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霧の都に葬送曲

 ( オリジナルなりきり )
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芙愛 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

煙る街は薄暗いまま、鈍色の空に輪郭を溶かしている。
片羽を切られた鴉達は、塒を恋いて啼けども飛べぬ。
そのまま街ごと夜霧に呑まれて、時計塔の鐘が鳴る。


「London Bridge is broken down,Broken down, broken down……」

齢七つほどの少年が一人、夜のテムズ河に向かってマザーグースを口遊む。
頭上には蝙蝠傘が揺れているのに、あの人に掛けてもらったフロックコートは霧雨に侵されて、重たい。
真夜中のタワーブリッジを跳ね上げる船は無い。闇夜に浮かぶ二つの塔を従えた橋梁の上で少年は、欄干に凭れたままいつまでも霧の都の夜を眺めていた。
河の向こうから、また大時鐘が深夜を告げる。

「みんな死んじゃった」

鐘の音が、血の匂いを連れて来る。
死神達の夜が来る。
濡羽色の傘の陰から、少年は寂しそうにぽつりと零した。夜に溶けてしまいそうな、儚い声だった。
けれど、もう死神も来ない。
雨と死の匂いに包まれたその街を、人は『霧の都』と呼んでいた。
霧の都には、嘗て恐ろしい殺人鬼達が住んでいて、夜な夜なこの街に怖ろしい血の雨を降らせていた。三年前に少年が彼等と出逢ったのも、こんな、今にも土砂降りに変わりそうな霖雨の夜だった。
少年にとって、霧の都を闊歩する死神達は皆、やさしい育ての親だった。
残酷で歪で優しい殺人鬼達は、雨と死ばかりのこの街で一人の親無し子を彼等なりのやり方で大切に育てて、それから彼を置いて一人残らず死んでしまった。

不気味に黒く沈んだ河の色を見ていた目を上げれば、霧のヴェールの向こうに、見知った背の高い黒いシルクハットの影が見えた気がした。少年はハッとして橋の向こうへと追い掛ける。けれど、靄の切れ間に足を止めれば、其処には誰の姿も無く、ただ青褪めた倫敦塔が処刑場の翳りをたたえて聳え立っているだけだった。
肩を落とし、傘を畳んで、降りしきる雨に身を任せたまま、石畳を踏む。刑場を通り過ぎM街を北上すれば、其処は彼の庭だった。
街に満つ夜霧の、遥か彼方。雨風が織り成す刹那の銀幕。映し出された遠い過去の幻想を恍惚と眺めて、もう傍には居ない彼等との思い出を振り返る。奇妙で幸福で残酷で猟奇的な、町中を恐怖に陥れていた悪人達≠ニの思い出を。

ーーLondon Bridge is broken down,My fair lady.

「嗚呼、それはですね、若いお嬢さんを人柱に埋めたそうですよ」ーー


【こんばんは。スレを建てさせていただきました芙愛と申します。当スレは殺人鬼企画≠ニして興した物語です。一文で紹介させていただくと、「なんか19世紀ロンドンっぽい街に殺人鬼達がいて、柄にもなく子育てなんかしていたが、まあ色々あってみんな死んだ」って感じの話です。興味と御縁がありましたら……注文はずいぶん多いでしょうが、どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません。】

メモ2018/08/04 14:45 : 絡繰☆V4.8X.AnvuQ @ne9rodoll★wgm3NQbNwV_9VX

此処までの人物相関のまとめです。

後ろに何も書いていないのは確定しているもの、(許可待)となっているのはサブ記事で申し出があったもの、(相談中)となっているのは相談しているのを見かけたけれど正式にはまだ決まっていないものです。

特に「相談中」は私の思い違いや取り零しなどが沢山あると思うので当事者さんはメモで訂正していただければと思います。

また、正式に双方理解で決まったよーという方は、(相談中)や(許可待)を消していただければと思います。他にもこんな関係を作ったよーという方も、追加してください。


味付けはどうぞ、皆様各自で御自由に!


◯シャーロックの

・内縁の妻→スワン

・元嫁→ルーツァン

・お店の常連さん→メロウ、ミカエル

◯ルーツァンの

・弟妹のように可愛がっている同胞→ルイス

・元旦那→シャーロック

・東国同盟?→白雨(相談中)

・水面下で対立している同胞→

・時々生徒→メロウ

◯白雨の

・別れた元旦那→

・アトリエによく来る友人?→ダニエラ(相談中)

・人形作りの弟子→ミリヤム

・東国同盟?→ルーツァン(相談中)

・食事に誘う→シャーロック

・仲が悪い→ルイス

◯エディの

・知り合いの医師(臓器移植仲介人)→シチダンカ

・可愛がっている年下→スワン、ダニエラ

・酒飲み仲間→メロウ、ルーツァン

◯スワンの

・一方的に尽くしている相手→シャーロック

…続きを読む(40行)

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ジャック @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【ジャック/7月4日/メリルボーンハイストリート裏路地】

地面を這い蹲り唸る標的と、物言わぬ空筺となった目玉の持ち主と、この現場を思いの儘支配するダニエラ。三人に纏わる一連の事件を棒立ちで見つめていたジャックの視界が不意に閉ざされて暗転した。
見ちゃダメよ、と頭上から降り注ぐ天の声は、何度も聞いた覚えのある、優しい声。噎せ返るような血潮の香りを、ふわりと顔の前に現れたラベンダーの香りが攫ってゆく。目の前を急に塞がれたら人はパニックに陥りそうなものだが、ジャックはその気配のお陰で錯乱を抑止された。

「ねぇ……エディおねえさん、みえないよ……?」

幼いジャックには目の前で展開されていた殺戮劇場の意味も、エディとダニエラの何処か慌てたようなやりとりの理由も、あまりよくわからなかったのか遮るエディの掌を、はるかに小さな掌で押し剥がそうと身動いだ。良く知っている、いつも優しく陽気で長姉のように面倒を見てくれるダニエラが、とても楽しそうにしていたのをジャックは見逃してはいなかった。「なにかたのしかったのかな、ぼくもやってみたい」ぐらいのことを幼心には思っていたのだろうか。確かに、焼きたてのパンを届けに来てくれたり料理店にお酒を飲みに来て仲間と酔っている時もダニエラは楽しそうに見えたが、今日はその比では無いくらい酷く活き活きとして映っていた。
ジャックの願いと好奇心は当然叶うはずもなく、指の覆いがはずれたかと思うと、今度は鼻から何かに押し付けられる。鼻も額も頬も唇も、顔面全てをぎゅうと押し当てるように後頭部から手が回されるのを、ジャックはまたされるがままになっていた。密着する体温に温められたラベンダーの芳香が、幼子を安心させようと躍起になるように一層強く香り立つ。
ジャックの頭上を、いくつかの言葉と忍ぶような物音と不意に訪れる水を打ったような静寂とが通り過ぎる。

急に、声が近くなった。
ーー『ハァ〜イジャック、気分はどう?』
いつもの、良く知っているダニエラの声だった。
ジャックはパッとエディの腹から顔を上げる。

「ダニエラ・ママン!」

急に明るくなった視界には、まずダニエラの顔が前面に映り込んだ。画面一杯に、と喩えるのがこれほど似つかわしいことはないであろう。目の前に迫った万全メイクのオネェさんを見るや、先程のショックは一気に脳内から吹っ飛ばされたように、ジャックは向日葵の満面の笑みを見せ両手を広げてしがみつくようにダニエラの胸元に抱擁した。ママン、というのは、以前まだダニエラとあったばかりの頃、彼女やその仲間がふざけてなのかノリとテンションの結果なのか「ママ」と試みに言わせてみたところ素直にそうなってしまったものだ。因みにジャックはスワンのこともママとは言わないし、シャーロックのこともパパとは呼ばない。どちらかというと、マダム、とか、飲み屋で使う「ママ」に似たような感覚なのだろうか。

ダニエラが背後に何か隠しているのは明白で、ジャックは大きな目を更に大きくクリクリさせて、ダニエラの右肩越しに顔を出そうとする。ダニエラが遮るように動く。今度は左肩側ににょきりと動く。また、遮られて見えない。しばらく地味な攻防戦を続けると、ジャックは楽しそうにきゃっきゃと笑った。殺人現場に響く甲高い子供の笑い声。二つの死体、血潮の匂いと、それに混ざるラベンダーの香り。

「ねぇ、ふたりとも おしごと、おわった?」

幼子は何処までも恐ろしく澄み渡る地底湖のような眼差しで、顔を上げて朗らかに言った。

>エディさん、ダニエラさん


【お返事が遅くなってしまい申し訳ありません!】

1ヶ月前 No.82

ジャック @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【ジャック/6月13日/ピカデリーサーカス】

剥製の外側は本物、マネキンは本物じゃない。白雨の作る剥製は人間を使っていて…………あれれ? と、ジャックが首を傾げるよりも早く、店員がさっさと彼らを店内に誘導したのは実に良かった。ジャックは「ふぅん」納得顔で言ったきり、小さなシャンデリアの灯る店内に足を踏み入れて一瞬で気をそちらに持っていかれた。
柔らかな赤絨毯に沈む足をはしゃいで踏み踏みとしている間に、ジャックは身包み剥がされて童話のお姫様も吃驚の魔法の如くあっという間に、小さな英国紳士に変身していた。
「お坊っちゃん、如何でございましょう?」 と店員が差し出した姿見に小さな英国紳士を映し、ジャックは降り注ぐ褒め言葉に浮かれ気味になってミリヤムと白雨を振り返る。

「ジャック、シャーロックみたい?」

真ん丸い目をキラキラさせて。血は繋がっていなくとも、親子というのはある程度似ていることを本能で求めるのだろうか。
ミリヤムと白雨の少し後ろから三人の様子を見守っていた服屋の店員が、ミリヤムの耳打ちに「かしこまりました」と頷く。自分の着せたコーディネートが褒められて接客スマイルも満点ものだ。
別の棚から子供用の下着を見繕って戻ってくる。一度着せた服を再び今度は下着まで全て剥がし、つるりと色白い幼児の柔肌にまた最初から着せていく。
最後にこれも追加で見繕ってきた深紅のハンカチを小さな胸ポケットに差し込み、同じく赤いトマトのような子供用の傘を持たせて、濡れた衣服のほうを店の袋に入れてくれた。「ありがとうございましたーー」という高く上機嫌な声が、コートを翻して小さな手を振るジャックを送り出す。西洋料理店Wildcatへの請求書を持った店員が店の中に引っ込むと、さっきのマネキン達が店から出てきた三人をショーウィンドウで出迎える。

通りに目を遣り和装の店を探す二人に、ジャックは思い出したように言った。
「はくせいになったひとの なかみは どこにいくの?」

とかくして、二人の探す和装の店も、この賑やかな通りの延長線上に見つかった。円形広場の向こう側、ブロンズ像の恋の矢が指し示している。雨のカーテンを潜ってそちらへ歩み寄れば、通り沿いの土産物屋の一件奥に異国の文字の看板が提がっている。

>ミリヤムさん、白雨さん、all

1ヶ月前 No.83

シャーロック @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【シャーロック/7月2日/ベイカーストリート路地裏→西洋料理店Wildcat(回収)】

辺りは深い闇夜から、綺麗な朧月夜に変わっていた。
浮雲に揺らめく妖しい光を撼わす月は、二人を別つ夜道を照らす。光と闇ではない、裏も表も何方も黒のカード。シャーロックは汚れた手袋を外しながら、月光を振り仰いだ。

「……もうそういう時代ではないのだよ」

何処か諦めに似た虚しい溜息を、曇る夜空に流した。
君は変わらない。僕は変わってしまった。
ルーツァンと話している間、というより、一方的に怒りを受け流している間、シャーロックも遠い昔のことを思い出していた。幻の影として、過ぎ去りし日々の若い二匹のケダモノが、血の雨も流れ去ったベイカーストリートの裏路地を駆け抜けていく。
彼女の言う通りだ。彼女と連れ添っていた頃の自分は若く、殺人鬼としての血気や闘争心が備わっていた。されど、彼女はそれを美しかったと評したがシャーロックはその時代の事を今は疎んでいた。
己が内に流れる血と本能の言いなりだった。狩猟をする獣と同じ、呪われた血の滾りに従うまま、人を殺める凶器だった。けれど今は、もうそんな生き方はできない。丸くなった、覇気が抜けた、歳をとったと人は言うが、此方のほうこそが背負いし運命から解放された場合の自分の心に適っている気がしていた。人を殺すことに、疲れていた。

「…………齢をとったのだろうね、僕も。もう君のように、あんな風には戦えないよ」

否、平穏な生活に身を落ち着けたと思い込んでいる、その凪いだ海原の如き心延えのほうこそが、まやかしだ。腹の底に眠らせた獣は、一生を通して血に飢え続けるのだろう。自分だけじゃない、人殺しの他の誰もが、爛々とした眼差しと熱い血潮を持つ歪んだ獣を飼っている。呪いのように枝を張り宿主を締め上げる種を植えられている。持つものはいずれ、破滅する。
弱気の及腰と見せかけて、本当はそうではない。野蛮な殺しを厭い、本能のままの愉快犯の殺しを憎み、過去の自分を誰よりも軽蔑していたーーその筈なのに、あの雨の夜ジャックの親を殺し誘拐してきた時にはえも言われぬ久方ぶりの高揚感を得た。後から、悲しくなった。
ルーツァンや仲間の一部が、汚れなき幼子を殺人鬼集団の中に連れ込むなんて、と批難するであろうことは想定していた。きっとわからない。反撃の牙を落とした猛獣の、此れが戦いになるであろうことを。

ルーツァンの靴の音が、遠く離れ、軈てそれすら闇に溶かし消したのか、彼女の気配ごと霧の向こうに消えて無くなる。振り返ったシャーロックは、振り返らない先妻の後姿を見送り、自分も前へと向き直って再び歩き出した。
「すまないね、君の気持ちは分かっているつもりだよ」
本当は何も分かっていないくせに、今しがた叱られたばかりのその口癖を性懲りも無く呟いて。シルクハットを乗せた細長い不吉の影も、夜霧の彼方へと融解して消えた。



自宅に戻ってきたシャーロックは、擦り切れそうなほど入念に手を洗った。血の匂いを、ジャックに気付かれないようにする為にだ。外套と帽子を脱ぎ、汚れた手袋を棄て、シャツのボタンを外し襟元を緩める。押し寄せる疲労感と熱の篭るような怠さに深い溜息が出た。その辺りが、この身を縛っていた先代の死と同時に先妻との婚姻関係を早々に解消した理由の一つなのだろう。なのに、別れた後も、ルーツァンの言葉は抜き損じたサボテンの棘のように今更というタイミングでちかちかと胸中を刺す。
その物音で、起きてしまったのか、二階でスワンと一緒に寝ていた筈のジャックが目をこすりながら降りてくる。シャーロックはハッとして反射的に、泥棒のように逃げようとしたが、ジャックは寝ぼけ眼ながらパタパタと駆け寄ってきて抱っこをせがんだ。

「…………っ」
言葉にならないものが込み上げて喉を詰まらせる。
いつもなら名暗殺者一門の名が泣いて怒りだしそうな、すっかり莫迦になった恍惚の顔でジャックを高く抱き上げるのだが、今日はそうはしなかった。両膝をつきジャックの視線の高さに合わせ、そのまま無言で強く抱き締めた。

「……シャーロック……?」

月の染める青白い部屋の中、表情が見えないシャーロックが痛いほど抱き締めるのでジャックは不思議そうに身動ぎしたが、それでもシャーロックは同じ姿勢のまま腕を緩めなかった。熱い腕に力が篭り、いつ耳をすませてもゆっくりと静かに脈打っていたはずの鼓動が、ジャックにも聞こえそうなほど騒がしく高鳴っていた。

ーー『たっぷりと甘やかシ、慈悲深く抱き締メ、欲しいだけ与えル。アナタはこの世界に必要なソンザイなのですト、何度も何度も繰り返し囁いて分からせなければ凶行は止められなイ』

ルーツァンの言葉が蘇る。シャーロックは野生の息を吹き返したように爛々と底光りを湛えた両の目を、震える瞼でそっと閉ざした。

ーー何も変えられない、誰も救えないなんて、言わせない。


>ルーツァンさん(〆)


【お相手いただき感謝です! 私も非常に楽しかったです。二人の因縁、とても楽しく読み書きさせていただき、ありがとうございました〜】

1ヶ月前 No.84

@xxxri0 ★iPhone=jRTGQCns6m

【 Lily / 6月30日 / 廃れた彫刻屋「L」 】


閉じられていた眼が勢い良く開き、ソファーから身を乗り出す様にして此方を見遣る男の表情に、一瞬。ほんの一瞬で有るが、焦りやら動揺やらの色が見れた様な気がして「 あらあら 」と、女は笑いながら小さく声を漏らそう。頼まれた温かい紅茶を、コポコポと心地の良い音を鳴らしながら淹れてやれば「 もう出来るから 」とだけ告げ、いつの間にやら平常心を取り戻していた男の発する < 此処に居た理由 > に耳を傾けていようか。男がそうして声を発している間「 へえ 」「 あら、そう 」なんて、合間合間に適当な相槌を打ちながら、手元ではスプーンでクルリと紅茶をかき混ぜて、茶菓子なんかも用意しよう。


「 ーー ハイ、紅茶。」


ぬらりとキッチンから姿を見せれば、男の前に置いてある机へ、紅茶と簡易な茶菓子を置き「 お待たせ 」と短めに告げる。そして女はまたもやキッチンへと身を引っ込め、冷蔵庫を暫く漁った結果、赤ワインなんかを片手に持って、三本脚の木製の椅子に腰を降ろした。銀色の瞳が女を見詰める中、女も其の妖艶なる視線で捉えた男を離そうとはしない。鼠が屋根裏を走り抜けた音以外、鳴る音も、その場に響く声も、何も無かった。


「 ホントに、ただの偶然だよ 」三日月の如く歪む銀色の眼から放たれる強い光に、女は 真偽を求める事 を止める。ーー どっちだって良いじゃない、面白そうなら なんて、女の胸奥に潜んでいた好奇心がそう唱えた。ゆっくり視線を外して、女はクスリと男に微笑み掛けよう。「 期待外れじゃなければ、嬉しいわ 」と告げながら。


そして女の視線は、一瞬男の後ろへと移る。やや泥の付着したスコップと黒い雨合羽、視線の先にはそれ等が適当に置かれていた。ーー 見付かると面倒そうね と思考しながらも、口では「 紅茶はどう? 美味しい? 」なんて聞いているのだから、女も女で演技派である。けれども、矢張り彫刻家のアトリエに、スコップがあるのは違和感を覚えるだろう。雨合羽ならば、適当な言葉を並べておけば避けれる所、スコップは と思いながらも、下手に動いて視線をズラさせるのも得策では無い気がする。


普段客人なんて呼ばない女からすれば、完全なる盲点であった。流石にスコップがあったくらいで、タフェフィリアである事まで見抜かれるとは考えにくいが、きっと男の事である。何か、不信感は抱くだろう。と、そこまで考えて女は現状維持を選択した。少しばかりの焦りから渇いた喉をワインで潤して「 やっぱりワインは、赤に限るわねえ 」と。


>> ルイス様

1ヶ月前 No.85

ルーツァン @papillon☆0uO5mlUpCUns ★sAbT0rwP1n_mgE

【ルーツァン/7月7日/西洋料理店Wildcat】


 一つ、欺くならば徹底的に。
 中途半端な嘘は良くない、自分も他人も不幸にしてしまう。騙すなら最初から最後まで周到に騙し切らねばならない、役者にならなければいけないのだ。そして上手な嘘の秘訣は、九の真実(まこと)に一の仰々しい偽りを混ぜること。

 一つ、観察を忘れず隙を突くこと。
 どんなに完璧なように見えても、この世に完全無欠なものなど在りはしない。どれ程強く、賢く、そして恐ろしい相手でも。よく見、よく聞き、注意深く探れば必ず一つは弱点があるものだ。其処を容赦なく狙うべし。

 一つ、狩ると決めたら躊躇するな。
 たとえ親友でも、たとえ恋人でも、たとえ家族でも。その時が来たら、戸惑うな。それが我等の理。

 血の掟、それだけが猟犬の運命(さだめ)。

 けれど本当は、運命とは常に自らの手で切り開くべきものだと彼女は知っている。その為なら蛇蝎のごとく忌み嫌われようと構いはしない、たとえ血で血を洗う事になろうとも。信念を貫き通す事こそが美しい、それがいかに横暴で、自己中心的な行為でも。
 間違いは正さねばならない、この手で。それが、それこそが間違った行為だとしても。


 ほとんど毎日冷たい雨の降る、霧深い都。しかしその日は珍しく朝から雨が降っておらず、薄い雲の間から時折陽光が差し込み、淡い青と灰色の空が人々の頭上を覆っていた。
 いよいよ日も暮れ、鳩時計がもうすぐ逢魔が時を示す頃。澄んだ呼び鈴の音色が山猫の名を持つ料理店に響いた。重厚な扉が音も無く開くと、こつりこつりと高い靴音が緩やかな歩調で店内を歩んでいく。
 一歩進む度に鴉の羽根飾りが揺れるつばの広い帽子を取れば、綺麗に撫でつけられた銀色の髪が証明の光りを受けて鈍く輝いた。つやつやと艶めかしい光を放つ黒のマーメイドドレスは身体のラインがはっきりと分かるものの、最高級の生地が惜しげもなく使われているからか、決して下品に見えない独特の清らかささえ感じられる。手にした小さな黒いハンドバックを側の椅子に置くと、黒衣の女――黒妖犬(ブラックドッグ)の二つ名を持つ暗殺者、ルーツァン――は、そっとカウンターへと歩を進める。

「御機嫌ヨウ、可愛い天使サン?」

 漆黒の目を穏やかに細め、黒とも紫ともつかぬ夜天の色をしたルージュを差した唇は微かな弧を描いて。優しげな微笑を浮かべると、密やかだがよく通る声で目の前の小さな彼に語り掛けた。
 其処は彼の特等席である。ほんの数か月前までは誰もが座っていたカウンターの一角に過ぎないが、今では彼が居ない時でも常に空席のままだ。何しろこの店の主は彼を溺愛している、もし今この席に座る者が居ればたちどころに店の外に放り出される事だろう。
 彼は何処までも愛くるしい存在だった。太陽をそのまま写し取ったかのような黄金の髪、よく出来た人形のごとく整った目鼻立ち、白く小さく柔らかな肌は絹織物よりも素晴らしい滑らかさで。ジャック、この店の主シャーロックが連れてきた年端も往かぬこの少年は、まるで下界に降り立った天使である。何より素晴らしいのは最上級の宝玉に似て煌めくその瞳だ、眼球に異常な執着を持つルーツァンとしては強く惹き付けられてしまう訳だが、相手が相手なだけにその気持ちには何とか蓋をしてきた。

「今宵はお留守番なのでしょウ? シャーロックがお出掛けしているコト、ワタクシは存じておりますとモ……退屈、しているのでハ?」

 彼のすぐ側で立ち止まると、ルーツァンは軽く身を屈めてジャックと視線を合わせる。彼が暇を持て余している事は容易に想像出来た、否、それを狙って今此処に来たのだ。
 今夜シャーロックが店を不在にする事は分かっていた、政府の高官達と会う予定があると事前に調べ上げていたのだ。そんな時、シャーロックはいつも店の常連にジャックの子守りを任せる。曜日と時間を照らし合わせて、今夜シャーロックはジャックを任せるとすれば、暗殺業をほとんど引退したも同然のナイフ使いの老人だろうとルーツァンは予測していた。そしてその予想は的中し老人はカウンターの、ジャックの隣の席に座っている。カウンターに突っ伏し、高いびきを響かせて。

「オヤオヤ、アラアラ、マアマア……呑気に夢の中デハ、お人形の番すら務まりませんわねエ」

 咎めるような言葉とは裏腹に、ルーツァンは口元を片手で覆い隠しながら楽しそうにくすくす笑う。
 老人が大の酒好きで、子守りを頼まれていてもつい飲み過ぎては酔い潰れてしまう事が多いと、ルーツァンはよく知っていた。更に今日はある大規模な仕事の依頼が入っていてほとんどの暗殺者達が出払う事も、その依頼が実は周到に仕組まれた偽情報(ガセネタ)である事も、知っているのは彼女だけ。
 そう、今宵全ては彼女の思うがまま。その手の内であらゆる駒を躍らせて、ある目的を果たす為。

「ケイカクドオリ」

 ジャックにさえほとんど聞こえない、ほとんど唇を動かさない独特な発声で、ルーツァンは呟いて。

「ネエ、ワタクシの天使サン? アナタ、七夕を御存知? ワタクシの国の古い言い伝えデ、お空のカナタに住んでいる恋人達が一年に一度だけ逢える日が今日、七月七日なのデス。だからワタクシの国のヒトタチが沢山暮らしている中華街(チャイナタウン)でハ、今日は街中をキレイに飾り立てて夜遅くまで愉快ニ、賑やかなお祭りをするのデスヨ」

 作り物かと思われる程、牡丹の花が開くがごとき甘い微笑を浮かべたまま。ルーツァンはジャックにそっと片手を差し伸べた。

「こんな素敵な美しい夜ニ、一人ボッチのまま暗いお部屋で過ごすのはモッタイナイと思いませんこト? ねえジャック、ワタクシと一緒ニ、二人キリデ」

 鳩時計がこの世で最も禍々しい時刻を告げる。平和の象徴たるあまりに間の抜けた白鳩の鳴き声にこそ、真の魔というものが潜んでいる事を、知るは漆黒の魔犬のみ。

「夜に散歩しませんカ?」

 仄暗い思惑を華やかな笑みと胸の内に隠して。


 その牡丹は、目には見えない毒を孕んで咲いていた。


>>ジャック、周辺ALL


【打ち合わせの通り、ジャックくんをほのぼの楽しい夜のお散歩(?)にお誘いしました。どうぞ宜しくお願い致します】

1ヶ月前 No.86

エディ @d0ap ★iPad=qTOmkAVEvD

【エディ/7月4日/メリルボーンハイストリート→裏路地】

紫煙を漂わせていたダニエラが、自身の指摘により狼狽えている姿に少々呆れたような顔をしながらその行動を見守る。ジャックへの配慮なのか、最期の言葉も許されないまま男が静かに絶命したのを見届けると、一先ず片付いた事に小さく息を一つ吐いた。後はシャーロックにこの事が知られなければ……。最悪の状況を頭から排除しようとしていると、ダニエラがいつもの様にジャックに声をかけていた。心配でジャックの様子を伺っていると、此方もいつものようにダニエラに抱きついていく。離れていくぬくもりに名残惜しさを感じつつ、楽しそうに笑い声をあげるジャックに自然とエディの口元が緩む。ダニエラの後ろでは今尚凄惨な光景が広がっているというのに……。

「えぇ、お仕事は終わり。ダニエラ、そうでしょ?」

此方を見上げて天使のように愛らしい声で問いかけてくるジャックに此方もにこやかに答えつつ、確認するようにダニエラにも声を掛ける。終わったなら早くこの場から離れたい。ジャックに再び余計な刺激を与えたくないのは勿論のこと、この鉄臭さがエディは好きではなく、それは普段自分が任務をこなした後は持参している強めの消臭剤を振り掛ける程だった。

「こんな所にいても何も面白くないわ。坊や、行きたい所はある?何か楽しい事をしましょう」

「ねぇ?」と二人の顔を見ながらそう提案する。ジャックの脳内から殺人現場での出来事を楽しい出来事でどうにか上書き出来ないだろうか……と考えての提案だった。子供は楽しい事が好き。衝撃的な出来事もそれを上回る楽しい事があれば、上手くいけば忘れてくれるだろう。そんな安直な考えがジャックに当て嵌まるかは知らず、何もしないよりはいいだろうと内心で思いつつ二人の反応を待った。

>ジャック、ダニエラ

30日前 No.87

狼谷 @anima1997☆PMqTzZiUwVg ★iPhone=H508FesIAo

【 メロウ / 11月1日 / ベイカーストリート→移動中 】

 メロウの提案を快く受け入れてくれたスワンの問い掛けに、口元に手をあてて少しだけ考え込んだ。行き先の候補はもうほとんど決まっているようなものなのだけれども。

「僕が行きたいのはねー、」


 ……
 日が暮れようとしている頃、二人は洋食屋『Wild Cat』へと足を進めていた。
 今日は散々だった午前中から始まったけれど、運命的な出会いを果たしたストームグラスを衝動的に購入したのち、さらにスワンに会えたことによって有意義なお昼を過ごせたので、結論は「とてもいい日!」だったなあと思い返す。
 会話の中でした彼女との約束も、それが叶う日が来るのが楽しみになるものだった。まずはひとつめ、彼女の家に行けば手料理を振舞ってもらえることになったこと。人の温かさに触れることの出来る手料理は、たとえ誰が作ったものであっても嬉しいし、親しくしてくれる相手のものなら尚更だ。また都合がついたらこの日はどうかと提案してみようと思う。次に、雪の降り終わった夜空を一緒に観測する約束をしたこと。高台にある彼女の自宅は、絵本の世界から切り取られたような感じがしてとても好きだし、そんな素敵な所で綺麗な星空を見るのは想像しただけで胸が躍る。天文学について自分でも予習しておこうと思ったりして。今日スワンと交わした約束が、この冬そして次の春や夏を過ごす楽しみの一つとなる。
 空を見上げていたが、ふと視線を下へと落とした。ふたつの紙袋を抱えている。その紙袋の中身は自分用のストームグラスと、プレゼント用のものである。プレゼント用の紙袋には、キャンディやスコーンなどお菓子のイラストが描かれていて、リボンを象ったシールが貼られている。

「ジャック、喜んでくれるかなあ。」

 問いかけにも独り言にも聞こえる言葉を発する。声音は不安げというよりは、あの子がどんな反応をするかどうか楽しみで仕方ないというような、わくわくを隠しきれない声であった。

>スワン、(ジャック)、ALL

29日前 No.88

ジャック @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【ジャック/7月7日/西洋料理店Wildcat】

貴重な晴れ間のみえる日だというのに、ジャックは薄暗い店内で一人でお絵かきをしていた。隣には、ラムの空瓶を手にしたまま幸せそうないびきも高らかに眠る老人が一人。殺人鬼を引退して陽気で自由な海賊に転職した夢でも見ているのだろうか。
ジャックは背の高い椅子の上で足をぶらぶらとさせ、一本だけ短くなった赤いクレヨンでぐるぐると画面を塗り潰している。汚れるのをまるで気にしない小さな手は楓の葉のように紅葉していた。
幼子がこの店に来て、早くも一ヶ月が過ぎた。
彼の保護者である店主シャーロックは、昼のランチ営業もクローズして慌しく出掛けたきり帰ってこない。ジャックの相手を任された店の常連もこの有様で、子供の彼は当然退屈していた。
原色に彩られたスケッチブック。その真ん中には、人の顔のようで人の顔ではないような、乱雑に力を込めて塗りつぶされた土色の塊があった。人の顔のようと表したのは、その中央に歪んだ口のような紅白の楕円と、鼻筋のような縦線があったから。人の顔ではないようと表したのは、それが顔だというのなら鼻と口の上にあるはずの、両目が無かったからだ。描かれていなかったのではない、画用紙の本来描くべきだった場所が、真ん丸い風穴を穿つように破り取られていたからだ。

カランカラン、と氷の音のような涼しいドアベルが鳴る。
「あっ! いらっしゃませー!!」
小さな一日店長は、スケッチブックとクレヨンを放り出し、本物の店主よりも溌剌と元気な歓迎の声を上げた。
現れた女性の姿が、優雅な猫のようにしなやかな所作で店内で入ってくるのをジャックの青い瞳が追い掛ける。つばの広がった帽子を取り、翳りのヴェールが去って露わになったその顔を見て、ジャックは驚きの声を上げる。

「ルーツァンだぁ!」

今日は皆忙しいから、誰も遊びに来てくれないと思っていた。予期しない客人の訪れに、ジャックの喜びようは二倍になった。

「うん、シャーロック、いそがしいんだって」

おじさんも寝ちゃった、と、傍の呑んだくれを紹介するように示し、つまらなさそうに小さな口を尖らせる。

「たなばた…………?」

七月七日の祭を知っているかと尋ねられて、ジャックは不思議そうにポカンとしたまま首を横に振る。お空の彼方の恋人たち、チャイナタウン、愉快で賑やかな夜のお祭り……。
退屈な一日の終わりに舞い込んだルーツァンからの突然の誘いは、ジャックにとってなんと甘美で魅力的に聞こえたことだろう。ジャックの頭の中は見たことも聞いたこともない七夕祭のことでいっぱいになり、まだ見ぬ憧れの情景は夢想の中で色とりどりのネオンに照らされて、地上のどんな景色よりも鮮やかなパノラマを繰り広げ始めた。

「うん! ジャックもいく!」

ジャックの好奇心は既に鷲掴みにされていた。此処には星もネオンも天の川もランタンもないのに、ジャックの目はキラキラと星を植えたように輝き、すぐに椅子から飛び降りて、ルーツァンの黒いマーメイドドレスの裾に纏わり付いた。

>ルーツァンさん、all


【待ち合わせ、ありがとうございます! 楽しみましょう!】

29日前 No.89

ジャック @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【ジャック/11月1日/西洋料理店Wildcat前】

「シャーロックー、そろそろスワンが かえってくる じかんだよー、はやくー」

まだ店のカウンターでグラス拭きに夢中になっていたシャーロックを呼びに、ジャックが階段からひょこりと顔を出す。

「もうそんな時間か。ジャック、御願いをしてもいいかな」

最後の一つの拭き上げたワイングラスを灯りにかざし、そこから目を離しもしないでシャーロックはジャックに言った。目を細め、ワイングラスに曇りを見つけると、またクロスをさっと広げて入念に磨きをかける。基本的に、仕事や趣味やそれ以外の何かに熱中しているとこの男はいつもこんな感じだ。ジャックのほうも、もうすっかり此処へは馴染んだのか、そんな時の対処方法はよく心得ている。

「ジャックがおむかえにいく!」

階段の残りをタタタッと駆け下り、シャーロックの足元を過ぎ抜けると、慣れた仕草で背伸びの姿勢からドアノブに手を掛け、もう一人の家族を迎えに店の前へと飛び出す。
シャーロックが手を離せない場合……それは大抵毎回、ジャックは店の外までスワンを出迎えに駆けて行き、買い出しの荷物を仕舞うお手伝いをする。それが彼の中では自分の立派な役割と認識されているらしかった。Ristorante Wildcat≠フ文字と山猫が描かれた看板の下に出て、ジャックは澄まし顔で家族の帰りを待っている。

待ち焦がれる人影は、すぐに見えた。
通りの向こうから、長いスカートを秋風に靡かせて、柔らかく優しく甘い香がしてきそうなスワンの姿が近づいてくる。
「スワン!」
駆け寄りはじめて、その隣に今日は素敵なお客様が来ていることを知った。軽やかな制服姿のあの子が来ると、いつでも爽やかで明るい風が一緒に入ってくるようでジャックははしゃぎ気味にその名前を呼んだ。
「メロウ!」
歳はだいぶ離れているはずなのに、ジャックはメロウのことをどちらかというと友達か兄姉のように思っているところがあった。夜な夜な店に集う面々の中でも特にメロウは毎日のように来てくれて、常連達の中でも殊にお酒だけではなく夕食をジャックと一緒に食べている事が多いからだろうか。

「おーーーい!」

日の暮れかけた通りは黄昏色に染まり、石畳の上に大人のように長くなった影を走らせてジャックは二人に駆け寄って行った。

>メロウさん、スワンさん、all


【お迎えに上がってみましたー!】

29日前 No.90

ミリヤム @mistydark☆NIljAHmRyhk ★Android=GaTaMXF8bf

【ミリヤム/6月13日/ピカデリーサーカス】

 小さな紳士は、嬉しそうに育ての親に似ているかと訊ねた。白雨は大人の対応をしているが、ミリヤムの本音は「似なくていいのに」である。なかなか上手い言葉の見付からない彼女は、取り繕うように微笑んだ。
「――…………そうね、見た目は大分シャーロックに近付いたのではないかしら?」
 暫くの沈黙の後、絞り出すように言った。商談を纏めていたことを言い訳にさせて貰おう。
 下着と赤いハンカチと傘も追加で入手したジャックに再び可愛い可愛いと誉め散らかし、店員から彼の洋服の入った袋を受け取る。
「さ、じゃあ、次のお店に行きましょう」
 二人に目配せして、店員のありがとうございましたー、という声を背負って歩き出す。白雨も和装のお店には宛がないらしく、こうなったら適当に歩くしかない。

「ん? 剥製の中身? ……そうね、良い人なら天国とか神様の所に行くんじゃないかしら」
 ジャックの素朴な疑問に、一瞬内蔵の話をしそうになって止めた。流石に捨てられるか食べられるかじゃない? とはまだ幼気な光を宿す彼には答えられない。

 円形広場を通り過ぎ、ざっと大通りを見渡してもそれらしいお店はなかったので、ミリヤムは別の路地へと歩を進める。そこには異国の文字――確かカンジとか言ったか?――が踊る看板が沢山連なっていた。
「キリサメゴフクテン? あれとかそうなんじゃない?」
 漢字とカタカナとローマ字が入り交じる看板を何とか読み下したミリヤムは、ショーウィンドウの豪華絢爛な着物やら扇子やらを指差して告げる。
 その時点で、ジャックより遥かに瞳を輝かせながら。

>ジャックくん、白雨さん

【お店の名前は適当ですお許しください】

28日前 No.91

みんと @milkywayy☆woNfuP/Psag ★iPhone=WsHBgyg92L

【 白雨 / 6月13日 / ピカデリーサーカス→キリサメゴフクテン 】


 嬉しそうなジャックと複雑そうなミリヤムの表情を交互に見比べながらうふふ、と白雨は笑う。そして外をきょろきょろとしている間に終わったらしい会計にふわりと店員に一礼をすれば外へと足を踏み出す。

「剥製は美しいどすけど、わっち的には中身は――――へえ、まあミリヤムはんの言う通りどすなぁ」

 ついつい口を滑らせてしまいそうになったようだ。取り繕うように微笑みながらも二人に続き広場を歩く。そして見慣れた異国の文字に目を向ければ何となく懐かしいような、そんな穏やかな気持ちを胸に抱いた。

「霧雨呉服店どすなぁ、こんな所にこんな店があるやなんて……うふふ、なんや嬉しいどすなぁ」

 ショーウィンドウに飾られている着物や扇子に視線を向けながらくすくすと笑う。無邪気なミリヤムの反応を微笑ましく思っていながらも白雨自身も心踊っているのはやはり自国のものだからだろうか。

>> ミリヤムさん、ジャックくん


(名前素敵だとおもいます〜〜!)

27日前 No.92

ジャック @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【ジャック/6月13日/ピカデリーサーカス→キリサメゴフクテン】

しとしとと小雨の降る繁華街を、見た目だけでも育て親に似た気になっている小さな紳士は上機嫌に歩く。来た時は大人二人と両手を繋ぎ、バンザイの姿勢で挟まれていたジャック。けれど今は傘を手に入れたことでうきうきとスキップしそうな勢いで意気揚々と先陣を切っている。

「ハクセイのなかみもテンゴクかぁ。ジャックしってるよ。 テンゴクにいくと みんなあえるんだよ!」

また何処かの誰かからの受け売りなのだろう。少なくともあの店主では無さそうだ。育て親や白雨やミリヤムや、あの場所に集う者たちの本当の顔を知らないジャックには皆が良い人≠ノ見えるからこそそんな言葉が出るのだろう。「しってた?」とジャックは得意げに胸を張る。

そんなやりとりをしているうちに、目的の和装の店へと到着した。ショーウィンドウの衣服もさながら、和風木造家屋をもして作った格子の引き戸が珍しくて、ジャックがしばらく不思議そうに背伸びをして眺め回していると、呉服店の店員が先に中から気づいたらしく戸を開けてくれた。

「あらあらあら、いらっしゃいませぇ」

暇そうな呉服店の店主は雨降りの店先に三人ものお客さんが見えた事が嬉しかったらしい。にこやかに三人を招き入れると、中でも一目見てその国の人とわかる白雨の容姿を見て更にこの上なく嬉しそうに目を細めた。店内にはショーウィンドウに飾られていたような艶やかな着物や愛らしい小袖に身を包んだマネキンが居たり、そうかと思うと畳の上で衣桁に掛けられている一枚の大きな絵のような着物もあったりして絶妙な和洋折衷を為している。

「シラサメシショーがいっぱいだぁ……」

和服自体を白雨が着ているもの以外ほとんど見た事がないジャックは、目を輝かせているミリヤムの隣で、ときめいているというよりも驚き物珍しがっている表情で、店内の美しい着物の数々を見て回る。
ちょっと目を離すと、好奇心のままに綺麗な晴着姿のお姉さんマネキンに手を伸ばし、ちょいと引っ張っている。その手に持たされていた扇子が目を引いて気になって好奇心を我慢できなかったようだ。
「あっ」と声が上がる。

「…………もげちゃった……」

呉服店店主が制止するには遅く、ジャックは自分の悪戯の果てに呆然と固まっていた。
扇子と一緒に簡単に袖から抜けてしまった人形の左腕を抱えて、目をぱちくりぱちくりと瞬かせ、石像にでもなったかのように静かに凍りついている。

>ミリヤムさん、白雨さん、all


【名付けありがとうございますー!】

27日前 No.93

ミリヤム @mistydark☆NIljAHmRyhk ★Android=GaTaMXF8bf

【ミリヤム/6月13日/霧雨呉服店】

「あら、流石ジャック。やっぱり貴方は物知りね」
 天国について得意気に話すジャックの頭を撫でる。
 彼の言う“みんな”とは、誰だろうか。シャーロックの許に集った面々に天国に入れる資格があるとは思えない。また、シャーロックに殺された面々も、余程の事がなければそれなりの罪科を背負った者達だ。
 今この瞬間にジャックが死んだら、純真無垢で美しい彼は間違いなく天使の仲間入りを果たすだろう。(そしてその遺体は……どうなるか考えない方がよさそうだ。)けれど其処には、シャーロックもいない、スワンもいない。白雨もミリヤムもその他の面子も、彼の実の両親すらいやしない。
 そんな事実には、もう暫くの間は気付かないでいてほしい。

 霧雨呉服店、という白雨の言葉に、間違ってなかった、とミリヤムは少しばかり安堵する。
 店員に迎え入れられれば、ジャックそっちのけで和装アイテムを物色しだす。
「とぉっ……ても綺麗ねこれ! 素晴らしいは、刺繍も細かくて布の手触りも良くて……うちの子達にもきっと似合うわ! でもどうやって着るのかしら……あ、子供用のサイズもあるの?」
 ミリヤムにとっては一枚布にしか見えない着物や浴衣を前に、彼女は店主を誉め殺しと質問攻めにする。
 だからだろうか、店主の静止が間に合わなかったのは。
 あ、という声にミリヤムが振り返ると、マネキンの手を抱えたジャックが硬直していた。
「あらあらジャック、はしゃぎすぎよ。ほら、お店の人にごめんなさいして? 後それちょっと貸してご覧なさい、多分関節が外れただけよ」
 扇子を持ったままのマネキンの左腕をジャックから抜き取り、着物の袖からガサゴソと突き刺す。カチリと音がして腕はもとの位置に収まった……多分。一応、材質がどうあれミリヤムも伊達に人形作りはしていないということだろうか。
「ごめんなさいね。お詫びと言っては何だけど、私のサイズで……そうだな、色は青系で一式纏めて下さる? あと、この子にも着せてあげたいんだけど、いいのあるかしら?」

>ジャックくん、白雨さん

27日前 No.94

みんと @milkywayy☆woNfuP/Psag ★iPhone=WsHBgyg92L

【 白雨 / 6月13日 / キリサメゴフクテン 】


 霧雨呉服店に足を踏み入れた一行であるが、ミリヤムも目を輝かせ着物に触れているしジャックも興味津々のようで白雨はくすくすと笑みを零す。ぐるり、と辺りを見渡せば柄様々な扇子に目をやりながら唇を開く。

「ミリヤムはん、着付けやったらわっちがお手伝いさせてもらいまひょか?」

 普段から着物姿である白雨がそう提案する。だがしかしミリヤムに気を取られていたせいか、ジャックの身に降りかかる事件には気がつかなかったようで気づいた時には時すでに遅し。あらまあ、と短い言葉を零す。

「ジャックはん、あんまりいらいなぶったらいけまへんよ、お人形は脆いんやから」

 ミリヤムに続くように白雨は店主に深く頭を下げ謝罪の言葉を口にする。そしてぐるりと辺りを見渡しながら悩むように首を捻りながらも店主に向けて声を掛ける。

「ほんなら、わっちもなんか買わせてもらいまひょ。せやなぁ、あの紫陽花の柄の扇子と……紫色か紅色の帯がええどすなぁ。――――嗚呼、そうや。あるんどしたら、その子の着物の柄は百合がええと思うんやけど」


>> ジャックくん、ミリヤムさん

25日前 No.95

ジャック @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【ジャック/6月13日/キリサメゴフクテン】

「……ゴメンナサイ……」

ジャックは二人の見習うべき大人達に倣って、人形の腕を抱えたまま頭を下げる。すると途方にくれたその手がすっと軽くなる。ジャックの手からするりと人形の腕が抜かれた。心配そうに見上げる青い目の向かう先で、ミリヤムはガサゴソとマネキンの袖から身八つ口を探っている。熱心な視線の見守る中、カチリと噛み合う音がして、人形の腕はミリヤムが手を離しても優雅に扇子を携えたまま肩の先にとどまっている。

「よかった……よかったねぇ、ニンギョウさん、よかったねぇ」

本当に手術でも見守るように息を止めて見守っていたジャックは、しきりに「よかったねぇ」と物言わぬマネキンに話しかけている。目を丸くしていた店主も思わず吹き出していた。

「はい、お客様、ありがとうございます。そうですね……此方などはいかがでしょう」

店主が運んできたのは、紺色の江戸小紋。帯は「これが涼しげで素敵かと」と白縹に銀糸が入ったパールホワイト調のものを沿わせ、「ですが此方も可愛いと存じます」と反対色である蘇芳色のものも並べる。帯締め、瑠璃色の帯留、天色の飾り襟、銀の草履に、繊細な造りの簪、果ては襦袢に足袋、腰紐、襟芯に枕などなど……こんなに必要なのか思うほどの装備品がずらりと並べられる。

「あらあら、御心強いお師匠さんがいらっしゃるのですね。……お客様は日の本の国の御方なのですね。帯ですね……かしこまりました」

呉服店の主は白雨のことを着付けの師範≠ニいう意味合いで言ったのだろうが、ジャックは反応して「シショー!」と繰り返した。お眼鏡に叶った扇子を丁寧に箱にしまってから、一度店の奥に入り、桔梗色に青藤色、若紫に竜胆色、菫色、菖蒲色、臙脂色に赤紫、小豆色、薔薇色、と嬉々としてあらゆる色目の帯を見繕ってきた。花魁のような姿をした白雨に似合うよう、柄は大輪の花や金糸がふんだんに使われた蝶々など派手なものが多い。

その間にジャックは、お人形遊びはやめておこう……そう自分に言い聞かせているのか、自分よりも遥かに背の高い浅葱色の着物のマネキンを見上げながら密かに頷いていた。すると、背後に「今度は貴方の番よ、お坊ちゃん」と笑顔の店主から声が掛かる。

ーーかくして、ジャックは何処と無くモダンな香り漂う可愛らしい大和男子風味に仕立てられていた。黒に近い無地の濃藍色の袴に、上は白に近い青白磁の着物。着物は男物にしては珍しく、紺色で一面に白百合の大輪が塗りのない線画の状態であしらわれている。何と無く、その国の女学生のようにも見える中性的ないでたちに、大きな紺色のリボンをつけようとしていたのを……店員は慌てて理性で取り下げ、男の娘という煩悩からの脱却を試みたつもりか、代わりに「こういうのも彼方の国の今風で宜しいかと……」つばのある黒い帽子と墨色の鳶コートを取ってつけた。ジャックは先程の紳士服屋の時とはまた打って変わって、鏡の中の自分の変身を不思議なものを見る目で食い入るように見つめている。

>ミリヤムさん、白雨さん、all

25日前 No.96

シチダンカ @caim ★Vxqs1Pnm4y_mgE

【シチダンカ/9月1日/西洋料理店Wildcat】

 隠す気配すら見当たらない周囲の視線や此方に向いた憶測の数々を背で受けながら、綺麗に磨かれたカウンターテーブルへ視線を流す。前回とは違い、それらが人殺しだけが放つことのできる視線と確信できただけでも十分に価値があった。殺害行為の免罪符なんてこの世で最も要らないものだったけれど、――これで夢に近付けるのならば、決して悪い話なんかじゃない。

「あら、覚えていて下さったのね。嬉しいわ」

 ぴんと伸ばした爪の先を見るふりをして、マスターが客へ目くばせするのを確認する。流れるように口から出た言葉に深い意味などなくて、ここで大凡の力関係を把握しておきたかった。これは組織なのか、それとも烏合の衆なのか。手紙を寄越されたということは、あたしの行動を制限されたということ。その中でどれくらい程に自由が利くのかは今日この内に知っておきたかった。この緩やかにかけられた圧を躱す方法を。
 仲間になったこと、これ以上の誤解を生む前に早くそう言ってしまった方が楽かもしれないわね。

「シャンパン、ね。……そう、そうね……良いわね、とてもぴったりだと思うわ、マスター」

 シャンパン。そう聞いただけで、口の中で炭酸の弾ける味がした。ぜんぶ泡になって弾けて消えちゃえばいいのにね、だなんて、まったく思ってすらいない嘘を心の中に吐く。不意に、妙に聞き覚えのある語感が鼓膜を通り抜けた。「オセキハン?」と復唱をしながら、メニューの端の小さな文字を目で追う。――見られていると、素直にそう感じた。態と視線に気づかぬふりをして、メニューをざっと二周半ほど視線を流す。正体をわざわざ口で言ってしまうだなんて、つまらないでしょう。間違い探しみたいに、非日常に気付いて。当てっこみたいに、あたしの本性を暴いて。今日を独りきりの寂しい夜にしないで。向けられた背中に、小さく笑みを零す。あなたの今の顔を知っているのは、ボトル達だけね。薄暗い中じゃ、ボトルに映るその顔さえも見れない。

「いいえ、来ないわ。あたしに、愛想尽かしちゃったのね。……あたしが、約束破っちゃったから」

 何事もなかったように、マスターの問いかけに答える。救いたかった、未だ救えなかった。ただそれだけのことに、感情を動かす意味なんて無いもの。あたしね、小さい頃にカミサマに会ったことがあるのよ。口だけを動かして、それだけを形作って、唇を突き出すように微笑む。人間なんかじゃ与えてくれないような、素敵な夜をプレゼントしてもらったの。それに比べれば、どうってことないの。愛情表現のための薄っぺらな言葉なんて。殺さないで、近付くな、そう語った目を思い出す度に、自己防衛の笑みが溢れてくるの。あたしが一晩ですべてを踏みにじった、かつての連れへの一方通行の約束に対しても、出会った時から昨日までの諸々の過程に対しても、すべて。

「マスター、もしよかったら、一杯付き合って下さらない?」

 角が少し丸まった、例の封書をカウンターの上へ乗せる。乾杯の無い夜なんて、寂しくて耐え切れないもの。

>シャーロック

24日前 No.97

狼谷 @anima1997☆PMqTzZiUwVg ★iPhone=H508FesIAo

【メロウ/8月31日/シチダンカ宅前】

 穏やかに語りかけるような物腰穏やかな彼女の口調と、赤い唇から紡がれる歪な言葉のアンバランスさに、足元から脳に向かって這い上がる得体の知れない小さな電流のようなものを感じ、目を細めて口角を吊り上げた。
 彼女の返答に、ふうんと小さく声を零す。そして脚やら腕のない胴の部分を見下ろして、少しだけ考える素振りをするが、首を横に振った。

「そんなにバラバラになった体は、もう使えないから、僕はいらない、かな。」

 毒が回っているわけでもない、シンプルに、切り落とされただけで命を絶った死体に興味が無いといえば嘘になるのだが、こういうものは自分が求めている死体の形ではないのだ。残念ながら。趣味で解剖なんて出来ればいいのだが、同居人の素敵な店に血の香を漂わせるのは気が引ける。一人暮らしならば本当に、本当に、魅力に満ち溢れたお誘いなのだけれども。その手足をさらに細かくして、臓器だって試してみたいことが沢山あって、新鮮な肉にメスが入る時の何とも言えないあの感覚が指に蘇り、拳を握った。
 後始末をしないということは、ここにこのまま、誰かが通報するまで野晒し(コートのおかげで、晒しているという表現は不相応かもしれないけれど)なのだろうか。スカートの裾が血濡れた地面に付かないように手で押さえながらしゃがみ込んで、彼女が行う仕草を間近で見守る。そしてコートの膨らみを眺める。
 人間って、やっぱり、簡単に死ぬよね。

「それはオネーサンが誰よりも知っているんじゃない?」

 愛していたのなら。
 彼女の顔を見上げてにこりと微笑む。自分の感想は一切求められていない気がした。
 返答したのち、すくりと立ち上がり、汚れてもいないスカートを手で払う仕草をする。一度爪を確認するために視線を落とし、再びその伏し目がちなライトグリーンの瞳を覗いた。

「きっとすぐに、会えるよね僕たち。だってオネーサンは僕と同じにおいがする。」

 それこそ、そう、殺人鬼達が集まる件の洋食店なんかで。共にテーブルを囲む日がくるかもしれない。ありえない話ではないはずだ。その時たくさんお話できたらいいな、なんて。

 ……心理学者さんだよね。確か。
 先程間近で見たときに確信した。何気なく手に取った雑誌で彼女の小さな顔写真を目にしたことがある。名前も、彼女が述べた見解の内容ももう忘れてしまっていたけれど。自然と話をしたくなるのは彼女の職業柄、流石と言うべきか。

【そろそろ絡み〆かなと思ってこういう風に書かせて頂きました……!】

>シチダンカ、ALL

24日前 No.98

ルーツァン @papillon☆0uO5mlUpCUns ★sAbT0rwP1n_mgE

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23日前 No.99

シャーロック @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【シャーロック/9月1日/西洋料理店Wildcat】

よもや今更見る必要もあるまい自分の店の酒瓶を眺めながら、返答の一々を背中で受けた。

「なるほど。ふられてしまって、彼の時計だけを連れてきてしまったのですねぇ」

あいも変わらずカウンターに背を向けたまま、まるで酒瓶と世間話でも交わしているような間延びした口調でシャーロックは答えた。『その手を見れば、相手の今日してきたお仕事は大体わかるものですよ』とシャーロックはよく知りたがりの養い子に手品師のように冗談めかして言っていた。流血を伴うほどの負傷した腕に時計をはめていた場合、怪我が掌にでも無い限り、腕を這う血は近位から遠位に向かって、即ち左腕なら文字盤の9時の方向から3時の方向へと流れる。反対に、その左手が加害者で、刺して伝う血ならば手首は上に向いているのでその逆の3時方向から9時方向となる、或いは文字盤はまるで読めないほど赤一色かまだらに塗り潰される。肘から上に外傷を負っているようには到底見えない彼女の腕に、あの奇妙な汚れ方をした時計が鎮座しているのは、些か不自然だ。左腕を傷つけられた誰かの手首から、奪われたもの。
徐ろに取り出したとっておきのクリスタルガラス製フルートグラスを光に翳す。クーラーからシャンパンを選び取る。大きく優雅な掌に二脚のフルートグラスを携える。上機嫌にその所作が躍っている。その様子は旅支度に浮かれる少年のようでもあり、お茶会の支度に勤しむ老執事のようでもあり、はてまた全てはまやかしで、表情などない作り笑いのようにも見える。

「祝い酒のお供ですか、それは光栄ですね。喜んで」

煌めく黄金の泡を封じ込めているコルクの針金に手をかけながら、店主は振り返り、今しがた見聞きした情報に大凡そぐわぬ歓迎の笑みを浮かべた。
カウンターテーブルの上の封筒が、今更目に飛び込む。意地の悪いシャーロックは、今驚きましたと言わんばかりにわざとらしく目を見開いて、「おやおや」と態々大仰に言ってみせる。
はちきれんばかりの金の美酒が詰まった暗緑色のボトルをゆっくりと回す。その挙動に、いつのまにか店内の殺人鬼全員の視線が集中し、今やシャンパンの瓶の弾けるポンという音を心待ちに固唾を飲んで見守っているのが丸わかりだ。皆知らぬふりをして、好奇心を隠せないらしい。烏合の衆に日々囲まれる店主は苦笑いした。

「だぁれー?」

その時、場にそぐわぬ甲高い幼児の声がした。一人を除いてはもうこの場の全員が良く知る存在となっていた……この店の養い子、ジャックである。店主シャーロックが溺愛する、弱い四つばかりの幼子。殺人鬼達の巣窟に一人、金の髪に映える青い目を好奇心にキラキラさせて。不思議で不思議でたまらない、という顔をしている。少年には、周りの大人達から新参者への距離推し量るような対応が、好奇の対象として面白いものに見えたのかもしれない。全く流れも、辺りの空気も読まずに上げた素朴な疑問の声。おそらくこの場にいた多くの殺人鬼達が口にしたくてもできなかった疑問が、なんとも間の抜けた声で店中に響き渡る。

店主はこらえきれずに笑い出した。
嬉しそうな、愛しそうな笑い声が、ジャックの素朴で当然たる疑問符に続いて店内に響く。

「……よく聞いてくれましたね、ジャックちゃん。さすが世界で一番賢い良い子だ。……この子はね、私の大切な友達(guest)≠ネのですよ」

言い終わらぬうちに、シャーロックはコルクを抑えていたその指先を、悪戯にふと緩めた。エレガントに溜息のような音を立てて開くはずだった高級シャンパンの行く末は一転、その細くしなやかな硝子の首から、歓迎を示す高らかな祝砲の音が鳴った。行儀も高級感もかなぐり捨てた無法地帯レストランの天井に、飛び出したコルクが放物線を描く。口笛の音、拍手喝采。方々の席から、祝い酒を分けて寄越せと突き出される空のグラスとビアジョッキ。
「ああ、順番です、順番……あ、ビアジョッキはダメですよ。まずは此方のお客様からです」
俄かに店内は、喧騒を取り戻す。騒がしすぎるほどの、馬鹿げた騒がしさを。
シャーロックはカウンター越しに客人の目の前に据えたフルートグラスに、最初の一杯分を注ぎ込む。細く美しいグラスの底から、光の粒が行列を成してイルミネーションのように立ち昇っていく。
美しい夜に、温かなこの景色に、グラスを掲げた。

「……いらっしゃいませ、西洋料理店Wildcatへようこそ……シチダンカ先生」


>シチダンカさん、all様

22日前 No.100

ジャック @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

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22日前 No.101

ミリヤム @mistydark☆NIljAHmRyhk ★R3lMq2ye0U_a2e

【ミリヤム/6月13日/霧雨呉服店】

 きちんと店主に謝ることが出来たジャックの頭をポンポンと叩き、よくできましたと笑う。そんなミリヤム自身も、ちゃんと腕がくっつくかどうか割と不安だったのは内緒だ。
 そして次の瞬間、運んでこられた着物一式を、彼女は舐めるように隅々まで眺め回せば、満足気にうなずいた。
「嗚呼……素敵、素敵よ。どっちも欲しいくらい……でもそうね、アタシはこっちの方が好きかなぁ……あ、姐さん是非今度着方も教えて……何なら着せて頂戴な」
 二本目の蘇芳色の帯を指さして、店主に告げる。小物については全く分からないが、もう完全に一式お買い上げする気満々のミリヤムは、そのまま別の簪だの扇子だのを手に取って、ああでもないこうでもないと一人で話し始める。どうやら、彼女の中では物凄い勢いで創作意欲が育っているらしい。次のターゲットは黒髪だと良いな、なんて店主に聞かれるとまずいことは黙っているだけの理性は残っているが、言葉の端々から「お人形に着せる」ということは分かってしまうかも知れない。

 そんなミリヤムが落ち着く頃には、ジャックは和装に着替え終わっている。
「きゃぁああああああ! ジャック! 可愛いわ、貴方はなんて可愛いの! 流石マイスイートベイビー!!!」
 ともすれば、彼女が再び発狂するのは当然の帰結だった。
「さっきまでのも似合ってたけど、貴方エキッゾチックな衣装もハマるのね……素敵、素晴らしいわ、これは素晴らしい事なのよジャック! 和装一式もシャーロックに買わせましょう! ジャックだってシャーロックやスワンにもこの姿を見せてあげたいわよねぇえ!?」
 袖から伸びる小さなジャックの腕を取り、ぶんぶんと振りながら叫ぶ。もし彼が人形だったなら、間違いなく腕が抜ける勢いである。

「そうだわ! 今度この衣装で写真館に行きましょう。ジャックと白雨姐さんとアタシで、ちゃんと揃えるのよ、素敵でしょう? それまでにアタシもこの服が着られるようになるから、ね?」
 さも素晴らしい事を思い付いたと言わんばかりの笑顔で、ミリヤムは二人を振り返った。

【そろそろ時間も時間ですので、叶わなかった約束フラグを立ててみました。】

>ジャックくん、白雨さん

21日前 No.102

みんと @milkywayy☆woNfuP/Psag ★iPhone=WsHBgyg92L

【 白雨 / 6月13日 / キリサメゴフクテン 】


 店主が持ってきた色とりどり、絢爛豪華な帯に視線を向けながら掛けられた言葉にはゆるりと目を瞬かせる。それに続くようなジャックの言葉に苦笑を滲ませつつ唇を開く。

「へえ、わっちは日の本の国の出どす。師匠やなんてそんなたいそうなもんでもあらへんのどすけど。……そしたらそれ全部いただいてもよろしおすか?」

 出された帯全てをお買い上げするつもりのようだ。満足そうな笑みを浮かべながらこちらもご機嫌そうなミリヤムの言葉にくすくすと笑い声を零しながらも頷く。

「それぐらいやったら任せてください、ミリヤムはんやったらすぐ覚えれると思います」

 白雨がミリヤムに言葉を返している間に店主の手によってジャックが変貌していた。ミリヤムの発狂っぷりに笑いつつも白雨も賛美の声を零す。

「ミリヤムはんは少し落ち着いて。でもほんま良うにおとりますなぁ」

 激しすぎるミリヤムに制止の言葉を掛けつつもその後に続く言葉に少し息を飲む。約束、約束か。その言葉と表情に白雨は何とも言えない思いに駆られつつも口元を緩ませる。

「そうどすなぁ、わっちは素敵やと思います」


>> ジャックくん、ミリヤムさん


(素敵なお約束…!!)

20日前 No.103

スワン @poko10☆sMzkA8RPRfw ★Android=rp39lsupOA

【スワン/9月5日/ロンドン橋付近、テムズ河の畔】

「……」

 この殺しは夫であるシャーロックの依頼だ――その言葉に対してスワンは何も答えなかった。黙り込むというよりは、そんな言葉など聞こえていないかのように、うっとりとした眼差しを変えないまま死体の肌を眺め続ける。
 勿論、スワンがシャーロックの裏の稼業に知らないはずはなかった。決して自ら夫の詮索をしたことはない。それでも一つ屋根の下に暮らしていれば、嫌でも知り得てしまう。けれど、それはスワンにとってさして大きな問題ではなかった。シャーロックさんが人殺しだろうがなんだろうが、私の愛する夫であることに変わりはない。ただ、もし公になるようなことがあれば、彼との日常は失われてしまうだろう。だから、私は何も知らないし、何も話さない。

 こんなもんでいかがです、と続けるミリヤムの方に顔を上げる。立てられた二本の指を見て、スワンはふっと笑みをこぼした。こんな買い物をするのは初めてだから相場なんてわからないけれど、もっと足元を見た金額をふっかけることもできただろう。それが良心なのかシャーロックさんへの忖度なのかはわからない。でも、私が自由に使える金額には収まっていた。

「ありがとう。……あっ、あいにく今持ち合わせがないみたいなの。今度、でいいかしら。勿論、そのお人形も」

 申し訳なさそうに手元に目を落としてから、少しだけ上目でミリヤムを見る。彼は私の家を知っているはずだから、その「今度」を実現させるのは難くないはずだった。

「私、そろそろ帰らなくちゃ。主人が家で待ってますので」

 不意に思い出したようにそう告げて、スワンは立ち上がる。体の前で両手を重ね、品良く頭を下げてから、最早女の死体には目もくれず、スワンはその場をあとにした。

>ミリヤムさん
【毎回遅くなりましてすみません;一章も間もなく終わるとのことなので、立ち去らせていただきました。絡んでいだきありがとうございました!】

17日前 No.104

七角羊 @nnir749☆A3LxctuN3d2 ★nXNfBmBWZd_m9i

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17日前 No.105

スワン @poko10☆sMzkA8RPRfw ★Android=rp39lsupOA

【スワン/12月26日/天文台】

 優しい眼差し。普段は鋭い彼の目が、私を見るときにはいつだって優しい。構ってくれるわけではないけれど、愛の言葉を囁いてくれるわけではないけれど、この眼差しを独り占めできるのだから、私はそれだけで幸せ。
 そのシャーロックの目が、凍り付いたことだけはスワンも察知した。押し退けるようにして、無言で奥の扉に向かっていく。数秒の間を置いて、スワンはその背中を追いかけた。シャーロックさんったら、急にどうしたのかしら。

「シャーロック……さん?」

 ツリーのある部屋の入り口で足を止めた彼が、息を呑むのが聞こえた。同時に、シャーロックの手から紙袋が離れる。
 そんなに驚かなくたっていいのに、あなたらしくない。
 シャーロックの脇をくぐるようにして、スワンはツリーの部屋に入った。幼い娘が寝かされたテーブルを素通りして、窓際のチェストに近づく。その上には置かれた、何かを覆うように盛り上がった布をはらりと剥がした。そこにあったのは、二本の手。小さな手、細い腕。腕の切断面の血痕は、既にほとんど固まりきっているようだった。生を失ったその幼子の手は、白いどころか最早灰色くくすんでいる。スワンは愛おしそうに己の指先をその二つの手に絡める。そしてそのままシャーロックの方を振り向いた。

「神様がね、クリスマスプレゼントをくれたのよ」

>シャーロックさん
【遅くなりましてすみません;】

17日前 No.106

ミリヤム @mistydark☆NIljAHmRyhk ★Android=GaTaMXF8bf

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17日前 No.107

ジャック @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【ジャック/6月13日/霧雨呉服店】

鏡の中の自分の不思議な出で立ちをそわそわと落ち着きなく眺めていたジャックの手がふっと重さをなくし、その上さらにコントロールをなくしている。興奮した様子のミリヤムがその手を掴みブンブンと振り回しているのである。その度に和服のたっぷりとした袖がバサバサと揺れ、されるがままのジャックは目を白黒させている。

「ミリヤムー、うで、もげちゃうよー……?」

先程自分が壊してミリヤムに直してもらったばかりのマネキンの事を思い出しているのだろう。ジャックは一丁前に大人ぶって子供に言い聞かせる風に言っているつもりらしい。それにしてはちょっと滑舌が悪い。
もちろんジャックは人形では無いのでマネキンのように腕が取れるということはないのだが。

呉服店の主人はその様子を微笑ましげに眺めながら、ミリヤムが買い上げた江戸小紋の一式と、白雨が買い占めた美しい帯の数々を丁寧に包んでいる。雨の昼下がりに突然現れた三人組の上客ぶりにはこの店主も大層驚いていた。これはきっと、亡き旦那が神棚にあげていた「商売繁盛」と書かれた東洋のなんとかという七つ神の御利益ではないかと考えた。

「ほんとうに、ありがとうございます。この店をしていた私の主人も貴女と同じ日の本の国のひとでした。同郷の御人にこのような縁があって、あの人も喜んでいる事でしょう」

そういって、プラチナブロンドに品の良い簪を飾った藤色小袖姿の店主は微笑む。皺の増えはじめた痩せた手を忙しく働かせながらも、懐かしいものを見る目で、白雨の豊かな黒髪映える艶な着物姿を見遣った。

ジャックはそんな話をちゃんと聞いているはずもなく、ミリヤムと白雨に褒めちぎられ、慣れない袴姿で帽子の下の後ろ頭を掻いている。
「しゃしん……?」
ミリヤムの提案の意味をまだ少年はあまり理解できていなかったようだが、振り仰いで見た白雨の表情が、幼子にさえも一等特別なものに見えて、ジャックは元気に頷いた。
折しも、畳の上で算盤を弾いていた店主が、送り状と請求書を持って近づいてくる。
「お待たせいたしました。お品物はご自宅へお届け致しますわ。請求書の宛先はどちらにーーーー」

かくして買い物を終えた三人は初老の店主に見送られ霧雨呉服店を後にした。賑やかな街に降っていた雨はいつのまにか止んで、まだ薄く曇る空には柔らかな明かりが差して虹がかかっていた。

「すてき、すてきだね。きっと しゃしん、とろうね」

>ミリヤムさん、白雨さん


【いよいよそろそろお時間なので回収に向けて……! フラグ……(/ _ ; )】

16日前 No.108

ジャック @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【ジャック/7月4日/メリルボーンハイストリート裏路地】

大好きな大人達二人から、仕事は終わりだと告げられるとジャックは、「ヤッタァァァ」と奇声に近い甲高い声を出す。幼児特有の、金鳳花みたいな黄色い歓声だ。血の匂い立ち込める陰気臭い裏路地にはおおよそ不釣り合いな声。厨房に立つシャーロックに張り付いて彼がエプロンを解いて遊んでくれる時刻を心待ちにするのも、夕暮れになると店のドアが開いて、昼間は学者やお店や先生などをしている大人達が帰ってくるのを出迎えるのも、殺人現場で迎える今のこの瞬間も、幼子にとっては大差などなく、善悪の区別など無いかのように。
ダニエラの胸板に張り付き、背中に隠しているママンの楽しいもの?ーーーー即ち、殺人現場≠見る見ないの攻防戦を鬼ごっこのように繰り返して戯れていたジャックだが、その反復する動作の面白さと、逸らされた気を鷲掴みに攫ったエディの甘い一声で、あっという間に彼の注意力は死体から逸れたようだった。

「たのしいこと!」

楽しいこと、これ以上に甘美な響きは無い。エディの誘導は大成功で、ジャックはダニエラの肩越しに観ようとしていた世界を手放してエディのほうを振り返る。二人のオネエサン達から何処に行きたいかと尋ねられれば、ジャックはそれはもう目を爛々と輝かせて行ってみたい色々を思い浮かべた。
けれどそこは四歳児、子供の行きたいところのレパートリーはたかが知れている。殊にジャックはテンプレートを使って絵に描いたように素直な子供だった。

「あっ、ジャックね、どうぶつえん! どうぶつえん たのしみにしてたの」

当初の目的を思い出すや否や、彼はハッとしたようにエディとダニエラを交互に見比べる。バタバタと手足を動かし、十本の歯が全て見えそうなほど大げさに口をパクパクして自分が如何にリージェンツパークの動物園に行きたかったかを訴える。
ジャックはすっかり二体の屍のことなど忘れたように、二人にそれぞれ手を繋ぐよう両手を高く上げて楽しい所へ行く体勢≠ノなった。
振り返らずに裏路地を後にする。諦められ飽きられた人形のようになって横たわる恋人達の骸だけが灰色の路地で寂しく三人を見送っている。
幼子というのは不思議なもので、大人達が思いもよらぬことを覚えていたり、どきりとするようなことを言ったりする。大人達の見縊った見積り以上に、物を考えていたりする。
ジャックは、この日見聞きした事を上書きされて忘れたわけではなかった。けれど大人達が危惧していたほど目の前の殺人は彼の心に傷を与えた訳でもなかった。この日を始まりに、少年は軈て、自分を取り囲む大人達が実はみんな人を殺すおしごと≠しているのだと少しずつ気付いていくのだった。
料理屋さん、お花屋さん、薬屋さん、殺し屋さんーーそんな風にして。優しく奇妙な殺人鬼達のおかげなのか、怖がる事もなく。

>エディさん、ダニエラさん


【回収フラグです〜。もうすぐ第一幕も終わりなので、好きなところで遊んだ捏造して好きなように回収していただければ!】

16日前 No.109

シチダンカ @caim ★Vxqs1Pnm4y_mgE

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16日前 No.110

ミリヤム @mistydark☆NIljAHmRyhk ★Android=GaTaMXF8bf

【ミリヤム/6月13日/霧雨呉服店→帰路】

 白雨に窘められ、ジャックに諭され、ミリヤムも何とか落ち着きを取り戻した。
「大丈夫、人間の体って意外と丈夫なのよ、そう簡単にもげたりはしないわ」
 心配――とは少し違う気もするが――そうなジャックにウィンクしながら告げれば、ミリヤムは再び商談という名の請求書の押し付けに入る。
「着物はイーストエンドのサンタマリアっていうアパートにお願い。一階の左端よ。請求書はWildcat宛でお願いできるかしら? えぇそう三人分纏めてでいいわ。店主に請求されたら払うから」
 江戸小紋一式と大量の帯と小さな学徒……それらが結構な額の買い物であることを知ってか知らずか、ミリヤムは再び、しかも自分と白雨の買い物までシャーロックに立て替え払いさせるつもりのようである。寧ろ踏み倒す気満々であるとも言える。

 苦笑されながらも店主に見送られ、三人が外に出ると珍しく雨は上がっていた。
「あら、幸先良いじゃない。じゃあ、あの虹に誓って、また三人でお出掛けして写真を撮りましょう」
 遠くの空に架かる虹を指差して告げる。

 言ってから、ふと思った。どうせ虹なんて、直ぐに消えてしまう不確かなものだと。思ったけれど、忘れることにした。

「あ、でも今日は、ジャックのお菓子を買ったらそろそろ帰らないとね」
 散々ジャックを着せ替え人形にして遊んだミリヤムは充分満足しており、洋品店に入る前にジャックがお菓子屋に張り付いていたことを思い出していた。

>ジャックくん、白雨さん

13日前 No.111

シャーロック @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

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12日前 No.112

みんと @milkywayy☆woNfuP/Psag ★iPhone=WsHBgyg92L

【 白雨 / 6月13日 / キリサメゴフクテン→帰路 】


 店主の言葉にゆるり、と目を瞬かせれば笑みを浮かべる。そして唇を開く。

「そうどすかぁ……わっちも、同郷の人がやってはった店に来られて、よかったと思います」

 それは心からの言葉だった。プラチナブロンドの美しい髪の店主を見つめ、白雨はただこの出会いに感謝するのだった。そしてふとミリヤムの言葉に目を瞬かせる。

「あら、わっちの分は自分で払わせてもらいますけど――――まあ、シャーロックはんに渡せばええか」

 ぶつぶつと呟きながらも納得したらしい。懐かしい呉服店に背を向け二人とともに歩き出す。外は雨があがっていた。

「ふふっ、虹に誓うやなんて、ロマンチックどすなぁ」

 ミリヤムの言葉にくすくすと笑いつつも空を見上げる。いつかこの空をまた三人で見ることができるだろうか。

「せやったわ、ジャックはんのお菓子買うて、シャーロックはんにその服見せにいきまひょ」

 ミリヤムの言葉に頷きつつも、不意にけほけほと咳を落とす。取り出したハンカチで口元を拭いつつも嬉しそうなジャックの様子に目を細めた。


>> ジャックくん、ミリヤムさん


(こちらも最後に向けての回収?です!ありがとうございます!)

12日前 No.113

ジャック @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【ジャック/9月1日/西洋料理店Wildcat】

「だぁれー?」

店中に集う殺人鬼達の張り詰めた空気に波紋を投じたこの一言で、店内の空気ががらりと変わったことを、当の本人はよく理解できていない。よくわからないままにシャーロックに褒めちぎられ(もっとも、このファッジよりも甘い養い親の教育方針ではよくあることだったが)、よくわからないままシャンパンと笑い声の弾ける賑やかな大宴会となっていた。

シチダンカとグラスを交わしたシャーロックはそのあとはあっという間に祝い酒のお代わりを欲しがる他の殺人鬼達に取り囲まれ、
「えっ、もう飲んだのですか。駄目ですよ良いお酒なんですから味わって飲まないと。……駄目です、味のわからない人にとっておきシャンパンの価値はわからないんですから」
店主は大忙しになっていた。

グラスを傾けているシチダンカのところへ、ジャックはまだ用事があるらしくちょこちょこと寄ってきた。持参したプラスチックコップには白ぶどうのジュースを入れてもらっている。先程乾杯の前に「見るな」と言われたばかりなのに、それでもこの幼子は寧ろ好奇心を掻き立てられた顔で新参者の顔をしげしげと眺め見上げている。

「シチダンカも、かわいいよー。ジャック、シチダンカすき!」

相手が逃げたかろうが子供が苦手だろうが、全く空気を読まない、いや寧ろ子供という生き物は、そういう匂いを嗅ぎつけてこそかえって追いかけてくるのだろうか。ジャックはシチダンカの顔色を伺うこともなく、人の迷惑顧みず、自分のしたいように、カウンター席のシチダンカの隣によじ登って居座った。新しい大人と隣に並んで、すっかりご満悦である。
仮令もし子供の相手の助けを求めようとしたって、シャーロックは揚げたてと見せかけてしなしなのフィッシュアンドチップスを山盛りに乗せた大皿と、大量の調味料が入ったバスケットを手にテーブルの間を忙しそうに駆け回っているから頼りにはならなさそうだ。

「シチダンカのパパたちは、かわいがって くれなかったの?」

ジャックはカウンタースツールの上でゆらゆらと揺れながらシチダンカを見上げた。くるりと半回転して白ぶどうのジュースを手に取り、またくるりと半回転して、慌ただしく働く養い親を眺めた。両手で持ったコップを、小さな口に運ぶ。

「ジャックのパパは、もういないよ」

>シチダンカさん



【ここからはシャーロックに変わりましてジャックでお送り致します!】

12日前 No.114

絡繰 @ne9rodoll☆V4.8X.AnvuQ ★wgm3NQbNwV_9VX

【ミカエル/7月2日/ベイカーストリート裏路地】

 滲む夜空を見上げていれば、カツリと高らかな足音が路地裏の先から響いた。耳に馴染むその音は自分がその人物を警戒する必要がないことを示している。泥を吐き出すような重たい音に構わずペストマスクを拾い上げ目線を合わすようにしゃがんだルーツァンと視線が絡む。その瞬間、彼女の表情は一気に曇った。触れられた指の温度を感じながら見上げた彼女の瞳は様々な感情を押し殺しているように見える。いつも通りだったならば、そんな彼女の様子に怯え己の罪を悔いた自分だが、何だか今はそれすらも可笑しい。愉快で愉快で堪らなくて、吊り上がった頬を下げる術を知らなかった。

「ふふ、相変わらずルーツァンは、むずかしいことを……」

言うよね、と続けたかった言葉はしかし、遮られる。金属が地面とぶつかり合う鈍い音が路地に木霊し、その出処に視線を移せば長いこと自分が焦がれていた目当てのものが既に転がっていた。虚ろだった瞳に仄暗い光が宿り、待ち焦がれた玩具の登場に必死で手を伸ばすが、バランスを崩して屍の山から転がり落ちてしまった。ぶつけた場所をさすりながら、聞こえたルーツァンの戒めるような言葉に目を細める。

「ぼくは崇高なサツジンキサマ達と違って、うつくしさなんてどうでもいいの。ゆめだろうがげんじつだろうが、ぼくは沢山ころさないと……ねむれない。ぼくをいっぱい叩いた手も、撫でる手も、ぜんぶぜんぶ、ね?」

くすくすと零れる笑みを抑えるように両手に口元を当てながらルーツァンに向かって語る。薬によって高揚した為かいつになく饒舌に物事を語るその姿はいつもの自信なさげなものとは打って変わっており、大量の薬物摂取がどれだけ自分に大きな影響をもたらしているかを如実に表していた。

 呑気に笑みを深めていた天罰だろうか、背後から空間を切り裂くように響く凛とした声にびくりと肩を震わせる。聡明さを感じさせるその声音もまたひどく聞き慣れたものであり、今に限っては煩わしくさえあった。周囲の状況を把握して咎めるような響きを深めた声に肩を竦めていれば、ルーツァンと同じように合わせられた目線。その形相と手つきから脳内にフラッシュバックするのはいつかの光景。咄嗟に大きく身を跳ねさせ、衝撃に備えるように目を瞑ったが、予想した痛みはいつまでも到達することはなく、代わりに降ってきたのはルーツァンが持っていたはずのペストマスクと、彼女と同じように幾多の感情を抑えつけ殺したような声だった。安心と共に強張った身を解きひとつため息を吐けば口を挟む暇もなくシャーロックお得意の説教が淡々と溢れだす。

「もう……きみっていつも意地悪ね、シャーロック。だって周りに沢山付いてきたんだもの!しょうがなかったんだよぉ……」

頬を膨らませて再度よじ登った屍の山の上でパタパタと手足を動かし不満を表現するが、そんなもの彼にはどこ吹く風である。シャーロックがこうして自分に注意をするのは勿論初めてではなく、同じようなことを幾度となく聞いていた。かと言って自分の行動を改善するつもりはあまり無いのだが。機関銃のように絶えなかった言の葉がふと止んだかと思えば、急に柔らかくなった空気に顔を上げる。ルーツァンの嫌味とも取れる言葉を一身に受けたペストマスク越しに覗く彼は少しばかり疲れているようにも見えた。そんな彼に向ける言葉を探し、何かを紡ごうと思った次の瞬間には、もう彼はルーツァンが切り落とした手首を持ち去って消えていた。

 ぼくが何よりも欲しかったものを奪った背中を名残惜し気に見詰めていると、優しく撫でられた感覚。寂しそうに目尻を下げたルーツァンも彼を追従するように姿を消した。闇の中に消えていった二人の背中を見送り、ルーツァンの手の感触をなぞる様に頭へ手を置く。気が付けばあれだけ乱れていた呼吸も鼓動も少しばかり落ち着いていたことに気が付いた。

「二人してお説教が好きだよね……まったく、まるで、かぞくがいるような、気分だよ」

口から無意識に零れた「家族」という単語に自分で驚き、僅かに目を見開く。「家族」の暖かみなんて知りもしない。そんな真っ当なもの、知っていたら自分はこんなに壊れていなかった。それなのに、無意識下でそんな言葉を吐いてしまうなんて、自分も相当この環境に毒されているのだと自嘲した。どれだけ居心地が良かろうと、所詮ぼくらは個々の存在であり、独りだ。ましてや自分は保護されるべき子供でもない。闇の中に一人で居るのがただただ怖くて、震えが止まらなくて、飢えをどうにかするためだけに命を狩り取る悪魔だ。まるでそうプログラミングされた機械人形のように同じことを繰り返す日々。あぁ、考えるだけで眠たくなってしまいそう。

 再び錯乱の兆しを見せた頭を苛むようにガシガシと掻き回してその場に蹲る。歯ぎしりをして唸るその姿は手負いの獣のようにも見えただろう。震える手で懐から瓶を取りだし、勢いのまま煉瓦造りの床に叩きつける。硝子が割れる鋭い音が路地裏に響き、白い錠剤が辺りに飛び散った。一心不乱に這いつくばり、血溜まりに浸った錠剤を掻き集める姿は彼女が救いようなどなく堕ちていることを雄弁に語っていた。

病的に蒼白く染まった覚束ない冷えた指先を取り、暖める者が現れるかどうかは、霧に霞んだ月だけが知っている秘密。

ルーツァン様、シャーロック様、(シチダンカ様)>>

【各所のお返事、私用で大変遅くなってしまい申し訳ありませんでした…!予定していた絡みも出来ず終いで本当にすみません!もしよろしければまた別の場所で交流させていただきたいと思っております。】

11日前 No.115

ジャック @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【ジャック/6月13日/帰路】

虹の橋架かる雨上がりの石畳道。ジャックはミリヤムと白雨に挟まれて幸せそうな顔で家路に着いた。風変わりで洒落た袴姿の小さな大和風男子に、道行く人は物珍しげに振り返る。

「おかし! わぁぁい!!」

自分の望みをちゃんと覚えていてくれていた二人にジャックは目を輝かせ、鳶のようなコートの羽を広げて飛行機みたいに二人の周りをぐるぐると旋回した。袴にも下駄にも少年は案外すぐに順応して、金色の髪の上で外れかかったハットを駆け回りながら手で抑えた。散々無駄な走りを終えると、下駄の音がカッカッと鳴いて止まる。

「……シラサメ シショー……?」

不意に咳き込んだ白雨に気付いて、ジャックは足を止めて仰ぎ見たのだった。心許なげに首を傾げている。

「だいじょーぶ……?」

しかしその杞憂はすぐに過ぎ去って、いつものように微笑む白雨と、晴れやかなミリヤムと、菓子店にはしゃぐジャックに戻っていた。
幸せそうに微笑みを交わし、不確かな未来に向けて楽しい約束を交わし、帰路を辿る。殺人鬼達にも帰る場所があり、帰れば絶品とは言い難くとも愛情込めた夕食を作って待っている人達が居る。そして彼はきっと、目の中に入れても痛くない愛し子の華麗なる変身に、子供のように喜ぶだろう。

雨が上がっても霧は濃く煙る。
夕刻の近付く都に鴉が鳴いた。
彼女達が意識を余所に向け、幸せな友人達のようにお喋りしながら散歩道を引き返している間に、
いつのまにかあの虹は薄くなり、夕闇の中に溶けて消えてしまっていた。


その夜、シャーロックがミリヤムに負けず劣らずの発狂する勢いでジャックの和装も小さな紳士服も大喜びししたことも、……翌日届いた高額請求書に一瞬目を瞠ったものの可愛いジャックのために笑顔で支払いを済ませ、ミリヤムと白雨の二人には笑顔のまま抜け目なくそれぞれの分の請求書をそっと回して寄越したのは、言うまでもない。
そして新聞の片隅を、「ウエストエンドの辻馬車の馭者が次々と居眠り運転で雨の路でスリップ転倒し、死亡者こそいないものの大惨事。今日一日だけで原因不明に事故が多発している」という怪奇現象紛いの記事が数日に渡りひっそりと彩っていたことも、言うまでもない。

>白雨さん、ミリヤムさん

(〆)

【お相手いただき、ありがとうございました!】

11日前 No.116

シチダンカ @caim ★Vxqs1Pnm4y_mgE

【シチダンカ/9月1日/西洋料理店Wildcat】

 ――あたし、此処へ子守をしにきた訳じゃあないんだけど。
 グラスに唇を付けたまま瞳だけを動かして周囲を探ってみるものの、当のマスターはシャンパンを求める客達の相手に追われているようだった。此処でグラスでも床に叩きつければマスターはすぐに来てくれるだろうけれど、――煌めく大小の泡を閉じ込めたシャンパンを一瞥して、その考えをかき消した。シャンパンに罪は無いもの。
 厭でも近付いてくるその小さな気配を前にに、唇に歯を突き立てる。自分が大人になってしまったと悟った時から、子供は嫌いだった。だから、子供にはまだ早いという言葉を隠れ蓑にして仕事も客も選んできたつもりだった。少し前の社交辞令をそのまま返すジャックの姿に、「あら、ありがとう」とぎこちない笑みを貼り付けておく。視線と嗅覚だけは、シャンパンに向けたままで。
 冷めたフライの匂いが真横を掠めていく。一気に現実に戻ったような気分だった。味わうのを諦めて、飲み終わった瞬間にでも店を出ようと決断を出した直後の、――その二文字を鼓膜に捉えた時だった。


 一瞬にして腰のポーチに手を伸ばし、牛刀の柄を握る。――此処で始末しなければ。これ以上喋られる前に口を閉じさせなければ。
 理性が後を追いかけるように戻ってくるまで、自分の中に存在したのはその二つだった。けど、けれど。荒れた呼吸を正しながら、柄から手を放した。放した手が、痺れていた。冷たく、酷く震えている。自分は、理性的な人間だと思い込んでいた。父親に関する、この話題が出るまでは。
 シャンパンを一口、口に含んで、やっとのことで逸る鼓動と共に飲み込む。鼻を抜ける清涼感ある香りを感じられる自分をどこか客観的に捉えつつも、大分気分が落ち着いたと分かった。否、これは諦めの感情かもしれない。

「……可愛がってくれた時も、あったさ」

 半ば、投げやりだった。後方で尚もシャンパンを強請る客達の声に、姿を隠しながら。
 隣のカウンターを見下ろすと、青い瞳と目が合う。人形のような完璧さが、逆に不安を煽るようだった。ジャックがコップの中身を飲み込む瞬間の、嚥下に喉が動く様をぼうっと見ていた。

「オレもだよ。オレのパパも、もういないよ」

 どうせ何を言ったところで、ジャックは一日も経たずして忘れるだろう。そうしたら、その時はまた皆の知るシチダンカ先生に戻れば良い。
 その思いが、自分の話したくもない過去を他人へ話させていた。こんなつまらない偶然で運命を感じるには、この霧の都は奇跡に満ち溢れすぎている。日課になっていた話し方を、止める。取り繕う必要がないと勝手に判断していた。

「でも、ママは、帰ってくるんだ。もう少しで」

 グラスを回しながら、笑い方なんてもうとうに忘れたようにして口角を上げる。磨かれたカウンターテーブルに僅かに反射する自分の顔は、まるで悪戯をしかけた後の小さな子供のように見えた。

>ジャック

11日前 No.117

ジャック @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【ジャック/9月1日/西洋料理店Wildcat】

結局飲み足りない輩の太っ腹な者が続きのシャンパンを入れたらしい。萎びたフィッシュアンドチップスを配り終えた店主は、今度は客人の注文を快諾して慣れないシャンパンタワーを組み立てている。さすが何でもありの、野犬達の無法地帯だ。
霧の都に来てからこれまでにジャックと関わって来た大人達は皆不思議とはじめから優しく好意的に接してきた。彼等は泣く子も黙る殺人鬼の筈である。シチダンカのような反応のほうこそが本来は普通なのかもしれない。シチダンカの伸ばした手が掴む物の用途が何であるか、今はもう察せないジャックではなかった。

「ジャックのこと、ころしちゃうの……?」

それはポツリと降り始めた雨の一雫のように小さな声だったというのに、こんなにも店内は喧騒に満ちているというのに、水面を打つ一石のように厭に悪目立ちして響いた。途端に、目の前に積まれたシャンパングラスのタワーの前から店主の姿がふっと蝋燭の火のように消えた、かのように見えた。
突然声がしたのは、シチダンカの真後ろからだった。ジャックの影法師のようにぬっと現れたシャーロックが、座っているシチダンカの耳元へと顔を寄せるように背を屈めて低く囁く。

「……Put down your weapon,please.&衰を置いてくださいと、入口に書いてありませんでしたか。此処は御食事をする所です。店内での死闘はお断りさせていただきます」

ジャックの危機を察知して駆けつけたか。しかしシャーロックは怒っている風でもない何食わぬ涼しい顔でシチダンカのフルートグラスに、残り少なくなったとっておきシャンパンを注いでいる。横目に、シチダンカの手が牛刀の柄から震えを伴い離れていくのをしっかりと確認しながら。クロスとボトルを手に微笑さえたたえて去っていく。
シャーロックが去っていくと、ジャックはぽかんとした表情のまま、シチダンカへと視線を戻した。何事もなかったかのように、あるいは全てもう忘れてしまったかのように、ぱちぱちと蒼い目を瞬かせてシチダンカの話の続きに耳を傾ける。
そんな風にして、幼い少年は色んな事を次から次へと忘れてしまう。もうジャックには、元の両親の顔も思い出せなかった。自我が確立すると言われている三歳児前までの記憶は、残らないことが多い。反対にある程度人格が形成されるこの頃から記憶は怪しくなってきて、もう少しすれば大人になってもはっきりと思い出せる記憶が増えてくる。
だから、自分に両親がいないことも、シチダンカも同じように父親がいないことも、ジャックは別段悲しくは捉えていないようだった。

「そうなんだ、シチダンカはママにもうすぐあえるんだね」

よかったねぇ、とジャックは目を細める。大人がジャックにそうするのを真似るように優しく目を細める。
それは子供が大人に対してではなく、対等な友達に対して接する時のような、まるで子供同士のような共感の態度だった。

>シチダンカさん

10日前 No.118

シチダンカ @caim ★Vxqs1Pnm4y_mgE

【シチダンカ/9月1日/西洋料理店Wildcat】

 次にジャックを見た時、思わず心臓が震えた。文字通り、体外を揺らすほどに鼓動が大きく響いたのだ。

「……は、はは、そうなんだ。やっと、やっと会える」

 面喰って、意識の遠いところで空笑っては、段々と意識が引き戻ってくる。何が面白くて笑ったのかと問われれば、何も面白くなんてなかった。ただ、ジャックがどう思ったのかは知らないけれど、あの表情はオレへ、シチダンカへ向けてくれたものだと分かったから。今まで患者として目の前に現れた人たちの中でも誰一人として引き出せなかった自分の過去を、本音を、野心を語れたのは、その共感的態度が偽物ではないと本能で感じ取ることができたからなのかもしれない。――ある種の才能ね。

 再度注ぎ足されたグラス内のシャンパンへ目を向ける。下方から上方へ、二重になった泡の粒が増えたり減ったりを繰り返す。減った分は新たに付け足されて。それはまるで、この霧の都の住人たちのようだった。
 ふと、思い立つ。腕時計を手首から外して、上着の裾で文字盤へ浸食した赤を拭った。少し爪を立てると、赤の中に出来た線から徐々に数字が見え始める。そうして、また拭って。何度かそれを繰り返せば、機械的な動き時を刻む秒針が顔を出した。時計を握った掌の中に隠して、カウンター席を下りる。

「いつか、オレを訪ねに来るといいよ。会いたい人への会い方を、教えてあげるよ」

 ジャックの前に腰を屈めて、右手でふわふわの金髪を乱暴に撫でた。――乱暴に撫で続ける傍らで、左手に隠し持った腕時計をジャックのズボンのポケットへと押し込む。旅する腕時計は、次の行先を任せたいと思える相手へ出会った時に、いつも贈ることにしていた。

 そうして、漸く周囲の騒騒しさが鼓膜へ届くようになった。
 注ぎ足されたままのシャンパンを一瞥して、小さく首を横に振る。減らなければ代わりが足されることがないのならば、永遠の観賞品にしておいた方が良いと思った。消耗品が価値を上げるとしたら、それしか方法はない。

「ジャックちゃん、またね。あなたの今のパパに、酔っちゃったから帰るって、そう伝えておいてくれるかしら?」

 代金をカウンターへ乗せた後、誰一人へと視線を向けることなく静かにWildcatを後にした。


>ジャック
【お相手ありがとうございました!ギリギリですが、これにて回収〆にさせていただきます】

9日前 No.119

エディ @d0ap ★iPad=qTOmkAVEvD

【エディ/7月4日/メリルボーンハイストリート裏路地→】

エディの思惑は見事成功した。『楽しいこと』に食いついたジャックがエディを見上げる。無邪気に瞳を輝かせるその姿がエディにはいつもより一層眩しく感じられた。それは背後に広がる世界とはあまりにも正反対の世界がジャックの周りに出来ているからなのか。
何処に行きたいか考えていたジャックがハッと思い出した様に『どうぶつえん』と言葉を口にする。彼の言葉からどうやら元々は動物園に行くはずだったのが、思わずこの裏路地に迷い込んでしまった事が想像された。

「じゃあ、動物園に行きましょうか? 可愛い坊やとデートできるなんて、ラッキーね」

体全体で一生懸命訴えてくるジャックの様子に微笑みながら、ダニエラに同意を求めるエディには先程の厳しさはなくすっかりいつもの調子に戻っていた。ジャックの興味が殺人現場から動物園に向いたことへの安堵の現れか。兎にも角にもこの場はこれでお終いだ。

「楽しいデートの前に、身だしなみはキチンとしなきゃいけないものね」

ダニエラからのお願いに「アタシと同じのだけどいい?」と確認しつつハンドバックから香水の瓶を取り出す。エディの髪色と同じヴァイオレットの小ぶりの瓶から開けなくてもラベンダーの香りが漂っていた。それをそっとダニエラに渡すと「好きなように使って」と言葉を付け足した。

楽しい所へ行くために伸ばされた手をそっと握る。柔らかく小さな手は早く目的の場所へ行こうとエディの手を引っ張った。薄暗い路地裏では感じられなかった光に向かって振り返らず。そうだ、この子はこんな日の届かない場所で生きるような子じゃない。運悪く殺人鬼に育てられたとしても、暖かな陽光の下、顔を上げてこれからも。そんな独り善がりの考えを胸に、軈て辿り着いた目的地で光り輝く天使の笑顔と共にエディは今日という日を楽しんだ。

【返信が一幕終了ギリギリになってしまい大変申し訳ありません。これにてエディは回収させて頂きます。お相手頂きありがとうございました】

>ジャック、ダニエラ

8日前 No.120

洗濯蟻 @arinohito ★iPhone=n7Rebp7mCv

【ドールホーン/8月16日/聖アンダーソン教会】

「くふふふふっ……、いえ、大丈夫よ。物を食べるときに唄うモノじゃないわね、これは」

涙を拭いながらジャックに向け笑いかける。

「痛くは無いし悲しくも無いわ。唯ちょっと……昔を思い出して居ただけ」

そう言ってジャックの頭を撫でつつ少しかがんで目線を合わせる。

「悲しい時、痛い時だけ涙が出るわけじゃあないわ。嬉しい時にだって涙が出る。嬉し涙っていう奴ね。感動した時にも涙は出る。大笑いした時にだって出るわ。……眠い時欠伸をしたら出る……のは個人差があるわねぇ」

ジャックはドールホーンの事が心配になったのだろう。その顔を見てドールホーンの涙は止まったらしい。

「私は大丈夫。さぁテーブルに戻って。人は簡単には死なないように出来てるの。死にそうになり易いってだけでね」

ジャックにテーブルに戻るよう伝え、ドールホーンは顎をちょっと撫でてから最後の歌を思い出す為に目を閉じる。

「景気付け、ってわけじゃ無いけれど最後の歌ね」


Fifteen men on the dead man’s chest.
Yo-ho-ho, and a bottle of rum!
Drink and the devil had done for the rest.
Yo-ho-ho, and a bottle of rum!

死人の箱に15人の男達。
ヨーホーホー、おまけにラム酒が一瓶だ!
残りは酒と悪魔がやっつけた。
ヨーホーホー、おまけにラム酒が一瓶だ!


「海賊達が海に出て、作業する時の掛け声がわりに唄うモノよ。幾つか考察がなされている中で一番シンプルな奴ねぇ」

海賊達は死と近い場所に居る。なので死を恐れぬ様景気付けとしてこう言う歌を歌うのだと説明し。

「作業歌は作業が終わるまで歌い続けるの。ジャックが食べ終わるまで歌っていても良いけれど……」


>>ジャック

【脳みそを解きほぐしたいので少し短めです】

7日前 No.121

シャーロック @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【シャーロック/9月1日/西洋料理店Wildcat】

いつのまにかカウンターに置かれた代金と引き換えに店内から客人が一人消えている。シャーロックは土砂降りの雨のように止まぬ金色の騒々しさの中から戻ってくると目を丸くした。

「おや、シチダンカ先生随分と早いお帰りだったのですね……」
「よっちゃったんだって」

わかりやすい彼の社交辞令と、それを全くわかっていないジャックにシャーロックは苦笑しながら、うるさいこの店には馴染めないだろうか……などとまるでふつうの料理店の店主にでもなったつもりの心配事をしてみて、肩を竦める。

「シチダンカと、なかよくなったよ」

「そうですかそうですか、さすが うちのジャックちゃんは優しい良い子ですね。みんなと仲良くできて偉いです、素晴らしい! これからもシチダンカ先生やみんなと仲良くするんですよ」

まるでお花畑のような会話を繰り広げる仮初の父子。何か言いたげな、何か訂正したげな周囲の様子は、眼中にすらないようだ。ジャックの膝の上に置いた手は、カウンターの中から話しかけてくるシャーロックからは見えない。まだ枝のように細いその幼子の左腕を、骨の上に白くふわふわとした肉が真綿のように乗ったその左手首を、旅する腕時計が飾っていたことにシャーロックは気付かなかった。小さな拳骨を簡単にすり抜けるであろうぶかぶかの腕時計の上で、秒針は静かに時を刻み続けていた。ジャックは少し誇らしそうに、新たな友達から貰った腕時計をそっとカウンター下の膝の上で盗み見た。

「ああ、しまった。シチダンカ先生に、名物スターゲイジー・パイを召し上がって貰えばよかった。今日は美味しそうに焼けたのに」

シャーロックは今オーブンから出してきたパイ皿を眺めながら嘆く。こんがりと焼けたパイ生地から、15匹の魚の頭が天を仰ぐように突き刺さっている。……スターゲイジー・パイを見たことがない読者諸君はここでその全貌がイメージ出来ず天を仰ぐかも知れないが……本当に、文字通り魚の頭がニョキニョキとパイから生えているかのように、或いは悪趣味な針山のように、ニシンが頭部を出して突き立てられている。スターゲイジー(星を見上げる)パイというロマンチックなネーミングを気に入っている店主がよく焼いている。その衝撃的なビジュアルもさることながら、シャーロックの手にかかれば味もなかなかのものである。その実情を知る古株の殺人鬼達は、魚脂がグツグツと煮え立ち、こんがりと照り輝くパイ生地に数多の顔が聳え立つ衝撃料理が、折角の新入りの前に露呈しなかったことに密かに安堵していた。
「なにきっとまたすぐに来てくれるさ」と一人の殺人鬼がビアジョッキに注いだシャンパンを片手に励ますと、「そうして、すぐに通い詰めるようになる」ともう一人もビアジョッキにシャンパンを注ぎながら頷く。
彼らの読みは誠になるのだろうか。静かに去っていったシチダンカの心を解さず、殺人鬼達の夜は今日も賑やかに過ぎていくのだった。

>シチダンカさん(〆)


【お相手いただき、ありがとうございました!】

7日前 No.122

ジャック @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【ジャック/8月16日/聖アンダーソン教会】

悲しくなくても、痛くなくても、怖くなくても、涙は流れる。嬉しい時、感動した時、笑った時、欠伸をした時……。まだ嬉し涙の意味もよくわかっていないジャックは、ドールホーンの話を半分理解したような、いいや半分も理解していないような、なんともいえない顔をした。不思議な色に渦巻く青い青い目を大きく開き、まるで凡ゆる知らない感覚を吸い込もうとしているように見つめている。

「むかし?」と問いながら、ジャックは小さな手を頭上に掲げて、頭を撫でてくれているドールホーンの痩せた手を捕まえる。それからぎゅっと、親が子に安心させる時にするようにその手を両手で包んで握手した。けれどその昔話の続きが帰ってくることはなく、大丈夫と言う言葉に安堵したジャックは元のテーブルへと帰って椅子によじ登る。席に着けば、また食べかけのコテージパイと再会することができた。

仕切り直してジャックがスプーンを握ると、ドールホーンが別の歌を歌ってくれた。今度は怖くはなくて、陽気だけれど荒削りで、乱暴で、無骨で、逞しく、強くて無頼な。
聞いているうちにジャックは元気になってきて、さっき食べかけてやめたコテージパイの大きな塊を、細かくするのはやめて大胆に拳一つぐらいは入りそうな大きな口を開けて頬張った。
Fifteen men on the dead man’s chest.
投げやりで、乱雑で、横暴で、暴力的で、けれど何処かで宝島を夢見ている、儚くも美しく強い男達の謳う歌。愚かな破落戸(ならずもの)達の謳う歌。大海原に映る銀河で、波間に流れる彗星達の謳う歌。

「Yo-ho-ho!」

結局コテージパイを食べ終わるまでドールホーンに甘えて海賊達の歌を歌ってもらい、最後の一口を無頼漢を気取って豪快に食べ終えると、ジャックは大喜びで一緒に歌った。ラム酒の味は知らないが、レモネードで何回もドールホーンに乾杯をせがみ、その日は雨が降り止んでも、上機嫌な歌の声は止まなかった。大人達が迎えに来て「またね! ドールホーン!」と元気に帰って行く路も、よほど気に入ったのか海賊達と死人の箱の歌は続いた。店に帰ると客に出すモヒートを作っていた店主が丁度海賊のラベルのラム酒をグラスの横に出しており、「Yo-ho-ho, and a bottle of rum!」ジャックはそれを飲もうとしてきかず、しばらくそのブームが去るまで店は大変な騒ぎとなったのであった。

>ドールホーンさん

(〆)

【す、滑り込みお返事……! 絡みありがとうございました!】

7日前 No.123

ルーツァン @papillon☆0uO5mlUpCUns ★sAbT0rwP1n_mgE

【ルーツァン/7月7日/チャイナタウン(回収)】


「エエ、本当にキレイですネ。此処では何もかもが煌めキ、輝キ、光を放っテ……まるでこの世の蓬莱(ほうらい)」

 色とりどりに空を染める、天に開く花を見上げながら。ルーツァンは先程の車内での出来事を思い出していた、小さな仔猫を抱いて、その名前を考える小さな幼子の姿を。仔猫も幼子も、あまりにも罪がなく、どこまでも弱く、だからこそここまで愛おしい存在もこの世にはそれほどないだろう。思い出せば自然と唇が緩く弧を描く位に。
 ジャックと呼ばれる少年は、その腕の中の黒猫をジャックと呼んだ。彼にはまだ難しい課題だったか、それとも彼にとって己の名はそれほどまでに特別なものだったのか。親を奪われ、連れ去られてきたこの魔女の釜の底で。親を殺めた男に付けられた名が、そんなにも大切なのだろうか。
 花火を見るルーツァンの両目が、知らず知らずのうちに細められる。天空を彩る祭りの火が眩しかった訳ではない。ただ、不憫だった。両の掌に伝わる、ジャックの温もり。その肌はあまりに柔らかくて、少しでも力を込めれば風船のように弾けてしまいそうで。
 ルーツァンは生まれて初めて、この小さな命を恐ろしいと思った。

 気が付けば、花火は終わっていた。空にはうっすらと白い煙だけが残り、風に流された火薬の匂いが微かに漂っている。

「アレは花火といいまス。火薬を使っているのですガ、とてもとてもウツクシイでしょウ? ヒトをアヤメル銃モ、ヒトを感動させる花火モ、実は元々同じモノ……この世界は何て不可思議デ、そして何て不条理」

 ルーツァンはまだ夜空を見上げたまま、静かに告げた。徐々に人々がその場を離れ、流れていく中で。

「アナタは花火のようになってくださいネ、ジャック。決して銃になってはなりませン、ヒトヲ、誰かを悲しませる凶器になっていけないのでス。決してワタクシ達のようナ、――――狂気になってはなりませんヨ」

 ただ取り残されたように、身動き出来ないままジャックの耳と頬を両手で包んで。彼に聞こえぬと知っているのに、ルーツァンはいつまでもその手を離せずにいた。



 花火を観終わり、ジャック達は池の真ん中にある東屋の喫茶室で、東洋の不思議で美しい甘味の数々を堪能していた。果物を花や蝶の形に切って花畑を再現したもの、飴細工で海底の珊瑚や魚の群れを模したもの、氷を細かく刻んで雪原の中で遊ぶ雪兎の姿を表現したもの。その数々は見事としか言えず、初めてそれらを見るジャックにとってはまるで魔法のように見えた事だろう。彼の横の椅子には専用の広い籠を用意された黒猫ジャックがくつろいでおり、籠の中に置かれた小皿のミルクを時々満足げに舐めていた。

 そんなジャック達から少し離れた橋の上で、ルーツァンは黒衣の女と話していた。女は先程車を運転していた運転手で、実はルーツァンの一族に古くから仕えており、彼女自身も凄腕の暗殺者だ。

「……オリエント急行が運休していル?」

 低く声を漏らしたルーツァンの表情は厳しく、ほぼ無表情ながら細め吊り上がったその目はまるで肉食の獣のよう。
 黒衣の女から齎された情報は、彼女の計画を全て台無しにするものだった。ルーツァンは花火の後、豪華な長距離夜行列車にジャックと共に乗り込み、この国から逃れるつもりでいた。ところがなんという不運か、列車の不具合が起こって今夜ルーツァンが予約していた便が運休になってしまったというのだ。
 ジャックをこのまま悪しき死神達の住処に住まわせるのを許せなかったルーツァンは、彼を連れ去ってでも表の、光の溢れる世界へ連れ出したかったのだ。たとえどんな手を使ってでも、彼女の救いである天使を闇と病みの底から救いたかった。
 しかしその目論みは脆くも崩れ去った。まさかジャックを溺愛する偽の父たるシャーロックが列車を運休させた訳ではないだろうが、彼の執念がこの結果を齎したような気がして、ルーツァンは眉間に深い皺を刻まずにはいられなかった。

「――忌々しイ」

 吐き捨てたルーツァンの声があまりに重く呪詛じみていて、黒衣の女は恐れるように思わず顔を伏せるように深々と一礼してみせる。それほどまでに彼女の帯びる負の気配はどす黒いものだった。

 黒衣の女から目を逸らし、東屋の方へ視線を移す。黒檀の大きな長机の前では、その紺碧の海のごとき双眸を煌めかせながら菓子を頬張るジャックが居た。あまりにも邪気のない、どこまでも純粋で、底なしに愛らしいその姿。まるで天上から下ろされた、無垢なる神の子。
 傍らの仔猫に微笑みかけるその真白な表情に、ルーツァンは眩そうに目を細める。そのまま視線を逸らせず、ルーツァンはじっとその笑顔を見ていた。

 ふっと、その口元が紅蓮の薔薇のごとく綻んだ。

「マ、イイワ」

 一片の紅い花びらから零れ落ちた雫のような、小さく漏れたその柔らかな一言に黒衣の女が驚いて勢い良く顔を上げる。其処にあったのは、女が初めて見る、穏やかな横顔。

「ワタクシ達はもう少しこの夜を楽しんできまス、アナタも久々に遊んでいらっしゃイ」

 バッグの中から財布を取り出し、ルーツァンは女に何枚かの紙幣を握らせた。驚愕した表情の女を残したまま、ルーツァンはひらひらと蝶が舞うに似て手を振りながら太鼓橋を渡っていく。その顔は真っ赤な提灯に照らされて、しかしその表情は思いの外柔らかい。

 ふと胸元に手を入れたルーツァンは、そこに仕舞われた一枚の紙を指で撫でる。小さく、丁寧に折り畳まれた画用紙。それを破れない程度に片手で握ると、ルーツァンはジャックを怯えさせないよう更に穏やかな笑みを模る。

 あの笑顔は、絶対に奪わせない。たとえ何を壊そうとも、何を失う事になろうとも。

 その悲壮なまでの強欲な願いな願いが、後にあまりの苛烈な悪意的結末を生む事を、その時ルーツァンは知る由も無かった。


>>ジャック


【本当にギリギリになってしまい申し訳ありませんでした……短い間でしたがお相手いただけてとても楽しく、嬉しかったです! ルーツァンの第一幕はこれにて回収とさせていただきます。第二幕は哀れで滑稽な悲喜劇になると思いますが、引き続きどうぞ宜しくお願い致します】

7日前 No.124

第一幕エピローグ @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【シャーロック/6月6日/霧の都】

あれから何度も思い返す。あの日も雨が降っていた。
この手を、何人もの人を殺めてきた罪に塗れたこの手を、……助けるために差し伸べたあの夜。


言い渡されていた標的は、まな板の上に並べられた海老のように三人仲良く並んでベッドに入っていた。窓の外には月光もなく、どこか作り物じみた幸せの箱には漆黒の闇が垂れ込めている。過ぎ去った昼の残響さえも殺す、嵐のような酷い雨風の音が鳴り続ける。廊下に面した扉が、軋む音を立ててゆっくりと開き、闇よりも黒く濃い影が、染み込む水のように流れ込んでくる。ゆらゆらと形の不安定な黒い塊が、寝静まるリネンシーツの上に人型を為す。
闇夜に落とした墨汁の残滓を集めるようにしてやっと輪郭を為した人影は、眠る標的達の足元にゆらゆらと幽霊のような姿で佇んで、物憂げにその一家≠見下ろしている。若い男女と、その間に小さな男の子。
もぞもぞと、布団が動いた。

「だぁれ……?」

起き上がったのは、真ん中に寝ていた少年だった。
幼子が寝惚け眼を擦れば、其処にはまるで死神のような男が立っていた。黒いシルクハットに、全身を包む黒いコート、冬の枯れ木のような長身痩躯に、長い髪、暗闇の中にぼんやりと浮かび上がるような白く疲れた肌と純白の手袋。半分夢の中にいるようだった。その死神の周りには、不吉の霧が渦巻いているようにさえ見えた。靄のかかる夢現の狭間に、虎のように爛々と光る不思議な色をした二つの目が浮かんでいる。けれど山の獣のような底光りするその両眼は何処か物哀しい愁いを帯びていた。

「私はシャーロック。……あなたを迎えに来たのです」

漆黒に身を固めたその侵入者は、直前まで少し迷っていたそぶりを見せた後に軈て意を決して告げた。状況の半分も理解できていないのであろう幼子の前に、シルクハットを取り、手を差し向ける。その頬に、髪に、真夜中だというのに急に夕焼け空のような茜色が差し込んできた訳を、少年が推し量る術はなかった。傍に寝ている両親を起こそうと、幼子は布団の盛り上がりを揺する。けれど右も左も、その訴えに応じて起き上がることは無かった。

「非常に残念なことですが、そちらの二名様はもう目を覚ましません」

既にシャーロックの手によって毒殺されていた二人の大人は布団の中で冷たくなって固まっていた。此方を見下ろし淡々と告げる冷徹な男に、不思議と幼子は恐怖を示さなかった。男の子は言われるがままにベッドを抜け出し、残していく両親の亡骸をそっと撫でた。悲しんでいるというよりは、事態もよく飲み込めていないのだろう、ただ不思議そうに。その時、無人であるはずのダイニングキッチンのほうから、ガラスの勢い良く割れる破裂音がして、シャーロックの立つ背後の廊下が俄かに眩い真紅に染まった。火の海が、朱色に染まる波を逆巻いて現れた。これもこの殺人鬼の細工である。死体の間から這い出してきた遺児を、抱き寄せて親鳥のように漆黒のコートの陰に包んだ。そのまま抱えて助走をつけると、寝室の窓から表へと飛び出した。一気に流れ込んだ酸素に引火して、宙を舞う二人を背後から追いかけるように爆発が起き、あの部屋から火柱が上がる。
屋敷が全焼する様子を幼子には見せないようにコートに巻き込んだまま、シャーロックは振り返り眩しさに目を細めている。眩く赤い赤い風の中では、もう黒いシルエットはくっきりとして、陽炎などではなくそこに浮かび上がった。熱風に煽られるシルクハットを抑え、溜息を一つ。

政府からシャーロックに言い渡された密命は、この一家三人と使用人達の皆殺しだった。だが、彼はそれに従わなかった。この通り一人だけ取り零した。だから、ここに温もりのある命が付いてきた。
冷たい雨に打たれても天焦がす火は燃え続ける。代わりに肩が、髪が、背中が、頬が、洗われるようにひやりと濡れていく。隠し守っている小さな生命体が、コートの中で落ち着きなくもぞもぞと動いた。犯人は現場を後にして傘をさす。

現場から遥か遠ざかってから、シャーロックはそっと幼子を地面に降ろしてやり、コートの目隠しをとってやった。水嵩を増し轟々と流れる川に架かる橋。遠くに金の時計塔が聳え立っていた。

「……ジャック。今日からは私が、あなたを守ります。今日からは、私たちの子です」
「……ジャック=c…?」
「……。……あなたの、名前ですよ」

虚妄の父子は手を繋ぐ。一つの傘の下、白く烟る雨に打たれながら、夜を添い歩く。鐘の音が響く。穢れなき小さな手のひらの温かさを確かめ、壊れそうな指先の儚さを確かめ、帰る先に集う仲間達の姿を思った。きっと店主の不在をいいことに人の店で好き勝手をやっている烏合の連中。この世界では直に生きてはいけなくなるであろう悲しい星の下の衆。いわゆる人殺しと言われる、罪人達。家族と呼ぶにはあまりにも歪で脆い筐。

ーー守る。
過ちだと詰られようと、無駄な偽善と謗られようと。
誰もわかってくれなくてもいい。
彼奴らを出し抜いて。これが忘れられ踏み躙られていく殺人鬼の、最後の反抗だ。


それは例に漏れず、ある雨の晩のことだった。
蝙蝠のような黒い傘を畳み、店の裏口から戸を開ける。僅かに漏れた光が、視界を埋め尽くすように広がって、次いで賑やかしい喧騒が溢れた。幾つもの声が、留守にしていた店主を出迎えた。幼い少年は木陰のようなその細長い背の後ろに隠れるようにしながら、夜霧に滲む橙の灯の中を覗き込んだ……。


【第一幕・終】

7日前 No.125

絡繰 @ne9rodoll☆V4.8X.AnvuQ ★wgm3NQbNwV_9VX

【ミカエル/12月24日/自宅兼研究所】

 硬くて狭い手術台はいつまで経っても寝心地はちっとも良くならない。それなのに其処で眠ることをやめられないのは一種の帰巣本能のようなものだろうか。過去の記憶に残るのは機械的な光やレーザー線ばかりだった気がする。意識を覚醒させようと爛々と光る灯りをしばらく見つめ、怠くて仕方がない身体をゆっくりと起こす。研究室を見渡せば、意識を失う前までは酷く煩雑だった部屋が綺麗に片付いていることに気が付いた。それの引き換えというように机から報酬用の金が消えていることが、秘書として雇っているミリヤムが律儀に仕事をして帰っていったことを示している。もう既に秘書というよりも家政婦と言った方が正しい働きぶりではあるが。

 手術台から飛び降りれば、ギシッと不快な音が凝り固まった関節から鳴ることに眉を顰めながらも、デスクに纏められた書類に目を通す。政府からの製薬依頼といった正式な仕事から、人を殺すための毒の生成などまで様々に入り混じった仕事を頭の中で整理しながら戸棚を漁る。取り出したPTP包装された錠剤は今となっては毒でなく、知り合いのシチダンカから処方された精神性の不調を緩和するれっきとした良薬だ。珍しく水差しからコップへ水を注ぐという手順を踏み、薬を呑み込む。これ程までに以前と比べて落ち着いた心情でいられるのは確実にあの夜のシチダンカとの出会いが切っ掛けであった。路地裏の闇で薬物に蝕まれていた自分と出会ったのはこの街に診療所を抱えるカウンセラーの彼だった。すっかり診療所の常連となった自分は適した量の薬を処方されるようになり、規定から逸脱した薬の量を摂取すれば、シチダンカやルーツァンからの説教を受けざるを得なくなっている。物好きで世話好きな人間も居るものだと肩を竦めることしか出来ない。

 相変わらず冷え切った手足がコンクリートと接地するのを感じながら当てもなく部屋の中を闊歩すれば、目に入ったのは壁に寄りかからせただけになっている全身鏡。痩せ細った頼りない手足が白衣から伸びている姿はさしずめ亡霊のようにも見えて、こんな姿を見られてしまえばエディやルーツァンがまた五月蠅そうだと苦笑を浮かべる。徐に放ってあった櫛を手に取ってボサボサの髪を梳かしてみるが、あまりに小刻みに引っかかるのが気に障りすぐに諦めた。
何時だかこの痛みきった髪に手を伸ばし、嫌がる自分の声も無視しながら梳かし続けたルイスという男が居た。男という存在に嫌悪を示していることを知っている癖に、あの男はわざと自分へ関わってくる。常に能天気そうな表情をする割に腹の底は計り知れない不気味な存在。思わぬ所の段差で転倒した時、膝から流れ出た血液に瞳をぎらぎらと輝かせていたことに本能的な恐怖を覚え、鬼ごっこのように逃げ回ったのは記憶に新しい。

「ふひ……ばか、だったなぁ」

 随分と年季の入ったロッキングチェアに腰かけ天井を仰ぐ。色とりどりの瓶や小難しい数式などが散らばった、この研究室と呼ぶには大仰な、子供部屋のような空間には思ったよりも他人の干渉が色濃く残っていることに我ながら驚いた。部屋の隅の玩具箱のような物入れにはいつの間にか貰ったものばかりが詰まっている。こんな風に他人と関わることになるなんて思ってもみなかった。人生どうなるかなんていうのは案外分からないものだ。

 さらに予想外だったのは、この珍妙な殺人鬼の集団の中に放り込まれた異質な存在、真っ当な人間の子供ジャックだ。ぼくはあの幼子が苦手だった。充分幼い見目の自分よりもさらに幼い存在、無知で無邪気な、外界からどこか殻を一枚隔てたような立振る舞い。子供なのだから当たり前と言われればそうだが、その無垢さが何よりも腹立たしく、そして羨ましくもあり、憐れみの対象でもあった。両親に望まれ、愛された子供。不条理な都合で運命を捻じ曲げられ、今は殺人鬼たちの興味を一身に浴びる子供。純真な彼の手が自分の頬に触れた時、言いようもない悪寒が走ったのを覚えている。正直、あんなものを連れて帰ったシャーロックの気が知れなかった。ぼくは彼が怖くて仕方がなかった。極力接触を避けようとしていたのは言うまでもない。

菌に侵されたこの身体はジャックに近付いてしまえば忽ち感染してしまう気がしていた。シャーロックがいくら自分の抑止力になろうとした所で、自らの手に残る血痕は増える一方だった。体の温度はどんどん冷えてゆき、動きは鈍るばかり。失われていく温度を恐れながらも、暖かい光に触れてしまえば消えてしまうのではないかという恐怖も覚えていた。そんな板挟みでどうしようもないこの状況が何よりも居心地が良かった。

「あたたかいものは、こわいよ……」

ぽつりと呟いた言葉は外の雨音にかき消される。衝動的に爪を立てた手首から血が流れ、ゆっくりと床へ滴っていく。それっきり動かなくなってしまった大きな白衣を背に余らせた小さな影は、翼が折れた天使が蹲っているようにも見えた。





天の使いが舞い降りる聖なる夜に、天使の名を模した少女は何を想うのか。


対象なし>>(ソロール)

【滑り込みアウトですが、かなり勝手なねつ造設定を含む関係性を結ばせていただいた方とのエピソード補完を失礼致します…!】

7日前 No.126

第二幕プロローグ @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

人はいつか必ず死ぬ。出会えばいつか定めて別れる。
生者必滅、会者定離。
そうと何処かでわかっていたからこそ、あなたがたの生きた日々は愛しくて悲しい。

ーー霧の都に葬送曲≪第2幕≫

誰かの生を強制終了させてきた生が、他の誰かに強制終了させられていくのはまた理なのか。

「カメリア卿は会わないと言っておられる」
「しかし、それでは、盟約は…………っ!」

殺人鬼達の群れの中に一人の幼子が連れて来られてから、一年ばかりが過ぎていた。しかしその間に霧の都の情勢は少しずつだが大きく動き、乱れ、変化していた。
煌めくシャンデリアの光と優美な彫刻が調度品を彩る高貴な応接室には似つかわしくなく、シャーロックは声を荒げて食い下がっていた。相手は政府の高官の、本人ですらなくいつも傍に控えているだけの秘書。固めてピンと整えた口髭を弄りながら、秘書は迷惑そうに卑しい者を見下す目付きで高圧的に踏ん反り返った。

「何度も言わせるな、この殺人鬼。霧の都はもう、野蛮な血の流れる争いなど起こらない新しい世の中に変わる。時代遅れの人殺しなど」
「……時代遅れの人殺しなど……」
「……続きを言って欲しいのか?」

それはシャーロックも予期し恐れていた時代の到来だった。だが、それがこんなにも呆気なく来るとは、こんなにも政府が早く動くとは、予想できなかった。
秘書が大仰に口を開く。約定を交わしたカメリア子爵に至っては姿も現さない。

「もう要らぬ。お払い箱だ」

呼び立てられたシャーロックに、いつもの依頼や密命の代わりに叩きつけられたのは余りにも唐突な通告だった。
家業である殺し屋など、今の時流に合っていない。そう感じていた彼は政府の人間に取り入り従う事で此れ迄を生き抜いてきた。同類の殺人鬼の一部からは政府に魂を売ったと嗤われ反感を買い、自らも納得しない仕事も黙ってこなしてきた。彼等の黄金期を知っている先妻が怒り失望するのも当然だと心の何処かで自覚するほど。そのままではただの罪人として処罰されてしまうであろう若くして踏み外した殺人鬼達のことを傘下に入れ、政府の狗に甘んじることで法から守ってきた。不本意を卑屈に捻じ曲げ抑え込んで。霧の都の政府にとっても、住民達にとっても、良き番犬となっていた筈だ。
余りの屈辱に、シャーロックは飛び掛かる寸前の眼で男を睨み、奥歯の軋む音を立てる。

「……あなたがたに、義理や誠実さというものは無いのですか」
「ふん、人殺しの分際で道理を説くか。見苦しい捨て犬め。それともなんだ、子爵の後ろ盾を得ていい気になって貴族にでもなったつもりでいたか? ーーわかっているだろうな、用済みのお前達との契約が解消された今……お前達はただの罪人だ」

がたん、と音を立てて、シャーロックが飛び掛かり、胸倉を掴み上げる。その剣幕と怒号に、二人を取り巻いていた警備兵達さえも瞬時怯んだ。

「政府の為に汚れた影を担い続けてきた彼の者たちに対して!」

激昂した衝動のまま、後少し理性を飛ばしていたらこの男を一瞬にして死体に変えていたに違いない。しかしそれだけは辛うじて、幾つもの突きつけられた銃口によって思い留まる。

「ほら、吼えるな。だから野蛮人はもうこの世の中には要らないと言ったろう」

はらわたの煮え繰り返る思いで引き退ったシャーロックを、冷や汗に塗れた下卑た表情が嘲笑う。殺気を鞘に収めた獣は、牙を抜かれたように腕を離す。

「後ろ盾を無くした今、お前達の殺人罪状を数えたら、そうだな……誰一人として断頭台は免れられないだろうな」

色を無くして唇を噛み、銃口の取り巻く舞台から踵を返して立ち去ろうとする殺人鬼の名を、男は呼び止めた。シャーロックではなく、彼の本当の名前を呼ばれ、緊縛の呪文をかけられたように足を止める。

「シャーロック≠ニ名乗っているのだね。……お前は一年前の、ローズ夫妻とその一家暗殺の任務を、どうした」
「私が、遂行いたしました」
「そこにいた男の子を、殺していないだろう。攫って匿っているだろう」
「……なんの事でしょうか」

答えるシャーロックは先程とは別人のように機械的で、そのまま目も合わさずに誤魔化しもせずに狸どもの巣窟を後にした。脳震盪を起こした時のようにふらふらと頭を抱えて歩き、酷い眩暈のする中を根城へ帰った。

ーー守らなくては。



望んでそう生きたのではない、其処にしか道は無かった。
何卒、生かして欲しくて、言われるがまま悪を悪で切った。
役に立った筈なのに、突きつけられたのは侮蔑、拒絶、誹謗、差別、排斥、冤罪、殺意。野の獣は、人々には受け入れられなかった。

人殺しは、人殺し。

誰かの生を強制終了させてきた生が、他の誰かに強制終了させられていくのはまた理なのか。
雨が泥を含み、流れて、立つ瀬を汚していく。
積み上げた屍の数をかぞえて。

生きようと必死だったあなたがたは悪だったのだろうか。
正義とは、勝者が名乗る称号であり、
悪とは、勝者が着せる汚名である。

あなたがただけが、悪だったのだろうか。



【第二幕・開演】

7日前 No.127

語り @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【語り/某年4月7日/研究室】

酷い雷雨の夜だった。
轟く雷鳴に、軋む棚のホルマリン漬けが震撼してカチャカチャと鳴き声を立てる。稲光に白く反転する景色の中で、瓶詰めにされた無数の手首が一斉に浮かび上がる。地獄の釜から助けを乞い蠢く、罪人達の手のように。それらは澱んだ色水の中で一様に上を向き、時を止めた花のように咲いて並べられていた。天空の破れる音に乱雑に散らかったセピア色の研究室が束の間に照らし出され、また闇に飲まれる。叩きつける雨粒が雹のように無稽の拍子で窓硝子を打った。その、繰り返し。
霧の都の街はずれにある、秘匿され忌避された研究所。廃墟のような人寄せ付けぬその空間は異常で異質で、誰もが日頃から遠ざけ、彼処には恐ろしい狂気の科学者が住んでいると噂されていた。
夜になると、特にこんな雨の夜は、その笑い声が聞こえてくることがあったという。
今宵もまた、窓明りの白に黒に点滅する研究室では、引き攣ったように吃る呟き声と、時折混ざる恍惚とした笑い声が織り混ざり合いながら延々と続いている。
少女のような、か細い声。子供のような、けれども何処か不吉で仄暗い笑い声。

ーー第一のターゲット。殺人鬼ミカエル。

その影は、壁一面に、そして部屋中に並べられた棚の後ろに身を隠し、彼女の様子をじっと伺っていた。標的が帰宅する前からここで待ち伏せていたが、侵入していた外敵が居ることに気付かないのか、彼女は窓際の棚の前からじっと動かない。
閃光に照らされた横顔は幼く、ストロボのように白んだ視界に何度も浮かび上がるのは、よれよれの白衣の丈を余らせた小さな童女の姿である。まるで子供の姿をしているが、殺人件数は四百人を超える近年史上最悪級の殺人鬼だ。若く見えるが明晰な頭脳を持ち、得物は細菌兵器だという。
しかしその恐るべき殺人鬼も、今は自分のテリトリーで油断しきっているように見えた。無理もない。まさか、今まで何事もなかった人寄り付かぬ研究室に敵が先回りして潜んでいようとは。それも帰宅から一時間以上同じ空間に在って隠れたまま何もしてこないとあれば尚更。
細く小さな体が、笑い声に合わせて揺れる。そうかと思うと、ぼんやりと糸に吊られた人形のように呆然自失として何かに見惚れるように動きを止める。今度は、その何かに向かって話しかけている。ミカエルの手には、ホルマリン漬けの瓶があった。刹那の稲光に閃くと、白く瞬くその中に、生々しい人間の手首が閉じ込められているのが見えた。蕩けたような表情のミカエルの横顔が、うっとりと夢見るように眼鏡の奥で目を細める。
閃光に遅れて続く雷鳴。天空を崩す神鳴りを待つその僅かな暗闇の隙に、影は標的に向かって一個の弾丸のように飛び出した。背後から。その手には銀色のナイフを携えて。

その背に刃を突き立てたのと、空が轟くのとは、同時だった。
雨雲を割る音がして、血の雨がバタバタと床に降り注ぐ。
その稲光の幕間に下手人は僅か一瞬、怯んだ。その一瞬の動揺が、秒で終える予定だった決着の瞬間を狂わせる。

奇襲された殺人鬼の被害者と、殺人鬼を刺した下手人との息遣いが暗闇に反響する。
凶器は、サバイバルナイフ。背後の肋骨の下から刺し、心臓に向けて一気に突き上げるつもりが外したか、その切っ尖は左肋骨の下の脇腹に深々と刺さったままでいた。

仕損なった原因は、サバイバルナイフを突き立てた瞬間の標的の異質さに、下手人が気付いてしまった事。少女の肌を、肉を貫き断った筈の刃は、まるでゴムを裂いたような感覚を手に伝えてめり込んでいる。雨のように滴り落ちた血液は、赤でも紅でもない。目を疑うほど鮮やかな極彩の蛍光色の液体が、冷めた床に飛び散った。おおよそ、人間を切った時の感覚とは思えない。ゴムのような皮、インクのような体液。それだけで、下手人は左胸を抉り損ねた。

一撃で仕留めるつもりが致命傷にはならない、そう気付けば当然反撃を恐れたか、黒ずくめの下手人は息も乱さず軽やかに跳躍し後退する。しかしそれは、ほんの合図のようなものだった。一人目の刺客の失敗を見越してか、手負いの殺人鬼が振り返った先には、同じく黒いフードと覆面に正体を隠した刺客達が、多勢で控えていたのだった。霆に浮かび上がる冥府の使い達。突如現れた刺客達は、主犯の殺し損じた標的の息の根を、今度こそは止めようと一斉に襲いかかった。

>ミカエルさん

(イベント開始用)

【第二幕、最初の事件の幕開けです。物語の時制は、第一幕のスタート地点である6月6日から、1年と10ヶ月後の4月7日です。】

6日前 No.128

絡繰 @ne9rodoll☆V4.8X.AnvuQ ★Android=ToolmVbnNy

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2日前 No.129

シャーロック @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【シャーロック/某年4月7日/西洋料理店Wildcat】

住居である二階の寝室で、ベッドにこんもりと丘を作っている愛し子の影越しに、向こうの窓が刹那に白く閃いた。
しとしとと降っていた長雨はいつのまにか春の嵐を連れてきていた。窓を打つ雨粒に稲光が乱反射して、天が光に満たされる。否や、目蓋に残光だけを残して再び幕を落とした闇夜。墨染の空を震わせて、雷鳴が轟く。
なにやら穏やかならぬ夜である気がした。灯りのない部屋の中で虎の如き双眸が、底冷えする澱まぬ光を湛えている。殺人鬼シャーロックはその安らぎの丘を物言わず見つめ、そっと部屋から立ち去った。

店に続く階段を降りる。何も知らない仲間達は、今宵も泡沫の宴に興じている。あれから、彼等に一体なんて伝えようかと、何度考えたことか。自分達にはもう政府の後ろ盾が消失してしまったことを。猟犬だったところを飼い主から捨てられ、一同皆まるで野犬に成り下がってしまったことを。自由な野犬ならまだ良い、唯の、悪しき殺人鬼集団……即ち国賊へと貶められてしまったことを。未来はないことを。終焉が近いことを。政府との仲を取り持っていた筈の己が身の不甲斐無さ、食い止めることの出来なかった歯車の狂い。彼等を待ち受ける最悪の筋書≪シナリオ≫。

結局誰にも、言うことができなかった。
ましてジャックに悟られる訳にはいかなかった。
今夜も何も知らぬ殺人鬼達は、自分達に帰る場所があると幸せな夢に酔わされて酒宴に興じている。それを思うと心が痛く、仕事中でも夜が濃くなるとシャーロックは時折二階で眠るジャックの様子を見に行っては安寧を得ていた。けれど束の間の休息の後に店に戻る足取りは変わらず重かった。

店の中は変わらずに騒々しく、戻れば店主を待っていた客人達のオーダーの声がシャーロックを現実に引き戻す。否、こうして普通の人間のように穏やかな時を過ごしていることの方が本当は夢だったに違いない。現実は皆、この時勢では明日の命をも知れぬ哀しい殺人鬼だ。世間から締め出され、裏切られ、投げ捨てられた、生き場所の無い不吉の死神達。残虐な人殺し集団と謗られながら、歴史の大海を流る舟の群れから石投げられ、沈んでゆくべき者達だ。

「外は酷い嵐です」

注文されたペールエールを運びながらシャーロックが誰にともなく呟くと、折しもWildcat裏玄関のドアベルが、冷えた音を立てた。

>all様


【こちらはミカエルさん迎え入れ態勢! 絡む方はWildcatで飲んでた、でも、ベルが鳴っても誰もこないので店から出て様子を見に行く、でも、ミカエルちゃんを援護しつつ一緒に入ってくる、でも御自由にどうぞ!】

1日前 No.130

洗濯蟻 @arinohito ★iPhone=n7Rebp7mCv

【ドールホーン/某年4月7日/西洋料理店Wildcat】


Doctor Foster went to Gloucester, In a shower of rain.
He stepped in a puddle, Right up to his middle.
And never went there again.


ドクター・フォスターがグロスターに出かけた、烈しく降りしきる雨の中。
けれど途中の水溜りに、腰まで浸かって立ち往生。
とうとう辿り着けなかった。


時折窓の隙間から稲光が飛び込んで来る薄暗い店内の一角。
嵐の音を肴にドールホーンは舐める様にチビチビと、微量のタバスコを混ぜてカットセロリを差したブラッディ・マリーを呑みつつ、物憂げにマザーグースを呟いた。

こんな雨の酷い日でも人は集まる。
いや、雨の酷い日だからこそ人が集まるのか。右手で頬杖を突いて左手でカットレモンを絞りセロリで混ぜながら、外を気にして独りごちる店主に声を掛ける。

「全く以って酷い嵐よね。まるで槍が降ってきてるみたいに……」

降りしきる豪雨を『槍』と例えたドールホーン。
春の嵐と言えばとある小説家の著作。その原題が『Gertrud』である事に因んでいるが、まぁそれを意識しての発言では無いのかも知れない。ただ雨が本当に飛んで来る投げ槍めいた勢いである事を現しただけなのかも知れない。

「……こんな嵐の夜にお客様よ?」

裏玄関のベルが鳴ったのを聞いたドールホーンがセロリを摘んで齧りながら誰にともなく声を掛けた。誰か出て頂戴、と言う雰囲気で本人が出るつもりは無いらしい。

>>シャーロック、店内ALL

【少なかった絡みどころをここらで保管しておきたい……】

1日前 No.131
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