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読詩研究

 ( 詩人掲示板 )
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Crazy ★Bxf9z21VSd2

こんばんわ。

最近、チャットに参加した際、「プロ詩板のレベル」なんて、
個人どうしでは語り尽くせぬような、
メビ詩人の方々の人口から考えても、
あまりに個人には巨大なことを傲慢にも語ったことがありました。

もっとも、俺はそこから一歩下がっておりましたがorz

まぁ、どうでも良いとして、結論としては、
詩人の力を向上させるに尽力したいけれど、そうなると
読み手側もそれ相応の「読解能力・注意力」を持っていなければなるまい、ということでした。

さてしかし、とかく、書き込まなければ何も始まらないのが掲示板サイトのメリット、
かつデメリットでありまして、読者側の能力が向上しているかどうかなど、
書き込まれなければ測るよすがも無いのです。

と、いうことで、ここにスレを立てさせてもらいましたのは、
少しそういう読解の方法論のようなものを探っていきたいな、と思うのです。

方法論、と言いますと学問的になる嫌いがあり、詩人の皆さんから
「詩は論理で推し量れるほどのものではない」ともご意見あるでしょうが、
しかし、俺がしたいのはもっと単純なことです。
要するに、読み方の上手い人の読解に関する技術(俺は連想されるイメージ像から解釈を加えますが)、
そういうものを真似すれば良いのです。


で、前置きが長くなりましたが、ルールと注意を。

1、自信作があれば、ふるってアドレスをコピペ下さい。
 拙筆ながら、私的な解釈を加えたいと思います。
(考え込むので、週に2〜3作くらいを予定しています)

2、俺は主に、イメージの連想によって、作品が手がけられた際の、
 筆者の精神状況みたいなものを分析しますが、
 この方法に異を唱える方、あるいは方法論の模索をしてみたいという方は読者側に参加下さい。
 ともかく読みましょう。

3、言葉自体の誤りや、文法についての指摘はあまり無いと思います。
 ただし、主張性に乏しい場合はそのように書きます。
 

で、こういう風に書くと何様か、なんて思われちゃいますけれど、
ともかく詩を読みたいし、読解の手腕を磨きたい、それだけです。


では、参加の程、お待ちしておりますm(_ _)m

2007/03/01 01:38 No.0
ページ: 1


 
 

蒼釜 ★TY626poGpxU

メビに投稿はしたのですが、春待祭の板への直接投稿という形とってしまったもので、アドレスを貼っても分かりにくいと思いますので、ここに貼る事をお許し下さい。


誰にも知られないように
飲み込んで
自分もわからなくなった

ここはいいとこ
花筏
漂い
母の包丁の音で目が覚め
父のくしゃみで寝返りを打ち
黒い鳥の鳴き声で布団をかぶる

ここはいいとこ
草熱れ
香り
昼寝をする
甘い
本の香り
渋い
畳の香り

何万光年 走っても
現実では
もう
傲慢な太陽が山を押し潰す
ここでは
すぐ
鋭利な月がビルに突き刺さる

ここはいいとこ
虫時雨
沁み入り
布団に入る
サーフィンをする
当てもなく
ただ
ひたすらに
月を求める

ここはいいとこ
氷面鏡
映り
目覚めが悪い
母親から メール
パソコン
消し忘れた

手を伸ばし
吐いた










*********************************************

気が向いたら読解してやってください。
宜しく、お願いします。





2007/03/01 14:20 No.1

Crazy ★Bxf9z21VSd2

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2007/03/01 15:48 No.2

Crazy ★Bxf9z21VSd2

さて、続き。四連からですね。

ここは対称の中線、中点的な部分なので、慎重に行かなければなりますまい。

人間の心というのはどれほど広いのか、あるいは狭いのか、ということですね。
怒りっぽいのを「心が狭い」とは言うものの、実際、現実逃避に果てはありません。
「何万光年 走っても」、宇宙を想像するものの、実に、
これに比して果てが無いのは人の心ではないでしょうか。

「山を押し潰す」というのは、太陽が昇って山の影が消える、ということかなぁ……
物理的に言って、影が消え去るのは、真上に太陽のいる正午のこと。
「突き刺さる」というのはビルの陰に月がちょうど来ている時のことでしょう。
太い杭に突き刺さったゴムボールのように見える。

ただ、これも単純に「現実逃避したところで時間は経過しつづける」というよりも、
現実逃避しているけれども、逃避する以上に強大な「時間」に潰され、杭で突かれている、という
辛い目にあっている、というほうが適当なような気がします。

ところで、古来より「太陽」は父性の、「月」は母性の象徴でしたが、
ここでも何だか否定的になっています。


五連。

突然、「サーフィン」と出てきて、違和感を覚えます。
この違和感と言うのはシュルレアリスムの手法なんですよね。
関係の無いものを突然、強引な力で持ってきて、読み手の想像力を爆発させる、みたいな。
と言って、手法を使っているだけで、全体がシュルレアリスムだ、と言うのは間違いですけれど。

六連から、ネットサーフィンを指しているのだと思うのですが……
ともかく、先に言った通り、この語の持つ、何でしょうね…夏独特の清涼感だったり、
あるいは連想される波の勢いだったり、あるいは上の違和感だったり、
それによってそれまでのゆったりした雰囲気を破壊――
と言っても、作者の思惑であろうと思われる――しています。

さて、「月を求め」ています。
時間の経過を求めている、となるでしょう。
もっとも、俺は先程言ったとおり、「月と母性」の結びつきは誰でも割と強固だと思ってますから、
ここで、一転、鋭利なイメージの母から離れられない葛藤みたいなものを感じるのです。


六連です。

冷たい「氷面鏡」は何を映しているのでしょう。
まさしく、寝耳に水と言うヤツで、この冷たさに一気に目が覚めます。
鏡というのは元来、何がしかの魔力を秘めたものとして扱われています。
発掘される銅鏡にしろ、天皇家に伝わる三種の神器の鏡にしろ。
続いての「目覚めが悪い」は何か、そういう不気味さを引き摺っているようにも感じます。
……と言うのも、もしかして最近、江戸川乱歩の「鏡地獄」を読んだせいかもしれませんが。

あるいは、この鏡というのはパソコンのモニターを指しているのかもしれません。

で、「母親から メール」が届いている。
先に書いた、「快楽の妨害者」的色彩です。
もっとも、ここは「パソコン/消し忘れた」となっていますから、
むしろ自分自身が現実逃避の夢想を幕引きしているような感じを受けます。

最終連で「吐い」て、これらが一呼吸の間に見た夢のような印象を与えて、終わる、……と。
あるいは、目覚めが悪くって、溜息を吐いたとも取れますけれど(^^;)


で、この通り読んでみて、作品から受けた個人的感想を二、三述べて終わります。

「手を伸ばし」の部分で怖くなってしまいました。
と、言うのは、実にパソコンを終了させていますが、
つまり快楽を妨害したものに手を伸ばしている、ということで、
先からの否定的な感じから、母親を手にかけるイメージが浮かんだのです。

四連が効果的ですね。
ここの無限に広がる宇宙のイメージが欠けていたら、
全体がゆったりしているだけのものになっていたでしょう。
ゆったり、と広大さは密接のような気がするのです。
例を挙げれば、広い露天風呂にゆっくり浸かる、広いベッドでぐっすり眠る……なんてね。


これにて、とりあえず終わりたいと思いますm(_ _)m
ありがとうございました。

2007/03/02 17:07 No.3

Crazy ★Bxf9z21VSd2

そうでした、俺の上にもある「妄想の結果」の使い方を。

詩は、短いが故に「それでどうした……」となりがちで、
とかく主張性――主張となっていなくとも、考えさせてしまう何か、
そういうものが在って然りと思うのです。
いや、当然っちゃ当然なんですけれど。

で、俺はこのように受け取った、ということをダラダラと書きます。
何故、ダラダラと書くかと言えば、読み込める限りの色々の可能性を吟味しているのであって、
それでも自分の言いたかったことと食い違うようであれば、
それは書き方を工夫していただきたいのです。

食い違わなかったとしても、重点を別に感じる場合もありますから……
○・× と書いて、○と言いたかったのに読者は×に重点を感じた、とか……こういう場合も
同様に、工夫なさってください。

つまり、時に詩は訴えかけるものでなければなりませんが、
力技で叫ぶばかりでもいけないと思うのです。

犯罪者を引き合いに出して申し訳ないけれど、
ヒトラーが叫んでばかりだったなら、ああまで巧妙に
ドイツ国民を国家犯罪に巻き込むことはなかったでしょう。

ただし、技巧にこだわってしまうと、今度は主張性に欠けてくる……難しい!!orz

とかく、言いたいことは一作品につき一つが好ましいでしょう。
決まったら、同じように考えざるを得ないよう、じりじりと追い詰めるべく、
四方八方に罠を巡らせるつもりで、是非に書くことを楽しんで欲しいのです。

2007/03/02 17:21 No.4

リスタル ★n2WHZSz50x2

こんにちは!
自分ではさっぱり分からなかったので
もしよかったら読解して下さい〜っ

http://aurasoul.vis.ne.jp/_saikoujou_saikoujou/561.html

これらの詩に出てくる
「人魚」って「何」なんでしょうか…分からないのです。

2007/03/03 21:42 No.5

蒼釜 ★TY626poGpxU

>>Crazyさん

まずはお礼を言わせてください。

有難う御座いました。

え〜、本題に入ります。
『虫時雨/沁み入り』は虫達の声が心にどんどん染みをつくっていく感覚ですので、自分としては表向き、聴覚に訴えかけたのですが。もちろんメタファーですが、未完成なメタファーとなってしまいました。とても参考になります。

後は、月。
月は実はこの詩でとても大きな意味を持っているんです。闇に力を与え、闇で一番力を発揮し、一番輝く。しかし、この詩の場合は主人公が健全(大臣の発言を思い出しますね)な状態ではない為に月が欠けているのです。三日月のように。それが鋭利な刃物となってビル=社会に突き刺さるといった構造です。しかし、Crazyさんの解釈(ビルに月が刺さる)も、言われてから、ありだな、と思いました。そうすると話は過去になりますが。昔、社会に貫かれた、と。

自分の解釈をさらけ出すのはこれくらいで勘弁してください。

今回は大変勉強になりました。
有難う御座いました。

2007/03/03 22:46 No.6

Crazy ★Bxf9z21VSd2

>リスタルさん

こんばんわm(_ _)m

まだ投稿が途中なのでしょうか??
それで、まだまだ斜め読みの状態なのですが、少し、
その結果の報告だけでも……キチンとしたものはリスタルさんのスレに載せたいと思います。
これは、筆者が男性か女性かで変わるのですけれど、すみません。性別をお聞きしたいのですm(_ _)m
いや、ホントに申し訳ないのですけれど、俺ってホントに、しょっちゅう間違って、
お聞きするより失礼なことをしちゃったりするんですよ(^^;)

えー、コホン……改めまして、
印象として、人魚の比喩は「童心」だと思います。
あるいは、男性ならばアニマ像・母親像、女性ならば自分が理想とする「女らしさ」だろうと。
童心は、とかく現実に揉まれますから、それを捨てるか持ち続けるかで葛藤しているように見えるのです。
どうして、人魚として現れたかと言えば……世間に広く出回っているおとぎ話の割に、
あれってハッピーエンドじゃないですよね。
俺もしばらくショックで眠れなかった気が……(ぇ
ともかく、「哀しいのに美しい」なんて衝撃が、美しかった幼い頃全体を代弁して、
比喩として現れているのだと思います。

おっと……これぐらいにしないと……orz


>蒼釜さん

なるほど……「闇」の要素を考慮していなかったorz
苦悩する人には全て等しく闇が見える、故に、これを考慮しないは浅はかなり、かぁ……
精進いたします!!

と、なると……おっと、これ以上は止めましょう。

そうですね。本人に洗いざらい言わせるなんて拷問ですな(^^;)

ただ、それこそ一部分がそうだからといって全体を否定してはいけないのですが、
最近あまりに自分の作品に対して責任がない人が……確固とした我流(俺の敬愛する方の言葉ですが)の論理によらず、
詩を書き捨てるようにしている人が見受けらまして、
そこへ来て、筆者自ら読み解くヒントをくださって、本当にありがたい限りですm(_ _)m


いえいえ、こちらこそ、重ねてありがとうございました。

2007/03/03 23:26 No.7

リスタル ★ql1Ymj8ZKRo

あ、44まで書いたら
過去ログから探すのが面倒になったので
いちおう過去の作品はあれで終わりです
この先「人魚」が出てくる詩を書いて
投稿する場所を選ぶ時間の余裕があったら
また放り込むと思います

まだ書くんかい!と思われそうですが

哲学書や思想書、既存の知識を並べて
むりやり当てはめてしまえば良かったのですが
私自身「彼等」の物語を読むのが楽しいので
これからも人魚が出てくる詩は書くと思います

うー…ん、
私自身の性別は「女」ですが
あくまでも私は書き手であって
詩は私では無いので…あんま考えなくても大丈夫かと…

一人称は一般的なイメージで用いているので
「僕」は男性で
「あたし」は女性です
「私」は…
男性でも女性でも
どっちでも使えるので
判別が難しいと思います

おとぎ話については


海に生きる人魚には

時折おとずれる
生き物達が
波間の煌きや
太陽が沈みゆく瞬間を
美しいと喜んでいる姿を見て

その気持ちを理解できませんでした

海に生きる人魚にとって
時折おとずれる
生き物達は
世界の素晴らしさを知り尽くした
豊かな神様にさえ
思えていたのです

人魚姫は人魚にとって
神話のようなものなのですよ。


の詩が、解析の糸口になってくれればと
思っています(私はよく分かりませんが;)

あれは人間の視点で読むと
悲しい恋物語ですが
海の生き物の視点から読めば
「神になろうとした人魚」の話に思えませんか?
そしてどうやら、この詩から察するに
登場する人魚達は童話の人魚姫より後に生まれたもようです。

2007/03/04 01:48 No.8

Crazy ★Bxf9z21VSd2

>リスタルさん

遅くなってしまいまして、申し訳ありませんm(_ _)m
が、それにしても俺も説明が不十分です。
ということは、きっとお互い不完全燃焼に違いありません。

いえ、俺に見切りをつけるのでしたらば、それはやはり仕方の無いことなのですけれど、
ただ、どこでどのように引っかかってらっしゃるのか、ちょっと分からないのです……
本当に申し訳ありませんorz

2007/03/08 20:55 No.9

Crazy ★Bxf9z21VSd2

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2007/03/08 21:32 No.10

Crazy ★Bxf9z21VSd2

突然ですが、ルールの追加を。
普段はプロ詩板をうろうろと、立ち読みしているのですが、
「これは」と思ったものは順次張っていきたいと思います。
もっとも、省察はしません。一言二言、コメントするにとどめたいと思います。

  ***

で、第一号です。
……実は、上のルールというのは、このスレに直接感想を書いたら、
 作者の方に迷惑がかかるかと思って、の追加ルールだったのですが、まぁ、良いとして……


さて、詩には人間性が現れる、という理念の元にスレを立てたわけなのですが、
これは逆に利用することも出来るでしょう。
つまり、その人を知ることによって、逆に作品に深みを与える、ということです。
……作品の深み、というと、作者ばかりに責任があるようですが、実に、我々読者にも任はあるのではないでしょうか


そこで、次の作品です。

http://aurasoul.vis.ne.jp/_prs/2466.html


図らずも、哲学板での「翻訳」についての討論を思い出した。
「外国人の哲学者Aがいて、彼と双子のように常に行動している友人のB教授(日本人)。
彼は、その哲学者の言論を、原文のニュアンスなども漏らさず訳することはできるか」

つまり、言葉のニュアンスと言うのは、使う人間によっても変わって来る。
で、B教授は哲学者Aの言論・著作について、その点も理解できるか、という点も論点だった。
――本当に重要だったのは、理解こそ至るだろうけれど、それを言語化できるか、という点。


ともかく、作者が変わって来れば言葉のニュアンスが変わって、
なおかつ言いたいことも変わって来るのです。
で、上の作品。



ハハハ……(脱力)
そういえば、こうも思い切ったことをする人といえば、俺のメビの知人の中でも一人だけでした。
本当に、『あなた』と言う人は……(^^;)

しかし、先にも言った通り、勘違いせずに良かった。
勘違いすれば、真摯に作品と向かうことが出来なくなる。
出来なくなれば、それは……うん、罠にかかったと同義です(苦笑
実に読むことの楽しさとは、この、作者の罠を掻い潜るところにもあるでしょう。
あまり感動に対して受動的になってはいけませんよ、と……



さて、この作品の強烈な「逆説」にお気付きになりましたでしょうか?





2007/03/10 23:27 No.11

タロット 月 ★GVxN1yBVgSA

密かながらこの動きには興味を抱いていたり
読者の技術?も向上しようとする動き
今は賛成も反対も考えていませんが
その方法を探っても良いではないか・・・って
少々奇妙な文章ですが

− − − − − −

彼はやってしまいましたねw
皆様感想は酷い事ばかりですが
私は面白い作品だと思いますよ
幼稚だとか言ってますが
こんな作品、誰も作らないでしょうにw

逆説・・・
辞書で調べて大まかに覚えたものの
貴方の考えとは違ったりするかも

他の詩人を罵っている割には
そこに自分も含めている
何か矛盾というか・・・
表現できないような靄?があったり

2007/03/10 23:48 No.12

リスタル ★ZHC6VKDHMd6

Crazyさん

不完全燃焼とか、そゆのはないですよー!
くわしい解説とか本当にありがとうございます^^
実を申せば私、あんま考えて詩を作ってないんです
というと妙な言い方ですが――…なんというか
「その時じぶんが読みたいもの」を書いてるんです。

なので
「人魚」「ソアラ」「アルタミスタ・ヴェナ・セレス」って、何をさすの?と
書いた後から考えても
「その時よみたかった言語の配列」の「一部分」としか
わからないんです(^^;)

なのでそいうした文章に
解釈と読解をしてもらえて
なんと言うか「新しい作品」を読んだ気持ちになれて
とても面白いなぁと楽しめました

ありがとうございますvv

2007/03/11 02:33 No.13

Crazy ★opzQKOUjk4Q

>月さん
こんにちわm(_ _)m

あら、罠に引っかかりました!?(^^;)

あそこに綴られているのはですね、バカにしているようでいて実は肯定なんですよ、きっと。
「こういう現実があるけれど、お前らはそこに徹することが出来るか?」
っていう挑発なんです。

矛盾については、「俺は公然と出来てるぞ」って意味合いから、自分も含めちゃってるのです。
いやはや、恐ろしい……

そういうメッセージ性を秘めているからこそ、
他の詩人の方々に檄を飛ばす意味があるからこそ、
目を引きやすいように未熟な方法で綴ってある……

……っと、これは過大評価かもしれませんけれども、
 とかく、彼ならばやりかねないんですよ(^^;)


>リスタルさん
こんにちわm(_ _)m

いえいえ、こちらこそ!

ホンットーに人見知りなんで、来て下さることが無かったら、
人魚の舞い遊ぶ、童話の世界に引き込まれることも無かったわけで……
……最近は、ずっと「人間」そのものを追ってばかりで、
 すっかり童話の世界の夢々しさというものを忘れていました……

で、最後に一つ、お願いしてもよろしいですか?
いえ、単純なんですけれど、作品を愛してやってください、ってそれだけです。


読者のためだけのように見えて、実は読む手法と言うのは、
作者にこそ使ってもらいたいな、と。
愛するために、書くばかりじゃなく、読んでほしいな、なんて。

そんなことを考えながら、今一層、追究していきたいと思います。


重ねて、ありがとうございましたm(_ _)m


2007/03/11 16:35 No.14

リスタル ★BxT6vHWD24E

Crazyさん

丁寧なお返事ありがとうございます♪
自分で書いた詩に対しても、それなりに愛していこうと思います。
というのも、私は書き終えた時点で
自分の詩と距離を置いてしまうからです。

とはいっても、私の書いた作品は全てが「虚構の世界」
書かれる不幸も幸せも「おままごと」程度のもの。
ですから詩と私の「距離を置く」別れにしたところで
それは瑣末な出来事なのでしょう。
かるーい別れです。

「手を振りました
 踵を鳴らしました
 風が吹きました、風が吹きました。
 それでさよならでした。」

という詩のような、かるーいものです。

作品自体がそのような存在なので
「それなりに」軽い愛を注いでいきたいと思います^^

2007/03/11 20:38 No.15

Crazy ★Bxf9z21VSd2

>リスタルさん

わざわざすいません(^^;)
俺の丁寧さって、こうして、相手に再度頭を下げさせてしまう煩わしさがあって、
自分でも手に余っていますorz

そうですね。
過剰に愛するもよし、距離を置くもよし。
それが次第にスタイルとなり、矜持となるのでしょう。
あんまり、差し出がましい提案だったかな、とヒヤヒヤしていただけに、
少しばかりホッとしました(ぇ

またのご来場、お待ちしております。

2007/03/13 02:05 No.16

Crazy ★Bxf9z21VSd2

さて、今回は行間について話そうかな、なんて。
まず、出不精の俺が、ふらりとうかがって、惜しい!!なんて思った作品を。

http://aurasoul.vis.ne.jp/_prs/2493.html

プロ詩板には、実にこういう傾向の作品も多く見受けられます。
つまり、きちんと世界が出来上がっているのに、行間の威力を知らない、というケースです。
「行間の威力」に対して反抗心からまとめて書くのだとしても、
短く、かつ行間を使用しないで小さくまとめて、かつ読ませるのは実に、
かなりの技量が要ると言って良いでしょう。

致命的なことを言えば、どんなに尽力した作品でも、短く小さくまとめてしまうと
書き捨てられたような印象さえ感じてしまいます。
そうなると、「作品を愛せよと主張する会」会員(?)の私としてはまず、目も当てません。


そこで、下の作品。

http://aurasoul.vis.ne.jp/_prs/2473.html

これは、行間を排することによって、何かしらのリズムを生み出しています。
私事なのですけど、Rapに聞くような、立て続けのセリフと言いましょうか……


きっと、誰も彼もが言っていることでしょうけれど、日本人は古来から、「間」を取るのが上手い民族だ、と言います。
例えば、和室の一角を、意味も無くへこませて、そこにツボだの掛け軸だのを飾ってみたり。
して、そこに現れる幽玄というものを感じ入ったりするのですが、
何も幽玄を詩に取り入れろとは言いません。
風流は寒きものなり、なんて言葉の曲解なのでしょうが、
詩に幽玄を取り入れると、寒々とした雰囲気になってしまう気がするのです。
それこそ、私は詩の筆を上げると虚空を写すようなことばかり書いてしまいますが……まぁ、関係ないとして。


行間で人は呼吸する、ということを考えて欲しいのです。
以下を考えていただければ、かなりピンと来ると思いますが、
例えば、私のように一文が修飾語でゴチャゴチャになってしまう人間なんかが、
行間を空けず、段落を変えずに書いてしまうとどうなるでしょう?




……あぁあ、嫌になるな。こんな人込みの中を歩いていくなんて、何で俺が今の歳になってまでお使いなんてしなけりゃならないんだ。大体、オカンが買物をサボったりするから、わざわざ野菜の一品買うために、こんなデパートにまで来ちゃって。考えても見たら俺自体もかなりバカバカしいよな、だって手近の商店で済ませりゃいいのに。なのに、気が付いたらピーマン一袋のためにこんなところまでわざわざ……




とまぁ、ピーマン一袋はフィクションですけれど(^^;)
とにかく読みづらいに違いはありません。
「読みづらくないよ」と言うならば、これの倍の量の、それも愚痴なんかが成文されているのを想像してください。
俺なんかだと、まず飽きちゃうでしょう。
……この利点を利用して、愚痴を溢すときなんかは返って改行しない方が、
その取り止めの無さ、早口さ、虚しさを強調できるとも言えますけれど。

小説においては、セリフを文章に溶け込ませてしまう、という手法をとったのは
谷崎潤一郎だったでしょうか。
しなやかな美文を引き立たせた書き方です……まぁ、良いとして。


読み手が「とまぁ、ピーマン一袋は……」上の四行の間で呼吸したのは間違いないのです。
吸うを一行と換算すれば、四行は二呼吸にあたるでしょうか。
詩は読むことばかり強調されますが、しかし、読むには視覚的にも工夫しなければなるまい、
そういうことを言いたいのです。

致命傷を言ってしまえば、視覚的に工夫されなければ読む気さえ起こりません。
小説嫌いの方というのは、実にこういうことだ、と皆気がついている割に、
実践する人が少ないのは何故でしょう?


ネットの掲示板である、ということも有効に活用していただきたい。
横書きであるが故に表現できる美というものがあるのではないでしょうか。

縦書きであれば、詩はツララのように、上の端から下がりますし、
横書きになると、ヒネクレたツクシのように、左手の壁際から生えるでしょう。
そんなことまでも計算に入れてみて欲しいのです。


……そういえば、空間の活用法で、色々と実験なさっている人といえば、ポスターさんだったでしょうか。
俺の記憶だと、一番最初にそういう試行をしていたのは、彼だったのですが、
実際、原点の人は誰なのでしょう?
誰か、教えてくださると幸です。

2007/03/13 02:07 No.17

ポスター ★ZS9m9RHPrBI

お、僕の名前が。嬉しい限りです。
でも残念ながら上には上が居まして…。
それは夢留さんという方なのですが、
詩一世の過去ログで検索してみてください。
凄いですよ。NaNaKoさんの詩を吸収してアートにされました。
そちらの方が参考になると思いますので一度、どうぞ。

2007/03/29 01:42 No.18

Crazy ★zLPPGjyvWYE

ポスターさん、ご足労ありがたいm(_ _)m

夢留さん、そういえば、お見かけしたことがあった!
一年前の、俺が詩一板に出没していた頃合、詩返ししようとして諦めた経験がありました。
「拘束された脳」って、これに飛びつかない猟奇趣味の人間は無いです。(ぉぃ

そうかそうか……互いに影響しあうってのも素晴らしいな……


閑話休題、ちょっと休んでいた間に成長して帰ってきましたよ、と。
ええ、雑学もチュートハンパな、過去のCrazyでは無いのです。
生まれ変わりました!! ……って、清涼飲料水のCMみたいだなorz
生まれ変わった、と言っても、昔はまった三島のエッセイと、
安部公房を契機に、今まで蔑ろにしてきた哲学家諸氏の思想をようやくかじり始めただけですけれど、
確実にパワーアップしてます。ボリュームも必然的にアップ……するかな?
いいえ、ともかく!

まだ、少しの程度でこれだけ鬼っぽくなったというのに、
これ以上哲学をかじって、ますます自分が文学の鬼と化する所を考えてみると、非常に楽しい。(?


で、俺がこうやって一人で楽しんでいるところで、引いてはいけません。
こういうテンションの時は、決まって良いものが書けますから、
ともかく、このページの、しかも運悪く>>19を、書かれた時間から24時間以内に読んでしまったあなた!
是非に作品を読ませてくださいm(_ _)m

2007/04/01 00:08 No.19

書物師_F ★BOmrJvSLwsw

>しかも運悪く>>19を、書かれた時間から24時間以内に読んでしまったあなた!


始めまして、その運の悪い者です。
以前、作品を読ませて頂いていました。潔い良い方かなと思っています。

余り、何も言わない方が良いかと思うので、以下のスレッドの私の書いた物のどれかひとつ選んで頂いて、詩の解釈を行って頂ければと思っています。

http://aurasoul.vis.ne.jp/_toukoujou_toukoujou/21467.html

不躾ながら、お願い致します。

2007/04/01 01:17 No.20

Crazy ★zLPPGjyvWYE

Fさん、こんばんわ。はじめましてm(_ _)m

まだ、斜め読みの段階ですが、とりあえず、拝見したことを報告いたします。
きちんとしたものは明後日までに書きたいと思いますので、すいません。

第一印象ってか、連想したのはユングが提唱した、
原型(アーキ・タイプ)の一つ、「老賢者」の視点から描かれているな、と。

あと、>>3に聖人、クリストファーを感じました。

2007/04/01 23:59 No.21

Crazy ★zLPPGjyvWYE

追記:

キリスト教的な色彩の一方で、文語への興味も感じられる。
で、これらの線の交わる所と言えば、芥川ですな……

いや、しかし、そうとばかりも言ってられない。
単に芥川への興味からの派生であるわけじゃない、
それ以上に色々のところに勤勉な方なんだな、なんて部分を感じる。
古事記、俺も読まなきゃなorz

こりゃあ、久々に読み甲斐のあるものに巡り合えた……

2007/04/02 00:09 No.22

書物詩_F ★BOmrJvSLwsw

詩の感想ありがとうございました。

さて、此方も感想を頂いたものに関して、書いた意図等を書かなければならないのでしょう。

そうしなければ、読詩研究にならないでしょうからね。
あまり、時間がとれないので取れた時に書かせていただきます。

気の進まなかったとの事、やはりと言う感じがいたしました。
書く物の違いが在りますし、私の感覚として合わないだろうなと思って居ました。

− 感想を読んだ感想 −
半分くらいは指摘通りですが、少し違う気がします。
「なるほど、そう言う読み取りをしたか」と思っています。

種を明かせば、私は、どちらも余裕を持った感情状態です。
最初の詩はシアトリカルな大げさな雰囲気と語り独特の表現を意識しています。

基本的に老子、荘氏、仏教等も思想を元に書いてあります。あと、読み齧りのニーチェなんかも視野に入れています。

最初の詩の読み解くポイントは、「神」が何の比喩であるかという点につきます。「神」が何の例えかで雰囲気が変わるはずです。

老賢者ではなく、老いた愚か者(頑なな者)と読み替えると更に違う物が見えると考えています。最初の意図とは関係ない話ですが・・・

あとは、今週の土曜位には書きますので、すみませんがお待ちいただきたい。

では、また

2007/04/03 23:23 No.23

★AU=szOgPWNLJP2

Crazyさんってかなり勉強されてますね。尊敬します。

2007/04/03 23:40 No.24

Crazy ★zLPPGjyvWYE

どうも、こんばんわm(_ _)m

>Fさん

「気が進まない」と書きましたが、この感情を分解していくと、
どうにも『猿が尻を見たときの気まずさ』にぶち当たるらしいです。

お猿さんはおバカさんだから、自分のことを棚に上げて、人のことを笑う……
俺はどうにも、このコトワザを解釈するに当たって、これだけだと単純すぎるような気がするのです。

むしろ、そこに「自分と似た点を見出して、ちょっと恥ずかしい」とか、
「ちょっと気まずい」とか思うほうが自然のような気がするのです。
その恥ずかしさを大っぴらにするわけにいかない、おバカさんだから、猿は笑うのでは無いか……とね。

取り留めのない話をすいません。ただ、このことはちょっと関係していて、
何て言うか、Fさんは「書くものの違いが在りますし」とおっしゃるけれど、
俺としては、逆に、自分に似すぎている気がするんですよ、実は(^^;)

きっと、俺はこうやって詩の評価をさせてもらいながらも、
「これで良いのだろうか?」という思惑が常にあって、
さらには「疑問をもつ時点で、それは純正の論理じゃない! やめちまえ!」に発展する。
つまり、自信喪失と戦いながら書いているわけで、
そこへ来て、かの「語り部」について、無意識下で同族意識のようなものを感じているに違いないのです。

土曜ですね、分かりました。
ちょっとそれまでに頭でも冷やしておきますm(_ _)m


>げさん

いえいえ、滅相も無いorz
良い言葉を最近覚えましてね。「耳知識」ってヤツです。

俺みたいな理屈でモノを書く人間にとって知識なんて言うのは、
電車に乗る時の切符みたいなもので、必要に駆られてのものに違いなく、
決して世のsmartな人々みたいに、余力でカッコよく身に付いたわけじゃないんです。
まして、何処まで行って足りるものでもありませんからね。
尊敬なんてできたもんじゃないのです(^^;)

2007/04/05 22:12 No.25

書物詩_F ★BOmrJvSLwsw

こんばんわ
では、意図をもそもそ書いていきましょう。

まずは、「伝説」と言うタイトルから行きましょう。
まず、読んで、人が読まずに遠ざかるタイトルにしたかったと言う点につきます。
前のHNで感じたのですが、此処の詩人さんはライトな感じの詩のスレッドに返詩をおくと言う傾向があると思っているからです。

よって、自分の語りを続ける為にタイトルは少し重めにしました。
(予想外な事に幾人かの詩人さんは、返詩を置いていきましたが、別の意味でありがたい事です。)

語りを意識しだしたのは、一時期、童話の再解釈が流行した時、何かの本で語りの本質を読んだ時だったかは不明です。

タイトルは何でも良かったのですが、上記理由に付随して、歴史と伝説の関わりあいを意識しての事です。

これから、詩の意味と意図を書きますが、まずは、私の詩における技量が無いことを了解して頂くと助かります。

では、最初の詩から

取合えずは、私の精神状態は怒りはなしです。全く無かったといえば嘘になりますが…

ある詩を読んだ感想(反論)を混ぜ込んでいます。
トリックと言うか、ダブルミーニングです。2重の意味の透かしです。
これについては、特には書きません。

本筋の方に話を移しましょう。

「神々」の喩えは、「読み手(聞き手)」です。もうひとつは。「言葉」なのです。
「語り部」にとって「神」に等しい物を追って行ったときに出た答えです

こう言ったお話の世界は「格下げ」されて、文化であったとしても格の低い物として扱われる。言い方が悪いかも知れないですが、女子供の物としての扱いを受ける。
「読み手(聞き手)」が居なくなって行く。

これは、言葉の簡便化、単純化によるに思考力低下を招く事と考えています。
「科学と言う魔物に〜」の辺りで言っている事です。


古代においては、「語り部」も政治的にも重要な位置づけをされていたものです。
詩も恐らく、その流れの中に在るとは思っています。

「語り部」=「詩人」

「読み手(聞き手)」が居なくなるかもというのが、趣旨のひとつ


古文に対する興味を指摘ありましたね。(芥川氏は、好きな小説家ですが…)
これは「死に行く者」として扱って居ます。

私の疑問に対する指摘もありましたね。
ここでは「言葉の抽象性」について絞られています。

以下の事は、あえて、抽象的に書いてある訳です。

歴史は時の糸で繋がっている様に見えて、そうではないと仮定しています。

断絶とその時代の解釈による再構成による連続性で、言葉は不定形に形を変えていく。
恐らく、古代と現在における意味は、人の想像以上にかけ離れている筈です。
歴史認識も違う輝きである筈だと思っています。

歴史の外からは内は見えないし、逆もあり得ない。

人は連続性において、比較を行い、根本であるもの(真実とか、事実とか)とその成果である自分を見つめる傾向があるではないかと思っています。

「老語り部」が時の流れや人の誕生、心を強調するのは、連続では無い事を仄かに言うためです。

最後は、こう結論付けます。
人の歴史は実は連続ではないけど、失望する事はなくて開き直ってみてはと…

「そのための手段として「語り」でも「詩」でもいいのでは」と言う事になります。
「伝説」は断絶と言う事です。

以上の流れから、「こうして 伝説は生まれるのだろう」がふたつ目の趣旨


みっつ目の趣旨、語り部達の主張(決意)を書いてから、その後にお話もどきを続ける理由付けをすること。後の流れの為です。


語り手が二人居るのはお気づきでしょうか?

私と「老語り部」です。

先のダブルミーニングに意図した段階で2人いる訳ですね。
二人の言ってる事は=で結べませんよ。

しかし、詩の内容を一見しただけでは、怒りを感じられる筈です。
私もこれを読み返したときにそう思いました。

絶望と諦めた感じで言葉を音にしながら、詩の内容を書いていたので気付きませんでした。

此処に詩と語りの違いが在るのでは無いかと考え、そのままにしました。
語りとは、語り手(読み手)次第なのでしょう。
言葉を音で伝えると言う演技性は無視できないかなと思っています。

疑問は「怒り」だけではなく、「嘆き」になる事も在るのではないのでしょうか?


大変勝手な物言いですが、2作目については次回と言う事にします。
なぜか、頭から煙が上がってきそうな勢いなので…

2作目については、これで良ければ辞めますが、如何します?

では、失礼しました

2007/04/08 00:42 No.26

Crazy ★zLPPGjyvWYE

Fさん、ご丁寧にありがとうございますm(_ _)m
何でしょう、何がしかの熱いものが感じられましたから、
俺も熱くなってみまして、お答えいたします。

>此処の詩人さんはライトな感じの詩のスレッドに返詩をおくと言う傾向
これはまったく俺も同感です。
ネットにおいてまで重たいものを引き摺りたくないんですよね、普通は(^^;)

しかし、例えば俺というものは(Fさんもそうであろう、という感じがしましたが)
エッセイはともかくとして、小説だけは、命を張って描いていますからね。
おそらく、その相違でして、こればっかりはどうしようもないと思います。
少数の方だけれど、そういう重たいスレに集まってきてくださった、というのは、
返詩に関わっていない俺も嬉しくなってしまいます。

>技量が無いことを了解して頂くと
そりゃあ卑怯ですよ(^^;)
これから、文学論で殴り合おうってところで、それを言ってしまうと、議論が展開しませんからね。

かといって、俺にも落ち度がある。
注意力散漫になっていた節もあるでしょうから、俺も今、改めて、何の前提も無くして読み直してみます。
数十分で帰ってまいります……


2007/04/08 15:32 No.27

Crazy ★zLPPGjyvWYE

さて、続きを。

まず、「怒り」か「嘆き」か、ということですが、これは大差ないですよ。
どちらも、現状についての不満ですから。それが攻撃性に転じるか、抑圧に転じるか、の問題であって。
そこで俺は、「言葉」というものは自己主張であるがゆえ、限りなく攻撃性に近いと考えています。
要するに、これは愚痴を怒りと取るか、嘆きと取るかの問題です。

ダブルミーニング、の点が分からないです。
分からないですが、これは恐らく俺とFさん双方の問題であると思われるので、特に触れません。
読者の技量か、作者の技量かで揉めてしまえば、平行線になるに違いないですから。

俺はもっと勉強する必要があるに変わりないし、作者はそこに至るためにヒントを書かなければならない。
フェア・プレイと言うのは難しいものです。

「語り部」にとって「聞き手」が神である、というのは日本的ですね。
しかし、一方で、これはマスコミ同様、一方通行の関係性であるような気がしてなりません。
そこから、神々=聞き手と読ませるのは無理があるように思われます。

「こう言ったお話の〜の辺りで言っていることです」
ここには深くうなずかざるを得ませんでした。
「科学そのものが駆逐する」のではなく、「科学による享楽が駆逐する」ということですね?

>古代においては、「語り部」も政治的にも重要な位置づけをされていたものです。
>詩も恐らく、その流れの中に在るとは思っています。
一方で、ここには賛同しかねます。
これは、俺の個人的観念ですが、文学者は文学者でしかなく、
文学外の(政治であったり、発言の影響力だったり)こういう権能を持つのは許しがたい。
Fさんのスレに、「神々の傲慢」と書きましたが、ここにさえ感じられてならないのです。
(石原氏の場合、政治家としても手腕があっただけで、文学者であることとは関係がないと思っています)
また、
>時の流れ(中略)は、連続では無い
この意見に賛成するのであって、前者の「詩も恐らく、その流れの中に」というものについて矛盾しています。


って、ホントに、俺も頭から煙が出てきそうなんで、続きますm(_ _)m(ぇ


2007/04/08 16:12 No.28

書物詩_F ★BOmrJvSLwsw

こんばんわ

続きがあるようなので、如何かなと思いつつ書いておきましょう。
書くに当たって、あとだしジャンケンにならない様に気をつけないといけないのかな

>何でしょう、何がしかの熱いものが感じられましたから

それは、余り無くて、この場合はCrazyさんの熱意に応えるために出来るだけ、解り易く書いた結果ですよ。潔く言える事は、フェアに書いてしまおうという姿勢です。

その割には、滅茶苦茶な感じですね。直感的に感じた事を説明するのは一苦労なのです。

>此処の詩人さんはライトな感じの詩のスレッドに返詩をおくと言う傾向
このライトな感覚が現在の主流なのでしょう。ライトノベルも馬鹿には出来ないとは思っています。
私は、このレベルのものをライトな感じに書けたら善いなとは思います。

>そりゃあ卑怯ですよ
おっしゃる通りですね。でも、言ってる内容が書き切れて居ないのも事実ですからね。少なくても私はそう考えています。

殴り合いは苦手なので、もう少し大人しくいきたいですね

>これは愚痴を怒りと取るか、嘆きと取るかの問題です。
そう言うことなるとは思いますが、書くときには伝えるイメージが問題になりますよね
よって、どう読ませるかも書き手には必要なのではと思います。情景描写を制限した文字だけでは難しいかもしれない話ですが…

>ダブルミーニング
これは、恐らく私の問題で言いづらい事なので、別の例を探して見ます。

話を変えますが、ショーペンハウアーの「自殺について」を読んだことが在りますか?
時間が取れればこれを引き合いに出して、ダブルミーニングのもう一方の意味を書きましょう。
最後の結論は、同じになっています。
確かにフェアではないので…

>「語り部」にとって「聞き手」が神である、というのは日本的ですね。〜以下の記述について
確かに無理があるとは思います。意味、意図を書くに当たって、書いた物を久々に読み返してみて、そう思いました。

書いてる時にも強引な繋ぎをした記憶があるので、どう言った繋ぎか書いてみます。
(これでも無理があるのは承知です。)

・1点目
「語り部」と「聞き手」の関係性で、両者を繋げる物は「言葉」である。其処には、「言葉の抽象性」による、意味の伝達の不可能性があって、実は「聞き手」の「解釈」世界であると、どっかに名前の出たニーチェの解釈論が出てきます。

この不可解な関係が、「得体の知れないもの」=「神」という事になります
「語り部の神」=「得体の知れないもの」=「聞き手」になると思います。

また、「聞き手」も語り部になる事もあるでしょう。解釈による語りそのものの本来の意味の「断絶」が在るとしても語り部としてはかけがいの無い後続になるのでしょう。

「語り部」は、元を正せば、「聞き手」で有ると思いますので、遠まわしに「神」=「聞き手(語り部を含む)」になりますね。
受け継がれるものとしての「語り」は無視していませんよ。

「断絶」があっても、円環になってるのですから、一方通行では無い筈ですよ。
「お客様は神さま」と言う事ではないのです。

・2点目
認識とは全て解釈と言う立場にたてば、全て見えるもの(認識対象)が自分の思考の延長であって、それは「己自身」で無いかと言う事が言えると思えます。此処が「全てに神(己)が居るのじゃ」になっています。

要は、私のその考えに関する良否とは関係なく、認識ができる「聞き手(個)」が現代における神(自然)でなんだろうと言う事です。

ちなみに私は、実存主義者では在りません。恐らく、語られることが無くなった実存主義は、現在において当たり前の事になったのだろうと考えています。

>「科学そのものが駆逐する」のではなく、「科学による享楽が駆逐する」ということですね?
そういうことです。享楽をえるための簡便性、利便性は裏にある仕組みを見なくなる事に等しくなると思っています。

>「詩も恐らく、その流れの中に」というものについて矛盾しています。
指摘されてる通りだと思います。
説明、文の繋がりが変なのも在りますが、矛盾ですね。反省点かも知れない。
ひとつ目の趣旨は、意味を成さなくなりました。「科学と言う魔物に神々は駆逐され」〜が少しでも意図(読み手(聞き手)」が居なくなるかもという)を繋げてくれてると良いのですが…
もう少し、考えないとダメですね。

頭から煙が出る前に失礼します。では、また、土曜か日曜に

2007/04/09 02:13 No.29

@migraine ★yH7BaMbSGL_goM

《thread》

http://mb2.jp/_poem/34.html-11

>作-詩(≠詩作)は何故、作-品では無いらしいのか。

>>「レス(ポンス?)は何故、スレ(ッド?)では無いらしいのか。」


 みたいな感じ? ――レスレスに於いて「(スレには)基本的に作品について書こうよ![話し合いの場とかへ移ってよ!]」と言う時など、もちろんだが普通に『レス[感想や批評など]』は“作品[スレ、bコろ]”とみなされない。/僕は此れがずっと不思議だ。――だが、私達[詩-作者]が先ず品-読者では無く詩-読者たろうとするならば解る。/私達はbコろを作品[品として成立済みのもの、完成-品]として読まないからこそ、乃ち『詩[読者を求め得るもの、未完成-品]』として読むからこそ、レスを果たし得る[レスポンスが可能である]のだ。


とか

4年前 No.30

蛾兆 @bolca ★SOFTBANK=squycCFOXc

こんにちは。

品とはなんなんだろうと考えてみたのですが、
「ランキング、グレード分類、価格表などによって高下の示される価値をもつ物体等」
じゃないかと。

これに対して物とは、直接消費する価値だけをもつ物体。

大根は作物で、大根の絵は作品、など。

4年前 No.31

@migraine ★UGS47gBM43_goM

http://mb2.jp/_ska/2457.html へ載せ難くなってしまったので、、、)



風に吹かれて、吹かれたから聴く、風の様に

>風鈴のようでありたい

なるのは、――鳴るにはね、風を受け止めなくちゃならないでしょう、でも風はよけて行くじゃない、
僕らのせいなのかなぁ、たとえば『傍観者』ってさ、風鈴を観て居たい訳で在って、
其れを引き止めたり下ろしたり、知らせたり彼らに話し掛けたり、それじゃぁ
風鈴を“みている”事に、或いは『虐め』をみている事に、ならないょ、
――なにソレ?虐め、吹き付ける風をこそ名付けようと視線一筋一筋手繰る、けれど“みている”からって
実際には“聴いて居る”訳で、とはいえ『風鈴を聴く』では「虐めを聴く」みたい。

 +

さぁ確かに其の通りだと「そう、傍観者は傍でも明らかには“観ている”わけじゃなく“きいて居る”」などと
其れでは「ただ聴いて居るだけ、或いは「観てすら居ない、放課中も勉学一筋さ、などと
そうではなくて。(だからって傍に居る事が駄目なのだと言えば公認のハブき。

風を名付けるのが難しいから視線を数え、視線に触れ、虐めと呼ぶ、其れは仕方無いだろう、
けれども『視線』と呼び得るのは傍観者が“チラ観”をするかも知れない其の瞬間だけ。
大方、というより『風鈴をキク』とも『風鈴をミル』とも言わず『風鈴のオトヲキク』のが
傍観者や風鈴の役割なのだから、(鳴っている姿を観るのは観衆だろう。
――傍観者と呼ぶよりも『観衆』に対応させて「聴衆」と呼ぶのが妥当だろう。

其れがイワユル二項対立な図式なのだろうが、言いたいのはそうじゃなくて
(観衆でも聴衆でも無く)【では傍観者/傍聴者とは】という問題である。

>吹かれたから聴く

 吹かれつつ聴く」との違いは吹いたのがイワユル過去で在り、事実だから。/勿論、当事者[風鈴]にとって風[弄り]や風当たり[虐め]は少なくとも現実、現-事実[原-事実]で在ろう。しかし聴衆や観衆の更に「外側とされる何処か」(≒傍)に居るらしい「傍観者/傍聴者」には、飽く迄も加害者や被害者や聴衆や観衆は『他者』であろう。――近隣の住居から聴こえて来るらしい“音”が幾ら助けを求めても、虐待など通報し難い様に、風鈴への感慨の淡さは距離感の問題でさえ無い。近隣なのだから。/何故、他者なのか。
 不法侵入しないからである。通報にせよ、実際の法律の条文には書かれていなくとも、我々が風鈴に感傷する為には『他者』という法を犯さねば為らない。――動物園でもパチンコ店でも、音であれ臭いであれ“はみ出ている”。所有権が不可侵などというのは、実際には、実際に、無理なのだ。/ホームレスにせよコンビニ周辺にせよ、最近は国境さえ(理解し難いが)、理があったとしても理想は叶わない。――其の一方で、頑なに理を押し通そうとすれば、換気の度に風鈴は鳴る様に、虐めは起きる。

 +

風`通し`の良い社会が、風鈴にとってはどうなのか、だけで無く、
冬の換気したい派と暖房重視派の戦いだったり、風`当たり`への視線が
散々な石綿の様に取り払われて行く、残暑も不安な秋なのでしょうね。

4年前 No.32

@migraine ★TDTam1IXV2_goM

>>30
>レスレスに於いて「(スレには)基本的に作品について書こうよ![話し合いの場とかへ移ってよ!]」と言う時など、もちろんだが普通に『レス[感想や批評など]』は“作品[スレ、bコろ]”とみなされない。/僕は此れがずっと不思議だ。――だが、

 だが』以降は事実では無いのです、(恣意的で現実的な)意義です。/『意味[未-実]』を語るならば、其れは実際`し得ない`のだから読み得さえもしないのでしょうが、しかし決して「(物語を)つくる」訳では無いのです。――「聴く」と呼んで説明してみます。『聴き語り』です。(陳述記憶を読み上げるのでも無く、非陳述記憶だけに頼るつもりで。)
 聴こえるのではない。聴きたいのでもなく聴こえたのでもない。聴くの`は`僕で在って、僕`が`聴くのではない。/僕とは記憶で在って、しかし事実や出来事ではない。乃ち『僕(という記憶)』は僕に有されていない。――不思議なの`は`僕で在って、僕`が`不思議なのではない。/『此れ』とは「レスは作品とみなされない」という“事実”で在る。つまり不思議なのは『此れ』についての僕で在り、乃ち不思議なのは`事実`についての『僕(という記憶)』で在る。――「事実についての,僕という(事実や出来事ではない)記憶」で在る。「事実についての,僕という`非陳述`記憶」で在る。/「事実についての,未-実(少なくとも非-実)」を(不思議として)語るのです。

 +

http://mb2.jp/_poem/276.html-918

>そんなときもそれで「何か」、あらかじめ存在するものを表現したいことは確実ですね。

 ――僕は(確かな)事実を求めるので現実から事実へ詩作するか、未-事実から事実へ詩作したいのだろうと考えました。

4年前 No.33

僻猫 @migraine ★iPhone=ioS36K14w6

何処かに何かが在るとする。少なくとも「其の何か」と「此の何か」が何処かに在るとする。
「其の際」と「此の際」が異なる場合、「其の際の何か」と「此の際の何か」は異なるか。
異なる場合、「異なる場合」とは何の際だろうか。ーー此の際だろう。/何かと何かが異なる場合など、何かが何かである場合を考える場合にも言う場合にも、【其の際とは此の際でなくてはならない】。

どんな場合であれ、何かが何かである場合を言う際とは、そういう際とは、つまり「其の際」とは、此の際である。

>「其の際」と「此の際」が異なる場合、「其の際の何か」と「此の際の何か」は異なるか。

ーー異ならない様なのだが、其の場合であれ此の場合であれ、其の際であれ此の際であれ、問題は”此の”「問題とする際」に「'此の”(問題とする際の)何か」と「”此の”(問題とする際の)何か」が異なるかだろう。

+

何かと何かが異なるとは何か。
何故、異なるのか。
或いは何故も何も無く、理由無く異なるのか。
理由とは何か。理由とは「何か」なのか。
「”此の”理由」と「”此の”理由」が異なるとは何か。
理由と理由が異なる理由とは何かなのか。

理由が何かでは無い”此の”場合、何かと何かが異なる「(何かでは無い)理由」も何かでは無い”此の”場合、ーー『場合』とは何か。



また来ます、、、

3年前 No.34

僻猫 @migraine ★iPhone=ioS36K14w6

>「此の場合の何か」
>『何かについての詩』
>>詩についての何か
>>>詩についての)何か(についての詩
>>>何かについての)詩(についての何か

+

詩を書く際の何かと
何かを書く際の詩は
何故、異なるのか。

3年前 No.35

僻猫 @migraine ★iPhone=ioS36K14w6

しかし其れを果たすと「問題返し」「詩返し」となる。
だからあれ以上はローカルルール違反で書け無い。

3年前 No.36

僻猫 @migraine ★iPhone=ioS36K14w6

http://mb2.jp/_ssh/975.html-10
「ある海」
>君はただ、飛ぶという、何もないことを嘆く

>美しい海、
>美しい海だった
>ウミネコよ
>君が海を飛ぶ姿がうらやましい
>僕はとてつもなく、うらやましい

>そういう風にいうのもわかる

>僕は風に嘘をつかないように、船を傷つけないように
>だけど、船は嵐に巻き込まれ

http://mb2.jp/_ssh/975.html-19
『海がないている』
>夜にふさわしい鼓動が
>海からきこえる
>海の鳴き声が聞こえる

+

やさしいというよりは
やわらかい、ひんやりした作品
そのように思いました。
「風を育てる」という事を考えました。
>そういう風にいうのもわかる
このセリフはかつての船乗りのなのだろうけど
ただ単に自業自得を考えたのでは無くて、
かつての風も今の風も、誰と誰の受ける風も、
風は一続きであれ引き受ける風は決まっている。
其の引き受けた風がかつて受けた風と異なる様に感じられても
”引き受けた”という点で同一の受け方をしている。
一続きの風がまた巡って来たと考えるよりも
先ず異なる様に感じられた事実は認めた上で、
「異なる(様に感じられた)風を同様に引き受ける」という事を考える。
「異なる()風を同様に引き受ける」という事を考える。

『そういう風にいうのもわかる』というセリフを
「風に言い聞かせるのもわかる」と読んだ僕は
言い聞かせる事が悪いのでは無く、
どんな風が来たって同様に引き受けるという事を考えました。
其れは僕が育てた風だからなのだと
諦め自業自得だと考えるのでは無く、
待っていたぞと受けて立つ。

つまり育てた風を見送り”待つ”という事。
かといって育てた風を期待するのでは無く、
だからといって【利用】しないのでも無く、
「期待せず且つ存分に利用する」事を考える。

+

2年前 No.37

僻猫 @migraine ★Android=ZZ8Kg1RYlu

伝わるか伝わらないかが詩作なら、
この投稿だって詩作として十分。

+

この投稿が伝わるのは他の記事を読んだ場合だが、
読んで欲しいかどうかが問題にならないのは何故か。

9ヶ月前 No.38

僻猫 @migraine ★Android=ZZ8Kg1RYlu

伝わったかの判断に「返信」は当てにならないからだ。
それでも「返信」が必要な場合とは、
返信が無いと「これは伝わらないだろう」と思える詩作があるからだ。
すなわち「無-返信」も伝わったかの判断の当てにはならない。

「伝わらない」と「これは伝わらないだろう」は異なる。
ちなみに、伝わるか伝わらないかがはっきりしたところで
その詩作に何の価値も意味も必要では無い。

9ヶ月前 No.39
ページ: 1

 
 
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