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嗚呼、平穏は遥か彼方の陽炎也

 ( 小説投稿城 )
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すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

糸遊村、と聞いてピンとくる人間はきっと多くはないだろう。

その村は日本のとある山間部の麓に位置する、特にこれといった特徴も名産品も観光地もない閑静な村であった。田舎のおばあちゃん家、と言われて万民が思い浮かべるような、田んぼと畑に囲まれたのどかで緑に囲まれた季節の移り変わりを肌で感じて楽しむことのできる━━━━一言で言ってしまえば田舎の、小さな小さな何の変哲もない農村。その村で暮らしたことのない人間ならばそんな風に感じるのであろう。それが悪いことだという訳ではないし、それに抗議するつもりもない。むしろそう考えていてくれた方が“彼ら”にとっては好都合なのである。


何故なら糸遊村を訪れる者は日常を非日常たらしめる存在でしかないからだ。


例を挙げれば魔法使い、超能力者、人外、妖怪、幽霊、呪術者、武人、精霊、果てには神やその血を引く人間等々。これ以上にも非日常を招く客人は数知れず糸遊村へと足を踏み入れる。村人以外誰も知るはずもない熾烈にして壮大、一般人からしてみれば割りとどうでもいい戦いを繰り広げ、下手したら世界そのものをぶっ飛ばす勢いで殴り合い、家族間のゴタゴタや兄弟喧嘩も朝飯前。とにもかくにも糸遊村は毎度毎度ジャンルの違う危機に陥りながら、それでもそれを日常として受け取っている。そう、日常として受け止めることが当たり前と化しているのだ。彼らからしてみれば非日常すら淘汰できなければ生きていくことなどできないのだろう。全くもって人間というのは逞しい生き物だ。


「━━━━なんて、妥協できる訳ないでしょうがッ!!!」


幸か不幸か、非日常を日常としてしまう世界に足を踏み入れてしまった一般人は今日も今日とて理不尽な日常に抵抗の叫びを上げる。たとえ命の危機に陥ろうと、何かしらの争いに巻き込まれてしまったとしても、一般人は一般人なりにそれらを乗り越え、安穏たる生活を手に入れようともがくのだ。



そう、全ては平穏なる日常のために。


メモ2018/05/05 12:23 : すずり☆uVgy9R1pZdc @suzuri0213★Android-ti0IvmfI1e

閲覧ありがとうございます。小説の執筆は久しぶりですので拙い部分も多々あるかと思われますが少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。何卒よろしくお願いいたします。

いいねを押してくださりありがとうございます……!これからも精進して行きます……!


【第一章:一般人という名のイレギュラー】:>>1>>13

【第二章:進学先は危険地帯】:>>14

ページ: 1


 
 

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

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2ヶ月前 No.1

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

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2ヶ月前 No.2

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

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2ヶ月前 No.3

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

重箱は三段構成になっており、一段目には和食、二段目には洋食、三段目には中華料理が所狭しと詰め込まれていた。もうひとつの重箱にはおにぎりや肉まん、パスタといった炭水化物が入っている。というか重箱に肉まんを入れて潰れないのかという問題が生じる訳だが、不思議なことに肉まんは綺麗な形を保っていた。疑問は拭いきれなかったが、気にしていても仕方がないので日華はとりあえず食事にありつくことにした。隣では白夜が両手におにぎりと肉まんを持ちながらもぐもぐと口を動かしている。細身な割りに食欲は旺盛なようで、先程からその手が止まることはない。

「日華ちゃんもどんどん食べてね。遠慮してたら白夜君が全部食べちゃうから」
「ほへはひゃんとひっかのふんもほほひへほふ」
「はいはい、わかったからまずは飲み込んでね」

口をもごもごさせたまま抗議する白夜を諌める花怜はさながら彼の母親のようだ。見た目だけなら幼い少女である花怜だが、実は見た目よりも年上なのかもしれない。日華も年の割りに小柄な方だが、花怜はそんな日華よりもさらに小さい。ランドセルを背負っていても違和感が休暇を出しそうだ。
そこまで大食いな訳ではないので控えめにおにぎりを頬張っていた日華だが、これが驚くほど美味い。初めは遠慮してゆっくり食べようとしていたが、自然と手が伸びてしまう。これらは全て花怜が作ったのだろうか。だとしたら相当な料理の腕前ではないのか。おかずにも手を出し始めた日華を見てか、すすすと白夜が静かに近づいてきた。

「美味いだろう、花怜の料理は」
「はい、とっても。こんなにもてなしていただけるなんて思っていませんでした」
「……本当は、俺も何か作ろうと考えていたのだが……情けないことに、料理の類いは不得手でな。もてなしらしいもてなしが出来ず申し訳ない」
「そ、そんな!白夜さんが謝ることではありませんし、お手伝いしていただいただけでも本当に助かりましたから……!」

しゅんと分かりやすくテンションを落とした様子の白夜に、日華は慌ててぶんぶんと顔の前で手を振りながらそんなことはないと全力で表現した。「嗚呼、だから前掛けを着けていたのか……」という三郎の呟きが聞こえてきたが気にしないことにしよう。初対面で何この服装……と考えてしまったことを思い出してそこはかとなく罪悪感に襲われてしまう。

「もー、白夜君ったらいつものことだけどいちいち深く考えすぎよ!日華ちゃんは全然気にしてないんだから、白夜君も気にしなくて良いのに。人には得意不得意があるんだから、それぞれで補っていけば良いじゃない!」

場の雰囲気を察したのか、ばっしばっしと白夜の背中を叩きながら花怜がフォローを入れてくれた。白夜は「そうだろうか……」と若干腑に落ちないようだったが、花怜の半ば力任せな説得が功を成したのかそれ以上は何も言わなくなった。

「ふむ、仲が良いのは悪いことではないがね……日華君、ひとつ質問をしても良いかね?」
「……?はい、構いませんが……」
「ありがとう。では日華君、君はこの村を訪れてから私たち以外の村人には会ったかな?」

明るい空気だった茶の間が、三郎の問いを機にしん、と怖いくらいに静まり返った。一瞬で変わった雰囲気に日華はうすら寒ささえ覚える。先程までにこにこと微笑んでいた花怜も、この時はやたらと神妙な表情を浮かべて日華に注目していた。六つの視線が自身に向けられる形となり、日華は居心地の悪さを感じたのか自然と正座を取っていた。

「い、いえ……皆さん以外の方にはお会いしていません。なんだか、不思議なくらい人気がなくて……」
「……そうか。それなら良いんだがね。━━━━日華君、来て早々でこの村が気になることもあるかもしれない。しかし、学校が始まるまではできるだけ外出を控え、外出するにしても白夜君と共にいた方が良い」

そう言ってから、三郎はずっ、と茶を啜る。沈黙がその場を包み、聞こえてくるのはわずかに外から聞こえてくる風の音だけ。誰も、何も話さない。

「ど……どうして、ですか。どうして、そのような……。村の地図はいただいていますし、山に入るつもりもないのに……」

そんな空気に耐えられなくなり、たどたどしくなりながらも日華は振り絞るようにして三郎へと問いかけた。この異様な雰囲気が恐ろしくて、日華の声は意識せずとも震えてしまう。それが憐れに見えたのだろうか、花怜が苦笑いしてぽんぽんと日華の頭を軽く撫でた。

「ごめんね日華ちゃん、白夜君も三郎君ももともとああいう顔だから、怖がらせているつもりははないのよ。それにちゃんと説明していなかったあたしたちにも非はあるわ。難しいかもしれないけど、あまり怖がらないで聞いてちょうだい」
「はぁ……」

日華としてはそんなつもりはなかったのにさらっと男性陣を傷付けることを口にする花怜。恐らく彼女にも悪気はないのだろう。花怜からしてみれば当たり前のことを伝えたに過ぎないのかもしれないが、白夜が気にしているのかぺちぺちむにむにと自分の頬を触って口角を上げようと頑張っていた。もとの顔が美しいのもあってなんだかシュールな光景である。三郎の方は咳払いしてから日華に「……続けても良いかね?」と尋ねてきた。此方も心に刺さったのか声色が弱々しく感じられる。意図せずして二人の心に傷を創ってしまったことを申し訳なく思いながら、日華は三郎に向けてこくこくとうなずいた。それを見た三郎は非常に言いづらそうに口を開く。


「単刀直入に言うが……この村には、日華君の来訪を快く思わぬ者がいる」


2ヶ月前 No.4

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2ヶ月前 No.5

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2ヶ月前 No.6

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2ヶ月前 No.7

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

土下座。それをする機会はあってもされる機会というのは限りなく少ない。スクールカーストの底辺付近をうろついていた日華にとって、いかにも自分より良い待遇を受けそうな目の前のこの青年が自分に対して頭を下げるということは本来ありえないことなのである。例えるならば平民に王族もしくは武人が頭を下げるようなものであり、それを道行く人が見たら絶対にぎょっとする光景なのだろう。私はどうしたら良いのだろうか。この場面に対する最善の対応とは。日華の脳内で緊急会議が開催される。

「あの……その、頭を……上げてください……」

最終的に脳内緊急会議をもってしても良い案が導き出されることはなく、日華はしどろもどろになりながらも青年のもとへと腰を下ろした。青年はというと頭を少しだけ上げて、此方へと目線を向けてくる。正直奇妙な姿勢なのだがルックスがそんなキテレツ感を緩和……することなくよりミスマッチなものにしていた。何事も顔が良いからといって許されるとは限らない。

「だが……オレはあなたに、不快な思いを……」
「そ、そんなことないです。むしろ此処まで気を遣ってくださるなんてびっくりしました……」
「うん。わるいのは、わたし。あやまるのは、わたしのほう」
「……二人もこう言っていることだ、頭を上げたとて誰も責めないのではないか。辰巳」

樒と白夜からもフォローを受け、日華は内心ほっとする。自分一人では説得力に欠けるが、人数が増えればそれだけで説得力が増す。辰巳と呼ばれた青年は「……そうか……」と呟いてからおもむろに頭を上げた。彫りの深い整った顔立ちは尚も申し訳なさそうで、日華としてはいたたまれない気持ちになる。見た目はワイルドでアグレッシブな雰囲気だが、意外にも物腰が低く生真面目な性格なのかもしれない。いやそれにしたって此処まで謝罪をすることはないと思うのだが。

「……気を遣わせてしまい申し訳ない。オレはこの村に住んでいる壬辰巳(みずのえ・たつみ)という者だ。まずはその、こんな状況で言えたことではないと思うのだが……この村に来てくれたことを、心から嬉しく思う。英日華」
「は、はい……ありがとうございます」

床に手をつき、深々と頭を下げて一礼した辰巳につられて日華も頭を下げた。武道の試合の前によく見る光景である。この人礼儀正しすぎないか、と日華は感心を通り越して驚愕と呆れが入り交じった複雑な感情を抱く。古典単語で言うなら“あやし”といったところか。あいにく日華は文系とは言えども日常的に古めかしい言葉を使用する訳ではないのでさらっと思い出すことなどなかったのだが、恐らく後でしみじみ思い出すのだろう。くだらないことというのな落ち着いてこそ考え付くものなのである。

「……たつみ。にっか、なにもしらないみたい。わたし、にっかにはいろいろおしえておくべきだとおもう」

きっちりと正座のスタイルを保っている辰巳のシャツの袖を、くいくいと樒が引っ張る。その表情は目元が見えないとは言え真剣そのものといったもので、辰巳もそれを察したのか「……そうだな。オレもそう思う」と樒に対してうなずく。そうなると自然に皆の視線は白夜にいくもので、白夜以外の一同は彼へと注目した。白夜はしばらく何も言わず沈黙していたが、ぱちぱちといくつか瞬きをしてから首を縦に振った。

「何時かは話すことだ。教えたところで差し支えはないだろう」
「……すまないな、白夜。感謝する」

そう言ってまた頭を下げようとする辰巳だったが、白夜が「面は上げていろ」と薄く微笑んだことでそれは阻止された。白夜に向けられていた視線が、今度は日華のもとへと集まる。六つの瞳に見つめられて、日華は意識せずとも生唾を飲み込むしかなかった。

1ヶ月前 No.8

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

「まず、糸遊村の成り立ちから話す必要があるな」

ちゃっかり座布団を敷いてその上に相変わらず正座という姿勢をキープしながら、辰巳はそう切り出した。ちなみに樒もその隣でいわゆる体育座りをしてこくこくとしきりにうなずいている。身に纏っている浴衣の丈がいかんせん短いのでやはり目の遣り所に困る。樒自身は全く気にしてはいないようだから余計に質が悪い。せめて邪な視線を向けていると思われないように日華は辰巳の方に意識を集中させることにした。何にせよ、今の話し手は辰巳なのだから。

「……いつの時代だっただろうか、オレもよく覚えてはいないのだが……。この村の辺りの地域は、もともと良からぬ場所だったらしい」
「良からぬ場所……というと、刑場……とかですか?」
「いや、まだそんなものが出来ていない時代でな。信じられん話とは思うだろうが、人と神が共存していた頃、だろうか。その頃は神の血を濃く受け継ぐ者も少なくはなかった。そういう奴はたいてい人智を超えた力を持っていたが、それゆえに人に害を為すことも少なくはなかったんだ」

訥々と辰巳は語り、日華は彼の言葉に耳を傾ける。彼の言うとおり信じがたい話ではあるものの、なぜだかそれを非現実的だと切り捨てることはできなかった。これまで(とはいってもまだ糸遊村に来て1日と経っていないが)自分が経験してきた事象を鑑みれば、辰巳の話も頭ごなしに否定することは難しかったのだ。

「日本ではないある国に、不老不死の力を手に入れた女がいたらしい。そいつも恐らく神代の人間だから、そこら辺の力が加わっているのだろう。その女は永い時を生き続けていたが、本当の恋というものを知らずに過ごしてきていたそうだ」
「どうして、そんなことがわかるんですか……?」
「いや、その……あくまでもこれは、伝承だからな……えっと…………申し訳ない、本当に申し訳ない……。オレも恋をしたことがないから聞いた通りにしか伝えることができない……」
「辰巳、たぶん日華はそういうことを気にしている訳ではないと思うぞ。知らないとだけ伝えればよかろう」

何気ない日華の一言が辰巳の心を傷付けた。ずぅんと重く沈む辰巳を慣れた様子で白夜が慰める。此処まで気にされると日華としてもなんだか悪いことをしてしまったみたいに感じてしまう。というかこの絵面はどこからどう見ても日華が辰巳をいじめている風にしか見えない。屈強な男性をいじめる少女という絵面はこの文章だけでも色々とまずい。辰巳の性格上仕方がないことなのかもしれないが彼には強く生きて欲しい。

「……まあ、その、だな。その女なんだが、ある時期にとある男に本気で惚れてしまったらしいんだ。女に惚れられた相手にそのつもりは全くなくて、惚れられたきっかけというのも、たまたま雨に降られて濡れ鼠になった女に自分が使っていた傘と衣服を与えたことだとかで、ただ単に相手からしてみれば困っている人間を助けただけだったようだな」
「なんで衣服まであげたんですかねその人……」
「きっといいひとだったんだよ」
「当時は裸で歩いていても特に咎められない時代だったのもあるのだろうがな」

傘ならわかる、大いにわかる。しかし衣服まで与えるとなると現代人の日華からしてみればその相手の男性は自分の身なりを極度に気にしなかった人間かとんでもない変態かあまりに慈悲深いというか人助け精神に溢れた人格者だったんだなぁという見解である。自分の体裁まで犠牲にしてまで困っている人間を助けようとしたのならもう何も言うまい。きっと樒の言う通り滅茶苦茶好い人だったのだ。そう信じよう。

「だが彼は武人でな。ある時不幸にも命を落としてしまったらしい。女はもちろん酷く悲しみ、彼を殺した人間という人間を憎むようになった。彼女の憎しみは止まることを知らず、ついには無辜の民にまで殺意を向けるまでに至った。これはいけないと危惧した神々は、その女をある場所へと追いやったそうだ」
「あ……ある場所、って……」

日華も秀才ではないが愚鈍でもない。これまでの辰巳の話から、この後の流れはなんとなくではあるが予想することができた。人間を呪い、憎んだある死ぬことのできない女の行く先を。


「それが此処、糸遊村のあった場所なんだ」


1ヶ月前 No.9

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

神というものは時に残酷だ。百を取るために一を捨てることもあれば、彼らにとって何よりも何よりも大切ならば一を取って百を捨てる。要するに彼らは人間の都合などこれっぽっちも気にしない。いや、人間に対して恩恵を与えたり、啓示を下したり、苦難を避けるための助言を授けてくれたりする神ももちろん存在する。しかしこの時ばかりは日華も神様は無慈悲だと思わざるを得なかった。別に自分が神々を交えたいざこざに巻き込まれた訳ではないのだが、ある意味とばっちりを受けていることに変わりはない。

「ど……どうして、糸遊村が選ばれたのでしょうか。その女の人って、日本の人じゃないんですよね……?」
「日本の出身ではないから、なのだろう。異国に追いやることで少しでも大人しくなると奴等は踏んだのかもしれんな」

日華の問いかけに答えたのは白夜だった。彼は恨みを込めるわけでも、かといって神々を崇めるような素振りを見せることもなく、ただ淡々とそう口を動かした。その口振りから白夜の感情を読み取ることは極めて難しく、日華も彼の真意を探ることはできなかった。

「でも……国によって、神様って違いますよね。うちの……日本の神様に怒られたり反対されたりはしなかったんでしょうか」
「実際にそうなのかは俺にもよくわからんが、神々も各国間でコミュニケーションを取っているらしい。だから国の境は彼らにとってあってないようなものだ。意見が合えば意気投合し、食い違えば対立するのだろう。そういうところはあまり人間と変わらんのだろうな」
「えぇー……」

まるで実際に神々の話を聞いてきたかのような口振りの白夜だったが、その言葉には妙な説得力があった。まあ腑に落ちない点はまだまだ有り余ってはいるのだが、とにもかくにも今は辰巳の話を締めるのが先だろう。続けて良いかと言いたげにもぞもぞしている彼に、日華は「どうぞ」と視線を送る。

「糸遊村が追放場所に選ばれたのには理由があった。此処等一帯は昔から特殊な地でな、“外部からの神々の力が及ばない”という性質があった。それゆえに女はこの地に来て間もなく死んだらしい。自分にかかっていた不老不死の術も、この地では無効と為されるからな」
「へぇ……でも、それなら良かったじゃないですか。その方が亡くなったから、もう誰かが呪われることはなくなったんでしょう?」
「いや……それがそうともいかなくてな。この地域は先程言ったように神々の力を受け付けない。それはつまり加護すらも突き返すということになる。この一件以降、神々が人間にコンタクトを取ることは極端に減り、彼らはひとまず人間を見守ることにしたらしい。そのため人ならざる力を持った者がいたとしても、人間がそれらを撃退できるだけの加護を与え続けた。しかしこの村はそれすら無効化してしまう。そのため人里を追われた妖怪や術者、果てには追われずともそれらの“気”によってこの村にはありとあらゆる人智を超えた者が集まるようになってしまった。もちろん何の力も持たない人間も暮らしているが、そういった人物は村の人口だと二、三割ほどだろう。大多数は何らかの力を有した者と言っても過言ではない。それゆえにオレたち村人はできるだけ外部から一般人がやって来ないようにと気を遣っていたという訳だ」

一気に話し終わり、辰巳はふぅと息を吐いた。タイミング良く白夜がプラスチックのコップに麦茶を淹れて持ってくる。この二人はもともと知り合いなのだろうか、色々と行動の息が合う。

「じゃあ……この村には、未だにその……妖怪とか、超能力者とか、そういった方々がいらっしゃるんですか?」
「そういうことだ。其処の樒もああ見えて立派な鬼だ。自分の霊力だけで停電させるくらいには強いから喧嘩は程々にな」
「……わたし、びゃくやのそういうとこ、すきじゃない」

なんの前触れもなく自分の素性を明かされたことが気に食わないのか、樒がぷくりと頬を膨らませる。その姿はいたいけな童子を思わせ、ついつい日華はほっこりした気分になってしまった。嫌い、とはっきり言わない辺り白夜のこういった言動には何度も付き合わされているのだろう。

「まあとにかく、だ。久方ぶりに外部から一般人がやって来たことで、村人は少々動揺してしまっている。面白いもの見たさにやって来た者も少なくはないからな、樒も勘違いしてしまったのだろう。オレたちは決してあなたを抹殺しようとしている訳ではないから、そこら辺はどうか安心して欲しい」
「そ、そうですか……」
「……にっか、ごめんなさい。さっきは、ひどいことをして」

浴衣の裾を握り締めながら、そう樒がしゅんとした声色で謝罪する。辰巳の話を聞いた後だと彼女の思いもなんとなくだが日華も理解できた。それに驚きはしたが怪我を負わされた訳でもないので日華は「いいんですよ。気にしないで」と伝えた。それを聞いた樒は口元しか見えないが「……ありがとう」とふわりと微笑み、どうやら今回の件は和解という最善の形で締めることができたようだった。しかし此処で日華の中に疑問が生まれる。

「あれ、じゃあさっき、扉を叩いたのは樒さんだったんですか?」
「……?わたし、まどからはいったんだけど……とびらは、たたいてない……」
「え……じゃあ、誰が……?」

窓から入った、と告げた樒の言葉は嘘ではなさそうだった。そのため日華はつい窓の方へと視線を向ける。

それがいけなかった。

ぎょろり、と。血走り、異常な程に見開かれた瞳と、日華の目が合ってしまった。窓の外にいたのは赤黒い体に無数の目の付いた、何とも形容し難い風体をした異形であった。身体は人間のそれに似ているが、其処に付いている目の数は明らかに人の持つ量ではない。人間でいうところの腹に当たる位置に口が付いており、だらだらと涎を流している。そのあまりにもグロテスクかつ悪い意味で現実離れした“それ”に、日華は「ひっ」と喉の奥から悲鳴を鳴らし、条件反射で隣にいた白夜の後ろへと隠れた。

「……あれは村に住まうのが目的ではなさそうだな。ならば狩ったとて文句は言われんだろう」
「へ……?」

片腕を広げて日華を隠しながら、ぼそぼそと白夜は何かを呟く。そして辰巳と樒に向けて「日華を頼めるか」と視線を巡らせた。二人とも直ぐ様白夜に向けて首を縦に振る。それを見た白夜は「感謝する」と短く感謝の意を述べて、日華の方へと振り返った。

「日華」
「は、はいぃ……!」
「……諸々のことはあれを狩ってから話そう。それまでは辰巳と樒の傍を決して離れるな」

ひたすらにこくこくこくとうなずく日華に、白夜は僅かに微笑んだかのように見えた。しかしそんな真偽をその時の日華が確かめることはできなかった。それは彼女が動転していたということもあったが、白夜が人間とは思えぬスピードで駆け出し、勢い良く窓の外へと飛び出したからであった。

1ヶ月前 No.10

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

緩慢な動きで呻き声を上げながら此方へと向かってくる異形。それに対して白夜は一直線に駆けていった。異形は白夜に向けて敵意を露にし、己が身体についた無数の瞳から血のように赤黒い液体を流す。それがぽたりと地面に落ちると、じゅうと音を立てて其処にあった草花が“溶けた”。

「……なるほど、貴様の涙は強酸性か」

その場にはそぐわないほどの落ち着きを見せながら、白夜はその長い足をぶんと振るい、器用なことにも目の付いていない部分を狙って鋭い回し蹴りを放った。それは異形の首もとにクリーンヒットし、異常はけっこうな距離を飛んで行く。人間のような身体をしているとはいっても異形の身長は恐らく二メートルを軽く超えている。それを足一本で白夜は吹き飛ばしたのだ。あまりの光景に思わず日華は窓から彼らの戦闘を観戦したくなるが、樒から動くなとでも言わんばかりに通せんぼをされたのでひとまずはその場で観戦するしかできない。

「……素手で倒すことは難しい、か」

そう呟くと、白夜は何の躊躇いもなく自らの爪で首もとを引っ掻く。一本、細いがそこそこの長さのある切り傷が白夜の白い首に創られた。白夜はその血を右手の指に付けると、素早く反対の……すなわち左手にそれを走らせて何らかの模様を描いた。中央に大きめの円を描き、その周りに八つ、中央のものよりも一回り小さい円で囲んだそれは、手書きのため少々歪ではあったが家紋にも使用される九曜によく似た形状をしていた。その模様が描かれた左手を掲げ、白夜はよく通る声で誰に呼び掛けるでもなく声を高らかに張り上げる。

「我が身に宿りし九曜に告げる。━━━━月の刃を、此処に」

瞬間、白夜の左手に描かれた模様が淡く輝く。その輝きは仄白く、まるで雲間から漏れ出づる月の光によく似ていた。再び白夜に立ち向かわんとしていた異形もその眩しさに人間でいうところの腕の部分で顔の部分を覆い隠す。あれだけ目があるのだから、眩しさは人間の比ではないのだろう。
光が弱まった頃合いに日華の目に映ったのは、大振りの太刀を握った白夜の姿だった。すらりと優美なシルエットを映し出すその太刀は金色の鞘に柄と、見るからに施工を凝らした一品であった。芸術品の目利きに優れている訳ではないが、日華の目にもそれは生半可な価値のものではないとわかる。まさに月光を融かし固めて作ったかのような、美しくありながら武器であることを忘れてはいない一振り。鞘から引き抜かれ露になった刃も白銀の煌めきをたたえ、眼前の異形を斬らんと己が刃にそれを映す。

「……綺麗」

思わず、日華の口からそんな言葉が溢れる。もっと近くで見てみたいと思う気持ちが生まれるが、辰巳と樒に牽制されている以上それはできないし、あの異形がまた此方へと向かってくる危険もある。白夜が日華の身を辰巳と樒に預けたのは正解だったようだ。
当の白夜は、豪奢な装飾が施された鞘を躊躇なく地面へと投げ捨て、迫り来る異形に向けて太刀を構える。この現代日本で刀を扱うことのできる人物というのは決して多くはないだろう。しかし白夜はその数少ない剣士の一人だとでも言わんばかりの流麗な構えを取り、切っ先を異形へと向けた。雄叫びを上げながら異形は白夜へと駆け、彼の首を絞めてしまおうかとばかりに手を伸ばす。


一閃。


伸ばされた異形の手は白夜が振るった刃によって斬り飛ばされ、放物線を描きながら宙を舞い、間もなくぼとりと地面に落ちた。吠え声とも悲鳴とも取れる壮絶な絶叫を上げる異形。その首はそのまま刀を横凪ぎにした白夜によって手と同じように飛ばされた。不思議なことに異形は血涙のようなものを流していたにも関わらず、斬られた部分からは一滴の出血も見られなかった。それもあってのことだろうか。普通首を飛ばされる光景というのはグロテスクでおぞましいものであるはずだというのに、今の一連の光景は血なまぐさい現場が得意とは言えない日華が見入るほどのものだった。例えるならば何らかの大道芸を見た気分だ。白夜が太刀を一振りし、鞘に納める頃にはどういうわけか異形の屍は綺麗さっぱり消えていた。白夜が自ら傷付けた首もとの傷も、痕を残すことなくもとの白い肌に戻っている。白夜は窓の側までとことこと歩いてきてから、家の中にいる面々へと声をかける。

「……ひとまず、襲撃を仕掛けてきたのはこいつだけのようだ。諸々の片付けをしてから戻る」
「片付け?あなたの刃は破魔の力を有しているから、屍の処理はせずとも良いのではないのか?」

靴を履いていないので裸足で外に出ている形になっている白夜の言葉に、辰巳がいぶかしげな表情を浮かべる。彼の問いかけに、白夜は今しがた異形との戦闘を終えたばかりとは思えないひどく落ち着き払った声音で答えを口にする。


「戸が汚れたのでな。拭いてくる」


1ヶ月前 No.11

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

異形に汚された部分の掃除をしてきたのか、若干の時間を置いてから白夜は戻ってきた。つい先程まで戦闘に洒落込んでいた人物とは思えないほど涼しい表情の白夜は変わらず日華の隣へと腰を下ろす。どうやら彼にとっては其処が定位置らしい。慣れてきたとはいえ日華からしてみれば絶世の美男子━━━━ついでに人間離れした戦闘能力の持ち主との距離にしては近すぎる気がしてならない。彼は自分のステータスをわかっているのだろうかと不安になってしまう。理解した上でこうしているのなら罪深いにも程がある。

「……これは、俺についても説明をしなければならない流れだろうか」
「ながれだね」

不自然な沈黙に、白夜はふむと顎に手を遣って独り言のように呟く。それに樒がなんだか妙にじっとりとした視線を向けた。この鬼の少女はなかなかに切れのある突っ込みをする。間髪というものが入らない。樒に後押しされたこともあってか、白夜は「そうか」と返事をしてから日華に向き直った。

「日華、実を言うと俺はお前と同じ一般人ではない。驚くこともあるやもしれんが、どうか怖がらずに聞いて欲しい」
「わ……わかりました……」
「感謝する。……何かを説明するというのは難しいな。まずは何から話すべきだろうか」
「さ、先程の武器や敵について話すのが得策だとオレは思うが……」

いざ話さんとしたところでいきなり迷い始めた白夜に、なぜか自分のことのように焦る辰巳。彼は周りに気を遣いすぎて胃に穴が開いてしまいそうだ。苦労人属性というのは壬辰巳のような人間のことを言うのかもしれない、なんて日華は謎にしみじみしてしまった。

「なるほど、その手があったか。……まず、先程の化け物なんだが、あれはこの村の放つ“異を迎え常を弾く”力によって引き寄せられた怨霊のようなものだ。度々この村の外でもああいった手合いによる事件が起こっているらしいが、外の世界に彼奴らの居場所はないに等しい。たいていの心霊は、自然とこの村に引き寄せられてしまうという訳だ」
「つまり……糸遊村は幽霊全般への吸引力もある、ってことですか……?」
「そうなるな。だが心霊は必ずしも善良な者ばかりとは限らん。むしろ善良な者の方が少ない。悪霊、怨霊、まあ人に害を為し、村を危険に陥らせようとする者は、糸遊の掟により討伐することが許可されている。心霊ならば消滅させても可、それ以外は可能な限り生け捕りを命じられている。無益な殺生は禁じられているからな」

既に死んでいるから殺生には入らん奴等もいるのかもしれんが、と申し訳程度に白夜は付け加える。正直妖怪に超能力者、そして心霊全般をも惹き付ける村に自分が引っ越してきたなんて信じがたいが、ひとまず此処は引き続き白夜の話に耳を傾けることにする。

「そういうわけで村人の中で戦闘力を有する者はそういった手合いの討伐を許されている。斯く言う俺もその一員だ。俺は生まれつき“九曜の加護”なるものを受けている。月、火、水、木、金、土、日の天体に加えて、もうふたつ凶星の加護も有しているが、後者は危険な点もあるため主に使用するのは前者の七つだ。これらは俺の血液を媒体として神代の力を秘めた武器を生み出す。先程の太刀は……嗚呼、すまない。九曜についての説明もせねばならんな」
「あ、九曜については知っているというか……たしか、九つの天体とそれを神格化した神様のことですよね。起源はインド神話ですが、東洋における占星術……宿曜道や陰陽道においても使用されており、家紋にもなっているとかいう……」
「……くわしすぎない?」
「む、昔ちょっとかじったというか、なんというか……あはは……」

中学時代に陰陽師もののアニメにハマってそこら辺をかじった日華としては基礎知識として蓄えていたのだが、白夜や樒からしてみれば一般的な女子高生は九曜についてここまで詳しく知っているものではなかったらしい。自身のオタク加減が若干露見して日華は誤魔化し笑いを浮かべる。今度から変なところで自分の趣味嗜好が露見しないように気を付けよう。

「……まあ、知っているというのならそれに越したことはない。とにかく、俺は九曜の加護を受けているが故に、神代の武器を九つ扱うことができる。先程の太刀は月神の力を受けたものだ」
「でも……糸遊村って、神様の力が及ばないんじゃ……」
「後天的なものは無効化されるが、俺の場合は先天的なものらしくてな。そういったものなら固有の能力として見なされるようだ。……俺の説明は此処までだな。他に気になったことはあるか?」
「えっと……」

正直なところ、気になった点はありすぎて数えきれないが、それらは恐らく糸遊村の垣根を超えてしまう根本的なものに分類されるのだろう。白夜の話で糸遊村の大体の事情は把握することができた。これまでこういった事象とは無縁な生活を送ってきた日華としてはまだまだ腑に落ちないが、これも糸遊村の住人にとっては日常的なことなのだろう。ある程度の超常現象には目を瞑らなければならない。

「……いえ、大丈夫です。わざわざご説明してくださって、ありがとうございました」
「礼を言われる程のことではない。……もうこんな時間か。辰巳、樒。お前たちもそろそろ帰った方が良いのではないか。お前たちとは言えさすがに深夜に歩くのは良いことではないだろう」
「ああ、そうだな。気遣っていただき申し訳ない。邪魔をしてすまなかったな」
「……またね」

白夜に促され、辰巳と樒は各々の言葉を口にしてから玄関の方へと去っていった。小さく手を振る樒にぎこちなく日華が手を振り返していると、白夜がおもむろに立ち上がって日華を見下ろしてきた。

「日華」
「はい?」

紅玉の如く煌めく、白夜の双眼。多少の翳りをたたえていても、かえってそれすら美しさに変換してしまうその瞳が真っ正面から日華の顔を見つめ、日華は返事をしたきり白夜の瞳を見つめているしかできなかった。見れば見るほど美しく、そして作り物めいた恐ろしさを覚えさせる双眸だ。そんな白夜の瞳に吸い込まれそうになっていると、その持ち主たる白夜が口を開く。

「先程スピードモードで溜めたんだが……風呂、入らないのか?」
「…………入ります」

無慈悲にも現実に引き戻す白夜の一言にずっこけそうになりながら、日華は手短な返事を返したのだった。

1ヶ月前 No.12

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無事に入浴を終え、自室に戻った日華は段ボールからがさごそと私物を取り出し始めた。あのごたごたで結局荷物の片付けも出来ず終いだったのだ。もともと片付けが得意ではない自覚のある日華なので、後回しにしておくと絶対に自分がそのままにしておくということもよくよく理解している。ずっと段ボールを置いていて白夜にだらしのない女だとは思われたくない。実際色々とだらしないが、隠せるところまでは隠しておきたいのだ。それが女心というものである。
とりあえず日華は机の上に置く勉強道具や文房具を先に置いておくことにする。新学期でいきなりポカをして恥ずかしい思いはしたくない。勉強は好きではないが置くだけ置いておかねばやろうと思う気持ちすら忘れてしまう。これはある種の戒めなのだ。そんなことを考えながら日華はせっせと私物を机の上に置いていく。そこではたとあることを思い付いた。

「……そうだ」

日華が取り出したのは一冊のノート。表紙を捲って折り目をつけ、1ページ目に何やらさらさらと書いていく。もちろん段ボールが全て片付いたわけではなく、ものを出し終えて折り畳まれた段ボールは文房具や勉強道具を入れていたひとつだけだ。

「……何を書いているんだ?」
「ひゃあ!?」

日華はひとつの物事に熱中すると周りが見えなくなるタイプである。そのため背後に白夜がいるなど露知らず、彼に声をかけられるまで存在を感知することができなかったのだ。慌ててノートを閉じて振り返ってみると、其処には若干気圧されているのか一歩後ずさった白夜がいた。手にはコップの乗ったお盆を持っており、器用なことに左手だけで絶妙なバランスを維持している。色合いから見るにジンジャーエールだろうか。ぽこぽこと小さく炭酸の泡が立ち上っている。

「……何か、悪いことをしてしまっただろうか?」
「いえ、なんでも、なんでもないんです!白夜さんこそどうして此処に!?」
「嗚呼、風呂上がりで喉が乾いているだろうと思ってな。飲み物を持ってきたんだが、飲むか?」
「は、はい。ありがとうございます、いただきます」

少しだけ汗をかいたコップを受け取り、日華は焦っているのもあってかごくんと勢い良く中身を口内に流し込んだ。そこまで炭酸がきつくなかったため吹き出したり噎せたりすることは防がれたが、苦しくない訳がなく日華は思わず顔をしかめる。しかし白夜がまた心配そうな表情になったため「あ、とっ、とっても美味しいです!」と慌てて付け加えた。もともと炭酸飲料は好きなので慣れてしまいさえすればなんともない。
当の白夜はやはり日華の書いていたノートが気になるようで、わかりやすくちらちらとそちらに視線を向けている。この青年は隠し事ができないのだろうか。そんなことを思いながら、日華は今さら隠しておくほどのものでもないと考えて口を開く。

「日記です」
「……?日記?」
「はい。この村に引っ越してからの出来事を、日記にしたためようと思って。もちろん何処かに言いふらしたりはしませんし、習慣としてつけるものです。あまり面白いことを書ける自信はないので、見せるほどのものではないんですけどね」

文系を名乗る日華だが自分に文才があるとは全く思っていない。昔は趣味で小説を書いていたこともあったが、度重なるスランプの末に書くのをやめてしまった。そのうちまた気が向いたら執筆を再開するかもしれないが、それがいつのことになるのかはわからない。とにもかくにも日華は日記を書こうと思ったのだ。それは日々の習慣ということもあるが、この村で経験する出来事をできるだけ書き残しておくためである。信じてはもらえないかもしれないが、下心は一切ない。あくまで記録のためだけにこの日記を書くつもりなのだ。

「……日記か。嗚呼、良いのではないか。俺は賛成だ」
「あ、ありがとうございます」
「もし良ければ、俺や村の皆のことも書いてやって欲しい。少なくとも、誰かの記憶に残るということは、俺にとっては喜ばしいことだからな」

どうしてだかご満悦気味の白夜は、穏やかに、然れど何処か純朴な子供のように淡く微笑む。そんな彼の笑顔を見せられては日華も断ることはできず、二つ返事でその提案を承諾したのだった。

━━━━この先、この日記にはこの村に来るまでの日華が見たら鼻で笑い飛ばすかのような非現実的な出来事が書き連ねられていく訳だが、それはまだ先の話である。

1ヶ月前 No.13

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【第二章:進学先は危険地帯】

糸遊高校の制服はシンプルな濃紺のセーラー服に赤いスカーフといった出で立ちである。もちろんこれは女子生徒の装いで、男子生徒は黒の学ランを身に纏う。しかし必ずしもこの制服を着なくてはいけないという決まりはなく、校則に引っ掛かっていなければどんな制服を着ても良いらしい。要するに制服は自由制なのだ。さすがに日華は自前の制服を持ってはいないし中学の制服は古いので新しく糸遊高校の制服を購入した。中学時代はブレザーだったこともありセーラー服は新鮮である。慣れないスカーフを頑張って結んでいると、こんこんと軽く扉の叩かれる音がした。着替えもほとんど終わっているので日華は「はーい」と返事をする。

「準備はできたか日華。いらぬ心配だろうが、くれぐれも忘れ物のないようにな」
「おはよう日華ちゃん!うんうん、やっぱり可愛いじゃない!よく似合ってるわよ!」
「あ……花怜さん、おはようございます」

現在日華がお世話になっている家の家主である白夜の後ろからひょこりと顔を出したのは、ご近所さんの漣花怜だった。今日も豪奢なゴシックロリータの出で立ちで、Tシャツにジーンズの白夜とはファッション的な面で差をつけている。まさにいいところのお嬢様といった風情の花怜だが、その眼差しには不思議なことに母性のようなものさえ感じさせる。その姿はまるで娘の入学を喜ぶ母親のようだ。
実年齢はどうなのかまだわからないが、日華が花怜に来てもらったのには理由がある。呼ばなくても彼女のことなので来てくれそうだが、今回ばかりは日華が直々にお願いした。先日この糸遊村に引っ越してきた日華だが、その日のうちにこの村がお世辞にもただの平和な田園集落ではないと理解した。この日は日華が進学した糸遊高校の入学式なのだが、さすがに両親を呼ぶわけにはいかない。日華は初日の出来事で樒と辰巳の周辺の誤解は解けたらしくその後村人からの襲撃はなかったが、両親はどうなるかわかったものではない。二人を危険な目に遭わせるわけにはいかないので、入学式には来なくていいと日華は半ば無理矢理押しきった。……という話をしたら白夜がそんな日華を憐れんだのか自分が保護者代理として入学式に出ようと言い出し、彼だけでは心許ないということで花怜にも付き添いを頼んだのだ。見た目だけなら幼い花怜だが、糸遊高校については知っていることも多いらしい。本当は三郎が適役なのだろうが、あいにく彼は仕事が入っているとのことだった。彼が何の仕事をしているのかはわからないが、仕事の邪魔をするのは良くないだろうと日華は考えた。

「日華ちゃん、スカーフが曲がってるわよ。まあ最初の頃は難しいから仕方ないと思うけど」
「あ、ありがとうございます」

案の定花怜には曲がったスカーフを指摘されてしまった。手際よく直してもらい、日華は気恥ずかしさを覚えながら謝礼を述べる。これは休日に練習して慣れておかなければなるまい。

「そういえば、学校まではどうやって行くんですか?さすがにバイクに三人乗りはできないですよね……?」
「嗚呼、それなら案ずるな。村役場の前からバスが出ているからそれを使う。三人でいれば心配ないだろう」
「まあ普段は白夜君に送ってもらってほしいところだけどね。でも今日はとりあえずあたしたちがいるから、何か起こってもたぶん大丈夫よ。安心して」
「何かって……」

なんですか、と聞きたかったがなんとなく聞いてはいけない気がして日華は口をつぐんだ。この村は非日常が日常として受け入れられてしまっているのだ。今更何が起こってもおかしくはない。しかしバスごと爆破されたりしたら本当にどうするつもりなのだろうか。さすがにそんなことをするような過激派が糸遊村にいないことを祈ろう。樒は手を触れずにブレーカーを落としていたが、辰巳いわくあの日の後樒は自分の周りの者たちに日華を襲わないようにと念を押してくれていたらしい。彼女からそう言われた者たちは少なくとも危害を加えてくることはないだろうと辰巳は言っていた。

「あの、花怜さん。ひとつ、質問をしても良いですか」
「いいわよ。何?」
「糸遊高校に入学する人たちって、やっぱりその……特別な事情をお持ちになられている方なんでしょうか……?」

日華としてはいちばん心配なのは自分以外の生徒が皆非一般人なのか否かという問題であった。聞くところによるとこの村には能力などを持たないただの人間も住んでいるらしいが、学校にもちゃんと一般人がいるのだろうか。いたとしたら万々歳だが、もしもいなかったらちょっとした地獄である。地獄にちょっとも何もないだろうと思われるかもしれないが、これは日華にとって第一段階なのでこれからその地獄が酷くなる可能性もなきにしもあらずなのだ。

「そうねぇ……年度にもよるけど、日華ちゃんみたいな生徒さんがゼロという年は見たことがないから、きっと大丈夫よ。それに学校側だってそういった生徒さんには配慮してくれると思うから、手酷く扱われることはないわよ。……たぶん」
「たぶん……ですか」
「それでも何かあったらいけないから、日華ちゃんにはこれをあげるわ」

はい、と言って花怜がポケットから取り出したのはてんとう虫の形をした昔懐かしい防犯ブザーだった。小さいてんとう虫が先端についているチェーンを引っ張ると音が出るあれである。ライトもついていてちょっとした夜道でも安心できる代物だ。可愛らしいデザインだったので不覚にも日華は和んでしまったが、すぐにいぶかしげな視線を花怜に向ける。

「……なんですか、これ……?」
「それはちょっとした細工を施した防犯ブザーよ。日華ちゃんがそれを鳴らすと、白夜君の持っているブザーも鳴るようになっているの。ほら、白夜君は携帯を持っていないから、いちいち家電にかけなきゃ駄目じゃない?それだと手間もかかるから、緊急時の連絡はこれで行ってね」
「白夜さんも持ってるんですか……?」
「嗚呼。俺から引っ張るとお前のブザーも鳴るようになっているらしい。便利な世の中になったな」

ジーンズのポケットからおそろいのブザーを取り出して感慨深そうにうんうんとうなずく白夜。便利な世の中だとは言うがそういうことならGPS機能っていうものもありますよ、と日華としては指摘したくなる。決して日華は電子機器について造詣が深いわけではないが、白夜には現代の文明について色々と話しておきたい。たぶん絶対白夜はアナログ人間なのだから。

「さて、準備ができたならバス停の方に向かいましょ。一本逃したら次のバスは一時間後よ」
「そ、そうなんですか」

軽やかな足取りで駆けていく花怜の背中を追いかけながら、そういったところは普通の田舎と変わらないんだなぁと変にしみじみしてしまう日華であった。

1ヶ月前 No.14

すずり @suzuri0213☆uVgy9R1pZdc ★Android=ti0IvmfI1e

村役場は白夜の家から歩いてそう時間のかからないところにある。途中にあった水車のある古民家が先日花怜が言っていた三郎の家なのだろうと日華が考える余裕を持つことができるくらいには時間を心配せずにバス停までたどり着くことができた。一時間に一本しか走っていないバスだと聞いていたためけっこうな人数が乗るものかと日華は思っていたが、並んでいる者は不思議なことに日華たちだけである。

「意外と空いているんですね……」
「まあ、たいていの人は自家用車とか自力で登校できちゃうからね。入学式なら尚更よ」
「でも糸遊高校って山裾にあるんじゃ……」
「細かいことは気にするな日華。間に合わないようでは進学したりしないだろう」

疑問を抱く人間に対しての答えとするなら白夜のものほど適さないものはないのだろうが、日華とて彼に食い下がれるほどの強靭なメンタルは持っていない。この村で過ごしていくためには多少やり過ごさなければならないことも少なくはないのだ。非日常の中で平和に過ごしていくためにはそれなりの遠慮をしておかねばなるまい。たとえそれが不本意なものであっても。
そんなことを考えていたってなにも始まらない。よし、と内心で日華は気を取り直す。今しがたバスも来たところだ、今更うじうじしていられない。この村はそういうところなのだ、そこら辺を理解して臨まなければこの先生きていくことなど不可能に近い。マイクロバスの段差に気を付けながら日華は自分を鼓舞する。どのようなものであれ待っているのは高校生としての生活。世間一般的にはハイスクールライフというのは輝かしいものなのである。いつかの自分が夢見た理想の青春を送るためには、多少の我慢も致し方あるまい。

「……そういえば、白夜さん」
「ん、どうした日華」

白夜が窓際、花怜が通路側に座り、見事に真ん中の位置となった日華はぼんやりと窓の外を眺めていた白夜へと声をかける。景色に気を取られていたらしい白夜は僅かに首をかしげながら日華の問いかけに応じた。

「入学式って、その格好で出るんですか……?」

色々と考えることが多くて失念していたが、入学式なのである。それなのに白夜はというといつも着ているTシャツにジーンズといったラフすぎる出で立ちだった。しかも柄らしい柄もないシンプルとしか言い様のないものを着用している。花怜のゴスロリならまだモノトーンなのでセーフだろう。しかしここまで普段着でいられると違和感しかない。フォーマルな親御さんたちの中にこの格好でいられたら目立つこと必須である。顔が良いので尚更だ。聞くタイミングが今更すぎないかと突っ込まれるかもしれないが、日華としてはそれは仕方ないことなのだ。これまでの説明とかが長すぎたし、それに対する思案の時間も必要となる。そうなると問いかけるタイミングが遅れるのは決しておかしいことではないのだ。これはあくまで日華の理屈だったが。
若干じっとりと引いたような色を孕んだ日華の視線を受けて、白夜は「ふむ」と手を顎にやる。彫刻か何かかと思うほどにそのポーズは決まっていたが今は残念ながらそれどころではない。

「そのつもりだったのだが………………駄目か?」
「駄目ですよ!さすがにそれはいけないと思います!」
「そ……そうなのか……」

珍しく日華から気圧されて白夜は押され気味になる。その反応から見るに彼は本当にこの普段着で入学式に参加しても良いものだと考えていたらしい。悪気がなさそうなのがまた困り者だ。

「あら、そういうことならあたしに任せなさいよ。白夜君の服装を整えるくらい朝飯前なんだから」
「花怜さん……!」

どうするんですかと白夜に視線だけで白夜を責めるほどに焦燥の念に駆られていた日華にとって、花怜のその言葉ほど頼もしいものはなかった。自然ときらきらとした瞳で花怜に期待の眼差しを向けてしまう。そんな日華の視線を浴びながら、花怜は苦笑いを浮かべた。

「もう、そんなに期待するほどのものじゃないわよ。白夜君のことはあたしがなんとかするから、日華ちゃんはそんなに気にしなくていいからね。大事なのは入学式なんだから。━━━━ほら、もうすぐで到着するわよ」

花怜に促され、日華は白夜の横から顔を出して窓の外へと目を向ける。受験の日に訪れたっきりの、年季の入った校舎。そこに今から足を踏み入れるのだと考え、自然と日華の喉が鳴った。

1ヶ月前 No.15
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