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ミニ・詩人論 田中宏輔

 ( プロ詩投稿城 )
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一輪車 ★I1wpISAuQ2_D9v

男ばかりの面子でむつかしい話に高じているとき、
ふと、息がつまるような閉塞感にとらわれることがある。

机上に積み上げた観念の山に憂むと出口のない息苦しさに襲われるのだ。
そんなとき、そこに一人でも女性がいてくれれば、
なぜか、そこから爽やかな風が吹いてきて、
硬直した議論がバラバラに解体される
ような爽やかな気分になれる。

男どもの政治や思想についての、(観念の糸取りのような)
掴みどころのない話題になったとたん、
たとえ、
愚かな生物をじっとみつめる猫のような視線になって
まんじりともしないで眺めている女性特有の姿態をとろうとも
女性の視線=存在がそこにあるだけでいい。

しかし。不思議なことに、かといって女性ばかりの話の輪に
加わることも、これまた苦痛なのだ。
べったりと地について具体的な物事の延長から逸脱することが少ない
彼女たちの"換喩"の言葉は水のようにどこまでも地平を侵蝕する。
最初は面白いが、いずれ、その平べったさに飽いてしまう。

男たちの"隠喩”のことばをタテ軸にとるとすればヨコ軸に女たちの
"換喩”のことばを配置する。
そのような織物がわたしには心地よい。

並木道を歩く恋人たちや
高原をゆく若夫婦や 客車に揺られて旅する
老夫妻が満ち足りて笑い合えるのは、互いに隠喩と提喩を
受け取っては手品のように喩をとり換えて投げ返す会話の意外性と変化に
因があるのだろうとわたしはおもう。
だから恋人たちは自由なのだ。

このふたつの性質を自家薬籠のものにしているほうが
ことばは融通無碍でいいとおもう。
つまり詩人のことばは"両性具有"であってほしい。

さらにもうひとつ、
輪のなかの一人は女性であってほしいといったが、もう一人
そのなかに狂人を加えてほしい。
狂人とはわたしにいわせればコントロールされた
精神異常者のことだが、べつに、ただの精神異常者でもかまわない。
そうすればさらに言葉の自由度は高まる。
わたしは、狂気をもたない詩は、詩とは認めない。

両性具有性と狂気を詩人に求めることはそれほどむつかしいことではない。
たいていの詩人はみな多かれ少なかれそれをもっている。(ただ仮性的に
去勢されているだけだ)

こんなことをいっては失礼だが詩人の田中宏輔はこれらすべての
条件をそなえている。それもかなり質がいい。
そこで、わたしは最近この詩人をちょいと気に入っている。

「横木さんの本を読んで、やさしい気持ちになった。」田中宏輔

再読したけど、やっぱりこれ、いいね。

  けさ、学校で、授業中に帽子をかぶっている生徒がいた。
  5、6回、脱ぐように注意したら、
  その子から、「おかま」って言われた

この三行に心がゆれた。
学童期のこどもの無垢(凶暴)な目を通して共同幻想から
「規範」、というものを、
生卵のようにどろっと抽出している。
つまり、これが田中宏輔をたえず脅かすものの正体なわけだ。

  まだ、濡れているのだろうか、ぼくの言葉は。
  さあ、おいでよ。
  降ると雨になる、ぼくの庭に。

「降ると雨になる」言葉というのは、小さな"かたまり"として
"垂直"に落下したあと、
溶け合って"水平"に流れていく雨のような言葉を意味している。
隠喩表現をとり戻すために命がけで闘っている詩人が、苦闘に
くたびれて
雨の庭に佇んでいる姿が浮かび上がる。

8日前 No.0
ページ: 1

 
 

ちょび ★QL78yfwE6T_sgc

あー、なんか色々、急過ぎない?

ちょび、と申します。

男ばかりの面子でむつかしい話に高じているとき、
ふと、息がつまるような閉塞感にとらわれることがある。

この繋ぎは、急だと思う。
iの音で切って、ふと、息がつまるような、
は、続かないと思う。

男ばかりの面子でこむつかしい話に高じ、ふと、息がつまる。
男子というのは、熱中するほど、恥を掻く。

と書いたほうが深刻さが増す。

「男子というのは、熱中するほど、恥を掻く」

良いね。

で、なんの話だっけ?

8日前 No.1
ページ: 1

 
 
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