑ってしまった。俺にはお礼を言われる筋合いはない。どうみても完璧なハッピーエンドではなく、ただの延命治療みたいなものだったから。
「弟には必要な茶番だった。だから俺は何も言えなかった。この関係だってやめようと思えばやめられた」
「けれど、それも解決じゃないからか」
「同罪だろう。俺じゃダメなんだ」
 歯を食いしばるように顔をしかめるから、悔しい気持ちは見て取れた。いまだから千成だってツラいってわかっている。一人で悩んでいれば、余計にしんどかっただろう。
「あんたは傍観するだけでなにも出来なかった」
「俺は双子である事を特別だと思っていないからね。――俺はただ、鏡の向こうの自分にも、幸せになって貰いたかっただけだ」
 伏し目で諦めたように笑うから、心からそう思っているに違いない。
「幸せになれたか?」
「分からない。なんせあいつの気持ちは、あいつ自身にしか分からないから」
 オカルト話みたいに、鏡の向こう側の自分と自身がイコールではない喩え。わかりやすいが、とても酷な現実だった。
「でも、この嘘が続く限りは今までみたいな醜い自傷はしなくて済みそうだ」
 醜いかどうかで言えば、判断基準がどこにもない。言い返す言葉を探していると、頭の冷静なところで思っていた誤算を呟いていた。
「だけど本当の名前を呼ばれる機会を俺が奪ってしまった」
「いいよ。忘れかけていた名前を思い出させてくれたのは品川だから」
 自身の左胸を握りしめて笑っていた。
「じゃあね。品川。ウソがばれるその日まで、サヨナラだ」
 世喜と同じ顔の割には全然違う表情を見せるモノだ。
「サヨナラ、千成」
 軽く手を振ると、千成も軽く手をあげた。夕暮れ時を背景に歩く千成の姿は黒い学ランがカラスの様だった。限りある自由を少しでも謳歌できるよう、俺は心から彼の幸せを願っていた。

6ヶ月前 No.56

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★nbkWjzid98_UxJ

★三木千成の供述

 俺の口からこの事を語るとしたら、とてつもなく安っぽい物語みたいで笑えてくる。何一つ変わらないけど、時が解決する事もあるみたいで、品川と出会ったがゆえに現在があるんだと思う。どうせだったら幸せに、なんて思っていた自分がすでに過去の産物になっているという事を受け止められなかった。
 ありがとう、なんては言えない。きっと弟は喜んでいるとは思えなかった。
 本当にどっちでもよかった。心からどうでもよかったんだ。――どっちだって同じだと信じていたから。
 でも品川は違った。ちゃんと俺が俺だと認識できて、俺達の秘密を孕んだ嘘に気が付いた。投獄されたのは人生においての汚点だろうが、俺は初めてヒトリの人間として認識された。弟としてでもなく、世喜でもなく、本当の意味での三木千成に。
 傘でぶん殴ってから俺は世喜に品川を抱えて言ってやった。
「これは俺のモノだけど、きっとあんたが欲しがっていた必要としてくれる人なんだろう?」
 弟は泣いていた。震えた声で「返して」と呟いた。条件は千成にとっての必要な人。だから登校日にまた俺と弟は入れ替わった。前と同じ。――だけど、品川さえ知っていればどうでもいい。俺と品川が弟に吐いた嘘。それが明確に自己を隔てるモノだった。
弟のかわりにお礼を言う。俺は弟と違って嘘吐きは嫌いじゃない。品川だったら、わかっていると思うけど。
 長い雨が止んだかのような心持ちは、ひとえに空が晴れたからじゃない。これからの未来というモノに期待する自分のせいだった。

6ヶ月前 No.57

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★nbkWjzid98_UxJ


-エピローグ-

 俺はいつだって友達に囲まれていた。だけど誰ともそれ以上になれない。友達以上何かになれないし自分からは望まなかった。自分でも最低な生き方と自覚していたけれど、俺はそんな人生で満足だった。

 誰かを愛する必要なんてないと思っていた。
 愛の形なんてよくわからなかったからだ。


 不特定多数に笑顔を振りまいて生きていくのは苦にならない。弟は寂しい人生だねって言ったあの人がすごく憎かったらしい。君の事が好きだったのに。それなのに、俺の居場所はあってないようなもの。そう言って酷く傷ついたようだ。

 そして、あれから二年たつ。あの人と同じように弟に好意を寄せていた品川が、弟に嘘を吐いたあの時から早くも二年になるということだ。弟にとって特別だった、品川が記憶喪失になったため、きっと死んだと同義だろう。弟はそう思ってしまっていた。あの人にフラれてから、人を愛したり信じたりすることはしなくなった弟の話。弟の心の鍵は開いた変わりに、今度は俺が心に鍵をした。けれどそれは苦痛じゃない。唯一、俺と弟を隔てる壁。品川の作ってくれた城壁だ。

6ヶ月前 No.58
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