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本質は、きっと

 ( プロ詩投稿城 )
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沙織 @saorikuma ★Tablet=f7AKAsWFNJ

本質は、きっと
僕は、深い海の底へ沈む
歩くように
まるで、僕は、みえない階段を下るようにして、降りていく 海の、底のそこへ

そこは、平たく、僕は、はじめて、安堵する ああ、ここに、地面があったのだと 僕の足が着くそこがあったのだと

目を閉じようか

君は、声無く笑えることを僕は、知っているよ

なあ、君へ、海の底から、僕の泡ぶくを届けよう

君へ、届くだろうか

目を、閉じようとしない君は

素直ではないけれども、正直だね

君は、正直者だ

僕は、君の正直さが、とても好きなんだよ

僕は、それを君の純粋さ、美しさ、と見るから

君へ、僕の泡ぶく が、届くだろうか

届くだろうか

ページ: 1


 
 

二川湯ん太郎 @nikawateta ★cnc8MaZhsV_iR4

ああ、本質が深い海の底へ沈む、しかもきっと。「僕の泡ぶく」と言う表現から魚にでもなったかのような感触を持ちました。「声なく笑える」?詩表現としてみると興味深い表現だと思いました。顔の表情とかからでしょうか。「正直者」と言う概念。何とか最果タヒさん?の詩みたいな、あまり読んだ事も無いのですが、You Tubeとかで視聴したりして、小説も書いて居られますよね、そう言うものを偶々立ち読みしたりして記憶に残って居る印象からすると最果タヒさん的な感じも感じられました。「届く」と言う発想、概念、この詩を理解したと言うモチベーションは強いですね。

2ヶ月前 No.1

ちょび ★QL78yfwE6T_ubH

あのな、ちょびです、授業をしてやる

言葉というのは、その語の意味、作法が直接伝わることは無い。
「僕は、深い海の底へ沈む」
と書いたところで、沈まない。

だから感情を上回る手段を講じなければならないんですよ。
読者は馬鹿じゃないんです。
私の書いたとおりに熱狂してくれますか?
私が「うぉぉおおお!」と書いたら、読者は叫んでくれますか?

あなたは人を馬鹿にしてんですよ。
私の感情を書けば他者も共感してくれると、人を馬鹿にしてんですよ。

まぁ見とき、これから「猫ちゃん」を題材にした詩を投稿する。
それは誰も何も言えない。

「僕」
じゃないからだ。

2ヶ月前 No.2

沙織 ★5TBAfOH3Aj_iR4

二川湯ん太郎 様、有難う御座います。お言葉、とても、嬉しく、返信が遅くなってしまい、申し訳御座いません。

そう、ですね。

様々なことをお言葉を拝読しながら、思い返し、考えました。

……結局のところ、それは、わたしが、口にできそうなこと、ことば、は、ほんのわずかなものなのだと、自らが確認する作業であり、過程だったように思います。

わたしの詩作は、この自らの思考の過程により、また、変化したように、思えて、……それが、嬉しいことなのか、……それとも、かなしむべきことなのか、わたしには、判断がつきません。

……それでも、この作品を、魚のように、と、僕の泡ぶくを そして、「届く」というそれ を、想像して下さった方が、いらっしゃった、という事実そのものが、わたしのこころをやわらかくおしあげてくれたように思います。

とても、感謝しております。

誠に、有難う御座いました。

すこしずつ、すこしずつ、精査し、捕捉し、補完し、練り上げ、創り上げていく、過程の中で
きっと、「届く」というそれ は、

きっと、この手の中にはあまるものなのだろうと そう思えてしまう私の中の声があります。

なにかに願いを託さなければ届かないものは、どのような時にも、場合にも、心にも、きっと、それは存在し、それはゆらぎのように、連鎖し、ひろがり、そうして、届いていくのだと思います。

コミュニケーションに置いて、無意識がとても重要であるように

伝える、伝わる、という「届く」という過程の中で

それは、言葉にできるもの、形として、明確にできるものというものは、ほんのわずかなものでしかないのです。


伝えようとすること、伝わっていくもの は、ことばにしようもない、それ を、無意識で感じ取る過程の中で、

ああ、この方はこういう方なのだなと感じ取り、イメージを固めていく過程のなかで、感じ取っていくものなのだと思います。

それは、コミュニケーションに置いて、想像し、無意識の相手の反応をキャッチして、こちらも無意識に、雰囲気を察知して、そういったコミュニケーションの中での無意識の重要性というものがあるように思うのです。


世界は、そういったもののように思えてなりません。


思っている以上に、人は、無意識に、声にならない、声に出来ないものを、吸収し、精査し、理解しようとして、形として相手を想像しようとする、それは、無意識に、感じ取るという想像しようとする、相手を理解したいとする、人の持つ力のようなもののように思えます。

それは、与えたいと思って発信した情報以上のものを、対面する相手方が、常に受け取っている可能性を示し、伝えたいと思っていた情報が、相手方へ上手く伝わっているか解らないというそういうことも起こりえるように思います。

そういった意味で、解り合うという行為は、扱いが難しいもので、だからこそ、愛おしいもののように思えます。

このような作品に、目を通して下さり、お言葉まで、誠に有難う御座いました。

感謝の言葉もうまく言えませんが、それだけお伝えしたく思い、


有難う御座いました。

失礼致します。

1ヶ月前 No.3

沙織 ★5TBAfOH3Aj_iR4


 ちょび様、有難う御座います。お言葉、とても、嬉しく、返信が遅くなってしまい、申し訳御座いません。


 そう、ですね。


 ちょび様が仰られること、それらを、舌の上で転がしてみて、様々なことを思考したように思います。


 言葉、は、扱いが難しいものです、ね。


 感情が上回るものを と、お言葉を頂いて、暫くいくつかのことを思考し、思わず、わたしは、苦い顔をしていました。


 わたしの過去の感情を上回る出来事は、苦い顔になるようなそういった事柄があるということの現れのように思います。


 そう、ですね。

 感情とは、記憶と、密接に結びつくもののように思います。


 わたしは、共感を、共鳴、だ、と、理解しております。

 もしかしたら、この辺りの考え方が、ちょび様とは違うために、いくつかの思考の違いがでているのではないかしらと思えたりもしております。


 詩を書いた、時、詩を書く、時、詩を読み返す時、共鳴する詩作品に目を通そうとする時、共鳴する詩作品に、感想を書こうとする時、


 全てにおいて、わたしの頭や、心や、身体の中で起こっている変化は、「記憶」を刺激されるという状態です。

 それは、「記憶」を伴う「感情」を刺激されている、と、言い換えても良い。


 それが、わたしは、共鳴だと考えておりますが、ちょび様は、その「記憶」を呼び覚ます「感情」を上回るものを生み出す必要があると、仰います。


 そのお言葉をわたしが、思うように読み解こうとするなら、それは、

 「私」でもない「あなた」でもない、別の視点での、


 「物語」を編む、ということなのかしら。


 それは、まるで、創作の原点回帰のようなものなのかしら。と、思えて、嬉しく面白く、拝読致しました。


 自分を書こうとする前、わたしは、わたしではない物語をつくっておりました。

 そう、自己表現の初めは、決して、自らの主張が始まりではないのです。


 別の方は、そうではないのかもしれず、それはわたし個人的な話、状態、創作における成長過程の話に過ぎないのかもしれませんが。

 少なくとも、わたしはそうでした。


 わたしが、初めて物語らしいものをつくったとき、わたしが書いたおはなしは、ひとりぼっちのお魚の話でしたね。


 結構な大冒険をし、周りを助けていくけれども、自らは救われないひとりぼっちのお魚のお話です。鮮やかな絵つきで。

 きっと、エイミーに影響されたのではないかしら。

 不思議な話ですけれど、人は自らを語ろうとするとき、どうしたって、飾ってしまう、飾り立ててしまう。


 きっと、遠回しの表現の方が、実は素直であり、原点回帰なのではないかしらと今のわたしが思えてしまうように、

 それは、素直な表現の形なのだと思います。


 自己表現というものは、実は、自分を表現する前段階の状態がいくつもいくつもあるものなのだろうと。


 ちょび様は、わたしの浅い考えでは辿れない、もっと先に思考を行きつかせてらっしゃるのかもしれませんが、

 お言葉を頂いて、そういったことを考えました。


 御作品を拝読して、そちらのわたしの言葉を置くことは出来ませんが……、そういったことを思いました。


 お言葉を有難う御座います。

 感謝の言葉をお伝えしたく思い、それだけ。


 誠に有難う御座いました。

 失礼致します。

1ヶ月前 No.4
ページ: 1

 
 
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