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霧の都に葬送曲No.29 だけを表示しています。

シャーロック @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【シャーロック/6月8日/西洋料理店Wildcat】

エディと話しているうちに、厨房の方からはそこはかとなく良い香りが漂ってきたようだ。
カウンターで紫苑色のカクテルを口にしては最高と褒めてくれる紫髪の彼女にシャーロックは心底嬉しそうに頬を緩めた。
「ありがとうございます」

彼はいつでもそうだった。代々続く殺し屋の家系に育ちながら、人殺しよりも料理と子供の方が好きな妙な殺人鬼である。表向き用の仕事として始めた洋食店の飯は、御世辞にもあまり美味しいという評判は立たなかった。暗殺の腕は一流でも、好きでやっている料理の腕前は今ひとつ。良いのは手際と見た目だけで……つまり、料理人が味覚音痴なのだ。
キッチンストーブの扉を開けて、美味しそうな匂いが溢れ出す。取り出したシェパードパイは表面がグツグツと泡立ち狐色になって濛々とほかほかの湯気を立ちのぼらせ流涎を誘う。シェパードパイは、ラムの挽肉と細かく切った野菜をミートソース状にし、その上からマッシュポテトを敷き詰めてオーブンで焼いたパイ生地を使わないパイ料理である。表面のチーズが蕩け、中の柔らかなマッシュポテトが煮え立ち、その奥から昇り立つ肉の焼ける匂いと共に良い香りが鼻をくすぐる。いかにも、いかにも美味しそうだ。初めて見る人であれば一気に食欲を駆り立てられ生唾を飲み込むところだろう。
「お待たせしました」
口を開ける猫のパペットのような鍋つかみで、グラタン皿を取り出し、そのままエディの待つカウンターへと戻ってくる。鍋敷きの上にシェパードパイを置き、カトラリーを添えて出す。そしてその横に、塩、胡椒、砂糖、シナモン、豆板醤、オイスターソース、醤油、ビネガー、七味唐辛子、オリーブオイル、ケチャップ、マスタード、山葵……ありとあらゆる調味料が入った籠が擦り寄せられた。……そういう事だ。此処の店主の作る料理は、とにかく味が無い。これはシャーロックの悪戯などではなく、彼は自分の料理をそれなりに美味しいと思っている。もっとも、彼の場合どこで何を食べても……内縁の妻スワンの手料理だろうと、賞味期限を少し過ぎて乾涸びたパンであろうと、多少鮮度の悪い魚だろうと、「美味しいね」の一言で片付ける強靭な味覚の持ち主だ。最近の最近まで気がつかなかったが、どうやらもっと違う味が良いという客が多いのを知って、そんなにダメかな? と首を傾げながらも「味付けは各自で御自由に!」の精神で快く今のシステムになったのだった。

エディにシェパードパイを出すと、丁度エディがジャックを思い切り抱きしめ帽子の上から頭を撫で回し、勧誘の声を掛けているところだった。

「シェパードパイで……すって、あっ! 私の!」

私のジャック! 何を勝手に勧誘しているんだ……と、ジャックとエディの間に割って入りそうだったが、すぐにジャックが解放されたので、むっと口を噤み引き下がる。別にジャックはシャーロックの所有物でないのだが。シルクハット頭のジャックはしばらくゆらんゆらんと首を動かして一人で揺れている。

「まったく、油断も隙もない」

子供はこういうところが大変だ。ジャックは揺れるのを止めると、やっと解決法に気付いたのか、鼻のあたりまで被ってしまっていたシルクハットを両手で外し、「あっ!」と叫ぶ。まだ此処にきて二日、一度にたくさんの人物に会ったためか、ジャックは目の前にいる彼女の名前を思い出すのに暫し「んーーー」と考え込む。「エリィ……エミリー……」……捻り出す。閃く。「エディ、オネエサン!」

「…………」
こんな風だから、ジャックは容易に誘拐されてきたのだ。親を殺害されたというのに、その犯人と共に何の疑問もなく暮らし始め、まだ正体を知らないとはいえ恐ろしい殺人鬼集団の中に当たり前のようにどんどん溶け込んでいく。その危うさを孕む純粋さを、シャーロックは複雑な面持ちで見つめ、エディから繰り返された「子供って大変」という言葉に、カウンターに並ぶ彼女とジャックの肩越しに、自分が為した一昨日の汚れた仕事を追憶として眺めていた。

>エディ、all

2018/06/16 19:52 No.29

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