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大正浪漫心中

 ( オリジナルなりきり )
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大正/恋愛/心中/仄暗 @sweetcatsx☆e0aRNqDUyEM ★iPhone=VHGaT7ZbKj


 ねえかみさま、この想いは許されますか?


 ***

 街に響く鐘の音。並木通りを歩きながら辺りを見渡す。右を向けば装飾豪華な洋館が立ち並び、左を向けば長屋や古い一軒家が肩を寄せ合うように建っている。この並木通りが、まるで境界線のようだ。あちらとこちらでは、まるで世界が違う、僕はただそう感じていた。

 これからも、ずっとこの街は二つに別れたままなのだろう。混じり合うこともなく、寄り添い合うこともない。住む世界が違うのだから。


 ***

 街に響く鐘の音。窓から見える風景を眺めながら息を吐く。此処はまるで牢獄だ。全てが決められた線路の上をただ歩かされているだけ。自分の意思なんてものは一切存在を許されない。窓の外、あの並木通りの向こう側は私の知らない風景が広がっているのだろうか。

 逃げることも出来ず、私は永遠に此処にいるのだろう。ただ無意味に、息を吐くように当たり前に。そこに希望も絶望も存在しない。ただそれだけなのだ。


 ***

「ようこそいらっしゃいました、貴方の安寧の地になれますことを神に祈っておりますわ」


 繋がる二つの世界、混ざり合うことの許されない二つの世界の末路はどのようなものなのだろうか。



 許されなくてもいい、それでも僕達はこの想いから逃れることなんか、できないのだから。




(閲覧ありがとうございます! 兎にも角にもサブ記事へどうぞ!)

メモ2018/01/08 20:22 : 最終章開始☆e0aRNqDUyEM @sweetcatsx★iPhone-VHGaT7ZbKj

概要 → http://mb2.jp/_subnro/15629.html-1,2#a

イベントお知らせ → http://mb2.jp/_subnro/15629.html-177,189#RES


→→→→ イベント

第一章【 其れは始まりの鐘の音 】>>1-42

第ニ章【 音を立て廻り始める歯車 】>>43-96

第三章【 交わる事は許されない】 >>97-109

最終章【 交わる世界の終焉 】>>110


【 登場人物 】

 富裕層 →

* 貴族の令嬢 → 月ノ瀬鳴(絡操さん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-68#a

* 皇族の三女 → 賢宮澪子内親王(夕邑三日月さん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-75#a

* 軍人 → 礒山醍醐(七角羊さん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-79#a

* 旅館の娘 → 朧塔子(真白蝶々さん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-85#a

* 婦人 → 荻原日和(神崎りりかさん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-154#a


 貧困層 

* 書生 → 水原祐太郎(日向月。さん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-37#a

* 没落貴族 → 篠宮暁千賀(ぽんぽこさん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-51#a

* 探偵 → 神無颯一郎(芙愛さん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-25#a

* 衣笠十朱(ししくれさん)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-70#a

* シスター・ホワイト(すれぬし)http://mb2.jp/_subnro/15629.html-4#RES

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ししくれ @kmnkha☆/pH2qpQf7L2 ★ieluDUuGrE_scn

【 衣笠 十朱/桜路湖 】


 十朱は森にいた。通い慣れた其処は、草木や花で溢れかえっているため薬売りにとってはいい場所なのだ。いくらかの薬草とその他食用の小さな果実や山草を採っては、仕事用の登山袋に入れていく。とは言っても、さして森を登るわけではない。そんなことをせずとも薬草は手に入るし、何よりもそんな力は十朱の何処にも存在していないからだ。筋肉の見受けられない華奢なその体は、見目の通り僅かの男らしさも有していない。十朱はいつだって森に少し入ったあたりで手慣れた作業を繰り返すだけである。しばらくして十朱はその作業を終えた。背を軽く反らせる、伸びをして、息を吐いた。それは木々の騒めきに掻き消されてしまうほどにちっぽけなものだった。ドクダミやセリの葉、ヤマブドウの実が収まっている登山袋を背負うと、十朱は再び森の中を歩き始める。
 少しすると、道の先に桜路湖が姿を現した。この湖の水で採ったものをあらかた洗ってしまおうと考えて、十朱は其処へ立ち寄った。

 今は何時頃だろうかと考えた拍子に、ふと思い出す。あの日の奇怪な立食会。ハイカラな彼女。甘ったるく傲慢で世間知らずな声を出す、少女と女性の間にいる人。その人に渡された金の懐中時計。それは贅沢を知らずまた必要としない十朱にとって、余計な物でしかなかい。取り敢えずと家にしまったそれは彼の生活にあまりにも不釣り合いで、その空間から嫌に浮いている。手入れを怠ったせいなのか、数日前に見た針はまるで見当違いな方向を指していた。しかし十朱はそれを売ることはしなかった。万が一饗月亭とやら言う旅館を訪れる機会を得たら、そのときにでもあの時計を売って、その金で身なりを整えようとどこか夢を見るような調子でそう考えていた。だがもしその機会を得る前に薬売りでは二進も三進も行かなくなったなら、その時は生活の足しにさせてもらおう、とも。

 ーー病魔に侵されている。彼女のその言葉が脳裏に蘇る。そう言った声も顔も輪郭は曖昧で、思い出そうとすれば何処かへ去ってしまうけれど。あの時から時折考える。その虚無という病魔について。そして、彼女という人間について。それはきっと十朱の中にもまた虚無が巣食っているから。ただし彼は彼女が病魔と呼んだそれを、甘く儚く惨めなその響きを、恐れながらも、隣人のように愛し慈しんでさえいたけれど。


 >>朧塔子様

3ヶ月前 No.64

はいせりひと @bloodycat☆T3u8MhS.e3A ★iPhone=VP4MQKiD6u



【遊佐百合子/喫茶店】

 姿勢を正し帽子を外した彼に思わず見惚れる。『気にしないでくれ』、その言葉に僅かに距離を感じるも一歩踏み込むにはまだ勇気が足りず、美しい姿から視線を逸らしては促した席へ進む彼に水を手渡し仕事へと戻った。本を取り出し文字を追いかける薄い黒色の瞳、物思いに耽る横顔を盗み見ると自然と胸が高鳴る。手元の盆が傾くのを感じれば顔に出さずとも慌てて変に力んだ体から力を抜く。
 彼のことを気にすることができたのはほんの一、二分程度。仕事に徹すれば喫茶店に、主人に従属する立場としてただ役目を果たす存在へと成り下がる。それが長年勤務し続けたがゆえに身に染み付いた癖で、生き残るための術だった。

 ――ふと、佇んでいる時間が長いと思えば空席が増え、客は各々小説を読んだり珈琲一杯でお喋りをしている組が多くなっていた。時計を見れば司が来店して三十分程度経過しており、常より早く落ち着いた店内に百合子は水差しを手にする。店主はきっとこの時間でも眠っていることだろう。喫茶店と並んで管理しているアパートの一室で夜まで過ごすのが習慣だと知っているがゆえに、肩の力を抜いて声をかけることができる。

「うち、お得意さまのとこにご挨拶してくるわ。よう贔屓してくれはる、……大事なお方やから」

 ひとりの店員にそう声をかけ、建前をきちんと作ってから司へと近付く。あくまで店員として、決して私情が絡まないようにと心がけるも再度彼の横顔を目にすればそんなことも難しく、しかしこの感情に名前をつけるとすれば未だに彼女の中では憧れであるのだ。ひらがなが何とか読める程度の学しかない百合子にとって本を読む姿は凛々しく、あの大きな男らしい手で書く文字も美しいに違いないと見たことがなくとも思いを馳せることは容易い。憧れずにはいられない、そんな魅力のある彼に百合子は視線を奪われる。
 ……ほんま、綺麗なおひと。うちとお話してくれるんが信じられへんくらい、高貴なお方やのに。

「――……浅茅さま、お待たせして申し訳ありません。お水のお代わりと、ご注文ありましたら、お伺い致します。本……を読まれているところ、お声をかけてしまって、申し訳ないんですけれど、」

 司の斜め後ろからあえて足音を聞かせるようにして接近してはそう声をかける。手にしているのは仕事の本ではない、と思っている。彼が将校ということは聞いているがその仕事までは深く知らない。本のように見えるが、仕事だったりするのだろうか。百合子には分からない世界であるため、人一人分間を開けて控えめに眉を下げるもその表情は普段よりも幾分か柔らかく。

>>浅茅さん

3ヶ月前 No.65

独楽 @sbluexxx☆rx3sEFPR6z6 ★rqRPsSgCf7_PHR

【 八十一八 / 桜路通り 】


 寒さは、あまり感じなかった。指先から伝わってくる温度よりも、色彩の異なるふたつの瞳が映す、ただ広がる白に、脳を埋め尽くされているからかもしれない。
 その景色を、この目で見たのは初めてではない。けれども、今度のそれは何時にもまして多いような気がした。それ、とは、即ち灰色の空から落ちてくる白いかたまり。それは雪と呼ぶのだと教えてくれた蛇女は、寒い寒いと言って小屋に籠りっぱなしだ。もったいない、と思う。珍しく他人に感情を向ける八十は、それが些細な変化であることにすら気が付かない。
 通りの両側に並んだ木の枝に雪が積もる。やがて重さに耐えきれず細枝はしなって、するりと白いかたまりが道に落ちる。身を振って軽くなった枝には、また新たな雪がどんどんと降りかかって。ただそれを立ってぼんやりと眺めるのは、飽きない。雪が降り積もるさまに、しんしんという言葉を当てはめたひとは、きっと、今の己と同じように、何の音もしない場所で、ただ雪を見ていたのだろうと思いをはせる。顔も知らない誰かと、繋がっているような気がした。それは不思議と悪い気はしなくて、無音の白い世界にひとり、小さく息を吐く。
 吐き出される息も白い。僅かに目を見開くと、もう一度、ふうと呼気を口から吐き出した。煙管から吐き出される煙を連想させるそれに、けれども香のかおりはしないなと、静かに肩を落とす。

 少し前。雪のように白いシスターに招かれて向かった先で、八十は見知らぬお人と言を交わした。それは八十の知らない世界に住むお人だった。立ち振る舞い、言葉遣い、身に着けたものすべてが、八十にとっては真新しく、珍しく、好奇心をつつかれるようなものであったので、その後ふと我に返ってから、はしたない言動をしてしまったことを深く恥じた。また、シスターの清い祈りは、己に捧げられるものではなかったと、申し訳なくも思った。いつか――いつかその祈りに、あのお人に報いることが出来たならと考えて、人形である己に何が出来る、と何者かが囁く。何もありはしないのだ、と。己に出来ることなど、たかが知れているのだ。けれど。
 こうして自由な時を使い外に出ることが増えた。人形である己を否定しようとまでは思っていないはずなのに、己の足で、意志を持って外を見に行くのが増えているのだと考えれば、答えは明白なものであった。

 八十一八は、人間になりたがっている。ひとらしいひとに、言えば、あの日教会で出会った様々な見た目をした、ひとに。


「……、う」

 思わず洩れた声は、頭の上に降り注いだ何かに対して向けられたものだった。大した響きを持たず、声は周囲の白に吸い込まれて消える。
 その重さに下を向くと、するりと滑り落ちる雪のかたまりが新しく地面の上に積もる。そっと自身の髪に触れれば、己の体温とは違う、ひんやりとした感触が指先にあった。上を向けば、僅かに揺れの余韻を残した枝がひとつ。ああなるほど、と納得をして、雪をかぶったまま、そこに立ち尽くした。やはり少し寒いかもしれない。朱の羽織一枚では、心許ない。赤く染まった指先で、冷えた鼻頭を擦る。気が付けば、頭だけではなく、肩や腕にも、白く雪が積もってしまっていた。


>>賢木様

( 改めまして、遅くなってしまいましたが! 二章、何卒よろしくお願いいたします! )

3ヶ月前 No.66

篠宮暁千賀 @poko10☆sMzkA8RPRfw ★Android=MNgMSKnMpI

【篠宮暁千賀/崖付近】

 死を切望するわけではない。だが、生にすがる理由などさらになかった。自分は世に見放された。名残惜しむものなど、何一つ存在しない。吸い寄せられるように断崖へと一歩踏み出す。これで全てが終わると、そう思った。
 名前を呼ばれた気がした。次の瞬間、暁千賀は仰向けに倒れ込んでいた。何が起きたのかわからなかった。状況に頭が追い付かず、痛みを感じることすら忘れていた。何かが自分の体に乗っていることに気づくのにさえ、数秒を要した。半身を乗り上げた細い影、乱れた長い髪。天から注ぐ日の光で顔は捉えられない。とりあえず、どうやらこの影の主に邪魔をされたようだということは理解できた。無言で肘を地面に付き、強引に起き上がろうとしたときだった。

『あ、暁千賀さん……!』

 覆い被さる影の手が暁千賀の胸に置かれる。彼女の声が、その口調が、一月以上前の教会での出会いを思い起こさせた。あの時の月ノ瀬家の令嬢が、自分をこの世にとどめようと言葉を紡ぐ。貴族だとか華族だとか、もう別世界の人間の言葉など心には響かない。彼女はきっと、清く正しい教えに従ってそうしているのだろう。だが、まあいい。自分の死の瞬間など、誰にもひけらかしたくはない。どこか冷めながら鳴を眺める暁千賀の頬に、ぽたりと滴が落ちた。――泣いている、のか? そう気づいたときにはさらに一滴二滴と鳴がこぼした涙が暁千賀の顔を濡らしていた。

「……」

 ゆっくりと右手を伸ばし、鳴の左頬を拭う。彼女の頬は予想以上に濡れていた。何が可笑しいわけでもないが、ふと口元が緩む。頬を拭った手をそのまま鳴の横髪へと伸ばした。教会の庭園で会ったときの、いかにも指通りのよさそうな髪とは全く違う。誇りにまみれ、所々絡まっているようだった。彼女の髪に指を通しながら、左腕を支えにして上半身を起こした。

「たとえそれが単なる礼儀でも……悲しいと言ってくれる人間がいるのは幸せなことだな。…………だが、私は貴方が悲しむに値する人間ではない。それより自分の心配をした方がいい。家出でもしてきたのか、月ノ瀬家のお嬢さん?」

 涙をぼろぼろ溢しながら嗚咽する姿を見るに堪えず、鳴の体を抱き寄せた。背中を優しく擦る。自分でも何故こんなことをしているのか不思議だった。虚勢を張っているだけで、結局誰かの温もりを求めているのだろうか。

>月ノ瀬鳴

3ヶ月前 No.67

凛々 @petrichor☆KdizKBUyxLI ★HUjV5pwA5a_zRM

【 綺堂 / 公園 】

 ふと、眠るならばこの樹の下が良い、という思いが浮かんだ。太い幹、大振りの枝。冬が明けてから同じ場所に立って見上げてみたら、きっとえも言われぬ光景が眼前に広がっていることであろう。華やかな桜の下でひっそりと眠って、春の終りには散った花弁に埋もれて痕跡すら見つからない。陽の元で生まれ月の陰で死ぬというのも、俺らしいとは言えぬであろうか。
 勿論今すぐ実行したいわけではない――と嘯いた所で、生きていたってやるべき事もやりたい事も思いつかないのだけれど。ただ、そうするのは今ではない、という一種の強迫観念めいたものに囚われているだけである。この枷を解くのはきっと簡単だ。錠前に鍵を挿す方法が己には分からないのならば、他人に委ねれば良いのであろう。きっとそれだけ、たったそれだけ。今は、鍵を渡す相手が見つからないだけ。

「そりゃあ済まない。雪景色があまりにも似合うものだから、雪の姫かと――?」

 姫の返答は、口から零れた俺の呼称をやんわりと否定するものではありながら、しかし嫌味としては受け取られなかったようであった。それだけでも僥倖だ。通りのあちら側には、他人の言葉を自分勝手に捻じ曲げて飲み込む者があまりにも多い。
 姫への麗句を重ねている途中、唐突に海馬が薄れかけた記憶の存在を訴えたため、俺は言葉を紡ぐのを一時中断した。そして、数瞬ののち。

「――……っあ! 雨々! 『散桜』の雨々蝶か!」

 肺腑から一際強く飛び出した言葉は、雪に吸い込まれて反響する前に消えた。こんなに大きな声を出したのは久々であった。覚えている限りでは数年前、蔵から出した珍品が思った以上に高値で売れた時以来だ。いつもは取り込むことのない酸素の量と冷たさに肺腑が驚いたようで、いくらか噎せてしまって決まりが悪い。
 何処かで見たことがあると感じてやまなかった姫のかんばせは、恐らく著者近影で目にしたものだ。姫の著書を見かけたのはいつのことだったか、もう記憶は遠いけれど、確かに書店で仄暗い表紙の文庫本を購入した。全てにおいて終始暗いまま幕を閉じるそれは存外と気に入っていて、今も自室の本棚にささっているはずだ。代表作は他にあって、目を通してみたけれど其方にはあまり心を惹かれなかった。

「そうか、月花に住んでいたのか……あ、俺は綺堂という」

 書店の主人に聞いた限りでは、あまり名の売れた文士ではないようであった。ならば、俺と『散桜』、そして俺と姫が出逢ったことは全くの偶然といえよう。この状況下で、街中を我が物顔で闊歩する恋人達のように、運命≠フ二文字を選んで拾い上げられるほど若くはない。けれど、羨ましくないかと問われれば、簡単に首を横に振ることはできない。
 白く染まる息と偽名を今更のように吐き出しながら、そんなことをぼんやりと考えていた。


>蝶さん

2ヶ月前 No.68

神無颯一郎 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【神無 颯一郎/官庁】

曇る窓の向こうでは雪が降りしきり、色も音をも消してしまう。外の現実(せかい)は今も、此の身を刺すように冴え冴えと冷たいのだろう。白銀の冬景色は弱く小さいもの達を拒絶して北風の猛刃を振るう。儚く脆い夏虫の燃え残りなど、消えてしまえと言わんばかりに。しかし今日ばかりは寒く厳しい憂き世から守ってくれる居場所がある。今は、囲われた舞台(せかい)で夢想(しんじつ)をぬくぬくと貪って居られるのが幸福だった。

「今回皆様に集まっていただいたのは他でもありません」

探偵・神無颯一郎は、応接室に関係者一同を集めると、上等な椅子に深々と腰掛けて各面々をそれは愉快げに眺め回した。部屋の中は暖かく、豪華な調度品の設えられた応接室はたいそう居心地が良くて、神無は上機嫌である。
雪を被ったドイツネオバロック様式の官庁の建物は、『ある閉ざされた雪の洋館で』とでも推理小説の冒頭に書き出されそうな大正情緒漂う舞台設定で、広間に集められた何処となく青褪めた逓信省のエリートの面々は探偵譚には御誂え向きの登場人物達だった。

「私はかみかぜ探偵社の神無颯一郎と申します。御依頼内容であった、この官庁を震撼させた窃盗事件……その謎が解けたものですから、是非皆様のお耳に入れさせていただきたい」

芝居の一幕のように、探偵は肘掛け椅子に座った姿勢から上目遣いにぐるりと関係者を眺め回す。洒落た洋館のシャンデリアの光が柔らかく揺れるたびに、複雑な陰影が事件関係者の顔貌にうち掛かって蠢く。陽花町の若者であれば多くの者が憧れるであろう華やかな職場。重厚な洋風建築は目新しく煌びやか。一室に集められたエリート達の服装や雰囲気にさえも上流階級らしい洗練された派手さとハイセンスさが滲み出ていた。花籠の中にでも迷い込んだかのように色彩に溢れたその空間で、神無は異彩を放っていた。皆がきちんとした洋服を着ている中一人だけ古めかしい紺色の袴姿、貧乏臭くくたびれた墨色のコートは丸めて抱えている。不健康なまでに白い肌と痩せた身体、血色の浮き上がるような唇が愉しげに弧を描いている。囁くような幽かな声。しかしその聞き取り難い掠れた声にすら上流階級の依頼人達は注意を引かれている。神無は目を細めクスクスと控えめに笑った。

神無の元にその依頼が舞い込んだのは僅か一時間ほど前のこと。官庁の逓信省は、郵便や電話など通信を司る省であり、其処には数多くのエリート役人や職業婦人達が勤務している。今まで足を踏み入れたことも無いような世界へと彼を誘ったのは、この雪に閉ざされた洋館の中で起こった、とある窃盗事件であった。書記官が取引のために持ち出そうとしていた現金貮千円の入った鞄が何者かによって盗まれた。それは彼が部屋を離れたのはほんの僅か10分程度の間に盗み出され、屋敷中を探しても、その間に部屋に入った人物三名を一人一人に恐ろしい詰問しても終ぞ見つからないという。
しかし、事件簿の幕切れは、実にあっけないものだった。

「それにしても驚いたなあ。まさかあんなに早く犯人さんが私にモーションをかけてくださるなんてね……ねえ。あの鞄を盗った犯人は、貴女≠ネのでしょう?」

白い手袋を嵌めた指が、椅子の肘掛から伸びて、ついと正面を指差す。艶やかなモダンガール達の中央に佇んでいるモノクロワンピースの女が、青褪めた顔で静かに、首肯した。隣で固唾を飲んでいた同僚なのであろうボブヘアーの若い女性がハッと僅かに目を開いた気がして、神無は僅かに口許を歪めた。
儚く退屈な人生の終わりに、抱え続けてきた薄暗い浪漫は、漸く日の目を仰ぐのかも知れない。瓏々と語る神無は、此処が自分には身分不相応な、貴人達の為の舞台であることを忘れている。或いは、最早捨て鉢の身には、そんなこと何でも良かったのかも知れない。一人孤独に病に喘ぎ畳の上で死ぬなんて御免だ。その前に此の世は精々、僕に不吉で滑稽な奇々怪界たる事件簿の一つでも綴らせて欲しい。

「証拠はあるのか」貧困層が偉そうに、と一人の青年が舌打ち混じりに鋭い指摘を飛ばす。皆の目が、心が、自分の指し示すままに注がれるのが堪らなく気持ちが良かった。それがたとえ好意的なものばかりでは無いとしても。嘲弄するような言葉を受けても、神無はその涼やかな薄ら笑いの顔で益々笑みを深くするだけだった。自重の無い羽のようにふわりと立ち上がると、わさわさとこの現代的な空間に不釣り合いな衣擦れの音をさせて、会衆一同の間を練り歩く。外は底冷えする冬景色だというのに、思わぬ暖を得た貧民の男の頬は陽を纏う少年のように仄々と薄紅に上気していた。西洋風の装飾も美しい曇る窓をすっと拭い外の景色を確かめると、「それはね」と探偵は袴の衣を翻転させ悠然として振り返った。

>日和さん


【遅ればせながら二章に参加させていただきます。これからも宜しくお願い致します!】

2ヶ月前 No.69

冬野 @sweetcatsx☆e0aRNqDUyEM ★iPhone=VHGaT7ZbKj

【 雨々蝶 / 公園 】

 死ぬならば一度だけ、一度だけ、この桜の木が美しく咲き誇る姿が見てみたいと思う。両の眼いっぱいに色を映し出してみたい、なんて、馬鹿馬鹿しい願望に思わず自虐的な笑みが零れた。
 木から視線をずらし、傍らの彼に視線を向ける。色の分からない羽織を羽織った彼。きっと鮮やかな色をしているのだろう。そしてきっと、とてもよく似合っているに違いない。そう思うと、何故か柄にもなく、そんな彼の側にいるのが、なんとなく、僅か思い浮かべたそんなよくない思考を消すように首を横に振って、息を吐いた。

「……ふふっ、おやおや君は世辞が上手いんだねえ、私なんかを褒めたところで――――」

 彼の口から零れる麗句の言葉には正直どのような反応をすればいいのか分からなかった。何せ慣れていないのだ。困ったように浮かべた笑みには照れも含まれていたことに私は気づかなかった。
 自分なんかを褒めたところで差し出せるものなど何もない、そう言おうとした言葉は途中で途切れる。その理由は彼の唇から零れた静寂を切り開くような、大きな声。

「――――おや、驚いた。確かに『散桜』は私の書いた物語だけれど……ふむ、読者がいたとは。って、大丈夫かい?」

 どうやら彼は私の書いた作品を知っているようだ。それに関しても驚きであったが、大きな声を出しすぎたのかなんなのか、噎せ込んだ彼には心配するように首を傾ける。
 そうか、読者か、なんとなく恥ずかしい。今まで自分の書いたものを読んだ人間に出会ったのは初めてだったから。しかも、それがあちら側の人間だというのだから、なんとも不思議なものだ。

「まあね、どうも私には才がないらしく全く売れなくてねえ……綺堂、綺堂ね。これもきっと何かの縁なのかもね、なんて」

 へらり、と自虐的な笑みを零す。綺堂と名乗る富裕層の青年。この雪で飾られた大木の下で出会ったのは何かの縁か。あの真白の修道女の言葉のようにこれも神が仕組んだことなんだろうか。それを人は、運命と呼ぶのだろうか。そんな言葉を口にすることは私には出来なかった。

>> 綺堂さん

2ヶ月前 No.70

御影院 宵 @xxsnowdrop☆6PqqtgEep4k ★DVZTe29d5v_PHR

( 御影院 宵 / 森 )


 おずおずと木陰から姿を現した女性はミサで会った彩河原雪であった。その事実に宵はきょとんと目を丸くする。先ほどまでふわりふわりっと思い浮かべていた女性との再会に驚きやら喜びやら様々な感情が入り乱れる。それと同時に彼女の様子にくすっと笑みが零れた。それはまるで悪さが筒抜けとなったときの幼い子供そのものだったからだ。笑い声として彼女の耳には届かないであろう程度の小さな声で宵はしばらく笑うと、ふっと優しい笑みを彼女に向ける。

「……貴方とこんなところでお会いするとは思ってもみませんでしたよ」

 あんな出会い方をしたうえにこんな再会をするだなんて、世界とはまだまだ面白いものなんだなと心の中で呟きながら、宵は彼女に手を差し伸べた。そんな木陰にいたら木屑やら木葉やらが服についてしまいますよと言いたいらしい。今の時期は枯葉も多い。それに乾燥により少し幹に肌を擦っただけでうっすらと傷がつくこともある。そこからばい菌が入ってしまえば、破傷風などまだまだ医療の手が及ばない病気に繋がってしまう恐れもあるだろう。元々あまり身体の強くない宵はただでさえ家族から口うるさく言われたものだ。

「ちゃんと覚えていますよ、彩河原雪さん。……いえ、普段お会いする女性とは違った雰囲気を持つ貴方とお話が出来て私自身とても楽しかったですよ?」

 思い出すだけでまた笑いが込み上げそうだと宵は口元にだけ薄く笑みを浮かべる。突然、声をかけてきたかと思えば自分のことを綺麗だと言った彼女。すると次の瞬間には物凄い勢いで頭を下げてきた。忙しい人だと思わなかったと言えば嘘になるだろう。しかし、自分の感情をしっかりと表現できることはとても魅力的だとも感じた。宵自身きっと彼女が羨ましかったに違いない。

「もちろんです。私も帰路の途中ですので一緒に参りましょう」

 どうやら彼女は道に迷ってしまったらしい。自分も隣町で用事を済ませた帰りだ。家の者に見られると色々と厄介かもしれないが、幸いこの時間帯に出歩いている者はいないだろう。そして、ふっとあることに気がつく。彼女は確か貧困層、ならば住まいは月花町にあるのではないだろうかということだ。しかし、彼女は陽花町までの道と言った。宵は疑問に思いながらも「陽花町まで……。もしかして、私のことを気遣ってます?」と心配そうに問う。


>>雪様、



【 遅くなってしまい、申し訳ありません……! 】

2ヶ月前 No.71

賢木 汐 @xxsnowdrop☆6PqqtgEep4k ★DVZTe29d5v_PHR

( 賢木 汐 / 桜路通り )


 凍てつくような寒さではないものの、震える程度の寒さを感じる今日この頃。気がつけば季節はもう冬を迎え、暦は十二月を越えていた。そんな寒空の下、灰茶色の髪を揺らしながら桜路通りを歩く少女がひとり。常盤色の目を持つ彼女は陽花町の一角を所有する地主の娘、賢木汐であった。どうやら彼女は友人の家に出かけていた帰りらしく、帰り道ついでにふらふらっと辺りを散歩しているようだった。
 すっかり雪化粧をした桜路。はらはらっと舞い落ちる雪たちは街に静けさを運ぶ。しかし、それも数ヶ月のことで春が来れば降り積もった雪はまるで自分が望んだかのように溶けて消えてゆく。その姿はある意味、舞い散る桜吹雪よりも儚く思える。人と人との繋がりもそれに近いのかもしれない。積るに積もったものであっても、どちらかが望めば、それは跡形もなく消えてゆく。だからこそ、消えないように必死になって繋がっていようと思うのかもしれない。

「……お父様とお母様、喧嘩していなきゃ良いけど」

 汐は留守にしている家のことを考え、やや足早に道を行く。自分がいなければ両親はそっぽを向いたまま、分かりあおうともしない。些細なことから喧嘩が起き、家庭の空気は冷たくなる。自分は絶対にそんな結婚はしたくない、だからお見合いはしないと汐は心に決めていた。きっと来年の今頃にはお見合い写真のひとつやふたつ、両親から見せられるのだろうが絶対にするもんかと舌を突き出してやるつもりだ。そんな結婚よりも、もっともっと素敵な恋をしたい。汐は足早に道を行きつつも、まだ知らぬ恋に思いを馳せた。しかし、それは誰かの声によってかき消されることとなる。

「――、? ……あの、大丈夫ですか?」

 微かに聞こえたその声に振り向くと、そこには見知らぬ少年が立っていた。その少年はどうやら雪を被ってしまったようで、汐は小走りで駆け寄る。着物の袖からハンカチを取り出せば、「これでは足りないかもしれないけど」とすっと彼に差し出した。そして、ふっと小首を傾げる。どこで会ったのかは覚えていないけれど、この少年と会ったのは今日が初めてではない。しかし、どう頑張っても思い出せない。汐は薄く眉間にしわを寄せながら、彼を凝視する。


>>一八様



【 二章からのスタートにはなりますが、こちらこそよろしくお願いします! 】

2ヶ月前 No.72

にな @xxx39☆FTXhV/eLYAw ★oGcKNmj2bR_mgE

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2ヶ月前 No.73

神崎りりか @else☆TYRYeuBpk3k ★iPad=MUiShf7G5m

【 浅茅司 / 喫茶店 】

 あれから一体どれ程の時間が経過したのだろう。持参した本を耽読していると、後方から人が近付いてくる音がした。浅茅は顔を上げ、意識を現実に引き戻す。するとそこには先程まで忙しそうに接客していた百合子が水差しを持って立っていた。
「嗚呼、おつかれさま」
 浅茅は本を閉じて百合子のほうを見上げる。本当に申し訳なさそうに、おずおずと声をかけてきた彼女を見て思わず笑みが溢れる。――この女性も自分の身分などを気にしているのだろうか。

 百合子に追加の注文を尋ねられ、浅茅は「そうだな」と、一瞬考え込むフリをする。先程、違うウエイトレスから無糖珈琲を受け取ったばかりで特に必要なものはない。しかし――たとえそれが他の客にも言っている定型句だったとしても――彼女の好意を無下にしたくはなかった。
「……では、この独り身の話し相手を頼みたい。向かいの席が空いてるのは実に虚しいものでね」
 そう言って浅茅は意味深長な笑みを浮かべながら彼女に座るよう促す。周囲を見渡せば、昼時を過ぎた店は閑散としてきていて客数もかなり減ってきているようだった。一つ二つ言葉を交わす程度であれば彼女に迷惑はかかるまい。本を読んで多少は気が晴れたものの、やはり誰かと会話するほうが良い気分転換になる。

 すると、彼女の視線が浅茅の持つ本のほうに向けられていることに気が付いた。眉を下げ、難しそうな顔をしながら必死にタイトルの文字を追っている。少しの間彼女の様子を伺ってみるも、その表情は一向に変わることがなく、もしかしたら漢字を読むのに苦労しているのかもしれない、と浅茅は静かに察した。
「読書に興味があるのか?」
 そっと百合子に尋ねる。そして返事を聞く前に本を彼女の前に差し出した。
「『善の研究』といって、西田幾多郎氏が最近著作したものだ」
 そう言って浅茅は続ける。
「これが実に興味深くてね、最高の国家を築くためには一人一人に内蔵する善の意識が合致しなければならないと堂々と進言しているんだ。ヒトは自己の内面的欲求に従う生き物だからと、善悪の標準を外に求める他律的倫理学を根本から否定するなんて君主制を批判しているようなものだ――……」
 そこまで言って浅茅は口を噤んだ。一方的に語る自分があまりにも似つかわしくなく、百合子に不親切であることに気が付いたのだ。
「いや、こんな話はもうよそう。……そんなことより、数ヶ月前の聖ホワイト教会懇親会で貴女を見かけた気がしたんだが、珍しいな、君がこの喫茶店以外に姿を現わすなんて」
 咄嗟に話題を変える。浅茅は自身の話をするより百合子の声が聞きたかった。


>遊佐さん

2ヶ月前 No.74

神崎りりか @else☆TYRYeuBpk3k ★iPad=MUiShf7G5m

【 荻原日和 / 桜路通り→官庁 】

吹き抜ける凍風に思わず身震いをする。
師走に入ると辺りは一段と冷え込み、襟巻からちらつかせた耳も紅潮して悲鳴を上げていた。重ね重ねに服を着るも、寒さは容赦なく隙間へと入り込み、身体をチクチク刺していく。
はらはらと舞い落ちる初雪に一種の殺意を抱き始めていた荻原日和は、足早に仕事場へ赴いた。早く温かい室内に入りたい。四季の中で、一番に冬が嫌いだった。

日和はまだ大日本でも珍しく東京で職を持つ女性だった。
親の反対を押し切り、伝統よりも革新を選び抜いてから数年。未だ野郎共から阻害されることも多かったが彼女の強い意志が曲げられることはなく、日々仕事に没頭することに代え難い充実感を得ていた。日和は率先して朝から晩まで働いた。自然と交友範囲も狭まったがそれは仕方のないことだった。
――本当はこの前の親交会に参加したかったのだけれど。
ふと日和は思う。
未だ鞄に押し込められている、数ヶ月前にシスター・ホワイトから受け取った招待状。日和は仕事の都合がつかず参加を見送るしかなかったが、本当は新しい出会いを求めに聖ホワイト協会へ向かうつもりだった。今度こそ親に決められた友達や縁者ではなく、今の自分の姿を認めてくれる人を見つけ出そうと思っていたのに、逃した魚は大きいとはよく言ったものだ、二度とあんなに恵まれた機会が訪れるとは思えない。もしかしたら茨の道には孤独が付き物だと、天から啓示を受けたのかもしれなかった。

官庁に辿り着き、コートについた雪を振り払っていると上司が血相を変えて日和のもとに近付いてきた。
「ああ八代さん、おはようございま――」
「遅いぞ荻原、何をモタモタしている!」
言い終わる前に野太い怒号が降り注ぐ。突然のことに何が何だか分からず、日和は首を傾げる。
「で、ですが出勤時間までまだ三十分あって……」
「それどころではないのだ。とにかくお前も早く応接室へ来い! 今すぐにだ!」
有無を言わさぬ剣幕で言い切ると、男は日和の反応を待たずして踵を返した。
――どうしよう。何か八代さんを怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。
急いで昨日のことを思い出そうとするも、心当たりは浮かんでこない。全く状況を把握出来なかったが、今はとりあえず彼の言うことに従う他ないようで、日和は仕事着に着替える間もなく男の後を追った。
仄かに蝋燭で照らされた廊下を小走りで通り抜け、その先にある一室に向かう。そして戸を数回ノックした後にゆっくりと開けると、そこには予想以上の人間が日和を待ち受けていた。「あっ」思わず驚嘆の声をあげると、一斉がこちらを振り向いた。萎縮した日和は申し訳なさそうに、おずおずと部屋の隅のほうへ歩いていき一息つく。
――まったく、何がどうなってるのよ。
日和は内心で悪態をつく。よく見れば応接室には見知った沢山の逓信省の者たちしかおらず、全員が一人の男を囲んで何かを話し込んでいた。
「ねえ、これは一体何の騒ぎなの?」
小声で隣にいた同僚に話しかける。
「何やら窃盗事件があったらしいわよ、貮千円が盗まれたって」
「に、貮千……!誰がそんな大金を」
「それを今から名探偵さんが犯人を当ててくれるらしいわ」
そう言って同僚が指差した先にいたのは、先程から椅子に座っているあの男だった。袴に黒帽子と、ここには似つかわしくない、如何にも胡散臭そうは風貌をしていたが、どうして逓信省は警察ではなく彼に協力を要請したのだろうか。しかしこれ以上目立ちたくない日和は黙ったまま、彼が口を開くのを静かに待った。

「今回皆様に集まっていただいたのは他でもありません」
間もなくして探偵が、まるで舞台に立った大俳優であるかのように雄弁をふるい始めた。
「私はかみかぜ探偵社の神無颯一郎と申します。御依頼内容であった、この官庁を震撼させた窃盗事件……その謎が解けたものですから、是非皆様のお耳に入れさせていただきたい」
そう言って、神無は部屋にいる役人たちを一人一人見て回る。一瞬、自分とも目が合った気がして日和は反射的に背筋を伸ばした。やましいことなど何もないはずなのに、彼の漆黒の瞳が全てを見透かしているような気がして恐ろしかった。
ゆっくりと勿体ぶるように話していたが、探偵はついに一人の女を犯人と指名した。同僚の貴美子さんだった。知り合いが差されるとは思わず、日和は息を飲む。まさか、そんなはずはない。心の中で否定しつつも日和は神無の次の言葉を待った。


>神無さん

2ヶ月前 No.75

日向月。 @kafune☆01.vmkBoVYY ★iPhone=8MP7bdlEid



【 水原祐太郎 / 桜路図書館 】



 そうですか、と頷いた女性は祐太郎のすすめた椅子に腰掛けてくれた。女性を立たせたままというのは周りの目がどうこうというよりも祐太郎自身のポリシーに反していたがゆえに、彼女の行動に対して安堵する。断られてしまわないかと心配していたが、そんな心配は要らなかったようだ。女性の姿をそっと眺めていると、すぐに目の前の女性が小さくとも頭を下げてことに気付いた祐太郎は、ゆったりと首を横に振る。

「いえ、お気になさらず。……こちらこそ、恥ずかしいところを見せてしまい、申し訳ない」

 不躾と言っているのはさっき声を掛けてきたことだろう。そう理解した祐太郎は苦笑を零しながら女性と同じように頭を下げる。彼女の行為によって驚かされたことは本当のことだが、それにしても過剰に反応してしまったかもしれない、と静かに反省していた祐太郎も又、罪悪感を感じていたので謝罪の意を言葉にして示した。
 忙しなくしていたせいで彼女の事を改めて見てみると所作の美しいことに気付く。着物に気を掛けているところや、何度も落ち着きなく座り直していた様子から何となく違和感のような感情を覚えつつも、そんなものは『きっと丁寧で几帳面な方なのだろう』という思考に覆われてしまった。

 自分の言葉に対して、本は読むという返答を聞き、祐太郎は何か勘違いをさせてしまったのではないかと思った。場所柄や外の天候云々ではなく、この場においての本を読むこと自体のことへの肯定。確かに間違いでないが、自分が考えていた予想とは違った回答に内心驚きつつも彼女の言葉に素直に耳を傾けるほどの余裕はあった。だから、勉強しに来たと話す彼女の声になるほどと感心することもできた。

「そうだったんですか。私はてっきり雨宿り、ならぬ雪宿りをしに来たのかと勘違いしてしまいましたが、なるほど。そういう訳だったんですね」

 此処で私も同じです、と言えなかったのは今、自分が読んでいた書物が参考書とはかけ離れたものだったからだ。机の上に置かれたものもそれなりとは言い難い。だから彼女が持ってきた本にも特に触れておかないことにした。その代わりに雪宿り、と言ったあたりでちらりと窓の外を眺めたがその視線はすぐに机の上に戻された。
 勉強をするというのなら此処に本を散らかしたままでは邪魔になってしまうだろう、と判断した祐太郎は慌て気味に伏せて置かれた本やあちらこちらに置き去りにしていた本を手に取って邪魔にならなそうなところに重ねていく。あらかた片付いた頃にほう、と息を付いて、再度笑顔を作り直した。


>>澪子さん

2ヶ月前 No.76

ふぁすね @yupihiko☆d.mPOva7Vfg ★mbjMynBHF3_OSy



【ティモテュース・オプステルテン/桜路通り】


 慎ましやかに傘を押し返すその指先を見て、ティムのアクアマリンの瞳が揺らいだ。レディファーストが基本である国で育ったティムには他者からの善意を拒もうとするその姿勢は珍しく映る。冷たい人間ならばこの時点でこの少女を見捨て自らの行くべき場所へ行ってしまうのだろう。しかし自国のポリシー、そしてティムが信ずる神の教えはそれをよしとしなかった。さらに少女に向けていくつか発しようとするティムだったが、それは目の前の少女によってさえぎられる。ティムは少女が発したその指摘の言葉で、自分が祖国の言葉をつい使ってしまっていたことに初めて気付いた。とっくに日本語には慣れたと思っていたのに、今でも祖国の懐かしくあたたかい響きは影法師のようにいつまでもつきまとう。


「――あぁ、この国ではなじみの薄い言葉でしたね。では、えぇと――お嬢さん。流石に大丈夫だからといって放っておけるほど私は非常な人間ではありませんよ。ですから――」


 ティムは自分よりはるかに小柄な少女と視線を合わせるようにすこしかがむと、首に巻いていた臙脂色のマフラーをするりと抜き取り、華奢な少女の肩にかけた。ふわりと熱をうつすそれは鮮やかなアブリコーゼンの髪によく映えている。少し首が寒くなったものの、みすぼらしい着物一枚の少女と比べたら自分の方がずっとあたたかい。ティムが普段から愛用しているそのマフラーからは、彼が職場で嗜んでいるコーヒーの香りが染みついていた。


「これでいかがです? 少しは寒くなくなりましたか?」


 返すのはまた今度でよろしいですから、どうかこれを。そう念押しして、ティムはそのマフラーを少女の首にゆるく巻きつけ、その鮮やかなアブリコーゼンを雪から守るようにぐるりと頭をかこむ。深く落ち着いたその紅は、やはり自分よりも少女によく似合っているようだった。ティムはその様子を見て満足げににこりと微笑む。二人を中に入れた大きな傘は、少しずつその上に雪を積もらせていた。



>>杏ちゃん

2ヶ月前 No.77

神無颯一郎 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

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2ヶ月前 No.78

神崎りりか @else☆TYRYeuBpk3k ★iPad=MUiShf7G5m

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2ヶ月前 No.79

神無颯一郎 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【神無颯一郎/官庁】

足音も高らかに無言で近づいてくる職業婦人を感覚鈍磨の表情のままに見つめていると、彼女の怒れる眼差しは瞬く間に目の前へと迫ってきた。
左の頬に稲妻のような痛みが走ってから、自分の身に何が起きたのか理解するまでに暫しの時間を要した。頬と一緒に打たれた耳殻の中で空気が変に反響して、高い耳鳴り音を連れてくる。膜を張ったように周囲の音がぼやけて、次第に頬がじんじんと熱くなる。

ーー嗚呼、そうか。僕はまた誰かに引っ叩かれたんだ。
痛む頬にそっと素手の指先で触れて、やっと理解が追いついた。
ーー……久しぶりに、叩かれたなあ。

不意の出来事に対する驚きと側頭部への衝撃の所為で、瞬時凍結する思考と鈍る聴覚。その中にあっても、啖呵を切った彼女の怒声は嫌という程はっきりと聞こえた。燃える頬に冷えた指を這わせて熱を取りながら、呆然と目を丸くする神無の頭上を、捲したてる言の葉は過ぎ去っていく。
どうやら今、自分は探偵業のやり方についてこのエリート婦人から御指導御鞭撻を賜っているらしい。

ーーでも何故?
というか、この人は誰なのだろう?

浮かんでくるのは反論でも不満でも怒りでもなく、ただただ無数の疑問符ばかり。すっかり彼女の勢いに圧倒されたまま、向かい風に煽られるように思わず半歩後退した。
せっかく残り少ない探偵人生の中ではなかなかの良い仕事をしたと思ったのに、哀れな実行犯兼被害者には泣かれるし、局長には追い出されるし、事件解決を待ち望んでいたはずの関係者達には知らんふりをされるし、とどめには見知らぬ女史の平手打ちまでついてきた。誰も称賛してくれない。事件の真相をわかりやすく解説してあげたのに、一体何が皆気に入らなかったのだろう。
先程の舞台役者のような勇壮さは何処へやら、神無は困惑の表情で肩を竦めて小さくなり、瀧のように降り注ぐ怒号を鈍臭く受け止めながら、其れでもしなやかにのらりくらりと受け流す。
言いたいことを言い切ったのか、遣る瀬無く顔を歪め口を噤んだ健気な女性を、神無は不思議そうに眺めた。彼の底無し沼のような黒目がちの瞳が濡れたようであるのは、身体を火照らす微熱の所為に過ぎず、心が動いたが故のものではない。姿形だけはしおらしくしているが、恐ろしさなんて感じなかった。

「…………泣いているね。どうして?」

君のことじゃないのに。やっと喋る間を与えられた探偵は、沈黙の中で一つゆっくりと瞬きをして、穏やかに尋ねた。振り返っていた人々は、また興味もなさそうにそれぞれの持ち場へと離散していく。彼女の怒りも涙も、不思議でならなかった。何が其処まで彼女を熱くさせるのか。それとも、生命力に溢れて生きている人間というのは、元々此れほど迄に熱いものだつたのか。叩かれた頬は当然まだ痛むのに、神無はその笑みを深くした。

「皆が知りたがっていた真実を見抜いて、わかりやすく説明してはいけないのは、どうして?」

挑発しているのでは無い、本当に何がいけなかったのかよくわからないのだ。面白い事を言う人だと、感心しているのだった。
よく見ればその女史は、美しい。気高い一つの花のようだった。聡明さを物語るはっきりとした目、活発な印象を与える現代的なボブヘアー、見慣れない服装もハイカラで、自分を詰る真っ赤な唇はやけに脳裏に焼き付いた。今までに出会ってきた大和撫子達の中では稀に見る、男顔負けの勝気な女性のようだった。
悪意のない神無の笑顔は却って厄介だった。幼少時代の育ち方から歪んでいる。貧困街の孤児だった彼を拾った育ての親が、彼をそのようにしてしまったのだ。三つ子の魂百まで、とはまさにこのこと。

感謝されて騒いでくれても良さそうなのに、如何して誰も皆あんなに無関心なのだろう。冷たい。富裕層のエリート連中にとって、みすぼらしい私立探偵も、汚辱により転がり落ちていく女の行く末も、全く興味が無いと言ったところか。逆に、彼女は如何してこんなに突っかかってくるのだろう。傷付けられた貴美子の事で泣き、この探偵にあんなに渾身の怒りをぶつけてきたのは、彼女ただ一人のようだ。
感謝されることは極稀にあっても、それは何処か表面を優しく撫でる行き摩りの心で、こんな風に叱られるのはある意味相手に其れ相応の関心がないと出来ないことだ。孤独の身の上で仮初めの親とも常識的で正しい人間関係を築いてきたとは言い難い神無颯一郎は、慣れていなかった。

>日和さん

2ヶ月前 No.80

たわら @tawara529☆OfI7utBYH1Y ★Android=7J0aOKrluH

【彩河原 雪/森】

「私もまさかお会いできるだなんて思ってもいませんでした。」

 差し出された手にほんの少し戸惑って視線を揺らすが、1秒ほど間を開けてそっと手を重ねる。自分の包帯で隠された手は心底嫌いだったけれど彼の手は好きだった。寧ろ、身なりも心も醜い自分と違って御影院宵という男に綺麗ではない部分なんて無いのだと信じて疑わない程、手だけではなく綺麗な彼が好きだった。憧れや羨望に近い好意がいつか恋慕に変わってしまわぬようにきつく自制しているのに、ふとした行動で少女のように頬を染めてしまう。その優しい笑みで何人の女性が恋に落ちたのだろう。

「名前覚えててくださったんですね。ふふ、嬉しい」

 心底嬉しそうに喜びを隠そうともせず無防備に笑顔を見せて、はっと我に返ったように慌てて口元を手で抑える。いくらなんでも表情筋が緩みすぎていた気がした。けれど、ふにゃりと笑ってしまうのも無理はないと雪は思う。憧れの人に名前を覚えてもらえていただけでも呼んでもらえただけでも天にも登る心地だったのだから。今なら雪も氷もこの冬さえ溶かしてしまえる気さえする。

「楽しんで頂けたのなら幸いです……! でもあの失態は早めに忘れて頂けると助かります……」

 語尾を濁しながら苦笑いでそう告げる。思い出すだけで顔から火が出そうなのだ。それに、華やかな世界でお姫様のような女性と関わりを持っているのであろう彼の記憶に自分という足跡を残さないように必死になっているのかもしれない。綺麗なままでいて欲しいというエゴを振りかざしている事実に雪が気付くことがあるのだろうか。

「い、いえ! 陽花町には私が働いているお屋敷があるので、ついでに寄っていこうかな、なんて思っておりまして! ………そもそも、人目のつくところで私と一緒にいたら周りの方達から奇異の目で見られてしまいますよ。私はもう慣れてしまいましたけれど」

 それでも一緒に行ってくださいますか? 視線を逸らしてそう呟いた一言はどう足掻いてもひっくり返せない身分を嘆くような声色。お屋敷に寄るなんて真っ赤な嘘が彼に通じるとは思っていないけれど、それくらいしか口実は思い浮かばなかった。
 彼を月花町まで向かわせるわけにはいかない。そんな思いがあって陽花町までの道程を問うたのだが、まさか行動を共にしてくれるとまで言うとは思わなかった。この時間帯、人通りも多くないとはいえ万が一ということもある。人が少ないだけで居ないわけでは無いのだ。もし彼の家族にでも見られてしまえば雪はともかく宵がどうなるか分からない。けれど、厚意を無下にするほどの勇気を雪は持ち合わせていなかった。
 頭の中を駆け巡る言葉はそのどれもが音として口から出る事は無く、彼の答えを待つしかできない自分を呪った。

>>御影院宵様

2ヶ月前 No.81

朧塔子 @papillon☆0uO5mlUpCUns ★sAbT0rwP1n_mgE

【朧塔子/桜路湖】


 分かたれたものは二度と元に戻らない、永遠に。
 落ちて砕けた硝子細工は、幾ら破片を集めて繋ぎ合わせたとてもう一つにはならない。どんなに懸命に拾い集めても、欠片が足りないのだ。どう合わせても隙間が出来てしまう、その隙間が埋まられぬ空虚を生み出し、その目に見えぬ程細かい穴から喪失の魔物が入り込む。それを防ぐことは、最早不可能なのだ。
 抗えない、二つが一つになり、また二つになってしまったとしたら。その別れは、後戻り出来ない定めなのだ。
 ならば、運命を覆すにはどうすればいいか。

 来世に託す以外、方法などないのさ。


 冬の湖は、ひどく寒い。鏡にも似た薄氷がその蒼い水面を覆い、冷え冷えとした空気を更に白く凍て付かせる。
 ふいに青白い指が水面へと伸びて、硝子のような氷の表面を撫でていく。指先の淡い体熱が瞬時に伝わって、薄氷が罅割れる間すらなくすうっと二つに分かたれていく。音も無く分かれたその間には、暗く青黒い水が英数字の1のように現れた。
 1は最も孤独な数、けれどこの世で真に寂しいのは2という数字。一人ぼっちは哀しいけれど、二人でいても寂しいのならそれこそが本当の孤独だ。
 薄氷を裂いた指の主、朧塔子はそれを知っている。知っていて、さもそれが馬鹿馬鹿しいというように、唇の片側だけを吊り上げて笑ってみせた。顔を覆い隠すベールの下で、ただ不敵に、ただただ不遜に。

 深い森に抱かれるように存在する桜路湖に、塔子が一人で来ていた。近くまでは馬車で送らせたものの、この寂しい、誰もいない場所までは誰も連れずに歩いてきたのだ。
 理由があった訳ではない、ただ何かしらの予感はあった。朝目覚めた時にはすでに感じていた、今日は特別な日になると。忘れられない、人生を、そして運命を変える日になると。人には皆、そんな日に気付く直観が備わっているのだ、誰もが普段は気付いていないだけで。

 湖岸に屈み込んで水面に手を伸ばしていた塔子だったが、命を持つ者の微かな気配と背後からの足音を感じ取ると緩やかに立ち上がった。まるで筋書きのある舞台で、脚本通りに演じているかのような芝居めいた動きで、音も無く振り返る。まるで舞踏の一種のような、そんな優美さと優雅さのみを意識した動作。
 冷めた風が吹いて華美なドレスの裾を揺らす。

 嗚呼、やっぱり。

 ふんわりと、薄いベールの内側で微笑んで。先程冷たい水面をなぞったせいで少しだけ赤くなってしまった指で天を指し示してみせ、塔子は十朱をじっと見つめる。言葉にも形にもならない妖しい狂気を孕んだ、真っ直ぐな眼差しで。

「御機嫌よう、衣笠さま。ね、わたくしの申した通りになったのですわぁ……、――――月が、ふたりを導いた」

 まさに虚無という病魔に侵されたような、それでいて妙に艶のある空っぽなその声。
 塔子が指差す先には、真昼の月が輝いていた。世の正しき道理である聖の、その眩い陽光に負けて掻き消されそうな月。

 背徳を表すような、真白の月が。


>>十朱


【お返事が大変遅くなりまして申し訳御座いません! そして完全に狂女と化していますが、どうかこんな女と恋に堕ちてやって下さいませ……!】

2ヶ月前 No.82

ししくれ @kmnkha☆/pH2qpQf7L2 ★ieluDUuGrE_scn

【 衣笠 十朱/桜路湖 】


 姿を現した桜路湖に、人影が見えた。その人を確認すると同時に、その背中は振り向く。見覚えのある顔。一瞬の後、その女が今さっきまで頭の中にあった彼女と同一人物だと気がついた。意図的に顔へ小さな驚きを浮かべ、その後に薄い笑みを浮かべた。それは十朱なりの礼儀のようなものでもあるが、何より彼女の声を聞き取れなかったことを誤魔化したいという思いがあった。
 どうやら今日は耳の調子が良くないらしい。彼女が何か言っていることは分かったが、十朱の耳には彼女の最初の言葉を聞き取ることが出来なかったのだ。集中して音を拾いつつ唇の形を追う。しかし、分かったのは月が導いた、と彼女がそう言ったことだけだった。
 彼女の華奢な指が示す先には、白い月が空に浮かんでいる。今にも失せてしまいそうな真昼の淡い月。そう言えば以前会った時も、そんなことを言っていたな、と思い出す。

「本当だ。貴方の仰った通りですね。まさか再びお会いすることができるなんて」

 ゆっくりと空から彼女へと視線を滑らせる。穏やかに微笑みながら、十朱には不安がある。出会い頭に言われた言葉が何であるのか分からないなんて、決して良いものでは無い。無論小さな小さなものではあるが、そんなもの、あるよりは無いほうがいいに決まっている。もしかしたら何かについての話だろうかと考えたが、二度目の相手に突然何かを言うとは思えなかったし、その後に月が導いたと言ったことからしても、それほど大事なものでは無いのではないか。しかしそれがもしも何かしらの話であれば、自分には答えることができない。その話を放置しておくよりは、何か自分から違う話に変えたほうがいいだろう。
 瞬時のうちにそんなことを頭が駆け巡る。これからどうするか。それは一種の賭けではあるが、ここで彼女の気を損ねたからと言って自分の身に何かが降りかかることはないだろう。貧困層の薬売りを一々相手になどしまい。十朱は決意をして、口を開いた。

「ああそうだ、あの時頂戴した金の懐中時計。私の身には勿体無いほどの代物でして。どうすることも出来ず、如何しようかと思っていたのです」

 滑らかに口は動く。
 まさか再び会うなんてまるで運命のようだ、と。甘美でありながらも禍々しい二文字が頭を過ぎった。


 >>朧塔子様

2ヶ月前 No.83

神崎りりか @else☆TYRYeuBpk3k ★iPad=MUiShf7G5m

【 荻原日和 / 官庁 → 桜路通り 】

何も知らない純真無垢な子どものように、素朴な質問をぶつける神無。
その冷たい底無しの闇を抱えた黒瞳に迫られ、日和はたじろいだ。一瞬にして恐怖が全身を支配していた。目の前でニヒルに笑う男が全く理解できないーーこの男は自分で何をしたのか分かっていないのだろうか。
「ど、どうしてって……」わなわなと口を震わせながら答えを導き出そうとするも、後に続く言葉が見つからない。こんがらがる思考の中で続きを探すうちに、徐々に怒りが再び込み上げてきた。
「……何でそんな事も分からないのよ」小さく呟く。
大息を吐き、拳を強く握り締めると日和は詰るような目つき神無を睨みつけた。

「あ、貴方って人は、人の心がまるで分からないのね! 謎が解ければそれでいいの? 被害者のことはどうでもいいの? 貴方みたいな人でなしには理解できないでしょうけどね、事の解明よりも人の尊厳を想う人だっているのよ!」

大声でそう吐き捨てると、日和は男の前から走り去った。すれ違いざま職員にぶつかり、持っていた鞄から書類が四方八方へと飛び散っていったが、かまうことなくその場を後にする。憤懣やるかたなかった。あんな男に貴美子の人生がめちゃくちゃにされたのかと思うと遣る瀬無かった。あの人だって好き好んで事件に巻き込まれたわけではないというのに。

数日後。
あれから貴美子が官庁に姿を現わすことはなかった。職場からは彼女の私物が撤去され、彼女の悪い噂だけが遺留していた。それまでの努力も功績も全てがなかったことされているように、空っぽのデスクは何となく物悲しい。
日和は鬱屈とした気分のまま帰路に着いた。数日経とうと日和の気分は上がらず、普段と変わらない仕事にも何故か心が踊らなかった。忙しさによる充実感は貴美子の喪失によって完全に掻き消されていた。
桜路通りを一人寂しげに歩いていると、遠くで猥雑な人だかりができていることに気がついた。
「何なの……?」
帰り道を塞がれ、右往左往していると野次馬たちの話し声が耳に入ってくる。「近くで強盗犯が現れたらしい」「え、何それ怖い」「あそこで倒れてる人大丈夫なのかしら」「逃走中の犯人にぶつかったらしいけど」「物騒な世の中ね」
怖いもの見たさにがやがやと首を突っ込もうとする輩を見て、
ーーまったく、人間の噂好きには呆れて物も言えないわ。
と、心の中で悪態をつく。事件に全く興味のなかった日和は回り道をしようと踵を返すと、その人混みのなかで一際挙動不審な男を見つけた。即座に足を止め、その姿を凝視する。それは間違いなく、先日官庁を引っ掻き回したあの忌々しい男の姿だった。


>神無さん
【感情的な女性を描写するの難しいけど好きです】

2ヶ月前 No.84

独楽 @sbluexxx☆rx3sEFPR6z6 ★rqRPsSgCf7_PHR

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2ヶ月前 No.85

神無颯一郎 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【神無 颯一郎/官庁→桜路通り】

その必死な叱責の理由を、涕泣せんばかりの表情の訳を、彼女はとうとう教えてはくれなかった。
丸く淡い吊り照明が、対峙する二つの影を赤絨毯に滲ませてゆく。帽子の翳りが汚した面で、神無は薄らとしかし何処か寂しそうに笑った。
今の彼女には理論は通じないようだ。大きく見開いた目からも、再び語気を荒げていく唇からも、刺々しい非議と軽蔑が感情のままに浴びせられる。泣いたり、怒ったり、まったく忙しい人だ。「君は面白いな」と困ったように呟くと、初対面で呉れた渾身の平手打ちの痕跡を食指が掻く。まるで子供のような人だな、と神無は神無で思っていた。
「ほら、そうやって非論理的な八つ当たりをする。君たちには、分かってもらえないんだろうなあ。貴女の仰る通り、私にも貴女の大切なものなんてわかりませんよ」

分かり合う事は、有り得ないんだーー殊に富裕層の奴らとは生い立ちから違うに決まっている。最低限の豊かさがあれば、彼女の云う人の心≠知る事が出来たのか。されど分かりきった真実を述べれば「人でなし」と詰ってくるような豊かさと優しさなんて、気持ちが悪い。解らないし、分かりたくも無い。どうせ誰も、分かってはくれない。そんな諦めに似た思いが、世間への侮蔑とまた一種の寂しさを連れて伽藍堂の胸郭を吹き抜けた。こうしてまた世間から千切り取られて、冬の夜に投げ捨てられる。自分が世の常識や良心から逸脱していることは、本当は婦人の指弾を受けるより前から薄々気付いてはいた。けれど知る者は皆、呆れたような目つきで見て見ぬ振りをして、無言のうちに閉め出し拒絶し続けた。爪弾きの、知らん顔をし続けた。こんな風に真正面から詰られて、話にならない理不尽な駄々をこねられたのは、初めてだった。

「……貴女がたエリートの皆さんがそうするように、探偵は探偵の仕事を全うしただけ。もし職業の貴賤の事を言っているのなら、心外だな」
神無は態々拗ねたように憮然として言った。その憤りは孤独な探偵の本心、では勿論あるものの、それだけでは無い。ささやかな仕返しのつもりでもあった。
幽かな声の残響を待たずに、彼女は走り去ってしまった。捨て台詞を残して、逃げるように。小さな嵐の過ぎ去った後には、彼女が職員にぶつかってばら撒いた書類が名残雪のように横たわっている。
「…………?」
その中に見覚えのある封筒があるではないか。近づいてそっと拾いあげると、丁寧な女らしい文字が並び、聖ホワイト教会の紋章が封に捺されている。それはあの日神無の元にも届けられ、彼が依頼状と勘違いしたシスターホワイトの招待状と同じものと見て間違いない。息を呑み逸る心で裏返せば、其処には漆黒の流れるような筆運びで「荻野 日和 様」としたためられていた。荻野日和、それがあの人の名前。僅か四文字の呪文が、瞳の奥の底無しの闇へと吸い込まれて行く。
まだ少し痛む頬に手を重ね名残の熱をなぞると、神無は立ち上がりその場を去った。



それから、二人が再会するまでにそう長い日々を隔たなかった。
神無は官庁の一件から寸分も懲りる事なく、またも新たな事件に首を突っ込もうとしているのだった。
外は変わらずの雪模様である。鉛の空が落とした真綿さえも、往来の多い通りでは雑踏に汚れて、ボトボトと斑らな哀しみを残している。
実はあれ以来体調がすこぶる悪く、冷気に身体が蝕まれて行くのを日毎に感じる程だった。それでも探偵がこんな寒空の下に出入りするのは、彼を動かす気狂いじみた熱の所為に他ならない。
生きたい、というのはまた違う。ただで死ぬのが怖いのだ。生だとか命だとか、とうに此の身を見捨てた者達のことはもう知らない。ただ、なんの不思議もなくたった一人で誰の記憶にも残らず死ぬのが悔しい。
ーー(嗚呼、そうです。貴女の言っていた通り、被害者のことなんてどうでもいい)

「桜路通りで強盗が起こった」「犯人は逃走しており、通りざまに襲われる被害者が出ている」その報せを受ければ当然のように神無は、騒ぐ野次馬達の中に現れた。降り止んでいた雪が再びちらつき始めた枯並木の宵闇に、瓦斯燈(ガスとう)の灯りが一つずつ増える逢魔ヶ時。少し背を屈めて歩く探偵は亡霊のようになって人垣の隙間から現場を覗き込んでいる。袴姿の上から羽織ったコートの襟を風除けに、きょろきょろと落ち着きなく辺りを見回す。風が吹き枯れかけの柳葉を揺らすと、今度は倒れている男を鋭い眼で一瞥する。男はちょうど、別の良心的な市民によって介抱されはじめたところだった。ふと眉を顰め、口元に手を当てる。二、三の咳をする。鼻から下を手中に埋めながら、底無し暗渠の視線だけは弛むことなく、今度は悪趣味な迄に野次馬達の顔を観察していく。好奇心に集まる噂好きの視線が事件現場に集中しているなかを逆行しているものだから、それは中々に不自然だった。掌から埋めていた顔を上げた時、その冷血漢の口許には不謹慎な笑みすら浮かんでいた。
「……わかった」その呟きは再び覆い被さった掌と咳の音に掻き消されたが、此方の視線に気付いたとみえる容疑者は神無が一歩を踏み出す前に紛れていた群衆からそっと離れて背を向けた。
被害者と現場を中心に扇状に広がった野次馬の群れの中で、神無と容疑者の位置関係は、いわば池の向こう岸のようである。ぽっかりと空間のある現場を突っ切り声を上げればまだ、追い詰められるに違いない。明解な真実を此処で叫べば。
「ーー!」
なぜそれができなかったのか、瞭然とはしない。その時向こうから此岸を見ている眼差しに気付いてしまっただけなのに。萩原日和。あの時と同じ詰るような眼差しに、予定していた声は奪われてしまった。良心などではない、釈然としない情を振り切るが如く、神無は踵を返すと回り道をして日和や群衆の視線を避けるように容疑者を追った。造船会社と西洋料理店の間の、道とは呼べない隙間に入って行く背中を認めて、駆ける。振り返れば人々は後ろ姿を見せ、探偵が容疑者を追っていることには気付いていない様子だ。ほっと胸を撫で下ろしたあとで、何故自分が活躍を見逃されて安堵しているのかと腹が立ってきた。
「…………っ、けほっ、……こほこほっこはっ」
角を曲がった先の暗い路地裏に、其奴の姿はあった。しかしながらその姿を視認するのと、神無がその場に崩れ落ちるのはほぼ同時の事だった。
駆け足に旋回から立ち止まり、指さしに手を振り下ろした刹那、烈しい咳と共に肺を食い破った鮮血が口から溢れ出る。足元のまだ真白な雪の褥に唐紅の染みを散らして、病魔に侵された探偵はどさりと倒れ臥した。

>日和さん

2ヶ月前 No.86

はいせりひと @bloodycat☆T3u8MhS.e3A ★iPhone=VP4MQKiD6u


【遊佐百合子/喫茶店】

 おつかれさま、と笑顔を向けられるだけで疲れが吹き飛ぶようだった。日々変わらない業務をこなしているのでこの疲労にさえ慣れてしまった部分があるが、それでも体が、気持ちが軽くなる。相変わらず柔和に笑みを浮かべてはくれない自身の表情筋に視線を下げるとテーブルに置いてあるティーカップに気付いた。どうやら既に注文は済ませていたらしい。ならば水も必要ないだろうと思うとこの場にいる、彼と関わる理由がなくなってしまって表面に出さないものの気落ちすれば思わぬ誘いに伏せかけていた目を丸くする。
 本来なら店員が相席など許されはしないだろう。しかし、人の少ない昼過ぎ。そして百合子はこの時間に主人がこの店に足を向けないことを知っている。悩む素振りは数秒で、司の好意に素直に甘えることにする。ここを立ち去りたくないと思ってしまう自身の欲に逆らえはしなかった。
  困惑と喜びが入り混ざった不慣れな微笑は、水差しをテーブルにおいて自由になった手が前髪を直す仕草により隠れる。百合子自身、今現在どのような表情をしているか見当がつかず、見るに堪えないものになっていないか心配でならなかった。

「……お言葉に甘えて、向かいの席、失礼します」

 着物やエプロンに皺が寄らないよう注意して彼の向かいに腰掛ける。そうすれば彼が持っていた本について語ってくれた。文字が分からない百合子にとっては当然作者も題も初めて聞くもので難しい言葉の数々を理解はできなかったが、司の声は耳に心地好く、語る様子は見ていて少しばかり可愛らしくもあった。普段と違う一面もまた微笑ましく、共感や語り合うことはできずとももっと話を聞いていたいと思ったが、それは一旦終わってしまう。
 先日の聖ホワイト教会の懇親会費でのことを聞かれ、当日のことを思い出す。

「たまに、行きます。教会に。信じているかみさまはいないんですけど、……たまに。たまに、足が向かうんです」

 無意識に、とは言わない。
 ――らしくもなく、縋りとうなるんやろか。望みも希望も、それこそ自由とかよお分からんもんも、とうの昔に諦めたのに。
 静かな表情で、言葉には自身すら分からない不明瞭な困惑を僅かに滲ませながら話す。

「それに、教会に用事があると言うと、店主も許してくださいます。……ここ以外で私が行ける場所でもあるので、食事会は、慣れませんでしたが、あの場所は、すきです」

>>浅茅さん




【大変遅くなってしまって申し訳ありません!】

2ヶ月前 No.87

絡繰 @ne9rodoll☆V4.8X.AnvuQ ★wgm3NQbNwV_D2H

【月ノ瀬 鳴/崖付近】

 自分を受け止めた身体は存外温かく、彼がまだ熱を持ってこの世にいることを実感させて涙を助長した。胸元に縋りつくように俯いていた顔がふと上げられたと思えば、優しい指先が頬を撫でる。絶え間なく、いっそ無機質に流れる涙が暁千賀の指を濡らしているのにも関わらず、そんなことを気にも留めないように彼は柔く微笑んだ。その笑みで視界が埋まった瞬間、冷え切った身体にふわりと暖かい何かが舞い込んだかのような錯覚に陥るほどに、胸が高鳴った。きれい、と声にならない声で呟いたことは、きっと彼は気が付いていない。

 ゆっくりと身体を起こし、以前話したときよりも穏やかな口調で言葉が紡がれる。家出、という言葉にびくりと反射的に肩を揺らしたと同時、自分は既に彼の腕の中にいた。抱き締められているのだと正しく認識するまでに数秒を要する。とくとくと伝わってくる相手の鼓動に、それよりも幾分か早く感じる己の鼓動が混ざり合い、響き合う。拍子を整えるように背に添えられた手はどこまでも優しく、まるで幼子をあやしているようだと思った。父様にも母様にも、こんな風に抱き寄せられたことなどなかった。人は、このように抱擁するのだと初めて知ったも同然だ。折檻されようが、口汚く罵られようが、それが愛だと信じて疑わなかった。愛だと信じていたから、すべてに耐えられた。でも、これは、何なのだろうか?陽に当たるように柔らかで優しく、穏やかな感情。愉快なほど上がる心拍数は、苦しいのにどこか心地良い。もしかしたら自分の求めていたものは此れなのではないかと、疑念が渦巻く。でもそれを認めてしまえば、今までの自分の行いも信念も全てが崩れ去ってしまうような気がして、ひたすらに理解を拒んでいた。疑念の波に溺れそうだった意識を何とか引っ張り上げ、暁千賀の言葉に応えようと口を開く。

「そう、なんです。わたし、お家を逃げ出したんです。父様も母様も、わたしを愛してくださっていたのに……! あれ……? わ、わたし、なんてことを……!」

 自分の行いを声に出すことで増した現実感に、嗚咽混じりの言葉の語尾が段々とひどく焦りを含んだものになる。貴族の娘として彼に言わなければならないことを山ほどあった。いきなり突き飛ばしてしまったことへの謝罪、涙を拭い取ってくれたことへの礼、今までの行いの数々を恥じて反省すること、しかしその全部は声になることはなく、駆け巡った恐怖の濁流に頭の片隅に流されていく。気が付けばみっともなく其の背中に縋り付き、泣き言を吐いていた。腕に力を入れるたびに走る数々の傷の痛みが逃げることを許さないとばかりに肌を這い回る。呪縛のようだと思った。家を逃げ出し、彼を止めることへの興奮に茹だっていた頭が急速に冷え、底知れない恐怖が身を竦ませる。何故忘れていられたのだろう、わたしはあの家に見離されてしまえば、呼吸も出来ないというのに。愛されなければ、必要とされなければ存在することなど許されないのに。

「わたし、ど、どうすれば……あ、帰らなければ、いけませんよね? 母様ならば、きっと帰れと命じて下さいます。えぇきっとそうです。帰らなければ……」

衝動のままに起こした行動を深く後悔した。やっぱり自分は駄目だったのだ。父様と母様を信じ、その愛を大人しく受け入れれば良かったのだ。自分の妄想癖は自分に都合のいいことまで夢見出してしまう。あの屋敷を離れて呼吸をすることなど、わたしには無理だったのに。行動を指示してくれる人がいなければ、自分は情けないほどに動けない。必死に空想の中の母を演出し、矢継ぎ早に口から飛び出る呪文のような言葉に従うように暁千賀から身体を離そうとする。極度の焦燥に浅くなった呼吸の間、かひゅ、と弱々しく鳴った喉の音だけが、やけに鮮明に耳元に纏わりついた。

暁千賀様>>

【お返事大変遅くなり、申し訳ありません…!】

2ヶ月前 No.88

夕邑三日月 @mistydark☆NIljAHmRyhk ★Android=GaTaMXF8bf

【澪子 / 桜路図書館】

「……すみません、色々と気を遣わせてしまったようで」
 椅子を勧めてくれたり、机の上の本を片付けてくれたり。
 何だか自分が此処にきたことで彼の邪魔をしてしまっているのではないかと心配になった澪子だが、目の前の屈託のない笑顔を見て、内心で胸を撫で下ろした。
 しかし彼女とて、余りこの机に長居できる訳ではない。今この瞬間にも護衛の人間は何処かで息を潜めているだろうし、ここの館長も気をもんでいることだろう。澪子の場合、勉強は勉強でも社会勉強だ。この場所で書物と向き合うようなそれとは違う。
「雪宿り……確かに、ここに居る間に雪が止んでくれたら助かりますが……あまり、時間もないもので」
 ならば何故座ったと問われそうだが、断って宛て処もなくさ迷うよりは、誰かと話していた方が有限の時間を余程有意義に過ごせる。今の澪子にとっては貴重なのだ、自分の正体を知らず、気さくに接してくれる人間は。

 一度窓の外を見遣り、手際よく本を片付けていく青年の手を、何とはなしに目で追う。慣れている、そう感じた。
「よく此方においでになるのですね……勝手な判断で申し訳ありませんが、お勉強も楽しんでやっていらっしゃるのでしょう」
 まるで自分はそうではないと言わんばかりに、澪子は微笑む。彼を褒め称えるように、自分自身を蔑むように。
 だから澪子は、小さく小さく呟いた。誰にも聞かれなくていい、僅かな本心を。
「……わたくしは、貴方のような御方が羨ましい」
 外ならば木枯らしに掻き消されただろう声が、隣に座る青年の耳に届いたかどうかは分からない。だが、届いていたとしてもそうでなかったとしても、次の瞬間澪子が何事もなかったかのように微笑むことは決まっていた。

「申し遅れました、わたくし澪子と申します。どうぞお見知りおきを」

>水原祐太郎様

【大遅刻ぶちかまして申し訳ありませんm(__)m】

2ヶ月前 No.89

朧塔子 @papillon☆0uO5mlUpCUns ★sAbT0rwP1n_mgE

【朧塔子/桜路湖】


 擦った燐寸の先端で、ちりりと、微かな火花が散るに似て。違和感が生まれた、それは小さいけれど、確かに不協和音を奏でる不揃いの嘴のような。交喙(いすか)という小鳥は上下の嘴が食い違っているそうだ、ただその小鳥の鳴き声が歪にくぐもって二重に聞こえるかどうかを塔子は知らない。しかしそんな的外れな考えが瞬時に頭の中に浮かぶ程度には、十朱から感じるほんの微かな違和感は塔子の好奇心を刺激する。
 十朱の表情、その何処か取ってつけたような驚愕の表情とその後の演技じみた笑み。作り物のようだ、よく出来た能面を被り分けているがごとく。そして彼の目の動き、とても小さなものだったが奇妙に鋭く、何か探るようなものを感じた。

「……ええ、確かにそうですわねぇ衣笠さま。こうしてこんな所でまたお逢い出来るだなんて、何か繋がれた糸でもあるみたいじゃありません?」

 元々塔子は妙に勘の鋭い女だった。獣じみた第六感とでも言おうか、普通の人間であれば気付きもしないような些細な変化にでも敏感に気が付く。それが良い方向に発揮された事は、今まで一度も無かったが。
 寒々とした桜路湖を背にしてその畔に立ち、揺らぐ事もなく真っ直ぐに十朱を見ていた塔子だったが、ドレスを裾を両手の指先で摘まむとふいに歩を進め始めた。その時には十朱の視線はすでに塔子の唇から空へ、そして再び塔子へと向いていた訳だが塔子はそんな事など気にする素振りすらありはしない。

「…………ところでわたくしの唇に、何か付いていましたかぁ?」

 刹那、十朱の瞳に過ぎった不安の色を塔子が見逃す筈もない。

 すっと十朱の前に立つ、それはまるであの最初の出会いの再来。身長差から上目使いのようになりながらも、その爛々と輝きそうに無遠慮な煉瓦色の瞳には艶やかさなど欠片もない。冷ややかで、珍しい骨董品を値踏みするかのように。むしろそれより更に冷たく、雪深い冬の森で獲物を狙う白梟の眼光で。冷えて凍えて飢えた、地獄に似て煮え滾る熱を渇望する、そんな目。

 一種の賭けに出た十朱に対して、塔子はあえて鎌をかける事で対抗してみせた。

「ああ、あの金時計。あれはあなた様に差し上げた物ですわ、だから売るなり捨てるなりあなた様のお好きになさればいいのですよぉ。でももし、――もしもそれでは気が済まぬと仰るのでしたら……わたくしの謎々に答えて下さいませ」

 一瞬遅れて、今ようやく思い出したとでも言いたげに。塔子は自身の両手を胸の前でぽんと合わせて叩いてみせる。そしてベールで隠されてうっすらとしか見えないその顔に空っぽで空々しい微笑を浮かべると、意識しない無意識だからこそ傲慢な言葉を容易く紡いでみせる。最後に一つの駆け引きを添えて。

「わたくしには何かが欠けている、けれど何が欠けているのかわたくしにはわからない。あなた様も何か欠けているようですけれど、でもそれが何なのかわたくしにはわからない。わからない、わからないわからない、わたくしにはなぁんにも」

 それはまるで、異国の地で通りがかった者に謎掛けをしては、答えられない哀れな旅人を喰らっていたという半獣半人の怪物を気取るがごとく。

「嗚呼どうか、あなたの欠けている部分をわたくしに教えてくださいませんかぁ? まだ出逢ったばかりで不躾に、とお思いでしょうけれど……何か偶然ではない必然を感じるのです、わたくし。ふたりの出逢いが運命だなんて、――――うふふ、あまりに浪漫が過ぎますかしらぁ? これがただの思い違いで、わたくしをただの狂女と疎まれるならすぐ御前から消えましょう。けれど、でも、叶うならわたくしに何が足りないかもお教え願えませんこと? あなた様の眼球にならわたくしから欠けて落ちた大切なもの、きっと映ると思うのです、――ねぇ、衣笠さま?」

 その微笑みと囁きは優しげだからこそ一切の慈悲なく、鋭利な牙と毒持てる爪で切り付けるように十朱に問うた。


>>十朱


【またまた大変お待たせしてしまい申し訳御座いません……!】

1ヶ月前 No.90

篠宮暁千賀 @poko10☆sMzkA8RPRfw ★Android=MNgMSKnMpI

【篠宮暁千賀/崖付近】

 腕の中で、鳴が途切れ途切れに言葉を紡ぐ。彼女が声を発する度に、小さな体が震えるのが伝わってくる。父様も母様もわたしを愛してくださっていた――そう主張する声は、より涙を含んだ苦しいものへと変わっていく。彼女はとっくに気付いている。何年も前に暁千賀と会ったあの頃からきっと。彼女が父母から与えられてきた「愛」だと思ってきたものが普通ではないことに。けれど彼女はそれでも、それが「愛」であると信じ込もうとし続けている。
 ――君は愛されてなどいない。さすがに口には出せなかった。黙ってきつくしがみついてくる鳴の背を静かにさすり続ける。そうしているうちに、不意に腕の中の少女が愛しく感じられた。純粋な恋心でもなければ、美しい愛でもない。優しさに触れることすらなく、人に囲まれながらも孤独に生きてきたのだろう。引き寄せれば自分を必要としてくれる。そんな気がした。歪んでいるという自覚はあったが、少なくとも今より鳴を不幸にしない自信はあった。
 帰らなければ、と口にして離れようとする鳴の体を、さらに強引に抱き寄せた。彼女の顔が自分の体に触れる。

「本当に帰りたいのなら、止めはしない」

 前方にぼんやり向けていた目線を、真横の鳴の横顔に向ける。彼女の髪に唇が触れた。息がかかりそうな程耳元近くで、再び口を開く。

「辛ければ逃げればいい。貴方が望むなら、私がどこか遠くへ連れていく」

 そう小声で言ってから、強く抱き寄せていた腕を緩めた。何も無理強いするつもりはない。彼女が家に戻るというなら、黙って見送るまでだ。そして、どこか遠くへ――それが物理的な距離を示すのか、この世との決別を意味するのか、その解釈も鳴次第だが、先の様子からして彼女の美しい思考に命を粗末にするというものはないだろうなと思っていた。

>月ノ瀬鳴、all

1ヶ月前 No.91

礒山醍醐 @nnir749☆A3LxctuN3d2 ★nXNfBmBWZd_m9i

【 礒山醍醐 / 桜路通り → 聖 ホワイト教会 】

どんよりと濁った空に舞う白雪、純白と灰色が混ざり合う世界はまるで一か月前のあの食事会のようだった。真っ黒な外套の肩には若干真白が降り積もり、歩くたびに降り積もった雪が音を立てる。なに一つの汚れなく、真っ新に雪が降り積もった景色は嫌いではない、これからいくらでも自分の好きなようにできるとつい錯覚してしまうほど。

軍服姿で桜路通りを道なりに歩く醍醐の姿は、この雪景色の中では聊か目に付く。真っ黒な外套に軍帽、丈夫で長い背丈は一目で軍人だとわかる。白に紛れながら歩く彼は、私用で家に戻っていた途中で、今はその帰り道というわけである。間が悪く足が無かった為、こうして散歩がてらに町を眺めながら歩いているところだ。

桜路通りを北に北にと歩いていると、偶然とあの食事会が行われた教会にたどり着き、軍帽を僅かにあげ見上げる。真っ白な外見のこの聖ホワイト教会は雪景色に埋もれ、静寂に飲まれている。
ふと先日の食事会のことを頭に思い描くと、思い当たったのはこの教会の主、シスター・ホワイト。真白を纏う奇妙な女だ、というのが彼の第一印象だ。神を信じている彼女は全ての人間は平等であると謳うらしいが、まったくもって嘆かわしい。すべての人間が平等?そんなわけがないだろう。先日の食事会や俺のという存在が其れそのものである、上に立つ者と下に敷かれる者しかこの世にはいない。
そんなことを思考していると庭園に例の彼女の姿が見えた。この雪の降る寒い中、一人で庭園に降りている。真っ白の姿の彼女は雪に飲まれてしまいそうで、しかしその中で真っ赤な瞳だけは静かに揺れていた。不用心なその姿に思わず声をかけた。

「こんにちはシスター。このような天気にそのような姿とは、お体に触りますよ。」

軍帽はそのままに僅かに笑みを浮かべながら話しかけるが、微塵もそんなことを思っていないとわかるだろう。教会の敷地内ではないが、僅かに庭園に近づく。もうこの場所を訪れることはないと思ったいたが、いやはや、また訪れることになるとは思いにもよらなかった。そのうえ彼女に声をかける等、今日は奇妙な日だと雪空を眺めながら思う。

>>シスター・ホワイト様


【投稿失礼します。大変遅くなってしまいましたが絡み文投稿させていただきます……!久しぶりに文章を書いたので拙い点などあるかと思いますが、改めて宜しくお願い致します……!素敵に心中しましょう〜!】

1ヶ月前 No.92

すれぬし @sweetcatsx☆e0aRNqDUyEM ★iPhone=VHGaT7ZbKj

《 シスター・ホワイト / 聖ホワイト教会 》

 吐き出す息は白く冷たい風が頬を撫でる。空からはらはらと降り注ぐ雪は美しいと感じるが、その反面その真白が、ひどく、苦しくも感じた。

 ただただ静寂でまるで時が止まってしまっているようだ。このままただ静かに時が過ぎればいい、そう祈る。全ての人間が幸福であれるよう、いつか神の御許行けるように。それを祈ることが自分の存在意義なのだと、シスター・ホワイトは考えていた。ただそれだけのためだけに、生きていると。

 そんなことを感じながらぼんやりと一人庭園で空を眺めていた時、ふとかけられた声にゆるりと目を瞬かせる。空から視線をずらし声の方へと首を動かせばまず視界が認識したのは黒色。そして軍帽。その姿を食事会で見かけた事があることを思い出す。

「――――お気遣い感謝致します。貴方様こそ、このような寒空ですのにお勤めご苦労様です」

 やけに突き刺さる何とも言いづらい何か。あまり好かれてはいないことだけは分かる。だが慣れっこでもあった。だからこそただ微笑を浮かべ緩やかに頭を下げそう言葉を返した。はて、彼の名前は何であったのだろうか。その容貌から軍人様なことだけは明らかだ。

 ただ、ただ何となく、なんとなく。自身の赤色の瞳に映る彼が、冷たくて寂しそうだ、と告げていた。


>> 醍醐さん


(投稿ありがとうございます! こちらこそよろしくおねがいします!心中めざしましょ〜〜!)

1ヶ月前 No.93

日向月。 @kafune☆01.vmkBoVYY ★iPhone=9cfTgkWOPA

【 水原祐太郎 / 桜路図書館 】


 自分がせっせと物を移動させている間に何やら申し訳なさそうな声が聞こえても祐太郎はただ、黙々と机を占領する書物を片すことを優先した。そして、あらかた片付いてから改めて大丈夫ですよ、と声を出す代わりに彼女の方を見て柔らかく微笑んだ。その笑顔の傍らには自分がそうしたことで彼女に気を遣わせてしまったような気がして、それが何だか心許なく思う気持ちが祐太郎の口を閉ざしたのだと言うことを悟られないように笑うことしか出来なかった。

「……そうなんですね。でも、もうしばらく止む気配はなさそうですが、貴方が行かれる頃には止んでいてくれるといいのですが」

 外にしんしんと降り注ぐ雪の音が聞こえそうな気がした。否、それは確かにしただけなのだが、彼女の言葉は雪のように静かで冷たいと、感じたからせいなのだろうなと思った。それは雪とよく似ている。何だか思い詰めたように途切れ途切れに紡がれる言葉たちを黙って聴きながら、祐太郎はまた考える。彼女の言葉に深く触れてはならないのではないのだろうか、と。
 彼女と出逢ったばかりだというのに、交わす言葉の中に核心的なものを隠していることに薄々気が付いてはいた。が、それを問い詰めてしまうのは失礼に値することは確かだ。それに、なによりも彼女のことを傷付けたくはない。深追いしても結果的に何も得られなかったらそれは意味のなかった行為に過ぎない。やった側はそれで片付いてしまうけれどやられた側はどう思うのだろう、と思ったら祐太郎は自然と彼女のちょっとした嘘のようなものに騙されていた方が良いのではないかとすら思うようになった。まあこれが嘘でなく、真実だと言うのならそれはそれで良い。祐太郎は、この空間で彼女と関わることに自然と嫌な気は起こさなかった。だからこそ、この時間を壊さないためにも行動は起こさぬべきかと考えたのであった。


「えぇ、よく訪れます。此処は私の知りたいことを沢山教えてくれる場所ですからね。ーーははっ、貴方にはそう見えますか? ……楽しそうに、か。そんなことを言われたのは久しぶりだなあ」

 よく此処に来るのか、と聞かれて祐太郎はすぐに肯定する。言葉通り、この図書館は祐太郎の学びたいという欲を満たし、また次の疑問を与えてくれる。この堂々巡りに愛おしさすら感じてしまう祐太郎は片付け終えた本を眺めながら幸せそうに微笑む。その次の瞬間には目を丸くして驚くことになるのだが。
 楽しそうに、と言われることは久しぶりだった。人から言われることも、自分でそう思うことも。本当に久しい感覚で祐太郎の心は一瞬にして刺激された。そうして気付いた時には声を上げて笑っていた。図書館だということは頭の片隅に置いていたため、やや控えめにではあったが心の底から笑っているような気がする。何が面白いのかと尋ねられてもわからないが、今は目の前の彼女の言うことに一喜一憂してしまうばかりで、彼女の微笑んでいる表情の意味を考えることはしなかった。
 そんな中でぼんやりと聞こえた言葉に祐太郎の意識はこちら側へ戻された。羨ましい、と嘆くその声は細々としていて、何だか気にかかったが声を掛ける間もなく、彼女は表情は笑顔に戻る。それを見た祐太郎は今度こそ何も言えなくなって口を閉ざし、情けなさそうに微笑んで見せた。


「ご丁寧にどうもありがとうございます。……澪子さん、ですか。とても、綺麗なお名前なんですね。私は祐太郎と申します。どうぞ宜しく」

 見た目のように美しい名前を持つ彼女こと、澪子のことをあらためて見据えながら軽く頭を下げて、ゆったりと微笑んだ。



【遅れてしまい申し訳ありません……! だいぶ迷走しておりますが宜しくお願いします!】

1ヶ月前 No.94

スレ主 @mistydark☆NIljAHmRyhk ★R3lMq2ye0U_c1Z

【澪子/桜路図書館】

――貴方が行かれる頃には止んでいてくれるといいのですが。
 そんな言葉に、改めて澪子は窓の外を見遣る。しんしんと静かに、けれど確実に降り積もっていく雪は、今尚世界を純白に染めている。もう少しで止む、というようなものではないだろう。
 澪子は良い、儚い雪景色は嫌いではないし、外に出たところで少し歩けば俥が待っている。だが、目の前の青年や、他の利用者たちはどうだろうか。
「えぇ、そうですね……貴方もどうかお風邪を召されませんよう」
 今日だけは、雪が早く止めば良いと思った。書物を捲る彼の指が、かじかむことがないようにと。

 そんな当たり障りのないやり取りを続けていたつもりだったのに、次の瞬間に青年の顔に浮かんだのは満面の笑み。澪子の微笑とは根本から異なる、本物の笑顔と笑い声。一瞬澪子が瞠目してしまったのは、単純にその声に驚いたこともある。しかしそれ以上に大きいのが、彼の真っ直ぐな仕種に心を打たれたせいだろう。
 それは、澪子が疾うの昔に失くしたもので。この先もきっと永遠に、手に入れることなど出来ないもので。
「えぇ、見えますよ……とても、とても楽しそうです」
 驚愕も羨望も押し隠した笑顔で、重ねて告げる。同じ笑顔なのに彼のそれとは似ても似つかぬ表情しか浮かべられない事が、澪子には少し口惜しい。生まれ落ちた血筋にも、そこに課せられる運命にも、もう諦めはついていた筈なのに。目の前で見せられた本当の笑顔とは、かくも目映いものだったのか、と。
 そして告げられた青年の名前。ゆうたろうさま、確かめるように唇を動かした。人の名を呼ぶことなど毎日当たり前のようにしているし、そう回数は多くないとは言え、同年代の男性の名を口にしたことも勿論ある。それでも何故か、この名を呼ぶことは澪子にとって新鮮で神聖な行為だった。
 そうして意を決したように、澪子は前を向き、次いで懐から一枚の栞を差し出した。出掛けに持ってきたそれは、和紙に寒椿を描いた小ぶりのもので、長らく自室で本来の役目を果たすこともなく眠っていたものだった。きっとそれなりに良いものなのだろうが、澪子にその価値は分からない。
「祐太郎様、本日は色々とお気遣いいただき有難うございました、今日という日の記念に……というと少し大袈裟ですが、宜しければお使いください。ほんの気持ちですし……わたくしが持っていても、なかなか使ってあげられないものですから」

 この縁の、せめてもの証となるように。それが、二度と交わらないものだったとしても、今日笑顔をくれた人との想い出の為に。
 それに、本の中で眠ることも許されないものなら、きちんと使ってくれる人の下にあった方が栞も幸せだろう。

【期間ギリギリですが次章への布石的なもの(になってるといいなぁ)を残して澪子は退場という形にしたいと思います、有難うございましたm(__)m】

>祐太郎様

1ヶ月前 No.95

絡繰 @ne9rodoll☆V4.8X.AnvuQ ★wgm3NQbNwV_GYH

【月ノ瀬鳴/崖付近】

 カタカタと震える躰を落ち着けるように背中をなぞる手は何処までも優しく、油断してしまえば、その温もりに一瞬で酔い痴れ堕ちてしまいそうだった。その時、混乱する頭に差し込まれるような声が響く。離れようとした自分をさらに強い力で抱きしめられ、顔が彼の胸に埋まった。すぅ、と息をすれば鼻孔を満たす彼の香りに反射的に熱が集まり、脳が蕩けるような感覚を覚えた。

 耳元の、吐息がかかるほど近くで囁かれる言葉に背筋がぶるりと震える。どこか遠くへ。その言葉が脳内で反芻されたとき、しばらく電撃に打たれたように動くことが出来なかった。誰も言ってくれなかった言葉。逃げてもいい、だなんて。今まで厳重に閉じられていた鳥籠の扉が、僅かに開いた。外に焦がれぬように、視界を覆った両親の姿ががらがらと音を立てて崩れ去るのを見た気がする。ずっと、ずっと心の何処かで待っていた。この狭い檻から連れ出してくれる誰かが現れることを。気が付いていた、両親からの愛が本物ではないことに。でも、それを愛だと信じていなければ、わたしは壊れてしまっていたから。でも、今はもうきっと其の愛は必要ない。何だ、手を放してしまえば息が出来ないと、思い込んでいただけなのね。もう大丈夫。さようなら、ひとりぼっちのわたし。

 やさしくて、あまくてどろどろになってしまいそうな感情。とくとくと音を早める心臓はまるで答えを導くように高鳴っている。暴力と、支配で蹂躙されたこの身体には、それこそ暴力的な快楽だった。これがずっと求めていた愛なのだとしたら、今目の前で手を差し伸べてわたしを攫おうとしてくれるのはきっと王子様だ。瞬間、ぶわっと世界が色づく。枯れ葉だらけの地面は色とりどりの花畑に変わり、少し動けば真っ逆さまに落ちてしまいそうな断崖絶壁は御伽話に出てくるような煌びやかな塔の頂上だ。互いに汚れきった服は途端に絢爛豪華な召し物になった。まるで夢を見ているようだと思った。焦燥と涙で濡れた頬を薄桃色に染め、弧を描いた唇は不気味なほどに晴れやかな表情を飾った。一度僅かに緩んだ彼からの抱擁を取り戻すようにぎゅうとしがみつく。

「暁千賀さん……!わたし、見つけました!そう、そうだったんですね……これが、ふふ、ふふふっ!」

何がそんなに愉快なのだと思うほど楽し気に笑みを零し、座り込んだ彼を引っ張り上げるように手を引いて立たせる。その場でくるくると踊りだしそうなほど浮かれた雰囲気のまま軽やかなステップを踏むように背伸びをし、暁千賀の頬へそっと唇を寄せた。

「どうか……どうか連れて行ってくださいまし、わたしの運命のひと。此の名を捨てて、あなたを選びます」

何時だか読んだ本で見た一節の台詞をなぞるように言葉を紡ぐ。高揚した気分を隠そうともせず、熱っぽい視線を惜しみなく彼の瞳へ注いだ。只、彼女は知らなかった。光を見つけたかのように輝いたその瞳が深淵のように濁っていることも、夢はいつか覚めるものだということも。彩られた世界のすべてが彼女の狂気故に作り出した幻想であることも。

「さぁ、何処へ逝きましょうか、暁千賀さん!」

少女は無邪気に虚構で踊った。


暁千賀様>>(〆)
【お返事遅くなってしまいましたが、これにて二章の鳴の〆とさせていただきます…!お付き合いいただきありがとうございました!】

1ヶ月前 No.96

三章開幕 @sweetcatsx☆e0aRNqDUyEM ★iPhone=VHGaT7ZbKj

《 シスター・ホワイト、雨々蝶 / 聖 ホワイト教会 》



 嗚呼、神よ。どうか私をお許しください。


 ざあざあと大粒の雨が降り注ぐ。まるで私の心を反映させているかのようだ。人類は皆平等で、いつかは人と人は手を取り神のもとへ行ける。そう信じている、それが修道女である自分の使命なのだと思っていた。だが、先日のあの出会いを思い出す。

 自分とは正反対の男性。何もかも全て、生き様も思考も、そして暮らす場所さえ正反対の寂しい瞳をしたあの男性に私は特別な感情を抱いてしまった。修道女としては許されない感情、自分自身の身の上さえ、許されるわけもない。

 シスター・ホワイトは神の像の前に膝をつきながらも思考を埋めるのは抑えられないその感情だった。

「――――こんにちは、入っても良かったのだろうか」

 突如、教会の入口の扉の開く音にシスターはゆっくりと振り向く。そこには雨粒に濡れた唐傘を抱いた女性。緩やかに首を傾けるその女性はシスターの返事を待つかのように目を数度瞬かせた。

「…………ええ、教会は訪れる者は拒みませんがゆえ」
「嗚呼、良かった。私は神なんか信じていないんだけれど、縋りたくなるもんだねえ」

 シスターの言葉を聞くと女性、雨々蝶は教会内へと足を踏み入れる。彼女もまた、シスターと同じ思いを抱えた者であった。

 雪で彩られたあの大木の下で出会った青年。蝶の色のない世界で、それでも美しく色づいているかのような錯覚に溺れさせた男。だからこそ惹かれたのか、人に興味を示したことのない蝶にはまるで分からない感情で、だからこそ蝶は存在するかも分からない神に縋りたくなったのだろう。

「ねえ、真白の修道女さん。身分不相応の感情なんか、誰に許されるのだろうね。一体私は、どうなれば良いのだろうかねえ」

 自嘲するように蝶は笑いながら神の像を見上げる。そんな蝶を見つめるシスターは何も言えなかった。言えるはずも、なかった。


>> 貧困層おーる



(というわけで三章スタートさせていただきます!シスターがメイン参加したことで語り部が消えていますが、富裕層の方は気にせず教会に集まってくださいませ。シスターはなんとなくいる方向で……空気的に扱ってください! 三章についてはサブ記事を確認してくださいまし。ではよろしくおねがいします〜!)

1ヶ月前 No.97

ししくれ @kmnkha☆/pH2qpQf7L2 ★ieluDUuGrE_AE9

【 衣笠 十朱/(→)聖ホワイト教会 】


 十朱は塔子と別れてから何度も何度も、繰り返しあの日の出来事を思い出していた。冷たくも熱の滾った目。彼女が十朱の違和感に、耳に病があるとあれほど迄に早く気づいた時はひどく驚いた。ああ、あの時自分はなんて言ったっけか。そうだ、にんまりと笑って自分は答えた。

「貴方は本当に鋭い。よくお分かりになられて。私の耳は少々具合が悪くって、あまり良く聞こえないのですよ。隠しているというわけではありませんが、わざわざ言うまでもないかと」

 今まで何度か繰り返してきた説明を十朱は口にした。痛い腹を探られたわけではない。そこを知られたからと言って何かあるわけではないのだ。それでもどうしてもそのことを進んで人に話さないのは、同情やらが降りかかるのが面倒だから。憐れみも嫌いではない。時としては優れた非常食になるけれど、この耳に関してはお門違いだ。
 けれど彼女はそう言う類の人間ではないだろうと分かった。まだたったの二度しか会っていない相手の性質をどうしてこうも確信出来たのか、それは言葉にすることはできない。けれどこれまでの会話でもそれは明瞭だった。

「貴方に欠けているもの、か。それはまた、難しい謎々ですね。……けれど確かに、私も貴方も何かを拗らせた。私の場合は無垢や自由、謂わば”白さ”をどこかへ追いてきてしまった。だからそうだな、貴方の場合は他人を慮る心とか、自分を愛する心……なんて。薬売りの戯言です。お気になさらずに」

 そこに悪意はなく、しかし当然善意もない。あるのは興味と好奇心。たったのそれだけ。十朱の眼差しは穏やかな慈悲を伺わせながらも、その奥では好奇心が静かに蠢いていた。
 元来衣笠十朱とはそう言う男だ。自分が楽しければ自分が面白ければ自分が自分が、自分さえ良ければそれでーー。それをどうにか包み隠してはいるものの、その思考がそう易々と変わることはない。けれど今回は、塔子に関してはほんの少しだけ違ったようにも思える。前回会った時彼女が言っていた、名を知りたいと、そう言っていたのをふと思い出して十朱と、下の名を名乗った。自分の名を伝えることで、彼女の願いも満たそう。そうしたら互いにいい関係だと、そんな見当違いなことを考えたのだ。

「それでは、私はそろそろ失礼しますね。運命であれば、また」

 彼女と出会った日はもう二度と会うことはないと思っていた。会う必要もないだろう、と。けれどあの日、あの湖で再び出会った日、叶うならばもう一度。彼女と言葉を交わしたい。自覚できるほどにはっきりとそう思ったのだ。
 ああもしかしたら、私は彼女に惹かれているのかもしれない。強く鮮明でありながらも壊れそうなその姿は、ずっと昔の自分に似ている。十朱にも確かにこんな心持ちの頃があった。もちろんその面影は小さなもので、あの頃でさえ十朱は自身を”白く”なかったと感じているし、彼女はあの頃の十朱よりきっとずっと賢く、二つは混じり合わないものである。けれどそれでも、どこか似ている。傲慢を滲ませていながらも美しさを感じさせるあの子は、きっとまだ何も知らない。それ故に純粋でありながら、しかし何か欠けている。十朱はそれを愛しくも哀れに、そして羨ましく思った。
 そう思い始めると留まることは出来ない。十朱が何よりも執着する純粋と言うその言葉が、捕えて離さない。気付けば、十朱は彼女と初めて出会った場所へ足を向けていた。ふらりと立ち寄ったそこで、何をするあてがあるわけでもない。それでも此処を訪れる他なかった。


 >>ALL様(朧塔子様)
【二章に間に合わずすいません。無理矢理感はありますがお返事もまとめてさせて頂きました。三章も楽しみにしております!】

1ヶ月前 No.98

澪子 @mistydark☆NIljAHmRyhk ★R3lMq2ye0U_c1Z

【澪子/聖ホワイト教会】

 澪子は無神論者である。おおっぴらに言えることではないし、皇族としてはあるまじきことだが、当然現人神なんてものも信じてはいない。ただそうあれと民衆が望むから、そうある様に演じているだけに過ぎないと理解しているし信じている。
 だから、今この瞬間に澪子が教会に居るのは、懺悔の為でも、説法を聞く為でもない。ただ、あの日此処にやって来た愚かな自分を呪う為だ。きっと、あの日に気紛れで教会になどやってこなければ、図書館での一瞬の邂逅など、忘れて諦めることが出来ただろう。此処で、身分の差など関係なく交わった人の運命など目にしなければ、仄かな期待など抱かずに済んだだろう。

 桜路図書館で、祐太郎と名乗る青年と別れてから、澪子は暫く皇居へと戻っていた。そこで皇女としての役割をこなしながら、ふとした瞬間に思い出すのは、楽しそうな彼の笑顔だった。それはどう足掻いても自分には得られないものだから、嫉妬や羨望だと自分をなだめすかして落ち着こうとしていた。澪子自身、彼には羨ましいと口に出してしまっているし、それは確かに事実だったのだ。
 けれど、日を追うごとにどんどんその笑顔は澪子の中で大きくなっていき、日がな一日彼のことを考えて気付けば何もかもが終わっていたことも一度や二度ではない。最近上の空が過ぎると、家人たちに一体何度怒られたことか。
 自分が彼に抱く感情の名が嫉妬などという生易しいものではないことを、澪子は疾うに気付いている。気付いていて尚、頑なに認めないままでいる。認められる訳がないのだ。澪子が、認める事など出来る訳がないのだ、それが許されることなどある訳がないのだ。
 この感情の名が“恋”であることなど、赦される筈がないのだ。
 澪子だけの問題で済むならまだいい。しかし彼女の場合、皇族という身分が付いて回るが故に、彼や彼の家族にまで迷惑をかけることになるのは目に見え過ぎている。
 だから、認めることも打ち明けることもできない。忘れ去ることも出来ないから、このまま墓場に持って行くしかない。そして生きている限りこの辛苦が続くのなら、一秒でも早く。

 睨み付けるように見上げた澪子の視線の先には、磔刑にされた男の像がある。四肢に穿たれた杭と、脇腹から突き刺されたという槍の傷口を見て、ぽつりと彼女は呟いた。
「……いっそ殺してくださいな、許さないと告げるなら」
 罰が必要だというのなら、とびきり苦しめて。それでこの感情が贖えるなら構わない、と。
 放っておけば消えてしまいそうな儚さを持つこの国の第三皇女は、今や放っておけば死んでしまいそうな激情をその身に抱えることとなっていた。

>富裕層ALL

【三章開始おめでとうございます。】

1ヶ月前 No.99

篠宮暁千賀 @poko10☆sMzkA8RPRfw ★Android=MNgMSKnMpI

【篠宮暁千賀/→聖ホワイト教会】

 降りしきる雨の中を、ふらりふらりといつになく頼りない足取りで当てもなく歩く。あの日、此の世と決別するはずだった。けれど今自分は生きている。あの時自死を止めに飛び付いてきた少女は、自分を必要としてくれた。真っ直ぐな愛情を向けてきた。暁千賀も、彼女を愛しいと思った。しかしその感情は鳴が抱いているであろうものとは全く異なっていた。鳴は暁千賀にとって、承認欲を満たしてくれる都合の良い存在に過ぎなかった。自分を必要としてくれる、愛してくれる存在。きっと鳴でなくても、自分を求めてくれる者なら良かったのだろう。ひとつだけ確実なことはわかっていた。鳴がどれだけ幸せを感じてくれているとしても、自分とともに歩む先には破滅しかない。けれど彼女がそれでいいというのならば、自分に鳴の行く末を案じる義務はない。そう思っていた。荒屋で寝食をともにするようになり日が経つにつれ、その思いは変わっていった。彼女が愛しい、大切だ。ただ欲求を満たしてくれる存在だったはずなのに、鳴の幸せばかりを願ってしまう。自分のような人間がこの娘を道連れにしてはいけない。暁千賀は、鳴に背を向けて眠るようになった。
 夜も明けきらない数時間前。眠る鳴の傍らに、封の開いたビスケットの袋と幾枚かの硬貨の入った薄汚れた巾着袋を置いた。暁千賀のもつ全てだった。少女が一人で生きるにはあまりに僅かな餞別だ。けれど、彼女には帰る家がある。今はどんなに酷い環境であっても、まだ年若い鳴には幸せになれる可能性があるのだから。

 雨はさらにその激しさを増す。濡れた髪が視界を遮り、水を含んだ衣服が足を重くする。目指してきたわけでもないのに、気付けばまたあの教会へとたどり着いていた。あの日鳴と再会した、今は雨が降り注ぐだけの人気のない庭園を見やる。鳴は今、どうしているだろうか。どうにかこの雨を凌げる場所を得られているだろうか。自分のように冷たい雨に打たれていなければいいが。
 灯りの溢れる教会の扉を静かに押し開ける。暖かい。そうだ、人の生きる空間は普通この温度を持っている。神は嫌いだ。だが、鳴を守ってくれるのならば、神にでも祈ってやろうと思った。

>富裕層all
【三章もよろしくお願いします。二章のその後をそこそこ捏造してしまいました;】

1ヶ月前 No.100

日向月。 @kafune☆01.vmkBoVYY ★iPhone=c6uNxXkWWm



【 水原祐太郎 / 聖ホワイト教会 】


 祐太郎はふと思った。世界にはどれほど沢山の神が存在しているのだろうか、と。この土地にある聖ホワイト教会で信ずる神と、自分たちのような庶民が信ずる神とでは何か違いがあるのかもしれない。そんなことを思った祐太郎は桜路図書館で借りてきたさまざまな宗教に纏わる本を返却しようとしていたが、生憎の雨では何だか気持ちが前に進まない。やらなければならないことだが今行くべきか迷っていた最中、ふと思い立って、数ヶ月前にも訪れたあの場所に向かうことに決めた祐太郎はすぐさま踵を返した。
 その時に返却予定の本と一緒に右手に収めていたのは小さな手帳だった。紐で閉じられた背表紙と、使い込まれたあとがよく分かるそれの間に挟まれているのはあの日の栞だ。雪の降り積もる日に桜路図書館であった出来事に祐太郎の心は揺れ動いていた。普段は平常を装い、お世話になっている一家の手伝いをしながら毎日欠かさずに勉学に励んだが、気が付くとこの和紙の栞を手にしてしまう日々を持て余してしまう。これは、自分には見合わない高価なもので、本来ならば貴重なものとして家の中で祐太郎が管理している棚へ、大事に仕舞っておくべきものなのであろうが敢えてそれをせずにいるのは簡単に手放してしまうのが惜しいと思われたからかもしれない。大事なものだからこそ、傍に置いておかないと心配でならないものだから自分の目に付きやすい手帳の間におさめて肌身離さず持ち歩くことにしたのだった。


 歩みを進めるとすぐにその場所は姿を現した。真っ白な外観と、その中に佇む真っ白な修道女が居る、其処は聖ホワイト教会。入り口に近付くと片手に携えた本や手帳を濡らさないように気をつけながら、器用に傘を閉じる動作をする。そして中に入ると目の前一杯に広がる白さに改めて驚きの表情を見せた。いつ見ても見慣れないし、いつ訪れても来なれない此処は雨宿りとしては何だか相応しくない場所のような気もしたが、この天気では傘を持っていても着物が濡れてしまうかもしれない。手持ちの本も、大事なものが挟まっている手帳も、濡れてしまってはいけないから少しの間だけ此処に居させて下さい、と心の中で神に祈りを捧げた後に建物の中へと足を踏み入れた。
 すると、建物へ入ってすぐの所に人影を見つけた。その髪も衣服も濡れてしまっているところを見ると、この雨の中で傘もささずに此処へ来たようだった。またもや驚いてしまった祐太郎だったが気になってしまったからには仕方がないと腹を括り、でもおずおずと、心配そうに声をかけた。


「……あの、そこの方。そんなに濡れてしまって、大丈夫ですか?」



>>暁千賀さん、周囲の貧困層おーる



【雨に濡れる暁千賀さんも素敵だろうなあと思ったら黙っていられなくて絡んでしまいました……めちゃくちゃかっこいい……!
 もし良かったらお相手よろしくお願いします】

1ヶ月前 No.101

神崎りりか @else☆TYRYeuBpk3k ★iPad=MUiShf7G5m

【 萩原日和 / 桜路通り → 自宅(陽花町)と官庁 → 聖ホワイト教会 】

 曇天からしんしんと雪が降り注ぐ。
 探偵と視線がぶつかった瞬間、日和は時が止まったような感覚に陥った。ほんの僅かな対峙が永遠にして二人を周囲から隔絶していく。先に脱したのは神無のほうで、まるで何かから逃げるように身を翻すと乱雑に日和の視線を振り切った。
「なによ、あの態度」
 女の溢した言葉は白息に包まれ鉛の空へと消えていく。再会の挨拶を期待したのも束の間、自分が醜い吐き台詞を残していたことを思い出して急に恥ずかしくなった。数日前に起こった官庁での窃盗事件。あれが後味の悪いものであることに変わりはなかったが、大人気なかったのは確かに公衆の面前で怒鳴り散らした自分だった。

 羅卒が駆けつけ、事件が収束し始めたあとも日和は無意識のうちに神無の背中を追っていた。彼は事件に首を突っ込むわけでも被害者に近づくわけでもなく、野次馬たちの周りを行ったり来たりするばかりであきらかに不自然だった。その顔はどこか焦っているようだったが、同時にひどく疲弊しているようにも見える。男はどこか一点を見つめたまま忙しなく動いていた。
(あんな冷徹人間が何をしようと関係ないじゃない。放っておけばいいのよ、あんな人)
 そう心の中で連呼するもののその目はしっかりと探偵に照準を定めて彼を決して逃そうとしない。彼女の意見に反し、両足は取り憑かれたように神無のあとを追っていた。彼が造船会社と西洋料理店の間へ消えていくのを確認すると、日和は迂回するようにして路地裏を駆けていく。日和は自分が何をしているのかまるで分からなかった。探偵を追った先に何があるわけでもないのに、彼女の足は決して止まろうとしない。何かに引っ張られるようにして日和は帰路から大きく外れた道を向かっていった。

ドンッ

 唐突にして右肩に強い衝撃が走る。
 視線を上げるとあきらかに狼狽した男がこちらに目を呉れることもなく、背後ばかりを気にして日和の脇を通り抜けようとしていた。
 気色ばんだ日和が咄嗟に彼の腕を掴み、
「ちょっと、レディにぶつかっておいてごめんなさいの一言もないなんて失礼じゃない」
 と、叱責すると、男はビクリと身体を震わせ「う、うるさい。今はそれどころじゃないんだ」と早口で言い捨てた。しかしその視線が日和に向かれることはなく、ずっと後方を見つめている。不審に思った日和は掴んでいた腕を強引に引き寄せ、顰めた眉を男の顔に近づけた。よく見ると冬の寒い日であるのにも関わらず、男の額からは大量の汗が噴き出していた。
「……あなた、ひどい顔よ。どうかなさったの」
 そう尋ねた日和の胸の内で、第六感が激しく警鐘を鳴らしていた。この男と関わってはいけないという、えもしれぬ恐怖感が身体を支配する。次第に高鳴る鼓動を押さえつけようと、日和は深く息を吸ったまま男の顔を凝視した。
「いいから早く放せって」
 男は相も変わらず後ろばかりを気にしてこちらのことなど気にも留めていない様子だった。すぐにでもここから立ち去りたいのか、貧乏揺すりをして齷齪している。しかし日和は決して掴んだ腕を放そうとはしなかった。恐怖はあったが、不審に思えてならない男を放つことを正義感が許さなかった。
「……何かに追われているようならそちらにいる警察に伺うとよろしいわ。どうやら先程強盗があったそうで……」
 日和が静かに提案すると、そこで男は初めて女を初めて目視した。けいさつ。女のその言葉に過剰に反応した男は彼女の次の言葉を待たずして腕を強く振りほどいた。「くそう。お前、あいつの仲間だったのか!」血相を変えた男は狂瀾怒濤に喚き散らしながら走り去っていく。男が強盗の犯人であることを認識するのにそう時間はかからなかった。慌てた日和はそのまま男を追い、路地裏を抜けた人通りの多い道へ出た瞬間、大声を振り絞り周りに助けを乞いた。

 そこからは早かった。警察の快進撃により犯人は為す術なくして取り押さえられ、日和は羅卒に感謝されていた。いつのまにか事件にどっぷり首を突っ込む羽目になっていたものの、彼女の頭の中は私立探偵のことで埋め尽くされ、いつまで経っても姿を現さない彼に疑問を抱いていた。辺りをどれだけ見回しても、やはりあのインチキくさい袴姿は見当たらない。彼ほど目立ちたがり屋で頭の切れる男が事件を放っておくはずがなかった。何より犯人が発した「あいつ」という言葉。あれは神無のことを指していたのではないだろうか。
 日和は羅卒たちに軽く挨拶したあと、来た道を戻って神無が消えていった造船会社と西洋料理店の隙間を覗き込んだ。
 ーー確か、ここで彼を見失ったのよね。
 道とも呼べない薄暗い通りには埃や蜘蛛の巣が張り付き彼女の行く気を削ごうとしている。しかし地面にはくっきりと二つの大きな足跡が残っており、彼が通ったのは間違いなさそうだった。
 日和は大きく息を吸い、意を決して足を前へ差し出した。一歩、二歩と慎重に足を進めていく。なぜ彼を追うのか、なぜ彼を気にかけているのか。答えの出ない自問は変わらず頭の中を渦巻いていた。
 すると暗く深い路地裏をのなかで何か黒い物体が視界に写り込んだ。よく見ると神無が苦しそうに顔を歪めながら蹲っているではないか。
「もし、もし! 返事をしてちょうだい!」
 慌てて駆け寄り声をかけるも何ら反応がない。日和は咄嗟に耳を男の胸に当て、弱々しくも鳴る心音にホッと胸を撫で下ろす。しかしそんな安堵も束の間、彼が突然に激しく咳き込んだ。痰ともに吐き出された血が周囲の雪を朱色に染めあげていく。
 どうしよう。どうしよう。焦る心を抑えている間も神無は時折、何か譫言のようなものを呻いている。自分一人ではどうしようもできないと判断した日和は桜路通りへ戻り、偶然にもそこに居合わせた同僚である佐久間の力を借りて彼を路地裏から連れ出した。「こいつ、この前の私立探偵だよな」佐久間が問う。「そうよ」日和が答えると佐久間は「何から何まで迷惑な奴だな」と皮肉を込めて笑った。そうだ。確かに彼の言う通りであったが、釈然としない何かが日和の中で渦巻いていた。
 貧困層の男の身元なんて知る由もなく、結局日和は神無を自宅に連れて行くことにした。


* * *


 医師が言うに、神無は結核を患わせていた。それも末期症状らしく、有効な治療法も見つかっていない今はどうすることもできないらしい。
「あと」一つの和室で日和が恐る恐る尋ねる。「どのくらいでしょうか」
「長くはないと思います」医師が神妙な面持ちで答える。「もって一ヶ月、でしょうか」
「そうですか」
「私であればサナトリウムを勧めますが」
「そんな大きい金、私(わたくし)にはとても……」
「分かりました。まあ出来る限りの事はさせていただきます」
 手のうちようがないことを密かに暗示した医師の宣告。その余韻に浸る暇もないまま、彼を門の戸まで送り出すと同時にそれまで傍観していた母親の強烈な平手打ちが日和を襲った。その衝撃に耐えきれず、日和はその場に倒れこんでしまう。
「この恥さらしが」
 母親が恨めしそうに娘を睨みつけたまま叱責する。
「一家の責務を放棄するに飽き足らず、どこの馬の骨とも知れない溝鼠を拾ってくるなんて正気の沙汰とは思えません」
「違いますお母様。彼とは仕事で縁があっただけで、それ以上でもそれ以下でもありません」
「さあ、どうでしょうか」
 あなたの言うことなど信用できません、とでも言いたげな様子で母親は続ける。
「……とにかくあの死に損ないを早くお捨てなさい。あんな殿方の面倒を見る余裕なんて我が家にはありません。それに結核がうつりでもしたらどうするのです」
「治療費は私のお給料から払います。私の部屋からも出しません。ですからせめてあと数日だけここに置かせてください」
 懇願するように、額を地面に擦りつけたまま頭を上げようとしない日和を見てとうとう観念したのか、母親はわざとらしい溜め息をついてその場をあとにした。「お父様にはあなたから伝えなさい」引き戸を隔てた彼女の声からは落胆と失望の色が見えた。
 数週間が経った。師走も残り僅かとなり、凍てつく風が木立を氷花に変えていく。
 あれから神無の意識は一度たりとも戻らない。しかし日和は両親の反対を押し切り、彼の看病を続けていた。暇さえあれば月花町へ赴き、神無の親族を探しまわった。彼が営んでいたであろう「かみかぜ探偵社」を見つけることはできたものの、そこは既にもぬけの殻で彼を引き取る者は誰一人として見つからなかった。
 ーー私は一体、何をやっているのだろう。
 何日も抱え込んだ自問を未だに解けずにいた日和は悶々としながら日夜を過ごしていた。官庁に出勤すれば日頃の疲労が溜まり集中を欠いて失敗する。帰宅すれば父親が毎晩のように「あの出来損ないは何をやっている」「日和の非行はお前の教育がなってないからだ」と母親を怒鳴りつけているのを目の当たりにする。全てが明らかに悪い方向に向かっていた。しかし日和はどうすればいいのかわからなからず、ただ耐えることしかできなかった。
(全部あなたの所為よ)
 床に伏せた男を上から見下ろし、日和は語りかける。
(何も知りもしないで呑気に寝ちゃって)
 もちろん神無は答えない。肩で息を続けながら時折苦痛の表情を浮かべる男がどのような夢を見ているかなど、日和が知るわけもなかった。

「萩原くん」

 十二月二十九日。その日は篠突くような雨が地面を激しく打ちつけていた。
 いつものように官庁の電話交換台に向かって腰掛けていると、唐突にして上司の八代に呼び出された。日和に心当たりはなかったが、彼の深刻な面持ちを前に何も言い出すことができず、黙って男の後をついていった。長い廊下を抜け、会議室まで向かう道のりのなかで二人が言葉を発することはなかった。
「なんだこれは」
 扉を閉めた瞬間、男の静かな怒号が辺りを包みこんだ。差し出された一枚の紙には官庁の今月の経費が事細かに書かれている。よく見ると、一度だけ数千円という大金が下ろされていた。
「お前がやったのは分かっているんだ」
 八代は激しい剣幕で日和に詰め寄った。どうやら彼女が経費を流用し、虚偽の申告したのではないかと疑っているらしい。彼女の不正使用を告発した者が官庁内で現れたのだという。
「知りません。私ではありません」
 必死に弁解するも八代の心が揺るぐことはなく、ふつふつと煮えたぎった腹の中を抑えることがやっとのようで、二、三と荒々しい呼吸を繰り返すと八代は日和の腕を力任せに掴んだ。「きゃっ」あまりの痛みに日和は思わず悲鳴をあげる。
「お前といい貴美子といい、どうしてこう女は厄介事を持ち込むんだ」
「どうか話を聞いてください。私ではないのです」
「腹立たしい。また探偵でも雇えと申すのか。こんな忙しい時期に、お前の茶番に付き合っている暇はないんだ」
 そう言って彼女を突き放すと「今すぐ荷物をまとめて出て行け。二度とここに顔を出すな」と吐き捨て、八代は会議室から出て行った。あまりに唐突の出来事だった。ほんの僅か数分で、日和の将来は閉ざされてしまったのだ。
 拳を握りしめ、唇を強く噛む。あまりの理不尽さに日和は怒りさえ覚えていた。
 もう一度だけでも八代に話を聞いてもらおうと会議室を飛び出すと、突然、背後から肩を叩かれた。同僚の佐久間だった。
「この前の借りは返してもらったぜ」
 唐突に切り出される。
「え?」
「近いうちにお前のところに請求がくると思うけど、よろしく」
 そこまで言われて日和は初めて理解した。八代と佐久間が内通していたのだということを。二人が経費横領の罪を作為的に私に被せたのだということを。親指と人指し指で円を描きながら、ニヒルに笑う佐久間の顔を引っ叩こうと腕を振り上げて、寸前のところでとどまった。そんなことをしても意味がないということは、先日私立探偵を打って思い知っていた。
 外に出ると、相変わらずの雨が怒号と化して降り注いでいた。淀んだ灰色の雲が空を覆い、まるで日和の虚ろな心を写しているかのようだった。
(そういえば最後に太陽を拝んだのはいつだったかしら)
 傘を差す気にもなれず、日和は雨に打たれながら帰路に着いた。雨水が侵食し、持っていた鞄もみるみるうちに濡れていく。きっと仕事の書類も何もかもがずぶ濡れになっているのだろう。しかし最早そんなことなどどうでもよかった。もう二度とこの鞄を開けることもないだろうから。
 雨粒に視界を遮られ、重い足取りのまま辿り着いたのは我が家ではなく、以前誘いを断ったあの聖ホワイト教会だった。
 ーーなんでこんなところに来てしまったのかしら。神なんて信じたこともないのに。
 見上げれば憎いほどに純白な十字架がこちらを悠然と見下ろしていた。日和は力なく跪く。もう起き上がる気力など残っていなかった。
 ーー今更どの面を下げて家に帰ればいいのかしら。
 親に頼れば数千円などどうにかなるかもしれないが、口が裂けても願いを乞うことはできない。思えば家業を継がなかった時点で自分は間違っていたのかもしれなかった。男性社会で働く者から一転して借金に囚われ落ちぶれた哀れな女を、果たしてこの十字架はどう見ているのだろうか。
 ーー嗚呼。私は本当に、とんだ親不孝者だわ。
 溢れ出る涙は止まらない。打ちつける雨粒と共に頬を伝い、雫は地面へと流れ落ちていった。

(心の中で神無に縋っている自分に気付かないままに)


【返信が遅くなったうえに馬鹿みたいに長くなってしまい申し訳ありません……! 日和のレスはソロールでお願いします!大量にモブキャラを使用したのでサブ記事にて補足説明させていただきます】

※警告に同意して書きこまれました (出会い)
27日前 No.102

神崎りりか @else☆TYRYeuBpk3k ★iPad=MUiShf7G5m

【 浅茅司 / 聖ホワイト教会 】

 十二月二十九日。
 今年ももう残り僅かとなった頃、浅茅は傘を片手に聖ホワイト教会を訪れていた。
 主日でないためか礼拝している者もおらず、荘厳な聖堂は孤高に、そして静かに聳え立っていた。月の光に照らされた雨は純白な聖槍と化して地に突き刺さっていく。まるで全くの次元を異した別世界のように、ここだけが神聖さをもたらしていた。
 浅茅が聖ホワイト教会を訪れたのは霜月の懇親会以来だった。あれから仕事がごたついていたせいで礼拝を怠っていたがーーもっとも、浅茅自身の背徳感が教会に足を運ぶのを拒んでいた、と言ったほうが正しいのかもしれないがーー百合子が好きだと言ったこの場所を、再びこの目に写しておきたかったのだ。

「たまに、行きます。教会に。信じているかみさまはいないんですけど、……たまに。たまに足が向かうんです」

 ふと浅茅は百合子の言葉を思い出す。
 ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐように語る彼女の顔は確かに憂いを帯びていた。まるで希望を全て捨て去ってしまったかのような、暗く深い瞳。茶房に従事することは、もしかすると彼女の望む将来ではなかったのかもしれなかった。
 ーー何か、俺に出来ることはないだろうか。
 浅茅は純白の十字架に向かって自問した。彼女は食べるため、そして生きるために全てを犠牲にしていた。生まれの出が貧しい、ただそれだけで彼女は夢を諦めることを強いられていた。どうにかしてやりたかった。初めて愛おしいと思えた女の微笑みを拝むことができるのであれば、浅茅はどんなものでも捨てる覚悟だった。
 ーー俺の手は汚(けが)れている。
 かの大戦で数多の人間を殺めた自身の手に視線を落とす。やはり今でも生温かい朱色の幻覚がねっとりと纏わりつき、全体に染みついていた。
 ーー地獄に落ちるであろう人間が、もし一度だけ人を救っていいのだとしたら。
 拳をきつく握りしめ、浅茅は磔刑にされた痩男に向かって投げかける。
 ーーアンタは俺を赦すか? それともただのエゴだと笑ってみせるか?
 そこまで言って浅茅は鼻で小さく笑った。カミサマの答えがどうであれ、自分の決意が揺るがないことは浅茅自身がよくわかっていた。

(お前の日常を奪おうとする俺の勝手を許してほしい)誰に言うわけでもなく、浅茅は小さく零す。(だがこの世界がまだ捨てたもんじゃないってことを、お前に見せてやりたいんだ)
 それは自身の想いを正当化したいだけの醜い戯れ言なのかもしれない。男の静かな決意は、傘の上で踊る雨音によってかき消されていった。


【二役ともソロールというのはいかがなものかと私自身も重々理解しているのですが、一月上旬までスレに顔を出せない可能性が高いので、今回もこいつの独白を投げ飛ばすだけにしておきます。よろしくお願いします】

26日前 No.103

神無颯一郎 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

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23日前 No.104

朧塔子 @papillon☆0uO5mlUpCUns ★sAbT0rwP1n_mgE

【朧塔子/饗月亭(回想)→聖ホワイト教会→(回収)】


 くるくると、くるくると。時は巡る、記憶は巡る、想いは巡る。

 狂々と、狂々と。さだめが廻る。いのちが廻る。しがまわる。

 だから見える、終わりが観える。それはまるで幻灯機(キネマ)のように。


 それは刺すように冷え込むある朝のこと。水気を多く含んだ牡丹雪が落ちてくる空はどんよりと仄暗かった。
 とある高級旅館の奥、その一室には寒さを追い出そうとするように骨董品の大きな火鉢が置かれているが、座敷全体を暖める事は到底出来ていない。御膳に乗せられた豪勢な食事も運ばれて暫くするとすぐに冷めてしまい、温かそうな白い湯気はすでに絶えていた。
 広い座敷に二人きり、向かい合って座るは、白というより銀に見える髪が特徴的な身なりの良い痩せぎすの男と、紅い牡丹一華(ぼたんいちげ、アネモネの和名)が染め抜かれた派手な着物を纏う女とも少女とも言えぬ齢の娘。男の名は朧土匡(おぼろただまさ)、陽花町でも有名な老舗の高級旅館饗月亭(きょうげつてい)≠フ主人。そしてもう一人は朧塔子、土匡の一人娘である。

「お父様、わたくし、恋をしたかもしれません」

 朝餉の席にぽつりと響いた呟きに、きん、と。空気までもが凍り付いたように、沈黙がその場を支配する。ぱたり、と小さな音がしたのは、土匡の手から漆塗りの箸が転げ落ちたからである。

「――そうか、それは喜ばしい事だ。お前の母がこの世を去ってからもう随分と経つ、婿の一人も探さねばと思っていたが、塔子、お前ももう色恋を知る歳か」

 一瞬表情を失くした土匡だったが、すぐにその顔に表情が戻る。それはにこやかな笑顔だった、しかし見る者が見ればその笑みが貼り付けた仮面のようだとすぐに気が付く事だろう。作り物めいた微笑みを向ける父に対して、塔子の表情もまた人形のようにぼやけて見える。押し殺した微笑と、曖昧な笑み。それぞれの真意は裏の奥、影の彼方に沈んで容易く見えはしない。

「それで、その相手というのは? 貴族の三男坊辺りか、それとも軍の将校か、はたまた異国の大使様かな?」

 座敷に満ちる張り詰めた空気を払おうとするように、箸を拾い上げた土匡は肩を竦めつつおどけたように言う。ただその目は全く笑っていない、氷に覆われた湖の底のごとき底冷えしそうな感情に満ち満ちていた。
 それに気付いていないのか、否、気付いているからこそなのか。両目を糸のように細めて楽しげに、塔子はかくんと小首を傾げる。

「薬売り」

 あっけらかんと言い放たれた、たった一言。あまりに無邪気なその言葉にすぐには反応出来なかったようで、少しの間呆気にとられたように瞬きを繰り返していた土匡だったが、やがてその顔からみるみる笑みが消えていった。

「何の冗談だ、何処でそんな輩と知り合った?」

 先程までの穏やかさが嘘のよう。もはやその冷淡な感情を隠そうともせずに、土匡は突き放すがごとき口調で塔子に問うた。

「教会ですわ、シスター・ホワイトの」

 作り物の表情が消え本性を露わにした父親に対して、塔子は相変わらず奥底知れぬ愉快そうな微笑のままで間を置かずに答える。

「……だからあんな場所に行かせるのではなかった。お前の乳母にはきつく申し付けておこう、二度とあのような下賤の者の集まる場所には行かせないように」

 普段、土匡は塔子に対してとても甘い。彼女が欲しいと言ったものは何でも買い与えるし、したくないと言った事は一切させなかった。母親を早くに亡くした娘への愛情と、それ以上の憐みを向けて土匡は塔子に向き合っていた。いや、彼女の方を向いてなどいない、日に日に母親に似てくる娘が何だか空恐ろしくて、だからこそ無碍には出来なかった。
 故に、こんなにも強く、こんなにも激しい言葉を父親から告げられた事は、塔子の記憶の中にはなかった。

「お父様、わたくしには、お言葉の意味が分かりません。先程、お父様は仰られたではありませんか、恋に堕ちるのは喜ばしい事であると。何故、その相手が薬売りではいけないのでしょう?」

 首を傾げた格好のまま、塔子はあえてとぼけてみせる。無知な子どものように、さも不思議だと眼球をくるくる回して見せながら、最期には天井を仰ぐのだ。
 父親の薄ら暗い感情に、野の獣のように第六感が鋭い塔子が気付かぬ訳もない、もっとずっと幼い頃から感じてはいた。

「塔子、お前程の歳になればもう分かっているだろうが、人には生まれつき身分の違いというものがあるのだよ。それはどう足掻いても、どんなに嘆こうとも永遠に埋まらない格差というものだ。誰であろうがその差を埋める事は出来ない、私も、そしてお前も」

 今、塔子は楽しんでいた。父親の滅多に見られない、その冷酷な本当の顔が見えられる事を。

「わたくしとて、世間の理を知らぬ程愚かではないつもりですとも。けれど、けれど。それでもやはり分からないのですわ、たとえ生まれながら存在に価値を付けられ、隔たれた命があるのだとしても。同じように食らい、夜は眠り、もがき這いずり幸福になろうと必死に生きる。その人生に差がありましょうか? その生き様に甲乙を付けるのはこの世のどなたなのでしょう? 誰であろうと、平等に恋をする権利はあるのではないのですか?」

 だからこそ、塔子は尚も食い下がった。滔々と語るその内容は普段の塔子であれば鼻で笑うような綺麗事であり、全てが本心という訳ではない。
 けれどその瞳に宿る異様に強い煌めきが、何処か熱を帯びているその姿は何処か普段と違っている。言葉を連ねながら、塔子の脳裏には確かにあの青年の姿が浮かんでいたからだ。唇の動きで塔子の真意を知ろうとする、あの青年の真っ直ぐな眼差し。拗らせたと、確かにそう告げられた。自分自身の事も、塔子の事も。塔子に欠けているのは他人を慮る心と、自分を愛する心だと、そう言っていたのをよく覚えている。
 二回、まだ二回しか会った事はない。それどころか相手の住所も知らなければ、次の約束さえもしていないのだ。そんな相手が、貧しげな薬売りの青年が、どうしてこうも忘れられないのだろう。彼が最後告げた言葉が、頭蓋の中で何度も響いて木霊するのだ。


『運命であれば、また』

 衣笠十朱、これが誠の運命ならば、それが命を懸けるべきひとの名。


「小賢しい」

 塔子の言葉を黙って聞いていた土匡だったが、しばしの沈黙の後、深い溜息と共に吐き捨てた言葉には明らかな失望と侮蔑が込められている。此処まで感情を露わにした父親の姿を見るのは、塔子も始めてだった。生粋の商人である土匡は、常に己の感情を胸の内の内に秘めてきた。それは娘に対しても同じこと。

 だから、塔子は土匡が嫌いだった、大嫌いだった。

「それはもう、わたくし、お父様の娘ですもの」

 大きな音がしたのと、土匡の前に置かれた御膳が派手に引っ繰り返ったのは同時だった。鶯色のいかにも高価そうな羽織が緑の風のように座敷を抜けたかと思った時には、鋭い音と共に塔子は畳の上に倒れ込んでいた。

「愚か者……娘が父に刃向うつもりか? お前も、お前までも……下民と一緒にこの俺を笑うつもりか、貴様の母と同じように!」

 娘の頬を打った父の手は、高く翳されたまま静止していた。その掌には、塔子が燃え盛る焔に似た痣を隠す為に塗ったドーランがべったりと付いている。
 あくまで平静を装っていた土匡の怒気が一気に膨れ上がり、最期の一言はほとんど叫ぶような怒声となって彼の口から飛び出していた。

「――――お母様と同じように? それは一体どういう意味です?」

 はっとしたように、土匡が片手の己の口を押さえた。その唇から飛び出したとんでもない秘密をせき止めようとするかのようだったが、最早遅い。言葉は、声は、吐いた側から消えてしまうが、その毒気は聞いたものの胸に澱んで留まり続ける。そしてじわじわその芯まで侵し、やがて容赦なく崩壊させるのだ。

 座敷に倒れ伏したまま、顔も上げずに問うた塔子の声は、まるで地獄の底から響いてくるような、深淵に似た闇そのもののごとく暗く重く土匡に迫った。

「……もういい、今のお前と話す事などない。暫くお前の外出を禁ずる、離れに籠って己の愚行を悔いるがいい」

 ぞっとした、背筋が凍るとはまさにこの事だろう。土匡は何故か拭い去れない娘への恐怖感と罪悪感を必死で押し込めるように、あえて強く言い切ると足早に座敷から出て行った。

 後に残された塔子はのろのろと、蝸牛を思わせる鈍重さで身体を起こす。淡い朱色に染まった左頬のそっと自身の手を当てると、その冷たさが感覚の麻痺した頬に心地よい。ドーランが剥がれたその右頬には、踊る業火のような紅い痣が斑になってたゆたうのが見える。まるで陽炎だ、この世で一番残酷な幻影。
 かくり、とその首が後ろに垂れ、天井を見上げて。ふっと、その唇が弧を描く。

「ねえお父様、人間なんて、生まれ落ちる事こそ愚行じゃありませんの?」

 くっくっと小鳩が鳴くような、妙に乾いてざらついた笑い声がいつまでも座敷から離れずにいた。


 それから、数日後。


 雨音以外、何も聞こえない。天地の全てを洗い流してしまいそうな土砂降りの中、ぽつんと大きな傘が一つ、聖ホワイト教会の扉の前で風に吹かれて小さく揺れている。
 塔子だった。いつも着ている華やかなドレスは雨に濡れてまるで萎れた花だ、その顔は大理石のように白く冷え切っているのが一目見るだけで分かるだろう。その手は微かに震えていた、それはもちろん寒さからでもあろうが、それ以上に、唇を噛んだままの何か強い決意を感じさせる表情からは仄暗い死相に似たものさえ感じられる。
 塔子はその手には厚い天鵞絨で巻かれた何かを抱えている、布が緩んだ部分から見えるのはどうやら古い書物か日記帳のようだ。
 叩き付ける雨の中、塔子は暫く立ち尽くしていたが、やがて一歩踏み出すと扉に手を伸ばした。ノブを握ろうとして一旦引っ込め、また伸ばす。いつも迷いなく行動する塔子にしてはひどく珍しい、だが暫くするとようやく決心したようにノブを強く握る。

 その時、強い雨の中でもはっきり聞こえる馬の嘶きと、馬車の車輪が近付いてくるけたたましい音が塔子の思考を掻き乱した。

 はっとして、ベールの奥で煉瓦色の目を見開いた塔子は身を翻し、扉から離れた。そのまま傘さえ放ると、災いから離れようとするかのように早足で何処かで去っていく。

 雨に紛れても、何処にも逃げられないというのに。

 運命からは、誰も逃れられぬというのに。


>>(ソロール)


【大変お待たせしてしまい申し訳御座いません……! 散々長くなってしまいましたが、今回はソロールで失礼します。最終章に向けて、塔子が破滅に導かれる伏線を張ってみました。衣笠十朱本体様と共に華々しく美しい終わりを描きたいと思っております、どうぞ引き続き宜しくお願い致します】

13日前 No.105

ししくれ @kmnkha☆/pH2qpQf7L2 ★ieluDUuGrE_3kg

【 衣笠 十朱/聖ホワイト教会 】


 寒さの中降る雨は中々酷いもので、傘だけでは体を守ることは難しい。雨が跳ね、裾が濡れていく中、十朱はぼうっと何を考えるでもなく突っ立っていた。ふわふわと宙に浮いたような気分だ。まるで夢心地で、それでいて気持ちが悪い。何を考えればいいのかさえよく分からなかった。頭が上手くまわらない原因はもちろん、彼女のことで相違ないことだけは明白である。此処にいても仕方がないと、家へ帰ろうとしたちょうどその時。一人の男が十朱の方へ歩み寄ってきた。

「やあ衣笠、そんなとこに突っ立ってちゃあ、風邪引くぜ。浮かない顔して、何かあったか?」

 男は十朱と昔から縁のある大工であった。名は唯代輝(ゆいしろあきら)、仕事はできるが何かと軽口の減らない男で、人よりも貪欲に他愛ない話を好む。十朱はそんな唯代と互いによく悪態をついたが、その反面で気の置けない相手を挙げるとするならば此奴なのだろうと思ってもいる。唯代は相も変わらず冗談混じった調子でそう話したが、お生憎様。今回ばかりは唯代のいう通り。何かあったという他どうしようもないのだ。けれど当然ながら、十朱にはそんなことを正直に言ってやるつもりはさらさらなかった。

「何にもないといえば嘘になるだろうさ。人間、生きていくうちに何もないなんてことはありえないんだからな」
「ふうん。……それにしても、今日は珍しく弱々しいな。もしや本当に風邪か? 薬売りが風邪とは笑えるな」

 平常通り煙に巻いたはずの今の自分の言動の何が唯代にそう感じさせたのか十朱には分からなかったが、ひどく舌打ちをしたい衝動に駆られた。この男はやけに鋭い。普段はただのお調子者のくせして、妙なところ飄々としているのだ。

「なあ唯代、お前は運命を信じるか?」
「運命、ね。突然どうしたよ、熱病にでもかかったか? ーーでもマア、お前サンがあると信じればあるんじゃないか」

 熱病という言葉が暗に色恋のことを指しているのは分かった。あまりにも易々と自分を曝け出した自分に驚きながらも、唯代のらしい答えに十朱の口元が緩む。全く、居心地の良い返事をくれるものだ。その答えはきっと十朱が自分一人だけでは導き出せなかった正解であるに違いない。そう確信が持てるほどに、それはすとんと十朱の胸の中に落ち着いた。
 嗚呼、私は彼女に恋をしたのか。歪に曲がった純粋を持って生きる、あの美しい人に。たったの二度しか会ったことがないと言えばきっと笑い種になるだろうが、それでもこれは確かに愛だろう。拗らせ歪な形に仕上がった二人はきっと惹かれ合い、共鳴したのだ。しかし決して隔りは埋まらず、二人が結ばれることはない。それならば二人を、そして運命を信じることくらい許して欲しいものだ。
 隣に並ぶ唯代へ「ありがとう」と、そう一言だけ残して十朱はその場から立ち去った。初めて感じる幸福は、泣きたいくらいに悲しい味がした。

 (>>回収)


【十朱のソロールです。唯代に関しましては後ほどNPCとしてサブ記事に詳細明記しに行きます。第四章では朧本体様と最期を迎えられたらと思っています……! そして皆さんの心中もとっても楽しみにしておりますので、どうか終焉まで宜しくお願い致します!】

12日前 No.106

神無颯一郎 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【神無颯一郎/萩原邸→聖ホワイト教会(現実)】


『嗚呼、神よ。どうか私をお許しください』
大雨に打たれる聖ホワイト教会の中から、粛々とした祈りの声が聞こえてくる。またしても、聖ホワイト教会の夢だ。けれど、どうしたことだろう、今日はあの女……萩原日和の姿もある。夢と分かっていてもおかしい。神なんて信じていなさそうな顔なのに……なんて、こんなことを聞かれたらまた怒られるのかもしれないな、と夢の中の神無は笑っていた。
けれど、今日の日和は変だった。彼女が、十字架を見て泣いている。初めて会った時も泣いていた。今度は、一体何があったのだろう……。

「けほっ、けほけほけほけほっ、……」
不意に気管に呼気が湧き上がり、神無は肩を震わせて咳をした。ひゅっと肺の音を鳴らして咳が止んだ時、現実世界の神無がハッと目を開けて天井を仰いだ。潤んだ漆黒の瞳が始めは頼りなく揺れていたが次第に焦点が定まってくる。
「…………此処は」
此処は、何処だ。
見知らぬ天井から左右の壁へと視線を動かす。随分と長い夢を見ていた気がする。犯人を追いかけて、倒れて……。此処は病院では無いらしい。ゆっくりと身を起こしたつもりが、また咳き込んだ。胸と口元を抑えて波が通り過ぎるのを待つ。汗ばんだ体は火照りから冷まされ、暑いのか寒いのかよくわからない。
「何だ……これ……っ」
神無は抑えた袷がいつもの着物ではなく清潔な室内着に変えられていることに気付いた。いつもの古びた衣服は折り畳まれて隅にやられている。見覚えのない布団、枕元の盥(たらい)と盆、濡れた手拭い、血の付着した枕。血の乾き具合から、看病してくれた人はだいぶ前に出て行ったのだろう。此処は何処で、今は何日で、誰が世話してくれたのだろう。珍しく狼狽した様子で、部屋の中をずるずると歩き回り手がかりを探した。家宅捜索など、探偵にとってはいとも容易い仕事であった。
「……此処はあの人の部屋……僕は此処で何日も何日も眠っていた……だけど、あの人が、僕を……? おかしい……」
神無は頭を抱えた。此処が萩原日和の家で、今日が十二月二十九日で、更には自分を診た医師の名前も、自分が余命僅かであることも、日和が神無の身寄りや探偵事務所を探し歩いてくれていたことまでも一瞬で真相を理解できたのに、あんなに探偵を忌み嫌っていた彼女が自分を助けてくれた心境だけは全く理解不能だった。
それにしても。外は雨が降っている。傘立ての傘と埃の一致具合を見るに、推理が正しければ部屋の主人は今日は傘を持って行っていない。そして、官庁勤めの人間が仕事から帰ってくる時間ならとっくに過ぎている筈だが、彼女の両親と思われる声はさっきから気付きもせずに言い争っているようだ。しかも「溝鼠」……差し詰め、この何処の馬の骨とも分からぬみすぼらしい不審者の事で。
彼女の心にどんな変化があったのか、「人の心が全く分からない」と言われてしまった自分には皆目見当もつかないが、どうやら自分が此処にいたことが大変迷惑だったらしいということは理解できた。本当は彼女に人の心とやらを訊いてみようかとも思ったのだが、ただでさえ良からぬ雰囲気である上流階級の御家庭内を、目を覚ました貧困層の胡散臭い男が感染症を振り撒いて彷徨いてはよろしくないだろう。自分は、此処に居てはいけない。

ーー前略=c…

神無は部屋の隅にやられていた荷物から筆記具を取り出すと、日和の机の上で置き手紙を書き記した。意外にも流麗な、か細く儚げな文字が並ぶ。内容は身に余る御厚意への礼と、長居をして迷惑をかけたことへの謝罪、留守中に黙って行くことへの詫びと、落ち着いてから改めて御礼の挨拶に伺う旨。それから、部屋は消毒して貰うように、と。
落ち着いてから、なんて、死んでなければ、だけど。と、神無は力なく咳き込みながら自嘲する。
「余命一カ月……か……」
着替えた袴姿の上にとんびコートを翻し、帽子と鞄を手にして、日和の部屋の隅に畳んだ布団を寂しげに見遣る。できれば、「貴女でさえ夢の中では聖母になっていた」と笑い話に教えてやりたかった。もう叱られるどころか二度と会うことも無いのかもしれないけれど。
初めて、人の気持ちというものを推し測った。自分の存在が、行動が、あの人にどう思われるかを。此処に自分が居たら迷惑だという事を。そういえばあの時……強盗犯を見抜いたのに声を上げられず走り出したあの時も、無意識に同じ思考が働いていたに違いない。

萩原家の屋敷を出て雨の陽花町を横切り、凍える貧民街の粗末な自宅を目指す。殺風景でひんやりとした何も無い探偵事務所を瞼の裏に思い浮かべた。病床に臥せっている間に足の筋はすっかり痩せ衰えて、緩徐に歩くのさえやっとだった。跳ね返る大雨に借りた傘は意味を成さず、白い息をごほごほと立ちのぼらせながら神無は肩で息をしてゆっくりと進んだ。黙って出ていく前にもう一度日和と言葉を交わしてみたかったという未練は、いつかこの身を亡霊にでもするだろうか。いいや、良家のお嬢さんにも才色兼備の職業婦人にも、高嶺の花に関わるのは止そう。これぐらいが丁度良い。
ふと目に飛び込んだ水たまりに映る白を辿り、視線を上げれば其処に聳え立つのは、鉛の空の下でも見惚れる程に白い、あの美しい教会だった。足を止め、暫し見惚れるように教会の前に黒い影を佇ませると、また元通りに背を屈め、とぼとぼと雨に打たれながら事務所の方へと向かって行った。

>(ソロール、宛先無し)


【最終章への布石として、置き手紙と事務所への撤退だけは置いておきたかったので、寝たきり探偵が夢の中から帰ってきました。滑り込みで追加ソロールです。スレ主様、最終章突入おめでとうございます。これからもよろしくお願い致します。日和さん、後は頼みました!()】

11日前 No.107

絡繰 @ne9rodoll☆V4.8X.AnvuQ ★wgm3NQbNwV_GYH

【月ノ瀬 鳴/聖ホワイト教会→???】

 雨は神様が泣いているのだと何処かで聞いたことがあった。だとすれば今日の神は何故涙を流しているのだろうか。哀しみか、憤りか、将又憐憫か。真白に包まれた聖堂、定まらない視点を虚空で迷わせながら、自分は只呆然と教会の隅で座り込んでいた。手の中にあるのは封の開いているビスケットの袋と、小さな巾着袋。

 月ノ瀬の名を捨てたあの日から、自分は暁千賀と共に荒屋で二人暮らしをしていた。着の身着のままのまま飛び出してきた自分には幾ら貴族の令嬢という肩書があろうと、家を出てしまえば只の無力な少女。出来ることと言えば最低限の家事程度だった。決して豊かではない生活でも、わたしは苦ではなかった。だって愛する人が傍に居るのだから。愛を通わせていれば、こんな苦難など何も辛くはない。毎日暁千賀が傍に居るという事実を噛み締め、稽古も勉学も暴力もない、ささやかな幸せに包まれる日々を過ごしていた。そして、本物の愛とは此れなのだと、今までの愛は偽りだったのだという確信を深めていった。しかし、冬の寒さも極まってきた今日、隣にあるはずの温もりがなかった。寝惚け眼で手を伸ばしても、あるのは冷え切ったシーツだけ。起き上がればそこはもぬけの殻で。慌てて周囲を見回せば枕元には袋が二つ。瞬時にこれが彼の持ち物であり、単なる忘れ物ではないということに気が付いた。さぁっと血の気が引き、背筋に冷えた汗がつたう。少し出かけただけかもしれない、そんな希望的観測が頭を過ぎるが、置いていかれた二つの餞別がそれを明確に否定していた。

「あ、暁千賀さん……どこ……?」

たどたどしい口調で零れ出た疑問は誰に答えられることもなく空中に消えた。途端に喉が締め付けられるように苦しくなる。わたしはもう、あなたがいないと生きていけないのに。あなたに要らないと言われてしまえばわたしは何処へ行けばいいの。胸からせり上がってこようとする想いは焦り、不安、哀しみ、切なさ、様々なものが折り重なっていて、今にでも吐き出してしまいそうだった。大して部屋数もない部屋を、暁千賀を探す為に慌ただしく駆け回っていた足を止めて、部屋の隅に力なく座り込み、彼が出て行った後の玄関を見詰める。久々に感じた完全な孤独に身が震え、歯の根ががちがちと噛み合わない。視界がどんどん滲み、とうとう涙が一粒零れ落ちた。その時、見つめ続けた扉が開き、暁千賀が顔を出した。咄嗟に弾かれたようにその扉に駆け寄るが、瞬きの間にその姿は儚く消えてしまった。強く其れを願いすぎた故の幻想だったということにぼんやりとした頭の中で気が付き、力が抜けたようにふらふらとその場へへたり込む。

 そして、待てども待てども帰ってこない暁千賀を同じ時を過ごした空間で待ち続けるのはあまりにも辛く感じ、逃げるように辿り着いたあの日の出会いの教会で、祈りもせずにただひたすらに思考を巡らせていたのだ。

ぎゅうと両手を握り占めても感じるのは布越しの硬い感触だけで、すっかり覚えてしまったはずの彼の温もりひとつも思いだせない。寂しくて仕方がなくて、ぎゅうと目を閉じる。神様、何故わたしと彼を引き離そうとするのですか。何も悪いことなどしていない。ただ、出会って、触れて、恋をしただけ。わたしはずっと欲しかったものを永遠にしたかっただけなのに。

 そこまで考えて、ふと思い至る。わたし達の間に在ったのは確かに愛だった。偽りも何もない真実の愛。そんな大切なものを放棄出来る訳もないはずなのだ。この世の全ては愛に収束するのだから。だってあなたを失って、わたしはこんなにも息が苦しい。あなたもきっとそうでしょう?……もし、暁千賀が自分のためを思って姿を消したのだとすれば。鳥籠から鳥を解き放つために、籠の檻を開けようとしたのならば、わたしがするべきことは。なんだ、冷静に考えればこんなに簡単なことだったのだ。

「帰る場所などとっくにあなただけなのに……もう、暁千賀さんったら。ふふっ、見てて下さいね、あなたへの愛、証明してみせますから」

突然納得した様にうんうんと頷きながら、今までよりも幾分か確かな足取りで立ち上がる。まるで私達を監視するように掲げてある十字架に背を向け、ゆるりと口の端を吊り上げた。

「ごめんなさい神様。わたし、あなたに御用はありませんの」

慈悲など要らない。懺悔など必要ない。わたしが欲しているのは彼の愛、それだけなのだ。


 随分と久しぶりに見る我が家。圧倒するようにそびえ立つ邸宅はこの家の性質をそのまま表しているようだと思った。土砂降りの雨の中、雨水に濡れながらこの家に居た頃とは想像もつかないような質素で薄汚れた姿の自分は、それでも幸せだった。この小さな手には、鋭く尖った大きな硝子片。ひどく純粋な笑顔を浮かべたまま、スキップでもしそうな程愉快な心持ちで、かつての鳥籠の中に足を進めた。

「さようなら、父様、母様。お二人は地獄へ逝ってしまわれるのかもしれませんが、わたしはあの方を地獄になど連れて行けませんので、あの世で逢うこともございませんね。ざんねんです」

もう二度と動かなくなった、偽りの愛を自分へ教えた二人を見下ろし、にこやかに告げる。嘘をつかれていた。その事実にはひどく憤っていたし、憎んでもいたが、彼さえ居ればそんなものは細事。どうでもいいのだ。だから、皮肉混じりに再会が出来ないことを残念がったりすることも出来たりした。


 数時間後、静まり返った屋敷から一人出てきた少女は身体の至るところに深紅の花を咲かせ、赤黒く染まった硝子をそれはそれは大事そうに抱え、雨の中に消えた。愛に盲目な彼女が犯した罪をすべて知っているのは誰もいない。月さえも雨雲に目隠しをされ、すべては霧中の出来事となった。

 わたしと彼が愛し合うのに誰の許しが必要だろうか。いいえ、誰の想いも咎めもそこには介在しない。必要なのはあなたとわたし、それだけなのだ。気持ちなど疑う余地もない。

 赤い足跡を点々と付けながら辿り着いた今の自分の居場所。何よりも大切な帰るべき場所。其処はもう冷たい鉄格子の鳥籠なんかじゃない。晴れ渡った青空が一望できて、しあわせの花が咲き乱れる小さな小さな箱庭。でも、其処にひとつだけ足りなくなってしまっている。僅かな期待を抱きながら扉を開けても暁千賀はやはり居なかった。きゅうと胸を襲った切なさを抑えつけて、大丈夫と言い聞かせるように呟く。身体や服にこびり付いたままの血痕もそのままに、薄く黒ずみ、使い込まれたベッドに飛び込んだ。ふわりと香るのは彼の残り香。優しくて包み込むような、それだけで甘味よりもずっとずっと甘やかに心を満たしてくれる。

 紅の華に彩られながらシーツの海に溺れた少女は縋るように冷えた足をすり合わせて、懇願するように、しかし確信を持ったような微笑みを湛えながら祈る。神になどではなく、心から愛したただ一人に対して。

「あぁ、愛しい愛しいわたしの暁千賀さん、わたし、待っていますから。……だから、だからどうか、帰ってきてくださいね」

そっと彼が置いていった巾着袋を指先でなぞり、愛おしげに目を細める。

「きちんと、物語どおりに、ね」

そう、彼女の中でもう物語の筋書きは出来上がっているのだ。感動の結末、満員御礼の客席に煌びやかな舞台、主役たちを引きたてる小道具。すべては既に揃っているのに、ただ一人の演者だけが足りない。彼がいなければ「鳴」という人間の物語は決して完結出来ないのだ。必要のない小道具はとっくの昔に舞台から退場した。退場をしぶる愚かな脇役は主役自ら引き摺り下ろした。次の章へと幕を開くにはただ二人だけが在れば良い。

ベッドに寝転んだまま、血に塗れた硝子片を窓から空に向かって透かせば、赤黒く染まった空が見えた。ふと、雨を降らせ続けている暗雲が途切れ、雲の狭間から月が顔を出す。硝子越しの深紅に染まった月はそれはそれは不気味で、美しかった。

「……死んでも、いいわ」

そっと呟いたその答えを促す言葉が彼の唇から出でるのを夢想し、微笑みを零す。

愛を極めた少女の結末まで、あと僅か。

>>ソロール(対象なし)

【遅くなってしまいましたが、ソロールでの滑り込み参加とさせていただきました。一人称三人称ごちゃごちゃで読みづらいものになってしまい申し訳ありません!】

10日前 No.108

すれぬし @sweetcatsx☆e0aRNqDUyEM ★iPhone=VHGaT7ZbKj

【 シスター・ホワイト / 聖 ホワイト教会 】


 嗚呼、神よ。何故人はこんなにも平等ではないのでしょうか。


 十二月二十九日が終わろうとした夜、聖ホワイト教会で一人、像の前で両手を組むシスター・ホワイトの姿はあった。ただ祈るのはこの教会に訪れた者達の幸福、未来。叶うことのない交わり。


「――――神よ、どうか彼等に慈悲を」


 許されざるその交わりを、最初はただ見守っていたいだけだった。そうすることが自分の使命である、この教会を神父様に預けられた自分の使命なのだとシスターは思っていた。だがしかし、自分もまた恋を知り愛を知った今、自分の欲が出ていることに彼女は気付いていた。

 がたり、と扉が開かれる音にシスターはゆるりと振り返る。灯籠を持つ数人の男性に小さく息を吐けば唇を開く。


「――――こんな夜分遅くに何用でしょうか」

「この教会の取り壊しが決まった」
「この教会はこの町に必要無い」


 男性達の言葉にシスターは少しばかり目を丸くさせ言葉を飲む。いつかはあることだとは思っていたがこんなに早いとは、脳内を駆け巡る色々な思考。


「此処は相応しくない、このような所があるからあの方達はあのような卑しき者に――――」
「神の前でそのような言葉はお止めくださいまし」


 吐き出す言葉を否定するようにシスターが言葉を遮るように言葉を発する。彼等は富裕層の出であり彼等の知人がこの教会から愛を知ったのだろう、二つの交わりを許さぬ者達。交わることの許されざる愛、ならばどのようにしていて彼等は、自分は、想いを遂げれば良いのだろうか。


「兎に角……! この教会は明日取り壊される! この決定は覆されることはない!」


 貴方達は、今度は私から教会を奪うのですね。

 去り行く男達の背中を見つめながらシスターはぽつりとそう呟いた。



 いつの間にか止んだ雨空の下、シスターは教会を見上げてかつての記憶を思い返す。


 ――――神の前では皆平等。

 ――――決して、人を憎んではいけないよ。

 ――――分かったかい、


 頭を巡るのはかつて自分を拾ってくれた神父様に言われた言葉。彼の最期。


「…………あの方を失い、拠り所さえも失った。…………私は、どうすれば良いのでしょうか」


 頭を埋め尽くすのはただ一人、初めて自分が愛した男性。それが軍人だというのが少しおかしな話ではあるが、それもまた運命なのかもしれない。


 シスターは教会を歩きながら何かを撒く。ゆっくりと何かを惜しむように、想いを馳せるように。



「――――さようなら、私の神。私の全て」


 教会の入口に立ったシスターは服の袖からマッチを取り出せば、炎を宿したそれを教会へ向けて放り投げる。油を巻いた教会はその炎に包まれ赤く色を付ける。


 ――――どうか願わくば、彼等の愛が、私の愛が、添い遂げられますように。


>> 〆(ソロール)



( 最終章に向けての最後の〆とシスターの〆をかけまして! ここまでお付き合いありがとうございます! 最終章、最高の最期に致しましょう! )

10日前 No.109

最終章開始 @sweetcatsx☆e0aRNqDUyEM ★iPhone=VHGaT7ZbKj

《 ??? / ??? 》


 昔々あるところに、貧困の差が目立つ町がありました。

 二つに分かたれたその町はきっと交わることなどないだろう、そう思われていました。

 交わることなど許されるわけがない、そう思われていました。

 けれど、一度交わってしまった二つは、二度と解ける事がありません。

 誰も、二人を止める事など、出来やしないのです。


 そうして二人は、永遠の愛を誓うのでした。例えそれが許されざるものだとしても、叶わぬものだとしても、ただ一つの方法で、永遠の契りを交わしたのでした。


「――――さてさて、これは悲劇か喜劇か。ハッピィエンドかバッドエンドか。物語の終幕は、誰にも分からないものなのです」



 その終わりは、神のみぞ知る。




 最終章『 交わる世界の終焉 』




(おまたせしました、最終章の幕開けです。ここまでお付き合い本当にありがとうございます! 残るみなさまが、素敵な最期を迎えられますよう、ともに死ねることを楽しみにしております。最終章についてはサブ記事をご覧くださいませ。では、最終章、開幕致します)

10日前 No.110

神崎りりか @else☆TYRYeuBpk3k ★iPad=MUiShf7G5m

【 萩原日和 / 自宅 → かみかぜ探偵社 】

三ヶ月。七十九日。千八百九十六時間。
思い返したくもないような苦痛の日々だった。借金を抱え、実質官庁から解雇された私のことをお父様とお母様がそう簡単に許すはずもなく、私は文字通り箱入り娘としての生活を強いられた。家から一歩も出ることも許されなかった。お縄についた罪人のように全ての自由が奪われた。気に入っていたワンピースもお帽子も全部捨てられ、肩苦しい着物に締め付けられる毎日が続いた。数え切れないくらい程、床に頭を擦り付けた。お父様が営む老舗和菓子店のお得意様に引き攣った笑顔を振りまき続けた。お母様からの屈辱的な小言にも耐えた。見合い相手の賤しいお触りにも耐えた。生きる屍のようだった、と自分でも思う。時計が鳴らす一秒一秒を数えながらお父様が描くような淑やかな女を、お母様が望むような奥床しい女を、萩原家としての萩原日和を演じ続けるうちに私が私である所以たるものが侵食され消えていくように錯覚した。もがきたかった。逃げ出したかった。けれど背徳感と罪悪感が邪魔して私を更なる殻の内に閉じ込めた。心の断末魔が誰かに届くことは決してなかった。

神無颯一朗は私が解雇された日に姿を消した。
ずるい人だと思う。懸命に看病してあげたというのに、肝心な時にいなくなる卑怯な男。彼のように捻くれた人間にこそ聞いてもらいたい愚痴があったのに、上司と同僚がとんでもないお方だったと喚き散らしたかったのに、彼はその名前の通り、風のようにいつの間にか消えていなくなっていた。私に何も告げずに、あたかも最初からいなかったかのように、一枚の手紙だけを残して颯爽と消えた。お父様もお母様も、彼がいつ出て行ったのか分からないと言う。血が付着した布団が、看病に使った手拭いが、綺麗に部屋の隅に畳まれた彼の室内着だけが、彼がここにいたことを証明していた。
私は自分の手に視線を落とした。神無さんが魘(うな)されている間に、一度だけ触れた手。彼の手は骨格が見てわかるほどに痩せ細っていた。けれど確かに人の温もりを感じた。おそらく、私はその温かさに縋っていたのだろう。あの雨が酷かった日、もぬけの殻になった自室を見て私は明らかに絶望していた。置き手紙を読む気力も彼を追いかける気力も失うほどに、いつの間にか彼に何かを求めていたのかもしれない。

寂しい自室のなかを見渡す。やっぱり、今日も神無颯一郎は萩原家(ここ)に姿を現さなかった。

なんとなしに手にした鏡を見て思わず嘲笑した。
「……ひどい顔」
写っていた自分の目は真っ黒な隈に覆われ、頬は痩せこけ、それを全て隠し覆った化粧も荒れた肌によって綻び浮き彫りになっていた。汚かった。これから見合いを控えている淑女とはとても思えないほどに醜かった。けれどそんなことがどうでもいいように思えてしまう自分がいた。これから会う相手だって、どうせ私のことなんて見やしない。彼らが興味あるのは私の背景にある財産と地位と名誉であって、私という女には微塵も興味がないのだ。
けれど萩原家の恥になってはいけない、と根底に植え付けられた使命感に突き動かされ、私は蓬色の着物の皺を伸ばし、以前なら絶対つけなかったであろう真紅の口紅を唇の上に乗せた。これから私はこの唇を使って、見ず知らずの男に媚びを売らなければならない。全ては萩原家のため。失望させてしまったお父様とお母様のため。だけどこんなの私じゃない、と思う。萩原家の道具として死んでいく私を見て喜ぶのはせいぜいお父様たちだけだ。私はこんなもの、望んでいない。

ーー神無さん、……神無さん。
私はいつだって彼に助けを求めていた。何故かは分からなかったが、彼だけが私をこの牢獄から救い出してくれるような気がしていた。もう死んでいるかもしれない男に何を望んでも無駄なのかもしれないが、それでも求めずにはいられなかった。

壁の掛け時計を見る。十時三十六分。見合い相手が来るまであと二時間と少しある。
考えるよりも先に身体が動いていた。動きづらい着物のまま、気づいたら私は家を飛び出していた。桜路通りを過ぎて月花町へ向かう。息を切らしたまま辿りついたのは、あの男の探偵事務所だった。
「は……ははは……私は一体何がしたいの、よ」
突発的な自分の行動に笑わずにはいられなかった。力が抜けて思わず尻餅をつく。嗚呼もう、悪足掻きにもほどがある。ここに来たって、神無さんがいるとは限らないというのに。会ったところで何かが変わるわけでもないというのに。


>神無さん
【最終章突入おめでとうございます!最近読んだ本の文体に影響されるという持病が発生してしまい、突然の一人称の文章で失礼します。次からはいつも通りの文章に戻ると思います】

6日前 No.111

削除済み @sweetcatsx ★iPhone=VHGaT7ZbKj

【記事主より削除】 ( 2018/01/13 01:02 )

5日前 No.112

神無颯一郎 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

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3日前 No.113
切替: メイン記事(113) サブ記事 (192) ページ: 1 2

 
 
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