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耳を塞ぎたい臨界また限界

 ( プロ詩投稿城 )
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ちょび @m1j ★QL78yfwE6T_SsI

120の老人と
95の老人と
70の老人と
45の中年と
20の若者
幸福の限界を
それは大声で挙げてはならない
人の幸福の最終到達地点は、
老、老、老、中、若
老老老中若
老いによって圧殺される世紀にあり
私も老いるという時に、
私を否定することは誰にもできない
120の老人と
95の老人と
70の老人と
45の中年と
20の若者がいて、
どうしようもないことだと怒るだけ

ページ: 1


 
 

秋良☆rPbnM0NuxNG6 ★Android=C9H8ocBo3C

はじめまして。

冒頭から縦に続く謎かけじみた数字の羅列。
ここでぐっと考え込ませてからの、少子高齢化の問題提起が私をより憂鬱にさせました。


>老、老、老、中、若
老老老中若
憂鬱さの中にリズムがあって、コミカルで少し笑ってしまった。

毎年、本腰をいれてくれない行政、手遅れ感すらある。

納税とか、町のお年寄りには親切にする。
そのくらいでしか襷をつなげない私は、やはり怒りに打ちひしがれるのでした。

8ヶ月前 No.1

ちょび @m1j ★QL78yfwE6T_ebo

本来、こーいうのは書いては駄目なことなんです

「老、老、老、中、若」

リズムはあるけど、現実に当て嵌めたら悲惨なものです

そして、はじめまして
そして、くそったれ

8ヶ月前 No.2

二川湯ん太郎 ★XYZwygRrEB_Hhd

最初の五行で吹いてしまいましたが、決して軽蔑の意味ではありません。最初の五行は再びくりかえされます。重要な提示だったと思います、この詩にとって。

7ヶ月前 No.3

秋良☆rPbnM0NuxNG6 ★Android=C9H8ocBo3C

ちょびさん
>現実に当て嵌めたら悲惨なものです

でしょうね。
この詩は小学生とかの層に対して作ったものですか?

7ヶ月前 No.4

秋良☆rPbnM0NuxNG6 ★Android=C9H8ocBo3C

>本来、こーいうのは書いては駄目なことなんです

ダメなんですか?
世の中の人ってもっとシビアなんじゃないかな。この詩の内容を地肌で受け止めてると思う。

どう老いていくのか。
国の定義した幸福に乗っかる人、いまどきいるかな?
変わってきてると思いますよ。若者もお年寄りも。
生きていくパワーが凄いな、私も頑張らなくてはと背中を押されること、結構ありますよ。

絶望しててもしょうがないし、コミカルだったから少し笑ってしまうくらいの余裕が、私には必要なんです。

不快に思われたのなら、申し訳ないのですが。

7ヶ月前 No.5

ちょび @m1j ★QL78yfwE6T_ebo

返事が遅くて申し訳ないですが、書く、公言する、いずれも駄目なことだと考えています。

二川湯ん太郎さん、
最初の五行が全てですしね、残酷にも。

さて、秋良さん、
なぜ書いて、言って、駄目かというとですね、

120の老人と
95の老人と
70の老人と
45の中年と
20の若者

幸福とは宿命です。
幸福を求めるとはつまり、長寿を求めることに他なりません。
生きていなければ幸福の感触は得られないのですから。
幸福が宿命である限り、誰しも望むことは長寿なのです。
その結果、圧殺されるということなのですが、

さて一点、老いとは細胞の破壊ですよ。日々、壊れゆくのが老いの正体です。
不思議に思いませんでした?
人が世代を生きていることを。
壊れる自分を自覚するから、出来ないのです。
自らを知り、それこそシビアである故に、公言出来ないことなのです。

自分がただ生きているせいで、誰かを水風呂の底に浸けて窒息死させている幸福なんて、容認できますか?

ですがさぁ、あなたが何故、これに反感を覚えるのか、よく聞きたいですね。

僕の流儀は対等です。
僕はこれだけ文と詩を書きました。
あなたも同様のことを記してください。

でなければ、呆れます。

7ヶ月前 No.6

ちょび @m1j ★QL78yfwE6T_ebo

アハハハハ!

幸福の本質というのは、アナタ自身のことではないということですよ。

それをも有耶無耶にしてしまう全体を纏めて、「幸福」を議定するのです。

そのうえでの、
ヒト、ホモ・サピエンスの「幸福」の限界について、お考えたことは、「お」ありででしょうか?

アハハハハ!

120の老人と
95の老人と
70の老人と
45の中年と
20の若者

これがヒトの幸福の最期なんですよ。

7ヶ月前 No.7

秋良☆rPbnM0NuxNG6 ★Android=C9H8ocBo3C

こんばんは。
返信、ありがとうございます。

この詩を読んだ時、本当は、イラッとしました。
幸福=長寿
という絶対的な前提に対する反発心でしょうか。必死に生きてるから、水差さんでくれと思いました。
確かに、言っては駄目なことですね。

>自分がただ生きているせいで、誰かを水風呂の底に浸けて窒息死させている幸福なんて、容認できますか?

できませんね。
それでも厚かましく生きていかないことには仕方がないとは思いますが。生まれた以上、誰にも、しのごの言わせたくないし、言いたくもない。各々のやり方で、自分の生命を死ぬまで追究するのが宿命だと思います。
だけどここでもやっぱり、幸福=長寿が前提になりますね。

厚顔無恥な質問で、こんな風に詩を切り開く形にしてしまい、申し訳ない。
あなたの言う対等に応えられてる自信はありませんが、
返信をさせて下さい。



7ヶ月前 No.8

沙織 ★Tablet=4VY6AvIxj2


 幸福=長寿?

 ……私は、そのように思いませんね

 幸福の定義は、死ぬまでにどれだけ罪を犯さずにいられたか だと私は思います

 自らの心を汚さずに生きられたか、その度合いに依ると思いますね

 生きている期間が塵でしかなければ、幸福なぞ心に刻まれませんよ

 死ぬ時に振り返る時が長さに比例するとでも?

 どれだけ長く息をしようが息絶えるのは一瞬で走馬灯などコマ送り

 一瞬の幻で一息で消えていくでしょう

7ヶ月前 No.9

沙織 ★Tablet=4VY6AvIxj2


 ちょびさん

 お久しぶりですが、……久々に頭にきまして、酷い有様ですね

 >『アハハハハ!

幸福の本質というのは、アナタ自身のことではないということですよ。

それをも有耶無耶にしてしまう全体を纏めて、「幸福」を議定するのです』


 ええ。酷い有様です 見なければ良かったと後悔するほどには、

 あなたの酷い有様に失望致しました


 失礼致します

 ※返信は、不要です

7ヶ月前 No.10

秋良☆rPbnM0NuxNG6 ★Android=C9H8ocBo3C

ちょびさん、昨晩は遅くにすみませんでした。

連投だったのが入れ違いになってしまったようで。
すぐに何かしら返すべきだったですけど、抜歯した親不知の痛みに薬が効き始めた時点で、力尽きました。

改めて、返信しますので少し時間を下さい。


沙織さん
口を挟んで、余計なことを言ってしまいそうで怖いのですが、ちょびさんとは初めてのやり取りになりますが、一連のちょびさんからの返信の内容は、ちょびさんのやり方であると認識してます。
こちらも失礼な調子でものを言っているのだから、厳しく返ってくるのは当たり前であったと思っています。


あと、ちょびさん

ただ一番最初の投稿に関しては、あれはあれでふざけてはないですよ。
詩の重さに対してリズムがあるのは、読み手に対する優しさかと、本気で思っていました。違ったんですけどね。すみません。

7ヶ月前 No.11

沙織 ★YZfcU6tvqo_keJ


 秋良 様

 どのような方の言葉もどうせ張りぼてに過ぎないのだから、言葉だけで押し負ける必要性すらそこにありませんよ


 相手方が相手方の厚みで何か言ってきた時は、あなたもあなたの厚みで言い返さなければ それがきっと対等ということであり、誠意を示すということであると思います

 ……それに、死神は人を魅了するために姿を変えると言いますし耳に心地よい言葉があなたを救うという根拠もないのだから、どちらにせよ、自分の厚みも自身の意見も持っている必要があると私は考えますし


 誰彼がどういったなどそこに何も関係ありませんね

 それと私は自身が頭にきて、書き込みをしたため、 秋良 様への言葉を放とうとは思っても居ませんでした

 お話の邪魔をしてしまい申し訳ありません


 ※返信は気になさらないで下さい


 失礼致します

7ヶ月前 No.12

秋良☆rPbnM0NuxNG6 ★Android=C9H8ocBo3C

沙織さん

自己反省するところが多々あって、トーンダウンしただけですよ。
至って真摯ですよ。(^-^)

公の場ですから、自らの発言によって事が運ばれている以上、人を巻き込んでないか気にはします。

一言ちゃんと伝えとかないとまずいと思ったので、返信させて下さいね。

それでは、失礼します。

7ヶ月前 No.13

秋良 ★5Q8vTRCSqJ_yoD

考えたのですが、
木すらよく見えていないのに、森のことなど見えようはずありませんでした。

120の老人と
95の老人と
70の老人と
45の中年と
20の若者

この中を、もみくちゃに今
真っ只中です。

ただただ、グスコーブドリの伝記を読みたくなりました。


失礼します。

7ヶ月前 No.14

ちょび @m1j ★QL78yfwE6T_ebo

うい。

僕が思うのはですね、人は常々なんというか、
人のことは人自身で解決が可能であり、それが自然で、当たり前なのだと、
こう、自己の置いた勝手な定義に錯覚している部分があるんじゃないかと、

特に日本のように社会保障費の大半を高齢者に用い、まだ足りないとする原理というのは、
まさに自分たちで解決可能なのだという、社会、摂理を真面目に信奉するからなのでは。

その精神に対しては頭を垂れます。
でも、しかし、本当にそれで大丈夫なのか。
そのうえで、より機械的に注視した時、単純な事実が露呈するのです。

120の老人と
95の老人と
70の老人と
45の中年と
20の若者

幸福とは、と。

7ヶ月前 No.15

秋良☆rPbnM0NuxNG6 ★Android=C9H8ocBo3C

より、機械的に注視した時、ですね。

根本的に私はちょびさんが見ているような視点というものが、欠落しているように思います。


あらゆる世代とのやり取りのなかで、ふと、
諦めを感じることがあります。もう若い世代は個々の道を切り開かんとしており、その上での他者との共存の在り方を模索しているような印象を受けます。

退職後の再雇用、再就職が、一般化しつつあります。
死ぬまで仕事。
その仕事をどう扱っていくか、健やかな精神と肉体とは、何なのか。幸福とは。
田舎への憧れが以前のブームメントとは違う、何か根本的に変わってきているような気がします。

メディアなんかで、田舎の暮らしや、日本の歴史なんかに注目が集まるのは、各々の在り方を見つめ直さんとする眼差しゆえなのではないのかと思うのです。

私はただ一端を見ているだけなのかもしれませんが、行き違う町の人の眼差しが、地に足つけて行こーぜ!と言わんばかりにとても落ち着いているのです。

そうだな、そうなのだな、と。

7ヶ月前 No.16

ちょび @m1j ★QL78yfwE6T_ebo

人は幸福からは逃れられませんしなぁ。

でも秋良さんの言われることも一つの眼差しなのだと思います。
長々とどうも。

7ヶ月前 No.17

僻猫 @migraine ★Android=mKFsFNjdrY

25歳くらいは
アラサーで、
20代だし、
大学を出たぐらい
まだ若者
若者として何が出来るのかを
10代との境目から
ほんの一線を越えた辺りから
なんかどうでもイイコトを
なんかとりあえずイイコトを
かいたら
痒いところに手が届かないので
掲載した作品だと読みました

まず120からスタートするのは
きいたことがあります
ヒトは120まで生きれるっていう

もし30越えたらおじさんなら
感覚としては30越えたらおじさんと思うので、
アラサーって呼び方を素直に聴くけれど、
出来ることってそんなに無いと思うし
つまり若者として出来る事って僅かなので、

否定することは
若者を否定することは
若者が若い事を否定することは
若いだけの若者を若いだけで否定することは
例えば「そんなにもう若くないのにネェ
ってやっと言って貰えるまで傍観することは
若者の若さを否定する事だとしたら

例えば10代に向けて
むしろ「お前ら古ぼけてんなぁ
とか言ってみたりするアラサーは
あんちえいじんぐだとおもいました。

+

そこで批評すると
『怒るだけ』の25に対して
「怒らないだけ」の上限と下限について
アンチエイジングがもっと上下すると
良いと思いました。

例えば25という定数っぽいものを思い浮かべた
僕みたいな読者に対して、
僕の年齢はまだわからないのだから
例えば35の逝かれる老人や
10代の老人の怒りもすくいとってあげられるような
やさしい作品だったなら
あと一口たべてみたくなるような
人気も出ると考えました。

+

幸福の限界を大声であげてはならないのは
そうやって呈示すると
声をあげない臨界点がまだまだ下がるし
怒れば怒るほど
怒るな怒るなとガキンチョ扱いされるので
みんな老人扱いされてしまうので
例えば15以下が若者だとしたら30で中年とか
目を当てたくなるようなピチピチの老人とか

感想を述べると
幸福は食い潰して行くものだと考えるので
幸福はツイキュウするものではなく
分け与える/分け前をねだるものだと考えるので
食い盛りは増えないで欲しいし
老人には食わないで居て欲しいし
若者には臨界点を操作する特権があると期待するので
10代や中年を追いやるよりは
10代や中年を同胞と呼べるように
今後も耳を塞ぎたいとおもいました。

7ヶ月前 No.18

ちょび @m1j ★QL78yfwE6T_ebo

僻猫さん

なぜこんなこと書いたかって?

ここはその、老人が多いからですよ。
ここだけじゃないでしょうがね。

ネットてのはとっくに老廃していて、最先端でもない
事実を告げれば、誰が何を言うのかってのが、試してみたかっただけでーす

7ヶ月前 No.19

ちょび @m1j ★QL78yfwE6T_ebo

老人ほどよく書き込む
彼らは自己の青春を反復するように闘う
それが正しいのか、正しくないのかは整理しない
ただ怒る。暇を持て余して怒る
「私」を吠えるために青春を繰り返そうとする
イカル。怒る。吠える。怒る。

これが年長者だとは思ってもみなかったが、現実に蓋を開ければコレだった

アハハハハ!

賢人などいない。怒る人、俺、俺と言う人が大勢だ。
健やかなる人もいない。
人は死ぬまで俺を叫ぶ。

そーいう事実を書いただけだ。
お前が何を思うかは別だがな。

7ヶ月前 No.20

僻猫 @migraine ★Android=mKFsFNjdrY

>お前が何を思うかは別だがな。

この一文があったので、
何を思うかを考えてみようと思いました。
話しかけて良ければ、ですが。

前回の私のコメントは意味不明だったかも知れません。
今、読み直して解釈すると
僕はどうやら老老中若老を思い描いているようでした。

けれど僕は既に老人なのかも知れません。
昔、良く「お兄ちゃんなんだからしっかりしなさい」と言われました。
でもそれが通るなら「お爺ちゃんなんだからしっかりしなさい」もアリなはずです。

10代の頃には気付けなかった若さを
25歳くらいに自覚していたように思います。
けれどそれから数年でアラサーです。
怒るな怒るなと言われていた幼い頃は皆、老人でした。
25歳くらいへ向けて若さを自覚して行って、
そこから数年で中年です。

25歳辺りの前後にモラトリアムがあるように思います。
餓鬼寄りからお若者への上りモラトリアムと、
お若者から年寄りへの下りモラトリアムです。
だから老老中若老のイメージです。


私は28ですが、ところで
ちょびさんは「お」幾つなのでしょうか。




2ヶ月前 No.21

ちょび @m1j ★QL78yfwE6T_6ll

先ずあなたの誤解を払拭させて頂きますが、
太陽が一巡するような自然というものでヒトは測れないのではないですか?

年齢による意味を与えるのは個人でしょう
常に意味を持とうというのは個人でしょう
仮に老化に絶対の摂理があるのなら、それは太陽が一巡するようなものでしょう
その摂理に従い、人は物語を作ります
生まれ、老いには、こうあるべきことだと。

でも個人の好む摂理というのは真相ではないですよね。
子供がいて、お爺ちゃんがいて、楽しく過ごす、てのが一つの摂理ですが、
現実は違う。
自分好みの世界が広がっていることが、摂理なんですよ。

ええと、人は年齢を重ねることに意義があるし、正しいことだと言いたいのですよね
それに対しては、さぁ、
現実的には、老化に直面した人間というのは、強欲になるてのが相場と思いますね。
だって自分を支える杖が、金銭や地位になりますし。

つまりあなたは自分の正しさを言う代わりに、異なることを述べているんですよ。
老化を摂理であり、正しいことだと言う一方で、人の強欲について叫んでいる。
気付いてないでしょうけどね。

2ヶ月前 No.22

僻猫 @migraine ★Android=mKFsFNjdrY

>太陽が一巡するような自然というものでヒトは測れないのではないですか?

太陽が昇るように産まれて、
太陽が沈むように老化する、

>老化を摂理であり、正しいことだと言う一方で、人の強欲について叫んでいる。

太陽のようにヒトを測れると言う、
その測り方は正しい、
測り方が正しいから、摂理として正しい、
だから正しい摂理には従うべきである!
と言う一方で人の強欲について叫んでいる!

+

それを叫ぶ事のメリットは何ですか?
僕が叫んでいる!とちょびさんが叫んでいる!
それを叫ぶ事のメリットは何ですか?

+

むしろ現実は、
「個人」「かなしいこと」「自分好みの世界」
そういった類の物事や人物や出来事は
実際には無いかと思います。

今から綺麗事を述べます。
「人は一人ではない」
「最近かなしい事件ばかりで悲しい」
「自分好みの世界が広がっていることが、摂理なんですよ。」

実際には無くても、
言葉は書けば在るけど、
言葉は言えば聞こえるけど、
現実的で嘘臭いです。

+

アハハヒハハ!

この真似してみた片仮名は現実です。
人は一人では無くても、個人扱いされます。
かなしい事件は無いが、事件は悲しい場合もあります。
自分好みの世界は無いが、世界を好めはします。

+

私はヒトを測ろうとした覚えは無いですが、
既に私は測られています。
測られたから、ヒト扱いもされるし、
ヒト扱いされたお蔭で個人扱いもされるし、
個人扱いされたから「あなた」と呼ばれています。

もしちょびさんと面と向かっていて、
私が太っていたらデブ!と呼べるし、
私が醜かったらブス!と呼べます。
それは正しい扱いでは無いでしょうか?
おそらくちょびさんが言う意味での自然です。

そういう意味の限りに於いて、
私は伝わるように言葉をツールとして使いますし、
言霊は信じますが、言葉は信じていません。
言葉には信仰から自由であって欲しいからです。

+

>年齢による意味を与えるのは個人でしょう

もし私がちょびさんの年齢を知って、
意味を与えるとしたら、与えるのは私です。
もしかしたら個人扱いされるかも知れませんし、
既に個人扱いされているかも知れませんが、
それは私には測り知れぬ事です。
私は個人と呼ばれる筋合いを持ちません。

>常に意味を持とうというのは個人でしょう

そうなのかも知れませんが、
私は常に個人らしく在ろうとはしないタチです。
どちらかというと「兄」や「後輩」や「男」として振る舞うようにしています。
そのほうが楽だし、普通だと考えています。

また、「意味」は持てないと思います。
「常に意味を持って欲しい」
「常に意味があって欲しい」
なんて事を個人や人は思うのかもですが、
そんな事を願わなくても意味は、簡単に言えば
読まれればあるし、読まれなければ無いと考えます。

>その摂理に従い、人は物語を作ります
>生まれ、老いには、こうあるべきことだと。

さっきは「個人」と呼んでいたのに
今度は「人」と呼ぶのは、狡いです。
ちなみに私はおそらく「人」ではありますが、
こう生まれるべきだったとか、
こう老いるべきだとかは、
わざわざ摂理に従わせる必要も無いと考えますし、
人並みに受け売りの慣習ていどです。

>だって自分を支える杖が、金銭や地位になりますし。

私は老人を嫌うほうですし、物事の分別はこれでも採り入れているほうだと自負していますが、金銭や地位なんかでは支えきれないと思います。

+

この作品は人の強欲さについてがテーマなのでしょうか。
私はそうでも無いと思っていました。



返信をありがとうございました。

2ヶ月前 No.23

ちょび @m1j ★QL78yfwE6T_6ll

これは僕の実感する事実を書いただけ。

ところで何に怒っているの?
ちょびと僻猫の間について? て、その長々と書かれたものは読めるけど。
文が下るほどに君さ、僕の書いたことを読解していて、
ウンウン頷くが、怒っている。

なんか文句あんの?


この作品は人の強欲さについてがテーマなのでしょうか。
私はそうでも無いと思っていました。


強欲の欠片もねぇだろ。事実だし。
でも強欲はあるね。
水辺に小石を落とすことで波紋が立つ。
波紋を立たせたことで責められることはあるだろうが、
あんたの言うことて全然、次元が違うよな。

なんなん。

2ヶ月前 No.24

僻猫 @migraine ★Android=mKFsFNjdrY

大丈夫だよ。僕は何にも怒ってないよ。夜勤中なのでまた。

むしろちょびさんのほうがいつも恐いじゃん。

返信をありがとう。

2ヶ月前 No.25

僻猫 @migraine ★Android=mKFsFNjdrY

こんにちは。
どうして僕が急に叫んだり怒ったりしている事にされているのか、さっぱりわからないです。

>老化を摂理であり、正しいことだと言う一方で、人の強欲について叫んでいる。気付いてないでしょうけどね。

このように仰ったから、僕に気付けなかったテーマがあるのかと考えました。作品からはちっとも強欲さだとかは思わなかったので。また老化が摂理だとか正しいだとか意味わかんないこと言うので、確認したのです。

>あんたの言うことて全然、次元が違うよな。

話したくなさそうですが、それも違いますか?



2ヶ月前 No.26

ちょび @m1j ★QL78yfwE6T_6ll

この詩とは趣旨の異なる話になってるから答えるの面倒くさい

2ヶ月前 No.27
ページ: 1

 
 
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