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ならばどうしてここにいる?No.7 だけを表示しています。

くら @goburin ★SavZ0HjCRh_keJ

こんにちは。
改めてありがとうございます。

〇1

やはりミレーの落ち穂拾いは偉大ですね。
第一連は特に連想しやすくなっていて、なりすぎていて、
僕は(終盤とのイメージの統一をはかるため)
女性が拾うという文言を抜くことを考えました。
しかし、どう考えても種子を男が拾うのは連想できない。
ここが詩の、ひとつの弱点でもありますが、
連想や全体的な雰囲気で組まれている多くの詩は、
落ち穂拾いなどの強大なイメージに勝てないですね。
時代を考えると、女性が拾わなくてもと思うんですけど。
男が拾う、という言葉が引き起こす映像は違うなぁ。

みたいな第一連です。

〇2

第二連は不親切極まりないですね。
金色の血に対するイメージが交雑している。
まずそれは、獣の血なのか?
それとも、凱旋者がもたらす血なのか?
僕の解釈は、凱旋者が獣を殺したから金色の血だった、です。
獣を殺すということは本作を通じて、イニシエーションになっていて、
それを殺すことは英雄的で、かつ悲劇的です。
それは鋼のように冷えなければできない。
凱旋する者が、獣である自分自身を殺すという読みをすれば、
熱量が流れ出て、それが次第に冷え固まるというイメージができます。
血、そのものは命と呼んでも良いかもしれません。
しかし、本来なら命は種子を芽吹かせるのに、
それが種子を焦がしてしまうというのは、
たぶん、殺された血で、痛みある熱量だからだと思います。
死に向かっていく命というかな。
灰と渦と修羅と腐食は、そんなに上手くいってないですね。
意図はありますが。僕の解釈では、鎮火するのは僕自身なんです。
風雨が種子を濡らして、同じように鎮火させる。
しかしその鎮火に、意味があったのだろうかと。
霜の世界に帰っていくことに、懐疑的であるようです。

〇3

ぬくもりも凍えもなく、豊かなものは何もない空間、
死ぬことも生きることもできない、と見えてきます。
この気持ち悪さは、顔の見えなさにも起因するでしょう。
仰る通りに、表面上だけの生温かな満足があります。
奇妙なのは、誰かが言いだしたのに、その声が欠けていること。
固有名詞がまったく存在していないことなど現実ではありえない。
おそらく小屋にはたくさん同じ境遇の人がいるのですが、
生温かい鍬の、生温かさは分かるというのに、
それを誰かのぬくもりとは感じ取れない。捉え方でしょうか。
同じ小屋のなかでも、もっと楽しく生きてる人はいて、
どちらが良いというものでもないですが、
誰もがそうであるように見えることと、現実は同じではないかも。
冷えるつもりはないが、温まるつもりもない。
冷製リゾットの冷たさなんかで不安になってしまう、語り手。
世界について書いているようで、実はもっと小さい話、
見るべきものが何なのかに悩む話、にしても良いですね。
というのが、僕の解釈のひとつです。
しかしこの第三連、詩としては面白みに欠けますね。
ちょっと長いか、ギミックないから飽きちゃうかな。
さらっと読むには主張が強いし、推敲の余地いっぱいありますね。
「その代わりに冬が立ちのぼり」の件は削ってもいいかもしれません。
なんか幅を狭めてしまいそうですし。



二回も読んでくださってありがとうございます。
僕も自作語りできて楽しいです。




2018/12/15 15:31 No.7

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