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夏が こないだ

 ( プロ詩投稿城 )
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赤青黄 @skeptical ★JtKGaS0VFu_Zzr





窶れた肘を いつもの窓辺に

おいた祖父が 俺と誰かの 指輪落として

棹振る餌に はいの葉っぱ  終業式の

おやすみまえの へやのおくの つめた てのひら




4年前 No.0
関連リンク: ひふみよ。 
ページ: 1


 
 

澤あづさ☆odYS5WitSpQ ★5SuRFstD3X_MfF

●この詩を読んでわたしの脳裏に浮かんだストーリー●

 俺の終業式に故人となった祖父の幻影を、その朝の窓辺に見た。
 窓辺で祖父は、【俺】に向かってしきりに手招きをしていた。やせ細ったその腕は釣竿のように見え、しわだらけの手は枯れた楓の葉のように見え、手招きのしぐさは、なにかにしきりにうなずいているように見えた。
 窓の下に、垂れた釣り糸の錘が打つ波紋まで見えたので、疑いなく幻影だ。
 波紋は、夫婦の結婚指輪のように見えた。夫の大きな指輪のなかに、妻の小さな指輪が収まっているように。

 その日、祖父が故人となったことを、終業式から帰ってきてから知った。
 祖父は遺品を一棹の箪笥に詰め込み、遺書でその形見分けを指示していた。なぜか俺に形見分けされた、祖父とすでに亡き祖母の結婚指輪もそこに入っていた。
 指輪ケースを開けると、祖父の大きな指輪のなかに、祖母の小さな指輪が、波紋の形で収まっていた。

***

だからなんだという気がしないでもありませんが、詩文の印象から上記のようなストーリーが脳裏に浮かびました。
形式から「言いあぐねるような訥弁」という印象を受け、題名と「音数に五音を避けている」ことから「いつ(五)」という疑問を空白に隠しているんじゃないかと思われましたが、わたしの脳内で後者の印象は、詩文の印象と結びつきませんでした。
もちろん、赤青黄さんがこの短文で言わんとしたことなど、わたしにはわかりようがありません。
ただなんとなく重苦しい「死」の匂いを感じ、その印象に引きずられて詩句を自分なりに整理したら、上記のようなストーリーが思いついた次第です。

いかにも背景を読者に丸投げしている感じは、個人的に好感を持てるのですが。
詩文も詩形もリズムも、なにか意味ありげだが考えても明瞭にならず、「意味がわからなくても楽しめる」ほどの魅力はなく、脳内補完しなければ情景すら思い描けない点でストレスがたまり、実に半端な詩だ。と率直に思います。
赤青黄さんのやりたいことがなんなのかがわからないので、どうとも口出しできませんが。もう少し手法を練る必要があるのではないでしょうか。
謎解きを仕込むならもっと仕込む、情景を見せたいならもっと描写する、リズムに注目されたいならもっと極端にする、叙情を見せたいならキャラを立てる、ニュアンスを醸したいなら「指輪」など具体的すぎる材を削る、表現を切り詰めたいならいっそ現代短歌にするなど。精錬の手段はいくらでもあると思いますし、これで満足なさるのはもったいないと思います。

率直に辛辣に述べましたが、赤青黄さんの徹底的に極端な作風には好感を持っています。次作に期待しています。

4年前 No.1

ちょび @m1j ★mFPhtXjH95_cwj

どうも。

やっぱあんた、ちょいとした助言ですくすく伸びる人だな。
こんな書くなら、社交辞令はもう不要だ。

「はいの葉っぱ  終業式の」
でもここの繋ぎ甘いよ。ちょい、のめり込み過ぎでないかな。
終業式、でなく、もっとしなり落ちる何かが良い。指輪で繋ぐ何かが良い。
イメージの優しい連結に目を凝らす。

でも良いよ。
何がって、ギリギリのところで手に手を取って、苦しいながらも手を繋ぎ、
最後まで息を呑み書き切っていると思う。
一見するとぶち切れな語を繋ぐという肺活量がある。

いつもの窓辺に
おいた祖父が

「窓辺」を先頭に立たせて、老いと置い、を重ねて、「おい」と言う。
しかも、「いつも」と急な先手を打つために、自然、「おい」はゆっくりとした動作に印象づける。
緩急交え、シンプルに書く。

僕はあなたに才をほんのり感じていたけど、こうして急遽現出したのがなんか嬉しい。
それこそ才か。

4年前 No.2

赤青黄 @skeptical ★JtKGaS0VFu_Zzr

澤あづささん


レスありがとうございます。


まず、ストーリーに関してですが、詳しく書いて下さり本当にありがとうございます。
他の方からどう作品が見えるのか、まずそこが知りたいので、本当に嬉しいです。

中身に関するレスは極力したくないので(すると作者の解釈の方が正しい云々、違う言葉で変換できるならなんで詩にしたのか云々と、いったことが出てくるし、それはそれで、そのとおりだと僕は思うからです。。。今更断る必要はないかもしれませんが、一応汗)

簡単ではありますが、これにて、一先ずの御礼とさせていただきたいと思います。

*


どう返信するか迷ったのですが、取り敢えず、

>赤青黄さんの(僕が)やりたいこと

っていうのは

一杯あります。ので、ここでは言わないでおこうと思います。というかさっきまで色々書いていたのですが、見事に言い訳にしかならなかったので、閉口しようと思います。

ただ、この短い形で書くことで、色々少しづつですが、見えてきたことがあります、それから、長い作品をかいていたときには貰えなかったレスが沢山あって、それらをどうにかしないと多分後は腐っていくだけなのかな、とは思い始めています。

今まで怖くて短歌、、、には手を出していなかったのですが、思い切って出してみようかな、と、思います。


>実に半端な詩だ。と率直に思います。

なんというか、ここをどうにか抜け出したいです。これは僕の作風っていうよりただの癖に成り果てているので、早く操れるようになりたいです。だから、僕はもっと、色々と徹底しないといけない。

言葉の使い方がまだ甘い、というか「指輪って色々含んでるけどまぁ安易に使ったっていいだろう」と考えた自分がいなかったか、というと、そうではないです。すごく恥ずかしいです。ちょびさんに指摘された「終業式」もそうです。そういう、妥協をなくしていきたいです。「たい」ばっかじゃどうにもなりませんから。次作以降もっと粘っていきたいとおもいます。


色々と未熟ですが、だからこそ、いただいた助言、期待、その他諸々、飛び越えられるようなもん示せるように努力します。



ありがとうございました。

4年前 No.3

赤青黄 @skeptical ★JtKGaS0VFu_Zzr

ちょびさん


レスありがとうございます。



>「はいの葉っぱ  終業式の」
>でもここの繋ぎ甘いよ。ちょい、のめり込み過ぎでないかな。
>終業式、でなく、もっとしなり落ちる何かが良い。指輪で繋ぐ何かが良い。
>イメージの優しい連結に目を凝らす。

ここの部分は澤さんのレスでも触れたのですが、安易だったとおもいます、まだまだ切り詰めが足りてないなぁ、と恥ずかしくなりました。自覚出来るなら事前に出来る筈だと身に刻んでおきます。

ギリギリ、はこの形だから必然的にそうするしかなくて、だからやっている節がある(勿論それだけではないです)ので、上手くいたのかどうなのか、色々探っている段階なのですが、ほんの少しですが、掴めたのかなとおもいます。まだ色々荒いとは思っています。

>いつもの窓辺に
>おいた祖父が

>「窓辺」を先頭に立たせて、老いと置い、を重ねて、「おい」と言う。
>しかも、「いつも」と急な先手を打つために、自然、「おい」はゆっくりとした動作に印象づける。
>緩急交え、シンプルに書く。

ここは自覚して仕込んだ唯一の技術といいますか、そういうものです。というか仕込むので精一杯でした。。。
だから、二行目は正確にいうと「シンプルに書くしか脳がなかった」だとおもいます、複雑なのも両方かける上で、シンプルに最後は持ってきたいなぁとは思っています。というかそうなりたいです。。。

澤さんのレスにも少し書きましたが、僕はこういう技がないので、とにかく今は必死こいて習得したいと思っています。

才能に関しては、、どうなんでしょうか汗
ただ、変に付け上がらないようにはしたいとおもいます。


ありがとうございました。

4年前 No.4

ページ: 1

 
 
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