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彼女の隣に立てるように

 ( 恋愛小説投稿城 )
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@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0




「────よろしくお願いします!」

あの日、剣道部に隣接する薙刀部の道場で響いた凛とした声。
ふと少年が薙刀部の活動を覗くと、凛と響いた声の主は素早い身のこなしで技をかける白袴の前髪のサイドを軽く結わう女子生徒。

「……ありがとうございました」

ものの数秒でついた勝利は、露骨に喜ぶことは無く、ただただ凛とした佇まいで深いお辞儀をして対戦相手に対して踵を返して結わっていた髪をほどくとこちらに向かう。
咄嗟に目が合ってドキリとすると、表情筋を少しだけ動かして少年に向かって微笑する。

「……っ……!」

思わず、見蕩れた。
思えば、あの時が少年が彼女を好きになった日だ。
ああ、願わくは。

彼女の隣に立てるように。

────────────
初めましての方は初めまして、他の執筆作品を読んでくださっている方はこんにちは、そして恋愛小説投稿域で見た事のある人はお久しぶりです、聖と申します。
こちらは前まで恋愛小説投稿域にて書かせていただいたもののリメイク……というよりは一部キャラ設定を変更してのほぼ新作の作品となっております。
更新は遅めですが文章量をぎゅっと詰めることが出来たら良いと思っています。拙い文章ですが是非読んでくださると嬉しく思います。

メモ2016/12/26 16:28 : 聖 @akira0908★Tablet-UIgVrM4Ag0

・橘 伊織 / 15 / 女 / 薙刀部

…一人称「俺」「ぼく」桜木高等学校1年2組。周りからはミステリアスクール美少年の通り名を付けられた本来は明るく敬語で毒を吐いたりする普通の負けん気の強い女の子。中学生時代はそれなりに有名な元ヤン。その際の名前は「巴」。その真相については後々。地元で有名な道場の家の娘で特に薙刀に特化している。武術なら幅広く出来る。弓道や柔道、ましてや杖道すらもお手の物。運動神経に関しては人並み、棒を持たせればそれ以上と言った所。成績に関してはあまり良くない様子。


・冬木 如一 / 16 / 女 / 薙刀部

…一人称「俺」桜木高等学校2年3組。日本だけに留まらず海外にまで名を馳せている凄い人の娘。明るく社交的でコミュニケーション能力の高い人気者。高い身長と男性的な顔つきで女子生徒から告白が多発。複雑な家庭事情を抱えているが真相は後々。喧嘩の負け知らずで「怪物」の異名を持つのだが伊織に薙刀でコテンパンにされてから薙刀部に入部する。目標は負かせて泣かす。実は頭が非常に良い。京平に対して恋心を抱いている。伊織とは高校生からの仲。


・地雷 千里 / 15 / 女 / 剣道部

…一人称「俺」桜木高等学校1年1組。皆がよくお世話になる職業のお偉いさんの娘。孤高の美女の名を持ち、男子生徒からの告白が絶えない。しかしその実情は如一同様に明るい。ただしそれは信頼している人物の前でのみ。如一とは中学からの仲。学年の壁が無いかのような親しさを見せる。剣道が強い。とても強い。運動神経がかなり良い。頭も良い。面倒見もよく家事も出来る。理想の結婚相手。伊織とは中学からの仲。


・舶来 秋良 / 16 / 女 / 剣道部

…一人称「俺」桜木高等学校2年3組。ごく普通の一般家庭に生まれる。未だ伊織との深い接点は無いが、如一の話から頻繁に名前を聞かされる。如一を負かせた相手という事もありかなり深い興味を抱いている。年下ながらも千里の剣道の桁違いの強さに圧巻され千里をかなり気に入っていると共にリスペクトしている。運動神経は人並み以上に良く成績もそこそこ。伊織とは高校生からの仲。


・平野 陽助 / 15 / 男 / 剣道部

…一人称「俺」桜木高等学校1年2組。無邪気で素直で純粋で騙されやすい不憫な男の子。千里に恋をする一途な子。伊織とは幼稚園くらいからの付き合いで腐れ縁にも程がある。伊織との関係性に色々噂が立っているが、もちろん全て嘘で逆に仲が悪いとすら言える。言動がたまに乙女らしくなり伊織をイライラさせる。アホ故に場を和ませる大事な役割。なんだかんだ言いつつも伊織を大事な友人だと思っている。


・沖海 祥大 / 15 / 男 / 剣道部

…一人称「僕」桜木高等学校1年2組。マイペースで自由気まま、悪戯好きな茶目っ気と共に少しのヤンデレ要素を持つ。千里とは幼馴染みで自称「保護者」千里に対する愛情が深過ぎて千里に近付く男はまず僕を倒せるもんなら倒してみろよスタイル。伊織と悪戯の話しやらでよく盛り上がる。密かに伊織に対して恋心を抱いているが伊織には千里が好きだと勘違いされている。剣道の腕前は良く、成績も良い。伊織とは中学からの仲。


・鳥塚 創 / 16 / 男 / 剣道部

…一人称「俺」桜木高等学校2年2組。真面目で冷静沈着、それでいて部活熱心で風紀委員、表情をあまり見せないこれこそまさにミステリアスクール美少年。融通のきかない堅物だが根はとても優しい。幼少期に伊織の道場でお世話になっており伊織とかなり親しい。伊織に対して恋心を抱いているが本人は無自覚。剣道の腕前は伊織を長期戦ではあるが負かすほど。成績は上位。伊織とは幼少期からの仲。


・宮崎 勉 / 17 / 男 / 弓道部

…一人称「俺」桜木高等学校2年2組。穏やかで優しくて温厚で真面目。保健委員でいつも優しい笑みを見せる女子生徒の密かな人気者。人の好意に鈍感で雰囲気がかなり柔らかい。創と仲が良い。伊織とは一度会った事がある気がしている。弓道部では好成績を収めており、勉学の方も特に指摘するほど悪いものはない。手先も器用。伊織とは伊織が一方的に勉に懐いており親しくしている。懐かれている自覚はあるが悪い気はしない。幼少期に橘姉弟とは知り合っていた。


・佐野 遊馬 / 25 / 男 / 薙刀部

…一人称「俺」桜木高等学校1年1組担任。泣かせた女は星の数でナイスなギルドガイと呼ばれている。保健体育専門教師。教師らしからぬノリの良さを持つ。休み時間には男子生徒と取っ組み合いをしたりもする。人に優しく自分に厳しく。生徒からもかなり好かれている。千里を無自覚に贔屓気味。


・三好 歳也 / 29 / 男

…一人称「俺」桜木高等学校1年2組担任。人にも自分にも厳しく抜かりない古文教師。厳しさのあまり好いていない生徒も居るが、人が努力した分はしっかりと認めそれを褒めてくれる人。好きな人は好きな三十路手前独身先生。祥大とは昔接点があった。祥大とは特に不仲。部活顧問は請け負ってないが風紀委員顧問と教頭職を掛け持ちしている。胃が心配。


…続きを読む(23行)

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@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



帰宅後、楔は千里に誘われ千里の家に行くことになった。千里が話を聞いてくれるとのことだったので、楔もそれに甘えて行くことにした。本当は陽助も来る予定だったのだが、陽助の方は伊織の様子を兼ねるということで伊織と共に今は行動をしている。もしかしたら後から合流する、となっているが、陽助の予想では伊織に捕まって今日の話を聞かされ陽助は陽助で行くのは難しそうだ。
もちろん、陽助は陽助の方で伊織から相談を持ちかけられ、最終的には伊織の家の方にお邪魔して夜通しで話すことになる訳だが、それはまたあとにしよう。
「ま、とりあえずなんか飲むよな。泊まるだろ」
「あ、おう」
人の家、というか女性の家にあがるのは伊織の家以外は初めてだったこともあり、正直そわそわして落ち着いていないのが事実だが、相手が気にしていないことを気にする方が却って失礼だろうと判断した楔は敢えて何か口出したりはしなかった。
千里の方でも飲み物を用意して、軽く酔っ払わせれば流石に全部吐き出すだろうなどとなかなかえぐいことを考えていたので、コーラの中にほとんど度数の入っていないアルコールを入れる。もちろん自分も飲むのできっと二日酔いだ。
母親が生前の時だったらきっと千里は鬼のように怒られていただろうが、今はもういない故にどこか割り切ってしまっている節はあった。
「おら、飲めや」
「お前……ほんっと女っ気ねえのな」
「伊織ちゃんみたいにもっと丁寧に対応してくれって?やだね」
「ふん、分かってんだったら言われるようなことすんなっつーの」
そう言うと楔は出されたコップに手を伸ばし、クイッ、と一気飲みする。いい飲みっぷりに千里も少し「おお」と言葉を漏らす。どこからどこまで話してもらえるか少しの期待を持ちながら。

「陽助ぇええええ」
「なんだよ……酔ってんのか?」
「もういっそ酔ってる方がいいよおおおお」
「なんだよ…………」
1方、伊織の家でも陽助が伊織の話を聞いていた。まだ仕込みに入ったばかりの千里の方とは相反的に、こちらはもうなかなか核心につきそうなところまでは来ている。
陽助も敢えていつもの呆れているふり、何も知らないふりを続けているが、さっきから全く本題に入らないのもあり突っ込みたくなる衝動を抑えつつ、ここは伊織が自分から口を開くのをじっと待つ。
「もうわかんないよー。陽助はさぁ、千里好きじゃん」
「えっ、あ、あー……おう」
「なんで好きなの?…………あ、いや、その反応的に……今好きな人はなんで好きなの?」
「ぶふっっ」
バレてた。
まさかその返しが来るとは思っていなかったのもあり、陽助は思わず出してもらったお茶を吹き出す。伊織は「きたねーなー」などと言いながら拭くものを陽助に投げつける。わざわざ拭いたりしないのは陽助だからだというのもある。そして陽助もそれを知っていたので「どーも」と言いながら投げつけられたタオルで吹き出した雫を拭いとる。
「なんでって……可愛い?し、優しい……し……一緒にいて楽しい……とか……」
「はっ」
「笑うなよ!!」
「いやあ?そんな理由だったらふっつーの友達にも思うなあって思って」
「…………わかんねえよ、決定打なんて。でも、なんとなく……ああ好きだなって、思う」
「……へー」
急に真面目な顔つきになって話す陽助を見て、伊織はニヤニヤと笑う。伊織にはそのなんとなく好きだという感情が分からない。こんな面倒な感情なら最初から無ければ良いのにとすら思う。
「楔にねー」
「おっ!おう」
いきなりの核心をついた発言に陽助も身構える。
「結婚を前提に付き合ってくださいって言われたけど……。よく、分かんないなあ。結婚…………結婚…………」
「ほんとにそこまで言ったのか…………。んー、結婚ってことは……一生そばにいるって事だしなあ。まあその条件だと困るのも分からなくはない。でも、一生一緒にいて、全責任とってまで幸せにしてやりたいってくらい、伊織が好きなんじゃねえの?」
「…………重荷にしかなんないのに」
「だからそれも持ってやるってことだろ」
「何それ惚れちゃう」
伊織の言う疑問に一緒に悩みながら考える陽助。最終的に、陽助にとっての結婚についての語りになってしまったのもあったが、それが伊織にとって納得したものになったようで陽助は安堵する。
もういっそ楔と付き合っちまえばいいのに、そんな無責任なことを思いつつあった。

20日前 No.84

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「振るんだったらいっそ気持ち悪いから嫌だって言えよ!!もー!!あんな断られ方じゃ諦めきれねえしていうか伊織ちゃん可愛かったよくっそおおおおお!!!!」
「は、はは……」
だいぶ時間が立ち、もはや本当に酒を飲んだ人間かのように愚痴をポロポロとこぼす楔。最終的には伊織ちゃん可愛いだの言ってそこはいつもと変わらないんだな、と思いつつも思っていたより楔の背負った精神的ショックのでかさに若干の引きすら覚える。
「なんで伊織好きになったのさ。ん?言ってみ?」
「そ、れは…………」
千里が今まで聞こうにもなんとなく聞いてこなかった……正確には聞かない方が良いかもしれないと思い触れていないところに突っ込んでみる。
楔は急に気恥ずかしそうにもごもごと口を開けたり閉じたりを繰り返して目線も右に動いたり左に動いたりで困ったのか首元に手を当てたりしたりと落ち着かない様子だった。
「…………最初は、ただの興味だよ」
「ほー」
そもそもとして口を開くとはおもってもいなかったので、こんなにもあっさり口を開いたことには驚いた。しかしそれに対していちいち突っ込んでいても話は始まらないのもあり、適当な相槌だけを千里は打つ。
「みんな俺の顔がかわいーからってさ。まあ知ってるけど。だから顔目当てで群がってきたゴミ女と俺といれば女が群がってくるって考えてるゴミ男だけが俺に近付いてきて。そん時伊織ちゃんと陽助だけは俺になーんの興味も示さないし、なんなら2人だけの世界ってヤツ?伊織ちゃん周りからは冷たいだのつまらんだの言われてたけど、陽助と話してる時の伊織ちゃんすっげぇ可愛くて……話したいなって思って……」
「ははーん、ほぼ一目惚れだな」
ニヤニヤとしながら話を聞く千里。千里の方もだいぶ仕上がってきたようで話を聞く以前にもはや自分が聞きたいから勝手に聞いてる感が否めなかった。
「それとー……あ、引っ越してきたばっかの時俺家の鍵無くして。あれ?貰ってなかったんだっけ?まあどっちでもいいけど……。兄貴も家にいねえしで寒かったし腹減ったし暗かったし怖かったし泣きそうになってた時にお父さんと一緒にいた伊織ちゃんが「どうしたの?」って。事情説明したら伊織ちゃんが俺の頭撫でてくれてさー。ふへへ、「大丈夫だよ」ーって言ってくれたの、今でも覚えてる。そんで、伊織ちゃんの家泊めてもらって……帰るとき手、繋いでもらって。……嬉しかった」
楔は右手をじーっと見たかと思えばにやにやと笑い出す。千里もよくそんな細かく覚えてんな、と思いつつも、そこまで楔にとって大切な記憶なんだなあと改めて思う。
とっさに千里が「ベタだなー」などと少しからかうように言うと、楔は少しムスッとして「うっさいなあ」と言う。怒っている姿もいつもに比べれば何100倍も可愛い。
「あと……あ、俺さー、伊織ちゃんに愛して欲しくて、キャラ作ってたらさー、男共に尽く嫌われちゃって。つっまんねえ妬みだよ?それなのに俺理不尽な目にあってー、そん時伊織ちゃんが助けてくれた。……陽助もだけどね。伊織ちゃんすうっごくかっこよくて……ああ、伊織ちゃん好きだなあって……」
そろそろ核心についてきたのかと千里ももはやわざわざ口に出しての相槌をやめて黙って楔の話を聞くことに専念し始める。
「…………二年前、伊織ちゃんのお母さん死んで、いつも守ってもらってるから俺も伊織ちゃんの力になりたいなって……思ってた、ら……い、おりちゃん、が………………」
後半になると顔を真っ赤にしてかなり恥ずかしそうに口元を抑えてその先を喋ろうとしない。その先が気になって、千里は急かすように「なんだよー」と言うと、楔は恥ずかしそうに顔を自分の腕に埋めたかと思えば顔をバッとあげて口を開く。
「お、俺の前で、な、ない、てて……その、流れでぎゅーってしちゃったっていうか…………結婚しようって決めたのはその時なんだけど」
「飛躍しすぎだろ」
思わず真顔のトーンでツッコミを入れる。何故そこから結婚にまで至るのかが全くもってわからない。
「……んで、伊織、なんて言ってたんだ、告白した時」
「…………嬉しいって。すっごく。でも、よく分かってない無責任な気持ちで楔の気持ちを受け取ることは出来ないって……」
「真面目だなー」
俺だったら付き合っちゃうかも、と言いながらケラケラと笑う千里。楔も「いっそそっちの方が良かった」だのと言ってぶすくれる。
「……いや、それまだ全然脈アリじゃん。逆に脈しか無いじゃん」
「…………そうなんだよ、それが問題なんだよ」
「問題なのか」
こうして始まった楔の伊織話をほぼ朝になるまで聞かされる千里。伊織愛されてんなー、と思っていた千里だが、心のどこかで、こんなにも一途な楔の様子にどこか千里は惹かれつつあった。しかし千里自身はそれにはまだ気付いていない。

20日前 No.85

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0

17話『想い』

「おはよー」
「はよー。どした?千里疲れてんなー」
「そ?あー、そだ。昨日楔俺の家の前でぶっ倒れてたからさー、俺楔の家知らねえし……伊織ちょっと放課後楔引き取ってくんね?あ、鍵ね、これ」
「え!?」
知ってか知らずか、何故か伊織の前で楔の話題を出す千里。もちろん、千里は昨晩みっちり聞いたのだから知っていて当然だし、これも千里の采配というやつだ。
伊織に押し付けるように千里が鍵を渡すと、千里は先にスタスタと教室の方へ戻ってしまった。どちらにせよ、頼まれてしまったことはやらなければならないということもあるし、楔が倒れてるなんて不安要素しかない。楔は伊織の顔を見るのは嫌がるかもしれないが、伊織が純粋に楔の事が心配だったこともありここは引き受けることにした。
「えっ、楔くん今日休みなのぉ!?」
後から声がしたかと思うと、びっくりして伊織が肩を震わせて振り返ると、千里と同じクラスの美桜の姿が目に入る。伊織にとって純粋に美桜は可愛いと思うし、楔はせっかく美桜に好かれているのだから自分よりも美桜と幸せになればいいとも思う。
「あ、うん、らしい、よ」
「そっかぁ。美桜、心配だな…………」
「えっと……優しい、んだね……?」
「えっ、そんなことないよぉ!橘さんの方が優しいよっ!」
話慣れてないタイプということもあり、伊織も困ったようにタジタジになりながら頑張って美桜の対応をする。このままじゃ美桜に話しかけられたまま教室へ行けないのが察知できてきたので、一刻も早く切り抜けたかったのだが、周りは美桜と伊織の物珍しい組み合わせにただ眼福だと言わんばかりに見つめる男子ばかりでとても話にならない。
「はーい伊織ちゃんもらいまーすどいてねー」
「わっ、祥ちゃん!」
棒読み満載で祥大がやってきたかと思うと、伊織の肩を引いて伊織より少し前をスタスタと歩く。それに追いつくように伊織も小走りで祥大のあとをつけた後に、「ありがとー」と祥大に礼を言う。
祥大はニッコリと笑った後にどういたしまして、と言って軽く伊織の頭をぽんぽんと撫でた。
「あ、それより……今日楔くん休みなの?」
「あー、うん。倒れたみたいで……」
「えー、それは心配だなー。楔くん大丈夫かなー、何か大きな病気だったらどうしようー」
もう1度棒読みでははは、と勝ち誇ったような笑いをしながら祥大は今までにないくらい幸せそうに笑う。伊織もいつもとは違う雰囲気の祥大だと察して、よく分からないけど「良かったね」と言いながら祥大の頭を軽く撫でる。
「……え、あ……伊織、ちゃん」
「?」
「い、いや!なんでもない、はは、嬉しいなぁ……」
幸せそうに伊織の手を受け止める祥大。すると伊織も祥大に釣られたかのように軽く微笑む。祥大の頭から伊織の手が離れると、祥大は少し寂しそうな表情をしたかと思えば伊織の腕を掴んで、伊織のてのひらに軽く頬をすりすりと寄せる。
「はは、祥ちゃん猫みたいで可愛いね」
「ふふ、伊織ちゃん専用だからね」
可愛いものを見るかのように笑う伊織に、意地悪っぽく、それでもどこか甘ったるく微笑む祥大。祥大は、楔の居ない束の間を堪能することを心に誓った。

19日前 No.86

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「はー…………何やってんだ……俺……」
千里の家に本当に泊まった挙句、どういう訳だか昨日の記憶がほとんど無い。なんだか暴れた記憶はあるのだが、逆に言えば楔の記憶はそれ以外なかった。
「伊織ちゃんに会いたい……」
そんなことを呟きながら、なんだかだるい体で起き上がると激しい頭痛でその場に悶絶。ますます昨日何したかがわからない。起きた時に分かったのはなんとなくはだけた制服とけだるさ。まさかのまさかなどと考えていたが思春期特有の考え過ぎだろうと思ったし、いくら記憶がなかろうと伊織以外の女子に手を出すほどの魅力が他の女子にはない。
最悪の可能性は自分の伊織への愛のおかげで証明されたこともあり、心の中でどこか「流石俺」などと調子に乗っていた。
「伊織ちゃんに会えたらもう1発で元気なのになー伊織ちゃん伊織ちゃんんんんん」
また違う意味で悶絶し始める楔。これはもう1人だから出来ることであって、誰かがいたら絶対にできない。誰かの前でやれなんて言われた日には迷わず自害を選ぶ。
今からでも学校に行こうかとも思ったが、本格的に体調を崩したことにより行くのはキツかった。連絡を入れる?もしかしたらしつこいヤツだと思われるかもしれない。電話をする?まともに話せないのに電話なんてできるわけがない。
ストーカーじみた行為はするにも関わらず、一般的な事ができないある意味ピュアな楔。正直周りから見ればさっさと動けよと思わなくもないのだが、そう簡単に上手くいくまい。
取り敢えずスマホを開くと、ロック画面に出てくる伊織に癒される。ちなみにロック画面を開く時のパスワードはもちろん伊織の誕生日である。普通自分の誕生日を入れるものだが。万が一伊織がスマホに触れたりなんかしたら1発で開けられてしまうだろう。
「…………伊織ちゃんと結婚したい…………」
キャラを作らなくていいからかは分からないが、どういう訳だか楔の頭の中は本当にそんなことしか考えていなかった。伊織ちゃんと結婚したら伊織ちゃんの苗字は縁になるのかあだの子供は邪魔だからいらないなあだとか本当に下世話なことしか考えていない。
「俺が居ないからって沖海好き勝手やってんだろうな…………ぜってぇ内蔵引きずり出して町内一周するわ……決めたアイツほんとに殺そ…………」
疲れからか、それとも日頃のストレスからか、それとも体調を崩した反動故か、いつもより発想が何倍も突飛になっていて、唐突に思いつくことはグロテスクかつ非平和的なことだけだった。
するとスマホから着信音が鳴り、なんだなんだと電話をかけてきた相手を確認もせずに通話ボタンを押す。
「あっ、楔?元気してるかー」
「楔大丈夫ー?」
「いや伊織お前は自分の携帯からかけろよ」
「こっちの方が効率的」
「へいへい」
「んん…………陽助ぇ、と、…………伊織ちゃん……」
しっかりと働いていない頭で話す2人の声を聞いて名前を当てる。そして1度冷静になってハッとする。
「伊織ちゃん!?」
「あ、うん。ごめんね、いきなり。心配だったから」
「いやこれ俺の携帯だけど」
「ケチ。今日から陽助のあだ名ケチャップだから」
「すまんちょっと意味わかんねえ」
受話器越しに聞こえるいつもの慣れ親しんだ声にじんわりと暖かくなる。伊織ちゃんに会いたいとは言ったけれど、声聞けるだけでも幸せだった。そんなことをふふふと笑みを作りながら笑う楔。
「2人ともありがとねぇ」
「ちょ、楔声ガラッガラじゃねえか!!熱いくつだよ熱!」
「え?ちょっと待ってー」
声がガラガラ。ますます昨日の夜何したのかが気になるところだ。起きた時にはちゃんと布団で寝かしつけられていたし、何よりも居間に昨日の痕跡がなかった辺り、昨日の夜自分たちで片付けたか朝千里が片付けてくれたかの二択だ。
恐らく後者だと思われるが、これは千里が帰ってきた時にでも聞いてやろう。もしかしたら毒を盛られたのかもしれない。(あながち間違いではないが)そんなことすら思い始める。
「んとねー、37てん8!ってマジで!?」
「本人が一番驚いてるし……」
「楔寝てた方が良いんじゃない……?おら電話切れよケチャップ」
「それ固定する気満々だな」
地味にはかっていた体温が地味に高くて思わず声が裏返る。確かにこうして誰かと話して意識的に声を出すと分かってきたが、喉が痛くて声もカスカスだ。
「取り敢えず楔、ちゃんと寝てろよー」
「楔いないと寂しいからねー」
「そうだそうだ。早く元気になってくれ」
陽助と伊織の小学生の時と変わらない優しさになんだかもはや泣きそうにすらなってきていた。本当に良い友人に恵まれたものだと楔は改めて思った。

19日前 No.87

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0

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19日前 No.88

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0

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19日前 No.89

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「楔何食いたいー?てか何食えそうー?」
「伊織ちゃんの食べたいものならなんでも!」
「なんでもいいよー。ていうか食べれるの食べないとダメだよ」
「むう」
楔が少しぶすくれると、千里も「困ったやつだなー」と言いながらも献立を考える。その姿はもはや主婦そのもので頼りがいのあるものだった。楔が千里ちゃんおかあさーんなんて言うと病人に対して慈悲のない1発を楔に御見舞する。
伊織も言いかけていたことなのでその様子を見て急いで口元を抑える。楔は伊織をぎゅうっと抱きしめると「伊織ちゃんいじめちゃダメだよぉ」なんて言いながら怖くもなんともない逆に可愛らしい睨みを千里に見せる。
千里は「お前の瞳の奥にある殺意の方が怖いわ」なんて思いつつもへーへー、と適当に肩を竦める。
「はー、今日は伊織ちゃんと一緒にいれるのかあ、幸せだぁ」
「寝室離すからな」
「嘘でしょ」
「おい一緒だと思ってたのかよ嘘だろおい」
伊織にスリスリと擦り寄り幸せそうにふにゃふにゃと女の子らしい笑みを見せる楔に真顔で当たり前のことを言う千里。そしてそれを聞いて驚いて目を見開く楔にそれに対して更に驚いてもはや呆れる千里。伊織はきょとんとしながら話には混ざってこない。
「ていうか楔そんな近いと伊織に熱うつすぞ」
「うっ」
「あ、気にしないで大丈夫だよー。楔がそれで早く治ってくれたら俺はそれでもいいし!」
「もうやだ何この子育ち良すぎない?」
「もうやだ伊織ちゃん大好き」
千里が楔に一つのことを指摘すると確かに、と楔も低いうめき声をあげて少し伊織から距離をとる。それに対して伊織はあからさまに楔を気にかける発言をして千里には頭をぐしゃぐしゃと撫でられ楔にはせっかく距離をとっていたにも関わらずまたもやぴと、と伊織にくっつく。
「伊織ちゃん熱出したら俺が看病してあげるからねぇ!」
「いやお前うつすなよ」
「………………うん!」
「なんだその間は!!」
ぎゃーぎゃーと目の前で軽く喧嘩が始まるのを伊織は生暖かい目で見つめて「仲良しだねえ」なんて呑気なことを言う。しかしそれを言い合いをしている千里と楔の耳に届くことはなく、一人取り残されたまま夜は更けていった。

19日前 No.90

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0

18話『動』

「1日お世話になりましたー」
「ありがとねえ」
「いやいや……お前らほんとに一緒に寝るとは思わなかったわ……」
「楔がどうしてもって言うんだからしょうがない」
「結果的にはちゃんと治ったし伊織ちゃんも熱出してないからいいじゃあん、ケチぃ」
「はいはい。お前ら今日学校どうすんの?」
「行くよ!」
「俺はなあ、うん、伊織ちゃん行くなら行く」
「そか。俺もあとから行くわ」
翌日、水曜日。昨晩はどうしてもと駄々をこねた楔に負けた伊織は特に何も気にすることなく1分もしない内に熟睡だった。もちろん楔は伊織を抱き枕にして一晩中それを堪能していたのもあり小1時間寝れたか寝れていないかくらいの睡眠しか取っていないにも関わらず、今までにないくらい良い目覚めになったうえに今までにないくらいの元気が有り余っている。
伊織ちゃんの寝顔可愛かっただの伊織ちゃんいい匂いしただの伊織ちゃん柔らかかっただの伊織ちゃんの吐息幸せだっただのしょうもない事しか考えていない楔の頭はさすが思春期と言うべきか。
「あっ、楔くん!おーはよっ」
「はぁ!?」
「わあ。上野さんおはよー」
「伊織ちゃん、おはよー」
どこから出てきたのか分からない美桜が楔の腕に巻き付きながら挨拶をする。楔の目はもはや光などなく死んでいて、伊織は仲良しだなあなんて思いつつも美桜に丁寧に挨拶をする。
美桜も少しめんどくさそうにしながらもしっかりと伊織に挨拶をする。楔は巻き付かれた左腕を力無くだらんとおろしている。
「楔と美桜ちゃん仲良しだねえ」
「え!?」
「やっぱりい?美桜も楔くんと仲良しだと思う!」
「いや、俺は伊織ちゃんの方が…………」
「楔くんも美桜との方が仲良しって言ってる!」
「んん?」
笑顔でちょっと違うことを言った美桜に対して伊織はにっこりと笑ったまま首を傾げる。伊織の前であるが故に下手に美桜の巻付きを解こうなんてしたら恐らく伊織に軽く怒られる。それだけは避けたいのもあって楔はなかなか振り払えずにいた。本当は今すぐにでも振り払ってしまいたいのだが、伊織の手前、少しは我慢をする。

『もしもだよ、伊織ちゃん』
『んー?』
『俺がさぁ、本当はもっと乱暴で粗暴で荒くれ者で、近寄ってくる人みんなゴミとか思ってるようなひっどい奴だったら……伊織ちゃん、俺のこと嫌いになる?』
『え?いきなりどしたの?んー……でも、楔は楔だよ。確かにびっくりするかもしれないけど、楔の事大好きだし、その程度じゃ嫌いにならないよ。あ、でも邪険に扱われたら寂しいかも』
『………………そっかぁ』

昨晩、楔が伊織に聞いたこと。いっそここで実は昨日の伏線なんだ的な事を言って美桜の腕を振りほどいてやろうかとも思ったが、いくら伊織が嫌いにならないと言っていても、それでもやはり楔は怖かった。
伊織に嫌われるくらいならいっそ、美桜と付き合う方がマシだと思ってしまうくらいに、伊織にだけは嫌われたくなかった。

18日前 No.91

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



────お願い、伊織ちゃん。いっそ俺の想いなんて受け止めなくてもいいから、だから……俺の事は嫌いにならないで。俺もたくさん伊織ちゃんの事愛するから………………だから、伊織ちゃんも、俺の事を、たくさん愛して。

「祥ちゃーん!おはよ!」
「ん、伊織ちゃんおはよう。……と、楔くん。元気になったんだね。おはよう」
「ありがとぉ、沖海くんっ!おはよお」
伊織が手をブンブンと振りながら祥大に挨拶をすると、祥大も口元を綻ばせて優しく微笑んだかと思えば伊織に挨拶する。隣にいた楔には適当な言葉を投げかけて、適当に挨拶する。それにもちろん気付いた楔も、にっこりと可愛らしい笑みを見せつつ、鋭い眼光で睨みをきかせるように祥大の事をじっと見つめる。
「…………こわ」
思わず祥大が小さく呟くと、伊織は可愛く首を傾げて「どしたの?」と祥大に尋ねる。
祥大もいっそ楔の事を言ってやろうかと思ったが、あの鋭い眼光を見てしまった手前、正直下手なことをして朝日どころか伊織が拝めなくなるのは出来れば避けたかった。
それだったらまだ何でもない、とやり過ごして可愛い可愛い伊織を遠からずも見つめていられる日々を選ぶ。
「あっ、楔くんっ、あの、ちょっと来てくれないかな?」
「え?上野さん……?な、なぁに、俺に何か……」
「ちょっとでいいから二人になりたくってぇ」
「で、でも、伊織ちゃん、が…………」
「んーん、俺の事は気にしないでもいいよ。行ってあげなよ、楔」
「…………伊織ちゃんが言うなら……」
もちろん、楔の瞳には少し寂しげに笑って見送る伊織を捉えていたのだが、ここで下手に残るなんてことを言っても美桜の逆鱗に触れるかもしれいし、伊織にもしかしたらとんでもない火の粉がかかるかもしれないと思うと、楔は居てもたってもいられなくなって、伊織の言う通りに行くことにした。
それを伊織の隣で見ていた祥大は、本当に伊織ちゃんのいう事はなんでも聞くんだな、と思いつつもちろん祥大の瞳にも映った寂しげな笑みを見せる伊織を捉える。
────ねえ、伊織ちゃん。僕を見てよ。
楔が引きずられるように教室から出ていくと、美桜派の男子生徒は「アイツほんとムカつくなー」などと愚痴をこぼしており、逆に伊織派の男子生徒はやっと邪魔者が居なくなったとでも言いたげにやましい笑みを見せる。
「あっ、た、橘さん!」
「んー?」
おもむろに立ち上がったかと思えば伊織に話しかける一人の男子生徒。
「あの、その、じ、実は遊園地のペアチケットもらったんだけ、ど……」
「え?僕と行ってくれるって?嬉しいなあ。じゃあ今度一緒に行こっか」
「いや沖海じゃないんだけど」
「遊園地かあ!ここ最近行ってないなぁ。祥ちゃんは冬木先輩とこの前行ったって千里から聞いたから祥ちゃんはいいじゃん!それに俺遊園地行きたいし!」
「えっ、じゃあ……」
「僕ら二人にペアチケットあげるって?うわー、君は優しいなあ。ありがたく貰うね」
「えっ、そう言う意味だったの?」
「ちがっ……」
「そういう意味。今度2人で行こうねっ」
「うんー!」
ゴニョゴニョと少し落ち着かない様子で話をすすめる男子生徒に、それを厳しい目つきで見る祥大。しかし男子生徒の方はと言うと伊織にしか眼中が向いていないため、厳しい目つきで見てくる祥大には気づけなかった。
ちょくちょく祥大の邪魔がありつつも一緒に行けるかもしれない、とありつけたところで祥大の邪魔によって男子生徒は薔薇色の夏休みを逃す事になった。ここで手に入れていても、薔薇色の夏休みにはならなかったとは思うが。
後に、伊織に話しかけた男子生徒は「勇者」と呼ばれるようになる。そしてそれに対する楔は裏では「番犬」と呼ばれ祥大は「厄介」とすら言われるようになっている。
番犬に負ける勇者がいてたまるかという話だが。
「あ、えっと、ありがとう!」
しょぼんとしながらグループメンバーのところへ戻ろうとした男子生徒を伊織が引き止めたかと思えば、小さく笑って礼を言う。男子生徒の方はと言えば正直もうそれでいっそ死んでもいいとすら思い始めていた。
まあ本当に口に出してしまえばこういう時は全力で協力する楔と祥大にボッコボコにされる訳なのだが。
祥大が伊織の頭をいい子、と撫でると丁度よく楔も戻ってくる。祥大の勝ち誇ったような笑みがなんとも頭に来る。
「おっ、おい、橘どうだった!?」
「やばかった、超可愛かった……死ぬかと思った」
「お前いいなあっ、俺も橘さんと話してみたいわ……」
「それよりも伊織って呼んでみたい!」
コソコソと下世話な話をする男子生徒達に楔が気付かない訳がなく、後でアイツら締め上げようなどと物騒なことを考えていた。

18日前 No.92

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「橘ー」
「ん?…………んん?えっと……どちら様……?」
「え、同じクラスなのにひどくね?まあいいけど、橘この前弓道の大会ん時居たろ?」
「え?あっ、うん。もしかして……弓道やってるの?」
「おう。そうなんだよな。やっぱ橘も強いんか?」
「いや、弓道は全然ダメで……。弓道出来るなんてかっこいいなぁ」
「へへ」
「伊織ちゃん、そんなこと言ったら俺の方が弓道強いよぉ?」
また1人勇者が増えたかと思えば、それを尽く邪魔しにかかる楔。伊織が尊敬の眼差しで弓道部所属の男子生徒のことを見つめると、弓道部所属の男子生徒も満更でもなさそうに笑みを浮かべる。しかしそこに割って入って楔が伊織の事を後ろからぎゅうと力強く抱きしめながら優しい口調で話していると同時に、楔の優しく下がったタレ目には殺意と憎悪が塗れていて、そんな目で見つめられてしまえば思わず怯んでしまう。
伊織が「それは知ってるけどー」なんていいながら楔の方を見ると、楔の殺意と憎悪に塗れた瞳はパッと消え失せ愛しいものを見る瞳に切り替わる。
「あれ?いつまでそこにいるのぉ?授業始まっちゃうよお?」
「……チッ……」
くすくすと笑いながら追い打ちをかけるように話す楔。伊織に話しかけた男子生徒は舌打ちをしながら自分の席へと戻る。楔も「やんなっちゃうねえ」なんて言いながら伊織の事を守るかのようにいつもより強めの力を入れて抱きしめる。
周りから見たらもう紛れもないバカップルだが、仮にも楔は既に一度振られていて、伊織も振っている。それでも、この2人は不思議な事になんのぎくしゃくした関係を持ちもせず、いつも通りの、前通りの関わり方に過ぎない。なんなら少し楔が伊織に対するスキンシップは過剰になっているのだが。
「いっ、伊織ー!!!!そ、相談と頼みがある!!!!」
「ちょっと陽助ぇ、伊織ちゃんとイチャイチャしてたのにいきなり現れたかと思えばなんだよぉ」
「うるせえ!!伊織借りるぞ!!授業次サボるって言っといてくれ!」
「はあ……?」
陽助も慣れたもんで、楔の腕の中から伊織を解放すると、伊織の腕を引いて廊下に出ていく。流石に楔も陽助が変な気を起こして伊織を好きになるなんてことは確実に無いと信じていることもあり、陽助に関してはなんの文句もなくそれを見送る。
陽助に腕を引かれて、屋上に出たかと思えは、陽助はいきなり両手を合わせて「頼む!!」といきなりの懇願をする。なんだと思い伊織が「なんだよー」と言うと、陽助は落ち着かない様子であっちを見たりこっちを見たりとまだ戸惑っている様子だった。
「な、何、ほんとに……」
「…………秋良って、何が好きだと思う?」
「……………………は?」
陽助の口から出てきたのは千里ではなく秋良。なんとなく別の好きな人ができたんだろうなあとは思っていたが、よりによって秋良なのはよく分からなかった。
そもそも伊織との接点が皆無に等しい。
そして陽助の三年の片思いも、ようやく終止符を打ったということかもしれない。
「いや、その、遊園地行った時……ていうか、そのもうちょい前から秋良が俺にアドバイスとかしてくれてたんだけど…………なんか、そのうちに……好きに、なってて……」
「お前惚れっぽいな」
「うぐっ。と、とりあえず、知ってること……教えてくんね?」
「えー、知らない……。まあまた遊園地でも誘えばー?そん時告白でもすればいいだろ」
「お前他人事すぎねえ?」
「だって他人事だし」
「…………お前はそんなやつだよな」

18日前 No.93

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「そういや、千里どうすんの?」
お前に頼った俺が馬鹿だった!とぶすくれて伊織の背中の方にある屋上から出ていく。伊織の中で気になっていたことがあるので、それを屋上から出ていこうと扉に手をかけた陽助の背中に向かって投げかける。
ちょっとカマをかけてみるつもりが思っていたよりも来たらしく、陽助は固まったまま動こうとしない。「おーい」と言いながら胡座をかいたままそのままごろーんと寝転んで陽助の方を見ると、陽助はスタスタと伊織の方に向かい、伊織の顔を覗き込むようにしてしゃがみこむ。
「どーすんの、お前」
「……それは……」
伊織は寝転がったまま、頭の方に居る陽助をじっと見る。陽助も困ったように口を尖らせて目線を左右に行ったり来たりさせる。
「そんな中途半端な気持ちじゃ、秋良はもちろんだけど……何よりも千里に失礼だよ。ちゃんと言ってやらねえと」
「…………ん」
伊織は敢えて陽助からは目線を外して千里に失礼だということを陽助に伝える。陽助も納得したのか、小さくこくりと頷きながら小さく返事をした。
「それに、まあ……千里なら、確かに最初はからかってくっかもしんねえけど、陽助も真剣に相談すればきっと千里も真剣に相談に乗ってくれるから。だから取り敢えず、行ってこい。そんで、初恋に終止符を打て」
「ふは……伊織の癖にかっこいいこと言うじゃねえか」
「そりゃどうも」
次はちゃんと目を合わせて伊織が陽助に言うと、陽助は緊張していたのが解けたのか、いつも通りのふっとした柔らかい笑みを見せる。伊織もそれに安堵し、軽く陽助の頭に手を伸ばしそのままぽんぽんと二度軽く叩くように撫でる
「…………は」
陽助も思いがけない伊織の行動に有り得ないとでも言いたげに目を見開いて唖然とする。
「いや、いくら今は違う人が好きでも、振られるのってきっとしんどいと思うから。だから……てめぇが俺んとこ泣きつく前に、先に慰めてやる」
「……お前、ほんっと余計なお世話。はー、俺伊織の事好きになってたらこんなことになってなかったのかなー……」
にしし、と笑みを見せると、陽助は暫し目をぱちくりさせたかと思えば脱力したかのように伊織の自分の頭を撫でてきた手をどかし、それを伊織の頭の上に乗せる。
そんな謎の行動をしながら陽助の言った言葉には、伊織も驚いたようで一瞬キョトンとする。
「それは……どうだろうなあ。因果ってのは不思議なもんで、最終的にはあるべき所に戻っちゃうんだからさ。きっとお前は、どんな因果でも千里を好きになってたと思うよ」
「……はっ、かっこつけやがって」
「俺がカッコつけるのは今に始まった事じゃないからね」
またいつものにしし、と笑みを見せる伊織。こういう時、やたら陽助が楔を置いて伊織を借りる時は、ほとんどは陽助は伊織に助けを求めている。精神的な何かを支えて欲しくて、こうして伊織を頼りにする。
小学生の時みたいに、2人で居る時間は不思議と落ち着くもんで、なんだかんだと喧嘩をしていても、どちらかが精神的に疲れている時はこうして2人で一緒にくっだらない話をする。
「伊織さ」
「ん?」
「好きな奴出来たら教えろよ。力になれるー……かは、分かんねえ、けど。力にはなりてえしさ。それに、俺ばっか世話になるのも……なあ?」
「借りを作るだけ作って最後にビービー泣きながら返してくれればいいのに。おあいこってことか」
「そーゆーこと」
陽助も伊織に釣られたようににしし、と笑うと軽く伊織の頭を撫でる。伊織はそれを暫く受けた後に、寝転がっていた上半身を起こそうとする。それに気が付いた陽助も、伊織から数歩後ずさりして、なんとかおでこと歯の衝突は防いだ。
「ま、とりあえずは……」
「二人仲良く怒られに行きますか」

17日前 No.94

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結局、教室に戻った後は歳也にこってりと絞られたが、それに関しては陽助も伊織もケロッとしていて、終わったあとは2人で軽く腕をぶつけてにしし、と笑う。
それをむすーっとしながら面白くなさそうに見つめる楔。
「なんかさぁ、陽助と伊織ちゃん仲良すぎて嫉妬するぅ。相棒感凄いんだけどお」
「いやいや、ガキの頃から嫌でもこんな奴と毎日顔合わせてたら嫌でも考えてることの一つ二つ当てられるだろ」
「じゃあ陽助今俺が何考えてるか当ててみろよ」
「歳也話長かったなぁ……だろ。知ってる。お前も当ててみろよ」
「はっ、何でバレてんだし。陽助はー……ああ、腹減ってんのね……」
「ほら。こんな感じで」
「ちょっと意味わかんないかなぁ」
楔は面白くなさそうにむう、としながら2人のやり取りを見る。それでも無理にでも中に入ったり無理やり止めたりしないでただ見るだけで済むのは相手が陽助だからだということはもう言わずとも知れている。
正直先程サボった授業は4時間目ということもあり、そのまま昼休みに入るのもあってわざわざ教室に戻らなくてもよかったのだが、陽助の地味な真面目さ故にわざわざ教室まで戻った。変なとこ真面目なのが陽助のいいところとも言えるだろう。
「昼飯購買と学食どっちにする?」
「俺学食」
「分かってんなー、伊織。楔は?」
「えっ、あー……俺もできるなら一緒にご飯食べたかったんだけど……先約が居て……」
「上野さん?」
「違うよぉ、千里ちゃん」
「ほんとに楔と千里は仲良しだなあ」
「えっ、そんなこと……」
「予定入れてんだろ。早く行ってやんねえと相手に悪いだろ」
「あっ、そうだね……。ごめんね、伊織ちゃん、陽助」
陽助の伊織の言葉をただ真似しただけの事に伊織の頭の中で陽助が猿だのオウムだのとなかなかシュールなことになっている。
伊織からすれば楔が一緒にご飯が食べられないのは最近多いなとは思っていたしそこまで気にかけていなかったけれど、今までそばにいた人がいなくなる空虚さが残って少し後味が悪い。
だからか、そんな日は偶然かそれとも図っているのか、祥大やたまに勉と創が伊織とご飯を食べるのに付き合ってもらう。陽助も最近は楔と千里とで完全に仲間はずれにされていたのが気に食わなかったので、今日は陽助もいるしで少し伊織は嬉しい。
その中に楔が居ればいいななんて思うのは、きっと3人が落ち着くからだと、伊織はそう思っていた。
本当は、それだけじゃないのに。
「伊織ちゃん今日学食なの?僕も一緒にいい?」
「あ、祥ちゃん。いいよー。今日は陽助も居るよ」
「陽助?珍しいね」
「ね」
「……なんだよその目は」

「はああああああああああ」
「人の顔見るなり盛大なため息しないでくれますう?」
屋上では、楔と千里が2人で昼食を取っていた。千里を見た瞬間にガックリと肩を落として長いため息を吐く楔に、それに露骨に嫌がる千里。無理もない。誰だって顔があった瞬間にため息なんて吐かれたらいい気はしないだろう。
「地雷は悪くねえけどよー……まさか今日伊織ちゃんにご飯誘われると思ってなかったあ!!!!」
「なんだよ、連絡してくれれば行ってもよかったのに」
「あ?先に約束してたのはお前だし、それ破って一人にするわけにいかねえだろ。そっちだって約束なんか断ってきたんじゃねえの」
「……!………………気が利くな」
面倒くさそうに、どこかだるそうに千里に言う楔。しかし悔しいことに千里は、そんな楔の姿にどこかときめいてしまっていた。

17日前 No.95

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19話『心』

“伊織ちゃんの本心が知りたい。本当に俺の事が友達としてでも好きなのかが、怖い”
友人の今にも泣き出しそうな弱々しい声でそんなことを言われてしまい、千里もそれに乗らない訳には行かなかった。一筋縄で行きそうにはなかったのもあり、伊織にも申し訳ないがちょこっとアルコールを混ぜたジュースをお見舞いすることにした。
明日は金曜だし、もし体調が悪くなっても早退してしまえば土曜日日曜日とあるわけだから、まだそこまで急くことは無いだろう。そんな事を思いながら飲み物を用意していると、インターホンがなり、自動ロックを解除すると玄関の方から「す、すげぇ」と感嘆の声を漏らす伊織の声がする。
「わりーな、そっち行けなくて。こっち来いよー!」
「あ、お、お邪魔します……はは……」
キッチンに立ったまま千里が伊織に声をかけると、伊織も少し緊張したように恐る恐る扉を開けて居間にお邪魔する。今日は千里に相談事があるとの事で伊織は家に招かれたわけだが、もちろん今の千里には相談という相談はなく、逆にそれを解決するために奮闘している事だった。
「楔と泊まった時も思ったけど……ほんとに綺麗な家だよなあ。女子力高い」
「ちげぇよ、なんか気になっちまうだけ」
「わ、分からんなあ……」
キョロキョロと落ち着かないように辺りを見回しながらただただ関心したように伊織が言うと、千里が苦笑するようにそれの答えを返す。そしてさらにそれに対して伊織は本当に意味がわからないとでも言いたげなトーンだった。
千里がオレンジジュースの中に仕込んだアルコールの入ったコップを伊織に渡すと、伊織は「オレンジジュース好きってなんで知ってんの!?」などと驚いたように言われる。
もちろん楔情報だ。延々と聞かされる伊織の話のせいでついに千里にも伊織の好き嫌いの一つや二つ分かるようになっている。
正直、ここで千里は侮っていた。
何せ千里の予想では、伊織はめちゃくちゃ酒が弱いと、そう読んでいたからだ。

さて、答え合わせをすると、千里が酔いかけて来ている時でも伊織は千里の倍の量を飲み、そしていまでも完全にシラフ、なんならまだまだ余裕とでも言いたげだった。
「このオレンジジュースうまいなあ。カクテルみたいな味する」
「飲んだことあんのか?」
「いや、ない」
挙げ句の果てにはほとんどアルコールの入っていないカクテル扱いだ。途中から伊織のオレンジジュースについだアルコールを少し多めにしたのだが、それでも全く、酔うどころか平気そうに自らオレンジジュースをいれてはガバガバと飲んでいる。
もしかしたら伊織が酔った頃には千里は泥酔だろう。却って眠っている可能性もある。
「そういや千里さあ、相談ってなんだよ」
グビ、とオレンジジュースを喉に流し込みながら伊織が言う。お前まだ飲むか、そう思いつつなんという言い方をしようかと暫し考え、働いているかわからない頭のまま相談を持ち込んでみる。
「俺の友達がさー、好きな子に告白して、振られて……そんで、今でも友達と仲良くしてんだけど、本当は友達は気まずいんじゃねえかなーって困っててさぁ。まぁ俺の相談じゃないんだけ………………っ、ど」
危うくしゃっくりが出そうだったので無理矢理喉に押し込んで最後の方は言う。もしここで下手にしゃっくりなんて出したら酒だとバレる可能性もある。なんならカクテルみたいなどと言ったあたりもしかしたら酒が入ってることを既に見抜いているかのようにすら思える。
「はあ?馬鹿だなあ。気まずかったらまず告白された相手が告白した奴を避けるだろ。避けてねえなら問題ねえの。まだ好きだし、友達として仲良くしたいから一緒にいんじゃねえの?…………てか陽助言ったんかな?」
少し遅めの喋り方になり呂律が不安な千里とは反対に、流暢に噛むこともなくペラペラといつも通りに話す伊織。あまりにもの酔わなさにもはや酒をそのままついでみるも、「これ変な味の水ー」などと言いながらグビグビと飲む。
「伊織……酒つえぇ…………」
「ん?どした?」
「いんや、なんでも」

17日前 No.96

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伊織が酔いだした頃には、もう既に千里は爆睡だった。伊織も疲れてんのかな、と思いつつ千里の背中に自分の来てきたパーカーを掛けてやると、伊織も時間帯的に帰るわけには行かないし、そのまま机に突っ伏して眠らせてもらう事にした。

朝起きた時には、伊織は少しの頭痛がする程度で、今日はなんだか体調が優れないなあ程度だった。それに反して千里はと言うと伊織が起きる前に何度か吐いているし、頭はズキズキと今までの2倍3倍も痛んでいて、もう伊織とは学生時代には飲まねえ、と心に誓った。
「伊織、はよ。起きたんか」
「おー……。ちょっと風呂借りていいか?昨日入ってねえなあって思って」
「別にいいけど……学校行くんだろ?長風呂出来ねえぞ?」
「大丈夫、長風呂タイプじゃないし」
頭がズキズキと痛んで正直立っているのも少ししんどい千里に対して、伊織はケロッとしていてそれどころか風呂をかしてくれ、だ。確かに千里も伊織が起きる前に入ったはいいものの、なかなか匂いが取れず長風呂間違いなしだった。
千里は伊織の背中に掛けてもらったパーカーを返しそびれたな。などと思うも、風呂が上がった後に渡せばいいかと思い掛けてもらったパーカーを畳む。
楔の好きな人。
分からなくはない。いい奴だし、優しいし、気も利くし、そのうえ凛々しい顔立ちは女子でも一瞬は見とれてしまうほどかっこいいものだし、何よりも薙刀をやる時の鋭い眼光は何かを射抜かれているようでドキドキする。それだけじゃない、最大手は伊織の笑う姿は、本当に綺麗だ。
気が完全に抜けたように笑う時はふにゃふにゃとした楔にも負けない可愛い顔で笑うし、何かを吹き出すように笑う時は少し眉を下げて笑う姿が綺麗だ。画家のモデルにでもなりそうな笑い方は確かに男だったら惚れていただろう。
それなのに何故か。楔が伊織の話をすると、何故か無駄に胸がズキズキと痛む。何故かはわからない。分かるものなら分かりたい。
「ふあぁ……風呂暖かくて寝るかと思った……。悪いな、風呂借りて」
「あ、おう。上がるの早いな」
まだしっとりと伊織の髪は濡れていたが、ほとんどはちゃんと拭き取ったようだし、あとは時間が経てば勝手に乾くだろう。
「…………伊織あんま匂いしねえな」
「えっ!?なんの!?」
「さ…………オレンジジュース」
「オレンジジュースって匂いつくのかなあ」
すんすんと千里が伊織に鼻を寄せると、酒の匂いはほとんど取れていた。それどころか自分の家のボディーソープのいい匂いがしたくらいだった。酒に強い奴は匂いもつきにくいのだろうか?そんな事を思う。
「とりあえず朝飯作るけど……何がいい?」
「任せます!」
「はいよ」

17日前 No.97

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「悪いなあ、至れり尽せり」
「うっせ。伊織帰らす前に寝ちまった俺が悪いんだから気にすんな」
「千里は気にしぃだなあ」
そんな事を言いながら朝食に出てきたきつね色に焼けたパンを口に含む。伊織の家はいつも朝食は和食だ。射水が起きていればしっかりと食べるし、寝坊したりした時は茶碗1杯分の白米を口に放り込むのみ。朝からパンというのはなかなか新鮮で、伊織は小学生の時の修学旅行以来だのと思う。
まあ、小学校の修学旅行で出てきた朝食のパンはこんがりと焼けた美味しそうなパンなんかではなく、なんの手も施されていないパンにジャムとバターが付いているだけだったので食べるのに苦労したが。
というか伊織は給食やらなんやらでパンを食べる前まではパンは消しゴムとして使うものと思っていた節もあり、何世紀前の画家かと尋ねたくなるものだ。
「伊織さー、体調悪くねえの?大丈夫?」
「はあ?どした?お前。別に、ちょっと頭いてえなあくらいだけど……偏頭痛持ちだし割と今更」
「え?お前偏頭痛持ちなの?」
「あーっ……と……楔には言うなよ?過剰に心配されるから。陽助以外には言ってねえんだよ」
「偏頭痛如きでそんな……いや、アイツならやりかねないな」
伊織の口から楔の口からも聞いたことのない新情報。しかし偏頭痛と言っても千里が頭痛を起こすのはストレス性なもので、突発的にやってくる偏頭痛の辛さはよく分からなかった。
「しかも、今回は偏頭痛にしては軽いから助かる。小学生の時から偏頭痛起こした時は早退してんだよな。まあでもそんな多い頻度じゃねえけど」
そもそも結構な頻度の偏頭痛だったら確実に桜木高等学校には入学できていないだろう。出席日数的なアレで。
「雨の日とかキツくねぇ?そろそろ梅雨入りもするししんどそう」
「キツイねぇ。梅雨はちっと休みがちになるな、毎年」
「はー……大丈夫かよ……天気予報確認しとくか?」
「あ、じゃあお言葉に甘えて」
千里がリモコンをとってテレビをつけ、天気予報をやっているチャンネルに切り替える。テレビなんてほとんど見ないし、テレビをつけたのはいつぶりだろうかなどと思う。
「あ、今日は大丈夫みたいだな。来週から梅雨入りだってよ」
「マジかぁ……」
天気予報を見ながら落胆する伊織。どうやら伊織の言う偏頭痛とやらはだいぶしんどいらしい。あまりにもショックのでかそうなふうに落胆をするので、千里も同情せざるを得なかった。
「てか伊織誕生日いつ?まだ15だよな?」
「唐突だな……。ヒント。適当に言ってても当たったりします」
「マジで?メジャー誕生日とか記念日と被ってるってことか」
暫く千里が考え、千里の中で浮かんだ誕生日は1月1日、2月3日、2月14日、3月3日、3月14日、4月1日、5月5日、7月7日、8月15日、9月1日、10月31日、12月25日と24日だ。
もちろん伊織の誕生日はこの中にあるのだが、それがどれか、当たるのは十三分の一と言ったところだ。
「んー、ヒントもいっこ」
「夏……っていうよりは、初夏かな?」
伊織のその言葉にピンと来て、千里はははーん、と笑う。
「誕生日、七夕か」
「ぴんぽんぴんぽーん、大正解。七夕だよ、覚えやすいでしょ」
「そうだなあ。あと一月(ひとつき)もすれば誕生日かあ」
カレンダーを見ながら誕生日を確認する千里。伊織ももうすぐかぁなどと呑気なことを言う。
そういえば楔から伊織の誕生日の話題が出ていなかった気がする。アイツの事だから昨日一昨日……なんなら5月くらいから騒がしくてもおかしくないのだが、楔は伊織の誕生日をしらないのだろうか?
心のどこかで、知らなければいいのに、なんて思っていた千里は自分に嫌気がさした。

17日前 No.98

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



人の噂も七十五日という。しかし、その噂は重大性が高ければ高いほど尾ひれはヒレついて、最終的にはありもしないものになった挙句、それがいずれ真となってしまうのが人の性というものだ。
注目を浴びている人間であれば一時の時の人となり、忘れたころに恨みを持った誰かがありもしない嘘の噂をまた流す。それが噂の連鎖というもので、本当に噂が静まるのはその人の注目度で何10倍何100倍と変わる。例えば、そう。
女子にとって癒し系とされ、可愛いと噂され、弓道をする姿は誰よりも凛々しく勇ましく、鋭い眼光で射抜かれた女子は確実に落ちると言われている縁楔と、男子にとって可愛いと噂され、何をしていてもどんな仕草でもそれだけでかわいく映り、そんな彼女に触れてもらった男子は確実に落ちると言われている上野美桜の噂だったり。
男子にとっては希望の星と言われ、女子からはお茶目で可愛いと言われ、いつもは猫のように自由奔放にも関わらず、剣道をやる時の姿は真剣そのもの、彼に話しかけられた女子は確実にときめくと言われている沖海祥大と、周りからは高嶺の花と評され、圧倒的存在感と威圧感、薙刀に向かう凛々しい姿に一目惚れする男子は少なくはないと言われる橘伊織の噂だったり。
注目度の高い二人同士ほど、話は絡み合う。そして、噂は真となってしまうのが皮肉な話だ。
伊織が千里と別れて教室に入ると、一瞬教室がシンと静まり返る。伊織が教室に入って静まり返るのはいつも通りなので気にする必要もなかったのだが、なんというか……今日は違和感のある静まり返りだった。
「ねっ、ねえ、橘さん!」
1人の女子生徒が駆け寄ったかと思うと、伊織は首を軽く傾げる。
「沖海くんと付き合ってるって、ほんとなの?」
「…………は?」
一体全体どうしてこうなっているのか本当に意味がわからなかった。どういう事だ?昨日何があった?意味がわからない。
伊織がぽかんとしていると、眠そうに欠伸をしながら教室に入ってくる楔と、それを窘める陽助。再度教室は静まり、陽助と楔も目をぱちくりとさせる。
すると楔の方には男子生徒が寄ってとある一言を言う。
「なあ、縁って美桜ちゃんと付き合ってんの?いいなあ!」
「…………んん?」
「は?え、ちょ、待っ、ど、どういう……」
「てっきり楔、橘の事好きなのかと思ってたー!ははーん、お前もなかなかやるなあ!」
「まってまってまってまって!!本当に俺上野さんとは何も……!」
楔は楔で捕まっている間に、伊織の方も何やら大変そうなことになっていた。ほぼ一瞬で状況を察知した陽助は、楔なら男子だしうまくやり通せると思ったので伊織の仲介に入ることにした。
「ちょっと待った待った、お前らどうしたんだ?」
「あ、平野くん!ねえ、橘さんって沖海くんと付き合ってるんでしょ?」
「…………はあ?いやいやいや、伊織はそういうのは全く……」
「分かった!陽助くん伊織ちゃんの事好きなんでしょー!いつも一緒にいるもんねえ!」
「はあ!?!?」
これは何やら、拗れたことになりそうだ。

17日前 No.99

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「一体なんでこんなことに……」
「もう無理…………」
今の状況を説明しよう。
まず伊織と祥大が知らないあいだに付き合っていることになっており、楔と美桜も知らないあいだに付き合っていることなっている。そして最終的には陽助が伊織を好きだというなかなかカオスな状況になっている。祥大に関しては正直いっそそのままでもいいとどこか思っている節はあるのだが、しかし陽助の方は少し厄介だと思っているのもあり、渋々ながらもこれはなんとか誤解を解かねばならないと考えていた。
「伊織ちゃんぎゅーってすれば浮気だの何だの言われるし……もう何……?俺今余命宣告でも受けてんの……?」
「にしても……昨日の間に何があったんだ……?」
「俺が伊織好きとかマジでねえから!!」
「いやそれは知ってる」
またいつも通り休み時間に三人で集まる。千里の方もこれは良くない兆候だと思ったこともあり、協力せざるを得ない状況だ。幸いにも、千里に関する噂は流れていないわけだが、これもきっと時間の問題だろう。
「おいおいどうしたんだよ三人して辛気臭い顔しやがってー」
「あ、如一…………と、不知火先輩?」
「おう。テメェらどうしたんだ?」
京平の隣だというのにあまりわたわたとした態度を見せない如一。如一にしては珍しいとも思ったが、今はそんな状況では無かった。京平と楔の目が合うと、楔は軽くペコリと頭を下げる。
「1年か」
「あ、そう。えーっと、いっつも話してる伊織の…………ストーカー?」
「うわっマジかやべぇな!」
「違いますう!!」
適切な言葉が思い付かず、如一は的を射た発言をする。京平の方もビクッとして引く素振りを見せながら楔の事をじぃっと見る。もちろん楔もビクッとしたが、とりあえずここは撤回すべきだと思い急いで撤回をする。
「何?お前らほんとにどうしたの?」
「良かった……まだ二年生には伝わってないみたいだな……まあそりゃそうか」
「ははーん、察したぞぉ」
「ただ、こっちはなんだか複雑そうだな」
2年の方では2年の方で、如一の話題で持ち切りだった。それはもちろん恋バナ的なアレで、如一と京平の場合はそれがガチだったりもする。もちろん3年は3年で京平の話で持ち切りだったのだが。

「はー……なるほど……。そりゃ厄介だな……」
「…………おい、上野って誰だ?」
「それが俺にも分かんなくて……」
「おい大丈夫か先輩方」
とりあえず如一に話してみるも、そもそも上野美桜の存在を知らないらしい。ただ、如一は男子生徒が何回か名前言ってんの聞いたことある気がするだのということは言っていたので、一応それなりには知名度はあるようだ。
「んで、縁は本当はその……えーっと……橘ァ?が好きで、その上野って奴と変な噂を立てられて困ってる……と。如一なんとかしてやれねェか?」
「無理っすね」
「だよな。俺も」
ダメだこいつら……3人が同じことを考えてしまった。
「もう無理だよー!!」
「ん……?伊織ちゃん?」
「お前すげぇ」
屋上で集まった中、屋上に響くほどの大きな声で叫ぶのは中庭で叫んでいた伊織。ちょっと様子を見に行くことになり、素早く5人して中庭の方へ向かう。

「何がどうなってんの……?意味分かんないんだけど……。ごめんね祥ちゃん……」
「いやいや、むしろ僕もごめんね……伊織ちゃん、嫌でしょ?」
「あ、いや、そうじゃなくて……祥ちゃんの好きな人が勘違いしちゃうなって思って……」
アホだコイツ。満場一致で5人の考えたことは揃った。

17日前 No.100

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0

20話『噂』

噂の拡大は早い。そのうち千里は陽助と楔を手玉に取って二股しているだのととんでも噂が出来たくらいだった。そして最終的には伊織にも似たような噂がたってしまい、正直千里と違って人の悪意に慣れていない伊織からすれば精神的に死にたくなるのも時間の問題だ。
なんなら伊織に至ってはそんなとんでも噂のせいで近寄ってくる男子生徒が10倍くらい増えて付き纏われてるのが現状だ。
「もうやだ…………死にたい………………死にたい…………殺してくれ…………」
「お、おい、伊織ちゃんどうした?」
「え……あ、ああ……支倉先生……こんちは…………」
「死にそうな顔してんな……おっし、保健室連れてってやる!」
「あ、え、え……?」
学年主任の八登が伊織を俵担ぎをすると、にしし、とわらいながら保健室まで向かう。伊織も慣れていないのでジタバタしたい気持ちだったが、体力的にもうそんな元気が残っていなかった。

保健室に連れていかれた時、もう既に伊織は疲弊しきっていて、もはや噂がどうこうとかは関係なくなっていた。
「これは…………橘くん、休んだ方が……」
「お、おい、伊織ちゃん最悪今日は帰った方が……」
「伊織、無理はしない方が……」
「は、はは、は……あ、ありがとうございますー、山波先生と支倉先生と勉くんの優しさが染み渡りますーあははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
「いっ、伊織ちゃん!!気を確かに!!」
「一体何が…………」
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
「いっ、伊織ー!!」
正直メンタル崩壊寸前の伊織にはそろそろ自我が失われつつあった。もちろん楔や千里だって自分と同じ様に疲れているんだろうと思うともはやメンタル崩壊している自分が情けなくなりそして病む。これは良くない悪循環なのだが、ここまで来てしまえば正直取り返しもつかないだろう。
「早退した方が良い……!送るから今日は帰ろう……!」
「…………いや、今日は頑張ります……明日休むかもです……はい……」
「…………無理はすんなよ」
「……えぇ、まぁ、はい……」

15日前 No.101

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「死ぬ……死なない……死ぬ……死なない……死ぬ……死なない……死ぬ……死ぬ……死ぬ……死ぬ……」
「こわっ!!何物騒な事言ってんだよ……」
花弁をプツプツと切る素振りをしながらぶつぶつと死ぬだの死なないだの物騒なことを言って沈む伊織。最終的には良くない一択になり、陽助も流石に見てられなくなって思わず声をかける。
あの噂以降、正直一人一人の関係が複雑になり話しかけたり話しかけられたりが一切と言っていいほど無くなった。伊織に話しかけてくるのも大体は伊織に興味本位で色々尋ねてくる女子生徒や伊織にやたらといきなり話しかけてくるようになった男子生徒、あとは教師くらいだ。
噂のおひれはひれはもはや取り返しのつかないところまで来てしまっていて、本当になりそうだというのが現状だ。
特に酷いのは伊織だ。まるで誰かの恨みを買ったかのようにほぼ集中的に酷い噂ばっかりだ。本当は男好きだのなんだのと正直耳も塞ぎきれないほどのものだ。
「ね、ねぇ、橘さん、橘さんって……」
「ああもうほんとにやめて……頼むから……」
「おい、お前らいい加減に……」
「黙ってろよ平野」
「あぁ!?って……おい、伊織!」
「無理……決めた……死ぬ…………」
「ちょっ、おいっ……!!」
重い足取りで伊織がおもむろに立ち上がったかと思うと伊織はゆっくりとずるずると脚を引きずりながら廊下の方へ出て行った。陽助もそれを追いかけようとしたところ、伊織に話しかけた男子生徒が邪魔をした陽助に腹を立てたのか背の低い陽助は容易く止められてしまった。
伊織はゆっくりと屋上への階段を一つづつ登り、屋上に着く。屋上の扉を開けたかと思えば、伊織の目に写ったのは楔と2人で話す千里の姿だった。
「あーっと…………ご、ごめん、邪魔した……」
「伊織ちゃん……!どうしたの?お願い……そんな辛そうな顔しないで……俺、伊織ちゃんには笑っててほしいよ…………」
「え?あ、そんなことないよ!ちょっと疲れてて……。ありがとう、楔。でも邪魔しちゃってごめんね。そんじゃ、俺は教室、戻るから……あ、そうだ、職員室寄らなきゃだったんだ。うん、とりあえず……うん。ありがと」
「伊織ちゃん…………」
無理に伊織が笑顔を作って逃げるように屋上から立ち去ると、楔は悔しそうに下唇を強く噛んで俯く。ギュッと作った拳は力の入れすぎで血が滲みそうな勢いだ。
「楔……」
そんな楔の様子をみてポツリと相手の名前を呼ぶ千里。伊織に避けられている、それが分かった楔は今にも泣き出しそうな瞳で千里の方を見た。

「はー……職員室になんて用事無いわ……。どうしよう……帰ろうかな…………」
「あ!伊織ちゃん大丈夫ぅ?大変そうだね……美桜で良かったら話聞くよ?」
「え……あ……ありがとう、大丈夫だから」
「そっかぁ……。でも無理しないでね。だって伊織ちゃんは美桜の大事な“友達”なんだから!」
「……!」
にっこりと可愛らしい笑みを見せて伊織の手を掴んで友達という言葉を強調して伊織に向かって話す美桜。伊織もここまで人に優しくされたのが本当に久しぶりで、今にも泣きそうになってしまい、急いで目元をゴシゴシと雑に拭う。
伊織が小さく笑って教室に戻ると、美桜は少し歪な笑みをしたかと思えば、追いかけるように教室へ戻っていった。
「たーちーばーな!」
「っ!?」
「そんな怯えんなって!なぁ、橘、お前ってさー……」
伊織の肩をポンッ、と叩き同性の友達と関わっているかのように馴れ馴れしく話しかけ、伊織の肩を寄せる伊織と同じクラスの男子生徒。伊織が少し怖くなりチラ、と男子生徒の方を見ると、男子生徒の方は何が楽しいのか口角をニヤリとあげる。
「……やっぱいいや!なっ、橘、俺はお前の噂なんて信じてねえからな!だから……まあ、俺のこと頼ってくれてもいいし……俺なら噂になっても全然構わないし!な?」
「…………あ、りがとう……」
なんかコイツ距離近いな、と思いつつ伊織が目を伏せながら礼を言う。
「伊織姉ちゃんに近付くゴミ虫はっけーん!!」
「ぐぇ!?」
「なーんつってな。悪ぃな、クソ姉貴に頼まれて持ち物持ってきてやってたんだが……伊織さん大丈夫?はは、それにしても識がいなくて良かったなぁ。お前ぜってぇ殺されてたよ。あ、伊織さん、クソ姉貴の教室教えてもらえる?投げる」
「あ、ありがとう!……投げるって……ここから?」
「おう」
「マジか……」
話しかけてきた男子生徒がドロップキックで吹っ飛ばされたかと思うと、無理に声を高くしていた一樹が勝ち誇ったような笑みで吹っ飛ばした男子生徒の方を見る。
一樹はいい奴なんだなぁ、と伊織がふと思うと一樹も少し恥ずかしそうににしし!と笑った。

13日前 No.102

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「なんか大変そうだけど……無理すんなよ、伊織さん!識にもあんまり心配かけると本当にここの連中殺されちまうし。識とか友達で頼りづらいなら……まあ、クソ姉貴なら真剣な相談だったらアイツもちゃんと対応してくれるし、クソ姉貴にも頼りづらいなら俺のこと頼ってくれてもいいから。親友の姉貴さんの力になりたいし」
「……ありがとね。ほんとに。それと、識の事もありがとう。ていうか一樹くん、冬木先輩のことクソ姉貴って言うのやめないの……?」
「あ?自立出来てない弱虫泣き虫クソ姉貴にはそれがお似合いだっつーの。認めてほしいって言ってるけど、俺の気持ちも考えてほしいよな。姉貴の事好きだったのに無理矢理引き剥がされて、「出来損ないとは関わっちゃダメだ」なんてさ。皮肉なもんだよな。親の計らいで本当に憎くて嫌いになっちまうんだもん。……だから、アイツがちゃんとするまでは俺はアイツを姉貴とは呼ばない」
「なんか、複雑なんだな……」
少し一樹と話をしたら、だいぶ心がマシになったのか昇降口の方まで一樹の事を送る。その時に少し如一の家の深いところに突き、伊織も一瞬「んん?」となったが、取り敢えずは一樹には多大な恩を頂いたし、その上心強い言葉まで掛けてくれて、少し惜しい気もしつつ、伊織は一樹を見送った。
自分よりも背の高い年下の男の子に去り際に頭をポンポンと撫でられ、不覚にも少し泣きそうになったが、それをグッと堪えて次こそ本当に教室の方へ戻った。
「伊織ー!!」
「うるさっ、なんすか冬木先輩……」
「アイツ!バカ一樹来たろ!?何もされてねぇか!?大丈夫か!?」
「一樹くんには何も……ていうか本当に投げられてましたね……」
「ガラス片当たったわボケ!!」
「俺にキレないでくださいよ……」
なんだかこちらの状況を全く把握していない冬木姉弟に、伊織も少し心が軽くなる。こういう時、先輩のアホさは羨ましくなる。
そんなことを思いながら。
それに反して、如一は一年の状況を把握し、陽助や祥大が何を言っても上の空。勉からも伊織の相談を持ち出されてしまい、あまり良くない状況だというのも把握し、敢えてわざと一樹を呼び出した。
一樹なら本当に何も知らないし、伊織ともそれなりの接点がある。その上伊織の弟の識の親友だというし、如一の判断では、悔しいが一樹は今この学校にいる連中の何倍も頼りになると思われた。だから一樹を呼んだ。わざと何も知らない振りをして、伊織の様子を少しでも改善する様に仕向ける。
周りから見れば良い先輩だ。そして、伊織にとっても如一は良い先輩になった。
まあそれでも、如一にとっての大誤算は、“一樹が伊織に好意を抱く”という可能性だ。一樹は人に対して興味を示さない。そのうえサイコパス思考ということもあり最初からゼロと仮定していた如一の計算は尽く崩れそうなことに、未だに如一は気付いていない。

「は?何アイツなんであんな馴れ馴れしく伊織ちゃんに触ってんの?ぶっ殺すぞ。………………ちょっ、何あの男の子……!!さっき伊織ちゃんの頭撫でてたよね!?は!?!?」
その頃屋上では、一樹が来る前からの一連の光景を全て楔は見ていた。
「お前……うるせえぞ……」
「ああ、悪い悪い。ただちょっと気になった子がいて。識と同じ服来てたから中学生だとは思うんだけど……」
「それ多分一樹だわ。如一の弟」
「あの人弟なんていたのか……」

13日前 No.103

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「あははは!ちょっと美桜やりすぎじゃない?」
「別にこんくらいでいいのぉ。だってぇ、楔くんがあんなふうになっちゃってるのはあの女のせいなんだもん。痛い目見てもらわなきゃ……ねぇ?」
「まーね!アタシも楔くん好きだから邪魔だったし!」
「でもさぁ、最近地雷邪魔じゃね?」
「わかるわかる。なんか楔くんと噂になったからってそれいい感じに利用されてね?」
「みんなぁ、大丈夫だよぉ、橘が“死んだら”すぐに地雷も突き落とすからまたみんな協力してねぇ!」
「で、でもそんなことしたら楔くん悲しむんじゃ……」
「そこに付け入るって事でしょ?」
「まぁでも、巻き込まれて可哀想なのもあるから陽助くんは解放してあげなきゃねぇ。むしろ楔くんと仲いいしぃ、陽助くんとは仲良くしておいた方が良いかもぉ」
「それにしても……」
「周りも周りだよねー、あんな簡単に騙されちゃって!」
「橘大丈夫かなー!!男に狙われちゃってかーわいそー」
「あはははは!まぁでも……時間の問題、かもねぇ」
「え?そんじゃ、いつやる?」
「明日!今日は橘学校休んでるしぃ、明日なら来るんじゃない?」
「はいはーい!」


「…………伊織ちゃん……休みなのか…………」
机に突っ伏しながら今にも死にそうになっている楔を見ると、陽助はおもむろに楔の隣の席に座り「大丈夫かよ」と声をかける。どういう訳だか陽助関連の噂は一気になくなり、なんなら陽助はいきなり女の子に話しかけられることが増えた。
決して嫌ではないし、男としてはもちろん嬉しいのだが、本命がいる手前あまり話しかけないでほしいとの気持ちもどこかにあった。伊織が休みなことに心配を通り越して死にかけの楔を見て、それよりもまずはコイツだな、と陽助も肩を竦める。
「伊織ちゃん…………伊織ちゃん………………あらぬ噂ばっかり…………流したの誰だよ…………殺すぞ…………太平洋に沈めるぞ………………四肢もぎ取って川に流すぞ…………こっちもあらぬ噂流して目玉くり抜いて目玉はそいつの学食ン中突っ込んで耳引きちぎってパンの耳と一緒に無理矢理口ン中突っ込んで小腸引きずり出して世界一周させて心臓大気圏にぶん投げるぞ…………殺す…………殺す………………」
「おまっ……なんでそんな具体的なんだよ……てかここ教室だぞ、ボソボソ言ってっからいいけど……バレるぞ?」
「べっつにー、伊織ちゃん居ねぇならキャラかぶる必要ないしー」
ぶつぶつと呪いのような言葉を果てしなく続ける楔。いつにも増してテンションの低い楔の様子にクラスメイトもチラチラと見ているが、噂の的の人ということもあり特別話しかけたりすることはない。
楔も正直それで良いと思っていたし、何よりも困ったことに楔は伊織と陽助と伊織と親しく関わっている人間以外の顔と名前を把握していない。いつも名前がわからなくなるので適当なことを言って名前を言わずに誤魔化しているので、もういっそこのまま誰よりも近寄るなと思ってすら居る。
「あ……伊織ちゃんは近付いてくれないと自殺する…………」
「いきなりなんだよ」
声に出ていたようだ。陽助の冷静なツッコミに楔も思わず恥ずかしくなって口元を抑える。陽助は楽しそうにケタケタと笑うと「お前もだいぶ人間らしくなったよなー」などとおかしな事を言う。
その発言に思わず顔を上げ、首を軽く傾げながら陽助を見ると、陽助は「ごめんごめん」と言いながら口を開く。
「いや、前よりも人間らしくなったなーって。伊織にしか興味なかった時はサイコパスストーカー無感情のただのヤバイ奴だったけど、今だと自分のことにもちゃんと興味示してるからな。前までは恥ずかしいなんて感情なかったろ。……千里のおかげかな?んー?」
ニヤニヤとしながらそんなことを言う陽助。楔もそれはなんとなく察し、「まあ……」とは濁りながらも肯定する。予想外の事に陽助は目を丸くすると、少し複雑そうな顔をした後に言う。
「お前さー、本当に伊織の事好きなの?」
「何?死にたいの?」
「ははは!言い方間違えたな。お前、前よりは伊織の事好きじゃないだろ」
「………………は?」

13日前 No.104

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「だから、楔、今は伊織の事なんとなく好きなだけだろ」
「え?…………そ、んな訳……………………」
「あるんだろ」
「っ……」
反論できなかった。何せ、それは実際のことなのだから。確かに楔は伊織が好きだ。すごくすごく、今でも顔をみたらすぐにぎゅうっと抱きしめたいくらいに、楔は伊織の事が好きだ。でも、今は具体的に好きな理由が思い付かなかったのも事実だった。
過去のことに縋っていて本当に良いのか?もしかして告白したのは間違いだったんじゃ?伊織ちゃんは優しいから待っててと言っただけなんじゃ?本当は、俺なんか────
「まあ、別にお前が誰が好きだろうといいけどよ、関係ねえしな。誰が好きでもいいけど……その後に後悔しても俺は知らねえからな」
「……は?」
「だーかーらー、お前こういうのは頭わりぃな」
「悪いかよ」
呆れたように半ば笑いながら陽助が楔の事を貶すと、楔も不服そうにムスッとする。陽助もそれを見て楽しそうに口角をあげたかと思えば、少し悩む素振りをしたあと「やっぱ自分で考えろ!」と言って自分の席へと戻っていってしまった。

放課後、自然と足が動いて千里の元へ向かう楔。
「あ、千里……」
「んん!?お前どうした!?俺のこと地雷呼びしてなかったか!?」
「……じゃねーわ、間違えた……」
「いやおまえに限って間違えねえだろ……なんかあったんか?」
小さく笑って心配の言葉を掛けてくれる千里。その千里の姿に何故かトクン、と何かが動いた気がしたが、なんとなくその正体に気付いてはいけないような気がして、楔はそれに見て見ぬ振りをした。
ダメだ、だって俺には伊織ちゃんが────
「祥大、元気がないな」
「んー?あー、創くんかー」
「何かあったのか?」
「今日伊織ちゃん休みなんだよねぇ。お家お邪魔しようかな……」
「そうなのか!?そ、それなら俺も……」
「明日は多分来るってメール来たし、そんな大人数でいく程でもないよ」
「大人数……?」
「1人以上は大人数です」
「あんた無茶苦茶言うな」
そう思っていた矢先、大嫌いなやつの声に思わず顔を顰める。千里もそれを見て苦笑しながら話を聞いていると、祥大は今から伊織の家に向かうようだった。
今までの楔なら千里を置いてそのまま伊織の方へ向かっていったと思われるが(そもそも千里のところに行かなかったかもしれない)それよりも楔は疑うようにスマホを徐に取り出して開く。
「そうだ……俺…………」
伊織ちゃんに連絡入れてない。
今までだったら有り得ない。伊織が休んだ日は1時間終わる事に、なんなら授業が半分越す事に伊織に連絡を入れていたにも関わらず、今日は1度も伊織に連絡を入れていなかった。
自分でも信じられなかった。今思えば今日1日伊織を心配しただろうか?したのは朝だけだ。



「俺は……本当に、伊織ちゃんが…………?」

13日前 No.105

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0

21話『悪意』

「おはよー」
「伊織ちゃーん!」
「わっ、祥大!?珍しい…………」
「もう無理伊織ちゃん生きてて良かった…………」
「やだな、大袈裟な…………。生きてるよ……………………まだ」
「…………まだってどういう事?」
「あっ、いや、なんでも!」
焦りながら伊織が笑って返すと、祥大も少し悲しそうな笑みを見せた後に、ポンポンと伊織の頭を撫でた。伊織はと言うと珍しくこちらの方に来ない楔にキョトンとしてしまい、キョロキョロと思わず楔を探す。姿はあったのでもしかしたら気付いていないのかもしれない。
それだけで少しの違和感を感じたが、伊織からすればもしかしたら疲れてるのかもしれないな、と思ったし少なくとも祥大が来てくれていたことに嬉しい気持ちがどこかにあったのが悔しい事実だ。
「伊織ちゃーん。支倉先生からお話だぞー」
「ふは!なんすかその変な登場の仕方!でも支倉先生2年の先生じゃ?」
「まぁまぁ、来い来い」
「??」
にしし、と笑いながら八登が伊織の腕を引きながら少し早めに歩くと、伊織は駆け足になりながら八登の後ろをついて歩く。八登に腕を引かれ、連れて行かれた場所は保健室。ますます意味が分からなくなって伊織が首を傾げながら、八登が保健室に伊織を入れる。
圭はまだ出勤していないようで、保健室は薄暗く誰もいなかった。なんだなんだと伊織が八登の方を見ると、八登が申し訳なさそうに「ごめんな」と言った。
「……な、ほんとにどうしたんすか」
「まぁまぁ、取り敢えず座れ」
「は、はぁ……」
取り敢えず近くにあったベットに座ると(最初は棚の上に座ろうとしたのだが圭に怒られる気がした)八登も椅子に座って伊織の肩を強く掴む。
「…………何やってんだよ、支倉」
「んん!?縁!?お前いつの間に……!!」
「俺の伊織ちゃんに触んないでくんねぇ?」
「え?あっ、悪い!でもちょーっと大事な話だから少し席を外してくれないか?伊織ちゃん次第ですぐ終わるし!な?」
「…………“伊織”に触ったらぶっ殺すからな」
「わかったわかった!」
いつの間にか黒いオーラを身にまとって見下すように八登の後ろに立っていたのは楔。その姿に伊織も思わずキョトンとする。いつもと違う楔の雰囲気に、なんだかドキドキした。
「あ、話って……」
「あ、そうだ。伊織ちゃん、昨日休んだだろ?」
「あっ、あー…………はい」
少し気まずくなり、目線を逸らしながら返事をすると、八登は苦笑したと思えば、またすぐに真剣な表情に戻って伊織に対して話を進める。
「……大丈夫かなって、思って。その……悪い、冬木から聞いた」
「…………へ?」
気まずそうに八登が目線を泳がせながらも、本当に申し訳ないとの様子で伊織にそう言うと、伊織もキョトンとしたまま体を硬直させる。
「その歳だとよくある、もんな、うん、分かる。俺もあった。でもな、伊織ちゃん。死のうなんてしちゃダメだぜ」
「………………は?」
────なんでバレて
「俺は伊織ちゃんの事大好きだし、三好先生も、遊馬も伊織ちゃんの事心配してた。冬木も伊織ちゃんの事心配してるからわざわざこうして俺のところに来てるわけで……」
「………………そう、ですか」
「はは、だよな。こんなこと言われても今大変なんだもんな、そうとしか思えないか。……俺は気の利いたこと言えねえけど…………無理、しなくていいから」
八登にそんなことを言われて、伊織も思わず泣き出す。八登はこまりながら何か拭うものを探していると、ちょうど良く圭が出勤する。
「…………何してるんです?支倉先生」
「ちっ、ちが!!これは、その、あのー」
「はは!すんません、お邪魔しました。ごめんね支倉先生、嘘泣きなんてして」
「い、伊織ちゃん!」
ニッ、と笑って保健室から出ていく伊織を見て少し安心する八登。圭もそれに気付いたのか、お咎めはしないでくれた。

13日前 No.106

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「…………早退しよ」
無理だった。
学校に来たは良いものの、今の伊織にはまだ少し厳しかったみたいだ。無理はしなくていいとあの後圭からも言われたし、陽助にも本当に大丈夫かと珍しくらしくもない心配もかけてしまったし、ここは素直に周りの厚意に甘えて帰ることにした。
実際、最近体調が優れないのは事実でもあり、梅雨入りしたからというのも有り得るのだが、それに加えてのこれだ。もちろんしんどいに決まってる。しんどくないわけがない。
「おい、橘帰んのか?」
「…………すんません、なんか、しんどくて」
「そうか。…………」
「歳也?」
「1人で帰らせたら何するか分かんねぇな。誰か付き添いにー……」
「あ、じゃあ俺行くっすよ」
「おまっ……授業出ろよ!」
「いーじゃーん、成績いいんだし。ま、出ろって言われても嫌だって言われても伊織は俺が送るんでー」
そういったかと思えば千里は伊織の腕を掴んでスタスタと昇降口の方へ向かった。何故たまたま教室の真ん前に千里が居たのかは気になったが、伊織からすれば千里のサボり癖は今に始まったことでもないので敢えてそこには触れないでおくことにした。
体育の授業をするグラウンドを突っ切って、そのまま校門の外へ出ると、千里は伊織の腕から手を離し「ごめんな」と言って小さく笑った。伊織が思わず見とれていると、千里はどした?と不思議そうに首を傾げて伊織を見る。
「いや……ただ、綺麗だなって思って……はは」
「綺麗?」
自虐的に笑う伊織を見て、千里は訝しげに伊織を見る。伊織は極めていつも通りに見えるが、話している時に絶対に千里と目を合わせようとしないし、何よりも視線がほとんど常に下を向いている。
「な、なぁ、伊織お前……」
「…………もう、無理」
千里が話しかけたかと思えば、泣きそうになりながら伊織が声を振り絞る。切羽詰まった伊織の声に千里も思わず驚くも、「どうした?」と優しい声で伊織を気にかける。
「無理……やだよ…………死ぬなって言われても…………こんなんだったら死んだ方が…………全然……マシ……」
「……な、んでそんなこと……」
なんでそんな事言うんだよ。なんでそんなこと考えるんだよ。なんでそんな大事なことずっと誰にも言ってこなかったんだよ。なんで楔を頼らなかったんだよ。
そんな思いで千里の頭はいっぱいだった。
「楔も……」
「……へ?」
「楔も、最近少し冷たくて…………正直…………寂しい、楔がそばにいないと、寂しい…………」
「────!」
とうとう糸がきれたようにポロポロと涙を流したかと思えば嗚咽をあげながら泣く伊織を横目に千里の心はどこかドキドキとして戸惑っていた。言ってあげるべきなのか、それとも────
「そっ、か……」
何も言えなかった。隠してしまった。「そう言ったら楔も喜ぶよ」、この言葉だけでよかったのに、それすらも言えなかった。
────最低だ、俺
そんなことを思いつつ黙って泣きながら話す伊織を宥めながら伊織の話に相槌を打っていると、伊織はもう楔の事が好きなんだなあ、としか思えないような話ばっかりだった。
なぁ、楔。お前どうして伊織に冷たくなんてしてるんだよ。なぁ、楔。
「……最近、楔は千里とたくさん居るから。…………はは、もう俺のこと好きじゃないのかもな。失恋しちゃった」
「………………は?」
涙を拭いながら小さく笑って悔しそうに言う伊織。
「そんなことない!」
と言おうとした。言おうとしただけで、言えなかった。そうだったらいいのに、と、心のどこかで思っていた。
「悪い……千里……。うん、……大丈夫、もう、大丈夫」
「……え?」
「あ、いや、もう、帰れる、から。ここまでありがと……」
「そ、そうか?気を付けて帰れよ」
「おう、またな」
目を少し赤く腫らした伊織を少し先に行ったのを見届けると、千里も学校の方へ戻ろうと早足で歩を進める。ほとんど、その瞬間だった。
後方、伊織の方から打撃音がしたのは。

13日前 No.107

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「おい楔くん!!」
「なんだよ冬木!今授業中だろうが!!」
「すまん三好!!後でちゃんと説明する!!から早く!楔くんは病院行け!!」
「は、は……!?え!?」
「ああっ、クッソとろいな…………伊織が死ぬかもしんねぇんだよ!取り敢えず地図後で送るから1回外出ろボケ!!」
「え?い、おり、ちゃん…………」
「ちょっ、待っ、伊織ちゃん……待っ、如一ちゃん、僕も────」
「祥大は陽助と待ってろ。治療が終わったら亜留斗が迎えに来るから!」
「でも……!!」
「心配なのは分かるが、今は如一の言う通りにしようぜ。何があったのかもちゃんと聞かねえと……!」

「マズイな……血が足りない。地雷……は、ダメだ、話もできないし今は使い物にならない……」
「班長、橘さんの血液O型RH+でした!今からO型のやつ引っ捕まえてきます!!」
「頼んだ!!…………頼むぞ、伊織。君には生きててもらわないと」

「あ…………あ、ちが、ち、……あ、いおり…………ごめ、ごめんなさい…………ちが、あか、あ…………う、あか、ち、い、おり、…………あ、ごめ、ごめ…………おえっ…………」
「千里、1回ここ離れよう、俺の家行くぞ」

時間は少し遡る。
打撃音がしたかと思えば、バットを持ったいかにも屈強そうな男が伊織にバットで伊織の頭をぶん殴っていた。千里も急いで止めに入ろうと走り出してついた時、伊織は既にほとんど血だらけだった。
どうやら千里が見ていたのは殴られていた伊織だけであり、刺されていた伊織の事は目撃していなかった。混乱して唯一覚えていたのは、桜木高等学校の制服を着た男子生徒ということだけ。
しかし、それ以上は千里には分からなかった。分かろうとしなかった。分からなかった。ただただ、怖かった。
目の前に広がる赤、赤、赤、赤、血、血、血、血、ほとんど開いていない伊織の瞳に微かに残る生気、ほとんど息をしていない酸素を取り込む呼吸音、そしてそれを担いで白衣を真っ赤に染め上げて車に乗せて病院の方まで向かう亜留斗。

「伊織ちゃん、伊織ちゃん、伊織ちゃん伊織ちゃん伊織ちゃん伊織ちゃん、伊織ちゃん、伊織ちゃん、やだ、やだ、やだ、なんで、なんで、死なないで、死なないで、死んじゃダメ、ダメ、ダメ、ダメ、伊織ちゃん、伊織ちゃん伊織ちゃん伊織ちゃん伊織ちゃん伊織ちゃん伊織ちゃん伊織ちゃん、待って、置いてかないで、お願い、一人にしないで、伊織ちゃん、僕のこと、一人にしないで、やだ、やだ、やだ、やだ、ダメ、ダメ、伊織ちゃん、ダメ、伊織ちゃんいないと、俺は、俺は、おれは、ぼくは、ぼく────」
「縁、一回落ち着け。取り敢えず輸血はした。良かったよ。伊織の血液が稀少なものじゃなくて。まだしばらくは目を覚まさないとは思うけれど……縁、これはきっと君にとっても関係のある話だ。聞くかい?」
ほぼ乱心状態の楔に精神を落ち着かせるツボを無理矢理押して無理矢理にでも自分が話している時だけでも精神状態を保ってもらえるように亜留斗は口を開く。
かなり鋭い瞳で睨まれ、思わず楔も口を閉じて押し黙ると、亜留斗も「それでいい」などと言うとこんな状況にも関わらず目を細めてゆっくりと微笑む。
「今の君だから話す。前までの君だったら……人を殺しかねないからね。……あ、でも、今の君も結構危ないね?良かった、地雷が居て。あの子が縁の事を人間らしくしてくれたことに感謝しなくちゃね。いやはや、縁、君、橘伊織と居ると狂うね。ところで気になってたんだけれど、今の君は橘伊織が好きなのかい?いやー、どうもそういう風には……」
「うっせぇんだよ!!伊織ちゃん!?好きに決まってんだろ!!愛してるに決まってんだろ!!伊織ちゃんが好きな事に俺に変わりはないし、ほんとは昨日だって連絡しようと思った!!けど、けど………………!!」
「地雷千里が居たんだろ?あはははは!橘伊織は沖海祥大とくっついた方が幸せになれるかもね。君も地雷とくっつく事をオススメするよ。やっぱり僕が間違いだったな。君帰っていいよ。沖海呼んでくれ」
「あぁ?誰が沖海みてぇな野郎に伊織ちゃん渡すかよ……!!!!」
「…………そうそう、その目。その目を待ってたんだ、僕は。それにしても……君本性だいぶ性格悪いな。流石に驚いたよ。まあ取り敢えず話すから、話している間は口を開くなよ。開いたら問答無用で刺すよ」

13日前 No.108

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「まず、伊織が刺されたのは縁楔。君のせいだよ」
「…………え」
カルテのようなものを見ながら平然とした顔でいう亜留斗。亜留斗の放った言葉を信じられないかのように……いや、信じたくないかのように楔は目を見張って硬直する。
「それと……あのタチの悪い噂。あれも君のせいだ。というか、一連の事件全部君のせいだ。伊織を殺したのは君と言ってもあながち間違いではないからね。伊織を不幸にした代償は“一生を使って責任を取って”もらわないとね」
「…………は?ちょ、え?何言ってるか…………」
“一生を使って責任を取って”という言葉に思わず楔はドキリとする。それはもしや、と考えるが、もちろん大当たりだ。亜留斗はそういう意味で言った。というか、いずれにせよそうなることは今の統計学的に亜留斗には理解しきっていたわけで、何が何でも楔には伊織の事を責任を取ってもらいたいと思っている。
「僕は確かに最終機密兵器と呼ばれているしマッドサイエンティストと言われているしサイコパスとも言われている。しかし僕は情のあるサイコパスだ。伊織には死なれたら困るのさ。ちょっとうちのお嬢様の弟君が面倒なことになるし。それに…………僕の幼なじみの事もあるしね」
疲れたように笑いながら亜留斗が言うと、楔は驚いたかのようにキョトンとする。
伊織がもし死んだらどうなる?一樹はきっとキレる。自分の大好きで大切な友人のために。自分の大好きで大切な人のために。そしてそれこそ、取り返しがつかないくらいに一樹は如一と不仲になる。ほんらい仲良くあるべき姉弟なのにも関わらず、大人の陰謀によって引き剥がされた姉弟はいずれ仲良くなる。それが出来ないのはなるべく避けたい。
そして伊織は、雅を知っていた。その話をまだ亜留斗はしていない。そのためにも、伊織は絶対に生かすつもりだ。
「え、で、それで僕が……」
「君が悪いんだ。誰にでもいい顔して愛想を振り撒くから。……まあ、人を疑わない伊織にも問題はあったのかな」
「だ、だって、そうでもしないと伊織ちゃんは俺のこと…………」
「愛してくれないんだろ?」
頭を抱えながら震えた声でいう楔の言葉を冷やかな声と目線で返す亜留斗。楔が頭をあげてキッと亜留斗の事を睨むと、亜留斗はケタケタと笑いながら怖い怖いと言う。全く怖そうには見えない。
「長い間一緒に居ても分からないんだな。そしてお前は、最低の人間だ」
「…………なんでそこまで言われないといけないのかなぁ…………?」
「君が地雷に傾きそうになっている間、伊織はお前が居なくて寂しくて寂しくて怖くて怖くてそれでも好きで好きで堪らなかったみたいだけど…………ああ、本当に、伊織が可哀想だなぁ……やっぱり本当の意味でずーっとそばに居てくれる沖海の方が伊織は幸せにしてもらえそうじゃないか」
「…………え?」
────伊織ちゃんが、俺を、好き?
その言葉だけで自惚れそうになった。もちろんなんでこの人が楔のことまで知っているのかは流石に怖かったが、相手は天才科学者だ。脈の動きを少し見ればわかるのかもしれない。
その時、自分の浅はかさに楔は頭をガリガリと雑にかく。
「何やってんだよ……俺……」
「まあ本題はここからね。縁楔を好いている1人の女子生徒の犯行だ。でも直接手を下してはいない。いやー、伊織が生きているのは正直奇跡だね。伊織を刺した奴がきっとおののいて伊織の心臓部分から外しちゃったのかな?うんうん、いい判断だ。もし殺していたら僕の解剖実験の実験体にでもしようと思っていたし。命拾いしたのは相手も一緒かな」
「…………」
「おや?心当たりがありそうだね」
1人だけ、楔の考えられる有り得る人間が浮上する。
────上野美桜

13日前 No.109

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「ふっかーつ!!」
3日後の夜。寝たきりだった伊織の復活は驚異的だった。
「ちょ、君の生命力どうなってるんだい!?」
あの亜留斗でさえもドン引きするほどの生命力。それも、如一の重症の時は軽度の植物状態を背負っていたし、千里がぶっ倒れた時は1週間死んだように眠っていた。
だから亜留斗からすれば、異様すぎる伊織の復活に逆に関心すら覚えていた。
「いや、ほんとはこのまま死んじゃいたーいって思ってたんだけど…………生きちゃった。なんでかなー。刺された時「あー、やっと死ねるー殺してくれてありがとー」的なこと思ってたんだけど……。やっぱり自殺する勇気は持ってなかったや。もっかい刺されたら流石に死ぬかな?」
「…………なんで、死ぬとか言うの……」
伊織が気まずそうに笑いながら言うと、わなわなと震えた声で口を開く人物。それを見てしまったとでも言いたげに伊織は急いで口元を抑えるも、もう既に話してしまったし何よりも……

────もう、楔は俺に興味なんて無い

「なんで死ぬなんて言うんだよ!!俺ッ、俺ッ…………伊織ちゃんに助けてもらってばっかりで!!何も伊織ちゃんにはしてあげられてない!!伊織ちゃんに貰ったもん全部全部返したいのに……なんで、なんで死ぬとか言うんだよ!!ふざけんな!!伊織ちゃんが死んだら…………俺は、俺は………………もう、生きていけないよ…………」
「く、くさび?え?え??」
いつもと違う楔の雰囲気に思わず伊織も少し怯む。いつものふわふわとした優しい雰囲気からは思いもよらない言い知れない何かが渦巻いていて、伊織は申し訳なくなって思わず俯く。
楔は涙を堪えながら怒鳴り、伊織も申しわけなくて「ごめんなさい」と何度か謝る。それをみた亜留斗がやれやれと肩を竦めたかと思うと、楔の方へ向かう。
「すまない、起きたばかりだからまだ追いつかないと思う。ちょっと無理やりにでも地雷のことを呼んできてくれないか?今アイツは、伊織と話さないと立ち上がれない」
「…………分かった」
楔がゴシゴシと目元を拭うと、楔は軽く伊織を睨んだ後に部屋から出ていった。
「こ、こわかった…………」
「はは、僕からすれば伊織はめちゃくちゃ愛されてるように思えたけどね」
「そんなことないよ……お世辞でもそういう事は言わないでくださーい」
「そうかい?ただ好きな人だったら死ぬなんて言った時にはせいぜいなんで死ぬなんて言うんだ、で終わりだと思うけど……まあ、人の感じ方は人それぞれか。あ、飲み物取ってくるよ。何が飲みたい?」
「あ、いや、今そんなに喉アレだから何も……」
「何飲みたい?」
「……オレンジジュースで」
亜留斗の威圧に負けた伊織は頭をガシガシと軽くかきながら困ったように勝手に立ち上がってカーテンを開けて外を見る。少し漏れた光が久々すぎて目には少し厳しい。
少し動くとやはり頭がズキズキと痛みみぞおち辺りもズキズキと痛みすぎて立ち上がるんじゃなかったと一瞬で後悔する。
「うわ!!何してるんだ君は!!ほら、早く戻れ!ああ、もう、じっと出来ないのか君は……!!」
「うっ、す、すんません」
亜留斗に叱られてしょぼしょぼとベットにもぞもぞと潜り込む伊織。久々だった。周りの視線を気にしないで生きている日が。だからか、少し伊織は前の元気を取り戻しつつあった。

12日前 No.110

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22話『過去』

「やだ…………やだ、やだよ…………ぱぱ…………まま……………」

「伊織はどうだ?」
「驚いたよ。まさかあんなに早い回復をするなんてね。まあでも、まだ傷は痛むみたいだし、まだ暫くは安静かな」
「…………千里の様子は?」
「あれからずっとあんなんだよ。うっとうしくてかなわない」
「おま…………感情ってのが無いのか…………!!」
「患者にいちいち同情してたまるか。今のアイツは友達じゃない。一人の患者だ。それに同情するのは違うね」
「お前さぁ……そんなんだからマッドサイエンティストなんて言われんだぞ……?」
「はははは!上等だよそんなこと!!僕は自ら嫌われ役を進んでいるからね。嫌われるならそれで構わないさ。それに、同情したところで助からない患者は助からないし。…………ところでお嬢さん、今後は警察の方にも仕事を回すみたいだけど……大丈夫かい?」
「……ふんっ、死にゃあしねぇよ」
「さぁ、どうだか」
「────如一!!」
「あー…………………よう、クソ親父」
「おっと……元総長のお出ましか」

千里の家は、恵まれていた方だと思う。両親が家にいないことはあったが、それでも帰ってきた時はたくさん甘やかしてもらっていたし、千里が大好きな兄もいた。確かに千里は寂しい時期もあったが、それでも、ちゃんと親は帰ってきてくれるし、たくさん愛してくれるから、耐えられた。親は2人とも警察という正義感の塊の仕事をしていて、いつ命を捨てるかも分からない仕事だったのもあり、千里は確かに不安に思っていた。不安に思っていたが、両親を信じていた。「絶対に生きてる」と。
だから両親も必ず生きて帰ってきた。
事の始まりは、千里の誕生日が近くなった時の話である。
本当は千里の誕生日に休みを取りたかったらしいのだが、ふたり一緒に休めたのは千里の誕生日の少し前だった。だからその日は、千里の誕生日を少し早いながらも祝う予定で、千里の望み通り色んなところを回ったり誕生日プレゼントを選んだりしてもらう予定“だった”。
しかしその日、千里の両親は事故にあった。背の低い千里はなんとか生き延びたが、両親はほとんど息をしていない状態だった。ただただ、酸素を取り込もうと必死になっていた姿だけ。
急いで救急車はかけつけ、両親を別々の車に乗せて行った時、兄が居なかった。一緒に居たはずなのに、居なかった。
千里は救急隊員の人に連れられ、病院まで向かう。どこかに行ってしまった兄が怖くて心配なのもあったが、千里の中でより鮮烈に覚えているのは赤。血。どろりとした少しぬめついた真っ赤な真っ赤な血。体に突き刺さる車のガラス。
千里も少し怪我をしていたが、本当に少しで、病院をたよるほどのものではなかった。
「────ガキの言うことは聞けない。ごめんね」
ニタニタと嫌な笑みを浮かべる嫌な医者。その存在は、未だに千里の中にずっと残り続けている。そして千里は大きくなって思う。
────もしあの時助けてくれたのが、如一だったら。
きっと千里の両親は助かっただろう。その時に亜留斗が居ないか居るかでも変わるが、居なかったとしても後遺症だけ残してしまうがそれでもちゃんと生かしていただろう。
「…………しぬ?おれが…………ころした?」
亜留斗に少しでも黙るように精神安定剤を打たれ、先程よりもマシになったにしても、やはり千里の瞳には光がなかった。全てを諦めきった、人形のようなそんな姿。

「お前……何考えてんだよ!!」
「そ、総長、お嬢の事は悪く言わないでください!!」
「いや……いいよ。ありがとな」
「お前…………ほんとに冬木の名を汚したいみたいだな、如一」
「はァ?何言ってんだクソジジイ」
「もうお前は要らない。本当に他人だ」
「やだなぁ。そんなこと言うなら亜留斗もくださいよ」
「あ?調子乗った事言ってんじゃねえぞクソガキ!!」
「……じゃ、家は出ません。これからもクソガキとしてよろしくお願いしまーす」

「君ねぇ……僕を巻き込むなよ……」
「あはは、ごめんごめん」

────お前は要らない

12日前 No.111

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0

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11日前 No.112

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「い、おり…………あ、あ…………ごめん、なさい……ごめんなさい…………ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ」
「千里」
幾度となく謝る千里を見て伊織は笑顔で名前を呼んで静止させる。それに一瞬ビクリと肩を震わせ、千里もビクビクと怯えた瞳で目を合わせずに伊織の方を見る。
「うざい」
その後に伊織の放った言葉は、千里を黙らせるには充分だった。笑顔で、ただただ一言。千里が目を見開いて伊織の顔をちゃんと見るには、充分すぎる言葉だった。
「…………え?」
「責任感じてんだかなんだか知らんけど。流石にそれはうざい。てか、現に生きてるし。あのさー、勝手に俺のこと殺さないでくんない?そんな謝られると俺殺されたみたいじゃん。……生きてるよ、悔しいけど」
ケタケタと笑いながら言葉を並べる伊織。最後の悔しいけど生きている、との言葉に千里は思わず「なんで、そんな事言うんだよ」とわなわなと肩を震わせ、震えた声で俯きながらあからさまにキレた様子で伊織に向かって言う。
「なんで、そんなこと言うんだよ!!俺は、お前のこと、心配して────!」
「なあ、千里。お前が俺にしてくれたことなんて何も無いよ」
「…………え?」
「だってお前、自分のことばっかりでお見舞い来てくれなかったんだもん。ひっでーの。そんなに俺に死んでほしかったの?それなら今からでもいいけど」
「ちが……!!そうじゃない!!」
冷えた目つきで見下すように千里に向かって話すと、千里は慌てたように口を開く。それを見て伊織は小さく微笑して、千里の頭をくしゃ、と小さく一度撫でる。
「だったら、謝んな。「生きててくれてありがとう」ほら、言えよ」
「……!」
伊織の放った言葉に、千里は思わず目を見開く。しかし、生死をさまよった張本人に言われてしまえば、千里もそこは謝ってはいけないと思った。
「生きててくれて……ありがとう」
「おう、どうもな!」
にっと伊織が笑って千里の頭をもう1度ぐしゃぐしゃと撫でてやると、そのうち千里の表情にも笑顔が増えた。伊織がもう大丈夫だということを確認すると、千里を今まで自分が横になっていたベットに寝かしつける。安心して眠くなったのだろう。
伊織がスマホを手に取って亜留斗に連絡をすると、秒もしないうちに外側から鍵が開けられる。
「伊織!」
「しーっ。今千里寝てるから」
「でかした。流石だよ。……それじゃあ、君は、開いた傷を治そうか」
「…………んん?」
「君一時間くらい前に外出ただろ」
「……………………な、ナンノコトカナ」
「ほら!こっち!」
「イヤああああああ!!」


「如一様、コーヒーお持ちしました」
「ありがとう、すまない」
「少し、お休みになられた方がよろしいのでは……」
「ははは!心配には及ばないよ。ありがとな」
「しかし…………」
「大丈夫。お前も手伝ってくれてたから……お前も寝てくれよ?体を壊されたら困る」
「…………ありがとうございます、総長」

11日前 No.113

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



────如一様、現総長は、私(わたくし)にとっては命の恩人です故、例えそれが今私の仕える元総長であろうとも、如一様に仇なす物は全て始末させていただきましょう。

『へいへいへいへーい、へーいゆー、一般人に手を出すのはどうなのよ、アンタら』
『あ!?お前誰だゴルァ!!』
『血気盛んだなー。まぁ、君らと同じ血筋のモン、とでも言っておこっか。んでー、そいつは……なんだ?粉の密輸でも失敗したのか?それとも邪魔だったから消そうとしてるのか?』
『俺らみたいなヤツなら一般人を殺す理由なんていらねえだろ』
『あはは!これだから頭の悪い小さな組は……嫌いなんだよねぇ。優しい俺様が三秒くれてやる。その間にその一般人を解放しなければさもなくお前らは存在ごと抹消する。あ、名乗り遅れました、俺、冬木如一って申します』
『おい、今こいつ冬木って…………!!』
『さーん』
『マズイ、逃げろ!!』
『にーい』
『そいつ置いとけ!!』
『いーち。……うん、賢い子達だね。えーっと……これを見られたからには今までの生活はできないでほしいと思ってほしいんだけど……君、名前は?』
『椛島……です』
『そう、椛島。うん、俺に付いてこい。飯と服と仕事なら余るほどある。お前には俺の補佐でもやってもらおうかな。まだ総長じゃねえけど、いずれ総長になるし……そん時は頼んだぜ、椛島』
『……はい!』

「…………懐かしいもんを見たな」
「如一、よく眠れたかい?」
「ああ……そりゃぐっすりと。ありがとな、亜留斗」
寝ぼけ眼で如一が目を擦りながら軽く亜留斗に礼を言うと、亜留斗は小さくわらって何も言わずにただ頷く。
如一が見たのは、父、柊の側近である椛島という1人の男であり、1人の子供の父親の話だ。実は椛島を組に引き入れたのは如一で、他の組の人間に内蔵を売り飛ばされそうだったところを如一が止めに入ったのだ。元々はごく普通の若い男だったのだが、その1件で如一の補佐役、そして如一のサポートのまま、今となっては総長側近にまで成り上がった。
椛島は真面目な男で、目をかけられている椛島をよく思わない人間は総長の座を狙っているだの冬木を陥れようとしているだの有り得ない噂を囁かれ、しかしそれはそれで面白いとも思うものだから椛島は何も口に出さない。
椛島の子、というよりは、元々人の良い椛島は子供が好きということもあり養子縁組から数人の子供を赤子のうちから引き取り、そして冬木家の人間として育てている。如一もそれに関しては寛大に受け入れてくれたし、なんの文句も言わなかったのもあり、子供たちも今となっては小学校に入っても良い年頃だ。
「……亜留斗どうした?だいぶ疲れた顔をしてんな。お前も休めよ?」
「ああ……ちょっと。椛島の旦那と総長が口論をしててね。それの止めに入ってて」
「…………何やってんだか」
椛島はまだ三十路手前、三十路手前で位が高いのは凄いものの、物怖じしない性格故にこうして柊との口論にまで至っている。如一が肩を竦めながら椛島と柊の口論の仲裁に言ったのを見送った後に、亜留斗は後ろに視線を向ける。
「何やってるんだ、伊織」
「あ、あはは、聞いちゃったー」
「…………」

10日前 No.114

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



『如一、お前は……失敗作だ』
『貴方に家を継がせるつもりは無いわ。弟の一樹に頼むことね』
『な……んで……』
『あら?親に反抗するっていうの?』
『違っ、そうじゃ、ない……』
『はっきり言え、如一』
『なんで、一樹なの…………』
『は?』
『なんで俺じゃなくて……一樹なんだよ……!!』
『なんでって……アイツが“本物”なんだから』
『本物……?じゃあ俺は…………偽物なの?』
『そうだよ』
『今更何言ってるのよ』
『あ、姉貴…………』
『一樹、如一とは話すな』
『なんで……?』
『一樹にとって悪影響だ。害悪でしかない。一樹はいい子だから、お父さんの言うこと聞けるよな?』
『…………はい』
『なんで…………なんで…………なんで………………』
『ああ、もうめんどくさい子ね、14にもなってあんまり泣かれるとうざいのよ』
『椛島、如一を連れて行け』
『しっ、しかし、お嬢の言うことをもう少し聞き届けても……』
『いいから連れて行って頂戴。鬱陶しくてかなわないわ』
『っ…………分かりました』

『椛島、お前は……どうして親父に怒られるって分かってるのに俺のそばに居てくれるんだ?』
『あの時貴方が来てくれなかったら、今頃私は生きてませんから。この命は如一様からもらったようなもの、貴方をお守りするのが私の誓約故、確かに総長はお厳しい方ですが、私にとっては如一様に忠誠を立てたのですし関係はありません』
『…………変なヤツ』
『どうとでも仰ってください。全ては如一様の為ですから』
『…………ん。…………あんがと』

失敗作と言われ、何をしても認めてもらえない。いくら頑張った所でその努力が報われることは無く、何をしても弟の方が優れていると言われていた。如一を心配する声もあったが、家の半数以上は柊に助けられている。助けられるというよりかは、買われている。飼われている、とも言うが。それ故に、柊に逆らう奴は誰一人として居なかった。
椛島という男を除いて。
椛島はチャイニーズマフィアの連中に若い頃、それこそ20代中頃くらいの歳に内蔵を売り飛ばされかけ、それを如一に助けてもらっている。そして生真面目でどこか元から忠誠心の強い椛島は如一に対して多大な恩を受け、如一に付いていくと決めた。例え親が如一を突き放そうと、椛島はそばに居た。
それだけで如一はどこか心強かったが、それでも、悲しかった。寂しかった。認めてもらいたかった。失敗なんて言われたくなかった。要らないなんて言われたくなかった。怒られてでも見て欲しかった。怒られてでも構ってほしかった。その内それも無くなった。それでも認めてほしくて、見てもらいたくて、褒められたくて、必要だと言われたくて、総長にまでなった。
大嫌いな父親に、大嫌いな母親に、苦手な父親に、苦手な母親に、憧れた父親に、憧れた母親に、大好きだった父親に、大好きだった母親に。認めてほしくて、愛されたかった。存在を、肯定してほしかった。

ただ、それだけ。


「……なーんか……複雑だなぁ」
「まぁ、一般人にはわからない世界だよね。僕の家の場合は両親が科学者だったし、何よりも僕より優れていた雅を好いていたし、僕も両親より雅が好きだったし、両親よりも科学が好きだった。両親よりも勉強が好きだったから特に如一のようには思わないけどね。死ぬのが雅じゃなかったらこうなっては居なかったとは思うけど」
「あは、雅さんの事ほんとに好きなんだなぁ」
「………………………………まぁ、それなり、に」
「亜留斗が照れた!?」
伊織が勢いで立ち上がると、そのまま肩を掴まれ強制的に座らせられる伊織。ごめんさーい等と言いつつも黙って亜留斗の話した如一の家庭事情を考察する。
正直に言えば、伊織は愛されていた方だ。認めてもらえてる……かは分からないけれど、「強くなったね」と褒めてくれることはあった。成績が悪くても特に何も言っては来なかったが、いつもより良い点数を取れば「頑張ったね」と頭を撫でてもらっていたし、今も尚、弟に愛されている。
伊織には本当によくわからない、相容れない話だった。が。伊織は一つ思う。


「…………確かに、頼りない先輩だけど。でも…………それを気軽に要らないだの失敗作だなんだ言うのは……気に入らないな」

9日前 No.115

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0

23話『失敗作』

────要らない、要らない、要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない要らない

……ああ、もう。聞き慣れたよ。だから……もう、何も言わないでくれ。知ってたんだ。俺が要らないってのは。俺が必要とされていないってのは、知ってたんだ。本当は全部知ってるんだ。アンタらが微塵も俺のこと視界に入れてないこと。アンタらが微塵も俺の話を聞いてないこと。アンタらが微塵も俺のことを考えてないこと。アンタらが微塵も俺のことを見るつもりもないこと。アンタらが俺の存在を“認めたくない”こと。そんなこと。知って、るんだ。

「親父」
「ん?あ……帰ってきたのか?一樹。おかえりなさい」
「違うよ。伊織さんのお見舞い来ただけ」
「ああ、橘さんの……」
「ねぇ、アンタはなんで姉貴のことを見てやらないの?なんか……滑稽だよ。姉貴も、親父も。認めたくないんでしょ?俺よりも優れてて、俺よりも仕事が出来て、俺よりも、母さんよりも、親父よりも、優れてる“女の”姉貴が気に入らないんでしょ?子供に負けたくないんでしょ?……ゴミみたいな親だな」
「…………一樹、何を言ってるんだ?」
「まぁいいけど。その内誰かに刺されても知らないから」


「ちょっと待て、君は何をしようとしてるんだ。……いや、君は何をするつもりなんだ?」
「冬木先輩を助ける」
「いやいやいやいやいやいや、下手にそんなことしたところで怒られて終わるのが落ちだぞ!?しかも相手は元総長!いくら君でもかないっこ無い!!ここは部外者らしく大人しく……!!」
「冬木先輩を本当に大切にしてる人が居るのに、それを要らないだなんだ言う親に制裁を加えるだけだよ。……それに、やられっぱなしの冬木先輩はつまらないし」
「全く……君って奴は…………。地雷が学校から戻ってきたら地雷も含めて話をするぞ」
「ふへへ、あんがと」
防音完備の離れにある亜留斗の部屋で何やら物騒な計画を企てているのは、伊織だった。本当にたまたまではあるが如一の家の複雑さに触れた伊織は今、珍しく非常に激怒している。表情やら何やらは笑顔の裏で隠れているので亜留斗でさえも正直伊織がそこまで激怒している事には気が付いていないのだが、それでも伊織は非常に今、ふつふつと湧き上がる怒りを行動に移そうとしている。
何故伊織がそこまで怒るのかというのも疑問ではあるが、まず伊織は曲がった大人が大嫌いだ。自分の子供を必要ないだなんだのと、そして自分の知人をそこまで言われるのは面白くない。
亜留斗も流石に伊織がここまでの行動力を持っているとは思ってはいなかったが、少し考えて亜留斗は納得する。

────雅が目を付けるのも、分からなくはないな。

9日前 No.116

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



組織内抗争。最悪の状態が起きそうなのが、今の組の現状だ。
椛島率いる如一派と、柊派の二つだ。椛島の方は殆どは元々は一般人、それを如一にその都度助けられている人間が殆ど。ごく稀に如一が拾ってきた、基身寄りのない人間をかき集めた部隊でもある。そして柊派は元からその筋の人間、柊という飼い主によって鍛え上げられた如一派とは比べ物にならない力の争いだ。
如一も恐らく柊と一戦を交えるんじゃないかと囁かれていて、警察の方でもそれを把握している。怖くて止めに入れない警察が多い中、どちらにも所属はしない千里が仲裁に入る予定だが、亜留斗の考えで行けば千里は恐らく柊に引き抜かれる。故に、如一は負ける。
「……貰った恩は返す主義なんだ。それが如一……いや、お嬢に対しての忠誠になるのなら……乗ったよ。伊織」
「よし来た!それにしても千里は立場上どうしようもないよなあ……ううん、どうすればいいかな。まあ……でも。冬木先輩が柊さんと対峙する前に俺が柊さんは潰す」
真顔で結構なことを言う伊織に対して思わず亜留斗も苦笑をする。そしてその後に、真面目な顔になって一言いう。
「柊は血も涙も慈悲もない。例え相手が女子高生であろうとあの人なら……殺しかねないよ」
「……悪いけど、こっちもそんなに弱くないんでね。負けたら橘の名を語るのをやめます」
「そこまでするつもりなのか!?ていうか君はそこまでのリスクを背負ってまで勝てるっていうのか!?!?」
「……父様以上に強い人なんていないから」
「…………分かった。命だけは、落とすなよ」
「りょーかい!」
伊織のこの自信は過信が、それともあるいは本当に橘射水が最強なのか。もちろん、これは後者なのだが、それはじきに分かることなので割愛しよう。

「まず、俺が柊さんをぶっ叩く」
「もしそれで倒れなかったら地雷が入る。万が一は僕も手は貸すよ」
「そこまでには及ばないから安心して。柊さんをぶっ叩いた後に、組の人と如一を家から出す。……そんで、家を潰す」
「物理的に、ね」
「お金に関しては最悪は俺の家からも援助出すし、この機会に同盟組めたらうちの道場も大きくなるしまあぶっちゃけ援助する気満々なんだけど、取り敢えず段階を説明すると、冬木先輩の両親潰す、組の人たちを如一と一緒に逃がす、最後に物理的に家を潰す。その後に、更地になった元冬木家を分家にして、本家を他のところに新しく立てる。その援助は橘が手伝って、橘道場と同盟を組んでそのままうちも大きくする、これで問題は無いね」
「最終的には協力者の伊織もいい思いをするしこれでプラスマイナスゼロだと言えるね」
「待った待った待った待った!!!!いやいやいやいや、問題大ありだろ!?柊さんそんな簡単に潰れねえからな!?無理だぞ!?やめとけって!!如一が勝てねぇ相手に勝つのは絶対にむ」
「いや如一現に伊織にボロ負けしてるじゃないか」
「…………行けるかもな」
「だろ」

9日前 No.117

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「……そこにいるんだろう、地雷」
作戦決行日。それはあっという間に来てしまった。もちろん伊織は余裕綽々とした態度で、見ている側からすればフラグにしか見えなくてヒヤヒヤしていたが、ここは伊織を信用するしかないと判断したメンバーは不安を抱えつつも口笛を吹いたりなんかしているふざけた様子の伊織を頼るしかなかった。
千里が如一を殴り続ける柊を背後からそぉっと音を立てずに近付いて見るも、やはり元総長と言うだけある。まだまだ現役だ。後ろを振り返りもせずに千里の存在に気が付いてしまったのだから。
「おいバカ、お前なんで……!!」
何も知らない如一だけが頭から血を流したり蚯蚓脹れした頬を見せながら苦虫を潰したような顔で千里を見る。千里としてもここまでズタボロにやられている如一の姿を見るのは初めてで、思わず目を背けたくもなったが、これで如一への恩が返せるなら、と思えば千里は目を背けずに頼りなく笑って如一を見る。
如一の絶望したような瞳から如一の心配事を察してしまえるのが長年一緒に過ごしてきた千里の実情なのだが、千里のどこか余裕な態度を見て如一も何か考えがあるのかとすぐに把握して鉄錆の味がする唾液をゴクリと飲み込んで軽く頷く。
「流石総長。気付かれちゃいましたか」
「俺を舐めるなよ」
柊を少し煽るように言うと、柊も案の定カチンと来たかのように怒気を孕んだ声で千里の方を見ずに、それでもどこか冷たい雰囲気を背中から感じさせる。
「しかし……やはり“元”総長。腕は落ちたみたいですね。圧倒的存在感と威圧感を持った“彼女”の気配に気付けなかったんですから」
千里がにっこりと笑ったかと思えば、柊は案の定千里の方を見る。そして千里に降り掛かってくる握りこぶしをしゃがんで回避しようとした瞬間、鈍い音が響いて柊の頭に蹴りが入る。
「おーっしゃ、いっぱぁーつ」
クラ、とよろけた思考の回っていない柊のあとを追うかのように、頭を蹴りあげた足はそのまま柊の脇腹を的確に蹴り飛ばし、最後はみぞおちを正拳突きで倒れ込ませる。
「はっはっはー、頼まれてないし呼ばれてないけど僭越ながら橘伊織、参上!!」
「…………橘、伊織?」
見下すように笑う伊織を見て、明らかに分かりやすく柊は眉をピクッ、と動かす。
「なるほど……お前が…………零の部隊を壊滅したという、あの……」
ニタ、と笑う柊を見て、伊織は「鬱陶しいなー」と言いながら柊の頭を手で掴んであげたかと思えば、そのまま地面に叩き付ける。その時の伊織の表情は「無」。如一や千里も思わずゾッとするようなものだった。
もちろん、柊に手を出した伊織に殴りかかろうとする連中も居たが、その辺りは千里と亜留斗によって止められ、そしてあっという間に拘束すらされてしまった。
「うるさいんですよねー、さっきから。自分が強いって過信しすぎじゃないですか?だからこんな“失敗作のお友達”に簡単に潰されるんですよ。さ、てと……ちょーっと痛いですよー、我慢してくださいねえ」
目の笑っていない伊織がした行動は、柊の腕を掴んで無理矢理柊を引き上げたかと思えば、柊の足を持ち手を一瞬で変えて、思い切り再度柊の頭を地面に打ち付ける。
「こ、こわ…………」
「へぇ……これが女弁慶と言われたまでの力か…………。女弁慶って比喩は弱すぎじゃないか?」
ドン引きする千里に、冷静に解析をする亜留斗、唖然としている如一。何せ三人の目に映っているのはいつもの“橘伊織”ではなく、中学時代の女弁慶。“巴”だったのだから。

5日前 No.118

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「はいはーい、質問しまーす」
頭から血を流してもはや死んでいるのかと疑いたくなるも、か細く息をする柊の頭を踏みつけながら伊織は笑っていない瞳で笑った顔を作りながら咄嗟に質問する、などと言い出す。
その場にいた一連の流れを見ていた連中はゾッとしながらも黙ってゴクリと喉を鳴らしながら伊織の話す言葉に耳を傾ける。
「暴力でしか助けてくれない元総長様とー、失敗作だけど最善策を探してた助けてくれる現総長様、どっちに付いていきますかー?」
にっこりと目を細めると、柊派の連中は拘束されていながらも文句を言いたげにぶつくさと言ってくる。「柊さんはそんな人じゃない」「如一さんよりもっと力のあるお方だ」「失敗作には出来ない」だのとなんだのと如一に対する暴言が降ってくる。
思わず伊織も肩を竦めてしまいつつも、「へえー、本当にそれでいいんだ」なんて言いつつもにっこりと笑みを作る。
「柊派の皆に聞くけどさー、君らは柊さんに何をしてもらったの?居場所くれた?それだけじゃないの?あの人がやったことはそれだけでしょ?」
伊織がマシンガントークを開始し始めると、柊派の連中も何も言えなくなったのか悔しそうにぐっ、と言葉を詰まらせる。言葉を詰まらせてしまうほど、信用もクソもない上司なのだと思わず伊織は笑みが零れそうになってしまったが、ここからが本題だ。
「それじゃーあ、如一先輩派そこの君!君は如一先輩に何してもらったのかな?ん?言ってご覧?」
「い、如一、様には……。柊様から受けていた暴力から助けて頂きました。そのせいで如一様への暴力がエスカレートしていってしまったのですが……あの時私は如一様に助けて頂いて居なかったら、今頃死んでいました……」
「ほうほうなるほどー、冬木先輩カッコイイじゃないっすか。そんじゃー、そこの君」
「如一様は……居場所を与えてくださいました。住処を与えてくれたのは確かに柊様でしたが、自分の居ていい意味をくださったのは如一様でした」
「マジか。冬木先輩いがーい」
時々茶々を入れながら如一に助けてもらった体験談を一人一人聞いていくと、伊織は満足そうにニッコリと笑って柊派の連中を一瞥する。そしてもう一度彼らに向かって口を開く。
「ねえ、君たちも冬木先輩にほんとは助けてもらったことあるんじゃない?例えばー……柊さんに押し付けられた理不尽なお仕事の引き受け、とか?」
「っ……!!」
「うっわマジか、適当に言っただけなのに」
俺すごい、などとボヤきつつも伊織は一通り見たあとに確信する。
「それじゃあもっかい聞くね。如一先輩についていく人は、今から家を出て。今からこの家、つぶしまーす。最近更地になった大きい場所があってさ。立地条件もいいしそこに本家を立ててもらうよ。もちろん資金援助はうちで良かったらさせてもらう代わりに復刻の暁には同盟もよろしくね。橘道場をご贔屓に!」
ちゃっかり同盟宣言もここで為す伊織。案外伊織は商売上手なのかもしれない。これはセールスマンなんかが向いているかもしれない。すると如一の肩を担いで外に面白いほど出ていく組の連中。
こんなに人が居たんだ、と思いつつ、伊織は柊を見て最後に言う。
「今までお疲れ様でした、“本物”さん」
「…………あばよ、クソ親父」
如一も伊織に続いて言うと、おぼつかない足取りで家から出ていく。

「冬木せんぱーい、お父様がお亡くなりになられてご冥福をお祈り致します。それと先に言わせてもらいますね。……冬木先輩、貴方は素敵な人です。貴方には助けられている。だから俺はその恩を返した迄だ。たしかに貴方は弱い。とても弱い。だからこそ、弱者の心に立てる。俺にはできない事だ。冬木先輩、貴方はここに居ていいんです。ここに居なくてはならないんですよ。冬木先輩、俺が認めてあげます。貴方は失敗作なんかじゃない。紛いもない、“本物”だ」
「い、おり…………」

5日前 No.119

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後日談。
「ちょ、だからしつこいんですって、俺は殺しては居ないんですから……!!」
「待って待って待って待って伊織は何1人でブツブツ言ってるの!?は!?てか誰と話してるの!?待って怖い怖い怖い何!?!?」
「伊織さんには何が見えてるの!?はぁ!?」
「いやー、さっきから柊さんが文句言ってきて。死んだのは自業自得でしょうって教えてあげてました」
「ぎゃあああああああああああああああああ!!!!」
空、もとい柊、死者と語る伊織の姿は極めて気持ちの悪いものだろう。一体どうやって話しているのかが気になるが、伊織の側に居た軽く葬儀に出ていた如一と一樹は二人してガタガタと震えながら伊織の方を見る。
やっぱ姉弟なんだな、と伊織が思うと柊から告げられた言葉に思わずギョッとする。その様子を見た如一と一樹は「何!?!?」と言いながら半泣き状態で伊織を見る。
「……本当はずっと認めていたよ、だそうです。死んだ後からそんなこと言われても信用しがたいですよね」
「は、はぁ…………?ていうか伊織死んだ人と話せるなら伊織の母ちゃん…………」
「身内にはやりません。死にたくなっちゃうから」
「あ、あぁ、そう、だよな………」
如一が申し訳なさそうに軽く謝ると、伊織は小さく笑って「そんな顔しないでください」という。一樹と如一が二人仲良くなったのは良い事だと判断し、伊織は仲良くなった暁に、と2人きりで残して自分は帰ろうと踵を返した。その時のことだ。
「いっ、おりさん!!」
伊織の腕を掴んで帰ろうとする伊織を引き留めたのは一樹だった。らしくもない一樹の大声に如一も驚いたようにキョトンとしながら一樹の方を見る。
「その、えっとー…………ありがとう!あと…………これからも、よろしく」
何が言葉を飲み込んだような気がするが、それでも言われた言葉が嬉しいものだったこともあり伊織は深くは追求せずにただただ一言「ありがとう」とだけ言ってその場から立ち去り、亜留斗に呼び出されているのでそちらに向かうことにした。

「一樹、もっと言うことあったんじゃねえの?例えばー……好きです、付き合ってください、とか」
「余計なお世話だよ。それに、言ったら戻れなくなる。戻れる内にちゃんと戻っておかなきゃ。……だから、これでいい」
「お前…………変わったな。見ない内に」
「識のおかげだよ。そういう姉貴も随分変わったじゃねえか。だいぶ良い方に」
「はは、伊織のおかげかな。知んねえけど」

5日前 No.120

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24話『平穏?』

「橘射水様、おはようございます!!」
「おはようございます!!!!!」
「庭のお手入れは私がやらせて頂きました!」
「今日もお手合わせよろしくお願い致します!!」
「…………あ、お、おは、よう……」

「お前ら!伊織様が起床なさったぞ!!」
「おはようございます!!」
「おはようございます!!!!」
「…………あ、あぁ……うん……」

あの1件以来、伊織は有り体に言えば元冬木組の人間にかなり懐かれた。というか、如一が何か変な気を回したのか橘会というのか建てられ、伊織の家に住み込みで働く人間が増えた。射水はまだ慣れていない様子だったが、彼らが来たことにより生活が楽になったのは事実だったのもあり、正直にいうと橘道場も大きくなったので文句を言うような所はなかった。
もちろん伊織は軽くお小言をくらったが、友達をよく助けたね、と射水に後に褒められたこともあり伊織の方も満更でもない様子だった。まだ今の生活には慣れていないが、そのうち慣れるだろうと思っている。
というか、今まで二人だったのにそれがいきなり増えて10人規模になってしまうと管理の方も大変だということに気がついてしまい、伊織は如一の凄さを身をもって痛感した。
「伊織、行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
「今日は部活行くのかい?」
「んん、そろそろ行かなくちゃなって」
「そっか。気を付けて」
「うん、ありがとう。父様も無理はしないでね」
伊織が怪我をしたあの1件から、射水は父親として伊織の事をかなり気にかけるようになった。前々から気にかけはしていたが、意図的に怪我をさせられたのだから射水も黙っているはずがない。
学校に口出しするのはまだ早いと、今か今かと機会を伺いながらも伊織の心配をする。
「伊織様、お送り致します」
「あ、いや、そんな、悪いから、大丈夫だよ……!!」
「しかし……!!」
「本当に大丈夫だから!!ありがとうね!」
伊織が困った様に返すと、住み込みの部下は少し照れくさそうに笑った後に伊織の後ろ姿を見送る。もちろんその後そいつが椛島に名簿表でぶっ叩かれたのは言うまでもないだろう。
椛島。彼は新冬木組により総長如一の元、若頭とまで成り上がった。そして柊から救われた元柊派の人間は伊織を痛く気に入ったらしく、元々気性の荒い柊派の人間に伊織が呑み込まれかねない事態を判断した椛島が橘会と称して橘会の会長として取り締まっている。
椛島も偉い立場になったのもあり彼にとっての上司が如一のみになった今、如一の部下は椛島の部下も同然、黙らせることくらい容易かった。椛島も今回の件で如一を救ってくれたことを伊織に感謝しているのもあり、椛島も自ら橘会の会長を務めている。
伊織も前よりもちゃんと学校に行くようになり、教師陣も安堵の念を隠せない様子で、そのうちに伊織の悪質な噂は少しづつ伊織が怪我したことによって伊織の事を気にかけるような事に一瞬で変わった。
すぐに掌を返す人間だとは思ったが、それが人間という生き物だと悟り始めてしまえば、伊織も苦笑の言葉しか出なかった。

5日前 No.121

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しかし。
上野美桜、彼女の存在のせいで楔と美桜が付き合っているという噂だけは異様な程に払拭する事が出来ず、楔もそろそろ我慢の限界が来つつあったのも事実だ。
そして遂に。
“癒しの縁楔”も事切れた。
「な、なぁ、縁って…………」
「ごちゃごちゃごちゃごちゃうっせぇんだよ!黙ってろクソがァ!!俺は伊織ちゃん以外興味ねぇっつーの!!上野!?誰だあんなストーカーアバズレ女!!誰があんなゴミ女と付き合うかボケ!!伊織ちゃんが1番可愛いし伊織ちゃんが1番大好きだし伊織ちゃんが1番愛しいし伊織ちゃん以外この世界から死んでもいいから!!そんなに上野好きならお前が上野と付き合えば!?お前知ってんだかんな、“俺の伊織ちゃん”に近付こうとか思ってるだろ!!そんで俺が上野と付き合ってたらいいなとか思ってんだろ!?悪ぃけど俺は伊織ちゃんを誰かに渡すつもりもない!!」
「…………よ、よす、が…………?」
はぁはぁと肩で息をしたあとにハッとして楔は急いで口元を抑えて「な、なーんちゃって」と語尾にハートマークがつきそうな勢いで急いで取り繕う。しかしそれも静まり返った教室では無意味になり、楔もいたたまれなくなりつつあった。
「はよーっす!!」
「はよはよー」
「陽助うっさい」
その静寂を切り裂いて扉を乱暴に開いて入ってきたのは陽助と伊織と祥大。一番来て欲しくない人物に楔は頭を抱える。クラスメイトもじとーっと楔の方を見る。
「??楔どしたの??」
「あー……あー、あー、はい、はい、はい、はい…………お前、やっちまったんだな」
陽助が察したかのように楔の肩をぽん、と叩くと楔はキッと陽助を睨みつける。すると楔ははーっ、と一つ溜め息をついたかと思えばいつもの可愛らしい姿からは見当もつかない鋭い眼光でキッとクラスを見て怒鳴る。
「ああ、そうだよ、こっちが本当の俺!!てめぇらごときに猫被りしてんのも疲れたわゴミが!!でも伊織ちゃんが好きなのは嘘じゃない!!ていうか伊織ちゃんマジで誰よりも大好きだから俺と結婚前提に付き合ってください!!!!」
「?????あれ?ん??え?ちょっと待って頭が追い付かない」
────今までの楔は猫被りの楔であって、楔は千里が好きなんじゃなくて俺が好きってこと?……は?どういう事?頭が追い付かないにも程がある。楔が猫被りしてたのはなんとなく分かっていたものの、千里が好きなのは事実なんじゃ?んん??
「だめだコイツ頭がショートしてる」
陽助が軽く伊織の頭をコンコンと人差し指で軽くたたきながらそんな事を言う。
「や、やっぱり、伊織ちゃんは……こんな俺、嫌、だよね……?」
(あっ、橘(さん)の前だといつも通りなのか……)
満場一致で思ったことだが、誰もそれを口には出さなかった。
「あ、いや、違う、違う、てっきり楔は千里が好きなのかと…………」
「はぁ!?」

5日前 No.122

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「俺は、伊織ちゃんが好きだよ。ずっとずっと前から、他の誰よりも、君だけを見てた」
「……うーそーつーきー。しんじませーん僕そんな事しんじませーん」
「えぇ!?」
「いーやー?いやー、べっつにー。楔は千里と幸せになればいいよーうんうん、いやいいしマジでいいし俺祥ちゃんと結婚前提にお付き合いするから別にいいしべっつにー」
「沖海…………?」
「え!?伊織ちゃん、え!?逆に僕でいいの!?幸せにするよ!?」
「だぁれがてめぇみてぇな男に伊織ちゃん渡すかボケ!!」
楔が祥大の胸ぐらを掴み、伊織がむすくれながらそのまま教室から出ていくと、陽助があーあ、拗ねちゃって……などと言いつつ、教室から出ていった伊織の姿を見送る。そして楔が急いで教室を飛び出して伊織の元まで走る。
楔と伊織の居なくなった教室はまさにカオス。
「よ、縁くん怖かった…………」
「けど…………ちょっとかっこよくなかった……?」
「うわああああ失恋したああああ」
「おい祥大ずりぃー!!」
「平野お父さんみたいで面白かったわ」

「い、伊織ちゃん、待って!!」
伊織を追いかけた楔は急いで伊織の元まで向かい、伊織は顔を真っ赤にしながら楔の方を見る。楔は見たことのない伊織の表情に悔しくもこんな状況でもドキドキしていた。
「伊織ちゃん……ごめんね。俺、伊織ちゃんにいっぱい嘘ついた。それだけじゃない、俺、伊織ちゃんがあんなに思い詰めてたのに俺は……っ、俺は…………っ…………!!」
「…………楔と千里お似合いだと思うよ。なんだろ。美男美女って感じ?あ、ほら、それに、楔千里といる時の方が楽しそうだし。気ぃ抜いてる?っていうの?」
楔が悔しそうに下唇をキュッと噛みながら言葉を紡ごうとしていると、伊織はまたふい、とそっぽ向いて楔にとって“一番言われたくなかった”言葉を伊織に言われてしまい、思わず泣き出しそうになる。
「それに、あれも嘘だって知ってるよ。あの状況だもん、しょうがないよね。……うん、それじゃ……俺保健室行くから」
伊織がまた歩を進めようとした瞬間、楔は急いで伊織の腕を掴んでそれを止める。伊織は何故か一向に楔の方を見ない。見たのは引き留めたあの一瞬だけだった。楔が伊織の腕を引いて、そのままキスが出来るんじゃないかくらい楔が顔を近付けると、伊織は恥ずかしそうに急いで後ずさりする。そして引き寄せた時に、楔が見たものを伊織に尋ねる。
「ねぇ、なんで泣くの?」
「…………関係ないよ」
「関係なくない」
「楔には関係ない!」
「俺、伊織ちゃんが泣いてる原因分かってるよ。ねぇ、伊織ちゃん、伊織ちゃんは────そんなに俺と地雷がくっつくのが嫌なの?嫌だといいな。だって……嫌で泣いちゃうなんて……俺…………嬉しすぎる」
伊織が目を見開くと、楔は恥ずかしそうに口元を抑えながら目を逸らして顔を真っ赤にしながらそんな事を言う。ずっと好きだった人が、本当に俺のことを見てくれた。
それだけで、楔を満たすものは充分だった。
「そうだよ!嫌だよ!!寂しいし!!」
半ギレして逆ギレをする伊織。
「全くもう…………可愛いんだから」
楔が逆ギレする伊織の頭を軽くポンポンと撫でた後、いつものように伊織の事をぎゅうっと力強く抱き締める。
「大丈夫、俺、もう絶対に迷わないから。伊織ちゃん、大好きだよ」
「…………あのね、楔」
「……ん?」
「この前、ありがとう。告白、嬉しかった。その……それと、待っててくれてありがとう……ううん、待たせちゃってごめんね。…………その、楔、もし良かったら…………その、この、前の、結婚前提にってやつ…………今更受け取っても、いいかな…………?」
「………………!!もちろん!」

4日前 No.123

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昔の話。中学二年生くらいの時。昔というほど昔でもないけど、取り敢えず昔。
俺は伊織ちゃんが好きだった。大好きで大好きで、誰よりも大切だった。好きなところはいっぱいあった。優しいし、可愛いし、素直だし、本当は周りから遠巻きにされてるのを少し気にしてるところだって、笑う姿が綺麗なところだって、陽助の前だと自然体でいる所だって、武道をやっている姿だって、鋭くなる瞳とか、いつもの穏やかな瞳とか、話しかけてくれた人には露骨に嬉しそうにするとか、そういう伊織ちゃんのいろんな所が、大好きだった。
伊織ちゃんが大好きだから、知らない伊織ちゃんが無くなればいいと思って、色々調べたこともあった。伊織ちゃんの通話履歴。殆ど陽助だったけど。多分馬鹿な陽助の事だから宿題でも聞いてたのかな。案外伊織ちゃんも頭が悪いとその時知った。一つ知って、嬉しくなった。メール送信履歴。これは沖海が多かった。ムカついた。沖海が定期的に伊織ちゃんに写真を送ったりしていたみたいだ。伊織ちゃんがそのたびに綺麗だなんだと褒めるから、沖海は調子に乗る。邪魔な人間が一人増えて、憎悪が湧いた。伊織ちゃんの男子に1日の話仕掛けられる平均回数。陽助とか沖海を含めたらそりゃすごい数になるけど、含めなかったら6回くらいだった。伊織ちゃんに近付こうとしてる男が知れた。早急に始末しなくちゃ。伊織ちゃんのご飯を食べる平均時間は20分くらい。ただし嫌いなものが出てくると小1時間格闘してるのは可愛かった。
……とまあ、こんな感じで2年にわたるストーカー行為が始まって、それが最近マシになった。原因は地雷だ。
もちろん最初は伊織ちゃんの相談だけだった。猫被りしてたのもバレて、もうどうでもいっかって思って、引かれて終わりだと思ってた。終わりであって欲しかった。今思えば。
それでも地雷は引かなかったし、陽助と一緒に俺の相談にも乗ってくれた。気持ち悪いだなんだのとふざけた言葉を言いつつも笑う地雷の姿に正直、目が奪われた。そんな時に伊織ちゃんが沖海と付き合ってるだとかいう噂だ。
確かに、その時沖海は殺したいくらいだったし、意地でもその噂をもみ消してやろうと思ったし、それで付け上がる沖海が容易に想像出来てしまって早急に殺そうとも思ってた。だけど、その後に流れる俺と地雷が付き合ってるって噂。ちょっと前ならふざけんなって思ってたけど、悔しいけど、満更でもなかった。
心のどこかで、もう諦めようって思ってた。というか、今のうちにしておかないときっと伊織ちゃんは俺に申し訳ない気持ちを持つだろうって思ってた。一時の迷いでもいい、それでも、伊織ちゃんを解放してあげる理由が欲しかった。伊織ちゃんを縛ってる自分に嫌気がさしたのも事実で、この際にちゃんと諦めようって決めた。
その時、馬鹿な俺は伊織ちゃんの変化に気付けなくて。本当はすごく思い悩んでたってこと知らなくて。ちょっと前の俺ならきっと伊織ちゃんが救えたのかもしれない、伊織ちゃんが、死んじゃうんじゃないかって思いになることも無かった。絶対に。
でも、そんな時に起こったのがアレだ。伊織ちゃんが怪我。重症。3日間の深い眠り。起きることがなかった。1回も。死んじゃうんじゃないかって思った。怖くて怖くて、不安で、自分を恨んだ。心のどこかで、“地雷が居なければ”って思ってしまった。そんな自分が、嫌だった。好きになったのは俺の方なのに、それを相手のせいにするなんて甚だおかしい。
伊織ちゃんが目を覚ました時伊織ちゃんは言った。「死ねると思ってたのに」もちろん、その時は怒った。心配してたのに、なんでそんな事、死なないで、死なないで、死なないで……。でも、伊織ちゃんを怒ったけれど、本当は自分にもっと怒っていた。なんで気付けなかった?なんで思いを汲み取ってあげなかった?なんで噂を間に受けた?なんで地雷との噂を“嬉しい”なんて馬鹿なこと思った?なんで、なんで、なんで、なんで。
その時に同時に地雷にも申し訳なくなったのも事実、俺の中で地雷への想いが全部潰れた。自己嫌悪だ。今でも思い出す。中学生の時に伊織ちゃんが死にたがってた時のこと。また同じ事になってたのに、今回の俺は気付けなくて、悔しいよりも何よりも先に、自分が情けなくて情けなくて、嫌いで、大嫌いで。

それでも結果的に。最終的に。俺は前みたいに伊織ちゃんが好きで、伊織ちゃんだけが大好きで、誰よりも伊織ちゃんだけが大切で。もう伊織ちゃんにそんな想いはさせないって、心から決めた。伊織ちゃんだけを大切にするって決めた。俺が伊織ちゃんを守るって、ちゃんと決めた。
地雷には感謝はしている。何せ、改めて自分の伊織ちゃんへの思いの強さを知ったし、何よりも、以前よりも伊織ちゃんがもっと好きになった。ストーカーなんてしてた時よりも、俺は伊織ちゃんが、大好きで、大好きで、そばにいて欲しくて、離れないで欲しくて、愛しくて、堪らなかった。だから、 感謝してる。
好きだったぜ、地雷。

4日前 No.124

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「ははーん、やっとお前らくっついたかー」
「おめっとさーん」
ひゅーひゅーとふざけたように冷やかす陽助と秋良、そしておめでとうだなんだとゲラゲラ謎に笑い転げる如一。どうやら如一的に本性の楔の方が気に入ったらしく面白くて堪らないらしい。もう猫被りをする必要もなくなったこともあり楔は「チィッッ」とでかい舌打ちを打ちながら青筋を浮べながら拳を作る。
伊織がチラ、と不安そうに楔の方を見ると楔は一気に脱力したように拳を作っていた手を下ろす。
「はは、こりゃ楔惚れた弱味握られてるな!」
楔がすりすりと伊織に頬ずりしながらそんなふうに言われていると、もうなんでもいいとでも言いたげに適当にムス、とする。伊織が取り敢えず楔の頭をくしゃ、と小さく撫でてやると、楔は顔を真っ赤にして誤魔化すように伊織をぎゅうっと強く抱きしめる。
「ぐぇっ!!」
「伊織死ぬ!!楔、伊織死ぬ死ぬ!!死んじゃうからそれ!!」
「いっ、伊織ー!!!!」
ぎゃあぎゃあと騒いでいる時に一つの足音が聞こえてその場にいたメンバーはうん?と軽く首を傾げる。
「全く、騒がしい奴らだな。君らは」
「…………あ、亜留斗!?…………と、そちらの方は…………?」
どこから現れてきたのかわからないが白衣のポケットに手を突っ込んで向かってきた亜留斗と、亜留斗の半歩ほど後ろを歩いてついてきたのは糸目のなんだか胡散臭そうな亜留斗同様に白衣を着用したままにっこりと笑う不思議な青年。
「漣円戸(さざなみえんど)、海外留学から帰国致しました。今は亡き旧友雅との約束で冬木家の方の科学班へ配属させて頂くことになりました。しかし亜留斗の方からまずは頭からの承諾を得るように言われてしまいましたので、こうして足を運んでまいったまでです。それと、父上の御冥福をお祈り致します。お気の毒です」
「あー……なんか言ってたっけな。科学班がどうとかこうとか……」
「いや君忘れてるのかよ」
亜留斗が冷静なツッコミをすると円戸はにっこりと微笑ましそうに瞳を細める。なんとなくその感じが嫌な予感がして、伊織がふい、と円戸から目をそらすと、円戸は驚いた様に目を見開いたかと思えば、いつもの開いているのかイマイチ分からない糸目に戻る。
「はー、まぁ、うん、まぁ宜しくなー」
「適当すぎやしないか君…………。ところで地雷は?」
「上野の処理に。後で仕事回すように伝えといてくれねぇ?お前どっちにしろ研究室戻るだろ」
「……まあ」
「んん?ていうかさっき雅って……。雅って確か亜留斗の……」
「幼馴染みだよ」
「ああ……なるほど……」

4日前 No.125

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0

25話『誕生日』

あれから数週間、七月上旬に入り、梅雨もだいぶマシになってジリジリと日差しが照りつける頃になってきた。衣替えの時期に入り、制服も長袖からようやく半袖に変わり、いわゆるクールビズだ。七月上旬と言えばつまりテストもあるわけだが、伊織にとってはもっと大きなイベントがあった。
「七月入ったなー!」
「夏休み!!」
「わっしょーい!!」
七月に入り、露骨にテンションの高い如一、千里、秋良。伊織もそういえば……と思い少し考える。夏休みは恐らく識が帰省するだろう。今年はどこか出掛けたりするのだろうか。そう言えば識が海に行きたがっていたような気がしなくもない。たまにしか識も帰ってこれないのもあるしなるべく識の願いは叶えたいとも思う。姉としてもなるべく弟の時間は大切にしておきたいとも思うのも事実だ。
「あー……なぁ、伊織、今年何が欲しいんだ?」
「んんー、別になんでもいいんだよなー。ここまで来ると欲しいものとかないって言うか……」
「じゃあ無しでいいな」
「は!?欲しいし!!」
「わっかんねー!」
陽助が伊織に対してなにか欲しいものを尋ねると、千里は「あ」と言葉を漏らし、如一と秋良はなんだなんだと首を傾げる。
如一はというともしや陽助が伊織を狙っているんじゃないかと思い勝ち目のない恋をしているなあなどと全く違うことをただ1人だけ考えていた。如一の隣にいた秋良は複雑そうな顔をしたかと思えば、千里が秋良にコソ、と耳打ちすると秋良はすぐに安堵したかのようにほっと一息ついていたが。
ここであえて如一には言わないあたり千里の悪戯心が働いているのだろう。如一からすれば悪戯心も程々にしてほしいものだ。
「ていうか伊織楔と登校しなくていいのかよ」
「だって楔の家と方向違うんだもん」
「頼めば家まで迎えに来るだろ、アイツ」
「そんな迷惑かけられないよ」
軽く伊織がむすー、とすると陽助も言われた方があいつは嬉しいだろうになァ、などと父親のような目で伊織を見ると伊織は軽く1発陽助の頭をぶっ叩いた。
軽やかな頭を弾く音が気持ちよかったような気がしなくもない。
「ところで陽助、君はいつになったら彼女に告白するんだい?ん??言ってごらん??」
伊織は丁度秋良も居るし丁度いいかと思いつつ陽助に肘でトントンと脇腹あたりを軽く叩きながら尋ねる。ちなみに、あの事件の前に噂でどうたらこうたらなっているときに全否定するために陽助は公開告白してちゃんと千里から振られているので、ここで未だ陽助が千里を好きだろうと思っているのは2年の如一と秋良、2人だけだ。
「夏休み前には告白する!!から!!」
「もー、まあ最悪の場合は手伝ってあげるから、ね!」
「楔と、だろ」
「そうそう」
伊織がバチコーンという効果音がつきそうな少女漫画のヒロインのようなウィンクを陽助に向かってすると、陽助も呆れながら肩を竦めた。

4日前 No.126

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「お、おはよ、伊織ちゃん」
「楔ー、おはよ」
あれから垢抜けした楔。それはそれで男子からはかっこいいだとか親近感が湧いたとかで楔は男友達が増えたようだった。その代わり自分に近付いてきていた女子生徒は減っていったが、あの一件で逆に惚れたという女子生徒も少なくはなく、この前より減ったと言うだけで今でもモテる分にはモテる。
楔に恋をしたところで彼女がいるのは分かっているのだが、好きになるだけならタダということもありなかなかそう簡単に諦めたりしないのはメンタルの強さが伺える。女の子の強さを思い知ったような気がしなくもなかった。
「伊織ちゃん、今年の夏休み2人でどっか遊び行こうよー。去年は識に尽く邪魔されたから今年は2人で遊びたいし」
楔が伊織の席に座り、伊織が楔の上に座り楔にがっつりホールドされながら伊織は伊織で夏休みで検索をかけつつそんな事を会話する。さすがにクラスメイトも慣れつつあることに不思議な感覚すら覚え始めていた。
「識も悪気がある訳じゃないから…………」
「いやあれ8割悪意だからね!?伊織ちゃんいいこすぎ!?天使かよ!?」
「天使っていうのはねー、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖典や伝承に登場する神の使いの事言うんだってー。ウィキさんが言ってる」
「さすが伊織ちゃん、素直で大変可愛らしい」
スマホの画面がすぐに天使で検索をかけた状態になっており、誰もが1度はお世話になるウィキを開いている。
楔のあまりにもの性格の変動にさすがに伊織も最初こそはびっくりしたが、もう既に慣れているし、伊織的にはどちらかと言えば素直にちゃんと好意を伝えてくれるこっちの方が嬉しいとも思ったりする。
「おーいお前らって…………おいおい、ベタベタしてんじゃねえよ…………」
「よっ、陽助」
「陽助ー」
伊織が軽く手を上げて陽助の方を見るのとは相対的に、楔は適当に棒読みで陽助の方を見もせずに陽助の名前を呼ぶ。陽助も呆れながらも慣れたように伊織の隣の席に勝手に座る。まだ祥大が来てないことをいい事にしすぎている。
というか祥大は来ているし鞄もあるのだが今は千里の所へ向かっているのも知っていたのでここに座っていたのは事後報告でいいだろうと思った。
「お前ら幸せそうだなー……。まぁいいけど。遂に俺は告白します」
「あっそ」
「頑張れー」
「おい待て話が違うぞ伊織」
あっそ、と楔が吐き捨てたので伊織もただただニッコリと笑って頑張れとだけ言うと、陽助が冷静にツッコミを入れる。伊織が「めんどくさー……」などとぶつくさと文句を言いつつも「なにすんのさ」などと陽助の方を見る。
「告白する、のは決めた、けど……いつがいいと思う!?」
「知るかよ!?」
「それぐらい自分で考えて!?」
楔の冷静すぎるツッコミに伊織のお小言。思わず陽助も小さくなりつつもうーん、と考え込む。楔がそれを見てイライラしたのか我慢ならなくなったのかは分からないが、面倒くさそうに適当に口を開く。
「七夕でいいだろ。もう少しだし。テスト明けだし」
「ああ……!!」
「七夕かー!」
七夕。陽助はそれだ!とでも言いたげに顔を輝かせ、伊織も賛同するようにしていたが、心のどこかでは七夕で告白とか成功しない気がするなどと思っていた。七夕の伝承的に行けば上手くいかないのが山のオチだろう。
「伊織ちゃん今年の誕生日プレゼント何欲しいー?」
「え?うーん、なんでもいいかなぁ。あんまり今物欲とか無くて」
「そうなの!?うーん、じゃ俺張り切って考えよっかな!」
伊織の頭をくしゃくしゃと撫でながら楔も楽しそうに笑む。陽助はふと一つ思ってしまった事がある。
────楔、付き合った後幸せオーラすごいしうぜぇな…………

4日前 No.127

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「ちーさとちゃん!」
「祥大……」
「振られちゃったねぇ」
「うっせぇ!!」
祥大が向かった先は屋上。屋上タンクのところでぼんやりと空を眺めている千里を確認すると、祥大は千里に向かって少し大きめの声を出して声をかける。千里も屋上タンクのところから飛び降りて屋上に降り立つと、祥大はニコニコとしながら千里の地雷を踏む。
しかしそれは祥大も一緒の事で、二人して少し気まずい空気が流れた。
「楔くん、いいの?」
「……いいよ。幸せならそれで。祥大こそいいのかよ、伊織」
「うーん……なんか、伊織ちゃんの笑顔見てたら……もうこれでいいのかなぁって、思っちゃって」
「そうそう、それと一緒」
先に口を開いたのは祥大だった。祥大の一言に千里は不服そうに頬を膨らませながら目を逸らしつつもちゃんと思っていることを伝える。すると祥大も苦笑して恥ずかしそうに頬を掻きながら諦め宣言をすると、千里も肩を竦めながら同意の意を表す。
2人は振られた。千里は楔に。祥大は伊織に。決して想いを告げた訳じゃないのだが、それでも、言う前にあの二人は幸せになった。それを今更邪魔しようなんてものはもう気力になかったし、何よりも、好きな人が前よりも笑っている、それだけで心が満たされたような気がしてしまっていた。
もちろん、お互いにそばに居たかったという気持ちもあるのだが、それでもやはり、好きな人の笑顔を見てしまえばそんな浅はかな欲望が情けなく思えてしまって、自分の気持ちはそっと隠したままにする。
「確かにさー、僕的にもあわよくばって思ってたけど……。伊織ちゃんには楔くんじゃないと駄目なんだよねぇ。……悔しいけど、かないっこない」
「あは、それわかる。伊織ってさー、いい奴だし、可愛いし、強いし、素直だし、ちょっと頭悪いけどそこも愛嬌っつーの?無理だわ、俺だって男だったら伊織好きになってたかも」
2人で取り敢えず思いの丈を話してみる。話せばなんとなく軽くなるような気がして、事実、二人の心は傷物同士和らいでいたのは紛れもない事実だったのだから。元々幼馴染みの2人のことだから尚更だ。
「僕さー」
「おう」
少し間が開いた後に祥大が空を見ながら軽く言葉を漏らす。そして千里もしっかりとそれを拾い、なんだと祥大の方をチラ、と見る。
「誰よりも伊織ちゃん好きな自信あった。楔くんよりも好きな自信あった。……だけど、そうじゃなかった。楔くんの方が、僕の何倍も何10倍も何100倍も、伊織ちゃんの事考えてた。好きなだけじゃ、駄目なんだよね」
「…………おう」
苦笑しながらそんな事を言う祥大にただただ同意の短い言葉だけを言う千里。祥大がふと上半身を起こして、千里を見ると、千里はキョトンとしながら祥大を見た。
「千里ちゃん」
「ん?」
「失恋者同士、付き合いませんか?」
「…………いいねぇ、それ」
虚しい関係の、始まりだった。しかしそれは、本当の意味で過去の恋と決別した表れでもあった。

4日前 No.128

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「……えーっと…………?まず……伊織ちゃんが赤点取っちゃって夏休み補習を免れる為に再テストで良い点数取って夏休み補習回避のために勉強教えて欲しくて、陽助が恋路なんてふざけたものに現を抜かしてたら赤点取っちゃったから夏休み補習回避の再テストに備えた勉強を教えてくれ、と……。伊織ちゃんっ、何教えて欲しい?」
「俺は!?!?!?」
「えっと……数学と……生物と……世界史と……外国語と……」
「うんうん」
「だから俺は!?!?」
テスト明け。七夕を目前にしてテストの結果が出て、見事にふたりして赤点を取ったので貴重な昼休みを消費して楔に頼み込んでいる。伊織に教えることは嬉々としながらむしろ大歓迎とでも言いたげに楔が伊織に尋ねると、見事にスルーされた陽助は「頼んます!!」と言いながら手をあわせて深く頭を下げながら楔にお願いをする。
楔は少し悩んだ素振りを見せたかと思えば、満面の笑みで「やーだ」と語尾に嫌なハートが付きそうなほどムカつく甲高い少し前の楔に戻り伊織もくすくすとそれを見て笑ってしまう。
「なんで!?」
「いや自業自得だから。伊織ちゃん、今日か明日家に泊まりくる?そうすれば寝るまで勉強教えてあげられるよ?」
「やったー!!」
「お願いします!!楔さん!!いや楔様!!なんでも言うこと聞くから!!俺も泊めてください!!!!」
「…………なんでも、ねぇ?うん、いいよ。陽助もおいで」
「あっ」
伊織の頭をぐしゃぐしゃと撫でる楔を見ながら陽助が必死で楔に頼み込むと、楔も満更では無さそうにニタ、と嫌な笑みを見せる。もちろん、陽助からすればそれは思わず口を滑らせてしまったことを自覚する。
もちろん暫くあとにだいぶ扱かれることになるのだが、それを身を持って痛感するのはもう少しだけ先の事だ。
「楔今回何位だったの?」
「2位でーす」
「ふぁっ!?」
「え、は!?嘘だろ!?」
「伊織ちゃんと陽助は?」
「………………ひゃ、132位…………」
「164位…………」
「………………よしっ、伊織ちゃん頑張ろっか!!」
「…………はい」
「だから俺は!?!?!?」
そう、楔は実はかなり頭が良い。中学は本来は千里の所ではあったのだが諸事情ではあるが楔が主席卒業をしている。今回のテストの名前も千里が1位で2番目に楔の名前が刻み込まれている。千里こそはオール100というとんでも結果を出していたが、楔も楔でこれまたすごい、間違えたのは生物の1問のみだ。しかもただの漢字間違いというのが悔しい話ではある。ちなみに伊織は古文以外はほぼ白紙回答、陽助の方も体育以外はほぼ白紙回答となっている。
「そんじゃー、再テストいつだっけ?確か明後日だよな?」
「あ、うん、そうだよ」
「じゃあ今日と明日、俺の家で教えるけど……伊織ちゃんお父さん大丈夫?」
「うん、椛島さんに伝えておけば大丈夫」
「帰り直行で楔の家でいいのか?」
「あー、うん、いいよ。陽助は来なくてもいいんだよ?」
「行きますけど!?」

4日前 No.129

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



誕生日前だということにも関わらず、テストというものは知った事かと降り掛かってくる。伊織は誕生日目前ですらテストに悩まされるのもあり、中学に入ってからは自分の誕生日の時期が嫌で仕方なかった。それに、誕生日が七夕という事もあり、ここ数年はどういう因縁なのかは分からないが雨が降っている。催涙雨というやつだ。
だから伊織は、人にすぐ忘れられてしまうしそれよりも成すべきことが山積みになる自分の誕生日は好きではなかった。というか、もっと言うならどうせならもっと普通に夏休みに入った後とかでよかったと思う。
「それで、ここはー……」
「………………」
「分かってないね」
「ぐぬぬ……本当に申し訳ない…………」
「なあなあ伊織、漢文ってなに?」
「陽助はそれ以前過ぎるよ!!」
「伊織ちゃんは薙刀推薦だからともかくとして……陽助よく桜木入れたね…………」
楔が小さく微笑みながら申し訳なさそうにする伊織の頭をポンポンと撫でてやりながら、「ゆっくりで大丈夫だよ」と言うと伊織も嬉しそうに小さく笑う。陽助はそれ以前と言ったところで伊織にすら教えられる始末だ。
そこそこの名門と言える桜木に何故陽助が入れたのが謎で仕方が無かったが、陽助は運だけは強い節がある、もしかしたら陽助ですら入れるレベルの問題があったのかもしれない。
と言っても、陽助と伊織が頭が悪いのは桜木高等学校の生徒であれば、の話であってごく普通の公立に行っていれば陽助も伊織も平均的な成績だったと思われる(陽助の場合たまに論外な発言もあるのでそれは正直言い切れないが)。逆に言えば、楔はもっと上を狙えば良かったものの、伊織が薙刀推薦が来たと知った時はもっとレベルの高い高校からの推薦を断って桜木に入った。
「うぅー、ダメだ。頭が回らん!!」
「楔ー、腹減ったー」
「伊織ちゃんなに食べたい?」
「なんでもいいよー!」
「俺ラーメン食べたい!!安いし早いしうまい!」
「は?陽助も食うの?」
「食いますけど!?」
お腹が減ったなどと呻き声をあげる伊織に図々しく腹が減ったと王様気分の陽助。陽助に関してはムカついたので夕飯はなしにしようと楔は本気で考えつつあった。
「冷蔵庫の有り合わせって思ったけど……何も入ってなかったわ。買い物行こ」
楔が冷蔵庫を開け、それを隣から覗き込む陽助と伊織。楔の冷蔵庫の「何も入ってなかった」は決して比喩ではなく、本当に何も入ってなかった。唯一入っているとすればもうほとんど入っていないペットボトルの水くらいだった。
冷凍庫の中も探ってみたが驚きの空っぽさ。唯一入っていたのは大量の氷と冷蔵庫にあった少量の水、それと野菜室にあった野菜の入っていない袋だけだった。
「…………なんで袋?」
「間違えて野菜捨てたんじゃねえのお前…………」
「あっ」

4日前 No.130

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26話『テスト』

「うーん、買い物とかあんまりしねぇからなぁ。……陽助、先に言っておくけどお前が菓子を入れたところで俺は買わねえからな?」
「うっ、なんでバレた……!!」
こそこそとしながら楔のカゴに季節限定と書かれたミステリアス味という謎すぎるポテトのお菓子を勝手に突っ込む陽助に楔が低い声で言うと、伊織も陽助と一緒にこそこそとしながら七夕限定だとか言われている星の形をした当たり判定のあるチョコレート菓子を入れようとして肩をビクッと震わせる。
それを見て楔が苦笑しながら伊織の頭を撫でる。
「伊織ちゃん好きなの入れていいよ?食べたいのあるでしょ?」
「ちょおおお!?お前伊織に甘すぎじゃね!?」
「そりゃそうでしょ。彼女だし」
楔の好きなの入れていいよ、の言葉に嬉しそうに伊織が遠慮なくチョコレート菓子をカゴの中に突っ込むと、贔屓だなんだとぶーぶーと文句を言う陽助。楔がサラリと伊織の事を彼女、と言うと伊織はまだ慣れていないのか恥ずかしそうに目を逸らしたり顔を逸らしたりキョロキョロし始めたり、挙げ句の果てには試食コーナーで頂いた料理をまじまじと見つめながら食べ始める始末。
「ふふ、伊織ちゃん可愛いなあ」
「お前……あんまり伊織いじめてやるなよ……」
「やだなぁ、いじめてねぇっつーの。人聞きの悪いヤツ」
伊織を見て微笑ましそうに笑う楔に、そんな楔の様子を見て少し引く陽助。それに対して楔も失礼なやつだなんだと陽助に文句を言う。伊織は知らない間に試食コーナーを担当している人と仲良くなったらしく、しばらくそこから動きそうになかったので楔と陽助は先に買い物をすることにしようと夕飯の料理を考えていた。

「あれっ、伊織ー!」
「あ、千里ー。奇遇だねえ。千里も夕飯の買い物?」
「そっ、今からセールあるんだよな!」
「さ、さすが……」
伊織がしばらく試食コーナーの人と談笑をしていると、伊織に声を掛けたのはいくつかの食材をカゴに入れて手をブンブンと振る千里だった。最近千里とあまり顔を合わせなかったような気がするので伊織も嬉しそうに小さく笑う。
気まずくて千里が顔を合わせずらいのもあったのだが、それが失礼なことだと思い始めて声を掛けたのは千里だけの秘密だ。
「伊織ってスーパーとか来るんだなぁ。てっきり射水さんとかが来るのかと……」
「いつもは父様が来るよ。今日は楔の家で勉強!だから楔と陽助が居る」
「陽助…………」
アイツほんと空気読めねぇな。
そんなことを思いつつも、伊織が楽しそうな姿を見て千里も微笑ましそうに伊織を見た。
「千里は?ただの夕飯の買い物?」
「あー、いや、俺も勉強してんだよ。秋良のやつ見てやってんだ、如一と。俺でもわかんない所は如一の手ぇ借りたら1発だし」
「冬木先輩って頭いいの!?」
千里が情ねー、と言いながらたはは、と笑うと伊織はギョッとして千里からすれば有り得ない一言を発する。まぁそう思うのも仕方が無い。如一は基本飄々として掴みどころのない謎多き人物だ。頭が悪い振りだってするしテストもわざと順位を落としているのもあって頭が良いという事を知ってるのは実はごく僅かの人間だったりする。
「あいつすげぇぞー。亜留斗程では無いけど……てか亜留斗は異常だわ。けど亜留斗から見て普通、って程度?」
「…………マジで?」
「マジなんだなこれが」
伊織が千里の発言に驚愕していると、千里はくすくすとわらいながら時計を見てハッとする。
「時間始まるから俺はこれくらいで!勉強頑張れよ!!」
「ありがとー!タイムセール頑張れー」
急いで現場に向かう千里を見送ると、伊織も楔と陽助と合流しようとその場を離れた。

3日前 No.131

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「ごちそうさまでした……!」
「ごちそうさま!」
伊織と陽助が手を合わせて挨拶をすると、楔は軽く微笑んで「はーい」と言う。陽助が思うに、楔は猫被りどうこう以前に元から少し女性受けしやすい性格を持っていたんではないかと思う。もしかしたら伊織が居るからという可能性も有り得るのだが。
「楔って料理上手なんだねー、びっくりした!あんな美味しいの食べた事ないよ!デザートまで付いてたし……」
「な!うまかった!」
伊織が食べ終わった茶碗を楔の方に持っていきながらそんなことを言うと、楔は「人並みだよ」などと言いながら軽くポンポンと伊織の頭を撫でてやる。
伊織が少し擽ったそうに片目を閉じると、楔も幸せそうにふにゃりと顔を緩めて伊織を見る。陽助としてはこんなでろ甘な雰囲気に耐えきれなかったのだが、楔からすれば長年の片思いがようやく実ったこともあり友人としては下手に邪魔するような気分にもなれなかった。
「さて、と……片づけしたら勉強しよっか!」
「は、はーい……」
「頑張りまーす…………」
勉強、この二文字に伊織も陽助も露骨にテンションを落とす。そんな二人を見てしょうがないなあと思いつつも、楔はそこで甘やかすつもりは断じて無かった。思っただけなのだ。思っただけ。
楔としても伊織の夏休みが補習で自分と遊べる時間が減るのは避けたかったし、ただでさえ伊織は薙刀部の活動が多いと思う。そんなこともあり1日でも伊織の暇な時間を作りたかったのもあり楔は楔で伊織の回避テストに関しては甘やかすつもりは無い。
それに仮にも陽助も小学生からの友人だ。頼み込まれてしまえば楔も断るに断れなかったのが事実。引き受けたからには本気で成績をあげるつもりな辺りは友を思う故の行動だろう。

「…………あ、分かった!!」
「お、すごい、伊織ちゃん、よく出来ました!」
「楔楔楔、これわかったわかった!!」
「陽助も分かってきたじゃん!」
夜も更け、日を跨ぎそうな頃ついに伊織が覚醒と言うべきか。ついに理解をし始めた。楔が嬉しそうにはしゃぐ伊織を見て楔もなんとかここまでくれば大丈夫だろうとホッとする。
手遅れとすら思い始めていた陽助も瞳をキラキラと輝かせながらわかったわかったとはしゃぐもので楔も二人と一緒になって喜ぶ。この中で唯一冷静な楔だけは、小学生の時のことを思い出して嬉しくなったのは言うまでもないだろう。
「っと……分かってきたところアレだけど、そろそろ日も跨いじゃうしお風呂入れてくるよ。ちょっと休憩しよっか」
「っしゃー!!」
「ありがとう!」
楔が立ち上がると、陽助はガッツポーズで嬉しそうに机に頭を打ち付け、伊織も疲れたー!と言いつつその場に寝転がる。楔はここまでは至って平然だった。
いや、もっと言うなら平然を保ってきたつもりだった。
そして、お風呂がこんな時間になったことにも問題があった。
「伊織ちゃんのお風呂、どうしよう…………!?」
自分たちが入るよりも前に入れた方が絶対に良いだろう。それは分かっている。分かっているのだが、元々のストーカー癖の名残と言うべきか、伊織の入っていた残り湯をどうするかということに本気で悩んでいた。
なんなら先に自分と陽助が入って湯を張り直そうかとも考えているのだが、それだと明らかに伊織は気にするということも楔には分かっていたのだ。伊織ちゃんを先に入れて次に陽助を入れるべきか、陽助がお風呂に浸かる派だった場合は恐らく陽助は跨げるはずの明日もすんでのところでやって来ない可能性すらある。
「…………困ったな」

最終的に、伊織はいちばん最初に入れる事にし、陽助には湯の中には入るなと伝え陽助も「入んねーよ!!」との事だったので余計な心配だったかと少し思う。
もちろん、陽助からも「お前も入るなよ、いろんな意味で」と釘を刺されたのは言うまでもないだろう。

3日前 No.132

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



縁先生講師によるテスト対策、二日目。7月6日の夜の事である。
「あー、明日テストかあ」
「急に自信なくなってきた……」
「ここまで来て弱音とか2人らしくねぇな」
不安そうにテストを目前に控えた2人はらしくもなく弱音を吐き、楔の方もらしくねぇな、と不思議そうにしながらも小さく笑う。
余談ではあるが。ふた晩伊織が楔の家に泊まった訳だが、伊織の寝床はと言うと楔のいつも寝ているベットだった。
陽助はリビングにあるソファで寝、楔はリビングで寝ていた。無論、伊織がこれまた気にして何度か本当に自分がベットを借りても良いのかと尋ねてきたものの、陽助も楔もこの件に関しては逆にベットで寝ろと言われたので伊織も申し訳なさそうにしながらもベットを借りた。
ちなみに、陽助がベットで寝ろと言ったのはいくら初夏でも体冷やしたら大変だぞてか伊織床で寝たりしたらベットとか申し訳なくて使えない、のお父さん的な意味で楔のベットで寝ろの意味は一方は陽助と同じ、もう一方は伊織が帰った後に伊織の寝たベットを堪能するという非常に気持ちの悪い思考も混ざっていた。
「確かに楔教えるのめちゃくちゃうまかったし前よりも正答率も上がってるんだけど……いざテストとなると全部忘れそう……」
「そうそう!それなんだよ!!」
伊織の言った言葉に対して言葉を覚えたてのオウムのように繰り返す陽助。その姿に笑いをこらえつつも、楔はうーん、と考える。
「まぁ俺もそれは思う事あるかな。苦手なジャンル来た時なんかは特に。んで、俺はそういう時はいお……今回勉強を頑張った原因を考えるわけよ。そうすれば案外出来たりするんだな、これが」
「勉強を頑張った原因……」
伊織ちゃんのことを考える、と言いかけたのを急いで閉じて、あながち間違いではない回答をするとふむふむと陽助と伊織も納得と言いたげに頷く。
伊織なら夏休み補習を免れるため、陽助なら夏休みを1日でも有意義に過ごすため。まあ2人とも同じような理由ではあるが頑張った理由はそこにある。つまり、頑張った理由を振り返ればそれを達成するためになんとなく鉛筆が動くと言うことだろう。
楔なら伊織に褒められたいのが大部分だが、ちゃんと毎回それを果たしているわけだしそれを糧にして頑張っている。
くだらない理由であっても、原因となればみんな等しいということだろう。
「え、楔の癖に良いこと言うんだな……」
「陽助、それは失礼だよ。…………思ったけど」
「伊織ちゃん聞こえてるからね?」
「う」
楔がニッコリと笑って伊織に釘を刺すと伊織も少ししゅんとする。楔も小さく苦笑して伊織の頭をポンポンと撫でる。
「まあでも、二人共頑張って?」
「はーい!」
「おう!」

2日前 No.133
ページ: 1 2

 
 
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