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月姫伝説-月神恋ふる秋の花筐-【かぐや姫異譚】

 ( オリジナルなりきり )
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芙愛【和風恋愛浪漫幻想物語】 @fue ★iPhone=uYwUDyqtCB



今はとて 天の羽衣着る折ぞ
君をあはれと 思ひ知りぬる

【作者不詳『竹取物語』より】







ながつきの風。
深淵たる果てなき静寂の闇。
射干玉に夜を染める黒は、鬼哭の如き風を孕んで啾々と震える。
此の世に生まれ落ちた民草の業罪を責め立てるあの不気味な夜を、幼かった私は母に手を引かれ歩んだ。

ーー「貴方様は明日より後は、宮中にて月の姫様にお仕えするのです。良いですね、貴方も武士の子なのですから、姫様を御守りし立派に御役目を果たすのですよ」

下級武士の夫を亡くした母の手は痩せていたが、とても温かかった。御役目を果たす=A私にはその言葉が母の本心のようには聞こえなかった。私が齢七つの秋のことである。

ーー「ただの……月の姫といえどただの子供にございます。母上、私はそんな年端もいかぬ、それもおなごの従者になど、なりとう御座いません。私は、父上の代わりに母上を守りたいのに……」

月の姫。
姫などとは名ばかりで、それは己と同じ年頃の少女の身体を用いて造り上げられ祀り上げられた、人間の形をした呪具であり食糧であると聞く。
月の国より舞い降りし異邦者を、囲えば豊宇気毘売神の如くその者は栄え、その死肉を食えばその者は女神の奇跡を得られるという。それは果たして誠か嘘か。
真偽は見定められぬまま、愚かなる民は虚構の上に躍る。都人達は彼女を月の姫君と崇め奉り、もてなし、取り入ろうとし、囲い守る一方で、誰もが彼女を味見して奇跡を手に入れてみたいと睥睨している。
異郷の地よりやってきたという、出自すらも憶えていない少女。都の殿上人達が囲う玩具の人形。憐れとは思うが、武士に生まれながらも下級であるが故に、そのような得体の知れぬ娯楽人形の護衛を一生の務めと割り当てられた此の身にだって天は憐憫をくれたっていい。

道端に座り込んだ私の足元が、急に明るくなった。
幼い我儘に泣き濡れて霞んだ視界に、一面の藤色が照らし出される。ぼんやりと視界を覆うその淡紫が藤袴の群生と気付くまでに数秒を要した。叢雲が切れて月影が射したのだろう。私は、それまで気付きもしないでいた。母と二人、最後の夜にかくも麗しき場所を訪れていたのだということに。
見上げれば幽かな光を纏う遥かなる幻月。
秋の真宵を惑う孤独な月。
蹲る足元に、ポツリポツリと水の斑点が染みを作る。
私の涙ではない。
朧な雲の陰間に独り凍える月の涙だ。


ーー「……あまり月を見つめてはなりませぬ。それに…………」

母は雨除けの笠を私に被せながら苦い顔をする。私は皆まで言うなと途中で制した。

ーー「いえ。わかっております、母上。私はもう泣きませぬ。ただ少しばかり、淋しいのでございます。きっと、月の姫君と同じように」

母は安堵したような、切なげな面持ちで一つ頷き、それ以上何も言わなかった。
寒いのか、お前も淋しいのか、それとも不遜な従者の態度に傷ついたのか。と、幼き従者は掌を月へと翳した。「ごめんな」





月を見つめると狂気に憑かれる、とは、誰が言い出したのだろう。
ながつきの風。
焼けた原に、あの日母と見た藤袴の花織物はもう無い。
ただ、あの夜と同じ月だけが、儚い記憶を照らし続けている。
墨染の風の中、雲居の切れ間から、ちぎれちぎれに。

私は、幼き頃より仕え続けた主人の前に立ち尽くしていた。頭一つ小さな影は私を見上げたまま、穏やかに笑っている。
美しい、と思った。
闇夜の中に、浮かび上がる白の薄衣。紗を透かして尚も淡く光を放つ、しなやかな痩躯に真珠の肌。夢幻に見るような仄明き煌めきを纏う少女。私の主君。輝夜の月の姫。如何して私はこれまで彼女が異世界の者であるということを忘れていたのだろう。

「ーーーー」

自分が何者なのかも、何に巻き込まれているのかも、何処に行くのかも知らぬ異郷の少女。だが、其れでも良かった。
二人で逃げよう、と、主を貴族の元から連れ出した私がいけなかった。月下に降り立った一輪の花は柔らかに匂い立つ魔性を流露する。私は成す術なく取り憑かれ、正気に戻った時にはもう、彼女という存在は忽ちに遠ざかる。
なんの素性も知れぬ姫君でも、其れで良かったのに。月光という伝説の羽衣は、私が誰より良く知っていた少女の、最後の人間らしさを覆い隠す。

一度切っ先を向けてしまった時点で、思い直そうとも彼女はモノ≠ノなってしまった。
権力争いの道具に。
愚者の矮小な願いを叶える咒に。
罪人達の好奇心を嗜好を満たす精肉に。
愛する従者の前でさえモノ≠ヨと変貌してしまった。弱き私の迷いと裏切りが変貌させてしまった。感情の消え去った天女の、死人の如き虚ろな目が、その事実を示している。
私の握りしめた銀色の刃は、劍星の煌めきを宿した儘行き場を失って。

穏やかな笑みの中の、絶望。
嗚呼、今宵は満月だ。

「月へと、帰るのか」

月の姫はそれには答えず、行き場をなくして中空に漂っていた剣先へと自ら飛び込んだ。手を退くより速く、皮膚を裂き肉を断つ感覚が痺れるように伝播する。戦慄く私を抱きしめるように、刃を胸郭に深く飲み込みながら身を寄せてくる。
声にならない叫びを上げる私の耳元で、彼女は囁いた。
「私を食べてください」と。そう確かに。


壊れた絡繰人形のように倒れ伏した聖女の亡骸を、私はしばらく茫然と見つめていたが、やがてそっと抱え上げた。透き通る白妙の羽衣は、既に見る影も無く蘇芳に染まり、ずしりと重みを帯びている。
……月の国より舞い降りし異邦者を、囲えば豊宇気毘売神の如くその者は栄え、その死肉を食えばその者は女神の奇跡を得られるという。……
私は笑った。声が枯れるまで、咽び泣くように笑った。
奇跡とは何だ。長者か、天下か、不老不死か。そんなものは要らぬ。俺はただ、ただの男として彼女の事が欲しかったのに。そんな奇跡なんていう欲望の為に、月の姫君なんて馬鹿げた肩書きのために、彼女は苦しんで死んでしまった。彼女を守る筈の、此の刃に倒れて。
「奇跡なんて」
ありもしないくせに。妖でも不死でもなんでもない、ただの清らかで無垢な少女ではないか。
秋風が啾啾と哭く。
狂気の月光が、珠のような屍者の肌を、撫で回す。

ーー女神の奇跡とやらよ。
本当だというのなら、見せてみろ。

深々と刺さった刃を引き抜くと、風穴を穿ったその胸に顔を埋めるようにして剥き出しの肉に歯を立てて啜り喰らった。

ーーさあ叶えてみせろ。俺の願いを。

「…………助けてくれ…………」

時を遡り、私の主君を助けてくれ。私の弱さの所為でこんな哀しい終焉を二度と迎えることが無いように。

墨色の夜に水音だけが木霊する。
雨など降っていないのに、ピチャピチャと。其れは、ある罪深き人間の男が愛の骸となりし天女を食らう音。

時を遡る奇跡よ。
「ーーーー助けてくれ」

秋風は血生臭く、月光はさやかに。
あの夜の藤袴は枯れ果てて。
長き夜は、おそろしき闇に何処までも沈んでゆく。






時は、止まり、還り、廻る。
あの夜と同じ、長月を待つ或る秋の夜。
従者の願いは叶えられ、月の姫は宮中に坐していた。物心のつきし時より其処から歩み一つも出ること無く。
人形のように……否、いずれ誰かの手に渡り食される家畜のように、囲われていた。
強欲で哀れで愚かな地上の民は、何度でもきっと繰り返す。不二の妙薬……月の民の屍肉を食べた物が与えられる時空跳躍能力≠巡って。
従者は姫を伴い、今度こそ彼女を失わないようにと逃げようとするが、それも無駄な事。殿上人だけではなく宮中の武士や官僚、城下の民、商人、職人、難民、盗賊、逆賊、異形の者に至るまで、月姫伝説を知らぬ者は居ないのだから。









【クリック感謝いたします。当スレの主をさせていただきます芙愛と申します。

当スレは日本最古の物語・かぐや姫をモチーフとしたオリジナル和風ファンタジーです。

冒頭の武士が月の姫の屍肉を喰らい時空跳躍を起こし、一か月前に時を遡ったところからこのスレは始まります。要約すると、権力者の欲望によって宮中に囲われていたかぐや姫が護衛の従者と共に抜けだします。そこで出会う人々が、かぐや姫に惚れているなり 彼女を殺し食べることによって得られるある能力を必要とする各々の事情理由があるなり あるいはその両方の理由によって彼女を巡る争奪戦を繰り広げる和風ロマンスファンタジーです。人間関係の糸は複雑に絡み合い、縺れ合い、恋愛だけではない新たな展開と青年達の成長を物語として織り成していきます。
恋愛ももちろんいいんだけど争奪戦を通して取り合ってた男同士に絆的な何かが生まれる話がいいなぁ。

興味を持っていただければ幸いです。
皆様とのご縁と楽しい交流を心よりお待ち申し上げます。】

2年前 No.0
メモ2016/08/21 23:32 : 芙愛 @fue★iPhone-uYwUDyqtCB

一度は止まったこのスレですが、参加者様のお陰で再興頑張ってます! 現在復帰歓迎中です! 入り方わからない場合はサブ記事かSNSにてスレ主までお問い合わせください(^^)


ザ・まとめ!

http://mb2.jp/_subnro/15066.html-294#a


現在進行中!現在、八月十五日 午の刻

《八月十五日》

http://mb2.jp/_subnro/15066.html-292#a


月姫伝説再興・完結スケジュール

http://mb2.jp/_subnro/15066.html-270#a

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東雲 彼岸 @caim ★Vxqs1Pnm4y_mgE


【東雲 彼岸/城下の外れ・石階段】

 ――それは、本能であった。忘れかけていた恐怖であった。懐かしい焦燥であった。
 手の平が弓なりに撓ると同時に、柄を握っては引きずりおろすようにして肩から刀身を離した。一瞬だった。己の判断を下す時間を待つことさえ、億劫な程であった。柄頭を己の右腰に引き寄せ、逆手で刀身の上から手の平を乗せ構える。それは、攻撃ではなく防衛のための添えて突きの構え。
 だが、それは、いとも呆気なくおれの横を通り抜けていった。ぐしゃりと“それ”が地に伏せるのを認識した後、やや遅れて頬の横を汗が伝っていく。横髪が頬とじっとりとへばりついた。
 ただ一つ、焦燥が杞憂に終わってしまえば、残るのは不快のみであった。

 脅威となるだろうものに危機を感じるのは妖怪の本能であるのか、それでも此方に刃を向ける者ではないと落ち着いていられるのは人間としての理性であるのか。一度刀身で真横に空を薙ぎ払っては、静かに納刀を終えた。呼吸はとうに通常のものへ戻っていた。

「なんだ、それは。“それ”を、おれは教えてはいないが……」

 静かに近付き、目の前の“得体の知れない者”へ爪先を向ける。
 すんと鼻を鳴らす。気配は、間違いなく先の少年と同じであった。圧のようなものを本能的に感じていた。どうやら変化したのは容姿だけではないらしい。どうせ時空を越える奇跡が罷り通る世だ。妖怪の一匹が急に成長を遂げたとて何も不思議ではない。――ただ、気になるのは、力を手にしたこの狐が何を望むのであるか、だ。この狐は刀を取る理由を信じる道を貫くためだと言っていたが、その終着にはおそらく件の月の姫が絡むことであろう。他から月の姫を護るためか、それとも他を寄せ付けずして食すためか。

「子狐……いや、狐。お前、故郷は?」

 なぜそんなことを聞き出したかは、おれが一番驚いていた。己の表情を悟られぬように地に伏せる狐の横へとしゃがみ込んでは、目の前の白雪のような細い髪をぐしゃりと手の平で押さえ付けた。――白い髪の妖怪を見るのは、これで三度目か。
 ほんの、一瞬であった。視線を投げるように横にして、狐へと戻そうとした刹那、その瞬間は訪れた。

 けたたましい引き裂くような稲光と、轟音であった。
 湿る空気と共に、都に赤い光が移っていく。無意識に唇を、噛んでいた。尖った歯によって血が流れ始めてから、おれはその異常に気付いた。あのたった一人の友人の後姿が、瞼の奥で滲んでいたのだ。どうか護られていてくれと、おれを妖怪だと罵った人間たちの姿を思い浮かべていた。なんとも皮肉な話だ。それでも、おれの向かう先は決まっていた。どうせ人間に妖怪なぞ斬れるものか。

「詮索は止そう。おれは行かなければならぬ。……約束を果たし切れなかったことは、許せ。その代りに、一度だけ助けてやる。その時になったら、おれを呼べ。月の姫に手を掛けるのは、その後だ」

 もう一度、狐の頭を押さえつけては、下駄底を擦りながら立ち上がる。人間ではない気配の多さに、思わず喉を鳴らし口角を吊り上げた。やがて牙をむいてくるだろう脅威を脅威と正しく理解しなかったのは、既に己に目的が存在していたからかもしれない。


>珠芽、ALL
【たいへん遅くなりました、すみません;
 彼岸帰ろうとしていますが、此処で一緒に珠芽くんと妖怪軍を相手に共闘したいと思います……!】

4ヶ月前 No.344

はいせりひと @bloodycat☆T3u8MhS.e3A ★iPhone=vaUwG0CLgh

【光宮哉栄/宮中・庭にて】


 目の前の景色は本当に現実なのかと、哉栄は目を疑った。しかしすぐに、自らの持つ人離れした治癒の力を思い出し、現実なのだと理解した。畏怖した。何よりも、こうなっては野望が叶わないのではないのか――と。

 いっそ、憎らしいほどの無垢さで。悲しいほどの優しさで、目の前の少女は自分を望んだ。散歩がしたいというその一言に信頼の形が見えて泣きたくなるほど悲しかった。この状況に至って考えるのはやはり可愛い我が身、我が願い。かつての月の晩のように、何も知らなかった頃のように接することはもうできない。それは過去の自分が許さない。
 庭を歩く月の姫へと哉栄は近付いた。その足取りは散歩に行くというより罪人が処刑される寸前のようで、柔らかい薄茶の髪が揺れる度にうかがえる表情はひどく、暗い。おどろおどろしい光景を、大人である自分よりしっかりと見つめている姫は手を伸ばすのも躊躇うほど美しく、高貴で。汚してはならない存在に手をかける、殺してはならない人を殺そうとしている罪悪感に押し潰されながら前に出る足は止まらない。


 視界を塞ぐように、正面に立つ。あどけない顔立ちはそれでも、月の姫に相応しく凛としていて、儚くて、守ってあげたいと思う反面きっと殺めることができると思わせた。
 『僕』は手を挙げて、初めに彼女の手を取った。小さくて白い手、人と変わらない五本の指に淡い色の爪。それでも彼女は『人ではない』と言い聞かせ、その手を眼前へと持ち上げる。

「――あなたを殺し、そのにくを食べれば、奇跡が起こると聞きました」

 語る口調は淡々と、どこか幼さを感じさせ、懇願するような色を含んでいる。残念なことに、哉栄は今武器となるものを持っていない。持っていたとしても何もできないことを哉栄は分かっている。自分にこの子を殺せはしないことを、自分がずるい大人であることを。

 この子が優しいことを。

「兄が、いました。兄は、死にました。僕のせいで昔、死にました。僕が死ぬはずだったのに、僕をかばって、死にました。僕は、あの日のことを、もう一度やり直したいんです」

 ぽつり、ぽつりと。溜めていた思いを吐き出す――罪を、告白する。許しを乞うように見えてその実、許しを奪おうとしている。引き下がれない、もう止められない。堂々巡りを、終わらない輪廻を、断ち切りたい。

 少し、口を開ける。白い指を含み、そして思い切り閉じた。口に広がる鉄の味、皮膚を裂き、肉を貫いた先の硬い感触は骨だ。音はしなかった。ただきっと、こんなに深く噛んでしまっては彼女が痛いだろうと思うと、涙がこぼれた。一筋だけ、片目から、静かに流れていく。決して泣く資格などないのに。
 口からその指を解放して見れば、白い指は赤く染まっていた。哉栄の口周りも少量の血が付着しており、涙と混ざって赤い雫が顎から落ちる。

「ごめんなさい、――ごめんなさい。ぼくのために、死んでくれませんか」

 そうして、哉栄はわらった。
 ずるい言い方をしている。自分の手を汚さないやり方を選んでいる。

 血に染まる彼女の右手を、懇願するように握りしめ、嗚呼こんな姿をあの愛しい弟子や友人、慕ってくれる人々に見られたくないと保身を願ってしまう。
 こんな自分、はやく消えたくて、仕方ない。声なくもう一度、ごめんなさい、と少女の死を乞うた。


>>輝夜、all




【お返事遅れてしまって本当にすみません……!!哉栄のできる精一杯のむしゃりです。きっと哉栄なら、輝夜ちゃんの優しさを理解しそこにつけこむんだろうなあ、と思いがぶがぶしました。ずっとがぶがぶしたかったのでやっと念願叶いました、しかし輝夜ちゃんごめんなさい、本体の心が痛い。一人称『私』だとなんか違和感があったので、昔はきっと『僕』って言ってたんだろうなあと考えてちょっと変えてみました(雰囲気)。もし現在の状況と異なる部分がありましたら教えてください……!】

4ヶ月前 No.345

輝夜 @yuunagi48 ★Android=GJQVGCUts0

【輝夜/宮中 庭】
ごうごうと音を立て大地から吸い上げられる水のようで、人々が妖と呼ぶものを二つの瞳で真っ直ぐに見詰めていた輝夜は一歩、また一歩とその妖へ足を進める。その姿だけを見て判断するならば、恐れは無く、興味でも、宮中を守らねばという使命感でもない。まるで輝夜自身が吸い上げられる水の一滴となり引き寄せられるかのように、ゆっくりと歩み寄って行った。

輝夜が足を止めたのは視界いっぱいに、今目の前で起こっている惨状に似つかわしくない柔らかな色合いをした着物と白めの肌色が広がったからであった。視線を少し上に向ければそこには輝夜を見る哉栄の姿。輝夜は何も言わず哉栄を見詰め返す。先に動いたのは哉栄の方であった。

そっと輝夜の手をとる。哉栄の手に導かれ抵抗もなく上へと持ち上げられる。一枚、薄紫色をした花弁が開いた。
哉栄の唇が動き輝夜の背負っている定めを言葉にする。この世界では輝夜にそれを直接言葉にして伝えてきた者は哉栄が初めてであった。また一枚、花弁が開く。
更に哉栄の言葉は続く。ゆっくりと、一言一言を選び、胸の奥底から絞り出すように。輝夜は何も言わず真っ直ぐに哉栄を見詰め続ける。また一枚、花弁が開く。

思いを告げた哉栄は輝夜の指を自らの口に入れると、強く閉じた。瞬間の激痛。輝夜の体は反射的にびくりと跳ねた。皮膚が裂け、肉が断たれ血管から真っ赤な鮮血が噴き出す。体が小刻みに震え、汗がじわりと滲み出る。しかし、輝夜は顔を歪め息を呑むだけで叫び声をあげることはなかった。顔色は血の気が引き蒼白である。それでも哉栄を見る瞳は僅かに涙を潤ませながらも真っ直ぐなまま、恐怖も、怒りも浮かべてはいない。ただ、慣れぬ痛みを堪えているだけ。哉栄の片目から一滴の涙が頬を伝う。花弁がまた一枚開く。
離された指は溢れた血で赤く染まっていた。同じく輝夜の血に濡れた口で哉栄は再び言葉を紡ぐ。
ごめんなさい――と。そして自分の為に死んで欲しい――と。最後にわらった哉栄に最後の一枚が開き、星を描いた。

「……きれい」

月の姫に奇跡の為に死んで欲しいと願った男に、願われた少女がようやく発した言葉であった。右手を哉栄に握られたまま、自ら上げた左手で哉栄の頬に触れる。そっと、慈しむように。

「咲いたのね、美しい桔梗。優しい桔梗。香りはほとんど主張しないけれど、その色は見るものを癒し心落ち着かせる。とても他想いの優しい人」

振り返れば輝夜は哉栄の事を「蕾の桔梗」と咲秋に伝えていた。哉栄と出会ったあの夜、輝夜の目に映る桔梗はまだ蕾であり、花開いていなかったのだ。そしてそれが今目の前で美しく開花した。輝夜の表情が蒼白のまま和らぎ、ほほえむ。

しかし、直後に輝夜の眉尻が下がった。哉栄の頬に触れた手も加えられていた力を失い重力に従って下に下がる。一拍の間があき、輝夜は再び口を開く。

「だけど……あのね、私、桔梗の気持ちは、とても良くわかるの。大切な人を亡くしてしまう苦しみも、悲しみも、とても良くわかるの。だから私も桔梗に出来る事なら力を貸したい。でも!私を、大切にしてくれる人が居るから、守ろうとしてくれる人が居るから……私はその人達を、悲しませたくはないの。大切な人を失うのは……とっても苦しい事だから。大切な人に苦しんで欲しくないの。だから、私は……生きたい」

先程とは違い悩みが伺える。その言葉は途切れ途切れに声量も安定していない。それでも最後の一言だけは静かにはっきりと告げた。視線を哉栄の手と、未だ血を溢れさせる自らの手に向ける。そして更に続ける言葉から迷いは既に消えていた。

「それにね、桔梗。もし貴方が貴方の言う奇跡を得て、昔をやり直したとしても桔梗がその結果死んでしまったとしたら、今桔梗の目の前にいる私を含めて、桔梗を大切に想う人はとても悲しむわ。例えそれが無かった未来になってしまったとしても、桔梗の悲しみと同じ悲しみを抱くの。だから、もし、この先桔梗が過去をやり直したとしても必ず生きて。そしてやり直した桔梗として笑顔で今日をむかえないとだめ」

輝夜の言葉は矛盾する。生きたいと望みながら、桔梗が過去へ戻った時の話をする。そしてどちらも紛れもない本心であった。それはきっと経験があるからこそ、今どちらも伝えておかなければと思ったからであろう。

「桔梗は優しいから」

逃げられないと諦めている様子でもなく、かといって逃げ出す様子もない。全てを燃やしつくそうとする業火も、全てを飲み込もうとする濁流も、再びその傷口に歯を突き立てられるだけで強制的に時間を戻されてしまうこの現状も輝夜の目には見えていないのではないかと思えるほどに、ただ静かに笑ってた。
>哉栄、周辺ALL

【やったー!念願のむしゃり(←ぇ)哉栄先生が儚くて綺麗すぎて萌えております!(←)
かなり矛盾に長々と語っておりますが、もしこうして欲しい(食われて欲しい、逃げ出して欲しい、宮中から外に向けて欲しい等々)というのがありましたら追加で動きもくわえられますのでご一報ください!】

4ヶ月前 No.346

語り(モブ) @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【(モブ妖)鵺+火車+屍達/城下・石階段】

彼岸が珠芽の絹糸のような白髪を掌で抑えた其の瞬間、復た空が光り雷鳴が轟いた。
瞬くよりも短いほんの刹那、夜空は月も星も消え去る真昼の白さに閃く。珠芽の長い髪が、殊更に明るく銀のように煌めいた。
低い空に紫電が這い、不吉な鵺の鳴き声が幾重にも谺する。暗雲垂れ込める空の彼方から、生きとし生けるものを狙い撃つ恐怖の砲口が、轟音と共に稲妻を放ってまた一つ邸を造作もなく撃ち抜いた。

「……大蛇め。屑を無駄に蹴散らしおって。逃さず仕留めねば蜘蛛殿の本懐は遂げられまい。……くはは、逃げられると思うたか愚かしき人間!」

虎鶫の翼が、奇々怪々たる化物の身体をぶら下げて都の夜を滑空する。裁きの雷雲を引き連れて舞い上がり、高笑いと共に神の鉄槌を愚かしき人の世へと落とした。空が白く光るたび、民草からは悲鳴が上がり、それを鵺は愉悦の内に眺めては殺した。

洛西の一角は、既に焼け焦げた瓦礫と屍で埋め尽くされていた。雷電は住居を焼き、焔は住民を包んだ。直接的に落雷に撃たれた者も居る。その一角に突如として、ぼうと青い火が灯った。焔は一つが二つに、二つが四つに増えて、雨雲の間から落ちてくる。鬼火のようにぐるぐると回っていたそれは、よく見れば単なる火の玉ではない。地底湖のように青く燃え盛る人力車であった。到底この世の物ではない。煙も立てず幽かに透き通りながら青く揺らめく人力車を、二足歩行の猫のような妖が引いている。焼け焦げた屍の匂いを嗅ぎながら四匹の猫は四台分の火の轍を刻み都人達の死体を物色している。
「鵺サマ、人間遊ビ、シテモイイ?」
一匹が天を仰ぎ、小さな口を開いた。
「……向コウノ山ニ、遊ンデル強イ妖怪イル」
別の一匹も口を開いた。
「「人間遊ビ、シタイ」」
鵺は返答の代わりに空を劈く高笑いを一つ投げると、一際大きな稲妻を空に走らせた。
ーー「汝らの好きにするが良い、火車」

火車、と呼ばれた猫のような妖怪達は歓喜に小躍りし、手にした太鼓を打ち鳴らして集めた屍の周りをぐるぐると回り始めた。怪しい儀式のような、何処か滑稽で且つ不気味な光景である。太鼓を打てば音は電流に代わり、軈てそれは綾取り糸のように編み目を作って痺れるような音と光を立てる。織り上げた紫電の網に絡まって、死体が起き上がる。ばちばちと耳障りな音を立てながら、横たわっていた幾つもの死体が、仰け反るように背筋を弓にしてのたうち回り、筋の不随意運動に手足をびくつかせた。生命は内部に発生する電流によって神経を興奮させ体を動かしている。火車達の浴びせた僅かな電流により屍体に魂は無くとも反魂の術の如く筋を刺激し活動を与えているのだ。
「「ワアア、動イタァ!」」
焼死体が立ち上がり歩き出すと、火車達は歓声を上げる。黒く焦げて剥がれた皮膚を骨筋の上にぶら下げて、かつては都人達だったその死屍の群れは歩き出す。肉の焼けた酷い匂いが充満した。するとどういうわけか、火車達の引いていた人力車の中からも次から次へと人間の死体が溢れ出し隊列に加わった。火車は、罪人の死体を盗む妖。人力車の中には惨劇の都で彼らが集めていた死体が詰まっていたのである。
「行ケ行ケ、人間。山ノ妖ト相撲ダゾ」
火車が指揮をとると、数十名の軍勢にまでなった屍たちは一斉に神社へと続く石段を登り始める。いつの間にか手には武器を持って、はじめはぎこちなく歩いていた者も次第に俊敏な動きへと変わっていって、破れた皮膚やはみ出した内臓を引き摺りながら、鬨の声すら上げて石段を駆け上がった。其の先には、天狗の半妖と、若い狐の妖の姿がある。
二人が話している間に、火車に操られた屍の軍勢は取り囲むように分散し、各々武器を構えた。

彼岸が立ち上がったのと、其れは同時だった。何度目かの白い瞬きが宙を覆った。雷鳴が闇を破る開戦の銅鑼となって辺りに響く。それを合図に、既に魂を失っているとは思えない動きで屍達は一斉に二人に斬りかかった。

>彼岸、珠芽、all


【師弟の格好良い殺陣を期待しています! GOOD LUCK!】

4ヶ月前 No.347

夕臙 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【夕臙/城下→宮中・左京院邸 庭】

「光先生……何処に……!」

光宮邸に哉栄の姿は無かった。城下の其処彼処に溢れる妖達の目を掻い潜り此処まで辿り着けたのは、夕臙の日頃の行い≠フ賜物だろう。薬師寺や哉栄には勿論秘密にしていたが、もしかしたら薬師寺は薄々気づいていたかもしれない。なんとか光宮邸まで辿り着いたはいいが、哉栄が留守ということは、彼があの地獄絵図のような都の何処かにいるということになる。城下の有様を見たからこそ、夕臙は焦った。
「薬師寺さん! 思葉! 先生は宮中にいるっ!」
其れは強運の持ち主故の勘というものなのか、或いは聡い少年の推理であったのか、夕臙は突然そう叫ぶと鉄砲玉のように光宮邸から飛び出して、再び混沌の都の夜へと飛び混んで行ってしまった。

--

宮中へと潜り込むことは、想像を遥かに超えて容易かった。月の姫を狙って偵察していた時は巨大な門と立ちはだかる衛士の姿に侵入はまず不可能と思っていた殿上人達の住処も、今や門は開け放たれ門番も逃げ出したのか姿は無く、通過しても咎める者は無かった。最も、「哉栄先生を救う」という大義の前であればどんな危険が其処にあろうと今の夕臙は構いはしなかっただろう。
途中で落ち延びる貴族と思しき一団と擦れ違った。逃げていく者といってもその服装は夕臙が今着ているぼろよりも身綺麗で、牛や馬を連れている者もいる。泣いている女もあったが、夕臙は荒んだ心ですれ違い様に舌打ちした。今まで私腹を肥やしてきたであろうあの貴族たちの留守邸にこの好機に忍び込んだら、どれほどの豊かさを盗むことができるだろう。
ーー(……それどころじゃないから、しねぇけど)
夕臙は心の中で自問自答すると、一人流れに逆らって絆の呼ぶほうへと駆けた。

一際大きな邸の庭に、探し人の姿はあった。
先生、ーーと声を掛けようとして、慌ててそれを呑み込み、夕臙はさっと隠れた。
先生は……光宮哉栄は、月の姫と一緒に居たのである。その身を口にすれば時を遡る奇跡をもたらすという、月の女神。夕臙は薬師寺紫と共に光宮哉栄を死すべき運命から救う為にその少女の命を狙っていた。そのことは哉栄には勿論知らせていない。何故彼が月姫と共にいるのか訳が分からず、夕臙は混乱した。

ーー『……僕が死ぬはずだったのに、僕をかばって、死にました。僕は、あの日のことを、もう一度やり直したいんです。……』
ーー(せ、んせい……?)

聞いてはいけないものを、見てはいけないものを、見聞きしてしまっている。それを頭では分かっていた。分かっているのに、鼓膜に飛び込んでくる恐ろしい告白を、網膜に飛び込んでくる信じ難い光景を、遮断することすらできずに、夕臙は其処に根付いた植物のように立ち尽くしてそれを垣間見ていた。都じゅうの時が止まったような景色の中で、己の心臓がぎゅうぎゅうと大袈裟な脈を絞る。こま送りのように吸い込まれていく姫の白い指を、其処に歯を立てる師匠の姿を、息を詰めて見守った。膝が笑い手が震える。混乱のあまり頭が割れそうに痛かった。

あんな先生を自分は知らなかった。
あれが、先生の願い。先生は、その為に、月の女神を。あの先生が、願いの為に、……一人の少女を。
それでも、たとえ先生が自分に隠し事をしていたとしても良いと思っていた。先生の願いが叶うなら。過去の先生の願いが叶う事で先生が医者にならず、その神懸の力を使う事もなく、未来まで丈夫な身体を持ち幸せに生きてくれるなら。それで構わないと思っていた。その願いの為に代わりに殺人だって遂行する覚悟だった。
けれど、先生のやり直したい願いは、過去の光宮哉栄が兄の代わりに死ぬことだという。それでは、先生が死んでしまう願いでは、先生を救うことができない。それでは、先生の願いを叶える意味が無くなってしまう。

(先生、駄目だ、そんなの……)
如何すれば良いのか、此処にいない薬師寺紫に尋ねることもできずに夕臙は巨大な矛盾の前に立ち往生する。手を取り指先を齧る恩師の横顔は今にも消えそうなほど儚く、涙は見ていて苦しくなるほど美しかった。自分にとっての神が理想通りではなかった事は、衝撃ではあったが今は二の次で、それよりも彼を救う作戦が潰えた事が動けぬ程の打撃を与えていた。

(お願いだ、先生、やめて……)
哉栄が月の姫を食べてしまったら、時間が戻ってしまう。夕臙が生まれるよりも前かもしれない、光宮哉栄が子供のうちに兄の代わりに死んでしまう世界へ。
阻止しようと声を上げるより先に動いたのは、他でもない月の姫だった。
天女のような微笑みで哉栄を諭す輝夜に、夕臙は暫く我を忘れて魅入る。それほどまでにその物言いは神々しく、柔和で、慈愛に満ちていた。茶屋で花菖蒲≠切りつけた時に泣いているばかりだったあの子供と本当に同一人物なのか。月の女神は人ではないーーあのときは「こんな小娘が月の女神な筈はない」とさえ思っていた夕臙だったが、今こそは本気で信じた。普通の人間がそう思うのと同じように「生きたい」と願う彼女も、自分に危害を加えようとした相手に「生きて欲しい」と願う此の世の理を越えた彼女も、今目の前にいる美しい少女が、古より言い伝えられた奇跡の月姫なのだと。
夕臙が如何するか迷ったのは言うまでもない。輝夜を食べさせれば哉栄を救えると思っていた夕臙だったが、哉栄の願いと哉栄の命は矛盾するもので、更には輝夜の「桔梗が今を生きられないような願いは叶えるわけにいかない」という説得のほうが夕臙の願いに近かったのだから。握り締めた小刀の行き先を見失ったまま途方に暮れていると、視界の端で何かが動いた。

「ーーーー!」

一瞬小さな蝶が羽ばたき動いたように見えた。しかしそれはとんでもない幻覚で、其の正体は火の勢いを増して燃え上がった左京院邸の柱だった。火の粉を吹き上げながら根元から折れ、輝夜と哉栄がいるほうへと倒れてくる。

「危な………………いっ!!!!」

夕臙の頭から、理性というものが瞬時に消し飛んだ。叫び声と共に髪に付けたあの鈴の音が響く。気付けば、夕臙は哉栄・輝夜の二人と柱との間に飛び出していた。迫り来る柱が頭上に影を落とした時、
(嗚呼、そういえば……月の姫が言ってた桔梗≠ニかいう医者……なぁんだ、光先生のことだったんだな)
と酷く場違いで呑気な感想が浮かんだ。
師がその人ならざる癒しの力を使う時に表れる美しい星の華を思い出して、やり場のない切ない気持ちになった。その星の命の灯を奪って、この身は生きてしまったのだ。だから、元の生命が枯れるくらいなら我が身を紅く染めて離れていくべきだと、そう思っていた。
肌を焼く熱が距離を詰める。過去を悔やみ未来を憂いながら人の子は、今≠フ価値に抗えない。夕臙は両の手のひらを、師に生かされた紅葉の手のひらを前へと突き出した。

>哉栄、輝夜、all


【どうしても師弟に互いの真相を知らせてみたくなってしまった……(残酷)乱入すみません! ここからはどんな展開になっても楽しいのでお二人にお任せします!】

4ヶ月前 No.348

華切 @poko10 ★Android=MNgMSKnMpI

【華切/左京院邸】

 手にした刀を見つめて輝夜を案じる華切の耳には、邸が崩れ落ちる音も、使用人たちが騒ぐ声も、遥か遠くに聞こえていた。まさしく今現在の輝夜の置かれた状況を華切が知っていたならば、すぐにでも邸から飛び出していくのであろうが、何も知らない華切はただ、静かに輝夜の身を案じていた。
 そんな華切の佇む部屋に、突如襖を乱暴に蹴破って一人の男が現れる。その男にとっても華切がここにいたことは予想外の様子だった。華切を昔から知る様子のその男は、淡々と、そしてやや挑発的に華切に語りかける。

「佐野、暁時……」

 華切は男を見据えて、ぼそりと名を口にした。華切自身、自分が男の名を覚えていたことが意外だった。ここで再会することがなければ、恐らく一生このかつての使用人を思い出すことはなかっただろう。
 幼少の頃、華切はこの男と話すのが好きだった。決して子供扱いせず、かといってただ崇めるわけでもなく、暁時は華切に色々な話をした。知性に溢れるものではなかったが、彼の話は興味深かった。暁時自身が優秀さを垣間見せることはなかった。だが、父である伊織が彼を買っていたのだから、優秀な武士だったのだろうと思う。だからこそ、父は暁時の裏切りを許さなかったのだ。

「それが、今のおまえの仕事か」

 混沌と化した邸の中で盗み出してきたのであろう様々な物品を抱える暁時に、冷めた視線を向ける。邸はじきに灰塵となり果てるだろう。物も、金も、惜しくはない。善悪の区別がつかないわけでもあるまい。羞恥を覚えない幼子でもあるまい。己の首を絞めたければ、好きにすればいい。
 再び、二人の間に炎を纏った梁が落ちてくる。邸を支える骨組みの倒壊も、それほど遠くないのかもしれない。

「……ここから失せろ。死ぬぞ」

 ふいと暁時から視線を背け、刀に目を落としてそう告げた。

>佐野暁時、all
【素敵なモブおじさんありがとうございます!勝手に雰囲気こんなかなぁと定めてしまった節があり、申し訳ないです。どうぞ抉ってくださいませ!】

4ヶ月前 No.349

@kronos☆M83pBhikgC. ★Tablet=vxMphjjPfm

【薬師寺紫/思葉/宮中、左京院邸 庭】

「おや、まぁ、呆れたねえ」

直感というものに従い駆け抜ける夕臙を必死に追いかける二人。かく言うも阿鼻叫喚の城下はある種の障害物競走といっても過言ではなかった。小さな体で縫うように駆ける背中に振り切られなかったのは偏にやじ馬根性、または鉄火場をくぐり抜けた経験が活きたからだろう。とにかくも二人は夕臙の探し人を突き止めた。その勘の良さに当てられて出た言葉の主は思葉だったが、すぐにそれを制止する腕が伸びる。もう一人の男薬師寺紫だ。

哉栄の独白にも似た言葉は、幼なじみの長年の付き合いから何となく察しが付いていたため差ほどの驚きはなかった。寧ろ驚いたのはかぐや姫の方だ。宮中では物静かな人形然とした噂しか聞かないあの娘がまさかあのような言葉を吐くとは、とある種心動くものを感じた。

「夕臙、あれを……」

言いかけたが早いか、颯爽と飛び出したかの少年は、燃え落ちる柱から二人を庇おうと飛び出す。柱は目の前、踊り出たところであの矮躯では押しのけるはおろか反らすことさえ不可能だろうに。

「焼きが回ったかしらねぇ私も……」

薬師寺を抜けて動いたのは思葉だった。何度も官吏に捕まる経験のある思葉の姿は、がっちりとした体躯の偉丈夫へと変化し、夕臙の後ろからその丸太のような太い腕を突き出したのだった

4ヶ月前 No.350

語り(モブ) @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【(モブ盗人)佐野 暁時/左京院邸】

佐野、暁時。まさかその名前を呼ばれるとは思わなかった。
華切が十数年越しにその名を呼んだことで、火事場の盗人に成り果てたこの男の心が一瞬揺らいだ。紅蓮の炎が波のように、二人の間を寄せては返す。

「華切様」
記憶の中の左京院の若君は、まだほんの幼い頃の姿のままで止まっていた。それだけの長い時間が、此処に居場所を失ってから流れてしまったのだ。時折揺らぐ橙色に染まる暁時の薄汚れた顔は、次の句を失ったような後悔の表情を滲ませた。しかしそれは名を呼ばれたその時だけのことで、華切冷めた視線を感じ取ってか元の厭な卑屈な笑みに変わった。

「ええ、若君の御父上様のお陰様でねぇ。この通り、日頃はしがない賭博師ですが都の危機とあれば職業は立派な物盗りですよ。それに今は『佐野』とは殆ど名乗りません。あなたの父上は、妻と病気の子のために生きて帰りたいと願った男を臆病者と謗り武士の名を剥奪したのだから」

足元に崩れ落ちてきた燃える御簾を軽々と跳んで避けながら、暁時は悪党然として豪放に笑った。如何やら盗みを生業としているこの男はもう火事場を歩く事には慣れてしまっているらしい。
華切が子供の頃左京院家に出入りし、暇があれば華切に気さくに頼まれもしない楽しい話を語って聞かせた嘗ての使用人は、輝夜姫がやってくる少し前に邸からひっそりと姿を消した。宮中にある宝物を守る任務を授かったというのに、敵が強大と知って命惜しさに逃げ出したということが左京院家当主伊織の怒りを買ったのだ。武士の名を剥奪されて宮中を追い出された彼はすっかり落ちぶれてこの有様というわけである。

「若君のその侮蔑の目、冷めた目。嗚呼、左京院様に似ているなァ。こうしなければ生きていけない者の事など理解も出来ないという貴族様の目だ。くははっ、言われなくともおれは此処で死ぬ気などない。お気遣いをどうもーーーーそうだ」

悪びれた様子など微塵も見られない。寧ろ自分から目を逸らし「失せろ」と言い放った嘗ての主人に、愉しげな声を蛇のように執拗に絡ませた。

「久方ぶりに興味深い話を致しましょうか、華切様? 今宮中を襲っているあの八岐大蛇は河の妖であって、火など吹かない。今更信じないかもしれませんがおれは別に左京院に放火するほどの怨みはない。今頃別の部屋を荒らしてるだろうおれの同業者達もだ。金品に興味があるだけ、人殺ししようとは思わねぇ。確かにざまみろとは思っているが、だがしかし火は放っていない」

ーー何が言いたいか判りますかい、ぼっちゃん?
その何処か少し砕けた親しげで飄々とした語り口調だけは昔のままで、嘗て少年華切に色々な話をしてくれていた暁時のようだった。しかしその口調で告げる真実は、少しも優しいものではないことを、人生を狂わされた裏切り者の暗い瞳が物語っていた。

>華切、all


【いえいえ、華切王子のおかげでモブおじさんのキャラに思いも寄らぬ深みが出て美味しいです……! 抉りに掛かりましたぁ!←】

4ヶ月前 No.351

絲祈 @september9☆l2RtaxPLX0X6 ★gXyGHSaxw7_M0e

【屍たち(モブ)/城下・宮中】

 きりきり、きりきり。
 か細くて、それでいて脳内に直接響くような嫌な音を立てながら、蜘蛛の糸が幾重にも幾重にも撓る。目を凝らさなければ気付かないような、ひどく細やかな銀色のその糸は、月の光を受けててらてらと濡れたようにきらめき、そして人々の悲鳴に共鳴するかのように震えていた。
 きりきり、きりきり。
 糸が撓るたび、すでに色を失った屍ががくりがくりと不気味に蠢く。死体の四肢から、首から、節穴と貸した眼孔から、張り詰められた蜘蛛の糸が伸びているのだ。蛇のように蠢くその糸は、まるで意思を持っているかのように着々と伸びてゆく。逃げ惑う人々の合間を縫って、きりきりという耳障りな音を立てながら、数多の死体を介して糸を伸ばしていく。

 崩壊しかけた屋敷の屋根に。
 折れた松の枝々に。
 動きを止めた水車の上に。
 かろうじて形を保っている家の垣に。
 ――あろうことかそれは、宮中にさえ侵入していた。

 建物に蜘蛛の糸が張り巡らされていく度に、それに合わせて哀れな屍がびくりと蠢く。黄泉の国から這い上がってきた彼ら彼女らは、死臭を漂わせながら、狂乱の都を闊歩する。張られた蜘蛛の糸に操られる哀れな人形(ひとがた)は、あるものは空洞となった頭から脳髄と髮を垂らし、あるものはそのぽっかり開いた胸から助骨を覗かせ、あるものはただれた手足を引きずりながら、それでもなお、残虐な蜘蛛の糸に操られていた。
 屍の口から、絲祈が屋敷から放った子蜘蛛がぞろりと溢れた。地に落ちたそれらは、新たな宿主を探さんとまた騒ぎの中へ繰り出していく。

 そして今、蜘蛛の糸は、城下と宮中、その殆どに張り巡らされた。

 ぴたり。蠢いていた屍たちが、動きを止めたかと思うと、そのまま天に引っ張られるかのように宙へ浮かぶ。高い木や屋敷の屋根から、細い銀の糸たちから吊られるように、力なく屍が夜の空を背に項垂れている。さながらそれは、蜘蛛の巣にかかった獲物のようだった。城下と宮中、その両方にて、点々と屍が蜘蛛の巣にかかっているという、何とも不気味な画が出来上がっていく。異変に気付いた人々が立ち止まり、訝しげな表情で屍たちを見上げた刹那。

『――――この世の地獄を、再び!』

 世にも悍ましい蜘蛛の妖、絲祈の声が、屍の口から溢れる。次の瞬間、吊られた屍たちが、一瞬にして青紫色の焔に包まれた。
 死臭と、腐った肉の焼ける匂い。その両方を当たりに散らしながら、鮮やかな焔は月の下でめらめらと燃える。生き物のように張られた糸を伝い、ひときわ焔の尾を揺らしながら、家屋や木々を焼いていく。昼間のような明るさの中、この世に現れた灼熱の地獄。美しい青紫の焔は次々と人を飲み込み、そして街のすべてを焼き尽くさんばかりに広がっていった。不思議な事に、蜘蛛の糸は焼け落ちる様子を微塵とも見せなかった。

>ALL 【絲祈の策略によって、城下と宮中に火を放させて頂きました……! 糸は焼け落ちないだけなので物理攻撃を加えれば千切れますのでよろしくお願いします】

4ヶ月前 No.352

佐竹咲秋 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

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4ヶ月前 No.353

藤堂吉継 @yuunagi48 ★Android=GJQVGCUts0

【藤堂 吉継/城下、屋敷付近路上→宮中へ向かう途中、路地】

宮中に向け一歩一歩着実に足を進める。確りと巻き直した包帯により、慣れた片目に飛び込んで来た光景は一変していた。じゃりと赤い水気を含んだ砂が足の下で音を立てる。羅城門へと向かう時に感じたものとは別の死臭が鼻を突く。

「な……」

一瞬、その眼を僅かに見開き丸くする。今しがた歩いてきた道に転がる憐れな屍が壊れた絡繰人形の様に起き上がり動き始めたからだ。その数は中心部に近付くにつれ次第に増えていく。元は人間であった絡繰達がその歪さを隠す事なく我が物顔で歩く姿にふっと息を漏らしわらった。

『――――この世の地獄を、再び!』

正にこれを地獄と呼ばずに何と呼ぼうか。絲祈に操られた絡繰達は空へと浮かび青紫の焔に包まれた。呼吸をする度に吐き気を催す程の肉の焼ける異臭が肺をどす黒く侵してゆく。絲祈と夜の言葉が脳から、目の前の光景が視界から、臭いが肺から染め上げられていく。

ふと、足を止める。それは幼少期より長年共に同じ主に仕え、戦い、相棒として互いの呼吸すら知り合ってきた為か。視線を前方から横へと向ければ細い横の路地のそのまた向こうに左眼を押さえる咲秋の姿。

あぁ、そこに居たのか。探していたぞ、咲秋。

右の口角を僅かに持ち上げ、腰の鞘から太刀を抜く。咲秋に向かい駆け出せば、右足に力を込め跳躍、再び獲物へ襲いかかろうとしていた残された一羽の心臓を刺突した。

「咲秋!眼をやられたのか?それに何故ここに……まさか姫や華切様も」

着地と同時に咲秋へと駆け寄れば肩を掴み詰め寄る。妖達の様子を見る限り絲祈と夜に逆らおうとする者は居ない様に思えた。しかし、この様な混乱の中に姫が居たとしたならば無事である保証は無い。周囲を見回し姫や華切の姿を探した。
>咲秋、周辺ALL

【ひ、久しぶりの吉継君に探り探りの上、冷や汗にじませながらの投稿です。不備やそもそも理解の間違い等ありましたら指摘お願いします!/夕凪】

4ヶ月前 No.354

佐竹咲秋 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【佐竹咲秋/城下・路地】

自分が持つ筈のない記憶、気の所為と一蹴するには余りに現実味を帯び過ぎた既視感、潮騒の如く絶え間なく胸の内に鳴り続ける警鐘。青藍に染まった雲を歪ませて、眩暈が空をも敵をも景色をも遠くへと隠した。
足元がふらつくと、崩れかけた身体を支える腕があった。肩にかかる何処か懐かしいような力強い圧に、一瞬だけ身を委ねて咲秋は手放し掛けていた意識を取り戻す。
「……吉継……」
駆け付けてきたらしい脈と体温の上昇を衣越しに感じながら、咲秋は両の眼を開いた。
走馬灯のように流れていた悪い夢が、痛みが、友の出現によって一気に遠ざかり、すぅっと消えていく。吉継を見上げ、首を横に振る。
「華切様は未だ邸にいらっしゃる筈だ。姫様が、姫様が居られなくて探しに来た。そうしたら……」
悪夢から目覚めた咲秋は、吉継に預けていた重みを自らの足に戻し、確りと自立する。そうしたら、この有様だ。と、振り返り気味に視線で荒廃の城下を示した。吉継も見てきたであろうから言葉にするまでもない、といったところか。眉間には深い皺が刻まれている。

如何して此処にいる、何処へ行っていた、体調はもう良いのか、相棒に聞きたいことは幾つもあった。しかし今は、この状況に於いて行方知れずの輝夜の事こそ最重要事項だ。
「今宵こそ姫様が危ない」
咲秋の声は緊張を孕んで僅かに掠れた。
肩を掴んでいる吉継の腕に力が入っているのも、都の此の状況に彼も危機感を覚えぬ訳が無いからだと理解していた。

「姫様は御自身が満月の晩に亡き者にされるという悪夢を見ておられるそうだ。唯の悪夢と一蹴するには、怖い」
聞いてくれ、と、咲秋は吉継の目を見てその根拠を語り出した。
「姫様の事だ、俺にはそれが単なる夢ではなく不吉な予知夢のように思えてならなかった。実際に……今日、姫様が洛東の茶屋で刃物を持った少年に襲われたらしい」

悔しそうに顔を歪ませる。昼間のことは己が過失では無いとはいえ、あの茶屋で見た血痕と、茶屋の女将の話を思い返すだけで胸が痛んだ。どれほど、怖かったことだろう。其処に自分が居れば。何故自分が付いていなかったのか恨めしく思った。

「幸い姫様に怪我は無かったようだが、もしもあれが予知夢なら、まだ実現されていないだけで今夜こそが姫様の危機だ。……もう一つの可能性として、」
日頃無口なこの男がこんなに喋るのは珍しい。堅かった口調は次第に熱を帯びていく。

「刃を向けられるその夢が、予知≠ナはなく記憶≠セったとしたら? もしも月姫の伝説が真実だとしたら。姫様は前に一度満月の晩に何者かに殺されて、俺たちがいる今は、その誰かが時を遡ってやり直した世界なのだとしたら! その何者かは今世でも、満月の今宵その刻が来れば同じ様に姫様を亡き者にしようとするのではないか」

青く光る不吉の夜風に染められて、咲秋の顔色は蒼白に見えた。追い詰められた者の神経衰弱的な世迷言といえばそれまでかもしれない。だからこそ咲秋は無二の友と思う吉継にしか伝えられなかった。鬼気迫る様子で訴えるのは彼を信用しているからに他ならない。吉継はこんな不吉な妄想をなんと言うだろうか。蟠りの全てを打ち明けてから不安が胸を掠めたが、この最悪の予感を伝えずには居られなかったのだった。

「俺だって月姫の奇跡など信じたくはない。気を違えたと思うならそれでも構わない。俺の危惧する最悪の可能性の話だ」

>吉継、all


【さくっと推理&模索編ということでなんだなちょっと説明っぽくなってしまった……すみません。何か過不足ありましたら書き直しますね(汗)夕凪様ありがとうございます!】

3ヶ月前 No.355

夜(皇出母) @papillon ★6ycWB2hnsK_mgE

【夜(皇出母)/城下・都の外れにある屋敷→】


 己の前に額づく吉継を、内親王たる皇出雲の姿を借りた悪しき何者かは無邪気が故にあまりにも邪悪な微笑を浮かべ、ただにこやかに見下していた。足元に落ちた被衣はそのままに、姿勢を崩して薄ら暗い笑みを浮かべた吉継と目を合わせて。ありとあらゆるこの世に降り注ぐ輝き、たとえばあの天上の月明かりさえも蝕んで覆い尽くす闇の化身やる夜は、吉継の言葉に目を細めてみせる。

「流石は吉継様、察しがお早いようで。ただ一つだけ訂正させて頂くのなら、少なくとも余の目的は怨念を晴らす事でも、憤怒の激情に突き動かされた訳でも御座いませんけれど。それはまたいずれお話するとして……ただ人の子を殲滅するだけでは飽き足りぬのが我等妖の業。仰る通り貴方様の〈覚悟〉こそが〈契約〉に必要な最後の言の葉。その言霊が満願成就の鍵となり、開く筈の無い錠は今こそ焼けて落ちて未来へと開くのです」

 仄暗く、しかしあまりにも愉しげに笑う絲祈の言葉に一度頷いてみせながら、夜は歌うがごとくすらすらと語っていく。それは真意を語るようでいて相手を霧の中、崖っぷちで惑わし、煙に巻いて突き落とす戯言の調べ。

 虫の羽音に似た奇妙な笑い声だけを残して、絲祈の姿が天井へと消える。
 それとほぼ同時に、屋敷から去っていく一つの人影。諦めと、決意と、ほんの少しの迷い。どす黒い想いを胸に屋敷を後にする吉継の後姿に、夜は着物の袖を空いた手の指で押さえつつ、小さく手を振って見送った。

 冷めた風に焼けるような鉄の匂いは混じって、甘く苦く香る。最早祭囃子は欠片も聞こえず、まるで現世を地獄の色で塗り込めたような絶叫と高笑いが奥座敷にまではっきりと届いている。
 ぽつんとひとり、奥座敷に残された夜の唇が、ふいにきゅうっと三日月のように避けて歪んで吊り上がる。

「――――あだし野の風にみだるる糸すすき来る人なしに何まねくらむ」

 すすき、薄。確かにそう口にした。

 声も出さないままにただただ笑いながら、夜は踵を返すと音も無く奥座敷の更に深き奥、一片の光も差さぬ闇の中へと歩んでいく。気配のひとつも残さずに、始めから其処に何も無かったかのように。
 ただ、強過ぎる麝香の香だけが、紅い鉄の匂いすら凌駕して満ち満ちていた。


>>吉継




【夜(皇出母)/→城下・都の外れにある屋敷/???】


 闇に満たされている筈なのに、その空間は何もかもが白亜に包まれていた。白い糸、いと、絲。絶対の拒絶と罪深さの象徴たるその白骨の色、鉄壁の要塞。
 絲祈の糸によって完璧に護られた〈巣〉、其処にふわりと何かが舞い降りた。反吐が出る程に甘い香りを纏った、目も覚める程悪趣味な衣を纏った、少女の顔をしたなにかが。

「絲祈」

 先程までと声色が違っていた。凍て付く冬の水底のような、北の海に浮かぶ氷塊のような、世に見捨てられた人の心の澱みのような。あまりに冷えて凍えて結晶と化した、熱も温もりも一切感じさせない氷の声。
 それだけではない、先程まで浮かべていた笑みも今や其処には存在せず、その顔に貼りついているのは能面のような虚無だった。
 そう、それこそが本当の、本物の夜。嘘偽りの無い裏にして影の顔。この世でたったひとり、真の夜の知る者にだけ見せる本性。

 夜の片手には、何やら竹を切って小さな器にした物が握られていた。反対の手の指には、葦と思われる細い植物の茎が。指先で摘まんだ茎を竹の器を満たす水に着けると、夜は茎をその艶やかな唇に近付け、そっと息を吹き込む。すると茎の先端から無数の七色に煌めく薄く弱い泡に似た物が放たれ、ふわふわと漂った後にぱちんと弾けて消える。
 夜は場違いにもしゃぼん玉に興じていたのだ。しかしその顔に遊戯を楽しんでいる柔らかさは皆無、だからこそそれはまるで呪詛の儀式のようにすら見えた。

「――ひとがもえている、まちがやけておちる、みやこがかいじんにきする……だが余が求め欲するはそんなものではない。他の妖どもが復讐を望もうとも、報復に興じようとも、どんな残酷な処刑も悲惨な駆逐も鬼畜な淘汰も、余の心を少しも揺るがしはしない。絲祈、お前には、お前と余にだけは分かるだろう? そんなものに意味はないのだよ、その程度の児戯ならばもはや何千、何万、何億、何兆、那由多に至るまで我等は見てきたものな。時が逆巻き、何度も何度も何度も、幾ら過去を改変しようとて所詮悲劇が回るだけよ。揺るぎはしない、巡る輪廻はあまりにも無慈悲だ」

 淡々と、ただあまりにも淡々とした静かな声で。夜は巣の奥へと歩みながら、ふわりふわりとしゃぼん玉を増やしていく。奇妙な事に、しゃぼん玉一つ一つの中には何か映像が浮かんでは消えていくのだ。それはまさに今この時、都のあちこちで繰り広げられる悍ましき惨劇の光景。妖達が人間を貫き、焼き、喰らい、解体し、崩し、潰し、痛め、滅し、跡形も無く真っ平にしていくその残虐なる様。その全てが一瞬だけ映し出されて、やがてしゃぼん玉はぱちんと弾けて消える。
 それはまるで人間達の短く儚き人生のごとし。邯鄲の夢たる人の命に、さも意味など無いかのように。飛んで、壊れて、消える。

「だが、だからこそ余は繰り返す。何度巡ろうとも、たとえ果たされぬとしても、あの業火に呑まれる地獄絵図がこの瞼から消えぬ限り。いや、最早そんな事はどうでも良いのかもしれないな……お前が其処に居て、余が此処に居る。それで十分なのだ、それだけで我等は神をも恐れず天の座を喰らう夢を願えるのだから。奇跡吐き出す月の姫と、集いし七本の秋草の首をもってして、――――我等が望む〈一等美しき闇〉を夢見よう、何度潰えようとも、無限の彼方まで」

 しゃぼん玉に揺らぐ恐るべき影の数々を少しも見ようとはせず、遂に夜は絲祈の前に立った。

「我等は共に忘れはしないであろう、あの日の、あの夜の、あの瞬間の夜空の月を。遥か遠い過去になろうとも、天まで赤く朱く紅く焦がす焔の色を、晒され崩れて白い砂へ埋もれゆく砦も、城壁から吊るされた女子供の髪が靡く啜り泣きも」

 現世の全ての妖を総べる者、疑う術も無い程の最強にして、人類最大の天敵たる存在、絲祈。しかし誰も知らぬ事だが、絲祈は遥か昔よりたった一人の主に仕えていた。それこそが夜、今はとある過去の事情により全盛期の力を失ってはいるが、誰にも悟らせぬまま実は今でも絲祈と夜の関係は途切れぬまま続いていた。今は完全に力関係が逆になろうとも、仕えるものと君臨する者の立場は変わらない。すでに約二百年、そしてきっとこの先も、未来永劫。

「お前を染めた血の色も、冷たくなっていく腕の中の感触も、滴り落ちて地に還る血の匂いも……二百年の月日さえも、そしてその間に何度も何回も幾つも幾重にも、無数に巡り続けたひとつとななつの輪廻の記憶も。何度巡ろうともお前と余が分かたれぬ限り、過去は覆せず、未来は訪れない。何故なら〈今回も〉、余とお前が〈現在(いま)〉を殺めるからだ、――空蝉を覆そう、城砦より、不幸せの足音を引き連れて」

 無数の屍を操り都に火を放つという外道の所業を成し遂げた絲祈の前で軽く背伸びすると、夜は彼の頬を両手でそっと覆った。白く、あまりにも熱を失った二つの手で。そして真っ直ぐに、逸らしもせず見つめるのだ、八つの紅玉の眼を。

「余は今より宮中に向かい、仮初の祖父(みかど)の首を刈り、女郎花……いや左京院華切と遊戯をして参ろう。絲祈、お前は他の野花衆≠ニ戯れてくるがいい、ただ時が来るまで一本とて手折らぬようにな。彼奴等に相応しき〈舞台〉は〈いつものように〉用意してあるのだからな」

 ふと夜の視線が、絲祈の唇で止まる。先程奥座敷で彼は己の唇を噛み、傷から流れた血液はその薄い青い色をした口元を紅に染めていた。
 ふいに伸び上がると、夜は絲祈の唇に己のそれを重ねた。目を閉じもせず見開いたまま、その唇に異様に赤く濡れた小さな舌を這わせて、唇を彩る鉄の味を舐る。

「…………さて、一つお前に頼みたい事がある。お前の糸を少し分けてくれ、さすればお前と余は常に共に在れる。お前の糸で裂き、お前の糸で斬り、お前の糸で切って開く……それはつまり、余とお前が一心同体である証。嫌か?」

 やがて解放された口元からつうっと銀の糸が一筋流れて。夜は、絲祈の血を吸ったかのように華やかに色付いた唇を妖しく吊り上げると、小首を傾げて問うた。

 その姿は少女のようでいて、まるで途方もない程底知れぬ深淵そのものに見えた。


>>絲祈


【お待たせしました、大変遅くなってしまい誠に申し訳御座いません! しかも後半、確定ロルで恐るべき大暴挙に出てしまいましたが……この二人ならこれ位妖しい関係でもいいかな、なんて……かささぎ様、ご不快でしたら避けた事にして下さいませ、お願い致します……! そして意味深な事ばかり言っておりますけれど、今はどうぞ気にされずさらりと読んで頂ければと思います。皆様には遅筆でご迷惑をお掛けしておりますが、宜しければどうぞ引き続きお相手下さいませ!】

3ヶ月前 No.356

華切 @poko10 ★Android=MNgMSKnMpI

【華切/左京院邸】

 華切本人にとってすら意外だったのだ。壮年の盗人にとっても当然、名前を覚えられていたことは予想外のことだったようだ。暁時の短い言葉から、彼の挑発的な態度が崩れたのがわかった。ただし、それもほんの一瞬のこと。すぐに再びどこか楽しげで、しかし卑屈さを滲ませながら暁時は華切に語りかける。
 華切は何も返すことなく、静かに刀に視線を落としていた。かつての姿がどうであろうと、所詮落ちぶれた男の戯れ言。幼少の頃から称えられ、持ち上げられてきたが、それと同じくらい数多くの悪意を向けられてきた。他人の言葉に一々揺さぶられるような繊細さは疾うに捨ててしまった。華切は暁時の言葉を聞きながらも、一方では焼け落ちる邸から逃れた輝夜の身を案じていた。

『久方ぶりに興味深い話を致しましょうか、華切様?』

 そう言って語り始めた暁時の話にも、華切は初め意識を向けていなかった。宮中と輝夜の安否に思いを馳せる華切の耳を、暁時の言葉が淡々と通り抜けていく。
 華切が暁時の言葉の意味に気付いたのは、暁時が言葉を切って数秒経ってからだった。黙ったまま、華切は暁時の方を振り向く。

「何が言いたい」

 そう口にしたが、わかっている。この男が何を語ろうとしているのか。
 彼の楽しそうな語り口調。暁時は知っているのか。

「誰が邸に火を放った……? お前は、知っているのか」

>佐野暁時、all

3ヶ月前 No.357

はいせりひと @bloodycat☆T3u8MhS.e3A ★iPhone=vaUwG0CLgh

【光宮哉栄/宮中 中庭】




 少女の言葉がはじめ、理解できなかった。騙していたことに対する罵詈雑言、恨みの眼差しを覚悟していた哉栄にとって夢のような言葉だった。指をかじり、裏切りを告白し、自らの罪を晒した。それでも『きれい』と言い、己に触れるこの手の柔らかさは、すべてを許すかのような優しさで哉栄の心を溶かしていく。美しくなんてないのだと言ってしまいたかったが、口を開けば嗚咽が溢れそうでただ輝夜の言葉に耳を傾けた。
 こんな自分を労る言葉の数々。彼女自身が生きたいと、切に願っていたように己の生までも願ってくれる優しさにはらりとまた一筋哉栄は涙を流す。頬に添えられた手へ幼子のように擦り寄り、彼女の手を撫でた。小さな手、柔らかい手、けれどこの手に救われた。

「――だめですね。私は、きっと、あなたを殺せません」

 既に『過去』となった、あの日。命を賭して守ってくれた兄と同じく、輝夜により心を守られていると気付いてしまえば、兄と彼女を天秤にかけることはできなかった。長年抱いた野望が、心の中で消えていく感覚。町民を、弟子を、貴族の方々を、目の前の少女を裏切り続けて呆気なく許された心地に浸り、罪悪感が募るも、それを言葉にしたとしてまた少女が救いの言葉をくれるのだろうと思えば笑うしかできなかった。

「私は、今を、やり直します」

 その笑みは、今まで見せたことのない晴れやかな、そして温かみのある表情で。

 ありがとうと感謝の意を伝えようとしたそのとき、最愛の弟子の声と、聞きなれた鈴の音が聞こえて勢いよく体を声の方向へ向けた。危ないと、言っただろうか。状況が理解できないが弟子が危険を危険を冒そうとしていることは、付き合いから理解できた。涙で濡れた目で周囲を見渡せば、燃え盛る柱がこちらに向かって倒れてきている。助けようとしているのか――だがあの勢いのままでは夕臙が下敷きになるのでは。それは嫌だ、嫌だ、生きてほしい。彼はきっと、良い医者になる。人に愛され、慕われ、頼られる人間になるだろう。こんなところで命を落としていいはずがない。最悪の事態が頭をよぎっては、引きつった声が漏れた。
 しかし、弟子の手が届く前に彼をとらえる腕があった。逞しい腕の彼に見覚えはなかったが、その後ろに紫の姿が見えて安心する。弟子を助けてくれた彼、そして紫と共にある。ならば信頼して良いのだろう。

 哉栄は頬に触れている手を掴み、もう片方の手で肩を掴んだ。背後から倒れてくる焼けた柱、彼女を抱え横に飛び避けるほどの瞬発力は残念なことに持ち合わせていない。なら、とる行動は一つだ。
 力を振り絞って、目の前の彼女を夕臙の方向へと突き飛ばす。真横に押し出すのは存外力を必要とするようで勢いはさほどなかったが、柱が倒れる範囲からは抜け出ただろう。直後背中に感じた灼熱に、間に合ってよかったと心の底から思う。柱が倒れるままに哉栄の体もまた地面へ伏すが、幸か不幸か柱が一本であること、柱の炎は倒れるに従い火の勢いが衰えくすぶっていることから下敷きとなっても何とか意識を保てた。

 視線を輝夜へと向ければ、哉栄の薄い茶色の目が金色へと変わっていく。その目の色と同じ金の光に輝夜が包まれるこの現象は、哉栄が夕臙を救った能力である。光の粒子は哉栄が噛んだ指に集中し、癒していく。その様子を見ていたが、柱がぶつかった衝撃で頭に傷を負ったのかこめかみから流れる血液が視界を覆った。

「やっ、と、……守れた」

 誰に言うでもなく、言葉を落とす。能力を使用すれば五感が失われるが、今はそのおかげで哉栄は熱も痛さも感じていない。意識が朦朧とする中、幸せそうに笑っては金の目を閉じた。


>>中庭all



【お待たせしてすみません……!! そして輝夜ちゃんに確定ロル多数してしまって申し訳ないです! 一応現段階では哉栄は生きておりますので、如何様にでもしいただければと思います。彼の最大の(?)見せ場楽しかったです……!】

3ヶ月前 No.358

語り(モブ) @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【(モブ盗人)佐野 暁時/左京院邸】

嗚呼、目が合った。
暫く手元の刀に視線を落としていた華切が、ようやく此方を振り返った。裏切り者の最後の悪ふざけすら軽く聞き流そうとしていた冷徹な横顔が微かに揺らぐのが見えて、暁時はにんまりと笑った。
月の姫の事以外には興味がない、いつから御曹司は冷えた現世に固く心を閉ざしてしまったのだろう。自分がまだ左京院家に居た頃には知りえなかった理知的で淡白な表情。しかし大人になった華切が、かの如く成ってしまった事には大して驚きは無かった。貴族の世とは、そういう所だとよく知っていたから。彼が人間不信になっていたり心を閉ざしていたとしてもそれは想像に易い。

「……いえ、大したことではありません。華切様は既に御察しの事と思いましたが」

ーーもう会う事は無いだろう。可哀想なぼっちゃん。
暁時は暗く嗤った。

「貴方の家を焼いたのは、妖でも我ら盗人でもありません。火を付けたのは、今尚左京院家に仕える人間です。他の貴族に買われた今の貴方の部下です。それも、一人ではありません」

邸の壁という壁は焔に包まれ、視界は紅蓮の一色に呑まれ始める。触れずとも伝わる温度が空気を震わせ肌を焼く。直ぐ近くにあった筈の襖絵すら蜃気楼の彼方に見えた。此処に長居は無用と警告を発するように、天井を支える柱が一つまた一つと崩れて落ちる。

妖襲来の混乱に乗じて左京院の邸に火を放ったのは、他でもない、同じ宮中の人間だった。散々敵視してきた妖でもなく、差別してきた庶民罪人でもなく。隣人の危機は、隣人を潰す好機……華やかな都人の世界は、泥水を掛け合う亡者の上に危うげに浮かぶ睡蓮のようなものだったのだ。わかりきった事ではある。妬みあい、嫉みあい、蹴落とし合う。妖に勝とうと罪人を討とうと、人の欲望のある限り争いは絶えることがない。

「貴方がたに味方は無く、業火の果てに希望は無い。因果報応ってやつですよ。都一の権力者たる左京院に関わるものは、不幸なもんだなぁ……」

誰も信じるべきではない。邸の外へ逃げ果せた身内さえも。自ら出口を塞いで絶望し孤独になればいい。自分達がどれほどの数の人間から恨まれ、どれほど身近な人間から出し抜かれているのかを知ればいい。自分達が踏みつけてきた屍の重みに気付けばいい。
この御曹司に怨みはなくとも、それだけ貴族の人間は妬ましくその失墜を愉悦の内に待ち望んだ。

>華切、all

3ヶ月前 No.359

夕臙 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【夕臙/左京院邸・庭】

あつい。
迫る熱風が頬を舐める。肌を焦がすような熱の伝播を受けて、その気配だけで背後に飛ばされる心地がした。
死ぬんだ、と思った。
燃え落ちて倒れ掛かる柱に潰され、灼熱の焔を浴びて。皮膚は張り付き骨は砕かれ、内臓など焼かれながら破裂するに違いない。痛いだろう。一息に死ななければ、圧力に喘ぎ苦しみながら少しずつ燃えて死ななければならないのだろうか。
怖いのか? 莫迦だな。ーー迫り来る死を恐れる心を何処か遠くから見ている己の乾いた笑いに加えて、走馬燈が過る。酷く淋しい気持ちと、清々しい気持ち、そして圧倒的な恐怖が混じって、目を閉じる。

熱い。
しかしその熱さが、離れた。
ふわりと浮き上がる身体。自分のものではないように背後に引き戻される。大きな腕に抱えられ、子供が母に抱き上げられるように。
その感覚を、一瞬死≠ニ誤認した。魂が身体から引き離される錯覚に、胃臓が浮いた。

「えっ……」と目を開けてから声を上げる間の僅か一瞬で、夕臙は自らが死んだわけではないことを、人のものではない巨大な腕に抱き寄せられて無駄死を免れたことを、そしてその腕が追ってきてくれていた思葉のものであることを理解した。

全てが、一秒を十秒に変えたこま送りのように見えた。
燃え盛る柱が、凶事の唸りが、死が、遠ざかる。自分を後ろから抱え掴み寄せた腕は力強い大男のようだったが、それが先程は薬師寺に化けていた思葉という妖女のものだと直感した。
助かった。師の為なら死ねると思っていた夕臙だったが、死に臨み帰って来れば流石に冷や汗に塗れていた。忘れていた呼吸が戻ってきたとき、信じられない光景が目の前に展開されて、呼気は絶叫へと変わる。

柱が、夕臙が止めようとした燃え盛る柱が、障害物が無くなったことで真っ直ぐに哉栄と輝夜に向かって倒れてくる。もう一度飛び出して守りたいのに、背後から回された腕によって動けない。もし仮令動けたとしても間に合うはずも無いし反らせる力も無い。

「せんせぇっ!」
抱えられた胴を乗り出して夕臙は夢中で叫ぶ。全身がカッと熱くなりそれから瞬時に冷たくなる。先生、逃げて……そう言い終わる前に、返答の代わりに寄越されたのは、哉栄の腕から突き飛ばされた少女の身体だった。哉栄は少女を守る為に夕臙と思葉の方へと輝夜を突き飛ばしたのだ。身体の重みを感じない花のような可憐な少女の黒髪と着物が舞う。紅蓮の火事場に不釣り合いに美しく。歪んだ視界を黒髪の沙羅が横切れば、暗転した後の舞台のように其処には最悪の光景が広がっていた。

「せ、んせぇっ! いやだ! せんせぇっ!!!!」

柱が倒れている。さっきまで夕臙と輝夜と哉栄が立っていた場所に。火の勢いは弱まり、燻り煙を上げる柱の下に、良く見知った控えめな色の着物が敷かれている。夕臙が慕う恩師その人らしい奥ゆかしい趣味の質素な着物が。夕臙は思葉の腕を無理矢理振り解いて転ぶように駆け寄る。哉栄の下敷になって倒れている。

「光先生、みつ先生、みつせんせい」

まだ火を孕む焼けた柱を退かそうと構わずに触れて押したり引いたりするがぴくりとも動かない。絶望的な気持ちになって滲む視界で哉栄を揺り起こそうとすると、その額から血が流れて思わず息を飲む。頭部外傷の出血からあらゆる最悪の状況が想起されて夕臙の目から大粒の涙がぼたぼたと落ちた。

「先生、いやだ、死んじゃいやだ、先生……」

哉栄が目を開ける。まだ意識があった事に僅かな希望を見出すも束の間、その黄金に光る瞳の意味を知る夕臙は更に絶望した。
自分も、その灯を奪った罪人の一人だから分かる。その癒しの星の瞬きは、術者の命を削る煌めき。今の哉栄にとってはそれが引導ともなろう。
自分が救おうとしたから。柱に潰されず助かってしまったから。月の姫がそこに居たから。あと少し柱の位置が違ったら、あと少し自分が早かったら、先生が月姫を助けなかったら、あの時自分が身代わりになれていたら……。後悔ばかりが胸に迫り、想いは嗚咽に変わる。

「先生……先生……っ」

幼い頃とうの昔に消えるはずだった命を灯してくれた星の光が、青白い瞼の中に消えた。この生を照らすただ一つの星の導(しるべ)があれば、月も陽も要らないとさえ思うのに。
やっと守れた、って、貴方はいつも守ってくれたのに。
聞いて欲しい事があったのに。貴方に生きて欲しいと、おれじゃなくて過去の貴方にも未来の貴方にも生きて欲しいと伝えたかったのに。その為に人を殺そうとしたことも伝えて、失望されても良いから、元気になって欲しかった。
先生は、おれが医者になるよりも良い医者だ。人に愛され、慕われ、頼られる先生を、おれはどれだけ生きてもきっとずっと越えられない。おれが生きるよりも先生が生きることが、多分医学の未来の為なのに。
泣きじゃくりながら何度も「先生」と呼ぶ声は、力を使った後で感覚を喪ったようになっている哉栄にはきっと届いていない。穏やかで真白な哉栄の笑顔を、直視出来ないまま夕臙は、柱の陰から覗くその華奢な身体に縋り付いて顔を埋めた。

>哉栄、思葉、輝夜、薬師寺、all


【先生ぇ……(;_;)ぶわっ。すみません、とりあえず夕臙に叫ばせたくて、行動を起こす前に。泣き叫んでしかいないです←】

3ヶ月前 No.360

輝夜 @yuunagi48 ★Android=VWGqsUcxdj

【輝夜/宮中 庭】
哉栄の言葉を輝夜は素直に喜ぶことが出来なかった。輝夜の『生きたい』という願いが叶うということは、哉栄の願い、哉栄の兄の死をやり直す事が出来ないということだ。例えそれがこの世界で現実であったとしても、哉栄はその悲しみを抱え生き続けなければならない。それがどれだけの痛みを伴うか知っているからこそ、きっと哉栄がどちらを選んだとしても輝夜は喜ぶことが出来なかった。

困ったように眉を下げた輝夜と、雁字搦めだった自責の念が少し弛んだかの様な温かな笑顔を向けた哉栄の耳にリンッという鈴の音が聞こえた。輝夜は哉栄から音のした方に視線を向ける。その瞬間、目の前の景色が揺らいだ。
今と同じリンッという音と空から降ってきた金と銀の光、そして飛び散った赤。それはあの時の、あの茶屋での光景。ぞくりと一瞬寒気が襲った。

両目に映る光景が現実へと戻った時、輝夜の理解の速度を超えて状況は変わっていった。
まず目に飛び込んで来たのは紅葉の『あか』。次に炎の『あか』。燃えた柱が倒れてきたのだと理解するより早く曼珠沙華の『あか』が加わった。哉栄によって肩を掴まれどんっと体が夕臙達の方へと押された。一歩、二歩と外部からの力により崩れる体勢を整えようと足が自然と先に出る。哉栄から離れる体とは逆に視線は哉栄へと向けられた。炎の『あか』が斜めに落下し、哉栄と共に視界から外れた。
真横からの勢いをなくし自らの足で立った輝夜は視線を地面へと向ける。そこには焼け、燻る柱の下に今まで話していた哉栄が倒れていた。今しがた咲いたばかりの薄紫の星が血の『あか』に染まる。

あか、あか、あか。
どうして視界を染める色はいつも赤なのだろうか。そんな悲しみに浸る間もなく哉栄から発せられた光が輝夜の指に集まる。それは希望の光の色。
その瞳に希望の色を映した輝夜は体を翻し元居た方へと足を進める。哉栄の元へ、輝夜よりも先に駆け寄った夕臙の元へ。燻る柱の熱さに臆する余裕もなく下敷きになった哉栄にすがる夕臙の着物の肩を後ろから掴むとぐいっと自らの方へ引っ張る。腰を落とし、しりもちをつくように体重全てを使い夕臙をこちらに向かせる。乱れる夕臙の懐へはしたなく手を入れれば目当ての物はすぐに指に触れた。

小刀を握り、奪うように取り出した。鞘を抜き捨て、現れた刃を自らの左腕半ば辺りに押し当て、手の甲に向けて強く引いた。
鋭い痛みに表情をしかめ、体を震わせる。この痛みは何度体験したとしても慣れることはないであろう。泣きたくなる程に痛い。けれど、心はそれ以上の焦りと恐怖に染まっていた。
着物が裂かれ、皮膚と肉が断たれる。鮮やかな血の『あか』が着物の袖を濡らす。瞳から溢れる涙は痛みからだろうか。それとも目の前で消えてしまうかもしれない命への恐怖からだろうか。

「食べて!」

そう言葉を発すると同時に座り込んだまま夕臙の口元へと血の溢れる手を押し付ける。そもそも身長が近い為彼の口に手を伸ばすのは小さな輝夜でも難しい事ではない。

「絶対に、助けるから!」

柱の倒れて来た時、哉栄の一番近くに居たのは輝夜だった。そしてこの場で夕臙が輝夜を食べ、今の一瞬をやり直したとしてこの記憶を持つのは輝夜と食べた夕臙の二人。ならば、戻った先で一番早く動かなければならないのは自分である事は理解していた。夕臙が戻る先にもよるだろうが、倒れる直前ならば再び夕臙は思葉に助けられるだろう。
力の弱い輝夜に哉栄がした事と同じように、この柱の倒れる線上から彼を動かす事が出来るだろうか?
それでも、絶対に助ける。助けなければいけないと心が叫んでいた。
>哉栄、夕臙、思葉、薬師寺、周辺ALL

【哉栄せんせぇぇ……(泣)夕臙君確定描写すみません(汗)一応芙愛様にほんのりとご相談させて頂きました。戻るとしましても数レスですので宮中(中庭)の方々以外の方はそのまま続けて頂けたらと思います!】

3ヶ月前 No.361

夕臙 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

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3ヶ月前 No.362

珠芽 @d0ap ★Android=oiMOxDsfGh

【珠芽/城下の外れ・石階段】

 突然の変化に珠芽は戸惑うしか出来なかった。けれど、身体の成長に伴なってか内から溢れだすその妖力は、幼少の時の僅かな力とは違い、身に余る程に格段と強くなっている事には容易に気づけた。ずっと望んでいた強い力。後は、どう、使うか……。

 繁々と変化を遂げた己の身体を見つめながら、身の内に感じる強い妖力に口元がつい緩む。が、目の前の気配からの静かな動作から揺れる空気と響く声に気付くと緩む口元を引き締めて、珠芽は顔を上げた。向けられた爪先は、そのまま近付くと長く伸びた髪を押さえ付ける。そこで漸く、未だに地面に倒れ込み、上半身だけ起こしていた事に気づいた。

「おれだって、何がなんだか……。故郷だって、あの山の向こうの」

 そう戸惑いながらも、指を山へ向けようとしたその刹那。天を引き裂かんばかりに走る稲光に、地を揺るがすほどの雷鳴。立ち上る煙と燃える臭い。そして次々に響き渡る悲鳴は、都の方からだと容易に分かった。更にあちこちから感じられる妖気に何事かと気を張り巡らせる。そんな中頭に浮かんだのは、輝夜と夕臙の姿。彼らは今も都に……。ならば、早く行かなくては。
 彼岸も誰かを思い浮かべたのだろうか。再び珠芽の頭を押さえながら、話す様子に行かなければならない理由が柿間見えた様な気がした。

 話をしている間にそれは不快な肉の焼け焦げた酷い臭いを放ちながら、石段を駆け上がり、あっという間に二人を取り囲んだ。袖で鼻を覆いながら、珠芽は身を構えていると、それは形こそ人間だが、とうに死んでいる筈の屍達。そして先程から感じる妖気に、屍を動かしているのが妖の仕業だということにはすぐ気づいた。

「簡単には行かせてもらえないみたいですね。戦うしか、ない」

 彼岸に向かってそう告げながら身体を起こすと、珠芽は短刀を抜いた。先程教えてもらった戦い方を、こうもすぐ実戦出来るとは。口元に僅かに笑みを浮かべながら、短刀を逆手に構え、もう片方の手は爪を鋭く尖らせる。これで、身体の一部を引き裂くくらいはできる筈だ。

 響く雷鳴を合図に、屍達は其々の武器を持って襲い掛かる。向かって来る屍を見据え、動きを見極めると刃を突き立て、その鋭く尖った爪で身体を引き裂いた。

>彼岸、周辺all

【大変遅くなってしまい申し訳ありません。彼岸さんと共闘できてとても嬉しいです!】

3ヶ月前 No.363

鬼女 @yuunagi48 ★Android=VWGqsUcxdj

【鬼女/郊外、山中隠れ家→城下、路地】


鬼女は走っていた。何処で着替えたのか青地の着物を黒地に桜の花弁が舞う着物に変え、人の足では決して出すことの出来ない速さで山を駆け下り、宮中へと向かっていた。
郊外の山中の家で『夜行の蹄』と呼ばれる鬼と会っていた最中、近くを通る小さい妖達が都の外れのとある屋敷に妖達を集め人間へと復讐を果たそうとしている者達がおり、その決行が今夜なのだと話しているのを耳にしたからであった。妖達を集めている妖が居るという噂は都で情報を集めていた時に耳にしていた。しかし、人間に宮中の事を嗅ぎ回っている者が居るとバレない様にと、遠回しに情報を得ていた為その決行がまさか今夜だとは知らなかった。

「お聴きになられました?どうやら都では貴女様と心同じくする者達が多く居る様でございますね。とても運の良い事に、私彼らの集まる場所を知っていますの。此方へ書いておりますので、宜しければ貴女様もご一緒に如何ですか?その悲しみが僅かかも知れませんが癒えるやもしれません」

夜行の蹄にそう伝え、彼らの集まる屋敷の場所を書いた紙をその場に残し、鬼女は隠れ家を後にした。向かうは都の宮中。勿論吉継の所だ。吉継がその様な妖達に引けを取る等とは思っていない。しかし吉継が何かを守る為に仕方なく宮中で働いているのだと心底から思っている鬼女は、その為に吉継が戦えず怪我を負ったりせぬよう。そしてあわよくば人間達が吉継を繋ぎ止めている首輪を引き千切ってしまえないかと考えていた。

門をくぐり路地を走る。遠くに見えていた宮中が少しずつその姿を大きくしていくにつれ、ぽつりぽつりと妖や屍となった人間の姿を見ることが出来た。操られているのだろうか?既に事切れているであろう人間の肉体が壊れた操り人形のように不恰好に空に吊り上げられている。
滴る血や肉片に自らが汚れないよう多少注意しつつも足を進めれば端からはぼんやりとしているようにも見える視線が一人の姿をしっかりと捉える。突然の事にも関わらずぴたりと足を止められたのは、その速さが彼女の全力疾走でなかった事を意味していた。

「吉継様……」

口元に手を当て涙ぐむその様子は、長年会う事の出来なかった恋人達がこの地獄の様な現状で奇跡的に出会えた様にしか見えないであろう。しかし、その内事実であるのは地獄の様な現状だけなのだが。

「吉継様!吉継様!お探ししておりました。ご無事で……ご無事で良かった。もし貴方様に何かあれば私……私っ……」

たたっと駆け寄った鬼女は吉継の足元に両膝をつき、吉継の帯にそっと手を触れ、吉継を見上げ涙ながらにそう告げた。
>燈頭馬、吉継、咲秋、周辺ALL

【さて、次の鬼女ちゃんで咲秋君に仕掛けようと思います!長文ご準備を/←】

3ヶ月前 No.364

藤堂吉継 @yuunagi48 ★Android=VWGqsUcxdj

【藤堂 吉継/城下、路地】

眼をやられていたわけでは無いようで、肩を掴めば咲秋は眼を開き此方を見ると首を横に振った。咲秋から得た情報に言葉を失う。
華切様の居場所はこれで分かった。そしてこの状況、宮中で起こっているであろう有り様に抜け出す事は容易では無く、更に姫様が居ない事を知っていれば華切様が一人で都から遠くへ逃げる事もまず無いであろう。つまり華切様を探しだす事は今時点ではそう難しくないと言うことだ。
しかし同時に、夜や絲祈に示す覚悟よりも先にしなければならない最悪の事態も知れた。この地獄の様な都で姫様が再び行方不明となっていると言うことだ。夜や絲祈が姫様に手を出す事は無かったとしても、他の妖はどうだ?姫様がその牙や爪にかけられる等と想像ですらしたくない。一瞬、夜や絲祈が姫様を保護していたら……等と考えそうにもなるが、それならば言ってこないわけがない。示す覚悟が咲秋や華切様を斬る事ならば保護していると伝えた方があの二人にとっても良い筈だからだ。『今夜こそ』という咲秋の声が遠くに聞こえた。

真っ直ぐに咲秋が此方を見てきた事で我に返る。更に告げられた言葉は何れも嘘であって欲しいと願わざるを得ない事ばかりであった。しかし、それを告げているのが他でもない咲秋であるということが、現実であり、事実なのだと証明していた。

珍しく、咲秋が更に喋る。次第に言葉に力が入っていくのが分かった。月姫伝説、今や庶民、子供ですら知らぬ者は居ないのではないかと言われるまで知れ渡ってしまった姫様の存在。勿論俺達も知らぬわけがない。しかし、その伝説や奇跡の存在を知っていながらもそうであって欲しくないという願いからか、咲秋が月姫についてこんなにも語ったことは無かった。
俺としては月姫の奇跡を望んだ事が無いわけでは無かった。戻りたい過去が俺にはあった。その奇跡が姫様の死をもって叶うのでなければ求めていたかもしれない。姫様があの姫様でなければ戻りたいと望んでいたかもしれない。
鬼気迫る様子で訴える相棒に首を横に振った。

「今日姫様の身に起こった事、姫様の見ておられる悪夢、咲秋の考える可能性、それは分かった。特に、昼間の事は絶対に、絶対に起こってはならない事だ。だが!」

咲秋の肩を強く掴む。今ここで引き戻さねばと思った。咲秋は冷静であり、不器用で馬鹿な程真面目だ。真っ直ぐ過ぎる程に真っ直ぐな男だ。しかし、それは姫様や華切様の為となれば容易に崩壊する程脆くもある。だからこそ、今、引き戻さねばこの不器用な男は何処へ向かうかわからない。

「俺達のする事は変わらない。姫様の周りにある危険物を全て排除する。そうだろ?それが妖であれ、月姫の奇跡を求める人であれ、俺達が今、すべき事はこの悪鬼羅刹が跳梁する都から姫様を探し出し守りぬく。そうだろ」

示さねばならない覚悟がある事それを忘れてはいない。だが、それは姫様が危険な状態である今優先すべき事ではない。今は一人でも人手が欲しい。
そう思った時だった。突然呼ばれた名に振り向けば、見知らぬ女性が駆けてきた。じゃりと砂の音をたて、足元に座る。腰元に手を添え見上げるその女性を最初は見覚えが無いと思った。しかし、その特徴的ともいえる瞳にふと昔の記憶が思い出された。

まだ都に行くことも決まっていない程幼い頃、泣いていた一人の少女を発見した。傷を負っていた彼女に持っていた布で手当てをした事があった。虹彩が薄い灰色をしている為、遠目では白目との区別がつきにくく怖がられるのだと彼女は言っていた。
たぶんあの時の彼女なのだろう。そうでなければ身に覚えが無い。しかし同時に何故彼女が此処に居て、何故探されていたのか?次々と沸き上がる疑問に咲秋へと視線を投げた。
>咲秋、鬼女、周辺ALL

【薄の当初設定より、輝夜を求めていた(過去形)でお話を進めさせて頂いておりますが、代理にて過去を語らせる事はせず、こういう形にさせていただきました/夕凪】

3ヶ月前 No.365

輝夜 @yuunagi48 ★Android=eE3SybQ6rj

【輝夜/宮中、庭】
夕臙の唇が少し動いた気がした。食べる為ではなく、何かを呟く様に。
そして、両の手で輝夜の既に真っ赤に染まった腕を持ち、同じ赤に染まった唇を開く。痛みに冷や汗が全身から滲み出ていた。それでも輝夜は強く自らの肉を噛む夕臙を真っ直ぐに見詰め、そして、笑った。


景色を捉えたのは夕臙の叫び声がしたからだった。
目の前には温かな笑顔を向ける哉栄の姿。リンッという鈴の音が聞こえた。状況を把握するより早く輝夜は自らの手を優しく撫でる哉栄の手を掴み、お尻と背中から倒れるように後ろへと体重をかけた。
視界が揺らぎ金と銀と赤が更に視界の中で揺らいだ。瞳に映っていた現実と思い出された過去の記憶が共に揺らぎ吐き気を伴う酔いを感じる。
しかし、それも一瞬、どんと背中を地面にぶつけ景色は現実へと戻る。同時に何か重い物の倒れる音と、僅かな呻き声が聞こえた。
嫌な予感に上半身を起こし、音の方を見る。

「紅葉……紅葉っ!紅葉ぃぃ!!」

ばたばたと宮中の姫と名乗るには到底似つかわしくない慌て様で倒れた柱へ駆け寄る。どうして良いかわからずに動かせないのかと柱に手をつき無謀な挑戦を試みた。ジリッとした痛みが手の平に腕に響き、反射的に腕を引きそうになるが、必死に逃げようとする腕をその場に押し付ける。しかし、大半の大人一人ですら全体重を使っても動かせない彼女に重い柱を動かすだけの力はなかった。

輝夜のしがみ付いた場所より少し上から夕臙の力なく、しかし満足げな言葉と笑い声が聞こえた。

「いいえ……いいえ、紅葉。貴方が医者として正しいことをしたとしても……友として貴方は間違えたのよ。助けたのが大切な人なら……紅葉が死んではいけないの!紅葉の死を受け取らなくてはいけないのは、紅葉が守ろと紅葉を大切と思う人達なのよ!」

力なく瞳から大粒の涙を溢しもう聞こえない笑い声に茶屋の時と同じく泣きじゃくることしか出来なかった。柱に焼かれる痛みは既に感じられず、手のひらや哉栄に噛まれた指は火傷により治療とは呼べぬ方法で出血を止められた。
ふらつく足で紅葉へ近付き顔を見た輝夜は思い出した。ここは夕臙によってやり直された世界なのだと。そしてやり直す前の世界でこの柱の下敷きになったのは哉栄だった事を。

哉栄の命を助けたくてやり直した世界で、哉栄の命の代わりとなったのは夕臙であった。友達を助けたかったのに、失ったのは別の友達であった。
前の世界で涙した者が柱の下敷きとなり、前の世界で下敷きとなった者が涙する世界となった。

何が変わったの?
倒れている人が変わった。
何故やり直したの?
変えたかったから。
変えられた?
……ううん、同じだった。
諦める?
………………

輝夜は涙を溢していた目を真っ直ぐ哉栄に向ける。その瞳からはもう涙は溢れておらず、悲しみにもうちひしがれてはいない。一歩、一歩ゆっくりと哉栄に近づき、真正面に立った輝夜は静かに口を開いた。

「桔梗、聞いて。此処は一度やり直された世界。本来この柱の下で倒れているのは桔梗、貴方であったの。けれど私と紅葉はその世界を哀しんでやり直した。その結果、桔梗は守られ代わりに紅葉が下敷きになったわ。桔梗、貴方は今三つの選択が出来る。一つこの柱を退けて頑張って治してみる事、一つこのまま嘆く事、一つ……私を食べて再び時を遡る事」

人差し指から順番に中指、薬指と立ててゆく。その口調は先程までの輝夜とは思えぬ程抑揚のない冷静なものであった。声だけではなく漆黒の瞳は此処ではない何処か遠くを見ているようで、薄紅の頬も汚れや傷さえなければ透き通る様に白い。

「けれど、遡った先で再び選択を誤れば柱に潰されるのはまた別の誰かとなり、別の誰かが悲しみに涙をする。永遠に救いのない輪、繰り返しとなるわ。
その永遠から抜け出す為には何処かで誰かがその悲しみを受け止めなければならないのよ。例え今貴方の胸が張り裂けそうに痛みを訴えていても、貴方がやり直す事はその痛みを、ただ他の人に押し付けるだけになるかもしれないわ」

輝夜は一拍だけ間を置き再び口を開く。

「けれど、それでも紅葉の死をやり直したいのなら、桔梗、貴方は絶対に生きなければならない。やり直した世界で、この死の根元を全員が避けなければそれはまた同じ悲しみ、同じ結末を辿るわ。やり直すなら生きて。貴方も、紅葉も、私も、……。貴方の今感じる痛みを大切な人に押し付けては駄目」

……。と輝夜の言葉には間が空いた。しかし、その間に不自然は無く喋り続けていた様に輝夜は続きを話し始めた。そこに『内緒』であった「曼珠沙華」の名がある事が、彼女が過去をやり直した証でもあるのだろう。
駄目と最後の言葉を口にした直後、輝夜の表情が突然崩れた。憑き物でも落ちたかの様に瞳には光が戻り、止めどない涙が溢れては零れた。頬は泣きじゃくっている為か薄紅を通り越し赤く、乾いた唇から発せられる声は震えていた。

「だから!お願い……紅葉を助けて!!紅葉は、花菖蒲を助けてくれたの!紅葉は桔梗が死んでしまうかもって泣いて……泣い、て、やり直して、私達を助けて、くれたの……私は!紅葉を助けたい!桔梗に、死んで欲しくないの!お願い!紅葉を助けてぇ!!」

膝から力が抜け、その場にずしゃりと座り込んだ。震える手を哉栄へと伸ばす。それは火傷により強制的に出血の止められた哉栄の噛んだ指。出血は止まっているが、怪我が治ったわけではなく痛々しく肉が見えるその指を哉栄に差し出し、涙で歪む瞳で見詰めた。
>哉栄、夕臙、思葉、薬師寺、周辺ALL

【状況が旨すぎる!!夕臙くぅぅぅうん(号泣)えっと輝夜を食べるも、哉栄先生や思葉さんの力を合わせて助けるもお任せします!その場合、輝夜のなっがい台詞は途中で切って行動しちゃってください!そしてここ数レスの確定ロルすみません!/でも背後は大満足であります♪】

3ヶ月前 No.366

佐竹咲秋 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【佐竹咲秋/城下・路地】

親友は、自分を信じてくれた。
焦りと不安の余りに我を忘れてしまいそうな咲秋の言葉にさえ、吉継は真剣に耳を傾けてくれた。輝夜を守る、その為に十年以上結託し続けていた絆だ。お互いの只ならぬ状況になれば互いに察知し支え合い、何方かが道を違えればもう一人はそれに気付き正してくれる、そんな仲だと、少なくとも咲秋はそう思っていた。危機を伝えることに夢中になり焦っていた咲秋は、吉継が考えていた別の事になど気付く筈もなかった。

「吉継……」

俺は、この親友に叱咤して欲しかったのかもしれない。肩を揺すられ、強い指先の力を衣越しに肌に感じながら咲秋は思い、久しぶりに親に叱られた時のような、安堵に似た感覚が湧き上がり自分が徐々に冷静になってゆくのを感じた。友に、月明かり無き夜の指針を示して欲しかったのかもしれない。

「お前の言う通りだ、吉継。感謝する。……姫様を探し出し、姫様の安全を脅かすものは全て斬る……月に掛かる叢雲は、全て」

何処かまだ追い詰めた表情もあるが、それを含めていつもの咲秋であったかもしれない。引き摺り込まれかけていた悪夢から目を覚まさせてくれた吉継に感謝をすると、僅かに恥ずかしそうに眉尻を下げた。昔から、吉継にはそういうところは敵わないと思っていた。

「……早く姫様を探しに行かねば」

そう言いかけた時、向こうから突然少女が近づいてきて、吉継の名前を呼ぶ。青緑の髪が軽やかな足取りと共に躍る。この地獄絵図と化した都で、普通の人間の少女が物怖じした様子もなく、逃げ惑う様子でもなく健康的に走っているというのは、不自然だ。此方に知り合いでも見つけたかのように立ち止まる彼女の目を見て、違和感は確信へと変わる。あれはきっと人型をした妖の女だ、と。しかし解せないのは妖が吉継の事を「吉継様」と呼び駆け寄ってきた事。そして驚いたのは、膝をつき恋人との再会かのように涙を流す妖を見た吉継の表情だった。

ーー(吉継は、この妖を知っている……?)

何故、一体どういう関係だというのか。吉継が地方豪族の生まれであったが、和歌や政治の貴族的な分野では落ちこぼれ居心地が悪く、左京院家から声がかかった時には喜んで飛び出すように家を出た、というような出自は昔話してくれた。本人は少し自虐的に言っていたが、それは或る意味、当時宮中で評判が悪かった彼の左右違う瞳の色が、妖に関するものではなく彼が列記とした人の子だという証明でもあったのだ。子供の頃吉継の目を見て妖の血では無いかと謗った貴族達を、そう言って退け、彼は包帯で目を隠すようになった。成長するにつれそんな些細な違いは問題にならないほど武芸に人望に容姿に秀でてきた吉継は宮中でも後ろ指をさされるようなことは無くなったが、其れでも彼が忘れる筈はないだろう。その吉継が何故、妖の少女などと面識を……? 咲秋は疑問に思わずにはいられなかった。人間であると言っていた彼は何故、妖に焼き滅ぼされた都を闊歩する妖女から、泣き付かれるまでに愛されているのだろう。

「吉継、……知り合いか?」

自分は、親友を疑うわけではない。
疑うわけではないのだが。
親友が自分を信じたように、自分は親友を信じられるだろうか。

>吉継、鬼女、all


【遅くなりました! 鬼女ちゃんの術待ちでとりあえず声だけかけるレスにしようとしたら吉継君本家のプロフ紹介みたいになってしまった(^_^;) 鬼女ちゃん、よろしくお願いします!】

2ヶ月前 No.367

東雲 彼岸 @caim ★Vxqs1Pnm4y_mgE


【東雲 彼岸/城下の外れ・石階段】

 焼け焦げた肉の臭いに、懐かしい光景を思い出していた。ただ、その記憶の中にあった死体の数々は、目の前のこいつらのように動いてはいなかったのだが。
 この妖術が人間のもたらしたものではないことは明確だった。迷う必要などない。大元を葬ったところでこの者たちは、もう手遅れだ。おれの隣で狐が袖で鼻を覆う。狐の告げた通り、不本意だが此方を片付けねば此処を離れることはできないらしい。狐一人を此処へ残す選択を考えようとも石段一杯に広がるその屍の群れに、仕方なく抜刀をした。

 雷鳴が、合図であった。

 狐に背を向け、屍の持つ農具のような刃を半身で避ける。動きを見たところ、人間以上の身体能力は持ち得ていないらしい。かた、とよろめいた屍の首を真一文字に薙ぎ払った。残った胴体は、そのまま動きを止める。二度生を受けたところで、その身体は不死身ではないらしい。ふと、狐を視線で追う。
 ――その横顔に浮かんだ笑みに、僅かに皮膚が粟立った。
 先程までのあの弱弱しくも意志の強い鬼気迫る表情を思い出しながら、狐の振るう爪の先を追う。今溢れ出さんとしているこの強力な狐の妖気は、代償のようなものであると受け取ることにした。この爪が向かう先は、いずれ何処へ定まるっていくのか。

「大勢を相手する時は、刀身を立てて指針の一つとしろ。相手の攻撃を寸前まで引き寄せ、その攻距離と方向を見極めた後に反撃に入れ」

 ――即ち、矢切。
 本来は、己に向かう矢を打ち落とすための技であるが、間合いを学ぶには十分な機会だろう。対峙する相手へ踏み込まねば、有効な一太刀は届くまい。相手の攻撃を受けるということは、括目して目先に迫るまで待つ必要がある。むしろ、精神を鍛える待ちの技とした方と例える方が近い。
 そうして、口を閉じた。これであの時の子狐との約束は果たした。もう教えられることは何もない。

 振り向きざまに、呻く屍へ逆袈裟を放つ。続けて、咄嗟に腰を低めながら切っ先を返すように、目の前に集う八つの足を後方に下がりながら上下で切り離した。分断された上半身が、両手を地に付けながら喚いている。その姿を見下しながら、目の前の頭部を上から足で押さえつけた。

「人間にも戻れず怪に命を弄ばれた半端者が……おれに盾突こうとでもいうのか」

 かしゃかしゃと骨を鳴らす群れに、爪先を進めていた。受け太刀など、していられなかった。怪の手を借りた人間を斬る。その事実に己の皮下の血が沸いているようだった。堕ちられる。何処までも。
 屍の獲物に刀身を絡め、攻撃を誘導する。屍となってまでも慌てる様子を垣間見る瞬間に、口角を吊り上げていた。恐れを知らぬ兵とは、皮肉だ。勝機の有無に構うことなく屍が放った槍や鎌が、おれのすぐ横をすり抜けていく。即座に、目の前の屍の喉仏へと切っ先を滑り込ませた。そうして、柄を捻るように回す。刀身を引き抜いた途端に崩れ落ちるその身体の向こうに、小さな影が佇んでいた。背丈は、年端もいかぬ童ほどであった。その童の首へ、ぴたりと刃を寄せる。先の屍に寄り添っていた童が、此方に視線を向けた。落ち窪んだ眼窩からは、表情は窺えない。再度、刀を構えて、その細い首を刎ねた。

「おいたましや」

 死は、無力だ。弱いことよりも、遥かに無力なのだ。他へ奇跡を託すことしか、望みはないのだから。


>珠芽、周辺ALL

2ヶ月前 No.368

華切 @poko10 ★Android=MNgMSKnMpI

【左京院華切/左京院邸】

 邸に火を放ったのは左京院家に使える使用人だと暁時は言う。それも、一人ではなく複数の。
 暁時の眼差しを見れば、それが自分を揺さぶるための嘘などではなく、真実なのだろうと窺えた。

「そうか」

 暁時から視線を外し、静かに目を伏せる。虚しかった。身内に裏切り者を抱えていたという事実。そして、それを聞いて心の何処かで「やはりか」とすら思ってしまう自分。衝撃など受けていない。疑念を持ちながら使用人たちと関わってきたわけではないが、その事実をすんなりと受け入れられてしまう自分が虚しかった。
 暁時の悪意のある言葉も、心に直に刺さることはなく通りすぎていく。結局、自分は使用人と心を通わせようとしたことなどなかった。信用もしていなかった。父親もそうだったのかまでは定かでないが、それを見透かされていたのかもしれない。

「……気は済んだか」

 淡々と、自分の精神を揺さぶり続ける暁時に向かって冷たくこぼす。尤も、彼が期待していた反応ではなかったかもしれないが。
 梁が焼け落ちるたび、飛び散る火の粉が着物を焦がす。もう、この場所も限界かもしれない。

>暁時、all

2ヶ月前 No.369

輝夜 @yuunagi48 ★Android=eE3SybQ6rj

【鬼女/城下、路地】


吉継の瞳が、あの美しい眼差しが自分に向いたことで恍惚な表情を浮かべる。ずっと探していたのだ。長い間、この瞬間を待ち望んで来た。彼と、吉継と再会し、吉継をこの都という牢獄から解放する瞬間を。彼を自由にし、共に手をとり新たな未来へと歩み出す最初の一歩を。
しかし、それも束の間。ようやくその時が訪れたというのに、最初の壁が立ちはだかった。鬼女はゆっくりと視線を咲秋へと向ける。その表情には吉継を都へ閉じ込める人間に対する怒りと親しげに「吉継」と呼ぶ咲秋へと嫉妬が混じり合う。

吉継の視線が鬼女から咲秋へと向く。それすらも憎らしい。『子供の頃手当てした少女に……』と言う吉継の言葉も右から左へと流れ、ゆっくりと立ち上がった鬼女は咲秋を睨み付けた。

「人間、お前が吉継様につけこんだのですね?吉継様の大切なものを奪い自らの傀儡とする……卑劣な人間がしそうな手口ですこと」

咲秋の正面に立つ。咲秋が剣を振れば確実に当たる距離であるのに鬼女に恐れる様子は無く、また鬼女自身も直接的な攻撃を仕掛ける様子もない。両腕はだらんと重力に従い下げたまま、立ち姿も両足に均等に体重をかけている。

「ふふっ、卑しき人間、貴方の心の闇を私に見せてくださいませ」

しかし、表情から伺える怒りや放つ殺気とは裏腹に楽しそうに鬼女が笑った次の瞬間、彼女の瞳が黒に染まった。白い紙に墨を一滴垂らしたかのように中央にぽつりと色付いた黒は一瞬で薄灰色の虹彩をその色に染めた。鬼女の使える能力『無幻世界』が咲秋へと向けられる。
>咲秋、吉継、周辺ALL

【咲秋君酷い言い様でごめんなさい(汗/謝)】

2ヶ月前 No.370

はいせりひと @bloodycat☆T3u8MhS.e3A ★iPhone=vaUwG0CLgh

【光宮哉栄/中庭】





 燻る炎に身を委ね、このまま熱に溶かされて、ただただ醜い心根までも灰にしてくれたなら。未練もなく、悲しみもなく、消えていけるだろう。
 微かに耳に届くのは柱が弾ける音ばかり、哉栄は周囲が無音に近づくのを感じながら意識を落とした。



 ――――意識を取り戻したのは、最愛の弟子の叫びだった。ちかりとわずかな違和感を感じながらも輝夜に手を添えた頬から伝わる柔らかさや温かさが、状況を思い出させた。どこか寝て起きたばかりのような、頭に霞がかかった感覚がするのはなぜだろうか。こんなにも晴れた気分で、やり直そうと思ったばかりなのに。

 いや、違う。夕臙の声が、先程聞こえたのに。たった今の出来事をどうして昔のことのように思い出す必要があるのだろう。違和感は違和感を呼び、混乱する頭でふらりと足元が地から浮いているような不安定さの中で輝夜に手を引かれ、その力に逆らうことなく哉栄は倒れ込んだ。

 次いで聞こえた輝夜の声、そして彼女の視線の先へと目を向ければ弟子が柱に潰されている。

 柱に、潰されて――

「ゆう、べに……?」

 吐き出した声はか細く、呆然としていた。目の前の光景が到底理解できない。必死で柱を動かそうとする彼女の傍らに座り、目を大きく見開かせては現状を理解しようとするのがやっとだった。大切な人、それは私だろうか。それとも月の姫だろうか。いや、そんなことはどうでも良い。大切な人のために他人を殺めようとした己に比べ、彼は大切な人のために自身を犠牲にしたのだ。医者に大切な献身の心と優しさを持っている、大切な弟子。

 その手が力なく地面に転がるのを目にすると、涙を零した。
 そしてこちらに近付く輝夜の、号哭にも似た言葉に耳を傾ける。『やり直された世界』『自身が下敷きだった』それを聞いて、哉栄は疑うことは無い。月の姫の伝説を知っていたこともあり、そして何より信じ難い力なら自分だって持っている。夕臙は、自分を助けようとしてやり直したのか。そう思うと更に涙が溢れた。心優しいあの子が死ぬなんて、あってはならないのに。良い医者になる、僕よりも慕われる医者になる。そんな優しい子だからこそ、僕を庇ったのだろう。
 やり直した世界で僕が夕臙を庇えば、またあの子が僕を庇う。その度に傷付くのは恐らく、この少女だろう。こうして考えている間にも最愛の弟子の体が焼けているかと思うと身が引き裂かれそうな苦しみに襲われる。自分以上になきじゃくる少女のために、何より愛しい子のために、哉栄がとる行動はひとつだった。

「――いたい思いをさせてしまって、ごめんなさい」

 心にも、からだにも。悲痛な表情で、哉栄は輝夜の指を噛み千切り、嚥下した。戻るのはかつて望んだ、兄の元へではない。
 ――夕臙が遡った少し後、彼が叫ぶ少し前。




 手に感じる柔らかさや温かさを感じるのは、何度目になるのだろう。ふと視線を周囲に見渡せば遠くに三人の影が見えた。戻った、戻ってこれた。夕臙が何かに気づいたようにこちらへ走ってくる。あんな勢いで走っては、転んでしまいそうだ。
 哉栄は輝夜の頬から手を離し、肩を掴んで夕臙たちがいる方向へと飛び退けた。助かる、助かるはずだ。早くに行動したのだから。それでも体力や筋力に自信のない哉栄は不安だった。肩を掴んだ輝夜が万が一にも傷つかないように飛び退いた瞬間腕に抱いた。たくさん傷付き、自分の勝手で傷つけてしまった少女を守りたかった。
 柱が倒れる轟音は、哉栄たちの足元で響いた。崩れ落ちた衝撃で飛び知った木片や火の粉が哉栄の足を少し焼いたが、大したことではない。何より、腕の中の少女も己も心臓がちゃんと動き、生命の危機を脱しているのだから。

 荒い呼吸を繰り返しながら、そっと腕の中から少女を解放し、勢いよく向かってくる弟子の方向に体を向けた。飛び込む勢いの彼がこの倒れた柱へ突っ込まないように腕を広げて彼の身体を抱き留めた。既に満身創痍な哉栄は勢いに負けて背中から倒れ込む。それでも上に感じる重みを離すことはなかった。その重みが、何よりも嬉しかった。

 夕臙が己を庇って柱の下敷きになったとき、兄が死んだ記憶がフラッシュバックしていたのだ。自分を庇って逝ってしまった兄のように、弟子までもが自分を置いて逝くのかと思うと怖くて、怖くて、何より悲しくて寂しくてたまらなかった。じわりと滲む涙を拭うこともなく、弱々しい力ではあるがしっかりと抱きしめ、存在を確かめる。

「……ごめんなさい。お前まで、置いていかないでください」

 生きてほしい。生きてほしい。守りたい、助けたい。医者としてその信念を胸に長年過ごしてきた。その気持ちは偽りじゃない。

「きずつけて、ごめんなさい。僕のわがままで……お前も、姫も、きずつけて……」

 失いたくない、大切にしたい。兄のように自分を犠牲にして助かるのならそれでいいと思うのに、それを弟子が許さない。――ならもう、罪や、苦しみや、後悔や、兄の命を、腕の中の温もりを背負って、生きていくしかない。
 生きたいと、思った。

>>中庭all




【私の勘違いだったりすれ違いがあったらごめんなさい……!! 哉栄も遡りました! 夕臙くんが遡ったあと、叫ぶ少し前です。がっつり確定ロルすみません……! もし何かあれば遠慮なく仰ってくださって構いませんし、確定ロルも遮ってください! とても楽しい展開です! 胸熱! なんか色々すみません!】

2ヶ月前 No.371

佐竹咲秋 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【佐竹咲秋/路地】

この女はおかしい。吉継に見惚れたようにうっとりとした表情を浮かべる鬼女を見て、本能的な危機感を覚えた。その端正な容姿と明朗快活な性格から宮中では吉継に想いを懸ける女中や娘御などは少なくは無かった。恋の悩みの相談に乗れだの恋文を代わりに渡してくれだの、宮仕えする華やいだ女子達に色男な相棒の所為で引っ張り回された咲秋には良く分かる。尤も、そんな色恋話も相談窓口である咲秋の朴念仁ぶりに女子達が興ざめし、近頃は漸く蚊帳の外となったわけだが。
しかしこの女の妄執にも似た夢見る横顔は、そんな咲秋から見ても異常だ。妖の恋というのはかくも重いものなのか。吉継が危ない、と直感した。

「吉継、お前、姫様を守る身でありながら妖に情けをかけたのか」

昔助けた、と答える友人に、咲秋は厳しい口調で問うた。姫様を、否、彼女だけでなく宮中を脅かす妖は一人たりとも朱雀の門を通さず、指一本でも触れようものなら切り捨てよと教えられ、それを守ってきた。仮令先日の狐の子のような者であっても輝夜か華切の言葉がなければ情けを懸ける事は許されず、心を鬼にしてきた。それなのにもしも、合わせの貝のように二人で一つだった友人が妖の女と通じ合っていたのだとしたら。想像するだけで震撼した。昔と云うのはもっとずっと前だと言って欲しかった。だがそんなに昔なのなら、この女のこの恋人のような態度は一体何だ。

「貴様のほうこそ、吉継に何をした。吉継もこの咲秋も、左京院の物であり姫様の物だ。妖め、誑かそうとてそうは行かん。俺達は姫様を裏切らぬ! 立ち去れ!」

立ち上がりながら此方を睨み付けてくる鬼女を、咲秋も睨み返した。触れれば切れそうな眼差しは、鬼女の嫉妬に燃える眼光とぶつかり合い、乾いた火花を散らす。唸るように声を低め、退魔の宝刀の柄へと指を這わす。重心を落とし柄を握り込む間際に、「友人の助けた女」という文言が、羽ばたく胡蝶のように脳裏を過る。抜刀の間際のその迷いが、命取りだった。

彼女の放つ視線が空気を震わせて、さながら時を氷漬けに止めたようだった。墨絵に描いた雪景色のような薄灰色の虹彩の中に、黒い点がぽつりと浮かび上がると、ぶわりと滲むようにその瞳を染めた。釘付けになった咲秋の視線を射抜くように漆黒は伝搬して、瞳孔から網膜を侵し、視神経を喰いながら脳を染め上げる。あれは墨染の風の色だ。長月の風の色。びくりと痙攣したように一度身体を震わせ、咲秋は磔に遭ったかの如く一切動かなくなった。開かれた瞳の奥は伽藍堂で、そこから鬼女の呪詛が、そして遠い過去の記憶が体内へと流れ込んでくる。

---

咲秋の意識は記憶の底へと沈み、幻覚に映し出された焼け野が原を漂っていた。

ながつきの風。
焼けた原に、あの日母と見た藤袴の花織物はもう無い。
ただ、あの夜と同じ月だけが、儚い記憶を照らし続けている。
墨染の風の中、雲居の切れ間から、ちぎれちぎれに。

咲秋は、幼き頃より仕え続けた主人の前に立ち尽くしていた。
雲が切れると黄金色の巨大な満月が、その全貌を現す。
輝夜の後ろ姿が、月の前でこの世のものとは思えない影絵を織り成し、咲秋は目を見開く。
闇夜の中に、浮かび上がる白の薄衣。紗を透かして尚も淡く光を放つ、しなやかな痩躯に真珠の肌。夢幻に見るような仄明き煌めきを纏う少女。
射干玉の黒髪を甘き風に放つ後ろ姿が、月の出た途端に遠のいていくように感じて。
忘れていた、虚構のような現実を、思い出す。
目を背けてきた、初めから目の前にあった御伽噺が、突き付けられる。

見てはいけない。駄目だ、振り向かないでくれ……
咄嗟にそう思うのに、咲秋はまた、磔られたかの如く身じろぎひとつできない。
月を見つめると狂気に憑かれる、とは、誰が言い出したのだろう。
黄金月華の煌きの中で、咲秋の願いとは裏腹に輝夜がゆっくりと振り返る。

そうであった。わかっていたのに。彼女は異郷のーーーー
決して届かぬ、月だ。彼女は。
どれほど焦がれようとどれほど手を伸ばそうと、
月無き夜の闇だろうと、月下に綻ぶ花だろうと、触れられない事には変わりない。

咲秋が誰よりもよく知っていた少女が、急に遠い人へと変わろうとしている。

ーー「逃げられないって……如何して。 何故、何故そのようなことを! これ以上、誰が…………」

夢幻の中で咲秋は必死に叫んでいた。
これ以上誰が、 ……これ以上、誰が私から貴女を奪うのですか、と。それではまるで、輝夜を自分の所有物とでも思っているようだった。これ以上、と、いうことは、今までにも、自分は誰かに輝夜を奪われた気でいたのかと。それに、それこそ月に魅せられた他の都人達と同じように。

なんて生々しい夢だ。否、夢ではないことを、咲秋は知っている。
目の前の映像は、嘗て本当に此の目が見たものだ。聞こえる声は、本当に聞いたもの。これら全ては、咲秋が既に経験してきたもの。何故なら、続く輝夜の次の句を、思い出して耳を塞ぎたくなったのだから。

ーー「私……女郎花が好きだったのね。けれど、私が好きになる人は私を置いていってしまうの。だから……」

私では、駄目だったのだ。
閉ざされていた記憶の扉が開かれる。やめろ、と自分を制したいのに、既に書いてしまった消せない筋書きのように物語は展開する。

ーー「やはり私には貴女は理解できない。遠すぎるのです。触れることができないのです。月の姫。……申し訳ありません。此処に居るのが、私が、女郎花≠ナはなくて。……華切様ではなく私が貴女の身代わりになっていれば、貴女を本当に愛していた彼であれば、」

劔星を映す鏡の刃、破軍の星を宿す切っ先が、つ、と下りてきて、輝夜へと向けられる。追い詰められ絶望した者の冷徹な眼差しが、水面のように静かに、輝夜を見据えた。

ーー「こんな真似は、しなかったのでしょうね」

咲秋の心に罅が入り、崩壊する硝子細工のように砕け散る。

「あ……ああああああああ!!!!」

現世で動かなくなった空の咲秋は、突然絶叫した。見開かれたままの虚ろな瞳から涙を流し、月に吠えるように絶叫した。

如何して、一体如何して忘れていたのか。己の業罪を。

「や、めろ……もうやめろ!!」

息を乱し汗と涙に塗れて、懺悔にも似た言葉を吐いても、めくるめく記憶の夢幻は止まることがない。

巨大な望月の映写幕、黄金の光の中で展開されるは幻想影芝居。二人の影は重なり一つとなって、その背を貫いた一振りの影が、舞い散る血飛沫を伴いゆっくりと伸びた。
記憶の中の輝夜は戦慄く咲秋を抱きしめるように、刃を胸郭に深く飲み込みながら身を寄せてくる。

鮮やかに、生々しく、蘇る。

首に回される両腕の温度を、抱き締めるその胸の温度を、互いの腹を真っ赤に染めて広がる血液の温度を、耳にかかる絶えかけた吐息の温度も。

此の腕の中で息絶える最愛の少女が、あの言葉を囁く。
「私を食べてください」と。そう確かに。

---

輝夜を月の姫に仕立て、殺して食べたのは他でもない、自分自身だった。自分が斬り捨ててやろうと息巻いていた誰でもなく、最愛の人を殺して食した佐竹咲秋が、狂気の果てにやり直したのが此の世界だった。

「姫様を殺したのは」

そう力無く呟いたきり、咲秋は糸の切れた傀儡のようにどさりと両膝をつき、術から覚めると同時に倒れ伏した。


>吉継、鬼女、all

【皆様へ、咲秋が見た記憶の詳細は、此方の番外小説です。( http://sns.mb2.jp/fue/d-193)
ダイジェスト版がこのレスと >>0 の後半なので、番外小説は時間が沢山ある方だけお読みくださいませ(^ ^)】

2ヶ月前 No.372

語り(モブ) @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【(モブ妖)屍達+火車/城下・石階段】


珠芽の手にした短刀は、一つの屍の腹に刺さると、そのまま一文字に皮膚と筋と腹膜とを切り裂いた。溢れ出るのはとうに生命活動を終えた冷めた臓物。振るう反対の腕は鋭い爪で胴を裂き、その勢いで走る屍は薙ぎ倒された。内容物と固まりかけた血潮を撒き散らしながら、動く屍達は武器をとる間もなく躍るように跳ねて転がり呆気なく斃れ伏す。生命力と妖気に溢れる若き大妖狐の前に怯む屍も、其処までの知性が無いのか我武者羅に向かってくる屍も、次々にその皮を破られ身体を貫かれて土人形のように泥に還る。
彼岸の足元に、屍の屍(かばねのしかばね)が折り重なって行く。前に続いて武器を無計画に振り回す事しか知らない空虚な傀儡は、自ら彼岸の刃に吸い込まれるように向かっては斬られ、抉られては仲間の上に斃れた。

嘗ては幸せに生きていた人間であったのかもしれない。或いは貧困の中を必死に生き抜いてきた人間であったのかもしれない。死はそれらの物語を同じ芥に踏み躙り、それから血の海で等しく踏み均した。
胴からはずれた頭、武器のほうについていった腕、血染めの顔は空の眼窩で思い思いの星を仰ぎ、下半身と分断された上半身は他の動く屍に踏み付けられた。
それでも屍達は向かってきた。爛れた皮膚をぶら下げ、的外れな武器を手にして、滑稽なまでに愚かしく向かってきた。斬られても血飛沫すら上がらない、とうに冷たくなった身体で。とめどなく、されど確実にその数を減らしながら。弔いの火も無い物騒で哀れな葬列が、土気色の顔で押し寄せる。

四方八方から襲い掛かってくる屍達は、彼岸と珠芽を囲繞する輪は、狭小化してはまた開き、花弁のように舞い散っては蟻のように集まる。肉を切り骨を断つ音が、淡々と続いた。骸を並べた舞台の上で陽炎のように佇む二つの影が、鮮やかに躍動する。数多の死の影が二人に襲い掛かろうとする度に蹴散らされて、再び物言わぬ姿となって宙を舞う。

一体、其々が何体目の骸を斬った時だろうか、すっかり疎らになった死者の波の向こうから、鮮やかな青色の火の玉が近づいて来る。積もる亡骸を徐々に染め上げて、火の玉はその実態を露わにする。
「山ノ妖、強イナ」
「人間ハ、弱イナ」
二人の前に現れたのは、青く燃える人力車を引いた猫の様な姿をした妖ーー即ち、火車である。四体の火車は、自分達が戯れに送り込んだ屍達の様子を見物しに来たようだった。

「人間ガ負ケタナ」
「人間ハ相撲ニモ負タナ」
「何ヲヤッテモ駄目ナ人間」
「マダマダ、人間、イケイケ、人間、コレデドウダ」

哀れで滑稽な玩具が壊されているのを嗤いながら、火車は好き勝手に喋っている。興味も尽きて帰るのかと思いきや、その内の一体がテンテンと太鼓を鳴らし始めた。小太鼓の音に呼応するように、木っ端微塵に壊された屍の部品が宙に浮き寄せ集められ固められて、闇夜には巨大な髑髏が浮かび上がった。がしゃ髑髏ーー埋葬されなかった死者達の骸と無念の集合体。

「「「オオッ イイゾイイゾ! コレデドウダ!」」」

屍体の恐るべき再利用に他の火車達がどっと湧き、歓声を上げながら太鼓を打ち鳴らす。眼窩に同じ青の火の玉が灯り、がしゃ髑髏が動き出す。一つになった巨体を擡げ、白骨と変わり果てた両拳を珠芽と彼岸の其々を目掛けて振り下ろした。

>珠芽、彼岸、all


【お二人の殺陣が至福……。火車会ってみたい!というリクエスト(えっそんなものなかった?)にお応えして、火車と合体ロボ・がしゃ髑髏を登場させてみました。登場させてみたけど、そろそろ他所との合流などもありましょう、どうぞサクサクッと倒してしまってくださいませ! 木っ端微塵の滅多斬りにするも良し、おめめを狙ってグサリでも良し、操り主である火車達を倒すでもよし、お任せしまーす。そしてあわよくば次レス辺りで撤退しますねー】

2ヶ月前 No.373

語り(モブ) @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【(モブ盗人)佐野暁時/左京院邸内部→退却】


「ああ。それだけだ。……驚いては、無さそうだな」

目を伏せる華切を前にして、裏切者は鼻を鳴らした。初めから部下たちの事など信用して居なかったという事か、という意味を息継ぎの間に込めて暁時は侮蔑するように笑う。栄華の坂を転落した左京院の御曹司の横顔には、驚きや怒りや哀しみすらも寄り付かぬような底知れぬ虚無が寄り添っているように見えた。

「ぼっちゃん、精々地獄で会いましょう。この盗人にも今や守るものがありましてね……そうそうあの日左京院様に背いてまで選んだ、家庭、というやつです。賎民にも金は要りますし此処で死ぬわけにもいきません。……くくく、お互い様ってものでしょう」

思っていたほど華切が動揺しなかったのを見ると、興が冷めたように暁時は攻撃的な物言いを解いた。可哀想な人だ、という憐憫と軽蔑の入り混じった気持ちで皮肉な笑みを浮かべる。

別れの辞を述べると、暁時は盗んだ左京院の財宝を腕に抱えたまま、華切の元を立ち去ろうとする。二人の周囲は会話の間に四方に火が回り、紅く染まった壁に取り囲まれたこの空間に、脱出口など無いように見えた。しかし逃げ場など無いかに見えても盗人は慌てた様子も見せなかった。
彼が立ち去るべき瞬間を狙ったかのように、天井に人一人が通れるくらいの穴が空いたのである。
「あんた! 遅いじゃないか! 早く来な!」
顔を覗かせたのは勇ましく天井を破り抜いた暁時の妻である。
「昼顔。おまえこそ! 待ちくたびれて灰になるかと思ったぜ」
暁時は煤けた顔でにやりと笑って天井の穴から覗く伴侶の名を「昼顔」と呼んだ。

人の世が転覆されようとする今、貴賎の区別など越えて危機に瀕した今、より生き残る勝率を高めるのは、生きたいと願う気持ちがより強いほうであると暁時は信じていた。この身の生きる意味である「大切なもの」を自分は信じられる。それは目の前に佇んでいる、その身を取り囲むあらゆるものを信じられない貴人に勝る強みではないかと、思っていた。勿論、華切の輝夜への想いなど知る由もなく。

暁時は焼けた畳を踏みしめてから助走をつけ、あらん限りの力で跳び上がる。ぎりぎりまで伸ばしたその腕を、天井裏から伸ばした妻の掌が掴む。武官とその細君であった二人の運命は一度は狂わされ火事場泥棒の夫婦に成り果てはしたが、見事なまでの阿吽の呼吸で天井に穿たれた穴に吸い込まれるようにして華切の前から姿を消しこの危機を脱した。彼等には彼等なりの守るべき者と生きる術があるというだけのこと。二人の泥棒は天井裏から屋根の上へと抜けて、中庭へと柱が倒れていくのを気にすることもなく、再び混沌の夜の中へと溶けていった。
残された伊織の居室には、派手な退却の所為で加わった振動により、天井の木材までが落ちてきた。女泥棒・昼顔が夫の為に開けた脱出孔から、荘厳重厚に見えた天井は綻び、煌びやかな絵画装飾も呆気なく崩壊し、ばらばらと氷柱のように華切へと降り注ぐ。可燃物が落ちてきたことで焔は勢いを増し、更に高く燃え上がった。

>華切、all


【華切様ー! お相手ありがとうございました! 道場対ゾンビ編も終わりに近づいてきた為、モブおじさんは退散させていただきます。このあとはたぬき様と崎山様のお好みの展開で、彼岸さんとの再会を果たしていただければと思います(^o^)】

2ヶ月前 No.374

夕臙 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【夕臙/宮中・左京院邸庭】

自分を呼ぶ声がする。誰かの泣く声がする。
ーーせんせ、い?
あの時と同じだ。子供の頃、生死の境を彷徨っていた魂が聞いた声。見た光。母親が泣いていた。父親が呼んでいた。あの時は曖昧な景色の向こうから、光宮哉栄は現れて、その手で命の灯火を分けてくれたのだった。
今度は、自分を呼んでいるのは誰だろう。泣いているのは誰だろう。
懐かしい光の中で、夕臙は振り返ってその姿を見た。

かちり、と、何かが歪みそして再び噛み合うような奇妙な感覚があった。

…………。

気付いた時には夕臙は、燃え盛る邸の柱と、倒れんとする導線上に居る哉栄と輝夜を前にして立っていた。

おれは、先生を助けるためにあの子を食べて時間跳躍をした。それなのに、なんだか長い夢さえ見ていた気がする。何をしているんだ、今ならまだ間に合うのに。

次第に瞭然としていく意識の中で、夕臙は何故自分が何をしようとして此処にいるのかを思い出す。一度目は哉栄・輝夜と柱の間に無鉄砲に飛び出した為に、途中で思葉に助けられ、結果としてその後ろにいた哉栄が犠牲になってしまった。その哉栄を救おうとやり直した二度目で自分が下敷きになってしまったことを、夕臙は憶えていない。二度目で身代わりになった夕臙を救おうと今度は哉栄が時間跳躍ををした為に、夕臙の記憶は自分が時間跳躍をしてきたあとのこの瞬間に上書きされてしまったからだ。
自分が一度死んで助けられている事など気付く由もなく、夕臙は今しがた哉栄を救おうと時間跳躍をしてきたつもりで、同じ思考回路で智慧を巡らす。

ーー思葉の腕が哉栄を救うか、或いはその前に柱の向きを逸らせば良いのだ。
一度目は無謀にも柱を静止した両手で迎えようとしたから逸らせなかった。つまりーー

同じ結論。その瞬間から旋風のように駆け出した。師の時を超える想いにも、輝夜が此の身の為に傷を増やしたことにも、そして自らの死の運命が既に一度描かれていたことにも、気付く事すらなく。

「……さ、!」

さがれ、そう叫ぼうとして、夕臙は事態が既に変わっていることに気付いた。輝夜だけを安全なところに突き飛ばして柱の崩落に巻き込まれる筈だった恩師、その動きが夕臙の知っているものと違う。哉栄は輝夜の肩を掴み、自らも共に飛び退いたのだった。二人の隣を掠めるようにして、僅差の距離で柱が倒壊する。
ーー……奇跡が起こった。
夕臙は喜びとそれをも凌駕する驚きに失速する事も忘れてしまう。まずい、このままでは突っ込む……そう思った時にはもう、少年の小さな身体は最愛の師の両腕に包まれていた。

半ば哉栄を押し倒す体勢で、天地が引っくり返る。何よりも守りたかった鼓動を胸の下に、紅い星の咲き誇る夜空を背の上に。師を下敷きにしたまま、弟子はその脈打つ胸に頬を寄せ、喜びと安堵に泣いた。背中に細い腕が回り抱き寄せられる優しい力に甘え、暫くその存在を確かめるように味わった後、ややあってから不思議そうに顔を上げた。

「先生……?」

見れば哉栄も泣いていた。自分と同じように、誰かを失う恐怖から解放されたように泣いていた。少し自らの身体をずり上げて、彼の白い肌に光る温かな涙を、指の甲で慈しむように拭い取りながら、不思議そうに哉栄の言葉に頷いた。「お前まで」に続く彼の言葉はつまり、夕臙が今しようとしていたことの行く末を知っていたかのようではないか。其処まで考えた時、夕臙の丸い目はまた大きく潤んだ。

「おれ……っ、光先生が、このまま神様の力を使ったら死んじゃうって、知ってて……だから、先生がおれを含め誰も救わない運命に、先生が名医にはならないけど幸せに長生きできる運命に、……変えたくて……先生の兄ちゃんが助かるように過去を変えれば、って、それで」

堰を切ったようにぼろぼろと大粒の涙が零れおちる。もう哉栄の前にも輝夜の前にも本当の事を隠しておくのは辛すぎた。

「おれは、医道を志す者でありながら人を殺そうとしたんです……。さっき先生を助けてくれたのは、月の姫なのに、そのお姫様を……っ。おれは先生の弟子を名乗れるような良い子でも優しい子でも本当は無いんです」

夕臙は恥も掻き捨てて、涙と鼻水で顔を汚しながら泣きじゃくった。人は傷付けるし、人から奪った金で学校に行ってたし、欲しい本があれば盗んだし、人を殺そうとさえしたし、関係のない妖の少年を切ってしまった。全てを知っているのは薬師寺紫ぐらいで、尊敬する哉栄の前ではどうしても良い子で居たかったから、失望されるのが怖かったから、隠していた。それなのに哉栄はいつも自分を優しい子と評するから辛かった。更に哉栄はそんな自分をまたしても救ってくれた。それらを今、すべて明かした。けれど、それは哉栄も同じことだったと、輝夜との会話を垣間見た時に、輝夜の指先を彼が噛んだ時に知っていたのだった。

「失望されると思って言えなかった。だから、先生がお姫様を食べようとしていた時……驚いたし阻止しなくちゃと思ったけど、何処かで少し安心したんです」

神のように崇めていた恩師の、聖人君子の衣は少し剥がれ、只の人間と同じ衝動が彼にも等しく在ることを弟子は知ってしまった。それでも尚一層、落胆どころか其れすらも含めて守りたいという愛しさが湧いた。

「光先生に生きて欲しかった。はじめはおれが先生に助けられたことも帳消しにして平凡に幸せに長生きして欲しかったけど……でもやっぱりおれは、どうしたって先生に出逢えて良かったと思ってる。やっぱりおれは、先生に逢いたい。……みつせんせいと、生きたい」

この先、哉栄に残されている時間はそれほど長くはないかもしれない。あの星飾の不思議な奇跡の力を発揮しない過去に書き換えられたなら、薬師寺の言うようにもっと命を延ばすことが出来たかもしれない。それでも、哉栄が輝夜の前で「今を生きたい」と決断した事に比べたらそんな仮定に如何程の価値があろうか。夕臙の心に掛かっていた叢雲は雨に融けて、晴れた夕月夜へと変わっていくようだった。

>哉栄、輝夜、思葉、薬師寺、all


【輝夜ちゃん、哉栄先生、ありがとうございます! 美味しいレスで夕臙復活です! 遡った後、叫ぶ少し前から書かせていただきました。めちゃめちゃ楽しかった……!】

2ヶ月前 No.375

@kronos☆M83pBhikgC. ★Android=Esl6XVmNcI

(薬師寺紫、思葉/左京院邸庭→何処かへ/)

終わった。そう思った瞬間の薬師寺の動きは速かった。着物のどこに隠していたのか短刀を右手に忍ばせ輝夜へと向かおうとする。しかし、そこで変化があった。気付かない。何も変わらない。何をしていたのか、何が起こったのか。

同じく陰に隠れていた思葉も同じく、何かを掴んだはずだった。いや、何も掴んじゃ居ない。何かを助けたいと願った筈だ、妖怪と世間に謳われる自分が。しかしそれすらも記憶にない。現実は何も変わらない。

薬師寺紫は先の茶店にて、店主に迫った様な恐ろしい顔をしていた。何故なら、たかが弥栄の優しさに触れただけで、あの覚悟を決めた夕臙は泣いて謝ったのだ。

思葉は落胆した。やはり人は変わる存在。あの覚悟も、何かを成し遂げるという意思も、あの夕臙からは抜け落ちたように見えたのだから。

ふたりは知らない。何が起きたのかを。故に怒る、故に見放す。

「詰まらん」

どちらかが呟いた言葉は其れを最後にその場を後にした。

2ヶ月前 No.376

珠芽 @d0ap ★Android=oiMOxDsfGh

【珠芽/城下の外れ・石階段】

(……酷い臭いだ)

 利きすぎる嗅覚を呪いながら、顔をしかめつつも短刀を横へ縦へと振り、もう片方の爪で更に追い討ちをかける。が、先程戦い方を学んだばかりで大勢を相手にしたことなどない珠芽は少々苦戦していた。そんな中、師の声が響く。彼岸の言葉に一つ頷くと、教え通りに身体を動かし、再び屍達を切りつける。寸前まで引き付け次々に切り裂くと、身体をぐらっと傾け倒れていく。
 骨が擦れる音と共に次々と屍達は地に伏せる。哀れな者達。人として静かに逝けず、妖に弄ばれるとは。珠芽はそんな屍達に少なからず同情していた。

「大体……片付いたか?」

 立ってる屍の数が始めよりも明らかに減り、一つ息を吐きつつ呟く。すると、屍達の向こう側に青色の揺らめく炎が目に入る。屍達を動かしている妖怪……近付いてくるその姿が露になった。猫のような姿をし、太鼓を携えるその姿は、

「火車……。人の亡骸を奪い、戦わせて何が面白い」

 好き勝手に喋る火車達に、溜め息と共に言葉を吐き出す。が、その中の一体が陽気に太鼓を打ち鳴らせば、たちまち屍はがしゃ髑髏として姿を変えた。

「あぁ、可哀想に……」

 がしゃ髑髏を見つめ、無意識に言葉が飛び出していた。哀れだと同情する反面、宮中での出来事が思い出される。篭に入れられ傷だらけにされた自分。訴えれば訴える程に、酷い仕打ちを受けた。今、その時の報復として戦うのか。……否、そんなものの為に戦いたくない。これは、人をあるべき場所へ返す為。

「面倒な事を。お前達も、いつまで妖に遊ばれているんだ」

 火車とがしゃ髑髏に向かって眉を潜める。この巨体に、短刀では挑みきれないかもしれない。それは圧倒的な経験不足からそう思ったのか。珠芽は短刀を納めると、その姿を九尾狐へと変えた。これならば、少し動きやすい。

「おれは、がしゃ髑髏を倒す」

 彼岸に宣言するよう、そう言い放つと振り下ろされた白骨の拳から素早く駆け上がり、その眼窩の青い炎に向かって狐火を放った。

>彼岸、周辺all

2ヶ月前 No.377

はいせりひと @bloodycat☆T3u8MhS.e3A ★iPhone=VP4MQKiD6u



【光宮哉栄/中庭】

 腕の中の温もりの身動ぎを感じ、哉栄は目を瞬かせる。その拍子にまたいくつかの涙が弾かれて頬を滑るも、弟子の手の甲に拭われてはその頬の温もりへと顔を傾けた。子どものように鼻を鳴らし、とめどなく溢れるこの涙をどう止めれば良いのか、それすら分からない。見上げる弟子の瞳が潤めば、嗚呼泣かせてしまったのだ、とまたやるせなくて唇を噛み締める。
 ……彼は知っていた、力の代償を。弟のように、子どものように可愛がっていた彼は自分が思うよりもずっと多くのことを見て、聞いて、考えていた。知らないところで成長していた。人を殺そうとしたと告白したが、それもきっと何かを考え、誰かのためを思い、したことだろうと哉栄は分かっていた。ただもう少し早く気付くとができたのなら、とやはり後悔は残る。追い詰めたのは、野望に目がくらんだ自分だ――しかしそれを言えば優しい弟子は否定し自分を追い詰めるだろう。そっと手を持ち上げ、手のひらで彼の頬を包み涙に濡れる目元を撫でる。噛み締めていた唇から力を抜いて、笑ってみせる。

「お前のことは、誰よりも知っているつもりでした。でも、その苦悩に気付くことが、できなかったんですね。医道を志す、やさしい、僕の弟子。傷付けたのはきっと僕です。けれどその間違いを、お前が正してくれました。……お前がいたから、きっと、医道を貫き、今ここにいることもできた」

 やさしい、やさしい、かわいい子。今まで何を思い、何をしてきたのか、改めて問うことはしない。そうしなくても、悲痛な叫びで十分だった。哉栄は弟子が己のすべてを知ってしまえば離れてしまうだろうと思っていたが、醜く浅ましい欲にまみれた姿を見て、彼は安心したと言う。

「失望なんてしません。僕はお前を、何よりも大切に思ってるんです。ずっと、変わりません。――……これからも僕と生きてくれませんか。お前がいないと、寂しくていけない。光宮哉栄としての僕を、医師として、お前の師としての……私を。最期まで、見ていてください。それは、お前の最後の勉強にもなると思いますから」

 笑顔。優しく、温かな笑み。生きてくれないかと言ったものの、哉栄はこの混沌した現状で自分のやるべきことを――自分にしかできないことを理解していた。焼けた屋敷、傷ついた人々が蔓延るこの地獄絵図で哉栄の力は大いに役立つだろう。深呼吸をひとつ、ふたつ、大きく肩を動かして肺に空気を吸い込めば全身に酸素が回り、頭がはっきりとしてくる。泣いている場合ではない、動かなくてはならない。
 医師として、やらねばならないことがある。

「立ちましょう、夕臙。まずは私に、彼女の傷を癒させてください」

 視線を向けた先にはこの時間を超越する力を持つ、人ならざる少女。しかし流れる血は赤く、その姿を見ては悲しく表情を歪めた。

>>中庭ALL




【お待たせしてすみません……! 夕臙くんの思いが素敵過ぎてもう一生一緒にいたい……哉栄の介護をよろしくお願いします……!!】

1ヶ月前 No.378

崎山 @caim ★Vxqs1Pnm4y_mgE


【東雲 彼岸/城下の外れ・石階段】

 ――その猫の姿をした怪からは、己が先程まで次々と斬り伏せていた死者の群れと同じ臭いがした。
 死の臭いが充満する最中でも妙な切迫を感じないのは、その猫の姿をした怪共の語り口調がやけに軽々しいものであったからなのかもしれない。どうしたものかと峰を肩に担いだ。それからこの茶番を遮るべきかと、狐を横目で見る。狐の溜め息と共に意見が一致したのだと理解した。
 ふと、太鼓の音に意識が向く。その振動に呼応するかのように周囲の死者の身体の一部が宙を舞い始めた。火車たちの歓喜の声とは裏腹に、深い憎しみを宿した屍の一つ一つが集い、巨大な骨格の形成が行われていく。どこまでも弄ばれるその器の数々を見上げながら、目を細めた。埋葬をされず望まぬ形で操られるその魂たちは、いつか怪に刃向う日が来るというのか。そうなれば、恐らく自分も例外ではないと小さく鼻で笑った。

 がしゃ髑髏の両目の青が、ぎょろりと此方を捉える。その後、両肩が呼応するかのように後ろに引いた。どうやら狐とおれを一度に叩き潰すつもりらしい。思わず、迫る拳を見上げながら口角を吊り上げた。おれの隣で、下級の者であれば怖気付いて逃げ出すほどの妖力を持つ者が今此処で牙を剥こうとしているというのに。静かに納刀を終え、次に聞こえた狐の宣言のような物言いに小さく首を縦に振った。
 本来の姿と成った狐の妖力が、おれの皮膚を震わせていく。その力量は明らかであった。その放たれた狐火は、逃れることを許さない。管のような炎が青い眼窩に纏わりつき、そのまま吸収をするかのように細長い黒煙を吐き出していた。
 そして一呼吸置いた後、かつて人であった一部たちが糸が切れたかのように降り注いだ。どうやら当の四匹はがしゃ髑髏の拳の向かう先を見ずして逃げ出したらしい。落下する数粒の人の名残りを、三度ほど鍔で振り払った。
 狐が地へと降り立つと同時に、頃合いかと今まで帯刀していた刀を鞘ごと抜き取る。それから、鞘内の刃を狐とは反対方向に向け、峰を向けた状態に持ち直した後に、深い敬意を払うよう一礼を行った。稽古の終わり、それから、この師弟の関係性の終わりであると告げるように。

 一歩後退し、それから感じる畏怖のような感情こそが、本物となって頭上へと降りかかった。これが妖怪の本能であると言われれば、そのような気もした。おれが初めてその感情を覚えた相手である、かつての烏天狗の長であった父をも凌ぐ妖力をこの狐が手中にするだろうことは明白であった。しかし、それでいてもおれにとっての父は尚も絶対の存在であった。


 石階段を下り切り、目の前に広がるは想像以上に荒れ果てた都の姿であった。未だ焼け落ちることなく残る屋根へと跳び、着地と同時に翳した右掌から霧を発生させた。濃度が周囲の空と混じり切るにはまだ早いが、それでもこの闇夜の中で揺れる火の影に身を隠すことは容易いことであった。駆ける足を、炎の黒煙と同化させていく。遠くで怪の咆哮が聞こえた。それでも、向かう先が変わることはない。かつての同胞のように風のように飛行することはできずとも、おれにはこの脚がある。行く先を塞ぐ名も知らぬ怪を、抜刀と同時に切り払った。恐らくこれを、人は天狗倒しと呼んだのだろう。

 幾つ目かの屋根へと降り立った先、四つの足音に瞬時に身を低くする。先の怪と同様に斬り捨てようにも、どうも妙な予感がした。目を凝らすと、その様子からどうやらその正体が二人の“同業者”であると予測した。人に盗賊が務まるものかと吐き捨てようにも、視線が一点に留まったまま逸らすことができなかった。その二人が腕に抱くそれは、見覚えのあるものであった。否、初めにそれらを狙っていたのは、おれであったはずであった。
 まさかと最悪を想像するが、どうも死に直結するような臭いは感じない。――おれの横を、二人が駆けていく。呼吸をすることも、忘れていた。
 最も風の流れを感じるその場所は、意図的にくり抜かれたように人一人が潜れるほどの幅の穴が空けられていた。脳裏に、四つの足音が思い出される。

 即座に穴へと足を滑り込ませ、突き落とされるかのような衝動のままに下り立った。次第に炎の熱量が皮膚へと染み込んでいく。

「なにを、しているつもりだ?」

 その、中央に佇む気配へと、そう言葉を投げることが精一杯であった。床のあちこちで燃え滓となっていくかつての高級品を目で辿る。

「お前までも燃えてしまえば、盗めるものがなに一つなくなってしまうではないか」

 皮肉が言いたかった訳ではない。だが、それでも、おれには友人にかけるべき言葉を的確に引き出すことができなかった。


>珠芽、華切、周辺ALL
【珠芽くん師弟編から華切さん宅訪問編を繋げさせていただきました! 道中のモブさんたちが素敵で絡みたい!と色々楽しんでいたのですが、時系列などおかしくなっていましたらすみません……;】

1ヶ月前 No.379

絲祈 @september9☆l2RtaxPLX0X6 ★gXyGHSaxw7_M0e

【絲祈 / →城下・都の外れにある屋敷/???】

 深い深い闇の底の、災厄たる蜘蛛の糸が幾重にも張り巡らされた「巣」の内に、ひとりの少女の形(なり)をした異形の者――夜が、音も立てず舞い降りる。その気配を感じ取った絲祈は、子蜘蛛どもを操る手をぴたりと止め、八つの瞳を彼女の方へ向ける。絲祈の口角が緩く釣り上がる。ゆっくりとこちらへ近づくその小さな影を見つめるその視線は、先程まで奥座敷にて鎮座していた絲祈のそれとは、大いに違っていた。
 わずかに潤んだその紅と漆黒の、八つの瞳。「絲祈」と、夜にその名を呼ばれれば、彼の身体が、その体内が、ぞくりと震える。奥座敷にて、吉継や他の妖共に見せていたものとは全く異なる表情の夜は、幾つもの泡沫を浮かべながら、ぽつりぽつりと絲祈に、その淡い色の唇から言葉を零していた。
 淡々と喋る夜の、その内側を彩る悍ましいまでの狂気が、ひしひしと絲祈の全身を包んでいく。その呪詛にも似た言葉は、絲祈を高揚させるのに十分すぎるものだった。

「ああ、夜さま」

 感嘆のため息を漏らせば、そんな独り言が勝手に口から溢れた。下弦の月のごとく釣り上げられた、血で染まった薄赤色の絲祈の唇。高揚して爛々と輝く瞳。古より彼は大家守の夜に仕え、彼女の元で生きてきたのだ。二人の関係を知る者は、彼ら彼女らのみ。先程の奥座敷の様子とは打って変わった夜と絲祈は、「巣」の内で何を企むのか。
 ふわり、ふわりとあたりを飛ぶ泡沫は、たった今都で起きている惨劇を静かに映し出していた。人々が青紫の焔に飲まれ、泣き叫び、そして散っていく。幾つもの命の火が、絲祈の焔に、妖共の刃に、飲まれていく。出来上がった真新しい屍もまた、彼の操る子蜘蛛の糸。その餌食となって行くのだ。

 何度も、何度も、何度も。悲劇とは、繰り返えされるものなのだ。この世にひとというものが在る限り。我らがこの世を恨む限り。
 目前に立った夜の姿を、従者の瞳で見えながら、絲祈は口を開く。

「…………よぉく、心得ております。ああ、夜さま、夜さま。私(わたくし)の命は未来永劫あなたのもの、幾度血濡れた歴史を繰り返そうと、幾度ひとを殺めようと……けっして、変わることはない。今宵も我らの『願い』のために、私はすべてを、こわしましょう。狂おしい程に愛おしい、たった一人の我が主…………――夜さまの、御心の、儘に」

 かっと、絲祈の目が見開かれた。爛々と輝く紅の瞳が、燃えるような赤色に染まる。白い腕を交差させて自らの肩をぎゅうと抱けば、嘗てその内に脈打つ塊を抱えて奔ったあの日の事を、復讐を決意したその夜の事を思い出す。下を向き、この上なく愉しそうな表情を浮かべた絲祈の頬を、冷たいふたつの掌が包んだ。そのまま顔を上げられれば、されるがままに唇を重ねた。絲祈は、はっとした表情を浮かべたが、それも一瞬の事。その表面を薄く舐(ねぶ)る小さな夜の舌の感触と、彼女が味わったであろう、自らの鉄の味。黙ったまま唇を重ね、彼女の唇が自分と同じ赤に染まったのを見、絲祈もまた満足そうな表情を浮かべる。
 そして、耳元で夜に命を下されれば、怪しく笑う夜へと頭を垂れた。

「……断る理由など、御座いましょうか」

 ふっと緩く笑みを浮かべた絲祈は、そのまま何の躊躇いもなく、その右手を自らの眼球へ突き刺した。湧き出る鮮やかな赤が、絲祈の白い頬を、鎖骨を、胸を彩っていく。ぬらりとした光沢を放つ絲祈の眼球が、夜の前に差し出された。

「私にはまだ、七つの瞳があります故、心配は無用。……夜さま、どうぞこれを喰んで下さいませ。さすれば、我が力が、貴女の御身に宿りましょう。これで、夜さまと私は、永久に共に」

 からの眼孔を愛おしそうに、もう片方の手で撫でながら。絲祈はそう口にした。宮中へ赴かんとしている夜の、たったひとりの主の身を案じる、ひとりの忠実な、血と狂気に塗れた従者の姿が其処には在った。

>夜 【お返事が遅くなり本当に申し訳ありません……!!! そしてこちらもなかなかになかなかな事を言っていてなんか申し訳ありません!! これからの物語の進みが大変楽しみです。これからもどうぞ宜しくお願い致します】

1ヶ月前 No.380

輝夜 @yuunagi48 ★Android=eE3SybQ6rj

【輝夜/宮中、庭】
いたい思いをさせてしまって……そう言った哉栄の表情は我が身を引き裂いているかの様にとても苦しく、辛そうに見えた。
夕臙に傷付いて欲しくない。死なないで、と願うのは同じなのだと伝えるため、輝夜は満足気に、そして次こそはという決意と共に哉栄を見詰め、笑った。



哉栄の手の温もりに導かれるように輝夜の意識はぼんやりとしたまま現実へと引き戻された。二つの黒い瞳が写すのは既に三度めになる景色。しかし短時間で二度も時間跳躍をしてしまった為か、巻き戻された二つの記憶が混同してしまい二度めの世界で発揮した本能的な危機察知能力は働かなかった。漠然とした恐怖に何かしなきゃと思うのに体が硬直したまま動けない。
しかし、その時輝夜の見てきた世界が流れを変えた。輝夜の頬に当てていた手を肩へと移した哉栄が輝夜と共にその場から飛び退いたからだ。哉栄の細い腕から伝わる真剣な思いに驚きと安堵とまだ完全に消えない恐怖を感じた。
柱の崩れる大きな音。視界に飛び込んできたこちらに走り寄る夕臙。危ない!このままでは……輝夜がそう思うのと同じタイミングで哉栄はもう既に動いていた。両腕を広げた哉栄にしっかりと抱き締められ、夕臙と哉栄は地面へと倒れ込んだ。思考と記憶と理解がまとまる前に現実はどんどんと進む。それも輝夜が願う最善へと。

現実ではほんの一瞬の出来事。それでも輝夜達にとっては長かった悲しみの全てが回避された。
哉栄は夕臙を抱き締めたまま動かなかった。輝夜も、夕臙も動けなかった。三人が五感全てで全員の生を感じていた。

最初に口を開いたのはやはり哉栄であった。ごめんなさいと涙を溢した。夕臙も泣いていた。
哉栄も夕臙も死ぬことなく生きているのだと感じた瞬間、輝夜の瞳からも涙が零れ、足から力が抜けて地面にへたり込んだ。良かったと、ただただそう思った。それ以外に思う事など何もなかった。


夕臙の口から次々と溢れだした思いに沿うように輝夜の中のバラバラになっていた記憶が一本の線にまとまっていく。
哉栄の過去を輝夜は知らない。夕臙の過去も輝夜は知らない。それでも哉栄のやり直したいという思い、輝夜の生きたい、そして哉栄にも生きて欲しいという願い、そして夕臙の生きたい、生きて欲しいという願いが本当の奇跡を起こせたのだと思った。
哉栄の言葉が夕臙の言葉がお互いを真剣に思い合っていた優しい温かなものだと感じて輝夜の心も温かくなる。本当に良かったと止まらない涙が喜びを何より表ししていた。


しかし、その間にも三人以外の現実は刻々と良くない方へと進んでいた。人々は逃げ惑い、傷付き、命の灯火を消していく。哉栄はその事を一番分かっていた。
ふと哉栄と視線が合い、咄嗟に輝夜は傷のある手を背中へと隠し、拒むように首を左右に振った。

「これ以上の奇跡はいらないわ、桔梗」

神様の力と夕臙が言ったものをたぶん輝夜は見ている。あの希望の色をした奇跡を使えば哉栄が死んでしまうとも夕臙は言った。だから哉栄が誰も救わない運命にしたかったと。

「ねぇ、桔梗。私は桔梗が大切。とっても大切なの。そして紅葉も同じくらい大切なの。だから、桔梗にも紅葉にも悲しんで欲しくない。居なくなっても欲しくないの。私のこの傷を治す事が医者として正しい事であったとしても、それで桔梗が居なくなってしまうのなら私は医者としての桔梗はいらない。いろいろな物を使って老若男女を治すのが医者であったとしても、そのいろいろな物に桔梗の命が入っているのなら、私は治して欲しくないわ。それでも桔梗がもしこの手を見て今のようにとても苦しそうな表情をするのなら、以前桔梗が私にしてくれた様に、紅葉が花菖蒲にしてくれた様に、そして今桔梗が紅葉も私も守ってくれた様に誰も悲しまない奇跡を起こして?」

医者という物がどういうものなのか輝夜にはまだ完全に理解は出来ていなかった。それでも哉栄の命を削ってまでも治して欲しいとは絶対に思わなかった。
初めて宮中の外を歩き哉栄と出会った時、珠芽が深い傷を負ってしまった時、希望の光を使わない奇跡を哉栄も夕臙も起こしていた。それでは駄目なのだろうか?と輝夜は思う。命をかけて、その人を失って守られた先の幸せなんて幸せでも何でもない。それが大切な人なら尚更。
だから生きたい。そして……

「桔梗、生きて。最後まで。私も桔梗に生きていて欲しいの」

輝夜は哉栄を見詰めたまま、そう告げた。
>哉栄、夕臙、周辺ALL

【遅くなって申し訳ないです(汗)哉栄先生と夕臙君が素敵すぎる!!】

1ヶ月前 No.381

語り(モブ) @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【(モブ妖)がしゃ髑髏+火車/城下・石階段の上】

珠芽と彼岸、未だうら若く見える二人の妖に振り下ろされた巨大な骸の拳。勝機は一見、体躯も怨念も強大な此のがしゃ髑髏にあるかに見えた。野晒しとなった無念の屍の撚り合わせ。死してなお弄ばれる其の怨みや、如何程のものだろう。行き場を無くした魂が燃え盛るように、空の眼科に青き火は渦巻く。剰す力のままに、叩き付けた拳は地を打って揺るがした。
しかし、左右の拳は、珠芽の事も彼岸の事も捉えること叶わなかった。ひらりと一陣の風のように身を翻した二人の妖に、人間達≠フ愚鈍の眼(まなこ)は追い付かず、九尾の姿となった珠芽が手背に飛び乗り橈骨から上腕骨へと駆け上がっても、其の姿を視野に映すことすら儘ならなかった。

代わりに、先に気づいたのは四匹の火車達のほうである。
「キュウビダ! コワイ コワイ!」
「キュウビダヨ! 厭ダヨ!」
「コワイヨ!」
「コワイ! コワイ!」
呆れ顔だった珠芽青年がが真の姿を露わにしたことで、闇夜に立つ篝火のように輝き溢れ出す大妖狐の霊力。比べるまでも無く、火車達も死体の山も取るに足りぬ存在であるのは明白だった。火車達はそれこそ急に借りてきた猫のように身を寄せ合い、ぶるぶると震え出す。

火車達が顔を見合わせ撤退を決めたのと、巨大ながしゃ髑髏の倒壊は、ほぼ同時に起こった。珠芽の放った狐火が、がしゃ髑髏の眼窩に灯る青い光を呑み込むと、哀れな骸の操り人形は仮初めの魂をも燃やし尽くされて元の死体の塊へと戻ってしまった。
降り注ぐ死体を切り捨てた彼岸が振り返る。火車達はとうに尻尾を巻いて山から降りて逃げ出してしまっており、二人の前に残されていたのは、罪の世から死して脱落してもなお、弄ばれて六道の果てまで転げ落ち、そして今は憑き物が落ちたように無機物として安けく横たわっている死体の山であった。

やがて二人の妖も立ち去ると、洛西の静かな小高い丘には、忘れ去られた骸の山が残り、秋風が寂しく骨を撫でて吹き抜ける。雨が降り土が流れたなら、其処は彼等の塚ともなろう。幸せに生きた人間であろうと、不遇を必死に生き抜いた人間であろうと、此の世は無常、終焉は等しく訪れる。命あるものには終わりがあり、形あるモノと化した死体になっても尚お、崩壊という終わり、忘却という終わりが待っている。万物には終わりがあり、終わりがあるのに流転する。ともすれば彼等は未だ、宙空を漂うその無念を集めて、鵺の鳴く夜に躍り出す気でいるのかも知れない。しかしそれはまた、別のものがたり。

>珠芽、彼岸、all、(離脱)



【モブ妖火車&ZNB48編終了です! 彼岸さん、珠芽きゅん、ありがとうございました!! 御二方とも格好良かったです……道場組尊い……! 珠芽きゅん、良かったら輝夜ちゃんや哉栄先生や夕臙がいるところに合流しませんかー? 珠芽きゅんの成長後を是非、見せたい!】

1ヶ月前 No.382

夕臙 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【夕臙/左京院邸・庭】

――『……これからも僕と生きてくれませんか。……ーー……最期まで、見ていてください。それは、お前の最後の勉強にもなると思いますから』

それまで哉栄の慈愛と自責に満ちた言の葉を、時に首を縦に振り時には横に振りながら涙ながらに聞いていた夕臙だったが、師のその一言に立ち止まるようにハッと目を開いた。涙はもう、何故に流れているかわからなくなりそうなほど顔を汚していたのだが、心は清々しかった。『最期まで、見ていてください』その言葉の重さが解らないほどの子供では無くなっていた。夕臙は覚悟を眼差しに込めて、今迄よりも一等力強く頷いた。分かっている。師が、今この現状に何をしようと考えているのかも、その代償も含めて。立ちましょう、と言われるままに夕臙は哉栄の腹の上から立ち上がり、つと輝夜の方へと歩み寄った。輝夜は、哉栄が噛んだ指先を後ろ手に隠している。
「……その、さっきは有難うな。……お姫様」
最初に会った時は弱い者呼ばわりの小娘呼ばわりをしていたのに今や自分と愛する恩師の命の恩人。その気まずさもあり、夕臙は肩を竦め少しばつが悪そうに言った。怪我をした手を、奇跡の力を使う気で溢れている哉栄の前から隠している輝夜の気持ちを解らない筈がない。少し前の自分も、同じように考え、同じような言葉を発していたに違いない。

「おれに貸せ」とわざとぶっきらぼうに言うと、輝夜の手をパッと袖から掴んで引き寄せる。流石は小物盗人と言うべきか、手が早く手癖が悪い。奇術のように輝夜の白く美しい手は夕臙の小さな紅葉の手のひらの上に重なっていた。
「お姫様の言う通り。この傷なら先生の手を煩わすまでも無いですよ」
星飾の力の代償を知った輝夜の気持ちが分かるからこそ、夕臙は哉栄を振り返ってニヤリと笑う。
「これくらい、舐めときゃ治るぜ」
言いながら夕臙は徐ろに輝夜の指先を小さな口に含んで、吸い出すように軽く陰圧を掛けた。哉栄が同じ場所に傷をつけた時と体勢は同じ。そう自覚したら如何してか、一瞬だけ胸が熱くなった。あんなに人々が焦がれた、奇跡をもたらすという月姫の血は、よく知る鉄錆の味で美味しいとは全く思えなかった。
(おれってばよくもまぁこれを食ったよなぁ)
何処かで他人事のように囁く自分の心の声を置き去りに、吸った血は唾液と混ぜて吐き棄てて、朱色に滲む傷口には腰に下げた荷物から取り出した真水をかけて洗浄をした。

「いいか、痛かったら言えよ?」と言うや否や、夕臙の顔が急に医者の顔から悪餓鬼のそれに戻り、唐突に輝夜の指先の傷をぐいと押さえつけながら捻りあげるように高く持ち上げた。何かやはり個人的怨恨か嗜虐趣味にでも目覚めたのかと思うほど傷口を握りしめ、勝者の腕を掲げるように持諸手を上げた夕臙は其れは何処となく楽しげで、おそらく輝夜が仮に痛いと言おうと顔を歪めようと止めることはしなかっただろう。
百数十の拍動を数えた頃、そっと手を下ろし、拳を開けて傷の具合を改めて診ると、成る程、血はすっかり止まっている。素直に言うところの、圧迫止血をしたというわけである。この小ささの傷であれば縫う必要も無いだろう。清潔になり血も止まった傷口を輝夜と哉栄に見せると、今度は治療道具から包帯を取り出して器用に指に巻きつけた。

「お姫様にはわからないかも知れねぇが」と、包帯を自在に操りながら俯き加減の夕臙が真顔になる。
「心臓が動いて呼吸をして其処に居ることが即ち生きてる≠けじゃない。どれだけ長く生きるかじゃなくて、どんな風に、何を為して生きるかなんだ。上手く言えねぇけど。だから、おれだってそりゃあ勿論先生に長く生きて欲しいけど、でも、先生とおれに行かせて欲しい。人を生かすことが、医者にとっての生の証なんだ」
巻き終えた包帯は、切り傷にしては少し大袈裟だったが、指の動きの妨げにはならない程度にスッキリとしている。あの晩輝夜の足に巻かれた包帯をそっくり真似しただけの結び方で端を固定すると、余剰分を切り落としてやる。
「……如何ですか、先生、一番弟子も腕を上げたでしょう? ……行きましょう、おれは着いていきます。お姫様にはああ言いましたが、奇跡を使うまでもない患者にまで奇跡を使うのはおれは賛同しません。命に関わる重篤で救急を要する患者だけです。普通の治療でいける奴や、死んでる奴、死ぬ奴やまして歩ける奴なんて言語道断です。そういう奴は普通の医術かもしくはおれに投げてください」
ね? と哉栄に念を押す様子は滑稽なほど年齢不相応で、歩ける奴≠ナ庶民の遠慮もなく輝夜を指差すあたり、すっかり不躾な子供に戻っている。
このときになって夕臙は、大きな感動の陰で薄らいできた一度目の時空跳躍前の記憶の中に居たはずの思葉の姿が何処にも無くなっている事に気付く。しかしそれははっきりと思い出せない夢の記憶のように朧げで、彼には薬師寺と思葉が何処へ行ったのかも、また元々此処で一緒にいたのかどうかすら、到底わかり得ることは無かった。

>哉栄、輝夜、(薬師寺、思葉)、all


【かかかか輝夜ちゃん確定ロールごめんなさい!もし不都合な点がありましたら、書き換えてくださったらそちらに合わせます……!】

1ヶ月前 No.383

はいせりひと @bloodycat☆T3u8MhS.e3A ★iPhone=VP4MQKiD6u

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1ヶ月前 No.384

@kronos☆M83pBhikgC. ★Android=Esl6XVmNcI

『城下町→何処かの屋根の上/薬師寺紫/思葉』

ガラガラと音を立てながら焼き崩れる左京院邸を背にして、比較的焼けていない屋根へと動こうとする。

「思葉、お前俺投げるの得意だったなぁ?」

そう問う薬師寺は屈伸をしつつ問いを投げる。

「それは屋根のひさしに向かって投げても良いって言う与太かい?」

底意地の悪い顔で問う思葉にふざけるなと突っ込みを入れる所作など、今まさに妖怪と人との大きな争いが発生しているとは思えない和やかさだった。

そぉれ!と薬箱を背負う大男を投げるのは先に、選ばれなかった未来で見た怪力を誇る衛兵に化けた思葉。
うおおっ!と掛かる重力に抗うかのように声を上げた男は屋根の上で軽業師のような身のこなしを見せて着地する。

追って屋根へと登るのはどこで会ったのか、知る人ぞ見たことのある女盗人昼顔と呼ばれた姿だった。

「初めて見る顔だな?」

聞くと引き出しには色々とあるのさと曖昧に返す思葉の寄る辺のなさに刻みを詰めた煙管は煙を上げる。

「お前、あいつに……夕臙に入れ込んでたな。屋敷で何があったと思う?」

ふうと吐いた紫煙を火焔の旋風が舐めて乾いた都の風が流す。

「何もなかったよ。だって、あんたも分かんないんだろう?あの娘が怪我をしていた位しか。……そういやぁやけに軽かったけど、荷物でも落としたのかい?」

あの娘か。呟く薬師寺の瞳は胡乱げな瞳で燃える左京院邸へと向けられる。

「荷物か。まぁ、左京院邸の庭に落としたかもな。我らがお医者様の役に位立とうよ、見付かればな。」

珍しい、と驚く思葉に幼馴染みだからな、と返す薬師寺は屋根に胡座を掻き再び煙を吐いた。

「良い月だ。あの囚われの姫君も大きくなったなぁ」

カラカラと笑う男の声はやけに楽しげだったとか。

〉〉左京院邸の先の面子へと親愛を込めて笑

1ヶ月前 No.385

珠芽 @d0ap ★Android=oiMOxDsfGh

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1ヶ月前 No.386

ぽんぽこ @poko10☆sMzkA8RPRfw ★Android=MNgMSKnMpI

【華切/左京院邸】

「……そうだな、お前が期待するほど驚いてはいないだろうな」

 低い声で淡々と紡ぐ。わかっていた、などということはないが、「ああそうか」と納得できてしまった。結局は邸に仕える者たちのことをそう信用していなかったのだろう。ただ、別段それを不幸だとも思わない。一人二人でも、心からの信頼を置ける人間もいる。それで十分だ。たとえそれ以外のすべての人間が信用できないとしても。
 ――精々地獄で会いましょう。暁時のその言葉に、華切は冷めた眼差しのまま口元を緩めた。罪深いこの男と同じように自分も地獄に堕ちるのだろうなと思えてしまった。少なくとも世間的には正しく生きてきた。だが、清く生きてきたかと問われれば、否定せざるを得ない。自己、他者問わず多くのものを切り捨てて生きてきたのだから。
 天井で音がした。直後に響く女の声。見上げれば煤に塗れた女が顔を覗かせていた。女の言葉と、暁時の様子から二人の関係を理解した。華切が口を挟む隙もなく、見事な連携で妻の手を借り、暁時は天井へと消えていく。

「…………っ」

 一人残された華切の頭上に、先程暁時が消えた天井周辺から火の粉が注ぐ。火を纏った大小様々な木材の落下をうけ、華切は体を庇うようにその場に膝をついた。体のあちこちに衝撃と熱を受けるが、幸いにも直接死を意識するようなものは感じなかった。
 とん、と誰かが着地するような音が間近で聞こえた気がした。華切が顔を上げるよりも先に、その人物が口を開いた。

「お前か、……残念ながらお前の欲しがるような目ぼしいものは残っていないが」

 目線をその人物――東雲彼岸に向け、冗談混じりにそういって口元を緩めた。無論、彼がこんな火の海に商売をはたらくためにやってきたのではないということは分かっていた。
 一先ず立ち上がろうとしたとき、右足首に鋭い痛みが走った。ちらりと視線を落とせば、傷口は直接見えないが、赤い滴が足元に溜まりを作っているのが見えた。それでも顔色を変えることなく、さりげなく刀を支えにして立ち上がる。

「頼みがある。……輝夜の居場所がわかるか」

 命令でもなければ指示でもない。華切が他者を頼りにするのは稀有なことだった。たとえどんな身分であっても、この男には心を許すことができた。そして、ただの人間にすぎない自分とは違う彼ならば、火に包まれたこの都の中で輝夜を見つけ出して守ることができるのではないか。そんな期待もあった。

>彼岸、all

【素敵なモブおじさんと絡ませていただきありがとうございました!楽しかった!改めて、彼岸くんよろしくお願いします……!】

1ヶ月前 No.387

藤堂吉継 @yuunagi48 ★Android=eE3SybQ6rj

【藤堂 吉継/城下、路地】

戦いの場に於いて迷いは命取りとなる。先程の咲秋がそうであった様に、そして今の俺がそうである様に。
共闘となれば尚更で、危うくなるのは己の身だけでは無くなる。

「あ、あぁ……子供の頃手当てした少女に……」

知り合いか?と問う咲秋に困惑の声色で答える。思考は何故彼女がここに居て俺を探していたのか?更に彼女が浮かべる表情の意味を探して全力で回転する。
咲秋が厳しい口調で更に問い掛ける。姫様を守る身でありながらと言った咲秋に「彼女を助けたのはここに来る前だ」と答えようとしたが言葉にはならなかった。姫様を含む宮中を脅かす妖は全て切り捨てねばならない教えを彼女と知り合った経緯に対してではないが破ったのは確かなのだから。それが咲秋にも迷いを与えた。

立ち上がった彼女が咲秋に向かい合う。武器を取る様子もなく『大切なものを奪い』と言った彼女に再び夜達の言葉が思い出される。姫様を咲秋に奪われる……その言葉が鬼女の異変に瞬時に刀へ伸ばそうとした手をその場に留めた。

「咲秋!」

鬼女と対峙した咲秋は一度びくりと身を震わせた後に動かなくなった。咲秋に近寄りおい!と肩を揺らすも一瞬にして魂を抜かれた屍の様に意識もなく動かない。ただ確りと、言い換えれば異様に体に入っている力と呼吸が、まだ咲秋が生きていることを証明していた。

「咲秋に何をした」

静かに鬼女を振り返れば、薄灰であった筈の彼女の瞳が漆黒に染まっている。くすくすと笑いながら大丈夫だと告げる彼女に剣へと手を伸ばした時、突然背後で咲秋が絶叫した。

「咲秋!どうした!一体何を見ているんだ!」

呼吸が乱れ、汗が吹き出し、涙が溢れている。こんなにも咲秋が取り乱す過去とは何なのか。長い付き合いの中で互いの昔を話すことは決して多くはないが、少なくもなかった。咲秋が宮中に来るまでの経緯も粗方知っていると思っていた。しかし、この苦しみようは何だ?咲秋から聞いていた過去にこれ程までに取り乱す様な事柄は無かった様に思えた。咲秋が話していない事が無ければだが。

「咲秋は何を見ている?」

楽しそうに笑う鬼女に漸く抜いた剣を向けた。その瞬間、鬼女の表情が一気に変化した。あれほどまでの殺気が消え、漆黒に染まった眼が揺らぎ薄れ、元の薄灰へと戻る。それと同時に術が解けたのか咲秋が小さな声で呟いてどさりと地に倒れた。

「咲秋!しっかりしろ!」

殺気が無くなったとは言え鬼女に注意を向け剣を手にしたまま、咲秋へと数歩後退すると反対の手で強く肩を揺らした。
>咲秋、鬼女、周辺ALL

【遅くなりまして申し訳ないです/謝/土下座】

1ヶ月前 No.388

鬼女 @yuunagi48 ★Android=eE3SybQ6rj

【鬼女/城下、路地】


鬼女の瞳と咲秋の瞳が見えない一本の糸で繋がる。その糸を伝うかの様に鬼女の中に生み出された悪夢が咲秋の体内へと侵入し侵食していく。脳の奥底にある、本人すら覚えていない記憶をも探しだし、的確に、一番思い出したくない物を探し当てる。

「見つけた」

ふふっと笑った鬼女は僅かに目を細めた。ずるりと引きずり出され再生される。一度呑み込まれてしまえば逃れる事はそう容易ではない。

不動となった咲秋とそれを楽しそうに見詰める鬼女の間に吉継が身を挟む。吉継様から来ていただけたと内心で喜ぶのもつかの間、吉継から発せられた咲秋を呼ぶ声に再び嫉妬心が燃え上がる。

「お体には何もしていません。この人間は少し、昔の夢を見ているので御座いますよ。大丈夫です吉継様、この人間が何もなく潔白ならば直ぐに目を覚ましましょう」

鬼女はくすくすと楽しそうに微笑んだ。勿論目を覚まさないであろう事は分かっている。例え疚しい事の何も無い聖人君子であったとしても、悲しみの無い人などまず居ないであろう。
本来ならばこの隙に切りつける事も出来るのだが、燃え盛る嫉妬心からこの悪夢を堪能してもらう事にしたようだ。
咲秋の唇が僅かに開き、そして絶叫した。見開かれた瞳から涙が溢れる。鬼女はそんな咲秋をうっとりと見詰めた。

あぁ、この瞬間の人間はなんて美しいのかしら?絶望に打ち拉がれたこの表情も溢す涙も鼓膜を震わせる絶叫も心地良い。とってもとっても美味しそう。

喉元に囓りつきたくなる衝動をなんとか押さえながら苦しみ喘ぐ咲秋を一つの作品でも見るかの様に見とれていた。
しかし、その至福の時間も終わりを告げる。目の前に突き付けられた銀色の刃。それを持つ吉継を見た瞬間、鬼女は驚きと困惑と悲しみから一気に揺らいだ。漆黒の瞳は色を失い元の薄灰色へと戻る。刃に恐怖しているわけではない。どうして吉継から剣を向けられているのかがわからなかった。自分はただ吉継を救いたいだけだと言うのに。

「申し訳御座いません吉継様。この人間が何を見ているのかは私にも分からないのです。ですけれど、私に言えるのは今この人間が見ているものは紛れもない事実であると言うこと。私の生み出す戯言では無く、以前この人間が体験したことなのです」

鬼女の表情は今にも泣き出してしまいそうにも見えた。しかし、術が解けどさりと倒れた咲秋に吉継が近付けばその悲しげな表情も再び一変する。彼女の感情はなんと忙しいのだろう。

「あらあら、裏切らないと申していました姫様をその手に掛けた者を、その人間は知っていたようで御座いますね。悲しみから忘れていたのでしょうか?それとも意図的に口を閉ざしていたのでしょうか?何れにせよそれは裏切りでは無いのでしょうか?」

鬼女がゆっくりと言葉を口にする。勿論鬼女には咲秋の見ていた過去が何かは分かっていない為に推測も交えてではあるのだが。
>咲秋、吉継、周辺ALL

1ヶ月前 No.389

輝夜 @yuunagi48 ★Android=eE3SybQ6rj

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1ヶ月前 No.390

夕臙 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

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1ヶ月前 No.391

佐竹咲秋 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【佐竹咲秋/城下・路地】

月を見失った朔の夜の闇ばかりが、目蓋の内を染めている。星霜を翳す薄闇と底無しの深い闇とが、斑らに渦を巻き、混沌とした夢幻の地獄を連れてくる。辺りは冷たく、己の体温すら忘れてしまう。まるで此の身が深海の棺に沈められていくような心地がした。時を越えた後悔の波が、懺悔の言葉を待ちわびる様に胸を叩く。いっそ、濁流に深く深く、ほんとうに沈んでしまえたらどんなにか良かったか知れない。己がやり直したという世界から自分を消し去ってしまいたい。此の世に居る限り、また同じ事が起きるような気がして。

血色を失った瞼が、友の呼び声に応えるように微かに震える。
ーー『咲秋!』
すまない、吉継。申し訳ありません、華切様……姫様。あなたに、合わせる顔がもうありません。
姫様を殺したのは、此の俺だ。
あの光景が幻でも妄想でもなく、己の記憶に間違いないということは自分が一番よく分かっていた。消し去ることの出来ない罪の記憶。最愛の人への裏切りと後悔の記憶。
このまま、もう目を覚ましたくない。許され得ぬ罪の記憶を抱えたまま、斬られるなり妖に喰われるなり、それぐらいが丁度いい。地獄で、この苦さを噛み締めながら業火に焼かれて犯した罪科(つみとが)を数え続けるべきなのだ。
ーー『咲秋! しっかりしろ!』
なのに。友の声は無常にも此の魂を現世に引き戻す。主君殺しの罪が織り成した世界。時空を越えた先ですら、為すべき事も忘れて都が壊滅していくのを指を咥えて見ていた。輝夜を救おうとして時間跳躍の奇跡に縋ったはずなのに、二度までも彼女を苦しめて居るのは此の自分では無いのか。

咲秋は目を見開く。
紅藤の瞳には逃避しようとしていた現世の凡ゆるものが映り込んできて、がたがたと痙攣するように怯え竦んだ。
「……い、……嫌だ、……俺に近付くな!!」
目の焦点も合わないまま、咲秋は叫んだ。青褪めて呼吸を乱し、それはもう気が狂ったように叫んだ。倒れた身体を支えながら、片腕で鬼女を牽制している吉継の腕の中で振りほどくように暴れた。□き苦しむ手負いの獣のような姿だが、動揺のあまり力は入らず、夢から醒める間際の子供のようでもあった。
「俺は、……俺は……っ」
悪夢に取り憑かれたように、激しく痛む頭を抱えた。封じ込めていた記憶が倒錯する。負の記憶を認めまいとする脳が悲鳴をあげる。荒らいだ呼吸のまま、一度は振り解こうとした吉継の身体にしがみつき、顔を埋める。十年前ならいざ知らず、普段の咲秋であればまず絶対にこんなことはしないであろう。筋張った背中がびくびくと震えている。鬼女と対峙したときは吉継と妖の関係を疑いかけはした。それでも根底的なところでは未だ、この相棒を信じているのだろうか。少なくとも、得体の知れぬ魔を抱えた自分自身のことよりは。
忙しく上がりすぎた呼吸は最早制御を超えて激しくなり、指先が痺れ眩暈がしてきた。息を吸えども吸えども胸が満たされず苦しいのは、叶わぬ恋にも似ている。気が遠くなりそうな心地を何度か通り過ぎると、鼻口を覆う吉継の衣服から慣れ親しんだ香りが呼気と共に流れ込んでくるようになってきて、次第に平静を取り戻しはじめる。吉継が昔からいつも衣に薫きしめている香りだ。浅く短かった呼吸が深いものへと変わり、肩がゆっくりと上下する。そっと身体を離したら、彼に何と言えば良いのだろう。輝夜姫を一度殺し食してこの世界をやり直した人物は、佐竹咲秋であった事を。どう話したら良いのだろう。許される訳がないと思っている。隠し通せる筈も無いと思っている。けれどこの罪を何と白状すれば良いだろう。恐ろしくて、言葉が見つからない。
ふと、吉継の衣服に視線を落とせば、ほんの些細なことが違和感として引っ掛かった。……吉継の香りは、こんなに甘かっただろうか、と。

>吉継、鬼女、all


【夜ちゃんの麝香の香りですねぇ!】

26日前 No.392

夜(皇出母) @papillon☆0uO5mlUpCUns ★sAbT0rwP1n_mgE

【夜(皇出母)/城下・都の外れにある屋敷/???→(回収)】


 百年も千年も、彼女や彼にとっては造作も無い、ほんの一瞬に過ぎない。だからこそ思う、思い出すのだ、あの日あの夜あの瞬間の焔の色を。地獄よりも暴悪で極楽よりも無慈悲な紅蓮に照らし出された、あの微笑を。この世の何より美しいと思った、最期の顔を。

 夢見た後のように、夜は己の脳内に浮かんだ遥か古の記憶にほんの微かに口元を緩めた。夜がそんな事を思い出したのはその唐突な出現にも瞬時の気付き、彼女の姿を認めるやその口角を緩く吊り上げた絲祈の顔が見えたからだ。まるで鏡映しのように、絲祈と夜の微笑はよく似ていた。

「――最早この世の果てに在れるはお前と余だけよ」

 絲祈の口から感極まったように漏れ出した己の名を聞いて、夜はそれに直接的には答えなかった。ただ独り言のように呟いたのは、彼の呼び掛けとは噛み合わない奇妙な一言。しかし彼にだけはわかったのではなかろうか、それが夜からの最大限の称賛であるという事が。

 先程まで異形の王として堂々と君臨していた絲祈だったが、彼と夜の二人だけしか知らぬ関係は今、如実に二人の言動に表れていた。今や完全に立場が逆転した二人は、真っ白な潔癖の糸に包まれた拒絶の園で、互いに黒と赤と死を引き連れて対峙する。その周りを彷徨うしゃぼん玉に映し出される地獄絵図さえ、二人の時間を裂く事が世界の終わりまでも不可能だ。

「そうだ、お前の命は常に我が手中にある。幾星霜、それは遥か過去から未来に続く道の上ですでに定められた鎖。お前の糸を凌ぐ程強固で、強欲な絆にして、掟。我等が〈願い〉、ふたつの〈夢〉が為、繰り返されてきた〈戦〉にして〈遊戯〉を今宵もまた終焉へ繋ごうぞ、我等の手で」

 思い出しているのだろう、絲祈も。見開かれたその八つの煌めく瞳を間近で見ながら、夜は今やこの世で二人だけが共有出来る〈追憶〉を押し込めるように、自らの胸に手を当ててきつく握り込む。しかしその手はすぐに絲祈へと伸ばされると、その死人の色をした頬を包んだ。

 一瞬にして、永遠。背徳的な血の口付けを終え、二人を結ぶ糸は刹那に途切れる。

 恭しく頭を垂れ、従順を示す笑みを浮かべた絲祈が迷いもなくその力の源の一つを抉り取った。とめどなく溢れる鉄の匂いを漂わせる液体と共に、差し出されたのは妖しい光を放つ絲祈の妖力の塊。戸惑いもなく〈それ〉を受け取った夜は、掌に載せたそれをもう片方の手の、容易く折れそうにか弱い人差し指と親指で摘まんだ。

「ご苦労」

 たった一言、しかし親愛の念を込めて甘く細やかに絲祈へと囁くと、夜は躊躇せずそれを口にした。その細く嫋やかな喉が異様に膨らんで、それは少しずつ奥へと、底へと自然に運ばれていく。柔らかく丸いまま体内へと落ちて行くのが視覚でも簡単に辿れる程だ。

 やがて、閉ざされていたその両目がゆっくりと開く。一瞬夜の瞳が、光源さえ何処とも知れぬ弱い光に照らし出されて、全体が真っ黒に輝いて見える。それは夜の前に立つ絲祈の、月の光までも丸ごと飲み込む常闇の瞳とまったく同じだった。一度瞬きした後、再び開かれたその目は今までと変わらない金色のままだったが。

「七つ、とはまた奇遇よの。あの七草どもと同じ、七とはなあ。とはいえ失ったままでは万に一つという事もありえる、運命が覆される事など考えられないが、あの夜空の頂きに座すという天帝は気紛れとも聞く。その者を引き摺り下ろすその日まで、我が手であり我が眼であり我が心の臓たるお前には万全で居てもらわねばならぬ。故に」

 空っぽの眼孔から未だ溢れる紅から目を逸らさず、その液体で濡れた己の掌を夜は密やかに舐め上げた。そのままその白い小指に唇を当てると、次の瞬間、夜は指先を己の鋭い牙で噛み切った。溢れるのは絲祈のそれとも人間のものとも違う、毒々しい蛍光色に煌めく奇妙な体液。それを吸うと、夜はまだ手に持ったままだった細い葦に口を付け、竹筒の中のしゃぼん玉の溶液に浸す。そして目を閉じ祈るようにしながら、そっと息を吐く。ふわりと、葦の先端から小さなしゃぼんの泡が一つだけ飛び立つ。しかしそれはただのしゃぼん玉ではなかった、ゆらゆら揺れながら黄金の煌めきを帯びた奇妙なそれは、一度高く舞い上がった後、ふわりふわりと落ちてきて弾けないまま夜の掌に載る。
 夜はそれをそっと両の掌で包む、そして壊れやすい蝶の羽根でも手にしたようにゆるゆると開いていくと、そこには点滅するように淡い金色の小さな球体があった。

「お前は余の命(めい)に応えた、故に余もお前に我が命を託そう。これは余の力、魔と生命を込めた〈魂の欠片〉だ、失った眼(まなこ)の代わりにお前に視力を齎すだろう。視力だけではない、この欠片を遠してお前には余が見るもの、そして過去も現在(いま)も未来までも透けて見える筈。だがもし、もしもこの時間の軸でも余が討たれる瞬間が訪れるとしたら、その欠片は久遠に光を失いお前に示すだろう、――――あの夜と同じ、余の最期を」

 低く、重く、沈み秘められた呪いのように。掠れた微かな声で絲祈に囁きながら、夜は彼の失われた眼孔へ掌の小さな光を宿した。それは夜自身の黄金の瞳によく似て、さも元からそうであったように絲祈の内側に根付いた。同時に流れていた紅い雫も止まり、ただ彼の頬を赤黒く汚すだけになった。
 もう一度背伸びをすると、夜は絲祈の頬に顔を近付け、舌先で彼の顔を斑に染める紅の跡を舐め取る。甘く苦しいまでの麝香の香りが絲祈を包み込み、彼を包み掴んで離さない。
 薄く銀に反射するその濡れた痕は、泣いているようにも見えた。


「絲祈、共に、永久を歩もう」


 先程までの抱擁のような愛撫が偽りだったかのように、夜は着物の裾をさっと靡かせて絲祈に背を向ける。決して速く歩いている訳でもないのに、その姿がみるみる遠く幻のように霞んでいく。
 急に夜が純白の闇の中で立ち止まると、顔だけ、ほんの少しだけ振り向いた。その顔に表情はなく、ただ冷たく、ただただ白い。

 ふいに小さな笑い声が聞こえた気がした。

 瞬きの間に、夜の姿は掻き消えていた。まるでそもそもそんな存在など嘘だったかのように。

 真夏の、逃げ水のように。


>>絲祈



【こちらこそお返事が大変遅れてしまい申し訳御座いません……絲祈くんとずっとお話していたいのは山々なのですけれど、物語の進行の為ここは一旦回収させていただきますね。短い間でしたがお相手いただきまして誠にありがとうございました、物語の終盤には再びご一緒出来ると思いますので、またその時にはどうぞ宜しくお願い致します!】

4日前 No.393
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