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彼女の隣に立てるように

 ( 恋愛小説投稿城 )
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@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0




「────よろしくお願いします!」

あの日、剣道部に隣接する薙刀部の道場で響いた凛とした声。
ふと少年が薙刀部の活動を覗くと、凛と響いた声の主は素早い身のこなしで技をかける白袴の前髪のサイドを軽く結わう女子生徒。

「……ありがとうございました」

ものの数秒でついた勝利は、露骨に喜ぶことは無く、ただただ凛とした佇まいで深いお辞儀をして対戦相手に対して踵を返して結わっていた髪をほどくとこちらに向かう。
咄嗟に目が合ってドキリとすると、表情筋を少しだけ動かして少年に向かって微笑する。

「……っ……!」

思わず、見蕩れた。
思えば、あの時が少年が彼女を好きになった日だ。
ああ、願わくは。

彼女の隣に立てるように。

────────────
初めましての方は初めまして、他の執筆作品を読んでくださっている方はこんにちは、そして恋愛小説投稿域で見た事のある人はお久しぶりです、聖と申します。
こちらは前まで恋愛小説投稿域にて書かせていただいたもののリメイク……というよりは一部キャラ設定を変更してのほぼ新作の作品となっております。
更新は遅めですが文章量をぎゅっと詰めることが出来たら良いと思っています。拙い文章ですが是非読んでくださると嬉しく思います。

メモ2016/12/26 16:28 : 聖 @akira0908★Tablet-UIgVrM4Ag0

・橘 伊織 / 15 / 女 / 薙刀部

…一人称「俺」「ぼく」桜木高等学校1年2組。周りからはミステリアスクール美少年の通り名を付けられた本来は明るく敬語で毒を吐いたりする普通の負けん気の強い女の子。中学生時代はそれなりに有名な元ヤン。その際の名前は「巴」。その真相については後々。地元で有名な道場の家の娘で特に薙刀に特化している。武術なら幅広く出来る。弓道や柔道、ましてや杖道すらもお手の物。運動神経に関しては人並み、棒を持たせればそれ以上と言った所。成績に関してはあまり良くない様子。


・冬木 如一 / 16 / 女 / 薙刀部

…一人称「俺」桜木高等学校2年3組。日本だけに留まらず海外にまで名を馳せている凄い人の娘。明るく社交的でコミュニケーション能力の高い人気者。高い身長と男性的な顔つきで女子生徒から告白が多発。複雑な家庭事情を抱えているが真相は後々。喧嘩の負け知らずで「怪物」の異名を持つのだが伊織に薙刀でコテンパンにされてから薙刀部に入部する。目標は負かせて泣かす。実は頭が非常に良い。京平に対して恋心を抱いている。伊織とは高校生からの仲。


・地雷 千里 / 15 / 女 / 剣道部

…一人称「俺」桜木高等学校1年1組。皆がよくお世話になる職業のお偉いさんの娘。孤高の美女の名を持ち、男子生徒からの告白が絶えない。しかしその実情は如一同様に明るい。ただしそれは信頼している人物の前でのみ。如一とは中学からの仲。学年の壁が無いかのような親しさを見せる。剣道が強い。とても強い。運動神経がかなり良い。頭も良い。面倒見もよく家事も出来る。理想の結婚相手。伊織とは中学からの仲。


・舶来 秋良 / 16 / 女 / 剣道部

…一人称「俺」桜木高等学校2年3組。ごく普通の一般家庭に生まれる。未だ伊織との深い接点は無いが、如一の話から頻繁に名前を聞かされる。如一を負かせた相手という事もありかなり深い興味を抱いている。年下ながらも千里の剣道の桁違いの強さに圧巻され千里をかなり気に入っていると共にリスペクトしている。運動神経は人並み以上に良く成績もそこそこ。伊織とは高校生からの仲。


・平野 陽助 / 15 / 男 / 剣道部

…一人称「俺」桜木高等学校1年2組。無邪気で素直で純粋で騙されやすい不憫な男の子。千里に恋をする一途な子。伊織とは幼稚園くらいからの付き合いで腐れ縁にも程がある。伊織との関係性に色々噂が立っているが、もちろん全て嘘で逆に仲が悪いとすら言える。言動がたまに乙女らしくなり伊織をイライラさせる。アホ故に場を和ませる大事な役割。なんだかんだ言いつつも伊織を大事な友人だと思っている。


・沖海 祥大 / 15 / 男 / 剣道部

…一人称「僕」桜木高等学校1年2組。マイペースで自由気まま、悪戯好きな茶目っ気と共に少しのヤンデレ要素を持つ。千里とは幼馴染みで自称「保護者」千里に対する愛情が深過ぎて千里に近付く男はまず僕を倒せるもんなら倒してみろよスタイル。伊織と悪戯の話しやらでよく盛り上がる。密かに伊織に対して恋心を抱いているが伊織には千里が好きだと勘違いされている。剣道の腕前は良く、成績も良い。伊織とは中学からの仲。


・鳥塚 創 / 16 / 男 / 剣道部

…一人称「俺」桜木高等学校2年2組。真面目で冷静沈着、それでいて部活熱心で風紀委員、表情をあまり見せないこれこそまさにミステリアスクール美少年。融通のきかない堅物だが根はとても優しい。幼少期に伊織の道場でお世話になっており伊織とかなり親しい。伊織に対して恋心を抱いているが本人は無自覚。剣道の腕前は伊織を長期戦ではあるが負かすほど。成績は上位。伊織とは幼少期からの仲。


・宮崎 勉 / 17 / 男 / 弓道部

…一人称「俺」桜木高等学校2年2組。穏やかで優しくて温厚で真面目。保健委員でいつも優しい笑みを見せる女子生徒の密かな人気者。人の好意に鈍感で雰囲気がかなり柔らかい。創と仲が良い。伊織とは一度会った事がある気がしている。弓道部では好成績を収めており、勉学の方も特に指摘するほど悪いものはない。手先も器用。伊織とは伊織が一方的に勉に懐いており親しくしている。懐かれている自覚はあるが悪い気はしない。幼少期に橘姉弟とは知り合っていた。


・佐野 遊馬 / 25 / 男 / 薙刀部

…一人称「俺」桜木高等学校1年1組担任。泣かせた女は星の数でナイスなギルドガイと呼ばれている。保健体育専門教師。教師らしからぬノリの良さを持つ。休み時間には男子生徒と取っ組み合いをしたりもする。人に優しく自分に厳しく。生徒からもかなり好かれている。千里を無自覚に贔屓気味。


・三好 歳也 / 29 / 男

…一人称「俺」桜木高等学校1年2組担任。人にも自分にも厳しく抜かりない古文教師。厳しさのあまり好いていない生徒も居るが、人が努力した分はしっかりと認めそれを褒めてくれる人。好きな人は好きな三十路手前独身先生。祥大とは昔接点があった。祥大とは特に不仲。部活顧問は請け負ってないが風紀委員顧問と教頭職を掛け持ちしている。胃が心配。


…続きを読む(23行)

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@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「はいはーい、質問しまーす」
頭から血を流してもはや死んでいるのかと疑いたくなるも、か細く息をする柊の頭を踏みつけながら伊織は笑っていない瞳で笑った顔を作りながら咄嗟に質問する、などと言い出す。
その場にいた一連の流れを見ていた連中はゾッとしながらも黙ってゴクリと喉を鳴らしながら伊織の話す言葉に耳を傾ける。
「暴力でしか助けてくれない元総長様とー、失敗作だけど最善策を探してた助けてくれる現総長様、どっちに付いていきますかー?」
にっこりと目を細めると、柊派の連中は拘束されていながらも文句を言いたげにぶつくさと言ってくる。「柊さんはそんな人じゃない」「如一さんよりもっと力のあるお方だ」「失敗作には出来ない」だのとなんだのと如一に対する暴言が降ってくる。
思わず伊織も肩を竦めてしまいつつも、「へえー、本当にそれでいいんだ」なんて言いつつもにっこりと笑みを作る。
「柊派の皆に聞くけどさー、君らは柊さんに何をしてもらったの?居場所くれた?それだけじゃないの?あの人がやったことはそれだけでしょ?」
伊織がマシンガントークを開始し始めると、柊派の連中も何も言えなくなったのか悔しそうにぐっ、と言葉を詰まらせる。言葉を詰まらせてしまうほど、信用もクソもない上司なのだと思わず伊織は笑みが零れそうになってしまったが、ここからが本題だ。
「それじゃーあ、如一先輩派そこの君!君は如一先輩に何してもらったのかな?ん?言ってご覧?」
「い、如一、様には……。柊様から受けていた暴力から助けて頂きました。そのせいで如一様への暴力がエスカレートしていってしまったのですが……あの時私は如一様に助けて頂いて居なかったら、今頃死んでいました……」
「ほうほうなるほどー、冬木先輩カッコイイじゃないっすか。そんじゃー、そこの君」
「如一様は……居場所を与えてくださいました。住処を与えてくれたのは確かに柊様でしたが、自分の居ていい意味をくださったのは如一様でした」
「マジか。冬木先輩いがーい」
時々茶々を入れながら如一に助けてもらった体験談を一人一人聞いていくと、伊織は満足そうにニッコリと笑って柊派の連中を一瞥する。そしてもう一度彼らに向かって口を開く。
「ねえ、君たちも冬木先輩にほんとは助けてもらったことあるんじゃない?例えばー……柊さんに押し付けられた理不尽なお仕事の引き受け、とか?」
「っ……!!」
「うっわマジか、適当に言っただけなのに」
俺すごい、などとボヤきつつも伊織は一通り見たあとに確信する。
「それじゃあもっかい聞くね。如一先輩についていく人は、今から家を出て。今からこの家、つぶしまーす。最近更地になった大きい場所があってさ。立地条件もいいしそこに本家を立ててもらうよ。もちろん資金援助はうちで良かったらさせてもらう代わりに復刻の暁には同盟もよろしくね。橘道場をご贔屓に!」
ちゃっかり同盟宣言もここで為す伊織。案外伊織は商売上手なのかもしれない。これはセールスマンなんかが向いているかもしれない。すると如一の肩を担いで外に面白いほど出ていく組の連中。
こんなに人が居たんだ、と思いつつ、伊織は柊を見て最後に言う。
「今までお疲れ様でした、“本物”さん」
「…………あばよ、クソ親父」
如一も伊織に続いて言うと、おぼつかない足取りで家から出ていく。

「冬木せんぱーい、お父様がお亡くなりになられてご冥福をお祈り致します。それと先に言わせてもらいますね。……冬木先輩、貴方は素敵な人です。貴方には助けられている。だから俺はその恩を返した迄だ。たしかに貴方は弱い。とても弱い。だからこそ、弱者の心に立てる。俺にはできない事だ。冬木先輩、貴方はここに居ていいんです。ここに居なくてはならないんですよ。冬木先輩、俺が認めてあげます。貴方は失敗作なんかじゃない。紛いもない、“本物”だ」
「い、おり…………」

7ヶ月前 No.119

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



後日談。
「ちょ、だからしつこいんですって、俺は殺しては居ないんですから……!!」
「待って待って待って待って伊織は何1人でブツブツ言ってるの!?は!?てか誰と話してるの!?待って怖い怖い怖い何!?!?」
「伊織さんには何が見えてるの!?はぁ!?」
「いやー、さっきから柊さんが文句言ってきて。死んだのは自業自得でしょうって教えてあげてました」
「ぎゃあああああああああああああああああ!!!!」
空、もとい柊、死者と語る伊織の姿は極めて気持ちの悪いものだろう。一体どうやって話しているのかが気になるが、伊織の側に居た軽く葬儀に出ていた如一と一樹は二人してガタガタと震えながら伊織の方を見る。
やっぱ姉弟なんだな、と伊織が思うと柊から告げられた言葉に思わずギョッとする。その様子を見た如一と一樹は「何!?!?」と言いながら半泣き状態で伊織を見る。
「……本当はずっと認めていたよ、だそうです。死んだ後からそんなこと言われても信用しがたいですよね」
「は、はぁ…………?ていうか伊織死んだ人と話せるなら伊織の母ちゃん…………」
「身内にはやりません。死にたくなっちゃうから」
「あ、あぁ、そう、だよな………」
如一が申し訳なさそうに軽く謝ると、伊織は小さく笑って「そんな顔しないでください」という。一樹と如一が二人仲良くなったのは良い事だと判断し、伊織は仲良くなった暁に、と2人きりで残して自分は帰ろうと踵を返した。その時のことだ。
「いっ、おりさん!!」
伊織の腕を掴んで帰ろうとする伊織を引き留めたのは一樹だった。らしくもない一樹の大声に如一も驚いたようにキョトンとしながら一樹の方を見る。
「その、えっとー…………ありがとう!あと…………これからも、よろしく」
何が言葉を飲み込んだような気がするが、それでも言われた言葉が嬉しいものだったこともあり伊織は深くは追求せずにただただ一言「ありがとう」とだけ言ってその場から立ち去り、亜留斗に呼び出されているのでそちらに向かうことにした。

「一樹、もっと言うことあったんじゃねえの?例えばー……好きです、付き合ってください、とか」
「余計なお世話だよ。それに、言ったら戻れなくなる。戻れる内にちゃんと戻っておかなきゃ。……だから、これでいい」
「お前…………変わったな。見ない内に」
「識のおかげだよ。そういう姉貴も随分変わったじゃねえか。だいぶ良い方に」
「はは、伊織のおかげかな。知んねえけど」

7ヶ月前 No.120

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0

24話『平穏?』

「橘射水様、おはようございます!!」
「おはようございます!!!!!」
「庭のお手入れは私がやらせて頂きました!」
「今日もお手合わせよろしくお願い致します!!」
「…………あ、お、おは、よう……」

「お前ら!伊織様が起床なさったぞ!!」
「おはようございます!!」
「おはようございます!!!!」
「…………あ、あぁ……うん……」

あの1件以来、伊織は有り体に言えば元冬木組の人間にかなり懐かれた。というか、如一が何か変な気を回したのか橘会というのか建てられ、伊織の家に住み込みで働く人間が増えた。射水はまだ慣れていない様子だったが、彼らが来たことにより生活が楽になったのは事実だったのもあり、正直にいうと橘道場も大きくなったので文句を言うような所はなかった。
もちろん伊織は軽くお小言をくらったが、友達をよく助けたね、と射水に後に褒められたこともあり伊織の方も満更でもない様子だった。まだ今の生活には慣れていないが、そのうち慣れるだろうと思っている。
というか、今まで二人だったのにそれがいきなり増えて10人規模になってしまうと管理の方も大変だということに気がついてしまい、伊織は如一の凄さを身をもって痛感した。
「伊織、行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
「今日は部活行くのかい?」
「んん、そろそろ行かなくちゃなって」
「そっか。気を付けて」
「うん、ありがとう。父様も無理はしないでね」
伊織が怪我をしたあの1件から、射水は父親として伊織の事をかなり気にかけるようになった。前々から気にかけはしていたが、意図的に怪我をさせられたのだから射水も黙っているはずがない。
学校に口出しするのはまだ早いと、今か今かと機会を伺いながらも伊織の心配をする。
「伊織様、お送り致します」
「あ、いや、そんな、悪いから、大丈夫だよ……!!」
「しかし……!!」
「本当に大丈夫だから!!ありがとうね!」
伊織が困った様に返すと、住み込みの部下は少し照れくさそうに笑った後に伊織の後ろ姿を見送る。もちろんその後そいつが椛島に名簿表でぶっ叩かれたのは言うまでもないだろう。
椛島。彼は新冬木組により総長如一の元、若頭とまで成り上がった。そして柊から救われた元柊派の人間は伊織を痛く気に入ったらしく、元々気性の荒い柊派の人間に伊織が呑み込まれかねない事態を判断した椛島が橘会と称して橘会の会長として取り締まっている。
椛島も偉い立場になったのもあり彼にとっての上司が如一のみになった今、如一の部下は椛島の部下も同然、黙らせることくらい容易かった。椛島も今回の件で如一を救ってくれたことを伊織に感謝しているのもあり、椛島も自ら橘会の会長を務めている。
伊織も前よりもちゃんと学校に行くようになり、教師陣も安堵の念を隠せない様子で、そのうちに伊織の悪質な噂は少しづつ伊織が怪我したことによって伊織の事を気にかけるような事に一瞬で変わった。
すぐに掌を返す人間だとは思ったが、それが人間という生き物だと悟り始めてしまえば、伊織も苦笑の言葉しか出なかった。

7ヶ月前 No.121

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



しかし。
上野美桜、彼女の存在のせいで楔と美桜が付き合っているという噂だけは異様な程に払拭する事が出来ず、楔もそろそろ我慢の限界が来つつあったのも事実だ。
そして遂に。
“癒しの縁楔”も事切れた。
「な、なぁ、縁って…………」
「ごちゃごちゃごちゃごちゃうっせぇんだよ!黙ってろクソがァ!!俺は伊織ちゃん以外興味ねぇっつーの!!上野!?誰だあんなストーカーアバズレ女!!誰があんなゴミ女と付き合うかボケ!!伊織ちゃんが1番可愛いし伊織ちゃんが1番大好きだし伊織ちゃんが1番愛しいし伊織ちゃん以外この世界から死んでもいいから!!そんなに上野好きならお前が上野と付き合えば!?お前知ってんだかんな、“俺の伊織ちゃん”に近付こうとか思ってるだろ!!そんで俺が上野と付き合ってたらいいなとか思ってんだろ!?悪ぃけど俺は伊織ちゃんを誰かに渡すつもりもない!!」
「…………よ、よす、が…………?」
はぁはぁと肩で息をしたあとにハッとして楔は急いで口元を抑えて「な、なーんちゃって」と語尾にハートマークがつきそうな勢いで急いで取り繕う。しかしそれも静まり返った教室では無意味になり、楔もいたたまれなくなりつつあった。
「はよーっす!!」
「はよはよー」
「陽助うっさい」
その静寂を切り裂いて扉を乱暴に開いて入ってきたのは陽助と伊織と祥大。一番来て欲しくない人物に楔は頭を抱える。クラスメイトもじとーっと楔の方を見る。
「??楔どしたの??」
「あー……あー、あー、はい、はい、はい、はい…………お前、やっちまったんだな」
陽助が察したかのように楔の肩をぽん、と叩くと楔はキッと陽助を睨みつける。すると楔ははーっ、と一つ溜め息をついたかと思えばいつもの可愛らしい姿からは見当もつかない鋭い眼光でキッとクラスを見て怒鳴る。
「ああ、そうだよ、こっちが本当の俺!!てめぇらごときに猫被りしてんのも疲れたわゴミが!!でも伊織ちゃんが好きなのは嘘じゃない!!ていうか伊織ちゃんマジで誰よりも大好きだから俺と結婚前提に付き合ってください!!!!」
「?????あれ?ん??え?ちょっと待って頭が追い付かない」
────今までの楔は猫被りの楔であって、楔は千里が好きなんじゃなくて俺が好きってこと?……は?どういう事?頭が追い付かないにも程がある。楔が猫被りしてたのはなんとなく分かっていたものの、千里が好きなのは事実なんじゃ?んん??
「だめだコイツ頭がショートしてる」
陽助が軽く伊織の頭をコンコンと人差し指で軽くたたきながらそんな事を言う。
「や、やっぱり、伊織ちゃんは……こんな俺、嫌、だよね……?」
(あっ、橘(さん)の前だといつも通りなのか……)
満場一致で思ったことだが、誰もそれを口には出さなかった。
「あ、いや、違う、違う、てっきり楔は千里が好きなのかと…………」
「はぁ!?」

7ヶ月前 No.122

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「俺は、伊織ちゃんが好きだよ。ずっとずっと前から、他の誰よりも、君だけを見てた」
「……うーそーつーきー。しんじませーん僕そんな事しんじませーん」
「えぇ!?」
「いーやー?いやー、べっつにー。楔は千里と幸せになればいいよーうんうん、いやいいしマジでいいし俺祥ちゃんと結婚前提にお付き合いするから別にいいしべっつにー」
「沖海…………?」
「え!?伊織ちゃん、え!?逆に僕でいいの!?幸せにするよ!?」
「だぁれがてめぇみてぇな男に伊織ちゃん渡すかボケ!!」
楔が祥大の胸ぐらを掴み、伊織がむすくれながらそのまま教室から出ていくと、陽助があーあ、拗ねちゃって……などと言いつつ、教室から出ていった伊織の姿を見送る。そして楔が急いで教室を飛び出して伊織の元まで走る。
楔と伊織の居なくなった教室はまさにカオス。
「よ、縁くん怖かった…………」
「けど…………ちょっとかっこよくなかった……?」
「うわああああ失恋したああああ」
「おい祥大ずりぃー!!」
「平野お父さんみたいで面白かったわ」

「い、伊織ちゃん、待って!!」
伊織を追いかけた楔は急いで伊織の元まで向かい、伊織は顔を真っ赤にしながら楔の方を見る。楔は見たことのない伊織の表情に悔しくもこんな状況でもドキドキしていた。
「伊織ちゃん……ごめんね。俺、伊織ちゃんにいっぱい嘘ついた。それだけじゃない、俺、伊織ちゃんがあんなに思い詰めてたのに俺は……っ、俺は…………っ…………!!」
「…………楔と千里お似合いだと思うよ。なんだろ。美男美女って感じ?あ、ほら、それに、楔千里といる時の方が楽しそうだし。気ぃ抜いてる?っていうの?」
楔が悔しそうに下唇をキュッと噛みながら言葉を紡ごうとしていると、伊織はまたふい、とそっぽ向いて楔にとって“一番言われたくなかった”言葉を伊織に言われてしまい、思わず泣き出しそうになる。
「それに、あれも嘘だって知ってるよ。あの状況だもん、しょうがないよね。……うん、それじゃ……俺保健室行くから」
伊織がまた歩を進めようとした瞬間、楔は急いで伊織の腕を掴んでそれを止める。伊織は何故か一向に楔の方を見ない。見たのは引き留めたあの一瞬だけだった。楔が伊織の腕を引いて、そのままキスが出来るんじゃないかくらい楔が顔を近付けると、伊織は恥ずかしそうに急いで後ずさりする。そして引き寄せた時に、楔が見たものを伊織に尋ねる。
「ねぇ、なんで泣くの?」
「…………関係ないよ」
「関係なくない」
「楔には関係ない!」
「俺、伊織ちゃんが泣いてる原因分かってるよ。ねぇ、伊織ちゃん、伊織ちゃんは────そんなに俺と地雷がくっつくのが嫌なの?嫌だといいな。だって……嫌で泣いちゃうなんて……俺…………嬉しすぎる」
伊織が目を見開くと、楔は恥ずかしそうに口元を抑えながら目を逸らして顔を真っ赤にしながらそんな事を言う。ずっと好きだった人が、本当に俺のことを見てくれた。
それだけで、楔を満たすものは充分だった。
「そうだよ!嫌だよ!!寂しいし!!」
半ギレして逆ギレをする伊織。
「全くもう…………可愛いんだから」
楔が逆ギレする伊織の頭を軽くポンポンと撫でた後、いつものように伊織の事をぎゅうっと力強く抱き締める。
「大丈夫、俺、もう絶対に迷わないから。伊織ちゃん、大好きだよ」
「…………あのね、楔」
「……ん?」
「この前、ありがとう。告白、嬉しかった。その……それと、待っててくれてありがとう……ううん、待たせちゃってごめんね。…………その、楔、もし良かったら…………その、この、前の、結婚前提にってやつ…………今更受け取っても、いいかな…………?」
「………………!!もちろん!」

7ヶ月前 No.123

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



昔の話。中学二年生くらいの時。昔というほど昔でもないけど、取り敢えず昔。
俺は伊織ちゃんが好きだった。大好きで大好きで、誰よりも大切だった。好きなところはいっぱいあった。優しいし、可愛いし、素直だし、本当は周りから遠巻きにされてるのを少し気にしてるところだって、笑う姿が綺麗なところだって、陽助の前だと自然体でいる所だって、武道をやっている姿だって、鋭くなる瞳とか、いつもの穏やかな瞳とか、話しかけてくれた人には露骨に嬉しそうにするとか、そういう伊織ちゃんのいろんな所が、大好きだった。
伊織ちゃんが大好きだから、知らない伊織ちゃんが無くなればいいと思って、色々調べたこともあった。伊織ちゃんの通話履歴。殆ど陽助だったけど。多分馬鹿な陽助の事だから宿題でも聞いてたのかな。案外伊織ちゃんも頭が悪いとその時知った。一つ知って、嬉しくなった。メール送信履歴。これは沖海が多かった。ムカついた。沖海が定期的に伊織ちゃんに写真を送ったりしていたみたいだ。伊織ちゃんがそのたびに綺麗だなんだと褒めるから、沖海は調子に乗る。邪魔な人間が一人増えて、憎悪が湧いた。伊織ちゃんの男子に1日の話仕掛けられる平均回数。陽助とか沖海を含めたらそりゃすごい数になるけど、含めなかったら6回くらいだった。伊織ちゃんに近付こうとしてる男が知れた。早急に始末しなくちゃ。伊織ちゃんのご飯を食べる平均時間は20分くらい。ただし嫌いなものが出てくると小1時間格闘してるのは可愛かった。
……とまあ、こんな感じで2年にわたるストーカー行為が始まって、それが最近マシになった。原因は地雷だ。
もちろん最初は伊織ちゃんの相談だけだった。猫被りしてたのもバレて、もうどうでもいっかって思って、引かれて終わりだと思ってた。終わりであって欲しかった。今思えば。
それでも地雷は引かなかったし、陽助と一緒に俺の相談にも乗ってくれた。気持ち悪いだなんだのとふざけた言葉を言いつつも笑う地雷の姿に正直、目が奪われた。そんな時に伊織ちゃんが沖海と付き合ってるだとかいう噂だ。
確かに、その時沖海は殺したいくらいだったし、意地でもその噂をもみ消してやろうと思ったし、それで付け上がる沖海が容易に想像出来てしまって早急に殺そうとも思ってた。だけど、その後に流れる俺と地雷が付き合ってるって噂。ちょっと前ならふざけんなって思ってたけど、悔しいけど、満更でもなかった。
心のどこかで、もう諦めようって思ってた。というか、今のうちにしておかないときっと伊織ちゃんは俺に申し訳ない気持ちを持つだろうって思ってた。一時の迷いでもいい、それでも、伊織ちゃんを解放してあげる理由が欲しかった。伊織ちゃんを縛ってる自分に嫌気がさしたのも事実で、この際にちゃんと諦めようって決めた。
その時、馬鹿な俺は伊織ちゃんの変化に気付けなくて。本当はすごく思い悩んでたってこと知らなくて。ちょっと前の俺ならきっと伊織ちゃんが救えたのかもしれない、伊織ちゃんが、死んじゃうんじゃないかって思いになることも無かった。絶対に。
でも、そんな時に起こったのがアレだ。伊織ちゃんが怪我。重症。3日間の深い眠り。起きることがなかった。1回も。死んじゃうんじゃないかって思った。怖くて怖くて、不安で、自分を恨んだ。心のどこかで、“地雷が居なければ”って思ってしまった。そんな自分が、嫌だった。好きになったのは俺の方なのに、それを相手のせいにするなんて甚だおかしい。
伊織ちゃんが目を覚ました時伊織ちゃんは言った。「死ねると思ってたのに」もちろん、その時は怒った。心配してたのに、なんでそんな事、死なないで、死なないで、死なないで……。でも、伊織ちゃんを怒ったけれど、本当は自分にもっと怒っていた。なんで気付けなかった?なんで思いを汲み取ってあげなかった?なんで噂を間に受けた?なんで地雷との噂を“嬉しい”なんて馬鹿なこと思った?なんで、なんで、なんで、なんで。
その時に同時に地雷にも申し訳なくなったのも事実、俺の中で地雷への想いが全部潰れた。自己嫌悪だ。今でも思い出す。中学生の時に伊織ちゃんが死にたがってた時のこと。また同じ事になってたのに、今回の俺は気付けなくて、悔しいよりも何よりも先に、自分が情けなくて情けなくて、嫌いで、大嫌いで。

それでも結果的に。最終的に。俺は前みたいに伊織ちゃんが好きで、伊織ちゃんだけが大好きで、誰よりも伊織ちゃんだけが大切で。もう伊織ちゃんにそんな想いはさせないって、心から決めた。伊織ちゃんだけを大切にするって決めた。俺が伊織ちゃんを守るって、ちゃんと決めた。
地雷には感謝はしている。何せ、改めて自分の伊織ちゃんへの思いの強さを知ったし、何よりも、以前よりも伊織ちゃんがもっと好きになった。ストーカーなんてしてた時よりも、俺は伊織ちゃんが、大好きで、大好きで、そばにいて欲しくて、離れないで欲しくて、愛しくて、堪らなかった。だから、 感謝してる。
好きだったぜ、地雷。

7ヶ月前 No.124

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「ははーん、やっとお前らくっついたかー」
「おめっとさーん」
ひゅーひゅーとふざけたように冷やかす陽助と秋良、そしておめでとうだなんだとゲラゲラ謎に笑い転げる如一。どうやら如一的に本性の楔の方が気に入ったらしく面白くて堪らないらしい。もう猫被りをする必要もなくなったこともあり楔は「チィッッ」とでかい舌打ちを打ちながら青筋を浮べながら拳を作る。
伊織がチラ、と不安そうに楔の方を見ると楔は一気に脱力したように拳を作っていた手を下ろす。
「はは、こりゃ楔惚れた弱味握られてるな!」
楔がすりすりと伊織に頬ずりしながらそんなふうに言われていると、もうなんでもいいとでも言いたげに適当にムス、とする。伊織が取り敢えず楔の頭をくしゃ、と小さく撫でてやると、楔は顔を真っ赤にして誤魔化すように伊織をぎゅうっと強く抱きしめる。
「ぐぇっ!!」
「伊織死ぬ!!楔、伊織死ぬ死ぬ!!死んじゃうからそれ!!」
「いっ、伊織ー!!!!」
ぎゃあぎゃあと騒いでいる時に一つの足音が聞こえてその場にいたメンバーはうん?と軽く首を傾げる。
「全く、騒がしい奴らだな。君らは」
「…………あ、亜留斗!?…………と、そちらの方は…………?」
どこから現れてきたのかわからないが白衣のポケットに手を突っ込んで向かってきた亜留斗と、亜留斗の半歩ほど後ろを歩いてついてきたのは糸目のなんだか胡散臭そうな亜留斗同様に白衣を着用したままにっこりと笑う不思議な青年。
「漣円戸(さざなみえんど)、海外留学から帰国致しました。今は亡き旧友雅との約束で冬木家の方の科学班へ配属させて頂くことになりました。しかし亜留斗の方からまずは頭からの承諾を得るように言われてしまいましたので、こうして足を運んでまいったまでです。それと、父上の御冥福をお祈り致します。お気の毒です」
「あー……なんか言ってたっけな。科学班がどうとかこうとか……」
「いや君忘れてるのかよ」
亜留斗が冷静なツッコミをすると円戸はにっこりと微笑ましそうに瞳を細める。なんとなくその感じが嫌な予感がして、伊織がふい、と円戸から目をそらすと、円戸は驚いた様に目を見開いたかと思えば、いつもの開いているのかイマイチ分からない糸目に戻る。
「はー、まぁ、うん、まぁ宜しくなー」
「適当すぎやしないか君…………。ところで地雷は?」
「上野の処理に。後で仕事回すように伝えといてくれねぇ?お前どっちにしろ研究室戻るだろ」
「……まあ」
「んん?ていうかさっき雅って……。雅って確か亜留斗の……」
「幼馴染みだよ」
「ああ……なるほど……」

7ヶ月前 No.125

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0

25話『誕生日』

あれから数週間、七月上旬に入り、梅雨もだいぶマシになってジリジリと日差しが照りつける頃になってきた。衣替えの時期に入り、制服も長袖からようやく半袖に変わり、いわゆるクールビズだ。七月上旬と言えばつまりテストもあるわけだが、伊織にとってはもっと大きなイベントがあった。
「七月入ったなー!」
「夏休み!!」
「わっしょーい!!」
七月に入り、露骨にテンションの高い如一、千里、秋良。伊織もそういえば……と思い少し考える。夏休みは恐らく識が帰省するだろう。今年はどこか出掛けたりするのだろうか。そう言えば識が海に行きたがっていたような気がしなくもない。たまにしか識も帰ってこれないのもあるしなるべく識の願いは叶えたいとも思う。姉としてもなるべく弟の時間は大切にしておきたいとも思うのも事実だ。
「あー……なぁ、伊織、今年何が欲しいんだ?」
「んんー、別になんでもいいんだよなー。ここまで来ると欲しいものとかないって言うか……」
「じゃあ無しでいいな」
「は!?欲しいし!!」
「わっかんねー!」
陽助が伊織に対してなにか欲しいものを尋ねると、千里は「あ」と言葉を漏らし、如一と秋良はなんだなんだと首を傾げる。
如一はというともしや陽助が伊織を狙っているんじゃないかと思い勝ち目のない恋をしているなあなどと全く違うことをただ1人だけ考えていた。如一の隣にいた秋良は複雑そうな顔をしたかと思えば、千里が秋良にコソ、と耳打ちすると秋良はすぐに安堵したかのようにほっと一息ついていたが。
ここであえて如一には言わないあたり千里の悪戯心が働いているのだろう。如一からすれば悪戯心も程々にしてほしいものだ。
「ていうか伊織楔と登校しなくていいのかよ」
「だって楔の家と方向違うんだもん」
「頼めば家まで迎えに来るだろ、アイツ」
「そんな迷惑かけられないよ」
軽く伊織がむすー、とすると陽助も言われた方があいつは嬉しいだろうになァ、などと父親のような目で伊織を見ると伊織は軽く1発陽助の頭をぶっ叩いた。
軽やかな頭を弾く音が気持ちよかったような気がしなくもない。
「ところで陽助、君はいつになったら彼女に告白するんだい?ん??言ってごらん??」
伊織は丁度秋良も居るし丁度いいかと思いつつ陽助に肘でトントンと脇腹あたりを軽く叩きながら尋ねる。ちなみに、あの事件の前に噂でどうたらこうたらなっているときに全否定するために陽助は公開告白してちゃんと千里から振られているので、ここで未だ陽助が千里を好きだろうと思っているのは2年の如一と秋良、2人だけだ。
「夏休み前には告白する!!から!!」
「もー、まあ最悪の場合は手伝ってあげるから、ね!」
「楔と、だろ」
「そうそう」
伊織がバチコーンという効果音がつきそうな少女漫画のヒロインのようなウィンクを陽助に向かってすると、陽助も呆れながら肩を竦めた。

7ヶ月前 No.126

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「お、おはよ、伊織ちゃん」
「楔ー、おはよ」
あれから垢抜けした楔。それはそれで男子からはかっこいいだとか親近感が湧いたとかで楔は男友達が増えたようだった。その代わり自分に近付いてきていた女子生徒は減っていったが、あの一件で逆に惚れたという女子生徒も少なくはなく、この前より減ったと言うだけで今でもモテる分にはモテる。
楔に恋をしたところで彼女がいるのは分かっているのだが、好きになるだけならタダということもありなかなかそう簡単に諦めたりしないのはメンタルの強さが伺える。女の子の強さを思い知ったような気がしなくもなかった。
「伊織ちゃん、今年の夏休み2人でどっか遊び行こうよー。去年は識に尽く邪魔されたから今年は2人で遊びたいし」
楔が伊織の席に座り、伊織が楔の上に座り楔にがっつりホールドされながら伊織は伊織で夏休みで検索をかけつつそんな事を会話する。さすがにクラスメイトも慣れつつあることに不思議な感覚すら覚え始めていた。
「識も悪気がある訳じゃないから…………」
「いやあれ8割悪意だからね!?伊織ちゃんいいこすぎ!?天使かよ!?」
「天使っていうのはねー、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖典や伝承に登場する神の使いの事言うんだってー。ウィキさんが言ってる」
「さすが伊織ちゃん、素直で大変可愛らしい」
スマホの画面がすぐに天使で検索をかけた状態になっており、誰もが1度はお世話になるウィキを開いている。
楔のあまりにもの性格の変動にさすがに伊織も最初こそはびっくりしたが、もう既に慣れているし、伊織的にはどちらかと言えば素直にちゃんと好意を伝えてくれるこっちの方が嬉しいとも思ったりする。
「おーいお前らって…………おいおい、ベタベタしてんじゃねえよ…………」
「よっ、陽助」
「陽助ー」
伊織が軽く手を上げて陽助の方を見るのとは相対的に、楔は適当に棒読みで陽助の方を見もせずに陽助の名前を呼ぶ。陽助も呆れながらも慣れたように伊織の隣の席に勝手に座る。まだ祥大が来てないことをいい事にしすぎている。
というか祥大は来ているし鞄もあるのだが今は千里の所へ向かっているのも知っていたのでここに座っていたのは事後報告でいいだろうと思った。
「お前ら幸せそうだなー……。まぁいいけど。遂に俺は告白します」
「あっそ」
「頑張れー」
「おい待て話が違うぞ伊織」
あっそ、と楔が吐き捨てたので伊織もただただニッコリと笑って頑張れとだけ言うと、陽助が冷静にツッコミを入れる。伊織が「めんどくさー……」などとぶつくさと文句を言いつつも「なにすんのさ」などと陽助の方を見る。
「告白する、のは決めた、けど……いつがいいと思う!?」
「知るかよ!?」
「それぐらい自分で考えて!?」
楔の冷静すぎるツッコミに伊織のお小言。思わず陽助も小さくなりつつもうーん、と考え込む。楔がそれを見てイライラしたのか我慢ならなくなったのかは分からないが、面倒くさそうに適当に口を開く。
「七夕でいいだろ。もう少しだし。テスト明けだし」
「ああ……!!」
「七夕かー!」
七夕。陽助はそれだ!とでも言いたげに顔を輝かせ、伊織も賛同するようにしていたが、心のどこかでは七夕で告白とか成功しない気がするなどと思っていた。七夕の伝承的に行けば上手くいかないのが山のオチだろう。
「伊織ちゃん今年の誕生日プレゼント何欲しいー?」
「え?うーん、なんでもいいかなぁ。あんまり今物欲とか無くて」
「そうなの!?うーん、じゃ俺張り切って考えよっかな!」
伊織の頭をくしゃくしゃと撫でながら楔も楽しそうに笑む。陽助はふと一つ思ってしまった事がある。
────楔、付き合った後幸せオーラすごいしうぜぇな…………

7ヶ月前 No.127

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「ちーさとちゃん!」
「祥大……」
「振られちゃったねぇ」
「うっせぇ!!」
祥大が向かった先は屋上。屋上タンクのところでぼんやりと空を眺めている千里を確認すると、祥大は千里に向かって少し大きめの声を出して声をかける。千里も屋上タンクのところから飛び降りて屋上に降り立つと、祥大はニコニコとしながら千里の地雷を踏む。
しかしそれは祥大も一緒の事で、二人して少し気まずい空気が流れた。
「楔くん、いいの?」
「……いいよ。幸せならそれで。祥大こそいいのかよ、伊織」
「うーん……なんか、伊織ちゃんの笑顔見てたら……もうこれでいいのかなぁって、思っちゃって」
「そうそう、それと一緒」
先に口を開いたのは祥大だった。祥大の一言に千里は不服そうに頬を膨らませながら目を逸らしつつもちゃんと思っていることを伝える。すると祥大も苦笑して恥ずかしそうに頬を掻きながら諦め宣言をすると、千里も肩を竦めながら同意の意を表す。
2人は振られた。千里は楔に。祥大は伊織に。決して想いを告げた訳じゃないのだが、それでも、言う前にあの二人は幸せになった。それを今更邪魔しようなんてものはもう気力になかったし、何よりも、好きな人が前よりも笑っている、それだけで心が満たされたような気がしてしまっていた。
もちろん、お互いにそばに居たかったという気持ちもあるのだが、それでもやはり、好きな人の笑顔を見てしまえばそんな浅はかな欲望が情けなく思えてしまって、自分の気持ちはそっと隠したままにする。
「確かにさー、僕的にもあわよくばって思ってたけど……。伊織ちゃんには楔くんじゃないと駄目なんだよねぇ。……悔しいけど、かないっこない」
「あは、それわかる。伊織ってさー、いい奴だし、可愛いし、強いし、素直だし、ちょっと頭悪いけどそこも愛嬌っつーの?無理だわ、俺だって男だったら伊織好きになってたかも」
2人で取り敢えず思いの丈を話してみる。話せばなんとなく軽くなるような気がして、事実、二人の心は傷物同士和らいでいたのは紛れもない事実だったのだから。元々幼馴染みの2人のことだから尚更だ。
「僕さー」
「おう」
少し間が開いた後に祥大が空を見ながら軽く言葉を漏らす。そして千里もしっかりとそれを拾い、なんだと祥大の方をチラ、と見る。
「誰よりも伊織ちゃん好きな自信あった。楔くんよりも好きな自信あった。……だけど、そうじゃなかった。楔くんの方が、僕の何倍も何10倍も何100倍も、伊織ちゃんの事考えてた。好きなだけじゃ、駄目なんだよね」
「…………おう」
苦笑しながらそんな事を言う祥大にただただ同意の短い言葉だけを言う千里。祥大がふと上半身を起こして、千里を見ると、千里はキョトンとしながら祥大を見た。
「千里ちゃん」
「ん?」
「失恋者同士、付き合いませんか?」
「…………いいねぇ、それ」
虚しい関係の、始まりだった。しかしそれは、本当の意味で過去の恋と決別した表れでもあった。

7ヶ月前 No.128

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「……えーっと…………?まず……伊織ちゃんが赤点取っちゃって夏休み補習を免れる為に再テストで良い点数取って夏休み補習回避のために勉強教えて欲しくて、陽助が恋路なんてふざけたものに現を抜かしてたら赤点取っちゃったから夏休み補習回避の再テストに備えた勉強を教えてくれ、と……。伊織ちゃんっ、何教えて欲しい?」
「俺は!?!?!?」
「えっと……数学と……生物と……世界史と……外国語と……」
「うんうん」
「だから俺は!?!?」
テスト明け。七夕を目前にしてテストの結果が出て、見事にふたりして赤点を取ったので貴重な昼休みを消費して楔に頼み込んでいる。伊織に教えることは嬉々としながらむしろ大歓迎とでも言いたげに楔が伊織に尋ねると、見事にスルーされた陽助は「頼んます!!」と言いながら手をあわせて深く頭を下げながら楔にお願いをする。
楔は少し悩んだ素振りを見せたかと思えば、満面の笑みで「やーだ」と語尾に嫌なハートが付きそうなほどムカつく甲高い少し前の楔に戻り伊織もくすくすとそれを見て笑ってしまう。
「なんで!?」
「いや自業自得だから。伊織ちゃん、今日か明日家に泊まりくる?そうすれば寝るまで勉強教えてあげられるよ?」
「やったー!!」
「お願いします!!楔さん!!いや楔様!!なんでも言うこと聞くから!!俺も泊めてください!!!!」
「…………なんでも、ねぇ?うん、いいよ。陽助もおいで」
「あっ」
伊織の頭をぐしゃぐしゃと撫でる楔を見ながら陽助が必死で楔に頼み込むと、楔も満更では無さそうにニタ、と嫌な笑みを見せる。もちろん、陽助からすればそれは思わず口を滑らせてしまったことを自覚する。
もちろん暫くあとにだいぶ扱かれることになるのだが、それを身を持って痛感するのはもう少しだけ先の事だ。
「楔今回何位だったの?」
「2位でーす」
「ふぁっ!?」
「え、は!?嘘だろ!?」
「伊織ちゃんと陽助は?」
「………………ひゃ、132位…………」
「164位…………」
「………………よしっ、伊織ちゃん頑張ろっか!!」
「…………はい」
「だから俺は!?!?!?」
そう、楔は実はかなり頭が良い。中学は本来は千里の所ではあったのだが諸事情ではあるが楔が主席卒業をしている。今回のテストの名前も千里が1位で2番目に楔の名前が刻み込まれている。千里こそはオール100というとんでも結果を出していたが、楔も楔でこれまたすごい、間違えたのは生物の1問のみだ。しかもただの漢字間違いというのが悔しい話ではある。ちなみに伊織は古文以外はほぼ白紙回答、陽助の方も体育以外はほぼ白紙回答となっている。
「そんじゃー、再テストいつだっけ?確か明後日だよな?」
「あ、うん、そうだよ」
「じゃあ今日と明日、俺の家で教えるけど……伊織ちゃんお父さん大丈夫?」
「うん、椛島さんに伝えておけば大丈夫」
「帰り直行で楔の家でいいのか?」
「あー、うん、いいよ。陽助は来なくてもいいんだよ?」
「行きますけど!?」

7ヶ月前 No.129

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



誕生日前だということにも関わらず、テストというものは知った事かと降り掛かってくる。伊織は誕生日目前ですらテストに悩まされるのもあり、中学に入ってからは自分の誕生日の時期が嫌で仕方なかった。それに、誕生日が七夕という事もあり、ここ数年はどういう因縁なのかは分からないが雨が降っている。催涙雨というやつだ。
だから伊織は、人にすぐ忘れられてしまうしそれよりも成すべきことが山積みになる自分の誕生日は好きではなかった。というか、もっと言うならどうせならもっと普通に夏休みに入った後とかでよかったと思う。
「それで、ここはー……」
「………………」
「分かってないね」
「ぐぬぬ……本当に申し訳ない…………」
「なあなあ伊織、漢文ってなに?」
「陽助はそれ以前過ぎるよ!!」
「伊織ちゃんは薙刀推薦だからともかくとして……陽助よく桜木入れたね…………」
楔が小さく微笑みながら申し訳なさそうにする伊織の頭をポンポンと撫でてやりながら、「ゆっくりで大丈夫だよ」と言うと伊織も嬉しそうに小さく笑う。陽助はそれ以前と言ったところで伊織にすら教えられる始末だ。
そこそこの名門と言える桜木に何故陽助が入れたのが謎で仕方が無かったが、陽助は運だけは強い節がある、もしかしたら陽助ですら入れるレベルの問題があったのかもしれない。
と言っても、陽助と伊織が頭が悪いのは桜木高等学校の生徒であれば、の話であってごく普通の公立に行っていれば陽助も伊織も平均的な成績だったと思われる(陽助の場合たまに論外な発言もあるのでそれは正直言い切れないが)。逆に言えば、楔はもっと上を狙えば良かったものの、伊織が薙刀推薦が来たと知った時はもっとレベルの高い高校からの推薦を断って桜木に入った。
「うぅー、ダメだ。頭が回らん!!」
「楔ー、腹減ったー」
「伊織ちゃんなに食べたい?」
「なんでもいいよー!」
「俺ラーメン食べたい!!安いし早いしうまい!」
「は?陽助も食うの?」
「食いますけど!?」
お腹が減ったなどと呻き声をあげる伊織に図々しく腹が減ったと王様気分の陽助。陽助に関してはムカついたので夕飯はなしにしようと楔は本気で考えつつあった。
「冷蔵庫の有り合わせって思ったけど……何も入ってなかったわ。買い物行こ」
楔が冷蔵庫を開け、それを隣から覗き込む陽助と伊織。楔の冷蔵庫の「何も入ってなかった」は決して比喩ではなく、本当に何も入ってなかった。唯一入っているとすればもうほとんど入っていないペットボトルの水くらいだった。
冷凍庫の中も探ってみたが驚きの空っぽさ。唯一入っていたのは大量の氷と冷蔵庫にあった少量の水、それと野菜室にあった野菜の入っていない袋だけだった。
「…………なんで袋?」
「間違えて野菜捨てたんじゃねえのお前…………」
「あっ」

7ヶ月前 No.130

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0

26話『テスト』

「うーん、買い物とかあんまりしねぇからなぁ。……陽助、先に言っておくけどお前が菓子を入れたところで俺は買わねえからな?」
「うっ、なんでバレた……!!」
こそこそとしながら楔のカゴに季節限定と書かれたミステリアス味という謎すぎるポテトのお菓子を勝手に突っ込む陽助に楔が低い声で言うと、伊織も陽助と一緒にこそこそとしながら七夕限定だとか言われている星の形をした当たり判定のあるチョコレート菓子を入れようとして肩をビクッと震わせる。
それを見て楔が苦笑しながら伊織の頭を撫でる。
「伊織ちゃん好きなの入れていいよ?食べたいのあるでしょ?」
「ちょおおお!?お前伊織に甘すぎじゃね!?」
「そりゃそうでしょ。彼女だし」
楔の好きなの入れていいよ、の言葉に嬉しそうに伊織が遠慮なくチョコレート菓子をカゴの中に突っ込むと、贔屓だなんだとぶーぶーと文句を言う陽助。楔がサラリと伊織の事を彼女、と言うと伊織はまだ慣れていないのか恥ずかしそうに目を逸らしたり顔を逸らしたりキョロキョロし始めたり、挙げ句の果てには試食コーナーで頂いた料理をまじまじと見つめながら食べ始める始末。
「ふふ、伊織ちゃん可愛いなあ」
「お前……あんまり伊織いじめてやるなよ……」
「やだなぁ、いじめてねぇっつーの。人聞きの悪いヤツ」
伊織を見て微笑ましそうに笑う楔に、そんな楔の様子を見て少し引く陽助。それに対して楔も失礼なやつだなんだと陽助に文句を言う。伊織は知らない間に試食コーナーを担当している人と仲良くなったらしく、しばらくそこから動きそうになかったので楔と陽助は先に買い物をすることにしようと夕飯の料理を考えていた。

「あれっ、伊織ー!」
「あ、千里ー。奇遇だねえ。千里も夕飯の買い物?」
「そっ、今からセールあるんだよな!」
「さ、さすが……」
伊織がしばらく試食コーナーの人と談笑をしていると、伊織に声を掛けたのはいくつかの食材をカゴに入れて手をブンブンと振る千里だった。最近千里とあまり顔を合わせなかったような気がするので伊織も嬉しそうに小さく笑う。
気まずくて千里が顔を合わせずらいのもあったのだが、それが失礼なことだと思い始めて声を掛けたのは千里だけの秘密だ。
「伊織ってスーパーとか来るんだなぁ。てっきり射水さんとかが来るのかと……」
「いつもは父様が来るよ。今日は楔の家で勉強!だから楔と陽助が居る」
「陽助…………」
アイツほんと空気読めねぇな。
そんなことを思いつつも、伊織が楽しそうな姿を見て千里も微笑ましそうに伊織を見た。
「千里は?ただの夕飯の買い物?」
「あー、いや、俺も勉強してんだよ。秋良のやつ見てやってんだ、如一と。俺でもわかんない所は如一の手ぇ借りたら1発だし」
「冬木先輩って頭いいの!?」
千里が情ねー、と言いながらたはは、と笑うと伊織はギョッとして千里からすれば有り得ない一言を発する。まぁそう思うのも仕方が無い。如一は基本飄々として掴みどころのない謎多き人物だ。頭が悪い振りだってするしテストもわざと順位を落としているのもあって頭が良いという事を知ってるのは実はごく僅かの人間だったりする。
「あいつすげぇぞー。亜留斗程では無いけど……てか亜留斗は異常だわ。けど亜留斗から見て普通、って程度?」
「…………マジで?」
「マジなんだなこれが」
伊織が千里の発言に驚愕していると、千里はくすくすとわらいながら時計を見てハッとする。
「時間始まるから俺はこれくらいで!勉強頑張れよ!!」
「ありがとー!タイムセール頑張れー」
急いで現場に向かう千里を見送ると、伊織も楔と陽助と合流しようとその場を離れた。

7ヶ月前 No.131

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「ごちそうさまでした……!」
「ごちそうさま!」
伊織と陽助が手を合わせて挨拶をすると、楔は軽く微笑んで「はーい」と言う。陽助が思うに、楔は猫被りどうこう以前に元から少し女性受けしやすい性格を持っていたんではないかと思う。もしかしたら伊織が居るからという可能性も有り得るのだが。
「楔って料理上手なんだねー、びっくりした!あんな美味しいの食べた事ないよ!デザートまで付いてたし……」
「な!うまかった!」
伊織が食べ終わった茶碗を楔の方に持っていきながらそんなことを言うと、楔は「人並みだよ」などと言いながら軽くポンポンと伊織の頭を撫でてやる。
伊織が少し擽ったそうに片目を閉じると、楔も幸せそうにふにゃりと顔を緩めて伊織を見る。陽助としてはこんなでろ甘な雰囲気に耐えきれなかったのだが、楔からすれば長年の片思いがようやく実ったこともあり友人としては下手に邪魔するような気分にもなれなかった。
「さて、と……片づけしたら勉強しよっか!」
「は、はーい……」
「頑張りまーす…………」
勉強、この二文字に伊織も陽助も露骨にテンションを落とす。そんな二人を見てしょうがないなあと思いつつも、楔はそこで甘やかすつもりは断じて無かった。思っただけなのだ。思っただけ。
楔としても伊織の夏休みが補習で自分と遊べる時間が減るのは避けたかったし、ただでさえ伊織は薙刀部の活動が多いと思う。そんなこともあり1日でも伊織の暇な時間を作りたかったのもあり楔は楔で伊織の回避テストに関しては甘やかすつもりは無い。
それに仮にも陽助も小学生からの友人だ。頼み込まれてしまえば楔も断るに断れなかったのが事実。引き受けたからには本気で成績をあげるつもりな辺りは友を思う故の行動だろう。

「…………あ、分かった!!」
「お、すごい、伊織ちゃん、よく出来ました!」
「楔楔楔、これわかったわかった!!」
「陽助も分かってきたじゃん!」
夜も更け、日を跨ぎそうな頃ついに伊織が覚醒と言うべきか。ついに理解をし始めた。楔が嬉しそうにはしゃぐ伊織を見て楔もなんとかここまでくれば大丈夫だろうとホッとする。
手遅れとすら思い始めていた陽助も瞳をキラキラと輝かせながらわかったわかったとはしゃぐもので楔も二人と一緒になって喜ぶ。この中で唯一冷静な楔だけは、小学生の時のことを思い出して嬉しくなったのは言うまでもないだろう。
「っと……分かってきたところアレだけど、そろそろ日も跨いじゃうしお風呂入れてくるよ。ちょっと休憩しよっか」
「っしゃー!!」
「ありがとう!」
楔が立ち上がると、陽助はガッツポーズで嬉しそうに机に頭を打ち付け、伊織も疲れたー!と言いつつその場に寝転がる。楔はここまでは至って平然だった。
いや、もっと言うなら平然を保ってきたつもりだった。
そして、お風呂がこんな時間になったことにも問題があった。
「伊織ちゃんのお風呂、どうしよう…………!?」
自分たちが入るよりも前に入れた方が絶対に良いだろう。それは分かっている。分かっているのだが、元々のストーカー癖の名残と言うべきか、伊織の入っていた残り湯をどうするかということに本気で悩んでいた。
なんなら先に自分と陽助が入って湯を張り直そうかとも考えているのだが、それだと明らかに伊織は気にするということも楔には分かっていたのだ。伊織ちゃんを先に入れて次に陽助を入れるべきか、陽助がお風呂に浸かる派だった場合は恐らく陽助は跨げるはずの明日もすんでのところでやって来ない可能性すらある。
「…………困ったな」

最終的に、伊織はいちばん最初に入れる事にし、陽助には湯の中には入るなと伝え陽助も「入んねーよ!!」との事だったので余計な心配だったかと少し思う。
もちろん、陽助からも「お前も入るなよ、いろんな意味で」と釘を刺されたのは言うまでもないだろう。

7ヶ月前 No.132

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



縁先生講師によるテスト対策、二日目。7月6日の夜の事である。
「あー、明日テストかあ」
「急に自信なくなってきた……」
「ここまで来て弱音とか2人らしくねぇな」
不安そうにテストを目前に控えた2人はらしくもなく弱音を吐き、楔の方もらしくねぇな、と不思議そうにしながらも小さく笑う。
余談ではあるが。ふた晩伊織が楔の家に泊まった訳だが、伊織の寝床はと言うと楔のいつも寝ているベットだった。
陽助はリビングにあるソファで寝、楔はリビングで寝ていた。無論、伊織がこれまた気にして何度か本当に自分がベットを借りても良いのかと尋ねてきたものの、陽助も楔もこの件に関しては逆にベットで寝ろと言われたので伊織も申し訳なさそうにしながらもベットを借りた。
ちなみに、陽助がベットで寝ろと言ったのはいくら初夏でも体冷やしたら大変だぞてか伊織床で寝たりしたらベットとか申し訳なくて使えない、のお父さん的な意味で楔のベットで寝ろの意味は一方は陽助と同じ、もう一方は伊織が帰った後に伊織の寝たベットを堪能するという非常に気持ちの悪い思考も混ざっていた。
「確かに楔教えるのめちゃくちゃうまかったし前よりも正答率も上がってるんだけど……いざテストとなると全部忘れそう……」
「そうそう!それなんだよ!!」
伊織の言った言葉に対して言葉を覚えたてのオウムのように繰り返す陽助。その姿に笑いをこらえつつも、楔はうーん、と考える。
「まぁ俺もそれは思う事あるかな。苦手なジャンル来た時なんかは特に。んで、俺はそういう時はいお……今回勉強を頑張った原因を考えるわけよ。そうすれば案外出来たりするんだな、これが」
「勉強を頑張った原因……」
伊織ちゃんのことを考える、と言いかけたのを急いで閉じて、あながち間違いではない回答をするとふむふむと陽助と伊織も納得と言いたげに頷く。
伊織なら夏休み補習を免れるため、陽助なら夏休みを1日でも有意義に過ごすため。まあ2人とも同じような理由ではあるが頑張った理由はそこにある。つまり、頑張った理由を振り返ればそれを達成するためになんとなく鉛筆が動くと言うことだろう。
楔なら伊織に褒められたいのが大部分だが、ちゃんと毎回それを果たしているわけだしそれを糧にして頑張っている。
くだらない理由であっても、原因となればみんな等しいということだろう。
「え、楔の癖に良いこと言うんだな……」
「陽助、それは失礼だよ。…………思ったけど」
「伊織ちゃん聞こえてるからね?」
「う」
楔がニッコリと笑って伊織に釘を刺すと伊織も少ししゅんとする。楔も小さく苦笑して伊織の頭をポンポンと撫でる。
「まあでも、二人共頑張って?」
「はーい!」
「おう!」

7ヶ月前 No.133

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7ヶ月前 No.134

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7ヶ月前 No.135

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27話『七夕』

「えっ、伊織ちゃん今日誕生日なの?」
「あ、はい、そうなんです」
「イベントの時に誕生日なんて大変だね。……あ、そうだ、折角だし何か贈らせてよ。なにか欲しいものとかない?」
「え!?いやいや、そんな、お気になさらないでください、まだ会ったばっかりですし……」
「いつも楔が世話になってるんだし、何か贈らせて?ね?」
「うぅ……そ、それじゃあ……」
朝食をとっている時、既に食べ終えた陽助と千里は2人で先に勉強をして、鎖は本日が伊織の誕生日ということを知ってやたらと何かを与えたがり、それに困る伊織だが鎖の押しに負けた欲しいものを必死に錯誤中だったりもする。そしてそれを見ている楔はわかりやすく不機嫌だった。
何よりも家に帰ってくることすらムカつく兄貴にも関わらずそれを図ったかのように伊織の誕生日に帰ってくるというのが憎らしくて仕方が無い。
そのうえ大人の余裕を見せつけてるんだかなんだか知らないが誕生日プレゼントとまで来た。そんなの女の子なら誰だって嬉しいだろう。無理矢理、という訳では無いがスマートな言葉を投げて受け取ってほしいとの旨を伝えられるってのは本当に羨まし……ムカつくことこの上ない。
「伊織ちゃん何欲しいの?」
「うーん……いざ言われると思い付かなくて。いつもは結構物欲あるんですけど……」
「なるほど……。うん、じゃあ楽しみにしてて?」
「は、はい……すいません」
「謝んないでよ。ありがとう、ね?」
「あ、ありがとうございます」
すっかり伊織は鎖に絆されてしまっているようでそれを見ている楔からすれば彼女を兄に取られてる光景なんてうんざりだ。
「伊織ちゃん、兄貴と楽しんでるとこ悪いけどそろそろ時間アレじゃない?あ、それにほら、伊織ちゃん2日もおうち開けてるし誕生日だしお父さんとか……あ、識も帰ってくんじゃない?アイツのことだし」
「父様今年大会遠征って言ってたから帰ってんの1週間後だよ」
「そうなの!?識は!?」
「弓道部の夏合宿」
「ってことは……え、伊織ちゃん1人なの!?あの広い家で!?」
「1人……ではないけど……椛島さんに言っておけばなんとかなる。けど、何日もお邪魔してるのは流石に申し訳ないし帰るよ?」
「…………」
────なんだろう、素直に喜べない。
ここに鎖が居なければ楔はそれはそれはたいそう喜んだのだろう。しかしここには鎖が居る。もう二度と来ないかもしれないこんな好機利用したモン勝ちのように思えるが、鎖が本当に邪魔というか鬱陶しいというか楔にとっての最大の壁だ。
「おーい」
「取り込み中悪いけどお前らほんとに遅刻するぞ」
「うわぁ!?」
「ご、ごめんありがとう陽助!!千里!!」
バタバタと伊織と楔が準備をして、陽助が2人の背中を押しながら学校まで向かっていくのを「行ってらっしゃーい」なんて言いながらモーニングコーヒーを嗜む鎖。
鎖の瞳が千里の呆れた後ろ姿を捉えた時、鎖はにっこりと微笑んで千里にとある一言を投げる。
「あ、ねぇ、君って───────だよね?」
「…………は?」

7ヶ月前 No.136

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



『鎖くん、アタシと結婚、してほしいの』
『なんで?』
『なんでって……ほら、もうアタシ達二十歳にもなったし……その、付き合って2年以上立つんだよ?だから、そろそろしたいなって……』
『…………いいよ。断る理由も無いし』

────受け入れる理由もないけど

『鎖くん最近帰ってくるの遅いんじゃない?遅くなる時は連絡してって言ったじゃん!』
『あー…………そうだっけ』
『そうだっけじゃないよ……!』
『うるせぇな……疲れてんだよこっちは』
『いっ…………』
『黙れよ、アバズレ』

────めんどくさいな

『大丈夫だよ、楔。お兄さんはそんな事しない人だと思うし……それに既婚済みなのに俺に手出しするとか普通に考えて無いでしょ…………ていうか10歳も差もあるし無理があるよ』
『はぁ!?コイツ、俺の兄貴だぞ!?伊織ちゃんの事好きになっちゃうかもしれないでしょ!?70パーセントの確率で伊織ちゃんの事好きになるからコイツ!』
『微妙な数だな……それは無いよ。ですよね、お兄さん』

────あるんだよなぁ、それが

「あー…………欲しいなぁ、伊織ちゃん」


「で、で、出来たー!!!!!」
「伊織赤点回避行けそうか!?」
「行ける行ける!!陽助は!?」
「行ける!!」
「おっしゃ陽助告白してこい!!」
「行ってくる!!!!」
再テストが終わり、テンションの流れでアホな陽助は伊織の誘導に見事にしてやられた。この結果がどうなるのかは後に知ることになるのだが、伊織は幼なじみの恋路を素直に応援していたし、あまり秋良との接点こそはないが千里や如一の口から出てくる話的に恐らく陽助も陽助でうまく行くんじゃないかと思っているし、何よりも陽助のためにどうかうまく行って欲しいと思う。
「伊織ちゃんどうだった?」
「バッチリです!ありがとう楔!」
「それなら良かった。あ、今日結局放課後どうするの?」
「ん?帰るよ?」
キョトンとしながら伊織が言うと楔はうーん、と少し考えた素振りを見せた後首元をやたらと触り始め露骨に目をそらしたりする楔を見て伊織は首を傾げると、覚悟が定まったのか何かは分からないが楔が「あ、のさ……」と少し言葉を濁すように口を開く。
「もし、良かったらー……なんだけど……いやほんとに、もし良かったらでいいんだ、ほんと、うん…………親父さんとか識居ない、みたいだし……まあ鎖居てもいいならだけど……その、えっと……あー……俺の家、来ない?」
こういう時に限ってうまく言葉が回らないうえに頭が正常に働かない楔は視線を泳がせながらもそんな事を言う。そんな様子の楔を見て伊織も思わずクス、と笑う。
「迷惑じゃないなら、お邪魔したい、です」
にっこりと伊織が微笑んで言うと、楔はあからさまに嬉しそうに目をキラキラと輝かせて「迷惑じゃないよ!」と言いながら伊織の手を掴んで笑うと、伊織もつられて笑った。

『鎖くん!?今どこいるの!?』
「……実家」
『え、なんで!?』
「…………いや、べつに」
『鎖くんの実家って弟さんいるとこだよね?今行くけど……』
「なあ」
『…………なに?』
「離婚しようぜ」
『……………………え?今、なんて……』
「離婚。無理。お前まじめんどくさい。あともう電話かけてくんな。そんじゃ」

7ヶ月前 No.137

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「………………」
「伊織ちゃん似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます……!でもこんな高そうなの……」
「だから折角の誕生日なんだからそういうのは無し!ねっ?」
「うう…………」
楔は面白くなかった。折角の彼女の誕生日を兄貴に邪魔された挙句伊織はといえばその兄貴、鎖に見事に絆されてしまっている。
鎖が伊織にあげた誕生日プレゼントはいかにもと言った少女漫画よろしくネックレスとか言ったアクセサリーだ。高校生の財力では到底購入出来ないようなものを何事もなく入手して何事もなくプレゼントする鎖は楔からすれば邪魔でしかないだろう。
否、鎖の方も楔の邪魔をしているわけだが。
伊織も伊織で全くもって鎖の事を不審に思わないことには問題があるのだろうが、伊織にとっての彼氏は楔なので楔が心配するような事は無いのだが、やはり血縁というのは怖いもので皮肉な話楔の思っているようなことになりかけているのだが。
「あのさぁ、伊織ちゃんにベタベタ触んないでくんないキモイ嫁さんに怒られるよ」
むすーっとわかりやすいふくれっ面を楔が作ると伊織が軽く楔の頭を撫でると楔は嬉しそうに顔を赤くしながら嬉しそうにした後に照れくさくなったのかふい、と顔を逸らした。
鎖は嫁さんに怒られるよ、の発言に「あぁ……」と言いながら口を開く。
「いやもう離婚したし」
「は」
鎖の発言にいかにもまずいという風な素振りをする楔と、その発言にキョトンとする伊織に「こんな話しちゃってごめんね」と伊織に言いながらにっこりと笑う鎖。
「七夕に離婚って…………怠けすぎて相手の親御さんにでも怒られた?」
楔が鎖に訪ねると、鎖はハハハ、と笑いながら「それは無い」と言うと楔はますます意味がわからないとでも言いたげに首を傾げる。伊織はと言うとこの話を聞いてもいいかわからず取り敢えず特に何かアクションを起こしたりはせずにぼんやりと窓の外を見ていた。
「束縛凄くてさ、しんどくて。俺から言った」
「うっ」
ニヤニヤと笑いながら鎖が言うと、楔はまるで自分のことを言われているようで呻き声をあげたかと思うと同時に鎖が離婚したことについて本気で危険を感じていた。
「伊織ちゃん何見てるの?」
ぼんやりと外を見ている伊織の肩に手を置いて訪ねたのは鎖。それを見た楔が笑顔で「外何かあった?」と言いつつ鎖の腕を弾き飛ばして楔が伊織の肩に手を置く。
鎖が引き剥がされた右手で楔の背中を強くぶっ叩くと、楔が「う゛っ」と言いながら背中をさする
「いや、やっぱり都会じゃ天の川見えないなーって」
「伊織ちゃん、それは……」
「天の川は8月8日が一番綺麗なんだよ。七夕は旧暦だから今日晴れててもあんまり見えないんだ」
「え、そうなの?楔凄いね!物知りだ!」
「まあね」
鎖が説明しようとしたのを遮って楔が説明すると、伊織がキラキラとした瞳で楔を見て楔は恥ずかしそうに少し顔を赤くさせてドヤ顔気味に言うと鎖は「楔のくせに良く知ってんじゃん」などと言うと楔があからさまにムカついているかのように1発鎖の腕にグーパンをお見舞いした。
勿論、130%の殺意を込めて。

6ヶ月前 No.138

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「…………ムカつく」
「なにが?」
伊織が椛島からの催促により渋々ながら帰った後、楔は不機嫌マックスで鎖を睨みつけながら一言。その一言に対してにっこりと笑いながら飄々とした様子で何事もないように作る必要も無いキャラクターを鎖が作ると、楔は「きも……」と言いながらげんなりとする。
「あのさぁ、邪魔しないでくんない?」
「あは、やだ」
怒気を孕んだ声で楔がいかにもと言ったふうに鎖を殺意に溢れた瞳で睨みつけると、クスクスと笑いながら勝ち誇ったような腹から何かがふつふつと湧いてきそうな嫌な笑みを見せてくるもので、楔は今すぐにでもこの余裕ぶった顔をグーパンしてやりたかったが、ここで手を出したところでかないっこが無いのも理解済みだったのでグッと堪えた。
鎖がおもむろに立ち上がったかと思うと「コンビニ行ってくる」といつもの低いトーンで言ったかと思えば鎖は本当にそのまま玄関まで向かいガチャン、と扉の閉まる音がした。
「…………い、いたしかたない」
楔がそんな事を言いながら無防備に忘れ去られた鎖の黒色の最新型の高いスマホを恐る恐る手に取り画面を開きスライドロックを解除した後にパスワードを入力する画面に移る。
「…………いやいやいやいや、いやいやいやいや…………」
一つの数字が思い浮かぶが、正直鎖と同じ思考回路をしたくない楔はダメもとで0707、伊織の誕生日を試しに入れてみる。
「開いたし!!!!!」
あっさりと解除されたロックに楔はもはやゾッとしつつあった。ついでに自分のスマホのパスワードを伊織の身長にしようと心から決めた。申し訳なく思いつつもいつの間にか交換していたのかわからないメールアドレスから伊織との会話履歴を確認する。
それよりも楔からすれば猛烈すぎる鎖の伊織への送信履歴が異常すぎて流石にここまではしてないだろうと自分の行動に少しの安堵をする。まあ楔も大概なのだが、鎖に比べれば確かにマシだろう。盗撮癖以外は。
「うわ……嫁さんのメール全部無視してんのかよ…………」
1通り会話相手をみて、怒涛の伊織送受信ラッシュが来たかと思えば次は鎖の嫁からの受信ラッシュ、そこからちょくちょく入ってくる『日向』と『頼』、そして月に1度ほど出てくる『円戸』の名前。なんだか妙に引っかかったがそれは一度スルーした。あとは会社や社長など、稀に部下と思われる女性からの痛々しいお誘いメールの受信履歴。
「“伊織ちゃん今日はありがとう、楔と2人の時間邪魔しちゃってごめんね”……分かってんならンな事すんなっつーの!!“大丈夫です、お兄さんもプレゼントありがとうございました。本当に嬉しかったです”伊織ちゃんマジいい子だな。愛してる。……“お兄さんなんて他人行儀じゃなくて大丈夫だよ?敬語とか全然必要ないし”…………きもちわる…………」
取り敢えず口に出して読んでみるが、我が兄の強烈な気持ち悪さに吐き気すら覚えていた。正直楔も鎖とやっている事は大して変わらないのだが、悲しきかなそれに楔は気が付いていない。
「なになにー?えーっと、“今日は鎖がごめんね”、“お兄さん楽しかったから大丈夫だよ”、“それなら良いけど、何か埋め合わせするよ。何かしたい事とかある?”、“今度2人でどこか遊びに行きたいかなー、な、なんて言ってみたり”…………ふーん、それなりに上手くやってるのか。つっまんねてか伊織ちゃん可愛いな」
「うわぁ!?!?人の携帯勝手に見るなよ!!あと伊織ちゃんは可愛いから!!」
後方から声がしたかと思えば鎖がつまらなさそうに口を尖らせながら楔のスマホをいじっていた。それに対して楔がキレたかと思えば鎖は「あー」と一つ声を漏らしたかと思えばニヤニヤと笑いながら1人のメール履歴を楔にヒラヒラと見せながら口を開く。
「伊織ちゃんっていうあんなに可愛い彼女がいながらも他の女もキープかぁ。楔も隅におけねぇなぁ。まぁでも……この千里ちゃん?楔にお似合いなんじゃない?伊織ちゃんよりも仲良しな女の子居るなら伊織ちゃん貰っても大丈夫だよね、あはは」
「おまっ…………!!ふざけんな……!!」
「だったら地雷のメール消したら?」
「そ、れは…………」
にっこりと鎖が笑ったかと思えば、楔に向かって楔のスマホを投げる。楔に向かってジェスチャーでスマホを投げろとやると、楔も鎖のスマホを投げ、それを受け取ると鎖はメール画面を開いてそれを楔に見せながら伊織以外の女性の名前を全て消した。
「な?やれるだろ?」
「っ…………」
この鬼畜兄、欲しいもののためなら人であろうと捨てる男だった。

6ヶ月前 No.139

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



面白いもので、七夕の夜に人々は巡り会う。
「あれ、円戸。お前帰ってきてたの?」
「あ、日向さん。頼さんも一緒なんだ。なんか……皮肉な偶然だな」
「はは、人聞きの悪い!」
「それにしても……鎖さん凄いね。海外でもあの人の名前有名だったよ。鎖さんと知り合いだって言ったら俺のこと教えといてくれーって奴多くてさ。びっくりしちゃった。まぁ金貰ったからにはちゃとやるけど」
「円戸も大概だよなぁ」
その日とある家に集まった3人は左から順に地雷日向、永瀬頼、漣円戸。
その中で日向と頼は血縁関係に当たる。日向は幼少期行方不明になったと言われていた千里の兄。そして頼は千里が如一に救出してもらう迄ずっと嫌でもお世話になっていた千里と日向の親戚の頼。そして円戸は飛び級制度で日向と頼、そして3人はこの場にはいない鎖と同じ大学の同期だった。
その中でも頼と鎖は同族だ。頼は千里に対して虐待、つまり暴力を振るい、鎖は元嫁に対する暴力行為があった。それゆえかは分からないが、類は友を呼ぶとはこの事か頼と鎖は特別仲が良かった。もちろん被害者側からすればあんな男1人で十分な訳で、最悪の可能性のことを考えると同族嫌悪であってほしいと思うものだ。
そして円戸は学生時代の友人を交通事故で“意図的に”殺している。日向の方はといえば千里の幼少期の事が今でもトラウマになってしまったこともありその場から逃げ出して両親を見捨てた。最愛の妹さえも、怖くて仕方がなかった彼は捨てた。彼が逃げていなければあるいは、助かっていたかもしれない命だったのに。
そしてその挙句円戸は友人を殺したにも関わらず死んだのは仕方が無いと言い、日向に至っては両親が死んだのは千里のせいだとすら思っている。クズにはクズが集まるとはこういうことなのだろう。
「そういえば鎖の弟彼女出来たっぽいよ。超可愛いらしい」
「鎖がそこまで言うのって珍しくね?」
「あと鎖さん離婚したって」
「は!?あいつ何やってんの!?俺の好みだったのにー!!」
「ははは!相変わらず頼さんは女の人となると見境ないなあ」
「誰でもいいわけじゃないから!!」
酒をあおる頼と日向。まだ一年早く1人だけ烏龍茶に口をつける円戸。ゲラゲラと下品な笑い方をしながら話を進めるのは頼と日向。いつもは冷静分析派の頼に、温厚ヘタレな日向を見て円戸も将来自分が酒を飲むようになったらこうなってしまうと考えたらゾッとしない話だった。
無論、鎖も酒を飲んでしまえばまたキャラクターが変わってしまうことを知っているのもあり、尚更円戸は強く思った。
七夕の夜。これが鬼と出るか蛇と出るか。ここは鎖の動きにかかっていると言えよう。

6ヶ月前 No.140

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0

28話『痛覚』


「……気持ち悪い」
妙な吐き気で夜中目が覚め、千里は重い足取りでリビングに向かいコップをとってコップの中に水を注いで、一気にそれを飲み込む。
夢……かは分からないが、嫌な感覚がする。嫌な汗が額を伝っていて、寝るのがどうしても躊躇われた。正直もう寝たくないとすら思っていて、素直に言ってしまえば、辛い。
まだ朝の4時くらいということもあり、しかしながら起きれなくはない時間帯ということもあったので、軽く着替えて外に出る。行く宛は特にないが、少し離れたコンビニの方へ向かうことにした。
コンビニに向かう時、思わず一度足を止めてしまう。無理もない、千里が足を向けていたのは無意識に楔の家の方だった。楔の家の近くのコンビニに向かっている自分に、思わず苦笑すらする。
「……かえろ」
そんな事を言いつつ踵を返すと、「地雷?」と後ろから聞きなれた落ち着く声がして思わず振り返る。振り返った先にはいかにもと言ったランニングシューズにランニングファッションで、こんな朝早くから体力作りをしているのかと思うと感心する。
「何やってんのお前」
「楔こそ」
「俺?走り込みだよ。体力作りくらい誰でもするでしょ。それに昨日やな事あったからあんまり寝れなくて」
「……やな事?」
「あは、地雷は知らなくていいよ」
やなこと。少し前の自分なら、むしろ良かったと言いながら乗っていただろうあの話。それでも楔は、悔しい事に。
伊織と共に千里も手放すことが出来なかった。

『あ、消せないの?そっか。それじゃ、しょうがない。ありがたく伊織ちゃんのこと貰ってくね』
『やめろよ……。伊織ちゃんだけは、やめろ』
『我儘だな。俺はお前の前でちゃーんと全員消したよ?元嫁もね?あはははは、驚いたな、楔に人間らしさが出てくるなんて。情なんてこれっぽっちもないただのサイコストーカーだったくせに』
『…………』
『なあ、楔。伊織ちゃんの事だけどさぁ。……返してなんて言われても絶対返してやらないからね?』
『────!?』

「駄目だ思い出したらムカついてきた」
「思い出すなよ……」
「そんで、地雷は何やってんの?」
青筋を浮かべながら精一杯の笑顔を見せる楔に苦笑をすると、話の矛先が自分に回ったことにすこし困ったように考える素振りを見せる。
「……寝れなくて。俺も」
あながち嘘ではない。取り敢えずそう言うと、楔はくしゃくしゃと千里の頭を撫でたかと思えば「そっか」と微笑む。ちゃんと寝ろよー?なんて言いつつ歯を見せて笑う楔の姿に、ときめかない訳がなかった。
それと同時に、罪悪感でいっぱいだった。
────伊織、ごめんなさい
「ぎゃああああああ!!虫!!虫!!」
「うっさいんだよ識!今何時か分かってんのか!?あぁ!?」
「一樹もうるせぇぞい」
「Shut Up」
シリアスになりかけた雰囲気をぶち壊したのは早朝から叫び声をあげる2人の男性……もとい、伊織と如一の弟の姿を見かける。
「あれ、何してんの?縁」
「こんちは」
敵意剥き出して識が楔の事を見るも、楔の右手が未だに千里の頭に置かれていたことを見て「なぁんだ」と力が抜けたようににっこり微笑んだかと思えば楔にぎゅうっとだきつく。
一体何があったのかと思えば、こちらが問うよりも先に識が口を開く。
「そっかそっか、もう伊織姉ちゃんには興味無いのか!ありがとう楔くん、俺楔くんのこと大好き!伊織姉ちゃんは俺が幸せにしてあげるからお祝いしてね!」
「…………は?」
「えっ、伊織さんコイツと付き合ってるって聞いたんだけど……」
「ない!絶対無い!伊織姉ちゃんとかいう可愛い可愛い彼女がいるならこんな時間にほかの女とイチャついたりなんかしないよ。折角夏休み入ったから早めに帰って伊織姉ちゃん驚かせて楔くんのこと彼氏として認めようって心構えできたのに、……なんだ、伊織姉ちゃんじゃないなら安心した!一樹ふぁいと!」
「だからな、識。俺は伊織さんにとって弟の友達ポジションでいいの。それ以上望んだりはしません」
────これは
一言で言うなら。
やばい。

6ヶ月前 No.141

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「伊織姉ちゃん!ただーいま!」
「おかえり。あれ、楔もいるの?珍しいね」
「えへへ、ちょっとね。ね、楔くん!」
「あ、え…………う、ん……」
椛島が鳴ったインターホンを出たかと思えば、伊織の名前を呼び、最初ここは識も知らない人の登場にキョトンとしていたが、すぐに伊織の元気そうな姿を見て飛びついたかと思えばいつもの如く伊織にすりすりと頬ずりをする。
擽ったそうに、それでも幸せそうに識からの頬ずりを受け止めていると、識の後ろに見えた楔の姿にキョトンとする。識のあまりにも珍しい人選に思わず目をぱちくりしながら尋ねると、識は心の底から嬉しそうな含みのある笑顔を楔に見せる。楔も朝あんなことになってしまった手前、下手に彼の発言には逆らえずにいた。
「今日帰ってきてる途中で楔くん見たんだ!あのね、ちさ────」
「伊織ちゃん!!」
ニヤニヤとわらいながら識の話そうとしたのを急いで楔が伊織の名前を大きな声で呼んで止めると、伊織はびっくりしたかのようにしながらも「なぁに?」と小さく微笑んで楔を見る。
伊織の姿に胸がドキリと跳ねてしまいそうになったのと同時に、伊織に隠し事をしているという事実が楔の胸をズキズキと音を立てそうな勢いで痛めつける。
────言えない、よな。……伊織ちゃんを選べなかった、なんて。
千里も確かに仲の良い友人だ。それでも、昨晩のことを思い出すと楔は耳鳴りがしそうなくらい頭が痛くなる。伊織は確かに好きだ。誰よりも好きな自信はあるし、鎖なんかに渡してたまるものかと思っている。
それと同時に、友愛として千里の事も好きだった。だから鎖にあんなことを言われて楔は、言えなかった。
何も、言えなかった。
「俺、さ、えっと、あの……えー、あ、な、夏休み、こんど、そう、夏休み、空いてる時さ、どっか遊び行かない?じっ、地雷とか、陽助とか……あっ、舶来も誘って、さ……!」
「…………えっと…………。考えとくね」
「…………?」
苦し紛れにしながらもなかなか上手い事を言えたんじゃないかと思っていると、伊織は複雑そうな顔をしながらどこか儚げな笑みを見せて珍しく答えを保留にした。
珍しすぎる伊織の態度に思わず楔もキョトンとしてしまい、識も思わず目を見開いて伊織を見たかと思えば、ギロ、と楔のことを鋭い目つきで睨みつける。
お前、何かしたんだろうとでも言いたげな。それでも、楔には検討がつかなかったのも素直に言うと事実だった。
「……いや、やっぱいいや。部活あるしそんな余裕無いかも。識が帰ってこれるうちは識の相手してあげたいし。ごめんね、誘ってくれたのに」
「……え?」
伊織が、断る。
今までは無理やりにでも予定を開けようとしてくれていたにも関わらず、伊織は楔と目を合わせないまま申し訳なさそうにしながら行かないとの旨を伝える。楔はますます不安になっていく。
────俺は、伊織ちゃんに何をした?
「あ、だからさ、変わりと言ったらなんだけど千里とどっか行ってきなよ!千里今年結構暇だって言ってたし……あ、それに、ほら、秋良と陽助もう付き合ってるし来ないかもよ?うん、だから…………ごめんね」
伊織が目を伏せながら言うと、楔はズキズキと自分の胸が痛むのが分かった。鋭利なナイフで心臓を刺されてるような、何本も何本も突きつけられているような、そんな痛みがジリジリと走る。
────痛い。痛いよ、伊織ちゃん
「あ、そうだ、あのね、千里が……」
────お願い、目を合わせて伊織ちゃん
「そ、そうだ、えっと、千里、千里が……」
────お願い、伊織ちゃん。

そんな泣きそうな顔しないで。

6ヶ月前 No.142

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「相談なんて改まっちゃってどうしたの?伊織ちゃん」
────やっと来た

あの日から数日、高校もついに夏休みに入り、夏の暑さも本番と来た。そんな夏の暑い日のこと、とあるオシャレな喫茶店で向き合うのはモデルかと錯覚してしまうくらいオシャレな服装に髪型やらなんやら全て整えている鎖に、それに向き合うのには儚げな異様に美しい女性、伊織。
喫茶店では何かの撮影なのかとザワザワしているが、撮影どころか芸能系には全く属していない二人からすれば良い迷惑だと言える。
まあでも確かに、美男と美女が揃えばそりゃ撮影かと疑うが。
「えっと……その…………」
「ん?」
気まずそうになかなか伊織は口を開けないでいる。状況から鎖は恐らく楔のことだろうと直感的に思うし、そしてその楔のことというのが今まで地道にコツコツと組み立ててきた作戦の賜物だということも直感する。
「く、楔と、別れたい、んです」
「……へ?」
正直これは予想外だった。てっきり伊織の口から出てくるのは楔が最近冷たくて寂しいだとかもっと楔と話したいだとかそういうのを期待していたにも関わらず、いきかり出てきたのは別れたいとの言葉だった。
もちろん、鎖からすればこんなチャンスは無いしむしろゴリ押しする。優しい男の振りをする手間が省けたこともあり、今までの作戦だけじゃなく楔は楔の方で上手くから回ってくれたのだと思う。
鎖としては、大嫌いな弟を今だけは好きになれる気がした。
「で、でもまたどうして……」
────大丈夫、俺の演技力は高校時代の演劇部で見事に培ってきている。そのまま俳優のスカウトも来ていたし、俺に演じられない事なんてない。だから今は、妹分を心配する兄でいよう。
「楔……俺の事見てないんです」
「え?」
アイツに限って?それだけは無い。
そう思いつつも心配するような声音で「どうしてそう思うの?」となるべく優しく尋ねると、伊織も少しづつ緊張が解けてきたのか言葉を紡ぎ始める。
「楔、千里といる時の方が楽しそうで。なんていうか……千里に見せるのは俺の見たことない顔ばっかり。それに……口を開けば千里の話ばっかりですよ。事あるごとに地雷が地雷がって……。めんどくさいのも心が狭いのも分かってますけど素直に言うと……嫌ですよ、楔の口から他の女の子の名前が出てくるなんて。それに……今は、どうしても、楔のことが信じられない」
俯きがちになりながらどこか自虐的に笑う伊織の頭を鎖がポンポンと撫でると、伊織はハッとして鎖の方を申し訳なさそうに見る。すると鎖は優しい目つきで微笑むと、口を開く。
「楔と、本当に別れる?」
確認するように鎖が言うと、伊織は泣きそうにながらも小さく頷く。
────まだ、好きなのに本当に良いんだ
そんなふうに思いながらにやけそうになる口角を必死に抑えてうーん、と考える素振りを見せたかと思うと、にっこりと笑って伊織に提案する。
「伊織ちゃんからじゃ言いづらいよね?俺からで良かったら楔に伝えておくけど……あ、もちろん別れる理由とかそれとなく言っておくし……ね?」
「えっと……じゃあ、お願い、してもいいですか……?」
「もちろん。でもさ、また何か相談とか……楔のことでも楔のことじゃなくても、暇な時とかでもいいから電話とかメールとかしてよ。俺たち、楔だけが会話のツールじゃないんだしさ」
「は、はい……」
嬉しそうに微笑む伊織を見て鎖も釣られるように嬉しそうに微笑む。
────楔はどんな顔するのかな
そんな事を思う。鎖は好きな人に幸せになって欲しいなどとそんな事は思わない。何せ彼には感情という感情が存在しない。だから何にでもなれるし、何にでもなろうとする。
鎖は幸せになって欲しいから諦めるなど、そんなことはしない。鎖なら自分で幸せにするから。自分が幸せにさせるから。こんな彼にもしも感情が芽生えると言うならば、おそらくそれが出来るのは……伊織だけだろう。

「楔」
「あ?」
部屋に戻ろうとした楔に声をかけると、楔は露骨に嫌そうなひっくい声で鎖のことを睨む。
「伊織ちゃんがね、別れたいってさ」
「で?…………って、は、はぁ!?!?」
にこ、とわらいながら鎖がそう言うと、楔は一瞬はいつもの冷たいあしらい方をしたかと思えば、言葉の意味を理解した時には声を裏返しながら部屋に戻ろうとした踵を返して鎖の元へ向かう。
「う、嘘、だろ!?は!?いやいやいやいや、いくらなんでもそんな嘘だけは信じねえぞ!?てかお前の言うこと信じねえぞ!?」
「…………心当たり無いんだ」
鎖の肩を掴んで必死になりながら言う楔を見て、楽しそうにしながら鎖はニヤリと笑いながら言葉を続ける。
「伊織ちゃん、さみしかったんだって。そりゃやだよね、彼氏といる時に話に出てくるのはいつも同じ女の名前。だったらもう自分じゃなくてソイツと付き合えよって思うよね。うんうん、心が狭いだなんだって気にしてたけど伊織ちゃんがそう思うのも無理ないよ。俺だって好きな子から同じ男の名前ばっかり出てきたら辛いもん。俺のこと見てないんだなって思うし俺よりもきっとソイツが好きなんだなって思っちゃうもん。うんうん、わかるわかる。伊織ちゃんもしかしてあの感じだと付き合う前から気にしてたのかな?あの子は耐え忍ぶタイプの子なんだね。いい子だねえ、伊織ちゃん。もう信じられないってあーらら、あんなずっと尽くしてくれそうな子にそんなこと言わせるなんて逆にお前すごいねー、尊敬しちゃうや。…………だから言っただろ?返してなんて言われても返してやんないって、さ」
ずっと同じハイテンションとも言える声の高さでペラペラと早口で喋っていたかと思えば、急に声のトーンを落として楔を睨む。
それに対して楔は、今までに無い程の絶望感に吐き気すらしていた。自分の伊織に対してしてきた事の全てが許せなくて。

6ヶ月前 No.143

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「え?何?お前馬鹿なの?」
珍しい陽助の真顔のガチトーンに思わず楔は陽助と目も合わせられずただただ視線は空を泳ぐだけだった。目を合わせたら、殺される。そんな直感がしたし、本能的に今の陽助と目を合わせたら、死ぬ気がした。自己防衛機能が無意識のうちにも作動していたようだった。
「いや、あの、ほんと……」
陽助からすれば伊織は家族のようなものだ。関係性としては相棒が正しいが、お互いに持つ感情が恋愛に至らないのも彼らの中にあるのが友愛なんて甘いものじゃなく家族愛という強いものだからだろう。
それ故に。本当の意味で伊織の事を知っている陽助は楔が別れたというのがまず信用ならなかったし、何よりも一番今も尚驚いているのは人の良い素直な伊織に対して「信じられない、信じたくない」とまで言わさせた事だ。逆にそんな事を言う伊織の姿を見てみたいものですらあったが、話によると鎖が聞いた事だったそうなので詳しい事は分からない。
いつも通りで三人でいるはずなのだが、楔が口を開いてから何故かずっと黙りとしてしまっている千里に暫しなんだと気になるところはあったが、陽助も大体の察しがついたのもあり話を進める。
「ともかく。別れた後散々吐いたと噂のお前に向かって言うのもなんだけどお前が悪い」
「いや、どう考えても伊織だろ」
陽助が楔が悪いと言い切ろうとしたその時、今まで黙っていた千里が悪いのは伊織の方だと口を開く。
楔は何故千里が自分を庇うのかも分からなかったし、今まで黙り込んでいたのはこのためだったのかとすら思い始める。
「……はあ?なんで伊織が悪いんだよ」
露骨に機嫌の悪そうな顔を陽助がすると、千里の方も「なんで楔か悪いの?」と尋ねる。
「いやだって、伊織に信じられないとか言わせるって相当な事してないと無理だぞ」
「でもそれって伊織の早とちりとかじゃないの?」
「それは無い」
「なんで?」
いきなり始まった口喧嘩の序盤に、なぜか申し訳なくなっていたたまれなくなって出来ることなら楔としては一刻も早くこの話を切り上げてこの場を立ち去りたかった……が。
「“俺だったら”絶対に“伊織よりも”楔の事信じ続けてられるし」
「はあ?お前短気だろどうせ」
千里の言葉に一瞬楔は嫌そうな顔をするが、2人は互いの話に必死になっていて楔の表情の変化に気付けなかった。もしも仮にこの時に気付けていれば、まだいい方向に転がっていたのかもしれないが。主に千里が。
「な、なあ」
「何、楔」
「どうした?」
「……ごめん、ちょっと気分悪くなった。すぐ戻ってくるから待ってて」
「おう」
「大丈夫か?」
楔の気分が悪くなった、というのは2人はてっきり伊織と別れた時のことをまた思い出して吐きに行くのかと勘違いしていた。勘違いして、それを真だと信じきってしまった。
楔の気分が悪くなったのは千里の“俺だったら”、“伊織よりも”、の二つの発言だ。無理もない。何せこの縁楔という男は。
伊織を下に見る人間がこの世で一番嫌いだからだ。

しばらく時間をおいて二人の元へ戻ると、陽助と千里はギスギスしていた。いない間に何があったのかとまずは陽助の方に話を聞くことにする。
「今回悪いのはどっちって話だろ。コイツ私情挟んでやがる」
「そ、それは陽助もだろ!?」
「いやだから伊織にそこまで言わせる原因を作った楔が悪いから、どう考えても。お前伊織の事なんも知らねえからそう言えるんだろ」
「だったらお前も楔のことなんも知らねえんじゃねえの?楔が伊織にどんな穴見せるんだよ。どう考えてもねえだろ」
自分で言っていて心臓部がズキズキといたんだが、今は直感的に千里は思う。陽助に勝たなくちゃ。もちろん、その千里の頑張りが楔のためになるどころか楔にとって最悪の気分になるわけだが、未だにそれには気付けない。一寸先は闇というのもこの事だろう。
「はあ?楔の穴なんて100もあるだろ。それも伊織が呆れるようなものは8割はあるな。逆にここまで付き合ってきたのは耐え忍んだ方だと思うよアイツ」
「はあ!?“伊織なんか”は絶対……」
一つ目。
「お前さ、その“伊織なんか”って言うのやめろよ。気分悪い」
「あぁ!?だって“俺だったら”、“伊織より”も」
二つ、三つ。
「“伊織なんか”」
四つ。
正直、ここまで我ながらよく耐えたと思う。我ながら頑張ったと思う。けれど流石に、もう我慢するのは無理そうだった。
「あー、ごめん、なんか本格的に気分悪くなってきた。ちょっと帰るわ。ごめんな、二人共」
千里を怖がらせたくなかった。今はその気持ちで、その場から逃げるように立ち去った。

6ヶ月前 No.144

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「いーおりちゃんっ」
「え、あ、こんにちは、鎖さん。お仕事ですか?」
「うんまあ、そんな感じ。今日早く帰れたんだよね」
夕方4時半。伊織は部活帰りの電車を待っている時、偶然にも仕事帰りの鎖と遭遇する。というか、伊織を見つけた鎖が反対車線だったにも関わらずわざわざ降りて伊織に声をかけたわけだが。
「それにしても……和服似合うね。かっこいい」
「今日他の学校と大会だったので」
「へえ……勝てた?」
「もちろん!」
嬉しそうに伊織が微笑むと、鎖はおめでとー、などと言いながら伊織の頭をくしゃくしゃと優しく撫でる。伊織が大会で負けるなんてことは正直にいうと相手が射水で無い限り有り得ないのだが、それでも褒められるのは素直に嬉しかったし、正直に言うと少し照れくさかった。
今回の大会では個人戦でも優勝し、団体戦では見事と言うべきか否か今年から始めたばかりにも関わらず如一が一本を取ったことによって見事に桜木は優勝した。
なんというか、後日伊織談からすると「冬木先輩は本番じゃないと勝てない」とかなんとか。もし伊織と如一の対戦になったら本番の如一ならどう出るかがかなり気になるところではあるが、恐らく未だ伊織に勝つのは少し難しいだろう。何せ伊織は、間合いを取るのがうますぎる。次の動きが読まれているのか攻撃する前に避ける。如一にはまだ少しだけ、早い相手だろう。ただそれでも、全くかなわない相手ではなくなったことに如一も如一で楽しんでいる様子だった。
「薙刀とか難しそうだな。ちょっとやってみたいけど」
「あ、じゃあ家来ます?俺でも良かったら教えられますよ。父様はちょっと鎖さんには厳しすぎるかもだし……」
「え、逆に教えてもらってもいいの?」
伊織の発言に鎖がキョトンとすると、伊織は小さく頬を緩めて「もちろん、鎖さんなら大歓迎ですよ」などと笑う。正直鎖としてもここまで上手く話が進むと思っていなかったというか、ここまでうまく行き過ぎていて逆に不安になるくらいだった。
まあ唯一彼の中でうまく行っていないのは千里の事だけだろうが。
「あれ?楔……と、確か……千里ちゃん?」
鎖がそう言うと思うと、伊織はハッとして逃げるように鎖の後ろに隠れるようにすると、鎖も伊織の頭を優しく撫でて肩を寄せて安心させるようにする。もちろんそれだけで伊織を安心させる材料としては充分だった。
「楔、おかえり。どこか行ってきたの?」
「…………最悪」
「まあまあ、そう言わずに……!」
わかりやすくげんなりとする楔に、宥めるように楔に声をかける千里。
「ちょっと地雷と外行ってただけだよ。……鎖は……何?伊織ちゃんの事誘拐でもすんの?殺すよ」
「誘拐なんて人聞きが悪い奴だな。伊織ちゃんに良かったら家こないかって誘われたからじゃあ行こうかなって話になってただけなんだけど」
「…………は?」
冗談、というか皮肉混じりに楔がそんなことを言うと、鎖はというとはっきりとした否定もせずにあながち嘘ではないことを言うと、楔の瞳がショックからか大きく揺れる。
「………………」
「どうした、楔」
「…………気分、悪い」
「あ、え、大丈夫か……!?ちょ、帰ろう。そ、そんじゃあ、な伊織!」
「……あ、…………う、ん……」
────自分が嫌になる。
千里はいつもと変わらないで接してくれているのに、それなのに自分は……

────自分が嫌になる。
伊織が楔のお兄さんと一緒に居るのが嬉しいと思ってしまっているのが。

「はは、ほんとに二人共仲良しなんだな」
「そうですね。やっぱりこれでよかったと思います」
「そう?伊織ちゃんが後悔してないならそれでいいんだけど」
「後悔……は少ししてます。けど、楔楽しそうだったので。もういいかなって。友達でも、楔と話せたらそれで嬉しいので」
「伊織ちゃんは……もう少しわがままになってもいいんじゃないかな?」
「いいんです。そんな事したら……楔に嫌われちゃう」
「…………俺、は……嫌ったりしないけどな」
悲しそうに目を伏せる伊織の頭を撫でながらそんな事を言うと、伊織は恥ずかしそうにしながらも少し赤めいた顔で鎖を見る。鎖もその伊織の姿にドクドクと心臓が早く脈打つのに気が付き、初めての感情に戸惑いが隠しきれなかった。
「あ、ありがとう、ございます」
「どっ、どう、いたしまして……?」
伊織には嬉しいのに何故か残る虚無感。鎖には初めて外に聞こえるんじゃないかってなるくらいの心臓の鼓動。
暖かな気持ちになった自分の胸が、今の鎖は変な気分だったが、それでもどこかそれを心地良く感じていた。

6ヶ月前 No.145

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29話『感情』

「…………」
「お?ど、どうした、鎖、酒も飲まねえなんて珍しいな」
「もしかして何かあった?」
「逆に頼はもう少しで出来上がりそうだけどね」
「はははは!!」
これもう出来上がってんじゃね。
月1で鎖達は大学の同期ということで集まる。今回は円戸の帰国祝いというのもあるから仕事が早く終わるのも当然だった。頼は既に酒を何杯も飲んでいて、日向はそれを見て苦笑する。そんな二人にツッコミを入れるこの中ではほぼ唯一まともと言ってもいい円戸。鎖だけただただぼんやりとしながら注がれた酒にも目を向けず空を見る。
頼がやたらと酒を飲む時は気分が良い時だ。つまり今日、頼にとっては良いことがあった。それが例えば……千里と会った、だとか。もちろん手も抜かずに頼曰く『教育』とやらをちゃんとしてやったという。日向も頼の言う『教育』には他意がないと信じきってしまっているのが問題だが、それに気が付くのはもう少し先だろう。
「おーい、鎖ー?どしたー?」
「えっ…………あ、あー……なにが?」
「お前だよ!!」
「……は?」
らしくもない鎖のぼんやり具合にゲラゲラと笑う頼に、らしくない姿に逆にちょっと不気味さを覚える日向。そして唯一恋でもしたのかと的を射た円戸。円戸としては本当に鎖が恋をしているのだとなると、その相手がどんな奴なのかも気になって仕方がなかった。
「好きな人が笑ってるのってさー……すっげぇ幸せな事なんだな……」
「お前どうした!?」
「飲ませろ飲ませろ!」
「素直に酒の勢いに任せて吐くんだな!」
ぽわぽわとしながら頬を緩める鎖の様子を見た後、3人は顔を見合わせアルコール度数のキツめの酒を鎖のグラスにギリギリまで一気に注ぐと、無理矢理それを鎖の口の中に流し込む。
大学の時から女に好かれていた鎖。頼の初恋の相手が鎖に告白してその挙句振られたなんて話は今までで最悪の話だ。正直鎖が恋をすることなんてもんは一生無いんだろうなと自他共に言っていたし、ましてや結婚の時も人生の墓場ってのは本当だななどと苦笑していたのも三人からすればまだまだ新しい話だ。
唯一押されるに押され既婚済みの鎖はきっと誰も愛することなく生きていくんだろうと皆が思っていた。そして本人も、思っていた。
鎖に飲ませて数分、元から酒の強い方ではない鎖を酔わせるには10分それどころか5分もかからなかった。
「弟の元カノが可愛い……」
「えーっと……橘伊織、だっけ。亜留斗が世話になってるっぽいけど」
円戸が少し考えながらどんな子だったかなと思い出す。円戸の中で唯一思い出せる伊織の印象は異様と後は素直くらいだ。もちろん円戸の抱いた異様というのは全く悪い意味ではなく、周りの人間が思うのと同じ異様に綺麗すぎることがまだ円戸には覚えている。
「あれ?でも付き合ったの最近じゃなかった?やっぱ学生だからね」
「最近……だけど。…………ほしくなっちゃったから引き剥がしちゃった」
「うわゲス!!お前超ゲス!!」
「あと普通に楔も悪い。伊織ちゃんいい子なのにあの子に信じられないまで言わせるのは流石に驚いた。その後楔3日くらいずっと吐いて熱39度くらいまで出して寝込んでたけど」
「楔くんも楔くんでそんなにショックだったのか……」
「珍しいこともあるもんだなあ」
自ら鎖が酒をあおるようになり、円戸がアルコール度数の低いお酒と先程までの強い瓶をそっと入れ替えながら話を聞くも、楔を知っている頼や日向からすればそこまで引き摺るような人が出てきたことの方が驚いたし、逆に円戸からすれば実際に素直な伊織にそこまで言わせる楔の得体が少しよく分からないものになっていた。
「でもアイツ反省してないのかまだ地雷と絡んでるしよ!!絶対アイツ楔のこと好きだよ!!いやまあ俺的にはあの二人がくっついてくれた方が嬉しいけど伊織ちゃんの辛そうな顔とか耐えらんないわ!!」
「…………こ、これは…………」
「もしかしなくてもマジの方面で恋なのでは…………」
「というか今までの中で鎖さん一番人間らしい事になってるな……」
人間らしい感情。鎖にそれが芽生えたのは正直奇跡に近かったし、もっというと頼からすれば伊織ちゃんパネェくらいには思っていたし日向も日向で縁家の人間に気に入られすぎな子だなあなどと呑気なことを考え、円戸に至ってはようやく人間らしさが出てきた鎖を親のような暖かな気持ちになっていた。
「伊織ちゃんが辛そうな顔してるとなんかめっちゃ心臓痛くなるし、伊織ちゃん笑うとすげぇ心臓速えし……意味わかんねえ」
「ははーん……これはもう……」
「完全に絆されちゃってますね円戸先生」
「あははは、頑張っても俺じゃこれだけは治せないな」

6ヶ月前 No.146

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八月中旬。伊織は陽助と祥大の三人で宿題を片付けている。もちろん、楔と別れていることは陽助も祥大も把握済みだ。祥大に関しては今非常に揺らいで口が下手に出せないというのが現状になっている。
確かに楔と伊織が別れたという事実は祥大にとっては悔しいがこの上ないほど嬉しい事実だったし、どうせ別れたならもう二度と復縁するなとも思っているのも素直に言うと事実だ。けれど、そのせいで伊織が暗くなっていくのだけは祥大としては見ていられなかった。というよりも、見たくなかった。
人の不幸を喜ぶような自分も居たが、伊織の不幸は素直に喜べなかった。喜べなかったというより、喜びたくなかった。人として。いくら努力したところで伊織が祥大を見ることが無いとわかっている以上、祥大は何も出来ずにいた。
好きなのに、そばに居たいのに、隣にいさせてほしいのに。それでも伊織の瞳の中に祥大は映らない。そして伊織は今、陽助以外誰も見ていないことを世界を遮断している事を陽助以外誰も信用していないことを祥大は分かっていた。
「で、これに化学式入れて……」
「はー……なるほど?」
「分かってないじゃん!!祥ちゃん陽助もう無理だよー」
「うう、めんぼくない……」
「じゃあ一回休憩しよっか?流石に陽助も疲れてきたんじゃない?珍しいよね、陽助がここまで頑張るのも」
「あー、確かに!陽助偉いぞ!」
伊織が陽助の頭をぐしゃぐしゃと撫でると陽助は不服そうにしながらも余計な抵抗はせずに黙ってそれを受けていた。祥大はそれをくすくすと笑いながら見ていると、陽助は少し意味のありげな視線を祥大に移したかと思えば、すぐにその視線を外した。
一瞬陽助と目があった気がした祥大は首を傾げるも、おそらく気の所為だろうと思い気にしないことにした。
「伊織、今度どっか遊び行こうぜ」
「お前彼女居るだろ。秋良と行ってこいよ」
「秋良とは散々遊んだし流石にそろそろ宿題に手ぇ付けるって言ってたしどっちにしろ遊べねえんだよ。如一のスパルタ授業あるっぽいし。だから遊ぼ」
「冬木先輩のスパルタ授業……」
考えたくもない。余計に頭の良い人の教えてくる勉強なんて明らかに無茶苦茶に違いない、底辺には底辺なりの勉強の仕方をわかっていないだろうから無理矢理頭に叩き込まれるのが目に見える。
────ドンマイです、舶来先輩
「え、何、二人で遊ぶの?ずるい僕も入れてよ。仲間はずれ反対」
むす、としながら祥大も話に加わると陽助はケラケラと笑いながら「お前も入ってるに決まってんだろ」と言う。祥大は陽助のこういう所が素直に好きだったし、ある意味羨ましいとも思った。
「伊織どこ行きたい?」
「水族館!冷えそうなとこがいい!」
「水族館いいねえ、僕あれ見たい、シャチだっけ、シャチ」
「この辺水族館あったっけか」
陽助がスマホを開くと、伊織は陽助の右側から、祥大は左側から背中から乗るように体重をかけながら陽助のスマホを覗き込む。陽助は「お前ら重い」と言いつつも降りろとは言わない。伊織はそんな陽助の優しさに甘えているような気がしたが、優しくされる事に嫌な気はしないので素直にここは甘えることにした。
「お父さん私お父さんの奢りでかき氷食べたい」
「お父さんじゃねーし!!」
「ケチー、俺今お金ないもん」
「嘘つくな!」
コツン、と軽く伊織の額を陽助が叩くと伊織は「いて」と心にもないことを言うとじゃれ合う二人の姿が本当に親子のように見えてしまって祥大も口を綻ばせる。
まわりから見たら僕と千里ちゃんもこんなふうに見えるのかな。
そんなふうに思いながら。
「はー、しょうがねえな。外行くぞ、買ってやる」
「え!?本当にいいの!?やったー!!俺ふわふわのやつ食べたい!」
「あ、僕宇治のやつね」
「祥大のは買わねえよ」
「ケチ」
陽助がやれやれと言いたげに立ち上がり財布をとってきたかと思えば財布を尻ポケットに突っ込み玄関まで向かう。伊織も嬉しそうに陽助の後ろを鳥のひなのように付いていきながら歩き、その2歩ほど後ろを祥大が歩く。
────伊織が笑ってくれるなら
もし俺が本当にお父さんだとしたら、とんでもない親馬鹿だな。
そんなふうに思いつつもしばらくぶりに見る伊織の楽しそうな姿に安堵をする。しかしそんな伊織の姿を見れば見るほど、陽助の中での楔への怒りは着実に積もっていった。
「ふわふわのかき氷つってもなー……どこにあるんだよそんなの……」
「ここで調べるの!?暑い…………」
「伊織ちゃん暑いって言ったら負けゲームしよ」
「わかった」
スマホを立ち上げて検索をかける陽助の後ろでは祥大と伊織が仲良く(?)しているのを横目に、ふと思う。
────祥大だったら、あるいは……
と言っても、一番の問題は伊織の気持ちだ。伊織の気持ちを無下にして無理やりなんてことはしたくない。絶対に。
そう心に決めながら「あった」と陽助が言うと、そこまで三人で向かう事にした。
もちろん、陽助は心に誓う。
「伊織」
「なに?」
「なんかあったら言えよ」
「……?うん」
────俺がちゃんと守ってやるからな。

6ヶ月前 No.147

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「うっ、頭いたー!!」
「一気にかきこむからだよバカ」
「伊織ちゃんはい、キンキンに冷えたお水だよ!」
「祥大鬼畜すぎる……」
本当に陽助の奢りでかき氷を食べ、そしてちゃっかり祥大も陽助の奢りで宇治金時のかき氷を食べ終え、伊織はというとアイスクリーム頭痛を起こしていた。
頭が痛いと呻く伊織に対してキンキンに冷えたお水だと言って氷面積が2分の1以上の水を差し出す祥大の鬼畜さに陽助も思わず引く。
────何も考えちゃダメだ
そう思って自分を保たないと、今の自分が何をするかわからなかった。伊織の事はただの友達で、ただの仲の良い友達。そう思わないと、祥大はいつも通りに伊織と仲良くするなんてことは出来ないと思った。それに、皮肉な話。
楔じゃないと伊織は駄目なんだと思ってしまった。
「そういや水族館もいいけどさ、今月末花火大会あったよな、たしか」
「あ、そうだね。うう……夏休みが終わる…………」
「あー、花火か。花火いいよねえ」
「識とか誘ってさ、行こうぜ、みんなで!」
「いやいやいやいや、そういうのこそ陽助秋良と一緒に行けよ。聞いたぞ、秋良から。いっつも誰かと一緒なんだろ。花火大会なんて人混みだろうし大人数で行っても迷子になるのがオチだよ」
「ええっ!?伊織も行こうぜ」
「俺は識と行くし大丈夫。一樹くんも来るっつってたし」
「え、一樹くん帰ってきてるの?」
花火大会。陽助は伊織の提案により秋良と“2人で”行くことになったのだが、この超絶チキン男、まず二人で行くというふうに誘えるかが何よりもの問題だ。その時はその時で伊織はサポートをするつもりだったのもあり心配するなとでも言いたげに陽助を見る。
陽助としては伊織の気を軽くする為に伊織も誘ったのだが、逆にこっちの背中を押されるハメになってしまった。感謝はもちろんしているが、それと同時に少し不安でもあった。
「冬木先輩は不知火先輩と行くでしょ、陽助は秋良でしょ、千里は楔と行くでしょ、勉くんは創くんとあと適当なメンバーで行くって言ってたし祥ちゃんはお姉さんと行くんだっけ?…………」
一応ペアとして行く人を考えて伊織が口に出して言ったかと思うと、急に黙り込んで何かを考える素振りをする。
「急にだんまりしてどうした?」
陽助が心配そうに尋ねると「あー……」と伊織は少し困ったように言葉を濁すも、陽助に隠し事をする必要も無いだろうと判断し一つ頷いて口を開く。
「く、鎖さん、ってさ……仕事、入ってたり……するかな?」
「あー……あの人か。楔の兄さん。祥大は会ったことねえよな」
────俺あんまりあの人好きじゃないんだよな
陽助はそう言いそうになったのをグッと堪えて話の矛先を祥大の方に変える。祥大も「そもそも楔くんにお兄さん居たの知らなかった」などと言う。陽助も正直に言うと祥大に姉がいる事の方が衝撃的だったのは隠せない節はあるが。
「い、今連絡してもいい、かな……」
「……連絡、したいならしてみろよ。な?」
ここで止めてしまっては変な疑問を持たれるだろうと思い、陽助は下手に止めたりするのは止めて一応勧めた。……が、陽助からすればできれば仕事が入れなどと思ってるのは言うまでもない。
「あっ、こんにちは……お仕事中でしたか?…………あ、それなら良かったです、あ、えっと……えーっと……その、月末、のこと、なんですけど…………え!?あっ、はっ、はい、そうです…………。いいんですか?…………ありがとうございます!」
伊織が電話を掛けてみたところ、どうやら相手、鎖は見事に出たようでそのうえ伊織の顔色を伺うに上手くいっている。陽助は複雑そうにしていたが、ここでいきなり止めても伊織からの質問攻めに合う気がして、後はもう伊織に任せることにした。
「どうだった?」
「お仕事お休みだったって!鎖さんの友達とかも居てもいいならって話だった」
「友達……か」
この時、陽助は何となく嫌な予感がしていた。そして悔しいことに、陽助の嫌な予感はよく当たる。変なところ運が良い陽助の事だ。直感的なものほど的をつくものはない。
でも陽助に出来るのは、その予感がうまく外れてくれと願うことだけだった。

6ヶ月前 No.148

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「コイツが漣円戸。永瀬頼、地雷日向。ごめんね男友達連れてきちゃって。女の子の方が良かったかな?」
「いやいや、大丈夫です……。あっ、はじめまして!弟の識と識の友達っていうか先輩の弟っていうか……一樹くんです」
「こ、こんちは……識です」
「あれ、円戸来てたのか」
「あっれれー!?一樹くん既に円戸くん認知済み!?」
最初こそは伊織にべったりくっついて威嚇していた識ではあったが、どういう訳か鎖マジック、識はあっさりと鎖を信じ込んでしまい、そのうえ亜留斗の知人ということもあり円戸の事もすぐに信用してしまったのもあり、いつもの威嚇がなかった。
伊織としてはギスギスした雰囲気になることはなさそうだと判断したので良かったとは思うが、それが本当に良いことなのかは答えかねるというのが現実だ。
「…………?永瀬頼と地雷日向って千里のー……」
「あははははは!!一樹くん何か食べたいのある!?ラムネ!?いいよ行こっか!?」
「お兄さん達が買ってあげるからね!!!!」
「んんんんーーー!!」
一樹が口を開きかけたのをものすごいスピードで頼は一樹の口を手で塞ぎ、日向はものすごい声量で口を開く。そしてそのまま口を塞がれた状態で連れていかれてしまい伊織から見ればなんというか……宇宙人が拉致されたような感じがした。
「こらー!お前ら人様の弟に手ぇ出すんじゃねぇぞー!!」
「分かってるよ!!」
「つか出さねえよ!!」
鎖が言うだけ言って二人、というか3人を見送ると、識は「一樹ー!!」と叫びながら
「伊織姉ちゃんごめん!!ちょっと一樹助けてくる!!」
と言ってその場から立ち去ってしまった。なんというか、友達の居ない識に友達が出来たことを嬉しく思うような、それでも姉離れを少し寂しく思うような複雑な気持ちではあったが、ここで止めてはならないと思い寂しい気持ちになりながらも識を見送った。
どちらかと言えば伊織の心境は今までベッタリだった子供が急速に自分の腕から離れていった母親の気分に近い。
「あらら……。あの二人が何かしないか不安だし俺も識くんの後追っ掛けるよ。鎖さん、後で合流しよう、それじゃアデュー!」
円戸もその場から立ち去る。鎖は余計な気を回しやがってと思いつつも、正直その余計な気が嬉しかったのも素直な心境だったのでここはぶつくさ言わずちゃんと受け取る事にした。
「一樹くん大丈夫かな…………」
「あの子強そうだったから日向くらいならやられると思う」
「一樹くんめちゃくちゃ強いですよ!!冬木先輩って人の弟なんですけどまず冬木先輩がめちゃくちゃ喧嘩強くて!!兄弟喧嘩とか壮絶でした!!漫画とか映画の戦闘シーンみたいなんです!!」
「それは流石に頼でもやられる気がするなー」
「頼さんって強いんですか?」
「無理無理。俺みたいな貧弱絶対勝てない。喧嘩なんてしたら腕の骨全部折れる。だいぶ前にそれなりに腕の立つで有名な中学生ヤンキー潰したつってたし」
「よりさんこわい」
もちろんその中学生ヤンキーは千里の事なのだが、一瞬伊織は自分のことかとヒヤッとした気がするが、思い返してみたところヤンキー時代はそこまで長くはなかった上に正直な話を言ってしまうと、負けたことがない。つまり自分は頼とは会っていなかったという事になるのだが、もしこの状態で頼と伊織……巴が相対した時はおそらく、流石に頼も負けるだろうが。伊織ならともかく。
「あれ、伊織ー!」
「噂をすれば冬木先輩です、アレ」
「背の高い女の子だね」
「よく女の子ってわかりましたね!?」
「伊織ちゃん失礼だなー」
たはは、と笑いながら鎖が言うと、如一は鎖を見ると一瞬すぐに何かを悟ったのか少し嫌そうな顔をしたかのように思えたが如一の後を追いかけてきたかのような京平の登場に如一もすぐに嫌そうな顔をやめた。
「何?友達?友達でかくね?」
「友達……?ていうか……先輩?みたいな?冬木先輩より頼りになりますよ」
「はあ!?」
キレそうな如一の頭をポンポンと京平が撫でて適当にあやすと、「邪魔して悪かったな」と言って如一を引きずってどこかへ行ってしまった。
「し、しらにゅいしぇんぱい…………」
京平のあまりにもの気の利く対応に思わず伊織も数少ない大人の人に出会った気がして感動する。
「なんて言うか……チンピラみたいな彼氏さん?だったね…………」
「それは言っちゃダメです」

6ヶ月前 No.149

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0


「あ、楔……と、千里ちゃん。あれれ、楔体調大丈夫?昨日も散々吐いてたよね?」
「え!?く、楔大丈夫……?」
「え、あ、う、ん…………」
バッタリ。やっぱり会うような気はしていたが、鎖が余計な一言を言うと、流石に伊織は心配そうに楔の腕を掴んで見る。予想外の伊織の反応に鎖は目を見開き、楔は悔しい話だが嬉しいと思っていたのが事実だ。
────伊織ちゃん、そんなに優しくしないで。
そんなに優しくされてしまったら、諦めきれないじゃないか。
「……っと、ごめん、図々しいよね。……体、気を付けてね」
「伊織姉ちゃーん!!一樹見っけたー!!」
「伊織さんごめんなさーい!!頼さんと日向さんフルボッコにしちゃったからしばらく起きないかもー!!」
「はぁ!?ちょ、え、ちょ!?はぁ!?一樹くん何やってんの!?」
千里の視線に気が付いたのか伊織が急いで楔を掴んでいた腕を外すと、タイミングよく伊織を呼ぶ識の声と一樹の物騒な発言に伊織は急いでそちらに向かって走る。
「あらら。やっぱり日向と頼じゃかなわなかったんだ。一樹くん何者だろ」
走っていった伊織の姿を見送りながら呑気にそんなことを言う鎖。
「頼……日向…………?」
千里がぽつりと呟く。頼。永瀬頼。日向は……なんとなく懐かしい響きだったような気がして、懐かしい響きなのにどこか嫌で、そんな言葉だった。
「…………伊織、ちゃん……」
「あは、未練がましい男は嫌われるよ楔。だからあんなに言ったのに。馬鹿だなぁ、楔は」
「っ…………」
「そんじゃーね。千里ちゃんとお幸せに」
そんな事を言いながら手をひらひらと振りながら二人の前から消える鎖。最後の鎖の一言に楔はガチギレしそうになったが、公共の場だったこともありグッと我慢する。そして千里はその逆に鎖の最後の一言に正直嬉しいと思ってしまったのが事実。
「……ぶっ殺すぞ…………」
ボソ、と楔が呟く。もちろんそれが千里の耳に届き、そしてその意味がどういう事なのかとしばし考える。
それがどうか、自分の願っている意味でありますように。

「あらら……派手にやられちゃって……」
「まあさすが如一様の弟君と言うだけはあるよね。頼がこんなボッコボコなの初めて見たよ」
「もー、君ら一樹くんに何しようとしたのバカ」
「何しようって…………ただ伊織さんの邪魔するなって…………」
「あれ、もしかして一樹くん惚れたのかな?……それともあるいはー……」
「ははは、独占欲の強い鎖さんとは違うよね。なんというか、彼の方が大人だよ」
「欲しいものは手に入れたいのは人の性だよ」
「またよく言うよ……」

6ヶ月前 No.150

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0

30話『新学期』

長い夏休みも終わり、新学期に入る。相も変わらず楔と伊織の関係というものはハッキリしないもので、楔の気持ちももやもやとしてスッキリしていなかった。
「あ、橘!なあなあ、お前ってさ縁とー……」
「はーい、うちの橘伊織に御用の男は俺を通してお話してくださーい」
「はぁ!?何でお前なんだよ陽助!」
「俺の幼なじみに無責任な虫がつかないように」
「はぁ……!?」
無責任な虫、と言いながらチラ、と陽助は楔の方を見る。そして楔も自分のことを言われているのだと気付き、思わずグッと唇をかんで俯く。もちろん噂は早い。すぐに伊織と楔が別れたなんて話は広まったし、伊織に焦がれる男子生徒や伊織を隣に侍らせたいなどと思う下世話な連中はやたら馴れ馴れしく伊織に近付くようになったし、妄想の激しい女子生徒たちは迷うこと無く楔から別れを告げたのだと思ってまだ自分にチャンスはあるなどと楔にベタベタとこちらも馴れ馴れしく近付くようになった。
正直楔は伊織に近付いた男の名前と顔をカウントし、一定の数を超えたら住所も既に調べ済みなのでそれなりの社会的に追い詰めることはしてやろうと思っているあたり、少し楔は戻ってしまっている。あの頃に。
むしろそっちの方が楔としても幸せな未来が待ってるような気がしたし、実際に伊織と付き合うことが出来たのは人間らしさがなかったからだと思っている。だから、理不尽にも楔は千里に対して怒っている。
お前のせいで、なんて、理不尽に。
「楔ー、ちょっといいかー?」
教室の扉を開いてやってきた話の本人、千里が楔の瞳に入ると、一瞬で千里に対するお前のせいで、なんて気持ちは薄れた。皮肉な話だ。好きになった訳でもないのに、友人になったことが一番の失敗だなんて後悔するとは思ってもいなかったのだから。
「橘、俺弓道部で宮崎先輩と仲良いんだけどさ、橘って宮崎先輩と仲良いの?」
「えーっと勉くんは……」
「超仲いい熟年夫婦みたいだぜ」
「お前何言ってんの!?」
伊織に媚を売る男子生徒に、媚を売られているとは気付かない伊織は素直に応えようとするも、陽助が目を逸らしながら適当なことを言う。伊織が陽助を見て陽助の胸ぐらを掴むと「はははは!」と笑いながらそれを甘んじて受け入れた。
なんというか、そのせいで伊織も怒る気が削がれてしまった。それに勉くんならと少しでも考えてしまったのも事実だったので、今回は大目に見てやることにした。
「なあなあ、鳥塚先輩と橘ちゃん、仲良かったよな?」
「創くんと伊織新婚みたいで可愛いよなー」
「陽助!!!!」
もちろん陽助の発言なんて誰も信じる訳がなく、伊織も呆れることしか出来なかった。それでも、陽助には感謝している。なにせ久々だったからだ。ちゃんと笑うって事が。

「はー、さんきゅ、地雷」
「は?」
「あの空気居ずらくてさ」
「ほー?」
楔が力なく笑うと、千里はなるべく平常心を保ちながらいつものように対応することを心がける。と言っても、千里が今回呼び出した理由は決めたからだ。
ちゃんと言おうと、決めたから。
「な、なあ、楔」
楔を呼ぶ声が震えた気がする。ちゃんと大きな声を出せているだろうか。いつも通りになっているだろうか。それだけが、心配だ。
「何?」
「お、俺、とさ、付き合わない?」
「…………は?」
言えた。ちゃんと言えた。でもここからだ。
「いや、ほら、俺なら楔のことずーっと信じてられるし、伊織なんかよりも絶対に楔の事大切……ていうか好きでいられる……し、それに、俺の方が楔がちゃんとっていうとおかしいかな……俺の方が、楔が気を遣わないで済むんじゃねえの……かな…………」
「…………」
しばし考える素振りをする楔。正直に言うと、ここは受けたくないところだった。楔として。何せ、誰よりも大切な伊織の事を卑下されているのだから。
「いいよ。付き合おっか」
それでも楔は、受け入れた。
もうどうでもいいかと、諦めてしまったから。

6ヶ月前 No.151

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「伊織、なんだか浮かない顔をしてるな。何か悩みがあるなら聞くけれど……」
「す、勉くん……好き…………」
「はっ!?」
「あ、いや、違う、そういう意味じゃない!!違う!!違う!!紛らわしいことしてごめん!!それに勉くんのことはお兄ちゃん的な意味で好きってことだから!!」
「お兄ちゃん……はは、随分と可愛い妹を持ったんだな、俺は。それにしても……本当にらしくないな……。心配になるよ」
「い、妹……。あ、いや、そうじゃなくて……ちょっとね……。…………ね、ねえ、帰り一緒に帰らない?話、やっぱり聞いてほしい……かも」
「ああ、もちろん」
部活の休憩中、伊織は無意識に弓道部へ向かっていたのだが、それは千里も一緒のようで、千里が楔と話し始めたのを見て伊織は自分に気が付いてくれた勉と話をすることにした。
それでも、勉のなんというか、いたわってくれる優しい言葉は今の伊織を安心させるには充分だったというか、なんだか泣きそうになってしまったのは事実だ。
そのうえ話も聞いてくれるようだし、もちろんと言った時の勉はいつものような優しい笑みでぽんぽん、と控えめに伊織の頭を撫でる。本当に人のやさしさに泣きそうになったが、それを伊織はグッと堪えて「ありがとうございます」と言って笑う。
もちろんその様子を楔は見ていたのだが、もう関係ないと、頑張ってそう思うことにした。
そう思えば思うほど、伊織に焦がれてしまうと分かっているのに。分かっていてもそんな事をするなんて本当は諦めたくないと思っているようなものだ。案外、心の真髄というのは素直だ。
「伊織ー!休憩終わるぞ!」
「あー、ごめんなさい冬木先輩!えっと、それじゃあ帰りに!部活、頑張ってね」
「ありがとう。伊織も頑張って」
伊織を呼びに来たもう随分と袴の似合ってきた如一の言葉に伊織ははっとしてその場から軽く勉に応援を送ると駆け足で如一の方へ向かった。
わざわざ反対校舎の方まで来てくれたことに嬉しさを思いつつも、勉は恐らく縁くんが何かしたんだな、と、大方の事情は察した。それもなかなか複雑そうというのは先ほどの伊織のおかしな様子を……いや、何度か控えめにこちらを見てくる楔を見れば分かることだろう。

「……なるほど、その“友達”が彼氏の事を信じてあげられなくて別れてしまって……その彼氏は“友達の友達”と今付き合っている……と。……とんでも彼氏だな、それも」
「は、はは……」
帰りに喫茶店によりながら冷静にまとめる勉の姿になんというか飲む込みが早すぎるというか逆に頼りになるとすら思ってしまった。伊織は敢えて友達という言い方をしてみたが結局勉にはバレてるんだろうなあとも思う。そして実際に、勉にはわかった訳だし。
「うーん。俺はいお…………じゃなくてその伊織の友達が間違ったことをしたとは思わないよ。そんな事彼氏にされたらきっと女の子は誰だって不安になるよ。だから仕方ない」
「そ、そうなの……?」
「女の子がわがままで寂しがりで疑い深いなんて当たり前だよ。まあでも……伊織の場合は疑うって事とわがままをしなかった訳だけど……」
なんだか勉の言うことが感慨深いもののように感じてしまって、納得すら覚える。そして本当にバレているように敢えて勉が伊織の性格の事を言う。伊織も伊織でもう隠すのも無駄かなと思い始める。
「勉くん、なんかやけに詳しいね…………」
「んー、まあちょっとしたお節介が居てね」
“伊織の様子が変だから話聞いてやってくんねえかな。俺には多分話してくれねえよ、アイツ。ムカつくしあんなんでも俺の可愛い後輩で……そんで、恩人なんだ。頼めるか?”
そんなことを言う誰かのお節介。
「多分、だけど……」
「?」
「その友達の彼氏はきっと、まだ友達が好きなんじゃないかな」
「……え?」
「今他の子と付き合ってるのはきっと、友達が好きだと迷惑を……とか……もしくはもう諦めちゃってる……とかだと思うんだ」
「そう、なのかな……」
────そうだと、いいな。
そんな事を思ってしまう、浅ましい自分が。伊織は嫌いだ。

6ヶ月前 No.152

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「おはよ、楔」
「よー、楔」
「…………は?」
────なんで、どうして
翌日、伊織は楔に挨拶をすると、陽助も手をひらひらと振りながら楔に挨拶をする。なんでまたいきなり、と思うも、楔としてはきっと伊織ちゃんがもう自分に興味が無いんじゃないか、と。そう思ってしまう。
そして逆に伊織は、失礼だと思った。いくら別れたからって挨拶の一つもしないのは違うと。それに、楔はもう、前のような“友達”なのだから。もちろん昨日の勉の話を少し信じていたりもするが、それは伊織の希望論であって聞き間違いをしたんだろうなとも思っている。だからこそ、伊織はなるべく平常通りを装う。“友達”の楔に、当たり前に挨拶をする。それだけだった。
ちなみに、軽く手を繋いで楔と千里は登校していた訳だが、伊織からされた挨拶に思わず楔は千里の手を軽く弾くようにして手を離す。
「い、おりちゃん!」
「……?」
「お、おはよ!」
「……?ふはっ、おはよー。あっ、これ二回目だわ」
「なーなー、伊織ー。俺さー、伊織のきっれーな文字できれーなノートが見たいなぁ。英語だと嬉しいなぁ」
「見せねーよバーカ」
「オレンジジュース3本」
「乗った。おっきいやつね」
「はぁ!?」
「やっぱやめた」
「いやいや喜んで買わせていただきますよそりゃもう!」
楔が心臓の鼓動を早めながらなるべく大きめの声を出して伊織に挨拶をすると、伊織は不思議そうにした後に前みたいに笑ってまた挨拶をした。それだけでも、楔は満たされた気持ちになった。
────まだ、諦めたくない
もちろん、陽助がチラ、と楔の方を見たあとはいつものように伊織と馬鹿をやっていたわけだが。
「あ。やばい忘れてた。地雷ぃい…………じゃなくて千里さ、数学のノート持ってない?宿題やり忘れてた」
「はあ!?自分でやれよ……!……教えてやらんこともない」
「マジ?昼休みん時お願いしまーす!」
「はいはい、しょうがないな」
もちろん先ほど手を弾かれたのは少し寂しかったが、でもなんとなく予想もできていた。逆に千里は伊織が吹っ切れてくれたのだと思えば容易い事だと思った。あとは時間がなんとかしてくれるだろうと、信じていた。
それに、こうして子供のような楔の姿を見せてくれるのは俺だけだと思っていたし、楔に何かをしてやれるのも俺だけだと思っていた。だから千里は案外それだけで幸せだった。
楔の瞳が自分を見てないことも、見ようとしてくれてるだけで……弾かれた手をまた繋ぎ直してくれるだけで千里は嬉しかった。
「おーい、楔ー!」
「うげっ」
「あ、え、なん、え……?」
どこからか大きな楔を呼ぶ声がしたかと思うと、鎖と頼の姿だった。なんでまた……との気持ちは隠せない。
「楔、これ伊織ちゃんに渡しといてくんない?宜しくね」
「…………なんなの、これ」
鎖が楔に手渡したのは、装飾の豪華な箱。恐らく中にはまたアクセサリーもんでも入ってるんだろうなと思ったのだが、ヤケに軽いし少し振ると音がしたので食べ物のような気もしてきた。
なんなのかと楔が不服そうにしながらも尋ねると、鎖は人を小馬鹿にしたような笑を見せて
「え、聞いちゃう?マジで?」
との発言だ。なんかイラッときた。
「ムカつくからやっぱいい。…………んで、永瀬はなんでいんの」
「なんでって鎖に引きずられたんだよ。円戸は仕事だし日向は二日酔いで吐いてるし?後はまあ……俺が個人的に千里ちゃんに用があっただけ」
「…………へぇ?」
楔が千里を庇うように前に出ると、頼は何か面白そうににっこりと目を細めて楔の耳元でポツリと囁く。

「大人しく千里ちゃん渡してくれれば、伊織ちゃんには何もしないから」


6ヶ月前 No.153

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「…………はっ、残念でした、俺はもう伊織ちゃんと付き合ってないから」
自分で言ってて虚しくなる。
それでも、今はこの場にいる今の仮にも彼女を守らなければと思った。だから、苦渋の判断になってしまったが、ひとまずここでかっこつけることは出来た。無論、伊織に何かした場合は即刻コイツ……つまり頼を殺すつもりではあるが。
「あ、嘘、いいの?俺好みなんだよねー。やっぱ皮肉な話だよね、俺昔っから鎖と好きになる女の子似ててさー、まあ毎回こいつに取られんだけど!はは、じゃ、遠慮なく!」
もちろん大嘘だ。ただただ純粋に、守られてる千里がおもしろくなくてそんな事をあっさりと言ってのける頼。頼を引きずって帰ろうとした鎖もなんとなく事情を察して、少し嫌な笑みを見せながら頼の様子を見守る。
ただ、本当に、頼は少し思う。
────本当に橘ちゃんに何かすれば、コイツ、流石に千里は守らないだろ
「鎖ー、伊織ちゃんのクラスって何組?」
「えーっと確か楔と同じだから……2組だったかな」
「そっかそっか。ちょっと暇つぶしに行ってくるわ」
「目立つようなことはすんなよ。あと……程々に、ね?」
「りょーっかい…………てかこわ……」
「はぁ!?おいコラてめぇ待ちやがれ!!」
「やーだよー」
頼がニッコリと笑って鎖に伊織のクラスを尋ねたかと思うと、頼はひらひらと手を振ってその場から走るように駆けて行った。明らかに頭に来た様子の楔が怒鳴ると、小馬鹿にした様子で学校の方へ走って向かっていた頼。
それを見ていた千里は、ようやく気が付く。
────頼くんは、もしかして伊織に…………
でも、嬉しかった。楔が苦渋の判断で自分を守ってくれたのが嬉しかったし、それに、伊織よりも自分を優先してくれたのが嬉しかった。
ああもう本当に、自分が嫌になりそうだ。
「ごめん地雷。ちょっと行ってくる」
「…………あ」
そんな矢先に楔は千里の手を振り払って頼の後を追いかけるように走って向かっていった。そこに残るのは鎖と千里。
「全く……未練がましいやつだな」
鎖が肩をすくめながら千里を見下すように見ると、鎖は小さく微笑む。そして千里も、なんとなくその視線が頼に似ていて、恐怖からか少し足が竦む。
「頼はさ、今ちょっと気が立ってるんだよね。伊織ちゃんの弟のお友達にボコボコにされちゃったからムカついてるみたい。だから仕返ししたいらしいよ。それと……ムカついてるから帰ってきて欲しいみたいだよ。まあ伊織ちゃんに傷一本付けたら殺すけど」
にっこりと微笑む鎖。帰ってきて欲しいみたいだ、それはつまり……
それを考えて千里はゾッとする。避けて通りたい。避けたい。怖い。怖い、怖い怖い怖い怖い。痛い、怖い、思い出しただけで口の中に鉄の味が滲んできたみたいで、瞳からも涙が零れそうになる。
「それとね千里ちゃん」
「は、い…………」
怖くなりつつもなるべく目線を合わせないようにしながらも背丈の高い鎖の方を見る。
「日向は君のお兄さんだから、遠慮なく殴っていいんだよ」
「…………は?」
いきなりすぎる。信じられない。でも、殴っていいとの言葉は……ほんの少し、すっきりしたかもしれない。信じた訳では無いが、今度あのムカつく男を見つけたら出会い頭でぶん殴ろうと、それだけは心に決めた。
たまにはいいことを教えてくれるもんだなと思い、少し安心したように鎖の方を見ると、鎖は冷たい瞳で千里に「あ、そうだ」と何かを付け足すように言う。

「調子乗っちゃ駄目だよ。どうせ楔は君なんか見てないんだから。ちょーっと優しくされたからって嬉しいとか思ってちゃ駄目だよ。俺ね、結構前よりは人間らしくなったんだ。だからさ……伊織ちゃんが辛そうなのとか?無理してるのとか?あるいは楔が君を守るようなことをした時とか?自惚れないでね?……あと一番俺が言いたいのは……喜ばないでね。楔が君のこと好きになってくれるのが本望だけど……多分無理だしね。諦めるって事じゃないけど見守るってスタイルで今後はいくつもりなんだ。伊織ちゃんに迷惑かけたくないし。……だからさ、俺、自分の好きな人の不幸見て喜んでる奴大ッ嫌い」

「…………え」

6ヶ月前 No.154

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「橘ちゃーん!」
「…………?????」
「伊織知り合いか?」
「…………いや、ちょっと……」
学校に向かっている途中、学校の目前まで来たという時、伊織を呼ぶ元気な声に振り向くも、全くというかお祭りの時に見たのが最後だったのもあり正直に言うと、あんまり覚えていないというかなんというか。唯一覚えてるとすれば確か一樹くんがボッコにした人かなー程度だ。
「え、酷い。永瀬頼。と言っても、覚えてない方が自然か!いつも鎖がお世話になってます」
「あ、鎖さんの!えーと!」
「永瀬頼ね、さっきも名前言ったからね」
にっこりと笑っては居るも心境は生意気なクソガキと思ってるのはもう言うまでもないだろう。もちろん単純バカな伊織にはそんな事には気が付いていないのだが。
唯一救いがあるとすれば違和感に気が付いた陽助が少し伊織を庇うように前に出て鋭い目つきで頼の方を睨み付ける。頼も頼で「ありゃ、嫌われてる?」とは口でおちゃらけた風に見せるが、またこれも心境ではなかなかやるクソガキだとは思っている。
なかなかやるクソガキと人の名前を覚えない生意気なクソガキ。逆に鎖がなんで子供に惹かれたのかがイマイチ理解できない。
「っらァ!!」
「!?」
「楔すごーい」
「陽助、コイツまだ何もしてねえだろうな!?」
「は!?え!?」
後ろからスピードに乗って来たかと思えばハイジャンプをして頼の頭に強烈な蹴りを入れたのは楔。少しよろけながらもなんとか地面に着地すると、倒れ込んだ頼の首根っこを掴んで怒りが顔に分かりやすく滲んだ楔が陽助の胸ぐらを掴みながらすごい迫力で陽助に尋ねる。
「コイツまだ、伊織ちゃんに何もしてねえだろうなって聞いてんだよ!!」
「なんでそんなキレてんだかしんねえけど……大丈夫だよ。何もされてねえ」
肩で息をしながら額に青筋と汗を伝わせ怒気が渦巻く雰囲気で陽助に楔が尋ねると、陽助は訝しげにしながらも何も無かったことを伝える。珍しい……というよりは見たことのない楔の様子に少し伊織も気まずい、というよりは怖くなって陽助の後ろに隠れるようにしたかと思えば、楔はどっと力が抜けたかのように首根っこを掴んだ頼を放り投げて伊織をぎゅうっと力強く抱き締める。
「ああ、そっか、良かった…………伊織ちゃんが何もされてないならそれで…………」
「!?え、な、なに…………!?」
「いやお前本当にどうした?」
「いてて……君強いねえ」
「煩わしい黙れ。さっさと地雷のとこ行け」
「あは、ありがと!君ならそうしてくれるって信じてた!」
正直この時の楔の行動が正しかったのかは分からない。いや、もっと言うのであれば正しくなかった。楔のやったことは大間違いだった。何せ元から伊織に興味の一つ示していなかった頼が何かをするなんて事は有り得ないのだから。
唯一あるとすればムカついたから殴る、という事だがそんな事をすればまず弟以前に鎖に抹殺される。尚更伊織に手を出すつもりなんてならなかった。だからこそ、鎖から聞いていた楔の性質に賭けた。最初こそは断られてしまったが、いざ行ってみればあっさりと付いてくる。
なんというか。
「鎖と違ってアホだなあ」
アホでよかった。そんな事を思いつつ鎖の方へ向かう足取りを早くした。

「鎖ー、楔くんに頭蹴られちゃったーうえーん」
「はは、ざまあ……じゃなくてドンマイ」
「うわ鎖酷い。んで……千里ちゃんはー……うん、ありがと。連れて帰るね」
「はいはーい。それと……地雷ちゃん?ちょっといじめすぎちゃった。いい歳した大人がガキいじめちゃダメだよなあ。頼みたいに」
「いじめてねーよ、教育教育」
「頼くんこわーい。…………楔は?」
「え?橘ちゃんとイチャイチャしてたよ?」
「そういう冗談いらない。楔は?」
「こ、こわ……。えーっと……超キレてた。楔くんマジこえー」
「はは、あんなんでもやっぱ弟なんだなぁ」
「怒った時の手の出し方がお前ソックリでびっくりしたよな」
「マジか」

6ヶ月前 No.155

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31話『教育』

「いたっ…………」
「はー……お前のせいで余計な目にあった……」
頼が千里の腕を引っ掴んで家の中に床に雑に叩きつけるように放り込むと、痛みからか千里が軽く顔を歪める。玄関の内鍵を閉めて千里に向き合うと、先程までの作られたキャラとは一転して蔑むような冷たい目で千里のことを見下ろしながら蹴られた頭を擦りながらポキポキと指の骨を鳴らす。
その音を聞いて千里が「ひっ」と小さな悲鳴をあげると頼は迷うことなく千里の長い髪を掴んで立ち上がらせ、そのままみぞおち辺りに膝で蹴りを入れる。
「あー……でも、新しい玩具見つけたし……もしかしたらもうこんな事にならなくても済むかもね?」
新しい玩具、という言葉に少し首をかしげつつも、にっこりと微笑みながら頼の最後に言った“こんな事にならなくても済む”という言葉に思わず一発目から鳩尾にめり込ませられた故に朦朧とした頭でありながらもその言葉の重大さに希望を見出す。
「えーっと……そう、橘。千里のお友達だし、あのムカつくガキ……冬木一樹……だっけか?と楔のお気に入りみたいだし……まあ鎖の好きな人ってのはちょっと問題だけどまあバレなかったら大丈夫でしょ。問題は鎖をどうやって避けるかだけど……まあ、円戸にここは協力してもらえば大丈夫かな。……優しい千里ちゃんならさ、友達が痛めつけられてるなんて、自分が傷つくよりずーっと痛いでしょ?でもなー、やっぱり鎖にバレたら怖いなぁ。いくら俺でも怖いものの一つくらいあるし…………まあ、でもここは千里の意思に任せるよ。ねえ、どうする?」
にっこり。
千里からすれば嬉しい話かもしれない。何せ自分はもうそんな思いしなくて済むんだ。痛いだとか辛いだとか、そんな気持ちから逃げることが出来るのだから。そのうえ……相手は伊織。嫉妬している、あの伊織。千里からすれば、正直に言ってしまえば大賛成の話だ。
それでも。伊織は友達だということは千里の中で気まずくとも変わらない事実であったし、それだけじゃない。もし伊織に何かあったら。
────楔はきっと、俺から離れる。
でも、この際離れてもらった方が楽なのだろうか。楔の自分を見ていない瞳と目を合わせるのは、正直辛い。でもそれでも、一瞬でも楔の隣を歩けているという事実が、千里の心を揺るがせる。
「まあそんな急ぎじゃないしさ、時間は明後日まで!……ちゃーんと考えるんだよ、千里」
また嫌な笑みを含んで、千里を再度床に叩きつけるように突き放すと、頼は鼻歌混じりに玄関の鍵を開けてどこかへ行ってしまった。その口が小さく動いて紡いでいた言葉は……

「橘ちゃん、ねぇ?……あの子、弱そうだなあ。まだ耐久性のある千里の方が面白いかな?……ま、別に弱くてもいっか。ムカつくんだもん」

この時頼は最大の勘違いをしている。最大の勘違いをしているが、むしろこれが千里も伊織も身を守る結果となったかもしれない。
無理もないだろう。何せ伊織は。
橘伊織という『化け物』の名を馳せて居る彼女は。
あの大組織冬木の組を一つ潰している本物のバケモノ、『巴』を心の内に飼って、それを、今でも尚、射水の元育てられているのだから。

6ヶ月前 No.156

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「伊織!飯行こ、飯!」
「陽助奢ってくれるって?やーさしー!」
「奢んねえし!!」
「はあ?飯くらい奢ってやれよ、ケチくさい男だな。あ、橘、なんなら俺が奢ってやろうか?」
「え、えーっと……謹んでご遠慮致します……」
「完全拒否されてんじゃねえか!!」
昼休み。学食の食堂へ向かっている途中、伊織を誘う陽助に陽助と仲の良い男子生徒数人。伊織は正直むさくるしいとも言えるこの状況から抜け出したい気もあったが、折角陽助が誘ってくれたことを無下にするわけにも行かず、ただただ素直にそこは受け取っておくことにした。
「おい橘、飯の前にちょっとこい」
「え!?」
「すぐ終わるから。陽助、橘借りるぞ」
「え!?は、はーい!」
歳也に呼び出しをくらい伊織はわかりやすくムスッとしながらも、とうの歳也は済ましたお顔で伊織の前をスマートに先導して歩く。
伊織も改めて忙しない先生だなあと思いつつも黙ってその後ろをついて歩くと、どうせ職員室に連れていかれるんだろうなとの予想は大ハズレし、古典資料室の方へ連れていかれた。
というか古典資料室なんてあってないようなもので、生徒の中でも都市伝説のような場所になってしまっていたり資料室の中には巨大な動くハニワが飼われているなどとなかなかの噂が大きくなっているのもあり、伊織としてもなかなか新鮮な気分だった。
……なんというか、今の伊織が考えていたことといえば
────ハニワ居ねえし……
「なんですかこんな所に連れ込んで。アレですか?通知表お前ちょっと救いようないけど贔屓してるから10にしてやるからな、皆には秘密だぞって事ですか?ごめんなさい、俺古文は成績良いんです。どっちかって言うと支倉先生からの呼び出しが良いですね、2年生ですけど」
「ちげぇよ」
「あっ、はい」
少し調子の乗ったことをいえば一刀両断。なんというか、生真面目な先生だと思う。歳也は気張りすぎな気もするし、もう少し気を抜いてもいいんじゃないのかと思ったりもする。
まあ大人には気を抜くというのは少しばかり難しい話なのだろう。
「えーっと……あれだ、橘、お前……」
「は、はい」
「大丈夫か?」
「…………はい?」
予想外すぎる。こんな鬼みたいな人が自分のことを気にかけてくるなんて誰が想定していただろうか。あるとすればどこぞの上野美桜くらいだ。
いや、やはりあいつでも流石に相手が歳也なのは予想しなかっただろうか。
「あー、最近思い詰めた様子だったからな。教師として声を掛けた迄だ」
「……はは、ちゃんと教師なんですね、あなたも」
「失礼な奴だな」
「ありがとうございます。……なんていうか。気にかけてくれるだけでだいぶ気が楽です」
「そうか。……無理に話せとは言わないが……まあ、話があるなら時間くらい作ってやる。頼ってくれよ」
「……ありがとう、ございます……」
────そんなに分かりやすかったかな、俺

6ヶ月前 No.157

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「い、おり……」
「んー?どったの千里ちゃんよ」
「……………………ごめん」
「…………はい?」
伊織が歳也からの呼び出しをくらい、らしくもなく歳也との談笑を終えた後、のんびりと陽助たちがいるであろう学食に向かっている途中、頬に傷を拵えた千里がいきなり目を逸らしながら話し掛けてきたかと思うと、深く頭を下げて謝罪してきた。
一体何がごめんなんだろう。そんな事を思いながら千里の方を見ると、千里は気まずそうに顔を上げたかと思えばまた自慢の脚力であっという間に見えなくなるくらいまで遠ざかってしまっていった。
「…………なんだアイツ」
伊織はぽつりとつぶやいた。

「橘ちゃーん!」
「…………?あ、えーっと……頼さん……?」
「いやそこなんで疑問形なの、あってるから」
部活帰り、下校途中声を掛けられ目を数度ぱちくりさせると、自分を呼んだ相手は頼だった。伊織は確信が持てず疑問形になってしまったが、そこに的確かつ冷静なツッコミを入れる頼。無論、頼の腹の中はなかなかえげつないことを考えているのだが、千里の出した答えの速さに驚きつつもあっさりと友人とやらを売った千里には熟楽しませてもらえるものだと頼は口角をあげる。
「ちょっとこっち来て?ねっ?」
「え、あ……」
頼がグイグイと伊織の腕を引いて人気の少ない道を歩くのを戸惑いながらも伊織はついていく。
「あ、あの、頼さん……」
「あ?うるせぇな」
「what?」
伊織が握られている腕の痛みと違和感から頼の名を呼ぶと、今までの人当たりの良さからは一転してまさに悪役といった眼光の鋭い目つきでゾッとするような睨みをきかせる頼に思わず伊織も大嫌いな横文字が出てきてしまうほどには混乱していた。
……あれ?これ本当に頼さん?ていうか頼さんって誰だっけ?どんな人だったけ?分かんないんだけど??え?頼さん本当に何者??
「……ねえ、橘ちゃん、いいこと教えてあげよっか」
「……?は、はぁ……」
伊織が頼の後ろをついて歩いているようになっているので、頼の表情は全く読み取れないが、頼の無駄に楽しげな声音がなんとなく嫌な予感がした。
「君はねぇ、お友達に売られたんだよ」
「…………はぁ?」
売られたって……意味がわからない。そもそも頼と交流のありそうな友人が伊織には正直検討がつかなかったと言うか。裏切られても尚、心の奥底では信じきっている伊織は楔や千里を疑うことは出来なかった。
たとえその片方が答えだとしても、きっと信じることはしなかっただろう。それだけは。
「橘ちゃん、今からすること鎖と……楔くんにはちゃんと黙ってるんだよ?もし言ったりしたら……殺しちゃうかも」
「…………ぶ、物騒っすね」
シャレにならない気迫。なんというか、眼光だけで殺されてしまいそうな気すらしてきた。
「そうだ、先に聞いておきたいんだけどさ橘ちゃん。……君ってさぁ、ちゅーって、まだ?」
「……はい?」
意味が分からない。いや、分からないというか分かるんだけれど答えたくないというかなんというか。
────この男、嫌いかもしれない
伊織の中で感情の変化が生じた。
「まだ……っすけど…………」
「ははーん、そっかそっか。いいこと聞いちゃったー」
「……??」
質問の意図が分からない。まあもちろん、頼はそれをいいこと聞いただけで終わらせる訳が無い。
そういう痴情のもつれというものは、見せつけてさらにもつれさせるのが醍醐味なのだから。

6ヶ月前 No.158

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「いっ……!」
「……っ……」
頼に家に連れ込まれたかと思えば床に放り出され、小さく伊織が呻く。小さく呻いた伊織の姿を見て頼は珍しく顔を少し歪ませて、苦しそうな顔をしながらも伊織に向かって手を差し出す。
「えっと……ごめん、橘ちゃん。ちょっと力入れすぎたみたい。立てる?」
「……は?」
明らかに故意に放り投げられた感覚だった伊織は不思議だった。頼の妙な優しさが、なんとなく胸に引っかかった。
それと共に伊織にも、放り投げられた時、一つの嫌な記憶が過ぎったが、思い出したくない。その一心で、その嫌な記憶は首をぶんぶんと横に振りながら消した。
誰にも言ってない、陽助以外は知らないお話。

「…………あ。お前にいいこと教えてやるよ、千里」
「どうしたんだよ……いいことって?」
「……永瀬ってなーんかずっと聞いたことあるんだよなーって思ってて」
「あっ…………え、と…………よ、頼、くん…………」
「あれさ、永瀬って伊織の前の苗字なんだよな」
「…………は?」
珍しく陽助と千里が2人で居ると、陽助は頼の話題を出す。いくらなんでもそれは酷いだろうと千里が思いつつも黙って聞いていると、陽助から出てきた一言に驚くしかなかった。

「なんですか、頼さん」
「んー?いやぁ、さ……ちょっと気分が変わったって言うか……うん。橘ちゃんは……売られたって聞いても驚いてなかったみたいだけど…………」
頼が伊織をリビングにあげると、伊織が頼に教えた記憶のないオレンジジュースがコップに注がれて出てくることに驚きつつも頂いたものはありがたく頂くというスタイルでオレンジジュースに口を付けながら話を聞く……も
「まずっ!?」
「あははは!引っ掛かった!橘ちゃん面白いなあ」
「ちょ、これ何入ってんすか!?明らかに違うもん入れてますよね!?」
「え?聞いちゃう?」
「逆に怖いですよ!!」
「お酢とちょっとだけ塩入れたよ」
「あんたふざけてんのか!?」
伊織の的確なツッコミに思わず自然と頼も口元を綻ばす。それと同時に、頼の中では一つの罪悪感が芽生える訳だが。でも、それでも頼にとって。
失われた家族の時間を取り戻したかった。
ただ、それだけの気持ちだった。
「ていうか頼さんなんで俺がオレンジジュース好きって知ってるんですか?」
「えっ……あー……」
────言えない、よな。
「何?橘ちゃんコーヒーとかの方が良かった?」
「コーヒーにもお酢と塩入れるんでしょ知ってます」
「ビンゴ!」
ビンゴじゃねえよ……
伊織が少し頭を悩ませつつも、それでもどこか懐かしい感じがした。伊織の記憶に残る嫌な記憶と混ざり合う少し、懐かしい記憶。
「なんというか……頼さんも笑えたんですね」
「……え?」
「いえ、なんでも」
今までのあなたの笑みは、作り物だ。
そう思っていながらも、伊織はそれを口にはしなかった。

6ヶ月前 No.159

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「なんか……思ってたより楽しかったです。出てくる飲み物全部まずいのは衝撃的でしたけど」
「はは、ごめんごめん、橘ちゃん面白くて。良かったらまた来てよ。ちゃんと次は美味しい飲み物出してあげるから」
「……そうですか、それなら行ってあげても良いですよ」
次はまずい食べ物を出されるんだろうな、そんな事を思うと苦笑する。
頼にわざわざ家まで送ってもらうと、伊織は手をひらひらと振って初期の警戒心を解いて頼を見送った。頼も自分が進めば小さくなっていく伊織の姿が少し寂しかったが、小さく笑いながららしくもなく伊織に背を向けながらひらひらと手を振った。
「何やってんの、頼」
「おおっと!?鎖!?」
「あれ、伊織ちゃんだよね?なにかした?」
鎖のいきなりの登場に頼は驚いて尻餅をつきそうになったのをよろけながら堪えて、鎖の応答にどう答えようか悩む。
素直に言うべきか、それとも────
「いやー、……うーん、信じてもらえるかどうかって感じなんだよな……」
「頼が伊織ちゃんに何もしてないなら友人として信用するよ」
「う、うわー。……うん、まあでも……隠す必要も無いか、お前相手に」
どうせすぐバレるんだろうし。
頼が口を開くと、鎖はキョトンとする。無理もない。誰だっていきなりそんなことを言われてしまっては納得も合点も行かない。唯一行きそうなのは伊織くらいなのだが。
鎖が少し頭を「うー」と考えるように悩みこませると、少しばかり頼も申し訳なくなって実は嘘でーすと言って一発殴られた方がマシなような気もしてきた。
これが嘘だと言われたらもはや死を覚悟するしかない。
「信じ難い事はたくさんあるけど……。でも信用するって言葉には責任持つよ、俺も。まあでもこれで納得いった。やたら頼が伊織ちゃんの事話題に出すのも。俺が色々言ってるからかなって最初は思ってたけど……なるほどね。俺には難しい話だけど理解は出来たよ」
「く、鎖…………!!」
小さく笑った鎖に盛大な感謝をしつつも、やはり鎖も人間らしくなったなあと頼は見ていて少しうれしくなる。
少し前までの鎖なら完璧主義で欠点なんて認めない本当に頼に劣らないレベルの暴力男だったにも関わらず、運命というものはなかなか鬼畜な思想をしていて、鎖に人間らしい感情を与える人物を与えた。
────少し前の鎖ならなんて言ってたかな。ふざけた嘘言うなってボコられてたかもな。信用するって言葉に責任を持つ、なんてのが鎖の口から出てくるなんて人生で1回も思ったことねえや。すげぇな、橘ちゃん。
少ししんみりとした気持ちになりつつも鎖が信用してくれたことに安堵しつつも、何故ここに居るのかが不思議で頼は口を開く。
「そういや、鎖はなんでここに?」
「伊織ちゃんにちょっと用があって」
「お前はいつも用があるなぁ。ま、健闘を祈る!そんじゃな、鎖」
「はいはい。…………ありがとね、頼」
「……は?」
「健闘を……もそうだけど。……話してくれてありがと。話しづらいこと」
「いいって事よ!」
お礼を言う鎖。お礼すら口にしなかった昔の鎖と比べて、らしくない鎖の姿。らしくなくてもそれでも、いい方向に変わった事に嬉しいのは変わりなかった。頼も鎖の前では、1人の男で、1人の友人だった。無理もない、何せ頼は本当は……、
心優しいただの好青年なのだから。

頼が半ば逃げるように家に入ると、急いで階段を登って自分の部屋でベッドにダイブする。いつもならその際にスネをぶつけて悶えているのだが、今日に至ってはそんな気持ちにもならなかった。
今頼が痛めているのは、胸と、心。
痛くて痛くて、ズキズキと走る。痛すぎて涙がうっすらと頬を伝ってベッドの敷布団に染みる。
「ごめん…………ごめんっ…………」
泣きそうな声を押し殺しながら、ただただ謝罪の言葉を幾度となく繰り返す頼。
何がごめんなのか、そして頼は何に対して謝罪をしているのか。
ふと頭に過ぎるのは、自分が睨みつけた時の伊織の震えた瞳と、家に連れてきた時に呻いた伊織の目を合わせようとしない震えた伏し目。
それだけで、頼の心を抉るのは充分だった。
「……ごめんっ…………本当に、ごめんっ…………こんな“兄ちゃん”でごめんなっ……

 ────────伊織」

6ヶ月前 No.160

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0

32話『真実』

「伊織、昨日連絡したんだけどめずらしく出ねーしよ、なんかあった?」
「ごめんごめん、昨日頼さんとこ遊びいってた」
「……あー……あの人、な。またか」
「頼さん面白いよ。あと料理がうまい」
「少なくとも如一以外は伊織よりも料理うまいと思うぞ」
「マジか」
あれから数日、伊織はすっかり頼と溶け込んでいて、陽助はそれを心配に思いつつも敢えてそれを表面に出すようなことはせずにぶすくれながら伊織と会話をする。
恐らく、ではあるが陽助には合点が行きつつあった。
地雷の時はアイツは何をしてた?それなのに伊織は……
正直に言おう。陽助はこれだけで既に確信を持っている。伊織とは幼少期からの友人であるからこそ、確信が持てる。
「なあ、伊織」
「ん?」
「あん時…………ほんとに、ごめん、俺、ガキだったからさ、あんな無神経な事言って……俺、今でも後悔してる……」
「……あー?……ああ、あの時の。ううん、陽助には逆に感謝してるよ。陽助のお陰で今こうして居られるんだし」
「……そっか」
陽助が切なげに笑むと、伊織も少し昔のことを思い出す。そして伊織はあの時、確かに陽助に助けられた。

『体育の時いっつもおもうけど、伊織って半袖になるといっぱい怪我してるよな』
『……え?そう、かな……』
『うん。夏でも長袖着てるしさ』
『あー……うん、まあ……。お母さんがお洋服出してくれるから……。え、でも……みんな、こんなもんじゃないの?』
『運動してるやつならあるかもだけど……』
『そうなの……?』
『うーん……』

あの時陽助がそう言っていなければきっと伊織は────。
「伊織さー、前の苗字覚えてる?」
「うーん、それが実はあんまり。伊織って名前もどっちから貰ったのかもあんまり覚えてなくて……多分前の時だったと思うけど」
「兄貴いたのは?」
「なんとなく。でも殆ど覚えてないかなあ。名前が思い出せそうで思い出せないところまでは来てるんだけど……。優しい人だったよ」
「ふーん」
前の苗字と言えば伊織の両親は離婚したと考えるのが妥当だろう。しかし、兄貴いたのは?の質問に関しては離婚だとしたら正直にいうと合わない質問だ。
何せどちらかが全員引き取る方が有り得る話だし、それに実際親権に関しては取った方が全員引き取るようになるのが理屈だ。……つまり、だからこそ伊織には一つだけ言えることがある。
「お前さ、最近頼さんとこ行ってるけど楽しいんか?」
陽助がふと気になった疑問を投げると、伊織は少し考える素振りを見せたかと思えばすぐに口を開く。
「楽しいって言うか……懐かしいって感じがする」
「…………ははーん、なるほど」
これは明らかに────白
「頼さんたまにすごく怖い目をするんだけど、その度に苦しそうな顔するからなんか申し訳なくなる」
「伊織何もしてるわけじゃないのにな」
ははは、と陽助が軽口を叩きながらそんなことを言うも、陽助は全く別のことを考えていた。
────苦しそうな顔をするのは、実の守れなかった妹だからだろ、永瀬

6ヶ月前 No.161

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「あ…………」
「あ、ちょっと待てよ千里!この前のごめんってどういうこと……?」
伊織と千里がばったりと校内で遭遇すると、気まずそうに目を逸らす千里と千里の腕を掴んで逃げようとする千里を捉えて本当に意味がわからなさそうに訪ねてくる伊織に千里は思わずキョトンとする。
────頼くんが、まだなにもしてない…………?
「よ…………頼、くん…………」
「……?あぁ……なるほど……。頼さんが言ってたことってそういう事だったのか……可哀想なんて言われたけど……ありがとうね、千里」
「…………は?」
「頼さんってすっごく面白い人だよね!なんていうか……頼さんは売られた、なんて言い方してたけど俺は売られたなんて思ってないよ。……なんか、頼さんと居るのは楽しい、から……何を気にしてるのかは分かんないし千里が気にしてるのが楔の事だったらごめんね。……でもさ、本当にありがとう、千里」
「………………え?」
────伊織は、何を言ってる?
正直本当に意味がわからなかった。俺は伊織を売ったんだぞ?きっと伊織は俺を恨んでるに違いなくて、それなのになんで……。
しかし、伊織が千里を恨んでいないのは、ありがとうとの言葉と嬉しそうに笑う伊織の姿が何よりもの証拠だった。そしてもっと言うのであれば、千里がまだ楔の彼女で居られるというのが何よりもの事実だった。確かに伊織には傷跡も無かった。
「い、伊織は…………まだ、楔のことが好き?」
その場の空気が気持ち悪くて思わず口を開いて出てきた言葉に千里はハッとして急いで口元を抑える。
千里の唐突な質問に伊織はきょとんとした後に同性でも見とれるような微笑をして一言。
「もちろん、大好き」
「……そっ、か……」
先程よりも気まずい空気になってしまい、千里が困ったように視線を逸らすと、伊織は「あ」と声を漏らす。千里が首を傾げると、伊織は時計を見て「やばい部活遅れる」と言って千里にひらひらと手を振ってその場から去っていった。
「なんで…………なんで、怒んねえんだよ……」
千里がその場に立ち尽くしていると、「千里」と楔の千里を呼ぶ声が聞こえる。楔の方を千里が見ると、楔はいつもの少し不服そうな顔をしながらもこいこいと手を二度折った。
「楔」
「なに?」
「……今日、部活行く?」
「え、何で?」
「頼くんのとこ……行こうと、思って…………一緒に、来て欲しい」
「……なんだよ。そういうのだったらちゃんと行くから」
「ありがとう……」
わしわしと軽く楔が千里の頭を撫でると、千里は頭に与えられた温もりに少し口元を綻ばす。

『もちろん、大好き』

あんな風に綺麗に笑った伊織を、見てしまったのに。

6ヶ月前 No.162

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「あれ?どしたの、二人共」
「よ、頼くん…………伊織のこと、なん、だけど…………」
楔の前で言うのもどうかと思ったが、誰かがそばにいないと怖くて話せそうになかったのもあり、この際嫌われてしまえとの気持ちがあったことも事実、楔の前でわざと伊織の話をした。
もちろん、楔は分かりやすくぴく、と体を動かしたが、それを見て頼は何か面白そうにクスクスと笑う。
「ああ、妹がお世話になってるみたいで」
「…………は?」
「……………………は?」
にっこりと頼が笑うと、千里はもちろん楔も意味が分からないとでも言いたげにキョトンとする。コイツ何言ってんだついに頭やったかと思ったのは楔、楔の前だからわざわざそんな嘘ついてんのかと判断する千里。ひとまず、他人よりも妹などと可愛がっているような言い方をすればそれなりの警戒心が解けるだろうという事で使ったのかと二人は思う。
事実、本当に妹なのだが。
「といっても……橘ちゃんは覚えてないみたいだけど……まあ、覚えてなくていいよ。覚えられてたらちょっと困るのもほんと」
困ったように頼が苦笑する。どう考えてもおとぎ話のようにしか思えないしその場しのぎの嘘のようにしか思えない。事実、千里を見る頼の目がいつもの冷たい瞳なのがそう伝えているのだから。
「ちょ、ちょっと待ってください、伊織ちゃんは……」
楔が口を開いた瞬間、インターホンの音が鳴り、頼は時計を見て「あれ、いつもより早い」と言いながらも分かりやすく上機嫌になって玄関まで向かって行った。
「ね、ねえ、妹って…………」
「いくらなんでも嘘だろ……そもそも伊織ちゃん永瀬じゃないし」
「だ、だよね…………」
千里が確認する様に楔に尋ねると楔は呆れながら「あんなの信じてんの?」とでも言いたげに肩を竦めた。
そして頼が戻ってくると「あ、そういえば今日千里ちゃんと楔くんも来てるんだよ」なんて言いながら来客者に言う。
「あ、ほんとだ」
頼の後ろから出てきたのはまさに部活帰りと言った伊織の姿だった。楔は気まずくなって俯き、千里も「……あ」と言いながら困ったように目を逸らした。
「あ、橘ちゃん今日は何が出てくると思う?」
「そうですね……予告通りお酢そのものとかでしょうか」
「あったりー!」
「本当にやるとは思ってませんでした……」
「飲めるようにお水で割ってあげるから安心してね」
「かろうじて飲めるくらいの水はやめてくださいね」
「バレちった」
「念のため聞きますけど2人には出してませんよね?」
「そもそも出し忘れてた」
「え、いや……ある意味ラッキーなのか…………?」
楽しそうに談笑する頼と伊織を見て信じられないとでも言いたげに千里は目をパチパチとさせ、楔も絶句という状態だ。というか、この驚きの光景に既に妹だとかこうだとか言われていたのはすっかり忘れてしまっていた。
それに、もし忘れていなかったにしても何よりも頼が伊織の事を名前で呼ばずに『橘ちゃん』と呼んでいるのを聞いてみているに限るに、本当に兄妹なのかと疑うのが正しい。
「はい、橘ちゃん」
「いやだから話聞いてました?ほぼお酢じゃないですかこれ」
色が。
「色つき水だよー、今から俺が飲んで見せるから」
「……はぁ」
どうせお酢とか酸っぱいの普段から飲んでるんだろうな、と伊織が思いつつも、コップを手に取って口元に運ぶ頼を見る。
正直本当にお酢を出したのかと気になった千里と楔もまじまじと頼の方を見る。頼は横目でチラリと千里と楔を見たかと思えば、頼は1度喉に流し込む。
「ほら、飲めたよ?」
「…………いやいやいやいや……」
伊織が訝しげに頼を見ると、頼はもう一口コップに口をつけたかと思えば、そのまま伊織の唇に自らの口を押し付ける。
「!?!?!?」
「ちょ、てんめぇっ……!!」
混乱する千里に明らかにキレた楔。伊織の喉にも6割お酢の飲み物が通れば、伊織も呆然として頼を見る。
頼が伊織の耳元で何かを囁いたかと思えばにっこりと微笑んで
「ね、飲めるでしょ?」
「おい永瀬ツラ貸せ」
「楔くんこわーい」
殺気渦巻いた楔が頼の首根っこを引っ掴むと一度外に出たのか玄関に出て行った音がする。
「え、ちょ、いお、え……?」
「聞きたいのは俺の方なんだけど…………」
「だよな……」
混乱している千里に、口をごしごしと拭いながら呆然とする伊織。なんというかその状況は、カオスだった。

『ごめんな、“伊織”』

6ヶ月前 No.163

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



伊織にはよく分からなかった。
たまに怖い瞳をする頼。それでも怖い瞳をすると苦しそうに顔を少し歪める。たまにひどく冷たい瞳をする頼。その時は大体自分の頬を叩いてにっこりと笑みを作る頼。伊織には分からなかった。
やたら謝ってくる頼が。何かを必死で取り繕うとする頼の姿が。何かを必死で取り戻そうと気丈に振る舞う頼の姿が。異様に自分に固執している頼が。伊織には、分からなかった。
頼と楔が戻ってきた時には、楔は伊織の腕を掴んで「帰るぞ」と言ってそのまま玄関の方まで向かっていってしまう。頼は苦笑いしながら頭をかいて、
「やっぱりあいつの弟なんだな」
なんて言いながらどうやって出来たのかが気になる蚯蚓脹れの頬の痛みに少し顔を歪める。
その場に取り残された千里はどうしようかと思ったが、それでも何故か帰るような気分になれなくて頼の家の救急箱を取り出して手当をしてやることにした。
余計なことをするなと殴られそうだったが、この際殴られてもいいと思えるくらい、千里の頭は別のことを考えていた。
────やっぱり、楔は…………
「…………ごめん」
「…………は?」
頼から出てきた一言に思わず幻聴かと聞き直してしまう。頼はと言うと今までに千里が見たことの無いような悔しそうな顔をして、床をただじっと見つめている。
じわりと目からあふれた雫がそのまま垂直に床に落ちたのを見て、千里はますます分からなかった。なんで、泣いてる?なんで謝る?
「本当に…………ごめん…………」
「え、な、なん、で…………」
「違う…………あんなんが俺のしたかった事じゃないっ…………俺はっ…………俺はっ…………!!」
「え、いや、あの…………」
悔しそうに泣きながら床を強く叩く頼の姿に本当に意味が分からなくなってしまった。なんで、いきなり、なんで。
本当に意味が分からない。今更そんなことを言われても、というのが素直な千里の心境だった。今更そんなことを言われても、誰が信用するんだ。そんな風に、思う。
「……橘ちゃんが俺の妹ってのは……本当。…………橘ちゃんは…………俺の親に虐待されてて……それで…………養子縁組に出されて……橘の家に引き取られた。俺は橘ちゃん助けられなくて……本当の兄貴なのに…………親が怖くて、助けてやれなくてっ…………悔しかった……大好きだったから…………橘ちゃんが……伊織が、可愛くて、大好きだったから…………自分が、情けなかった…………千里が来た時も……っ……次は、伊織みたいにならないようにって……兄ちゃんなんだから助けてやろうって…………思ってた、のに……なんでこうなっちゃったのかな…………」
ぽつぽつと話し始める頼の姿と共に会話内容にも驚愕する。伊織が橘の家じゃないこと。陽助の言っていた通り元々は永瀬の家だったということ。伊織は虐待を受けて養子縁組に出された事。守りたかったのに守れなかった頼の事。千里が来た時は大切にしてやろうって思ってくれてたこと。そして、どうしてこんな事になったのかと本気で悔やんでいる頼のこと。
────伊織、お前は……
なんでそんな大事なこと隠してるんだよ。
一通り千里が手当てを終えると、頼は「千里……」と低い声で千里の名前を呼ぶ。さっきの話は全部嘘だとか言われそうで肩を震わせると、頼の次の言葉に目を見開く。
「もう、来ないで」
「え……」
「俺、これ以上酷いやつになりたくない…………」
「よ、頼……くん……」
「頼むから、もう来んな……。頼むからっ…………!!」
泣き叫ぶように言った頼の姿を前にして、千里も初めて知る。
────この男は、こんなにも弱い
それでも、ここに居ることが彼を傷付ける事になるのなら。
千里は「ありがとうございました」とだけ言って頼に背を向けて玄関に向かった。
────ごめんな、伊織。……俺はもう、やめるよ

6ヶ月前 No.164

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「伊織ちゃん大丈夫……!?あいつに他になにかされてない……!?」
楔が伊織を家に連れ込むと、心配そうに伊織の頬に優しく触れる。まるで自分のことのように心配してくれて、泣きそうな瞳になっている楔を見て、ほんの少しだけ嬉しくなってしまう。
────自惚れちゃ、ダメだ。
きっとその場に陽助が居れば陽助だって同じことをしたかもしれないし。そう思うと苦笑が零れる。楔だから優しいんだ。楔は口は悪いけど本当は誰にだって優しい。それを伊織は、知っていた。
「うん……大丈夫」
「よかった…………」
良かったと言いながら強く伊織の頭を撫でながら抱き締める楔。
────大丈夫だよ。頼さんはちゃんと謝ってくれたよ。だから楔は何も気にしなくて大丈夫だよ。
言えばいいのに、言えなかった。何故か頼の名前を出したらダメな気がして、言えなかった。本当はちゃんと誤解も解きたいのだが、ここで名前を言ったら尚更駄目になる気がした。
「楔、ちょっとだけ聞いて」
「……?」
伊織が口を開くと、楔は少し伊織を抱き締める力を弱める。ここで離さないのが楔らしいというかなんというか。
「俺はね、今でも楔が大好きだよ。でも、楔が幸せになってくれた方が俺は嬉しい。俺と幸せになってくれたら一番嬉しかったけど、まあでも……なんとかなるよ、千里なら。それに俺は千里も好きだし、2人の方が良いんじゃないかなって思うよ。仲良しだしね、今でも。だから……言っておきたいなっておもって…………。ありがとう、楔」
「…………え」
伊織が悲しそうに微笑んで、楔の腕を解くと、伊織は立ち上がって「また明日!」といつものように笑って外に出た。
自分で言っておいて涙が溢れて止まらない。外に出た瞬間糸が切れたように望んでもいないのにポロポロと雫が零れるのが憎らしかった。俯きながら帰路に付いていると、「伊織!」と名前を呼ぶ声がする。
「え、あ…………え!?よ、頼さん!?」
いつもと違う名前の呼び方に涙も思わず引っ込んだ。頼の瞳も泣いたかのように腫れていて、頬に出来た痛々しい傷が少し切なかった。頼が「ちょっとだけ時間頂戴」と言って伊織の腕を引くと、伊織は驚きながらも頼について歩く。
家に連れていかれるのかと思っていたら連れていかれた場所は家の近くにある公園だった。そんな長話をするわけじゃないというのはここまでの話で概ね分かった。
「ごめん、伊織」
そう言ったかと思えば頼は土下座をして伊織に謝る。さっきの事だとしたらいくらなんでもしつこ過ぎる。
「え、いや、あの……」
「俺、隠してた事ある。……信じてもらえるとは思ってない……けど、話だけ聞いて」
「……は、はぁ」
隠してた事って一体なんだろう。信じてもらえるとは思ってないっていうことはとんでもない奇想天外な話なのだろうか。例えばアホと鳴く猫が居た、みたいな。それくらいならどこでも居る気もするが。
「伊織はさ……橘になる前永瀬って苗字だったってのは……覚えてる?」
「…………あ」
永瀬。大嫌いで憎いあの家だ。頼の苗字も永瀬で、最初聞いた時はなんだか嫌な感じがしたが、それは気のせいだと思っていた。
「10離れた兄貴が居たのは覚えてる?」
「な、なんとなく…………」
「そいつの名前が頼って名前だったのは……覚えてる?」
「…………え?」
永瀬頼。出てきそうで出てこなかったあの名前は、目の前にいる自分を毎度笑かしにくるちょっと変な男だ。変だけど、真面目で誠実で、変なところ優しい男だ。
「俺が……伊織の兄貴だって言ったら、信じる?」
────信じる
伊織はその言葉しか正直出てこなかった。何せ、頼と居る時のあの懐かしいって感じは本当に懐かしいのだし、頼の必死に何かを取り戻そうと取り繕う気丈な振る舞いだって、納得が行く。
頼が『橘ちゃん』と呼んでいたのは、恐らく……伊織を妹だと認識しないようにしていたからだろう。
「信じますよ。……でも、昔のことは殆ど覚えてないです。頼さんの事なんて呼んでたかも……あんまり。それに、今の俺の家族は橘ですから」
「はは……だよな。……うん、でも……うん、たまにでいいからさ、遊びに来てよ。……次は、ちゃんとお兄ちゃんやらせてよ。……ちゃんと、償うから」
「それなら……今度識も連れて行きます。お兄ちゃんだよっつって」
「そんな事言っていいの?あの子なんかヤバそうだけど」
「ヤバいけど……まあ俺がいれば何とかなるよ……“兄さん”」
「…………!!は、はは…………なんだろ……嬉しいな……」
これにて、一先ずは一件落着、と言えるだろう。
あと残るのは、楔と伊織、そして千里の曲がるに曲がった三角関係のみ。

6ヶ月前 No.165

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0

33話『恋人』

「伊織、なんか機嫌良いじゃん。なんかいい事あった?」
「兄さんとちゃんと話してきた。今度識もつれていくって話しに!」
「それはとんでもない修羅場になりそうだなぁ……。ていうか伊織適応能力高すぎねえ?」
「そうかな?人並みだよ、多分」
翌日、陽助と登校していると陽助は上機嫌な伊織を見て陽助も釣られたかのように楽しそうにする。伊織の話した言葉に驚愕するが、なんというか、適応能力の異様すぎる高さは昔からずっと前からだったと思えば肩を竦めてしまえば納得のいく話だ。
今思えば伊織は陽助と幼少期からの付き合いだが、存在そのものが異質だとはよく言われていたものの、異質さを放っていた所以としては異様すぎる適応能力の高さだろう。あとは……物分りの良さというか。
物分りの良さと適応能力は高いものの恐らくそれ故に頭が悪いと考えればなんとなく納得も行くような行かないような……。その場にすぐ馴染める陽助と適応能力の高い伊織、二人で居るからこそ補えるような気もする。
「と、こ、ろ、で。文化祭、どうするよ」
「あー!そっかそっか。もうそんな季節か。陽助何やりたいの?やっぱ店とか?剣道部は多分部活出店ないでしょ?」
「部活出店は無えよ。まあやるなら食いもんがいいな!」
「言うと思った……」
九月も中頃に入り、十月上旬の桜木高等学校の文化祭の話になっていた。部活も多いのでそれなりに……というよりはかなり繁盛する桜木高等学校の文化祭は地元でもなかなか有名だ。
「え、てことは陽助文化祭実行委員やるの?」
「やる……つもり。だけど……秋良がやるかなあって思って。あいつやんねえなら時間の無駄になりそう」
「誘えば?」
「いや無理だから」
「優しい俺から誘ってやる」
「それなら俺から誘うから」
「おっ、いいぞー!」
ひゅーひゅーと隣で適当な冷やかしをすると、陽助は一度深い深呼吸をした後にスマホを取り出してそのまま電話をかける。なんというか、陽助は煽られるとやる気の出るタイプというのはもう分かった。
「えーっと、あ、あのさ、あ、俺、陽助…………違う違う詐欺じゃない!!」
「ブフォッ」
陽助はどうやらあの天然な秋良に詐欺に間違われたらしい。思わず伊織も吹き出して口と腹を抑えて笑っていると、背中をかなり強くぶっ叩かれる。
「いてぇっ!?」
流石に痛い。軽く涙目になりながら陽助の方を睨みがちに見ると、「お、マジで!?」と言っている辺りどうやら秋良も文化祭実行委員をやるらしい。
……どうしようかな。
陽助が嬉しそうに通話ボタンを切ると、「っしゃあ!!」と言いながら嬉しそうにガッツポーズ。わかり易いやつだ、本当に。
「伊織も文化祭実行委員やろうぜ。クラスで男女一人づつだろ?」
「はぁ?頼み方が違うだろお前」
「…………伊織以外の女子とはまともに話せないので文化祭実行委員一緒にやってください」
「それで良い」
しょうがないからやってやるよ、などと言うと陽助も嬉しそうに笑う。なんというか、陽助は小学生っぽいところがあるというか、まともに女子と話せないところがある。
どうやらかなり緊張してしまうらしい。ウブも良いところだ。
伊織としても楽しいことは好きだというのも事実、なんならこの際クラスと馴染もうという作戦はある。伊織は良くも悪くも非常に浮きやすい。友達がいないのもそれが原因だろうと思っているし、あとは普通に陽助以外とはまともに話さないのも致命的だとしっかり自負している。
からこそ、この機会にと思った。
それに、そうすれば楔に執着する必要もなくなる気もした。
「お、伊織ちゃん。おはよ。今日も陽助と一緒なのか。仲良しだなぁ、相変わらず」
「あ、祥ちゃんだー。おはよ。仲良しっていうかコイツが付いてくるだけだよ」
「は?付いてきてんのお前だろ?」
「話しかけてんのお前だろうが」
「伊織だろ。俺話しかけてねえし」
「は??ちょっ、え??すいませんもっかい言って頂けます?」
「くそ超ぶん殴りてぇ」
「ははは!本当に仲良いなぁ」

6ヶ月前 No.166

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0


「文化祭実行委員やりたい奴ー」
「はいはいはいはい!!」
「陽助がどうしてもって言ってたんではい!!」
「おい伊織てめぇ言うなよぶっ飛ばすぞ」
「全くお前らは騒がしい奴らだな……陽助と橘でいいか?」
歳也が苦笑しながら賛否を取ると、周りも面白そうにくすくす笑ったりしながらも承諾。歳也が達筆で黒板に伊織と陽助の名前を書くと、「二人共前来い」と言って教卓をとんとんと叩いた。
陽助と伊織が顔を見あわせてどっちから行くかみたいな状況になり頑なに立ち上がろうとしない伊織を見て陽助はしぶしぶ立ち上がり、伊織もそれを見て立ち上がって前に行った。
「えーっと、平野陽助です」
「いや自己紹介すんなよ。何やるか決めんだよアホ」
「あっ、はい」
緊張して何故か自己紹介した陽助とそれを冷静に突っ込む伊織。それを見て教室からは笑いが起こる。なんというか、陽助はこういう場を和ませるのがうまいと思う。
伊織には出来ないことだ。
「なんか……やりたいのあるかー?」
「いやだからいきなり過ぎるだろ」
「あっ、はい、すんません。……えっと……何やりたいか考えて?話し合って!……ください」
「…………どうしたお前。あがり症だったっけ?」
「多分それだわ」
「嘘だろおい」
陽助が頑張って進行を試みるもなかなかうまく進まない。見ているがわからすればぐだぐだな司会をされていっそ橘がやれよと思ってる連中が居ながらも陽助に付き合ってやるなかなか優しい生徒の集まりだった。
それに伊織がやってしまっては最悪この場が凍りつく。それでもいいと言うなら伊織もやってやらん事も無いとは思っているが、やる前に自分が精神的に来そうということもありやることは無いだろう。
「橘って結構面白いのな」
「な、今度話しかけてみよっかな」
「縁も最近大人しいしな。いんじゃね?」
「てかすぅくんは地雷と付き合ってんだろ。彼女居るのにいくら橘さん可愛いからって他の女とベタベタすんのは流石にダメだろ。……にしても、いいなー、俺も可愛い彼女欲しい」
「陽助にも居るくらいだしなぁ」
「それは言うなよ……」
無論、下世話な話をする奴も後は絶たないが。
そしてそれを一言一句聞き逃していないのも縁楔という男である。
────疲れる
楔はそう思っていつつも口には出さなかった。……というよりは、口に出すほどの元気がなかったと言ってもいいかもしれない。無理もない、昨日改めてていねいに振られたと言える楔は精神的に来ている。
自分の行動の浅はかさをここまで悔やむ日が来るとは思っていなかった。
────告白、受けるんじゃなかった。
今更、遅い。
それは誰よりも、楔がわかっていた。

6ヶ月前 No.167

@akira0908 ★Tablet=UIgVrM4Ag0



「疲れたー!!」
「いや陽助なにもしてないじゃん」
「…………あれ?」
「とぼけるな」
「じゃなくて……あんな奴見た事あるか?でけぇ」
文化祭期間に入り、部活が無くなり文化祭実行委員は学校に残り話し合い。その帰宅途中、もちろん陽助しか一緒に帰るような人物がいなかったのもあり不服ではあるが陽助と帰宅していると、陽助が目を凝らしながらじっと遠くの方を見る。
伊織も釣られてそちらの方を見ると、背丈の高い青年がうろうろ……というかキョロキョロしている。なんというか、不審者極まりない。しかも伊織の家の近くということもあり二人してドン引きだったのだが、困ってる人かもしれない、と思い、陽助の「やめた方が良い」の言葉を無視してそちらへ向かう。
「あ、あの……」
伊織が遠慮がちに声をかけると、振り返った青年は伊織を見て一瞬目を見開く。
「すっ……」
「す?」

「────好きです!!」

「………………んん?」
「……………………は?」
「ありゃ、ちごうとる、間違えた。ここはどこやかっち聞くんだ。えっとー……えー、あ、ここってどこですか?」
「ちょっと待ってちょっと待って」
青年がふと強烈すぎる告白をしたかと思うと、本当の意味で目が点になる伊織と陽助、その2人を差し置いて「ちごうとる」「どこやかっち」などと特徴的な喋り方をしながら独り言を呟いたかと思えば、少し目線を彷徨わせた後にここはどこかと尋ねる。
唖然としているままの伊織に冷静に突っ込みを入れる陽助。青年は「あー……」と困ったように視線を泳がすも、こくりと頷いたかと思えば、また口を開く。
「す、すぃとぉーよ、そん……初めて見た時、なんてゆうか…………こう、すいとーっち思おった。俺は九州からきんしゃった。共通語はまだちょー苦手たい。あんたの名前ばお伺いしてもよかと?」
「?????陽助この人なんて言ってるの??」
「九州から来て共通語が苦手ってのは分かった。……多分名前聞かれてる」
少し顔を赤くしながら話した青年の言葉に首を傾げる伊織に、熟考する様子の陽助。伊織が陽助に尋ねると、陽助も自信が無さそうに解読を試みる。
「え、九州の方から!?すごい。あ、えと、橘伊織って言います。コイツは平野陽助。幼馴染です。強いて言うなら馬鹿です」
「は!?」
「橘さん!あ、えと、俺、四月一日徹守っていいます。あーっと……えっと……えー……俺、桜才駅探してるん、ですけど……ここってどこやかっち……ちごう、ここってどこ、ですか……?」
「いや俺無視かよ」
「えっと……四月一日、さん。桜才駅はここからだとちょっと遠いですかねぇ。でもどうして九州からこちらまで?」
「大学推薦がこっちで……。あ、水泳の推薦で」
「あ、と、年上だ……すごい……」
「いやだから俺無視かよ」
話を進めていく徹守と名乗った青年と伊織、フル無視をされる陽助。徹守の伊織を見る瞳は少し熱を帯びていて、一言で言うなら一目惚れとか言われる類のものだ。
陽助も徹守の瞳を見て少し嫌な感じがする。
「あ、じゃあ桜才駅まで一緒に行きましょう!おれ……じゃなくて私も家そっちの方なんですよ」
「は!?何言ってんだよ、お前の家はこー」
「ほんとやか!?宜しくお願いしますやね。こん恩はいつかさっち返するけんね!!」
「????」
陽助の否定の言葉を遮られ、徹守が嬉しそうに笑って伊織の手を掴むと、伊織はにっこりと微笑んだまま混乱したかのように首を傾げる。
「あわわわわ、おなごしん子ん手触ったりしちゃいかん!!っさせんでしたぁない、よかよかやか?」
「よ、よかよかやか…………??」
「……女の子の手をいきなり触ったりしてごめんなさい、大丈夫ですか、とかじゃねえの?」
「陽助すごい!!」
「いや伊織の理解能力が異様に低いだけだろ」
「えっ」

6ヶ月前 No.168
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