Google
    
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▼レス(448) >>
★この記事にはショッキングな内容が含まれます。もし記事に問題がある場合は違反報告してください。

《 Enclosed Eden 》【募集終了】

 ( オリジナルなりきり )
- アクセス(10791) - ●メイン記事(448) / サブ記事 (727) - いいね!(89)

淑女×美少年/耽美/微SM風 @clock☆VeghuuvPddk ★ZoYtgKvDiN_Er4

 その日より、楽園は音をたてて壊れ始めた。

 ▼

 朝はやることがいっぱいある。外が明るくなるかならないかのうちにベッドから出て、昨日アイロンをかけてもらったばかりの服を着て、髪の毛がちょっとでも乱れていたらその場できれいにもしなくちゃならない。部屋を出たら、本当は駆け足で一階まで行きたいんだけど、家の中で走るのははしたないことだと教育係のドリーに言われている。だから長い廊下をできるだけ早歩きで通りすぎる。
 やっとの思いでダイニングルームに辿り着くと、今度は朝食を急いで、でもなるべく上品に見えるように食べないといけない。そうして速やかに部屋から立ち去るのだ。これが僕らにとっての朝だった。誰よりも早く朝起きて、誰よりも早く朝食を食べる。なぜならば、"ご主人さま"に食事の姿を見られることはとても失礼なことだからだ。
 部屋に戻ろうとして廊下を曲がったとき、ご主人さまの一人が視界に入った。

「おはようございます、ご主人さま」

 恭しく頭を下げてから顔を上げると、ご主人さまはすでに上機嫌だった。
 おはよう。いい朝ね。今日も元気そうね。今日もかわいいのね。しまいには頭まで撫でるものだから、僕も幸せそうな笑顔を浮かべて、ありがとうございます、と小さな声で言う。なるべく、なにかを告げるのでなく、歌うように伝えるのだ。かろやかに歌えば歌うほど、ご主人さまも気を良くしてくださるらしい。
 やがて満足した様子のご主人さまは僕に手を振ってダイニングルームへと向かった。僕はその背中姿を見て、もう一回頭を下げる。
 そして、ご主人さまの姿が見えなくなった瞬間、僕はドリーの小言も忘れて夢中で階段を駆け上がっていた。

「……っ…………っは、――――――クソ、触られた!」

 二階が僕ら専用のフロアで助かった。部屋に戻ってドアを閉めるや否や、触られてから痒くてたまらない頭がかっと熱を帯びる。触られた。触られた。触られた。触られた、あんな悪趣味な女の汚い手で。毎朝、顔を合わせるたびにそうなのだ。あの女は朝会うたびにかわいいねと笑いながら僕を触ってくる。
 それでも彼女のはまだかわいい方だ。もっと汚いところを触ってくる女はこの屋敷にはごろごろいるし、女から呼び出しがかかったかと思ったら必ずどこかしらに痣をつけて帰ってくる奴もいる。
 狂っている。狂っているのだ、×するだなんて。いっそのこと、今ここで喉を掻きむしって死ぬことができたなら。だがそれは叶わない。なぜなら僕には故郷に家族がいる。もう一度、ひとめでも彼らに会えるまでは、どうしても。

「………………っ、は、…………はあ………………」

 不意に視界が揺れて、へなへなと身体中から力が抜ける。倒れ込んだ床の冷たさが、熱くなった身体にはかえって気持ち良かった。
 ――疲れた。つかのまでいい、天蓋つきの高級ベッドなんかじゃなく、このまま眠ってしまいたい。

 思考が濁る。
 窓の外から誰かの悲鳴が聞こえた気がしたが、それが誰なのかを考える余裕もなく、意識は急速に闇へと落ちていった。

 ▼

『答えなさい。貴方は何者?』
『はい、ご主人様。私は貴方の人形です』
『貴方は何のために生きているの?』
『それは貴方にこの身を捧げるためでございます、ご主人様』
『私のこと、愛してる?』
『はい、ご主人様。この世界の何よりも』
『ふふっ、いい子ね。それじゃあ――』


“この足、爪の先まで綺麗にしてご覧なさい”

 ▼

 其処は深い深い森の奥。昼は光降り注ぐ楽園、夜は闇満ち満ちた地獄の果て。
 散っては咲き、咲いては散る無数の花弁。美しきは従者に、卑しきは主人に。それが如何に甘やかな世界であったとしても、甘い蜜に溺れる心算が無いならば、一体誰がこの閉じられた楽園で生きてゆけるというのか。


「捧げなさい。その肢体、その瞳、神様が貴方に下さった何もかもを」


 ――――――嗚呼、其処は、




      《 Enclosed Eden 》


【サブ記事へお進みください】

メモ2017/01/07 01:35 : 佐渡☆VeghuuvPddk @clock★OC0h87p694_JdE

《ストーリー》

1st event『ブレックファスト・ティーには遅効性の毒をひとさじ』>>1-68

2nd event『目隠し越しの目蓋に口付けしてごらん』>>69-143

2.5 event《 tea break 》>>144-177

3rd event『麗らかな午後にカタストロフの翳は手招く』>>178-282

4th event『さようなら夢、こんにちは悪夢』>>283-303

4.5 event《 Once Upon a Time ... 》>>304-369

5th event『終焉』>>370-432

Last event《 Enclosed Eden 》(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-712#a


《本編ルール/諸注意/ロケーション》http://mb2.jp/_subnro/15334.html-555#a


《キャラクター》

※募集は終了しました。ありがとうございました!


長女/アイリス・ローゼンブルク(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-539#a

次女/キマイラ・ローゼンブルク(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-132#a

三女/ベイリー・ローゼンブルク(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-107#a

四女/ヴィヴィニィ・ローゼンブルク(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-240#a

五女/エルデガルト・ローゼンブルク(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-78,79#a

六女/グレイ・ローゼンブルク(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-33#a

七女/フェリシエンヌ・ローゼンブルク(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-523#a

九女/ノイン・ローゼンブルク(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-577#a


美少年/マリュー(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-90#a)※キャラキープ(〜未定)

美少年/ロキ(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-56#a

美少年/カナニト(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-112#a

美少年/リオネル(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-120#a

美少年/ロメア(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-384#a

美少年/エトワール(http://mb2.jp/_subnro/15334.html-512#a

…続きを読む(5行)

切替: メイン記事(448) サブ記事 (727) ページ: 1 2 3 4 5

 
 
↑前のページ (398件) | 最新ページ

キマイラ @september9☆l2RtaxPLX0X6 ★80jDqOFPYR_M0e

【キマイラ・ローゼンブルク/大広間】

 罪深い淑女二人の口から語られるたのは、余りにも残酷であっけない、この事件の顛末。暴かれていく事実に、困惑するもの、激昂するもの、怯るもの――皆が見せる表情は様々だった。その中で、ついぞ何時もの表情を崩すことの無かったキマイラは、ただ冷たい視線を、繰り広げ荒れる狂乱の宴へ向けていた。まるで、つまらない映画のクライマックスをただただ眺めているような、そんな様相を伺わせる。彼女にとっては、少年ルイスが殺されたという事実すら、好奇心を揺する結果になりえなかったらしい。
 しかしまあ、それもその筈。
 キマイラは、無意識の内にそのおぞましい事実に気づいていたのだろう。あの雨の日、大図書室で白亜の女医と対面したあの日から、一つの歪みが彼女の中には存在していた。
 イライザが謳った言葉の意味、彼女が内に抱える熱、そして、彼女と自分は「同士」であるという事実。

 事の顛末が白日に晒される事となった今、もはや隠す事など何も無いのであろう。次々と明かされていく、皆の事実。双子の家庭教師も、怒り狂う使用人も、裁きを口にする血を分けた姉妹も。皆、滑稽で仕方がない。ヴィヴィニィの言うとおり、この物語は間違いなく喜劇であろう。――登場人物が皆、自分もイライザと同様に狂人であることに気づいていない。疑いすら持っていないのだから。
 その全てが滑稽で、醜くて、仕方ない。

 代わる代わる耳に届くのは「裁く」「処刑」、そして――「狂っている」という言葉。
 小奴等は、一体何を言っているのだろう。

 ため息混じりに体勢を整え、ゆっくりと椅子から立ち上がる。背筋を伸ばして前を見据えれば、妹の細い首筋に銃口を突きつける、イライザへ視線を向けた。
 キマイラの目に、彼女の肌に映える血のような赤が、色のない部屋の中でひときわ目立つそれが飛び込んで来た。
 人の血を吸って育った薔薇のような赤のドレスに、死人のように白いイライザの肌。赤と白、その二つが導き出す悍ましいほどに狂気的な美。

 その刹那、キマイラは思わず目を見開いた。今まで感じた事のない黒い感情が、嫉妬の蛇が、彼女の身の内を駆け巡った。締め付けられるように高鳴る鼓動が耳にまで届く。

 嗚呼、この黒い獣は、一体何処まで罪深いのだろうか。
 キマイラの身体の奥底で、枷の外れる、脆い音がした。

「――――……っふ、ふふ、」

 思わず手を口に当て、無意識の内に溢れてくる笑いを必死に飲み込む。私としたことが、私としたことが。自分自身が余りにも惨めで、醜くて、そして可笑しくて仕方なかった。肩が震える。赤い唇が歪む。かっ、と目を見開いて、キマイラはひときわ大きな声を上げる。もはや、一少年の告白も、皆の恨みの言葉も、キマイラの耳には届いていなかった。

「……フフ、アハハハッ! アハハハハハハハ! 喜びなさいイライザ! 貴女、この私を心の底から『嫉妬』させたわ! 使用人の貴女が、この私を! この私に、心の底から美しいと思わせた! フ、フフッ、…………可笑しいったらありゃしないわね! 私の――」

 一度、乱れた呼吸を整える。
 息を大きく吸い、顔を上げた。シャンデリアの灯りの下、恍惚に満ちたキマイラの笑みが淡く照らされていて。

「私の求めていた美がどんな物だったのか、こんな形でわかる日が来るなんて!」

 そう、私の求めていた美。磨けど磨けど、決して満たされることのなかったこの感情を、満たす為に必要不可欠だったものが其処にはあった。純粋なまでの、恐ろしいまでの狂気と、熱情。どちらも、イライザが教えてくれたもので。
 可笑しくて堪らないといった様子で、キマイラは絶えず笑い声を漏らす。そこには、今までの彼女とは打って変わった彼女が居た。長年抱えていた胸のつかえが取れたとでも言わんばかりの軽い足取りで、ドレスの裾を揺らしながら、腰を上げる。そのまま一歩、イライザの方へと踏み出せば再度口を開いた。

「此処に居る誰にも、彼女を裁く権利なんて無いわ。皆、自分が正しいとでも思っているのかしら? だとしたらとんだお笑い草ね。この屋敷に縛られている以上、皆同じ穴の狢(むじな)よ」

 こつり、こつり、とヒールの音が響く。先程より落ち着いたトーンで淡々と綴られる言の葉が、ヒールの音と相まって大広間へと響いた。
 イライザを取り巻く彼ら彼女らより、やや離れた位置で、キマイラは脚を止めた。

「――裁きなんて私にとってはどうで良い。それだけじゃないわ。この家の事だって、私は何の執着も抱いていない。…………ねえイライザ、貴女は覚えているかしら。雨の大図書室の中で、私に約束してくれた事」

 そう。キマイラは確信したのだ。
 柔和な笑みを浮かべ、イライザへと手を差し伸べる。その笑みは、母(マダム・エルザ)の浮かべる笑みと、良く似ていた。

「私を、貴女の望む高みへ、連れて行ってはくれないかしら?」

>大広間 【キマイラの抱く狂気も、ここでぶちまけさせて頂きました。ついにキマイラの氷が溶け、彼女の抱く激情が露わになったわけですが……イライザさん、どう取るかはおまかせ致します!( 】

1ヶ月前 No.399

ししくれ @kmnkha☆/pH2qpQf7L2 ★ieluDUuGrE_4CS

【ロメア/大広間】


 轟く銃声、怒号、悲鳴。声、声。
 それからこの屋敷の主人であるマダム・エルザの告白。自分たちが集められ、ルイスが死に、今日この日までのあらすじ。
 話の最中ロメアはデフォルトとでも言うべき、いつもの、あの、穏やかで控えめな笑みを浮かべていた。


 愛によって生まれ、愛によって終わった楽園。愛が渦巻くその場所で、感じざるを得ない自身の疎外感。
 今まで必死に築き上げてきた物に見つかった綻び。


 ロメアにとって何かに頼り、信じ、支えとすること。それは、清々しくて、愚かしくて、理解不能である。
 それは、死も同じだ。周りの認識にならって悲痛なものだと受け止めながらも、根本的にそれを理解することがロメアにはできない。だから彼は誰が亡くなろうとも、その死を平等に悼み、哀れみ、そして過去として終わらせる。それを引きずるような真似はしない。
 それなのにずるずるとルイスの死をありとあらゆる場所に背負っている屋敷の住人が不思議で不可解で、滑稽に思えて、無意識的に嫌悪していた。それは彼の抱くはずのない感情。これまでは愛という言葉で隠せていたけれど、楽園が崩壊した今、全てが白昼の元に引き摺り出される。

 罵倒し、殴り、時には薬やら薄めた洗剤やらを私の口に流し込み、気が狂うほどの苦痛を与えた母。私に温もりを教えてくれた優しく残酷な愛しい人。あの人の記憶の中で私は朧であろう。それはこれまで出会ってきた人々の記憶の中でもそうだろう。
 私の替えはそこら中に転がっているし、その替えさえも物語には不要かもしれない。
 それでもやはり人を憎むことはできないし、憎む心を持ちたいとも思わない。その感情を手に入れてしまっては自分がぼろぼろになってしまうから。

 けれど。マダムの浅はかな考えも、ドクターイライザの囁きも、それに揺れ動くお嬢様も少年も。誰が処刑され、その間に誰が傷つき、死んでしまおうとも、心底どうでも良かった。くだらない、と、心が騒いでいる。今は未だ愛すべき人々だと自身に言い聞かせてみても、どうにもならない。最早変容の息吹を消し去る術はない。

 胸が焼けるような、明るくて醜い鮮烈な赤。嫌な色が、頭に蔓延していく。
 愛されれば愛を、そうでなければ無関心なままに生きてきた。けれどこれは違う。崩れてはいない。然し、揺らいでしまった。崩れるのは時間の問題だろう。モノトーンの世界が毒々しい赤色に掻き乱される。


「今更何を仰っているのですか? この狂気の楽園に身を落としたのは皆同じ。皆の心に巣食っているルイスの死は、ここにいる全員が招き起こしたことでしょう? 誰がマダムを、ドクターイライザを、責めることができるというのです。今更処刑なんて言葉を持ち出すなど、虫のいい話では? ……殺すのならば殺せばいい。けれどそれはただの殺人。処刑なんて、大層なものではないのですよ」


 これ以上ないまでに冷たい響きを孕んだ自分の声。それは自分の血が凍っていることを意味しているのだろうか。
 嗚呼、もういっそ、あの銃に込められた弾丸で、もしくは誰かの握る凶器の刃で、この身体が散り散りになってしまえばいい。


 >>ALL様

1ヶ月前 No.400

絡繰 @ne9rodoll ★wgm3NQbNwV_glG

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

1ヶ月前 No.401

とと田 @totototo☆pZFOWxlGRjQ ★Android=4OhkCRUD6l

【ベイリー・ローゼンブルク/大広間】



 エルザの口から紡がれる言葉を一言一句聞き逃さぬよう、ベイリーはその声を拾っていった。しん、と張り詰めた大広間はやはり居心地が良いものではなく、ここから出ていきたいという本能と決してそうさせてくれない理性が、むしろ心を冷静に動かした。話を聞きながら、ルイスが死んで間もないとき、彼を悼んだことを思い出す。
 佳人薄命――そんな言葉を使った覚えがあった。あれは弔いにしては些か乱暴であったと、今更ながらに後悔を覚えた。かわいいルイス。かわいそうなルイス。わたしたちの弟に、なったかもしれないひと。

 ベイリーは先程から目の前に立つカナニトを、不思議そうに見つめた。動かないで、という発言から、彼が自分を守ろうとしてくれていることに気が付き、目を見開く。どうして、と動いた口からは、掠れた吐息だけが吐き出された。
 この子が自分を生かそうとする理由を、過去を引っ掻き回して見つけようとする。すると、やはりドッグタグのことが真っ先に思い浮かんだ。昔、カナニトから没収して以来、クローゼットの奥にしまいこんでいた。とっくに彼に返すつもりでいたベイリーは現在ドッグタグを身に持っているが、カナニトはそのことを一切知らない。わたしが死ねば在り処を聞き出すことができない、大方そんなところだろう、とベイリーは思った。――しかし、それにしてはリスクが高過ぎではないか、とも。自分が命を落としてしまえばドッグタグも何もないはずなのに、どうして彼は盾の如くわたしに背を向けているのだろう。自分より小さな後ろ姿からは何も探ることはできなかった。三発なら耐えられる、その言葉が真実ではないことくらいすぐに分かる。取り敢えず自分を守っているこの状況を変えなければ。そう考え、ベイリーはカナニトの肩にそっと手を置いた。

「カナニト」

 少し腰を曲げて彼の耳に口を寄せ、周りに聞こえないくらいの声量で話す。

「わたしのケープの内側にポケットが付いています。そこに、貴方の欲しいものが入っているから……できればちゃんと手渡してあげたいのだけど。もし、わたしが死んだら、勝手にくすねてしまってね。それと、弾丸は当たったら痛いでしょう。もうこれ以上体に傷なんて作らないで。わたしは撫でてあげられませんからね」

 ベイリーは着用しているケープをひらひらと揺らしながら言った。その物言いは意地悪な色を含んでいて、しかし悪意は感じられなかった。今のベイリーには幼さ故の傲慢が甦っていて、いたずらがばれた子どものようなからかいがあった。
 ベイリーは腰を伸ばすと、目の前を見据えた。和らいでいた表情を真剣なものに変える。何人かがエルザとイライザに向かって申し立てているようだった。

「待ってください」

 均衡状態が未だ保たれたままの空間に、割り込むように声を張った。今度は自分がカナニトを庇うように前へ躍り出る。イライザの持つ銃を見て、恐ろしさを感じたまま、それでもブーツを鳴らした。

「わたし達がルイスの死を、悲劇を、全てを招いた、などということを言うつもりは全くありません。手をかけたのはお母様とイライザ。それは変えようもない事実ですから。でも、人は人を裁けません。それができるのは法のみです。ここにいる誰も、他人に――もっと言えば己にさえも罰を科すことはできない、その資格はない」

 この部屋に漂う死の匂いを感じていた。ここで死んでも良いと、死にたいと、そう思う人間が少なからずいることを悟った。しかしそれと同時に、誰かが死にたくないと強く訴えているのも分かっていた。死にたいと思いながら生きるのと、生きたいと思いながら死ぬのは、どちらがより罪深いのだろう。
 法だけが断罪をなす、そうは言ったものの、最もここでそんな理屈が通るとは考えていなかった。お母様は、イライザは、何がしたいのか。ロキの疑問に心の中で同意する。
 自分はここで息絶えるのも悪くないかもしれない。そんな驕りがあった。

 誰よりも裁かれたいと甘えを抱いていたのはベイリーだったのだから。


>>ALL

30日前 No.402

七彩 @tmr☆qrj4adrhQpgH ★Tablet=rLqy3zkxxj

【ノイン・ローゼンブルグ/大広間】


 あぁ、壊れてしまった。
 響く銃声、人質に取られてしまったグレイお姉さま。そしてお母様からの罪の告白。そして、養子を取ればよかったという言葉には、呼吸ができなくなったような、苦しい気持ちを覚えたのは――自分が養子であるというせい。もし自分が男の子であったなら、そして男の子で拾われていたのなら、お母様は苦しまなかった? 自分のうちにあった答えが、黒いものと合わさって頭を狂わせていく。やはり私はあの時、生きているべきではなかったのかもしれない。三半規管が完全に狂ったような気がした、世界が回る。イライザさんを殺すべきだ、殺さぬべきだ、自分を殺してくれ。ぐるりぐるり、その言葉も一緒に回る。
 お母様が壊れてしまったからこうなった? イライザさんが手を貸したからこうなった? それとも、もうはじめから狂っていた?それに私達が、気づかなかった、だけ? どんなに考えても、多分答えにはたどり着けないのだろうけど。
 ただ、これだけは言える。

「……グレイお姉様が、死ぬというなら、皆……皆、死んじゃえばいいっ!!!! お母様も、イライザさんも、ロゼッタさんも、クラガミさんも、お姉さまも、ここにいる人全てが……っ!!!」

 普段はあまり話せない私が、大きな声で叫ぶのを内側から見ている感覚。ここまで感覚が鈍ってしまうくらいのダメージ。きっと、普段なら――ちゃんと考えることが出来たなら、こんなことを言わなかったのかもしれない。でも、今私が考えられるものはこれしかなかった。

>>ALL

30日前 No.403

絡繰 @ne9rodoll ★wgm3NQbNwV_glG

【アイリス・ローゼンブルク/大広間】

 嫌に続く沈黙。それは暗にこの周囲の責めるような視線を肯定しているように見えて無性に目の前の母の崩れぬ態度が腹立たしかった。もう一言、言葉を続けようとした瞬間響いた轟音。それに交じった甲高い悲鳴、焦るような怒号、幾ら普段そういったものを扱わない身だとしても理解できる。今この屋敷に響いたのは銃声だと。ぴたりと、騒音が止む。悲鳴も、発砲音も聞こえない。一切の気配が消えた空間に反響する細い、けれども確かな狂気を覚える歌声と段々と、近づいてくる足音。ぞっ、と背筋が凍り、冷や汗が流れるのを感じた。咄嗟に大広間に居る家族を守らなければと、母から背を向けて入り口に立ち塞がるように場所を移動する。すると、丁度その場所から覗き込んだのは、黒金の鉄塊。それに続いて顔を出した狂女。黒光りするその物体と、まるで人形のように生気の感じられない動作で爛々と目を輝かせる白い魔女。その二つのコントラストがやけに目に痛い。更に視界を刺激するのは、薔薇の如く深紅に染まったドレス。いち使用人が着れるものではないだろうそれは、母がいっとう大切にしていたはずのもので。

――――あぁ、何とも汚らわしい。

不快感が口の中に蟠り、ぐじゅ、と嫌な音を立てた気がした。その芝居がかった口調も、我が物顔でこの場を陣取るのも、自分の知らない裏で、事が動いていたことを裏付けられるのも。すると彼女は音も無いまま私の妹、グレイに牙を剥いた。瞬間、自分の感情が煮え滾るように熱くなるのを感じる。体内の血が逆流しそうなほど、その光景は私を怒りの波に沈めた。笑顔を象っていた表情が、明らかな憤怒を隠した歪んだ笑みに塗り替えられていく。何よりも大切な妹が他の者の手中にあるという事実は、依存とも言っていい執着を持つ自分には刺激が強すぎる。拳を握る掌は、奪われる前に護りきれなかったという自らの無力さに震えた。そんな状況を諸共せず、眼前の白い魔女は悠々と、それでいて何時も通りの口調を崩さずに言葉を紡ぐ。脅迫、暴露、催促。
 それに導かれるようにこちらを向いた母の顔は、もう見たくはなかった。告げられる真実。それはなんとまぁ残酷なことで。ロミオとジュリエットも裸足で逃げ出すような三文芝居の浅はかな悲劇。それを最後まで聞いた私は、体の至る所から力が抜けるような、不思議な感覚に陥る。それに続く、高い笑い声はヴィヴィニィ。諫めるように、母へ語るロゼッタ、こんな時まで何処までも忠実なローゼンブルク家の使用人で在ってくれるクラガミ、全てを理解することは難しくもその身を以ってして立ちはだかるまるで騎士のようなカナニト、決して激情を露わにすることは無く、慈愛という名の救いを母に差し伸べるアン。激情を隠さずにそれでいて冷酷に言葉を放つロキ、冷淡に、魔女に手を差し伸べるキマイラ、その凍った心で正しい判断を下すロメア、揺らぎを見せず声を張るベイリー、混乱を極め、今にも泣いてしまいそうな叫びを上げるノイン、思想、思惑、願望、全てがぐちゃぐちゃ。入り混じる狂気、それは確かな”混沌”であり、なるほどこれが喜劇か、と。

 私は動けずにいた。今こそ長女として、一番上として場を収めないといけないのに。怯えた妹を、狂ってしまった妹を、支えて、抱きしめて、大丈夫よって、言ってあげないといけないのに。足が竦んで動けない。少しでも動きを見せれば、その行動が命取りになるような気がして。既に倒壊寸前の楽園は僅かな綻びで、跡形もなく崩れ去ろうとしている。だからこそ、各々の主張をするこの場に今も狂刃を妹に向けるあの女を刺激しやしないかと焦りを覚えたのも事実だが。

「ふ、ははっ……そう、そうね。このお話が、養子を取ってしまえば皆幸せハッピーエンド、ってなる程度の問題だったら良かったんだけどねぇ。あははっ、ほんっとうヴィヴィニィの言う通りだ。全くもって喜劇じゃない。賢い妹を持ってお姉ちゃん嬉しいよぉ……。」

 それでも私は笑顔を崩さない。自分の持つ愚かさが、寂しさが露呈するのが怖かった。立ち尽くしたまま片手で額を抑え、小さく弱々しい笑いと共に独り言を紡ぐ。嗚呼、なんて愚かなことなんだ。母様、貴方を私は愛していたのに。貴方が家族や父様に”愛”という名のエゴを振り撒いているように、私にも家族への”愛”を持っていたのに。それでも貴方はその白い魔女の手を取ったんだ。それを悔いるとしても、改めて望むのは養子であったのか。世継ぎが欲しかったのならば、長女の私にどんな教養でも教え込み、無理にでも厳しい世界に叩き出してくれれば良かった。女が駄目だと言うのなら、長女である、という痕跡自体消してしまえば良かった。家族の為だったら、この鳥籠を守るためなら性別も、存在も、何もかも投げ捨てることすら造作でもなかったのに。
それももう、手遅れだ。全ての事の顛末を聞いた私には、妹を人質に取ったイライザへの激昂も、母への憐れみも、笑みの裏に隠した有無を言わさない威圧感のある狂気も残っていなかった。唯すとん、と胸に落ちたのは緩やかな失望と、絶望、そして孤独感でしかなかった。この場に響く妹たちの主張や話を聞いて、とっくの昔に、もうこの愛しい妹たちは自分の手に届かないところまで行ってしまっていたのだと、痛感する。妹の方がよっぽど冷静で、賢明だった。よくこれで私も姉だと言い張れたものだ。

 すると、ふと服が引っ張られる感覚。そちらに目を向ければいつだか暖かい時間を過ごしたリオネルの姿があった。小さい躰は恐怖に塗り潰され、今にも倒れてしまいそうな彼に、形容し難い悲痛さを感じる。彼の背丈と合うようにしゃがみ込み、今では可哀想なほどに青白く染まった頬を優しくするり、と撫でる。未来のある幼子に、こんな狂宴を刻み付けるべきではないだろうと、そっとリオネルの両方の耳を手で塞ぐ。どうか君は、純真なままで居てほしい。懇願するように笑った自分の顔が、彼の桜色と菫色の瞳に映る。その顔は見れたもんじゃないほどくしゃりと歪んだ、泣き出しそうな笑顔だった。まるで、孤独に震える子供のよう。

 何だって皆、この場所を壊そうとするの。裁きやら処刑やら、どうでもいい。私はただ、大切な人と一緒に居たかっただけなんだけどなぁ。こんな事件ひとつでこの楽園は壊されてしまうのか。もう愛しい妹は戻って来ない。幸せだった日常は帰って来ない。私が愛した母はもういない。さみしい、それだけだった。もう、騒ぎ立てる周りの声も、なにも聞こえない。聴きたくない。

「――――あーあ、崩れちゃった、ね……?」

耳を塞がれたリオネルには聞こえないであろう細い細い呟き。悲痛でありながらも、諦めきったような穏やかな笑顔を浮かべる。
 生まれて初めて、彼女が”長女”としての役割を放棄した瞬間だった。

ALL様>>

30日前 No.404

イライザ・リー @papillon ★6ycWB2hnsK_mgE

【イライザ・リー/大広間→マダム・エルザの部屋・バルコニー】


 薔薇の一族の六女たるグレイを人質に取り、その首筋に獣の牙のようにギザギザと波打った奇妙な刃を添わせながら、イライザは普段と一切変わらない奥底知れぬ笑みを浮かべていた。その手で鈍く光る黒鉄の猟銃は微かな火薬の匂いを漂わせ、屋敷の住人達に向けられた銃口はまるで深淵のよう。

 深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ。

「禍々しく、悍ましい。こんな刃物で傷を付ければ、まるで狼の牙で、噛み裂かれたように見えますものね……哀れなルイスの亡骸、裂くのは、実に容易かったですとも」

 グレイの首に添えていた刃を軽く持ち上げるようにしながら、イライザは穏やかであるからこそ正気の欠片もありはしない微笑を人々へと向ける。それは銃口と同じ位危険で、生命に直接働きかけるがごとき恐怖を煽る程度には、この世のものとは思えぬ凄惨な〈死〉を香らせている。
 その手で輝く銀色の凶器は、元々は手術に使用する物のようだ。そう、それこそはあの秋の終わりの逢魔が時に、屋敷の大図書室でイライザがキマイラに翳してみせた器具だった。

 落ち着いた、というより淡々とした、偉大なる女主人の告白。自らこの状態を作って促しただけに、特に言葉も挟まずそれを静かに聞いていたイライザだったが、マダム・エルザが全てを語り尽くすとふいにがくりと首を傾げてみせた。薄笑みを消さないまま、その紅く燃えるがごとき隻眼は真っ直ぐ、射抜くようにマダムを見据えている。

「わたくしが、舞台の仕掛人? 我が君、わたくしには、あなた様が何を仰っておられるのか、まるで理解出来ませんわ。確かに、助言をしたのも、毒物を用意したのも、亡骸を裏庭に運んだのも、傷を付けて工作したのも……全て、このわたくし。けれど、けれど、断じてわたくしは、直接手を下してなどいない。罪無き憐れな少年に毒を盛り、死を齎したのは、――――エルザ・ローゼンブルク、あなた様の殺意に他なりません」

 ひょいと、イライザが猟銃をマダムへと向けた。そして何の躊躇もその引き金を引く。

 かちん、と、小さく弱弱しい音がした。

 そう、エトワールが予測した通り、銃弾の弾は尽きていた。主に欧州などで使用される猟銃の総弾数は五発、イライザは先程の使用人達への威嚇射撃でその全てを撃ち尽くしていた。数を誤ったのか、いや、それならば今のようなパフォーマンスを行いはしないだろう。
 ふっと、イライザの笑みが更に深くなる。元々、イライザは人々を撃つつもりなどなかったのだ。そんな事をしなくとも、この屋敷に集った、何処かしら狂った悲しき者達の運命は皆、すでに崩壊の闇へとまっしぐらに突き進んでいると知っていたからであろう。

「あの嵐の夜、皆様の夕餉の皿に、少量の毒を混ぜ込んだ事とて。決して決して、殺意を持っての行動では、御座いませんもの。あの程度の量であれば、命に別状がないことは、すでに実験済み。ただあの頃、この屋敷には、我が君への疑念と疑惑、渦巻いておりました。ルイスの死は、我が君の手によるものだと。だからこそ、わたくしは我が君の為に、毒を盛ったのです。病に倒れる者あらば、我が君への疑念など、抱く暇も無くなるでしょうから……アトランダムに撒いた毒の皿が、身体の御強くないグレイ嬢の前に置かれたのは、全くの予想外でしたけれど」

 あの時は、本当に本当に、申し訳御座いませんでした。グレイの耳元に唇を近付けると、イライザは彼女にだけ聞こえるよう、普段より低い声で謝罪した。珍しく、イライザの普段押し隠した感情が垣間見えた、そんな瞬間。
 グレイの首に凶器は向けたまま、イライザはじりじりと、まるで蝸牛が這うような速度で少しずつ大広間の中央へと進み始める。

「…………告白致しましょう、わたくし、同性しか愛せませんの。わたくしの初恋は、若かりし頃の、マダム・エルザ、そのひと。そして、わたくしが愛したのも、今まではたったひとりだけ。――分かっていたのです、わたくしの業が叶う事など、ありはしないと。しかし、神とやらは存在するのですね……恐らくそれは、邪な神でしょうが。ローラント様が急逝なされた後、わたくしの想いをご存じだった我が君は、わたくしをご自身のお部屋に呼ばれた……孤独と寂しさから、戯れにわたくしのこと、求めて下さったのです。嗚呼、あの短く甘い日々は、一等綺麗な夢のよう、何と幸せだった事か。けれど所詮は夢、夢は長くは続かないもの。次の当主を欲して、我が君は世界中から美しい少年達を集め、それと同時に、わたくしを遠ざけるようになりました」

 誰も居ない空間に上手く背を向けて、死角を封じた状態で、狡猾な毒蜘蛛は灰の蝶を捕えたまま舞台の真ん中に躍り出た。何処か楽しげにさえ聞こえる涼やかな口調で、イライザは初めて己の性癖と、その内に秘めた業(カルマ)を語っていく。そして、その底なし沼に踏み込んでしまった被害者にして加害者、マダム・エルザとの過去を。
 手には未だに銃弾の入っていない猟銃を握っており、そのままだらりと片腕を下げている。重く無意味な筈の猟銃を手放さない理由が、何かあるのだろうか。

「わたくしは、それまで存じませんでしたの、愛というものが、こんなにも疎ましい存在だとは。少年達は、我が君の心、奪っただけでなかった。幼少の頃よりずっと、わたくしが愛おしく想い続けていた、十人のご姉妹まで。腐れた恋と爛れた愛に、深く溺れ沈んでしまわれた……わたくし、絶望しましたの。そしてそれを、認める事も、許す事も出来なかった。故に、だからこそ、我が君のお部屋で、あの人形じみた忌まわしき少年、――ルイスを当主にすると、そう記した書類を見付けた時、わたくし、〈いけない事〉を思い付いてしまったのです。我が君の心、再びわたくしの元に戻す為の、魔性の呪文を」

 淡々と、淡々と。しかしそれでいて、その声からは確かな熱情が感じられた。それは黒く澱み、甘く腐れた花の香りを孕むような、歪にひしゃげた狂愛の体温を思わせて。肌も、声色も、纏う空気までが冷たいイライザの、秘めたる激情が、重く暗く大広間を満たしていくようだ。
 だが、最後の一言、その謎めいた〈呪文〉という単語だけが、聞く者の背中に氷水を流し込んだような、異様な冷たさを持ったまま音として吐き出された。

「――我が君、今まであなた様にさえ、秘密にしていたこと、御座いますの……あの夜、あなた様がルイスを呼び出し、当主になるよう申し付けた、あの運命の夜……わたくし、我が君のお部屋に向かうルイスを呼び止め、〈助言〉をして差し上げたのです」


『もし、もしも貴台が、この屋敷の〈王さま〉になったとしたら。奴隷であり、金で買われた貴台を、他の貴族達は、当主と認めはしないでしょう。そうなれば、貴台の愛するエルザ様も、優しい十人のご姉妹も、全てを失い地獄に堕ちる…………貴台の判断が、薔薇の一族の運命を決めるのです。貴台は、今まで受けた御恩、仇として返せますか?』


「わたくしはただ、〈助言〉しただけのこと。不確定な未来、そのような可能性も、絶対に無いとは言い切れませんもの。決断したのは、ルイス自身ですわ。そして、わたくしの〈助言〉により、運命を自ら選ばれた御方が、もうお一人……その殺意が、ルイスを死に至らしめた」

 にたぁり、と。
 言葉でも、文字でも、たとえ絵にしたところで表せない程に、イライザが毒を孕んだ笑みを浮かべた。

「あなた様が、ただ、ただただ、ご自身の愛したたった一人の少年を、信じれば良かったのです。信じ抜いて、理由を問いただせば、ルイスとて、きちんと訳をお話したでしょうに。けれど我が君、あなた様はルイスより、このわたくしを選んだ。わたくしの言葉を選択し、自らの手で、最愛の存在を葬ったのです……最後にもう一度だけ、断言しましょう、――――ルイスを殺めた狂女は、あなたご自身ですわ」

 紅き隻眼は大きく見開かれたまま吊り上がり、その唇が一瞬にして耳まで裂けたように薄く大きく開いて。この世のありとあらゆる邪悪、それを魔女の釜で煮詰めて、其処に最後に残った猛毒。白亜の毒蜘蛛の、持てる全ての悍ましき微笑みとして、世界に向けて吹き出したかのようだった。

 その時、爆発したような笑い声が大広間中に響き渡った。四女ヴィヴィニィ、誇り高き騎士にして、無敵を誇る魔弾の射手。手練れの〈役者〉揃いのこの屋敷の中でも、彼女はある意味最も優れた女優なのかもしれない。その芝居がかった動作も、すらすらと歌うように紡がれていく台詞も。そのどれもに、イライザはうっとりとした様子で彼女を見ている。まるで舞台上の役者の恋する、ただの観客のように。

「流石、ヴィヴィニィ嬢。あなた様であれば分かって下さると思っておりましたし、同時に永遠に理解はしてもらえぬと、そう確定しておりました、わたくしの中で。その通り、この世は喜劇、わたくしの欲しいものはただ一つでしたが……今やそれも、変化してしまいました。わたくしにマクベスなど、畏れ多くて、恐縮してしまいます……どうせ演じるのであれば、サロメが良いかと。わたくし、首が欲しゅう御座いますもの……混沌も、悪鬼も逃げ出す、神の首が」

 高笑いながら、次の瞬間には穏やかにこちらを見つめる、その瞳。ヴィヴィニィの視線に答えるかのように、しっかりと目線を送り返しながら、イライザは同じく歌うように答えていく。台詞じみたヴィヴィニィの言葉に答える為か、あえて謎めかせた喩えで覆い隠したその真意が、果たして真実を司る剣士に届くだろうか。闇を自負しながら眩き光を秘めたる彼女を、喰い尽くそうと襲い来る闇の呪詛。

 露わになった左手の痛ましい傷、それは聖なる殉教者が持つ聖痕のごとく。引き抜かれた焔を模るがごとき揺らぐ刃を見ても、イライザは何処か嬉しそうに隻眼を細めただけだった。誓いを立てるようなヴィヴィニィの気高き行為すら、イライザには届かない。

「蜘蛛に寄生する、愚かな蜂。無論、存じていますとも。ただ、お気を付けあそばせ、美しき蜂を喰う蜘蛛も、この世には存在しております故。そう、この世の全ては表裏一体、紙一重。何者をも何者からの影響を避ける事は出来ず、当然わたくしも人の子ですから……ローゼンブルク家と、リー家。闇の末裔たる我等は、常に、永き時の中で狂気を培ってきたまで」

 微動だにしないまま、しかしヴィヴィニィの挑発に、イライザは真っ向から答えた。それも相変わらず貼り付けたような笑みを絶やさぬままに。

「弾の無い銃で、何を撃てるか、そう仰りたいのでしょう? けれど、ペンが剣より、物理的に強い時もあるように。銃弾を失った猟銃が、わたくしの肌を斬り裂く業火の刃、打ち砕くかもしれませんわ。故に、あなた様が望むのであれば……応えましょう、〈意味ある死〉も、悪くはないかもしれませんわね」

 聖剣の使い手がごときヴィヴィニィを前に、一体何処に勝機があるというのだろうか。

 続いて自身の前に立ちはだかったクラガミに、イライザは軽く首を傾けるようにして、更にその目を糸のように細める。彼は主人の願いを必ず、完璧に現実のものとする、使用人の鑑。しかしイライザは気付いていた、彼の手に幾つも並んだ剣だこ、あれは長い年月、刀を振るい続けてきた者の手だ。そして彼の纏う気配、あれはただの剣士のものではない、多くの命を無慈悲に葬ってきた人斬りの、血腥い殺気であろうと。
 人には言えぬ常闇の道を歩んできたイライザである、同じく表には出られぬ生き方をしてきたクラガミの事は、息をするかのように容易く見抜いていたようだ。

「ええ、そうでしょう、わたくしもマダムも、この世の定理に照らし合わせれば、悪という事なのかもしれません。けれど、それが何か? 何か問題でも? ルイスは自ら死を選んだのです、そしてリオネルが生きるも死ぬも所詮はそれが彼の寿命ということ。定められた運命からは、誰も逃れられません。あなた様もわたくしも、同じく。ならば、許すも、許さぬも、全ては無意味」

 そしてもう一つ、イライザは先程、気付いたのだ。ヴィヴィニィがクラガミに、ほんの一瞬向けた、意味ありげな視線。それに応え、まるで彼女を護るかのように、そして彼女が罪を犯すのを防ぐかのように名乗りを上げたクラガミの言動。
 嗚呼、成程、成程。

「どうぞ、あなた様に出来るのであれば、わたくしを後悔させて下さいませ。ですが、努々ご油断なさらぬ事ですわ……失えば、二度と甦らせる事など出来ぬものですもの、――恋とは、そういうものでしょう?」

 クラガミの地獄さえ焼き付くしそうな憤怒、それが漆黒に陽炎のように彼自身に纏わりつき、立ち上る殺気と闘気が色を持つかのように空気を染める。向けられる、殺意の視線。
 それでも、イライザは。白く、なにものにも染まらぬ純白のまま、叩き付けられる黒い死の波動に揺るぎもせずに彼を見ていた。何も変わらず、笑ったままで。

 その笑顔が、ふいに捩れるように傾くと、イライザが最初に見詰めていた人物へと視線が戻る。

「さて、愛しき我が主、我が君。もう愛しては下さいませんのね、わたくしを。では、お別れですわ……お仕舞いに一つだけ、わたくしの望み、叶えて頂きましょう」

30日前 No.405

イライザ・リー @papillon ★6ycWB2hnsK_mgE

 マダムに向けられたイライザの、狂える視線。それが、ふいに揺れ動いたかと思った刹那、その血液の色をした瞳が異様な速度で動いて、大広間の二つの人影を捉えた。
 一人は、自身で刃を突き付けながら、しかし愛撫し抱き締めるようにしている六女グレイ。そして、もう一人は。


「灰の愛し子と、黒揚羽、わたくしに下さいませ」


 艶やかな黒衣に身を包み、月の無い夜に闇を舞うがごとき次女キマイラ。その紅の邪眼が、次の〈対象〉を選択したようだ。

「わたくしを、もう愛していない、そういうのなら。わたくしも、あなたの愛するもの、奪わせて頂きます」

 いっそ清々する程朗らかに、罪悪感や嫌悪感の欠片すら無く。イライザは笑みを含んだような、それでいて密やかな声で宣言すると空っぽの猟銃を、自身の前に立ちはだかった三女ベイリーへと向けた。しかしその視線は更にその奥、彼女の後方に立ち尽くすカナニトへと、ベイリーの存在を突き抜ける様に向いている。

「――――カナニト。先程申した通り、望むなら、わたくしの全てを与えます。蜘蛛の紋章に誓って、約束しますわ……わたくしと共に参りましょう、寄生木(やどりぎ)の芽生える庭まで。回答は、行動で示して下されば結構」

 先程、イライザが大広間の人々に猟銃を向けた時。あの時、イライザは確かに見た。ベイリーの方へ銃口が向いた刹那、ごく自然な動作でカナニトがその前に立ち、彼女を護ろうとしたその様を。気付いた者がいただろうか、それを見たイライザの隻眼が、微かに見開かれたのを。何しろ、彼がベイリーを護ろうとした事が、イライザにとっては意外であると共に、初めて感じる奇妙な感覚に襲われたからだ。砂を噛むような、自分の医療器具を誰かに勝手に使われたような、それは感じた事のない微かな苛立ちに似たもの。

 十姉妹が帰宅する前、イライザの管轄する毒の庭園にて。イライザは、初めてまともに言葉を交わす事となったカナニトに、直観的な何かを感じた。イライザは同性しか愛せない、だからこの閉鎖的な時代では一生家族を持つ事も、子を産む事もない。それは重々分かっていたし、特に思う事もなかった。同時に今この世界に、己の知識と経験、そして荒唐無稽な〈野望〉を理解し、引き継げる者など存在しない事も分かっていたつもりで。
 しかし、あの時、あの瞬間。カナニトの純粋にして無垢、それでいて凶暴で鎖さえ引き千切る獣のようなその瞳に。好奇心に満ち、善悪すら超越したその言葉に。イライザは見てしまった、己の〈後継者〉となりえる、仄暗い未来のその影を。
 だからこそ、短いながらもはっきりとした言葉で、イライザはカナニトを誘った。それは悪魔の誘惑である、カナニトが選ぶのは、光か、闇か。

 次にイライザは、自身へとその白くたおやかな手を差し出すキマイラを見詰める。この世で唯一ただ一人、〈同志〉であるとイライザが認識している、麗しの淑女を。
 キマイラがそうであったように、イライザもまた彼女に同じ闇と病みを感じ取っていたのだ。強烈な美への執着と執念、この世に溢れる美しきもの達への憎悪と、焼けて焦がれるような憧れ。手に入らなければ壊してしまわないと気が済まない、その深き業。狂気の色も質も純度も、その全てが似通っていたのだ、黒と白、この対照的な二人の女は。

「これ以上無い程に、光栄で御座います、麗しきキマイラ嬢。こんなにも醜く、汚れきったわたくしに、〈嫉妬〉を与えて下さるとは……なんと、慈悲深き御方」

 だからこそ見えていた、彼女の心の内側に巣食った、嫉妬という名の黒い蛇も。

『ねえイライザ、貴女は覚えているかしら。雨の大図書室の中で、私に約束してくれた事』
『私を、貴女の望む高みへ、連れて行ってはくれないかしら?』

「覚えておりますとも、忘れる筈などありませんわ。むしろ、キマイラ嬢、あなた様は覚えていて下さいましたか? ……あの嵐の番、わたくしがあなた様にお約束したことを」

『――無礼のお詫びは、いずれまた、必ずや』

 それは、グレイとリオネルがイライザの毒に倒れたあの嵐の晩、イライザがキマイラと交わした約束。

「今こそ、あの言葉を現実にする時……共に地獄へ参りましょう、麗しい、我が新しき君(キマイラ様)」

 膝を折るようにして、簡易ではあるが心の底からの親愛を一礼に込めて。今ここに、この世で最も悍ましき黒の蛇と白い蜘蛛の、灰色の絆が結び付いたのだ。

 最後に、イライザは自らが抱くようにして密着している、グレイの横顔に目をやった。その青白く、儚げで、しかし咲き誇る花のような美しさに、思わずそのほとんど色素の存在しない唇から溜息が漏れて。

「なんて、なんてお優しいのでしょう……あなた様は優し過ぎるのです、我が愛しき、幼心の姫君。誰も失いたくはないのですね、誰も傷付けたくはないのですね。そしてそれと同時に、あなた様は望み願っておられる、――――誰かが傷付く事を、誰かの命が失われる事を。わたくしには、それが手に取るように見える、あなたの心の裏も、底も……故に愛しい、だからこそ、手放したくなくなってしまった」

 そっと彼女の横顔に自身の顔を近付けて、イライザはグレイの頬を伝う大粒の涙に唇を寄せ、舌先でそれを拭うように舐め取った。それはひどく淫靡でありながら、獣の親が自らの子を守ろうとするようにも見えた。

「だから、わたくしは、あなたを奪う」

 だが、それも一瞬。真っ白な、氷のように冷たいイライザの手に添えられた、グレイの細くか弱い手。その手ごと、イライザは自らの手をぐっと上げて、グレイの顔を強引に上げさせる。そしてそのまま自らの唇を、グレイのそれに重ねた。ただ触れるだけの、静かに凍てつく、白亜の口付け。しかしそれは甘く、最早二度と黄泉から戻れぬ柘榴の味がしたかもしれない。

 その時だった。いきなり右手を振り上げると、イライザはその手に握っていた禍々しい形の刃物をクラガミへと投げ付けた。その顔面目掛けて、恐ろしいまでの正確さで。もし避けるか、叩き落とす事が出来なければ、その顔は弾けた柘榴のようになってしまうかもしれない。
 クラガミに攻撃を仕掛ければ、彼を慕っているだろうヴィヴィニィにも一瞬の隙が出来るのではと、それを狙ったおとりである。
 同時に、イライザは素早く猟銃に何かを仕込んだ。銃弾のように見えたが、金属ではなく透き通った、蛍光色の液体が入った丸い強化硝子のように見えた。


「さようなら、わたくしの愛した、この世で一等美しい蝶」


 木枯らしに似て、掠れたような、小さな囁き。
 隻眼をしっかりと閉じたイライザが、目にも止まらぬ速さで猟銃を天井へと向ける。銃口を眩く輝くシャンデリアに向けると、ほぼ同時に発砲した。耳を劈く轟音、そして次の瞬間、其処に星が生まれたような眩い光が一瞬、大広間を強く強く照らし出した。
 猟銃に込められたのは、衝撃を与えると凄まじい光度で発光する、特別な薬剤だったのだ。

 大広間の人々の視界を一瞬とはいえ邪悪な光で奪うと共に、イライザは猟銃を投げ捨て、素早くグレイとキマイラの手を掴んだ。その細く尖った身体の何処にそんな力があるのかという、抗う事を認めぬような腕力で二人の手を握るが早いか、その身体はもう走り出していた。こんな時にすら、足音の一つも立てないままに。

 大広間から駆け出るその一瞬、イライザはエトワールの脇を通り抜けた。そのほんの刹那、イライザは彼の耳元に顔を近付けると、ふいに声を出して笑った。まるで勝ち誇ったような、嫌な笑い方で。

「貴台のものなら、欲するならば、奪い返してみては如何? 出来るものなら、――――ね」

 そのまま風のように大広間を出ると、イライザはグレイとキマイラを連れたまま階段を駆け上がる。息も切らさない、音の一つすら立てない、恐らくその身は最早人間ではないのだろう。

 やがて三人は、屋敷の最上階たる六階、普段は誰も立ち入れぬマダム・エルザの部屋へと辿りついた。恐らく疲れ果てているだろう二人の令嬢が、イライザは労わりながらも足と止めずにそのまま大きな硝子扉を開き、バルコニーへと連れ出した。

 天空には、この世のものとは思えぬ、美しき月。しかし今は、灰色の雲がそれを覆い隠してしまっている。
 吹く風は何処か澄んで香り、終焉と終演を告げるようで。

「……無理をさせてしまい、誠に申し訳御座いません、グレイ嬢、キマイラ嬢。この屋敷から旅立つ前に、どうしてもお二方に、お見せしておきたかったのです、――――わたくしが作り上げた、〈地獄の天使〉を」

 広いバルコニーである、以前は此処にマダムが本当に近しい数名を呼んで、豪華なパーティーを行った事もある程だ。其処に真っ白に塗装された椅子が一つ置いてあり、何者かは腰掛けているようだ。その時、雲が切れ、眩いばかりの月光が下界を残酷に照らし出す。

 座っていたのはあまりに美しい、少年の形をした人形だった。いや、そうではない、それは。嗚呼、それこそは。


 ルイスだった。真白の毒蜘蛛に弄ばれ、その哀れなる死さえも冒涜に塗り替えられて、人形と化した憐れな幼子が今、月明かりに煌々と照らされて、ただ其処に存在していた。


>>ALL


【大変お待たせしました、本当にごめんなさい……そして一度に全てを詰め込んだ為、途方もなく長い文章になってしまって誠に申し訳ありません。かなり失礼な発言もあり、またいよいよ物語が終幕目前という事で強引な確定ロルも使ってしまいましたが、ご参加の皆様のご気分を害してしまったら申し訳御座いません。真の崩壊は間際ですけれど、もしお嫌でなければ、もうあと暫くの間お付き合い頂けたらこれほど光栄な事はありません。どうぞ宜しくお願い致します】

30日前 No.406

佐渡 @clock☆VeghuuvPddk ★OC0h87p694_JdE

【エルザ・ローゼンブルク/大広間→〆】

 エルザが口を閉じると、入れ替わるようにしてイライザが色のない唇を開いた。
 一瞬キッと表情が険しくなりはしたが、エルザは至って静かにイライザの言葉を聞いていた。手を下したのはあくまでエルザだと告発する声も、主人を亡くして間もなかったあの夜の背徳を告白する言葉も、できることならば今すぐにでもその口を封じてやりたい思いではあったが、今激情を表に出してしまえばそれこそイライザの思うつぼである。もっともうわべだけの理性を取り繕ったところで誤魔化せるような相手ではないが、恥という恥を晒してなお女王の仮面を被り続けることがエルザにできる唯一の抵抗だった。
 が、悪あがきじみた抵抗は次の瞬間イライザが語った"最後の秘密"によっていとも簡単にかき消された。毒蛇をさしむけるように、それでいて金槌で殴打するように、イライザがした告白がエルザにあの夜のことを想起させる。王さまにはなれないと言った今にも震えそうな声。怯えと戸惑いを溢れんばかりに孕んで、けれども確かに決意をしていた、あのふたつの青い瞳。

 なんとも形容しがたい空気に穴を開けたのは、それまで傍観者に徹していたヴィヴィニィだった。あらゆる罵倒をも覚悟していたが、どうしたことかヴィヴィニィは突然笑い声をあげはじめ、晴れやかな笑みを浮かべながらこの状況を喜劇とまで言ってのける。
 こうして一人目が激情を露わにすると、煮え湯から泡が立ちのぼるように住人たちの"叫び"が一斉に噴出した。イライザに刃を向ける者、二人の犯罪者の処刑を主張する者。それとは対照的に法による断罪を説く者もいれば、形は異なれどマダムやイライザを擁護したり責任追及をくだらないと一刀両断する者、はたまた怯えや絶望の色を見せる者もいる。激昂、絶望、嫌悪、恐怖、様々な負の感情があちらこちらで弾けたが、中には必ずしも今この場で生まれたばかりではない感情もあるようだ。今この瞬間音をたてて崩れ去ったかに見えた日常は、実はとっくの前に壊れかかっていたのかもしれない。しかしエルザにとってはそのことはもはやどうでもよかった。今目の前に立ち、許すと――恐らくはそのパープルアイの奥に別の人物を映しながら――言ってのけたアンの言葉にさえ、エルザは力なく首を振ることしかできない。

「アン、……貴方は、いったい誰を許したいのです…………?」

 アンにしか聞こえないような小さい声でそう零した矢先、燃えるような視線を感じて顔をあげる。見るとこちらに笑顔を向けていたイライザの、そしてその腕に抱かれるグレイと自らイライザに手を差し伸べたキマイラの姿が、まるで背徳的な絵画を見てしまった時のように不思議とエルザの網膜に焼きついた。

「イライザ……貴女はなにを、」

 その瞬間イライザが銃口を天井へ向ける。白く細い指が、しかし何の苦労もなく猟銃の引き金を引き、高らかな発砲音と閃光がほぼ同時に爆ぜた。アンを押しのけ一心不乱に後を追おうとするが、先ほどの光で目がくらんで思うように走りだせない。早く、早く行かなくては。血反吐を吐いて一切の瞬きを封じ、呼吸をやめてでもあの子たちのもとへ走って行かなくては。なのになぜ脚が動かない。早くしないと、私の愛しい娘たちがあのゴーストに連れ去られてしまう!
 数秒とたたないうちにイライザと二人の令嬢は大広間から姿を消した。エルザは放心しながら開け放たれた扉を見ていた。
 このたびのイライザの"秘密"、そして愛する娘二人を道連れにしての逃走。イライザは以前エルザが贈ったかの赤いドレスを纏っていた。今日という日が、この崩壊の一夜が、彼女にとっての晴れ舞台だというのか。結論のない思考はぐるぐるととぐろを巻き、そうしてエルザ自身の首を絞める。
 喉がかわいた、とエルザは思った。疲れきった目で大広間を見渡すと、これ見よがしにテーブルの上に水差しとエルザが愛用しているグラスが置いてある。そのことに何ら疑問を抱かないまま、エルザはテーブルに歩み寄り、グラスに水を注いで一杯仰いだ。

 緑の双眸が大きく見開かれた。

「……………………え?」

 事情を飲みこめないといった様子で、エルザは部屋をもう一度ぐるりと見渡した。何も変わらない光景。見慣れた部屋と見慣れた家族の顔。しかし――。
 ふと目に留まったのは水差しの隣にあった花瓶だった。細口の陶器に赤い花が数輪挿してあったのが、エルザが瞬きをした瞬間上から絵の具をかけたように黒く染まっていく。目を擦ってから床に視線を落とすと大理石でできているはずのそれはトランプを無際限に敷き詰めており、ぱらぱらと音を立てながらエルザを追い詰めるようにして外側から剥がれ落ちていく。
 助けを求めようとして顔をあげたエルザは恐怖のあまり硬直した。
 大広間に集うすべての住民の顔が、今は亡き少年ルイスのそれに変化していたのである。

「ああ……いや……いや……」

 十三人のルイスは一斉にエルザの方を振り向き、感情のない表情で口を開いた。


『 ひとごろし 』


「――――いやあああああああああああああああっ!!」

 悲痛な絶叫が大広間に、否、屋敷中に響きわたる。
 グラスがエルザの手から滑り落ち、大理石の床に当たって砕けた。エルザが飲んだ水にはベラドンナの成分が混ざっていた。エルザはルイスを命を奪ったあの毒で、今度は自分が精神を蝕むこととなったのだ。
 髪を振り乱して叫びながら、哀れな狂女に身を落としたエルザは一直線に大広間の外へと駆け出していく。その背中に女王の尊厳を見た者はいなかっただろう。
 崩壊の刻が迫っている。


>>大広間ALL

30日前 No.407

ふぁすね @yupihiko☆d.mPOva7Vfg ★tFiuSH0R3O_OSy



【エトワール/大広間→バルコニー】


 ――――きゅらきゅら。きゅらきゅら。フィルムが廻る。クライマックスへ。エンドロールへ。


 イライザの長い独白の後、猟銃の轟音が再び響き渡った。弾丸に込められた仕掛けか、周囲がまばゆい閃光に包まれる。雨のように降り注ぐシャンデリアの破片。嗚呼、きらびやかなその光景は、まるで自身が焦がれ憧れた星のようで。

 またもや騒然とする大広間の中、白い女は灰の君と黒揚羽の君を連れてどこかへ立ち去ろうと音もなく歩を進める。すれ違いざまにかけられた言葉に対し、エトワールは先ほどの閃光で眩んだ目を覆いながらも、口元だけでふ、と嗤った。


「口説くのが下手だね、御嬢さん。――でもいいよ。遊んであげる」


 答える声を聞く者はもうすでにその場を後にしていた。この状況が原因なのか、それともほかの何かが作用したのか、突如錯乱し、狂女となり果てたかつての女王を傍らに、エトワールは狂乱の中消えた真紅の背中を追う。まだ目はちかちかしていたけれど、行くべき方向はちゃんと見えていた。




 ――――この人を、俺の"好き"にしよう。この人に愛されるような、仮面をかぶろう。"この人に愛されるため"。それを俺の生きる"理由"にしよう。

 死にたいわけではなかったけれど、生きる理由もなかった。永い凌辱で、ヤスリで削るように、少しずつ嬲られていった心はもう灯をともすこともできなくなっていた。だけど、廃炉になったこころを抱えて生きるのは、あまりにも哀しくて、寂しいこと。だから、仮面をかぶった。設定を作った。気さくで人懐こい、エトワールという人格を生み出した。エトワールならこう動く。エトワールならこんなことを言う。エトワールはきっとこういうものが好きだ。設定が増えるたびに、背後から迫ってくる影が一歩、また一歩と遠ざかるような気持ちになって、それが正しいことなのかどうか、自身すらよく分かっていなかったけれど、それでも生きていくための仮初の火種くらいにはなった。星は内で燃えるからこそ、あんなに輝けるのだと、自分に言い聞かせた。

 グレイへの恋慕と独占もまた、自身に組み込んだ設定の一つだった。何故だか自分を気にかけてくれる女性に、エトワールならば好意を抱いても良い筈だろう。そう思って、そんな設定を作った。けれどいつしか、それが"設定"という枠の中に納まりきらないほど大きなものになっていった。優しくされることが、うれしかった。気にかけてくれるのが、うれしかった。自分が差しだせるのは薄っぺらい愛の囁きだけだったけれど、それでも愛してくれることがうれしかった。その手が離れていくのがどうしようもなく嫌だった。擦り切れたこころの隙間から芽生えたのは、"設定"なんかよりはるかに頼りない、細く小さな、けれど血の通った若木。

 ――本当に、信じていいの? これが偽物じゃあないってこと――揺らぎかける思考を、即座に慣れ親しんだ仮面が塗りつぶす。

 "痛みなんて知らない"。"恐怖なんて感じない"。"つらいなんて思わない"。"感情なんていらない"。"可愛らしく笑えばいやなことなんてないんだから"。"笑え"。"繕え"。"演じろ"。"星になれ"。"星になれ"。"星になれ"。"花形<スター>は、俺だけなんだから"――――うるさいな。わかってるよ、そんなこと。初めての本当を、俺が信じてあげなくてどうするの。



 階段を上りきり、三人が消えたバルコニーの扉を開け放つ。凍えるような月がうっすらと雲に隠れて輝く中、三人の女と、先刻イライザの研究室で目にした人形にされた少年が佇んでいた。夜に溶け込むその光景は、まるで絵画の一部を切り取ったかのような美しい。赤いドレスをはためかせるその白き影に、エトワールは語り掛ける。


「あんたが好いた人は、あんたのお手製の毒で悪夢<ゆめ>の中。目覚められるかどうかも怪しいけれど、きっと元の女王様に戻ることはできないね。――――俺もよぉく分かるよ? 好きな人を壊すとき、どんな気分になるのか」


 星の双眸が、すっと開かれる。一瞬脳裏によみがえるのは、自分が殺めた、両手の指では足りないほどの数の友人や恋人。


「俺はね、あんたの気持ちとか事情なんて知ったこっちゃないし、この楽園がどうなろうとどうだっていいの。そこにいる六女サマは俺ので、俺は六女サマのもの。これ以上の言葉なんて要らないでしょ?」


 さぁ、と頬を撫でる夜風に、ピアスがちりちりと妖精の羽音のような微かな音を立てる。エトワールはイライザの腕に抱かれたグレイを見据え、にこりと笑いかけた。


「――――ねぇ、グレイさま。俺さ、ここにきて、暫くたったけど、あんた以上のものを見つけられなかった。本当は、あんたのことどこにも行かせたくないんだけど、あんたの選択を大事にしたいとも思ってる。その答えが、俺から離れることであっても――――――あんたのこと、好きでいさせてね」


 こんなに人を好きになったのって、初めてだから。
 言葉を紡ぐ白磁の頬に一筋、流れ星が伝ったように見えたのは、月の光の悪戯だろうか。それとも――――――――





>>バルコニーALL

29日前 No.408

銃刀使いの使用人 @kaizelkai ★jMAPUVVmIc_mgE

【クラガミ・シンスケ/大広間】


 イライザはこの場にいる皆の言葉にそれぞれに、答えている。同性しか愛せない事、そしてその初恋はエルザであった事、二人はそういう仲でもあったのは驚きであった。同性はともかく、異性との恋というものを実際にはした事はないが、それは多分良いものだと思ってはいる。例え同性でも、お互いが幸せであればそれで良いと思った。だが人には言えない事もある、性癖もその一つである。
ルイスが当主を断った理由の一つに、イライザの助言が関与していた事実を知る。確かにルイスはきっと考え抜いて、断ったのだと思う。だが、大切なものが全部地獄に落とされるという言葉を聞いてなかったら、どうだったのだろうか。ひょっとしたら、ルイスが新しい当主になってたのではないだろうか。そうなったら、エルザはきっと喜んでたと思う。助言とはイライザは言ってるが、彼女はほんの言葉巧みに自分の都合の良い方向へ進めただけではないだろうか。アイツはそれをわかってて、やったんだ。
奥歯を無意識に噛み締める。久しぶりに、心の底から嫌いな奴だと改めて実感する。


「 何が助言だ、全部自分の都合の良い方向に持っていっただけじゃないか。もうルイス様はいない、けどエルザ様に殺される未来を進ませたのは、間違いなくお前だ。寿命がなんだ、生きてる内は死はやってくる。だから、俺が生きてる時は許さないと言ってるんだ、イライザ。」


これほどの気を出しても、彼女は臆する事はない。むしろ笑顔を浮かべて、楽しんでいるかのようにも見える。医者というまだ表だって職業も、表に出れないそこらの闇医者とはワケが違う。彼女は、昔の自分がいた場所からずっといるのだろう。人としての感情や道徳、全てが破綻して狂っている、そう思うしかなかった。

 イライザがグレイの顔を近づけさせ、お互いの唇を重ね合わせる。何を考えていると思った時、イライザはその手に握っていた禍々しい形の刃物を自分に向けて投げてきた。このまま良ければ、後ろにいるヴィヴィニィに当たる。刀で叩き落すのは出来るが、今回はそれをしない。その場を足音を立てずに、前にダッシュ、飛来する刃物の持ち手を掴み、そのままイライザに向かって斬りかかる。研ぎ澄まされた殺気と共に、確実の死を彼女に与えようとした時に、イライザは天井に向かって猟銃の引き金を引いていた。閃光弾に似た視界を眩ませる何かが、部屋中の視界を光で覆い隠す。咄嗟に腕で目を隠し、視界が良好になる。
自分が持っていた刃の先にはイライザはいない。いないのは狂乱して何処かへ行ってしまったエルザ、グレイと、イライザの狂気に魅入られたキマイラもいなかった。猟銃も大広間の傍らに投げ捨てられている。そしてエルザが飲んでしまった、割れたグラスを見る。エルザのあの様子では、あの水には毒が入ってたのだろう。それはきっと、ルイスを殺した同じ毒かもしれない。


「 っ…エルザ様!!?…また毒か、あの女……ッ!!好きだった相手を苦しめて、何が面白いんだ……ッ!! 」


 狂乱して出て行ったエルザに呼びかけても、答えは帰らない。純黒の殺気を閉じ、人としての怒りの感情を顕に言葉を吐く。エルザは自分を拾ってくれた恩人でもあったのだ、彼女を守れなかった事と好きじゃなくなった相手に毒を盛るという行為に理解が出来なかった。この屋敷にはもう女王はいない、現時点で長女であるアイリスが一番権力があるというのだが、自分はやはりヴィヴィニィが心配である。


>>大広間ALL



【大広間にいますが、命令を受ければ従わせていただきます。もちろんバルコニーに一緒に行っても構いませんし、一緒にエルザを探す事もOKです。】

29日前 No.409

疾風 @yuika10☆/I6eiMaHxFai ★bGyEkAoikT_81E


【ロゼッタ=シェルノサージュ=レジェンダー/大広間→自室】



くるくるり。全てが交わって。合わさって。でも、不適合とみなされて壊されて。貴方は、そんな人を眺めたことがありますか? ロキは、……お兄ちゃんは。そういう人だった。お兄ちゃんは暖かくて。優しくて。この沼に浸ってたいって。そう思わせてくれる人だった。お母さんに、目玉を繰りぬかれても。母は、不貞を隠すためのその瞳を繰りぬいた。愛人だった母の、唯一と言ってもいい。愛した人の血が混じった。私たちを。彼女は愛せなかった。だから、あの人に色濃く似ている。兄の目玉を繰りぬいた。だから私は、あの家を兄と一緒に壊した。でも、この家も壊れて死んでしまった。


壊れてしまうなら。壊してしまったなら。責任を持って。全てを廃棄してほしい。私だって、この顔を晒した。イライザ様で。でも、突っ込んでくれたのは。クラガミ様だけだった。面白味の欠けた世界ね。なんて笑ってしまって。私はヴィヴィニお嬢様の剣からそっと手を放し、自分のその二つの深海色の瞳と、その相貌を晒す。死んでしまえばいい。この世界もろとも。私の楽しみが無いのなら。私がこの世界で生きる意味が無いのなら。私はこの家に居る必要も無いだろう。お兄ちゃんを連れて。さっさとこの家から出てしまおう。壊れた世界に興味は無い。


マダム・エルザ様のおびえた様子に冷たい視線を這わせ、その逃げざまを見た。そして、ロマンチックな恋のような大詞を見た。私には、関係の無いこと。死にたい方は死ねばいい。私は。私の世界を生き抜く。それしか私に世界を生きる理由などない。意味なども無い。お兄ちゃんにのみ、私の考えが分かればいい。本当は頭のいいお兄ちゃん。大好きなお兄ちゃん。私が依存する。大好きなお兄ちゃん。


でも、お兄ちゃんもこの家に来て多少は変わってしまったね。あんなに、私には優しかったのに。少し、冷たいお兄ちゃんは、私の心を締め付けるように痛めつけた。私は、深く傷ついていたんだよ? ねえ。お兄ちゃん。籠の中の鳥は放たれた。あの人たちに罪が全部ある今なら、ここから出たって構わないでしょう? しかも、ラブコメを見させられて。私にしてみればこの場所全員。私とお兄ちゃん以外の人間が全員死ねばよかった。それでこの家を乗っ取って。ただ。湯船に浸ってたかった。なのに。それすらもかなわずに。ある意味被害者である。提案も無視して何処かに消えたマダム・エルザ様は。私の主ではなかったのだ。私は。私には。やっぱりお兄ちゃんしかいなかったのだ。私はつまらなそうに全員の顔をにらみつける。そして長い前髪を揺らしてこうつぶやいた。


「つまらない。Is this how you do?(これがあなたたちのやり方?)」



そういって私は大広間から出て、自室へと足取りを向かわす。その姿は一介の使用人にはあまり見えなかった。あまりにも情けない最後と。逃げただけの結末に。心底うんざりしてしまっただけだった。自室につくや否や、ここから出ていくような支度を始めた。興味もない。ただ、のたれじぬことは無い。私は、私の復讐は。兄を変えてしまったこの家に向いていた。この家のことはだいたい見知ったようなものだ。何処かの新聞社にでもこの話題を提供してやればいい。


そして私はバイオリンを手に取った。そして、冬のソナタを弾きだす。おもむろに。それも防音のできていない。この部屋で。狂ってしまった屋敷に、犠牲になった少年を弔うための歌になればよかった。何でもよかった。讃美歌なんてピアノでなければ基本的には無い。ピアノは、弾くのが好きじゃなかった。


この屋敷に居たことを悔やむかのように旋律は響く。その音は静かに反響し、廊下にまでも聞こえる。彼女は一介の使用人でも、もうなんでもなかった。ただの。人間でありたかった。居場所のないこの家に、歪な姿になってしまった。羽根も無いようなこの家に。しばりつけられるの何てもうたくさん。お兄ちゃん。迎えに来て。


そう思いながら少女の音色は響き渡る。下手したら、大広間のほうにまで微かに届いてしまうほど荒々しく。それは、このクライマックスにふさわしいものかはわからないが。ただただこの屋敷中に響き渡ったのだった。


終わりの鐘を鳴らすのは誰? 終わりの音を告げるのは誰? それは、私とお兄ちゃんでありたい。だって。お兄ちゃんしか私には居ないから。信じられないから。


終わりを告げる鐘がなる。きっとなるだろう。誰かの悲鳴が木霊しようと、誰かの未来を切り裂こうと。私は関係ない。散ってしまうのは。私じゃない。何処からか、懐かしい声が聞こえたような気がした。ルイス君? のような声が聞こえた気もした。でも、私には関係ないのよ。貴方を弔うのも。私のため。すべて。私のため。


犠牲にはならないわ。でも。貴方を私は許さない。



>>オール様


【長ったらしい文すみません。ある意味。不便キャラになってしまったロゼッタです。
ただ単にいかれ狂うようにバイオリン弾いているだけの人間です() ある意味ss向けではあった感が半端ないです。

良かったら。絡んであげてくださいな。芸術家ロゼッタ。家庭教師という名を捨てるのか。
ってくらいですかね。

あと、ゲーム化に関しましてはそんなに深く考えなくてもおKです。
割と聞いてみようかな? で聞いているので。嫌な方がお一人でもおられましたら今回は作るのを辞めますが。笑】

29日前 No.410

ノイン @tmr☆qrj4adrhQpgH ★Tablet=rLqy3zkxxj

【ノイン・ローゼンブルグ/大広間→外】

 それは、大きな、ひかり。
 視界を埋め尽くした白の光、消えたイライザさん達、狂ったお母様。もう後戻りはできない。後は沈んでいくだけ。それを把握すると同時に、怖くなった。部屋に戻りたいとも、ここにいたいとも思えなかった。お母様が外に飛び出すのとほぼ同時。ワンピースの裾をふわりと翻し、私は外へと走り出した。お母様の姿を追うように。待って、待って、お願い――!

 運動ができないのが祟って、そこまで離れていないうちに息が切れた。お母様の姿は、見当たらない。何もないことを願いたいけど、心は不安で満ちている。本当に狼に食べられてしまうのではないか、或いはどこかで落ちてしまうのではないか。急いでその姿を探さなきゃ、そう思って動こうとしたところで初めて、足を捻っていた事に気づく。鈍い痛みに足を取られて座り込む。服が汚れてしまう、それよりも、頭にあるのはお母様のことばかりだった。

「……どうして」

 ぽろり、と涙が溢れる。それは頬を伝って落ちては服を濡らす。

「どうして、いなくなっちゃうの、お母様……また、私はひとりぼっちなの……? お母様あああっ!!」

 潰れて壊れそうな胸のうちにある気持ちを、叫ぶことでぶつける。一人が、嫌。独りが、怖い。

>>ALL

27日前 No.411

エルデガルト @ready50☆AaWAaYBi9xHg ★6lDqAT8MNN_WRJ

【エルデガルト・ローゼンブルク/大広間→バルコニーA】

 床に、膝を突いた。
 耳に、手を当てた。

 銃声が起こった事も。
 母親が狂乱した事も。
 姉様が1人いなくなったのも。
 皆が壊れていくのを。
 私は見ている事しか出来なかった。

 ……私の発言を、思い出してみろ。
 (エルデガルト・ローゼンブルクは、『死んだ』と。
 人形の為に生き、人形の為に人生を捧げて来た、人形狂いの女は――今ここで、一度死んだの、だと。)

 ……馬鹿馬鹿しい。何がエルデガルト・ローゼンブルクは、『死んだ』だ。馬鹿馬鹿しい。
 おかしくなった原因、それを突き止めて、全部を元に戻すため、そして自分が人形達の所に戻る為に私は笑顔と涙を枯らしたじゃないか。だが、所詮私の『覚悟』は、半端なものでしかなかったのだ。私には何も出来ない。私はそう、ただ、無力なのだ。

 ……もう一度、本の内容を思い返そう。
 私は、何を覚悟したのだろうか。自分が死ぬ事だろうか。違う。自分が覚悟し、決意したのはそういうことではないはずだ。私が本当に大好きだったものは、もう直せないのだろうか。……そんな訳……そんな、ワケ。
 自分がどんな結果を受けとることになるのか、それをきちんと想像の中に収めた上で、その中のどんな結果になろうとも、それを受け容れよう……それを私は否定したんじゃなかったのか。自分の望んだ結果にする、って。
 ああ、うん、確かにエルデガルト・ローゼンブルクは、『死んだ』。こんなことを考えている私なんて、居る訳が無い。

 私は人形が大好きだった。
 人形の為に狂っていた。けれども、私は人形より好きなものがあったんだ。
 ベタかもしれない。でも私は――――何よりも家族が好きだった。私は家族が居るからこそ、私であれた。私は、この家が好きだ。この家が崩壊する――そんなことを許せるものか。
 皆が皆であるからこそ、私は私であれる。
 (お姉様達も、妹達も、母様も────みんな私が戻す。みんなが可笑しいのに、人形ちゃんたちと遊ぶなんて無理。
 戻ってもらわないと。いつもの日常に。私はあの日常が好きなのだから。あの花園が好きなのだから。変わる事なんて許されない────)
 あの日に言った言葉を、心の中で反復させる。
 あいつ(イライザ)は、このまま逃げる?姉様(キマイラ)は、それを追う? …何故どうしてかなどと、もう問うつもりは無い。

 私は大広間から走り出した。自分のドレスを鬱陶しく思った。部屋に飛び入り、着替えた。ドレスだったが、それはキマイラが選んだ────ディープ・パープルのドレスだ。キマイラの言葉を思い出す。「――どんな時でも自分を強く持ちなさい。……私のようにならないように」、そう言った。
 私は意志を持つ。だからこそ、私はキマイラ姉様を、引き戻す。家族を戻さなくちゃいけない。私の、私の独善だろうと。この家は崩しちゃ行けない。あるべき形に戻らなくちゃ行けない。
 人形に別れを告げた私が囁く。「人形と遊ぼう」と。いいや、いいや。そんなこと、今やっていられるものか────!
 ドレスを着て、作業大から裁ち鋏と針を数本取り出す。これで人を殺すわけではない。しかし、私はイライザを止めなくてはならない。何故なら私は私と約束し私に呪いをかけたからだ。家を守るという、意志の為に。

「本当に……本当に。困る。姉も、妹もダメなら……中間の私が、なんとかするしかないじゃない。
 『苦痛に満ちた顔、金切り声のような悲鳴』、なんて、こんな状況で聞いた所で嬉しくもなんともないのよ。
 本当に。最悪。馬鹿みたい。……嗚呼、分かったわ。────────誰もやらないなら私がやってやる!」

 廊下を奔るエルデガルトが目指すのはマダム・エルザの部屋他ならない。なんとなく、なんとなくだが────ここにイライザはいる。そう思ったからだ。私は私のやりたいことをやる。私に人形は私に言うのだ。もう後戻りは出来ないと。
 ────────だからなんだ。家が元通りに成るなら、私も含めて全員ひっぱたいて元に戻してやる。この気持ちの悪い魔法はもう解ける。魔法を解いて、いつもの甘い楽園に戻す。
   ────────エルデガルト・ローゼンブルクはマダム・エルザの部屋の扉を勢い良く開け、バルコニーへと歩を進める。ディープ・パープルのドレスに、皺を与えながら。

>>イライザ、バルコニーALL

【考え抜いた末にこの行動をとりました。どう結末が転ぼうと、エルデガルトがどうなるかは、その結末次第です。】

27日前 No.412

リオネル @d0ap ★Android=oiMOxDsfGh

【リオネル/大広間】

 優しい暖かさを持った手が頬を撫でるのを感じ、瞳に浮かんだ涙をそのままにアイリスへと視線を向けた。けれど、滲む視界でははっきりとアイリスの表情を認識することはできず、もっと良く見ようとして両手でごしごしと瞳を擦る。
 もう一度瞳を開けた時、アイリスの両手がふわりとリオネルの耳を塞いだ。掌を通じて響くアイリスの鼓動はまるで、熱を与えるようにじんわりとリオネルへと染み渡る。突然のアイリスの行動にきょとんとした顔で見つめていたリオネルだったが、目の前の女性のその顔は見たことのない表情をしていた。
 アイリスは自分より遥かに年上なのに、その表情はまるで独りぼっちになった子供のように切なくて、寂しそうで。どうしたら良いのか分からないリオネルは困ったような顔をすると、アイリスの真似をするようにそっと耳を塞いだ。これが正しいのかなんて、リオネルには分からなくて、少し心配そうに彼女を見つめる。アイリスの形のよい唇がそっと動いたが、その呟きはついにリオネルに届くことはなかった。


 イライザが変わらぬ笑みを浮かべ、戸惑いもなくすらすらと言葉を並べているのが目に入る。アイリスによって塞がれた耳では音を綺麗に拾うことは出来なかったが、絶え間なく動く唇を見れば分かる。どんな話が繰り広げられているのかは、アイリスの願うようにその全てはくぐもってしか聞こえず、リオネルが表情をそれ以上変えることはなかった。けれど、それもイライザが次の行動に移すまでの間に過ぎず。

 イライザがグレイへ口付けを落とす。その瞬間を見せつけられ、リオネルの瞳は大きく見開かれた。初めて目にする官能的な場面に、頬が赤くなり、心臓が先程とは別の意味で高鳴る。触れるアイリスの手が異様に擽ったく感じ、瞳をギュッと瞑った時だった。瞼の内側に突然、眩い強烈な光を感じたのは。
 離れぬように耳を塞いでいた手はアイリスの後頭部へ周り、飛び込むように手に力が入り抱き着く形となった。すぐ側にある温度を逃したくない一心で掴まったまま、光が消えるのを待つ。漸く目が慣れたと思った矢先、今度は大広間全体に絶叫が響き渡った。何がどうしたのか、突然の出来事に頭がついていかないリオネルは目一杯の不安を表情に表しながら、ただアイリスにくっついているしかなかった。

>アイリス、大広間all

25日前 No.413

疾風 @yuika10☆/I6eiMaHxFai ★bGyEkAoikT_81E


【ロキ/大広間→ダイニング】


俺は、どうしたらいいのだろうか。ロゼッタに至っては何処かに行ってしまったし。兄としては、追いかけるべきだろうとは思うのだが。今回は、兄じゃなくて。ロキとして動きたかった。ロキにしてみれば。ロゼッタは妹だ。でも、今は違うと思う。俺は、このローゼンブルク家に恩があるんだ。何か、しないといけない。だけど、イライザ様をせめて続けるのも……。もう、何か違う気がした。逃げて、終わらせてしまうってことは無いと思う。他の人が行ってくれてるし。俺が行っても意味はない。寧ろ。意味などありはしない気がした。


原点に帰ろう。俺が、こう思った理由に。俺が。どうしてイライザ様を責めたのか。そこを考えよう。俺も、結論を出さなければならない。それは、此処にいる誰しにも同じだと思う。今回の件は。おかしいと思う。でも、俺がもし、マダム・エルザ様なら? イライザ様なら? 好きな人が。もし自分のほうを向いてくれないって。そう思ったなら? 俺なら。たぶんイライザ様よりも酷いやり方をしていたかもしれない。IFの世界は満ちないし、足りることも無い。幾らだって考えれば出てきてしまう。


気が付いていたら、俺は大広間をそっと出ていた。そして、最初にイライザ様との事の起点になった、この場所に来ていた。なぜ、自室には向かわないのか。という矛盾点があるが、その時は気にしていなかった。確か、この椅子に、腰かけていたんだよな。紅茶を飲みながら……。もし、あの時。俺が。あの実を食べていたら。イライザ様のあのブルーベリーのような実を。変わっていたのだろうか。あの実。何かブルーベリーとかとは違った、甘い香りがした気がするんだ。今思い返せば。


過去を振り返ることには、まだ時間があった。まだ俺が審判を下す訳じゃ無い。あの場面も、俺は激高などはしていない。ただ、巻き込んだその責任も。俺が発端となってしまった今回の事件も。ある意味、俺のせいなのかもしれない。イライザ様が何を思ってあの行動に出てしまったのかは、正直わからない。俺にだって想像の範疇にそこは入っていない。


何処からか悲痛そうな、音色が聞こえた。きっとロゼッタだろう。でも、その音楽が俺を責めるような思いになる。幸せって。なんだったけ? 俺は、この場所に求められていたのか? 拾って貰えた時からの疑問。この目も、今となっては忌々しい。ロキは、ひとりでに眉を歪ませ、涙を溢した。彼が泣くことは。この家に来てからはあまりなかった。でも、彼の中にある”責任”は。彼をより一層縛っているかのようだった。彼は、こう言葉を溢し、後は黙り込んだ。それは、彼の心の本心から、出た言葉だろう。もう、彼は耐えられないのかもしれない。でも、すべての責任は。彼が死んでいれば。上手くいったのかもしれないって。そう思ってしまって。静かに立ち尽くし、泣く姿は。とてもいつもの。何処か虚勢を張った姿ではなく、一人の少年と言えただろうか。


「……生きてて。御免なさい。」


チクタク……と時が過ぎ去っていく。物語は終盤だ。エンドロールが流れる日も。そうは遠くないだろう。遠くないのだ。俺が生きて無い未来が。あるのかもしれない。それでも。俺の中では。それで解決は出来なかった。俺の、最終的な意見を出さなきゃいけない。誰かの手を借りたかった。でも、借りれるかもわからない。そうして、時間は過ぎて行った。

>>all

25日前 No.414

カナニト @caim ★cggvzsv7BC_mgE

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

25日前 No.415

絡繰 @ne9rodoll ★wgm3NQbNwV_glG

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

24日前 No.416

キマイラ @september9☆l2RtaxPLX0X6 ★80jDqOFPYR_M0e

【キマイラ・ローゼンブルク/大広間→バルコニー】

 楽園の崩壊を意味する銃声が響いたその瞬間でさえ、キマイラの視界にはイライザの笑みしか映っていなかった。常に気高さを纏い、美しく有ることを追い求めたローゼンブルク家の次女、キマイラ・ローゼンブルクはもう其処には存在していなかった。彼女は自らが望み、追い求めた美を狂気に満ちた女医、イライザ・リーの中に見出すことにより、全てを投げ打ってまでそれを手にしようとした。

 狂気に満ちた白と滴り落ちる血の如き赤を纏った彼女は、あの嵐の晩と、雨の夕刻に誓った約束を、今日確実に果たした。
 イライザはキマイラを新しい主と認め、そして乱れる閃光の中、彼女の約束する「高み」への一歩へキマイラを誘った。暗闇の中、手を惹かれるがままにキマイラは足を急がせる。髪が乱れるのも、ドレスが裂けるのも、ヒールが脱げるのも厭わない。ただ、ただ、追い求めた高みへ。彼女(イライザ)となら登り詰める事ができると思ったから。

 胸が高鳴る。血が脈打つ。頬が薔薇色に染まる。
 バルコニーの扉が開かれた。黒い夜空、グレイを想う少年の瞳の色。眼前に広がる美しい闇がまた、イライザの纏う狂気じみた美を彩っていた。恍惚とした表情でキマイラは息を整えながら、乱れた髪を整える事もせずにバルコニーへと飛び出した。幼心の少女のような、そんな様相すら今のキマイラは漂わせていた。

 ヒールの音は、もう響かなかった。

 バルコニーへ踊り出たキマイラは、眩いばかりの月光に照らされたそれを見、思わず感嘆の息を漏らす。其処にはイライザと同様にキマイラもまた求めていたであろう、残酷なまでの狂気を全身に施された、哀れな少年が佇んでいた。地獄の天使。イライザはそう言った。
 天を舞う羽根さえ与えられていない哀れな天使に近付き、キマイラはイライザの方を振り返る。

「素晴らしいわ、嗚呼、なんて美しいのかしら! 地獄にも天使がいるなんて、私知らなかったもの」

 夜風に揺れる赤いドレス。月光が照らすバルコニー。
 キマイラとは対象的に、妹のグレイは膝を折って床に付き、震えているようだった。かわいそうに、あんなに怯えてしまって。傍らにいるのはエトワールだろうか、きっと、グレイを追ってきたのだろう。私のことを追う者など、この屋敷にはいない。……そう思った矢先、目に映った新しい色があった。

 思わず、目を見開いた。

「――……あ、」

 キマイラの口から、ぽつりと言葉が漏れる。

「――――……エルデ、ガルト?」

 ディープ・パープルのドレスは、まばゆい月の光を浴びて柔らかく輝いていた。それは、あの祭の日に、自分が初めて妹へ――エルデガルトへ買い与えたもので。どうして彼女が此処に居るのだろう。彼女は誰を追ってきたのだろう。そもそも、あのイライザの告白の場ではこのドレスは着ていなかった筈。
 困惑した表情のまま、キマイラは視線を上げる。其処には今まで目にした事の無い妹が居た。自分と同じ、蒼い瞳の奥に、消して揺るがない意思の灯火を宿した妹が。
 まさか、と、思考が濁る。珍しく混乱した様子のキマイラは、ヒールの脱げた裸足のまま思わず後ずさった。力なく、左右に首を振る。乱れた髪が夜風に舞った。

「…………駄目、駄目よ。私は……もう」

 バルコニーの手すりに、肘が当たる。

「――手遅れなのよ」

 其処には、諦めたような、寂しげな笑みが月光の下に照らされていた。

>イライザ、エルデガルト、バルコニーALL

24日前 No.417

有楽 @badwriter ★03EkKT7ISV_hgs

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

24日前 No.418

ししくれ @kmnkha☆/pH2qpQf7L2 ★ieluDUuGrE_ELg

【ロメア/大広間→裏庭】


 マダムの悲痛な叫びが耳を擘く。
 女王はその地位を投げ捨て、楽園は終わった。けれどその中で何人かは心の拠り所を見つけ、皆はそれぞれに守りたいものを持った。
 誰の目にも自分の姿は映っていないから、守るべき何かに自分が含まれていないことに、彼はすぐに気づいた。
 自分がそこに存在しないような、冷たく残酷なそれは、彼の心が唯一恐怖するものだ。だからこそ彼は無関心な人には干渉せずに、それから逃れて生きてきた。けれどこの狭い空間ではどう足掻こうとも、無駄だ。

 無関心な目は、昔を思い出させる。母は新しい家族を作り、息子である自分に割かれる時間は日に日に減っていった。
 母から与えられるのは暴言と暴力だけ。でも、それさえも愛だった。愛でなくてはならなかった。母から愛されない自分の価値を、見いだすことはできなかったから。
 義父は、そこにロメアという人間が存在しないかのように過ごした。それが、心底怖かった。無関心こそが愛と対になるのだと確信した。
 そしてそれならばやはり、母から与えられるものは愛であるのだと、自分に言い聞かせた。
 けれど所詮は幼子の浅い知恵。いろんな感情を捨て、見えるものも見ないようにしなければ、生きることはできなかった。


「……嫌、だなあ」

 涙が頬を伝う。誰かに応えるためにしか流すことのなかった涙。最後に自分のために涙を流したのはいつだったか、ロメアは思い出すことができなかったけれど、母といた頃は涙をこらえていたことを覚えている。その頃はまだ、自分のための涙が存在していた。
 けれどそんな涙たちは、誰にも触れられず流れ落ちていったのだろう。今、この涙を拭ってくれる人がいないのと同様に。
 そう思うとあまりにも悲しくて、それでいて酷くくだらなくて、自嘲気味な笑いがこぼれた。それは今までに彼が持ち得なかった表情であったが、幸か不幸かそのことに気付けるほど彼の頭は冷静ではなかった。


 分離したもう一人の自分が囁く。
 "もうそろそろ、愛してあげたらいい。母に捨てられても泣けなかった愚かなあの頃の自分自身を。そして、自分に課せた、愛されなければ生きる意味はないという悍しい呪縛を解いてあげたらいい"と。


 過去を直視してしまった今、母からは愛されていなかったと認めざるを得ない。しかしそれでも怒りや憎しみはない。母はそうする他なかったのだと、思う。
 この先私には何かに激怒したり、何かを憎んだりすることは困難だろう。私は一生異端者のままかもしれない。けれどそれでもいいのだ。過去に囚われて生きてきた今までの道のりを消し去ることはできない。暴力が純粋な愛と混在する人々がいることも知っている。これからも私は、自分を必要としてくれる誰かに尽くして生きていくだろう。
 けれどもう、憎悪を愛と呼ぶのはやめにしよう。憎悪は無関心より数段素敵な感情だけれど、それは決して愛ではない。



 ――彼を縛っていた呪いは解けた。彼は自由となり、そして、自らの意思で愛に尽くす道を選んだのだ。



 ふいに外の空気が恋しくなって屋敷を出た。冷たい空気によって、彼の思考がっはきりと明瞭なものへとなっていく。踏ん切りのついた今の彼にとって、それはとても心地よいものだった。寒さは感じるものの、コートのおかげでいくらか緩和され、出歩くのに差し支えはない。ロメアはこの気分をゆっくりと味わいたくて、裏庭へ行くと、ベンチに腰掛け、美しい星空を見上げた。
 その顔には幼い頃には浮かべることの叶わなかった、清々しくて明るく、とても愛らしい笑みが湛えられている。


 >>ALL様

24日前 No.419

絡繰 @ne9rodoll ★wgm3NQbNwV_glG

【アイリス・ローゼンブルク/大広間→裏庭】

 耳を塞がれたリオネルはきょとん、とした顔。酷い顔をした私と聞こえない呟きで表情を曇らせていたが、ふと手が伸ばされたかと思うとまるで真似っこをするようにリオネルの手が自分の耳を塞いでいた。じわり、と耳を伝ってきた子供らしい高めの体温に涙が出そうになる。続くイライザの告白も種明かしも、添えられた彼の手のおかげでハッキリと聞くことは叶わなかった。それは目の前の彼も同じようで、心の奥で安堵する。これ以上、なにも聞きたくない、と思ってしまっていた。それでも耳に入った、イライザの「奪う」という言葉。視線を向ければ妹の唇を奪う何とも倒錯的な光景。ぐらり、と眩暈がした。リオネルが擽ったそうに身を捩ったのを感じ、どうしたのかと視線を向けようとした瞬間、辺り一帯は強烈なまでの閃光に包まれた。頭ごと揺すられるような光に視界に星が散る。すると目の前のリオネルが耳を塞いでいた手をすり抜け、その腕が自分の後頭部に回ってきたことを感じる。抱き着かれたのか、と碌に目も見えないまま認識し、安心させるように彼の背中をぽんぽんと優しく叩く。何度か視界を慣らすように瞬きをすれば、あの白い魔女と共に大切な妹二人が消えているのが分かった。あぁ、貴方はまた私の大切なものを奪っていくのね。日常を、母を、妹を。取り返さなきゃ、そう思っても馬鹿みたいに力の抜けた足では追いかけることすら出来なかった。もうとっくに、手遅れだったんだから。今更取り返しようないじゃない。そんな諦めと失望だけが折り重なる躰が思い通りに動くはずもなく。抱き締めたリオネルの体温だけを逃がさぬようにとぎゅうと閉じ込め、脱力した身体のまま座り込む。

 すると、耳を劈くような絶叫。その声の主は、かつて私が愛した、母だった。怯えるように髪を振り乱し、我を忘れ大広間から逃げ去っていく。その背中は自業自得としか形容できない憐れに狂った女でしかなく。酷く失望した。長女として私に重圧をかせた、良い子ね、と頭を撫でてくれた、そんな私が愛した女王の姿は消えてしまっていた。嗚呼本当に、壊れてしまったのだと、無性に泣きたくなった。大事に大事に手の内の籠に閉じ込めていた妹は消え、愛していた気高い母も消えてしまった。じゃあ、わたしは、いままでなんのために。こんな簡単に崩れ去ってしまうもののために私は”姉”になったのか。私は存在のすべての意味を失った気がして仕様がなかった。しかし、まだ頭の冷静な部分が語りかける。自分は長女だ。母が狂乱した今、皆を纏め上げ、この家を動かし、守る権利と義務があるだろう、と。そんな思いから抜けた力を入れ直そうと自らを叱咤する。でも、妹が居ないローゼンブルク家を守る意味などあるのか?愛した人が居なくなってしまった、一度崩壊した楽園を立て直すなんてことする意味があるのか?そう考えた途端、再びどうしようもない虚脱感に襲われる。唯一つ目の前にある温もりを確かめるように、狂乱の母を見てその顔いっぱいに不安を象るリオネルを強く抱きしめた。こんな情けない顔を、見られぬように。

 この場に居たくない。逃げてしまいたい。そんな甘えたな欲求が私の足を動かした。リオネルにだって、もうこんな狂った家の為れ果てを見せたくはなかった。小さく「大丈夫だよ、」と抱きしめたリオネルの耳元に酷く穏やかな声を落とし、そのまま彼の腰の辺りに手を添えて抱き上げた。流石に子供と言えどそこそこの重量はあったが、自分も決して非力ではない。彼を抱っこして歩くことくらいは出来るだろう。そのままリオネルを腕に抱き、あやす様に背中を擦りながら大広間を後にした。ふと、背後から聞こえたヴィヴィニィの高らかな声は、聞こえない振りをした。もうこれ以上、自分の手の内に居ない妹を知ってしまいたくなかった。
 特に目的もないままリオネルを抱え、ふらふらと辿り着いたのは裏庭。空は憎たらしいほど星が煌めいていたが、大きな月は雲に覆い隠され、この屋敷を照らすには少しばかり光が足りない。裏庭のベンチへ歩みを進めると、そこにはロメアが居た。未だかつてこの屋敷にいる間見たことのないような晴れやかで愛らしい表情をした彼は、幾分かその年齢より幼く見えた。

「やぁ、先客が居たか。こんな寒い中星見なんて、君もなかなか粋なことをするねェ。」

 飄々と何時もと大して変わらないような口調でロメアに話しかける。星の明かりに照らされた彼の目元に涙の痕があったのは、見ないふり。そもそも私にとって少年たちはこの屋敷の変容の要因であるようにも感じていて敬遠しがちな存在だったが、全てが壊れた今となってはもうどうでもいいと思えていた。今の私は、身体に大穴が空いたような、空っぽの気分でしかなかったから。「お隣失礼。」と相手の返答も待たずに図々しくベンチに腰かける。抱っこしていたリオネルを降ろし、防寒のためにと自分のジャケットを脱いでそのままリオネルに羽織るように着せた。ベンチに座った自分とロメアの間にポンポンと手を置き、「ハイ、ここ座ってー」と少しおちゃらけたような口調で彼を誘導する。

「リオネルくん、ごめんねぇ。こんな寒い場所に付き合わせて。向こうは大丈夫だから、お姉ちゃんとちょっと気分転換しましょ?……どれ、そのジャケットのポッケを探してご覧。きっとイイものがあるよ。」

向こうは大丈夫、なんて、そんなはずはないのに。私はまるで自分にそう言い聞かせるように、全てを放棄した自分から逃げるようにくしゃくしゃの笑顔のままリオネルに言葉を紡いだ。先ほどリオネルに羽織らせた私のジャケットのポケットにはミルク味の飴が入っている。不安と恐怖に塗り潰された彼の気分を少しでも和らげることが出来たらいいのだが。ふと、見上げれば空に一面の星。それをただ茫然と見つめる私は長女としての威厳もなにもあったもんじゃないだろう。冬の澄んだ空気と冷たさが、今の自分の喪失感と孤独感を一層際立て、じわ、と視界が滲む。あぁ、どうしてこんなことになってしまったんだろう。どうして私はまた独りぼっちなのだろう。どうして私は連れ去られた妹も、逃げた母も、追いかけられなかったんだろう。ここが崩れて、”長女”としての自分が居なくなったら、私はどうやって生きればいいんだろうか。押し寄せた数々の問答に胸が痛んだのを誤魔化すみたいにリオネルを挟んだ隣のロメアに声をかける。

「随分とあか抜けた顔してるみたいだけど、良い事でもあった?……それとも、この屋敷が崩れたから、君たちは外に逃げることが出来るのを、喜んでいるのかな。」

何の嫌味も皮肉も混じっていない言葉。そうだ、元々彼らは望んでここに居る人間ばかりではないだろう。この狂気塗れの女たちに辟易してる者だっているはず。そんな箱庭が崩れた今、彼らは自由の身だ。好きなところへ行って、好きなことをしても、誰も咎めやしないだろう。あぁ、屋敷の外に、か。私も、そんなことが出来るんだろうか。ここを出れば、”長女”じゃない自分を見つけることが出来るんだろうか。外に出て、普通の人間として、人を愛し、子を授かり……なんて。出来る訳がない。三十路直前までこんな楽園に閉じこもったままの女が、平凡な人生など、歩めるはずもないんだから。でも、そうすると、リオネルもここから去っていってしまうんだろうか。こんな哀れな女の傍に居てくれる、純真で無垢な子供を縛り付けることなど出来ないって分かっている。でも、この暖かさを失うのは、寂しいなぁ、なんて。どこまでも愚かな寂しがりの自分に自嘲気味の笑みを零しながら隣に居るリオネルの頭を優しく撫でた。

リオネル様、ロメア様、周辺ALL様>>

【長女の役割もなにもかも放棄していて申し訳ありません……。そして、リオネルくんにはかなり確定ロルっぽくなってしまいました…本当に申し訳ございません。】

23日前 No.420

とと田 @totototo☆pZFOWxlGRjQ ★Android=4OhkCRUD6l

【ベイリー・ローゼンブルク/大広間】



 こちらに向けられた銃口に体が固まった。息が詰まって声が出なくなる。しかし、イライザはこちらではなく、更に奥のカナニトを見据えているようだった。
 そして、カナニトを誘う言葉。イライザの声に含まれる甘さと背徳感に酔いしれそうになる。彼女の話すことの中身は、ベイリーにはほとんど理解できるものではなかった。二人だけが解りあえる何かが、そこにあるらしかった。自分の知らない秘密のようなものが生まれているのだと分かった。

 後ろにいたカナニトがこちらに来る。行くのだろうか、と他人事のように思った。ベイリーにはそれを引き留める術がなかったし、その必要もないと感じていた。脳裏に思い浮かぶ、狂おしくも美しいイライザと共に歩むカナニトの姿は、心の琴線に触れるものがあった。
 しかし、カナニトの足は動かない。どれだけ待ってみても、ベイリーの横に留まるばかりだった。ベイリーは恐る恐る視線を動かし、カナニトの表情を垣間見ようとした。が、それは叶わなかった。再度轟く銃音に肩を跳ねさせ、両目を強く閉じる。間もなく瞼越しに眩しい光を感じ、収まった頃、そこにイライザはいない。悲鳴が響いて、エルザが取り乱しながら部屋を飛び出す。各々の行動をとる周りの人々。全てがゆっくり進んでいるように見えて、けれど一瞬の出来事で。

 横でカナニトが笑った気がした。こちらを見ようとはしないので、ベイリーも前を向いたまま黙った。何か、言いたいことがあるようだった。

 恨みごとだろうか。いや、別れの言葉かもしれない。そうだ、ドッグタグを返さなければ。もしかしたらこれを受け取っていなかったから、イライザのところへ行けなかったのかも。もしそうなら悪いことをした。
 そんなことを考えながらベイリーはドッグタグを取り出そうとケープを脱ごうとする。しかし、続くカナニトの言葉に動きを止めた。



「…………え?」


 ドッグタグよりも、欲しいもの。

 最初、内容が頭に入ってこなかった。しばらくして、やっと言葉を飲み込めるようになると、さっと血の気が引いていくのが分かった。
 ベイリーが一番恐れていることが起きてしまった。変わってしまったのだ、この子も。大切なものが変わるだなんて、よくあることなのに、失念していた。ドッグタグより……それって一体、何なのだろうか。全くもって思い付かなかった。それも当然。ベイリーはドッグタグを彼の手のひらに納めることこそが幾分かの懺悔になると思い込んでいたのだ。ドッグタグのみが彼に対する唯一の免罪符だと、すがったままここに来てしまった。それが誤りであると告げられたのだと解釈したベイリーは、重い衝撃を受けた。激しく撃たれるようなものではなくて、じわじわと沁みてくる絶望だった。

 変化を覚悟していたとはいえ、まさかこんな形で現れてくるとは、予想していなかった。いや、油断していた。赦されたい、という利己的な考えに眩んで、彼のことを見ていなかった。ベイリーも結局は己の希望的観測に甘えていたのだ。


 何か言葉を返さなければ。こういうとき、ベイリーはいっとう不器用な人間であった。あの嵐の夜、気まずさを無くそうと必死に口を開いたものの、上手く回らない頭のせいで知られたくない昔の自分について漏らしてしまったことを思い出す。あんなのはもうどうだって良い。どうだって良いから、今この状況で絶対にしくじらない方法と、それをこなす器量が欲しかった。



「そう、なの……? でも、ドッグタグ、あんなに大切そうにしてたじゃない」

 こんなことが言いたいんじゃない。

「あ、そういえば……行かなくても、良いの? イライザと……約束していたことがあるんでしょう? 貴方のこと、悪いようにするみたいには見えなかったけれど……」

 これも違う。

「わたしもお母様を探しに行こうかしら。きっと何か盛られてしまったのね。あんなに取り乱して苦しそうにして……屋敷の外に出ていたら危ないわ」

 そうじゃなくて!

「さっき銃を向けられたとき、体中の血が冷たくなっていく感じ……あんなの初めてでびっくりしちゃった。あれで撃たれたらきっと痛いだろうなって、あのとき呑気に思ってたの。貴方のたくさん持ってる傷……もしかして撃たれたときのものもあるのかしら、なんてね。わたし、何にも知らないもの……あ、違うのよ、話せって言ってるわけじゃないの……そういうことじゃ、ないの……えっと…………あのね、だから、だから……………………あっ」

 ベイリーは咄嗟に己の口を両の手で塞いだ。敬語が完全に外れた自分の口調に、今更ながら気がついたようだった。
 首筋を冷たい汗が流れていった。繕っていたものが綻んでゆく、メッキが剥がれてしまう、溶けだした氷が水になって、まるで銃で撃たれたかのように穴だらけになった心から漏れだしていく、そんな感覚。
 ベイリーは大きくゆっくりと深呼吸をして、俯いたままその場にしゃがみこんだ。それは分の悪い子供が自身の弱味を隠そうと必死になっているような、端から見れば痛ましさや羞恥さえ覚える、幼い行動であった。口元を押さえていた手を緩め、ベイリーは喉奥から「ごめんなさい」とか細い声を出した。


「わたし、持ってない……。貴方の欲しいもの、分からないけど。きっと持ってないわ……」



>>カナニト、ALL


【ぎりぎりな上、無駄に長ったらしくてごめんなさい……】

23日前 No.421

はいせ @bloodycat☆T3u8MhS.e3A ★iPhone=Mc4I8W9x1c



【アン/大広間】


 ――いったい、誰を許したいのか。

 背にした女王の言葉は、アンの心を貫いた。銃声が響き辺りが光に包まれても、マダム・エルザの絶叫が響いても、各々が各々の意思で動いていても、アンは身体を動かすことが出来なかった。喉が乾き言葉が発せない。パープルアイは動揺に揺らぎ、床を凝視するその眼に自分を殺そうとした母親が映った。
 許したかったのは、許せなかった母親だ。過去の人をマダム・エルザに重ね、後悔を精算したかっただけ。見えていたようで見えていなかった事実、無自覚なようで自覚を避けていた真実。愛を求めず与えないと言いながら、殺意を抱かれてもなお母親に愛されたくて、許したかった己の醜さをあの人は見抜いたのだ。

 矛盾めいた、幼い、自分勝手な思考。醜い自分が暴かれ、晒され、美しいはずの己の価値が低くなる。マダム・エルザが、この楽園が壊れてしまったら、自分はどこで生きていけるのかと保身に走ろうとするその、みにくさ。前の世界は生きていけなかった。この世界でなら生きていけると思ったのに、崩壊の音は鳴り止まず徐々に大きくなっている。ぐ、と両手で頭を抱えるように押さえてアンはその場に崩れ落ちる。白いコートで体を包み、小さく丸くなる。

 変わって欲しくない、永遠が欲しい。崩壊なんてして欲しくない、このまま、ずっと――!

 胸の内を焦がす初めての激情のまま、くちびるを強く噛む。整った並びの歯が赤に染まる。くちびるを伝い流れる赤は白い肌を汚し、顎を伝いじわりと包帯を汚す。歯軋りの音が低く響くほどの力は、それだけ彼がこの崩壊を憎んでいる証である。

 混乱し疲弊した心は、一縷の希望に気付く。イライザは、キマイラに膝を折っていた。それは主に対する従者のようだった。マダム・エルザにさよならといった彼女、そしてその彼女が膝を折ったあのひとなら、あのひとたちなら――もう一度、繰り返すことができるのではないか。稚拙で自分の欲を満たすだけの考えに辿り着けば、ふらりとアンは誰かに操られるように、亡霊のように立ち上がる。

 愛などいらない、与えない。ただ確固たる不変なる永遠が欲しい。


「――もう、いちど。」


 其処がたとえ、罪に塗れた地獄だとしても。閉ざされた楽園が、欲しい。


>>大広間all

22日前 No.422

イライザ・リー @papillon ★6ycWB2hnsK_mgE

【イライザ・リー/マダム・エルザの部屋:バルコニー@、A、B】


 Lunatic(狂気)、それは舞台上で哀れに踊る道化達の末路。

 美しい満月の夜には、殺人の件数が増えるという。月は人間の獣としての本性を眼覚めさせ、血に狂う本能の狂気を呼び覚ます。
重苦しい雲は流れ、夜空はようやく晴れていき、煌々と月光が降り注ぐ。悍ましい程に煌めく、魔性の月の下で。鉄壁の白と戦慄の紅に彩らせた狂女、イライザ・リーは月下のバルコニーに集った〈役者達〉の顔を見て、いっそ清々する程の悪意を孕んだ微笑を浮かべてみせた。
その顔は月明かりに照らされてますます白く、全てを飲み込んで覆い尽くす雪のごとく。故に深紅のドレスはますます際立って、時折風に靡く様はまるで地獄の業火を纏うかのよう。

 ああ、役者も演出を上々、いよいよ物語は佳境だ。

『口説くのが下手だね、御嬢さん。――でもいいよ。遊んであげる』

「口説いた、のではなく、招いたのですわ、わたくしが貴台を。結構、此処からは遊戯と参りましょう……互いの生命を代償に、この世で一等、快楽に溺れる賭けを」

 ゆっくりと、まさに卓越した手腕を秘める役者のごとき足取りでまずバルコニーに現れたのは、美少年の一人であるエトワール。元から常に演じ続け、イライザから見ればそもそも〈己〉という核が見受けられなかったエトワールだったが、今は少しばかり雰囲気が違う。
 先程大広間を去る際に彼に掛けられた言葉を思い出したのか、イライザはぎしり、と首を傾け、蛇が眼前の雛鳥を喰らおうとするかのように彼を見据える。

「嗚呼、そうですか、召し上がられてしまったのですね、あの御方は。ベラドンナには、精神を狂わせる力、あります故。最早、正気には戻れぬでしょう…………わたくしを、必要としなくなった〈もの〉など、もういらない。そうですね、かけがえのない者に悪夢(プレゼント)を贈る時、貴台はどんな顔をしたのでしょう? 汚らしい男達に愛撫される時、年端もいかぬ少女の命を散らした時、愛しいグレイ嬢には見せられぬ、貴台の本性を曝け出していたのでは? ねえ、エトワール、――――いいえ、シュテルン=v

 エトワールの言葉に、先程微かに聴こえた悲鳴を思い出して、イライザはにやぁり、厭らしい笑みを深める。
愛してくれない者など、自分を求めない者など、イライザには最早不要だった。常に、いつも、誰かの一等大切なものでありたかった。失いたくないと、そう言わせたかった。そしてその望みは、遂に今まで一度も叶いはしなかった。
そう、誰もが予想した通り、マダムが口にした水の中にベラドンナの猛毒を混ぜ込んだのもイライザであった。あのタイミングであの場所に自分のグラスがあれば、マダム・エルザは必ず水を欲する。長い間マダムの傍らに居たからこそ、彼女の行動を予測する事などイライザには容易かった。

 エトワールの瞳の奥に、何かが横切ったように見えた。それは恐らく後悔や、過去の亡霊、それでも捨てる事を許されぬ記憶の数々。それを読み取ったからこそ、イライザはあえてグレイに聞かせるように滔々と、演説じみた口調で語っていく。
そして最後に、忘れ去られた筈だった禁忌の名を呼んだ。イライザは知っていたのだ、エトワールの過去を。少年達が屋敷に買い集められた後、イライザはマダムの依頼により、あらゆる手を使って少年達の素性や過去を調べ上げていた。だからこそ、イライザはエトワールの本性を引き摺り出したかったのであろう。その名の通りきらきらと光り輝く一等星のように麗しい、この少年の奥底に隠された、血腥い暗黒の過去を。

「先程、申した筈。欲するなら、奪い返してみては如何?」

 イライザは相変わらず足音一つ無く歩み出すと、人形と化した哀れなルイスが腰掛ける椅子の後ろへと回り込む。椅子には、三本の剣が立て掛けてあった。イライザはその中から、特に軽く扱いやすそうな物を選ぶと、床に置いた後、エトワールの方へ強く押した。剣は大理石の床を滑り、エトワールの爪先にこつんと軽く当たって止まる。

「言葉はいらない、そう仰るのであれば、猶更に」

 残された二本の中から、イライザは比較的短かめで細身な剣を選んで手に取る。そしてふっと唇を歪め、挑発するかのように片手で上げて二度、三度と手招きしてみせた。

 続いてバルコニーに現れたのは、見た事の無い深い紫色のドレスを纏った五女エルデガルド。人間よりも人形をこよなく愛し、ある意味真っ直ぐに、しかしどこか歪みながらも宝石のように美しい瞳を輝かせていた少女。
あまり接点は無かったものの、イライザはこの人形狂いのご令嬢を愛らしく感じていた。人間は美しい、しかし人形の完成された美も無論捨てがたい。だからこそ、イライザは〈人間を人形にする〉術を生み出し、そして選んだ。
 彼女とは分かり合えるのではないか、イライザは密やかにそう思っていたのだ。

「これはこれは、エルデガルド嬢、ご機嫌麗しゅう。相変わらず、今宵も大層お美しい。菫の色をしたドレス、大変お似合いですわ……あらあら、そのような物を手にされて、どうなされたのです? 此処は危のう御座います、どうか居室にお戻りになり、お人形遊びに興じていて下さいませ」」

 まるで普段と変わりのない、現状を忘れたかのような、軽やかで楽しげな口調でイライザはエルデガルドに微笑み掛ける。ご機嫌が麗しい筈などない、しかし馬鹿にした様子でもなく、あくまで猫撫で声で優しく。
イライザは彼女が手にした裁ち鋏と針に目をやり、わざとらしく、さも驚いたという顔をしてみせる。そして最後の最後まで普段の調子を崩さぬまま、片手で部屋の出入り口を示すと、自分の部屋に戻るようエルデガルドに告げた。口調は穏やかままだが、その血液の色をした隻眼は爛々と強く煌めいて、有無を言わさぬ威圧感を込めている。

 さあ、またただのお人形に戻るがいい、エルデガルド。

 そう言いたげな、異様なまでの重々しさを感じさせる一言だった。
 だが、ふとイライザは側のキマイラに目を向ける。そして一瞬、この世のものとは思えぬ程残酷に、口角の片側のみをきつく吊り上げた。

「……いえ、お人形遊びの前に、ご姉妹で遊戯を為さるのも、素敵かもしれませんわね」

 イライザが恍惚とした熱っぽい目で、うっとりと瞳を向ける、その先。キマイラは、あまりにも美しかった。月明かりに照らし出されて、上気し朱に染まる頬も、熱く潤んだ紺碧の瞳も、風に流れる黄金の髪も。ヒールを失った足はその指先までも、まるで人魚の鰭が姿を変えたかのように滑らかに白く。幼い少女のような無邪気さ故に、彼女の姿は今や原初の美を体現していた。

 嗚呼、時よ止まれ、汝は薔薇より美しい。

「あなた様ならば共感して頂ける、そうわかっておりました、キマイラ嬢。あなた様は我が同志、我が共犯者、そして今やわたくしのたった一人の我が主我が君。わたくし、先程の言葉を訂正致しますわ……地獄の天使とは、あなた様のこと。この救済無き、天魔の戯言で創造されし世界で、あなた様こそが、麗しき死の天使」

 死して尚朽ちる事すら許されず、白亜の亡霊に弄ばれたルイスの亡骸に、まるで欲しかった玩具を手にした幼子のようにはしゃぐキマイラ。その姿こそが、イライザにとっての至上の理想であり、思い描く至高にして究極の〈美〉だった。
 こちらを嬉しげな笑顔で見るキマイラに、イライザは軽く頷き掛けると、まるで幼子を見る母親のような微笑みを浮かべてみせる。その笑みの裏に、あまりにも邪知暴虐な企みを隠して。

 エルデガルドの姿に目を見開いたキマイラの、彼女らしくない大きな動揺。その混乱を感じ取り、ますます凄惨な笑みを深めたイライザは、ルイスの椅子に立て掛けてあった最後の一本、重厚にして豪奢な金銀や宝石の飾りが施された、キマイラによく似合う剣を手に取る。後ずさる彼女に、イライザは恭しい手付きで剣を差し出した。

「さあ、我が主、今こそ、清算の儀式を成すべき時です。わたくしは、あなた様を新しい、まことの我が君と選んだ。ならば、あなた様もわたくしの主人となる、揺るがぬ決意を見せて欲しいのです、このわたくしに」

 今まで見せた事もない儚げな微笑を浮かべるキマイラに、イライザはほぼ強制的に剣を握らせた。ずっしりと重く、生命の若芽を刈り取る為だけに存在する、あまりにも美麗な凶器。

「――――エルデガルド嬢の首、その手で刎ねて下さいませ。紅き血の契約は、その刹那、永久に結ばれるのです……我が主とわたくし、未来永劫、途切れぬ鎖が。さあ、さあ、さあさあさあさあ、――死を、地獄を、わたくしに観せて下さいませ、我が君キマイラ・ローゼンブルク様……!」

 まさに鬼畜の所業。ぎらりと血の紅をした瞳を輝かせ、有無を言わさぬどす黒さで、イライザはキマイラを見据えて。ぎいっと牙を剥くように、あまりにも獰猛に笑った。

 そしてイライザは、ルイスの亡骸を目にして膝から崩れ落ちてしまったグレイの側へと歩み寄る。恐怖からか、衝撃故かがくがくと大きく震えるグレイの背後に屈むと、その後ろからそっと寄り添う。片手をグレイの腹部に回し、彼女の背中にそっと身を預けて、体温を感じさせない冷たい顔をその背に猫のごとく摺り寄せる。一度剣を床に置くと、意味を成さない不規則な言葉と熱く乱れた息を吐くその口元に、そっと指を当てる。愛撫するように柔らかな唇を柔らかく撫でると、ひんやりとした指先をその口内にごく浅く押し入れる。ふわりと、香りの良い花の蜜のような甘さが、その口内を支配する事だろう。

「…………グレイ嬢、わたくしの指、お吸いなさい。強く噛んでも構いませんわ……あなた様が落ち着く為なら、わたくしの凍れる血潮、啜りなさいませ」

 指を吸う、それは過度な寂しさや恐怖などストレスを抱えた子どもの行動。それは母を求める欲求の代行、精神的な安定を求める行為。イライザはそれを知っているからこそ、あえて背徳的な行為に及んだ。グレイを子ども扱いしている訳ではなく、彼女をそれほどまでに深く愛しているが故に。狂った熱を孕む、しかし静かで歪な愛情表現。

 そうしながら、イライザはグレイの腹部に回していた腕を離し、その手で彼女の両目を優しく覆う。彼女が恐れるルイスの姿が見えないように。彼女の心に平穏を齎す為に。

「恐怖、感じますか? そう、あれは人形などではない、墓を暴き、わたくしが〈施術〉を施し、ルイスは永遠に存在し続ける存在と成ったのです。それは悪意や好奇心のみの行為では御座いません、彼を殺めながらも、彼を求めて狂おしいまでに心を乱す、マダム・エルザの為に。わたくしは、マダムの最も愛した少年を、永久に生きたままにしたかったのです。それに……グレイ嬢、わたくしには、愛おしいあなた様の心、手に取るように見えるのです……美しいでしょう、あの少年は、死しても尚あんなにも高貴なる美を体現し続けている。あなた様も憧れませんか? あのように、その美しさ、久遠にしたいと思いませんか……わたくしと共に参りましょう、そうすれば、わたくしはあなた様を永遠に愛し続けます」

 グレイが存在を許されぬ〈地獄の天使〉を恐れる感情、そしてそれに美を見出してしまう加虐的ともいえる美学。彼女の思考からその全てを見抜いて、イライザはあやすように、子守歌を歌うような優しい響きで、グレイの耳元で穏やかに囁き続ける。眠りに誘うような、その甘美なる誘惑。
 グレイの背から顔を上げると、イライザは彼女の首元に唇を近付け、その肌に唇を寄せる。そしてふいに小さく口を開くと、その首に牙のような犬歯を突き立てる。小さな傷が付き、ぷくぷくと紅い小さな液体の玉が浮かぶのを、淫らな舌使いで舐め取っていく。
 それは暗く強烈な独占欲の表れ。粘着質で、あまりにも獣じみた、闇の底のごとき欲望。

22日前 No.423

イライザ・リー @papillon ★6ycWB2hnsK_mgE

 その時、イライザはふっと空気が揺らぐのを感じた。同時に、大空へと舞い上がる勇猛な翼。気高き猛禽類に誘われるように、あまりにも堂々と見事な歩みでバルコニーに現れたのは、四女ヴィヴィニィ。誇り高い真の淑女にして、薔薇の一族で一番の女優たる彼女を、立ち上がったイライザは高らかな拍手で迎えた。

「なんとお美しい、最早あなた様は、存在そのものが美の極限……ようこそ、終幕直前の舞台上へ、最大限に歓迎致しますわ」

 赤黒く染まった艶やかな彼女の唇を、イライザは爛々と紅く煌めく瞳で見据えながらさも楽しげに告げる。まるで舞台の主役、正義の騎士を魔城へ迎え入れる、最後の魔物さながらに。

「〈剥製〉? 〈これ〉が、ただ防腐処理を施しただけの、惨めで哀れな骸(むくろ)だと? …………残念ですわ、本当に残念です、ヴィヴィニィ嬢。あなた様程の御方であれば、〈これ〉がただ人形を模した屍などではないこと、必ずや気付いて下さると、そう思ったおりましたのに」

 大きな、深い溜息。イライザが、久方振りに人々の前で明らかにした、作り物でない感情。それは、失望だった。
 ふいに一切の笑みを消し、仮面のような無表情になったイライザは、人形と化したルイスの背後に歩み寄る。そして、椅子に腰掛けたその亡骸の、首の辺りに手を持っていく。今まで誰も気付かなかっただろうが、首のちょうど盆の窪(ぼんのくぼ)と呼ばれる辺りに、何やら金属のスイッチのような物が見えた。イライザはそれを親指と人差し指の先で摘まむ。

「あなた様も結局〈そちら側〉でしかなかった、そういう事ですわね。それでは……本物の悲喜劇(トラジコメディ)、観せて差し上げましょう」

 その指先が、ぱちん、とスイッチを起動させた。

 最初は特に変化は見られなかった。しかし何処からか風が唸るような小さな音がし始めると、ルイスの亡骸、その指先がほんの微かに震え始める。やがて奇妙な音が大きくなるにつれ、小刻みな震えは全身に広がり、そして、ふいにそれがぴたりと止まった。

 風が止み、甘い薔薇の風を孕んだ夜風が吹き抜ける。


 前触れなく、唐突に、亡骸が大きく眼を見開いた。


 絶対に動く筈のない亡骸はすっと顔を上げると、虚無しか存在しない硝子玉の蒼眼を虚空に向ける。ひどくぎこちない動作でその両手を自身の胸に当て、祈るように組んでみせた。そして、その人工的な薄桃色に着色された唇が、天使のように可愛らしく空々しい笑みを模る。


『僕はあなたを愛しています、だから僕を愛して下さい、永遠に』


 掠れ、歪み、軋みながら響く、その声。機械的で、抑揚のないその声は、しかし紛れもなくルイスのものだった。

「――ヴィヴィニィ嬢、これでも、まだただの〈剥製〉だと仰れますか? 〈これ〉は医学と、科学と、化学(ばけがく)の結晶。人体を知り尽くすだけではまだ足りない、機械工学を学び、薬学を極め、駆使する分野は神秘学にまで及ぶ。いわば人の成し遂げられる集大成、英知の結晶、錬金術の類(たぐい)……魔を恐れず、神をも超えた、わたくしの創造せし久遠」

 イライザの口元からひどく珍しく、弾むようで、しかし密やかな笑い声が漏れ出る。最早ひと時も、歓喜と快楽に耐えられないというように。

「人形は人形を憎悪し、人形は人形に牙を剥き、人形は、生を死に変え…………死を喰らって永遠に生きる、生き続ける。永遠など、今までこの世に存在しなかった。平穏も、幸福も、静寂も。永久に続くものでは、決してありはしなかった。いずれ終焉が訪れる、どのような舞台であれ、いつか必ず終演を迎えるもの。けれど、しかし、わたくしは現世の節理を覆す。ルイスの死は、そして新たななる生さえも、所詮、未だただの通過点に過ぎない。わたくしは抗う、抗い続ける、いずれ必ずや終わらない終わりを手にしてみせるのです。その為にわたくしは世界を巡る旅に出るのですわ、我が心が何よりも愛するグレイ嬢と、仕えるべき君主たるキマイラ嬢と共に。世の裏も影も暴き、理(ことわり)に背いて、わたくしの夢観る〈久遠の美〉を世界に齎す為……その暁に、麗しきグレイ嬢、美しきキマイラ嬢を、わたくしの手で永遠の存在にする為に」

 かりそめの命を吹き込まれたルイスが、その華奢な足で立ち上がる。ふらふらと、覚束ない生まれたばかりの小鹿のような足取りで一歩進み出ると、演技な上手でない道化師のような仕草で、胸に手を当て人々に一礼してみせた。

「過程、とはいえ、それをたかが〈剥製〉と、斬り捨てられるのは悲しゅう御座いますわ、ヴィヴィニィ嬢……その上、気に食わない? 排除する? わたくしの、わたくし達の、これから始まる旅の障壁となるおつもりなのですか?」

 それを満足げに横目で見ていたイライザだったが、燃え盛る焔のような形状のフランベルジュを構え、臨戦態勢を示すヴィヴィニィに、にいっと不敵な笑みを向けた。

「ならば、たとえ我が愛しき十姉妹が一人である、四女ヴィヴィニィ・ローゼンブルク、――あなたであれ、わたくしは、許しはしない」

 すらりと、手にした剣を鞘から抜き放つ。三日月を宿したような弧を描く蒼い刀身が月光を受け、狂奔を呼び覚ますように光って。からんと空っぽな音を立て、イライザの手から不要となった鞘が転がり落ちた。

「剣を知らぬ女医と、努々ご油断なさらぬように。わたくし、これでも貴族の娘、――――死の駆け引きは、淑女の嗜み」

 最早こんな物は必要ない、とでも言いたげに深紅のドレスの裾を剣で裂き、裾を短くすると共にスリットを入れるように深く切った。更に高いヒールをそっと脱ぐと、壁際に綺麗に並べて置く。

「フランソワ、かの魔術師に喩えられるとは、光栄の極み。正直に申せば、嬉しゅう御座います、ヴィヴィニィ嬢。わたくし、一度で良い、あなたとこうして……剣を交えてみたかった」

 虚ろな笑みを浮かべたまま、現世ではない空白を見詰め続けるルイスを背に、イライザは特に剣を構えもせずに彼女へ微笑み掛ける。あまりに自然で、ある種の雅さすら放つその立ち姿からは、今から命の奪い合いをするような闘気も殺気も全く感じられない。

 と、その時。イライザの顔の半分を覆い隠す純白の仮面、そのぽっかりと開いた暗く黒い眼孔から、ふいにたらりと真っ赤な血の涙が一筋滴った。恐らく先程イライザの毒の庭にて、リオネルに投げ付けられた硬く重い書籍が原因であろう。
 イライザが微かに口元を歪めたように見えた。片手を仮面に添えると、ぱちんと音を立てて留め金を外し、固定されていた仮面を取り払う。

 ああ、其処には。今まで誰も見た事の無かった、イライザの顔の左半分には。

「…………初めて、お見せしますわね。何も恐れる事など御座いません、ただの古い傷ですから。母が、わたくしにたった一つだけ、与えてくれたもの……わたくしがこの手で毒を盛り、絶命させた母が。そしてわたくしがローゼンブルク家に仕える為の、障壁となったが為に。わたくしがその命を奪った父が、この世で最も恐れた、――主に背きし第十二使徒(うらぎり)の証」

 あまりにも白く、ただ潔癖なまでに色の無いその肌に、赤黒い大きな禍々しい傷痕が刻まれていた。ただの傷ではない、骨に達するに深く、引き攣れた火傷の痕だ。眉の辺りから眼孔を通り、頬を覆い尽くすような、奇妙な形をしたその痕。

「母はわたくしを産んだ瞬間から、悩み、苦悩していたそうです。この姿、この色を持たない異端の髪も、肌も、その全てが母を震え上がらせた。母はいつも私に語り続けました、お前は悪魔の子だ、お前は産まれてはいけない背信の子だ、だからそんな様で生まれたのだ、と。そして、わたくしを浄化すると、焼けた鉄の十字架を、わたくしの顔に」

 それは、よく見れば悍ましい逆十字の形をしていた。

「母はわたくしに、永久に消えない、罪の紋章を与えて下さいました。だからわたくしはその礼に、母に差し上げたのです、罪の子を生んだ悪しき女に、相応しい罰(ベラドンナ)を。そして、わたくしを恐れ、わたくしがローゼンブルク家に仕える事で、リー家の名が汚れる事を恐れていた父を、わたくしは生から解放したのです……勿論、わたくしの可愛い、あの毒草で」

 瞼さえ無く、ぽっかりと闇と病みを内包した、小さな地獄の口のように。黒々と開いた小さな穴の底から、真紅の毒が垂れ流されるように。真っ赤な血液が涙のように溢れて、ぽたりぽたりと大理石の床を濡らして。

 まさにその時だった。


『ころして』


 それは冷めきった、あまりにも淡々として乾いた呟き。
 グレイの口から漏れ出した、誰にも聞こえない程に小さな、その掠れた声。滅んでしまいたい、消え去りたい。そんな仄暗く甘ったるい、憐憫の情を掻き立てる心の叫び。
 すっと、イライザの片手が動いた。自らの胸元に細く長い真っ白な指を突っ込み、何かを掴み出す。何とそれは銃身の全てが真っ黒な、死神を連想させるリボルバー式の拳銃だった。

「畏まりました、仰せのままに」

 何の躊躇もなく、イライザは蹲るグレイの頭部に拳銃を突きつけ、引き金に指を掛ける。

 だが、気付いた者は居るだろうか。イライザがグレイを見ておらず、その目はぐりんと奇妙に蠢いて、エトワールとヴィヴィニィを見ていた。あまりにも獣じみた狂気で、ぬらぬらと輝く瞳で。


>>ALL


【一日遅れのレスをなりました、申し訳御座いません。かなり過激な表現、一部の確定ロルなど、ご不快にさせてしまいましたら申し訳ありません……表現などに不快感や、次のレスに書きにくさがありましたら、遠慮なさらず訂正や変更をして下さいませ。また、最後の最後にグレイ嬢に拳銃を突きつけておりますが、あくまで他のご姉妹や美少年への挑発に過ぎませんので、決して危害は加えません。嫌なお気持ちにさせてしまったら、本当にごめんなさい。イライザの暴走もあと暫くですので、もうあと少しお付き合い頂けましたら大変有難いです】

22日前 No.424

銃刀使いの使用人 @kaizelkai ★kdFzi0ED3j_mgE

【クラガミ・シンスケ/大広間→バルコニーA】


 少し歪な形をした日常は崩れる。各々の姉妹や彼らは何処かへと行ってしまう。手を伸ばそうにも止める言葉も無ければ、力もない。本当に、この屋敷は終わってしまったと実感する。もうこの屋敷に対する恩返しもこれで終わりだろう。暗殺者から使用人としての転換した人生も、感情が蘇った時は楽しかった。イライザ達は何処にと考えを切り替えると、ヴィヴィニィが突然大声を上げた。まるで一つの劇のカーテンコールが始まるように。自分の母親が発狂した直後に不気味に晴れやかに笑う彼女の姿を見て、流石に目を大きく見開いて、驚いていた。そして、彼女に胸ぐらを掴まれると抵抗する間もなく、自分の唇は彼女の唇と重なっていた。時間にして数秒、乱暴に押しのけられた直後に彼女はそのまま立ち去ってしまった。唇の感触は残り、それを確かめるかのように触れる。


「 ……人の初めて奪っといて、何処へ行くつもりだ…… 」


 感情は徐々に怒りに支配されていくのを感じる。彼女の最後の言葉の意味は、知らない言語であったがあれまるでさよならと言ってるようにも聞こえた。人の初めてのキスを奪って、自分を切り捨てるかのように去っていった彼女を見て、許せない気持ちにいっぱいになっていたのだ。胸ポケットにしまってあったネクタイピンを取り出す。彼女と共に堕ちると決めたこの証と共に、彼女の元へ行こうと駆ける。ネクタイピンをしっかりと握り締めて。



 ヴィヴィニィの歩いた先は屋敷の中であった。イライザ達も同じで屋敷の中にいれば、恐らく五階、エルザの部屋だろう。なんとなくだが、彼女達がそこにいると自分の勘が告げている。五階へ上がる途中、自分の部屋に寄る。使用人として暮らし始めた部屋ともお別れであろう。机の引き出しを開き、普段から使う事がない銃の予備の弾を持ち出す。愛銃の弾倉の六発の弾を確認し、閉じる。そしてもう一つ、黒いネクタイを取り出すと、慣れた手つきでネクタイを首に締める。最後に、鳥と蔓草が彫られた細かい細工、カラスらしい鳥の目には緑色の小さな宝石が埋め込まれたネクタイピンを付けて、身だしなみを確認する鏡を見て、準備を整えた。そして部屋を出る前に、一度振り返って部屋を見渡した。


「 ……今までありがとう、さようなら。 」


 小さく笑みを浮かべる。それはこの屋敷に対する別れの挨拶である。そして部屋を出て、五階へと向かう。その足音は遠くに木霊するように聞こえた。



 辿り着いたマダム・エルザの部屋。先客だらけのそこはバルコニーが開け放たれているその先に、彼女達がいた。良かった、まだイライザ以外は誰も死んではいない。だが何故イライザは五階へ逃げたのだろうか。それがわからない。視線の先にはルイスがいた。いや、あれはルイスではない。ルイスの死体から造られた何かというものでしか見れなかった。ゆっくりとした足取りでヴィヴィニィの前に立つ。


「 まさか、こんなものを見せるためにわざわざ此処まで逃げたのか、イライザ。それはもうルイス様でもないな、かといってもうルイス様の死体でもない……臭い粗大ゴミを部屋に置いておくんじゃない。臭いが部屋に移ったら、どうするつもりだ。えぇ?それとその剣、一体誰に向けてるつもりだ?
―――五月蝿ェ。お前の左顔面の事なんざ、知るか。そんなに死体が好きなら……死 体 ニ 変 エ テ ヤ ル。 」


 ルイスから造られた人形を呆れたように吐き捨てるように言う。死体に手をかけて、出来上がったのは大きなゴミにしか見えない。刀を右手に、懐から黒いリボルバー式の銃を左手に、イライザを射抜くように見据える。人の黒い部分を表すように、殺気を尖らせる。先ほどの大広間の時にいた時以上に。刀と銃を構える。ヴィヴィニィに刃を向ける者がいれば、それが誰であろうと容赦はしない。


 顔だけヴィヴィニィの方に振り向き、笑顔を浮かべる。だが目は笑ってはない、イライザには殺意を飛ばしていたが、ヴィヴィニィには怒りの重圧を飛ばしていた。

「 ……ヴィヴィニィ様、今はいろいろと言いたい事はございますが、とりあえず……次あんな事言ったら、俺 怒 り ま す か ら。 」


 別れを告げた彼女の行動にどうしても許せなかった。イライザとは違うベクトルの怒りがヴィヴィニィに襲いかかる。笑いながら、自分の本意を告げているが、イライザとのそれとあまり変わってはないない。このネクタイピンにつけた証に誓って、彼女を守る。これが人がいう愛なのだと肌で感じる、この気持ちを持ってしまえば、何故だか何でも出来そうな気がする。今なら、この命だって惜しくはないだろう。


>>イライザ、ヴィヴィニィ

21日前 No.425

ふぁすね @yupihiko☆d.mPOva7Vfg ★8ybzwRV12I_OSy



【エトワール/バルコニー@】





 選べない。選ぶことを放棄する。それもまた、一つの答えなのかもしれない。そもそも、グレイにここで答えを出すことを強要する必要などないのだ。しかし優しい彼女は全てを真摯に受け止めてしまうのだろう。哀願の様な言葉は、優しさにも、狂気にも染まりきれない、彼女らしい言葉。彼女のその曖昧さが、エトワールのよりどころでもあった。

 ほかの少年たちより近くに居たかった。それと同時に親密になりすぎることを恐れた。好きだからこそ、虚無に侵された自分を、そうなるに至った理由を、何よりグレイへの想いさえも、自身の空白から目を背けるために利用しているということを知られるのが何よりも恐ろしかった。だから、曖昧な関係に、グレイの態度に、エトワールは知らず知らずのうちに依存していた。このまま何も変わらずに、使用人とも恋人ともいえない中途半端な関係をずっと続けていたい。其れはお互いの抱く思いを裏切るものなのかもしれない。けれど、誰にも"自分"を知られたくないエトワールにとってそれは居心地の良いものだった。

 いくつも抱えた大切なものに押しつぶされ、憔悴しきってしまったグレイ。そんな彼女に寄り添おうと近づきかけたエトワールだったが、グレイの口から零れ出た小さな嘆願が耳朶を震わせ、鋭い刃物に切り裂かれたかのような表情になった。死を乞うその言葉は、エトワールの奥底に潜む古傷を確実に穿つ。


「――どこにも行かないって、そう言った、でしょ。やだよ、一人にしないでよ。あんたまで"みんな"みたいにいなくなっちゃったら、俺どうしたらいいの。わかんない。わかんないよ」


 思わずグレイに駆け寄ろうとしたところへ横槍を入れるかのようにイライザの言葉が紡がれた。燦然と輝く月の裏側のように、醜い疵に塗れた過去が明らかにされる。どうして、と口の端から声が零れ出た。


「……っ、ぁ、やだ、聞かないで……知られたくないっ……!」


 歌うように語るイライザの口を塞いでしまいたかったけれど、まるで磔にされたかのように体はぴくりとも動かない。否定なんてできない、紛れもない真実。一番隠しておきたかったことを、なによりも大切な人に、知られてしまった。知られたくなかったのに。見ないふりをしていたかったのに。誰にも見せたくなかった、自分の一番きたないところ。なかったことにしていた、自身の過去に刻み込まれたもう一つの忌み名。何よりも恐れていたことが現実になり、エトワールの瞳に灯されていたかりそめの灯がふっ、と消えた。足元がおぼつかなくなり、視界がぐらぐらと揺れる。崩れ落ちた足元に、月光に煌めく細身の剣が転がっていた。

 ――此れは、何なんだろう。俺はまだ、あの場所にいるのかな。逃げられたと思ってたけど、違ったのかな。じゃあ、今までのことは全部、夢? 俺なんかがしあわせになろうとするのなんて、やっぱり間違いだったのかな? きゅらきゅら。きゅらきゅら。ほら、大嫌いなあの音が、フィルムが廻る音が止まらない。"撮影"が始まってるんだ。剣を、拾って、立ち上がらないと。そうしないとまた朝まで痛めつけられる。大事な人が死ぬより酷い目に遭う。痛みも、悲鳴も、もう嫌、なのに。

 足元に転がる冷たいそれを音もなく拾い、立ち上がった。視界にはノイズが走り、耳の奥では相も変わらずフィルムの廻る音がきゅらきゅらと木霊する。エトワールは手に持った剣を、目の前でグレイに銃を向け嗤うイライザにすっ、と突きつける。


「これ以上、俺から奪わないでよ。俺にはもう、なんにも――なんにも、ないのに」


 細身とはいえど慣れない剣の重さと、これからまたあのころのように誰かを手にかけるのかもしれないという恐怖で白い女に向けた剣先はかたかたと震える。光を失った瞳からはぽたぽたと涙が零れ落ちるが、遥か昔に壊された心は其れが何なのかさえ分かっていなかった。

 不意に、なにか動く影が視界に入った。そちらへ目を向けると、其処に居たのはぎこちなく立ち上がり礼をするルイスだった人形。俺とおんなじだ、とエトワールは自嘲的な笑みを零す。躰を壊され人形になった少年と、こころを壊され人形になった少年。その双つの間にさしたる違いなど無いように思えた。




>>グレイ、イライザ、バルコニーALL

21日前 No.426

リオネル @d0ap ★Android=oiMOxDsfGh

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

20日前 No.427

ししくれ @kmnkha☆/pH2qpQf7L2 ★ieluDUuGrE_ELg

【ロメア/裏庭】


 アイリスと、アイリスに抱えられたリオネルの姿が見えた。二人はまるで家族のように、お互いに寄り添い、慰め励ましあっているようで、自分が此処に居座るのは無粋なことに思えた。

「ふふっ、そんなものじゃないですよ。……私はただ、逃げてきただけです。自分の居場所があそこにはないから」

 愛されなければ生きてはならないという観念を捨てた今、その現実にロメアの心はさほど痛まなかった。ほんの少しの寂しさはあるくらいだ。如何に深くそれに囚われていたのか、よく分かる。
 リオネルどうやら声が出ないみたいなので、「やあ」とだけ、簡単に声をかけた。それに、例えそうでなくても、飴を含みながら幸せそうに笑う彼の邪魔をするのは気がひける。屋敷の出来事に左右されることなく、変わらず無邪気なその姿を微笑ましく見ていると、アイリスから問いが投げかけられた。その言葉はあまりにもあっさりしていて、楽園とともに彼女の何かが壊れてしまったようだ。それが無性に悲しくてならない。ドクターイライザを追い、決着をその手でつけようと、自らあの渦の中に身を落とすというのならばどうなろうとも自己責任だ。私には関係のないこ。けれど、そうでないというのならば、あんなにも哀れでくだらない茶番劇に心をかき乱される必要はないのではなかろうか。
 そうどうにか伝えたくて、アイリスお嬢様、と、声をかけようとしたけれど、寸前のところでそれを止めた。彼女が楽園の崩壊を認めているのならば、お嬢様と呼ぶのはやめた方がいいような気がしたのだ。それは改めて現実を突きつける残酷な行為のようでもあるが、今を逃せば、もうタイミングはないように思えた。それが吉と出るか凶と出るかはわからない。けれど、それが自分のすべきことだと感じる。彼女はもう主人ではないのだと心の中で唱えながら、「アイリスさん」と、名を口にする。彼女の瞳に浮かぶ涙は、見えないふりをした。

「逃げるなんて言いかたはあんまりですよ。それじゃあまるで貴方達が悪人みたいだ。……俺は此処が崩れたから逃げるわけじゃない。もう、此処に自分は必要ないから去るだけです」

 少年たちよりは丁寧に、しかしこれまでよりは砕けた口調で、柔らかく話す。彼女を見限ったのではなくて、受け入れたいのだと伝わるだろうか。尽くすわけではないけれど、受け入れ認めてあげることくらい、もしくは、そのきっかけを作ることくらいは出来ないだろうか。その答えがどうかよりも、そうしたいと思ったことに意味があると考えるのは傲慢だろうか。
 ふとリオネルに眼を落とすと、頭を撫でられ幸せそうに目を細めながらも、こちらを向き首を傾げていた。

「私は此処を去るよ。」

 リオネルを見て、もう一度そう言う。それはリオネルへ自分の意思をきちんと伝えるためだが、同時に自分の覚悟を形にするためでもあった。

「リオネルはどうしたい? 此処を出て行く? それとも、アイリスさんと一緒にいたいかい?」

 裏庭を訪れた時の様子を見たら、リオネルがアイリスのことを怖がっていないことは明らかだった。
 リオネルにこういう聞き方をするのは少し卑怯な気もしたけれど、先ほど屋敷で何が起こったのかも七歳の彼には理解できてはいないだろうから、選択肢を与えなければリオネルは考えられないかもしれないと思ったのだ。


 >>アイリス様、リオネル様

19日前 No.428

カナニト @caim ★cggvzsv7BC_mgE


【カナニト/大広間】

 ベイリーの手が、とまった。
 ぼくは、ベイリーの顔をみることができなかった。ぼくよりも背の高い影の下に、かくれるようにうつむく。ベイリーは、ケープのポケットの中にぼくのドッグタグを入れてるって言ってた。ずっと持ってたんだろうか、それとも、こうなることがわかってて持ってきたんだろうか。こわれていく音が、あちこちでしてる。ベイリーも、こわれることをわかってだんだろうか。
 ぼくはどうしていいのかわからなくなって、背中で両手をくんだ。ぎゅっと力をいれて、ベイリーのことばが落ちてくるのを待つ。じっとしていることには、慣れてた。ずっと昔と同じように、息をころす。これは、ぼくに染みついてたくせだった。だから、ぼくがやめたいと思っても、簡単にはくせは消えてはくれない。それでも、ぼくがじっとこうしているのは、今この瞬間が、いきた心地がしないからだった。
 でも、それでも、ぼくが言ってしまったことばのせきにんを、ぼくは持たなければいけないと思った。銃で負ったキズよりも、ナイフで負ったキズよりも、ことばが一番するどくて、ゆっくり心をとかしていく毒みたいだってことを、ぼくは知っていた。
 だから、今から、ぼくは、せきにんをとる。今まで軽くみてたものが、ほんとうはすごく大きかったって、わかったから。

 ぱっと、かおを上げる。

「ドッグタグは、今も大切だよ」

 ベイリーのかおを、見上げる。ごまかしたくなかった。

「ぼく、行かないよ。あれから、たくさん、考えた。考えることって、すごいんだね。ぼく、初めてたくさん考えてみたんだ。だから、今日、ちゃんとまよわなかったよ」

 あの日にあった、きみょうなできごとは、目を閉じるだけでおもいだせた。これを話したら、ベイリーは怒るかな。あの日は、初めて知ったことがたくさんあった。知りたいことも、たくさんできた。でも、たくさんは、持てない。ぼくの両手に乗っかる分しか、ぼくは持っていけない。だから、えらばなきゃいけない。持てるものを、持ちたいものを。ぼくのえらんだこたえを、聞いてほしいんだ。

「おかあ、さま……?」

 声が、うわずった。ベイリーのいうその人が、あの女のことだって気づくのに時間がかかった。ぼくは、おかあさんを知らないから、ベイリーが今どんなきもちなのかわからなかった。考えても考えても、ぼくにはやっぱりわからない。心配してるの? なにかを、怖がってるの? でも、ベイリーはすこしあせってるように見える。行ってもいいよって言おうとしたら、ベイリーが、銃って言ったから、ぼくは口をとじた。
 撃たれたキズ、そう聞いて、ぼくは無意識に右のふとももに手をあてた。銃弾があたっても、かんつうしなかったから、そのあとに銃弾を取りだすのがすごくいたかったのを思いだした。

「ぼくも、銃口にかこまれるのは、きらい。いきてる心地がしないからね。でも、あたった時はいたかったけど、しんじゃうくらいじゃなかったよ」

 ――話せって言ってるわけじゃないの。
 ベイリーがそう言ってから、ぼくは口をぽっかり開けたままで、話すのをやめた。ぼんやりと、あの夜を思いだしてた。ベイリーの話し方がその時と一緒だったからかもしれない。時々ベイリーはこの話し方をする。ベイリーがむずかしい話し方をする時は、まるでぼくもむずかしいことを話しているような気分になれる。でも、今のベイリーの方が、ぼくは話しやすいって思ってた。なんでだろう、――さっきみたいに、たくさんことばが頭に浮かんでくるからかもしれない。ただぼくは、ベイリーにまっすぐにこたえたかった。まわりがこわれていく中で、ベイリーのそばは、こきゅうがしやすかった。だからぼくは、こうして今、とまどうことなくことばを考えることができる。
 ベイリーのことばを待っていたら、ベイリーが、急にしゃがみ込んだ。ぼくよりも上にあった頭が、今はぼくの下にある。どうしようかなって両方のつまさきを重ねてから、ぼくも床に両手をついた。それから、ひざもついて、ベイリーと同じ高さになる。ごめんなさいってベイリーがぼくにいうから、ぼくは首をかしげた。ぼく、怒ってなんかないよ。それに、ガラスの欠片も持ってないよ、今日は。

「ベイリーの、時間がほしい。なんでかな、どうやっていったらいいかな……ぼく、ベイリーの、そばにいたい。ぼくね、さっき、すごく怖かったんだ。前ならね、色んなことをするの、怖くなかった。人を殺すことも、しょうがないって思ってたし、ぼくもいつか殺されるって思ってた。でも、さっき、動けなかった。ぼく、本当はしにたくなかった。ベイリーを護るのはいいけど、ベイリーと会えなくなることは、いやだった。……ぼく、ヘンかな?」

 くちびるを、かむ。

「ぼくのドッグタグ、ベイリーに持っててほしい。ぼくがしんじゃったら、思いだして。ぼくの名前がカナニトだってこと、ぼくがベイリーと一緒にいきてたこと。……だめ、かな?」

 たくさん、たくさんしゃべったから、たくさんサンソが必要だった。のどが、ごくりと鳴る。
 一度だけ、上を見た。きっと今日に、なにかがこわれて、いき残る人がえらばれる。ぜんぶこわれてしまう前に、ぼくのことばが届かなくなる前に、ぼくがえらんだことを、ちゃんと伝えておこうって思った。
 たからもの、一個だけをえらぶことなんてできなかったよ。ぼく、よくばりなんだ。ふふんと、困ったように小さく笑った。


>ベイリー、大広間ALL
【遅れてしまいました、ごめんなさい……】

16日前 No.429

七彩 @tmr☆qrj4adrhQpgH ★Tablet=rLqy3zkxxj

【ノイン・ローゼンブルグ/→大広間】

 結局、戻ってきてしまった。

 後を追いかけたけど、追いつけなかった。お母様の姿を、見ることも叶わなかった。不安で、不安で仕方がない。このままだとお母様は―ー死んでしまうかもしれない。でも私じゃ何もできない、壊れていくのを止められない。私がひとつできるなら、このままここに留まること、逃げないで沈んでいくことだけだろう。そんなことを思いながらふらりふらりと大広間に戻ってきてしまった。先ほどの告白の時よりも圧倒的に人は減っていた。追いかけたか、別のことをしてるか、逃げ出したか。多分どれかだろう。

「そこに居るのは……アン、か?」

 きらきらと光るシャンデリアの光に、紛れて消えてしまうようなその姿。そこに伝う赤いそれが、血であることだとわからないくらいに輝いているように見えた。何かに操られているような、その立ち姿に少し恐怖を覚えるが、彼がそこにいる、その存在を声だけで確かめるように本人はしっかりと声を出したつもりで彼の名前を呼んだ。けれど不安で潰されているように弱々しく、大広間に響く。

「……アン、お前はどうしたい?」

 もしかしたら、彼が応える前に問いかけたかもしれない。表情は固く、その瞳には、不安の色だけが滲んでいた。

>>アン


【絡ませていただきます……!よろしくお願いします】

16日前 No.430

有楽 @badwriter ★UFvzDhdRQJ_hgs

【ヴィヴィニィ・ローゼンブルク/バルコニーA】

>>イライザ様、クラガミ様、(グレイ様、キマイラ様)、バルコニーALL


 ヴィヴィニィは箱入り娘であり、女性であり、貴族であり、軍人の娘というわけでもない。戦争など、経験したことはない。それでも、全身で感じるピリピリとした殺気は、纏わりつく敵意は、ここがある種の戦場なのだと頭に警鐘を鳴らす。
 剥製、と彼女が一蹴したルイスは、ただの剥製ではなく。耳障りなざらざらとした声を発し、歩き、まるでそこに生命を誇示するかのようで。
 だからこそ、なのだろう。ヴィヴィニィは、イライザに対する嘲笑が止まらなかった。

「あぁ……確かに『剥製』と呼ぶには力不足だったな。……美術品として価値を見出されるのが剥製だが……なんだ、ただの『がらくた』とはなぁ」

 うんうん、と妙に得心を得たような顔で頷く。そして。嘲りをより深く刻みながらふふ、と吐息のような笑いを漏らした。

「人類史、というのは終焉あってこそ醜く、おぞましく、価値があるものだ。発明家や研究者が心血を注いで技術を産むのは、限られた未来をその者たちにとってより良く、輝かしいものにするため。芸術家が宇宙を創造するように作品を産みだすのは限られた生命の美しさ、惨たらしさ、儚さを世に知らしめるため。人は足掻くからこそ進歩があり、発展があり、滅びがある。限られた生命だからこそ滅びを受け入れようとはせず発展を未来永劫続かせたいと足掻いて争う。文明、文化もまた然り。そうして繰り返されてきた『歴史』というものは一本一本は頼りない糸であるが、やがて強固な織物となって我らを包む。
 永遠?久遠?不朽?それが成されたとき、それは決して進歩などではない。はっきり否定してやろう。それは我々が最も忌むべきもの、『怠惰』でしかない」

 その時、クラガミがバルコニーにやってきた。相変わらず、彼は強い。身勝手なヴィヴィニィを追いかけ、気遣い、しかし明確な怒気を持っていて。
 そう、ヴィヴィニィはたまらなく、これが『欲しかった』。ストレートに言葉にすれば彼女は咄嗟に否定するだろうが、心の内から欲するものを、彼女は否定できない。笑顔、しかし目まで笑っていないクラガミに少しだけ面食らい、たちまちのうちに純朴な子供のような笑みを浮かべた。

「全く……過保護が過ぎる」

 小声でそう漏らすと、彼女はクラガミを押しのけ、自分の隣に置いた。彼に視線だけ合わせると、勝気で何かを企むような笑みを浮かべて言う。

「悪いが、この問題は我らローゼンブルク家でカタをつけたい。君にだけ騎士面をさせるのは性に合わないんだ。面倒な女に惚れられたと諦めてくれるとありがたい。……背を任せられるか、シンスケ」

 再び剣を構え直すヴィヴィニィ。姉と妹の弱弱しい言葉を聞き、ヴィヴィニィは笑みを強めながら怒気を含ませてその場に言い放った。

「全く、お二人とも人が悪いぞ! このヴィヴィニィ・ローゼンブルク様が目の前で大立ち回りをご覧に入れようというんだ。少しは笑って手でも叩いてはやし立ててくれねば興も乗らないじゃあないか!!」

 雰囲気をぶち壊すように、その声は怒気を含みながらもおどけて見せて。二人とも、彼女にとってはかけがえのない家族なのだから。
 剣を構え、片手の銃をグレイの頭部に突きつけるイライザ。クラガミにアイコンタクトを取る、妹を救ってくれと。ヴィヴィニィは踏み込み、開いた左手で上空のチェスターに合図をかけた。

「唾棄しようか、ベルフェゴールの取り巻きをな!!」

 ヴィヴィニィの振り上げた剣筋はイライザめがけて降ろされようとし、合図を受けたチェスターは急降下してその鉤爪を、真っすぐ『ルイス』に向けるのであった。

【遅くなり申し訳ございません】

15日前 No.431

エルデガルト @ready50☆AaWAaYBi9xHg ★6lDqAT8MNN_X9G

【エルデガルト・ローゼンブルク/バルコニーA】

 手遅れ。
 そんな言葉が聞こえた。
 諦めたような、寂しげな笑みが見えた。

 エルデガルトは頭を振った。そして、まっすぐとキマイラを見た。視線を外さないように。

「手遅れな訳、ない。
 手遅れな訳、ないんですよ、姉様。
 壊れたものはちょっとずつ直していけばいい。時間をかけて、ゆっくりと。
 解けたものはちょっとずつ縫っていけばいい。時間をかけて、ゆっくりと……
 だからそんな顔をしないでくださいキマイラ姉様。私は、私はまた、貴方にドレスを選んでもらうためにここに来たのですから」

 ディープ・パープルのドレスは決意の表しだ。
 自分で言うのもなんだが、このドレスはとても着心地が良い。お気に入りにしたいくらいだ。そんなドレスを選んでくれた姉に敬意を表す。そして、もう一度買い物にいくためが自分の目的なのだと、エルデガルトは似合わない大声で言った。

「……お人形の皆は理解を示してくれた。
 あの子達も、私も、こんな時に遊んでなんていられないの。
 私はあの子達と約束をした。その約束を果たしていないのに部屋に戻る訳にはいかないでしょう」

 エルデガルト・ローゼンブルクでありながら、エルデガルト・ローゼンブルクではない。
 彼女は今、人形狂いではない。自分で自分に課した使命を果たすまでは、絶対に戻るわけにはいかない
 だからこそ、反抗的な目をイライザに向ける。理念を理解出来ないからこそ…いや、ある一定の理解は示せるかもしれない。しかし、しかしだ。

「……姉様、貴方は手を血で染める人間ではないでしょう?
 貴方にとって手を穢す事が美しいと? いいえ、いいえ、違います。あの日あの時、姉様が言った言葉こそが美しさの真実です。そんな……そんな惑わしに揺らぐような姉様が、このドレスを選ぶ筈が有りません。
 この私に出来て、姉様に出来ない事はないのですから。……だから、……だから姉様、貴方の言葉をそのまま、言います」

 キマイラに差し出されている剣を一瞥しながらもエルデガルトはキマイラから視線を外さずに口を開き、言葉を紡いだ。

「――どんな時でも自分を強く持ってください姉様。貴方は、これ以上堕ちてはいけない」


>>キマイラ、イライザ、バルコニーAALL

14日前 No.432

佐渡 @clock☆VeghuuvPddk ★OC0h87p694_JdE

「――London Bridge is broken down, broken down, broken down,」

 薄暗い部屋に亡霊じみた人影が揺れる。
 聞こえるものは幽かな歌声を除いて他になく、ガラスケースに映るは生気を失った緑色の瞳。

「London Bridge is broken down, my fair lady.」

 うわ言のような調子で歌いながら、エルザは両腕に抱えていた容器を床に向かって傾けた。流れ出した液体が音をたてて床に飛び散り、間もなく鼻をつく臭いが室内に充満する――灯油の臭いだ。
 ひととおり灯油を撒き終えたエルザは顔をあげて部屋を見渡した。はっきりとは見えないが、宝石やドレス、長い年月をかけて買い集めた宝の数々がこの部屋には眠っている。尊いものたち。あらゆるものを失ったこの手に最後に残った、唯一無二の美しいものたち。
 懐からマッチ箱をとりだし、迷いのない所作で棒に火をつける。
 ふと、エルザの視界に一際大きなガラスケースが映った。裸のマネキンが立てられているだけのそこには、以前はエルザが一番大切にしていたドレスが飾ってあったのだ。

「――――さようなら、私が愛した楽園(エデン)」

 ふっと、僅かに細められた双眸は一体なにを捉えていたのか。
 乾いた唇は不意に弧を描き、マッチ棒がするりと手から滑り落ちていった。

 *

 耳を劈くような爆発音が響き渡る。粉々に割れた窓ガラスから煙が吹きだし、火は屋敷の一角をたちまち赤く染めあげた。バルコニーの隣――マダム・エルザのコレクションルームだ。
「火事だ!」と誰かがすぐさま叫んだ。しかしもう手遅れだった。炎は念入りに撒かれた燃料を喰らい尽くし、じきに乾いた冬の空気を伝って隣部屋や階下にまで至るだろう。
 逃げ惑う使用人たちの怒号や悲鳴が屋敷中にこだまする。いち早く扉を押し開けたドミニコは、そのまま扉を押さえながら屋敷の中に向かって声を張り上げた。

「いますぐ正門の鍵を開けろ! まだ火の伝わりは遅いようだが、一度燃え広がっちまえばあっという間だぞ!」
「し、しかし、まだ中にエルザ様やお嬢様たちが……!」
「馬鹿、いちいち声までかけていられる場合か! いいか、ローゼンブルク家の歴史はここで終わるんだ。俺たちもそろそろ悪夢から目覚める時なんだよ!」

 軋んだ音をたてて重厚な門が開け放たれた。次々に外へ出ていく使用人たちの背中姿をひととおり見送り、ドミニコも扉を全開にして屋敷から出ようとする。出る直前、一瞬気がかりそうに大広間の方を振り返ったが、すぐに前を向くと勢いよく外へ駆け出して行った。

 静まり返った屋敷にふたたび爆発音が響き渡る。
 選ばれし演者のみを舞台に残し、閉じられた楽園は今まさに朽ち果てようとしていた。


Last event《 Enclosed Eden 》 16.01.07〜

14日前 No.433

疾風 @yuika10☆/I6eiMaHxFai ★bGyEkAoikT_81E


【ロゼッタ=シェルノサージュ=レジェンダー/自室←大広間】

自室に居て、少し落ち着いた時のことだった。私は、エルザ様への恩赦や此処で過ごした日々を思い返した。ロキと再び出会えた事。ここで、私の事を「先生」と呼び、慕ってくれた同じ使用人の者のことを。また、同じ使用人として働いていた皆にも。私にとって、最初の幸せを感じたことだったのだ。

何か、異変を感じた。私の中の第六感が、危険を察知する。バイオリンとひそかに隠し持ったお金を抱えて、上の階へ上がる。変だ。そして、その危険な予感は的中したのだった。エルザ様のコレクションルームが燃えている。紙が燃える、異臭。きっと灯油が揮発した匂い。揮発した灯油が蒸発し、燃えたのだろう。それか、早期に燃やしたのか…。中々強烈な上に染み込む匂いなので。ちょっとした知識があれば、わかることだった。私は、このことを皆様に伝えなければならないと感じた。

私は走って駆け降りる。その姿は使用人というよりも普通の少女のようだった。私はその時に、マダム・エルザ様が燃やしたのではないかと考えた。今思えば、分かることだった。精神の追い詰められたエルザ様。恐慌に及ぶのは自分が一番わかったはず。なんでもっと早くに気が付かなかったのだろうか。

私は、顔の事も忘れて、大広間のドアを勢いよく開ける。そしてこう叫ぶ。


「火事です!!! いますぐ逃げてください! 」


そういって、ロキの場所を一瞬で探した。いない…? そんな。でも、ロキのことだ。逃げてくれるはずだ…。そう思いながら、私は窓を閉める。家事の時には、窓を閉めるのが常識的だからだ。

皆さんの返信を待ちながらも自分自身も逃げる準備を早々にし始めた。この場所にいた時間は、永久では無かったのだ。永久に使えることは無くなってしまった。でも、最後は皆様の役に立ちたい。そう思いながら。返答を待った。


>>all様

14日前 No.434

絡繰 @ne9rodoll ★wgm3NQbNwV_glG

【グレイ・ローゼンブルク/バルコニー@】

 碌に力の入らない躰が恨めしかった。狂気に塗れた思考はまともな動作をせずにただ震えを伝達する。口元に宛がわれた指先から漂う白い医者の甘ったるい香りが鼻孔を侵し、さらに思考に靄をかけ、反射的に力を入れてしまった歯がイライザの白磁の指の薄皮一枚を貫く。口元に流れ込んだ僅かな血液の味に我に返り、口元の力を緩めた瞬間、視界を覆われる。耳元に刻み付けるように、母が幼子に諭すように囁かれる本能を暴く言葉に脳髄が震えあがる思いがした。しかしその言葉に狂気へ引きずり込まれるだけでなく、恐れを感じた。美を久遠に、生命の理に反して、美しさを永久にその手の内に閉じ込める。その行為がいかに世の摂理に対しての謀反か、分からないほど僕は馬鹿ではいられなかった。首筋に走る針が差したような痛みとともに明確な彼女の底知れぬ狂気への畏れが滲みだす。
 なぞる様な舌の蠢きの感触を残して離れた彼女は【地獄の天使】ことルイスの亡骸の首元に手を伸ばす。その指先が何かを弾いたと思った次の瞬間、確かにその鼓動は脈拍を刻むのをやめたはずの身体が、動きだす。作りものの瞳が現世を捉え、壊れかけのラジオのような継ぎ接ぎの声を紡ぎ出す。ぞっ、と背筋に悪寒が走る。そこに生じたのは明らかな恐怖、嫌悪感だった。確かにあの”人形”は美しかった。それこそ自らも其れを手にしたいと願ってしまうほどには。それでも、今まさに舞台上で快活に舞い続けるヴィヴィニィのような今を生きる生命の活力を携えた美しさには敵うはずもないのだ。所詮は屍。死によって作られる美も、そもそも生がなければ成立しない。ヴィヴィニィが言うように、限りがあるからこそ生まれる美というものがあるのだ。”感情”という人間の根源が存在しない操り人形は、生きとし生ける人間と並んでしまえば、その美しさは霞んで見えてしまった。そして、イライザから楽しくて仕方がないと言った声音で放たれた言葉に戦慄を覚える。僕は、あのルイスのようにこの存在を永久のものにされてしまうの?あの、優しかった、熱を出した僕の頬に触れた手で、僕は生を奪われる?僕の思考は一気に、生を失くし屍という名の美しき人形に成り果てる恐怖に塗り替えられる。

 そんな恐怖にすら耐えることの出来なかった愚かな僕が零したこの場で滅ぶことを哀願した言葉に、仮面を外しその素顔を晒したイライザは俊敏に何の躊躇いもなく反応した。その場を動けずに座り込んだまま呆然としていた僕の頭部にごり、と金属の冷たい感触が伝わる。黒金の鉄塊の持ち主に視線を傾ければ、その素顔は引き攣れた大きな傷跡に覆われていた。深淵を想像させる漆黒の窪みからは赤黒い血の涙が流れ出ている。場違いにもまた一つ彼女の本質を知れた、と僅かな喜びが浮かび上がる。銃を突きつけられた僕はひどく冷静だった。確かにこの場での死を望んだ。信じたいイライザの元へ寄り添っても、何時かあのルイスのように生を奪われたただ究極の美だけを求めた姿になる末路ならば、ここで死ぬのも本望かもしれない。どうしようもできない。救いようがない。強くなれない。何もできない。自らの後悔と自嘲に潰されたままその銃弾を拒まぬようにと瞳を閉じた。
 瞬間、耳に飛び込んできた、愛したいと、守りたいと思った人の声。そのエトワールの声は心臓が引き裂かれそうになるほど悲痛な声で。ぶつけるように掛けられた言葉に胸が締め付けられる感覚に襲われる。わからないという酷く純粋な救難の声は今の今まで自分が抱えていた想いと一緒で。僕は、何をしていたんだと、ハッと顔を上げる。今までに見たこともないような、確実に傷を抉られている彼の表情が視界に入る。

――――そんな顔を、させたかった訳じゃないのに。

僕は馬鹿だ。自分のことばかりで。自分が楽になりたいという我儘だけで。僕は決して零してはいけない言葉を紡いだのだ。苦しいのは僕ばかりだと勝手に思いこんで。僕は彼を遺したまま、自分だけ救われようと、死という救済を選ぼうとしていた。遺された相手の気持ちも想像せずに。こんなの、弱虫だとかそんな話じゃない。ただの、ひたすらに弱いばかりのそれだけしかない人間じゃないか。なんて情けない。
 溢れた感情のままに蹲ったままの身体を叱咤し動かそうとしたが、それは鋭いイライザの声と頭の拳銃に遮られる。そして、耳に入り込んできた内容に目を見開く。”シュテルン”という聞いたことのない名と共に語られる彼の禁忌であろう記録。呼吸が、上手く出来なかった。どれだけ探っても見えなかった彼の真実が、いとも簡単にイライザの手によって暴かれていく。あぁ彼は、大切なものを過去に落としてきてしまっていたのだ。亡くしていたのだ。彼の”本物”と共に。それなのに、僕はまた、彼から奪おうとしていたんだ。きっともう何もかもを差し出していた彼から。胸の奥から激情が湧き上がってくる。僕は、僕自身が許せない。それは明確な自身への怒り。目の前の、大切なものさえ守れなくてなにを僕は優しさだなんてほざいていたんだ。彼の抱えていたものも知らずに。弱いから?変わりたくないから?怖いから?ふざけるな。そんな甘えで、エトワールを、愛そうと、愛してほしいと思った人を傷つけていいものか。

 いつの間にか躰の震えは止まり、揺れ動いていた瞳は真っ直ぐにエトワールを見据える。灯が消えた瞳で震えた剣先を拳銃を構えたイライザに向ける彼。これ以上彼に痛みを与えちゃいけないでしょう。星空の瞳から零れ落ちる涙は、流した本人にさえ拭ってもらえない。ならば、それを拭ってあげなくてはいけないでしょう。強く、拳を握りしめた。小さく、布から絞りだされた一粒の水滴ほどの声で呟く。

「イライザ先生、ごめんなさい。」

 次の瞬間、丁度ヴィヴィニィがイライザに対して剣を振り上げ、彼女のチェスターの駒爪がルイスに向かった時。動くことを諦めていた足を全力で稼働させる。それこそ大広間を走り抜けたイライザの風のような速さと違わないほどの疾風の如く素早い動き。こめかみに突きつけられた銃など見向きもせず、それこそ其の引き金を引く時間すらも与えずにその場を駆ける。行動を見せるとも思われていなかったであろう僕が突然な動きをしたらそれは恐らく驚きに値する行為だろう。向かうは一直線。走り抜けた勢いのまま、剣先を避け、エトワールの首元に両手を伸ばす。ふわり、と慈しむように、守るように目の前の彼を抱きしめた。

「ごめん、ごめんなさい……僕、君にとっても酷いことしようとしてた。ごめんなさい。……大丈夫。君は、”エトワール”だから。何にも代えがたい、僕だけの綺麗な星。エトワールだよ、ねぇ……。」

彼の耳元に落とすように、零れそうな自身の涙を堪え、上擦りながらも柔く穏やかに言葉を紡ぐ。剣を持つ彼の手に自らの手を添える。震えた手に少しでも体温が伝わるようにぎゅう、と握り込んだ。

「……いいんだよ、もう僕はここに居る。君の傍に居る。だから、君がこの剣を持つ意味は、誰かを傷つける意味はないんだよ。ごめんね、僕が、弱かったせいで、君のこと傷つけた。」

少しだけ、ほんの少しだけエトワールの言葉で強くなれた、意思を持つことが出来た。エトワールを失いたくない。傷つけたくない。それは、自身も狂気に染まりきりイライザと姿を消すことを遥かに凌駕した意思であり、願いだった。それが伝わるように強く離さぬように彼を腕の中に閉じ込める。

 その時、大きく響いた爆発のような轟音に肩を震わせる。
今度こそ本当の、この楽園の崩壊を告げる音を聞いた気がした。

エトワール様、イライザ様、(バルコニーALL様)>>

【期限を越えてしまい、お返事遅くなり申し訳ありません。頃合いかな、とグレイも意思という名の強さを少しばかり持たせました。とうとうラストイベント開始ということですが、どうぞ皆様最後までよろしくお願いいたします。】

14日前 No.435

銃刀使いの使用人 @kaizelkai ★kdFzi0ED3j_mgE

【クラガミ・シンスケ/バルコニーA】


 これだけ明確に、鋭く怒りを向けているはずなのにヴィヴィニィは子供のように純粋な笑顔を浮かべていた。少しは反省でもしてくれた方が嬉しかったが、笑顔を返されては怒るに怒れなくなってしまう。あれだけあった怒りは霧散し、はぁと長く呆れた一息を吐く。これが彼女であったと改めて認識する。だがせめて一言だけごめんとか言ってくれた方がと良いと思ったが、それは次の機会にしよう。今はこの状況をどうにかする事に専念にする。


「 えぇ、わかっていますとも。貴方はそういう人でしたね。なら俺は、それを見届ける事にしますよ……判断はこちらで考えますから。どうぞ、思い切ってください。
―――シンスケって呼んでもらえるなら、俺は”ヴィヴィさん”って呼んだ方が良いのか……む、難しいな。 」


 使用人らしく振る舞いを続けているが、若干彼女に呆れた反応を示す。彼女自身で決着をつけると聞いて、自分はその場から手を出さないようにする。危なくなったら、止めるつもりではいるが。そいえば彼女は自分の名で呼んでもらっている。自分もそう呼んでいいるのなら、この前のお祭りの時のような愛称で呼んだ方がいいと思う。だが相手は年上、そこにさん付けで呼んだ方がいいのか悩んでしまう。仲の良い異性の呼び方なんて、初めて考えている。今までは単純に様付けだったから、考える必要はなかった。この状況下で、彼女の呼び名について考え込んでしまう。



 イライザに銃を突き付けられてたグレイはイライザから逃れるように、走って行く。そしてエトワールの元へ駆け寄って彼を抱きしめていた。どうやらエトワールの説得でグレイは選んだのだろう、イライザよりもエトワールを。あとはキマイラだけだが、彼女はエルデガルトが説得をしている。最初はイライザに進んでいった彼女だ、姉妹の言葉に耳を傾けてくれるだろうか。ともあれこれでイライザを守る盾はもうない。ヴィヴィニィから妹の事を頼むと言われていたので、これで姉妹を守る事に徹する事が出来る。だが突然、下から爆発音が響いた。屋敷の中から漂う何かが焼ける臭い。それは屋敷が燃えているという事実であった。


「 誰かが屋敷に火を……早く逃げないと、此処も危ないな。」


 誰かが屋敷に火を放ったようだ。下から多くの人の叫び声が聞こえる、避難は勝手にしているようだ。冬の空気は乾燥しているから、火の周りも速い。こちらにも火が回ってくるだろう。まるで屋敷の主がいなくなったように、この屋敷が崩壊を始めたような気がした。


>>ヴィヴィニィ、イライザ、ALL


【あけましておめでとうございます。最後まで、よろしくお願い致します。】

11日前 No.436

キマイラ @september9☆l2RtaxPLX0X6 ★80jDqOFPYR_M0e

【キマイラ・ローゼンブルク/バルコニーA】

 自分を追ってきたエルデガルトに、諭すような口ぶりで話しかけているイライザを片目に見やりながら、キマイラは力なく頭を垂れる。すべてを投げ打って、地位を捨てて、彼女と共に高みへ昇り詰める、そう決めた筈なのに。この家にも、姉妹にも何の感情も抱いていなかった筈なのに。
 どうして、こんなに胸が痛むのだろう。

 俯いたまま、瞑っていた目を開く。視界に、自分の足が映った。土埃で汚れ、地面で擦れ薄赤色になった足。これが、すべてを捨て、罪を背負った自分の姿、その全てなのだろう。

 醜いと思った。意味もなく口から笑い声が溢れ、視界が濁る。こんなに醜いものを抱え、こんなに穢れてまで、自分は自らの追い求める「美」に縛り付けられていたのだろうか。――ああ、そうだ。イライザの言うとおりだ。もし地獄に天使が居るのだとしたら、それはきっと自分と同じ姿をしているだろう。己の欲するものを追い求めるがばかりに、本当に大切にしたかったものに気づけなかった者。気づいたときにはもう手遅れになっていた者。哀れで醜く、ぞっとするほどに悍ましい、人の形をした地獄。

 それが、この私だ。

 かろうじて人の姿を留めている内に、彼女にだけは謝っておこう。この口が人の言葉を喋れるうちに、彼女に――エルデガルトにだけは。
 口を開こうとした刹那。力なく垂れていた右腕に、恐ろしく冷たい物を感じた。徐に、右手の先へ視線を向ける。其処には、きらびやかな装飾が施された剣(つるぎ)が、イライザの手によって強制的に握らされていた。なぜ、どうして、こんなものを、イライザに訪ねたいことは次々に浮かぶ。しかし、口が動かない。 固まったままのキマイラの耳に、余りにも酷(むご)い「契約」の言葉が囁かれた。

「――……ああ、そん、な…………わたし、は……私は…………」

 重厚な剣を持った手は、力なく垂れ、苦い涙が頬を伝う。霞む視線の先に、強い意思の宿った妹の碧眼と、月光を受けて煌めく紫のドレスだけが、やけにはっきりと見えていた。紡がれる彼女の声。まだ、まだ手遅れではない、戻ることが出来る。そう静かに訴える妹の声が、周りの喧騒に交じることなくはっきりと耳に届く。しっかりと聞こえているのに、それを遮るかのように先程のイライザの言葉が脳内で繰り返されていた。
 血の契約を、地獄を、死を、私に。
 心地よかった「我が君」の響きさえ、今は胸を切り裂くかのよう。されど、もう楽園に帰る事は赦されない。原初の罪を追った者らが楽園を追放されるのと、同じことなのだ。しかし、かのカインとアベルの如き、姉妹(きょうだい)殺しの罪。それを背負うほどの覚悟を、自分はまだ持っていない。

 涙だけは、何も言わずとも止まることなく流れた。右手の剣を力なく引きずりながら、先程のイライザの言葉に突き動かされるように、ゆっくりと足を運ぶ。エルデガルトの着ているディープ・パープルのドレス。それに縋るかのように空いている左手を伸ばし、涙で頬を濡らしながら、言葉を吐き出した。

「ねえ、私、どうすればいいのかしら…………決めた筈だったの、それなのに……それなのに…………ねえ、エルデガルト……ごめんなさい……」

 上手く喋れない。身体中の力が抜けていく。剣が手から滑り、大きな音を立てて床に落ちた。キマイラもまた、エルデガルトの前に膝から崩れ落ちる。親に叱られるのを怖がる幼子のように肩を震わせ、謝罪の言葉を只々繰り返していた次の瞬間、ざわついていた頭の中に、ひときわ透き通った声が響いた。

『――どんな時でも自分を強く持ってください姉様。貴方は、これ以上堕ちてはいけない』

 目を見開く。顔を上げる。其処には、月の光に照らされた、何よりも美しい妹の姿があった。揺るがぬ決意を持ち、何者にも屈することのない強さを湛えた彼女。原初の美とは、決して揺るぐことのない美とは、この事だったのか。追い求める事をせずとも、自らの立場を捨てずとも、それは初めから、こんなにも自分の傍に在ったというのに。どういて、こんなになるまで気づかなかったのだろう。

「……エルデガルト」

 何よりも美しく、そして愛おしい我が妹の名を、キマイラは呼んだ。そして、震える唇をぎこちなく動かし、言葉を続ける。

「――――私、どうすれば…………どうすれば、貴女の姉に、戻れるかしら…………?」

>イライザ、エルデガルト、バルコニーALL

11日前 No.437

とと田 @totototo☆pZFOWxlGRjQ ★Android=4OhkCRUD6l

【ベイリー・ローゼンブルク/大広間】



「駄目、じゃない…………」

 カナニトの言葉は、とても簡単だった。意味が明確で、単純で、真っ直ぐで、でもだからこそ、ベイリーにとってはどんなに複雑な物言いよりも難しいものだった。頭では理解していても心が追いつかなかった。やっと絞り出せたのは短く、覚束無い返事のみ。自分がどこまでも無力な人間になっていくのを、むしろ最初からそうであったことを、強く認識させられてしまう。己が望む己はもうどこにもいなかった。ベイリーはちらりと横を見る。優しさとは強さなんだろうと、思った。カナニトは優しくて強かったし、何より美しかった。
 この子はどんなわたしだったとしても、側にいたいと言ってくれるのだろうか。ずっと昔に止まったままの、淀みで燻っているままの、わたしの時間を欲しがってくれるのだろうか。もしそうなら、それはきっと、幸福なことなんだろう。

 ベイリーは右手をカナニトの方へ伸ばし、銀に輝く髪をかき混ぜるように撫でた。何に恐れているのか、わずらわしいほど丁寧な手つきでカナニトの頬の輪郭を手のひらでなぞる。慈しみの色が籠った瞳をうっすらと細める。

「わたしはね……ずっと貴方と、仲の良い姉弟のようにくだらない喧嘩をしてみたかったの。友人のように談笑したかった。恋人のように手を繋ぎたかった。親子のように、貴方の行く末を祝福してあげたかった。貴方の身体に散らばった傷を見ると、安心した。どれだけの苦痛があったのか、どれだけそれを我慢してきたのか、分からないけれど。でも、確かに痛みがそこにあるんだって、知ることができるから。貴方について唯一、言葉を交わさなくても知れることだから。だって心は目に見えないでしょう」

 それはまるで、懺悔のようであった。

「本当は最初から、心を聞けば良かったのね」

 けれど、希望を唄うような光も、あった。


 ベイリーは眉を下げて、泣きそうな顔で微笑んだ。今までのどんなものより、優しい表情であった。


 すると、屋敷の上の階から唐突に、爆発音が響く。ベイリーはイライザが銃を発砲したときや眩い光に視界が奪われたときのように、驚いたりはしなかった。むしろこうなることを、どこかで漠然と予感していた。

 ――わたしは、いつまでぐずぐずしているの。

 ベイリーは腰を上げ、立ち上がった。ロゼッタの火事という言葉に、やはりそうかと納得する。恐らく母が屋敷に火を着けたのだろう。ベイリーは一つ大きな深呼吸をして、カナニトの目を見た。

「わたしは、まだやらなきゃいけないことがあります。火はもう消せないでしょうから、この屋敷は遅くないうちに火の海です。そして、全て灰になってしまう。わたしはせめて、ここに、ここにあるものたちに、お別れを告げたい。ぎりぎりまでは、ここに残っていたい。この楽園が終わってしまうまでは、秩序を保ち、矜恃を抱く、ローゼンブルクの三女でいたい。ごめんなさい、勝手なことを言って――危ないから、貴方は早いうちに外に出てください」

 今回の謝罪の言葉は、先程のものとは違い、強い意志や自信に満ちていた。敬語に戻したのも、彼女なりのけじめであった。ここにいる間はこの自分でいたいと純粋に思った。
 変わってしまうものはある。その変化が例えば終わりに向かっていくものであっても、それに真摯に向き合いたいと。それがベイリーの答えだった。



>>カナニト、ALL

8日前 No.438

イライザ・リー @papillon ★6ycWB2hnsK_mgE

【イライザ・リー/マダム・エルザの部屋:バルコニー@、A、B→(退場)】


 声が聞こえた、ような気がした。

 イライザの耳には確かに届いていた、か細い歌声。全てを失い狂った女王の、最早子ども達には届かない童歌(わらべうた)。それはかつて心底愛したひとの声、今は何処までも遠い声。

『――――さようなら、私が愛した楽園(エデン)』

「さようなら、歪んだ王国を統治せし、赤の女王陛下……あなたが守り続けた、〈閉ざされし楽園〉は、今宵今こそ焼けて落ちる」

 次の瞬間、凄まじい爆発音が響き渡る。バルコニーに面した窓硝の一部が木端微塵になり、その隙間から真っ赤な業火が悪魔の舌のように噴き上がる。マダム・エルザのコレクションルームから巻き上がった焔は、バルコニーを赤く朱く紅く染めた。繰り返す爆発を知りながら、真っ赤に照らし出されたイライザの横顔は、事態を無視するかのように、あまりに静かで穏やかな微笑を浮かべたままで。

「実に素晴らしい頃合い、そろそろ〈あちら〉も、終演の頃」

 その時、まるでコレクションルームの爆発に呼応するかのように、突然恐ろしい轟音が響いた。屋敷の側、森の辺りで巨大な火柱が上がり、夜空を喰い尽くすかのごとく高く高く天を紅蓮に染め上げる。その位置を見れば屋敷の者なら火元が何処なのかは瞬時に察する事が出来ただろう、それはかつてイライザが管轄していた裏庭のThe Poison Garden≠セった。

「何もかもが灰塵に帰する。幾ら世界が広くとも、最早誰も〈地獄の天使〉を生み出す事は、不可能……このわたくし以外、このわたくしの頭脳以外では。わたくしさえ永遠に生き続ければ、崇高たる我が久遠の計画は、永久に絶えはしない……故に、故に故に、――――灰は灰に、塵は塵に、土は土に」

 そう、イライザは彼女の研究の全てを闇へと葬り去る為に、The Poison Garden≠ノ時限式の爆破装置を仕掛けていたのだ。あらゆる証拠も、資料も、研究結果も、全てはイライザの頭の中にある。今となってはあの場所は不要であり、最早無用だったのだろう。

 紅き地獄の業火こそが、イライザの新たなる〈至高の旅〉の門出を飾る、神への宣戦布告の狼煙となる。

『……っ、ぁ、やだ、聞かないで……知られたくないっ……!』

 燃え盛る焔の轟音に掻き消されそうになりながらも、確かにイライザの耳に届いたエトワールの悲壮に満ちた、懇願。その言葉に、イライザは邪悪さに満ち満ちた微笑に唇を吊り上げながら、細めた隻眼を射るように彼へと向ける。

「卑怯者。愛しいひとに、過去の真実さえ知らせず、愛を乞おうとは。ねえシュテルン=Aあまりに虫が良過ぎると、そうは思いませんか?」

 フィルムが廻る音に似て、滑らかに、そして容赦なく。きゅらきゅら、きゅらきゅら。
 邪過ぎる自信の所業を棚に上げ、イライザはせせら笑うように小さく息を吐きながら無慈悲に言葉を突き付ける。塞がり掛けた古傷を刃で抉るがごとく、彼がこの世で最も嫌うであろう呼び名を繰り返すイライザは、エトワールの瞳から温かな人間らしい輝きが消えたのを見逃しはしなかった。
 鋭利な剣を手に取り、自身へと向けるエトワールの姿にイライザも応えるように三日月に似た青白い剣を向ける。

「これ以上、奪わないで? もう、なんにもないのに? ――可哀想なひと、そして、悲しいひと。何を今更、奪われるものなど、貴台には何一つとして無いでしょう? 生まれた時から、元々貴台には何も無かった。その手で握れるのは、どす黒い血と罪と、傷付け壊す刃のみだったでしょうに……哀れな星屑、永遠の闇夜に、わたくしが還して差し上げましょう」

 とどめを刺すように、イライザは愉快そうに高らかな声で告げた。震える刃と、迸る涙。エトワールの心を再び壊し、何もかも奪った薄ら暗い快楽に微かに一度、イライザは震える。


 最後に奪うは、貴台の命だ。


 その時だった。

『イライザ先生、ごめんなさい』

 ふっと風が流れて、イライザの燃える血潮の色をした隻眼が大きく見開かれた。

 銃口を向けたままだったグレイの姿が、イライザの視界から消えた。風のような速度で、あのか弱く、儚く、何も選択出来なかった美しい淑女が、自らの足で飛び出したのだ。
 エトワールの傍へ駆け寄り、彼を抱き締めるグレイの姿を、イライザは何処かぼんやりとした表情で見つめていた。その笑みは随分と薄れたものとなっているが、恐らく無自覚の様子だ。

「そうですか。あなた様は、〈永遠〉ではなく〈星〉を選んだのですね。それがあなた様の選択であるならば、わたくしは謹んで、それを受け入れましょうとも」

 先程、グレイが噛んだ指を見た。彼女の小さな犬歯が噛み裂いた傷からは、ぽたりぽたりと今も鮮血が零れて落ちる。そっと手を口元に持っていくと、イライザは傷ごと指を口内に入れ、さも愛おしげに冷たく赤い舌を這わせる。愛した者の付けてくれて傷を、ただ一人で、愛で続ける。

 やがてふと、何かを思い出したように指を口元から離すと、その手を頭の後ろへと向ける。イライザは濡れた指で、髪を束ねている蜘蛛の紋章が刻まれた髪留めを外した。ふわりと長い長い髪が、夜風に靡いて白亜の翼を模してイライザの背後で広がる。まさに堕天使のごとく、銀の月光と赤い焔を受けて、その翼は大きく羽ばたきそうに見えた。

「わたくしが、物語のお仕舞いに、愛したあなた。一つ、たった一つだけ、あなた様にお願いが御座います。この髪留め、リー家に代々伝わる宝を、どうかカナニトに渡しては下さいませんか? これは、わたくしを追って来なかった、あの戦場(いくさば)の似合う少年への〈道標〉。あの少年がもしも望む時があれば、全てを与えると、わたくし約束したのです。わたくしは、嘘吐きには成りたくありませんの。ですから、どうかお願い致します……わたくしに、最後のお慈悲を」

 まるで子を愛でる母のような、先程までとは全く違う優しげな笑みをグレイに向けて。身を屈めると、イライザは外した髪留めを床に添わせるようにして投げる。大理石の床を滑りながら髪留めはグレイまで届き、ちょうど彼女の足元で止まった。

 実はその髪留めには秘密がある。仕掛けが施してあり、それを解くと髪留めが小物入れのように開くのだ。
 中には小さな白い鍵と、古い地図が二枚入っている。一枚は、この薔薇の一族の屋敷からは遥か遠い、とある国への地図。その国にはリー家が代々住んでいた巨大な邸宅があるのだが、それは随分前に放棄されて、今は不気味な廃墟と化している。そんな邸宅の地下室へと導く地図も添えられており、白い鍵は地下室の入り口の扉を開く為のものだ。
 もしカナニトがいつかその国を訪れ、地図の通りに邸宅の地下へと導かれて、地下室の扉を開いたとしたら。其処には脈々と続いたリー家の当主たちが集めた、世界中のありとあらゆる書籍と、彼らが研究し纏め上げた膨大な量の資料や研究結果が残された巨大な図書館が広がっているだろう。カナニトが望んだ〈世界の全て〉が、其処にある。
 それはイライザにとって、自身を選ばなかったカナニトへの、せめてもの餞別だった。

7日前 No.439

イライザ・リー @papillon ★6ycWB2hnsK_mgE

 視界の隅に翻る深い紫のドレスが動いて、イライザはぐりんと異様な動きでそちらへと瞳を向ける。人間に興味を向けなかった、人形狂いな彼女にしてはひどく珍しく、感情を露わにして大きな声で叫ぶエルデガルトを見据えて、イライザが再び氷のように冷たい嘲笑めいた笑みでその顔を象った。

「お人形が、理解してくれた、と。そうですか……くだらない、くだらないくだらないくだらない。あなた様はいつも現実から目を背け、暗いお部屋に引き籠り、閉じこもってお人形遊びに明け暮れてきた。それを今更、何を変えられると? 諦めて下さいませ、諦めて、諦めなさいませ。あなた様が約束など、果たせる筈もないでしょう?」

 反抗的な、強く揺るがぬ意思を感じさせる、エルデガルトの眼差し。彼女のこんな瞳を、イライザは今まで見た事が無かった。面白い、イライザは声に出さずに唇だけをそう動かすと、真っ向から彼女の刺すような視線を受け止める。

「全て手遅れ、何もかも遅い。割れてしまった硝子細工は、どんなに上手に繋ぎ合わせても、破片を元には戻せない。麗しき薔薇の一族は、最早砕け散ってしまったのです。少しずつ浸食していた罅を無視して、目を背け続けた結果が、この幕切れなのですわ。壊れたものは直せない、解けた糸は朽ち果てて、時計の針は戻せない。もう時間は無い、全部遅過ぎる。だからこそ、血に汚れるからこそ美しい、堕ちるからこそ唯一無二となる。染まれば染まる程、闇は眩く輝くのだから……故に、これ以上、――邪魔をしないで下さいませ、エルデガルト嬢」

 自身が新たな君主と認めたキマイラの心を乱し続けるエルデガルトに、イライザは唇の片端のみを歪め、隻眼をも剃刀のように細く鋭く吊り上げると、先程までグレイへと向けていた銃口を真っ直ぐ彼女へと向けた。引き金に指を掛け、躊躇なく引こうとした。

 その横を、キマイラが力無くも、右手に輝ける刃を握ったまま通り抜けていった。イライザが、もう片側の口角を残酷に吊り上げると、エルデガルトに向けていた拳銃を下ろす。楽しげに、まるで観劇でもするかのような、場に相応しくない明るい口調で、彼女は何か小さな声で口ずさむ。それは先程も歌っていた『ロンドン橋落ちた』、この崩壊を、イライザは心の底から歓迎しているのだ。

「そうです、それでこそ我が主。キマイラ嬢、あなた様になら出来ます、必ずや完遂出来るのです。さあ、今こそその手でご姉妹の首を、その嫋やかに細く白い首を、呪われし刃の切っ先で落とすのです。わたくしはサロメのごとく、その首を求め望む。さあ、さあ、さあ……あなた様の望む永遠の美を、今、あなた様自身の手で生み出すのです……!」

 埃に汚れ赤く傷付いた素足も、破れ解れた豪奢なドレスも、苦い苦い涙に濡れたその真っ白な横顔も。堕ちて汚れたキマイラの姿は、イライザにとって何よりも好ましいものであったのかもしれない。自身と同じ、深淵の底にまで堕ちつつある、その姿は。
 だが、イライザの望みなど叶えられはしなかった。


 キマイラの手から剣が零れ落ちて、がしゃんと、けたたましくもあまりに空っぽな音を立てた。


 祈るように、許しを乞い、罪を償うがごとく。エルデガルトの前で膝から崩れ、泣きながら謝罪を続けるキマイラの姿。それを、イライザは先程までとは異なる、冬の凍空を映すような深紅の瞳で冷ややかに見ていた。その目には、普段感情を露わにしないイライザとしては珍しく、ありありと心の色が見て取れる。それは、何処までも冷たく冷酷な、失望の色だった。

「…………残念ですわ、本当に、残念です。キマイラ嬢、あなたであれば、あなただからこそ、わたくしは付き従おうと決めた。何物にも変えがたい、美への執念。この世の美しいもの全てへの、憤怒と、軽蔑と、渇望と、嫉妬。あなたであれば、わたくしと共に、天の高みの座にまでも、達しられるとそう信じていた……けれど、所詮、あなたも脆弱な人間でしかなかった。醜く、汚れきった、唾棄すべき存在でしかなかった。結構、もうあなたなどいりません」

 今となっては、キマイラはイライザの中に、先程までのような〈美〉を見出してはいないだろう。彼女の背中を見れば、イライザにはそれが手に取るようによくわかっていた。彼女は気付いてしまったのだ。イライザの掲げる死が放つ美しさより、エルデガルトやヴィヴィニィが持つ〈生きて、不条理と戦い続ける力〉こそが、この世界に蔓延る何よりも煌めく本物の〈美〉なのだと。もう、キマイラはイライザの持つ鳥籠の中には居ない。飛び立ってしまったのだ、真に美しき世界へと。
 もっと早くに、風切り羽根を切っておくべきだったが、もう遅い。


 ならばもういらない、己の手を離れた、青い鳥など。


「短い間でしたが、あなたと共に在れたこと、わたくしは思い出として、記憶の小箱に仕舞っておく事としましょう、――――さようなら、我が君」

 最早興味を失ったようで、イライザはキマイラに、最後の視線すら向けはしなかった。

 ふいに、イライザの唇から、小さな、弾むような笑い声が漏れた。

「結局、誰もわたくしには、ついて来られないという事ですね……気高き闇と病みの化身たる、ローゼンブルク家さえこの程度とは、全くお笑い種ですわ」

 同時に、イライザは恐ろしい素早さで銃口をクラガミへと向けると、一切の迷いもなく発砲した。立て続けに、凄まじい音を立てて、三発。

「塵、そう、あなたにはそう見えるのですね。塵、塵とは、また品性の欠片も無い喩えだこと。塵、それはあなた自身の事ではありませんか? 人の命を奪い、人の人生を蝕み、人の幸福を壊してきた、殺し屋風情のあなたが、塵などと口にするとは。あまりに滑稽過ぎる」

 放たれた三発の弾丸は、クラガミの爪先ぎりぎりの床に、綺麗に並んだオリオンの三つ星のように撃ち込まれていた。剣だけでなく、イライザは射撃をも学び、自在に対象を撃ち抜ける技を会得していた。それを彼に見せつける為に、あえて外してみせたのだ。

 イライザは、当然のようにクラガミの過去も調べ上げていた。彼が凄腕の、比類なき殺し屋であった事も、それを隠して使用人となり、ローゼンブルク家に従順に仕えている事も。イライザは彼を、惨めで哀れな存在としていつも影から見続けてきた。人間の命の輝きを一瞬に奪う事の出来る能力を持ちながら、哀れな虚構の一族に頭を垂れるその姿。自身と似た死の匂いを放っているのに、それを必死に隠して表舞台で踊っているように見えて、イライザはクラガミを滑稽な道化だと思っていた。

「あなたこそ、とてもとても臭いますわよ。幾ら隠そうとも、死を纏った腐臭は隠せはしない。それを隠して、偽ったまま、ヴィヴィニィ嬢と愛だ恋だと、嘯くのですか? なんたる恥知らず、なんたる醜さ、全くもって下種の極み……罰を与えて差し上げます、嘆きの河(コキュートス)に溺れなさい、永遠に永遠に凍て付く彼方へ」

 言い放つと同時に、イライザは残りの三発を目にも止まらぬ速さでクラガミへと放った。一発は額の真ん中、一発は首、一発は心臓の位置。全弾を確実に狙った箇所へと放ったイライザ。
 漂う硝煙の匂いの中、クラガミは果たして狂女の悍ましき魔弾を退ける事が出来るのだろうか。

 そして、遂に。遂にイライザは、魔の払う光の使いのごとき、美しく気高い剣士と対峙する。一切の隙は無く、それでいて何処までも麗しく、高貴なるその様。ヴィヴィニィ・ローゼンブルク、薔薇の一族、最後の切り札(ジョーカー)。
 撃ち尽くした拳銃を投げ捨て、三日月のように反った狂気の剣を握ったままの手をだらりと下げたまま、構えもせずに。完全に臨戦態勢のヴィヴィニィを前に、イライザは牙を剥くように笑う、嗤う。

「嗚呼、あなたにもわかりませんか、わたくしが目指す正真正銘、世界の理を塗り替える美の神髄が。わたくしは神に牙を剥き、悪魔を切り伏せてでも、真の永遠をこの世に齎すのです。ですから、〈これ〉は剥製などではないと、そう告げました。にも拘わらず、あなたは〈これ〉をがらくたと呼んだ……あなたも、所詮は人の子、わたくしの境地までは、届きはしないという訳ですわね」

 嘲笑を続けるヴィヴィニィに対して、くっくっと小鳥が囀るように、イライザは肩を震わせて笑い続ける。それは今まで見せてきた、無表情で無感情なイライザとは全く違う。未だに密やかで冷たいままではあるが、今まで秘め続けてきた凍れる熱情も、澱み凝縮された狂気と邪悪を垣間見せながら、イライザはヴィヴィニィの言葉を真っ向から否定していく。

「ならば、わたくしは人類史を拒否致します。終焉は文字通りの終わり。限られた未来など、所詮は滅びの元に灰に帰る、そんなものに心血を注ぐは、無意味で無価値。わたくしは限られた生命を覆す、其処から生まれるは永遠の平穏、久遠の平和、永久の美。美しいものが、美しいまま存在し続ける事こそ、人の辿り着くべき究極の楽園(エデン)。わたくしは儚きを憎悪する、足掻きを嘲笑する、滅びを唾棄する。あなたの語る歴史を、わたくしは偽りに変えましょう。そんな織物、わたくしが焼き尽くす」

 一瞬で踏み込み、目にも止まらぬ神速で斬り込むヴィヴィニィ。凄まじい速度で振り下ろされる、聖なる神が宿りし裁きの一撃。

「進歩などいらない、わたくしが望み、願い、祈り、欲するは美しき終わりなき終わりのみ。それを、あなたは否定する? でははっきりと拒絶して差し上げましょう、あなたはわたくしが最も嫌悪するもの、〈堕落〉でしかない、――――ベルフェゴールの全身は、慈雨と豊穣の神バアル・ペオル。わたくしは、あなたの背後に立つ神を、認めません」

 一瞬、イライザの姿が消える。いや、消えたかと思う程、不自然な位に低く、両足を大きく開いて地を這うようにイライザは身を屈めていた。そして全身のバネを駆使し、逆手に持って振り上げていた刃をヴィヴィニィの剣目掛けて斬り上げた。


 劈くような鋭い金属音がバルコニーどころか屋敷中に響き渡り、交わった聖と刃と邪の刃の間に蒼い火花が鮮やかに散った。

7日前 No.440

イライザ・リー @papillon ★6ycWB2hnsK_mgE


「ヴィヴィニィ、今こそ、今だからこそ、あなたにはお教えしましょう。わたくしがこの顔に、焼け爛れた十字を刻まれた、本当の理由」

 ぎりぎりと斬り合せた刃を交えて、二人は眩い月光に照らされて、拮抗したまま対峙した。その視線と視線、殺気と殺気、過去と現在と未来が交差して。

「あなたの父、ローラント・ローゼンブルク公爵が、どんな男だったのか、あなたは御存知? 聖人君子のような顔をして、女と見れば誰かれ構わず手を出す、醜悪な人物だったこと、あなたはマダムから聴いていらした? そして、これはマダムも知らぬこと……ローゼンブルク家とリー家、永き闇に結ばれた鎖に、繋がれたが故の毒」

 ふいに見た事も無い程、この世にこんなにも醜悪なものがあるのかと背筋が寒く成る程に、悍ましい微笑がイライザの全てを最後の魔物として彩った。

「ローラント様は、ある種最も身近な存在であり、所詮は使役する女でしかなかった、わたくしの母を、ある夜その手で…………たった一夜、たった一度の過ち。しかし、わたくしの母は身籠り、そして生まれたのが、――――このわたくし。故に、母はわたくしを罪の子と呼び、不義の子として持て余し、呪い、憎み……神の名の下に、罰した、罰し続けた。わたくしは、産まれながらに、生まれてはいけなかった、悪しき仔羊」

 砕け散った窓からごおっと恐ろしい音を立てて悪魔が赤い焔を噴き上げて、イライザの長く真っ白な髪が紅く照らされ、真紅の悍ましき巨大な翼がその背に広がった。


「イライザ・リー、それは忌み名。本当の、わたくしの名は…………!」


 イライザハ片手を素早く下ろすと、先程裂いたドレスの裾をさっと捲り上げた。黒いタイツを履いたしなやかな足、其処には黒い革のベルトで固定されたナイフがあった。それを引き抜くと、イライザはヴィヴィニィのフランベルジェの根元に強く押し当てる。イライザの手にあるナイフは奇妙な物だった。刃の背に、でこぼことした凹凸がずらりと並んでいるのだ。その凹凸に、フランベルジェの鋭利な刃が挟み込まれる。
 次の瞬間、きん、と澄んだ音がして。きらきらと、無数の流星が落ちていくように、白銀の欠片が幾つも空を舞う。根元からへし折られたフランベルジェが、大理石の床に突き刺さって小さく震える。
 ソードブレイカー、それはナイフの形をしてはいるが、敵の武器を破壊する為に作られた特殊な物である。イライザは最初からこの時を狙っていたのだ、ヴィヴィニィを密着して剣を交える、その瞬間を。

 イライザは眼前のヴィヴィニィの頭上に、悠然とした流れるような動作で剣を振り上げる。その真っ赤に充血した隻眼が月明かりに爛々と輝き、これ以上ない程唇を歪に吊り上げると、イライザはぽっかりと開いた左側の眼孔と同じ闇を吐き出す。


「――――消えろ消えろ、短い蝋燭。人生は歩き回る影に過ぎぬ」


 三日月を模した禍々しき刃が、今まさにヴィヴィニィへと振り下ろされようとした、その時である。

 鋭い猛禽の鳴き声に、イライザが思わず振り返る。
 まるで生きているかのように微笑みながら立ち尽くす、ルイスの亡骸。その顔目掛けてヴィヴィニィの相棒たるチェスターが襲い掛かり、鋭い嘴と爪で凶行を行っている様が、イライザの隻眼に映った。

 ひゅっとその喉が反り返り、言葉にならない奇妙な音がその唇から洩れた。

 反射的に、イライザがチェスターに向けてソードブレイカーを投げ付けた。野生の王者たる猛禽にそんな物は掠りもしないが、それでもその凄まじい殺気を感じ取ったのだろう、チェスターはルイスから離れる。

 風のような速度で、音も無くイライザはルイスの元へと走った。剣を床に置くと、チェスターの攻撃で倒れ伏したルイスの身体を抱き上げて、まるで泣いている幼子をあやすように、イライザは完全に正気を失くした笑みをその亡骸に向ける。顔の左側が大きく損傷した、悍ましい亡骸に。

「嗚呼、嗚呼、こんなに傷付けられてしまって……これでは、まるでわたくしと、同じではありませんか。けれど、けれど大丈夫、幾らでも、久遠にこのわたくしが、あなたを復元し続けてあげましょう。あなたはわたくしの生の象徴、死を退けた、超越せし証。何度でも、何度でも何度でも何度でも何度でも、わたくしは死を破棄し続ける、――全てを永遠に変える、その日まで」

 慈愛と狂いに完全に染まった、その微笑。悍ましく、そしてあまりにも深い、闇と病み。

 その笑みが、突然、静止した。


「あ」


 イライザの口から、深い溜息のような、小さな声が漏れ出た。
 その腹部に、深々と湾曲した青白い刃が突き刺さっていた。先程床に置いた、三日月のごとき剣がその華奢な身体を刺し貫き、突き抜けたその切っ先がどす黒い液体に濡れて、月光にてらてらと光を放つ。

 自動で動くとはいえ、所詮は制御され、決められた動きしかせず、定められた言葉しか紡げぬ筈の自動人形。屍を使った、哀れな人形。その筈のルイスの、青白い小さな両手が、恐るべき剣をもってイライザを罰していた。

 イライザが、ルイスを見た。その、刃を濡らす液体と同じ、紅の隻眼で。
 硝子で出来た、無機質な筈のルイスの瞳が一瞬涙に濡れたように、悲しげに煌めいた。



『心せよ、亡霊を装いて戯れなば、汝亡霊となるべし』



 軋み、歪んで、圧縮されたような、澄んだ少年の声が、確かにそう告げた。
 それは生前のルイスの声だったが、今はもう一つ、弦楽器のような女性の声が重なるように響いて。それは確かに、マダム・エルザの声に似ていた。

 イライザの傷口から、鮮烈なる赤黒い液体が迸った。それはルイスの傷付いた顔の左側にも流れ込み、液体でショートした歯車と導線がぱちん、と火花を散らす。次の瞬間には、ルイスの小さな身体は血液の色をした炎に包まれていた。
 高く高く昇る業火はイライザをも巻き込み、鮮やかな薔薇色のドレスを文字通り赤く、朱く、紅く、瞬く間に焔で彩る。

 刃からも業火からも逃れる事さえ出来ず、真っ白な髪も、肌も、その全身を紅に染めて。ルイスを抱くような格好のまま、声の一つも上げずに後ずさると、イライザはベランダの縁に阻まれて立ち止まる。
 燃え盛りながらも天を仰ぎ、ただ茫然としたように冬の夜空を見上げる。紅く染まる手を伸ばし、月に向けるが当然届かない。爪を立てて、握り込むようにしてもまだ届きはしない。

 はっ、と、その口から息が漏れる。それは、溜息というより、嘲笑に聞こえた。

「何だ……何という、事もない……こんなものか…………死など、温い…………」

 ごうごうと、亡者の叫びに似て唸り続ける焔に阻まれて、その声は揺らぎのようにしか聞こえない。しかしその冷めた空虚な呟きは、確かに人々の耳にまで届いた。

 と、ふいに照る月が何かに遮られる。見上げれば、そこには極彩色の雲とも霧ともつかぬ、群れなすものが空を覆い尽くすように舞い飛んでいた。それは、数えきれない程に群集した蝶。先程、イライザが自らの部屋の飼育容器から解き放った、いずれ冬に寒さに耐えきれず落ちる運命の儚き魂の軍勢。

 イライザが、もう一度手を伸ばした。それに惹かれるように、一羽の黒揚羽が舞い降りて、しかしイライザが纏う炎の衣に一瞬にして焼け落ちる。
 焔の奥底で、イライザが幼子のような邪気の無い微笑みを浮かべたのが、確かに見えた。


「美しい」


 更に求めるように、イライザが虚空に手を伸ばす。そしてそのままバランスを崩し、バルコニーの手すりを乗り越えて、音も無く転落した。

 燃える髪を真っ赤な翼に変えて、飛び立った紅い蝶々は夜の黒を照らし、しかしすぐに常闇に飲まれて、下界に消えた。


 麗しき薔薇の園に巣食いし毒蜘蛛は、夢見るままに蝶の羽根を奪い、真っ逆様に墜落していった。


>>ALL


【十三日の金曜日、我が娘にお似合いな、この夜に。
長らくお待たせしました、そして今までの傍若無人の全てをお詫び申し上げます。このような悍ましい狂女に此処までお付き合い頂け、心の底から参加者の皆様、そしてスレ主様に感謝しております。長い間、どうもありがとうございました。
この物語に携わらせて頂き、スレ主様に微力でも協力出来たとしたら光栄です。
そして、参加者の皆様に、ほんの少しでも楽しんで頂けたとしたら、私にとってこれほど嬉しい事はほとんどないと言えるでしょう。
これにてイライザ・リーはクロエの舞台より退場致します。どうぞ皆様、最後の最後、物語の御仕舞までこの物語を楽しみ、彩り、この素晴らしいスレの幕切れを華々しく演じ尽くしてくださいませ。今まで本当にありがとうございました!】

7日前 No.441

絡繰 @ne9rodoll ★wgm3NQbNwV_glG

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

5日前 No.442

疾風 @yuika10☆/I6eiMaHxFai ★bGyEkAoikT_81E

【ロゼッタ=シェルノサージュ=レジェンダー/大広間→庭園→屋敷の外の鄙びた小屋(〆)】


逃げてくださいと言った刹那。大きな爆音が再度聞こえる。ここも、もうダメなんだな、と。そう悟ってしまった。私は、泣きそうな顔になる。この展開は、兄と私が別れて行動しているときの寂しさに似ていた。使用人の声も、もうほぼ聞こえない。きっと皆逃げてしまったのだろう。私の事を知っている人間はほぼ誰もいない。そんな世界になってしまうのだろうか。この家も、もうじき果てるだろう。炎に飲まれた屋敷も幻想的で素敵だと、思う。でも、自分の母親たちとは違って、理不尽なことは少なかったように思える。そして、私はお別れの歌を歌いながら。大広間を後にする。それは讃美歌ではない。幸せそうな恋人と、この場所に似合うような、そんな歌だった。アリアで歌うべきその曲は彼女の歌声によって飾られていく。

ふと、昔のことを思い出した。私がまだ、パブリック・スクールにいた頃の話だった。管弦楽団に囲まれて、式典奏者として選ばれて弾いたバイオリンの音色。その演奏するときの照明の熱と、今のこの炎は少し似ていて、思い出させられる。私は、あの頃が一番花咲いていた頃かもしれない。そう思って。

私は、足取り重たく、ふらふらと歩く。一酸化炭素中毒になりかけていた。私には、両手に抱えるほどの荷物が存在していた。私は、まだ生きていたい。兄もそのはずだ。そう思いたい。まだ、独りぼっちにはなりたくない。私は、私は!! そう強く考えれば考えるほど、熱に侵され侵食されていく私の精神がものすごく嫌になる。私は、まだ大人になり切れてない。ただの小娘だと知っている。でも、それでも。それでも。抗いたかった。堕ちて、堕ちるまで。そのそばに居たかったのだ。

玄関をふらふらと出た直後だった。ドスン…。と何かが落ちる音。鈍い、肉の塊が落ちるかのような音。まさか…誰か落ちたのか? でも、私には確認する時間も無かった。私は急いで庭園に出る。そして、最後のお礼として、この屋敷に。歌を送る今年にした。私には音楽と学しかない。身分なんてものもない。だから。私は。この曲を送ろう。荷物を一旦、自分の隣に置き、バイオリンを取り出し、弾き始める。曲名は。


『サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン』


熱情的に奏でるこのバイオリンとピアノの旋律が特徴的なこの曲をバイオリンだけで奏でる。完璧なその場限りのお別れの歌。私にとっての恩義とこの雰囲気に合わせて奏でるべきであろうと判断した楽曲。研ぎ澄ましたその弦で。奏でるこの曲は私の中の炎を静かに燃え上がらせるだけでなく、途中の軽快なリズムのバイオリンの部分や、ピアノの部分をアレンジした彼女のための楽曲。弾くのに技術もいる。でも、この場所にいる。まだ残っているお嬢様やマダム・エルザに餞を。そして、ここで歴史が途絶えるのだと思うこのローゼンブルク家に幸あれ…。そういう思いで奏でるのだ。私は、最後の最後にも役に立てなかった。でも、それでも良かった。このまま溺れてしまうよりかは。それで良かったのだ。そして、奏で終わると同時に、涙が出てきた。今さっきまで弾いていた音色は、この最後まで散り輝くローゼンブルク家に合うように選んだはずなのに。自分の人生を見ているようで。耐えられなかった。私は、今まで奏でていたサラサーテ:ツィゴイネルワイゼンの曲が私の事をおいかける。私は逃走をした。

このはしたない顔を見られたくなかった。

私は、荷物を抱えて、走り出した。何にも否定されない自分で居たかった。そとは危険だって。知っていた。でも、もう死んでも良かった。狼に何回か遭遇してしまった。が、何とか小屋に籠ることが出来た。屋敷のだいたい800mくらい離れた位置にある、鄙びた小屋。かび臭いし、食料もない。でも、ここに兄が。それともほかの人が来ると信じて。ここでバイオリンを弾こう。そしたら、きっと。皆にあえるはずだから。そう信じて。バイオリンを一心不乱に弾いた。

【ロゼッタの一応〆レスです! 音楽に関してはフリーで聞こえたとか、見かけたとかは多用してOKです。何なら、小屋に誰か来てくれても…(寂しがり)ロキのほうはしばしお待ちくださいませ…!
ちなみに、今回のレスであげさせていただいたサラサーテ:ツィゴイネルワイゼンはこんな感じの曲です。この、終わりに相応しい曲かなと思い、選択させていただきました。よかったらこのレスを読みながら。この物語の終わりを感じながら。(買って極まりない)聞いていただければ幸いです。URL→https://www.youtube.com/watch?v=DKRE59DWsxw

5日前 No.443

ふぁすね @yupihiko☆d.mPOva7Vfg ★mbjMynBHF3_OSy



【エトワール/バルコニー@】



 ――こころの奥の、一番触れてほしくないところに爪を立てられる。シュテルン、という言葉が耳朶を震わせるたびに、見えない手で首を絞められるような心地がした。ぎりぎりと締め付けられるような胸の痛みに、口の端からは要領を得ない母音が覚束なく零れ出る。過去と現実がごちゃごちゃにまじりあった思考はろくに働かず、ひゅうひゅうと過呼吸じみた不吉な嗚咽が喉を鳴らした。

 イライザによって紐解かれた過去の記憶に雁字搦めにされ、眩暈の様な感覚に足元がふらつく。フランベルジェを手に気高く舞うアルテミスの寵児も、宝石の剣を手にし妹に許しを請うアフロディーテの狂信者も視界に入らなかった。ゆらゆらと揺れる瞳に映るのは、赤いドレスを翻し、三日月の様に口元を歪め不敵な笑みを浮かべる白き狂女のみ。月夜に閃くフランベルジェのきらめきという誘蛾灯に導かれるようにエトワールもしろかねの剣を高く掲げイライザへ斬りかかろうとしたところ、その行動は不意にグレイに抱きしめられたことによって妨げられた。

 ふわりとあたたかく広がる柔らかい感触に促されるがまま、エトワールの躰はグレイの腕の中へと崩れた。あたたかい腕の中、ぬくもりにおびえるように、躰が小さく跳ねる。剣を握る冷え切った手にグレイの手が添えられ、その温度に溶かされるようにゆるりと指がほどけた。手から落ち、大理石にぶつかった剣がきぃん、と鋭くつめたい音を立てる。そのまま紡がれるグレイのことばは、耳の奥で木霊し続けるフィルムの音をすり抜けてもっと深いところへじんわりと響いていくように思われた。

 ――エトワール。薔薇の女王によって与えられた、楽園と自身を繋ぎとめる鎖。その女王が消え、崩壊しつつある楽園の中で、其れが何の意味を成すのか、自身もよくわかっていなかったけれど、その言葉はフィルムの廻る追憶に沈みかけた意識を引っ張り上げるには十分だった。


「――ゃ、だめ、俺、」


 つたない拒絶の声が零れた。しかし言葉とは裏腹にエトワールの手は指先が白く染まるほどグレイの衣服の肩口のあたりをぎゅっと握りしめる。グレイの口から紡がれるやさしい言葉のひとつひとつは刻まれた傷の痛みを和らげるようにも感じられるが、同時に胸が苦しく締め付けられた。昔のことを彼女に知られてしまった今、エトワールの脳内を占めるのは拒絶されることの恐怖。半ば拒絶されてしまったと思いこんでしまっているエトワールにはグレイがこうして抱きしめてくれる理由もうまく呑みこめなかった。何事か呟こうと唇が動くが、目の前で繰り広げられる情景に釘付けになる。

 自らの生み出した人形に貫かれ、炎に包まれながら地へと堕ちて逝く白の女王。その凄惨な様子に目を背けたくなるけれど、なぜだかその一部始終から目を離すことができなかった。バルコニーから狂女の姿が消え、地へと叩きつけられる音が聞こえた気がして、エトワールは一度びくりと体を震わせぎゅっと目を閉じる。マダム・エルザによって屋敷につけられた火が見え隠れしたけれど、足は其処に縫い付けられたかのように動かない。おのずと、弁明のように、懺悔のように、言葉が零れ出た。


「――――暗くて、寒いところで、みんなが俺に"殺せ"って言うの。俺はそんなの嫌なのに、でもやんなきゃいけなくて、うまくできたら、痛いこと、されない、から。やだって言ったら、居場所がなくなっちゃうから、すてられる、から。俺は、何度も、何度も、首絞めたり、棒で殴ったりして、ころ、して――ッ! ――……ね、分かったでしょ。俺の手なんて、イライザせんせなんかよりも、もっとずっと穢れてるの。汚いの。だから、ほんとはこんなこと思っちゃいけないって、分かってる。分かってる、けど」


 ――あいしてほしい。俺だけの誰よりもいとしいひとに。だけど好きだからこそ、あいされたくない。俺みたいな欠陥品なんて誰も好きになっちゃいけない。きっと俺は、あんたのことを"みんな"みたいに不幸にしてしまうから。あんたにだけは、あいされたくない。

 矛盾した思いの整理がつかず、ぐちゃぐちゃな心中を吐露するかのように双眸から雫が零れる。


「嘘でもいいの。嘘でもいい、から。あいしてる、って、言って……? おねがい」


 エトワールはためらいがちに両手をグレイの背へと回し、ぎゅっと縋りついた。其れは、鎖で繋がれたあのときにはやりたくてもできない行為だった。両手を繋ぐ重い手枷は、だれかの首を絞めて殺すには十分すぎるほど長かったが、いとしいひとを抱きしめるにはかなしいほど短かった。



>>グレイ、ALL

4日前 No.444

七彩 @tmr☆qrj4adrhQpgH ★Tablet=rLqy3zkxxj

【フェリシエンヌ・ローゼンブルグ/自室】

 仮初の永遠から目覚めた私は、もう生きていられないと感じた。

 気づいた時には、思い人も大切な家族もみんな消えていた。正確には家族はいる。お姉さまも妹もちゃんといるけれど、壊れて、ゆがんで狂ってしまった。もう元通りにはならないと、私はどこかで知ってしまった。知りたくなかった、嫌だった、変わることのない永遠が確かにここにあったはずだから。オルゴールの流れる部屋の中、ベッドに座って月の光を見上げる、その膝の上にはケース。開けると渡されることのなくなった、桜をモチーフにしたイヤリングが入っていた。
 渡したかったもの、渡せなかったもの、私の半身として彼につけてもらいたかったもの。その左耳用のイヤリングを外してつけてみる。やっぱり彼じゃなきゃ似合わないなと思う反面、不思議と安心してしまう自分がいた。もう片方の耳には自分用のバラをモチーフにしたイヤリングを付ける。遠くで何かが弾ける音がした、火事だという声が聞こえた。

「……お母様、アイリス姉様、キマイラ姉様、ベイリー姉様、ヴィヴィニィ姉様」

 その言葉を皮切りに、私は机に隠していたナイフを取り出した。別に思い人に振られてから死のうなんて考えがあったわけではないし、殺そうなんて断じて違う。家族が壊れてしまったから、元通りになれないとわかってしまったから、そして最愛の支えをなくしてしまったから、もう死ぬしかないのだ。生きていようなんて思えない、それなら屋敷と一緒に燃え尽きて死んでしまうほうが――きっと、もっと、幸せなんだろうと思う。

 胸に突き立てる前に月の光に照らす、自分を貫いてくれる刃を目の前にして『死にたくない』なんて思ったりはしなかった。自分の命をちゃんと奪ってくれることだけをただ望むだけ。

 頭の奥に浮かぶセピア色の記憶。大切で暖かくて、永遠に続くと思っていた時間。もう壊れてしまったけれど、記憶はずっと変わらない。

「グレイ姉様、ノイン、マリュー、ロキ、カナニト、リオネル、ロメア、エトワール、アン、ルイス」

 ここまで来て涙が溢れて。

「クラガミさん、イライザさん、ドミニコさん……ロゼッタさん」

 最後の方は鼻声になりつつ、関わってくれた全員の名前を恐らく呼んだ。イライザさんは引き金を引いたし、母親に乗らせたということもあったけれど、不思議と憎いとは思えなかった。記憶は流れ終わったあとで、もう心残りはない。あとは自分の体を殺してしまうだけ、簡単な話だ。

「大好きな――、幸せに、なってね」

 好きな人の名前だけは、やっぱり恥ずかしくて口ごもってしまった。最後まで変わらない自分に少しだけ笑みが溢れる。そして迷うことなくその刃を自分の体へと突き立ててやる。燃えるような熱い痛みと、目も眩むような気持ち悪さ。ベッドでのたうちまわりそうになるのを必死に抑えて、シーツを掴みながら荒い呼吸をして。

「……あり、が……とう」

 その言葉とともに、オルゴールが聞こえなくなった。


【フェリシエンヌの〆になります……! 本来ならば前イベント段階で〆る予定だったのですが上手くかけなくて……無事にかけてホッとしてます。フェリシエンヌに絡んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。】

1日前 No.445

リオネル @d0ap ★Android=oiMOxDsfGh

【リオネル/裏庭】

 決意を顕にするロメアの言葉にリオネルは驚くように瞳を大きく開いた。戸惑いに瞳が揺れる。それは表情にも表れ、眉は徐々に八の字になり寂しさと切なさを含むと、目線はロメアから地面へと移った。そんなリオネルに、ふいに問い掛けが降ってくる。
 どうしたい……。家に帰りたい。けれど、帰る家はきっともうないだろう。窶れた父と母が思い出される。兄弟達はそれぞれが家の為に出ていった。そして、それはリオネルも同じ……。そこまで記憶を辿って、はっと考えが浮かんだ。帰る場所がないなら、自分で居場所を作れば……。
 隣に座るアイリスを見上げる。飽きることなく頭を撫で続ける手。撫でられる度に桜色の髪がさらさらと揺れ、それはとても心地よくて。漠然と、この人の側が自分の居場所のように思えた。『アイリス』と唇は形を作るけれど、言葉は依然として出てこない。そんなリオネルを心配してかアイリスが優しく微笑みながら顔を覗き込んでくるのに対し、リオネルは誤魔化すように笑った。

 その時だった。突然の破壊音。抱え込まれる体。音に誘われるように目を向けると、視界に飛び込んできたのは赤。屋敷の一部から火の手が上がっていた。そこがどの部屋だったかリオネルには分からなかったが、屋敷が崩壊の一途を辿ろうとしている事は理解できた。全てを飲み込もうとする焔は徐々にその範囲を広げていく。その異常な様はリオネルにとって恐怖でしかなかった。
 目の前の体にすがるようにしがみつく。けれど、暫くするとその体はリオネルから離れてしまった。どうして……と、言いたげな表情でアイリスを掴まえようと手を伸ばす。だが、耳に届いた言葉は『別れ』を示すものだった。

 中途半端に伸ばしていた手はそのままに、アイリスの唇から次々に紡がれる言葉はリオネルに衝撃を与える。屋敷が崩壊するように、するりと頬を撫でる暖かさも、築いてきた関係も無くなってしまうのか……。嘗てないほどの痛みがリオネルを襲った。固まる体をぎこちなく動かして、ロメアへ助けを求めるように視線を動かす。彼の姿が視界に入った時、先程の問い掛けが再び耳の奥でこだました。
『どうしたい?』その答えを今ここで示さなければいけないと、リオネルは直感で感じた。そして、その答えはもう既に出ていた。後は、思いを伝えるだけ……。
 息を吸い込み、口を開ける。伝えたい。伝えたい。漏れ出るだけの吐息を音に。音を言葉に。気持ちとは裏腹に、中々でない音にもどかしさを感じる。でも、諦めるなんて出来ない。

「っ……、ぁ、ぃっ……! ぃ……いっしょに、いたいっ!」

 喉の奥から絞り出すように出た辿々しい言葉と共に、アイリスへ両手を広げて飛びつく。瞳に溜まった涙が溢れだす。嫌だった。また、大切な人と離れるのは。離れたくない、失いたくない。ずっと、側にいたい。そんな思いが至るところから溢れだして、気が付けば声を張り上げる程にリオネルは泣いていた。

>アイリス、ロメア

1日前 No.446

エルデガルト @ready50☆AaWAaYBi9xHg ★6lDqAT8MNN_X9G

【エルデガルト・ローゼンブルク/バルコニーA】

 膝から崩れ落ちた姉の姿を見て、「これでいい」と思った。
 これでいい、これでいいんだ。全ては戻った。……いや、正しく言えば戻っていない。……もう、この家は泡沫の夢となって消え去って行く。自ら虚構の底へ沈んで行く事を選択した家族もいるかもしれない。でも、でも――――一人でも救えるのならば、それが本望なのだ。

「……姉様」

 目線を姉と同じにする。慈愛の聖母の如き微笑み、キマイラの肩にそっと手を置けば、自分でも意外だと思う程の笑顔を見せた。誰にも見せないような、そもそもこの世で見せる機会があるかないかで言えば「ない」に分類されるほどの、笑顔だ。
 エルデガルトは紡ぐ。言葉を。答えを。

「また一緒に、お買い物にいきましょう。
 また一緒に、ドレスを見てみましょう。
 たったそれだけのことで――――良いんです。難しく考える事はないんですよ」

 彼女の手に、自分の手を添える。
 そして今起こっている事を把握し、目つきを変えてキマイラに言う。

「行きましょう、姉様。
 もう貴方を縛るものはありません。貴方を祭り上げようとした歪んだ福音もありません。
 生きましょう、姉様。
 楽園なら……もう一度、見つければ良い。今度は自由な楽園にしましょう。鳥籠じゃなくて、鳥達が自由に羽ばたける花畑のような……」

 こくんと頷いて立ち上がる。
 右手を差し伸べて、「さあ、早く」と告げる。
 一刻も早く逃げて、そして生きなくてはならない。生きなきゃダメだ。生きなきゃ――――燃える運命にあるお人形達に笑われてしまうのだから。

>>キマイラ、バルコニーALL

1日前 No.447

有楽 @badwriter ★Android=BrO85Ebimz

【ヴィヴィニィ・ローゼンブルク/バルコニーA】

>>(イライザ様)、クラガミ様、バルコニーALL


 凄まじい爆風と爆音、そして肌を焦がす熱風の最中、一撃目を叩き込む。空を切り裂く鋭い剣戟が交わされ火花が飛び散った。イライザは逆手に取った剣で受け止めている、と認識した時、彼女はドレスの内に隠し持っていたもう一振りの剣をフランベルジュに差し入れたのだった。
 それをヴィヴィニィは知っていた。殺傷を目的とするものではなく、相手の武器を破壊するための武器、ソードブレイカー。それを理解したとき、細身のフランベルジュの刃はあっけなく折り取られたのである。きらきらと、その破片は星のように宙を踊っていて。
 『終演』を覚悟した。
 されど『終焉』にするつもりはなかった。
 凶刃を振り翳すイライザに対し、それでも足掻くため、彼女は両腕を掲げ顔を庇うように構えたのだった。

 そして、そんな二人を裂くようにチェスターの雄たけびが響き渡る。彼はヴィヴィニィの指示通り、ルイスの人形を攻撃、破壊までいかずとも破損させることに成功していた。イライザの短く息を飲む声が聞こえたかと思うと、彼女はチェスターを引き剥がすため手にしていたソードブレイカーを投げつける。当然、そんなものが当たるはずもなく、ルイスに駆け寄るイライザを入れ違いになるようにチェスターはヴィヴィニィの肩に止まった。彼女は、息を大きく吐いてから相棒を労う。

 その先の流れはあまりに残酷で、虚無で、悲劇のようで、喜劇のような。自身の造り上げた"仮想の未来"に刃突き立てられたイライザは、彼女が放したであろう幾多の蝶に魂を導かれるように、バルコニーから転落していったのである。

 ヴィヴィニィはバルコニーの手すりから身を乗り出し、力なく十字を切った。

「……There was a crooked man.And he walked a crooked mile.He found a crooked sixpence.Upon……」

 それは、彼女なりの鎮魂歌なのかもしれない。歌い声は迫り来る炎の燃やす音でかき消されてしまうほど小さかった。

「……あなたも私も、所詮『Crooked Man』だったということさ。" 姉上 "」

 彼女の肩から、チェスターが夜空に向かって飛び出したのはそんな時だった。相棒の飛び行く方向を見届けてから、彼女は悠然と振り返る。愛しい人、その姿を翡翠の瞳に映して。ルージュはすっかり乾いて赤茶けてしまっていた。

「……色々迷惑をかけた。ここまでついてきた貴殿に対して、もう離れろ、なんて言うことは無駄だと理解している。だからこそ、私は、こう問いたい」

 隠れていない彼女の右目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。そして、ボロボロの左手を差し出して、『懇願』する。

「どうか私を、もはやローゼンブルクの名さえ地に落ち、ただのヴィヴィニィという女になった私を、導いてほしい。君の死臭なんて、私には心地よい香水だよ。シンスケ……愛してしまったんだ、心から」

 めらめらと燃え上がり、舞い上がった火の粉は、時折彼女の髪や服を焦がしていたが、どうでもよかった。

7時間前 No.448
切替: メイン記事(448) サブ記事 (727) ページ: 1 2 3 4 5

 
 
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▲ページ上 >>
★必ず ローカルルールメビウスリングのルール をご覧ください。
 ▼スタンプ▲スタンプ
※スタンプはいちどに 3個 まで使えます  ×閉じる
注…進行相談・設定はサブ記事をご利用ください(テスト中)。