Google
    
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▼レス(481) >>
★この記事にはショッキングな内容が含まれます。もし記事に問題がある場合は違反報告してください。

《 Enclosed Eden 》【完結】

 ( オリジナルなりきり )
- アクセス(12512) - ●メイン記事(481) / サブ記事 (786) - いいね!(107)

淑女×美少年/耽美/微SM風 @clock☆VeghuuvPddk ★ZoYtgKvDiN_Er4

 その日より、楽園は音をたてて壊れ始めた。

 ▼

 朝はやることがいっぱいある。外が明るくなるかならないかのうちにベッドから出て、昨日アイロンをかけてもらったばかりの服を着て、髪の毛がちょっとでも乱れていたらその場できれいにもしなくちゃならない。部屋を出たら、本当は駆け足で一階まで行きたいんだけど、家の中で走るのははしたないことだと教育係のドリーに言われている。だから長い廊下をできるだけ早歩きで通りすぎる。
 やっとの思いでダイニングルームに辿り着くと、今度は朝食を急いで、でもなるべく上品に見えるように食べないといけない。そうして速やかに部屋から立ち去るのだ。これが僕らにとっての朝だった。誰よりも早く朝起きて、誰よりも早く朝食を食べる。なぜならば、"ご主人さま"に食事の姿を見られることはとても失礼なことだからだ。
 部屋に戻ろうとして廊下を曲がったとき、ご主人さまの一人が視界に入った。

「おはようございます、ご主人さま」

 恭しく頭を下げてから顔を上げると、ご主人さまはすでに上機嫌だった。
 おはよう。いい朝ね。今日も元気そうね。今日もかわいいのね。しまいには頭まで撫でるものだから、僕も幸せそうな笑顔を浮かべて、ありがとうございます、と小さな声で言う。なるべく、なにかを告げるのでなく、歌うように伝えるのだ。かろやかに歌えば歌うほど、ご主人さまも気を良くしてくださるらしい。
 やがて満足した様子のご主人さまは僕に手を振ってダイニングルームへと向かった。僕はその背中姿を見て、もう一回頭を下げる。
 そして、ご主人さまの姿が見えなくなった瞬間、僕はドリーの小言も忘れて夢中で階段を駆け上がっていた。

「……っ…………っは、――――――クソ、触られた!」

 二階が僕ら専用のフロアで助かった。部屋に戻ってドアを閉めるや否や、触られてから痒くてたまらない頭がかっと熱を帯びる。触られた。触られた。触られた。触られた、あんな悪趣味な女の汚い手で。毎朝、顔を合わせるたびにそうなのだ。あの女は朝会うたびにかわいいねと笑いながら僕を触ってくる。
 それでも彼女のはまだかわいい方だ。もっと汚いところを触ってくる女はこの屋敷にはごろごろいるし、女から呼び出しがかかったかと思ったら必ずどこかしらに痣をつけて帰ってくる奴もいる。
 狂っている。狂っているのだ、×するだなんて。いっそのこと、今ここで喉を掻きむしって死ぬことができたなら。だがそれは叶わない。なぜなら僕には故郷に家族がいる。もう一度、ひとめでも彼らに会えるまでは、どうしても。

「………………っ、は、…………はあ………………」

 不意に視界が揺れて、へなへなと身体中から力が抜ける。倒れ込んだ床の冷たさが、熱くなった身体にはかえって気持ち良かった。
 ――疲れた。つかのまでいい、天蓋つきの高級ベッドなんかじゃなく、このまま眠ってしまいたい。

 思考が濁る。
 窓の外から誰かの悲鳴が聞こえた気がしたが、それが誰なのかを考える余裕もなく、意識は急速に闇へと落ちていった。

 ▼

『答えなさい。貴方は何者?』
『はい、ご主人様。私は貴方の人形です』
『貴方は何のために生きているの?』
『それは貴方にこの身を捧げるためでございます、ご主人様』
『私のこと、愛してる?』
『はい、ご主人様。この世界の何よりも』
『ふふっ、いい子ね。それじゃあ――』


“この足、爪の先まで綺麗にしてご覧なさい”

 ▼

 其処は深い深い森の奥。昼は光降り注ぐ楽園、夜は闇満ち満ちた地獄の果て。
 散っては咲き、咲いては散る無数の花弁。美しきは従者に、卑しきは主人に。それが如何に甘やかな世界であったとしても、甘い蜜に溺れる心算が無いならば、一体誰がこの閉じられた楽園で生きてゆけるというのか。


「捧げなさい。その肢体、その瞳、神様が貴方に下さった何もかもを」


 ――――――嗚呼、其処は、




      《 Enclosed Eden 》


【サブ記事へお進みください】

1年前 No.0
メモ2017/03/18 01:15 : 佐渡☆VeghuuvPddk @clock★OC0h87p694_DW4

当スレは完結いたしました。ありがとうございました!


《ストーリー》

1st event『ブレックファスト・ティーには遅効性の毒をひとさじ』>>1-68

2nd event『目隠し越しの目蓋に口付けしてごらん』>>69-143

2.5 event《 tea break 》>>144-177

3rd event『麗らかな午後にカタストロフの翳は手招く』>>178-282

4th event『さようなら夢、こんにちは悪夢』>>283-303

4.5 event《 Once Upon a Time ... 》>>304-369

5th event『終焉』>>370-432

Last event《 Enclosed Eden 》>>433-481


《本編ルール/諸注意/ロケーション》http://mb2.jp/_subnro/15334.html-555#a


《キャラクター》

長女/アイリス・ローゼンブルク(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-539#a

次女/キマイラ・ローゼンブルク(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-132#a

三女/ベイリー・ローゼンブルク(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-107#a

五女/エルデガルト・ローゼンブルク(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-78,79#a

六女/グレイ・ローゼンブルク(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-33#a

七女/フェリシエンヌ・ローゼンブルク(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-523#a

九女/ノイン・ローゼンブルク(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-577#a


美少年/マリュー(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-90#a

美少年/ロキ(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-56#a

美少年/カナニト(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-112#a

美少年/リオネル(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-120#a

美少年/ロメア(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-384#a

美少年/エトワール(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-512#a


…続きを読む(3行)

切替: メイン記事(481) サブ記事 (786) ページ: 1 2 3 4 5 6

 
 
↑前のページ (431件) | 最新ページ

エルデガルト @ready50☆AaWAaYBi9xHg ★6lDqAT8MNN_X9G

【エルデガルト・ローゼンブルク/バルコニーA】

 手遅れ。
 そんな言葉が聞こえた。
 諦めたような、寂しげな笑みが見えた。

 エルデガルトは頭を振った。そして、まっすぐとキマイラを見た。視線を外さないように。

「手遅れな訳、ない。
 手遅れな訳、ないんですよ、姉様。
 壊れたものはちょっとずつ直していけばいい。時間をかけて、ゆっくりと。
 解けたものはちょっとずつ縫っていけばいい。時間をかけて、ゆっくりと……
 だからそんな顔をしないでくださいキマイラ姉様。私は、私はまた、貴方にドレスを選んでもらうためにここに来たのですから」

 ディープ・パープルのドレスは決意の表しだ。
 自分で言うのもなんだが、このドレスはとても着心地が良い。お気に入りにしたいくらいだ。そんなドレスを選んでくれた姉に敬意を表す。そして、もう一度買い物にいくためが自分の目的なのだと、エルデガルトは似合わない大声で言った。

「……お人形の皆は理解を示してくれた。
 あの子達も、私も、こんな時に遊んでなんていられないの。
 私はあの子達と約束をした。その約束を果たしていないのに部屋に戻る訳にはいかないでしょう」

 エルデガルト・ローゼンブルクでありながら、エルデガルト・ローゼンブルクではない。
 彼女は今、人形狂いではない。自分で自分に課した使命を果たすまでは、絶対に戻るわけにはいかない
 だからこそ、反抗的な目をイライザに向ける。理念を理解出来ないからこそ…いや、ある一定の理解は示せるかもしれない。しかし、しかしだ。

「……姉様、貴方は手を血で染める人間ではないでしょう?
 貴方にとって手を穢す事が美しいと? いいえ、いいえ、違います。あの日あの時、姉様が言った言葉こそが美しさの真実です。そんな……そんな惑わしに揺らぐような姉様が、このドレスを選ぶ筈が有りません。
 この私に出来て、姉様に出来ない事はないのですから。……だから、……だから姉様、貴方の言葉をそのまま、言います」

 キマイラに差し出されている剣を一瞥しながらもエルデガルトはキマイラから視線を外さずに口を開き、言葉を紡いだ。

「――どんな時でも自分を強く持ってください姉様。貴方は、これ以上堕ちてはいけない」


>>キマイラ、イライザ、バルコニーAALL

10ヶ月前 No.432

佐渡 @clock☆VeghuuvPddk ★OC0h87p694_JdE

「――London Bridge is broken down, broken down, broken down,」

 薄暗い部屋に亡霊じみた人影が揺れる。
 聞こえるものは幽かな歌声を除いて他になく、ガラスケースに映るは生気を失った緑色の瞳。

「London Bridge is broken down, my fair lady.」

 うわ言のような調子で歌いながら、エルザは両腕に抱えていた容器を床に向かって傾けた。流れ出した液体が音をたてて床に飛び散り、間もなく鼻をつく臭いが室内に充満する――灯油の臭いだ。
 ひととおり灯油を撒き終えたエルザは顔をあげて部屋を見渡した。はっきりとは見えないが、宝石やドレス、長い年月をかけて買い集めた宝の数々がこの部屋には眠っている。尊いものたち。あらゆるものを失ったこの手に最後に残った、唯一無二の美しいものたち。
 懐からマッチ箱をとりだし、迷いのない所作で棒に火をつける。
 ふと、エルザの視界に一際大きなガラスケースが映った。裸のマネキンが立てられているだけのそこには、以前はエルザが一番大切にしていたドレスが飾ってあったのだ。

「――――さようなら、私が愛した楽園(エデン)」

 ふっと、僅かに細められた双眸は一体なにを捉えていたのか。
 乾いた唇は不意に弧を描き、マッチ棒がするりと手から滑り落ちていった。

 *

 耳を劈くような爆発音が響き渡る。粉々に割れた窓ガラスから煙が吹きだし、火は屋敷の一角をたちまち赤く染めあげた。バルコニーの隣――マダム・エルザのコレクションルームだ。
「火事だ!」と誰かがすぐさま叫んだ。しかしもう手遅れだった。炎は念入りに撒かれた燃料を喰らい尽くし、じきに乾いた冬の空気を伝って隣部屋や階下にまで至るだろう。
 逃げ惑う使用人たちの怒号や悲鳴が屋敷中にこだまする。いち早く扉を押し開けたドミニコは、そのまま扉を押さえながら屋敷の中に向かって声を張り上げた。

「いますぐ正門の鍵を開けろ! まだ火の伝わりは遅いようだが、一度燃え広がっちまえばあっという間だぞ!」
「し、しかし、まだ中にエルザ様やお嬢様たちが……!」
「馬鹿、いちいち声までかけていられる場合か! いいか、ローゼンブルク家の歴史はここで終わるんだ。俺たちもそろそろ悪夢から目覚める時なんだよ!」

 軋んだ音をたてて重厚な門が開け放たれた。次々に外へ出ていく使用人たちの背中姿をひととおり見送り、ドミニコも扉を全開にして屋敷から出ようとする。出る直前、一瞬気がかりそうに大広間の方を振り返ったが、すぐに前を向くと勢いよく外へ駆け出して行った。

 静まり返った屋敷にふたたび爆発音が響き渡る。
 選ばれし演者のみを舞台に残し、閉じられた楽園は今まさに朽ち果てようとしていた。


Last event《 Enclosed Eden 》 16.01.07〜

10ヶ月前 No.433

疾風 @yuika10☆/I6eiMaHxFai ★bGyEkAoikT_81E


【ロゼッタ=シェルノサージュ=レジェンダー/自室←大広間】

自室に居て、少し落ち着いた時のことだった。私は、エルザ様への恩赦や此処で過ごした日々を思い返した。ロキと再び出会えた事。ここで、私の事を「先生」と呼び、慕ってくれた同じ使用人の者のことを。また、同じ使用人として働いていた皆にも。私にとって、最初の幸せを感じたことだったのだ。

何か、異変を感じた。私の中の第六感が、危険を察知する。バイオリンとひそかに隠し持ったお金を抱えて、上の階へ上がる。変だ。そして、その危険な予感は的中したのだった。エルザ様のコレクションルームが燃えている。紙が燃える、異臭。きっと灯油が揮発した匂い。揮発した灯油が蒸発し、燃えたのだろう。それか、早期に燃やしたのか…。中々強烈な上に染み込む匂いなので。ちょっとした知識があれば、わかることだった。私は、このことを皆様に伝えなければならないと感じた。

私は走って駆け降りる。その姿は使用人というよりも普通の少女のようだった。私はその時に、マダム・エルザ様が燃やしたのではないかと考えた。今思えば、分かることだった。精神の追い詰められたエルザ様。恐慌に及ぶのは自分が一番わかったはず。なんでもっと早くに気が付かなかったのだろうか。

私は、顔の事も忘れて、大広間のドアを勢いよく開ける。そしてこう叫ぶ。


「火事です!!! いますぐ逃げてください! 」


そういって、ロキの場所を一瞬で探した。いない…? そんな。でも、ロキのことだ。逃げてくれるはずだ…。そう思いながら、私は窓を閉める。家事の時には、窓を閉めるのが常識的だからだ。

皆さんの返信を待ちながらも自分自身も逃げる準備を早々にし始めた。この場所にいた時間は、永久では無かったのだ。永久に使えることは無くなってしまった。でも、最後は皆様の役に立ちたい。そう思いながら。返答を待った。


>>all様

10ヶ月前 No.434

絡繰 @ne9rodoll ★wgm3NQbNwV_glG

【グレイ・ローゼンブルク/バルコニー@】

 碌に力の入らない躰が恨めしかった。狂気に塗れた思考はまともな動作をせずにただ震えを伝達する。口元に宛がわれた指先から漂う白い医者の甘ったるい香りが鼻孔を侵し、さらに思考に靄をかけ、反射的に力を入れてしまった歯がイライザの白磁の指の薄皮一枚を貫く。口元に流れ込んだ僅かな血液の味に我に返り、口元の力を緩めた瞬間、視界を覆われる。耳元に刻み付けるように、母が幼子に諭すように囁かれる本能を暴く言葉に脳髄が震えあがる思いがした。しかしその言葉に狂気へ引きずり込まれるだけでなく、恐れを感じた。美を久遠に、生命の理に反して、美しさを永久にその手の内に閉じ込める。その行為がいかに世の摂理に対しての謀反か、分からないほど僕は馬鹿ではいられなかった。首筋に走る針が差したような痛みとともに明確な彼女の底知れぬ狂気への畏れが滲みだす。
 なぞる様な舌の蠢きの感触を残して離れた彼女は【地獄の天使】ことルイスの亡骸の首元に手を伸ばす。その指先が何かを弾いたと思った次の瞬間、確かにその鼓動は脈拍を刻むのをやめたはずの身体が、動きだす。作りものの瞳が現世を捉え、壊れかけのラジオのような継ぎ接ぎの声を紡ぎ出す。ぞっ、と背筋に悪寒が走る。そこに生じたのは明らかな恐怖、嫌悪感だった。確かにあの”人形”は美しかった。それこそ自らも其れを手にしたいと願ってしまうほどには。それでも、今まさに舞台上で快活に舞い続けるヴィヴィニィのような今を生きる生命の活力を携えた美しさには敵うはずもないのだ。所詮は屍。死によって作られる美も、そもそも生がなければ成立しない。ヴィヴィニィが言うように、限りがあるからこそ生まれる美というものがあるのだ。”感情”という人間の根源が存在しない操り人形は、生きとし生ける人間と並んでしまえば、その美しさは霞んで見えてしまった。そして、イライザから楽しくて仕方がないと言った声音で放たれた言葉に戦慄を覚える。僕は、あのルイスのようにこの存在を永久のものにされてしまうの?あの、優しかった、熱を出した僕の頬に触れた手で、僕は生を奪われる?僕の思考は一気に、生を失くし屍という名の美しき人形に成り果てる恐怖に塗り替えられる。

 そんな恐怖にすら耐えることの出来なかった愚かな僕が零したこの場で滅ぶことを哀願した言葉に、仮面を外しその素顔を晒したイライザは俊敏に何の躊躇いもなく反応した。その場を動けずに座り込んだまま呆然としていた僕の頭部にごり、と金属の冷たい感触が伝わる。黒金の鉄塊の持ち主に視線を傾ければ、その素顔は引き攣れた大きな傷跡に覆われていた。深淵を想像させる漆黒の窪みからは赤黒い血の涙が流れ出ている。場違いにもまた一つ彼女の本質を知れた、と僅かな喜びが浮かび上がる。銃を突きつけられた僕はひどく冷静だった。確かにこの場での死を望んだ。信じたいイライザの元へ寄り添っても、何時かあのルイスのように生を奪われたただ究極の美だけを求めた姿になる末路ならば、ここで死ぬのも本望かもしれない。どうしようもできない。救いようがない。強くなれない。何もできない。自らの後悔と自嘲に潰されたままその銃弾を拒まぬようにと瞳を閉じた。
 瞬間、耳に飛び込んできた、愛したいと、守りたいと思った人の声。そのエトワールの声は心臓が引き裂かれそうになるほど悲痛な声で。ぶつけるように掛けられた言葉に胸が締め付けられる感覚に襲われる。わからないという酷く純粋な救難の声は今の今まで自分が抱えていた想いと一緒で。僕は、何をしていたんだと、ハッと顔を上げる。今までに見たこともないような、確実に傷を抉られている彼の表情が視界に入る。

――――そんな顔を、させたかった訳じゃないのに。

僕は馬鹿だ。自分のことばかりで。自分が楽になりたいという我儘だけで。僕は決して零してはいけない言葉を紡いだのだ。苦しいのは僕ばかりだと勝手に思いこんで。僕は彼を遺したまま、自分だけ救われようと、死という救済を選ぼうとしていた。遺された相手の気持ちも想像せずに。こんなの、弱虫だとかそんな話じゃない。ただの、ひたすらに弱いばかりのそれだけしかない人間じゃないか。なんて情けない。
 溢れた感情のままに蹲ったままの身体を叱咤し動かそうとしたが、それは鋭いイライザの声と頭の拳銃に遮られる。そして、耳に入り込んできた内容に目を見開く。”シュテルン”という聞いたことのない名と共に語られる彼の禁忌であろう記録。呼吸が、上手く出来なかった。どれだけ探っても見えなかった彼の真実が、いとも簡単にイライザの手によって暴かれていく。あぁ彼は、大切なものを過去に落としてきてしまっていたのだ。亡くしていたのだ。彼の”本物”と共に。それなのに、僕はまた、彼から奪おうとしていたんだ。きっともう何もかもを差し出していた彼から。胸の奥から激情が湧き上がってくる。僕は、僕自身が許せない。それは明確な自身への怒り。目の前の、大切なものさえ守れなくてなにを僕は優しさだなんてほざいていたんだ。彼の抱えていたものも知らずに。弱いから?変わりたくないから?怖いから?ふざけるな。そんな甘えで、エトワールを、愛そうと、愛してほしいと思った人を傷つけていいものか。

 いつの間にか躰の震えは止まり、揺れ動いていた瞳は真っ直ぐにエトワールを見据える。灯が消えた瞳で震えた剣先を拳銃を構えたイライザに向ける彼。これ以上彼に痛みを与えちゃいけないでしょう。星空の瞳から零れ落ちる涙は、流した本人にさえ拭ってもらえない。ならば、それを拭ってあげなくてはいけないでしょう。強く、拳を握りしめた。小さく、布から絞りだされた一粒の水滴ほどの声で呟く。

「イライザ先生、ごめんなさい。」

 次の瞬間、丁度ヴィヴィニィがイライザに対して剣を振り上げ、彼女のチェスターの駒爪がルイスに向かった時。動くことを諦めていた足を全力で稼働させる。それこそ大広間を走り抜けたイライザの風のような速さと違わないほどの疾風の如く素早い動き。こめかみに突きつけられた銃など見向きもせず、それこそ其の引き金を引く時間すらも与えずにその場を駆ける。行動を見せるとも思われていなかったであろう僕が突然な動きをしたらそれは恐らく驚きに値する行為だろう。向かうは一直線。走り抜けた勢いのまま、剣先を避け、エトワールの首元に両手を伸ばす。ふわり、と慈しむように、守るように目の前の彼を抱きしめた。

「ごめん、ごめんなさい……僕、君にとっても酷いことしようとしてた。ごめんなさい。……大丈夫。君は、”エトワール”だから。何にも代えがたい、僕だけの綺麗な星。エトワールだよ、ねぇ……。」

彼の耳元に落とすように、零れそうな自身の涙を堪え、上擦りながらも柔く穏やかに言葉を紡ぐ。剣を持つ彼の手に自らの手を添える。震えた手に少しでも体温が伝わるようにぎゅう、と握り込んだ。

「……いいんだよ、もう僕はここに居る。君の傍に居る。だから、君がこの剣を持つ意味は、誰かを傷つける意味はないんだよ。ごめんね、僕が、弱かったせいで、君のこと傷つけた。」

少しだけ、ほんの少しだけエトワールの言葉で強くなれた、意思を持つことが出来た。エトワールを失いたくない。傷つけたくない。それは、自身も狂気に染まりきりイライザと姿を消すことを遥かに凌駕した意思であり、願いだった。それが伝わるように強く離さぬように彼を腕の中に閉じ込める。

 その時、大きく響いた爆発のような轟音に肩を震わせる。
今度こそ本当の、この楽園の崩壊を告げる音を聞いた気がした。

エトワール様、イライザ様、(バルコニーALL様)>>

【期限を越えてしまい、お返事遅くなり申し訳ありません。頃合いかな、とグレイも意思という名の強さを少しばかり持たせました。とうとうラストイベント開始ということですが、どうぞ皆様最後までよろしくお願いいたします。】

10ヶ月前 No.435

銃刀使いの使用人 @kaizelkai ★kdFzi0ED3j_mgE

【クラガミ・シンスケ/バルコニーA】


 これだけ明確に、鋭く怒りを向けているはずなのにヴィヴィニィは子供のように純粋な笑顔を浮かべていた。少しは反省でもしてくれた方が嬉しかったが、笑顔を返されては怒るに怒れなくなってしまう。あれだけあった怒りは霧散し、はぁと長く呆れた一息を吐く。これが彼女であったと改めて認識する。だがせめて一言だけごめんとか言ってくれた方がと良いと思ったが、それは次の機会にしよう。今はこの状況をどうにかする事に専念にする。


「 えぇ、わかっていますとも。貴方はそういう人でしたね。なら俺は、それを見届ける事にしますよ……判断はこちらで考えますから。どうぞ、思い切ってください。
―――シンスケって呼んでもらえるなら、俺は”ヴィヴィさん”って呼んだ方が良いのか……む、難しいな。 」


 使用人らしく振る舞いを続けているが、若干彼女に呆れた反応を示す。彼女自身で決着をつけると聞いて、自分はその場から手を出さないようにする。危なくなったら、止めるつもりではいるが。そいえば彼女は自分の名で呼んでもらっている。自分もそう呼んでいいるのなら、この前のお祭りの時のような愛称で呼んだ方がいいと思う。だが相手は年上、そこにさん付けで呼んだ方がいいのか悩んでしまう。仲の良い異性の呼び方なんて、初めて考えている。今までは単純に様付けだったから、考える必要はなかった。この状況下で、彼女の呼び名について考え込んでしまう。



 イライザに銃を突き付けられてたグレイはイライザから逃れるように、走って行く。そしてエトワールの元へ駆け寄って彼を抱きしめていた。どうやらエトワールの説得でグレイは選んだのだろう、イライザよりもエトワールを。あとはキマイラだけだが、彼女はエルデガルトが説得をしている。最初はイライザに進んでいった彼女だ、姉妹の言葉に耳を傾けてくれるだろうか。ともあれこれでイライザを守る盾はもうない。ヴィヴィニィから妹の事を頼むと言われていたので、これで姉妹を守る事に徹する事が出来る。だが突然、下から爆発音が響いた。屋敷の中から漂う何かが焼ける臭い。それは屋敷が燃えているという事実であった。


「 誰かが屋敷に火を……早く逃げないと、此処も危ないな。」


 誰かが屋敷に火を放ったようだ。下から多くの人の叫び声が聞こえる、避難は勝手にしているようだ。冬の空気は乾燥しているから、火の周りも速い。こちらにも火が回ってくるだろう。まるで屋敷の主がいなくなったように、この屋敷が崩壊を始めたような気がした。


>>ヴィヴィニィ、イライザ、ALL


【あけましておめでとうございます。最後まで、よろしくお願い致します。】

10ヶ月前 No.436

キマイラ @september9☆l2RtaxPLX0X6 ★80jDqOFPYR_M0e

【キマイラ・ローゼンブルク/バルコニーA】

 自分を追ってきたエルデガルトに、諭すような口ぶりで話しかけているイライザを片目に見やりながら、キマイラは力なく頭を垂れる。すべてを投げ打って、地位を捨てて、彼女と共に高みへ昇り詰める、そう決めた筈なのに。この家にも、姉妹にも何の感情も抱いていなかった筈なのに。
 どうして、こんなに胸が痛むのだろう。

 俯いたまま、瞑っていた目を開く。視界に、自分の足が映った。土埃で汚れ、地面で擦れ薄赤色になった足。これが、すべてを捨て、罪を背負った自分の姿、その全てなのだろう。

 醜いと思った。意味もなく口から笑い声が溢れ、視界が濁る。こんなに醜いものを抱え、こんなに穢れてまで、自分は自らの追い求める「美」に縛り付けられていたのだろうか。――ああ、そうだ。イライザの言うとおりだ。もし地獄に天使が居るのだとしたら、それはきっと自分と同じ姿をしているだろう。己の欲するものを追い求めるがばかりに、本当に大切にしたかったものに気づけなかった者。気づいたときにはもう手遅れになっていた者。哀れで醜く、ぞっとするほどに悍ましい、人の形をした地獄。

 それが、この私だ。

 かろうじて人の姿を留めている内に、彼女にだけは謝っておこう。この口が人の言葉を喋れるうちに、彼女に――エルデガルトにだけは。
 口を開こうとした刹那。力なく垂れていた右腕に、恐ろしく冷たい物を感じた。徐に、右手の先へ視線を向ける。其処には、きらびやかな装飾が施された剣(つるぎ)が、イライザの手によって強制的に握らされていた。なぜ、どうして、こんなものを、イライザに訪ねたいことは次々に浮かぶ。しかし、口が動かない。 固まったままのキマイラの耳に、余りにも酷(むご)い「契約」の言葉が囁かれた。

「――……ああ、そん、な…………わたし、は……私は…………」

 重厚な剣を持った手は、力なく垂れ、苦い涙が頬を伝う。霞む視線の先に、強い意思の宿った妹の碧眼と、月光を受けて煌めく紫のドレスだけが、やけにはっきりと見えていた。紡がれる彼女の声。まだ、まだ手遅れではない、戻ることが出来る。そう静かに訴える妹の声が、周りの喧騒に交じることなくはっきりと耳に届く。しっかりと聞こえているのに、それを遮るかのように先程のイライザの言葉が脳内で繰り返されていた。
 血の契約を、地獄を、死を、私に。
 心地よかった「我が君」の響きさえ、今は胸を切り裂くかのよう。されど、もう楽園に帰る事は赦されない。原初の罪を追った者らが楽園を追放されるのと、同じことなのだ。しかし、かのカインとアベルの如き、姉妹(きょうだい)殺しの罪。それを背負うほどの覚悟を、自分はまだ持っていない。

 涙だけは、何も言わずとも止まることなく流れた。右手の剣を力なく引きずりながら、先程のイライザの言葉に突き動かされるように、ゆっくりと足を運ぶ。エルデガルトの着ているディープ・パープルのドレス。それに縋るかのように空いている左手を伸ばし、涙で頬を濡らしながら、言葉を吐き出した。

「ねえ、私、どうすればいいのかしら…………決めた筈だったの、それなのに……それなのに…………ねえ、エルデガルト……ごめんなさい……」

 上手く喋れない。身体中の力が抜けていく。剣が手から滑り、大きな音を立てて床に落ちた。キマイラもまた、エルデガルトの前に膝から崩れ落ちる。親に叱られるのを怖がる幼子のように肩を震わせ、謝罪の言葉を只々繰り返していた次の瞬間、ざわついていた頭の中に、ひときわ透き通った声が響いた。

『――どんな時でも自分を強く持ってください姉様。貴方は、これ以上堕ちてはいけない』

 目を見開く。顔を上げる。其処には、月の光に照らされた、何よりも美しい妹の姿があった。揺るがぬ決意を持ち、何者にも屈することのない強さを湛えた彼女。原初の美とは、決して揺るぐことのない美とは、この事だったのか。追い求める事をせずとも、自らの立場を捨てずとも、それは初めから、こんなにも自分の傍に在ったというのに。どういて、こんなになるまで気づかなかったのだろう。

「……エルデガルト」

 何よりも美しく、そして愛おしい我が妹の名を、キマイラは呼んだ。そして、震える唇をぎこちなく動かし、言葉を続ける。

「――――私、どうすれば…………どうすれば、貴女の姉に、戻れるかしら…………?」

>イライザ、エルデガルト、バルコニーALL

10ヶ月前 No.437

とと田 @totototo☆pZFOWxlGRjQ ★Android=4OhkCRUD6l

【ベイリー・ローゼンブルク/大広間】



「駄目、じゃない…………」

 カナニトの言葉は、とても簡単だった。意味が明確で、単純で、真っ直ぐで、でもだからこそ、ベイリーにとってはどんなに複雑な物言いよりも難しいものだった。頭では理解していても心が追いつかなかった。やっと絞り出せたのは短く、覚束無い返事のみ。自分がどこまでも無力な人間になっていくのを、むしろ最初からそうであったことを、強く認識させられてしまう。己が望む己はもうどこにもいなかった。ベイリーはちらりと横を見る。優しさとは強さなんだろうと、思った。カナニトは優しくて強かったし、何より美しかった。
 この子はどんなわたしだったとしても、側にいたいと言ってくれるのだろうか。ずっと昔に止まったままの、淀みで燻っているままの、わたしの時間を欲しがってくれるのだろうか。もしそうなら、それはきっと、幸福なことなんだろう。

 ベイリーは右手をカナニトの方へ伸ばし、銀に輝く髪をかき混ぜるように撫でた。何に恐れているのか、わずらわしいほど丁寧な手つきでカナニトの頬の輪郭を手のひらでなぞる。慈しみの色が籠った瞳をうっすらと細める。

「わたしはね……ずっと貴方と、仲の良い姉弟のようにくだらない喧嘩をしてみたかったの。友人のように談笑したかった。恋人のように手を繋ぎたかった。親子のように、貴方の行く末を祝福してあげたかった。貴方の身体に散らばった傷を見ると、安心した。どれだけの苦痛があったのか、どれだけそれを我慢してきたのか、分からないけれど。でも、確かに痛みがそこにあるんだって、知ることができるから。貴方について唯一、言葉を交わさなくても知れることだから。だって心は目に見えないでしょう」

 それはまるで、懺悔のようであった。

「本当は最初から、心を聞けば良かったのね」

 けれど、希望を唄うような光も、あった。


 ベイリーは眉を下げて、泣きそうな顔で微笑んだ。今までのどんなものより、優しい表情であった。


 すると、屋敷の上の階から唐突に、爆発音が響く。ベイリーはイライザが銃を発砲したときや眩い光に視界が奪われたときのように、驚いたりはしなかった。むしろこうなることを、どこかで漠然と予感していた。

 ――わたしは、いつまでぐずぐずしているの。

 ベイリーは腰を上げ、立ち上がった。ロゼッタの火事という言葉に、やはりそうかと納得する。恐らく母が屋敷に火を着けたのだろう。ベイリーは一つ大きな深呼吸をして、カナニトの目を見た。

「わたしは、まだやらなきゃいけないことがあります。火はもう消せないでしょうから、この屋敷は遅くないうちに火の海です。そして、全て灰になってしまう。わたしはせめて、ここに、ここにあるものたちに、お別れを告げたい。ぎりぎりまでは、ここに残っていたい。この楽園が終わってしまうまでは、秩序を保ち、矜恃を抱く、ローゼンブルクの三女でいたい。ごめんなさい、勝手なことを言って――危ないから、貴方は早いうちに外に出てください」

 今回の謝罪の言葉は、先程のものとは違い、強い意志や自信に満ちていた。敬語に戻したのも、彼女なりのけじめであった。ここにいる間はこの自分でいたいと純粋に思った。
 変わってしまうものはある。その変化が例えば終わりに向かっていくものであっても、それに真摯に向き合いたいと。それがベイリーの答えだった。



>>カナニト、ALL

10ヶ月前 No.438

イライザ・リー @papillon ★6ycWB2hnsK_mgE

【イライザ・リー/マダム・エルザの部屋:バルコニー@、A、B→(退場)】


 声が聞こえた、ような気がした。

 イライザの耳には確かに届いていた、か細い歌声。全てを失い狂った女王の、最早子ども達には届かない童歌(わらべうた)。それはかつて心底愛したひとの声、今は何処までも遠い声。

『――――さようなら、私が愛した楽園(エデン)』

「さようなら、歪んだ王国を統治せし、赤の女王陛下……あなたが守り続けた、〈閉ざされし楽園〉は、今宵今こそ焼けて落ちる」

 次の瞬間、凄まじい爆発音が響き渡る。バルコニーに面した窓硝の一部が木端微塵になり、その隙間から真っ赤な業火が悪魔の舌のように噴き上がる。マダム・エルザのコレクションルームから巻き上がった焔は、バルコニーを赤く朱く紅く染めた。繰り返す爆発を知りながら、真っ赤に照らし出されたイライザの横顔は、事態を無視するかのように、あまりに静かで穏やかな微笑を浮かべたままで。

「実に素晴らしい頃合い、そろそろ〈あちら〉も、終演の頃」

 その時、まるでコレクションルームの爆発に呼応するかのように、突然恐ろしい轟音が響いた。屋敷の側、森の辺りで巨大な火柱が上がり、夜空を喰い尽くすかのごとく高く高く天を紅蓮に染め上げる。その位置を見れば屋敷の者なら火元が何処なのかは瞬時に察する事が出来ただろう、それはかつてイライザが管轄していた裏庭のThe Poison Garden≠セった。

「何もかもが灰塵に帰する。幾ら世界が広くとも、最早誰も〈地獄の天使〉を生み出す事は、不可能……このわたくし以外、このわたくしの頭脳以外では。わたくしさえ永遠に生き続ければ、崇高たる我が久遠の計画は、永久に絶えはしない……故に、故に故に、――――灰は灰に、塵は塵に、土は土に」

 そう、イライザは彼女の研究の全てを闇へと葬り去る為に、The Poison Garden≠ノ時限式の爆破装置を仕掛けていたのだ。あらゆる証拠も、資料も、研究結果も、全てはイライザの頭の中にある。今となってはあの場所は不要であり、最早無用だったのだろう。

 紅き地獄の業火こそが、イライザの新たなる〈至高の旅〉の門出を飾る、神への宣戦布告の狼煙となる。

『……っ、ぁ、やだ、聞かないで……知られたくないっ……!』

 燃え盛る焔の轟音に掻き消されそうになりながらも、確かにイライザの耳に届いたエトワールの悲壮に満ちた、懇願。その言葉に、イライザは邪悪さに満ち満ちた微笑に唇を吊り上げながら、細めた隻眼を射るように彼へと向ける。

「卑怯者。愛しいひとに、過去の真実さえ知らせず、愛を乞おうとは。ねえシュテルン=Aあまりに虫が良過ぎると、そうは思いませんか?」

 フィルムが廻る音に似て、滑らかに、そして容赦なく。きゅらきゅら、きゅらきゅら。
 邪過ぎる自信の所業を棚に上げ、イライザはせせら笑うように小さく息を吐きながら無慈悲に言葉を突き付ける。塞がり掛けた古傷を刃で抉るがごとく、彼がこの世で最も嫌うであろう呼び名を繰り返すイライザは、エトワールの瞳から温かな人間らしい輝きが消えたのを見逃しはしなかった。
 鋭利な剣を手に取り、自身へと向けるエトワールの姿にイライザも応えるように三日月に似た青白い剣を向ける。

「これ以上、奪わないで? もう、なんにもないのに? ――可哀想なひと、そして、悲しいひと。何を今更、奪われるものなど、貴台には何一つとして無いでしょう? 生まれた時から、元々貴台には何も無かった。その手で握れるのは、どす黒い血と罪と、傷付け壊す刃のみだったでしょうに……哀れな星屑、永遠の闇夜に、わたくしが還して差し上げましょう」

 とどめを刺すように、イライザは愉快そうに高らかな声で告げた。震える刃と、迸る涙。エトワールの心を再び壊し、何もかも奪った薄ら暗い快楽に微かに一度、イライザは震える。


 最後に奪うは、貴台の命だ。


 その時だった。

『イライザ先生、ごめんなさい』

 ふっと風が流れて、イライザの燃える血潮の色をした隻眼が大きく見開かれた。

 銃口を向けたままだったグレイの姿が、イライザの視界から消えた。風のような速度で、あのか弱く、儚く、何も選択出来なかった美しい淑女が、自らの足で飛び出したのだ。
 エトワールの傍へ駆け寄り、彼を抱き締めるグレイの姿を、イライザは何処かぼんやりとした表情で見つめていた。その笑みは随分と薄れたものとなっているが、恐らく無自覚の様子だ。

「そうですか。あなた様は、〈永遠〉ではなく〈星〉を選んだのですね。それがあなた様の選択であるならば、わたくしは謹んで、それを受け入れましょうとも」

 先程、グレイが噛んだ指を見た。彼女の小さな犬歯が噛み裂いた傷からは、ぽたりぽたりと今も鮮血が零れて落ちる。そっと手を口元に持っていくと、イライザは傷ごと指を口内に入れ、さも愛おしげに冷たく赤い舌を這わせる。愛した者の付けてくれて傷を、ただ一人で、愛で続ける。

 やがてふと、何かを思い出したように指を口元から離すと、その手を頭の後ろへと向ける。イライザは濡れた指で、髪を束ねている蜘蛛の紋章が刻まれた髪留めを外した。ふわりと長い長い髪が、夜風に靡いて白亜の翼を模してイライザの背後で広がる。まさに堕天使のごとく、銀の月光と赤い焔を受けて、その翼は大きく羽ばたきそうに見えた。

「わたくしが、物語のお仕舞いに、愛したあなた。一つ、たった一つだけ、あなた様にお願いが御座います。この髪留め、リー家に代々伝わる宝を、どうかカナニトに渡しては下さいませんか? これは、わたくしを追って来なかった、あの戦場(いくさば)の似合う少年への〈道標〉。あの少年がもしも望む時があれば、全てを与えると、わたくし約束したのです。わたくしは、嘘吐きには成りたくありませんの。ですから、どうかお願い致します……わたくしに、最後のお慈悲を」

 まるで子を愛でる母のような、先程までとは全く違う優しげな笑みをグレイに向けて。身を屈めると、イライザは外した髪留めを床に添わせるようにして投げる。大理石の床を滑りながら髪留めはグレイまで届き、ちょうど彼女の足元で止まった。

 実はその髪留めには秘密がある。仕掛けが施してあり、それを解くと髪留めが小物入れのように開くのだ。
 中には小さな白い鍵と、古い地図が二枚入っている。一枚は、この薔薇の一族の屋敷からは遥か遠い、とある国への地図。その国にはリー家が代々住んでいた巨大な邸宅があるのだが、それは随分前に放棄されて、今は不気味な廃墟と化している。そんな邸宅の地下室へと導く地図も添えられており、白い鍵は地下室の入り口の扉を開く為のものだ。
 もしカナニトがいつかその国を訪れ、地図の通りに邸宅の地下へと導かれて、地下室の扉を開いたとしたら。其処には脈々と続いたリー家の当主たちが集めた、世界中のありとあらゆる書籍と、彼らが研究し纏め上げた膨大な量の資料や研究結果が残された巨大な図書館が広がっているだろう。カナニトが望んだ〈世界の全て〉が、其処にある。
 それはイライザにとって、自身を選ばなかったカナニトへの、せめてもの餞別だった。

10ヶ月前 No.439

イライザ・リー @papillon ★6ycWB2hnsK_mgE

 視界の隅に翻る深い紫のドレスが動いて、イライザはぐりんと異様な動きでそちらへと瞳を向ける。人間に興味を向けなかった、人形狂いな彼女にしてはひどく珍しく、感情を露わにして大きな声で叫ぶエルデガルトを見据えて、イライザが再び氷のように冷たい嘲笑めいた笑みでその顔を象った。

「お人形が、理解してくれた、と。そうですか……くだらない、くだらないくだらないくだらない。あなた様はいつも現実から目を背け、暗いお部屋に引き籠り、閉じこもってお人形遊びに明け暮れてきた。それを今更、何を変えられると? 諦めて下さいませ、諦めて、諦めなさいませ。あなた様が約束など、果たせる筈もないでしょう?」

 反抗的な、強く揺るがぬ意思を感じさせる、エルデガルトの眼差し。彼女のこんな瞳を、イライザは今まで見た事が無かった。面白い、イライザは声に出さずに唇だけをそう動かすと、真っ向から彼女の刺すような視線を受け止める。

「全て手遅れ、何もかも遅い。割れてしまった硝子細工は、どんなに上手に繋ぎ合わせても、破片を元には戻せない。麗しき薔薇の一族は、最早砕け散ってしまったのです。少しずつ浸食していた罅を無視して、目を背け続けた結果が、この幕切れなのですわ。壊れたものは直せない、解けた糸は朽ち果てて、時計の針は戻せない。もう時間は無い、全部遅過ぎる。だからこそ、血に汚れるからこそ美しい、堕ちるからこそ唯一無二となる。染まれば染まる程、闇は眩く輝くのだから……故に、これ以上、――邪魔をしないで下さいませ、エルデガルト嬢」

 自身が新たな君主と認めたキマイラの心を乱し続けるエルデガルトに、イライザは唇の片端のみを歪め、隻眼をも剃刀のように細く鋭く吊り上げると、先程までグレイへと向けていた銃口を真っ直ぐ彼女へと向けた。引き金に指を掛け、躊躇なく引こうとした。

 その横を、キマイラが力無くも、右手に輝ける刃を握ったまま通り抜けていった。イライザが、もう片側の口角を残酷に吊り上げると、エルデガルトに向けていた拳銃を下ろす。楽しげに、まるで観劇でもするかのような、場に相応しくない明るい口調で、彼女は何か小さな声で口ずさむ。それは先程も歌っていた『ロンドン橋落ちた』、この崩壊を、イライザは心の底から歓迎しているのだ。

「そうです、それでこそ我が主。キマイラ嬢、あなた様になら出来ます、必ずや完遂出来るのです。さあ、今こそその手でご姉妹の首を、その嫋やかに細く白い首を、呪われし刃の切っ先で落とすのです。わたくしはサロメのごとく、その首を求め望む。さあ、さあ、さあ……あなた様の望む永遠の美を、今、あなた様自身の手で生み出すのです……!」

 埃に汚れ赤く傷付いた素足も、破れ解れた豪奢なドレスも、苦い苦い涙に濡れたその真っ白な横顔も。堕ちて汚れたキマイラの姿は、イライザにとって何よりも好ましいものであったのかもしれない。自身と同じ、深淵の底にまで堕ちつつある、その姿は。
 だが、イライザの望みなど叶えられはしなかった。


 キマイラの手から剣が零れ落ちて、がしゃんと、けたたましくもあまりに空っぽな音を立てた。


 祈るように、許しを乞い、罪を償うがごとく。エルデガルトの前で膝から崩れ、泣きながら謝罪を続けるキマイラの姿。それを、イライザは先程までとは異なる、冬の凍空を映すような深紅の瞳で冷ややかに見ていた。その目には、普段感情を露わにしないイライザとしては珍しく、ありありと心の色が見て取れる。それは、何処までも冷たく冷酷な、失望の色だった。

「…………残念ですわ、本当に、残念です。キマイラ嬢、あなたであれば、あなただからこそ、わたくしは付き従おうと決めた。何物にも変えがたい、美への執念。この世の美しいもの全てへの、憤怒と、軽蔑と、渇望と、嫉妬。あなたであれば、わたくしと共に、天の高みの座にまでも、達しられるとそう信じていた……けれど、所詮、あなたも脆弱な人間でしかなかった。醜く、汚れきった、唾棄すべき存在でしかなかった。結構、もうあなたなどいりません」

 今となっては、キマイラはイライザの中に、先程までのような〈美〉を見出してはいないだろう。彼女の背中を見れば、イライザにはそれが手に取るようによくわかっていた。彼女は気付いてしまったのだ。イライザの掲げる死が放つ美しさより、エルデガルトやヴィヴィニィが持つ〈生きて、不条理と戦い続ける力〉こそが、この世界に蔓延る何よりも煌めく本物の〈美〉なのだと。もう、キマイラはイライザの持つ鳥籠の中には居ない。飛び立ってしまったのだ、真に美しき世界へと。
 もっと早くに、風切り羽根を切っておくべきだったが、もう遅い。


 ならばもういらない、己の手を離れた、青い鳥など。


「短い間でしたが、あなたと共に在れたこと、わたくしは思い出として、記憶の小箱に仕舞っておく事としましょう、――――さようなら、我が君」

 最早興味を失ったようで、イライザはキマイラに、最後の視線すら向けはしなかった。

 ふいに、イライザの唇から、小さな、弾むような笑い声が漏れた。

「結局、誰もわたくしには、ついて来られないという事ですね……気高き闇と病みの化身たる、ローゼンブルク家さえこの程度とは、全くお笑い種ですわ」

 同時に、イライザは恐ろしい素早さで銃口をクラガミへと向けると、一切の迷いもなく発砲した。立て続けに、凄まじい音を立てて、三発。

「塵、そう、あなたにはそう見えるのですね。塵、塵とは、また品性の欠片も無い喩えだこと。塵、それはあなた自身の事ではありませんか? 人の命を奪い、人の人生を蝕み、人の幸福を壊してきた、殺し屋風情のあなたが、塵などと口にするとは。あまりに滑稽過ぎる」

 放たれた三発の弾丸は、クラガミの爪先ぎりぎりの床に、綺麗に並んだオリオンの三つ星のように撃ち込まれていた。剣だけでなく、イライザは射撃をも学び、自在に対象を撃ち抜ける技を会得していた。それを彼に見せつける為に、あえて外してみせたのだ。

 イライザは、当然のようにクラガミの過去も調べ上げていた。彼が凄腕の、比類なき殺し屋であった事も、それを隠して使用人となり、ローゼンブルク家に従順に仕えている事も。イライザは彼を、惨めで哀れな存在としていつも影から見続けてきた。人間の命の輝きを一瞬に奪う事の出来る能力を持ちながら、哀れな虚構の一族に頭を垂れるその姿。自身と似た死の匂いを放っているのに、それを必死に隠して表舞台で踊っているように見えて、イライザはクラガミを滑稽な道化だと思っていた。

「あなたこそ、とてもとても臭いますわよ。幾ら隠そうとも、死を纏った腐臭は隠せはしない。それを隠して、偽ったまま、ヴィヴィニィ嬢と愛だ恋だと、嘯くのですか? なんたる恥知らず、なんたる醜さ、全くもって下種の極み……罰を与えて差し上げます、嘆きの河(コキュートス)に溺れなさい、永遠に永遠に凍て付く彼方へ」

 言い放つと同時に、イライザは残りの三発を目にも止まらぬ速さでクラガミへと放った。一発は額の真ん中、一発は首、一発は心臓の位置。全弾を確実に狙った箇所へと放ったイライザ。
 漂う硝煙の匂いの中、クラガミは果たして狂女の悍ましき魔弾を退ける事が出来るのだろうか。

 そして、遂に。遂にイライザは、魔の払う光の使いのごとき、美しく気高い剣士と対峙する。一切の隙は無く、それでいて何処までも麗しく、高貴なるその様。ヴィヴィニィ・ローゼンブルク、薔薇の一族、最後の切り札(ジョーカー)。
 撃ち尽くした拳銃を投げ捨て、三日月のように反った狂気の剣を握ったままの手をだらりと下げたまま、構えもせずに。完全に臨戦態勢のヴィヴィニィを前に、イライザは牙を剥くように笑う、嗤う。

「嗚呼、あなたにもわかりませんか、わたくしが目指す正真正銘、世界の理を塗り替える美の神髄が。わたくしは神に牙を剥き、悪魔を切り伏せてでも、真の永遠をこの世に齎すのです。ですから、〈これ〉は剥製などではないと、そう告げました。にも拘わらず、あなたは〈これ〉をがらくたと呼んだ……あなたも、所詮は人の子、わたくしの境地までは、届きはしないという訳ですわね」

 嘲笑を続けるヴィヴィニィに対して、くっくっと小鳥が囀るように、イライザは肩を震わせて笑い続ける。それは今まで見せてきた、無表情で無感情なイライザとは全く違う。未だに密やかで冷たいままではあるが、今まで秘め続けてきた凍れる熱情も、澱み凝縮された狂気と邪悪を垣間見せながら、イライザはヴィヴィニィの言葉を真っ向から否定していく。

「ならば、わたくしは人類史を拒否致します。終焉は文字通りの終わり。限られた未来など、所詮は滅びの元に灰に帰る、そんなものに心血を注ぐは、無意味で無価値。わたくしは限られた生命を覆す、其処から生まれるは永遠の平穏、久遠の平和、永久の美。美しいものが、美しいまま存在し続ける事こそ、人の辿り着くべき究極の楽園(エデン)。わたくしは儚きを憎悪する、足掻きを嘲笑する、滅びを唾棄する。あなたの語る歴史を、わたくしは偽りに変えましょう。そんな織物、わたくしが焼き尽くす」

 一瞬で踏み込み、目にも止まらぬ神速で斬り込むヴィヴィニィ。凄まじい速度で振り下ろされる、聖なる神が宿りし裁きの一撃。

「進歩などいらない、わたくしが望み、願い、祈り、欲するは美しき終わりなき終わりのみ。それを、あなたは否定する? でははっきりと拒絶して差し上げましょう、あなたはわたくしが最も嫌悪するもの、〈堕落〉でしかない、――――ベルフェゴールの全身は、慈雨と豊穣の神バアル・ペオル。わたくしは、あなたの背後に立つ神を、認めません」

 一瞬、イライザの姿が消える。いや、消えたかと思う程、不自然な位に低く、両足を大きく開いて地を這うようにイライザは身を屈めていた。そして全身のバネを駆使し、逆手に持って振り上げていた刃をヴィヴィニィの剣目掛けて斬り上げた。


 劈くような鋭い金属音がバルコニーどころか屋敷中に響き渡り、交わった聖と刃と邪の刃の間に蒼い火花が鮮やかに散った。

10ヶ月前 No.440

イライザ・リー @papillon ★6ycWB2hnsK_mgE


「ヴィヴィニィ、今こそ、今だからこそ、あなたにはお教えしましょう。わたくしがこの顔に、焼け爛れた十字を刻まれた、本当の理由」

 ぎりぎりと斬り合せた刃を交えて、二人は眩い月光に照らされて、拮抗したまま対峙した。その視線と視線、殺気と殺気、過去と現在と未来が交差して。

「あなたの父、ローラント・ローゼンブルク公爵が、どんな男だったのか、あなたは御存知? 聖人君子のような顔をして、女と見れば誰かれ構わず手を出す、醜悪な人物だったこと、あなたはマダムから聴いていらした? そして、これはマダムも知らぬこと……ローゼンブルク家とリー家、永き闇に結ばれた鎖に、繋がれたが故の毒」

 ふいに見た事も無い程、この世にこんなにも醜悪なものがあるのかと背筋が寒く成る程に、悍ましい微笑がイライザの全てを最後の魔物として彩った。

「ローラント様は、ある種最も身近な存在であり、所詮は使役する女でしかなかった、わたくしの母を、ある夜その手で…………たった一夜、たった一度の過ち。しかし、わたくしの母は身籠り、そして生まれたのが、――――このわたくし。故に、母はわたくしを罪の子と呼び、不義の子として持て余し、呪い、憎み……神の名の下に、罰した、罰し続けた。わたくしは、産まれながらに、生まれてはいけなかった、悪しき仔羊」

 砕け散った窓からごおっと恐ろしい音を立てて悪魔が赤い焔を噴き上げて、イライザの長く真っ白な髪が紅く照らされ、真紅の悍ましき巨大な翼がその背に広がった。


「イライザ・リー、それは忌み名。本当の、わたくしの名は…………!」


 イライザハ片手を素早く下ろすと、先程裂いたドレスの裾をさっと捲り上げた。黒いタイツを履いたしなやかな足、其処には黒い革のベルトで固定されたナイフがあった。それを引き抜くと、イライザはヴィヴィニィのフランベルジェの根元に強く押し当てる。イライザの手にあるナイフは奇妙な物だった。刃の背に、でこぼことした凹凸がずらりと並んでいるのだ。その凹凸に、フランベルジェの鋭利な刃が挟み込まれる。
 次の瞬間、きん、と澄んだ音がして。きらきらと、無数の流星が落ちていくように、白銀の欠片が幾つも空を舞う。根元からへし折られたフランベルジェが、大理石の床に突き刺さって小さく震える。
 ソードブレイカー、それはナイフの形をしてはいるが、敵の武器を破壊する為に作られた特殊な物である。イライザは最初からこの時を狙っていたのだ、ヴィヴィニィを密着して剣を交える、その瞬間を。

 イライザは眼前のヴィヴィニィの頭上に、悠然とした流れるような動作で剣を振り上げる。その真っ赤に充血した隻眼が月明かりに爛々と輝き、これ以上ない程唇を歪に吊り上げると、イライザはぽっかりと開いた左側の眼孔と同じ闇を吐き出す。


「――――消えろ消えろ、短い蝋燭。人生は歩き回る影に過ぎぬ」


 三日月を模した禍々しき刃が、今まさにヴィヴィニィへと振り下ろされようとした、その時である。

 鋭い猛禽の鳴き声に、イライザが思わず振り返る。
 まるで生きているかのように微笑みながら立ち尽くす、ルイスの亡骸。その顔目掛けてヴィヴィニィの相棒たるチェスターが襲い掛かり、鋭い嘴と爪で凶行を行っている様が、イライザの隻眼に映った。

 ひゅっとその喉が反り返り、言葉にならない奇妙な音がその唇から洩れた。

 反射的に、イライザがチェスターに向けてソードブレイカーを投げ付けた。野生の王者たる猛禽にそんな物は掠りもしないが、それでもその凄まじい殺気を感じ取ったのだろう、チェスターはルイスから離れる。

 風のような速度で、音も無くイライザはルイスの元へと走った。剣を床に置くと、チェスターの攻撃で倒れ伏したルイスの身体を抱き上げて、まるで泣いている幼子をあやすように、イライザは完全に正気を失くした笑みをその亡骸に向ける。顔の左側が大きく損傷した、悍ましい亡骸に。

「嗚呼、嗚呼、こんなに傷付けられてしまって……これでは、まるでわたくしと、同じではありませんか。けれど、けれど大丈夫、幾らでも、久遠にこのわたくしが、あなたを復元し続けてあげましょう。あなたはわたくしの生の象徴、死を退けた、超越せし証。何度でも、何度でも何度でも何度でも何度でも、わたくしは死を破棄し続ける、――全てを永遠に変える、その日まで」

 慈愛と狂いに完全に染まった、その微笑。悍ましく、そしてあまりにも深い、闇と病み。

 その笑みが、突然、静止した。


「あ」


 イライザの口から、深い溜息のような、小さな声が漏れ出た。
 その腹部に、深々と湾曲した青白い刃が突き刺さっていた。先程床に置いた、三日月のごとき剣がその華奢な身体を刺し貫き、突き抜けたその切っ先がどす黒い液体に濡れて、月光にてらてらと光を放つ。

 自動で動くとはいえ、所詮は制御され、決められた動きしかせず、定められた言葉しか紡げぬ筈の自動人形。屍を使った、哀れな人形。その筈のルイスの、青白い小さな両手が、恐るべき剣をもってイライザを罰していた。

 イライザが、ルイスを見た。その、刃を濡らす液体と同じ、紅の隻眼で。
 硝子で出来た、無機質な筈のルイスの瞳が一瞬涙に濡れたように、悲しげに煌めいた。



『心せよ、亡霊を装いて戯れなば、汝亡霊となるべし』



 軋み、歪んで、圧縮されたような、澄んだ少年の声が、確かにそう告げた。
 それは生前のルイスの声だったが、今はもう一つ、弦楽器のような女性の声が重なるように響いて。それは確かに、マダム・エルザの声に似ていた。

 イライザの傷口から、鮮烈なる赤黒い液体が迸った。それはルイスの傷付いた顔の左側にも流れ込み、液体でショートした歯車と導線がぱちん、と火花を散らす。次の瞬間には、ルイスの小さな身体は血液の色をした炎に包まれていた。
 高く高く昇る業火はイライザをも巻き込み、鮮やかな薔薇色のドレスを文字通り赤く、朱く、紅く、瞬く間に焔で彩る。

 刃からも業火からも逃れる事さえ出来ず、真っ白な髪も、肌も、その全身を紅に染めて。ルイスを抱くような格好のまま、声の一つも上げずに後ずさると、イライザはベランダの縁に阻まれて立ち止まる。
 燃え盛りながらも天を仰ぎ、ただ茫然としたように冬の夜空を見上げる。紅く染まる手を伸ばし、月に向けるが当然届かない。爪を立てて、握り込むようにしてもまだ届きはしない。

 はっ、と、その口から息が漏れる。それは、溜息というより、嘲笑に聞こえた。

「何だ……何という、事もない……こんなものか…………死など、温い…………」

 ごうごうと、亡者の叫びに似て唸り続ける焔に阻まれて、その声は揺らぎのようにしか聞こえない。しかしその冷めた空虚な呟きは、確かに人々の耳にまで届いた。

 と、ふいに照る月が何かに遮られる。見上げれば、そこには極彩色の雲とも霧ともつかぬ、群れなすものが空を覆い尽くすように舞い飛んでいた。それは、数えきれない程に群集した蝶。先程、イライザが自らの部屋の飼育容器から解き放った、いずれ冬に寒さに耐えきれず落ちる運命の儚き魂の軍勢。

 イライザが、もう一度手を伸ばした。それに惹かれるように、一羽の黒揚羽が舞い降りて、しかしイライザが纏う炎の衣に一瞬にして焼け落ちる。
 焔の奥底で、イライザが幼子のような邪気の無い微笑みを浮かべたのが、確かに見えた。


「美しい」


 更に求めるように、イライザが虚空に手を伸ばす。そしてそのままバランスを崩し、バルコニーの手すりを乗り越えて、音も無く転落した。

 燃える髪を真っ赤な翼に変えて、飛び立った紅い蝶々は夜の黒を照らし、しかしすぐに常闇に飲まれて、下界に消えた。


 麗しき薔薇の園に巣食いし毒蜘蛛は、夢見るままに蝶の羽根を奪い、真っ逆様に墜落していった。


>>ALL


【十三日の金曜日、我が娘にお似合いな、この夜に。
長らくお待たせしました、そして今までの傍若無人の全てをお詫び申し上げます。このような悍ましい狂女に此処までお付き合い頂け、心の底から参加者の皆様、そしてスレ主様に感謝しております。長い間、どうもありがとうございました。
この物語に携わらせて頂き、スレ主様に微力でも協力出来たとしたら光栄です。
そして、参加者の皆様に、ほんの少しでも楽しんで頂けたとしたら、私にとってこれほど嬉しい事はほとんどないと言えるでしょう。
これにてイライザ・リーはクロエの舞台より退場致します。どうぞ皆様、最後の最後、物語の御仕舞までこの物語を楽しみ、彩り、この素晴らしいスレの幕切れを華々しく演じ尽くしてくださいませ。今まで本当にありがとうございました!】

10ヶ月前 No.441

絡繰 @ne9rodoll ★wgm3NQbNwV_glG

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

10ヶ月前 No.442

疾風 @yuika10☆/I6eiMaHxFai ★bGyEkAoikT_81E

【ロゼッタ=シェルノサージュ=レジェンダー/大広間→庭園→屋敷の外の鄙びた小屋(〆)】


逃げてくださいと言った刹那。大きな爆音が再度聞こえる。ここも、もうダメなんだな、と。そう悟ってしまった。私は、泣きそうな顔になる。この展開は、兄と私が別れて行動しているときの寂しさに似ていた。使用人の声も、もうほぼ聞こえない。きっと皆逃げてしまったのだろう。私の事を知っている人間はほぼ誰もいない。そんな世界になってしまうのだろうか。この家も、もうじき果てるだろう。炎に飲まれた屋敷も幻想的で素敵だと、思う。でも、自分の母親たちとは違って、理不尽なことは少なかったように思える。そして、私はお別れの歌を歌いながら。大広間を後にする。それは讃美歌ではない。幸せそうな恋人と、この場所に似合うような、そんな歌だった。アリアで歌うべきその曲は彼女の歌声によって飾られていく。

ふと、昔のことを思い出した。私がまだ、パブリック・スクールにいた頃の話だった。管弦楽団に囲まれて、式典奏者として選ばれて弾いたバイオリンの音色。その演奏するときの照明の熱と、今のこの炎は少し似ていて、思い出させられる。私は、あの頃が一番花咲いていた頃かもしれない。そう思って。

私は、足取り重たく、ふらふらと歩く。一酸化炭素中毒になりかけていた。私には、両手に抱えるほどの荷物が存在していた。私は、まだ生きていたい。兄もそのはずだ。そう思いたい。まだ、独りぼっちにはなりたくない。私は、私は!! そう強く考えれば考えるほど、熱に侵され侵食されていく私の精神がものすごく嫌になる。私は、まだ大人になり切れてない。ただの小娘だと知っている。でも、それでも。それでも。抗いたかった。堕ちて、堕ちるまで。そのそばに居たかったのだ。

玄関をふらふらと出た直後だった。ドスン…。と何かが落ちる音。鈍い、肉の塊が落ちるかのような音。まさか…誰か落ちたのか? でも、私には確認する時間も無かった。私は急いで庭園に出る。そして、最後のお礼として、この屋敷に。歌を送る今年にした。私には音楽と学しかない。身分なんてものもない。だから。私は。この曲を送ろう。荷物を一旦、自分の隣に置き、バイオリンを取り出し、弾き始める。曲名は。


『サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン』


熱情的に奏でるこのバイオリンとピアノの旋律が特徴的なこの曲をバイオリンだけで奏でる。完璧なその場限りのお別れの歌。私にとっての恩義とこの雰囲気に合わせて奏でるべきであろうと判断した楽曲。研ぎ澄ましたその弦で。奏でるこの曲は私の中の炎を静かに燃え上がらせるだけでなく、途中の軽快なリズムのバイオリンの部分や、ピアノの部分をアレンジした彼女のための楽曲。弾くのに技術もいる。でも、この場所にいる。まだ残っているお嬢様やマダム・エルザに餞を。そして、ここで歴史が途絶えるのだと思うこのローゼンブルク家に幸あれ…。そういう思いで奏でるのだ。私は、最後の最後にも役に立てなかった。でも、それでも良かった。このまま溺れてしまうよりかは。それで良かったのだ。そして、奏で終わると同時に、涙が出てきた。今さっきまで弾いていた音色は、この最後まで散り輝くローゼンブルク家に合うように選んだはずなのに。自分の人生を見ているようで。耐えられなかった。私は、今まで奏でていたサラサーテ:ツィゴイネルワイゼンの曲が私の事をおいかける。私は逃走をした。

このはしたない顔を見られたくなかった。

私は、荷物を抱えて、走り出した。何にも否定されない自分で居たかった。そとは危険だって。知っていた。でも、もう死んでも良かった。狼に何回か遭遇してしまった。が、何とか小屋に籠ることが出来た。屋敷のだいたい800mくらい離れた位置にある、鄙びた小屋。かび臭いし、食料もない。でも、ここに兄が。それともほかの人が来ると信じて。ここでバイオリンを弾こう。そしたら、きっと。皆にあえるはずだから。そう信じて。バイオリンを一心不乱に弾いた。

【ロゼッタの一応〆レスです! 音楽に関してはフリーで聞こえたとか、見かけたとかは多用してOKです。何なら、小屋に誰か来てくれても…(寂しがり)ロキのほうはしばしお待ちくださいませ…!
ちなみに、今回のレスであげさせていただいたサラサーテ:ツィゴイネルワイゼンはこんな感じの曲です。この、終わりに相応しい曲かなと思い、選択させていただきました。よかったらこのレスを読みながら。この物語の終わりを感じながら。(買って極まりない)聞いていただければ幸いです。URL→https://www.youtube.com/watch?v=DKRE59DWsxw

10ヶ月前 No.443

ふぁすね @yupihiko☆d.mPOva7Vfg ★mbjMynBHF3_OSy



【エトワール/バルコニー@】



 ――こころの奥の、一番触れてほしくないところに爪を立てられる。シュテルン、という言葉が耳朶を震わせるたびに、見えない手で首を絞められるような心地がした。ぎりぎりと締め付けられるような胸の痛みに、口の端からは要領を得ない母音が覚束なく零れ出る。過去と現実がごちゃごちゃにまじりあった思考はろくに働かず、ひゅうひゅうと過呼吸じみた不吉な嗚咽が喉を鳴らした。

 イライザによって紐解かれた過去の記憶に雁字搦めにされ、眩暈の様な感覚に足元がふらつく。フランベルジェを手に気高く舞うアルテミスの寵児も、宝石の剣を手にし妹に許しを請うアフロディーテの狂信者も視界に入らなかった。ゆらゆらと揺れる瞳に映るのは、赤いドレスを翻し、三日月の様に口元を歪め不敵な笑みを浮かべる白き狂女のみ。月夜に閃くフランベルジェのきらめきという誘蛾灯に導かれるようにエトワールもしろかねの剣を高く掲げイライザへ斬りかかろうとしたところ、その行動は不意にグレイに抱きしめられたことによって妨げられた。

 ふわりとあたたかく広がる柔らかい感触に促されるがまま、エトワールの躰はグレイの腕の中へと崩れた。あたたかい腕の中、ぬくもりにおびえるように、躰が小さく跳ねる。剣を握る冷え切った手にグレイの手が添えられ、その温度に溶かされるようにゆるりと指がほどけた。手から落ち、大理石にぶつかった剣がきぃん、と鋭くつめたい音を立てる。そのまま紡がれるグレイのことばは、耳の奥で木霊し続けるフィルムの音をすり抜けてもっと深いところへじんわりと響いていくように思われた。

 ――エトワール。薔薇の女王によって与えられた、楽園と自身を繋ぎとめる鎖。その女王が消え、崩壊しつつある楽園の中で、其れが何の意味を成すのか、自身もよくわかっていなかったけれど、その言葉はフィルムの廻る追憶に沈みかけた意識を引っ張り上げるには十分だった。


「――ゃ、だめ、俺、」


 つたない拒絶の声が零れた。しかし言葉とは裏腹にエトワールの手は指先が白く染まるほどグレイの衣服の肩口のあたりをぎゅっと握りしめる。グレイの口から紡がれるやさしい言葉のひとつひとつは刻まれた傷の痛みを和らげるようにも感じられるが、同時に胸が苦しく締め付けられた。昔のことを彼女に知られてしまった今、エトワールの脳内を占めるのは拒絶されることの恐怖。半ば拒絶されてしまったと思いこんでしまっているエトワールにはグレイがこうして抱きしめてくれる理由もうまく呑みこめなかった。何事か呟こうと唇が動くが、目の前で繰り広げられる情景に釘付けになる。

 自らの生み出した人形に貫かれ、炎に包まれながら地へと堕ちて逝く白の女王。その凄惨な様子に目を背けたくなるけれど、なぜだかその一部始終から目を離すことができなかった。バルコニーから狂女の姿が消え、地へと叩きつけられる音が聞こえた気がして、エトワールは一度びくりと体を震わせぎゅっと目を閉じる。マダム・エルザによって屋敷につけられた火が見え隠れしたけれど、足は其処に縫い付けられたかのように動かない。おのずと、弁明のように、懺悔のように、言葉が零れ出た。


「――――暗くて、寒いところで、みんなが俺に"殺せ"って言うの。俺はそんなの嫌なのに、でもやんなきゃいけなくて、うまくできたら、痛いこと、されない、から。やだって言ったら、居場所がなくなっちゃうから、すてられる、から。俺は、何度も、何度も、首絞めたり、棒で殴ったりして、ころ、して――ッ! ――……ね、分かったでしょ。俺の手なんて、イライザせんせなんかよりも、もっとずっと穢れてるの。汚いの。だから、ほんとはこんなこと思っちゃいけないって、分かってる。分かってる、けど」


 ――あいしてほしい。俺だけの誰よりもいとしいひとに。だけど好きだからこそ、あいされたくない。俺みたいな欠陥品なんて誰も好きになっちゃいけない。きっと俺は、あんたのことを"みんな"みたいに不幸にしてしまうから。あんたにだけは、あいされたくない。

 矛盾した思いの整理がつかず、ぐちゃぐちゃな心中を吐露するかのように双眸から雫が零れる。


「嘘でもいいの。嘘でもいい、から。あいしてる、って、言って……? おねがい」


 エトワールはためらいがちに両手をグレイの背へと回し、ぎゅっと縋りついた。其れは、鎖で繋がれたあのときにはやりたくてもできない行為だった。両手を繋ぐ重い手枷は、だれかの首を絞めて殺すには十分すぎるほど長かったが、いとしいひとを抱きしめるにはかなしいほど短かった。



>>グレイ、ALL

10ヶ月前 No.444

七彩 @tmr☆qrj4adrhQpgH ★Tablet=rLqy3zkxxj

【フェリシエンヌ・ローゼンブルグ/自室】

 仮初の永遠から目覚めた私は、もう生きていられないと感じた。

 気づいた時には、思い人も大切な家族もみんな消えていた。正確には家族はいる。お姉さまも妹もちゃんといるけれど、壊れて、ゆがんで狂ってしまった。もう元通りにはならないと、私はどこかで知ってしまった。知りたくなかった、嫌だった、変わることのない永遠が確かにここにあったはずだから。オルゴールの流れる部屋の中、ベッドに座って月の光を見上げる、その膝の上にはケース。開けると渡されることのなくなった、桜をモチーフにしたイヤリングが入っていた。
 渡したかったもの、渡せなかったもの、私の半身として彼につけてもらいたかったもの。その左耳用のイヤリングを外してつけてみる。やっぱり彼じゃなきゃ似合わないなと思う反面、不思議と安心してしまう自分がいた。もう片方の耳には自分用のバラをモチーフにしたイヤリングを付ける。遠くで何かが弾ける音がした、火事だという声が聞こえた。

「……お母様、アイリス姉様、キマイラ姉様、ベイリー姉様、ヴィヴィニィ姉様」

 その言葉を皮切りに、私は机に隠していたナイフを取り出した。別に思い人に振られてから死のうなんて考えがあったわけではないし、殺そうなんて断じて違う。家族が壊れてしまったから、元通りになれないとわかってしまったから、そして最愛の支えをなくしてしまったから、もう死ぬしかないのだ。生きていようなんて思えない、それなら屋敷と一緒に燃え尽きて死んでしまうほうが――きっと、もっと、幸せなんだろうと思う。

 胸に突き立てる前に月の光に照らす、自分を貫いてくれる刃を目の前にして『死にたくない』なんて思ったりはしなかった。自分の命をちゃんと奪ってくれることだけをただ望むだけ。

 頭の奥に浮かぶセピア色の記憶。大切で暖かくて、永遠に続くと思っていた時間。もう壊れてしまったけれど、記憶はずっと変わらない。

「グレイ姉様、ノイン、マリュー、ロキ、カナニト、リオネル、ロメア、エトワール、アン、ルイス」

 ここまで来て涙が溢れて。

「クラガミさん、イライザさん、ドミニコさん……ロゼッタさん」

 最後の方は鼻声になりつつ、関わってくれた全員の名前を恐らく呼んだ。イライザさんは引き金を引いたし、母親に乗らせたということもあったけれど、不思議と憎いとは思えなかった。記憶は流れ終わったあとで、もう心残りはない。あとは自分の体を殺してしまうだけ、簡単な話だ。

「大好きな――、幸せに、なってね」

 好きな人の名前だけは、やっぱり恥ずかしくて口ごもってしまった。最後まで変わらない自分に少しだけ笑みが溢れる。そして迷うことなくその刃を自分の体へと突き立ててやる。燃えるような熱い痛みと、目も眩むような気持ち悪さ。ベッドでのたうちまわりそうになるのを必死に抑えて、シーツを掴みながら荒い呼吸をして。

「……あり、が……とう」

 その言葉とともに、オルゴールが聞こえなくなった。


【フェリシエンヌの〆になります……! 本来ならば前イベント段階で〆る予定だったのですが上手くかけなくて……無事にかけてホッとしてます。フェリシエンヌに絡んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。】

10ヶ月前 No.445

リオネル @d0ap ★Android=oiMOxDsfGh

【リオネル/裏庭】

 決意を顕にするロメアの言葉にリオネルは驚くように瞳を大きく開いた。戸惑いに瞳が揺れる。それは表情にも表れ、眉は徐々に八の字になり寂しさと切なさを含むと、目線はロメアから地面へと移った。そんなリオネルに、ふいに問い掛けが降ってくる。
 どうしたい……。家に帰りたい。けれど、帰る家はきっともうないだろう。窶れた父と母が思い出される。兄弟達はそれぞれが家の為に出ていった。そして、それはリオネルも同じ……。そこまで記憶を辿って、はっと考えが浮かんだ。帰る場所がないなら、自分で居場所を作れば……。
 隣に座るアイリスを見上げる。飽きることなく頭を撫で続ける手。撫でられる度に桜色の髪がさらさらと揺れ、それはとても心地よくて。漠然と、この人の側が自分の居場所のように思えた。『アイリス』と唇は形を作るけれど、言葉は依然として出てこない。そんなリオネルを心配してかアイリスが優しく微笑みながら顔を覗き込んでくるのに対し、リオネルは誤魔化すように笑った。

 その時だった。突然の破壊音。抱え込まれる体。音に誘われるように目を向けると、視界に飛び込んできたのは赤。屋敷の一部から火の手が上がっていた。そこがどの部屋だったかリオネルには分からなかったが、屋敷が崩壊の一途を辿ろうとしている事は理解できた。全てを飲み込もうとする焔は徐々にその範囲を広げていく。その異常な様はリオネルにとって恐怖でしかなかった。
 目の前の体にすがるようにしがみつく。けれど、暫くするとその体はリオネルから離れてしまった。どうして……と、言いたげな表情でアイリスを掴まえようと手を伸ばす。だが、耳に届いた言葉は『別れ』を示すものだった。

 中途半端に伸ばしていた手はそのままに、アイリスの唇から次々に紡がれる言葉はリオネルに衝撃を与える。屋敷が崩壊するように、するりと頬を撫でる暖かさも、築いてきた関係も無くなってしまうのか……。嘗てないほどの痛みがリオネルを襲った。固まる体をぎこちなく動かして、ロメアへ助けを求めるように視線を動かす。彼の姿が視界に入った時、先程の問い掛けが再び耳の奥でこだました。
『どうしたい?』その答えを今ここで示さなければいけないと、リオネルは直感で感じた。そして、その答えはもう既に出ていた。後は、思いを伝えるだけ……。
 息を吸い込み、口を開ける。伝えたい。伝えたい。漏れ出るだけの吐息を音に。音を言葉に。気持ちとは裏腹に、中々でない音にもどかしさを感じる。でも、諦めるなんて出来ない。

「っ……、ぁ、ぃっ……! ぃ……いっしょに、いたいっ!」

 喉の奥から絞り出すように出た辿々しい言葉と共に、アイリスへ両手を広げて飛びつく。瞳に溜まった涙が溢れだす。嫌だった。また、大切な人と離れるのは。離れたくない、失いたくない。ずっと、側にいたい。そんな思いが至るところから溢れだして、気が付けば声を張り上げる程にリオネルは泣いていた。

>アイリス、ロメア

10ヶ月前 No.446

エルデガルト @ready50☆AaWAaYBi9xHg ★6lDqAT8MNN_X9G

【エルデガルト・ローゼンブルク/バルコニーA】

 膝から崩れ落ちた姉の姿を見て、「これでいい」と思った。
 これでいい、これでいいんだ。全ては戻った。……いや、正しく言えば戻っていない。……もう、この家は泡沫の夢となって消え去って行く。自ら虚構の底へ沈んで行く事を選択した家族もいるかもしれない。でも、でも――――一人でも救えるのならば、それが本望なのだ。

「……姉様」

 目線を姉と同じにする。慈愛の聖母の如き微笑み、キマイラの肩にそっと手を置けば、自分でも意外だと思う程の笑顔を見せた。誰にも見せないような、そもそもこの世で見せる機会があるかないかで言えば「ない」に分類されるほどの、笑顔だ。
 エルデガルトは紡ぐ。言葉を。答えを。

「また一緒に、お買い物にいきましょう。
 また一緒に、ドレスを見てみましょう。
 たったそれだけのことで――――良いんです。難しく考える事はないんですよ」

 彼女の手に、自分の手を添える。
 そして今起こっている事を把握し、目つきを変えてキマイラに言う。

「行きましょう、姉様。
 もう貴方を縛るものはありません。貴方を祭り上げようとした歪んだ福音もありません。
 生きましょう、姉様。
 楽園なら……もう一度、見つければ良い。今度は自由な楽園にしましょう。鳥籠じゃなくて、鳥達が自由に羽ばたける花畑のような……」

 こくんと頷いて立ち上がる。
 右手を差し伸べて、「さあ、早く」と告げる。
 一刻も早く逃げて、そして生きなくてはならない。生きなきゃダメだ。生きなきゃ――――燃える運命にあるお人形達に笑われてしまうのだから。

>>キマイラ、バルコニーALL

10ヶ月前 No.447

有楽 @badwriter ★Android=BrO85Ebimz

【ヴィヴィニィ・ローゼンブルク/バルコニーA】

>>(イライザ様)、クラガミ様、バルコニーALL


 凄まじい爆風と爆音、そして肌を焦がす熱風の最中、一撃目を叩き込む。空を切り裂く鋭い剣戟が交わされ火花が飛び散った。イライザは逆手に取った剣で受け止めている、と認識した時、彼女はドレスの内に隠し持っていたもう一振りの剣をフランベルジュに差し入れたのだった。
 それをヴィヴィニィは知っていた。殺傷を目的とするものではなく、相手の武器を破壊するための武器、ソードブレイカー。それを理解したとき、細身のフランベルジュの刃はあっけなく折り取られたのである。きらきらと、その破片は星のように宙を踊っていて。
 『終演』を覚悟した。
 されど『終焉』にするつもりはなかった。
 凶刃を振り翳すイライザに対し、それでも足掻くため、彼女は両腕を掲げ顔を庇うように構えたのだった。

 そして、そんな二人を裂くようにチェスターの雄たけびが響き渡る。彼はヴィヴィニィの指示通り、ルイスの人形を攻撃、破壊までいかずとも破損させることに成功していた。イライザの短く息を飲む声が聞こえたかと思うと、彼女はチェスターを引き剥がすため手にしていたソードブレイカーを投げつける。当然、そんなものが当たるはずもなく、ルイスに駆け寄るイライザを入れ違いになるようにチェスターはヴィヴィニィの肩に止まった。彼女は、息を大きく吐いてから相棒を労う。

 その先の流れはあまりに残酷で、虚無で、悲劇のようで、喜劇のような。自身の造り上げた"仮想の未来"に刃突き立てられたイライザは、彼女が放したであろう幾多の蝶に魂を導かれるように、バルコニーから転落していったのである。

 ヴィヴィニィはバルコニーの手すりから身を乗り出し、力なく十字を切った。

「……There was a crooked man.And he walked a crooked mile.He found a crooked sixpence.Upon……」

 それは、彼女なりの鎮魂歌なのかもしれない。歌い声は迫り来る炎の燃やす音でかき消されてしまうほど小さかった。

「……あなたも私も、所詮『Crooked Man』だったということさ。" 姉上 "」

 彼女の肩から、チェスターが夜空に向かって飛び出したのはそんな時だった。相棒の飛び行く方向を見届けてから、彼女は悠然と振り返る。愛しい人、その姿を翡翠の瞳に映して。ルージュはすっかり乾いて赤茶けてしまっていた。

「……色々迷惑をかけた。ここまでついてきた貴殿に対して、もう離れろ、なんて言うことは無駄だと理解している。だからこそ、私は、こう問いたい」

 隠れていない彼女の右目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。そして、ボロボロの左手を差し出して、『懇願』する。

「どうか私を、もはやローゼンブルクの名さえ地に落ち、ただのヴィヴィニィという女になった私を、導いてほしい。君の死臭なんて、私には心地よい香水だよ。シンスケ……愛してしまったんだ、心から」

 めらめらと燃え上がり、舞い上がった火の粉は、時折彼女の髪や服を焦がしていたが、どうでもよかった。

10ヶ月前 No.448

銃刀使いの使用人 @kaizelkai ★kdFzi0ED3j_mgE

【クラガミ・シンスケ/バルコニーA】


 イライザの銃から三発の弾丸が放たれる。動じない、何故なら自分を狙ってないのがわかっているか。その弾丸は自分の爪先近くの床に打ち込まれた。剣だけではなく、銃の腕も並大抵ではなかった。視線を床の銃痕からそのまま彼女に向けると、拍子ぬけたかのように鼻で笑った。


「 フッ……そうだな、俺は最低な事をしてきた最低な人間だ。塵で結構、俺はお前と違って上品なタイプじゃない。人の人生を蝕み、人の幸福を壊してきたって?ハッ、よく言うな……好きだった相手にあんな事をするお前も壊しただろう?依頼があった訳でもない、名誉が得られる訳でもない……ただ、己の欲に従って、殺したんだ。
まあこれだけは言えるか―――" 黙れ、お前にだけは言われたくない "」


 彼女から辛辣な罵倒を浴びせられるが、それに同意するかのように頷いていた。だが自分は、彼女のように欲を満たすために命を奪ってきたのではない。暗殺者は依頼があってこそ、標的の命を奪う。同じ所にいた気もするが、そこまで言う筋合いはない。何故ならお互い様だからだ。もう彼女と口をかわしても似たような事ばっかりしか出てこない。終わりにしよう、そして自身も銃を彼女に向けた。刀と銃を両方を持つのは久しぶりに感じる、まるであの頃に戻ってきたところだ。彼女の指がゆっくりと動くのが見える、そして三回動いた。その三発、全てが急所狙いで読みやすかった。


 自身の相棒の引き金を引く。彼女と同じ三発、一発は額の真ん中、一発は首、一発は心臓の位置と彼女の瞳の先を見ながら、彼女の銃弾と自分の銃弾が直撃し、弾かれる。


「 あんまり俺を舐めるなよ。さて、これで終わりにして―――こいつは……。 」


 彼女の銃の弾はもうない。最初の三発、今の三発で終わりなのは確認している。引き金を引こうとした時、ルイスの人形は彼女が置いた剣で、まるでそうなる運命かのように、彼女を刺した。ルイスの身体は燃えて、イライザにも燃え移る。そして、数多の蝶に導かれるようにそのままバルコニーへと転落した。あれではもう生きてはいない、下を見るが確認するまででもないだろう。


「 イライザ・リー……それでも俺は、生きなくちゃならないんだ、次に会うときは"地獄"だ…。」


 そしてヴィヴィニィへと振り向く。イライザとの戦闘で服も髪もボロボロになってしまっている。停電の夜や、祭りの時とはかけ離れた見た目になっている。だが今は本当の彼女の姿に見える、着飾ってもいないその姿は美しく見えた。


「 導くか……俺も、使用人から無職になったからな……なら一緒に生きよう、ヴィヴィ。この世界で、もう一度。命を奪ってきた俺は、まだ死ぬ訳にはいかないんだ。 」


 彼女の左手を両手で優しく包み込む。彼女の暖かい感触が伝わる。


「 それに悪いけど、俺の死臭はまだ嗅がせないよ。俺は、ヴィヴィと一緒に住みたい、いや家族になりたい。ってそうじゃなくて……ヴィヴィのような綺麗なお、お嫁さん欲しいと思ってたし……子供も、女の子でも男の子でもかっこ可愛いと思うんだ……あ、出来れば女の子と男の子、一人ずつ欲しいかな。えぇと、駄目かな?」


言ってる途中から小恥ずかしくなってきて、さっきまでの暗殺者としての顔が何処かへ去った。両手の指どうしでツンツンとくっつけながらも、それはまるで乙女のような想いを呟くように言った。最後は迫り来る火の粉を背景に、首を傾げて、18歳の少年に相応しい子供っぽい笑顔を浮かべた。



>>イライザ、ヴィヴィニィ、ALL

10ヶ月前 No.449

崎山 @caim ★cggvzsv7BC_mgE


【カナニト/大広間】


 ぼくは少し、ズルをした。
 ぼくが“そう”聞けば、ベイリーは“そう”返してくれるって、分かってた。ほら、ベイリーも“駄目じゃない”って、言ってくれた。ぼくは、マホウの言葉は使えないから、いいよって言ってもらえる方法を、ぼくはほぼホンノウで思いついていた。ぼくは少し、ズルくなったよ。でも、言葉も、力も、ぼくの知ってるモノすべても、ぼくと大切なヒトを護るためだけに使うって決めたんだ。今よりちょっと前に。だから、それでゆるしてね。

 ぼくは、ベイリーにぼくのキモチを伝えることができただけで、満足してた。心が透明になった。すっきりしてた。これからなにが起きても、たぶんぼくは笑っていられるし、死んじゃう瞬間もさみしいキモチにはならないだろうなって思った。いらなかったら捨てていいよ。キモチが空っぽになった反動で、思わずそう言ってしまいそうになるのを、ぼくはあわててやめた。たぶんおそらくきっと、ベイリーはぼくとの関係を、こんな形では望んでないと思うから。
 ベイリーの手が、ぼくの髪をなでる。ほっぺに降りていく手に、首を傾げながら少しだけほっぺを押し付けた。ずっと今みたいにしていられたらいいのにな。くすぐったくて、目を細めた。

 ベイリーの言う“姉弟”って、“友人”って、“恋人”って、“親子”って、なんだろう。喧嘩ってどうやるんだろう。ぼくの話でベイリーは笑ってくれるかな。手を繋ぐって、朝起きて眠るまでずっとのことを言うのかな。
 分からないことが、ぼくの前にはたくさんある。心がぎゅうと苦しくなる。これは、知りたい時の合図だ。

「ベイリーがそう言ってくれるなら、ぼく、傷があってよかったって思ってるよ。……ベイリーがそうしたいって思うことを、ぼくも、そうしたい。ベイリーと、ずっとずっとそうしていたい。だから、ぼくに、いろんなことを教えて。そのお返しにさ、ぼく、ベイリーを護りたい」

 ぼくのほっぺをなでるベイリーの手に、そっと触れる。ベイリーの蒼い目が、優しかった。あの日の、あの夜に見せた目は、ニセモノだったんだねって、思った。ああ、よかった。ベイリーの傍は、温かくて、ぼくが知ってる怖いことなんかどこにもない世界だ。この世界を、ぼくは護りたい。

「ぼくの心は、ずっとここにあるよ」

 ベイリーが泣きそうな顔をした。それでも、この後悔は、小さな種だ。遠い未来で育って、やがて花をつけるに違いない。だからぼくは、笑った。ぼくは今よりも大きく笑ったことがなかったから、ほっぺたが引っ張られるみたいに痛んだ。


 その爆発は、二度起きた。
 そんな気がしたんだ。大広間の窓から見えた、森の向こうの火柱に、ぼくは小さく笑った。さよなら。あの部屋で見たことは、内緒にするね。それがぼくと、あの人との、信頼の証拠だから。
 一つ目の音の方は、真上からだった。たぶん、どこかの部屋からだろう。それでも、ぼくにはどうしてか、ぼくたちが生きていられるような気がしてた。ベイリーの顔を、見上げる。ぼくと同じことを考えてるんだろうな。視線が、ぶつかった。

「やだ。絶対、やだ。ぼくも、一緒に行く。ぼくも、みんなと、家族だったから」

 ベイリーが普段の話し方をする。それでも、思い出すのはあの夜の日じゃなかった。ベイリーの心を知ったから、ぼくには分かってた。
 家族だった。――だった? だった? だった、だなんて。家族だ、じゃなくて、家族だった、だ。ちゃんと過去形にするためにも、ぼくも一緒に行かなきゃって思った。どうしてだろう。ベイリーとここを出る時には、分かるといいな。
 そう、ぼくは変わったんだ。これからも、きっと変わってく。靴だって小さくなったし、お腹の傷も小さくなった。ぼくの頭と体は、成長を続けてる。ぼくのキモチとは、裏腹に。止められないし、止まらないんだ。燃えさかる炎と、これはすごく似てる。


>ベイリー、ALL

10ヶ月前 No.450

ししくれ @kmnkha☆/pH2qpQf7L2 ★ieluDUuGrE_ELg

【ロメア/裏庭】


 自らを悪人と言ったアイリスの口からこぼれた笑いは乾ききっていて、あまりにも悲痛だった。伏せられた瞳も何もかもが彼女に内在する葛藤を物語っていた。
 突如、轟音が耳に入る。反射的に音の鳴った方を振り向くと、屋敷が炎で赤く染まっていた。楽園の崩壊が形を成したのだと、たったそれだけしか思わなかった。全てのものはいずれ終わりを迎える運命なのだから、決してこれは悲しむべきことではないのだ。少しして、何事もなかったかのように二人の方へ向かい直る。意外なまでにアイリスは落ち着き払っていて、しっかりと言葉を紡いだ。私はそれに冗談めかして答える。


「貴方に攫われると言うのなら本望だね」

 でも、貴方が攫いたいのは、そうまでして一緒にいたいのは、私じゃなくてリオネルでしょう? 私はおまけに過ぎなくて、強いて言えば貴方の両親が生んだ産物だ。善意はいつだってずるい。美しく、甘い、まっさらなそれこそが、時に深く人を傷つけるのだと知らない。これまでの日々を悪夢としたのが、何よりの証だ。悪夢だなんて言ってほしくはなかった。それが優しさだというのなら、そんなものは要らない。私は此処が好きだった。狂ったこの場所も、そこを拠り所とする人々も、愛おしかった。けれど、そこに私は必要じゃなかった。居場所のないところに自分が存在することへの居心地の悪さといったらない。去る他、ないのだ。これまでの日々を悪夢として片付けられてしまったのに、図々しく此処へ居座るわけにはいかない。


「攫う必要なんてないみたいだよ。リオネルは、貴方を求めているんだから」


 微笑み、そう口にしながらも、ぐしゃりと歪な心から暗い感情が芽吹くのがわかった。疎外感が俺を壊す。美しさも、いつかこの醜悪な内面に塗れ、価値を失うだろう。
 でも、それでも、愛し愛されたい。優しく、甘く、尽くして、捧げて。口付けし、体を重ね、犯して、殺して、ーーああああ、違う。違う。でも、もう、セイカイもわからない。憎しみも暴力も一緒くたに愛としてきた人生。それを急に引き剥がすのはそう簡単ではない。何度も死んでいく娼婦を見てきたし、殺してくれと懇願する客もいた。死は平等だった。たとえどれだけ美しくても醜くても、それは誰にでも訪れる。死ねば皆同じだった。過去も未来も何もない。ただの肉塊、たったのそれだけ。全てが、終わる。それに、いつのまにか魅了されていた。誰かに殺されたいと願っていた。死を恐れなかったのは死に魅了されていたから。生に依存したのは幸せな死を迎えたかったから。幸せは永遠には続かない。だからこそ、誰かに愛され、そして殺されて死に逝くことに憧れた。過去を振りほどいた今、やっとそのことに気がつくなんて、なんと愚かなことだろう。暗い感情はすんなりと心の中に落ち着いて、築き上げたものを蝕んでいく。

 涙を浮かべるリオネルを見ながら、リオネルの頬を撫でたあの腕を、アイリスに抱きつくその腕を、へし折る妄想を繰り返している自分に驚いた。しかし、止めることなどできなかった。例え腕が折れようとも、それでも二人は愛し合っているのだ、想い合っているのだ、それほどにまっすぐなのだ。何をしようとも、二人と私とでは決定的に違う。そう考えると感情がセーブできなかった。私は差し出された愛に手を差し伸べるしかなく、愛を乞う他ない。血も肉も、過去も未来も何もかも二人と交わることはない。この屋敷で過ごした時でさえ、きっと私たちは交わっていなかった。だって、私は、私には、誰かに愛を与えることなどできない。誰も私にそんなものを求めてはいないから。それに私の愛はイかれてる。枷をつけてがんじがらめにして、檻の中でとろけるように甘く、そして残酷なまでの苦痛を与えたいだなんて、そんなこと、誰にも言えるはずがない。人が私に求めるのは美しさと、自分の欲望を受け止め自分の思うがままに動く器。それ以上でも以下でもない。
 ーー嗚呼。駄目だ、駄目だ。ぐしゃぐしゃにして思考を隅へ押し込むよう努めた。


「二人で、幸せになればいい」


 いっそ屋敷とともに燃え果ててしまえば楽だろうと、そんなことを考えながらも、言葉はすらすらと口から出ていく。半ば無意識的に微笑は浮かび続けていた。


 >>アイリス様、リオネル様

10ヶ月前 No.451

絡繰 @ne9rodoll ★wgm3NQbNwV_glG

【グレイ・ローゼンブルク/バルコニー@】

 腕の中に抱きしめた温もりを感じ得た瞬間、エトワールの力がふ、と抜けたのを感じる。言葉になり損ねた拒絶の声は聞こえぬ振りをして、握られた肩口の感触だけを信じて彼を掻き抱く。それと共に背後から聞こえたイライザの声に、振り向いてはいけないと思った。振り向いたら、未練がましくまだ彼女を縛り付けてしまいそうで。彼女の籠から駆けだした罪悪感で潰れてしまいそうで。どんな失望の声をかけられるのだろうと震える瞼をぎゅっと閉じる。それでも聞こえてきたのはとろけそうなほどに甘く穏やかな声。反射的に首だけで振り返れば、そこには何処か脱力したような表情で、グレイが噛み切った指先を自ら愛でるイライザが居た。僕が彼女に残した傷口からはまるで涙のように鮮血が滴り落ちる。思いだしたように後頭部に手を伸ばしたイライザの雪原の如き髪が空に舞った。酷く柔らかい微笑みと共に滑るように足元へ髪留めが辿り着く。それを拾い上げ、強く握りしめた。何も、言葉にはせずに、ただ懺悔のような後悔と、今までの彼女の医師としての行いへの感謝を視線に授ける。
 激しい動乱の末、彼女は夢現のようにその焔の奥の瞳を無垢に輝かせながら舞台から堕ちていった。生を模した美しい人形と共に。彼女の畏怖せんばかりの白をすべて紅に染め上げ、炎の光の尾を引きながら墜落して行った光景に動揺が抑えきれない中、少年のような、淑女のような、歪んで軋んだ意思を持たぬ屍であったはず人形の声が頭に残響する。弾かれたかのように一筋だけ頬に流れた涙はそのままバルコニーの地面に落ちる。彼女は最後まで美しさに焦がれていた。それはいっそ幼子と違わぬ無邪気な欲求でありながら、それ故に酷く残酷なまでに。それでも、ひたむきに己の想いを貫き散っていった彼女は、美しかった。最期に耳に届いた死への落胆の声は何時か自分も感じるものなのだろうか。脳裏に駆け巡る彼女との思い出と、大切な者を失った現実に心が軋む音が聞こえても、案外感情は冷静で。静かに流れ落ちる涙に感情の総てを吸い取られたようだと思った。手の中に、彼女に託された髪留めを収め、寂し気に、誰にも聞こえない声で小さく呟く。自らの腕の中にいるエトワールにさえ届かぬような短い短い追悼の言葉であり、無責任な祈り。

「――――こんな僕を、愛してくれて有難う。どうか、どうか安らかに。僕の信じた白磁の蝶。」

 イライザが地へ墜落した音に僅かに身体を震わせたエトワールは堰を切ったように語りだす。己が醜さを。凄惨な過去を。屋敷という箱庭に籠ってぬくぬくと真綿に包まれて生きてきた自分からは想像もし得ないような世の醜悪さを知る。それと共に今までの自分の愚かさも目の前に突きつけられる。ここまでぼろぼろになってしまった彼の本当の心に知らんふりをして、一人だけ悲劇の主人公の殻に閉じこもっていた自分にふつふつと湧き上がる後悔と怒り。優しさなんて綺麗な言葉を被せて、結局は彼に近づきすぎることに臆病になっていただけだ。縋りつくように背に添えられた手が、ボロボロと瞳から流れる数多の星が、彼の全ての心境を物語っていた。耳元に落とされた痛烈なまでの心中の叫びに呼応するように胸が締め付けられるように痛い。なのに、それなのに、何処まで行っても愚かな僕の心は、仄暗い悦びを感じ取る。エトワールの涙に濡れた頬を両手で包み込む。その揺れる双眸を見据え、歪に微笑んだ。

「エトワール…僕ね、君のこと愛しているんだ。嘘でもなんでもないよ。きみのこと……縛って侵して汚して啼かせて、僕だけのものにしたいって、ずっと考えてるの。ごめんね、僕、こんなにきたないんだよ。僕の愚かさが生んだ罪で、僕の手だってとっくに穢れ切ってる。」

包んだ彼の顔を見つめる。仮面も体裁も何もかもが消えた。彼の”本物”。あぁ、やっと、見ることができた。切なさと悦び、相反するはずの感情は胸の中で混じり合い、歪な愛情を象りだす。今まで抑え込んだ欲望が、彼を傷つけんと必死に殺した劣情が、箍を失って溢れる。今まで追いかけ続けたものを手の内に具現させた悦びは何物にも代えがたい。赤く腫れた目尻に柔く口づけを落とす。

「君になら、殺されたっていいさ。そしたら、僕はエトワールを殺してあげる。君をひとりになんてしないから。」

不幸になるのも、幸福になるのも、生きるも死ぬも共に。そう在れば、遺されたどちらかが涙に暮れるなんてことにならないでしょう?きみが拒絶しても、上手に出来なくても、僕はずっときみの居場所になる。捨てることなんてしないから。だから――。
彼の目元から頬、首筋と慈しむように指先を這わせる。昔からこの家の落ちこぼれで、出来損ないだった僕が心から欲したもの、それは唯一無二だった。お下がりでも共用でもない、自分だけのもの。自分だけに向けられた愛。母は皆のものだった。姉も妹も自分だけのものではなかった。一番誰にでも優しさを振り撒く自分自身が、何よりも無差別な愛を嫌っていたのだ。それが壊れかけの異常な独占欲を胸に生み出した。

「君の罪も、過去も穢れも欲望も、ぜんぶぜんぶ……愛するから。――――僕だけの星になって?エトワール。」

エトワールの耳元に囁くのは、砂糖菓子のように甘い言葉。もう僕は我慢なんてしない、できないから。君も、我慢も抑圧も、もうしなくていいよ。すべてまとめて受け入れるから。だから僕だけのものに。僕だけを見て、僕だけを愛して?愛することを、愛されることを、怖がらないで?彼を包むように抱いた腕に力を込めて逃がさぬようにと檻の中に閉じ込める。ゆるりと淡く弧を描いた唇は楽園に潜んだ激情の悪魔の正体を垣間見せるものだった。
本当の悪人なんて、もう、分かりはしない。

エトワール様、(イライザ様)>>

9ヶ月前 No.452

ふぁすね @yupihiko☆d.mPOva7Vfg ★mbjMynBHF3_OSy



【エトワール/バルコニー@】




 ――愛してる。何より望み、何より恐れ拒んだ言葉。愛に見合う対価として差し出せるものは全て銀幕の中に置いてきてしまった。しかしそのことを知ってもなお、グレイがエトワールに向けて紡ぐのは優しい言葉。頬を包むグレイの両手から体温と鼓動が伝わり安心感に包まれる。こんなに、あたたかいものだったっけ。エトワールはグレイの左手に手を添え頬を摺り寄せた。

 優しい愛の言葉の中に混じるのは、歪んだ狂気と独占欲。しかし痛みと凌辱を揺り籠にして育ったエトワールにはその異常性がわからない。汚泥の底で育ち、誰かからのぬくもりを、庇護を欲した少年は、何がおかしくてなにがおかしくないのか分からないほど無垢だった。飢餓にあえぐこどものように、愛に飢えた少年は与えられた甘い言葉をむさぼり享受する。其れが依存性の高いドラッグだということも気付かずに。否、気付いても少年は其れを自ら欲し、すべてを受け入れる。夜空に煌めく星が地上の薔薇との逢瀬を遂げるには、堕ちるしかすべがないのだから。愛されることへの躊躇いさえも甘い毒は溶かし、やがてエトワールの口から、上ずった言葉が零れ落ちた。


「――――俺も、あんたのことが、好き。愛してる。ぎゅってされるのも、キスするのも、咬まれるのも、抱くのも、首を絞められるのも、全部嬉しいの。あんたがくれるものだから、だよ」


 今よりももっと上の楽園に堕ちることも厭わず、エトワールはグレイの愛の囁きに答え、啄むような触れるだけの口付けを交わす。先にあるのが束縛でも苦痛でも快楽でも構わない。それを与えてくれるのが目の前の彼女だけで、彼女がそうするのも自分に向けてだけだという事実がどうしようもないほどエトワールを多幸感に酔わせるのだ。

 すっかり泣き腫らしてしまった目元に口付けが落とされ、壊れ物を愛でるように優しく指が這わされる。こんなに泣いたのはいつぶりだろう。涙なんて、とうの昔に忘れてしまったと思っていたのに。

 物心つく前に親に捨てられ、世界の闇へと落とされた。怒りを知る暇なんてなかった。血と汚泥の底で、心が安らぐことはなかった。初めて人を殺めた時、周囲の大人たちはみんな笑っていた。その時から笑うということがなんなのか分からなくなった。涙を流す方法も、大人たちの理想の人形に近付くにつれ忘れてしまった。そのはず、だった。しかし、現にいま、自分のものとは思えないほどあたたかな雫が頬を伝っている。

 胸ポケットの中で、星のピアスが微かに音を立てたような錯覚に陥る。――しあわせに、なってね――あの子は息を引き取る前に、確かにそう言った。罪を抱え、奪われた彼らの命の分だけ生きてしあわせになることが、償いになるのなら。俺は、あんたと一緒にしあわせになりたい。

 ――変われる、のかな。変わっても、いいのかな。――今まで空っぽな胸の中を通り過ぎて霧散してしまっていたあたたかなものがほんの少しずつだけれど、胸の奥に貯まっていくような心地がした。あの場所で失ったものを全て取り戻せるなんて、都合のいい希望は抱いていないけれど、せめていとしい人の隣で、笑いたいときに笑えるようになれたらいいな、なんて。首元をなぞるグレイの手をきゅ、と握りしめる。「愛してる」もう一度ちゃんとことばにして言うと、いとおしさがますますこみ上げた。


「……こんな俺を、愛してくれてありがとね。俺もあんた以外の誰のものにもなりなくないし、あんたを俺以外の誰のものにもしたくない。俺のぜんぶをあんたにあげるから、俺をあんただけの星にしてほしい」


 そう言いながらエトワールは自身の胸元に飾られたブローチから青いデルフィニウムの飾りを一つ引き抜くと、糸がつながった其れをグレイの左手の薬指にそっと結びつけ、花弁に軽く口付けた。にこりと浮かべたはにかむような笑みは、依然として作り物じみた様相を呈していたが、心なしか今までの人形じみたものとは違い、どこか明るく、人間らしくなったようにも見えた。まるでそれが、今まで囚われていた過去から一歩踏み出したことを示す証のように。


「花言葉――は、恥ずかしいからないしょ。此処から出た後で、あんたの"答え"を教えてね。今は其れより、お屋敷から出た方が良いと思うから」


 エトワールは炎が侵食しつつある周囲を見渡してそう言うと、誓いを結んだグレイの左手を握り、引いた。薔薇の檻を抜け出たその先に待っているのが新しい別の檻だってかまわない。それこそが、エトワールが望んだ唯一のものだったから。




>>グレイ、ALL

9ヶ月前 No.453

キマイラ @september9☆l2RtaxPLX0X6 ★80jDqOFPYR_M0e

【キマイラ・ローゼンブルク/バルコニー】

 頬を涙で濡らしながら、ただキマイラは頭を垂れていた。さながらその様子は、許しを乞う罪人はそのもの。原初より人の抱く七つの大罪、そのうちでも特に身も心も狂わせる「嫉妬」に、その黒い蛇に魅入られた代償というものは、こんなにも大きいのだ。
 大罪を犯し、穢れきったこの身が、再び妹への無償の愛を抱こうとしている。エルデガルトは戻ろうと手を差し伸べてくれているが、果たしてそれは赦されるのか。キマイラはただ、半ばあきらめた様子で肩を震わせる。
 ふと、視界に紫色の影が差した。
 誘われるように、思わず顔をあげる。目前には、エルデガルトが居た。膝を折り、自分と目線を同じくする彼女が、ふっと微笑む。思えば、こんなに近い距離で妹の顔を見たのは初めてかもしれない。
 自分と同じ金色の髪。賢そうな深い蒼色の瞳。鮮やかな頬。その全てが生き生きとしていて、美しかった。聖母のような笑みを湛えた彼女が、にっこりと自分に笑いかける。肩に置かれた手の重みが、重ねられた手のぬくもりが、心地よく感じた。遠い昔に忘れてしまったその温かさと、彼女の口から紡がれる「答え」が、キマイラの心を包んで行く。

「…………本当、に?」

 エルデガルトの言葉。それはキマイラにとって最高の「赦し」だった。彼女の言葉が、キマイラに祭の日の記憶を思い出させる。
 珍しく、自分が「姉らしさ」をみせた日。エルデガルトに、このディープ・パープルのドレスを贈った日。思い返してみれば、彼女の前で自分は、どうしても一人の姉で居ることを、無意識の内に望んでいたようだった。

 重ねられた手を、震える指でたどたどしく握る。そのまま彼女の手を自分の頬へ持っていけば、目を瞑って深く息を吐いた。
 共に生きて、楽園を再び創る事をエルデガルトは望んでくれた。彼女は、罰でなく赦しを与えてくれたのだ。共に在ることを、再び家族に戻る事を、彼女は望んでくれたのだ。
 瞑っていた目を開く。潤んだ蒼い瞳が、夜の水面のように淡く揺れている。

「――こんな私を求めてくれて、赦してくれて、ありがとう。……赦されるのなら、叶うのなら…………もう一度、貴女と共に生きたい。貴女と共に、歓びを、悲しみを、すべてを分かち合いたい」

 立ち上がり、差し出された右手へ手を伸ばしたその刹那。

 ――――『美しい』

 はっと目を見開き、背後を振り返る。
 深い夜の空に、眩い紅を散らすイライザの姿が其処にはあった。失ったものを、望んだ者を追い求めるように空を切った細い腕は、何をも掴むことなく堕ちて行く。燃えたぎる熱情を内に秘めた彼女の最期の声は、ひどく穏やかなものだった。彼女と結んだ禁じられた契りはこの今完全に破棄されたのだろう。不意に、キマイラの脳裏にイライザの手をとったその瞬間がよぎる。

 嵐の夜を、雨の夕刻を、そして、狂宴の晩を共にした彼女。自分と同じ罪を抱いていた彼女。イライザには死という罰が与えられ、キマイラには生という赦しが与えられた。――否、彼女にとって、死が赦しそのものだったのだろう。

「……エルデガルト、ほんの少しだけ、待って頂戴……大丈夫、一瞬で終わるから」

 そう言って、大理石の床に落ちていた剣(つるぎ)を手に取る。エルデガルトの首を刎ねるようにと握らされたそれを、徐に両手で握る。奇妙なのは、キマイラが剣の持ち手ではなく、月の光を受けて輝く刃をしかと握っている事だった。尖った切っ先が僅かに、彼女の細い手の間から覗いている。

「――イライザ。私は生きる道を選ぶ。だけど、貴女に罪と罰、その両方が与えられたというのなら……せめてもの償い。私も、貴女と同じように……罪だけじゃなく、罰も負いましょう。――永遠に」

 刹那、キマイラの整った顔。その左半分が赤く、紅く染まった。

 躊躇うことなく突き立てられた切っ先は、キマイラの白い頬を切り裂き、温い液体を止めどなく傷口から溢れさせた。キマイラはイライザの堕ちていった方を見据えながら、苦痛の声を漏らすことなく、ただただ、自らの象徴であったその整った顔を傷つけた。

「…………さようなら、もう一人の――」

 からん、と軽い音を立てて、キマイラの血で濡れた剣が床に落ちる。
 エルデガルトの方を再び振り返ったキマイラの顔左半分には、偶然にもイライザのそれとそっくりな赤く、深い傷が出来ていた。未だ赤い血の流れるそれを気にする素振りも見せず、キマイラはエルデガルトへ微笑んだ。

「待たせてしまってごめんなさい。――私の償いは終わったわ。行きましょう」

 今度こそキマイラは、エルデガルトの手をとる。罪と罰、そして赦し。そのすべてを背負い、そして、彼女とともに楽園を目指そう。

>エルデガルト、(イライザ)、バルコニーALL

9ヶ月前 No.454

疾風 @yuika10☆/I6eiMaHxFai ★bGyEkAoikT_81E

【ロキ/大広間→自室(〆)】


泣いて、鳴いて、啼いて。ここでの生活で泣いたことはほぼ無かった。俺は、今ここで存在意義など無い。そう現実を突きつけられた。妹はもう、逃げただろうか。俺は、逃げないで、この館とともに。俺の命も終わろう。そう決意した。

そう、これが俺の答えだ。

俺はふらふらと立ち上がり、煙が蔓延する自室へと歩いていく。一酸化炭素中毒で、楽には死ねる。でも、楽に死のうなんて。そんなの事微塵も持っていなかった。残虐に。殺してほしかった。自分の存在意義を知りたかった。でも、それを証明してくれるような存在は何処にもいなかった。妹であるロゼッタにも、それは無かった。認めてくれるのは、マダム・エルザ様だったのかもしれない。でも、俺を信じてくれるとは思ってなかった。俺の、名前すら。まだバレていなかった。ゆらゆらとしながらあがる階段。俺は小さな声で歌う。昔と今の記憶がごっちゃになる…。気がついたら、静かに歌っていた。

「London Bridge is falling down……Falling down… Fall…ing down. London Bridge is falling down, My fair lady.(ロンドン橋、落ちた
落ちた、落ちた。ロンドン橋、落ちたマイ・フェア・レイディー。)

Take a key and lock her up, Lock her up, Lock her up. Take a key and lock her up, My fair lady.(あの娘を鍵で、閉じ込めろ、閉じ込めろ
あの娘を、閉じ込めろマイ・フェア・レイディー。)

How will we build it up, Build it up, Build it up? How will we build it up, My fair lady?(どうやって建てよ、建てよ、建てよ?どうやって建てよ?マイ・フェア・レイディー)

Build it up with silver and gold, Silver and gold, Silver and gold. Build it up with silver and gold, My fair lady.(金と銀で建てろ、建てろ、建てろ 金と銀で建てろマイ・フェア・レイディー。)

Gold and silver I have none, I have none, I have none. Gold and silver I have none, My fair lady.(金も銀もないよ、ないよ、ないよ 金も銀もないよマイ・フェア・レイディー。)

Build it up with needles and pins, Needles and pins, Needles and pins. Build it up with needles and pins, My fair lady.(針とピンで建てろ、建てろ、建てろ針とピンで建てろマイ・フェア・レイディー。)

Pins and needles bend and break, Bend and break, Bend and break. Pins and needles bend and break, My fair lady.(針とピンは弱い、曲がって、折れる曲がって、折れるマイ・フェア・レイディー。)

Build it up with wood and clay, Wood and clay, Wood and clay. Build it up with wood and clay, My fair lady.(土と木で建てろ、建てろ、建てろ 土と木で建てろマイ・フェア・レイディー。)

Wood and clay will wash away, Wash away, Wash away. Wood and clay will wash away, My fair lady.(土と木も弱い、流れて、落ちる
流れて、落ちるマイ・フェア・レイディー。)


Build it up with stone so strong, Stone so strong, Stone so strong. Build it up with stone so strong, My fair lady.(強い石で建てろ、建てろ、建てろ 強い石で建てろマイ・フェア・レイディー。)

Stone so strong will last so long, Last so long………… Last so long. Stone so strong will last so long, My fair lady.(強い石なら、長持ち、するよ 長持ちするよマイ・フェア・レイディー。)」


歌詞の続きも最初はすらすらと歌えたのに。途中から歌えなくなってしまって。俺の灰の中に一酸化炭素が溜まっていくのが感覚として伝わる。頭がガンガンと警鐘を鳴らす。危険だ。と。それでも、自室まで迎えたことは奇跡だと思っている。そして、自室につく。いつもの、モノトーン調の部屋。個々で死のう。さっき持っていたナイフを取り出した。頸動脈を一気に掻っ切れば、死ねるはずだ。でも、後悔が残っている。ドアは開けっ放し。窓辺に俺は立つ。そして英語でまたさっきの歌を歌う。そして、ふとした瞬間に出た言葉が、あまりにも。力のない言葉だった。


「今まで。ありがとう。さようなら。俺」


そういって頸動脈を掻っ切った。それは噴水のように血が流れ出る。その表情は無で。一見したら怖い物だろうが。幸せであった。ロキにとって。ここは檻。ロキにとっての終着点となったのだ。

バイオリンの音が聞こえる。そのメロディーとともに俺だったものは倒れた。俺はこれで。自由だ。


>>all

【ロキの最後のレスです! ロキと絡んでくださった方々、誠にありがとうございました!
ちなみにロキの本名はロキ=シャルル=レジェンダーです。】

9ヶ月前 No.455

悪魔が来たりて笛を吹く @arthur ★iPhone=gwqr4lYaPU

【マリュー/→屋敷】

「ははは、死ぬ時まで芝居掛かったヒトだったなぁ」

 燃え盛るイライザ・リーの前に完成された美少年が優しげな微笑を浮かべている。死体を前にして作る表情としては不気味な穏やかさであった。決して、死者を悼む顔ではない。見世物を楽しんだ顔である。
 彼女が猟銃を打ち鳴らした時も、マダム・エルザの発狂を目の当たりにした時も、住人の抱えた狂気が炸裂した時も彼の微笑は崩れなかった。ただの一瞬を除いて。

「うん、でも日常からして演出過多な所はあったよね。予想通りって感じもしたよ。ボクみたく普段は純情そうで実は好き者って感じの方が意外性はあったんじゃないかな?」

 わざとらしく頬を引き締めて、物言わぬ演出者兼役者に悲劇の批評を行う。

「ああ、そうだ。それとルイスの死体。アレは悪趣味だったね、ボクだったらもっと上手い事やれたよ」

 急に鼻白んだらしく、一転してイライザを見下ろす瞳が明瞭な侮蔑に切り替わる。彼の微笑が崩れた瞬間はルイスの死体を見た時だった。あの時に彼の表情は世の果てよりも凍りつき、一瞬とは言え上演されていた劇に対する熱意を失ったのである。
 マリューは汚れものは大好きだ。それこそ、つい先程まで行われていた狂人たちの醜態など、なんとも言えない救われた心地になる光景である。欲望が弾ける時は剥き出しだからこそ美しい。日頃、隠されていた醜い本音や欲望にマリューはとてつもない救いと、人間に対してある種の尊さと敬意すら感じるのである。
 だからこそ、汚れを取り繕うようなルイスの死体はすこぶる気に入らなかった。料理人のような言い方になるが、素材の味を活かしていないという表現を使いたくなるザマだった。いや、イライザ・リーの在り方そのものが気に入らなかったのかも知れない。

「安心するといいさ、キミですら所詮はヒトだ。その虚飾こそがキミの人間味だよ、うん」

 もう彼女に言うことはないらしい。彼は踵を返して炎上する屋敷へと戻っていく。マリューの精神は自殺願望を生むには弾性に富み過ぎた構造だったが、名残を惜しむぐらいの繊細さは存在していたようだ。

【ある程度、ぶらぶら歩かせて〆のレスを書こうと思います。その間、絡んで下さる方がいれば是非】

>>ALL

9ヶ月前 No.456

絡繰 @ne9rodoll ★wgm3NQbNwV_4qc

【アイリス・ローゼンブルク/裏庭】

 断ち切るように吐いた言葉は、少し震えていたかもしれない。二人の方に視線は向けることはなく空を仰ぐように眺めていた。なのに、また暖かい体温に包まれたのは何故だろう?鼓膜を震わせたたどたどしい声は誰のもの?それを理解するより先に自分の肩口に濡れた感触。涙だ。リオネルが抱き着いているのだと、遅れて理解した。途切れ途切れでも確かに届いた声は、自分と共にいることを望んだ言葉。心中を吐露するように出た言葉を皮切りに、私を包んだ震える体は大きな声で泣き出した。幼くもその身に業を背負ったからだが、悲痛な叫びを上げている。なら、慰めないと。頭をなでて、だいじょうぶよって、言わないと。それが良いお姉ちゃんだから。でも、私がそれをしてしまったら、私は彼を離すことが出来なくなってしまう。それは、ダメなはずなのに。だから、逃がしてあげようと思ったのに。少し離れたところから、ロメアの声が聞こえる。冗談めかした言葉に喉がひゅ、と嫌な音を出して震えた。心の奥深くに押し込めた欲望が顔を出してにっこりと笑む。いつまで良い子ぶってるの?と馬鹿にしたような声が聞こえた気がしたが、あたりに響くのは幼いばかりの泣き叫ぶ声。呼吸が儘ならないために引き攣れる背を擦ってあげなければ、と思うのに、手は思うように動いてはくれなかった。瞳には迷いだけが残り、動けない。執着の対象を亡くした心が身動きをとれないように、私自身も迷子のようにそこにただ立ち尽くすことしか出来なかった。
 また、ロメアの声が耳に届く。微笑みが湛えられたその表情を見上げれば、何時も波のひとつもないような彼の表情が、少しばかり揺れているのを感じた。わざわざリオネルの名前だけを、二人という言葉を強調して告げた彼の激情が垣間見える。

――――あぁ、いっしょだ。わたしが、我慢してるときのかお。

怒りも嫉妬も何もかも笑みで溶かしてきた時の私の表情と、彼の今の顔はそっくりだった。それはもう、笑ってしまうほど。幼い頃の自分と彼の姿が重なる。ぎゅう、と胸が掴まれたように痛んだ。目を細め、慈しむように彼を見詰める。
そうか、アンタにとってこの夢は悪夢ではなかったのかもしれないね。閉塞的な安息の地は、私にとっての理想を映した夢だったから。だからほんとは、手放したくなんてなくて、でも”良い子”の私は駄々を捏ねて手放したくないと泣く術を、持っていなかった。それは、アンタも同じだったりして。似たもの同士、なんて言い方をしたら失礼かもしれないけど。お互いに、もう少し我が儘になれたら良かったのにね。自嘲するように零れ出た笑い。じゃあ、どうせもう変えることも出来ないのなら、離れることさえ相手を苦しめてしまうなら、とことん我が儘になってみるのも、アリかもなぁ。諦めるようにため息を吐く。ぱきん、と胸の何処かで何かが壊れる音がした。堰を切ったように溢れだした寂しさを埋めたいという願望は、もう次の執着の標的を見つけたらしい。軽薄な笑みばかり浮かべていた頬から力を抜き、表面上ばかりの良心をかなぐり捨てる。我慢なんて、馬鹿らしい。慎ましさなどとっくのとうに捨てていた私が何をしおらしくなっているんだ。メッキで出来た”良い子”なんて、ぶっ壊してしまえ。

 次の瞬間、私は飛びついているリオネルと、近くに立っていたロメアの腕を無理やり引っ張り、自らの腕の中に二人を収めた。逃れることを許さないというように、いっそ強制をも感じ得る力強さと強引さで。鉛のように動かなかった片腕は今では優しくリオネルの背を擦っている。

「リオネルくん、泣かないで。私、泣いてるアンタを置いて行ける訳ないんだからさ。そんなに大きな声で泣いたらアンタの可愛い声が掠れちゃう。」

泣きじゃくって腫れたリオネルの目元を撫でる。涙でキラキラと光に反射する瞳は宝石のようで、その瞼に柔い、母が子へ向ける慈愛のような感情が乗った口づけを落とす。そのまま流れるようにロメアのリオネルが居る方向とは反対側の耳元へ唇を寄せた。決してリオネルには聞こえないように、小さく小さく、絡み付くような言葉を紡ぐ。これは、子供には内緒のオトナの秘密だからね。

「もう少し、アンタは我が儘でいなさいな。残念ながら、私は大人げないんだ。生憎アンタの心情を汲み取って理解してやれる優しいオネエサンはここには居ない。……そうね、これはローゼンブルク家長女としての、最後の命令よ、ロメアくん。」

抱きしめるために首に回した腕をふと緩くして、ゆるりと、誘惑するようにロメアの首筋に指先を這わせる。悪人になったのなら悪人らしく、最後まで悪党で居てやろうじゃないか。未来のある少年たちを攫う怪盗にでも、なりきってやろう。すぅ、とひとつ息を吸い、それを吹きかけるように優しく、その耳元に甘く囁いた。

「――――私の身勝手な愛に巻き込まれてから、死んでくれないかなぁ?」

それは、酷く自分勝手で冒涜的なことば。私は、勝手なエゴで無差別に愛を振り撒くのが好きなんだ。だから、アンタが望むなら傷つけてあげるし、縛ってあげる。私を殴っても縛ってもいいよ?私そういうの、だぁいすき。”良い子”の仮面の奥に隠した、どろどろとした欲望は一度ザックリと裂けてしまえば傷口からどんどん溢れ出てくる。寂しいのは嫌。縛って嬲って口付けて、私の傍にいてくれないと嫌なの。もし、もし、リオネルが傍に居てくれても、純粋な彼はこれから沢山のことを知って、鳥籠から逃げて行ってしまうかもしれないじゃない。私、そんなのイヤよ。だから、一人じゃ足りないの。誰か、誰でもいいから、傍に居てほしいの。最低だって?そんなのとっくの昔から知ってるよ。くすくす、悪魔のような笑い声を残し、ロメアの耳朶に唇を充てる。あぁどうか、これ以上ない悪役の手中に堕ちてくれ。人魚姫が願いの代償に声を失ったように、アンタの愛とその身を差し出せば、壊れるくらい愛してあげる。

 ロメアの耳元から顔を離し、二人を見据える。その時、最上階の母の部屋から爆発音が聞こえた。それと共に散る炎。其れに照らされた私の顔はこれ以上にないほどに穏やかで、それでいて寒気を感じるほど底知れない闇を深めた笑顔を象っていた。

「麗しの王子様たち、私はアンタたちを幸せにするために攫うわ。さぁ、"Take my hands?"(私の手をとって?)」

 怪しい微笑と一緒に彼らに向けて両手を差し出す。幸せって?そりゃあずっとずっと私の傍で愛されることに決まってるじゃない!それが彼らの本当の幸せかなんて、知らないけど。だってもう誰一人として、逃がしたくないんだもの。今度は妹のときみたいに中途半端に縛るんじゃだめね。丁寧に綿密に頑丈な鎖で繋ぎとめておかないと。また、失っちゃう。そういえば私は、イライザのことを白い魔女と言った、けど、純粋無垢な子供を騙して、迷える少年を誑かす、自分の方がよっぽど傲慢な魔女らしいなと頭の片隅で考えた。

 失う恐怖を知った女は、さらにその檻と鎖を強固なものにして、大事なものを大切に閉じ込める。所詮彼女も歪みが蓄積されてきた薔薇の一族、ローゼンブルク家の人間。さらに母の意思を色濃く受け継いだ長女のアイリスは、再び名も知れぬ何処かで囲われた楽園を作り上げるに値する素質を、充分すぎるほどに持っていたのかもしれない。

リオネル様、ロメア様>>
【お返事遅くなってしまい申し訳ありません!】

9ヶ月前 No.457

エルデガルト @ready50☆AaWAaYBi9xHg ★6lDqAT8MNN_X9G

【エルデガルト・ローゼンブルク/バルコニー→】

 罪とは。
 背負うも背負わないもなく、もう必然的に、消えない過去と一生共にし、当然、逃れられるはずもなく最後を迎える。
 滴り落ちる血液はこれから進む道が過酷である事の暗示なのかもしれない。罪が燃えて消える事はあり得ないし、罪は人の咎として傷を遺し続ける。それは見えない形であればあるほど厄介なものだ。人を蝕み、人を壊してゆく。だから、ある程度は見える形のほうが、罪というものは分かり易いのかもしれない。
 姉の行いに、ただただ無言だった。可もなく不可もなく、ただ眺めているだけだった。私はそれを、ただただ抱き締めるだけだ。姉の微笑みに対して、私も微笑みで返した。

「――私も償いがあります、姉様。今日まで私と共にあり、今日まで私を支え続けてくれた、私の可愛い子供達」

 手をとる姉に微笑みかけ、バルコニーから出口を目指す中で、エルデガルトは自分の部屋の前で立ち止まった。
 扉を開け、未だに火が至っていない事を確認する。
 それを視て、安堵をする。けれど、同時に悲しみを覚える。
 ――――――――連れてはいけないからだ。

「――この子達は、時期に焼かれて死んでしまいます。
 私が作った、私のお人形さん達。私は皆が大好きだった。私は皆がいれたから私でいれた。皆が居たから生きていた。皆が居たから、私は姉様を取り戻せた。
 全部この子達のお陰なんです。空っぽだった私を満たしてくれた、命の恩人達なんです。みんなみんな、生きているのに――――私は……皆を見殺しにしてしまう」

 歪な涙がこぼれ落ちる。
 人形狂いは死に、その産物である人形もまた死を迎える。

「帰ってくるって……約束、したんですけどね。
 約束、守れなかったんです。私、酷い女(ひと)だなあって。私、だから、最後に、挨拶、したいなって」

 姉の手を掴む自分の手に、ふと力が入ってしまう。それに気がついて、手の力を緩めてしまう。
 「ごめんなさい」と、一言謝れば、こちらを視ているかのような人形達に、言葉を振り絞ろうとする。皆の目からは、感謝の言葉が聞こえるようだった。感謝、されたいなあ。作ってくれてありがとうって、感じに。

「ありがとね、皆」

 それを言ったきり、ドアを堅く閉めた。「さ、早くいきましょう、姉様」と、拭いたばかりの涙を皮膚に滲ませながら、エルデガルトは頷いた。

>>キマイラ

9ヶ月前 No.458

絡繰 @ne9rodoll ★wgm3NQbNwV_4qc

【グレイ・ローゼンブルク/バルコニー@→廊下】

 自分の口から囁かれる愛のことばに応える彼の表情は何時もよりずっと幼く見えた。作っていない、安心感を体現したような彼により愛しさがこみ上げる。彼はこの僕の捧げる愛の異常さを異常と捉えない。そんな無垢な彼を堕としてしまった背徳感に背筋がびりびりと震える感覚を覚えた。こんな僕が、独占していいはずもなかったのに、彼は、僕が愛することを望んでいる。僕の歪んだ行為を欲している。僕を愛することを望んでいる。それだけでとんでもない優越感と多幸感で満たされるようだ。”唯一無二”とはこれほどまでに心地よいものだったのか。仄暗い欲望と純粋な喜び、いとしさ。全てが混じり合って貧弱な僕の身体にガンガンと内側から殴りつけるほどにその存在を知らせてくる。ただひたすらに輝くことを望んだ星を、本来の舞台である夜空から引きずり下ろしてその”本物”を手にした歓喜と高揚で心臓の高鳴りが抑えられない。昂ぶる感情の儘に彼の小鳥のような口付けに応えた。

彼の目元に触れることで感じた涙の感触は、あまりにも暖かくて。今まで陶器のように冷たかった彼の体温が嘘みたいだ、と思う。作りものでもなんでもない、本物の感情の塊のような液体をなぞり、指先に纏わせた。その手をエトワールが握りしめ、またしあわせな言葉を落とす。耳を擽る言葉に微笑みを湛えながら、「ぼくも、だよ。」と心から発するには慣れないだろうその言葉に応えて、愛をふたりのものにしていく。

「……うん、ぜんぶ、エトワールの全部、僕のもの。だから、僕のすべても君に。僕のためだけに輝く星に、僕のすべてを捧げること、誓うよ。」

花が綻ぶような笑みで、それでいてどこか泣きだしそうなほど切なく願いを囁く。すると、彼は自らのブローチから飾りを一本引き抜き、それを僕の指に結ぶ。恭しく触れた唇は、その美しさと相まってまるで童話に出てくる王子様のような姿を彷彿とさせた。いつだか図鑑で見たことのある花の飾り、青いデルフィニウム。祈りのように結ばれたのは、左手の薬指。随所に散りばめられた愛への誓いや願いに涙が零れた。欲しかった、確かに僕はこれを欲していた。だけど、こんなにもらっていいのだろうか。こんな、歪んだ愛し方しか出来なかった僕が。きっと僕は、このデルフィニウムに含まれた毒のように、彼をじわじわと侵食して死に至らしめることしか出来ない。僕と共にあることの末路を、聡明な彼も分っているはずなのに、それでも愛している、と。僕だけのもので居てくれると言うんだ。あぁ、愛される歓びって、こういうものだったんだ。急速に胸の器が満たされていくことを確かに感じて、彼の今までとは少し変わった笑顔を見つめ、その言葉に声も無く頷く。

 エトワールに腕を引かれるまま、バルコニーを飛び出した。家族のことも、イライザのことも、捨てるには大きすぎるから。全て抱えて。選択も、救いも償いも出来なかった僕は、せめて、誰よりもこのことを捨てることなく、忘れることなく、抱え続けよう。大好きな姉さんも、妹も、優しくしてくれた人皆のことを、想い続ける。罪には、罰を。きっとこの楽園で許されざる罪を犯した僕には、罰が下る。だからその日までは、愛すると誓った者を守り続けたい。走り抜けた廊下は炎のせいか熱い空気が充満していた、それでも愛する人が傍に居れば、まるで駆け落ちのよう。愛の逃避行の終着点はきっとまた閉塞的な檻なのだろうけど、そんな未来さえも、いとおしかった。

 その時、握り占めた手の中の固い感触を思い出す。それはイライザから預かった、戦場を駆ける少年、カナニトへの道標であるらしい髪留め。いつだったか、ルイスの死というすべての始まりの翌日のあの雨の日。雨に濡れながらもこの身を射貫いた目線は、何処までも聡明で、美しかった。

「……届けなきゃ。ね、エトワール…僕、これをカナニトくんに届けなきゃ。先生へ、僕のせめてもの償いを、しなくちゃ……。」

彼の僕の腕を引いてくれていた手に自らの手を重ねて、必死とも言える形相でそう言葉を吐くも、その声は後半になるにつれて尻すぼみになってしまった。僕を愛してくれた彼女との最後の約束、守らなきゃ。それでも、着実に火の手は回ってきている。呑気に人探しなどをしている暇もないだろう。彼と未来を生きると決めた命、捨てることなど絶対にしない。でも、選ぶことを出来なかった僕に、それでも優しさを、愛をくれた恩返しを、僕は出来ていない。それを果たさなくては、という想いと、このまま彼を付き合わせてしまったら彼の命まで危なくなるかもしれない、という危惧が混ざり合って、不安に歪んだ顔がエトワールに向けられる。この期に及んで強く選択のできない自分の変わらない弱さを痛感し、情けなさに強く唇を噛んだ。

エトワール様>>

【お返事遅くなってしまい、申し訳ありませんでした!】

9ヶ月前 No.459

とと田 @totototo☆pZFOWxlGRjQ ★Android=4OhkCRUD6l

【ベイリー・ローゼンブルク/大広間⇒コレクションルーム前】


 カナニトの瞳は強い意志に燃えていた。本当はこんな危険なところにひとときも居させたくないというのに、その確固たる表情はベイリーの首を恐る恐るながらも縦に振らせた。こんな顔されたら、断れないじゃない、と胸の内でひとりごちる。親の目は贔屓目、とは言ったものである。きっと自分は自分の好きなものに甘いのだということを、生まれて初めて自覚した瞬間であった。幼い頃は無意識にそうだったのだろうか、それほどまでに愛したものがあっただろうか。ベイリーは過去を思った。

「そうね、一緒に行きましょう」

 今度は深く頷いて、左手でカナニトの右手を掬い上げるように取った。今までの壊れ物を扱うかのごとく丁寧な仕草とは違い、性急で相手の反応を伺わない手つき。そこには確かに焦りがあった。冷静さを繕おうとしてもどうしても綻びを産んでしまう自身の爪の甘さに気が向くのをこらえ、ベイリーはカナニトの手を引いて大広間から飛び出す。もう、なりふりかまってられないのだ。

 一階の様子は普段と全く変わりなく、本当にここに終わりが来るのか、疑わしいくらいであった。冬の乾いた空気が頬を撫でる。
 廊下を早足で歩きながら、ベイリーは前を向いたまま口を開いた。

「貴方が知らないことをわたしが教える代わりに、貴方はわたしを守ってくれると言いましたね。……でも、わたしが知らないことを、貴方が知ってる……そういうこともあると思うんです。貴方が考えているよりずっと、ずっと沢山ね」

 階段をかけ上がる。
 上に上がって行くに連れて、煙たい空気が薄く広がって、鼻をくすぐっているのが分かった。

「だから、貴方だけが知ってること、持ってるもの、わたしに聞かせてください、見せてください。その分わたしも、貴方を守ります。どうですか、そしたらわたし達、向かうところ敵なしじゃありません?」

 ベイリーは愉快そうに控えめに笑った。他人に悪戯を仕掛ける為の作戦を立てているときのような、悪どさの混じった声だった。


 そんな浮わついた気持ちも、最上階を目前にすると徐々に収まりを見せる。威勢良く歩を進めていた足の動きも、重く、鈍くなっていった。しかし、終わりというものはいつか来るのが必然であり、ベイリーの足はしっかりと目的地――マダム・エルザのコレクションルーム前まで辿り着いていた。部屋の扉は既に足下の方に火が移っており、上へ上へ上るように扉を侵食していた。その火は床にも広がっていて、ベイリーは後退りして遠ざかろうとする。予想はしていたが、中にはとても入れそうになかった。一度無理に扉をこじ開けようものなら余計な被害を産むだけだろう。煙は濃く、充満していた。


 ――何を言えば良いんだろう。
 そもそもベイリーは、エルザに別れを告げる気でここに来た。あわよくば助けたい気持ちもあったが、そんな甘い願望は叶いそうになかった。何か言ったとして、それをエルザが聞いている可能性は限りなく低いし、ただの自己満足にしかならない行為に僅かでも価値を見いだそうとしている、惨めさが己に染みた。違う、と否定する。独りよがりで構わない、これはけじめなのだ。さようなら、なんて言葉は、言いたくなかった。震える唇を動かして、言葉を紡いだ。

「……お、母さん…………」


 一度声にすると、吹っ切れてしまうものだと思った。


 カナニトは、家族だった、と言った。正しいことだった。正しいというのはベイリーの主観であって、本質は分からない。けれど、ここでの記憶はきちんと過去として形どらなければいけないことなのだから、そういう覚悟をカナニトを持っていることが何となく良いことなのだろうと、感じていた。そして、ベイリーにはそれができなかった。これから先、どれだけ時が流れようとも、愛しい姉妹や美しい少年達、仕えてくれた者、母、ルイス、そして、イライザ――全ての人間を今も家族だと呼んでしまう、確信があった。一人として過去などにしてやるものか。傲慢で、貪欲な愛。勝手に与えておいて、見返りまでも欲する。ああ、これが本当のわたしなんだ、と安心する。


(皆、母を悲しい人だと言うだろうか。哀れな女だと。客観的に見ればそうかもしれない。でも、わたしは――そういう外野的な分析だとか、冷静に物事を考えるだとか、できるように繕っていたけれど。実際は全然駄目で。偏った見方しか出来なくて。だから法が裁くべきなんて、本心からの言葉じゃなかった。本当の本当は、誰が駒鳥を殺したかなんて、どうでもいい! わたしはわたしの見たお母さんしか、知らないもの。真実なんて言ってわたしの見聞きしないことを打ち明けられても困るだけよ。例えばお父さんも、他の人からしたら酷い人に見えていたのかもしれない。だけどそんなの関係ない。わたしが生きてって言ったら、生きてくれるだけで良いの。償いなんてしなくたって良いの。だって何をしたって一度失ったものは元に戻らないんだから。それならわたしの方を見るべきよ。……お母さん、ほんとに死んじゃうの? わたしがこんなにも愛してるのに? そんな――そんなのってない!)


 それはまるで、子供が駄々をこねるように。今まで無意識に押さえ込んでいた感情が溢れ出していた。体の中で暴れる気持ちを唇を強く噛んでやり過ごす。こんな我儘を他人に漏らして良いのは、この屋敷を出てからだと、自分に誓ったからだ。ここにいる間は今までの自分でいる、己との約束を破ってはならなかった。ドアノブに手をかけそうになる衝動を押さえ、ベイリーは自身の左胸に付けていたものをドレスから外した。それは、薔薇のブローチであった。様子のおかしい母を憂え、贈り物をしようと購入したブローチ。まさかこんな形で渡すことになるとは、思いもしなかった。ベイリーはそれを依然燃え続けている床に、火にくべるように置いた。赤い炎の中でブローチに埋められた宝石達が煌煌と輝いていた。ローゼンブルク――薔薇の城にふさわしい、手向けの花だろう。
ベイリーは胸の前で手を組み、祈りを捧げる仕草をした。対象は神様ではなく、ルイスだった。

 ――もし、天国や地獄があるとするならば。ルイス、わたしの母を、どうか天国へ導いてあげて欲しいのです。母を許さなくても構いません。憎んでいても構いません。手放しに与えられた赦しほど、残酷なものはありませんから。母が、貴方という駒鳥を矢で射止めた雀だというのなら。そうですね、わたしは、梟になりましょう。美しい色の石で貴方のお墓を作ります。周りに花を飾ります。貴方に姉と呼ばれたかもしれないもしもの未来に、思いを馳せて生きます。ささやかすぎる対価ですが、それで手を打ってはくれませんか。お願いします、お願いします、お願いします……。


 ベイリーはまじないの如く心の中で念じ続けた。ルイスの声を朧気に、思い出しながら。


>>カナニト、ALL



【遅くなってしまい本当に申し訳ありません……! グレイちゃんの渡しものの件もありますし、カナニト君には全然ベイリーを無視して好きに動いて頂いて大丈夫なので……!】

9ヶ月前 No.460

ふぁすね @yupihiko☆d.mPOva7Vfg ★mbjMynBHF3_OSy

【エトワール/バルコニー@→コレクションルーム前】


 バルコニーから見える月が、ひどくかがやいてみえた。今まで見たこともないくらいに、世界が綺麗に思える。この先どうやって生きていけばいいのか。この惨劇をどうやって乗り越えればいいのか。解決しなければならない問題もわからないことも山積みだったけれど、今はこの満たされた感覚に溺れていたかった。

 グレイが零す"償い"の言葉。必死なその表情は、何もかもを捨てきれずに抱えこむグレイらしいものだった。その手に握りしめられた蜘蛛の描かれた髪留めをみて、エトワールは複雑な心地になる。ローゼンブルク家を混沌と破滅の渦に巻き込み、心から愛していたからとはいえ、グレイをその手にかけようとしていた人間が最期の願いとしてグレイに託したものだ。中に何か仕舞うことができる仕組みになっているらしい其れに一体何が隠されているのか、エトワールには想像もつかなかったけれど、百パーセントの善意のみで構成されているものだとはとても思えなかった。其処に在るのはきっと、禍々しい、深淵に潜む何か。其れが危険であるかどうかは受け取ったカナニトがどうするか次第だが、エトワールはその髪留めに対する警戒心を捨てきれずにいた。しかしどうするか決めるのは自分ではない。何より、こんなにも必死に訴えかけるグレイを突き放すことなどできなかった。


「そう、だね。行こう」


 グレイの手を引いてバルコニーから屋敷の中へと戻った。煙にぼやけてかすかに見えるマダム・エルザのコレクションルームからは炎がじわじわと広がり、其れに浸食されつつある廊下は熱く煙たい空気が充満している。長居するのは危険だと本能が告げていた。

 煙が濃く満ちる廊下。ところどころが炎で照らされているとはいえこうも煙たくては視界も悪くなる。広い廊下を急ぎ足で進んで行くと、二人の人影が見えた。煙の中、其の姿ははっきりとは見えなかったが、シルエットからベイリーとカナニトだということがわかる。見つけた、と近づいていくと、彼らが佇んでいたのはマダム・エルザのコレクションルーム前だった。どうしてこんなところに、という言葉を呑みこむ。燃える床の前、祈りをささげるベイリー。彼女が何に対して、何を祈っているのかはわからなかったけれど、その姿は、言葉をかけることを憚られるほどうつくしく見えた。

 マダム・エルザのコレクションルーム。その中にはきっと、彼女が集めたこの世界のすべてのうつくしいものが収められている。彼女自身も含めて。きっともうこの屋敷に咲き誇った薔薇の女王は灼き尽くされ息絶えてしまっているだろう。エトワールはそんな彼女に思いを馳せる。

 ――数多くいた少年たちの中から自身を選び、あの地獄から救い出してくれた。"エトワール"という名前をくれた。何もかも銀幕の内で亡くした自分に"愛されなさい"と、生きる理由を与えてくれた。それは単なる薔薇の女王の気まぐれだったのかもしれないけれど、エトワールにとっては十分な救いで、死にかけていたこころに小さな灯をともすきっかけになった。彼女が狂女となり、燃え尽きるのを待つだけの存在となった今でも、エトワールが彼女に抱く思いは変わらなかった。


「――――ありがとね、女王サマ」


 煙でぼやけた先の部屋に向けて、小さくつぶやく。生きていく理由なんて、いままでひとつもなかったけれど。あなたが此処に連れて来てくれたおかげで、やっとひとつ、見つけられた。ありがとう。どうか安らかに。



>>グレイ、ベイリー、カナニト



【もう少し様子を見てから行こうと思いましたが期限も近いので投下しますね。】

9ヶ月前 No.461

リオネル @d0ap ★Android=oiMOxDsfGh

【リオネル/裏庭】

 初めてかもしれない。自分の思いだけを優先して、誰かを求めることなんて。いつも周りに遠慮して、ついに家族にすら自分の思いを伝えることをしなかった。だって、困らせたくなかったから……。


 目の前の身体はとても温かくて心地好い。もう、離したくなくて、すがり付くように懇願する。泣き声に混じる「置いていかないで」「一緒にいたい」の言葉達は果たして届いただろうか。
 大きく肩を震わせながらも、腕は力一杯アイリスの身体を抱き締めていた。次第に泣き声は小さくなり、浅い息遣いとなる。背後からロメアの声が聞こえたが、リオネルには言葉の意味よりも、端々から伝わる寂しさを感じ取っていた。

−−みんな、さびしいんだ。

 そう思った瞬間、しがみついていた身体が動き、リオネルのすぐ隣にも温かさを感じた。腫らした瞳で見上げれば、そこにはロメアの姿があった。よく見れば、アイリスが二人を自分の腕の中に収めているのが分かる。先程よりも密着される身体。優しい手つきで背中を擦られれば、擦る手に合わせて呼吸をゆっくりと整えた。

「置いて、かないで……。ずっと、いっしょ……だからっ! 置いてか、ないでっ」

 どうしたら思いが伝わるかなんて、考える事はもうしない。ただ、ただ、一生懸命、声に出して同じ言葉を何度も何度も紡ぐ。求めるように頬を身体を擦り寄せれば、優しい声と共に瞼に口付けが落とされた。
 もっと、もっと。たった一回じゃ足りない。今までたくさん我慢したんだから。だから、もう、この先、我慢なんてしなくていいよね……?

 離れていく唇の先を辿れば、目に入るロメアとアイリス。秘め事を探るようにジッと見つめるその瞳には、純粋な嫉妬心が浮かぶ。けれど、それとは別に二人の姿はとても綺麗で、リオネルの胸の鼓動は早くなった。
 漸く二人は離れ、アイリスが此方を見据える。屋敷の方から爆発音が聞こえたが、驚くことはなかった。それよりも、大切なものが目の前にあるから。差し出された手を両手で包み込むと、静かに手の甲に唇を落とした。「王子様、でしょ?」と悪戯に笑みを浮かべながら。

 用意されている檻に自ら飛び込むのは、その意味を知らないから。けれど、閉じ込められることに慣れてしまったら、出ていくなんてきっと出来ないだろう。愛する人に閉じ込められるなら、その檻すらもきっと愛おしく感じてしまうから。

【遅くなってしまい申し訳ありません】
>ロメア、アイリス

9ヶ月前 No.462

七彩 @tmr☆qrj4adrhQpgH ★Tablet=rLqy3zkxxj

【ノイン・ローゼンブルグ/ロキの自室→屋敷】

 ひとりひとりの自室を回って、逃げ遅れた人がいないか探した。煙はある程度充満していたけど、まだ床に空気があったから、鼻と口を覆うようにハンカチと床になるべく体を近づけて部屋を回って。どんどん煙が増えていくし、炎も強まっているような気もしてくる。それでも私は、みんなに逃げて欲しかったから皆の自室を回っていった。そして、ロキの自室にたどり着いた時に、私は息を呑んだ。

「……っ、ロキ!」

 赤の湖に溺れるロキの亡骸。この量からしておそらく自ら頸動脈を切ったのだろう。胸がぎゅっと締め付けられて、苦しくなるのと同時に、また火の勢いが増した気がした。他のみんなが逃げていることだけを祈りながら、私はその場から逃げた。

―――
――


 走って、降りてきて、そこでマリューの姿を見つける。脳裏にはまだ、ロキの最期の姿が染み付いたままで。ふらりふらりと階段から降りて立ち止まる。両目からぽろぽろと涙をこぼし、煙の中を必死に走ってきた故に酸素不足になりかけた頭のまま、マリューに声をかけた。

「マリュー……火事になってるから、ここにはいられないよ、逃げない、と」

 途切れ途切れになりながらも、しっかりと目を見て伝える。そこには、どうか生きてほしいとの願いがたしかに灯っていた。

>>マリュー

9ヶ月前 No.463

キマイラ @september9☆l2RtaxPLX0X6 ★80jDqOFPYR_M0e

【キマイラ・ローゼンブルク/バルコニー→】

 頬を伝う温い生の証。狼狽するわけでも、驚愕するわけでもなく、妹はただただ静かに、自分の償いの形を受け入れてくれた。
 すべてを包む慈愛の如き彼女の視線と、確かな決意で繋がった妹と自分の手の感触。手のひらから伝わるぬくもりを確かめつつ、キマイラはエルデガルトと共にバルコニーを後にする。
 焔に包まれる屋敷の中に戻るその時、一瞬だけバルコニーの方を振り返った。夜の冷たさの中、蛍の火のように降り注ぐ火の粉と、闇の中でもはっきりとわかる、床の上に残された赤。住み慣れた世界が壊れていく音に耳を傾ける。
 もう彼女は何も言わなかった。罪を犯し、罪を償い、罰を受けた今、私に残された事はただひとつ。この楽園から、逃げる事だけだ。原初の罪を犯したものは、楽園の崩壊を招いたものは、追われる定めにある。

(――さようなら)

 エルデガルトの手を取りながら、彼女の言う「償い」の場へ共に向かう。徐々に焔が屋敷を蝕んでいく。充満する煙の中たどり着いたのは、彼女の――エルデガルトの部屋だった。彼女が扉を開ける。幸い、まだ中に火は回っていない様だった。煙でくらむ視界の中、キマイラは目を凝らす。其処には、彼女が愛でた人形たちが静かに佇んでいた。よく見てみれば、その一人一人に特徴があり、同じ顔をしたものはいない。まるで生きているかのような薔薇色の頬をした彼女たちもまた、屋敷とともに燃える運命にあった。
 エルデガルトの手に力が入る。彼女の頬を伝う涙が、人形たちとのすべてを物語っていた。彼女は人形たちを愛し、人形たちもまた彼女を愛していたのだろう。何も言わず、自らの運命を受け入れている人形たちの虚空を見つめる瞳が、余計に切なかった。
 たとえそれがどんな形のものであろうと、愛した者との別れは辛く悲しい。苦しげなエルデガルトの声が、キマイラの胸を締め付ける。キマイラは黙ったままエルデガルトの告白を聞いていた。彼女が言葉を言い終えるか終えないかの内に、そっと手を伸ばして、彼女の涙をその指先で拭った。妹の頬を優しく撫でながら、口を開く。

「――貴女の愛おしい子供たちだもの、惜しみない愛を注いでくれた貴女のことを憎むはずないわ。……彼女たちの為にも、先へ進まないと、よね」

 私も貴女も同じ。生きるのではなく、生きなければならない理由が出来たのだ。罪を背負って共に歩むことが、一番重く深い償い。償いといえど、愛を与えてきた妹と、愛を与えなかった自分。それは全く正反対のもの。自分が背負うこの傷は、一生自分を苦しめるだろう。
 せめて、彼女の償いは、彼女をこの先苦しめることが無いように……。そう、祈るのみ。
 エルデガルトに手をひかれながら、燃え落ちる屋敷の中を歩む。熱い空気が喉と肺を傷つける。顔の傷から流れる血は未だ止まる素振りを見せずにいる。

 意識が朦朧とする。足が重く上手く歩けない。目に映る光景が、燃える前のものと重なる。

「――――…………あと少し、なのに……どうして、かしら」

 足が上手く動かせないのは、血が足りないからか、煙のせいか。それとも、無意識の内に自分を縛っていた、この家での思い出のせいか。

>エルデガルト 【お返事遅くなってすみません……】

9ヶ月前 No.464

崎山 @caim ★Vxqs1Pnm4y_mgE


【カナニト/大広間→コレクションルーム】


 ベイリーが、ぼくの手を引く。
 手をつないでるだけで、ぼくの手からベイリーの心が流れ込んでくるみたいだった。たった少しの時間に、たくさんのことが起きた。ぼくは、こんな風にベイリーと手をつなぐことがあるだなんて考えてもなかったから、ベイリーの細い指をじっと見ていた。廊下を駆けて行く時も、ずっと。どきどきした。なんだろう、このキモチは。
 ぼくの心は、そのどきどきが過ぎてしまえば、いつも通りだった。それでも、ぼくたちが死にに行くんじゃないってことが、ぼくの中で安心に変わってた。不意に、ベイリーの言葉がふってきた。ベイリーの知らない、ぼくの知ってること?

「そんなこと、考えたこともなかったよ、ぼく。一緒にいたら、たくさん、そういうの分かるかな。……分かると、いいな」

 ぼくは、初めてのどきどきたちに囲まれて、息が上がってた。だから、つぶやくようにそう言うのがやっとだった。ぼくたちにはまだこれから時間がたくさんあるってことが、なによりもぼくの心をおちつかせていた。
 それでも、びっくりした。ぼくたちはあまり、ぼくたちを知らなかったんだってこと。二年間も、ずっと一緒にいたっていうのに。今の方が、すごく近いキョリにいる。心がぎゅうとしめつけられる。嬉しくて嬉しくて、ぼくはベイリーの手を握る力を強くした。でも、すぐにあわてて力を弱めた。ぼくの頭にあるのは、銃のグリップとか、ナイフの柄とか、――ガラスの欠片とか、ムキシツの記憶しかなかったから。痛いって言えないものしか、ぼくは手にしたことがなかったから。ぼくは本当に、なにも知らない。手のつなぎ方も、知らないことの聞き方も。ここを出たら、たくさん、たくさんベイリーに教えてもらうんだ。
 ぼくの浮ついた気持ちは、一瞬で引っ込んだ。階段を上がることに空気は薄くなって、ぼくは本能的にしなければいけないふるまいを、呼吸をしていた。心配で、ベイリーを見上げる。けれど、ベイリーの表情はおだやかで、強くて、優しかった。綺麗だった。こういうのっていいなって、思った。

「ぼくがベイリーと出会う前のこと、聞いてくれる? ぼくが知ってること、ぼくのこと、ぜんぶベイリーにあげる。はんぶんこ、しよう?」

 ――敵なし。
 そう聞いて思い浮かべることも、ベイリーの言うぼくだけが知ってることも、一緒だった。戦地でできた傷あとのこと、一つずつ話そうって思った。幸いにもぼくは覚えているから、覚えている内に、新しい楽しい暮らしの中で忘れてしまう前に、ぜんぶぜんぶ話そう。
 ベイリーの手が、指先が、かたくなる。目的の場所が近いんだ。一番最後の一段を乗りこえる。ぼくはそっとベイリーの手をはなした。


 どれだけそうしていたか分からないけれど、ぼくはずっと炎を見ていた。目がひどく乾いていく。それでも、フキソクな動きをするそれを、ぼくはずっと見ていたかった。不意に、ベイリーがぼくの視界のすみっこで動いた。ベイリーが置いたブローチに、火がからみついていく。あの人――ううん、エルザに、届くといいなあ。ベイリーが手を組む姿を見て、ぼくは遠い昔を思い出してた。ぼくの部隊に、同じ仕草をする子がいた。ぼくよりも小さくて、頭のいい子だった。だからぼくの知らないことをたくさん知っていたし、――ああ、そっか。ぼくはやっとぼくがしかたったことを思い出した。
 ベイリーの横に立って、ドアに右手を伸ばす。手をついたら、ぱちぱちと火の音が伝わってくるようだった。ぼくには、これが、エルザの一番近くにいられるように思えてた。

「ぼくにも、分かるよ。護りたかったのに、護れなかったキモチ」

 ベイリーを、一度だけ見上げた。

「これからは、ぼくが、あなたの代わりになるから。……それで、おあいこにしよう」

 ぼくの右腕を、はい上がってくるたくさんの火が、なめるようにおおってた。皮膚が焦げるにおいがする。痛みはなかった。あなたはもっと痛いだろうから。ぼくはそっと目を閉じる。――そうだね、キミも苦しかったよね。ぼくは、さっきの言葉を宛てたもう一人の子を思い出していた。二人を好きだと思ったことはないけれど、それでも、理解しようとすることはこうしてできるから。
 目を開けると、右腕にはぐるぐると巻きつくような火傷ができていた。ありがとう、さようなら。焼けただれたシャツの間からのぞく火傷に、ぼくはキスをした。

 一歩二歩、炎からはなれるように下がった。頭の中で、誰かがキケンだって叫んでた。まるで、ヘビの舌だ。のぼってくる炎の先がヘビの舌みたいに二つに分かれて、それから羽のようになって、空気にとけるように飛んでいく。羽。ハネ。――蝶々。ぼくの中で、つながった。勘が、確信に変わった。

「あ」

 無意味な言葉が、真っ暗の煙の中をさまよっていく。
 視線を逃がそうとした先に、二人を見つけた。グレイと、エトワールだった。ベイリーを、見上げる。ぼくは、少し不安だった。


>ベイリー、グレイ、エトワール
【お返事がたいへん遅くなりました、申し訳ございません……】

9ヶ月前 No.465

エルデガルト @ready50☆AaWAaYBi9xHg ★6lDqAT8MNN_v2N

【エルデガルト・ローゼンブルク/廊下】

 燃える屋敷の中を進む二人の影は、ゆらぎゆらめき、火に炙られるようにして死を招いているようにも思える。熱気によって痛む肺と喉、手を抑えたくとも、抑える事の出来ないもどかしい状況。流石のエルデガルトも一端は死を覚悟した。
 が、それでは先程姉の前で誓った事が無下になってしまう。そして、私が人形に誓った全てが無駄になってしまう。水泡に帰す、ということだろうか。そんなことはあってはならない。絶対にあってはならないのだ。

 ふと、後ろを向いた。

「お姉様……!?」

 触れている手の感触が少し軽くなった。
 ――――…………キマイラはもうろうとした意識の中に居た。止めどなく流れる顔の血だろうか。それとも煙だろうか。そして、彼女を縛っているのはこの家の記憶だろうか。どちらにせよ、見逃すわけにはいかない。
 生き残ると言って、そして、二人で生きようと言ったというのに、これでは何の意味も無い。
 何もかもおしまいになってしまう。
 覚悟が無駄になってしまう。

「お姉様、失礼します」

 朦朧とした意識のキマイラに近づき、ちょっと力を入れて、姉を背負った。屋敷の外まではそう距離も無い、だが、確実なものとするにはこうするしかない。
 私はまだまだ有り余っている。故に、ここで私が頑張らなきゃいけない。
 それは勇気という蛮勇だったかもしれない。
 だが、それは一人に成りたくないという恐怖の現れだったのかもしれない。

「もうちょっとです、もうちょっとですから――――……死なないで、キマイラ」

 届くかも分からない言葉をかけて、キマイラを背負ったエルデガルトは歩き出す。生きる為に。

>>キマイラ

【確定ロールとなってしまい申し訳有りません、このまま屋敷の外に出て〆としたいのですがよろしいでしょうか…?】

9ヶ月前 No.466

とと田 @totototo☆pZFOWxlGRjQ ★Android=4OhkCRUD6l

【ベイリー・ローゼンブルク/コレクションルーム前】


 カナニトの右腕を覆う火傷を、細めた目で見る。痛々しい痕にベイリーは眉を少しだけ潜めたが、きっと彼は痛くないと言うだろうから、もう何も口にはしなかった。


 カナニトが視線をやる方に顔を向ければ、ぼんやりとした人影があった。輪郭がくっきりと浮かび上がると、恐らくバルコニーからやって来たのであろうグレイとエトワールがいた。二人とも、酷い顔をしている、と思った。酷く美しく、酷く優しく、酷く強か。自分はそんな顔をできているだろうか。ベイリーは様々な感情で歪む己の顔を整えるように右目を擦った。ここに二人がいるということは、イライザは――咄嗟に問いかけようとして、口をつぐんだ。そう、そうなのね、と心の中で問答をする。カナニトはとっくに気づいていたらしかった。

「グレイ、エトワール。ここはもう危ないから、早く出ましょう」

 煙に息が詰まりながらも、声を張る。すると、グレイの手の中にあるものが納められているのが目についた。あぁ、と息が漏れる。

(イライザ……それはあまりにも、優しすぎる)


「きっと貴方になにかあるんでしょう。いってらっしゃい」

 カナニトの耳に口を寄せ、そうっと囁く。彼の背中を優しく二人の方へ押し出した。
 もっと色んなことが知りたいと思った。カナニトが自分に話したいこと――例えば彼の昔のこと、逃げ場のない痛みのこと、良い響きをした名前のこと。全部教えてほしい。そして、彼が言いたくないこと、言わなくていいと思っていることは、秘密にしていて欲しい。例えば、彼女のこと。その二つの采配が、とても健全で、美しいのだと思った。そういうものをずっと望んでいたのだ。


>>カナニト、グレイ、エトワール



【ギリギリで申し訳ないです! この後は、グレイちゃんから髪留めを受け取る⇒屋敷を出る、という流れで大丈夫でしょうか?】

8ヶ月前 No.467

ししくれ @kmnkha☆/pH2qpQf7L2 ★ieluDUuGrE_H50

【ロメア/裏庭】


 同情とともに胸の中へ抱かれているようで嫌だった。そんなに下手な表情だっただろうか。そう考えるとあまりにも馬鹿らしくって、心が乾いた笑い声をあげた。それでも自分を投げ捨てることなどできない私に、拒むための腕など存在せず、この抱擁に抗うことなど出来ない。
 そっと、耳元で自分の名が呼ばれ、甘美な言葉が囁かれる。気づけば頭を反芻していた笑い声は消えていて、ロメアの顔には完璧なまでの微笑がたたえられていた。
 仮初めの幻想でも、嘘で繕われた言葉でも構わない。もしかしたら私はリオネルの予備かもしれないし、きっとついて来さえすれば誰だっていいのかもしれない。でも、それでもいいのだ。誰よりも何よりも一番に愛してなんて今更言うつもりはない。ただ、ほんの少しでも愛してく、僅かでも私を見てくれると言うのなら、ただそれだけでいい。
 視界の隅に見える、リオネルの瞳が可愛らしい嫉妬の色が見え隠れしているのが愛おしかった。私にはそんな目をすることは叶わない。
 リオネルの握っていないもう一方の手に、そっと自分の手を添えて唇を落とし、アイリスの瞳を覗き込むようにして視線を合わせた。

「Yes, my fair rady.(もちろんですとも、麗しのお嬢様。)」

 それは、身も心も、全てアイリスに捧げるための誓いの言葉。
 けれどね、アリー。悪役を望むことほど、切ないものはないよ。憎まれ疎まれ、そしてそうなりたいと望むうちはそれになることさえ叶わない。悪人に身を落とすことは困難で、悪人を演じ続けることは酷く苦しい。人を殺したからといって悪人と呼ばれるわけでも、誰も殺していないからといって悪人ではないというわけでもない。身勝手を突き通すには、世界はあまりにも物で溢れすぎている。誰もが生きづらいのだ。
 ……だけど、もしも本当に貴方が悪人だと言うのなら、もしくは私に死ぬほどの愛をくれると言うのなら。お願い。いつか私を殺して。ーーなあんて。きっと貴方も私を殺さないのでしょう。美しいだけの出来損ないは何れ捨てられる運命だ。今まで幾度となく繰り返してきた。決して変わらない現実。けれど私はこの道を選ぶ。だって、この世に愛されずに生きる以上の苦痛は存在しないのだから。

 ーー嗚呼、愛しき人。飽きるまで私を愛して。いつか私を捨てる、その日まで。


 >>アイリス様、リオネル様
【イベント終了も目前に迫っているというのにお返事が遅くなってしまい申し訳ないです。〆の方はお二人に合わせるつもりです。】

8ヶ月前 No.468

絡繰 @ne9rodoll ★wgm3NQbNwV_4qc

【グレイ・ローゼンブルク/廊下→コレクションルーム前】

 縋り付くような視線の先のエトワールは少しばかり強張った表情をしたけれど、それでも優しく僕を導いてくれた。二人で出た廊下に広がった煙と肌の表面からじわじわと浸食していくような熱にここが既に長くないことを感じ取る。喉に入り込んだ煙に思わず咳き込んでは自分の服の袖で口元を覆った。元々の体質のせいか、黒煙から肺への負担が大きく感じる。荒い呼吸を吐き出しながら少し前を歩く彼を頼りに進んでいく。すると、そこに二人分の人影を捉える。遠目からでもカナニトとベイリーであることが分かり、安堵の息を零した。ベイリーの危険を促す声が響いたが、こちらの要件に気が付いたらしい彼女はカナニトの背を押す。彼の表情に滲み出た不安を包むような仕草は、とてもうつくしくて、これが本当の”優しい”なんだな、と何処か他人事のように思った。カナニトの前に立ち、彼に見えるように髪留めを包んだ手を開く。

「これは、僕がイライザ先生から預かったもの。僕は、これが君にとって必要でも、そうでなくても、届けなくてはいけないと思った。……彼女は、僕らにひどいことをした。でも、それでも、これは確かに先生が生きた…最期まで永遠に手を伸ばし続けた彼女の、生きた、証なんだ。どうか、彼女が僕に託した望みを叶えさせてほしい。」

 彼の瞳が苦手だった。獣のように鋭く、全てを見抜くような視線が怖かった。けれど、今はそれを真正面からしっかりと見つめ、彼の左手をそっと取り、その手に髪留めを握らせる。その上から祈るように、ぎゅうと自らの手で包んだ。不器用な、くしゃくしゃの笑みを象りながらも小さく「それと、ベイリー姉さんを、よろしくね。」とカナニトに呟く。とても綺麗なものに見えた、姉とこの少年は、この先にどんな道を歩むのかは知ることはないけど、せめて幸せになってほしかった。けれどそれを口にするのはあまりに陳腐な気がして、最低限の言葉を残す。

 カナニトの手の中に髪留めを残し、手を放す。視線を扉にふと向けた。此処の扉の奥に、今だその心の臓を絶え間なく動かしているのか、それともとうの昔に息絶えてしまっているのかすらも分からない母が居る。そう思ってもせり上がってくるのは虚しい想いばかり。その扉に泣いて縋るのも、何かを祈るのも、懺悔を吐き出すのも、どれも違くて、どれも僕がしてはいけないような気がした。確かに僕は貴方の娘で、確かに僕らは家族だった。それでも僕は、心の何処かでこの家柄を捨ててしまいたいと思った。出来損ないの躰に産んだ母を密かに恨んだ。それが如何に見当違いな考えだったかと、知るにはもう手遅れで。それでも愛されたいと望んだ貴方はもう、灼熱のドレスを身に纏い誰にも知られず狂女として踊り続ける。それが堪らなく寂しくて、哀しくて、まるで定められたように無機質に涙が頬を伝った。母は、もういない。私が愛を希い続けた神様は消えたのだ。募った行き場のない喪失感に、空っぽの掌を見つめる。それでも尚其処に残っていたのは、優しく淡い彩りを薬指にのせる、デルフィニウムの飾り。
 流れた涙を乱雑に拭って弾かれたようにエトワールの方へ振り向く。カナニトに髪留めを渡すために離したその手をもう一度強く握った。彼の手を逃さぬように、彼の左手の薬指に触れるだけの柔い唇の感触を残す。なにも言葉にはせず、彼の星空の瞳を見詰め、歪に笑んだ。この誓いが永久のものになるように祈りを込めて。あぁでも、冒涜だらけの僕ら薔薇の一族は、この家族に巻き込まれた憐れな役者たちは、我らが神に見放され、祈りさえ届かぬというのなら。

――――僕のかみさまはきっと君だよ、エトワール。

僕が祈りを捧げるのも、許しを乞うのも、懺悔をするのも、君だけだ。僕の唯一であり、最初で最後の最愛のひと。いつかその輝きを喰らい尽くしてしまう時まで、何時か僕が君のその息の根を止めてしまうその日まで、僕の星でいて。もう僕には、君しかいないんだ。握った手を放しベイリーとカナニトたちに向き直る。

「ベイリー姉さん、出ましょうか。……僕らは、此処のすべてが灰になり無に還ろうとも…覚えてなくてはいけませんね。」

ここで散り行きた数々の命のために、それがこの檻から出て生き続ける僕らの使命だと思うから。煙に覆われた視界の端で炎の爛々とした明るさに僅かな眩暈を覚えながら、噛み締めるような言葉を姉へ零し、自らの思い出と哀愁に背を向けた。

カナニト様、エトワール様、ベイリー様>>

【大っっっ変お待たせいたしました……!!長らくお返事出来ず申し訳ありません。グレイは残るは屋敷の外に出るのみですので〆はなるべく皆さまに合わせたいと思います!期間も残り少ないですがどうぞよろしくお願いいたします。】

8ヶ月前 No.469

キマイラ @september9☆l2RtaxPLX0X6 ★xnMmCdlyTA_m9i

【キマイラ・ローゼンブルク/屋敷内廊下→屋敷の外】

 熱気と煙が立ち込め、家が崩落する音が鳴り響く。ぼんやりとする意識の中、体中の力が抜けていくのが分かった。最後まで残っていた妹の手の感触が、ほのかな熱が、じわりと消えていく。
 背後に迫る炎を感じながら、キマイラは目を閉じる。
 自分が選んだイライザの償いとは対照的な、生における償い。それは、結局許されない事だったのだろうか。脳裏に浮かんだのは、燃えながら堕ちていくイライザの最期の姿だった。自分もあそこで、彼女とともに灰になるのが相応しかったのだろうか。いや、エルデガルトと約束をしたじゃないか。共に生きると。
 生きなければ、私は生きなければならない。
 頭ではわかっているのに、体が鈍のように重たかった。半分赤く染まった視界が、だんだんとぼやけていく。
 ここで、終わりなのか。
 そう思った刹那、体がふと軽くなった。ぼやけた視界の先に、先ほどまで自分が横たわっていた床と、エルデガルトの背中が映った。柔らかな絹の感触を、血でぬれた頬で感じた。

「…………そう、よね、……ごめんなさい。約束、したわよね…………エルデガルト」

 妹の背に負われながら、キマイラはぽつりぽつりと言葉をこぼす。敬称を付けない自分の名を聞くのは久しく、ふと心が軽くなった気がした。
 家柄も、身分も、プライドも、要らない。妹とともに生きるためなら、余計なものはいらない。自分が一番よくわかっていたはずのことだ。外見だけの美しさにとらわれ、そのまま散っていくなど愚かしい事。すべてをなげうってでも、自分が大切だと思う存在とともに、未来へ歩む事。それこそが真の美しさだろう。
 顔を上げる。煙と煤、そして自分が流した血でわずかに汚れたエルデガルトの横顔が視界に入った。彫刻のように整ったそれは、生きるための必死の表情を浮かべている。
 声を掛けたいが、喉がかすれて上手く言葉が出なかった。今は、呼吸をすることだけを――生きることだけを、考える。

***

 冷たい風が頬を撫でた。夜の外気を、肌に感じる。息を吸えば、瑞々しい空気が肺に満ちた。
 屋敷の外に、逃げることに成功したのだ。
 瞑っていた目を開ける。夜闇の中、騒ぎを聞きつけ集まった群衆の姿が見える。その誰もが、燃え盛る屋敷の中から逃げ延びたローゼンブルク家の娘二人にくぎ付けになっている様で。喧騒の中から、あれは次女と四女、だとか、医者を、といった声がひときわ聞こえてくる。一息ついたのか、キマイラはわずかな衣擦れの音を立てながら、エルデガルトの背から地面へと身を降ろした。冷たい土の上に仰向けになりながら、息を整える。顔の傷が再び、静かに痛み始めた。

「…………私、貴女に助けられてばっかりね。エルデガルト。私のほうが、姉だというのに……」

 ふふ、と、自嘲じみた笑みをその顔に浮かべながら、エルデガルトの方へ顔を向ける。わずかに身を起こし、顔の傷へ手をやりながら、彼女を見つめ、再度口を開いた。

「私を人間に戻してくれて、ありがとう。……私は、貴女と共にこれから生きていくわ」

 エルデガルトの方へ、す、と手を伸ばす。イライザの時とは異なり、煤と血でまみれた、美しさとは程遠いキマイラの姿がそこにはあった。
 罪と罰、その両方を受け入れ、妹への慈愛を湛えた、満ち足りた笑顔。キマイラが、初めて見せる表情だった。

>エルデガルト(〆)

【期限を過ぎてしまい申し訳ありません。これにて、キマイラの〆のレスとさせて頂きます。この物語で絡んだ全ての方、そして、この素敵な世界観を創り上げ、そして運営して下さったスレ主様、本当にありがとうございました! クロエの世界でキマイラを動かすことが出来て、本当に楽しかったです!】

8ヶ月前 No.470

崎山 @caim ★Vxqs1Pnm4y_mgE


【カナニト/コレクションルーム】


 まっすぐ、グレイと向き合った。ぼくはなにかをしなければいけないとわかっていながらも、それをするのがイヤだった。ぼくの視界の中で、煙と炎がゆれている。踏み出せないぼくの代わりに動いてくれてるみたいだった。
 右の袖を、左手で下に引っぱる。ぼくはこんなことで時間稼ぎができるものだって思ってた。ベイリーが、ぼくの肩ごしでささやく。ぼくが見て見ぬふりしてるものが、ベイリーにも見えてるみたいだった。背中を押されて、二歩だけ前に出る。かかとに体重をかけて、ぼくは肩を下げた。
 戦場では毎日ヒトが死ぬ。ここは戦地ではないけれど、武器を持ち歩くヒトは少ないけれど、ここだって例外じゃない。人はいつか死ぬものだから。ぼくは今すぐにでも兵士に戻りたかった。なにかを思う前に、生きることを優先しなきゃいけないのに。

 間合いをつめるようにしてグレイに近づく。ぼくは目を瞬かせながらグレイの目を見た後に、その真実が隠された手のひらに視線をうつした。グレイの手がゆっくりと開いていく。
 カミド、メ? ぼくは小さく首を傾げた。かみどめ……ああ、髪をたばねておくための。ぼくには髪どめは必要なかったけど、ぼくの心にはたぶん髪どめがいつか必要になる。そんな気がした。

「ひどいこと……この世界にある本当にひどいことって、なんだろうね。それなのに、そんなことがあったのに、ぼくたちはこうして生きてる。誰が生きるヒトとそうじゃないヒトを仕分けてるんだろうね」

 銃口をつきつけるのと、引き金を引くのは大きくちがうから。グレイたちが見た光景を、ぼくとベイリーは知らないけれど、今この世界にいないヒトのことを、ぼくたちはみんなで知っていた。
 顔を上げた先、グレイと目が合う。その空と同じ色の瞳には、ぼくがいつも見ていたおびえは見えなかった。ぼくの唇のはじっこが上を向く。言葉には引き金なんてものがないから、答えがでなくたってヒトは殺せない。ぼくは過去にヒトを殺してしまったことがあるから、もしかしたらきっと、いつかぼくも同じように殺される。髪どめを託したあの医者と、ぼくのツミは一緒だ。だから、この髪どめとぼくのドッグタグは一緒だ。ぼくはこうして生きてしまったから、これからも生きなければいけないんだなって思った。
 いつか、色んなことがわかるようになれたらいいね、グレイ。

 ぼくの手と、グレイの手のひらの間で、髪どめがぼくたちの想いを吸収していく。つられてグレイと同じ表情をしてみたら、ほっぺたの上がちりちりと痛んだ。ベイリー姉さん。その呼び方を本当にできるのは、限られたヒトたちだけだ。ぼくはグレイを見上げてから「大丈夫だよ。あのヒトにも、そう誓ったから」視線をあのヒトの、――エルザの部屋の扉に向けた。
 ぼくが視線をグレイに戻すと、グレイもあのヒトの部屋を見ていた。いつかぼくたちは、この炎の熱さを、黒い煙の息苦しさを、忘れてしまうかもしれない。ぼくは思い出したように、むすんだ手をひらいた。クモの模様を右手でなでようとして、痛みに一度だけ指先をこわばらせた。クモの足の一本一本を、人差し指でなぞる。八本。ベイリーと、ぼく。二人で一つ。
 髪どめを胸元で抱くように抱えて――ぼくは、はっと息をはいた。中で、音がした。小さな、転がるような。ぼくの唇がつり上がる。これは、おもしろいことになったぞ。そう思った。
 この髪どめは、ぼくがここを忘れてしまいそうな時に、遠い先で必要になるだろうから。今は、ポケットの中に押しこむ。ぴたっと気をつけをすると、手首に髪どめの感触がした。ぼくはそれが楽しくて、嬉しくて、ひどくかなしかった。

 ぼくは二度も命拾いをして、二度も戦地を後にする。

 振り返る。ベイリーが、ぼくのそばにいてくれる。ぼくはベイリーとの将来を想像して、心がわしゃわしゃした。

「ぼくは、ベイリーと一緒に、ここを出たい。……だから、その……手」

 さっき、グレイとエトワールのを、見てたから。左手をベイリーにさし出して、ちいさく唇をかんだ。ぼくも、あれ、いいなって思った。さっきここまで上がってきたみたいにさ、今はベイリーの近くにいたいんだ。


>グレイ、ベイリー、エトワール
【〆の方は、屋敷を出る(出た)あたりのものを皆様の後からまた改めて投下させて頂きたいと考えております】

8ヶ月前 No.471

マリュー @arthur ★iPhone=N9k5RYrZhA

【マリュー/エントランス】

 階上では火の手が広がっているらしい。階段を降りて来たノインは涙と汗で顔を汚しながら、喘ぐようにマリューへの避難勧告を行う。赤くなった涙腺の上にある瞳が真率の光を湛えていた。

「釣れないなぁ……今までお世話になった場所だしさ、別れを惜しむくらいの時間はちょーだい?」

 マリューはわざとらしく人差し指を唇に添えると、ウインクをしてみせた。危機感が欠如しているか、あるいは何らかの命綱を用意しているとしか思えないほど、普段と何ら変わらない。
 この余裕ある態度は決して打算的なものによる産物ではない。ただ、マリューという少年がそういうものであるというだけである。欲望に忠実であり、また他者の欲望も是とする以上、その結果を否定する事もしない。もしあるとするならば、その欲望を美化するような真似だけであろう。

「全くさ、みんなはもうなんだかんだ吹っ切れ始めてるみたいで……最高だね!生まれ育った家も!肉親の死も!己の命には及ばないってワケさ!!実に前向きで、残酷。キミもそうだろう?差し当たっては生きる方が大事って訳だ」

 大いに皮肉と軽蔑を孕んだ言葉である。だが、侮蔑に値するものをそもそも愛しているのが彼だ。熱のある調子はまさにその現れであろう。

「くすっ、一つ言っておくとね。ボクはキミたちとは違って、初めからこうなんだ。だから、この楽園の崩壊があっても何も変わりはしない。ボクを縛っているものなんて、最初からありはしないんだから」

 十姉妹と美少年たちの中には、歪んだ思考や性癖を抱えている者も少なくなかったが、そのほとんどは環境で形成された歪曲である。事実、あのイザベラですら始まりはアルビノとして生まれた事が原因ではない。それを忌み嫌われた事によって屈折していったのである。彼女が両親から愛を受けて育てば、マダム・エルザに対する感情も、あそこまで爛れたものにはならなかったのではなかろうか。
 マリューは違う。彼は生まれた時から人に愛され、財を約束され、神の教えを受けたにも関わらず、愛欲と背徳を愛さずにはいられなかった。大貴族の家に生まれたからこそ、そうした人格が形成されたのだと指摘を受けるかも知れないが、では、同じような環境で育った者のうちの何人が彼のようになるのだろう?
 そう考えると、やはり彼は悪魔の人格を持って生まれた事になる。

「ボクは別れの挨拶を済ませてくるよ、縁があったらまた会おう。じゃあね〜」

 ひらひらと手を振りながら、マリューは業火の中へと踏み込んでいく。黒焦げになった梁が彼を追うように、音を立てて崩れ落ちていくが、それに動揺した様子もない。
 本当に、いつも通り、楽園を闊歩するように彼は往く。

【遅くなりました!〆になってもいいようにこういう形で投下させていただきました。】

>>ノイン

8ヶ月前 No.472

絡繰 @ne9rodoll ★wgm3NQbNwV_4qc

【アイリス・ローゼンブルク/裏庭→馬屋→???】

 二人は私の手を取った。恭しくこの手にキスまで落として。悪戯っぽく笑んだリオネルと、真摯な瞳の中に揺るぎのない信念を募らせるロメアに胸がぎゅうと締め付けられ、眉を下げて少しばかりぎこちなく笑う。その口付けは、まるで魔法のように、そして呪いのように此処を輝かしいスポットライトの当たった舞台上に染め上げていく。ライトに当てられたのは、目の前の悪に縋ることしか知ることが出来ない美麗な王子と、それ幸いと王子の未来を喰らい尽くそうとする魔女だ。観客は今か今かと次の展開を待ち望んで囃し立てるように拍手を鳴らす。世界は、まだまだ私たちが舞台を降りることを許してくれそうにない。
 決してハッピーエンドにはならない未来に、目の前の彼らを巻き込もうとしている、その事実に自分でも驚く程の背徳感に見舞われる。切なげに疼いた胸の奥からせり上がってくる何かを呑み込むのに、酷い労力を要した。あぁ、心から二人の幸せを願えたあのアイリスは何処へ行ってしまったのだろうか。たった数分前には心の中に在った存在が、とても遠くなってしまったように思えた。「其れ」の表情はもう見えない。とてもとても濃く、深い影に覆い隠されてしまっていた。そう、貴方はそうやって逃げるの。「其れ」も確かに自分の中を構成する一部であったはずなのに、今の私は「其れ」を嘲笑うかのような醜い表情で見下ろしていた。「其れ」を手放したらきっと息が出来ないと、思い込んでいただけなのね。大丈夫よ。私はもう呼吸をする術を見つけたから。

 「ありがと……ロメア、リオネル。一緒に、居てくれて。」

 呆れるような、けれど心底安心したような気の抜けた声でリオネルとロメアの瞳を見詰める。腕の中のその存在を確かめるように二人を囲う腕へ力を込めた。音もなく流れた涙は何に対しての涙なのか分からなかったけど。それでもただただ単純に、もう独りぼっちではないという事実が嬉しかった。迷子のまま暗闇を彷徨い歩いた執着心は、暖かい寝床を見つけて嬉しそうに微笑む。その笑顔は幼く朗らかであるはずなのに、底の見えない悪意を感じる悪魔の笑みのようにも見えるのだ。流れた涙を隠すように俯いた顔を上げて、そのまま二人の手を引いて走り出す。ついさっきまで母の末路を嘆き、手の届くことのない妹への憧憬を募らせていた姿なんてなかったかのように晴れやかな笑顔を浮かべて。私は残酷であった。それは壊れた玩具をすぐに放りだして、新しい玩具を喜んで手に取る子供と同じような心理。どこまでも残酷に、無邪気に。何よりも重く、自らの身体を縛り付けていた”長女”の重圧を、”良い子”の鎖を捨ててしまえば、其処に残るのは寂しがりだけれど、図太くて卑劣な、大人の為り損ないだったのだ。

 三十路間近の女とは思えない小鹿のような軽やかなステップで二人を誘う。まるで夢を魅せるように、魔法にかけるように次の鳥籠を作るための序章を嬉々として紡いでいった。背後には燃え盛る我が家が見えるというのに、その姿はまるでピクニックを楽しんでいるかのような、異質さを感じさせる雰囲気を纏った私は一心不乱に走り抜ける。その行き先は屋敷の右側に備わった馬屋だった。まだ火の手は回っていないが、いつここに被害が届くかも分からない。金網に囲まれた小屋で繋がれた可哀想な馬たちを一匹ずつ全て解放し、森の方へ放つ。最後に自らが何時も世話になっていた白馬に触れた。いつでも妹を乗せられるようにと大きめの馬を所持していたのが、今こうして功を奏するとは思っていなかった。しかし、終ぞ報われることのなかったその思惑に哀愁を向ける”長女”は既に消え去ってしまっていた。
すっかり乗り慣れていたその馬の背に跨り、リオネルとロメアにも手を伸ばし、落ちないように細心の注意を払いながら白馬の背に乗せる。

「やっぱり王子様には白馬がぴったりでしょう?さぁ、お姉ちゃんと愛の逃避行と、いきますか!」

何がそんなに楽しいのかというほど、憂いなど感じさせない口調は劇の開幕を告げる口上のようでもあった。勢いをつけて屋敷とは真反対の方向へ馬を走らせる。勿論行き先はこの閉じられた楽園の外へ。この先に続くのは底知れない闇か将又輝かしい幸福か、それを決めるのはきっと私でもなければ後ろに乗せた彼等でもない。全ては不安定に移ろう舞台の気紛れのままに。

この物語は、ここで終焉を迎える。ローゼンブルク家長女アイリスの、長女という枠組みに囚われ続けた哀れな女の物語はここでおしまい。どうやっても主役になれなかった私は、この物語を自らの手で焼き捨てた。

観客も役者も、舞台すらもすべてを置去りにして、エンドロールよ、流れてしまえ。

視界の端に走馬灯のように流れる景色を映し、雲の合間から輝く月と星々に照らされて、次のアイリスの舞台の幕が華々しく上がろうとしていた。観客席は満員御礼。拍手の海に呑み込まれて、花の咲くような笑顔を二人の王子に向けた白馬の魔女は、新しい舞台の上をいつまでも、駆けて行く。

「――――さようなら、私の楽園。どうかまた来世にでも、逢いましょう。」

 轟々と燃え盛る炎に包まれる楽園は、共に朽ち逝く者には弔いと永遠に明けぬ闇のような安息を、新たな物語を紡ぎ逝く者には僅かな惜別の念と焦がれるような希望への憧憬を遺し、ガラ、と積み木のように崩れ去る。次々とそれぞれの道を行き始める屋敷の住人たちを、月明りに照らされた、炎に呑まれようとも未だ美しく咲き誇る薔薇だけが見送った。

ロメア様、リオネル様>>

【〆/side:iris/villain】

【大変お待たせしてしまい、本当に申し訳ありませんでした…!これにて長女アイリス、クロエの舞台より退場させていただきます。途中参戦の長女で二役目ということもあり、なかなか不安が多い子でありましたが、暖かく迎えてくださった皆様と沢山絡むことが出来て大変嬉しかったです……本当にアイリスをありがとうございました!!】

8ヶ月前 No.473

ふぁすね @yupihiko☆d.mPOva7Vfg ★mbjMynBHF3_OSy



【エトワール/コレクションルーム前→外(〆)】




 燃える屋敷の中、狂宴の最中に結ばれたグレイとイライザのひそやかな約束が果たされた。エトワールは神聖な儀式に立ち会うような面持ちで髪飾りがカナニトの手に渡るのを見届ける。他者に対する警戒心が強く、いつも孤高の存在としてこの屋敷で過ごしていたカナニトとはあまり踏み込んだ話をしたことはなかったけれど、彼が不意にぽつりと零した言葉を聞いて、エトワールは彼に親近感に近いような何かを感じた。戦場とスナッフフィルムの撮影では、勝手も違うだろうけれど、誰かに強いられて他者の命を散らす決断をしたという点については同じだ。それは償うことのできない罪で、今は地に堕ちたあの白き狂女とした事はさして変わらない。それでも俺は、俺たちは生きている。それがなんだかひどく奇妙なことに思えて、くす、と笑みが零れた。

 グレイのやわらかな口付けが落とされた薬指をエトワールはしあわせそうに見る。焔の光を受け天狼星の如く輝く瞳は透明で澄んでいて、透明すぎるがゆえに何もうつすことができない。「行こう」、と周囲の三人に呼び掛けてエトワールは一度ほどけたグレイの手を再び握った。此処が駄目になってしまうのも、時間の問題だろう。エトワールは空いた手で口元を覆いながら、かつての女王に背を向け、屋敷の外をめざした。



 ――正しい生き方も、正しい笑い方も、正しい愛し方も、誰も教えてはくれなかった。きっと、何が正しいのかなんて、誰も分からないのだろう。だから俺は、この握った手のぬくもりを、隣で微笑むこの人を、正しいと思って生きていく。それしか、息をする方法を知らないから。だけど俺は、それを不幸だとは思わなかった。グレイには俺がいて、俺にはグレイがいる。それがいちばん、正しくてしあわせなことだから。


「――――さよなら。」


 最後に振り向いて、エトワールは燃え盛る屋敷を見上げた。柔らかな凍える夜風が肌を撫でる。屋敷から漏れる、取り返しのつかなくなった薔薇の一族の残滓を帯びる熱がどこか心地いい。今思えば、あの場所から解放されて、ここに至るまで、長いようで短い時間だった。いろいろなこと、では片づけられないほど、多くの出来事が、其処には在った。数えきれない冒涜と、背徳と、悲鳴と、愛があった。もうじき薔薇の一族が今まで築き上げてきた歴史も栄光も何もかも燃えて消えてしまうのだろうけれど、きらびやかな生活も豊かな財産も今の自分たちには必要ないように思えた。昏い牢獄の中で、そして其処から出た後も、欲しがるものは一つだったのだから。宝石や金貨がなくたって、自身の抱えるものの大きさに耐えきれずに歩けなくなったときに、隣で立ち上がれるようになるまで待ってくれる人がいるというだけで、ほんとうにしあわせなのだ。

 この先に待っているのが地獄だろうが出られない檻だろうが喜んで先へ進もう。自分を愛し、隣にいることを許してくれるうつくしい一輪の薔薇を、ずっとずっと愛し続けることができるのならば。その薔薇の棘に刺され自らが血を流すことになったってかまわない。そのちいさな4本の棘を持つ儚い薔薇をいつまでも自分のものにしておくために、ガラスのケースに閉じ込めてしまいたい。互いを傷つけあうような愛の果てに、彼女が壊れてしまっても、その心が永遠に自分のものになるのならば、どんなことだってできる。だって、甘い果実に歯を立てるために皮をむいて捨てるのは仕方ないことだもんね? その心を得るために自身の首に痣が刻まれるのならば、これほど愉しいことはない。

 はじめからわかっていたのだ。自分がどうしようもなく壊れてしまっていることくらい。それを知り、認めてしまうのが怖くて、今までずっと目を逸らし続けていたけれど、もうそうして自分に嘘を吐くのもおしまいにしよう。ようやく誰にも邪魔されずに自分の思うがままの愛をぶつけられる相手が現われたのだから。――ねぇイライザせんせ。やっぱりせんせいは間違っていたよ。本当の愛やうつくしさが死だなんて、そんなことありえない。せんせいには見えない? 繋がれた二人の両手を穿つ楔のような愛が。今にもお互いを喰らい尽くしてしまいそうな深淵のゆがみが。これこそが、人間の持てる最大のうつくしさだと、せんせいは思わない?

 焔に照らされながらにこやかに笑う少年に、殺人映画の花形≪シュテルン≫の面影はもうない。あるのは、背徳の薔薇の一族に名を与えられ、その系譜を継がんとする愛玩人形≪エトワール≫としての笑みだけだ。


「――俺のしあわせは、グレイだけだよ。」


 少年は、自身の胸元といとしいひとの薬指に咲く蒼い花が意味することばをそっとつぶやいた。その可憐な花があの白き狂女の毒≪ベラドンナ≫と同じものをふくんでいるとは知らずに。

 ――――蒼き毒花によって繋がれた二人の行く末がどうなるのか。きっと誰にもわからない。




>>グレイ、カナニト、ベイリー、ALL





【御待たせいたしました。これでエトワールの〆とさせていただきます。半年近くの間、たのしく過ごさせていただきました。この物語の最期まで立ち会うことができてうれしいです。ありがとうございました!】

8ヶ月前 No.474

とと田 @totototo☆pZFOWxlGRjQ ★Android=4OhkCRUD6l

【ベイリー・ローゼンブルク/コレクションルーム前→屋敷の外】



「……そうね、グレイ。でもわたしは、この楽園を罪業の城だとは思っていないんですよ。だから、例えば忘れられるものなら、忘れたって良いのかな、って。ふふ、それが不可能だって分かってるから例え話をしてるのだけど」

 ここが朽ちたからといって、人の罪が消えることもなく、愛憎やら怨恨やらが清算されることもない。ベイリーは、ここからの未来をやり直しの道だとは捉えていなかった。むしろ延長線上、地続きに延びてゆく終わりなき隘路。ローゼンブルクの三女として生まれた日々を過去にしないこと。中々難しいことばかりだとベイリーは思った。
 そしてカナニトが差し出した左手を、躊躇なく右の手で包んだ。「屋敷を出るまで離してはいけませんよ」――そう言いながら早足で歩き始める。一生離したくない気持ちと、いつか離せる日が来る安堵で胸が詰まりそうになった。


 ベイリーがここでの出来事を過去にしたくないのには、恐らくベイリーの屈折の原因がここにあるわけではない、というのが大きく理由にあった。恐らく誰にでもあるであろう青年期の小さな拗れだったのだ。ベイリーは実は誰よりも平凡な感性を持っているのだから。己が一番可愛くて、人並みに他人を愛する心があって、愛されたい願望や求められたい欲求もある。しかしそれを手に入れるために周りを蹴落とす覚悟はないし、誰かにこの身を捧げたり、愛によって地獄に進むことを厭わないほど盲目でもない。きっとこれまでベイリーが思い詰めてきたことも、客観的に見れば大したことではない。それを認めたくなくてここまで引きずってしまっていたけれど、今ならすんなりと受け入れることができた。環境のせいではなかったのだ。


(どこか、自分だけが特別に苦しんでいるのだと思っている節があった……。馬鹿ね。とんだ思い上がりだったじゃない。ああ、大きな自意識だけが、わたしの正体なんだ)



 屋敷の外に出ると、冷たくて濁りのない空気が肺を満たしてゆくのが分かった。名残惜しく、屋敷内の煙を吸い込もうとする。人が焼ける匂いは、こんなに甘いものなのかと、ベイリーは漠然と思った。
燃える屋敷を眺めながら、ベイリーは繋いでいた手を離した。あまり口は上手くないとこういうとき困ってしまうのだなと、眉を下げた。


「あのね……わたし、特別聖人でも、悪どい人間でも、ないの。すごく普通――普通よ? この家に殉じる気がないくせに、罪悪の念から逃れられないから最後までここに残ることでそれを軽くしようとしたり。天国なんて信じてなかったはずなのに、いざ拠りどころにしようとなると、あっさり死人に祈りを捧げてしまうことができてしまったり。都合良く生きてしまう。だから、多分――あんな立派なことをいっぱい言ってしまったけど。わたしの全部を貴方にあげるなんて、そんな大仰なこと誓えないわ」

 ベイリーは自嘲気味に微笑みながら言った。が、その笑みには開き直ったような図々しさが混じっていた。カナニトの目を見る。


「だから、貴方も誓わないで。ずっと貴方を、貴方のものにしていて」


 ――わたしはとんでもなく凡庸で、その上自尊心と驕りに凭れて生きている。惨めな自分を、それでも美しいとか強かだとは考えられない。どう見たって恥ずかしくて生きていけないでしょう。そういうのが普通ってものよ。でも、それを少しだけ、我慢してみるから。


 自分とカナニトは、運命の下にある二人ではないのだと、ベイリーは確信していた。この子の全てを満たしてあげられるなんて、自分にはきっとできやしない。ベイリーは、例の髪留めが納められているカナニトのポケットを盗み見た。
だから、いつかお互いが側にいなくても大丈夫だと思えるときが、来る。それを別に悲しいことだとは感じないし、恐れもない。


(だけどね、カナニト。もしも、いつかそんなときが来て。それでも貴方が許してくれるなら)

 ベイリーはカナニトの頬に付いた煤を指で擦った。煤は取れないばかりが少し広がって、己の不器用さを改めて呪った。おかしくて笑い声が漏れた。


 ――わたし、貴方の隣で、貴方の名前をずうっと呼んでいたい。今はまだそう思えるほど自分に酔っているんだって、弁えられるくらいには馬鹿で恥知らずなの。



>>カナニト、グレイ、エトワール(〆)



【最後の最後まで遅くなってしまい申し訳ないです。これにてベイリーの〆とさせていただきます。これまでベイリーと絡んでくださった方や、そうでない方、そして何よりスレ主様、本当にありがとうございました! 凄く凄く楽しい時間でした!】

8ヶ月前 No.475

リオネル @d0ap ★Android=oiMOxDsfGh

【リオネル/裏庭→馬屋→???(〆)】

 二人の、まるで誓いのような口付けを手の甲に落として、ぎこちなく笑うアイリスはリオネルから見ると童話の中のお姫様のようで。けれど、王子は二人。なんて可笑しなお話だろうと思ったけれど、お姫様が望むのならば仕方がない。

 崩壊の一途を辿る屋敷は炎を徐々に大きくしていく。先程まであの中で恐怖に身を震わせていたのに、今は此れから始まるであろう新たな物語に心はわくわくしていた。あぁ、そうか。悪い魔女は火刑に処され、助かった王子様とお姫様はハッピーエンドを迎えるんだ。

 都合の良いように記憶は改竄される。アイリスの気の抜けたような言葉を耳にしながら時折炎を視界に納め、その瞳はきらきらと眩しいほどに輝きを放っていた。
 アイリスに誘われるまま、リオネルは歩を進める。辿り着いた先はまだ火の手が回ってきていない馬屋だった。けれど、馬達は目の前に見える炎に少し落ち着かない様子。それをアイリスの手によって一頭ずつ森の中へと消えていく。ふと「森には狼がいて……」と誰かの言葉が聞こえた気がした。
 それなりの数がいた馬屋には、もう一頭しか残っていなかった。白くて大きな馬はアイリスの馬なのか、お互いに信頼しあっているのが良く分かる。そこに慣れた手つきで乗ったアイリスは、ついてきた二人へと手を伸ばしそれぞれを同じように背に乗せた。初めて乗る馬の背は思ったより不安定で落ちないようにしがみつく。

「王子様とお姫様は幸せになるんだよね」

 馬を走らせるアイリスと一緒に背中に乗るロメアに向かってぽつりと呟いた。赤々とした屋敷は次第に小さくなり、月明かりに辺りは照らされる。


 白と赤によって崩壊を迎えた屋敷。それは新たな物語への礎となった。悪い魔女はもういない。ただただ幸せな物語。けれど、それで本当に幸せなのかしら? 読者が尋ねた所でそれは愚問に過ぎない。新たな物語は頁の外側へ……。

「これで、ハッピーエンドだね」

 この先に待つものの意味も知らないまま、ただ楽しそうに幸せそうな笑みを浮かべた。
>アイリス、ロメア

【遅くなってしまい申し訳ありません。これにてリオネルの〆とさせていただきます。物語の最後までリオネル共々本当にお世話になりました。クロエの物語に関われたこと、本当に嬉しく思います。スレ主様、参加者の皆様、本当にありがとうございました】

8ヶ月前 No.476

エルデガルト @ready50☆AaWAaYBi9xHg ★6lDqAT8MNN_v2N

【エルデガルト・ローゼンブルク/屋敷内廊下→屋敷の外】

 生きる事への脅迫概念にも等しい、純粋で残酷な生の渇望。
 幸せか、不幸せか。そんなの誰にも分かる事ではないし、そんなことを理解する必要も無い。目先の願望をただただ叶えていれば良いだけ。その先に待つ結果がなんであろうと、その時自分が正しいと思った行動を正しいと思い、貫いていけば良いだけ。

 歪な楽園の崩壊を涙とともに去るのは単なる偽善か、それとも都合のいい涙なのか。
 わたしには分からない。けれど、わたしは死にたくない。まだ何も、何も出来ちゃいない。結局、わたしは、お母様も救えなかった。けれども、一つの命を救った。キマイラという姉の命を。…他にも脱出している姉達はいるかもしれない。
 けれど、彼女達には彼女達の楽園が有る。

 ────────前へ。
  ────────前へ。
   ────────足を。
    ──────────意思を。

 ──────────────────────────────────────────────

 喉の奥まで焼き尽くすような煙から逃れて、視界を赤く染め上げていた炎も消えて。
 映るのは、ただ変わらない夜空だけ。
 冷たい大地に姉の顔が乗せられて、ただその感触なんだろう、という感想しか出てこないくらいには、摩耗しきった精神であったかもしれない。
 だが。

「………………お姉、様………」

 伸ばされた手を見て、不意に涙を流した。
 エルデガルトは屈み込んでその手を取った。そして、その手を自分の頬へと触れさせた。温かい。生きている。血が通っている。エルデガルトはぼろぼろ泣いた。感謝の言葉を何回も吐いていた。満ち足りた笑顔と、歓喜の涙。
 相乗するそれが紡ぐこれから≠ヘ、きっと誰にも語られない名も無き物語。
 人形を演じ、人形を生み、人形を愛し、人形に愛されて、人形と分かれた、人形狂いの女。
 最後に人を愛し、人に愛される事が出来たのは、彼女に取っての幸福だったと、思いたい。

>>キマイラ(〆)

【ギリギリアウトです本当に申し訳有りません…!以上、エルデガルト・ローゼンブルクの〆となります。妖しくも蜜のある世界観を生み出し、そしてそれに参加した私達を纏め上げてくれたスレ主様、そして、このエルデガルトと絡んでくださった皆様、本当にありがとうございました…!】

8ヶ月前 No.477

ししくれ @kmnkha☆/pH2qpQf7L2 ★ieluDUuGrE_H50

【ロメア/裏庭→馬屋→???(〆)】



 アリーは明るい調子で話し、軽やかに歩いていく。そんなアリーの後ろを歩いている途中で、愛されないことが何よりの苦痛だと考えている自分に気づき、ハッとした。自分を縛る鎖は解けたというのはとんだ勘違いで、実際はただ鎖を見つけただけ。そして其処から逃れようともがき、余計に深く絡ませてしまったのだ。……過去を受け入れるにはあまりにも遅すぎた。過ぎ去った時間を修復することはできない。今更気付いたところで、どうにもならないのだ。私は己の愛を守るために、あまりに多くの物を壊してしてしまった。散り散りになってしまった物が元に戻ることなど当然あるはずもなく、束の間手に入れた自由が苦しみを生む。それでも、と、無理矢理に欠片を紡ぎ合わせて出来たのはどうしようもない憎しみだけ。あれほどにまで恐れていた感情は、案の定私を蝕み、滅ぼそうとしている。……ああ、なんて醜く惨めな人間なんだろう。羨み、妬み。欲するものが手に入らぬと知りながら、諦めることができず、愛の欠片を必死に掻き集める。何一つ叶わないと知りいながらも尚、愛されたいと願い、殺されたいと望む。その姿はまるで、飢えた乞食。滑稽の極みだ。
 放たれた馬たちは去っていく。最後に一頭、白馬が残った。それはどうやらアリーの愛馬らしく、彼女は慣れた様子で馬へ乗ると、それから二人へと手を伸ばした。


「…………さようなら」


 それは去っていった馬に、それぞれの道を歩む住人に、そして、死を迎えた楽園に向けた別れの言葉。
 屋敷は炎に包まれ、住人は狂気の楽園から解き放たれた。それがこのお話の幕引きで、ハッピーエンド。けれど、一人一人の話はまだまだ続く。楽園にとっては最終章でも、住人たちにとっては序章に過ぎない。物語はこれから始まっていく。けれど一つの物語に登場するお姫様は一人で王子様は一人。観客が求めるのはお姫様のアリーと、王子様のリオネル。……でも、それならば、俺はなんだって言うんだい? 王子様は二人はいらない。けれど私はもう美しく清らかな人形で在ることさえ無理だ。憎しみや嫉妬という感情を手に入れてしまった今、そんなことが出来るはずもない。
 ーー嗚呼、それならばいっそ、主である神に逆らった堕天使にでもなってやろう。醜く卑しいこの身には、悪役がお似合いだ。それによって生まれる苦痛は甘んじて受け入れてみせる。だから、もう我慢することはやめにして、本能の赴くまま、イかれ狂った愛をあげる。誰が拒絶したとしても、気にすることなど止めにしよう。
 甘くとろけるような毒で、ゆっくりと、じっくりと、天上の都から引きずり落としてあげる。そして地獄の果てでずっと、死にたくなるほどの愛をあげる。決して人々の羨む終わりになどさせるものか。だって、リオネル。君だけが一人めでたしめでたしなんて、そんなに狡いことなんてないでしょう? そして、神様(アリー)。いつかこの日を思い出して後悔して。そうしたら貴方は、王子を攫った魔女ではなく、可哀想なお姫様として語り継がれる。
 私から二人に、至高のバッドエンドを贈ろう。


 ーーーーさあ、奈落の底へと堕ちて逝け。


 白馬に揺られながら、ロメアはリオネルに微笑みかけ、彼の言葉に頷く。嫉妬と憎悪と欲望に塗れた本性は、いとも簡単に嘘で隠された。
 ヴィランに身を落とした、醜くも美しい愛狂いの少年。己が心を貪り、一体何処へと向かうのか。それが分かるのは、近くて遠い、いつかの御話。


 >>アイリス様、リオネル様
【これにてロメアの〆とさせて頂きます。クロエに参加出来たこと、素敵なお子さんたちと触れ合えたこと、そしてクロエの終幕に立ち会えたこと、とても嬉しく感じております。途中参加であったにも関わらず、温かく受け入れてくださったスレ主様、参加者の皆様。約半年の間、本体共々お世話になりました。本当にありがとうございました!】

8ヶ月前 No.478

崎山 @caim ★Vxqs1Pnm4y_mgE


【カナニト/コレクションルーム前→屋敷の外(〆)】


 火が映りこんだエトワールの目と、ぼくの目が合った。行こう、と彼は言った。ぼくもそうした方がいいと思った。きっとぼく一人だけだったら、もう少しここにいたかもしれない。この、生きていられるぎりぎりが好きだった。ぼくは、昔からそういう生き方しかできなかったから。それだけが、ぼくが生きてるってわかる安心感だと思ってた。――のに。
 ベイリーに手を引かれて、その勢いに体がかたむいた。先に出した足を軸に、たんと後ろの足を蹴って踏み出す。大丈夫だ、ちゃんとぼくはまだ少年兵の動きができてる。それでもぼくは、弱くなった。ずっとずっと、昔よりも弱くなってしまった。ここに来てからの、眠れなかった日々がなつかしい。足音が通りすぎて行くのを箱――ベッドっていうんだっけ?――の下にもぐってやりすごしてた日々が。人の手や足の動きを目ざとく見てしまうこの癖は、ぼくじゃない人のために使えるようになれたらいいのに。引かれる手を見た後に、ベイリーを見上げる。ここを出たら、ベイリーに色んなことを聞きたいんだ。ベイリーのことも、この世界のことも。それから、もういなくなってしまった人と話す方法も。ベイリーとぼくが見ていくものを伝えたい人が、ぼくにはたくさんいるからね。空いた方の手で胸元をにぎって、――ぼくは、はっとした。そうだった、ベイリーにあずけてたんだった。


/

 外に出ると、人の燃えるにおいがうしろからついてきてるみたいだった。ぼくは、銃の先で死体をつついた過去を思い出してた。安心が、少しだけこわくなる瞬間だ。
 ぼくが生きてることに安心ができるときは、決まって死が周りにあるときだけだった。それなのに、今はちがう。ベイリーの手がはなれてもぼくの気持ちが変わらなかったことは、きっと安心感があったからかもしれない。

「……ぼくも、フツウだよ。フツウだったよ。あのね、あのとき、ベイリーを護らなきゃって前に出たけど……ぼく、こわかったんだ。ここに来て、ぼくにはこわいと思えることがたくさんできたよ。それでもね、一番こわいのは、ぼくが死んでしまうこと。だって、死んでしまったら、さっきみたいにベイリーと手をつなぐことができなくなっちゃうでしょ。……このきもち、へん? ぼく、どんどんへんになってるのかな」

 ことばが、あふれて止まらない。ベイリーを困らせたくないのに。きもちを伝えることは、銃をうつよりも難しい。ぼくは、ぼく自身がもっと強いと思ってた。“あのとき”を思い出す。昔のぼくなら、飼い主の国のために、後先を考えずに飛び出してったはずなのに。
 ベイリーの目を、まっすぐ見つめ返す。

「ぼくは、いつだって誰かのモノだった。一番最初の人から習ったように、ぼくには人を傷つけるチカラしかない。きっとぼくは、これからもそういう生き方しかできないけれど、それでも、今度はこのチカラを、ベイリーのために使いたいんだ」

 そう、そのチカラで、ぼくはまた人を殺してしまうかもしれない。命令されてじゃなくて、ぼく自身が決める。それって、大きなちがいでしょ?
 ぼくのほっぺたを指でなでるベイリーが、笑い出した。ぼくは、首をかしげる。それでも、心地よかった。ベイリーが笑ってるから、よかった。


 ぼくは、囲われていたことを知った。逃げようと思ってぼくがここから、かつての戦場から逃げ出さなかったのは、どうしてだったんだろう。ぼくにも、わからない。
 きっと、こわかったんだ。わからないことが、ぼくにはこわかった。ここから出て、どう呼吸をしていけばいいのかがわからなかった。それ以外の生き方を、ぼくは知らなすぎた。
 ぼくは、――ぼくらは、使い捨ての犬の集まりだったから“そう”告げられることは慣れてる。でも、それでも、ぼく自身が決めていいのならば、その手をつなぐ手は、ぼくだけがいいと思った。


>ベイリー、エトワール、グレイ

【スレ主様、参加者様、今までありがとうございました。当初は自爆に似た去り方をしていくんだろうなと本体が予想していたカナニトですが、素敵な参加者様との関わりによって、人間になることができました……!(実は人間的に成長をした時点から徐々に地の文の“漢字率”が上がっていたりします)
 これにてカナニトの〆とさせていただきますが、本当に終わってしまうのが寂しいくらいに楽しいスレッドでした。スレッドに関わることができて幸せでした……!】

8ヶ月前 No.479

―― @clock☆VeghuuvPddk ★OC0h87p694_DW4

 その日の森の朝は実に穏やかであった。空は一点の曇りもなく澄みわたり、ぴんと張りつめたような水色がむしろ優しくすらあった。空気は冷たく冴えていたが風が吹くことはなく、森の中には朝の鳥のさえずりのみが軽やかに響いていた。草木は朝露に濡れ瑞々しく、先日の雨でできた水溜まりに薄い氷が張っていた。
 その氷を踏み壊して、警察の制服を着た二人の男が森の奥へ入ってきた。二人の警官はやがて足を止めると、目の前に出現した巨大な"モノ"を見上げた。

「こりゃあ……ひどいな。よくここまで燃えたもんだぜ」

 それは二週間前に火事で燃え尽きたローゼンブルク邸の残骸だった。かつて栄華を誇った一族の面影はもうどこにもない。あるのは辛うじて家の形をした朽ち木の塊と、一面中に広がる殺風景な荒れ野原だけだ。

「ここに来る前に新聞で写真は見ていたが……予想以上だな。もう骨組みしか残ってないよ。立派な屋敷だったのに、勿体ない」
「この分じゃ貴重品なんかも殆ど駄目になっているだろうな。初動捜査でも大した成果はあげられなかったんだろう?」
「ああ。行方不明の奴もまだ何人かいるらしい」

 火は結局丸一日燃え続けた。その結果屋敷は骨組み以外の全てが焼け落ち、更には屋敷を囲む庭園や庭の外れにあった施設までもが焼き尽くされたが、不思議なことに屋敷の外へ火が燃え広がることはなかった。
 現場からは計四つの焼死体が発見されたが、それぞれ損傷がひどく身元を特定することはできなかった。また関係者の中には生存が確認できた者もいたが、未だに行方が掴めていない人物もおり、今も捜索活動が行われているという。

「生きてるのかなあ、そいつら」
「さあな。こんな深い森だし、夜はオオカミも出るらしいから、森を抜けるのは厳しいだろうが。まあ、希望は持つに越した事はないさ」
「案外そのへんで普通に暮らしてたりしてな」
「はは」

 そう言いながら二人の警官は敷地の中に入っていく。冬の終わりはもうすぐそこまで来ているらしかった。





 其処は深い深い森の奥。昼は光降り注ぐ楽園、夜は闇満ち満ちた地獄の果て。
 散っては咲き、咲いては散る無数の花弁。美しきは従者に、卑しきは主人に。その残酷なまでに甘やかな世界には、生きるために、あるいは自ら望んで甘い蜜に溺れた十六人の演者がいた。

 ある長女は愛に飢えたモンスターと化し。
 ある王子は白馬の魔女に攫われ。
 ある姉妹は狂気を捨て十字架を背負い。
 ある双子はついに手を取り合えず。
 ある二人は外の世界で二人の未来を拓き。
 ある恋人はそれぞれの夜空と星を見つけ。
 ある乙女は恋心と共に朽ち果て。
 ある捨子は三つ目の家を失い。
 ある青年は信念の為にその刃を振るい。
 ある天使は無垢な狂気を抱えて闇に消え。
 ある狂女は凶行の果てに自らの傑作に討たれ。

 誰も彼らの物語を知らない。屋敷に翳を落とす黒い噂を聞いたことがあるとしても、その裏に隠された悲劇と喜劇、そしていくつかの愛憎劇を観客が知る由は今となってはどこにもない。全ての真実はあの夜、屋敷と共に焼け落ちてしまったのだから。
 しかし"彼ら"は知っている。彼らの物語を、自身が踏んだシナリオ無き舞台の一部始終を。そして彼らが表舞台から去った後も、物語の幕は彼らの記憶の中で何度も上がるだろう。ある時は過去の出来事として、ある時は消えない傷として、そしてある時は甘い夢として。閉じられた楽園から解き放たれた住人はこの先もずっと、何度だって其処で過ごした日々の夢を見る。


 ――――――嗚呼、其処は、




      《 Enclosed Eden 》



【終幕 2017.03.17】

8ヶ月前 No.480

絡繰 @ne9rodoll ★wgm3NQbNwV_4qc

【グレイ・ローゼンブルク/コレクションルーム前→外】

 カナニトの言葉に、少し、躰が動かなくなった。どこでどう運命が捻じれて、僕は今此処に立っているのだろう。もしかしたら、今頃あのバルコニーから落ちた蝶は、僕になっていたかもしれないのに。何が引き金だったのか、今となってはもう分かりはしない。それでも、確かに僕の想いと、行動が、そしてあの場に居た登場人物全員の想いと行動が、ぜんぶぜんぶ集結して、”ああいう”形にさせたのだ。其れに罪悪感を持つか否かは、きっと人それぞれなのだろうけど。死人に口なし。誰も、もう、咎めても、責めても、慰めてもくれやしない。どんな形が正しかったかなんて、分からないのだ。そんなことを、いつか分かることができるようになれたらいいね。
 随分と、変わったなと思った。カナニトも、ベイリーも。髪留めに吸収された僕らの想いを包み込むように受け取ったカナニトの瞳と目が合う。聡明な瞳に怯えることはもうなかったが、あの日我が身を貫いた、燃え盛る血のような色が、ふわりと柔らかい深紅色になって、自分のぎこちない笑みを真似するようにその口角が僅かに上がる。それは確かに、僕よりずっと年下の男の子の、微笑ましい成長の証で。彼等二人は、そうやって成長を重ねていくのだと、見えもしない愛する姉妹の歩む未来に焦がれた。

 エトワールの手を強く握りながら、屋敷の外へと足を進める。黒煙は酷く目に染みたけれど、その瞳から涙が零れ落ちることはない。もう、この家の為に流す涙は使い切ってしまったようだ。空っぽになった涙のタンクを満たすのは、寂寥たる胸を焦がすような感情。産まれた時から僕を覆い隠してくれていた、何よりも愛しい家が崩れていく様を見ていることしか出来なかった無力感に苛まれることが、これから何度あるだろうか。それでも、残酷でありながら慈悲深いこの心は、そこで得た彼の存在に罪悪感など塗り潰してしまうのだ。覚束ない足取りの中、屋敷の扉から外へ抜け出る。あの重厚なエントランスから一歩踏み出すだけでこんなにも空気が違うのだと強調するように、僕の頬を撫でた夜風は随分と優しく感じた。

 思えば僕は、ずっと唯一無二を探していた。醜い僕を、弱い僕を、全部丸ごと食べ尽してくれるような、そんなひとを。でも、幾ら待てどもそんなひとは現れなくて。母も姉も妹も、僕に唯一無二をくれることはなかった。それがどうしようもなく寂しく感じて、逝き場を失くしたそんな願望のせいで、僕は嫌われることを酷く拒むようになった。無差別的な慈愛を振り撒いて、その内一人からでも其れが返ってくることを期待していた。所詮、見返り目当ての優しさだったのだ。下心のためならば、人間どこまでだって優しくなれるだろう。そんな日々で、出会ったのは彼だった。夜空に瞬く星のように輝きを損なわないのに、何時かぱきりと亀裂が入ってしまいそうな危うさのアンバランスさが、美しいと思った。どんな手を使ってでもその仮面を剥ぎ取ってしまいたいと、陰惨とした欲望が溢れかえった。優しいふりをして、近づいた。それでも抑えきれない欲望に何度も彼を傷つけた。自分の付けた傷に恍惚とする表情を隠すように流した涙を、彼は受け止めてくれた。不器用でどうしようもない、燻るだけだったこの恋に、応えてくれてしまったのだ。彼の本物を手にした、あの筆舌に尽くし難い感情は永遠に僕を蝕み続ける。其れは、一人の弱虫な女を立派な狂女に変えてしまうのには充分すぎるほどの麻薬のような甘美さであった。

 屋敷を出て門に続く庭園の道で歩みを進め、吹く風に乗せて踊るように軽やかな足取りでエトワールの方向に振り返る。背後に背負った青白い月明りは死人じみた白磁の肌を薄く透けるように照らした。少しだけ寂しそうに眉を下げながらも、その表情は唯一の恋人に贈る、女として、恋人としての、多幸感に満ちたものだった。

ふと夜空に左手を掲げ、薬指の花の飾りを透かして見る。僕は、この左手の薬指で鮮やかな色彩を放つ花の、本当の姿を知っていた。いつだか本で読んだこの花に含まれた毒。それはあの嵐の夜に自らの身体を蝕んだもの。きっとエトワールは知らないであろうその事実は、何とも僕らにぴったりだ。真綿で首を絞めるかのように緩やかに、じわじわと彼を侵食する僕の欲望。あいのことばは薬のように、鎖のように、彼を締め上げていく。それはまるで遅効性の毒。それが導く先は決して本当の幸せではなくても、愛されることを彼が望んで、愛すことを僕が望んだ。其れだけで、いいと思った。しがらみも”普通”の価値観も僕らには介在しない。必要ない。僕が在って、君が在る。其れだけで十分だ。

 閉塞の楽園に閉じこもっていた天使は、その翼で夜空の深淵に輝く星に会いに行った。天使の顔をして近づいた。包み込むように星を抱き締めて、ついに其れを手に入れた。満足げにもう必要ないね、と優しく呟いた天使は、自らの翼を切り落とす。もう僕らに、安息の天の国は必要ない。例え死んでも彼のことは離さないと決めたから。この胸の心臓が動きを止めた暁には、二人だけの世界で手を繋いで眠り続けよう。天国にも地獄にも彼のことはあげないよ。ごめんね、神様。そう微笑んで、天使の皮を脱ぎ捨てる。無邪気に清々しい笑みを浮かべながら、星を抱き、奈落へと墜落して行く。その姿は未だ羽を残す堕天使のように可憐であり、立派な悪魔でもあった。それでも、悪も冒涜も全てが溢れた混沌の舞台では、それが天使の振りをした悪魔であったのか、将又元は本物の天使だったのか、判断のつく者は居ないのだろう。スポットライトの端っこで、お気に入りの人形を抱き締めてほくそ笑んだ姿を知っているのは、きっと――――。

「――――僕の、僕だけのエトワール。愛してるよ。……とっても、しあわせ、だね。」

弾むような声音で告げた愛の言葉は、数多の星と共に、夜空となって踊り続けた。



エトワール様、(カナニト様、ベイリー様)>>

【〆】

【遅くなり申し訳ありません。これにてグレイの〆とさせていただきます。この素敵なスレと参加者様に出会うことが出来て、こうして最後まで物語を綴っていけたことがとても嬉しいです。ここまでスレッドを完走出来たのは初めてで、こんなに思い入れのある場所になったのも初めてでした。数々のご迷惑などもおかけしましたが、本当にここまでスレ主様、参加者の皆さま共にありがとうございました!】

8ヶ月前 No.481
切替: メイン記事(481) サブ記事 (786) ページ: 1 2 3 4 5 6

 
 
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▲ページ上 >>
★必ず ローカルルールメビウスリングのルール をご覧ください。
 ▼スタンプ▲スタンプ
※スタンプはいちどに 3個 まで使えます  ×閉じる
注…進行相談・設定はサブ記事をご利用ください(テスト中)。