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君を守りて騎士となる

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光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

ゆるゆる更新します。
とりあえず、プロットは出来ているので最後まで行ければいいなぁと思ったり。

人気なければ続けなくていいかなぁとか思ったり。



【あらすじ】
かつて騎士であったハインは、騎士であることを辞めシャノンと暮らしていた。
シャノンは「ノースペラ」と呼ばれる危険分子であり騎士に命を狙われるような立場であったが、そのことを感じさせないような緩やかな生活を二人は送っていた。

ある日、騎士の巡回がハインとシャノンが住む家の近くの村に来るという噂を耳にする。
その騎士はかつてハインと同期でありしのぎを削っていたイクスという騎士で―――。

守るとは何か。
守りたいものは何か。
そして、守りたいものを守れるのか。
青年はその答えを手にするために戦う。

―――「君を守って、俺は本当の騎士になる」

メモ2017/09/18 20:04 : 光心 @kousinn★2ygXqa1xRm_mgE

更新履歴


[コメント]


終わった!

終わりです!

補足はするけど、一応の終わりです!

またどこかで!


【00.プロローグ】

>>1

【01.日常】

>>2

【02.仕事】

>>3 >>4

【03.危機】

>>5 >>6 

【04.報酬】

>>7 >>8 >>9 

【4.5 幕間〜任務〜】

>>10 

【05.巡回】

>>11 >>12 >>13

【06.再会】

>>14

【07.すれ違い】

>>15

【08.約束】

>>16 >>17 >>18

【09.過去@ 少年】

…続きを読む(23行)

関連リンク: 灰と街 
ページ: 1


 
 

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

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6ヶ月前 No.1

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

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6ヶ月前 No.2

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

*【02.仕事】*

 魔物、というのは言うまでもなく魔の物のことだ。
 ハインの家から近いデゼンという村の近くにはイノシシによく似たフェルスという名前の魔物がいる。
 魔物と他の生物の大きな違いは、魔物は単体でも増殖するという点にある。
 分裂でもするかのように増える生体ゆえ、1体でも逃せば魔物を消し去ることは出来ない。
 小さな村では魔物が生息する森の隅から隅まで見て回る程の武力がない場合がほとんどだ。
 それどころか村の武力では魔物自体に勝てないものも多い。
 だからこそ、ハインのような用心棒代わりの存在が重宝されるのである。

「ハインさん、こんにちは」

「こんにちは、カノさん」

 村役場でハインは剣を両の腰に下げて顔なじみの受付嬢であるカノと挨拶を交わしていた。
 カノは役場の制服を着用した短めの金髪の女性だ。
年中落ち着いた雰囲気で、村の一部ではファンクラブがあるとかないとか。

 王国では多くの村や街に騎士団が駐在するのが普通だ。
騎士団が駐在するのは、魔物や盗賊等の脅威から村や街を守るためである。
 しかし、王国の端の方であるこのデゼンという村に騎士の駐在所はない。
 理由としては、騎士の数に限りがあることや騎士団本部がある王都から遠いことが挙げられるがその最たるものは騎士団内部の派閥の問題であった。
 騎士団は貴族出身のものと平民出身もので派閥が二分されており、それは取りも直さず内部での派閥争いに繋がる。
 どちらの派閥の者がどの村や街の駐在所の長として駐在するのか。
 多くの村々には関係のないそんな理由により、騎士団が駐在する場所が広がらないのだった。
 騎士団が所属していない村々の場合、主に役場が駐在所代わりに人を雇って村を守るのが一般的であった。

「それで、今日は何を?」

 ハインはそう言いながら役場を見回した。
 役場は酒場のような風体で、1階には受付、2階へと続く階段の先には村長の部屋がある。
 1階に備え付けられた軽食屋には数名の武器を持った男たちが朝食を食べていた。
 彼らもハインと同じく用心棒代わりなのだろう。
 ハインの見ない顔もあれば、見たこともある顔もある。

「村の東側の護衛を依頼したく考えています。東側ですので……先程出ていってしまいましたが、オーラルという戦士の方とユウハという武闘士の方の2名とハインさんを加えて3名で村の東側を守っていただきます」

「わかりました。あちらの人たちは……?」

「あの方々には村の北にある森でフェルスを狩って頂く予定です」

「なるほど」

 北の森を突くことでフェルスが逃げ出し、東西の門からフェルスが侵入するのを防ぐというのが想定しているあらすじのようだ。

 魔物を滅することは難しい。
 たった1体でも逃せばそこから無尽蔵に増えていくのだ。
 デゼンの北にある森は大きく、また視界を遮る木々も多い。
 だから、デゼンの村では定期的な魔物狩りが行われる。
 その際に魔物が森から村へと侵入する場合がある。
 魔物の侵入を防ぐのが今回の仕事内容であった。
 別段不満もないし、むしろ楽な部類の仕事だ。
 午後は彼らと交代でハインたちが森に入ることになるだろう。

「西側はあちらのラバンさんを含む何名かが、森に入るのはあちらのパーティの方です」

「わかりました。ありがとうございます」

 ハインはそう言うと、カノにお礼を言い受付から離れた。
 そのまま軽食屋の隅で1人水を飲んでいた男の席の向かいに座った。
 カノが手で示した男性、ラバンという男だ。
 ラバンは見た目からして強そうな男だった。
 大きな体と立てかけた大剣からおそらくパワータイプの戦士であることがひと目で分かる。
 顔にはところどころ傷が目立ち、左の頬から首元にかけての傷跡は治癒してから何年も経っているようだが、それでも痛そうに思えた。
 ラバンは向かいに座ったハインを一瞥するとどうでも良さそうな顔をして再度水を飲んだ。

「初めまして、僕はハインと言います。今回、東側は僕を含めて数名で担当しますので、西側はよろしくお願いします」

「……あんたが?」

 訝しんでいることが声からわかった。
 ラバンのようにガタイの良い人間にとって、ハインは頼りない体をしているように見えるのだろう。
 少しだけ機嫌を悪くしながらも、はい、と肯定の返事を返した。

「こりゃあ、仕事を間違えたか? 2倍働かされるのは御免なんだが」

「ははは……」

「……あんた、本当に戦えるのか? 最近、護衛するようになったクチか?」

「いや、まあ、1年ほど前からですが……」

「まだまだ駆け出しだな。あんた、ちゃんと村を守れんのか?」

 ハインは努めて冷静になろうとしていた。
 なので、ハインは顔に青筋を浮かべながらも、ははは、と笑って聞き流した。
 何も言い返さないハインに対してラバンは一度鼻を鳴らす。
それでも反応らしい反応を返さないハインをどうでも良く思ったのか、空になったコップを置いてさっさと役場を出ていってしまった。
 笑顔を固めたままのハイン。
 女性店員が恐る恐るという風に水の入ったコップをハインの前に置くと、ハインはお礼を言い笑顔のままそれを飲み干して、自らも役場を出ていった。

 机に残されたのは空になったコップが2つ。
 女性店員がぱたぱたと音がするようにコップを回収に向かうと、その片方を手に取ったところで驚いた顔をした。
 そのままてとてととカノの方へとコップを持っていく。

「カ、カノさん! コ、コップがー!!」

「どうしたの、ターニャ?」

「ヒ、ヒビが!」

 カノの前にコップを差し出す女性店員であるターニャ。
 ターニャはこの役場で働き始めてまだ1月も経っておらず、いろいろなことに過剰な反応を示すことがあった。
 そんな後輩にカノは、落ち着きなさい、と言い脳内で犯人の顔が浮かぶ。

「……ハインさんの報酬から天引きね」

6ヶ月前 No.3

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE



 ハインが受付で仕事内容を確認している頃―――

 この日のシャノンはいつもと少し違った。
 暇だったからかもしれない。
 それとも、この1年の間で留守番に飽きたのかもしれない。
 あるいは、今日があまりにも良い天気だったからかもしれない。
 なにはともあれ、彼女にとってこの日はいつもと少しだけ違った。

「ハイン、ちゃんとお仕事してるのかな……?」

 そう思うこと自体はこの1年の間に何度かあった。
 何度かはそれを確認しようと家から出ることもあったが、それでも村への道のりの途中で引き返すばかりで、村へは一度も入ったことはない。

「でも、留守番をしないといけないし……」

 留守番をせずに家を飛び出せば甘いパイは買って貰えないだろう。
 甘いものは欲しい。
 シャノンにとっての楽しみは絵本と甘いもの。
 そんな彼女にとってパイを買って貰えないというのは人生の半分を損することと同義だった。
 だが、そこで彼女は思いついてしまう。

「見つかる前に戻れば……そう、そうよ!」

 決意をしてから行動に移すまでは早かった。
 手短に準備をすると、彼女は家を出てこっそりと麓の村、デゼンの村へと向かっていった。
 もしもハインが見ていたら即座に連れ戻していただろう。
 だが、その頃のハインは役場でラバンと話をしており、到底それは望めない。
 ハインという枷がなければ、当然止める手立てなどなく、シャノンはずんずんと丘を降りていった。

 道を歩く最中シャノンは何度も来た道を振り返り、我が家を見た。
 家を出る前にハインが干した洗濯物が風に揺れている。
 戻った方がいいのでは、とシャノンの脳裏に何度も同じ言葉がよぎった。
 だが、シャノンはその度に同じ言葉を呟いた。

「ハインがちゃんとお仕事しているのか、あたしには知るけんりがあるはず!」

 何をもって権利を主張するのか。
 そう問われれば返す言葉はなかっただろう。
 だが、シャノンの脳内にそんな言葉は浮かばない。
ただただ自己を肯定しながら歩き、シャノンはついに村の目の前に来てしまうのだった。

 ハインとシャノンの住んでいる家は村の南側にある。
 村の入り口は西と東、そして北にある門だ。
 それ以外はぐるりと木で出来た柵に覆われており、魔物や外敵からの侵入を拒むようになっていた。
 だが、シャノンはそんなことを知らなかった。
 たまに遠目に見るだけでは村の概要などというのは分からず、またハインも村の概要などということは話す必要もなく話していなかった。
 聞いておけば良かった、とシャノンは今更ながら後悔をするがしても仕方ない。
 だから、シャノンはなんとなく左回りに村の外周を歩き始めたのだった。

「たぶん、こっち!」

 そう言いながら指を指すシャノンは狭い家から出ることでの冒険に心が踊っていたのだった。



「ハインくん、こんにちは」

「こんにちはー」

 幾分か冷静になったハインは村の東側にいた。
 デゼンの東側には畑等があり、そこで農業を行っている人々とハインは顔見知りだった。
 彼らのハインへと向ける目は親しさにあふれており、ハインもまた同じだった。

「今日はうちの方かい?」

「ええ、そうです。任せておいてくださいね」

「ハインくんなら安心だよ」

 笑顔でそう言う村の住人にハインは苦笑で返す。
 彼らを守れないとは微塵も思っていないが、先程のラバンの言葉が思い出された。

 守れんのか?

「……守ってやる。その為に俺は強くなったんだから」

「ハインくん?」

「あ、え、なんでもないです。じゃあ、僕は外に出てますので」

「帰りに寄ってってくれれば作りすぎた野菜をおすそ分けするからね」

「ありがとうございます」

 ハインはそう言いながら東側の門へと向かった。
 デゼンの村は街の北と南を大きな通りで二分しており、それは村の西側と東側は大きな入口であることを意味していた。
 北の門は普段は閉め切っており、今回のような魔物退治等の理由がなければ積極的は開かないのだ。
 東西の門には見張り台があり、そこには眠たげな様子の村人がいた。
 見張り台に備え付けられた危険を知らせる鐘は手入れが完全ではないのか所々錆びている。

 東西の門には検問のようなものはない。
 誰でも入れるようになっている。
 だからこそ、村の入り口を守護することに意味があった。

 ハインが門前にたどり着くと、そこには既に二人の男がいた。
 1人は重厚な鎧に身を包んだ戦士、おそらく彼がオーラルなのだろう。
 背中に背負った大剣は先程みたラバンのものと同じくらいに大きい。
 また、背に背負った盾には遠目でも傷があり、相当使い込んでいることがわかった。
 その隣には、動きやすそうな服に所々防具を身にまとった少し小柄な拳闘士の姿があった。
 糸目で軽薄そうな印象だが、体つきはハインとくらべても遜色ないほど鍛えられている。
 拳闘士の方、ユウハがハインに気づいて手を上げた。

「おー、あんたがハインさん?」

「ええ、そうです」

「そら良かったわ。おいらはユウハって名前。こっちの無骨なのがオーラル。普通に呼び捨てでええわ」

「……」

 無言で会釈をするオーラルにハインも無言で会釈を返す。
 そんなハインの姿を見てユウハは声を上げて笑い出す。
 何が面白かったのか、とハインはユウハを睨むようにして見た。

「すまんすまん。オーラルは昔っから無口でなぁ。あ、おいらとオーラルは旅ぐらしの冒険者でな。この村に来たのも昨日やねん」

 オーラルがしゃべらない分を喋るかのようにユウハは楽しそうに聞いてもいないことを喋り出した。
 いわく、二人は子供の頃から冒険者として各地を転々としているそうだ。
 デゼンの村に来たのは、美味しい野菜が食べられるから、という理由からだった。

「やっぱ冒険者にとって一番は飯やん? 飯を食う為に日々生きとるようなもんやから、美味しいもの食べたいやん? なぁ?」

「は、はぁ……」

 ハインは曖昧な感じで頷いた。
 冒険者として活動を始めてだいたい1年ほど。
 しかし、冒険者とは名ばかりでデゼンの村の近くの家に住み着いているハインは彼らのように各地を転々とすることもなく、食事という点において不満を感じたことはなかった。

「なんや、ハインは違うんか?」

「まあ、そうですね」

「元々どっかの傭兵だったんか? 左腰の剣は普通の剣やけど、右腰のはなんか高価な感じがするなぁ。相当な業物なんか?」

 じろじろとハインの武器に目を向けるユウハ。
 ハインは、あははは、と誤魔化すようにして笑う。
 右腰の剣については仲間の、憧れの人の忘れ形見だ。
 そうやすやすと刀身を見せたいとは思わない。

「おっ!」

 声をあげたユウハの視線にハインとオーラルも目を向ける。
 村の北側から黄色の煙が上がっていた。
 魔物退治開始の合図だった。



「なんだろう?」

 シャノンにとって見覚えのない煙がぐんぐんと空に上っていた。
 その黄色の煙が魔物狩りの合図であることを当然シャノンは知らない。
 煙を目にしながら歩き続けて東側の門の付近へとシャノンが到達しようとした時、シャノンは気づいた。
 村の入り口付近にハインがいたのだ。
 見覚えのない人も二人いたが、何よりもハインに見つかれば家に戻されるだろう。
 そして、パイも買って貰えない。
 シャノンは怒られる可能性を思い出し、一歩後ずさる。
 だが、彼らも上がった煙に目を奪われていた。

 ちゃんす、だ!

 そう思ったシャノンは、彼らが目を離している間に門の前を駆けて行った。
 音を立てないように最小限の動きで、シャノンは駆ける。
 見張り台から見ればそんなシャノンの動きはバレバレだっただろう。
 しかし、見張り台の村人は半分眠りこけたまま立ちながら船を漕いでいた。
 また、シャノンが門の反対側にその身を隠す頃にハインを含めた3人が視線をもとの高さに戻したのも幸運し、結果として、シャノンは誰にも見つかることなく村の北側へと小走りで向かっていった。
 もはやハインの仕事ぶりを観察することなど忘れてしまっていて、好奇心の赴くままに行動していた。
 誰も彼女を止める者はいない。



「せや、こんな噂聞いたことあるか?」

「……なんです、藪から棒に?」

「ええやん、ちょっと聞きたいねん。なんや、この付近に危険人物がおるって話なんや。なんでも何人も殺ってる鬼のようなやつがおるって噂や。村一つ焼き尽くしたとか……この村に来る途中で寄った村で聞いたんやけど」

「そう、なんですか? 僕はここが長いですけど、あんま聞いたこと、ないですよ?」

「そうなん? やっぱ噂は噂なんかな?」

 口を動かしていないと死んでしまうのかと思うほどユウハは喋り続ける。
 煙を確認した3人は門前から、門の外へ。
 視界には誰も目に入らず、大地が広がっている。
 村の反対側であれば小川でも見えただろうが、東側には何もない。
 ただただ街道が続いているだけである。
 もちろん、先程シャノンが目前を通り過ぎたことなど3人は知る由もない。

 オーラルは背中に帯刀した大きな剣を抜いた。
 ユウハは準備運動のようにして体を伸ばしたりしていた。
 それに合わせてハインも剣を抜いた。
 左右で異なる剣を帯剣しているハインは自らの左腰に帯びた剣を抜く。
 その剣は何処にでもあるような片手剣だった。
 両刃の刃は手入れしているのか傷一つなく、また汚れもない。
 ハインにとってそれは大事な商売道具なので当たり前なのだが。

 右腰に帯びた剣の重さのせいで左右のバランスが取りにくいが、この1年ほどでそのバランスの取り方にハインは慣れていた。

「さて……」

 剣を抜いたが、もちろん魔物はいない。
 手持ち無沙汰だったので、何度か剣を振る。
 もちろん二人に背を向けるような形で、だ。
 空を斬る音でハインは精神を落ち着かせる。
 昔から剣を振ると落ち着いた。
 その理由は、力の振るう先を意識する必要があり集中力を要するからだとハインは思っていた。
 剣を振りながら、村を守る為の剣であることを意識する。

 あの時とは違う。

 そう思うようにして、剣を振る手を止めて右腰の剣へと右手を伸ばす。
 ハインは目を閉じ、研ぎ澄ました意識を維持するように思い出す。
約束を。
 誓いを。
 あの人の顔を。
 あの人の言葉を。
 そうして、目を開ける。
 その直後。

「きゃー!」

 悲鳴が上がった。
 女の子の声だった。
 そして、ハインにとってそれはこの1年で随分と聞き慣れてしまった声であり―――

「―――シャノン!?」

「ちょ、ハイン!?」

 考えるまでもなく体が動いていた。
 門の前に陣取っていたが、悲鳴の上がった方、村の北側へと外周に沿って走り出す。
 急に走り出したハインを止めようと声をかけたユウハの言葉は全く耳に入っていないようだった。
 村を守る為の剣。
 そんな意識は一瞬で吹き飛んでしまった。



**
{文字数が多すぎたので、2回に分割。次回更新は5月21日予定です}

6ヶ月前 No.4

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

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6ヶ月前 No.5

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE



 僥倖だと言えたのは、シャノンの足がそれほど早くなかったことだろう。
 だからこそ、東門からそう遠くはない場所で尻もちをついていたシャノンをハインが見つけるのに時間が必要とならなかった。
 そして、それは取りも直さずシャノンの命の危機を目撃したのと同じ意味だった。

 森から飛び出したフェルスは興奮状態であり、標的であるシャノンに体当たりを敢行しようと駆け出す。
 ハインはシャノンの声を頼りに駆け出していた足を止めることなく、シャノンとフェルスの間にその体を割り込ませる。

 ハインの装備は防御力よりも軽装であることを重視していた。
 それはハインに鎧を買うだけの金がないこともあったのだが、自身の戦闘のスタイルの問題でもあった。
 鎧は革の胸当てだけだし、盾も兜もない。
 念のため金属製の篭手はしているが、それでフェルスの激突を防げば腕は折れるだろう。
 最悪、二度と腕の感覚が戻らなくなるかもしれない。
 ここまで軽装備であることを深く後悔したのはハインにとって初めてであった。

 そんな後悔ばかりが頭に浮かぶ中、ハインは1つの決断を下す。
 両の腕を前に掲げ、剣の柄を持つ右の手に力を込める。
 剣の腹をフェルスに向け、それを押さえるように左手を置く。
 と同時に腰を落とし、剣先は少し下げる。
 それは剣で作られた傾斜をフェルスに向ける姿勢だった。
 それらの動作を一瞬の内に終わらせ、ハインは息をとめた。

ガンッ!!

 剣に鈍い衝撃。
 ザリザリザリ!! と勢いを止めようとするハインの足が後ろに少し引きずられる。
 シャノンとの距離を考えれば、あまり持ちこたえられないだろう。

「―――だからって、それが、俺が守れない理由にはならねぇだろぉが!」

 無意識に漏れていた言葉が背中を押すように、ハインは体をそのままに剣と腕力で右にそらすようにしてフェルスの猛撃を弾いた。
 勢いを殺すことの出来ないまま、フェルスはハインとシャノンの真横を駆け抜ける。
フェルスは自身の突撃の勢いを殺すように旋回し、再度シャノンとハインに体を向けるようにして体を静止させた。

 その隙を逃さず、ハインはシャノンの手を引くと立ち上がらせる。
 シャノンは戦闘の流れに脳が追いついていないのか、なすがままに立たされる。
 唖然とした顔のままのシャノンにハインは一瞬何かを言おうとしたが、状況が状況なだけにそれを飲み込んだ。
 今度は剣を正中に構えながら、フェルスに向かい合うハイン。
 互いに静止したまま、一歩も動けない時間が数秒続く。

「ちょ、ハイン! 何処行くねん!?」

 そんな静寂を破るように、ユウハがフェルスの姿越しに駆けてきたのがハインには見えた。
 彼もハインと同じく軽装であり、また武闘士であることが幸いし、すぐに追いついたのだ。

 後ろからの声にフェルスが一瞬意識をとられたところで、ハインはシャノンの手を強く握り、左回りでユウハの方へ向かう。

「ユウハ! 気を惹いてくれ!」

 ハインの言葉が終わるかどうかというタイミングでユウハは弾丸のような勢いでフェルスへ駆け出した。

 武闘士にとって主な武器は己の体だ。
 鍛え上げた拳や足で対象にダメージを与えることや仕込み剣のある篭手などを武器に戦うのが基本的なスタイルとしている。
 彼らは主に遊撃での戦い方を好む。
 それは、自らの防御力の低さ、や、敵が武器などを持つ等が理由となる。
 例えば、ゴブリンのような短剣や槍、場合によっては弓矢を使う魔物の場合は迂闊に近づくわけにはいかない。
 いくら動体視力が高く、避けられるからといっても攻撃を外せば隙だらけの体を相手に見せることになるからだ。
 条件としては騎士や戦士も同じようなものだが、鎧のある騎士や戦士に較べて武闘士は傷を負いやすいのが現実だ。

 だからこそ、フェルスのような四足の魔物と相対する場合も同様だった。
 人間と魔物では力比べをするには魔物に利がある。
 魔物の膂力は人間のそれよりも逞しく、また大きいものも多く真っ向から力比べをすることは無謀だと言われている。
 フェルスのような四足の魔物とは特にそう言えた。
 そんな場合、ユウハのような武闘士にできることは主には誘導である。

 だから、ユウハはまだハインとシャノンに気が向いているフェルスの横っ腹に勢いを乗せた拳を叩き込む。
 走りながらも目を離さないように見ていたハインとシャノンはまるでユウハが滑るように移動したのが見えただろう。
 ユウハのような武闘士の中でも軽装で動くものは足運びこそが実力を測る試金石と言っても差し支えはない。
 自身にとって打撃を当てることのできる場所への移動、敵からの攻撃の回避、傷を負った際の戦線からの離脱。
 それらは全て足運びがあってこそ活きるものである。
 冒険者暮らしで様々な敵と渡り歩いてきたユウハの足運びは初見では見破るのは難しいだろう。
 フェルスはいつの間にか近づいてきていたユウハの拳を横っ腹にもろにくらい、驚いたように飛び退く。
 フェルスは横っ飛びでの後退によりあわやバランスを崩し、倒れるかと思ったがどうにか踏ん張り転倒だけは避けたようだった。

「ハイン、これでええか!?」

「上等だ!」

 その間にハインはシャノンを連れて左回りで門とフェルスの間の地点へと到達した。
 ここまで来れば、少なくともフェルスを突破する必要はない。
ハインは手を離し、シャノンを門の方へと送り出す。
 何かを言いたそうなシャノンに「早く行くんだ!」と言い放ち、ハインは再度剣を構えてフェルスに向かう。
 そんなハインの背を見てシャノンは手を伸ばしかけたが、すぐに引っ込めて門へと走った。
 ごめんなさいを言う暇もなく。
 ありがとうを言う余裕もなく。
 怒られるほどの時間もなく。
 ハインはシャノンを置いて走っていった。
 走ることしか出来なかった。
 自分はハインに迷惑ばかりかけているのではないか。
 そう思うとシャノンの視界が滲んだようになる。
 シャノンは両の目をこすりながら、目元を赤くして東門へと走っていった。



「悪い!」

「ええって! なんや、知り合いだったんか?」

「ああ、俺にとって大事な子だ!」

「え!? ハインって一児の父だったん!?」

「ちげぇよ!?」

 剣を片手に戻ってきたハインにユウハはあらぬ誤解を突きつけてきた。
 それも、数による優位があるからこその余裕なのだろう。
 視線を向ければユウハの拳によるダメージを受けたフェルスは今も興奮状態で、ユウハを睨みつけている。

「……オーラルは?」

「おいらが出ていく代わりに門のとこに陣取ってもらっとるわ。さすがに3人全員で門の守りを投げ出すわけにもいかんやろ」

「それもそうか」

「にしても、ハイン。あんたって戦いになると人格変わる系なんか? おいらが最初に抱いた印象と大分違うやん?」

「悪いな、こっちが素だ」

 口角を上げて挑発するようにしてハインは答える。
 そんな言い合いの中でも睨みをきかせるフェルスにじりじりと距離を詰めるハインとユウハ。
 体長が2メートルもあるので、なかなか迫力がある。
 ハインよりも背の低いユウハにとっては山や大きな木箱のようにも映るのではないだろうか。

「そうなんか? なんで猫かぶって……あ、さっきの子か!」

「うるせぇ! いいから黙って集中しろよ! お前は何をするにも喋ってなきゃできねぇのか!?」

 ハインが声を荒げるが、ユウハは疑問符を浮かべながら答える。

「せやで? え? 普通やん?」

「……そうか」

 諦めてハインは黙ることにした。
 静かになったハインに、普通のことやん、とテンション高めに話しかけ続けるユウハを脳内から押しやりフェルスを倒す方法を考えるハイン。
 目前の魔物を観察する限り、先程のユウハの拳ではあまりダメージを与えられていないように見える。
気を惹くことを優先した為、攻撃よりも牽制の意味合いの方が強いので仕方がないのだが、鋼のような筋肉に拳は効きが悪い。
 拳のような振動を与える攻撃の場合は、脳や骨や内蔵を攻撃しなければあまり効果はないのだ。
 フェルスの横っ腹への攻撃では内蔵までダメージが届かなかったようだ。

「で、どうする?」

「せやねぇ……他のフェルスが来る前には片付けときたいってとこは一致しとるやろ?」

「ああ。多勢に無勢ってなると俺とお前じゃちとキツイだろうし」

「その右腰の剣は使わんの?」

「これはひみつ道具だから、あんま使うもんじゃねぇんだよ」

「さよか。じゃ、おいらがもう一度陽動して、その隙をハインがずばっと」

「……いいのか?」

「ええってええって。ただ、信じとるで!」

 そう言い切ったユウハはハインの返事を待たずに駆け出す。
 ハインはそんなユウハを見て口角を上げると、剣の柄を両手で持ち構えた。

 ユウハはフェルスの右側面から攻めるように走っている。
 ハインは未だにフェルスの正面にいるので、フェルスとしては近づいてきている方を相手取るのを優先する。
 ユウハは左右にステップするような足運びでフェルスに近づく。
 近づきながら、ユウハの右手を小さく振ると篭手から刃が覗いた。
 刺突用の短剣だ。
 剣先に毒は塗っていないので、危険度は低いがそれでもフェルスも刺されれば血も出し、刺さりどころが悪ければ死ぬ。
 フェルスは右の目でユウハを観察しながら、体を徐々に右にずらしていく。

 ハインはフェルスの目を見ながら、今か今かと駆け出すタイミングを狙っていた。
 四足の魔物であるフェルスは視界が人間よりも少しだけ広い。
 仮にハインが下手に動けばフェルスの視界に入ってしまうだろう。
 ハインはフェルスが自分から視界を完全に外すタイミングを狙っていたのだった。

 ハインがタイミングを見計らう中、ユウハは仕掛ける。
 自身の足に体重を載せ移動させる際、後ろの足で踏み込むのではなく、前の足を滑らすように動かす歩法。
 人間は前に駆け出す際に後ろ足で地面を踏みしめることで前へと踏み出し、加速する。
 しかし、武闘士として訓練を重ねたユウハは前に出ている足から加速を行うような歩法が可能となっていた。
 それにより、まるで滑って移動しているかのような錯覚を得る。
 先程ハインとシャノンが見た歩法がまさにこれであり、その錯覚は魔物であっても同様に効果を発揮した。

 フェルスは滑るように急接近するユウハにその体を慌てて向ける。
 しかし、ユウハの歩法は初動が早く、フェルスは少しだけ間に合わない。
 ユウハは右手で体をかばうようにして構える。
 右の篭手から出る刃をフェルスでフェルスに横薙ぎの斬撃を与えるつもりだ。

ザッ!

 一度だけ踏み込むようにして力を溜めるユウハ。
 地面を踏みしめ、体を回転させているフェルスの右半身を走り斬るようにして駆け抜ける。
 刃はフェルスの右半身を掠めるが、掠めた程度でしかない。
 傷は浅く、血は出ているが表面をなぞった程度でしかない。
 フェルスの左を駆け抜けるようにしているユウハの背は誰が見てもわかる程に隙だらけだった。

「はっ!」

 だが、その隙を埋めるためにハインが剣を振る。
 フェルスの背を取るようにして走り出していたハインはフェルスの後ろ足を狙い、剣を横薙ぎで振る。
 ユウハの刃にばかり気を取られていたフェルスはそれを避けることもできず、両の後ろ足に傷を負った。
 フェルスにとってそれはユウハへと体当たりをしようと力を込めようとした矢先の出来事だった。
 血が吹き出し、体重を支えられなくなり、込めた力を支えることもできずに後ろ足から倒れ込むフェルス。

 倒れるフェルスにとどめを刺そうとユウハが体を回し、フェルスの首を狙う。
 隙だらけのフェルスにユウハはそのまま刺突をフェルスの首元に。
 先程よりも派手に血が飛び散る。

 一撃離脱としてユウハは即座に後退した。
 刺突用の短剣を通して肉を刺した感覚が残り、それが確かにフェルスの命の糸を傷つけたことがユウハにはわかった。
 ハインも少し距離をとったが剣を手に気を抜かずに周囲の警戒とフェルスの命が終わるのを見届けようとしていた。
 フェルスは最後に咆哮をあげようとしたようだが、フェルスの目から光が消えていく。
 今、1つの生命がその時間を止めた。

「……大丈夫か?」

「ん? ああ、いつもことや。にしても、死体をどないするかやな……」

 ユウハは顔に散った血を拭うこともせずにどうするかその場で腕を組んで考えだした。
 冒険者だからなのだろう。
 たとえ魔物だとしても殺し殺される場面なんて何度でも経験しているのだとハインは考えた。
 目の前に転がる魔物の死体を目にしてもユウハはうんうんと唸るばかりであった。
 魔物は食用に向かない。
 いわく、食べても泥のような味がするとのことだ。

「後で牙だけ剥いでおけば大丈夫だ。鍛冶師のおっちゃんがデゼンの村にいるし」

「了解や。じゃ、とりあえず門に戻るとするで。オーラルおらん中であんま無茶しとうないしなぁ」

 伸びをしながら門へと向かうユウハに合わせて、ハインも剣を収め歩き出す。
 日はまだまだ高くなるばかり。
 村人たちは村の中で今日も平和な一日を謳歌している。
 ごくごく一般的な一日であった。

***
{今回も2回に分割。次回は5月28日更新予定}

6ヶ月前 No.6

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

*【04.報酬】*

 ハインとユウハが門へと戻ると、そこにはオーラルとシャノンがいた。
 シャノンは小さな体をオーラルで隠すようにしており、オーラルはそんなシャノンに対してどう扱った方がいいのかと困った風だ。
 てめぇうちのシャノンに手を出したら許さねぇぞ。
 と鋭い眼光でハインがオーラルに威嚇をする姿にユウハが大きな声で笑う。
 その笑い声を聞きながらハインは罰が悪そうに言い出した。

「ユウハ、それにオーラル……不躾な願いですまないが、シャノンのことは黙っててくれないか?」

 笑うユウハと相変わらず寡黙なオーラルにハインは頭を下げる。

「ちょ、ちょ、ちょ、ハイン!?」

 急な態度にユウハは慌て、オーラルは首をかしげ、シャノンは顔を俯かせた。
 下げた頭を上げることなくハインは自身の置かれた状況を整理する。
『ノースペラ』であることがバレたわけではない。
 だが、ハインにとってシャノンの存在が少しでも広まることは嫌だった。
 たとえ流れの冒険者であっても、命を預けられた相手であっても。
 それは変わらないし、シャノンを守るために必要なことだとハインは考えていたからだった。

「……ハイン。頭あげーや」

 ユウハの言葉にハインが頭を上げると、額にデコピンをくらった。
 ずびし! という良い音が響く。

「ったぁ! おま、何すんだ!?」

 額を抑えながら思わず大きな声をあげたハイン。
 そんなハインを見ながらやれやれとでも言いたげに両の手の平を天に向けながらユウハは首を左右に振る。

「ほんま、ハインは分かっとらんなぁ。これだから、ハインは」

「ユウハ、お前、俺のことを馬鹿にできるほど俺のこと知らないだろ!」

「いやいや、わかるで。そんな真剣な表情と態度で分からんやつおらんで。なんか事情あるんやろ? シャノンちゃんかわいい子やしなぁ……っと、その目は勘弁や」

 ユウハは相変わらずけらけらと笑いながらハインから向けられる目から逃げるようにして目をそらす。
 ユウハを睨む代わりにオーラルの方を見ると、オーラルはいつものことだという風に首をすくめた。

「ま、大丈夫やで。おいらは約束は守るし、オーラルは元々喋らんしなぁ……でも、シャノンちゃんは違うやん?」

「は? 何言ってんだ?」

「ま、それも後でや。とりあえず、下がっとき。おいらとオーラルでフェルスは退治するさかい」

 なぜだかカッコつけるようにして拳をばきばきと鳴らしながら前へ出るユウハ。
 それに合わせてオーラルも重厚な鎧をがしゃがしゃと鳴らしながら前へ出る。
 ハインは自身の左右を通り抜ける二人を目で追うように振り返るが、二人はハインの方を振り返らない。
 当たり前だ、とでも言うように。

「ユウハ、オーラル……」

「大事な子なんやろ? おいらとオーラルでも余裕やし、守っとき」

 ユウハはそう言いながら体を伸ばした。
 先程浴びた血は拭えていないが、動きに支障はないようだ。
 オーラルも背中から剣を抜く。
 無骨なバスターソードは陽の光を浴びて鈍色に輝いている。

「…………」

 いつの間にか、シャノンがとことことハインの背中まで来ていて、服の裾を掴んでいた。
 その小さな手にはシャノンなりに力が篭っていた。
 シャノンの小さな手をハインは一瞥し、息を吸ってから二人の背に言う。

「……すまない」

「ええって、ええって」

 返ってくる柔らかい言葉にハインは自然と微笑んでいた。

 この日は午後になるまで門付近へとフェルスが数頭来ただけで、それらをユウハとオーラルで退治しただけで済んだ。
 その数頭もハインとユウハで倒したものほど大きくもなく、さほど危険はなかった。
ハインはシャノンを守りつつも結局は近くにフェルスが来ることもなく、戦いはないまま太陽が真上へと昇ったところで、自然と昼休憩となった。

 とは言っても、魔物が昼時だけ逃げてこないわけではないので、オーラル、ユウハ、ハインの順での交代での見張りとはなったが。

「………………」

「………………」

 デゼンの村は野菜や果物が有名だ。
 周囲の村や街へとデゼンの村で取れた野菜や果実を出荷することで村の経済は回っている。
 だから、ハインがシャノンと約束したパイも果実をたっぷりと使った、果実独特の甘みを持つものであった。
 それを前にしても無言でうなだれるばかりのシャノンを見てハインはどうしようかと頭を悩ませていた。

「……先に、行くと、いい」

 村の午前の護衛がひとまず終わり、オーラルがユウハとハインに飯へ行くことを勧めてくれた。
 それは同時に先程からずっとシャノンと口がきけていないハインのことを慮ってのことだとハインは気づいた。
 小さく彼に感謝すると、照れたようにして朱色に少しだけ染まった頬をかいていた。
 だから、ハインはシャノンと話をするために村にある店に入ったのである。

 ハインとシャノンが入った店は村の中でも程々に人気があるお店『カザハナ』だった。
 カウンターとテーブル席の2つがあり、おそらく30人程が入っても余裕が出る程度に店内は広い。
 昼間は軽食屋として経営されており、夜になれば酒場となる。
 木製の店内の壁にはところどころに張り紙がなされ、メニューの他にも『器物破損の場合、その場で弁償求む』『勧誘お断り』のような内容の張り紙が張られている。
 カザハナの名物は果実酒と果実のパイ。
 特に、果実のパイはデゼンにある店の中でも1,2を争うほどの美味しさで評判だ。
 地元のものであればその味を知らない者はいない程である。

 『カザハナ』の店内でハインとシャノンが対面にして座る姿は少し浮いていた。
 あまり村の中を動き回るのは嫌だったので、すぐに『カザハナ』に入ることを決めたハインであったが、うなだれてばかりのシャノンの顔色を明るくする効果はなかった。
 店内での二人は料理が運ばれても終始無言で、二人が明らかに訳ありであることを周囲に示していた。
 実際のところは、ちょっとした喧嘩のようなものでしかないが。

「…………シャノン」

「…………」

「……シャノン、食べないの?」

「……うん」

 言葉少なに皿の上のパイに手を出すシャノン。
 小さな口で少しづつ齧るようにして食べるシャノンを見てハインは顔を天井へと向けた。
 どうしてこうなったのだろう?
 そもそも、家から出ないという約束であったはずだ。
 それを破っただけでなく、勝手に村の周囲をうろついて、挙句の果てに命の危機。
 『ノースペラ』の力が暴走しなかっただけ僥倖と言えるだろう。
 ハインが間に合ったのは運が良かったとしか言えない。
 そうでなければ、『ノースペラ』の力の暴走により魔物が燃え尽きるだけでなくデゼンや森まで全て燃え尽きただろう。
 あの村と同様に。
 あるいは、シャノン自身の命が―――。

「シャノン」

 ハインが名を呼ぶとびくりとシャノンの肩を震わせた。
 シャノンの名を呼ぶハインの声に少しばかりの怒気が込められていたからだろう。
 ハインは意識していなかったが、シャノンは無意識のうちにそれを読み取ったのだった。

「……はい」

 パイを置き、体を小さくするシャノンの姿は怒られる子供の姿そのものだ。
 少し離れた席で食事をしていた男性客がいぶかしげな目をハインに向けていた。
 そんな男性客を目で牽制すると、すぐに読んでいた本へと視線を戻していた。

「どうして、家を勝手に抜け出したんだい? 僕は君に家にいるように言ったはずだけど?」

「…………」

「怒ってるわけじゃない。理由を知りたいんだ。話せるかい?」

 小さくなるばかりのシャノンの姿を見てハインは落ち着いた声色で訊いた。
 そうしたのは自分だってこの頃はそうだったのだとハインは思い出したからだった。
 ルールを守ることが苦手な自分もよく怒られたものだった。
 そんな自分に大人の言葉は本人が思っているよりも大きな意味合いを持つこと、そして子供はそれを大人以上に読み取ることを思い出していた。

「……うん……あのね、わたし、ハインがちゃんとお仕事してるのか知りたくて……でも……」

「でも?」

「……本当は冒険したかっただけなの……いつも家でおんなじことしてるのがイヤで……約束破って、迷惑かけちゃった……」

 目からぽろぽろと涙が溢れた。
 シャノンはそれを拭うこともしないで、ただただ体を小さくする。
 涙はぽたぽたと店内の机にシミを作るばかり。
 だが、そんなシャノンを見てハインは安心した。
 悪いことをしたという自覚がある。
 それは彼女が良い子という証拠だからだ。

 ハインは嗚咽を漏らしながら泣くシャノンの頭に手を伸ばし、撫でた。
 そして、席を立ちシャノンの隣に立つとそのままシャノンをそっと抱きしめた。
 シャノンはそんなハインに一瞬びくりと驚いたが、ハインに顔を押し付けて泣いた。
 泣き続けるシャノンを受け止めながら、ハインはシャノンの背と頭を優しく撫でていた。
 たぶん、自分の母もこんな気持ちだったのだろう。
 ハインはそう思いながら、シャノンが泣き止むまでを優しく抱きしめ続けた。

 そして、ハインは同時に激しく反省した。
 シャノンを閉じ込め続けたことが今回の原因だと気づいたからだった。
 この1年の間にハインは稼ぎを得る為にシャノンの気持ちをなおざりにしていた部分もあった。
 彼女は『ノースペラ』だ。
 だが、その前にシャノンという1人の女の子である。
 そんな当たり前のことに今更ながら気づいたのだ。
 だから、今後は少しでもシャノンの為になることをしよう、と。
 ハインはシャノンの背をさすりながら、そう思った。



「おー、待っとったで……って、シャノンちゃん目ぇ真っ赤やん!? 何したん!?」

「いや、まあ、な……ははは……」

 東門へと戻るとユウハが目元を真っ赤にしたシャノンと手を繋いで現れたハインにテンション高めに訊いた。
 『カザハナ』での顛末を話すわけにもいかず曖昧な言い方で誤魔化すハインとユウハに目元の赤さを指摘されて耳まで真っ赤にしたシャノン。
 そんな二人を見てユウハはにかっと笑った。

「ま、ええわ。仲直り出来たみたいようやし。それに、シャノンちゃんとおる時のハインおもろいし。猫かぶりかってな!」

「待て、どういう意味だ、おい!」

 けらけらと笑いながら見張りの交代の為に門の外へと足を向けるユウハの背に文句を言うハイン。
 しかし、シャノンと手を繋いだままなので、無理に追いかけるわけにはいかない。
 はぁ、とため息を1つしたところでシャノンが手を引いた。

「ハイン、ねこかぶりって?」

「変な言葉は覚えちゃだめだ」

「……じゃあ、ハインって変な人なの?」

 無垢な瞳でそう言うシャノンから地味にダメージを受けつつ、ハインはシャノンをどうするか悩む。
 午後は森へと入ったパーティーとは交代で森へと入ることになるだろう。
 そうなると一度家に戻りたいとハインは考える。
 さすがにシャノンを森へと連れて行くわけには行かないからだ。
 それに、シャノンを放置したまま村人の目に晒したくはない。
 別に彼女が悪いわけではないし、何かをやらかす……ことはないと信じたい。
 だが、『ノースペラ』の存在は王国中に広がっている。
 『ノースペラ』に特有のアザがあることは知識としてそこまで広がっているとは思えないが、それでも不安は不安だ。
 だから、ハインは1つ思いついた。
 まだ今出ていったユウハとの交代の時間までは余裕があるだろう。

「シャノン、ちょっと買い物行かないか?」

「買い物? 何を買うの?」

「それは着いてからのお楽しみだ」

 弾んだ声で言うハインにシャノンは首を傾げていた。


5ヶ月前 No.7

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

 デゼンの村で服を扱っている店は2つある。1つは村の西側の『イリウム』というお店。
 こちらのお店は他の村や街から服を仕入れ、村人へと販売している。
 流行のものや耐久性に優れたものを取り扱うことで人気を博している。
 そして、もう1つの東側にあるお店。
 『ガーネット』と書かれた看板を目にしてハインとシャノンは店へと入った。

「ふぉぉぉぉ……!」

『ガーネット』の店内は服で出来ていた。
 正確には、店内の壁という壁を服が覆っているのだ。
 男ものから女もの、時に奇抜なものやもはや公序良俗のギリギリアウトではないかと思えるようなものまで。
 サイズも大きなものから子供用のものまで、おおよそ片っ端から店内の壁にかけたのではないかと思える程だ。
 そんな服の森を形成する店にインとシャノンが入ったことで扉について鈴がからんからんと音を鳴らす。
 その音を耳にしながらシャノンは興奮の声を上げていたのだった。
 好奇心の強い彼女にとってそれは見たこともない国に足を踏み入れるのと同じなのだろう。

 そんなシャノンの姿を見て、ハインはしっかりとした服を買う機会はなかったような気がするとあらためて思った。
 一応、今着ているものは元々と着ていた服を何度も着まわしたものだ。
 あとは寝間着とサイズの合わない普段着が1つだけ。
 女の子である彼女にそれは酷だったかもしれない、といまさらながら後悔の念が生まれる。

「いらっしゃい……って、あら、ハインくんー?」

「どうも、イルネスさん」

 店に唯一あるカウンター。
 その奥へと繋がる扉を開けて出てきたのは眼鏡をかけた女性だった。
 背は平均よりも高く、タレ目なせいかおっとりした雰囲気を感じさせるのは『ガーネット』の店主であるイルネスだ。
 何度か戦闘を行う上で服が破れてしまったりした際にハインは修繕を頼んだことがあり、互いに顔見知りであった。

「今日はどうしたのー? そっちの小さな子は……誘拐?」

「なんでその発想に至るんですか!? 違いますよ!」

「初めましてー」

 ハインの反論を無視してシャノンに話しかけるイルネス。
目線を合わせるようにして腰を曲げる姿にシャノンは一度だけぎゅっとハインの手を握ったが、すぐに言葉を返した。

「はじめ……まして……!」

「あらあら、可愛いー。私はイルネス。イルお姉さんって呼んでねー。あなたは?」

「シャノン、です」

「そう! シャノンちゃんねー。よろしくねー」

「よろしく、お願いいします」

 そう返すシャノンの言葉はどこかぎこちない。
 それでも、シャノンはしっかりとイルネスと目を合わせて言葉を交わしていた。
 ハインはそんなシャノンの頭を撫でてからイルネスに真剣な声色で言う。

「イルネスさん、突然で申し訳ないんですが、帽子ってありますか?」

「帽子? どういうやつー?」

「普通のやつでいいんですけど……あと、服を作って欲しいんです。シャノンの服、2、3着しかな―――」

 ハインが言葉を言い終わる前にいつの間にかシャノンと目線を合わせていたはずのイルネスは直立してハインの言葉を手で遮った。
 二の句を継げることもできず、ぱくぱくと口を開けたままのハインにイルネスが畳み掛けるように言葉を放つ。

「ハインくん。この年頃の女の子の服が2着しかない? 何? 女の敵なの、あなた?」

 先程までのおっとりとした雰囲気など微塵も感じさせないイルネス。
 心なしか眼光も鋭い。
 危うげな雰囲気のイルネスにハインは、はぃ、と小さな声で言うことしか出来なかった。

「こんな可愛い子におしゃれさせないってどういう拷問よ。いいわ、私に任せなさい」

 イルネスはそう言いきると、ハインと繋いでいた方のシャノンの手を掴む。
 もちろん、ハインの手を引き剥がすようにしてだ。

「え? え?」

 理解が追いついていないシャノン。
しかし、イルネスの手は柔らかくまた優しくシャノンはなされるままに手を引かれてしまう。
そのままイルネスはシャノンを連れて店の奥へと。
理解が追いつかないシャノンにハインは苦笑して手を振った。
イルネスにシャノンを任せることにハインは危機を感じてはいなかった。

イルネスは可愛い女の子と可愛い服の為に命をかけられる仕立て屋として有名だからだ。



 ハインは一度東門へと戻った。
 そろそろユウハとの交代の時間であったからだ。
 門をくぐり、外に出るとユウハはハインの姿に気づいた。

「ハイン、遅いでー」

「悪い悪い。でも、間に合っただろ?」

「せやな……って、シャノンちゃんはどうしたん? 逃げられたん?」

「失礼な。服の採寸で服屋に預けてきたんだ。『ガーネット』って店があるんだが、そこの店主が女の子好きでな」

 いわく、可愛い女の子に可愛い服を着せることを人生の目的としているとか。
 『イリウム』のような普通のお店とは一風変わっているので大繁盛という風ではないらしい。
 というか、『イリウム』と喧嘩別れで自分で店を始めたとかなんとか。
 それも噂程度の話だが。

「なるほどなぁ……じゃあ、午後はどうすんねん? 一緒に森に入るんか?」

「どうするかな……」

「まぁ、おいらはハインがいてくれた方が楽やけどな。剣の腕も上々やし、土地勘もあるんやろ?」

「まあ、そうだけど……」

 ハインとしては先程も悩んだことに対してまだ結論が出ていなかった。
 シャノンをこのまま店に預けることもできるが、それも夕方までは難しいのではないかと思う。
 1時間程で採寸も終わり、良さげな服を見繕えると去り際にイルネスも言っていた。
 そんなイルネスに事情を話して預けても文句は言わない、というか喜々として引き受けるだろうけど、シャノンが自分の目から離れ続けることが不安だった。
『ノースペラ』としての呪い。
 それが暴走した時の被害が村一つとなる可能性があるからだ。
 そう考えるとイルネスに預けている現状も安心というわけではない。
 まあ、女の子であるシャノンをイルネスが無碍に扱わないという点については心配はないのだが……。

「森入りたくないってのは、シャノンちゃんとデートしたいんとちゃうんか?」

「デートて」

 おちょくるようにして言うユウハは楽しそうだった。
 ハインの猫かぶりが相当に面白かったのだろう。
 もはや、ユウハの前では素を晒すことに遠慮はないので素で接している。

 ハインは腕を組んで考え始めた。
 守ること。
 その為にはどうすればいいのか。
 ハインはすぐに結論へと至った。

「悪い、やっぱ森には行けねぇわ。シャノンを迎えに行かなきゃいけない」

「さよか。じゃ、オーラルにはそう説明……って、聞いとったんか」

 いつの間にかオーラルが門をくぐり、こちらへと歩いてきていた。
 オーラルは了承の意志を示すためか、右手で立てた親指をハインへと見せた。
 二人にハインは何度目かわからない感謝をし、役場へと向かって走っていった。



「カノさん」

 役場はお昼休みが終わる頃には閑散としていた。
 普段の仕事がハインのような用心棒への仕事の受発注とたまに来る村内部での問題騒ぎの仲裁依頼以外にはほとんどないのも理由であった。
 受付で何やら書類に向かっていたカノはハインの声に顔をあげる。

「なんですか……ハインさん? どうされたんです?」

「はい、ちょっと相談というか、なんというかですね……あの……」

「はっきりおっしゃってください」

 ぴしゃり、と言うカノにハインは頬を掻きながら自身の願いを口にした。

「午後の森への魔物狩りなんですけど……ちょっと行けないかなーって。ははは」

「見たところ、大きな怪我などないようですが?」

「あー、まー、そういう理由じゃなくてですね……えっと……」

 曖昧な笑顔で誤魔化そうとするハインにカノはイラッとしたようにジト目を向ける。
 ハインはそんなカノの視線に、うっ、と目をそらすと、観念にしたように言葉をぽつりぽつりと紡ぎ出す。

「大事な用事が出来たので、午前の分だけ報酬が欲しくてですね、はい……今度穴埋めしますので……」

「……はぁ。わかりました。それでは少々お待ち下さい」

 呆れたような声色でカノは受付の奥に設置された部屋へと入っていった。
 午後の魔物狩りはおそらくはそれほど大変ではない。
 というのも、朝から昼にかけて既にある程度は狩っていると思われるからだ。
 だから、ハインがいなくてもそれほど問題はないだろう。
 カノの心象が不安になるが……。
 程なくしてカノは金貨を手に戻ってきた。

「それでは、こちらが今回の報酬となります」

 差し出されたその金額はハインの想定よりも少なく、疑問の目をカノへと向ける。

「途中放棄ということで。あと……」

言葉の途中でカノは、ことり、とカウンターにヒビの入ったコップを置いた。

「コップの弁償代です。次はないですよ、次は」

「……はい」

 文句の言いようもなく、ハインは報酬を手に役場を渋々後にした。
 しかし、ハインの横顔に後悔の色はなかった。

5ヶ月前 No.8

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

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5ヶ月前 No.9

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

*【4.5 幕間〜任務〜】*

「イクス小隊長」

「はっ!」

 王都には騎士団の本部がある。
 その建物の一室にイクスは呼び出されていた。
 イクスは精悍な顔つきの騎士だ。
 茶色の色の髪を短めに整え、純白の騎士服に身を包んでいる。
 純白の騎士服は、その街や村に駐在している騎士がその証とする為に着る服であり、それは王都の騎士団本部にイクスが駐在していることを意味していた。
 そんなイクスを呼び出したのは、騎士団長であるルイス=エンハンス騎士団長。
 金色の髪をまとめた姿は凛々しさを自然と放っており、平民から貴族へと成り上がったから得た気品というよりも元々の気品にイクスは感じられていた。

「こんな夜分に呼び出してしまってすまないね。早速で申し訳ないんだが、イクスくん。君はデゼンという村を知っているかい?」

「……確か、王国の西の端にある村ですよね?」

 確かめるようにして答えるイクスにルイス騎士団長は頷く。

「そうだ、よく知っているね。実は、そのデゼンという村にまで巡回に出て欲しいんだ」

 ルイス騎士団長の言葉にイクスは、はっ! と敬礼で答えた。
 イクスは騎士団の小隊長でしかなく、騎士団長の言葉に逆らう道理はない。

「……巡回の理由は聞かないのかい?」

「はい、騎士団長自ら私に声をかけるということは意味のあることなのでしょう。巡回以上の意味がない、とは限りませんが」

「……やはり君は鋭いな。平民騎士にするには勿体無い」

「お褒めに預かり光栄です。それで、どうしてデゼンへ?」

「1年ほど前にマグナ元中隊長に『ノースペラ』の護送任務を与えたのが……と、すまない。君の元隊長のことだったな」

「…………」

 イクスはマグナの顔を思い出していた。
 騎士になるべく当時マグナが駐在していた騎士団の駐在所の門を叩いたあの日、迎えてくれた最初の騎士がマグナだった。
 多くを学び、鍛えてもらった。
 人生において師と呼ぶに値するのはイクスにとってマグナだけだった。
 同じように修行をした隣に立つ問題児であった同期の騎士の顔も浮かびかけたところで、現実に頭を戻した。

「その任務と、今回の巡回にどういうつながりが……まさか!」

「そうだ。マグナ元中隊長が護送するはずだった『ノースペラ』の行方について情報が入った」

「それはっ!」

「そうだ。正直、あまりのんびりとしているわけにはいかない。早くしないと村や街が滅びかねないからね……実際、マグナ元中隊長が護送に向かった村は1年前に焼け落ちてしまった」

「…………」

「出発は明日だ。1ヶ月ほどで村には着くだろう。表向きはデゼンの村へ巡回任務として向かい、『ノースペラ』を捕縛して欲しい。アズネ副隊長にはこの話をしてもらって構わない」

「はっ!」

「それと、今回は『宝剣』の使用を認める。『ノースペラ』が相手では普通の騎士剣では手に負えない事態もあるだろう……後で当時の報告書を送るが、先に重要な情報だけ伝えておこう。『ノースペラ』の名前はシャノン。年は12歳前後で、額に『ノースペラ』の証となる炎のようなアザがある。よろしく頼む」

「はっ! 任務について委細承知いたしました!」

 イクスは力強く敬礼し、頷いた。
 そんなイクスの姿にルイス騎士団長は薄く微笑んだ。
 その瞳に宿るのは期待と確信の色であった。

***
{次回更新は6月4日予定。これでやっとあらすじの分まで消化出来た……やっと書きたいとこに進めそう}

5ヶ月前 No.10

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

*【05.巡回】*

 騎士の巡回が来ることをハインが知ったのはシャノンの服を買った日から20日ほど経った日であった。
 その20日の間にハインはシャノンと村へと何度か買い物に行っていた。
 幅広の帽子は忘れずに被らせていたのだが、偶然村で会ったユウハには、

「おいらたちは口外しないようにしとったのに……」

 とハインはぼやかれた。
 それにハインは苦笑し、すまない、と謝った。

「ええって、ええって」

 そんなハインの言葉に鷹揚に手を振るユウハの姿にハインは感謝した。
 それが冒険者特有のものなのか、それともユウハが持っている資質なのかは分からないが、それでも彼への感謝の気持ちは薄れることはなかった。

 そして、本日、シャノンと買い物をしている中で、店主が袋に食料を詰め込みながら思い出したようにハインに話を始めた。

「今度、騎士様が巡回に来るらしいよ」

 ハインはそれを聞いて一瞬膠着したが、店主に悟られないように平然と受け答えをした。
 そんなハインの仕草にシャノンだけは気づいたようだが、視線を向けるだけでその不安を言葉には出来なかった。
 シャノンは自身が『ノースペラ』であることがどれだけ危険であるかを理解していない。
 ましてや、騎士に狙われる立場であることさえ分かっていないのではないかと思われる。
 それはハインが、『ノースペラ』は危険であることという情報しかシャノンに伝えていないからだった。
 彼女自身は自身の持つ力の使い方もその性質も何1つ理解していない。
 だから、シャノンはハインが不安を感じたことしか理解出来なかった。
 それが自身の身の上に降りかかることだということをシャノンは知らない。

「まあ、でも、近くの村までしか来ないと思うよ。実際のとこデゼンへは来れないかもねぇ」

「そうなんですか?」

「うん。一応、国境が近いし。あんまり不用意に騎士団を近づけるわけにはいかないみたい。来たとしても半日も滞在出来ないと思うよ。はい、じゃあ、これおまけしとくから」

「ありがとうございます!」

 笑顔で袋を受け取るシャノンに店主も笑顔で返した。
 袋の中にはいくつかの野菜と果物。
 おまけしてもらったリンゴはみずみずしく、食べごろに見えた。
 ハインもお礼を言い、そのままシャノンを連れて家へと向かう。
 帰り道にハインはシャノンにどんな料理を作ろうかと相談しながらのんびりと歩いた。
 しかし、ハインの頭の中にはシャノンの笑顔を見ても脳裏にこびりつく言葉があった。
騎士が来る。
 その一言がハインの心から少しばかりの余裕を奪っていた。



「ハイン」

「なんだい?」

 夜の帳が下りた頃。
 丘の上の家ではランプの光が部屋を照らし、また窓から光が漏れている。
 黒髪の青年と赤と白の髪の少女は並んで料理をしていた。
 黒髪の青年、ハインはちらちらと赤と白の髪の少女、シャノンの方へと視線を向けていた。
 ちゃんと料理が出来ているのか気にしているからである。
 最近、シャノンに色々とやらせてみることをハインは考えていた。
 ただただ閉じ込めることではなく、シャノンがちゃんと日々を過ごせるようになること。
 ハインにとってそれが今の目標であった。

「ハインは騎士が怖いの?」

「え?」

 並んだ二人は包丁で食材を切っていた。
 シャノンは台所に手を伸ばすには少し背が低いので、台を用いてちゃんと届くようにしている。
 ハインは魚を捌きながら、シャノンはじゃがいもを切りながら会話をしていた。
 魚の鱗を包丁の背で流れるように取るハインに比べ、まだシャノンの手つきは危ういものだが、それでも日々上達の一歩を歩んでいることに間違いはない。
 先程もシャノンには石造りのコンロに火を起こしてもらった。
 ちらりと目を向けた石造りのコンロはまだ火を起こしたばかりで暖かくなるまで時間がかかりそうだが、それでもその火を起こしたのはシャノンだ。
 火を起こすのはコツがいる。
 火打ち石と金属をぶつけ、生まれた火花を綿に移し、そのままそれを種火にして木を燃やす。
 それだけ聞けば簡単そうではあるが、実際は難しい。
 火花を起こす為には相応の力や当所があるし、綿に移すために空気をうまく送り込む必要がある。
 10数日の期間をかけてやっとシャノンはコツを掴んだのだ。
 その火は種火から焚き木へと燃え移り、少しづつコンロを温めていた。

「どうして、そんなことを聞くんだい?」

「今も騎士って単語でちょっと怖い顔してたから……ねえ、ハイン。騎士ってあの絵本に出てくる騎士様のこと?」

 ハインはシャノンの言う本に心当たりがあった。
 騎士道物語。
 それは王国でほとんどの子供が読む一般的な物語だ。
 いわく、人を守り、街を守り、国を守る為の剣となること。
 時に大きな龍を斬ることもあれば、街を守るために魔物の群れと戦う。
 そんな男の子であれば憧れるものだ。
 かくいうハインも子供の頃は騎士ばかり眺めてきた。
 自分も守る力が欲しいと思い続け、騎士が憧れだったのだ。

「ああ。でも、実際の騎士はちょっと違う」

「ちょっと違う?」

「うん。実際の騎士は全部を守れはしないんだ」

 ハインは優しく、諭すように言った。
 守れるはずだった。
 騎士であれば守れると思った。
 炎の中で全ては散っていった。
 ハインにはもう信じるだけの気力がない。
 ハインの目が遠い場所をしているとシャノンは感じた。

「あ、ハイン、火が!」

「……え? おっと、薪を入れないと」

 起こした火が少しづつ小さくなっていることに気づいたシャノンの言葉にハインは薪を加える。
 火は可燃物が得られたことで再度勢いを取り戻す。

「……これで、よし、と」

「あのね」

「ん?」

「ハインは、騎士だよ」

「え?」

 間の抜けた顔で聞き返すハイン。
 シャノンは小さな手で握りこぶしを作って、訴えるように続きの言葉を紡ぐ。

「ハインは、私にとっては絵本の騎士と同じだよ」

 少し恥ずかしそうに、だけど笑顔で言うシャノンにハインは笑みをもらしていた。
 ぱちぱち、と火が薪を燃やす音がする。
 ハインは火を調整していた手をとめて、やり場のない気持ちをどうにかしたくてシャノンの頭を撫でた。

「……もう、子供扱いしないでよ!」

 はははは、と笑いながら頭を撫でていたハインの手を振り払うシャノン。
 ふん、と鼻を鳴らすと、顔をそらしてじゃがいもを切る作業にシャノンは戻る。
 コンロの火は少しづつその強さを増す。
 結局、料理が終わっても、火は朝まで途切れることなく燃えていた。


5ヶ月前 No.11

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

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5ヶ月前 No.12

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

 ハインとシャノンの住む家の戸が静かに開いた。
 時刻は既に深夜。
 月も既にてっぺんからやや落ち始めている時刻であった。
 そんな中、動きやすそうな服に一振りの剣を手にハインは家の外に出ていた。
 家の中では、シャノンが可愛らしい寝顔でむにゃむにゃと寝返りをうっていた。
 そんなシャノンを起こさないようにハインは慎重に音を立てずに家の外へと出たのだった。

「………………よし」

 デゼンの周辺は比較的温厚な気温が続く日が多い。
 それが果物を育てるのに適しているので、村では美味しい果物が作れるのであり、それは同時に夜になってもそれほど寒さを感じることもないことを意味していた。
 ハインは家から少し歩き、家から離れた丘の上で剣を抜いた。
 それは雪のように白い刀身を持つ剣だった。
 師と呼ぶに相応しいマグナから譲り受けた一振り。
 その剣の刀身に月光を浴びせ、ハインは呼吸を整えていた。
 この剣は『宝剣』だ。
 つまり、制御をミスれば周囲に多大な影響を及ぼしてしまう。
 ハインとしては『宝剣・グラキエス』の“剣威”を使うつもりはないのだが、仮に勝手に発動させてしまうということもないこともない。

「…………」

 そっと右の手首を見る。
 そこにあるのは既にほとんど見えなくなった傷がある。
 制御しきれずに負った怪我はほぼ完治している。
 だが、心にしっかりとその傷は残っている。

「頼むよ、エス」

 少し震えた声でハインがそう言うとどこからともなく視界にハインと同じくらいの年の頃の女の人が映る。
 白い、雪よりもなお白い髪をした女だった。
 少し困ったような顔をしているが、どうやらそれが彼女のデフォルトの表情のようだった。
 彼女、エスは手にハインが持つのと同じ『宝剣・グラキエス』を手にしていた。
 もちろんそれは偽物で、言うならば模造品にすぎない。
 だが、その刀身が持つ輝きはハインの持つ本物と大差なかった。

「……今日もやるか」

 そう言い、ハインは剣を構えた。
 同時にエスも剣を構える。
 正中線に構えるハインと同様の構えをするエス。
 両者は同時に地を蹴り、その刀身をぶつけた。



「はっ!」

 アズネへの頼みを終えたイクスは周囲に誰もいない場所で剣を振っていた。
 振っている剣の名は『宝剣・フロンス』。
 刀身は両刃なのだが、刀身と剣先が四角いのが特徴であった。
 何も知らない者が見れば、大きな十字架を振り回しているように見えるかもしれない。
 『宝剣・フロンス』を握り剣を振るイクスの目には明確な敵の姿が浮かんでいた。
 それはニヤけた面が気に入らない元同期の平民騎士。
 勝手に任務の途上で死に、約束を破った愚かな平民騎士。

「……ふっ!」

 雑念を払うように剣を振るイクス。
 右からの袈裟斬りから回避を想定し、自身の体と重心を左にずらす。
 同時に、今はないが、左手に持つ盾で開いてしまった自身の体を相手の返す剣から防ぐ。
 一度後ろに下がり、距離を取る。
 が、連続での剣撃を想定し、相手の剣に合わせて盾で自身の体を守る。
 体の各所に浅い切り傷ができるだろうが、それを無視。
 連撃を的確に防いだ後、盾で相手の剣を弾く。
 剣を持つ腕を外へと弾くことでがら空きになった体に向かって右の袈裟斬りを見舞う。



 体を無理やり右にずらすことでハインはエスの剣撃を防ぐ。
 いつの間にか盾を生み出しているエスからの剣撃は容赦がなく、思いっきり斬られるところであった。
 最悪血がどばっと出ていたところだったが、それもこれも訓練時代からのクソ真面目な優等生騎士との練習があってこその回避だった。
 思い出せばいつも汗1つかかないかのようなあの涼しげな顔を歪めてやろうと毎日腕が棒になるまで剣を振っていた。
 そんな馬鹿な騎士は今剣を腰だめにし、両手で左から右への横切りを行う。
 しかし、そんなものは当然予測されていたのか、エスの持つ盾に防がれる。
 今度はエスが左袈裟で斬りかかってくるので、それを後ろへと下がり回避。
 やっと距離を取った二人はその一合の中で調子を確かめた。

「よし!」

 ハインは気合を入れるように言う。
 敵はあのイクスだ。
 あの後、村で聞いたのだ。
 近くに来るのはあのイクスの隊。
 いつの間にか小隊長にまで昇格しているとは思っていなかったが、それはつまりハインにとってイクスは想定以上の強さを持つであろうことを意味していた。
 コネやズルが大嫌いなあのクソ真面目は純粋に強さで認められたのだろうと推測が出来たからだ。
 ハインはエスに休む間を与えないように左からの逆袈裟で斬りかかる。



 イクスはおそらく来るであろう右からの逆袈裟に対して、剣を構えるだけだ。
 そして、構えた剣を掬うように剣撃が来る。
 それを左へと受け流しながら、今度は返す刀で来るであろう右袈裟を警戒。
 同時に足払いをされないかと視線を広く持つ。
 あの約束とルール破りと喧嘩上等な不良騎士にとってまともな剣撃などあるはずがない。
 一度地を蹴り、後ろへ回避。
 追いかけるようにして迫る右袈裟斬りは盾で防ぐ。
 距離が出来た分、剣の振りの出処を封じることは出来ないのでしっかりと防御に徹する。
 が、防いだ次の瞬間には後ろへ下がった重心を前へ向ける。
 地を蹴り飛ばすようにして敵へと盾をぶつけるようにして体当たりをイクスは決行する。
 本来体重のある者が使うような技だが、イクスはそれをあえて敢行。
 騎士団の盾も当たりどころが悪ければ致命傷となる。
 狼狽えながらも余裕を崩さないニヤけ顔は剣を右上に横にして構え、こちらの袈裟斬りを警戒する、
 それを盾で押し切れば、おそらくイクスから見て左回りで回避されるだろう。
 なので、逃がすかと左袈裟で斬りかかる。
 当然予想していたであろう不良騎士はそれを、剣先を左にずらすことで、込められた力と刃を逸らす。
 イクスはそのまま不良騎士の右を抜けるようにして盾を突き出す。
 思わず不良騎士はその身をイクスから見て右へと逸らす。
 イクスは転がるようにして前へと身を飛ばせる。
 先程までイクスがいた位置に袈裟斬りの銀の奇跡が通りすぎる。
 騎士にとって背中は弱点だ。
 鎧があるとはいっても、イクスがしているのは上半身と足や腕のみ。
 後ろから見えない首元や頭は危険なのだ。
 転がした身を起こし、剣を振り下ろした態勢のままの不良騎士へ左から右への斬撃。
 高さは顔の位置。
 吸い込まれるように刃は不良騎士のニヤけ面を斬り―――



 それを跳ね上げた剣の腹で防御。
 軽さから来る素早さが売りのハインとしてはそのような芸当は慣れたものだが、エスの斬撃はギリギリで容赦のないものだ。
 エスの顔を見れば、口元には笑みが浮かんでいる。
 エス子のエスはドSのエス。
 とそんなどうでもいいことが浮かんだところで、エスとハインは剣を降ろした。

 今日の模擬戦はここまで。
 ハインとエスは同時にそう判断し、剣を止めたのだ。
 これ以上やれば、本当に大きな傷を負いかねない。
 エスがどれだけ『宝剣・グラキエス』の所持者であるハインにしか見えない幻影だとしても、痛みは間違いなくあるのだ。
 彼女は、そこにいるのだから。

「……ありがとう、エス」

 ハインが息を整えながらそう言うとエスは鈴の音がするような笑顔を浮かべ、手を振りながら消えていった。
 完全に姿が消えたところで、ハインは本格的に一息着いた。
 丘に仰向けで倒れ込み、月の明かりが眩しい夜空を見上げる。

「…………」

 手に持つ『宝剣・グラキエス』の重さが心地良い。
 このまま眠ってしまいたいくらいだが、まだ日課の素振りが残っている。
 ハインは温まってきた体を無理やり地面から引きちぎり、すぐに素振りを始めた。
 一心不乱な姿は月夜の中で乱れること無く1000回は続いた。



 イクスも同時に剣を降ろしていた。
 明日も巡回の任務がある。
 そう判断し、転がった際についた草や土を払う。
 月を見上げるイクス。
 彼はそこに同期の不良騎士の顔を浮かべていた。
 なぜだか近いうちに再会するような。
 そんな気がしていたからだった。
 剣をしまい、イクスは騎士たちが眠るテントへと向かう。
 その足取りには迷いはなく、ただただ前を見続けていた。


*****
{というわけで5話も3分割。そろそろあらすじから先に進む感じで。次回更新は6月11日予定}

5ヶ月前 No.13

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

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5ヶ月前 No.14

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

*【07.すれ違い】*

「……ハイン?」

 シャノンがハインとの待ち合わせ場所に着くとそこにハインの姿はなかった。
 シャノンは自身が待ち合わせ場所を間違えたのかと思ったが、それでも『黄金の木』と言ったことは間違いがなく、また場所も間違えていなかった。
 両の手で守るようにして抱えている小さな袋の中のタリスマンが鎖とぶつかって起こす音が微かに耳に届く。
 シャノンは首を傾げた。
 ハインがどこに行ったのか、全く検討がつかなかったからだった。



「死亡記録の中にハインの名前がなかったからね。きっと生きていると思っていたよ」

 シャノンが来るよりも前。
『黄金の木』の前でイクスは嬉しそうな声でハインに話しかけていた。
 隣に並んで座るイクスにハインは、けっ、と顔を反らした。
 昔から反りが合わないのだが、イクスはそれでもハインに話しかけるのでハインとしては諦めて会話に付き合う以外の方法はなかった。

「そうかい。俺はまさかイクスが小隊長になってるとは思ってなかった」

「そうなの?」

「ああ、あの模擬戦で『宝剣』を手にしたとは言ってもお前って平民騎士だし」

「君もだろ? とは言っても、マグナ師匠が抜けた穴埋めだよ」

「……そうか」

 ハインは空を見上げた。
 雲が泳ぐ空は一刻一刻で姿を変え、元の姿になることはない。

「『宝剣・グラキエス』も師匠の遺体の近くになかったらしいから、君が所持しているとは思っていたけどね」

 イクスはハインの腰の剣に目を向ける。
 その剣は何度も見慣れ、憧れた人のものであった。
 それを今目の前の友人が所持していることがなぜだかしっくりとイクスには感じられていた。

「そうかよ。ていうか、いいのか? 小隊長が1人で? まさかもう村の中に騎士が来てるのか?」

「まさか! 僕1人だよ。ここは国境に近いからね……とは言っても1人だと少し大変な任務なんだ。できるなら、君にも手伝って欲しい」

「……俺に?」

 急な申し出に訝しげな目をハインはイクスに向けた。
 イクスとしてはハインがどうしてそんな顔をするのかが分からなかったが、構わずに話を続けた。

「うん。実はマグナ師匠と君が護送するはずだった『ノースペラ』がこの村にいるらしいんだ。名前はシャノン。髪は白と赤で、年の頃は12歳前後の女の子だそうだ」

 資料にあった情報を諳んじるイクス。
 滔々と告げる言葉にハインはごくりと唾を飲んだ。

「へ、へぇ……ソウナンダ」

「うん、まだこの村に来たばかりで僕はまだ情報を集め始めてない。ハイン、君がここに住んでいるならぜひとも協力して欲しいんだ……君もマグナ師匠の意志を継いで剣を所持しているんだろう?」

 イクスは爽やかな笑顔でハインに協力を打診してきたのだった。
 脳内で計算するまでもなく、ハインとしては今すぐにでも逃げ出したい状況だった。
 少なくとも、このままここにいればシャノンが待ち合わせに来るだろう。
 つまり、こんな逃げ場もないような広場でイクスと敵対することになる。
 うまくいけば切り抜けれるだろうが、最悪の場合はそのままシャノンを連れ去られる。
 早急に場所を変える必要があった。

「お、おお! そうだな! でも、その前にお腹空かないか? いや、空いてるよな? 俺、良い店知ってるんだ。行こうぜ、イクス!」

 とりあえず場所を移そうとハインは座っていたレンガから立ち上がりイクスに場所を離れるように促す。
 だが、イクスは頭を左右に振るばかり。

「誰かを待っていたんだろう? 僕もその人を待つよ、そうしないと君だけじゃなくてその人にも悪いしね」

 てこでも動かないようなイクスの態度にハインは冷や汗をかいていた。
 シャノンの足ではそれほど早くここにはたどり着かないだろうが、時間は刻一刻と過ぎているのだ。

「い、いや、そいつはいいよ。久々にお前と再会できたんだし、お前の方を優先するさ! 俺も腹減ったし、な!」

「そうかい? でも、駄目だよ、ハイン。君はいつもそうだ。先に仕事しなきゃ駄目だろう。それに、子供だとは言っても『ノースペラ』だ。僕も『宝剣』を持っているとしても、早く任務を終えるに越したことはないだろう?」

 イクスは立ち上がると周囲で他に人を待っている村人に話しかけ始めようとする。
 もちろん、イクスはハインがシャノンと一緒に暮らしているということは知らない。
 だが、イクスはハインと共に任務を行った経験から先に仕事済ませなければと考えていた。
 なぜなら、ハインは酒を飲みながら任務を行うというほどにルール破りをするという前例が過去にあるからだった。
 その時はイクスも大分苦労したのだった。

「いやいやいや! 俺以上にこの村を知らない者はないね! だから、俺に任せておけって! それに……あんま聞き回ることでもないよな?」

 後半は小声になりながらも、ハインはイクスの肩に腕を組むようにして絡める。
 今すぐにここを離れなければ。
 ハインが考えていることはそれだけだ。

「まあ、そうなんだけど……ハイン、君はその『ノースペラ』のことを知っているのかい?」

「ああ、偶に村に来るらしい。その辺含めてちょっと近況報告とかしようぜ? な?」

「……はぁ。わかったよ」

 イクスは観念したようで、ハインはそんなイクスに隠れてぐっと握りこぶしを作った。
 そのまま二人は話しながらどんどん『黄金の木』から離れていく。



 そんな二人を影から眺めている者がいた。
 いつものように紫の髪を頭の上の方で括ったアズネであった。
 彼女はデゼンの近くの村でイクスの隊を管理するはずだったのだが、イクスが心配で隠れてついてきていたのであった。
 もちろん怒られるのは覚悟の上だ。
 一応、副隊長である自分の1つ下である副隊長補佐のものに隊のことは任せているので、巡回任務自体に支障は出ないだろうとアズネはタカをくくっていた。

 イクスは村に入る前から騎士服のままだったので、人目を惹いていたが彼に話しかける者は皆無であった。
 というのも、騎士が1人でうろついていることがあまりにも不思議なことで村人たちは話しかけるかどうかに迷っていたからだった。
 同様に騎士服を着ていたアズネは、それではイクスに見つかってしまうと思いフード付きのローブで全身を覆っていた。
 これはこれですごく怪しく、また気配を隠すようなアズネの動きに村人たちは不審の目を向けながらも話しかけることはなかった。

 そんなアズネは村の真ん中にある大きな木でイクスが誰かに話しかけているのを目撃した。
 黒髪の細身の青年だった。
 年はおそらくイクスと同じくらいだろう。
 引き締まった体をしており、帯剣している姿を見るに冒険者だろうとアズネは考えていた。
 おそらく情報得る為にイクスは冒険者を探していたのだろうとアズネは結論づけた。
 しかし、そんな黒髪の冒険者にイクスがすごく親しげに話しかけているのを見て、おや? と疑問が浮かんだ。
 しかも、とても楽しそうなイクスの横顔が見えた。
 自分と話す時には見せないような深い信頼を感じさせる笑顔にアズネは胸の奥で何か感じたことのようなないものを感じていた。
 黒髪の冒険者はそんなイクスに困ったようなそれでも慣れた様子で言葉を返していた。
 その姿になぜだか心の奥から黒いものが溢れ出そうな気がした。
 アズネはフードを目深にかぶり、そっとイクスたちの木の反対側に座る。
 耳をそばだてるアズネにイクスの声が途切れ途切れに聞こえてきた。

「う……、まだ……来たばかり……まだ情報を……めてない。ハ……、君が……でいるなら……も協力して欲しいんだ……君……師匠の意……いで……所持し……ろう?」

 協力して欲しい。
 アズネはイクスの口からその言葉をしっかりと聞き取っていた。
 副隊長である自分には隊を統率するように言ったのに、どこぞの馬の骨とも知らない冒険者に協力を申し出る。
 そんなイクスの行動にアズネは声を荒げてイクスに詰め寄りたかった。
 しかしアズネは気持ちを落ち着かせ、振り上げかけた腕をゆっくりと胸元へ。
 しっかりと深呼吸をし、平静さを保つ。
 騎士の基本は冷静さだ。
 戦場の中であろうが、平和な町の中であろうが、冷静であること。
 そして、何をすべきかを見極めること。
 それが騎士にとっての基本中の基本だ。

 だからアズネは再び冷静な心持ちで耳をそばだてた。
 その後の話を聞く限り、黒髪の冒険者はイクスの知り合いだったようだ。
 しかもすごく大雑把な人間にアズネは感じられ、イクスの隣に立つにはふさわしくないと感じた。
 二人が離れていった後、アズネは静かに自身の中の熱を吐き出す。

「イクス隊長と肩を組むなんて……!」

 あの黒髪の冒険者にも問い詰める必要がありそうだ。
 アズネはそう決意し、拳をぐっと握る。
 フードを外し、二人の後ろ姿を目にしてアズネはそっと二人の後をつけようとした。

「……?」

 女の子がきょろきょろと木の周りを見回しているのが目に入った。
 長い髪の半分が赤く、半分が白い女の子だった。
 幅広の帽子と両手で抱えるのは小さな袋。
 迷子だろうか、とアズネは判断し女の子に近づく。

「どうしたの?」

 女の子は急に話しかけられたのに驚いたようで、びくん、と肩を震わせると恐る恐るという風にアズネに視線を向けた。
 話しかけたアズネもどうしようかと思い、ひとまず膝を折って目線を合わせた。

「迷子、かな? 私、アズネって言います。あなたは?」

「……シャノン」

「そう、シャノンちゃんね。きょろきょろとしてたけど、どうしたの?」

 アズネはニコニコと笑顔でシャノンの言葉を待った。
 イクスはアズネに自身の任務のことを告げた。
 しかし、詳細は告げていなかった。
 それは無用な混乱を招きたくないことと、イクス自身で任務を全てこなすべきと彼が考えていたからであった。

 よって、イクスが探している女の子が目の前のシャノンであることを、アズネは知らないのであった。
 また、ハインが買った帽子を離さずしっかりと身につけていたことでシャノンも自身の『ノースペラ』の証であるアザを隠すことに成功していた。
 ゆえに、アズネは今が最もイクスの役に立てる場面であったのだが、それに気づかずにいた。
 また、同時にシャノンもアズネの服装は怪しいものであったが騎士のものではないと判断し、まだ見たことのない村人か旅人とでも思ったのであった。

「ハインと待ち合わせしてたの。だけど、居なくて……」

「そう、待ち合わせね。うーん、そのハインって人は待っていたら来るかな?」

「わかんない…………」

 アズネはさっさと迷子を案内して、イクスの後を追いたかった。
 しかし、アズネには今にも泣きそうなシャノンを放っておくことは出来なかった。
 彼女は騎士である。
 つまりは、泣きそうな女の子を放って自分の目的を優先することは出来ない性分であった。

「よし! じゃあ、お姉さんが一緒に探してあげる!」

「……ホント?」

「うん。だから泣き止んでね、シャノンちゃん」

「な、泣いてないもん!」

 シャノンは目尻に溜まりかけていた涙をごしごしと腕で押し付ける。
 そんな強がった姿にアズネはついつい笑みをもらしていた。
 こんな子が大切だと呼ぶ人はきっと相当に良い人なのだろう、とアズネは考えていた。
 もちろん、イクスと一緒に消えていった黒髪の青年が当のハインであることをアズネは知らない。


{今回は2話更新。基本的には、これで必要な登場人物は全員出てきた感じ……だけど、増えるかも? 次回更新は6月19日予定}

5ヶ月前 No.15

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

*【08.約束】*

「へぇ、良いお店だね」

 店内を見ましてイクスは感想を述べた。
 ハインに連れられイクスたちが入ったのは『カザハナ』というお店だった。
 店内はまだ昼前なので、広さに比して人が少なく、少しがらんとした印象を与える。
 そんなお店の中で騎士服のイクスは少し浮いていた。
 店内にいる他のお客さんもイクスの方をちらりとみてはひそひそと小さく話しており、心なしかカウンター席の奥でグラスを拭いている髭の店長もなんだか不安げな様子だ。

「ああ……ってお前その服のまんま来たのか?」

「え? ああ、当たり前じゃないか。僕は騎士だよ。騎士服以外で移動するわけにもいかないよ」

 青と白の騎士服はイクスに妙に似合っていた。
 かつてマグナの隊に居た時は赤と白の騎士服であったが、イクスは自身の隊を率いるにあたり新たな騎士服を用意されたのだった。
 目立つから騎士服はあまり好きでなかったハインとしては苦々しい目をイクスに向けていた。
 ハインは、着づらい、という単純明快な理由によりあまり好ましくなったと感じていたことをイクスは思い出していた。

「相変わらず、くそ真面目だな」

「君の方こそ、相変わらずの不良ぶりじゃないか」

「いいんだよ、俺はたぶんこっちのが性に合ってる」

 ハインは手を上げて店員を呼んだ。
 メニューを持ってきた女性の店員は騎士服のイクスに目が釘付けになっていた。
 心なしかメニューがイクスに見えやすいようにしているとハインは感じる。
 もちろん、イクスはそんなことに気づいているのだが、先に注文を決めて欲しいという意味合いだと判断。

「うーん……何がオススメですか?」

 メニューを見てもわからないので、注文を決めかねたイクスは女性定員に笑顔で話しかけた。
 女性定員はそんなイクスの姿に慌てたようにメニューを指差す。
 イクスは、ありがとう、と言い迷わずそれを注文。
 ハインも同じものを注文した。
 店員は顔をなぜだか真っ赤にしたまま席を離れていく。
 何かしただろうか、とイクスはいつものように腑に落ちないような様子。

「……久々に見たな」

「え? 何をだい?」

「お前が女店員をたぶらかすところ。昔っからなんだか人気者だったよな、イクスは」

「え? そうかな? ハインだって、同じ感じだったと思うけど?」

「俺は子供人気だけだっての。しかも、同族だと思われていたような気がするぞ……」

「ははは、まあ、ハインは子供みたいな感じだしね。今も昔も」

「……言ってろ」

 頬杖をついて顔を背けるハインにイクスは変わらずに笑顔のままであった。
 ハインの目線は店の外へ向いている。
 イクスはそんなハインの様子に気づいて、自分が失念していたことに気づく。

「すまない、ハイン。任務とは言え僕の勝手で君の待ち合わせを台無しにしてしまった……どうせなら、何か持ち帰りが可能なメニューに変更しようか?」

「い、いや! 大丈夫だ! 問題ない!」

「でも、君が大丈夫でも待ち合わせの相手はそうは思わないんじゃないかい? 少なくとも、僕も謝っておきたい」

「そんな気にするなって! 謝ることもないしな! えっと……あれだ! あいつ、待ち合わせの時間に間に合うと怒るんだよ!」

「怒るの!? 待ち合わせなのに!?」

 目をそむけながらのハインの言葉はイクスにとって常識外れだった。
 おそらくデゼンという村においてハインは奇妙な人物と知り合いのようだ。
 世界はまだまだ自分の知らないことがあるのだとイクスは感嘆する。



 一方で、店の入り口の方を眺めるハインはシャノンのことを考えていた。
 イクスを騙すような嘘を言ったが、実際は約束を破ったことにおそらくシャノンは怒るだろう、とハインは脳裏に浮かぶ怒り顔のシャノンに今のうちに謝る言葉を用意する。

「それにしても、どうしてハインは騎士団に戻って来なかったんだい? なんか大きな傷を負ってたとかかい? 確かに、マグナ師匠の遺体があった付近は氷漬けだったけど……」

「あ、ああ。お前も知ってるだろ、『宝剣・グラキエス』の“剣威”のこと」

 イクスの不安そうな視線にハインはふと初めて『宝剣・グラキエス』の“剣威”を使った時のことを思い出していた。
 辺り一面氷漬けになるほどの威力を秘めていたそれは使用者であるハインにまで牙をむいた。
 それはハインが使い手として相応しいかどうかの試練でもあった。
 通常、『宝剣』は使用者として『宝剣』に認められた者以外が扱うことは出来ない。
 使用者以外が持つだけで『宝剣』の“剣威”が発動し、そのものを拒もうとするのだ。
 あの時、ハインはその試練に耐えられたが、それはハインの能力の高さだけではなく既に本来の持ち主であったマグナが死亡していたことの方が理由としては大きい。

「うん。前に一度だけマグナ師匠が使ってるのを見たことがある。師匠は使いたくないようだったけど、僕が無理にお願いしてね……それで、ハインは傷を?」

「ああ、多少な。ボロボロになったし、それにあの任務は……いや、こんなとこで話すことでもないか」

 ハインはそう言いコップの中の水を飲んだ。
 空になるまで飲み終えたコップを机に置く。

「……マグナ師匠の最期はどうだった?」

「……騎士だったよ。俺を、隊のみんなを守って、死んだ。あの人は騎士だった。最期の最期まで」

「……そう」

 二人は無言になった。
 詳しく話して聞かせればその壮絶さがわかったかもしれない。
 だけど、ハインはマグナのことを話したくなかった。
 自分が守れなかったことを。
 自分が背負う十字架のことを。
 容易に話したいとは思わなかった。
 イクスがどうしてもと言えばきっと話しただろう。
 だが、イクスはイクスで手元に寄せたコップの中の水に視線を向けるばかり。

「ひどい、顔だな……」

「……うん」

 二人は料理が運ばれてくるまで無言だった。
 運ばれてきた料理はパンと付け合せのハムや野菜、そしてスープ。
 二種類のパンの片方は普通のものだったが、もう片方はフルーツが練り込んであった。

「よし、食べるか」

「そう、だね」

 二人はすぐに料理に手を付け始めた。
 沈黙を埋めるように、食器が鳴らす音が二人の間を往復していた。

5ヶ月前 No.16

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE



「それじゃあ、これ2つください」

 アズネは小さなカフェのような店にシャノンと一緒に入っていた。
 そのお店は『黄金の木』の近くにあり、広場を見れるような窓際の席に二人は座っていた。
 頼んだメニューは白桃のタルト。
 店員はアズネの服装に訝しげな目を向けたが、すぐにメニューを手に厨房の方へと向かっていった。
 店内は落ち着いた雰囲気で、店の前面は全て窓が張られており陽光の明るさで店内を満たしていた。
 一部影ができるように仕切りがあり、仕切りの向こう側で読書好きそうなおじいさんがうつらうつらとしながらも読書をしていた。
 おじいさんの座る席にはさくらんぼのタルトと湯気がまだ立っている紅茶が置かれていた。

「ここなら、そのハインって人が来ても分かるね」

「……ありがとう、アズネお姉さん」

「いいの、いいの。シャノンちゃんを放っておけなかったもの」

 アズネは目の前で礼儀正しそうに座るシャノンに笑みを向けていた。
 そんなアズネにシャノンは顔色を変えることなく、小さく会釈する。
 まだ、アズネとシャノンの間には壁が少しあるようだった。
 それもこれもシャノンが自身を迷子じゃないと言い張ったり、泣いてないと言い張ったりしたせいではあったが。

「シャノンちゃんはこの村に住んでいるの?」

「…………」

「えっと、じゃあ、何歳なのかな?」

「…………」

「えっと……じゃ、じゃあ! 今日は何をしに村に?」

「…………」

 会話にならない。
 アズネはさっきからずっと黙って外を眺めるばかりのシャノンに辟易していた。
 シャノンにとっておそらくハインという人はすごく大事なのだろう。
 もしかしたら同じくらいの年の頃の男の子のことかもしれない。
 シャノンはそのハインに気があるのだろうか。
 そんなことを益体もなくアズネはシャノンの横顔を見て考えていた。

「おまたせしましたー」

 気づけば店員がそっとアズネとシャノンの前にタルトの乗った皿を置く。
 待ってましたとばかりにアズネはそれにフォークを突き刺そうとしたが、それよりも早くシャノンがフォーク片手にタルトを切り分けていた。

「んー!」

 タルトを口に含んだシャノンは満面の笑みを浮かべていた。
 同様にタルトを口に運んだアズネもその美味しさについつい言葉をもらす。

「……美味しい」

 白桃のタルトは生地の持つさっぱりした食感と白桃の持つ甘みとみずみずしさが程よいバランスで口の中で組み合わさる。
 元々の白桃の甘みもあるのだが、焼き加減が上手いのだろう。
 焼きすぎれば砂糖のような甘みなるはずだが、果実特有のみずみずしい甘さのままタルトの間に白桃が挟み込まれている。
 村人に聞いて入った店だけあって、味は確かなようであった。

「美味しいね、シャノンちゃん」

「うん!」

 弾けるような笑顔を見せるシャノン。
 もしも自分に妹がいたらこんな感じなのだろうか。
 そうアズネは思いながらも、またタルトを口に運ぶ。
 甘いものは至福の時を作る魔法の食べ物だとアズネは常々思っていた。

「はっ!」

 ついつい我を忘れて甘さに耽溺してしまっていた。
 アズネは騎士なのだ。
 甘いものに釣られるようでは駄目だ、と自分に言い聞かせるように頭を左右に振る。
 皿に上にはまだ半分ほど残ったタルトがある。

「……食べないの?」

 対面のシャノンの皿はすでに綺麗さっぱり何も乗っていない。
 そして、シャノンの目は明らかに獲物を狙う魔物のそれと同様だった。
 アズネはシャノンの目と自分の皿の上のタルトを交互に目にして、結局皿に残った半分をシャノンにあげるのだった。

「シャノンちゃん、ハインって人はどんな人なの?」

「ハインのこと? ハインはね、優しいの!」

「いや、背格好とか訊きたかったんだけど……そう、優しい人なのね」

「うん! ハインはね、私を守ってくれるの! 前も魔物に襲われた時に助けてくれたの!」

「それは凄いね。凄腕の冒険者なのかしら?」

 魔物と単体で戦うような存在は騎士か冒険者くらいのものだ。
 基本的に魔物は無視するに限る存在だ。
 無限に増殖し、また人間を殺すことを厭わない存在なんて危険以外の何者でもない。
 ごく一部の、それこそ騎士や冒険者のような任務や報酬でないと討伐は普通行わない。
 シャノンのような女の子を救うため、というのも理由にならなくはないが、それは挟持を持つ騎士の役目のように思える。
 報酬を求めて戦う冒険者がそんなことをするだろうか。

「ハインはね、普段は猫かぶってるんだって」

「へ?」

「ユウハって人が言ってたの」

 猫かぶってるという言葉に良い印象が崩されていくようにアズネは感じていた。
 そもそも、猫をかぶっていることをシャノンのような小さな子に知っているというのはどうなのだろうか。
 アズネの想像の中のハインという存在があやふやなものになる。
 猫っぽい顔をしているのだろうか、と益体もない漠然とした想像だけが残った。
 考え込んでいるアズネの顔を見てシャノンはふと自分の中に疑問を得た。

「アズネお姉さんは何してたの?」

「へ? 私? 私は……」

 アズネがどう答えようかと悩んでいるとシャノンはなぜだか瞳をキラキラとさせていた。
 もしかすると、シャノンは何か期待を寄せているのかもしれないとアズネは感じ取った。
 何を言えばいいのか、なんとなくわかったのはアズネが貴族として何度か社交界などに出ていたからだろう。
 相手の顔色を見て期待を探る。
 だけど、そんな腹芸を騎士である自分がすることはない。
 それは貴族であるアズネ=ローミニアに任せてしまえばいいのだ。
 今ここで本当の自分を言葉にしてしまうことに躊躇はなかった。

「……大事な人を守りたいって思って追いかけてたの」

「大事な人? 恋人じゃなくて?」

「そう、大事な人。私の憧れの人」

 その剣技は美しいの一言に尽きた。
 模擬戦でアズネが見たのは美しい剣技で他の騎士を圧倒するイクスの姿であった。
 その時からアズネにとってイクスは憧れの騎士になったのだ。
 彼のようになりたい。
 そう思って日々訓練をした。
 貴族騎士であれば必要なのは騎士団に所属したという事実のみ。
 貴族でかつ女である自分は成人する頃には騎士を辞め勲章をもらうだけで充分だし、両親もそれを望んでいる。
 傷がつけば嫁の貰い手も減ってしまうので、両親としては安全かつ戦いもないような街の警護のみを私に期待していた。
 だけど、そんな親の期待を裏切って自分はイクスの隊の副隊長となった。
 もちろん、親からは非難轟々であったが、アズネはそんな親の言葉には耳を貸さなかった。
 彼女にとって大事なのは彼のようになること。
 そして、彼の傍にいること。
 それを恋だと呼ぶかどうかはアズネにはどうでも良かった。

「アズネお姉さん、すごいね」

「そうかしら?」

「うん。私なんて、迷惑かけてばっかで……」

 肩を寄せ小さくなるシャノン。
 まだまだ小さな女の子だが、彼女は彼女で何か目標があるようだ。
 アズネはそんなシャノンに笑みをこぼす。

「なんで笑ったの!?」

「ううん、良いなぁって。シャノンちゃんにとってハインって人はすごく大切な人なんだね」

「……そ、そんなことないもん!」

 顔を真赤にしてシャノンは反論とも言えないような反論を叫ぶ。
 アズネはそんなシャノンの分かりやすい態度に笑みを漏らしていた。
 シャノンは少しの間顔を背け、まだ赤い顔のままハインがいないかを探す。
 だが、成果が出ないようで再びアズネに向き合うシャノン。

「アズネお姉さんは、どうやって守るの?」

「どうやって?」

「うん。私もハインの役に立ちたいの。いつも、大変な思いをさせちゃっているから……」

 シャノンがぎゅっと持っていた脇においていた袋を小さな手で握る。

「そう。そうね……私も、どうしていいか悩んでる最中なの」

「そう、なの?」

「ええ。あの人は強くて、とても誠実。私はその背中が見えなくならないように頑張って前を向き続けるしかないの。守りたい、って思っているのにね」

 あはは、と誤魔化すようにして笑うアズネ。
 その声に力がないことにシャノンは感じていたが、同時に自分も同じであると思った。
 ハインの役に立ちたい。
 けれど、自分はハインに助けてもらってばかりだ。
 庇護されていた時は自分の好きなことをしていた。
 だけど、魔物に襲われ、ハインがどれだけ危険なことをしていたのかを知ったのだ。
 そんなハインの為に自分が出来ることをしたい。
 ただただ逃げたり、守られたりするだけではなく。

「私も! 私も、ハインを……その……」

 言葉はつっかえたまま消えていく。
 シャノンにはまだ想像できないのだ。
 自分がハインを守る姿を。
 自分がハインの役に立つ姿を。
 きっとハインがシャノンの気持ちを知れば、いるだけで助かっている、とでも言うのだろうけれど。

「……私達、似ているのかもね」

「うん!」

 二人は言葉を交わす。
 きっと、いつか大事な人に追いつけると信じて。


5ヶ月前 No.17

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE



 一方『カザハナ』では、ハインとイクスがご飯を食べながら言葉を交わしていた。

「それで、『ノースペラ』のことなんだけど……」

「お、このパン美味しいな! おかわり貰おうぜ!」


「ハイン、君は『ノースペラ』のこと知ってるかい?」

「喉乾いたな! 水貰おうぜ、水!」


「……ハイン。君、僕に何か隠してないかい?」

「お、この時期の限定メニューあるぜ! 食べようぜ!」

「ハイン!」

 ハインが誤魔化すこと数十分。
 イクスはついにハインの態度に憤慨したようだった。
 ハインはそんなイクスに、ごめんごめん、と軽く謝りながら言葉を続けた。

「イクス、すまないんだが、俺もその『ノースペラ』のことはよく知らないんだ。正直、そんな名前の子は初めて聞いた」

「そうなのかい? それならそうだと最初から言ってくれればいいのに……」

「いや、すまない。なかなか言い出せなくてな……お前と久々に会ったからすぐに別れるのもなんだか嫌でな……」

 もちろん、ハインはそんなことを思っていない。
 あえて言えば、目を離すわけにはいかないのですぐに別れるわけにはいかないとは思っている。
 せめて夕方になり、宿に送り届けるところまでしてしまえばなんとかなるだろうとハインは考えていた。
 シャノンと合流するのはその後、どうにか村人に聞けばそれなりに目立つシャノンのことだし見つかるだろう。

「それじゃあ、一緒に聴き込みをしないか? 手分けすれば早く済むだろうし」

「お、おお? ソウダナ」

 イクスはハインの同意の言葉に、今すぐに任務に向かおうと食べかけの料理を置いて席を立つ。
 一方でハインは渋々と席を立つ。
 イクスは任務優先の騎士だ。
 ルール、約束、任務、そんなお堅いことを守ることを重要視しすぎているようにハインには思えていた。
 その徹底ぶりはどうも変わっていないようだ。
 なので、ここで無理に止めようとしても無駄だろう。
 どうにか聴き込みを邪魔するしかない、とハインは決意し会計に向かおうとした。

「おや、ハインくん? さっきシャノンちゃんが店に来てたけど、今は一緒じゃないのかい?」

『イリウム』の店主であった。
 気づけばいつの間にか昼時の時間になっており、店主も昼ごはんを食べる為に店に足を運んだのだった。
 もちろん、その言葉はハインだけでなくイクスの耳にも入る。

「……シャノン? 確か、『ノースペラ』の名前が……ハイン、どういうことか説明してくれないか?」

 イクスの言葉が終わる前にハインは自分の分の代金をカウンターに置いて走り去る。
 それは見事な逃げっぷりで、店内では誰もがぽかんとした顔を浮かべていた。
 しかし、そんな様子をイクスはただただ見ていることもなく、同様に代金をカウンターに置いて追いかけ始めた。

「ハイン! 待て、ハイン!」

「待ってられるか! くそ、シャノンはどこだ……?」

 騎士服に鎧を身に着けたイクスは、軽装のハインに比べて足が遅くなる。
 このアドバンテージを活かすべく、ハインは村を駆けた。
 目的地は『黄金の木』のある広場。
 ちらりちらりと後ろを振り返れば、イクスの姿がある。
 少しずつ距離は離れるが、それでも視界から消えることもない。

「あ、ハイン!」

「え? あの人が……?」

 広場付近まで走ると、ちょうど『黄金の木』の広場の近くのカフェから出てくるシャノンと見覚えのない女性の姿。
 見覚えのない女性についてはローブ姿なので、どの誰だか分からないがハインにとっては好都合であった。
 ハインは走りながら、シャノンの手を取ることそのままひょいと左の腕を抱えるようにして走る。

「え? え? え?」

 状況についていけていないシャノンにハインは事情を説明しようかとするが、すぐに剣を抜いた。
 往来で剣を抜く行為がどれだけ危険なことかは言うまでもない。
 場合によって有志の冒険者に鎮圧されかねない。
 だが、それは自身の命の危機が迫れば別だ。

「ハイン!」

「イクス!」

 振り返りながら、右手だけで剣を横に構えるハイン。
 すぐそこには先程まで遠くはなれていたはずのイクスがいる。
 イクスの右手には十字架のような剣が一振り。
 『宝剣・フロンス』だった。
 イクスは容赦なく、剣を振り下ろす。
 ハインはシャノンをかばうように右半身を前面に出すように半身の態勢。
 後ろに下がりながら剣で『宝剣・フロンス』の振り下ろしをガードしようとしたが、そのまま剣が折られてしまう。

「なっ!?」

「君は馬鹿か!? その子がどれだけ危険かわかってるだろう!?」

 続けて斬りかかろうとするイクスにハインは右手に持っていた途中で折れた剣を投げつける。
 くるくると回転しながら飛んでいくそれをイクスは『宝剣』で防ぐ。
 弾かれた剣はくるくると周り、『黄金の木』の幹に深く刺さった。

「おまっ! あぶねぇだろうが!」

「君こそ危なかっただろう!」

「うるせぇ! 正当防衛だ! 正当防衛!」

「なら、君は職務執行妨害だ!」

 往来で言い合う二人に村人たちはなんだなんだと目を向ける。
 ハインはいつの間にか帽子がどこかへ飛んでいってしまったシャノンを下ろすと、『宝剣』を抜いた。
 雪のように白い刀身がその刃にイクスを写す。

「イクス、こんな村の真ん中でやりあうわけにはいかないだろ?」

「でも、僕は任務を放棄するわけにはいかない」

 二人は互いの剣先に意識を集中させていた。
 会話が平行線であるゆえに、もはや二人が持つ言語は1つしかない。

「なんだなんだ?」「騎士様!?」「ハインくん、どうして騎士と!?」「どういう状況だ?」「食い逃げだ、食い逃げ!」「いや、ちゃんと金は払ってたぞ」「『黄金の木』が……」

 周りの人々は状況が分からず混乱するばかり。
 ハインが何かをやらかしたと思う人と騎士イクスの横暴だと思う人とか入り混じりもはや収集がつかない状況だ。

「いくぜ!」

 ハインは先制攻撃とばかりに『宝剣』を振る。
 右上からの袈裟。
 一方のイクスは重心をずらし、右を前に半身の姿をとり、ハインの剣をすれすれのところを回避。
 二人の視線が一瞬だけ交差する。
 直後、イクスは右手に持った『宝剣』で横薙ぎに払う。
 それを読んでいたハインは残心の体を腰から沈め、頭上を通るようにしてイクスの『宝剣』を回避。
 ハインは流れるように自身の左を下から『宝剣』で切り上げる。
 白の『宝剣』の軌跡は宙を薙ぐ。
 イクスが自身の持つ『宝剣』を振った勢いで、ハインに背を向けるようにして体を回したからだ。
 当然、ハインの剣撃は何もない空間を切り裂く。
 イクスはハインの右を取ると、そのまま剣を大上段に構え振り下ろす。
 ハインは何もない空間を斬り裂いた剣を持つ手を捻り、上のからの斬撃に耐える。
 ぎちぎちとイクスとハインの持つ『宝剣』同士が音を立てる。

「ハイン、君がどうして!?」

「俺は……」

「今すぐそんな馬鹿なことは辞めるんだ! 君は繰り返す気か!?」

 咎めるイクスの言葉にハインは目を見開いた。
 そして、顔を伏せると口角を上げる。

「……っせ」

「え?」

「うるっせぇ!」

 ハインは叫びに力を込め、イクスの剣を上へと弾く。
 当然その胴体はがら空きだ。
 だが、イクスは鎧を着ていた。
 このまま斬撃に移ってもおそらく無意味。
 ハインはバックステップで後ろへと飛んだ。
 顔を合わせるとイクスは、理解できない、という風に顔を歪めていた。
 それはそうか、とハインは苦笑する。
 一度は騎士になった身だ。
 加えて、『ノースペラ』の恐ろしさも知っている。
 なのに、シャノンを守る自分の姿が奇怪に映るのだろう。
 それ自体は否定出来ない。

 二人の剣撃はまるで舞のようであった。
 互いが互いの動きを先読みしていたがゆえに、噛み合ったその姿に村人たちは何かの芸ではないかと視線を向けていた。
 イクスが騎士服であることがひっかかる村人にもいるにはいたが、そういう芝居か何かだと思い込んだようだ。

 ハインは再度『宝剣』を手にイクスへと斬りかかろうとした。
しかし、そんなハインの服の裾をひいたのはシャノンの小さな手であった。

「ハイン……?」

「……そうだな」

 不安げに見上げるシャノンの言葉にハインは『宝剣・グラキエス』を鞘にしまう。
 そんな様子を見てイクスは訝しげな目を向ける。
 ハインは肺に息を吸い込むと、

「明日! 陽が沈む頃! 決闘だ! 騎士、イクス!」

 そう大きな声で言い放った。
 周囲の人々はその声に一瞬静かになるが、すぐに歓声が上がった。
 イクスは戸惑ってどうしていいかわからない様子。
 戸惑ってあちこちに視線を向けるイクスの姿を尻目にハインはシャノンの手を取って村の東側出口を目指して走り出した。

「ハイン! ハイン、どういうことなんだ!? 待て、ハイン!」

 イクスの戸惑ったような声が聞こえたが、ハインは無視して走り出す。
 足の遅いシャノンをお姫様抱っこし、ハインは一度も振り返ることなく、家に着くまで走り続けた。

5ヶ月前 No.18

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

*【09.過去@ 少年】*

 これは1人の少年が騎士に憧れ、騎士になってから騎士を辞めるまでの話だ。



 ハインという少年が生まれたのは、イリーナ王国の2番目に大きなセッツという名前の街だった。
 ハインにとってセッツは生まれ故郷であり、同時に彼にとっての行動範囲そのものであった。
 当時、まだまだ子供だったハインにとって娯楽と呼べるものはほとんどなかった。
 なぜなら、ハインの家は裕福とは程遠いものだったからだ。

 ハインの父と母は小さな商店を経営していた。
 商店の初代店主はハインの父であった。
 ハインの父は商人として各地を飛び回っていた。
 だが、セッツでの商談の際にハインの母と出会い、二人はそのまま恋へ落ちすぐに結婚。
 当時、ハインの母は身寄りを全て失い、天涯孤独に等しい状態であったのも理由かもしれない。
 なにはともあれ、ハインの父は当時所持していた商人道具の全てを売りさばき、セッツに店を構えることにしたのだった。
 ハインの父にいくら商人としての経験があるとはいっtめお、時流を見て物が不足しそうな場所へ物を売る商人という生活と一箇所に留まり常に必要なものを供給する店主では商売のやり方が異なる。
 その違いがそのまま厳しい現実としてハインの両親へと降り掛かった。
 しかし、ハインの両親は挫けることなく店を続けた。
 その理由はハインの母にあった。
 ハインの母はどんなに苦しい時でも笑顔を絶やさなかった。
 どれだけ生活が苦しく、食べるものに困る時があっても、ハインの母は常に明るい笑顔を浮かべていた。
 ハインの記憶に残る母の顔のほとんどが笑顔であったことに、ハインは成長してから驚いたものであった。

 そんな家に生まれたハインには娯楽はほとんどなかった。
 娯楽用の本を買って読むこと、甘いお菓子を毎日食べること、そんな些細なことすら難しかったのだ。
 だが、子供というのは不思議な生き物で、人生において何かしらの楽しみを見つける能力に長けているのであった。
 ハインにとっての娯楽。
 それは街を巡回する『騎士』を見ることだった。
 セッツは王国で2番目に大きな街だ。
 当然常駐する騎士団がおり、彼らは街の治安維持や遠征等を行っていた。
 そんな騎士の姿をハインは目に穴が開くように見ることが日課であった。

 騎士の中には騎士道から外れ、性根が腐るものがいた。
 日々の生活において犯罪行為が0とは言えないが、しかし、セッツは王国の中でも1,2を争うほどに安全性の高い街だった。
 騎士として日々繰り返しにストレスが溜まり、持て余した力の矛先と平和ボケした精神を間違った方向へ向ける騎士もいた。
 しかし、平時においてはそのような騎士は上位の騎士によってしっかりと指導が行われていた。
 騎士は帯剣が認められていた。
 それゆえに騎士が持つ力は平民よりも遥かに高く、力を持つ騎士に逆らうものはいなかった。
 平時であればそれは街にとって利となったが、そうではなくない時があった。

 一時期セッツという街は荒れていた。
 荒廃というわけではないが、ガラの悪い連中が幅を利かせていたことは否定できない。
 裏での取引も行われ、安全性の高い街と堂々と言い張ることができなくなっていった。
 そんな街の様相により、ハインの父と母の商店の経営は少しづつ傾いていった。
 まず、母が倒れた。
 気丈な振る舞いで笑顔を保った母は病床で横になる日々が続いた。
 当時のハインはまだ10歳になるかどうか。
 父は今まで母が行っていた分の仕事も行い、時間がなくハインに買い出しを頼むことが多かった。
 その日も、母の薬を含めたいくつかのものを買い出しに出ていた。

「おい、そこのちび。持っているもん置いてけよ」

 10代の後半くらいの男3人組が裏道にハインを押し込み、脅しをかけていた。
 ハインは壁に背中から押し付けられ、囲まれるようにして逃げ場をなくさせられ、ただただ母の薬等が入った袋を抱えることしかできなかった。
 男たちがハインを狙ったのは、遠目から見ても体を鍛えていないように見えるハインが弱そうに見えたからだろう。
 その予想に従うようにハインは弱い。
 3人組なんていざ知らず、1対1であっても勝てないことは火を見るより明らかだった。
 そのことをハインだけでなく、男たちも理解しており、ゆえに先程のような強硬な態度に繋がっているのであった。

 ここでハインに取れる選択肢は主に2つ。
 1つは言われた通りに持っているものを置いて逃げる。
 しかし、母の薬も入っている袋をおいそれと置いて逃げるわけにはいかない。
 そこでもう1つの選択肢。
 それは運良く騎士が通りかかるまで耐えるというものだった。
 2つの選択肢が咄嗟に浮かんだハインは、その中に自身で状況を打開できるものがないことに自嘲の笑みを浮かべた。
 それが反抗的な態度に見えたのだろう。
 リーダーの男が拳を振るう。
 拳はハインの顔横数センチを掠めると、壁にゴツンとそのエネルギーを発散させた。

「ひっ……」

 喉の奥から空気が吐き出される。
 その声色には露骨なまでに恐怖の色があり、男たちはそれに笑みを浮かべた。
 もちろん、上品さとは程遠い、獣のような笑みだった。

「怪我したくないよな? 痛いし、当たりどころが悪ければ死んじまうもんなぁ?」

 リーダーの男が下卑た笑みを浮かべ、ハインの持つ袋を指差しジェスチャー。
 意味するところは、さっさと袋を寄越せ、の9文字。
 もちろん、そんなことはさっきからハインも分かっていた。
 だが、そうするわけにもいかない理由もあった。
 しかし、ハインに状況を変える力はない。
 そんな情けない自分に泣きそうになったその時、幸運がハインにもたらされる。

 ハインの視界、男たちによって塞がれた視界のその隙間に見覚えのある服が見えたのだ。
 それはハインが遊び代わりに眺めていたもの。
 騎士のものだった。
 白の巡回服は毎日眺めていたからこそ、見間違えがなかった。

 ハインにとってそれは憧れであり、そして希望であった。
 弱き者を守り、秩序を守る剣となる騎士。
 ハインはそんな騎士を見ることが好きだった。
 彼らは街を、人を守っている。
 そんな事実に憧れたのだ。
 父と母が日夜働き苦しむ姿は、ハインにとって大きな傷を心に負わせた。
 まだまだ幼い自分には出来ないことばかり。
 父と母を助ける、守ることが出来ないハインは、だからこそ守る力に憧れた。

 そんな希望は、しかし、簡単に打ち砕かれる。
 ビスケットをハンマーで割るよりも容易に。
 希望はあっけなく砕かれる。
巡回中の騎士はハインたちを一瞥すると、そのまま歩いていってしまった。

「……え?」

 自分でも驚くくらいに情けない声が出た。
 騎士には自分が見えなかったのか。
 ハインはそう思ったが、しかし、ハインと騎士は目を合わせた。
 怯えを含んだハインの目は、騎士の氷のように冷たい目と確かに合ったのだ。
 だが、騎士は何事もなかったかのように歩いていってしまった。

「ぷぷぷ、こいつやっぱ馬鹿だなぁ。騎士サマはなぁ、俺らのお友達なんだよ。分かるか?」

 リーダーの男は腹を抱えてひとしきり笑うとハインの頭を掴んでハインの後ろの壁に押し付けた。
 かはっ、とハインは息を漏らすばかりで抵抗なんて出来なかった。
 ハインは滲む視界の中で、男たちの気味の悪い笑顔で理解した。
 男たちと騎士は繋がっている。

 それはこの頃のセッツでは珍しいことではなかった。
 3人組がお金を巻き上げ、それを見なかったことにする騎士。
 見なかったことにする見返りでお金を裏で受け取る騎士、という図はもはや日常の一部であった。
 ハインはそれを理解し、そして同時に絶望した。
 ハインのようなぎりぎり平民と言えるレベルの人間でも守ってくるのが騎士だったはずだ。
 自己の私利私欲や金持ちに傅くのではなく、ただただ騎士の挟持の為に民を守る存在。
 それが騎士だったはずだ。
 ハインが憧れ、毎日眺めていた騎士の姿だったはずだ。

「…………」

 すっ、とハインの腕から力が抜けた。
 騎士が助けてくれないのであれば、もう助かる道はない。
 怪我はしたくないし、この3人組に勝てる道理もない。
 ハインは心で既に平伏していた。
 全てを差し出し、家に帰る。
 転んだと言い訳をし、そして父に怒られるのが自分にはお似合いだ。
 そう言い訳と明るくない未来を展望した。
 袋はどさっと地面に落ち―――

「おい、そこで何やってんだ?」

―――3人組がそれに手を伸ばそうとした時に声が聞こえた。
 声の主は男だった。
 ハインの左側、つまりは通りの方から歩いてきたのは巡回服を着た騎士であった。
 一見すると頼りない男に見えた。
 無精髭とどこか無理をしているような動き。
 正直、騎士というよりもそこらの酔っぱらいに騎士服を無理やり着せたかのような姿。
 騎士服とその雰囲気とがあまりにも不釣り合いなので、失敗した料理を見るような、そんななんとも言えない気持ちが自然と湧いた。

「あー、なんだ? 強盗か? カツアゲか?」

「んだよ、どいてろよ、おっさん! こっちくんな!」

「おっさん!? おいおい、俺はまだそんな年じゃねぇぞ!」

 騎士は必死の形相で否定した。
 それが逆に肯定しているように思えたが、ハインは黙っていた。
 むしろ、ただただ騎士に絶望したハインには口を開く元気などなかったのだが。

「うっせーな、おっさん! 分け前渡せばいいのか? それなら、後で―――」

「―――いらね」

 リーダーがこの日最後に聞いたのはそのたった3文字の言葉だった。
 気づけば自身は床に倒され、そのまま意識が沈んでゆく。
 周りの二人、そしてハインも自体が理解出来なかった。
 今にして思えば、きっとこの騎士は足払いのようなものでリーダーの男を倒したのだろう。
 その動作があまりにも早く、また自然に行われたので誰も動きを目で追えなかったのだった。

「おい!? てめぇ、このおっ―――」

「―――俺はおっさんではない」

 もう一人が倒れた。
 今度はハインともう一人の男にもはっきりと見えた。
 倒された男が騎士につっかかろうと踏み出した足ではなく、軸足を狙っての足払い。
 流れるように倒され、男はそのまま床に自身の顔を叩きつけられた。

「痛ぇええええええ!」

 顔を抑えながら震える足で立ち上がった男は鼻から血を流していた。
 もう一人の男はその姿に怖気づいて、動けない。
 ハインも足に根が生えてしまったように動けなかった。
 自身が置かれている状況が理解出来ていなかったのだ。

「に、逃げるぞ!」

 無事だった男が鼻から血を出し続ける男の背に声を投げかけた。
 鼻から血を出し続ける男は一も二もなくそれを承諾すると、気絶したままのリーダーの男に肩を貸す形でずるずると逃げていった。
 途中、もうひとりの男が肩を貸すことでそそくさと逃げていったが。

「覚えてろ」

「めんどいのは嫌いなんだ」

 吐き捨てるようにして言った言葉に騎士は肩をすくめてから言葉を返した。

 ものの一瞬で静けさを得た路地裏。
 そこにはハインと騎士だけが残った。

「どうして、声を上げなかったんだ?」

 地面に落ちた袋を拾い騎士はそれをハインに手渡した。
 ハインはそれをどう受け取るべきか分からなかったが、迷っている間に騎士はハインに押し付けるようにして袋を渡した。

「騎士に失望したか?」

「っ!」

「そうか……すまない、とは言えないな。俺は悪くないから」

 無精髭の騎士はにこっと巫山戯たようにして笑う。
 それにつられてハインも笑った。
 ハインの笑顔を見て騎士は満足した顔を浮かべると、今度はハインに目線を合わせ、その目と目を合わせた。
 力強い意志が、騎士の瞳にはあった。

「今度からは声をあげろ」

「え?」

「助けて欲しそうな目を向けるな。自分でしっかりと助けて欲しいって声に出せ。そうじゃなきゃ俺はお前を本当に守れないからな」

「…………?」

「ちょっと難しかったか? まあ、いいか。じゃあ、今度は気をつけて帰れよ」

 何かに満足したのか騎士は片手をあげてハインから離れていった。
 その後ろ姿は大きく、ハインは少しの間騎士が去っていった場所をただただ眺めるばかりだった。


4ヶ月前 No.19

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

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4ヶ月前 No.20

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

【10.過去A 騎士】




 ハインが意識を眠りの海から引き上げ、目を覚ますまでの間に感じたのは布団に仰向けで眠る心地よさだった。
 父と母が生きていた時は当たり前に享受出来ていたそれを今がハインにはたまらなく素晴らしいものに思えた。
 失ってからその価値に気づく、だなんてチープな言葉ではあるがハインにとってそれは実感を伴ったものとして確かに感じられた。

「こ、こは……?」

 声は掠れ、自分の喉からそれが出ているとはハインには思えなかった。
 その声に応えるものは部屋にはおらず、物言わぬ家具たちがそれを受け止めるだけだった。

「…………?」

 部屋の中を見回しても見覚えのない場所だとしかハインには感じられない。
 調度品はハインが体を横たえているベッドと服がゆうに数着は入るクローゼット、あとはベッドで眠る人間を看病するための木製の椅子と机が1つずつというところだ。
 窓はあるが、外は既に暗闇に包まれており、四角い黒色としか認識出来ない。
 しばしハインが部屋の中を観察していると、徐ろにドアが開き1人の人物が入ってきた。
 その人物は手にランプを持っており、中ではちらちらと火が揺れている。
 暗かったはずの室内はそのランプの光により、その持ち主ごと照らされる。
 ランプを持つ男にハインは見覚えがあった。
 いつか助けてくれた騎士だった。
 服装は巡回用のものではなく、私服だったがハインはその顔立ちを覚えていた。
 消え行く意識の直前で声をかけてきたのもこの騎士だったような、そんな見た夢が思い出せないような曖昧な感覚だけがハインに残っていた。

「お、目を覚ましたか」

「はい……あなたは……騎士の方……ですよね?」

「おう、そうだ。マグナ。俺の名前だ」

 マグナ、という響きは快活な声色でハインの耳に届いた。
 声の大きな人だ。
それが、ハインが改めてマグナに出会った感じた印象だった。

「ありが……ごほっ! ごほっ!」

「ほれ、まずはこれだ」

 マグナがそう言ってランプを持っていた手と逆の手に持っていたいぶし銀色の水筒をハインに手渡した。
 飲みくちを開け、中身が無臭なことを確認するハイン。
 どうやら水のようだ。
 ハインは受け取ったそれをどうしていいか分からず視線をマグナに向ける。

「喉乾いてるだろ?」

 にかっ、と笑うマグナを見てハインは首を縦に一度振り水筒の中身をぐいっとあおった。
 久々の水分に喉は歓喜し、ハインは今ならば無限に水が飲めるのではないかと錯覚するほどだった。
 30秒程で水筒の中身を空にして、ハインはそれをマグナに返した。
 マグナはそれを嬉しそうに受け取り、手近にあった椅子を引き寄せてベッドに寄り添うように座った。
 そして、ランプを近くにあった机に置く。
 暗闇の中で薄っすらと照らすのはハインとマグナの横顔。

「なあ、お前の名前は?」

「……ハイン」

「そうか、ハインか。良い名前だな。父ちゃんと母ちゃんはどうした? なんであんなとこで倒れてたんだ?」

「それ、は…………」

 ハインは逡巡するように目を左右へ向けた。
 父と母はもういない。
 そして、自分が育った家ももう自分のものではない。
 帰るあてはなく、残ったのは自分の名前しかない、そんな事実に気づいた。

「ん? 言えない事情でもあんのか?」

「僕は……」

 言うべきかどうかギリギリまで悩み、ハインは決心した。
 それはマグナの言葉を思い出したからでもあった。
 声に、言葉にすること。
 それを思い出したからだった。

「僕の、父と母は亡くなりました。家は借金のかたに売られてしまって、僕には行くあてはありません」

 言葉にしてみて初めてハインはすっきりとした感覚を得ていた。
 心の中に抱え続け、どうすればいいのか分からないことだったが、一度認めてしまえば少し楽になった。
 どうしようもない状況であることは変わらないが、しかしそれを言葉にできる程度ではあると思い込めた。
 ハインの告白にマグナは目を丸くしてから頭を下げて言った。

「酷なことを聞いてすまない。だが、事情はわかった」

 神妙な顔でマグナ頷いた。
 マグナがこんな顔もできるのだと、ハインは少し驚いた。
 そして、当然の疑問が頭をもたげてきた。

「……マグナさんは、どうして僕を?」

「助けて欲しいって言ったのはお前だぞ? 忘れたのか?」

 確かに朦朧とする意識の中でハインは助けを求めたような気がする。
 だが、それも気がする、という程度で確たる記憶はない。
 そう言ったと言われれば言ったのだろうが……。

「ま、それだけじゃないんだけどな」

「?」

「なあ、ハイン。お前、騎士にならねぇか?」

「え?」

 騎士。
 降って湧いたようなその単語にハインの意識はついていけない。

「少し前から街の雰囲気が悪くなっただろ? あれ、王様が崩御されたからなんだ」

「ほうぎょ……?」

「あー、分かりやすく言うと、王様が死んで国が色々とごたついてんだ。それで―――」

 マグナの話を要約するとこんな感じだった。
 ハインの家の経営が傾き始める少し前に王様が亡くなった。
 跡継ぎはまだ子供とも言える年齢である9歳の少年ただ1人。
 もちろん彼1人では統治なんてできるわけがない。
 そこで、各地方の領主が後見人になろうと躍起になった。
 後見人になるということ、それは実質的な王権を握るということと同義だった。
 王が成長するまでの期限付きだが、それでも王政を一時期でも握ることができるというのは領主にとってあまりにも魅力的に映った。
 そして、各地方の領主は争うような形で国の実権を手にする為に動いていたのだ。

「だから、領主の管理が甘くなって、街が荒れ始めたんだ」

「そんな、勝手な……!」

「まあ、そう思うだろう。俺もそう思う」

 うんうん、と頷くマグナを見てハイン微妙な顔をした。
 同時に思ってしまうのは、ならばなぜ誰も街を良くしようとしなかったのだろうか、という悲痛な願いだった。

「現領主であるアウリア=イストバーン様は後見人の候補として1、2を争う立場にいた。そこで、街の方を騎士団に任せたってわけなんだが……これが悪手でなぁ……」

 騎士団内部は派閥によって二分されている、らしい。
 平民上がりの騎士と爵位を得るためにのみ所属する貴族騎士。
 双方の理念が違ったのだ。
 騎士個人の利益さえ問題なければ、街がどうなろうが気にしない貴族騎士。
 街の治安を守ることを最優先する平民騎士。
 長いこと騎士を観続けてきたハインにはその両者の違いはなんとなくでしか分からなかったが、それでも騎士っぽい騎士とそうでない騎士くらいの見分けはついていた。
 騎士達は互いに足を引っ張り合い、それはもはや修復不可能なほどの溝を平民騎士と貴族騎士の間につくりあげてしまった。
 ゆえに両騎士の関係は最悪であり、それによりいくらか内部での派閥争いが生じた。
 もちろん、そんなことを領主は想定していなかったし、街の人々にとっては全くもって感知し得ない部分であった。

「んで、俺が平民騎士の代表なんだよ」

「え?」

「王都の騎士団本部にも平民騎士の派閥があるんだが、俺はそこからの出向ってわけ」

「しゅっこう?」

「あー、まー、よーするに俺は王都からセッツに仕事に来てんだ」

 がりがりと頭を掻くマグナはどう見ても代表という立場には見えない、とはハインは口には出来なかった。
 街があのような惨状の中でも、マグナはハインを助けたのだ。
 それだけでハインには十分だった。

 両騎士の溝を確認したマグナはどうするか悩んだ。
 どうすれば平定するのか。
 どうすれば街が平和になるのか。
 どうすれば騎士が本来の役目を全うするのか。
 王都の平民騎士と意見を交換し、考えた結果、マグナは1つの結論を得た。

「領主個人じゃなくて、後見人として騎士団が入ればいいんじゃねぇかなぁ、と」

 騎士団はある種の自治組織だ。
 王の政治的補佐として領主議会が存在し、その下に各地方の貴族が連なる。
 過去から続く封建制度そのままの態勢は、各地方の領主が各地方の特色を活かして発展する一方で、今回のような自体を引き起こした。
 そんな封建制度から離れた位置に騎士団は存在する。
 自治組織である騎士団は治安維持の補佐として王の下に存在する。
 つまり、領主会議とほぼほぼ同じような位置に騎士団は配置されているのだ。
 実態としては、騎士団は街ごとに配置されるので領主と対等とは言えず、その下に入ることがほとんどではあったが。
 しかし、騎士にとっては平民と貴族の扱いに差異はない。
 あくまでも自治組織なのだから、貴族に対する恩など存在するはずはないのだ。
 しかし、貴族の中には武勲という名ばかりで騎士団に所属したという事実だけを求める者たちが居る。
 貴族が騎士団から輩出されていた時期もあり、貴族の中では騎士団に所属することは貴族の男子にとっては通過儀礼となっていることも事実であった。
 彼らは領主とのパイプを作る目的もあり、治安ではなく自身の家ひいては自身の為に騎士になっているのである。
 一方、平民出身の騎士にとってはそんな事情を知ることもない。
 また、平民から貴族になるには大きな武勲を得なければならず、それなりに平定している近年の状況ではそれも難しい。
 ゆえに平民騎士にとっては街を守ることが優先事項であった。
 この2つの派閥の意識の違いによりセッツでは治安が悪くなっている。

 しかし、今回の王の後見人問題として騎士団が入ること以上のことはない。
 王が成長するまでの間、どこかの領主が私利私欲で動き後戻りの出来ない程の状況になるよりも騎士団が後見人になった方が国の平定を維持するには好都合だ。

「それで……?」

「んで、お前を騎士団に入れようと」

「なんで!?」

 全く文脈がつながらない。
 騎士団が後見人になるためになぜ僕が騎士になる必要がある?
 申し出としては嬉しいが、理由が全く分からなかった。
 そんなハインの顔を見て少し面倒そうにマグナは理由を話した。

「若いやつが必要なんだよ。平民の苦しさを知ってる若いやつが、な」

「……でも、そんな中でどうして僕を?」

「うーん、偶然かな」

「ぐ、偶然って……」

「ま、行く当てもないんだろ? 騎士団に入っちゃえよ。年齢的にもうすぐ元服だろ?」

 15歳という年齢が一般的な元服の年齢だ。
 ハインは確かにもうすぐ15歳。
 世間一般的に考えて、15歳という年齢は自分で働き稼ぐ年齢だ。
 行き場がない今のハインにとって騎士団に入団する以上に考えられる高待遇はない。

「で、でも……」

「でも、なんだ?」

「……いいん、ですか?」

「あ?」

「僕なんかで、いいんですか?」

 声は震えていた。
 こんな僕なんかでいいのか。
 ハインはまだ自信が持てずにいた。
 家も、両親もない。
 もちろん体を鍛えていたわけでもないので、騎士が持つ剣を満足に振るどころか訓練用の剣を振ることも出来ないだろう。
 同時に疑っていた。
 自分にこのような良い話が来ること自体が罠だと思った。
 ハインのようなものよりも相応しいものはもっと沢山いるはずで―――

「―――よくねーよ」

「え?」

「だから、俺がしごいてやる。3年で立派な騎士にさせてやるよ」

 その言葉には確かに力があった。
 声に、言葉にするだけの力があった。
 その言葉をマグナが笑顔で言うものだから、ハインはついつい頷いてしまった。
 これが彼の人生を大きく変える出来事のその最初の1歩目だった。

 ちらちらと揺れるランプの光は暗闇の中で確かに輝いていた。


4ヶ月前 No.21

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE



 騎士の訓練は過酷の一言だった。
 平民上がりだから、という名目で訓練が優しくなるわけもない。
 詰め所の4人部屋で日が昇る頃に目を覚まし、訓練に向かい、真っ暗になって戻ってくる頃には半分気を失っている。
 朝は体力作りと称しての走り込みから始まり昼間で模擬戦を行った後に騎士道の座学も行う。
 ハインは父からの仕事で必要なものしか学んでこなかったので、人一倍学ぶ必要があった。
 体力もなく、何度も騎士になろうと思ったことを後悔した。
 そんな日々を4年も続けた。
 4年の間、日々の鍛錬で少しずつだがハインも騎士として様になってきた。
 体つきも細いながらもがっしりとした体となり、騎士の心得も問題なく暗唱できるようになった。

 そして、剣を振る型すら知らなかったハインは、既に一端の騎士と言えるレベルにまで仕上がっていた。
 惜しくもマグナの予定よりも1年ほど遅れたが、しかしその姿は騎士と言って差し支えはなかった。

 彼以外にも平民上がりの騎士候補として何人かいた。
 その中には、イクスという名前の騎士もいた。
 イクスは自身で志願して騎士団の門戸を叩いたようだった。
 行く宛もなく、一度は自身を絶望の底へと叩き落とした街の為に剣を振る練習をするハイン。
 自身で街を守る為に騎士を志望するイクス。
 ほとんど同時期であったのも理由だったのだろう。
 ハインとイクスは互いに互いをライバル視し、二人は常に腕を上げ続けた。
 模擬戦は相手に絶対勝つと意気込み、座学も、乗馬術も、全てが二人にとっては勝負であった。
 騎士団内部ではいつの間にか彼らの勝負が賭けの対象となり、二人は競い続ける日々が続いた。
 結果として―――

「ハイン、そして、イクス。お前たち二人を王都に呼べって騎士団長殿が言っててな」

「「はいっ!」」

 声を合わせて返事をするハインとイクス。
 彼らにそれを言い渡したのは、現在のセッツ駐在騎士団隊長のマグナだ。
 イクスやハインの成長により、セッツでは平民騎士の方が貴族騎士よりも若干ながら優位を勝ち取っていた。
 その流れに乗り、当時駐在騎士団隊長の座が決まらずにいたマグナと貴族騎士の代表であるオリクス=ノーザンビークの隊長就任事情に決着をつけたのだ。
 現在、オリクスは副隊長として貴族騎士を統率している。
 まだ貴族騎士と平民騎士の間に溝はあるが、マグナとオリクスは互いを認めており、少しは騎士団内の関係も良い方に向かっていると言えるのではないかとハインは思っていた。
 実際二人の関係のおかげでセッツでは貴族騎士も自身の利益を追いかけるばかりではなく、他の街の騎士と違い街の人々の為に行動する姿を多く見かけることが出来たのも事実であった。

 そんな中での呼び出しにハインとイクスは浮足立っていた。
 もちろん、マグナはそんなこともなく面倒くさそうに王都からの指令を簡略化して読み上げる。

「ま、あれだ。『宝剣の儀』で宝剣貰ってきてくれ」

「『宝剣の―――!」

「―――儀』ですか!?」

 イクスとハインは驚きながらも復唱した。
 『宝剣の儀』。
 いわゆる『宝剣』と呼ばれるものを下賜される儀式のことだ。
 『宝剣』は普通の剣とは違う、魔剣のようなもの。
 “剣威”と呼ばれる能力を行使することが可能で、それは超常現象と大差ないレベルの能力である。
 騎士団の実力者にのみ与えられるそれは名誉を形にしたものと言える。
 マグナも今回の駐在騎士団隊長の就任と同時に『宝剣』を手にしていた。
 平民騎士で『宝剣』を下賜されたのはイリーナ王国で騎士団が創設されてからの300年の間にマグナを含めてたったの10人。
 歴史を見ても類がない程の大きなチャンスが二人へと提示されたのだ。

「ただし、どっちか1人だけだそうだ」

「どういうことですか?」

 イクスがなるべく平静を装い訊く。
 『宝剣』を得られるチャンスなのだ。
 騎士にとってはそれを目標にするものも少なくない。
 限られた枠ゆえに、名誉なのだ。

「平民騎士であるお前らの力を中央の騎士団に見してきてやって欲しい。模擬戦ってとこだな」

「それはいいんですが……しかし、ハインでいいんですか?」

「どういう意味だよ、イクス」

「そのまんまの意味だよ。君は、なんというか……品性に欠けるところがある」

「オブラートに包んだつもりだとすれば失敗してるぞ、おい!」

 この時、ハインの年齢は19歳となっていた。
 背は伸び、体つきもがっしりしている。
 15歳当時のハインからは想像もつかないほど騎士然とした姿なのだが、性格はそちらに合わなかったようだ。
 なぜなら、元々平民であったハインは人を守ることに意識が強く向かった。
 死ぬ程の経験を得たからこそ、より多くの人を守ろうと考えたのだ。
 そのせいか、誰かを守ることを優先し、規律よりもそちらを優先することもしばしばだった。
 ゆえに、騎士団の厳密さから徐々に外れてしまい、品性も同時に失ってしまったのだとイクスは考えていた。

「全く、君も昔はもっとまともだったというのに……」

「お前みたいになりたくねーと思ったんだ」

 一方のイクスは騎士然とした佇まいが自然と出来ていた。
 体つきは細いように思えたが、その動作は無駄がない。
 日々訓練を絶やすことなく、また精神を乱すことなくしているからこそできることだった。
 イクスはハインとは真逆で、規律を重んじていた。
 規律に従うことで無用な混乱を起こさないように周囲に呼びかける騎士然とした姿は一部で人気者となっている。
 ハインとしてはそれが気に入らない部分だと考えていた。

「僕のようになれないことを、なりたくない、とまるで自分で決めたかのように言うのはどうかと思うよ」

「うるせーな。良いんだよ、俺は俺で騎士やってんだから」

「はぁ……君のような騎士がいるから、平民騎士の地位がこれ以上向上しないんだよ」

「あ! お前、言ってはいけないこと言ったぞ、おい!」

「事実だろう!」

 二人が掴み合いの喧嘩になる寸前、部屋に音が響いた。
 音源へ二人が目を向けるとマグナが手を叩いた音だとわかった。

「お前ら、いつも喧嘩してるな……全く、これで平民騎士のトップ2とは思えないぞ」

 マグナは喧嘩をやめた二人を見て呆れたように言った。
 はぁ、というため息はマグナにとって既に何度目か数えるのも面倒になっている程だった。
 ことあるごとに喧嘩や言い争いをする二人をマグナがとりなす。
 それは騎士団の中でも日常の風景として扱われていた。
 事実から目をそむけるように、あらためて、マグナは念を押す用に2人に告げた。

「出発は明日の朝だ。荷物まとめて、王都へ行って来い」

「「はいっ!」」

 一抹の不安を隠しながら、マグナは堂々と告げた。
 二人の若き騎士が力に道を誤らないことを密かに願いながら。



 王都への道すがら、ハインは考えていた。
 守る、とは何なのかを。
 今回、模擬戦で『宝剣』という力を手にするかもしれないと考えた時にふと思ったのだ。
 守る、とは何なのかを。

「なあ、イクス」

「なんだい、ハイン」

「守るってなんだろうな?」

 二人とも馬を飛ばしながら会話をしていた。
 王都へは馬でだいたい3日。
 今までも二人でいることは訓練等であったが、3日間という長さは今までになかった。
 いつもと違う状況だったからかもしれない。
 ハインはイクスへとそんな疑問を投げかけていた。

「守る、か……」

 馬が風を切り、互いの小さな声は聞こえない。
 だからだろう。
 ハインはイクスの出す答えを待った。
 イクスは考えるのに時間を要するタイプだ。
 深く思考の海に沈むことができると言い換えれば美点かもしれないが、要するに考えすぎているだけだ。
 ハインはそう思う。
 そして、同時に思うのだ。
 イクスならばこういう問いにある程度の答えが出せる、と。
 ハインの中のもやもやを言葉にできるとすれば、イクスしかいないと。
 普段は喧嘩が多い二人であったが、その実、二人はそれぞれに相手を信頼しているのだった。

「そうだね……っと、その前に、そろそろ馬を休めよう!」

「え? ああ!」

 イクスの申し出にハインも頷く。
 そろそろ一度馬を休める必要があったからだ。
 日はまだ沈むという程ではなかったが、しかし夕刻もそう遠くはない。
 近くに見えていた村へハインとイクスは入っていった。
 村は大きいものではなかったが、通行の要所として栄えており、馬を休めるには絶好の場所だった。
 もちろん、人を休めるのも同じだった。

 村は大きくはなかったが、小さくもなかった。
 通行の要所だからだろう、ハインには見たこともないものが多くあった。

「へぇ……」

 ハインは知らず知らずのうちに感嘆の声を上げていた。
 そこでは、終わりかけてはいるが市場が開かれていて、声が飛び交っている。
 季節のフルーツ、珍しい織物、金属製の綺麗な食器等。
 市場は村の真ん中を二分する通りで開かれており、馬小屋に向かうに当たって横目で見るしかなかった。

「ハイン。一応君も騎士なんだから、毅然とした態度を心がけなければ」

「一応、ってなんだよ! ったく……分かってるよ」

 騎士の2人は確かに目立った。
 村には要所なので騎士の駐在所はあるが、その駐在所の騎士たちとハインたちでは服が微妙に違ったからだった。
 騎士は自らの街や村において純白の巡回服を着る。
 しかし、別の街や村に行く場合、その街用の巡礼服を着るのだ。
 セッツの巡礼服は青と白の巡礼服だった。

 ハインとイクスは村に駐在する騎士に従い駐在所で馬を休めた。
 同時に調書を見せたことで、駐在所内の空いている部屋についても使用許可を得た。

 そんな二人は寝るまでに少しだけ時間が出来たので、まだ開いていた市場へと向かった。
 イクスはすぐに休むことを提案したが、ハインは市場が気になったのでどうしても行くと言ってきかなかった。
 そんなハインを1人で行かせるわけにもいかず、イクスは付いて行くこととしたのだった。

「いやぁ、賑わってんなぁ」

「全く君は……」

「いいじゃんかよ。これも経験だよ、経験」

「何が経験だ。君の欲望を満たしたいだけだろう?」

「あー、やっぱ俺お前にならなくてよかったわ」

「だから、僕と同じようになれないのに……って話聞いてる!?」

 ハインは手当たり次第にいろいろな店を覗いてみた。
 食べ物やアクセサリー等が売られている中で親の都合で働いている子供も少なくはなく、ハインは少し遠い目をしていた。

「ハイン?」

「ん、ああ、なんでもない……」

「そうかい?」

「……ああ」

 イクスは歯切れの悪いハインの解答に疑問符を感じながらも考えないことにした。
 ハインはたまにこんな風な顔をする。
 それはきっとハインの過去に関係しているのだが、イクスはハインの過去をマグナから又聞きした程度にしか知らない。
 おそらくハインが直接イクスに自身の過去の話をしなかったのは、きっとハインにとってイクスが対等だと思いたいからなのだろう。
 過去がどうあれ、騎士団に入団した日からハインとイクスは対等なのだ。
 きっとハインがそう考えているのだと、イクスは考えており、だからこそハインがそんな風な顔をしている時には深く踏み込まないことにしているのだった。

 宿舎で馬を休め、騎乗により凝った筋肉を風呂で解したハイン。
 あてがわれた部屋に戻ったハインに、先に体をほぐした後いつの間にかに村で買ったフルーツを手渡すイクス。

「おお、さんきゅ」

「オレンジは疲労によく効くからね」

 それぞれのベッドに腰掛け、しばし無言で食す二人。
 少しして、イクスが口を開いた。

「守るってことだけど」

「ん? おう?」

「僕は、力のない人を力がある人が救うこと、だと思う」

 イクスはずっと考えていたことをひねり出すようにそう言った。
 ハインは耳朶を震わせたイクスの言葉を脳内で噛み砕く。
 強いものが弱いものを救うことが守るということ、なのだろう。

「じゃあ、それって、いつも強いやつが守るのか?」

「? 何を言ってるんだい? 当り前じゃないか」

「まあ、そうか……」

 イクスの返答にハインは少し腑に落ちない感じがした。
 それを言葉にするのが難しく、ハインはもやもやした。
 何かが違うと思うだが、しかしイクスの言葉に同調する部分もある。
 きっと、イクスが言うというのが嫌なのではないか。
 などと益体もないことを考え始めたあたりでイクスが言葉を重ねた。

「僕らは騎士だ。守らなきゃいけない。だから、もっと強くなきゃいけないんだ」

「……ああ」

「王都での模擬戦は正々堂々、やろう」

「ああ」

 目を合わせ、意志を確認し、ハインは拳を作った腕を前へ。
 イクスもその拳に合わせるように腕を伸ばした。
 こつん、という小さな音は二人の耳に確かに届いたのであった。

4ヶ月前 No.22

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

【11.過去B 護衛】



「はぁ、全く……どうしてなんだろうね」

 イクスは馬上でそう言葉をもらした。
 前へと向けた視線の先には、幌付きの馬車が1つ。
 馬車には御者が1名のみで、その前には騎乗したハインが少し楽しげに御者に話しかけている。
 ルートは王都へと遠回りするような道筋で、間に合うと思われるが、本来であればイクスもハインもこのようなことをしている場合ではない。
 イクスは再度、はぁ、とため息をついた。



 ハインとイクスが村に着いた次の日の朝。
 二人は再度王都を目指す為に起床した。
 訓練時代の癖か、朝早く起きるのが癖になっていた二人はすぐに支度を終える。
 しかし、駐在している騎士に黙って出ていくのはさすがに忍びないとイクスが言うのでハインは仕方なく日がある程度昇るまで出発を待つことにしたのだった。
 とは言っても、のんびりと日が昇る様を眺めるようなこともなく、二人で模擬戦をしているうちに朝食の時間となり、そのまま駐在所で朝食をごちそうになった。
 パンとスープ、あとはベーコン程度の食事というには質素なものであったが、そんなものだとハインは納得していた。
 流通の要所であるので、それなりに豪華なものが出るかと思っていたが、そんなことにお金を使える程騎士団にお金が降りてくるわけもないと考えたからだった。

「さて、行くか」

「そうだね。ありがとうございました!」

 朝食を終えたハインとイクスは一晩休めた馬にまたがると駐在所を後にする。
 駐在所の隊長騎士は、王都からの帰りにも寄ってくれれば、と言ってくれた。
 二人はそれに、是非とも、と返し村を出ていこうとしていたところだった。

「どうするんだ?」

「とは言っても帰らないわけには……運良くというのは?」

「そりゃあ、難しいだろう。時期が時期だぞ?」

「しかし……」

 村の出口付近で、何やら口論が行われていた。
 二人の男性だ。
 1人は商人風の痩せ気味の男。
 脱いだ帽子を胸元に、もうひとりの男へ相談している風だ。
 もう1人の男は背の低い太り気味の男。
 こちらは相談の内容に難色を示しているようで、眉を寄せたその顔色を見ればそれは誰にでもわかった。

「イクス、あのさ」

「駄目だよ、ハイン。僕らは王都へ行かなきゃいけない。遅れるわけにはいかないだろう?」

「でもなぁ……」

 馬に乗ったハインとイクスの姿を見つけたのは、困った顔を周囲に向けていた太り気味の男だった。
 二人は当然騎士服だったので、太り気味の男は恭しく声をかけてきた。

「あの、騎士様方。少しお話をお聞きいただきたいのですが……」

「すみません、僕らは―――」

「―――いいぜ」

「ハイン!?」

「ありがとうございます!」

 イクスの静止が聞こえなかったように、ハインは馬の足を止めると、ひらりと馬から飛び降りる。
 がしゃん、という鎧の音が耳に響く。

「で、どうしたんだ?」

「それがですね……」

 太り気味の男が話し始める頃には、隣にイクスが並んでいた。
 二人が聞くには、要するに帰路での護衛がいないとのことだった。
 普段であれば冒険者に護衛を依頼することが多いのだが、今回は村の冒険者に護衛を募ったところ誰も護衛を受けてもらえなかったという状況らしい。
 というのも、昨日の今日での依頼なので、随分と急であったのも原因のようだった。

「というわけでさぁ」

「なるほど……えっと、なんでそんなすぐに村を出なきゃいけないんだ? 冒険者が揃ってからでも良いんじゃないか?」

「ハイン」

「話聞くだけだって……」

 小声でたしなめるように名前を呼ぶイクスにハインは鬱陶しそうに手を振る。
 イクスはそんなハインの態度に、はぁ、とため息をついていた。
 そんなイクスを無視して、ハインは馬車の主である痩せ気味の男に目を向けた。
 どうも、この男性が自身の村に帰りたいとのことのようだ。

「ああ、騎士様! 私は、ヤノルと言うものです。早急に村に帰らなければならならず……」

「ああ、それはさっき聞いた。なんでなんだ?」

「娘が、病で伏せっている娘がいるのです」

 男は悲痛な表情で理由を述べる。
 いわく、男には娘がおり流行病に罹っているらしい。
 薬は村では用意ができず、流通の要所であるこの村に買い付けに来たらしい。
 本来であれば往復で冒険者を雇うつもりだったのだが、状況が状況なだけにひとまず行きは冒険者を雇った。
 しかし、帰りの分の冒険者を雇うことが出来ていなかったのだった。
 行きに雇った冒険者は昨日の時点で既に別の村へと向かっていったようだ。

「なるほど、な……イクス」

「ハイン、まさか、僕らで護衛するとか言わないだろうね?」

「お、分かってんじゃん。じゃ」

「じゃ、じゃないよ! 予想はしていても、それを受け入れる訳がないだろう!」

「だけど、困ってるじゃん?」

 ハインは何を言っているのか、というように首をひねる。
 確かに困っている。
 だが、ハインとイクスには何をおいてもしなければならないことがある。

「……ここの駐在騎士に頼むしかないだろう。それで良いかい?」

「うーん……」

「それだと難しいのです」

 ハインがイクスの言葉に納得しようとしていたところに静止の声がかかる。

「なんでさ?」

「騎士の方でしたら、騎士団の詰め所に行きましたよね? 現在、この村の騎士様は外に出ておりまして……」

 ヤノルの言葉ではどうも護衛に回せる程の駐在騎士がいないとのことらしい。
 実際、二人も朝食の際に見かけた騎士は3〜5名程度。
 駐在所であれば1小隊である12人程がいるのが普通だ。
 このような流通の要所になるような村であればなおさらだ。

「どうも、数日前に同様に護衛として騎士様のお力を借りた方がいるようで……」

「なるほどね。それで今まさに村を出ようとした俺たちを見て声をかけた、と」

「はい、そうなのです」

 ハインはちらりとイクスの横顔を伺う。
 イクスはその視線に気づいて、首を横に振った。

「わかりました。俺らで護衛しますよ」

「ハイン!?」

「分かってるよ、イクス」

「分かってないだろ!? 何を言っているんだ、君は!」

 ハインと王都に行け、と言われた時点である程度覚悟していたのだが、まさかここまでとは、とイクスは呆れていた。
 一方、ハインの目に迷いはない。
 それは自分たちにしか出来ないことだという思いもあるのだが、おそらく重なったからなのだろう。
 母の薬を届けていた自分とこのヤノルという男性が。
 イクスはハインの目を覗き込み、意地でも意見を変えないという色を見る。
 公書には、二人で来るように記載さている。
 自分一人が行っても、駄目なのだ。
 こうなれば護衛をさっさと済ませて王都へと向かうのが最善だとイクスは諦め気味にそう考えた。
 そんなイクスの意志が分かり、ハインは笑った。
 なんだかんだで付き合いが良いのがこの同期の騎士なのだ。
 空は既に朝の明るさに満ちており、どこまでも青く続いていた。



「で、村はどの辺なんですか?」

「ええ、王都の近くではあるんですが……」

 ヤノルさんと地図を確認するハインとイクス。
 地図を確認する限り、王都とこの村との間に位置しているようだが、王都へ迂回するようなルートになりそうだった。
 そのルートを選んでも召喚命令が出ている日にちまでは間に合うのだが、何か事故や不測の事態があれば遅れることは必須。
 イクスとしてはあまり推奨したくない。
 だが、ハインはやる気だ。
 こうなった場合のハインは大概言うことを聞かない。
 マグナ師匠が言えば別なのだが……。
 イクスは何度目かになるため息をつく。

「どうした、イクス? 悪いもんでも食べたか?」

「いや、ちょっとね……」

 イクスとしては、いつかハインがどでかい問題行動を行うような予感がしていた。
 それは結果として的中するわけなのだが、今のイクスには具体的にどんなものか分かるはずもない。

「よし、じゃ、行くか。ルートは北回りでヤノルさんの村に寄ってく感じで。俺が前、イクスが後ろって感じで良いか?」

「それで良いよ……全く……」

「まだ文句言ってんのか? いいじゃん、俺らで守るってことで」

「そういうことじゃないんだよ、ハイン……」

 決まりを守ること。
 規律に準ずること。
 そうすることで世界は回る。
 例えば、誰もが殺人には罰則というルールを守っているのは、ルールを守っているから成立するのだ。
 ルール有りきで世界は動く。
 そうでなければ世界は混沌が渦巻くだけのおもちゃ箱だからだ。
 僕らは人間だ。
 だから、ルールを作ってそのおもちゃ箱の中でぶつかり合うことがないようにしているのだ。
 勝手にルールや規律を破ることは推奨される行為ではない。
 イクスはそう考えながら、ヤノルさんと談笑しながら出口へと向かうハインを眺める。
 彼は果たして自分の行動の意味を考えたことがあるのだろうか。
 少し眩しい陽の光に目を伏せると、イクスもヤノルさんの馬車の後ろに付くように馬を前へ進めた。

4ヶ月前 No.23

削除済み @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

【記事主より削除】 ( 2017/07/09 16:04 )

4ヶ月前 No.24

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE



 ハインは張り切っていた。
 今のところ、敵影はなく安全だ。
 安全はいいことだとハインは思う。
 誰もが当たり前のことを当たり前に享受できる、そんな安全で平和な状態。
 その安全や平和を守るのが騎士であるハインの仕事なのだ。

「大丈夫でしょうか……?」

 御者台に乗ったヤグルが左右を交互に見て、ハインに話しかける。
 ハインは少し馬の速度を落として、ヤグルに並ぶようにする。

「大丈夫ですって。俺と、イクスで守るんで、ヤノルさんは娘さんの心配でもしていてください」

 にかっ、と笑いかけてからハインは再度馬を前へと戻す。
 誰かを守るのだ。
 自分が理想の騎士に近づいている。
 そんな予感だけでなぜか胸の中が熱くなる。
 訓練ばかりの日々も充実していた。
 隊のみんなで護衛任務もやったことがある。
 けれど、自分が先頭に立ち、人を守るのはまた違った感覚をハインに与えていた。
 期待なのか、慢心なのか、そんなのは分からないがハインは何があってもヤノルを守ろう。
 そう再度思った時に、魔物が左右の林から飛び出してきた。



 このあたりに出る魔物は、ルプスと言う魔物であった。
 4足歩行で牙が生えそろった大きめの犬程度の魔物ではあるが、ルプスは何よりも集団で行動することに長けていた。
 1匹見たらだいたい10匹が同時に襲ってくる、と言う程の魔物ではあるのだが騎士団にとってさほど脅威となる魔物ではない。
 それは、騎士団もちゃんと陣形や連携を行うことで対処出来るからだ。
 もちろん、騎士団の1個小隊は12人で、6人ごとのチームになる陣形や、4人一組での陣形もある。
 その中には、二人一組での陣形もあるのだが、左右から挟撃された場合、二人しかいないハインとイクスでは各々で対処するしかなくなるのであった。

「ハイン、右!」

「了解!」

 飛び出してきたルプスは10体。
 馬車の左右に5体づつ出てきており、御者であるヤノルを食い散らかそうと飛びかかってくる。

「ひ、ひぃぃぃぃ!!」

「荷台の中に入って!」

 イクスの的確な指示に従うしかないヤノルは御者台から荷台へと飛び移る。
 その間、ハインとイクスは馬を飛び降りながらルプスへと斬りかかる。

 ハインが斬りかかったルプスは空中へと飛び上がり、今まさに御者台へと飛び降りようとしていたヤノルめがけていたものだったので、簡単に半分に切り裂けた。
 ハインが地面に降り立つと同時に半分になった死体が地面へとぼとりと落ちる。
 そんな様子を見て、馬車から見て右側のルプスは警戒の色を示した。
 残る数は4体。
 とは言っても、ハインが1人で相手とれる数にも限度がある。
 反対側ではきっとイクスが同様にルプスと睨み合っているだろう。
 ハインは負けじと剣を正中に構えた。
 魔物は人間を狙う。
 殺しやすそうなものから狙うその習性を考え、ハインは剣を構えたまま真正面から突っ込む。
 ハインが斬りかかった一体は後方へと体を飛ばす。
 そうすることで、ルプスはハインを囲むようにして陣形を作ることに成功した。
 魔物にとって人間以外に殺すこともない。
 ゆえに、4方向からハインへと飛びかかった。



 イクスは丁寧に剣を振る。
 1対1になるように目の前の敵に集中しながらも視野を広げる。
 ゆえに、イクスは近くのルプスをさっさと斬り捨てると、流れるようにして次の敵へと向かっていく。
 もちろん、仲間がむざむざとやられていくのを見過ごすこともなく、後ろや横から飛びかかるルプスたちなのだが、イクスにはそれが見えていた。
 要するに、対処の順番なのだ。
 イクスはそう思う。
 騎士として練習した型と敵の状況。
 それを合わせるだけだ。
 ゆえに、順番を考えること。
 つなげることの出来る型には限りがある。
 イクスはそれを脳内で組み立てて、順繰りに剣を振っているだけなのだ。
 特別なことはしていない。
 が、そのあたり前のことのレベルが非常に高い。
 それがイクスの剣であった。
 もちろん、ハインのような型破りばかりの剣に対処出来ないということもなく、むしろハインのような型破りとばかり練習しているせいで身についた技だと言えた。
 最善の動きを最短で行うこと。
 だから、剣を振るイクスは常に冷静でかつ丁寧だ。
 気づけば5体いたはずのルプスは全て斬り裂かれ、骸をただ残すばかりだった。
 ふぅ、と息をつき剣を振って血を落とすイクス。
 彼はすぐに息を整えると反対側へと声をかけた。

「ハイン、こっちは大丈夫だよ!」

「……っ! ちょっと待ってろ!」

 ハインの声には少しの苛立ちがあった。
 イクスは反対側へと向かうか迷ったが、すぐに意識を切り替える。
 きっとハインなら大丈夫だろう。
 仮にも騎士なのだ。

「ヤノルさん! 馬車を進めてください! すぐに追いつきます!」

 イクスの言葉にヤノルはのろのろとした動きで御者台へと座る。
 魔物に襲われて平静でいろという方が無理なのはイクスにはわかっているので、怒ることなく冷静に指示を続ける。

「もうすぐで林を抜けます! 僕とハインはすぐに魔物を倒すので、先に!」

「し、しかし! 林を抜けた先に魔物がいるかも……」

「っ! ハイン、僕は先に行くぞ! いいかい!?」

「ああ! 先行ってろ!」

「そういうことです! 馬車を、早く!」

 イクスもすぐに馬へとまたがろうとした。
 が、ふと気になってハインの方へと目を向ける。
 そこには既に命を終えたルプスが5体とハイン、そして大型の魔物がいた。

「ハイン!?」

「いいから、早くいけ!」

 大型の魔物、ウルスであった。

4ヶ月前 No.25

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

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4ヶ月前 No.26

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

【12.過去C 模擬戦】



 次の日の朝、二人は村を出発した。
 鎧の下に包帯を巻いたハインは見た目だけは無事に見えたが、その実体はボロボロであり、安静にさせるべきではあった。
 しかし、本人がどうしても王都へと行くと言い張り、イクスとしては気が進まないが模擬戦の招集対象は二人なのだ。
 二人は再度王都へと馬を走らせた。

「ハイン、昨日はすまなかった……あんなに怒鳴るつもりはなかったんだ」

「ん。ああ、いいって。過去は忘れようぜ」

 ぎこちない笑顔を浮かべたハインを見てイクスは胸が傷んだ。
 痛みに耐えるハインをやはり休ませるべきだったのではないか。
 事情を説明すれば数日くらいは待ってもらえるのではないか。
 後悔の念はしかし、しっかりと前を向くハインにはきっと無意味なのだろう。
 イクスは気持ちを切り替えるようにして、王都のある方角へ目を向ける。

 結局、二人が王都に着いたのは日が暮れるかどうかの時間だった。



 王都は遠目からみても美しい街だった。
 外敵から守るために反り立つ壁は白く、そして高い。
 街の真ん中を川が横切っているのだが、街の大きさから大きいはずの川があまり大きく見えない。
 中に入れば、夕暮れ時だというのに王都は人で賑わっていた。
 いろいろな地方から多くの人が行き交う王都は静かな場所などないように思える。
 日が昇っている間、この街は常に動き続けているのだと錯覚出来る程に人の往来が頻繁に見えた。

 そんな王都に着いた二人を出迎えたのは、騎士団団長の秘書役の女性だった。

「イクス様とハイン様ですね? お待ちしておりました。私、団長様の秘書役のセリカと申します」

 きびきびとした口調のセリカは二人を騎士団の本部へと案内した。
 おそらく実務が相当に忙しいのだろう。
 王の後見人として騎士団が入ってから約2年。
 騎士団の仕事は増えるばかりらしい。
 だからこそ、今回のような模擬戦で実力者を集めようという話の運びになったのだとイクスは考えていた。
 『宝剣』はエサではあるが、実際のところ『宝剣』を手にできるほどの実力者を騎士団本部で求められているのではないかと。

 二人は西側の門から王都へと入った。
 騎士団の本部は街の北側にあるので、街を回るようにして北側へと移動する二人。
 夕焼けの赤が街の白い建物を赤く染め始める。
 その様子は1つの絵画のようで、ハインは思わず見惚れているようだった。
 そんな赤色が街を覆う中、ひときわ赤い色が特徴的な騎士団の本部の建物は遠目にも目を引いた。

「こちらでお待ち下さい」

 セリカはそう言い残すとイクスとハインを騎士団本部の入り口前に待つように言い残す。
 二人が乗ってきた馬は門の近くで検問をしていた駐在騎士に預けていたので二人は徒歩で移動していたのだった。
 ハインは先程から王都に興味が深々という感じで、キョロキョロと周囲を見回している。

「ハイン、落ち着くんだ」

「いや、だって、見たことねーもんばっかだしよ」

「君のそういうところが平民なんだ……僕らは騎士だぞ?」

「分かってんよ。にしても、でけぇな」

「ああ、騎士団本部の話は聞いていたが実際に見れば話以上だ」

 赤い建物は日の光を浴びてなお美しかった。
 堂々とした佇まいとその強固さが見た目からも伝わる。
 今は赤く染まっているが本来は白色で出来た王城が東に見え、そのコントラストで互いが映えるようになっているようであった。

「すげぇな……」

「驚いていただけて光栄の至りだよ」

「!?」

 ハインは自らの独り言に返事があったことに驚き振り返ると、目の前には純白だがところどころ金色の刺繍の入った騎士服に身を包んだ男とその少し後ろにセリカがいた。
 騎士服の男は柔和な笑顔を浮かべていたが、その瞳は鋭い。
 一瞬で二人は男が只者ではないことを察知して、息をつまらせた。

「騎士団長のルイス=エンハンスだ。よろしく、イクスくん、ハインくん」

 にこやかな笑顔でそういうルイス騎士団長。
 声色は瞳に反してゆるいもので、呆気にとられた二人は少しの間を置いてから慌てたように答えた。

「「は、はい!」」

「うん、元気がいいね。じゃ、行こうか。もうすぐ暗くなってしまうしね」

 ルイス騎士団長はそう言うと二人を建物の奥へと案内し始めた。
 セリカはルイス騎士団長の数歩後ろを歩く。
 まるでここが自分の定位置かと言いたげな風であった。
 そんなセリカに付いて行くように二人は歩き出す。
 騎士団本部を警護する騎士はルイス騎士団長に敬礼をし、それにルイス騎士団長は、ありがとう、と言いながら通り過ぎていった。
 その佇まいは先程の眼光からはかけ離れた程に気の抜ける様子だ。

「なんか、普通に良い人っぽいな」

「ルイス騎士団長は平民から貴族へと成り上がった凄腕なんだ。あの余裕や自然体な姿は自信があるからなんだろうね」

 二人はルイス騎士団長についていきながらそう小さな声で会話をする。
 イクスとハインの二人からは見えなかったが、ルイス騎士団長に聞こえていたようで小さく笑みを浮かべていた。

「二人は、王都は初めてかい?」

「はい! 仰る通りです、騎士団長殿」

「ははは、イクスくんは固いねぇ。ハインくんはどうだい?」

「そうですね、俺も初めてなんで色々気になる感じです」

「ハイン! 騎士団長殿になんて口の利き方を―――!」

「いいよ、いいよ。街自体も綺麗だが、騎士団本部も綺麗だろう? 昔はこちらに王様がいらしていてね」

「へぇ……」

「だけど、新たに王宮を作るって話になってね。そのままこちらは騎士団の本部になったんだよ」

 ルイス騎士団長は王城と騎士団本部を指差しながら説明する。
 その指の動きハインは、へぇ、とか、ほぉ、とか言いながら頷く。
 きっと分かってないんだろうなぁ、とイクスは内心で思いながらちらっと横目でハインを盗み見た。

「さて、こちらだ」

 騎士団本部の入り口から中へと入ると大きな噴水のある広場に出た。
 ある程度の地位を持つ人間も訪れる為、景観にも気を使っていることがハインにはわかった。
 そんな広場を右に見ながら左の方へ向かうように言うルイス騎士団長。
 そのまま今度は広場の左側にある大きな門のような建物をくぐる。
 そうすると大きなコロッセオのような場所に出た。

「ここは……?」

「修練場さ。君たちにはここで模擬戦をしてもらう」

 ルイス騎士団長は腕を広げて振り返った。
 ハインとイクスは自然と身を震わせていた。
 騎士団本部での模擬戦。
 おそらく一生で一度あるかないかの経験であることを二人はようやく実感したのだ。
 そして、二人が宝剣をかけて戦う場所であることも。

「模擬戦は明日からだ。今日は部屋でゆっくりするといい。特に、ハインくんはね。さて、セリカ、案内を頼む」

 ルイス騎士団長はそう言い、セリカに案内を引き継ぐ。
 セリカは何事もなかったかのように、こちらへ、と言いながら腕で行き先を示す。
 1人別方向へと向かうルイス騎士団長をハインとイクスは眺めるしか出来なかった。

「……俺、動き変だったか?」

「いや、見慣れてないと違和感なんて気づかないと思うけど……」

「そうか……まだまだだな」

「そう、だね」

「ハインさん、イクスさん、こちらへ!」

 先を行くセリカが二人に声をかけた。
 ハインとイクスは振り返り、セリカについて行く。
 二人に夕暮れはどこまでも遠く見えた。



 二人がセリカに案内された部屋は別々の部屋だった。
 騎士団本部には宿舎があり、それは修練場の真向かいに存在していた。
 鈍い白色の建物は2階建てで部屋も多くあることが外から見てもわかった。
 そんな宿舎の異なる部屋に二人は案内された。
 部屋に入る夕暮れの明かりは徐々に弱々しくなり、夜の帳が落ち始めていた。

 そんな中、ハインは1人、部屋で暇を持て余していた。
 明日は模擬戦だ。
 怪我もあるので寝たりでもして過ごすのがハインにとっては最も良い心持ちで模擬戦を迎えることができるだろう。
 だが、人生において初めての王都だ。
 明日から模擬戦の後は宝剣の儀。
 そして、全てが終われば王都とはおさらば。

「王都、見て回りてぇなぁ……」

 そうは思うが、ベッドに横になり外を眺めてもどんどんと暗くなる一方。
 それに対抗するように騎士団の宿舎の各所には明かりが灯り始めた。
 賑やかさよりも落ち着いた雰囲気を感じされる明かりは、特別な鉱石によるものらしい。

「あー、街行きてぇ……行くか! っ痛ぇ……」

 がばっと起き上がったハインは体の痛みに再度ベッドへと倒れ込む。
 傷はなかなか治らない。
 このままだと明日の模擬戦も普段の半分かそこら程度の力しか出ないだろう。
 各地方から猛者が集まっている中で、それは致命的だった。

「はぁ……寝るか……」

 眠るまでの時間はそう長くなかった。
 気づけばハインは目を閉じ、暗くなる部屋の中で静かに寝息を立てていた。

4ヶ月前 No.27

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE



 模擬戦当日。
 ハインとイクスは騎士服になり、修練場へと足を運んでいた。
 修練場の中はコロッセオのような観客席が円形に広がる空間であった。
既に何名かの騎士は修練場で準備運動を開始していた。

「ハイン、大丈夫かい?」

「ん、ああ。まあ、なんとかなるだろ」

 適当な調子のハインにイクスは心配そうに目を向けたが、それを疎ましく思ったのかハインはイクスから離れていく。
 どうやら、離れたところで準備にかかるようだ。
 友人、とは言っても今日は敵なのだ。
 迂闊に手の内を明かすわけにはいかないのかもしれない。
 イクスはそんなことを考えていた。
 実際のところ、ハインとしては動きの鈍さをイクスに見られたくないだけだったのだが。

 程なくして、修練場にルイス騎士団長が現れた。
 騎士団長は修練場を見回し、声を上げた。

「諸君! 本日はよく集まってくれた! 君たち42人の騎士たちの中から本日『宝剣』を手にする騎士が選ばれる! 心してかかるように!」

 『宝剣』という単語に修練場の騎士たちは浮足立った。
 力と栄誉の象徴である『宝剣』。
 それを手にした自分を想像するだけで、騎士であれば舞い上がってしまうだろう。
 イクスは、よし、と言い聞かせるように気合を入れた。
 本日も天気は快晴。
 模擬戦日和であった。



 模擬戦は順調に進んだ。
 もちろん、ハインとイクスが勝ち進むという意味でだ。

 模擬戦は修練場を4つに区切った中で1対1の試合という形で行われた。
 それぞれのグループで総当たり戦を行い、もっとも勝利数の多いものがグループのトップとして、別のグループのトップと戦う。
 そんなルールの中で、ハインは傷をかばいながらではあったが、その型にはまらない剣さばきと痛みを耐え抜く精神力で次々と相手の騎士を打倒していく。
 一方のイクスも華麗な剣さばきで相手の騎士を倒し続ける。

 朝から始まった模擬戦をいつの間にか王都に暮らす騎士たちが眺めていた。
 小隊の隊長や中隊長たちはここでどの騎士に声をかけるのかを品定めしているのだ。

「あの、金髪の……イクスという騎士、平民騎士にしては剣さばきが鋭いな。昔のルイス団長を彷彿とさせる」

「ええ、マグナ小隊長の秘蔵っ子のようで」

「ほぉ……セッツはマグナ小隊長が駐在騎士の長になってから落ち着いたと聞いたが、なるほどあれほどの平民騎士がいるなら納得だ」

 イクスは彼らの中でも際立つほど剣筋が綺麗であった。
 それは彼の修練の結果であり、またマグナが教え、育てたからであった。
 この時点でマグナの想定していた成果は既に得ていたといえるだろう。

 一方で、ハインはその傷もあり、ぎこちなさと気合を混ぜ合わせた剣さばきで騎士を圧倒する。
 その戦績はイクスにも達する程ではあったが、しかし、小隊長および中隊長には気に入られなかった。
 彼らは騎士だ。
 それも貴族騎士であり、求めるのは美しさとそれに付随する強さだった。
 ゆえに、泥臭くも気合で戦うハインは彼らの目には気に入らないものであった。

 そして、イクス、ハインを含めた4名が各グループのトップとなった。



 最後の模擬戦は勝ち抜きでの1対1であったが、その前に日が天の中央にまで来ていたので昼ごはんの時間と相成った。

「すげぇな、あんた!」「名前は!?」「どうやって修練してるんだ!?」

 1人盛大に息を吐きながら観客席へと向かうハインに対して、なぜかイクスの周りには人だかりが出来ていた。
 どうも彼の剣が多くの騎士を魅了してしまったようだった。

「え、えっと……」

 あまりの人の波にイクスは困ったような様子であった。
 彼は自分の剣がそこまですごいものだとは思っていなかった。
 憧れのマグナにはまだ遠く、修練がもっと必要だと思っていたからだ。

 目でハインを探すイクスにハインは手を振って観客席へと向かった。
 調子は相変わらず悪く、7割か8割程の力で動き回ってなおキツイ。
 ハインはなるべく涼しげな表情を保ったまま観客席で水を配る騎士から水を受け取った。

「ありがとう」

「い、いえ……あの……」

「ん?」

「あの方は?」

「ん、ああ、イクスのことか」

「イクス、という方なのですね」

 紫の髪の女騎士はハインからイクスの名を聞くと、胸元でぎゅっと小さく拳を握った。
 どうもあいつは人を惹きつけすぎるところがある気がする。
 今度注意してやろうか、いや、やめとくか。
 イクスの困った姿って貴重だし。
 などとハインは考えながら、適当な席で水を飲むことで気を落ち着かせた。
 まだ、守るための力を得る為には倒さないといけないやつがいる、とそう思いながら。



 ハインはあっさりと敗北した。
 元々ボロボロの体なのもあったが、イクスとハインを含めて集まった騎士たちは強く、万全の状態のハインであっても勝率は五分というところだっただろう。
 敗北したハインは最初自身の敗北が理解できず、倒れた体を起こそうとしたが動かなかった。
 既に限界に達していた体は動くことを拒否し、彼を医務室へ送り届けることを抗うことなど出来なかった。

 『宝剣』を手にしたのが誰か。
 ハインはそれを誰かに聞く前に分かっていた。


4ヶ月前 No.28

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

【13.過去D 喪失】


「で、戻ってきたのはハインだけか」

「……ああ」

 イクスは『宝剣』の儀を行った後、そのまま王都で交流会へと参加していた。
 ハインはそんなイクスを置いてすぐにセッツへと戻った。
 セッツへと戻るハインをイクスは止めようとしたが、ハインが強引に戻ったのだ。
 敗北した自分がいては、イクスも気を使うだろうから。
 そう言い訳をイクスへと突きつけたが、実際のところは自分の弱さが嫌だったからだとハインは気づいていた。
 自分よりも力があるイクスを目にすると、胸の奥にある黒い部分が疼いてしまう気がしていた。

「ったく、人助けしたせいで全力出せなかったって……まあ、いい。なにはともあれ任務ご苦労だったな」

「あー、死ぬかと思ったぜ。もう王都なんてこりごりだね。死んでも行かねぇ」

「まあ、そう言うな。またすぐに行くんだし」

「……は?」

「任務だ、ハイン。王都への危険人物の護送任務、俺も行くから隊のやつらに声をかけといてくれ。あと、行くのは、ユーバ、テンカ、リネル……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺、体ボロボロなんだけど!? 死にそうなんだけど!?」

「途中の村で休んだだろ? それも勝手に。馬でかかる日数とお前の行動日数が合わないからな」

「うっ……バレてたか……へいへい。了解、了解」

 ハインは仕方なくそう言いながら笑顔で部屋を出ていった。
 敗北して、しかも勝手に帰ってきた。
 普通であれば怒られたり受け入れられなかったりするものだとハインは思っていた。
 少なくとも、自分だったら怒鳴り散らすと思う。
 だがマグナは、ご苦労だった、と言ってくれたのだ。
 ハインはまだ体に残る傷があるにも関わらず軽い足取りで騎士たちを呼びに廊下を進んでいく。



「そうか、イクスか……」

 マグナは1人隊長室の高価な椅子に背を預けながら天井を眺めていた。
 ハインとイクス。
 どちらが『宝剣』を手にするかは分からなかったのだが、ハインがその手に『宝剣』を手にする可能性もあったはずだ。
 しかし、現実はイクスが勝利した。
 イクスはおそらく王都でも人気だろう。
 自分が基礎から教えたことも含め、イクスには本質的に騎士の素質があるのをマグナは知っていたからだった。
 『宝剣の儀』が終わっても交流会がある。
 王国の騎士団の小隊長、中隊長、ひいては団長とのパイプ作りの為だ。
 場合によってはそのまま貴族の娘なんかも紹介されることもある。
 つまり、イクスは数日の間、王都から戻らないだろう。
 自身が『宝剣』を手にしたときのことを思い出しながらマグナは遠くにいる教え子のことを考えていた。

「マグナ隊長、よろしいですか?」

「ん、ああ。いいぞ、入ってくれ」

「失礼します」

 ノックしてから部屋に入って来たのは、オリクス=ノーザンビーク副隊長だった。
 メガネをかけた理知的な姿は切れ長の瞳によく合い、精錬された佇まいからは自然と気品が感じられる。
 ノーザンビーク家はセッツに居を構える貴族の一門だ。
 セッツは大きな街なので、領主以外にも複数の貴族が暮らしている。
 ただ、王都に暮らす貴族を一流と呼ぶならば、セッツに暮らす貴族はそれに劣る存在であるとは言えるだろう。
 貴族とは王から爵位をもらうことで生まれるものだ。
 王のお膝元である王都ではなく、別の都市へと移されるというのは王から信頼が薄いかただ単に功績が少ないのかのどちらかであり、ノーザンビーク家はどちらかと言えば後者であった。

「先程ハインくんを見かけましたが……そういうことですか?」

 閉じられた扉の方を振り返り、オリクスはマグナへと問いかけの声を発する。
 メガネの位置を正しながら優しい色を浮かべた瞳をマグナへと向ける。
 それにマグナは複雑な表情で答える。

「ああ、そういうことだ。ていうか、二人の時は畏まらなくていいって」

「そう、だね。まあ、イクスくんの方が腕前は上だったからね。妥当だと思うけど」

「そうでもないさ。ハインのやつ、王都に着く前にウルスと一騎打ちしたらしい」

「は!? 何を……っ! いや、それならどうして生きて……っ!」

 目を見開いたオリクスは二の句が継げない様子だった。
 その狼狽えぶりにマグナ苦笑して続ける。

「まあ、そうなるよな。俺もそう思ったから。ま、そういうことだ」

「全く……何がそういうことなのか。はぁ……まあ、いいよ。君はそういう人だからね。それで護送任務の方は?」

「あいつ含めて上手くやるさ。たかが『護送任務』だ」

「『ノースペラ』の護送、でもかい?」

「ああ、だからこそ早く行かなきゃ行かない。街のことは少しの間任せたぞ、オリクス副隊長」

「……了解しましたよ、隊長命令ですしね」

 嘆息しながらも了解の意をマグナへと伝えるオリクス。
 本来であればオリクスは自分が護送任務に行きたいと考えていた。
 『ノースペラ』の護送任務。
 それ自体は危険ではない。
 なぜなら、護送の際は特別な拘束具で『ノースペラ』を拘束するからだ。
 だが、護送までが危険なのは明白だ。
 もしも、自身の持つ力に自覚的な『ノースペラ』の場合、護送任務は一転して討伐任務と等しくなる。
 それも魔物退治などとは比べ物にならない程に。

「ああ、頼むぜ。すぐ戻るけどな」

 そんな不安など感じさせない笑顔で、マグナそう言い切った。
 オリクスは再度嘆息し、いたたまれない視線を窓の外へと向ける。
 窓から覗く空には少しばかり雲が立ち込め始めていた。



「よし、行くぞ!」

 その日のうちにマグナたちは支度を終えて出立するところであった。
 マグナの掛け声と共に騎士たちは行動を開始する。
 各々護送任務という名目しか聞かされず、具体的に誰を護送するのかは不明だったが、マグナ曰く、着けば分かる、とのことだった。

「ったく、隊長も人使い荒いぜ……」

「文句言うなって、ハイン。イクスに負けたのが悔しいのか?」

「うっせ、俺はあいつとは戦ってね―から負けてねーよ」

「そうなの? てっきりハインとイクスの一騎打ちかと思ってたわ」

「俺もそう思ったけど、調子がな。ま、今回はあいつに花を持たせてやったんだよ」

 ハインは同僚たちと話しながらも馬を進める。
 今回の護送任務に従事するのはユーバ、テンカ、リネル、ハイン、そしてマグナの5名。
 たかが護送任務にしては数が多いのではとハインは思っていたが、道中魔物が出ればこの前のような無茶苦茶な戦いになりかねないと思ったので、これくらいで良いのではないかと思っていた。
 実際のところは、『ノースペラ』の護送が討伐に変わった際にある程度の人数が必要だというマグナの意図があった。

「隊長、イノルの村へはどれくらいで?」

「そうだな。だいたい3日くらいあれば行けるだろう。ハイン!」

「はい!」

「お前が行ったヤノルの村の近くにイノルの村はある。途中まで案内頼めるか?」

「っ! はい!」

 元気よくハインはそう答えると先頭へと馬を走らせる。
 先頭にいたマグナは逆に最後尾へと移動。

「隊長、優しいですね」

「……前見ろ、前を」

 からかうようなユーバの言葉にマグナは誤魔化すように指示を飛ばす。
 ユーバは理解していた。
 敗北したハインの心の傷を癒やすためだ。
 彼が必要だと示すために先頭を譲ったのだ。
 マグナだって道くらい分かるし、それは誰だって知っていることだった。
 指名されたハインが舞い上がって気づいていない以外は。

「全く、うちの隊長は不器用だねぇ」

「うるせぇ。ユーバ、お前今日飯抜きな」

「え、えええ!?」

 賑やかな声が辺りへと広がる。
 そんな声を飲み込むように、雲が追いかけるように迫っていた。



 マグナたちが着いたのは、以前ハインとイクスが立ち寄った村だった。
 前の時に比べ、ハインが道をしっかりと覚えていたので昼過ぎに着いたその村で一行は少しばかりの休憩と称してご飯を食べる。
 騎士たちの格好はそれなりに目立つが、それでも変に絡んでくる客などもおらず一行は手早く食事を進める。

「ハイン」

「ん?」

「模擬戦、残念だったな」

「いや、別に、気にしてね―し」

「……そうか。でも、お前が守った人はお前に感謝してる。俺もお前はよくやったと思うぜ」

「……」

「ここにいるやつはお前のことを認めてる、俺も認めてる。だから、勝てなかったとか力が足りなかったとか、そんなこと気にすんな」

「……気にしてねーし!」

 強く反論するハインは顔が真っ赤だった。
 彼は自分が褒められることに慣れていないせいで、こうも正面から言われると顔を真っ赤にしてしまうのであった。
 そんなハインを見て笑う一行につられて、ハインも笑った。
 頑張って守るんだ、とそう密かに誓いながら。

3ヶ月前 No.29

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

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3ヶ月前 No.30

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

【14.不可避】

「逃げるよ、シャノン」

 黒髪黒目の青年と言える程の年齢の男、ハインは家に着くと開口一番そう言った。
 追いかけてくるイクスから這々の体で逃げるようにして家にたどり着いたハインとシャノン。
 窓から入る日の光で家の中は明るく、ハインはテキパキと逃げる準備を進めることが出来ていた。
 必要なのはお金と服と、その他貴重品などを普段は使わない大きな鞄へと詰め込み始める。
 そんなハインの行動を赤と白の髪の女の子、シャノンはずっと手放さなかった紙袋を抱えたまま見ているしか出来なかった。
 じっと見つめるシャノンは疑問を持った目をハインへと向ける。
 決闘をするのではないか、と。
 そう堂々と勝手に約束を取り付けていたのではないか、と。
 その視線に気づいたハインはシャノンに諭すように話す。

「…………いいかい、シャノン。逃げた時がいい場合だってある。騙しても、嘘をついても、僕は君を守らないといけないから」

 ある程度詰めるものを選択し終わったハインは何度か荷物を詰め直す。
 どうも、収まりが良くないのだ。
 詰めたものを再度詰め直す作業は思っていた以上に時間がかかる。

「……ハイン」

「ん? どうしたんだ? ああ、次の村か。そうだな、南の方にしようか」

「ハインっ」

「北でもいいかもな。まあ、とりあえず、家を出よう」

「ハインっ!」

「……何?」

 恐ろしく冷たい声だった。
 いつものハインの顔をしているのに、まるでハインではないようにシャノンには思えた。

「ハイン、は、それで、いいの?」

 ハインの纏う雰囲気が零度のものへと変わっていくせいでシャノンの声は小さなものへとなっていく。
 そんな自分を奮い立たせるように手に持つ紙袋をぎゅっと握る。
 その小さな袋の中にはハインへの感謝の礼としての品物が入っており、微かに金属がぶつかる澄んだ音がする。

「それでいいのか、だって?」

 ハインは手を止めた。
 そして、シャノンの前に立つ。

「誰のせいだ!? イクスに見つかったのも! 逃げるしかないのも! 誰のせいだ!? なあ、シャノン!」

 怒気を孕んだ声がシャノンの小さな体を叩きのめす。
 声を荒げるハインはいつものハインには思えなくて、それがシャノンには怖かった。
 まるで今まで一緒にいたハインが偽物だったのではないかと思える程に。

「君は『ノースペラ』だ! 君は危険なんだ! そして、イクスがそれを知った! 分かるか!? あいつとまともに戦っても逃げるしかないんだよ! なら、戦わずに逃げても同じだ!」

「で、でも……」

「でも、なんだ!? シャノン、君は上手く逃げる手があるとでも言うのか!? ふざけるな!」

 びくん、と肩を震わせるシャノン。
 怒りの色をたたえるハインの瞳がシャノンを射抜く。
 自分が何を言おうとしているのかハインは自分でも止めることが出来なかった。

「シャノンが外に出たいと言ったから見つかったんだぞ! そもそも、シャノンが住んでいた村が炎に包まれたのも君のせいだ! 君が、君の『ノースペラ』の力が全てを灰にしたんだ!」

 それはシャノンにとって死刑宣告と同じだった。
 シャノンは顔を伏せる。
 目の端にどんどん涙が溜まっては落ちていく。
 薄々気づいていた。
 それでも、ハインはそれを口にしなかった。
 そんなハインが今、シャノンを責めるようにそのことを言った。
 全部、シャノンのせいだと。

「……ご、ごめん。シャノン」

 ハインはシャノンの涙を見て冷静になった。
 自分が何を言ったのか。
 自分が何を言ってしまったのか。
 そして、どうしてシャノンが泣いているのか。

「っ!」

 ハインはそっと手を伸ばそうとした。
 だが、シャノンはその手を振り払い外へと走っていく。
 一度も振り返ることなく走っていくシャノンをハインは見送ることしか出来ない。
 自分が言った言葉を、言うつもりのなかった言葉を反芻するしかできなかった。



 堪らえようとした涙はとめどなく溢れ続ける。

「うっ、ひっぐ……」

 嗚咽も止められず、シャノンは走り続けた。
 『ノースペラ』つまりは『在ってはならない者』。
 ハインにとってシャノンは在って欲しくないのだろう。

「ハインのばかぁ!」

 涙と共に想いの全てが声となって小さな体から外へと飛び出る。
 その感情は尽きる気配がない。

「ばかぁ! ばかぁ!」

 シャノンにとってハインは大切な人だ。
 困った時に助けてくれる人だ。
 家族のような人だ。
 だから、ハインにだけは在って欲しくないなどと言われたくなかった。

「ハインのばかぁ!」

 涙は止まらなかった。
 永遠と流れ続けるのではないかとシャノンには思えた。

「っ!」

 足がもつれた。
 石かなにかに躓いたのだろう。
 シャノンは受け身も取れずに地面へと転がった。
 道は整備されているとは言えないので、転んだシャノンはその小さな体に多くの擦り傷を作ってしまう。
 だが、擦り傷は痛くなかった。
 もっと痛い傷が、目に見えない大きな傷があるから。

「……うっ、ひっぐ……」

 辺りの景色が揺らいでいく。
 それは涙のせいで視界が歪んでいるわけではない。
 近くに生えている草がなぜか黒色へと変色する。
 炎が。
 火焔が。
 劫火が。
 辺りを舐め回すようにして暴れ狂っていた。

 炎は勢いを増し続ける。
 地面のところどころで発火現象が起こり燃えるはずのない石や地面が燃え、どんどんと広がってゆく。
 『ノースペラ』の力が溢れてゆく。
 世界を塗り替えてゆく。

「…………」

 転んだままのシャノンは起き上がることもなく、ただただ全てをあるままにしていた。
 大切な人を失ったのだ。
 もう、どうしていいのか分からない。
 騎士に捕まればどうなるのか。
 そんなことはどうでもよかった。

「……ハインのばか」


「誰だバカだ、誰が」


「っ!?」

 小さく呟いた言葉に返事があるとは思っていなかったシャノンは、がばっと体を起こして振り返る。
 そこには、体を屈めて視線を合わせるハインがいた。
 そして、右の手には『宝剣・グラキエス』。

「っと」

 『宝剣・グラキエス』を地面へと突き立てるハイン。
 すると、全ての炎が消えていく。
 “剣威”でシャノンの生み出す炎を相殺したのだ。

「ごめん」

 ハインはそう短く言うと、シャノンを抱きしめた。
 いつか感じた暖かさがシャノンを包む。
 そして、同時に力強さも。

「……ハイン」

「ごめん。本当にごめん……俺は君を守るって決めたのに。でも、俺じゃあ、君を……」

 腕を離し、体を離すハイン。
 目と目をあわせ、ハインはすまなさそうに頭を下げた。
 そんなハインの姿をシャノンはどうにかしたかった。
 ハインの目から小さく光る何かが地面へと落ちるのがわかったから。
 だから、シャノンはぐっと手に力を込めた。

「……ハイン、あのね」

 シャノンはずっと掴んでいた袋を開ける。
 ところどころ焦げ付いたような袋の中から出てきたのは銀色のタリスマン。
 それをハインの首へとかける。

「?」

「動かないで」

 するり、と銀色の鎖がハインの首元へと滑っていく。
 シャノンが手を離すと同時にタリスマンが胸元へ。

「……これは?」

 ハインはシャノンが首にかけたタリスマンを手にして、顔をあげた。
 そこには目元を真っ赤にしながらも笑顔の大切な女の子がいた。

「いつもお世話になってるから、お礼。ハイン……私をこれからも守ってくれる?」

 初めて聞いた言葉。
 守って欲しい、と言われること。
 ハインはマグナの言葉を思い出していた。
 して欲しいなら、言葉にしろ。
 そうじゃないと本当に守れない、と。

「ああ! 絶対に君を守るから。守り続けるから……」

「……ハイン、泣かないで。私、とっても嬉しいのよ?」

「そう、だな……ありがとう、シャノン」

 目元を真っ赤にして、泣きながら笑顔を向ける二人はとても不器用に見えた。

だから、イクスはまず声を上げた。

「ハイン!」

 『宝剣・フロンス』を構える騎士の姿にハインは地面に刺していた剣を抜く。
 雪のように白い刀身が輝く姿は宝石のようだった。
 シャノンを自身の後ろへと移動させる。

「イクス! お前にしてはせっかちだな! 約束は守る主義じゃなかったのか?」

「君が一方的にしてきた約束だろう? それを守る義理はないよ」

「そうかよ」

「……それに、やっぱりその子は危険だ。『ノースペラ』の力がいつ暴走するかわかったもんじゃない」

 イクスは一度息を吸うと、名乗りを上げた。

「騎士イクス、正義の為にこの剣を!」

 対するハインはシャノンに背を向けて宣言する。

「ただのハイン、シャノンを守る為にこの剣を!」

 次に響いたのは剣と剣がぶつかる音だった。

3ヶ月前 No.31

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

【15.決闘】


 一合目は正面からの鍔迫り合いだった。
 ハインとイクスはともに剣を正中に構え、勢いのままぶつかる。

キンッ!

 金属同士がぶつかる澄んだ音を奏でる。
 二人の表情はどこか嬉しそうで、望んでいたようで、いつかのやり直しをしているようであった。
 澄んだ音の後は剣を削るような音が撒き散らされる。
 その音は永遠に続くことはない。
 鍔迫り合いによる膂力の勝負は鎧の重さがある分、イクスの方が有利であったからだ。

「すぅ……はっ!」

 力を込めるイクスがじりじりとハインを上から押さえつけるような姿勢となる。
 イクスは冷静さを秘めた瞳を向けつつも腕の力は緩めることをしない。
 そんなイクスの様子にハインは口角を上げると、鍔迫り合いの中わざと右の膝を落とした。
 同時に左の半身となる。
 イクスが込めた力がハインの右側へと流れ、前のめりに倒れそうになるイクスは無防備に見えた。
 だから、ハインは剣の柄の部分でイクスの顔を殴るように振るう。
 が、イクスは一瞬で後ろへと下がっていた。

「……それが『宝剣・フロンス』の“剣威”か」

 ハインは少し離れた場所にいるイクスへと声をかける。
 しゃべりながら戦うのはハインの趣味ではないが、それでも言葉によるプレッシャーをかけることは無駄だとは思わない。
 特に、自分よりも強い者に対しては。

「『カザハナ』から逃げる時に一瞬で追いついたのもそれだな。たぶん、身体能力の強化……いや、反射神経の強化か?」

 人間は反応する場合、普通は脳で判断が行われる。
 例えば、飲み物を飲む時には目の前に飲み物が入ったコップがあることを目などで認識し、一度脊髄へとそれを報告する。
 次に脊髄から脳へと、飲むという判断を下すかどうかを確認し、脳で判断が行われると脊髄へと指示が送られ、その指示が筋肉へと伝わり行動へと繋がる。
 しかし、反射は普通の処理と異なる。
 例えば、熱いものに触れた場合、脳で判断などしていると間に合うはずがない。
 だから、皮膚などから送られた反応に対して脊髄が反応し、行動へと移すのだ。
 つまり、反射の方が脳へと情報を送る分の時間を短縮できる。

「……どうしてそう思うんだい?」

「『宝剣』って言っても出来ることは限られる。身体強化なんてそんなご都合主義的なもんがあるわけねーだろ」

 とは言っても、反射神経の強化も十分厄介だ。
 おそらく本質はそこではなく、別の能力の副産物としてそうなっているだけだとハインには思われた。
 それは、ハインが1年ほど『宝剣』に触れてきたからこそ分かることだった。
 『宝剣』は確かに凄まじいものだが、持ち主に直接影響するものは存在するとは思えない。
 所詮は剣なのだ。
 剣を持つだけで身体能力が上がる理由なんてファンタジーだ。
 周囲を凍らせることも十分ファンタジーだが。

「だとしたら、どうするんだい!?」

 イクスは距離を詰めるように走り、『宝剣・フロンス』をハインの右からの横薙ぎの形で振るう。
 居合のような鋭さを持つ剣の動きにハインは自身の剣を右へと構え、左の足をやや後方へ。
 イクスの剣の動きは分かる。
 それは、彼が騎士教練の型に沿った動きをするからだ。
 ゆえに、右からの剣撃を剣で弾き、逆側へと剣を向ける。
 こうすれば返りの振りを防げるからだ。

「っ!?」

 が、現実はハインの予想と違う。
 走る動きもそうなのだが、剣を振るスピードが明らかに早い。
 無駄のない動きに加え、『宝剣・フロンス』による強化。
 これにより生まれるのは、目にも留まらぬ速さによる剣撃。
 弾いた剣を返し、左からの振り払いを行うイクスの剣を避ける為にハインは一度大きく下がった。
 が、イクスが追い詰めるように剣の軌道を正面からの袈裟へと動きを変え、迫る。

「くっ!」

 ハインは剣を横に構え、頭上へと構える。
 イクスはハインの動きを気にすることなく、上から体重を乗せた振り下ろしを行う。

キンッ!

 音が響く。
 『宝剣』同士が奏でるそれは鐘の音に似ていた。
 その音をのんびり聞く暇もないハインは腹に力を入れる。
 直後、イクスによる蹴りがハインの腹を捉える。

「うん、さすが」

 力を込めたこと。
 また、動きが予測出来たことで覚悟が出来ていたハインは息を少し吐き出す程度で済んだ。
 対するイクスはそれも予想していたようで、汗1つかいていない。

「お前……蹴りは教練にねぇだろ」

「ハインがやってることをやってみたらどうなるんだろう、って思ってね」

「だと思ったぜ……」

 ハインもイクスと同様に『宝剣』を持っているのだ。
 奇襲や奇策で“剣威”を使われる前にハインを抑えたいのだろうとハインは予測する。
 だとすれば、勝負は一瞬だろう。
 “剣威”を使う間もない一瞬。
 吐いた息を吸うと、ハインは冷静に次の動きを考える。



 イクスは『宝剣・フロンス』の“剣威”を発動させていた。
 『宝剣』を手にし、修練の末に手にした力。
 小さくはあるが、しかし対人であれば無類の強さを誇る“剣威”だとイクスは思っている。
 しかし、『宝剣』は万能ではない。
時間制限のあるものなのだ。
 なので、なるべく早く決着をつけたい。
 それは少し離れたところで様子を伺う『ノースペラ』の確保も早くしなければという考えもあるからだった。
 彼女、シャノンは危険だ。

 イクスがハインたちを見つけられたのは追いかけている間に炎が見えたからだった。
 それは劫火と呼ぶにふさわしく、紅色が燎原の火のごとく広がるように見えたのだ。
 危険だ。
 それは今更言うまでもなく明らかで、『ノースペラ』をハインが守る理由が分からない。

「ふっ……」

 昔からハインのことがわかったことなんてないような気がする、とイクスは苦笑交じりに思う。
 結局、自分は彼の行動は予測出来たかもしれないけど、その内面までは知り得なかったのだ。
 どうして、ルールを破るのか、そしてどうしてあんなに守ることに拘るのか。
 イクスには分からなかったし、それでもいいかと思っていた。
 それはイクスにとって不思議なことだった。
 互いのことを話し合ったこともない。
 けど、どうしてか信頼できる関係。
 それを友人と呼ぶのか、親友と呼ぶのか、そんなことは知らない。
 そして、そんなことは今どうでも良かった。
 分かっていたと、信頼できると思っていたのはどうやらイクスの思い込みだったから。

「はっ!」

 『宝剣・グラキエス』の力は反射でしか使えない。
 つまり、相手の行動に対する受け身の“剣威”なのだ。
 だから、最初に打ち込んで、それに対するハインの行動によって発動する。
 今もそうだ。

「くっ!」

 イクスの右からの袈裟に対して、ハインは剣を構えながら後退する。
 後退の意図としては、イクスの持つ『宝剣・フロンス』の剣先のみがかする程度の距離で調整し、返す刀でイクスの腕などを斬るつもりだろう。
 死と隣合わせの挙動にしか思えない。
 イクスにはハインの考えがわかったので、『宝剣・フロンス』のおかげで一歩を更に踏み込む。
 苦悶の声を漏らすハイン。
 苦しそうなハインと余裕を保つイクス。
 一見すればイクスの勝勢なのだが、油断は出来ない。
 なぜなら、ハインはまだ“剣威”を使っていないからだ。
 一度マグナ師匠から見せてもらった時は驚かされた。
 あれをハインが使いこなしているのならば、油断できない。
 イクスは涼しげな顔で機会をうかがう。
 ハインに隙が出来るのを。



 ハインは焦っていた。
 正直、勝てるという自信がなかったかと言えば嘘になる。
 むしろ、あのイクスはより頭が固くなっているから動きもどんどん教科書通りの分かりやすいものになっているだろうと。
 だからどうにかなるのではないか、という希望は一合目の前まではあった。
 だが、現状はこれだ。

「っ!」

 体を半身にして、剣撃を剣で防ぐがすぐに次が来る。
 まるで数人を同時に相手しているようだ。
 ハインの動きに応じてイクスが次から次へと剣を振り下ろすのだ。
 その動きに迷いはなく、こちらから反撃の意志を見せようとするとそれすらも対応した動きをするのだ。

 イクスが増えたみたいだ。

 そう評して相違ないだろう、とハインは思った。
休む間も与えない剣撃の連撃は捌き切るのは難しい。
浅いが、剣による斬り傷が増えていく。
 あくまでも騎士としてある程度の強さがあった程度のハインでは荷が重すぎる。
 逃げるほうが良かったのではないかという弱気が一瞬脳裏を掠める。

チャリッ!

 小さく揺れるタリスマンが鎖と奏でる小さな音がその考えを遠くへと葬り去る。
 守ると約束したのだ。
 守って欲しい、と言われたのだ。
 だから、ハインは剣を振るうと決めたのだ。

「はっ!」

 ハインはイクスの剣撃を弾きながら、タイミングを見計らう。
 『宝剣・グラキエス』の“剣威”は周囲を凍らせることだ。
 正確に言えば、『宝剣・グラキエス』から出る冷気を一定の領域に強力に作用させること。
 剣の持ち主を中心にドーム状の範囲で領域を設定でき、その中においては『宝剣・グラキエス』の冷気が中にいる剣の持ち主以外を襲う。
 イクスの反射神経ならばおそらく逃げ切ってしまうだろうが、それでも時間稼ぎは出来る。
 時間稼ぎ程度しかできない、の方が正しいのだろう。
 だから、ハインは狙う。
 イクスが逃げられないタイミングを。
 或いは、『宝剣・フロンス』による“剣威”の効力が切れるタイミングを。

3ヶ月前 No.32

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE



 二人は剣を交差し続ける。
 それにより奏でられるのはガラスの欠片に似た響き合いだった。

「……綺麗」

 おもわずシャノンの口をついて出たのはそんな言葉だった。
 シャノンはじっとハインとイクスの姿を見つめる。
 無意識にぎゅっと胸元に寄せた右手の拳が祈っているのはハインの勝利。

 守って欲しい、などというのは傲慢だったのではないかとシャノンは思っていた。
 彼を、ハインを縛っているのは自分だ。
 それゆえ、あんなに苦しそうに戦っている。
 ハインにとってシャノンがそれほどまでに大切だと言ってくれること。
 それは自然と胸を暖かくしてくれた。
 けれど、そのためにハインが傷つくのは嫌だった。
 前のような、のんびりと一緒に料理をするようなそんな日々が続いてほしかった。
 でも、それは全てシャノンのせいでなくなったのだ。
 今後も同じように苦しむのであれば、シャノンがハインの足手まといになるのであれば、それはきっとシャノンには耐えられない。
 いつか、きっとハインを縛り続けることに耐えられなくなるだろう。
 シャノンは考えていた。
 自分にできることはなんだろう?
 たった1つの問いに対する答えは見つからない。
 まだ12歳の子供なのだ。
 それは当たり前のことであったが、しかし、そんな当たり前は今のシャノンにはどうでも良かった。
 何が出来るのか、という問いに対する解答だけが今シャノンが欲していることの全てであった。
 そのための言い訳なんて欲しくなかった。

「っ!」

 願いというのは鎖だとシャノンは思った。
 それは自分を縛るものだし、誰かを縛るものだ。
 誰かにこうして欲しいと願うことは、その人を縛るしその人に対して自分の考えも縛ることになる。
 人は互いに鎖を掛け合って、少しづつ離れられなくなっていく。
 今のハインとシャノンのように。
 いつしか鎖が食い込んで、自分を構成する一部となるように。
 願いというのはそれほどまでに力があることなのだ。
 守って欲しい、という願いはハインにとって間違いなく鎖になる。
 同時に、自分に対しても守られるという鎖になる。
 今、シャノンとハインを繋ぐものはその鎖なのだ。
 絡んで、結んで、絡み合って、結び合って、そして繋がるもの。
 願いは鎖だ。

 だけど、その鎖は果たして一方的なものなのだろうか?

 シャノンはふと気づいた。
 それは大事な何かだった。
 ずっとずっと探していた答えの一部だと無意識のうちに気づいたのだ。
 それをシャノンは手放さないように、だけど無理やり手にするのではなく、そっと包み込むように手を伸ばす。
 答えは望めばずっとそこにあったのだ。



「はぁ……はぁ……」

「ふぅ……」

 ハインとイクスは息を乱していた。
 それほど時間は経っていないはずだった。
 だけど、極限の集中力が必要となる剣撃は意識をあっという間に加速させる。

「はっ! 息上がってんぜ、イクス!」

「そっちこそ、そうだろう!」

 言い合う言葉の最中に息を整えたハインは、自分から斬りかかる。
 ハインとしては『宝剣・フロンス』の“剣威”が恐ろしかったが、それでも踏み込むしかなかった。
 このまま受け身では勝てない。
 そう判断したからだ。

「はぁああ!」

 ハインが逆袈裟で下からすくい上げるようにして斬りかかる。
 理由としては、袈裟ではハインの反射神経により左右に避けられた時に隙が大きすぎるから。
 逆袈裟も腹を見せるような姿になるが、頭を晒すよりはマシだ。
 それに、腹には仕掛けがある。

 イクスはハインの攻撃を冷静にハインの左側へと避ける。
 左下から右上へと剣を振るうハインの無防備な左の腹が晒される。
 明らかな隙。
 それをイクスは一瞬怪しいと感じるが、剣撃の疲れによってハインが見せた隙に見えた。

「ふっ!」

 イクスはハインの脇腹へと躊躇なく剣を向けた。
 剣は腹へと吸い込まれるようにして向かい、肉を斬り―――

「なっ!?」

―――剣は弾かれた。
 確かに何かを削った感覚はある。
 しかし、弾くのが精一杯だった。

「ハイン、まさか服を!?」

―――凍ったのは服だった。
 『宝剣・グラキエス』の“剣威”は持ち主を凍らせることはない。
 だから、服を凍らせた。


「隙だらけだぜ、イクス」


 ハインは静かな声でそう言うと、左手で持った剣を返す刀で振り切る。
 白い刀身に僅かに赤い色の液体が付着。
 ハインが横目で見る限り、イクスの左腕の上腕を確かに傷つけた。
 傷は浅くない。

「くっ!」

 苦悶の声を出すイクスに向けて、ハインは右回りで体を翻して踏み込む。
 今、勝つしかない。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 纏った冷気すら蒸発させるように剣を振るハイン。
 負傷したイクスは腕の傷を庇いながらの防御。
 それも、先程までの“剣威”の鋭さもない。
 おそらく時間切れなのだろう。

「はっ!」

 チャンスだ。
 ハインは確信した。
 今しかないと思った。
 なぜなら、服を凍らせたことによりハインの上半身は冷え、血流をどんどん鈍らせているからだ。
 霜が降りるような温度の中、裸でいるようなものだ。
 体力の消耗は増え続ける一方。
 『宝剣・グラキエス』は凍らせる為の『宝剣』だ。
 自身を温めるような効果はない。

「だから、今っ!」

 剣圧でイクスを弾く。
 開いた距離をすぐさま詰めるハイン。
 左腕を右手で抑えようとするイクスは隙だらけだった。
 剣を。
 横薙ぎに構え。
 その首元へと突きつけ―――

「だと思ったよ」

 ―――瞬間、ハインの体を痛みが走る。
 意志とは無関係に剣を握っていた手が開き、『宝剣・グラキエス』は宙を舞い、イクスが『宝剣・フロンス』で天へと弾く。
 何が起こったのはハインには理解出来なかった。
 確かに、隙があった。
 いや、それ以上にどうして痛みが?

「よくわからない、って顔をしているね」

 『宝剣・グラキエス』はハインの遠くで地面へと突き立った。
 同時にハインは体を地面へと投げ出していた。
 何が起こったのか、ハインは顔を上げた。
 目の前には自身の額へと剣を突きつけるイクス。
 チェックメイトだった。

「今の……は……?」

「『宝剣・フロンス』はね、雷を発生させる『宝剣』なのさ。反射神経の強化もそれのおかげ。正確には伝達速度を早くしているだけなんだけどね」

「…………」

「ハイン、僕は君を見逃してもいいと思っている」

 その言葉にハインは目を見開いた。
 あのイクスからそんな言葉が出るとは思っていなかったからだ。

「騎士団に戻るんだ。そうすれば、罰は受けてもらうが命までは奪わない」

「……1つ、聞いていいか?」

「……いいよ」

「シャノンは?」

「見逃すわけないだろう?」

 即答だった。
 ハインは、そうか、とひとりごちる。

「答えは決まったかい?」

「ああ。俺は―――」

―――もう、騎士には戻らない。

「そうか。残念だよ。じゃあね、悪友」

「あばよ、良友」

 イクスは剣を振り上げ、振り下ろす。
 赤色が宙に舞った。


3ヶ月前 No.33

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

【16.問】

 いつまでたっても終わりが来ないことをハインは不思議に思った。
 死ぬ、ということはこういうことなのだろうか?
 何の感慨もないということ。
 意識だけがあること。
 それが死ぬということなのか?

 だが、それにしてはおかしかった。
 意識がある以前に痛みがある。
 『宝剣・フロンス』の雷によって感じた痛みだ。

「?」

 薄っすらと瞳を開ける。
 目の前には見覚えのある背中があった。
 真っ赤な色の髪を持つ小さな背中。
 約束した女の子。

「シャノン!?」

 シャノンの背の向こうには、顔を歪めたイクスがいる。
 明らかに困っているようだった。

「何が……」

 ハインは状況が飲み込めず、目を丸く見開くことしか出来ない。
 そんなハインに気づいているのか、両の手を守るように広げたシャノンが叫ぶ。

「ハインに手を出さないで! 何かするなら、私がハインを守る!」



 シャノンは気づいていないが、彼女の小さな背中は震えていた。
 怖くないわけがないのだ。
 それを必死に押し隠すように言葉を放つシャノンには出来ない。

「私は! ハインに守って欲しいって願ったから! だから、私もハインを守るって願うんだ!」

 鎖は片方から繋ぐものだけでなくて良いはずだ。
 シャノンがハインを守りたいと願っても良いはずなのだ。

「私は『ノースペラ』かもしれない。『在ってはならない者』かもしれない。だけど、私はハインに守って欲しいし、ハインを守りたいの!」

 叫ぶ度にイクスの顔は訳がわからないという色を濃くしていく。
 それはそうだ。
 ハインが守る為に戦ったのに、そんなハインを守る為に出てきてどうするというのだ。
 シャノンにだってそれくらい分かる。
 だけど、居ても立ってもいられなかった。
 ハインが剣を弾き飛ばされ、額へと突きつけられた剣を見て、シャノンは走り出したのだ。
 守るんだ、と。
 守られてばかりじゃない。
 互いに守るんだ、と。

「シャノン!」

 後ろからハインが声を上げる。
 でも、シャノンはどかなかった。
 ハインを守れるのはシャノンしかいないから。



「君が、シャノンだね? 君は……自分が何を言っているのか分かるのかい?」

 イクスが穏やかな口調で振り下ろしたはずの剣を再度構えようとした。
 先程はシャノンの髪を1房斬ってから止めたその剣にはまだ血の色はない。
 だが、自身の一部が斬られたのだ。
 普通、恐怖を感じ、すぐに逃げるだろうと思った。

「私は、ハインを守るの!」

 だが、シャノンはイクスの動きに肩が小さく反応する程度で、逃げることはしなかった。
 守ろうとする姿と意志は強固であった。

「何の力もない君が?」

 イクスは顔には出さなかったが、本心からの言葉ではなかった。
 仮に『ノースペラ』の力を制御しているのであれば、何の力もない、わけではないからだ。
 だが、先程の炎を見る限りはそうではないだろう。
 おそらく、強い感情に起因して力が発生するのだ。

「何も力がなくても、私はハインを守りたいと願うことは自由だもん!」

 まるっきり子供だった。
 ハインも困ったような目でシャノンとイクスを交互に見ている。
 イクスはどうしようか悩んでいた。
 シャノンの願いは、今自分が剣を振るえば終わる。
 それほどまでに弱い願いなのだ。

「僕が君を斬ってしまえばそんな願いは消し飛んでしまうんだよ?」

「……っ! それでも! 私は!」

 弱気な心が一瞬芽を出したが、すぐにそれを振り払った。
 意志は強く、心を折ることは難しそうだ。
 どうすればいいのか、をイクスは考えていた。
 斬り捨てることは容易だ。
 だが、可能であれば護送するのが任務だ。
 おそらく騎士団長もそれを願ってイクスに任務を任せたのだ。
 殺さずに心を折ること。

「僕が君を見逃す理由があるのかい?」

 イクスは力強い意志を瞳に宿すシャノンに微笑みかけた。



「見逃す……理由……?」

 反駁するシャノンにイクスは優しく問いかける。

「そう。今、ここで、その答えを君は持っているのかい?」

 声は優しいが、イクスの瞳に迷いはない。
 言外にシャノンに問うているのだ。
 もしも見逃す理由があるというならそれを言葉にしてみろ、と。

「……この1年間騎士は出てこなかったわ。つまり、私がおとなしくしていればいいのよ」

 イクスはため息をつく。
 あまりにも平凡であまりにも幼稚な解答。
 このレベルで希望を持っているとすれば、心を折るのは逆に難しい。
 その苦労を知ってのため息だったが、シャノンはどうも馬鹿にされたようにしか感じられない。

「あんな劫火で道を燃やしていたのに? それを信じられると思うのかい?」

「……じゃ、じゃあ、もうしないって約束するわ!」

「君が約束を守る確約がない」

 イクスの瞳は冷え切っていた。
 もはや無駄な問答にしかイクスが感じていないことはシャノンにも感じられた。

「そんなの! 何してもそう言うじゃない!」

 叩きつけるような言葉にイクスは目の色を変えることはない。

「そうだよ。だから、諦めてくれ」

「……っ!」

 正解なんて用意されていないのだ。
 シャノンにはそう思われた。
 どうあっても今、ここでシャノンたちを見逃すことはこの騎士には出来ないのだ。
 みんなを、人々を守る剣である騎士には。

「さあ、早くどいてくれ。僕はハインを斬らなきゃいけない」

「だ、駄目っ!」

 『宝剣・フロンス』を持つイクスの腕へとシャノンは飛びつく。
 その小さな手ではイクスにとってそれは抵抗らしい抵抗には感じられなかった。
 だが、彼女がハインを守りたいという気持ちは嫌という程伝わる。

「っ! どいてくれっ!」

「きゃっ!」

 イクスはシャノンを手で振り払う。
 もちろん殺すわけにはいかないので、その小さな体を転がすような動作となる。
 シャノンは地面に倒れるが、すぐに再度飛びかかる。

「……シャノンっ!」

 体を起こすのがやっとのハインはシャノンがイクスに弾き飛ばされるのを見ることしか出来ない。
 自分は彼女を守る為に戦ったはずなのに。
 なぜ、シャノンが傷ついているのか。
 なぜ、涙を浮かべているのか。

「やめろ! やめてくれ……」

 弱弱しいハインの言葉は虚しく響く。
 飛びついてきたシャノンを振り払い、ハインの方へと後退させられ、シャノンは踏ん張れずに体を宙に浮かせる。
 イクスはため息を1つつくと、今度こそハインの命を奪うべく剣を構えた。

「シャノンっ!」

 ハインはシャノンを受け止める。
 腕の中の小さな女の子はボロボロで土に汚れ、口の中を切ったのか口の端から血が流れている。
 こんな、こんな小さな子すら守れないのか。
 ハインは自分が情けなくなった。
 守りたい、と誓った願いで人が何かを守れるなら自分は誰にも負けるはずはない。
 だけど、現実は力なき願いには残酷だ。

「ハイン」

 頬を流れる涙を拭うシャノンも泣いていた。
 だけど、瞳には意志がある。
 まだ終わりじゃない、という強い意志が。
 ハインはそんなシャノンの瞳を見てはいられず目を逸らす。

「もう、いいだろう? ハイン、君も見ていられないはずだ」

「……そう、だな」

「じゃあ、大人しくしてもらおう」

 イクスが剣を横薙ぎに構える。
 ハインの首をかっ斬るつもりだ。
 抵抗は無意味。
 それは言うまでもなくわかった。

「待って!」

 数瞬の内に命が失われるようなその合間、 シャノンの声が響いた。
 ハインはまだシャノンを直視できず、イクスはやれやれとため息を1つ。
 しかし、二人の態度がシャノンには見えていない。
 意志が言葉は紡がせるからだ。

「ねえ、イクス。どうして私を殺さないの?」

「……どういうことだい?」

 苛立ちの色を含んだ言葉はシャノンをすくませるが、負けじと言葉を続ける。
 内側から生じる熱量は言葉となって飛び出す。

「『ノースペラ』は危険なんでしょう? 先に私を殺してからハインを殺せばいいじゃない。さんざんチャンスはあったはず……だけど、あなたは私を殺さなかった……理由があるんでしょう?」

 射抜くような瞳にイクスは一瞬たじろぐ。
 先程までの子供のような願いばかりを口にする女の子と同一の人物に見えなかったからだ。
 先程までの無意味としか見えなかった抵抗の中、シャノンはただただ考え続けていたのだといまさらながらにイクスは気づく。

「『宝剣』だ」

「ハインっ!?」

「シャノン。俺とあいつの持つ『宝剣』ってのは『ノースペラ』の命を元にしているのさ。だから、こいつは君をあくまでも殺さずに王都へ連れていくことを目的にしているんだ」

「どうして君がそれを!?」

「『宝剣』と一緒に真実が付いてきたんだ」

 戯けるような言葉は苦笑と共にハインの口から漏れ出す。
 『宝剣・グラキエス』を持つことで見えた幻影。
 エス、は『宝剣・グラキエス』の元となった『ノースペラ』だった。
 彼女は言葉を交わすことは出来なかったが、意志を通じさせることは出来た。
 なぜなら、彼女も元は命を持っていたから。
 だから、ハインはそれを知ったのだ。

「そこまで知っているなら、なおさら君を生かしておくわけにはいかない!」

「元々生かす気なんてねーだろ」

 鼻で笑うハイン。
 自身の命の問題だというのに、あまりにも軽々しく扱う姿にシャノンは歯噛みする。
 まだ、言葉が、足りない。
 この状況を越えることが出来る言葉が。

「ハイン……」

 シャノンには剣としてだが生きることが出来ても、ハインには道がない。
 それを自分で理解しているから、こうも投げやりなのだろう。
 命を投げ出しているのだろう。
 ハインの瞳の光彩は暗い色を示すが、それでも、シャノンは諦めたくなかった。
 やっと、自分の願いが分かったのだ。
 それをこんな早く失いたくなかった。

「じゃあ、終わらせようか」

 イクスが剣を天に掲げる。
 それは神の裁きが下るまでの懺悔の時間に思われた。
 だから、ハインは顔を伏せた。
 あまりにも強すぎる光だったから。

「ねえ、イクス」

「遺言かい? 僕は君は殺しはしないよ?」

「あなたはどうして剣を振るの?」

「正義の為だよ。『危険』は排除しなきゃいけない」

 無機質なイクスの言葉にシャノンはふと出た疑問を口にした。


「守る為に自分から人を斬るのが騎士なの?」


 その言葉にハインは目を見開き、イクスは表情を歪めた。
 二人が目を向ける先、シャノンは言葉をさらに続ける。

「あなたは正義を、ルールを守るの? それとも、人を守るの?」

 無垢な疑問は続く。
 小さな体から発せられるのは、騎士に対する問いかけだった。
 騎士とは何か?
 それをシャノンはイクスに問いかけていた。

「守るために危険だと思えば殺しに行くのが、騎士の姿なの?」

 騎士とは守るための剣であったはずだ。
 自ら赴き、危険を斬り裂くのが騎士ではないとシャノンには思えた。
 もっと、日々の暮らしを守るように、来るものを退けるのが騎士に思えたからだ。
 自分の中の騎士を思い浮かべてもそうとしか思えなかった。

「もし、そうなら、私はあなたを騎士とは思えない。私の騎士はこの人だけだから」

 シャノンはそっと顔を上げた。
 交差する瞳。
 暗い光彩があったはずのハインの瞳は台風の後の青空のように澄み切っている。

「……君がどう思おうが、僕は騎士だ! 騎士なんだ!」

「……イクス、お前が守ろうとしているのは、騎士の自分なのか? それとも、世界なのか? なあ、お前って何を守りたいんだ?」

「ハインっ!」

 同様に問いかけの言葉を送るハインに怒りの表情を向けるイクス。
 そんなイクスを見て、ハインはむしろ冷静になれた。
 そうか、こんなことだったのか。
 そう、ハインには思えた。

「俺を殺したきゃ殺せ。その時、お前の中の騎士も死ぬだろうけどな」

 口角を上げ、挑発するような言葉にイクスの中で何かが切れた。
 掲げられた剣が容赦なく振り下ろされた。


3ヶ月前 No.34

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

【17.君を守りて騎士となる】


 イクスの剣はハインの頬を浅く切り裂いた。
 ただ、それだけだった。

「僕は……僕は……っ!」

 イクスは自省することしか出来ない。
 世界を守る為に剣を振るう自分。
それに対して、目の前の元騎士は好き勝手に剣を振っていただけだ。
だけど、この元騎士は、自分が守りたい人の為に剣を振ってきたのだ。

「僕は……っ!」

 イクスは剣をしまった。
 自分が振り続けた剣が否定され、剣を持つ資格がないように思えたからだ。
 騎士として、世界を守っているつもりだったのに。
 自分は剣を振りたいが為に守っていたのだろうか?
 守った気になっていただけなのだろうか。
 未然に危険を防ぐことは守ることではないのだろうか?
 疑問が浮かんでは消えていく。
 問いかけの海の中、ずぶずぶと自分が、騎士の自分が沈んでいくようだった。
 解答も、反論も、言い訳も、今のイクスの中にはなかった。

「……いい、のか……イクス?」

 ハインの言葉は耳を抜けていく。
 いいのか、だって?
 いいと言えばどうなのだろう?
 殺しても、殺さなくても、僕は騎士になれないのだ。

「もう、いいよ……」

 剣をしまい、イクスは倒れる二人から視線を切った。
 これ以上見ていれば、どうしようもない自分を見せつけられているように思えたから。
 だから、それに1番最初に気づいたのはイクスだった。

「イクス隊長!」

 駆け寄ってくるアズネ副隊長が、『宝剣・グラキエス』へと手を伸ばすのを。



 アズネはずっと様子を伺っていた。
 ハインが逃げ出し、それを追うイクスを追いかけていた。
 もちろん見つからないような形で、だ。
 それは任務を放棄して勝手に動いていることを咎められることが嫌だったのもあるが、何よりもイクスに失望されたくなかったからだった。
 自分は彼の言葉に逆らい、任務も守れないような人だと思われたくなかったからだ。
 だから、ハインとイクスの二人の戦いにおいてイクスが勝利したのを見て安堵した。
 やはりイクス隊長は強いのだ、とそう思ったからだ。
 そこで自分がひどく傲慢だということに気付かされた。
 自分はイクス隊長と並びたいと願って勝手に抜け出してきたのは、つまりイクス隊長を信じていなかったからではないか、と。
 そんな自分に嫌気がさし、そして反省しなければと思った。
 正直に、イクス隊長に自分がここにいることを告白し、彼に怒られようと思った。

 イクス隊長がハインなどという悪党をさっさと斬り捨てるのを待ってから向かおうと思い機会を伺っていた。
 何か言葉のやり取りをしているうちにシャノンちゃんが飛び出してイクス隊長の邪魔をする。
 あの子が『ノースペラ』だったのだ。
 可愛い女の子だったが、『ノースペラ』であれば是非もない。
 護送し、平和の為にその力を抑えなければならない。
 だから、シャノンちゃんが必死な表情だったのは騎士が怖いという誤解から生じているのだろうと思った。
 なぜなら、あのハインなどという悪党に騙されているに違いないからだ。
 そして、あの悪党はイクス隊長すらも欺こうとしたのだ。
 死んで当たり前だ、とアズネには思えた。

 だが、幾つかの言葉の問答の末、イクスは剣をしまった。
 常に正しく正義のために剣を振るイクス隊長が剣を収めたのだ。
 その姿をおかしいとアズネには思えた。
 そして同時に思い至る。
 あのハインという男が何かをイクス隊長に言ったのだ。
 おそらく弱みかなにかだろう。

「なら、私がっ!」

 代わりに私があの男を斬る。
 斬って、騎士であるイクス隊長を守るのだ。
 こそこそと隠れるようにしていたアズネは近くに刺さっていた真っ白な刀身を持つ剣に目を向ける。
 武器を奪っておかなければ抵抗される恐れがある。
 その判断は理性的で、正しかっただろう。
 それが『宝剣・グラキエス』でなければ。

 駆け出し、剣へと手を伸ばすアズネ。

「イクス隊長!」

 大事な人の名を呼んだその時、アズネは『宝剣・グラキエス』の暴走に巻き込まれていた。



「くそっ!」

 ハインはボロボロの体を無理やり起こしひかない痛みに歯を食いしばって我慢しながらシャノンを抱いて走り出す。
 もちろん、『宝剣・グラキエス』の効果範囲から逃げ出す為だ。

「ハイン!?」

「口閉じてろ! 舌噛むぞ!」

 アズネに背を向け、家へと向かうハインは背後の状況が見えないが、シャノンの顔色を見るにどうも危険のようだ。
 そんなことは見えずとも雰囲気で分かっていたが。

「くそっ!」

 『宝剣・グラキエス』の暴走。
 自分も起こしてしまったからこそ分かる。
 あれには敵も味方もない。
 全てを平等に凍てつかせるだけだからだ。



 まだ夕方とは言い切れない時間。
 デゼンの村の中でユウハはぼーっと空を眺めていた。
 彼が座っているのはとある飲食店のテラスの椅子。
 店の入り口へと突き出した屋根のおかげで直射日光を防いでいるのだが、その恩恵を無視してユウハは空を眺めていた。

「…………そろそろやな」

 ユウハは冒険者だ。
 冒険者というのは職業ではなく、俗称でしかない。
 王国に限らず別の国へも渡れば彼らの呼び名は変わる。
 傭兵、放浪者、流れ者、旅人……。
 だけど、ユウハにとっては冒険者という言葉が自分に1番しっくり来るものだと思えた。
 冒険とは本質的に自由だ。
 どこで死のうが、どこで生きようが、強制するものはいない。
 何を約束しようが、何を裏切ろうが、それは自由だ。
 そして、それは責任と危険と同義であり、コインの裏表のようなものだ。
 全ての決定権と決定に関する責任は自分に帰結するのだ。
 だが、ユウハにとって自由というのはデメリットを補って余りあるものと考えている。
 どこにも縛られない、縛られるとしてもそれをいつでも断ち切れること。
 それがユウハにとっての自由だ。

 だからこそ、いつまでもこの村にいることは彼の自由に照らし合わせればそろそろ限界なのであった。

「…………」

 正面へと座るオーラルは無言でそんなユウハを眺めていた。
 彼は寡黙だ。
 寡黙というよりも、無駄な喋りが嫌いなのだ。
 それはそれでとても有り難いものだとユウハには思えているからこそ、彼と一緒に冒険者として旅をしているのだ。

「オーラル、いつ出るのがええと思う?」

「2日後。買い物に1日は欲しい」

「せやね」

 解答はユウハも予想していたもの。
 だからこそ、空を眺めていたのだ。
 空は世界中どこでも繋がっている、と言う人がいる。
 だけど、ユウハにはそうは思えなかった。
 それぞれの地域にそれぞれの空があり、それが繋がっているとは思えないのだ。
 独立して存在するそれらに対して繋がりがあると思うのは人の勝手な価値観なのではないかと思う。
 まあ、独立しているのではないか、というのはユウハの勝手な考えなのだが……。
 自分の考えを信じることが冒険者の流儀なのだとユウハは信じているので、考えを改めるつもりもない。

「明後日にハインに別れの挨拶でもするのはどうや?」

 オーラルは無言で頷く。
 ハインの存在はユウハにとっては別に特別でもなんでもない。
 いろいろな地を歩んできた彼にとって、旅の中で特別な存在など生まれることがない。
 出会っては別れ、別れては出会う。
 その中で、こいつは良いやつだな、とか、こいつとは仲良くできるな、とか思うことはあってもそれが永遠に続かないことをユウハは知っているのだ。
 人は土地に縛られ、そして土地に住むのだ。
 それは定住を選ばなかったユウハにとっては羨ましくもあり、同時に悲しくもあった。
 同じ場所で暮らし続けることは自由ではない。
 それはユウハの流儀に反するのだ。

「……ん?」

 気づけば村が騒がしい。
 何ごとか、とユウハは空に向けていた視線を村へと向ける。
 人々が必死の形相で走っては声をかけているのだ。

「……なんや?」

 怪訝な空気を感じ取ることはユウハにとって得意なことだった。
 様々な地域で過ごしてきたからこそ、彼はその地に住む人を通して空気を感じる術を身に着けていたからだ。
 村人たちが走る中、小さな女の子が転ぶのが見えた。
 ユウハとオーラルは一切の合図もなしに同時立ち上がり、女の子に駆け寄る。
 前を見ていない人に踏まれ、大きな怪我をしてしまうかもしれないからだ。

「大丈夫か?」

 女の子は差し出された手を取る。
 服についた汚れをユウハが叩いていあげると女の子は、ありがとう、と笑顔を向けた。
 そんな様子にユウハは安心したが、次の瞬間女の子ははっとして興奮した様子で語りだす。

「お兄さんたちも逃げないと!」

「逃げる?」

「うん! あのね、魔物がたくさん来るの!! だから、騎士の人がね! 危険だから、逃げてって!」

 その言葉にユウハは一瞬頭に疑問符を浮かべる。
 魔物に関しては少し前に討伐したのだ。
 増えるにしても、騎士に対応出来ないほどとは思えない。
 だが、女の子の表情はその危機が嘘ではないと思っているようだ。

「とりあえず、お嬢ちゃんは逃げとき。おいらは逃げ遅れた人を助けるわ」

 自由なのだ。
 だから、自分は誰かを助けることに躊躇しないし、躊躇してはいけない。
 自分で決めたことだから。
 しがらみに関係なく助けることが出来るのは自由である自分にしか出来ないからだ。

2ヶ月前 No.35

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

「くっ!」

 イクスは剣を抜き、駆け出していた。
 アズネは氷の中だ。
 持ち主以外に使用することが出来ない『宝剣』は、誤って手にすれば暴走してしまう。
 現在の持ち主が使っても、暴走する可能性を持つ『宝剣』をアズネが手にして暴走するのは当然の帰結。
 道は氷に覆われていく。
 木々は凍り、幹であった部分から冷気が立ち上る。
 飛んでいた鳥は凍ったまま地面へと堕ちていく。
 世界を歪めるその効果はとめどなく周囲へと拡散する。
 だからこそ、イクスはまず村へと入ると叫んだ。

「みなさん! 逃げてください! 現在、魔物の大群が東口へと向かってきています! 東口ではなく、西口の方へと逃げてください!」

 でまかせだが、人々を逃がすにはこれしかない。
 だが、人々の中には逃げ出そうとしない人もいた。

「なんだ!?」「魔物が来るんだとよ!」「冒険者はどうした?」「守ってくれるだろう?」

 そんな場合ではない。
 魔物以上の危険が迫っているのだ。
 だが、イクスにはそれを正確に伝える術がない。
 道が凍っていることを説明しても逃げ出しはしないだろう。

「騎士様、魔物が来るんですか!? 守ってくださりますよね!?」

 興奮した村人たちにイクスは無理やり笑顔を作っては言葉を伝える。

「ええ、守ります! ですが、危険なんです!」

「騎士様がいるなら、大丈夫でしょう?」「なんだ、騎士様がいるのか」「逃げたいやつは逃げとけ」「そうだそうだ」

 騎士に対する信頼は人々に仮初の安心を与えるだけだった。
 イクスは愕然とする。
 自分が守ろうとした世界はこれだったのか、とイクスは思ってしまった。
 だが、今ここにいる騎士は自分しかいない。

「魔物の数が多いのです! 僕1人では……っ! 増援が来るまでは持たせますが!」

 イクスの言葉に人々はやっと納得して逃げ出す。
 だが、数名は失望の色を隠していなかった。
 騎士に対する過剰な信頼。
 全てを守るのが当たり前だと思われる現状。
 イクスは今正しく人々が騎士に抱く幻想を目にした。
 だからこそ、イクスは思う。

「僕が……僕が守るんだ!」

 想いは胸のうちに収まらず世界へと吐き出される。
 イクスは『宝剣・フロンス』を強く握り直すと再度氷の中にいるアズネへと向かって走っていく。



「ハイン!」

「うおっ!?」

 上りの道を走っていたハインはシャノンの呼び声と指し示された指で先程まで自分がいた場所を見た。
 周囲は凍りつき、草花が真っ白に染まっていく。
 自分が暴走させた時以上の危機だとハインには即座にわかった。

「逃げ……ても無駄か? いや、さすがに『宝剣』だとしても範囲があるはず……」

「ハインっ! あれ!」

 世界が氷に覆われていく。
 そんな中、あり得ないような速度で走っている人影。
 おそらくイクスだ。
 部下の不始末に決着をつけるためだろう。
 だが、果たして『宝剣・グラキエス』の“剣威”の暴走にどう対抗するのだろう。
 あのイクスだから、無策ではないはずだが。

「ハイン、あのね……」

「ん?」

「私、アズネお姉ちゃんに助けてもらったの」

 真摯な朱色の瞳はしっかりと氷の中心点、そこで凍りついた1人の騎士を見つめていた。
 紫色の髪を高い位置で括った彼女は永遠に時を止められ眠るように氷の中に閉じ込められている。

「だから、アズネお姉ちゃんを助けたい!」

 その言葉にハインは息を呑む。
 シャノンの言葉に嘘はなく、裏もない。
 願いを口にしただけだ。
 彼女にはそれを叶える手段がない。
 そして、その願いはシャノンを危険に晒すことになる。

「無理だ……」

「ハイン……?」

「シャノンを危険な場所に連れていくのもそうだけど、方法がないっ!」

 願いは無力だ。
 それだけでどうにかなるなら、世界から争いはなくならない。

「だから、今は逃げよう!」

「でも、それじゃあ、アズネお姉ちゃんは?」

「っ! もう助からない!」

 ハインの残酷な言葉にシャノンは目を見開く。
 だが、すぐに顔を歪め、消え切らない思いを口にする。

「でもっ!」

「シャノン! 俺は君を守る……けど、いつでも守れるとは限らないんだ! 俺が、イクスに勝てなかったのと同じように……っ!」

「それでも、私は……っ!」

 シャノンはわがままだ。
 助ける為に自ら危険に飛び込もうとしたせいで、今も擦り傷だらけの姿を晒している。
 擦過傷がじくじくと痛むはずなのに、それを顔に出さないのもわがままだ。
 もっと、もっと逃げたりしてもいいはずなのだ。

「……ハイン、1個聞いていい?」

 イクスが剣を振りアズネを覆う氷を削るが、煌めく氷の粒が宙に舞うばかり。
 おそらくそれもすぐに凍りつき、無駄となる。
 イクス自体も『宝剣・グラキエス』の“剣威”のせいでどんどんと体温を低下させているだろう。
 そんな光景から、シャノンはハインへと視線を移した。

「……なんだ?」


「私の『ノースペラ』の力なら、全て解決出来る?」


 その問いは、問いというには既にシャノンの中で答えが出ていた。
 だから、確認行為でしかなくて。

「……おそらく」

 嘘をつくことも出来た。
 だけど、シャノン自身が気づいてしまったのだ。
 嘘を言っても無意味。

「なら、私、行くわ」

「っ!」

 朱色の髪を揺らし、1歩を踏み出すシャノン。
 その1歩を、その小さな背中をハインは見た。

「……足、震えてるじゃねぇか」

 小さく呟いた自分の言葉はシャノンの耳には届いていない。

 シャノンはハインを守ろうと必死になった。
 怖かっただろう、逃げ出したかっただろう。
 だけど、そうしたら、大切なものをなくしてしまうから。
 だから、ハインは覚悟を決めた。
 自分はこの子を守ると決めた時以上の覚悟を。


「……俺は君を守って、俺は本当の騎士になる!」


2ヶ月前 No.36

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

【18.『ノースペラ』】


「くっ!」

 『宝剣・フロンス』を振り回しながら場所を移動し続ける。
 それは彼の剣撃が型を重視し、かつそれを連携の形にまで高めていることも理由なのだがそれ以上の理由がある。

ズシャッ!

 それは何もないはずの地面から生まれる氷の槍。
 イクスがさっきまで居た場所には天へと貫くような氷柱が生まれる。
 『宝剣・グラキエス』の“剣威”により生み出された氷の凶器は、『宝剣・フロンス』を用いたイクスを捉えきることが出来ずにいる。
 周囲にはそのような氷柱が無数に生み出され、ある種の芸術性を帯びた世界になっていた。
 しかし、『宝剣・グラキエス』が求めているのはイクスの死だ。

「アズネ副隊長っ!」

 言いたいことがあった。
 叱ってやりたいことがあった。
 名を読んでも氷の棺に入った部下には声が届かない。
 なんでここに居るのか。
 隊はどうなったのか。
 そんな問いばかりが浮かぶ。
 だが、解答は氷の中にしかない。

 避け続ける中でイクスは『宝剣・フロンス』では力不足だと考えた。
 否、相性が悪いと言った方がいい。
 自然の脅威そのものである『宝剣・グラキエス』に対して、『宝剣・フロンス』を使うイクスは対人特化と言える。
 自然などという倒すことも出来ないものに対して『宝剣・フロンス』では太刀打ちなど出来るはずがないのだ。

「しかし、僕は騎士だ!」

 出来ない、出来る。
 その2択ではない。
 やる、守る、止める。
 その選択肢しかない。
 イクスにとって騎士はそういうものだから。
 だから、無駄だろうが剣を振る。

 だが、それも長くは続かない。

「っ!」

 『宝剣・フロンス』の“剣威”が切れたのだ。
 『宝剣』は自身の“剣威”を鞘にしまうことで貯め続ける。
 ゆえに、“剣威”を永遠と使い続けることは出来ない。
 しかし、目の前の『宝剣・グラキエス』は暴走状態にある。
 鞘にしまう必要もなくその能力は世界を凍りつかせ続けるのだ。
 一方のイクスは『宝剣・フロンス』を鞘にしまうしかない。
 『宝剣・フロンス』により強化した反射神経を失ってしまえば、氷柱に貫かれるだけだ。
 逃げるしかない。

「どう、すればっ!」

 どうにか意志と集中力で『宝剣・グラキエス』の生み出す氷の槍を避けるイクス。
 荒々しい息と共に動きは精細さを欠いていく。

「っ!」

 避けようとした足を氷柱が掠める。
 掠め箇所は小さいが、熱量を持った痛みというよりも、冷気による突き刺すような痛みが休むこと無く続く。

「くっ!」

 少しづつだが、『宝剣・グラキエス』の“剣威”がイクスを捉え始める。
 右足、左腕、右の脇腹、頬。
 裂傷が体に増え続ける。
 それが痛みとなり、集中力を乱し、さらに裂傷が生まれる。
 マイナスの循環が続く中、決定的な一撃がイクスを見舞う。

「かはっ!」

 氷柱がイクスの体の真を捉える。
 避けた先に生まれたその氷柱はイクスの胸元を直撃。
 辛うじて纏っていた鎧のおかげで即死は免れたが、それにより肺の中にあった空気は全て外へと追い出されてしまう。
 そのままバランスを崩し、イクスは無様に倒れ伏すことしか出来ない。
 どうにか腕の力だけで立ち上がろうとするイクス。
 だが、氷柱は既に生まれようとしており―――


「―――伏せてろ!」


「え?」

 声とともに炎が宙を駆けた。
 真紅の炎は『宝剣・グラキエス』の“剣威”とぶつかると対消滅する。

 炎を生み出した主へとイクスが目を向けると、そこには1振りの刀を手にした元同僚がいた。

「ハ、イン……?」

 辛うじてその名を呼ぶイクスにハインは儚げな笑みを浮かべた。



 ハインがイクスを助けるその少し前。

「ハイン!」

「なんだ!?」

 二人は坂を走り下っていた。
 アズネを助けると決意したシャノンを守る為に、そして騎士になる為にハインはシャノンと共に走り出したのだ。
 『ノースペラ』の力があれば、どうにか出来る。
 その考えにハインはある種の確信があった。
 実際、『宝剣・グラキエス』でシャノンの『ノースペラ』の力の暴走を抑えられるのだ。
 その逆が出来ないとなぜ言えるのか。

「どうすればいい?」

「へ?」

 だが、問題があった。
 シャノンには『ノースペラ』の力を制御する方法が分からない。
 だからこそ、問いかけた。

「どうすれば、私の力を使えるの!?」

「……」

 走り出してから考えることではないだろうに。
 ハインは一瞬呆れたが、だが、それほどまでにシャノンがアズネに世話になったのだろうと思った。
 手段を後回しにしてまでも、まずは助ける為に走り出したのだろう。
 そう思い、ハインは苦笑する。

「ハイン?」

 そんなハインの様子を見て、シャノンが何かおかしなことでも言ったかと顔で問いかけた。
 ハインはそんなシャノンを見て笑みから真剣な顔になり、立ち止まった。

「……いるんだろ、エス!」

 ハインが虚空にそう呼びかけると、傍らに雪のような女の子が現れた。
 『宝剣・グラキエス』の元となった女の子。
 ハインに合わせて立ち止まったシャノンに首をかしげ、疑問の視線を向けるエス。
 見慣れないからなのだろうが、エスはハインにしか見えない。

「シャノン、ここに」

「……雪の、妖精?」

「見えるのか!?」

「う、うん。綺麗……」

 シャノンの呟く言葉にハインは息を呑んだ。
 そして、冷静に1つの推測をハインは立てた。
 同じ『ノースペラ』同士で共振するものがあるのではないか。
 おそらく、元をたどれば『ノースペラ』の力は同じものを源とした力なのだ。
 だからこそ、見えるのではないか
 推測は予感へと変わり、ハインはエスと目を合わせる。

「エス、どうにかしてシャノンに『ノースペラ』の力を使う術を伝えられないか?」

 ハインからの懇願の言葉に、エスはよく分からないという風に再度首をかしげた。
 それが意味するのは、エスには『ノースペラ』の力に対する自覚がないということだと思えた。

「くそっ!」

 力の使い方なんてハインに分かるわけがない。
 でも、きっと『宝剣』の力は『ノースペラ』であれば相殺出来るのだ。
 それだけはわかった。

「エス、って言うのね。初めまして」

 だが、シャノンはそんなことは関係なしにエスへと笑みを向けた。
 その笑みにエスも何かを感じ取ったのか、笑みを返す。
 そして、白い腕を伸ばしてシャノンの赤い髪に触れた。

「……うん……うん……わかったわ、伝えておく……うん、ありがとう」

 慈しむようなエスの視線にシャノンは言葉を返す。
 何も話していないのに。
 少なくとも、ハインには分からない。
 やがて、髪から手を話すとエスは最後にハインへと笑みを浮かべ、消えた。

「エスっ! くそっ! 唯一の手がかりなのに……」

「ハイン、大丈夫だよ。私、聞いたから」

「……何を?」

「力の、使い方」

 なぜか悲しげな表情でシャノンはぐっと小さく拳を握ってハインを見た。
 見上げる瞳は今までになく意志が強く感じられる。
 だけど、どこか悲しげな色合いで。

「あの子がね、ハインにごめんなさいって……あと、ありがとうって」

「っ!? シャノン、エスと話せたのか!?」

「うん……だからね、私もハインに伝えておくね」

 くるりと体を回し、ハインに背を向けるシャノン。

「色々とありがとうね……いつも、守ってくれて」

「シャノン?」

「一緒にいて、すごい楽しかった。一緒にいて、すごい嬉しかった。一緒にいて、すごい面白かった。一緒にいて、いつもぽかぽかした」

 嬉しそうに弾む声がハインの耳に入る。
 なぜ、そんな嬉しそうなのに。

 朱色の髪が翻る。
 振り返ったシャノンの瞳からは1雫の涙が。

「ありがとう、ハイン」

 シャノンの体が光り出す。
 理由が全く分からないが、朱色の粒子へシャノンが変換されていく。

「シャノン?!」

 ハインは、やっと気づいた。
 『ノースペラ』の力の制御を行う最も効率的な姿。
 それは―――

 目も開けられないほどの光が放たれて、目を閉じるハイン。
 次に目を開けたハインの視界にはシャノンがなく、代わりのように一振りの刀が突き刺さっていた。
 朱色の刀身を持つ、2メートル程の刀身を持つ刀。
 『宝刀・シャノン』だった。



 ハインは倒れるイクスが助かったことを確認して、少し安心した。
 手にもつ『宝刀』の重さに押しつぶされそうになるが、しっかりと握り直す。

「いくぞっ!」

 駆け出し、長い刀身を振る。
 刀身が過ぎ去った後には朱色の線が生まれ、空気が爆ぜる音を立てる。
 それは『ノースペラ』であったシャノンの全てを燃やす劫火の力。
 空気すらも燃やしながら、刀は宙に軌跡を残す。

「うおおおおおおおお!」

 ハインは『宝刀・シャノン』で氷の檻を斬りかかった。
 相反する力がぶつかり、白と赤の奔流が視界を埋め尽くす。
 若干、白色の勢いが強く、ハインは刀を持つ手により力を込めた。
 氷の檻を少しずつ切り裂き、白色の光の元へと朱色の斬撃が届く。
 そして、白い刀身と赤い刀身がぶつかる。

「くっ! ああああああああああああ!」

 腕が引きちぎれそうだった。
 様々な思いが去来しては消えていく。
 マグナとの約束。
 シャノンの笑顔。
 全てが全て大事で、守りたくて、だけど守れなくて。
 もう2度となくしたくないと願っても、誰もがハインの願いとは裏腹に目の前から消えていく。
 いつしか守ることも信じられなくなった。
 だけど、小さな1人の女の子のために再度騎士になったのだ。
 でも、その子も消え―――

 その時、耳元で声がした。

「――――――」

 気のせいだったかもしれない。
 だけど、ハインには聞こえたのだ。

 ハインは笑みを浮かべ、力を込めて、刀を振り切る。

「ごめんな、エス」

キィイイイイイイイイイイイイン

 遠く、遠く、その更に遠くまで届くような鋭い音が響いた。
 白い刀身の半分が宙を舞う。
 約束と願いの鎖は既に別れてしまった。
 もう2度とそれを手にすることは出来ないだろう。

「マグナ、今、行くね」

 声に、ハインは宙を見上げる。
 宙にいるエスがその更に先へと右手を伸ばしていた。
 その手を取るのは、見覚えのある騎士の手で。

「―――ありがとう」

 顔だけで振り返ったエスが満面の笑みを浮かべていた。
 一瞬、世界が光で満たされた。

 ハインが目を開けると、後には気を失った傷一つない紫色の髪を持つ騎士だけが地面に倒れていた。

「ありがとう、シャノン」

 紅に染まり始める空に舞うのは光の結晶。
 『宝剣・グラキエス』の“剣威”が消滅したことで展開していた力が天へと消えていっているのだろう。
 空の色と結晶の眩しさに目を眇ながらハインは呟いた。
 遠く、村の方から駆け寄ってくるユウハの声が聞こえた。
 空に向けていた視線をそちらに向けるが、ハインの視界はなぜかぼやけていた。



2ヶ月前 No.37

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

【エピローグ】

 よく晴れた洗濯日和の日だった。
 その2階建ての家は村から外れた丘の上にあり、煙突が白い煙がたなびいておりこの家が空き家ではないことが分かる。
 遠目から見れば辺りに何もないことも手伝ってどこか浮世離れした印象を与えることだろう。
 麓の村までは子供の足でも十分に向かえる程度の距離しかないにもかかわらず、丘の上という立地ゆえにその建築物は妙に浮いていた。
 家の入口である扉は村から見て真向かいの左よりにあり、扉の右にはガラスの嵌った窓枠がある。
 そんな窓枠から日の光が射し込み、家の中を明るく照らしている。
 部屋は広いとは言えない。
 円形のホールのようなリビングと突き出るようにしてあるキッチン。
 2階への階段は家の中をぐるりと回るようにして作られており、3人以上で住むことは想定されていないだろう。
 そんな家のキッチンでスープの味見をしているのは20歳を過ぎたばかりの男だ。
 短めの黒髪に黒い瞳、背は少し高めという印象。
 普段から鍛えているのか細身のわりにがっしりとしている体つきだ。
 動きやすそうな私服にエプロンを着けた彼はこの家の主であった。

「……もう少し塩を入れるか」

 男は手慣れた手つきで塩の入った瓶から1掬いの塩をスープへと入れる。
 少しかき混ぜてから再度味見をすると男は満足したようだ。
 男は次に水を張った底の浅い桶からレタスを取り出すと1枚1枚葉をちぎっていく。
 5枚ほどちぎったところで残った方を水に入れ、ちぎった方を桶から出して水気を切る。
 そのまま既にスクランブルエッグが盛られた木製の2つの皿にそれぞれ盛り付ける形でレタスを添える。
 食パンを別の皿に乗せて、3つの皿を先にリビングの木製の机の上に置く。
 卵のスープをカップに入れて、リビングに持っていくと1人の女の子が階段を下りてきた。

「おはよー、ハイン」

「おはよ、シャノン」

 朱色の髪が背中まで伸び切った女の子は眠気眼のまま席へと座る。
 ハインも対面に座り、シャノンの寝癖を見つけて笑みを浮かべる。

「シャノン」

「寝癖でしょー? 分かってるー」

 シャノンは手櫛でぴょこんと跳ねた寝癖を直そうと四苦八苦している。
 そんなシャノンをハインは優しい目で見ていた。
 そして、あのときのことを思い返していた。
 『宝剣・グラキエス』を真っ二つにした後のことを。



「ハイン、大丈夫か!?」

 夕焼け空の中、駆け寄ってきたユウハはハインの頬を伝う雫を見て声を上げた。
 何があったのか。
 魔物はどうしたのか。
 全てが分からないまま、ユウハはここへと来たのだ。

「……シャノンが」

「シャノンちゃんがどうかしたんか!? というか、その剣はどうしたん?」

「これが、シャノンなんだ……」

「はぁ!?」

 素っ頓狂な声をあげるユウハ。
 そんなユウハに事情を説明することも出来ないハイン。

「彼女は『ノースペラ』だった。だから、『宝剣』、いや、『宝刀』になったのだと……だよね、ハイン?」

 傷だらけのイクスが立ち上がり、ユウハに説明したが、言葉が不足しすぎていた。
 しかし、それが事実の全てだった。
 目の前の刀がシャノンなのだ。

「ハイン……」

「悪い、ちょっと1人に―――」

 と、その瞬間、宙を舞っていた光の結晶が『宝刀・シャノン』へと収束する。
 赤い刀身を白く覆い尽くすように。

 刀身から赤色が消える直後『宝刀・シャノン』が光りに包まれる。
 目の前の刀が朱色の粒子へと還元される。

「シャノンっ!?」

 消えていく。
 シャノンが、消えていく。
 ハインはそう思い、刀を抱きしめる。
 せめて、なくしたくないと。
 そう思っていたから。

 だが、粒子への変換は止まることがなくついには全てが粒子へと変換される。
 腕に掴んでいたはずの感覚は消えてしまう。
 これ以上何を奪うというのか。
 守ったものも、守りたかったものも、そのための武器すらも奪っていくのか。
 ハインは泣き叫びそうだった。
 だが、そうはならならなかった。


 なぜか腕の中にシャノンがいたから。


「……へ?」

 ハインは気の抜ける声を出した。
 消えたはずのシャノンがいるのだ。
 当の本人はすやすやと眠っている。

「え? どう、いう……?」

 ハインは理解が追いつかなかった。
 しかし、その口元には笑みが浮かんでいた。

「は、ははは」

 守りたかったものをようやく守れた1人の騎士がそこにいた。




 ハインは寝癖を直し終えて食事を始めたシャノンを見て、思い返していた。
 あれからまだ1週間程しか経っていないけれど。



 あの後、イクスはアズネを連れて村を出ていった。

「その子が起きたら言っておいて欲しいことがあるんだ」

 去り際にイクスはハインへと言った。

「君が無害だと僕が騎士団長に説明する、だから『ノースペラ』の力を使わないと約束だ、と」

 イクスはそれだけを言い残して、ハインの前から姿を消した。
 目を覚ましたシャノンにその言葉を伝えるとシャノンは誇らしげに笑みを浮かべてハインに宣言した。

「当たり前よ」

 目を覚ましたシャノンは今までと違い、『ノースペラ』の力を制御出来ていた。
 どうやらエスのおかげらしい。
 シャノンが言うには、エスが自分を剣から人へと戻してくれた、とのこと。
 シャノンとエスのやり取りには言葉ではなくイメージや思念のようなもので行われたらしく、その理論を説明されたが戻してくれたのがエスだったということしかハインには分からなかった。


 ユウハとオーラルは村を出ていった。
 どうやら、近いうちに村を出ていくことをあの日に決めていたらしい。
 次の目的地は隣国とのことで、川越をするようだ。
 また出会えるかは分からないが、最後に交わした言葉は、

「またな」

 という再会の言葉だった。
 きっとどっかの空の下で今日も楽しげに日々を送っているのだろう。



「じゃ、行ってくるよ」

「あ、私も村に行く! 今日、遊ぶ約束してたの!」

 食事を終えたハインは仕事の為に家を出ようとしたが、シャノンも用事があるとのことで一緒に村への坂を下っていた。
 シャノンは村で友達を作ったらしい。
 『ノースペラ』の力を制御出来るようになったおかげで、前よりも自信がついたようだ。
 それが問題を誘発しないかと不安であったが、『ノースペラ』の力が制御できればシャノンは普通の女の子と同じだ。

「ハイン、後で一緒にごはん食べようね」

「ああ、そうだな」

 のんびりと雲が青空の下を動く。
 爽やかな風が吹いては、木々を揺らす。
 ハインは、くぁ、とあくびをした。

「ハイン、眠たそうだね」

「ああ、風が気持ちよくてな。今日はもう何もしたくない」

「ちゃんと仕事しないと駄目だよ!」

「分かってるけど、今日くらい休んでもいいだろ?」

「駄目!」

 繋いだ手にシャノンが力を込めた。
 それがとても暖かくて、ハインは笑みをもらした。
 手にしたものは小さいかもしれない。
 けれど、こんな日々が続けばいいな、とそう思った。

 空は遠くの方まで澄み渡っていた。


I’ll become the knight for you.
The End!
Thank you for your reading!

2ヶ月前 No.38

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

【幕後〜騎士団長の推測と結果〜】


「申し訳ありませんでした」

 騎士団本部に戻り、騎士団長室へと呼び出されたイクスが最初に言葉にしたのは謝罪の言葉であった。
 表の目的、騎士の巡回任務、は無事に終わった。
 しかし、イクスへの勅命は果たされなかったのだから当然のことであった。

 そんなイクスに騎士団長は笑みで答える。

「顔を上げなさい、イクス小隊長」

「……しかし」

「顔を上げなさい」

 頭を下げていたイクスは姿勢を正す。
 目の前にいる騎士団長はなぜか笑みを浮かべている。

「詳細な報告を」

「はい!」

 イクスはデゼンの村で起きたことを説明した。
 『ノースペラ』の暴走、ハインの存在、そしてアズネ副隊長による『宝剣・グラキエス』の暴走。
 処罰としては、降格と『宝剣』の返上だろう。
 イクスはそう覚悟して全てを話した。

 話し終えると、ルイス騎士団長は一言だけ疑問を口にした。

「ハインくんは元気だったかい?」

「は、はい……それがどうされました?」

「いや、なんでもないよ。それじゃあ、アズネ副隊長にちゃんと指導だけ忘れないようにね」

「……それだけですか?」

 処罰を覚悟していたイクスはその待遇に疑問を抱いた。
 『ノースペラ』は絶対危険な存在だったはずだ。

「そうだよ? 何? 処罰されたいの?」

「いえ、そうされるのが普通かと……」

「今回の任務は裏で動いてもらっていたからね。処罰しようもないんだけど」

「しかし、任務を失敗したのは事実です」

 強情なイクスの姿にルイス騎士団長は苦笑し、渋々処分を言い渡すことにした。

「じゃあ、1週間新人騎士の指導をお願いするね。今回も跳ねっ返りとか貴族出身の者とかいてね」

「はい!」

 イクスは敬礼すると部屋を出ていった。



「まあ、次点くらいかな」

 ルイス騎士団長は1人呟いていた。
 今回の任務、イクスは成功しないだろう、とルイス騎士団長はどこかで感づいていた。
 まず、『ノースペラ』が1年近く放置されたままで発見されなかった事実からして、『ノースペラ』に協力する存在がいることが考えられたからだ。
 しかも、当時の護送任務を担当したハインの死体が見つからなかった。
 となると、ハインが関係していたのは簡単に予測出来た。

 問題は、ハインがどのような思想で『ノースペラ』を保護していたか、だった。
 騎士団への報復などと考えているなら問題だったが、自分の為でしかなかった。
 その程度なら、放っておいても問題ないだろう。

 可能であれば、ハインを騎士団へと連れ戻すこと、そして『ノースペラ』を剣へと変換すること、まで出来れば理想だった。
 しかし、実際のところほとんどそれに近い状況になったのだ。
 デゼンの村は隣国との間にある。
 あの村に危機が迫れば、ハインは戦うしか無いだろう。
 騎士を配備することなくそれと同等の存在を置くことが出来た。
 次点の結果といえるだろう。

「人生ままならないものだね」

 自嘲気味に呟くルイス騎士団長は、だが口元に笑みを浮かべると窓の外へと視線を向けた。
 自分の守りたいものは今日も平和だ、と思いながら。



「アズネ副隊長、今後は勝手なことをしないように」

「……はい……」

 イクスの小隊長室にて、アズネは申し訳なく頭を下げていた。
 守りたかったのだが、最悪な形でイクスへと迷惑をかけてしまった。
 副隊長失格だ。

「じゃあ、それだけ」

「え? 罰は、ないんですか?」

「……今回、僕の判断ミスで君を危険にさらしてしまったからね」

「そんな!」

「というわけで、以上だよ」

 イクスはなおも食い下がろうとするアズネを部屋から締め出す。
 廊下にて、アズネはどうすればいいのか、と迷っていた。

「私は……」

 守りたかった。
 ただ、それだけだった。
 だけど、力が足りなかった。
 もっと、力が必要なのだ。

「もっと、力を……」

 危なげな色を瞳に宿しながら、アズネは自身の部屋へと戻っていく。
 誰にも知られることなく、アズネは静かに決意した。
 もっと強くなることを。






完。

2ヶ月前 No.39
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