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お好きな紙と筆をご用意ください

 ( 小説投稿城 )
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@akira0908☆G2g5KGLD3yBo ★Tablet=UIgVrM4Ag0


 もしもあの人に出会ってなければ、と思う事は何度もあっただろう。誰もがそう思ってしまう。あの人に出会っていなければ、あの人が居なければ。だからその欲に従って殺したような人間もいるし、それに逆らって嫌というほど好きになってしまった人間もいる。


 1人の武道家の娘は、1人の九州からやってきた男と出会わなければよかったと思う。自分のテリトリーにズカズカと入り込んできては、自分の中で積み立ててきた“何も感じない”ように努力していたものを崩され、そしてその男の事を好きになってしまうものだから、出会っていなければ良かったと、だけど出会っていて良かったと、そう思う。

 1人の裏表の激しい男は、1人の武道家の娘に出会わなければよかったと思う。自分の感情をめちゃくちゃに乱されて、娘1人に躍起になり、嫌に娘のことを想い、娘の事で頭がいっぱいになり、最終的には裏切られるかのように玉砕するのだから、出会っていて良かったと、そして出会わなければどれだけ良かったかと、そう思う。

 1人の警察官の娘は、1人の男のような女に出会わなければよかったと思う。誰にも触られないように隠してきたものをぶち壊しては何事もないように、呼吸をするくらい自然に娘を救い出してしまうのだから、出会わなければ良かったと、出会っていて良かったと、そう思う。

 1人の天才は、1人の警察官の娘に出会わなければよかったと思う。この娘のせいで何度自分の頭を使って治療を施してやったか、仲間だからと顧みずな行動に何度天才は頭を悩まされただろう。出会っていて良かったと、そして絶対に出会わなければ良かったと、皮肉にも思う。


 いくつもの出会っていなければ、は積み重なる。それは皮肉なのか運命なのか偶然なのか必然なのか。それは誰にも分からない。そして誰かを救っているつもりでも救えていなかったり、無意識で行っている行動が誰かを救っている。何も失いたくないという理由から無感情を自ら作り上げた馬鹿もいれば、人格を自ら使い分けて一人の人のためだけに愛されようとする馬鹿もいる。まるで息をするかのように自然に人助けをしてしまうような闇の深い馬鹿もいれば、息をするかのように自ら切羽詰まった生き方をする生き急ぐ馬鹿もいる。たくさんの馬鹿と無意識といくつもの出会いは皮肉にも一つの物語を紡ぐ。
 バットエンドなんて誰も望んじゃいない。だけどハッピーエンドも必要無い。人生に必要とされるのは、トゥルーエンド。いくらそれが間違った生き方だとしても、どう行き着いても生きてきた先に辿り着くものはトゥルーエンド。バットエンドだと思うならば自分の生き方が悪い。ハッピーエンドだと思うならば自分の生き方の結果だ。
 自分の物語は、誰かの脚本じゃない。自分のものだ。

 どう行き着いても、全ては過去の自分の筋書き通り。恨むなら他人じゃなく自分を恨め。感謝をするなら他人じゃなく自分に感謝を。

 真っ白な紙?キャンバス?スケッチブック?はたまた色画用紙?描き出した筆は?鉛筆?シャーペン?ボールペン?どんな絵?抽象的?はたまた幾何学的?文字?

 自分の物語を描くのは、他でもない自分だ。自分の生き方を作るのは、他でもない自分だ。これは、各自で用意した紙と筆で描かれたとある人間の生き方だ。

 お好きな紙と筆をご用意して描きください。たった一つの自分だけの素敵で皮肉な物語を。



【初めましての方は初めまして。何度かみたことのある方はこんにちは。こちらでは殺人事件を取り扱うことがあります。決して実在の事物や事柄とは一切関係ありません。また、こちらはそれぞれの人間が不器用に幸福に、不幸に生きていく物語です。シリアスも多いですし気分的に暗くなる事も多くなるとは思われますが、ご了承ください。とんでもなく亀更新ではありますが、お付き合い頂ければ幸いに思います。】

メモ2017/07/16 19:56 : 聖☆G2g5KGLD3yBo @akira0908★Tablet-UIgVrM4Ag0
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@akira0908☆G2g5KGLD3yBo ★Tablet=UIgVrM4Ag0

1章 「僕は和紙に真っ黒な筆がいいな」

  0

 どうして大人は子供の声を受け入れてくれないんだろう。小さな子供の戯言だと思われてしまうのかな。そんな馬鹿みたいな世界には、喧嘩を売っちまえ、『巴』


  1

 少し前までは、春一番に若干やられるかのように散っていた桜も、今となっては淡い桃色に新緑を添えた葉桜となり、吹き荒ぶ風もだいぶ静かで穏やかなものになる。季節は四月下旬。ゴールデンウィークも近付きそわそわとする中、明月高校だけはゴールデンウィークではなく一つのイベントに学校中はそわそわとしながら団結力を確実に固める。
 「えーっと、後は……あ。体育祭実行委員やりたい奴、居るか?」
 1年C組の教室の窓側後ろから2番目の片隅、だるそうに机に突っ伏しながら眠たげに開かれた薄い焦げ茶色の目だけを教卓の前に立つ教師の方に向けながら、開いた窓に揺られる三つ編みの伊織の右肩を右隣に座る英介、愛称「ひらちゃん」は教師の方をまるで怯える子犬の如く目を向けながら半ば必死になって起きろとでも言いたげに伊織の体を揺らす。
 伊織の方はと言うと面倒くさいと威圧混じりの瞳でひらちゃんの方をキッと睨みつけるが、当のひらちゃんは首を横にぶんぶんと振りながらピッ、と教卓の方にひらちゃんと伊織を見て眉間にシワを寄せる教師の方を指さす。伊織も渋々と顔を上げ、教師に向かって軽く会釈をすると、まただるそうに体を机に預けるように突っ伏す。
 ひらちゃんが伊織の体を揺すり、伊織は面倒くさそうにテコでも動かなさそうな雰囲気のまま机に突っ伏していると、英介は左肩を叩かれる感覚に斜め後ろ、自分の後ろの席に座る奏、愛称「奏ちゃん」を見ると、奏ちゃんはにこにこと笑いながら人差し指を教師の方に向ける。そして教師の表情を見て、ひらちゃんは硬直。そして流石の伊織もその姿に椅子をガタガタと鳴らしながら急いで姿勢を正して教師の方を見る。
 「おめェらァ……そんっなに体育祭実行委員がやりたいみたいだなぁ……?」

 「嫌です」
 「おいバカっ!!」
 眉間にシワ、こめかみに青筋を浮かべた教師の威圧に近い言葉に対して真顔で否定を入れる伊織と、それを見て顔面蒼白になりながら伊織を窘めるひらちゃん。青筋を浮かべた教師の方はと言うと、にっこりとした笑みを見せたまま「そうかそうかぁ」と嫌に猫撫で声で口角をあげながら続いて口を開く。
 「橘、お前そんなに実行委員やりたかったんだなぁ。周りが手をあげるかもって思ってわざわざ手をあげないなんてらしくもない大和撫子っぷりじゃねえか。いいぜ、やる気があるなら歓迎してやるよ。そんなやる気に満ち溢れた橘なら俺のクラスを優勝まで導いてくれるんだよな?いやー、助かるなぁ。喜べ、皆、今年の優勝は既に確定したぞ。流石、橘。はい、実行委員女子橘決定。反対が無いやつは拍手」
 「は!?」
 伊織の否定を受け入れずにベラベラと話を進めたかと思えば、教師の反対が無いやつは拍手、という言葉にクラスメイトは一部苦笑や失笑を零しながらぱちぱちと伊織に拍手を送る。外堀から埋めてきた教師のあまりにもの手口の悪さに半ば苛立ちを覚えながらも、ひらちゃんを巻き込んでやればいい、などとかなり失礼なことを考えながら立ち上がりかけたのをグッと押さえ込んでふてぶてしく椅子の背もたれに体重をかけて座る。
 伊織の後ろの席に座る女子生徒、普段はあまり学校に姿を表さない所謂不登校生徒亜留斗は伊織に苦笑を送りながら「馬鹿だな。ちゃんと話を聞いていないからだよ」と言うと、伊織も面目なさそうに苦笑する。確かに、亜留斗の言葉には一理ある。というか正論である。
 伊織の後ろの席に座る亜留斗は、あまり学校に来ない。不登校という使い方をしたが、正確に言ってしまうと仕事の都合上あまり学校に来れていないだけであって、成績の良さや仕事が無い日の学校の登校と素行の良さは教師は愚か生徒からも一目置かれている所謂憧れの的、の1人である。亜留斗以上の憧れの的がこの学園には2年に居るのだが、2年の人間に触れるのはもう少し後だ。

 「さて、女子の実行委員は決まったが……男子でやりたい奴は?英介か?あ?」
 「ひら」
 「い、嫌です!!伊織が実行委員なら俺には無理です!!俺には抑えきれません!!ごめんなさい!!」
 「即答すんなよ」
 伊織の体育祭実行委員決定は確実なものとなり、軽く絶望を覚えながら伊織も誰が一緒にこれからやってくれるんだろうか、と思いながら教師に目を向けながら頬杖を付きながら話を聞いていると、ひらちゃんの名前が出てきたこともありコイツならパシッてもいいな、と圧倒的失礼をかましながらひらちゃんでいいよー、と言いかけたところをひらちゃんの即答によってかき消された。
 しかし、その後おずおずと「あ、あの〜」と控えめに手を挙げた男子生徒の姿に思わず教師は目を丸くさせてしまう。縁楔。彼は比較的大人しめ、というよりは受動的な性格ということもあり、なかなかこういうものには参加しないことは一ヶ月もあれば分かってくる。控えめな男子生徒からの発言だったということもあり、反応が暫し遅れて教師の方が楔の対応を急ぐ。
 「お、おう、どうした」
 「えっとぉ……僕、伊織ちゃんと一緒ならやりたいなぁって思ってぇ……あ、ほ、ほら、伊織ちゃんこういうのは意外としっかりやってくれそうだしぃ……もし負けた時に全部伊織ちゃんの責任にするのもどうかなぁって……」
 ナマケモノが喋っているのか、それとも時間が止まっているのか遅くなっているのかと錯覚を起こすようなほど間延びしたゆっくりとした喋りに軽くガクッ、と教師は足元を崩しかけ、体制を直すと、ひらちゃんは「よっしゃ!」と言いながらガッツポーズを見せる。ひらちゃんの右斜め前に座る楔はぷくー、と頬を膨らましながらひらちゃんを見るも、ひらちゃんはその姿を見てははは、と乾いた苦笑をするだけだった。
 伊織もガタッ、と音を立てながら立ち上がるとガッツポーズを作り発言をする。
 「楔と一緒なら頑張ってあげる!!絶対勝たせるから!!」
 「えへ、伊織ちゃんかっこいいなぁ〜」
 「え、えーと……縁に反対が無いやつは拍手……」
 「皆拍手して!?勝たせるから!!」
 調子がいいことを言いながら伊織がバチバチとでかい音を立てながら拍手を楔に送ると、楔は少し嬉し恥ずかしそうに頬を少しだけ赤く染めながらへら、と小さく笑った。
 いつもと明らかにテンションの違う伊織の姿にクラスメイトも少し驚いたように目を丸くするも、すぐに体育祭実行委員がそんなに面倒くさいのかぱちぱちと伊織に続くように楔に拍手を送る。教師もそんな姿を見て思わず苦笑を零して2人を見ると、教卓をトントン、と二回人差し指で軽く叩いた後に前に来い、と指示を出すと、伊織は駆け足気味で教卓の前に立ち、のろのろと歩きながら楔も教卓の前に立つ。
 「橘伊織です。決意表明?みたいなやつだよね?多分。ええと、が、頑張ります……?」
 先程までのハイテンションとは打って変わってわりと普通の自己紹介をしたかと思えば不安になるような語尾で話始めるものだからクラスメイトは本当に大丈夫かな、と少しの不安を抱く。
 「え、ええとぉ……縁楔、です〜。え〜っと……伊織ちゃんのサポートができるように頑張ります〜。宜しくお願いしますぅ〜」
 またもや時間が止まったのか遅くなったのかと錯覚を起こしそうなほどノロノロとしたしゃべり方とゆっくりすぎるお辞儀に思わずクラスメイトは苦笑いを浮かべながら二人を見る。
 「頑張るねー、楔くん。あーあ、楔くんじゃなくて僕が実行委員やりたかったんだけどなぁ」
 「んー……楔はー……まぁボロが出ないといいな。奏、今から実行委員やりたいって言えば?やらせてもらえるかもよ?」
 「僕楔くんに殺されるくらいなら伊織ちゃんに殺されたいな」
 「あはは!」
 こそこそと席の後ろの方で不服そうな声を漏らしながらもくつくつと笑みを浮かべる奏ちゃんと、少し心配そうに楔に目をやったかと思えばすぐに奏ちゃんに向き直るひらちゃんの姿が目に入った伊織はピシッ、と左手を腰に当てて右手人差し指で二人の方を指すとキメ顔をして口を開く。
 「シャラァップ!!」
 「いやオメェが一番うるせぇから」
 「ひらちゃんのそういうところ昔から大っ嫌い」
 「知ってるわボケ」


7ヶ月前 No.1

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7ヶ月前 No.2

@akira0908☆G2g5KGLD3yBo ★Tablet=UIgVrM4Ag0


  3

 伊織は愚か、ひらちゃんまで時が止まったのかと錯覚をした一瞬後、いきなり好きだ何だと言い出した男性は深く深呼吸をした後に咳払いをして喉元を何度か鳴らした後に、もう一度深呼吸をすると伊織とひらちゃんを見据える。
 「す、すみ、ません。思わず……。ええと……二羽駅ってどこにありますか?この辺に攻めて来よったばかりで道が曖昧で……」
 「攻めて来た!?お主何者じゃ!!」
 「攻めて来た!?やべぇじゃん!!」
 男性は困ったように頬をかきながら申し訳なさそうに眉を寄せて困っている意図を伝えると、困っている意図は2人にはうまく伝わらず何故か何者だのやべぇだの言われてしまい男性は思わず苦笑してしまった。ふと余計な事を言いかけたのをそっと閉じて、男性の方は「あぁ」と申し訳なさそうにもう一度口を開く。
 「四月一日徹守、って言います。ええと……ええ……櫻葉高校、の方ですよね?俺は桜華学園で……」
 「ああ、噂の姉妹校!制服かっこいいなぁ」
 「桜華ってここからだと超遠くね?」
 四月一日徹守、と名乗った男性、徹守は自分の出身校を明らかにするとまたもや伊織とひらちゃんは徹守の言った名前よりも姉妹校という事やら桜華学園の遠い近いを考え始めていて、徹守は困ったように眉を寄せるも、すぐに伊織は手をパン、と叩いて本題を思い出して徹守の腕をぐいぐいと引っ張って駅のホームに連れて行く。
 後からひらちゃんも一度乗りかけていた自転車を駐輪場に置いてから伊織の後を続くように駅のホームの中に入ると、伊織が路線図を見ながら徹守に何かを教えている様子だった。
 「ええと……それで……あ、二羽駅ならもうちょっとあっちの方です。えーと、櫻葉学園入口から四つ先。え、ていうかあの駅からだと本当に桜華遠く無いですか?櫻葉の方来ればいいのに」
 「あ、え、俺、推薦で桜華の方行ってて……」
 「推薦だって。聞いたかよひらちゃん」
 「ホントだな。やべぇ」
 伊織が路線図を見ながら徹守に説明をした後に駅の場所から違和感を感じて首を傾げながら櫻葉の方に来ればいいのに、と言うと、徹守は少し驚いたように目を見開いた後に小さく困ったように笑った後に自分は推薦で桜華の方に通っている、という旨を伝える。推薦という言葉に伊織は特に驚きはしなかったが、やはり単純に凄いとは思ったのかひらちゃんに言葉のキャッチボールを投げたかと思えばひらちゃんはそれを無理矢理終わらせるように言葉のデッドボールを投げ返した。
 「ぼく、橘伊織って言います。姉妹校なら今度体育祭一緒になりますね。頑張りましょうね!あ、1年です、1年」
 「あ、そんな、俺も1年、なんで……敬語とか、ほんと、大丈夫です……そ、そう、だね、うん、頑張りましょう……?」
 「徹守?だっけか?お前さっきからちょっと言葉のイントネーションおかしくね?」
 「変!?うわぁ、気ば付けよったんばってんな、やっぱり都会ん人はちごうとるな……」
 「…………日本語でお願いします」
 「日本語だぜ」
 徹守の慌てたような困ったように眉を寄せて方言を発する姿に思わず伊織は目をぱちくりとさせた後に日本語でお願いします、と珍妙極まりないことを言い出す。それにすかさずひらちゃんがフォローとも言える突っ込みを伊織に回すと、伊織は「あ、そっか」と若干惚けたようにそう言って見せた。
 徹守の方はと言うとイントネーションがおかしいとひらちゃんに言われたのが地味に心に来てるのかなんとも言い難いむず痒そうな微妙な表情をしながら首元を触っては困ったように眉を寄せたりなど一人挙動不審だった。
 「あ、関係ない話になったな。えーと、俺は平岩英介。周りからはひらちゃんって呼ばれてるし、お前もひらちゃんでいいぜ。つーか徹守?は桜華推薦ってことはめちゃくちゃ頭いいんだよな?」
 一人挙動不審になっている徹守を見ながら不思議そうに元凶であるひらちゃんは首を傾げながら軽く名前を名乗ってふと気になっていたであろう疑問の一つ、桜華推薦の話を振ってみた。と言っても、ひらちゃんの方が所謂馬鹿の部類に入ってしまうので、桜華のスポーツ推薦の脳筋馬鹿だったら仲良くしてやろうと思ったし、運動音痴の天才だったら仲良くはしないけど勉強を教えてもらおうなどとなかなかえげつない事を考えていた。無論、その考えは伊織にじとーっと半ば睨みつけるように見られていることもあり流石と言うべきか幼馴染にはお見通しだったみたいだが。
 「あ、いや、俺は水泳推薦でこっち来てて……ええと、頭は……分かんねぇけど上から数えて7番目くらい……だったかな?」
 「オールマイティかよこの野郎!!」
 「へぇ!凄いね、徹守くん!」
 「え?お、俺が凄い!?え、しょ、そげな、え、えっ、橘しゃんん方のそん、なんてゆうか、そん、ちゃっちゃくちゃらむぞらしかし……そん、あん、じぇんじぇん、えらいなか!……たい」
 「??」
 「駄目だ流石にこれは分かんねぇ」
 伊織が手をぱちぱちと軽く叩きながら賞賛の拍手を徹守に送ると、徹守は露骨に嬉しそうに目を輝かせながら、どこか恥ずかしげに手と手を組んだりたまにコキコキと鳴らしたり落ち着かない様子でそれでもどこか高いテンションで言葉を放つも、伊織は意味が分からないと言いたげに眉間にシワを刻みながら考え込むように顎に手を当てながら首を傾げ、ひらちゃんの方も伊織よりは理解出来ていたつもりだったが今回ばかりは降参とでも言いたげに肩をすくめるようにして両の手のひらをひらひらとさせながら見せた。

 流石に分からないからか、お互いに解読をしながら何とか徹守が伊織の事を褒めていた、ということと謙遜しているという所まで至ると、伊織は嬉しそうにえへえへと笑いながら頭をガリガリとかくようにしながら「そんな〜」なんて言った。ひらちゃんは徹守のあからさまな態度に苦笑をしつつも、他のことも同時に考えていた。
 「…………伊織には楔がいんだけどな……」
 ぽつり、と傍にいる徹守や伊織でも聞き取れるか聞き取れないかくらいの微妙に小さな声で言うと、伊織は徹守と連絡先を交換している最中だったのか「ひらちゃんも徹守くんと交換しなよー」と1人だけ呑気にのほほんとした様子でスマホを些か乱暴に振り回すようにしながらひらちゃんを自分の方に呼び寄せようとこいこい、と数度手を折った。
 半ば伊織の無理矢理にはなったが、ひらちゃんと徹守は連絡先を交換し、お互いに考えていることは同じなのかなんとも言い難い微妙な苦笑をお互いに向けあった。ひらちゃんが今直感的に思ったことを感想として言うのであれば、コイツはなにか嫌な感じがする、だ。確かに少し前までは馬鹿だったら仲良くしてやろうだの頭が良かったら教えてもらおうだの考えていたが、一連の流れからひらちゃんは拭いきれない何かにそんな気持ちはすっかりと薄れてしまっていた。ただあるとすれば、目の前にいる幼馴染みを心配する幼馴染みと言うよりは保護者、なんなら父親に近い感情を持っている事だけは今のひらちゃんに分かることだった。
 徹守の方が「メール送れるか確認するね」と言いながらスマホを開き、文字を素早く打つと、伊織のスマホからは趣味の悪いホラー映画にでも出てきそうな立体音響の着信音が流れ、ひらちゃんは手に持っていたスマホが振動する。
 「橘さんの着信音すごいね!?」
 「お、お恥ずかしい、オカルトが好きなものでして……マナーモードにしてたはずなんだけどな〜」
 恥ずかしそうに頬をぽりぽりとかきながら伊織がスマホの画面を見ると、驚いたように目をぱちくりとさせた後に伊織はまたへらへらとなんとも言い難い幸せそうとも言える表情をしたので、ひらちゃんも苦笑しながらスマホに目を向けて思わずはぁ、と溜め息を吐いてしまう。
 「こっちからも送れるか確認するな」
 そう言うとひらちゃんは小さく笑ってスマホに文字を素早く打ち込むと、伊織もスマホをあまり使わないのが滲み出るように、両手でたどたどしく文字を打ち込む。時々伊織がひらちゃんに「小さいつってどうやって打つの」やら「ビックリマークってどうやって出すの」などと携帯を初めて持つ主婦のようなことを言いながらなんとか困りながらも文字を打っている中、一足先にひらちゃんが徹守に連絡を入れると、徹守は先にひらちゃんから届いた文字を読んでじとっ、とひらちゃんを軽く睨みつける。
 「ひらちゃんなんて送ったー?」
 例えば、ひらちゃんの手元に届いたメッセージが目の前の背丈の高い一見優しそうなどこにでもいそうな好青年から送られた堂々すぎるメッセージが『お前邪魔だよ』だとすれば、今不敵に笑むひらちゃんは
 「なんて送ったと思う?」


7ヶ月前 No.3

@akira0908☆G2g5KGLD3yBo ★Tablet=UIgVrM4Ag0

  4

 らしくもなく不敵に笑んだひらちゃんの姿に明らかにドン引きしたかのように「うわぁ……」と伊織が顔を引き攣らせながら笑ってひらちゃんを見ると、ひらちゃんは明らかにドン引きされてるのが分かったのかむすーっとしながら理不尽にも伊織にチョップという名の制裁を加えた。その様子を見ていた徹守は楽しそうに「ははは!」と声を上げて笑うと、駅のホーム外からバスの音が聞こえた事もあり伊織はスマホで時間を確認した後にそろそろ始発が出発する時間だと察したのか申し訳なさそうに徹守の前で手を合わせ「ごめんね、もう行かなくちゃ」と言って、ひらちゃんの腕を引っ張って駅の外へと出た。引っ張られたひらちゃんの方は「俺チャリなんだけど!?」と言いながらも伊織の後をついて歩くようにして行った。
 伊織に引っ張られて覚束無い足取りで(千鳥足とも言う)駅の外へ出る伊織とひらちゃんの後ろ姿を駅の構内に一人残された徹守は、目をすぅっと細めながら殆ど見えなくなるまでじっと見ていた。伊織のための見送りはもちろんのことではあるが、ひらちゃんから送られてきたメール内容に見事に徹守はご立腹だった。伊織の「またね!」という大きな声と大きくぶんぶんと振られる両腕に立腹だった気持ちは一瞬にして吹き飛んで思わず口元をほころばせると、丁度二羽駅行きの櫻葉高校前を通る電車が一分遅れてきた。
 「また会いたいな……。会えるっちよかなぁ。橘しゃん、体育祭でまた話しぇるかいなぁ」
 独り言のようにぽつりと徹守はそんなことを呟きながら、電車の中に足を踏み入れた。他学校、主に櫻葉の生徒の帰宅に紛れ込んで乗り込む桜華の制服は櫻葉の多い車内では目立った上にあまり良く見られてはいなかったが、徹守は櫻葉の生徒へのくだらない事への評価の付け方への幻滅と、それに引き換えすぐに困っているところを助けてくれた櫻葉の一人の少女に想いを馳せた。
 結局あんたらもそんなもんか、冷えた感情で徹守がまるで見下すように櫻葉の生徒を一瞥した後、別車両へ移ろうと揺れる車内の中で奥へ奥へと進んで行った。

 伊織帰宅後、奏ちゃんから連絡が入っていたようで、バスの中に乗り込む前にマナーモードにしていた故に連絡が入っていたことに気が付けなかったのを少し申し訳なく思いながら伊織は奏ちゃんと書かれた文字とやたら可愛い猫のアイコンをタップして連絡されていた内容を一通り見る。
 「えーっと……」
 畳の上に寝転がりながら文章を読むと、奏ちゃんからは『教室に忘れ物していってたよ。今から家に届けに行っても大丈夫かな?』という内容だった事もあり、バスに乗っていたということも重なって申し訳なさが倍増はしたが、ここで断るのも何だかなぁと思ったのも事実、伊織は素直に遅くなって申し訳ないという謝罪の言葉と遅れた経緯と旨を説明した後にもし良かったら届けてほしい、という所までかなりの時間をかけながら奏ちゃんに送る。
 いつもはほぼ一瞬で既読の付くような相手だということもあり、伊織がなかなか既読が付かないことに珍しいなぁと思いながら畳の上でごろごろしながら奏ちゃんの返答を待っていると、都合悪くインターホンのチャイムが鳴ったので渋々立ち上がって玄関まで向かう。
 伊織の家は武道家という事も重なってかいかにもと言った日本家屋という事もあり、扉を引くと懐かしいガラガラという音を立てながら「はぁい」と言って目の前の人物を見て思わず伊織は数度瞬きをした後に「あれ?」と不思議そうに首を傾げながら相手の方を見る。
 「奏ちゃん!?」
 伊織が名前を出して驚いていると、制服姿ではなく私服の割には随分とモデルのようなファッション姿の奏ちゃんは、「来ちゃった」と言いながら語尾にハートマークが付きそうなほどあざとい声質で伊織にそう言った。伊織が驚きながらも「あ、お茶出すよ、家上がってて」と言いながらあわあわとしながら台所へ向かう姿を見て、本当は忘れ物を届けに来ただけなのにお茶まで用意されるとは思っていなかったので、ここで大丈夫、帰るよ、と言った後の伊織の寂しそうな顔(無論、奏ちゃんの妄想である)が目の裏に見えてしまったので奏ちゃんは何故か甘ったれたような声で「しょうがないなぁ」と呟きながら一度礼をした後に「お邪魔します」と言って伊織の家に上がった。
 「いきなり来ちゃってごめんね。大丈夫だったかな?」
 伊織に居間に居るように言われたので、素直に居間で待っていると、淹れたての暖かそうな湯気が立ち上る緑茶が出され、伊織も奏ちゃんの前に座ったことにより奏ちゃんも申し訳なさそうに大丈夫だったかな?なんて言ってみる。それに対して伊織は少し目を数度瞬きをした後に軽くガッツポーズをする。
 「全然大丈夫!今丁度父様も稽古付けに行ってて……」
 「へぇ、もうここじゃ稽古しないの?」
 「ここでもたまにしてるよ。月に2回か3回くらい。ただ父様もそろそろ年がなぁ……なんて言ってたから識が後継ぎするまでは一回畳むんじゃないかなぁとは思ってるよ」
 「射水さんあんなに若いのに……」
 緑茶を啜りながら伊織の話を聞いて思わず奏ちゃんは苦笑してしまう。伊織の父である射水は年齢的にもまだまだ現役だ。何せ未だ30代、下手したらこれからとさえ言える年にも関わらず、今から年がなぁなんて言っている射水の姿には少し笑ってしまいそうだった。
 しかし、奏ちゃんは苦笑しているうちに一つの疑問が浮かび上がったので、不躾だろうかと少し悩んだが気になったことには変わりはなかったので「ねぇ」と声を掛けてみる。
 伊織はどしたのー、と言いながら首を傾げるのを見て、もしかして言い忘れかな?とも思ったが、奏ちゃんは口を開いてしまったからには言わなければならないと謎の責任感にやられていたので控えめに口を開く。
 「女の子だから無いってのもあるんだろうけど……伊織ちゃんが後継ぎ……とかはしないの?」
 何せ伊織の実力は確かなものだ。確かにちょっと頭が悪いというかなんというか、そんな節はあるが彼女の武道の実力だけは恐らく学校一番と言っても過言ではない。そりゃ道場の娘なんだから当然だろうというのもあるだろうが、何よりも凄いのは薙刀だ。とある2年の人間を超越した全てにおいて全くの非が存在しないオールマイティな天才も、伊織によって秒殺されている。
 出来ないことはないと、負けることを知らない2年の大スターを、伊織は秒殺している。
 「ううん……出来れば後継ぎしたいんだけど…………ちょっと、色々あって」
 「ふうん……」
 伊織は困ったように眉を寄せながらも後継ぎはしたいと言っているも、その顔は浮かないもので、何かやむを得ない事情があって出来ないということを表情一つで物語っていた。
 あまり深入りするのも悪いだろうと思い、奏ちゃんはそっか、というふうに言いながら伊織が嫌がるようなことは極力避けようと思いつつも、忘れかけていた本題である忘れ物を届けに来たことを伊織に伝える。伊織はわざわざありがとう、と言いながら笑うので、奏ちゃんも少し嬉しくなりながらも生徒手帳を伊織に手渡す。
 「あ!今日帰り無いなぁって思ってたら……そっか、忘れてたのか……ごめん、ありがとう!」
 「いいえ、どういたしまして。なんだか伊織ちゃん急いでるみたいだから声かけられなくて。ごめんね、気が利かなくて。そう言えば体育祭の日識くん帰ってくるんだね?」
 「あ、うん、そうなの!久しぶりに帰るーって昨日連絡あったから昨日のうちに書いた」
 申し訳なさそうにしながらも伊織が生徒手帳を受け取ると、奏ちゃんは識くん、伊織の弟の名前を出す。伊織は一瞬なんで奏ちゃんが識が帰ってくるの知ってるんだろう、とも思ったのだが、生徒手帳を忘れている立場上中身を見られるのは理解した上でと言った方が良さそうだったこともあり、そこに突っ込むことは野暮だと判断した伊織はそこには触れないでおいた。というかこれで詰め寄ったりしたらいくらなんでも奏ちゃんの厚意を無駄にしてしまう。
 「あ、伊織ちゃん連絡くれてたんだ。あ〜失敗、家帰った後すぐ出てくんじゃなかった。こっちも気付けなくてごめんね。……桜華の人と友達って……大丈夫……?周りからなにか言われない?」
 奏ちゃんは思い出したかのようにスマホを取り出すと、伊織からの連絡が来ていたことにいまさら気がついたのか申し訳なさそうに眉を寄せる。伊織の桜華の人と友達になった、という文章に分かりやすく奏ちゃんは不安そうに眉間にシワを寄せながら伊織を思う故に周りから何か言われるんじゃないかと心配していたが、当の伊織はのほほんとしながら「だいじょぶ〜」と言いながら緑茶を飲む。
 「伊織ちゃんが優しいのは知ってるけど、優しいことしただけで伊織ちゃんに何かあったりしたら僕嫌だからね」
 「へへ、ありがとう、奏ちゃん」

7ヶ月前 No.4

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7ヶ月前 No.5

@akira0908☆G2g5KGLD3yBo ★C3EpJ0HAtu_jAc

  6

 翌日、珍しく稽古が無かったこともあり寝つきは悪かったが寝起きはそこそこ良く起きれた伊織は気分がいいようで、急いで制服に着替えて身支度を整え、朝食を食べると元気に「行ってきます!」と挨拶をして扉を開いて梅雨の時期になるときれいになるまだ芽吹く気配のないアジサイの庭を横切るように駆け足で門をくぐると、家のすぐ近くまでのバス停まで走った。
 寝つきが悪くとも朝の寝覚めがいいだけで人はここまで変わる事が出来る物なのかと伊織は思わず自分の中で突っ込んでしまったのだが、ハイテンションも相成ってすぐにまぁいいか、と気分を切り替えた。バス停についたときには丁度良くバスが来ていたようで、駆け込み乗車になったがまだ早朝という事もありそこそこがらりとしているバスの奥の方に腰を掛けて頬杖をつきながらバスの窓から見えるまだ少しだけ薄暗い外をぼんやりと眺める。外をぼんやりと眺めていると、ひらちゃんの家が目に入り、伊織はひらちゃんの家の自転車が置いてあるところにそっと目をやると、まだ自転車が出ていない辺りひらちゃんはまだ家にいてぐうたらしているんだろうなあなんてことを考えてみる。他意はないが、今日の気分はなぜか勝ち誇っている。
 バスはもちろん進むのが早く、伊織がひらちゃんの家の前を通って謎の勝ち誇ったような笑みを見せているうちに、あっという間に終点である世継駅入り口に到着する。先に伊織よりも奥に座っていた人を行かせると、伊織は最後にバスから降りる。やや太陽が昇ってきた東の方に目を向けると、ぐーっと伸びをして朝の空気を肺いっぱいに溜め込む。ほぼ始発といっても間違いでもない家の近くのバス停から乗ったものだから、寝覚めが良かっただけに今日はやけに外の空気がおいしく感じる。今の今までだったら確実に寝ぼけ眼から外の空気どころかバスの中で爆睡してはバスの運転手に起こされるという痴態を散々見せていたこともあって稽古のない夜も悪くないかもしれない、とふと思い始めていた。
 むしろ、今日はバスの運転手のお兄さんに今日は寝てないんですね、なんて言われてしまったのは一周回って笑い話だ。
 伊織がすがすがしい気分で駅の構内に足を踏み入れようとすると、「ん!?」と後ろから朝からうるさいともとれる大きな声に伊織が振り向く。声の主は自転車を降りたのか自転車を押しながら駐輪場に自転車を止めようとしている最中のひらちゃんだった。ひらちゃんの言いたいことが分かったような気がして、失礼な奴だな、と思いながらも「おはよう」とひらちゃんに声をかける。
 「は、はよ……」
 「どうしたのさ、ひらちゃん」
 自転車のカギをエナメルバックの小さなポケットに入れながら目をぱちくりとさせて伊織と挨拶をかわすひらちゃん。ひらちゃんの言いたいことはわかっているが、伊織は意地悪っぽく笑ってひらちゃんの方を見た。にやにやとした卑しい笑みがいい感じに腹の立つ女である。
 「お前どうしたんだよ……部活の朝練の時以外俺のこと30分以上待たせてんのに……今何時か分かってるか?それともなんだ、俺が寝坊でもしたか!?」
 「ひらちゃん、ぼく怒るよ」
 「ジョーダン!!でも本当にどうした?いつも朝死にそうな顔してるじゃねえか」
 ひらちゃんの失礼極まりない言葉にさすがの伊織もムッとしたのか軽く睨みつけるようにひらちゃんのことを見ると、ひらちゃんは慌てたように笑って本当に心配するかのように少しいぶかしげに伊織をじっと見つめる。伊織の方はそんなに早く駅にいるのが珍しいかなあとは思っていたが、隠すようなことでもなかったので少しもったいぶった後にしょうがないな〜なんてやけに甲高い腹立つ声を出しては口を開く。
 「昨日父様と稽古しなかったの。寝つきは悪かったんだけど寝覚めが良かったからちょっとだけ気分良くて」
 「へぇ!珍しいこともあるもんだな!そかそか、まあ気分がいいなら何よりだな!そんじゃあいつもよりだいぶ早えけど学校行くか?俺ら割と遅刻魔だから土屋先生褒めてくれるかもな〜」
 「土屋先生に褒められてもうれしくない……」
 「お前どうなっても知らねえぞ」
 伊織が昨日の経緯を説明すると、朝から余計に元気なひらちゃんは満足そうに何度か頷いた後にくしゃくしゃと背丈が自分よりも少しだけ低い伊織の頭を撫でたやったかと思えば、伊織達の担任である教師、土屋先生の話題に変わる。
 伊織は土屋先生という言葉に分かりやすくげんなりとすると、面白そうにひらちゃんはケラケラと笑った。伊織が土屋先生を好いていないのはわかるが、好いていないにしても褒められることくらいは素直に受け止めてやればいいのにと、その場にはいない土屋先生のことを勝手に同情した。どちらかといえばどうなっても知らない方はひらちゃんの方だったわけだが、伊織はあえてそこには触れないでおいた。まあ、バレなければいいのだ。
 「あれぇ〜、二人とも早いねぇ〜おはよぉ〜」
 ひらちゃんと伊織が駅のホームでそんな話をしていると、ふと後ろから声をかけられ、伊織はびっくりしながらものらりくらりと眠いですオーラを放つ楔に軽く笑いかけておはよう、と挨拶をした。ひらちゃんの方も「相変わらずお前は早いな」なんて言いながら喋んのはおせえけど、と付け足しながらも楔と挨拶をかわす。ひらちゃんの喋るのが遅い、という言葉にはむす、っと頬をぷくりと膨らませながら楔は「遅くないもん〜」と相変わらず遅い口調で反論した。

 3人で電車に乗ると、どこか楔はそわそわとした様子でキョロキョロと辺りを見回す。ひらちゃんも伊織も何があったのかと首をかしげながら楔の方を見ると、楔は恥ずかしそうに頬をぽりぽりとかいた後にゆっくりと口を開く。
 「な、なんだか大好きな伊織ちゃんと一緒の電車に乗ってるなんて夢みたいだなぁ〜って思っちゃってぇ〜……えへへ……」
 「ぼくも大好きな楔と一緒の電車に乗ってるなんて夢みたいだなーって思ってた!」
 「そ、そ、そう……?へ、へへへ……、そっ、か……伊織ちゃんも俺のこと……」
 「楔?」
 「う、ううん!伊織ちゃんと同じ気持ちなんて僕本当にうれしいなぁって……!」
 「俺は無視かよ」
 楔の恥ずかしいともいえる言葉をことごとくスルーしたかと思えば、自分もそうだ、と肯定の姿勢を見せる伊織と、その伊織の言葉に顔を真っ赤にしてもじもじしながら嬉しそうに若干うつむいて言葉を紡ぐ楔の姿にどうかしたのかと半ば空気が読めないかのように伊織が尋ねると、楔はすぐにハッとしてまだ少し赤みの残る頬を満足そうに緩ませると伊織の手をきゅっと握ってうれしいという事を伝えると、伊織の隣に座っていたひらちゃんは二人の入り込みづらい空気の中突っ込むように言葉をかけると、伊織は拗ねないで、なんて笑いながら言い、楔は少し考えるようなそぶりをした後ににっこりと口を開く。
 「英介はどうでもいっかな〜!って思ってぇ〜」
 「俺楔のそういうとこ大っ嫌い」
 「ありがとぉ〜」
 「褒めてねえし!!」
 かわいい顔をして結構なことを言う楔の姿に思わずひらちゃんが苦笑を浮かべながら楔のそういうところが好きじゃない、ときっぱりと言い切ると、楔はなぜか満足そうにほおを緩ませて語尾にハートが付きそうなほど上機嫌にありがとう、なんて言って見せる。楔のそんな姿にイラっとしたのか握り拳を作りながら褒めてない、と怒鳴ると、伊織と楔は面白そうに笑っている。
 楔の失礼には物申したいことはあったが、伊織が笑っているのだからいいか、だなんて父親臭いことを思いながら突っ込むのはやめて楽しそうに笑う二人に便乗するようにひらちゃんは苦笑を乗せた。ひらちゃんの苦笑する姿を見てまた二人はひらちゃんを全力でいじりにかかったが、それでも苦笑をするひらちゃんの姿に二人でこそこそと何かを話し始めた。
 「英介どうしたんだろうねぇ〜気持ち悪ぅ〜……」
 「ね、ひらちゃんらしくない……絶対悪魔か何か憑いてるんだよ……学校ついたら図書館行こう?悪魔払いの本借りておかなくちゃ……」
 「伊織ちゃんエクソシスト?それじゃぁ〜僕は伊織ちゃんの助手やるねぇ〜!英介の体にどんな悪魔が付いてると思う〜?」
 「それはだね、助手。平岩英介は今……なん…だと……?平岩英介には今サタンだけではなく重病までもがのしかかっている……!これは早急に祓わなければ平岩英介に残るものは……虚無的な死……」
 「勝手に殺すな!!」
 「おかえり英介」
 「さよならデビル」
 「語呂いいの腹立つな」
 こそこそともはやギャグでしかない事を二人してひらちゃんをいじることを言うと、伊織の虚無的な死、のところからついに我慢ならなくなったのか突っ込んだら負けだという気持ちがあったにも関わらず突っ込んでしまう。やってしまったとのちに思いながらも、楔と伊織の仲の良さにはもう散々見せつけられているのでこうなるのもなんとなく目には見えていた。
 「はー、面白い!ひらちゃんは面白いねぇ」
 「なんだそれ……」
 ひらちゃんはもう怒るのも面倒になってしまい、苦笑を浮かべながらも軽く伊織の頭にチョップをお見舞いした。伊織のひどいな!という言葉をかわすと、電車内のアナウンスが櫻葉学園近くにある宵月駅を伝えたので、3人は立ち上がり電車の扉の前まで向かう。楔がさりげなく伊織の手をつなぐと、伊織は「しょうがないなあ」と小さな子供をあやすように伊織も楔の手を握り返した。その姿を見てまたもやひらちゃんは苦笑する。
 「お前らほんとに仲良しなことで」
 「ひらちゃんもおててつなご。仲良ししよ」
 「誰がつなぐか!ガキじゃあるまいし!!」
 「英介からそんな言葉が出てくるのは予想外だったなぁ〜」
 「ガキじゃあるまいしって……ねぇ?ぷくく……」
 「やんのかコラ」
 「やりません」


7ヶ月前 No.6

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  7

 学校につくや否や、伊織の珍しく早い登校に伊織とすれ違った教師の土屋先生、そして他クラスの担任であり保健体育の担当をしている佐原先生も最初は「おはよう」と挨拶をしたかと思えば楔はともかくとして伊織とひらちゃんの姿を見て三度見くらいした後に同じ言葉を口走った。
 「お前何かあったか!?」
 伊織が早起きして登校すると何かあったことになるようで、なんだか面白かったので伊織は心情「やっべ〜こいつらちょっろ〜」なんて思っていたが、それを表に出さず演技ではあるが口元に手を当てて顔を少しそらして目を伏せて眉を寄せる。伊織が横目でちらりと楔を見ると、楔はうん、と一つ頷いた。
 ひらちゃんはその2人のやらかしそうなやり取りは見事に見逃していたが、伊織のいつもとは違う様子にまさか俺に言ってないだけで何かあったんじゃ……?と優しい思考回路を作る。
 「そ、その……き、昨日の夜…………」
 「お、おう」
 伊織が目を伏せたまま震えた声で口を開くと、佐原先生は神妙な顔立ちで一つ頷いて固唾を飲みながら伊織の言葉を待つ。土屋先生も明らかにいつもと違う態度に一瞬眉を寄せたが腕を組んで真剣な顔立ちで伊織の話を聞く。ひらちゃんも伊織の背中を擦りながら早く言葉を吐かせようとしていたのだが、そのひらちゃんの行為がますます教師陣への信憑性を高める行為となってしまったことにこの時まだひらちゃんは気付いていない。
 伊織の大人をおちょくるという最悪とも言える行為に加勢しているということに未だこの頃のひらちゃんは気が付いていない。ちなみに楔は無意識にも加勢しているひらちゃんの行動に吹き出しそうになりながら俯きながら口元を抑えて肩を震わせる。
 「射水さん、だよな…………」
 「ンブフゥッ」
 「…………縁?」
 「ご、ごめん、なさい……っ……くっ……昨日のこと思い出しちゃって…………悲しすぎて…………っ……!!」
 加勢に加勢を重ねてくるひらちゃんに思わず楔が吹き出すと、急いで両手で口元を覆った後に楔はまたもや深く俯く。一瞬土屋先生が楔の様子に眉を顰めたが、すぐに楔の言葉に「そうか……」と神妙な面持ちで頷く。楔は正直そろそろ限界だったが、伊織のためにも仮にも泣いてるふりをしなくてはならない。
 笑い故に目元に溢れる涙がいい味を出している。
 「英介何か知ってそうだな。何か橘とか縁から聞いてないのか?」
 まず伊織と楔に話を聞くのは無理だろうと判断した佐原先生は軽く泣いている(振りをしている)伊織と楔の頭をぽんぽん、と撫でてやると伊織に募る謎の罪悪感と何故か一括りにされたことによって驚きから目を見開く楔。
 佐原先生に何か聞いてないのか、と問われたひらちゃんは困ったように眉を寄せて首を横に数度柔く振った。何も知らない、と、聞けていない、とそんなふうに。
 佐原先生の困ったような顔と土屋先生の考え込む顔に耐えきれなくなったのか、心当たりがあるかのようにひらちゃんが「あ!」と声を出すもので、伊織と楔はもはや腹筋が耐えきれなくなりそうになったのをお腹も抑えながらぐっと笑いを噛み殺す。
 「ンウッ…………ふぅっ…………ふふっ………………」
 「ングッ…………くっ……くくくっ………………」
 「昨日伊織射水さんから稽古受けてないって言ってたんすよ。もしかして射水さん倒れたりとか…………」
 本気で心配そうな声でマジトーンでひらちゃんがそんな事を言うもんだから、伊織はもはや立つこともしんどくなりそのまましゃがみ込む。決して笑っているのがばれないよう、俯いて目をキュッと閉じて両手で口元を抑えながら。
 楔の方もしゃがみ込んだ伊織を見て我慢ならなくなったのか楔の方は壁に肘をつけて壁に顔をつける。壁を伝って漏れる時折聞こえる楔の泣き声のような笑い声に佐原先生は更に真剣な顔付きになり、土屋先生は楔に、佐原先生はしゃがみこんで伊織の背中をひらちゃんと一緒にさすってやる。
 「大丈夫か橘、無理しなくていいからな……」
 「縁も、橘が大事な友人なのは分かるが縁が気負うことはねぇからな」
 教師陣の優しすぎる二人の声に、笑いを通り越して伊織と楔は罪悪感で死にそうになった。

 「はー!楽しかった!ごめんなさい、先生!」
 「えへへ、英介がいい仕事してたよねぇ〜」
 「お前らなぁ…………!!俺もだが佐原と英介も本当に心配してやってたのに……!!」
 あの後、罪悪感で死にそうになった伊織か先に降参の意味でひとしきり笑った後にネタばらし。楔も伊織とほぼ同タイミングでひとしきり笑った後に伊織に続いて「僕何も知らないです」と伊織と一緒に笑った。
 楽しかった、と言いながら軽すぎる謝罪を伊織がすると、土屋先生は眉間にシワを刻んでこめかみをぴくぴくと動かしながら青筋を立てて握りこぶしを作ると、佐原先生は土屋先生を宥めるつもりなのかまぁまぁ、と土屋先生の肩をぽん、と叩くと、土屋先生も複雑そうな顔をした後に佐原先生の方を見た。
 「橘、もうあんなタチの悪い冗談はやめろよ?まだ1ヶ月しか学校に来てないにしても、俺達は可愛い生徒に何かあったら本気で心配すんだから。実際、俺も土屋先生も、英介も心配してただろ?ただ、本当に何かあった時はちゃんと大人を頼ってくれ。橘は少し背伸びをしすぎなところが見られるからな。縁もだぞ」
 「さ、佐原先生……!!」
 「大好き……!!」
 佐原先生に頭を優しく撫でられた伊織と楔は二人して男前すぎる対応をする佐原先生を羨望の目で見つめたかと思えば土屋先生の呆れきった顔とひらちゃんの何事もなくてよかった、という安堵の顔から少しやりすぎたかなぁとは思ったが反省はしていなかった。
 するとそんな伊織と楔の気持ちを見透かしたのかは分からないがにっこりと人当たりの良さそうな笑みを浮かべると、青筋をいきなり額に作る。
 「はい、そんじゃあ2人とも反省文な!」
 「アメとムチ怖い!!」
 「やだぁ〜!」
 「うだうだ言わない!!大人に余計な心配かけんなおめぇらは!!」
 「佐原の言う通りだぞ、今度やった時は反省文じゃ済まさねぇからな」
 佐原の放った言葉にガタガタと震えながら伊織と楔がキュッと二人で両手を合わせながら佐原先生からの伊織はでこぴん、楔は拳骨に思わず伊織は額を、楔は頭を抑える。
 その後に珍しく笑っている土屋先生の言葉のおぞましさに二人して更にガタガタと震え出す。伊織は流石にもうしないと心に決めたが、楔の方が不服そうに口を開く。
 「うぅ〜!!」
 「縁!!うぅ〜じゃない!!」
 「ち、違うんですぅ〜!僕は構わないけど伊織ちゃんが反省文書かされるのが本当にむごくてぇっ〜!」
 「お前どうかしてるよ……」
 楔の的を外れすぎている言葉に思わずひらちゃんの方からどうかしてる、と人間じゃない何かを見ているかのようなドン引きした声を出しながらそんな事を突っ込むと、ひらちゃんの言葉に佐原先生と土屋先生もうんうん、と頷いてどうかしている、という言葉を肯定する。
 「はぁ……分かった。橘、縁、お前らは体育祭実行委員としてクラスを優勝に導け。そしたら許してやる」
 「つ、土屋先生〜!!」
 「はぁ!?ちょっと待った、それは土屋先生にしか利益がねぇだろ!いいか橘、縁、お前らは体育祭実行委員としてうちのクラスを勝利に導くためにサポートしろ!!そしたら許してやる!!」
 「さ、佐原先生…………!!」
 「賄賂反対!!」
 土屋先生と佐原先生のくだらないを極めている厄介なことに巻き込まれていると、ひらちゃんからの賄賂反対!!の言葉が出てきて、伊織と楔がハッとしてこくこくと頷く。
 勝利に導けなくても反省文、勝利に導いても反省文、こんなの意味が無い!という意味も込めて楔と伊織がこくこくと頷くと、土屋先生と佐原先生がうんうんと唸り出した。
 今のうちからこの場から離れよう、と伊織がひらちゃんと楔に目を配ると、2人も分かったように一つ頷く。が。その瞬間に、同じ階の奥の方の窓ガラスがいきなり割れる。
 「俺に付き纏うんじゃねー!!」
 伊織が驚いて窓を開けて外を見ると、4階から飛び降りる2年のとある大スターの姿に思わず目を見開く。佐原先生と土屋先生も伊織に続いて窓からその様子を見ると伊織と楔どころじゃなくなったのか目を見開いて唖然としたように口を開く。
 「冬木くぅん〜!!」
 「冬木ィ!!おめぇどこ行きやがる!!」
 「うっせぇザコ!!」
 「ザコだァ…………?」
 冬木如一、2年、どころか学園の大スターにして人間を超越した極めし天才。そして。
 「冬木せんぱーい!!戻って来ないと首絞めますよー!!」
 「なんで伊織が出てくんだよ!!」
 橘伊織という存在以外に敗北を知らない人間だ。

7ヶ月前 No.7

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  8

 放課後、部活に散ったり委員会の仕事に行ったりとHRが終わったばかりの教室はがやがやとしていて騒がしい。そして、伊織も体育祭実行委員という名の地獄的な委員会がこの先待ち構えていることを軽く絶望していた。同じく体育祭実行委員である縁楔も共に仕事をする、というのが今の伊織を元気付ける、というよりはやる気を出させる一役人ではあったが、その真意は定かではない。そうそう、学園大スター窓割り事件に関しては大スター兼問題児がこっ酷く叱られた事によってなんとか解決したみたいだった。いや、正確に言うと解決はしていないのだが。
 「伊織ちゃん、行こ〜。教室どこだったっけ〜?」
 「3年4組だったかな!」
 楔がのろのろとした口調でどこだったっけ?と言いながら筆箱を持って伊織の机まで来ると、伊織は目を細めながら黒板に書いてある委員会の集まり場所に目を通すと、体育祭実行委員の名前を見つけて3年4組の名前を出す。1年生の伊織からすれば正直3年の教室なんて出来ることなら入りたくなかったのだが、楔もいるし大丈夫か、という伊織特有の謎の自信で3年の教室まで向かっていった。
 3年の教室まで向かう途中、楔は子供のようにずっと伊織の手を握っており、2年の教室の前を通る時は「あの子達カップルかなぁ」なんて言葉が、3年4組の教室まで向かうためにその他のクラスの前を通る時は「彼女塩対応だなぁ」なんて声がかかっていたことに伊織は気が付いていない。そもそも伊織からすればいつものこと過ぎて今更あーだこーだと言われることの方が理解できない。一年の間でもあいつらは出来てる、で完結させられてしまっていることもあり、伊織の方も特に言う事はない。最初こそはそりゃねえぜ!みたいな事は思ったらしいが、その噂も本人の耳に入っているのはすぐに切れたのでもはや気にしていない。
 「失礼しまーす……あ、千里だ。千里も体育祭実行委員だったのか〜!良かった〜、楔以外知らない人ばっかりだったらどうしようって思ってたから千里いて安心したよ〜!」
 「おう、伊織も体育祭実行委員だったんだな!ていうか何でお前ら手ぇ繋いでんの??」
 「いつも通り」
 「うんっ、いつも通りだよぉ〜!」
 「ああ……そう……そうね……」
 千里の消え入りそうな半ば呆れたような声に伊織は何かあったのかな?と首を傾げると、その隣で楔が千里をキッと一瞬ではあるが眼光を鋭くして睨み付けた。千里も一瞬の楔の眼光の変化にビクッと肩を揺らしながら「何でもねぇよ」とだけ言って伊織に笑いかけた。

 体育祭実行委員での集まりと会議が始まり、伊織はと言うと欠伸を噛み殺しながら実行委員委員長の話を聞き流していた。その隣で楔がふふ、と女の子みたいな笑みを見せながら伊織の前髪を耳にかけてやったりする姿はカップルのそれだったが、伊織も慣れたことを主張するように「あんがとー」と言いながらその行為さえもスルーだった。女の子の回避能力たか!!みたいな雰囲気が呆れたようにため息を吐いた千里を除いてその場には流れたが、楔もいつものことだったので伊織の頭をくしゃくしゃと撫でるだけ撫でてやると実行委員委員長の話に耳を傾けた。
 「ええと、それじゃあ体育祭実行委員の中でまあ役割分担だね。役割決めします。それぞれの役割の責任者みたいなものだから、責任持ってね。ちなみに、クラスで一つだから実行委員の人とちゃんと話し合ってください」
 「役割かぁ。楽そうなのがいいな」
 頬杖をつきながらただでさえまともに話を聞いていなかったにも関わらず楽なのがやりたいと言い出すこの体たらく。周りの人間からすればお前何もやってないだろ、というツッコミが入りそうだったが、知らない相手ということもありそれは回避できたようだった。
 「あっ、じゃあ救護にしよぉ〜!先生も確か山波先生だからそこまで厳しくないと思うしぃ!僕は伊織ちゃんの意思尊重するよぉ」
 「ほんと?じゃあ救護でもいい?楔やりたいのとか無い?」
 伊織の楽なのがいい、と言った言葉に対してまるで伊織がそういうのを予めわかっていたかのように楔はにこにこしながらぐっと拳を作った両の手を女子のように縦にブンブンと振りながらそう言うと、伊織は少し申し訳なさそうに眉を寄せながら本当に?という旨を伝えると、楔は自信満々の笑顔で頷いた。
 「うんっ、ぜんっぜん!伊織ちゃんと一緒ならなんでもいいなぁって。あ、委員長さぁ〜ん、僕達救護がいいですぅ」
 「決めるの早!!喋るの遅!!君女の子と話す時もっと早かったよね!?」
 「伊織ちゃん以外と話す気ないですぅ」
 「えっ」
 「……あ、うん」
 実行委員委員長の言葉にくすくすと伊織が口元に手を当てながら笑っていると、楔から出てきたとんでもない発言に伊織はキョトンとしながら鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした後に、実行委員委員長の方も全てを察したかのように素っ気ない答えを返した。それを見ていた千里はやれやれと言いたげに肩をすくめると、それを見逃す事がない楔はギロ、と千里を睨みつけた。理不尽な仕返しをくらってるなぁと思いながら苦笑を零していると、着々とほかのグループもあれをやりたい、これをやりたいと言うのが確実で決まっていく。
 楔の一番最初の発言がその他のクラスの士気向上になったのか、あっという間に予定時間の十分以上の余裕を持ってそこまでやる事は決まった。
 「あ、地雷さん、得点だよね。今から持ち出しするんだけど3年の学年室に大きめの段ボールあるんだけど持ってきてくれないかな?あ、でも一人だと重いから同じクラスの子と一緒にね?」
 「あ、いえ、大丈夫ッス、1人で持てます」
 「そう?気を付けてね?そう言えば鍵渡してなかったね。多分空いてるとは思うけど……」
 「はい」
 その頃、千里の方はと言うと3年の先輩から仕事の依頼を受けていた。千里は少し面倒くさそうにしながらも快く(?)それを引き受けると、受け取った鍵を振り回すようにしながら軽い足取りで三年の学年室まで向かった。思っていたより学年室の距離あるなぁ、と思っていると、後ろから足音が聞こえ、一体何事かと思い半ば構えながら振り向くと、伊織と楔だった。
 「荷物結構あるから行ってあげてって言われたから来たよ〜」
 「マジか!!悪いな」
 申し訳なさそうに千里が眉を寄せたかと思うと、伊織と楔も合流して学年室の中に入る。先輩の言っていたとおり、鍵はかかっていなかったが、普段は出入りしない部屋ということもあってか少しだけ埃っぽいのが否めない。伊織がけほけほと軽く咳き込んでいると、楔が心配そうに伊織の背中をさすってあげる。伊織の方から「ごめんね〜」と言いながら苦笑する姿が聞こえ、大丈夫かよ、と少し不安な気持ちに駆られたが、数ある段ボールが目に入り、少しこれは多いな、と思いながら段ボールに手をかけると、思っていたよりもの重さに思わず「うわっ!?」と情けない声を出す。
 「あ、千里ちゃん持ってあげるよぉ、伊織ちゃん、千里ちゃんと一緒に持ってきてあげて?これ結構重いから千里ちゃん一人だときついかもぉ」
 「ほんと?楔は優しいねぇ。うん、じゃあ千里と持ってくるね!あ、でも楔のことだから大丈夫だろうけど、一応気を付けてね?すっごく重たいみたいだし……」
 「うん、大丈夫。ありがとぉ、伊織ちゃん」
 いつの間にかシャツの腕をまくっていた楔は千里の持っていた段ボールを半ば強引に奪い取るようにしたかと思うと、余裕な様子で持ち上げて伊織に見せつけるかのように千里ちゃんと一緒に持ってきて、なんて呑気な言葉を放つ。伊織に褒められて調子がいいのか、にまにまと満足そうに楔は笑ったかと思うとさっさと3年4組まで向かっていった。
 千里は不覚にも、半ば無理矢理であろうと荷物を持ってくれたことへのありがたさやら、以外とああいうの持てるんだなぁという失礼とも言えるが関心の言葉やら何やらで、複雑に千里の心臓は高鳴りをあげる。
 「わっ、確かに重いね、これ」
 伊織が持ち上げようと力んでいたが、持ち上がらないのか目をきゅっとつぶって踏ん張る伊織を見て千里はくすくすと笑うと、段ボールの片側を持ってやりながら言葉を放つ。
 「楔は優しいな」
 嫌味にも聞こえたかもしれないその言葉に、一瞬伊織はキョトンとしたが、すぐにいつもの人の良さそうなにこやかな満面の笑みを浮かべて、ただ一言だけ。その伊織の姿を見て、更に千里の胸は締め付けられる思いだった。
 「うんっ、楔はすっごく優しいよ!」

6ヶ月前 No.8

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  9

 体育祭実行委員の仕事が終わり、そろそろ帰ろうかという話になった時、丁度伊織のポケットに入れていたスマホが数度振動する。何事かと伊織が学校ということもあり流石にホラー映画に出てきそうな謎の着信音を切っていたにしても、咄嗟にメールの本文を読むと、弟である識からだった。どうやら、体育祭近いからそろそろおうち帰るねという内容らしく、明日なら帰れそうだから明日一緒に帰ろう、との事だった。
 「ん?伊織、どした?」
 伊織が珍しくぼんやりと突っ立ってスマホを眺めているのを不思議に思ったのか千里は半ば伊織の手元のスマホを覗き込むようにしながら伊織に何かあったのかと尋ねると、伊織はハッとして小さく微笑を浮かべた後に千里は確か剣道部だったような、という記憶と昔確か家の道場に来ていたような気がするな、という憶測からではあるが記憶を手繰り寄せると、両手を合わせて「そうだ!」と嬉々とした声を上げる。
 伊織のスマホの画面を見ていた千里はいきなりのテンションの高い伊織の様子に驚きつつも、識くん帰ってくんだなーくらいのなことを考えていたこともあり何事かと伊織の方を見ると、伊織の満面とも言える笑みに本当に意味がわからなくなる。
 「明日識帰ってくるんだけどさ、千里、良かったら父様の稽古受けにこない?あ、もちろん無理にとは言わないし、時間があって暇だったら、でいいんだけどさ!」
 「なんだその念の押し方。大丈夫大丈夫、俺も最近行ってねぇから体訛ってるだろうし叩き直してもらわねえとな!」
 「えーっと…………先言っておくと……来る前にあんまりご飯食べないようにね。あ、でもあんまり食べないって言うのも気をつけてね。腹八分くらいがいいかも」
 「は?」
 「吐くよ」
 「…………マジで?」
 申し訳なさそうに伊織が眉を寄せて言った言葉は何かと思えばあんまりご飯食べないようにね、という旨と食べると吐くよ、というだいぶきつい残酷とも言える現実だった。逆に千里からすれば吐くほどの特訓を伊織はいつもされているのかと考えると冷や汗と共に背筋が冷える思いだったが、もしかしたら伊織の言い過ぎ、という可能性もあると考えることにした。いわゆる、これをフラグと人は呼ぶのだが、その実像は明日にならなければわからない。
 それに、最近身体が訛っている、というのは紛れもない事実だし、仮にそれが本当のことだとしても、そこまで鍛え上げてくれるのであれば今よりも強くなれるにイコールしていいことばっかりだ。いや、吐くことに関してはなるべく人様の家ということもあり控えたいのだが。昔から伊織の父である射水さんはそんなに怖い人だったかと千里は少し考えるも、正直に申し上げると射水さんのことをあまり覚えていない。どちらかと言えば、きつい稽古の後にまるで天使のような笑みで「大丈夫〜?」と声を掛けてくれていた射水さんのお嫁さんである詞織さんの印象の方が強かった。
 そういや、伊織から詞織さんの話聞かねぇけど最近どうしてんのかな。ま、元気だったらいいけど。
 千里はそんな呑気なことを考えながら明日をそこそこ楽しみにしていた。

 「お邪魔します」
 「たっだいまー!!うわぁっ、家のこの感じ!一樹が居ない!!伊織姉ちゃんと父様がいる!!ひっさびさ〜!」
 「いや逆にここに一樹くんいたら怖いでしょって……識!先に母様のとこ!!」
 「ごめんなさーい!」
 「伊織、少し千歳さんの娘さんとお話したいから伊織は識の面倒見てもらってもいいかな?識も久しぶりの帰宅にちょっとテンションが上がってるみたいだし……」
 「あ、はい、分かりました!」
 翌日、後ろめたさを持ちながらも楽しみだったのは事実だったので伊織の家にお邪魔をする事にした千里と、学校まで迎えにいくねという言葉通り放課後学校までわざわざ迎えに来てくれた識と千里と伊織と3人で橘家に帰宅すると、識は久々の我が家ということにテンションが上がっているのか当たり前の事を嬉々としながらきゃいきゃいとはしゃぎながら靴を脱ぎ散らかしたかと思えばすぐに直して廊下を走りかけたかと思えば射水さんを見て早歩きになる識を見て思わず伊織は苦笑を浮かべながら肩をすくめると射水さんにふと千里と話したいから識の所へ行ってくれ、と言われ、一瞬なんだろうかとも思ったが、恐らく関係の無い話だろうからここに居なくても大丈夫という意味なんだろう、と思いながら二つ返事で伊織は靴を揃えて家に上がると識を追いかけて識の首根っこを掴むと一つの襖を開けてそこに識を放り込んだ後に伊織も襖を閉めた。
 千里は思わず苦笑しながらその姿を見ていると、射水さんははぁ、と溜め息を吐いたかと思えば、「すみません、識を止めるために千歳さんの名前をお借りしてしまいました。お許しください。お恥ずかしいところを見せてしまって申し訳ないですが、良かったら上がってください」と丁寧な対応を肩を竦めながらもしてくれた。この親子は本当に真面目だなぁと思いながらも、軽く会釈をしてもう一度だけ呟くようにお邪魔します、と告げると靴を脱いだ後に揃えて伊織の家の少し段差のある玄関を登って射水さんに居間まで通される。
 先ほど、伊織が母様がどうのこうの言っていたが肝心の母である詞織さんはどこにいるんだろうかとキョロキョロしていたが、やはり時間帯的に主婦特有の面倒くさい付き合いをしているのかと思うと思わずあの人も大変だなぁと苦笑をしてしまう。最悪の可能性さえも過ぎったが、それだけは無いだろうと、そもそもそんな事を失礼なやつだなぁと自分の失礼さに嫌気がさしながら俯いていると、目の前に乱暴に透明なガラスのコップに入ったお茶が出される。
 「識!」
 「人の家来て辛気臭い難しい顔しないでくんない?イライラする。千里さん、ここ考える場所じゃないから。色々考えたいなら帰って」
 「し、き!!」
 「ご、ごめんって伊織姉ちゃん!でも辛気臭い顔されても……」
 「あんたはも〜……!!ごめんね千里、忘れて!」
 「あ、いや、全然……むしろ悪かったな、辛気臭い顔しちまって」
 悪い事しちゃったな、そんなふうに思いながら千里が苦笑を浮かべると、射水さんが居間に入ってくると、伊織と識に目配せをしたかと思えばやけに鋭い目つきで時計をトントン、と指さして見せた。伊織も識も時間を見てハッとすると、お互い顔を少し青くさせながら落ち着かない様子で伊織も識も満面の笑みを千里に見せる。
 「千里っ、夕飯何がいい!?」
 「伊織姉ちゃん伊織姉ちゃんっ、俺カレーがいいな!!俺カレーなら作れるんだけど!!」
 「えっ、そうだったの!?あ、えと、カレーでもいいかな!?」
 「え、あ」
 「えっ、ほんと!?いいの!?やったー!!父様!買い物行ってくるね!!」
 「行ってきます!!」
 「は!?」
 「行ってらっしゃ〜い」
 伊織は焦りながらも露骨に夕飯のことを聞いたかと思えば識は慌ててカレーがどうのこうの言い出したかと思えば千里の言葉を遮って識はやったー、なんて喜んで見せた。なんだこいつら、と思いながらも伊織と識に手を引かれて家の外まで出る時に、射水さんからの行ってらっしゃい、の言葉に千里の中での羨ましいだとか、憎いだとか、そういう気持ちは着実に積もっていった。
 家族が羨ましい、仲良しなのが羨ましい、家族がいることが羨ましい、家族が居ることが妬ましい、仲良しなのが妬ましい、そんな思いばかりが悔しくも千里の頭の中をぐるぐるする。自分でもつまらない嫉妬をしているのはわかっている。自分の感情を押し付けているのもすべてわかっている。しかし、それでも。千里にとっては、羨ましい家族の風景だった。
 例えそれが、遠回しであれ自分が崩壊させた家族であろうと。

6ヶ月前 No.9

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6ヶ月前 No.10

@akira0908☆G2g5KGLD3yBo ★Tablet=UIgVrM4Ag0

  10

 千里が食道を通って胃液か何かが込み上げそうになるのをグッと堪えて冷や汗を額から流しながら若干過呼吸気味になりながらも、少しだけ震えた右手を震えた左手で抑えながらそっと、瞳が赤く赤く充血している顔の青い識の方を見る。何故自分がここまでの嫌悪感を持つのか千里自身もよく分からなかった。所謂嫌な予想が当たってしまったからかもしれない。人1人、それも母親が死んでいる家族に嫉妬をしていたからかもしれない。知人の死を知らずに生きていたからかもしれない。様々な思いが千里の中を駆け巡る中、識は手の震えが止まらないのか右手をせわしなくぐっぱーしたりしながら震えた声と震えた揺れている瞳で千里を見据えた。
 「母様は……」
 声に出すのも嫌なのか、何度も顔を顰めたり言いかけては口を噤んだりを繰り返したかと思えば、最終的に識はもう1度入念すぎるとも言える深呼吸をした後に赤く充血させた潤んだ瞳も限界を超えたのか、ボロボロと透明な雫を落としながら、憎しみと悲しみ、悔しさやら虚しさ、全ての複雑な感情が入り混じったような声で千里に言葉を放つ。
 「警察に、殺されたんだ…………見捨てられたんだ…………」
 識の苦渋の表情を浮かべながら、憎しみやら何やらの並大抵の人間が出せるとは思えない低い声でそんな事を言う声は言葉に込められた思いからは想像出来ないほどに弱々しく、本当にただの中学生、いや、いっそ幼稚園児が怖いものを語るかのようにか細いもので、声を出すのも必死というくらいに強く唇を噛みながら、ぼたぼたと識の瞳からは雫が落ちていき、畳を濡らしていく。
 識のそんな姿を見て、千里の胸は締め付けられる。締め付けられるなんてものじゃない。今にもはち切れそうなほど、胸が熱くて、何かが込み上げてきそうな、こちらの方が識よりも泣きたくなってしまいそうな、そんな感情になりながら少しだけ潤み始めた目を隠すように目元を拭った後に、口の中で小さく「……ごめんなさい」と識、識と伊織、そしてその父である射水と、亡くなった橘詞織に謝罪の言葉を述べる。
 口の中で小さく言ったものだからかは分からないが、千里の声は普段の勇敢さや冷静さ、潔さや芯の通ったかっこよさだとかそういったものは全くなく、怒られた小さな子供が謝るほどの識以上に弱々しくか細く震えた声になっていた。しかし、識はそんな千里の様子を知ってか知らずか、怒りにも近い震えた涙声で言葉を綴る。
 「二年前の殺人事件…………母様はその最終被害者だった……!!遺体が上がったわけでもないのに…………っ、もう終わったことなんだって……!そりゃいくつかは出てきた……母様が死んだって証拠は…………だけど、まだ……まだ母様は全部見つかってない……!!母様はバラバラのままなんだよ…………!!あの馬鹿共は!!あの……、使えもしない正義の振りした金に貪欲な気持ちの悪い笑顔を貼り付けたバケモンは!!俺のっ…………!子供の戯言だって……まともに話なんか聞いちゃくれなかった…………!!父様も伊織姉ちゃんも泣いてるのに…………っ、俺はっ…………何もしてやれなかった…………!!母様を返せなんてそれこそそんな虚しいだけの戯言は言ってないのに……!!なのに…………あいつらは……あいつらは…………!!」
 止まることのない識の悲痛な叫びに、千里はもう言葉を聞き入れたくなかった。これ以上何も話さないでくれと。これ以上何も言わないでくれと。目元を潤ませながら震えた手で耳を塞ぎながら小さくか細く、弱く、千里は声を発する。
 「識くん…………」
 「あいつらは…………!!」
 「識くん……!!………………やめてくれ。……もう、やめてくれ…………頼むから…………頼むから…………もう、やめてくれ……」
 そんなふうに言う千里の姿は、あまりにも悲痛だった。

 夕食を終え、稽古を済まし、湯浴みを済ませる。千里は結局、食事もまともに喉が通らないと言った様子で、稽古も射水さんに途中で止められてしまい、伊織と識が付けられている稽古を見学、という形になってしまった。稽古が進むにつれて引き攣る伊織の顔と、先刻まで苦しそうに悲しみや怒りを孕んでいた顔とはまた別の意味で苦しみを孕んだ顔つきの識の姿。伊織は何度かトイレに駆け込んで、識も何度か口元を抑えながら水を一気飲みする姿を見ていた。射水の稽古の厳しさは分かっていたが、千里から言わせてみると流石にこれは見ている方もきつかった。
 そんなこんなで、伊織の家に来てまでボケーッとしてしまっていたことに伊織に申し訳なさを感じつつも、伊織に回された客間に引かれた布団に潜り込もうと溜め息を吐きながら布団を捲ろうとすると、ふと襖が軽く叩かれるような音がしたかと思えば、扉が開く。伊織が「ごめんね」と眉を寄せながらへにゃり、と笑って千里を見る。
 「どしたの。今日」
 千里の隣に座って心配そうに声をかけてくる伊織にズキリ、と胸を痛めつつも、言うか言わまいか悩んだ末に、少しだけ考え込むような素振りをした後に識から話を聞いたということを伝える。千里の言葉に伊織は驚いたかのように目を見開いた後に、首元を忙しなく触り始めたかと思えば目を伏せた。
 「…………そっ、か……そういう事か…………。おかしいと思ったんだよなぁ……」
 「……は?」
 おかしいと思った、その言葉に一体どういうことかという意味も含め、思わず素っ頓狂な声が出てしまっていたのだが、伊織は肩を竦めながら軽く溜め息を吐いた後に口を開く。
 「識は今までまともに母様の部屋なんて入ってなくてさ。と、いうか入ったことなくてさ。二年前のがトラウマっぽくて……。僕がいないと絶対にあの部屋には近寄りもしなかった。…………識、大丈夫だった?」
 「いや、その、ん〜……素直に言うと、あんまり…………」
 「はは、やっぱりなぁ。……はぁ。気にするのも分かるけど、識は引き摺り過ぎなんだよなぁ。母様は居なくなった。そしてそれを警察は見捨てた。覆らない現実なのに……識はまだどこかで期待してるんだろうなぁ。…………馬鹿みたい」
 伊織から出てきた冷たいとも言える言葉に思わず千里は目を見開いて瞳を揺らす。普段の伊織から出てくるとは思えないほど冷たい声と言葉にますます自分の中での罪悪感が募っていく。自分が何かをしてしまった訳では無いが、やはり千里にとっては交番であろうと警察の部下に当たるのだ。そして千里にとって伊織は友人である。優しくて穏やかで、なんでもド直球な友人のはずなのだ。
 ド直球だが、日本人らしく空気を読む。たまに読まないこともあるが、基本的には思ってもそんな冷たい言葉を発しない伊織の姿だとは思えなかったし、一瞬伊織じゃない誰かがその場に居るような気すらしてきていた。「馬鹿みたい」。識以上に警察なんて組織を信頼していない、貶してすらいる、見下すような。そんな言葉だった。

5ヶ月前 No.11

@akira0908☆G2g5KGLD3yBo ★Tablet=UIgVrM4Ag0

  11

 「……もしも、だけどさ」
 千里はどうにかしてイメージを払拭させたかったのだろうか。否、違う。そんな不純な動機ではない。不躾とも不謹慎とも言えるこんな言葉が喉元から出てきたのはきっと、伊織や識の姿を見た後だったからかもしれない。母を慕い、母を自慢に、そして誰よりも憧れに持っていた頃。そんな自慢で憧れで誇りである母を失い、警察になる事を今まで無意識に恐れていたことに、今気がついていた。伊織と識の姿を見て、自分が母のようにはなれないと勝手に決めつけていた頃、救えなかった大事な友人が目の前にいる事実に、そんな言葉が出てきた。
 「……警察の偉いやつが、その事件をまた捜査するって言ったら……伊織はどう思う?」
 二年前。二年前の話だ。本来はそうそうある話ではない。それに、二年前は二年前で半月ほど警察側は『巴』とか言われる不良に手を焼いていたらしい。千里も詳しくは聞いていない。ただ、『巴』と言われる未だにどこの人間だったのか全く知られていない不良に随分と振り回されていたらしい。皮肉な事にも、警察側からすれば困った人間も運良く叩き潰されていたこともあったり、逆に同盟を組んでいる裏社会のトップの組が一つそれはもう子供がアリを潰して遊ぶかのようにあっさり潰されてしまったりしたこともあるほどに、『巴』という人間は警察界隈の中では恐れられていたという。
 触らぬ神に祟りなしとはよく言われていたが、『巴』に関してはまさにその言葉通りだった。半月ほど暴れまくった『巴』。最後に暴れたということで報告されているのはとある一つの千里達の住む地域の交番だったらしい。金目のものが盗まれたとか、特別部屋が荒らされたとかそういうものはない。ただ、人が倒れていたのだ。眠ったかのように、いっそ息を引き取ったかのように、人が倒れていた。それだけだった。外傷は無かったのにも関わらず、ほとんどの警官は内蔵がぐちゃぐちゃになっていた。酷いやつは腎臓が一つ潰れかけていた。警官が目を覚ましたのは本当に数人で、意識はあるのに未だ目を覚まさないような人間も多くいる。そして、目を覚ました警官は必ず口にする言葉がある。
 「本当の事だとは思わなかったんだ」
 それを最後に、『巴』の名は聞かなくなった。
 とまあ、こう言った訳で二年前は事件が非常に多かったこともあり、なかなか捜査が出来なかった。……というのは、警察の言い分であって、実際のところは『巴』が最後に交番に顔を出したのは警察が公式に起きた今回の連続バラバラ殺人事件の最終被害者の捜査を打ち止めにした二日後の話だったらしい。
 「捜査……かぁ……。そんな事有り得るのかなぁ。…………まあ、でも、イフストーリーなら言うだけただだもんね。……うーん……」
 口調だけはいつも通りに優しい冷たい伊織の声に千里の背筋には謎の冷たさが走った。下手なことを口走ってしまえば今すぐにでも刺されてしまいそうな、そんな感じだ。
 伊織の考える姿は、一見は本当に悩んでいるようだが、考えている様子の薄く開いた目は軽蔑しているようだし、口元も馬鹿にしたかのように薄く笑ったかのように口が開いていた。イフストーリーなんかにさせない、そんな千里の気持ちも知らず。
 「…………責務をやっと全うする気になったんだなって思う、かな……今更だし、今更助けて欲しいなんて思ってない。今更期待もしないし、今更動いてくれたところでどうにかなるって信じてもいない。でも、動かないよりは動いてほしいよ。僕は。……僕の、識の、父様の……母様を無かったことにはされたくないんだ。……絶対に」
 無かったことにはされたくない、そう言う伊織の言葉は本物だった。嘘も偽りもない、紛れもない親を想う気持ちだった。千里にもよくわかる気持ちだった。母を無かったことになんてされたくなかった。父を失った存在にしたくなかった。だからかは分からない。伊織の気持ちは痛いほどよく理解できてしまうものだった。理解するつもりがなくとも、理解してしまうような。
 「まあでも、仮に解決されても……解決しました、はい、ありがとうございます許しますってほど僕も馬鹿ではないけどね……ありがとうございます?遅いんだよ。遅すぎるんだよ。許します?なんで許さないといけないの?何もしてないお前らに?……ま、やらないならやらないで失望したまんまだし、結果は変わんないんだろうけどね」
 へらへらと笑う伊織の姿。瞳だけは氷のように冷たく、じっと見つめていると瞳を見つめているだけで殺されてしまうような、そんな殺意が千里を警察だと知ってか知らずか、向けられた。

 千里はただただ、伊織の死んだにも近い冷たい瞳を逸らしたくなりながらも見据えた。このままではいけない、自分の地位のためにも、自分のためにも、自分の愛した母のためにも。これ以上、母の顔に泥を塗ってはいけないと。これ以上、母の評価を下げてはいけないと。私利私欲にも近い、そんな感情になりながらもグッ、と拳を握っていた力を更に強める。自己嫌悪もこの時にはあったかもしれない。二年前。荒んでいた。自分も伊織と同じように、荒んでいた。他人などどうでもいいと。母が誇りを持っていた警察の仕事もどうでもいいと。二年前は、思っていた。
 「……僕、死のうとしてたんだ」
 千里が深く考えていると、不意にそんな言葉が聞こえ、聞き間違えなのではないかと思ったこともあり、千里は「へ」と自分でも驚くほど素っ頓狂な声が出てきた。伊織の方は素っ頓狂な声を上げた千里の姿に眉を寄せて困ったように苦笑を浮かべた。次に口を開こうとしていたかと思えば、伊織は口を噤んだ。
 「ごめんね、忘れて」
 そういう伊織の顔は苦々しく、どうしても見ているのも辛いものがあった。忘れて。そう言われて素直に忘れることが出来ただろうか。大切な友人が死のうとしていたという事実を、聞き流したことになんてできるだろうか。いくら忘れてといえども、人の命に関することを見て見ぬふりなど、今の千里には出来なかった。一般人の命ですら守る仕事に正式に就こうと考え始めていたからかもしれない。識の話を聞いた後だからかもしれない。それでも、この話は聞かなければならないと、そう思った。
 伊織が申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。馬鹿みたいだと警察を詰った時の冷たい表情は作り物だったかのように、ごくごく自然でいつもと変わらぬ優しい伊織の表情だった。それでも、うっすらと開いた話していたことで思い出したように思われる伊織の瞳は憎悪が宿っていた。このままではいけない。警察として。……友達として。
 「……なんで、死のうとなんてしたんだよ」
 千里は、自分で発した言葉がいつもの声よりもずっと低いもので、千里自身が驚いてしまった。自分からこんなに低い声が出てくるとは思っていなかったのだ。何故自分はこんなに低い声になってしまっているのか、千里にもよく分からなかった。
 生きているにも関わらず死のうとしていたからだろうか。それとも、自分の方がずっと辛いと思っていたからだろうか。或いは、悲しいほどに恵まれている伊織を見て何も知らない振りをしていることに腹が立ったからだろうか。周りを見ようとしない身勝手さに苛立ったからだろうか。周りの善意に救われていることに気が付かずに自己中な事をしようとしていたからだろうか。それとも、その全てだろうか。
 千里の声に驚いたのは千里だけではない。目の前の伊織も流石に驚いたのか目を丸くさせて数度ぱちぱちと瞬きをしては千里を見た。伊織は少しだけ考えるように口元に手を当てた後に、観念したかのようにため息だけ吐いた。
 「僕を救ってくれた人が死んだ。……僕にとって初めての家族だった。家族って思える人だった。……初めて頭を撫でてもらった。抱き締めてもらった。たくさんたくさん我儘を言わせてもらった。たくさんたくさん、愛してくれた。…………いつか、あの人に、母様に、必ず何かを返さなくちゃって。ずっと思ってた。……なのに、あの人は死んでしまった。殺されてしまった。警察にも見捨てられてしまった。警察の友人が居るからと昔は母様が言っていたのに。結局助けてはくれなかった。…………それにムカついたのもそうだったけど。そのムカつきを何かに当たることでしか解消が出来なかった自分にムカついた。いつまでも子供のままの自分に殺意が湧いた。あの人が死んで、のうのうと生きてる周りの人間が憎くて仕方なかった。英介も楔も奏ちゃんも、殺してやりたいって思ってた。笑顔で生きてられる奴ら全員が生きてるのが許せないって思ってた。無理矢理笑顔作って生きて、そしたら自分がのうのうと笑顔貼っつけて生きてることに一番許せなくなっていって。そしたら……僕の中で……」
 最初こそは淡々としていた伊織の言葉だったが、そのうち力なく声もか細くなっていた。時折「ん?」と千里が首を傾げてしまうような少しおかしい言葉もあったが、少しづつ切羽詰まっていく伊織の姿が痛々しくてたまらなかった。最初は淡々と、何も考えないようにしようとしていた伊織も後半になると流石に耐えられなくなってきたのかもしれない。目頭が熱くなってきたのかもしれない。心無しか声も震えて、肩も震えて、どうしようもなく小さな姿に見えてしまった。
 いつもの優しく笑う伊織は居ない。いつもの柔らかな伊織は居ない。いつもの先輩であろうと容赦も情けもかけない凛々しくて強い伊織も居ない。いつものどこか人間らしさが欠ける空気だけを読んでいるような表情を見せる伊織は居ない。
 「死んで、やるって……気持ちがっ……死んでやるって……気持ち、がっ……!どうしようもないほど、溢れてた……!!」
 今千里の前に映る伊織は、涙で頬を濡らし、嗚咽で言葉が絶え絶えで、今にも唇を噛み切ってしまいそうな程強く唇を噛んだ伊織の姿だった。

4ヶ月前 No.12

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4ヶ月前 No.13

@akira0908☆G2g5KGLD3yBo ★Tablet=UIgVrM4Ag0

  13

 「Hello?」
 千里が連絡を寄越した相手は、何故か流暢な英語で返ってきた。一瞬かける相手を間違えたかとスマホから耳を離して目で表記された名前を確認するが、間違った様子はない。誰かに電話番号売ったのか?なんて事まで考え始めた矢先、相手から「ああ、地雷か」と普通の日本語が返ってきたことに何故かカチンと来た。
 こいつ分かっててやってるだろ……。そんなふうに思った訳だが、残念ながら電話の主は完全に素である。
 「お前なぁっ……」
 「まあまあ、そんなに怒らないでくれよ。生憎作業をしていたものでね、それに僕は本来電話は好まないんだ。電話が掛かってくる時は大体海外の友人なのだし、あの程度の挨拶でイライラされても癖というかいつもの事だから僕にはどうしようもできないね。それをわかった上でこうして電話をかけてくるということは何か急ぎの用かい?急ぎじゃないなら今から鳩を送るから切るぞ」
 六合亜留斗。電子機器を嫌っているとかで普段は直接話に行ったり手紙を送ったり伝書鳩を使ったりと天才の癖して変なところがある奴だ。今どき伝書鳩なんてアリなのかと初めてやった時は思ったが、亜留斗の電子機器嫌いは相当なものだったということもあり、急ぎの時以外にかけたら殺すと脅されていたことも重なった結果、こうしてスマホから電話をかけるのは何気に初めての事だった。海外の友人とは話す、ということは科学者の彼女の事だ、恐らく卒業後の進路の話でもしているのだろう。未だに1年生にも関わらずアメリカやイギリス、ドイツ等では彼女の頭脳を求めている研究所は多いらしい。それ故に、勧誘の話もよく来るとかで連絡が来るのが殆ど外国人ということも千里はただでさえ解決が見えない書類とにらめっこでイライラしていたこともありそこまでの頭が回っていなかった。
 そうだ、こうしてイライラして何とかなるわけがないだろう。このままではいけない、自覚もあるのだ。いくらイライラしていてもこのままではいけない、ヒントをもらうためにこうして連絡をしているのだから、ただでさえ電子機器で連絡を入れるという地雷を踏む行為をしている事もあり逆に亜留斗の逆鱗に触れないように気持ちを抑えた。
 「……二年前の、連続バラバラ殺人事件の事なんだ」
 本当に頼っていいのか、少し悩んだが、今の自分では全くわからない。書類とにらめっこしている事もあるかもしれない、頭が回っていないということもあるかもしれない。自分が解決しなければならないとは思っていたが、皮肉なことに今は誰かの助けがないと無理だと思った。今のままでは、解決はできないと。
 「何故そんな前の話をするんだい?……ああ、犯人の事かな。犯人なら検討は付いているけど確信は無いな。以上、切るぞ」
 「だあああ!!ストップ!!」
 止めたところで「ん?」と千里は首を捻った。犯人の検討なら付いている……じゃあ何故、亜留斗は言ってこない?確信が無いとは言っているが、それは本当なのか?と、いう思いもあったが、今欲しいのは詞織の死体のヒントだ。勿論犯人の検討だって知りたいが、犯人くらいは自分でやりたかった。どちらも亜留斗に頼る訳には行かないと思っていた。自分でやらねばならないと。
 「……全く、他に何を話すことがあるんだい?僕も暇じゃないんだ。三分で終わらせてくれ」
 次第にイライラしてきているのは亜留斗の声質から分かる。普段から淡々としているが、ため息混ざりの投げやりな話し方になってきたあたり、亜留斗もなかなか短気なものだとは思ってしまったが、普通に亜留斗は短気なのではなく合理主義である。1分でも時間を無駄にはしたくないのだろう。とはいえ、合理主義も極めると短気になってしまうか……。
 「お前なら、最終被害者の遺体をどうする?」
 核心をつかない程度に尋ねてみた。……が、実はこの質問は核心をついていた。深くは言うまい。後に分かることなのだから。亜留斗はと言うと「今更橘の母親の事を調べるんだな」と呆れたような声が返ってきてしまい、亜留斗の言葉には何も言い返せずにいた。悔しさから拳を強く握りしめたは良いものの、反論もできない。それに、下手に亜留斗の逆鱗に触れることはもっと出来ない。
 亜留斗はうーん、と少しだけ唸るような声だけを漏らした。三分で終わらせてくれと言ったのは亜留斗の方だったが、いきなりのクエスチョンには亜留斗も弱いみたいで、受話器越しにうんうんと唸る亜留斗の声に申し訳ない質問をしてしまっただろうか、と思い始め他の質問をしようと口を開きかけたその時だった。
 「……飽くまでも、僕の答えだということだけは把握してくれよ」
 「何言ってんだお前」
 変なやつ。いつにも増して慎重な亜留斗の言葉には思わず千里も目を丸くしてしまった。目を丸くしたところで、亜留斗には見えていないわけだが、亜留斗も自分でも違和感のあることをしているという自覚はある。自覚はあるのだが、亜留斗は少しだけ悩む。確かに自分だったらそうするだろう、だが“アイツ”は本当にそんな事の為に科学班のサポートなんかしていたのか?亜留斗の中でも確信が持てそうなところまで来てしまっている皮肉に亜留斗は少しだけ口角が歪んだ。
 自分がまさか、人殺しに加勢していた可能性に。科学者を名乗るものが、仮にも探偵を名乗る者が、皮肉から、思わず笑いが込み上げてくる。笑いを含んだ声で亜留斗は言う。亜留斗の楽しそうな声質には千里もゾッとしたが、千里は亜留斗の答えには正直、納得がいかなさそうに眉を寄せた。
 「僕なら溶かすよ」
 「……は?」
 「僕なら遺体を溶かす」

 遺体を溶かす?そんな事が出来るのか?いやいや、そんな簡単に出来るわけが無いだろ?亜留斗だからこそ出来ることであって……。
 亜留斗との通話を終えた後、逆にわからなくなってしまった千里は眉間にシワを寄せながら更にうんうんと唸るハメになってしまった。参考程度に聞いてみたは良いものの、次元が違いすぎた。亜留斗に聞いたのは失敗だったかと、そう思っていた矢先、部屋の扉がいきなり開けられた事に千里は目を丸くさせた。
 部屋にズカズカと入ってきたのは、スキニーパンツのポケットに手を突っ込んだ何故かヤンキーのような佇まいで千里を見るエメラルドグリーンの瞳が特徴的な冬木如一と、如一の家で総長(若頭の方が正しいかもしれない)補佐を務めている普段は零と名乗っている男だった。亜留斗から聞いた話だが、この零という男、総長補佐には留まらず、科学班でも著しい活躍をしているらしい。勉強熱心で亜留斗は何かと教えることが多いとも言っていたような気がする。
 「なんだよお前、いきなり……」
 「あ、いや、あのさ、昨日お前の家行ったんだけどお前居なかったから今日いっかな〜って思って来たら居たわ」
 「あ〜、悪ぃ、言ってなかったな。昨日伊織の家に泊まってたんだわ」
 伊織、という名前を出すと、如一と零はほぼ同タイミングでぴく、とこめかみを動かした。如一の方は恐らくにっくきライバルという事もあるから未だ納得が行くのだが……零は何故こめかみを動かした?知り合いでもないのに?それとも主の影響でそういう所まで似てしまうものなのだろうか。違和感にも近い、そんな感情を抱きつつも千里はへらへらと笑いながらめんごめんご、と言ってみせる。
 「ま、いいわ。そうそう、俺からまぁお願い事?なんだけど〜ちょーっと俺暴れちゃってさぁ……そんでさ…………な?もう言いたいことわかるだろ?ん?」
 「…………今の俺に仕事増やすんじゃねえよ…………」
 にたりと卑しく笑う如一の姿は完全に犯罪者のソレだった。光るエメラルドグリーンの瞳がやたら気味が悪い。とはいえ、今の俺に仕事を増やすなと言ったは良いものの、今回ばかりは如一を巻き込むこと……いや、如一に助けてもらうことは出来ないと思っていたこともあり、如一に何のこと?とは首を傾げられたがそこはうまく交わしつつ如一に若干ムカつきを覚えながらも所謂ソレ関係の書類を取り出すと如一に差し出す。
 「自分で書け。人数とか把握してるだろ」
 「は!?そんなの分かんねぇし!!」
 うげぇ、としながらも渋々千里に手渡された書類を受け取る如一の姿は、犬が尻尾と耳を下げているように見えるほどだったが、残念ながら話の内容はそんなに可愛いものではない。可愛いなんてレベルじゃない、シャレにならないと言った方が良いくらいだった。
 すると、如一よりも数歩後ろを歩いていた零は眼鏡のブリッジを上げると、コホン、と咳払いをしたあとに透き通った声で言葉を放つ。
 「如一様、重傷者47名、死亡者91名となっております。我が組での重傷者は3名、死亡者は居りません。重傷者3名のうち2名は科学班の六合班長によってなんとか意識を取り戻しています。1名は未だに意識不明の重体だそうです」
 「おお!流石!」
 「また大層暴れたな……」
 亜留斗の忙しい、という意味が今なんとなくわかった気がする。ここまで来ればわかることもあるだろう。如一は普通の家の子ではない。所謂そういった子だ。そして零は如一に従えているただの従者である。零の如一を見る瞳は、本当に尊敬そのもので、部下に愛されてる上司だなぁと思いつつも零からの助言を受けながら書類を書く如一の姿を横目にしながら資料に目を通す。
 そして資料の被害者リストをまた1ページ目から開き直した際に、書類を書き終えた如一が千里に手渡そうとしていたついでに如一もファイルの1ページ目を見た時に「あ」と声を漏らした。如一は基本的にこういうのには首を突っ込んでこないだけあって、そうやって声を漏らす如一の姿は珍しく、一体何があったのかと千里は「どした?」と参考になるかは分からなかったが、聞くだけ聞いてみることにした。
 「……コイツさぁ、科学班だった奴だぜ。亜留斗の補佐やってたと思う。なあ零、お前コイツと仲良かったんじゃねえか?」
 「……えぇ、彼は本当に……亡くなった時は悔しかったですよ。誰がこんな事をって…………。当時、私達は六合班長の提案の元、警察がまともに機能していない今、警察に負担をかけることは出来ない、つまり悪事がバレてしまうことは遅かれ早かれ見つかるだろう。それを少しでも減らす為に遺体を溶かして隠蔽工作を僕達科学班で努めよう、という話になっておりまして……」
 零の言葉に、千里は耳を疑った。亜留斗の言葉に、だ。あの合理主義のあいつの事だ、今の居場所がなくなって困るという理由での隠蔽工作の提案は亜留斗ならやりかねないし、有り得る話だった。だが、亜留斗は「警察に負担をかけることは出来ない」なんて言葉が出てくるだろうか?もしかしたら仲間内で言っていた可能性もあったが、千里はどうしてもその言葉だけが引っ掛かっていた。
 「……しかし、人体を溶かす液体を作っている最中に彼は亡くなったので……地雷警視総監が戻ったという事もありましたし、中断されましたよ」
 ────違和感。
 千里だけが、この場で零の言葉には違和感を覚えていた。

4ヶ月前 No.14

@akira0908☆G2g5KGLD3yBo ★Tablet=UIgVrM4Ag0

  14

 千里の中で大きな蟠りが残っていたが、それをいつまでも引きずっていられるほど時間というものは甘くない。幸か不幸か体育祭実行委員をやるハメになってしまった千里は伊織の事件に関する仕事はもちろんだが、体育祭の準備の仕事もあった。櫻葉学園の体育祭は姉妹校である桜華学園との合同で行われることもあり、櫻葉に桜華が訪問してくることもあり、それの手続きを先輩と手伝わないといけないという事もあった。
 時間というのは無慈悲であるとふと千里は思う。実行委員の準備をしながらいつもと変わらぬにこやかな表情の伊織の姿を目を細めながらじぃっ、と見つめる。
 色々思うことはある。何故いつもあんなに穏やかな顔ができるのだろうと。千里もかつて両親を失っていたが、今こそだいぶマシになったとは言われるようになったものの、奏ちゃんからは未だに心配されることも多く、両親がいた頃に比べてしまうと未だにやさぐれているという事実は拭いきれない。
 「……さん、地雷さん」
 「え!?あ、す、すんません」
 伊織をじっと見ていると不意に声をかけられ、千里は驚いて頬杖をついていた右手を離し急いで声をかけてきた実行委員の先輩の方を見た。一瞬目をそらして伊織の方に目を向けると、伊織が心配そうに千里に目を向け、楔は伊織が見ていないことをいい事に千里を盛大に馬鹿にしたような今にも「ざまあ」なんて言いそうな顔を浮かべながら千里を見ていた。
 千里はなんでこんな奴、と思いつつも先輩の呆れたような困ったようななんとも言えない笑みを返してきて頭をガリガリとかいて自らの睡眠不足や切り替えの悪さを恨む。
 「ええと、桜華との合同打ち合わせについてなんだけれど……もう1度説明するから、次はちゃんと聞いてね」
 「あ、ほんとすんません……」
 千里がいたたまれなくなってしまい、目を伏せながら配られたプリントの合同打ち合わせについて、という紙を探していると「あ、あの」という控えめな声が聞こえ、そちらに目を向けると眉を寄せながら不安げに手をあげる伊織の姿だった。
 時間稼ぎをしてくれるのか?なんて見当違いな事を思いながらなかなか見つからない合同打ち合わせについてのプリントを探していると、代表の先輩の方がまた困ったように伊織の方に振り向いてどうぞ、と伊織に発言権を回す。
 代表の方も代表という立場から何度か桜華の方に訪問しての個人打ち合わせ等があるらしいので相当疲れているのだろう。自分だけが忙しいような気持ちになってしまっていたことを申し訳なく思う。
 「合同打ち合わせについては私の方から地雷さんに会議が終わった後にお伝えしますので、今はお話を進めた方が会議は円滑に進むのではないでしょうか。先輩方も早く帰りたいのは同じ事ですし、こうして全体で説明するよりも個人での説明がよろしいかと……。係ごとの準備もある所はあるでしょうから、ひとまず重要部分だけ踏まえて話を進めてはいかがでしょう?明日に回す、という訳ではありませんが全て言葉にするよりも代表の先輩が持っていらっしゃるプリントの方を拝借して宜しければこちらで人数分コピーするので説明することも比較的カット出来ると思うのですが……どう、でしょう、か…………」
 後半につれて弱々しくなる伊織の主張に千里は目を見開く。楔の方も伊織がそういった行動に出てくるのは完全に予想外だったようで、驚いたように目を見開いたのは楔も同じだった。
 伊織の提案に代表者の先輩はふむ、と少し考えるように口元に手を当てながらプリントを見ながら俯くと、1度頷いた。
 「それじゃあ、地雷さんには合同打ち合わせについての説明は橘さんからお願いね。あとコピーの方もやってくれるなら私としてもそっちの方が助かるし……お願いしても良いかな?」
 「勿論です、言い出しっぺなので!」
 「そう、会議が終わった後紙を渡すから人数分のコピー職員室までお願いするね。その後皆にプリント渡すから、それが終わった後に地雷さんには説明よろしくね」
 「はい!」
 伊織の人を動かす力というか、人のために咄嗟な判断を下して動ける姿は素直にすごいと思う。千里も人のために動くことはあっても、それは仕事や自分のため、みたいな所があるのも事実で、明らかに利益の無い行動を自ら行おうとはなかなか思えないことも素直な話だ。
 やはり、そういった意味でも仇で返されるかもしれないのにも関わらずそうやって全体にとって意味のある事が行動に出来るのは尊敬するべき行動だと思う。とはいえ、思うだけで自分が行動できるようになるのは少し難しそうだ、なんて千里は肩を竦めた。
 楔もまた、伊織の昔から変わらない咄嗟な判断力とそれを行うか否かの議論を自分の中でしようとしない伊織の姿には好きな人として、以前に人として尊敬ができる。自分には来世になってもできなさそうな行動には素直にすごいと思うし、後先を考えないで行動することには心配も覚えなくはない。もちろん、伊織のそういう所が楔は紛れもなくたまらなく好きになったわけなのだが。

 「……ええと、櫻葉にいらっしゃるのは3人。あまり多くの人が呼べないから最低限に優秀な生徒抑えてきたって。ちなみにこの優秀な生徒っていうのは桜華の校長先生セレクトらしいからどうでもいいメモもあるよ。1人目は2年生で応援団中心に体育祭実行委員の代表と訪問代表者の天城光さん。メモに書いてあるのは桜華の陸上部に推薦で入ったらしくて、陸上競技では殆ど賞取ってるって。一応桜華の櫻葉との打ち合わせで一番偉い人って扱いになるから失礼が無いように、との事。2人目はひーちゃ……光さんの弟さんで得点係中心に体育祭実行委員の2年生代表の天城陽さん。千里は多分知ってるかな?メモだと剣道部の主将でめちゃめちゃ強いよ。成績もすごく良いみたい。努力家だからね。あ、あと絶対怒らせないでって書いてある。で、3人目は救護係中心に体育祭実行委員の1年生代表の四月一日徹守さん。メモには水泳部の推薦入学で博多に住んでたんだって。でも普段は共通語で話してるから方言の心配は大丈夫だよ。色々直球な子だけど悪気はないから大目に見てあげてって書いてあるよ」
 「ふむふむ、なるほど。……偉い人応援団かぁ。どんな人なんだろ。応援団選ぶ辺り如一っぽいイメージが……」
 伊織の説明を聞きながら相槌を打ちながら聞いているうちに伊織の説明が終わり、伊織から出てきた人物の特徴やメモから勝手にこんな人なんだろうなぁ、なんて予想を立てながら考えていると、千里の中ではよく見知った人物を彷彿とさせた。
 千里の何気なく言った「如一っぽいイメージ」という言葉に伊織はこめかみをぴく、と動かしたかと思えばなんとも言い難い眉を寄せた困ったような呆れたような笑っているような微妙な笑みを浮かべた。
 「あ〜……それ本人に言わない方がいいかも……」
 「?」
 なんとも言い難い表情で困ったように言わない方が良いかも、なんていう伊織の姿に変だなぁ、と思いつつも言われている以上それを破るつもりもないので特に詮索もせずに「取り敢えず分かったわ」とだけ答えておくことにした。
 気にならない訳では無いが、応援団ということは関わりが無いだろうと思ったことも事実だ。その弟さんやらが得点係だと言っていたし仲良くなった時にでも聞くか、なんてぼんやりと思った。
 伊織はと言うと、実はここに出てきた3人は全員知り合いである。一番最後の徹守は最近の仲良くなったばかりだとはいえ、光と陽という双子に関してはそうもいかない。伊織の家は道場ということもあり、光の弟である陽がよく伊織の道場に稽古に来ることがあったのだ。その際に昔ではあるが仲良くなり、今でもたまに連絡を取るくらいではある。故に、まさか体育祭実行委員をやっているとは思っていなかったこともあり、素直に言うと伊織からすれば気まずかった。
 まあ、楔はそれを知らないわけだが、もしかしたら何となく勘づいている可能性は少なからずともあるだろう。楔の伊織に関する身辺調査は異常に凄い。常人離れしているとも言える。
 「それにしても最近千里忙しそうだけど……大丈夫?ご飯ちゃんと食べてる?寝てる?」
 「そうだよぉ〜、千里ちゃん今日も珍しくぼぉ〜っとしてたでしょ〜?伊織ちゃんに迷惑かけんじゃね……伊織ちゃんのフォローが無いとちょっときつかったんじゃないのぉ〜?あんまり伊織ちゃんに迷惑かけんじゃね……無理しないでねぇ〜」
 心配そうに千里を見る伊織と、時々本音が露呈しかかっている楔の心配(建前)を有難く頂きつつも、やはり最近ぼんやりしていたのはバレてしまっていたのか、千里は苦笑を零した。当の本人に心配しれて事件の仕事が疎かになってはいけない。いや、バレてしまう訳にはいかない。
 そう思うと、千里は「最近ちょっと寝れなくて」とたはは、と笑いながら頭をかいて言った。楔の睨むような目が痛かったが、伊織の「駄目だよ〜!」なんて言いながら怒る姿には流石に反省した。怒り方まで女子力が溢れ出ているような気がしたが、下手に逆らえばぶん投げられそうな雰囲気を纏っているのはやはり伊達に武道の娘をやっていないというのはある。随分と強かな女性だ。
 「悪い悪い、今後はちゃんと眠くなくても早く布団に入るようにするわ。心配かけてごめんな」
 「本当だよ。まあ僕がとやかく言う権利が無いのは分かってるけど……でも友達が疲れてるのは流石に見過ごせないよ。まあ、寝れなくてもせめてご飯ちゃんと食べてね」
 「伊織は俺の母ちゃんかよ」
 「違いますぅ〜。僕は僕ですぅ〜」
 ふと喉元をついて出てきた俺の母ちゃんかよ、という言葉があまりにもしっくりきていたことにまた一つ千里は違和感を覚える。なんというか、普通の友人相手にふざけて言うような感じとはまた違うような、何か懐かしいような、そんな気持ちを抱きながらも、答えが出てこないのは出てこないもので、また一つ増えた違和感にうんざりしながらも、恐らく疲れ故の気のせいだろうと千里は気にしないでおくことにした。
 実のところ、千里の言葉はある意味的をついてもいるのだが、千里がそれを知るのはずっと後の話だろう。今の千里にとって重要だったのは、零に感じた違和感。それだけだったから。

3ヶ月前 No.15
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