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NO.1ノーマル―心優しい青年と少女の純愛物語―

 ( 小説投稿城 )
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マミ @edanisi ★th5yiWhroD_BzK

第一部
NO.1 出会い
 それは、クリスマスの夜のことだった。

 月の満ち欠けが、今宵もこの街の暦を刻んでいる。
 青年は自分の家の窓から雪降る外の景色を眺めていた。
 眼下の大路を歩く人々の誰もが、誰かと――家族や、友人や、恋人と――連れ立って歩いているのが、どうしても青年の目に留まる。
「いいなぁ、みんな、今日は誰かと一緒に居るんだね・・・・・・僕も、誰かと・・・・・・一緒に居たいな・・・・・・」
 その人々を見ながら、その青年はいつにも増してたまらなく淋しくなった。彼は金持ちだが独りぼっち、といった人間の、まさに典型だったからである。

2年前 No.0
メモ2016/08/17 23:35 : マミ @edanisi★6kBHKAxqwq_q3c
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マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_j2h

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9ヶ月前 No.142

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_j2h

NO.37
 ムーダーが小屋の中に入って行くと、暖炉の前で体を休めていたミーダーは驚愕したように身を起こした。
「ムーダー!? ど、どうして……」
 目を見開いて叫ぶミーダーを見ながら、ムーダーはふと思った。
(七年間も会っていないのに、お前は二度ともすぐに俺だと分かるんだな)
 まるで行方不明だった自分のことをずっと忘れていなかったと言わんばかりのように感じられた。そんなところも、昔から腹立たしかった。
 ムーダーは暖炉に近づいてミーダーを見下ろすと、その様子をじっくりと観察した。
「なるほど、やはり完治は遠そうだな。まぁある程度動けないのは仕方ないが、それにしても左目が潰れたままというのは若干都合が悪い」
「な、何を……」
 言いかけたミーダーの腕を掴んで引き寄せると、ムーダーは手にした薬瓶から薬を一滴ミーダーの左目に垂らした。
「ぐっ……!? うあぁあぁああぁ」
 青白い光がバチバチと音を立ててミーダーの目の中で踊った。ミーダーは叫び声をあげ、左目を押さえて小屋の床に転がった。光は青から緑へ、緑から黄へ、黄から白へと次々と変化する。最後にシュワッと余韻を残して、光はおさまった。
 ミーダーは起き上がり、呆然とムーダーを見た。視界が、広い。左目が見えるようになっていた。抉り取られたはずの瞳が、綺麗に戻っている。違和感も痛みも全くなかった。
「そ、そんな……こんな、ことが……」
 ミーダーは信じられないという風に呟いた。
「ムーダー、これ、どういうこと……? どうして急に現れて、こんなことを……」
「うるさい。黙れ」
 ムーダーは薬瓶を置いて次の薬を注射器に充填すると、ミーダーの首筋に注意深く刺した。ミーダーは驚いてムーダーの腕の中でもがいた。その体を、力づくで押さえられる。ムーダーの器用な指がゆっくりとピストンを持ち上げ、自分の体内に薬を注入していくのを、ミーダーは見た。
 十数秒後、ムーダーは冷静に調理台を借りて注射器を水で洗い流していた。ミーダーは唖然としてムーダーを見た。今度は、特に何かが起こったという気はしない。ちくりという微かな痛みを一瞬感じただけだった。訳が分からない。
「ム、ムーダー……? いったい何を注射したの……?」
 ミーダーはあっけにとられて言った。ムーダーは注射器を布巾で拭きながら振り向いた。
「これでいい。今はまだ何も分からなくても、変化は徐々に出てくる。せいぜいじわじわと蝕まれていくんだな」
 ムーダーは薬瓶を回収すると、満足そうに小屋の戸に手をかけた。
「俺の用はこれだけだ。おい、そんなに不思議そうな顔をするなよ。安心しろ、どうせ次に目覚めた時には、お前は俺に会ったことなんか覚えちゃいない」
 その言葉を合図にしたかのように、ミーダーは急に強い眠気を感じた。問いかけたいことが山ほどあるのに、口が開かない。瞼が、鉛のように重い。
 ミーダーは目を閉じるとゆっくりと床に倒れた。すぐにすうすうと寝息を漏らす。穏やかに息をついているミーダーを一瞥し、ムーダーは小屋を出て行った。

9ヶ月前 No.143

削除済み @edanisi ★6kBHKAxqwq_q3c

【記事主より削除】 ( 2016/08/09 17:12 )

9ヶ月前 No.144

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_q3c

NO.38
 早朝、マミは家の外の玄関口の階段に座り込み、街道に漂う朝霧が少しずつ晴れていくのを眺めていた。
(ミーダー、無事に逃げられたのかな……)
 朝霧なんて、本当は目に映ってなどいない。頭に思い浮かぶのは、ミーダーのことだけだ。初夏の早朝の霧はマミの体に溶け込み、白く同化していった。
 ミーダーはほんのちょっとかすめただけだと言っていたが、ミーダーの脇腹から滴っていた血の赤さはしっかりとマミの目に焼きついていた。それでなくても、度重なる電撃や暴行でミーダーの体はもうぼろぼろのはずなのだ。気になって仕方がないのに、毎日頭から離れないのにミーダーに会えない不自由な状況が、歯痒くて仕方がない。本当は、すぐに会いに行って無事を確かめるつもりだったのに。
 あの後、スモダーたちはミーダーのことを徹底的に忘れようとしているようだった。ミーダーの名前さえ、絶対に口に出そうとしない。起こった出来事についても、誰も何も言わない。スモダーたちは努めて日常的でありふれた会話しかせず、その自然さがマミにとっては逆に気味が悪く思えるほどだった。しかし、全員が全員揃って無視しているのでマミとてその中に爆弾を投げ込む訳にもいかない。不自然に守られたその沈黙に甘んじるしかなかった。
 加えて、マミがかつて暴行されたことがあったためか、スモダーたちは以前にも増してマミのことを気にかけ過敏になっていた。マミは最初、買い物のついでにミーダーの居る小屋に寄って行けば良いと考えていたが、すぐにその認識が甘かったことに気づいた。どうやらスモダーたちは片時もマミから目を離すまいと決意したらしい。寝ている時以外は常に誰かが目を光らせていて、一人で出歩くことなど決して許されなかった。最も、その寝ているように見える時でさえ本当に全員が眠っているのかは甚だ怪しい。随分前に夜中にこっそり抜け出そうとした時は、必ずフーダーやエロダーに見つかってその度にうんと叱られた。
 それでも、待っていれば会える時が来るはずだった。そう信じたかっただけなのかもしれない。
 自分はまだ、本当の気持ちの半分も伝えていない。感謝も、謝罪も、葛藤も、全て自分の口から自分の気持ちとして打ち明けなければ関係が終わるはずもない。いつか会えるという確信があるからこそ、そういった気持ちは胸のうちにしまっておけるのだ。
 もう二度とミーダーには会えないのだろうか。そんな考えがよぎると泣きそうになる。別に自分の気持ちなど伝えられなくてもいい。何も言えなくてもいい。ただ一目会いたい。嬉しそうな顔でも心配そうな顔でも、そこにあるミーダーの在り方がどんなものであってもいいから、自分の心からミーダーが薄れていってしまう前に、どうしてももう一度会いたかった。二ヶ月も経てば怪我も少しは良くなっているだろうか。こんなに早い時間に、ミーダーは今頃何をしているのだろう。
 分かっている。ミーダーが自分に対して犯した罪も、スモダーたちのように忘れようとする方が恐らく幸福だろうということも。最初は無理矢理の不自然さがあっても、考えないようにしていればそのうち本当に記憶は少しずつ消えて行くのだろう。ミーダーのことや一緒に過ごした時間も、そうしていつの日か思い出になっていくのだ。

 それが良い思い出なのか悪い思い出なのかは分からないが――

(嫌だ……そんなの、絶対に嫌だ……!)
 マミは急にパッと立ち上がった。どれほど長い間会えなくてもミーダーはマミの中で今も現在進行中だし、これから先もずっと現在であり続ける。こんな形で過去のものになどしてたまるか。自分の想いだけは、自分の心だけは何にも邪魔はさせない。過ぎ去るものを忘れて行く人間の記憶という性が邪魔をするのなら、今すぐに会いに行ってやる。
 マミは振り返って玄関扉を見つめた。
(そういえば、夜中にじたばたしたことはあったけど、早朝にチャレンジしたことはなかったよね……)
 少なくとも、この時間に一人で玄関口の階段に座り込む分には、誰にも見咎められなかった。もしかたら盲点だったのだろうか。
 目を戻すと、マミの眼前で朝霧が極めてゆっくりと蠢き、おいでおいでと囁かれているような気がした。
 霧の渦に目を奪われ、不思議な心持ちになって、マミはふらふらと早朝の白い世界に足を踏み出した。

9ヶ月前 No.145

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_q3c


 キールが狩りから帰って来ると、ミーダーは暖炉の前にぼんやりと座り込んでいた。
「あ……おかえり、キール……」
 ミーダーは目を上げてキールの方を見た。
「何だか、いつの間にか眠っちゃったみたいで……変な夢を見たような気がする……それで――」
 ミーダーは不思議そうに自分の左目を押さえて、パチパチと瞬いてみた。
「目が覚めたら、見えるようになっていたんだ……どういうことだと思う?」
 キールは一瞬ミーダーを見つめ、曖昧に目を逸らすと呟いた。
「さぁな。森の妖精さんが取り戻してくれたんじゃないの。ありがたく貰っとけ」
「妖精って……あのねぇ、キール……」
 ミーダーは笑ってキールを見上げた。原因は不可解でも、とりあえず見えるようになったことが嬉しいのだろう。その単純さを目の当たりにし、キールは思わず低い声で付け足した。
「気をつけろよ、ミーダー。その妖精さん、親切心で目を治したりするような奴じゃないぞ……」
「え……? 何て言ったの、キール?」
 ミーダーは怪訝そうに首をかしげた。キールはため息をつくと、首を振った。
「いや……何でもねえよ」

9ヶ月前 No.146

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_q3c

NO.39
 森の中を走りながら、ミーダーは息を切らしていた。
(いつも思うけど、なんでこんなに速いんだろ……ついてくだけで精一杯だよ……)
 前方を一頭の牝鹿がとんでもないスピードで一目散に逃げている。走りながら弓をつがえようとして、ミーダーは一旦諦めて腕を下ろした。やはり、任せる方が良いだろう。
 牝鹿は両側が切り立った崖になっている低地の方へ逃げて行った。余りにも教えられた道を辿るのでミーダーは少し驚いたが、その後を追って自分も同じ道に飛び込んだ。
 しばらく走ると、正面の崖の上で弓をつがえている見慣れた姿が見えた。牝鹿もそれに気づいて急停止する。後ろに逃げようにもミーダーが背後で油断なく弓を構えているのでできないのだ。ミーダーは叫んだ。
「キール!」
 崖の上の人物と牝鹿の目が合う。その翠色の瞳の中に一瞬赤い光がちらつくのを、ミーダーは見たように思った。
 キールは牝鹿の腹を射抜いた。翠色の瞳が、重傷であっちへふらりこっちへふらりとしている牝鹿を注意深く見つめる。牝鹿がよろめいた瞬間を狙って二本目の矢を射抜いた。矢が背中に刺さり、牝鹿はそれきり動かなくなった。
 キールが崖から飛び降りて死体に駆け寄った。その場で血抜きを行い、解体して塩漬けにする。
 ミーダーは牝鹿のくりくりの瞳を見つめながら、手を出すのを躊躇っていた。キールはそんなミーダーを見上げて、呆れたように溜息をついた。
「いい加減慣れろよ、あんたも。この森に来てから、まだ一匹も仕留めてないじゃないか」
「だって……何だか、可哀想で……」
 ミーダーは困惑しながら小さな声で答える。
「まぁいいか。あんたは、魚釣りが上手いし。でも、狩りの方も、そろそろ踏ん切りつけてくれよ」
 ミーダーは頷いて、手の中の弓矢を見つめた。キールの指導のおかげもあって、ミーダーの弓矢の腕は大分上達していた。それでも、動物を射抜くことがなかなかできない。情けをかけてしまうのだ。
 狩りは残酷だ。だからこそ、感謝の祈りをするのだ。そう、キールは言った。だが、それは人間の身勝手ではないか? 一方的に命を奪っておいて、感謝の祈りだけして、また命を奪うなんて……
 そんな風に考え事をしていた時、突然キールが向こうを向いたまま低い声で言った。
「……ほとぼりは、まだ冷めないのか?」
「え? う、うん、多分……」
 ミーダーは一瞬何の話か分からなかったが、言われていることに気づくと曖昧に答えた。
「ガキどもは、ずっとあんたの家で暮らしているのか?」
「だと思うよ」
 言いながらミーダーはマミたちにしばらく会っていないことを思い出した。まさか自分からのこのこと帰る訳にもいかないが、元気にしているかどうかだけでも分かる手段があればと思わずにはいられない。
 キールは顔を上げてミーダーを見た。僅かに眉をひそめている。
「それって、やって良いことなわけ? 他人の家に上がり込んでその家の主人を地下牢に閉じ込めて暴行し、そうやって追い出した後もずっと住み続けているなんて、強盗と一緒だろ」
「え……!? いや、その……」
 ミーダーはそんな風に考えたことは一度もなかったので驚いた。何とか反論しようと言葉を探す。
「でも、マミちゃんたちはもう家族も同然だよ。他人なんかじゃないよ」
「いやいや、他人だろ。大体あのガキだって、どうせ正式には養子に登録していないくせに」
 キールは笑いながら言った。その鋭い一言にミーダーは少しどきりとする。それでも、キールの言うようにはとても思えなかった。
「だって……あの家を出たら、マミちゃんたちには行くところがないよ」
 ミーダーは不安げに呟いた。二年前、奴隷として外国に売られようとしていたスモダーたちと、それに追い縋って泣いていたマミを見た時の光景が瞼の裏に浮かぶ。人と人とが引き裂かれる瞬間は、胸を抉られるように痛ましかった。貧しさとはそういうものなのだ。ああいうことが再び起こるぐらいなら、いっそ……
 キールが何か言いたそうな顔をしたので、ミーダーは今度は強い口調で付け足した。
「本当のことだよ。誰もお金を持ってないし……全員路頭に迷っちゃう……子供だって居るのに……」
 キールは呆れたように肩をすくめた。
「あのなぁ、俺はそんなことを聞いてるんじゃないの。裏切られたからって、それまで自分たちの世話を焼いていた人間の家や財産をぶんどって好きなように使うのは、普通に考えて正当とは言えないだろって話」
 ミーダーは何と返せば分からず戸惑ったようにキールを見つめた。マミたちをなじる容赦のないキールの言葉に、心の中を無造作に掻き回されているような気がした。どうしてキールには分からないのだろう。
「良いんだ」
 やや沈黙した後、ミーダーはきっぱりと言った。
「良いんだよ。元々あの家も財産も、何一つ僕のものじゃないんだ。父さんのものなんだよ。本当にどうでも良いんだ。マミちゃんたちが奴隷や乞食になるぐらいなら、ずっとあの家に居てくれて構わないよ。僕ならここで何とかやっていけそうだし」
 キールはにやりと笑った。
「あぁ、そうだな。あんたは最近だんだん使える労働力になってきたよ。あんた、最初は怪我ばかりしてたからな。仕事も任せづらかったが、もう大分治ってるんだろ?」
「あ、うん、もうほとんど……」
 微かに疼く残りの傷の方に思わず手をやりながらミーダーが答えた時だった。
 目の前が真っ暗になった。笑い声が聞こえる。激痛を感じる。ほとんど治りかけの傷の痛みではない。そんなものではない。痛いのは首だ。首輪に電流が走っているのだ。周りにスモダーたちが囲んで立ち、自分のことを笑っている。痛みに叫びながら、助けてほしくてスモダーたちの方に手を伸ばした。その手を払われ、頭から水をかけられる。咳きこんでいる間に、スモダーが指を切り落とすと言って手を取った。スモダーが握ったナイフが光って――
「ミーダー!」
 気づくと、ミーダーは頭を抱え込み、地面に手をついてうずくまっていた。キールが慌てて駆け寄った。立ち上がるのに手を貸しながら、気遣うように言う。
「おい、大丈夫か? 急にどうしたんだよ」
 ミーダーは精一杯笑顔を作るとキールを見上げた。頬を流れている冷や汗に気づかれないことを祈る。
「大丈夫だよ。何でもない……」
「何でもない訳ないだろ。どこか具合でも悪いのか?」
 キールはミーダーの言葉をあっさりと取り下げた。
「うーん……実はね……」
 ミーダーは微笑んだ。
「起きた時からお腹ぺこぺこなんだ。それで、ちょっとふらっとしちゃったんだよ」
 キールの翠色の瞳が見透かすようにミーダーを見た。
「腹が空いているだけなのに、押さえるのは腹じゃなくて頭か?」
「え……? えぇっと、それは……」
 慌てて取り繕うとしているミーダーを見ながら、キールは鼻を鳴らした。
「ま、確かに腹は減ったな。帰ったら朝飯にするか」
 辺りは既に早朝の暗さではなく、朝の光に満ちていた。季節はもう夏だった。キールが鹿肉を袋に詰め始める。ミーダーは木々の木洩れ日を眺めながら、先程のことを考えていた。
(情けないな、僕も……今さらあんなの思い出す必要なんてないのに……)
 キールの小屋に戻ってきた半年ほど前から時折、暴行された時の記憶を鮮明に思い出すようになった。今のように幻覚幻聴として突然襲ってくることが多いので、ミーダーにとってはそのほとんどが不意打ちである。どうして急に暴行された時のことなど思い出すようになったのかミーダーにはさっぱり分からなかった。体の傷はもう癒えかけているのに、まるで引きずるように過去の記憶の残像を見ている自分を恥じていた。
 一方、荷物をまとめながらキールは鼻歌まじりだった。
「夏になると食卓が彩られて楽しいよな。新鮮な野菜のサラダも作れるし、それに……」
 キールは途中で言葉を切り、突然しまったという顔をした。
「やべ……さっきの塩漬けで、塩を全部使い切っちまった」
「あ、じゃぁ僕がちょっと買ってくるよ」
 ミーダーが振り向いて気軽に言った。キールは少し驚いたような顔をする。
「街までか? この低地からは少し距離があるぞ」
「平気平気。川を飛び越せば近道できるって、知ってた?」
 空に向かって伸びをしながらミーダーは言う。キールは少しじっとりとした目でミーダーを見た。
「元気なことで……ミーダー、あんたやっぱり腹なんか減ってないだろ」
「何の話? ぺこぺこだよ。じゃ、行ってくるね」
 軽い足取りで去って行くミーダーを、キールは呆れたような感心したような微妙な表情で見送った。

9ヶ月前 No.147

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_q3c

NO.40
「おい、マミはどこだ?」
 真っ先にスモダーが気がついたのは、マミが玄関先を発ってから一時間ほど経った頃のことだった。
 既に日は昇り、朝日が窓から差し込む家の中で、スモダーはおろおろとマミを探し回った。
「マミー? マミー? どこに居るんだよ!?」
 スモダーは必死にマミの姿を求めて大声で叫びながら、どう考えてもマミが隠れようもない場所まですみずみ覗いてみた。寝室のベッドの下、貯蔵室の樽の中、風呂場の桶の裏……
「いやいや、そんなところにマミが隠れられる訳ないだろ。探すにしてももっと合理的なとこを探せよ」
 フーダーが笑いながら、台所の食器棚の引き出しを一つ残らず開けて中を調べているスモダーに声をかけた。隅ではソーダーとドーダーが「バカだろ」、「バカだな」とひそひそと話している。
「じゃぁマミはどこに居るって言うんだよ!?」
 スモダーは、半ば呆れた顔をしている仲間たちを振り返ってつめよった。
「ここんとこ、少し束縛しすぎたからな……マミも子供だし、いい加減嫌気がさして気晴らしに遊びに出たんじゃないのか?」
 エロダーが考え深げに言う。
「街の広場に十人ばかりガキどもがたむろっているのを何度か見たことがあるぜ。案外、マミも今頃その中に混じっていたりしてな。なにしろこの家に来てからずっと、同じ年頃の友達が居なかったからな」
 その考えを聞くと、スモダーは少し痛い所を突かれたという顔をした。
「う……まぁ、それならいいんだけどよ……だけど、なんでわざわざこんな朝早くに……多分日の出にもならないうちに出発したんだぜ? どうして俺らに一言も言わないんだよ?」
「そりゃあ、一言言えば絶対俺らに見張られるに決まってるから……」
 フーダーが言いかけて、途中で何かに気づいたように黙り込んだ。
「そうか」
 フーダーは独り言のように呟いた。
「フーダー? どうしたんだ?」
 スモダーが訊ねると、フーダーは顔を上げた。
「まぁ考えてもみろ。マミが俺らに断りなく出かけたってことは、俺らに絶対に見られたくない用事で出かけたってことだ。もしただ遊びに行くなら、別に俺らが付き添ったって構わないからな」
「いったい何が言いたいんだよ」
 スモダーはフーダーの言葉を聞いているうちにふと不安に駆られて声を荒げた。
「つまりだな……これは俺の想像だが……」
 フーダーは言いにくそうにスモダーの目をちらっと見るとため息をついて告げた。
「マミは、森に居るミーダーに会いに行ったんじゃないのか」
 半年ぶりに出されたその名前に、スモダーはギクッとして凍りついた。一同は束の間沈黙した。
「……そんな馬鹿な」
 しばらくしてスモダーが言った。
「馬鹿な考えか? 一番ありそうな可能性だと思うが」
 フーダーは首をかしげて言う。
「マミが何故かミーダーの味方をしていることはお前も知っているだろ? マミがこそこそと出かけて行く理由があるとしたら、俺にはそれしか思い浮かばんが」
 スモダーは言い返す言葉が見つからないらしくしばらく口をぱくぱくしていたが、やがてきっぱりと顔を上げて言った。
「つまり、マミは街に居るんだな。よし、探しに行くぞ」
「は? おい……」
 唖然とするフーダーを無視して、スモダーはさっさと玄関に向かった。マミが自分からミーダーに会いに行ったなどとは、スモダーとしては何が何でも認めたくないらしい。
「まぁ、どっちみち探すことになるんだし……」
 エロダーがちらっと振り返ってなだめるように言う。フーダーは黙って肩をすくめると、仕方ないという顔でスモダーの後に従った。

9ヶ月前 No.148

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_q3c

NO.41
 マミはずいぶん長いことかかって森の入口に辿り着いた。ちょっとの間立ち止まって、鬱蒼とした森の木々を見つめる。
(来ちゃった……)
 うまく回らない思考の中でぼんやりとそう思う。霧はもうすっかり晴れて辺りは明るくなっているのに、マミの頭の中はまだ霧がかかっているように霞んでいた。
「ミーダー……」
 佇んでいるマミの唇から、低い呻き声のような呟きが漏れた。
 マミはそれまでと同じ、ふらふらとした確かでない足取りで森の中へ入って行った。

9ヶ月前 No.149

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_q3c

 森の中を歩いているうちに、マミはふと喉の渇きを覚えた。地面にしゃがみこんでじっと耳を澄ますと、水のせせらぎが聞こえてくる。マミは音のする方へ大きく迂回して、回り道をしていくことにした。
 十分ほど歩くと、思った通り木々に挟まれて小川が流れているのが見えた。駆け寄って水面に顔を映し、川の中を泳いで行く魚をしばらく眺めてみる。
(すごい、ほんとに澄んでいて綺麗……これなら飲んでも大丈夫そう)
 マミは両手に凍るような水をすくって飲みながら何気なく遠くに目をやった。途端、少しドキリとする。
 数百メートル下流の方に、人影が居た。遠過ぎて男とも女とも分からない。人影は一瞬何をしているのか分からなかったが、軽い助走をつけるとあっという間にマミが居るのと同じ川をひとっ飛びに飛び越えた。
(え……うそ……!?)
 あっけにとられてマミが見ているうちに、人影は踊るような足取りで木々の中へ消えて行った。後の視界に残るのは、元のように静かで穏やかな川の流ればかりである。
 マミは呆然として目の前の小川を眺めた。川幅はマミの居るところでは四メートルほどしかないが、人影が見えた下流の方では大分広くなっていて、もはや小川とは呼べない。裕に七、八メートルはあるはずだ。それをあんなに軽々と飛び越える人間がそうそう居るだろうか。
(ていうか、私も飛び越えなきゃいけないのかな、これ……元の道に引き返そっか……)
 そう思案しながら上流の方に目をやると、ありがたいことに川の流れの中に石が数十センチ置きに顔を出していて、向こう岸まで続いているのが見えた。
(なんだ、良かった……ちゃんと飛び石があるんじゃん)
 マミはぴょこぴょことその飛び石を伝って渡って行った。
 マミの気分は人間離れした人影を見たせいかますます夢の中に居るような心地になっていたが、この後マミが目にする異様なものは、これの比ではなかった。

9ヶ月前 No.150

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_q3c

NO.42
「よっ……と」
 ミーダーは街に到着すると、目を上げて眼前に広がる喧騒を見渡した。
 中心部の広場から少し離れた通りは、四、五日に一度開かれる市場の人混みでごった返している。昔はこうした群衆が苦手だったが、今はそれほど何も感じない。
 ミーダーは市場の中のある屋台で足を止めると、並べられた品物から塩のラベルが貼られた小瓶を選び取って、他の子供の客と話していた店番の老人に声をかけた。白い髭をたくわえた、愛想の良い老人だ。
「すみません、これを一瓶」
「へい、銀貨一枚ね……あ、こらこらそれはむやみに触るんじゃない」
 老人はミーダーから銀貨を受け取りながら、マッチ箱に手を伸ばしていた子供を見やって叱りつけた。
「お前の髭にこれで火つけたらどうなるんだー?」
 乗り出して老人の髭を引っ張りながら、一人の少年が訊ねた。
「焦げるに決まっとるじゃろ」
 傍で会話を聞いていたミーダーは思わず吹き出した。
「まいど。すみませんねぇ、この子たちが騒がしくて」
「いえ……」
 ミーダーは笑って首を振った。
「子供たちと仲が良いんですか?」
 老人は微笑んで頷いた。
「拾い屋の子たちで、港で出港する船から出るくずや金属を拾って売りに来てくれるんですがね。そんな暮らしのたて方じゃ、不安定だし危険で仕方がないんですよ。それにもかかわらず、この子たちときたら、いやはや、たくましいのなんの……」
 老人はやや疲れ気味に子供を見ながらも、頬はほころばせていた。
「お若い旦那、あなたは聞く耳を持っていそうだからお願いしますよ。どうかこの街のこのような子供たちの未来を、たまには考えてやってくだせえ……」
 ミーダーは店の品を勝手に手に取って遊んでいる少年たちを見やった。少し運命が違えば、マミや自分もあの中に混じっていたのかもしれない。ミーダーは頷いた。
「分かりました。覚えておきます」
 ミーダーは老人から小瓶を受け取って、コートのポケットに滑り込ませた。

8ヶ月前 No.151

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Moy

「居ねえな。まぁ、居なくても別におかしくないけどな」
 フーダーは今一度広場を見渡すと、隣にいるスモダーの方をそら見ろと言わんばかりに見やった。発案者のエロダーは、その背後で黙って肩をすくめている。スモダーは返事に窮しているようだったが、強情に
「まだ街に居ないって決まった訳じゃねぇ」
と言うなり中央の噴水の横を通って市場に通じる通りの方へ歩いて行った。
「無駄だと思うけどな。確かに子供はたくさん居るが……森の中であの小屋を探した方がまだ良いんじゃないのか。お前の気持ちも分かるが、多分マミはミーダーに会いに行ったんだろう……」
 フーダーは市場でも人混みの四方八方に目を走らせながらも、そう提案し続けた。その度にスモダーは「うるせぇ」とか「黙れ」と言っていたが、そのスモダーも自分の考えを信じていないらしく、それほど熱心には探していない。
「あ……! おい、あれ……」
 不意に、ソーダーが立ち止まって屋台の一つを指差して声をあげた、
「マミか?」
 すぐにドーダーが問う。
「いや、マミじゃねぇけど……あれ……」
 そう淀むソーダーの指差す方向を全員が見ると、店の老人と何か話しているミーダーの後ろ姿が見えた。
「……!」
 予期せず視界に飛び込んできたミーダーの姿に、スモダーは少なからず動揺した。コウダーを殺した時の笑い顔、自分と銃口の間に飛び出してきた時の影、マミに抱き寄せられていた時の様子などが浮かび、胸がざわ立つ。その波はすぐに嫉妬と憎悪の塊となり、スモダーは無意識にミーダーに向かって一歩足を踏み出していた。
「スモダー? どうするつもりだ?」
 エロダーが訊ねる。
「あいつなら、マミの居場所を知っているはずだ」
 スモダーは低い声でゆっくりと言った。
「そうだよな、フーダー?」
「え? あ、あぁ……まぁ、あくまで俺の考えだけどな……」
 フーダーが戸惑ったように答える。スモダーはそれ以上何も言わずに、背後から音を立てずにミーダーに近寄ると手を伸ばしてミーダーの肩を掴んだ。

7ヶ月前 No.152

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Moy

 ミーダーが老人から小瓶を受け取り、コートのポケットに滑り込ませた時だった。
「おい」
 聞き覚えのある声と共に、肩を掴まれるのを感じた。そのまま振り向かせられ、掴んだ相手と目が合う。
 不安と殺意が入り混じった、複雑な目をしていた。
「スモ、ダー……?」
 スモダーの背後に、他の四人の姿も見えた。ミーダーは足が震えるのを感じた。今朝がた思い出した、暴行された時の記憶が現れては消える。ミーダーは今すぐにでも、その場を逃げ出したい衝動に駆られた。
(震えるな。震えちゃいけない。まだ何もされていないんだ。大丈夫。大丈夫)
 懸命に自分に言い聞かせ、やっとの思いで踏み止まる。
「ぁ……久しぶり、みんな」
 ミーダーは微笑もうと努力した。しかし、その頬は強張り笑顔はかなりぎこちないものだった。
「お前に話がある」
 スモダーは挨拶など無視してミーダーの胸ぐらを掴み、低い声で言った。
「勘違いするなよ。俺だってお前の面なんか見たくもねえんだ。ただ、お前が自分のやったことを改めようとしないってのは、少し黙っておけねえな」
 胸ぐらを掴んだスモダーの手に力が込もってゆく。ミーダーはチラッと屋台に目を向けた。老人と子供たちは何も気づかずに楽しそうに談笑している。ミーダーは必死に囁いた。
「分かった。分かったよ。分かったけど、ここには老人も子供も居る。とにかく、もう少し離れた所で話そう」

7ヶ月前 No.153

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Moy

 背後について来るスモダーたちの視線を感じながら、ミーダーは足早に歩き続けた。しかし、大通りは買い物に行く人帰る人などで賑わっていて、市場を抜けても人混みはなかなか途切れない。そのうちに、スモダーたちが痺れを切らした。
「てめぇ、うやむやにして逃げようとしてるんじゃねえだろうな」
 とうとうスモダーが再びミーダーの肩を掴み、そのまま全員で取り囲んだ。
「そんなつもりはないよ。ただ、もう少し静かな所で落ち着いて話そうかと思って……」
 スモダーは信用できないとばかりに鼻を鳴らした。
「ここで十分だ。さて、さすがのお前もいったい何の話か、分かってるよな」
 ミーダーはうつむいた。ごくりと唾を飲む。スモダーの前では、何の言い訳もできない。顔を上げられない。今、自分がしていることへの疑念。こんなことをしていていいのかという罪悪感。そんなものが、ここ最近よぎることが時々あった。それは記憶の残像によって、自分自身が感じた痛みや恐怖と共に、怒りと悲しみで歪んだスモダーたちの顔を思い出しているためでもあった。
「改めようとしてない……罪を犯したのに、のうのうと生きてるってこと……?」
「違ぇよ」
 スモダーはイライラと言った。
「俺は気づいてた。気づかないふり、してたけどな。お前が家を出ていってから、マミが急に外に出たがるようになった。用もないのにやたらと買い物行きたがったり、そわそわと窓の外ばかり見てため息ついたりな。お前のこと考えてたんだろ。お前とマミは、やっぱり繋がっていたんだな」
 ミーダーは無言でスモダーを見つめた。スモダーの言おうとしていることがよく分からない。そもそも、自分の態度を追及されるかと思ったのに、何故急にマミが話に出て来るのか理解できなかった。
「今朝、起きたらマミが居なくなっていた。お前、マミと会ったんだろ。マミは今どこに居るんだよ。性懲りもなく、また接触しやがって。そういうところに、反省の色が無いって言ってんだよ」
 ミーダーは途方に暮れた。
「マミちゃんにはここしばらく会っていないよ。今朝から姿が見えないって、何処に居るか分からないってこと?」
 ミーダーが心配そうに訊ねても、スモダーたちはますます怪しいと思っただけらしかった。
「ミーダー、別に隠さなくていいんだ」
 フーダーが奇妙に笑いかけながら言った。
「何も俺たちは、何が何でもお前を袋叩きにしてやろうと言うんじゃない。お前がスムーズにマミを俺たちに帰してくれれば、何の問題もないんだ。そしたら俺たちだってお前に手を出したりしない」
「そんな……本当にここ最近マミちゃんには会っていないんだ。皆は何か勘違いしてるよ」
 ミーダーにはそう言う他なかった。スモダーは唇を歪めた。
「勘違い? さぁどうかね。そう言って、マミが居なくなったと思った時はいつもお前のところに居るんじゃねえか。少なくとも、この場に居る全員お前の言葉を信じる奴なんか一人も居ないぜ」
 ミーダーは頬を殴られ、石畳に転がった。すぐさま腹部を蹴り上げようとスモダーの足が狙ってくる。一回目はかわせたが、人数が違い過ぎた。体を取り押さえられ、続けて打ち込まれる。こうなってはもう駄目だ。そのままやられるままになる他ない。二ヶ月ぶりの痛みは、慣れが薄れていた分、以前よりきつく感じられた。この二ヶ月の空白が、溶けて消えたようだ。体の傷は、あともう少しで完治しそうになっていたのに。
 人通りの多い街道では、稀な出来事に通行人が立ち止まって遠巻きに眺め始めた。
「なんだあれ、喧嘩か?」
「それにしちゃ一方的だぞ、リンチじゃね?」
「誰か、ポリ公呼んでやれよ」
「冗談じゃないわ。それで変な連中に目をつけられるなんて御免よ」
「僕には妻と子供が居るんだ……」
「この街にあんな乱暴な住人が居たの? 恐いわねぇ」
 彼らの囁きがミーダーの耳にも入ってくる。スモダーは周りのことなど一向に目に入らないようだったが、双子などは少し不安そうに辺りを見回した。
 スモダーが強く蹴ると、ミーダーの体は群衆の方へ弾き出された。途端にサッと人波が割れ、示し合わせたかのように巧妙に避ける。
「助けてください」
 ミーダーは息も絶え絶えに一番近くに居た老婦人に助けを求めた。首に巻いているストールが少しだけ、義母に似ていた。
 老婦人は気の毒そうにミーダーを見たが、無言で後方へ一歩下がった。上等そうな夏服に血が付着するのを嫌ったのかもしれない。
「スモダー」
 フーダーがスモダーに囁いた。
「ここは人目につき過ぎる。続けるならもう少し目立たない所でやろうぜ」
 そう言われてようやくスモダーも殴るのを止め、周囲を見回して非難の目が自分たちに向けられていることに気づいた。
「……面倒にならないうちに連れ出すぞ」
 スモダーは低い声で言うと、痛みで動けないミーダーの体に手をかけた。

7ヶ月前 No.154

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Moy

NO.43
 錆びれた薄暗いどこかの工場の倉庫に、ミーダーは連れ込まれた。窓がない。ほとんど光が、差し込まない。金属の冷たい無機質な床や壁が地下牢を彷彿とさせ、ミーダーはどうしようもなくガタガタと体が震えるのを感じた。自分がこれから何をされるのか、はっきりと分かる。分からざるを得ないぐらい、此処は暗くてひんやりとしている。だけど、どうか……
 先程から現れては消える記憶の残像は、今やとてつもなく高速の展開を見せズキズキとした頭痛になっていた。何が過去の記憶で、何が現在起こっている事なのか分からない。視界の隅で、スモダーの拳が振り上がるのが見えた。鈍い痛みと共に、ようやくこれが現実なのだと知覚する。
「やめて」
 涙にむせながら呟く。自分の声が、随分と遠い。誰にも、自分にすらも届かない。
 対照的に、スモダーたちはかなり楽しそうにはしゃいでいた。何か冗談を言っているらしいが、声が重なりすぎて聞き取れない。彼らの無意味な笑い声だけが反響する。ミーダーの声などかき消すように響いている。
「そろそろ、これを出してもいい頃だな」
 スモダーはそう言って、ミーダーが見たこともない奇妙な道具を取り出した。違う。見たことはある。家の中の武器部屋で。使用方法は? 本に書いてあった。図書室で、ミーダーもその道具の使い方を読んだことはある。しかし、実物を使われるのは――
「いやだああぁぁ」
 ミーダーはあらんかぎりの声で叫び両腕を振り回した。回転する拳が、傍に居たエロダーの目の上に当たり、エロダーが「イテッ!」と叫ぶ。
「! 大じょ……」
 心配してミーダーが声をかけたその時、何か薬物を注射されてミーダーは気絶した。

7ヶ月前 No.155

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Moy

 目が覚めた時、ミーダーが居たのは同じ薄暗い倉庫だった。逃げ出す力さえないと踏んだのか、拘束はされていない。
「お、目が覚めたか。そのまま永眠すると思ったのによ」
 スモダーはそう言うと、声をあげて笑った。
 そんなスモダーを見て、ミーダーは思った。皆が笑顔で居るのが、自分の願いだ。だがこれは、本当に自分が望んだ笑顔なのだろうか。皆が笑顔で居たら、自分も笑顔になるのが自然ではないだろうか。なのに、ちっとも笑えない。恐怖と悲しみだけが、こみ上げてくるだけだ。
 皆の幸せが、自分の幸せだと思っていた。でも、そうではないことに気づいた。いや、そもそもスモダーたちは今幸せなのか? 楽しそうに見えるけど、それは歪んだ嗜好だ。これは違う。何かが、間違っている。幸せというのは、もっと優しくて、思いやりがあるもので――
 自分が苦しんで皆の心が楽になるのなら――そう、思っていた。しかし、今のミーダーの気持ちは違っていた。もう、苦しみたくない。もう、悩みたくない。もう、泣きたくない。皆と一緒に笑い会える、そんな関係に戻りたい。歪んだ笑顔ではなく、純粋な笑顔で――
「おい、何を考えている?」
 スモダーが不審そうにミーダーの顔を覗き込んだ。
「う、ううん……別に、何も……」
 ミーダーはそう答えると、唇を噛みしめ、痛みに耐えた。

7ヶ月前 No.156

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Moy

 腕時計が壊れてしまったので、ミーダーには時間が分からなかった。だが、実際には暴行は小一時間に及んでいた。絶望的な状況の中で、ミーダーは何とか希望の光を見出そうとした。
「おい……こいつ、顔の色が変わって来てねえか?」
 フーダーがミーダーの顔色を見て言った。
「さすがにヤバいだろ」
 そう言われて、スモダーも拳を止めてミーダーを見た。
「ヤバいか……? これぐらいにしとくか?」
 そう言って、スモダーたちが隙を見せた時だった。
 ミーダーは最後のチャンスと思って体を跳ね起こすと、スモダーたちの輪の中を抜け、出口の扉に向かって、走った。
 しかし、注射された薬のためか、思うように体が動かない。
「あ、おい待て!」
 スモダーたちが追いかけてくるが、ミーダーは扉に体当たりし、夢中で外に飛び出した。

7ヶ月前 No.157

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Moy

NO.44
 街の石畳の上を、男七人の足音が響く。
 土曜市で賑わっている街の中を、ミーダーとスモダーたちは走り抜けた。
 追われる者と追う者達を、街の人々はあっけにとられた表情で見送った。
「さっきリンチにされた人だ」
「逃げてるのかな? 可哀想に」
「可哀想にって言うなら、お前がポリ公呼べよ」
 ミーダーは街の人々の顔ぶれの中に、先程塩を売ってくれた老人と、首にストールを巻いた老婦人を見つけた。二人とも、他の人々と同様、ただただ驚いた顔をして見送るだけだった。
 ミーダーは目に涙を溜めると、うつむいて走り続けた。

7ヶ月前 No.158

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Moy

 長い間走り続けたミーダーだったが、森の入り口で地面の石に躓き、追いかけてきたスモダーたちに捕まってしまった。
「森に帰るんだあぁ!」
 ミーダーは泣き叫んだ。あそこには平安だある。平和がある。暴力も、痛みも無い世界――
「帰らせやしねぇよ」
 スモダーはそう言ってミーダーの髪をひっつかむと木に押し付けるた。
「お前はいいよな。あちこち逃げ回れて。俺らなんか、部屋に閉じ込められて足に足枷を付けられていたんだぞ。二日間もだ!」
「……二日間も足枷を付けられていたの?」
 ミーダーは囁いた。一瞬自分の苦痛を忘れ、スモダーたちに同情する気持ちが沸き起こった。しかもそれは、覚えていないとはいえ、どうやら自分がやったことらしいのだ。申し訳なさがこみ上げてくる。
「分かった。もう逃げない……皆の好きにして」
 ミーダーはそう言うと、ズルズルと木に寄りかかった。スモダーたちはそんなミーダーを厳重に木の幹に縛り上げた。スモダーはポケットから銃を取り出した。トカレフだ。
「さてと、どこから撃ってやろうかな」
 磔にしたミーダーを見ながら、スモダーは舌なめずりをした。
 ミーダーは右手を撃ち抜かれた。続いて左手、右足、左足。四肢を真っ赤な血に染められると、ミーダーは気絶しそうな意識を必死に現実の世界に留めながら、呻いた。
「磔とは、いいざまだな、ミーダー」
 スモダーは笑って言った。この時のスモダーは既に、マミのことなど完全に失念していた。ただただ、ミーダーに対する憎しみしか無かった。
「終わりにしてやるよ、ミーダー」
 そう言って、スモダーがミーダーの心臓を狙って銃を構えた時だった。スモダーの背後からウォォという唸り声が聞こえた。

7ヶ月前 No.159

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Mos

 唸り声と共に、大熊が出現した。大熊は銃を持ったスモダーを狙っている。
 見開いたミーダーの瞳に、驚愕と恐怖で立ちすくむスモダーの姿が映った。
「スモダー!!! うわあああ」
 ミーダーは全力で縄をほどき切りスモダーと大熊の間に割って入った。自分がスモダーに殺されそうだったことも、忘れていた。どんなに暴行を繰り返されようとも、ミーダーにとってスモダーは大切な家族だった。そんなスモダーを、守りたいと思った。その強い思いが、厳重に縛られた縄をほどき切ってしまうほどの強い力を、ミーダーに与えた。
 大熊は吠えつきながらミーダーに襲いかかる。ガブリ、と嫌な音がして、ミーダーの肩から血が流れた。肩を噛まれたのだ。ミーダーは痛みに呻くと、地面を転げ回った。
 突然現れた大熊と、自分を庇ったミーダーを、スモダーはその場に尻もちをついて呆然と見ていた。
「助けなくていいのか? ミーダーは、お前の為にお前を救ってやったんだぞ」
 フーダーがスモダーに聞いた。
 スモダーは肩をすくめて、「知るか」と言った。
 フーダーはスモダーを黙って見つめた。やり過ぎの暴行を見、そんな暴行を経ても尚もスモダーを庇おうとするミーダーを見て、フーダーの中で一つの心境の変化が構築されつつあった。
「そうか、それなら……」
と、フーダーは大熊に石をぶん投げた。
「おいクマ公!」
 フーダーは叫んだ。
「俺が相手だ、ついてこい!」
 ミーダーは驚いてフーダーを見た。そんなミーダーを、フーダーは真っ直ぐに見つめ返す。その瞳は、美しかった。
「来いよ、クマ公!」
 フーダーはもうひと声叫ぶと、森の木々の中に駆け込んだ。その声に先導されて、大熊はミーダーとスモダーたちから遠ざかっていった。

7ヶ月前 No.160

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Mos

「スモダー、平気?」
「っ……! こっちに来るなっ……!」
 流血しながら近寄るミーダーを、スモダーは思わず突き飛ばした。
 ミーダーはふらふらっとよろめき、黙ってスモダーを見つめた。そのとき、初めてスモダーはミーダーを恐ろしいと感じた。その瞳には殺意の類は一切無く、むしろ傷ついたように悲しげでどこか心配しているかのような色さえあるのに、何故かスモダーをぞくっと身震いさせるものがあった。
(なんだ、こいつ……俺のことをどう思っているんだ……?)
「家族だと思ってるよ」
 まるでスモダーの心を読んだかのようにミーダーは言った。
 一瞬あっけにとられたスモダーだったが、それはすぐに嘲りと怒りの表情に変わった。
「お前が?」
 スモダーはあざ笑った。
「お前が俺達の家族だと?」
「ふざけんじゃねえ」
 スモダーは立ち上がり、ミーダーの顔を殴った。横転し、倒れるミーダー。成り行きを黙って見ていた仲間たちも、暴行に加わった。
「お前の愛は気持ち悪いんだよ!」
 スモダーは叫んだ。自分を救ったのはミーダーだ。そんなことは、分かっている。それでも、生理的に受けつけなかった。その愛を、受け取れなかった。気持ち悪いという感想しか、持てなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 何故かミーダーは、涙を目に浮かべて謝り続けていた。一生懸命に謝るミーダーを、スモダー達はあくまでも蹴り続けた。
「ごめんごめんと、しつけぇんだよ!」
「ごめんで済んだらだれも苦労しねえよ!」
 矢継ぎ早に、スモダーたちはミーダーをなじる。余りにスモダーたちがミーダーを蹴るので、ついにミーダーの体がピクリとも動かなくなってしまった。
「やべぇ…・…こいつ死んだんじゃねえのか?」
 エロダーが不安そうに言った。スモダーも不安そうにミーダーを見た。
「……ずらかるぞ」
 スモダーはそう言うと、皆を連れてその場から大急ぎで逃げていった。

6ヶ月前 No.161

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Mos

NO.45
 一方その頃、大熊と格闘して傷を負ったフーダーは、森の小道をふらふらと歩いていた。
 大熊と戦うのはかなり骨が折れたが、なんとかまくことができた。今は一刻も早く、スモダーたちの所に戻らねばならない。自分のいない間に、スモダーがミーダーに何をするか分からない。
 その時、付近の茂みの向こうから二人の聞き覚えのない男の声が聞こえた。
「上々だな」
「あいつら、本当は俺がコウダーとかいう奴を殺したことも知らずに、ばっかじゃねえの」
 その声を聞き、フーダーは衝撃を受けて立ちすくんだ。
『俺がコウダーとかいう奴を殺した――』
 頭の中でエコーのようにその声が響く。ミーダーは今、スモダーたちの所に居る。コウダーを殺した者は、別の知らない男だったのか?
 フーダーは茂みの向こうから声の持ち主を見透かそうとしたが、二人の男は足早に去ってしまった。
 フーダーは愕然として森の入口の方へ戻っていった。
(他に犯人が居るっていうことは…・・…ミーダーは無実だったってことか?)
 衝撃の事実だった。それなのに、自分たちは長い間ミーダーに暴行を繰り返してきたのだ。何と謝れば良いのだろう。どうやって償えば良いのだろう。
 フーダーは呆然とした頭の片隅で罪悪感がじわじわとこみ上げてくるのを感じながら、森の中を歩いていった。空は、曇り空だった。

6ヶ月前 No.162

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Mos

「おい、今茂みの向こうに誰か居なかったか?」
 キールはそう言って、不審そうに立ち止まった。
「何?」
 ムーダーも後ろを振り返った。
「誰かに聞かれたんじゃ……」
「まさか。そんな訳なかろう。それより、計画の続きだが……」
 ムーダーは顔を戻し、真剣な表情でキールの方を見た。
「あのガキに、ミーダーは無実だってことを教えろ」
「何だと?」
 キールは眉をひそめた。
「そんなことしたら、ガキがミーダーに謝って、ミーダーも赦して、ハッピーエンドでお終いじゃないか」
「ところが、そうはいかない」
 ムーダーはニヤリと笑った。
「あのガキは葛藤を抱えるだろう。まぁ、今も抱えているだろうが、今以上にな。ガキはミーダーにもちろん謝りたいと思うだろう。だが、同時に、嫌われたくないとも思うはずだ。真実を話してミーダーに嫌われる危険を冒すか? それとも、真実を胸に秘め、今の関係が続くのを望むか? ガキは悩むだろう。苦しむだろう。そして、俺の予想では、ガキは後者を選択するだろうな。
 俺はミーダーと同じぐらい、ガキも憎い。ミーダーを幸せにした最たる要因は、あのガキだからだ。ガキにも苦しみを与えなくては、俺の腹の虫が治まらん」
 キールはため息を吐いた。
「悪趣味だな、あんたも……だがまぁ、分かった。ガキを探して真実を示す」
「あぁ……ただ、一つ。万が一、ガキがミーダーに謝ることのないよう注意しろ。それじゃ、全て丸く収まってつまんねえからな」
「分かった」
「上等だ。俺はその間、遠くから見物させてもらうとするよ」
 そう言って二人の男は示し合せると、別れていくのだった。

6ヶ月前 No.163

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Mos

NO.46
 マミは小川を渡って、森の奥深くをテクテクと歩いていった。その時だった。
 ついそこの木々の陰から、一人の男がひょいと現れたのだ。男の方も不意に現れたマミに驚いたようだったが、マミはその男の顔を見るなり「アッ」と叫んで思わず飛び退いた。
「おやぁ……? お嬢ちゃん、また会ったねえ……」
 男はマミを見てにたっと口を歪めると、
「今日はお嬢ちゃん一人なの? あの勇ましいお兄さんが居ないと、若干心細いねぇ……?」
などと言ってまたいかにも嬉しそうに笑った。言うまでもなく、この間ミーダーを拷問した人食い匪賊のうちの一人である。
 マミは恐怖を目に浮かべて後ずさりながら、それまで頭の中にかかっていた妙な霧が急に晴れてハッと我に帰ったような気がした。そして我に帰った途端、自分の愚かな行動を呪わないではいられなかった。どうして、一人で森に入ろうなどと馬鹿なことを考えたのだろう。この深い木々の中では、無力な自分など飢え渇いた悪者共の良いカモではないか。軽率にも程がある。
 マミの背中が、背後の樫の木の幹にぽんと触れる。絶体絶命だ。匪賊が尚もマミに迫ろうと一歩踏み出した。以前取り逃がしたものを今度こそ手に入れようとばかりに、目がらんらんと輝いている。
「へえ、あんたら匪賊って、こんなガキにまで手を出すわけ」
 突然、樫の木の裏側から聞き覚えのある声がした。後もう少しのところでマミの頬に触れようとしていた匪賊は、その声にギクッとして足を止めた。
 マミが目を上げると、茂み色の服を着込み矢筒を背負った狩人が自然体でマミの傍らに立ち、面白そうに匪賊を見ていた。
「貴様……!」
 匪賊はキールの姿を認めると、ありありと苦々しげな表情を浮かべた。
「貴様がこの娘に絡んでいたのか」
 匪賊の口調は先程までとは打って変わっていた。軽い調子が失せ、一瞬で敵意に満ちる。
「絡むって言う程、大した関係でもないけど。あんたこそ、このガキをどうするつもり」
 キールは口元に微笑を浮かべてからかうように匪賊に訊ねる。
「貴様が口を出すことじゃない」
 匪賊は唸るように言った。しかし、彼の目は逃げ出す機会を窺うかのように不自然に泳いでいた。
「そりゃ、俺とてあんたらの密やかなご趣味のお邪魔なんぞしたくないが、あんまりこの森で好き勝手やられるのも気分が悪いんでね。俺が笑顔で居るうちに、さっさと消えてくれる」
 キールは口元に微笑を残したまますごんだ。匪賊はマミを見て、徹底的に悔しそうな顔をしたが、一対一では勝つ見込みがないのだろう、
「覚えていろ。あんまり調子に乗っていると、寝首をかくぞ。我らがその気になれば貴様一人ぐらいどうとでもできることを忘れるな」
と捨て台詞を残してどこへともなく去って行った。匪賊が完全に遠のくまで、キールは油断なく目を光らせその後ろ姿を目で追っていた。
「さて、と……」
 一息置いて、キールはマミの方を見た。
「ちょうどいい。あんたに見せた方がいいものがある。暇ならちょっと付き合ってくれる」
 マミはそれが何か見当もつかなかったしできればミーダーに会いたかったが、黙って頷いた。

6ヶ月前 No.164

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Mos

 キールは後ろに居るマミの方を振り返ろうともせず、ひたすら黙して歩き続けた。一向に歩調をマミに合わせることもなく道なき道をさっさと進んでいくので、ついていくマミは大変である。木の根っこや茂みから突き出ている葉を避けながら、どうにか遅れないようにするのに精一杯だった。
(助けて……くれたんだよね、たぶん……)
 マミは戸惑いながらちらっとキールを見上げた。
(でも、どうして急に助けてくれたりなんか……この前は私のことすごく軽蔑してたのに……)
『キールはいい人だよ、たぶん』
 何の躊躇いもなく言い切っていたミーダーの横顔が浮ぶ。
(そうだよね……いい人がみんな、ミーダーみたいにすごく分かりやすいとは限らないもんね……この人も実は、口ほど悪い人じゃないのかも……)
 そう考え直したマミは、思い切って言ってみた。
「あの、ありがとうございました。追っ払ったりとか、してくれて……」
 キールはちょっと立ち止まって意外そうにマミを見た。
「なに、殊勝にもお礼なんか言ってくれるわけ」
「一応、助けてもらいましたから」
 マミは硬い表情で答える。キールは「ふん」と鼻を鳴らすと、また歩き出した。
「危ない目に遭うのは自分にも責任があると自覚しているか? この前もすんでのところでミーダーに庇わせたことがあるくせに、何でまた一人で森に入ろうと思うのか理解できないね。ああ、そうか。いざという時はそうやって誰かに守って貰えると思ってるから、危険にも平気で飛びこめる訳か。ガキは気楽だな」
 マミは黙っていた。自分でも反省した軽率な行動を、こんな風に突かれるのは癪に触った。しかし、事実先程この狩人に助けられたばかりのことを思うと言い返す言葉がない。
「私は、そんなに甘えているように見えますか」
 少し間を置いた後、やや唐突にマミは訊ねた。
「見えるね。あんたの行動はいつも、周りの人間の助けを当てにすることが前提じゃねぇか」
 キールの答えは早かった。マミは再び黙り込んだ。確かに、キールの言う通りかもしれない。マミが困っていた時、危ない目に遭っていた時はいつも、スモダーたちやミーダーや他の誰かが手を差し伸べてきた。それは自分がまだ子供だからというのもあるだろうが、もしそのどれか一つでもなかったら、自分は今ここにこうして居なかっただろう。しかし――
「あの時は違った」
 マミは不意に思い当たって大声を出した。キールが「は?」と聞き返す。マミは、その目を見据えて虚ろな声で言った。
「ミーダーが豹変して、私を犯した時は」
「…………」
「誰も助けてなんかくれない。悪魔と二人きり、向かい合わせになっているだけ。だって、いつも助けてくれるミーダーが、その悪魔だったんだもの」
 キールは一瞬マミを見つめ、次の瞬間大きなため息をついてマミの手を取った。
「全く、無知とは恐ろしいな。俺には時々、それが罪に思えることすらある。だからこそ、あんたは知らなくちゃいけないんだ。来い。これを見ればあんたも少しは物事が分かるだろう」

6ヶ月前 No.165

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Mos

 マミとキールは更に森の奥深くへと入って行った。マミの頭に、ポツッと雨粒が当たった時だった。
「着いたぞ」
 キールはマミに言った。
 マミが目にしたのは、古ぼけた廃墟だった。赤煉瓦作りの祭壇で、所々崩れかかっている。
 入口のアーチをくぐり、扉を押すと、壁も床も赤い円形の部屋が現れた。前半分に、等間隔に六本の廊下の入口が分かれて開いている。
「この正面の廊下を選んで歩いていくと、煉獄の祭壇という場所に至る。その祭壇は、この街の住民の先祖が作ったものだ」
 キールが説明する。
「行くぞ」
 キールはさっさと歩いていった。マミは一瞬部屋の壁に施された不思議な形の彫刻に見とれていたが、慌てて後を追った。

6ヶ月前 No.166

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Mos

 長い廊下を歩き、途中にいくつもある扉を通って、二十分程かけて二人はやっと祭壇に辿り着いた。
 初めて目にする古代民族の祭壇を見て、マミは目を見張った。
 中央に真っ赤な絨毯が敷かれ、両側にはアーチ型の鏡が並んでいて、両側に部屋があるようだった。中央の奥には階段があり、その上に玉座のような椅子があった。
 中央の階段の手前には、白い大理石で囲まれた泉に碧色の液体が湧き出ていた。
「これは、何?」
 碧色の液体を指さしてマミは訊ねた。
「おお、よくぞ聞いてくれました。まぁ、そこで見ていろ」
 キールはおだけたようにそう言うと、いきなりマミの腕を掴んで碧色の液体にとっぷりと浸した。
 そして、キールは手で碧色の液体をすくうと、一口ゴクリと飲んだ。
「なっ……!?」
 マミは驚愕した。
 みるみるうちにキールの姿がマミそっくりになっていく。
「見ての通り、この古代民族が神と崇めた液体は、飲むと、液体に体の一部分を浸した人間に変身することができる。とある科学者が、この前、復讐に使うためにこの碧色の液体を半分ほど持って行った」
「とある、科学者……?」
 マミは恐る恐る訊ねた。
「その正体は今はまだ秘密だ。とにかく、そういう薬がこの世に存在するということは……」
「まさか……」
 マミは震える声で呟いた。
「その通り。あんたらを暴行し、あんたを犯し、果てはコウダーまで殺したのはその科学者だ。ミーダーは無実だ。それが事実で、真実だ。もっとも、ミーダー自身もこのことを知らないがな」
「無実って、どういうこと……?」
 マミは相変わらず震える声で言った。
「何も悪いことをしていなかったということだよ、お嬢さん」
「そんな……!」
 マミは叫んだ。マミの脳裏に、様々な場面が浮かんだ。
 殴られていた。蹴られていた。その他、酷い暴行をたくさんされていた。泣いていた。何度も謝っていた。自分の罪に、怯えていた。食べ物を持って行っただけで、涙を流して感謝していた。自分なんかの為に、ありがとう――そう言っていた……
「そんな……! いやあああぁぁ」
 マミはその場を逃げ出した。戸口のところで振り返ると、キールならぬ『マミ』が手を振っているのが見えた。

6ヶ月前 No.167

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Mos

「これでいいのか?」
 キールが言うと、彼の背後からムーダーが現れた。
「あぁ、これでいい。あいつらの想いはどこまでもすれ違う。そして、関係はどんどん引き裂かれていくのさ」
 そう言って高笑いするムーダーを、キールは翠色の瞳で黙って見つめた。

6ヶ月前 No.168

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Mos

「ミーダーは無実だった……! ミーダーは無実だった……!」
 雨が降り始めた森の中で、マミは彷徨い泣いていた。ミーダーに会って、謝りたかった。
「ミーダー……! ミーダー……!」

「死んじゃうのかな、僕……」
 雨が降り始めた森の中で、ミーダーは涙さえ枯れ果てていた。死ぬ前に、マミにもう一度だけ会いたかった。
「マミちゃん……マミちゃん……」

「呼んだ?」
 その時、突然ミーダーの頭上からマミの声が聞こえた。
「え?」
 ミーダーは言葉を失った。
 雨が降りやんだ森の中で、二人は見つめ合った。

6ヶ月前 No.169

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Mos

「……スモダーたちが、こんなことを?」
 マミは血だらけで瀕死状態のミーダーを見て、低い声で言った。その声には、静かな怒りが込められていた。ミーダーの上着ははだけ、胸に暴行で特別な道具を使われた跡がある。両手両足は出血し、血が水たまりの水に薄められて地面を漂っていた。
「……」
 ミーダーは微笑んだまま何も答えなかった。
「マミちゃん、家へおかえり」
 ややしばらくして、ミーダーは言った。
「スモダーたちがとても心配してる。だから、家へおかえり」
 マミは衝撃を受けてミーダーを見た。こんな状態になっても、ミーダーはまだ、スモダーたちの気持ちを気遣っているのだ。全く、どこまでもミーダーらしい。
「そんなことより……そんなことより……」
 マミはわなわなと体を震わせながら言った。
「ミーダーの体の方が、よっぽど大事じゃん!」
「家へおかえり」
 ミーダーは繰り返した。
「やだ! 今はミーダーの体の方が、よっぽど大事!」
 マミはそう叫ぶと、ミーダーを背負うとした。ミーダーの命がかかっているという緊急事態が、マミに力を与え、小柄なマミでもミーダーを背負うことが何とかできた。ミーダーに謝ろうと思っていたことは、ひとまず忘れることにした。今は、ミーダーの命を助けることが先決だ。
「マミちゃん!? 何するの」
 ミーダーは驚いて言った。
「街まで行って、ミーダーを治してくれる人を見つける」
 マミは答えた。
「こんな時ぐらい、背負わせてよ」
 マミはぷるぷると震えながらミーダーを背負って言った。
「私がミーダーを騙した時も、私が本当に困っていた時も、ミーダーは私を背負ってくれたじゃん。だから、こんな時ぐらい、背負わせてよ。こんな時ぐらい、恩返しさせてよ」
 ミーダーはマミに背負われ、心の底から驚いてマミを見つめた。マミは昔からそうだ。愛情を向ければ、それが返ってくることを教えてくれる。だからこそ自分にとって、マミは特別な存在なのだ。
「悪い子だ、マミちゃん」
 ミーダーは微笑んで言った。
「でも、ありがとう」
 ミーダーはマミの背中に背負われて自分が安心していることに気づいた。
 夏の木洩れ日の中で、ミーダーはそっと目を閉じた。

6ヶ月前 No.170

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_hgs

「誰か! 誰か! ミーダーを助けてくれる人はいませんか!?」
 街に着くと、マミは大声で叫びながら、ミーダーを背負ったまま街道を歩き回った。
 血だらけで瀕死の状態のミーダーを見て、街の人々は何事かと言うように目を見張り、眉をひそめた。ミーダーの余りの変わり様に、先程スモダーたちに暴行されていた人間だと気づく者は居ないようだ。
「誰か……お願い……このままじゃ、ミーダーが死んじゃう……」
 マミは涙声で呟き、ガックリと膝を折った。
 その時、突然マミの背後から声が聞こえた。
「ミーダーですって!?」
 マミが振り向くと、紫の日傘をさした老婦人が居た。首にストールを巻いている。
「その人は、ミーダーとおっしゃるのですか?」
 ミーダーを指さして、老婦人が言った。
「はい、そうです」
 マミは答えた。
「なら、私の屋敷へいらっしゃいな。うちの使用人にその方を運ばせて、医者に診せて治してさしあげましょう」
 老婦人は微笑みながら言った。
「本当ですか!? お世話になります」
 マミは喜んで言った。

4ヶ月前 No.171

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_hgs

NO.48
 ミーダーは目覚めると、驚いて目を見張った。
 見慣れない天井に、どこもかしこも紫の部屋。右側にベッドと窓があり、左側には丸い机と椅子の向こうに暖炉の火が燃えていた。
「目を覚ましたのですね、良かった」
 突然、ミーダーの横から声が聞こえた。
「え?」
 ミーダーが再び驚いて目をやると、感じの良さげな老婦人が、ベッドの脇の椅子に座っていた。その顔と首に巻かれたストールを見て、ミーダーはすぐに、先刻自分が助けを求めた老婦人だと気づいた。
「ここは……どこですか? あなたは……?」
「わたくしはファランドールと申します。ここは、わたくしの屋敷です」
 ファランドールは答えた。
「どうして僕はここに居るのですか?」
 ミーダーは訊ねた。
「あの小さな女の子が運んでくれたのですよ」
 ファランドールは微笑んで答えた。
「えらかったですよ。あの小さい体で、背の高いあなたを精一杯運んでいて」
「マミちゃんが?」
 ミーダーは呟いた。おぼろげな記憶が蘇る。通常なら、小柄なマミがミーダーを背負って歩くことなど不可能だ。それを、マミは火事場の底力でやってのけた。
「そっか、マミちゃんが運んでくれたのか……」
 感謝の気持ち。また自分は、マミに恩を作った。マミの方は自分こそミーダーに恩がたくさんあると思っているのだが、ミーダーの考えは違った。自分の方こそ、マミに恩がある。救われている。
「それで、マミちゃんは今どこに?」
「別の部屋でわたくしの孫と遊んでいますよ」
 ミーダは苦笑する。
「それは……お世話になります」
「いえいえ、こちらこそ。うちの孫たちも、遊び相手が少なくて退屈していたところでしたから」
 この老婦人も、孫を想う気持ちは普通のおばあちゃんと同じなのかもしれない。そんな風に、ミーダーは思った。
「マミちゃんを、呼んで来ていただけませんか?」
「いいですよ。ちょっと待っていてくださいね」

4ヶ月前 No.172

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_hgs

 程なくして、マミが部屋に入って来た。
「マミちゃん、どうもありがとう。でも、もう家におかえり」
「でも……ミーダーの傷、まだ治ってないし……」
 マミは心配そうにミーダーの傷を見て言った。
「いいから」
 ミーダーは少し強い口調で言った。自分だって、マミが行方不明になったら気が気ではない。だからこそ、スモダーたちの心配する気持ちがよく分かるのだ。同時に、自分の保護者の心をあまり理解していないマミに、僅かにもどかしさを覚える。自分の体を心配していてくれることは嬉しいのだが。
 珍しく強いミーダーの口調に、マミは委縮したようだった。
「わ、分かった。体、気をつけてね……」
 マミは名残惜しそうにしながらも、部屋を出て行った。

4ヶ月前 No.173

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_hgs

 入れ替わりに、ファランドールが部屋に入って来た。
「ところで」
 ファランドールは言った。
「あなたはゼベルドの息子さんですね?」
「はい、そうですが……」
 ミーダーは何故そんなことを聞かれるのかと不思議に思いながら答えた。
「生前はあなたのお父様とわたくしはとても親しくしていたのですよ」
「僕の父さんと? 何故?」
 ミーダーは驚いて聞き返した。
 ミーダーは自分の父親の交友関係を、あまり知らない。その事で、葬式の時苦労したことを覚えている。ファランドールという名は、初耳だった。
「ファランドール商業連合という名を、聞いたことがありませんか?」
「いえ、僕は外に出ることが少なかったものですから……」
 ミーダーが答えた。
 ファランドールは微笑んだまま、さらりと言った。
「わたくしは、その総裁です」
 その一言で、ミーダーは一瞬で今までの疑問が解けたような気がした。つまりは……
「あぁ……なるほど」
 ミーダーは枕に頭を預けると、大きく息を吐いて言った。
「それで、貿易会社の社長だった僕の父と、商業連合の総裁であるあなたが仲良くしていた訳ですね」
「えぇ、その通りです」
「だから、僕を助けたのですか?」
 ミーダーは皮肉を込めて言った。
「僕が暴行を受けていた時は、助けを求めても助けてくれなかったくせに」
「…………」
 老婦人は何も答えなかった。

4ヶ月前 No.174

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_hgs

「そんなことより」
 ややしばらくの気まずい沈黙の後、老婦人は話題を変えるように言った。
「あなたに暴行を加えた人は、そのまま逃がしていてよろしいのですか?」
「……!」
 老婦人は親切のつもりで言ったのかもしれないが、これはミーダーには逆効果だった。
 ミーダーは老婦人がそう言った途端に、スモダーたちのことを思い浮かべて全身の痛みが甦った。嘲るように笑っていた顔、顔、顔……あの恐怖を与えた人間を、自分は、恨んでいるのだろうか?
 答えはすぐに出た。違う。そうじゃない。
 自分は、赦して欲しかった。もう、暴行を止めて欲しかった。それならまず、自分から赦さなければならない。スモダーたちを捕えたところで、何にもならない。いや、そもそも自分は、暴行に対して怒りという感情は抱いていない。恐怖や怯えは覚えても、怒りや憎しみは浮かんでこないのだ。それは、この二年の間、ずっと一緒に暮らしてきたスモダーたちを家族として大切に思う気持ちの方が強いからだろう。怒りがない以上、赦す赦さないということさえ存在しないのだ。ただ、昔のような関係に戻りたいという願いしかないのだから。
「結構です」
 ミーダーは老婦人に向かって、きっぱりと言い切った。
「そうですか? うちの屋敷の人間を使えば、追跡も可能ですが……」
 老婦人は微笑んだまま小首をかしげて言った。その時、ミーダーは気づいた。眼鏡の奥の瞳が、笑っていない。その乾いた笑顔に、ミーダーはゾクッとした寒気を覚えた。
「必要ありません。僕たちのことは、ほっといてください」
 焦るあまり、最後は大声だった。ミーダーはハッとし、助けてくれた人間に対し無礼だと気づいて慌てて口を閉じた。

4ヶ月前 No.175

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_hgs

NO.49
 老婦人は気を悪くした風もなく、またも話題を転じた。
「では、あなたの傷を治す医者を呼んで来てあります」
 ファランドールは部屋の戸口の方を振り返って言った。
「入ってもよいですよ」
 カチャッと、ノブを回す音がして、ドアが開き、医者が入ってきた。同時に、ファランドールは出て行く。
 真っ白な白衣。化粧を一切つけていない、自然な素顔。薄紅色の唇。長い黒髪。黒い鞄。質素な身なりをした、若い女性の医者だった。
「初めまして。ジュリア女医と申します」
 ジュリアは無表情のまま、ぺこりと頭を下げて挨拶した。
「僕はミーダーです。よろしくお願いします」
 ミーダーは少し緊張しながら言った。マミや老婦人は平気だが、自分に近い年齢の女性となるとなんだか少し意識してしまう。
「早速、傷を見せてもらいましょうか」
 しかし、女医の方は慣れた動作でミーダーに近づき、ミーダーの上半身のシャツをまくった。
「これは……酷いですね」
 生々しく残るミーダーの傷を見て、ジュリアは眉をひそめた。
「いったい、あなたの身に何があったのですか?」
 ミーダーはこの質問の答えを用意していた。間髪を入れず、早口で言う。
「少し言えない事情があってこの傷を負ってしまいました。これ以上は聞かないでください」
 ジュリアはその時初めてミーダーの顔をまともに見た。全てを見透かすような瞳が、キールに似ているなとミーダーは思った。
「まぁ……患者のプライバシーに触れるのは、医者として良いことではないかもしれませんね」
 ジュリアは考え深げにそう言った。ミーダーはホッとした。内心、詰問されたらどうしようかと、スモダーたちの身を案じていたのだ。
 ジュリアはミーダーの全身に包帯を巻くと、持って来た鞄の中をゴソゴソと探していたが、大きめな箱に入った塗り薬を取り出して言った。
「包帯は毎日取り替えてもらってください。それから、この塗り薬を毎日朝昼晩、全身に塗ってください。それで炎症は大分防げるはずです」
「はい……ありがとうございます」
 ミーダーは塗り薬を受け取って礼を言った。
「それと、二週間は絶対安静です。いいですね」
 さらりと言うジュリアの言葉に、ミーダーは青ざめた。
「そんな……今すぐ帰らないと」
「何故です?」
 ジュリアは怪訝そうな顔をして訊ねた。
「この家は危険だからです」
「危険? 何故? ここにはあなたを暴行する人は居ませんよ」
「それは……」
 ミーダーは言葉に詰まった。
 先程は何とか逃れたが、この家に居る限り、ファランドールなどはスモダーたちを捕えようとするかもしれない。最悪の場合、警察に引き渡される恐れもある。それは、ミーダーの本望ではなかった。ミーダーは、出来ればスモダーたちが暴行をしなくなるという解決策を、探っていきたいと思っていた。
 うつむいて黙ってしまうミーダーを見て、ジュリアは体を屈めると、ミーダーの耳に囁いた。
「あなたは何か大きなものを背負って、一人で苦しんでいるように見受けられます。どうでしょう、ここで全て打ち明けてしまっては。私は今は外科医ですが、内科や精神科の経験もあるのです。この小さな街は医者が私一人しか居ないので、必要上色々な専門を兼ねているのですが……外部からの助けがあって、初めて解決することもあります。ほんの少し、勇気を出してください」
 温かい、人間味のある声だった。ファランドールの乾いた笑みとは違って、本当に心の底から心配しているようだった。ミーダーは申し訳なさを覚えた。
 だが、この女医はファランドールと繋がっているかもしれない。スモダーたちが警察に捕まるかもしれない危険を、冒す訳にはいかなかった。
「本当に話せないんです……すみません」
 ミーダーは謝った。
「いえ。あなたが謝ることではありませんよ」
 ジュリアは優しい声で言うと、胸元のポケットから名刺を取り出した。
「困ったことがあったら、いつでも医院に来てください。名刺に住所が書いてあります」
 ミーダーは医院に行くつもりなどなかったが、名刺はありがたく受け取った。
「これは、どうもご丁寧に。ありがとうございます」
 ジュリアは微笑むと、急に厳しい口調に戻ってバシッと言った。
「とにかく二週間は絶対安静ですよ。睡眠はしっかり摂ること。過食も拒食もいけません。のんびりと過ごす時間を、大切にしてください。いいですね」
「は、はい……」
 ミーダーは首をすくめて答えた。
(しばらくは、ここにお世話になるしかない、か・……キールの小屋に、早く戻りたいんだけどな……)

4ヶ月前 No.176

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_hgs

 それからの二週間、ミーダーは言われた通り絶対安静にして療養に励んだ。包帯を取り替え、薬も毎日必ず塗っていた。そのおかげか、二週間後には、完治とまでは言えないまでも大分体も自由に動かせるようになっていた。
「長い間お世話になりました。本当にありがとうございます」
 ファランドールの屋敷の入口で、ミーダーはファランドールに礼を言った。
「いえいえ。それより、あなたを暴行した人の件は……」
 ジュリアは一度だけだったが、ファランドールは、この二週間その話題を何度か口にしていた。
「それについては、お答えした通りです」
 ミーダーはきっぱりと言った。ファランドールも、それ以上は何も言わなかった。
「それで、これからどうするおつもりです……?」
 ファランドールは気遣わしげに訊ねたが、この頃にはもうミーダーもファランドールの性格を少しは分かるようになっていた。この人は、自分の身を案じている訳ではない。父親と繋がりのある自分を、なるべく長く屋敷に引き止めておきたいだけだ。
「森に、帰ろうと思います」
「森に?」
「ええ。待っている人が居るので」
 ミーダーはキールのことを思い浮かべながら言った。
「待っている人? まぁ、恋人かしら」
 ファランドールはそう言うと、手を口に当ててころころと笑った。
「そんなんじゃありませんよ。とにかく、もう行きます。ありがとうございました」
 ミーダーは笑って軽く会釈すると、ファランドール邸を後にした。

4ヶ月前 No.177

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「よぅ」
 ミーダーが小屋に帰ってくると、キールは皮肉めいた口調で言った。
「塩を一瓶買ってくるのに、随分と長いお遣いだったな」
「……ちょっとヤボ用があったんだ」
 ミーダーはどっさりと暖炉の前に横になると、手を火にかざして安堵のため息を吐いた。
 やっぱり、この小屋はいい。心が落ち着く。
 ミーダーは瞼を閉じると、すぐにすうすうと寝息を漏らした。キールは、そんなミーダーを見ながら、誰にも聞こえないように、
「無防備なやつ」
と呟いた。

4ヶ月前 No.178

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4ヶ月前 No.179

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 しかし、夕食の席で、ほとんど半分ほど食べ終えてしまっても、マミはまだ口を開けずにいた。
「それでよー……あの時、コウダーのやつ、ココアの実を片手に、あんなこと言ったんだよー」
 ナイフとフォークを使いながら、スモダーたちは楽しそうに談笑している。コウダーが殺されてからというもの、少し前までは、スモダーはコウダーのことを話題にも出さなかった。それが、今では冗談にさえしている。マミの気のせいかどうかは分からないが、ミーダーを酷く暴行するにつれてそういった傾向が強まった気がする。
「マミ、どうしたのか? さっきから黙りこくって、いつも快活なお前が珍しいな」
 温めたほかほかのじゃがいもを頬張りながら、エロダーがマミの顔を覗き込んだ。
「うん、あのね……」
 マミは切り出した。
「ミーダーは無実だったの。何も悪いことしてなかったの」
 その声を聞いて、一瞬フーダーの肩がピクリと動いたが、彼は何も言わずに食べ続けた。
 スモダーの顔に、驚きと怒りが同時に浮かんだ。
「はぁ? 何言ってんだお前」
 スモダーは呆れたように言った。
「ホントなの! ミーダーは無実なの!」
 マミもムキになって叫んだ。スモダーは手にしていたナイフとフォークを置いた。
「お前も見ただろう。ミーダーは目の前で俺たちを暴行し、コウダーを殺したんだ。お前もあんなことされたろう……それとも」
 スモダーはからかうように冷笑した。
「本当は気持ち良かったのか? 大好きなミーダーに犯されてさ」
「……! スモダーお前! 言って良いことと悪いことがあるだろう!」
 エロダーが立ち上がって声を荒げたが、エロダーが言うよりも早く、マミはカッと頬を染め、テーブルの上にある水の満ちたコップを掴むと、スモダーに思いっきり水をかけた。
「スモダーなんか大嫌い! スモダーなんか死んじゃえ!」
 頭から水をかけられ、スモダーは口に入った水をペッと吐き出すと、額に青筋を浮かべた。
「マミ、てめぇ、なにしやがる!」
「ふん、スモダーにはお似合いだよーだ。ミーダーにも水をかけてたしね! 本当はミーダーは何も悪くなかったのに! 今度はスモダーが水をかけられる番だよ!」
「んだとぉ!?」
 スモダーは怒って拳を振り上げた。
「そんなにミーダーの味方をするのなら、行けよ! ミーダーの所へ、行けよ! そのツラ、二度と見たくねぇ!」
「……!」
 マミの胸にズキッとくるものがあった。
「それならいいよ! 私だって、スモダーの顔なんて見たくもないもん!」
 マミはわぁっと泣きながら家を飛び出した。

4ヶ月前 No.180

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_hgs

「…………」
 ポタポタと水を垂らしたまま、拳を振り上げ、スモダーはマミが出て行った部屋の出口の方を見つめて静止した。仲間の視線が痛い。
「……俺、死んだ方がいいかな?」
 しばらくして、スモダーは誰ともなく問いかけた。
 そんなスモダーの肩を、エロダーがポンと叩いた。
 スモダーはがっくしと落ち込んだ。マミに、大嫌いとか死んじゃえとか言われたことが、マミが思っているより遥かに、彼にとっては痛手だったのである。

4ヶ月前 No.181

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4ヶ月前 No.182

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4ヶ月前 No.183

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_hgs

NO.53
 ミーダーは弓矢を引き絞り、川の中の魚を次々と仕留めていく。
 マミが面白いと思ったのは、魚を貫通した矢がそのまま川の中に残るのではなく、半円を描くように空中に浮かび上がると、そのままミーダーの手の中に戻ってくることだ。手に戻って来た魚は、ミーダーの背中の籠にどんどん放り込まれる。その謎の技術に、マミは目を見張った。
「うわぁ、ミーダーの弓使い、すごいねぇ」
「キールに大分スパルタでしごかれたからね……」
 ミーダーは苦笑した。
「私も、やってみたい」
 マミが言い出した。
「え、でも……」
 戸惑うミーダーに構わず、弓矢を手に取ってみたマミだったが、その場でがっくりと膝をついた。
「お、重い……ミーダー、こんなもの持ってたの?」
 見た目によらず、ミーダーはマミよりかなり力持ちなのだと、マミは知った。
「や、やっぱり無理……」
「はいはい」
 ミーダーが笑ってマミから弓矢を受け取った。
 マミはふと黙りこくると、じっと魚釣りに専念しているミーダーを見た。
 ミーダーは本当は、意外と結構体力があるし、力も強い。いくら多勢に無勢だったとはいえ、スモダーたちに本気で仕返ししようとすれば、それなりにできたはずだ。それなのに、ミーダーは一度もスモダーたちに仕返ししようとはしなかった。それはきっと、ミーダーにとってとても大切で、当たり前のことで――
 ミーダーは自分たちのことを一番に考えているのに、自分はミーダーの気持ちを考えないのか? 嫌われたくないという自分の気持ちを、優先させるのか?
(違う……やっぱりそんなの、間違っている……!)
 マミは決心して口を開いた。
「ミーダー、私、ミーダーに言わなきゃいけないことが……」
「ん?」
 ミーダーが弓矢を下ろしてマミの方を見た時だった。

 背後から何か大きな動物の唸り声が聞こえた。振り返る前から、ミーダーにはすぐ例の大熊の声だと分かった。
「……随分、君とは縁があるね」
 ミーダーは振り返って、大熊を見据えると、低い声で呟いた。いつもこの熊にはやられてばかりのミーダーだったが、今回は手元に武器がある。気持ちにも、余裕があった。
「君には、もうこれ以上、誰も傷つけさせないよ」
 ミーダーは矢を二本射抜き、矢は大熊の腹に突き刺さった。
「ミーダー、逃げよう! ねぇねぇ」
 ミーダーの服の袖を引っ張り、マミが叫んだ。
 確かに、腹に矢が刺さった大熊は更に危険だった。怒りの吠え声をあげ、大熊は二人に向かってくる。ミーダーは一瞬判断に迷ったが、マミの言う通り一旦逃げることにした。
「ひぇー、こっちに来るよぅ!」
 マミはすっかり慌てて、くるりと背を向けると走り出した。その後を、ミーダーも追う。

 ミーダーとマミは森の中を疾走した。
「それにしても、銃を持ってないのに、どうしてあの熊は出てきたんだろう……」
 走りながら、ミーダーはふと考え込んだ。どこかで、口笛の音が聞こえたような気はしたが。
「詮索は後ででもいいじゃん。今はこれを狩ることに集中しようよ」
 マミが言った。大熊と二人の距離は少しずつ縮まっていた。いつかのように、傍には便利な樹洞もない。
「そうだ、ねっ!」
 ミーダーはマミを腕の中に抱えると、ひらりと木の上に飛んだ。
(えっ……)
 突然の出来事にマミは驚いた。ミーダーの手が伸びてきたと思うか思わないか、次の瞬間にはミーダの腕の中に居て、空中を飛んでいた。心臓が高鳴る。呼吸を忘れる。マミは頬を赤く染め、咄嗟にうつむいた。
 一方ミーダーは、マミの表情の変化になどまるで気づかずに、地上の大熊を見ていた。ここまでは大熊も追って来れないだろう。そう思った、ミーダーの考えは甘かった。大熊は木の幹さえ噛み砕こうとしている。
(ここは駄目か……)
 ミーダーは一瞬で見限ると、地上に飛び降りた。
(確か、この近くにあったと思うんだけど……)
 長い間森の中で過ごしてきたミーダーの頭の中には、森の中の地図が既に作成されている。ミーダーは、その中の崖があったと思しき場所へ向かって走った。
 ミーダーの腕の中で、マミはそっとミーダーの顔を見上げた。急いではいるが、決して落ち着きを失っていない。昨夜触れた凛々しい横顔が、今もマミの手を伸ばせば触れられそうな、すぐ近くにある。
 こんな状況なのに、マミはこの状況をどこかで楽しいと感じた。まるで、人生で貴重な素晴らしい冒険か何かのように思った。何より、ミーダーが余りにかっこ良かった。
(これじゃ、惚れ直しちゃうよ……)
 マミはミーダーの胸板に顔をうずめると、紅潮した頬を隠した。

「今だっ!」
 突然のミーダーの大声に、マミは驚いて顔を上げた。
 マミたちは崖のすぐ手前まで来ていた。背後から大熊がものすごい勢いで突進してくる。
 ミーダーは素早く身を翻すと、抱きあげていたマミを放してそっと地上に立たせた。
「グオォォォォ」
 大熊が突進した勢いのまま、崖の底へ落ちていく。ミーダーは、それを、複雑な感情を抱いたまま見ていた。
 初めて出くわしたのは、マミに追われて、雪降る森の中で殺されそうになっている時だった。あの時は背中の肉を大分持っていかれて、かなり痛い目に遭った。次に襲われたのはスモダーたちにリンチに遭っている時で、あの時も肩をやられて重傷を追った。
(それでも――)
 ミーダーは、大熊が落ちていった谷底を見やったまま考えた。
(やっぱり、少し可哀想だったかな……本能のままに襲ってきたのを、殺しちゃうなんて――)
 感傷に浸っていると、マミがミーダの服の袖を再び引っ張った。
「やったね、ミーダー! やっつけたじゃん」
 ミーダーは驚いてマミを見た。さっきまで無意識にマミを庇っており、一時的にマミの存在を忘れていた。ミーダーは誤魔化すように空咳をすると、微笑んだ。
「危ないところだったね。マミちゃん、大丈夫?」
「ミーダーが庇ってくれたから大丈夫。ミーダー、ありがとう」
「……」
 今度はミーダーが何も言わずに顔を赤くした。真正面から礼を言われると照れる彼の癖は、まだ抜けていないらしい。
「……帰ろっか」
 背中の籠を背負い直すと、ミーダーはマミの手を取った。

4ヶ月前 No.184

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_hgs

NO.54
 その後も数日、マミはキールの小屋でミーダーと共に過ごしたが、いつまでも家に帰ろうとしないマミを見て、ミーダーはだんだん不安になってきた。自分のせいで、マミとスモダーたちの関係が引き裂かれることを懸念したのだ。
「マミちゃん、そろそろ家に帰ったら?」
 ある朝、マミと食事を共にしながらミーダーは切り出した。
「やだっ、スモダーなんか、顔も見たくないっ」
 マミは激しい口調で言った。
「……何があったの?」
 ミーダーは思わずそう聞かずにはいられなかった。
「……別に」
 マミは何故か顔を赤らめると、
「ごちそうさま」
と、食事を片付け始めた。
「でも、スモダーもマミちゃんを恋しがっていると思うよ? 大切な家族なんでしょ?」
 ミーダーは言った。自分だって、マミに顔も見たくないなどと言われたらショックだろうから、スモダーの気持ちも想像がつく。
「嫌なものは嫌っ」
 マミはどこまでも我が儘だった。
 ミーダーはため息を吐いて、重い腰を上げた。
(しょうがないな……僕がスモダーたちに仲直りするように頼むしか、ないっか……)
 本当は、スモダーたちに会うのは怖い。しかし、このままマミとスモダーたちが仲違いしたままではいけないと、ミーダーは思った。
 そう思って小屋の戸を開けた途端、突然誰かにぶつかって、ミーダーは尻もちをついた。
「あ、すまねぇ。大丈夫か?」
 相手はそう言って謝ると、ミーダーに手を差し伸べてきた。
「あ、どうも……」
 ミーダーが顔を上げた先に居たのは、意外な人物だった。
「フ、フーダー!?」
 ミーダーは驚いた。
「どうしてここに……いや、その前に、この前は大熊から助けてくれてありがとう」
「ん? あ、あぁ……」
 フーダーは曖昧な返事をすると、ミーダーの顔をじっと見つめた。
「……ミーダー、お前、マミから何か聞いてないか?」
 ミーダーはきょとんとした。
「聞いてるって、何を?」
「いや、別に……」
 フーダーは言葉を濁すと、指をちょいちょいっとして言った。
「マミを呼んでくれないか? 二人だけで話がある」
「? うん」
 ミーダーは内心不思議に思ったが、振り返ってマミを呼んだ。
「マミちゃん、フーダーだよ」

「お前は、ミーダーが無実だと言ったな。どうして、そう思うんだ?」
 ミーダーが小屋の中に入ると、フーダーはマミに相対して静かに聞いた。
 むせかえるような夏だった。森は草木を青々と茂らせ、そこら中を虫が飛び交っていた。その中で、マミはフーダーに自分がキールに連れられて祭壇で見聞きしたことを話した。
「そうか……」
 フーダーは感慨深そうに腕を組んだ。
「実は、この間森で、誰かが『本当は俺がコウダーとかいう奴を殺したことも知らずに』と言っているのを聞いたんだよ。ミーダーの声じゃなかった。顔を見ようとしたんだが、見極める前に行っちまった」
「じゃぁ、やっぱりミーダーは何も悪いことしてないんだ……」
 マミは涙をこらえながら言った。
「だが、これだけのピースでミーダーが無実だという証明にはならない。確かにその古代民族の薬は驚異だが、キールという奴や俺が聞いた男が嘘を吐いている可能性だってある」
「う〜ん、そうかな……まぁ、そうかも……」
 それでもミーダーは無実に違いないとマミは思ったが、その場はフーダーに合わせることにした。
「だから、まだこのことはミーダーに言わずにおこうぜ。間違っていたら、こっちが大恥だ」
「分かった」
 マミは不承不承頷いた。
 その時、フーダーは草木の向こうで何かが動いたような気がした。
「誰だ!?」
 フーダーは叫んだ。しかし、茂みの向こうからは何の返事も無かった。その代わり、兎が一匹飛び出した。
「何だ、兎か」
 フーダーは安心したようだったが、マミは茂みの向こうに翠色の猟服がチラついたような気がして落ち着かなかった。盗み聞きされたのだろうか?
「ところで、」
 フーダーは突然話題を変えた。
「スモダーが大分お前のことを恋しがっていたぞ。そろそろ家に帰ったらどうだ」
 どこかで聞いたような台詞に、マミは驚いた。
「え、どうしてミーダーも同じことを知っていたんだろう……」
「お前を想う気持ちは、二人とも一緒だからじゃないか」
 フーダーは静かにそう言った。マミはまた驚かされた。
「そ、そっか……」
 自分は、たくさんの人に愛されている。マミはそのことを、改めて感じた。それなのに、自分はそのことに報いもせずに、自分勝手に振る舞ってしまった。マミは反省した。
「私もスモダーに酷いこと言っちゃったし、そろそろ帰ってスモダーに謝るよ」

「ミーダー、私、そろそろ家に帰るよ。スモダーと、仲直りしてくる」
 マミがミーダーにそう告げると、ミーダーはホッとした顔をした。
 ミーダーにとってもマミと一緒に居た時間は余りにも楽しかったので、少し名残惜しい気もしたが、やはり安堵の気持ちの方が強かった。
(僕が行く手間も省けたし、フーダーが来てちょうど良かったな……)
 ミーダーはマミに笑顔を向けた。
「偉いね。ちゃんと謝れば、きっとスモダーも許してくれるよ」
 しゅんとしていたマミの表情が、少し明るくなった。
「うん! じゃあね、ミーダー! また、すぐに会おうね」
「うん、きっとね」
 マミは元気にフーダーに手を引かれて、小屋を去っていった。

 マミたちが去って行った直後、戸の近くの木の裏から突然キールが現れた。
「そろそろ、帰って来る頃だと思った」
 ミーダーは特に驚きもせず、屈託なく笑って言った。
「……時は満ちた」
 キールは呟くと、ミーダーの首筋に手刀をを叩き込んだ。
「!?」
 一瞬の出来事だった。ミーダーがキールに質問する間もなく、ミーダーは気絶した。
 気絶したミーダーを抱き寄せると、キールは独り言を呟いた。
「次は、あっちの方だな……」

「スモダー、ただいま!」
 玄関口に現れたマミを、スモダーは一瞬呆然と見つめ、それからやにわにマミの背中をバンッと叩いた。
「どうしたんだよ、俺の顔も見たくないんじゃなかったのか?」
 言葉とは裏腹に、スモダーは相当嬉しそうだった。
「そんなことないよ。私、ちょっと言いすぎちゃった。それに、水かけてごめんね」
 マミが素直に謝ると、スモダーはちょっと頬を赤くした。
「俺も、言っちゃいけないこと言っちまったよ……その……つまり……悪かったな。謝る」
 マミは首を振った。
「いいよ。気にしてないよ」
「マミ!」
「スモダー!」
 二人がしっかりと抱き合うと、他の者は一様にやれやれという顔をした。
「まったく、こうなるなら最初からさっさと謝れっつーの……」
 エロダーが呆れた顔で言った。
「ほんと、この二人は些細なことで喧嘩するよな……」
「全くだ」
 双子も、うんうんと頷きながら言った。
「和気藹々としているところすまないが」
 突然、氷のような冷たい声がした。
 マミが振り返ると、開けっ放しの戸の入口に、キールが立っていた。マミが背筋がゾクリとするのを感じた。
「ミーダーが無実だとそこのガキは言った。その証拠を、知りたくはないか?」
 スモダーたちは一瞬ざわめいた。
「何、だと……!? お前、誰だよ……!?」
 スモダーは驚愕した顔でキールを見つめながら呟いた。
「俺の名はキール・フリメランス。お前たちの、真実への案内人さ」
 そう言うと、キールはくるりと背を向けた。
「真実を知りたければ、俺について来い」

 キールはマミたちを煉獄の祭壇まで案内していった。時刻は宵の口を迎えていた。
 祭壇に至る長い廊下を歩き、数々の扉を通り抜けながら、スモダーたちは物珍しそうに辺りを見回した。
「森の中にこんな廃墟があったのか……」
「この壁の、随分古い彫刻だぜ、これ……いつからあるんだ?」
 その時、突然視界が開けて、両側にアーチ型の鏡と、正面に階段の上の玉座が現れた。階段の下には、例の薬が湧き出ている。
 玉座の脇に、見慣れた人物が両手両足を縛られ、頭から血を流して倒れていた。気絶している。
「ミ、ミーダー!?」
 マミは驚愕し、すぐに階段を上ろうとした。
「おっと、その先はまだ行かせられないね」
 キールが手を伸ばして、マミを引き止めた。
「放して! 放してよ! ミーダーが!」
 マミは暴れた。その時、玉座の裏から白衣のムーダーが現れた。
「お集りの紳士淑女の諸君!」
 彼は大仰に、芝居がかった仕草で大きく両手を広げて言った。
「ようこそ、煉獄の祭壇へ。皆様をお待ちしていた間、ここに居るミーダーをいたぶって遊んでいたところですよ」
 冷笑を浮かべてそう言うと、ムーダーはミーダーの腹を蹴り飛ばした。
「ぐっ」
 呻き声と共にミーダーが目を覚ます。
「マミちゃん!? スモダーたちまで!? キール、これはどういうこと……」
 叫んだミーダーだったが、もう一度ムーダーに腹を蹴られると再び気絶した。
「今宵、お目にかけますのは」
 ムーダーは何事も無かったかのように口上を続けた。
「古代民族の驚異の液体、グリーン・セレニカル。その固体である碧石は、今でも子孫に祭りの象徴として崇められております。使用方法は簡単。変身したい相手の体の一部を液体に浸して飲むだけ。ただし、湧き出ている状態の泉に浸さなくてはいけません。私は更にこの薬を改良して、遺伝子の似ている相手なら体の一部を浸さなくても、声まで完璧に真似できるよう開発したのですが、それはもう在庫が無いので、今は手近にあるこの液体を飲んでお目にかけましょう」
 雄弁に喋りながらムーダーは、ミーダーを縛っている縄を掴み、引きずりながら階段を下りてきた。ミーダーの右手の小指を湧き出る碧色の液体に浸す。
「それでは、この液体の効果を、とくとご覧あれ」
 そしてムーダーは、マミたちの見ている目の前で、碧色の液体を一口手ですくって飲み干した。

4ヶ月前 No.185

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_hgs

NO.55
 碧色の薬を飲んだムーダーの姿は、みるみるミーダーに酷似した容姿へと変わっていく。
「なっ……」
 スモダーは驚愕したように目を見開き、ムーダーを見つめた。
「ミーダーが二人……!? いや、一人が変身した偽者なのか……」
 エロダーや双子も驚いていたが、フーダーとマミは黙って目をふせていた。
「ああ、そうそう。そこのお二人は、もうこの液体のことを知っていますよ」
 『ミーダー』ならぬムーダーは、フーダーとマミを指差し、愛想良く言った。
 スモダーは驚きと怒りの混じった視線を二人に向けた。
「お前ら、知ってたのか? 知ってて、黙ってたのか?」
 スモダーの言葉が、マミの胸に突き刺さった。
 そうだ。自分は、事実を知っても結局黙っていた。ミーダーにも、話さなかった。スモダーよりも、ずっと罪は重い。
 マミの傍らで、フーダーは拳を握りしめていた。その拳が、一滴の血が伝って赤い絨毯に落ちるのを、マミは見た。
 二人の無言のうつむきから、スモダーは答えを悟ったようだった。
「ということは……」
 口を開いたスモダーは、それ以上言えば事実が確定してしまうのを恐れるかのように口をつぐんだ。
「その通り。お前たちをいたぶり、コウダーを殺害したのは、この俺だ!」
 ムーダーは高らかに宣言した。もう、先程までの芝居がかった口調は消えている。欲望むき出しの笑顔だ。
「じゃぁ、ミーダーは……」
 スモダーは恐る恐る言った。
「ああ、こいつか?」
 ムーダーは無造作にミーダーの顔を足で転がしながら気楽に言った。
「こいつも俺がお前らをいたぶる様子を別室で見ていた。こいつは覚えてないがな。だが、こいつはお前らにかすり傷一つ負わせていないよ。こいつがお前らを傷つけたことなど、一度も無い。それどころか、俺に懇願して縋りついてきやがった。自分を、代わりにしてくれってなぁ……!」
 ムーダーは高笑いした。
「そんな……」
 マミは呟いて、手で口を覆った。そこまでは、マミも今初めて聞いたことだった。胸がひどく痛む。悔悟の涙が、マミの頬を流れる。
 不思議と、ムーダーが何者なのか、何故こんなことをしたのか、そんなことは知りたいとも思わなかった。ムーダーが自分たちの本当のかたきであることなど、今はどうでもよかった。ただ、ミーダーに取り返しのつかないことをしてしまったのだという後悔と謝罪の念しか無かった。
「俺たちはいったい、ミーダーに、なんてことを……」
 スモダーもそう言うと、ガックリと床に手をついて膝を折った。
 キールはマミを取り押さえていた手を下ろすと、その場に居る者を見回した。
 狂ったように高笑いしているムーダー。呆然としているスモダーたち。拳を握りしめているフーダー。両手で顔を覆っているマミ。そして、頭から血を流し倒れているミーダー。
(なるほど。これは悲劇だな。趣味が悪いぜ。ミーダーを目の前に引きずり出しておきながら、意識を奪った上で、真実を示すとはな……これじゃ、ミーダーだけ真実を知らないまま、ガキどもがミーダーを前に涙するという訳だ……)
 キールは冷静に思考すると、更に追い打ちをかけるようにスモダーに言った。
「スモダーとやら、あんたはミーダーが自分の仲間を殺したと思った。だから復讐した。だが、本当にそれだけか? ミーダーに暴行した時の気持ちは、純粋に復讐心だけだったのか?」
 キールは翠色の猟服のポケットから少し大きめの紙を取り出した。
「あんたらのことは少し調べさせてもらった」
 キールはちらりと右手に持った紙に目を落とした。
「南国の出身らしいな? 十四年前、本国の陸軍によってぼろぼろに荒廃させられた国だ。征服された国の国民の辿る運命の一つが、本国の商人の奴隷船に乗せられて、人手の足りない植民市の労働力になることだった。そうしてあんたらは、十五歳の時に奴隷としてこの街にやって来た」
 スモダーの顔色がスッと青くなった。
「てめぇ、どこでそんなことを……」
 言いかけたスモダーの背後に、もうキールが居た。いきなり手を伸ばし、スモダーのシャツをめくって背中を露わにする。
「……!」
 マミは息を呑んでスモダーの背中を見つめた。肩甲骨の間の下辺りに、黒ずんだ生々しい傷跡がある。
「な、何ですか、それ……?」
 スモダーたちに聞いても答えてくれそうにないので、マミは怖々キールに訊ねる。
「や、やめろ! マミにはまだ見せていねえんだ……! こんなこと、俺たち以外は誰も知らなくていい……!」
 スモダーは叫んだが、キールはその声を無視して淡々と説明した。
「当時、征服された南国からの奴隷商人によって背中に押しつけられた焼き印だ。それが会社の商標となって、自分の会社の商品であることの印となる訳だ」
 フーダーやエロダー、ソーダ―、ドーダーはやりきれない顔をして目を背けていた。彼らの背中にもそれぞれ、同じ印があるに違いない。
「やめろ……! やめてくれ!」
 スモダーは喚いたが、キールは話すのをやめようとはしなかった。
「ミーダーに拾われる前は炭鉱労働者だったそうじゃないか。炭鉱での労働環境が、奴隷船より大してマシとも思えんな。どうせそこでも、ほぼ奴隷の延長線上で働かせていたんだろう。罪のない人間を拷問するありとあらゆる方法はその経緯の中で身を持って学んだ訳だ」
 キールはそう言って、皮肉っぽく笑った。ムーダーもその場で腕組みをしたまま、冷笑をたたえていた。実はキールの台詞は全てムーダーが指示したものなのだが、どちらにしろ二人が楽しんでいることは間違いなかった。
「自分が受けた苦しみを、そっくりそのままブルジヨワジーに返すのはさぞかし気分が良かっただろうな? 例えそいつがお前らの苦しみの原因でないどころか、逆にその境遇から救った人間だったとしても」
「違う……! 俺は……俺は……あ、あいつが悪いんだ! なんで俺が責められなくちゃいけないんだよ!?」
 スモダーは上ずった声で叫んだ。その木霊だけが、祭壇に空しく響く。スモダー自身もそう思っていないことが、その声を聞いた誰もが手に取るように分かるような、情けない声だった。
 キールは眉を吊り上げると、静かに言った。
「なるほどな。そうやってミーダーに自分たちの惨めさや劣等感を全て押しつけることで、奴隷だった自分たちの過去が解消されて優越感に浸れる訳だ」
 スモダーは耐えきれなくなったかのように両手で耳を塞いだ。
「やめてくれ……俺は、そんなつもりは……」
「人生の清算のつもりか? それとも、単なる妬みか?」
 スモダーは左右に激しく首を振った。
「ね、妬んでなんかいねえよ……! 俺はただ、あいつが俺の仲間に手を出したと思ったから……!」
「あんたらは途中で、自分が何故ミーダーを暴行しているのかさえ見失った。ただ、苦しむ様を見て楽しむことに夢中になっていただけだ。憎しみの対象としてではなく、まるで玩具のようにな。だから笑えたんだろう。ミーダーがどんなにお前らのことを庇ったところで、想いが届かない訳だ」
 スモダーが、何か意味の無い言葉をつんざくように叫んだ。その場に居た全員が耳を塞ぎ、キールとムーダーだけが平然と冷笑してそこに立っていた。

 ミーダーは眠りの淵で、夢を見ていた。
 真っ暗な闇の中でふと見ると、自分の脇でうずくまっているスモダーが居た。
「スモダー……?」
 ミーダーは驚いて声をかけ、しゃがみこんで手を差し出した。
「どうしたの? 何で泣いてるの?」
 ミーダーが何を訪ねても、ミーダーは泣き止まなかった。
 途方にくれてふと目を上げると、周りにたくさんの労働者たちがスモダーと同じようにうずくまって泣いているのが見えた。
「コウダー」
 コウダーに手を差し出すと、コウダーは涙を拭いて笑顔でその手を取った。
「フーダー」
 フーダーに手を差し出すと、フーダーはその手をチラッと見て自力で立ち上がった。
「エロダー」
 エロダーに手を差し出すと、エロダーは嘘のように泣き止んで笑って立ち上がった。
「ソーダ―」
「ドーダー」
 双子に手を差し出すと、二人はその手を不審そうに見たまま立ち上がろうともしなかった。
 最後に、ミーダーはスモダーの所に戻ってきた。
「スモダー」
 名を呼び、手を差し出しても、スモダーは顔を上げようともせずに泣き続けた。まるで、他の五人には通じたミーダーの声が聞こえていないかのようだ。
 ミーダーは懸命になだめようとしたが、どんな言葉をかけてもスモダーはただ泣いているだけだった。その深い悲しみの慟哭が、ミーダーの心臓を激しく揺さぶった。
 ついにどうすれば良いのか分からなくなって、ミーダーはスモダーの隣にうずくまって一緒に泣き出した。泣く人と、共に泣いた。
 スモダーと、ミーダーと、寄せ合ってうずくまったままいつまでも泣いていた。

 現実の世界でキールは、いやらしい笑いを隠そうともしないムーダーを観察しながら考えた。
(これで終わりか……? この男が描いた大団円は、これなのか……? いや、まだ何かある。まだ、終わらない。まだ、更なる悲劇がこいつらを待っているのだ……)
 マミが、服の袖で涙を拭うと、ミーダーに近づこうとした。
「私たち、ミーダーに謝らなきゃ」
 スモダーも頷いて、立ち上がった。
「……キール」
 ムーダーが一言、低い声で呟いた。
 次の瞬間、キールが風のように動いた。マミたちが気づいたとき、ミーダーの体はキールの腕の中にあった。
「何するの!? 返してよ、ミーダーを……! やっと、本当のことが分かったのに……! やっと、謝れるのに……! 返してよ! 返してよ、ミーダーを!」
 マミは力いっぱいキールを睨みつけて言った。彼の正体についても、マミはそれほど関心を持たなかった。ただ、ミーダーを目の前で奪い取られたことに腹が立った。
「返して? ミーダーはお前のものじゃないぜ。更に言えば、やっと謝れるって言っているが、何故俺が真実を示した時にすぐに謝らなかったのか、甚だ疑問だな」
 痛いところを突かれた。マミはぐっと声をつまらせた。
「最も」
 ムーダーが口を挟んだ。
「お前がミーダーに謝らないように取り計らっていたのは俺たちだけどな。辛かっただろう? 苦しかっただろう? 真実を知っていながら、何もできないというのは。その苦しみを味わわせる為に、ガキ一人だけに先に真実を示したんだ。だが、その苦しみを味わったのはお前たち二人だけじゃない。ここに居る、ミーダーもそうだったんだぜ。お前たちが、俺によって暴行を受けている時にな」
 さてと、とムーダーは呟いて無感情な笑顔をマミたちに向けた。
「ここからどうするかはお前たちの自由だ。自分たちで考えるんだな。ただし、今更真実に気づいてももう遅い。謝ったところで、お前たちの声はミーダーにはもう届かないだろう」
「ど、どういう……」
 言いかけたマミの言葉が、途切れた。ムーダーの合図を受けたキールが背後に回って、気絶させたのである。同じように、スモダーたちもゆっくりとその場に倒れた。
「こいつらを元の場所に戻せ」
 ムーダーがキールに指示する。
「お安い御用」
 キールはミーダーやマミたちを背負ったり抱きかかえたりしながら言った。
「さすがに重いか?」
「ふんっ、嘗めてもらっちゃ困る。この程度の重み、平気さ」
 キールは鼻を鳴らすと、ムーダーに訊ねた。
「さっきの言葉の意味、俺には教えてくれてもいいよな」
 ムーダーは、「あぁ」と答えて白衣のポケットから注射器を取り出した。
「この前、ミーダーに打ち込んだ薬は、PTSD――辛い記憶を幻聴幻覚として味わうこと――を強制的に引き起こす薬だ。今、ミーダーのガキどもに対する恐怖心は最大にまで達している。頃合いだ。ガキどもが謝ろうとしても、ミーダーはその前に怯えて逃げ出すさ。そうすりゃ、あのガキどももずっと罪悪感を抱えたままで苦しむって寸法だ」
「なるほど」
 キールは無表情で相槌を打つと、
「ところで、俺の報酬は?」
と、抜かりなく聞いた。ムーダーは冷笑した。
「それは、全ての結末を迎えてからだな。安心しろ。その額は……」
 ムーダーはキールに耳打ちした。
「それは楽しみだ」
 キールは今度は瞳を輝かして言うと、皆を抱えたまま素早く消え去った。

4ヶ月前 No.186

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_hgs

NO.56
ミーダーの家の戸口の前で、マミは自分の罪に慄き、震えながら目を覚ました。
 もう夜だった。空には名も知れぬ夏の星座がいくつも瞬いている。こんなに綺麗な星空なのに、マミの心は心底惨めだった。生暖かい南風が、マミの水色の絹のスカートの裾をはためかせた。
 スモダーたちはもう目を覚ましていた。路上に五人で円を描くように座り込み、何かを話し合っている。その輪の中からひょっこりとスモダーが顔を出し、マミを手招きした。
「おう、起きたか。お前も来いよ」
 マミはスモダーたちの元に駆け寄った。
「俺は今すぐにでもミーダーに謝りに行こうって思うんだけどよ……マミ、お前はどう思う?」
 スモダーの言葉に、マミは思わず感心した。自分はミーダーに嫌われることを恐れて真実を黙っていたのに、迷わずすぐに謝ろうとするスモダーは、実は幾分自分よりマシなのかもしれない。
「偉いね、スモダーは……」
 マミが呟くと、フーダーも頷いた。
「俺とマミは今まで黙っていたが、真実がこれほどはっきりした以上、ミーダーに謝りに行かない訳にはいかないな。よし、今からミーダーの居る森の中の小屋に行くか、皆で」
「うん、そうだね! そうしよう!」
 賛成して腰を浮かせかけたマミだったが、ふと思い当たることがあった。
「あのね、キールさんの小屋でミーダーと過ごしてた時のことだけど、ミーダー、ちょっと様子が変だった。突然怯えた様子で外に飛び出したり、夢にうなされたり……」
 不思議そうな顔をしている一同に、マミは言うべきかどうか迷いながらも言った。
「つまり……ミーダーは、私たちのこと、怖がっているんじゃないかな」
 当たり前と言えば当たり前だが衝撃でもある事実に、全員が口をつぐんだ。ややしばらくの沈黙のあと、フーダーが口を開いた。
「なるほど、そうなると状況は変わってくるな。俺たち全員で行ったら、ミーダーを怖がらせてしまうかもしれねぇ。どうする?」
 再び沈黙がその場を支配した。一番に立ち上がったのは、スモダーだった。
「よし! 俺一人で行ってくる! 何たって俺が一番あいつを痛めつけちまったもんな、俺が真っ先に行かねえと!」
 エロダーが慌てて立ち上がったスモダーを座らせた。
「待て待て、どう考えてもミーダーが一番怖がるのはお前だろ。マミが一人で行くのはどうだ? その方が、ミーダーも安心なんじゃないか?」
 ふくれっ面をするスモダーの背後で、双子のソーダーとドーダーも、うんうんと頷いている。
 マミは考え込んだ。
「どうかな……私だけでも、結構怖がってたような気がするし……でも、それしか手はないよね……」
 スモダーがマミの肩に、ポンッと手を乗せた。
「よろしく頼む。ミーダーに、俺たちからもすまねぇと伝えてくれ」
「うん、分かった」
 そう言ってすぐにも出発しようとするマミを、エロダーが引き止めた。
「待て待て、マミ、もう夜も遅いぜ。明日の朝まで待とう。一晩ゆっくり寝て、腹ごしらえしてからでも良いじゃねぇか」
 マミは不承不承頷いた。その横で、スモダーがじれったそうに舌打ちをした。

 その頃、森の中のキールの小屋の前でもミーダーが目を覚ましていた。
 目を覚ました時、真っ先に視界に入ってきたのは、満天の星と、それを背に立ち上がってミーダーを静かに見つめるキールの姿だった。
「キール……」
 痛む体の節々を押さえながら、ミーダーは呟いた。
 ミーダーは玉座の脇での出来事をおぼろげながら覚えていた。自分を殴り、蹴るムーダーの残忍な笑顔。そして、それを階段の下から見ていながら助けようともしないキールの無表情。
 それを思い出し、ミーダーは初めてキールに疑いの視線を向けた。
「キール、ムーダーのこと知ってるの? 二人はどういう……」
 キールは面倒くさそうに手を上げてミーダーの言葉を制した。
「おっと……それ以上は黙っていてくれ。それについてはまだ、何とも言えねえな」
 素直なミーダーは口をつぐむ。
「ただ……」
 キールはふと、思い出したように呟いた。
「差出人不明の手紙。あれを書いたのは俺だ」
 そう言われて、ミーダーも思い出した。
 マミとスモダーたちによる絶え間ない暴行の中でとうに忘れていたが、元々ミーダーはあの活字の手紙で裏路地に呼び出されたのだ。そして、手紙に記された脅し文句の為に、スモダーたちに手紙のことを言えず、それがマミたちの不信感を煽り、結局ミーダーがマミたちを暴行したという裏付けの証拠になったのだった。
 思えば、あの手紙が全ての始まりだった。その手紙に、キールが関わっているというのか? 口は悪いが、何かと自分の世話を焼いてくれた、あのキールが……
「あんたは、人を信じすぎだぜ」
 キールは嘲笑う様子もなく、かといって微笑む面影もなく、淡々と言った。
「俺のことも、勝手に自分の味方だと思ってただろ」
 そうなのだ。ミーダーは思考した。
 キールの言う通りだ。自分を助けてくれたキールが良い人でないはずがないと、思い込んでいた。けれど、実際は違った。キールはムーダーと繋がっていた。目の前でミーダーが痛い目に遭っていても気にもしていなかった。
 ミーダーは大きく息を吐いた。
「キール、今までありがとう。お世話になったね」
 これからは、キールの助けは期待できない。自分一人でこの試練を切り抜けなくては。
 ミーダーはキールに背を向け、街の方角へ一歩足を踏み出した。
「行くのか?」
 背後からキールが訊ねる。
「うん。街の安宿に泊めてもらう」
 ミーダーはポケットの中の銅貨に触れて答えた。
「そうか……」
 キールは少し黙り、その間にミーダーは迷いなく歩いていった。
「おーい、ミーダー!」
 ミーダーが大分歩いた時、キールが大声で呼びかけた。
「俺が言えた義理じゃねぇが……幸運を祈るぜ」
 ミーダーは振り返って微笑むと、手を振った。

4ヶ月前 No.187

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_hgs

NO.57
 翌朝、ぐっすり眠って腹も満たしたマミは、元気よくキールの小屋へ向かって出発した。
 マミはミーダーほど頭は良くない。従って、その頭の中には森の中の地図も別に作成されていない。しかし、何度も行ったおかげで、キールの小屋への道はその場に行けばなんとか見分けられる程度にはなっていた。匪賊は……まぁ、出会わないように祈るしかないだろう。
 二時間程の後、マミはキールの小屋に到着した。コンコン、とノックしようとしてマミはふと手を止めた。
(キールさんって、一体何者なんだろう……?)
 全体的に得体が知れず、掴みどころがない。ムーダーと組んでいるらしいことはマミにも分かるのだが、その目的も謎のままだ。何がしたいのかよく分からない、というのがマミのキールへの印象だ。
 それでも、自分はミーダーに会わなければならない。スモダーたちの思いも託されているのだ。マミは覚悟して小屋の戸をノックした。
 数秒後、仏頂面のキールが出てきた。
「キールさん、あ、あの……!」
 相手が正体不明だとやはり緊張する。マミは深呼吸した。
「ミーダーに、会いに来たんですけど……会わせて、もらえませんか……?」
「ミーダーなら、もう居ないぞ」
 そう答えたキールの表情からは、何も読み取れなかった。
「え? 居ないって……?」
 マミは恐る恐る上目遣いに訊ねる。
「街の安宿に泊めてもらうと言っていたが」
「……二人は、喧嘩でもしたんですか?」
 思わずそう言ってしまったマミは、キールにきつい目で睨まれて慌てて口を閉じた。
「あんたみたいなガキと一緒にすんな。利害の一致が無くなった。それだけのことさ」
「そ、そうですか……」
 マミはそう言われてもよく分からなかったが、とりあえず不機嫌な表情のキールに別れを告げて街へと歩き出した。
(珍しい……あのミーダーが、自分から街へ泊まりに行くなんて……)
 ミーダーは、見知らぬ人が大勢集まる所が苦手だ。まして、一晩泊まるなんて絶対無理。そのことはマミも熟知していた。だからこそ、ミーダーが地下牢から逃げ出した時は迷わず森に行ったと断定できた。そのミーダーが街の宿を選ぶとは、やはり状況が変わってきたということか。
 高級な宿ではなく安宿を選んだ理由は容易に想像がつく。高級な宿は、その分泊まる人間の人数が少ない。人目に付く。注目される。街までやって来たとはいえ、やはり他人が苦手なミーダーにとってはそれは避けたいだろう。反面、安宿なら、人数も多く、他の客も誰が誰だかいちいち覚えたりしない。ミーダーにとっても、気安い場所のはずだ。
 考えている間に、マミは森の入口まで戻って来ていた。静かな森とは打って変わった、街の喧騒を前にして、マミは思わずため息を吐いた。
(さて、どこから探そうか……)

 マミたちの住む街は小さな街だが、海辺街なだけあって、商人や船員など多くの人が内外を行き来する。宿の数は全部で十六軒。うち安宿に分類されるのが十一軒。その下に更に劣悪な環境の浮浪者用の簡易宿泊所もあるが、さすがのミーダーもそこには行かないだろう。
(十一……ま、頑張れば回りきれない数じゃないよね……)
 マミは腹をくくると、まずは最初の一軒の宿屋に向かって足を運んだ。

(い、居ない……)
 数時間後、疲れた足を引きずってマミはがっくりと肩を落とした。
 これでもう十軒目。次で見つからなければ、もう手当たり次第に街の人にミーダーを見かけなかったか聞いて回るしかないだろう。
 そんなことを考えながら、十一軒目の宿の入口が見える街角まで来た時だった。
(あ……!)
 間違えない。あれはミーダーだ。少し青ざめた顔をして、急ぎ足で宿の中へ入って行く。
(ミーダー! 私だよ! マミだよ!)
 そう叫ぼうとして、出かかった声を止めた。気安く声をかけさせない何かが、ミーダーの表情にあったのだ。
 あの表情は……怯えていた。何に対してかは、容易に分かる。自分たちに対してだ。自分たちがそこまで、ミーダーを追い詰めたのだ。その事を踏まえておきながら、自分はどんなつもりでミーダーに会えばいいのだろう……
 マミが一瞬躊躇った隙に、ミーダーはマミに気づかず宿の中へと姿を消してしまった。
(……! しまった……!)
 マミは慌ててミーダーの後を追いかけるように宿の中へ入った。

 街の安宿の大多数は、宿泊所としての機能とは別に飲み屋としての機能も兼ねている。宿のロビーもどきのような部屋には、たくさんのテーブルがあり、多くの労働者がビール類やラム酒を飲んで談笑していた。
 マミは入り口から一番近いカウンターに行くと、そこで宿帳をつけている宿の支配人に訊ねた。
「すみません、この宿にミーダーという人は泊まっていませんか? できれば、会わせて欲しいのですが……」
 支配人は宿帳に何かを書き込んでいた手を止めると、顔を上げてマミをズイッと高みから見下ろした。チョビ髭を蓄えて、何となくブルジョワっぽい感じの人だ。冷たい瞳で見据えられ、その迫力にマミは思わずたじたじとなった。
「ミーダー様ですか?」
 支配人は宿帳のページをめくると、ずらりと名前が書かれている欄を目と指で追った。
「そのお客様なら、昨夜からチェックインなさっていますね。お疲れとのことで、誰にも会いたくないので客は通さないでほしいと申しつかっております」
「え、そんな……どうしてもダメですか?」
 マミは絶望的な声で頼んだ。支配人は再び威厳のある顔つきでマミを見下ろした。
「当宿はお客様の信頼に応え、満足のいくサービスを提供しております。お客様が会いたくないとおっしゃっている限りは、お引き合わせすることは、できませんな」
 取り付く島もない冷たい声だった。マミはそれ以上何も言う気になれず、肩を落とすとすごすごと宿を出て行った。

「そうか……それなら、仕方がねえな」
 マミが帰って来てミーダーがどこに居るのかを報告すると、スモダーたちは唸った。
「でも、私は諦めない。夜になったら、潜入してみる」
 マミの言葉に、スモダーたちは驚いたような顔をした。
「潜入って……そんなことできるのか、お前?」
 マミはふふん、と得意げに鼻を鳴らした。
「宿の裏側に、乗り越えられそうな柵があるのを見つけた。中はちょっとした庭になってて、裏口もある。裏口の鍵は、これで」
 マミはスカートのポケットから小さな針金のようなものを取り出した。
「武器部屋にあった、万能鍵。使い方は、図書室に置いてある本に書いてあった」
「すげぇ」
 スモダーたちはすっかり感服したようだった。
「今日帰って来た後、家の中に使えそうなものがないか探してみたんだ。便利な家だよね、ここ」
 マミはそう言ってにっこりと笑うと、更に鼻を高くした。
「お前一人だけで行かせるのは心配だが、大の男がうろうろしても目立つしな。頼んだぜ、ミーダーへの伝言」
 フーダーがそう言って、マミの肩を叩いた。

 その日の真夜中、安宿の裏側の柵を前にマミはうろうろとしていた。
 スモダーたちには言わなかったが、この柵、乗り越えるのには少し危険なのだ。柵の柱の上は尖がっていて、侵入者を阻むように出来ている。
(でも、やるしかないよね……)
 マミは柵の柱と柱の間の横の部分に手と足をかけると、思い切って、えいっと飛び越えた。
「きゃっ……!」
 ビリビリッと布が裂ける音。ドシン、と体が柵の内側の地面に落ちる音。足にジンとした痛み。
 見ると、左足の膝小僧が擦りむいて血が出ていた。まぁ、中に入るのには成功したし、やんちゃなことをしたのだから、これぐらいの代償は仕方ないだろう。
 服の方も、水色の絹のスカートの裾の部分が破れて大分はだけてしまった。
(この服、お気に入りだったんだけどな……)
 二年前の新年祭の時、街の店でミーダーに買ってもらった思い出の品だ。その過去に少しだけ思いを馳せ、マミは立ち上がった。
 自分は、ミーダーに会わなければならない。あの頃に戻る為にも。

4ヶ月前 No.188

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_hgs

 内庭を通り、裏口の戸の鍵を、万能鍵でしばらくカチャカチャとやる。少し苦戦したが、何とか開いた。
(うっ……酒くさ……)
 むっとする臭気に顔をしかめる。戸の向こう側は板張りの廊下で、左右にドアがいくつもあった。
 作戦は考えてある。マミは抜き足差し足の忍び足で慎重に廊下を歩いた。
 廊下を歩いている途中で、ドアの向こう側から大勢の人間の笑い声や話し声が聞こえた。どうやら、団体客や客同士の交流が多いらしい。
 マミはそのどれもを無視して、廊下を階段がある突き当りまで歩き、直角に右に曲がった。その先はロビー。今は真っ暗で、誰も居ない。
 カウンターの所まで行くと、引き出しを漁って宿帳を探した。目的のものを見つけると、ページをめくり、昨日の夜宿泊した客の名前の一覧にざっと目を通す。
 これぞマミが立てていた作戦だった。手当たり次第に部屋のドアを開こうとしても、鍵がかかっていたり、他の客に見つかったりする危険性が高い。宿帳でミーダーの泊まっている部屋を特定した方がずっと早いのだ。
 マミは心臓をドキドキさせながら、支配人がしていたのと同じように宿帳の名前を目と指で辿っていった。ミーダーの名前が無かったら、誰かに見つかったら、そう思うと嫌でも心臓の鼓動は跳ね上がる。
(あった……! 三○七号室……! これだ!)
 マミは急いで、でも静かに宿帳をパタンと閉じると、元の引き出しに戻し、今度はルームスペアキーの棚を漁った。その中から三○七号室の鍵を選び出す。万能鍵を使っても良いが、この方がスムーズで確実だろう。
(三○七ってことは、三階に上がった一番奥の部屋だよね……分かりやすくていいや)
 マミはロビーを出ると、廊下の突き当りまで戻り、階段を三階まで上った。その時。手前の部屋のドアがいきなり開いた。
「うぃー……ひっく……」
 中から酔っぱらって真っ赤な顔をした中年男が出てきた。男は少々驚いたようにスカートの裾が破れてはだけているマミを見たが、別に気に留める風も無くすぐに目をそらし、
「酒が足りねえよぉ……マスター……もっと酒だぃ……」
などと言いながら千鳥足で階段を下りていった。
(……あんな大人にはなりたくないな)
 マミは内心かなり失礼なことを思いながら、廊下の先を急いだ。
(ここだ……三○七号室……!)
 マミは部屋の鍵穴に盗んだスペアキーを差し込んだ。その手が、震える。やっと、ミーダーに会えるんだ。

 ミーダーは呻き声をあげながらベッドの中で寝返りを打った。
 頭に浮かぶのは何もかも、凄惨な暴行の場面ばかり。今ではマミの笑顔も瞼の裏に描けなくなってしまった。そもそも、マミは自分に笑顔を向けてきたことがあっただろうか。それすらも、思い出せない――
 その時、部屋の鍵がカチャカチャと鳴った。ミーダーはビクッとしてベッドから跳ね起きた。
 人は通さないように言ったはずだ。宿の支配人に、何度も念を押した。それなのに、誰がこの部屋に入ろうとしているのだろう?
 部屋のドアが開いて、マミが顔を覗かせた。
「ミーダー、私だよ、マミだよ」
 マミは顔をほころばせ、ベッドの中で呆然とした顔をしているミーダーに近づいた。
「マミちゃん、どうしてここに……」
 ここまで来るのに苦労してきたのだろう。スカートは破れ、左足の膝からは血が出ていた。それでも嬉しそうだ。自分に会えただけで、マミは喜ぶのか。もしそうなら、自分も嬉しい――
 一瞬そんなことを思ったミーダーだったが、そのミーダーをまたいつもの幻覚が襲ってきた。頭痛がし、思わず頭を抱える。
 マミが手元に銃を持っている。指を引き金に当てて、今にも撃とうとしている――そう、あの時のように、今にも自分の血汐が宙を舞うのだ――
「うわああぁぁぁ」
 気づくと、ミーダーは大声で叫んでいた。
 マミはびっくりして、更にミーダーに近づこうとした。
「ミーダー、どうしたの!? お願い、聞いて。私、謝りたいことがあるの。あのね……」
 マミの言葉は、ミーダーの耳には入らなかった。ミーダーは頭を抱えて叫びながら、ベッドの中で必死に後ずさった。
 蜃気楼のように、視界がぼやける。波打つ世界で、自分とマミの間にあるのは、埋めようのない隔たり、途方もない距離。過去の場面が現在に立ちはだかり、自分とマミを引き裂いている。そして、マミの手には銃が。マミは自分を殺そうとしているのだ――
「来ないで! 来ないで! 誰か、助けて……!」
 ミーダーは夢中で叫んだ。今のミーダーには、幻覚と現実の区別がつかなくなっていた。二つが混ざり合い、ミーダーの本来の判断力を奪う。
 マミはミーダーの方へ踏み出そうとしていた足をはたと止めた。胸にずきりとくるものがあった。
 ミーダーにとっては、自分は恐怖の対象。愛してはいるけど、同時に怖いもの。心を許せないもの――
 そのことを思い知り、マミはミーダーにどう声をかければいいのか分からなくなってしまった。
「何事だ!?」
 ミーダーの叫び声を聞きつけたのか、宿屋の支配人たちがドタドタと音を立ててやって来た。
「あ! こらガキ、貴様、どこから入って来た!?」
 マミがミーダーの泊まっている部屋の真ん中に突っ立っているのを見つけると、支配人は声を荒げて言った。
「いえ、これはその、深い事情があって……」
 マミは慌てて、言葉につっかえながら説明しようとしたが、
「とにかく出て行け!」
問答無用で首根っこを捕まえられ、猫のようにあっさりと宿からつまみ出されてしまった。
「申し訳ございませんお客様。今後このようなことがないよう十分注意します故……」
 部屋から追い出される直前、支配人がミーダーにそう言う声が聞こえた。最も、その声も恐らく、錯乱しているミーダーには届いていないであろうが。

 数時間後、落ち着いたミーダーは丁寧に礼を言って、支配人たちには部屋を辞してもらった。
「お変わりありましたら、またいつでもお呼びくださいませ」
「チョコレートでございます。ご気分の優れない時には、これをお食べになるとよろしいかと」
 支配人たちはそう言って、包みに包まれたチョコレートがたくさん乗った皿をデスクに置いて、部屋を出て行った。
「ふぅ……」
 ミーダーはバッタリとベッドに横になると、腕を額に当ててしばらくボーとしていた。
(あぁ、さっきはマミちゃんに酷いこと言っちゃったな……どうしよう、嫌われちゃったかも……)
 幻覚が去ると、そんな後悔がミーダーの心を苛んだ。
(だんだん症状が悪化している。このままじゃまずいな・……何とか、この幻覚症状を治さないと)
 幻覚が去った今でも、いつでも、耳を澄ませば、どこからかスモダーたちの怒鳴り声が聞こえてくるように気がする。同時に、嘲笑う声も……
 聞こえるといえば、聞こえる。聞こえないといえば、そんな気もする。自分の気持ち次第といえばそれまでだが、そう簡単に気持ちはコントロールできない。
(やっぱり、何とかしないと……)
 ミーダーはポケットからジュリア女医に渡された名刺を取り出した。
(ジュリア先生、精神科も兼ねてるって言ってたな……明日辺り、一度医院に相談に行ってみようかな……)
 解決策が見えてくると、大分心が楽になるのを感じた。
(そうだ、そうしよう……それまでは、このことは考えないようにしよう……今はとにかく、休まなくっちゃ……)
 ミーダーはチョコレートを一つ口の中へ放り込むと、ベッドの中で目を閉じた。しばらくは眠れなかったミーダーだったが、三十分後には安らかな眠りへと落ちていた。

4ヶ月前 No.189

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_hgs

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4ヶ月前 No.190

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_hgs

NO.59
「俺は……最低の人間だ」
 スモダーは一人で街を歩きながら落ち込んでいた。
他の仲間たちやマミは、それぞれ別々に一人ずつ別れてミーダーの捜索に当たっている。
「何も悪いことをしていない人間を……あんな風に痛めつけちまうなんて……」
 それも、仲間のうちで率先してやったのは自分だ。今そのことを、スモダーは激しく後悔していた。
 スモダーとて何も、根っからの悪人ではない。仲間を想う余り、憎しみにとらわれて真実を見失ってしまっただけだ。
 今自分に必要なのは、罪を認め、償うことだ。ミーダーに会ったら、きっと謝ろう。そして、自分にできることなら何でもするから、埋め合わせをすると申し出るのだ。
 自分のことを殺人者だと名乗り出ていたムーダーのことは気になったが、今のスモダーたちにとっては、さほど重要ではなかった。自分たちの犯した罪の方が、ずっと重いことだった。それほどスモダーたちの感じている罪悪感は大きいものだとも言える。
「それにしても、ミーダー、どこに居るんだか……」
 マミが宿屋に侵入して放り出されたのは一週間前のことだ。しょげきって帰って来たマミを皆で慰め、次の作戦を立てた。その結果、宿屋に居る時ではなく外出をしている時を狙って話を聞いてもらおうという作戦になったのだ。しかし、ミーダーはなかなか宿屋を出ることはないようで、今日まで会えずじまいだった。それが、ついさっきマミからミーダーは宿屋に居ないようだという報告が入った。宿屋の支配人が、そう言ったらしい。
「でも、もう街から出てちまっているんなら、いくら探しても無駄だよな……」
 スモダーが考え込みながらそう呟いて、角を曲がろうとした時だった。

 角の向こうからやって来た人物と正面衝突した。驚いたスモダーだったが、それは向こうも同じようだったようで、「わっ!?」という声と共に街道に転がった。
「イテテ……何だよ、このベタな展開……おいお前、大丈夫か?」
 スモダーがそう声をかけて手を差し伸べると、相手は顔を上げた。
「はい、だいじょ……って、あれ?」
 衝突した相手はミーダーだった。一瞬驚いたスモダーだったが、その顔はすぐに安堵と喜びに溢れた。
「ミーダー! ちょうど良かった、お前をずっと探してたんだよ。あのな、俺……」
 しかしミーダーは、スモダーの言葉を待たず、急に立ち上がるとくるりと背を向けて逃げようとした。
 ミーダーのPTSDの症状は、ジュリアの処方してくれた安定剤と睡眠薬のおかげで大分治まっていた。だから気晴らしに、散歩にでも出ようかと思って宿屋を出てみたのだ。しかし、直接スモダーを前にすると、風の唸りのような音と共にスモダーの怒号が幻聴としてミーダーの耳には聞こえていた。探していたという言葉も、また捕まえて痛い目に遭わせてやるという意味にしか聞こえなかった。
 同時にミーダーは、トラウマの原因となることは避けるようにとの、ジュリアの忠告も思い出していた。今ここで、スモダーに捕まる訳にはいかない。せっかく、幻覚症状も治り始めていたのに。
「ミーダー!? おい、待ってくれよ! 俺、お前に話したいことが……」
 スモダーは慌てて、思わずミーダーの腕を掴んだ。
「放して! 話すことなんか、何もない!」
 ミーダーは力を込めて腕を振り払うと、叫んだ。
 悪気は無かった。怒りも無かった。ただ、怖かった。それでつい、ミーダーは強い口調でスモダーを激しく拒絶してしまった。
 スモダーの胸にグサリとくるものがあった。そうだ。ミーダーは、問答無用で自分がミーダーを襲うと思い込んでいるのだ。そんなミーダーの体に触れれば、更なる恐怖感を与えてしまうことは当たり前のことではないか。どうして自分はミーダーの気持ちを考えずに、自分の思いだけを押しつけようとしたのだろう。
「……悪かったな」
 スモダーはボソリと謝った。ミーダーは意外そうに目を見開いた。
「あ、いや……僕こそ、ごめんね……」
 ミーダーはそっと目を伏せて謝ると、すぐにその場を立ち去ろうとした。
「ミーダー! どうしても俺と、話したくないのか?」
 スモダーが背後から声をかけると、ミーダーは少しだけ振り向いた。
「……僕らは、もう、会わない方がいいんだ」
 ミーダーはそれだけ言うと、走り去って行った。後を追いかけることは、スモダーにはできなかった。

 ミーダーは走りながら泣いていた。
(その通りだ。僕らは、もう、会わない方がいい。いや、僕が会えないんだ)
 マミやスモダーたちを前にするとどうしても怯えてしまう。逃げ出したくなる。
(スモダーは何か言おうとしていた。マミちゃんもだ。それなのに、話も聞かないなんて、僕は最低だ)
 それでも、押し殺しても押し殺しても込み上げてくる恐怖を、どうしようもなかった。ジュリアの忠告もある。今は、マミやスモダーたちを避けた方が賢明だろうとミーダーは判断した。しかし――
(辛いよ。辛いよ。本当は、皆と話したい。和解したい。でも、ダメなんだ。怖いんだ。怖くて、たまらないんだ。また、殴られるんじゃないかって気がして……どうしてこうなっちゃったんだろう。僕が悪いんだろうな。勇気の無い、僕が……)
 夢中で数分走ると、ミーダーは宿屋の前に戻っていた。自分の部屋に戻り、ベッドに横になると、ミーダーは夢も見ずに深い眠りへと落ちていった。

「また失敗か……」
 スモダーたちのうちの誰かが呟く。
 マミたちは家に帰ると、一同で机を囲んで頭を抱えていた。
「どうしたら、良いんだろうね……どうしたら、謝れるんだろうね……」
 マミも途方に暮れて呟いた。
「ミーダーは私たちのことを見ただけで逃げ出すし……気持ちを伝える暇が無いよね……」
 一同は沈黙した。誰も、冴えた答えを出せないようだった。
「なぁ、話はちょっと逸れるんだけどさ……」
 フーダーが思いついたように提案した。
「森に行って、あのキールとかいう狩人を訪ねてみないか? 俺、ムーダーとかいう科学者が最後に、『今更真実に気づいてももう遅い。謝ったところで、お前たちの声はミーダーにはもう届かないだろう』って言ってた言葉が気になるんだよ。まるで、こうなることを予知していたみたいじゃねぇか? 科学者の方は居場所が分かんねぇし、あの狩人なら科学者と繋がってるから、なんか知ってるんじゃねぇかな?」
 一同は唸った。
「そもそも、誰なんだろうな? あの、ムーダーっていう奴……」
 スモダーの呟きに、またしても誰も答えを出せなかった。
「なんでコウダーを殺さなくちゃいけなかったんだ? 研究の為の実験体とか何とか言ってたが、どうして、俺たちなんだ? クソッ、謎だらけだな……」
 エロダーが手を打った。
「よぅし、その辺の疑問を説く為にも、まずは行ってみようぜ、狩人の小屋。マミ、道案内してくれるよな?」
「うん……でも、ミーダーの件はどうするの?」
「今はどうしようもないだろ。それより、解決の糸口を見つけられそうな所へ行ってみようぜ」
 マミはスモダーを振り返った。
「スモダーは、どう思う?」
 スモダーは迷いながら口を開いた。
「俺は……やっぱり、ミーダーを探して謝りたい。でも、やっぱり今のままじゃ無理だな。その間に別の方向から取っ掛かりを探すのも、悪くないかもしれねぇ」
 マミは仕方なく頷いた。
「分かった。皆で、森へ行ってみよう」

4ヶ月前 No.191
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