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不良生徒と5本の剣

 ( 小説投稿城 )
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天象儀 @relayers7 ★Android=loYa23FDvx

____俺はこの部活が嫌いだ


「笹ヶ岡先輩、ファイトです!!」


俺は生まれつきの駄目人間。だから誰にも期待されたくない……その思いで色んな事から逃げ続けてきた


「ここが正念場だ!踏ん張れ笹ヶ岡!!」


それなのに何で……何で俺みたいなロクでもない奴に任せたんだ……


「何も考えたらアカン!一発ぶちかましたれ、辰貴!!」


何でこんな何もかも駄目な奴に……こんなに大事な役を背負わせたんだ……


「アンタにゃアタシらがついてるよ!思いっきりやんな!」


全てを台無しにしたいのか?それとも……


「信じてるよ……笹ヶ岡」


本当に俺みたいな奴に全てを託してんのか?いったい何をしてくれてんだよ……


「…れ……くん……」



この




「頑張れ……辰くん!!!」




バカ共が________



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


【閲覧ありがとうございます!
初小説なので上手く書けない上に更新も遅いかもですが、最後まで暖かい目で見てくだされば幸いです!ちなみに今回は剣道をテーマにしたギャグと青春の学園ものを書いていきます!剣道の事を知らない方にも十分に楽しめるようにしていきます!かくいう私も少ししか知らないので、記事メモに防具や構えなどの参考URLなどを どんどん貼っていきたいと思います!
キャラ紹介は記事メモ、感想や質問、アドバイスはサブ記事へお願いします!泣いて喜びます!気持ちは分かりますが誹謗中傷はご遠慮ください】

1年前 No.0
メモ2016/07/17 20:31 : 天象儀 @relayers7★Android-loYa23FDvx
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天象儀 @relayers7 ★Android=loYa23FDvx


「うふふふ……大丈夫ですか、如月さん?ごめんなさ〜い♪これからは気を付けますので……テヘッ☆」

星宮が伸ばした手を取らずに、如月が立ち上がる。
そしてしばらく星宮の面の中の顔を覗き込むように見つめた後で、

「もう少し……ですね」

そう呟いた。

「?……どうしましたか?リリーの顔に何かついてますか?」

「えぇ……“まだ”ついてますよ。安心してください。
さて……では再開しましょうか。あぁ、言っておきますが、今のあなたの打突では一生かかっても私から一本とることはできませんよ。もっと本気で来てください。さもないと、やり甲斐がないので」

如月は袴についた埃をパンパンと払うと、開始線についた。

「今日の如月、やけに挑戦的だけど……どういうこった?“まだついている”って……?」

「ふむ……確かにな。あれぐらいで相手に腹を立てる性格でもないのだが……」

俺も部長も如月の狙いが分からなかった。当の星宮は少し不機嫌そうな声色で、

「えへへ……リリー、挑発されるなんて初めてですぅ……少しだけ……イラッとしちゃいましたっ♪」

試合が再開すると、星宮は如月に猛攻撃を繰り出した。再開前とは比べ物にならないぐらいの斬撃が、如月に襲いかかる。

「つっ………ぁ……!」

「ちょっといじめたくなっちゃいました♪本当なら今この瞬間でもあなたから一本とることは容易いのですが、しばらく楽しませてもらいまーす♪」

腕、肩、足……星宮の竹刀は如月が防具を着けていないところに容赦なく打ち込まれ、痛々しい音が体育館に響き渡る。星宮がわざとそういう打ち方をしているんだろう。ギャラリーにいる観客も、顔を青くしてその様子を眺めていた。中には目を背ける者もいた。

「なに考えてんだよ、如月のやつ……挑発して、かえって不利になってるじゃねぇか!」

「なんや、リリーがリリーじゃないみたいやねんけど……オレの気のせいか?」

「なにか策があるのか……如月……?それとも……」

如月は紙一重の所で星宮の攻撃を受け続けた。時間も少なくなってきた。どうするんだよ……敗けちまうぞ!

「頃子ちゃん………!」

隣で静かにしていた美作も、さすがに手を合わせて祈っている。

頼む……勝ってくれ、如月……!!

10ヶ月前 No.207

天象儀 @relayers7 ★Android=loYa23FDvx


「ふぅ……そろそろ良いですかね……」

「はっ………はっ………あははっ♪……観念しましたかぁ……?」

「いえ……ここにいる皆様に面白いものを見せて差し上げようと思ったまでです」

「え………」

星宮の攻撃を片手に竹刀を持ち変えて受け止めると、如月はもう片方の手を上げた。

「タイムお願いします。相手の面タオルがずれています。直させてあげてください」

「え………あ……」

「やめっ!赤、手拭いを直しなさい!」

審判の号令で、一旦試合は中断し、両選手は試合場の外まで下がってくる。

「おい如月!お前なに考えとんねん!挑発してお前がやられそうになってどないすんねんな!アホか!」

鉄狼が下がってきた如月に声をかけると、如月は黙って面紐をほどいている星宮の方を見据える。


「見ていてください、あれが浅原センパイの憧れたアイドルです」

「はぁ?なにを言うてんねん!リリーはリリーや………」

星宮の面が外され、その顔が露になる。

会場中がざわついた。


その顔は汗で流れ落ちた化粧で、まさにドロドロのモンスターのようになっていた。漫画でしか見たことないような見事なドロドロ具合。顔はピンクや紫色で埋め尽くされ、もはや試合前のキラキラオーラはすっかり失われてしまった。

「はひ……?どうしたんですか皆さん、そんなに怖い顔をして……ほら、リリーはいつもの皆のアイドルで───」

星宮が自分の顔に手を触れると、途端に硬直した。それからゆっくりと自分の手の平を見て、わなわなと震え出した。

「な………なによこれええええええええ!!?」

星宮の悲痛の叫びが響き渡ると、如月が一つ咳払いをする。

「……あなたはテレビの撮影から直接ここに来たとおっしゃいました。だいぶ急いでいたのではないですか?それこそ化粧を落とす暇もないぐらいに」

「!!それは───」

「ほら、いいんですか?早く落とさないと……あなたの悪いイメージがどんどん広がっちゃいますよ?汗に滲んだ化粧のように」

「くそがっ……!!」

星宮がバンと音を立てて床を叩いて立ち上がり、自分の荷物の所に向かうと、ハンカチを取り出して自分の顔を力強く吹き始めた。

その間、鉄狼の方を見てみると、ブツブツと念仏のように何かを唱えている。

「リリーはあんな酷い言葉遣いと違うリリーはあんな酷い言葉遣いと違うリリーはあんな」

そっとしておいた方が良さそうだ。


白いハンカチの中から現れたのは、怒りに顔を真っ赤にした星宮だった。
スッピンの星宮はさすがにアイドルだけあって、化粧なしでも十分に顔立ちは整っているのだが、怒りのあまりその顔は僅かに歪んでいた。

「あんた……一体なにが目的なの!?こんな事してあたしに大恥かかせて!!あんただけは……あんただけは絶対に……!!」

「あら……あの敬語と可愛らしいキャラはお止めになったんですか?残念です。でも……今のあなたの男勝りな口調の方が、私は好きですよ」

「殺すっ!!」

星宮が凄い勢いで手拭いと面をつけ始める。


一応、鉄狼の方を確認してみる。

「リリーは殺すとか言わへんリリーは殺すとか言わへんリリーは殺すとか」

うん、もうこれは現実逃避して正解だと思う。

短い間とはいえ、本気で愛したアイドルがこんな形で本性を露にしたら、そりゃオタクとしてはショックだよな。せっかく会えたのに。

10ヶ月前 No.208

天象儀 @relayers7 ★Android=loYa23FDvx

試合場に目を向けると、如月と手拭いを直し終えた星宮が向かい合っていた。いよいよ決着がつきそうだ。

「あんただけは許さない……一瞬で勝負をつけてやる!!」

「はじめっ!」


「おらおらおらぁ!!!」

狂乱した星宮が如月に猛攻する。もうそこには高校生トップアイドルとしての星宮リリカの面影はなかった。
ただ目の前の獲物を狩るために猪突猛進する獣のように荒々しい声を出している姿を見て、鉄狼はクラリクラリと立ち眩みを起こしている。

「如月……まさか相手の冷静さを失わせるために、わざとあのような挑発を……?」

部長が顎に手を当てて呟く。

「まぁ、計算高いアイツが何も考えずに試合に臨んで、ましてや苦戦するなんておかしいと思ったけどさ……」


「はあっ……はあっ……あんたのその目……気に食わないのよ!真っ直ぐで、何もかもを見透かしたような目で……なんなのよ、その目は!言いたい事があるなら言いなさいよ!!」

星宮は多分、残り少なくなった体力を限界まで振り絞って攻撃しているのだろう。さすがの如月も決め手に欠ける様子で、どんどんと試合場の端まで追い詰められていく。

「如月!!お前あと一回出たら……」

俺は身を乗り出して如月に叫んだが、如月には聞こえていないらしい。

「だいたい!あんたなんか、あたしに何もかも劣るじゃない!確かに顔は綺麗だけど、背も小さいし!無表情だし!不気味だし!」

星宮が如月に向けて好き放題に罵倒を浴びせていく。
あれ?この状況、どこかで……。

「アカン!!これはヤバイ!!このままやったら出てまう!!」

鉄狼が我に返った途端にそう叫ぶ。

「あ?何がヤバイって……」

俺は意味が分からず小首を傾げる。出るって何だ?


「見るからに根暗そうだし!それに────」

「ちょっ………それ以上は言ったらアカン!やめろリリー!!」






「胸も小さいし!」












ドッ










「もういっぺん言ってみろよ……この腐れ性悪女」













如月の竹刀は星宮の喉を射抜いた。星宮はそのまま試合場の外まで吹っ飛ばされる。


「しっ………白!突きありぃっ!!!」

審判が動揺しながらも白旗を上げ、如月の一本を知らせた。


「え………ちょっ………如月?」

俺は口をあんぐりと開けて試合場にいる如月の名前を呼ぶ。

いや、如月……なのか、あれは?

10ヶ月前 No.209

天象儀 @relayers7 ★Android=loYa23FDvx

今、凄い暴言が如月から放たれたような気が……いや、毒舌はいっつもだけど、なんか今のは……。


「出てもうた……遅かったか……!」

「おい鉄狼!どういうことだ!?如月のやつ、何で……」

「そうか……お前は見るのは始めてやったな。
篠風高校一年生……如月 頃子。その特徴の最たるものは、どんなことをされても絶対に怒らへんことや。けど……たった一言だけ、絶対にアイツに触れたらアカン“タブー”が存在する。それは……“胸”や」

鉄狼がまたしても解説役のような口ぶりで喋り始める。

「“胸”……?」

「そう……アイツはああ見えて、自分の“胸”の小ささに底知れぬコンプレックスを持っている。身長なんかどうでもええんや……ただ、バストサイズだけはどうしても弄られたくないアイツは……それに触れられたらあのように激怒する。口調も乱暴になり、敬語も失われ、それこそ相手を殺しかねんくらいにな。オレ達はあの状態をアイツの名前にかけて“殺子(ころこ)”と呼んどるんや」

「殺子……」

なんてこった……如月がそんなことを気にしてたなんて……。
確かに胸は身長に劣らず極小だけど、でもそんな些細なこと気にするタマじゃねぇだろうに。意外すぎる……つか……


「おい……さっきから黙ってりゃ、ずいぶんボロクソ言ってくれるじゃねぇか……早く立て。その腐れ切った根性、叩き直してやるよ」


怖すぎる。


「……この試合の発端となった豪野宮高校との争い。あのとき君が浅原により気絶させられた後、今と全く同じように“殺子”が目覚めたのだ」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

『ぐっ……鉄狼……てめえ……!!』



『スマンな辰貴、今邪魔されたら、逆に如月はヤバイんや』

君が倒れたあと、ボクシンググローブをはめた男が如月に向けてそれを振りかぶった。

『おら!死ねや!この───胸極小女が!!』



如月はそれを右手の人差し指だけで受け止めた。



『おい……社会のお荷物であるてめえら腐れヤンキー共の冥土の土産に良いこと教えてやるよ……人のコンプレックスをバカにする奴は救いようのないゲス野郎だ。あたしのタブーに触れた以上、ただで済むと思うなよ……?』

『ひっ………』

そこからはまるで忍のように、蛮族を一瞬で沈めていった。私の目から見ても、あの動きは見事であった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「あの時にそんなことが……俺が目が覚めたときは普通だったのに……」

標的を始末したら殺子モードは解除される、とかそんな感じだろうか。
今の話じゃ、少なくとも俺は初対面の時に如月に“社会のお荷物である腐れヤンキー”ってイメージを持たれてたってことだよな。なんか悲しくなってくる。

10ヶ月前 No.210

天象儀 @relayers7 ★Android=loYa23FDvx

それにしても良かった……今まで色んなやり方で如月のこと虐めてきたけど、胸の事はバカにしなくて。

「ちなみに如月が殺子モードになったんは、これで三度目や」

「一度目は浅原であったな。いつものような痛快な言い争いかと思えば、浅原がタブーを口にした途端に空気が大きく変わった。あの頃はさすがに驚いたぞ」

「一回言われると先輩やろうが先生やろうがストップかけられへんくなるからなぁ。ホンマ、死ぬかと思ったで!とはいえ“殺子”が出ればコッチのもんや!リリーには悪いやけど、もう決まりやな!」

あぁ、やっぱりコイツも被害受けてたんだ。そりゃそうだよな。鉄狼がそこに触れないわけもない。
バカ面番長の時は二回目だったから、鉄狼も最強技である“殺子”状態の存在を知っていて、それを出そうとして俺を気絶させたわけだ。やっと辻褄があった。

つか胸くらいでそんなに怒ることないのに。相手だってそこまで気にしてるとか知らねぇだろうよ。

「あ………ああ……」

さすがの怒りに震えた星宮も、急な如月の豹変に二、三歩ほど後ずさりした。

「どうした?来いよ……自分の方が優れてるんだろ?ならあたしから一本取り返してみろよ……ほら!!」

凄い……一人称も“あたし”になってる。大迫力だ。


「っ………らあああああああああああああ!!!!!」

強烈な突きを食らわされ、今にも腰を抜かしそうな星宮は、半ば捨て身の思いで如月に竹刀を伸ばした。

「………終ぇだ」

如月の閃光のような返し胴が、星宮に命中した。



「白っ……胴ありいいいい!!!」

10ヶ月前 No.211

天象儀 @relayers7 ★Android=loYa23FDvx


会場中が大歓声に包まれた。あの天守城高校に二本勝ち……凄ぇ!やっぱり如月は凄ぇ奴だ!!

「如月……お前、やったな!」

「はぁ……はぁ……本当に辛勝でしたよ。相手のペースが崩れていなければ、結果は全く変わっていたかもしれません」

戻ってきた如月に声をかけると、息を切らしながら返答してきた。あの如月がここまで疲れちまうなんて……やっぱり相手は一筋縄ではいかねぇみたいだ。

敬語に戻っていることからすると、もう怒ってはいないみたいだ。正直、あの如月はもう二度と見たくない。もう二度と……下手な事は言えねぇ。

俺は如月 頃子……いや、如月 殺子の真の恐ろしさを知ることとなったのだった。


気が付くと、星宮が俺たちの所まで来ていた。如月と同じく大きく息を切らせながら。
そこから如月に近付き、その貧相な……いや、慎ましやかな胸ぐらを掴んだ。

「あんたって何でそんなにムカつくの!?どこまでも、あたしの上を行って……あたしはトップアイドル!誰にも負けるはずが……」

「その慢心を絶ち切るためです」

「はあ!?何を言って……」

「あなたは、その持って生まれた美貌と才能で、さぞかし周りの方々からちやほやされてきたのでしょう。周りの人を見下すように生きてきた。そして芸能界入りを果たすと、その本性を隠す化粧はだんだんと厚くなっていった。
私は本当のあなたと勝負がしたかったのです。厚い化粧をハンカチで綺麗に落としたあなたとね」

「ふざけっ───!!」

星宮が拳を振り上げる。俺が止めようとすると、部長がそれを制した。


「あなたのそれは剣道じゃありません」

「!!」

語気を僅かに強めた如月に、星宮は動きを止める。

「故意に他人を傷付けて楽しむ……最低のやり方です。最低のやり方には最低のやり方で返さなければ、相手に思い知らせる事ができません。だから私はあなたの本性を無理矢理引っ張り出すような、最低な戦い方をしました」

「はっ……“思い知らせる”だなんて、ずいぶんと上から目線に物を言うのね。神にでもなったつもり?それに、あたしがそんなことで自分を変えるとでも?」

「私、ムカつくでしょう?」

「は………?」

如月の言わんとすることが分からないのか、星宮は眉を寄せる。

「ムカつくなら、また挑みに来てください。私みたいな年下にこれ以上偉そうなことを言われないように、しっかりと真っ直ぐに剣の道を歩み、次は私を倒してください。それが私のただひとつの願いです」

「あ……あんたまさか……ずっとあたしを挑発してたのは……あたしに汗を流させて化粧を落とさせることで本性をさらけ出すためだけじゃなくて……自分に真剣に攻撃させる事で……あたしの乱れた剣道そのものを正すために……!?」

「申し訳ありません……元来、私は口下手なものでしてね。あんな手段しかとることができませんでした。
最後のあなたは、人を陥れる事だけを考える悪人でも、世間体を気にしたアイドルでもない……敵と真っ正面からぶつかり合う、一人の剣士でした。またあなたと戦えるのを楽しみにしています、星宮リリカさん」

「………大した奴だわ……あんた……」

星宮は如月から離れ、自分の場所に戻っていった。


ガタンと音がした。見ると、如月が膝をついて右肩を押さえていた。

「如月っ……お前、やっぱり外されたところが痛かったのか!?」

「………黙っていて申し訳ありませんでした。余裕の表情を貫いていなければならなかったもので……。私に出来ることはここまでです。後は宜しくお願いします」

「如月………」

部の士気が高まる先鋒戦。そこで二本勝ちできたのは大きい。如月が痛さに必死に耐えて得た完全勝利だ。絶対に無駄にはできない。

10ヶ月前 No.212

天象儀 @relayers7 ★Android=loYa23FDvx


「っしゃ!次は俺の番やな!」

「鉄狼……頼むぞ」

「はっ!頼まれるまでもないわ!あんなガキ、五秒で終いや!」

鉄狼がずんずんと試合場に向かっていく。油断大敵……なんて言っても、今のアイツには通じないだろう。

「部長、あの相手の音無って奴……」

「……この次峰戦で勢いが潰えなければ良いのだが……」

「んだよ、そんな後ろ向きになって!鉄狼が簡単にやられるわけねぇって!」

部長の顔色は晴れない。音無を知っているのか?


「夢咲……貴殿は今回の五人はどのような理由で選んだのだ?」

「ん〜?簡単なことだよぉ。先鋒に星宮さんを配置したのは、人気者の子を最初に出すことで会場を沸かせ、向こうにプレッシャーを与えるため……だったんだけど、ボクも星宮さんの本性を初めて知ったからさぁ。やっぱり頃子ちゃんは凄いねぇ。豹変姿もカッコ良かったしぃ。
まぁ、先峰にスピードタイプの頃子ちゃんを入れてくることも、先峰戦で負けることも計算済みだよぉ。ボクが次峰に音無くんを入れたのは……」


「………初太刀に面が来る確率……80%……」

「あ?なんやて?なーんかさっきからブツブツブツブツ抜かしとるけど、願掛けでもしとんのか?
まぁええわ、神さんの力を使うても無駄やで!覚悟しいや!!」

「始めっ!!」

「しゃああらっ!死にさらせっ!!!」

審判の開始の合図と同時に、鉄狼が竹刀を振りかぶり、それを音無の脳天に降り下ろす。

(取った!一本目はいただきや!)





「次峰に音無くんを入れたのは、先峰戦の勢いを完全に殺すため……かなぁ」







「赤っ……面あり!!」




「え……………?」



第14話 完


10ヶ月前 No.213

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN

第15話 つなぐ約束

俺も鉄狼と同じような声が出そうになった。
何が起こったのか全然分からない。俺もあのとき、鉄狼の一本を確信した──なのに、上がった旗は全て赤色……天守城の一本だった。

「あれ?アイツはどこや………?」

鉄狼は音無の姿を確認しようとキョロキョロと周りを見渡す。
だが、音無は既に開始線に戻っていた。

「何が………起こったんや……?」

俺も理解できない。何でだ?鉄狼が攻撃を仕掛けた時、音無はピクリとも動いてなかったのに……。
俺は部長の方を見る。部長は見たこともないような顔をしていた。狐につままれたような、唖然とした顔。その頬を冷や汗がつたった。部長のこんな顔を見るのは始めてだ。

「今のは“出鼻面”……相手の面を読み、それが来る前の出鼻を挫いて面を打つカウンター技……の筈なのだが……攻撃の瞬間が……全く見えなかった……」

「はあ!?部長でも見えなかったってのかよ……!」

普段の稽古で如月の速さに馴れている部長でも動きが捉えられなかったということは……あの音無って奴、如月より速いってことか……?

「鉄狼!取り返せ!まだ終わってねぇ!!」


鉄狼は呆然としていてその場を動かない。

「オレが………取られた……!?」

やがて自分の置かれた状況を理解したらしく、小手をぷるぷると震えさせた。

「こんのクソガキ〜〜〜!!!」

鉄狼は苛立ちをぶつけるためか、持っていた竹刀でバンと床を叩いた。あれやっちゃダメなんじゃなかったか?

9ヶ月前 No.214

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


「確率………」

如月が呟いた。

「あの音無さんという方は……先ほども浅原センパイが自分に勝てる確率を“0%”と仰っていました。どうやらあの方は、あらゆる事象を“確率”で表す癖があるそうです。
先輩方もお聞きになっていたかは分かりませんが、あの方は始まる前も、浅原センパイが初太刀……つまり最初の攻撃で面を打つ確率を“80%”と呟いていました。恐らく浅原センパイの動きを完全に読み切っておられたのでしょう。何が来るかが分かっていれば、後はそれに合わせて最速の面を打つだけ……これが先程の一本のカラクリでしょうね」

「如月お前、あの一太刀でよくそこまで……」

鉄狼が聞き取れず、俺や部長も分からなかったタネをいとも簡単に見抜いた如月に、感心の目を向ける。如月もスピードタイプの選手だ。同じような動きをする相手の考えが読めるのだろう。どちらにせよ良いことを聞いた。鉄狼にも教えてやらねぇと!

「鉄狼!ソイツはお前の動きを確率で読むみてぇだ!単調に攻めたら終わるぞ!!」

「うっさいわボケ!お前に助言されるまでもないわ!黙っとけ!」

「二本目、始めっ!!」

俺の助言は届いただろうか。相手が“確率”なんてもので戦う頭脳派なら、バカの鉄狼とは水と油……いや、火と水の関係だ。分が悪すぎる。俺は食い入るように、鉄狼と音無の勝負を見届ける。


(単調な攻めは相手の思うツボか……ほんなら!)

会場がざわついた。鉄狼が例の技を披露したからだ。

酔剣道。まるで酔っぱらいのようにフラフラと動いて相手を翻弄する、テクニックタイプの鉄狼らしいスタイルだ。
フラフラと縦横無尽に動き回る鉄狼だったが、音無は焦りの色を見せない。


「余裕のツラしてられんのも今のうちやで!すぐに一本取り返したるわ!」

「横から小手面……75%」

「またブツブツと……これでも読めるッちゅーんか?くそがっ!!」

完全に冷静さを失った鉄狼の攻撃は、こう言うのもなんだが全く当たる気がしなかった。

9ヶ月前 No.215

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


必死の攻撃は続き、時間も残り1分を切った所だ。

「鉄狼、落ち着け!慌てたら相手の思うつぼだ!まだ時間はある!」

「浅原!体勢を立て直せ!今のままでは体力を消耗するだけだ!!」


「はっ………はっ………」


「届いてない……ですね。それほどまでに心身ともに余裕がなくなってしまっているのでしょう。相手が年下ということで、焦りも増しているはずです」

如月は自分のことのように言った。そういえば、星宮にとっちゃ如月も年下だったな……。

とにかく今のままじゃ本当にヤバい!審判の志摩センセイも苦しそうな様子だ。なんとかしねぇと……なんとか……!!


(アカン……もう勝てる気がせえへん。ははっ……情けなくてしゃあないな、ホンマ。せっかく如月が必死こいて二本勝ちしてきてくれたいうのに……)

鉄狼が一瞬、俺の方を見たような気がした。だんだんとその技が素直になっていく。

(よりにもよって、こないな大勢の前で……醜態を晒してまうなんてな……まっ、オレらしいっちゃオレらしいかな)

まるで、相手と波長を合わせるように。

(くそっ……もう腕も足も……動かれへんわ。万事休す……やな)

まるで、今まで剥き出しにしていた牙が取れたかのように。

(まぁ、今のアイツになら……任せられるわ)

鉄狼が真っ直ぐに音無の面へと竹刀を降り下ろす。その時、鉄狼が俺の方を向き、優しく細い声で言った。


「頼んだで……辰貴」


「鉄っ───!!」


「面……100%」


音無の竹刀は、静かに鉄狼の小手を捉えた。


「赤っ……小手あり!!」



こうして次峰戦は、静かに幕を降ろした。

あまりにもあっけない終わりだった。

9ヶ月前 No.216

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


試合場を出た鉄狼は、もはや虫の息だった。


「鉄狼!鉄狼!!しっかりしろ!」

「浅原……よく戦ったな。全国2位相手に、本当によく戦った」

「全国2位……!?部長、それって……!!」

部長が鉄狼の面を外してやりながら、しみじみとした顔をした。

「如月、疲れているところ悪いが浅原に膝を貸してやってくれぬか?」

「あ………はい、分かりました」

如月が近くに来て正座をすると、部長はそこに鉄狼を寝かせた。鉄狼はなにも言わずに、ただ苦しそうに呼吸をするだけだった。

「笹ヶ岡よ……浅原と音無が対戦すると決まった前、先に挑発を仕掛けたのはどちらだったか覚えているか?」

「え……確か、鉄狼が“あからさまにザコっぽい奴”って言って……それで音無が“勝てる確率は0%だ”って………つか、それがどうしたんだよ?」

「音無 瞬太……幼き頃より剣道に携わり、その類いまれなる才能から“神童”と呼ばれてきた。中学校でもその噂は衰えることなく……三年生の頃には“全国大会2位”の大記録を成し遂げた、剣道界では有名人だ。私と美作もよく知っている。当然、天守城高校でも1、2を争うほどの実力者だ。浅原と如月も名前くらいは聞いた事があるはずだ。そうだろう、如月?」

「あ、はい。そういわれてみると、名前だけなら……今思い出しました。
しかし、あのような剣道をするというのは初めて聞きましたが……」

急に名前を呼ばれた如月が少々早口で答えた。

「そんだけの有名人が何で次峰なんか………つか、何で鉄狼はそんな化け物を挑発するようなマネを……?」

「分からないのか?浅原が引き受けなければ……本来の次峰は君になっていた」

「!!」

「君にとっては初めての試合……その相手が全国2位の強者ならば、まず太刀打ちできない。そんな君は間違いなく自分を責めることだろう。浅原はそれを分かっていて……自分が絶対に勝てないと分かっていて、わざと音無と戦う道を選んだのだ」

「俺に嫌な思いをさせないために……自分が汚れ役を引き受けたってのか……何で!!何でそんなこと!!」

部長が悲しげな表情を浮かべる。

「君を……大切にしていたからだ」

「!!」

「今朝、君が来る前に浅原が私に言ったんだ……“もしも辰貴に強い奴が当たりそうになったら、自分がなんとかする。辰貴は自分の大事な友達だから、敗けて悲しんだり責任を感じているところは見たくない”と……」

「…………バカじゃねぇのか……普段は憎まれ口ばっかり叩いて、友達なんてしゃらくせぇこと、絶対に言わねぇくせに……!自分が辛い思いしてまで、俺に恥かかせないように、少しでも勝てる可能性がある相手を……!」

俺は涙が流れそうになるのを堪え、鉄狼の顔を見た。疲れきっていて意識があるのかないのかは分からないが、その顔はどこか穏やかだった。

「ありがとな……鉄狼……俺、絶対に勝つからさ。お前の戦い、絶対に無駄にしないからさ……だから、ゆっくり休んでてくれ」

鉄狼が小さく、本当に小さく頷いた。

「如月……ついでで悪いが、浅原を休憩所まで連れていき、休ませてやってくれぬか?私もそろそろ面をつけなければならぬ。このままここに居たら熱中症にでもなってしまうだろうからな」

「……承知いたしました。浅原センパイが落ち着いたら、すぐに戻ります。
部長、笹ヶ岡センパイ、そして──美作センパイ。どうか御武運を」

如月は俺たちに頭を下げて、鉄狼に肩を貸しながら体育館の外へと出ていった。

アイツは……鉄狼は、誰よりも俺を信じてくれていたんだ。

9ヶ月前 No.217

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


「次は……ウチの番だね」

「!!美作……」

気が付くと、面をつけた美作が静かに試合場に向かうところだった。

「美作、お前……」

「大丈夫、浅原くんの分まで、絶対に頑張るから……えへへ………行ってきます」

美作の進む先には、既にただならぬ殺気を放った轟が仁王立ちで待っていた。

「くそっ……やっぱり今のアイツじゃ無茶だ!棄権させるべきだろ!」

「信じろ、笹ヶ岡。美作は無策で戦場に赴くほど愚かではない」

「んなこと言ったって……!!」

くそっ……美作……!



「如月……ゴメンな……お前がせっかく二本とってくれたのに、オレ……オレ……」

「らしくないですよ、浅原センパイ。それに、あの先輩方なら大丈夫です。絶対に勝ってくれる……私はそう信じています。
ん?あの子は休憩所の前で一人で何を……?見たところ小学四年生くらいの……迷子でしょうか?しかし、あの顔はどこかで見たような……?」

「ねーねー、そこのお姉ちゃんとお兄さん!ぼくのお姉ちゃん見なかった?」

「お姉ちゃん……ですか?申し訳ありませんが、詳細が分からない以上、首を横に振る他ありません」

「そっかぁ……全く、揚羽お姉ちゃん、どこ行ったのかなぁ?」

「!!“揚羽お姉ちゃん”とは、美作センパイの事ですか……?では、あなたは先輩の弟さん……」

「うん、そうだよ!お姉ちゃん今朝40℃くらいの熱があってさ!病院行けっていったのに“今日は絶対にやらなきゃいけない事があるから”って出ていっちゃったんだ!
そしたらお母さんが“天守城高校で剣道試合がある”って言ってたから、急いで止めに来たんだ!一人で電車に乗って来たんだよ!偉いでしょ!」

「嘘やろ……!?40℃て……ほんなのにアイツ、今試合に……!!」

「っ……美作センパイ……!」

9ヶ月前 No.218

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


試合が始まろうとしている。美作はいつもと様子が違う。言うまでもなく、マイナスの意味で。
その上相手は天守城高校の副部長……体格差も桁違いだ。
本当に大丈夫か……美作……。

「ふむ……先程から見るに、貴殿はどこか不具合でもあるのか?呼吸の乱れ、火照った顔、おぼつかぬ足取り……どれをとっても健やかとはいえぬようだが……。
あまり無理はせぬ方がよい。このような試合に貴殿がそこまで身を削る必要もなし」

「えへへ……忠告ありがとうございます。でも……ウチはここで退くわけにはいきません!遠慮なく掛かってきてください!ウチのために手加減なんかしたら、天守城高校副部長の顔に……泥が塗られることになりますよ……?」

轟は美作と対戦することに少なからず躊躇しているようだ。しかしそれを意にも介さない美作は、堂々とそう言い切った。
轟はしばらく美作の全身を眺めるように見下ろしていたが、やがて竹刀を構えた。

「………良かろう。その眼(まなこ)に宿るものは、紛れもない“戦意”だ。貴殿の言う通り、儂もこの地位にいる以上は敗けるわけにはいかぬ。全力でいかせてもらおう」

「はじめっ!」


「キャアアアアアアアア!!!!」

開始と同時に美作が凄まじい声をあげた。轟が一歩後ずさる。よし、威嚇は成功だ。

しかし、



「!美作っ……!!」

美作の足がガクンと曲がり、そのまま床にへたりこんだ。

「やめっ!君、具合が悪いのか!?」

審判がすかさず試合を中断して声をかける。

「大丈夫……大丈夫ですから……止めないでください!」

「揚羽!アンタまさか!!」

少し語気を強めた美作に、何かに気付いた審判の志摩センセイが叫ぶ。

「はぁ………はぁ……すみません、志摩センセイ……でも、ウチの我が儘'''聞いてください」

「っ……バカタレが……」

先生は悲痛の表情で審判旗を持ち直した。

「準備は良いか?では……はじめっ!!」


「キャ」


ドゴッ!!



美作が先程のように轟を威圧しようと叫び声をあげようとした瞬間だった。

轟の竹刀は美作の脳天に振り下ろされていた。

9ヶ月前 No.219

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


痛々しい音が体育館中に木霊する。


「赤!面あり!」

「すまぬな……非情かもしれぬが、貴殿もここに長く立っているのは辛かろう。ならば儂がすることは一つ。この試合を早々に──終わらせる」

「美作!もうやめろ!今のお前じゃ無理だ!」

「静かにしてっ!!!!」

「!!」

俺が美作に願うように言うと、美作は喉が潰れんばかりの声でそう叫んだ。俺は怯んでしまい、それ以上言葉が出なかった。

「二本目、はじめっ!!」

「面をつけろ、笹ヶ岡。あの様子では、長くはないだろう」

二本目が始まった途端、部長が冷たい声で言った。その妙な冷静さに腹を立てた俺は、部長に詰め寄った。

「部長!あんた、アイツの先輩だろ!!やめさせてやれよ!!後輩があんなにキツそうになってんだぞ!!それなのに──」

「私だって!!……私だってこれ以上は、もう無理をしてほしくない……しかしな笹ヶ岡、今美作の戦いを見届けてやらないことは、君のいう先輩としての“裏切り”を意味する。最後まで見ていてやろう。美作の魂を込めた試合をな」

「そんな、そんなのって……」

あまりに残酷すぎる。いくら大事な試合とはいえ、あんなに苦しそうにしている美作を、あんな強敵と最後まで戦わせるなんて……!

「貴殿は疲弊しきっている。残酷なことを言うかもしれぬが、その刃では儂には届かん──絶対に。
もうやめておけ。さきほどの面もかなりの力で打った。貴殿は立っているのもやっとな筈だ」

「うあああああああ!!!」

美作の力を振り絞った打突を、轟は涼しい顔で防いでいく。

「……手詰まりか。ならば終わりにしよう。貴殿の戦いへの姿勢、誠に素晴らしかった。その勇敢さを称え、一番の打突をくれてやろう」

轟が大きく、ゆっくりと竹刀を頭上に上げる。

「おい!あんなものに当たったら一溜まりもねぇぞ!!時間はあと一分もあるのに!!」

「待て!美作の様子が……おかしい」

「はあ!?そんなの分かってるっての!!だから今こうして……」


「フウウウウウ…………フウウウウウ………」


寒気がした。美作は背中を曲げ、竹刀を持つ手をダランと下げ、聞こえるか聞こえないかくらいの声で低く、低く唸っている。まるで一匹の獣のように。

9ヶ月前 No.220

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN

会場がシンと鎮まる。

(!!夥しい殺気!これは……打ち込んだら……打たれる!!)

轟は竹刀を振りかぶったままで動きを止めた。


「轟ぃ……そんなボロボロの相手にビビってないでさぁ。さっさと終わらせちゃってよ〜」

夢咲がつまらなさそうに言った。試合場が静かだからか、夢咲の呟き程度の声でもよく聞こえる。


「分かっておる…………くっ!!」

轟が降り下ろした竹刀は軌道がずれ、美作の左肩に命中した。すかさず轟は次の攻撃を仕掛けようとする。

「がああああああ!!!!」


美作は、まるで化け猫が獲物に飛び付くように轟に距離を詰め、同時にその猛攻を防いでいった。

「美作は気力だけで動いている。一体何が彼女をそこまで動かすのか、私には分からないが……」

「決まってんだろ部長……アイツは……!!」


「……どうやら、貴殿は完全に理性を失ってはないようだ。その眼……己が為に獲物を狩る者の眼ではない。何か大事な物を護るために戦う者の眼だ。
……貴殿と刃を交えることができて良かった」


笛の音が鳴った。試合終了の合図だ。


「やめ!勝負あり!赤、天守城高校の一本勝ち!」

観客席から止めどない拍手が贈られた。轟に……そして、美作に。

9ヶ月前 No.221

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


「がああああああ!!うああああ!!!」

笛の音も拍手の音も聞こえていない美作は、まだ轟に攻撃を続けようとする。轟はその竹刀を片手で受け止めた。

「もう止せ。試合は終わりだ……貴殿はよく闘った。本当によく頑張った。ゆっくりと休むが良い」

それを聞き、美作はゆっくりと息を吐いた。まるで自分の中の獣を追い出すかのように。それからフッと力が抜け、前に倒れようとした。轟はそれを優しく受け止め、美作を背負って、俺たちの元まで運んできてくれた。

「面を外してやれ……このままでは本当に危険な状態だ」

「おい、危険ってどういうことだよ……!!美作は一体……!!」

「40℃の高熱なんです」

如月がこちらに歩いてきながら、その真実を告げた。

「如月、お前……」

「休憩所には冷房がかけてありますので、浅原センパイはそこに寝かせてきました。落ち着いてきたようなので大丈夫でしょう。
……今しがた、美作センパイの弟さんに出会いました。いわく、先輩は今朝からこのような状態で、弟さんや親御さんの制止を振り切り無理にこの試合に出向いたそうです。今にも倒れそうで、立っているだけで精一杯な状態で……それでも、先輩は戦い抜いたのです」

「んだよそれ!!何でそんな───」

「……ちゃう……ら……」

轟に背負われた美作が消え入りそうな声で言った。轟はそれを聞き、美作を降ろしてくれた。
俺は美作に耳を近付けた。

「……棄権したら……二本敗け扱いに……なっちゃう……から……。
でも……たとえ勝てなくても……一本敗けか引き分けに抑えられたら……はぁ……はぁ……あとは部長と……笹ヶ岡くんが……なんとか………してくれるかなって……はぁ……」

鉄狼の時にはなんとか堪えられた涙が、ここになって溢れてきた。
見ると、部長も涙ぐんでいる。

「バカが……本当にお前はどこまでバカなんだよ!!いくら一本敗けに抑えられたからって、お前がこんなにボロボロになったら意味ねぇだろ!!」

「勝って……笹ヶ岡くん……約束………信じ………から……」

「美作!!おい!美作ぁぁぁっ!!!!」

美作は俺にニコッと笑いかけると、そのまま意識を失った。

9ヶ月前 No.222

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


「……大した女子(おなご)だ。あの鬼気迫る試合……儂があそこまで怯んだ相手は始めてだ。ここまで再び刃を交えたいと思った相手もな。まるで本当に命を賭けた真剣での戦いのようであった。その素晴らしき戦い様に敬意を表し、彼女は責任を持って儂が休息所まで運び、看病しよう。貴殿らは安心して試合を続けてくれ」

「他校の……しかも夢咲と同じ学校の者に部員を預けろと?」

部長が涙を拭い、轟に睨みをきかせて言った。


「……信用できぬのは重々承知。だが……このままでは本当にこの娘が危険なのだ。それに……儂は貴殿らに試合を続けてほしい。そして、夢咲を救ってほしい。夢咲を……また昔のように……」

「どういう事だよ?」

「……済まぬな、今は貴殿らにこの話をすることは出来ない。貴殿らが夢咲を憎んでおるのは言わずとも分かる。だからこそ……ここは儂に任せて、全力で夢咲と竹刀を交えてほしい。
そろそろ副将戦が始まる。黒刃は準備が整ったようだ。貴殿らも早く試合の用意をした方がよい。では、失礼する」

轟は再び美作を背負い、体育館の外へと消えていった。


「待て!」

「笹ヶ岡センパイ、試合の準備を」

「っざけんな!!美作があんなになってる中で、敵に任しておけるワケ――――」

「美作センパイとの約束を破るつもりですか!!」

俺が今まで聞いた中で一番大きな声を、如月は発した。それにより、俺が出そうとした言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。

「……美作センパイは“勝って”と仰いました。では、笹ヶ岡センパイがすることは一つです。もう一度言います、先輩――試合の準備を」

「………くそが……!!」

俺は如月に促され、乱暴に面をつけ始めた。

面をつけ終わると、俺は如月と部長の方を向いた。二人は何も言わなかった。いや、何も言おうともしなかった。

分かってる。馬鹿な俺でも今のスコアはくらい分かってる。

「……行ってくる」


俺が敗けたら───。


「ちぇっ……轟ってば、ちょっと揚羽ちゃんが一生懸命だったからって優しくしちゃってさぁ。
まぁ……今のスコアは二勝一敗。次の副将戦で勝てば即試合終了、ボクたちの勝ちだからねぇ……そういうわけで頼んだよ、黒刃ちゃ〜ん。こんな馬鹿げた試合、さっさと終わらせちゃってよぉ」

「その名で呼ぶなと申しておろうが!!
ふっ……頼まれるまでもない。あのような素人、我が強大な力の前には手も足も出ずに沈み行く運命(さだめ)。二度と剣を握ることが出来ぬよう、絶望の涯(はて)へ叩き落としてくれるわ!悦べ“バルムンク”……また人間の悲痛の叫びが聞けるぞ!くくくくく……くはははははは!!!」


第15話 完

9ヶ月前 No.223

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


雨が降ってきた。

今朝から蔓延っていやがった厚い雲が溜め込み続けてきたものが、ついに溢れ出てきたんだ。

ふらつく。

手も、足も、眼も、頭も───心も。


アイツらはこんな不安定な状態で試合に臨んでいたのか。いや、もしかしなくても俺が初試合だからだよな。緊張しすぎてるだけ……だよな。

緊張したら駄目だ、動きが鈍くなる。くそっ……落ち着け、落ち着け、落ち着け……

「先輩」

俺が試合場に入ろうとすると、如月が後ろから声をかけてきた。

「緊張を無理に鎮めようとするのは逆効果です。むしろ、適度な緊張が最もこういった状況に適していると言えます。あまり気負わずに……ですよ。剣士というのは、その緊張すらも武器にするものです」

「その通りだ、笹ヶ岡。どうしても苦しくなったら無理をせず私に回せ。敗けてもいい。私はこの五人で戦えるだけで満足だ」

「部長……如月……」


まるで俺の心情を読み取ったかのような如月の一言。それに続いて部長も俺の張り詰めすぎた神経を緩めるような言葉をかけてくれた。



分かってる。

如月が防具以外の所をメッタ打ちにされてボロボロになりながらも、二本勝ちしてこっちの士気を上げてくれたこと。

分かってる。

鉄狼が全国2位の強敵相手に、俺なんかの為に代わりに戦ってくれたこと。

分かってる。

美作が今にもぶっ倒れそうな高熱にも耐えて、最後まで俺の事を信じて後ろに繋いでくれたこと。

そして分かってる。

部長が足を怪我して、まともに戦える状態じゃないってこと。

全部全部、分かってるんだ。


「なら……俺がやることは一つだろうよ」

俺は二人にそう言い残し試合場に入り、竹刀を構えた。

緊張を武器に……か……。

「副将戦っ!はじめえっ!!」


「おおおおおおおおおお!!!」

俺は喉からではなく腹から声を出し、相手の黒刃を威嚇する。黒刃がニヤリと笑みを浮かべたように見えたのは、俺の心の余裕のなさからくる気のせいだろうか。


「……素直じゃないんですね。“敗けてもいい”だなんて。こんな大事な試合でも我が儘を言ってくださらないんですか?そして、その瞳に先程まではなかった“迷い”が見えるのは、私の気のせいですか?」

「……君には敵わないな。図星だよ、如月。私は今、非常に迷っているんだ。先程の美作と浅原、そして君の戦いを見たとき、私は今自分がしていることの意義を見失ってしまった。後輩をこんなにも苦しませてまで、この部活を守る意味があるのだろうか?この部活がなければ、彼らもこんなに苦しい思いをしなかったのではないだろうか?もしかしたら私は、無理に彼らを────」

「あなたの後輩は、守る意味のない物を無理に守ろうとして苦しむ愚か者ですか?」

「!!しかし……いや、なんでもない。なぁ、如月よ……今の私は夢咲に勝てると思うか?身体も心も備わっていない、こんなにも無様な状態で、太刀打ちできると思うか?」

「………どんな結果になろうとも、私は部長についていきます。私だけでなく、他の“四人の”先輩方も、きっと同じことを仰ると思います。そうでしょう、部長?」

「……そうか」





第16話 夜笑姫



9ヶ月前 No.224

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


俺の威嚇にも一切動じない黒刃は、唐突に高笑いを始めた。

「ふはははははははは!!無様!無様無様無様無様!!!!無様だなぁ、笹ヶ岡 辰貴!その構え、その震え、その息遣い……それは実践経験のない初心者のそれだ!そのような無様な姿で副将など笑止!!期待はずれだ、完膚なきまでに叩きのめしてくれる!!」

「挑発のつもりかよ?悪いけど俺、今凄ぇ機嫌が悪ぃんだ。本当なら俺が夢咲の脳天にコイツをブチこんでやりてぇんだが、それは部長の役目だからな。それなら、俺の役目は決まってる。お前が只者じゃねぇのも知ってる。だから、二本勝ちじゃなくてもいい引き分けでも一本勝ちでもいい。絶対に大将の部長につないでやる」

夢咲が高笑いをやめた。そして不機嫌そうに溜め息をつき、低い声で、

「ふぅ……本当に期待はずれな男だ。己に勝敗がかかっていると知りながらも、そこではっきり“二本取って回してやる”と言えぬのが、貴様の弱さであり最大の敗因だ!!唸れ!“バルムンク”!!」

黒刃がとてつもない殺気を纏う。俺は思わず一歩後ずさってしまう。

「下がったな?くらえ!!迅風連撃(ソニック・ブレード)!!!」

黒刃がドンと地面を蹴り距離を詰めると、俺に猛攻を加えてきた。身長差がありながらも容赦なく俺の面におそいかかる力強くも的確な打撃は、それたけで黒刃の技巧を表すには十分すぎる位だった。つか技名叫ぶなよ痛々しいな。
俺は竹刀を頭上に上げ、それを必死に防いだ。ふると黒刃はニヤッと笑い、

「上に夢中で下がガラ空きだ!!大薙閃(エル・フラッシュ)!!!」

黒刃は思いっきり力を込めて、空いた俺の胴を切り裂いた。防ごうとしたが体が追い付いてくれなかった。


「赤っ!胴あり!」

9ヶ月前 No.225

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


取られた。

どうしよう。もしもこのまま取り返せなかったら。終わる。敗ける。部活が。俺のせいで。

「落ち着け笹ヶ岡!!まだ終わってない!取り返せ!!」

「無駄です部長。初めての試合、しかもこのような大勢で見ている所で一本を取られて、もう分からなくなっているんです。あの状態で落ち着けと言っても……」

「くっ……ならどうすれば!!」


「終わりだな、笹ヶ岡辰貴。本当につまらん試合だった。バルムンクを解放したのを後悔するくらいにな」

「終わり……」

そうか、終わりか。そうだよな。俺みたいな奴が副将で、それで部長に繋げるはずがないんだ。全部諦めて楽になろう。こんな化け物に勝てるはずがないんだ。今だってこんなに綺麗に胴を……。

「ん?」

俺が胴を触ると、腹に何かが触れるのが分かった。

「これって……」

それは今朝に母さんからもらったお守りだった。

『きっとアンタの力になってくれるハズだから』

母さん……あんたいっつもそうやって、自分のことより先に俺ばっかり気にかけてさ。ホント、お人好しにもほどがあるっての。

でもなんか、これを見てると力が湧いてきたよ。俺みたいな奴が出来ることなんか限られてるけどさ、俺も母さんみたいに、何か大事な者を護るために大嫌いなことに諦めず打ち込んでみたら、なんか変わるかな。


俺は竹刀を握る力を強めた。

「二本目、はじめっ!!」

せっかくだ。黒刃に言われたことに従ってみよう。癪に障るけど、俺なんかより向こうの方が格上だからな。


まずは構えを……練習通りに。

そして呼吸を落ち着けて……。

最後に気合いで相手を威圧する。さっきは失敗したけど今回は腹から……。


「おおおおおおおおお!!!!」

「っ……何だその気迫は……!?先程とはまるで……!!」

効いている。黒刃の声に少し焦りが混じっている。

あとはそのままゆっくりと近寄って……綺麗に相手の中心を切るつもりで───振り降ろす!!


「であああっ!!」

「!!」

俺の竹刀は紙一重で黒刃の面を掠め、右肩に命中した。黒刃が小さく声をあげた。

「なんだ、一体なにが……!!」

黒刃はあからさまに動揺している。このまま行けば……!

9ヶ月前 No.226

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


でもどこを打てばいい?相手は俺を初心者だと思っている。ここぞと言うときには面で来ると踏んでいるだろう。なら小手や胴を打つことになるけど……外したら終わりだ。

「はいはぁい、黒刃ちゃん、あと一分だから例の作戦に移ってね〜」

「くっ……我としたことがこのような初心者相手に!!」

夢咲が微笑を浮かべて黒刃に指示する。あと一分……作戦ってなんだ?

その時だった。

黒刃は大きく後退し、試合場の淵に立った。


「部長、あれって……」

「あぁ、勝負をせずにそのまま時間切れを狙っている。夢咲らしい姑息な手だ。だが、このままでは……」


黒刃との距離が一気に遠くなる。時間がない。早く打つ場所を決めないと、本当に敗ける。どうしたらいい?どうしたら───

「!!」

俺は今朝のことを思い出した。泥酔した父さんが口走った言葉。
今は他に信じられるものもなかった。スタミナも尽きかけで腕も痛い。恐らくあと一発が限界だ。


「ピーマンの時みたいになったら……マジでブッ殺すからな!!!」

俺は摺り足で黒刃に間合いを詰め、思いっきり足に力を込めた。

9ヶ月前 No.227

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


黒刃は俺が近付いたのを見て、予想通り面を防ぐために慌てて竹刀を上に上げた。

そう、予想通りだ。

劣等生、短所だらけの致命的馬鹿な俺らしい、最大に馬鹿なやり方を思い付いた。

「迷ったら…………飛ぶ!!!!そして───」

俺は父さんのお告げ通り、地面を蹴って高く高く飛び上がった。そして上から力いっぱいに竹刀を振り降ろす。

「防がれたら……防いでるモンもまとめて……ぶち抜く!!!」

バキッ!!

「なっ………バルムンクが!!」

黒刃の竹刀は俺の力に耐えられずに音を立ててへし折れ、さこには焦った黒刃の小さい面だけが残った。

「終ぇだ………悪魔の鉄槌(デモンズ・ハンマー)!!!!」

ダカアアアアアン!!!!!!

爆発音のような音が体育館中を暴れまわる。次の瞬間、俺の周りの三方向の白旗が上がった。黒刃は低い唸り声のようなものをあげてドサリと倒れた。

「白っ!面ありいいいい!!!」

手がビリビリと痺れている。この感覚……これが一本の感覚!!

そのとき、笛が鳴った。

「副将戦!引き分けっ!!」

中堅戦のような壮大な拍手が360度から降り注ぐ。いや、今度は自分に向けられているからか、その音は先程よりも大きくさえ聞こえた。
終わったんだ……俺、つなげられたんだ!!


俺が試合場を出るとき、志摩センセイが、

「よく頑張ったね」

と呟くように言ってくれた。

9ヶ月前 No.228

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


試合場を出ると、如月と面をつけた部長とが出迎えてくれた。

「悪ぃ……はっ……勝てなくて。もうちょっと時間があれば勝てたんだけどな……」

「疲れていても強がりなのは変わらないんですね。でも、本当にお疲れさまでした。依然として一本の差はありますが、副将の務めは十分すぎるほどに果たされたと思います」

「本当によく頑張ってくれた。初めての試合とは思えないくらいに……。ゆっくり休んでいてくれ。後は私に任せておけ」

二人の労いの言葉に、俺は自分の仕事を全うしたのだと改めて確認させられる。

「あぁ、頼んだぜ、部長」

「それにしても“デモンズハンマー”とは何事ですか?やっぱり今でも中二病じゃないですか」

「え?俺、そんなこと言っ…………」

疲れと安心感からか、俺は気を失ってしまった。


「うえっ……えぐっ……我の……我の“バルムンク”がぁ……頭も痛いよぅ……うええ……」

「不愉快」

「なっ……我だって油断をしなければ余裕で勝て───え?夢咲……?」

「あぁ、ゴメンね黒刃ちゃん。怖がらせちゃってぇ……でもさ、ボク今すごい怒ってるんだぁ……だから“無様”に泣きわめくのは他所でやってくれるかなぁ?
ボク達が敗けるなんて有り得ない……そうなったら本当にボクは……全てにおいて姫ちゃんに劣ることになるから。そうでしょ……パパ?」

9ヶ月前 No.229

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


「はっ!!」

目が覚めると、何か柔らかく温かいものが頬に当たっていた。
首を回すと、すぐ近くに如月の顔があった。

俺は心臓が高鳴るのを感じて、慌てて起き上がって如月から離れた。

「うおおおお!!」

「そんな化け物に膝枕されてたみたいな反応しないでください。部長命令だから仕方がないでしょう?私だって好きでやってるわけじゃ……ない……ので」

「お、おう……そうだよな。あっ!!試合!部長の試合は!?」

「心配せずとも、今から始めるところですよ。笛が壊れたとか何とかで少し遅れたんだそうで」

「そうか……」

そうだ、俺の役目は終わった。ついに大将まで繋がったんだ。

大将はもちろん藜御神部長と、そして……夢咲。俺は部長の方に向き直る。

「部長!大丈夫か!?」

部長は顔だけ横に向けてこちらを見たが、返事はしてくれなかった。

「大将戦、はじめっ!!」

ついに始まった。スコアは向こうの方が一本上だけど……きっと部長なら何とかしてくれる。



『灯……パパのこと好きか?』

『剣道やってるパパは、格好いいか?』

『ははは……ありがとな、灯……じゃあ行ってくるからな。いたずらしないで、一人で良い子にお留守番してるんだぞ?』

『なんだなんだ?そんなに寂しそうな顔するなよ。よし!帰ってきたら久しぶりにパパがご飯作ってやるからな!今日はママも忙しいみたいだし特別だ!楽しみに待っとけよ!』



「………夢咲?どうしたんだ?」

「!!いやぁ……こうして君と試合するのは久しぶりだと思ってねぇ。前は引き分けだったけど、今回はどうなるかなぁ?でも姫ちゃんおっちょこちょいだから、足に怪我しちゃったもんねぇ……?浅原くんがいなかったらどうなってた事か……」

「怪我?こんな掠り傷を怪我に分類するとは、随分と華奢な考え方なのだな。私はいつも通りに、そして全力で貴様を叩き斬る。それだけだ」

「ふーん……でも姫ちゃんさぁ、もうこの試合、どこかで諦めてるんじゃないのぉ?」

二人がお互いの鍔を密着させる……いわゆる鍔競り合いを始める。ガチャガチャと竹刀が触れ合う音が聞こえてくる。

しかし、夢咲がそう言った途端に部長はピタリと動きを止めた。

9ヶ月前 No.230

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


「何が言いたい?」

「いやいや、なーんかさっきからキミの瞳に“迷い”が見えるっていうか、戦意が感じられないんだよねぇ」

「!!そんなことは……」

「分かるよぉ。如月ちゃんが傷付いて、浅原くんが苦しんで、揚羽ちゃんが倒れて、ヤンキーさん……笹ヶ岡くんだっけ?彼にも初心者なのに無理をさせて……それだけを犠牲にして部が継続する意義があるのか……ただ
部長である自分の自己満足に付き合わせているだけじゃないか……キミはそう思ってる。違うかなぁ?」

夢咲がグググッと部長を押す。部長は足に体重がかかったことで小さく声を出した。やっぱりだ、やっぱり部長、無理してる。

「あぁ、辛いねぇ……自分の我が儘で部員達が傷付く。苦しむ。悲しむ。それって凄く辛いことだねぇ……。あぁ、部員さんだけじゃないかぁ……“元”部員の陽斗くんもだよねぇ?」

「!!夢咲、貴様っ───」

パアン!!

部長の高い位置にある面を、夢咲はなんとも容易くとらえた。それほど動きは遅くなかったはずなのに、目が追い付かなかった。

「あっはははは……ダメだよぉ姫ちゃん、試合中に怒ったりしたらぁ……。ほぉら、取り乱すからこんなに簡単に入っちゃったじゃ〜ん」

赤い旗が3つ上がる。
夢咲が一本取ったんだ。

今のは引き面。密着した状態で後ろに下がりながら相手の面を打つ技。決まりやすいとは言われてるけど、それをあんなに綺麗に……。

これで向こうは二本リード。たとえ今から部長が二本取り返しても、やっと追い付ける程度。

でも、今の部長では……多分足の怪我も重いだろうし、さっきの鍔競り合いの時も会話の内容は聞こえなかったけど、きっと夢咲が部長の心を掻き乱すような事を言ったに違いない。

あらゆるプレッシャーが襲いかかり、おそらく部長は普段の実力の3分の1も出せてない状態だ。ましてや相手が夢咲なら平静を装うのも困難。このままじゃ……!

9ヶ月前 No.231

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「美作殿、浅原殿……体調は問題ないか?」

「あっ、オレは大分マシになったんですけど、美作はまだ目ぇ覚ましよらんみたいです!スンマセン迷惑かけて………って何でオレらが敵に看病されなアカンのじゃボケええええっ!!」

「騒ぐでない。貴殿もあの音無とあれほど無理な戦いをして体に負担がかかっておるはずだ。何か飲むか?」

「あっハイ!じゃあオレはスポドリを!やっぱ疲れたときには塩分補給やな……って、せやからなんでオレがおどれに世話されなアカンのか聞いとんねん!!何をアットホームな感じに包み込んでくれとんのじゃ!オレのオカンかお前は!!」

「本当に騒がしいな……では、注文を受けてやろう。スポーツドリンクだな。買ってくるからちゃんと安静にしているのだぞ」

「ちょっ、待てや!!オレかて試合観に行きたいねんて!!おい!カギ閉めんなデカブツ!!てか何でこの休憩所は中からカギ開けられへん式やねん!監獄か!!
はぁ……行ってもうた。にしてもホンマ恥ずかしいわ……。あんな大勢の前で年下に二本負けして疲れてぶっ倒れて、あろうことか敵にその看病をされるなんて……てかあいつ強面のくせしてどんだね面倒見ええねん!気持ち悪い……おおい!誰か開けてんかぁぁ!!おおおい………!!」

ギイイイイ………

「おっ!開いた開いた!いやぁ助かった!ありがとうござ………なっ!?何でアンタがこないなところに……え?試合は体育館でですけど……ちょっと待って、オレも行……いや何でカギ閉めんねん!!!ホンマ、どいつもこいつも!!」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

9ヶ月前 No.232

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


「足、痛いよねぇ?じゃあ、さっさと終わらしちゃおっか。あっ、でもぉ……せっかくだから覚えたての構えで決着つけてあげるねぇ」

二本目が始まった途端、夢咲は右足だけを引き、竹刀を腰の後ろに隠し、剣先が後ろになるように、体を右斜めに構えた。

「あれは……“脇構え”……?」

隣にいた如月が意外性を含んだ口調で言った。

「わ……脇構え?なんだそりゃ?」

「剣道で用いられる五つの構えの一つです。剣先が後ろにあるため一見すると無防備に見えますが、だからこそ敵の攻撃を誘いやすく、相手の視線や意識から遠い下段や横から攻撃を仕掛けることができる。そのため主に胴や小手、そしてカウンターに優れる防御タイプの構えです。“剣道で用いられる”と言っても、試合ではほとんど使われないため現在は形骸化してしまっていますがね。夢咲 灯のことです、また最近になって本で見て覚えたとか、おおかたそういう感じでしょう」

「それをこの大将戦で使うってのか……!?クソがっ!どこまで人を馬鹿にしくされば気が済むんだよ!!」

部長も夢咲の急な構えに面食らったらしく、動きを止めてしまった。痛みで足がガクガクしている。

「はっ……はっ……」

「つまんないなぁ……久々にキミと戦えるから楽しみにしてたのに……まぁいいや、じゃ───」





「姫」





選手以外は入ることが出来ないはずの体育館の入り口から、声が聞こえた。降り頻る雨に掻き消されそうなほどの細い声が。前に一度だけ、その声を聞いた事があった。
雨にひどく濡れた灰色の髪で確信がついた。


「!!キミは……」

「はる………と……?」


部長と夢咲が同時に動きを止める。
それは紛れもない……皇副部長だった。

9ヶ月前 No.233

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


「やめっ!!君、ここは選手以外の立ち入りは……」

二人の審判が試合を中断し、皇センパイを追い出そうと近寄るが、それを両手を広げて阻止したのは志摩センセイだった。

「すみません……ただ、少し待ってもらえやしませんかねェ……?アイツら、アタシの大事な生徒なもんです。久々にちょいと話させてやりたいんです……!」

志摩センセイの悲願ともとれる頼みに、他の二人は渋々引き下がった。

「久しぶり……だね、姫」

「陽斗……なんで……!」


「今日、久々に病院に行ったんだ。そうしたら如月さんのお父さんが“今日は天守城高校と試合がある”って仰ってたから、もしかして……って」

俺と部長は如月の方を見た。

「如月……」

「“偶然”、副部長の久々の診察の日と試合の日が一致したものでね。部長に何かあった時、一番効果がある方法かと思いまして、一応お父さんに伝えておきました」

如月がほんの少しだけ照れ臭そうに目をそらして言った。如月はこうなることを見越して自分の父さんに予め試合のことを伝えるようにしていたらしい。

ただ、コイツの事だから試合の日と診察日がピッタリ合うように調整したんだろうな。この通り危機的状況にバッチリ備えるために。そんでそれが見事にタイミングぴったりに効果が現れたってわけか。ほんと、コイツだけは……ズル賢いっつうか、抜け目がないっつうか……。

9ヶ月前 No.234

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


「えと……その、久しぶり……だね、姫」

「……ああ、本当に久しいな。まさかこんな形で再会しようとは思わなかった」

「夢咲さんも、久しぶり」

「何で…………何でキミが……」

そうこうしている間に皇副部長は部長のもとに歩み寄り、あの時と同じく弱々しい笑みを浮かべた。試合は中断されているため、夢咲も構えを解き、話し掛けられても無愛想にそう呟くだけだった。

「姫……この試合ってさ、ただの練習試合じゃない……よね」

「!!そんな……こと……ない!」

「はは……相変わらず誤魔化すのは絶望的に下手だね。面越しでも分かるよ。姫の様子を見ていると、これが絶対に敗けられない勝負だってことはすぐに分かる。そこの二人も浅原もフラフラになってたし、それに───揚羽ちゃんだってさ。迷ってるんでしょ?今試合をしている意味を追い求めるあまり、迷って、苦しんで、分からなくなってるんでしょ?」

「……これは私の試合だ。全責任は私にある。私は五人で力を合わせられただけで充分なのだ。何も迷いなんて……」

「姫………あのさ、僕はバカだし、ヒーローじゃないから、こんな時に君を救うためになんて言うべきか、全然分からないんだ。だから……今思っているままを言うね」

副部長はそう言うと、小さく息を吸った。

「……僕の知っている藜御神 夜笑姫は……本当に凄い人間だ。強くて、優しくて、どきどきドジで怖がりで、でも誰よりも一生懸命で……部員を何よりも大事にしている。迷いなんて全部吹き飛ばす。部員の痛みも苦しみも全部背負って、それでも真っ直ぐに歩き続ける。そんな……僕の自慢の幼馴染みだ。そして、そんな姫が……僕は大好きだよ」

しばらくの沈黙。やがて部長はゆっくりと背中を曲げて痛みで震える足を握りしめ、強引に痙攣を止めた。そして勢いよく顔をあげ、小さく、本当に小さく笑った。

「ははっ……久々に会ったと思えば、こんな大勢の前で何を言っているんだ……馬鹿者が。
陽斗……そこで見ていてくれるか?君には一番近くで見ていてほしいんだ。私が……夢咲を倒すところをな」

皇副部長は僅かに首を縦に動かした。たったそれだけだった。

いや、それだけで充分だったんだ。

9ヶ月前 No.235

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


副部長は審判と夢咲の方を向き、

「試合を中断させてしまい、申し訳ありませんでした。再開をお願いします。夢咲さんもゴメンね?邪魔しちゃって……」

「いやいや、久々に再会できて良かったねぇ……“元”副部長さん?それに、さっきのままじゃ大将戦にしては呆気なさすぎたからさぁ。キミが来てくれたことで姫ちゃんのモチベーションが上がったなら、それはそれでいいんじゃないのぉ?」

夢咲の皮肉を含んだ言い方にも、副部長はただ微笑むだけだった。

審判の三人はもとの位置に戻り綺麗な三角形を作り上げ、審判旗を構え直す。

「はじめっ!」

ロスタイムは引いたものの、残りは多くはない。ここから二本、本当に可能なのか……?
すると、夢咲はまた先ほどのように脇構えをとった。

「いやぁ、ビックリしたねぇ。まさかいきなり陽斗くんが来るなんて、さすがに予想外だよぉ。でもさ、依然としてキミがボクから二本取り返さなきゃいけないって状況は変わら───っ!?」

夢咲がしゃべっている途中に、部長は竹刀を頭上に振り上げ、左足を大きく前に出した。

「今度は何だよ、あの構え!?」

「ついに出してくださいましたか……“上段の構え”を」

「冗談の構え?ジョークを言って相手を油断させるとかか?」

「上段です。漬け殺しますよ?」

そんなにか。場を和ませるための、それこそ先輩の冗談が、そこまで君の殺意を買ったか。つかその殺し方はじめて聞いた。

「んで?その上段ってのはなんなんだよ?」

「別名を“火の構え”。見ての通り竹刀を頭上に高く振り上げる構えです。この構えを取っている場合には、対戦相手を斬る為に必要な動作はその体勢から剣を振り下ろす事だけ。したがって斬り下ろす攻撃に限れば全ての構えの中で最速の打突が可能なのです。最もそのリーチを生かす事の出来る構えの一つでもあり、自分をより一層大きく見せることができるため、部長のような高身長の選手が使うことも珍しくはありません。試合においては構えの中では中段の次によく見られるものです。さらに、基本的に打突は片手で叩き割るように打つため威力が増します。つまり夢咲 灯の脇構えと正反対に非常に攻撃的に特化した構えなんです。反面、構えている間は面以外の部分をすべて曝け出している状態であり、防御には向いていませんがね。先輩にも分かりやすく中二病チックに言うなら“お前の矮小な命を我が強大なる力をもって一撃で絶たせてやろう”という構えですね」

凄い分かりやすいけど最後ちょっと侮辱されたよな?
なるほど……防御特化の夢咲の脇構えを、攻撃特化の上段の構えで真っ正面から叩きのめすってわけか。言ってみりゃ一か八かの大バクチってわけだ。にしても部長、こんな切り札を残してたのか……如月が“ついに出した”と言ったことからも、部長があの構えをするのは、本当に窮地に立たされた時だけ、すなわちごく希であるというのはすぐに分かった。。

9ヶ月前 No.236

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


手の平に汗がにじむ。瞬きすらも許されない。

「へぇ、上段……面白い手だねぇ。攻撃か防御か……白黒はっきりつけようってわけかなぁ?
でもさぁ、上段は一発目を凌げば後はガラ空き。それを防御特化の構えをとっているボクに使おうだなんて、いくら疲れているとはいえ愚策が過ぎるんじゃないかなぁ?」

「もう貴様の言葉には惑わされない……一発目を凌ぐ作戦ならば、凌がれる前に打てば良いだけの話。終わりにしよう、夢咲……来い」

部長が体育館を包み込むと言わんばかりのプレッシャーを夢咲に送る。さすがの夢咲もたまらず一歩下がった。

「………っ……君は本当に狡いねぇ……。ボクの持ってないものも全て持ってる。気にくわないんだ!!ボクの人生をメチャクチャにしておいて、ボクを嘲笑うかのように、全てを手にしておきながらのうのうと生きているのが!!!
キミは全てを所有している!!ボクに欠けているもの!!ボクにはもう!もう二度と!!手に入らないものを!!キミは全部!!全部全部全部全部全部全部!!!全部持っている!!その目が……その目が!!気にくわないんだよっ!!!」

夢咲は激情し、部長に食ってかかって行った。部長はスッと両腕に力を込める。文字通り夢咲を迎え打とうとしているらしい。

夢咲が自分の面を守るように竹刀を振りかぶろうとする。


(私の今出せる力の全てを………この一撃に)

(一発目を防いで、そこから空いた所を!!)


「「おおおおおおおおおおおおおおおおあああああ!!!!!」」


ドンッ!!!!



お互いの魂をそのまま形骸化したかのような凄まじい気合い。その後、先ほどの俺の爆発音と比較にならないほどの爆音。思わず目を瞑った俺は、見たいけど見たくないというジレンマに陥りながらも、ゆっくりと目を開けた。

9ヶ月前 No.237

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN



「ぅ………が…あっ………」


部長の竹刀は夢咲の脳天に直撃していた。どうやら夢咲の防御が間に合わなかったらしい。夢咲は神経を集中してようやく聞こえるほどの小さな唸り声をあげ、そのまま後ろに倒れた。


「赤っ!面あり!!」

「よし!!やったぜ部長!!」

俺は無意識にガッツポーズをしていた。
皇副部長と如月も、俺みたいに露骨ではないにしろ、その顔には少なからず喜びの色が見えた。これであと一本……今の部長ならいける!


「君っ!大丈夫か!?おい!」

すると、審判の一人が倒れて動かない夢咲に近寄り無事の確認を始めた。
その真剣さに誰もが息をのんだ。やがて審判は立ち上がり、首を横に振った。

「ダメだ!脳震盪を起こしている!!試合の続行は不可能だ!!救急車を!!早く!!」

鬼気迫る表情で誰にともなく叫ぶ審判の様子を見て、夢咲の様子がただ事ではないと理解するのは容易だった。

まるで誰かが交通事故に遭ったかのような重々しい空気に包まれる。その早業に目が追い付かなかったギャラリーの面々は、何が何やらといった感じで目を合わせるだけだった。
俺や如月、そして部長も急な出来事に体が凍り付いたように動かなかった。

8ヶ月前 No.238

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


「夢咲さん!!」

だが、ただ一人……皇副部長は、倒れた夢咲になんの迷いもなく駆け寄り、素早く、丁寧に面を外してやった。

面を外した夢咲の様子は、思わず目を疑うほどだった。

目は虚ろで顔は真っ青、そしてよく見ると細かく、しかし素早く痙攣している。

「っ……これは……!おい君たち!何しているんだ!!夢咲さんは君たちの部長じゃないのか!?何をボーッとしてるんだよ!!」

夢咲の様子に俺たちと同じように唖然としていた黒刃と音無は、皇副部長の呼び掛けを聞きハッとした顔をすると、黒刃は携帯電話、音無はクーラーボックスから氷水とタオルを取り出した。

それを見て俺たちもようやく動けるようになり、如月は音無の元へ行き、俺と部長は夢咲に駆け寄った。

「夢さ───」

「死ぬな!!夢咲!!!」

俺が名前を呼ぼうとすると、部長はそれを追い越すようにして夢咲の名を叫んだ。

「部長、あんた何で……」

部長の目からは涙が溢れていた。

「夢咲……頼む!死なないでくれ!!君まで……君まで父上の後を追うつもりか!!そうなれば私は……しっかりしろ夢咲っ!!」

「え……今なんて……」

「笹ヶ岡センパイ、これ……」

如月と音無が氷水の入った桶とタオルを持ってきた。

「はい!はい……あ……あぁ!脳震盪で顔が真っ青で……救急車をよろしくお願……頼む!早くしろ……ください!」

黒刃はあくまでも己のキャラを貫きたいらしいが、ところどころで素が出てしまっている。ちゃんと伝わってるか不安で仕方ないが、おそらくもう少し夢咲が持ちこたえたら大丈夫だろう。ただ……

体育館内が静寂に包まれて雨音しか聞こえないほどに、現場が緊迫している。それほど皆が夢咲の様子に言葉を失っているんだ。
部長はその間にも夢咲に泣きつき、静かに名前を呼び続けた。

そのとき、雨音に混じったサイレンが遠くから聞こえてきた。

そこから救急車が天守城高校に着くまでの時間は果てしなく感じられた。俺も試合が終わった後とは違う、変な汗が背中を伝うのが分かった。

救急隊員らしき格好をした背の高いスラリとした男たちがタンカを持ち体育館の中に入ってくる。
さすがと言いたくなるような落ち着いた、かつ迅速な対応で、彼らは夢咲を搬送していった。

8ヶ月前 No.239

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


夢咲が運ばれていった後、辺りはシンと静まりかえった。まるでその場にいた全員が時間を奪われてしまったかのように。誰一人、しばらく身動きひとつすることができなかった。手も、足も、目も、口も。

ただ一人、部長は、あたかもまだそこに夢咲がいるかのように、先ほどまでとなんら変わらない状態で夢咲の名を呟き続けていた。耳を澄まさなければ雨の音に掻き消されてしまいそうな、小さく弱々しい声で。

「夜笑姫……試合は終わった。アンタの勝ちだ。開始線に戻りな」

「!!おい先生!こんな時に勝ち敗けなんて……」

「……良いのだ、笹ヶ岡。皆を待たせるわけにもいかぬ」

志摩センセイの言葉に俺は我に返ると同時に激情した。牙を剥いた俺の肩に手を置き、部長は開始線へとフラフラと進んでいった。

「大将戦。白……藜御神選手の勝利」

歓声もない。あるのは閑静さのみ。俺らも本当なら喜ぶところなんだろう。でも……。

「試合、終わったのか?」

「いえ、まだ終わってはいませんよ、先輩」

「えっ……?」

隣の如月が虚ろな表情で口を開く。

「なっ……何でだよ、如月?部長はちゃんと勝っただろうが!だったら……」

「先峰は篠風に2本、次峰は天守城に2本、中堅は天守城に1本、副将はお互いに1本で引き分け、そして大将は天守城に1本、篠風に2本……もう分かるでしょう?」

「えと……こっちが5本で向こうが……あっ!!」

俺は如月の説明を聞きながら指折りをする。左右10本の指が全て折られた時、俺は今の状況を理解した。

「おいおい……スコアが全く一緒じゃねぇか!確かこういう場合は……」

「そう……代表戦です。チームの代表が一人ずつ出て、今度は1本勝負。時間無制限で、先に1本とった方が勝ちです」

「代表……戦……でも、夢咲がいないんじゃ向こうは……」


「儂が出よう」


俺の言葉を遮ったのは、腕組みをしながら体育館に入ってきた轟だった。

俺は絶望した。美作はもちろん、部長だって足の怪我は限界なはず。とはいえ身長の如月じゃ轟相手じゃ分が悪すぎるし……。なにより、あの轟と戦って勝てる奴なんて早々いない。

「終わりだ……俺らからは……誰も闘える奴がいねぇ……もう……終わりなんだ……」


「なに言うとんねん……ボケが。ここに居るやろ」

床に膝をついた俺は、最も聞き慣れた声に反応して顔を上げた。轟の影に隠れて見えていなかったが、鉄狼が戻ってきていた。

「はあ……あのデカブツ、スポドリ買うんにどんだけ時間かかっとんねん!おかげで戻ってくるんが遅れてもうたわ!スポドリもぬるぅなっとったし、最悪やで!!」

「鉄狼……お前、具合は……?てか“ここにいる”って、じゃあお前が……」

「ちゃうわ。そらここでビシッと決めたらヒーローやろうけどな。オレにはこの役目は荷が重すぎるらしいわ」

「じゃあ誰が!!部長は怪我してるし、美作もいない!如月だって相手が不利だし、星宮との試合で体を痛めているはずだ!まさか副部長でも出すつもり……いてっ!!」

喋っている途中で鉄狼がデコピンをしてくる。そしてそのまま俺の眉間を指差し、真剣な眼差しで言い放った。

「面つけろ、辰貴。事情は全部知っとる。皆で繋いだバトン……アンカーはお前や」

8ヶ月前 No.240

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


「ふっ……はははは……なに言ってんだ?俺が?よりにもよって俺が?こんな大事な代表戦に出るってのか?鉄狼……お前本当に冗談が上手いよな。そんな諦めたみたいなムチャクチャな考え……よくもまあそんな容易く思い付くもんだ。感心の一言だよ」

「冗談やって言えるんか?周りの目を見ても?」

鉄狼だけじゃなかった。如月、皇副部長、志摩センセイ……そして部長も、俺の方をジッと見ていた。どの目も試合を投げた者の目ではなかった。期待……その言葉が皮肉なことにピッタリ適合するような、真っ直ぐな目だった。

「やれやれ……やはりこうなりましたか。まあ、笹ヶ岡センパイならどうなっても文句はありませんよ」

如月……。

「僕は君と稽古したことないから分からない。でも……皆が君を信じてる。応えてあげたらどうかな?」

副部長……。

「無謀ではない。諦める?馬鹿を言え。私は、私たちは……君を信じている。案ずるな……君は一人ではない。これは私たち全員の戦いだ」

部長……。

「はっ……ホント、馬鹿な部員たちに育っちまったもんだねェ。アタシもアンタに賭けるとするさね。強豪校の副部長を相手どるのは、ピカピカ初心者ヤンキー剣士。大番狂わせを起こそうじゃねェの」

先生……。

「これで分かったやろ?心配すんな、例えお前がここで1本敗けしても、オレの2本敗けよりかはマシや!これ以上下はない!なんて、威張って言えることやないけどな、へへへ……」

鉄狼……。

みんな、みんな、みんな、俺を見ている。俺を信じてる。俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が………。


「だめだっ!!!」


俺は叫んだ。腹からではなく、喉の力だけで。喉仏のあたりがジンジンと痛む。

「本当に馬鹿だろあんたら!!俺はこの中で一番経験が浅いし、実力だってない!!さっき引き分けたのだって偶然だ!ただのビギナーズラックだ!!そんな俺が!ロクに試合に出たこともない俺が!!こんな大事な戦いに臨めるわけねぇだろ!!俺は小さい頃から色んな物を投げ出してきた!!色んなことから逃げ続けてきた!!怖かったんだ!自分の弱さが露になるのが!!怖かったんだ!誰かと比べられるのが!!俺は弱い!!弱いからいつまで経っても弱いんだ!!分かってる!分かってるんだよ!!でも足が!もう一歩前に踏み出すのを拒むんだよ!!俺だって分かってるのに!!このままじゃ駄目だって理解してるのに!!俺の弱さが!臆病さが!!腐った性根が!!!全部全部!!全部投げ出しちまうんだよっ!!俺は出ない!!代表戦?クソくらえ!!無様に敗けるって分かってて!!あんたら全員に迷惑かけるって分かってて!!そんな状況で面なんかつけられるか!!」

「辰貴………」

「もういいだろ、鉄狼……。諦めようぜ。よく頑張ったよ。あの天守城相手に代表戦まで持ち込めて……十分結果は残しただろ。闘える奴がいないなら……もう終わろうぜ。有終の美だろ。頑張ったよ!よく頑張った!!えらいえらい!!最高だよ俺たち!!はははははははは!!!」

何だ?今喋っているのは本当に俺か?今笑っているのは本当に……俺なのか?

何も見えない。何も聞こえない。ただ口だけは達者みたいで、情けない言葉ばかりが止めどなく思い浮かんでは勝手に解き放たれていった。
そうだ、終わりにしよう……こんな試合。

篠風剣道部は……今日で終わりだ。

8ヶ月前 No.241

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


チームメイトから浴びせられるのは怒りの視線ではなかった。諦め?失望?どうでもいい。言いたいことは言った。満足だ。俺は乱暴に防具を外すと、皆に背を向けた。

「帰る。防具は片付けといてくれ。なんなら捨ててもいいよ。俺は今日で退部するからさ。はっ……これでどの道、篠風剣道部は終わりだな。あとは勝手にやってくれ」

そのまま出口まで向かう。止める者は誰もいなかった。別に止めてほしいわけじゃないけどな。
そのまま出口の扉に手を掛け、それをゆっくりと開ける。

なんだかんだ言って……楽しかったな。


その時だった。



ボゴオッ!!!



「ぶはっ!!」

何が起こったのかを理解する前に、俺は三メートルほど後方の床に不時着していた。
咄嗟に右頬をおさえる。どうやら殴られたらしい。誰が?俺は首だけをあげて確認する。

「ばっ……番長!出会っていきなり全力顔面パンチとかさすがに乱暴っスよ!」

「そうっスよ!今日はそれ目当てで来たんじゃないでしょ!!」

「うるせえぞお前ら!!コイツがヘタれたこと言って帰ろうとしたから止めてやったんだろうが!!いいから黙ってろ!!」


三人の異なる声色。凄く聞き取りにくいヤンキーみたいな声だ。でも一番エラそうな奴の声はどこかで聞いたような……。



「なっ………お前は……!!」



「へへっ、こないだの仕返しは済んだぜ……よお、久しぶりじゃねぇか……笹ヶ岡」

軽く笑みを浮かべたゴリラのような悪人相の巨漢の男。左右に同じくガラの悪い男を付き従えている。三人ともびしょ濡れで肩が上下しているあたり、雨の中を急いで来たんだろう。
忘れるはずがなかった。会ったのは一回だけだったけど、絶対に忘れられない名前の男だった。

「バカ面番長……」

「端葉葛だっ!!端葉葛 学!久々の出番なんだからちゃんと呼べよ!初めて見た読者さんが混乱するだろうが!!」

相変わらずの名前イジリへの反応の速さ。顔を真っ赤にする癖も顕在みたいだ。俺は殴られた頬から手を離して立ち上がろうとしながら、全力で睨みをきかせる。てかなんの話してんのコイツ?

「なんの……用だよ?まさかこの間のリベンジに来たってわけじゃ……うおっ!!」

突如胸ぐらを掴まれ、高く高く掲げられる。咄嗟の事で身動きがとれず、こうなってしまっては反抗もできない。くそっ……やっぱり仕返し目的か……こんな時に面倒な……。



「一度しか言わねぇぞ…………部を護れ!!!笹ヶ岡ぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」



「!!………え………!?」

至近距離で浴びせられたバカ面番長の咆哮。驚くほど大きい声に耳が潰れそうになる。いや、それよりも驚いたのは……。

「部を………護れ、だと……?」

「いいか笹ヶ岡!!篠風高校剣道部ども!!耳の穴かっぽじってよぉく聞け!!お前らはこの俺様が初めて敗けを認めた最強のチームだ!!俺様の手から部活を護り、俺様に仲間の大切さを教えてくれた最高のチームだ!!!そんなお前らが、あんな雑魚どもに敗けて部を捨てるなんざ、俺様は絶対に許さねぇ!!!篠風剣道部は終わり!?終わらせねぇよ!!終わらせてたまるか!!剣を取れ笹ヶ岡!!俺の子分がヘマしちまったせいで夢咲とかいうクソ女に気付かれて、こんな試合をすることになっちまったのは知ってる!!だけど!!だからこそ……俺様はお前を!お前らを信じる!!ここで投げ出すなんて!逃げ出すなんて!!敗けるなんて!!!俺様は絶対に認めねぇからな!!このクソ野郎共がああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」

「……端葉葛…………」

俺はストンと地面に降ろされた。

「……いいか笹ヶ岡、俺様は剣道のことも、お前らのことも、全然分かんねぇよ。ただよ……お前が篠風剣道部に入ったのは間違いじゃなかったと思うぜ。自分のピンチに全員が駆け付けて、一緒に戦ってくれる……そんな仲間、どんだけ喉から手が出るほど欲しくたって、なかなか手に入んねぇモンだからよ」

「…………」

「俺様が言えんのはここまでだ。後はお前の問題だ……苦しくなったら周りを見な。きっとお前の力になってくれるはずだからよ。じゃあな」

端葉葛は子分二人を連れて去っていった。あの人あんなキャラだったっけ?その直後に、鉄狼、部長、副部長が駆け寄ってきた。


「辰貴……今のってもしかせんでもバカ面番長……」

「なあ鉄狼……剣道ってのは、1対1か?」

「はあ?なんやねん急に……そんなんそうに決まって……」

「違うよ、笹ヶ岡。一人なんかじゃない。頃子ちゃん、浅原、姫、そして……揚羽ちゃん。君と一緒に剣を振ってきた仲間たちが、きっと力になってくれるさ」

副部長の言葉が心の中を満たした。俺は軽く笑って、先ほど投げ捨てた防具の所に向かった。するとそれらは綺麗に整えられていた。

「覚悟は、決まりましたか?」

ただ一人、そこでずっと待っていた如月。おそらく、俺が再び戻ってくることまで見越していたんだろう。防具を直したのもおそらく……ほんと、大した奴だよ。


「ああ、もう……迷わねぇよ。だから皆……俺に力を貸しちゃくれねぇか?この竹刀は……俺一人が振るには重すぎらぁ」


第16話 完

8ヶ月前 No.242

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


二度目の緊張。さっきまではあんなにも耳障りだった雨音も、もう気にならなくなった。面をつけたから……じゃあなさそうだな。やれやれ……まさかさっきのバカみたいに重苦しい緊張をその日中にもう一度味わうことになるなんてな。

「如月」

「はい、どうしましたか?」

「轟の攻略法、分かるか?」

この際、後輩先輩は関係ない。試合の前に、ヒントになるものは全部耳に無理矢理でも押し込んでおきたい。如月は顎に手を当てて少し顔を下に向けた。

「自分で見付けろ……というのは初心者の先輩には酷な話ですよね。ですが、逆にそこが鍵になるかもしれません。ご覧の通り、相手は先輩よりもずっと背が高く、体格がいいです。そうなると自然に胴や籠手が空くことになりますが……そこは相手も把握しているでしょう。無理に空いている箇所を狙いにいけば返り討ちにあうのもこと否めません。笹ヶ岡センパイは初心者だからこそ、誰にもできない剣道ができるはずです。1本勝負なので容易には攻められません。ですが覚悟も必要です。ここぞ、と言うときに先ほどの黒刃さんの時のような面を打てば……」

「……さすがだな。お前の冷静な説明聞いてると、なんかいけそうな気がしてきたよ」

「くれぐれも油断と無理はなさらず。大丈夫……私たちがついています。これ以上に強い味方、そうそういませんよ」

如月と周りの人たちに見送られながら、俺は試合場に一歩踏み出した。既に面をつけて待っていた轟と向き合う。

「まさか貴殿と刃を交えることになろうとは……な。それもこのような場面で……運命とは残酷なものだ」

「美作の仇……しっかり討たせてもらうぜ。本気で来いや副部長さんよぉっ!!」



第17話 サイゴノケンシ



7ヶ月前 No.243

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


「あの、すみません……ちょいと誰かと審判を変わってもらってもいいですかね?」

試合が始まる直前、志摩センセイが残りの審判二人に提案した。

「先生……」

「なァに、こんな大事な場面だ。他人面すんのもそろそろ限界なもんでね。アタシは応援に徹することにすらァ」

奥から中年男性が走ってくる。どうやら志摩センセイの願いは通じたようだ。先生は審判旗を手渡すと、部長たちの元へ歩いていった。

「では、準備はいいか……代表戦1本勝負、はじめっ!!!」

俺は大きく一歩前に出た。さすがの貫禄だ……ミリ単位の隙もねぇ。一旦様子を見るか?いや……下がるな。下がったら気持ちが緩む。一瞬たりとも気が抜けない。

「……やけに慎重だな。だがそれも無理のない話。貴殿は剣を取って日が浅い故、存じていないかもしれぬが、3本勝負と1本勝負では天と地ほどの差がある。これはまさに真剣での斬り合い。一度斬られれば全てが終わる。加えて時間も無制限。引き分けなどという生易しい結末にはならぬ。待つのは敗北───すなわち死だ。この重みが分かるか?」

「はっ……そんな大事な局面なのに、ずいぶんと喋るじゃねぇか。余裕すぎて口がよく回りますよ、ってか?あぁ、そうだよ。あんたの言う通り、俺は剣道を初めたばっかりのゴリッゴリの素人だよ。ぶっちゃけここにこうして立ってんのが不思議なくらいだ。勝負事、優劣、競争、そんなものクソ食らえなろくでなし人生を歩んできたものでね。おかげで今も足の震えが止まらねぇよ。でもな……俺は今、ちょっと嬉しくもあるんだよ」

「ほう……嬉しい?これはまた奇妙なことを申す。この状況で何を喜ぶことがある?勝負事を嫌う貴殿にとっては、これ以上に苦痛な状況もあるまい」

「違いねぇや。だけどさ……初めて、なんだ。こんなにも誰かに頼ってもらえること。こんなにも誰かと力を合わせること。そして───こんなにも“勝ちたい”って思ったことは。俺はあんたを倒すぜ、副部長さん。アンカー……頼まれちまったからな」

「………そのような真っ直ぐな眼をしている者に手を抜くのはこれ以上ない無礼に値するな。良かろう……儂は貴殿を一人の剣士と見なし、そして全力で貴殿を───斬る」

轟としばらく言葉を交わしただけで、身体中から変な汗が沸き出してきた。まだ一回も刃を交わしてないのにこれか……情けなくて泣けてくるね。

轟と一足一刀……早い話が俺の竹刀も轟の竹刀も伸ばせば届く間合いまで近付いた。その時、轟は大きく、大きく両手を頭上に上げた。

「それは……さっきの部長の構え……」

俺は戦慄し、体が凍りつく感覚をおぼえた。紛れもない、先ほど部長が用いた構えだ。その打突をモロに受けた夢咲は……今……。それに相手は男。普通に考えても女の部長よりもずっと力があるだろう。あんなにも俺に恐怖を叩きつけた上段の構えを今ここでするなんて……俺の冷静さを奪うためか?それとも……これが轟の“本気”なのか?

7ヶ月前 No.244

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


くそっ……ただでさえ臆病な俺の足がどんどん震度を上げていくんだけど。こんなのに脳天打たれでもしたらマジで死ぬっての。

「どうした?来ないのならこちらから行くぞ」

轟は小さく唸り声をあげる。俺は圧倒され、その場から動くことができなかった。間合いも近い。離れないと……。

「遅い」

「!!くそがっ!!」

俺が後退を試みて左足に力を込めた瞬間、轟は頭上の竹刀を一直線に振り降ろした。あまりの速さに反応が遅れた俺はなんとか後ろに小さく下がってそれを避ける。右腕の部分を掠めた。痛みはないけど……。

「はーっ……はーっ……」

「一発仕掛けただけでその様か……興ざめだ。次は当てる」

力だけでなく、速さまで備わってんのかよ……今のは辛うじて避けられたけど、もう動ける気がしねぇ……。次来たら……やられる。

どうすりゃいいんだ?未だになんの活路も見出だせてない。上段……胴とか籠手がガラ空きになるな……そこを狙えば……!

「無駄だ。経験の浅さがここで貴殿の首を絞めることになったな。貴殿が何を打とうとしているか……儂には全て見えておる。籠手を狙う場合は体がやや横向きに、胴を狙う場合は体がわずかに沈む。自分では気付かぬかもしれぬが、儂は夥しい数の相手と渡り合ってきた。貴殿がどこを狙っておるかくらい、手に取るように分かる」

轟の言葉で俺は絶望した。そうか……そうだよな。相手は強豪校。俺より強い奴となんて、それこそ数えきれないほど剣を交えてきたことだろう。

俺は体の力が抜けていくのを感じた。

7ヶ月前 No.245

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


「……殺気が消えたな。諦めたか?では……終わりにしよう」

刹那、轟の嵐のような猛攻が襲いかかる。速く、激しく、止めどなく。まるで何本かに分裂したかのように見えた竹刀が、俺の全身に鞭のように叩き込まれていく。防御が追い付かない。

「ぐああああああああああ!!!!!」

頭がおかしくなりそうなほどの打撃を受け、俺は叫びながら竹刀を振り回すことしかできなかった。ヤバい……勝てない……もう何も動かねぇよ……。結局こうなるんだ。「倒す」だなんて偉そうなことを言っておいて、いざ始まったらこの体たらく。情けなくて涙も出ない。

あぁ……終わりだ。本当に。こんな化け物に勝てるわけがないんだよ。ここまで頑張ってきたけど、この実力はどうあがいても埋まりそうもない。万事休す、かな。はあ……全く……皆も皆だよな。俺に代表戦を任せるなんてさ。正気の沙汰とは思えねぇよ。

轟が音もなく、ゆっくりとこちらに向かってくる。とどめを刺そうとしてるんだ。体が動かない。もう逃げることもできない。もう……何も。


諦めに近い感情を抱いた俺が無意識に顔を向けたのは……篠風の部員たちだった。

7ヶ月前 No.246

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN

如月……なんだよ、らしくねぇな。そんな心配そうな顔しちまってさ。お前はいっつも気持ち悪いくらいに冷静だったろ?最初に会ったときは……そう、俺がお前のクソ不味いおにぎりを食べちまったんだったな。後ろからいきなり現れたから幽霊かなんかかと思ったよ。案の定その後も常に何を考えてんのか分からない、凄ぇ不気味な奴だったよな。「可愛い」って言われると照れたり、胸のことを言われるとブチ切れたり、変わったところもたくさんあった。普段は真顔で俺や鉄狼にどんどん毒を放つ、とにかく変わった後輩だった。でもいざって時には頼りになるんだよな。今回だって2本勝ちで繋いでくれたし、なんつうか……本当にスゲェ奴だよ、お前は。情けない話だけど、お前には勝てる気がしねぇや。剣道だけじゃなくて、色んなことで。

部長……あんたはいつも強く優しく美しい、篠風の頼れる柱だった。最初のインパクトにはとにかく度肝を抜かしたっけな。名前といい、身長といい、な。堅苦しくて義に厚いけど、天然ボケだったりビビりだったりして、取っ付きやすい人だった。俺と鉄狼がピンチの時にも体を張って助けに来てくれて……感謝してもしきれねぇよ。色んな過去を持ってて辛いくせに、いつも他の人のことを気にかけてたよな。たぶんそういうところが皆に慕われる何よりの理由だろうよ。なんてたって、この俺が尊敬するくらいだからな。あんたがいたから頑張れた。あんたが道を作ってくれたから……俺も不器用ながら真っ直ぐ前に進むことができたんだ。部長……あんたは俺の目標だ。いつまでも、いつまでも。

副部長……あんたとこうして顔を合わせるのは二回目だよな。パッと見ただけで「この人は優しい」って思えたんだからよっぽどだろうと思ったけど、その優しさは俺なんかが想像してたよりずっとずっと深かったよ。部長のそれとは違うけど、他人を思いやって、自分が犠牲になってまで仲間を護ろうとする姿勢……部長の昔話を聞いてるだけでも凄ぇって思った。きっと、今俺たちがこうして全力で剣道できてるのも、あんたのおかげなんだろうよ。あんたにあれだけ酷いことした夢咲にも真っ先にかけ寄っていって……あんた、あまりにも優しすぎるよ。でもまあ、部長が好きになるのも納得だな。

志摩センセイ……出会ったときからちょっと……いや、かなり乱暴な所はあったけど、いっつも太陽みてぇに明るい人で、俺たちをグイグイと引っ張っていってくれたよな。地稽古では手も足も出なかったよな。あのあとのあんたの言葉にはどんだけ励まされたことか分からねぇ。いつも親身に、でも一歩引いたところから俺たち生徒を支えてくれて……感謝の気持ちでいっぱいだよ。俺……部活動なんかにここまで真剣に打ち込むのは初めてなんだけど、あんたが顧問で本当によかった。俺みてぇな性根の腐ったバカの根性を叩き直してくれて……ありがとな。


鉄狼……。



………………………。




「…………お前はいいや」

「なんでやねん!!!ここでこのギャグパートはいらんやろ!!オレにもなんか言えやボケェッ!!!」

7ヶ月前 No.247

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


そして………あのバカ女。

思えば未だ嘗て、そしてこれからも絶対にないと断言できるくらいに無茶苦茶な出会いだった。俺が校門を潜った途端に飛んできた小さな籠手。鼻っ柱に命中したそれを拾い上げて地面を転げ回る俺をバカ丸出しの笑顔で見おろしてきたのが……アイツだった。

小せぇ頃から一緒に剣道やってきた副部長が停学になっちまって、本当は凄ぇ辛かったくせに、いつもいつも、あのほんわかした笑顔だけは絶対に崩さなかった。俺に気付かれないために。もう何も失わないために。

今日だって高熱の体引きずって、俺が今こんなにも苦戦してる相手に一本敗けで繋いだんだ。今にも途切れちまいそうな意識の中で、アイツは言ったんだ。


“勝って”と。


誰よりも苦しかったはずなのに。誰よりも部の事を考えていた。アイツは───美作は、最後まで篠風の剣道部として戦い抜いた。


敗けられ……ねぇよな。皆が必死こいて作ってくれた“勝機”。王に手が届くかもしれないなんていう“希望”。ここで諦めたら、全部ぜんぶ無駄になっちまうもんな。

「その眼……再び戦意を取り戻したか。だが一足遅かったな。ここは既に……儂の間合いだ」

皆から目を離し、轟の方に向き直った瞬間……轟は、もう俺のすぐ目の前にいた。その高らかな上段の構えは先ほどから微塵も崩れることなく、いつでも打てる状態だ。

轟の手がピクッと動いた。来る……くそっ、敗けたくねぇ……当たったら終わる、終わる、終わる……避けろ。でもどうやって?防げない。防御は追い付かないのは学習済みだ。考えてる時間はない。なんとかしないと。なんとか───。

7ヶ月前 No.248

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


「っっっ!!!」

それは“無意識の作戦”だった。俺は右足に全神経を集中させ、勢いよく後ろに飛び退いた。……つもりだったが、思ったより力が入らず、その飛距離は伸びなかった。俺は敗けを確信した。

しかし、結果は予想外のものとなった。轟の竹刀が俺のすぐ目の前で弧を描いた。どうやら間一髪、避けられたようだ。

しかし、俺は釈然としていなかった。今のはどう考えても当たる距離だった。それが後方への不十分な跳躍で、あの鋭い剣から逃れることができた。思えばさっきも似たようなことがあった。轟がすぐ目の前まで近寄ってきたけど、俺が少し身をよじってみただけでその技は不発に終わった。どうやらここに重大なヒントが隠されているようだ。

時間は無制限。相手の技が当たりさえしなければ、幾らでも考える時間はある。


一か八か、やってみるか。


俺は構えを解いて両手をだらんと下げ、竹刀を左手で力無く持った。柔道の自護体といえば分かりやすいだろう。もっと詳しく例えるなら、竹刀が急に持ちきれないくらい重い重い鉄の棒になったような感じ。とにかく全身の力を抜き、じっと轟を見据える。

会場の声が良く聞こえる。明らかに皆、動揺している。無理もない。敵との真剣勝負にいきなり構えを解く奴がいるなんて、誰が予想できるだろうか?

ここで俺は、もう一度篠風のみんなの方に耳を傾けることにした。

7ヶ月前 No.249

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


「おい辰貴!!お前なにふざけとんねん!!これがどういう勝負か分かっとんのか!?」

「まさか……スタミナ切れ、なのか……?」

「その可能性はありますね。試合が始まってからかれこれ10分ほど、笹ヶ岡センパイはあの轟さんと真っ正面から向き合っている状態です。それだけでも辛いでしょうに、その前も黒刃さんと時間いっぱいに試合をしてましたから。試合経験のない先輩の体力は、疾うに底をついているはずです」

「僕も如月さんの言う通りだと思う。彼にとってこの状況はあまりにも過酷すぎるよ……やっぱり笹ヶ岡を出したのは失敗だったんじゃ……」

「ホンマやで!!ここでスタミナ切れなんて、こんなんもう無理に決まって………」


「まだだ。まだアイツは、諦めちゃいねェよ」

「!志摩センセ!!そないなこと言うても、もう辰貴は……」

「アタシらが信じてやらねェで、誰がアイツを信じてやるんだい?アンタらだって、辰貴ならやってくれるって信じたから、アイツを試合に出したんだろうが。なのに、こんなところでアンタらが、アイツより先に諦めてどうすんだ、バカ野郎どもが。アタシはまだ諦めちゃいねェし、絶対に諦めるつもりもねェ。顧問として、剣士として、そして……仲間として、アイツを最後まで信じる。それがアタシがアイツにしてやれる唯一の、そして最高の仕事だ。違うかい?」

「…………」

「分かったら目ん玉ひんむいてよォく見ときな。アンタらが、アタシらが未来を託した……“最後の剣士”の戦いをな」

どうやら、皆も俺を信じてくれるみたいだ。それが分かっただけでも安心した。

6ヶ月前 No.250

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


「何を……考えている?ここに来て、何の活路も見出だせていない貴殿が、なぜいきなり構えを解くような真似を……。何か考えがあるのか?それとも……疲弊のあまり、竹刀を持つ力も策を講じる力も、もはや貴殿には残っておらぬだけか?」

「強いて言うなら……両方だな。あんたみてぇな強者とあんだけ剣を交えてんだ。疲れねぇ方がどうかしてんだろ。でもまあ同時に、剣を交えてきたことで俺の中に一個の“仮説”が浮かび上がった。今からそれを試してみようと思う。ただそんだけの話だ」

「ほう……面白い。その言い草から察するに、よほど自信のある“仮説”のようだな。貴殿はここにいる誰よりも経験が浅い。だからこそ誰よりも不気味だ。経験者の型にはまった剣法とは違う、予測不能の無法剣術。その貴殿が今の打ち合い何を得たのか……見物であるな。しかし、儂もそう悠長に構えるつもりはない。悪いが貴殿の“仮説”が“確信”に変わる前に、勝負をつけさせてもらおう」

轟の構えは変わらない。そうこなくっちゃな。轟は摺り足で俺に近付いてくる。俺はその場から全く動かない。ただ極力体の力を抜いて轟を見据えるだけ。

「逃げぬのか?恐怖を捨てた者に剣を握る資格はない。哀れ……散るがよい」

轟が動いた。今だ。

俺は竹刀を構えないまま、先程と同じように、今度は意図的に少しだけ後ろに飛んだ。少し待ったが面は打たれていない。轟の竹刀は俺の目の前で上から下へ空を切っただけだった。

やっぱりだ。俺は“確信”した。こいつ……射程距離が短ぇんだ。

通常、打突をするときは後ろ足に力を込め、前足を出来るだけ前に前にと運ばせるように飛び、着地した勢いで相手の打突部位を捉える。しかし、轟のように周りから抜きん出て身長が高く、同時に圧倒的な体格を誇っている選手は、普通の選手のように勢いよく前に飛んでしまうと、着地時の自分の体重を支えることができなくなってしまう。そのため、どうあがいてもそれより手前に着地することを余儀なくされてしまう。結果、普通の人よりも射程距離が短くなっちまうんだ。それが例え中段よりもリーチの長い上段の構えであっても、轟の場合にはそのリーチはたかが知れてる。

だが、おそらく轟はこのことにも気付いているはずだ。だからこそ上段の構えを自信を持って切り札にしているのだろう。長年の経験から「上段の構えはリーチが長い」という揺らぎようのない常識とも言えるイメージを植え付けられている剣道選手たちは、その脅威のリーチの長さを無効化するために轟に間合いを詰める。それが轟の最も得意とするスタイルであるとも知らずに。結果、近い間合い──轟の十分な射程距離に入ってしまった相手は、轟を攻めあぐねているつもりが逆にドツボにはまり、呆気なくその、豪剣の前に撃沈してしまうのだ。おそらく今までも轟はこうして白星を積み重ねてきたのだろう。しかし、ここでがっつかずに少し後ろに下がるだけで、轟の間合いからこのように完全に外れることができるんだ。危うく轟の得意スタイルでガシガシ打ち合い、綺麗に敗けちまうところだった。土壇場での自分の洞察力と勘の良さ、幸運を褒めちぎりたい気分だ。

「はあ、はあ………避けたぜ、轟さんよぉ……だがもう限界が近い。次で終ぇにしようぜ」

俺は竹刀を構え直した。力はあまり入らない。ただ自信がみなぎって来たからか、竹刀はやけに軽かった。


「なんや?辰貴ってあんなに知的キャラやったか?今、あのデカブツの攻撃を計算で避けたような気が……」

「おや、悔しいんですか?テスト底辺共同体の剣道部仲間が頭を使って試合をしているのが。大丈夫ですよ、浅原センパイも音無さんのとき、しっかりと頭使ってましたよ。結果はどうあれ。結果はどうあれ。結果はど」

「だああっ!!!うっさいなボケ!!絶対このパートいらんやん!!シリアスムードぶち壊しやん!!大体なんなん、この定期的に入るオレいじりのギャグパート!?」

「笹ヶ岡センパイの特になんの面白味のない長い語りに飽き飽きした読者さまへのお口直しという役割のギャグパートですよ」

「知るかあっ!!ほんだらもっと面白い文書けやぁっ!!こんな余計な茶番しとるからなかなか終わらんのちゃうんけ作者ぁっ!?」

6ヶ月前 No.251

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN

轟は……顔はよく見えないが、おそらく歯を噛みしめている。

「っ……どうやら儂の戦術を完全に見抜いたようだな。大したものだ。この状況でそこまで物事を慎重に見ることができるとは……称賛に値するな。やはり不気味な男だ……笹ヶ岡 辰貴!!!」

轟がかつてないほどの殺気をまとい、一気に俺に間合いを詰めてくる。あまりに急な出来事に対応しきれなかった。頭頂部に強い衝撃。視界の端で赤い旗が上がった。


敗けた、のか……?


ここまで来たのに。せっかく希望が見えたのに……。



俺は、敗けたのか?




轟が俺にドンと強い体当たりをかましてくる。力の抜けた俺は呆気なくバランスを崩し、ゆっくりと後ろ向きに倒れ始める。

あれ?何で……俺はもう敗けたはずなのに、何で篠風の皆は、俺に向かって必死で何かを叫んでるんだ?旗は上がった筈じゃ……。


俺は後ろに倒れながら周りを見渡した。上がった赤旗は……一本だけだった。ギリギリ、轟の攻撃は浅かったんだ。


そこからは自分でもどう動いたのか分からなかった。後ろに倒れかかっていた俺は、どういうわけか気が付くと両足を地面にピッタリとつけて直立していた。

地面の僅かな冷たさが足に伝わる前に、俺は両足に渾身の力を入れ、大きく大きく前に飛んだ。黒刃の時とは比べ物にならないほどの跳躍力。まるで空を飛んでいるみたいだった。そのまま竹刀を頭上に高く振り上げる。

こんな大事な場面だってのに、俺はある事を考えていた。なに、しょうもねえ事、ずっと前から分かりきってた事だ。

6ヶ月前 No.252

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


____俺はこの部活が嫌いだ




「笹ヶ岡先輩、ファイトです!!」


俺は生まれつきの駄目人間。だから誰にも期待されたくない……その思いで色んな事から逃げ続けてきた



「ここが正念場だ!踏ん張れ笹ヶ岡!!」


それなのに何で……何で俺みたいなロクでもない奴に任せたんだ……



「何も考えたらアカン!一発ぶちかましたれ、辰貴!!」


何でこんな何もかも駄目な奴に……こんなに大事な役を背負わせたんだ……



「アンタにゃアタシらがついてるよ!思いっきりやんな!」


全てを台無しにしたいのか?それとも……



「信じてるよ……笹ヶ岡」


本当に俺みたいな奴に全てを託してんのか?いったい何をしてくれてんだよ……



「…れ……くん……」



この




「頑張れ……辰くん!!!」




バカ共が________






6ヶ月前 No.253

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN




「ウオオオオオオオオオラアアアアアアアアア!!!!!」






バコオオオオオオン!!!!




「しっ……白!面ありいいいい!!!!」





手の痺れが止まらない。音が……拍手の、歓声の音が……より一層痺れを助長する。これはなんの拍手だ?なんの歓声だ?なんの痺れだ?疑問ばかりの俺を三方向から囲んだのは、天を突くように高々とあげられた汚れなき白旗。これって、もしかして……

俺、勝ったのか……?


「うおおおおおっしゃああああああ!!!!辰貴
!お前、スゴいやんけ!!!あの天守城に勝ったねんぞ!!?」

鉄狼が試合場の中に飛び込んできて、汗だくの俺と肩を組み、俺の手を取って会場全体に全力のガッツポーズをした。間もなく審判に睨まれた鉄狼は咳払いをしてすごすごと戻っていった。お前今のグレー判定だぞ。俺が自分の意志でガッツポーズしてたら一本取り消しだったぞ。あいにく俺にはそれだけの力すら残されていなかったため事なきを得た。

今ので状況が分かった。つか鉄狼がはっきり言った。

「轟……さん……俺……」

「……天晴れだ。貴殿の魂のこもった一撃……確かに儂に届いた。この勝負、貴殿の……貴殿らの勝ちだ。これが敗北の味か……。なあ笹ヶ岡よ?また儂と剣を交えてくれるか?」

「もちろん……真っ平ごめんだ」


「勝負あり!!篠風高校の勝利!!!」

轟が俺に打たれた箇所を手でおさえ、参ったと言わんばかりに静かに笑った。
続いて審判が力強く結果を告げたとき、会場の熱気はピークに達した。

俺は蹲踞を済ませようと開始線まで戻った。ふと目を細める。雲を突き破った美しい日光が、俺の顔をこれでもかと照らしてきやがった。それは俺への祝いの紙吹雪のようにさえ思えた。
よお……「のんびり行こうや」とは言ったものの、やけに遅かったじゃねぇか、太陽さんよぉ?俺が勝つのを待ってやがったのか?やっぱり気に食わねぇな、お前。

俺は試合場を出る。途端に体全体が重くなり、前に倒れかかった俺をふわりと受け止めたのは……。

「お疲れさま……」

「美…………作…………お前……」

「えへへ……ごめんね?休憩所で寝てなくちゃいけなかったんだけど……来ちゃった!」

美作だってまだキツいはず。それなのに……。

「約束……護ったぞ……俺……俺たち……勝っ……」

日光のそれとは違う美作の暖かさに全身の力が抜けた俺は、眠るように気を失った。

6ヶ月前 No.254

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN


『ねぇねぇパパ!ボク、パパのこと、大好きだよ!!』


『パパ、今日も行っちゃうの?』


『パパ……何で……何で!!!』



「ん……今の……」

心地のよい揺れで目が覚める。目の前には今までの雨空が嘘みたいな青空が広がっていた。防具を取られ、汗だくの道着姿の俺が座っていたのは、車の助手席だった。

「目、覚めたかい?」

暗い声にビクッと反応した俺は隣を見る。ハンドルを握り、口にはタバコをくわえ、その綺麗な光景を見ているとは到底思えないほどに虚ろな目で前を見据えて車を運転していたのは志摩センセイだった。そのまま首を動かし後ろを見る。二列目には部長と副部長。三列目には如月、鉄狼、そして美作が、いずれも同じような顔で座っていた。まるで車内だけが天気に置いてきぼりを喰らったかのようだった。

「みんな……みんな何で、そんな暗い顔してるんだよ?俺たちさ、勝ったんだぞ?あの天守城に!あっ……まさか夢咲があんなことになったからか!?大丈夫だって!アイツならそんな簡単に───」

ドンッ!!と隣から音が聞こえた。志摩センセイがハンドルを思いきり叩いたんだ。少し車の軌道がずれ、すぐにもとに戻る。

「そういうこと、言ってんじゃねェんだ。なあ辰貴……アンタたちはこの試合に、篠風剣道部の存続をかけてたんだってね?理由は……そうさな、代表戦の前に乱入してきたあの男がアンタを殴ったときに“あの時の仕返し”と言ってたね。おおかた、アイツらと喧嘩をしたっつう弱味を夢咲のヤツに握られたってとこだろ……違うかい?」

暗い声。全てにおいて的確な言葉。何も言い返せない。心臓が跳ね上がる。顔が固まる。目が泳ぐ。

「いつから……」

「あの時だよ。試合前のあの道場のアンタらのやりとり……アタシは全部聞いてた。聞いてた上で知らねェふりをしてたんだ。他にも不自然な言動は腐るほどあったから、いずれにしても気付いていただろうがね」

「っ……やっぱり聞いてたのかよ!確かにそんな大事な取引を軽はずみに夢咲と交わしちまったのは悪いと思ってる!でも俺たちはこうして───」

「違う……違うんだよ、辰貴。アタシが怒ってんのはそうじゃねェんだ。アンタたちは……そんな大事なことを……何でアタシに隠してたんだ?」

俺は一瞬、先生が何を言ってるか分からなかった。

「……アタシはアンタらの先生だ。良いことした時は誰よりも褒めてやる。逆に悪いことした時にはゲンコツでも何でもして、力づくで道を外れたアンタらを正してやる。アンタらを笑顔にするためなら何だってしてやれる覚悟がある。アンタらの笑顔を奪うものならどんな物だってブッ飛ばす覚悟がある。おかしいときは一緒に全力で笑う。苦しいときは一緒に地べた這いずり回って苦しむ。そのつもりだったってのに……アンタらは、自分たちが一番苦しいときにアタシに何も伝えちゃくれなかった。アタシは……アンタらと一緒にもがき苦しむには……役不足だったってのかい?」

志摩センセイの顔は台詞が進むにつれて徐々に下がっていった。その眼には影が差していた。

「先生!俺は────っ!!」

先生が勢いよくブレーキを踏んだため、見事に俺の言い返しは遮られた。

「病院だ。まずは夜笑姫と陽斗と三人で行ってきな。話は帰ってきてからだ」

俺の隣のドアとその後ろのドアがゆっくりと開いた。

「おい!なんだよそれ!?まだ話は───」

「行くぞ、笹ヶ岡」

いつの間にか外に降りていた部長に手を引かれる。バランスを崩しながらも、俺は車から降りた。

6ヶ月前 No.255

天象儀 @rewrite52 ★Android=ANOi6o1txN

青空の下、デカいデカい病院が俺たちを見下ろす。建物はいくつにも分かれ、そのそれぞれを渡り廊下がしっかりと繋ぎ止めている。新築なのか外装はやけに綺麗で、窓ガラスに反射した日光が眩しくて、俺は目を細めた。こんな立派な病院、来たことねぇぞ……一体どのくらい気ぃ失ってたんだ、俺は?

中に入ると、ヒンヤリした冷房が俺たちを迎え入れた。デカい病院のためか人が多いにもかかわらず、汗がすうっと引いていく。何だってこんな所に……。

「済まぬな笹ヶ岡。志摩センセイにここに寄ってほしいと言ったのは私なのだ。夢咲のことがどうにも気がかりでな。それに、話したいこともある」

俺と副部長を先導する部長。神妙な面持ちであることが計り知れる。夢咲はあの後ここに搬送されたのか?なんで部長がそれを……。

「へぇ……部長が?確かにあんた、夢咲が倒れたとき、いつもの冷静さをブン投げて叫んでたよな。なんか……あったのか?夢咲のことを一番憎んでいるはずのアンタがあの取り乱しようは異常だって、ずっと気になってたんだ。そのときにアンタ言ったよな。“君まで父上の後を追ってはならぬ”って。もしかしなくても夢咲の親父さんってもう───」

先ほど外から見た長い渡り廊下を三人で歩きながら俺は部長に問い詰めた。踏み込みすぎたことに後悔はしていない。病棟に向かっているのか?部長は歩みを止めて俺を見た。先ほどのような虚ろなものではなく、暖かな眼だった。

「……今日は本当によく頑張ってくれた。礼を言わせてくれ。ありがとう……ありがとう、笹ヶ岡。部長の私が不甲斐ないばかりに、君を辛い目にあわせてしまったな……もう良いのだ。もう……悔いはない」

「は?なんだよ、それ!“悔いはない”って、俺たちは勝ったって言ってんだろ!なんなんだよ、どいつもこいつも!!ちゃんと説明しろよ!!!」

病院内にも関わらず、響き渡る怒声。弁える気はなかった。俺だけが知らない“何か”に対する恐怖からか、心が穏やかじゃない。

「笹ヶ岡、それ以上は……!」

「良いのだ、陽斗。笹ヶ岡になら、話しても良いだろう。なぁ笹ヶ岡、これは私と私の父上、そして陽斗と夢咲しか知らない秘密だ。聞く覚悟はあるか?おそらくこれを聞いたとき、君は私に対しての全ての信頼と信用を失うはずだ。聞きたくないならば断ってもいい」

部長の言葉に生唾を飲み込んだ。きっと並大抵の事じゃないんだろう。俺は魔法でもかけられたかのように、部長の顔から視線を離すことができなかった。

「秘密か……こう言うのはちょっと恥ずかしいけどさ、俺はあんたを心から尊敬してるんだ。ちょっとやそっとの事じゃ信頼なくしたりしねぇよ」

「そうか……ありがとう」

副部長は止めようとしたが、無駄だと思ったのかそこから動かなかった。部長は俺の目をまっすぐに見つめ、意を決したように口を開いた。





「私は幼い頃───夢咲の父親を殺した」






「………え…………?」





第17話 完

6ヶ月前 No.256
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