Google
    
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▼レス(55) >>

涼風

 ( 小説投稿城2世(大人風味) )
- アクセス(376) - ●メイン記事(55) / サブ記事 - いいね!(12)

空翔☆cXPYx34P4ns ★W.ot.NIGcsg






溢れんばかりの想いと

伝えきれない気持ちがあった。




抑えきれない程の想いと

言葉に表せない気持ちがあった。














“特別な時間をありがとう”




2008/05/05 13:02 No.0
メモ : 秋成☆RIZJU4STfhc★KGzJhqMV/BQ

最初に......


この作品には、直接的な性的表現は一切出てきません。

なので、読者の方に不快な思いをさせる事はないかと思います。


また、私自身がまだまだ未熟者なので、

読みにくい箇所や、理解不明な箇所が出てくる事があるかと思われます。

ご意見やアドバイス等があれば、遠慮せずに言って下さって構いませんので。

少々の事ではへこたれません......多分(笑)。


*登場人物* 


・小葵 貢 Koaoi Mitsugu

   本作品の主人公。 

   無言実行且つ気配り人。 


・野田 樹 Noda Itsuki

   貢の親友、子供っぽい性格。

   梓と寄りを戻す。


・降矢 蓮 Huruya Ren

   貢の親友、年齢の割に大人びている。

   物事は常に傍観するタイプ。


・水無瀬 心 Minase Kokoro

   貢のクラスメート、喜怒哀楽が激しい。

   時折り女の子らしい一面も......


・潮咲 梓 Shiosaki Azusa

   心の親友、いわゆるクール美人。

…続きを読む(9行)

ページ: 1 2


 
 
↑前のページ (5件) | 最新ページ

空翔☆cXPYx34P4ns ★W.ot.NIGcsg

涙が少し治まった頃、俺は彼女を家まで送り届けた。

返る際に再度振り返ると、梓は笑みを浮かべながらありがとうと頭を下げた。

彼女の姿に俺は無言で頷き、足早にその場を去った。

表面では平気そうな顔をしているが、中身は全くそうではない。

梓と同様、樹だって……

そう思いながら自宅へと向かって歩いていたが、玄関の扉を開けるなり、俺は目を丸くした。

玄関には、見慣れたスニーカーと、鮮やかな色のハイカット。

思わずその場に立ち尽くしていると、弟の瞬がヒョコッと横の扉から顔を出した。

「樹兄ちゃんと、水無瀬っていうお姉ちゃんが来てるよ」

「樹と水無瀬?」

「部屋に上がってもらってるから」

瞬の言葉に、静かに階段へと足を掛ける。

そして自分の部屋の扉を開けると、思わず溜め息をついた。

ベッド前のテーブルの上には、缶ジュースやらお菓子やらの袋が散らばり、樹はその机の上に突っ伏している。

その横では、心が呆れ顔で彼の様子を見つめていた。

「……何やってんだよ?」

「……あ、おかえりなさい」

「樹、どうなってんの?」

心はともかく、樹の様子が先程とは違うようだ。

頬はほのかに赤く染まり、耳も同様に紅潮している。

彼の前に腰を下ろすと、机の上の残飯を一通り眺め回した。

「……チューハイか」

「え?」

聞き返す心の顔の前に、空になった空き缶を突きつけた。

見た目は普通の炭酸ジュースとなんら変わりはないが、下の方にアルコール度数などが表示されているではないか。

心はしまったと表情を曇らせると、俺の手から空き缶を受け取る。

「急にローソン寄るとか言い出すから、どうしてかと思ったら……」

「……大丈夫。こいつ、たまにウイスキーをコーラで割って飲んだりしてっからさ」

慌てる心に、俺はポツンと呟く。

「それに、今日は酒飲みたくもなるだろうし」

「そういうもん?」

「そういうもんだよ」

心は複雑な顔で視線を向けてくる。

そしてふいに今日の事を思い出すと、そっと頭を下げた。

「……梓、家まで送ってくれたんだよね? ありがとうございました」

「……別に。親友の元カノだから、気を遣っただけだ」

律儀にお礼を言ってくる心。

その姿が、なぜか先程の梓とだぶって見えてしまう。

そんな彼女の横では、酔い潰れた樹が寝言を発し始めた。

「……今更……どうしてなんだよ……」

「……樹?」

思わず彼の顔を覗き込む彼女を、俺は無言のまま制した。

心は不思議そうな顔を向けてくるが、それと同時に樹の言葉が聞こえてくる。

「俺は今でも……梓の事が好きだよ。だけど……もうあの頃には戻れないだろ……」

「そんな事、ないと思うけどな」

彼の言葉に、心は机に頬杖をつきながら呟いた。

俺は転がっていた缶ジュースを拾い上げると、プルトップを開けて口を付ける。

心は小さな溜め息をついたかと思うと、今度は俺の方に視線を向けてくる。

「貢ならどうする? 新しい恋をするか、過去の恋を復活させるか……」

「突然だな」

予想もしなかった問いかけに、俺は缶ジュースを静かに机の上に置いた。

今まで、彼等程に相手を想った恋愛なんて、した事ねえし。

かといって、これまでしてきた恋愛が、全て無意味だったという訳でもない。

「俺には……どっちも無理かもしれないな」

2008/05/15 11:16 No.6

空翔☆cXPYx34P4ns ★W.ot.NIGcsg

7,




新しい恋をしようとしても、きっと前の人以上に想えるかどうか分からない。

それと同様に、過去の恋をしようとしても、きっと当時のような関係にまで戻れるか分からない。

それは……樹と同意見だ。

梓と別れてからの樹は、驚く程に恋愛から遠ざかっていた。

付き合っていた頃は毎日のように惚気話を聞かされ、お揃いの小物を見せびらかされ……

顔では訝っていたが、内心はそうでもなかったんだよな。

だけど、今の樹を見るのは本当に辛いと思う事がある。

梓の前では無理して笑顔を取り繕ったり、やけに無邪気にはしゃいだり。

そんな彼の前では、梓も同じ事をしていた。

似た者同士、無理して強がったりなんかしてさ。

「新しい恋も、過去の恋も、俺だったら出来ないかもしれない」

「……そっかぁ」

俺の言葉に、納得出来たのだろうか。

心は頬杖をついたまま軽く頷き、視線をそっと樹の方に向けた。

そこには、気持ち良さそうな表情で眠っている、樹の姿……

実際、彼が酒を飲む様子は見ていないから、どんな顔で飲んでいたのか分からない。

だけど、何となく想像する事は出来る。

きっと、妬け酒のように引っ切り無しに飲んでいたに違いない。

その様子を、心は何を思って見守っていたのだろうか。

眠り続ける樹の姿を、俺は心と無言のまま見つめていた。




翌日、土曜日の朝七時半。

机に突っ伏して寝ていたが、ふいに肩を揺り動かされて目が覚めた。

顔を上げると、すまなさそうな表情の樹の姿が飛び込んでくる。

「ごめん、貢! 俺、また酒飲んで暴れてただろ?」

「暴れてはねえけど……心の話だと相当愚痴ってたらしいな」

「あー……やっぱりそうかよ」

二日酔いからくる頭痛のせいか、樹は頭を押さえながら目の前に腰を下ろした。

「全っ然、昨日の記憶ないんだけど……」

「……梓との事もか?」

寝癖のついた髪を掻き毟る樹に、小さな声で問いかけた。

その言葉に、髪を掻き毟る樹の手がピタリと止まる。

「お前、寝言で言ってたぞ? 今でも梓の事が好きって……」

「……」

「どいつもこいつも、強情なんだからさ。いい加減、素直になれよ」

樹の水を取りに行こうと立ち上がると同時に、彼の頭を軽く叩く。

樹は無言のまま、机を静かに見つめている。

「好きなら、好きだって言ってこいよ。無理してるお前等、見てる方も辛いんだから」

そう呟いた後、彼を一人部屋に残して扉を閉めた。

お互いが未だに吹っ切れていないのに、次の恋に走り出せるわけがない。

ましてや、今も好きならその気持ちを伝えるべきだと思う。

『言わなければ良かった』ではなく、『言っておけば良かった』の方が、後悔の重さが全く違うのだから……

2008/05/18 17:44 No.7

空翔☆cXPYx34P4ns ★W.ot.NIGcsg

8,




その日は一日中樹と部屋で過ごし、彼は今日も泊まっていく事になった。

二人でテレビを見たりして盛り上がっていたが、ふいに話に出るのは、やはり梓の事……

彼は、今も梓を吹っ切れていない事を素直に打ち明けてくれた。

梓が告白してきたあの日、正直に嬉しかった事。

だけど、プライドが邪魔をして、彼女を傷付けてしまった事。

樹は窓の桟に腰掛け、明後日の方向を見つめながら、自分の思いを口にした。

「俺はガキだから、あいつの事、好きなのに告白を断った。

 だけど……あいつの前で素直になんか、なれないんだよ……」

彼の気持ちも分からなくはないが……

樹の寂しげな横顔に、自然と俺の気持ちも曇ってくる。

だがその反面、彼のために一肌脱がないといけないと思う自分がいた。

余計な事だって、怒鳴られるかもしれない。

他人事に口出しするなって、注意されるかもしれない。

そうだと分かってはいるけど、辛そうにしている親友を、放っておく事なんか出来ない。

今の俺に、出来る事は何かないのだろうか――――――




「この間はごめん。みっともない姿、見せちゃって……」

「見慣れてるから、あんま気にすんなよ」

昼食時。

廊下のロッカーへ教科書を片付けていると、梓が綺麗に畳まれたタオルを渡してくる。

俺はそれを受け取りながら、悪戯っぽく微笑みかけた。

「それにあの日、もっとみっともない人見てるし……」

「え?」

寝言を言いながら眠りこけている樹の姿を思い出しながら、タオルをロッカーの中に入れた。

その様子を、梓は不思議そうな表情で見つめてくる。

……と、その時廊下の向こう側から樹がこちらにやってくる姿が見えた。

梓は彼には背を向ける形なので、彼の姿が見える事はない。

その様子に、俺はとある作戦を思いつき、思わず口元を緩める。

手荒だけど、たまには美味しくて良いんじゃない……?

すかさず梓の耳元に顔を寄せ、小さな声で囁いた。

「これから面白いもの見せるから、梓は黙ってろよ?」

「……どういう事?」

「まぁ、見てて」

俺が笑みを浮かべながら彼女から離れると同時に、樹がすぐそこまでやってきていた。

俺は軽く咳ばらいすると、彼に聞こえるような声で話を始めた。

「そういえば梓、お前今朝……蓮といい感じだったじゃん?」

「え?」

「二人の密着度、どう見ても友達以上って感じだったんだけど」

俺の言葉に、すぐ近くで立ち止まり、足をすくめて立ち尽くしている樹。

その表情は、誰が見ても動揺丸出しだ。

動揺の色が見られる瞳を、俺と梓に度々向けている。

「もしかして、付き合ってるとか?」

「……梓は、俺のもんだ」

突然、樹の低い声が聞こえてくる。

その声に、梓は振り返ると思わず息を呑んだ。

目の前には、険悪な雰囲気を醸し出している樹の姿……

さすがの俺も、呆気に取られながら彼に視線を向ける。

「俺に振られた事で、梓は他の奴に目を向けたのかもしれないけど……

 俺は……ずっと梓だけを見てたし、諦める気も全くないんだ」

「だけど、樹……お前は彼女を振っただろ? そんな事、言える立場じゃないと思うぜ?」

今回は、俺が悪者役に回らないといけないんだよな。

そう自分に言い聞かせ、動揺している梓の横で、樹に食ってかかる。

「男なら大切だと思ったもの、絶対に手放すなよ!」

2008/05/18 20:15 No.8

秋成☆RIZJU4STfhc ★g8eYfrxJZ.I


初めまして。変なところでコメント入れてしまってすみません。
タイトル通り、とても爽やかな青春小説ですね。

僕も青春(恋愛?)小説を書こうと試行錯誤しているのですが、どうしても湿っぽくなってしまうので、空翔さんの作品を参考にしたいと思います。

いや、それは置いといて、ドキドキしながら続きを読ませてもらいますね。

2008/05/19 00:25 No.9

空翔☆cXPYx34P4ns ★W.ot.NIGcsg

*秋成様*

こちらこそ、初めましてw
いえいえ、お気になさらず……
コメント頂けるだけで嬉しい限りですから。

青春……ですかね?
今まで書いてきた作品のほとんどが、重いというか、シリアスというか。
なので今回も、下手したらそっち方面に行ってしまう可能性大ですけどね(笑)

あたしの作品を参考……ですか!?
全く参考にならないと、自分自身思うんですけど(汗)
誤字・脱字は当たり前、おまけに背景描写とか未熟ですし……
それでもよろしかったら、こちらこそ、宜しくお願いしますw
その典型的な作品なんですけど、良かったら読んでみて下さいw
↓↓↓
翔べない翼
http://aurasoul.vis.ne.jp/_shousetu2/1327.html

少しでも、力になれるかと思います(汗)
秋成様の作品も、楽しみに待ってますねw

2008/05/19 17:53 No.10

空翔☆cXPYx34P4ns ★W.ot.NIGcsg

9,




生徒の行き交いが激しい廊下に、俺の声が小さく響き渡る。

それを聞いているのは、この場では俺自身と梓、そして樹だけだろう。

俺の言葉に、樹は一瞬怯んだように硬直すると、身を縮めた。

その様子を、梓は静かに見つめている。

「中途半端が、一番お互いを傷付けるんだぜ?」

そう言い残すと、その場に二人を置いて教室の中へと足を踏み入れた。

背後からは二人の視線を感じるが、俺が手助け出来るのもここまで。

後は……あいつ等の問題だし。

自分の席に腰を下ろしながら溜め息をついていると、ニヤついた顔の蓮と繭が俺の元にやってくる。

蓮はチラッと視線を廊下の方に向けた後、ゆっくりとこちらに戻した。

「……貢、また何かやったな?」

「へ? 何の事?」

すっとぼけてみたが、蓮の奴には全く通用しないようだ。

前の席の椅子を引くと、そこにゆっくりと腰掛け、足を組んだ。

「親友があんなに悩んでるのに、お前が放っておくはずないからな」

「でも、きっと二人は寄りを戻すよ。でしょ?」

俺の横で、繭も笑みを浮かべながら頷く。

「いいなぁ、カップルなんて」

「……俺はいいよ、当分」

羨ましそうに呟く繭を横目に、蓮は勘弁だと言わんばかりに机に肘をついた。

彼の場合、自分に合う相手がなかなか見つからないのも理由に挙げられるのだろう。

ただでさえ精神年齢が俺等より高いのに、並みの女じゃ対等に付き合えないんだろうな。

勝手にそんな事を思いながら、ふと視線を廊下の方に向けてみる。

そこには、向かい合って話をしている、樹と梓の姿があった。

だが二人の表情は先程のものとは違い、お互い微笑み合っているようだった。

その様子に、自然と安堵の溜め息が出てくる。

やっぱり、二人にはいつも笑っていてほしいから……

しばらくして教室に戻ってきた樹と梓からは、当然のように寄りを戻した話を聞かされた。

俺は蓮と繭と共に、彼等を温かく迎え入れる。

照れたように頬を掻く樹に、嬉しそうに口元を緩める梓……

その光景があまりにも眩しくて、俺も微笑まずにはいられなかった。




その日の放課後、俺は一人、教室のテラスに出ていた。

初夏という事でまだまだ日は長く、五時半になっても太陽は未だに沈んでいない。

手すりにもたれながら、真下に広がるグラウンドを見つめる。

そこでは、汗を流して部活動に励む、運動部の姿があった。

他人事だけど、本当に一生懸命やってるよなあ……

そんな事を思いながら、手すりに肘をつき、天を仰ぎ見る。

すると、どこからかすすり泣くような鳴き声が俺の耳に入ってきた。

突然の事に辺りを見回してみるが、泣き声の主の姿はどこにも見当たらない。

「……誰か、泣いてたと思ったんだけどな」

独り言を呟きながら教室へ戻ろうと振り返った瞬間、驚きのあまり思わず目を丸くした。

教室の中には、一人の少女が椅子に腰掛け、嗚咽を抑えながら涙を流していた。

その彼女の横顔に、俺は呆気に取られながらも、平常心を保とうと試みる。

黒髪のセミロングに、左手には青のミサンガ。

彼女は時折腕で溢れる涙を拭いながら、幾度も涙を堪えようとしている。

彼女の姿がやけに儚く瞳に映って、俺はその場に立ち尽くし、一歩も動けなくなっていた。

そう……いつも明るい印象の心が、涙を流していたからだった。

2008/05/19 18:35 No.11

空翔☆cXPYx34P4ns ★W.ot.NIGcsg

10,




ここ数日、少なからず心達とつるんできたが、彼女の涙を目にするのはこれが初めてだった。

普段は見せた事のない彼女の姿に、俺はただ黙って見つめている事しか出来ない。

静かに教室へ入ろうと扉に手を掛けた途端、気配に気付いたのか、心がこちらを振り返った。

自然と交わされる、視線と視線。

しばらく見つめ合っていたが、ふいに扉を引くとそっと教室の中に足を踏み入れる。

あまりの気まずさゆえに、心は慌てて涙を拭うと、にっこりと無理に笑みを浮かべた。

抑えきれない、堪えきれない思いを胸に秘めて……

「……変なところ、見せちゃったね」

「……見るつもりはなかったんだけどな」

先日の海岸で見た表情と同じように見えるが、それはあくまで故意的に作られた顔。

目の前の彼女はまるで梓と同じように、強がっているようにも見えた。

そんな気持ちが、俺の顔に出ていたのだろうか。

心は困ったように微笑むと、軽く肩をすくめた。

「ついさっき、梓から聞いたんだ……」

「……二人の仲が復活した事?」

「うん……そしたら、急に涙が出てきちゃって」

泣く程の事なのだろうか、それとも、他に何か別の事……

心の口振りに、俺はある答えに達した。

「……樹の事、好きだったのか?」

「……うん」

心は机に頬杖をつき、ゆっくりと頷く。

俺は彼女の隣まで行くと、椅子を引いて横に腰を下ろした。

彼女は俺に目も向けないまま、そっと口を開く。

「始業式の日に、並んだ時隣が樹でさ……一目惚れってやつだよ。

 でも、梓は今も彼の事引きずってたから、あたしは自分の気持ち押し殺してた。

 別れてしまった今でも、二人はお互いを想い合っていたから……」

いつしか涙の跡も乾き、淡々と話を続けていく心。

横顔をみる限り、それは普段の彼女となんら変わりはない。

だが、時折見せる寂しそうな表情が、どうしてか俺の胸に痛く焼き付けられていく。

「でも実際、寄りが戻ったって聞いたら、自然と泣けてきちゃってさ。

 嬉しいのもあるけど、失恋したんだなーっていう気持ちが湧いてきたっていうか……」

「……いいの? 気持ち伝えなくて」

話を区切ったところで、囁くような小さな声で問いかけてみる。

俺の言葉に心はチラッと視線を俺の方に向けたが、ただ首を横に振っただけだ。

「二人の関係、壊したくないしね」

そう言い切る彼女の表情は、いつの間にか凛としたものになっていた。




心の涙を見てからというもの、俺はしきりに彼女を気にかけるようになっていた。

自分の中に変化が起きているという事に驚きを感じもしたが、それ以上に心の事が気になってしょうがない。

樹と梓の寄りが戻ってすでに十日程が経過していた。

その間にも、心はいつも賑やかに振る舞い、涙を流した事が嘘だったかのようにいつも明るくしているのだ。

彼女の気持ちを全く知らない梓達は気付いていないようだが、俺には彼女の姿がどうしても嘘のように見えて仕方がなかった。

そして今日も、俺は一人で帰路へと着いていた時だった。

校門から続く緩やかな坂道を、自転車に乗った心が勢いよく駆け降りていく。

「貢っ! 後ろ乗らない?」

「普通、女が後ろに乗るだろーが」

「そうだっけ?」

俺の横で急ブレーキをかけて止まりながら、ペロッと舌を出す心。

その姿があまりにも無邪気で、俺も思わず噴き出した。

「俺が漕ぐから、お前が後ろに乗れよ」

「いいの?」

「感謝してくれよー」

手で自転車から降りるように指示し、サドルに跨った。

その後ろの荷台に、心が続いて跨る。

二人を乗せた自転車が、坂道をゆっくりと動き出した。

まだまだ暮れようとしていない太陽の光を背中に浴びながら、二つの影が風を切って進んでいく。

2008/05/21 20:51 No.12

空翔☆cXPYx34P4ns ★W.ot.NIGcsg

11,




気付けば、世間では今日から正式な夏休みに突入した。

世間ではというのは、あくまで俺の高校はそういうわけではないという事で……

あえて言えば、俺の通う高校は進学校に近い。

そのため、長期休暇となれば必ずといって補講日が入ってくる。

表面では夏休みと言って騒がれているが、実際は週に二、三日程高校に登校する始末……

はっきり言ってしまえば、本当に面倒臭い。

「んーっ! やっと解放されたぁー」

午前中の数学の補講を終えて、教室をあとにしながら樹が大きく伸びた。

その横を俺と心、蓮が並んでついていく。

「どうして数学って、あんなに頭使うんだろうな?」

「よく言うぜ」

「そうだよ! 樹ったら初めから終わりまでずっと寝てるんだから」

いかにも勉強しましたオーラを出す樹の横で、心と一緒に口を尖らせる。

梓はというと、俺達の言葉に同じように頷いていた。

「来年の今頃は授業中寝てる場合じゃないんだから、今からシャキッとしないとね」

「へいへい」

自分の彼女に指摘され、渋々と返事をする樹。

ふと横を見ると、彼等には全く見向きもせず、心はアドレス帳を片手に何やら書き込んでいた。

数メートル前方では、相変わらず樹と梓のカップルがじゃれ合っているのが見える。

俺が彼等の後ろを歩いていると、ふいに樹がこちらを振り返った。

「なぁ、貢! これからお好み焼き食いにいかねえ?」

「お好み焼き? ……って、俺ん家の店かよ?」

「おう!」

言ってはなかったが、俺には五つ年上の兄貴がいる。

俺の実家は名の知れたお好み焼き屋で、有名なガイドブックに載った事だってあった。

親父と共に切り盛りしているその店は、俺や樹、蓮にとっては行きつけの店と言っても過言ではない。

確認するかのように言い返す俺の言葉に、思わず心はアドレス帳から顔を上げた。

「貢の家って、お好み焼き屋なの?」

「とっても美味しいお好み焼きが食べられるし、また貢のお兄さんがとても面白いの」

目を輝かせる心に、梓は微笑みながら口を開く。

彼女の言葉で早速店に向かう事になった俺達は、急いで昇降口へと向かって歩き出した。

すると、目の前でさり気なく繋がれる、樹と梓の手……

そして、心はその様子を黙って見つめている。

普通、そう簡単には吹っ切れないよな。

彼女の横を歩きながら、ふとそんな事を思う。

自転車小屋でも、自転車通学の樹の後ろに、当たり前のように乗り込む梓。

仲良く話す二人の様子を、見つめてはすぐに視線を外す、心。

その様子がやけに気になってしまい、彼女の自転車を引きながら近くに寄っていく。

「まだ好きなら、告白してくるか?」

「……じょ、冗談でしょ!」

「そんなに慌てんなよ」

心は動揺するかのように、咄嗟に持っていた携帯電話を落としそうになる。

彼女の行動があまりにも典型的で、思わず笑ってしまう。

これが、彼女の気持ちの表現の仕方なんだ……

2008/05/31 22:54 No.13

ミキ ★EU0fhou//0s

はじめまして!
ミキといいます。

小説書くの上手ですね!

面白いです!
これからも読ませてもらいますね!

2008/06/02 15:48 No.14

空翔☆cXPYx34P4ns ★W.ot.NIGcsg

*ミキ様*

こちらこそ、初めまして★+゜
読みにくい名前ですが、空翔(そら)と読んで下さい。

上手くなんかないですよー(汗)
投稿する暇がなかなかなくて、かれこれ今年で二年目になりますし(笑)
投稿前に読み直しはするのですが、相変わらず誤字・脱字に気付かずに
投稿してしまうので、まだまだ未熟者です……

『面白い』と言って下さる事が、投稿する力になりますw
これからも暇を見つけては投稿していこうと思っているので、
気長に読んで頂けると嬉しいですw

2008/06/02 19:31 No.15

空翔☆cXPYx34P4ns ★W.ot.NIGcsg

*訂正*

13の上から9行目

 ×:その横を俺と心、蓮がついていく。

 ○:その横を俺と心、梓がついていく。


補講が終わり、教室から出てくるのは貢と樹、心と梓です。
このシーンでは蓮と繭の登場はないので、『蓮』の所を『梓』として読んで下さい。
紛らわしいですが、よろしくお願いします。

2008/06/02 19:35 No.16

空翔☆cXPYx34P4ns ★W.ot.NIGcsg

12,




辛そうな表情をしたり、泣きそうになったり……

あの日の放課後、教室で泣いていた心は、次の日にはいつもの笑顔を取り戻していた。

そして、目の前にはフライ返しを手に鉄板の上のお好み焼きをひっくり返す、心の姿がある。

平気な顔をしてはいるが、内心は余裕なんて全くないのだろう。

焼き上がったお好み焼きを口にする心は、どこか寂しそうな顔を見せるのだ。

そんな彼女の様子を見ていられなくて、俺はふいに立ち上がると店の外へと出た。

後ろからは兄貴の不思議そうな声が聞こえてくる。

店の外に出た後、駅前に面した通りに置かれたベンチに、一人腰を下ろした。

夏の夜風がすぐ横を通り抜けるため、火照った顔に当たって気持ちが良い。

自分が恋愛をしているわけではないが、身近で繰り広げられる恋愛模様。

俺自身まだ気付いてはいないが、胸の奥底では心を見る目が徐々に変化していた。

第一印象は四六時中微笑み、周りを和ませていた心。

だが、ふいに見せる切なげな表情。

寂しそうな横顔、そして……涙。

無理をしている事くらい、最近の俺はとっくに分かっていた。

何かしてあげたいと思っても、何もしてあげられない。

そんな自分に腹が立ち、ベンチに腰かけたままゆっくりと空を仰いだ。

「……貢?」

「ん?」

ふいに名前を呼ばれ、そっと振り返る。

そこには店の引き戸に手をかけ、こちらを見つめる心の姿があった。

「無言で出ていっちゃったから、心配したんだよ」

「悪い悪い」

「隣、座っていいですか?」

後ろ手にゆっくりと引き戸を閉め、問いかける心。

彼女の言葉に頷くと、彼女が座れるようにベンチの端に移動した。

「お前の顔見ていられなくって、咄嗟に飛び出したんだよ」

「あたしの顔?」

「時折樹を見ては溜め息ついたり、泣きそうな顔したり……平気な振りしてんじゃねーよ」

不思議そうな顔をする心に、ポツンと呟いた。

「俺の前では無理しなくていいから、言いたい事あったら言っていいぞ」

「……」

俺の言葉に、黙り込む心。

この前より少し伸びた彼女の髪を、吹き抜けた夜風が靡かせた。

人通りの多い駅前の通りでは、多くの行き交う人々の雑踏で、辺りは騒がしい程だ。

だが俺等のいる場所は、水を切ったように沈黙の時が続いていた。

そしてしばらく何かを考えていた心は、視線をこちらに向けると小さく口を開いた。

「もう、終わった恋だから……ちゃんと吹っ切れるように頑張りたい」

「……失恋は、時間が忘れさせてくれると思うけど」

「そうだけど、あたしは……」

何か言いかけた心だったが、思わず口を閉ざすとじっと俺を見つめてくる。

彼女の視線に、思わず息を飲んだ。

その時、店の引き戸がゆっくりと開かれ、ヒョコッと樹が顔を出した。

そして俺と心を交互に見ると、不審そうな顔を向けてくる。

「お前等、そんな所で何してんだよ?」

「いや、別に? 今戻るよ」

「お好み焼き焦げちゃうだろ? 早く来いよ!」

それだけ言うと、樹はすぐさま顔を引っ込めた。

俺は重たい体でベンチから立ち上がると、横に座る心に視線を向けた。

案の定、心は同じように俺を見上げる。

「無理に忘れなくても、ゆっくりでいいと思う……」

咄嗟に口から出てきた言葉がそれだった。

心は一瞬目を大きく見開いたように見えたが、数秒後には微笑んだ顔を見せてくる。

そんな彼女の微笑んだ顔を胸に焼き付けながら、俺は彼女を後ろに従え、店の中に戻っていった。

2008/06/02 20:19 No.17

空翔☆cXPYx34P4ns ★W.ot.NIGcsg

13,




「望さーん、次豚チーズおかわりー」

夕方も六時半を過ぎた頃、店内は客で埋め尽くされている。

そんな中、カウンター席で樹の明るい声が店内に響き渡った。

彼の横では、梓が呆れた表情で目の前の鉄板と樹の横顔を交互に見つめている。

鉄板の上には、彼が先程から焼いているお好み焼きが二枚もあるのだ。

相変わらずの食べっぷりに、ホールから望の声が飛んでくる。

「樹、お前はどれだけ食っていく気かよ?」

「あるだけ全部!」

「いい加減にしなさいよー」

まだまだ入ると言わんばかりの態度の樹に、梓はふいに肘で小突いた。

俺はというと、彼等の話に耳を傾けながら、すぐ後ろの鉄板で別にお好み焼きを焼いていた。

俺の前の席には、今年で四歳になる甥の翼が、目を輝かせながら鉄板を見つめている。

「貢兄ちゃん! もういい?」

「待てまて、ちゃんと焼かないと腹壊すぞ」

四歳といえば、いわゆる好奇心旺盛な時期。

他人のする事にはなんでも興味を持ち、不思議に思うものには必ず質問する。

また、目の前の好物に待ちきれないのもあるのだろう。

今にも鉄板に触れるのではないかという程身を乗り出す翼にヒヤヒヤしていると、トイレに行っていた心が戻ってきた。

そして翼の様子に、急いで彼の傍に駆け寄る。

「翼君! 火傷しちゃうから、ここまでねー」

「大丈夫だよ! いつもの事だから」

「いつもの事だからって……」

「心は本当に、他人の心配ばかりするよな」

食欲をそそるお好み焼きの香ばしい香りを嗅ぎながら、翼の横に腰を下ろす心に視線を向けた。

心はというと、「そういう性格ですから」と言いながら、翼の前に皿と箸を置いていく。

その時、彼女が見せた微かな笑みが、なぜか俺の脳裏に深く刻まれた。

と、同時に、先程の店の外での光景が自然と蘇ってくる……

告白したとしても、必ずそれを受け入れてもらえる保証なんてどこにもない。

ましてや、相手には自分ではなく他に好きな人がいれば、決してその想いが届く事はない。

焼き上がったお好み焼きを美味しそうに食べる翼を見つめながら、俺は溜め息をついた。

「溜め息つくと、幸せ逃げますよー」

俺の様子を見ていたのだろう。

心が悪戯っぽく口元を弛めながら、口に手を添えて呟いた。

彼女の前向き……に近い行動に、俺は半ば呆気に取られながらも、口を尖らせて言い返す。

そして、それに便乗するかのように再度口を開く、心……

翼の前ではあったが、いつしか彼女とはずっとしゃべりっぱなしの時間が続いたのだった。

だが、それは少しも苦だとは思わなかった。

むしろ、彼女と話す時間は妙に楽しくて、時間が経つのも忘れる程。

笑ったり、不貞腐れたり、怒ったり、悔しがったり……

コロコロろ目まぐるしく変化する心の表情に、俺はいつしか引き込まれているわけで……

こんな楽しい時間が、いつまでも続いてほしいとさえ思ったんだ――――――

2008/06/04 18:49 No.18

空翔☆cXPYx34P4ns ★W.ot.NIGcsg

*訂正*

18の下から2行目

 ×:コロコロろ目まぐるしく……

 ○:コロコロと目まぐるしく……


見直しているはずなのに……
些細な不注意、すみません。

2008/06/15 17:11 No.19

秋成☆RIZJU4STfhc ★g8eYfrxJZ.I


念のために確認しますが、空翔さんって女性でしたよね? ……唐突に失礼しました。

空翔さん、なんでこんなに男目線で書くのが上手いの?
貢が心を好きになっていく心境とか、完全に男の気持ち分かってて、何というか……恐るべし!
まぁ、男の内面なんて女の子からすれば単純で分かりやすすぎるのかも。そんな男の一人である僕が言ってることなんで、あまり気にしないでください。(なんだそれ^^;)

2008/06/15 18:24 No.20

空翔☆cXPYx34P4ns ★W.ot.NIGcsg

*秋成様*

生物学上、一応女です(笑)
最近は男の子視点ばかり書いているので、よく誤解されます。

『翔べない翼』の原作を書こうと思ったのが、男の子視点で書き始めるきっかけですね。
元々、『翔べない翼』の主人公である暁は、私の幼馴染がモデルです。
彼の実話を元に、彼の了解を得て書いていたので、そこから始まったんだと思います。
どちらかといえば、乙女心より男心の方が、あたしにとって掴みやすいんですよね。
単純で分かりやすいという訳ではなく、男の方が本当に感情豊かなんだなぁと思いまして……
そして、今に至るという訳なんです。

貢と心の関係は、今の時点ではあまり変化が見られませんが……
これからどんどん発展していく予定です。
忙しい&スランプという事もあって、更新が遅れると思いますが。
気長に待って頂けると嬉しい限りです。

2008/06/15 18:57 No.21

空翔☆cXPYx34P4ns ★W.ot.NIGcsg

14,




変化は、突然訪れる――――――




「それで? 最近どうなんだよ?」

「……何が?」

午前中の補講も終わり、クラスメートは足早に教室を去っていく。

そんな中、俺は樹と蓮、梓と談笑をして過ごしていた。

そして話がある程度進んだ後、蓮が興味津津な顔で問いかけてくる。

「何がって、貢なぁ……」

「決まってるじゃない! 梓との事だよ」

不思議そうな顔をする俺の前で、呆れたように溜め息をつく梓。

彼女の横では、樹が面白そうに腕を組んでその様子を面白そうに見つめている。

「二人は最近特に仲が良いからな! 俺等から見たら、いつくっ付くかって話なんだよな」

心の胸の内も知らず、軽く言い放つ樹。

あいつは、お前の事で悩んでいるっていうのによ……

「まぁ……仲が悪いってわけではないけどな」

「じゃあ、恋愛感情って奴は生まれないのかよ?」

「さぁ、どうだろうねえ」

半分身を乗り出してくる樹。

彼に曖昧に返事をした後、面倒臭そうに明後日の方向へと視線を移した。

……と、同時に、クラスメートの一人が廊下の方から俺の名前を呼んでくる。

「おーい、貢! 呼び出しだぞー」

「へいへい」

三人の興味の視線を背中に受けながら、ゆっくりと廊下へと向かう。

そして、俺を呼び出した本人を目にするなり、驚きのあまり目を見開いた。

こげ茶色の程良い長さの髪を一つに纏め、肩の前に軽く流している。

また、その髪にはゆるやかなウェーブがかけられていた。

凛とした瞳に、少し微笑んでいる表情……

彼女の久し振りの姿に、動揺を隠せなかった。

「……紫じゃん」

「あはは、久し振りだねー」

彼女……和泉紫は、驚きを隠せない俺を見つめ返すと、ニコッと表情を崩した。

その笑みは、過去に幾度も見てきたものでもあった。

「急に呼び出して、どうした?」

「うん、昨日お兄さんのお店に友達と行ってさ。元気かなーって思って……」

「相変わらずだよ」

屈託なく笑う紫。

彼女の微笑む姿が妙に懐かしく感じて、俺自身も自然と頬が弛んでくるのを感じた。

しばらく言葉を交わした後、友達を待たせているからと言って、紫はその場を離れていった。

彼女の後姿を見送っていると、ふいに横に蓮が現れた。

「今の、二組の和泉だろ? お前、何か関わりあったっけ?」

「……あれ? 言ってなかったっけ?」

遠くなる紫の姿を見つめながら首を傾げる蓮に、真顔で応えた。

俺の言葉に、蓮はゆっくりと頷く。

「紫は、貢の中学時代の彼女だよ」

俺が答えようとした瞬間、いつの間にか横に来ていた梓が呟いた。

だが彼女の表情は、どこか曇って見える。

それは、樹も同様だった。

彼等の表情の変わりように、さすがの蓮も異変を感じて、俺の横顔を見つめる。

「……何か、あんのかよ?」

特に、何かあるというわけではなかった。

中学二年の時に成り行きで彼女と付き合い始め、一年程続いた後、彼女から別れ話を切り出された。

ただ、それだけなのに……

きっと樹と梓から見れば、俺の新しい恋を応援しようという矢先、元カノが現れた……という感じなのだろう。

だが、俺はまだ……心の事をはっきり好きだと自覚しているわけではなかった。

今の俺は、単純に心の事を気にかけている程度でしかない。

彼女の泣き顔を見たくなくて、彼女の力になってあげたくて……

その思いが心に対する恋愛感情だと気付くのは、もう少し先の話――――――

2008/06/15 20:39 No.22

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

15,




先日元カノと再会してからというもの、廊下等で顔を合わせる度に話すようになっていた。

紫は相変わらず俺の前では微笑み、話が絶える事はない。

実際付き合っていた当時も、彼女はとても世話好きで、お互いに困り合った事もなかった。

成り行きで付き合っていたと言っても、俺はきっと彼女のそんな所に惚れていたのだろうと思う。




「可愛いよね、紫ちゃんて……」

七月も今日で終わりという、ある日の放課後。

教室で蓮を待つために一人で自分の席に座って残っていると、一緒に待ってくれていた心が突然呟いた。

俺は机に肘をついて携帯電話をいじっていたが、彼女の言葉にその手を止める。

「何だよ、急に」

「なんか……妙に大人っぽいというか、大人びているというか……」

「……だから?」

「男の子は、彼女みたいな子に惚れるのかなって思って」

心は悪戯っぽく舌を出して笑みを浮かべた。

廊下で樹達と話していても、たまに話に加わり、紫とは話していた。

……という事は、少なからず心と紫との交流もあるという事。

そして仲良くなった二人は、最近では俺がいなくても、二人で楽しそうに談笑をしているのだ。

「あたし自身、男だったら絶対に惚れてると思うし」

「……気になるのかよ?」

長々と紫について語り続ける心に、自然な流れで問いかけてみる。

だがそれは、いわゆる興味本意ってやつ。

樹にばかり目がいっていた彼女でも、女の子に目を向けるのかなと思った。

心は一瞬、椅子に座ったまま固まったかと思うと、今度は慌てて首を横に振り始めた。

「きっ、気になるとかじゃなくって……あんな綺麗な子なら、どんな人好きになるのかって思って……」

必死に弁解する心。

そんな彼女の姿が妙におかしくて、抑えきれずに思わず笑ってしまった。

「どうしてそんなに、あいつのハードルを上げたりすんだよ?」

「だって……」

「あいつ、まだ俺の事何か言ってた?」

「え?」

心は目を丸くすると、驚いた表情で見つめてくる。

「……どういう事?」

「あれ? 紫、言ってなかった?」

彼女の反応が思っていたものとは違い、俺自身も呆気に取られる。

「俺さ、中学時代あいつと付き合ってたんだよ」

軽く言ったつもりだったが、俺の言葉に心は押し黙ってしまった。

そしてしばらくして納得したかのように頷くと、それきり俺から視線を外してしまう。

俺……何かやばい事でも言った?

自問自答するが、彼女が黙ってしまった理由は分からなかった。

その数分後、気まずい雰囲気が流れる俺達の所に、慌てた様子で蓮が駆け戻ってくる。

「貢、ごめんなー。担任の井上、なかなか離してくれなくってさー」

「あ……蓮来たし、あたし帰るね」

心は蓮の姿を見るなり、そう言い残すと鞄を手に足早にその場を去って行った。

そして意味も分からずに彼女の後姿を見つめる俺に、蓮は不思議そうな表情を向けてくる。

「……心、一体どうしたんだ?」

「さあ? 俺にも分かんねえよ」

頭の中に変な靄が広がったまま、俺は蓮を連れて教室をあとにした。

2008/06/29 20:43 No.23

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

16,




今日は、俺等の地元で行われる夏祭り。

毎年八月の一日と二日に行われるこの祭りでは、縁結びで有名な八城(やしろ)神社で行われるもの。

その影響か、毎年この祭りが行われる頃になると俺の住む街はいつもより活気づいてくるのだった。

そして勿論、俺等は毎年この祭りに訪れているわけで。

去年は樹と二人で行ったが、今年は彼の提案で心達も誘って行く事になった。

……と言っても、本音は樹がただ梓と二人で行くだけでは物足りないというわけだと思うのだけど……

「今、何時だ?」

「ちょうど六時! 花火は確か八時半からだよなー」

八城神社は、俺の通う高校から歩いて五分もかからない所にある。

待ち合わせを高校の校門前に設定し、俺は樹と蓮を従えて早目に到着していた。

浴衣を着た人々が目の前を通り過ぎる中、隣で携帯電話をいじっていた樹に問いかける。

「梓達、待ち合わせの時間間違えてんのかな?」

「んなわけねーよ。多分、支度に手間取ってんだよ」

不満そうに携帯電話をパチンと閉じるのを横目に、隣にいる蓮と目配せしながら微笑んだ。

少なからず女の子と付き合った事はあるが、こういう時に彼女等が遅れてくるのは当たり前。

それを知った上で、待ちきれないように辺りを見回している樹を鼻で笑う。

「ごめーん、遅くなって」

咄嗟に聞こえた声に振り返ると、そこには思惑通り、綺麗に着飾った三人娘が立っていた。

紺色の浴衣に、大人っぽく髪を纏め上げた梓。

黄色の浴衣に、高くポニーテールにしている繭。

そして赤の浴衣に、耳の横には鮮やかな色のかんざしを挿した心。

特に彼女である梓のの姿を目にするなり、樹は嬉しそうにその場に飛び跳ねる。

「うわー! みんなめっちゃ可愛いじゃん!」

「みんなって、主に梓がだろーが」

妙にはしゃぐ彼の頭を、呆れた顔で蓮がパシッと叩く。

その様子に、面白そうに微笑む梓と繭。

だが、俺はそこで心が笑っていない事に気付いた。

少なからず、昨日心と別れるまでは、彼女の機嫌は良かった。

だが急に押し黙ったかと思うと、そのまま教室を飛び出していってしまった。

家に帰ったあとも、彼女に何か悪い事言ったかなと反省はしてみたものの……

……全く原因が思い浮かばなかった。

そしてそれから初めて彼女と顔を合わせたのだが、実際、彼女はそんな調子。

彼女を観察していると、それに気付いたのか心がチラッとこちらに視線を向けた。

また、変な態度とられるのかな?

そう思っていたが、彼女はクスッと微笑むとカラコロと下駄を鳴らしながら俺の横にやってくる。

「昨日はごめんねー、急に帰っちゃって……」

「あー……うん、別に気にしてないし」

彼女も、ずっと昨日の事を気にしてくれていたのだろう。

心はすまなさそうな視線を向けてきた後、それをゆっくりと梓の方に向けた。

「梓に怒られちゃったんだ。こういう所、自分勝手なんだよねー」

そう呟く心は、どこか寂しそうな表情になる。

彼女とのわだかまりがなくなった瞬間だった――――――

2008/07/03 22:11 No.24

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

17,




それから、俺達は人ごみの中を大社に向かって、石畳を歩き始めた。

行けども行けども人の数は多くなり、時には樹達と離れる事もしばしばあった。

そんな中なんとか人ごみの中を抜け出し、大社へと続く石階段の下までとやってきた。

だが勿論、樹や梓達とは離れ離れになってしまったのだが……

「ったく、何なんだよこの人だかりは……」

「吠えたってしょうがないでしょ! 夏祭りなんだからー」

石段に腰掛けながら溜め息をつく俺の隣で、心はなだめるように微笑む。

「人が多いのは当たり前だよ」

「……でも、あれだな。結局はお前と二人きりなんだよな」

「え?」

咄嗟に、首を傾げる心。

最近、ずっとそうだ。

気付けば俺の隣には心がいて……

いつも、楽しそうに微笑んでいる姿がある。

そして今日も、捻くれている俺の傍には、彼女がいる……

「無意識の内に、俺等って二人でいるんだよなーって」

「……うん、そうだね」

心は照れたように頬を赤く染めると、それを隠すように俺の隣に腰を下ろした。

時折り吹き抜ける夏の夜風が、俺等の横を静かに通り抜けていく。

……沈黙の時間。

だけど、少しも気まずいとは思わない。

その答えはきっと、相手が心だからなんだと思う。

チラッと横を見ると、心は火照った頬を気にしながら、そっと瞳を閉じていた。

屋台の電灯や電信柱の街灯が、そんな彼女の表情を幻想的に描き出している。

俺はしばらく彼女を見つめた後、ゆっくりと視線を戻し、屋台の並ぶ石畳の方に向けた。

相変わらずの人ごみ。

金魚すくいで大はしゃぎの子供達。

二人手を繋ぎ、微笑み交わし合うカップル。

そして、瞳を閉じたまま熱気を冷ましている、心。

全ての景色が急に輝きだし、俺の目に止まっていく。

普段なら、きっと気にしないだろう。

そんな事を思った時、ふと心が口を開いた。

「ねぇ、貢のお兄さん、屋台出しているんでしょ?」

「え? あ……まぁ。お好み焼きと箸巻きだったかな?」

「食べに行こうよ! あたし、お腹すいたぁ」

先程とは裏腹に、無邪気にニカッと笑みを浮かべる心。

「梓達もきっとどこかにいるし、あたし達もあたし達で楽しもっ!」

言い切らない内に、彼女は立ち上がると、すぐさま俺の腕を掴んでくる。

そして俺を引っ張って立たせ、再度人通りの多い石畳へと歩き出した。

時には子供のように笑い、時には涙を流し、時には寂しそうに微笑む……

気付けば、そんな彼女から目が離せなくなっている俺。

しばらく心のされるがままに後をついていたが、咄嗟に彼女の掴む手を振り解く。

心は驚いて立ち止まり、俺の方を振り返る。

「……貢?」

「掴まれると、腕痛いから」

悪戯っぽく微笑みながら呟いた後、呆気に取られている彼女の手を取り、そっと見つめ返す。

「こっちの方がいいだろ?」

そう言いながら、彼女の手に俺の手を絡ませる。

心は握られた手をしばらく見つめた後、再度頬を真っ赤に紅潮させた。

「人多いんだから、ちゃんと握っていろよ?」

2008/07/13 22:12 No.25

クリンチ ★CfABqc0IUlQ

うわおー、まさに、涼風。


失礼、はじめましてクリンチです。小説1の方で「光の獣」という小説を書いてます。初心者です。




一気に読んじゃいました。更新、とっても楽しみにしていますw頑張ってください。

2008/07/18 21:32 No.26

クリンチ ★CfABqc0IUlQ

すいません、訂正です^^;

削除依頼を出しました。
受理された場合、同じものを小説2で書くつもりです(汗
ごめんなさい。

2008/07/18 21:40 No.27

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

*クリンチ様*

初めまして、クリンチ様。

題名通りのストーリーになっていますでしょうか(汗)
いつも題名はひらめきでつけてしまうんで……
時々内容と合わない時があるんです。

クリンチ様も小説を書かれているんですか?
では、今度小説1の方に行って、
読ませて頂く事にしますねw
最近あまり人様の作品を読まないんで、
改めて勉強させて頂きます(笑)

忙しくてなかなか更新出来ませんが、
気長に読んで頂けると嬉しいですw

2008/07/21 23:07 No.28

桜花 ★v7Bc5xkavJQ

翔べない翼の頃から読ませてもらっていたのですが、いつも空翔様の小説には感動を頂いています

自分も男視点で物語を書くことが多いのですが、空翔様のように上手くかけないんですよね……^^;
「涼風」を読んでいると、「あ、共感できる」と思ってしまう自分がいますw


先日は「呪われし双子の物語」にコメント頂きありがとうございました^^
自分の不注意のせいで削除されてしまったので、後日改めて作り直そうと思っています;;
その際は是非またいらしてください

乱文失礼いたしました
更新頑張ってください!!

2008/07/23 17:55 No.29

愛恩師 ★RLrbU24JUxs

「涼風」読ませてもらいました。

まず、やはり小説には「言葉の使い方」という一番大切なものがありますよね。
「紅潮」などと言う言語を使用しているのを拝見させて頂きましたが、素晴らしいと思います。

通常、大半の方の場合、「頬を赤くした」などと表すものを、
空翔さんは、「頬を紅潮させた」と表していますよね?
格好いいと言えば良いのでしょうか。やはり少し大人の小説という感覚します。

僕も「小説1」の方にて、小説を書いていますが、少し空翔さんの技術もお手本にしたいと思います。

今後も頑張ってください。期待しています。

2008/07/24 13:23 No.30

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

*桜花様*

4ヶ月も前の駄作から読んで頂けていたとは、
嬉しい反面、恥ずかしいという複雑な感じです(笑)

昔は女の子視点ばかり書いていましたが、
性格がボーイッシュという事もあって、最近は男の子視点ばかりです。
女のあたしが言うのもどうかと思うんですけど、
男の子の方が、恋愛に関してはより純粋さを持っていると思うんですよねーw

桜花様の作品も、また読ませて頂きます★+゜
新しい作品を楽しみにしていますねw


*愛恩師様*

初めまして、愛恩師様。
誤字・脱字ばかりの作品に、コメントを下さって嬉しいです(汗)

言葉の言い回し……あたしは特に大切にしています。
少し言い回しを変える事で普段と違った雰囲気になったり、
また強調したい部分をより一層強調出来たりと、
ワンステップ上を目指す事が出来るんですよね。
……少なくとも、あたしはそう思います(笑)

受験生という事もあって、忙しくてなかなか作品を見にいく事は出来ませんが、
時間が出来ればまたコメントをさせて頂きたいと思ってます。
お互い頑張りましょうw

2008/07/24 17:25 No.31

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

18,




兄貴の店でお好み焼きを一つ買った後、俺達は先程まで座っていた石段まで戻った。

大社まで導いてくれる通路はいくつかあり、俺達がいる石段は大社の裏側。

屋台こそ並んでおり、人で溢れ返っているわけなのだが……

縁結びで有名な観光地を、わざわざ裏から訪れる人はそんなにいないのだろう。

そのせいか、石段に座っていても誰も邪魔だとは思わないのだ。

心は俺からお好み焼きの袋を受け取ると、嬉しそうに包みを開け始める。

「望さんのお好み焼き、一度食べてからやみつきになっちゃったんだよねー」

「そりゃ、どーも」

「どーいたしまして」

彼女のノリに突っ込むと、同じように返してくれる心。

心はパチンと割り箸を割りながら、腕を組む俺の横顔を見つめてくる。

「ねぇ……一つ、聞いていいかな?」

「……何?」

チラッと視線を向けると、神妙な面持ちの心が目に入ってくる。

彼女は割った箸を握り締めたまま、じっと俺を見つめ返した。

「……どうして、紫ちゃんと別れちゃったの?」

「……そんな事が知りたかったのかよ」

「昨日……いろいろと気になっちゃって……」

心は困ったように微笑みながら、ゆっくりと俯いた。

「貢は気配りな性格だから、そう簡単に気持ち変わらないと思って」

彼女の言葉に、俺は一瞬呆気に取られながらも、開こうとしていた口を閉じた。

思い返してみれば、俺が紫と付き合っていたのは、今から約二年程前の事。

中学二年生の時に梓に紹介されて、そして意気投合し、成り行きで付き合い始めたのがきっかけだった。

周りの女子より大人びていて世話好きであった彼女は、簡単に言えば俺のタイプに近かった。

俺自身、他人事であっても首を突っ込まずにはいられない、そんな性格だったのもあり、自分と同じような人を好きになる事が多かった。

樹や梓とまではいかないが、彼女の事を女と意識し、好きであったのには変わりない。

そして彼女も、そんな俺を好きになってくれて……

「……あいつに……」

「え?」

俺の言葉に、不思議そうな表情をする心。

俺は彼女を見つめ返した後、視線を自分の足元に落とした。

「紫に、好きな奴が出来たんだ……」

2008/07/27 12:41 No.32

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

19,




それは中学三年生の丁度梅雨明けの頃。

いつものように二人並んで、通学路を下校していた時だった。

普段なら他愛もない会話をしながら帰宅しているが、その日は違い、二人の間には沈黙の時が流れていた。

チラッと隣に視線を向けても、ずっと視線を落としたまま歩き続ける紫……

彼女の様子が気になって、先にその空気を打ち破ったのは、俺だった。

「……なぁ、どうした?」

「……え?」

「なんか、いつもと違う雰囲気なんだけど……」

苦笑気味に呟く俺の横で、紫はアハハと微笑む。

だが、彼女の瞳には一切そのような色は見られない。

俺はふいに立ち止まると、ゆっくりと歩く彼女の後姿を静かに見つめ返した。

そして、立ち止まった俺に気付いた紫が、何事かと思いながら振り返る。

「……貢?」

「……ハッキリ言えよ」

「え? 何言って……」

「……気付いてないとでも思ってた?」

自分でも、その時発した声は冷ややかだったと思う程、俺の声は冷たい態度を醸し出していた事だろう。

俺の言葉に、紫は一瞬目を逸らした。

「……気付いてないって? 何の事?」

「……樹の事、好きになったんだろ?」

「!」

……知っていたよ。

気付いていたよ。

好きな奴の事だぜ?

いつも見ていれば、それ位嫌でも気付くよ……

最近の紫は、話しかけてもずっと上の空で、何か思いに耽っているようだった。

下校中でも他愛もない会話をするが、その声には張りみたいなものがなくて……

そして、樹と話している時だけ、彼女の瞳は輝いていた。

「今までだってそれなりに恋をしてきたし、かと言って、すぐに別れてしまった事だってあった。

 だから振られる事なんて慣れてるし、自分から振る事だって出来る……

 紫は、俺に振られるのと俺が振られるのと、どっちがいい?」

もう、悟っていたんだと思う。

紫が俺に、付き合い始めた頃の気持ちがない事を……

だから、そんな言葉を言う事が出来たんだと思う。

紫はしばらく真顔のまま俺を見つめ返していたが、駆け寄ってくるとふいに俺に抱き付いた。

「……ごめん、貢……傷付けるつもりはなかった」

そう言って、静かに涙を流す紫。

俺は彼女の背中に自分の腕を回し、自分の元へと抱き寄せた。

俺の腕の中で、紫は止めどなく流れる涙を抑えきれない様子で流し続ける。

……一瞬、瞳を閉じた。

彼女と過ごしてきた時間を振り返りながら、次に発する言葉を考えた。

彼女は、俺より良い奴を見つけたんだ。

だったら、精一杯応援してやりたい……

それが、俺の素直な気持ちだった。

「……俺が、お前に振られた事にしておいて」

そっと囁くように呟いた俺の言葉に、紫はただ、泣き続ける事しか出来なかった――――――

2008/08/03 11:07 No.33

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

20,




「……結局は、紫ちゃんの心変わりって事?」

一部始終を話し終えると、意味が分からないと言わんばかりに心は目を細めた。

彼女の視線に、俺はふいに肩をすくませながら彼女を見つめ返す。

「まぁ、そんなところ?」

「だって……貢は紫ちゃんの事好きだったんでしょ?

 紫ちゃんはそんな貢を裏切ったんでしょ? ……貢が可哀想だよ」

心は食べかけのお好み焼きの包みを片付け、小さな溜息をついた。

「貢は……辛い思いしたんじゃないの?」

「してないって言ったら、嘘になるけど……俺は大丈夫だよ。

 こんなの慣れてるし、それに……女の子が振られるって、何気に痛いから」

気にするなと彼女に微笑みかけるが、それでも心は納得のいかない表情のままだ。

きっと、彼女には分からないのだろう。

男が女の子を大切にする、気持ちの意図というものが……

しばらくの間、心は口を開かなかった。

でも、俺にとってはそっちの方が好都合に思えた。

俺には俺の考え、心には心の考えがあるのだから……




「……俺、かき氷買ってくるわ」

「うん」

ようやく機嫌を取り戻してきた心にそう告げ、俺はかき氷を買いに立ち上がった。

そして人で溢れ返る通りの中に再度向かっていく。

紫が樹を好きになったと俺に言わなかったのは、彼女の小さな気遣い。

そういう所が、お互いの欠点だったのかもしれない。

いつの間にか気付いて、傷付いて……

紫みたいな別れ方なんて、もうしたくない……

そんな事を思いながら、かき氷を片手に心の待つ石段へと戻る。

だが石段の近くまで戻ってきた途端、彼女以外の声が聞こえてきた。

それも、男の声……

俺は眉間に皺を寄せながら、声の主の方へと急いで駈け出した。

2008/08/04 08:41 No.34

秋成☆RIZJU4STfhc ★KGzJhqMV/BQ


空翔さん、お久しぶりです。

唐突に、しかもここにこんなことを書き込んで良いものか迷いましたが、思い切って書いてしまいます。

メビWikiって知ってますか?
メビリンで活動している人達のハンドルネーム辞典なんですけど、そこに空翔さんの名前を登録しても良いですか?
嫌ならはっきり断わってくれて良いですよ。単純に僕がお節介なだけですから。


受験で忙しいと思いますが、更新楽しみにしています ^^

2008/08/23 15:25 No.35

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

*秋成様*

こちらこそ、お久し振りですw

夏休み中……と言っても、補講や出校日でほとんどなかったんですけど(笑)
全然投稿していませんね……すみません(汗)

メビWikiですか?
全く知らなかったんですけど、秋成様の記事を読んでから探索してみました。
カテゴリ別に筆者の方の名前が登録出来るみたいですねー。
別に構いませんよ(笑)
いつも読んで頂いているんで、断る理由なんてありませんし。

時間が作れれば即更新すると思いますので!

2008/08/24 17:56 No.36

秋成☆RIZJU4STfhc ★KGzJhqMV/BQ


そうですか。良かった ^^

では早速、今から作ります!

今日中にはできると思うので、できたらまた報告に来ます。

2008/08/24 20:06 No.37

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

21,




心の元へ急いで駆け寄ると、彼女は男二、三人にナンパされている最中だった。

見た感じは他校の高校生に見えるが、心は軽くあしらいながら鋭い視線を向けているようだ。

「だから、連れを待ってるって言ってるでしょ?」

「いいじゃねーか! 俺等と付き合ってよ」

「おいおい、類! 俺の連れに手を出すなよ」

近付くと、彼等は俺の中学時代のクラスメートだった。

その内の一人である矢垣類に笑みを浮かべながら声をかけると、彼は驚いたような表情を見せる。

「なんだ、貢の彼女かよ! だからいくらナンパしても無駄なわけなー」

「いや、彼女ってわけじゃねえけど……」

「マジ? じゃあ少し貸してくれよー」

買ってきたかき氷を心に手渡しながらちらっと彼を見るが、類は頼むように手を合わせている。

そしてふと横に視線を移すと、意味有り気に見つめ返してくる心……

“せっかくわだかまりがなくなったんだから、今日くらいゆっくり心と話をしたい”

そう思い、視線を類の方へ戻すとすまなさそうに微笑み返した。

「悪い! こいつは今日俺のだから、マジ勘弁だわ」

「おいおい、それはないだろ貢ー」

「じゃあな」

名残惜しそうに口を開く類やその友達に背を向け、俺は心の手を引いて石段へと足をかけた。

見上げると、石段を昇りきった所に赤い大鳥居があるのが目に入る。

心が浴衣を着ているためゆっくりと石段を昇っていると、今まで黙っていた心が口を開いた。

「……ありがとう」

「え? 俺、何かしたっけ?」

照れたように下を向いたまま囁く心に、そっと問いかける。

心は顔を上げると、なんでもないよと言わんばかりに首を横に振った。

「ううん、なんか貢にそう言いたくなっただけだよ」

「意味分からない奴だな」

一人嬉しそうに微笑む心を横目に、俺も自然と頬が弛んでくるのが分かる。

……最近、ずっとそうだ。

心の笑顔を見る度に、いつしか俺も自然とつられて笑うようになっているんだ。

なぜだかよく分からない。

だけど、彼女が笑えば俺も嬉しいし、彼女が辛いなら俺も苦しくなる。

そんな彼女を、ずっと傍で見つめていたい。

心の手を引いて大鳥居を潜り抜けながら、そんな事を思った。

2008/08/31 18:19 No.38

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

22,




祭りからの帰り道、俺は心と駅で別れた後帰路へと着いた。

帰り際、心は再度嬉しそうに俺に対するお礼の言葉を口にした。

軽く返事をした俺だったが、彼女は相変わらずお礼の意味を教えてくれる事はなかった。

そんな些細な事を頭に引っ掛けながら自宅の扉を開けると、前と同じ光景が目の前に飛び込んでくる。

樹の見慣れたスニーカーと、蓮の夏履きサンダル……

小さく溜め息をつきながらリビングに入ると、テンションの高い翼が出迎えてきた。

翼の手には綿飴の袋がぶら下がっている。

「貢兄ちゃん! 樹兄ちゃんに綿飴買ってもらったあー」

「樹が? へえ、気前がいい奴。良かったなー」

「うん!」

「そういや、樹と蓮が来てるみたいだけど?」

足元に抱きついてくる翼を抱き上げながら、キッチンで母親と一緒に父親の酒のつまみを作っている瞬の方を振り返った。

瞬はチーズを切る手を止めると、二階を示すように人差し指を上に向ける。




「また来たのかよ……って、何散らかしてんだ!」

部屋に入るなり、呆れて言葉が出なくなる。

テーブルの上には蓋の空いたウィスキーの瓶に、空き缶になったコーラの缶。

乱雑に開かれたポテトチップスの袋に、コーラで割られたウィスキーの入ったグラス。

そして、早速酔い潰れて俺のベッドで爆睡している樹……

蓮はコーラだけ注がれたグラスを口につけながら手を上げた。

「よう、貢。おかえりー」

「『おかえりー』じゃねえよ! 樹の奴、酒弱いのにこんなに飲みやがって……」

テーブルの上に置かれたウィスキーの瓶には、もうほとんど中身が残っていない。

蓮は俺と同様酒豪なためそんなに飲んでも平気なのだが、樹は弱いくせに一気飲みをするアホだ。

「この間は妬け酒だったらしいけど、今日は一体何なわけ? まさか梓と喧嘩したわけじゃ……」

「そのまさかだよ」

蓮の前に座りながら、コーラの入ったグラスを彼から受け取る。

蓮はチラッと後ろで寝る樹に視線を向けると、仕方がないように首を横に振った。

「ここらへんって、貢や潮咲達の地元だろ? 潮咲が中学時代の男友達と話してたら、樹が嫉妬心剥き出しだぜ?」

「……相変わらずだな、樹の奴」

「それに潮咲もキレちゃって、俺は潮咲を送っていって、樹は繭と帰らせた」

「ご苦労様です」

俺が心と和やかな雰囲気を楽しんでいたのと同時に、樹達にはそんな事があったわけな。

ベッドの上の樹に再度視線を向け、自然と出てくる溜め息を呑みこ込む。

そんな俺の心境を察してか、蓮はグラスに残ったコーラを一気に飲み干すと、話題を変えた。

「そういえば、少しは心と近付けたか?」

「……どういう意味で?」

「そりゃあ、異性としてだよ」

蓮は興味深々に身を乗り出して聞いてくる。

「せっかく二人にしてやってんだぜ? 当然、良いムードにはなってんだろ?」

2008/08/31 19:25 No.39

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

23,




そういえば、この間も同じような事を聞かれたな。

そんな事を思いながら、俺は手にしていたグラスに口をつける。

「蓮は、俺と心が付き合ってほしいとか思ってんの?」

「そりゃあ、心は貢に気があるみたいだし。お前だって、まんざらでもないだろ?」

「まぁ……女の子らしいなとは思うけどな」

俺の曖昧な返事に蓮は軽く相槌を打つと、空になった自分のグラスにコーラを注ぎ込んだ。

そして一口飲んだ後、じっと俺の方に視線を向けてくる。

「……心の事、好きじゃないのかよ?」

彼の言葉に、俺はふと手にしていたグラスへと視線を落とした。

好きとか、そんなんじゃなくて。

ただ単に、心の泣いてる姿とか、悩んでる姿とかが見ていられないだけで……

そんな特別な感情を抱いてはいるが、それが恋愛感情かどうかまでは、今の俺には分からなかった。

だけど……

「今の俺に、彼女なんて必要ないんだよ」

「は? どうしてそういう方向に行くんだ?」

俺の呟いた言葉に咄嗟に反論する蓮。

彼はグラスをテーブルの上に置きながら、眉間に皺を寄せる。

「まさか、今も和泉の事忘れられないとか……」

「いや、それはないし」

「だったら……」

蓮は俺の次の言葉を期待するように、身を乗り出して問い詰めてくる。

だが俺が次にした事は、首をゆっくりと横に振る事だった。

「紫と付き合った事で、俺、分かったんだよ。

 お互い想い合っていても、いづれは離れていってしまう運命なんだって。

 分かり合っているって思っていても、実際はほんの一部しか知らなかったんだ」

「だけど、付き合っていく過程でお互いを知り合っていくってもんだろ? 恋愛っていうのは」

「もう……いいんだ」

俺は最後にそう呟いた後、コーラを飲み干し、床に転がっていたチューハイの缶を拾い上げた。

そして蓋を開けてそれを勢いよく喉に流し込んでいく。

「……ごめんな、蓮。せっかく心と二人にしてくれたけど……今誰かと付き合うなんて事、考えられないよ」

「そうか……まぁ、無理にとは言わないさ。恋愛はしようと思って出来るもんじゃないからな」

チューハイを半分程飲み終えた頃、小さな声でそっと誤った。

また蓮に言い返されるだろうと身構えたが、蓮は俺の気持ちを察してくれたのか、穏やかな表情を見せる。

「だけど、もしお前の気が変わったら、その時は精一杯話聞いてやるから!」

「あははっ! そりゃどーも」

ニカッと微笑む蓮に、自然と俺の頬も弛んでくる。

そしてその後、俺と蓮は二時間ぶっ続けで酒を飲み合ったのだった。




pipipipipipi pipipipipipi……

テーブルに突っ伏して寝ていた俺の横で、携帯電話の着信音がうるさく鳴り響く。

最初は無視して顔を反対側に背けていたが、急用だといけないと思い急いで携帯電話に手を伸ばした。

「はい……もしもし?」

『眠そうな声……もしかして、まだ寝てた?』

「え?」

電話の向こうから、微かに苦笑気味の聞き慣れた声が聞こえてくる。

彼女の声に、一瞬にして俺の意識は覚醒へと導かれた。

「……梓? どうした?」

『ちょっと、話聞いてほしくてさ』

梓がしたい話とくれば、きっと樹の事なのだろう。

ふと視線を移すと、目が覚めたのか、テーブルに頬杖をついている蓮の姿が目に入ってくる。

俺は彼の口元の動きを読み取り、そのまま梓へと伝えていく。

「今、樹と蓮と一緒なんだ。俺の家に来いよ」

そう伝えて終止ボタンを押した後、大きな欠伸をしながら伸びる蓮の方に視線を向けた。

「お前なぁ、梓を俺ん所に呼んで、一体どうするつもりだよ?」

「あいつら二人だけにした時点で、仲直りする気配が絶対に生まれない事、一番分かってるのは貢だろ?」

蓮は全てを悟っているかのように微笑むと、壁に掛けられた時計の方を見つめた。

時刻は朝の七時過ぎ。

そして俺のベッドには、気持ち良さそうに眠りの世界に落ちている、樹の姿……

どうして親友のために、ここまでしてやらなきゃいけないんだ―――――

2008/09/15 11:10 No.40

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

2008/09/21 19:55 No.41

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

25,




樹と梓を部屋に残したままリビングへと戻ってくると、蓮が俺の携帯電話を差し出してくる。

俺は咄嗟に意味が分からず、彼を見つめ返しながらそれを受け取った。

「……何?」

「携帯、さっきから着信来てんだよ」

「あぁ、悪いな」

慌てて着信履歴を確認し、相手の電話に掛け直す。

相手は中学時代のクラスメートであり、昨日久し振りに再会した類からだった。

『あ、貢か? 今週の土曜日、お前空けとけよ!』

「今週の土曜日? どうしてだよ?」

やけにテンションの高い類に、不審に思いながら問い返す。

「午前中なら無理だぜ? 今週は生物の補講が入ってんだ」

『同窓会だよ、元三組で! 詳しい事はまた決めっからさー』

元三組というと、三年生の時のメンバーか……

数分程彼と話した後、終止ボタンを押し、小さな溜め息をついた。

どうせ、類の事だ。

昨日の祭りの際に地元の奴等と会い、それで懐かしさが込み上げてきたのだろう。

彼の突然の提案に驚き呆れながら、繭の座るソファーの横に腰を下ろした。

それを見かねて、繭の興味深々な視線が向けられてくる。

「ねえ、同窓会って中学の?」

「あぁ、三年の時のクラスだから、樹や梓、紫も一緒だけど……」

「和泉も一緒って……また美味しい話だな」

淡々と説明する俺の向かい側の席で、蓮はニヤリと微笑みながら言葉を付け足した。

彼がこうして悪戯っぽく微笑むのは、大抵何か悪戯的な事を考えている時だ。

そういう時に限って、いつも辛口な彼の言葉により一層磨きがかかるのだ。

「元カレカノ同士、下手すれば急展開……なんてな」

「……お前、なんか最近すっげー楽しそうだな」

「まぁな」

不服そうに口を尖らす俺に、蓮は軽く鼻歌を歌いながら受け流す。

別に、俺と紫はもう普通の関係だし……

それに、未だに彼女の事を吹っ切れていないわけでもない。

ましてや、紫の方だって俺とは付き合う前のように接してくれている。

そう一人で納得していたが、それをいとも簡単に打ち破ってしまう言葉を、繭は躊躇いもせずに発したのだった。

「……あ、でも紫ちゃん……確か別れたはずだよ? 付き合ってた彼氏と」

「え?」

彼女の言葉に、俺と蓮は呆気に取られて言葉を失った。

俺と別れてから彼女は樹に告白し、完璧に玉砕したと聞いたのは覚えている。

その時にはすでに、樹と梓は付き合っていたから……

だが、彼女に彼氏がいたというのは、繭の発言で初めて知った事だ。

俺等の反応に、繭は目を丸くしながらもゆっくりと口を開く。

「紫ちゃん、野球部のマネージャーでしょ? 高校入学してすぐに、野球部の先輩に告白されてるの。

 確か港南中出身の……田崎先輩……だったような」

「……田崎仁、俺の中学時代の先輩だよ」

「マジかよ」

聞き覚えのある名前に、そっと昔の記憶を手繰り寄せる。

……そうだ。

彼は、確か……

「野球部のキャプテンだよな? ポジションはショートで」

「あ、そうなんだ」

蓮は興味なさそうに聞き入れると、ふと視線を俺の方に向けてくる。

そして真剣な目つきになったかと思うと、声のトーンを落としながら囁いた。

「この話、心の耳には絶対入れるなよ? あいつ、ただでさえ気にするタイプだから……」

「……うん、それが良いかもね」

心が俺に気があるという事は、当然のように繭も知っているようだ。

彼女もそっと頷きながら、どうしたものかと言わんばかりに視線をその場に落としていく。

予想もつかない何かが起こるような気がするのは、俺の気のせいなのだろうか――――――

2008/10/02 20:16 No.42

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

26,




そして、同窓会当日の土曜日。

午前中は生物の補講のため、窓際の席に腰を下ろしながら、ただぼんやりと教師の話を耳に入れていく。

隣では、補講であるのに机に頬杖をつき、うたた寝をしている樹がいる。

……補講の意味、ないじゃん。

一人口の中で呟いた後、視線を教師から樹の二つ前の席へと移した。

そこには、熱心にノートに黒板に書かれた板書を書き写す、紫の姿……

それと同時に、俺の脳裏に蓮と繭の言葉が鮮明と蘇ってくる。

“……あ、でも紫ちゃん……確か別れたはずだよ? 付き合ってた彼氏と”

“この話、心の耳には絶対入れるなよ? あいつ、ただでさえ気にするタイプだから……”

紫の付き合っていた相手、田崎仁は俺の中学時代の先輩。

家も近所という事で、幼い頃はよく遊んでもらっていたのだが。

中学に入ると彼は野球部に入り、活躍するようになったために普段は挨拶を交わす程度の関係になっていた。

そして、同じ高校に入学してからも擦れ違う度に声をかけてくれていたのだ。

スポーツ万能で、中学時代も野球部のキャプテンを務めていたはずだ。

「紫と仁さん、付き合ってたのか……」

小さな声で、囁くように呟く。

そりゃ、そうだよな。

別れてから誰とも付き合っていない俺とは、違うもんな。

溜め息をつきながら視線を戻し、白紙のページにシャーペンを走らせていく。




「よっ、貢! 久し振りだなー」

その日の午後。

俺と樹、梓は同窓会が開かれる港南中学の三年三組の教室に足を踏み入れた。

教室に入るなり懐かしい顔ぶれが目に入ってくるが、すかさずテンションの高い類に、肩に手を回される。

「久し振りって……この間会ったじゃねーかよ」

「まぁまぁ、そういえば貢、あの子は来てねーの?」

「あの子?」

「ほら! この前の祭りで一緒にいた子!」

軽く訝る俺にも気にせず、類はニカッと口元を弛めながら微笑む。

「めっちゃタイプなんだけど! お前の彼女じゃないなら、紹介してくれよー」

「……気が向いたらな」

「なんでだよー」

冷たく言い返しながら類の傍から離れ、男子が数人で集まっているところへと近付いていく。

そこには樹の姿もあった。

「あ、貢! 同窓会の後二次会、もちろん行くよな!」

「二次会?」

「カラオケ行こうって話になってんだけど。お前のバラードの歌声、女子達に聞かせてやろーぜ!」

勝手に話を進める樹と、その他数人の元クラスメート。

どこからか視線が向けられているのに気付き、そっと後ろを振り返ってみる。

そこには、友達に囲まれながら微笑み、懐かしそうに話に夢中になっている紫がいた。

そして時折り、視線を俺の方に向けてくる。

……この視線は、一体何なのだろう――――――

2008/10/17 20:39 No.43

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

27,




「次、次! 野田樹、愛しの梓のために一曲歌わせて頂きますー」

夕方のカラオケボックスの一室で、酔った樹のテンションの高い声が響き渡る。

彼の言葉に、思わず照れる梓、そしてそれを冷やかす元クラスメート達。

そんな光景を呆れた表情で見ていた俺は、ふいに肩に感じる重みに気付くと、そちらに視線を移した。

俺の左肩には、頬を紅潮させたままもたれている、紫の姿があった。

彼女の目の前のテーブルには、空になったフィズの缶が無防備に転がっているではないか。

「おいおい、大丈夫かよ?」

「大丈夫、だいじょう……」

紫はヘラヘラ笑いながら答えたかと思うと、酔いからくる頭痛のせいか、咄嗟に額を手で押さえつけた。

「ったく、無理しやがって。ほら、外行くぞ」

「う、うん……」

気持ち悪そうによろけながら立ち上がる彼女を支えながら、ゆっくりと扉を押し開ける。

そして足取りがおぼつかない紫を、女子用洗面所まで連れていった。

「じゃあ、俺は待ってるから」

「……貢もおいでよ」

洗面所へと扉を半開きにしながら、そこへと紫を促していくが……

彼女はドアノブに手を掛けたまま、ゆっくりと俺の方を振り返ってくる。

酔っているために紅潮している頬、虚ろな瞳。

紫は空いている片方の手で俺の右腕を掴むと、扉の向こうに引き込むようにそっと引いた。

「ちょっ、待てって紫! 俺、男だから……」

「いいじゃない、貢ぅー……そんな小さい事いちいち気にしないの!」

俺は彼女の行動に呆気に取られながらも、抵抗よがりにその場に踏ん張ってみる。

だが紫は女とは思えない程の力で俺の腕をぐいぐいと引っ張っていくではないか。

しかし、酔っていると言っても相手はあくまで女。

突き飛ばす事も出来ず、咄嗟に出た行動は開かれた扉の壁に空いた左手をつく事だった。

「マジ勘弁だって! 俺は……」

「…貢」

焦る俺をよそに、紫は引く力を弱めたかと思うとゆっくりと俺の元に近付いてくる。

そして俺の頬に手を当てたかと思うと、そっと顔を近付け、俺の唇に自分のそれを押し付けた。

あまりにも突然の事に、俺は呆気に取られながらその場に立ち尽くす。

目の前には、軽くメイクされた紫の顔がある。

彼女は静かに瞳を閉じたまま、俺に口付けをしているのだ。

思い出される、紫と付き合っていた日々の記憶……

それは過去に置いてきたはずなのに、今でも鮮明に脳裏に蘇ってくるようだ。

もしかして、俺は今も紫の事……

「……っ」

誰かに見られると思い、俺はふと我に返ると彼女の両肩を掴んで引き離した。

紫はというと、驚いた素振りも見せずに軽く微笑んだかと思うと、急に力が抜けたようにその場に腰から崩れ落ちていく。

俺はすかさず彼女を抱き抱えると、微かに聞こえてくる寝息を耳にしながら、ロビーへと向かう通路へと歩き出した。

だが次の瞬間、目の前に現れた人物に、思わず息を呑む。

「……貢?」

通路の突き当たりの部屋から出てきたのは、呆然としながら俺を見つめ返してくる……心。

彼女はきっと、俺と紫の口付けの瞬間も見ていたのだろう。

俺と俺に抱き抱えられている紫を交互に見つめた後、いつもの笑みを浮かべながら気まずそうに口を開いた。

「あ……貢もカラオケ来てたんだ? なーんだ、偶然だね」

「あのさ、心。俺等は……」

「何も見てないから! 全然気にしないで」

心はそれだけ告げると、足早に俺の横を通り過ぎて洗面所へと駆け込んでしまった。

俺は弁解も出来ないまま、静かに音を立てて閉まる洗面所の扉を見つめる。

さっき、俺は心に何を告げようとしたのだろうか。

紫とは何でもないから?

それとも、こいつはただ酔ってるだけだから?

どちらにしても、心のあの表情からすると、口付けの場面を見られているはずだ。

だが、どうして彼女の言葉を、そこまで気にしているのか。

俺は首を横に振ってそんな思いを振り払うと、紫を抱えてロビーへと歩き出した。

別に、心に弁解しないといけない理由なんて、これっぽっちもないじゃないか――――――

2008/11/03 18:50 No.44

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

28,




その後、酔った紫をロビーのソファーに座らせ、俺もその隣に腰を据えた。

だが相変わらず、彼女は眠ったままのようだ。

それはかえって好都合に思われるが、俺にとっては何ともいえない状況に陥ってしまったのにはかわりない。

しばらくして二次会もお開きとなり、紫を女友達に任せるとその足で兄貴の店へと足を運んだ。

「兄貴ー、席空いて……」

「よっ、貢」

店の引き戸を開けて体を入れると、すかさず声をかけてくる人物がいた。

戸を閉めてカウンター席へと近付くと、軽く手を挙げる蓮の姿が目に入ってくる。

彼の前では、兄貴がフライ返しを両手に焼きそばを炒めているようだ。

「よう、貢! 今日は青のり明太子かー?」

「あ、いや……姉さんに用があって来たんだけど」

「楓? 楓ならキッチンの方にいるぞ」

兄貴の言葉に、彼の隣にある布の暖簾(のれん)を潜ってキッチンへと足を踏み入れた。

そこでは兄貴の嫁の楓が、アルバイトの人数人に混ざって忙しく働いているようだった。

彼女の姿に、貢は声をかけていいのか一瞬戸惑う。

「あ、楓さん! 義弟(おとうと)さんいらしてますよ」

「え?」

アルバイトの一人が俺の姿に気付き、姉さんに知らせてくれたようだ。

姉さんはエプロンで濡れた手を拭くと、微笑みながら俺の元へと駆け寄ってくる。

「貢君、いらっしゃい! また相談かしら?」

実は日頃から悩みを抱えるごとに、彼女に相談をしていたのだ。

なので俺がキッチンに入ってくる理由を理解し、手招きしながら奥の方へと歩んでいく。




「……ごめん。今一番忙しい時だろ?」

「大丈夫よ、バイトの子達みんなしっかりしてるし。それに、今は弟の方が大事ですから」

勝手口の石段に腰掛けながら謝ると、姉さんは缶ジュースを手渡しながら微笑んだ。

「それに、貢君が相談してくるって事は、一人じゃ解決出来ない事だろうしね」

「あはは……随分と分かってるよな」

姉の鋭い言葉に、さすがの俺も苦笑せずにはいられなかった。

そんな俺の横に腰を下ろしながら、姉さんは話を促していく。

「それで? 今日は何?」

「……姉さんは、修羅場を異性に見られた事ある?」

「え? 修羅場?」

俺の質問に、相当驚いたのだろう。

姉さんは思わず目を丸くしていたが、その瞳は次第に悪戯っぽく光ってくる。

そして手にしていた缶コーヒーを開けながら、ゆっくりと俺の顔を覗き込んだ。

「……心ちゃんにでも、変な所見られた?」

「え?」

「あら、その顔……図星みたいね」

唖然とする俺には構わず、姉さんは缶コーヒーに口を付けた。

「……そうね、貢君が元カノと密会してる所に、心ちゃんが現れた……って感じ?」

事情を知らないはずなのに、細かいポイントをついてくる姉さん。

彼女の推理力に舌を巻きながら、弱々しく笑みを浮かべる。

「よく分かったね、心の事で悩んでるって……」

「そりゃあ、長い間貢君のカウンセラーやってますから」

そう呟く姉さんは、優しい笑みを浮かべながら俺の肩をポンと叩いた。

2008/11/23 19:55 No.45

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

29,




「この間来た時の、貢君と心ちゃんの様子を見てれば分かるわよ。あの子、貢君に惚れてるみたいだし……

 それに当の貢君も、彼女といるといつもより上機嫌みたいだったから」

姉さんは屈託なく笑いながら、軽くウィンクを返してくる。

そんな彼女を見つめ返すと、こんな事言っていいのかと躊躇ってしまうのだが……

相談の内容なのだから、言わなければならないんだよな。

「……紫に、キスされたんだ」

「え? 紫ちゃん?」

「うん」

彼女から視線を背け、俯きながらそっと呟いた。

気配でしか分からないが、姉さんもきっと驚いているに違いないだろう。

数秒間程沈黙した時間が流れた後、姉さんはゆっくりと口を開いた。

「……紫ちゃんて、貢君が中学時代付き合ってた子よね? 樹君を好きになって別れた……」

「今日、同窓会だったんだ。だけど二次会の時、紫の奴酔っ払っちゃって……ふいにキスされた時、偶然にも心に見られた」

「心ちゃんは、他の友達と来てたって事?」

「そう」

俺は視線を上げられないまま、話を続けていく。

「『何も見てないから』だなんて言ってたけど、あの動揺振りはきっと見ちゃってるんだよな……」

「……そうなるわね」

姉さんは飲み干した缶コーヒーの缶を足元に置くと、ふぅと小さく息を吐きながら空を見上げた。

空にはいつしか星が明るく瞬き、西の空にはポツンと満月が浮かんでいた。

「……それで、貢君は恐れてるんだ? 心ちゃんが、自分達の事誤解しているんじゃないかって」

「……」

「どうやら、的を射てる感じね」

姉さんは視線を戻しながら小さく微笑むと、俯く俺の頭をポンポンと撫でた。

「まるで、太陽と月みたいね」

「太陽と……月?」

「そうよ」

突然、比喩した言葉を発する姉さん。

思わず顔を上げ、視線を彼女の方に向けると、姉さんは大きく頷いた。

「太陽は朝、東の空から昇ってくるけど、それと同時に月は西の空に沈んでいっちゃうじゃない?

 そして夕方、太陽が西の空に沈んでいく頃に、今度は東の空から月が昇ってくる。今の貢君達と一緒じゃない」

「?」

「出逢って、話している内に、二人の距離は徐々に近付いていく。でも、ある時は考えられない程遠く離れていってしまう。

 不安になってしまう事も、これからたくさんあると思うわ。だけど、それが人を好きになるという事なのよ……」

姉さんは優しく微笑むと、再度俺の頭を撫でてから店の中へと戻っていった。

だが俺はその場から立ち上がる事が出来ずに、石段に腰掛けながら夜空を見上げた。

満天の星空の中に、青白い満月が一つ、寂しく光を放ちながら静かに佇んでいる。

もしその月が、太陽に恋をしていたとしたら……

その恋は、永遠に叶う事なんてない。

片方が近付いても、もう片方はそれが運命のように離れていく。

そんなの……寂しいだけじゃん。

悲しいだけじゃん。

しばらく夜空を見上げた後、重たい腰をなんとか上げ、姉さんが入っていった扉へと向かって歩き出した。

逃げていてはいけない。

俺は、太陽と月なんかではないんだ。

明日、ちゃんと心と向き合おう――――――

2008/11/24 09:53 No.46

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

30,




……と、決意したまでは良かったのだが。

翌日、古典の補講後に心を呼び止めたが、彼女は用事があるからと言って、足早に俺から離れていった。

次の日も、その次の日も……

そして盆休みに入ってしまい、直接学校で心に会う事は無理となってしまった。

彼女の事だから、絶対に紫との事を誤解しているはずだ。

ただ、その誤解を解きたいだけなのに……

心はあからさまに俺の事を避けている。

そんな中盆休みも最終日にかかり、俺が翌日の数学の補講の予習をしている時だった。

机に向かって一心にシャーペンを動かしている最中、ベッドの上で携帯電話が心地よい着信メロディーを奏でた。

解きかけていた問題を放り出して携帯電話を取り上げると、着信相手はどうやら蓮のようだ。

「はい、もしもし」

『ごめんな? 今、勉強中だっただろ?』

蓮とは同じ科目を取っているので、彼も明日の予習をしていたに違いない。

彼の気遣う言葉に、小さく笑いながらベッドに腰を下ろした。

「大丈夫、難易度高くて諦めたところだったし……」

『とか言って、お前学年50位入ってるくせにー』

「まぁな。……で、用事は何だよ?」

しばし冗談を言い合った後、笑いを堪えながらそっと問いかけた。

蓮の方からメールを貰う事はあるが、電話をくれる事はめったにない。

さほど、重要な事があったのだろうか。

「蓮が電話くれるなんて、珍しいじゃん」

『貢さ、まだ心に避けられてんのかよ?』

「……うん」

蓮には、俺が心に避けられている場面を幾度も見られていた。

先日の紫との一件を彼には話していたので、その事が気になって連絡してくれたのだろう。

彼の優しさに触れながら、言葉少なに頷く。

「呼び止めても、そそくさに逃げられちまってさ……」

『だろうな、いつも傍で見てたし。……あ、それで思い出したんだけど』

蓮は同情するように相槌を打っていたが、突然言葉を切るとふいに用心深気な声に変わっていく。

『心の奴がさ、最近他校の男と会ってるみたいなんだ』

「は?」

彼の言葉に、咄嗟に眉間に皺を寄せた。

一瞬、蓮が何を言ったのか理解出来なくて、再度促していく。

「心が……何だって?」

『だから、心が他校の男と会ってるって……』

「……ふーん」

ゴロンとベッドに横になるが、一気に心の中に不安の波が押し寄せてくる。

心とちゃんと向き合おうと思った時に、これかよ。

内心溜め息をつきながら、電話の向こうで俺の言葉を待っている蓮に、小さく呟く。

「……そうなんだ」

『そうなんだって……良いのかよ?』

俺の言葉があまりにも予想外だったのか、蓮は慌てた様子で問いかけてくる。

『だって、あいつはお前に……』

「変な所見せちまった俺も悪いし、心自身も嫌だろ? 昔の女と未だに関わりのある奴なんて」

『え? って事は、もしかして貢……』

俺の言葉に、蓮は真意に気付いてくれたようだった。

だが、誤解され、避けられている今、この気持ちを抱いていてもしょうがない事位、分かっているつもりだ。

逃げていてはいけないって、つい昨日、自分の心に強く決めたのにな。

「もういいって。心は俺から他の男に目を向けた、それで良いじゃん?」

『良いじゃんって、そんな寂しい事言うなよ』

電話の向こうから、名残り惜しそうな蓮の声が聞こえてくる。

でも、心に思わせ振りな態度をとってきた、俺だって悪いんだよ。

あたかも、心に気があるみたいに……

『俺の考えでしかないけど、貢がそんなに気にしてるって事は、心の事好きになってるからだろ?

 やっと自分の気持ちに気付けたのに、貢はそれで良いのかよ?』

「……あぁ」

蓮はしばらく黙ってしまったが、分かったよと言わんばかりに溜め息をつくと、呆れたように言葉を続けた。

『……貢がそれで良いなら、俺は何も言わないよ。でも、無理だけはすんな』

「……うん、ありがとう」

終止ボタンを押した後、ベッドに寝転がったまま、そっと仰向けになった。

目に入ってくるのは、無地な白い天井。

その天井に、微笑む心の姿が映し出されていく。

……俺が全部悪いんだよな。

2008/12/07 20:17 No.47

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

31,




「どうして? 諦めちゃうの?」

翌日の補講後、誰もいなくなった教室でそっと呟く梓。

彼女がもたれている木の手すりには、同じように蓮ももたれかかりながら俺を見つめ返している。

すぐ横の机で教科書を鞄に入れていた俺は、梓の言葉にその手を止めた。

「蓮じゃないけど、それで良いの?」

「……良いんだって、もう」

昨日の蓮の電話から、今日もこの話題。

いい加減、もううんざりなんだけど……

「思わせ振りな俺だって悪かったし、罰が当たったんだよ」

「だけど……」

「もうこの話は打ち切り! な?」

寂しそうな視線を向けてくる梓に、弱々しく微笑み返す。

蓮もしょうがないよと梓の方に向き直りながら、小さく頷いた。

「じゃあ、久し振りに兄貴の店にでも行くかー」

「なら今日は、俺等に心配かけた貢の奢りだからな?」

「わーい」

鞄を手に取る俺に、蓮は悪戯っぽく笑みを浮かべながらポンッと俺の肩に手を置いた。

それにつられて、嬉しそうに手を叩く梓。

「はいはい、分かってますよー」

観念する俺のあとについて、教室を出る蓮と梓。

そして三人で並んで、丁度二組の教室の前を通りかかった時だった。

開けっ放しにされた扉の向こうに見慣れた姿が二つあるのを、ふいに立ち止まった梓が指をさした。

「あ、ちょっとあれって、心と紫ちゃんじゃない?」

「え?」

彼女の声に足を止め、同様に教室の中へと視線を向けてみる。

そこには、こちらには背を向ける紫と、向かう合う心。

声をかけようと足を踏み出す梓だったが、次の瞬間教室にパシンと何かを張る音が木霊した。

突然の事に、一瞬何が起こったのか分からなかった。

だが目の前の光景に、次第に今起こった出来事が鮮明に目の前に広がっていく。

張られた左頬を押さえる紫の前には、右手を上げたままの心……

突然の出来事に驚きを隠せない蓮と梓を廊下に残し、ゆっくりと二人の元へと近付いていった。

「貢……」

俺の姿に、先に気付いたのか紫が視線を向けてきた。

彼女の左頬は、先程心に張られたために赤く染まってきているではないか。

「心、お前……」

「……っ」

心に向き直ろうと口を開いた途端、居た堪れなくなったのか、心は教室から飛び出していってしまった。

「心っ!」

彼女の走り去った後を、急いで追いかける蓮と梓。

その場には、俺と頬に手を当てる紫だけが取り残された。

何も言えずにしばらく黙っていると、張られた頬が痛むのだろうか、紫は顔を歪めながら頬をさすり始めた。

その姿に、俺は初めて彼女が痛みを堪えていた事に気付く。

「あ、ごめん! 俺、全然気付かなくて……」

慌てて鞄の中から凍らせていたペットボトルを取り出し、紫に手渡す。

紫はお礼を言いながら受け取り、次第に赤みを帯びていく頬にペットボトルを押し当てた。

そんな彼女を見守りながら、気まずそうに口を開いていく。

「……なぁ、さっきの事だけどさ。何が原因だったの?」

「……」

「言いたくなかったら、無理に言わなくていいよ」

俺の言葉に、小さく頷く紫。

だがしばらくして、彼女はゆっくりと話し始めた。

「……心ちゃんに、説教されちゃった」

2008/12/07 21:51 No.48

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

32,




「同窓会の日、あたし……貢にキスしたんだね」

「……覚えてないのか?」

ペットボトルを頬から離し、近くの椅子を引いて座る紫。

彼女は俺の問いかけにゆっくりと頷くと、手に持つペットボトルに視線を落としていく。

「お酒飲んだ後の記憶が全くなくて……キスの事は、心ちゃんに言われるまでは知らなかった」

「紫が酔ってたみたいだったから、洗面室へと連れていったんだ。だけど紫は俺も引き込もうとして……抵抗してたら、いきなりだったよ」

「……そう」

先日の出来事を振り返りながら説明するのを、紫は黙って聞いていた。

そして話し終えると、こちらに視線を向けながら小さく微笑んだ。

「……ごめんね、迷惑かけちゃって」

「いいよ、もう慣れてるし」

「付き合ってた頃も、貢には迷惑かけっぱなしだったなー」

紫は再度ペットボトルを頬に当てながら息を吐く。

「それに心ちゃんにも……酷い事言っちゃった」

「……何言われたんだよ」

「そのままの事だよ。どうして元カレなのにキスしたのか、裏切った貢が可哀想だって……

 だから、あたしも言い返したの。『あなただって、類と二股かけてるでしょっ』て」

「……そっか。心が会ってた男って、類だったのか」

紫の言葉に、昨日から抱いていた疑問が一つ解けた。

そういえば類の奴、妙に心の事気に入っていたよな……

「蓮がそんな事言ってたから、気になってたんだよ。そうか、類だったんだ」

「……いいの? 彼女が二股かけてるんだよ?」

俺の態度がよほど意外だったのだろう。

紫は眉間に皺を寄せながら、真剣な表情で問いかけてくる。

「もっと、言う事あるんじゃない?」

「紫、何か勘違いしてない? 俺は心とは付き合ってないよ」

「え? うそ……」

「本当だって」

紫がそう思うのも、無理もない。

俺はずっと、心に思わせ振りな態度を取ってきていたのだから。

「心には、俺の方から言っておくよ。誤解も解かないといけないし」

「誤解って、キスの事?」

「うん、じゃあ……気をつけて帰れよ」

手を振る紫に見送られながら、静まり返った廊下へと踏み出していく。

そして昇降口まで階段を下りていくと、ずっと待っていたのか、こちらに背を向けてしゃがんでいる蓮の姿が目に入った。

そっと近付いて頭を小突くと、待ちくたびれたと言わんばかりの表情の蓮が振り返った。

「……遅い」

「ごめん、紫に話聞いてたから……あ、心は?」

「潮咲が気を利かせて、連れて帰った。もしかしたら後でお店の方に顔出すかもだって」

「そっか……」

淡々と説明する蓮だが、その瞳にはいつもの温もりがあった。

きっと、梓と共に心の話を耳にしていたに違いない。

だけど、彼の態度もいつもとなんら変わらないようだ。

それが嬉しくて、つい口元が弛んでくるのが分かる。

「おい、貢! 何笑ってんだよ?」

「いや、別に? じゃあ今日は豚チーズ奢らせて頂きます」

「マジ? ラッキー、豚チーズ美味いんだよな」

先に昇降口を出て帰路へと着く俺の後ろを、蓮は軽くスキップしながらついてくる。

時刻はもうすぐ午後二時を過ぎようとしていた。

2008/12/08 18:18 No.49

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

33,




兄貴の店で少し遅い昼食をとっていると、蓮の話通り梓が顔を出した。

カウンターに座っていた俺は、お好み焼きを口に運びながら、蓮から話を聞いてはいたが……

女同士、より深い所まで話を聞いていると思ったのだろう。

蓮は気を利かせるように、カウンター席を離れて梓に席を譲った。

「……悪かったな。俺の問題なのに、巻き込んでしまって……」

梓が席に着くなり、自然と口から言葉が出てくる。

蓮と梓は不思議そうに顔を見合わせると、お互いに笑みを零した。

「迷惑だなんて、全然思ってないぜ?」

「そうだよ? あたしなんて、いつも貢に迷惑かけてばかりいるし……」

「……」

「心と紫ちゃんの事も、一人で抱え込む必要なんてないんだから」

割り箸を皿の上に置き、俯く俺の顔を覗き込む梓。

ふと顔を上げると、視界に蓮の姿も入ってくる。

彼も梓と同様に静かに頷くと、すぐ後ろのボックス席に腰を下ろした。

「それで、心は何だって?」

「……あ、それなんだけど……」

蓮の問いかけに、梓は思い出したかのように口を開いていく。

俺と紫の思いがけない光景を目にしたその日、心は偶然にも類とばったり会っていたようだった。

そして落ち込む彼女に、類は優しく接してくれたらしく……

携帯電話のアドレスを交換し、それから数回会っていたというのだ。

多分、その内の一回を紫は目撃していたのだろう。

梓は一部始終を伝え終わると、今度は真剣な表情で俺を見つめ返してくる。

「貢と紫の事、相当ショックを受けていたみたいなの。だから矢垣君の誘いにも、素直に受け入れてたんだって」

「だからって、すぐに他の男に頼るなんて……」

俺の後ろで、不機嫌そうな蓮の声が聞こえてくる。

「それも、貢の知ってる奴なんだろ? どうしてそんな……」

「女の子はね、辛い時は無性に誰かに頼りたくなるものなの。あたしがその証拠よ」

梓は咎めるような視線で蓮を見据えると、再度俺の方に向き直った。

「とにかく、今ならまだ間に合うのよ。貢の気持ち、ちゃんと伝えてあげて?」

「……気持ちは伝えるよ。ただ、紫との事は誤解だって事だけな」

「!」

「『好きかもしれない』程度の気持ちだったし、忘れようと思えばすぐに忘れられるよ」

そっとカウンター席を立ち、蓮の横に腰かけながら呟く。

梓はクルッと椅子を回すと、納得出来ないと言わんばかりに眉間に皺を寄せた。

だが、蓮は俺の肩を持つように真顔のままだ。

「誤解されるような事してた俺も悪いし、心に期待させるような態度や言動をしていたのも事実じゃん」

「貢……」

「ごめんな、梓」

心配してくれるのは、素直に嬉しいと感じるんだ。

だけど、それだけじゃだめなんだよ。

時には自分からラインをひかないと……

いつまでたっても、決して前へは進めない。

相変わらず沈黙を貫く蓮と、何か言いたそうな表情の梓。

そんな彼等の視線を受け止めながら、小さな溜め息をついたのだった。

2008/12/22 17:07 No.50

空翔☆A38CA09VXzI ★dl07o2sNUTI

34,




その日の夜、風呂から上がって部屋に戻ってくると、携帯電話がベッドの上でチカチカ光っているのが目に入った。

手に取って開くと、心からメールが届いている。

『明日の午後、空いてますか?』

たった一行のメール文。

だが彼女は、このメールを送るのにどれ程の時間悩んだのだろうか。

心からしてみれば、俺とは顔を合わせずらいはずだ。

俺は携帯電話を開いたまま机の上に置き、濡れたタオルをベッドの上に放り投げる。

……悪いのは、全部俺だ。

俺が心に対して曖昧な態度を取るから、彼女は紫に手を上げてしまったんだ。

そんな遣る瀬無い思いを抱えたまま、再度携帯電話を手に取り、文章を打っていく。

『午後は英語の補講があるから、その後なら大丈夫』

それだけ打って送信すると、すぐにまた心からの返信メールが届いた。

『じゃあ補講が終わる二時頃に、教室まで行くね』

梓に言われて、メールを送ってきたのだろうか?

いや、それとも心自らから……?

携帯電話をパタンと閉じながら、ふとそんな事を思う。

まぁ、どちらにしたって俺は彼女の誤解を解かなければならないんだ。

せっかく心から時間を作ってくれたんだから、明日事実を話せば良いよな?

ひとまず大きく深呼吸しながら、ベッドに大きくダイブし枕に顔を埋めていく。




翌日、英語の補講を選択していた連と教室から出てくると、廊下に佇んでいる心の姿があった。

彼女は携帯電話を見つめたままうつむいていたが、俺の姿に気が付くと小さく微笑みながら駆け寄ってくる。

「ごめんね、貢! 時間作ってもらっちゃって……」

「いや……俺は別に良いんだけど」

「連もごめん……変な所見せてしまって」

「気にしてねーよ! じゃあ、俺は帰るわ」

連は俺の肩を軽く叩くと、手を挙げながら階段へと姿を消していった。

俺はしばらく彼の後姿を見送ると、気まずそうに俯いている心の方に向き直った。

「……ここじゃあれだから、場所変えるか」

「……うん」

「俺の部屋でいい? その方が心、落ち着いて話せるだろ?」

この時間なら姉さんも翼もいるし……

そう思って誘うと、心も視線を上げながらそっと頷いてくれた。

そして彼女と連れ立って、俺の自宅へと向かったのだった。

2009/04/19 12:36 No.51

空翔 ★KFpaFVY4886

35,




「あら、お帰りー。心ちゃんもいらっしゃい」

自宅の玄関を開けると、取り込んだ洗濯物を抱えた楓が出迎えてきた。

そんな彼女の後ろから、翼が不思議そうな目で俺等を見つめ返してくる。

「……心お姉ちゃん、貢兄ちゃんの新しい彼女さん?」

「え?」

「新しいって……今俺に彼女はいないって」

翼の突然の問いかけに、ふいに聞き返す心。

俺は苦笑で返すと心を連れて自室へと向かう階段を上がり始める。

「何か飲み物とか持っていこうか?」

「自分で取りに行くから、お気遣いなく」

階段の下から顔を覗かせる楓にそう伝えて、心と共に自室へと足を踏み入れていった。




部屋に入ってすぐ、俺が後ろ手に扉を閉めると、心はこちらに背を向けたまま黙り込んでしまった。

俺は小さく溜め息をつきながら、そっとベッドの上に腰を下ろしていく。

「そんなとこに突っ立ってないで、適当に座れば?」

「……紫ちゃん……」

「え?」

「……紫ちゃん、怒ってたよね?」

ゆっくりと振り向く心。

その顔には不安げな色が見られ、瞳の奥では悲しみにも似たものが渦巻いているようにも見える。

俺が何も言わないでいると、心は小さく微笑んだかと思うとその場に静かに座り込んだ。

「怒らないわけがないよね……一方的に責めた上に、あたしったら紫ちゃん叩いちゃったんだから……」

「……」

「貢が紫ちゃんとキスしてるのを見た時、なんか無性にいらいらしてきてさ……

 気付いたら横に貢がいて……紫ちゃんの頬が赤くなってた」

「紫とのキスは誤解だって。俺、紫とは何の関係もないし……

 それに、カラオケボックスでの出来事は誤解だよ。酔った紫が勝手にしてきただけ」

心の話のキリが良いところで、弁解を入れていく。

俺の言葉に、心は俯くと小さく頷いた。

「だけどさ、たとえ酔っていたとしても貢の事何も想わなかったら、キスなんてしないと思うんだ」

「……じゃあ、あれか? 紫は自分から俺を振っておいて、未だに俺の事引きずってるって言いたいのかよ?」

……そんなわけ、ないじゃねーか。

あの時、紫は樹の方に気持ちが傾いてしまったから、俺を振った。

俺より、樹の存在が勝っていたから……

「樹を好きになったから、俺は紫に振られたんだ。そんな事、あるわけない……」

2009/10/06 14:07 No.52

空翔☆A38CA09VXzI ★dl07o2sNUTI

36,




長く付き合っていれば、マンネリ化だって起こる。

俺との付き合いにどこか欠点があったから、紫は他の男に目を向けた。

だから未だに俺の事を好きだなんて事、あるはずがないんだ。

「俺の中では、紫との関係はもう終止符を打ってる。友達までの関係には戻れたけど、それ以上になる事はないし」

「だけどっ……」

「飲み物取ってくるから、ちょっと待ってな?」

何かを言いかけた心の言葉を遮るように、ベッドから腰を上げるとドアノブに手をかけた。

だがふいに腰の周りに腕をまわされたかと思うと、全く身動きが出来なくなる。

ゆっくりと振り返ると、俺の背中に額を押しつけている心の姿があった。

彼女はまるで行かないでと言っているかのように、更に強く抱き締めてくるのだ。

「……どうしてあたしが、こんなに貢と紫ちゃんの事を気にしていると思う?」

「……」

「あたしが貢の事好きだからだよ」

心は額を押しつけたまま、そっと呟いた。

俺はどうする事も出来なくて、静かに彼女の告白に耳を傾ける。

「貢だけだったんだ、あたしが無理して強がってるのに気付いてくれたの。

 梓と樹が仲良くしてるの見るだけで辛かったけど、貢のお陰でそんな事もなくなった。

 普段からあんなに気遣ってくれる男友達なんていなかったから、それがとても嬉しく感じた」

「……心はすぐ顔に出るからな」

「貢の優しさが、いつの間にかあたしの気持ちを動かしてたんだよ。……凄いよね、貢の力って」

なんとか体を彼女の方に向けると、心はまわしていた腕を解き、小さく微笑みを浮かべた。

そして背伸びをすると、立ち尽くす俺の唇にそっと口付けをする。

目と鼻の先にある、心の穏やかな表情。

呆気に取られて瞳を閉じる事も忘れたまま、心が離れていくのを見やる。

「……優しくしてくれて、ありがとう」

心はそれだけ言うと、鞄を掴んで足早に部屋を出ていった。

慌ただしく階段を駆け降りる彼女の足音を耳にしながら、俺は開け放たれた扉を閉める事なくその場にしゃがみ込んだ。

……不意打ちのキス。

それはあまりにも予想外で、俺の思考回路を一気に破壊していく。

悪いのは、全て曖昧な態度を取っていた俺なのに……

そんな俺を、心は『好きだ』と言った。

俺は……心に好意を寄せられる資格なんて全くない。

ただ、紫との誤解を解きたかっただけなのに……

やるせない思いを抱えたまま、勢いよく拳でフローリングの床を殴りつけた。

「……好きだなんて、そう簡単に言うんじゃねーよ……」

震える声で呟く俺を嘲笑うかのように、鞄の中で携帯電話が耳障りな着信音を鳴らし始める。

出ずに放っておこうと思ったが、一回切れたかと思うとまた鳴り始める着信音……

しょうがないと言わんばかりにゆっくりと立ち上がり、鞄の中を引っ掻きまわして携帯電話を取り出した。

そして着信相手も確認しないで応答する。

「……はい」

『……貢? 今、大丈夫かな?』

遠慮がちに携帯電話の向こうから聞こえてくる、紫の声。

彼女の声に、停止寸前だった俺の思考回路は再びゆっくりと動き出す。

「そんな事いちいち心配すんなよ。どうした?」

『……あたし、やっぱり貢がいないとダメみたい……』

「……え?」

2009/11/30 11:27 No.53

空翔☆pGTb0l22VYQ ★W.ot.NIGcsg

37,




紫の声はどこか震えていて、即座に彼女が泣いているのに気付く。

時刻は午後三時半過ぎ……

英語の後に地理の補講がある生徒もいるが、この時間はまだ授業中のはず。

紫は地理の補講をとっていないのだろう。

だが、今はそんな事はどうでもよくて……

「どうした? 何かあったのか?」

『……ぐすっ』

「泣いてたって分かんねーよ……今どこにいる?」

『……まだ、学校……』

絞り出すような声の紫に、小さく溜め息をついていく。

彼女はよっぽどの事がない限り、泣いたりしない奴だ。

とりあえず通話を切り、急いで学校へと続く道を逆戻りする。

校門の前まで到着すると、補講が終わったと思われる生徒の群れが下校する最中で、その人込みをすり抜けていく。

時折りクラスメートに声をかけられるが、軽く返事をして昇降口を目指した。

「紫の奴、一体どこに……」

「あれ? 貢、英語の補講で終わったはずでしょ?」

靴を履き替えていると、補講終わりの繭が不思議そうな視線を向けてきた。

「どうしてここにいんの?」

「繭か……お前、紫どこにいるか知らねえ?」

「紫ちゃん? ……そういえば、二組で誰かと話してる姿なら見かけたけど……」

繭の言葉を最後まで聞かず、一気に階段へと駆け出した。

そして二組の教室まで辿り着くと、思い切り扉を開け放つ。

俺の視界に入るのは、自分の席に座って慌てて目を擦っている紫の姿……

遠目ではっきりとは言えないが、少々目が腫れているようにも見える。

そっと近付いていくと、紫は小さく肩をすくませながら見上げ見てきた。

「……ごめん、貢。また迷惑かけてさ」

「何があったんだ?」

彼女の前の席に腰を下ろし、真剣な表情で見つめ返した。

「些細な事じゃ、紫は泣いたりしないだろ?」

「……田崎先輩に……やり直してほしいって言われた」

「え?」

田崎先輩、すなわち仁さんは紫の元彼。

彼女が別れたというのは繭から話を聞いていた。

だが、やり直そうと言われた位で泣く程の事なのだろうか……

「それで、どうして泣いて……」

「……無理矢理キスされたの」

「!」

自分でも思い出したくないのか、再度瞳から溢れ出す涙を拭い取る。

俺の記憶では、彼は他人が嫌がる事を平気でするような人じゃなかったと思うんだけど。

腕を組みながら小さく唸っていると、涙を堪えながら紫が口を開いた。

「『受験勉強に専念したいから』って言って、別れを切り出してきたのは彼の方なのに……

 ……って、ごめんね。あたしだって同じような理由で貢に別れ話持ちかけたのにね。最低だなー」

「……で? 仁さんは?」

「分かんない……すぐに教室出ていった」

……やり逃げってわけかよ。

どうして男って、こうも理性を抑えられなくなるんだろうな、全く。

内心舌を巻きながら、再度紫へと視線を向ける。

今は、彼女を放っておくわけにはいかない。

振り返ると、教室の時計は午後4時を示していた。

もうしばらくは、このままでいるべきだな……

2010/03/10 12:48 No.54

空翔☆A38CA09VXzI ★BJHK5RCsOP_EP8

38,




閑静な住宅街。

紫の家へと二人並んで歩く中、ふと彼女の歩みが止まる。

「……ん? どうした?」

「貢……今日はありがとう」

「俺は何もしてねぇよ」

立ち止まって振り返れば、弱々しく微笑む紫。

それは今日初めて彼女が見せた笑顔でもあって……

前を向きながらそう返すと、紫は再度微笑んだ。

「相変わらず、貢は優しいね……彼女作らないなんてもったいない」

「優しくもないし、彼女作らないのはその気にならないからだよ」

「そんな事ないじゃない。あたしは貢のさり気なく気遣えるところが好きだったんだから」

紫は俺の隣までやってくると、ふいに真剣な眼差しを向けてくる。

「でもそれに甘えるのが当たり前になって、余裕が出てきちゃって他に目を向けちゃった……

 だから罰が当たったのかなー……樹に振られて田崎先輩にキスされて」

「……紫?」

話の先が全く見えない。

思わず眉をひそめる俺に、紫は小さく溜め息をつくとそっと口を開いた。

「こんな事言える立場じゃないのは分かってるけど……あたし、やっぱり貢が好き」

「!」

「ずっと後悔してたの、あたしの身勝手な気持ちで貢を傷付けた事。

 ちゃんと謝りたかったのに、別れてから自然と距離も空いちゃって……」

「あれは……俺が振られた事にしてくれって言ったから」

紫に振られた当初の事を思い返してみる。

確かにあの時、彼女の気持ちが離れているのに気付いた俺はカマをかけてみた。

そして案の定、紫は素直に自分の気持ちを話してくれた。

「正直言えば紫と別れた時、少なからず辛い気持もあったさ。でももう傷は癒えたよ」

「傷付けて本当にごめん……」

「謝んなよ、紫。俺はお前の傍に入れて幸せだったよ」

それは俺の本当の気持ちでもあった。

紫と付き合ってた頃は毎日が輝いていて……

紫の笑顔のためなら何だって出来るとまで思っていたくらいだった。

「今、紫に対して付き合ってた当時の気持ちはないよ。でも……今のお前を放っておく事は出来ない」

同じ男として、女にして良い事と悪い事の区別は当然のように出来るわけであって。

普段の紫は些細な事で泣いたりなんかしない、芯の強い奴だ。

そんな彼女が見せた涙は、きっと俺だから見せたものだと思う。

そう思うと彼女を放っておく事なんて出来なくて……

俺はそっと紫の頭を撫でると、彼女の手を引いて帰路へと着いていく。

1年前 No.55
ページ: 1 2

 
 
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▲ページ上 >>
★必ず ローカルルールメビウスリングのルール をご覧ください。
 ▼スタンプ▲スタンプ
※スタンプはいちどに 3個 まで使えます  ×閉じる
注…感想・コメントはこの記事ではなく、サブ記事に書き込んでください。(小説カテゴリでは必須です)