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アウシュビッツ

 ( プロ詩投稿城 )
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一輪車 ★I1wpISAuQ2_YD6

炭のような 黒い 痩せた木が一本
埃の舞う乾いた運動場に生えている
その運動場をわたしたちは毎朝ひとまわりして
親衛隊の点検を受けるのだった。
収容者たちはお互いを知らなかった。
名前も歳も、どこで生まれて、育ったかも。
ただ、同じユダヤ人であること以外は。

点検のときには親衛隊の監視のもとわたしたちの
仲間がわたしたちの肛門を開らいてクスリや
武器や通信文を隠していないか捜し、
そのあと必ず親衛隊員たちは侮蔑と嘲笑のことばを
吐きかけてわたしたちを足蹴するのだった。
「Und weiter! 」

愛という言葉と死という言葉が壁のいたるところに
書かれていた。まるで爪のひっかき傷のように。
わたしたちはそれを放心して眺めていたが
ついぞ神という言葉がどこにもないことに
気づきすらしなかった。

飢えが高じるとだれもが詩人になった。
詩を書くわけではなかったが絶望のあとには
詩人になるしか方途がなかった。
詩人になったわたしたちがやることはひとつだった。
パンの代わりに絶望を食べそれを希望にかえる言葉を
胸のなかに探すのだった。

鉄条の塀よりも晴れた日の青い空の
どこまでも清いうつくしさが
わたしたちをうちのめした。だれもが瞼を低く落として
じぶんの影をみて歩いた。
じぶんの影を踏もうとしても影はどこまでも逃げていくのだった。

死も拷問も怖くはなかった。
怖いのは親衛隊員たちが仲間や尋ねてきた恋人にみせる笑顔や
涙や人間らしい仕草だった。つまりわたしは、
このまま人間的な感覚を忘れてほんとうに犬になってしまう
のではないかと恐怖するのだった。

アウシュビッツ。忘れない。ここにはだれもいなかった。
加害者も被害者も。悪人も正義の人も。賢い人も無知な人も
愚かな人も聖人も凡人もいなかった。ただ、
人間がいただけだった。

メモ2018/03/31 20:19 : 一輪車★I1wpISAuQ2_YD6

Und weiter! ウントヴァイタ―(次!)

関連リンク: セミ 港景 
ページ: 1


 
 

くら @goburin ★iPhone=xMtA2CYZuX

こんばんは。

僕は、中身には触れることができないとして、できごとをきちんと書くということに焦点が当たっていると感じました。書き手はこの文章を断片化したり、煙や朧や靄の中にしまいこむということができたはずですが、それをされなかったということに注目しました。平易な、文章を小説や一人称のセリフのようにかくことは、読めない詩への適度な距離の取り方であるように思われます。読めるー読めない、のその間で葛藤する様子がみえるようでした。

よく機能していない点としては、独白調がやや唐突であったり、ぶつ切りに感じられる点でしょうか。全体として、物事が想起しては消え、消えては別のものが現れるという、記憶のかけらのような語り方ですが、スライドのように分かりやすい反面、ややダイジェスト的に思われたり、うがった読み方をすれば、フレーバーを撒いているように見えなくもないです。箇条書きのように名詞を配置する手法はあると思いますが、それが整った文章である場合に上手く働くかは吟味の余地があるように思います。



アウシュビッツの詩をそれと分かるように書くこと自体も色々と難しいと思うんですが、何か詩人の実体験と重なったり、書き手と作品の境界が揺らぐようなところが垣間見えれば、さらに読み応えが出てくるように思います。その、溝の料理の仕方だと思います。俺はできません。

おやすみなさい。

3ヶ月前 No.1

ちょび ★QL78yfwE6T_ubH

一輪車さん、

一輪車さんて、アウシュビッツとかに居た人なんですか?
結構な経験を成されていますね。

僕は歴史に疎く、恐縮ですが、そのアウシュビッツに至る経緯とか、
その道程に興味があるといえば無礼なのかもしれませんが、
体験を伝えてくれませんか?

3ヶ月前 No.2

一輪車 ★I1wpISAuQ2_YD6

くらさん、ちょびさん、コメントありがとうございます。

わたしごときが「アウシュビッツ」なんて、おこがましいことですが
どうしても想像上の個人的な「アウシュビッツ」をデッサンしてみたくなりました。

体験したことはないけど、そんな、ありきたりに想像できるようなものじゃない。
おそらく、ぼくら日本人が考えているようなものとは逆のものじゃないか。
つまり、
想像を絶するほどのものだと。かれらはほんとうに自分たちの民族性を疑うまでに
収容所で絶望していたのじゃないか。それがほんとうの怖さじゃないかと。

この詩を書くたためにアウシュビッツに関する資料や本は読んでいません。
読めばとても書けなかったと思います。
すべて個人的な想像であり、新聞やニュースで垣間見た断片的知識以外は
事実関係はまったくわかりません。

お読み下さりありがとうございました。

3ヶ月前 No.3

沙織 ★Tablet=rj55QJkumV

一輪車 様、
>すべて個人的な想像であり、新聞やニュースで垣間見た断片的知識以外は

リアルタイムで……ということ、で、御座いますか?

わたしは、この作品への印象よりも、こちらのお言葉に、大きな衝撃を……、受けました。

ホロコーストやナチス□ドイツでのドイツの国の方々、そして、ホロコーストやナチス□ドイツに関わった国の方々が負った、そして受けた傷跡はアウシュビッツ解放73年、ですか、経った今であっても、大きな傷跡として、人々の心に残されて遺されている、のだと思います。

>アウシュビッツ。忘れない。ここにはだれもいなかった。
>加害者も被害者も。悪人も正義の人も。賢い人も無知な人も
>愚かな人も聖人も凡人もいなかった。ただ、
>人間がいただけだった。

……リアルタイムで、観て、らした、方、が、


こういった、お言葉を、作品内で、開陳される……という、こと、を思い、背筋が冷える、どころか、

わたしの、天地が、引っ繰り返る、ように、思います

弁舌にし難い、……おぞけ、と、うすらさむさ、を、思う、のです、


わたしは、……改めて、人が、人が、……おそろしい、と、思いました


ただ、ただ、……ひたすらに、


……そして、結局は……、


そこに、帰結、します、

わたしも、そんな人、であり、


……わたしは、自らが、醜く、思えます、

失礼、致します。

3ヶ月前 No.4

沙織 ★Tablet=rj55QJkumV

上記、の表示されなかった部分は、真ん中の点の表示、と、なります。

そのようにして、読まれて下さいませ。

申し訳御座いません。

失礼致します。

3ヶ月前 No.5

山嵐 ★Android=rqVzOIr2xQ

文体やレトリックに神は舞い降りるのであって内容は腐るだけだ

3ヶ月前 No.6

一輪車 ★I1wpISAuQ2_YD6

山嵐さん、コメントありがとうございます。

文体やレトリックの呪縛から開放されれば
詩はもっと広く、自由になれるとおもいます。

3ヶ月前 No.7

一輪車 ★I1wpISAuQ2_YD6

沙織さん もうしわけありません。
コメントについて考えているうちにご返事が遅くなってしまいました。
いまだに、どうお答えしていいのかわかりませんが、
この雑文に真剣なコメントを頂いたことを感謝します。

3ヶ月前 No.8
ページ: 1

 
 
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