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大正浪漫心中

 ( オリジナルなりきり )
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大正/恋愛/心中/仄暗 @sweetcatsx☆e0aRNqDUyEM ★iPhone=VHGaT7ZbKj


 ねえかみさま、この想いは許されますか?


 ***

 街に響く鐘の音。並木通りを歩きながら辺りを見渡す。右を向けば装飾豪華な洋館が立ち並び、左を向けば長屋や古い一軒家が肩を寄せ合うように建っている。この並木通りが、まるで境界線のようだ。あちらとこちらでは、まるで世界が違う、僕はただそう感じていた。

 これからも、ずっとこの街は二つに別れたままなのだろう。混じり合うこともなく、寄り添い合うこともない。住む世界が違うのだから。


 ***

 街に響く鐘の音。窓から見える風景を眺めながら息を吐く。此処はまるで牢獄だ。全てが決められた線路の上をただ歩かされているだけ。自分の意思なんてものは一切存在を許されない。窓の外、あの並木通りの向こう側は私の知らない風景が広がっているのだろうか。

 逃げることも出来ず、私は永遠に此処にいるのだろう。ただ無意味に、息を吐くように当たり前に。そこに希望も絶望も存在しない。ただそれだけなのだ。


 ***

「ようこそいらっしゃいました、貴方の安寧の地になれますことを神に祈っておりますわ」


 繋がる二つの世界、混ざり合うことの許されない二つの世界の末路はどのようなものなのだろうか。



 許されなくてもいい、それでも僕達はこの想いから逃れることなんか、できないのだから。




(閲覧ありがとうございます! 兎にも角にもサブ記事へどうぞ!)

メモ2017/10/11 12:18 : すれぬし☆e0aRNqDUyEM @sweetcatsx★iPhone-VHGaT7ZbKj

心中ペア表 → http://mb2.jp/_subnro/15629.html-157#a

概要 → http://mb2.jp/_subnro/15629.html-1,2#a

イベントお知らせ → http://mb2.jp/_subnro/15629.html-104,111,139#a


→→→→ イベント

第一章【 其れは始まりの鐘の音 】>>1-42

第ニ章【 音を立て廻り始める歯車 】>>43


【 登場人物 】

 富裕層 →

* 貴族の令嬢 → 月ノ瀬鳴(絡操さん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-68#a

* 呉服屋の娘 →露ヰ花子(螢さん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-66#a

* 貴族出の蒐集家 → 綺堂(凛々さん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-64#a

* 貴族の三男坊 → 御影院宵(ねこみやあかさん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-83#a

* 皇族の三女 → 賢宮澪子内親王(夕邑三日月さん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-75#a

* 将校 → 浅茅司(神崎りりかさん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-36#a

* オランダ大使 → ティモテュース・オプステルテン(ふぁすねさん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-82#a

* 軍人 → 礒山醍醐(七角羊さん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-79#a

* 旅館の娘 → 朧塔子(真白蝶々さん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-85#a

* 婦人 → 荻原日和(神崎りりかさん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-154#a

* 地主の娘 → 賢木汐(ねこみやあかさん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-155#a


 貧困層 →

* 見世物小屋に売られた子 → 八十一八(独楽さん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-84#a

* 書生 → 水原祐太郎(日向月。さん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-37#a

* 文士 → 雨々蝶(スレ主)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-125#a

* 喫茶の店員 → 遊佐百合子(はいせりひとさん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-48#a

* 女中 → 百瀬杏(になさん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-76#a

* 没落貴族 → 篠宮暁千賀(ぽんぽこさん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-51#a

* 探偵 → 神無颯一郎(芙愛さん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-25#a

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二章開始 @sweetcatsx☆e0aRNqDUyEM ★iPhone=VHGaT7ZbKj

【 シスター・ホワイトの独白 】

 ――――嗚呼、神よ許し給え。愚かなる修道女の事を、そして哀れなる彼等の事を。


 シスターホワイトは像の前で膝をつき祈りを捧げる。嗚呼神よ平等なる愛をお与えください。この分かたれた二つの人間へ、平等な愛を。そう祈る。貧富の差で全てが決まるこの世界の中で、神だけは等しく愛を囁く。神の前には皆平等であるのだから。

「――――まるで何かが起こりそうな、不穏な空行きでございますね」

 ゆっくりと立ち上がったシスターホワイトは緩やかな足取りで教会の庭園へと向かう。一ヶ月ほど前に此処では月花と陽花、二つの貧富の分かれた人間が一同揃って食事を取った。私のしたことは間違えだったのでしょうか、主。ふと蘇るのはあの時の彼の言葉。

『なに、私を呼んだ事件は今日を伏線として幕を開けるに違いない』

 どうもあの探偵の彼の言葉が頭から離れない。まるで未来を暗示しているような予知しているような、そんな確信的な言葉。

 空は薄暗い雲に覆われている。そこから地面へとはらはらと降り注ぐ雪で庭園は白く染まり、地面は雪で包まれていた。

 この空は、何かを意味しているのだろうか。これから始まる何かを。

 ――――この時はまだ、誰も知る由はない。

 ――――此処から歯車は狂っていくのだ。交わってしまった二つの世界。そしてゆっくりとゆっくりと音を立てて、世界は壊れていくということを。


 第二章『 音を立てて廻り始める歯車 』


(それでは二章を始めさせていただきます。二章につきましてはもう一度サブ記事をご確認くださいませ。二章は心中ペアで行うイベントとなりますのでサブ記事や伝言板や日記、twitterなどを使って相談してもらえればと思いますよろしくお願いします〜〜!)


>> 参加者様ALL

1ヶ月前 No.43

二章開始 @sweetcatsx☆e0aRNqDUyEM ★iPhone=VHGaT7ZbKj

【 雨々蝶 / 自宅→公園 】

 嗚呼神がいるならば答えてほしい。何故私は私の書きたいものを書いてはいけないのか。

 月花町にあるアパートメントの二階の隅。その部屋の主である雨々蝶は行き詰っていた。部屋の中を歩き回りながら息を吐く。足許にはぐしゃぐしゃに丸められた原稿用紙が散らばっていて机の上に置かれた真っ白な原稿用紙と万年筆。どうやら執筆に悩んでいるようで。
 蝶の書く文章は万人受けしない。そのことは蝶も理解していた。どうも蝶が書く物語はどれも暗いものが多い、周りが言うような幸福に終わるものを書くことが出来ない。考えても考えても、どうにもハッピーエンドが書けない。三作ある前作も結局すべて主人公が死んでしまった。はあ、と深い溜め息を吐けば蝶は壁に掛かった灰色の羽織を肩にかける。

「そうだ、息抜きに散歩に出よう。外に出たら何か思いつくかもしれない」

 自分に言い聞かせるようにそう呟き頷きながら玄関に立てかけた唐傘を手に外へと出る。外は薄暗い雲に覆われはらはらと白い雪が降り注ぐ。階段を下りアパートから出れば別に行く当てもない蝶はただ意味もなく歩みを進める。地面には雪が積もり、月花町のあちこちにはかわいらしい雪だるまが飾られていて蝶はそっと笑みを零す。

「――――公園」

 蝶の足が辿り着いた先は月花町にある小さな公園だった。特に遊具もなにもないつまらないだけの広場。だがしかし蝶の意識はある一点に止まる。ほう、と息を零すと緩やかな足取りで公園内へと足を踏み入れていく。降り積もる雪の中真っすぐに続く蝶の足形を残しながら。

「……綺麗だ、本当に」

 公園にぽつん、と立つ桜の木。勿論桜の花など咲いているはずもなく、葉さえもつかない寂しい木には雪が積もり白く彩られている。それはひどく幻想的で、美しい光景だった。

 銀縁の眼鏡越しのモノクロの世界。この世界を嫌だと思ったことは一度もないと言えばうそになるだろう。自分の瞳には映らない色鮮やかな世界。嗚呼そういえばこの前の教会での食事会。あの時にみたあの青年――きっと鮮やかな色彩を持っているであろうあの青年。何色なのだろう。私の目では決して見ることの出来ない光景。だがしかし、今目の前の桜の木は、蝶の世界に強く強く純白を残す。唇から零れる白い息、寒ささえも忘れてただその白く塗られた桜の木をじっと、見つめた。

>> 綺堂さん


(ということで蝶の絡み文をあげておきますね! 二章よろしくお願いします!みなさまの素敵な心中への第一歩を楽しみにしております。綺堂さん本体さん、よろしくお願いします〜〜!)

1ヶ月前 No.44

御影院 宵 @xxsnowdrop☆6PqqtgEep4k ★DVZTe29d5v_yFt

( 御影院 宵 / 森 )


 富裕層と貧困層が入り混じったあのミサからしばらく経った十二月の上旬。薄暗い森の中をひとりの青年が馬に乗って進んでいた。どうやら彼は隣町に私用で出かけていたようで、今はその帰りらしい。ここ最近、個人での移動が少なかったためか、彼は周りの目がないという点でも趣味の乗馬が出来るという点でも上機嫌だった。今日は一日休みだし、直帰せずに寄り道でもして帰ろうかとその青年、御影院宵は思う。

「……違う、こっちだ」

 屋敷への道を急ごうとする愛馬に向かって宵は諭すように呟く。ぐるりっと遠回りをして桜路湖の方にでも行ってみようか。そこで一休みをするのも良い。生まれつき身体が丈夫でない宵にとってここ連日の厳しい寒さは堪えたようだ。空風にけほっと小さく咳をすれば、ふっと空を見上げる。
 ミサで自分に声をかけてきたあの女性。あの時かけた言葉の通り、この一ヶ月ほど決して彼女を忘れなかった。きっとそれは今まで出会った女性とはまったく違う女性だったからだろう。貧困層だからとかそういう意味ではない。下心がなく、純粋に自分を見つめていた。忘れられなかったのは、あの瞳のせいだと。
 両親には早く身を固めろと言われるが、宵自身に結婚願望などない。恋だってしたことがない。それなのに誰かと一生を約束することなど絶対に無理だ。宵は堅苦しい生活や周りの環境に小さく溜息をついた。


>>雪様、



【 第二章スタートおめでとうございます! 宵の絡み文、投下いたします!
 改めまして雪ちゃん本体さま、素敵な最期に向けてよろしくお願いします! 】

1ヶ月前 No.45

たわら @tawara529☆OfI7utBYH1Y ★Android=7J0aOKrluH

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1ヶ月前 No.46

神崎りりか @else☆TYRYeuBpk3k ★iPad=MUiShf7G5m

【 浅茅司 / 自宅(陽花町)→ 喫茶店(月花町)】

激しい銃声の末、朱色の水飛沫が宙を舞う。
次々と同胞が死の闇に引き摺り込まれていく。

一秒足らずの惨劇が悪夢となって浅茅を襲うようになってから一体いくつの晩が明けたのだろう。弾かれるように飛び起きれば浅茅は自分が震えていることに気が付いた。まだ夜は明けていない。しかし再び寝付く気にもなれない。視線を落とせば、ねっとりと纏わりつく朱色が今も幻覚となって身体に染み込んでいた。両手で掬えばあの生温かい感触が蘇るようで気色悪かった。
滴る汗を流そうと、浅茅はシャワー室に入る。第一次世界大戦から数年経ち、第一線を引いた今でも浅茅は死の呪縛が解けずにいた。日が昇り、下士官たちを見れば彼らの最悪の結末を思い描いてしまう。日が沈み、寝床に着けば再びあの悪夢に苛まれてしまう。浅茅は自分の不甲斐なさに苛立っていた。しかしまた失うのではないかと思うと恐ろしくてたまらなくなるのが現状だった。

ーーいい加減、全てを悪いほうに考えるのをやめろ。親睦会のときのことを忘れたのか。

自分を叱咤する。あのとき私立探偵は「恥ずかしいのか」と問いたが、実のところそうではなかった。決して周囲の目の色を気にして羞恥したわけではない。シスター・ホワイトの好意を踏み躙り、神の御前を犯罪の巣窟だと思い込んだ自分が惨めだったのだ。哀れだとも思った。大日本の平和は死んだ同胞達の努力の賜物だというのに、それに懐疑の目を向ける己は一体何だというのか。死を恐れ、過去に囚われ、成し得たものまでを否定する自分に臣民である資格はあるのだろうか。

邪念を振り切るかのように、浅茅はシャワーを浴びたあと外へ出て刀を振るった。がむしゃらに腕を動かす。何度も何度も振り続ける。早朝の素振りが習慣となった今でも、まだ改善すべき点は幾つもある。自分はまだ未熟だった。こんな自分が近い将来、祖国のために命を捧げることが出来るとは到底思えなかった。

数時間が経ち、屋敷に戻れば使用人の手厚いもてなしと両親の小言が待っている。それはいつものことだったが今日はいつも以上に厚かましく感じた。両親は長男である自分に期待していた。見せてくる見合い写真は煌びやかな服装に身を纏った華族令嬢ばかり。「御前がいるなら、我が家は安泰だな」と彼等は言う。「だが早く女房を娶って身を固めてもらえると、こちらとしても安心して先立てるんだがな」とも言う。そんなことは分かりきっていた。華族の一男である浅茅司のレールは産声を上げたその瞬間から既に綺麗に整備されていた。しかし、まだその上を歩く気にはなれない。浅茅は長子としての責任を果たす前に己の弱さの払拭を、戦争とのけじめを、そして軍人としての自覚を、謂わば強迫的に迫られている気がしてならなかったのだ。

期待の重圧と何枚にも重ねられた見合い写真から逃げるようにして浅茅は屋敷から飛び出す。そしてそれが小さな豆粒になるまで遠ざかってから、今日はどこに向かおうかと考えた。休日に当てもなく散歩するのが浅茅の気晴らしの一つだった。着物で街を散策するのは気持ちがいい。羽織の袖に腕を入れて身体を温める。師走の空気は冷たくもとても澄んでいた。吐き出す息が白色となって消えていくのを眺めながら、浅茅は曇天の空の下をゆっくりと歩く。帽子はいつも通り深く被っていた。「非国民」と煽られたこの白髪を周囲に見られたくはない。休みのなのに刀を肌身離さず持ち歩くのは最早長年の癖だった。

ーーやっぱり平穏は良い。

浅茅は思う。神無のような人間にとっては退屈かもしれないがーーいや、あそこまで想像力に富んでいるならば世界が七色に映っていてもおかしくはないがーーこの無音に近い静寂が浅茅は好きだった。
しかし、刹那、得体の知れない深い闇が背後から忍び寄ってくる。まただ、と浅茅は思う。またあの不安感が自身の体に纏わりついてくる。逃げても逃げてもそれは死の果てまで追いかけてくる。浅茅は恐怖した。息を切らしながらもその闇に引き摺り込まれまいと足を懸命に動かした。桜路通りを過ぎ、角を一つ、そして二つ曲がった先にある喫茶店に、浅茅は駆け込むようにして入店した。それは彼の安息の地とも呼べる、行き慣れた場所だった。


【なんか書いてて「こいつ病気じゃねえのか」と思ってしまいました失敬。真面目すぎるんです。前回の〆ロールも含んでいるので少し長めです。改めてかっきー、こんな奴ですがよろしくお願いします。めざせ心中!】
>遊佐さん

1ヶ月前 No.47

凛々 @petrichor☆KdizKBUyxLI ★krSnOvwCrI_WcJ

【 綺堂 / 月花町→公園 】


 今日は全く運というものがないようだ。
 同じ街に住む昔馴染みが珍しい物があるから来いと言うから、弟の冬より冷たい言葉も、女中の雪より白い目線も危うく躱して家から出てきたというのに、実際に赴いてみると俺の求める宝は影もなく、ただ金の無心をされただけであった。
 昔馴染みといっても親同士が仕事上付き合っていただけの希薄なものであったし、それも少し前に相手方が没落すると、まるで元から関係など存在しなかったかのようにぷっつりと途切れた。
 二、三度遊んだ程度の俺にも縋らねばならぬほど困窮していたのだろう。俺よりもふた周りほど大きくなった手をついて、古い畳に擦り付けた額は赤くなっていた。今歩く道から一歩違えば己が身に降り注いでいた運命だ、他人事になど思えるはずもない。
 けれど、俺には分け与えてやれるほど自由な金がない。
 悪い、済まないと繰り返して戸を閉める一瞬、俺の名前を短く呟いた脆弱な益荒男の声が忘れられない。久々に呼ばれた自分の本名が、あれ程までに悲しく聞こえるとは思わなかった。本当に運がない。

 粗末な長屋から出ると雪がまた降り出していた。足元を見遣ると、小さな雪だるまがいくつか座り込んでいる。そうか、子がいるのか。
 緋色の唐傘を手に帰路を辿る。こんな日は、もう寝てしまおう。瞼を閉じて、布団に包まって、世界を区切ってしまえばきっと忘れられる。元々あからさまなほどに区切られたこの街だ、誰も文句は言えまい。否、言われたところで届きはしない、俺一人分の世界に往くのだ。溜息すらも白く染まるこの世界に、仮初の赤を纏っただけの俺は似合わない。

「――……」

 桜か。
 微かな独白すらも喉が詰まって上手く声に出ない。容赦なく貫いてくる寒気の中、不意に足が止まったのは空き地の前であった。此処へ来る時にこんなものはあったろうか、思い返してみても記憶の片隅にすら残っていない、小さな小さな空き地。入って少し奥、一本だけ不自然に植えられた桜と、その下に暗い影があった。俺の足元からうっすらと残った足跡が真っ直ぐに伸びていて、それは恐らく影の傍まで続いている。
 俺より少し小さな足跡にブーツを重ねながら、ゆっくりとなぞってゆく。居場所のない家に帰るより、雪に塗れていた方が余程良い。足跡が途切れるまでに三歩ほど残して、白の中に浮かぶ唐傘を見据える。今度はいつも通りに声が出た。

「誰だか知らないが、風邪を引くよ」


>蝶さん
【わあいありがとうございます〜!!こちらこそよろしくお願いします!!】

1ヶ月前 No.48

日向月。 @kafune☆01.vmkBoVYY ★iPhone=qAhZfK5KlD



【 水原祐太郎 / 桜路図書館 】


 此処はとても温かい。外は曇り空で、雪がはらはらと降りつつある。雨が降るのではないか、と予想して持ってきた傘の出番はあるか否か。

 そんなことを少し考えながら読んでいた本のページをひとつ捲る。新たな文字列。濃厚かつ繊細な文章が印刷されたそれを一字一句逃さないように食い入って読み込む。今日だけで辞書のような莫大な量の活字を休むことなく、一気に読み漁っていた水原祐太郎だったが一旦書物を手放し、固くなった身体の力を抜くように、ほう、と息を吐いた。微かに暖かい息が温い空気に混ざり合う。
 桜路図書館は南部に位置していて、祐太郎の住まう月花町からは少しだけ距離があるものの、沢山の書物を保管している此処が、彼の居心地のよい場所となっていた。大半の時間は此処で過ごすようにしているほどの気に入りぶりだ。普段は書物を読んだり、調べ事をしたり、時には此処で勉学に勤しむこともある。今日もまた、広い図書館の中で長机の置いてある場所の一番右端の席に腰掛けて、じっくりと本を読み耽っていたのだが流石に集中力が切れてしまったらしい。


「――もう冬、か」


 気分転換に他の本を読もうか、なんて考える傍ら、机に肘をつき、重たくて空っぽな頭を支えながらぼんやりと脇の壁に嵌め込まれた窓の外を眺めていた。真っ白で淡い雪がまた、ちらついた。



>>澪子さん


【皆さんと同じ言葉になってしまいますが、二章開始おめでとうございます。自分たちのペアだけでなく、皆さんのお子さん方がどんな最期を迎えるのか、今から楽しみで仕方がありません!
 澪子さん本体さま、至らないところがまだまだありますが精一杯頑張りますので、これからも宜しくお願いします!素敵な心中にしましょう!】

1ヶ月前 No.49

はいせりひと @bloodycat☆T3u8MhS.e3A ★iPhone=VP4MQKiD6u

【遊佐百合子/喫茶店(月花町)】


 喫茶店の朝は早い。今の季節となれば人肌により温まられた布団から出るのも躊躇するほどには冷えて澄んだ空気に襲われるが、長く同じ生活習慣で過ごしている遊佐百合子は自然と時間になれば目が開くのだ。おおよそ、季節に相応しくない防寒の意味の無い薄い布団は一年中使用しているたったひとつの寝具である。少しばかり覚醒まで時間がかかるものの、数分もしないうちに起き上がっては群青色の着物へと着替え、布団を三つ折りにしてやっと入る大きさの押し入れひとつしかない部屋を出ていく。布団を干したいという気持ちはあるが、今日は喫茶店の鍵を開け下拵えをしなければならない。手早く烏羽色の髪を二本のおさげに結い、アイロンをかけた白いフリルエプロンを着物の上から被る。喫茶店の制服を身につけると、自然と気持ちが引き締まった。

 朝の掃除を行い、冷たい水に指を晒し、食材を手際よく切っては炒め、切っては盛り付け、できる限りの下拵えをしていく。ここで手を抜けば昼過ぎに困るのは自分だと知っているがゆえに手を止めることはない。
 長年の経験により培われた掃除や料理の技術により、準備を開店数分前に終わらせることができた。鍵を開け、開店時間までテーブルナプキンの補充でもしようかとドアに背を向けた瞬間、ドアが開く音と共に投げかけられた声はこの店の主人、遊佐の雇い主のものだった。準備に対し不足しているところや感情の起伏を感じさせない髪と同じ色をした瞳が生意気だとか愛想のない表情だとか、遊佐からすればまったく興味のないくだらない内容ではあるものの、振り返って頭を下げなければならない。それが遊佐百合子の立場にふさわしい所作であり、従属する身として相応の対応だった。最後には母親を真似た口調についても嫌味を言われ、遊佐が謝罪の言葉を返す前に奥へと消えていく。
 姿が見えなくなるのと来客を告げるドアベルが乾いた音を鳴るのは同時だった。

 朝はモーニングが多い。食パンを焼き、客が選んだ副食を手早く作っていくも次から次へと注文票、店員を呼ぶベルも絶え間なく鳴り響く。目まぐるしく回る店内で、何から作れば良いのか待たせてはいけない常連客はどこにいるか、何を指示すれば良いのか頭を回転させながら忙しくなく動けば、気づけば昼時に近くなっている。店内に差し込む陽の光が多くなっていることに気付き、朝に比べて落ち着いたため窓の外をぼんやりと眺めているとこちらへ駆けてくる人影に気付いた。

「……いつも落ち着いとる方やのに、珍し」

 思わず呟いてしまったのは、普段の真面目で礼儀正しい彼と少しばかり印象が違って見えたからである。足を止め、何となく前髪を整えてみたりしてドアへと近づいた。勢い変わらず駆け込むようにして来店した彼へ目を瞬かせ、声に心配の色を含ませて問いかける。

「いらっしゃいませ、浅茅さま。あの、どうかなさったんですか。随分と慌てているようでしたけれど……」

 白銀の美しい髪を持つ彼はお互いの名を教え合うほどには付き合いがあり、この喫茶店に通ってくれている常連客である。未だに訛りのある口調で接することは恐れ多くてできないが、常連客の中では親しい人と遊佐は思っている。将校であるという話も彼から聞き、凛とした姿勢や努力を惜しまないその姿に密かに尊敬と憧れを募らせている相手でもあるからこそ、心配も強かった。

「お席、あの、奥の席、空いてるので、よかったらそちらに……。あ、お水も、すぐにお持ちします」

 心配とは言っても、遊佐は雇われている身であり、現在は勤務中なため彼と長く関わることができない。普段なら「お好きな場所にお座りください」と声をかけるところを、人目がつきにくく、けれど陽の光が差し込む座席に促した。その場所は遊佐が主に立ち回る場所からも近く、もう少し時間が過ぎればより穏やかな時間が過ごせるので話もできるはず。少なからず私情が入ってしまったところはあるが、自分よりも背の高い彼を見上げては視線と手でその座席を示した。

>>浅茅さん



【ありがとうございます、こちらこそよろしくお願いします! 同じく朝の場面から始めさせていただいたのですが後半だけ読んでいただければ十分です……長くなってしまってすみません。色々と相談を繰り返しながら、素敵な心中へと歩んでいきたいと思っています! 何かあればいつでもツイッターでもアカウントでも声をかけてくださいませ!】

1ヶ月前 No.50

お知らせ(必読) @sweetcatsx☆e0aRNqDUyEM ★iPhone=VHGaT7ZbKj

【 雨々蝶 / 公園 】

 息をするのも忘れて真っ白な飾られた桜の木を見つめる。桜の花を咲かせる木も、緑の葉を揺らす木も、蝶の瞳にはただの白と黒でしかない。その美しさを蝶が理解出来ることはない。だからこそ雪で塗られた桜の木をひどく美しく思ったのだ。

 どれほど見つめていただろうか。鼓膜を震わせた声音で蝶の意識は桜の木から引き戻される。寒い、足先がひんやりと冷えている、寒いなあ、白い息を吐き出しながらも声の方へとゆっくりどれほど振り返る。

「――――嗚呼、確かに寒い。助かったよ、もう少しで凍死してしまうところだった」

 へらり、と笑みを零す。桜の木に集中しすぎて寒ささえ忘れてしまっていた。ゆるりと視線を少し上げて声の主へと向ければきょとり、と目を瞬かせながら首を傾ける。

 唐傘と着物、人目を引くであろう奇抜な格好。きっとこんな所にいるべき人間でないことぐらいは蝶にも理解出来た。何故こんな所に、そんな疑問を覚えつつもそんな彼の容貌には見覚えがあった。蝶の頭に鮮明に残った記憶。ゆるりと唇を開け言葉を発する。

「君は確か、あの純白の修道女の食事会に来ていた人じゃあないかな、こんな所に来るなんて、物好きだねえ」

 ここにはあちら側とは違って何にもないよ、そう付け加えたのは嫌味ではなく、純粋な興味。何故あの通りの向こう側の人間であろう彼がこんな所に来たのか、そんな疑問からだった。

>> 綺堂さん

1ヶ月前 No.51

御影院 宵 @xxsnowdrop☆6PqqtgEep4k ★DVZTe29d5v_yFt

( 御影院 宵 / 森 )


 どれくらいの間、空を見上げていただろうか。それは短いようで長く、長いようで短い、ほんの刹那。そんな刹那でも目に映る雲のように人の心は流れゆく。だからふっと願うのだ。誰かひとりでもいい、誰かひとりにとって残る存在でありたいと。それはまるで傷跡のように、はたまた軌跡のように、鮮明で儚げで。家族とは違ったぬくもりを求めて、人は彷徨い続ける。自分も例外ではないのだと宵は悟った。そんなとき、愛馬が急に動き出す。

「……どうした? なにかいるのか?」

 思考の世界から現実に引き戻された宵はどうどうと馬を宥めようとしたが、彼は宵の命令を無視して勝手に歩みを進める。一体どこへ向かおうと言うのだ。宵は怪訝そうに首を傾げながらも、こいつもなにかを求めて彷徨っているのだろうかといつしか宥めることをやめ、身を任せていた。
 数メートル進んだところで、ふっと人の気配に気がつく。こんな森の奥深くに自分以外の人間がいるだなんて。賊やそういう輩でなければいいがとそんなことを思いながら、宵は歩みを止めた馬からゆっくり降りる。優しい手つきで愛馬の鼻先を撫でれば、「すぐ戻るから大人しく待ってろよ?」と微笑みかけ、その気配へと一歩また一歩と近づいていく。危険だからや事件に巻き込まれないようにという理由から、こういうことは避けるべきなのだろうが、宵の好奇心はそれを優に超えていた。ふっと一本の木の前で足を止めると、ちらりっと覗くその人影に正体が女性であることを知る。

「そこの貴方、こんな森の奥でなにをなさってるんですか? 道にでも迷われたのですか?」

 ぱっと相手の前に飛び出しても返って怖がらせてしまうかもしれない。宵は柔らかな口調で木陰に隠れる女性と思わしき人に声を掛ける。そして、なにかを思いついたかのように「あ、」と呟けば、「桜路に行かれるのでしたらお送りしますよ。私もちょうど帰るところですので」と付け足した。


>>雪様、

1ヶ月前 No.52

篠宮暁千賀 @poko10☆sMzkA8RPRfw ★Android=MNgMSKnMpI

【篠宮暁千賀/崖付近】

 波の音が聞こえる。あてもなく彷徨えば、眼下に海を臨む場所にたどり着いていた。岩礁に砕かれた波が白い泡となり、その荒々しさを物語っていた。かつての自分が暮らした陽花町は最早眩すぎて憎い。月花町ですら貧しいなりに日々を懸命に生きる人間たちで溢れていて、居心地が良いとは言えなかった。荒々しくも静かで、人の寄り付かないこの場所は自分にとって相応しいのかもしれない。
 潮風に吹かれた髪が時折視界を遮るが、それを退けるのも億劫だった。ぼんやりと一歩踏み出す。視界の前方に見えていた波の渦巻く岩場が、ほぼ真下になった。ふと思う。このまま自分が消えたとして、果たしてそれに気づく人間は存在するのだろうか。あと一歩踏み出して、あの波に抱かれて消えるのも悪くはない。何も残さず、誰にも気付かれないままいなくなることが、落ちぶれた自分には相応しいのではないだろうか。
 生きてきた二十余年に思いを巡らす。思えば、貴族と呼ばれたあの頃も、敷かれたレールを辿っているだけだったのかもしれない。人を憎み、人の裏切りを恨んできたが、所詮それは自分が空っぽの人間だったからではなかろうか。

「……」

 静かに目を瞑り、すぅと息を吐いた。何も、惜しくはない。誰にも、未練などない。そう言い聞かせて。

>月ノ瀬鳴

【死にたがりです!!とめてください!!助けてください!二章もよろしくお願いします<(_ _*)>】

1ヶ月前 No.53

夕邑三日月 @mistydark☆NIljAHmRyhk ★Android=GaTaMXF8bf

【 澪子 / 桜路図書館 】

 其所に“澪子”という存在が居ることは、誰の気紛れも介在しない予定調和だった。一月ほど前に彼女が教会に現れた時とは異なり、所謂公務の一環である。唯一の共通点は、其所に居るのが天皇の嫡子であることがひた隠しにされていることくらいか。
 澪子の父である今上天皇は、若者が勉学に励むことに一定の理解を示しており、その支援にも協力的だった。文部大臣辺りの提言を鵜呑みにしているだけなのかも知れないが、とにかく学生支援に必要なものの実態調査地として選ばれたのがこの桜路の町で、計画の顔として選ばれたのが澪子だったというだけの話である。この数ヶ月間、彼女は皇居と桜路との往復を続けている。いつぞや塔子が話していた、「二人きりでお話する時間」が訪れるのも、そう遠くない話だろう。

 そして今日は、図書館ならば学生も集まるだろうという安直な考えの下の視察だが、下手に騒ぎ立てて来館者を制限していては本末転倒だ。だからこそ今この場で彼女のことを知るのは館長と利用者に紛れた数人の警備の人間のみ。館長としては気が気ではないのかも知れないが、表面上は平静を装い、内部の簡単な説明をしている。実際にご案内しましょうかという彼の提案は、それこそ目立つからと断った。
 そうして一人、背の高い書架に挟まれた通路で辺りを見渡している澪子は、何かを探しているだけの少女に見える……かもしれない。しかし彼女が目を止めたのは、棚に並ぶ文字列ではなく、窓の外にちらつく白いもの。
「……雪」
 嗚呼、通りで冷える訳だ。
 澪子は丁寧な手つきで、肩から落ちかけたショールを羽織り直す。勉学に励む場所であるのなら、周りの環境に集中力を削がれるようなことはないほうがいい。室内をもう少し暖かく出来ないかと提案すれば、取り敢えず今日の目的は果たせるだろう。
 そしてふと、窓の下まで目線を落とすと、澪子と同じようにちらつく雪を眺めている男性の姿があった。机の上に積み上がった本を見るに、ずっとここで読書をしていたのだろうか。
「其所のお席は……本を読むには寒くはありませんか?」
 最後に手に取った詩集を抱えたままなのを良いことに、此処で読んでいこうか止めようかを迷っている風を装って、澪子は男性に問い掛けた。彼の様子からはこの図書館の常連であることが伺えたので、意見が聞けたらちょうど良いと考えたのだが、些か唐突だったかもしれない。しかし、文字と違って言葉は消せないのだから、澪子は薄く微笑んで誤魔化すことにした。

>祐太郎様

【遅くなりましたが、二章開始おめでとうございます!
 祐太郎くんと図書館デート(違う)楽しんで逝きたいと思います、宜しくお願いします。】

1ヶ月前 No.54

神崎りりか @else☆TYRYeuBpk3k ★iPad=MUiShf7G5m

【 浅茅司 / 喫茶店 】

月花町にある喫茶店は貧弱ながらもどこか和やかで、一息つくには最適な場所だった。

カランコロンと鳴ったドアベルと同時に現れた浅茅のもとへウエイトレスが歩み寄ってくる。遊佐百合子だった。月花町にいる数少ない顔見知りであり、気を許せる女性。憔悴しきった浅茅を意外そうに、そして心配そうに気遣う百合子はいつものように美しかった。鳥羽色の髪は明かりに反射して綺麗に光っていた。
はっとして外のほうを振り向く。しかしそこにはいつもの閑静した街並みが風景としてあるだけで、先程まで浅茅を襲っていたあの恐ろしい闇はどこにもない。どうやらソレは店の中まで追ってくる気はないらしい。浅茅は安堵したように、深く息を吸った。そして眉間に皺を寄せる百合子のほうを向く。どうかしたのか、そう聞く彼女に「いや、何でもない。気にしないでくれ」と言って、心配させまいと姿勢を正した。そしていつものようにかぶっていた帽子を取る。劣等感の塊である白髪をこうして満天下に知らしめるのは彼女を信頼している証だった。

百合子は幼いながらによく働く娘だった。上司に怒られる姿を度々見かけることはあったが、彼女のように客に寄り添った接客をするウエイトレスは陽花町でもそうそう見かけない。丁寧な動作で配膳する姿は少しあどけなかったがとても微笑ましかった。浅茅はそれを遠目で眺めるのが好きだった。そして苦い珈琲をすすりながら読書をし、喫茶店が空いてきた頃に彼女と何気ない会話をする。それも彼の密かな楽しみの一つだった。

浅茅は彼女が指定した席に静かに腰を下ろし、水の入ったコップを受け取った。「ありがとう」小さく礼を言う。百合子が気を遣ったのだろうか、その席は店の奥にある、周囲と遮断された場所だった。他の客の話し声が遠くに聞こえる。浅茅は彼女の優しさに再び礼を胸の内で述べつつ、一息つき、懐に入れていた本を取り出した。愛読している本ではあったが暫く読む気にはなれそうにない。本をテーブルの上に放り出し、やんわりと日が差す窓を眺めながら浅茅は物思いに耽った。闇と対峙する方法を自問しながら模索していた。


>遊佐さん

1ヶ月前 No.55

にな @xxx39☆FTXhV/eLYAw ★oGcKNmj2bR_mgE

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1ヶ月前 No.56

凛々 @petrichor☆KdizKBUyxLI ★HUjV5pwA5a_zRM

【 綺堂 / 公園 】

 俺の胸を取り巻く感情の名前が分からない。怒りでも悲しみでもない、近似と言える形容詞は遣る瀬無さ、であろうか。
 どこかに行ってしまいたい。旧知の男の家を暫し楽にしてやれるような金も、仕事を紹介してやれるような伝手も、男の気が晴れるような言葉も、俺は何も持っていない、という事実を突きつけられないところであれば、雪の中でも寝台の上でも何処でもいい。

 凍死するところであった、と死を軽薄に語るその声は高く柔らかく、浮世から隔離されているようにも聞こえた。ふと、ひらひらと空を舞い、ふわふわと宙を漂う蝶々を思い出した。
 しかしそれにしたって、目を奪われるあまり凍死しかねないほど魅了されるような代物であろうか? 俺は白を被った樹を一瞥する。
 確かに美しいとは思うけれど、蕾どころか葉さえまだ遠い桜はただの大木にしか見えない。これは俺が少々目の肥えた人間であるからではなく、恐らく大抵の人間が思い至るはず。女は何故、白き桜に惹かれていたのであろうか。シャツに染み込んだインクのように、一度浮かんだ疑問はなかなか消えることは無い。
 楓や公孫樹とは枝の広がり方が違うのだと教えてくれた、十数年前の祖母の顔がふと過ぎる。最後に墓参りに行ったのはいつだったか。

 振り返った女は、俺と目が合ったかと思うと、目を丸くしてゆっくりと首を傾けた。どこかいとけなさの残るかんばせに、その仕草はひどく似合いのように見えた。

「……嗚呼おひいさま、どこかで見たことのある顔だと思ったら」

 ひと月ほど前に招かれて赴いて、結局何も成せずに後にした、神の偶像が御座すあの場所。あの時は白い影を追っていた。影を掴み損ねて、振り返った先にいたのが眼前の姫であったか。――しかし、それ以外にも見かけたことがある気がしてならない。確かに俺の海馬の隅に姫の存在が有る筈なのだけれど、単なる記憶違いなのかどうかすら不明なままで、俺は意識せずして姫を真正面から注意深く見つめてしまう。
 物好きだ、と姫は俺のことをそう言った。雪の上で鈍く輝く瞳には興味の色を湛えて、富のある人間が貧困街に来た理由を問う。そこには皮肉とか僻みといった感情は読み取れず、思わず口の端から笑みが零れる。

「何、ちょっと野暮用さね。……あちらにも、大したものなんか一つもないよ」

 対して俺の返答は、皮肉も僻みもふんだんに盛り込んだものとなった。あるのは金と権力と見栄くらいのものか。父も母も弟もそれ以外の人々も、いつもそれらに雁字搦めに縛り付けられていて、しかもそれに気がついていない。かくいう俺も気付いていないだけで、傍観者ぶる暇もなくその内の一人なのであろう。浮かべた笑みが自虐的になったのも致し方ないといえよう。

>蝶さん

1ヶ月前 No.57

日向月。 @kafune☆01.vmkBoVYY ★iPhone=KA8O7hyFmc

【 水原祐太郎 / 桜路図書館 】


 窓の外をちらちらと舞う雪に見蕩れていたら、幾らかの時間が過ぎた。読みかけていたの書物は机の上に伏せられたまま、本としての本分よりも表表紙と裏表紙を見せている時間の方が長くなってしまいそうだ。それならば俺が読んであげればいいのに、と聞こえもしない問いかけに答えるのならばそれは『気分が乗らないから』の一言に尽きてしまう。だって、目の前にはこんなにも美しい景色が広がっているのに、本を読んでいるだなんて勿体ない。図書館に立ち入り、こんなことを思うのはこの水原祐太郎だけかもしれない。やや自嘲気味に薄く微笑みながら緩やかな時間を目一杯楽しむことにしよう。そう決めた祐太郎は伸びをした後にまた元の体制に戻って雪の美しさを見詰めた。

 暫くすると人に声を掛けられ、祐太郎は驚いたかのように目を大きく見開く。景色に見惚れているうちに誰かが近付いてきていたとは思いもよらなかった。予想もしていなかった事態に祐太郎の心中は揺れ動く。鼓動はやや早まり、慌てふためいてしまいそうになる気持ちをぐっと抑え、とりあえず深めに息を吐く。溜まっていたものを一気に吐き出すと代わりに新鮮な喉を通る。少し、冷たい気がする。今まで気が付かなかったが頬を撫でる空気も僅かに冷たい。嘆くほどではないとは思っていたがまさかこんなにも冷えていたとは。また、驚かされてしまう。

「どうも。……そうですね、すこし肌寒いくらいですが、特に問題ありませんよ」

 一応挨拶も兼ねて、尋ねられたことにうーん、と悩んだ末にゆったりと微笑みながら返事をする。寒いと思わない訳じゃないが自分が気にかけて防寒をすれば凌げない寒さではないと思ったのだ。だから大丈夫です、というわかりに笑顔を向けた。
 黒い髪に着物がよく栄えている彼女は何かを羽織っているから今さっき此処に来たのだろうか。でも、外の寒さを凌ぐ為に此処に立ち寄って行く者は決して少なくない。ましてや今日みたいな寒い日は特に、だ。雨の日も同様に見慣れない顔が多くなる。この場所に足を運びなれた祐太郎は着物の女性の顔を伺うが案の定見たことのない顔だったので、きっとそういった理由に違いないのだろう。そう考えていると手元には詩集が見えたのであっ、と思い出したかのように顔を上げた。

「嗚呼貴女も本を読まれるんですね。……もし良ければ、どうぞ」

 そう言った後に気が付いたが本を読む為の場所が図書館なのだから、詩集を持つ彼女だって、本を読むことはこの場においては当たり前のことなのだ。放った言葉にしまった、と思ったが言ってしまった以上は仕方がないので気を取り直す意味でこほん、と咳払いを一つ。それから女性を立たせたままというのは如何なものかと思った祐太郎は近くにあった椅子を手前に引いて、そちらに手を差し伸べながらどうぞ、と笑いかけて。


>>澪子さん


【無駄にダラダラと長くなってしまい、大変申し訳ないです……!】

1ヶ月前 No.58

たわら @tawara529☆OfI7utBYH1Y ★Android=7J0aOKrluH

【彩河原 雪/森】

 遠くから見ているだけで満足していた事はこれまでの人生で何度もあった。例えば学年で1番気立てが良くて美人だった女の子。例えば陽花町のジュエリーショップの豪華な首飾り。例えば洒落た洋菓子店のしべりあ。例えば男女の淡い恋愛。今まさに遠くから見ているだけで良かった存在が、ほんの数メートル先にいるという事実だけでも目眩がしそうなほど幸せだった。これ以上の贅沢は望むまいと森の中で迷っていたことすら忘れてほんのり笑みすら浮かべていた時、今度は馬ではなくきちんとした人間の足音が、確実にこちらの方に向かってきているのが分かる。憧れの存在が、彼が来てしまうと分かっても、もう駆け出すには遅すぎた。お行儀悪く覗いていたことがばれてしまった事に対する羞恥に頬を染めながら、おずおずと申し訳なさそうに木蔭から姿を現す。その姿は悪事を働いた事がバレた幼い子供とそっくりだった。

「あ……えと、すいません……」

 まだ半分木の陰に隠れながら、開口一番に謝罪を述べる。木陰にいたのが富裕層の綺麗な女の子じゃなくて私ですいませんとか、わざわざお声を掛けさせるようなことしてすいませんとか、彼女にとって色々な感情の込められた「すいません」は、果たして彼に届いたのだろうか。
 夢心地だった。師走の身を切るような寒さも気にならないほどに、身体の内はじんわりと暖かい。ああ、憧れの人が目の前にいるだけでこんなにも素直に体温は上がってしまうのか。

「……私なんぞ覚えていらっしゃらないかもしれませんけれど、御影院様、ミサでは大変お世話になりました。それからあの、色々失礼を働いてしまって申し訳ありません……」

 あの時は完全に動揺していた。動揺しすぎて怖いもの知らずな事をしでかしてしまったが、もし彼が優しい人ではなかったらと考えると背筋が冷える。
 その思考の延長で、そういえば自分がこの森の中で迷子になっていたことを思い出した。このまま森の中で飢え死ぬのだけは避けたいという思いから、恥を偲んで道を聞く決意をする。

「……心底笑える話なのですけれど、私、本当に道に迷ってしまって……。あの、図々しくて申し訳ないのですが、陽花までの道、ご存じでしたら教えて頂けませんか?」

 自分が送って貰えるなんて発想はどこにも無いし、それこそ夢にも思っていない。方向音痴では無いのだから道だけ教えてもらえれば自力で帰れる自信があった。
 もし断られたらどう帰ろう、なんて考えも既に巡らせているのは、用意周到というよりはただ臆病なだけなのかもしれない。

>>御影院宵様

1ヶ月前 No.59

絡繰 @ne9rodoll☆V4.8X.AnvuQ ★wgm3NQbNwV_SuP

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1ヶ月前 No.60

ふぁすね @yupihiko☆d.mPOva7Vfg ★mbjMynBHF3_OSy



【ティモテュース・オプステルテン/桜路通り】


 ――祖国では冬になれば稀に雪は降るものの積もることは滅多になかった。雪の中、傘を差して佇む長身の男は大洋を隔てた遠い遠い故郷を思い、小さく白い息を吐く。ふわふわと空を舞う其れ等は地面に落ち、溶けることなく留まって数センチほどの層を作り大地を白く彩る。その光景がひどく新しくて惹かれる一方、祖国の冬とは比べ物にならない身を切るような寒さに辟易する。休みを取って出掛けると言ったときの同僚たちの「やめておいたほうがいい」とでも言いたげな表情を思い出して、男――ティモテュース・オプステルテンは差した黒い傘に雪が積もる重みを感じながらふ、と笑みをこぼした。


「――――おや」


 少しずつ勢いを増していく雪の中、鮮やかなアブリコーゼンが目を惹いた。みすぼらしい着物を着こんだ少女≪ヨングダーメ≫は寒さにそのちいさな躰をいっそう縮めながら早足に歩を進める。後ろで一つにまとめられ、尾を引くように揺れるそのアブリコーゼンの色がこの国でどう呼ばれているのか、ティムは知らなかったが、甘酸っぱい懐かしさを感じさせるその色に囲まれた花緑青≪パリス・グリィン≫には見覚えがあった。その色を以前に見たのは確か、あの教会の許で行われた親睦会。この国の人たちが集まる中、異国の者である自分が場違いだったのは重々承知していたが、同じ神を信仰する者同士ということであの教会のシスターとは縁があったし、この地で働く以上、この国の人々とたくさん関わることは必要不可欠だ。親睦会でティムはあの少女と言葉を交わすことはなかったが、その髪の色は祖国の妻がよくこしらえたアブリコーゼンのジャムを思い起こさせた。――ほんのただ、それだけのかかわり。


「ヨングダーメ、そのような寒そうな格好では風邪をひきますよ」


 ――ほんのただ、それだけのかかわり。だから気まぐれに、傘を差しだした。娘と近い年頃であろうその少女の身なりはお世辞にも良いものとは言えない。おそらく貧困層と呼ばれる部類の人間なのだろう。豊かであるか、そうでないかで人間を二つの種類に分けてしまうのは感心できないが、祖国にも似たような身分の差がないわけではない。此れはきっと、同情や憐みに近いもの。ただその、ぼろぼろな姿に見え隠れするひたむきさが祖国に置いてきた娘に重なっただけ。ティムはそう自分に言い聞かせた。



>>杏ちゃん



【返信が遅れてしまいました……! こちらこそどうぞよろしくお願いします。】

1ヶ月前 No.61

冬野 @sweetcatsx☆e0aRNqDUyEM ★iPhone=VHGaT7ZbKj

【 雨々蝶 / 公園 】

 いっそこのままこの美しい桜の下で眠るように死ぬことが出来たのであれば幸せだっただろうか。筆も進まないし物語も浮かばない、そんな私に生きていく理由なんて、一つもないのだ。唇から零した白く染まった吐息が空に消えていくように私もただ消えてしまいたかった。

 私に声を掛けた男性、その容貌から色のない世界を映す瞳も軽薄そうだ、という印象を私に抱かせる。まるで私に釣られるように雪化粧の施された木をみやる。彼の目にはこの木がどう映っているのだろう、色のある彼には、私とは違うように映っているのだろうか。このような木に意識を奪われる私が異常に映っているだろうか。

 どうやらこの男も私を覚えていたようだ。少し驚いてしまって幾度か目を瞬かせる。あの中で私のような目立たぬ者を覚えているとは、それは驚きと、ほんの僅かな喜び、何故嬉しいと思ったのか、自分でも疑問なのだが。

「おや、私はそのような呼ばれ方をしてもらうような女じゃないのだけれどね。――――私は雨々蝶、お前さんの名前、聞かせてもらっても構わないかねえ?」

 姫、だなんて私には似つかわしくない、真っ直ぐにこちらを見つめる目の前の男の目を見ながら首を傾けそう問いかける。あまり人の視線には慣れていないからか、なんとなく変な気分だ。

「ふうん……あちらはこちらと違って煌びやかだと聞くけどねえ」

 まあそんなもの私には意味などないのだけど、と零した言葉とともに浮かべた笑み。皮肉的な言葉は彼がそのたいしたものもない世界に生きているからこその言葉だろうか。色鮮やかで煌びやかな世界、ただの通りだというのに、全くもって不思議なものだ。けれど、この二つの瞳はきっと、それらを拝むこともないのだろう。男の自虐的な笑みを眺めながら釣られたように笑みをこぼして。

>> 綺堂さん

1ヶ月前 No.62

夕邑三日月 @mistydark☆NIljAHmRyhk ★R3lMq2ye0U_zRM

【 澪子 / 桜路図書館 】

 特に問題はない、澪子が質問した男性はそう答えた。予想とは異なる答えだったが、特にこれと言った感慨もなく澪子はそうですかと頷いた。
 しかし、先日の彼女自身ではないが、矢張り唐突に声をかけたことで相手を少なからず驚かせてしまったようだ。相手の様子から何となくそれを察して、すすめられた椅子に腰掛けるより先に澪子は小さく頭を下げる。
「有難うございます……突然、不躾にすみません」
 一礼して、それから彼が引いてくれた椅子に近付く。詩集を机においてから、着物が皴にならぬよう整えてから座る。いちいち所作が仰々しいのは条件反射のようなものでもあり、この地での振る舞いとしてどの程度のものがふさわしいのか手探りであるせいもあった。
 兎に角何とか腰を落ち着けて、澪子は改めて目の前の男性――青年というには若く見えるが、少年というには大人びて見える――が掛けてくれた言葉を反芻する。図書館で本を読むということは一般的なことではないのだろうか……それなのに、持っている詩集を見てやっと納得されたように思えたのだが、それほど澪子の様子は場違いなものだったのだろうか。何となく自分の出で立ちを見下ろした澪子だったが、終ぞ彼女は自分のおかしなところを見付けられなかった。よって彼女が選んだのは、誰に聞かれた訳でもないのに補足説明をすることだった。

「本は、読みます。家でも、外で何かを待っている時でも……けれど今日は、そうですね……此処には、父に言われて勉強にきました」
 嘘は言っていない、嘘は。本当のことも言っていないが、澪子が口にした内容は何ら間違っていない。
 それにしては、手にしているのが詩集である辺り矛盾している気もするが、そこに対して何か言われたら息抜きと言って誤魔化す予定だった。

>祐太郎様

1ヶ月前 No.63

ししくれ @kmnkha☆/pH2qpQf7L2 ★ieluDUuGrE_scn

【 衣笠 十朱/桜路湖 】


 十朱は森にいた。通い慣れた其処は、草木や花で溢れかえっているため薬売りにとってはいい場所なのだ。いくらかの薬草とその他食用の小さな果実や山草を採っては、仕事用の登山袋に入れていく。とは言っても、さして森を登るわけではない。そんなことをせずとも薬草は手に入るし、何よりもそんな力は十朱の何処にも存在していないからだ。筋肉の見受けられない華奢なその体は、見目の通り僅かの男らしさも有していない。十朱はいつだって森に少し入ったあたりで手慣れた作業を繰り返すだけである。しばらくして十朱はその作業を終えた。背を軽く反らせる、伸びをして、息を吐いた。それは木々の騒めきに掻き消されてしまうほどにちっぽけなものだった。ドクダミやセリの葉、ヤマブドウの実が収まっている登山袋を背負うと、十朱は再び森の中を歩き始める。
 少しすると、道の先に桜路湖が姿を現した。この湖の水で採ったものをあらかた洗ってしまおうと考えて、十朱は其処へ立ち寄った。

 今は何時頃だろうかと考えた拍子に、ふと思い出す。あの日の奇怪な立食会。ハイカラな彼女。甘ったるく傲慢で世間知らずな声を出す、少女と女性の間にいる人。その人に渡された金の懐中時計。それは贅沢を知らずまた必要としない十朱にとって、余計な物でしかなかい。取り敢えずと家にしまったそれは彼の生活にあまりにも不釣り合いで、その空間から嫌に浮いている。手入れを怠ったせいなのか、数日前に見た針はまるで見当違いな方向を指していた。しかし十朱はそれを売ることはしなかった。万が一饗月亭とやら言う旅館を訪れる機会を得たら、そのときにでもあの時計を売って、その金で身なりを整えようとどこか夢を見るような調子でそう考えていた。だがもしその機会を得る前に薬売りでは二進も三進も行かなくなったなら、その時は生活の足しにさせてもらおう、とも。

 ーー病魔に侵されている。彼女のその言葉が脳裏に蘇る。そう言った声も顔も輪郭は曖昧で、思い出そうとすれば何処かへ去ってしまうけれど。あの時から時折考える。その虚無という病魔について。そして、彼女という人間について。それはきっと十朱の中にもまた虚無が巣食っているから。ただし彼は彼女が病魔と呼んだそれを、甘く儚く惨めなその響きを、恐れながらも、隣人のように愛し慈しんでさえいたけれど。


 >>朧塔子様

1ヶ月前 No.64

はいせりひと @bloodycat☆T3u8MhS.e3A ★iPhone=VP4MQKiD6u



【遊佐百合子/喫茶店】

 姿勢を正し帽子を外した彼に思わず見惚れる。『気にしないでくれ』、その言葉に僅かに距離を感じるも一歩踏み込むにはまだ勇気が足りず、美しい姿から視線を逸らしては促した席へ進む彼に水を手渡し仕事へと戻った。本を取り出し文字を追いかける薄い黒色の瞳、物思いに耽る横顔を盗み見ると自然と胸が高鳴る。手元の盆が傾くのを感じれば顔に出さずとも慌てて変に力んだ体から力を抜く。
 彼のことを気にすることができたのはほんの一、二分程度。仕事に徹すれば喫茶店に、主人に従属する立場としてただ役目を果たす存在へと成り下がる。それが長年勤務し続けたがゆえに身に染み付いた癖で、生き残るための術だった。

 ――ふと、佇んでいる時間が長いと思えば空席が増え、客は各々小説を読んだり珈琲一杯でお喋りをしている組が多くなっていた。時計を見れば司が来店して三十分程度経過しており、常より早く落ち着いた店内に百合子は水差しを手にする。店主はきっとこの時間でも眠っていることだろう。喫茶店と並んで管理しているアパートの一室で夜まで過ごすのが習慣だと知っているがゆえに、肩の力を抜いて声をかけることができる。

「うち、お得意さまのとこにご挨拶してくるわ。よう贔屓してくれはる、……大事なお方やから」

 ひとりの店員にそう声をかけ、建前をきちんと作ってから司へと近付く。あくまで店員として、決して私情が絡まないようにと心がけるも再度彼の横顔を目にすればそんなことも難しく、しかしこの感情に名前をつけるとすれば未だに彼女の中では憧れであるのだ。ひらがなが何とか読める程度の学しかない百合子にとって本を読む姿は凛々しく、あの大きな男らしい手で書く文字も美しいに違いないと見たことがなくとも思いを馳せることは容易い。憧れずにはいられない、そんな魅力のある彼に百合子は視線を奪われる。
 ……ほんま、綺麗なおひと。うちとお話してくれるんが信じられへんくらい、高貴なお方やのに。

「――……浅茅さま、お待たせして申し訳ありません。お水のお代わりと、ご注文ありましたら、お伺い致します。本……を読まれているところ、お声をかけてしまって、申し訳ないんですけれど、」

 司の斜め後ろからあえて足音を聞かせるようにして接近してはそう声をかける。手にしているのは仕事の本ではない、と思っている。彼が将校ということは聞いているがその仕事までは深く知らない。本のように見えるが、仕事だったりするのだろうか。百合子には分からない世界であるため、人一人分間を開けて控えめに眉を下げるもその表情は普段よりも幾分か柔らかく。

>>浅茅さん

1ヶ月前 No.65

独楽 @sbluexxx☆rx3sEFPR6z6 ★rqRPsSgCf7_PHR

【 八十一八 / 桜路通り 】


 寒さは、あまり感じなかった。指先から伝わってくる温度よりも、色彩の異なるふたつの瞳が映す、ただ広がる白に、脳を埋め尽くされているからかもしれない。
 その景色を、この目で見たのは初めてではない。けれども、今度のそれは何時にもまして多いような気がした。それ、とは、即ち灰色の空から落ちてくる白いかたまり。それは雪と呼ぶのだと教えてくれた蛇女は、寒い寒いと言って小屋に籠りっぱなしだ。もったいない、と思う。珍しく他人に感情を向ける八十は、それが些細な変化であることにすら気が付かない。
 通りの両側に並んだ木の枝に雪が積もる。やがて重さに耐えきれず細枝はしなって、するりと白いかたまりが道に落ちる。身を振って軽くなった枝には、また新たな雪がどんどんと降りかかって。ただそれを立ってぼんやりと眺めるのは、飽きない。雪が降り積もるさまに、しんしんという言葉を当てはめたひとは、きっと、今の己と同じように、何の音もしない場所で、ただ雪を見ていたのだろうと思いをはせる。顔も知らない誰かと、繋がっているような気がした。それは不思議と悪い気はしなくて、無音の白い世界にひとり、小さく息を吐く。
 吐き出される息も白い。僅かに目を見開くと、もう一度、ふうと呼気を口から吐き出した。煙管から吐き出される煙を連想させるそれに、けれども香のかおりはしないなと、静かに肩を落とす。

 少し前。雪のように白いシスターに招かれて向かった先で、八十は見知らぬお人と言を交わした。それは八十の知らない世界に住むお人だった。立ち振る舞い、言葉遣い、身に着けたものすべてが、八十にとっては真新しく、珍しく、好奇心をつつかれるようなものであったので、その後ふと我に返ってから、はしたない言動をしてしまったことを深く恥じた。また、シスターの清い祈りは、己に捧げられるものではなかったと、申し訳なくも思った。いつか――いつかその祈りに、あのお人に報いることが出来たならと考えて、人形である己に何が出来る、と何者かが囁く。何もありはしないのだ、と。己に出来ることなど、たかが知れているのだ。けれど。
 こうして自由な時を使い外に出ることが増えた。人形である己を否定しようとまでは思っていないはずなのに、己の足で、意志を持って外を見に行くのが増えているのだと考えれば、答えは明白なものであった。

 八十一八は、人間になりたがっている。ひとらしいひとに、言えば、あの日教会で出会った様々な見た目をした、ひとに。


「……、う」

 思わず洩れた声は、頭の上に降り注いだ何かに対して向けられたものだった。大した響きを持たず、声は周囲の白に吸い込まれて消える。
 その重さに下を向くと、するりと滑り落ちる雪のかたまりが新しく地面の上に積もる。そっと自身の髪に触れれば、己の体温とは違う、ひんやりとした感触が指先にあった。上を向けば、僅かに揺れの余韻を残した枝がひとつ。ああなるほど、と納得をして、雪をかぶったまま、そこに立ち尽くした。やはり少し寒いかもしれない。朱の羽織一枚では、心許ない。赤く染まった指先で、冷えた鼻頭を擦る。気が付けば、頭だけではなく、肩や腕にも、白く雪が積もってしまっていた。


>>賢木様

( 改めまして、遅くなってしまいましたが! 二章、何卒よろしくお願いいたします! )

1ヶ月前 No.66

篠宮暁千賀 @poko10☆sMzkA8RPRfw ★Android=MNgMSKnMpI

【篠宮暁千賀/崖付近】

 死を切望するわけではない。だが、生にすがる理由などさらになかった。自分は世に見放された。名残惜しむものなど、何一つ存在しない。吸い寄せられるように断崖へと一歩踏み出す。これで全てが終わると、そう思った。
 名前を呼ばれた気がした。次の瞬間、暁千賀は仰向けに倒れ込んでいた。何が起きたのかわからなかった。状況に頭が追い付かず、痛みを感じることすら忘れていた。何かが自分の体に乗っていることに気づくのにさえ、数秒を要した。半身を乗り上げた細い影、乱れた長い髪。天から注ぐ日の光で顔は捉えられない。とりあえず、どうやらこの影の主に邪魔をされたようだということは理解できた。無言で肘を地面に付き、強引に起き上がろうとしたときだった。

『あ、暁千賀さん……!』

 覆い被さる影の手が暁千賀の胸に置かれる。彼女の声が、その口調が、一月以上前の教会での出会いを思い起こさせた。あの時の月ノ瀬家の令嬢が、自分をこの世にとどめようと言葉を紡ぐ。貴族だとか華族だとか、もう別世界の人間の言葉など心には響かない。彼女はきっと、清く正しい教えに従ってそうしているのだろう。だが、まあいい。自分の死の瞬間など、誰にもひけらかしたくはない。どこか冷めながら鳴を眺める暁千賀の頬に、ぽたりと滴が落ちた。――泣いている、のか? そう気づいたときにはさらに一滴二滴と鳴がこぼした涙が暁千賀の顔を濡らしていた。

「……」

 ゆっくりと右手を伸ばし、鳴の左頬を拭う。彼女の頬は予想以上に濡れていた。何が可笑しいわけでもないが、ふと口元が緩む。頬を拭った手をそのまま鳴の横髪へと伸ばした。教会の庭園で会ったときの、いかにも指通りのよさそうな髪とは全く違う。誇りにまみれ、所々絡まっているようだった。彼女の髪に指を通しながら、左腕を支えにして上半身を起こした。

「たとえそれが単なる礼儀でも……悲しいと言ってくれる人間がいるのは幸せなことだな。…………だが、私は貴方が悲しむに値する人間ではない。それより自分の心配をした方がいい。家出でもしてきたのか、月ノ瀬家のお嬢さん?」

 涙をぼろぼろ溢しながら嗚咽する姿を見るに堪えず、鳴の体を抱き寄せた。背中を優しく擦る。自分でも何故こんなことをしているのか不思議だった。虚勢を張っているだけで、結局誰かの温もりを求めているのだろうか。

>月ノ瀬鳴

1ヶ月前 No.67

凛々 @petrichor☆KdizKBUyxLI ★HUjV5pwA5a_zRM

【 綺堂 / 公園 】

 ふと、眠るならばこの樹の下が良い、という思いが浮かんだ。太い幹、大振りの枝。冬が明けてから同じ場所に立って見上げてみたら、きっとえも言われぬ光景が眼前に広がっていることであろう。華やかな桜の下でひっそりと眠って、春の終りには散った花弁に埋もれて痕跡すら見つからない。陽の元で生まれ月の陰で死ぬというのも、俺らしいとは言えぬであろうか。
 勿論今すぐ実行したいわけではない――と嘯いた所で、生きていたってやるべき事もやりたい事も思いつかないのだけれど。ただ、そうするのは今ではない、という一種の強迫観念めいたものに囚われているだけである。この枷を解くのはきっと簡単だ。錠前に鍵を挿す方法が己には分からないのならば、他人に委ねれば良いのであろう。きっとそれだけ、たったそれだけ。今は、鍵を渡す相手が見つからないだけ。

「そりゃあ済まない。雪景色があまりにも似合うものだから、雪の姫かと――?」

 姫の返答は、口から零れた俺の呼称をやんわりと否定するものではありながら、しかし嫌味としては受け取られなかったようであった。それだけでも僥倖だ。通りのあちら側には、他人の言葉を自分勝手に捻じ曲げて飲み込む者があまりにも多い。
 姫への麗句を重ねている途中、唐突に海馬が薄れかけた記憶の存在を訴えたため、俺は言葉を紡ぐのを一時中断した。そして、数瞬ののち。

「――……っあ! 雨々! 『散桜』の雨々蝶か!」

 肺腑から一際強く飛び出した言葉は、雪に吸い込まれて反響する前に消えた。こんなに大きな声を出したのは久々であった。覚えている限りでは数年前、蔵から出した珍品が思った以上に高値で売れた時以来だ。いつもは取り込むことのない酸素の量と冷たさに肺腑が驚いたようで、いくらか噎せてしまって決まりが悪い。
 何処かで見たことがあると感じてやまなかった姫のかんばせは、恐らく著者近影で目にしたものだ。姫の著書を見かけたのはいつのことだったか、もう記憶は遠いけれど、確かに書店で仄暗い表紙の文庫本を購入した。全てにおいて終始暗いまま幕を閉じるそれは存外と気に入っていて、今も自室の本棚にささっているはずだ。代表作は他にあって、目を通してみたけれど其方にはあまり心を惹かれなかった。

「そうか、月花に住んでいたのか……あ、俺は綺堂という」

 書店の主人に聞いた限りでは、あまり名の売れた文士ではないようであった。ならば、俺と『散桜』、そして俺と姫が出逢ったことは全くの偶然といえよう。この状況下で、街中を我が物顔で闊歩する恋人達のように、運命≠フ二文字を選んで拾い上げられるほど若くはない。けれど、羨ましくないかと問われれば、簡単に首を横に振ることはできない。
 白く染まる息と偽名を今更のように吐き出しながら、そんなことをぼんやりと考えていた。


>蝶さん

1ヶ月前 No.68

神無颯一郎 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【神無 颯一郎/官庁】

曇る窓の向こうでは雪が降りしきり、色も音をも消してしまう。外の現実(せかい)は今も、此の身を刺すように冴え冴えと冷たいのだろう。白銀の冬景色は弱く小さいもの達を拒絶して北風の猛刃を振るう。儚く脆い夏虫の燃え残りなど、消えてしまえと言わんばかりに。しかし今日ばかりは寒く厳しい憂き世から守ってくれる居場所がある。今は、囲われた舞台(せかい)で夢想(しんじつ)をぬくぬくと貪って居られるのが幸福だった。

「今回皆様に集まっていただいたのは他でもありません」

探偵・神無颯一郎は、応接室に関係者一同を集めると、上等な椅子に深々と腰掛けて各面々をそれは愉快げに眺め回した。部屋の中は暖かく、豪華な調度品の設えられた応接室はたいそう居心地が良くて、神無は上機嫌である。
雪を被ったドイツネオバロック様式の官庁の建物は、『ある閉ざされた雪の洋館で』とでも推理小説の冒頭に書き出されそうな大正情緒漂う舞台設定で、広間に集められた何処となく青褪めた逓信省のエリートの面々は探偵譚には御誂え向きの登場人物達だった。

「私はかみかぜ探偵社の神無颯一郎と申します。御依頼内容であった、この官庁を震撼させた窃盗事件……その謎が解けたものですから、是非皆様のお耳に入れさせていただきたい」

芝居の一幕のように、探偵は肘掛け椅子に座った姿勢から上目遣いにぐるりと関係者を眺め回す。洒落た洋館のシャンデリアの光が柔らかく揺れるたびに、複雑な陰影が事件関係者の顔貌にうち掛かって蠢く。陽花町の若者であれば多くの者が憧れるであろう華やかな職場。重厚な洋風建築は目新しく煌びやか。一室に集められたエリート達の服装や雰囲気にさえも上流階級らしい洗練された派手さとハイセンスさが滲み出ていた。花籠の中にでも迷い込んだかのように色彩に溢れたその空間で、神無は異彩を放っていた。皆がきちんとした洋服を着ている中一人だけ古めかしい紺色の袴姿、貧乏臭くくたびれた墨色のコートは丸めて抱えている。不健康なまでに白い肌と痩せた身体、血色の浮き上がるような唇が愉しげに弧を描いている。囁くような幽かな声。しかしその聞き取り難い掠れた声にすら上流階級の依頼人達は注意を引かれている。神無は目を細めクスクスと控えめに笑った。

神無の元にその依頼が舞い込んだのは僅か一時間ほど前のこと。官庁の逓信省は、郵便や電話など通信を司る省であり、其処には数多くのエリート役人や職業婦人達が勤務している。今まで足を踏み入れたことも無いような世界へと彼を誘ったのは、この雪に閉ざされた洋館の中で起こった、とある窃盗事件であった。書記官が取引のために持ち出そうとしていた現金貮千円の入った鞄が何者かによって盗まれた。それは彼が部屋を離れたのはほんの僅か10分程度の間に盗み出され、屋敷中を探しても、その間に部屋に入った人物三名を一人一人に恐ろしい詰問しても終ぞ見つからないという。
しかし、事件簿の幕切れは、実にあっけないものだった。

「それにしても驚いたなあ。まさかあんなに早く犯人さんが私にモーションをかけてくださるなんてね……ねえ。あの鞄を盗った犯人は、貴女≠ネのでしょう?」

白い手袋を嵌めた指が、椅子の肘掛から伸びて、ついと正面を指差す。艶やかなモダンガール達の中央に佇んでいるモノクロワンピースの女が、青褪めた顔で静かに、首肯した。隣で固唾を飲んでいた同僚なのであろうボブヘアーの若い女性がハッと僅かに目を開いた気がして、神無は僅かに口許を歪めた。
儚く退屈な人生の終わりに、抱え続けてきた薄暗い浪漫は、漸く日の目を仰ぐのかも知れない。瓏々と語る神無は、此処が自分には身分不相応な、貴人達の為の舞台であることを忘れている。或いは、最早捨て鉢の身には、そんなこと何でも良かったのかも知れない。一人孤独に病に喘ぎ畳の上で死ぬなんて御免だ。その前に此の世は精々、僕に不吉で滑稽な奇々怪界たる事件簿の一つでも綴らせて欲しい。

「証拠はあるのか」貧困層が偉そうに、と一人の青年が舌打ち混じりに鋭い指摘を飛ばす。皆の目が、心が、自分の指し示すままに注がれるのが堪らなく気持ちが良かった。それがたとえ好意的なものばかりでは無いとしても。嘲弄するような言葉を受けても、神無はその涼やかな薄ら笑いの顔で益々笑みを深くするだけだった。自重の無い羽のようにふわりと立ち上がると、わさわさとこの現代的な空間に不釣り合いな衣擦れの音をさせて、会衆一同の間を練り歩く。外は底冷えする冬景色だというのに、思わぬ暖を得た貧民の男の頬は陽を纏う少年のように仄々と薄紅に上気していた。西洋風の装飾も美しい曇る窓をすっと拭い外の景色を確かめると、「それはね」と探偵は袴の衣を翻転させ悠然として振り返った。

>日和さん


【遅ればせながら二章に参加させていただきます。これからも宜しくお願い致します!】

1ヶ月前 No.69

冬野 @sweetcatsx☆e0aRNqDUyEM ★iPhone=VHGaT7ZbKj

【 雨々蝶 / 公園 】

 死ぬならば一度だけ、一度だけ、この桜の木が美しく咲き誇る姿が見てみたいと思う。両の眼いっぱいに色を映し出してみたい、なんて、馬鹿馬鹿しい願望に思わず自虐的な笑みが零れた。
 木から視線をずらし、傍らの彼に視線を向ける。色の分からない羽織を羽織った彼。きっと鮮やかな色をしているのだろう。そしてきっと、とてもよく似合っているに違いない。そう思うと、何故か柄にもなく、そんな彼の側にいるのが、なんとなく、僅か思い浮かべたそんなよくない思考を消すように首を横に振って、息を吐いた。

「……ふふっ、おやおや君は世辞が上手いんだねえ、私なんかを褒めたところで――――」

 彼の口から零れる麗句の言葉には正直どのような反応をすればいいのか分からなかった。何せ慣れていないのだ。困ったように浮かべた笑みには照れも含まれていたことに私は気づかなかった。
 自分なんかを褒めたところで差し出せるものなど何もない、そう言おうとした言葉は途中で途切れる。その理由は彼の唇から零れた静寂を切り開くような、大きな声。

「――――おや、驚いた。確かに『散桜』は私の書いた物語だけれど……ふむ、読者がいたとは。って、大丈夫かい?」

 どうやら彼は私の書いた作品を知っているようだ。それに関しても驚きであったが、大きな声を出しすぎたのかなんなのか、噎せ込んだ彼には心配するように首を傾ける。
 そうか、読者か、なんとなく恥ずかしい。今まで自分の書いたものを読んだ人間に出会ったのは初めてだったから。しかも、それがあちら側の人間だというのだから、なんとも不思議なものだ。

「まあね、どうも私には才がないらしく全く売れなくてねえ……綺堂、綺堂ね。これもきっと何かの縁なのかもね、なんて」

 へらり、と自虐的な笑みを零す。綺堂と名乗る富裕層の青年。この雪で飾られた大木の下で出会ったのは何かの縁か。あの真白の修道女の言葉のようにこれも神が仕組んだことなんだろうか。それを人は、運命と呼ぶのだろうか。そんな言葉を口にすることは私には出来なかった。

>> 綺堂さん

1ヶ月前 No.70

御影院 宵 @xxsnowdrop☆6PqqtgEep4k ★DVZTe29d5v_PHR

( 御影院 宵 / 森 )


 おずおずと木陰から姿を現した女性はミサで会った彩河原雪であった。その事実に宵はきょとんと目を丸くする。先ほどまでふわりふわりっと思い浮かべていた女性との再会に驚きやら喜びやら様々な感情が入り乱れる。それと同時に彼女の様子にくすっと笑みが零れた。それはまるで悪さが筒抜けとなったときの幼い子供そのものだったからだ。笑い声として彼女の耳には届かないであろう程度の小さな声で宵はしばらく笑うと、ふっと優しい笑みを彼女に向ける。

「……貴方とこんなところでお会いするとは思ってもみませんでしたよ」

 あんな出会い方をしたうえにこんな再会をするだなんて、世界とはまだまだ面白いものなんだなと心の中で呟きながら、宵は彼女に手を差し伸べた。そんな木陰にいたら木屑やら木葉やらが服についてしまいますよと言いたいらしい。今の時期は枯葉も多い。それに乾燥により少し幹に肌を擦っただけでうっすらと傷がつくこともある。そこからばい菌が入ってしまえば、破傷風などまだまだ医療の手が及ばない病気に繋がってしまう恐れもあるだろう。元々あまり身体の強くない宵はただでさえ家族から口うるさく言われたものだ。

「ちゃんと覚えていますよ、彩河原雪さん。……いえ、普段お会いする女性とは違った雰囲気を持つ貴方とお話が出来て私自身とても楽しかったですよ?」

 思い出すだけでまた笑いが込み上げそうだと宵は口元にだけ薄く笑みを浮かべる。突然、声をかけてきたかと思えば自分のことを綺麗だと言った彼女。すると次の瞬間には物凄い勢いで頭を下げてきた。忙しい人だと思わなかったと言えば嘘になるだろう。しかし、自分の感情をしっかりと表現できることはとても魅力的だとも感じた。宵自身きっと彼女が羨ましかったに違いない。

「もちろんです。私も帰路の途中ですので一緒に参りましょう」

 どうやら彼女は道に迷ってしまったらしい。自分も隣町で用事を済ませた帰りだ。家の者に見られると色々と厄介かもしれないが、幸いこの時間帯に出歩いている者はいないだろう。そして、ふっとあることに気がつく。彼女は確か貧困層、ならば住まいは月花町にあるのではないだろうかということだ。しかし、彼女は陽花町までの道と言った。宵は疑問に思いながらも「陽花町まで……。もしかして、私のことを気遣ってます?」と心配そうに問う。


>>雪様、



【 遅くなってしまい、申し訳ありません……! 】

1ヶ月前 No.71

賢木 汐 @xxsnowdrop☆6PqqtgEep4k ★DVZTe29d5v_PHR

( 賢木 汐 / 桜路通り )


 凍てつくような寒さではないものの、震える程度の寒さを感じる今日この頃。気がつけば季節はもう冬を迎え、暦は十二月を越えていた。そんな寒空の下、灰茶色の髪を揺らしながら桜路通りを歩く少女がひとり。常盤色の目を持つ彼女は陽花町の一角を所有する地主の娘、賢木汐であった。どうやら彼女は友人の家に出かけていた帰りらしく、帰り道ついでにふらふらっと辺りを散歩しているようだった。
 すっかり雪化粧をした桜路。はらはらっと舞い落ちる雪たちは街に静けさを運ぶ。しかし、それも数ヶ月のことで春が来れば降り積もった雪はまるで自分が望んだかのように溶けて消えてゆく。その姿はある意味、舞い散る桜吹雪よりも儚く思える。人と人との繋がりもそれに近いのかもしれない。積るに積もったものであっても、どちらかが望めば、それは跡形もなく消えてゆく。だからこそ、消えないように必死になって繋がっていようと思うのかもしれない。

「……お父様とお母様、喧嘩していなきゃ良いけど」

 汐は留守にしている家のことを考え、やや足早に道を行く。自分がいなければ両親はそっぽを向いたまま、分かりあおうともしない。些細なことから喧嘩が起き、家庭の空気は冷たくなる。自分は絶対にそんな結婚はしたくない、だからお見合いはしないと汐は心に決めていた。きっと来年の今頃にはお見合い写真のひとつやふたつ、両親から見せられるのだろうが絶対にするもんかと舌を突き出してやるつもりだ。そんな結婚よりも、もっともっと素敵な恋をしたい。汐は足早に道を行きつつも、まだ知らぬ恋に思いを馳せた。しかし、それは誰かの声によってかき消されることとなる。

「――、? ……あの、大丈夫ですか?」

 微かに聞こえたその声に振り向くと、そこには見知らぬ少年が立っていた。その少年はどうやら雪を被ってしまったようで、汐は小走りで駆け寄る。着物の袖からハンカチを取り出せば、「これでは足りないかもしれないけど」とすっと彼に差し出した。そして、ふっと小首を傾げる。どこで会ったのかは覚えていないけれど、この少年と会ったのは今日が初めてではない。しかし、どう頑張っても思い出せない。汐は薄く眉間にしわを寄せながら、彼を凝視する。


>>一八様



【 二章からのスタートにはなりますが、こちらこそよろしくお願いします! 】

1ヶ月前 No.72

にな @xxx39☆FTXhV/eLYAw ★oGcKNmj2bR_mgE

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29日前 No.73

神崎りりか @else☆TYRYeuBpk3k ★iPad=MUiShf7G5m

【 浅茅司 / 喫茶店 】

 あれから一体どれ程の時間が経過したのだろう。持参した本を耽読していると、後方から人が近付いてくる音がした。浅茅は顔を上げ、意識を現実に引き戻す。するとそこには先程まで忙しそうに接客していた百合子が水差しを持って立っていた。
「嗚呼、おつかれさま」
 浅茅は本を閉じて百合子のほうを見上げる。本当に申し訳なさそうに、おずおずと声をかけてきた彼女を見て思わず笑みが溢れる。――この女性も自分の身分などを気にしているのだろうか。

 百合子に追加の注文を尋ねられ、浅茅は「そうだな」と、一瞬考え込むフリをする。先程、違うウエイトレスから無糖珈琲を受け取ったばかりで特に必要なものはない。しかし――たとえそれが他の客にも言っている定型句だったとしても――彼女の好意を無下にしたくはなかった。
「……では、この独り身の話し相手を頼みたい。向かいの席が空いてるのは実に虚しいものでね」
 そう言って浅茅は意味深長な笑みを浮かべながら彼女に座るよう促す。周囲を見渡せば、昼時を過ぎた店は閑散としてきていて客数もかなり減ってきているようだった。一つ二つ言葉を交わす程度であれば彼女に迷惑はかかるまい。本を読んで多少は気が晴れたものの、やはり誰かと会話するほうが良い気分転換になる。

 すると、彼女の視線が浅茅の持つ本のほうに向けられていることに気が付いた。眉を下げ、難しそうな顔をしながら必死にタイトルの文字を追っている。少しの間彼女の様子を伺ってみるも、その表情は一向に変わることがなく、もしかしたら漢字を読むのに苦労しているのかもしれない、と浅茅は静かに察した。
「読書に興味があるのか?」
 そっと百合子に尋ねる。そして返事を聞く前に本を彼女の前に差し出した。
「『善の研究』といって、西田幾多郎氏が最近著作したものだ」
 そう言って浅茅は続ける。
「これが実に興味深くてね、最高の国家を築くためには一人一人に内蔵する善の意識が合致しなければならないと堂々と進言しているんだ。ヒトは自己の内面的欲求に従う生き物だからと、善悪の標準を外に求める他律的倫理学を根本から否定するなんて君主制を批判しているようなものだ――……」
 そこまで言って浅茅は口を噤んだ。一方的に語る自分があまりにも似つかわしくなく、百合子に不親切であることに気が付いたのだ。
「いや、こんな話はもうよそう。……そんなことより、数ヶ月前の聖ホワイト教会懇親会で貴女を見かけた気がしたんだが、珍しいな、君がこの喫茶店以外に姿を現わすなんて」
 咄嗟に話題を変える。浅茅は自身の話をするより百合子の声が聞きたかった。


>遊佐さん

27日前 No.74

神崎りりか @else☆TYRYeuBpk3k ★iPad=MUiShf7G5m

【 荻原日和 / 桜路通り→官庁 】

吹き抜ける凍風に思わず身震いをする。
師走に入ると辺りは一段と冷え込み、襟巻からちらつかせた耳も紅潮して悲鳴を上げていた。重ね重ねに服を着るも、寒さは容赦なく隙間へと入り込み、身体をチクチク刺していく。
はらはらと舞い落ちる初雪に一種の殺意を抱き始めていた荻原日和は、足早に仕事場へ赴いた。早く温かい室内に入りたい。四季の中で、一番に冬が嫌いだった。

日和はまだ大日本でも珍しく東京で職を持つ女性だった。
親の反対を押し切り、伝統よりも革新を選び抜いてから数年。未だ野郎共から阻害されることも多かったが彼女の強い意志が曲げられることはなく、日々仕事に没頭することに代え難い充実感を得ていた。日和は率先して朝から晩まで働いた。自然と交友範囲も狭まったがそれは仕方のないことだった。
――本当はこの前の親交会に参加したかったのだけれど。
ふと日和は思う。
未だ鞄に押し込められている、数ヶ月前にシスター・ホワイトから受け取った招待状。日和は仕事の都合がつかず参加を見送るしかなかったが、本当は新しい出会いを求めに聖ホワイト協会へ向かうつもりだった。今度こそ親に決められた友達や縁者ではなく、今の自分の姿を認めてくれる人を見つけ出そうと思っていたのに、逃した魚は大きいとはよく言ったものだ、二度とあんなに恵まれた機会が訪れるとは思えない。もしかしたら茨の道には孤独が付き物だと、天から啓示を受けたのかもしれなかった。

官庁に辿り着き、コートについた雪を振り払っていると上司が血相を変えて日和のもとに近付いてきた。
「ああ八代さん、おはようございま――」
「遅いぞ荻原、何をモタモタしている!」
言い終わる前に野太い怒号が降り注ぐ。突然のことに何が何だか分からず、日和は首を傾げる。
「で、ですが出勤時間までまだ三十分あって……」
「それどころではないのだ。とにかくお前も早く応接室へ来い! 今すぐにだ!」
有無を言わさぬ剣幕で言い切ると、男は日和の反応を待たずして踵を返した。
――どうしよう。何か八代さんを怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。
急いで昨日のことを思い出そうとするも、心当たりは浮かんでこない。全く状況を把握出来なかったが、今はとりあえず彼の言うことに従う他ないようで、日和は仕事着に着替える間もなく男の後を追った。
仄かに蝋燭で照らされた廊下を小走りで通り抜け、その先にある一室に向かう。そして戸を数回ノックした後にゆっくりと開けると、そこには予想以上の人間が日和を待ち受けていた。「あっ」思わず驚嘆の声をあげると、一斉がこちらを振り向いた。萎縮した日和は申し訳なさそうに、おずおずと部屋の隅のほうへ歩いていき一息つく。
――まったく、何がどうなってるのよ。
日和は内心で悪態をつく。よく見れば応接室には見知った沢山の逓信省の者たちしかおらず、全員が一人の男を囲んで何かを話し込んでいた。
「ねえ、これは一体何の騒ぎなの?」
小声で隣にいた同僚に話しかける。
「何やら窃盗事件があったらしいわよ、貮千円が盗まれたって」
「に、貮千……!誰がそんな大金を」
「それを今から名探偵さんが犯人を当ててくれるらしいわ」
そう言って同僚が指差した先にいたのは、先程から椅子に座っているあの男だった。袴に黒帽子と、ここには似つかわしくない、如何にも胡散臭そうは風貌をしていたが、どうして逓信省は警察ではなく彼に協力を要請したのだろうか。しかしこれ以上目立ちたくない日和は黙ったまま、彼が口を開くのを静かに待った。

「今回皆様に集まっていただいたのは他でもありません」
間もなくして探偵が、まるで舞台に立った大俳優であるかのように雄弁をふるい始めた。
「私はかみかぜ探偵社の神無颯一郎と申します。御依頼内容であった、この官庁を震撼させた窃盗事件……その謎が解けたものですから、是非皆様のお耳に入れさせていただきたい」
そう言って、神無は部屋にいる役人たちを一人一人見て回る。一瞬、自分とも目が合った気がして日和は反射的に背筋を伸ばした。やましいことなど何もないはずなのに、彼の漆黒の瞳が全てを見透かしているような気がして恐ろしかった。
ゆっくりと勿体ぶるように話していたが、探偵はついに一人の女を犯人と指名した。同僚の貴美子さんだった。知り合いが差されるとは思わず、日和は息を飲む。まさか、そんなはずはない。心の中で否定しつつも日和は神無の次の言葉を待った。


>神無さん

26日前 No.75

日向月。 @kafune☆01.vmkBoVYY ★iPhone=8MP7bdlEid



【 水原祐太郎 / 桜路図書館 】



 そうですか、と頷いた女性は祐太郎のすすめた椅子に腰掛けてくれた。女性を立たせたままというのは周りの目がどうこうというよりも祐太郎自身のポリシーに反していたがゆえに、彼女の行動に対して安堵する。断られてしまわないかと心配していたが、そんな心配は要らなかったようだ。女性の姿をそっと眺めていると、すぐに目の前の女性が小さくとも頭を下げてことに気付いた祐太郎は、ゆったりと首を横に振る。

「いえ、お気になさらず。……こちらこそ、恥ずかしいところを見せてしまい、申し訳ない」

 不躾と言っているのはさっき声を掛けてきたことだろう。そう理解した祐太郎は苦笑を零しながら女性と同じように頭を下げる。彼女の行為によって驚かされたことは本当のことだが、それにしても過剰に反応してしまったかもしれない、と静かに反省していた祐太郎も又、罪悪感を感じていたので謝罪の意を言葉にして示した。
 忙しなくしていたせいで彼女の事を改めて見てみると所作の美しいことに気付く。着物に気を掛けているところや、何度も落ち着きなく座り直していた様子から何となく違和感のような感情を覚えつつも、そんなものは『きっと丁寧で几帳面な方なのだろう』という思考に覆われてしまった。

 自分の言葉に対して、本は読むという返答を聞き、祐太郎は何か勘違いをさせてしまったのではないかと思った。場所柄や外の天候云々ではなく、この場においての本を読むこと自体のことへの肯定。確かに間違いでないが、自分が考えていた予想とは違った回答に内心驚きつつも彼女の言葉に素直に耳を傾けるほどの余裕はあった。だから、勉強しに来たと話す彼女の声になるほどと感心することもできた。

「そうだったんですか。私はてっきり雨宿り、ならぬ雪宿りをしに来たのかと勘違いしてしまいましたが、なるほど。そういう訳だったんですね」

 此処で私も同じです、と言えなかったのは今、自分が読んでいた書物が参考書とはかけ離れたものだったからだ。机の上に置かれたものもそれなりとは言い難い。だから彼女が持ってきた本にも特に触れておかないことにした。その代わりに雪宿り、と言ったあたりでちらりと窓の外を眺めたがその視線はすぐに机の上に戻された。
 勉強をするというのなら此処に本を散らかしたままでは邪魔になってしまうだろう、と判断した祐太郎は慌て気味に伏せて置かれた本やあちらこちらに置き去りにしていた本を手に取って邪魔にならなそうなところに重ねていく。あらかた片付いた頃にほう、と息を付いて、再度笑顔を作り直した。


>>澪子さん

25日前 No.76

ふぁすね @yupihiko☆d.mPOva7Vfg ★mbjMynBHF3_OSy



【ティモテュース・オプステルテン/桜路通り】


 慎ましやかに傘を押し返すその指先を見て、ティムのアクアマリンの瞳が揺らいだ。レディファーストが基本である国で育ったティムには他者からの善意を拒もうとするその姿勢は珍しく映る。冷たい人間ならばこの時点でこの少女を見捨て自らの行くべき場所へ行ってしまうのだろう。しかし自国のポリシー、そしてティムが信ずる神の教えはそれをよしとしなかった。さらに少女に向けていくつか発しようとするティムだったが、それは目の前の少女によってさえぎられる。ティムは少女が発したその指摘の言葉で、自分が祖国の言葉をつい使ってしまっていたことに初めて気付いた。とっくに日本語には慣れたと思っていたのに、今でも祖国の懐かしくあたたかい響きは影法師のようにいつまでもつきまとう。


「――あぁ、この国ではなじみの薄い言葉でしたね。では、えぇと――お嬢さん。流石に大丈夫だからといって放っておけるほど私は非常な人間ではありませんよ。ですから――」


 ティムは自分よりはるかに小柄な少女と視線を合わせるようにすこしかがむと、首に巻いていた臙脂色のマフラーをするりと抜き取り、華奢な少女の肩にかけた。ふわりと熱をうつすそれは鮮やかなアブリコーゼンの髪によく映えている。少し首が寒くなったものの、みすぼらしい着物一枚の少女と比べたら自分の方がずっとあたたかい。ティムが普段から愛用しているそのマフラーからは、彼が職場で嗜んでいるコーヒーの香りが染みついていた。


「これでいかがです? 少しは寒くなくなりましたか?」


 返すのはまた今度でよろしいですから、どうかこれを。そう念押しして、ティムはそのマフラーを少女の首にゆるく巻きつけ、その鮮やかなアブリコーゼンを雪から守るようにぐるりと頭をかこむ。深く落ち着いたその紅は、やはり自分よりも少女によく似合っているようだった。ティムはその様子を見て満足げににこりと微笑む。二人を中に入れた大きな傘は、少しずつその上に雪を積もらせていた。



>>杏ちゃん

25日前 No.77

神無颯一郎 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

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24日前 No.78

神崎りりか @else☆TYRYeuBpk3k ★iPad=MUiShf7G5m

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23日前 No.79

神無颯一郎 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【神無颯一郎/官庁】

足音も高らかに無言で近づいてくる職業婦人を感覚鈍磨の表情のままに見つめていると、彼女の怒れる眼差しは瞬く間に目の前へと迫ってきた。
左の頬に稲妻のような痛みが走ってから、自分の身に何が起きたのか理解するまでに暫しの時間を要した。頬と一緒に打たれた耳殻の中で空気が変に反響して、高い耳鳴り音を連れてくる。膜を張ったように周囲の音がぼやけて、次第に頬がじんじんと熱くなる。

ーー嗚呼、そうか。僕はまた誰かに引っ叩かれたんだ。
痛む頬にそっと素手の指先で触れて、やっと理解が追いついた。
ーー……久しぶりに、叩かれたなあ。

不意の出来事に対する驚きと側頭部への衝撃の所為で、瞬時凍結する思考と鈍る聴覚。その中にあっても、啖呵を切った彼女の怒声は嫌という程はっきりと聞こえた。燃える頬に冷えた指を這わせて熱を取りながら、呆然と目を丸くする神無の頭上を、捲したてる言の葉は過ぎ去っていく。
どうやら今、自分は探偵業のやり方についてこのエリート婦人から御指導御鞭撻を賜っているらしい。

ーーでも何故?
というか、この人は誰なのだろう?

浮かんでくるのは反論でも不満でも怒りでもなく、ただただ無数の疑問符ばかり。すっかり彼女の勢いに圧倒されたまま、向かい風に煽られるように思わず半歩後退した。
せっかく残り少ない探偵人生の中ではなかなかの良い仕事をしたと思ったのに、哀れな実行犯兼被害者には泣かれるし、局長には追い出されるし、事件解決を待ち望んでいたはずの関係者達には知らんふりをされるし、とどめには見知らぬ女史の平手打ちまでついてきた。誰も称賛してくれない。事件の真相をわかりやすく解説してあげたのに、一体何が皆気に入らなかったのだろう。
先程の舞台役者のような勇壮さは何処へやら、神無は困惑の表情で肩を竦めて小さくなり、瀧のように降り注ぐ怒号を鈍臭く受け止めながら、其れでもしなやかにのらりくらりと受け流す。
言いたいことを言い切ったのか、遣る瀬無く顔を歪め口を噤んだ健気な女性を、神無は不思議そうに眺めた。彼の底無し沼のような黒目がちの瞳が濡れたようであるのは、身体を火照らす微熱の所為に過ぎず、心が動いたが故のものではない。姿形だけはしおらしくしているが、恐ろしさなんて感じなかった。

「…………泣いているね。どうして?」

君のことじゃないのに。やっと喋る間を与えられた探偵は、沈黙の中で一つゆっくりと瞬きをして、穏やかに尋ねた。振り返っていた人々は、また興味もなさそうにそれぞれの持ち場へと離散していく。彼女の怒りも涙も、不思議でならなかった。何が其処まで彼女を熱くさせるのか。それとも、生命力に溢れて生きている人間というのは、元々此れほど迄に熱いものだつたのか。叩かれた頬は当然まだ痛むのに、神無はその笑みを深くした。

「皆が知りたがっていた真実を見抜いて、わかりやすく説明してはいけないのは、どうして?」

挑発しているのでは無い、本当に何がいけなかったのかよくわからないのだ。面白い事を言う人だと、感心しているのだった。
よく見ればその女史は、美しい。気高い一つの花のようだった。聡明さを物語るはっきりとした目、活発な印象を与える現代的なボブヘアー、見慣れない服装もハイカラで、自分を詰る真っ赤な唇はやけに脳裏に焼き付いた。今までに出会ってきた大和撫子達の中では稀に見る、男顔負けの勝気な女性のようだった。
悪意のない神無の笑顔は却って厄介だった。幼少時代の育ち方から歪んでいる。貧困街の孤児だった彼を拾った育ての親が、彼をそのようにしてしまったのだ。三つ子の魂百まで、とはまさにこのこと。

感謝されて騒いでくれても良さそうなのに、如何して誰も皆あんなに無関心なのだろう。冷たい。富裕層のエリート連中にとって、みすぼらしい私立探偵も、汚辱により転がり落ちていく女の行く末も、全く興味が無いと言ったところか。逆に、彼女は如何してこんなに突っかかってくるのだろう。傷付けられた貴美子の事で泣き、この探偵にあんなに渾身の怒りをぶつけてきたのは、彼女ただ一人のようだ。
感謝されることは極稀にあっても、それは何処か表面を優しく撫でる行き摩りの心で、こんな風に叱られるのはある意味相手に其れ相応の関心がないと出来ないことだ。孤独の身の上で仮初めの親とも常識的で正しい人間関係を築いてきたとは言い難い神無颯一郎は、慣れていなかった。

>日和さん

23日前 No.80

たわら @tawara529☆OfI7utBYH1Y ★Android=7J0aOKrluH

【彩河原 雪/森】

「私もまさかお会いできるだなんて思ってもいませんでした。」

 差し出された手にほんの少し戸惑って視線を揺らすが、1秒ほど間を開けてそっと手を重ねる。自分の包帯で隠された手は心底嫌いだったけれど彼の手は好きだった。寧ろ、身なりも心も醜い自分と違って御影院宵という男に綺麗ではない部分なんて無いのだと信じて疑わない程、手だけではなく綺麗な彼が好きだった。憧れや羨望に近い好意がいつか恋慕に変わってしまわぬようにきつく自制しているのに、ふとした行動で少女のように頬を染めてしまう。その優しい笑みで何人の女性が恋に落ちたのだろう。

「名前覚えててくださったんですね。ふふ、嬉しい」

 心底嬉しそうに喜びを隠そうともせず無防備に笑顔を見せて、はっと我に返ったように慌てて口元を手で抑える。いくらなんでも表情筋が緩みすぎていた気がした。けれど、ふにゃりと笑ってしまうのも無理はないと雪は思う。憧れの人に名前を覚えてもらえていただけでも呼んでもらえただけでも天にも登る心地だったのだから。今なら雪も氷もこの冬さえ溶かしてしまえる気さえする。

「楽しんで頂けたのなら幸いです……! でもあの失態は早めに忘れて頂けると助かります……」

 語尾を濁しながら苦笑いでそう告げる。思い出すだけで顔から火が出そうなのだ。それに、華やかな世界でお姫様のような女性と関わりを持っているのであろう彼の記憶に自分という足跡を残さないように必死になっているのかもしれない。綺麗なままでいて欲しいというエゴを振りかざしている事実に雪が気付くことがあるのだろうか。

「い、いえ! 陽花町には私が働いているお屋敷があるので、ついでに寄っていこうかな、なんて思っておりまして! ………そもそも、人目のつくところで私と一緒にいたら周りの方達から奇異の目で見られてしまいますよ。私はもう慣れてしまいましたけれど」

 それでも一緒に行ってくださいますか? 視線を逸らしてそう呟いた一言はどう足掻いてもひっくり返せない身分を嘆くような声色。お屋敷に寄るなんて真っ赤な嘘が彼に通じるとは思っていないけれど、それくらいしか口実は思い浮かばなかった。
 彼を月花町まで向かわせるわけにはいかない。そんな思いがあって陽花町までの道程を問うたのだが、まさか行動を共にしてくれるとまで言うとは思わなかった。この時間帯、人通りも多くないとはいえ万が一ということもある。人が少ないだけで居ないわけでは無いのだ。もし彼の家族にでも見られてしまえば雪はともかく宵がどうなるか分からない。けれど、厚意を無下にするほどの勇気を雪は持ち合わせていなかった。
 頭の中を駆け巡る言葉はそのどれもが音として口から出る事は無く、彼の答えを待つしかできない自分を呪った。

>>御影院宵様

22日前 No.81

朧塔子 @papillon☆0uO5mlUpCUns ★sAbT0rwP1n_mgE

【朧塔子/桜路湖】


 分かたれたものは二度と元に戻らない、永遠に。
 落ちて砕けた硝子細工は、幾ら破片を集めて繋ぎ合わせたとてもう一つにはならない。どんなに懸命に拾い集めても、欠片が足りないのだ。どう合わせても隙間が出来てしまう、その隙間が埋まられぬ空虚を生み出し、その目に見えぬ程細かい穴から喪失の魔物が入り込む。それを防ぐことは、最早不可能なのだ。
 抗えない、二つが一つになり、また二つになってしまったとしたら。その別れは、後戻り出来ない定めなのだ。
 ならば、運命を覆すにはどうすればいいか。

 来世に託す以外、方法などないのさ。


 冬の湖は、ひどく寒い。鏡にも似た薄氷がその蒼い水面を覆い、冷え冷えとした空気を更に白く凍て付かせる。
 ふいに青白い指が水面へと伸びて、硝子のような氷の表面を撫でていく。指先の淡い体熱が瞬時に伝わって、薄氷が罅割れる間すらなくすうっと二つに分かたれていく。音も無く分かれたその間には、暗く青黒い水が英数字の1のように現れた。
 1は最も孤独な数、けれどこの世で真に寂しいのは2という数字。一人ぼっちは哀しいけれど、二人でいても寂しいのならそれこそが本当の孤独だ。
 薄氷を裂いた指の主、朧塔子はそれを知っている。知っていて、さもそれが馬鹿馬鹿しいというように、唇の片側だけを吊り上げて笑ってみせた。顔を覆い隠すベールの下で、ただ不敵に、ただただ不遜に。

 深い森に抱かれるように存在する桜路湖に、塔子が一人で来ていた。近くまでは馬車で送らせたものの、この寂しい、誰もいない場所までは誰も連れずに歩いてきたのだ。
 理由があった訳ではない、ただ何かしらの予感はあった。朝目覚めた時にはすでに感じていた、今日は特別な日になると。忘れられない、人生を、そして運命を変える日になると。人には皆、そんな日に気付く直観が備わっているのだ、誰もが普段は気付いていないだけで。

 湖岸に屈み込んで水面に手を伸ばしていた塔子だったが、命を持つ者の微かな気配と背後からの足音を感じ取ると緩やかに立ち上がった。まるで筋書きのある舞台で、脚本通りに演じているかのような芝居めいた動きで、音も無く振り返る。まるで舞踏の一種のような、そんな優美さと優雅さのみを意識した動作。
 冷めた風が吹いて華美なドレスの裾を揺らす。

 嗚呼、やっぱり。

 ふんわりと、薄いベールの内側で微笑んで。先程冷たい水面をなぞったせいで少しだけ赤くなってしまった指で天を指し示してみせ、塔子は十朱をじっと見つめる。言葉にも形にもならない妖しい狂気を孕んだ、真っ直ぐな眼差しで。

「御機嫌よう、衣笠さま。ね、わたくしの申した通りになったのですわぁ……、――――月が、ふたりを導いた」

 まさに虚無という病魔に侵されたような、それでいて妙に艶のある空っぽなその声。
 塔子が指差す先には、真昼の月が輝いていた。世の正しき道理である聖の、その眩い陽光に負けて掻き消されそうな月。

 背徳を表すような、真白の月が。


>>十朱


【お返事が大変遅くなりまして申し訳御座いません! そして完全に狂女と化していますが、どうかこんな女と恋に堕ちてやって下さいませ……!】

21日前 No.82

ししくれ @kmnkha☆/pH2qpQf7L2 ★ieluDUuGrE_scn

【 衣笠 十朱/桜路湖 】


 姿を現した桜路湖に、人影が見えた。その人を確認すると同時に、その背中は振り向く。見覚えのある顔。一瞬の後、その女が今さっきまで頭の中にあった彼女と同一人物だと気がついた。意図的に顔へ小さな驚きを浮かべ、その後に薄い笑みを浮かべた。それは十朱なりの礼儀のようなものでもあるが、何より彼女の声を聞き取れなかったことを誤魔化したいという思いがあった。
 どうやら今日は耳の調子が良くないらしい。彼女が何か言っていることは分かったが、十朱の耳には彼女の最初の言葉を聞き取ることが出来なかったのだ。集中して音を拾いつつ唇の形を追う。しかし、分かったのは月が導いた、と彼女がそう言ったことだけだった。
 彼女の華奢な指が示す先には、白い月が空に浮かんでいる。今にも失せてしまいそうな真昼の淡い月。そう言えば以前会った時も、そんなことを言っていたな、と思い出す。

「本当だ。貴方の仰った通りですね。まさか再びお会いすることができるなんて」

 ゆっくりと空から彼女へと視線を滑らせる。穏やかに微笑みながら、十朱には不安がある。出会い頭に言われた言葉が何であるのか分からないなんて、決して良いものでは無い。無論小さな小さなものではあるが、そんなもの、あるよりは無いほうがいいに決まっている。もしかしたら何かについての話だろうかと考えたが、二度目の相手に突然何かを言うとは思えなかったし、その後に月が導いたと言ったことからしても、それほど大事なものでは無いのではないか。しかしそれがもしも何かしらの話であれば、自分には答えることができない。その話を放置しておくよりは、何か自分から違う話に変えたほうがいいだろう。
 瞬時のうちにそんなことを頭が駆け巡る。これからどうするか。それは一種の賭けではあるが、ここで彼女の気を損ねたからと言って自分の身に何かが降りかかることはないだろう。貧困層の薬売りを一々相手になどしまい。十朱は決意をして、口を開いた。

「ああそうだ、あの時頂戴した金の懐中時計。私の身には勿体無いほどの代物でして。どうすることも出来ず、如何しようかと思っていたのです」

 滑らかに口は動く。
 まさか再び会うなんてまるで運命のようだ、と。甘美でありながらも禍々しい二文字が頭を過ぎった。


 >>朧塔子様

19日前 No.83

神崎りりか @else☆TYRYeuBpk3k ★iPad=MUiShf7G5m

【 荻原日和 / 官庁 → 桜路通り 】

何も知らない純真無垢な子どものように、素朴な質問をぶつける神無。
その冷たい底無しの闇を抱えた黒瞳に迫られ、日和はたじろいだ。一瞬にして恐怖が全身を支配していた。目の前でニヒルに笑う男が全く理解できないーーこの男は自分で何をしたのか分かっていないのだろうか。
「ど、どうしてって……」わなわなと口を震わせながら答えを導き出そうとするも、後に続く言葉が見つからない。こんがらがる思考の中で続きを探すうちに、徐々に怒りが再び込み上げてきた。
「……何でそんな事も分からないのよ」小さく呟く。
大息を吐き、拳を強く握り締めると日和は詰るような目つき神無を睨みつけた。

「あ、貴方って人は、人の心がまるで分からないのね! 謎が解ければそれでいいの? 被害者のことはどうでもいいの? 貴方みたいな人でなしには理解できないでしょうけどね、事の解明よりも人の尊厳を想う人だっているのよ!」

大声でそう吐き捨てると、日和は男の前から走り去った。すれ違いざま職員にぶつかり、持っていた鞄から書類が四方八方へと飛び散っていったが、かまうことなくその場を後にする。憤懣やるかたなかった。あんな男に貴美子の人生がめちゃくちゃにされたのかと思うと遣る瀬無かった。あの人だって好き好んで事件に巻き込まれたわけではないというのに。

数日後。
あれから貴美子が官庁に姿を現わすことはなかった。職場からは彼女の私物が撤去され、彼女の悪い噂だけが遺留していた。それまでの努力も功績も全てがなかったことされているように、空っぽのデスクは何となく物悲しい。
日和は鬱屈とした気分のまま帰路に着いた。数日経とうと日和の気分は上がらず、普段と変わらない仕事にも何故か心が踊らなかった。忙しさによる充実感は貴美子の喪失によって完全に掻き消されていた。
桜路通りを一人寂しげに歩いていると、遠くで猥雑な人だかりができていることに気がついた。
「何なの……?」
帰り道を塞がれ、右往左往していると野次馬たちの話し声が耳に入ってくる。「近くで強盗犯が現れたらしい」「え、何それ怖い」「あそこで倒れてる人大丈夫なのかしら」「逃走中の犯人にぶつかったらしいけど」「物騒な世の中ね」
怖いもの見たさにがやがやと首を突っ込もうとする輩を見て、
ーーまったく、人間の噂好きには呆れて物も言えないわ。
と、心の中で悪態をつく。事件に全く興味のなかった日和は回り道をしようと踵を返すと、その人混みのなかで一際挙動不審な男を見つけた。即座に足を止め、その姿を凝視する。それは間違いなく、先日官庁を引っ掻き回したあの忌々しい男の姿だった。


>神無さん
【感情的な女性を描写するの難しいけど好きです】

19日前 No.84

独楽 @sbluexxx☆rx3sEFPR6z6 ★rqRPsSgCf7_PHR

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17日前 No.85

神無颯一郎 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【神無 颯一郎/官庁→桜路通り】

その必死な叱責の理由を、涕泣せんばかりの表情の訳を、彼女はとうとう教えてはくれなかった。
丸く淡い吊り照明が、対峙する二つの影を赤絨毯に滲ませてゆく。帽子の翳りが汚した面で、神無は薄らとしかし何処か寂しそうに笑った。
今の彼女には理論は通じないようだ。大きく見開いた目からも、再び語気を荒げていく唇からも、刺々しい非議と軽蔑が感情のままに浴びせられる。泣いたり、怒ったり、まったく忙しい人だ。「君は面白いな」と困ったように呟くと、初対面で呉れた渾身の平手打ちの痕跡を食指が掻く。まるで子供のような人だな、と神無は神無で思っていた。
「ほら、そうやって非論理的な八つ当たりをする。君たちには、分かってもらえないんだろうなあ。貴女の仰る通り、私にも貴女の大切なものなんてわかりませんよ」

分かり合う事は、有り得ないんだーー殊に富裕層の奴らとは生い立ちから違うに決まっている。最低限の豊かさがあれば、彼女の云う人の心≠知る事が出来たのか。されど分かりきった真実を述べれば「人でなし」と詰ってくるような豊かさと優しさなんて、気持ちが悪い。解らないし、分かりたくも無い。どうせ誰も、分かってはくれない。そんな諦めに似た思いが、世間への侮蔑とまた一種の寂しさを連れて伽藍堂の胸郭を吹き抜けた。こうしてまた世間から千切り取られて、冬の夜に投げ捨てられる。自分が世の常識や良心から逸脱していることは、本当は婦人の指弾を受けるより前から薄々気付いてはいた。けれど知る者は皆、呆れたような目つきで見て見ぬ振りをして、無言のうちに閉め出し拒絶し続けた。爪弾きの、知らん顔をし続けた。こんな風に真正面から詰られて、話にならない理不尽な駄々をこねられたのは、初めてだった。

「……貴女がたエリートの皆さんがそうするように、探偵は探偵の仕事を全うしただけ。もし職業の貴賤の事を言っているのなら、心外だな」
神無は態々拗ねたように憮然として言った。その憤りは孤独な探偵の本心、では勿論あるものの、それだけでは無い。ささやかな仕返しのつもりでもあった。
幽かな声の残響を待たずに、彼女は走り去ってしまった。捨て台詞を残して、逃げるように。小さな嵐の過ぎ去った後には、彼女が職員にぶつかってばら撒いた書類が名残雪のように横たわっている。
「…………?」
その中に見覚えのある封筒があるではないか。近づいてそっと拾いあげると、丁寧な女らしい文字が並び、聖ホワイト教会の紋章が封に捺されている。それはあの日神無の元にも届けられ、彼が依頼状と勘違いしたシスターホワイトの招待状と同じものと見て間違いない。息を呑み逸る心で裏返せば、其処には漆黒の流れるような筆運びで「荻野 日和 様」としたためられていた。荻野日和、それがあの人の名前。僅か四文字の呪文が、瞳の奥の底無しの闇へと吸い込まれて行く。
まだ少し痛む頬に手を重ね名残の熱をなぞると、神無は立ち上がりその場を去った。



それから、二人が再会するまでにそう長い日々を隔たなかった。
神無は官庁の一件から寸分も懲りる事なく、またも新たな事件に首を突っ込もうとしているのだった。
外は変わらずの雪模様である。鉛の空が落とした真綿さえも、往来の多い通りでは雑踏に汚れて、ボトボトと斑らな哀しみを残している。
実はあれ以来体調がすこぶる悪く、冷気に身体が蝕まれて行くのを日毎に感じる程だった。それでも探偵がこんな寒空の下に出入りするのは、彼を動かす気狂いじみた熱の所為に他ならない。
生きたい、というのはまた違う。ただで死ぬのが怖いのだ。生だとか命だとか、とうに此の身を見捨てた者達のことはもう知らない。ただ、なんの不思議もなくたった一人で誰の記憶にも残らず死ぬのが悔しい。
ーー(嗚呼、そうです。貴女の言っていた通り、被害者のことなんてどうでもいい)

「桜路通りで強盗が起こった」「犯人は逃走しており、通りざまに襲われる被害者が出ている」その報せを受ければ当然のように神無は、騒ぐ野次馬達の中に現れた。降り止んでいた雪が再びちらつき始めた枯並木の宵闇に、瓦斯燈(ガスとう)の灯りが一つずつ増える逢魔ヶ時。少し背を屈めて歩く探偵は亡霊のようになって人垣の隙間から現場を覗き込んでいる。袴姿の上から羽織ったコートの襟を風除けに、きょろきょろと落ち着きなく辺りを見回す。風が吹き枯れかけの柳葉を揺らすと、今度は倒れている男を鋭い眼で一瞥する。男はちょうど、別の良心的な市民によって介抱されはじめたところだった。ふと眉を顰め、口元に手を当てる。二、三の咳をする。鼻から下を手中に埋めながら、底無し暗渠の視線だけは弛むことなく、今度は悪趣味な迄に野次馬達の顔を観察していく。好奇心に集まる噂好きの視線が事件現場に集中しているなかを逆行しているものだから、それは中々に不自然だった。掌から埋めていた顔を上げた時、その冷血漢の口許には不謹慎な笑みすら浮かんでいた。
「……わかった」その呟きは再び覆い被さった掌と咳の音に掻き消されたが、此方の視線に気付いたとみえる容疑者は神無が一歩を踏み出す前に紛れていた群衆からそっと離れて背を向けた。
被害者と現場を中心に扇状に広がった野次馬の群れの中で、神無と容疑者の位置関係は、いわば池の向こう岸のようである。ぽっかりと空間のある現場を突っ切り声を上げればまだ、追い詰められるに違いない。明解な真実を此処で叫べば。
「ーー!」
なぜそれができなかったのか、瞭然とはしない。その時向こうから此岸を見ている眼差しに気付いてしまっただけなのに。萩原日和。あの時と同じ詰るような眼差しに、予定していた声は奪われてしまった。良心などではない、釈然としない情を振り切るが如く、神無は踵を返すと回り道をして日和や群衆の視線を避けるように容疑者を追った。造船会社と西洋料理店の間の、道とは呼べない隙間に入って行く背中を認めて、駆ける。振り返れば人々は後ろ姿を見せ、探偵が容疑者を追っていることには気付いていない様子だ。ほっと胸を撫で下ろしたあとで、何故自分が活躍を見逃されて安堵しているのかと腹が立ってきた。
「…………っ、けほっ、……こほこほっこはっ」
角を曲がった先の暗い路地裏に、其奴の姿はあった。しかしながらその姿を視認するのと、神無がその場に崩れ落ちるのはほぼ同時の事だった。
駆け足に旋回から立ち止まり、指さしに手を振り下ろした刹那、烈しい咳と共に肺を食い破った鮮血が口から溢れ出る。足元のまだ真白な雪の褥に唐紅の染みを散らして、病魔に侵された探偵はどさりと倒れ臥した。

>日和さん

16日前 No.86

はいせりひと @bloodycat☆T3u8MhS.e3A ★iPhone=VP4MQKiD6u


【遊佐百合子/喫茶店】

 おつかれさま、と笑顔を向けられるだけで疲れが吹き飛ぶようだった。日々変わらない業務をこなしているのでこの疲労にさえ慣れてしまった部分があるが、それでも体が、気持ちが軽くなる。相変わらず柔和に笑みを浮かべてはくれない自身の表情筋に視線を下げるとテーブルに置いてあるティーカップに気付いた。どうやら既に注文は済ませていたらしい。ならば水も必要ないだろうと思うとこの場にいる、彼と関わる理由がなくなってしまって表面に出さないものの気落ちすれば思わぬ誘いに伏せかけていた目を丸くする。
 本来なら店員が相席など許されはしないだろう。しかし、人の少ない昼過ぎ。そして百合子はこの時間に主人がこの店に足を向けないことを知っている。悩む素振りは数秒で、司の好意に素直に甘えることにする。ここを立ち去りたくないと思ってしまう自身の欲に逆らえはしなかった。
  困惑と喜びが入り混ざった不慣れな微笑は、水差しをテーブルにおいて自由になった手が前髪を直す仕草により隠れる。百合子自身、今現在どのような表情をしているか見当がつかず、見るに堪えないものになっていないか心配でならなかった。

「……お言葉に甘えて、向かいの席、失礼します」

 着物やエプロンに皺が寄らないよう注意して彼の向かいに腰掛ける。そうすれば彼が持っていた本について語ってくれた。文字が分からない百合子にとっては当然作者も題も初めて聞くもので難しい言葉の数々を理解はできなかったが、司の声は耳に心地好く、語る様子は見ていて少しばかり可愛らしくもあった。普段と違う一面もまた微笑ましく、共感や語り合うことはできずとももっと話を聞いていたいと思ったが、それは一旦終わってしまう。
 先日の聖ホワイト教会の懇親会費でのことを聞かれ、当日のことを思い出す。

「たまに、行きます。教会に。信じているかみさまはいないんですけど、……たまに。たまに、足が向かうんです」

 無意識に、とは言わない。
 ――らしくもなく、縋りとうなるんやろか。望みも希望も、それこそ自由とかよお分からんもんも、とうの昔に諦めたのに。
 静かな表情で、言葉には自身すら分からない不明瞭な困惑を僅かに滲ませながら話す。

「それに、教会に用事があると言うと、店主も許してくださいます。……ここ以外で私が行ける場所でもあるので、食事会は、慣れませんでしたが、あの場所は、すきです」

>>浅茅さん




【大変遅くなってしまって申し訳ありません!】

15日前 No.87

絡繰 @ne9rodoll☆V4.8X.AnvuQ ★wgm3NQbNwV_D2H

【月ノ瀬 鳴/崖付近】

 自分を受け止めた身体は存外温かく、彼がまだ熱を持ってこの世にいることを実感させて涙を助長した。胸元に縋りつくように俯いていた顔がふと上げられたと思えば、優しい指先が頬を撫でる。絶え間なく、いっそ無機質に流れる涙が暁千賀の指を濡らしているのにも関わらず、そんなことを気にも留めないように彼は柔く微笑んだ。その笑みで視界が埋まった瞬間、冷え切った身体にふわりと暖かい何かが舞い込んだかのような錯覚に陥るほどに、胸が高鳴った。きれい、と声にならない声で呟いたことは、きっと彼は気が付いていない。

 ゆっくりと身体を起こし、以前話したときよりも穏やかな口調で言葉が紡がれる。家出、という言葉にびくりと反射的に肩を揺らしたと同時、自分は既に彼の腕の中にいた。抱き締められているのだと正しく認識するまでに数秒を要する。とくとくと伝わってくる相手の鼓動に、それよりも幾分か早く感じる己の鼓動が混ざり合い、響き合う。拍子を整えるように背に添えられた手はどこまでも優しく、まるで幼子をあやしているようだと思った。父様にも母様にも、こんな風に抱き寄せられたことなどなかった。人は、このように抱擁するのだと初めて知ったも同然だ。折檻されようが、口汚く罵られようが、それが愛だと信じて疑わなかった。愛だと信じていたから、すべてに耐えられた。でも、これは、何なのだろうか?陽に当たるように柔らかで優しく、穏やかな感情。愉快なほど上がる心拍数は、苦しいのにどこか心地良い。もしかしたら自分の求めていたものは此れなのではないかと、疑念が渦巻く。でもそれを認めてしまえば、今までの自分の行いも信念も全てが崩れ去ってしまうような気がして、ひたすらに理解を拒んでいた。疑念の波に溺れそうだった意識を何とか引っ張り上げ、暁千賀の言葉に応えようと口を開く。

「そう、なんです。わたし、お家を逃げ出したんです。父様も母様も、わたしを愛してくださっていたのに……! あれ……? わ、わたし、なんてことを……!」

 自分の行いを声に出すことで増した現実感に、嗚咽混じりの言葉の語尾が段々とひどく焦りを含んだものになる。貴族の娘として彼に言わなければならないことを山ほどあった。いきなり突き飛ばしてしまったことへの謝罪、涙を拭い取ってくれたことへの礼、今までの行いの数々を恥じて反省すること、しかしその全部は声になることはなく、駆け巡った恐怖の濁流に頭の片隅に流されていく。気が付けばみっともなく其の背中に縋り付き、泣き言を吐いていた。腕に力を入れるたびに走る数々の傷の痛みが逃げることを許さないとばかりに肌を這い回る。呪縛のようだと思った。家を逃げ出し、彼を止めることへの興奮に茹だっていた頭が急速に冷え、底知れない恐怖が身を竦ませる。何故忘れていられたのだろう、わたしはあの家に見離されてしまえば、呼吸も出来ないというのに。愛されなければ、必要とされなければ存在することなど許されないのに。

「わたし、ど、どうすれば……あ、帰らなければ、いけませんよね? 母様ならば、きっと帰れと命じて下さいます。えぇきっとそうです。帰らなければ……」

衝動のままに起こした行動を深く後悔した。やっぱり自分は駄目だったのだ。父様と母様を信じ、その愛を大人しく受け入れれば良かったのだ。自分の妄想癖は自分に都合のいいことまで夢見出してしまう。あの屋敷を離れて呼吸をすることなど、わたしには無理だったのに。行動を指示してくれる人がいなければ、自分は情けないほどに動けない。必死に空想の中の母を演出し、矢継ぎ早に口から飛び出る呪文のような言葉に従うように暁千賀から身体を離そうとする。極度の焦燥に浅くなった呼吸の間、かひゅ、と弱々しく鳴った喉の音だけが、やけに鮮明に耳元に纏わりついた。

暁千賀様>>

【お返事大変遅くなり、申し訳ありません…!】

14日前 No.88

夕邑三日月 @mistydark☆NIljAHmRyhk ★Android=GaTaMXF8bf

【澪子 / 桜路図書館】

「……すみません、色々と気を遣わせてしまったようで」
 椅子を勧めてくれたり、机の上の本を片付けてくれたり。
 何だか自分が此処にきたことで彼の邪魔をしてしまっているのではないかと心配になった澪子だが、目の前の屈託のない笑顔を見て、内心で胸を撫で下ろした。
 しかし彼女とて、余りこの机に長居できる訳ではない。今この瞬間にも護衛の人間は何処かで息を潜めているだろうし、ここの館長も気をもんでいることだろう。澪子の場合、勉強は勉強でも社会勉強だ。この場所で書物と向き合うようなそれとは違う。
「雪宿り……確かに、ここに居る間に雪が止んでくれたら助かりますが……あまり、時間もないもので」
 ならば何故座ったと問われそうだが、断って宛て処もなくさ迷うよりは、誰かと話していた方が有限の時間を余程有意義に過ごせる。今の澪子にとっては貴重なのだ、自分の正体を知らず、気さくに接してくれる人間は。

 一度窓の外を見遣り、手際よく本を片付けていく青年の手を、何とはなしに目で追う。慣れている、そう感じた。
「よく此方においでになるのですね……勝手な判断で申し訳ありませんが、お勉強も楽しんでやっていらっしゃるのでしょう」
 まるで自分はそうではないと言わんばかりに、澪子は微笑む。彼を褒め称えるように、自分自身を蔑むように。
 だから澪子は、小さく小さく呟いた。誰にも聞かれなくていい、僅かな本心を。
「……わたくしは、貴方のような御方が羨ましい」
 外ならば木枯らしに掻き消されただろう声が、隣に座る青年の耳に届いたかどうかは分からない。だが、届いていたとしてもそうでなかったとしても、次の瞬間澪子が何事もなかったかのように微笑むことは決まっていた。

「申し遅れました、わたくし澪子と申します。どうぞお見知りおきを」

>水原祐太郎様

【大遅刻ぶちかまして申し訳ありませんm(__)m】

13日前 No.89

朧塔子 @papillon☆0uO5mlUpCUns ★sAbT0rwP1n_mgE

【朧塔子/桜路湖】


 擦った燐寸の先端で、ちりりと、微かな火花が散るに似て。違和感が生まれた、それは小さいけれど、確かに不協和音を奏でる不揃いの嘴のような。交喙(いすか)という小鳥は上下の嘴が食い違っているそうだ、ただその小鳥の鳴き声が歪にくぐもって二重に聞こえるかどうかを塔子は知らない。しかしそんな的外れな考えが瞬時に頭の中に浮かぶ程度には、十朱から感じるほんの微かな違和感は塔子の好奇心を刺激する。
 十朱の表情、その何処か取ってつけたような驚愕の表情とその後の演技じみた笑み。作り物のようだ、よく出来た能面を被り分けているがごとく。そして彼の目の動き、とても小さなものだったが奇妙に鋭く、何か探るようなものを感じた。

「……ええ、確かにそうですわねぇ衣笠さま。こうしてこんな所でまたお逢い出来るだなんて、何か繋がれた糸でもあるみたいじゃありません?」

 元々塔子は妙に勘の鋭い女だった。獣じみた第六感とでも言おうか、普通の人間であれば気付きもしないような些細な変化にでも敏感に気が付く。それが良い方向に発揮された事は、今まで一度も無かったが。
 寒々とした桜路湖を背にしてその畔に立ち、揺らぐ事もなく真っ直ぐに十朱を見ていた塔子だったが、ドレスを裾を両手の指先で摘まむとふいに歩を進め始めた。その時には十朱の視線はすでに塔子の唇から空へ、そして再び塔子へと向いていた訳だが塔子はそんな事など気にする素振りすらありはしない。

「…………ところでわたくしの唇に、何か付いていましたかぁ?」

 刹那、十朱の瞳に過ぎった不安の色を塔子が見逃す筈もない。

 すっと十朱の前に立つ、それはまるであの最初の出会いの再来。身長差から上目使いのようになりながらも、その爛々と輝きそうに無遠慮な煉瓦色の瞳には艶やかさなど欠片もない。冷ややかで、珍しい骨董品を値踏みするかのように。むしろそれより更に冷たく、雪深い冬の森で獲物を狙う白梟の眼光で。冷えて凍えて飢えた、地獄に似て煮え滾る熱を渇望する、そんな目。

 一種の賭けに出た十朱に対して、塔子はあえて鎌をかける事で対抗してみせた。

「ああ、あの金時計。あれはあなた様に差し上げた物ですわ、だから売るなり捨てるなりあなた様のお好きになさればいいのですよぉ。でももし、――もしもそれでは気が済まぬと仰るのでしたら……わたくしの謎々に答えて下さいませ」

 一瞬遅れて、今ようやく思い出したとでも言いたげに。塔子は自身の両手を胸の前でぽんと合わせて叩いてみせる。そしてベールで隠されてうっすらとしか見えないその顔に空っぽで空々しい微笑を浮かべると、意識しない無意識だからこそ傲慢な言葉を容易く紡いでみせる。最後に一つの駆け引きを添えて。

「わたくしには何かが欠けている、けれど何が欠けているのかわたくしにはわからない。あなた様も何か欠けているようですけれど、でもそれが何なのかわたくしにはわからない。わからない、わからないわからない、わたくしにはなぁんにも」

 それはまるで、異国の地で通りがかった者に謎掛けをしては、答えられない哀れな旅人を喰らっていたという半獣半人の怪物を気取るがごとく。

「嗚呼どうか、あなたの欠けている部分をわたくしに教えてくださいませんかぁ? まだ出逢ったばかりで不躾に、とお思いでしょうけれど……何か偶然ではない必然を感じるのです、わたくし。ふたりの出逢いが運命だなんて、――――うふふ、あまりに浪漫が過ぎますかしらぁ? これがただの思い違いで、わたくしをただの狂女と疎まれるならすぐ御前から消えましょう。けれど、でも、叶うならわたくしに何が足りないかもお教え願えませんこと? あなた様の眼球にならわたくしから欠けて落ちた大切なもの、きっと映ると思うのです、――ねぇ、衣笠さま?」

 その微笑みと囁きは優しげだからこそ一切の慈悲なく、鋭利な牙と毒持てる爪で切り付けるように十朱に問うた。


>>十朱


【またまた大変お待たせしてしまい申し訳御座いません……!】

2日前 No.90

篠宮暁千賀 @poko10☆sMzkA8RPRfw ★Android=MNgMSKnMpI

【篠宮暁千賀/崖付近】

 腕の中で、鳴が途切れ途切れに言葉を紡ぐ。彼女が声を発する度に、小さな体が震えるのが伝わってくる。父様も母様もわたしを愛してくださっていた――そう主張する声は、より涙を含んだ苦しいものへと変わっていく。彼女はとっくに気付いている。何年も前に暁千賀と会ったあの頃からきっと。彼女が父母から与えられてきた「愛」だと思ってきたものが普通ではないことに。けれど彼女はそれでも、それが「愛」であると信じ込もうとし続けている。
 ――君は愛されてなどいない。さすがに口には出せなかった。黙ってきつくしがみついてくる鳴の背を静かにさすり続ける。そうしているうちに、不意に腕の中の少女が愛しく感じられた。純粋な恋心でもなければ、美しい愛でもない。優しさに触れることすらなく、人に囲まれながらも孤独に生きてきたのだろう。引き寄せれば自分を必要としてくれる。そんな気がした。歪んでいるという自覚はあったが、少なくとも今より鳴を不幸にしない自信はあった。
 帰らなければ、と口にして離れようとする鳴の体を、さらに強引に抱き寄せた。彼女の顔が自分の体に触れる。

「本当に帰りたいのなら、止めはしない」

 前方にぼんやり向けていた目線を、真横の鳴の横顔に向ける。彼女の髪に唇が触れた。息がかかりそうな程耳元近くで、再び口を開く。

「辛ければ逃げればいい。貴方が望むなら、私がどこか遠くへ連れていく」

 そう小声で言ってから、強く抱き寄せていた腕を緩めた。何も無理強いするつもりはない。彼女が家に戻るというなら、黙って見送るまでだ。そして、どこか遠くへ――それが物理的な距離を示すのか、この世との決別を意味するのか、その解釈も鳴次第だが、先の様子からして彼女の美しい思考に命を粗末にするというものはないだろうなと思っていた。

>月ノ瀬鳴、all

1日前 No.91

礒山醍醐 @nnir749☆A3LxctuN3d2 ★nXNfBmBWZd_m9i

【 礒山醍醐 / 桜路通り → 聖 ホワイト教会 】

どんよりと濁った空に舞う白雪、純白と灰色が混ざり合う世界はまるで一か月前のあの食事会のようだった。真っ黒な外套の肩には若干真白が降り積もり、歩くたびに降り積もった雪が音を立てる。なに一つの汚れなく、真っ新に雪が降り積もった景色は嫌いではない、これからいくらでも自分の好きなようにできるとつい錯覚してしまうほど。

軍服姿で桜路通りを道なりに歩く醍醐の姿は、この雪景色の中では聊か目に付く。真っ黒な外套に軍帽、丈夫で長い背丈は一目で軍人だとわかる。白に紛れながら歩く彼は、私用で家に戻っていた途中で、今はその帰り道というわけである。間が悪く足が無かった為、こうして散歩がてらに町を眺めながら歩いているところだ。

桜路通りを北に北にと歩いていると、偶然とあの食事会が行われた教会にたどり着き、軍帽を僅かにあげ見上げる。真っ白な外見のこの聖ホワイト教会は雪景色に埋もれ、静寂に飲まれている。
ふと先日の食事会のことを頭に思い描くと、思い当たったのはこの教会の主、シスター・ホワイト。真白を纏う奇妙な女だ、というのが彼の第一印象だ。神を信じている彼女は全ての人間は平等であると謳うらしいが、まったくもって嘆かわしい。すべての人間が平等?そんなわけがないだろう。先日の食事会や俺のという存在が其れそのものである、上に立つ者と下に敷かれる者しかこの世にはいない。
そんなことを思考していると庭園に例の彼女の姿が見えた。この雪の降る寒い中、一人で庭園に降りている。真っ白の姿の彼女は雪に飲まれてしまいそうで、しかしその中で真っ赤な瞳だけは静かに揺れていた。不用心なその姿に思わず声をかけた。

「こんにちはシスター。このような天気にそのような姿とは、お体に触りますよ。」

軍帽はそのままに僅かに笑みを浮かべながら話しかけるが、微塵もそんなことを思っていないとわかるだろう。教会の敷地内ではないが、僅かに庭園に近づく。もうこの場所を訪れることはないと思ったいたが、いやはや、また訪れることになるとは思いにもよらなかった。そのうえ彼女に声をかける等、今日は奇妙な日だと雪空を眺めながら思う。

>>シスター・ホワイト様


【投稿失礼します。大変遅くなってしまいましたが絡み文投稿させていただきます……!久しぶりに文章を書いたので拙い点などあるかと思いますが、改めて宜しくお願い致します……!素敵に心中しましょう〜!】

10時間前 No.92
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