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深夜業

 ( プロ詩投稿城 )
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二川湯ん太郎 @nikawateta ★cnc8MaZhsV_FXK

深夜業に従事して居たら
深い谷底に落ちて
頭に子犬がかぶさって来る
これはニヒテだ
長かった歴史の終焉か
麻痺を伴った感覚だった
陽光へ行く感覚でもある
彼岸の入りに寒いと感じるのは
正岡子規の母親だけではあるまい
ステファヌマラルメと田村隆一を
比較してもしょうがない
私には江藤新平だけが希望の星だ
長崎屋火災は私の責任ではない
自慰を強いる電波が悪いのだと
「ひまわり5号」も言って居る
石畳の子供たち
異邦人の子供たち
直行直帰に慣れていない私を
癒やしてくれる

ページ: 1

 
 

GROWW ★IH4fnBzURP_cxU

スリップストリーム、ってこういう感じなのかな、と感じました。
いろんな概念が洪水のようにあふれ出しているようで、凡庸な均質さもあるという不思議な詩だと思います

7ヶ月前 No.1

一輪車 ★I1wpISAuQ2_D9v

深夜業という言い方が面白かった。
なるほどと思わせる。
わたしの眠りも深夜業のようなところがあります。
ところどころ、共感するような感覚がありました。

7ヶ月前 No.2

二川湯ん太郎 @nikawateta ★cnc8MaZhsV_7sc

GROWWさんレスを有難う御座います。スリップストリーム、詳しい解説がWikiであり、結構長くて三分の一ほど読みました。モータースポーツで、意味を持つ現象の様でした。そうですね、いろいろな概念が詩らしくまとめられればと思いますが、ステファヌマラルメや、田村隆一は少し荷が重かったのかもしれません。凡庸な均質さですか。江藤新平は歴史上有名な人物ですが、安易な採用は安易な意識を生むのかもしれませんが、私としては詩内容も含めて、詩で採用した、これらの人物の内容的な側面も深められればと思いました。

7ヶ月前 No.3

二川湯ん太郎 @nikawateta ★cnc8MaZhsV_7sc

一輪車さんレスを有難う御座います。ああ、眠りが。確かに、眠りは自分一個の資格では個人的な営みなのかもしれませんが、公的な関心を生むと言う点では、極めて、業的な側面があるのかもしれません。なので高名な学者などが深く研究するのでしょう。詩作的な観点からも興味深い現象なのかもしれません。それと共感する感覚ですか。麻痺や陽光など自分で言うのもなんですが、結構重要視して居る概念でした。異邦人ではないですが、太陽だけで詩を書きたいぐらいな感じですね

7ヶ月前 No.4

ちょび ★QL78yfwE6T_sgc

詩を最高に上手くするスパイスを言えば

「深夜業に従事して居たら」

これが駄目。

読者はこの一文だけで、酷いようですが、
「深夜に働いてるコンビニ店員とかの貧乏人だから、続く文も貧乏人の嘆きだろうな」
と、見下して読み始めるものなんです。

だから言わない。敢えて言わない。言いたい文を削る。

自分が何者であるか言わないことが詩を最高に上達させるスパイスですよ。

自分を明かさないということは、自律そのもの。
自律こそが技術以上に詩を上達させてくれますよ。

7ヶ月前 No.5

二川湯ん太郎 @nikawateta ★cnc8MaZhsV_t5r

ちょびさんレスを有難う御座います。実は深夜業云々はこの詩のかなめなのですよ。


読者はこの一文だけで、酷いようですが、
「深夜に働いてるコンビニ店員とかの貧乏人だから、続く文も貧乏人の嘆きだろうな」
と、見下して読み始めるものなんです。

との事ですが、そういう趣旨ではなかったのです。二ヒテはドイツ語の姪の事だそうですが、

深い谷底に落ちて
頭に子犬がかぶさって来る
これはニヒテだ

これら三行の詩のイメージは深夜業に対する私のイメージでした。詩でしたので、コンビニ店員云々とか一切考えませんでした。見下すと言うのは、どうしても生じる正しい把握をネガティヴに言って居るだけでしょう。つまり、政治的な反発を感じると、「見下す」と言うたぐいの言い方に成るので、たいていは避けて通れない認識である場合が多い。なので私は詩的イメージに逃げました。

続いて起こるステファヌマラルメ、田村隆一を比較することに対するくさ。これは言わずもがなの事かもしれませんが、ある意味希望の星、江藤新平を出すための序詞的な意味を担わせてみました。和歌的な文脈での序詞からいえば、無謀とも思える試みかもしれませんが、何とか異化効果を高めようと努力したのでした。

7ヶ月前 No.6

沙織 ★Tablet=xhvTUuQ3LZ

深夜業、深い谷底、終焉、麻痺、陽光、
俺には、咽から手が出るほどに、引きつけられる魅力的な言葉が散らばっているように見える。
これだけで、1本書けそうなのに、母親、ときたもんだ。思わず、唸った。うらやましくて。

だが、全体をみわたすと、言葉がうまっている。
全体からの印象は、あまく、ぼやけた感じといっていいように思う。
甘い、がポイントだ。テイストがうまく絡んでない印象。

それが、妙なまとわりつくような、まったりと、甘く、からむような、なんともいえない印象を生み出し、
初見では、なんともぼやけた印象にうつるが、なんどかみていると、なんとも奇妙にゆるんでまとわりついてくる。
さいごの終わりといい、肌感が、おさまりが、わるく、読後感が惑うようになり、なんとも、おちつかない。

どうも、きになってしまう、作品に思えた。

6ヶ月前 No.7

二川湯ん太郎 @nikawateta ★cnc8MaZhsV_iR4

沙織さんレスを有難う御座います。母親は正岡子規の母親ですね。彼岸の入りに寒いのはと言う本当にそのまま母親の口をついて出て来た言葉を俳句にしたと正岡子規本人が言って居た様です。

あまく、ぼやけた感じ、テイストがうまく絡んでない、妙なまとわりつくような、初見ではぼやけた印象、奇妙にゆるんでまとわりついてくる、なんとも、おちつかない。

そうですね、読後感が惑うと言うのはセザンヌの絵見たいな多視点的な観点からの言い訳は聞かないような感じ、そんな感覚に陥りました。トータルで見た場合にこの詩に出て来る固有名詞、固有人物のせいかな後も思いましたが。

5ヶ月前 No.8
ページ: 1

 
 
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