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霧の都に葬送曲No.63 だけを表示しています。

ルーツァン @papillon☆0uO5mlUpCUns ★sAbT0rwP1n_mgE

【ルーツァン/7月2日/ベイカーストリート路地裏】


 突如として現れたのは、闇より深く暗い影。忌まわしいその存在は、冥界の悪鬼すら震え上がる事だろう。彼は霧の都で暗躍せし亡者達に下される罰にして、鬼の群れを斬り払う為に正義が用意した必要悪。何せ彼は殺し屋の殺し屋、殺人鬼を狩る殺人鬼。
 そんな彼の気配を、ルーツァンは誰より早く察知していた。何せ彼の事はもうずっと昔から知っている、一時期は彼の一番近くで彼を見てきた。最早切っても切れぬ腐れ縁だ。だからこそ、察知した上でルーツァンは、今まで表に出していなかった感情を容易く顔に出してみせた。苦虫を噛み潰したように、眉間に深い皺を刻んで彼の方さえ見ない。何故なら彼が言葉にする前からわかっていたからだ、彼が今から何を言わんとしているのかが。

 闇の使徒達を総べし長、シャーロック。ルーツァンは昔、彼の伴侶だったのだ。元々好き合って結ばれた訳ではない、古くから定められた許嫁であり、要は政略結婚だった。
 それでも、それでも。愛情が皆無かと言われれば、そうとも言い切れなかったようだ。そうでなければ今、ルーツァンはこんなにも簡単に感情を表に出しはしなかっただろう。

 愛と憎しみは紙一重、所詮この世の全ては表裏一体。

 氷のような眼差しで一瞥されても、手にしていたミカエルのペストマスクを奪い取られても、睨まれて皮肉を投げ掛けられても。ルーツァンはシャーロックを見もしなかった。不貞腐れているようには見えない、無視しているとも異なる。それはまるで、彼の存在を認知していないかのような態度。
 その後も丁寧に、しかし淡々と長々と、更に時折盛大に嫌味の棘を丹念に織り交ぜた、ミカエルへのシャーロックの説教をルーツァンはただ黙って聞いていた。興味がないというよりは、耳にすら入っていない様子で。霧雨の中、何処か遠い虚空を見上げ、まるで見えない星を見ているように。

 だが、シャーロックが地面に転がった手首を拾い上げた時、銀色に鈍く光るスコップを握るルーツァンの手に異様な力が籠った。

「…………『甘やかし過ギ』? 『貴女の若く逸る気持ちもわかりまス』? 『貴女の為を思って言っているのですヨ』? あらまア、これだから頭の固い殿方は嫌になりますわア……虫がいいったらありゃしなイ、反吐が出る程ニ、ねエ」

 言うだけ言って去っていくシャーロックの後ろ姿に吐き捨てつつ、ルーツァンの片端だけを吊り上げた薔薇の花びらのような唇は、最大限の皮肉を込めた微笑を象る。
 側で未だに放心している様子のミカエルの、そのオリーブ色の髪を、勝手でくしゃりと撫でて。ルーツァンはつい今しがた浮かべていたのとは全く違う、困ったようにも寂しそうにも見える微笑みを彼女に向けた。

「――――駄目な姉デ、不出来な母デ、ゴメンナサイ」

 ミカエルの頭から名残惜しげに手を離すと、胸元に差していた目元を隠す漆黒の仮面を装着し、顔を覆う事でルーツァンは人から鬼へと変わる。
 振り返りもせずどんどん闇に溶けていくシャーロックを後を追って、ルーツァンも煙が風に流れるように、瞬時に姿を消した。



 ベイカーストリートの路地裏、其処は見捨てられた者達の最後の領地、掃き溜めの聖地。
 どれ程歩いただろうか。一言も口を利かぬまま、シャーロックとルーツァンはあてもなく常闇の黄泉路を突き進んでいた。決して走っている訳ではない、しかし闇を歩く事に慣れ夜目が利く二人が歩む速度は速い。
 腐臭を放つごみ捨て場の脇を通り抜け、煉瓦造りの崩れた建物を横目に見ながら。ふとルーツァンは、仔猫が弱々しく鳴く声を聞いた気がした。

「シャーロック」

 ぴたりと、ルーツァンが立ち止まった。冷えた氷の刃のような、彼の名を呼ぶ声。

「空腹の仔猫ニ、ネズミを狩るのを止めさせるにはどうしたら良いと思ウ?」

 普段のルーツァンは孤児に生活していく上で必要な学問を教える慈善事業を行っており、そのせいもあってどこか甘く柔らかい独特な声色をしている。しかし今、シャーロックにかけられるその声は普段のそれとは似ても似つかない、冷淡で尖った響きを帯びている。それこそがルーツァンの本性。彼女の素性を知るのは今やこの世で元伴侶であるシャーロックだけ、だからこそ彼にはわかる事だろう、今のルーツァンが表の顔ではなく裏の顔に移行した事が。

「アナタに分かるカ、幼子が親から打たれる恐怖ガ。アナタは見たコトがあるカ、甘えるコトを知らない子どもの怯えた眼差しヲ。アナタは知っているカ、与えられたコトの無い愛情を想像すらデキナイ人間も居る事ヲ」

 手にしていたスコップを、頭上で軽々と一振りしてみせる。金属製であるだけでなく、機械仕掛けも搭載されたスコップの重量は相当なものである筈だ。しかし母国で拳法を学び、武術で鍛えたルーツァンの力は華奢な外見からは想像もつかぬ程のものなのだ。

「先程の問いの答えハ……満たされるまで喰わせてやればイイ。飢えしか知らぬ仔猫を止められるワケもなイ、たっぷりと甘やかシ、慈悲深く抱き締メ、欲しいだけ与えル。アナタはこの世界に必要なソンザイなのですト、何度も何度も繰り返し囁いて分からせなければ凶行は止められなイ」

 じゃごんと奇妙な金属音を立てて、スコップの先端がシャーロックの方を向く。ルーツァンは剃刀のごとく鋭い視線を彼に送った。その漆黒の目は、闇の中ですら尚黒く、重く、深く沈んで見える。

「アナタの綺麗事では何も変えられなイ、誰も救えなイ」

 ふいにスコップの先端から真っ白な蒸気が吹き出し、微かにモーターが起動したような地鳴りに似た唸りが響き始める。ルーツァンのスコップはただの農具などではない、特別な改造を施し蒸気機関の力を利用して人を殺める兵器だ。小さく折り畳んでおいて必要時には一瞬で元の形に戻す事も、先端の幅広な刃を高速で撃ち出す事も可能である。

「救われなければいけないノ、あの子達ハ。アナタやワタクシのように、堕ちるトコロまで堕ちてしまってからではどうしようもなイ。ジャックやミカエル、あの子達に罪は無い。ただ守らなければいけなイ、ただただ光溢れるオモテの世界で生きられるようにしてあげねばならなイ、ワタクシ達のイトシゴ」

 もし今、ルーツァンがスコップの柄に目立たぬよう隠されたボタンを一押しすれば、先端の鋭利な刃は目にも止まらぬ速度でシャーロックに向けて撃ち出される事だろう。狭い路地裏で、ルーツァンの攻撃を避けるのは至難の技かもしれない。
 ただ、ルーツァンの指は動かない。ルーツァンの漆黒の瞳も、シャーロックの表情を捉えたまま、微動だにしない。

「たとえミカエルがすでに多くの命を奪っていたとしてモ、――――それでもあの子はワタクシのヒカリ」

 路地裏の何処か遠いような、しかし近い場所で、仔猫がまた弱々しく鳴いた。

「アナタはまだワタクシの邪魔をするカ? いつまでモ、これから先モ、ワタクシの舞台を台無しにするつもりカ? …………どこまで正反対の道を行けば気が済むカ、オマエという人ハ」


>>ミカエル、シャーロック、周辺ALL


【お返事をお待たせしてごめんなさい……!】

2018/07/06 21:46 No.63

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