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Utopia of the underground world

 ( 小説投稿城 )
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すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

理想郷を求める者は、どんなに時が流れようと絶えることはない。


天をも穿たんとする霊峰の下、ずっとずっと下に、“それ”は存在した。密やかに窪んだ洞窟を通り抜けて、暗闇の中を進んで、道が続く限り足を進めて行けば、やがて古ぼけた扉の前にたどり着く。
其処には左右に獅子の銅像が設けられ、彼らのお眼鏡に敵えば扉は開き、彼らに認められなくば目の前の生き物は一瞬でその生を奪われるという。門番たる獅子が見定めるのは来訪者の経歴だとも、内面的なものであるとも噂されるが彼らは何も語らない。だからこそ、人は其処で躊躇うのだ。もしかしたら殺されてしまうのではないか、扉を開けてもらえないのではないのだろうか、と。
それは所謂試練なのだろう。人間とは試練を課される生き物である。否、生き物であれば誰しも試練を与えられるのだろう。それを乗り越えられなければ切り捨てられ、見事乗り越えることができたのなら彼らの望むものが手に入る。その摂理は太古の昔から変わることはなく、人が生まれ落ちてから幾度となく試練は与えられ続けた。これも過去に与えられた幾つもの前例に倣っているのだろう。
そういった訳で、無事に扉が開かれたのなら、その先にあるのは人の世を捨てたことさえ喜ばしく感じられるほどの、地底に創られた理想的な国家なのだという。二度と空を見ることが出来なくなっても構わないと思えるほどの場所。すなわち其処は理想郷。
安寧を、享楽を、もしくは前者以外の何かを求めて其処を目指す者は、口を揃えて皆こう言うのだ。


其の地の名はシャルヴァ。
地の底に在りし、神代を模した理想郷、と。

メモ2018/07/16 22:56 : すずり☆uVgy9R1pZdc @suzuri0213★Android-ti0IvmfI1e

【第1幕:さらば青空、向かうは地底】>>1>>5

【幕間:シャルヴァなる地】>>6

【第2幕:王子の帰還】>>7>>12

【第3幕:集落の営み】>>13>>19

【幕間:焔が抱くは夢幻】>>20

【第4幕:本の杜への誘い】>>22>>29

【第5幕:輪廻の忌み子と王子の記憶】>>30

ページ: 1


 
 

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

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23日前 No.1

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23日前 No.2

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23日前 No.3

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22日前 No.4

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22日前 No.5

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

【幕間:シャルヴァなる地】


日の目を見ながら暮らす人々は、必ずこう言ったものだった。

━━━━シャルヴァ、それは地底に築かれた理想郷。五大の恩恵を受けし神代の都。其処に行けば、地上で味わうような苦しみは二度とない、と。

だがしかしそれは全くの虚偽である。シャルヴァの中は地上と然程変わりない。数十年前までは幾つもの小国が連なっており、各々の国ごとに内政は異なっていた。ある国は善政を敷いていたかもしれないし、またある国は圧政を敷いていたかもしれない。今となっては詮無きことだが、その辺りがどうだったのか、知りたいと思わない訳ではない。
ただ、最終的に残ったのは二つの大きな国だった。シャルヴァの東側を領地としたアーカム国と、西側を領地としたティヴェラ国。どちらの国も長き時を駆け抜けてきただけの技量は持ち合わせていた。だからこそ、小競り合いはあっても大々的にぶつかることなどほとんどなかった。このシャルヴァでは力なき民よりももともとシャルヴァの生まれの者に多い神代の名残とも言える戦闘力を持った人間を兵士として扱う風習がある。そのため民が徴兵されることはなく、戦争といっても民にはあまり実感のないものだった。いざとなれば強国に逃げれば良いし、たいていの力なき民はたとえ敵国の者であれ恭順の意を示したのなら受け入れてもらえるようになっている。実際に戦争らしい戦争というのはほとんど起こることはなく、民の減少に国家が立ち行かなくなり、その国の王族が強国に降伏する形が多かった。無辜の民の殺戮などなく、最終的には平和的に解決する。まさに理想郷と、何も知らない民は謳ったものだ。


━━━━だが、それが通じたのはあくまでも10年前までの話。


10年前、突如ティヴェラ国はアーカム国に戦争を仕掛けた。何の前触れもなく軍を挙げたティヴェラ国と、戦争が勃発するなど予期していなったアーカム国。アーカム国の領土は日に日に蹂躙されていった。如何に国土が広かろうと、アーカム国が慌てて軍を挙げようとも、戦力差が埋まることはなかった。挙げ句の果てには出陣した王と何人もの王子が討ち死にしてアーカム国軍は内部から瓦解していったというのだから本末転倒だ。
王宮に残っていた妃や王女たちも、その後王宮に進軍してきたティヴェラ国軍によって殺害された。一説には、ティヴェラ国軍の兵士たちが駆けつけた頃にはもう王族はほとんど死亡しており、瀕死の者が殺してくれと嘆願していたという話も聞く。大方、王族のうちの誰かが狂乱したのだろうと噂されているが、真偽は定かではない。王族全員分の遺体がなかったことから外界落ち━━━━シャルヴァから地上世界へと逃げたのではないかとまことしやかに囁かれているが、これもあくまで仮説に過ぎない。アーカム国の王族が滅亡するはずがないと信じたい人間によるものなのだろう。
こうしてシャルヴァの地はティヴェラ国によって統一された。とはいってもアーカム国の領土であったシャルヴァの東部は捨て置かれたにも等しい。今もこうして限られた地域でのみ商業を許され、廃れ、寂れた地で細々と故郷を捨てきれなかった人間が生活しているのみだ。

だからあえてこう言おう。シャルヴァが地底に創られた理想郷などという話は真っ赤な嘘である。シャルヴァというのは、むしろ地上よりも醜悪な地獄に過ぎないのだから。

21日前 No.6

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

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20日前 No.7

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

馬車の持ち主である青年はノルディウスと名乗った。シャルヴァの生まれではあるのだが、遠いご先祖様がどうやら西方の生まれだったらしくそっち系統の名前を付けられたのだという。彼によるとシャルヴァが存在するのは東はチベットから西は印度まで、つまりヒマラヤ山脈の真下にあるから、やはりそこら辺の文化が強いらしい。ノルディウス、という名前は少々堅苦しく本人としても居心地が悪いので、彼は周りに自分のことを愛称の“ノルド”と呼ばせているとのことだった。

「俺たちの住んでる東側はチベットに近いな。あんたらが入ったのは十中八九印度側だろうよ」
「待ってくれノルド。我は地理に詳しい訳ではないが、印度からチベットに行くのはさすがに無理があるのではないか?そんな、馬車で行くには気軽すぎやせぬか?」

事も無げに言ってのけるノルドではあったが、世間知らずなヴィアレでさえもそれには突っ込まざるを得なかった。チベットから印度の距離なんて、こんな荷馬車でなんとかなるものではない。たしかにシャルヴァには地上のような山々がないのでいくらか旅路を阻むものが減るのかもしれないが、それでも限度というものがあろう。
そんなヴィアレからの指摘に、ノルドは「まあ仕方ないわな」と苦笑いを浮かべる。

「にわかには信じられないかもしれんが、このシャルヴァには五大の力が未だに働いててな。ちょっと工夫さえしちまえば地上じゃ無理だと言われることだってけっこうさらっと出来るもんなんだ。それに俺たちの住んでる集落はあの市場からそう遠くないからな。飛ばしていけばすぐだぜ、すぐ」
「五大、とはなんなのだ?」
「その点については私から説明しましょう」

再びノルドに問いかけたヴィアレの言葉に被せるようにして、横でこれまで一言も発することなく静かに馬車に揺られていたエルトが口を開いた。

「シャルヴァはもともと神と人との関わり合いが強かった時代……すなわち神代において、この周辺で権勢を誇っていた国の王族が、隠居の場として開いたものです。そのため今では魔法やまやかしと呼ばれる力も同時に持ち込まれました。当時の王族は神々とも密接に繋がっていましたからね、それくらいのことは造作もなかったのですよ」

そしてエルトによると、五大というのは印度において発達した哲学における、あらゆる世界を構成しているとされる五つの要素のことだという。俗に言う地水火風の原理、其処に“空”と呼ばれる性質が加わったものがいわゆる五大と呼ばれるものである。
大地・地球を意味し、固い物、動きや変化に対して抵抗する性質を持つ地、流体、無定形の物、流動的な性質、変化に対して適応する性質を持つ水、力強さ、情熱、何かをするための動機づけ、欲求などを表す火、成長、拡大、自由を表す風。これらに加えて、虚空、空間、天空を意味し、しばしば悟りの境地を表すこともある空。これらはあくまで地上では自然界を構成する要素として扱われるものだが、神代の力を絶やすことなく閉鎖的な存在を保ってきたシャルヴァでは、自然的にそれらの恩恵をある程度受けられるだけでなく時に個人の力として手にすることもできたという。

「シャルヴァで生まれた人間にはある程度五大に対する適性があるのですが、それはまだ人間の範疇での話です。個人の力として五大の力を手に入れた者は、その要素を元として人間離れした能力を得ることとなります。もっとも、そういった人間はたいていが要職に就いているものですから、そう身近な存在とは言えないかもしれませんがね」
「つまり、一部分だけに特化した魔法使いのようなものなのか?」
「そういうことになるな。シャルヴァで使われている馬車は、大体が風の適性を持つ職人が造ったものなんだ。だからこうやって地上の数倍の速さで進むことが出来るんだよ」

エルト及びノルドからの説明を聞いて、ヴィアレはまだしっくり来ない部分もあったがなんとなくは自分の示した疑問点について納得することができた。何はともあれ郷に入れば郷に従えという奴だ。シャルヴァの慣習や常識はこれから覚えていけば良い。とりあえず概要は理解できたので一段落だ。

「エルトは凄いな、シャルヴァのことならなんでも知っているのではないか?何も見ずに斯様な説明が出来るなんて只人の所業ではないぞ」
「……あなた、それは褒めているんですか?」
「まあまあ嬢ちゃん、ぴりぴりしなさんな。そっちの紅い嬢ちゃんはあんたのことを褒めてるんだろうよ。俺からしてみても此処まで調べ上げた奴なんてそうそういないからな。感心せずにはいられるかっての」
「……そういうものなのですかね。私にはわかりかねます」
「ははは、まあ考え方は人それぞれだ。嬢ちゃんが好きなように受け取ってくれて構わんさ。……ほら、見てみろ。あれが俺たちの集落だ」

片手で器用に手綱を操りながら、ノルドは前方を指差してみせた。ヴィアレは身を乗り出して注視し、興味なさげなエルトもちらと視線をノルドが指差した方向へと向ける。
見えたのは幾つもの簡素な日干し煉瓦の家々である。どれも小ぢんまりとしていて明らかに大きいものは見受けられず、村ではなくあくまで人が暮らすための集落であることが二人の目にも理解できた。段々と近づき行く集落にごくりと生唾を飲み込む音がノルドの耳に入ったが、彼はそれが誰のものかを察することはできなかった。

19日前 No.8

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

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18日前 No.9

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

一方その頃、エルトからチラシ配りの任務を命じられたヴィアレは一足先に広場に到着していた。というのも、皆手慣れた手付きで作業に従事しており、とてもじゃないがヴィアレが入る余地などなかったのである。とりあえず渡された分だけチラシを渡しては来たものの、はてさて人が来てくれるものか。別にヴィアレは呼ばれているわけでもなんでもないのだが、他にやることもないので広場に積み上げられた煉瓦の上に腰掛けて足をぶらぶらとさせていた。やることがない時間ほど暇なものはないが、生まれてから閉鎖的な空間で過ごしてきたヴィアレにとって新天地というものは暇さえ感じさせない魅力に溢れている。そのため不思議と退屈を感じることはなく、ヴィアレは天上の曼荼羅を眺めていた。地底だというのに明るいのは、この曼荼羅がうっすらと光っているからなのだろう。しかも時間が経つにつれて光の強度も変化しているらしく、シャルヴァに入ったときよりも光が弱まっているように思えた。

「……まるで太陽だなぁ」

ぽつり。そんな風に呟いたヴィアレの言葉に反応するかのように、目の前に積み上げられていた別の煉瓦の山からかたりと小さな音が聞こえた。思わずヴィアレはそちらに視線を向ける。

「あ……そなたは」
「……!」

積み上げられた煉瓦の後ろに隠れてひょこりと顔を出していたのは、市場で出会ったあの少女だった。先程のエルトとのやり取りを知らないヴィアレは、彼女の姿を見つけるとにこりと笑顔を浮かべる。しかし少女は表情を強張らせたままヴィアレを睨み付けるばかりだ。彼女からしてみればヴィアレもあの恐ろしい女装男の仲間のようなものなのだろう。大方エルトから何かされるのではないかと不安になって急いで広場に向かってきた、といったところだろうか。にこにこしながら近付いてくるヴィアレを前にして緊張の色を濃くしていくばかりである。

「そなたと会うのもさっきぶりだな!何故斯様なところに縮こまっておるのだ?良ければ我と話そうではないか!」
「…………そ、そういうの、いいので……」
「遠慮するな、少しくらい良いではないか!ほれ、近う寄るが良い!」
「ちょ……!?」

ぐいぐいと引っ張られて、少女は明らかに戸惑いの色を顔に示した。しかし彼女はなんだかんだで受け入れるエルトとは違い、抵抗をやめようとはしなかった。引っ張られているのとは反対方向に逃げようとしている。まるで綱引きでもしているかのような光景である。

「な、何故逃げるのだ!?我はただそなたと親睦を深めようとだな!」
「ふっ…………深めなくて良いですから!あなたはあの糞女装野郎とでも仲良くしてれば良いでしょ!」
「く、糞女装野郎!?なんだそれは!?」
「あなたの傍にいた死んだ魚みたいな目の煮卵みたいな色の肌をした踊り子じみた格好をしてた野郎ですよ!私に構ってる暇があったらあいつのところにでも行ってなさいよ!!」
「あー…………ナラカ?」

余程必死なのか、声を張り上げてなんとかヴィアレを引き剥がそうとしていた少女だったが、背後からかかった声にぴたりと彼女の動きという動きが止まった。そしてきりきりきり、と壊れかけたゼンマイ仕掛けの人形のように首がゆっくりと動いていく。

「……悪いな、取り込み中に……。今のことは忘れるからよ……」
「ふむ……ナラカ、お前でもそのような声を出せるではないか。見直したぞ?」
「リリア姐さん、たぶんそれ逆効果だぜ……」

ナラカと呼ばれた少女の視線の先にいたのはノルドと、彼に寄り添う妙齢の美女だった。黒髪を太腿辺りまで長く伸ばし、喪服のような黒い飾り気はないが品のあるドレスを纏っている。流麗な流し目は何処か揶揄るような余裕さえたたえ、口元に浮かんだ微笑も相まって大人の貫禄のようなものを感じさせる。踵の高い靴を履いているからか、ナラカと比べると随分と背が高かった。
ナラカはかあっと一気に頬に紅葉を散らし、もじもじしながら縮こまった。先程までの威勢は遥か彼方に飛んで行ってしまったらしい。この変貌ぶりにはヴィアレも驚いて、つい彼女から手を離してしまった。

「な……ど……どうして、此処に……」
「そこの嬢ちゃんから渡されたチラシを読んだんだよ。リリア姐さんも同じでな、ついでだからいっしょに来たって訳さ」
「リリアさんも……ですか……?」
「うむ。意外だったか?それとも妾が表に出てはいけなかったか、ナラカ」
「いえ……決して、そのようなことは……」

つ、と何処と無く艶かしい仕草でリリアと呼ばれた美女はナラカの頤に指をかける。ナラカはしどろもどろになりながらすすすとさりげなく後退した。リリアのこういった行動にはある程度慣れているらしい。本人もナラカをこれ以上弄ることはなく、ヴィアレの方へと視線を向けた。

「其処のお前、名を何と云う?」
「我か?」
「お前以外いなかろう、紅い童よ。渡すだけ渡して留まらぬものだからな、名を聞きそびれてしまったではないか」
「そうか、そういうことだったのならすまなかった。我はヴィアレ、つい先程シャルヴァにやって来た。よろしく頼むぞ、リリア」
「ふふ、妾に名乗らせぬと申すか。なかなかに肝の座った童よな」

ちゃっかり名前を覚えているヴィアレに、リリアは言葉とは裏腹に満更でもなさそうな微笑みを浮かべた。妖艶に見えた表情も、よくよく見てみればヴィアレの言動を微笑ましそうに見ているようにも感じられる。艶やかさの中に垣間見える謎の母性といったところだろうか。
そんなやり取りをしていると、一人の連れを伴ってエルトが広場にやって来た。びくり、とナラカの肩が大きく震える。エルトは先程と同じ踊り子姿だった。そのため事情も何も知らないヴィアレはどうしてナラカはそこまでして驚くのだろうか、と微かな疑問を胸中に浮かべる。
そしてエルトが連れてきたのは彼よりも幾分か背の低い人物だった。真っ黒なローブを頭から羽織り、目元から下をまたしても黒い布で被っているのでいまいち性別だとか、顔立ちだとかがはっきりしない。しかし集落の人々はその人物を知っているらしく、特段驚くような素振りを見せる者はいなかった。

「皆さん、お待たせしました。お集まりいただいたところ恐縮ですが、此処で立ち話もなんですので、此方のアシェリム殿のお宅にてお話を進めたく思います」
「そういうことだ。故に皆、疲れているとは思うが一旦私の家まで移動してくれないかね?」

アシェリム、というらしい人物は声色からして男性だということがわかった。しかし男性にしては小柄……というか体型が小ぢんまりとし過ぎている。エルトと並ぶとそれがよくわかるし、ついでに言うと彼はリリアよりも小さかった。まあ突っ込むべきところではないのでこれ以上掘り下げないようにしようとヴィアレは内心で決めて、家へと歩いていくエルトとアシェリムを追いかけた。

17日前 No.10

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

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16日前 No.11

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

「……話が逸れましたが、それはさておき本題に入るとしましょうか」

ヴィアレの突然の性別暴露によって一時室内が騒然としたが、エルトが咳払いをしてなんとかこのおかしくなってしまった空気をもとのものへと戻した。先程まで「本当に男なのか」と詰め寄るノルドに証拠を見せてやると言わんばかりにまっ平らな胸を見せつけていたヴィアレは申し訳なさそうな顔をして正座している。さすがにあの主張の仕方は色々と問題があったと自覚しているのだろう。おかげでノルドは少し顔を青くさせており、リリアやアシェリムから憐れみの視線を向けられていた。

「確認ですが……皆様は、この者から手渡されたチラシを見て広場に集まった、という認識でよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだとも。ノルド君とリリア君も同じかね?」
「うむ。とは言え妾はノルドのものを見て、だがな。直接貰ったわけではない」

エルトからの質問に対して、ナラカ以外の面々は揃って首を縦に振る。ナラカだけはぐっと唇を噛んで膝にかけた腕に力を込めた。自分は半ば脅されて来たのだ、と言ってはやりたいものの何をされるかわからないので怖いのだろう。ただただそっぽを向いて小さな抵抗に徹していた。
ちなみにヴィアレが配ったチラシには整った文字で『山羊の角譲ります』と記されており、その下に何やら判子のようなもので印が捺されていた。最初にヴィアレが見たときには山羊の角を欲しがる者なんているのか、と疑問に思ったものだ。まさか人が集まるとは考えてもみなかった。

「成る程、それならよろしい。では聞きますが、この中で山羊の角が欲しい方はいらっしゃいますか?」

一同の反応を見てから、エルトはそんな風に問いかけた。しかし誰もそういった意を示そうとはしない。ナラカは「……?」とこいつは何を言っているのだとでも言いたそうな表情でエルトを一瞥したが。

「……なぁ坊っちゃん。山羊の角ってのは、正直言って偽の知らせだろう?本当ならこの印……王家の押印に意味があるんじゃないのか」

つ、とノルドがチラシを手にしたままエルトに近付く。彼の顔には不敵な笑みが浮かび、そんな人間に迫られようものなら普通の人間は萎縮してしまうものと思われた。
だがエルトはそれに気圧されることはなく、むしろふっと口角を上げてみせた。そして懐をごそごそと漁ると、金色に光る小さな判子を取り出す。素人目から見てもそれが一般人の持つべきものではないことがわかるくらいの輝きを放つ一品に、その場にいる誰もが息を飲んだ。

「大当たりですよ、ノルディウス殿。山羊の角など私は持っていません。本来の目的はまた別のところにあるのです」
「……して、君の本来の目的とは何なのだね?」

唯一見える目を細めて、探るようにアシェリムが問いかける。それはヴィアレも、ノルドもリリアも知りたいところだった。ナラカは相変わらず目を逸らしていたのでどうだかわからなかったが、この場にいる以上関わらなければならないことは確かだった。
エルトは判子を弄んでいた手をぴたりと止めて一同に向き直った。その真っ黒な瞳に感情が映ることはない。何を考えているのかもわからない、まるで深淵をそのまま体現したかのような瞳は見た者を射竦めるほどの力を持っていた。それだけの威圧感を込めてエルトは此方を見つめたのである。


「10年前に我が故郷アーカムを滅ぼした、ティヴェラ国への報復ですよ」


エルトの口調はぽつりと呟くようなものであった。しん、と室内が静寂に包まれる。荷馬車の中でエルトから話を聞いていたのでヴィアレも概要はわかっていた。やけに詳しいとは思っていたが、まさかエルトがその滅ぼされたアーカム国の出身だったとは。ごくり、と生唾を飲み込むヴィアレには見向きもせず、淡々とエルトは続ける。

「我が名はエルティリナ。アーカム国の第八王子の位を有していた者です。此度はティヴェラ国への報復に当たり、外界よりこのシャルヴァに舞い戻った所存にございます」
「……ふむ、アーカム国の王族が外界落ちしていたという噂は真だったか」

顎に手を遣りながら、感慨深そうにリリアがエルトを見やる。しかしヴィアレとしては疑問点が幾つかあった。

「ノルドよ、外界落ちとはなんなのだ?」
「嗚呼、このシャルヴァから外の……地上世界に出ることを外界落ちというんだ。尤も、理想郷たるシャルヴァから出ようなんて思う人間はほとんどいなくてな。たいていは複雑な事情を抱えた奴だよ」
「地上に行くのに落ちるのか?」
「それは言葉の綾って奴だろ」

細かいところはまだよくわからないヴィアレだったが、とにもかくにもエルトはもともとシャルヴァの出身で、10年前の戦争により外界落ちせざるを得なくなった王族であるということは理解できた。王族と聞くと普通は萎縮してしまったりそれなりの敬意を表したりするものなのだろうが、そもそも階級やら何やらについて疎いヴィアレはいまいちその偉大さをわかっていないようだったが。

「私はこの地にて同胞を探し、報復を実行するつもりです。皆様を此処に集め、我が素性を明かしたのもそのために他なりません。━━━━力をお貸しいただけますか」

一同を見据え、エルトはそう問いかける。きっぱりと、然れど何処か探るような口調。それは単に彼の思慮深さと自信が相反してのものなのだろう。遠慮する気持ちがないわけではないがエルトには人よりも強い自信がある。これらはそれゆえの言動であろう。
何も言うことなく、まずはノルドが立ち上がった。次いでリリア、アシェリムも腰を上げ、エルトのもとへと近付いていく。そして相対する形となったエルトとノルドだったが、数秒間の沈黙の後にノルドが口を開いた。

「いいぜ、王子様。俺たちはこれからあんたに着いていく。俺たちも故郷を奪われた身だ。折角の機会だ、生きているうちにやれるだけのことはやっておかなきゃな」
「ノルディウス殿……。……しかし、その、王子様、というのは……」
「わかってるよ。外ではあんたのことを新入りとして扱う。そのための女装なんだろ?」
「……はい。ありがとうございます」

目を臥せ、薄く微笑むエルトに、ノルドもにかっと歯を見せて笑う。アシェリムも心なしか微かに目を細めているかのように思えた。円満な雰囲気がその場に流れ、ヴィアレも「勿論我も手伝うぞ!」と元気よく宣言する。こういった雰囲気も悪くない。誰かと力を合わせて何かを成し遂げるなんて、素晴らしいことこの上ないではないか━━━━。報復の意味合いをよくわかっていないヴィアレは、そんな風にこれから行く先を前向きに考えていた。……考えていた、のだが。

「……ナラカ。お前はどうするのだ?」
「…………あ、わた、しは……」

リリアがナラカにそんな質問を振ったために、一同の視線という視線が一瞬でナラカに突き刺さった。これまで部屋の隅っこで何も話さず我関せずといった風でやり過ごしてきたナラカだったが、さすがに最後までそうはいかなかったようだ。合計十個の目から放たれる視線に、口をもごもごとさせながら彼女は目を泳がせる。そして俯きながら、やっとのことで喉から声を絞り出した。

「私、も……皆さんに、協力したい……です」
「よっしゃ、じゃあ決まりだな!もうすぐ炊き出しの時間だし、キリよく終わって良かったぜ」

バシバシとノルドがナラカの背中を叩くのは友好的な理由なのだろうが、ナラカは顔を下に向けたまま何も言うことはなかった。皆がやんややんやと賑々しく騒いでいる間に、ナラカはふらふらしながらアシェリムの家を出ていってしまった。仲間を得たことに湧くノルドや、彼と話をしているヴィアレやアシェリムは彼女に気づくこともない。リリアだけはそんなナラカの様子に気づいたのだろうか、彼女がいた場所に目を向けたが、既にナラカが去っていった後であった。

15日前 No.12

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14日前 No.13

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一方エルトはというと、リリアに連れられて調理班として活動していた。女装しているということもあってか集落の女性たちは比較的気さくに接してくる。芋の芽を包丁で取り除きながらエルトは小さく溜め息を吐いた。

(出来ることなら、必要最低限の人物としか話したくはないのに)

必要のない話、つまり雑談というものがエルトは苦手だった。そんな無駄なことをしているよりも、もっと有意義な時間の使い方というものがあるのではないか。人付き合いが大切でないとは言わないが、表面上だけの関係を構築することに何の意味があるのか。エルトはそう思えてならない。だから黙々と作業に徹することにしたのだ。真面目に作業をしていれば自然と話しかけづらい雰囲気が生まれる。そうすれば業務連絡以外で声をかけられることもなかろう、と。
しかしそんな風に考えていると、なぜだか自分がひどく惨めに思えてならなくなってしまう。なんだかんだと言ってはいるが、本当は人との関わり合いが怖いだけではないのか。そんな声が自分の内側から聞こえてくるような気がするのだ。そんなことはないと言い聞かせてはいるが、エルトの胸の内が晴れる気配はない。むしろどんどん靄は広がっていく。ふるふると首を振ってから作業に従事するものの、エルトの気は収まる気配を見せることはない。むしろ悪化してきている気がする。苛立ちからなのか眉間に皺を寄せるエルトからは明らかに近寄りがたい空気が発せられていた。

「……っ……!」

ひゅ、と息を吸い込む音が聞こえる。思わず振り返ってみれば、其処には怯えた表情でそそくさと立ち去るナラカの姿があった。どうやら何かしらの作業をしに来たらしいが、エルトを見て逃げ出してしまったようだ。しばらく何も言わずにナラカの去っていった方向を見つめていたエルトの肩をぽんと叩いたのはリリアであった。

「お前があまりにも怖い顔をするものだから逃げられてしまったではないか。何があったかは知らぬが、そうぴりぴりとするものではないぞ?」
「……別に、大したことではありません」
「そうか?妾にはそうは見えぬがな」

くすくすと密やかに笑いながらも、リリアの目線はナラカが駆けていった方向へと向けられている。彼女の様子がそれほど気になるのだろうか。再び作業に戻りながら、エルトはなんとなしに口を開いた。

「……あのナラカという少女、何者なのですか?」
「どうした、藪から棒に。彼奴のことが気になるというのか?」
「それは此方の台詞ですよ。……ただ、同胞のことを知っておきたいと思いましてね」

エルトは決してナラカを同胞とは思っていないが、それでも彼女について知りたいというのは紛れもない本心である。ナラカは意図せずしてエルトの秘密を知ってしまったが故に無理矢理にこの計画に立ち入ることとなった、いわば予想外の不安要素なのである。見たところ他の集落の住民と気さくに話せるような人物ではなさそうだし、この計画の差し障りになるような能力の持ち主という訳でもなさげだ。しかし一応基本的な情報は掴んでおきたい。それゆえにエルトはリリアにそう問いかけたのだった。

「ナラカはシャルヴァの人間ではない。まあ詰まるところは外界から来たのだ。たしか極東の……日ノ本とかいうところから来たと言っていたな」
「日ノ本……。ああ、あの東の果ての島ですか。黄金がわんさと採れるとかいう」
「恐らくその日ノ本だろうよ。ナラカは半年前にこの集落の近くで倒れていた。それをノルドが見つけて集落まで運び込んだという訳だ。にわかに信じられぬ話だが、東の洞穴から此処まで歩いてきたようでな。我らも吃驚したものだった」
「……東の洞穴から此処まで、ですか?それはあり得ません、だって彼処からティヴェラの都までは、馬車を使っても一週間はかかるんですよ?それをあの少女が歩ききったなど信じられません」
「だが現にナラカは此処にいるのだ。初めは東の砦からの斥候かとも思うたが、どうもそうは見えぬ。今では皆火事場の馬鹿力でも出したのだろうと言うておる」
「……東の砦……とは?」

リリアから釘を刺されて一瞬エルトは口をつぐんだが、直後に聞き慣れぬ単語を耳にして彼女へと尋ねかける。

「嗚呼、お前は知らないのだな。アーカム国が滅んでから間もなくして、その王宮を改築してティヴェラ国が砦にしたのだ。大方旧アーカム領の民を見張るためであろうな。加えてあの砦が出来てからというもの、東の洞穴からやって来る者がいなくなった。減ったのではない、“いなくなった”のだ」
「それは……外部からの入国者を、砦の兵士が殺害しているということですか?」
「確信は持てぬがな。可能性としては入国者を兵士として雇っているという線もありえなくはないが、やはり始末されている方が現実味があるというもの。故にこそ、ナラカの存在は我々の中でも異質なのだ」

一通り話し終えると、リリアはふぅと一息吐いてからやっとエルトの顔を見つめた。睨み付けているような、それでいて何処かに不安を潜めているような、言葉で形容することが簡単ではない表情をしながら、リリアはエルトの真っ黒な瞳を見上げる。
エルトは何も言わなかった。ただ、無言で目線を逸らすことしか出来なかった。リリアの視線はどうしてか此方を咎めているようにも思えて仕方なかったのだ。「材料を運んできます」とだけ告げてから、エルトは芋を入れた笊を持ってリリアから逃れるようにその場を離れる。先程ナラカがしていたのと同じ行動をしていることが、エルトとしては腹立たしくてならなかった。

14日前 No.14

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

「はぁ〜っ、手伝いというのは清々しいものなのだな!」

ふかした芋をもぐもぐ頬張りながら、ヴィアレは頬をゆるゆるに緩ませて相変わらずの大きい声でそう口にした。隣では同じように芋を貰ったは良いものの、食べないためかずっと懐紙に包んだまま手に持っているサヴィヤがそんなヴィアレを見守っている。この麗しい見た目なので謎の母性すら出せそうだ。ヴィアレがそのように思うことはきっとないのであろうが。

「それにしても、サヴィヤは色々なところを手伝っているのだな。集落の者たちにも顔が広くて驚いたぞ!」
「……まあ、そうだな。これが俺の趣味と言っても良いから、知り合いはそれなりにいる」
「お疲れ様、だな!我もサヴィヤと同じくらい有名になれるよう働かねば!」

ぐっ、と握りこぶしを作って見上げてくるヴィアレに、「皮が付いているぞ」とサヴィヤが口許を拭う。その姿はやはり兄弟、と言うよりは親らしいものを感じさせてしまうもので、ヴィアレも気恥ずかしいのかはにかんでいた。作り物めいた美貌の持ち主であるサヴィヤだが、やることはどうにも人間臭い。それでもわざとらしさや嫌みったらしさがないので不思議なものだ。
そんなサヴィヤとの話はヴィアレにとっても楽しいようで、まだ出会ってからそう時間も経っていないというのに二人は随分と打ち解けていた。人懐っこいヴィアレと、それを難なく受け止めてくれるサヴィヤは相性が良いのかもしれない。仲良く並んで歩きながら和気あいあいとしていた二人だったが、その空気にはそぐわない仏頂面が前方から歩いてきた。

「あっ、エルト!……どうしたのだ?」

初めは元気よく声をかけたヴィアレだが、エルトの纏う雰囲気に気圧されて遠慮するかのように彼の顔色を伺う。エルトはむすっとした表情のまま、「……いいえ」とだけ口にした。

「な、何かあったのか?」
「……何もありませんよ」
「明らかに何かあった風だが」
「……あなたは何なのです?」

恐る恐るといった様子で尋ねるヴィアレとは対照的に、遠慮のえの字もなく割り込んでくるサヴィヤにエルトはぎろりと鋭い視線を向ける。サヴィヤは数秒間じっとその真っ青な瞳でエルトを見つめていたが、何事もなかったかのように自己紹介を始めた。

「俺はサヴィヤという。先程このヴィアレと出会い、共に行動していたという訳だ。お前はヴィアレが言っていたエルトか?」
「……ええ、そうですが」
「そうか。ヴィアレからは随分とお人好しな人間だと聞いている。もしもこの集落のために何かをしてくれるというのなら俺も有り難い」

サヴィヤは全くの無表情で淡々と話すので、正直ヴィアレは気が気ではない。余計にエルトの機嫌が悪くなっているように見えて仕方がないのだ。サヴィヤにそんなつもりがないことはわかっている。しかしエルトの表情は明らかに良いものではない。ヴィアレは本人に会う前にエルトのことを話してしまった自分を悔いた。用心深いエルトのことだ、自分たちの計画が少しでも漏れることを恐れているのだろう。此処に来る前も念入りに口止めをされた。だからこそ安易に紹介などしたヴィアレに苛立っているのかもしれない。……まあ、エルトが苛立っているのにはまた別の理由もあったのだが、其処はヴィアレの知らぬこと。今は自分に責任があると思い込んでしまっている。

「それでは私たちは失礼します。……行きますよ、ヴィアレ」
「え、エルトっ!?」

口をへの字にしたエルトから唐突に腕を掴まれ、引き摺られるようにして引っ張られていくヴィアレ。姿はどうであれエルトは健康な青年なのだから、当然力もそれに見合ったものになる。そのためヴィアレはよたよたとしながら道すがらエルトに抗議する。

「な、何をするのだエルト!怒っておるのはわかるが、あのような去り方をせずともよかろう!」
「だから怒ってなどいません。私はただ、あの者の在り方が気に入らないだけです」
「在り方とはなんだ、サヴィヤの何が嫌だと言うのだ!?」

無理矢理に引っ張られたことが腹立たしいのか、ヴィアレの口調も何処と無く強気なものになっていた。そんな彼の言葉を聞き、エルトの足がぴたりと止まる。そしてきっ、と此方を振り返って思い切り睨み付けた。

「良いですか、彼奴はこの集落の……いえ、旧アーカム領に住んでいる人間ではありません。彼奴は外部からわざわざこの集落にやって来てはああいったことをしているのです」
「ひ、人助けをすることは良いことではないか」
「たしかにそうでしょうね。集落の方々も口々におっしゃっておられましたよ。『サヴィヤ殿のおかげで助かっている』とね。しかしそれは本当に純粋な善意から行われているものなのでしょうか。むしろ裏があると考えるしかないのではないですか?そうでなければ、このような寂れた場所に“理想郷”の方がいらっしゃる訳がないのですから」

吐き捨てるように、あまりにも苦々しそうに。悪意と敵意を込めながらエルトは棘をふんだんに交えて言葉を紡ぐ。これには眉をつり上げて抗議していたヴィアレもたじろぎ、明らかに圧されていることがわかる。

「それに、この東部地域に入ることの出来る人間というのは限られています。私たちのように隠密に此方へ潜入するならともかく、あの男は恐らく合法的な手段で此処に来ている。そうなると、彼奴はかなりの富裕層か軍人ということになります。身なりからして後者の可能性の方が高いでしょうね。ですから、あのように軽々しく接して良い存在ではないのですよ」
「しかし……計画が露見した訳ではないのだ。普通に付き合っても、秘密さえ守れば差し支えはなかろう?」
「ふとした瞬間に勘づかれたらどうするのですか。この計画は他の住民にも知られていないのですよ。先に外部の人間に知られたらどうなるか、あなたならわかるでしょう」
「……まあ、警戒せねばならぬのは、我もわかっているぞ」

間髪を入れさせないエルトの猛攻に、さすがのヴィアレも手を上げた。眉尻を下げて視線を下に向けながらもにょもにょと口の中のみに抑えながら話すヴィアレに、エルトは「それならよろしい」とだけ告げてすたすた去っていった。なんとも言えない雰囲気にヴィアレは彼を追いかけることも出来ず、何とはなしに握っていたままだったふかし芋を一口かじった。

13日前 No.15

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

炊き出しに湧く広場から少し離れたところにある木の傍。其処にしゃがみこみながら、ナラカは唇を悔しげに噛んでいた。その理由は言わずもがな、広場でエルトの姿を見て逃げてしまったことにある。
脅されて半ば強引にあのティヴェラ国への報復計画に加わることになってしまったということもあるが、ナラカは何よりもエルトから逃げることしか出来ない自分にいちばん苛立っていた。たしかに不運なことにも偶然に偶然が重なってエルトの秘密を目にしてしまったが、あれは脅される前になんとか出来たのではないか。いくらでも対処する方法はあった。それなのに恐怖に震えるばかりで、エルトの思うがままに事は進んでしまった。しかも信じられないのはエルトの計画に皆納得しているということだ。

(……たしかに、皆はティヴェラ国から酷い仕打ちを受けたのかもしれない。けど報復って、平たく言えば復讐ってことじゃない)

ナラカはシャルヴァの生まれではないので、10年前の戦争については未だにわからない点も少なくはない。それに誰かに聞くのはなんだか申し訳ないのと、出来るだけ人と話したくないということもあってそもそも集落の住民と関わる機会自体が少なかった。それでもノルドを初めとして集落の住民たちはナラカに良くしてくれた。手助けをしてくれた。あれほど自分たちを避けている余所者に対して肯定的でいられる人々だというのに、どうして笑顔で報復に乗り気でいられるのか。それがナラカには理解出来なかった。あのヴィアレとかいう馴れ馴れしい少年はよくわかっていないような節もあるのでなんとも言い難いが、それでもノルドやリリアやアシェリムが異議ありと言わないことがわからない。そこまでしてティヴェラ国に報復したいのか。報復、なんていう曖昧な目標だけで良いのか。

「どうせなら国でも興せば良いのに。無計画なままじゃあ自滅するだけだ」

はっ、と鼻で笑ってみるものの、それをエルト本人に対してナラカが言えるわけではない。だから誰もいないところでこうやって吐き出していくしかないのだ。ナラカは独り言が多い。それは自分でもわかっていることだし、改善しなくてはならないとも思っているのだが、もはや癖のようになってしまっているのか自然と口をついて出てきてしまう。その癖相手と対すると途端に口が回らなくなるから困り者だ。

「あんな奴、一人で突っ走ってティヴェラの兵士にでも捕まってしまえば良いんだ。こっちの事情も何も知らないで勝手に巻き込みやがって」

人と話すときには緊張と相手の機嫌を損ねないためにと丁寧な口調を心がけているナラカではあるが、その実本心を口にするとやけに言葉が汚いものになる。だからこそ聞かれたくないし聞かせるつもりもない。ただ下を向いて、ぶつぶつ吐き捨てて、それで苛立ちを鎮めるだけのことだ。そうしていかないとこの場所ではやっていけないし、あのいけ好かないエルトにも冷ややかな視線を向けられそうだった。それだけはなんとしてでも避けたい。というか、あわよくばエルトに何処かでへまをして欲しい。他人の不幸を願うことが良いことではないとナラカも理解しているが、そうすることしか彼女には出来なかった。

「すかした面しやがって、あのくそったれめ。そのうち雷にでも撃たれちまえ」
「此処に雷が落ちるなんてことはそうそうないぞ」
「ぐ、たしかにそれはそうだけど…………っ、ひぃっ!?」

誰に聞かせるでもない独り言へと返ってきた正論に、つい言い返そうとしてナラカはこの言葉を誰かに聞かれていたということに気づいて悲鳴を上げた。ついでに思い切り尻餅をついた。じわじわと痛む腰と臀部に顔をしかめていると視界に驚くほど真っ白な手が映り込んでくる。

「……大丈夫か?」

見上げた先、目の前で自分に向かって手を差し伸べてくれている青年の美しさに、ナラカは言葉を失った。もともと人付き合い自体を拒んできたナラカなので、突然現れた美の結晶に呆然としている。彼女の脳内で幾度となく世界が滅びそして再生した。それだけの威力だったのだろう。

「……?どうかしたのか?顔色が良くないぞ」
「いっ、いえ、綺麗だったのでつい」
「…………え」

心配そうにナラカの顔を覗き込んできた美男子━━━━サヴィヤだが、かえってそれは逆効果といっても良かった。焦りと気恥ずかしさで顔を背けながらついナラカの口から出てきてしまった言葉は良くも悪くも素直なもので、これにはサヴィヤもきょとんとする。目を見開いて此方を見つめてくるサヴィヤに、ナラカもようやっと自分の発言がどれだけ衝撃的なものかを理解した。

「あ、いや、これはですね!ちっ、違うんです、私、私は……!その、えっと……!」
「…………俺は、綺麗なのか?」
「それはもう!!」

必死に誤魔化そうとするナラカだったが、サヴィヤからの問いかけには即答であった。サヴィヤは「……そうなのか……」と呟いて自分の頬をむにむに弄っている。何と言って良いのかわからず膝を抱えてうつむいているナラカの隣に腰掛けて、サヴィヤは何処と無く目を輝かせながら彼女に声をかける。

「面と向かって綺麗と言われたのは初めてだ。なんだか面映ゆいものだな」
「…………そうですか……」

この美貌でこれまで綺麗だと讃えられたことがなかったという話が真実ならば、彼の周りの人物は余程見る目がなかったか変わった嗜好をお持ちだったのだろうとナラカは推測する。彼女としては早く立ち去ってほしかったが、サヴィヤにその様子はない。というかずっと此方を見てくる。居心地の悪さを感じたナラカはそっぽを向きながらサヴィヤへと尋ねる。

「……行かなくて良いのですか」
「……何処にだ?」
「広場、とか……その、炊き出しをしていますから。私に構っていたら、食べ物がなくなってしまいますよ」
「それなら問題はない。先程行ってきたからな。……それよりも、だ。俺はお前と話がしたい。少し付き合ってはくれまいか」

こてん、と首をかしげるサヴィヤの姿は何処か幼さというか、可愛らしさすら感じさせるほどのもので、不覚にもナラカの心の柔らかい部分にきゅんと来た。つまりはちょっとときめいてしまった。精緻な美貌は人を遠ざけることも有り得るが、こういう風に人間らしさのある言動に走られると途端に親近感を覚える。あわよくばお近づきになってみたいという思いが頭をもたげてくるのだ。ナラカもそんなサヴィヤの魅力が刺さってしまった訳で、無論彼の頼みを断ることは出来ずに首を縦に振ったのである。

12日前 No.16

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

お互いに自己紹介をして名前を確認し合うと、サヴィヤは「……ふむ」と何か言いたげにその形の良い頤に右手を添えた。どのような格好をしてもやたらと絵になるから顔の良い人間というのは狡いとナラカは思う。今もまさにそんな気分だった。ただ、サヴィヤの顔立ちというのはあまりに人間離れしたものなので妬むにも妬めない。むしろ達観できるという点では良いものなのだろうか。

「ナラカ、お前はシャルヴァの出身ではないのだったな。何処から来たのだ?」
「……日ノ本、から」
「日ノ本か。東の果ての黄金の島だな。では今の外界がどうなっているかもわかるか?大まかにで構わん」
「今の外界……ですか。私も、よくわからないのですが……南蛮の国々が、こぞって東に乗り出しています。東の果てを通り越して、西に行ってしまった方もいらっしゃると聞きました。私の故国にも、伴天連の宣教師がやって来ているらしいです。見たことはないのですが」

サヴィヤからの質問に初めは戸惑っていたナラカだったが、話していくうちに舌がどんどん回り始めた。国の風景を思い出しては、あんなことがあった、こんなものを見たととりあえず口に出してみる。そのため話がまとまっているとは言い難いもので、ナラカ自身も話し下手な自分が恥ずかしくもあったが、サヴィヤはじっとナラカの話を聞いてくれていた。だからナラカも段々と楽しくなってきたのだ。この人は私の話を真摯に聞いてくれる、私が話しても良いんだという安心感からのものだろう。

「私の故郷は都に近くてですね、そっちの噂もたくさん聞こえてきたんです。たしか堺とかいう街では、南蛮人が熱心に商売をしているらしくて……。東洋のヴェニス、とか言われているみたいですよ」
「ヴェニス……嗚呼、水の都か。俺も話には聞いたことがある」
「とても賑わいのあるところだそうですよね。きっと良いところなのでしょう」
「……ナラカ」

表情を綻ばせながら話し続けていたナラカだったが、何の前触れもなくサヴィヤが唐突にその頬に手を伸ばした。細く、それでいて男性らしい硬さを併せ持った美しく、驚くほどに真っ白い手。陶磁器のようにひんやりと乾いたそれに頬を撫でられて、ナラカの肩がびくりと跳ねた。

「さ、サヴィヤさん……!?」

ナラカの顔はすぐに真っ赤に染まり、明らかにその声も上擦っていた。対するサヴィヤは全くの無表情というもので、よくよく見れば少し目を細めているようにも見える。何も言わず、サヴィヤの目がナラカを見据える。あまりにも真っ青なそれに、ナラカは吸い込まれそうな予感すらして━━━━。

むにゅ、と。

効果音にしてみればそんな感じだったかもしれない。むにゅむにゅ、ぷにぷにと。サヴィヤの手はナラカの頬を優しく弄っていた。ナラカは何度か瞬きをしてから、今自分が置かれている状況を理解する。

「……あの、サヴィヤさん。これは……?」
「…………」
「サヴィヤさん……」
「……!……すまない、少し夢中になっていた」

本当に熱中していたのか、サヴィヤは表情にこそ出さないが目を大きく見開いてナラカへと謝罪した。まあ彼に悪気とか下心がないのはナラカにもわかっていたし、そもそも自分のような人間に下心を抱ける者というのがいるかもわからなかったので特に気にしないことにする。触られるのが好きとは言えないが、悪い気はしなかったので良しとしよう。

「やはり笑った顔の方が良いものだな、うん」
「そ、それと私の頬に何の関係が……?」
「顔の筋肉を弛めようとしていたのだが……駄目だったか?」
「駄目…………では、ないですけど。その、無言は辛いです」
「成る程……無言は辛いのか。……そういえば、お前は先程まで浮かない顔をしていたが……。何か嫌なことでもあったのか?」

ナラカの言葉を反駁してから、サヴィヤは何処も飾ることなく普通の人間からしてみれば割りと聞きづらい類いの質問に出てきた。浮かない顔、というのはサヴィヤなりの気遣いなのだろう。彼が見たのは一人で涙を流しているナラカでも、物憂げな表情をしたナラカでもなく、愚痴やら不満やらを思いのままに地面にぶつけているナラカだったのだから。たいていは此処でドン引きして見なかったことにするのだろうが、サヴィヤにそのような様子はなく、むしろ近付いていった。そして相手の機嫌をそれなりに良くしてから質問に打って出たのだ。
ナラカ自身も自分の醜態を目撃されたことはわかっているので、ぐっと言葉に詰まってしまう。それにエルトからは固く口止めをされているので、もしあの計画の情報を少しでも漏らそうものなら自分がどんな目に遭うかという問題もある。しかしサヴィヤは見たところ変な気持ちは更々なくて、ただ“気になった”からこうして尋ねてきただけのように見える。

「……あの、サヴィヤさん。あなたは、ティヴェラ国をどう思いますか?」
「……ティヴェラ国を……?」

おずおずと、言葉に細心の注意を払いながら、ナラカはそんな質問を投げ掛けた。疑問を表情に出すサヴィヤの顔を見ずにナラカは続ける。

「私の周りには、ティヴェラ国を良く思わない方がたくさんいらっしゃるようです。私も最近知ったばかりなのでどうこう言える立場ではないし、それに外界の人間ですから、此処のことはよくわかりません。でも、なんだか身近な人の暗い部分を見つけてしまったみたいで、不安になってしまったんです。皆、ティヴェラ国に対して否定的なのかな、って」

ノルドやリリアから教えて貰ったのは最低限のシャルヴァの知識だけなので、正直に言ってナラカは10年前の戦争や、その時に滅んだアーカムという国のことはまだ掴みきれていない。そんな状態のままずっと過ごしてきたので、今日いきなりあのような事態に陥って混乱している自分がいる。ナラカが言いたいのはそういうことなのだろう。本当ならエルトにされたことを洗いざらい話してしまいたいところだが、彼からの制裁が怖いのでやめておくことにする。
サヴィヤは暫し目線をナラカから外すと、再び彼女に向き直った。

「俺は旧アーカム領の住民ではないから、とやかく言う権利はないかもしれない。だが、こうして此処に来ている以上、アーカムに思い入れはあるのだ。ティヴェラが憎い訳ではない。アーカムが滅ぼされたことは良いこととは思えんが、そういう流れだったのだろう。だからシャルヴァの統一に対して抵抗が有ったり、反乱を起こしたいと思ったりすることはない」
「……そう、なんですか」
「しかし、だ。人間は誰しも、何処かに暗い部分を持っている。お前の周りの人間はそれがティヴェラへの不満だったのかもしれない。それは致し方のないことなのだろうな。お前がそれを無理に知ったり、共感したりする必要はないが……理解したいというのなら、歩み寄るのも手かもしれん」

一気に答え終えると、サヴィヤはおもむろに立ち上がる。そしてナラカの手に何かをそっと握らせてから、その場を立ち去ろうとした。その背中に向かって、思わずナラカは身を乗り出した。

「サヴィヤさん、つ……次は、いつ、此処に来れますか!?」
「……次、か。そうだな、仕事が忙しくなければ一週間程後、かもしれない」
「あ、あの、あの……!もし、時間があったら、またお話ししても良いですか!?」

自分で言っておいて何だが、こういったことを誰かに言うのは初めてなもので、ナラカも内心で己が行動に驚いていた。サヴィヤは一瞬きょとんとしていたが、すぐにこくりとうなずいて、「嗚呼、また話そう」と微笑む。その返事がたまらなく嬉しくて、ナラカは思わず両手を握り締めそうになったが、サヴィヤから何かを手渡されていたことに気づいてはっと視線を両手に向ける。其処にあったのはサヴィヤが貰っていたふかし芋が包まれた懐紙である。バレた、とでも言わんばかりに眉尻を下げるサヴィヤに、ナラカはくしゃりと苦笑いを向けた。

11日前 No.17

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

エルトと別れた後、ヴィアレは他の住民のところを手伝っていたが、やがて仕事らしい仕事も終わり皆のものよりも僅かに量が多目になった食事を貰うに至った。なんでも新しくやって来たというのにこれほどたくさんの部署を手伝ってくれた人間というのは珍しいという。少なくとも住民たちはヴィアレの仕事ぶりに感謝しているようだった。ヴィアレとしてはまだ働き足りないのだが、褒められるのは素直に嬉しい。そのためエルトとのやり取りもすっかり忘れたとまでは言わないがうきうきとした気分で食事にありついていた。ほくほくとしたふかし芋と豆と赤茄子の羮といった組み合わせはヴィアレにとって初めてのもので、今まで冷めた食事ばかりだったのもあってかぺろりと平らげてしまった。
ご馳走さまでしたの意味を込めてぱちんと手を合わせてから、ヴィアレは手元に残ったごみを片付けに行く。広場には共用の屑籠が設置されているので住民の多くは其処にごみを捨てているのだ。気分の良いヴィアレは、先に屑籠にごみを捨てていた者の背中を見つけてぱっと瞳を輝かせ、その人物の肩をパァン、と勢いよく叩いた。

「ナラカ!先程ぶりだな!」
「……!?」

突然のヴィアレからの挨拶(と言って良いのかわからないがヴィアレからしてみれば挨拶なのだろう)に、ナラカはわかりやすく驚きをその顔に映し出す。そして切れ長の目をややつり上げながらヴィアレを睨む。

「……何のご用ですか」
「姿を見つけたので挨拶をしようと思うてな。特に用らしい用ではないぞ」
「……私に話しかけて何が楽しいんです?」
「むぅ……言葉で形容するのは難しいものだな。我は生まれてからこれまでまともに人と話したり、関わったりという経験が皆無だったのだ。このシャルヴァに来てからの出会いは我からしてみればかけがえのないもの。故にそなたとまた再会出来たことが嬉しくてな。ほら、そなたはきっと我と年も近かろう?親近感、という奴を感じたのだ」

じっとりした視線を向けられたにも関わらず、ヴィアレは怯むことなくナラカからの皮肉とも言える質問に朗々と答えきって見せる。その言葉に嘘偽りがないことはわかる……というか目に見えすぎているのだが、元来ひねくれている上に後ろ向き、否定的、自虐的と三拍子揃っている人間ことナラカはずいっと綺麗な顔を近付けてくるヴィアレを「近い近い」と自分から遠ざけるように押し退ける。別にヴィアレのことが嫌いな訳でも、エルトのように怖がっている訳でもないナラカだが、この前向きというか、無垢すぎる少年はどうにも苦手だ。何というか、出会ってからの距離が近すぎる。これはどう見たって出会ってから一日の距離ではない。

「……あなた、なんであのガングロ女装男とつるんでるんです?」
「ガングロ女装男……?」
「エの人ですよ、エの人。あなたといっしょにいるあの人です」
「ああ、エルトのことか?」

どうあってもエルトの名前を呼びたくないナラカなのでヴィアレの理解力にはそれなりに感謝している。というか言葉の意味をいまいちわかってくれていないのも有り難い。告げ口をされたらそれこそ酷い目に遭いそうである。だったらもう少し柔らかい言い方にすれば良いのだろうが、生憎ナラカにそこまでの慈悲はない。嫌いな相手に与える慈悲など知らないのだ。

「エルトは良い奴だぞ。我を此処まで連れてきてくれたのもエルトだ。彼奴は何でも知っているし、とても有能だからな。きっとこれからも我等を助けてくれるのだろう」
「……随分と肩入れしていらっしゃるんですね」
「肩入れ……なのだろうか。我が外に出て初めて出会った人間というのがエルトだからな。何とも言えぬところだが」

しみじみと感慨深そうに語るヴィアレだが、ナラカはどうにも納得できない。純粋無垢なヴィアレのことだから、きっとエルトの陰の部分を知らないでいるのだろう。自分を導いてくれた人間を、彼が疑うはずもない。だからエルトのことを“いい人”と肯定的に見ることができる。なんとなくだが、ナラカはこの少年を憐れに思った。これではいいように利用されたっておかしくはない。それを助けようとは思わないし、ヴィアレに対してナラカ自身も何か思い入れが有るわけでもないのだが。

「そういうナラカはどうなのだ?エルトはああ見えて良い奴だぞ。物言いは杓子定規だがな、我を連れ出してくれるくらいにはお人好しだからな」
「……彼は王子様なのでしょう?まあせいぜい不敬罪と見なされないような対応を心掛けますよ」
「そうですか。その心掛けは良い判断です」

皮肉っぽい笑みを浮かべながら吐き捨てるように口にしたナラカの後ろから、あまりにも唐突にエルトが声をかけてきた。ナラカはびくりと肩を震わせて咄嗟に二、三歩後退し、ちゃっかりヴィアレを盾にするような形を取る。ヴィアレも驚いたようで、「エルト、吃驚したぞ……」と苦笑いしている。

「驚かせたのなら申し訳ございません。ですがあなたに用がありましてね」
「な、なんですか……?」
「……此方は、あなたの持ち物でしょう?」

エルトが手渡して来たのは井戸場で出会った時にナラカが落としていった荷物である麻袋だった。ナラカはばっと引ったくるようにしてそれを奪うと、ごそごそと中身を確認する。どうやら何かを盗まれていないか不安になったようだが、彼女の心配は杞憂に終わった。何も盗まれていないし、弄られた痕跡もない。それでもエルトのことなのでまた何かされるのではないかとナラカは身構える。そんな彼女を見てエルトは肩を竦めた。

「あなたのお荷物には何もしていませんよ。……して、あなたにひとつ、頼みたいことがあるのですが」
「……頼みたい、こと……?」
「ええ。あなたのお家に案内していただきたいのです」

エルトからの唐突な頼みに、ナラカの口が明らかに「無理」の形に動く。しかしエルトの「ノルディウス殿やリリア殿も賛成なさっておりましたよ」という言葉に、ぐっと悔しそうに唇を噛み締めた。

「私はこのような格好をしている身ですのでね。男性の家に滞在していれば自然と怪しまれます。あなたのお家にいれば変に勘繰られることもないでしょう。それゆえ、私たちをあなたのお家に滞在させていただきたく思いましてね」
「……ノルドさんや、リリアさんが……本当に、賛同なさったんですか?」
「ええ、勿論」

葛藤するかのように唇を噛んだり歪めたりしていたナラカだったが、エルトの言葉を聞いて無言でこくりとうなずいた。そして後ろを向くととぼとぼと、何処か諦めの感情を抱いているかのように歩き出す。着いてこいということなのだろうか。若干の疑問は拭いきれないものの、エルトが進んでいったこともありヴィアレもその背を追いかけた。

10日前 No.18

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

ナラカの家は成人していない少女が使うにはやや広めの石造りのものだった。周りの家々はほとんどが日干し煉瓦で出来たものなので珍しい部類に入るのかもしれない。ナラカは木製の机が置かれた茶の間らしき部屋に二人を通すと、少し時間を置いて茶を出してきた。

「……?なんです、これは」
「……お茶、ですが。私の故郷流の抽出法を用いているので……」

出された湯飲みを目にして疑問を投げ掛けるエルトから顔を背けたまま、ナラカはもごもごと口の中で留めるような声量で答えた。まあ、いわゆる緑茶という奴である。緑茶はナラカの故郷である日ノ本や明で一般的に飲まれているものだが、エルトには珍しいものだったようだ。ヴィアレは躊躇いなく一気飲みして「美味い!」と率直な感想を述べていた。彼には好き嫌いというものがないらしい。シャルヴァに来てから渡された食べ物全てを美味そうに食べている。
対してエルトは初めて口にする緑茶の渋味からか少し眉を潜めていたが、飲めないという訳ではないようでちびちびとゆっくり飲んでいた。ナラカは座ることもなく、相変わらず下を向いたままぼそぼそと言葉を紡ぐ。

「……お部屋は彼方の空いているところをお使いください。飲み終わった湯飲みは軽く濯いで置いておいてくださると助かります。家にある道具は好きに使っていただいて構いません」

それだけを言うと、ナラカはさっさと別室に引っ込んでしまった。そんな彼女を案じるような視線を向けているヴィアレを、エルトはちらと一瞥する。今のところヴィアレはエルトとナラカの関係性に気づいていないようだが、もし事が露見したら彼はどのように思うだろうか。ヴィアレは年が近いと思わしきナラカに近付こうとしている節が見られる。ナラカはそれをなんとかしてはね除けようとしているようだが、其処に根っからの悪意は感じられないので彼女がヴィアレを嫌っているという訳ではないのだろう。鬱陶しいけれど心底から嫌いな人間ではない、といったところか。
ヴィアレは純粋だ。神殿という閉鎖的な空間で、世の中の穢れを知ることなくこれまでを過ごしてきたのだろう。生け贄に捧げられるという恐怖を背負っていながら、決して臆することなくむしろ逃げることを選んだ彼は行動力にも恵まれている。もしもエルトのやり方にヴィアレが疑問を覚えたら、彼は何をしてくるのか。エルトにはそれがわからない。ヴィアレという人間の思考を読み取れきれないのだ。あまりにも真っ直ぐで、無知で、前向きな彼は、時に此方の予想外とも言える行動に打って出ることがある。

「……エルト?どうしたのだ?」

真顔で考え込むエルトを、ヴィアレは訝しげに眺める。エルトはすぐにそちらを向いて「何でもありませんよ」と答えたが、内心は何でもなくないのが本音だ。正直、ヴィアレがナラカと接しようとするのは計算外だった。其処で誤算が生まれたというわけである。

「……ヴィアレ。ヴィアレは、あの少女……ナラカと仲良くなりたいのですか」
「うむ。……何故、左様なことを問うのだ?」
「いえ、ただ……あなたがあの少女を、やけに気にかけているように見えましたので。少し気になっただけですよ」

エルトからしてみれば、あのナラカという少女は何の変哲もない、ただの臆病で人見知りな娘に過ぎない。集落の住民によると滅多に話しかけてくることもなく、たいていは独りで行動していることが多いという。ノルドには少し気を許しているのか、手伝いなどをしているところを見るが、それでも口数が少ないことに変わりはない。無表情、ぶっきらぼう、内向的。そんな言葉の似合う人間、というのがエルトの評価である。だからエルトはナラカを使い捨ての駒としてしか見ることが出来ない。自分の計画にナラカを入れる箇所が見当たらないのだ。

「……エルト。我は外で、ナラカから似たような質問をされたぞ。何故我はエルトとつるんでいるのか、とな」
「はあ……」
「そなたたちは用心深いのかもしれんな。何処か似ているところがあるのではないか?もしかしたら友になれるやもしれぬぞ」
「まさか、そんなことはないでしょう」

いたずらっ子のように唇の端をつり上げるヴィアレの言葉をエルトは即座に否定する。自分があのナラカという少女と友になるなど槍が降っても有り得ない。ナラカはエルトを恐れているし、エルトはナラカを機会があれば盾にする、くらいの認識でしかいないのだから。

「ふぁ……我はもう寝るが、エルトはどうするのだ?」
「私はもう少ししたら床に入りますよ。先に寝るなら床を整えていただけると有り難いですね」
「了解した。お休み、エルト」
「ええ、お休みなさい」

欠伸をしながら用意された部屋へと向かうヴィアレの背中を見送りながら、エルトはふと自分が彼に手を振ろうとしていたことに気がついて慌ててそれを引っ込めた。今までこんなことをすることなどなかったのに。微かな疑問を覚えながら、エルトは残っていた茶を飲み干した。

9日前 No.19

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

【幕間:焔が抱くは夢幻】


それが夢だという自覚はあった。

城が燃えている。逃げ惑う下男や侍女、飛び散る血潮。辺りには兵士たちの骸が散らばっており、誰かの悲鳴がこだまする。阿鼻叫喚の地獄絵図。そんな言葉がよく似合う、見るも無惨な光景。
わかってはいたのだ。それはあくまでも過去の光景を再生しただけで、実際に経験している訳ではないのだと。しかしそれにしても其処には言い知れぬ違和感があった。此処は自分の知っている場所ではないし、逃げ惑う人物の中にも見覚えのある者はいない。それなのに胸が締め付けられるのはどうしてだろうか。どうして自分はこんなにも必死になって誰かを探そうとしているのだろうか。

━━━━これは夢だ。

わかっている。わかっているのだ。だってこんな場所は知らないのだから。こんな、異国の城に入ったことなんて今までにないのだから。
それでも駆ける。駆けて駆けて駆けて、何処かを目指す。誰かを探す。これは本当に自分なのだろうかと疑わしくさえ思う。自分にはこれほどまでに大切に思う人なんていないはずだ。人付き合いなんて障害になるだけだからと避け続けて、ある時には独りになりたいとさえ思い、ずっと独りであったならと考えたこともあったのだ。そんな自分が必死に誰かを探すなんて、まず有り得ないことであり、そんな人物がいたのなら今のようにはなっていまい。

嗚呼、それなのに、どうして自分は涙を流しているのだろう。

死んでほしくない、そう思えるだけの人間がいるのだろうか。誰のことかはわからないのに、止めどなく涙は溢れ出る。やめてくれ、こんなことをするのは自分ではない。自分はきっとこんなことはしない。しかし涙は溢れる。溢れて溢れて溢れ続ける。頬を濡らす液体を無理矢理に拭いながら、それでも自分は足を止めない。無駄だとわかっているのに。どうせ助からないと心の何処かでは諦めているのに。それなのに、一体どうして。

━━━━早く醒めてくれ。

そう願うしかなかった。そう願うしか出来なかった。目を閉じたくても閉じることは出来ず、立ち止まりたくても立ち止まれない。だから早く、外の自分が目を醒ましてくれと、流したくもない涙を流しながら自分は願ったのである。

8日前 No.20

削除済み @suzuri0213 ★Android=ti0IvmfI1e

【記事主より削除】 ( 2018/07/09 15:06 )

7日前 No.21

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7日前 No.22

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7日前 No.23

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

アシェリムの手配した馬車に乗り込んで、一行は王立図書館を目指す。これには乗り気ではなさそうに見えたナラカも同行していた。相変わらず隅っこで膝を抱えて過ぎ行く景色をぼんやりと眺めている。ただ黙って座っていることがヴィアレは得意ではないので、この機会になんとかしてナラカに話しかけてみたいとは思うものの、彼方がそういうつもりでないこともわかっているのでもどかしい。

「……随分と気に入られているようだが、何かあったのかね?ナラカ」

ちらちらとヴィアレがナラカに視線を遣っていることに気づいたのだろうか。揶揄るような口振りでアシェリムがナラカに尋ねる。ナラカはむっとした表情で振り返ると、ふるふると首を横に振った。

「……私は、別に何も。あっちが勝手に私に絡んでくるだけです」
「しかし、興味を抱かれているというのは事実なんだろう?それなら君にも要因はあるんじゃないのかい」
「要因なんて……わかりません」
「むぅ、我はただ、友になりたいだけなのだが!」

早く話を終わらせたい、そんな気持ちを表面に出しまくるナラカにヴィアレは詰め寄る。ヴィアレの距離感はナラカからしてみれば近すぎるもののようで、顔を背けながら「……意味がわからないのですが……」とナラカは唇を尖らせる。

「あなたと友になりたい人なんて、私以外にたくさんいるでしょう。他所を当たれば良いと思いますが」
「そういう訳ではないのだナラカ。我はナラカと友になりたいのであって、他の者はまた別の話だぞ」
「……そもそも、どうして私なんかと友になりたいんです?」

自分の主張を頑としてでも曲げないヴィアレを不思議に思ったのか、ナラカは若干口調を緩めて彼に問いかけた。それを聞いたヴィアレはぱあっと飾り気のない、何処までも天衣無縫な笑顔を浮かべる。

「我はな、ナラカ。そなたの話を聞きたいと思うておる!」
「私の……話?」
「うむ!そなたの故郷や、好きなものや、これまで経験してきたことを、我に聞かせて欲しいのだ!我は無知だ、果てしなく無知だ!だから出会った者の話を聞いて、様々な知識を吸収したい。それに出会いとは必ずしも偶然ではないからな。我は皆と縁を結びたく思っておる!」

がっ、と手を握られて、ナラカの上半身が仰け反った。まるで子供だ、と思う。他人に此処まで興味を抱かれたことなんてこれまでなかったので対応に困る。目線をきょろきょろと泳がせて、明らかに困惑するナラカの様子を察したのか、アシェリムが「まあまあ」と割って入る。

「ヴィアレ君も、あまり勢い良く行くのはどうかと思うよ、うん。ナラカが吃驚しているだろう?」
「そ、そうか……すまぬな、ナラカ」
「……別に、大丈夫ですから」

ふいっ、と再び顔を背けるナラカだったが、不思議と彼女が機嫌を損ねているようには見えなかった。なんだかんだ言いつつ満更でもないらしい。そのまま何かを誤魔化すかのように流れる風景に目線を投じる。
そんなナラカを眺めながら、ヴィアレはふと、先程の彼女の言葉を思い出した。私なんかと、という卑下を込めたナラカの言葉。それがどうにもヴィアレには理解出来ない。これまで見てきた限り、(ヴィアレからしてみれば)ナラカはしっかりと仕事をこなし、礼儀正しく、立ち振舞いに無礼なところもない。まだ彼女のことをよく知らないということもあるが、ナラカが時折口にするような自虐的な言葉はあまり似合わないような気がしてならなかった。

「……アシェリム殿。彼方が王立図書館で間違いありませんね?」

それまで静かに御者の役目を果たしていたエルトが口を開く。アシェリムはよいしょと呟いてからエルトに近づき、「どれどれ」と様子を確認し始める。

「……エルト君。まさかとは思うが……君は、此処から図書館が見えるのかい?」
「……?ええ。彼処の、いちばん大きな建物でしょう?」

す、と利き手ではない左手である一点をエルトは指差す。その向こうにはたしかに背の高い建物がそびえ立っているのがわかる。……わかるのだが、此方からしてみれば目を細めてやっと見えるくらいのもので、普通はこの時点で確認するものではない。アシェリムはほう、と感心したかのように息を吐いて、エルトの双眼をちらりと一瞥する。

「君は余程の視力をお持ちのようだね。目が良いのは利点だよ。さ、目標も見えてきたことだし、このまま突っ走っておくれ。何、多少速度を上げたとてこの程度は咎められないさ」
「……アシェリム殿、楽しんでいますね?」
「…………まあ、うん。だって仕方ないじゃないか、気分が上がってしまったのだからね」

ちょんちょん、と両手の人差し指を合わせて上目遣いにエルトを見上げるアシェリム。そんな彼の年にそぐわない行動に溜め息を吐きつつも、エルトは速度を緩めることはせず、むしろ加速に洒落込んだ。

5日前 No.24

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

エルトが馬車を飛ばしたこともあってか、図書館まではそう時間をかけることもなく到着することができた。馬車を停めてから、一行はもともとは真白かったのであろう煤けたその造形に目を遣る。これまでシャルヴァで見た建物は印度や西域などを思わせる造形をしていたが、この図書館はそれらとは異なり東方の文化に似たものを含んでいるように見えた。
アシェリムいわく鍵はいつでも開いているとのことで、見た目の重厚さに反してあっさりと入ることができた。薄暗く、外から僅かに入ってくる曼荼羅の光だけが室内を照らしている。館内は吹き抜けになっており、二階、三階の様子も下から見ることが可能である。一階は広場のようで、本棚はなかったが幾つか椅子や机が見受けられた。

「では、手分けして書物を探すとしよう。気になったものがあったのなら持ってきてくれ。勿論、趣味や個人で気になるものがあれば、そこら辺は各々に任せるよ」

アシェリムの言葉を皮切りに、それぞれが移動を始める。とは言っても書物の彼是をよくわかっていないヴィアレなので、いつものことながらエルトの後ろをぱたぱたとついていくことにした。こういった頭を使う仕事は彼の専門分野である……と勝手にヴィアレは思っているので、期待全開といった眼差しでエルトを追いかけている。

「……そんな目をしたって何も出ませんよ」

呆れたようにそう忠告するエルトだが、そんなことはヴィアレとて百も承知である。こくこくとうなずきながら後をついてくるヴィアレを引き離すことはできないとエルトも察したのだろう、それ以上何も言っては来なかった。
エルトの背丈よりも高い本棚に所狭しと並べられた書物を見上げながら、ヴィアレは良さげなものがないかと探す。何と言ってもノルドの命運が懸かっているのだ。羅刹……ヴィアレにとってのラークシャサと戦うなんてにわかには信じられないが、アシェリムやエルトの口振りからしてシャルヴァに羅刹がいることはそう珍しいことでもないのだろう。まず地底にこんな都市が栄えている時点で信じられないが、慣れとは恐ろしいものである。

「……エルト、少し気になったのだが、シャルヴァではどのような文字が遣われているのだ?」
「なんです、急に改まって」

ふと真面目な表情になって、ヴィアレはくいっとエルトの服の裾を引っ張った。この少年は聞いたところ御年16になるらしいのだが、やること為すことはどうにも幼げである。

「今更な気もするが、我は思ったのだ。シャルヴァに来てから言葉は通じているが、文字は一体どうなのだろうと。我も一応読み書きの手解きは受けているが、知らぬ文字が遣われていたのなら書物を読めぬ」
「その点については心配ありませんよ。シャルヴァには“通じない言語がない”のですから」
「そっ、それは一体何事か!?」

目の色を変えることもなくしれっと重大なことを言ってのけたエルトに掴みかからん勢いでヴィアレは彼を問い詰める。通じない言語がないなんてにわかには信じられない。ヴィアレのいた村の近くにも度々旅人が迷い込んでくることがあり、彼らの言葉を聞いてみようとはしてみたは良いが、全く意味がわからなくて難儀した記憶がある。それに世界の言語はひとつではないのだから、様々な言語が飛び交うのが普通なのだ。少なくともヴィアレにとってはそういった認識だった。

「シャルヴァが始まったのは今から二千年程前だとも、それ以前とも言われていますからね。五大の恩恵のひとつというのが一般的な説ですが、時にはバベルの塔が破壊される前にシャルヴァが創られたために、言語の差異がないと言う人もいます。どちらにせよ、此処に通じない言語はありません。ほら、あのナラカという少女とも、普通に話が出来るでしょう?」
「う、うむ……よくわからぬが、とりあえず読めぬ書物はないのだな?」
「ええ、そのはずですよ。ですから安心して探しなさい」

ヴィアレとしてはいまいち腑に落ちないところもあったが、細かい部分まで追究する気にはなれなかったので、彼は“そういうこと”として認識することにした。シャルヴァだから、で済むというのは正直末恐ろしいものである。気を取り直して、ヴィアレは再び良さげな書物がないものかと本棚に視線を移した。

4日前 No.25

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ヴィアレとエルトが書物探しに勤しんでいる一方で、ナラカは彼らから離れて一人で書庫を回っていた。もともと書物を読むのは嫌いではない。幼い頃には母が何処かから貰ってきた源氏物語の写本を何度も読み耽ったものだった。だからこの空間の雰囲気はナラカにとっても心地よく、せめて今だけはと、一人の時間を楽しんでいた訳である。
行く宛は特になかったが、ぶらぶらと見て回っているだけでも面白い。ナラカとてノルドを見殺しにしたい訳ではないが、一度目を奪われると他のことが見えなくなってしまう質なので、書物探しのことはすっかり忘れている。いつもより随分と弾んだ足取りで、ナラカは身の丈をゆうに越す本棚の森を歩く。相当機嫌が良いのか、くるりと回転なんかもしていたりする。そういった面では、ナラカも年相応の少女と言えるのだろう。

(見たことのない書物ばかりだ)

とりあえず目に留まった本棚に駆け寄って、其処にあった書物を適当に抜き出してみる。アシェリムいわく此処から書物を持ち出して一定期間借りている人間も少なくはないというし、良いものがあったら数冊借りていこう。そんな風に思いながら、ナラカは片手に気になった書物を抱えて、空いている方の手で他の書物を抜き出す。それらは特に決まった事柄という訳ではなく、ただ本当に背表紙だけでナラカが選んだものだった。主題となっているものがあまりにも違いすぎる。あるものは歴史書であり、あるものは画集であり、またあるものは読本のような作り物語の書物であった。
取るだけ取ったナラカは鼻唄なんかを口ずさみながら、本棚の側面に寄り掛かってそれらを開き始める。手始めに開いたのはシャルヴァの歴史書だった。そういった類いのものはいくつも置かれていたが、ナラカが手に取ったのは単に背表紙が綺麗で気に入ったものである。歴史を学ぶのは嫌いではないので、ナラカはるんるんしながら頁を捲る。

(シャルヴァが創られたのは神代……か。ノルドさんやリリアさんは数千年前に遡るかもって言ってたけど)

他人から聞いた話だったり、書物に記されていたりすることでも、其処まで規模が大きいといまいちピンと来ないというのがナラカの意見である。数千年前、と言われても実感が湧かないし、せいぜい明が分裂して戦をしていた頃だっけ、くらいのものだ。今の日ノ本とそう変わらない状態だった、それ程の知識でしかない。ナラカはまかり間違っても高貴でやんごとない生まれではないのだから、多少無知でもそれは致し方ないこととしか言いようがなかった。
それからぱらぱらと頁を捲り、シャルヴァに最初に出来た国家が例のアーカム国であること、一度アーカム国は滅びかけたがとある名君とその仲間たちによって復興したことなどを知ることができた。正直ナラカにとっては、それが現実の出来事なのか、それとも誇張が入っているのかを判断することは不可能である。普通ならあり得ないことでも、此処シャルヴァなら日常茶飯事という事態もおかしくはない。昔のこととは言えども突っ込まざるを得ない表現が多いのは困り者だったが。

「…………ん?」

そんな中、ふとナラカは異変に気がついて目を凝らした。ある年を境に、書物の中に黒塗りされている箇所が現れ始めたのだ。それをなかったことに出来るほどナラカも大人ではない。紙が薄いのを良いことに、裏側を透かして文字を確認するという行動に走った。だいぶ古いものなので透かせば案外簡単に文字を浮き出させることが出来るようだ。

「んー……しゅ……シュルティラ……?」

目を細めたり見開いたりしながら、ナラカはぼんやりとだが浮き出た文字を復唱してみる。シュルティラ……誰か人の名前なのだろうか。それにしてもどうして黒塗りにされているのだろう、と疑問を覚えながらナラカは何と無しに再び頁を捲ろうとした。

ぎぃ、と。

それは下の階から響き渡った。これまで静謐としていただけあってその音はよく聞こえ、思わずナラカも面を上げる。

(……誰?)

この図書館は今はもうまともに使われていないはずだ。それなのに自分たち以外にこの図書館を利用する者がいるというのか。とりあえずナラカは床に書物を広げているのは良くないと判断して急いで書物を片付けようとする。他の集落の人間だったのなら自分の住んでいる集落の評判が落ちてしまうかもしれないし、仮にも管理人が来てしまったら出禁を食らうか、酷ければティヴェラの罰を受ける可能性だってある。ばたばたとしながら書物をまとめようとしていたナラカの頭上を、突如黒い影が覆った。

「……え……?」

ナラカが見上げた先。其処に在ったのは本当に真っ黒なものだった。上から下まで真っ黒な鎧に身を包んだ人物。唯一見える二の腕にはギラギラと煌めくほどの装飾品が身に付けられている。ナラカが床に座り込んでいることとその人物がけっこうな上背のせいで言い様のない威圧感がかもし出されている。


そして、その手には弓、腰には剣、背には長槍が携えられていた。



(━━━━殺される)

殺される。殺される。殺される殺される殺される殺される死にたくない死にたくない死にたくない厭だ厭だ厭だ━━━━━!!
それは心からの悲鳴だった。ナラカは形振り構うことなく逃げ出そうとする。腰が抜けてしまったのか、立ち上がることが出来ずにいたが、それでも必死に逃げようともがく。しかし上手く動けないが故にばたりとうつ伏せに倒れてしまった。

「あ……あ……厭……」

半ば泣きそうになりながら、ナラカはがくがくと恐怖に震える。彼女の見上げる先には、何も言うことなくゆっくりと歩みを進める黒衣の人物の姿があった。

3日前 No.26

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書物は読めてもその内容をうまく把握しきれないということもあって、ヴィアレは書物の調達を担当し、彼が持ってきた書物を読み込む係をエルトが請け負っていた。そのためヴィアレは気に留まった書物をせっせと選んでは運びを繰り返している。それでも疲れた表情ひとつ見せないのは、単に彼がこの状況を楽しんでいるからなのだろう。書物なら神殿にもたくさんあったので読むことや探すことは苦でないし、何より誰かの役に立てるのならそれで十分嬉しかった。エルトもエルトで読む速度が速いのでヴィアレの運んできた書物を手早く読み込み、要点を持ってきた帳面に書き留めている。

「やあ、進捗はどうだい?」

そんな最中、何冊かの書物を抱えてアシェリムがやって来た。彼も彼で気になったものを見つけたのだろう。心なしか声色が弾んでいるようにも思える。

「上々といったところですよ。アシェリム殿はどうなのです?」
「私も幾つか気になる文献を見つけてね。此処で読むだけじゃ足りなさそうだから、少し借りて集落に持っていくことにするよ。……そういえば、ナラカは此方に来ていないのかい?あれから一回も姿を見かけないけれど」
「え、我はてっきり、そなたといっしょにいるものかと思うていたが……」

ヴィアレも入り口で別れたきり、ナラカの姿を見かけてはいなかった。もしかしたらアシェリムといっしょに見て回っているのかもしれないと考えてエルトに着いていったのだが、まさか単独行動に走っていたとは。エルトからしてみれば想定内の出来事だったが、ヴィアレとしてはなんだか心配になってしまう。ヴィアレから見たナラカは、まだ幼さの残るか弱い少女なのだ。ヴィアレでも背伸びをしなければ届かないほどの本棚だ、もし怪我でもしていたら大変である。我が探しに行く、と口にしようとしたヴィアレだったが、不意に異変に気がついて咄嗟に口をつぐんだ。

扉の開く、重苦しい音。

そして間もなく、かつ、かつと、おもむろに階段を上ってくる足音が聞こえてきた。間違いない、自分たち以外の来訪者だ。気が付けばヴィアレはエルトに襟首を引っ張られて、本棚の影へと連れ込まれていた。

「……これはまずいな」

共に隠れているアシェリムが、やや焦りを含んだ口調でそう呟く。足音は此方へとは近付いてこないため、来訪者とヴィアレたちがすぐに鉢合わせする可能性は低くなった。しかし、それでもアシェリムの目付きは浮かないものであった。訝しげに形の良い眉を潜めて、エルトがアシェリムに耳打ちする。

「……何がまずいというのですか」
「此処にはたまに検閲にとティヴェラの兵士がやって来ることがあるんだ。こんなところ、訪れる奴なんて私たちくらいなのもそれが理由だよ。ティヴェラ国は未だにアーカム国が何か情報を隠し持っていることを恐れているんだろうね、こうやって過去の施設にまで兵士を送り込むんだ」

聞く限りでは足音は一人のもののように思えるが、まだ油断は出来ない。三人はじっと息を殺して身を潜めていたが、完全に足音が聞こえなくなったところでそっと本棚から顔を出して辺りの様子を窺った。

「……よし、誰もいないな。今のうちにナラカを呼んで脱出しよう。馬車は裏手に停めているから目立たないだろうけれど、万が一ということもあるからね。なるべく早くナラカを見つけるんだ」
「わかったぞ!」
「しっ、声が大きいですよ」

アシェリムの言葉にやたらと大きな声で返事をするヴィアレの頭をエルトが軽く叩く。だいぶ彼の扱いにも慣れてきた、といったところだろうか。そんな行動にむくれるヴィアレには気も留めず、エルトは溜め息を吐きながらナラカを探しに出ていった。

2日前 No.27

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

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2日前 No.28

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無我夢中で図書館を駆け抜け、階段を転がり落ちるようにして降りた三人が門を潜り抜けた先には、アシェリムが一足先に馬車を近くまで移動させていてくれた。其処になんとかして乗り込むと、直ぐ様アシェリムが手綱を引き、ぐんぐんと図書館が小さくなっていった。

「ふぅ……どうなることかと思ったけれど、皆無事のようで良かった」
「それにしても……アシェリム、そなたは馬車を操れたのか?」
「今は私の内部の“気”を五大に変換して風の恩恵を受けているからね。少し疲れるが、一晩眠ればどうということはない。精神力を体力や技術に変えているようなものだ」

そう言ってアシェリムはけっこうな速度を出しながら馬車を飛ばしているが、エルトとナラカの表情は浮かないままだ。特にエルトといったら何処かぼんやりとしているようで、ずっと下を向いたまま顔をしかめている。ナラカは怯えているというか、まだ緊張が解けないのか二の腕を擦って深呼吸を繰り返していた。

「……エルト君、何かあったのかい?」

そんなエルトの様子はアシェリムも不審に思ったのだろう。訝しげな声音でそう問いかけてきた。ヴィアレは先程大声で叱り飛ばしてしまった手前言い出しにくいのか、「えーっと、そのだな……」としどろもどろになっている。ナラカはもとより話す話す気がない、といった風だ。しばらくの沈黙の後、エルトが喉の奥から絞り出すようにして答える。

「……図書館で、シュルティラに出会いました」
「シュルティラに……?あの男が、図書館にいたというのか?」

エルトの返した言葉に、手綱を駆りながらアシェリムが驚きの声を上げる。しかし気まずそうにしながらもヴィアレは疑問点があるまま話が進むのは気持ち悪いらしく、おずおずといった様子で質問をしてきた。

「あー……話しているところすまないのだが、その、シュルティラというのは、何者なのだ?」
「……何故私に聞くんですか?」

……あろうことか、ナラカにである。さすがにエルトやアシェリムに直接問いかけるのは憚られたのか、ナラカの服の裾をくいくいと引っ張ってそう尋ねていた。案の定ナラカはじっとりとした視線をヴィアレに向けている。しかしエルトとアシェリムにもヴィアレの声は届いていたらしく、うつむきながらもエルトが口を開いた。

「……シュルティラは……アーカム王家の血を引いていながらも、ティヴェラに与した反逆者です。それ以上言うことはありません」

その突き放したような口振りに、ヴィアレも「そうか……」と返すことしか出来なかった。アシェリムも空気を読んでのことか、何も言うことはない。居心地が悪くなったのか、ヴィアレもおもむろに膝を抱えた……が、彼の頭がこつんと軽く小突かれた。

「……ナラカ?」
「……私も、そのシュルティラとかいう奴のことはよく存じ上げないのですが。とりあえず、この頁を読んでおいたらどうです?あ、黒塗りのところは恐らくシュルティラという名前が入るのでしょうから、其処は己で噛み砕いておいてください」
「ナラカ、この書物は……」
「べ、別に借りていったら駄目とか言われてないでしょう?ちょろまかした訳じゃないんだから良いんです!」

ナラカがヴィアレへと差し出したのは、先程彼女が図書館で手にしていた書物だった。どうやら撤退の際にちゃっかり持ってきたようだ。自分のしたことに後ろめたさを感じているのか、ナラカは割りと意味のない弁解に走る。それでもその場でナラカを咎めようとする人物はいなかった。むしろヴィアレはナラカの肩をがっしと掴むと、そのままぐらぐらと彼女を揺らす。

「大手柄だぞナラカ!よくやった!あの状況で書物をちょろまかすなど、我にはとうてい出来ぬ所業だ!」
「……は、はあ……」

正直褒められているのか貶されているのかわからないナラカだったが、ヴィアレの機嫌が良さげなので前者だと思うことにした。早く早くと目線で急かしてくるヴィアレのために、ナラカはやや焦りながら手にしている書物の頁を捲った。

1日前 No.29

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

【第5幕:輪廻の忌み子と王子の記憶】

シュルティラ。その名前を聞いただけでも、エルトは虫酸が走るような思いを抱く。シャルヴァに舞い戻った以上、出会わないというわけにはいかないとは思っていたものの、やはり彼処までいきなりの邂逅を果たすとは考えもしていなかったものだから、今でも心臓が僅かに跳ねているような感覚がある。
ヴィアレとナラカが書物を読んでいるのを横目で眺めながら、エルトはかつてのシュルティラという人間を思い出す。思い出したくもない存在だが、いずれまた相対さなければならない人物だ。そう自分に言い聞かせなければ、シュルティラの姿を思い出すことに嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

シュルティラ。アーカムに仇なす輪廻の忌み子。

エルトも詳しくは聞いたことがなかったが、それでも幼心にシュルティラが危険な存在であるということは認識していた。兄や姉たちが、よくエルトに言い聞かせてくれていたからだ。
かつてシャルヴァがまだ存在していない頃に、地上で大きな戦があったという。戦と言っても内乱のようなもので、世界全土を巻き込んだという訳ではなかったらしい。それでもシャルヴァにとっては鍵となる戦いであった。何しろ、その戦いはシャルヴァを建国する祖の一族を中心としていたのだから。

(そして、我らが祖にシュルティラは敵対した)

その頃はシュルティラという名前ではなかったようだが、アーカム王家の祖にとって重要な人物が彼によって何人も殺害された。戦というのだから故意に殺められた訳ではないのだろうが、それでも単騎で両手には収まりきらない程の敵兵を討ち取ったというのだから、その強さや恐ろしさは言わずもがなである。人間の戦とは言えど神代の出来事なのだ。たったひとつの戦によって世界が滅びかけることも珍しくはなかった。そのためシュルティラとなる人物の本当の名前はシャルヴァでは呼んではいけないことになっている。シュルティラという名前でさえも人々は呼びたがらない。
閑話休題、そのシュルティラとなる人物は最終的に討ち取られたらしいが、此処である問題が発生した。その人物にかつて助けられたことのあるという呪術者が現れたのである。呪術者はシュルティラの死を嘆き、そしてアーカム王家の祖を酷く恨んだ。そうして自らの命を投げ棄てるほどの呪いをかけたのである。


シュルティラとなる人物はアーカム王家が存在する限り転生を繰り返し続け、必ず彼らに敵対することになるだろう。アーカム王家が滅びない限り、その人物もまた輪廻の渦から抜け出すことは出来ない、と。


そんな呪いを初めは信じていなかったアーカム王家の祖たちだったが、シャルヴァが創られてからその呪いは実現することになった。シャルヴァが建てられてから少し経った頃、その初めの王国であるアーカム国の存在を快く思わない者が反乱を起こしたのである。彼らは幾つもの砦を凄まじい勢いで踏破し、危うくアーカムの王宮というところまで迫ったという。
その中にいたのがシュルティラ━━━━かつて地上においてアーカム王家の祖と敵対した人物だった。彼は前世に負けず劣らずの戦果を挙げたが、やはり多勢に無勢。かつて自分がそうされたのと同じように討ち取られ、アーカム国は存続したのである。これによってアーカム国はシュルティラを大きな驚異と見なし、彼が転生する度に打ち倒し続けた。どんな生まれであっても、どんな人物であっても、シュルティラである限りアーカム国は彼を討ち取った。彼がどのような名前だったとしても、アーカムの人間らシュルティラとして扱ったのである。
シュルティラもシュルティラでアーカム国に立ち向かい続け、その伝説はシャルヴァ全体に知れ渡ることになった。シュルティラはたとえアーカム国に生まれていなかったとしても、必ず何かの機会にアーカム国に敵対したのだ。それは偶然とは言い難く、むしろシュルティラがアーカムとの戦を望んでいるようにも思えた。シュルティラはアーカム国にとっては恐ろしく、そして忌むべき存在だった。そう、今も昔もこれからも、そのように扱われるものだと、万人が考えていた。


シュルティラが、アーカム王家の子として生まれてくるまでは。

12時間前 No.30
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