Google
    
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▼レス(419) >>

月姫伝説-月神恋ふる秋の花筐-【かぐや姫異譚】

 ( オリジナルなりきり )
- アクセス(8216) - ●メイン記事(419) / サブ記事 (328) - いいね!(28)

芙愛【和風恋愛浪漫幻想物語】 @fue ★iPhone=uYwUDyqtCB



今はとて 天の羽衣着る折ぞ
君をあはれと 思ひ知りぬる

【作者不詳『竹取物語』より】







ながつきの風。
深淵たる果てなき静寂の闇。
射干玉に夜を染める黒は、鬼哭の如き風を孕んで啾々と震える。
此の世に生まれ落ちた民草の業罪を責め立てるあの不気味な夜を、幼かった私は母に手を引かれ歩んだ。

ーー「貴方様は明日より後は、宮中にて月の姫様にお仕えするのです。良いですね、貴方も武士の子なのですから、姫様を御守りし立派に御役目を果たすのですよ」

下級武士の夫を亡くした母の手は痩せていたが、とても温かかった。御役目を果たす=A私にはその言葉が母の本心のようには聞こえなかった。私が齢七つの秋のことである。

ーー「ただの……月の姫といえどただの子供にございます。母上、私はそんな年端もいかぬ、それもおなごの従者になど、なりとう御座いません。私は、父上の代わりに母上を守りたいのに……」

月の姫。
姫などとは名ばかりで、それは己と同じ年頃の少女の身体を用いて造り上げられ祀り上げられた、人間の形をした呪具であり食糧であると聞く。
月の国より舞い降りし異邦者を、囲えば豊宇気毘売神の如くその者は栄え、その死肉を食えばその者は女神の奇跡を得られるという。それは果たして誠か嘘か。
真偽は見定められぬまま、愚かなる民は虚構の上に躍る。都人達は彼女を月の姫君と崇め奉り、もてなし、取り入ろうとし、囲い守る一方で、誰もが彼女を味見して奇跡を手に入れてみたいと睥睨している。
異郷の地よりやってきたという、出自すらも憶えていない少女。都の殿上人達が囲う玩具の人形。憐れとは思うが、武士に生まれながらも下級であるが故に、そのような得体の知れぬ娯楽人形の護衛を一生の務めと割り当てられた此の身にだって天は憐憫をくれたっていい。

道端に座り込んだ私の足元が、急に明るくなった。
幼い我儘に泣き濡れて霞んだ視界に、一面の藤色が照らし出される。ぼんやりと視界を覆うその淡紫が藤袴の群生と気付くまでに数秒を要した。叢雲が切れて月影が射したのだろう。私は、それまで気付きもしないでいた。母と二人、最後の夜にかくも麗しき場所を訪れていたのだということに。
見上げれば幽かな光を纏う遥かなる幻月。
秋の真宵を惑う孤独な月。
蹲る足元に、ポツリポツリと水の斑点が染みを作る。
私の涙ではない。
朧な雲の陰間に独り凍える月の涙だ。


ーー「……あまり月を見つめてはなりませぬ。それに…………」

母は雨除けの笠を私に被せながら苦い顔をする。私は皆まで言うなと途中で制した。

ーー「いえ。わかっております、母上。私はもう泣きませぬ。ただ少しばかり、淋しいのでございます。きっと、月の姫君と同じように」

母は安堵したような、切なげな面持ちで一つ頷き、それ以上何も言わなかった。
寒いのか、お前も淋しいのか、それとも不遜な従者の態度に傷ついたのか。と、幼き従者は掌を月へと翳した。「ごめんな」





月を見つめると狂気に憑かれる、とは、誰が言い出したのだろう。
ながつきの風。
焼けた原に、あの日母と見た藤袴の花織物はもう無い。
ただ、あの夜と同じ月だけが、儚い記憶を照らし続けている。
墨染の風の中、雲居の切れ間から、ちぎれちぎれに。

私は、幼き頃より仕え続けた主人の前に立ち尽くしていた。頭一つ小さな影は私を見上げたまま、穏やかに笑っている。
美しい、と思った。
闇夜の中に、浮かび上がる白の薄衣。紗を透かして尚も淡く光を放つ、しなやかな痩躯に真珠の肌。夢幻に見るような仄明き煌めきを纏う少女。私の主君。輝夜の月の姫。如何して私はこれまで彼女が異世界の者であるということを忘れていたのだろう。

「ーーーー」

自分が何者なのかも、何に巻き込まれているのかも、何処に行くのかも知らぬ異郷の少女。だが、其れでも良かった。
二人で逃げよう、と、主を貴族の元から連れ出した私がいけなかった。月下に降り立った一輪の花は柔らかに匂い立つ魔性を流露する。私は成す術なく取り憑かれ、正気に戻った時にはもう、彼女という存在は忽ちに遠ざかる。
なんの素性も知れぬ姫君でも、其れで良かったのに。月光という伝説の羽衣は、私が誰より良く知っていた少女の、最後の人間らしさを覆い隠す。

一度切っ先を向けてしまった時点で、思い直そうとも彼女はモノ≠ノなってしまった。
権力争いの道具に。
愚者の矮小な願いを叶える咒に。
罪人達の好奇心を嗜好を満たす精肉に。
愛する従者の前でさえモノ≠ヨと変貌してしまった。弱き私の迷いと裏切りが変貌させてしまった。感情の消え去った天女の、死人の如き虚ろな目が、その事実を示している。
私の握りしめた銀色の刃は、劍星の煌めきを宿した儘行き場を失って。

穏やかな笑みの中の、絶望。
嗚呼、今宵は満月だ。

「月へと、帰るのか」

月の姫はそれには答えず、行き場をなくして中空に漂っていた剣先へと自ら飛び込んだ。手を退くより速く、皮膚を裂き肉を断つ感覚が痺れるように伝播する。戦慄く私を抱きしめるように、刃を胸郭に深く飲み込みながら身を寄せてくる。
声にならない叫びを上げる私の耳元で、彼女は囁いた。
「私を食べてください」と。そう確かに。


壊れた絡繰人形のように倒れ伏した聖女の亡骸を、私はしばらく茫然と見つめていたが、やがてそっと抱え上げた。透き通る白妙の羽衣は、既に見る影も無く蘇芳に染まり、ずしりと重みを帯びている。
……月の国より舞い降りし異邦者を、囲えば豊宇気毘売神の如くその者は栄え、その死肉を食えばその者は女神の奇跡を得られるという。……
私は笑った。声が枯れるまで、咽び泣くように笑った。
奇跡とは何だ。長者か、天下か、不老不死か。そんなものは要らぬ。俺はただ、ただの男として彼女の事が欲しかったのに。そんな奇跡なんていう欲望の為に、月の姫君なんて馬鹿げた肩書きのために、彼女は苦しんで死んでしまった。彼女を守る筈の、此の刃に倒れて。
「奇跡なんて」
ありもしないくせに。妖でも不死でもなんでもない、ただの清らかで無垢な少女ではないか。
秋風が啾啾と哭く。
狂気の月光が、珠のような屍者の肌を、撫で回す。

ーー女神の奇跡とやらよ。
本当だというのなら、見せてみろ。

深々と刺さった刃を引き抜くと、風穴を穿ったその胸に顔を埋めるようにして剥き出しの肉に歯を立てて啜り喰らった。

ーーさあ叶えてみせろ。俺の願いを。

「…………助けてくれ…………」

時を遡り、私の主君を助けてくれ。私の弱さの所為でこんな哀しい終焉を二度と迎えることが無いように。

墨色の夜に水音だけが木霊する。
雨など降っていないのに、ピチャピチャと。其れは、ある罪深き人間の男が愛の骸となりし天女を食らう音。

時を遡る奇跡よ。
「ーーーー助けてくれ」

秋風は血生臭く、月光はさやかに。
あの夜の藤袴は枯れ果てて。
長き夜は、おそろしき闇に何処までも沈んでゆく。






時は、止まり、還り、廻る。
あの夜と同じ、長月を待つ或る秋の夜。
従者の願いは叶えられ、月の姫は宮中に坐していた。物心のつきし時より其処から歩み一つも出ること無く。
人形のように……否、いずれ誰かの手に渡り食される家畜のように、囲われていた。
強欲で哀れで愚かな地上の民は、何度でもきっと繰り返す。不二の妙薬……月の民の屍肉を食べた物が与えられる時空跳躍能力≠巡って。
従者は姫を伴い、今度こそ彼女を失わないようにと逃げようとするが、それも無駄な事。殿上人だけではなく宮中の武士や官僚、城下の民、商人、職人、難民、盗賊、逆賊、異形の者に至るまで、月姫伝説を知らぬ者は居ないのだから。









【クリック感謝いたします。当スレの主をさせていただきます芙愛と申します。

当スレは日本最古の物語・かぐや姫をモチーフとしたオリジナル和風ファンタジーです。

冒頭の武士が月の姫の屍肉を喰らい時空跳躍を起こし、一か月前に時を遡ったところからこのスレは始まります。要約すると、権力者の欲望によって宮中に囲われていたかぐや姫が護衛の従者と共に抜けだします。そこで出会う人々が、かぐや姫に惚れているなり 彼女を殺し食べることによって得られるある能力を必要とする各々の事情理由があるなり あるいはその両方の理由によって彼女を巡る争奪戦を繰り広げる和風ロマンスファンタジーです。人間関係の糸は複雑に絡み合い、縺れ合い、恋愛だけではない新たな展開と青年達の成長を物語として織り成していきます。
恋愛ももちろんいいんだけど争奪戦を通して取り合ってた男同士に絆的な何かが生まれる話がいいなぁ。

興味を持っていただければ幸いです。
皆様とのご縁と楽しい交流を心よりお待ち申し上げます。】

3年前 No.0
メモ2016/08/21 23:32 : 芙愛 @fue★iPhone-uYwUDyqtCB

一度は止まったこのスレですが、参加者様のお陰で再興頑張ってます! 現在復帰歓迎中です! 入り方わからない場合はサブ記事かSNSにてスレ主までお問い合わせください(^^)


ザ・まとめ!

http://mb2.jp/_subnro/15066.html-294#a


現在進行中!現在、八月十五日 午の刻

《八月十五日》

http://mb2.jp/_subnro/15066.html-292#a


月姫伝説再興・完結スケジュール

http://mb2.jp/_subnro/15066.html-270#a

切替: メイン記事(419) サブ記事 (328) ページ: 1 2 3 4 5


 
 
↑前のページ (369件) | 最新ページ

輝夜 @yuunagi48 ★Android=eE3SybQ6rj

【鬼女/城下、路地】


吉継の瞳が、あの美しい眼差しが自分に向いたことで恍惚な表情を浮かべる。ずっと探していたのだ。長い間、この瞬間を待ち望んで来た。彼と、吉継と再会し、吉継をこの都という牢獄から解放する瞬間を。彼を自由にし、共に手をとり新たな未来へと歩み出す最初の一歩を。
しかし、それも束の間。ようやくその時が訪れたというのに、最初の壁が立ちはだかった。鬼女はゆっくりと視線を咲秋へと向ける。その表情には吉継を都へ閉じ込める人間に対する怒りと親しげに「吉継」と呼ぶ咲秋へと嫉妬が混じり合う。

吉継の視線が鬼女から咲秋へと向く。それすらも憎らしい。『子供の頃手当てした少女に……』と言う吉継の言葉も右から左へと流れ、ゆっくりと立ち上がった鬼女は咲秋を睨み付けた。

「人間、お前が吉継様につけこんだのですね?吉継様の大切なものを奪い自らの傀儡とする……卑劣な人間がしそうな手口ですこと」

咲秋の正面に立つ。咲秋が剣を振れば確実に当たる距離であるのに鬼女に恐れる様子は無く、また鬼女自身も直接的な攻撃を仕掛ける様子もない。両腕はだらんと重力に従い下げたまま、立ち姿も両足に均等に体重をかけている。

「ふふっ、卑しき人間、貴方の心の闇を私に見せてくださいませ」

しかし、表情から伺える怒りや放つ殺気とは裏腹に楽しそうに鬼女が笑った次の瞬間、彼女の瞳が黒に染まった。白い紙に墨を一滴垂らしたかのように中央にぽつりと色付いた黒は一瞬で薄灰色の虹彩をその色に染めた。鬼女の使える能力『無幻世界』が咲秋へと向けられる。
>咲秋、吉継、周辺ALL

【咲秋君酷い言い様でごめんなさい(汗/謝)】

1年前 No.370

はいせりひと @bloodycat☆T3u8MhS.e3A ★iPhone=vaUwG0CLgh

【光宮哉栄/中庭】





 燻る炎に身を委ね、このまま熱に溶かされて、ただただ醜い心根までも灰にしてくれたなら。未練もなく、悲しみもなく、消えていけるだろう。
 微かに耳に届くのは柱が弾ける音ばかり、哉栄は周囲が無音に近づくのを感じながら意識を落とした。



 ――――意識を取り戻したのは、最愛の弟子の叫びだった。ちかりとわずかな違和感を感じながらも輝夜に手を添えた頬から伝わる柔らかさや温かさが、状況を思い出させた。どこか寝て起きたばかりのような、頭に霞がかかった感覚がするのはなぜだろうか。こんなにも晴れた気分で、やり直そうと思ったばかりなのに。

 いや、違う。夕臙の声が、先程聞こえたのに。たった今の出来事をどうして昔のことのように思い出す必要があるのだろう。違和感は違和感を呼び、混乱する頭でふらりと足元が地から浮いているような不安定さの中で輝夜に手を引かれ、その力に逆らうことなく哉栄は倒れ込んだ。

 次いで聞こえた輝夜の声、そして彼女の視線の先へと目を向ければ弟子が柱に潰されている。

 柱に、潰されて――

「ゆう、べに……?」

 吐き出した声はか細く、呆然としていた。目の前の光景が到底理解できない。必死で柱を動かそうとする彼女の傍らに座り、目を大きく見開かせては現状を理解しようとするのがやっとだった。大切な人、それは私だろうか。それとも月の姫だろうか。いや、そんなことはどうでも良い。大切な人のために他人を殺めようとした己に比べ、彼は大切な人のために自身を犠牲にしたのだ。医者に大切な献身の心と優しさを持っている、大切な弟子。

 その手が力なく地面に転がるのを目にすると、涙を零した。
 そしてこちらに近付く輝夜の、号哭にも似た言葉に耳を傾ける。『やり直された世界』『自身が下敷きだった』それを聞いて、哉栄は疑うことは無い。月の姫の伝説を知っていたこともあり、そして何より信じ難い力なら自分だって持っている。夕臙は、自分を助けようとしてやり直したのか。そう思うと更に涙が溢れた。心優しいあの子が死ぬなんて、あってはならないのに。良い医者になる、僕よりも慕われる医者になる。そんな優しい子だからこそ、僕を庇ったのだろう。
 やり直した世界で僕が夕臙を庇えば、またあの子が僕を庇う。その度に傷付くのは恐らく、この少女だろう。こうして考えている間にも最愛の弟子の体が焼けているかと思うと身が引き裂かれそうな苦しみに襲われる。自分以上になきじゃくる少女のために、何より愛しい子のために、哉栄がとる行動はひとつだった。

「――いたい思いをさせてしまって、ごめんなさい」

 心にも、からだにも。悲痛な表情で、哉栄は輝夜の指を噛み千切り、嚥下した。戻るのはかつて望んだ、兄の元へではない。
 ――夕臙が遡った少し後、彼が叫ぶ少し前。




 手に感じる柔らかさや温かさを感じるのは、何度目になるのだろう。ふと視線を周囲に見渡せば遠くに三人の影が見えた。戻った、戻ってこれた。夕臙が何かに気づいたようにこちらへ走ってくる。あんな勢いで走っては、転んでしまいそうだ。
 哉栄は輝夜の頬から手を離し、肩を掴んで夕臙たちがいる方向へと飛び退けた。助かる、助かるはずだ。早くに行動したのだから。それでも体力や筋力に自信のない哉栄は不安だった。肩を掴んだ輝夜が万が一にも傷つかないように飛び退いた瞬間腕に抱いた。たくさん傷付き、自分の勝手で傷つけてしまった少女を守りたかった。
 柱が倒れる轟音は、哉栄たちの足元で響いた。崩れ落ちた衝撃で飛び知った木片や火の粉が哉栄の足を少し焼いたが、大したことではない。何より、腕の中の少女も己も心臓がちゃんと動き、生命の危機を脱しているのだから。

 荒い呼吸を繰り返しながら、そっと腕の中から少女を解放し、勢いよく向かってくる弟子の方向に体を向けた。飛び込む勢いの彼がこの倒れた柱へ突っ込まないように腕を広げて彼の身体を抱き留めた。既に満身創痍な哉栄は勢いに負けて背中から倒れ込む。それでも上に感じる重みを離すことはなかった。その重みが、何よりも嬉しかった。

 夕臙が己を庇って柱の下敷きになったとき、兄が死んだ記憶がフラッシュバックしていたのだ。自分を庇って逝ってしまった兄のように、弟子までもが自分を置いて逝くのかと思うと怖くて、怖くて、何より悲しくて寂しくてたまらなかった。じわりと滲む涙を拭うこともなく、弱々しい力ではあるがしっかりと抱きしめ、存在を確かめる。

「……ごめんなさい。お前まで、置いていかないでください」

 生きてほしい。生きてほしい。守りたい、助けたい。医者としてその信念を胸に長年過ごしてきた。その気持ちは偽りじゃない。

「きずつけて、ごめんなさい。僕のわがままで……お前も、姫も、きずつけて……」

 失いたくない、大切にしたい。兄のように自分を犠牲にして助かるのならそれでいいと思うのに、それを弟子が許さない。――ならもう、罪や、苦しみや、後悔や、兄の命を、腕の中の温もりを背負って、生きていくしかない。
 生きたいと、思った。

>>中庭all




【私の勘違いだったりすれ違いがあったらごめんなさい……!! 哉栄も遡りました! 夕臙くんが遡ったあと、叫ぶ少し前です。がっつり確定ロルすみません……! もし何かあれば遠慮なく仰ってくださって構いませんし、確定ロルも遮ってください! とても楽しい展開です! 胸熱! なんか色々すみません!】

1年前 No.371

佐竹咲秋 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【佐竹咲秋/路地】

この女はおかしい。吉継に見惚れたようにうっとりとした表情を浮かべる鬼女を見て、本能的な危機感を覚えた。その端正な容姿と明朗快活な性格から宮中では吉継に想いを懸ける女中や娘御などは少なくは無かった。恋の悩みの相談に乗れだの恋文を代わりに渡してくれだの、宮仕えする華やいだ女子達に色男な相棒の所為で引っ張り回された咲秋には良く分かる。尤も、そんな色恋話も相談窓口である咲秋の朴念仁ぶりに女子達が興ざめし、近頃は漸く蚊帳の外となったわけだが。
しかしこの女の妄執にも似た夢見る横顔は、そんな咲秋から見ても異常だ。妖の恋というのはかくも重いものなのか。吉継が危ない、と直感した。

「吉継、お前、姫様を守る身でありながら妖に情けをかけたのか」

昔助けた、と答える友人に、咲秋は厳しい口調で問うた。姫様を、否、彼女だけでなく宮中を脅かす妖は一人たりとも朱雀の門を通さず、指一本でも触れようものなら切り捨てよと教えられ、それを守ってきた。仮令先日の狐の子のような者であっても輝夜か華切の言葉がなければ情けを懸ける事は許されず、心を鬼にしてきた。それなのにもしも、合わせの貝のように二人で一つだった友人が妖の女と通じ合っていたのだとしたら。想像するだけで震撼した。昔と云うのはもっとずっと前だと言って欲しかった。だがそんなに昔なのなら、この女のこの恋人のような態度は一体何だ。

「貴様のほうこそ、吉継に何をした。吉継もこの咲秋も、左京院の物であり姫様の物だ。妖め、誑かそうとてそうは行かん。俺達は姫様を裏切らぬ! 立ち去れ!」

立ち上がりながら此方を睨み付けてくる鬼女を、咲秋も睨み返した。触れれば切れそうな眼差しは、鬼女の嫉妬に燃える眼光とぶつかり合い、乾いた火花を散らす。唸るように声を低め、退魔の宝刀の柄へと指を這わす。重心を落とし柄を握り込む間際に、「友人の助けた女」という文言が、羽ばたく胡蝶のように脳裏を過る。抜刀の間際のその迷いが、命取りだった。

彼女の放つ視線が空気を震わせて、さながら時を氷漬けに止めたようだった。墨絵に描いた雪景色のような薄灰色の虹彩の中に、黒い点がぽつりと浮かび上がると、ぶわりと滲むようにその瞳を染めた。釘付けになった咲秋の視線を射抜くように漆黒は伝搬して、瞳孔から網膜を侵し、視神経を喰いながら脳を染め上げる。あれは墨染の風の色だ。長月の風の色。びくりと痙攣したように一度身体を震わせ、咲秋は磔に遭ったかの如く一切動かなくなった。開かれた瞳の奥は伽藍堂で、そこから鬼女の呪詛が、そして遠い過去の記憶が体内へと流れ込んでくる。

---

咲秋の意識は記憶の底へと沈み、幻覚に映し出された焼け野が原を漂っていた。

ながつきの風。
焼けた原に、あの日母と見た藤袴の花織物はもう無い。
ただ、あの夜と同じ月だけが、儚い記憶を照らし続けている。
墨染の風の中、雲居の切れ間から、ちぎれちぎれに。

咲秋は、幼き頃より仕え続けた主人の前に立ち尽くしていた。
雲が切れると黄金色の巨大な満月が、その全貌を現す。
輝夜の後ろ姿が、月の前でこの世のものとは思えない影絵を織り成し、咲秋は目を見開く。
闇夜の中に、浮かび上がる白の薄衣。紗を透かして尚も淡く光を放つ、しなやかな痩躯に真珠の肌。夢幻に見るような仄明き煌めきを纏う少女。
射干玉の黒髪を甘き風に放つ後ろ姿が、月の出た途端に遠のいていくように感じて。
忘れていた、虚構のような現実を、思い出す。
目を背けてきた、初めから目の前にあった御伽噺が、突き付けられる。

見てはいけない。駄目だ、振り向かないでくれ……
咄嗟にそう思うのに、咲秋はまた、磔られたかの如く身じろぎひとつできない。
月を見つめると狂気に憑かれる、とは、誰が言い出したのだろう。
黄金月華の煌きの中で、咲秋の願いとは裏腹に輝夜がゆっくりと振り返る。

そうであった。わかっていたのに。彼女は異郷のーーーー
決して届かぬ、月だ。彼女は。
どれほど焦がれようとどれほど手を伸ばそうと、
月無き夜の闇だろうと、月下に綻ぶ花だろうと、触れられない事には変わりない。

咲秋が誰よりもよく知っていた少女が、急に遠い人へと変わろうとしている。

ーー「逃げられないって……如何して。 何故、何故そのようなことを! これ以上、誰が…………」

夢幻の中で咲秋は必死に叫んでいた。
これ以上誰が、 ……これ以上、誰が私から貴女を奪うのですか、と。それではまるで、輝夜を自分の所有物とでも思っているようだった。これ以上、と、いうことは、今までにも、自分は誰かに輝夜を奪われた気でいたのかと。それに、それこそ月に魅せられた他の都人達と同じように。

なんて生々しい夢だ。否、夢ではないことを、咲秋は知っている。
目の前の映像は、嘗て本当に此の目が見たものだ。聞こえる声は、本当に聞いたもの。これら全ては、咲秋が既に経験してきたもの。何故なら、続く輝夜の次の句を、思い出して耳を塞ぎたくなったのだから。

ーー「私……女郎花が好きだったのね。けれど、私が好きになる人は私を置いていってしまうの。だから……」

私では、駄目だったのだ。
閉ざされていた記憶の扉が開かれる。やめろ、と自分を制したいのに、既に書いてしまった消せない筋書きのように物語は展開する。

ーー「やはり私には貴女は理解できない。遠すぎるのです。触れることができないのです。月の姫。……申し訳ありません。此処に居るのが、私が、女郎花≠ナはなくて。……華切様ではなく私が貴女の身代わりになっていれば、貴女を本当に愛していた彼であれば、」

劔星を映す鏡の刃、破軍の星を宿す切っ先が、つ、と下りてきて、輝夜へと向けられる。追い詰められ絶望した者の冷徹な眼差しが、水面のように静かに、輝夜を見据えた。

ーー「こんな真似は、しなかったのでしょうね」

咲秋の心に罅が入り、崩壊する硝子細工のように砕け散る。

「あ……ああああああああ!!!!」

現世で動かなくなった空の咲秋は、突然絶叫した。見開かれたままの虚ろな瞳から涙を流し、月に吠えるように絶叫した。

如何して、一体如何して忘れていたのか。己の業罪を。

「や、めろ……もうやめろ!!」

息を乱し汗と涙に塗れて、懺悔にも似た言葉を吐いても、めくるめく記憶の夢幻は止まることがない。

巨大な望月の映写幕、黄金の光の中で展開されるは幻想影芝居。二人の影は重なり一つとなって、その背を貫いた一振りの影が、舞い散る血飛沫を伴いゆっくりと伸びた。
記憶の中の輝夜は戦慄く咲秋を抱きしめるように、刃を胸郭に深く飲み込みながら身を寄せてくる。

鮮やかに、生々しく、蘇る。

首に回される両腕の温度を、抱き締めるその胸の温度を、互いの腹を真っ赤に染めて広がる血液の温度を、耳にかかる絶えかけた吐息の温度も。

此の腕の中で息絶える最愛の少女が、あの言葉を囁く。
「私を食べてください」と。そう確かに。

---

輝夜を月の姫に仕立て、殺して食べたのは他でもない、自分自身だった。自分が斬り捨ててやろうと息巻いていた誰でもなく、最愛の人を殺して食した佐竹咲秋が、狂気の果てにやり直したのが此の世界だった。

「姫様を殺したのは」

そう力無く呟いたきり、咲秋は糸の切れた傀儡のようにどさりと両膝をつき、術から覚めると同時に倒れ伏した。


>吉継、鬼女、all

【皆様へ、咲秋が見た記憶の詳細は、此方の番外小説です。( http://sns.mb2.jp/fue/d-193)
ダイジェスト版がこのレスと >>0 の後半なので、番外小説は時間が沢山ある方だけお読みくださいませ(^ ^)】

1年前 No.372

語り(モブ) @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【(モブ妖)屍達+火車/城下・石階段】


珠芽の手にした短刀は、一つの屍の腹に刺さると、そのまま一文字に皮膚と筋と腹膜とを切り裂いた。溢れ出るのはとうに生命活動を終えた冷めた臓物。振るう反対の腕は鋭い爪で胴を裂き、その勢いで走る屍は薙ぎ倒された。内容物と固まりかけた血潮を撒き散らしながら、動く屍達は武器をとる間もなく躍るように跳ねて転がり呆気なく斃れ伏す。生命力と妖気に溢れる若き大妖狐の前に怯む屍も、其処までの知性が無いのか我武者羅に向かってくる屍も、次々にその皮を破られ身体を貫かれて土人形のように泥に還る。
彼岸の足元に、屍の屍(かばねのしかばね)が折り重なって行く。前に続いて武器を無計画に振り回す事しか知らない空虚な傀儡は、自ら彼岸の刃に吸い込まれるように向かっては斬られ、抉られては仲間の上に斃れた。

嘗ては幸せに生きていた人間であったのかもしれない。或いは貧困の中を必死に生き抜いてきた人間であったのかもしれない。死はそれらの物語を同じ芥に踏み躙り、それから血の海で等しく踏み均した。
胴からはずれた頭、武器のほうについていった腕、血染めの顔は空の眼窩で思い思いの星を仰ぎ、下半身と分断された上半身は他の動く屍に踏み付けられた。
それでも屍達は向かってきた。爛れた皮膚をぶら下げ、的外れな武器を手にして、滑稽なまでに愚かしく向かってきた。斬られても血飛沫すら上がらない、とうに冷たくなった身体で。とめどなく、されど確実にその数を減らしながら。弔いの火も無い物騒で哀れな葬列が、土気色の顔で押し寄せる。

四方八方から襲い掛かってくる屍達は、彼岸と珠芽を囲繞する輪は、狭小化してはまた開き、花弁のように舞い散っては蟻のように集まる。肉を切り骨を断つ音が、淡々と続いた。骸を並べた舞台の上で陽炎のように佇む二つの影が、鮮やかに躍動する。数多の死の影が二人に襲い掛かろうとする度に蹴散らされて、再び物言わぬ姿となって宙を舞う。

一体、其々が何体目の骸を斬った時だろうか、すっかり疎らになった死者の波の向こうから、鮮やかな青色の火の玉が近づいて来る。積もる亡骸を徐々に染め上げて、火の玉はその実態を露わにする。
「山ノ妖、強イナ」
「人間ハ、弱イナ」
二人の前に現れたのは、青く燃える人力車を引いた猫の様な姿をした妖ーー即ち、火車である。四体の火車は、自分達が戯れに送り込んだ屍達の様子を見物しに来たようだった。

「人間ガ負ケタナ」
「人間ハ相撲ニモ負タナ」
「何ヲヤッテモ駄目ナ人間」
「マダマダ、人間、イケイケ、人間、コレデドウダ」

哀れで滑稽な玩具が壊されているのを嗤いながら、火車は好き勝手に喋っている。興味も尽きて帰るのかと思いきや、その内の一体がテンテンと太鼓を鳴らし始めた。小太鼓の音に呼応するように、木っ端微塵に壊された屍の部品が宙に浮き寄せ集められ固められて、闇夜には巨大な髑髏が浮かび上がった。がしゃ髑髏ーー埋葬されなかった死者達の骸と無念の集合体。

「「「オオッ イイゾイイゾ! コレデドウダ!」」」

屍体の恐るべき再利用に他の火車達がどっと湧き、歓声を上げながら太鼓を打ち鳴らす。眼窩に同じ青の火の玉が灯り、がしゃ髑髏が動き出す。一つになった巨体を擡げ、白骨と変わり果てた両拳を珠芽と彼岸の其々を目掛けて振り下ろした。

>珠芽、彼岸、all


【お二人の殺陣が至福……。火車会ってみたい!というリクエスト(えっそんなものなかった?)にお応えして、火車と合体ロボ・がしゃ髑髏を登場させてみました。登場させてみたけど、そろそろ他所との合流などもありましょう、どうぞサクサクッと倒してしまってくださいませ! 木っ端微塵の滅多斬りにするも良し、おめめを狙ってグサリでも良し、操り主である火車達を倒すでもよし、お任せしまーす。そしてあわよくば次レス辺りで撤退しますねー】

1年前 No.373

語り(モブ) @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【(モブ盗人)佐野暁時/左京院邸内部→退却】


「ああ。それだけだ。……驚いては、無さそうだな」

目を伏せる華切を前にして、裏切者は鼻を鳴らした。初めから部下たちの事など信用して居なかったという事か、という意味を息継ぎの間に込めて暁時は侮蔑するように笑う。栄華の坂を転落した左京院の御曹司の横顔には、驚きや怒りや哀しみすらも寄り付かぬような底知れぬ虚無が寄り添っているように見えた。

「ぼっちゃん、精々地獄で会いましょう。この盗人にも今や守るものがありましてね……そうそうあの日左京院様に背いてまで選んだ、家庭、というやつです。賎民にも金は要りますし此処で死ぬわけにもいきません。……くくく、お互い様ってものでしょう」

思っていたほど華切が動揺しなかったのを見ると、興が冷めたように暁時は攻撃的な物言いを解いた。可哀想な人だ、という憐憫と軽蔑の入り混じった気持ちで皮肉な笑みを浮かべる。

別れの辞を述べると、暁時は盗んだ左京院の財宝を腕に抱えたまま、華切の元を立ち去ろうとする。二人の周囲は会話の間に四方に火が回り、紅く染まった壁に取り囲まれたこの空間に、脱出口など無いように見えた。しかし逃げ場など無いかに見えても盗人は慌てた様子も見せなかった。
彼が立ち去るべき瞬間を狙ったかのように、天井に人一人が通れるくらいの穴が空いたのである。
「あんた! 遅いじゃないか! 早く来な!」
顔を覗かせたのは勇ましく天井を破り抜いた暁時の妻である。
「昼顔。おまえこそ! 待ちくたびれて灰になるかと思ったぜ」
暁時は煤けた顔でにやりと笑って天井の穴から覗く伴侶の名を「昼顔」と呼んだ。

人の世が転覆されようとする今、貴賎の区別など越えて危機に瀕した今、より生き残る勝率を高めるのは、生きたいと願う気持ちがより強いほうであると暁時は信じていた。この身の生きる意味である「大切なもの」を自分は信じられる。それは目の前に佇んでいる、その身を取り囲むあらゆるものを信じられない貴人に勝る強みではないかと、思っていた。勿論、華切の輝夜への想いなど知る由もなく。

暁時は焼けた畳を踏みしめてから助走をつけ、あらん限りの力で跳び上がる。ぎりぎりまで伸ばしたその腕を、天井裏から伸ばした妻の掌が掴む。武官とその細君であった二人の運命は一度は狂わされ火事場泥棒の夫婦に成り果てはしたが、見事なまでの阿吽の呼吸で天井に穿たれた穴に吸い込まれるようにして華切の前から姿を消しこの危機を脱した。彼等には彼等なりの守るべき者と生きる術があるというだけのこと。二人の泥棒は天井裏から屋根の上へと抜けて、中庭へと柱が倒れていくのを気にすることもなく、再び混沌の夜の中へと溶けていった。
残された伊織の居室には、派手な退却の所為で加わった振動により、天井の木材までが落ちてきた。女泥棒・昼顔が夫の為に開けた脱出孔から、荘厳重厚に見えた天井は綻び、煌びやかな絵画装飾も呆気なく崩壊し、ばらばらと氷柱のように華切へと降り注ぐ。可燃物が落ちてきたことで焔は勢いを増し、更に高く燃え上がった。

>華切、all


【華切様ー! お相手ありがとうございました! 道場対ゾンビ編も終わりに近づいてきた為、モブおじさんは退散させていただきます。このあとはたぬき様と崎山様のお好みの展開で、彼岸さんとの再会を果たしていただければと思います(^o^)】

1年前 No.374

夕臙 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【夕臙/宮中・左京院邸庭】

自分を呼ぶ声がする。誰かの泣く声がする。
ーーせんせ、い?
あの時と同じだ。子供の頃、生死の境を彷徨っていた魂が聞いた声。見た光。母親が泣いていた。父親が呼んでいた。あの時は曖昧な景色の向こうから、光宮哉栄は現れて、その手で命の灯火を分けてくれたのだった。
今度は、自分を呼んでいるのは誰だろう。泣いているのは誰だろう。
懐かしい光の中で、夕臙は振り返ってその姿を見た。

かちり、と、何かが歪みそして再び噛み合うような奇妙な感覚があった。

…………。

気付いた時には夕臙は、燃え盛る邸の柱と、倒れんとする導線上に居る哉栄と輝夜を前にして立っていた。

おれは、先生を助けるためにあの子を食べて時間跳躍をした。それなのに、なんだか長い夢さえ見ていた気がする。何をしているんだ、今ならまだ間に合うのに。

次第に瞭然としていく意識の中で、夕臙は何故自分が何をしようとして此処にいるのかを思い出す。一度目は哉栄・輝夜と柱の間に無鉄砲に飛び出した為に、途中で思葉に助けられ、結果としてその後ろにいた哉栄が犠牲になってしまった。その哉栄を救おうとやり直した二度目で自分が下敷きになってしまったことを、夕臙は憶えていない。二度目で身代わりになった夕臙を救おうと今度は哉栄が時間跳躍ををした為に、夕臙の記憶は自分が時間跳躍をしてきたあとのこの瞬間に上書きされてしまったからだ。
自分が一度死んで助けられている事など気付く由もなく、夕臙は今しがた哉栄を救おうと時間跳躍をしてきたつもりで、同じ思考回路で智慧を巡らす。

ーー思葉の腕が哉栄を救うか、或いはその前に柱の向きを逸らせば良いのだ。
一度目は無謀にも柱を静止した両手で迎えようとしたから逸らせなかった。つまりーー

同じ結論。その瞬間から旋風のように駆け出した。師の時を超える想いにも、輝夜が此の身の為に傷を増やしたことにも、そして自らの死の運命が既に一度描かれていたことにも、気付く事すらなく。

「……さ、!」

さがれ、そう叫ぼうとして、夕臙は事態が既に変わっていることに気付いた。輝夜だけを安全なところに突き飛ばして柱の崩落に巻き込まれる筈だった恩師、その動きが夕臙の知っているものと違う。哉栄は輝夜の肩を掴み、自らも共に飛び退いたのだった。二人の隣を掠めるようにして、僅差の距離で柱が倒壊する。
ーー……奇跡が起こった。
夕臙は喜びとそれをも凌駕する驚きに失速する事も忘れてしまう。まずい、このままでは突っ込む……そう思った時にはもう、少年の小さな身体は最愛の師の両腕に包まれていた。

半ば哉栄を押し倒す体勢で、天地が引っくり返る。何よりも守りたかった鼓動を胸の下に、紅い星の咲き誇る夜空を背の上に。師を下敷きにしたまま、弟子はその脈打つ胸に頬を寄せ、喜びと安堵に泣いた。背中に細い腕が回り抱き寄せられる優しい力に甘え、暫くその存在を確かめるように味わった後、ややあってから不思議そうに顔を上げた。

「先生……?」

見れば哉栄も泣いていた。自分と同じように、誰かを失う恐怖から解放されたように泣いていた。少し自らの身体をずり上げて、彼の白い肌に光る温かな涙を、指の甲で慈しむように拭い取りながら、不思議そうに哉栄の言葉に頷いた。「お前まで」に続く彼の言葉はつまり、夕臙が今しようとしていたことの行く末を知っていたかのようではないか。其処まで考えた時、夕臙の丸い目はまた大きく潤んだ。

「おれ……っ、光先生が、このまま神様の力を使ったら死んじゃうって、知ってて……だから、先生がおれを含め誰も救わない運命に、先生が名医にはならないけど幸せに長生きできる運命に、……変えたくて……先生の兄ちゃんが助かるように過去を変えれば、って、それで」

堰を切ったようにぼろぼろと大粒の涙が零れおちる。もう哉栄の前にも輝夜の前にも本当の事を隠しておくのは辛すぎた。

「おれは、医道を志す者でありながら人を殺そうとしたんです……。さっき先生を助けてくれたのは、月の姫なのに、そのお姫様を……っ。おれは先生の弟子を名乗れるような良い子でも優しい子でも本当は無いんです」

夕臙は恥も掻き捨てて、涙と鼻水で顔を汚しながら泣きじゃくった。人は傷付けるし、人から奪った金で学校に行ってたし、欲しい本があれば盗んだし、人を殺そうとさえしたし、関係のない妖の少年を切ってしまった。全てを知っているのは薬師寺紫ぐらいで、尊敬する哉栄の前ではどうしても良い子で居たかったから、失望されるのが怖かったから、隠していた。それなのに哉栄はいつも自分を優しい子と評するから辛かった。更に哉栄はそんな自分をまたしても救ってくれた。それらを今、すべて明かした。けれど、それは哉栄も同じことだったと、輝夜との会話を垣間見た時に、輝夜の指先を彼が噛んだ時に知っていたのだった。

「失望されると思って言えなかった。だから、先生がお姫様を食べようとしていた時……驚いたし阻止しなくちゃと思ったけど、何処かで少し安心したんです」

神のように崇めていた恩師の、聖人君子の衣は少し剥がれ、只の人間と同じ衝動が彼にも等しく在ることを弟子は知ってしまった。それでも尚一層、落胆どころか其れすらも含めて守りたいという愛しさが湧いた。

「光先生に生きて欲しかった。はじめはおれが先生に助けられたことも帳消しにして平凡に幸せに長生きして欲しかったけど……でもやっぱりおれは、どうしたって先生に出逢えて良かったと思ってる。やっぱりおれは、先生に逢いたい。……みつせんせいと、生きたい」

この先、哉栄に残されている時間はそれほど長くはないかもしれない。あの星飾の不思議な奇跡の力を発揮しない過去に書き換えられたなら、薬師寺の言うようにもっと命を延ばすことが出来たかもしれない。それでも、哉栄が輝夜の前で「今を生きたい」と決断した事に比べたらそんな仮定に如何程の価値があろうか。夕臙の心に掛かっていた叢雲は雨に融けて、晴れた夕月夜へと変わっていくようだった。

>哉栄、輝夜、思葉、薬師寺、all


【輝夜ちゃん、哉栄先生、ありがとうございます! 美味しいレスで夕臙復活です! 遡った後、叫ぶ少し前から書かせていただきました。めちゃめちゃ楽しかった……!】

1年前 No.375

@kronos☆M83pBhikgC. ★Android=Esl6XVmNcI

(薬師寺紫、思葉/左京院邸庭→何処かへ/)

終わった。そう思った瞬間の薬師寺の動きは速かった。着物のどこに隠していたのか短刀を右手に忍ばせ輝夜へと向かおうとする。しかし、そこで変化があった。気付かない。何も変わらない。何をしていたのか、何が起こったのか。

同じく陰に隠れていた思葉も同じく、何かを掴んだはずだった。いや、何も掴んじゃ居ない。何かを助けたいと願った筈だ、妖怪と世間に謳われる自分が。しかしそれすらも記憶にない。現実は何も変わらない。

薬師寺紫は先の茶店にて、店主に迫った様な恐ろしい顔をしていた。何故なら、たかが弥栄の優しさに触れただけで、あの覚悟を決めた夕臙は泣いて謝ったのだ。

思葉は落胆した。やはり人は変わる存在。あの覚悟も、何かを成し遂げるという意思も、あの夕臙からは抜け落ちたように見えたのだから。

ふたりは知らない。何が起きたのかを。故に怒る、故に見放す。

「詰まらん」

どちらかが呟いた言葉は其れを最後にその場を後にした。

1年前 No.376

珠芽 @d0ap ★Android=oiMOxDsfGh

【珠芽/城下の外れ・石階段】

(……酷い臭いだ)

 利きすぎる嗅覚を呪いながら、顔をしかめつつも短刀を横へ縦へと振り、もう片方の爪で更に追い討ちをかける。が、先程戦い方を学んだばかりで大勢を相手にしたことなどない珠芽は少々苦戦していた。そんな中、師の声が響く。彼岸の言葉に一つ頷くと、教え通りに身体を動かし、再び屍達を切りつける。寸前まで引き付け次々に切り裂くと、身体をぐらっと傾け倒れていく。
 骨が擦れる音と共に次々と屍達は地に伏せる。哀れな者達。人として静かに逝けず、妖に弄ばれるとは。珠芽はそんな屍達に少なからず同情していた。

「大体……片付いたか?」

 立ってる屍の数が始めよりも明らかに減り、一つ息を吐きつつ呟く。すると、屍達の向こう側に青色の揺らめく炎が目に入る。屍達を動かしている妖怪……近付いてくるその姿が露になった。猫のような姿をし、太鼓を携えるその姿は、

「火車……。人の亡骸を奪い、戦わせて何が面白い」

 好き勝手に喋る火車達に、溜め息と共に言葉を吐き出す。が、その中の一体が陽気に太鼓を打ち鳴らせば、たちまち屍はがしゃ髑髏として姿を変えた。

「あぁ、可哀想に……」

 がしゃ髑髏を見つめ、無意識に言葉が飛び出していた。哀れだと同情する反面、宮中での出来事が思い出される。篭に入れられ傷だらけにされた自分。訴えれば訴える程に、酷い仕打ちを受けた。今、その時の報復として戦うのか。……否、そんなものの為に戦いたくない。これは、人をあるべき場所へ返す為。

「面倒な事を。お前達も、いつまで妖に遊ばれているんだ」

 火車とがしゃ髑髏に向かって眉を潜める。この巨体に、短刀では挑みきれないかもしれない。それは圧倒的な経験不足からそう思ったのか。珠芽は短刀を納めると、その姿を九尾狐へと変えた。これならば、少し動きやすい。

「おれは、がしゃ髑髏を倒す」

 彼岸に宣言するよう、そう言い放つと振り下ろされた白骨の拳から素早く駆け上がり、その眼窩の青い炎に向かって狐火を放った。

>彼岸、周辺all

1年前 No.377

はいせりひと @bloodycat☆T3u8MhS.e3A ★iPhone=VP4MQKiD6u



【光宮哉栄/中庭】

 腕の中の温もりの身動ぎを感じ、哉栄は目を瞬かせる。その拍子にまたいくつかの涙が弾かれて頬を滑るも、弟子の手の甲に拭われてはその頬の温もりへと顔を傾けた。子どものように鼻を鳴らし、とめどなく溢れるこの涙をどう止めれば良いのか、それすら分からない。見上げる弟子の瞳が潤めば、嗚呼泣かせてしまったのだ、とまたやるせなくて唇を噛み締める。
 ……彼は知っていた、力の代償を。弟のように、子どものように可愛がっていた彼は自分が思うよりもずっと多くのことを見て、聞いて、考えていた。知らないところで成長していた。人を殺そうとしたと告白したが、それもきっと何かを考え、誰かのためを思い、したことだろうと哉栄は分かっていた。ただもう少し早く気付くとができたのなら、とやはり後悔は残る。追い詰めたのは、野望に目がくらんだ自分だ――しかしそれを言えば優しい弟子は否定し自分を追い詰めるだろう。そっと手を持ち上げ、手のひらで彼の頬を包み涙に濡れる目元を撫でる。噛み締めていた唇から力を抜いて、笑ってみせる。

「お前のことは、誰よりも知っているつもりでした。でも、その苦悩に気付くことが、できなかったんですね。医道を志す、やさしい、僕の弟子。傷付けたのはきっと僕です。けれどその間違いを、お前が正してくれました。……お前がいたから、きっと、医道を貫き、今ここにいることもできた」

 やさしい、やさしい、かわいい子。今まで何を思い、何をしてきたのか、改めて問うことはしない。そうしなくても、悲痛な叫びで十分だった。哉栄は弟子が己のすべてを知ってしまえば離れてしまうだろうと思っていたが、醜く浅ましい欲にまみれた姿を見て、彼は安心したと言う。

「失望なんてしません。僕はお前を、何よりも大切に思ってるんです。ずっと、変わりません。――……これからも僕と生きてくれませんか。お前がいないと、寂しくていけない。光宮哉栄としての僕を、医師として、お前の師としての……私を。最期まで、見ていてください。それは、お前の最後の勉強にもなると思いますから」

 笑顔。優しく、温かな笑み。生きてくれないかと言ったものの、哉栄はこの混沌した現状で自分のやるべきことを――自分にしかできないことを理解していた。焼けた屋敷、傷ついた人々が蔓延るこの地獄絵図で哉栄の力は大いに役立つだろう。深呼吸をひとつ、ふたつ、大きく肩を動かして肺に空気を吸い込めば全身に酸素が回り、頭がはっきりとしてくる。泣いている場合ではない、動かなくてはならない。
 医師として、やらねばならないことがある。

「立ちましょう、夕臙。まずは私に、彼女の傷を癒させてください」

 視線を向けた先にはこの時間を超越する力を持つ、人ならざる少女。しかし流れる血は赤く、その姿を見ては悲しく表情を歪めた。

>>中庭ALL




【お待たせしてすみません……! 夕臙くんの思いが素敵過ぎてもう一生一緒にいたい……哉栄の介護をよろしくお願いします……!!】

11ヶ月前 No.378

崎山 @caim ★Vxqs1Pnm4y_mgE


【東雲 彼岸/城下の外れ・石階段】

 ――その猫の姿をした怪からは、己が先程まで次々と斬り伏せていた死者の群れと同じ臭いがした。
 死の臭いが充満する最中でも妙な切迫を感じないのは、その猫の姿をした怪共の語り口調がやけに軽々しいものであったからなのかもしれない。どうしたものかと峰を肩に担いだ。それからこの茶番を遮るべきかと、狐を横目で見る。狐の溜め息と共に意見が一致したのだと理解した。
 ふと、太鼓の音に意識が向く。その振動に呼応するかのように周囲の死者の身体の一部が宙を舞い始めた。火車たちの歓喜の声とは裏腹に、深い憎しみを宿した屍の一つ一つが集い、巨大な骨格の形成が行われていく。どこまでも弄ばれるその器の数々を見上げながら、目を細めた。埋葬をされず望まぬ形で操られるその魂たちは、いつか怪に刃向う日が来るというのか。そうなれば、恐らく自分も例外ではないと小さく鼻で笑った。

 がしゃ髑髏の両目の青が、ぎょろりと此方を捉える。その後、両肩が呼応するかのように後ろに引いた。どうやら狐とおれを一度に叩き潰すつもりらしい。思わず、迫る拳を見上げながら口角を吊り上げた。おれの隣で、下級の者であれば怖気付いて逃げ出すほどの妖力を持つ者が今此処で牙を剥こうとしているというのに。静かに納刀を終え、次に聞こえた狐の宣言のような物言いに小さく首を縦に振った。
 本来の姿と成った狐の妖力が、おれの皮膚を震わせていく。その力量は明らかであった。その放たれた狐火は、逃れることを許さない。管のような炎が青い眼窩に纏わりつき、そのまま吸収をするかのように細長い黒煙を吐き出していた。
 そして一呼吸置いた後、かつて人であった一部たちが糸が切れたかのように降り注いだ。どうやら当の四匹はがしゃ髑髏の拳の向かう先を見ずして逃げ出したらしい。落下する数粒の人の名残りを、三度ほど鍔で振り払った。
 狐が地へと降り立つと同時に、頃合いかと今まで帯刀していた刀を鞘ごと抜き取る。それから、鞘内の刃を狐とは反対方向に向け、峰を向けた状態に持ち直した後に、深い敬意を払うよう一礼を行った。稽古の終わり、それから、この師弟の関係性の終わりであると告げるように。

 一歩後退し、それから感じる畏怖のような感情こそが、本物となって頭上へと降りかかった。これが妖怪の本能であると言われれば、そのような気もした。おれが初めてその感情を覚えた相手である、かつての烏天狗の長であった父をも凌ぐ妖力をこの狐が手中にするだろうことは明白であった。しかし、それでいてもおれにとっての父は尚も絶対の存在であった。


 石階段を下り切り、目の前に広がるは想像以上に荒れ果てた都の姿であった。未だ焼け落ちることなく残る屋根へと跳び、着地と同時に翳した右掌から霧を発生させた。濃度が周囲の空と混じり切るにはまだ早いが、それでもこの闇夜の中で揺れる火の影に身を隠すことは容易いことであった。駆ける足を、炎の黒煙と同化させていく。遠くで怪の咆哮が聞こえた。それでも、向かう先が変わることはない。かつての同胞のように風のように飛行することはできずとも、おれにはこの脚がある。行く先を塞ぐ名も知らぬ怪を、抜刀と同時に切り払った。恐らくこれを、人は天狗倒しと呼んだのだろう。

 幾つ目かの屋根へと降り立った先、四つの足音に瞬時に身を低くする。先の怪と同様に斬り捨てようにも、どうも妙な予感がした。目を凝らすと、その様子からどうやらその正体が二人の“同業者”であると予測した。人に盗賊が務まるものかと吐き捨てようにも、視線が一点に留まったまま逸らすことができなかった。その二人が腕に抱くそれは、見覚えのあるものであった。否、初めにそれらを狙っていたのは、おれであったはずであった。
 まさかと最悪を想像するが、どうも死に直結するような臭いは感じない。――おれの横を、二人が駆けていく。呼吸をすることも、忘れていた。
 最も風の流れを感じるその場所は、意図的にくり抜かれたように人一人が潜れるほどの幅の穴が空けられていた。脳裏に、四つの足音が思い出される。

 即座に穴へと足を滑り込ませ、突き落とされるかのような衝動のままに下り立った。次第に炎の熱量が皮膚へと染み込んでいく。

「なにを、しているつもりだ?」

 その、中央に佇む気配へと、そう言葉を投げることが精一杯であった。床のあちこちで燃え滓となっていくかつての高級品を目で辿る。

「お前までも燃えてしまえば、盗めるものがなに一つなくなってしまうではないか」

 皮肉が言いたかった訳ではない。だが、それでも、おれには友人にかけるべき言葉を的確に引き出すことができなかった。


>珠芽、華切、周辺ALL
【珠芽くん師弟編から華切さん宅訪問編を繋げさせていただきました! 道中のモブさんたちが素敵で絡みたい!と色々楽しんでいたのですが、時系列などおかしくなっていましたらすみません……;】

11ヶ月前 No.379

絲祈 @september9☆l2RtaxPLX0X6 ★gXyGHSaxw7_M0e

【絲祈 / →城下・都の外れにある屋敷/???】

 深い深い闇の底の、災厄たる蜘蛛の糸が幾重にも張り巡らされた「巣」の内に、ひとりの少女の形(なり)をした異形の者――夜が、音も立てず舞い降りる。その気配を感じ取った絲祈は、子蜘蛛どもを操る手をぴたりと止め、八つの瞳を彼女の方へ向ける。絲祈の口角が緩く釣り上がる。ゆっくりとこちらへ近づくその小さな影を見つめるその視線は、先程まで奥座敷にて鎮座していた絲祈のそれとは、大いに違っていた。
 わずかに潤んだその紅と漆黒の、八つの瞳。「絲祈」と、夜にその名を呼ばれれば、彼の身体が、その体内が、ぞくりと震える。奥座敷にて、吉継や他の妖共に見せていたものとは全く異なる表情の夜は、幾つもの泡沫を浮かべながら、ぽつりぽつりと絲祈に、その淡い色の唇から言葉を零していた。
 淡々と喋る夜の、その内側を彩る悍ましいまでの狂気が、ひしひしと絲祈の全身を包んでいく。その呪詛にも似た言葉は、絲祈を高揚させるのに十分すぎるものだった。

「ああ、夜さま」

 感嘆のため息を漏らせば、そんな独り言が勝手に口から溢れた。下弦の月のごとく釣り上げられた、血で染まった薄赤色の絲祈の唇。高揚して爛々と輝く瞳。古より彼は大家守の夜に仕え、彼女の元で生きてきたのだ。二人の関係を知る者は、彼ら彼女らのみ。先程の奥座敷の様子とは打って変わった夜と絲祈は、「巣」の内で何を企むのか。
 ふわり、ふわりとあたりを飛ぶ泡沫は、たった今都で起きている惨劇を静かに映し出していた。人々が青紫の焔に飲まれ、泣き叫び、そして散っていく。幾つもの命の火が、絲祈の焔に、妖共の刃に、飲まれていく。出来上がった真新しい屍もまた、彼の操る子蜘蛛の糸。その餌食となって行くのだ。

 何度も、何度も、何度も。悲劇とは、繰り返えされるものなのだ。この世にひとというものが在る限り。我らがこの世を恨む限り。
 目前に立った夜の姿を、従者の瞳で見えながら、絲祈は口を開く。

「…………よぉく、心得ております。ああ、夜さま、夜さま。私(わたくし)の命は未来永劫あなたのもの、幾度血濡れた歴史を繰り返そうと、幾度ひとを殺めようと……けっして、変わることはない。今宵も我らの『願い』のために、私はすべてを、こわしましょう。狂おしい程に愛おしい、たった一人の我が主…………――夜さまの、御心の、儘に」

 かっと、絲祈の目が見開かれた。爛々と輝く紅の瞳が、燃えるような赤色に染まる。白い腕を交差させて自らの肩をぎゅうと抱けば、嘗てその内に脈打つ塊を抱えて奔ったあの日の事を、復讐を決意したその夜の事を思い出す。下を向き、この上なく愉しそうな表情を浮かべた絲祈の頬を、冷たいふたつの掌が包んだ。そのまま顔を上げられれば、されるがままに唇を重ねた。絲祈は、はっとした表情を浮かべたが、それも一瞬の事。その表面を薄く舐(ねぶ)る小さな夜の舌の感触と、彼女が味わったであろう、自らの鉄の味。黙ったまま唇を重ね、彼女の唇が自分と同じ赤に染まったのを見、絲祈もまた満足そうな表情を浮かべる。
 そして、耳元で夜に命を下されれば、怪しく笑う夜へと頭を垂れた。

「……断る理由など、御座いましょうか」

 ふっと緩く笑みを浮かべた絲祈は、そのまま何の躊躇いもなく、その右手を自らの眼球へ突き刺した。湧き出る鮮やかな赤が、絲祈の白い頬を、鎖骨を、胸を彩っていく。ぬらりとした光沢を放つ絲祈の眼球が、夜の前に差し出された。

「私にはまだ、七つの瞳があります故、心配は無用。……夜さま、どうぞこれを喰んで下さいませ。さすれば、我が力が、貴女の御身に宿りましょう。これで、夜さまと私は、永久に共に」

 からの眼孔を愛おしそうに、もう片方の手で撫でながら。絲祈はそう口にした。宮中へ赴かんとしている夜の、たったひとりの主の身を案じる、ひとりの忠実な、血と狂気に塗れた従者の姿が其処には在った。

>夜 【お返事が遅くなり本当に申し訳ありません……!!! そしてこちらもなかなかになかなかな事を言っていてなんか申し訳ありません!! これからの物語の進みが大変楽しみです。これからもどうぞ宜しくお願い致します】

11ヶ月前 No.380

輝夜 @yuunagi48 ★Android=eE3SybQ6rj

【輝夜/宮中、庭】
いたい思いをさせてしまって……そう言った哉栄の表情は我が身を引き裂いているかの様にとても苦しく、辛そうに見えた。
夕臙に傷付いて欲しくない。死なないで、と願うのは同じなのだと伝えるため、輝夜は満足気に、そして次こそはという決意と共に哉栄を見詰め、笑った。



哉栄の手の温もりに導かれるように輝夜の意識はぼんやりとしたまま現実へと引き戻された。二つの黒い瞳が写すのは既に三度めになる景色。しかし短時間で二度も時間跳躍をしてしまった為か、巻き戻された二つの記憶が混同してしまい二度めの世界で発揮した本能的な危機察知能力は働かなかった。漠然とした恐怖に何かしなきゃと思うのに体が硬直したまま動けない。
しかし、その時輝夜の見てきた世界が流れを変えた。輝夜の頬に当てていた手を肩へと移した哉栄が輝夜と共にその場から飛び退いたからだ。哉栄の細い腕から伝わる真剣な思いに驚きと安堵とまだ完全に消えない恐怖を感じた。
柱の崩れる大きな音。視界に飛び込んできたこちらに走り寄る夕臙。危ない!このままでは……輝夜がそう思うのと同じタイミングで哉栄はもう既に動いていた。両腕を広げた哉栄にしっかりと抱き締められ、夕臙と哉栄は地面へと倒れ込んだ。思考と記憶と理解がまとまる前に現実はどんどんと進む。それも輝夜が願う最善へと。

現実ではほんの一瞬の出来事。それでも輝夜達にとっては長かった悲しみの全てが回避された。
哉栄は夕臙を抱き締めたまま動かなかった。輝夜も、夕臙も動けなかった。三人が五感全てで全員の生を感じていた。

最初に口を開いたのはやはり哉栄であった。ごめんなさいと涙を溢した。夕臙も泣いていた。
哉栄も夕臙も死ぬことなく生きているのだと感じた瞬間、輝夜の瞳からも涙が零れ、足から力が抜けて地面にへたり込んだ。良かったと、ただただそう思った。それ以外に思う事など何もなかった。


夕臙の口から次々と溢れだした思いに沿うように輝夜の中のバラバラになっていた記憶が一本の線にまとまっていく。
哉栄の過去を輝夜は知らない。夕臙の過去も輝夜は知らない。それでも哉栄のやり直したいという思い、輝夜の生きたい、そして哉栄にも生きて欲しいという願い、そして夕臙の生きたい、生きて欲しいという願いが本当の奇跡を起こせたのだと思った。
哉栄の言葉が夕臙の言葉がお互いを真剣に思い合っていた優しい温かなものだと感じて輝夜の心も温かくなる。本当に良かったと止まらない涙が喜びを何より表ししていた。


しかし、その間にも三人以外の現実は刻々と良くない方へと進んでいた。人々は逃げ惑い、傷付き、命の灯火を消していく。哉栄はその事を一番分かっていた。
ふと哉栄と視線が合い、咄嗟に輝夜は傷のある手を背中へと隠し、拒むように首を左右に振った。

「これ以上の奇跡はいらないわ、桔梗」

神様の力と夕臙が言ったものをたぶん輝夜は見ている。あの希望の色をした奇跡を使えば哉栄が死んでしまうとも夕臙は言った。だから哉栄が誰も救わない運命にしたかったと。

「ねぇ、桔梗。私は桔梗が大切。とっても大切なの。そして紅葉も同じくらい大切なの。だから、桔梗にも紅葉にも悲しんで欲しくない。居なくなっても欲しくないの。私のこの傷を治す事が医者として正しい事であったとしても、それで桔梗が居なくなってしまうのなら私は医者としての桔梗はいらない。いろいろな物を使って老若男女を治すのが医者であったとしても、そのいろいろな物に桔梗の命が入っているのなら、私は治して欲しくないわ。それでも桔梗がもしこの手を見て今のようにとても苦しそうな表情をするのなら、以前桔梗が私にしてくれた様に、紅葉が花菖蒲にしてくれた様に、そして今桔梗が紅葉も私も守ってくれた様に誰も悲しまない奇跡を起こして?」

医者という物がどういうものなのか輝夜にはまだ完全に理解は出来ていなかった。それでも哉栄の命を削ってまでも治して欲しいとは絶対に思わなかった。
初めて宮中の外を歩き哉栄と出会った時、珠芽が深い傷を負ってしまった時、希望の光を使わない奇跡を哉栄も夕臙も起こしていた。それでは駄目なのだろうか?と輝夜は思う。命をかけて、その人を失って守られた先の幸せなんて幸せでも何でもない。それが大切な人なら尚更。
だから生きたい。そして……

「桔梗、生きて。最後まで。私も桔梗に生きていて欲しいの」

輝夜は哉栄を見詰めたまま、そう告げた。
>哉栄、夕臙、周辺ALL

【遅くなって申し訳ないです(汗)哉栄先生と夕臙君が素敵すぎる!!】

11ヶ月前 No.381

語り(モブ) @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【(モブ妖)がしゃ髑髏+火車/城下・石階段の上】

珠芽と彼岸、未だうら若く見える二人の妖に振り下ろされた巨大な骸の拳。勝機は一見、体躯も怨念も強大な此のがしゃ髑髏にあるかに見えた。野晒しとなった無念の屍の撚り合わせ。死してなお弄ばれる其の怨みや、如何程のものだろう。行き場を無くした魂が燃え盛るように、空の眼科に青き火は渦巻く。剰す力のままに、叩き付けた拳は地を打って揺るがした。
しかし、左右の拳は、珠芽の事も彼岸の事も捉えること叶わなかった。ひらりと一陣の風のように身を翻した二人の妖に、人間達≠フ愚鈍の眼(まなこ)は追い付かず、九尾の姿となった珠芽が手背に飛び乗り橈骨から上腕骨へと駆け上がっても、其の姿を視野に映すことすら儘ならなかった。

代わりに、先に気づいたのは四匹の火車達のほうである。
「キュウビダ! コワイ コワイ!」
「キュウビダヨ! 厭ダヨ!」
「コワイヨ!」
「コワイ! コワイ!」
呆れ顔だった珠芽青年がが真の姿を露わにしたことで、闇夜に立つ篝火のように輝き溢れ出す大妖狐の霊力。比べるまでも無く、火車達も死体の山も取るに足りぬ存在であるのは明白だった。火車達はそれこそ急に借りてきた猫のように身を寄せ合い、ぶるぶると震え出す。

火車達が顔を見合わせ撤退を決めたのと、巨大ながしゃ髑髏の倒壊は、ほぼ同時に起こった。珠芽の放った狐火が、がしゃ髑髏の眼窩に灯る青い光を呑み込むと、哀れな骸の操り人形は仮初めの魂をも燃やし尽くされて元の死体の塊へと戻ってしまった。
降り注ぐ死体を切り捨てた彼岸が振り返る。火車達はとうに尻尾を巻いて山から降りて逃げ出してしまっており、二人の前に残されていたのは、罪の世から死して脱落してもなお、弄ばれて六道の果てまで転げ落ち、そして今は憑き物が落ちたように無機物として安けく横たわっている死体の山であった。

やがて二人の妖も立ち去ると、洛西の静かな小高い丘には、忘れ去られた骸の山が残り、秋風が寂しく骨を撫でて吹き抜ける。雨が降り土が流れたなら、其処は彼等の塚ともなろう。幸せに生きた人間であろうと、不遇を必死に生き抜いた人間であろうと、此の世は無常、終焉は等しく訪れる。命あるものには終わりがあり、形あるモノと化した死体になっても尚お、崩壊という終わり、忘却という終わりが待っている。万物には終わりがあり、終わりがあるのに流転する。ともすれば彼等は未だ、宙空を漂うその無念を集めて、鵺の鳴く夜に躍り出す気でいるのかも知れない。しかしそれはまた、別のものがたり。

>珠芽、彼岸、all、(離脱)



【モブ妖火車&ZNB48編終了です! 彼岸さん、珠芽きゅん、ありがとうございました!! 御二方とも格好良かったです……道場組尊い……! 珠芽きゅん、良かったら輝夜ちゃんや哉栄先生や夕臙がいるところに合流しませんかー? 珠芽きゅんの成長後を是非、見せたい!】

11ヶ月前 No.382

夕臙 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【夕臙/左京院邸・庭】

――『……これからも僕と生きてくれませんか。……ーー……最期まで、見ていてください。それは、お前の最後の勉強にもなると思いますから』

それまで哉栄の慈愛と自責に満ちた言の葉を、時に首を縦に振り時には横に振りながら涙ながらに聞いていた夕臙だったが、師のその一言に立ち止まるようにハッと目を開いた。涙はもう、何故に流れているかわからなくなりそうなほど顔を汚していたのだが、心は清々しかった。『最期まで、見ていてください』その言葉の重さが解らないほどの子供では無くなっていた。夕臙は覚悟を眼差しに込めて、今迄よりも一等力強く頷いた。分かっている。師が、今この現状に何をしようと考えているのかも、その代償も含めて。立ちましょう、と言われるままに夕臙は哉栄の腹の上から立ち上がり、つと輝夜の方へと歩み寄った。輝夜は、哉栄が噛んだ指先を後ろ手に隠している。
「……その、さっきは有難うな。……お姫様」
最初に会った時は弱い者呼ばわりの小娘呼ばわりをしていたのに今や自分と愛する恩師の命の恩人。その気まずさもあり、夕臙は肩を竦め少しばつが悪そうに言った。怪我をした手を、奇跡の力を使う気で溢れている哉栄の前から隠している輝夜の気持ちを解らない筈がない。少し前の自分も、同じように考え、同じような言葉を発していたに違いない。

「おれに貸せ」とわざとぶっきらぼうに言うと、輝夜の手をパッと袖から掴んで引き寄せる。流石は小物盗人と言うべきか、手が早く手癖が悪い。奇術のように輝夜の白く美しい手は夕臙の小さな紅葉の手のひらの上に重なっていた。
「お姫様の言う通り。この傷なら先生の手を煩わすまでも無いですよ」
星飾の力の代償を知った輝夜の気持ちが分かるからこそ、夕臙は哉栄を振り返ってニヤリと笑う。
「これくらい、舐めときゃ治るぜ」
言いながら夕臙は徐ろに輝夜の指先を小さな口に含んで、吸い出すように軽く陰圧を掛けた。哉栄が同じ場所に傷をつけた時と体勢は同じ。そう自覚したら如何してか、一瞬だけ胸が熱くなった。あんなに人々が焦がれた、奇跡をもたらすという月姫の血は、よく知る鉄錆の味で美味しいとは全く思えなかった。
(おれってばよくもまぁこれを食ったよなぁ)
何処かで他人事のように囁く自分の心の声を置き去りに、吸った血は唾液と混ぜて吐き棄てて、朱色に滲む傷口には腰に下げた荷物から取り出した真水をかけて洗浄をした。

「いいか、痛かったら言えよ?」と言うや否や、夕臙の顔が急に医者の顔から悪餓鬼のそれに戻り、唐突に輝夜の指先の傷をぐいと押さえつけながら捻りあげるように高く持ち上げた。何かやはり個人的怨恨か嗜虐趣味にでも目覚めたのかと思うほど傷口を握りしめ、勝者の腕を掲げるように持諸手を上げた夕臙は其れは何処となく楽しげで、おそらく輝夜が仮に痛いと言おうと顔を歪めようと止めることはしなかっただろう。
百数十の拍動を数えた頃、そっと手を下ろし、拳を開けて傷の具合を改めて診ると、成る程、血はすっかり止まっている。素直に言うところの、圧迫止血をしたというわけである。この小ささの傷であれば縫う必要も無いだろう。清潔になり血も止まった傷口を輝夜と哉栄に見せると、今度は治療道具から包帯を取り出して器用に指に巻きつけた。

「お姫様にはわからないかも知れねぇが」と、包帯を自在に操りながら俯き加減の夕臙が真顔になる。
「心臓が動いて呼吸をして其処に居ることが即ち生きてる≠けじゃない。どれだけ長く生きるかじゃなくて、どんな風に、何を為して生きるかなんだ。上手く言えねぇけど。だから、おれだってそりゃあ勿論先生に長く生きて欲しいけど、でも、先生とおれに行かせて欲しい。人を生かすことが、医者にとっての生の証なんだ」
巻き終えた包帯は、切り傷にしては少し大袈裟だったが、指の動きの妨げにはならない程度にスッキリとしている。あの晩輝夜の足に巻かれた包帯をそっくり真似しただけの結び方で端を固定すると、余剰分を切り落としてやる。
「……如何ですか、先生、一番弟子も腕を上げたでしょう? ……行きましょう、おれは着いていきます。お姫様にはああ言いましたが、奇跡を使うまでもない患者にまで奇跡を使うのはおれは賛同しません。命に関わる重篤で救急を要する患者だけです。普通の治療でいける奴や、死んでる奴、死ぬ奴やまして歩ける奴なんて言語道断です。そういう奴は普通の医術かもしくはおれに投げてください」
ね? と哉栄に念を押す様子は滑稽なほど年齢不相応で、歩ける奴≠ナ庶民の遠慮もなく輝夜を指差すあたり、すっかり不躾な子供に戻っている。
このときになって夕臙は、大きな感動の陰で薄らいできた一度目の時空跳躍前の記憶の中に居たはずの思葉の姿が何処にも無くなっている事に気付く。しかしそれははっきりと思い出せない夢の記憶のように朧げで、彼には薬師寺と思葉が何処へ行ったのかも、また元々此処で一緒にいたのかどうかすら、到底わかり得ることは無かった。

>哉栄、輝夜、(薬師寺、思葉)、all


【かかかか輝夜ちゃん確定ロールごめんなさい!もし不都合な点がありましたら、書き換えてくださったらそちらに合わせます……!】

11ヶ月前 No.383

はいせりひと @bloodycat☆T3u8MhS.e3A ★iPhone=VP4MQKiD6u

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

11ヶ月前 No.384

@kronos☆M83pBhikgC. ★Android=Esl6XVmNcI

『城下町→何処かの屋根の上/薬師寺紫/思葉』

ガラガラと音を立てながら焼き崩れる左京院邸を背にして、比較的焼けていない屋根へと動こうとする。

「思葉、お前俺投げるの得意だったなぁ?」

そう問う薬師寺は屈伸をしつつ問いを投げる。

「それは屋根のひさしに向かって投げても良いって言う与太かい?」

底意地の悪い顔で問う思葉にふざけるなと突っ込みを入れる所作など、今まさに妖怪と人との大きな争いが発生しているとは思えない和やかさだった。

そぉれ!と薬箱を背負う大男を投げるのは先に、選ばれなかった未来で見た怪力を誇る衛兵に化けた思葉。
うおおっ!と掛かる重力に抗うかのように声を上げた男は屋根の上で軽業師のような身のこなしを見せて着地する。

追って屋根へと登るのはどこで会ったのか、知る人ぞ見たことのある女盗人昼顔と呼ばれた姿だった。

「初めて見る顔だな?」

聞くと引き出しには色々とあるのさと曖昧に返す思葉の寄る辺のなさに刻みを詰めた煙管は煙を上げる。

「お前、あいつに……夕臙に入れ込んでたな。屋敷で何があったと思う?」

ふうと吐いた紫煙を火焔の旋風が舐めて乾いた都の風が流す。

「何もなかったよ。だって、あんたも分かんないんだろう?あの娘が怪我をしていた位しか。……そういやぁやけに軽かったけど、荷物でも落としたのかい?」

あの娘か。呟く薬師寺の瞳は胡乱げな瞳で燃える左京院邸へと向けられる。

「荷物か。まぁ、左京院邸の庭に落としたかもな。我らがお医者様の役に位立とうよ、見付かればな。」

珍しい、と驚く思葉に幼馴染みだからな、と返す薬師寺は屋根に胡座を掻き再び煙を吐いた。

「良い月だ。あの囚われの姫君も大きくなったなぁ」

カラカラと笑う男の声はやけに楽しげだったとか。

〉〉左京院邸の先の面子へと親愛を込めて笑

11ヶ月前 No.385

珠芽 @d0ap ★Android=oiMOxDsfGh

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

11ヶ月前 No.386

ぽんぽこ @poko10☆sMzkA8RPRfw ★Android=MNgMSKnMpI

【華切/左京院邸】

「……そうだな、お前が期待するほど驚いてはいないだろうな」

 低い声で淡々と紡ぐ。わかっていた、などということはないが、「ああそうか」と納得できてしまった。結局は邸に仕える者たちのことをそう信用していなかったのだろう。ただ、別段それを不幸だとも思わない。一人二人でも、心からの信頼を置ける人間もいる。それで十分だ。たとえそれ以外のすべての人間が信用できないとしても。
 ――精々地獄で会いましょう。暁時のその言葉に、華切は冷めた眼差しのまま口元を緩めた。罪深いこの男と同じように自分も地獄に堕ちるのだろうなと思えてしまった。少なくとも世間的には正しく生きてきた。だが、清く生きてきたかと問われれば、否定せざるを得ない。自己、他者問わず多くのものを切り捨てて生きてきたのだから。
 天井で音がした。直後に響く女の声。見上げれば煤に塗れた女が顔を覗かせていた。女の言葉と、暁時の様子から二人の関係を理解した。華切が口を挟む隙もなく、見事な連携で妻の手を借り、暁時は天井へと消えていく。

「…………っ」

 一人残された華切の頭上に、先程暁時が消えた天井周辺から火の粉が注ぐ。火を纏った大小様々な木材の落下をうけ、華切は体を庇うようにその場に膝をついた。体のあちこちに衝撃と熱を受けるが、幸いにも直接死を意識するようなものは感じなかった。
 とん、と誰かが着地するような音が間近で聞こえた気がした。華切が顔を上げるよりも先に、その人物が口を開いた。

「お前か、……残念ながらお前の欲しがるような目ぼしいものは残っていないが」

 目線をその人物――東雲彼岸に向け、冗談混じりにそういって口元を緩めた。無論、彼がこんな火の海に商売をはたらくためにやってきたのではないということは分かっていた。
 一先ず立ち上がろうとしたとき、右足首に鋭い痛みが走った。ちらりと視線を落とせば、傷口は直接見えないが、赤い滴が足元に溜まりを作っているのが見えた。それでも顔色を変えることなく、さりげなく刀を支えにして立ち上がる。

「頼みがある。……輝夜の居場所がわかるか」

 命令でもなければ指示でもない。華切が他者を頼りにするのは稀有なことだった。たとえどんな身分であっても、この男には心を許すことができた。そして、ただの人間にすぎない自分とは違う彼ならば、火に包まれたこの都の中で輝夜を見つけ出して守ることができるのではないか。そんな期待もあった。

>彼岸、all

【素敵なモブおじさんと絡ませていただきありがとうございました!楽しかった!改めて、彼岸くんよろしくお願いします……!】

11ヶ月前 No.387

藤堂吉継 @yuunagi48 ★Android=eE3SybQ6rj

【藤堂 吉継/城下、路地】

戦いの場に於いて迷いは命取りとなる。先程の咲秋がそうであった様に、そして今の俺がそうである様に。
共闘となれば尚更で、危うくなるのは己の身だけでは無くなる。

「あ、あぁ……子供の頃手当てした少女に……」

知り合いか?と問う咲秋に困惑の声色で答える。思考は何故彼女がここに居て俺を探していたのか?更に彼女が浮かべる表情の意味を探して全力で回転する。
咲秋が厳しい口調で更に問い掛ける。姫様を守る身でありながらと言った咲秋に「彼女を助けたのはここに来る前だ」と答えようとしたが言葉にはならなかった。姫様を含む宮中を脅かす妖は全て切り捨てねばならない教えを彼女と知り合った経緯に対してではないが破ったのは確かなのだから。それが咲秋にも迷いを与えた。

立ち上がった彼女が咲秋に向かい合う。武器を取る様子もなく『大切なものを奪い』と言った彼女に再び夜達の言葉が思い出される。姫様を咲秋に奪われる……その言葉が鬼女の異変に瞬時に刀へ伸ばそうとした手をその場に留めた。

「咲秋!」

鬼女と対峙した咲秋は一度びくりと身を震わせた後に動かなくなった。咲秋に近寄りおい!と肩を揺らすも一瞬にして魂を抜かれた屍の様に意識もなく動かない。ただ確りと、言い換えれば異様に体に入っている力と呼吸が、まだ咲秋が生きていることを証明していた。

「咲秋に何をした」

静かに鬼女を振り返れば、薄灰であった筈の彼女の瞳が漆黒に染まっている。くすくすと笑いながら大丈夫だと告げる彼女に剣へと手を伸ばした時、突然背後で咲秋が絶叫した。

「咲秋!どうした!一体何を見ているんだ!」

呼吸が乱れ、汗が吹き出し、涙が溢れている。こんなにも咲秋が取り乱す過去とは何なのか。長い付き合いの中で互いの昔を話すことは決して多くはないが、少なくもなかった。咲秋が宮中に来るまでの経緯も粗方知っていると思っていた。しかし、この苦しみようは何だ?咲秋から聞いていた過去にこれ程までに取り乱す様な事柄は無かった様に思えた。咲秋が話していない事が無ければだが。

「咲秋は何を見ている?」

楽しそうに笑う鬼女に漸く抜いた剣を向けた。その瞬間、鬼女の表情が一気に変化した。あれほどまでの殺気が消え、漆黒に染まった眼が揺らぎ薄れ、元の薄灰へと戻る。それと同時に術が解けたのか咲秋が小さな声で呟いてどさりと地に倒れた。

「咲秋!しっかりしろ!」

殺気が無くなったとは言え鬼女に注意を向け剣を手にしたまま、咲秋へと数歩後退すると反対の手で強く肩を揺らした。
>咲秋、鬼女、周辺ALL

【遅くなりまして申し訳ないです/謝/土下座】

11ヶ月前 No.388

鬼女 @yuunagi48 ★Android=eE3SybQ6rj

【鬼女/城下、路地】


鬼女の瞳と咲秋の瞳が見えない一本の糸で繋がる。その糸を伝うかの様に鬼女の中に生み出された悪夢が咲秋の体内へと侵入し侵食していく。脳の奥底にある、本人すら覚えていない記憶をも探しだし、的確に、一番思い出したくない物を探し当てる。

「見つけた」

ふふっと笑った鬼女は僅かに目を細めた。ずるりと引きずり出され再生される。一度呑み込まれてしまえば逃れる事はそう容易ではない。

不動となった咲秋とそれを楽しそうに見詰める鬼女の間に吉継が身を挟む。吉継様から来ていただけたと内心で喜ぶのもつかの間、吉継から発せられた咲秋を呼ぶ声に再び嫉妬心が燃え上がる。

「お体には何もしていません。この人間は少し、昔の夢を見ているので御座いますよ。大丈夫です吉継様、この人間が何もなく潔白ならば直ぐに目を覚ましましょう」

鬼女はくすくすと楽しそうに微笑んだ。勿論目を覚まさないであろう事は分かっている。例え疚しい事の何も無い聖人君子であったとしても、悲しみの無い人などまず居ないであろう。
本来ならばこの隙に切りつける事も出来るのだが、燃え盛る嫉妬心からこの悪夢を堪能してもらう事にしたようだ。
咲秋の唇が僅かに開き、そして絶叫した。見開かれた瞳から涙が溢れる。鬼女はそんな咲秋をうっとりと見詰めた。

あぁ、この瞬間の人間はなんて美しいのかしら?絶望に打ち拉がれたこの表情も溢す涙も鼓膜を震わせる絶叫も心地良い。とってもとっても美味しそう。

喉元に囓りつきたくなる衝動をなんとか押さえながら苦しみ喘ぐ咲秋を一つの作品でも見るかの様に見とれていた。
しかし、その至福の時間も終わりを告げる。目の前に突き付けられた銀色の刃。それを持つ吉継を見た瞬間、鬼女は驚きと困惑と悲しみから一気に揺らいだ。漆黒の瞳は色を失い元の薄灰色へと戻る。刃に恐怖しているわけではない。どうして吉継から剣を向けられているのかがわからなかった。自分はただ吉継を救いたいだけだと言うのに。

「申し訳御座いません吉継様。この人間が何を見ているのかは私にも分からないのです。ですけれど、私に言えるのは今この人間が見ているものは紛れもない事実であると言うこと。私の生み出す戯言では無く、以前この人間が体験したことなのです」

鬼女の表情は今にも泣き出してしまいそうにも見えた。しかし、術が解けどさりと倒れた咲秋に吉継が近付けばその悲しげな表情も再び一変する。彼女の感情はなんと忙しいのだろう。

「あらあら、裏切らないと申していました姫様をその手に掛けた者を、その人間は知っていたようで御座いますね。悲しみから忘れていたのでしょうか?それとも意図的に口を閉ざしていたのでしょうか?何れにせよそれは裏切りでは無いのでしょうか?」

鬼女がゆっくりと言葉を口にする。勿論鬼女には咲秋の見ていた過去が何かは分かっていない為に推測も交えてではあるのだが。
>咲秋、吉継、周辺ALL

11ヶ月前 No.389

輝夜 @yuunagi48 ★Android=eE3SybQ6rj

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

11ヶ月前 No.390

夕臙 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

11ヶ月前 No.391

佐竹咲秋 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【佐竹咲秋/城下・路地】

月を見失った朔の夜の闇ばかりが、目蓋の内を染めている。星霜を翳す薄闇と底無しの深い闇とが、斑らに渦を巻き、混沌とした夢幻の地獄を連れてくる。辺りは冷たく、己の体温すら忘れてしまう。まるで此の身が深海の棺に沈められていくような心地がした。時を越えた後悔の波が、懺悔の言葉を待ちわびる様に胸を叩く。いっそ、濁流に深く深く、ほんとうに沈んでしまえたらどんなにか良かったか知れない。己がやり直したという世界から自分を消し去ってしまいたい。此の世に居る限り、また同じ事が起きるような気がして。

血色を失った瞼が、友の呼び声に応えるように微かに震える。
ーー『咲秋!』
すまない、吉継。申し訳ありません、華切様……姫様。あなたに、合わせる顔がもうありません。
姫様を殺したのは、此の俺だ。
あの光景が幻でも妄想でもなく、己の記憶に間違いないということは自分が一番よく分かっていた。消し去ることの出来ない罪の記憶。最愛の人への裏切りと後悔の記憶。
このまま、もう目を覚ましたくない。許され得ぬ罪の記憶を抱えたまま、斬られるなり妖に喰われるなり、それぐらいが丁度いい。地獄で、この苦さを噛み締めながら業火に焼かれて犯した罪科(つみとが)を数え続けるべきなのだ。
ーー『咲秋! しっかりしろ!』
なのに。友の声は無常にも此の魂を現世に引き戻す。主君殺しの罪が織り成した世界。時空を越えた先ですら、為すべき事も忘れて都が壊滅していくのを指を咥えて見ていた。輝夜を救おうとして時間跳躍の奇跡に縋ったはずなのに、二度までも彼女を苦しめて居るのは此の自分では無いのか。

咲秋は目を見開く。
紅藤の瞳には逃避しようとしていた現世の凡ゆるものが映り込んできて、がたがたと痙攣するように怯え竦んだ。
「……い、……嫌だ、……俺に近付くな!!」
目の焦点も合わないまま、咲秋は叫んだ。青褪めて呼吸を乱し、それはもう気が狂ったように叫んだ。倒れた身体を支えながら、片腕で鬼女を牽制している吉継の腕の中で振りほどくように暴れた。□き苦しむ手負いの獣のような姿だが、動揺のあまり力は入らず、夢から醒める間際の子供のようでもあった。
「俺は、……俺は……っ」
悪夢に取り憑かれたように、激しく痛む頭を抱えた。封じ込めていた記憶が倒錯する。負の記憶を認めまいとする脳が悲鳴をあげる。荒らいだ呼吸のまま、一度は振り解こうとした吉継の身体にしがみつき、顔を埋める。十年前ならいざ知らず、普段の咲秋であればまず絶対にこんなことはしないであろう。筋張った背中がびくびくと震えている。鬼女と対峙したときは吉継と妖の関係を疑いかけはした。それでも根底的なところでは未だ、この相棒を信じているのだろうか。少なくとも、得体の知れぬ魔を抱えた自分自身のことよりは。
忙しく上がりすぎた呼吸は最早制御を超えて激しくなり、指先が痺れ眩暈がしてきた。息を吸えども吸えども胸が満たされず苦しいのは、叶わぬ恋にも似ている。気が遠くなりそうな心地を何度か通り過ぎると、鼻口を覆う吉継の衣服から慣れ親しんだ香りが呼気と共に流れ込んでくるようになってきて、次第に平静を取り戻しはじめる。吉継が昔からいつも衣に薫きしめている香りだ。浅く短かった呼吸が深いものへと変わり、肩がゆっくりと上下する。そっと身体を離したら、彼に何と言えば良いのだろう。輝夜姫を一度殺し食してこの世界をやり直した人物は、佐竹咲秋であった事を。どう話したら良いのだろう。許される訳がないと思っている。隠し通せる筈も無いと思っている。けれどこの罪を何と白状すれば良いだろう。恐ろしくて、言葉が見つからない。
ふと、吉継の衣服に視線を落とせば、ほんの些細なことが違和感として引っ掛かった。……吉継の香りは、こんなに甘かっただろうか、と。

>吉継、鬼女、all


【夜ちゃんの麝香の香りですねぇ!】

10ヶ月前 No.392

夜(皇出母) @papillon☆0uO5mlUpCUns ★sAbT0rwP1n_mgE

【夜(皇出母)/城下・都の外れにある屋敷/???→(回収)】


 百年も千年も、彼女や彼にとっては造作も無い、ほんの一瞬に過ぎない。だからこそ思う、思い出すのだ、あの日あの夜あの瞬間の焔の色を。地獄よりも暴悪で極楽よりも無慈悲な紅蓮に照らし出された、あの微笑を。この世の何より美しいと思った、最期の顔を。

 夢見た後のように、夜は己の脳内に浮かんだ遥か古の記憶にほんの微かに口元を緩めた。夜がそんな事を思い出したのはその唐突な出現にも瞬時の気付き、彼女の姿を認めるやその口角を緩く吊り上げた絲祈の顔が見えたからだ。まるで鏡映しのように、絲祈と夜の微笑はよく似ていた。

「――最早この世の果てに在れるはお前と余だけよ」

 絲祈の口から感極まったように漏れ出した己の名を聞いて、夜はそれに直接的には答えなかった。ただ独り言のように呟いたのは、彼の呼び掛けとは噛み合わない奇妙な一言。しかし彼にだけはわかったのではなかろうか、それが夜からの最大限の称賛であるという事が。

 先程まで異形の王として堂々と君臨していた絲祈だったが、彼と夜の二人だけしか知らぬ関係は今、如実に二人の言動に表れていた。今や完全に立場が逆転した二人は、真っ白な潔癖の糸に包まれた拒絶の園で、互いに黒と赤と死を引き連れて対峙する。その周りを彷徨うしゃぼん玉に映し出される地獄絵図さえ、二人の時間を裂く事が世界の終わりまでも不可能だ。

「そうだ、お前の命は常に我が手中にある。幾星霜、それは遥か過去から未来に続く道の上ですでに定められた鎖。お前の糸を凌ぐ程強固で、強欲な絆にして、掟。我等が〈願い〉、ふたつの〈夢〉が為、繰り返されてきた〈戦〉にして〈遊戯〉を今宵もまた終焉へ繋ごうぞ、我等の手で」

 思い出しているのだろう、絲祈も。見開かれたその八つの煌めく瞳を間近で見ながら、夜は今やこの世で二人だけが共有出来る〈追憶〉を押し込めるように、自らの胸に手を当ててきつく握り込む。しかしその手はすぐに絲祈へと伸ばされると、その死人の色をした頬を包んだ。

 一瞬にして、永遠。背徳的な血の口付けを終え、二人を結ぶ糸は刹那に途切れる。

 恭しく頭を垂れ、従順を示す笑みを浮かべた絲祈が迷いもなくその力の源の一つを抉り取った。とめどなく溢れる鉄の匂いを漂わせる液体と共に、差し出されたのは妖しい光を放つ絲祈の妖力の塊。戸惑いもなく〈それ〉を受け取った夜は、掌に載せたそれをもう片方の手の、容易く折れそうにか弱い人差し指と親指で摘まんだ。

「ご苦労」

 たった一言、しかし親愛の念を込めて甘く細やかに絲祈へと囁くと、夜は躊躇せずそれを口にした。その細く嫋やかな喉が異様に膨らんで、それは少しずつ奥へと、底へと自然に運ばれていく。柔らかく丸いまま体内へと落ちて行くのが視覚でも簡単に辿れる程だ。

 やがて、閉ざされていたその両目がゆっくりと開く。一瞬夜の瞳が、光源さえ何処とも知れぬ弱い光に照らし出されて、全体が真っ黒に輝いて見える。それは夜の前に立つ絲祈の、月の光までも丸ごと飲み込む常闇の瞳とまったく同じだった。一度瞬きした後、再び開かれたその目は今までと変わらない金色のままだったが。

「七つ、とはまた奇遇よの。あの七草どもと同じ、七とはなあ。とはいえ失ったままでは万に一つという事もありえる、運命が覆される事など考えられないが、あの夜空の頂きに座すという天帝は気紛れとも聞く。その者を引き摺り下ろすその日まで、我が手であり我が眼であり我が心の臓たるお前には万全で居てもらわねばならぬ。故に」

 空っぽの眼孔から未だ溢れる紅から目を逸らさず、その液体で濡れた己の掌を夜は密やかに舐め上げた。そのままその白い小指に唇を当てると、次の瞬間、夜は指先を己の鋭い牙で噛み切った。溢れるのは絲祈のそれとも人間のものとも違う、毒々しい蛍光色に煌めく奇妙な体液。それを吸うと、夜はまだ手に持ったままだった細い葦に口を付け、竹筒の中のしゃぼん玉の溶液に浸す。そして目を閉じ祈るようにしながら、そっと息を吐く。ふわりと、葦の先端から小さなしゃぼんの泡が一つだけ飛び立つ。しかしそれはただのしゃぼん玉ではなかった、ゆらゆら揺れながら黄金の煌めきを帯びた奇妙なそれは、一度高く舞い上がった後、ふわりふわりと落ちてきて弾けないまま夜の掌に載る。
 夜はそれをそっと両の掌で包む、そして壊れやすい蝶の羽根でも手にしたようにゆるゆると開いていくと、そこには点滅するように淡い金色の小さな球体があった。

「お前は余の命(めい)に応えた、故に余もお前に我が命を託そう。これは余の力、魔と生命を込めた〈魂の欠片〉だ、失った眼(まなこ)の代わりにお前に視力を齎すだろう。視力だけではない、この欠片を遠してお前には余が見るもの、そして過去も現在(いま)も未来までも透けて見える筈。だがもし、もしもこの時間の軸でも余が討たれる瞬間が訪れるとしたら、その欠片は久遠に光を失いお前に示すだろう、――――あの夜と同じ、余の最期を」

 低く、重く、沈み秘められた呪いのように。掠れた微かな声で絲祈に囁きながら、夜は彼の失われた眼孔へ掌の小さな光を宿した。それは夜自身の黄金の瞳によく似て、さも元からそうであったように絲祈の内側に根付いた。同時に流れていた紅い雫も止まり、ただ彼の頬を赤黒く汚すだけになった。
 もう一度背伸びをすると、夜は絲祈の頬に顔を近付け、舌先で彼の顔を斑に染める紅の跡を舐め取る。甘く苦しいまでの麝香の香りが絲祈を包み込み、彼を包み掴んで離さない。
 薄く銀に反射するその濡れた痕は、泣いているようにも見えた。


「絲祈、共に、永久を歩もう」


 先程までの抱擁のような愛撫が偽りだったかのように、夜は着物の裾をさっと靡かせて絲祈に背を向ける。決して速く歩いている訳でもないのに、その姿がみるみる遠く幻のように霞んでいく。
 急に夜が純白の闇の中で立ち止まると、顔だけ、ほんの少しだけ振り向いた。その顔に表情はなく、ただ冷たく、ただただ白い。

 ふいに小さな笑い声が聞こえた気がした。

 瞬きの間に、夜の姿は掻き消えていた。まるでそもそもそんな存在など嘘だったかのように。

 真夏の、逃げ水のように。


>>絲祈



【こちらこそお返事が大変遅れてしまい申し訳御座いません……絲祈くんとずっとお話していたいのは山々なのですけれど、物語の進行の為ここは一旦回収させていただきますね。短い間でしたがお相手いただきまして誠にありがとうございました、物語の終盤には再びご一緒出来ると思いますので、またその時にはどうぞ宜しくお願い致します!】

10ヶ月前 No.393

崎山 @caim ★Vxqs1Pnm4y_mgE


【東雲 彼岸/左京院邸】

 目蓋を焦がすような熱に目を細めた先、そこに映った友人の普段と変わらぬ表情に内心安堵していた。恐らく一番確実な出口はおれが降りてきた天井の穴のみであろう。だが、あの高さを人が上るのは少々難しいはずだ。それに――僅かだが、熱量と共にこの空間には血のにおいが漂っている。

「おれには、持ち主のない財宝を盗む趣味はない」

 悪魔で冗談をそのまま返しながら、脱出経路を脳内で展開させていた。このままでは、いずれ全てが焼ける。かつては火伏の神と呼ばれていた烏天狗のなれの果てが、二度も親しい者を喪うわけにはいかない。静かに口布を巻き、その中へ自嘲の笑みを隠した。後方で、そっと影が揺れる。その友人の頭がゆっくりと上がる中で、ぎしりと畳が小さく摩擦音を出していた。血のにおいの理由は、もう分かっていた。
 俗世のことに興味はないが、ただ一つ、気になることがあった。どうもこの四方を囲む火からは怪の気配を感じ得ないのだ。人の世も、所詮はこうであるというのか。――果たして、おれがこの場へ駆けつけなくとも、この友人はこうして立ち上がったのだろうか。目蓋に容赦なく当たる熱を逃がすように、二度瞬いた。

 時折、風に呼応するように火が呻り声を上げる中で、その声ははっきりとおれの耳へ届いた。ちりちりと炎の破片が色を変化させながら通り過ぎていく。上下の唇が離れ、引っ付き、もう一度離れる。

「……探して、見つけ出して、その後はどうするつもりだ? おまえも、あの女子を手元に置く理由は他と同じか?」

 それは、確かに違和感であった。
 結論を言うのならば、可能だ。それに、わざわざそのようなことを言われずとも見知った気配ならば無意識にでも居場所を感知することは容易い。独り、眉を寄せ目を細める。ただ、その問いが友人としての頼みであるのか、それとも人外の力を求めてのものであるのか、そのつまらない二点がおれの心の臓を締め付けているのだ。食すためであるのかと、それを断定付けることができるほど、おれはこの友人を詳しく知らなかった。そう、知らないのだ。漸くそのことに気付いた時、おれは口布の下で意地の悪く唇を歪めていたことに我に返った。


>華切、周辺ALL
【華切さんこちらこそです、“喧嘩編”の方よろしくお願いします……!】

9ヶ月前 No.394

左京院華切 @poko10☆sMzkA8RPRfw ★Android=MNgMSKnMpI

【華切/左京院邸】

「そうだったな」

 友であるこの盗人は、人の手を離れたものを欲しがることはない。初めて会ったときから現在に至るまで、それは変わらないことだった。彼が何故、盗みを続けるのか、それを直接彼岸の口から聞いたことはない。尋ねたこともない。それでも、彼が単に金や宝を求めているわけでないことは分かっていた。
 彼岸の目は真っ直ぐにこちらを見据えていた。ただ、彼の意識は自分だけでなく周囲の様子にも向いているようだった。彼が訝しんでいるのは近辺にそれらしい気配が感じられないことだろう。烏天狗の血を引く彼の感覚は鋭い。人間のそれの比ではない。

「……妖などはいない。火を放ったのは家臣だ。何、今に始まったことではない」

 冷めた眼差しのまま、少しだけ口元を緩めた。強がりではない、などと言っても誰も信じないだろう。何の気持ちも沸いてこないと言えば嘘になるが、人は往々にして裏切るものだ。慣れているのは事実だった。

 華切の言葉に対する彼岸の返答は、問いの形で返ってきた。これがもし、普段の静かな夜の会話であったならば、輝夜に対する心の内を真直に語ったかもしれない。
 だが、華切は急いていた。行方の分からない輝夜。いつものようには動いてくれない己の体。問答をしている場合ではない。それが分からぬはずはない目の前の友人に、苛立ちを覚えた。輝夜を食らうつもりかと問われたことも、気づかぬ間に心に刺さっていた。

「そうか。もういい。私は烏天狗とやらの血を買い被っていたらしい」

 静かに、しかし感情のままにそう口にした。刀を手にしたまま、少し右足を引き摺りながら歩き始める。友人の顔から目を逸らしたまま、彼岸の横を行き過ぎようとした。

>彼岸

8ヶ月前 No.395

珠芽 @d0ap ★Android=YJrfM5dgv7

【珠芽/左京院邸・庭】

 昼間とは違う自分の姿でも、輝夜なら怖がらずに昼間と同じ『花菖蒲』だと気づいてくれると信じていた。その思惑通り触れてくる輝夜の変わらぬ様子に微笑ましそうに目を細めると、珠芽は九つの尾を輝夜の好きにさせた。
 尾を遊ばせたまま、珠芽はまず哉栄へと目線を移すとそのまま頭を下げ会釈をする。あの満月の夜の出来事を彼は覚えていないかもしれないけれど、珠芽は優しく穏やかな雰囲気を持つ彼と彼の持つ不思議な道具達を忘れることはできなかった。あれほど目を輝かせて感動したのは後にも先にもあの時だけかもしれない。


「夕臙……。『花菖蒲』はお姫様だけ、だよ。おれの名前は珠芽」

 哉栄の隣で面白いほどに驚き声をあげる夕臙は失礼にも此方を指差していた。相変わらずの様子に、珠芽は内心呆れつつも悪戯心がつい顔を出す。そろそろと夕臙へ近づきながら人へと姿を変えると、それは昼間とは背丈も声の高さも違う大人の姿。嗜めるように言葉を発すると、珠芽は改めて自己紹介をしつつ夕臙を見下ろし、くすりと挑発的に笑った。

「夕臙は、変わらないね」

 放心したような表情の夕臙の頭を手の平で軽くぽんと叩くと、昼間の威勢の良さを思い出してまたくすりと笑みが溢れた。

 辺りの燃える立派だったであろう家屋を見つめて、此処まで来るのにどれ程の炎が行く手を阻んだのかを思い出す。妖の身である自分なら多少の火傷ならすぐ治るが、人間はそうでないことくらいこの道程で嫌というほど見た。

「此処もそろそろ危ない。炎が完全に回る前に、此処から離れないと……」

 三人へ向けてそう言葉を口にする。行くとするならば、とりあえず城下になるだろうか。城下も安全とは言い切れないが、このまま此処にいてはいずれ炎の餌食になってしまう。何処に行くにせよ、珠芽の気持ちは既に決まっていた。

>輝夜、夕臙、哉栄、周辺all

8ヶ月前 No.396

藤堂 吉継 @yuunagi48 ★Android=WEI1nQXfQW

【藤堂 吉継/城下、路地】

この状況下で唯一幸いだと言える事があるとするならば彼女に俺と戦い、俺を殺す気が無かった事だろう。彼女に向ける刃にはほんの僅かな迷いがあった。相手が戦いに長けた者で尚且つ俺達を殺す気ならばこの迷いを見逃す筈はない。
その迷いとは彼女、鬼女を殺す迷いではない。姫様を殺しその肉を食らったかもしれぬ不届き者が本当に存在し、彼女はそいつを知っているかも知れないという迷いだ。しかし同時にそれは今片腕に抱える咲秋に対する不信を意味している。妖の言葉が深く心の奥を染めていく。

腕に伝わる振動で咲秋が意識を取り戻した事を知る。鬼女に視線を向けたままどうするべきか?と思考を働かせていると、咲秋から漏れた声を聴覚が捉えた。横目で様子を確認しようとした瞬間、発狂したかの様に咲秋が叫んだ。長い時を共に過ごし、様々な状況を共に乗り越えてきたが、この様な咲秋は只の一度も見たことがない。
俺の手から逃れようとしているのか身を捩り四肢を暴れさせているが、俺の腕にかかる重さは意識を取り戻す前の咲秋とほぼ変わりはない。まるで寝起きに愚図る赤ん坊の様だ。と思えば次には頭を抱え、俺の体に顔を埋める。呼吸がかなり荒い。落ち着かせなければと思うのに言葉が出てこなかった。

くすりと笑い声が聞こえ、視線を鬼女へと向ける。袖で口元を隠しながらも楽しげに笑う彼女。その唇がそっと開かれ声を発そうとした直前、
「去れ!」
俺は彼女へと言い放った。今回は本気だ。それが彼女にも伝わったのか悲し気な表情を浮かべた後、背を向けて走り去った。

辺りの喧騒に耳を塞ぎたくなる。咲秋の呼吸は荒いを通り越し異常にまで至っていた。剣を隣に置き、袷から手を中に入れると咲秋の鼻口を自らの衣服越しに塞ぐ。浅く短い呼吸が徐々に深いものへと変わっていっても喧騒は未だにおさまらない。余計に酷くなっているようにも思える。それが俺だけに聞こえている物だと理解するにはかなりの時間を要した。
最初は戸惑った。あの咲秋がこれ程までに乱れ狂うのは何事かと。しかし、それがあの姫様の事ならば納得してしまう。本当に姫様が何者かに殺され、ここが月の女神の奇跡によってやり直された世界で、やり直す前、姫様を殺めた者を咲秋が知っていて、今それを思い出したのならば。
そして姫様を手に掛けた奴についても仮説がたってしまった。それは狂った様に暴れる咲秋の様子からだ。もしも俺達に深く関わりの無い者ならばここまで震え取り乱しはしないだろう。俺の知っている咲秋ならば怒り狂う。もしもそれが俺ならば、やはり咲秋は怒り狂い俺に詰め寄るだろう。例え俺がその記憶を失っていたとしても。とすれば、残るは三人。姫様自ら命を断たれたか、華切様か……咲秋自身か。
俺に近付くな!という咲秋の叫び声が耳の近くで聞こえた気がした。そう、華切様ではない。あの方が姫様を殺めるとはまず思えず、また華切様であったのなら咲秋のあの叫びは不適当だ。ならば……

「咲秋……姫様は自らでお命を断たれたのか?」

声が僅かに震えている。この震えは何だ?悲しみか、絶望か、怒りか、恐怖か。いや、今は未だ己を嘲っている笑いだ。この状況、答えにはぼ手を掛けているだろうだろうに、姫様に耐えられぬ不幸があり、絶望の底へと叩き落とされてしまい、お転婆だが心は純粋な姫様だ、命を落とされてしまった事にかけている。咲秋であって欲しくないと願っているのだ。
咲秋に姫様を奪われたくない。『藤袴』とあの声で咲秋を選んで欲しくない。しかし、それは同時に咲秋だったから生じた思いでもあった。咲秋になら負けてしまうと思える程に俺は咲秋を認め、信じていた。だから奪いたかった。
だが、もしも姫様を殺したのが咲秋ならば……静かなひんやりと冷たい怒りが背に降りてきた。

>咲秋、鬼女、周辺ALL
【遅くなりました(汗)鬼女はここで離脱させます!さて、ここから二人をどうぐるぐるさせようかな←】

8ヶ月前 No.397

@kronos☆M83pBhikgC. ★Android=Esl6XVmNcI

(何処かの屋根薬師寺貴族が軒を連ねる通りへ、思葉薬師寺邸へ)

あちらこちらで上がる火の手により熱気を帯びた風が薬師寺の外衣をはためかせる。すぅと息を吸い込めば、吸い口から唇を離し細く長めに煙を吐き出した。吐き出された煙は辺りの雑音や家屋の燃える煙と相まって闇夜に吸い込まれていった。無駄な動きの無い慣れた所作だけを見れば縁側で祭の余韻に浸りながら月を眺めているかの様にも見える。

「荷物を降ろしてくれ。帰る時間だ」

近くに遠くに視線を流していた薬師寺だったが、とんと煙管の灰を落としおもむろに立ち上がる。薬師寺とは逆に支えを失った灰は重力に従いながら一度だけ弱々しく灯り、そして消えた。片手を腰に当てぐっと反らしながらも反対の手で欠伸の出る口を申し訳程度に隠す。

「なんだい?おねむの時間かい?」

問う思葉に「勿論」と返し「良い子は寝る時間だぞ」と更に続ける。首を僅かに思葉へと向ければ眼を細め口角を上げて見せた。
しようのないと笑いながら薬師寺の荷物を降ろす思葉の後をまるで軽業師の様に屋根から降りる。じゃりと踏む砂が鳴らす音の小ささが慣れを証明している。ひょいと軽くなった薬箱を背に歩く姿が向かうは家路とは違う道。一番被害が大きい通り。つまりは貴族が住む邸宅のある通りへと向かって行く。目的は勿論野次馬だろう。

ほんにしようのないとその背に笑う思葉も煙管の灰を落として伸びをする。何処か似通う仕草を行うのは同じ姿を真似するのが板に付いているためであろうか。

そのまま思葉は薬師寺の家へと足を向ける。良い子は寝る時間なのだとからからと笑いながら。

8ヶ月前 No.398

佐竹咲秋 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

8ヶ月前 No.399

東雲 彼岸 @caim ★Vxqs1Pnm4y_mgE


【東雲 彼岸/左京院邸→外】

 場に不釣り合いなおれの放った冗談を受ける友人のその言葉は、単に受け流しただけのようにも思えたが、おれの悪行を知っての肯定のようにも取れるようであった。わざわざその悪行を友人へ語ることなど一度もしたことはなかったが、都へ下りれば厭でも噂は耳に入るであろうし、部下からも話を聞くことはあっただろう。過去に友人の元へ品定めに赴いたことだってある。ただ、今の友人の反応によれば、おれが無差別に高価な品を腹を満たすためだけに盗みを働いているわけではないのだと、そう認識されていることがなによりも気分を好くさせていた。

「……この騒ぎに乗じた、というわけか」

 なるほど、と腕を組んでは四方から迫る火の壁を見渡した。勿論、踏み込んだことなどを聞こうとは思っていない。いつであろうと、この友人を前にしてはそうであった。世俗なぞにも興味のないおれは、ただ個人としてのつながりを心の底で望むだけであった。他も例外ではないが、人の世は複雑である。人と関わろうと思わずとも、そのことについては理解しているつもりであった。だが、それでも、僅かに口端を動かした友人の姿に妙な期待を抱いているのは事実であった。孤独の宝物には興味は無いが、孤独を知る者の思考には興味がある。語るつもりもないつまらない己の過去が、走馬灯のように脳裏で細切れになっていた。


 一瞬の間が、皮膚に小さな稲光を走らせるようだった。それは、奇妙な間であった。否、稲光を浴びたのは、その友人の言葉を聞いた後であった。予感の的中を悟るよりも前に、右横を通り過ぎる友人の背に向け、半円を描くようにして抜刀する。多くを思うよりも前に、躰が動いていた。翻る着物の方が、遥かに遅かった。鞘引く手には、厭な振動が響く。まるで眼球が血で沸騰するようであった。
 そこまでして、おれは漸く自身の犯した失態に気が付いた。瞳が炎と同時に揺れる。

 鞘に入ったであろう皹をかき消すように、濃口を左の親指で撫で付けた。――これだから、つまらぬ安物は嫌いだ。

 叩きつけるように引きずり出した刀身は、丁度友人の細い首の左真横で止まっていた。炎の熱に浮かされて逆立つ髪は、事態の把握と共に急速に温度を失っていく。それでも、荒ぶる呼応をも気に留めぬままに強張ったままの右腕の筋を弱めることは至難であった。制御を失った右腕ごと落ちた切っ先が、床に穴を開けるのをぼうっと見ていた。

 どうかしていた。そう、どうかしていたのだ。それすらも口に出すことができなかった。
 頼みの理由が聞きたかったわけではない。ただ一つ、友人自身の命を優先してほしかったのだ。隠したいらしいが、怪我だって負っている。人に貶められたこの火の中で頼まれる言葉は、別のものであってほしかった。

 ――否、嘘だ。このおれが綺麗事を望むなどどうにかしている。忌むべきは、関係性ではなくこの血であろう。呼び止めるための言葉を、口布の奥へと隠した。怪に望まれるのは、そのような人間染みた言葉ではない。

「……人になぞ、この血を貸してたまるものか」

 ふっと口角を湾曲させる。
 友人の目も見ぬままで、その横を通り過ぎながら床に突き刺さった切っ先を真上に振り上げるように峰を肩へ乗せる。そうして、数歩進んだ後に目の前の火の壁を袈裟に斬り伏せた。煤で爛れた壁が、土煙と火の粉と混ざって落下していく。ぶわりと、額を熱風が撫で付けた。
 納刀を行う僅かの間、視線が一点へ固定される。――あの、件の月の姫が居る方向だった。あの女子は、近い。この最中で人間達がどこまで逃げ果せるのか興味深いものだ。

 次第に濃くなる霧の中へと、歩みを進めながらこの身を隠した。


>華切、周囲ALL

7ヶ月前 No.400

絲祈 @september9☆l2RtaxPLX0X6 ★gXyGHSaxw7_M0e

【絲祈/城下・都の外れにある屋敷/???→(回収)】

 ――幾度も幾度も繰り返す、血塗られた輪廻の果てに。絶望の終焉の果てに。貴女様と私は、一体何を見出すのだろうか。
 この世が朽ち果て、終わるまで。決して離れることなく、共に在ること、夜の傍に在ること。それが絲祈の使命であり、彼の願望の一つ。<今>の世の果ては、はたして何色なのだろうか。どのような景色なのだろうか。そこで我らが見えるのは、絶望か、希望かはたまた、悲願の<夢>の景色か。
 夜の短い返事を聞いた絲祈は、何も言わず、ただただ、うっとりとした表情で夜を見上げるのみだった。もはや語るまでもない。この身、この生命、この全ては、夜の為に。我がたったひとりの主君のために在るのだから。
 嘗て、黒い硝子玉の様な眼球があった其処には空虚が広がっていた。そこから流れる赤は、この二人だけの巣の中の、ぬらりと温かい空気の中、溶けるように頬から滴り落ちる。白い蜘蛛の糸を汚すそれは、ひた、ひた、という一定の節を刻む。
 眼窩に痛みは無く、彼はひどく高揚していた。頬の色こそ死人の様な青白さをしているものの、その胸中には確かな火が――夜を想い、焦がれる火が燃えている。短い一言ではあるが、確かな親愛の念を感じさせるねぎらいの言葉を発した夜は、そのまま絲祈が差し出した眼球を飲み込んだ。彼女に取り込まれた絲祈の一部は、きっと存分にその強大なまでの力を発するだろう。ほんの一時、彼女の瞳が絲祈の漆黒のそれと、同じ色になったのを、絲祈はもちろん見逃さなかった。

「これで、貴女様と私は……今宵より、永久に共に在れる。――ええ、勿論。私はいつまでも、どこまでも、貴女様と共に在る。そのつもりで御座います」

 ただ、頭を垂れながら。絲祈はそっと、そう囁いた。虫のさざめきのようなその声色ですら、きっと彼女は愛おしく思ってくれるのだろう。声だけでなく、一つ欠け、七つになったこの瞳も。しかし、彼女の言うとおりである。いくらその空の眼窩が、痛々しい程の彼女への忠誠の証だとしても。八つの眼窩が満ちている事に勝るものはない。
 不意に、夜が言葉を紡ぐのを止め、その細く、白い指先を躊躇いもなく噛み切った。滴り落ちる毒々しい液体。薄ぼんやりとした闇の中、彼女の指先からほとばしるその液体が、やけにはっきりと見えた。原色のようにはっきりと暗闇の中で踊るそれらを夜は吸い込み、そして、再びしゃぼん玉の遊戯をするかのように、ゆっくりと膨らませた。先程までこの部屋に漂っていた色のない泡沫とは異なり、今度のそれはきらきらと、黄金の如き輝きを放っている。割れることなく夜の掌に落ちたそれを、彼女は壊れ物でも扱うかのようにそっと包んだ。再び開かれた彼女の両の掌の上には、雲の切れ間で見え隠れしながら光沢を放つ朧月のような、蛍火のような淡い光を放っていた。

 そして、夜はとつとつと語る。この淡い灯を、彼女の想いと魂の欠片を見つめながら。絲祈は、掠れた彼女の声を聞きながらただ、黙っていた。先程までのうっとりとした恍惚の表情は、其処には映っていない。じいと淡い光を見つめながら、彼は思い出す。おぞましいあの血塗られた記憶を。嘆き、悲しみ、全てを呪った、我らの根源とも言えるあの日の夜空と、月を思い出す。不気味なまでに大きかったあの日の満月と、夜の魂の欠片が重なった刹那、絲祈の世界に再び八つの灯が灯された。内一つは、煌々と輝く月の如き金色をしている。
 それは、この世の何よりも大切な夜から与えられた永久の契りであり、そして、最期の時まで解ける事のない呪いであった。再び、夜と絲祈は血と罪に塗れた修羅の道を歩み始める。その先に、何が待っていようとも、明けることの無い夜を、二人歩んでいくだけなのだ。

 交わされた契りは、彼らに何色の景色を見せるのだろう。むせ返るほどの甘い麝香の香りの中、絲祈は静かに息を呑んだ。

 闇に消えていく夜の後ろ姿を絲祈は八つの瞳で静かに見つめていた。闇の中に飲まれるほんの一瞬、彼女がこちらを振り向く。そこに表情はなかった。彼女の姿が完全に闇に飲まれてもなお、絲祈は動かずその闇の先を見つめていた。
 そしてゆっくりと右の腕を動かせば、頬に残る銀色の跡をそっとなぞる。夜の舌の温度を思い出しながら、静かに、静かに目をとじる。

 自分にも、やらねばならない事がある。全てはそう、夜の為に。
 純白の闇の中、蜘蛛の巣の中で。絲祈は、背を丸め、そして、

「――――く……ッ、ふ、ふふふ、ふ……ッは、ははははは!」

 細い喉が小刻みに震えたかと思うと、彼は勢い良くのけぞり、嗤った。愉しそうにひとしき嗤った後、彼は再び背を丸め、枝のように細い両の掌で頭を抱える。言葉にならない呻き声を漏らしながら、黒髪を掻き、かっと目を見開いた。夜から譲り受けた黄金の瞳が、闇の中で爛々と輝いている。

「私は、絲祈は……、もう、もう二度と違えません……けして、けして…………。ふふ、ふ、今宵こそ、貴女様と、私は永久に共に在るのです、今宵こそ、今宵こそ、今宵こそ…………」

 もう、過ちを繰り返すのは。あの満月の夜を繰り返すのは。止めだ。

 夜の去ったそこには、絲祈の不気味な声色だけがただ闇の中に響いていた。


>夜(〆)


【遅くなりまして申し訳ないです、絲祈の回収レスになります。夜さんとの絡みとても楽しませて頂きました、お相手ありがとうございました!! また物語の終盤では、どうぞ宜しくお願い致しますノ】

7ヶ月前 No.401

輝夜 @yuunagi48 ★Android=WEI1nQXfQW

【輝夜/宮中、庭】
驚きと混乱を全面に押し出した様な夕臙の表情と声に輝夜は珠芽の尻尾に頬を擦り寄せたまま悪戯が成功した時の様な満足気な笑みを浮かべた。つい先程、『強くなったな』と言った夕臙の言葉にも笑みを返していたが、今浮かべる笑みはその時よりも嬉しそうにも見える。「ね?花菖蒲も凄いでしょう?」と言わんばかりだ。

宮中で輝夜に近付く者はほぼ皆、輝夜を月の姫として見ていた。輝夜を輝夜として見てくれていた数少ない人達の中で華切や吉継は遊び相手として戯れるには二人は少し大人であった。咲秋は一番親しみ、からかい易くもあったのだが、それもある年を境に変わっていってしまった。
その為、年(精神年齢)の近い珠芽や夕臙は良き競争相手であり、同時に支えでもあり、更に夕臙に於いては自分達の知らない事をたくさん知るちょっと先輩の様にも感じていたのだろう。その夕臙が珠芽の姿に驚いた事で満足感と私も負けていられないと競争心をくすぐられたのだ。

珠芽のふわふわの尾が輝夜から離れ、輝夜が本来呼ぶ花菖蒲へと姿を変え夕臙へと近付く。輝夜達と変わらなかった背丈もかなり伸びたようで、輝夜は夕臙をからかうかの様に頭をポンと叩く珠芽と夕臙を交互に見て、ニコニコと笑っていた。

楽しかった戯れも束の間、すうっと真面目な表情へと戻った珠芽の言葉に輝夜も思い出したかのように炎に包まれる宮中へと視線を向けた。こんな状況でも楽しんでいられたのは時間の跳躍による時差もあったのだろう。気付けば炎はもう間近にまで迫っており、珠芽の言うように早くここを離れなければ皆で仲良く焼け死んでしまうだろう。

「うん、行こう。ねぇ、花菖蒲。私ね、行きたい所があるの。一緒にね、来て欲しいの」

輝夜はそう言うと哉栄へと近寄りその手をぎゅっと握り、門の方に向かって走り始めた。

「私ね、やっぱりまだ紅葉の言う宿題の応えがわからないの。私は、まだ、桔梗が紅葉が花菖蒲が居なくなってしまうのは怖くて、寂しくて、嫌なの。まだ、まだ私は皆と色々なお話ししたり笑ったりしたいの。して欲しいの。だから、」

状況判断に長けた夕臙やこちらへ来た時の状況の指示を珠芽から受けながら、燃える宮中から脱出を図る道中、輝夜は言葉を続けていた。それは珠芽に対しての言葉でありながら、自分の思いを哉栄や夕臙に言っている様な、自分自身への確認である様な言葉でもあった。

「私は、私の出来る全力で私の大切な人達の笑顔を守りたい。その為に行きたいの」

哉栄の手をしっかりと握ったまま、視界にいる夕臙と珠芽の姿を強く見詰める。
哉栄の力を使いたいと願う気持ちを理解してしまった。しかし、何度自らに問い掛けてもそれをただ「うん、わかった」と言えない気持ちが輝夜の中にはあった。自分の気持ちを我が儘を言うように口にも出来ず、かといってこの気持ちを捨て去る事も出来なかった。それならば……輝夜はどちらの気持ちも酌む道を歩もうと思った。
何が正しいのかもうこんな状況ではわからない。二兎を追うものは一兎も得れないのかもしれない。この瞬間さえも色々な失いたくない物がこの小さすぎる両手からこぼれ落ちているのかもしれない。それでも、時間は迷う暇も与えてはくれないのだ。何もせずに守られながらただ両の手からこぼれ落ちる悲しみに泣く事だけはもう嫌だった。

足を止めればすぐにでも包まれそうになる程近くに熱を感じながら、視界に一面の紅(あか)の中でただ輝夜は遠くにあるはずの光に向かって必死に進もうとしていた。
>珠芽、夕臙、哉栄

【次レスから城下に繰り出します!物語進行上すこーし早そうなのと、もう少し偽継君をやりたいのとで(合流してからが結構早そうなので/笑)一件寄り道をしてから次に進ませたいと思います!】

7ヶ月前 No.402

夕臙 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【夕臙/宮中→城下・朱雀門前】

ああ、矢張り白昼に見た少年と、目の前の大妖怪は、同じ『花菖蒲』……否、珠芽という同一人物だった。悔しいほどに世の中には知らないことが溢れすぎている。
「あっああああ当たり前ぇだろ! いきなりそんなデカくなるやつ初めて見た!」
物も言えぬほどの仰天の金縛りが次第に解けてくると、『夕臙は、変わらないね』と大人が子供にするように頭に手を被せてきた珠芽に顔を赤くして叫ぶように必死の反論を試みる。しかしまだ感情に思考が追いつかず、情けないほど吃りっぱなしだった。つい十数時間前にあった時は自分と同じくらいの子供だった少年が、見上げなくてはならないほどの立派な青年に、それも昔話に聞く大妖怪となって現れたのだから慣れろというほうが難しい。

叶うのならもっと珠芽の話を聞いてみたかった。自分の知らない妖の話をもっと知ってみたいと思った。今、都を焼き払い暴虐の限りを尽くしているのは妖。けれど、人間である夕臙から輝夜を守り互いに信頼し合い仄々と戯れているのもまた妖。両親や大人達が語って聞かせてきた悪者としての妖と、自分の目の前にある妖達の姿との齟齬をもっとしっかりと見極めたいと思った。しかし今の状況はそれを許さない。珠芽の言う通り、早く此処から脱しなければ火の手が回るし、哉栄の言う通り城下にはまだ医師の救助を待つ民がいるに違いない。
珠芽の言葉に一同とともに頷くと、四人は一斉に宮中を出る門へと駆ける。東の方角は八岐大蛇に阻まれ、南西からは雷雲が北上してくる。正面玄関である朱雀の門は赤い大きな翼を広げたように佇み、逃げ惑う貴族の者達を受け入れている。だがそこに向かうまでには、瓦礫の山、燃え盛る牛車、崩れ落ちる家屋、宮中にまで流れ込んできた有象無象の異形、鞭のようにしなる火の手、自在に路地を摘む大蛇の頭部……ありとあらゆる障害が逃げ道を阻んでいる。
「前衛は任せる!」と、この中では唯一戦力を持つであろう珠芽に言うと、哉栄と手を握る輝夜の二人が遅れる事のないように殿(しんがり)を駆ける。手には薬師寺の残した薬箱を抱えて、背後の敵を瓦礫防いだり撒いたりしながら、時折指示を飛ばし夢中で難路を進んだ。
灼熱を孕む栄華の燃え残りを草履で踏み付けながら、うちかかる火の粉を払いながら、薬箱の中身をがたごとと揺らし、夕臙は輝夜の決意の言葉を聞いていた。
(おれだって、この中の誰が死ぬのも嫌だ。此処にいない城下に残してきた大切な人達が死ぬのも嫌だ。ーーおれも、先生の弟子として、守らないと)
それにしても。
やっぱり、強くなったな、と夕臙は思う。彼女が『大切な人達の笑顔を守るため』と何処へ向かおうとしているのかは検討がつかなかったが、珠芽とはまた違った意味で、茶屋で会った時のお姫様とは別人のようだと思った。

宮中と城下の境目、朱雀門へと四人は漸く辿り着いた。同じように都を脱出しようと流れ出る人々の群れで崩れかけた城壁付近は大混乱を極めていた。無理も無い、背後に置いてきた宮中は火の海、門を抜けた先は安全地帯などではなく魍魎跋扈に食い荒らされた地獄絵図だったのだから。
「……っ。地獄を抜けてもまた地獄、ってか……」
薬師寺と思葉と共に哉栄を探して駆けた数刻前よりも、城下町は明らかに酷い状態に変わり果てていた。悔しさと恐ろしさに、夕臙は唇を噛み締めて思わず身震いをする。はぐれたきりまだ再開できていない薬師寺達の姿と、同じく城下に暮らす自分の両親の姿が頭を過ぎった。
「先生、あんまり考えたくは無いですが、荷物だけ残されているなんて、薬師寺さんの身に何かあったんじゃねぇかって……おれ、心配です」
左京院邸の庭で拾った薬師寺の薬箱を不安げに抱きしめながら、躊躇うように言った。これを使って城下の人々の介抱をしている間に落ち合えれば、と、思う。
夕臙は此処で別れになるかもしれない輝夜と珠芽に向き直り言った。

「おれ達もできる全力で人を救いたいと思う。……お姫様にその覚悟があるなら、また笑いあえる未来を守ってくれ。期待してるぜ」

夕臙の心に、言葉通りの期待は無かった。ただ、直向きな輝夜の希望を心から応援したいとは思った。師の望む「生きる」という選択肢を彼女の奇跡は選び直させてくれた。それを決して無駄にはしない。しかし、生きるとは、存在するだけ鼓動を動かし続けることだけでは無いと夕臙は哉栄を見て思う。
ーー『光宮哉栄としての僕を、医師として、お前の師としての……私を。最期まで、見ていてください』
その言葉を受けた時から、夕臙の胸の中にも覚悟はすとんと落ちてきた。いつか訪れる現実に対する覚悟も、それに追従する覚悟も。
息をすることが生ではない。どんな風に、何を為して生きるかだ。それを『宿題』と呼ぶ彼女にはどうも上手く伝わらなかったようだったが、哀しいほど真っ直ぐな希望を持つ彼女を笑ったり壊したりしようとは到底思えなかった。それが本当になれば良いのに、と夢見る心では思わずにいられない。

>珠芽、輝夜、哉栄、(薬師寺)、all


【一応このレスをもちまして、左京院邸庭にいたメンバーは宮中から城下へと脱出です!解散??? あと、この前書いたサブ記事に間違いがあったことが判明しました、あとで訂正します!】

7ヶ月前 No.403

珠芽 @d0ap ★iPad=qTOmkAVEvD

【珠芽/宮中→城下・朱雀門前】

「おれも、こんなに大きくなったの初めて」

夕臙の予想通りの大きな反応に先程まで大人ぶっていた表情は崩れ、幼さが残るその顔で珠芽はふっと息を吹き出し楽しそうに笑った。「昼間のお返し」と夕臙にだけ聞こえる様にそっと囁いたのは『餓鬼』と散々言われたことを根に持っていたからなのか。とにかく悪戯が成功した珠芽はその反応だけで満足した様だった。

視界は何処までも赤く、彼方此方から悲鳴と崩落の音が響く。後方で夕臙の声が響き珠芽は大きく頷いた。一同が一刻も早くこの場から脱せる様に珠芽は道を切り開く。その手には覚えたばかりの短刀を握り、向かってくる雑魚妖怪を一掃する。時々後ろを見れば輝夜がしっかり哉栄の手を取り着いてくるのが見え、安堵した。
漸くたどり着いた門前から見えたのは、魑魅魍魎の巣と化した城下の姿。人々が喰い散らかされる姿はまさに地獄。酷い光景だと珠芽は思いこそするが、それ以上の感情は浮かんでこない。城下の姿がほんの少し前、宮中で酷い仕打ちを受けた自身の姿に重なったから。規模こそ違うが、この妖達もそう言った怨みや辛みを重ねていたのかもしれない。そこまで考えを巡らせてとある二人の姿が炎の中に浮かび、じわりと溶けた。これも人間の業ならば致し方無いと、思ってしまった。


「お姫様の信じる道が、これから行く道になる。道はたくさんあるから迷う事もあるけど、おれはお姫様を信じているから着いて行くよ」

あの炎の中での輝夜の決意とも覚悟とも取れる言葉は珠芽の耳にも勿論聞こえていた。離れていた間、彼女も『強くなるために』たくさんの経験をしたのだろうと言葉の端々から感じる。ただ周りを振り回すだけのお姫様ではない彼女の言葉は力強く、眩しいほどの希望に溢れていた。輝夜の想いに自分のこれからを乗せて珠芽は優しく言葉を紡ぐと、此方に向き直った夕臙へと目線を向ける。

「夕臙も。……今度はゆっくり、話ができたらいいな」

目線の高さを合わせつつ僅かに口元を緩ませる。城下に蔓延る妖達の姿。彼等はあの中に行ってしまうのだろうか。自ら危険を冒してまで。けれどそれは自分達も同じかもしれないと思い直すと、せめて此れが最後になってしまわない様、そう願いを込めてこの場に似つかわしくないほど呑気にそう言葉を口にした。

>輝夜、夕臙、哉栄

7ヶ月前 No.404

語り @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【★】

葉月十五夜

子の刻。

僅か二刻ばかりの間に、花の都の城下町は変わり果ててしまった。今や地獄絵図にも勝る有様で、この世の終わりと言わんばかりに業火は燃え滾り、虚飾の街は爛れ、忽ちに灰土と化していく自宅を見詰めて立ち尽くす暇すらもなく、責め苛まれた人々は虫螻の如く逃げ惑う。
歴史の闇に置いてきた、人ならざる者たちの積年の怨み。押し込め耳を塞ぎ目を逸らし続けてきた確執。罪のない人間達が次々に、とばかりは言い切れない。
骸に成り果てた丸焦げの家屋。焼けた亡骸の張り付いた露店。まだ辛うじて息のある者達が、もはや異形とも見紛うばかりの姿で這いずり回る血濡れ真砂路。

これが本当に、祭の夜か。
ほんのついさっきまで、この大通りには心浮き立たせる赤い提灯が点いて、賑やかな露店が並んで、子供も大人も細やかな日常の幸福を疑いもせず謳歌していた。笑い声が響いていた。咎を忘れ、罪を無視し、過去を振り返るということをしなかった。優婉なる望月は、其れをも責めることなく穏やかに照らし見守っていた。なのに。
碁盤の目の路地に点々と提がるのは、提灯ではなく焼死体。大妖怪の放った青い焔は、蜘蛛の巣の導線を伝って町中を焼き尽くし、今や燃え滓だけが幾つも幾つも淋しく風に揺れている。夜半の都は焼ける匂いと死臭に満ちて、目の焦点の定まらぬ人々が水を求めては川に飛び込み、亡き子を探しては燻る瓦礫に潜った。まだ辛うじて生きる気力のある者は、倒壊した家屋の下敷きになった隣人を助けようとし、我が子の手を引いて瓦礫の山と屍を乗り越えて洛外へと逃げて行った。或る者は他人の為に医者を探し、或る者は火事場のどさくさに紛れて盗みを働いた。



【(モブ妖)鵺+叢原火+姥ヶ火/城下】


現世(うつしよ)の慟哭を、秋の風の音と共に鵺は聴いた。霆(いかづち)を落とし都を焼いて、人々を貫き追い回し、恐怖させた大妖怪の一人にして絲祈の手下である鵺は、その地獄絵図の出来栄えに満足した。

「くはは……者共、此れが『まつり』ぞ」

祭祀(まつり)と呪詛(のろい)は表裏一体。
月の祭は、月の呪。月は美しく、月は怖ろしいもの。
ヒョォヒョォと不吉な啼声を天中に響かせて、鵺は笑った。
もはやこれ以上、雷で打つ甲斐の有る建物も見当たらぬ。弧を描き回旋する眼下に、漸と未だ往生際悪く這い回る小癪な虫螻の生き残りを認めた。
それは、子供達だけで逃げ惑う孤児となった兄妹、という風貌だった。朱雀門の近くに横たわる二つの血塗れた亡骸に縋り付いて離れない少女を少年が説得して引き剥がし、手を引いてその場から連れて逃げようとする。恐らく傍らの死体はこの子たちの両親なのだろう。兄のほうは怪我をしているのだろうか片足を庇うように引きずっている。幼い妹が泣きじゃくりながら名残惜しくも離れ、兄に従おうとしたその時だった。鵺は奇怪なるその目をちかちかと忙しく赤青に点滅させ、深まる夜に巨大な虎鶫の翼をはためかせた。冷めかけた興が再び乗ったと言わんばかりの逸りの儘に、秋の夜空を空を白く光らせる。

閃光。煌めく槍のような稲光が、真っ直ぐに地上に落とされる。鮮烈な轟音と共に貫いたのは、兄妹の身体では無かった。
「…………おとっちゃん……」
手を繋いだまま、二人の幼子は、今しがた背を向けたばかりの死体に只ならぬ気配を感じて、すぐさま振り返った。
鵺の落とした雷は、さっきまで妹が縋り付いていた二つの死体を直撃していた。爆音と電流に身体は瞬時に焼け焦げて骨も残さず砕け散る。余った首が衝撃で弾き飛ばされた。余りに凄惨な映像を見せつけられて、幼い兄妹達はその場に根が生えたように動けなくなる。

鵺の嗤い声が谺する。

電光の速さで消えた稲光の残響のような、瑠璃色のちらつく闇夜の向こう。彼方から二つの火の玉がぐるぐると争うようにぶつかり合いながら、未だ茫然自失とした子供らの前に飛んでくる。
遠目には突き合う蜂か鳥のように見えた火の玉が、近づくにつれ、人の頭ほどはあろうかという巨大なものであることに気付く。燃え盛る火の玉は松明のように熱を帯び赤々としていた。近づいただけでも熱風に圧されるようなその身をして子供達を追いかけてきた。

叢原火と姥ヶ火。

「あ……あああ…………」
兄は妹を庇い後退りしながら、その鬼火に埋められた核を指差した。呻く表情は絶望に歪んで、知恵を無くした獣のように、崩れた顔でただただ震慄き叫ぶばかりだった。
「ああああああ…………おとっ……」

二つの鬼火、その燃え盛る火の中に埋まっていたのは、地獄の苦しみに歪む親の首だった。火達磨となった男女の首が、苦悶の表情で子供達を追い掛ける。

「タスケテ、タスケテ」
「来ないで!」
「タスケテ、カワイイ、コドモタチ」
「いやだ! おとっちゃん! おかっちゃん!」

鵺によって妖に変えられた父母もまた被害者である、などと冷静に受け入れられる筈もない。赤く渦巻き波打つ炎を髪のように靡かせて、叢原火と姥ヶ火は我が子を追い掛ける。柔らかな頬に齧り付く。火に巻かれた生首を擦り付ける。生死が掛かった時、姿形が変わった時、人の絆はどれほど脆くなるのだろう。

「おかっちゃん! やめて! やめてええええ!」
「アツイヨ」
「いやぁぁ! 熱いよぉ!!」
「アツイヨ」
「助けて!!」
「タスケテ」

助けて、タスケテ。熱い、アツイ。
結局、我が子を求める親心が、生きる道もあった筈の子供達を冥界に引き摺り込む形で、この一悶着は終結した。子供達は最期まで変わり果てた親を拒絶し、生にしがみつこうとしたまま、二人とも文字通りの熱い抱擁の果てに火達磨となって焼け死んだ。

己の子供達を焼き殺しても、やはり救われなかった罪深き叢原火と姥ヶ火。その醜怪な身をぶつけ合いながら、焦土の都を彷徨い続けるのだろう。
ヒョォ、と鵺の声がまたひとつ游ぐ。


【特に宛先はありません。なかなか進まないのでただの暇潰しですー。本編にはあんまり関係ありません。真夜中をおしらせします。夜の11時過ぎぐらいです。】

6ヶ月前 No.405

夜(皇出母) @papillon☆0uO5mlUpCUns ★sAbT0rwP1n_mgE

【夜(皇出母)/→宮中→?】



 美しく組み立てられた箱庭の世界は、今や、まさに地獄の釜の底である。いや、地獄絵図という言葉すら生温い。其処はすでに灼熱と死臭だけに満たされた世界の果てだった。
 都はすでに赤く朱く紅く、燃え盛る焔に沈み、逃げ惑うは貴族も武士も城下の民も皆同じこと。普段は身分や制度、其処から来る差別に縛られた醜く矮小な人間達も、こんな時だけは誰もが同じ。所詮人間とは卑しくも哀れな、たかが命。命一つ無くせば、貴賤などなく等しく屍。


 命の終焉を前にして、その無慈悲なる瞬間だけ、人は皆平等なのだ。


 容赦なく生命を喰らい尽くす紅蓮の業火が渦巻く宮中では、未だ逃げ遅れた貴族や武士、彼らに仕える者達が悲鳴と煙に撒かれながら出口を探して逃げ惑っていた。
 そんな中、以前は煌びやかに飾られていた大広間ではただでさえ非日常な事態の中で、更に異様な光景が繰り広げられていた。体格も目付きも明らかに他とは違う、豪胆で武術にも長けているだろう手練れの武士達が、物々しくもそれぞれの武器を構えて進んでいく。そんな武士達の輪の中心、彼らが命に代えてでも護ろうとしている物はといえば、それは屈強な男達に担がれた絢爛豪華な駕籠(かご)だった。室内でありながら、彼らは恭しくも駕籠を運んでいたのだ。金銀や宝玉で彩られた豪奢な駕籠は神々しささえ感じさせ、いっそ神輿のようにすら見える。幾重にも御簾を掛けられて中に乗っている人物は見えないが、相当高位な人間が護られているのは明らかだ。

「この場を乗り切れば出口はもうすぐだ! 皆の者、必ずや我等の手で帝をお護りするぞ!」

 武士達の長と思われる、一際強固な鎧に身を包んだ男が叫ぶ。駕籠に乗っていたのはあまねく都の全てを、そればかりか肆季島國(しきしまのくに)全土を治める絶対の権力者、帝だったのだ。
 宮中にすらも入り込んだ恐るべき異形達が、駕籠を、帝を狙って襲い掛かる。しかし駕籠を護る武士達の武術の腕前は凄まじいもので、流石の異形でさえ駕籠に近付けず怒号と下に斬り捨てられていく。
 大広間を抜ければ、後は一気に城下へと下りられる。此処を護り切れば、何とかこの場も凌げるだろう。強面の武士達の表情にようやく余裕が漂い始めた、ちょうどその時だった。

 ふわり、ふぅわりと。ゆらり、ゆぅらりと。

 武士達が異変に気付いて刀を構え直す中、火炎の渦の彼方より、何か黒い影がゆらゆらと揺れながら近付いてくる。

 真っ赤な世界の中に、彷徨い揺蕩う無数の金色。丸い、まぁるい、しゃぼん玉。

 それは、焔の色に似た赤を基調とした五衣唐衣裳(いつつぎぬからぎぬも。俗称として十二単)を纏う、小さな少女の影だった。緩々と、まるでこの修羅道そのものな場の空気に合わぬ緩やかな様子で静々と。その手に持った葦の茎を銜え、その先から放つは業火の熱にも負けずに舞い上がるしゃぼんの泡。

「――――出母……!」

 駕籠の中から、唸るような重々しく、しかし明らかに動揺した声が響く。
 火炎の中から現れたのは皇出母(すめらぎのいずも)、帝の孫娘であり、最上位の皇族である内親王であった。

「出母様、よくぞ無事で! さあ、このような場所におられてはなりませぬ、今すぐ我等と……!」

 現れたのが出母である事に気付くなり、武士達は安堵の表情を浮かべると共に慌てた様子で出母に駆け寄る。彼らはまったく気付いていない、この惨状で少しも取り乱さず、しかも無傷で児戯に勤しむ童女がいかに奇怪な存在であるかに。
 そして目の前の皇女の正体が今や人ではない事に気付けなかったのが、彼らにとって命取りだった。

 しゃぼん玉、ぱちん、弾けた。

 次の瞬間、真っ先に出母に近付いた武士の上半身と下半身が、ぱっくりと割れて離れた。何が起きたかもわからずただ不思議そうに目を見開いたまま、二つに分かれた自分の胴を見上げる彼の後ろで、二人目の武士の身体が縦に裂けて崩れる。
 驚愕の表情を浮かべる武士達が、一人、また一人とただの物言わぬ真紅の欠片へと変わっていく。それと共に、出母は一歩、また一歩と駕籠に近付いていくのだ。その顔には穏やかな、まるで菩薩のように優しい微笑をうかべたままで。

「と、止まれ! ……否、止まって下さいませ、出母様!」

 この後に及んでもなお言葉を崩せないまま、それでも刀を出母へと向けながら武士達の長が必死の形相で叫ぶ。今や残されたのは長と駕籠の担ぎ手達、そして御簾の奥の帝だけだ。駕籠と、真っ青になって震え上がる担ぎ手達を庇うような形で、長は何とか出母の前に立ち塞がる。

「どういう事なのですか、出母様!? 貴女様は……今の貴女様は、一体何なのですか?!」

 びっしょりと汗に濡れながら、長は震えそうになる声を何とか抑え、いつでも斬り掛かれるように出母から目を離さない。汗が止まらないのは焔の熱のせいではない、目の前にいる幼い頃からよく知る筈の皇女が、いつの間にか見た事も無い顔で微笑し、感じた事も無いどす黒く邪な気配を発しているからだ。
 そんな長に対して、出母はなお慈悲深くさえある笑みを向け、かくりと小首を傾げて目を細める。

「貴方様には、わたくしが誰であるのかわかりませぬか? 貴方様程の御方でも、わたくしが何であるのかわかりませぬか? それはとても残念なこと、それはそれは、由々しきこと」

 くっくっと、小鳩が鳴くように軽やかな、押し殺した笑い声が出母の喉の奥から漏れる。長に向けていた出母の視線が、今度は駕籠の方へ向けられる。

「わかってくださいましょう、貴方様であれば。遥か遠い遠い遠い過去の、忌まわしき前世の業を思い出せずとも、わたくしの目を見れば直観で悟れるでしょう? わたくしが何であるのか、何故貴方様の前に現れねばならなかったのか、何故民と都を焼かれねばならなかったのか、どうすれば許し許されるのか」

 今宵夜空を支配した満月そのもののごとき、爛々と輝く黄金の瞳が一際強く輝いて、御簾の奥に坐する高貴なる者の心の臓さえ射抜くように見据えた。

「貴方様が、貴方様の始祖が、わたくしに一体何をしたのか。その仕打ちが、――その裏切りが、貴方様にならおわかりになるでしょうに。何せそれは貴方様の血の奥底に、深く強く、確かに刻まれているのですから」

 めらめらと燃える業火さえも、今この時だけは音を潜めて。ひと時、その場に重々しい沈黙が君臨した。静寂とはまた異なる、息が詰まるような、瞬間。答えを求める者と、応えなければならない者。片方の顔が見えずとも、二人がどんな顔をして次の一言を待っているのかは、その場に居る者ならば手に取る様に分かった事だろう。

 やがて、審判は下される。


「化け物が」


 ひくりと、出母の目元が激しく痙攣した。

「…………貴様の言っている事など何一つ分からぬし、そもそも分かりたくもないわ! 貴様は朕(ちん)の孫娘などではない、最早ただの化け物よ! 斬れ、その異形を即刻斬り捨てろ!」

 激しくも重々しい、そして無慈悲な帝の声。それが、最後の引き金となった。

「そうですか」

 帝の命に応えようと刀を振り上げた武士達の長の前で、出母は舞でも踊るかのように、いっそあまりにも優雅な動作で両手を天へ向けた。先程までの微笑は其処になく、淡々と、ただ淡々と、低く押し殺した声で言葉を紡いでいきながら。

「――――すまぬ、と。一言、たった一言、そう言ってくだされば宜しゅう御座いましたのに」

 その嫋やかな十の指の先から、銀に煌めく細い糸がきらりと天井に向けて伸びるのが見えた者が、果たしてその場にいただろうか。

「そうすれば、一等苦しまぬよう、一呑みにして済ませたのに。その一言を聞けたなら、いっそ見逃して差し上げても良かったのに。結局貴方様は、何度目でも、あの時と同じ言葉を選ぶのですね」

 其処に居たのは皇女である出母などではない、紛れもなく大妖たる夜。その指先から放たれたのはあらゆるものを斬って裂いて崩す蜘蛛の糸。夜がこの世でたった一人の共犯者である絲祈の眼球を体内に取り込み、彼の妖力と一体化する事で得た、恐るべき滅びの能力。

「幾千、幾万、幾兆、幾京、那由多に及ぶまで時を逆巻き、繰り返し繰り返し繰り返したところで、人は、いいえ貴方様は同じ答えを出すのですか。これでは、幾重にも繰り返し喰われ続け、時を戻し続ける月の姫も報われませんわ」

 武士達の長が刀を振り下ろすよりも早く、夜は天に向けていた両手を緩い動作で下へ向けた。伸びた糸は触れるだけで天井を切断した後に床に落ちて、触れた先から深く深く切って刻んでいく。
 ふいに足元が大きく揺らいで、長や担ぎ手達が倒れ伏したのと、駕籠が地面に落ちたのとはほぼ同時だった。傾いだのは床だけではない、宮中全体、つまり城そのものが大きく傾いたのだ。夜の放った糸の狂気的な切れ味は、城の最も重要な柱さえ両断したのである。
 がらがらと落ちてくるのは、燃え盛る天井の破片。降り注ぐ火の雨を防ごうにも、足元も崩壊していく現状では人間など成す術もない。悲鳴を上げながら奈落の底に落ちて行く武士達の長や駕籠の担ぎ手、そして。

「これでもう何度目かも、最早数えきれはしないけれど。さようなら、かりそめのおじいさま」

 絶叫と共に、切られて抜けた床から遥かな紅の闇へと落ちていく駕籠を見送りながら、夜はたたただ口元を綻ばせて手を振る。 やがて夜の足元も崩れて無くなり、城そのものの崩壊が始まった。無数の糸を張り巡らせ、その上に立つ事で空中に浮遊しているかのようにその場に立ったまま、夜はぼんやりと虚空に向かって手を振り続ける。
 ふいにその手がぐっと握り込まれると、爪が掌を傷付けて、蛍光色の奇妙な液体がぽたりぽたりと闇に滴り焔に呑まれていく。先程まで淡い笑みを浮かべていた唇は、今や真一文字に結ばれて、あらゆる表情を噛み殺していた。


「まこと、ひともいぎょうもほとけもてんまも、よはみなあわれ」


 小さく微かな、溜息にも似た囁きが、燃えて盛る火炎に飲まれてすぐに掻き消える。まるで一瞬で消えてしまった声に同化したかのように、夜の姿はすでに宮中の何処にも存在してはいなかった。

 この世で一番悍ましい者が、虎視眈々と狙う次の得物は、果たして何処に。



>>(ソロール)


【これを書いておかないと夜は次に進めない、という事で。宮中=城を破壊するという大暴挙に出ましたが、問題が大きいようでしたら城の一部だけが崩れた事にしてくださいませ。事後報告になってしまい申し訳御座いません。この後、各所が落ち着かれましたら「すぱーん」の為に何処へなりとも向かいますので、その際には宜しくお願い致します】

6ヶ月前 No.406

語り @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

5ヶ月前 No.407

左京院華切 @poko10☆sMzkA8RPRfw ★Android=rp39lsupOA

【左京院華切/左京院邸→内裏跡地】

 空を斬る鋭い音。何が起きたか理解などできないままに、踏み出しかけた体が固まる。首筋に触れる冷たい気配があった。身体を動かすことはおろか、息を吐くことすらできなかった。それでも辛うじて目線だけを左方向へ向ける。首筋に添えられた鈍く光る刃。その刀は友人の手に握られたものだった。厳密にはその刃は肌に触れていない。だが僅かにでも動こうものなら、ごくりと喉を鳴らせばそれだけで触れるほどの距離にあった。ゆっくりと目線を友人に移す。余裕ありげに細められた見慣れた眼差しはそこにない。見開かれた目。血走った瞳。確かな殺意を感じた。

『……人になぞ、この血を貸してたまるものか』

 意地悪くそう言って、彼岸は口角を引き上げる。まるで殺されると身構えたこちらを嘲るかのように刃を下げ、彼は燃え盛る壁を斬り破った。霧の中に消えていく背中。呆然とそれを見送る。しかし、先程の彼岸の目が脳裏によみがえる。あのとき確かに彼から殺気を感じた。気のせいだったのか、それとも――。

「待て、まさか、おまえ……!」

 彼にとって私など殺すに足らない人間だったのだろう。生きていようがいまいが、私は彼の足枷にさえなりけないのだ。……もしあの殺意が、私ではない別の存在に向けられたものだったとしたら。彼岸には彼女への恨みなどないはずだ。しかし、彼女には狙われるだけの価値がある。右足を摺りながら、霧の中へと消えた背中を追うが、友人の姿を再び捉えることは叶わなかった。いや、そもそも友人などと思っていたのは自分だけだったのかもしれない。彼岸の狙いは初めから彼女だったのか。私は彼女への足掛かりに過ぎなかったのだろうか。騙された、そう感じて唇を強く噛む。私は彼を止めなければならない。彼が輝夜に害を成す人物であるならば、この身を捨ててでも奴を討たねばならない。持ち出してきた刀を握る手に力が入る。当てはないが、迷っている暇もない。焼け焦げる臭いの満ちた宮中をひたすらに進んだ。少々不格好に右足を庇いながら、邸の残骸の間を縫って歩く。
 どれぐらい歩いただろうか。華切は不意に足を止め、来た道を振り向いた。左京院の邸はとうに見えない。彼岸の行動が腑に落ちなかった。彼は何故、大きく邸の壁を破壊して行ったのか。彼は私を撒きたかったはずだ。わざわざそんなことをせずとも、適当な穴から出ていけば確実だ。そうなっていれば――私は今頃邸の中で焼け死んでいただろう。彼岸が残した言葉も、あれはただの悪意だったのだろうか。読み解けないほどに複雑に混ざりあった彼の思いが、込められていたのではなかろうか。そんなことを思って俯きそうになる自分を奮い起こし、華切は再び前を向いて歩き始めた。たとえどうであろうと、彼岸を止めなければならないことに変わりない。私が考えるべきことは他にある。

 気付けば宮の奥まで来ていた。目の前にあるのは内裏――の跡だった。帝の居所も消え去った。すなわち都が落ちたも同然だ。けれど、それは大して華切の関心を引くことではなかった。ここに輝夜の姿はない。そのままその場を後にしようとしたが、視界の端にぽつりと佇む小さな人影を捉えた。それは父・伊織の姿だった。だが、いつもの自信に溢れた威厳はない。父は都を守るために尽力してきたのだ。恐らく今回も。華切の知り得ない多くの犠牲を払って、帝のもとへとやってきたのだろう。左京院の邸だけでなく、都の象徴すらも崩れ去った。その痛みを華切に推し量ることはできない。

「父上」

 呆然と立ち尽くす父親に近づき、静かに声を掛ける。輝夜の行方を問いたい気持ちはあったが、参っている肉親を前に、今それを口にするほどの図太さは持ち合わせていなかった。

>伊織、(彼岸)、all

【大変遅くなりまして申し訳ありません!彼岸くん絡みありがとうございました!】

5ヶ月前 No.408

皇出母(夜) @papillon☆0uO5mlUpCUns ★sAbT0rwP1n_mgE

【皇出母(夜)/→内裏跡地】


 ちろちろと、鬼火が燃える。ただめらめらと、けたけたと。燃えて盛る、焼けて落ちる。

 地を舐め、天を這い、光も闇も蝕む青い焔。生きとし生ける全てのものを喰い尽す勢いで燃える鬼火の群れは、世界を嘲笑しながら今や空虚そのものとなった内裏の跡までも貪っていた。其処に在るのはただ瓦礫ののみ、それさえも地獄が口を開いたような暗く黒い大穴に沈みかけているのだが。

 それこそまさに、奈落の底。何処か遠く、そして近くで、子鬼がきゃらきゃら嗤った。

 地獄よりも深く、極楽よりも眩いその場所に、二人の男が立ち尽くしていた。一人は左京院伊織、宮中でも指折りの実力者であり、帝にも信頼されていた権力者である。そしてもう一人は伊織の息子である華切、天から遣わされたかとしか思えぬ美男子として名高く、それでいてたった一人の姫君を愛し続ける一途な皇子だ。
 肆季島國の支配者たる帝の命運は、内裏が跡地と呼ばざるおえない状態になっている事を考えれば語るまでもなかろう。その帝に仕えて名誉の為、家柄の為、出世の為に全てをかなぐり捨ててきた伊織の心境は如何様なものであろうか。そして打ちひしがれる父親の背中をただ見つめる事しか出来ない、華切の心情は。
 やりきれない気持ちを風が悟ったのか、死臭を孕んだ夜風さえも今は泣き止んでいた。

 だが、そのやるせない静寂は、唐突に破られる。
 ふわりと、死臭に代わって甘く重く鼻を擽る沈香(じんこう)の香りがその場に満ちた。

「――――秋の野に、咲きたる花を指折り、かき数ふれば七種の花」

 ふいに、よく澄んで響く高慢で傲慢な少女の声が冥府魔道の上に木霊する。
 燃え盛る青白い鬼火が君臨者に道を開くがごとく、突然の強風にあおられてさあっと分かれた。冥界の焔が両脇から照らす石畳を、小さな赤い影がゆらゆらと微かに揺れながら歩んでくるのだ。

「萩の花、尾花葛花瞿麦の花、女郎花また藤袴、朝貌の花」

 それは帝の孫娘である内親王にして、華切の幼馴染ともいえる皇出母であった。いつの間にか纏う衣が先程までの五衣唐衣裳(いつつぎぬからぎぬも。俗称として十二単)から壺装束(つぼしょうぞく。高貴な女性の外出用の衣)に変わっている。頭に虫の垂衣(むしのたれぎぬ。笠の周りに垂らして顔を覆い隠す、白く薄い布の被り物)が付いた市女笠(いちめがさ。頂に巾子(こじ)と呼ばれる高い突出部のある笠)を被っているので、その表情は計れない。
 何にせよ城が壊滅したというこの非常事態に旅支度を整え、しかも優雅に歌など口ずさむその様は明らかな異様さを放っていた。

「おやおや、まあまあ、これはこれは。華殿、そして伊織殿、この度はどなた様も皆お気の毒に。哀れなもので御座いますわねえ……死なば諸共皆等しく、ただの屍」

 まるで他人事、穏やかでありながら何処か毒気を孕んだ独特な声色で囁きながら。出母は緩々とした歩調で華切達へと近付いていく。その背後で、先程道を開けた鬼火が密やかに燃え、出母の姿を青く幽鬼のように彩る。

「伊織殿、お屋敷から走り通しでさぞお疲れでは? どうぞ甘い菓子など召し上がって心と身体の疲労を癒して下さいませ……異国より渡来した、珍しい菓子ですの。まるでお星様のようでしょう、きらきら、ゆらゆら、――まるで、まるで落ちた屑星のよう」

 伊織の側まで来て、出母はふと歩みを止める。そして胸元から小さな懐紙(ふところがみ)を取り出すと、愛おしむがごとき丁寧な手付きでそれを開いた。中には色とりどりの、小さな星屑のような欠片が幾つも並んでいた。後の世で金平糖と呼ばれる菓子である。
 菓子を包んだ懐紙を伊織の方に差し出すと、出母は垂衣の奥でころころと無邪気に笑った。

 出母の纏う気配も、周囲の惨状を無視したかのような言動も、その全て何もかもが異常である。しかしそれでいてその言葉には有無を言わさぬ奇怪な迫力があり、更には聞く者を操る催眠の術にも似た妖しい響きを帯びていた。
 敬うよりも早く、訝しげに出母の登場を見守っていた伊織だったが、その目がふいに正気を失った事に恐らく華切なら気付いただろう。垂衣の奥の出母の目が満月よりも眩い金色に煌めいたかと思うと、伊織の目までも急激に変化した。どろりと泥が流れ込んだ清流に似て、人形のように生気を失った瞳で出母を見つめていた伊織だったが、出母に菓子をすすめられると急に子どものような笑みを浮かべて何の躊躇もなく菓子に手を伸ばしたではないか。

「脣星落落(しんせいらくらく)、どれ程強く想いを結ぼうともいずれ人は皆果てる。それが世の運命(さだめ)……」

 指先で菓子を摘まみ、迷いなく口に運ぼうとする伊織を見上げる出母の、妙に冷え冷えとした不気味な声。その時、風に吹かれた垂衣が少しだけ捲れた。その一瞬、出母の口元が華切にも見えたかもしれない。

「それこそ夜(よ)の定め」

 毒々しいまでの猩々緋(しょうじょうひ)の唇は、三日月のような弧を描いて吊り上がっていた。不謹慎にも、それはもう何よりも愉快そうに。こんなにも凄惨な微笑がこの世にあるものなのかと、背筋が凍える程の光景だった。


>>華切、伊織


【舞台設置感謝します、そしてお返事お待たせ致しました……いよいよ首すぱですね、皇子の勇姿を私も心から楽しみにしております!】

4ヶ月前 No.409

左京院華切 @poko10☆sMzkA8RPRfw ★Android=rp39lsupOA

【左京院華切/内裏跡地】

 僅かな風も流れない淀んだ空気の中に、二つの影は立ち尽くしていた。黙り込んだままの父親を、華切は静かに見遣る。どんな苦境に立たされようと、絶望している暇があるのならば次の行動を考える、そんな人だった。今もきっと、ただ呆けているわけではない。父上は思案しているはずだ。そう思いたかったが
、伊織の沈黙はあまりに長過ぎた。
 ふいに、どこからともなく甘い香りが立ち込める。吐き気を催すような、甘ったるい匂い。覚えのある匂いだった。

 香りが満ちた直後、若い娘の澄んだ声が響く。謡うように、楽しげに、とても優雅に。声の主は鬼火が作った石畳の道から姿を見せた。高貴な衣を身に纏った、笠を被った小柄な影。彼女の美しい声色が、得体の知れぬ恐怖を思い起こさせるのに時間はかからなかった。

「お前は誰だ」

 そう口にしながら、華切は一歩後退った。暫く前にも、この人物に同じ問いをした覚えがある。姿形は皇出母そのものである。しかし幼少の頃を共に過ごした彼女であるはずがない。こいつは、化け物だ。その確信だけはあった。
 出母の姿をしたそれは、甘い声を紡ぎながら父・伊織のもとに近付いていく。伊織のもとで足を止めると、彼女は砂糖菓子を差し出した。

 ――何故、退かぬ。父上。

 父親の表情は華切には窺えなかったが、一歩も距離を置こうとしない伊織に違和感を抱いた。
 次の瞬間だった。伊織はあろうことか、砂糖菓子へと手を伸ばした。躊躇する素振りさえなく、どこか嬉しげにさえ見える指先。普段の父親の姿と重ねれば、それは到底理解できるものではなかった。

「止せっ!」

 反射的に、体が動いた。刀を握っていない方の手が、菓子を口に運ぼうとする伊織の手を乱暴にはたきあげる。同時にその手は出母の掌も掠め、足下にぱらぱらと菓子が散らばる音が響いた。
 子が親に手を上げるなど、最も許されざる或るまじき行為。今までに目の当たりにしたことはなくとも、父親がそれを決して許さないことを華切は知っていた。しかし、今の伊織は怒ってはくれなかった。ただ失われてしまった菓子を惜しむように、残念そうに自分の手元を眺めているだけ。

「父上に何をした……!」

 華切の声色が怒りを帯びる。恐怖はあった。けれどもこの化け物を退けねばならぬ。父上を助けねばならぬ。どういうわけか出母の姿をした、得体の知れない化け物。半ば無意識に、左手に持つ刀に右手を添えていた。呆けている父親を押し退けるようにして、出母との間に割って入る。
 出母の透き通った声で、それは言葉を紡ぎ続ける。妖しく、冷たく、不気味な呪いの言葉を。不意にふわりと吹いた風が、彼女の口元を露にした。ぷっくりとした、悍ましいまでに赤い唇。満足げに、愉快げに引き上げられたその口元は、華切の恐怖をさらに煽る。刀をぎこちなく構えながらも、何をしようとしているのか自分でも掴めていなかった。が、彼女の挑発的な微笑みが、躊躇を薙ぎ払った。

 無言で出母の方へと一歩踏み出す。足の痛みを感じる余裕はなかった。踏み出した勢いをそのままに、出母の喉元めがけて斬り上げる。実戦における武術の嗜みなど無いに等しい。人の首の落とし方などわからない。だが、刀はいとも簡単に出母の首を通り抜けた。笠と、長い髪を纏った首の影が宙に舞う。その呆気なさに華切自身も思わず空を仰いだ。本当に、やったのか。
 両手には斬り上げたときの感覚が生々しく残っていた。あまりに滑らかで、あまりに軽かった。それはまるで練り菓子を切り裂いたような、そんな感覚だった。
 宙を舞う出母の見開かれた目と、視線がぶつかった気がした。

>皇出母(夜)

【遅くなりまして申し訳ありません……!次のレスのつもりでしたが勢いで首スパに及んでしまいました。確定ロルでまずい部分は自由に補正していただいて大丈夫です……!】

3ヶ月前 No.410

真白蝶々 @papillon☆0uO5mlUpCUns ★sAbT0rwP1n_mgE

【夜(皇出母)】/内裏跡地】


 鬼火を従え、死を纏い、ゆらりゆぅらりと揺れる青き焔に照らされて。地獄よりも尚暗く、更に深く、故に無慈悲な奈落の底にそれは反吐が出る程甘い香りと共に出現した。抗いようもなく唐突に、何より誰より愉快そうに、そして背筋が凍る程残忍な眼差しで。

「誰? 誰、誰、誰、――何を今更。わたくしが誰なのか、何なのかなど二百年ばかり尋ねるのが遅過ぎるでしょうに」

 明らかに警戒し一歩後ずさった華切に対して、出母は、出母の姿をした何者かは顔を覆い隠す垂衣の奥でころころと楽しげに笑った。

「わたくしはわたくし、姿形がいかに変わろうとも、たとえ中身がすり替わろうとも、この顔と身体を手放さぬ限りいずもはいずもですわ。貴方様が昔からよく知る、幼馴染としてのわたくし。天上人として、遥か天の座から支配し統治する私(わたくし)。そして、そして。幼き頃貴方様に恋をして、共に未来永劫を歩めると信じた、無邪気で、愚かで……可愛らしい童女のままの、哀れな出母」

 華切がすでに以前から自分の存在に違和感を覚え、常に疑惑の目を向けていた事を出母はずっと前から知っていた。知っていてあえてそのままにしたのはそれすら全てただの余興に過ぎないからだと、出母は緩々と伊織に歩み寄りながら誰にも届かない程小さな声で呟く。

「あら」

 出母が伊織に怪しげな砂糖菓子を差し出せば、彼は幼子のごとき嬉しげな笑みを浮かべてそれに手を伸ばす。しかし菓子が彼の口に運ばれるより早く華切が素早くそれを振り払って、出母の手の上の菓子も全てが地に落ちて散らばる。

「酷いですわね、華殿。随分と手荒な事を為さる、昔の貴方様はそのような御人ではなかったのに。優しく気弱で、穏やかで物静か……そんな貴方を、出母(わたくし)はお慕いしておりましたのに」

 散らばった砂糖菓子は暫くそのままだったが、ふいにそれぞれが小さく蠢き始めたかと思うと、まるで命を持つように地面へともぐりこんでいく。そして次の瞬間、其処から赤や紫や深緑の毒々しい蔦が何本も芽吹いて伸びれば、みるみるその先端に百足とも蛇とも鯰ともつかぬ、何か長くぬめぬめとした大きな口を持つ怪物のような花が咲いてきぃきぃと耳障りな声で鳴き始めたではないか。

「伊織殿に、わたくしが? 何もしてはおりませんわ、ただ可哀想なその御方が勝手にわたくしの気に中てられただけのこと。人間とは哀れな生き物ですわね、自尊心が高く高慢で傲慢で、それなのにこんなにもか弱く儚く……壊れやすい」

 屈み込んで手を伸ばし、植物とも動物とも呼べない、小さく醜悪な異形の花を撫でて愛でながら。怒りに震える華切を見上げ、事もなげに言い放つ出母の声は何処かからかうような響きを帯びていた。憤怒と決意を込めた華切を、憐れみつつも静かに嘲笑っているような。
 そしてふと、華切が握った刀の柄に目をやる。その目がゆっくりと細く閉じられていくと共に一瞬、ほんの微かに、しかし確かにその紅く艶やかな唇が歪んだ。

「お斬りになりますか、わたくしを、このいずもを。そうですわね、それが良いかもしれません。激情に任せ怒りのままに、無抵抗な女子を斬るが良いでしょう。けれど決して忘れられはしませんよ。斬って断ったその手に残る感触も、生温かい飛沫が肌を濡らす感覚も、ひとつのいのちをおわらせた罪も。一度斬ってしまえばもう消せない、引き返せない、戻れはしない」

 きらりと、銀色をした煌めく一陣の銀が吹いて、抜けた。

「殺めるとは、そういうこと」

 天を支配する月のような黄金の瞳が闇の中でも確かに輝き、天を仰いだ華切の視線と空中で確かに交わった。

 ふわりと市女笠が暗夜に舞って、そのまま遠く飛んで見えなくなる。同時にごとりと重々しい音がして、何か歪な楕円形をしたものが地に落ちて転がった。迸った蛍光色の奇妙な飛沫が華切の頬の汚し、更に毒々しい色の液体を頭から被った伊織が狂喜した童のようにけたたましい笑い声をあげた。
 一部が欠けた身体というのは、何と不気味なものだろう。あるべきところにあるべきものがない、それだけの事があまりにも凄惨で目を背けたくなる光景となる。首から上を失くした豪奢な着物姿の身体は、倒れる事もなくただ立ち尽くしていた。その足元まで転がってきたのは、葡萄色の長い髪を纏った、影。

 誰も物を言わぬ静寂、ただあちらこちらで蒼き炎の燃える音だけが泣いているのようにざわざわと揺れる。
 ふいの事だった。何処か遠く、しかし近くから。妖しくも密やかに、しかしたとえようもない程に冷たい、衣擦れに似た笑い声が聞こえてきたのは。

「お見事、けれど残念」

 木霊すがごとき奇妙な笑いは、其処から、そして此処から、更にあちらから。引いては寄せる波のように、近くから、遠くから。やがてその声は一点に集まった、悍ましくも転がったままの、首へと。

「……嗚呼、こんなにも土と埃に汚れてしまって。うら若い女子の顔に、傷でも付いたらどうしてくれるのです、――――ねえ、華殿?」

 欠けたままの身体が両手を伸ばし、ひょいとそれを拾い上げた。片腕で抱えたまま、もう片方の手でそっと汚れを払う。やがて綺麗になったそれを両手で恭しく掲げると、それは先程までと変わらぬ艶やかに微笑を浮かべたまま華切を見た。黄金の瞳で、胴と離れたままの首は、笑った。

「貴方は変わってしまわれましたね、わたくしが変わったのと同じように。否、きっとそれはわたくしとは異なる変化、――貴方は大人になったのですね。幼き日の夢を忘れ、童心も幼心も捨て去って、貴方は麗しく成長した……貴方を慕う、ひとりの童女を置き去りにして」

 掲げた頭を、首の上に置く。潰れた柘榴のような薄気味悪い水音が響いて、しかしそれもほんの一瞬のこと。ふたつに分かたれたものが、みるみるひとつに戻っていくのに時間は掛からなかった。

「貴方とて気付いていたでしょうに、出母殿が幼き頃より貴方に恋し、焦がれ慕っていた事を。貴方も幼き日に約束したではありませんか、いずれ大人になったら必ず妻にしてやると。お忘れになりましたか、紅白の梅の花が咲いた、あのうららかな春の日の誓いを……けれど貴方はどの約束を反故にした、いとも容易く。貴方が選んだのは天上から訪れし女神、淡き金の月光を宿した麗しき現人神、――月の姫君、輝夜」

 斬られた首は合わせるだけで瞬時に再生し、ただ真っ赤な一筋の痕だけが首筋に残った。
 そして出母の姿をした者が滔々と語り始めるは、とある一人の王子様と、二人の姫君の物語。

「…………もうずっと以前のこと。余がとある目的の為に宮中に入り込んだ際、偶然鉢合わせたのが皇出母殿でしたの。人間ならば誰もが恐れる余の本性を見ても、出母殿は表情一つ変える事はありませんでした。ただ一言、喰らわば喰えと。この生は無意味、故に好きにすれば良い、と。永く生きてきた余もそんな人間と出逢ったのが初めてでしたので、ひどく興味をそそられましたわ……ですから戯れに約束したのです、ならば貴女の全てを拝借します、そのかわりもしも貴女に願いがあるなら必ず叶えて差し上げます、と。余の酔狂に、出母殿は初めて笑って下さいました」

 まるで母が子に寝物語を語って聞かせるように、その声は穏やかで柔らかく、淡々としていながら歌うように軽やかで。

「出母殿は余に、生まれてきてからの身の上を話して下さいました。勿論華切殿、貴方の事も。ひとは移ろいやすきもの、心変わりは仕方がない。しかし、しかし。あの御方の心変わりは、きっと恋心故のものではなかろうと。権力が、富が、そして不老不死への願望が、あの方を変えてしまったのだと、――――月の姫が、あのひとをかえてしまった」

 しかしだからこそその内容が心に重く泥のように絡んで圧し掛かる。御伽噺を読んで聞かせるかのようなその口調にこそ、猛毒を孕んだ悪意が満開の鳥兜のごとく咲き乱れているのだ。

「恋する御方の歪な心変わりと見て、出母殿は生きながらすでに幽鬼と化していた。絶望が出母殿を殺めていたのです。ですからこの世から消える恐怖など皆無だった、けれどご自身の高い身分故にただ消える事すら叶わぬ事もわかっておられました……ご自分が唐突に姿を消せば皇族全体の、ひいては国の混乱を招くと。位とは厄介なものですわねえ、自分自身の生き死にすらままならぬものにしてしまうとは。ですから出母殿が望まれた事は、二つだけ。余が完璧に出母殿に成り代わり、この国が亡びるまで在り続けること。そして、もう一つは…………言葉にせずとも貴方にならおわかりでしょう、華切殿。幼き頃は多くの時間を共に過ごした貴方ですもの、出母殿のお心位今でも理解出来ますでしょう? それとも、今は最早、それすら忘れてしまわれましたかえ?」

 身振り手振りも上品に、舞台上の演者のごとく言葉を連ねていく出母のような何者かが、急に鋭い動作で片方の手を横に薙いだ。その先に居るのは今までの威厳は欠片もなく、ただ小さな子どものように微笑みながら燃えて揺れる炎を見詰めている伊織の姿。と、その身体がいきなり空へ舞い上がると、両手を広げ足を揃えて、磔刑にされたかのようにぴたりと動かなくなった。何もない空中に静止したまま、伊織は先程までと変わらずぼんやりとした笑みを浮かべたままだ。

「貴方が出母(あのひと)を変えてしまったのです、華切殿。貴方はよく出母は変わってしまったと思っておいででしたね、けれどそれは違う、貴方があの御方を歪め壊してしまったのです。おわかりですか、貴方が軽い気持ちでした口約束で、一人の女子の一生を台無しにしたのです。それも長い時間を掛けて、真綿で首を絞めるように、希望を踏み潰していった。たとえ幼い頃の何気ない一言でも、生まれた時から皇族という重い枷に耐え続けてきた出母様にとって、貴方との誓いは暗夜の彼方のたった一つの星だったでしょうに。貴方はその星屑を潰えさせたのですよ、おわかりですか華切殿」

 よくよく目を凝らせば青白い火炎の光を受けて、伊織の背後で何か大きな網のようなものがきらきらと光って揺れている。それは恐ろしく巨大な蜘蛛の巣だった。いつの間にか張り巡らされた銀の糸に絡め取られて、伊織はなすすべもなく宙に囚われた。

「そして、もうひとり。出母の運命を木端微塵に吹き飛ばしたのは、あの姫君、時を、超えし、月の、申し子」

 それと共に、少しずつ出雲の形をした異形の姿にも変化が生まれていた。少しずつ、しかし確実にその身体が膨れ上がっていく。本来足がある筈の着物の裾から、銀色をした何か巨大な筒状のものがずるずると伸びていくのだ。よく見ればそれは、鈍く煌めく細かな鱗にびっしりと覆われた爬虫類の身体だった。やがて強靭な四足で大地を踏みしめて、それは魔都の中心と化した内裏跡地に堂々と君臨する。

「故に今、こうなった。出母(わたくし)はこの世を去り、そして代わり今、夜(わたくし)が此処に居る。先程貴方は余に尋ねましたね、お前は誰だ、と。まったくもって愚問ですわ、何を今更。誰、誰、誰、わたくしが、余が誰かなど」

 本来爬虫類の頭があるべき部分には、高貴にして何処か狂おしげな少女の身体をそのままに。しかし本来足のあるべき部分には、内裏跡地を蹂躙して余りある程の爬虫類の巨体を青い鬼火に晒して。
 恐るべき古の大妖、大守宮はその本性を露わにし、しかし美しい少女の姿も残しているが故に更に醜悪に、眼下の華切を見下ろしながらただ大輪の花が綻ぶように微笑した。

「余は、覆い尽くす、終わりなき夜。そして今は、幼きかの日の姫君が影」


>>華切、伊織


【お返事をお待たせしました……首すぱ有り難う御座いました、大変素敵です! それにお答えしまして(?)、こちらも大きく物語を動かさせて頂きました。引き続きどうぞ宜しくお願い致します!】

3ヶ月前 No.411

花戯らぴす @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh

【光宮哉栄/→城下】


「――はい。私は、生きます」

 医師として、生きる。近くの終わりが来たとしても、それは姫との約束を破ることはならないだろう。死ぬために行くのではなく、生きるために行くのだから。
 出来ることならゆっくりと少女の成長を見守り、生命とは、生きるとは、死とは、そういった人間の脆さ儚さ美しさを教えたかった。自身が学び得てきたすべてを語って聞かせ、彼女の疑問ひとつひとつに互いの意見を出し合って答えのない有意義な時間を過ごしたかった。そうして生を尊び、死を重んじ、地に足をつけ“生きる”ことを、共に喜びたかった。
 そんなことを口にしたところで時間は戻らない。戻りたいとも思わなかった。ただこの胸の内にある穏やかで温かな生命を、炎と悲鳴が響くこの世で消えるまで灯していたいと思った。それが与えられた運命で、自分が選んできた末の結末だとするのなら、全うするのが人間というものだと。

 恐らく城下へと出れば医術とこの能力を駆使することになるだろう。体力のない己がどこまで出来るか、考えれば考えるほど自身の力の無さを痛感して悔しくなる。しかしそんな後悔をしている時間も惜しく、今この時も何十、何百という尊い生命が奪われ、父を、母を、兄弟を、大事な人を失う悲しみ、絶望に満たされる人々を救いたい一心で前を見据えた。
 城下の皆を助けたいという思いに同意してくれた弟子が、なにかに気づいたように歩を進める。そしてその手にしたものに目を見開いた。それが何か、分からないはずがない。幼馴染みであり誰よりも傍にいてくれた薬師寺紫のものである。思えば彼には並々ならぬ恩があり、人には言えない願いを抱いてしまった頃からずっと世話になっていた。彼の身に危険が迫っていると考えるだけで、胸が押し潰されそうなほどに苦しく、目の前が真っ暗になる心地がした。夕臙と輝夜の知り合いである妖と思しき彼を見て、幼馴染みそっくりの顔形を取る妖のことも気になった。彼だって一度たりとも自身を傷付けようとしたことはなく、どこか落ち着く雰囲気を持った不思議な妖だった。城下で治療をする道すがら、彼らを探したい。その思いは弟子も同じなようで、一回り二回り成長したのは、月の姫や妖、幼馴染みが関係しているのだと思えば、ますます彼に自身の後を継いでもらっても問題ないな、と余裕のない状況で未来を思い描きこの地獄絵図の中で似つかわしくない安堵がよぎった。

 すべての人を守りたいと思うのは、傲慢である。本音を言えば全員で行動したいが、姫の言葉、握った手からは覚悟が読み取れた。手を引き道を示さなければならない幼子であるならともかく、今の彼女にそういった対応をするのは失礼だろうと思い、開きかけた口を閉じる。前に進もうとする子供の背を押すのが大人の役目、一度ぐっと輝夜の手を両の手で包み込み少しでも前へ走れるように、と祈りを込める。そして手を離した。名残惜しさを見せないようにしたのは、ほんの少しの大人の意地で。

「あなたの足が思いに応え、あなたの手が大切な人をしっかりと抱きしめることができますように。走り、迷い、そうして辿り着いた先で、あなたの笑顔が咲くことを願っています」

 優しい彼女を傷つける現実から目隠しをしていても始まらない。終わらせるために始まらなくてはならない。遅いスタートを切った哉栄から彼女に言える言葉など限られているが、願いはただひとつ。変わらず、人々の幸福と笑顔。桔梗の花を見たときには私のことを思い出してくださいね――心の中でだけそう付け足して、自分を思い浮かべる時は情けなく晒した涙より、この顔が良いと願いながらわらった。




 門へと近付くにつれて周囲の人が増えるのがわかった。炎だけでなく、異形のそれらを目にして城下までの道のりにある障害の大きさを改めて思い知る。躓き、転びそうになる足を必死に動かし辿り着いた朱雀門。混乱極めるその光景、奥に広がる地獄絵図に城下の民の心配が倍増する。弟子もまた、紫のことを気にかけているようでその言葉に頷き、手にしている薬箱に視線を落とす。

「私も心配です。紫に会いたい。あの男に限って私を置いてどこかへ行くなんてあるとは思っていませんが……今度は、私が足を動かし迎えに行きましょう。大丈夫、信じてます。私は、紫を、」

 紡ぐ言葉は弟子に言い聞かせるようでいて、不安に支配される心を落ち着かせるためのもの。立ち止まっている暇はなく、例え地獄が待っていたとしても進まなくてはならない。否、進みたいと思う。義務ではなく、選択の末の決断を貫きたい。別れがあるならばそれもまた、受け入れなければならない。

 それでも受け入れ難いと軋み歪む心は、これが最期になると知っているからだろうか。

「――……行きましょう、夕臙。すべきことをし、為せることを為す。城下までお世話になります。辿り着いてからは、あなたのお勉強の時間ですね」

 自分一人でこの混乱極める中を突破するのは困難だが、弟子の力を借りれば不可能ではない。言外に、城下で無理をしてはならない、と滲ませつつ視線は朱雀門へ見据えたまま。彼らに対し別れの言葉をあえて口にすることはしなかった。
 言葉にしなければまた会えると、細い希望に縋るように。

>>夕臙、輝夜、珠芽、紫、ALL

2ヶ月前 No.412

夕臙 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

2ヶ月前 No.413

花戯らぴす @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh



【光宮哉栄/→城下町洛東】

 彼らの背中を見送りつつ自身もまた弟子に袖を引かれながら歩いた。名残惜しさが強く、姿はとうに見えなくなっていると知っているのに振り向いてしまいそうになる己を叱咤する。今考えなくてはならないのは城下の民の生命であり、どうやって救い出すかということだ。医師として何を為すか、ということだ。

 実際に燃える町並みを目の前にすると、その悲惨さに目を瞑りたくなってしまった。善悪関係なく、炎に焼かれ材木に潰され、生命がいくつも消えていったのだろう。あまりにも非現実な光景と夕臙の軽口に薄く笑ってしまったのは、この現状において人々を救けることがどれほど困難なことなのか、自身の覚悟が足りなかったことに今更思い知らされ、夕臙の言葉に笑うことしか反応ができなかったからである。
 しかし自分を呼ぶ声が聞こえて、呪縛が解けたかのように周囲を見渡し弟子と共に声の主を探し始めた。炎の音、轟音、焼ける匂いに五感が鈍るが、声を張り上げ自分はここにいると姿の見えない患者に語りかけながら手と足を動かし続ける。不意に足元に影ができ、瓦礫から顔をあげればそこには巨大な蜘蛛がいた。咄嗟に夕臙を見れば彼もまたその無視できるはずもない異様な存在を認識しており、無謀にも近付くことはなかった。加えてその蜘蛛も視線を戻した時には姿を消しており、夕臙に危害を加えなかったことに何より安堵した。癒す術は持っていても戦う術を身につけていないため、もし応戦せざるを得ない状況に陥れば足手纏いになるのは明白だった。
 ほっとして再度患者探しに戻れば、どうやら弟子の方が先に見つけたらしく、患者の名前を呼ぶ声が聞こえた。その名前には覚えがあり、夕臙に近付きその姿を目にすれば記憶が鮮明に蘇る。確か、夕臙と同じ学び舎に通う少女だ。なずな、という名前を呼ぼうとして、鼻につく匂いに口が中途半端な形に止まった。木材が焼ける匂いとは違う、この匂いは――――。

 言葉を失う。兄を失う、その絶望をよく知るからこそかける言葉が見つからなかった。無力、無力。そればかりが頭を巡る。今ばかりは周囲の喧騒は耳に入らない。ただ少女の身体とこころを両方とも救う手立てを探していた。かと言って時間は有限でなく、瓦礫が崩落することを考えれば早く助け出さなければならない。何より出会ったひとりに割く時間が多ければ多いほど、救えない患者が増えていく。酷なことを言うが、本心は違えど、あくまで事実として、遺体は治療の対象に入らない。死んだ人間より生きてる人間が優先される。

「……来なさい、なずな」

 必死で兄を救おうとする少女を救いたい。瓦礫に膝をつき、少女に向かって手を伸ばした。理解しなくてはならない。たとえどんなに残酷な運命でも、受け入れられない限り地に足を付き歩くのは困難であり、先に進むことはできない。
 哉栄自身がいつまでも兄の死を受け入れられなかったために先に進めず、過去を夢見たように。

「偉いですね、兄をよく助けようとしました。優しい子。――……けれど、お別れをしなければならないよ。お別れを、さよならを、ありがとうを、兄への思いを告げて、置いて、おいで。こころに残るものだけを思い出にして、大切に仕舞って、私の元においで」

 身を乗り出し、伸ばした手ではなずなに触れることができない。少女が胸骨圧迫を止めて、哉栄に手を伸ばさなけれ掴むことができない。
 ――瓦礫が小さく、音を立てた。

「……お前が生きれば、私は嬉しい。夕臙もです。きっと、お前の兄も」

 ひとり、生き残る罪悪感。死んだ方が良かったのでは、兄の代わりに死ねばよかったのでは、どうしても助からないのなら二人とも、いっそ。そんな過去の自分の思考がふと思い起こされる。
 つらつら言葉を並べたとしても、なずなの行動に変化が起きるかわからない。手を掴むこと、前に進むこと、置いていくこと、生きること、それらすべては罪でないのだと言葉に出そうになる。なずなと過去の自分が重なり過ぎているのは自覚していため、口を閉じてあとはただなずなの行動を待った。こればかりは少女の問題である。ただ生きて欲しいと望んでいる人が居ることを知って欲しい。
 そして、生きることを選んで欲しい。


>>夕臙、ALL


【助けたくて必死マンな哉栄は過去の自分と重ね過ぎてる節はあります……】

1ヶ月前 No.414

夕臙 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【夕臙/城下・洛東】

瓦礫の穴蔵の前で立ち尽くすだけの夕臙。友人の兄を助けてやることが出来ない。既に死んだ症例に、医者の出る幕は無い。助けられない。救えない。志高く師の後を付いてきたけれど、直面したのは如何程にもゆかぬ現実。助けてやることができない……これが現実で、限界なのか。
高く掲げた少年の理想は、目の前の友人の家屋のように虚しくひしゃげて潰れ、残滓は横たわる焼死体の炭化した肉のようにぼろぼろと紅い風に攫われた。

汚れた爪の食い込みそうなほど拳を握りこみ、棒立ちの身を硬く縮めていた夕臙の隣で、師が動いた。膝をつき、夕臙よりも身を小さくして、なずなを呼び寄せている。その姿に、はっとさせられた。まだ、あの子のことは救えるじゃないか。目の前には助けを必要とする心があるのに、何故諦めていたのか。
ーー病気を診ずして病人を診よーー
そうか、全然なっていなかった。
まだ兄の死を認められずいやいやと首を横に降るなずなに、哉栄の横について倣うように夕臙も声を上げる。

「来い! なずな、こっちに来い!」

これ以上死なせてなるものか。焼け焦げて地面の砂と混ざり合った板間の床から、燻る火がちらちらと機を伺うように瞬いている。説得してなずなを瓦礫の家から出さなくては、彼女の命もその兄の冥界の共とされてしまう。師が優しく諭すように手を差し伸べる。着物の袖が、まだ確かに残る熱風に揺れている。夕臙は焦る気持ちと助けたいあまりに苛立つ思いで必死に名前を呼んだ。

「なずな!」
「にいちゃんも……先生、にいちゃんも……」
「目ぇ覚ませよぉ!」

なんだか此方が泣き出しそうな気持ちだった。
身を乗り出す哉栄の手を、なずなはなかなか取らない。過去との決別をさせなければならない。
先生も、兄を亡くしていると言っていた。兄の幻影と別れることができず、もういない兄に縛られ、囚われ、過去に閉じ込められていた。あの月の姫に出会うまで。肉親を失ったことの無い夕臙には彼らの気持ちの全てを理解し寄り添う事は難しい。けれど、哉栄の言う通り、彼女が生きることを選んでくれたら夕臙も嬉しいというのは本当だ。
頼りない梁と柱の重なりに支えられていた瓦礫の天井が兄妹の上でギシリと音を立てる。
助けたい。救いたい。目の前のまだ救える命を、傍の人が見ている、幼き日の彼の幻を。

「おねがいだ、兄貴の分も、お前が……」
『きっと、お前の兄も』

ーー生きてくれることを望む。

憑かれたように澱んでいたなずなの目が、哉栄の言葉に晴れていく。白く閉ざす雪が溶けて透明な清水に変わっていくように。掻き暗す叢雲が風に吹かれて彩な月影が射し込んでくるように。

「せん、せ…………」

死体の崩れた胸郭を押し込む手が次第に緩み、軈て静止する。なずなは嗚咽に震える手を、差し伸べられた哉栄の手に向かって伸ばした。泣いている、けれど、悲しい運命(さだめ)の中でも、無情の逆境の中でも、生きる意志を固めた者の目の輝き。
よかった。一人、助けることができた。
夕臙の目頭が熱くなる。また別の意味で、泣き出しそうだった。

哉栄の差し伸べた手と、掴もうとするなずなの手の、その指先が触れ合った、その瞬間。それは唐突に訪れた。
屋根を吊り上げていた糸が切れたかのように、軋む音を立てていた瓦礫の破屋が、大きな破れる音を立てて倒壊した。崩落する梁の重圧に押し流されて、哉栄の手を掴もうとしていた小さな指先は空を掻きながら滑り落ちる。瞬き一つの出来事だった。並び立つ師弟の目の前で、そこにあったはずの、たった今生きる道を見出した少女がいた穴は、何処にも入り口など見当たらない生き埋めの墓穴に変わっていた。本当にただの、ただの瓦礫の山になってしまっていた。
夕臙の絶叫が響き渡る。


>哉栄、all

1ヶ月前 No.415

藤堂吉継 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【藤堂吉継/城下町・路地】

刀を、抜け。

二人の間に重く長い沈黙が流れた。
吉継も咲秋の剣幕に圧されるようにして、しぶしぶと両手の夫々を柄と鞘とに這わず。右手に力を込めるが、鯉口を切ったきり震えるその手では、徒らに鞘の内で刃をのたうち回らせ傷を増やしてゆくだけ。疑い、迷うような一つ目の眼差しで、友人を見つめる事が精一杯だった。
しかし咲秋の、裏切者が意を決した筈の射竦める眼差しも、今にも泣き出しそうなのを堪えるように震え出す。
吉継には刀を抜けと宣戦布告をし、己も抜刀するそぶりを見せながら、咲秋もまたそれ以上動かなかった。
この膠着状態の意味を、その目指を、吉継は直ぐに理解してしまったからこそ、煽りに乗ることは出来なかった。

吉継は首を横に振り、後退する。
咲秋は、友人の怒りの衝動を買うことでその手に掛かり死ぬことを望んでいる。罪滅ぼしのつもりなのか。彼のうちに眠っていた前世界での記憶、弑逆の罪に耐え切れず。吉継を、華切を、左京院家を、そして最愛の姫を裏切っていたことに耐え切れず。また同じことの繰り返される運命への恐怖に耐え切れず。

好機だ。佐竹咲秋を、斬れ。
もう一人の吉継が顔を出して、心の中で囁きかける。
ーー『嘗ての師を、同胞を……愛しい愛しい姫の為に斬り捨てる事が出来るのかという事』
あの、絡新婦の声が脳裏に蘇る。
異形の者たちと交わした約定と、斬るべき同胞の願いは一致している。更にこのかつて友と呼んだ男は裏切り者だ。吉継の最愛の主君を裏切って、自らの罪も忘れ周囲を騙し続けた裏切り者だ。
ーー『それを完遂した暁には……月の姫君を、夜ではなく、主の手で直接攫わせてやろう』
先に裏切ったのは、向こうだ。
……咲秋を斬れ。

抜刀の姿勢のまま、刀を握る手はより一層震えだす。
荒い呼吸を落ち着かせようとするほど、若き惑いは激しくなるばかりだった。

「……何年。……何年共に過ごしてきたと思っているんだ。咲秋。お前の魂胆に俺が気付かないとでも思ったのか」

輝夜姫を殺し、華切と伊織を裏切り更にはその罪をも忘れて忠臣面を提げていたこの男を許せない。兄弟のように育ったのに、この吉継が平気でお前を斬れると思っているのが許せない。
戦慄く右腕に無理矢理力を込めて、裏切り者を裏切ろうとしていた親友は、抜きかけの刀身を鞘に納めた。

目の前の咲秋は、苦手な演技を解かれ、愈々縋るような、壊れて泣き出しそうな顔をした。
音を立てて崩れていく世界に、吉継は遣る瀬無く唇を噛み締める。

1ヶ月前 No.416

佐竹咲秋 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【佐竹咲秋/城下・路地】

友人よ、願わくば裏切り者への最期の一太刀を浴びせてほしい。
お前は、ある程度俺を、疑ったのだろう。一寸であっても、途中から疑っていたのだろう。其ればかりは少し、残念でならない。



吉継が咲秋を疑い続けるのならば、咲秋の独白を真と見做して彼が主君を弑したと怒るのならば、吉継は裏切り者に立ち向かい断罪を下すだろうと思っていた。
そうされて、当然だと思っていた。
なのに吉継は、乗らなかった。目の前で、抜きかけた刀を鞘に納めてみせた。

「如何してだ、吉継……」

敵を竦ませる射抜くような眼差しは、虚しい取り繕いを剥がれ、縋るような目に変わった。何故、裏切り者を粛清しない。

「吉継! 命を懸けて姫様を守ろうと、誓っただろう」

何故迷う。何故、姫様に害為した目の前の賊を斬らない。何故、仇を取らない。俺は姫様の最大の敵だった、なのに何故。
ーーこんなに、敵意ある顔をしてみせたのに。

「勘違いをするな」と、この命を取らなかった嘗ての友人は言う。吉継の声は冷たく、咲秋の知る彼では無いようだった。許す訳ではないと、氷の礫のように叩きつけられた聲が言外に告げる。命ばかりは獲らぬ、けれどもはや信頼も友情も戻ることは無いと。生きながらえるほうが苦しいと、知っているかのように。

「吉継! …………吉継……頼む」

言葉尻は苦渋に満ちて弱々しい。咲秋は自ら離した距離を再び歩み詰めて、無理に吉継の手を取った。自分の愛刀とは別に帯びていたあの退魔の宝刀を抜き身にして、押し付けるようにその手に握らせた。足元に、装飾の壊れたその鞘を投げつける。
不思議の色に煌めく刀身が、反面には吉継の姿を、反面に咲秋の姿を映す。鈍く光る刃が別つ同胞の間。

「……俺を斬ってくれ、吉継」

退くべき魔は、己自身だった。
このままでは、自分は、また同じ過ちを繰り返す。巡る世界は繰り返される。時間は巻き戻っても、此処で自分が退場しなければ運命は変えられない。

「でなければ俺は、また姫様を」

ーーまた、姫様を、殺シテシマウ。

斬首を待つ罪人の如く、咲秋は吉継の前に膝をついて項垂れた。その眼先の地面の上に、焦土に着いた手の甲に、涙が滲みを落としていくのを一瞥すると、吉継は音も無く宝刀を振り上げた。


然し其処で、時が止まった。

薄! 藤袴! と、まるで幻聴のような鈴を転がす声が響いた。咲秋の頭上で、刀を構えた吉継がはっと息を飲む気配がする。
吉継の口から思わず零れた「姫さん……」と言う声に、静かに目を閉じていた咲秋もはっと目を上げる。

二人は其処に、輝夜と珠芽の姿を見た。

熱に浮かされたような、既に戦場跡と化した大地の上を。連れ添う異形のと共に、しっかりとした強い足取りで此方に向かってくる輝夜の姿を。

ーー『薄! 藤袴!』

「駄目なんだ、俺では駄目なんだ。駄目なんだ、駄目なんだ。……してしまう、俺は、姫様を」

二人を見つけ駆け寄ってくる最愛の主君の無邪気な声に、怯えるように耳を閉ざし咲秋は背を向ける。強迫観念に瞳孔を細動させ、ぶつぶつと譫言を繰り返し、蒼褪めて震えた。
やっと見つけた、その手が肩に触れるのを、咲秋は払い除けて喚く。寡黙な従者が未だ嘗て向けたことのない空を割く怒号が、愛した主人へと叩きつけられる。


「触るな!! 二度と俺に近づくな!!!!」

絶叫するや否や、あとはもう狂人が逃げるように咲秋は逃げ出した。背後の輝夜がどんな悲しそうな顔をしているか、どんな衝撃を受けていようが、振り返らずに駆けた。呼ぶ声が背後から追いかけてくる。二度と会わない。二度と会うわけにはいかない。焼け野が原の赤い風が頬を打つ。月に向かって駆ける。あの時と同じだ。あの晩もこんな満月だった。そう思いながら、頬を伝う涙を拭いもせず、咲秋は運命の輪から逃げるようにして走った。



【運営の都合、参加者様の御都合、そして時間的な問題により、物語を時短完結に向けて当月より動かしていきたいと思います。皆様、お待たせ致しました。これからもどうかお付き合いいただけることを願います。】

1ヶ月前 No.417

花戯らぴす @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh

【光宮哉栄/城下・洛東】

 ふとすれば力みそうになる表情を必死で笑みの形に保ち、隣で声を張る弟子の言葉を肯定するように何度も頷いた。何度も語りかけた、これ以上なずなにかける言葉が哉栄には見つからない。ただ指先が震えるほど、肩が痛むほど、一歩間違えれば自分まで少女の元まで落ちてしまいそうなほど、手を伸ばすことだけが唯一できることだった。

 瓦礫の天井が音を立てる度、哉栄の心臓も押し潰されそうなほど軋んだ。脳裏に過ぎる最悪の事態にはやく、はやく、と急いては視界が勝手に滲みそうになって、深く息を吐く。弟子の隣で、医師として取り乱してはならない、少女が手を取るに相応しい頼もしい大人でありたい。けれど脆弱なヒトであるがゆえに、死体に添えられた手がいつまでも己に伸びないのに焦れる。
 幼い自分はいつまでも兄の幻に囚われ、こだわり続けた。兄の身体がなくなっても目に見えない影を抱き締め続けたのだから、自分を棚に上げて偉そうなことを言うことができない。大人になり、幼い姫に諭されて、兄の死を長い年月をかけてやっと受け止めて気付いたのだ。兄に縛られていたのではなく、自分自身が兄を縛っていたのだ、と。

 二度と上下しない胸郭から小さな手が離れたのを見た時は、堪えていた涙が出そうになった。兄の死を受け止め、互いが互いを解放し、未来を進みゆくために選んだ。幼い少女にはあまりに酷な選択だったろう。しかしきっと、この選択を乗り越えた少女は強く強く生きていける。うつくしく、輝かしい未来のために歩ける――指の先が僅かに触れ合った瞬間、そう思って頬が綻んだ。

 そして、眼前で轟音。掴めなかった手、倒壊した資材に阻まれて、身を乗り出すことができなかった。倒壊に巻き込まれた指先は歪に曲がり、前腕の肌は擦過傷や打撲痕で赤や内出血の青に色を変えている。
 痛みはない。少しも痛くない。指先に一瞬、ほんの少しだけ触れた少女の低い体温だけが鮮明に残っている。

 夕臙の絶叫がどこか遠くで聞こえた。少女が死んだという事実は理解していても、すぐには受け入れられなくて呆然としてしまう。

 ――死を受け入れられないのか。また同じことを繰り返すのか。少女の死に縋り付き、嘆き、少女の死を撤回しようとまたもがくのか。

 死を悲しみ、空虚に佇むこころとは裏腹に、医師としての自分が冷静に己を叱咤する。傷を負った右手は幸いなことに出血自体は多くなかった。骨が折れて使い物にはならないだろうが、優秀な弟子がいるので問題ない。
 ゆっくりと立ち上がり、瓦礫の山に背を向けた。そうすれば業火に焼かれる街並み、人々の悲鳴が目に、耳に入ってくる。

「行きましょう。……行きますよ、夕臙」

 少女が兄の死を受け止め、生きる道を選んだように、私たちは少女の死を受け止め前に進まなくてはならない。それを言葉に出し、彼を励ますことはできなかった。どんな励ましも意味をなさない、夕臙自身が死を、悲しみを受け止め、前を向かなくてはならない。
 その強さを我が弟子は持っていると哉栄は信じている。

 最期の少女の顔は、一生忘れることはないだろう。それでいい、忘れないでいることはつまり、故人を偲ぶことになるのだから。兄を救おうとした心優しい少女が生きたことを、哉栄は生きて、死ぬ間際まで人に語ろう。
 声が震えないように、凛とした声でもう一度名前を呼ぶ。砂埃で汚れた頬を擦ると濡れた感触がしたが、袖で乱雑に拭って背筋を正した。

>>夕臙、all



【遅くなってすみません……! 本文にもありますが、右腕の負傷は指骨がボキッといってるだけなので移動に差し障りない程度のものです、】

13日前 No.418

左京院華切 @poko10☆sMzkA8RPRfw ★Android=rp39lsupOA

【左京院華切/内裏跡地】

 謳うように、彼女は出母の名を騙り続ける。その忌まわしさに憎悪を膨らませながらも、華切はただ彼女を睨んでいた。
 散らばった砂糖菓子から生えた気味の悪い花を撫でながら、彼女は遥か遠い日の思い出を語る。まるで、自分こそが幼き日を共に過ごした幼馴染でもあるというかのように。吐き気すら覚えた。

 自分が人の首を刎ねる日が来るなど、想像したこともなかった。かつての覚えがあるわけではない。しかし、刀の滑るその感覚で、自分が斬ったのが人の首などではないことはわかった。華切の頬にはねた血は、暗い夜闇の中で妖しい光を放っていた。
 爛々と光る金の瞳と視線が交差して少しの間、辺りは静寂に包まれた。だがそれも僅かなことだった。そこかしこから響く不気味な笑い声。それはやがて落とされた少女の首へと集まる。
 お見事、と耳を過ぎた声は、出母のものだった。楽しげに、おかしげに、出母の姿をしたそれは再び喋り始める。大事そうに汚れた首の土を払い、それを元あった位置に戻した。すぐに再生したそれを見ていると、首を落としたことなど私の妄想であったのではなかろうかとさえ思えてくる。けれどそうでない証に、彼女の首には一筋の血が伝い、華切が握る刀も怪しい蛍光色を放っていた。

 胴体と首が繋がった彼女は、再び謳うように話し始める。出母を壊したのは貴方――そう言って饒舌に語るその口調は上品で楽しげだったが、間違いなく私を責めていた。化け物の戯言に耳を傾けてはならぬ。この者の言葉はすべてまやかし。
 しかし、戯言に過ぎないと分かりながらも、思い当たる節がないでもなかった。幼少の話とはいえ、妻にしてやる、などという言葉を出母に向けたことは断じてない。けれど幼い出母に、遠回しにそれを求められたことはあったかもしれない。私はそのとき何と答えたのだろうか。はっきりとした記憶はないが、何の自由も許されない出母に、自分の婚姻相手を自分で決めることなどできないと分かっているであろう出母に、改めてそれを突き付けることはしなかったように思う。きっと私はとても曖昧に、期待を残す言い方をしたのだろう。
 出母は自分の身分を分かっていた。望んでも、私の妻になれないことは分かっていたはずだ。だから、出母の姿を借りたこの化け物の言うことは詭弁に過ぎない。けれどだからといって、出母に何もしてやれなかった私に、それを戯言だと切って捨てる資格があるのか。

「……輝夜は関係ない、何も」

 言葉を選んだ末、どうにか紡げたのはそれだけだった。蜘蛛の巣に捕らわれた父親を視界の端に捉えながらも、華切は敢えてそれを見なかった。この化け物の狙いは父上ではない。不必要に関心を見せては、より悪いことが起こるだろう。
 ずるずる、と重く不気味な音が聞こえ始めたかと思えば、出母の形をしていたそれが徐々に姿を変えていく。否、本来の姿を見せ始めたというべきか。小さく華奢な少女の身体、から伸び出た巨大で醜い爬虫類の体。片足を一歩退いてそれを見上げた。太刀打ちすることなど到底不可能だ。それでも無意識に右手を刀に添えていた。

>夜
【大変遅くなりまして、本当に申し訳ありません(´;ω;`)展開ありがとうございます、遠慮なく攻撃をかましていただければと思います。】

11日前 No.419
切替: メイン記事(419) サブ記事 (328) ページ: 1 2 3 4 5

 
 
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▲ページ上 >>
★必ず ローカルルールメビウスリングのルール をご覧ください。
 ▼スタンプ▲スタンプ
※スタンプはいちどに 3個 まで使えます  ×閉じる
注…進行相談・設定はサブ記事をご利用ください(テスト中)。