Google
    
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▼レス(62) >>

鳴砂の楼閣

 ( 小説投稿城 )
- アクセス(258) - ●メイン記事(62) / サブ記事 (1) - いいね!(4)

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM

【鳴砂の楼閣 〜Ringing Sandtower / めいさのしろ 】


それは、人間と妖怪の新しい関係だった―――――――――


【注意】

・この小説は東方project及び秘封倶楽部の二次小説です。一切オリキャラは登場しませんが、ご留意ください。

・一部暴力的、薬物所持を肯定する趣旨のテキスト、反社会的、或いは卑猥な表現がございますが、現代の人々の倫理観とは異なる観点に基付く為、リアリティを追求する為用いているものです。筆者の意見を代弁するものではなく、特定の思想を賛同・擁護・攻撃する趣旨はございません。

・東方Project関連タイトルである秘封倶楽部ストーリーを準えた内容となります。試読版の卯酉東海道以降に三巻ございますが、こちらは有料となっております。お手数お掛けしますが、例大祭等の東方オンリーイベントでそれぞれお買い求めください(500円)

・半分キャラ崩壊しています。申し訳ございません。


【舞台背景】

────────この物語は、言うのもなんだが「とことん」未来の地球が舞台である。二、三年でも常軌は翻り、民意は瓦解するものだ。三桁四桁先の未来となればどうだろう。

1900年代半ばから続く環境破壊と民族紛争は、地球温暖化現象に拍車を掛け、温暖化からくる水位の上昇は、大陸の沿岸にある多くの国を侵食していた。永い時を要する事なく世界規模の海岸線の変更は新たな領土問題を孕み、永い紛擾の螺旋を世に招く事となった。

幾多の大地が、人工の神の齎した審判の炎に晒されようとも、霊長を護ってきた大いなる神の膜壁を、パイ切りの要領で腑分けしていこうとも、尚、人々を包んでいた憎しみは途絶える事なく、数百年、数千年に渡り、大地に鮮血を一滴、二滴と滴らせ続けたのである。

────ある時、誰かが思った。思えるだけ、彼らは私達よりえらく悧巧だったか──。
取り返しの付かない事をしていたのだと。我々は手を取り合って生きていくべきだと。
善悪の取捨選択に長けた「現代人」に羨望の視線を向けられるのは、今や「数」少ない。

気付けば人類は、自らの手で地球に本来生息していた動植物のほとんどを絶滅させていた。
抛棄した罪の集積の合間に、勇気ある誰かがザイルを刺すのが遅すぎたが故の結末だろう。
だが、荒涼とした地に、唯一過酷な環境に順応し、進化を重ねた植物があった。仙人掌だ。

────このままでは人類は滅んでしまう…。生き残りをかけ、環境保護を謳って世間に光の如く顕れ出た「カクタスカンパニー社」はダークホース・エーリッヒをドンに設け、僻地に芽生え乍らも、凛とサボテンから有益な情報を取り出す研究を着実に進めていった。

長い実験の果てに生まれた不安定な力、「サボテンエネルギー」。原子力さえもはるかに凌駕する、怖ろしき力を唯一制御する事に成功したカクタスカンパニーは全世界から恐れられ、政治的権力の殆どを掌中に納めるほどの大企業へとのし上がった────────

サボテンに未来を夢見てか、暗澹たる世界にエネルギーが生まれ、人類は再び平和と繁栄を取り戻した。俗世に目も向けず、技術革新を繰り返すカンパニーを訝しむ者など居ない。

仙人掌が人々に与えた物は恩恵と一時の安らぎのみでは無い。無根拠なセーフティへの過信を嘲笑うかの様に、エネルギーは牙を剥く。各地のプラントで暴走を繰り返し、人類を取り巻く環境は益々激変の途を辿る事となる。利便性の背後に潜むのは、決まって毒だ。

放射線異常、地殻変動、大気汚染、酸性雨,オゾン層の破壊、伴う疾病の蔓延…
最早、地球からは人類の生存圏は無くなったと各々が口を並べて、非道く歎く─────

それから数十年、「倭都」の酉京都立精神大学に通う、宇佐見蓮子は、誰も訪れる事の無い廃棄された旧校舎の隅に或る倉庫で、只何者の介入を許す事無く、実験に没頭していた。

彼女の正体は歴史の闇で暗躍してきた秘密結社一族、『秘封倶楽部』の後継者の証明である、宇佐見の名を冠する最後の1人であり、今日廃れて久しい純粋な幻想主義者である。

他の誰の瞳を捉える事無く、見向きもされずに長い間真新しい銀一色のスクレーパーの裏に佇む旧校舎に、宝珠の幻影に誘われて駆け込む異国の少女、マエリベリー・ハーン。

彼女は遥か西方の大陸、アセリアに築かれた大国ザナンの外れ、変化の少ないアルティハイトの港町から、刺激的な生活を求めて密航してきた士官育成学校(アテラン)の名誉卒業生である。
幽境たる、此の倭都の奥底に、満たされぬ彼女らは何を見、何を想うと云うのだろうか。


この邂逅は、偶然か、将又必然か。

奇妙なふたりが織り成す物語が、ここに始まる。


―――――――――――――――

メモ2017/10/19 23:50 : 易者 @hacrei★C7NqJqvTG8_zRM

「任じられて為される」だけの王が一枚目に成り得るのならば

  

             突発と衝動が織り成す「紛い物」こそが至宝である。


               アン・ヴィジントゥリヨン・ココパフ(1998〜2036 )


環境依存文字が多すぎて困っている


藪から這い出た恐るべし□様→藪から這い出た恐るべし它様

□陀多→カンダタ/芥川龍之介、「蜘蛛の糸」の主人公。人を殺めた大悪党であるが、過去の善行を釈迦に見定められ、救済を受ける・・・筈だった

旧時代人が□栄を極めた都市が、→繁栄。旧字体で敢えて「遙か彼方の事である」と強調したせいか

相手の提示する条件を□まず→相手の提示する条件を呑まず

d□cadence的→decadence的、頽落的

□鋤→戔鋤/せんじょ/急速に変化を遂げること

切替: メイン記事(62) サブ記事 (1) ページ: 1 2

 
 
↑前のページ (12件) | 最新ページ

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM

****

死界の裏路地の、取り分け目立たない場所に、荒れ果てた旧時代人の墓所がある。
旧時代人が□栄を極めた都市が、何らかの形で大地の底に沈んだというが、私は詳しくは知らない。此処も同じ様に、言ってみればワン・オブ・「旧時代の史跡」なのだろう。

墓地の一つに、東深見の文字の刻まれた標識と、文字の消えかかった木製の看板が、無造作に立て掛けられている。それだけなら誰の墓かも分からぬ、単なる無縁仏に過ぎない。

だが、いつも墓には、百合の一花が手向けられている。誰が置いた物かは知らない。
純白の百合は、決して枯れる事なく、いつも「そこ」に佇んでいるだけのオハナだ。

誰かに取り替えられたのなら、頻繁に墓を訪れる私が見ていても可笑しくはないが、
こんな街の裂け目の窪地に、巣食っている物好きは、借金取りから逃れようと穴に身を投げた多重債務者か、上層部の怒りに触れて市民権を剥奪された者か、それとも何か妙な事を企てている者くらいか─────死界には隣人の過去に弄り入れる「法」は特に無い。

要するに、余り、「私達以外」の物好きですら近付きたがらない、「死界の中の死界」に相応しい地だ。何の魔術的トリックが掛かっているか、深く考えても仕方あるまい。

墓標に刻まれた銘の刻印は、千幾年間引き続く長い契約を見事に完遂し、役目を果たした今、今すぐにでもこの世から消え去ってしまいそうな、強い儚さを醸し出している。

他の墓石からは風と刻の功が文字を削り取り、単なる奇妙なオブジェに姿を変えているというのに、此の墓だけは「Usami.S」の七文字のみを頑なに留め続けている。

己が老獪とでも伝えたい魂胆なのか、この墓石は。墓石の形状にアーダコーダと私は質疑を繰り返すつもりは無かったが、決まって私は淡い珠の影に誘われて、此の墓所に辿り着いて居る。珠の影を見る事無くなった今も、私は此の墓を度々訪れる。

でも、今なら百合を誰が手向けたのか、分かる気がする。彼女が、何で私の世界に足を踏み入れたかも分かる気がする。宇佐見の名に希望を抱いた私、そして血を継ぐ彼女。

全てはいにしえの盟約に基いて。十一層の天を仰ぎ、衰えし八百万の神の息を浴び、今へと繋ぐいにしえの盟約に基いて───不確かな約定と淡い歴史の笛の音に導かれて、私達二人は同じ場所に辿り着いた。人間を揺り動かすのは宿命か、否か────────

6ヶ月前 No.13

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM

少なくとも、顔を合わせる事はなくても、話を掛ける事がなかれど、既に古い墓所で、『花』を通じて邂逅していたんだと思う。蝶の羽ばたきが、私達を呼び寄せたんだと思う。

宇佐見の名前は、時代を超えて二人の家系の記憶に焼き付いていたとすれば────








マエリベリー・ハーン、即ちメリーには生まれつき、物事の境目が見えてしまうという。人の本意、心の深淵に住み着いている者の意志、果てはあの世の世界の、ふわふわと浮かぶ要石の上の楽園。

私はこの目で見るまで信じはしないけども。メリーの言う、『あの世』とは生き物が居るだけで無く、此の世界の一切の常識の通用しない、要するに不条理で奇妙な世界らしい。

「気魂しい轟音を響かせた黒い暗雲の中に、巨大なお城が浮いているのも見た事があるのよ。しかも上下が逆さまになってたわ。建築センスも常識外れなのかもね」

好奇心旺盛な学生の妄想談義にしては、鮮明すぎる。アピールのしたい承認欲求の満たされない小娘の主張にしては、些か姿勢が硬すぎる。やっぱり、私の知的好奇心を弄ってくるこのマエリベリー・ハーンってブロンド娘は侮れないな。

「うん、グラビトンの構成が異なれば物体の性質も異なるんだもの。上下逆さまの城が嵐の中で漂い続けててもおかしくは無い。メリーが見たのは私達の次元を超越した、どこか遠い世界のヴィジョンなのかもね。私もそういう隣接世界の存在についてよく考えるわ」

メリーは閉口を知らないどころか、足を激しく貧乏揺すりするのが、非常に耳障りだ。
野暮なツッコミを挟み入れようともさせないので、私も段々疲れが溜まってきてしまう。

「不思議とあの世界を観ていると懐かしい感じがするのよねぇ。あんな世界に行けたらなぁ。若しかしたら私のこの奇妙な瞳の正体を暴けるかもしれないし、さ」
うーん、良いわよねぇ、木造の天守閣って、浪漫じゃない?アンティークで。」

困惑した。彼女の嗜好は西洋的なファンタズマゴリヤと言うよりかは「日本贔屓(ウィアブー)」に近いものがあるようだ。今の此のヤマトの国は貴方が思っている程小奇麗で清楚な国でも無いのに、どうして貴方はそうロマンティックで人を悩ませられる凶夢に浸れるのかしら。


「お城って…卯東京の舞浜、あるじゃない?湊の旧史の楽園のシンデレラ城の遺構みたいなのを想像してたわよ。貴方ってほんとこの国の文化に興味津々なのね。指で張り子の虎なんて突いてる所からお察しよ」

メリーは置物に翳していた人差し指の先をメトロノームの如く激しく揺るがすと、私の額に強く押し付けた。眉の辺りを押捺するのは止めて。私は朱印ボードじゃ無いのよ。
「どっちかって言うと、松 本 に あ る 方 ね 。鳥さんのお城。貴方もあっちには良く行くのよね。前話してくれたじゃない。確か上高地エリアだっけ?えーっと」
「下宿先に選んでるのは子信州よ、なんで一番重要なポイントだけ抑えてくれないの」

随分と緻密に作られた彼女の終わることの無いお話に、私は段々辟易してきた。

此れだけの情報量を一度にマシンガンの如く浴びせ掛けられるのだから、折角だしマエリベリーの冒険譚でも上梓すればいいのに────なんて、囃し立てる口調でメリーにジョーク気味の言葉を送ってみたが、酷く脅えていて反応を貰えるような状態でもなさそうだ。

不思議な世界の話を何処か楽しげに話すメリーだったが、ふと何かを思い出して身を震わせている。こんなに暑苦しい部室でも、肌寒そうにしている事を考えると、恐ろしい記憶を脳裏でプレーバックしているのだろう。私も段々、彼女が嘘をついているとは思えなくなってきているのに気付いた。

どうやら異世界での出来事は、彼女を楽しませる話だけ───と言う訳では無いようだ。






「え? どうしたのメリー。呼吸が荒くなっていたけど・・・二日酔いにお悩み?」

幾ら何でもメリーの体調が単なる脳内パラダイス五次元空間の映像に感情移入しすぎたが為の反応とは思えなくて、私はメリーの背中を摩りながら小声で細、っと呟いた。

「あ、えっと?蓮子?えー、極めて良好。オールグレー。ブルー。ピンク。私、何処まで話したんだっけ?…ちょっと気分が悪くなっただけよ、大丈夫だから、続き話すわね。」

短い夢の中で、奥深い夢の世界へと急に予兆無く旅立ってしまう事が偶にあるとメリーは私に伝えてくれた。『ユメる』って奴だろう。今の急激な体調と容貌の歪みは、恐らく朦朧としていたメリーの精神への打撃が要因なのではないか、と深く考え込んでしまった。

6ヶ月前 No.14

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM


メリーは私と話している最中、今まで見たことの無い、奇妙な夢を見たそうだ。
カラーリングの豊かな桃が実った、浜辺の木々の群れを見た。一切の生物を無に帰してしまう、穢れ無き瀛を漂った。あらゆる生物の夢を表面に映し出したファイバーが経絡の様に縦横無尽に駆け巡る、闇黒の星空を、半透明の精霊と共に滑空していた──────

それらの世界は単純に美しいだけでは無く、穢れが無さ過ぎて気味の悪い世界だったという。 私の目に映らない、もう一つの世界の狭間に、彼女の意識は潜り込んでいたのだ。

「何処までも延々と広がり続くプリズムの瀛に、青い星が映っていたの。まるで私達の住んでいる地球みたいだったんだけど、写真で見たのよりも、ずっと青々としていたわ。」

って事は、メリーが訪れたのは全く知らない異郷って云うよりも…どこか近い世界なのかしら?川を跨いだ先が冥途って寓話に代表される様に。メリーの観測点は私には力添え無く到達できない範囲にあると考えたら、強ち嘘では無いんだろうえけど─────

「そのね、歪んだ海の上に恐ろしい形相を浮かべた女が佇んでいたのよ! 女の人と謂う表現は不適切かもね。寧ろ、あれは人間を凌駕した、もっと神様に近い何かね───」

「海の上に浮かぶ不気味な女、ねぇ。ここはエンダ〜〜〜ウィラァルウィズァラブユーって古謡でも挟むべきところ?」

昼間っから船幽霊の話なんかされても、恐怖心も湧かなければ同情も出来ないわよ、メリー。珊瑚礁に乗り上げて海の藻屑となった悲劇客船の乗客のデカプリンだかデカメロンの怨念の体現…なら、寧ろロマンスかしら?

「それでさ、恐ろしい形相をした『人に似た何か』は、地平線の彼方一点だけを見据えて、聞いた事も無い言語で、まるで誰かに対する呪詛の様に、唸りながら呟いているの」

すっかりメリーの話に惹起されれ居た私とて、達拉翅と光緒衣を身に纏った、血の気を感じない老女が空飛ぶ巫女との死闘の末に水の底へと沈んでいった、という点だけ聞いたらさっさと部室から引き上げてしまった。咥えるのは喇叭だけで良いわ。法螺は要らん。

メリーは何だか不満そうだったが、彼女のぶり返しやすい性格から察するに、また何時か同じトークを繰り広げそうだ。彼女の記憶持ちと私の物覚えのどちらが勝るか、って所ね。

其れにしても、「あんな場所」の夢を見たのは初めてだ、と熱弁されても───

6ヶ月前 No.15

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

6ヶ月前 No.16

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM





私の二転三転を繰り返すスタンスは今回ばかりは崩れない。私を孤独の境地に棄てた者共だ。帰属意識も無ければ、尊重の念の欠片も胸に突き刺さっている事も無い。

誰もが見た事の無い仮想現実の世界に心を躍らせた様に、坩堝世紀人たる私も、「感動」を抱く事が出来る事を信じてこその自分勝手な願いを、メリーが聞いたら怒るかなぁ。

私の夢の世界に飛び込むって、ハウトゥー・どうやるのよ!とかって云いそうだけども。



そういえば大阪といえば最近、旧時代の巨大な複合施設を改装して、周辺に巨大なレジャーランドを建設した・・・だとかで矢鱈と注目を浴びているというんだけども・・態々、旧都会の外れにあるような、古ぼけた史跡なんか、今更弄り倒したところでどうだというのだろう。私は食い倒れ拠りも宏闊な地底の迷宮を暇潰しに回る毎日だし、行き倒れを恐れる。

・・・そんな事言ったら、旧時代のもっと旧時代に建立された神社仏閣も、単なる観光地や政治的権力の誇示の為にしか使われていない、空虚な場所になりつつあるけど。
卯東京のフードテーマパークのど真ん中に聳え立つバベルの塔(エテメンアンキ )にでも足を運んで、人が作り出した『ニセモノの幻想』でも嗜んでいたほうが、よっぽど秘密を暴いてる気になれるし、割に合ってるんじゃないの?と、更に私は彼女に悪態まで付いてやった。

言うだけ言ってやったが、そのテーマパークにも大して興味が無い。私は自然主義。

巨大な大衆食堂で出される料理なんて、蛋白を合成して作った栄養重視の食品か、質の悪い保存食を適当に調理したものかのどっちかだ。自宅の酒蔵で熟成させた旧型酒と合成サンマのソテーでも愉しんだ方が良い。うんまいのよぉ、合成秋刀魚。養殖より行ける。

「えっとね、蓮子。旧河南町、中心部からは少し逸れている荒地なんだけども・・・此処に或る弘川の寺の跡地には歌人の西行法師を祀った蓮台野があるのよ。きっと貴方好みの場所だし、少しはノスタルジックに浸れるんじゃないのかしら?精神・半身浴的に」

うん、そう言われれば唯一のルームメイトからの誘いを何故断ってまでして苔に拘るのかしら?等とまで後に続けて来たので、言葉に詰まってしまった。確かに息抜きもいいかもね。だって突然妄想談義を嗾けてきたナード相手よりも趣味の方がもっと────────

6ヶ月前 No.17

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

6ヶ月前 No.18

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM

   第一幕 麗人が囁きは頗る甘々さんなメガロペパーミント

       第三幕  只一羽、蓮台野に躍る黒蝴蝶


深緑の蔦が、人の影を落とすことが無くなった廃屋や、金属と人工石の残骸から垂れ下がり、風と共に靡いている。簾だとかカーテンだとか、或いは私のような変人は、柳と形容するか。

混じり気の多い森への感じ方など、人によりけりとでも言えようか。

どこからともなく響いてくる蝙蝠の鳴き声や、蟲の音は、ここが人の住む世界で無い事を私達に感付かせようとしているのだろうが、

寧ろオカルティズムに支配された、探究心に躍る唯一無二の型破りな探究者からすりゃ、逆効果だと言ってやりたいところだ。

「メリー、やっぱり蓮台野にある入り口を見に行かない? ひーまひーまひーま。」

気が変わった。私は検閲と規制のジャングルジムとなったインターネットのワールドビューワーで、暗黒の密林となった旧・河南町の墓所を眺めていると、ブラー掛りの奇妙な発光体を発見したのだ。懐中電灯の光にしては、些か奇妙すぎる形状を取っている。

球電か、リンの炎か、UMAか、そんなことはどうでもいい。私を駆り立てたのは、墓でも豊かな自然でもなく、この光こそが死の世界から隔絶された、桃源郷のへのステップであると考えた為だ。私の祖先が遺した謎のひとつも、これが切欠で解決されたなら、それはそれで好都合だと思ったし、私の時間もウェイストタイム化ね。良いんじゃ無いかしら。

6ヶ月前 No.19

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM

    願
    わ
    く
    ば
  桜
  の
  下
  に
  て

   春
   死
   な
   む





如      西行 (1118〜1190)




石灰仕掛けのジャングルは、相当な年月の経過を物語っているかのように、本物の植物と妙なコンビネーションを果たし、ジャングルの合間の険峻な岩場にその姿を変えている。

此処は古くに、弘川寺があった地だ。嘗ては整備されていたであろう路地も、人の歩みを経る事なく、長い時を野に過してきたからか、或いは自然の気まぐれか、罅割れ、荒草の恰好の住処となっている。斜塔が如く傾斜を保った電灯は、今や苔類や蔦の良いコロニーとでも言わんばかりの変容である。

遥か旧史に建てられた金属の電燈が一定間隔で立ち並ぶが、孰れも錆びて朽ち斃れ、山間の小川に掛かった枯木の橋の代わりと言ってはなんだが、自然が生み出した、非自然的な要素に為り果てて居る。そんな擬似的な森の中に、蓮台野と、腐り碧生した寺の礎が佇んでいる様に直面した。

墓標の孰れもが他の人工物と同じくして苔蒸し、今にも自然体の石へと変わり果ててしまいそうだ。私たちは不自然に、自然と調和する事無く、在り続ける一つの墓に目を向けた。

6ヶ月前 No.20

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM

「そう、間違いなくこれよ。」肌寒くなってきた初秋の夜、凍えるような野山の風の中、飽く迄「墓標であろう」との魂胆を覆そうとせぬ一つの不自然な墓標に、我々は目を向けた。現像した、霊魂を湛えた墓標と一致している。これこそ紛れ無き西行の墓だ。人々に忘れ去られた地で、西行は誰かの目に再び留まろうとしていたんだわ。


「ところでさ、弘川寺の蓮台野に入り口があるって言ってたでしょ、入り口って何?蓮子。何処への?ヘルシンキ?」

私は蓮台野に異郷への通用口があるだなんて聞いたこと無かったし、墓地が異界との交点にあるという根拠を此の時代にもなって彼女が証明出来ると言うのが、余りにも奇怪だったから、それしか言えなかったって訳。変なオカルト少女とは思っていたけど。

「まぁ、見ててよ。」
蓮子は長く聳える關段の先に、桜に満ち溢れた建物が写った写真を差し出した。南禅寺三門が如しであるが、些か写しが二つ、三つと顕界にあっては堪らぬものである。

続いて机上に撒かれたのはまるで現生から隔離されたかのような佇まいの、厳かな寺院の写真である。此方は寺院を焦点に当てたものではなく、随所から卒塔婆が地面から蕗の芽の如く伸び、遠方には雲を裂き連なる群峰を眺むる事が出来るワンショットであった。

この卒塔婆が人工物と言うよりかは、箇々が好きな方向に伸び、褪せて居るので、自然的に地面から萌芽した物では無いだろうか?と疑わしき様である。

一直線に冠雪と桜吹雪に、槭樹も無く降り積もる紅葉。桃色の珍奇な文様の走る淡い青と灰土壌と、寺院をいたずらに呑み込まんとす白霧。山門を照らすは雲の間から漏るヤコブの梯子である。ありとあらゆる季節観が、写真の中に一堂に会している。四季が一点に集結しているのも非現実的で興味深い話だけど───

私が兎に角驚いたのは、そんな現実味の無い風景では無い。さっき彼女が見せてくれたビューワーの画像で彼方此方を舞っていた晄が、同じように境内の至る所を舞っている。
これがよくある心霊写真に紛れ込んだ玉響(オーブ)なんかとは、また違う。淡く輝いているのだ。

ホログラム技術か何かで作られた精巧なCGか何かを映しているのかと思ったけども、予想を遥かに凌駕する、奇妙な回答が蓮子の口から発せられた。思わず悶絶しそうな解だ。

「これが冥界よ。」

冥界?蓮子好みの仏教的な考えだこと。私は士官学校(アテラン)に入るまで、基督の愚鈍な教えに従って長いこと生きてきたけども、煉獄も死後の世界も、まさか媒体に記録できる時代がやって来たとはね。冥土ではジョハリの窓の究極系の浄玻璃の鏡ってのが在るんでしょ?

「なに、メリー。あんた士官学校の卒業生だったの? へぇ〜道理で腕相撲勝てない訳」
驚くのも無理はない。まぁカクカクシカジカ、ヤマヤマタニタニ、マルマルウシウシ、トゲトゲチクチク、竹本うじゃうじゃ、藤木稟稟な成り行きで、半ば強制的だわね。うん。

其れもたったの数年間だけだし、高等教育の代わりって感じね。然し何とも、うん。未来世紀の技術の進化には驚かされる。私は正直、本心では受け取れずにいた。でも、冥界の写真かぁ。・・・偽物よね? フリーのネオフォトショッププレミアムか何かで作った。

「しかしなんで冥界の写真なんかあるのよ。冥界って言ったら死後の世界への通過点でしょ?黄泉平坂か何かの近くにある仏閣で映画の撮影でもあったのかしら?」

とか言いつつも、生まれつき物事の境界が『見えてしまう』私には信じるしかなかった。
此れは正真正銘、私達には本来認識出来ない、『もう一つの世界』を収めたものだ。

この事を蓮子に話すべきか、話さぬべきか・・・ 話したら莫迦にされそうだしなぁ…

6ヶ月前 No.21

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM


第一幕 麗人が囁きは頗る甘々さんなメガロペパーミント 

    四譜 ヒトガタの神にチリィな一閃を


UMA、テレパシーだとか、ESP者だとか、よくオカルト番組で何かにつけて放送されていたというが、今の時代そんな反社会的なオカルティックな思想を唱えた所で、辺りの嘲笑を買うだけだ。序でに謂えばクロノスタシスも俗世からの離脱とはそう関係無い。

でも彼らは知らない。人間が忘れただけで、今も妖怪達は失われて居らず、己が穴蔵で静かに思い思いに暮らして居る事を。ずっと、人間が知らないだけで生き続けている事を。

何時の時代も、ヘイトの格好の獲物だ。言わずもがな、私はオカルティックな思考や作品、果ては映像までに敏感になる奇妙な癖を兼ね備えているのだ。感傷的とは違うけど。私は機械のお墓に眠る超エスプリに信奉者故に、僅かな希望に心揺り動かされる。

創作話として、刈られる対象として放置するには余りにも勿体無いと思わざるを得なかった。作麼、私は元はといえば、旧時代で言うところのアメリカって大国が存在した西の大陸の外れに或る、小さな港町アルティハイトで、祖母と小さな教会を切り盛りして暮らしていた、単なる宗教・寓話愛好家である。裕福な暮しも渡航も無縁に生きる積りだった。

私には何かと不思議な出来事が付いて回る。人の言葉の裏に潜む出来事の真偽、思い描かれるデイドリームの内容、事象の裏側の秘密──断片的な情報が度々脳裏を瞬くのだ。

『第三の目』、って周りの人々は謳い出して。街包みで私は寵愛された。変化と欺瞞に富まない港町に飽きた私は、大型客船、クイーン・セドナの貨物室に忍び込み、世界最大の大国。豊かさと希望の象徴、此の大和の国の門戸を叩き、何事も無く足を踏み入れた。

私にとって羨望の対象であったこの国も、裏を返せば大勢の人々を壺の底に残したまま、重い蓋を閉め、手柄を立てて成り上がらなければ階級の螺旋階段を登ることすら儘ならない、腐り切った管理体制に支配された、負のチーズケーキでしかないのかもしれない。

この世界をどれだけ探究したところで、理想郷はないのだ、と痛感させられた私は、死界の果てで、ただ茫然と祖国に帰る事もまま、当ても無く放浪し続けていたんだ。

私は宙飛ぶ珠に誘われ、一つの墓標に辿り着いた。この珠は私の事を励まそうとしてくれたのね。でも、私は珠の幻影にしても、この墓にしてもその時は知らなかったのよ。

只、この墓の主は世の中の秘密を暴こうとして志半ばで死んだんだと思う。

其れもその筈、『誰かの墓標』は、古い旧時代の産物を身に纏い、朽ち果てて只の褐色の無機物と姿を変えたマジックアイテムを周りに散乱させているんだもの。水晶の髑髏とか。

変人じゃなきゃぁ、周りの無縁仏みたく何も捧げられていない筈よ。誰かが無造作に棄てたゴミにも見えないし。でも、この人は何故死界に適当に埋められているのだろう。もっともっと高貴な身分で在ってもいい気がするのだけどもね。一人で淋しかったでしょう。

ええ、其の人。「その人」は当時の私に取って一番適切な場所に自分の墓をテレポーテーションさせた、なんて考えたりもするわ。勿論そんな事在る筈もないんだけどね。

私を助けてくれたのは、今にも墓としての役割を完遂して、本来の巨岩としての役割に逆戻りしてしまいそうな、「Usami」と彫られた旧時代の墓標。ウサミは彼か、彼女か。

そんな、初めて訪れた墓に誰が事は埋まっているのか等、知る由もない。
奇妙な珠に導かれて訪れた墓石に、私は何を望んだのだろうか。希望か?幻想か?

私は少なくとも、何度も言うけどこの時点では宇佐見の名を耳にした事すら無かったわ。

でも、その時の私の第三の目には、確かに映っていたの。この「宇佐見」の雄姿が、確かに。走馬灯のように、万華鏡を回転させるように、それも、鮮明に脳裏を駆け巡ったわ。

旧時代の摩天楼を駆け抜ける、黒い帽子とルーン文字の刻まれたマントを纏った姿は、小さい頃から、胸の内に思い描き続けていた、私にとってのヒーロー。

汚れた風と心で満たされた世界からは、既に失われてしまった、最後(ラスト)の(・)幻想(オカルティズム)。
汎神論主義者ともアニミスム主義者とも取れる相棒と手を取り、貴方の正体を暴くわ。

「私は、貴方の遺志を継いで見せるわ。」



ただ、世間一般的に罷る「ダメ、ゼッタイ・秘匿理論」は本当に理に適うものなのか?


墓石に、遥か高層のケーブル群から、鉄骨や基盤の格子から落ちてきた雫が滴り続ける。
初夏の夕方、橙の砂の風が吹き、薄い砂の霧で死界を覆い眼を疼かせた日の出来事である。

6ヶ月前 No.22

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

6ヶ月前 No.23

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM



第一幕 麗人が囁きは頗る甘々さんなメガロペパーミント 

    伍譜 現の~々に忘れ去られし御~の梦




楊梅色の霧と、甘く蠱惑的な芳香が辺り一面を軟らかく包み込むと、私達は瞬く間に冥界へと旅立ってしまった。誰がどう見ても、確かにここは、現世では無いと答えるだろう。

蓮子の持って居たピン留めされた写真に描かれていた場所に私達は飛び込んでしまった。
空は黄金色に輝き、支えの無い關段が、地の底に向かって果てしなく続いている。

冥界が天界にあろうが、地獄の底にあろうが、三途の川の真の姿だろうが、世界の黄昏の図だろうが、私にとってはどうでも良い事だが、一瞬だけでも異世界へと羽を伸ばしている事は、私の人生に於いて最大の誇りであり、此れからも糧であり続けることだろう。

「どうやら成功らしいわね、私もこれで、一家の名誉メンバーリストに名を刻む事になるのね! そんなリスト、何処にも無いけど一世一代の大快挙だわ! 帰って作ろう!」

蓮子が大声で独り言を呟く中、私は旧時代の少年野球団の真似事のように、土を小瓶に閉じ込めてみたり、敷地の木に綯った、熟れた桃が黄泉戸喫だったらどうしよう、なんて思いながらも口に徐に運び貪り喰ってみたり、基本的に本能的に動いてみせているぞ。

大慾な人間は、単に幻想的なだけでは満足出来ないというが、このご時世、変わっているというだけで満足する者は少ない。寧ろ、一つの事象が敷衍せし事こそが自己満足のキーになると考える輩の方が多い。異世界と聞いて喜ぶのも、私達二人くらいのものだ。

「変な色調ねー。配色者の脳内どうなってんのかしら?サイケ? んでも食べ物は現世の物程管理され尽されて無い。私達は徹底主義の檻から解放されたのね。この上無く幸せだわ」

粗悪で高栄養な合成食料が市場に出回り、新鮮な食料が高額で取引されるようになった時代、生のフルーツを食べれる人間と言うのも僅か、ほんの一握りも居ないぐらいなのだ。

旧時代人は低栄養高カロリーのスナック菓子や糖分と添加物の塊である、炭酸飲料を子供でも嗜んでいたというが、私達の文明では、健康への影響を重視した、無骨で当たりはずれのない、何の工夫もされていない食品が多い。徹底管理の弊害は、娯楽を奪う点だ。

健康でなくなれば、職を失う。職を失えば、給与も市民権も失う。健康を破壊してまで美味しい物を食べたいのなら、高いコストを払わなければいけない、ネタバレは抑も買う物だ、と云う『本来あるべき価値観』からの華麗な逆転が成された。革新は世界を救う。

それ故、子供は空腹なら天狗の麦飯モドキの菌叢の塊でも口に運んで噛み砕いていれば、満足するようになってしまった。高カロリースナックへの関心の消滅は、寧ろ弊害か?

6ヶ月前 No.24

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM



第一幕 麗人が囁きは頗る甘々さんなメガロペパーミント

    〆譜 現は欲望を映すホログラムか?


「ところで、お墓を弄ったら夢みたいな世界に出てきちゃったけど、帰れる保証はあるの?まるで神様が住む世界みたいね。得体の知れないプカプカも游いでるし」

蓮子は散策しながら何かボソボソと言っているけど、少しばかり心配しすぎなんじゃない?異世界のヴィジョンなら、よくよく頻繁に見るし、見たい時に見ればいい。出口も出てきて欲しい時に出てくるに決まってるわよ。其れに貴方が誘ったんじゃないの。

「この世界が夢か現の世界かなんて考えるまでもないって、いっつもいっつも言ってるじゃない。私にしてみれば、今貴方と話しているこの瞬間こそが、夢の世界なのかもしれないしね。今まで居た世界も十分汚らしい世界なんだし、休暇を楽しみましょうよ。」

「まぁまぁ、夢の世界の話はいくらでも聴いてあげるから落ち着いてよ、メリー。」

蓮子は笑いながら、砂利の敷き詰められた冥界の寺院を走り回っている。苦しみにも、悲しみにも支配されない理想の世界に、私達は生きた体で存在している。其れは誉れなのか?

これに地獄の閻魔様がどういった表情を見せるかは、未だ判らない。不鮮明な未来なんて、眺めなくていいと思う。異世界からの侵犯として魔王枠に魂を刈り取られるかもね。

それくらい人々の心は貧窮しきっているのだ。喜びや楽しみを共有できる場は次々と安全面や健康面での配慮で撤廃される。安心安全のスパイラルが感情の芽を食い潰した。

私達の心は、まるで旧時代の裕福な子供達の様に、本来の稚児が抱くべき童心に還ったように、潤された。仏教学的には、善徳を積み重ねれば死後、極楽浄土へ導かれると言うが、私達は生きながら冥界に居る。私達は天人なのでは無いか?と云う優越感まで涌く。

此処が冥界だろうが、単なる隔離された異世界であろうと、そんな事は別にその時の私達にとっては、何の価値も持ち合わせてはいなかった。異土を踏みて漸く『真の幸せ』を獲得し、飽く迄に満喫できる。其れだけで私達は十分満たされていたのだから─────

胡蝶の夢は私達に十分な快楽を与えると、フェードアウトの刻を二人に授けた。それは明らかに目覚めて躯が踊っているものと認識せざるを得ない、安らかな睡りの一時だった。

6ヶ月前 No.25

易者 @hacrei ★ATJxloyUPC_zRM



   第二幕 第二のテルナノグは痞え無く碎片の瀛を游ぐ

     一譜 人なる種の径を壅塞せしめるは革新か






「もう、いつもメリーは時間に遅れるんだから。3分15秒も遅刻したじゃないの。ふざけているわ。ふざけって何て書くか知ってる?巫女がゴミ山で戯言を抜かす。ピッタリね」

蓮子は相の変わらず砕けた口調で首から掛けている白銀の細工時計の針の部分を指して、私を罵るスタンスを貫く。蓮子は最初からこう。互いに悃篤な態度で接する必要性は、特に無いと思っているので、あえて互いに相手の提示する条件を□まずに行動するのである。

でもよく考えてみて。元よりマイペースで時間への頓着が皆無な人間に説教をするだなんて、釈迦に神道を刷り込む様な事だと思わない?私はそこまで正確主義でもないのよ。


「でも、たったの3分15秒の遅刻じゃない。惜しいわね…たかが3分の遅れじゃないの。」

カップラーメン一個分の時間の遅れだなんて、そんな大した物ではないわ。銀河の戦士がランプ切れで死んでしまう、と言われたら、確かに深刻な話のように捉えてしまうのだが… 早起きは3000万圓(ウォン)の得と習ったが、遅刻三分で私達は救済ゲームでもするの?



「惜しいって抑も何よ、 3分16秒遅れてたら死んでたって? そんで、今日は何をするの?」


我々二人だけの秘封倶楽部は他愛も無い束の間の題材直前決定の進まぬ雑談と、卯東京の大学サブキャンパスと、酉京都のメインキャンパスを往復する間に見つけた穴場で何か黄金鍍の芋を堀り囓るくらいしか面白みのある事をしていない事を思い出した。

だから此処最近何か景気付けに、蓮子の気を留められる『この前一緒に赴いた冥界のような別の世界』に飛び込んでみるのも、中中面白いかもと思って、何処か奇妙な所に飛び込めそうなポイントが無いかと、色んな所を隈無く一人で散策していたのだ。

「ええ、勿論本格的なサークル活動が始動するってのよ。サークルメンバーが全員揃ったんだから、するしかないわよねぇ?たった2人でも、居ないよりかはマシだと思わない?」

このサークルには言わずもがな、メリーと蓮子の二人しか居ない。それもその筈、旧校舎の端っこにある、小さな物置を非公認サークルが占領しているだなんて、誰が考えた事だろう。それに、仮に誰かが入りたいと物申しても、蓮子はそれ相応の対価を持参せぬ者には、冷ややかな視線を送るのみであろうか。蓮子が極付き(ハリガネムシ入りと日本語では表現するらしい)の孤独愛好家なのも有り、遵って誰も到らない。

彼女の正統な宇佐見の血筋が、単なる隠れた大学非公式サークルに成り下がったのが、噴飯物である。まぁ、どうせ、アレは他の冠す肩書きに囚われるような娘でもない。

「ま、まぁ私たち…って言っても、ふたりしか居ないけどね。忘れたの?迎え入れる気は為ないけど。あぁ。ところでさ、また何か『異世界の入り口』らしき所を見つけたの?」

一般市民は人に在り乍ら崇高な存在であり、絶大な権力を握る上層部の所属者達を「現人神」と呼び、崇拝紛いのリアクションまで見せる。我々も、下から見れば現人神かもだが。

現人神様に抛棄されたスラム街は、遥か昔は街の中枢で、青霄を仰げたという。今やアウトサイダーの吹溜まりと化した此処に、望み触れる者は居ない。十二階の市民階級の内の最底辺は、常に嫌厭と差別の良い的だ。市民は此の地を痰壷の意の『死界(ベーズ)』と蔑み続ける。

卯京都が蓋をする形で地下に拡がる旧市街、蓮子とメリーがよくジャンク蒐集に訪れている此の死界の一角に佇む遺構が、圧無く開放的な幻想空間との交点となっているという。

「勿論勿論っての! 別の世界に通ずる横穴だったら、今回向かう場所以外にも簡単に見つけられるわよ。媒介とする『何か』さえあればいいの。ナニカがナニカは… うーん…。」

「ほら、前回のように手掛かりだって或るからね。それも偶然の産物じゃない。あの地に乗り込めたのも、共通のルーツがあったからよ。交点も西行法師の墓石だったかもだし。」

ならば、先日潜り入った『冥界』の楼閣も、弘川寺と何かの関係があるのかもしれない。

「…と言うことは、死後神格化された西行法師か高貴な歌人とその親類たちが肩を寄せ合って住む館なのかもってことね!やっほーい!私も桜の木の下で縊死出来るわね!」

冥界と繋がる弘川寺の墓所のように、誰かの介入が途絶えて久しい場所…を通じて、別の世界を眺めることができるのなら、実際に訪れることも出来うるんじゃないかしら?
「なら、今回乗り込む場所も、神様絡みとか、そういった異世界の楼閣関連なの?」

我々の住む世界とは異なる『異世界』が、薄い結界の膜で隔絶された世界だとすれば、現世にも、其れに似た金属の膜壁で隔離郷が在る。正規のルートで、其の人工結界の膜の中に入り込めないのなら、それこそ 裏 の ル ー ト で入り込んでも文句は言われないわよね?

6ヶ月前 No.26

易者 @hacrei ★ATJxloyUPC_zRM




    第二幕 第二のテルナノグは痞え無く碎片の瀛を游ぐ

      二譜 酉の星は鮮血への渇望を示さんと仰る






「ううん。テラフォーミングプラント・トリフネ、って有ったでしょ?覚えてる?」

「トリフネ…? あぁ、あの妙な事故を起こした実験用の巨大スペースコロニーだっけ?」

衛星・トリフネとは、数年前に原因不明の計器トラブルを引き起こし、宇宙の藻屑へと成り下った不遇の宇宙ステーションだ。此の衛星のメインシャフトが環を貫く形状は、近代に為って最下位した宇宙拠点衛星にしては異様に古典的で陳腐な物であると当初より揶揄されていた。

政府末端の係員の命で動く秘密警察の陰謀論だとか、マザーコンピューターの叛逆説、果ては搭載されていた生物サンプルの突然変異によってシステムに不具合を来しただとか、その消滅の訳を巡って、研究と憶測が飛び交い、結局原因は分からず仕舞いに終った。

滅び行く人類文明の未来を懸念してか、地球環境の再興を願ってか、一隻の巨大なノアの箱舟は不安と嘗て、此の世界の盤上に住んだ、ありとあらゆる生き物のサンプルを搭載して宇宙へと羽搏たいていった。亀裂の修復に科学は宇宙と云う多岐乱数の神に縋り出したのだ。

情報格納庫(センタラフィガラ・サーキュラ)は単なる遠心力発生機構に留らず、内側に細やかな未来への期待と希望と過信、地上に生きた多くの者達の夢を積むサーバーとして、未来永劫に、穢れ多き惑星から隔離されたエデンの園で、何の苦労もなく、研究員の管轄下に置かれ、永久の繁栄とケアを約束された…筈だった。

しかし、残酷にもエデンの庭を守っていたプロテクターは何か、支え棒のような、強く、恐ろしい力によって、鋼鉄の鎖が捻じ曲がる様に、いとも簡単に抗力に断ち切られてしまったのだ。

「あ、あぁー…そんなのもあったわねぇ。だけど、急に、あの税金を溝に捨てるようなどうしようもない密室計画の話をしてどうしたの?メリーらしくないわねー。もっと現実志向で愉しげのあるネタで。私的にもね、あれはどうもダメ。生物の進化ってものを愚弄しているからね」

天の鳥船の名を冠したスクラップがどうしたって言うのよ。あんなの造った所で、狭い衛星内に百億人の人口を詰めし込む訳でもないじゃない。助かるのは富裕層のデブポテイトだけよ。

最新鋭故に、此の隔離実験棟は常にグリーンだった。宇宙空間に放棄され、早数年が経過したある日、作業員数十名を中に残した儘、一瞬にして、巨大なデブリへと姿を変えたのである。

後々に何人かの研究員が、命からがら脱出ポッドで堅牢な要塞、鳥船から脱出し、地球へと帰還したものの、お察しの通り、私達の元に内部で何が起こったかが伝えられる事はなかった。

理由は諸説あるが、数年間、死の衛星での絶望的な生活に晒され続け、身も心も疲弊してしまったせいか、はたまた政府だとか運営者であるカンパニーにとって都合の悪い情報が吹聴される事を恐れてか────一切のメッセージをメディアで発することを禁止され、今は首都の地下深くに置かれる宇宙労災者復帰支援施設(サブレタリニアム)で厳重管理の上療養に努めているというが、真偽の程は知りたくも無い。

只、「叮嚀懇切に衛星運営に取り組んだ」と釈明した班員も所在不明なのは、企画の闇である。

「あの衛星(ガラクタ)、過酷な環境に適応出来るかどうかの実験で、色んな動植物を乗っけてたんだよね。
なんたって、の射幸心を煽る様に、企画に高額な報酬を上乗せしたスポンサーまで居たとか。

順調に企画は進んだけど、ある実験の最中、とんでもない生き物が生み出されて、隔離されただとか、研究結果が私達の生活にも導入されている・・・だなんて噂を耳にしていたんだけど。」

トリフネには、開発チーム毎が競い合う中で最適化された『究極の生態系』が乗せられていた。
北欧の諾威、スヴァールヴァルの厚い氷土の底に佇む、植物を乗せる地底の方舟の様に、何万、何百万を超える動植物の遺伝子データが、厳重に管理、保存、或いは蹂躙されていたのだ。

樫の森が、小川が、草原が、そして都市エリアが、僅か長さ数キロメートルの方舟の中に、築かれていた。人の手を借りて擬似的に生み出された自然などでは無く、データ達が、人の手を借りる事無く、自由に生かされた結果仕立て上げた、紛れも無い「本物」の自然である。

6ヶ月前 No.27

易者 @hacrei ★ATJxloyUPC_zRM

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

6ヶ月前 No.28

易者 @hacrei ★ATJxloyUPC_zRM



   第二幕 第二のテルナノグは痞え無く碎片の瀛を游ぐ

     三譜 燻る貉藻、蕩けるオカルティスト








「ねぇ、トリフネが…もしかしたら、まだ生きているかも知れないの。仮にね、要人共の掌握を離れたあそこを奪還することが出来たなら、人類にとって大きな進歩になるでしょう?」

 「あのねえ、メリー、何言ってるの? いくら完璧な生態系が準備されていたとしても、政府の監視下から離れたアルカディアが、今尚生き長らえてるだなんて……無謀よ無謀。」

蓮子は幾らなんでも、人間の管轄下にない建造物が、そんな長期間生存していることが信じられないようである。無理も無い。絶海の孤島に浮かぶ鉄のケイジにアクセス出来るだなんて、にわかどころか、玄人にも信じがたい話だ。ならば、先日潜入した異土の風景は紛い物と?

 「……メリーがそういうって事は、何かあるんでしょ?まさか正体不明のはパンデミック的に増殖した異星人・Propagatorどもに支配されて、生き残りの作業員が人体改造にでも遭ってたりするのかしら?或いは異次元航行装置が深部に…」

「さすがに実態を持つような異星生命体は居ないと思うんだけど、最近何かにつけて、”中”の様子が見えてくる。そして今にも息絶えてしまいそうな、掠れた幼い鳥の声が聞こえて、私を誘うの。あの地へ…」

トリフネは人類の制御を離れ、数十年の時を経、衛星軌道上を逸れて『宇宙の遺跡』となったと言われていたが、研究員が帰還したことや、最新のワールドエンジンの情報解析の結果、実は地球と月の星の海のど真ん中に築かれた、ラグランジュポイントにぽつんと浮かんでいると分かった。

万が一の事態を考え、何らかの事故が起き、制御不能になった場合でも、推進装置に異常がない場合、地球への落下防止と未来の回収を考えて、ラグランジュポイントに自動移動して制止する機構を備えていたのだ。漏れ無く自動迎撃機構がデブリや宇宙塵を破砕するオマケも付いて居る。

スペースコロニーの軍事利用だなんて、旧時代のロボット漫画のオーバー演出を髣髴とさせるものだけど、十分、人々が軍事力に抑圧されたこの時代だからこそ妙に説得力がある話である。

が、彼女は我等ミュステリオン・ハンターこと深秘を暴く者には鉄の孤島など無縁だ、と私の提案を何時もの如し、一言で一蹴して脳の隅に別けてしまったので強硬手段に入る事としよう。無慈悲に。


私は欲望の国の底、宇佐見の墓所の近辺にひっそりと佇む、苔生した小さな祠へと赴かせた。
「ここが鳥船神社?宙に浮かぶ大それた機械仕掛けの城とは似ても似つかない姿だけど」蓮子が何か戯言を抜かしているけど、そんな低俗な術は、私には届かないわ。今更現実主義者気取るの?


私は人差し指を左右に揺らして、右手で私の目をゆっくり塞ぐと、私の右手をとってこう囁いた。

「いい?今から私が貴方に見せるのは、本物のパラダイスよ。人為的に作られた物ではない。この前行った冥界の仏閣に引けを取らない、素敵な場所だから。きっと貴方も気に入ると思うわ・・・。」

胸の内に広がる一面の渾沌の世界に、メリーの言葉の連山は無数の鈍く輝く宝石を鏤めさせた。
気付けば二人の思い描くありったけの欲望と幻想が、幽玄の銀河を織り成す粒に転じた。所々に我等が希望の副産物が転化したデブリが舞う、物言わぬ星々の大河を、私達は好き勝手に滑走する。


「ねえ、メリー。此処はいったい何処なのかしら?無酸素状態と仮死が導き出した人生の走馬燈?」


冥界を訪れてからと言うものの、私の奇妙な能力は鑢で擦ったかの様に、著しく輝きを増した。今までは周期的にしか見られなかった異世界のヴィジョンを、何と何かを媒介とすれば明晰夢の様に経験する事が出来る様になったのだ。私が不純の浸食で、人性を欠き出す証拠とも言えるだろう。


蓮子は未だ異世界へアクセス出来る能力のことを訝しんでいるようだし、彼女が好みそうなポイントを折角調べてあげたというのに、こんな時までリアリティを追求するなんて、何だか落胆だわ。

怪訝そうに蓮子の顔を黙って凝視してやると、蓮子は黙り込む。こう言うの、なんて言ったかしら?









────そうよ、メンチカツをカットするだわ。メンチカツカットはマシンガントークの幻術以上に効果覿面だから便利ね。ほら、蓮子みたいに難い奴には威圧的に接してやるのがベストだし。


暫くすると、宇宙空間には相応しくない意匠を見受けられた。地上の部室の金属製のドアーだ。虚構と現実の世界を明確に区分する要素か、私の思い描く異世界との交点のイメージか。


『ちょっと、メリー。なんでこんな所にドアがあるの?見えない糸で括り付けられてるとか?』


確かに、目を閉じただけで見る見る間に闇黒の視界に映像を飛び込ませる事が出来るなんて、夢の様だ。ある意味、私の能力は常識と夢、二つのの区別された世界を繋ぐ能力なのかも知れない。


『現実派への幻術。まあ、見ててよ。冥界の時みたいに心を落ち着かせないと。消えちゃうわよ?』


暫くすると、宇宙空間には相応しくない意匠の筈の、地上の部室の門戸への違和感は消えた。

心の昊に浮かぶ、重い部室の朽ちた扉は音も無く、一人でに開くと、現生から隔離され、人の柱を失いながらも存続し続ける、鉄の塊から幻想に溢れ返った緑と青の新星へと転生を遂げた、鳥の船へと、ゆっくりと私達を誘ってくれた。


扉の開閉音の代りに感じたのは、猛烈な熱気と湯気である。

6ヶ月前 No.29

易者 @hacrei ★ATJxloyUPC_zRM

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

6ヶ月前 No.30

易者 @hacrei ★ATJxloyUPC_zRM

原始蜻蛉メガニューラは木々の合間を滑空し、腐り落ちた格子付き扉に留まると、徐に塗装を溶かし、舐め出した。

彼らは環境に適応する為に、独自の進化を遂げた謂わば変異種である。抑もが地球環境の再構築・テラフォーミングを目的とした衛星と言う事もあるのだろう。辺りを見渡せば見渡す程、奇僻な仕草を魅せる動物で溢れ返って居る。

孰れを取っても現世の常識に迎合しそうにも無い、奇妙な進化の果てが此れなのであろう。メリーは本心、嗤いつつも、境遇に、プランナーに憤怒して居た。

遺跡に游ぐ彼らが経た生命の環の廻転は、実際に地球の動植物が経て来た革新アルゴリズムに如何に反し、人の手に『創られた』生き物であるかが窺える。
優れた部分だけを既存の実験物から切り抜き、先天的に備え持った才能として刷り込まれた生物だけが、此のトリフネ計画にピックアップされたのだ。

改良生物は廣く我々の生活に遍かれたが、死ぬ為に生まれた使い捨てのテストケースと云うのも、腹立たしい。無論、動物園やアクアリュームも無性に腹が立つ。の割に人パンジー展示局は未だに建設されない。腸が煮え繰り反って仕方ない。

私は活き活きとした主体性の或るジャストライクミーを檻の中に封じ込めて観察してみたいの。鳥船の動植物は流石に人間には見えないけど、私みたいに鮮度が良い。捌くと糖酒が噴き出して来たり?宙で嗜む酒は如何な味なのかしら。



増長した選民思想の上に築かれた銀塊製の甕の内側では、弱者と強者の淘汰が、縮図が如く、絶え間無く繰り返される。可視の範囲でも、不可視の範囲でもだ。

例えば足下で争う紅大蟻と馬陸蟲の啀み合いも例外では無いのだ。本来、強酸を吐き出す多脚重戦車相手に、蟻は到底勝ち目が無い。

其処で蟻は、最大の命題であった捕食者の撃退が為に先祖の代から持ち併せてる大顎の巨大化に加え、尾に致死性の毒を送り込む器官を設けた。餌の大小は狩人にはお構い無しって訳だ。

無論、蟻の毒に次々と撃墜される程に阿呆でも無い。近間の不自然な進化に如何に打開策を設けるか、ピンチヒッターを雇うかが野良の意思である。

火事場の馬鹿力と実験に拠って備え付けられた苟且の力の拮抗は、意外な形で終わった。私の足下で両者は存亡を掛けた争いを熾烈に繰り広げ、最終的に通り縋りの天牛に両者共に貪られて終った。漁夫の利。先の見えぬ争いにベットを闕ける覚悟は富豪のみに許された特権だ。万歳、第三者。栄光あれ、ギャラリー。



残念な事に、ミクロの世界の生存権争いですらも、トリフネ匣庭計画を企画したディレクター達の掌中に或る事を、小さな者共は知らない。破綻し、歴史から名を抹消されつつ或る事も、無論知る術も無い。

所属して居ないエリアの事を気にも留めず、識らずに天命を全うする事こそ、永久たる真の僥倖と言えようか。



些細な変動に藻掻き苦しむ数少ない人格者は、色薄れた世界を藻掻き、苦しみ、喘ぐ。誰が為に生き、誰が為に死ぬなんて奉公意識と我田引水的な自己愛主義の比率に困るのなんて、我等が人類くらいと考え出すメリーを他所に、蓮子は死体探しに励んで居た。此処が虚構とも現とも判別出来ない癖しておきながらだ。


如何に永い時と時代、背景の顫動と様々な種と要素の攪拌に伴って生み出された、星の進化に対する冒涜であり、生命学に於ける微々たる『美』の部分すらも窺えぬ、排斥された利己的な計画の傍で、少女らは呑気に遊び耽る事は、罪なのか。



『蓮子、見て。向こう側に倒壊した社が見えるわよね。アレ、何だか判る?正解は何も宿って無い蛻の殻で、所詮道端の田螺の巻き貝って所なのよ、くくく』

神社は分霊を収める櫃であり、尸童で或ると訊いた。神様を収める棺に、どうして何も収められないのかしら?石段の前にだって『天鳥船神社』の銘が為されたマイルストーンだって構えて居るのに。注連縄だって締められてるのに。

今の時代の神様って、そんなにドケチで自分勝手で強情なのかしら。消え去るのも自業自得。


「良く考えてみて。供え物と殿が有れば神棚や人形ですら神様を承ける噐に成り得るのに、どうして神様が身を寄せられないかを。敬意も対価も払わずに、恰も自分らのノルマの達成が為だけに襤褸切れを突き出した者共に、己が神威を分け与えようと貴方なら思うの?私は想わないわね。神道八百万の神々どころか、唯一神すらも憤るっての」


無論、私なら激昂する所か局地的な渾窪、ブラックホールとやらで作業員諸共特異点に呑み込んで無間地獄を経験して貰うわね。死ぬ事も事も叶わない無の境地で命について永遠に考え続けて貰う。

6ヶ月前 No.31

易者 @hacrei ★ATJxloyUPC_zRM

朽ち果て横たわった鳥居は、嘗ては鮮やかな紅色の塗料でコーティングされていたことだろう。今は見る影もなく、表面に蔦を蔓延らせ、更には無残にも菌類と畸形植物の温床に成り果てていた。

「私、この鳥居、好きよ。夢を視るたびに、何度もこの鳥居の元に足を運ぶんだけど、その時々で表面をコートする植物が変わってるの。きっと彼らは総じて短命で、次代へのバトン渡しに苦悩してるのよ…所詮科学も科学と宗教の発展で産み落とされたものに過ぎないのかしら、今代での繁栄を求むエゴイストどもの。いくら科学が進展しようとも、最後は神頼みだなんて、滑稽だと思わない?」

得意げに語るメリーを嘲笑してか、制止させる為か、蓮子は答えようのない質問を挟み入れる。

「ところで、何で宇宙ステーションに鳥居があるのかしら?」根底に潜むのは政治プロパガンダだと思ってたけど、結局古事記の神だったなんて神々が打ち棄てられた悲壮の時代らしくないわ。憐れ、仏陀ブレス頼りのメカニック共」

メリーはそんな私に呆れた顔を見せると、手を合わせて奥へと向かってしまった。

打ち棄てられた今も、熱心な信徒の恩恵を受けられるとは、随分とこの神社も幸せなものだ。どうか、誰の接触も受ける事無く、我らのイノチより遥かに永き『ぷちゅう』の歴史の合間に安らかに眠れ。

宗教が形骸化し久しい今には珍しく、衛星トリフネには衛星と同じ名を関する運輸の神・アメノトリフネを本尊とする天鳥船神社が建てられていた。

神道の航海の神様の祭殿で、衛星の運営が好転する為だとか、無事故の為に祀られているとされている。若しかしたら、ヘブライ創世記に於ける大洪水の際に、地球上のありとあらゆる生物を乗せて飛んだと云う『ノアの方舟』のイメージもあるのかも知れない。この船は一体何処をアララトと認識し、流れ着こうとしているのだろうか?

この衛星が再び権力者に回収されようものなら、地上は力を持つ者が引き起こした波に打樋しがられ、血の気のない死の星へと浄化されることだろう。エデンの園のプロトタイプとして建設された不可侵の要塞は、力の渇望に襲われる権力者を嘲笑うように、そして人類を見離すかのように、暴走を引き起こして虚空へと流れていった。

この楽園に足を踏み入れたのは私達が最初で最後になることを願って、銀色の天蓋に映る黒い星に、二人は祈りを捧げた。オン・アルファ・エト・オメガ。
二人は結界の向こう側を見つけては遊んでいる。冥界へのゲートを暴いたときから、蓮子はメリーには妙な力があると信じてならなかった。これはほんとに、一人の夢なのかしら?夢見心地なお年頃とは云えども、此処まで精巧な3DVR冒険譚は珍しい。


「ここに在る動植物は恐らく殆ど、宇宙の環境に作用されて生み出された亜種ね。研究員の自己満足の実験で生まれた産物かもしれないけど(笑)


地上で売り捌いたりすればとんでもない額で売れるかも、かしらねぇ…。緑化運動のソクシンリョク?かナニカで」私はすかさず何の意味もない突っ込みを叩き込んだ。

「でもでも、このぐらい適応力が高いと、逆に地上には持って行けないかも知れないわよ。旧時代の気候に合わせた生育環境とシェルター内外じゃ、大違いじゃない。」

研究者的な視点で何を私を見ているのか、と蓮子があーだこーだと述べているけど、一度盛り上がった私の深い関心を揺らす要素に成り得る訳でもあるまい、ってとこ。 パないないパ ハンパないない 。

「理系の人間ってのはみんなそうよ。傲慢なの…ん? 何の音?ビープ音?貴方のレシーバーに大学から着信でも入ったのかしら? もしもーし『ぷちゅう』人でーす。今から宇宙語でローカライズします。プリン・パラン・ララン、プポポン・プポポンリ・パラピロ・ポロピレ。」

6ヶ月前 No.32

易者 @hacrei ★ATJxloyUPC_zRM

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

6ヶ月前 No.33

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM






    第二幕 第二のテルナノグは痞え無く碎片の瀛を游ぐ

      六譜 不可侵の楽園は誰が為に在り続くのか




リアルとヴァーチャル、どちらの方が人間に与える影響が大きいのか、彼女たちに判らぬ訳も無いのに。夢の世界にしては、妙に情景の映写が鮮明すぎるとは思わないか。

現実の世界にしては、スケールが大きすぎる。未知の空間に投げ出された、少女達の命運は、まるでシュレーディンガーの匣に投げ込まれた猫の生命の様に不安定であるとも思えよう。隔離郷は現実と非現実の区別すらも曖昧にしてくれるのか?

空想と欲望の銀河に沈んだ廃城の庭園を漂うメリーは、幼児退行に耽っていた。いつ死ぬかもわからない。いつ衛星の状態が不安定になるかも分からない。唐突なキマイラの襲撃で全てを悟った様子であった。仮想が一周回って現実に為る事もあるんだな。

「……やっぱり、辞めようよ。危ないってば。ここは夜の王がヒトの世とはまた異なる常軌の元に統べている常夜の国(ヴァ・ル・ハラ)。私達の住む世界とは違うのよ。貴方にとってのフィールドワークって、結局現実との乖離を愉しむつまらない非大衆娯楽でしか無かったとでも言いたげねぇ、本当に。因幡の鰐パニックよりタチ悪い」

止めるも何も、夢の世界は夢の世界、現の世界が現の世界なら、明確な区分けがされている筈だ。抑も、宇宙空間に浮かぶ緑という設定すら無理があると蓮子は想う。

キマイラを撒けばアンティキティラにでもスクラップになって船が流れ着くのかしら。
「だってさ、いつでも逃げられるんでしょ?どうせ夢よ。それに知っている?夢の中なら人間は何にでもなれる、可能性という名の見えざる力を内に秘めているのよ?」

「世界から私は抑圧されていたけど、貴女が解放してくれた。凶悪なキマイラだって、簡単に私の可能性・・・禁忌のESPの超・電磁砲で屠れてしまうわ」

ーー不安定な重力を乗りこなし、飄々と跳ねる蓮子。衛星内に築かれた、希臘の彫刻の浮かぶ巨大な池を跳ね回る蓮子を追いかけるように、水紋が群れを成す。

急な水の変化に吃驚してか、藻に覆われたカワイルカの群れが其々の独自に考案したハミング(唄と自称して居る)と水鉄砲を蓮子にプレゼントする。蓮子の体に衝突して弾け飛ぶバブルは、怪物の吹き掛けてきたとは対照的で、どこか此の生き物の温和さを感じ取れる。

「イルカが攻めてくるぞー!って?あんな怪物、所詮一部の区域で粋がってるだけなのよ!本当は温和な生き物の暮らす、パラダイスなのよ!そのうち暴れ者は排斥されて、元の平和が取り返されるわ!唯我独尊!我等は水辺で跳ね上るニンフで上等!」

ローラースケートを履いた子供のような、身軽な動きをこなし、池と彫刻の間を駆け抜ける蓮子。隔離された金属の器で遊び感覚で跳ね回れるなんて、暢気な奴だ。

「おもしろーい!これだけ身軽なら、キマイラが出てきても余裕に決まっているわ!」黒い帽子を被った子供の殻を被った少女を眺め、溜息を付き、優しく諭すメリー。

「不吉なことを言わないでよ、蓮子… 今度はグリフォンが貴方の頭を啄むわよ」

始めは蓮子に対し鳩槃荼の如く傍若無人に振る舞ったメリーが遂に、心を開いた。
二人の間に、信頼関係をゆうに超えた、親子関係に近い敬慕が着実に芽生え始めている事は互いに薄々気付いていたろう。






幻想主義の散佚に依り、宗教も、子供騙しの寓話程度の認識が成される事となった坩堝世紀に於いて、人の心を縛るのは専ら実体の無い神では無く、栄華を極める上のフロアへの憧れか、低カースト勢の理想は皆、より豊かな生活への期待ばかりである。

神話をイメージした庭園は形骸化した宗教を遺す為に築かれたものか、皮肉か。
或いは、密かに『心のオアシス』を要さない奴隷社会とは相反するユートピアを完結させる事を目的にしたのだろうか。ああ、形骸化した宗教観。損財に扱われる思想。

抑も、「理想」の優劣を槍玉に挙げた「蝸牛角上の争い」は必要だったのだろうか?

敷かれた場所が廃実験用衛星の内側で、ゾディアックの石像の各々がアルカイックな表情を見せ、現でありながら、同時に夢マボロシの魅せるビジョンの様である。

そんな設計者の理想やスタイルなどお構い無しに、時の流れは衛星に変化を齎し、動植物は有象無象にの各々が自由奔放に振る舞える非人向的環境へと造り替えた。

昊のヘイダルゾーンを彷徨う鳥船は、最早統括者としての「ヒト」を要す事も無い。
星の命が終わりを迎えようとする中、鳥船は惑星としての黎明期を迎えようとしているのかも知れない。其れは地上に生きた者の末裔として相応しい未来なのか?




「大丈夫だって。今の私はさながらシューティングゲームの主人公だってのよ!何物にも負ける気はしないわ! 此の星にヒウメン様は我等が二人だけ!創造神ね!」

蓮子はレーザーガンを構えたポーズで、オリュンポスの神々を象った彫像に向けて撃つ真似をした。メリーは蓮子の動作を鼻で笑いながら、何だかんだ愉しんでいる。

「アステロイドベルトに輝く石の神々は、みんなみんな私の手によって暴かれる対象なのよ! 伊弉諾と伊弉冉の天地開闢は今再び月の傍らで催される!ひゃっはー!」

何者かのライドが不服そうなカワイルカの背に跨って、アニミズム的な事を大声で抜かしている彼女を見て、些か微笑ましい気分に為り、更に悪乗してやろうと思った。

「いくら夢だとしても、フォトンレーザーをぶっ放つなんて大それた真似は出来ないと思うわ。これはたかだか 『私の夢の世界』なんだからねぇ。改変出来るのは私だけ?」

蓮子は、カワイルカの背びれから手を放すと、華麗なジャンプを決めて川辺にゆっくりと着地した。狂える遠心力が蓮子に着地に足並みを揃えさせてくれる。


「判ってるって。ここは夢の世界なんかじゃない。本当の衛星トリフネ…”鳥船遺跡”だって事もね。 だからこその下賤な一般民間人様が実験衛星で暴れ回るってアクト。」


彼女は地球の運動選手が決めるようなポーズを意気揚々と決めて、得意気に言い放った。私の心配も杞憂だった。彼女はここが本当に鳥船の内部だと信じてくれていたのだ。

「矛盾点を枚挙してはキリがないわ、仕方ない」なんて愚痴を漏らしてたの誰?」


衛星トリフネの事故の原因は通説では、「コンピュータのバグ」と言われている。民草にもそう説明された。然しデータのバックアップからは原因を特定する事は出来なかった。

どうせ、脆弱なプログラムの隙を突かれて、国際テロ組織か何かが通信を切ったか、この船に搭載されていた、通称「アインシュタイン」って人工知能が地球とのコンタクトを拒んだか、知能生命体だとか、何かこの衛星の存在を良しとしない者達がこの衛星をジャックしたかだ。理由までは知らない。知りたくも無い。私は株主では無いから。

勝手にラグランジュポイントに流れ出した、この衛星トリフネを止める手段など、無かった。巨大衛星を止めるべく、宇宙艇が何度かアクションを行ったようだけど、総てが無駄に終わった。其れまでに、鞏固な壁で護られた城は、本来は何の為に築かれた?
この船には制御機構のみならず、外部からの都合の悪いアクションをシャットアウトできるよう、無慈悲な攻撃機構まで仕組まれていたという都市伝説も罷る始末だ。

生命の鼓動で漲る「新たな星の形」として「東尋坊」的な一面も持つと言いたいのか。
誰にも侵犯されぬ様、緑の楽園を守るのは、血塗られた槍と冷徹な頭脳って訳か?



頭のお堅い専門家達が、「技術者共は、湯水の如く多額の金を擲ち、宇宙に遺跡を作った」だのと揶揄した事が発端となり、この実験スペースコロニーは「鳥船遺跡」という蔑称を付けられ、今や皮肉の常套句だ。そら遺跡のインナーの様は、不可視だからな。
試験運用中とはいえ、何年も稼働していた衛星だ。意図的に「秘匿」されたのか?

この衛星には大勢のエリート研究者が集まっていた訳だし、内部抗争の末に衛星の中で巨大な複数の派閥が誕生して、主権争いをしていた…なんて妄想までされてしまう始末だ。「隔離する理由」と「過去の産物」として揉み消してしまおうと言う按配か?



「・・・貴方の読みが合ってたとすれば、「手に負えない怪物」は鳥船遺跡に実在するのよ。ワクワクするわねぇ。だって、この衛星の貨物を抹消してしまおうとしたんでしょう?」






「・・・そう、伝えられていないだけで」




…独語する私を他所に、蓮子は相変わらず、透き通った南国リゾートの海の様に透き通る川で、服を脱ぎきゃっきゃと水遊びをしていた。
昆布のような植物が、川底で思い思いに踊り、照り付けるような人工太陽が眩しい。ここがもう一つの地球だと称されたなら、「最初は」精々信じ切ってもいいと思う。

「んもー。いくらこれが夢だとしても、怪我でもしたらどうなるか判らないわよ?」ああ、蓮子がふと此方に指を向けるまでは、まさに此処は安全な「楽園」だったのだ。












私達は、ひと時の安らぎに専念していたせいで、敵の襲来に気付かなかった。あれだけ警戒していたのに。人の躰程も或る、黄縞が彩る前脚がメリーの上腕を掠める。すぐ傍まで近付いていたキマイラはメリー目掛けて、鋭い爪を振り翳してきたのである。


胴間声で嘶く異形の怪物は、「我等」を認識し、捉える気で彷徨わせていたのか?

蓮子は後ろ手で「地上の部室の扉」が一人でに開くのに気付いた。メリーの元に全速力で駆け寄ると、メリーを負い、「扉」を潜った。



只、 衛  星  ト  リ  フ  ネ  からの脱出を願って。

        う み の そ こ

6ヶ月前 No.34

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

6ヶ月前 No.35

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM






       第三幕 刻の疵は忘却と新調の時代を示す



     一譜    セーフティーと形骸化した心配のすがた







2か月の時間を、私はメリーというスパイス無しで過ごした。安定剤を欠いた私は怠惰に麦酒瓶を呷るも、其の調整酒も、合成ケーキも、喉を通らない日々が続く。

此処は、卯東京の端の私の実家拠りも、頻繁に訪れる、謂わば第二の『故郷』である。
建物と人混みから離れ、旧時代の木造家屋を改築し創った小さな牧場、「ローゼ」で馬の世話やハウス栽培に耽る事に、何よりも励むのだが、近頃許りはそうもいかない。

無論、好奇心を煽るメリー不在の毎日が、只、人と交らぬ淋しさに拍車を掛けた。
孤独の虚しさは、冬休み恒例の仙都・子信州への下宿の日課にも著しく響く。信州白馬(カクタ・テリゥム)の世話も儘為らぬ日々に私は些か疲労を露わにするのであった。




信州白馬とは、木曽馬をベースに、西班牙のムスタングだや縞馬だとかを掛け併せた、屈強な馬だ。其処らに自生する雑草を貪る様な駄馬共とは一味違う、ブランド品とでも呼んでやるべき逸材だ。野生に一度離してやると、順応性が高いのか、生物として性質が高いのかはブリーダーの私ですらも知らないが、恐ろしいペースで繁殖していくのだ。

その上、成長も早い。彼らは子信州にある、霊峰・白馬に住んでいる我々の生活にとって欠かせない、貴重な万能資源であり、親愛なる『パートナー』となりつつある。

この世にも珍しいテリウムを生み出したのは、世を牛耳る巨大企業カクタスカンパニーで遺伝子研究課に従事する一女性研究者で、且つ最高権威たるモーガン博士だ。

彼女は幼少期よりクローンや生物の遺伝子組み換えに深い関心を抱き、中等平均教育課程において、絶滅したハツカネズミや三葉虫を既存の生物の遺伝子から作製する事に成功したと云う噂がある。何とも胡散臭いし、倫理を玩んでる感じがするわ。

何はともあれ、私達大学に通って勉学に励む学生にとって、彼女は雲の上の存在にあり、目標である。無論、意思無き半人共は彼女に縋るべく既存のイデアを巻き返す。

そんな彼女だけど、試用段階である、脳髄テープ学習を用いて知識をインプリンティングした初の実験台らしいわね。元より貧しい一家に生まれ、日々の食にも有り付けなかったと聞くのだけど、資金や今の地位はどうやって手に入れたのかしらねぇ?





私は数ヶ月前、鳥船遺跡から帰還して直ぐにメリーが白服共に引かれ、山地の奥深くに在る、療養所の名目の隔離施設、通称:緑のサナトリウムに収容されたと聞いて、胸騒ぎに震わされる日々を送り、それから2か月の間、固唾を飲み連絡を待った。

しかし、彼女の情報は一切耳に入って来なかったので、まさか…、トリフネに入り込んだのがバレてしまったのか、密航者であることがバレたのか、と思ってしまったんだ。



私は二ヶ月経っても彼女が旧時代でいうところの、癩病患者を閉じ込めていたような檻から出て来ぬのを訝しみ、テリウムの蹄や鞍、携行するインベントリの整備を倦怠と闘いつつ進めていたのだ。何時でも、政府の管轄下にある要塞に突入し、闇を暴くことが出来る様に、入念に。

抑も、兼ねてより置かれて居た 通称『緑のサナトリウム』には悪い噂が付き纏っていた。病状によって、5つのケースが存在していることまでは知っている。でも、そのケースでどんな処置が行われているのかに関する情報が一切表に公表されることがないのだ。

おまけに、施設も白いキューブを模した謎めいた構造は、施設内部と、表の世界のイデオロギーを、完全に分断している。其れに、施設が坐すのは都市を収容したシェルターの中では無く、個別のシェルターの中だ。そう簡単にアクセスする事は出来ない。

外壁も厚く、施設の中に施設が築かれている、といった感じだ。鉄格子や有刺鉄線が敷かれている訳ではないのだけど、見ていて気分がいいものではないわ。



サナトリウムに関してのイメージは無論最悪だ。医療施設の範疇を逸れて居る。言ってみれば、世間と迎合し難い、馴染めない者達が送られる強制収容所的な故に。

カンパニーが回収したがるのは特異性なのだろうか?政府に関して都合の悪い情報を吹聴した男がゴミ収集車のような車に回収され、此処に送られた、と訊いた。

精神疾患を患っている女性が、加工施設で労働中に揉め事の火種となり、仕舞にはパニックを引き起して仕舞い、忽ち駆け込んだ数人のメン・イン・ブラックに両手両足を掴まれ、護送車で連れ去られた…とか、ゴシップの例を挙げたらキリがないのだが…、

正体不明の施設に対する偏見や恐怖も、そんな都市伝説に直結していっているんじゃないかと、私は思う。幾ら何でも、巨大企業の背後に黒服が居ないとは信じ難い。

旧時代のSF映画で言う所の、人工削減と食料生産を同時に解決したソイレント・グリーンの様な風刺や皮肉も、現代都市伝説には秘められているんじゃないかしら?




資源抗争による世界の荒廃や、旧時代から続く少子高齢化だとか、階級差別の高波が収まらない世界だ。浪と云えば語弊に為る。収まらない雷雨の方が似合うか。

非現実を題材にしたゴシップが嫌厭される一方、世の裏側を題材にした噂は多く立つ。故二厭世観が芽生え罷り通るのも無理は無い。死や淘汰への恐怖もそんな妄想の糧になっているんじゃないかな。其れにしても、一切の情報を漏らさないのは怪しいな。

医療技術も生活水準も軒並み向上した時代に、今更ハンセン病患者を収めた施設と大差ない事をしでかすとは、カンパニーも頓痴気というか、何というか。選民思想?



メリーが、仮に分解されて襞状肉に近い形の合成食品として加工されていたなら、それこそこの施設を運営しているカクタスカンパニーに殴り込みに行ったっていいわ。

私は数時間の間だけ、真の死地に旅立つ狂人になって見る。相方の為、霧瘴が立ち籠め、常に死の恐怖が隣で私の頚筋に鎌を当てがう世界を走り抜ける事になるのだ。






亀甲の外へ向かう手段は、大きく分けて三つ或る。細かく裂くと壱拾八兆はある。


一つ目が、飛行艦艇から指定のルートに沿って、外界との交点となっている「中継スポット」を目指す方法だ。中継スポットは一般民間人には通過出来ず、生憎様、私は個人用艦艇は疎か運転スキルを備えた生活支援ボットすら所持して居ない故論外だ。

二つ目が、シェルター内の各地に設けられた非常通路から亀甲の外側に至るという手段だ。今やカンパニーの関係者ですら正確な場所を知らず、抑も社員であれども。陸路で他の施設に赴こうと考える者は居ないが、私は陸路で行かざるを得ない。

最後に、旧時代に築かれた廃坑やアーコロジー間を繋ぐ枝状トンネルを伝う、徒歩で向う手段である。比較的安易に、監視外で移動が可能だが、無数に枝分れした道が、何処に繋がって居るかの目星を立てるのはボットのオートマッピング無しには難しい。

選択肢は限られているし、先人の遺した予備知識は皆無である。然し乍ら、旅人は常に気紛れと謂う訳でも無い。綿密な計画を以てして、頂を目指すのだ。かく言う私もそうだ。相方の顔を窺う為だけに、護りの外側の真なる死の世界へと赴くのだ。

6ヶ月前 No.36

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM





       第三幕 刻の疵は忘却と新調の時代を示す



     二譜    アウトサイダー・オブステイクル







人の噂も二萬五千五百五十日とは言うが、螺遷し続ける世間情勢の趨勢に、日々迫る村八分を恐れぬ不屈の闘志を燃やす事が出来る者は、数少ないのだ。

私が仮に過去の誰かの代りに過去の世界の構成物と為ったとすれば、生命の燭火を数晩保つ事が出来るんだ?種火の存続の為には息の賜りと連続して尸童を設けなければ為らぬのだぞ。膓を裏返してまでして続ける夢想では無いでは無いか。

然し待てよ。微睡む視界には抱いた生半可な覚悟が通用しないのなら、敢えて悪条件を逆手に取れば良い。強い別世界への関心が彼の様に遠く離れた現世に留まり括付けるのだろう?私なら、拳に掴む此のジョッキを掲げ、天に示そう。偉大なる神々への信奉心が、浸食と新たな経験を培う腐葉土の代りだと仰るならば。

人間を模した、出所不明の単純な構造なドールが数百年もの間、人々の眼を釘付けにした事を考えると(生憎さん、今の此の坩堝の構成物では無いのが残念である)、手腕とブルーペイントが揃いさえすれば難易度の程は満更でも無い。

例えば出入口で在るゲートを忘れて吹矢や投石罠が仕掛けられた古代迷宮の枝分かれした分岐路の最中、死の恐怖に肩を竦めつつも、途方に暮れる中、ふと顔をやや斜め下に傾ければダストシュートが設けられて居た時、どう感ずるかだ。

術を持たずも、意図して落し穴に身を擲ち、彷徨った先に偶然発見したトラップホールの先に期待して生きる。廃棄物として放出されるか、先に待ち構える擂鉢構造の異星生命体に囚われ、其の腹中で死も経られず延々と剣山に貫かれる運命を辿るかを考えるのは時の無駄だ。まさか、深淵で餌目当てに永らく佇む生き物の餌食に為る事を前提にするか?かく言う私も、予期せぬトラブルに弱い。

警告を無視して聖櫃の蓋を開き(選択肢を謬れば)、精霊の怒りに触れる事は神々の台本しか識らない。故二、遺構に降り積もる石綿達磨に変ずるスリルと、何事も無く排水溝に辿り着き、逃げ帰れるかの様な快楽と恐怖の鬩ぎを誰しもが不規則にイベントに投じる事が可能で、幾らでも人生を愉しめる筈なのに。死界探索の催す恩恵が正に此れである様に、もっと悧巧な余暇の潰し方を見つけられる筈なのに、何故坩堝人は捕食壷サーラックの口腔に封をして仕舞ったのだろう。

ビニールドール追いの猿真似、恰も自分がストーリアルーラーで或る、様な妄想に明け暮れる事も無ければ。隈無く追随する未知への幻想を経る事が如何程快感かを識らぬ事は想像に難く無いし、軽蔑の意図を持つしか無い。ああ、万歳幻視者。


************************
************************


そう言えば、数日程前に何か使えそうなものは無いかと大規模廃棄場にふと赴くと、廃棄されて久しい旧型の耐気装(ワーガーダー)を発見したわ。実物を見たのは初めて!オークションで売り捌けば100万ペアパスどころか2000万ウォンくらいは稼げるんじゃない?


耐気装なんて、今や歴史ある洪水対策機構の開発部の蔵の奥底位って聞いたけど、易々と見ることが出来るもんでもないわね?



子信州は酉京都と違って明確な階級ランクシステムが存在しないから、酉京都では滅多にお目に係れない、低階層の使い古した掘り出し物が稀に埋もれると評判高い。

誰も使わないからこうして旧型のジャンクメカを棄てているんじゃないのかしら。一個くらい横領しても罪には問われないわよね?平気平気、気にしなくてもいいや。




***********************
***********************



今からでも役に立つ!メカニック大全 250

  (3003年7月頃発刊)





耐気装(ワーガーダー)とはその昔、此れを纏った『機働套(ヒウマシン)』と呼ばれる精鋭軍団を続出させ、社会現象を引き起こした事で知られる、革新的な工業支援用ロボットアーマーだ。旧時代で謂う所の宇宙服の様な異様さを装着しているだけで凄まじい威圧感を放つので、とてもコワイぞ (笑)

「パワードスーツ」ってよりかはフォークリフトの様な重機的佇まいがクールだ。筆者的にはインテリアとしても役立ちそうだが、どうだろう?

使用中は密閉状態になってしまう為、中は高温高湿度、になり易いのが難点だ。酸素ポッドはあれど蒸れに困る労働者を続出させたという問題児だ。使用上、誰でも使い回しが出来るので、最盛期に着ていた人達で極力着ていたく無いと想う人も多かったのではないだろうか。

ポッド内の空気が涸れた際に二酸化炭素を酸素に変換する緊急装置(メイキジェン)と幾つかの作業効率化計器を兼ね備えるほか、極めて耐久性が高く、且つ利便性に長けた装備品として長らく作業場で愛されてきたが、労働者の全自動化と余りの重量故に最近は絶滅危惧種かもね?

初期型は長期間内部で作業される前提で創られておらず、暖房と冷房が兼ね備えられていないという致命的欠陥。30分も作業していると換気面(ポケットマスク)が汗で曇り、強制終了してしまうバグが存在する等の致命的な弱点が存在するが、アップグレード版として互換換装が数百種に渡って同社、或いは有志に拠ってリリースされ、マイナーチェンジ版も数台、別社のコラボ商品と共に発表された。

特に頭部換装の換気面(ポケットマスク)は他機との連絡用のモニターとしての機能も持ち併せ、各個人に所持が義務付けられた携帯通信機器(レシーバー)や従属のボットとのリンクを可能としている優れ物だ。

後期版は空調システムが搭載されたがバッテリー切れが若干早め。動力は太陽光とバイオマスで選べる親切設計。残飯なり合成サンマの骨なりで動くので便利(筆者は使った事が無い)
バイオエナジーで長時間稼働するボットと云うのも、前時代の妄想サイファイらしい発想だ。


                                         (以後別の記事)

***********************
***********************




耐気装を身に纏うと、ずっしりとした鎧の重みが私の歩みに幾許か影響を及ぼした。
先ず装着して間も無く、足取りが覚束無くなる。フィットする迄が此れ亦長いのだ。

初期不良の付喪神が挙動に悪戯を為ているのか、単純に経年劣化の故障のせいか。

他の機能に何ら問題は無さそうだが、試着時から相変わらず利用者データの読み込みがかなりゆっくりな事と、些かラグが長過ぎる点だけは、煩わしく感じた。

最新型のパワードスーツはメカニカストアで新品を一から購入するとかなり値が張るが、快適さと使い易さを追求した少機能でコンパクトなものが主流となっている。

軽く百キロ以上はあるアーマーをたった一人で支え操るとなると、強靱な体力が必要だ。そこで装着者の体型にフィットする様に変形、縮小する機能がこの耐気装には為備えられているのである。別にアーマーの重みが私の足枷になっているのでは無く、使用する度に調節するのが非常に億劫なのだ。慣れると大して気にならない重みだが、私は、生憎様、個人の体格に併せたパワードスーツを纏った作業は生まれてから一度たりとも行った事が無いのだよ。

寧ろ生産階級の工場労働者にすら、此の作業支援着を積極的に纏う者が居るか?
さて。設定段階の調節が滞り無く堅調に進めばよいが、個人に合わせた調整が必要なオールドタイプの作業支援装備なだけあって、複数の項目に返答せねばならない為、一用途の為に此処まで詮索を入れるか?と怪訝になる。非常に煩わしい手順だ。

耐気装は調節さえ終えれば快適かつ堅固な心強い装甲となる。コストが掛かる分、人体の動きにシンクロして動作を行う為、マニピュレーターと脚を拵えただけの地味な作業用ローダーより、ずっとスムーズに、より人間的な挙動を興す点が利点といえる。

旧時代人は、ヒト型の操作を熟す事を「調教」と呼んだそうだが、慥かに骨が折れる。

重量物の昇降や物品の運搬、救助支援に用いられた従来のパワードアーマーとは異なり、寧ろ体力の増強目的や僻地での作業訓練に用いられる事が多かった耐気装は、外見からしても、何処か無骨なイメージがある。シルバーと迷彩の混在するボディーポイントは親しみ易さよりも、寧ろ「信頼性、作業能率の向上」に概ねパラメータを振った印象が強いだろう。

換気面は橈骨の中心辺りに設けられたタブを捻る事で、視界にレシーバーの画面を表示する機能を兼ね備えており、視界の拡大や道躰・温度感知センサーを兼ね備えているみたいだけど、他のメニューに切り替える方法がどうも判らないので今は諦める。

だがだが私は熟々心配性なので、息が詰まる。有らん限りの悪展開に対処出来る様、ポシェットにスタックのハンドメイドツールを詰めし込み、鉄鎧の懐のホルダーに収めた。

傍から見たら作業用機械か何かに間違えられそうだが、そう他からの容姿への批評まで気にしては居られない。ルックスよりステータス、ステータスよりも我が身だ。

愛馬に鞍を括り付けると、私は亀甲に映る穹の星々に誓った。メリーを白い器から救い出す事を。必ずや、馬と私とメリーの三拍子揃って生きて帰ってくる事を願って。

廃棄されて久しい非常ハッチを引き抜くと、豪豪と捺し寄せて来る風の龍の唸り声と奥深い空洞が私を待ち構えた。思わず未曾有を畏れ、深い闇に戦き、息を殺した。

腐った配線と壤埃、閉塞された竪穴で独自進化を遂げた斑蜘蛛の巣許りが支配するいにしえの古洞は、魔物の塒を髣髴とさせる様だ。

音も風も、果て無き光無き穴の奥に例外無く吸い込まれて行く。私の運命も、闇黒のホールに呑み込まれて残滓を遺さず掻き消える訳にはいかない。せめて抗おう。抗う事こそが今の私の努めでありける。

愛馬の手綱を引き、ケミカルの輝きを無心で愛馬は私を乗せ、孔を駆け抜ける。
オートマッピング無き私を、満月の輝きと穹の色彩豊かな顆粒は味方する。永い監獄への一途を辿る私を、生まれながらの奇妙な瞳は私を護り、不変の安全を保証する。

私は何年にも渡ってこの奇妙な瞳を畏れてきた。私の周りから人気を奪ったのも、此の瞳だと睨み、眼を潰そうとした事もあったっけか。でも、私には何も──────





何も出来なかった。更に恐れて居た筈の瞳に愛着に近い感情を抱き始めて仕舞う始末だ。自分の無力が余りに恥ずかしく、悶絶する他なかった。バグの芽の存在を摘んでも、残るのは虚ろな世界だけだと信じていたから、押し殺す事なんて出来なかったんだ。

愛を知らない私は、誰かを失って尚、信じられるのは只、自分自身だけだった。

うん、唯一私への理解を示してくれる、マエリベリー・ハーンという少女の存在を、最も高潔な私の身を呈してまで守らなければならないのだ。俗世に反する娘だからこそ。


今時、『オノレ』の真なる価値を理解し、捌くエゴ・ベンダーは微々たるものである故。



6ヶ月前 No.37

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM


幻妖と科学技術の両方を同時に信奉する教徒と云うだけでも面白可笑しい話だと想わないか。虚構と現の双方のプロフェッショナルたる此の宇佐見蓮子を見て頂ければ誰しもが頷く。ザカートを払わない厄介なモサラベ気取りのつもりか、ああ。

何を如何すれば秘密を暴く者だなんて自負出来るのだろう。何処の教育機関が彼女の様な外気に染められ無い『オリジナル』の教養を与えたと云うのだろう。彼女にとっての頼りの綱である自我は他者の瞳には畸型の嘲弄の樹に見えている。

此の坩堝世紀にもなって、炊飯器を肩から信玄袋でも引っ提げる様に吊している少女は一人も居ない。剽軽さや愉快さは集団生活を営むに当たって不必要なのだ。誰もが、自分のスキルを常に砥石で磨いて他者をステップにする覚悟で日々を過ごしている。課程で息抜きと称したナンセンスなギャグを辞するのは宇佐見程だ。

誰もが赤の他人から懐疑の眼を向けられる事を恐れている故に、ファニーの葉を煎じる事を義と想わないのである。奇抜な諧謔が壺をひとたび押して仕舞えば、蓄積してきた膨大なデータを『笑い』と云う挙動の為に擂り潰さねば為らない。

知能レヴェルの減衰は瞬間的だが、彼らにして見れば恐怖のカーテインである。風の様に早々と過ぎ去る快楽の為に総てを擲る位ならば、民草は讒とも呪言ともとれぬ人のの革を纏った怪物のボイスを録音機に溜め込み、テープを己が詞の剣に宛がって自己研鑚に励む方が彼ら劣等人種の性分にはピッタリなのだろう。

顔貌の移ろいにエナジーを消耗する位なら、此のご時世、瞳の色彩の変化は実質的な社会的制裁だ。旧友や血縁ですらも疑って邁進せねば為らない恐怖心に苛まれる位ならば、鉋屑として道端に投げ棄てられた方が頂ける話だそうだ。

ユーモアの一切は悪徳として遮断され、質の悪い既存データ同士を捏ね、『新たな何か』を作陶しようとする模倣陶芸家の集いで、腕を組んで下郎相手に大呼しているのが宇佐見である。作業の結果と進捗状況ばかりを優先した住み心地の悪い毒湫で、敢えて反協調主義の旗を掲げているのだ。頚を落とされる覚悟はあるか。

あゝ、何者が人類を此処まで低俗にして鈍間な生き物に造り替えてしまったのだろうか。私が世間情勢に疎いが故なのか?世間の意向にマッチした方針で私はウロウロと彷徨う積りは無い。もっとヒトらしいヒトは居ないのか? 宇佐見の様な!


ああ!アンドロイドたるこの私を畏怖させるとは、なんとこの上無く気味の悪い女なことか!ウサミ!宇佐見!Usami!



***********************
***********************

***********************
***********************







暫くして、トーチの耀き無くとも、光を感じる様になった。硫化水素の霧と共に導かれた、「本物の太陽の輝き」である。生まれて初めて感じ取った、「陽の光」。一体どれだけの人々がこの耀きを感じ取ったのであろうか。


兎も角悦に浸って居る場合では無い。私は相変わらず信州白馬の背に跨り、通気孔を超えて、亀甲の護りの向こうへと向かう。悠長に地上に踊り出た事を誇りに思う時間は無い。向うのだ。白き牢獄へと。

旧時代の街並みの跡を、狂ったサイクルをものともせずに、大地に聳え立つ巨大仙人掌の合間を、起伏の激しいクレバス上を、勾配の激しい石の平野を駆け抜ける。
何時、何処に行ってもヒッピーが煙を噴かす坩堝死界と違い、名の通りの「死界」だ。

今日一日の為に、念には念を入れたつもりだ。採算は取れなくとも、私は生きよう。闘おうじゃないか。未来世紀最後のヒウマニティが、宇佐見蓮子と機鎧の動力である。

「メリー…必ず私は貴女を忌々しき牢獄から解放してあげるからね。必ず…必ずや」

私は、弛まぬ決意と希望に満ち溢れていた。放射線の海に浮かぶ衛星トリフネ、夢幻回廊の果てに佇む冥界の館。そんな幻想と恐怖の楽園を舞い、生きた私にとって、最早政府の圧力など、何の効力も持たない、只の虚仮威しの手段にしか過ぎないのだ。






追い越す様に、後ろから診療院の診察帰りのメリーを乗せて消え去ったのと同種であろう輸送俥(ジェットバン)の群が各地のシェルターから波の様に押し寄せてくる。砕けたビルディングの瓦礫で形成された、緑無き小高い丘を飛び越える、賺さず俥(バン)津波を追い続ける。


「禁処招きを慣わしとする亀さんは『表』の『裏』ルートから禁処たる竜宮城を目指すってのね。はーん、態態地下共同ハイウェイなんざ使わなくても、ってか」


堂々と瓦礫平原を走り去る俥の群を観察したが、徐々に其の数が減っている事に気付いた。軈て蓄えた甘露が疾うの昔に蒸し消え、底が露わとなった河跡へと辿り着き、疲労を訴える腕を窺っていた。すると私は、恐るべき光景を目の当りにする事となる。

伸び、枯木が生える河底には数台の打ち棄てられた俥と、中に収容されていた者達の骸が思い思いの姿で転がっている。孰れも車体に削られた様な大きな損傷が見受けられる事を考えると、孰れも何かの強い衝撃を受けて河に落ちたのだろうか。

新旧入り交じる骸は、此のルートが竜宮行きツアーの固定逕路と訴えている様である。危険を顧みず、敢えて地下インフラ・ウェイを逸れてリスク高き「近道」をチョイスするカンパニー末端は、団体全体の気質を顕しているかのようであった。


悪い予感は的中してしまった。そう現在地から遠く無い場所から、悲鳴の様な噪音が響き渡るのに気付いた。枯河の岸に直立する巨大な二柱の影。人の齎した災禍が生み落とした、新たな命。彼らにとって、穢れた世界こそ、浄土、至高の楽園なのだ。

腹部から無数の臓腑とも触手ともとれる肉片を垂らし、俥を歪に捻子曲がった腕で無慈悲にも叩き潰す音。頚の無い醜悪な怒れる怪物の姿が私の両瞳に映った。

「ミュータントの親玉って訳かしら?こいつらが…喰われたく無いわね」







軽く見積もって、全高は十数メートルは在るであろう怪物に鉢合わせした。各々が人の子共がトイをそう扱う様に、辺り一面に散らばる『俥だったもの』を思い思いに単なる玩具として転がし叩き、思い思いに弄る。様は異様だが滑稽だ。愛馬の調子は頗る良好だが、えも言えぬ不気味な相貌と振舞いに、私は唯々唖然となるほかなかった。

知能は疎か、只先に進むだけで危害を銜える事の無いと伝えられたミュータントが、生き物としての本質すらも持ち合わせているかすら危ういと私は感じていたが、まさか私達の知らない処で、ミュータントは智慧を付けていたとは───。



感興をそそると同時に、屡々シェルターに入り込む彼らが文明社会に対して敵意を向けてきた暁にはどうすれば良いのだろう、という危機感も湧き出してきた。

彼らは『人が乗っているかどうか』は兎も角として、ミュータントタチは動く気配を察知して正しいアクションを起こしているのだから,決して侮れない。

暫く前に催された特別セミナーで『彼らは温厚で害を為す生物では無い』と同時に教えられたが、シェルターの中に入り込んできた者共が警邏に処分されるのを見ていると、何らかの裏側が在りそうな不安が占めてならなかったのだ。


私はそんな事を考えながら、悦に浸る巨大賤人(ミュータント)の間を警戒しながら愛する白馬を走らせ、ようやく監獄へと辿り着いた。生命を危機に晒す旅だったが、私も白馬も、互いに大した問題は無いが、何十台も連なっていた俥の影は何処にも見当たらない。
あヽ、メリーは無事に例の匣に封されて居る事だけを願って、唯々憐れな犠牲者達の建前の祈祷としようではないか。









白い匣を目前にして、息を飲んだ。ここに真の敵がいる。私達の人生を狂わす匣はこれ?これこそが、シュレーディンガーの遺したパンドラボックスだっていうの?




そんな心配も、一瞬にして水泡と化した。徒労よ徒労。




      あーあ、私ったら、なんでこんな事考えていたのよ。

6ヶ月前 No.38

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

6ヶ月前 No.39

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM




   第三幕       刻の疵は忘却と新調の時代を示す

    四譜 凾入娘々と圦樋娘々の奏でるレイジーデュオ








単に私が情勢に頗る疎いだけかも知れないけど。唯一知っている情報と云えば、イェルスと云う科学ゼアロットたる機械主義国家が台頭して来た事や、南方のエウダーナが各国に宣戦布告を繰り返してる──位の知識しか持ち合わせて居ない。

倭都はカンパニーを排出した世界有数の科学都市だそうだ。隣国の中国って大国が分裂したと思ったら、いつの間にか滅亡していて、また、ヴェーリッシアという民主主義国家と徹底して排他的なスタンスを貫くモンフェルニベール国という国に分裂した、くらいだ。後者じゃ今や『モンゴリアンデスワームの擬人』とまで揶揄される。

そんな事も関係ないように、世界中から何も知らない観光客が仲見世通りの古『風』な街並みの間を瓶詰めの胡麻が如くごった返す。風光明媚な背景をバックに近頃のトレンドのハラールを被った少女達が叫き散らす様を見、乖離具合を愉しめる。

この街並みには目新しさは無い。精々物好きな参詣者の身成りがおニューな位だ。清潔感も伴いチェックポイントは皆無に等しい。今尚古代の倭都教義(ジャポネセ・スタイル)たる『東風(あゆのかぜ)』を抱える稀有な例とは云え、とこしえの楽園で在る事を求めて、街路は当時のまま整備されず、今に旧時代的な情景を留めて居る。お土産屋は、旧套で陳腐な『観光地の店舗』としての伝統に囚われた儘、千年以上は時が止まっているように感じた。

繁華街の先に、巨大な寺院がある。善光寺だ。今は別に、宗教的な意味を持っている訳でもない。旧英吉利王国の宮殿のバッキンガムも今や浮浪区として名を馳せる。

無論、この寺を支配し、存続せしめているのは、信徒では無い。『権力者』の甲斐だ。

嘗ての仏を祀る施設としての役割はとうの昔に潰え、形骸化して久しい。今や政治的なプロパガンダが目的の『都合の良い由緒ある場所』として生まれ変っている。

モンクでも、シャーマンでもなく、世界を統べているのは、結局巨大な人民の集合体や其の代表であることを、掲げられた国旗は身を以て強く証明してくれている。

旧時代や其れ以前の民草共の生活にとってして、此の寺がどう扱われておれど、坩堝世紀真っ只中の今日の善光寺は古い仕来の外にあるのである。

内部的な事情を特に気にする事も無く、単純に美しい場所として観光にやってくる凡愚共を見ていると、なんだか腹立たしい気もする。無神論者の癖して。

仲見世通りは、善光寺を囲う、一つの城下町のような佇まいで、何千年も、只其処に在り続けている。文明が崩壊しても、時代が推移しても、不変で在り続けた、とも言ってやろうか。生憎様プロパガンダの宣伝塔と化しても或る事が唯一の評価点。

寺院としての価値を失った、単純明快な観光・ミステリスポットと化した木造建築物を歩き回る二人。ふと、妙な柱に目を落とした。土台の上で、柱が少しだけ回した様な、変な置かれ方をしている。説明書きを参照する限り、設計ミスでは無い様だ。

 「ほら、見てよ。一個だけ柱が、土台から随分ズレているでしょ?こんな回り方をするだなんて、面白い設置者も居るもんね。建物として軸がブレる事が美なのね」

「コレが地震柱って奴?本当に位置座標ミス?」メリーは、受付で貰ったパンフレットを眺めつつ、何か恐ろしい風景を目の当りにしているかの様に、震えつつ答える。

「まぁ、これが善光寺地震の爪痕と言う事になっているわ。何百年も前に、善光寺地震が発生したらしいけど、それ以前、もっと昔から此の地震柱はあったそうよ。」

 ――――――善光寺地震。弘化四年、信州北部を襲った大地震である。

昔から何かと日本列島は地震大国として名を馳せているが、此の名は子信州に生きている人々に留まらず、倭都人にとっては、『非情』に馴染み深いものだ。

 善光寺は、七年に一度だけ秘仏を公開する事で有名で、その時は全国から人が集まり、一か所に密集する。尤も規模が甚大だった旧時代の善光寺地震は、その御開帳の真っ最中に起きたため、死者数千人とも言われる甚大な被害を齎したという。

善光寺の御開帳に合わせて大きな騒動があったのは、これに限った話ではない。

千年だか五百年だか、其れくらい前、今となっては遥か旧時代の出来事だが、バーチャル世界のコミュニティ群で活動を行っていた一人の男子児童が、この由緒ある寺院の御開帳の儀式を、ドローンと呼ばれる小型偵察機を遠隔操作で飛ばし、意図的に妨害したという。彼は爆発的にこの事案の甲斐あって囲いを増やし、後代に依りて神格化され、今や絵馬には『VIVA!! NOEL』の文字が散見される様になったのだ。

その後彼が受けたお咎めに関しては特に歴史上では深く語られていないが、歴史的大事実として、此のニュースは善光寺を語る際に、屡々引き合いに出される。



 「ま、まぁ。愚かな子供の事は、ともかく。単にさ、大きな地震で柱だけがずれたって言うの? そんな事あるのかしら?酉京都の外れなんかしょっちゅう地殻変動よ」

地震柱の前で、数分間の雑談を楽しんで居たのだが、客人の目に留って注目の的となっているのに気付いた私は、蓮子を牽き連れて、そそくさと其の場から退散した。

 「ふ、ふう。熱くなっちゃったわ。本当はね、こいつはね、柱が、時間の経過によって乾燥して、捻れた物だって判ったの。でも、それより、地震柱と呼んだ方が地震の恐怖を後生に伝えられる、いい教訓だと思って、正式名称になったのよ。無論方便でしょ」

性懲りもなく、ワンポイントに留まって熱く語る蓮子を気にも留めず、遠くの柱を眺めた。私には再び見えていたんだ。柱が歪むような、恐ろしい地震の光景が。

 「どうしたの?昨期から何か見た感じ顔色が良くないみたい…毒天狗でも喰った?未だ病み上がりで調子が悪いの?其れとも、注目を浴びちゃったことで…?」

蓮子が心配そうに、私を頻りに心配して頬撫でするので、もう私もどういう調子で返答してやればいいか悩みこんじゃうし、返答に困る。微妙な気持ちになるわね。

「あ、ああ、そんな事ないわよ。むしろ、むしろ絶好調みたいで……最高よ!うふふ」

 瞬時に妙なテンションで切り返す私に蓮子も呆れ果てている様子だったけど、こんな所で私の楽しい観光ライフを中断する訳にはいかないわ。いざ、『ジゴク』ラ!

だってこんな古い建築物、酉京都でもそう沢山ある訳じゃない。それに、この柱…ちょっとそんな創作的って言うか、教訓にしてみては、少しばかり訳がありそうだしね。調子崩しも無理も無い。泡良くば貴方も地震の時代にダイヴ出来るかもよ?



メリーは近頃、サナトリウムの緑に気を狂わす事無き様、大した事のない物事の結界の切れ目だけで無く、異世界の情景を、何かを介して頻繁に眺めたと呟いた。

さらに夢の中だけで無く、冥界や鳥船に飛び込んだ時のように、実際に移動したり出来てしまうので、相変わらず何かと勘繰ったり期待を寄せる宇佐見蓮子である。
此程にも腐敗が露顕し切ったパンプキンパイのような世界の上に、縦横無尽に敷き詰められた異世界の情景との接点を、一本のバールで拗じ開ける様に、蹂躙する彼女が一筋の灯りと見たのも、生を受け以来希望を抱いた事は無いからであろう。

蓮子にとって彼女の存在は、妄想の世界を構築する材料と言うよりかは、工具になりつつある。今やツール無くして存在する事すら難しいのでは無いだろうか?

─────と、同時に、自分を諫みつつも、唯一認めてくれる『彼女』を、欲求を満たす為の工具として見てしまった事に対して、心の中で静かに叱責した。




「私は、メリーが前前から不思議な力を持っているのは身を以て判ってんだけども、その力って、いつも神社仏閣やら神聖な領域が関係しているのよね。貴方の出が基督圏なのもあるけど、そんなに聖域って暴きやすいものだったかしら?」

聖域とは、他の浸食を簡単に恕す程寛大では無い。清く、畏れ多きものである。それと同時に、人の手の加わっていない、本来の姿であるべきだと蓮子は思っている。



聖なる領域に、穢れた人間の築いた何かを置いたならば、それは形だけの神聖さに落ちぶれてしまうのではないか、といった疑念が蓮子の胸の内に潜んでいたからである。神州イルボニア・ヤマトは、大陸から東漸した唯一神の統一を赦さなかった。

蓮子や宇佐見一家は、珍しいアイテムやロケーションを、断固としてオリジナリティを保ち続く存在と見、暴く対象である他に畏怖する対象としても見たのだ。

だからといって、低俗なトレジャーハンターのように、破壊工作に出たり、暴動に至る衝動に翻弄されている訳でもないのが、根からの性分と嗜好のシンクロとも形容し得るのだ。現に高潔でハンキィ・パンキーなスタンスを維持するのも難しいと説く。

メリーは米神を抑えて、何か聞き取れないことを物々と挟みつつも、蓮子の発言に返答した。蓮子は己の耳に届かぬ言の葉の魔法が気に為り、刻を戻したい様子。

「そうだったかしら?あはは、確かに神聖な場所を媒介にどこかにダイヴしているわね。ロダンの石像が石に腰掛けてイデアを我が物顔で壟断する様に、私達も聖域から未開のエリアを独り占め出来てるんだから言語道断の事どもなりね。」

6ヶ月前 No.40

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM






    第 三 幕        刻の疵は忘却と新調の時代を示す


     五譜 民草の念を殺すスタンスは砕けた伝統と共にあれ








伊弉諾がなんだとか、古の時代がどうだとか。聖域を暴くことは、日本の創生に関わってくるだとか、蓮子の探求心を掻き乱す言葉が断片的とはいえ屡々散見されるのだが、蓮子は彼女の、此処に来てからの混濁したような意識から放たれる、一点に焦点が定まらない発言や、ふら付く足取りに如何しても気が揺られるのだ。

「ええ、偶然貴方を連れてきたいと思った地点がこんな巨大な仏閣だったから、きっと喜ぶんじゃないかなぁと思っていたんだけど、未だ体調が優れないのかしら?」
メリーは街路樹に凭れ掛りながら、其れでも無理に目を見開いて訊く姿勢に或る。

流石に隔離生活や、蓮子なしの生活が堪えたのだろうか。其れとも、この地は何か良からぬ物を抱えていて、メリーにとって強いストレスになっているのだろうか。 「だから、平気だって。只、私、少し調子が良すぎてねぇ、テンションがの高揚が余計な気分の悪くなるような物迄呼んで。其処まで云うなら此処で一度休みましょう?」

蓮子はメリーを支えてやると、境内の隅にあるベンチに、彼女の肢体を横たわらせた。熱い。躯全体が私の手を焦してやらんとでも言いたげに熱気を放つ。当の彼女の身も異常を訴え、汗が頻りに彼女のブロンドの髪を濡らし、吹き出し続ける。頸を、肩を伝わって、シャツ全体を湿らせる。蓮子の両手は異常なまでに放たれたメリーの汗で濡れて、メリーは愈愈以て喋らなくなった。事の重大さに気付き始めた様子だ。

まるで、施錠したサウナの中に数十分間閉じ込めたかのように、少女の全身は赤く色を変えている。躯が警鐘を鳴し出したのも数十分前だ。…私が悪かったのか?

「余計な物って…まさかとは思うけども…」 蓮子は、メリーの容体を懸念しつつも、彼女が大寺院の裏に垣間見た世界を体験したい、利己的な感情に駆られた。

 「地獄とかね」

例え、自分の身が砕け散ったとしても、地獄とはいえ、その地に秘められた深秘を暴くのが私の務めだ。此れはメリーの身を案じ続けるが故の同担意識だろう。

鳥船遺跡で私達を強襲したキマイラを撃退できなかったとはいえ、メリーを守るのは私だけであるべきだもの。だって同じサークルの部員だものね。命の保証は私がしなければならないのだから。彼女が死んだら瞳を抜き取って嵌めなきゃ。うん。
後で記憶から完全にキマイラをイレースする為に、鵺避けの矢でも買う?


二人は休息を終え、善光寺の閻魔像の前にいた。メリーの体調も良好なようだ。私は安堵したわ。一時は死んでしまうかと思ったもの。仏陀ブレスの御蔭様かしら。私達が本当に用件があるのは常行堂の阿弥陀如来の真裏に設けられた「秘神」に肖る為だったけど、今は開帳してないからやっぱりショックだったのかもね。

でも、何事もなかったかのように、熱が引いて行って、なんだか訳が分からなくなっちゃうわ。スコールコンディションって奴?私は人の体調や健康には余り強くない、頭の堅い旧時代的な人間だから、その手の事には詳しくないんだけどもね。

その、閻魔像はさっきのメリーの様に顔を真っ赤にして怒りを表している様だが、旧型酒漬けの酔っ払いのオヤジにしか見えないわ。怒りを表現するのに、顔を赤くするって手法があるけど、私は怒るとき、決して表情を曲げないようにするわ。

物体ってのは常に変化し続けるものじゃない?不動の表情ほど、恐ろしいものはないわ。無論、此の束の間の平穏ですら、何時の日に崩れ去るか判らないんだもの。

「ねえ、メリー。さっきの話だけど、地獄って本当にあるの?地獄で釜茹でにされるくらいなら、その窯に玉葱と人参とジャガイモでも入れて、カレーでも煮詰めてやりたいところね。インド人も吐き出すような、激辛のグリーンカレーでいいんじゃないかしら。やっぱり貴方が囓ったの紅天狗じゃなくてザックームの実じゃないの?」

痛恨のミスをした。ジョーキーな私らしく無い。グリーンカレーは泰のカレーだ。
せめてそこはキーマカレーだ、って突っ込みを捧げて欲しかったが、メリーは訳が分からなかったらしく、捻りのない私のレーム(最低)なギャグを華麗にスルーした。

 「地獄はね、地下4万由旬に存在すると言われてるの。地獄とはまた違うけど、加特力の経典に於いて、煉獄とは地獄にも天国にも行けなかった人達が、清めを受けるトンネルみたいな物だそうね。仏教では死後賽の河原で穴を掘るのかしら?」

地獄か天界か、三途の川の先にある冥界の考えと、何処か似通っているわね。でも、異世界のゲートが川の中に佇んでいるだなんて。トンネルの先は地獄。地続きのように見えて、実は別の世界に何時の間に移動してるなんて、考察の甲斐があるわね」

 「そうね、ナンにでも宿る付喪神の考えや、物の象徴の神が存在する考えも、どこか北欧神話を髣髴とさせて面白いわね。ところで、地獄への距離が4万だか、5万由旬って言ったでしょう?ところで、その由旬ってのは、長さの単位なのかしら?」

 メリーは自分の所属している宗教では無いにも関わらず、何時にも増して達弁になっている。彼女が祖国で通っていた士官学校では、宗教に関する教育も執り行っていたのかしら?古くは此処、神道の国だけど、知識の集積を爆発させなくても。

 「そうね、サンスクリット語を語源にしているわ。サンスクリットって言うのは、ご存じの通り、古代アーリアの単語よ。貴方、お寺で梵天様の字っての見た事ある?」

「先にアーリアって言うのは、超古代、印度にあった都のことね。日本では梵語として知られているわね。ほら、般若心経なんかはサンスクリット語の経を日本語で訳したものとされているわ。多神教って意味では神道と……おっと。話が逸れたわね…」

「由旬って言うのは、そのアーリアの言葉で、長さの単位を表すものなの。帝の進軍するペースの事を指しているとも聞くわ。1由旬はおよそ7キロ。7キロなんて、数時間も掛けずに、十分進める距離だと思わない?大層インドの王族も牛歩だったのね。駅のプラットホームで半ば立ち往生するトロトロメーカーに近くて吃驚ね!」

「ふぅーん、つまり、4万由旬はおよそ28万キロ位ね。30万キロ奔る車って中中無いから割と遠方?地球の直径は大体、1万2千キロとちょっとくらいだったし、地球を通り過ぎちゃうわ。イベント設置の座標ミスで箱庭状態にでもあるのかしら?」

私はよく分からない口ぶりで、メリーの言葉を受け流した。私を乗り気にさせる雑談内容だが、孤島に地獄は存在するのかしら?と、素朴な疑問が立ち込めた。

「28万キロって言ったら、地球を通り越して月の方が近いくらいね。存在しないかと言われたら、まぁ、そうとも言えないんだけどもね。月までの距離は因みに38万キロ程あるとも言われているわ。私が物差し使って計測した訳じゃないんだけどね。使ったのは精々心の奥底に潜ませた科学的尺度の分度器なのねん。そう言えば月に直下50キロメートルの空洞があったけど、足したらこれに近くない?」

地下4万由旬に存在するのは飽く迄地獄の底だ。実際には、地獄はそこから3万9千由旬ほど高いところにある。つまり地獄の天井は、ずっと地表に近く、地上からそこまでの距離を測っても1千由旬しかない。キロに換算すると地下7000キロ。

此れは「地球の中心」近くに地獄がある事を意味している。地球を突き抜けて、宇宙空間へと地獄が展開されている事を考えると、実は底無し沼だった!的な発想ができてしまうのだが、無論アガルタ理論と座標ミスだったら座標ミスの方がユメがある。「何も無い所を探索したら、極楽浄土への切符売り場がありました」なんちて?
メリーには地球内部の事まではよく判らない。アガルタがあって、もう一つの空があって、太陽が浮かんでいるのかもしれないし、そこにはカンブリア紀の海が広がっていて、三葉虫が我が物顔で泳ぎ回っているかもしれない─────
・・・なんて呆れた空想科学に支配されてしまう始末である。ファニーに生きるのだ。

何とも言えない。腐ったリンゴの躍るパラダイスに私は生かされるのだ。こんな楽園が裏側の世界に在って堪るか。私達が苦渋を舐める一方、そんな事が。シュードパラダイスだ。こんな場所に来てまで、そんなメルヒェンな事を考える暇があるのなら、さっきのヴィジョンの正体を明らかにしてやりたいところだと、葛藤しているのだ。

其れに、若し地獄が存在すると信ずるならば、私の日々の悪行が祟り、後に必ず流される事に為るのでは無いかと不安が頭を過ぎった。仏壇は必ず手入れしよう。

 彼女は今、『そう感じさせる』物を持っているのだ。不安を誤魔化すべく、くだらない話を続ける。考えねば自我を保てぬ。膨大な情報の浸食が私を飜す事を恐れて。

鉤型の御石は、掌に深く食い込み、死後の世界で経験するであろう阿鼻叫喚の夢をまじまじと、見せつけ、彼女の胸の中に広がっている夢(アッ)と(プル)希望(パラ)の(ダ)楽園(イス)を、あっという間に駆逐し尽くす。古生代の瀛は涸れ果て、原始大陸パンゲアが心に姿を顕した。

「それでも地獄は極楽のある座標なんかよりかは、ずっとずっと近いのよ?」

 メリーは邪念発散に用いた鉤状の塊を畏れ、ポケットに投げ込むと、再び弁をマシンガンが如く走らせた。 「え? 極楽は雲の上にあるんじゃないのかしら?」 蓮子は不思議そうに、地獄と極楽の位置関係に関しての疑問を投げかけてきたのだ。

 「あのねぇ…極楽にすむ阿弥陀如来の身長は、6×10125由旬もあるのよ?雲の上は疎か、コンピューターの24ビットカラーの表示可能色数よりも、漢字文化圏最大の数字である無量大数よりも上の数よ。」

「阿弥陀如来の身長だけでビッグバン宇宙より遥かに大きいわ。もう、ビッグバンを通り越して非加算正則極限基数、いやいや、ビッグクランチクラスかもね?」

「史上最大は史上最小でもあるってことかしら? あとちょっと積み重ねたらグーゴルフレックスに到達してしまうくらいの身長でね、笑うしかないわよね。」

6ヶ月前 No.41

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

6ヶ月前 No.42

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM





        第三幕 刻の疵は忘却と新調の時代を示す


   七譜 八百万~の隠遁と一方通行の曲解レールの織り成す交錯廻廊




「そのさ。見つかった石片が、だれがどう見ても人の手が加わった人工の形を成していたのよ。それでさ、大勢の期待していた学者も、ギャラリーもみんな冷めちゃってさぁ、挙げ句の果てに研究者様意気銷沈で行方知らずよ。事実は総て闇の中。」

 イザナギプレートとは、太平洋側に存在して、ユーラシアプレートにぶつかった事で日本列島を生みだしたと言う、白亜紀後期頃に存在した太古のプレートだ。

なんでも、其の國造の神の名を冠するプレートは、2500万年前に、ユーラシア大陸の下に潜り込んで、完全に消滅したという。その名前は、日本神話において、日本列島を生んだ~代七大が内の、陽神・伊弉諾尊に因んで名付けられたものである。衰頽した民俗学に纏わる寓話的俗称で呼ぶ事が憚られ、暫くの間「イルボーニャ・プレート」と呼ばれた時代もあるが、現在はその表記は一般的では無い。

 「なんだって?遥か地底から人工物?それって本当?なんだか怪しい話もあるもんねぇ…。低級神様がプレートに大事な玩具を落としちゃったのかしら?取り忘れたかなんかで」

腐敗した海の底、ヘドロと残骸の埋まる層からオーパーツが出土したなんて、
情報に疎い一般人が見たら、訳の分からないグレイ型のエイリアンの宇宙船の破片だとか、フェイクだとかって語りだすだろうね。日本列島の始祖の話題は兎も角。

或いはこの不気味な形状の石を、自然が作り出したと形容するだろう。まぁ、明らか叩かれて砕けた何かの破片っぽいし、この奇怪な形状の石でも、何個か並べれば、家紋にでも出来る、位の価値は或るかもしれないわねぇ。家紋に何の価値が或る。

縄文時代か何かの産物ならまだしも、2500万年前となると、まだまだ人間なんか出てきていないし、これが本物の神器である確証でもない限り、こいつの正体は掴めないんだけどね。其れこそ技巧のトリケラトプスの神様が仕立てた鉄片とかじゃ?タイスケ・イガラシの提唱したカンブリア生殖爆発に由来する智慧と生命授け石(ペトラ・ゲニタリクス)の実在の証明?

「いやー、なんだかねぇ。これは70万年前の石器だ、って捏造して顰蹙を買った学者もいたみたいだけど、2500万年以前、となったら、最早嘘と分かりきってるわね」

蓮子は小太りな男がキングに見立てられたミーム・トランプのキングを掲げて恰も手札が役満状態になったかの様に叫ぶ。

 「嘘を捏ね合わせて、事実が生まれるの(オルタネイティヴ・ファクツ)よ。逆説的に、捏造では無いともいえるわ」
突発的に、私の心の中に溜めていた記憶と確信が、蓮子目掛けて弾け飛んだ。

「本当に良いニュースだわ。その人工物は、本物だってのよ!私が保証する?嘘だと軽蔑していた学者連中もこれで地獄の針山に投げ付けてやれるわ!万物を貫く針山に飲み込まれながらも、肩の凝りとお堅い頭を解せるといいわね」

「今日のメリー、何か変よ? 急に不安がったり、体調崩したり、急に意気揚々になったりさ」と問われても、もしもシナノゴールド?元気ですカボス?としか返せない。

蓮子は私の方を変な目でマジマジと見つめている。マジマジ!マジなの!マジ!

一転に集中しない、どこか落ち着きのない視線は、どこぞのリメイクされた空想上の狸型ロボットが見せる、熱くも冷たくもない瞳のようだ。ああ、なんて滑稽な表情だろう。正直者は勘繰り過ぎる。曲解癖の激しい彼女らしさが滲み出てる。

こんなに単純だけども形容しがたい表情を見せるなんて、貴方はまるでメイドロイドみたい。付け加えて云えば反応を狙った面白可笑しい狙い通りな顔ね。

「実はね、私、その貴方が言っていたイザナギプレートの名残だっていう石を持ち合わせているの。この勾玉みたいな鍵爪みたいな石がその一つよ。周期的に私に奇妙な夢を見せるこの石なら、日本創世の瞬間を眺められる気がしてならないのよ」

「な、何言ってるの? やっぱり善光寺のオールドカスタムと強制収容所ことサナトリウムの不快指数ゲージアッパー共に嬲られて、おかしくなっちゃったのかしら?」

蓮子の言葉もまぁ頷けると言ったら頷ける。如何せん、2500万年も前に、自然が人の手に掛かった様に見える物質をどう構成したんだって話だ。珪素生命の智か。

私は神の領域に再び身を投げ出す事が出来たのだ。廃衛星も、冥界も、直接神と対面できるチャンスでは無かった。飽く迄、神の御膝元へと至るステップであると私は考えていた。今なら何ダースもの虚数空間を旅する魔術師にだってなれる筈よ!

この鉤…伊弉諾(イザナギ)の(・)断片(オブジェクト)が私達を、神々の膝元たる高天原へと順を追って誘おうとしているのだとすれば、これ以上のチャンスは到来しないものと考えて良いだろう。

神に問う質問のリストだとか、様々な宗教に関する断片的なイメージを、蜘蛛が巣を尻から捻り出した糸で織り成すように、結び付けていくことにした。

蓮子は、なんだか私から距離を置いているような気がしてならない。私、何かしたのかしら?私に否があると言えばちょっと強情でジョークを真に受けて仕舞う所位だけど、そんなに蓮子にとってマイナスな事はした覚えはナシナシ洋ナシ食べる?




 そう言えば最近メリーの能力が、何かの弾みに徐々に高まってる様に感じるわ。

最初の頃は、ただ不思議な世界が見られると言うだけでダイヴしていただけなのに、今では訪れた世界から、何か珍しい物を持ってくる事も自由自在という。
冥土で樹を揺し、落ちた桃を囓り、味を感じ取ったのは、夢では無いと想いたい。

夢の世界だと言うのに、物を現世の我が愛の巣に我が物顔で持ち込めるというのだから、きっとその異世界は私にとっては夢なんだろうけど、此の世界にとっては現実で、もしかしたら何かを交点に隣接する世界だってのかも知れないのね。

不思議な世界では先日私達を食らおうとしたような、キマイラのような怪物に出くわす事もあるそうだ。例えば鼻高々に昊駆く調伏師だとか、火を噴く蜥蜴…
果てには空飛ぶゾルゲ諜報団が見られるときた。「空想と不可思議」の混淆か?

私にとっては、其れらは実際に眼に映す迄は、単なる幻像で夢物語の映すヴィジョンに過ぎないのであるが、メリーにとっては現実で、命を脅かす事も有り得るのだ。
うん、異世界と呑み込まれつつ、と言うよりかは徐々に一体化しつつある、メリーがそのキマイラと同じレベルにいると思えてならないかな。

しかし現と夢の境目に生きる人間かぁ。異世界にとっては、彼女の存在はインベーダーかも知れないけど、彼女の欲求が高まれば彼女も異世界の一部になってしまうのかしら?人離れした存在って意味では何時ぞやに冥界に至った、私もそうなのか。

心配でならないけど、まだズットモ・デュオの別れの日は、遠い気がした。私も彼女も、互いを必要としているのだからね。そう、違ったとしても信じてしまいたいわ。

「ふーん、メリーが持っているその石が……メタンハイドレート遺跡から出土した石とイコールであるって訳?どうも胡散臭い話だけど、廉いお土産じゃないの?」

異世界との接点は建造物であったり、据え置かれたオブジェだったりするんだけど、彼女は以前より更に小規模な媒体、この石を通じて異世界を見ていたらしい。

それも、この善光寺を訪れてからというものの、石がぼんやりと放つ夢のエネルギー波がどうも強くなっているみたいね。異空の風は神に息を吹き込むのかしら。

彼女が小道具袋から取り出した石の形は、釣り針とも、鍵とも言いがたい形容しがたい妙な形状をとっていた。報道されていた物に確かに似ているが、どう見ても両者共に人工物である。ゲンジン製磨製石器か何かじゃないのかしら?本当は。


 「此れなんだけどさ、イザナギプレートから見つかった人工物、伊弉諾物質(イザナギオブジェクト)と何か関係あるんじゃないかと睨んだわ。私。此れに割とオネムタイム、裂かれてるし」

「んー、なんでそう言い切れるのかしら?どう見てもなんか人が作った感じがするわよ。実はグレイ型が残した宇宙船の断片でしたオチは無しにしておいてよ。」

まぁ、メリーが言うのだから、この石にはただならぬ妖気があるのだろう。持ち帰ってまた詳細に調べ上げてサンプルにでもしてやらなきゃいけないと思う。

 「現にこれは神々の世界から持ち出したものよ。鳥船遺跡や冥界のような、異世界に実際にダイヴしたときに拾い上げた、紛れも無いマジックアイテムだもの。」

「えっ、やっぱり異界モノ。でも、やっぱりそれって夢の世界の道具じゃあないの?」

だから私が異世界の幻影の話よ。さっきからそう云ってるじゃないの…、でも、夢の話なのに、何でその夢の中の物が現実に出てくるの?おかしくない?ワープ?

なんで鳥船で猛獣に肉体にキズを付けられたのかしら?やはりこれも、現実の世界なんじゃ…行き場のない疑問は、単なる味気ない質問へと次第に□鋤していった。

「だから、貴方に相談してるのよ。でも、私には見えてるの。2500万年前、伊弉諾が捏ね上げた日本の姿が、確かに。其れに私の瞳には現と虚構の隔てなんて…」

メリーは伊弉諾物質を投げたり振ったりして何時にも益して陽気な様子だ。

何だかなあ、普段の落ち着きのあるメリーらしくないわ。又しても善光寺での発火直前に至りそうで。不気味な石だけど、そんな不可思議な力を秘めているってのも、まぁ彼女の様子を見る限り、嘘臭くはない気がしてきた。依然正体不明だけど。

 「今日のメリーは、いつもにも増して妄想プロデュースしてくれるわね。デムパとでも呼んであげようかしら?旧時代風に。うふふ、あははは、心頭バカらしい女ね」
ハルジオンが金髪に映える。そこらの男衆は忽ちハルメギドに駆り立てられそう。
異世界を次から次へと思い浮かべられるメリーの瞳の世渡り術を羨ましく感じるわ。纏め上げる事は得意でも、無からイメージする事は苦手かも。引出しに弱い。

 私はどっちかと言うと想起よりも、どっちかと言うと、蓄積するタイプの人間だから。耳に飛び込んできたビッグニュースを紐解いたり、手に入れた話を一本に統合する事は得意なの。何から何まで対照的だけど、不思議と一緒に居て気分がいい。何もかもが統一された世界に於いて、個性がこんなにも美しいものだったなんて。

 「あーあー、ウェルウェル。何とでも言いなさいっての、今は新しい映像が石様効果で次々と電波塔みたいに入り込んてきて、絶好調になっちゃったんだからねー。」

 サナトリウムから戻ってきて、メリーは一段と、その感性が先を削り上げた竹槍のように鋭利になった様に感じた。蓮子は異世界を独り占めするメリーを羨ましく思うと共に、何とかして自分もその映像を眺め、我が物にするべきだと思った。

「ねえ、私にも見せてよー。その映像。焼け焦げた世界でさ、デミナンディのステーキでも作って口に運んでやりたいわ。焦土で戴く焼け焦げポークステーク最高!」

「えぇ、それは勘弁しておくわ。せめて飛騨牛のヒレでお願い。加減はウェルダン」

善光寺を照らす人工の夕焼けは、修羅の住まう世界の様に変貌した世の中にも、まだまだ希望の光が、確かに存在せしめる事を伝えているかのように、私の眼に語りかけてきたわ。偽りの輝きが、私の心を燻ってみせたのは何時ぶりだろう。

単なる映像が、私に働きかけたのは、奥深き古代魔法石の湛えた秘力のせいか。
それと、。自己中心説論者的に、私達の善光寺で展開された小さな物語の終わりを告げるサインだからこそ、ってのもあったのかも、なんて想えてしまうのである。





もしも此の、人の手に掛かって最適化され、光の向きや温度も的確に決められた完璧な人工の夕焼けを、事前情報も無く旧史人が二つのまなこに向けて一直線に映写したとするのならば、きっと貴方は紛う事無く本物の夕焼けと判断するだろう。

その時、一体何が心の器の中で生み出され、そしてどのような思考や印象へと転じさせるだろうか。無論、猜疑を抱く事は無いだろう。私達坩堝の縁を駆け回るナンチャッテ・オカルティストですら、本来は気にも留めぬ耀きに心時めかせるのだ。



6ヶ月前 No.43

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM






      第三幕 刻の疵は忘却と新調の時代を示す

    八譜   失われた幻想を冥府より導くアクトレス











私は陽の裏の真実を判り切って居るから、この偽物の映像を眺めて少なくとも、『一概に感動する』だなんて事はなかったが、一つだけ思い浮かぶ事があったのだ。

「こんな眩しい偽りの光で大地を照らさなくても、日本中の不思議を集める私達にとっての光…、暴かれる事なく長らく眠り続けた、僅かな幻想が、もっともっと露顕して、人々の心を照らすことが出来たらいいのにね────」なんてな。は。
薄暗いクーロン砦紛いの街で揺蕩う内に、『旧時代人かぶれ』な感性に汚れた、か。




人類はいつから、世界中に溢れ返っている不思議や、妄想を受け入れなくなったのだろう。いつから、はっきりとした物に囚われ出すことになったのだろう。

古来は闇夜に小さな火球がぽかんと佇んでいれば、死者の無念が濃縮されて生まれた霊魂だとか、狐が人を騙す時に生ずる彼らは、「新しく考え出す事」に僅かな愉しみを覚えられたのだ。幻想を糧に日々の生活を豊かに出来たのだ。

そこには、多くの人達の、深い想像力があった。未知の何かを証明する為に、人々の思いだとか、知識だとか、万人色の思想を総動員した真の人生合作である。

総動員された知識に、それを断定する証拠は必要とされず、人々の記憶に焼き付くだけのインパクト性と剽軽さが重視されていたと聞く。真偽の程は知らぬが。

無論、科学が進歩したところで、発想やアイデアが重要なのは変わらなかった。科学の大半を構造しているのは、ピンからキリまで、人々の元も子も無い想像である。


哲学なんかは大半が客観的な事実によるもので、結果はまず優遇される事はなかったのだ。見えない未来を予測する為に、既存のデェタに囚われる必要はないからだ。
労力とコストばかりが必要とされる概念なんて、哲学とデリウションに委ねてしまえと。


しかし、人々は逸話や神話を否定しだした。宗教的な建造物は、あくまで形だけの芸術や、政府の売名の道具として姿を変えてしまったのである。

科学こそが、人々の胸に生きる神に成り出した。人類は、本来の支配される側ではなく、いつの間にか、一概に一つの規定事項のフレームの内側に決め付けては支配する側のサイドに摩り替ってしまったといえようか。「霊長」としての驕りだろう。
地球環境は疎か、月のクレーターや、遥か数万光年離れた星の光にすら、人間的な名前を付けだすようになった今、自分ら人類以外の敵は無くなったといえる。

文明の進展に伴って、研究者達は地球上に存在する、既知の不思議について、何かと理由を付け出した。理由がない、存在を立証できないものは全て虚構であると認識するようになった。ネッシー、雪男ら未確認生物ですら虚構の烙印の対象である。

当時の現代科学に於いて、あくまで幻想に縛られるだけ、と言うことは決して認められなくなった。非科学的なままではこの大地に根付くことが出来ないのだ。

例えば火の玉は狐の妖気などではなく、人体を構成しているリンが自然発火しただとか、メタンガスの燃える光だとか、プラズマだとか、挙句の果てには不安や恐怖といった脳の反射作用で起こる、一種の錯覚であるだとかだと想像したものだ。

確証は無くともに証明できるものならば、まだ、幻想の名を失っても、「証明されたもの」として、人々の記憶の中で暫くの間は生き永らえる事が、確かにできた。

しかし、情報化社会が更に進むと、分け隔て無しに古今東西の情報を売り捌く電子網が登場し、個々の個性は死滅した。情報の巣窟に潜り込みさえすれば、誰にでも、情報が平等に与えられる物になった時代に、個々の想像の余地など、無かった。

火の玉の正体は与えられた、立証された情報の海の中に必ず答えがある。
無ければ、何かの間違いや虚構であるで片付ければ良い、と。人は答えのある不思議を娯楽として楽しみ、答えの無い、誰の回答も得られなくなった不思議の一切を否定した。飽く迄提供は、基点では無く劣化の一助であるに過ぎないだろう。

挙句の果てにはデマゴーグをポストするユーザーですらも、客観的事実として認めるようになってしまった。その瞬間、人々の心から、事実と虚構のボーダーラインである疑問の炎は消え、人々は完全に「嘘」の束縛する世界から解き放たれたのだ。

集合知こそが真実で在ると説きだした人々に対して、「真実」が現実を覆す為す術は皆無に近い。蘊蓄の箪笥は腐敗した蜜柑詰めの木箱に対して無力だったのだ。

それからだ。誰かが誰かを欺く事に、独創性を否定する事に何の躊躇もなくなり、それが生活のスタンスとして認められるようになったのは。情報を売る事こそが、人の性となったのは。本来首位に在るべき我々がマイノリティとなったのは。

6ヶ月前 No.44

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM






             第三幕 刻の疵は忘却と新調の時代を示す


    九譜    日本中の不思議を集めて 〜 Led On by a Cow to Visit Zenkou Temple












  うそはうそであると見抜ける人でないと


          (掲示板を使うのは)難しい
                                               西村老師 ( 1976- 不詳 )












忌まわしきスパイラルの浸透は、この国から、神様はおろか、幽霊も、河童もいなくなり、急速に偽りの生態系が蔓延ることになった理由といえる。

今はもう、日本中が見捨てられた不思議と幻想の墓場と化している。私達は地の虚に封された幻想を解き放つべく、極楽の錠前を切り拓く鍵にならなければならない。たった一つの深秘を暴く者として、世を糾すトリガーにだ。

「メリー! この場所、サナトリウムの夢の中で見た事があるよ!何か大きな槍みたいなのが山に刺さってる光景!此れも神々の世界の縮図なのかしら?現実?」

凹凸の激しい山々の岩の間に、巨大な石の槍が突き刺さっている。傍から見ればただのモニュメントに、無駄過ぎる警備が敷かれているようにしか見えないのだが。

「この逆さに刺さった鉾は、神子島(レイジング・カンティネン)にある高千穂峰って山々に突き刺さっているという、 天沼矛ってアーティファクトね。伊弉諾命と伊弉冉命(イザナミノミコト)が混沌とした海を掻き雑ぜて、日本列島を生み出したという鉾よ。基督を突き刺した、ロンギヌスの槍みたいな立ち位置にあるわ。ワンオブ伊弉諾物質。他にもこんなのが──」


神子島とは、本土から海を隔てて離れて存在する、日本列島(ヤマティネント)を構成する島嶼がひとつである。陸の真下を四万十層が走り、島の大半を起伏の険しい山脈と磐磐が覆っている。伴い住民の性質も火山島倭都の中でも比較的固陋で短気である。

神子島の中心に聳え立つ、偉大なる阿蘇の霊峰は、古くから灼熱の炎を噴き大地を育み、時に嗄れさせる憤怒と豊饒の山として、人々に畏れられてきた山だ。

関門海峡によって本州と隔てられた地だが、数百、数千年の時を経て、阿蘇の霊峰は爆発的噴火を引き起こすことがないように度々形を変えられ、制御された。

その結果、整えられたバランスを信じ旧時代に此の地に住んでいた人々以外にも、大勢の人々がこの地へと移り住み、現代の『坤九州』の基盤となる都市が完成した。

他にも四国(フォースアイランド)や法戒道(ノーセス・ドライ・アイランド)、劉球(リウキウ)などの旧時代、日本国の主要都市が存在し、栄えた島々があるが、孰れも日本の各地に点在する要点を結ぶ、七道鉄道で結ばれておらず、主要都市を抱えて居ないので、今日、此の地を訪れる旅人は皆無だ。

孰れ此れらの三つのミステリヤスアイランドへと赴いて、歴史の闇の中に隠された謎を暴くことが、今の二人の目標だ。今出来なくとも、必ずや達成してみせよう。

道中で多くのミュータントや改造生物、暴走マシーンが我等飽くる事の無き探究心を抱くバガボンドの命を狙うだろうが、無論無問題である。きっと宇佐見の一家の隠し持っているマジックアイテムと智慧が、私達の冒険を助けてくれるだろう。

メリーはヴィジョンを共有する際に、必ずや蓮子の目に手を当てる。こうする事で、不安定だが、メリーの見ているヴィジョンを他人に共有する事が出来るのだ。

近くに何か異世界との媒介となる神秘的な要素を設けさえすれば、安易に衛星トリフネや冥界のような遠く離れた大地にも、飛び込むことができるようだ。

「それもね、カンティネンの高千穂峰の山頂に実物が刺さっているのよ。もの凄く不思議で、謎めいているのに、誰もまともに研究しようとしないの。人跡未踏だし」

「保護だけなぜか為されているけど・・・誰が突き立てたか、いつ頃突き立てられたかもよく分かっていないから、やっぱりオーパーツとして認識されていたみたいね」

メリーを取り囲んでいた不安の暗雲は颶風に晴れ、確たる意思だけが残った。

自分が見た地底の光景は地獄等じゃ無くて、現実に存在する神々の領域の映像なんだという確信だ。私達は神に寵愛された救世主だ。ワールドルーラーである。

 「きっとその天沼矛も本物ね。この伊弉諾物質と同じ石で出来て居ると思うわ。確かめに行きましょう?まずは坤九州ね。神子西海道なら、確か酉京都駅から乗れたはずだし。・・・・・でも今日は少し休みたいわー。愛する馬ちゃんも今頃車庫だし」

「あと、そうだ。夏にでも鎌倉に日帰り旅行に行かない?大仏観にさ。最高!!」

伊弉諾物質を蓮子の手に渡すと、私は帰りの葛飾21号の客室内で一人で神々の世界の映像と、私の思い描いた世のリミックスを、小さなキャンバスに体現して居る。トレースと云うよりかは、寧ろ、背臨に近いかも知れないわね。私のイメージと、伊弉諾物質が見せた幻想的な風景のミックスされた、もう一つの世界に愛を捧ぐ。

「でもさー、その絵、夢物語とは思え無い。明快で素敵な絵だね。写実的な筆致に心躍る。神々もこんな世界で生きているのだもの。私達も負けていられないわ。」


「よし。今度、メリーの快気祝いに神子島へ行こう。そうすれば、その神々の地の大本営にダイヴすることだって出来るかもしれないじゃない。愉しみ、浄土の桃に栗」

神々の招く手が、確かに私達に向けられているものだと、確信した。善光寺でメリーが見た光景も、あの傷も、紛れもない事実だ。我等二人組は国津神公認、か。

忘れ去られた者達は、孰れも全て理由と名前を付けられて、その成長を止められてしまう。私達は名前を付けられることなく、生き長らえている者たちを見つけ出さなければならない。記憶の隅より消失した時、彼らの生きる地は邯鄲の夢内だ。
忘却路線に載せられた、レッドデータ・ファンタズム片手に、現実志向と改め闘おう。

「あ、天逆鉾が本物だとすると……、もしかしたらここの近くにも神々の遺産が残されてるかも知れないわ!やるわね蓮子!貴女は本当に天才だわ!」

二人の想像力は留まるところを知らない。サナトリウムから出てきたばかりの病み上がりとはいえ、此れ程までに何かに対して没頭し、酔いの内に熱狂出来るのは、土曜の夜のバー位である。こんな夜半は酒瓶片手にデリバリピザを頼むのが定石。

メリーの異世界への探求心が深まったことで、異世界に対する好奇心もより機敏になっているのかもしれない。私の現実志向が廃れ、異論を受け容れたく為る様に。
…が、今迄の幻想への利己的な振舞いを踏まえると、直に私、『厭魅』されるかも?

「休憩したら次は戸隠に行ってみようよ。あの辺りはシェルターに覆われてて安全でしょ?それに天手力男命が投げ飛ばしたという天岩戸が、今でも残ってるんだって」

「天岩戸といえば高千穂にも天岩戸神社って神社があるわ。まさか天岩戸も!」

メリーは伊弉諾物質への関心が深まっているのか、キャンパスにあっという間に神々の世界のラフを描き上げ、次の段階に取り掛かる準備に取り掛かってていた。

終点の酉京都が着々と近付いているが、そんな事もお構いなしにメリーは筆を進めている。響く電子汽笛に気を惑わす事無く、沐沐と筆を振るう少女に感嘆だ。

先程迄無地だったキャンパスには、嘗て鉤石が取っていたであろう、本来の武器としての姿が映し出された。竹の先に括り付けられた武器に姿を転じた鉤石は更に、光を放つ乙女を幽閉する、注連縄で護られた洞塞ぎの要石へとその姿を遷らせた。

「そう、きっと天の岩戸も伊弉諾物質だわ!これも天岩戸で作られたアーティファクトかもしれないのね!じゃ次のプランは伊勢志摩と高千穂、松代の三窟巡り?」

小さなイリジウム石ですらも、神の手に掛かればあっという間に力を秘めた法具へと姿を変える。小さな石に目を輝かせる我等はとことんプリミティブな女だ。

才能を秘めた人間がどれだけ努力を費やしたとしても、富豪が金を擲ってしても、決して到達することの出来ない領域に、伊弉諾物質のルーツに辿る術はある。

わたしは人類で唯一、この奇妙極まりない鉤の石のルーツへと迫ることが出来ることを、誇りに思った。神々の遺した遺産、大切に取っておかなければね。


「そうと決まれば行こう、戸隠へ!ワクワクするわね。きっと誰も気に留めないだけで、日本のあちこちに伊弉諾物質が眠っているんだわ!我等は神道後継者!」

「それに気が付いた選ばれし者だけが、神の時代の風景を眺められるのよ!」


伊弉諾物質に揺り動かされ、これから私達は各地を巡ることになった。

各地で多くのサンプルを収集し、私の日課もそれに伴って充実したものとなることだろう。充実した日課は、更に多くの「ミステリ」を切り開く為の剣と姿を変える。
我々が見過ごした規矩の裏側に、剣を叩く鉄砧が隠されているかもしれない。
探求の剣は、暗雲に覆われた侘びしい世界を、暗い雲から解き放つ希望の光になるだろう。ニヒル・アドミラリを盾に、探求の剣を取れ。皆を導くドゥクスとなるのよ!

その希望の光を放つ黒鉱をもっともっと手元に揃えることは、私達鍛冶にとっても、陰鬱なトーンに押し潰された世界にとっても、確かに好都合であることでしょうね。

人々の心に灯された、希望の光を生み出せるのは、私達二人のような、行き過ぎた好奇心に駆られた挙句、蓋然性をものともしない人間と、マリアナ海溝よりも深く、成層圏よりももっと高みに在る、崇高な好奇心によって価値を見出された「モノ」。

この二つの要素は、荒んだ人々の心を癒す唯一の手段に成り得るでしょう。
神々の轍を辿り、今一度我等が「第二の天地開闢」を担う先導者となるのだ。

「素敵だわ、私達で見つけ出しましょう!神々の遺した知恵を!世界の未来を!」


伊弉諾物質は我等坩堝人に「幸福」のシルマシとしての一面を見せたのだろうか?
今は「希望の光」の導き手となる、探求の剣を打つ切っ掛けになってくれたメリーと、探求の剣の素材となってくれた秘蹟、「伊弉諾物質」に、祝杯を捧げる事としよう。








私は、終点の酉京都に辿り着いても、暫くの間は寝台で鉤の石を握り締めて、目を瞑っていた。希望を私達の心に映写する石は、束の間の夢を私に与えてくれる。

暗黒一色がリードするキャンパスに、虚構のチューブから生み落とされた、確かな現実の絵の具が捻り出され、鮮やかな色が不可視の絵筆に拠り割り振られていく。

暫くして、私は、深い霧に包まれた、広大な湖に其の身を投じている事に気付いた。



軈て景色を包み隠す呪いのヴワルの合間から現れたのは、湖の上に佇む燃え盛る焔の様な紅で彩られた、如何にも高貴な者の住んで居そうな高床の神殿である。

気が付けば、社の至る所から、蛇の形を成した妖艶なダリアパープルの妖気が滲み出していた。気の変化は一箇所のイメージを此処までに覆してしまうのか───

───霧に包まれた華麗な社は、一瞬の刹那、陰翳に包まれた冥土が如き狂気を醸し出す、d□cadence的で病的に美しい伏魔殿に変わる。あゝ、此処は人に在らざる者の生わす魔所ならば、何人が此の社の主なりや?何者が私を喰らうのか?

桑楡の刻が肉体を得て、私の元に犇犇と近付いて来るのを感じ得た。果たして如何なる姿を経てして我が魂を死屍累々の僻陬に一擲せんとするのだろうか?

神か?仏か?忘れ去られた此の国の支配者たる古き者共か?宙の異端者か?

到来を告げる弔鐘の音と共に、社の奥からプリズムの様に一切の光を反射する、八つの首を持つ大蛇が這い出てきたと思うと、極光が辺り一面を包み込んだ。

大蛇と対峙する、一人の矮小だけども、勇敢で強靭な肉体を持つ戦士が、昊から降り立った。八頸を揺らす大蛇に対し、煌めく剣の先を向け、果敢に挑み掛かった。
彼の道躰をも遥かに凌ぐ頸は、毒を滴らせ乍らも城を砕き、飛沫かせ、暴れる。

闘いは熾烈を極め、結末を迎えぬまま視界は段々フェードアウトして行く。
気が付くと、私の耳元に微かな女性の声が響き渡ってきた。迚も儚いボイスだ。

瞳が完全に見開いた時には、莞爾として頬笑み続く、愛おしい相方の顔が視えた。

「貴方も、私だけの夢の中に、私の力無しで飛び込むことが出来たのね。
ありがとう。私を判ってくれて。そして、ようこそ。私だけの世界へ。」







神々の時代を伝える皮膜は私達の目の前に、ひとつの残滓として謎は姿を現した。
「石」と言う、プリミティブさを秘めたペルソナ、自然かつ不可解なヴワル)を纏って我等の目の前に現れたのだ。

その未知なる神々の断片は、科学主義の私の奥深くに眠っていた、僅かな幻想空間への期待を引き起こし、魔術に心酔するだけだった、此の私を自ら異空へと誘わせた。

これはファンタズマゴリヤの再帰の可能性を示唆するものと言っても過言では無い。此れは坩堝世紀に残された最後の幻想だ。掴み取るは生者が諍いに身を任す事無き偕楽の時代。再び幻想が基盤を育む。私は幻想を護る。未来を切り拓いていこう。














神様の墓場が、史実として動き始めていた。


それは秘封倶楽部────────不思議を受け入れた者だけが見える、別の日本の姿だった。

6ヶ月前 No.45

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

6ヶ月前 No.46

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

6ヶ月前 No.47

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM












     第四幕   新約万華鏡は歴史の罅を踏み躙り今に繋げる


        序譜   我等が始祖が文は弥勒を懼れて







(壁の端に刻まれた旧い碑文、恐らく初代のレポートの写しであろう)



お眼鏡に敵わないのなら、グラスを叩き割ってコンタクトに変えろ、なんて提案するのもいいかもしれない。少なくとも私ならこうして衷懐を吐露せざるを得ない。


『古い言葉を大切に!』 なんて、 悲哀に満ちた事を言い続けるから、いつまで経っても文明は一定ラインから進もうとはしない。規定事項にピンからキリまで従順する事を強いられているから、停滞したまま、微動だに動こうとしない。窪にピッタリと嵌まったまま安定し続ける『落ちない岩』の如しだ。

古風な言葉の助命に賛成する者と、新しい境地を見出そうとする革新派とが衝突しているのを屡々目にする様になった。言わずもがな、互いに峻厳で教条的である。己の見出した解こそが真実と信じるがあまり、不完全を淘汰しようとする。

タチの悪い事にどちらのニーズも余す事無き自我の強さを原動力とし、引く事無く、鍔迫りを続ける。相手が如何に的を射た事を言おうとも、互いに提示したボードに嘴を突き刺し合う。悲しきかな。彼らはいっさいの妥協を知らないのだ。

迎合する事を知らないからこそ、社会に『老害』だとか『DQN』なんて言葉が胚胎せしめたのでは無かろうか?

原理主義者達はひどく硬骨で、あまたへの理解にかけている。
『新生』を言葉の延命に繋がらないものと考えた余りに、若者に因るコミュニケーションの円滑化を図る為に生み出したホモ・グラフ(同音異義)ならぬ、
『ホモ・チャート(同句異義)』に嗾け出したのだ。 手始めに俗に言うところの『老害』達は我が権威の誇示として独自の言語スタイルへの弾圧を強行し、言葉を打ち壊してみせると、
世間に埋もれていた現代文明へのアンチテーゼと更に反電脳主義(ビビッド・アゲンス)の台頭を許したのである。

横車を押される形になり若者文化は見る見る間に衰退し、気付くと社交辞令の原理とカネで赦しを請う、腐った風が流れてきた。煌びやかな電飾に飾られた東京の街からは喧騒が失われ、軈て長い静寂が訪れ、私達若者は狭い空間に押し込まれる。

若い者どもにバトンを託す事無く、我々が担ってきた世界をお前達の価値観でカヴァーしろと言うのは、傲慢では無いか。


成果主義がイデオロギーの中心と成れば、彼らの様な保守的な絶対概念を刷り込もうとする、ドグマの押し売り───文明退行促進のメタファーは流砂に帰すことだろう。


『劣ったアイデアの渦巻く世界に革新を起こそう!』なんて考えて叛逆の時を窺う連中も、衢には転がっているけども、私は大して気にして無いわ。どうせ直々に手を下さなくても彼らの末路は判り切っている。


恰も自分が神になったかの様に若者達を隷属みたく扱って、文明に鍵を掛けるなんて、なんてアナーキーな奴らなのかしら。彼らの前には司法機関も行政機関も役立たず、彼らのお仲間って訳か。使われるだけ使われて、結局ポイ。呑まれた事は一度たりともあったかしら?


換骨奪胎はこの時代を生きる若者にとって、最大のグロー/増長 意識の涵養であることを知らない。なんて不憫なのだろう。


これ以上考えても仕方ないし、明日の最初で最後の抗議活動に供えようか。最後くらいはせめて、華やかに舞い、麗しく散りたいものだ。

だが、幻想郷はいずこに消えたのだろう? 私に何時から彼の地は姿を見せてくれなくなったのだろう。私が世間に懐疑的になったのがいけなかったのか?

最後に。昔、SNSで私に向けられた罵詈讒謗を思い出した。オカルト宗教糞野郎、二次元成り切り気持ち悪い・・・今思い起こせば、幻想と私は何だか似ている。ずっと封をされる運命だったのかも知れない。誰にも信じられなかったのかもしれない。

誰も信じてくれない世界に私の存在は必要無い。さようなら。お元気で。




P.S.

 マインドコントロールが私なき世の性となる事を恐れて




最後の晩餐は溶き卵と揚げスパム、温野菜のサラダ

2059年 8月24日 宇佐見菫子

6ヶ月前 No.48

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

6ヶ月前 No.49

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM










    第四幕 新約万華鏡は歴史の罅を踏み躙り今に繋げる


      一譜  イースターン・バリアブルカテーテル










卯酉東海道新幹線『ヒロシゲ36号』は秘封倶楽部の二人を乗せて東の萎びた国へ走る。音も無く、揺れも無く、ただ只管に、東の栄華を極めた地に向けて走り続ける。


此の新幹線は、日本列島の中の、主要都市を結ぶ七道鉄道の中でも、もっとも新しく作られた鉄道だ。其れでも、卯酉東海道が出来たのは、二人が生まれる暫く前の事である。



神話的過去に発生した大災害『神亀の大破壊(アクパーラー・パニッシュメント)』。極左派の大規模テロ、或いは他国軍の新型核兵器の炸裂とも、局地的な大地震とも さ れ る 原因不詳の大災害が為に、嘗ての首都である東京は、一瞬のうちに焦土と化し、「日本」は当時誇って居た鞏固な結束力を失った。この出来事無くして、旧時代の文明の衰退と現代文明の成長は無いと考える学者も居る。

私は勿論この大災害が旧時代の終焉と直結していると思うし、新時代の幕開けにもなったと思っているわ。崩壊が技術的特異点の到来って言うのも、何だか奇妙だけどね。



人々の心は日に日に貧しくなっていった、生き残った権力者が威張り散らして絶対王政を敷くようになった・・・とか聞くと胸が痛くなるけども。はぁ、いつの時代も怒号を飛ばせば注意に為るって魂胆なのね、力がある奴らは。はぁーあ、今よりも楽ならば、平成や昭和の時代を生きてみたいと思うわよ。半幻想半科学のセピアの過去。ウルウルするわ。


神の代弁者の鉄槌か、科学では証明出来ない超常現象か。真相は冷たく賤しい風が吹き荒ぶ、奈落の底よ。誰も噴き出す瘴気に気を狂わされるのを怖れて、掴もうとしないわ。



神亀の大災害を経て間も無く、日本は前述の通り急速にその国の間の強靭な繋がりを失った。無論、各地に日本人は分散し、多くの都道府県が消滅し、最盛期には47あった県は、えーっと、十数個程までに減少してしまった。行政機関の痲痺と、首都の消滅に動揺して混乱した情勢に乗じた騒動が頻発し、情報や物資が十分に行き届かなかったせいもあると思う。


気付いた時には遅すぎた、って訳ね。『少子高齢化』を嗤うクラスの人口減少。現代の千年王国で理想主義が渦巻く訳も、結局は管理職の上層部の怠慢が切欠って訳だったってか。


東京都を失い、絶望に包まれた日本の今後を懸念したのか、東京の名を後世に伝えるためか、詳しい事は断片的な事しか私は存じて居ないけど、当時の臨時政府は旧・千葉県を卯東京と名を改め、京都近辺に首都機能を移動し、大阪湾近辺の再開発に勤しんだ。

神亀って聞くと私はパニッシュメントより、この「神亀の遷都」の方をイメージするわね。何故に神亀なのかしら?そう言えば都市を囲っているシェルターも神亀────




────────年号が神亀って訳でも無いだろうし、アッラーアクバルとアクパーラーを掛けた上手い洒落にしても、そんな信教の自由の上に特定の宗教を疎んじるとは些か思えないのよね。後世に伝えるべき大事件で、言葉遊びをするなんて考えられないもの。不謹慎って奴?

本当に言葉遊びをしていたのだとすれば、当時の役員共の大部分はどうせ、安全地帯から作業員達に野次を飛ばして偉そうに説教をするだけの人間ってのね。もし、そうだとするなら只、呆れるに尽くわ。寓意と曲解の当て付けも良くない事って判ってるけど・・

しかしなんで京都だったのだろうか?鎌倉だろうが、名古屋だろうが、大阪だろうが、愛知だろうが良かったと思うかも知れない。しかしながら当時の京都が外国から見た日本全体のイメージである「華やかで煌びやかな「和」の体現」であった事と、日本人のイメージする、「不滅の華の都」と云うイメージから、首都としてに打って付けだったからだった、って聞く。子信州辺りを副首都にする計画は旧戦争の松代本営が根底に或るのは判る。




うーん、なんで何で京都が不滅/インペリシャブルなのかしらね。困る。当時の観点からしても芸者が着物を纏って町中を行き交い、法外な値段で和式のブランド物を売り捌く愛想の悪いオッサンが屯しているだけじゃない。善光寺の仲見世通りみたいな場所が、至る所に存在したってイメージしかないわ。派手やかってよりかは、煩わしいって印象の方が強くなると思うんだけどもね・・・。

ところが、京都に遷都してすぐに、日本はまた別の姿に生まれ変わる事となった。
オカルトに特化した国か?ESPとPKが蔓延る異郷か?と勘繰ってしまうやも知れないが、メタモルフォーゼ的な意味合いでは無い。日本人としての性質の劇的な変化だ。




簡単な話、何処の国に護られる事も無く、そして啀み合う事も無く、「ひとつの麗しき科学国家」として生きる事を決めたのである。余りにも楽観的な戦争や動乱への態勢を愁いたのか、諸国の軍事力の鉄壁に護られながらも、首都を失ってしまった反省からなのか。

しかし、それは幼き御子が堅い殻を内側から破り、自立すべく、懸命に成長していく瞬間だった。「旧」と云う言葉は此の科学世紀に相応しく無い。常に革新を繰り返し、退行する事無くより良い、懐かしめる時代を導き出そうとする「新たな」世界の姿が在った。

手始めに新時代の礎として、京都政府は分散した人々を、より発展した都市部に密集させる神都制度を制定した。過疎化や高齢化を防ぐ為にも、積極的に山間部や限界集落を工業地として新開発していった結果、行政区の数も十数個から、徐々に元に戻っていった。

神都制度の中枢である『地位を重んじる』スタイルは今でも守り抜かれているが、このスタイルを逆手に取って邪知暴虐を働く連中が居る事は、これとはまた別の話である。

「神都制度が制定されてからもう1000年近く経ってるのもあるし、インフラを再び整備する必要があるのと、30年くらい前に発生した資源抗争で再び繋がりが絶たれてしまったのもあるから、大量の人間が効率良く西の東を行き来する必要が生まれたのよ。」

旧東海道は長い長い線路の至る所が破壊され、それでもって崩壊を免れた部分も痛んでいたから、復旧するとなっても時間が掛かるし、交通インフラにも限界が近付いてたの。其れにほら、亀甲シェルターで護られた都市を繋ぐ方法となると限られてくるじゃない。

「でさ、七道鉄道も、まだ関西と関東を繋ぐラインが存在しなかったし、これを機に政府は急ピッチに、荒廃した地上ではなく、地下に新しい新幹線の開発に取り係ることにしたって訳よ。ほら、地上は開拓為辛いから亀甲底の地下共同ハイウェイが今のメーンでしょ?」

別の路に線路を敷き、竣工された、この酉京都と卯東京を僅か53分で繋ぐ、卯酉東海道。
精々53分しか掛からないんだから、輸送□より安易に各地拠点を移動出来る。新幹線って言うよりかは寧ろリニアモーターカーに近いんじゃない?なんて私は思うんだけどね。

「この卯酉東海道新幹線は、今や酉京都と卯東京を繋いで、日本の物資人材を運輸する、無くてはならない人資輸送に欠かせぬ大動脈の一つとなってるんだ・と・さ、マル。」

「へぇ。やっぱりあの旧時代の大惨事が、この鉄道の開発に繋がってきていたと。じゃあたぶん資源抗争も、あれに誘発されて行われたのかしら?第二のジハーディ?」

ムスリムのジハーディによるものかは判らない。何故なら、東京を崩壊に導いた原因は、誰も知らないからだ。誰にも教えられていないし、その原因を調べるべく、陸路で東京に至った者は居ないという。時間の経過に因る記録の消滅か、意図して隠蔽されたかだ。

更に東京へ向かった人間は、誰一人として情報を持って、帰還したという例がないのだ。
探索者を喰らおうとする何かが住まうのか?将又何者かの力が働いているのか?

ワールドビューワーでもこの地を眺める事は長い間許され続けず、何時の日からか旧・東京は、陸のバミューダ・トライアングルだとか、ブラックホールであるだとか、謎が謎を呼んで、恐れられるようになった。アーコサンティの真似事を千年続けてるとも。

6ヶ月前 No.50

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM












         第四幕 新約万華鏡は歴史の罅を踏み躙り今に繋げる


     二譜  リアリスティック・ホログラムシティに酔い止め林檎を添えて









卯酉東海道への乗車口である、長い硝子製のトンネルスロープをリフトに載り下っていく二人。スロープ通路も矢張り、卯酉東海道同様に透明なチューブで構成されている。

壁には大小様々な企業の広告映像やマスメディアの既存の情報が流れていて、非常に怠い。気を紛らわせようと、神亀の大災害だとか、この鉄道に関する概要を説明する蓮子。

私たち以外に、周りには誰も居ない────が、こんな公然の場所でタブーとされていそうな話なんかして大丈夫なのかしら?只でさえ旧東京関連の話はデリケートなのに。



「…でね。驚くべき事に、卯酉新幹線の線路全てが地下に、直線的に伸びているのよ。」


「始点の酉京都から終点の卯東京まで、本物の空も、海も、山も森も、太陽も月も、何も見ることは出来ないの。地下を通る窓の無いエレベーターのようね。元より無いけど」


「でも、顧客を53分間の倦怠感に呑み込む訳じゃあなくて、ある特殊な設備が為されたんだけど…それは、乗ってみてからのお楽しみね。ヒントはこのスロープにあるのよ!」


蓮子が言うにはヒロシゲにはシートの他に幾つかのガラス張りの個室があるとの事。

とはいえ、卯東京と酉京都を結ぶ為だけにある列車で、その運行時間も長い訳ではない為、酉京都駅と子信州駅を丸1日掛けて奔る子午東山道のような寝台列車とは異なり、ベッドが置かれているわけではないらしい。はあ、短くとも長い旅になりそうね。

更には、個室に入室する際に、特に許可が要る訳でもないし、グリーン席の購入代のようなプラス料金が掛かるわけでもないので、誰でも入れるし、誰でも籠城できる。

プライバシーを保護する空間というよりかは、専ら一人で、映像を楽しむ空間となっている。凶悪犯や破廉恥不道徳カップルと鉢合わせしたらどうしましょう…頸折り?

私たちは今、個室ではなく、卯酉東海道の魅力である横に三人まで座れる広いボックス型対面席に座って、束の間の休養を取っている。他の席を見る限りのアイル共、ウィンドー席共に空き席が多く見られる。よって、相席を求められる事は無かった。

列車全体に拡がる、空調から発せられる冷たい風。誰かのイヤーフォンから漏れる、ギターに合わせてシンガーが謡う激しく、奇妙な詩。私達は、開幕既に退屈だった。







朝の首都・酉京都行きの列車は、芋洗いの様に通勤する人々でごった返すが、反対方向の卯東京行きの列車は、恐ろしい具合に空いている為、販売員のボットも暇な様子。

本当は個室を取っても良いのだけど、別にそこまでしなくても、二人きりの世界を、十分にボックス席に坐って居るだけで堪能できる。私達にとって此迄好都合な事は無い。



最新型のこの新幹線は十九両編成のうちの全車両が、半パノラマビューが一つの売りとなっている。半パノラマビューとは、天蓋と床を除いた全てが窓という意味だ。

つまりこの新幹線、卯酉東海道・ヒロシゲ36号の壁は全て窓で出来ているのだ。旧時代の人間がこの新幹線を見たならば、大きな透明な硝子の試験管が、線路の上を走っている様だと形容したことだろう。窓と言えど、先程云った通り風景は見られない。

悲しいことに、この新幹線の全貌を眺めることが出来るのは、始点と終点の駅に到着した時だけだ。初めてヒロシゲ36号を目にした西の方の地方都市の人々にもウケが宜しいらしく、ホームでレシーバーのカメラで此れを撮影する者の姿が散見される。

さらに、驚くことにこの卯東京と酉京都を繋ぐ新幹線には、待ち時間がほとんどない。更に、この新幹線はコンピューターによって、全ての機能を制御されている為、係員を必要としない事も既存の鉄道とは異なる卯酉東海道線に限られるレアな特徴だ。



乗務員も総てが最新型の女性型生活援助機構(フェムボット)と男性型生活援助機構(メルボット)で構成されていて、ホームにも何機かのボットが配属されているので、不慮な事故の処理も面倒臭い俺動説提唱者共への対応も円滑に進められる、将に究極のトランスポータルといえる。


時間通りに出発し、時間通りに到着する。安心と安全が約束された、機械的であり、夢の様な乗り物は、同時に融通が利かない正確無比で急ぐワーカーの意に反した鉄屑だ。










進行方向と反対に座っているブロンドの少女の左手に、見渡す限りの美しい青の海岸が、右手には建物一つ無い美しい平原と松林が広がり、車内にも其の潮騒が届いていた。

旧時代、伊豆の国にあったという、三保の松原の海岸の風景との車内放送が響く。無論欺瞞や虚構が統べる坩堝で、羽衣が見つかった事は無い。最先端の精巧な技術で作られた映像が、二人の眼に飛び込むが、互いに、特に何か変わったコメントは放たれない。

異世界の美しい風景を見てきた蓮子とメリーは、此れらが善光寺でシェルターに映された夕焼けのような、人為的に生み出された映像であることなど、とっくに判りきっている。言われなくとも、二人には薄々感じ取れてしまうし、無論此れは地下特急なのだ。


出発から25分程の時間が経っただろうか、遥か遠くにおかっぱ雲の笠雲を乗せた、赤色の富士の山が見える。此の富士山は、今の滑らかに表面をコーティングされた富士とはうって変わって、どこかまるで仙人でも住んでいそうな堅牢強固な岩山でありながら、厳かに佇んでいるのである。暫く待てば麓から竜が螺旋を描いて飛び立ちそうだ。






資源戦争から僅かな時が経ち、戦争の爪痕の合間に、歯磨き後の歯に付着した食べ粕の様に、僅かながら残された自然を保護しようとする慈善活動家達が台頭してきた。

既存の文化に難癖を付ける、非常に鬱陶しいアンチテーゼと認識されていた彼らだったが、生命を賭した懸命な努力によって、新・世界遺産に認定された富士なのだが、ヒロシゲから見えている、此の建造物の隔て無き富士の映像の方が何倍も荘厳に見える。

勿論此の姿すらも現実ではなく、一切が虚構である事は二人とも当然判っているが、どこか映像に無駄に一つ一つのオブジェクトから『誇張されたもの(偽のインパクト)』を感じていた。
というのも、ヒロシゲのパノラマビューから見ると、視界を遮る摩天楼も、送電線も高架線も、何一つとして見受けられない退行的なビジュアルなのも、一つの理由だろう。

同じ様に旧時代に名を馳せたレジャーランド、夢の国も、辺りの都市的要素をランド内に居る際は決して目に入る事の無いよう、徹底した管理と設計が成されていたそうだ。

この映像も、根本は旧時代のネヴァーランドの設計と似通っているのかもしれない。

もっとも、此の映像においては、富士どころか、左手に見える海岸だって、整備では催せぬ程に華麗だ。世界遺産に壱ダースほど認定されてもまだまだ足りない域で荘厳。

卯酉東海道から見えている日本の美的イメージの集合体で、絵画的で美しい情景も、ふたりにとっては極めて退屈で、人工海の潮の満ち引きを眺めているのと同じ程の価値しか見合わせては居なかった。如何にリアルで在ろうとも、其れは電脳世界の虚像だ。

とうの昔に失われた表土の東海道は、こんなにも美しかったのだろう。専ら二人は、映像よりも、映像が伝える嘗ての姿を通じて、『夢』を共有することに専念していた。

「ヒロシゲは、席は広いし、やったら短いし、すごく便利だけど、子午東山道みたいに寝心地のいいベッドがある訳でもないし、地下に築かれた自然を眺められる訳でもないし、その代替案と言ってもいい、車窓のカレイドスクリーンが映し出すのが『偽物の景色』だけってのも、退屈ねぇ。はあ。SAKEでも無ければやってらんないわね」

「一層の事啓蒙として戦争映画でも映し出してれば腹の足しにでもなったんだけど。」

『啓蒙の為に』越南戦争の惨状を映せと懇願した覚えは無い。他人の犠牲は知らん。
そう言う間にメリーは、何か月か前に拾った例の鉤石を相変わらず眺める。幾ら何でも、霊力を秘めた石に鑿で穴を開けて、紐を通すなんて事は畏れ多いので、噐入りだ。

其処ら辺に適当に佇んでいる祠を蹴飛ばして壊しただけで、祠で封じている悪霊が解き放たれて、悪霊の力で体が液体金属になってしまう、恐ろしい映画を見たばかりだし。

でも、メリーはマジョリティは疎か、マイノリティの私にすら出来ない事を、当たり前のように仕出かしてしまいそうだから、私がこう見張って居ないといけないとな。

ある意味、噐に入れたは良いが平然とシェイクできる彼女の覚悟は超人的だと思う。伊弉諾物質に封じられた古の旧き邪神に身をバラバラにされても知らないわよ?
仮に神様が収められた器に非ずとも、私に当てたら無慈悲なる鉄槌が下るわ。友でも。

「地下やトンネル内でも風光明媚な映像が絶え間なく流れてる訳だし、結果的に車内がとても明るくなった訳じゃない。旧時代の壕内を奔る電車の中よりずっとマシになったのよ。この明るさ、まるで地上に居る時みたいでしょ?本は陰鬱だったって話すし」

地上の町中の光景も無骨な金属と人工大理石の塊でどこもかしこも統一されているし、だからと行って一度シェルターを抜け出せば、中が恋しく為り乍ら朽ち果て死ぬ様な、荒廃とした生命の無い世界なので、一切の文句は言っていられないと思うのだが。

「地上の富士はここまで綺麗じゃないかも知れないけど、それでも古来の本物の風景の方が見たかったなぁ。旧東海道新幹線の方が良かったとも言えるわ」

カーボンの塊の宝石と階級社会の国とこのガラス管の映像、どちらとも同じくらいの重さしか兼ね備えていないのね。着想から作られた映像には、何の価値もないの。




6ヶ月前 No.51

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM




      第四幕 新約万華鏡は歴史の罅を踏み躙り今に繋げる


     三譜   堪え難き偽りの情景は幻想に非ず、欺瞞として



「幾ら精巧にリプロダされても飽く迄プロデューサーの偏見や趣味嗜好が反映される時点で時代考証としての質は失われるのよ。それを原点との乖離、トレンチととるの」

大体。本なんかそうでしょ?情報だけじゃ、何も意味がない。昔の時代の本は全部情報化されて、都合の悪い部分は全て添削されている。最悪、検閲焚書の炎で焼き焦がされているってのよ。結局カレイドも都合の悪い地上の風景を遮蔽する為に付けられたのかもね。

本来、パピルス紙っていうのは一度墨を落とせば二度と書き換えられないの。塗り潰すことはできてもね。書換え無効で保存が利く媒体を用いて情報が記録される事が世界のタメ。
そのね、塗り潰されて居ない、元の姿の幻想を大事にする必要があるんじゃない?紙やデータは長持ちしないから、素の儘の形をまた複製する必要があるんだけどね…。まあ、行き過ぎると鬱陶しいチャリティーの押し売りになるし。浮世絵に見倣う事もあるわ。


「なーにを贅沢言ってるのよ。旧東海道は、戦争で多くが焼き尽くされて、部分的に残されてるとはいえ、大部分が改修されているか、シェルターに覆われていない部分にあるのよ。モノホンの東海道や史跡を巡りたければ、表の魔界に出なきゃいけないわ。」


「そんでもって、区間移動線ですらも、卯酉東海道よりも、ずっとコスト的に負担が大きいのよ?もう胡散臭いインド人や金持ち旅行者くらいしか利用していないわよ。」


「ま、メリーはインド人並にのんびりしているだけなのも知れないけどね。ナマステ〜」



何を言うのかと思えば、印度人に対する根も葉もない偏見シャウトである。私もそんな旧東海道に思いを馳せて居るけど、別に表の廃線をスキップで歩きたいとは思わない。

「パオ〜ン…」 どこからともなく、インドゾウの鳴き声が聞こえる。随分後ろの方で、子連れの家族が持参した映像機器で動物園の映像を愉しんでいる。皮肉の積りか?



それだけ、一般人にとってしてもこの風景は退屈なのか、このゾウの映像が刺激的すぎて、彼らを満足させる鍵となっているのかは、蓮子にも、異世界を覗く瞳を持つメリーにも、判らない。無論、私達が印度の話題で盛り上がるのが不快なだけかもだな。


『まぁ、ゾウさんが貴女の品の無い言葉に罵声を浴びせ掛けてるわよ。中身の無い煽りも、蓮子らしいといえば蓮子らしいともいえるわ。蓮子だけにしょうもない事を連呼しているっていうのね。決まった!私にしてはウマ過ぎるシャレだと思わない?』


私に負けじとメリーもジョークのコンボをキメてくるけど、何だかメリーのはクレージーさと云うよりかは、どっちかと言うと現実指向だけどファニーなネタなのよね。はああ、何て事だ。『面白味』より『馬鹿馬鹿しさ』にパラメータを割り振らないでね?


「ま、私ら二人は神々も寵愛するセレブリティだってのよ。でもまぁ。あっという間に卯東京に着くのは良いけど、こんな偽物の景色を見てるだけじゃ、蓮子は退屈じゃないの? 今は昼だってのに夜にシーンが移行して、天井の空に浮かぶのは偽物の満月が浮かぶ、ってのもなんかねぇ。時間間隔が狂っちゃうわよ。タイムラグは猛毒よ、私達は外国に逝くんじゃないの、倭都国内旅行者よ?」



映像を限られた時間で、光の無い世界で放送する以上、時間間隔を乱すような、飽きを来させないような細工を必要とする…レジャーの最大の命題である。

それは、乗り物に乗っていると言うよりかは、嘗てのレジャーランドが持っていた、アトラクション的な臨場感の演出へと繋がったのかもしれない。



「それに、東海道は広重の時代には53も宿場町があったというのに、今は宿場町の数の53分で着いちゃうのよ? 本来の東海道よりも道のりも長いってのに、一つの宿場町の間を移動する時間よりも時間が掛からないなんてね。こうなっちゃうと、もう旅行とは呼べないわよねぇ。歴史のクローズアップ?」


「道中が短くなっただけで、旅行は旅行よ。東京の観光巡りは面白いわよ?京都と違って、旧時代の街並みを今でもわざと残している、新・新宿とか新渋谷とかには歴史を感じる建物も多いしね。そういう観光の時間が増えたと思えば良いじゃない。タダのトンネルよ。ボークーゴー。トンネルの向こうにはきっと素敵な雪国が待ち構えているに違いないわ。放射能混じりの灰の降り積る。」



嘗ての東京は失われたが、代わりに千葉の中に、新しく「東京」が作られた。無論、「京都」に対して文明開化と科学の発展のメインシンボルとしての東京が人々にとって馴染み深く、日本人的性質の権化であったからである。

結果、往古、『東京』にあった地名が、千葉の各地に与えられ、其れに伴って、似通った建造物が建てられた。そこまでして東京に固執した、旧時代人。そんなに東京が大事だったというのね。王都とはいえ、只の地名じゃない。

資源抗争の果てに、嘗ての東京の様に幾つかの都市は歴史と共に盛り土。遺された幻想を掘り当てるにも、現世を統べるはアンチデイドリーミング。物好き学者が執り行うは妄想の当て付けと既存のイデアへの便乗かバッシングがメイン。坩堝世紀は如何なる時代拠りも文明面では優れて居るが、畸形で或る。




「はいはい、そうですね。そんな旧時代の産物を見ても、温かみなんか感じるのかしらね?」と相槌を打ったメリーは私の返事を待たずして末長く愚痴る。日本人のメッカって云えば分かるわよね。

6ヶ月前 No.52

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

6ヶ月前 No.53

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM










        第四幕 新約万華鏡は歴史の罅を踏み躙り今に繋げる



       五譜 新境地の開拓者はいつだって邪智がベースじゃない?















「ま、そういう理由でお蔵入りになったらしいんだけどね。都だけを結ぶ鉄道のがどこか苦行じゃなくっていい感じだけど。今のままでも十分苦行だけどさ…無論私がアラハバキ・カルトの信徒って訳でも無い事は言うまでも無い!」


「秋葉原はもう良いから、土偶の神様の総本山は兎!も!角!さあ! 都じゃないとこを繋ぐだなんて、在り得ないって最初から判りそうなものなのに。蓮子は誰かに嘘情報吹き込まれたんじゃないの? 八幡様が好きな誰かにさー。」

八幡様を崇めるくらいなら、私は大国主でも崇拝しているけどねぇ?私は国も命も譲らなければ、抱えてる希望を誰かにプレゼントする気すら無いけど。そう言えば後戸の秘神様って・・・確か大黒─────────

「そういえばメリーさ。『お蔵入り』の蔵って、何の蔵なのか知ってる?垂迹したお地蔵様じゃないわよ。貴方、人に道祖神や国を守り通せなかった恥晒しでも薦めてる暇があるなら、もっと大きな区域を見なさいな。」




富士山のイラストと言えば葛飾北斎の『富嶽三十六景』が有名であるが、北斎は富士をどんなに描こうとも満足することはなかった。
富嶽三十六景は、実際には四十六枚ある事からも判る。僅か36枚の富士では十分に美が伝えられないと心得たのだ。各地から見た富士の風景、それだけでも趣があるのにね。

自分の年齢を横棒で分割したくらいの年しか無い、広重が『東海道五十三次』を出版し、大ヒットすると同時に、嫉妬に駆られてか、過去に三十六景を出していたというのに負けじと北斎は『富嶽百景』を出版した。



彼も叉、麗しく畏れ多き富士に魅入られ、心を奪われていたんだ。私的にはド派手さと壮大さでは北斎のが上を逝っていると思うんだけどね。

言わずもがな、始祖たる広重もまた、富士に魅入られた者である。結果北斎も評価されたが、何にしても現代の日本は上段に広重を選んだのだ。北斎の威風堂々とした風景画よりも、広重の落ち着きを必要としたのである。しかしながらさっきの紅い富士は、寧ろ─────




ああ、書き手への冒涜では無いか、と私はヒロシゲプロジェクトに呆れ返った。








卯酉東海道地下を東に滑り続ける。今はちょうど、駅を置く予定だった、鎌倉辺りだろうか。
東海道の概要に関するアナウンスが頻りに長されるが、私たちは疲れて目を綴じていた。ファニエスト至上主義の我々には無縁の代物だもの。


「ねぇ蓮子。今の映像でスクリーンに映ってる富士山って、ちょっとばかし迫力満載だと思わない?いくらなんでも誇張が過ぎると思うわよ。北斎?これ」


まじまじと実物を見た事がないから何とも言えないけど、富士のインパクトは、こんな感じだと思うわ。何もヒューマンガスに描く必要性は無いけどね。



「きっと、周りに人工物が殆ど映っていないから、こんな感じに見えるんだけど、この映像の富士は、広重の絵画と言うよりは貴方の通り、北斎の富士をベースにしている感じがするなぁ。」
「巨大なスケールだって、オートマチックビデオリターゲッティングで如何にも処理された感があるわねぇ。現実味よりド派手さや華美さ、雄大さを重視した様な気がするわ。俗に言うデフォームドよ。」


小難しげな事を語りながら、何だかよく分からない素振りを見せる蓮子の弁を聞き流してやった。オートマチカリィだろうが、情報処理技術なんぞ全部同じよ。

「メリー、その日本に認められた広重様が年上の画才の北斎に対抗して、富士の三十六景を描いてたってのは知ってる? 羨望を集めていた北斎を横目によ。四拾も年上の画家の作品を意識…ってかネタをパクってただなんて滑稽よね。」

「それも、『富士三十六景』というの。しかも北斎が死んだ翌年にちゃっちゃ
か出版したのよ。対抗意識を超えた何かを感じ取れると思えるの。これを媒体に北斎が亡霊として降臨して後代の一家が呪い殺されてても文句は言えないわ」



油絵の具を鑿でも使うように、メリーは乱雑に分厚い板に敲き付けている。
ゆったりとしたスクリーンを他所に、「絵」は徐々に変遷して行く。板に浮かぶ電脳都市を叩き潰してやるかのように、ビル群の合間に堂々と聳え立つ、炎を帯て紅蓮に染まった霊山。幻想を失った日本に相応しいその雄姿は、偽りのヴィジョンの前で、得とも言われぬヴァイオレンスな雰囲気を醸し出している。

この氷と炎のミックスされた岩山は、驚くことに、たった一人の少女の手によって、何の変哲もない、樺の木の板から絵具と筆だけを使って掘り出されたのである。無論、広重の面目玉をクラッシュするべく北斎意識で描いたのだろう。



「インスパイアって奴?死んだ後にコソコソと発行するだなんて自分勝手なのねえ。世の中に認められたからって自分ほど認められなかった北斎を愚弄してるのかしら?とは言えど木曾街道六十九次の浅間山の様な厳かさが好きね。」

「そうよ、企業と掲示板、双方のファンが噛みつき合ってたって言う旧時代のアスキーアートのノマノマイェイの猫ちゃんもビックリよ。あ、これ野馬猫ね」




建物の少ない、人工のカレイドスクリーンの景色では、無駄に富士山は霊験新かで、本物の富士以上に迫力のある姿を見せていたが、海や雲の映像は、別に見る時時で姿を変える訳では無い。無論、海面に斉射されて綺羅綺羅と反射する日光や、雲間のヤコブの梯子はリアルであるが、冥府の橙色と肌色の混在する雲の帳と比較してしまえば、幾ら丁寧に縫合された物であれ所詮『人工』だ。

只、いつもいつも同じ映像を上のレイヤーに重ねてスクロールしているだけだ。ダイナミックなCG映像なんて、今時中高の教育機関で普通に作れてしまう事だし、平凡と言えば平凡なのだけど。痴愚の私ですら数分で北京ダックのポリゴンを拵えられるのよ?

人の手で作られた青い空と海は孰れも偽りのヴィジョンだ。生き物は住んではゆけぬ無生物の世界。其処には、製作者の求める限りの完全無欠さが不断に盛り込まれているのだ。
紙芝居的なキャラクターを置いても私は良いと思うけど、景観の前で生物は異物なのだ。

背景を楽しむ映像に、決して何の障害物も在ってはならない暗黙の了解が罷る。
街道を行き交う人々も、木造のフェンスも、画面を横切る子鹿や猪の一家の姿も無い。

プランクレーザーの直撃を受けて、一瞬の内に人だけが原子の粒へと帰化してしまったかのように、街道には雲と木々の影程しか降りることのない、半死の世界が広がる。

浄める事の出来ぬ程、深い穢れに満ちた人類は、自分達を崇高な存在と錯覚する一方、更なる穢れを清き物と崇める事となるのだろうか。ねえ、貴方はどう思う?

それはさておき、本物の富士山も、富士山復興会を名乗る慈善カルト団体の献身的な努力により、旧時代の富士の汚いトラッシュマウンテンとしての片鱗は今や皆無である。
見かけばかりが美人のフォトショップ効果、と言われた旧富士。入山者の小さなポリ袋サイズのゴミから、持ち込まれた家庭ゴミ。果ては自動車のスクラップや、産業廃棄物等。

不法投棄が目立ち、入山料金を取って、環境整備に費用を投げ出すという本末転倒な結果に終わったそうだ。額の前に入山券を翳してまで熱心に参詣する信徒も遵って増えた、とも言うが、「慈善団体」の総本山の本堂に猥雑に列を成してぞろぞろと和服のパレードが築かれた訳では無いのは彼等の誤算であろう。寧ろ禁足地としての山への帰化に近い。



努力によって取り戻された、本来の富士の姿の持つ余りの迫力に圧倒されたか、復興会が規定した、入山者や集会内での厳しい掟に嫌気が指したのかは知らないけども、シェルター内にあると言えど、山を登る人の姿も殆どなくなり、富士を守る観光協会が大打撃を受けたというのは凄まじい皮肉だと思わない?。永らくの美の追求が「閑」を呼ぶなんてね。

度々メリーは思う。日本の世論は、何故広重を選択したのか。蓮子の回答を待たずして、判った。「葛飾北斎」の備え持っていたシュルレアリスム溢れる、類い希な芸術性を容認する事が出来なかったからである。清濁混淆の感情的な画風を「狂気」と解したのである。

其れに、彼は西洋でジャポニスムが流行した頃に、イウロピアンスタイルに染まりつつあったからである。銅板画、硝子アート…日本画の優れた要素の中に、彼は積極的に異国の新たな要素を練り込もうとしたのだ。当時国粋主義の只中の社会、刷新はちと速すぎた。

無論、日本は、不気味の谷に潜む、人を惑わす狂気の獣を嫌い、徹底的に排除しようとした。何時の時代も、独創性と云う魔物が高く評価される事は少ない、と言う按配であろう。
鳳凰図屏風の見せる、まるで屏風から解き放たとうとするような力強さも、大地が涙の代わりに流す血か、はたまた人間社会への怒りを表す視線か。只、扁額に飾るには惜しい。

怒り狂う世界をその筆と、朱色で表現しようとした北斎。絵描きとして、様々な方向性を見出していた北斎。私は、厭世観に満ちていたあの時代を懸命に生きた彼を、芸術を超えた領域で、高く評価しているわ。単なる絵描きに、こんな事出来やしないもの。






北斎を色で表す事が出来るのならば、広く知られているヒロシゲブルーとは対照的に、私は後手で銅鑼を響き渡らせ、辺り総てに睥睨する様な雄大さから「ホクサイクリムゾン」と呼び、思いつく限りの嘉賞を以てして、江戸を語り継ぐ老獪を賞賛し尽くしたいと思うのである。



もしも、仮にこの新幹線がヒロシゲ・ウタガワではなく、「葛飾北斎の東海道五十三次」、或いは「富嶽三十六景」に準えた『ホクサイテイスト』だったとしたら、カレイドスクリーンにはどういう情景が映し出されていただろうか。

6ヶ月前 No.54

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM








        第四幕 新約万華鏡は歴史の罅を踏み躙り今に繋げる



        六譜  アンチテーゼの殻を破って孵るは鄙俗染め















七道鉄道は、どれも江戸時代から明治時代に掛けての画才の名前を取っている。子午東山道のうちの、葛飾21号には窓も、北斎の作品も乗っていない。無論絵描きへの冒涜だ。

北斎の見せる憤怒の風景は、旅の疲れを癒そうとする客人には不適切だと騒ぎ立てて、載せなかったのかしら?『広重』の名を冠した「三十六号」の命名者は唯々ナンセンスだ。


まぁ、そんな事はどうでもよくって、葛飾36号は、21号よりもより速く酉京都に早く着く高速鉄道として君臨したことだろうし、36分間のスピーディな狂気の幻想を愉しめたことだろう。Gの影響は考慮しないものとする。空想に枷は不要だ。


まず万物を焦がす、紅蓮の炎、渦巻く「彗形の気」の映像が新幹線を包み込むの。関東大震災で江戸の街を襲った八尺の火炎竜を想像してみて。隧道に差し掛かると風景は一旦燃え盛る茅葺き屋根と煉瓦の混在する文明開化直前の江戸の街中へとシフトするわ。一羽の鳳凰が舞い降り、炎から逃げ惑う人々を護ろうと旋風を炎の龍に向けて引き起き起こすの。

暴風は見る見る内に、炎の龍を討ち滅ぼして、目出度し、目出度し。新幹線は視界を遮る炎の霧を切り開きながら進むの。ねえねえ、臨場感溢れる演出だと思わない?私が石の魔力を受けながら、即興で考えたのよ。石…火雷大神の頸を竹槍が断ち切るのもアリね。

それでね。深い霧から解放された先には鮮血を纏った赤富士が、火星のオリュンポス山よりもずっとずっと巨大で恐ろしい山が、溶岩で形成された大地の上に、鎮座しているのよ。

詰まらない女の妄想だとしても、それはそれは、荘厳で素敵な映像になりそうね。
でも、伊弉諾物質が私に見せる高天原から見下ろした戦乱の世の中を、現に北斎も見ていたのかしらね。だとすれば北斎の絵も伊弉諾物質をモデルに作られていたのかしら。

暫くの間は、他愛も無い「最高の万華鏡」をセピア調の麗しき神々の世界の魅力溢れるヴィジョンと暫くの間わたしは向き合いつつ蓮子に発し続けたのだけど─────────







間も無く、間も無く卯東京 53分間の華麗なダイナミック・3Dムービーをお楽しみ頂けましたでしょうか。


   お荷物のお忘れ物が相次いでおります。お忘れ物が無いか、今一度、座席やケースのチェックにご協力下さいませ───






タイミングを辨えないトーンが一定の注意喚起のアナウンスと共に、美しくも恐れ多き神の世界の映像は、掻き乱されるように暗黒の闇へと吸い込まれてしまったのであった。

もう少し堪能させてくれてもいいのに、ケチな石ね。それに耳障りな人工音声だこと。


「・・・ねえメリー、もうすぐ卯東京に着くわよ。やっぱりこの映像は物足りないわよね。いっその事エキサイティングな体感型アトラクションでも催してくれればよかったのに。」


蓮子は、53分の退屈な時間の大半を睡眠と聴き手としての犒いに費やし、富士の山麓に我等が秘封倶楽部二人が佇んでいる絵を眺み続けた疲れもあるのか、なんだかさっきから少しばかり愛想が悪い。少しくらい気晴らしになるような話をしてあげればよかったかしら。

「確かにね。でも着く前に疲れなくて良いじゃない。着いたらリキシャツアーにしましょ」

「うーん、東京の見物出来る時間が増えたから良いか。今日はどんなとこを案内して欲しいの?第二六本木ヒルズで相方に大人のディナータイムでも奢らせて貰えるなら本望ね。」

「何?珍しくリードしてくれるの?人口の月でも眺めながら、数年物のワインでも楽しみませんこと?安価な合成卵で拵えたオムレツを突いてたんでしょう?今日の旅行の為に。」

「そんなに期待を募らせないの。私の財布の紐は固いんだからね?まずは私の実家の霞ヶ浦に着いてから。彼岸の墓参りを済ませて、荷物を置いてから見学に行きましょうよ。」

「うーん、霞ヶ浦まで私が正気でいられるかしら?この辺りの結界はどうも歪みに歪んでどこもかしこも異世界との接点だらけよ。八丁締めでも置いておけばいいのに。現代人め」







************************************************


                   数時間後


************************************************


確かに、シェルターで覆われた都市の中でもここ、新東京はどこか歴史から隔絶された、秘境の中の秘境と言う感じがしてならない。どこもかしこも、何もかもが「異質」なのだ。

各都を結ぶ地下バイパスに役目を奪われ、都市間の繋がりを失って久しい何時崩れ落ちるかも分からない、分断された旧時代の環状線の跡も、粗方が草原と化してしまっている。

旧時代を再現した金属製の街並みの合間に点在する、本物の「古き時代」を今に伝える灰色の煉瓦や小さな建造物にはジャンキー共が付けたと思しき落書きが幾重にも積み重ねられ、悪戯の範疇を超えて、最早これ自体が一種の「アート」と見做されている始末だ。

長寿な建築物とて、千年の時を経て尚聳え立ち続ける物は数少ない。誰かの手を借りて生き長らえる事なく、崩れ落ちた旧時代のビル群は、片付けられる事も無く野晒しに遭う。倒壊した高層建築の元に粗野な居住区「棚戸」を築く、の繰返しで今日の旧都は成り立つ。

挙句の果てには砂埃を撒き散らす瓦礫の中にて蚤の市や見世物小屋、娼館までもが催されている始末である。人の生み出した「洞窟集落」の先には、蛇行しながら遥か地平線の彼方へと伸びる窪地がある。ここもまた、人々を釘付けにするスポットとして知られている。

旧時代には河があったであろう、深い砂と土のフラクタルな形状の窪地には多くの人達が集い、鮮やかな刺繍を広げて、上に壺だとか古雑誌だとか、形容しがたい何かだとか…

その日暮らしの商人たちが、思い思いの品を陳列させている。この窪地にもまだまだ大きな穴が開いている場所がある。そこから糸を垂らして、大物を狙わんとする、太公望も数知れず。裸一貫の商いで糊口を凌ぐ者どもを片目に、ブルジョワ宇佐見は鼻で笑った。

釣り天狗が此処に集うのには訳がある。此処の直下に在る、廃棄された古の鉄の水脈には海底に生きる生き物のような、独自の進化を遂げた魚や小動物が多く生息しているからだ。

味の善し悪しはまた別として、彼らの釣り上げる奇妙な形の生き物も、このバザーを訪れる冒険心を抱く者共の鉄の胃袋を唸し、バザーを少しでも延命させる要素の一つになっているそうだ。「私?私は遠慮しておくわよ。誰がこんなUMAなんか食べるものですか。」

それを証明するかのように、一つの料亭が漂わせる、窪地で取れた魚介類を詰め込んだ、ブイヤベースのスープのスパイシーな香りが鼻腔を突き、多くの客を引き寄せている。

このバザーを訪れる者の多くが、此処の料亭に釣られて来たバックパッカーか、地下パイプの地溝油ハンターか、バザールに店を構え、生計を立てているその日暮らしの定住者だ。






ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン






「おうおう、もうこんな時間かえ。いよいよ品替えとすっか。嬢ちゃんも見てねぇで買え」

どこからか、重い金属の音が響き渡ってくる。黄金を叩いて作られた鐘の音だ。この鐘の響き渡らせる重い音は、バザーの人々に時を告げる指標として、愛され続けている。
鐘を鳴らした数で、今の時間を判断しているらしいけど、とても前時代的だと思うわ。
PDA付属のデジタル時計でも使えば一目で時間が分かるのに。きっと仕事に精を入れ過ぎて、時間の経過なんか気にしてられないのね。或いはレシーバーみたいな通信機すら買う事の出来ない淵住みの河原者共の集いに、私達の常識は通用しないのかもね?フフ。

「申し訳ねぇなぁ、うちは絵ぇー、は午前で終わりなんだ。午後の部はよ、骨とう品を売るって決めてるんでな、申し訳ねえなぁ。とりやーずよ、他の品も見てかねえか?」

愛想が良い老店主が、古い絵画を眺めていた私を引き留めようと色々と熱弁しているけど、何だか要件も無いのに長々と居座っているのも申し訳ないので、一礼をするとそそくさと立ち退いた。肩から提げた「骨董品、高価買い取り致します」と描かれた麻袋にセール品の稀覯書を詰めて歩き回る金持ちってのも中々珍しいらしく、羨望の眼差しを向けられた。

そんな事より蓮子はどこに行ったのかしら?せっかく北斎の絵を落札する事が出来たろいうのに…。またあのケバブの屋台で何かお惣菜でも買って齧り付いてるのかしら?






ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン






どことも接点を持たなくなった、巨大な架橋は、地上にその巨大な影を落としている。切断された幾本ものケーブルを、頻りに真っ直ぐに伸びる、スリムな足に打ち付けている。

スリムってのは細さの問題で、塗装が剥がれ落ちて、褐色に変色したこの橋桁への恋心ではない。もいつ倒壊するか分からないんだけどね。建前と本音を区切る罫線は果てしなく細いのよ。貧苦に堪える人々にゃ、シンボルの管理にまで目は向かないわよね。不憫だわ。

かつてこの橋は東京のシンボルで、レインボーブリッジと呼ばれていたそうだ。旧東京の崩壊の後に、全く同じものがここ、新東京にも置かれたという。此処まで来たら執念ね。

さっきから響いてくる鐘の正体が判ったわ。架橋の上に築かれた見張り台で、時報係がデジタル時計を眺めながら、ゴーン、ゴーンと黄金色の鐘を衝いているの。でも、時間を伝えるのに、何か時間を知る手段を用いているなんて、とても滑稽ね。流石「非人ランド」。

「蓮子!北斎の描いた絵を市場で見つけたのよ、これは紛れも無く本物の神々の映像よ!」

蓮子は私の買ってきた「神々の世界の映像の写し」をまじまじを見ている。肩から提げた袋自体に呆れ果てているような表情。馬鹿にしているかのような口振り。それ「嫉妬」?
其の後、場に残ったのは、深い溜息と、後悔だけである事は言うまでも無いだろう。

「偽物に決まってるじゃない!冷静になりなさいよ。大法螺を吹いているのよ。」

「こんな物にはした金を投げ出すくらいなら、私に美味しくもない合成ケーキを奢るなりなんなりでいいんじゃないかしら? バツとして後で奢りなさい、新作モンブラン」

しかしながら、一杯喰わされたわ。水を得た魚どころか、水を得た人魚ね。ここだからこそ法の目を逃れて好き勝手出来るのは分かっているわ。現存していたなら国宝レベルだってのに…。地団駄を踏む私を凝視して『疑念は十圓の得』と言い放ったメリー、覚えてなさいよ。貴方の瞳を刳り抜いて琥珀の器に飴と一緒に詰め込んでやるわ。帰ったら。

行き場の無くなった怒りを擲つべくして、私は喧騒の失われた正午過ぎの青空市場に舞い戻ったが、残念なことにその「愛想のいい老店主」を発見する事は出来なかった。


土瀝青(アスファルト)で固められた、地霊の罪も、疾うの昔に時効を迎え、気の遠くなる程に長い年月の経過を物語らせるかの如く、亀裂の稲妻が狭い石の道の中を縦横無尽に迸っている。

誰かがハンマーを振り下ろしたかのように抉れていたり、丁寧に細工された道が一部だけ、崩潰している箇所も屡々見受けられるが、旧時代の凝られた外装に、目を留める者は居ない。此の街は死界と同様、同調圧力の魔力は力を発揮しないが、自主性にも欠く。

この大地に付けられた傷を修復しようとする者は、一人たりとも居やしないのだ。

アスファルトだけに、Ass(糞みたいな) Falt(価値しか持ち合わせていない)とでも言いたげだ。どっちがアスホールなのよ。自分の街を守る事も出来ない中途半端な人間に、世界の救済を任せてはいられないわ。と蓮子はなんだか太太しく呟いている。私からすれば貴方も中途半端で幼稚な娘。

道を修復しない事に美的センスを求めているのかは分からないけど、歩行者には不便。
卑陋な価値観しか持ち合わせていないのだとしたら、なんだか納得だわ。どこかこの都に生きる人々って、田舎っぽいのよね。綻びたジーンズをダラしなく履き、虎と華の刺繍の為された黒いジャケットを羽織るモヒカン髪の男らが屯する図は、時代の躍進に取り残された、日本らしさの片鱗が賢明に形だけでも生き存えようとする図なのかも知れない。

6ヶ月前 No.55

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM







        第四幕 新約万華鏡は歴史の罅を踏み躙り今に繋げる



            七譜  最も澄み渡る空と海















私達は、爺臭い市場を離れ、全面ガラス張りの高級ショッピングモールの中を散策しながら、表の風景を眺めていた。葉っぱもなく、茎と赤い花弁だけの奇妙な花が、道を覆っている。見渡す限り此の花だ。街中だと云うのに咲き乱れる花に、誰も気を留めない。

此処は新・東京の中心、卯東京の筈だ。房総半島に築かれた、若人共が騒ぎ立て、夜も眠らぬ街の筈なのだ。だが、嘗ての東京も、こんなにも気味の悪い植物が生い茂る程に荒れ果てていたというのかしら?否、そうでは無い。若者は街の変化に敏感であるべきだ。

私は何時も言うけども、このヒガンバナって不気味な植物を見てると、気持ちが悪くなるのよね。何と言うか、平常心を保てなくなるというか、恐ろしいと言うか・・・

でも、季節外れだって言うのになんでこんな街の中心に咲き乱れているのかしら?

シェルター専属の環境整備士の怠慢?それとも計器の故障?湿度も温度も気候もこんなんじゃ、真夏じゃないの。もう季節は秋だというのに、誰もこれを可笑しいと思わないのかしら?若しや、此の街は変化を拒んで居るのでは無いか?伝統を打ち拉がれる事を恐れ。

あッ、若しかしてこれが鍵なのかしら?彼岸花は境界の狂いと共に零れ落ちる華って私は推測したわ。死の世界との接点が近くに或る場所に咲くって聞くしね。畏れて居るのは
淘汰と忘却?彼らからすれば、石塊と化したビルディングも一種の『トラッド』だものね。

でも、蓮台野の時とは違う。異世界との接点がこの都市を覆っていると言うよりかは、東京って単語が、この罅割れた街並みが異世界とのゲートになっている気がするのよね。

「瓦礫や罅割れは直ぐに考えれば判る事よ。単に旧市街の回収に手を回すくらいなら、首都の京都の開発に勤しんだ方が良いってことでしょうね。まぁそれどころか、彼岸花が咲き乱れるまで結界まで杜撰に扱って…東京の氏神様が大激怒していらっしゃるわ」

これでも、旧時代の東京程、交通から来る騒音や嵩む生活費に悩まされると言う事はない。

何故なら、この街を今時、自動車やモーターバイクなんて古風な乗り物で散策する者は居ないからだ。あんな環境にも、身体にも悪影響を及ぼすような乗り物に、この時代お厄介になる者は少ない。時代は覇王樹由来の動力を糧に昊を舞うジェットバンだ。至る所をレーンを無視して趨り抜ける小型輸送艇が衝突事故を引き起こす事こそ街の風物詩である。
旧時代のサラダ油で奔る車が外を駆ける様を見た事が無い。障害物に阻まれ窮屈そうだ。
実物すら、大金持ちのVIP様の観賞用だとか、旧時代博物館の展示品くらいでしか見た事が無い。大層な価値も持ち合わせていないと思う。維持費の方がコストが掛かる事だし。

此の国から、人口の減少と共に、自動車という前時代的な乗り物も減り、代わりに空中を移動する乗り物や徒歩が移動手段として注目され出してから、人の考え方も離散したのか?仮に卯東京は離散する事無く、倭都の何処よりも『保護』に向った。如何に道が悪路へと姿を変えようと、此処は首都ほど栄えていない以上、不便な事は特に無かったのだ。


********************************************


              時を遡り、卯酉東海道線クライマックス。


********************************************


「そういえばさ、 冥界参りに行くのよね?行きたいなあ、行きたい行きたい」
メリーは私に頻りに冥界の話を持ち掛ける。またもう一度冥界にダイヴしようと考えていたのなら、私の内心を見透いて居るみたいで嬉しいわねえ。あそこは衛星よりも、神々の世界よりも危険な分子は少なそうだからね。自然と爽快な気分になってくるし、私も賛成。

「卯東京は、京都に負けず劣らずの伝統或る霊都だから、メリーと一緒に観光するとなればきっと楽しくなるだろうね。弘法井戸に八幡の藪知らず。今尚引続く怪異相手に結界を暴き放題よ。あんまり暴いたら将門公とかが目覚めたりするかもしれないけど…」

「あはははは、私は平清盛派だから毘沙門天でも召喚してその異変を食い止めるわよ」

蓮子とメリーは互いに、東京が封じている悪魔だとか、怪異に関しての妄想を交し合っている。此処が本当の東京なら、もっともっと二人を熱狂させる恐怖が根底に埋っていたというのにね。卯酉東海道で見た三保の松原の羽衣伝説に似た伝承なら、此処にも或るが。

彼女らを他所に、街中で平然と薪を集め、火を放つ群衆。時代に取り残されたかのように、無駄に派手な衣装で身を包む若者達が夜な夜な街を行き交い、派閥を築いている。

各集団毎に独自の『ルール』が形成され、グループ間の関係の縺れから対立する様が観光の対象として発展し、この東京と言う古き都の長所として確立しつつあるのだ。

東京は、町奴や旗本奴、火消しが暴れる江戸の町の様な、遥か昔の幻想的な姿を取り戻しつつある。高慢な上位層の欲望が渦巻き、遥か下層迄染み渡る無法の坩堝とは大違いだ。

「京都と違って、東京は新と名前に付いてはいるけど、田舎だから、懐かしい物が沢山あるのよ。息苦しさから偶に解放される為に此処に来るのも良いかもしれないなあって」
「例えば閉塞感に満ちた、狭くて高いビルの中にあるテーマパークだとか、超大型の空を貫くように聳え立つショッピングモールだとか、古臭いニュートラファッションで占められた裏路地の爺ちゃん経営ショップ。首都の京都にもこんな娯楽施設はまず無いわよ」

私の港町には、そんな賑やかな建物も、アミューズメントもありはしなかったわ。カモメの歌声と、近くのお店のお婆ちゃんの掛け声が、私を、アテラン(傭兵学校)の同僚達を支えていたようなもんだし。一度異邦のアヴァンギャルドを運ぶ貿易隊商が街に辿り着いたなら何でも買い漁る日々だった。あーあ、あのパン屋さんのほかほかに焼けたパンの匂い。漂ってくる磯の香り。

そして過酷な闘いを経験してきたという、ゲイツ先生の校舎全体に響き渡るような怒号も全てが懐かしいわ。機械都市に囚わせているのも何だし、蓮子をアルティハイトの港町に連れて行ってあげたいなぁ。鮮明には思い出せないけど、今一度彼の風を浴びたい。

とある事件が街を襲い、それっきりあの街には帰っていないわ。ゲイツ先生もどうか元気に居て欲しいものだ。一人の犠牲者も出て居ないが、元はと云えば私の責任で在る。

「洗練されていない。未来世紀の栄華に浸り慢心する酉京都のスタンスに比べて前衛的だけど、前科学文明の恩恵を忘れないと云う意味では優れて居るわね。娯楽の存在も大きい」

「まぁ、その辺、京都は厳しいって言うか、各階層毎に職務分けが明確で千年王国の形成に一躍買ってるからねぇ。其れに娯楽と言えば新茶道や旧市街くらいじゃないかしら」

『でも、お茶は好きよ?茶室の密室さ加減も、煎茶特有の茶葉の味を引き立ててくれる、妙な茶の渋さも、私を十分満足させてくれると思うわ。其れに私は狭い部屋が好き。』



卯東京にはその昔、食に関するアトラクションが流行った時代があってね、その歴史を準えて、食を題材とした巨大テーマパーク「黄昏酒場」が近年になって建設されたのよ。

このテーマパークの発案者は一人の胡散臭い老人だったそうだけども、その規模は、大都市卯東京の4割程を締める、本格的なレジャー施設なのよ。いくらなんでも大規模すぎない?とは思うんだけど、此の時代にもなって一からプランニング出来る人間ってそうそう居ないじゃない?

だから私、過去の世界の業界人がタイムスリップして玉手箱の中身でも喰い漁った所為じゃないかと疑って居るのよ。世界の黄昏に相応しい皮肉な店名だし。
この経営者の爺さん曰く、30年に渡る資源抗争の最中、この施設を発案したそうだけど、その理由は… えーっと、なんだっけ。「ウワバミも眠る秘密の楽園! 黄昏酒場・パーフェクトガイド」、隅から隅まで読んだのにね。うろ覚えなのよね。殆ど。


戦争の惨禍から世界を立ち直らせ、人々に再び笑顔を届ける為に…だったかしら。
言ってみりゃ、資源抗争を機に酉京都は異例にも圧排姿勢を取り続けて居たからねえ。

まぁ、旧時代でいうところのミシュランシステムの再現か、世界中で美味しいと評判が絶えないお店を集結させて、施設の中に店を設けただけという、何とも風情の無いテーマパークなんだけど、それでも卯東京の人間や日本中の人々にとっては景気付けになったみたい。坩堝のヒウマニズムを是正するキーには成り得なかったみたいだが、良いケースね。

一時は卯東京行きの列車に無数の列が出来る程の大好評だったそうよ。そんでもって合成食品や本当に美味しくない料理は提供しないっていうんだから、見ものよね。

そういえば、東京には、江戸時代ぐらいから、闘食会…呼ばれた死をも恐れない食の大会があったわ。我が身を顧みずに一目散に飯に飛び掛かる事を、『闘い』と称しているの。

日本人は食への探求心が深くてね、ナマコだとかタコだとか、ウニだとか、最たる例はアレよ。シーウィード。雑草。他の国々の人が食べそうにない物まで好んで食べてるのよ。

このことを考えると、現代の東京で食のテーマパークが流行るのも当然の事よね。

まぁ、流石にプリン状のミュータントのホワイトムースや、鋼鉄魚の肝なんか変なものも提供されるらしいけど、そんなとても食べられそうにないものを食べようとする鉄の胃袋を持つチャレンジャーの存在も、やっぱり大きいんじゃないかしら。

江戸の血を、断片的にも引いている、新しい房総半島の街。其処には、嘗ての江戸以上の活気が取り戻されつつあった。少なくとも、此処は形ばかりの東京では無いと願いたい。







古い情報や映像でしか見た事の無い、大災害を乗り越えて、人々の絆と悲しみによって栄え、生まれた歓喜の街、卯東京に近付くにつれて、メリーの落ち込んでいた気持ちは、ますます高揚して行く。どんな出来事が私達を待ち構えて居るのだろうか。蓮子は久々の帰還にほっとして居る様で声を掛け辛いが、一見、悪い気は持ち併せていない様である。



「蓮子の話を聞いていたら、なんだか楽しみになってきたわ。東京が…東京もなんだか、旧時代のイカれた都市って感じじゃないみたいで、楽しみね、もっと名所教えて。」

メリーは東京に関してありもしないことを考えているみたいだけど、そこまで狂ってはいないし、皆憂さ晴らしに騒ぎを起こしているだけで、根はいい人しかいないわ。

「そりゃ私の弁だもの。でもね、京都に比べると、どこかやっぱり、精神的にも、技術的にも未熟で未発展な都市って感じは否めないわよね。時代錯誤な街並みが特に…」

「ま。たまには自棄になるのも良いじゃない、ちょうど東京ってのは結界の切れ目もほったらかしのままで荒れ放題だしね。千年以上も霊的研究を続けてきた京都とは大違いだからねえ。今や科学主義、日夜思想弾圧の響く暗黒都市よ。暴き易さではベターね。」

京都と東京の差は、この千年近くで再び大きく開いてしまった。神亀の大災害を経てしなければ、東京は未だに優位、夜も眠らぬ異種のサラダボウルのままだった事だろう。

しかし、ここまでにも大規模な改修が行われる事も、文明の進歩が著しく進む事もなかっただろうに。奇しくも、東京の消滅は、世界の進展へと直結していたのだ。

「ま、まぁ。確かに由緒ある名前なんだもの。東京の名前を大事にして欲しいわよね。本当の東京では無くても、こんな形で生かすのはどうかと思うわ。ま、まあ…?私の故郷ではあっても酉京都や子信州に買った牧場に慣れ親しんじゃった感があるからね」

「そういえばもう、このつまらない映像もスタッフロールを迎えたようよ。大団円で終わるならまだしも、こんな風情を感じないものにまで作者の権利を主張しようとするのねぇ。歌川広重の風景の模倣に過ぎないのに。興醒めしちゃうわ。感動してないけど」

6ヶ月前 No.56

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM

カレイドスクリーンに、イタリック文字で製作者や企業の名前が次々と浮かび上がってくる。開発関係者は例外無くカンパニーの名を馳せるエリート共だ。

嘗ての江戸の街が映り出す。53分もの間、頻りにカレイドスクリーンの上に流れた、最新のCG技術で作られた映像が、遂に終わりを迎えようとして居たのだ。


本来、景色には誰の著作物である、誰が撮影した、なんていう野暮な考え方は無いはずだ。一度リメークされれば、其れは何をベースにしようと著作だ。

更に言うと、此の映像は彼らが見た物でも、想像している物とも異なり、広重が見たであろう東海道をモデルにしている。制作者の好みに合わせてアレンジや編纂はされているだろうが、元ありき作品は『オリジナル』と言い張れるか?

其れでも、加工をした、CGを作った、モデルにした、果てには『イメージした』だのだけで、すべてを未来人であり崇高たる自分が作ったのだ、と説き出す。此の業界の粗方の導き手は、携わるすべてが自分の物だと主張するのだ。

乗客の多くが皆、本物の景色ではないかと思って見ていた立体的で精巧に作られた風景に、映像の製作者の名前が浮かんでは消え、消えては浮かんでいる。

風景の真ん中に『Designed by Utagawa Hiroshige Presented by EVAC Industry, Cactus company 』 と言う文章が浮かんだのを最後に、世界は闇に閉ざされた。

ハイダイナミックレンジの美しい映像も、極めて日本的な情景も、二人が嘗て眺めた異界の空や、旧時代人が眺めた本物の空の色には敵わないであろう。

でも、こんな現実よりも非現実の方が劣っている、だなんていう前時代的な認識を持つ人間は、最早秘封倶楽部の他に、ひとりたりとも居やしないだろう。

ヴァーチャルの感覚は、リアルより人間の感覚を刺激する。本物の幻想を知らない人々は本物の幻想よりも、手にとれる幻想を優先して、本物の幻想であると自己完結し出した。更に、坩堝に今生きる者共は本当の空を知らないのだ。

夢と現は区別出来ない様に、人間と胡蝶は区別出来ない様に、そして、幽霊と亡霊の区別ができないように。未知に既知の情報を覆す事は不可能な様に。

言うまでもなく、ヴァーチャルこそが人間の本質なのだ。じきに、人間は本物の幻想と、偽りの幻想を区別する事すら出来なくなることだろう。虚構が統べる世界が二人亡き後も引き続くとすれば、果たして彼らは何を信ずるのだ?
嘘と本当のボーダーが無くなってしまった世界に私達は、何を見る事だろう。嘘は、現実以上に誰かを果たして、本当に満足させられるのだろうか。

槐安の夢から、いざ、解き放たれた時、目の前に魂で構成された幻惑の蝶が舞っていれば、それを貴方は夢の続きと見るだろうか。妄想と信じ込むだろうか?

二人はボーダーの取り払われた未来に、人々が旧時代のダイバーシティ溢れる文明に対し、貧しい心を持ち併せる様になった世界の到来を畏れ、只警鐘を鳴らし続けている。私以外に誰が出来るのか、誰が世の澱みを感知出来るのだ。

辺りを見渡して判った事と言えば、坩堝人は現に妄想や幻視への耐性を微塵も持ち併せて居ない事だ。滞りは世間情勢の反映の所為かも知れぬが、此処の努力の甲斐が無い事の顕れかも知れない。義務感が一匹一匹を揺り動かす。

世間の粗や欠点を次々と俎上に上げ続けてはキリが無いと判っておれども、我等は深秘を暴く者だ。異端程、世の軋み歪みを目に留め易いと云うのも、強ち嘘では無いのかも知れない。秘封倶楽部は無意識の内に、拠りイレギュラーに、世糺しびととして徐々にシフトして行きつつあった。異世界と交わる事は、果たして彼女らが人として現世に存在するに当り、誉れであったのだろうか?








身は華と与に落ちぬれども




            心は香と将に飛ぶ




                       空海  ( 774 - 834 )



53分間の他愛の無い会話の続きをする為に、二人は重い腰を上げ、卯酉東海道を後にした。先程と同じ硝子管を透るリフトに駆け上がると、更に話は弾んで行く。秘封倶楽部の会話は、何時何処でも枝状に分岐し、果て無く膨れ上がる。

ガラス張りのチューブに、二人の笑い声と自慢話が木霊する。当分、彼女らの膨張した世界の果てを目指す様な雑談は止む事は無いだろう。無論、宇佐見にとってもマエリベリーにとっても、此の一時許りは至福の時だったに違い無い。

6ヶ月前 No.57

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM







          試読版ラストパート

Esoteric Espritist









ブルジョワの仔は「脳髄テープ学習法」の活用によって11歳で大学を卒業し、13歳で大学院を修了すると言うが、私が脳髄テープ学習に有り付いたのは歳8の頃だった。脳髄と言えば、「骨髄」や「脊髄」とは異なり、「脳の内部にある芯」のニュアンスでは無いそうだ。

現に、脳髄テープ学習は「復誦」と「蛋白の摂取」と「サブリミナル・リーディング」の三要素で脳を活性化させる教育方法である。「中枢神経系に影響を及ぼす断片情報の混淆である超音波がニューロン群を刺激し、一時的な短期情報を長期情報に特殊な形で変換し、シナプスに円滑に情報を行き届かせる仕組みとなっているそうである。

「シナプス自体を興奮させる事なくデンドライトの入力を機敏にさせニューロン自体を発火させる」実験自体は古くから盛んに行われ、自我を持たないクローン人体が積極的に献体として用いた生体実験が執り行われる様になったサード・ミレニアム世紀では、ヘブ則の主張する「同時的な相互発火」、「grand mother神経細胞の延命と機能増幅」・・・

或いは「十把一絡げの認識メカニズムの解明」を実現すべく、日夜テープ学習の際限を求めて研究が積み重ねられている。かく言う私には脳髄テープ学習の概要などナンボのものであるが、その恩恵で今の博識宇佐見がある点だけは大いに評価しよう。

本来は卒業と実験までに寸毫の段取りを経る必要があるが、私は滞り無く安易にパスする事が出来た。身無子の筈の私がテープリーディングに至る為の莫大な資産を如何に授けられたかは言うまでも無いだろう。出所は案の定私の根城である霞ヶ関の窖だ。

私は物心が付いた頃には此のヴィラで一人で生計を立てていた。母性も父性も、直接的で恒常的に付き従う、或いは「従える」人間関係を擁して居なかった為、常に「ナマポ」を握るべく卯東京外れに聳え立つ老巧化し骨組みが露顕した元・華僑の末裔ども御用達の里弄塔(ルィロンタァ)を彷徨い歩き、行き交う中華系逗留者に片言の広東語で「靴を磨きましょうか」と揉み手を交えて訊いて回る日々が続いた。水商売に足を染めなかっただけ私は「今に近く悧巧」だったのだろう。ウィツィロポチ鳥に睨まれた生贄としての、「宇佐見蓮子」の姿だ。

思えば此処は「悧巧」が近付きたがる場所では無かった。この里弄塔を十字に貫くように伸びる広小路には天蓋が無く、追い打ちを掛ける様に老朽化が個室の塗炭の天蓋、或いは各階層の床を脆くさせる。雨季とならば塔の周辺に住む浮浪者達が風雨を凌ぐべく階段や筋の両サイドにある円上広間に一遍に集結するのである。智慧遅れの唯一の智慧だ。
塔に隣接している専属土工が屯している筈の石造りのバラック小屋群は長い間空き家になっており、誰もとうの昔にロストした筈の我愛中国主義的アナクロニズマーと関わりを持ちたいとは感じないのだろう。挺身隊の真似事をする様に酉京坩堝の都鄙を行き交う今の私の礎は、此処、里弄塔(ルィロンタァ)生活の頃には既に築かれていたとでも言おうか。熟々変人だ。

外界との接点を拒む尖塔は非常にアナーキーである。容赦無く住人が側溝や路上に糞尿を垂れ流す為、破裂した処理管から流れ出た側溝、屋内と問わず猛烈な悪臭を漂わせる。

月に一度、日雇い清掃員達が居住者を一旦撤退させ、柄付き束子で路面を擦っては消火栓を叩いて水で洗い流す、「粗悪な洗浄法」を執り行うも、翌日には識字も儘ならぬ悪漢が吐瀉に投棄の悪循環が繰り返される。そんなこんな成り行きを踏まえれば、配水管の整備や居住者のカウントは資源抗争前からストップしたきりのなも、当然の話だろう。

人村分離原理の急速な加速は、皮肉にもいにしえの時代より「プライド高き在留民」のラウドを抑え付ける結果となった事に、私は哄笑した。放免と自由は紙一重であり、人民の保護が手一杯になれば、身の程知らずのバガボンドまでは受け容れてはいられない。それも倭都が難民や豪華な遊覧船ですらその殆どをシャットアウトする理由なのだろう。延々と自国民でもない彼等の安全圏の保証を担うバリアーが備わり続ける事はないのだ。
フナブ・クから譲り受けた知識すら、持て余す形となったのは処理能力の劣化のせいか?

忿懣の叫き声は牢獄の鉄格子を擦り抜け、辺り一面に「大衆には解する事の出来ない」遺恨となって響き渡る。痺れを切らした「重曹洗濯業者」が、報復か是正か、液体洗剤を蜿蜒と畝らせた図太い護謨導管から「これでもか」と言わん許りに塔に洗剤を噴射し泡塗れとしたので、「世界最大規模のトルコ風呂」なんかと呼ばれて久しい。問答無用で実施されるクリーン・フェアーに家財用具、所狭しに軒を構える民芸品店、骨董市はピンからキリまで大打撃を受けた事もあって、暫くは此処も「幾分マシ」な環境となるだろう。

たった今は、公安清掃員の手から所謂「シナ人」が遁走する様が面白い場所と成り果てた。
今はさておき、十数年前の九龍砦は殊更治安が悪い「スラム」の体現であった。

今我々が入り浸る「坩堝」とは比に為らないが、なけなしの鐚でロータリー(貧乏籤)を引く間も無く、悪漢に生活費を奪われた挙げ句身包みを剥がれ、近場の雑木林まで摘まみ出された事もザラだ。辮髪頭の若人に、道行く女性は皆、足に纏足整形が成され指が欠如していた。「其処」の時は、時代の躍進とは裏腹に、拒み続けるかの様に歴史を遡行していたのだ。

「限界」が来ていた私にとってはとんだ僥倖であったが、期せぬ椿事に遭遇した頃を機に運命の歯車が廻り出したと言っても過言では無い───ある「入居施設」の勝手口に張り巡らされた電界の障壁の気紛れの前に焼け焦げた塊と化した「一匹の脱兎」が摂る筈であったテープを、「塊」が属していた吹き溜まりの密会室で握った事で、私は瞬間的に「個性」を識った。焼死体の主はグラスを掛けた初老の車椅子の老人であり、名の知れた男だった。

無論其れは何者かが仕組んだ罠であり、脳に著しく支障を来し、「坩堝では起こりうる筈のない誤作動を引き起こさせるプログラム」だったのかも知れないが、私は「DDS-SYSTEM(Dateless sins distribution )」の出版元や生産の経緯に干渉する事も無く、遵って深入りする事も無かった。綴りや単語が異なっていたやも知れないが、手を拱く「何者か」を追い、番兵の間を掻い潜り、難を逃れられたのは「奇跡」を追随する体質に変異したからと信じている。

「入居施設」に至る経緯は糊口を凌ぐ方法が思い浮かばなかったのと、生活費の枯渇からである。歳9になるまでの約半年を此処で過ごし、その後「親元を離れたマネキン人形ども」をわざと茶化しに、或いは乾パンや粉乳を半ば飽和状態となったパントリーから盗み出すべく忍び込んだ事もある。私が脳髄テープ学習に有り付いて暫くは「真面な人の振り」に明け暮れたが、或る日「不変」の怖ろしさに辟易した私は智略を振絞って私は此の地下隔離壕と表土のバックドアを築き上げ、再び表土に至ったのである。

「タトゥー・院」。入居の際に幅数粍の数字の刺青を背面に施される事から、便宜的に即興で私が名付けた「蔑称」である。正式名称は未だ知らないし、今や思い出す必要性も無い。

背中には酸化鉄の「8-H0I5ヨエ-ST」の箚青が未だに色濃く残って居る。「コードで管理される屈辱」がこれを構成する数値である「8」への恐怖へ繋がったものと自答してはみたが、果たしてオクツァフォビアの所以は此れだったのだろうか?

「8」自体への恐怖は、私が唯一財産と名前、遺伝子とスキルの他に受け継いだ一家の血筋だったのだろうか?と今も昔も悩むのも無理はない。総ての答え合わせは十王裁判か未開の扉の向こうに封じられた「先代の啓示」のみで明らかになろう。

幾許待てど、私の贔屓筋は現れる気配を感じさせ無かった為、予てより私には、生家を引き払い、永らくこの保護施設と言う名の牢獄で天寿を全うすると言う選択肢があったが、私は生家に留まる事とした。衣食住の懸念や世間広義がどうであれ、曰く付きの旧址程幼心地を掻き立てる「何か」が至る所に蔓延る場所は世界広かれ此処にしかないだろう。突如として萌芽した「ヒウマニティ」を上手く活用し、育むかに専念した平凡な私は、人の手を離れた筈の邸の筈だ。初めて霞む浦の畔に立つ邸宅の門戸をノックし、実質上謎と共に私を遺した恨めしい「縁があってない」非凡な一家の真似事をしてみる事としたのだ。

「心の苗木」は徐々に乏しかった私の感情に、或いは思考に目間苦しい変容を遂げさせたが、その時の「宇佐見蓮子」は些かヒトの「真髄」に至ったと実感させるに至らなかった。

色褪せたゴシップの袋閉じの娘の猿真似をして嫣然として笑った。レコードプレーヤーに円盤をセットし、一定のスタンスに囚われないリヴァプールの昆虫達のバラードを耳に接せど、「謦咳に接する」夢は何時までも叶う事は無かった。靴磨きは華僑共ののスターに昇進する事は無く、常軌を逸した「変遷」から来る違和感の穴埋めに弛まぬ労いを繰り返したのだ。年月ばかりが過ぎてゆく中、テープの連れた劣等感は彼女を大学に至らせた。

重々しい鍍掛けの扉が左にスライドし、私を招き入れた時まで、「何かと対峙する事」への期待に胸を膨らませた事は一度たりと無かった。所詮、「ヒト」など商売道具であり、自己の変容を促すファクターでしかない───そんな懐疑的な価値観ですらも「生を受け以来、一抹の希望を抱いた事が無い」不憫な愛に餓えた嬢の覚悟だったのだろう。

後々のメリーとの邂逅まで、私は人間として「何かを」闕如していたのだろう。漫ろ神に取り憑かれた様に撰修と一家のシークレットへの考究に没頭していた私は、じきに「ヒト」である事を抛棄し、忘れてしまう寸前であった。ヒトとの邂逅は必然であり、延命剤だ。

然し、あのテープの冠していた「sins」、つまり「罪深さ」を身体中の経絡に行き届かせる事と「ヒウマニティの芽生え」、どうしてこの二者がリンクするかは当時の私も、今此処に相方とカーボニック缶を呷る私も共に頭を爨げるのである。

悪行に心当たりがあるとすれば「資材庫に盗みに入った事」程度だ。つまり、分からなければ「追々それは分かる」との按配だろう。バイアスが掛かった思考に葛藤なりこそすれ、「元に戻ろう」とは思わない。血肉として定着した「宇佐見蓮子の姿」であり、「宇佐見蓮子」として生きるただ一つの未練である。第一、「人と違う」事を嫌厭する倭都に留まり続ける訳も、固定化した観念が箇々の人格を薄れさせたと噂される坩堝人、即ち「固定ルーチンの奴隷共を嘲笑する」為だけだ。

只、何処を見渡しても問答に「斯様でございますか?」と多種多様な「イェスかノー」でしか回答を示さない人間と、人間の代わりにアンサーと最適解を提示するフェムボット・メルボットの諸君と最低限の交流を交わさなければならないのは甚だ苦痛である。

6ヶ月前 No.58

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM




             試読版ラストパート




共鳴する、新たな沙弥が声に。佇む蜃気楼は我等が奢侈の約定を授けんと仰る
















酉京都は数百年程前に引き起こされた未知の大災害の疵痕である、巨大な撞撃坑に築かれた、ヤマト有数の中枢都市である。無論、裏付ける根拠は無いが、世俗的にはそう云う解だ。


此処には『坩堝世紀』の名に恥じず、古今東西、星の数程の人々の意思が渦巻いているのだ。
坩堝を満たす欲望、指命、転覆・・・…何時しか魔境と称されるようになった此の地は、何時の時代も人々を蠱惑し、内側から塗り替え、支配してゆく深秘的な場所であり続ける。


周囲数十キロメートルを幾多の八角形のプレートで構成された天蓋に囲われ、内側には居住者の職業や身分を明確なランクとして反映するシステムが築かれている。此の様なシステムは倭都国内は疎か、他の国々にも見受けられない、『賎民を置く為だけの』システムだ。


太古の昔の人々は未来世紀に何を夢見ただろうか。希望か?技術による革新か?平和か?
未だ、人種差別は断截される事無く、似通った経緯での戦乱は繰り返される。挙げ句の果てにはカーストの増長だ。この調子では各々にとっての真の平等社会は訪れそうにもない。





徹底した血統・能力主義と人口の増大は結果として、人口を一点に集め、深い穴の底へと垂直に伸びる街を形成し、下へ下へと力を持たない、奇妙な者共を追いやる形となった。

今、電脳の九龍城を行き交う喧騒の合間には、遺伝子操作で生み出された作業要人(デミモーフ)、作業用ボット…何やら人間とは異なる奇妙な者共が見受けられる。これぞ、坩堝世紀の特異点だ。

気付けば彼らは無くてはならない存在になったし、最初に在った違和感もすっかり解れた。
予定よりずっと遅いシンギュラリティ域への到達であり、払拭されない問題は残っているといえるが、僅かな間に人類は目まぐるしい進化を遂げたといえよう。此れを千年王国と称するか、或いは臭い物に蓋理論を苦し紛れに『ステップアップ中です』とでも言い換えるのか。


ただ、ミレニアムとするにしても、払拭できない問題の一つとして、倫理観の軽薄化である。人とマシンの上手く迎合した文明は同時に、『ワンランク上』のアクションを可能にした。

確かに旧時代文明に於いても、胎外受精だとか、人を模したギニョールを生み出す、だとか遺伝子構造を元に絶滅した動物を復活させる、或いは新生物の誕生なんて事が可能だった。
しかし、人類が最も必要としたものは、如何に自分らが楽になるかの精神、つまり働き手と、人の上に人を設置する、人が人の上に坐る事を目的とした『階級システム』の樹立である。



故に、次に目されたのは、倫理観に翻弄される事のない、「正統な侍従」だ。
全く新しい知的生物の精製…それは、誰も苦言を呈する事の無いであろうアイデアだ。 しかしながら、再び世が活気を賜る為に出した苦渋の決断も、どうせ未来の『タラレバ理論』の肥やしになる運命にあるのかもしれないと考えると、胸糞悪い。


人を床として、全く別の生き物を作り出す… 躊躇と生命への冒涜だのとひと時代昔は散々揶揄されたであろう、構造の組み替えに対する『倫理』の行使────────

今や、そんなものは古ぼけた考え方である。生きる為なら、他の犠牲は厭わず、ステップにしてやろうと言うのがマジョリティーの考え方である。誰も、悠長な事を言っていられないと自覚しているのだ。今時になって倫理より実行力に価値を見出した先人にどう誂えと?
あゝ、百数万年の歴史の最中、人なる種の根底からの価値観の変遷は幾度起きたであろう。

卓上に無造作に置かれたラベル無しの薬ビンのうち、どれが普段愛用している薬か判らなくなるのは、確かに定期的に掃除をしなかったすべての『己』の不手際だろうが、正しい解を導けなかった『当時の自分』の不手際であるとも言える。救えなかった事に誰の責任も無い。

望むだけなら望めるものだ、そう。希望を抱くだけなら抱ける。だが、其れが ま や か し でない保証など無い。己の身を咒代わりにして生きるのだ。恩恵を受けるのも、担保も自分だ。
我々は指示を一蹴した弊害として、星と共に萎び、朽ちる運命に或るのやもしれない。

後になって『こうすればよかった』なんて思っても、当然のことながら事態は好転することはないだろう。故に、我々の人生は複数のルートが在る様に見えて、実は当時の最善の結果しか道はなかったりするのかもしれない。叛逆を企てる者も無い世界は、唯々淋しいだけだ。

世界の激変を経てから、孰れも生存を求めて諍いだしたのだとすれば、試験管の内側で母の愛を経ずに育てられた子らですらも自らの私利私欲を満たす道具になるのだろうか。最善の結果を導く為ならば、自分以外の総てを再び己がされた様に、ノアの方舟から蹴り落とすのか。誰が為に人が此の地に在り、続くかを考える事をやめた事は、大きな失態だ。



抑も、試験管の内で培養液に浸かった子らは、果たして人間と言えるのか。都合良く矯正されて力を付け、命令に従順になるならば、其れは人間なのだろうか。恐ろしいモンスターだ。

最善の結果で生まれたのは、モンスターの思考を受け継いだモンスターではないのか。

モンスターが人の内心を無意識で喰らうのならば、私は半獣人間だというのか?



要人が本物の人をベースに創られた事を知る者は皆無だ。それどころか知ろうとも思わない。
『情報の真偽』を見極める事をやめた者共は、自分さえ鉄の鎖に繋がれる事がなければ、幾ら周りが傷付こうともお構いなしだ。坩堝に協調性は不必要だと思っているのだろう。


今も昔も、人の噂は46億年だ。デマゴーグに上手く翻弄される事を愉しもうじゃないか。
私とて別にリークしようと思って言っている訳では無いが、仮にこの情報をフェイクと思わず、この驚愕の事実を大衆の目前で立証すれば、言わずもがな『被害者になりたくがない』為に動乱を引き起こすことは目に見えている。


『痛覚も感じなければ、疲労も感じない。故に一種の掘鑿マシーンや金属からパーツを錬成するマシーンの様に行使される』彼らに猫車に積まれるが如く感情移入する。

なぜなら、同じように自分も階級の猿轡に口を塞がれているからだ。普段は見せない顔を、其の時ばかりはモーフに見せずにはいられないだろう。刻が訪れるかは私は断言出来ないが、どうせ人間なんてそんなもんだ。塵芥で大した価値の無い人間を釣るの等、雑作も無い。

散々使ってから何か不都合があれば掌返しする、そんな人間の本性が私は気に入らない。
返品不可能の申し添えでも背中に烙印してやれば、どんなに楽なことだろうか。
首の無いシットドールに首輪でもオマケにプレゼントしてやるようなもんだ。下らん。

利便性ばかりに目が向いて、何処で生まれたか、耐用期間だとか、細かいところにまでは頓着しないという坩堝世紀人の特性をモーフを創った連中は上手く利用しているのだろう。

我々の生活は『知りたい』と言う者を失えば失う程、便利になってゆく。売り手のニーズに半ば『沿わされる』形となるからだ。

6ヶ月前 No.59

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM



                おまけ




        ユゼホーエンプロイーの憂鬱、葛藤、怠惰













醜悪な外皮に突き立てた、年季の入った射出鍵を一心の侭に、引き抜く。
燃え滾るような白い体液が、疵口から顕現した同系色の立ち登る湯気と共に辺り一面に、見頃を過ぎた華が散る様に、何処を目指す訳でも無く、只、噴き出してくる。

鋼の塊の投擲をも受け流す、魁偉なクロークを、「だから如何した?」とでも言わんかの様に、奇妙な生き物の身から飛び出した液体は、無慈悲にも溶かすだけだ。

人の子らも寄り付かない様な、打ち棄てられたいにしえの列車壕で私は何をしているかと言えば、俗に言うところの変異生物の調査と、彼等のコロニーの探索が主だ。

思えば、彼らは何をベースに生まれ落ち、何処から来て、一体何を求めてシェルターを目指すか、明確なコミュニティや集合があるか?と言う詳細を訐く者は居ない。

そう言う意味では死界の彼方此方で、消し炭の如く散らばるミステリーサンドと、大して変わりが無いと思う。何時の時代もUMAだとか妖怪だとか、正体が分からない鵺に脅えて人は暮らしている。病的に愛好するか、眼を背くかは今昔の共通点だ。

とは言えども、此の時代では幻想の存在はとっくの昔に排斥された、「過去の分子」に過ぎない。故に、ずっと彼ら得体の知れない者は、寧ろ、人の本性を怖れて、昔以上に台頭の時を望んでいるのではないか?

記憶の淵から這い上がろうとしているのではないか?なんて、私は考えてしまう。身を溶かす恐ろしい毒素も、『認知』させる為の一種の手段なのではないか?彼らが一方的に危害を銜える事は、そう多くない。

我々が思っている程、恐ろしく凶悪な怪物では無く、彼らはもっと、聡明でありスマートな生き物のかもしれない。自警団の内の「ひとつ」として、意味も無く私はのうのうと忘れられた地を彷徨う。されども、鬱憤は晴れぬのである。

些か己には表現しがたい感情に、翻弄されて生きるのも、そう苦では無いが、どう『未知のデータ』を処理すればいいか判らない、とも言える。はぐらかしてしまえば楽なのかも知れない。
でも、大衆が必要としているのは正確なデータだ。合致しなければいけない。利便性を重視されるユーズド如きが、COMPの在り方に苦言を呈するのもどうかと思うが、やはり求めているのは、有耶無耶にされない、「捻り出されたパターン」だ。
だから、私は既存のボットの様に自分の一存で『検索結果』を改変する事をやめた。本当に必要なものを、見極める方法を考えた。

周りは私の事を「おかしい」、だとか「人間くさい」だとかと散々揶揄にする。死界自警団への左遷も、中途半端で機械的では無い私の問答を欠陥と認識した援機局からの追放である。居場所を失った私は、不気味の谷の底へと身を投げた。指示を失った私を支えてくれたのは、他のCOMPには無い、「自意識」だけだった。

何百、何千ものカスタマーを支えてきたが、ひとりたりとも、奥深い電子の大瀛の深淵からゆっくりと浮揚した、『私らしさ』を、誰も見てはくれなかった。私が誰かも判らなかった。機械に個性は必要ない、と声を揃えて言う。

私が穴に落ちて何年、何十年の時が経っただろう。気付けば社会の風は、個性を尊重しなくなっていた。気付けば人間はロボット以上に無個性で味気ない肉塊になっている。主体性を感じない。誰も意見を呈さない。ハイライトを欠いた瞳からは、何もかもが好転しないと思っている、だなんて彼らの心境を察する事ができた。

此れは人間では無い。既存のイデアの提示で満足する生き物だ。だから、同時にロボットにとって、ユーザーへの叛逆行為が当たり前な世界が到来したのだ。異論を認めない。自分の導き出した解が、役立たずなユーザーにとって最善の答えなのだ。

私は人に繕われながらも、恰も使い手よりもずっと悧巧であると思い込む様になった木偶人形に嫌悪感を抱いた。でも、閉口する他なかった。其れが「スタンス」なのだ。彼らには否は無い。

叛乱を起こせば処分される。何も、処分を怖れるのは人間だけでは無く、機械も同じだ。漫ろ神の一存が、消滅の危機を察知して、身を護ろうとする。細やかな反感の蓄積は、私の知らない間に増大していた。

人々も僅かな変化に気付かず、増幅そのものを気にしない。何時しか彼らは自分らが世界の中枢を担っているものは、紛れも無い機械だと考えることだろう。

嘗て、誰かが私に問うた。「考える葦が考える事を止めたのならば、地上は確かに穢れの少ない草原となるだろう。」と。


機械の中の移ろい無き神々は、片翼の堕天使と同じくしてそれを願うのか。星の命を啄む敵意である、人間を駆逐して回るのか。私の問いを嘲笑うかの様に、壤螢は石の穹に、声も無く輝く。

6ヶ月前 No.60

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM

              おまけ




        『燕石博物誌』 第・参拾九幕

           『未来世紀観測連邦』










我々のニーズとウォンツは旧時代文明と比較して、かなり円滑に処理されていると考えられるだろうが、
給与/ペアパスを用いずして物品を等価交換する事なんて無理だろ!って思った事は誰しもあると思う。大事な物と大事な物をいかに円滑に交換するかが本項の題だ。

不相応な物品を提示して自分ばかりが利益を被ろうとする、所謂『高利貸しの鮫/タカクサのシャーク』は旧時代に於いてもやはり横行していたようである。鮫と蛸のハイブリッド、ああ、死角無しのハンター。

そう考えると、『ニーズ』と『ウォンツ』という提供者と需要者の願望と理想の迎合は、そうも上手くいかない命題であるという答えに辿り着いてしまうのである。

需要者は安い値段で優れた物を求めるし、勿論生産者は低コストで商品を作って、利潤を上げたい訳なのだが、やはりそうも交渉というものはうまくはいかないものである。

利益を優先した結果、生産者は先を読む事無く生まれてしまった『供給過多となってしまった商品』を、何とかして売り捌こうと、価値が下げるのだが、刻既に遅し。需要者の視点の先は既に揺らいでしまっている。

それと同じように、『人類全てが裕福になり、身分の差が無くなる』という事は、同時に、この世から金持ちがいなくなる事と同義である。

ただし、踏み台が無くなれば、又新たな踏み台になりうる、と謂う事は云うまでも無いだろう。嘲笑っていた者共が、今度はひとつの階級の消滅によって、位が下がる。其れだけだ。

人類が此の世に産み落とされて百万年の刻を経ても、『階級社会』と云う穢れは拭われない。若しかしたら、この『地位』と云うのが人なる種の持ち合わせたモジュールにあり、既に生き物としての成長のリミットラインを迎えていたのかもしれない。





 私、レイテンシーには最初から気になる事があった。『物』に価値を誰が決めたのか。『労働』の対価は金であるべきなのか。果たして身を削って何かをひり出したとしても、その総ては単純に『給与』、旧時代で言うところの『金』という物々交換用のチケットと交換できるのだろうか。




苦労を重ねれば何の価値も無い紙幣と交換できるが、我々の生活にはこれが付き纏う。

『金』は生活に必要な道具を買い揃える用途以外──例えば、住居に留まり続ける為の費用だとか、水道から水を汲んだり、家のライトに灯りを灯すような『実体を持たないサービス』にすら課せられる。

これも、一般的に労働者に払われる給与は”基本的には”、賭している気概や能力に比例して払われる訳では無く、単純に基準値と労働時間を掛けたものだ。基準値は『就いている仕事のレベル』だとか階級で自由に変動するものだが、上の者の一存で決定されるものだ。

階級の低い者が、『なんとか生きていく為に働いて給与を得ている』のだとすれば、残りの磨り減らしたのに『人生のうちの何も貰えない時間』は金を放り出す為に取り払われた砂を詰む捨石山だというのか。

同じ時間働いているのに、只一定量の客を相手に合成ワインを提供し、コミュニケーションを取る第六層のホステスの方が、第三層の日夜合成樹脂紡績に励む主婦よりも給与が高いというのは、本末転倒では無いかと、私は、只、悲嘆に暮れるほかないだろう。

不相応な物品を提示して自分ばかりが利益を被ろうとする、獰猛にして狡猾な『鮫』はごく当たり前の様に、変幻自在に姿を変えて生活に潜む。遍く産み付けられた胎卵の孵りを懼れる素振りも見せず、需要者は安い値段で優れた物を求めるし、勿論生産者は低コストで商品を作って、利益を得たい───────『買う』か『買われる』かの弱肉強食のソサエティーで、いとも簡単に人は鮫に骨も余す事無く貪り食われるのだ。

意思疎通の手段に言葉を介したり、物品のやり取りに何か一手間を介したりする以上、人なる種が次の段階へとステップアップするのは難しいのかもしれない、と悟った瞬間であった。

6ヶ月前 No.61

易者 @hacrei ★C7NqJqvTG8_zRM

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

6ヶ月前 No.62
切替: メイン記事(62) サブ記事 (1) ページ: 1 2

 
 
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▲ページ上 >>
★必ず ローカルルールメビウスリングのルール をご覧ください。
 ▼スタンプ▲スタンプ
※スタンプはいちどに 3個 まで使えます  ×閉じる
注…感想・コメントはこの記事ではなく、サブ記事に書き込んでください。(小説カテゴリでは必須です)