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月姫伝説-月神恋ふる秋の花筐-【かぐや姫異譚】

 ( オリジナルなりきり )
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芙愛【和風恋愛浪漫幻想物語】 @fue ★iPhone=uYwUDyqtCB



今はとて 天の羽衣着る折ぞ
君をあはれと 思ひ知りぬる

【作者不詳『竹取物語』より】







ながつきの風。
深淵たる果てなき静寂の闇。
射干玉に夜を染める黒は、鬼哭の如き風を孕んで啾々と震える。
此の世に生まれ落ちた民草の業罪を責め立てるあの不気味な夜を、幼かった私は母に手を引かれ歩んだ。

ーー「貴方様は明日より後は、宮中にて月の姫様にお仕えするのです。良いですね、貴方も武士の子なのですから、姫様を御守りし立派に御役目を果たすのですよ」

下級武士の夫を亡くした母の手は痩せていたが、とても温かかった。御役目を果たす=A私にはその言葉が母の本心のようには聞こえなかった。私が齢七つの秋のことである。

ーー「ただの……月の姫といえどただの子供にございます。母上、私はそんな年端もいかぬ、それもおなごの従者になど、なりとう御座いません。私は、父上の代わりに母上を守りたいのに……」

月の姫。
姫などとは名ばかりで、それは己と同じ年頃の少女の身体を用いて造り上げられ祀り上げられた、人間の形をした呪具であり食糧であると聞く。
月の国より舞い降りし異邦者を、囲えば豊宇気毘売神の如くその者は栄え、その死肉を食えばその者は女神の奇跡を得られるという。それは果たして誠か嘘か。
真偽は見定められぬまま、愚かなる民は虚構の上に躍る。都人達は彼女を月の姫君と崇め奉り、もてなし、取り入ろうとし、囲い守る一方で、誰もが彼女を味見して奇跡を手に入れてみたいと睥睨している。
異郷の地よりやってきたという、出自すらも憶えていない少女。都の殿上人達が囲う玩具の人形。憐れとは思うが、武士に生まれながらも下級であるが故に、そのような得体の知れぬ娯楽人形の護衛を一生の務めと割り当てられた此の身にだって天は憐憫をくれたっていい。

道端に座り込んだ私の足元が、急に明るくなった。
幼い我儘に泣き濡れて霞んだ視界に、一面の藤色が照らし出される。ぼんやりと視界を覆うその淡紫が藤袴の群生と気付くまでに数秒を要した。叢雲が切れて月影が射したのだろう。私は、それまで気付きもしないでいた。母と二人、最後の夜にかくも麗しき場所を訪れていたのだということに。
見上げれば幽かな光を纏う遥かなる幻月。
秋の真宵を惑う孤独な月。
蹲る足元に、ポツリポツリと水の斑点が染みを作る。
私の涙ではない。
朧な雲の陰間に独り凍える月の涙だ。


ーー「……あまり月を見つめてはなりませぬ。それに…………」

母は雨除けの笠を私に被せながら苦い顔をする。私は皆まで言うなと途中で制した。

ーー「いえ。わかっております、母上。私はもう泣きませぬ。ただ少しばかり、淋しいのでございます。きっと、月の姫君と同じように」

母は安堵したような、切なげな面持ちで一つ頷き、それ以上何も言わなかった。
寒いのか、お前も淋しいのか、それとも不遜な従者の態度に傷ついたのか。と、幼き従者は掌を月へと翳した。「ごめんな」





月を見つめると狂気に憑かれる、とは、誰が言い出したのだろう。
ながつきの風。
焼けた原に、あの日母と見た藤袴の花織物はもう無い。
ただ、あの夜と同じ月だけが、儚い記憶を照らし続けている。
墨染の風の中、雲居の切れ間から、ちぎれちぎれに。

私は、幼き頃より仕え続けた主人の前に立ち尽くしていた。頭一つ小さな影は私を見上げたまま、穏やかに笑っている。
美しい、と思った。
闇夜の中に、浮かび上がる白の薄衣。紗を透かして尚も淡く光を放つ、しなやかな痩躯に真珠の肌。夢幻に見るような仄明き煌めきを纏う少女。私の主君。輝夜の月の姫。如何して私はこれまで彼女が異世界の者であるということを忘れていたのだろう。

「ーーーー」

自分が何者なのかも、何に巻き込まれているのかも、何処に行くのかも知らぬ異郷の少女。だが、其れでも良かった。
二人で逃げよう、と、主を貴族の元から連れ出した私がいけなかった。月下に降り立った一輪の花は柔らかに匂い立つ魔性を流露する。私は成す術なく取り憑かれ、正気に戻った時にはもう、彼女という存在は忽ちに遠ざかる。
なんの素性も知れぬ姫君でも、其れで良かったのに。月光という伝説の羽衣は、私が誰より良く知っていた少女の、最後の人間らしさを覆い隠す。

一度切っ先を向けてしまった時点で、思い直そうとも彼女はモノ≠ノなってしまった。
権力争いの道具に。
愚者の矮小な願いを叶える咒に。
罪人達の好奇心を嗜好を満たす精肉に。
愛する従者の前でさえモノ≠ヨと変貌してしまった。弱き私の迷いと裏切りが変貌させてしまった。感情の消え去った天女の、死人の如き虚ろな目が、その事実を示している。
私の握りしめた銀色の刃は、劍星の煌めきを宿した儘行き場を失って。

穏やかな笑みの中の、絶望。
嗚呼、今宵は満月だ。

「月へと、帰るのか」

月の姫はそれには答えず、行き場をなくして中空に漂っていた剣先へと自ら飛び込んだ。手を退くより速く、皮膚を裂き肉を断つ感覚が痺れるように伝播する。戦慄く私を抱きしめるように、刃を胸郭に深く飲み込みながら身を寄せてくる。
声にならない叫びを上げる私の耳元で、彼女は囁いた。
「私を食べてください」と。そう確かに。


壊れた絡繰人形のように倒れ伏した聖女の亡骸を、私はしばらく茫然と見つめていたが、やがてそっと抱え上げた。透き通る白妙の羽衣は、既に見る影も無く蘇芳に染まり、ずしりと重みを帯びている。
……月の国より舞い降りし異邦者を、囲えば豊宇気毘売神の如くその者は栄え、その死肉を食えばその者は女神の奇跡を得られるという。……
私は笑った。声が枯れるまで、咽び泣くように笑った。
奇跡とは何だ。長者か、天下か、不老不死か。そんなものは要らぬ。俺はただ、ただの男として彼女の事が欲しかったのに。そんな奇跡なんていう欲望の為に、月の姫君なんて馬鹿げた肩書きのために、彼女は苦しんで死んでしまった。彼女を守る筈の、此の刃に倒れて。
「奇跡なんて」
ありもしないくせに。妖でも不死でもなんでもない、ただの清らかで無垢な少女ではないか。
秋風が啾啾と哭く。
狂気の月光が、珠のような屍者の肌を、撫で回す。

ーー女神の奇跡とやらよ。
本当だというのなら、見せてみろ。

深々と刺さった刃を引き抜くと、風穴を穿ったその胸に顔を埋めるようにして剥き出しの肉に歯を立てて啜り喰らった。

ーーさあ叶えてみせろ。俺の願いを。

「…………助けてくれ…………」

時を遡り、私の主君を助けてくれ。私の弱さの所為でこんな哀しい終焉を二度と迎えることが無いように。

墨色の夜に水音だけが木霊する。
雨など降っていないのに、ピチャピチャと。其れは、ある罪深き人間の男が愛の骸となりし天女を食らう音。

時を遡る奇跡よ。
「ーーーー助けてくれ」

秋風は血生臭く、月光はさやかに。
あの夜の藤袴は枯れ果てて。
長き夜は、おそろしき闇に何処までも沈んでゆく。






時は、止まり、還り、廻る。
あの夜と同じ、長月を待つ或る秋の夜。
従者の願いは叶えられ、月の姫は宮中に坐していた。物心のつきし時より其処から歩み一つも出ること無く。
人形のように……否、いずれ誰かの手に渡り食される家畜のように、囲われていた。
強欲で哀れで愚かな地上の民は、何度でもきっと繰り返す。不二の妙薬……月の民の屍肉を食べた物が与えられる時空跳躍能力≠巡って。
従者は姫を伴い、今度こそ彼女を失わないようにと逃げようとするが、それも無駄な事。殿上人だけではなく宮中の武士や官僚、城下の民、商人、職人、難民、盗賊、逆賊、異形の者に至るまで、月姫伝説を知らぬ者は居ないのだから。









【クリック感謝いたします。当スレの主をさせていただきます芙愛と申します。

当スレは日本最古の物語・かぐや姫をモチーフとしたオリジナル和風ファンタジーです。

冒頭の武士が月の姫の屍肉を喰らい時空跳躍を起こし、一か月前に時を遡ったところからこのスレは始まります。要約すると、権力者の欲望によって宮中に囲われていたかぐや姫が護衛の従者と共に抜けだします。そこで出会う人々が、かぐや姫に惚れているなり 彼女を殺し食べることによって得られるある能力を必要とする各々の事情理由があるなり あるいはその両方の理由によって彼女を巡る争奪戦を繰り広げる和風ロマンスファンタジーです。人間関係の糸は複雑に絡み合い、縺れ合い、恋愛だけではない新たな展開と青年達の成長を物語として織り成していきます。
恋愛ももちろんいいんだけど争奪戦を通して取り合ってた男同士に絆的な何かが生まれる話がいいなぁ。

興味を持っていただければ幸いです。
皆様とのご縁と楽しい交流を心よりお待ち申し上げます。】

1年前 No.0
メモ2016/08/21 23:32 : 芙愛 @fue★iPhone-uYwUDyqtCB

一度は止まったこのスレですが、参加者様のお陰で再興頑張ってます! 現在復帰歓迎中です! 入り方わからない場合はサブ記事かSNSにてスレ主までお問い合わせください(^^)


ザ・まとめ!

http://mb2.jp/_subnro/15066.html-294#a


現在進行中!現在、八月十五日 午の刻

《八月十五日》

http://mb2.jp/_subnro/15066.html-292#a


月姫伝説再興・完結スケジュール

http://mb2.jp/_subnro/15066.html-270#a

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藤堂吉継 @fue ★iPhone=uYwUDyqtCB

【藤堂吉継/城下 羅城門→外れの屋敷周辺】


しばらく何かに憑かれたように羅城門の焼け焦げた跡地に座り込み地を這っていた着物の裾を、いつしか斜陽が焦がし、宵闇が陰翳を被せ、やがて月光が濡らした。
それほどの時を、徒らに、一つの可能性を以って待ち惚けてしまった。
「やはり……そう簡単にはゆかぬようだ」
衣の裾に付着した煤を払い、立ち上がって満月を仰ぐ。
「月の姫≠フ奇跡……か」
目映い月光に目を細めると、頭に響くように去る晩この地で聞いたあの女の声が甦る。

『本当に、よいのですか吉継様?』

本当は、輝夜姫が欲しかった。

『またいずれ近々、余は吉継様の前に参上仕ります。その時、どうすれば貴方様が輝夜様と結ばれる事が出来るか、そのお話をゆっくりと致しましょう』

その答えを、急かしに来たのではない。だが、あの夢幻のようだった事の次第を確かめたかったのだと、自分に言い聞かせる。熱に浮かされたように、気が付いたら夢とも現ともつかぬ夜の化身の囁きを頼みに、こんなところまで来てしまった。
祭囃子が耳に届く。この音色を、よく知っている。観月の祭の笛太鼓だ。前観月に共に望月を眺めた人と、後観月の十三夜を共に見るという風習がこの地には根付いている。
去年も、その前も、毎年毎年、祭の夜は側にいた筈だ。大切な人達。明かすことのない想い人も、生涯の主も、共に育った相棒も、大切だった人達は皆あたりまえのように側にいた筈なのに。今年は一人、こんな荒れ果てた都の片隅で月の出を迎えてしまった。

しばらく黙って月を睨んでいると、やがて黄金の光はその片目の瞳に陰を落とす。
羅城門を後にして都の方へと向かった。

祭の喧騒も耳に入らず、どれほど虚ろな目をしたまま都を彷徨ったか判らない。今、目の前には閉ざされた巨大な門が聳え立っていた。何故今己がここに居るのか、熱に浮かされたようなこの奇妙な心持ちでなければ、もっと早く自問したことだろう。
身体の内に呪いのように染み付いた、記憶の種から波紋のように広がり聞こえてくる呼び声に引き寄せられるまま気付けばここに居た。この場所が、自分に何を示唆しようとしているのか、あの声が夜と名乗る妖と何の関係があるのか、暫く邸の周囲を歩き中の様子を伺おうとするも垣間見ることすら出来ない。思い過ごしか、と溜息を吐き、先程から微動だにしない門番をちらりと見ては垣根沿いにとぼとぼと歩いてゆく。

>all(特に手宛先無し)


【いつもの、代理代筆です……! 合流や絡みもオーケーです!】

6ヶ月前 No.304

輝夜 @yuunagi48 ★Android=sXgGT33OGk

【輝夜/夢の中→芝居小屋】

赤……世界が赤く染まる。輝夜はぼんやりとそれを見ていた。
空には大きな満月が一つ。星は月の明るさに紛れてか見てとれなかった。そしてその月よりも近くで鈍い輝きをを放つ刃と黒い影。それが向けられているのは他でもない輝夜自身にであった。

やはり恐怖は感じなかった。更に今回は、あっ……と思う事も無く、時がゆっくりと流れているかの様に鋭い刃の切っ先は何の抵抗も無い輝夜へと吸い込まれていった。
瞬間、世界が赤に染まる。周りに見えるもの、全てが赤一色だ。真っ赤な光源が怪しくじりじりと焼き焦がすかの様にこちらを見ている。

赤い、光?

輝夜は夢の中で首を傾げた。真っ赤な丸い光源は輝夜を責め立てる様に真っ直ぐに見詰めて来るのだ。じりじりと、熱気が思考を鈍らせる。

熱い……熱い。

身を焦がされる様な熱気に一度瞼を強く閉じ、再び開いた時世界は一変していた。変わらぬ紅い世界。しかしそれは先程の赤とは違う。紅蓮の世界だ。
それが炎だということは瞬時に理解した。そしてそれは今正に輝夜の身を焼かんと真っ直ぐに向かって来ている。逃げなきゃ……とすら思えなかった。ただ恐怖と混乱から体も思考も硬直してしまいピクリとも動けない。

『姫様!』

耳に届いたのは二つの声。輝夜もよく知る咲秋と吉継の声だ。そして伸びてきた手に掴まれ強く体を引かれた。その手の持ち主がどちらか見ずとも輝夜は知っていた。そしてこの後どうなるのかということも。
薄!と声にならない思いと共に手に引かれる方とは逆を振り返れば、そこに居たのは……女郎花、そう華切の姿。再び輝夜は混乱する。そこに居るのは華切ではなく吉継のはずなのだ。ここに華切はいる筈が無い。何故なら……

『華切様は……』

震える咲秋の声が聞こえる。輝夜の前で取り乱さない様に必死に気持ちを圧し殺そうとしているようだが、その言葉の残酷さは咲秋の全力をもっても敵わぬものだった。それだけ咲秋は彼を慕っていたのだ。そしてそれは輝夜も。

いや、いや……いやいやいや!!
その先を言わないで!!


はっと開いた目に飛び込んできたのは透き通るような綺麗な白い髪に暖かな茜色の瞳。しかし、それは心なしか揺らいでいる様にも見えた。

「花、菖蒲?」

輝夜はゆっくりと手を上げ、何となく……ほんの一瞬、不安そうにも苦しそうにも見えた珠芽の頬に手の平を当てた。日が沈んだからか、風に冷やされたのか、珠芽の頬はひやりと冷たく感じた。

「私、眠っていたの?」

目に飛び込む室内は見覚えはあるが、見慣れぬ物ばかりだ。ばくばくと速い鼓動を「大丈夫」と言い聞かせるように落ち着けると徐々にここに至るまでの経緯が思い出される。

そうか……私、花菖蒲と月下香を探して、紅葉と会って、花菖蒲が刺されて死んでしまうのかと……。それから、葛……の葉を探して、撫子に会って…………

「あっ!」

そこまで思い出した時、輝夜は大切な事を思い出してがばっと体を起こした。辺りをきょろきょろと見回すがそこに既に彼岸はおらず、灯りのちろちろと灯る部屋には輝夜と珠芽の二人きりであった。

「もう!撫子の馬鹿!馬鹿!馬鹿!!お土産に持って帰って良いって言ったのに!!」

駄々を捏ねる子供の様に床をばたばたと叩いて輝夜は不満を訴えると頬を膨らませた。そう、それは輝夜が眠りについてしまう直前の約束。彼は言った……羊羹をお土産にくれると……。
>珠芽、(彼岸)、周辺ALL

【遅くなりまして申し訳ないです!
昼彼岸君、素晴らしい絡みありがとうございます!撫子と呼べた☆ミと歓喜している背後です!そして、輝夜がまたもやすみません(汗)次、会える時はどの様な会い方になるか今からもうわくわくしております!
そして珠芽君にも……色々と考えた結果、輝夜ならばやはりこうだろう!という事になりました(汗)か、絡み難くてすみません(激謝)

せしろ様、上記咲秋君のレスにて共に城下にとあるのですが、芙愛様と少し相談した結果、輝夜を(咲秋君とすれ違う形で)一度宮中へと戻らせようかと思っております。次かその次辺りの輝夜のレスにて宮中まで移動出来たらと思っているのですが、宜しければ再び輝夜と絡まりませんか(←
夕臙君からの素晴らしいトスもありますので、再び哉栄先生とお会いしたいなぁ……なんて。勿論、少しここへ動きたい!等ありましたらそちらに動いて頂けたらと思います!】
>崎山様、倖様、せしろ様

6ヶ月前 No.305

佐竹咲秋 @fue ★iPhone=uYwUDyqtCB

【佐竹咲秋/宮中 左京院邸→城下 茶屋】


血相を変えて飛び出した咲秋を、邸の者達が振り返る。
履物を粗雑に引っ掛け、馬舎に向かいかけてから思い留まり、自らの足で門の方へと駆け出す。祭の今宵は人通りが多く、馬では動きがとり難い。得手である弓も矢も携えず、唯、二振りの刀をのみ腰に帯び、公用の上等な袴姿であることも忘れて木枯らしを切った。
華切の返事や顔色を伺う事も、矛盾を孕む報告の真相をよく確かめる事すら厭う程に、咲秋は焦り取り乱していた。一昨日の過ちに対する処分も未だ決まっていないというのに、今日もまた姫が消えた。今日の事に関しては自分の責任では無いなどと、言っている場合では無かった。今は誰の過失であるかを責め合っている場合ではない。事の真相は分からねど、姫君の身が危ないのは確かなのだ。

朱雀門を抜け、城下に出る。
目の前に広がる光景に、咲秋は一瞬怯んだように立ち止まる。
視界いっぱいに広がる祭の夜の情景は、まるで知らない街に来たような錯覚を起こさせた。碁盤の目を縁取るぼんやりと暖かい提灯。通り一杯に広がり行き交う人々の群れ。異質なまでに溢れかえる生の気配、暮らしの匂い。食べ物の匂いと不揃いな喧騒が混ざり合い、静かである筈の夜の気配を掻き混ぜていた。異質な夜。空はとうに黒く塗りつぶされているのに、其処に穿たれた満月の穴のたった一つで、都は熱を帯び熱に浮かされている。うねる波に、酔いそうだった。此の中から、姫を見付けるだなんて。咲秋の表情がより険しくなる。

(一刻も早く、姫様をお探ししなくては)
先程から悪い予感ばかりしていた。
思考の中で、現在の事態に昨日華切から聞いた輝夜姫の悪夢の話が絡み付く。即ち、満月の晩に姫が何者かに刃を向けられたという夢の事が。その続きを彼女が言わずとも、彼女がその刃に斃れる結末は否応なく追随する。たかが夢、されど、絡み付いて剥がれない。
不吉なその夢は、思い返す度まるで予知夢の如く思えてくるのだ。

空を仰ぎ、月を睨む。
怯んでいる場合ではない。咲秋は思い立つと、目の前を横切った女の肩を突然に掴んだ。
「尋ねたい事がある」
あまりに唐突すぎる事とその剣幕に、町人の女は驚き脅えて声も出ない。宮中から物凄い形相で飛び出してきた帯刀の武士にいきなり肩を掴まれ怒ったように詰め寄られたのだから当然の反応だ。触れれば切れそうな鋭利な視線に貫かれ、女は萎縮する。
もしもここに相方が居たのなら溜息をついてすかさず愛想良く気の利いた助け舟の一つでも出したことだろう。輝夜の事が絡むとすぐにこれだ。普段は怜悧なその思考は矢の軌道の如く一直線に彼女へのみ突き進み、常識も道理も全て吹き飛んでしまう。

ーー

暫くして、咲秋は一軒の茶屋に辿り着いた。
鍛え上げた身体でも流石に息も弾むほど走り、人混みを掻き分け、やっと突き止めた茶屋の赤い傘が見えると、転びそうな程に慌てて駆け寄る。店は閉まった状態で、赤い布の掛かった長い腰掛けと、傘を差すように枝を伸ばす楓紅葉がひっそりと立っている。
何人もの沢山の町人に迷惑をかけ、困惑させてきた事すら今は気にならず、ただ、輝夜の身だけが心配だった。
もしも、もしも或る人が言ったのが本当で、此処で輝夜が刺されていたら。自分の命よりも余程大切な女主の身に傷一つ付くことすら、胸が痛んだ。先日の、靴擦れをおこし光宮医師に自分の知らぬところで手当てを受けて触れられていたことですら、自分を責めた。もしも此の、満月に纏わる不安≠ェ真で、姫に刃物を向ける者≠ェ実在していたら。考えただけで狂って叫びを上げそうだった。

長椅子の傍らに立つ楓の樹の下に、他と違う地の色が月明かりに光っているのが目に飛び込む。瞠目して噛み付くようにその前に膝をついた。
(……血が…………!)
月光の下でも判る、黒く乾いた血痕。床ではなく地の上であった為に除去できなかったのであろう、砂利に混ざってそれは動かぬ証拠として其処に在った。
両手両足を付いた状態で、舐めるように、その乾いた血痕を見つめる。どんなに観察したところで、それが誰の血であるのか、探し人の血であるかなど判るはずも無いのに。
姫様、姫様、と譫言のように繰り返すと、浅く吸う息に混じって、錯覚のように僅かな血潮の香りがあるのを嗅覚が捉える。
輝夜の、血。そう脳が思考を言葉に替えた瞬間に、電撃を浴びたように心臓が縮んだ。反射的に顔を上げ、目を見開くと、巨大な満月が瞳孔から脳を射抜く。
「…………!」
海馬を震撼させる鋭い痛みに、咲秋は思わず声を詰まら背を丸める。
知っている。此れに良く似た光景を、憶えている。目を閉じても瞼の裏に溢れる黄金の光。でも、何処で。満月など珍しくはない。何を、自分が知っているというのか。今はそんな夢想よりも、姫様の安否を確認せねばならぬというのに……そう自分を叱咤し、突発的な痛みが治まるまで固く目を閉じて耐える。
(これは、姫様のではない……頼む、刺されたのは、姫様では、無いと言ってくれ……!)
何者かの手が、満月の晩、月の姫に刃を向ける。予知夢が、真実となったのか。

「もし、そこのお武家様……?」

そのとき唐突に背後から響いた声に、咲秋は驚き顔を上げる。年配の女性が一人、心配そうにこちらを覗き込んでいる。咲秋が黙ったままでいると、「御気分でも悪いのでいらっしゃいますか?」と、更に心配そうな顔をして隣に屈み込み助け起こそうとしてくる。慌ててそれを辞すると、その女性の後ろで先ほどまで閉まっていた茶屋の扉が開いていることに気付く。どうやら彼女はこの店の者であるらしい。そうと判明するや否や、咲秋はさっと身を起こし、酷い剣幕で女将の着物の裾に縋った。

「頼む、此処で何が起こったのか、教えてくれ!!」

そのよく見ればまだ年若い武者の必死の形相に、驚きは次第に憐憫に変わって、茶屋の女性はこう語った。
「今日の昼下がりのことでございます。この茶屋を何処ぞの姫君風のそれはそれは愛らしいお方と、少し変わった身なりをした……というのも、雪のような白髪に南天のような赤い目が人目を引いていたからです……その幼い男の子がこの店に立ち寄られたのです」
やはり、姫様だ、と咲秋は確信する。
「……(しかし、姫様と同行していたその男の子というのは一体……)」
「ちょうど貴方様がいらっしゃるこの辺りです、此処にお二人が立ち止まると、突然刃物を持った別の少年が木から落ちてきたのです。その子を私は知っているのですが、そんなことをするような子ではないから、それはもう、私もびっくりしてしまって」
女将は「びっくり」をやけに溜めて強調した。
「それで、刺されたのは」
「刺されたのは白髪の男の子のほうでした。私には、どうもあの白髪の男の子がお姫様を庇い守ったように見えましたよ」
「…………」
「この辺りは、それはもう、血だらけでした。男の子は肩を刺されたようでしたが、更に驚いたことに、刺したほうの少年はその場で医者のように手術を始めて、自分が刺した男の子を助けたんです」

女将の話の後半の部分は、もうほとんど耳に入らなかった。刺されたのは輝夜ではない、その事実確認が出来ただけで、全身の力が抜けていくのを感じた。
安堵に胸を撫で下ろしたのも束の間、咲秋はまた表情を厳しいものにする。まだ輝夜が見つかったわけではない。
それにあの夢が予知夢だとしてまだ実現されていないのだとしたら、今こそ姫の身が危ないかもしれない。或いは、やはり何者かは同じ満月の晩にこうして彼女を亡き者にし、今は既に時を遡り誰かがやり直した世界なのではないか。その何者かは今世でも彼女を、満月のその刻が来れば殺める筋書きなのではあるまいか。死神のように。月の姫の奇跡など、信じたくもないが。


>(all)


【伏線のため事件現場へ移動させました。物語の核心(?)へと近付けていきますよ!】

6ヶ月前 No.306

夜行之燈頭馬 @bousou1235☆iDC.KIllQXs ★hiacNAxczR_qxX

【夜行之燈頭馬 / 郊外(山中隠れ家)】


 昨晩、羅城門にて繰り広げられた一戦。傍から見れば都で度々起こる異形と人間の争い事に過ぎない。しかし、月姫を中心に幾度も時を遡り巡り巡る者達にとっては些細と切って捨てる事はできないだろう。 ……あの夜は1つの“分岐点”だったからだ。死するはずだった者が生き延び、破綻するはずだった関係が未だ辛うじて存続している。新しく生まれた運命は誰もが見た事のない結末へと向けて胎動し始めていた。


 突如来訪してきた夜のまるで深淵へ導くかのような誘いを断った夜行。葛の葉が何も告げずに都を去った今、人間への怨嗟を窘める者は誰もいない。しかし、意外なことに夕暮れの刻まで住処と定めた廃屋を離れることはなかった。その間、屋内に溜まった埃等を丁寧に掃い、衣類や食器、寝床などの日用品を麻袋に収納するなど、生活の痕跡を全て消すかのように身の回りの整理整頓に慎んでいた。
 ―――――これは不帰の支度。今宵、私は討って出る。烈火の如く単騎で都を駆け抜け、眼に映る全てを燃やし尽くし、喉が張り裂けるまで呪詛を撒き、腕に力が入る限り人間共を斬って捨てよう。再び朝陽が昇る頃、彼の地に影を差すことができるのがアヤカシ達だけになるように。それを見届けた後、ようやく私は真に愛しき者達と邂逅を果たすことができる、深き深き地の底で。

 そして、遂に日没の刻。夜行は綺麗に片付いた部屋の中央に位置する囲炉裏の前に鎮座し、己が半身こと首無し馬 燈頭馬が現界することのできる刻を待っていた。不帰の支度をした手前、囲炉裏に薪をくべて火を焚くわけもいかないので、自身が生み出した紫炎の鬼火を灯りとして。ようやく全てを失ったあの晩から続く長き旅路も終わりを迎える。しかし、その表情は晴々とはしていなかった。時折愁いを押し殺そうと下唇を噛みしめ、瞼をきつく閉ざした顔は寧ろ苦しそうにも見てとれる。

 愁いの原因は例の幻覚や幻聴、そして既視感だ。時を遡るという月姫伝説を真に受けた解釈をするのなら、今こうして此処に在る私とは違う私、限りなく同じ道を歩みながらも、確実に違う終着点へと向かった私の記憶の残滓なのだろうか。だとすると可笑しな話だ。これらの愁いはまるでこれから都へ向かう私を阻害しているように感じるからだ。……分からない。私は復讐鬼。私には復讐しかない。復讐しか残されていないのだ。この血に濡れた掌は奪う事しかできない。何かも分からぬ幻なれど何故私が私を邪魔立てするのだ。


 カタッ


 引き戸の方から物音が鳴る。隙間風で水瓶の蓋でも動いたか、と傍目で音の鳴った方を見る。引き戸周辺が目に映った時、夜行は一瞬息をするのも忘れ、文字通り絶句する。限界まで見開いた琥珀色の瞳に映ったのは、引き戸に訝しげに凭れ掛かった葛の葉の姿だった。だが、彼が“本物の葛の葉”ではなく幻覚であることは直ぐに理解できた。何故ならその左胸には遠目で致命傷と分かるほど深い刺し傷があり、その痛々しい傷は夜と会合した時に脳裏を駆け巡った在りもしない記憶の中で自分が彼に穿った傷と同じだったからだ。しかし、幻覚だとは理解できても、この葛の葉に対してどう反応していいのか分からず、言葉を詰まらせたまま震える手を伸ばそうとすることしか出来なかった。狼狽える夜行と相反し、葛の葉の幻覚は只々静かに夜行を見据えていた。まるで「それでいいのか」と問いかけているように。


 『もし、誰かいらっしゃいますでしょうか?』


 予期もしなかった幻覚の干渉に苦しむ最中、外から此方の在宅を確かめる来訪者の声が屋内に響く。
 その瞬間、彼の者の幻覚は風に流された煙のように呆気なく消えてしまった。


「――――……っぅ…不甲斐ない。未だ彼に縋りつこうとするなど、…ましてや幻などに」


 乱れた呼吸を整えながら、幻相手に微動だにできなかった己が無様さを恥じ、ギリィッと音がするほど強く歯を食い縛る。死など恐ろしくない、この世に未練などない と不帰の支度をしてみたがこの始末だ。あの者に偉そうに“本質”などと語ってみたが、結局それを一番受け入れることが出来ていないのは自分自身なのだ。幾ら復讐で心を燃え滾らせようと、その奥底には全てを失い泣きじゃくっている過去の私がいる。きっと、あの脆弱で浅ましい頃から私は何も変わってはいない。煩わしいと思いながら心を捨てることができないのがそのいい証明だ。

 このような状態で来客に応じるなど土台無理な話なのだが、わざわざ訪ねてきた者を無碍に追い返すことも出来ない。身に覚えのない気配だが、戸越でも妖気を感じることから人間ではないはず。どういった意図を抱えて来たかは分からないが、恐らく彼女が此処を訪ねてくる最後の訪問者になるだろう。なので中に招いて旅路を労っても罰は当たるまい と思いつつも、懐に短刀を忍ばせて警戒を完全に解くことはせず、囲炉裏に座したまま引き戸に向かって左手を横に振る。すると、触れもしていない引き戸が拳一つ分だけ音もなく開く。


 「さあさ、どうぞ中へ。灯りなき山道は寒さが骨身にしみたでしょう。迷い家のように絢爛な馳走を振る舞うことはできませんが……」


>>鬼女


【ど、どうもお久し振りです。超弩級の遅筆になってしまいまして誠に申し訳ございません。
 鬼女様宛に返事をさせていただきます。時間軸が夜に変わったの事で不都合がありましたら、ご指摘くだされば幸いです。
 夜行は都を襲撃しそうでしなさそうな半端な雰囲気ですが、座談に洒落込むも祭りへ誘っていただいてもホイホイついていきます。
 遅筆で度々ご迷惑をおかけしておりますが、お相手の方どうか宜しくお願い致します】

6ヶ月前 No.307

@kronos☆M83pBhikgC. ★Android=Esl6XVmNcI

(薬師寺邸/薬師寺紫)

「妖と言うものは、人の思いの塊だ。俺は人より長生きした妖を知らない。人の歴史より、な。」

薬師寺邸に足を踏み入れてから彼は唐突にそう言い始めた。そして、店外と裏戸に筆で書き認めた紙を張り出す。

(彼のモノ以外が入るべからず。薬師寺紫)

「まぁ、まじない程度だが、まじないと書いてのろいと読む。弥栄の親爺さんに教わったものだ。」

言いながら盥に水を張り、軽く足を拭ってから火鉢にかけている薬缶を持ち盥に注ぎ、うめる。

「夜は冷えようよ。ぬるかったら湯を足すと良い。」

鉄煙管を煙草盆の吹き出しに雁首を軽く叩きつけ灰を落とし、竈にある埋め火を灰から掻き出し薪を二、三投げ込む。徳利から銚子に慣れた手つきで酒を注ぎ湯の沸いた鉄鍋の中に浸けた。

「お茶で良いな?床の間から薄を縁に出してくれ、壺に生けてる奴だ。」

6ヶ月前 No.308

珠芽 @d0ap ★Android=oiMOxDsfGh

【珠芽/芝居小屋】

 輝夜の肩を揺さぶりながら、僅かに願ってしまった。このまま、彼女が目覚めず、思いに揺れる自分をその澄んだ瞳に映さないことを……。そこまで思い、首を静かに横に振った。そんなのは只の逃げだ。彼女が自分の側にいる限り、罪悪感を抱き続ける。それで、良い。それが、彼女を利用した代償だ。
 暫く肩を揺さぶっていると、輝夜の両眼がはっと開いた。ぼんやりと視界をさ迷わせた後、珠芽に焦点を合わせるとゆっくりと手が伸び、頬に触れる。その行動に内心、戸惑いながら、揺れる瞳に気付かないふりをして言葉を紡ぐ。

「よく、眠ってたよ」

 輝夜の問い掛けに少し呆れたような、けれど優しくふわりと笑みを浮かべながら頬に触れる手に手を重ねた。輝夜の手から伝わる暖かさが、じんわりと珠芽の肌に溶ける。その心地よさに身を委ねそうになりながら、ふいに思い出したのは彼岸の言葉。

「この部屋の人が、帰った方がいいって……」

 記憶を辿るように宙を見つめていた輝夜に伝えようと声をかけていると、珠芽の言葉を遮るように輝夜が声を上げ、体を勢い良く起こした。どうやら珠芽の言葉は耳に入っていなかったらしい。どうしたのだろうか、と不思議に思い様子を伺っていると、それは拍子抜けする理由で、ついフッと笑いを溢してしまった。

「お姫様、帰ろう。おれ、行かなきゃ行けないところがあるんだ。あの大きな門まで送るよ。だから、」

 バタバタと床を叩き、不満そうに頬を膨らます輝夜に「帰ろう」と再度告げながら手を伸ばす。目覚めるまでは不安と罪悪感でいっぱいだった心が、輝夜の素直で淀みない様子にスッと軽くなったような気がした。それでもまだ少しちくりと痛むこの感情は、きっと消えることはないだろう。でも、これでいい。彼女を利用するからには強くなろう。この痛みに堪えられる力も。
 片手に持つ短刀を握り締め、そう秘かに己に誓った。

>輝夜、周辺all

6ヶ月前 No.309

鬼女 @yuunagi48 ★Android=sXgGT33OGk

【鬼女(葵女)/郊外、山中隠れ家】


それ程まで間をあけずに目の前の戸はすぅと僅かに開いた。誰かの近付いて来た足音も、戸の動く音もなく……だ。その隙間の奥から一つの声が聞こえる。

「あぁ!あぁ!!有り難う御座います。山歩きは不得手でして、日も沈み困り果てておりました」

そっと手を当てゆっくりと引き戸を開く。薄暗い部屋には行灯は無く、囲炉裏に火もついていない。自然には生み出される事の無い紫色の炎がゆらゆらと揺れている以外には。
臆する事無く一歩、二歩と室内へと入ればそっと振り返り戸をゆっくりと閉める。満月により明るい外界からの光が細くなりやがて消えた。二人を照らすのは家主によって産み出されている鬼火のみだ。

「夜分遅く見ず知らずの私を招き入れて下さり有り難う御座います。私、都に住まう……」

軽く頭を下げ、挨拶と共に此処へと辿り着いた経緯を軽く語ろうと口を開いた鬼女だったが、途中で止めればふふっと笑い声を漏らした。声を忍ばせ肩を震わせて一頻り笑えば、ゆっくりと頭を上げる。その表情は何処か怪しく、しかし人懐っこい。

「いえ、もうこの様な演技は貴女様の眼前では無用ですわね。私は鬼女(きめ)と申します。都で人々が噂をしておりました『夜行の蹄』という馬に乗った鬼を探してこちらまで参りました。夜行の蹄と言うのは貴女様ですか?等と言う問い掛けは不要ですね」

ゆっくりとした動きで履き物を脱ぎ、室内へと足を踏み入れる。一歩一歩と燈頭馬に近付き囲炉裏の側に座ると鬼火に照らされる彼女の顔をゆっくりと見詰めた。

「宮中に私の大切な方が囚われております。彼は妖であるのに、その力を買われ大切な方々ものを人質に人間達を守る為に働かされているのです。私は彼を人間達から取り返したく貴女様のお力をお借り出来ないかお伺いしに参りました」

一つ一つの動作はゆっくりと丁寧に、しかし鬼女の発する言葉には有無を言わせない意思があった。それは例えここで燈頭馬が首を縦に振らなかったとしても、鬼女は他の者の所に向かうか、もしくは一人で乗り込むか、それとも燈頭馬が頷くまで彼女に付き纏うかもしれない。彼女の声と瞳には諦める等微塵も考えていないであろう決意が込められていた。
しかし、そこまで話した鬼女は僅か一瞬の間をあけただけで、燈頭馬の返事を待つ事もせず次の言葉を発した。

「しかし、貴女様はお話に伺っていたよりもとても悲しそうなのですね。都では炎の馬に乗って駆け巡るや、逆鱗の如く薙ぎ焼き払われる恐ろしい鬼だと聞いていたのですが、今の貴女様はとてもお辛そう……」

そっと口元に袖を当てると顔を少し下げる。瞳に影が落ち炎の揺らぎがはっきりとした色の無い鬼女の瞳も揺らす。仕草はその生き方故か多少大袈裟に見える所も度々とあるが、彼女が純粋に宮中に囚われている……と思っている吉継を助けたいと願い、そして目の前の燈頭馬の辛そうに見えた表情に心を痛めているのは紛れもない事実であった。
>燈頭馬、周辺ALL

【マグカップ一郎様!お帰りなさいませませ!お待ちしておりました!不都合など何も!お返事が返ってきた時には飛び上がって喜びました♪物語もラストに近付きやはり妖勢力に燈頭馬さんはいて欲しいです!!
えっとですね、現在妖勢力として、夜ちゃん、絲祈君が大きく動いているのですが、もしよろしければ絲祈君と合流いたしませんか?可能でありましたら次レス辺りで鬼女から誘わせて頂けたらなぁ……なんて(^^)】

6ヶ月前 No.310

輝夜 @yuunagi48 ★Android=sXgGT33OGk

【輝夜/芝居小屋→宮中付近】

約束したのに……と膨れていた輝夜に珠芽が手を伸ばしてきた。行かなきゃいけない所があるとそう言った珠芽の手に輝夜は自分の手をそっと乗せる。

「うん、私も女郎花に会いたい」

夢の中で聞いた咲秋の声。絞り出す様な悲痛なあの声が夢である事を確認したかった。月下香に会いたかった。その為に城下へとやって来たのだが、今輝夜の中で生まれたこの不安は華切に会わないと消える事はない。
珠芽の手をぎゅっと握ると再び輝夜は芝居小屋から走り出した。とは言っても、そもそも普段走る事も無ければ体力もない。昼間よりも更に遅く、祭を堪能する人々の速足にすら追い付かない速さで宮中へと向かう。何度か珠芽に道を教えて貰いながらも不思議と間違える回数は少なく徐々に大きな朱雀門が見えてきた。

輝夜の足が段々と遅くなり、そして止まった。門の手前、今宵の門番をしている者達からは見えない位置で輝夜は珠芽の方を見た。

「ねぇ、花菖蒲。私ね、花菖蒲が大好きよ!私の、とっても大切なお友達。だからね、何があっても大丈夫なの!だって、大切だと体が勝手に動くでしょう?だから、花菖蒲も私もきっとこの先、今日も明日も明後日も間違いはしないわ!私は花菖蒲が大切で、花菖蒲は私が大切なのですもの。大切な人の大切な人は大切なのよ!」

走った事で多少息を乱しながらもくすくすと楽しそうに笑いながら輝夜が唐突に発した言葉は、まるであの茶屋で一番最後に交わした言葉の返事のようにも、輝夜自身の決意にも、どちらも違うようにも聞こえた。

「私と花菖蒲はおんなじだから、大丈夫なのよ!」

もう一度そう言って満足気な笑みでうんうんと頷く輝夜の思考は一体どうなっているのだろうか?ただ一つわかる事は輝夜の言葉に迷いは微塵も無いという事だけだった。


珠芽と別れた輝夜は宮中へ続く門へ真っ直ぐに向かっていった。途中で輝夜の姿に気付いた門番が慌てて駆け寄る。「姫様が戻られたぞ」との声に周囲の者達が集まり、その内数人は華切や探しに出た咲秋達に伝達の為走っていった。色々と声の飛び交う中で輝夜は一言あまり大きくは無い声量で、しかしはっきりと
「私(わたくし)女郎花に会いたいのです」
と告げた。

その場に咲秋も吉継も居なかった為か、輝夜がその場に姿を表したのは暫し経ってからであった。身なりを整え、体力を全く消費していなかったとしても重い着物を纏い、顔を隠し、視線を床へと下げたまま座る。周りの者達が下がるのを待って輝夜は少し視線を上げた。

「桔梗……?」

華切が無事である事は聞いていた。そして客人が来ているということも。しかし今回世話を任されたのは輝夜を月の姫として見ていた女中であった為、彼女が自ら言うことも輝夜が問う事もなく、誰が来ているのかまで知らなかったのだ。きょとんとした瞳で哉栄を見詰める。

「桔梗と女郎花はお友達?」

華切と哉栄を交互に見ながらそう尋ねた。先程までの月の姫であった少女は何処へやら。一瞬でそこに座るのは見た目と中身の反する少女輝夜へと戻ってしまっていた。
>珠芽、哉栄、華切、周辺ALL

【彼岸君との合流へ進める為に移動をほぼ1レスで詰め込んでしまいました(汗)もしこの台詞言っておきたい!ややっておきたい!等ありましたらその様に合わせさせて頂きたいと思います!
>倖様
そして、お返事来る前に突っ込んじゃいました(汗)すみません!!もし不備がありましたら後半(門以降)を変更しますのでサブ記事にでも直接伝言板でもご連絡ください!
>某たぬき様、はいせりひと様】

6ヶ月前 No.311

夕臙 @fue ★iPhone=uYwUDyqtCB

【夕臙/城下 薬師寺邸】

薬師寺紫が貼った呪いの文言のしたためられた紙を一瞥すると、夕臙は彼に続いて家の中へ入る。普通の人間の子供にすぎない夕臙には、それを見ても何か妖気や殺気のような物を感じ取る事は無かったが、掛けて貰った言葉の偽薬ゆえか、避難所に逃げ込めたかのような感覚にほっと息を吐いた。
薬師寺に倣い自分も暖を取ろうと思ったが、その前に床の間から薄を出すのを頼まれた為、「わかった、おれは飲めねぇから、茶で良いですよ」と快諾して床の間へ向かう。壺に生けてある薄を、壺ごと注意深く持ち上げる。腰に力を入れ、ふらつかないよう真っ直ぐ抱え上げると、ふわふわと垂れる薄の尾が鼻をくすぐった。
夕臙がくしゃみを堪えるような顔で振り返ると、薬師寺は火に薪を足しながら、晩酌の準備をしている。縁の向こうに見える夜空はいつもより明るくて、浮かぶ黄金の月は温かそうに映った。冷えた部屋に燗つけることで立ち上る湯気が、白菊のように優雅に開いたり閉じたり揺蕩う。
「月見で一杯」と少し元気が戻った調子で言いながら、月光の当たる板敷の縁に薄を置いて戻ってくると、今度こそ薬師寺に倣って足を拭い、暖をとることにした。
「薬師寺さん……」
温かさを噛みしめるように味わいながら言った。外気は寒かったが 、それすら気にならなくなるほど夕臙は身も心も暖まる思いだった。いつもの煩いくらいの元気に比べるとまだまだしおらしくはあるが、それでもいつもの知りたがりの子供に戻って、夕臙は人生の先輩と慕う薬師寺に気になっていた疑問を投げた。
「さっきの、妖は人の思いの塊って、どういう意味ですか? まるで、人間から妖ができたみたいだ……だとしたら、どうして妖は悪い奴なんだ? どうして、あの白い妖の子は悪い奴の筈なのに姫を助けたりしたんだ?」
同じ方向を見て並ぶように腰をおろしていた少年は、大人の顔を見上げる。それは先ほどのような躊躇いの吐露ではなく、純粋な疑問だった。言ってから、先程怒られた件を思い出したように慌てて付け足す。
「……べつに、妖が悪者とは限らないとわかったからって、先生を助ける邪魔になるなら関係なく容赦はしない、ですけど」

>薬師寺紫

5ヶ月前 No.312

珠芽 @d0ap ★Android=oiMOxDsfGh

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5ヶ月前 No.313

崎山 @caim ★Vxqs1Pnm4y_mgE


【東雲 彼岸/城下の外れ・石階段】


 屋根の群れを駆け抜けた先、雑木に囲まれた石階段の真下に下り立った。先の狐の気配は、未だない。羽織を直しながら見上げては、遥か最上段からは古木で作られた祠が覗いていた。
 視界は真暗に等しく、雑木のせいで月の光を跳ね返すものすらない。余程の用事でもない限り、人間であれば近付きすらしないはずである。だが、後方の足音は違うらしい。砂利を磨り潰すような足取りが此方へと向かってきている。此処からでも聞き取ることが可能なその会話内容は、下らぬ転覆ものの相談のようであった。視線を後方へと向ける。その正体は笠をかぶった二人組の男であったが、気配からも人間であることは間違いないようである。どちらにせよ、都合が良い。物腰から見るにどうも手練れであるようには見受けられはしないが、その下級の武士が持つには不相応な得物は――既におれのものであった。

 暗闇の中に、腰を落とす。
 二人組といえど、夜目も効かぬ人間を相手に死角を取るのは容易い。闇に溶けるようにして、一人の男へとすれ違うように近付く。一瞬の好機を探っていた。人間の命が簡単に摘めるとて、手にする品に対しては敬意を忘れてはならない。一人の男が、おれの領域へと踏み込む。その瞬間、左手で鯉口を下方へ落とし込むように掴み、男が重心を崩すと共に右手で揺れる角度に合わせながら瞬時に刀を抜き取った。咄嗟に左足を引き、半身になると同時に男の背を逆袈裟で斬り上げる。それから左に反れた男の身体を引き戻すようにして左から右へと真横に斬り伏せた。なんと、容易いことか。口布の奥で嗤う。斬りつけた男が大柄であったと、その地に伏せる音で初めて気が付いた。奥のもう一人の男が、口を湾曲させながら柄に手掛けをする様子が窺えたが、おれを視線で追うことはしなかった。見えていないのだ。峰の窪みに一人目の血を大量に乗せながら、切っ先を二人目の上半身の一点に定める。――が、取り乱した様子の二人目は、手掛けをしたままで視点を左右に振り続けている。じり、とわざと足音を響かせた。視線がおれの方へと固定された瞬間に、間合いを詰め、柄頭に掛けられた男の手を右足で薙ぎ払い、雑木に縫い付けるようにして押し付けた。男の口から、驚きと罵りの言葉が漏れる。どうせ、おれの正体なぞ知らぬくせに。冷えていく高揚と共に、深く考えることなく心の臓を目掛けて一突きした。人間とは、脆い。尾を引く正体不明の名残惜しさを振り切るように、男の胸に足を当て、刀身を引き抜いた。屍の手が、おれに伸びる。この弱さで、どのような野望を抱いたというのか。断ち切るようにして、その場で血振った。

 口布をずらすと、咽返るような鉄のにおいが流れ込んだ。流石に他に感付かれるか。深く息を吸って、意地悪く喉を鳴らして自嘲した。真一文字に沁み込んだ血振りの跡を越えて、下げ緒を引き千切るように男の腰から鞘ごと抜き取っては、鞘へと刀身を納めた。二本目も同様にして、自分の手に収める。質の良い姿形とは裏腹に刀身、鞘ともに傷一つない。所詮は見かけ倒しの道具といったところか。血で汚した方を腰へ帯刀しては、後方を振り返った。狐の、忌々しいにおいがした。


「上がって来い」

 振り返ることなくそう口を開いては、石段を上る。必要となれば、手に余ったもう一本の刀を渡してやるつもりだった。

「戦う術が必要だと言っていたな。……お前の言うその理由を、一つ聞かせてもらおうか」

 最上段まで足を掛けて、振り返る。血に伏せる二人の人間を視界の端に捉え、それから少年へと視線を戻した。おれの能力は示した。次はお前だと言わんばかりに、目尻を細める。この悪党に頭を垂れてまで求める理由に、単純に興味があった。


>珠芽、周辺ALL
【お返事が遅くなり申し訳ございません;;】

5ヶ月前 No.314

珠芽 @d0ap ★Android=oiMOxDsfGh

【珠芽/城下の外れ・石階段】

 暗闇の中、焦りと恐怖が入り交じった声色で何やら喋っているのが耳に入り、珠芽は咄嗟に近くの木の影に身を隠した。息を潜めて、僅かに聞こえる声の方へ視線を向けると、夜目が利くためか二つの影を視線に捉えることができた。より濃い黒に覆われた影がもう一つの影へと重なる。途端に漏れだす鉄の臭いは、影が地に伏したことにより更に増した。

 目の前の光景と咽せ返る程の血の臭いに視線を外すことができず、呆然と立ち尽くしていると気付かれたのか、ふいに声がかかった。短刀を持つ手が震え、抑えるようにぐっと強く握る。恐る恐る足を踏み出せば、鉄臭さは更に増し、眉間に皺を寄せ顔をしかめると空いている方の腕で鼻を抑えた。鉄の臭いは次第に死臭へと変わり、身体に纏わりつくようだ。足を進める毎に視界に入る、力なく伏せる影がまるで、珠芽を死へと引き込もうとしているようにも思えた。焦る鼓動を落ち着かせるように息を小さく吸うと、一歩一歩、確かめるように石段を登る。

 あと少し。その時、目の前の人物がくるりと振り返る。一瞬、黒い羽織が視界を埋め尽くし、夜より深い闇を見たような気がした。
 身構えつつも、相手の出方を伺うとふいに問い掛けられた。その言葉に静かに瞳を閉じる。どうして戦う術を得たいのか。それは……。

「……弱くて、臆病な自分を変える為に、強くなりたいから」

 ゆっくりと瞳を開けながら、言葉一つ一つを確かめるように声に出す。それは珠芽の根底にある純粋で強い願いだ。変わることのない思い。強さを、戦う術を身につけて……それで、それで……? その時ふと葛葉の言葉が脳裏に響いた。

『目的もなく力を得ても持て余すだけだ。……使い道を見つけておくことだな』

(……使い道。強くなって、誰よりも強くなったら、……っ!)

 目の前に道が一つ、見えたような気がした。輝夜の泣き顔が、夕臙の厳しい表情が浮かぶ。もう、誰かが傷つくようなとこ、見たくない。守れるくらい、強くなりたい。

「強くなって、おれの信じる道を貫く為に」

 一つ、と言われていたのに、思えば随分喋ってしまった気がした。けれど決意と共に言葉に出して、それで少し満足してしまったのはまだまだ子供だからだろうか。怖くない、なんてまだ言えないけれど、それでも目線は目の前の人物へと真っ直ぐに向け、先程とは違いハッキリとした口調で言葉を返した。

>彼岸、周辺all
【此方こそ、大変遅くなってしまい申し訳ございません;;】

4ヶ月前 No.315

夜(皇出母) @papillon ★6ycWB2hnsK_mgE

【夜(皇出母)/→城下・都の外れにある屋敷】


 誰も知らぬであろう、地獄とはどんな場所か。その荒涼とした、だれもいない、なにもない、ただ冷たいその場所を。
 いいや、広い世界で二人だけ、その白く凍えるような寒さを知っている。脆く崩れ落ちた黒い城壁の嘆きを、燃えて落ちた命が舞う灰の空を、咲いて散った花達が誰にも看取られずに逝くその紅色を。
 地獄とは、朱い荒野の別名。
 それを知るのは、この世にたった二人だけ。


 ひゅうひゅうと、生温く、生臭い風が吹く。それはまるで墓場の土のような。墓穴の底のような。冥府の王の髪のような。深く深く沈み、二度とは戻れぬ深淵の色を宿した、風。
 あちらからも、そちらからも。華やかで楽しげな空気を纏って、小さく、大きく響いてくるは祭囃子。さざめく波のごとく都全体を包む、男達の明るい笑い声、女達の衣擦れの囁き、子ども達が駆け抜ける足音。そしてそれらに紛れて聞こえてくるのは、闇の果ての奥で渦巻く異形なる者達の怨念、悲壮、憤怒の呻き。
 びゅうびゅうと、風が吹く。恨みつらみを代弁するその裂くがごとき音色の、なんと悲しく空しいことか。しかしそれも、今終わる。今こそ決起の時、闇が光を覆し、黒が黒のまま輝くさかしまの世の誕生。
 齎すは、ふたつの影と、ひとつの嫉妬。

 観月の祭りの夜だというのに、子どもの姿どころか雪洞の一つも見当たりはしないその静寂の中で、煌々と光る月光に照らされながら。ぼんやりと虚ろな目をして立ち尽くす男が、都の外れにひとり。藤堂吉継、彼こそは今や殿上人の中でも最も大きな力を持つと言われる、左京院華切に深く信頼される真の武士。そんな彼が何故このような場所で、祭りの夜にたった一人で待ちぼうけているのか。それを知るのは、恐らく都が幾ら広いといえど二人だけだ。

 彼が立っているのは、黒々と聳える不気味な門の前である。恐らく気付いていないだろうし、無意識に此処へ辿り着いたと思っている事だろう。しかし、それは違う。彼が先程訪れた羅城門で、その身はすでに絡め取られていた。目に見えぬ程細い、しかし決して切れる事のない白銀の糸が彼の身体のあちこちに絡み付き、それが緩々と彼を引いて、此処まで導いたのだ。いや、たぶらかした、という方が正しいだろう。

 まるで何処ぞの姫君のように天真爛漫とした眩さで、下界を照らす月明かり。
 照らされた吉継の背後にも、彼自身の影がくっきりと濃く路面に伸びている。その影、何の変哲も無い黒色の中で、何かが蠢いた。それは水面の満月に似てゆらゆら揺れたかと思うと、ふいに見開いた。驚く程に大きな、天空の月によく似た、黄金の一つ目。
 いきなり吉継の影がぐうっと起き上がったかと思うと、高く長く伸び上がって、凝縮された闇は人の形を成していく。影の黒に鮮やかな色が付き、極楽と地獄を描き出すと、いつの間にか其処には奇怪な何者かが立っていた。誰でもない者が。

「――――大変長らくお待たせ致しました、遠路はるばるよくぞ此処までいらして下さいましたわ……久方振りで御座います、吉継様」

 漂い始めるは、あらゆる光を冒涜的に塗り潰すような、あまりに強い麝香(じゃこう)の香。
 月下に忽然と出現したのは、漆黒の狩衣に蒲葡(えびぞめ)の差袴(さいこ)、極楽と地獄の絵図が描かれた被衣(かつぎ)という異様な装束の、小柄な女と思わしき存在。鈴を振るような美しく澄んだ声でありながら、その内から隠しようもない邪な、殺意とも悪意とも異なる悍ましい気配が立ち上るように感じられる。まるで邪悪という概念が、形を持って彷徨いだしたかのようだ。

「申し訳御座いませんけれど、暫く試さして頂きました。貴方様のお心が真のものか、真に全てを捨ててでも愛する者を手にする御覚悟があるのかどうか。どうやら、貴方様の決意は本物のようですね。ならば余は、あらゆる手段を持って貴方様を望む未来へと導いて差し上げます。余は手に入れる事が出来なかった、真の愛というものを、――余の代わりに吉継様が手にして下さいませ」

 その名は、夜。遥か太古の昔より生き続けた妖(あやかし)、災厄を齎す象徴として人々に恐れられてきた異形である。
 顔は見えないものの、穏やかに、そして楽しげに言葉を紡いでいきながら、夜はまるで滑るような足取りで側に聳える屋敷の門へと向かっていく。と、まるで恐ろしい異形が屋敷の主人だとでも言いたげに、死人のような顔色をした門守達は恭しく頭を下げ、何故か門を大きく開け放ったではないか。

「どうぞこちらへ。どうすれば貴方様が輝夜様と結ばれる事が出来るか、そのお話をゆっくりと致しましょう……この先に待つ悪夢を、受け入れる事が出来るなら。どうか何も恐れないで下さいませ、彼らは皆、貴方様の味方となるのですから」

 そのままごく自然な様子で、夜は屋敷の中へと入っていく。少し進んだ後、緩々と振り返ると、吉継に向けておいでおいでと、不気味に手招きしてみせ。その後は振り返る事もなく、どんどん奥へと進んでいってしまう。

 やがて辿り着いたのは、雅な庭園である。しかし今、其処に溢れんばかりに集うは、見るも悍ましき醜悪な百鬼夜行、様々な魑魅魍魎である。
 異形の群れは何やら凄まじい歓喜の声を上げ、今にも屋敷の外へと駈け出そうとしていた。しかし静々と庭園へ現れた夜の姿を見ると、その場は急な静寂に包まれる。彼らが夜を見る目はどれも仲間へ向ける視線ではない、明らかに畏怖と好奇を含んでいる。あまりに奥底知れぬ夜の存在が、同族である筈の異形達の中でもいかに浮世離れした恐ろしい存在なのか、それらの視線が如実に物語っていた。
 しかし静けさはすぐに破られる、夜を追ってきたのだろう吉継の姿を見れば、異形達はどれもこれも怒りの咆哮を上げていきり立ち、彼に襲い掛かろうとする。
 だが、次の瞬間。

「皆々様、どうぞお静かに」

 場の空気が凍り付いた。笑みさえ含んだ囁くような小さな声で呟かれたその一言、しかし其処に籠る途方もない程邪悪な、どす黒い気配。歴戦の猛者たる異形達が、思わず一歩後ずさった。
 小鳩が鳴くような微かな笑い声だけが、庭園に響く。

「絲祈殿、ただ今戻りましたわ……客人をお連れ致しましたの。この御方こそ我等の錠にして鍵、明けない夜を齎す為の。故に、どうか歓迎を」

 しんと静まり返った屋敷の中、一人だけひどく楽しそうにしながら、夜は緩やかな足取りで座敷へと向かう。其処に雄々しく立つ、この世の全てに恐れられる絡新婦の妖を見上げ、被衣の中で密やかに微笑んで。
 絲祈、彼こそは葛の葉が都を去った今、この地で最も強く、最も恐るべき力を持った異形達の指導者。神代より生き抜いて常に闇の彼方から人を狩り続け、異形を滅ぼそうとする人間達の暴挙を食い止めてきた、妖の最後の砦。
 座敷から見下ろす絲祈と、庭園から見上げる夜。彼と彼女の関係は、この縮図に表れているようにも見える。しかし、それは違う。二人の関係の真実を知っている者は、この屋敷に集った多くの異形の中にも、果たして居るかどうか。

「嗚呼、どうやら余は皆様のお邪魔になってしまったようで……大変失礼致しました。絲祈殿、どうぞこのまま、復讐開始の合図の狼煙を。貴方様に余の戯言をお聞かせするのは、その後に致しましょう」

 ふと、屋敷の外に走り出す機会を完全に逃してしまった異形達に気付いて、夜は顔は見えないが小首を傾げてみせる。そしてまるで今宵の夕食は何にするか、それを問うような気楽さで絲祈に恐るべき提案をしてみせた。
 だが、実はこの言葉の意味は、言葉通りではない。


 そなたと余、そしてこの人間だけで話がしたい。だから、人払いを。


 暗にそう告げているのが、それに気付けるのは、夜と特別な絆で結ばれた絲祈のみだろうが。


 黄泉より舞い戻り、冥府の理を持って深く危うい糸に繋がれた二体の旧き妖が、遂にこうして顔を合わせてしまった今、齎されるは地獄か、それとも。


>>吉継、絲祈


【こんばんは、皆様、本当に本当にお久し振りです。何も書けない、どうしようもない状態が暫く続きましたが、少しずつですが何とか物が書けそうな気配が戻ってきました。リハビリがてら……と、言いながらの読み難い長文となってしまいましたが、もし宜しければ改めまして宜しくお願い致します……!】

4ヶ月前 No.316

藤堂吉継 @fue ★iPhone=uYwUDyqtCB

【藤堂吉継/城下・都の外れにある屋敷】

叶えたい願いがあった。奇跡が本当なのだとしたら、最愛の人を裏切ってでもやり直したかったかもしれない過去があった。
独り占めにしたい人がいた。野望はいつの間にか愛情に克つことが出来なくなり、息を潜めた。最愛の人を犠牲には出来ないと思い始めていた。それだけ、彼女の事が好きだった。
壊したくない居場所があった。恩人や主君や親友を裏切る事は出来ないから、許されない想いは全て胸に秘めた。あんなに好きだったひとの事も、諦められた。想い人が、自分の大切な人と幸せになるのなら、身を引くべきだと、真の心は圧し殺した。

それなのに。それなのになぜ、あの妖の言葉にはこんなにも心が騒ぎ立つのだろう。
親友と思っていた同僚に抜け駆けされた思いだからなのか。これ迄築いてきた主君からの信頼を一夜にして失ってしまった後の捨鉢か。いや違う、咲秋の事も華切様の事も信じている、筈だ。それとも、この悪魔のような心のほうこそが、自分でも気付かなかった本心だからなのか。

此の身の織り成す陰は。黒く澱んだ此の身の陰は、月のさやかな光の下で一層深く深く不透明に凝集して、此の身の丈よりも大きくなる。
祭の夜の喧騒。思い思いに、大切な人と生を謳歌する都人の群れ。誰にも居場所が有って、儚き人の瞬く間の命にすら結ぶ奇跡が其処彼処に起こるというのに。今の自分にはまるで縁遠い絵巻物の空言のようだった。昔から、居場所が無かった。居場所が欲しかった。

ふっと当たりの景色が歪み、足元から延びていた陰が独りでに動いた。条件反射的に、振り向くと同時に刀の柄に手をのばして、身構える。燻る想いの煙を凝集したようなどす黒い塊が目の前に立ち塞がっている。塗り固められた闇は自分の魂の姿写しなのではないかと、刹那の疑惑が過る。
「…………!」
その正体を知って、息を呑んだ。あと少しでも声を掛けられるのが遅ければ、抜刀していたやもしれぬ。陰は幻影のように様々に姿を変え、最後に目に飛び込んだのは、あの日羅城門でみた貴人。この甘く重厚な香りを、よく覚えている。この香りの主を探して、宵を彷徨う憐れな胡蝶の如く誘われ出てきたのだ。

「あの日の話を確かめに、貴女を探していた」

殺気を解いて、夜の小さな背中に声を投げる。異界へでも誘うかのように、今しがた通り過ぎてきた屋敷の巨大な門が、開け放たれる。門の中の気配は、只者ではない。結界でも張っていたのか、門が閉ざされていた時には全く気付かなかったが、極彩色の花が開くように、人ならざるものの凶つ気配が、濃霧のように気管を満たす。この躊躇いを見抜いたかのように、先を行く夜が振り返り手招きをする。蜘蛛の糸に絡められた獲物のように、引き寄せられてその後を追った。

其処は、何もかもが異様だった。吉継の知る歴史では、妖は何百年も前に人間との戦いに敗れ、都から淘汰され今や都にはほぼ居らず、もし間違って入ったとしても迫害されつまみ出される存在となっている筈だ。それがこんな大組織を作って、活動しているとは。此処では、自分のほうが『異形』だ。夜の後について庭を抜ける間、浴びせられる視線も怒声も、歓迎されているとは到底思い難い。夜の連れでなければ、一歩踏み入れた瞬間に八つ裂きになっていたのではないだろうか。ちょうど、自分達宮中の人間が侵入した妖に対してそうするように。
どうやらこの夜という妖は、妖達の中でも一等に畏れられているらしいということを理解した。彼女こそがこの妖の群れの長なのだと思い掛けたが、夜と共に行き着いた先には彼女と対等或いは彼女より上の位なのかと思われる大妖怪が鎮座していた。
人の上体、蜘蛛身体、八本の長く無機質な脚ーー誰がどう見ても一目で妖とわかる。その男、夜が絲祈≠ニ呼ぶその男は、特別な存在感を放って座敷の奥から此方を見下ろしている。幾ら大妖怪・夜の案内があるとはいえ、緊張が走らない筈はなかった。
夜が絲祈に囁くように何かを提案する。
復讐開始……? どういう事だ……?
心の何処かで問い掛けるものがあるはずなのに、どういうわけか熱に浮かされたかのように、思考は正常に働かない。
それどころか敵対の意や嘘偽りは無いという意味を込めて、腰に帯びた刀を、爪先の前に二文字に置く。それから、手を頭の後ろに回し、片目を覆っていた包帯をするりと解いた。白く長い布がはらりと落ちて、素顔が露わになる。鳶色の右目と、隠れていた枯れ草色の左目。宮中で「妖のようだ」と忌まれ隠すようになっていた、左右の色の違う異質な眼。
凛として、絲祈を見上げ、次いで夜にも視線を移す。胸の内に一度だけ、輝夜の笑顔がよぎる。「薄」と呼ぶ無邪気な笑顔が、幻影の中の咲秋に手を引かれ去って行く。
二人の背中が未だ目蓋に残るうちに、口許には笑みすら浮かべながら、言った。

「ーー藤堂又七郎吉継。夜……殿に導かれ参りました。あなたがたの条件次第ではあるが、俺にも覚悟ならばある。……何が望みで、何をすれば良い」

小さき胡蝶の羽ばたきが、蜘蛛の糸に絡め取られ、もがき抗う羽の僅かな震えすら、白糸の網に増幅される。やがて運命の彼方、その羽ばたきは世界を飲み込む嵐となるのかも知れない。

>夜、絲祈、屋敷all


【夜様、おかえりなさいませ! 絲祈様お待たせしました! 妖サイドの方々、派手な復讐劇編を始めましょうか……! 吉継君役は前レスで夕凪様にバトンタッチの予定でしたが、勧誘イベントに入ったということで夕凪様の御都合の良いところまで暫く私が担当しますね。】

4ヶ月前 No.317

はいせりひと @bloodycat☆T3u8MhS.e3A ★iPhone=Mc4I8W9x1c



【光宮哉栄/宮中】


 静かな宮中に似つかわしくない焦り声の内容は、月の姫の不在を示すものだった。声を荒らげ詳細を聞く咲秋の傍ら、哉栄は落ち着いた心で頭を上げ姿勢を整える。いなくてよかった、出ていってくれていい。身の内に潜む野心が牙を覗かせる前に名の通り月にでも帰ってくれるのなら、いっそ諦めがつく。彼女の部屋が蛻の殻というのならここで出会うことはないだろう。そしてこの慌ただしい中、部外者の己が居ては迷惑になるだろうと思ったその時、聞き覚えのある、弟のように可愛がっている愛弟子の名前が聞こえ開きかけた口が震えた。

 夕臙が盗賊? 月の姫を刺した? あの可愛い子が、その手を血に染めたというのか。

 ぶわりと冷や汗が出る。その瞬間を想像しただけて、悪寒が止まらなかった。しかし次に来た男は夕臙が月の姫を助けようとしたと言う。どの言葉が本当で、どの言葉が誤りなのか分からない以上、安心など到底できない。そうしているうちに咲秋はこの場を飛び出し、それに続き真意を確かめたい気持ちはあったが愛弟子が月の姫を刺したという言葉に衝撃を受けた身体は力が入りそうになかった。背中を伝う汗も、震える拳も、蒼白にした顔も、すべて愛弟子を想う気持ち故に。――と言えば嘘になる。
 哉栄は夕臙に対し、『医師を志す者が人を傷つけるなど、』と少なからず思った。医師として生きる己がまさしく欲を満たすために人を殺そうとしているのに、愛弟子には美しく清い教えを愚かにも説こうとしている。情けなく、浅ましく、罪深い。夕臙を叱ることもできず、人を殺めてしまえば触れることも出来ない。最も、姫を殺し願いを叶えれば己という存在は消えるだろうが。それだけが、哉栄にとって『救い』だった。

 胸に手を当てれば平素より早く脈打つ拍動に、深呼吸をいくつか。この場にいても何も分からないままであり、一撃加えられやら異形やら何かと不安を煽るような言葉も聞こえた。夕臙がどこにいるのか今は見当つかないが、とりあえず家へと帰ってみよう。そう腰をあげようとしたその瞬間に、飛び込んできたのは月の夜、足を手当したあの少女。会いたくないと願った、

「月の、姫君」

 無邪気に哉栄へと声をかけるその少女を見れば、奇跡に縋ろうとする野心が牙を研ぐ。突然過ぎる登場に哉栄は頭が真っ白になるも、殺意と、少女に対する愛しさと、愛弟子へ言葉に表せない思いを抱きながら、ふうわりと眉を下げる。茶色の瞳を優しく細め、『医師・光宮哉栄』の『仮面』を被る。

「いえ、お邸に招待いただいたのです。偶然にも、左京院の姫君の手当てを私がさせていただいたものですから」

 泣きたい、苦しいと思う己は、どこまで卑怯なのだろうか。

>>輝夜、華切、all




【間が空いてしまってすみません!ちょっと文章書くのが久しぶりなのでおかしな所もあるかとは思いますが、改めてよろしくお願い致します!】

4ヶ月前 No.318

絲祈 @september9☆l2RtaxPLX0X6 ★gXyGHSaxw7_M0e

【絲祈/城下・都の外れにある屋敷】

 喧騒に混じって、扉の開く音が聞こえた。紅い玉のような蜘蛛の目が一つ、ぎょろりと門の方を見る。自分以外にこの屋敷の屍人を動かせる者は、ただ一人――自分が、主として敬い仕える「あの方」しかいない。音もなく這い寄る影の気配と、あたりに漂い始める麝香の薫りと――人の子の、匂い。
 絲祈の青白い顔が、ほんの一瞬だけ不気味な笑みを湛えた。
 ああ、あのお方の事だ。きっとこの上なく素晴らしい余興をお考えなのだろう。かくり、と頭(こうべ)を擡げ、絲祈はそのままくっくっと喉の奥から笑い声を漏らした。あの方――大守宮(おおやもり)の夜と、彼女が連れた「客人」の姿をよく目に映そうと、その八本の脚を動かした。
 皇女の姿をした夜と、見慣れぬ人間の客人に対して、屋敷に集められた妖(あやかし)共は耳障りな声を上げ始めたが、それもすぐに静かになった。誰も、彼女に――夜に、逆らう事など出来やしない。夜の態度は物腰こそ低く見えるが、その丁寧な言葉と鈴の音のような声色の裏に、冷たい殺意を孕んでいる。

「嗚呼、戻られたか。夜殿……。……フフフ、その人の子も訳有りなのだろう、特別に歓迎しようではないか」

 庭園からこちらを見上げる、夜の金色の瞳。観月の祭である、今宵の月を思わせる二つの双眸を見据えながら、絲祈は、夜の言葉を静かに聞き、不気味に笑いながらそう言葉を返す。黒く塗られた二つの双眸が、僅かに細められた刹那、周囲の妖共が何やら不服そうにざわざわと蠢き始める。その気配を察した夜が「先に復讐の合図を」と、口にしたのを聞き、絲祈は不敵な笑みを浮かべた。此奴らが暴れるのは、言わばただの目くらましだ。本当の開けぬ夜を、復讐の祭を人間たちに見舞ってやるのは、その後で十分。

 なにせ、祭の夜は永いのだから。

「――――御意」

 ぼそりとそう呟けば、絲祈は、夜と吉継を取り囲むようにしながら鼻息荒く復讐の狼煙が上がらんのを待ち構えている妖共の方を見て、冷たい笑みを浮かべた。紅玉のような6つの瞳をばらばらに、ぎょろりと動かせば、屋敷内にいるすべての妖の方を見る。妖共が一瞬、ぴたりと動きを止めた。その一人一人が絲祈の方をじいと見つめ、絲祈の言葉を今かと待っている。

「――今宵が復讐の時だ。皆の者、好きな様に暴れよ。男も女も、老いた者も若き者も関係ない、その全てを恐怖に陥れ、思い出させるのだ。人々の悲鳴は最高の管弦の音となり、今宵の人々の血肉はこの上なく甘美なものとなろう。――――さあ、今こそ人の世界を、我らの物に!」

 絲祈の合図が終わった次の瞬間、ありとあらゆる魑魅魍魎の、悍ましい歓声が上がる。そのまま、血走った目をした彼らは、勇んだ様子でぞろぞろと屋敷を後にしていく。彼らが城下の中心に、宮中の方に着くのも時間の問題だろう。祭を楽しんでいる、この人々の喧騒もいつまで続くか。第一の悲鳴が上がるのを心待ちにしながら、最後の一人が門をくぐったのを確認する。そのまま門守を糸繰りに操り、門を固く閉ざせば、夜と吉継と名乗った人間の方へ視線を向ける。この場にいてもなお、ぼんやりとした笑みを浮かべているその様子に、色の違う両の瞳。――宮中に潜んでいた、夜の話に聞いたとおりだ。
 彼なら、きっと我らの計画の為の、良い駒となる筈。なぜなら、恋という欲ほど、人を動かすのに容易い感情はないのだ。

「人の子よ、主(ぬし)の話は伺っている……。さて…………積もる話もあるだろう、中へ」

 踵を返し、奥座敷の方へ脚を動かす。音も立てず、門守と同じ土気色の顔をした女中が二名出てきて、吉継の刀を手にした後、二人を屋敷の奥座敷へと導いた。
 そのまま座敷にて、絲祈は二人と対面するように座る。糸繰りに動く女中のうちの一人が音もなく頭(こうべ)を垂らしてお辞儀をし、吉継の刀を彼の傍らに置いた後に、するすると流れるような機械的な手つきで襖を閉めた。残る一人は座敷の行灯に火を灯し、次いで同じようにお辞儀をしたかと思えば、音もなく屋敷の奥へ消えていった。
 奥座敷に、淡い月の光が座敷に差し込む。妖共が屋敷を後にした今、此処に広がるのは確かな静寂のみ。

「フフ、この期に及んで長話はつまらない。単刀直入に聞くが…………主は、月の姫君を我が物にしたいのであろう?」

 静寂を切り裂いたのは、そんな一言だった。続いて、意地悪く絲祈は笑う。蟲の羽根が擦れ合うような、脳髄に直接響く嫌な笑い声。

「クククク……、恋心とやらは罪深い物よ。人の子であり、宮中に仕えるこの者を、妖に頼らんとするばかりに追い詰めるのだから。……しかし、堪え難い欲を内に隠したまま、姫が他の男に取られるのをそのまま指を咥えて見ていろというのも酷な話よ。――主の、なんとしても姫を手に入れんとするその心持ち……我は嫌いではないぞ? ――――だから、主に好機をやろう」

 ひゅう、と微温い夏の夜の風が、何処からともなく吹いてくる。
 吉継の目の前の醜悪な蜘蛛の妖は、ただただ、その青白い顔に愉しそうな笑みを浮かべていた。

「――――――月の姫君を我が物にしたいのなら、彼女を自らの手で攫い、囲って自分だけのモノにすれば良いだけの事。主にその機会をやろう。夜が大いに手助けをしてくれる。何も心配する事はない。……勿論代償が無いわけではないが、それを重いと感じるか、軽いと感じるかは主の覚悟次第だろう。どうだ、話に乗る気はあるか?」

 夏の空、どこか遠くで、悲鳴が一つ上がった。


>夜、吉継【遅くなってしまい申し訳ありません! お二方、少々強引に誘導させてしまいましたが大丈夫でしたか……?;; というわけで夜さんと二人で吉継さんを此方側に勧誘させて頂きました。「代償」の詳しい内容はまた次のレスでお話します……! 一旦長くなりましたのでここで切らせていただきます、ごめんなさい;; そして一応、このレスから街の方に妖を放させて頂きましたので、宜しくお願い致します……!】

4ヶ月前 No.319

崎山 @caim ★Vxqs1Pnm4y_mgE


【東雲 彼岸/城下の外れ・石階段】

 それは、なんとも弱い吐息の中に、確固たる意志が隠されていた。
 眉根を寄せて、当の子狐へと振り返る。この立場関係を今すぐにでも逆転させるべきかと、脳裏に纏わりつく黒い誘惑に耐える必要があると思った。鯉口に伸ばしかかる左手を抑え、前髪をかき上げる。

「……変える? 自分を?」

 鼻で笑うと共に、目を細めた。はたして、この子狐は己の血脈を理解していないのか。悩まずとも、じきに自分でも持て余すほどの力を手に入れられるだろうに。気配を探らぬとも一見したところでははぐれのようではあるが――余計な詮索は止めだ。今此処でこの子狐が人里に降りた理由を知りたいわけではない。早急に用事事を終え、目的を果たしに行かなければ。鼻を、すんと鳴らす。どうも、厭な予感がしていた。
 不意に、ぞわりと皮膚が波を打った。闇の中を振り返った先に、溢れかえる生のにおいがあった。闇の中で、ゆっくりと子狐と視線が交ざる。迷いの消えたその表情に、おれの生が急かされるような思いだった。この子狐には、おれのこの焦燥の理由なぞ一生わからないだろう。噛み締めた犬歯が唇を刺し、反射的に零れる鉄の味を舐めとった。脳裏によみがえろうとする過去の記憶は、幾度血を流しても消し去ることはできなかった。羨ましい。おれも、その血が欲しかった。小さなおれは、その血を手にして仲間になりたかったのだ。

「お前の言う道が示される前に、摘んでしまわないよう気を付けなければな」

 過去のおれに決別する。奪えないものはないのだと信じたかった。
 祠の前に先程奪い取った刀を立てかけ、振り向き様に抜刀をした。いずれ脅威になり得るであろうこの少年に、手解きをしなければ。刀を担ぐように峰を肩に乗せ、周囲を数歩歩く。地形も悪くはない。周囲に邪魔もなく、此処なら存分に刀を振り回せるだろう。
 一つ、息を吐いた。

「おれは他に教えを説いたことなど一度もない。当たり所が悪ければ、それで終いだ」

 切り替えねばならない。契りは、契りだ。振り下ろすように、切っ先を子狐にぴたりと向ける。意志には意志で呼応しなければならない。妖怪に焦がれる半端者としてではなく、おれは今ここでこの少年の師になりきらねばならぬのだ。それでもこの人斬りの悪党に、この芯の通る眼に向き合えるというのか。

「だが、約束は守ってやる。いいか、子狐。おれに躊躇う必要はない。一本、打って来い!」

 口布を取り払い、吠える。
 迷いを、弱さを、躊躇いを消せ。短時間で仕上げるには、真剣を用いて叩き上げるしかない。憎しみを消し去り、師と呼ばれる者がそうするよう振る舞いをおれの中へ同化させていく。静かに足を引き、刀を身体の中心線から離れた位置で八相の構えを取る。身体に隙をつくるには、この構えが視覚的にも一番効果的だと思っていた。まずは真剣の重みを知らねば。覚悟が次の一振りを切り出すことを、知ってもらわなければ。

>珠芽、周辺ALL

3ヶ月前 No.320

@kronos☆M83pBhikgC. ★Android=Esl6XVmNcI

『薬師寺邸、薬師寺紫、思葉』

「なんでまじない、のろいと同じ呪いと書くか、知ってるか?」

燗を付けて、縁側に座布団を一つ、もう一つを相手に軽く投げて寄越すと、そう薬師寺は切り出した。静かな庭園がやにわにザワザワと騒ぎ出した様な、深淵を覗くような心にざわめきを湧かす口振りだ。

「人が良い感情だけであやかしを創れるなら、それはあやかしではないだろう。神に良い面と悪い面があるのと同じ、花札の表も裏も一枚の紙だ。だから、あの紙が効くかどうかは、文字が読めるか読めないかで決まる。入るなと書かれて入れば、気持ち悪くて仕方ないだろう?それが気休めの結界なんだとさ。」

座布団に座り胡座をかき、左肘を膝に乗せ右手で銚子を傾けて言いつつ、徐に一息で呷った。

「あやかしに心許すなよ?同じになっちまう、人が作り上げたあやかしなら、人があやかしになることもまた間々あることだ。なぁ?そろそろ酒の匂いに寄ってくるだろう……」

「けっこうな物言いと会話しながらの月見酒だねぇ。そんなこと言ってたらあやかしが寄って来ちまうよ。」

庭に現れた夜色の紅い彼岸花が問い掛けた。薬師寺紫の顔で。

3ヶ月前 No.321

夕臙 @fue ★iPhone=uYwUDyqtCB

【夕臙/城下・薬師寺邸】

ゆっくりと茶の水面を吐息で冷まし、啜っては甘みを舌で転がしている。途中で放って寄越された座布団をもぞもぞと尻の下に敷くと、夕臙は一度正座の姿勢になり、やがてすぐに足を崩して胡座をかいた。
薬師寺紫の語る理論は、裏見葛葉に学校で教わった事や、光宮哉栄に治療の傍で教わった事のどれとも違っていて、一聞に理解することは難かった。しかしその少しでも理解し手掛かりを掴み吸収しようと、夕臙は前のめりになって真剣な表情で聞いた。丸い眼を見開き、時折頷き、普段は煩い口を引き結んで黙って聞いている。
思考は言語に先行するのか、言語が思考に先行するのか。生命ーー特に脳の真理はわからないことだらけだ。自分達の使う言葉と云うものは自分達の考えたもので出来ている筈だと思っているし、一方で思考や感情というものは受け止めた言語によって規定され構築された結果なのかもしれないとも思っている。それこそ、『入るな』という言葉の力が潜在意識に染み付いて、それを破り入れば気分が悪くなるように。薬師寺の言う通りそれが呪いの正体なのだろうと夕臙も思った。
花札の極彩色の表と漆黒の裏。一寸先の虚空にその四角い札が思い浮かび翻る。翻る刹那に思考の中で瞬いたのは、花菖蒲と呼ばれていたあの白い異形の少年だった。

「……わかってますよ。次におれの邪魔をするときは、もう容赦なんてしない」

全ては、先生の為。その為を思えばきっと、人にも妖にも心を許さずにいられる。仄暗い眼差しで呟く。
急にざわざわと風が強まり、庭の葉が音を立て始めた。空を見上げれば雲が忙しなく棚引きだし、明かに輝いていた筈の月は隠れてはまた現れる。不穏な風に、悪い予感を覚えた。唯の人間の子供に過ぎない夕臙にとってそれはあまりに漠然としたもので、夜の闇に怯える幼心と似たものなのかもしれない。それでも、不吉なる風に堪らなく師の姿を確認したくなった衝動は、無視するには強すぎた。

「……光先生、大丈夫かな……」

不穏な風を感じていたのは彼だけではないらしい。表情を険しくする夕臙の隣で薬師寺紫は意味深長な言葉を吐いた。いい終わらぬうちに、目の前の庭先にそれまで無かった筈の人影が立っている。薬師寺紫に化けた、其の顔で。
「なっ……」縁を挟んで、二人の薬師寺紫が向かい合っている形になっている。常識的にはありえない事象が、現実として目の前で起こっている。夕臙は一瞬言葉を失い、ぽかんと口を開ける。
(双子か? いやここは文脈的に妖だろう……)
「妖……」
あやかし、と口にすれば、今しがた聞いたばかりの『あやかしに心許すなよ?』という言霊が警鐘のように鳴り響く。胡座から腰を浮かし、いつでも飛び掛かれるような片膝立ちになって全身に警戒心と緊張を張り巡らせる。


>薬師寺紫・思葉

3ヶ月前 No.322

@kronos☆M83pBhikgC. ★Android=Esl6XVmNcI

『薬師寺邸/薬師寺紫、思葉』

「そうだ、それが正しい反応だ。」

との言葉に、

「俺が薬師寺紫だとは思わないのか?」

と問う言葉が重なる。同じ顔で、同じ声音で、いつの間にやら衣服すら同じになり、思葉は問いかける。
座布団に坐していた薬師寺紫は立ち上がり、夕臙の背後に回ると頭を拘束するように腕を回し囁く。

「狐に容赦したのか?容赦した後で、それを反故に出来るほどの胆力がお前にあるか?」
先程解決したはずの言葉を蒸し返す薬師寺紫。

「当たり前だろう。夕臙はもう腹を括った。これでミツセンセイの恩を仇で返すとは思えん。」
夕臙の先の言葉を近付きながら聞いていた思葉は、長い年月付き合っていた人間というものに対しての前後関係を瞬時に判断し答えとして出力する。

「答えろ夕臙、あんなあやかしの言葉に惑わされるな。怖いなら怖いと言え、無理ならば無理だと言え。」
耳元で甘い言葉を囁く薬師寺、

「無駄だ、お前の言葉など聞くかあやかし。夕臙は腹を括った。あの言葉はウソではないのだろう?」
古びた神社での言葉を憶測で発破をかける要領で問い掛ける思葉。

「「さぁ!答えろ、夕臙!」」

二人の声は奇妙にも重なった。

3ヶ月前 No.323

夕臙 @fue ★iPhone=uYwUDyqtCB

【夕臙/城下・薬師寺邸】

肩越しに回る腕に、ぐんと後ろに引き倒される。驚いて反射的に身を起こそうとした抵抗も虚しく、後頭部に申し訳程度に結った髪が一人目の薬師寺の胸元に埋まる。
「なっ……」
何すんだ、と声をあげようとするのを掻き消して、耳朶に触れる蠱惑的な囁き。耳孔を震わすその振動に、自分が何を言おうとしていたのか、忘れた。二人目の薬師寺が近付き、今度は向かいから言葉を掛ける。
二人の薬師寺。混乱と恐ろしさに身を捩って雁字搦めの腕から逃げ出そうとするが、大人の力には敵わない。夕臙の頭を固定してくる袖に擦れて髪留めの鈴が虚しく鳴るだけだ。
「き、キツネ……!?」
夕臙は、花菖蒲と呼ばれていた異形の少年の正体を知らなかった。彼が人間の男の子でないことはその容姿や周囲の人々の反応から察していたが、彼れは所謂化狐の妖だったのか。ぐしゃぐしゃに乱れた髪の下の頭で夕臙は考えたが、今は狐の妖の事よりも『偽薬師寺さんの妖』をどうにかしなくては。

(着物まで同じになってやがる……フツーに考えりゃ庭からやってきた奴が偽物だろ。けど、もしおれが見てない隙に二人の立ち位置が入れ替わっていたら?)

ほんの少し前の夕臙であったなら、目の前の怪異に恐怖し腰を抜かしていたかもしれない。先刻の神社からの帰り道に薬師寺の剣幕に慄いてそうしたように。しかし今の夕臙は、一人目の薬師寺の腕の中で瞼を半分閉じた平たい目で二人目の薬師寺を観察している。それから、今度は首を回してじろりと横目に一人目の薬師寺を観察する。

(はじめから一緒に居たはずの縁側に座ってた薬師寺さんは、どうしておれがさっき答えたことをもう一度聞く? 対して庭からきた偽物らしき薬師寺さんの話は帰り道に話した事と矛盾が無い……)

二人の薬師寺から同時に答えを迫られ、黙ったまま、もう一度庭に立っている薬師寺の方へ視線を移す。『どちらが本物の薬師寺紫で、どちらが妖であるのか』を判断しかねているかのように。利口であることをある種の自慢にしてきた子供が、矛盾だらけの謎を前にして途方に暮れているかのように。

「本物の薬師寺さんは、」

鈴の音が鳴った。それは澄んだ音ではなくて、がしゃがしゃと乱暴に暴れまわる木枯らしのような音で鳴った。夕臙は薬師寺紫の腕を潜り抜けて、座布団一つ分の距離を取った。

「どっちだって構わねぇ。どっちの薬師寺さんがあやかしで、どっちの薬師寺さんが人間だって、構わねぇ。……言ったでしょう。先生を助ける、そのためならおれは妖にも人にも心許さず、邪魔する者に容赦はしません。妖も人も、関係ない」

その時、轟音に続いて、そう遠くない空に都人達の悲鳴が上がった。赤銅混じる黒髪が跳ねて、庭に飛び降りて二人の薬師寺紫を振り返る。振り向いた表情は、悪餓鬼から少しだけ大人になっていた。生意気であることにあまり変わりはなさそうだが。

「やっぱり、さっきから外で何か起きてる……光先生が心配です。おれは先生の無事を確認しに行く。二人共、『本物の薬師寺さん』なら邪魔するどころか協力してくれますよね?」

>薬師寺紫・思葉

3ヶ月前 No.324

珠芽 @d0ap ★Android=oiMOxDsfGh

【珠芽/城下の外れ・石階段】

 自問自答を繰り返し、やっと言葉にした決意を簡単に鼻で笑われてしまい、珠芽は恥ずかしさで頬が熱くなったのを感じた。思わず彼岸から目線を地面へと移し、未熟さ故に笑われたのか……と考えれば、それはそれで恥ずかしさと悔しさが入り交じった、なんとも言えない感覚に陥る。それでも偽りのない言葉を無かったことには出来ず、ならば笑われない為にも強くなろうと珠芽は更に決意を堅くした。


 闇の中、僅かに揺れた空気は彼岸が動いた事を珠芽に知らせた。はっ、と目線を彼岸へと戻すと、視界へ飛び込んできたのは抜刀された刃。緊張からか、鼓動が少しずつ早くなるのを珠芽は感じていた。闇夜でもその存在を示す凶器は、いつ此方を向いても可笑しくはないだろう。

 彼岸から発せられる言葉の一つ一つを、呼吸も潜め、全神経を集中させて耳を傾ける。静かに、けれど明確な意志を持って紡がれる言葉達。改めて見る刃を前に、怖くないと言えば嘘になる。けれどもう、逃げることはできない。逃げようなんて、考えるな。
 震えだしそうになる身体を抑えるように、手足に力を入れ奥歯を噛み締めた。短刀を鞘から引き抜くと、睨み付けるように彼岸を見据える。

「……っ、子狐って、呼ぶなぁっ!!」

 子供扱いされる事が妙に癪に障り、反抗心を剥き出しにして怒鳴るように声を張る。そうしなければきっと、臆病なこの身体は動いてくれない。
 右手に持った短刀を、構えも録に知らぬまま彼岸に向けて大きく振り上げると、そのまま真正面から助走をつけて彼岸へと振り下ろした。

>彼岸、周辺all

【大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした;;】

3ヶ月前 No.325

削除済み ★uOYAuxu9nk_Izv

【記事主より削除】 ( 2017/04/27 22:20 )

2ヶ月前 No.326

藤堂吉継 @fue ★iPhone=uYwUDyqtCB

【藤堂吉継/城下・都の外れにある屋敷】


姫を、此の手で攫う……?

絲祈の口から言葉にされて、自分のしようとしていることを再確認する。彼女を手に入れるため妖にすら縋ろうとする恋心を試すのつもりなのかもしれないが、彼に言われずとも、自分が心のうちに秘めていた思いとは元々、友や主君を裏切り輝夜を攫う事と同義だったのではなかろうか。
此処に至らせた力は、大蜘蛛の妖・絲祈の言う恋心だけでは無いと思う。実際に輝夜姫を我が物にしたとしたら、恋慕の為に妻として囲い添い遂げるのかそれとも兼ねてよりの望みの為に食べてしまうのかも今やもう分からない。動機がそれだけなら何時ものように、今迄のように、押し殺せた。友の為、主君の為。自分の居場所となってくれた人々の為だといって。だが、この状態ではどうだ。あの晩から華切様からは不信を買ってしまったであろうし、あの晩から咲秋の事も信じて良いのか分からない。

庭のほうから挨拶をした後、夜と二人で奥座敷へと導かれた。部屋を満たす月明かり。闇を分け、目の前に座する妖の顔を青白く浮かび上がらせている。刀を運んでくれた女中たちが絡繰人形のように退場すると、部屋には絲祈・夜・吉継の三人だけが残された。膝の上に拳を置き、絲祈の幾多の目を真正面から見据えて話を聞いた。全ての目と同時に視線を合わせることは不可能で気を抜くと眩暈を起こしそうになる。蟲の羽音のような笑い声に眉を顰めながらも、口元に作った微笑は崩すことなく話を最後まで聞いた。

「成る程な。……あなたがたの話は分かった」

立ち上がりざまに、土気色の侍女が傍らに置いた愛刀を掴む。指先が鞘に触れた瞬間、間合いの空気すら刃に変わりそうなほどの殺気を放つ。絲祈をつぶさに見つめていた左右色の違う両眼に鋭い煌めきが灯り、笑っていた口唇が引き結ばれ冷たい真顔になる。抜刀でもして斬りかからんばかりの勢いに、部屋の生温い空気も冷えていくようだった。しかし、相手が動くより早く、吉継は目を伏せこめかみを掻いた。殺気が嘘のように消える。元どおりの笑みをへらりと浮かべ、「なんてな」と呟いた。これは強がりだ。妖達の腹を、試したのである。
その時、遠くから悲鳴が聞こえた。反射的に都の方角を振り返る。先程目の前で都へと放たれた魑魅魍魎の群れ。都人の常識的に考えれば、あれは貴族に仕え都を守る武人としては止めるべき場面であったのだろう。だがそれをせず、あの時はぼんやりと眺め見送った。今頃その妖共の群れが市井に到着し祭を荒らし始めたのかもしれない。
何処か自嘲気味に鼻を鳴らす。

「夜殿といい貴方といい、妖は人の子の罪深き恋路に随分と協力的なのだな。此処まで聞く限り悪くは無い話だ」

悲鳴が耳に届いて尚、祭の都で起こる悲劇も喜劇も何処か他人事のように思えた。この混乱に乗じれば、彼等の言う通り輝夜を攫い行方をくらますことも可能なのではないかと。協力者となり得る夜の、絹糸の如き長い髪とその隙に覗く白い頬を、ちらりと見やる。迷いがないわけではない。

「……して、代償は何かな」

壊されていく人の街に背を向けて淡々と取引きを進めていく様は、人間では無いと言われるかもしれない。そう言われたとしても、昔から人と違うと忌み避けられてきたのだから、今更だ。

>絲祈・夜・妖屋敷all


【遅くなりました! 「代償」を聞き出すロルが無いと続きを語りづらいですよね、気が利かず申し訳ない(>_<)】

2ヶ月前 No.327

語り @fue ★iPhone=uYwUDyqtCB

【★】

葉月十五夜


城下町、洛西路地。戌の刻。
一等はじめに闇夜を切り裂いた断末魔は、露店に炙り餅を売っていた豆腐屋の主人のものであった。身重の妻と、二人の子供と共に暮らす小ぢんまりとした邸は、絲祈達の一党が会合をしていた屋敷からほんの幾つかの小径を東へ入った場所に建っていた。左様の事情は露程も知らず、男は城下街の中心から西へと家路を急いでいた。女房がこんがりと焼き上げ子供達が香ばしいタレを絡めて売っている露店の炙り餅は、想像以上の売れ行きで、店に並んでいる分は底を尽きてしまった。まさかこんなに売れるとは思っておらず、残りの材料は自宅兼見世の中だ。正直なところ、普段店で出している自慢の豆腐料理よりも余程うけがいい。妻と子を祭りの最中の露店に待たせ、街の喧騒に背を向け洛西の家へと向かっていた彼は、見てしまった。提灯の薄紅群れから遠ざかり、仄暗く寂れた洛西の小径。今宵は近隣の人も祭りへと出払って一層人の気配がない。未だ中秋の夜でありながら、底冷えするような淋しさと不気味さが辺りに漂っていた。
「参ったな」
男は天を仰ぐ。唯一の頼りであった望月の光に、さっと雲がかかり視界を奪う。同じ都とは思えぬ恐ろしい気配が夜霧と共に辺りに立ち込める。自宅までの僅かな距離にさえ竦み躊躇っていると、向こうから朧げな灯りが近づいてくる。ゆらり、ゆらり、と揺らめきながら、時折ちりんと鈴の音。次いで牛車の軋む音、やがて話し声。
心強い、と彼は思った。貴族の御方か豪商の誰かかは判別できないが、なかなかの大所帯で、ちょっとした行列だ。あの行列が差し掛かっている明るいうちに家に帰ろう……そう考えて、豆腐屋は西方から東へ入ってくる行列に駆け寄る。一つめの灯りが顔の横を過ぎる。行灯を持った先頭の従者を視認しようとしてそっと左を見る。そして仰天した。 闇夜にぼうと浮かぶ灯りは、持ち主も無く中空を漂う、ふらり火だったのである。息を飲んで男は、隣の家の垣に背を押し付けた。ぶるぶると震えながら、ふらり火の後方に続く行列を確認して、頭の中が真っ白になる。
目と鼻の先を征くのは、魑魅魍魎、百鬼夜行の群れであった。
明らかに人ではない、異形のもの達が、その姿を隠そうともせず都の通りを闊歩している。あるものは血走った目を爛々と光らせ、あるものは涎を垂らし、あるものは呪いの言葉を吐きながら。あるものは醜い皮膚を引き摺り、あるものは空を飛び、あるものは己の背丈ほどはあろうかという長い脚を繰りながら。恐ろしいなどという言葉では言い表せない。彼は叫びたい口を無理矢理手のひらで抑え、垣根と一体化して息を殺した。見つかれば殺されると、直感した。
とっくの昔に淘汰された筈の妖が、何故……これは悪夢だ。悪夢に違いない。悍ましいその姿をこれ以上見ていては、いつか声を上げるか泣き出してしまう。そう思い、目を閉じた。妖共の足音、何かを引き摺る音、息遣い、怨み言、羽音、地響きのような声。頬に生温かく獣臭い息がかかる。冷や汗が伝うのを我慢し身を固くしていると、すんすんと鼻を鳴らす音ともに気配が離れる。
「…………」
熱感が、我が物顔で練り歩く足音が、悍ましい悪夢が離れて行く。
豆腐屋は空を仰ぎ、ほっと息をついてから目を開けた。雲は切れ切れに、月影を裂いている。行ったか、と思うや否や、彼は膝からその場にへなへなと崩れた。静かになった道端に座り込むと、鼻先三寸ばかり先に、達磨柄の布地が揺れている。はっとして顔を上げれば、其処に子供が立っているではないか。達磨柄の着物に、竹の笠、丸々とした白い顔の、次男坊と同じぐらいの歳の子供。手には丸盆を持ち、豆腐を乗せてにこにこと笑っている。こんなところに、子供が居るはずがない。百鬼夜行の中にいた一体だけが、息を殺している此方に気付き、その無邪気な笑顔を貼り付けたまま、ずっと残ってこちらを見ていたに違いない。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
その考えに思い至った豆腐屋の主人は、堪らずに叫び、尻餅をついたまま腕を振り回し妖怪豆腐小僧の手から豆腐を叩き落とした。折しも月灯りが落ち、さぁっと辺りが暗くなる。豆腐小僧の顔に竹笠の陰翳が掛かり、目鼻が真っ黒に塗りつぶされる。しまった、と思ったがもう遅い。通りの遥か東に後姿だけを見せていた魑魅魍魎の群れが立ち止まり、男の悲鳴を聞き付けて一斉に振り返る。黒い霧の向こう、幾十幾百の赤い眼差しが、こちらを睨み、すーっと滑るように逆走してくる。
「頼む、助……うあ゛ああああああああああ!」

かくして祭の都の片隅で、闇を劈く最初の悲鳴が上がったのだった。
崩れた豆腐の上から、血染めの脳漿が砂にまみれて路上で混ざり合っている。




【はいっ、『妖の逆襲・前観月をジャック編』本格スタートです! お待たせしました。基本的に今までの絡みをそのまま続けてていただければ、私がモブ妖を派遣して干渉し邪魔しにかかります。もしくは、投下したモブ妖の騒ぎを聞きつけて自ら出てきて新絡み開始でも構いません。また、モブ妖はテイクフリーなので、御自由に動かしたり喋らせたり確定ロルしたり斬りつけたり倒したりして構いません! モブの数が減ってくれないと一人多役のスレ主も大変だったりするから(←)】

2ヶ月前 No.328

@kronos☆M83pBhikgC. ★Android=Esl6XVmNcI

『薬師寺邸/薬師寺紫、思葉』

やれやれと二人の声が重なる。二人の目がオヤと合わさると立ち上がり同じように並んだ。

「聞いたか?薬師寺」

彼が問うと、反対側のあやかしも聞いたぞ薬師寺と応える。

「なんとも健気でかわいいモノだなあ。食ってしまいたくなる」

物騒な言葉を投げて凄みのある笑みを浮かべれば、生来の野次馬根性から家の中の店側に向かい、傷薬やら痛み止めの丸薬等を「お祭り価格」で販売しようと箱に詰めていく。
それを縁で酒を傾けながら見る思葉は、徐に夕臙へと話しかける。

「あんた、子供のクセにいい根性してるよ。あいつに食われないようにせいぜい気を付けな」

赤貝の煮付けをゴッソリ食い尽くし、銚子から直に酒を飲み干すと徳利に手を伸ばし薬師寺に声をかけ準備を待つ。

「早くしなよ!魑魅魍魎は待ってはくれないよ!」

奥から分かってらと張りのある声が飛んでくる。

「人は良い奴なのかイ?妖怪が悪い奴で?それは違うさ。大きく違う。だからこそ私たちは生まれた。人の噂も七十五日、経った言葉はどうなるか分かるかい?独り言ってのが本人が忘れたらどうなるか分かるかい?初恋破れた思い、片想いが何時の間にか忘れて居たりするあんなに燃え盛る想いだったのに?私はそんなものから生まれた。古くて新しい、古今東西の想いの塊。」

それが私さと、見せた思葉の顔はのっぺらぼうなのに、様々な感情を中に詰めた表情?が見えないのに見えると言う不思議なものだった。

「余程気に入ったか?その顔を見せるとは。だが、そいつはあの光宮の爺んとこの弥栄のもんだ、攫うのは難しかろうよ」

準備の終わった薬師寺が戻って思葉の顔を見てカラカラと笑う。

「アンタがこの子の問いに答えないから答えたまでさ。」

何の気も無い。とやり返した時の思葉の顔はむくれた顔の薬師寺になっていた。二人がどちらからともなく懐から鉄煙管、いぶし銀に装飾の入った長い煙管にタバコを詰め夕臙に向ける。

「火ぃ、着けてくれ」

子供の前で吸わない二人が、夕臙をここからは子供として扱わないと暗に決めた瞬間だった。

2ヶ月前 No.329

夜(皇出母) @papillon ★6ycWB2hnsK_mgE

【夜(皇出母)/城下・都の外れにある屋敷】


 強く、熱く、暗く、重い想い。友愛、親愛、忠誠、恩。多くの絆によって押し込められ、必死に覆い隠されていた吉継の恋慕の念がはらりはらりと解けていくのが夜にははっきり見えているようで。代わりに吉継に絡み付いていくのは、信念も思慮も心すらも曇らせて、欲望の抑制を断ち切る歪な刃。それは、煌めく夜空の月を覆い隠す黒雲、魂を喰らう天魔の牙。
 全てをかなぐり捨ててでもたった一つの願望を叶えようとする吉継に、被衣(かつぎ)に隠れて見えないままの夜の唇がくうっと三日月のように薄く吊り上がる。あまりにも底の見えぬ笑みは、どんな意味を孕んでいるかも容易には読み取れぬだろう。麝香の香りをも、その存在を曖昧にする。

「存じておりますとも、吉継様が余を探し、都を彷徨っていた事は。貴方様の決意と覚悟、確かに余に届きましたわ、――――余も昔、遥か古に、添い遂げたいと願い望んだ御方と別れざるおえない運命(さだめ)に翻弄された事があるのです。だからこそ、種族の垣根を超えて余は貴方様にお力添えをと思えたのです」

 甘く濁った禍々しき妖気に満ち溢れた庭で、異形達には聞こえない程の囁く声で、夜は吉継に語り掛ける。途中からは更に声を潜めて、羽音を揺らす虫の鳴く音のごとき微かなその音はある意味驚愕の事実を告げる。それが真実か偽りか、今、数えきれない程の妖に囲まれた吉継に正常な判断が出来るだろうか。

 吉継にとって、今、眼前に広がる異様な光景はまさに地獄絵図にしか見えなかっただろう。広い庭を覆い尽くす異形の群れ、群れ、群れ、それはまさに魔の軍勢。約二百年前に人間の戦(いくさ)に敗れ、今や蔑まれ追い詰められるだけの哀れな人外。そんな異形の大群のぬらぬら、ぎらぎら血に濡れたような紅い眼の全てが吉継達の方へ向けられるその様は、普通の人間であれば震え上がるどころか恐怖のあまり発狂してしまう事だろう。
 屋敷に集いし異形は、迫害された異形達の統率者にして人間世界への反逆者として暗躍していた裏見葛葉が、長い年月を掛けてから洛外から都に呼び戻していた者達だ。葛葉が志半ばで都を去った後、夜が巡らした幾つもの策略により次の統率者となった絲祈は高位の貴族から乗っ取ったこの屋敷に異形達を集結させ、虎視眈々とこの観月の祭りの夜を待ち続けていたのだ。聖なる月さえも血煙で朱に染まる、血祭りの夜を。

 そして夜は見上げる、今や異形達の王として君臨する大妖、絲祈の悍ましくも雄々しき姿を。人間からすれば彼の容姿は化け物そのものだろう、しかし夜から見ればこの世で最も凛々しく、素晴らしく悪辣として、信用に足りる無二の存在なのだ。誰も絲祈と夜の真の関係を知らない。だからこそ夜は膝を折る様に深く一礼し、支配者たる絲祈へ敬意を示す。
 敬意を示す、ふりをする。

「絲祈殿、慈悲深き貴方様のお心に感謝致しますわ」

 そして、待つ。絲祈の次の言葉を、緩く首を傾げたまま、密やかに待つ。地獄の業火が天をも燻る、復讐開始を告げる狼煙を。
 そして聞こえてきたのは、これ以上ない程完璧で、惚れ惚れする程の悪意と殺意を撒き散らす開戦宣言。誰も知らないだろう、蜘蛛と守宮以外、誰もこの戦が傀儡どもの馬鹿騒ぎでしかない事を、今はまだ。
 解き放たれた好戦的な異形の軍全は放たれた矢のごとく、弾かれたように都へと放たれていく。中央を目指し、中心へと押し寄せ、生命の穂を根こそぎ刈る取る為に。もうすぐ天の高みにまで響く事だろう、最初の犠牲者の劈く悲鳴が。それを発端に阿鼻叫喚の地獄が始まる。それは二百年前の再来だ、あの日あの時あの瞬間、異形が舐めた苦渋と屈辱、その死よりも苦く生より残酷な終わりの始まりなのだ。
 未だ隠されたままの夜の唇が、先程までとは比べ物にならぬ程に吊り上がると共に、その花びらのような唇も耳まで裂けて邪に歪み嗤う。

「…………吉継様、流石で御座います。最早貴方様は冥府魔道に導かれし、深き業と愛の体現者。今、都に放たれたあの者どもを、貴方様は微動だにせず見送った。民の命よりも、帝の命運よりも、都の行く末よりも、貴方様は正しき選択を成された。それでこそ余が見込んだ御方、その恋慕の深き深淵こそが、貴方様と月の姫君を新たなる世界、天上のぱらいそへと貴方様方を昇華させるのです……故にこれが一つ目の願い、それはすでに今、叶えられた」

 全てを受け入れ従う証として地に堕ちた刀と、美しい鳶色の右目と枯れ草色の左目。それらを被衣の中から愛でるがごとく見据えながら、夜は滔々と謎めいた言葉を口にしていく。そして絲祈が吉継を奥座敷へと促す言葉を耳にすると、自分も絲祈の後を追って縁側から上がり、奥座敷へと向かう前に吉継に軽く頷いてみせる。親愛を込めて、誘惑する。
 静々と歩み始めたその足は、足音どころか気配すら放ちはしなかった。

 絲祈が彼の特異な能力により操作する、哀れな屍の女中達が奥座敷を去ると、その場はしんと静まり返る。女中の一人が灯した蝋燭の火がゆらゆらと揺れるが、その明るさは奥座敷に差し込む眩い月光には到底敵わない。その輝きにすら照らし出せぬ闇を背負って、夜は吉継の隣にちょこんと座り、彼と絲祈のやり取りを黙ったまま見ていた。絲祈以外には見えぬだろう、仄暗い微笑を影の奥底で浮かべたままで。
 絲祈の、羽虫の羽音が重なるような奇妙な声が吉継に告げるは、彼に人である事を捨てよと言っているかのような冷酷な要求である。しかしそれを聞いても顔色一つ変えず――心は小さな音を立ててぱきりぱきりと、少しずつ凍り付いているのかもしれないけれど――それどころか異形の王たる絲祈にすら圧力を掛けるような凄まじい殺気を放出した吉継を、夜は最早見る事もしなかった。

 彼女にはすでにわかっていたのだ、この後の吉継の選択も、絲祈の答えも。何せ、最早数える事すら面倒な程、夜は明けて暮れて繰り返してきたのだから。


 予定調和のままに、最初の悲鳴が三千世界に木霊した。


「……では、代償については、余から述べさせて頂きましょう……その前に。吉継様……、いいえ、吉継。ご覧召されよ、よもやわたくしの顔を見忘れたとは言わせませんよ」

 ふいに、夜が二人の会話に口を挟んだ。緩い仕草で立ち上がると、夜は絲祈と吉継の間に入り、軽く身を屈めて座っている吉継に目線を合わせる。それと共に、夜の口調が変わった、いいやその声さえも甘く幼く何処か高慢そうな少女のものへと変化したではないか。両手を被衣に添えると、夜はそのまま衣を畳の上へと落とす。嗚呼、その顔。驚くべき事に其処に居たのは、天照す都の最上位に君臨し、太陽のごとくその全てを導く帝の孫娘、内親王皇である皇出母であった。

「これで分かったかえ、吉継よ。わたくしは『余の』世を忍ぶ仮の姿、すでにわたくしの手引きにて、宮中にさえも人に化けた妖が幾人も紛れこんでいるという事が。これより常闇の血族は、人間達から受けた数百年にも及ぶ虐殺と抑圧の歴史に反旗を翻す。時代も運命も未来も、何もかもが今この時より覆るのよ。歯を食い縛り血の涙を流した耐え難き恥辱も、虐げられ見下され踏み躙られた罪無き命も、泣いて命乞いをして尚奪われた赤子の無垢な魂も、――全て倍に、倍の倍に、その倍に、更に倍に、其処に利子を加えて人間にお返しするわね……だから今度は貴方達が味わって、涙と血と死を。それが血族の宿願であり悲願、抗う事など叶わぬ人間の宿命にして悲劇なのだわ、当然にして必然の」

 異様に整った表情を崩さぬまま、声も荒げず滔々と、高貴なる美しき皮を被った災厄の妖魔は淡々と言葉を紡いでいく。それは二百年にも渡って倒れる程に積み重なった怨念と憤怒と悲壮が、音として形を持たないまま刃となる呪詛だ。肉体ではなく精神をずたずたに切り裂く、この世で最も恐るべき猛毒そのものである。

「…………ふふ、所詮は猿真似ですわね、茶番はこの辺りで仕舞いに致しましょう。吉継様、余が述べた事は迫害され続けた妖達の心の代弁なのです。貴方様方人間とて同じでしょう、もしも立場が違って、貴方様方が妖と同じ家畜以下の扱いを受ければ皆こうなるのでは? 生命とは踏まれ唾を吐き付けられて潰れる為だけに生まれたのではない筈です、しかし貴方様方はそれを妖に敷いた。ですから最早彼らは止まる事など出来ない、二百年ずっと振り上げ続けた拳はもう限界なのです、振り下ろして叩き壊す以外に方法を知らない。故に絲祈殿と余はそれを解放するしかなかった、暴発寸前した濁流をせき止めておく事など到底不可能だったからです……どうか、我等二人をお許し下さいませね」

 再び夜が言葉遣いと声を変えて、笑みを含むような妖しき音で吉継を惑わす。不気味なまでに穏やかな薄笑みを浮かべた出母、いいや夜は、歌うように弾んだ声で異形達の心の叫びをつらつらと言葉にしていった。そして最後に、さも申し訳なさそうに眉間に皺を寄せてみせると、胸に両手を当てて深々と頭を下げてみせた。

「吉継様にお願いしたい事は、簡単なものです。妖の軍勢は外側と内側から都を攻め、攻めて攻めて攻め落とします。それに協力して頂きたいのですわ、本当に簡単な事なのです……」

 再び上げたその顔は、咲き誇る花のように無邪気な、だからこそこれ以上ないほど残酷な微笑に彩られていた訳だが。



「吉継様、――――今より貴方様は宮中に戻り、護衛すると見せかけて帝を、そして華切様を、更に咲秋様を斬って捨てて下さいませ。その障壁となるかつてのお仲間も、邪魔をするかもしれない宮中に住まう老いも若きも男も女も、当然その刀の錆に変えて頂けますね」



 まるで幼子におつかいでも頼むかのような気安さで、夜はこの世のものとは思えぬ邪知暴虐を口にした。あまりに自然で、聞き流してしまいそうな底抜けの明るさで。

「宮中で真の武人として名高く、信頼の厚い吉継様だからこそ出来る、ごくごく簡単な任で御座いましょう? 先程申されましたものね、覚悟ならばあると。代償は何だ、と」

 優しげな声色なのに、異論も反論も受け付けぬとでも言いたげにぴしゃりと、笑みを浮かべた菩薩の彫像のように両手を合わせて冒涜的に告げると、夜はくるりと後ろを振り返り、外見そのままの少女そのものの笑顔で絲祈を見上げた。

「嗚呼、いけない。大変失礼致しました、余が出しゃばるべきではありませんでしたわね、絲祈殿……ところで余が吉継様にお伝えするのを忘れてしまっていること、他に何か御座いましたか?」

 にこり、と、あまりに無邪気に。

 神も仏も、何故この邪悪を生かしているのか。それを知るものは恐らく、天の座を永く不在のままにしているのだろう。


>>吉継、絲祈


【またお返事をお待たせしてしまいました、ごめんなさい……! それから気を遣わせてしまって申し訳ありませんでした! 絲祈本体様と話し合わせて頂き、このような流れにさせて頂きました、事後報告になってしまいますが何かありましたらどうぞ遠慮なさらず仰って下さい】

2ヶ月前 No.330

東雲 彼岸 @caim ★Vxqs1Pnm4y_mgE


【東雲 彼岸/城下の外れ・石階段】

 怒りに身を任せようと奮い立たせる姿は、ひどく不快なものに映った。――まるで、何処かの誰かの幼少期を見ているようだ。理由がなくば刀を握れぬのなら、尚更その方法は当人が望む成長をもたらしてはくれない。おれは誰よりもそれを心得ているつもりではあるが、それを完全に正すことが可能なのは他人からの忠告ではなく己の経験だ。口を結んで、すうと目を閉じる。子狐の歩幅に大きな変化はない。このままいけば三歩でおれの懐へと入り込むことができる距離感。
 じゃり、と爪先に力の入る摩擦音がこだまする。風の音が一瞬のみ震える。――目を、薄っすらと開いた。

「――そう、ちょうど今のお前のように、荒ぶる気質の中で一太刀目を譲られれば……このように相手に簡単に気取られることになる」

 手にした刀を鞘の上へ平行に乗せるようにして、後足を半身になるように擦るように引く。ちょうど、刀身と鞘の真横へ子狐の振り下ろした短刀を迎えるように。振り下ろしで重心が短刀に引きずり込まれているその小さな背中へと、軽く真一文字に峰を当てるように薙ぎ払った。

「恐怖を殺せ、心を殺せ。剣技など所詮は無言の騙し合いだ。技量なぞ二の次に過ぎん。相手より自分を大きく見せられた者が勝つ。――いいか、対峙した時はいつもこう思え。目の前の誰よりも己が強い、と」

 それを単なる自惚れではなく確実な根拠として心に根を張らせるものは、この子狐の歩む先にある。ただ今は、すべてを伝授する時間もなければ、それ以上を教える義理も持ち合わせていない。取引分の役目を果たすまで。

「お前が一番理解しているだろうが、刀を交える時は相手から先に打ち込んでくるように仕向けろ。その一太刀はお前の糧になる。まっすぐ見据え、相手の全体に目を向けて癖を見抜け。幸いお前も五感は人間よりも遥かに優れている。風の音、足の踏み込む位置、捌き方……そのすべてに勝機がある。後は相手の呼吸を聞け。相手が疲労を見せた時点で己の鼓動に焦りがなければ、地に伏せる相手は決まっている」

 暗闇の中、投げかけるように言葉を発しながら、ゆっくりと左右に刀身を振りかけていく。刀の動きを目で追い易いように、風のうねりが鼓膜へ届くように、足運びに予測がし易いように。真面に正面からぶつかろうとするなとは、先に教えた。対峙する恐怖さえ手懐けてしまえば、やがてこの子狐に備わるであろう力に不足はない。

「……どうだ、刀身の動きには慣れたか?」

 短く息を吐きながら、刀を肩へ担いだ。それから、思い出したように懐から竹水筒を取り出し子狐の方へと放る。こんなところで根を上げられては困る。他にももう一つ、教えなければいけない技があるというのに。


>珠芽、ALL

2ヶ月前 No.331

語り(モブ) @fue ★iPhone=uYwUDyqtCB

【(モブ妖)鵺/都の上空→洛西】

第一の被害者の絶叫によって惨劇が人知れず幕を開けた、その直後のことである。
西の屋敷より我先にと溢れ出した百鬼夜行の群れとは別に、宙へと、飛び立つ花火の如く昇る幾筋かの光があった。
「……くくく、此の時を待ちわびたぞ……蜘蛛殿」
天高く昇った光は瞬きながらそう言うと、弾けて巨大な獣の形を為した。虎を大きくしたような概形だが、獅子とも猿とも狸ともつかぬ部品が入り混じる。背には暗雲を思わせる大きな虎鶫(とらつぐみ)の翼。継ぎ接ぎだらけで組み立てられた人工物のように、この奇怪な獣の瞳は石榴の紅にも月影の青にも色を変え乍ら点滅した。あの屋敷に集っていた妖の一人、鵺(ぬえ)である。
遥か眼下に広がる花の都に目を細める。碁盤の目の条坊を小癪な灯りが照らし、人間どもは己が分際も弁えず笑いあっている。自分達の上に垂れ込める怨みの暗雲にも、立つ地の下に流れる呪いの気脈にも、差し迫る天変地異にすら気付こうともせず。人間が妖にしてきた事も忘れて。屋敷から地上を伝い攻め入った同胞達が、一の条から隊列を扇状に広げ四散していくのが見えた。
「何が、祭だ。愚かしきこと」
鵺が笑う。滅びゆく人の都に打ち掛かる夜の帳ごと震わせる聲。喉から洩れるそれは人の笑い声とは似ても似つかない、ヒョォヒョォと谺する悲しげな不吉の鳴声となって鳴り渡った。

空が黒に塗りつぶされる。望月が朧から軈て暗雲に沈む。垂れ込めていく闇、人々の掲げる祭の火は天つ真闇の前では余りにも小さい。浮世の熱に眩んでいた小さき者達は、はたと気付いたように一斉に空を振り仰ぐ。夜を満たし煌々と照らしていた月光が、貴族の手にした権力の象徴とも言うべき満月が、不吉の雲に覆い隠されていた。
怪鳥の鳴声が、劫罰の刻を告げ知らす。
風が震え、脈打つように騒ぎ出す。

「鵺の鳴声だ」「まさか」「鵺じゃ!」「不吉な」「なんと」「 鵺だ!」

鵺が嗤う。
轟音と共に、人々の目の前で空が裂けた。
漆色の闇に突如として閃いた霆(いかづち)が、爆音を伴い西の塔へと一直線に突き刺さる。
羅城門の傍に東西一対で建てられた絢爛豪華な五重塔、其の片割れが落雷を浴びて心柱から内部膨張をし破裂する。三十間(約55m)はあろうかという巨木の柱が真っ二つに裂け、西の塔は瞬時に天をも焦がす火柱へと変わった。
「今更……もう戻る事など叶わぬというのに」
今更のように怖れを思い出す愚の民を嘲笑い、鵺は黒雲を引き連れて洛西の上空を北へ向かって駆けた。何処か憂いを帯びた物悲しい鳴声が響く度、神鳴りが空を叩き壊し、荒魂が人も木も家屋をも貫いた。

>城下all(イベント用レスです。稲光雷鳴は遠くからでも見えると思います。城下町破壊担当の鵺自体は御希望のところに御希望のタイミングで絡み(襲い)に参ります!)

2ヶ月前 No.332

語り(モブ) @fue ★iPhone=uYwUDyqtCB

【(モブ妖)八岐大蛇/都の上空→洛東→宮中東】

屋敷から飛び出した光の一つは、流星のように都の上空を横切ると、そのまま洛東を流れる川へと飛び込んだ。
握り拳ほどの小さな光を飲み込むと、川は瑠璃の蒼に輝き出す。漆色の闇にぼうと浮かび上がる夢幻の蒼は、美しさを通り越していっそ妖しい。水面が揺蕩う度に、底に秘めたる天の河の如き鉱石の煌めきが星屑のように瞬いた。ころころとせせらぐ都人の命の水は、神鳴る空の下で今再びの生を受ける。
瑠璃に玻璃に薄縹に紫紺に紺碧に、襲の色目のようにその表情を変えながら、玉水が凝集し盛り上がっていく。鼓動の律でその身に映した星が瞬くと、傍らの鳥達が不穏を感じて一斉に飛び去った。
雷鳴に空が白み穢土の罪を晒せば、其処に澱む汚泥を押し流さむと大河の精が目を醒ます。
「絲祈……其方の言葉、聞き入れたぞ。われらも、この断罪の時を心待ちにした」
軈て紺碧の水の塊は、銀河の煌めきを内包したまま、巨木のような八つの首を擡(もた)げ扇のように広がる。
貴人の領域を囲う城壁の高さなど優に超える魁偉なるハつ首の大蛇。
「ふん……鵺よ、貴様には何処が都の要であるか見当も付いておらぬようだな」
都に眠る河の化身・八岐大蛇は、人間達が「宮中」と呼ぶ砦の城壁の上から巨大な頭を八つ並べる。本体は巽の方に、八つの頭を卯の方角から午の方角にかけて扇状に広げて、宮の内を覗き込んだ。

宮中・左京院邸よりしばらく東入り南に下ったところに邸を構えていた貴族・綾小路家の人々がはじめに異変に気がついた。宮中でも巽の端の方に位置していた綾小路邸の庭園から満月を愛でていた彼等であったが、月が翳り始めると興も冷めてきて、漫然と続く宴に酔いと眠気も回ってきた頃のことである。月の消えた空をぼんやりと眺めていると、城壁の彼方に稲光が走り、次いで激しい落雷の音が聞こえた。落雷は遠く離れた城下の南西の外れのほうであったが、これは一雨来るやもしれぬと少し早めに宴を片付ける事にした。
水の音が聞こえる。それも、いつも聞こえる優しげなせせらぎの音ではない。氾濫した河のような、荒ぶる轟々とした音だ。もう嵐が来たのかと再び天を仰いで、邸の者達は絶句した。
この貴族達の安寧を護る、城壁の上に、巨大な蛇の頭が生えているのである。蛇は夜空を映す川のように黒く透き通り、内には銀に煌る光の礫が漂っている。鎌首を擡げた高さは三十尺(約10m)ばかり。頭の形こそは蛇だが、どちらかといえばこれは龍だ。それも、頭は一つではない。此方を見ている頭は二つ、その他に、城壁に沿って一定間隔に赤い目の光る大蛇の頭が並んでおり、全部で八つの蛇に居城ごと囲まれた形になる。
綾小路家の者達は皆一様に間抜け面でぽかんと口を開け、なす術もなくその場に崩れた。
「は、は、はやく、人を! 人を! 武家の者ども、何をしておる! 早く弓を引、け…………」
邸の主人がそう言う間にも、蛇の腹はどんどん伸びて頭は細く長い舌を出し入れしながら此方に近づいてくる。天の河が動き出し宙から落ちて、都にのしかかろうとしているようだった。この夜空に伸び上がった巨大な化け物は、宮中の何処からでも見えた。人々の悲鳴が、貴族達の間にも伝染していく。彼が言葉を言い終わらぬうちに、大蛇の一頭は弾みをつけて綾小路邸に飛び掛った。邸の主人に飛び掛ったのではない。家屋ごと踏み潰す勢いで東の城壁から突っ込んだのである。見事な庭を誇った綾小路邸は一瞬にして濁流の水圧と城壁の瓦礫に押し潰されるようにして大破した。周囲の邸からそれを見ていた他の貴族たちや使用人達から悲鳴が上がる。宮中は瞬く間に大混乱に陥った。右往左往する人々が逃げ惑う先々で、相次いで同じように邸が押し潰され人が飲まれた。西天の雷鳴が、負けじとして北へ北へと近づいてくる。
「「見たか下衆共よ。此れが永年貴様等がわれらに植え付けた怨毒。此れが貴様等が贖うべき罪の仕儀ぞ」」
大蛇の声が、八つの首から輪唱のようにずれて重なりながら恐怖の夜に谺(こだま)する。蛇の腹を引き摺りながら、赤い目を持つ八つの首は左京院の邸と帝の住居を目指す。周囲の建物を薙ぎ倒しながら、東の城壁から中央へと進む。

星空のように澄んでいた蛇の胎内は、今や破壊された人工物の屑や瓦礫や死体が漂い澱(おり)に塗(まみ)れて、人の世の川のように汚れていた。

>all(同じくイベントレスです。遠くからでも見やすいように大きめの妖にしてみました。こちらは宮中破壊担当なので、次レスで華切本体様との打ち合わせ通り(?)左京院邸に向かいます。華切様、哉栄様、輝夜様、心の御準備を!)

2ヶ月前 No.333

夕臙 @fue ★iPhone=uYwUDyqtCB

【夕臙/城下・薬師寺邸庭先】

草臥れた草鞋で土を踏みしめ、庭に降り立った夕臙は、顔を見合わせた二人の薬師寺紫≠したり顔で見ては嬉しげに鼻を掻いた。
「まったく二人とも物騒だなぁ……」

片方の薬師寺紫は店のほうへと支度に戻り、もう一人の薬師寺紫は銚子を片手に酒を飲み寛ぎ出した。正直なところどちらが本物の薬師寺紫であるか、こうなるまで自信を持って断言出来なかった夕臙であったので、少し安心したのかもしれない。自分の傍に居るのは本物の薬師寺紫ではなくて、彼に化けた妖のほうなのであるが、本人の言う通り其処まで悪い奴にも見えなかった。それに、人間だからといってそれが良い奴とは限らないという言葉にも今なら共感できた。何故なら、自分だって人間だけれど良い奴≠ナは無いからだ。
「忘られた言葉や想い、その化身が、おまえ……」
薬師寺が支度を整えるのを待つ間、夕臙は怯えもせずに薬師寺の姿をしていた妖の話を興味深げに聞いた。大きな丸い目を見開いて、自分の今迄知らなかった世界の物語を一言も聞き漏らすまいとして聞いた。彼女の姿がとうに薬師寺のものでなくなっても、目の前の顔がのっぺらぼうに変わっても、震えるどころか好奇心に目を輝かせた。
「すげえ……」
すげえすげえと残念な語彙力で賞賛しながら、薬師寺が支度に時間がかかっている手持ち無沙汰に、夕臙は懐から墨筆と木札を取り出して地面に座りこみ彼女の絵を描き始めた。一面の彼岸花咲く廃墟の原に佇む女性。その顔には目も鼻も口も無いようで、極淡い薄墨で幾つもの顔、幾つもの表情が重ねて描かれている。螺鈿細工の偏光のような目の前の不可思議を単色で描き切ると、その絵は即興ながら今にも動き出しそうだった。
『人の思ひは言の葉に、言の葉の枯れたる先には曼珠沙華の妖しの花叢ぞ咲く。人しも妖をなん産むなる』ーーそう端書きを添えて、見聞を広めた感動をいつものように書き置くと、そのうち先生にも見せようと懐にしまった。そうこうしているうちに、薬師寺紫が商売道具を携えて戻ってくる。
都に騒ぐ気配に、慌てて飛び出したいところであったが、それが利口でないことはわかっている。
「ありがとうな、……ええと、」
薬師寺を待つ間、自分の知らない世界を教えてくれた思葉に礼を言おうとしたが名前がわからず、「おれ、夕臙。天下の名医・光宮哉栄大先生の一番弟子だぜ!」などと先ずは自分から名を名乗り、破顔した。

「遅いっすよ、薬師寺さん。一服したら、先生の無事を確認しにすぐに行きますよ」
帰ってきた薬師寺に夕臙が急かすように口を尖らせると、いつの間にかのっぺらぼうだった顔はもう一人の薬師寺紫に戻っていた。二人の薬師寺紫から同時に刻たばこの詰められた煙管を差し出され、一瞬不思議そうに目を丸くしてから、その意味を悟ってか両の口角を上げた。「はい!」と元気に返事をすると、慣れない動作で煙草盆を覗き込み、火入れの灰に包まって熱した炭が入っていることを確認する。これでいいのだろうか、と確認したくて堪らなげな表情で恐る恐る両手に包み持ち、それぞれが煙管を加えながら楽に着火できそうな高さまで近づけた。

もう何度目だろうか、暗雲立ち込める天が白く光って、瞬きの間を数えてから空を裂く音と悲鳴が門の外に上がった。

>薬師寺紫・思葉

2ヶ月前 No.334

輝夜 @yuunagi48 ★Cp5kaJcUnj_yFt

【輝夜/宮中】
哉栄と華切が友人という立場ならば、この場を取り巻く空気は不釣り合いに重い。それもその筈、哉栄は輝夜の怪我を手当てした恩人としてここに呼ばれているのだから、宮中の者からすれば大切な客人であるし、客人である哉栄からしてもきっとこの場は気の休まるものではないであろう。
しかし、唯一その空気を酌めない、否そもそも空気の重さすら感じていないのかもしれない少女は哉栄の言葉で思い出した様にはっとする。

「ごめんなさい、私あの時桔梗にちゃんとお礼も言わずに飛び出してしまって。治してくれてありがとう!桔梗が治してくれたからもう痛くないのよ」

身に纏う唐衣裳の上から足の辺りをそっと擦る。僅かに出来た傷が跡形なく完治するにはまだ早いが、痛みがない事は確かだ。

「あ!私ね、今日桔梗みたいなすごいお医者様に会ったのよ!お医者様は老若男女?本当にどんな人でも治してくれるのね。
花菖蒲からたくさん血が出た時はびっくりして、とっても怖くて……だけど紅葉がいろいろな物を使ってそれを治してくれたの。私、花菖蒲や紅葉が赤くなっていくのが怖くて泣くしか出来なくて、だけどね紅葉に強くなれって言われて私も強くなりたいって思ったの!」

突然、両の手の平を胸の前でぱふと合わせた輝夜は今日あった事を思い出しにこにこと嬉しそうに話し始める。花菖蒲から真っ赤な血が噴き出したあの瞬間は絶対に忘れることが出来ない程に輝夜に衝撃と恐怖を与えた。同時に、二度とこんな事が起きない様に強くなりたいと心の底から決意させた。
夢の中で少しだけ見た、咲秋や吉継の姿。真剣を持ち目の前のものと戦う強さ。鋭い刃や重い力によって時に傷つけ、時に傷つけられる。それは紛うこと無き強さではあるが、輝夜はそれが自分には出来ない事を思考せずとも理解していた。
ふと昨日の吉継の姿が思い出される。咲秋に身を委ね、一度はその目を開くもののすぐにまた意識を手放してしまった。輝夜は咲秋や吉継はとても強いと思っている。華切が剣を持ち戦う姿は見たことが無いけれど、彼はとても頭が良いし、華切が居るから咲秋や吉継はもっともっと頑張れるのだとも思っている。つまり華切も咲秋達とは強さの種類は違えどとても強いのだ。

しかし、そんな吉継でも怪我を負う時だってある。華切だって……哉栄へと向けていた視線を華切へと向ける。大丈夫、と自分に言い聞かせるように一度強く瞼を閉じると再び開いた。
華切の強さ、咲秋の強さ、吉継の強さ、珠芽の強さ。皆違う強さを持っていた。そして輝夜の目指す強さもまた彼らとは別の所にあった。それはまだ言葉に出来る程はっきりとしたものではなかったけれど、輝夜が見詰める先にぶれも迷いも無い。


「ねぇ、女郎花。私ね桔梗と……宮をお散歩したいの」

輝夜は変わった。彼女独自の眼でほんの一部であれど外の世界を見て、彼女独自の脳でたくさんの情報を得た事で、『月の姫』である時は相も変わらず人形ではあるが、珠芽の時もそうであった様に華切達に対しては『こうしたい』と意思を告げるようになった。
桔梗と、と言ってはいるが本心は『桔梗と女郎花と散歩をしたい』なのだろう。言葉には出さずとも表情がそう告げていた。

観月祭の『前観月』である今日は露店の出る城下は勿論、宮中も普段とは違った色に染まっている。
白い小袖に葡萄色(えび色)の袴という比較的動きやすい着物に着替えさせてもらった後、輝夜はゆっくりと庭を歩いていた。その歩みは一日の疲れもあるからか普段よりも遅い。だが、その足の重さはそれだけではない様にも思える。
足を止め、先程まで満月により藍色だった空を見上げるが今は雲が覆い漆黒に変わっていた。なんとなく気持ちが落ち着かない。輝夜の頬をくすぐり、髪をさらりと揺らした風の匂いに感じる違和感が肺から全身へと浸透するように広がっていったその時、大きな音と一瞬の輝きと共に空気が震えた。

「種が割れた」

稲妻が空を裂いた光景を目にした輝夜はそう呟いた。それはお転婆少女である『輝夜』とこの世界に生きる者全てと同じで違う『月の姫』が混ざり酷く歪に聞こえた。この都の行く末も己の未来さえも冷静に客観視しているようなのに、とても不安そうにも聞こえる。誰も見る事の出来ないどこか遠くを見ている様なのに、目の前の光景に瞳が揺れる。満月が隠れ、漆黒の空に落ちた種から一瞬で人間の世界に伸びた根は、祭を楽しんでいた人間達の精気を吸い上げ茎を伸ばしてゆく。赤……まだ咲くには至っていないこの花の色も夢で見たのと同じ赤色だ。
宮中の東から流れてくる混乱の中、輝夜は空へと向けていた瞳をゆっくりと根源へと向ける。その目に映る八つの首は、根が大地から吸い上げる水の様に見えた。
>華切、哉栄、周辺ALL

【大変遅くなり申し訳ないです(汗)どういう風に動かそうかと迷った末にこんな形になってしまいました。華切君や哉栄先生は一緒に居るも(輝夜が着替えに行った為)まだ合流していないも、断るも出来るようにあえて描写などはしておりませんのでどういう形でも合わせられます。その他ここはこうして欲しいなどありましたらお申し付けください】

2ヶ月前 No.335

@kronos☆M83pBhikgC. ★Android=Esl6XVmNcI

『薬師寺邸→裏通り/思葉、薬師寺紫』

「あんたから先に呑みなよ。」

夕臙の持つ炭を紫に進める思葉。それに甘え火を着け、遅れて思葉が火を着ける。ゆったりと燻(くゆ)る煙に視線を漂わせながら、吹き戻す煙は輪っかを作った。

「先生は……弥栄は無事だろうよ。誰も彼も無事だろう。」

何気なく呟く言葉を、火皿の小さい思葉の煙管の雁首が灰吹きの縁にカンと高く響く。

「今が無事じゃないならそりゃ嘘だよ。ほら、行くよ、無駄にデカい火皿しやがって、大煙管の古狸じゃあるまいに」

動き出す思葉の背中に四十匁を十も詰めて呑めるもんか、と文句を言いながら薬箱を背負い夕臙の頭を撫でる。

「これは確かに忘れられねぇ思い出だよなぁ。いや、忘れたくねぇ思い出……か。目星は付いてんのか?その大先生の居場所のよ?」

茶化したような口調でタバコを口の脇に咥え器用に吹かしながら問い掛ける。都を襲う怪異を背に紫の声色は喜色を帯び、目には危ない光が灯り始めるが、そこに思葉から頭を軽く小突かれ睨むように見上げれば、呆れ顔の同一人物の顔

「分かってたらアンタなんかに頼るかい、勝手に飛び出していくよ。悪いね、名前を言うのを忘れてた。思葉、もっと有名なのは、捕まるのに足の付かない人攫いさ。」

自己紹介序でに薬師寺を窘め、踵を返すと、裏戸を開けて辺りを見回す。漂う妖怪の気配に眉根を寄せ独りごちる思葉。

「蜘蛛かヤモリのおばんか。どちらにしろ派手にやってくれるよ」

2ヶ月前 No.336

夕臙 @fue ★iPhone=uYwUDyqtCB

【夕臙/薬師寺邸→城下町】

先生を含め、誰も彼も無事だろうーーそう言う薬師寺の言葉は、もしかして其れこそまじない≠ネのだろうか。二人の吹き出す煙の燻りながら昇りゆくのを横目に見ながら夕臙は思った。くしゃりと髪をかき分け頭の上に被さる大きな掌は、束の間の不思議な出来事を、少年の決意を頭の中に閉じ込めていくようで温かかった。

「……その通りなんだ、思葉=B実はおれにも先生の居る処はわからねぇんです。けど、まずは先生の邸に行ってみましょう。急患でもあれば外出されているかもしれないけど……」

思葉、と教えられた名を繰り返し、彼女の後をついて裏の戸に出る。薬師寺紫と思葉の言う通り、夕臙には哉栄が何処にいるかわからなかった。日頃の恩師の行動傾向や体力を思い返し、祭の賑わいを歩き回っているというよりは、祭の宵であろうとも自宅かもしくは彼を必要としている患者の元にいる気がした。自宅に居ればそれで安心なのだが、祭で急患が出たとなって何処かに呼ばれていたら厄介だ。

「……! これは…………」

思葉の袖の陰から薬師寺邸の裏戸をくぐれば、其処は既に夕臙の知る都ではなかった。裏戸が面した小径から大路を覗けば、悲鳴をあげ逃げ惑う人々と、それを追い掛ける百鬼夜行の群れが建物の隙間を西へ東へ往来している。薬師寺紫と共に此処へ来る道中で通った、祭に賑わう灯り揺れるあの大路はさながら地獄絵図のようだった。
店も持ち物もうち捨てて悲鳴をあげて逃げる若い女を、一本足の鬼が追い掛ける。炎を上げる輪入道から逃げた男が呉服屋に逃げ込めば、車輪は勢いをつけて戸口に体当たりをし玄関を大破して扉ごと男を轢き殺した。幼子の髪を掴み宙吊りにして笑う牛鬼。逃げ惑う団子売りの青年の足元に急に泥水が広がり引っ張り込む泥田坊。僧侶を締め上げる蛇体に娘御の首を持つ妖。鼬のような妖怪から逃げ切った親子は、一陣の風が吹くと同時に血飛沫を上げて倒れた。向こうから来た老人は空から降る雷に貫かれる。

「酷ぇことしやがる……」

あまりの光景に思わず顔を顰めるが、今妖達一人一人がしていることは、自分が目的の為に月の姫や邪魔者にしようとしている事と同じ事だ。本当なら、関係ない人間を巻き込み傷つけるなんて赦せない。しかしその叫びを飲み込み拳を震わせ黙認する程に少年夕臙は変わってしまった。

自分も医に生きるものであれば、本当は全ての命を救いたい。けれど、どうせ医聖たる師匠と違って、おれは成り損ないの殺人者になる男だ。これから見殺しにする全ての命と引き換えに、先生が助かるのなら、それでいい。

「あいつらに見つからないように光宮邸まで向かいましょう!」

表情を険しくして「やべぇな」と吐き棄てると、薬師寺紫と思葉を見上げた。漆黒に塗り潰された空は時折真白に点滅し、地を揺るがすような酷い音を立てる。主な通りには魑魅魍魎の群れが人々を右に左に追いやりながら溢れかえっていた。此の世の終わりかと思うような光景に怯んだのはたった一瞬のことで、夕臙は人気のない猫の道のような細い路を選んで駆け出した。

>薬師寺紫・思葉

2ヶ月前 No.337

珠芽 @d0ap ★Android=oiMOxDsfGh

【珠芽/城下の外れ・石階段】

 やけに五月蝿い鼓動と己の荒い呼吸に混じるように、その声はとても冷静に師としての役割を担う。
 勢いのまま振り下ろした短刀は、虚空を切り裂き、そのまま地に吸い込まれるように沈む。体勢を戻すにはあまりに遅く、その背に薙ぎ払うよう峰が当たれば何の抵抗も出来ず、重力に従うまま地に伏せた。砂が口に入り、土で身体が汚れる。
 始めから上手くいくなんて思っていなかったけれど、こうもあっさり地に伏せる事になろうとは思わず、悔しさが込み上げる。と、同時に初めて振り回した短刀で相手を傷つけずに済んだ事に、僅かに安堵している自分に気付いた。

(駄目だ、傷つける事が怖いと思っちゃ……。覚悟を決めて、此処まできたんだろ!!)

 心中で自身の決意をより強くすると爪に土がくい込むことも厭わず、珠芽は手足に力を入れると身体を起こし、再び短刀を構えた。今度は自分の胸の前で逆手に持つと、暗闇へと目線をさ迷わせる。響く声は戦うことへの心構えを珠芽へと語り、言葉を受けた珠芽は瞳を閉じて気を張り巡らせた。

(恐怖を、殺せっ……心を、殺して。そして……)

 教えの言葉を噛み締めるようにそっと心中で呟く。五感を最大限に活用出来るように、己の動きを少なくし、相手の動きへと集中する。すっ……と瞳を静かに開いた瞬間、珠芽のすぐ側で僅かな風を感じ、短刀を突き出した。刃を捉えることは出来なかったが、彼岸を視界に捉えることはできた。

(おれは、誰よりも、強いっ!!)

 珠芽の意志に反応するように、身体の奥底から纏わりつくような熱が込み上げて、珠芽は息苦しさを感じたが、構わず身体を動かす。次に振りかけられた刀身へと短刀を突き出した時、それは異なる容姿をしていた。

 雪のように白い髪は腰ほどまでに伸び、身体の大きさも以前とは比べ物にならないほど成長し、白を基調とした浄衣を纏う。顔立ちはやや幼い面影はあるものの、人で言えば十七、八の青年へと変わっていた。

 突き出した勢いと、先程よりも苦しい呼吸に転ぶように、どさっと音をたてて地面へと手や尻をついた。何が起きたのか自分自身ですら分からず驚愕の表情を浮かべたまま、息苦しさを感じた胸を抑える。視界に入る自身の異変に困惑していると、纏わりつくような熱は全身へ廻ると、今度は血液が沸騰するような熱さへと変わった。息が詰まるように呼吸がままならず、はっ、はっ、と短く吐き出す事すら精一杯だ。
 暫く苦しいままだった呼吸が漸く落ち着き始めた頃、彼岸から竹水筒を投げ渡された。その好意に甘え、竹水筒に口をつけるとゆっくりと喉を潤す。暫くして竹水筒から口を離すと、困惑と驚きが入り雑じったような表情で珠芽はぽつりと小さく呟いた。

「……おれ、どうした……んだ?」

>彼岸、周辺all

1ヶ月前 No.338

語り @fue ★iPhone=uYwUDyqtCB

【★】

左京院邸、広間。
中庭の空が、紫電に光った。夜の帳が裂ける。
突如として轟音が鳴り渡り、南西の空に一筋の稲妻が走って火柱が上がる。
左京院家に使えるもの達も、その一瞬は都中の人々と視線を共有し、燃え上がる西の塔を呆気にとられたように見つめていた。

遠くで轟く雷鳴に気を取られていると、今度はこの邸の程近くで悲鳴と轟音が鳴り渡った。中庭に集まってきた下男や武士達に緊張が走る。この都に迫る危機を確かめに、彼等は武器を手に音のしたほうへ駆けて行こうとしてそのまま動きを止めた。
「なんだ、あれは……!」
東の空を塞ぐ壁のようにして、其処には大蛇の首があり、こちらを睨んでいるではないか。
宮中の南東の外れの方で音と悲鳴がしたと思ったのに、もう左京院邸の間近まで迫っている。
「物の怪め!」
「弓を放て!」
警備兵達は一斉に手にした弓から矢を放ったが、恐れが軌道を狂わせて一矢たりとも大蛇に届かない。
濁流のようなその身体は、飲み込んだ物で膨れ上がり、黒い水流が中で渦巻いている。
「……!」
左京院邸の片隅から木造建築の倒壊する激しい音が聞こえたかと思うと、中庭を挟んで向こう側の車宿と武士達の詰所が潰されている。二百年間平穏に漫然と流れていた日常が、音を立てて崩壊しはじめた。

輝夜の支度を待つ間自室に居た華切が、輝夜の「桔梗と宮をお散歩したい」という言葉を思い返していると、突然女中に呼ばれた。血相変えている。
「華切様! 此処にいては危険です!」
「大蛇に御座います!」
広間に戻ってみると女中に女房、下男に馬飼、料理人に庭師も、中庭を臨む広間に集まってきて右往左往している。
「宮中の東門付近の壁を壊し侵入してきたのです。奴の通った後は瓦礫と成り果てております! 奴めこの邸をも食らう気にございます!」
報告に来た門番や、非番だった警護役、左京院に仕える武士や当主に仕える従者まで、立ち向かうのを諦め中庭で身を寄せ合っている。
「この事態に、咲秋殿も吉継殿も不在とは……華切様! 逃げましょう!」
女中頭に脱出を促されるが、輝夜の姿も哉栄の姿も見当たらない。観月祭の宮中へ哉栄と共に散歩に出たいと希望し支度を済ませた輝夜はこの時既に邸の表側にある庭の方で哉栄と待ち合わせていた為に、中庭側からでは姿が見えないのだった。

邸の離れを破壊した大蛇の頭が、中庭へと侵入し、広大な池の向こうから広間にいる左京院家の者達を見つめている。
「皆の者、無事か。早く、支度を整えて邸を出るぞ」
騒ぎを聞きつけた左京院家の主人・左京院伊織が珍しく息を切らして戻ってくる。中庭や広間で棒立ちしている使用人達に次々に指示を出すと、華切にも避難を促す。樹々の焦げる匂いがした。何処からか火まで回っている。
「華切、姫と皆の者を連れて逃げなさい。私は帝の元へ戻り帝をお連れ申し上げるから」
自分の栄華の象徴である邸を潰され焼かれて、今すぐにでも何か言いたいのであろう言葉を、この緊急事態にぐっと飲み込んだ表情は険しい。華切を振り返り、裏門へと皆を招くと自分もその向こうへ消える。華切の周りの家臣達は皆逃げる支度を始めるが、その中には輝夜の姿が無い。


>哉栄、華切、輝夜、all



【そろそろ頃合いかと宮中組へのイベントですー。
華切王子本体様のぽんぽこ様からの御希望で、邸から脱出の際に一度輝夜ちゃんや哉栄先生や左京院家の人々とはぐれる……ということで、このようにさせていただきました。哉栄先生、輝夜様、宜しければ表の庭のほうから合流して、危機を察知して脱出でも他の家臣に促されて脱出でも八岐大蛇と対決でも二人きりになってむしゃり未遂でもむしゃりでもお好きなものをどうぞ……! 王子へはこの辺でバトンターッチしたいです〜】

1ヶ月前 No.339

華切 @poko10 ★Android=MNgMSKnMpI

【華切/左京院邸広間→輝夜自室】

 ――何が起きている?

 得体の知れぬの轟きと、邸が崩れ始める音。様子を見に行こうとした華切の元に、女中が息を切らして駆けてくる。女中について広間に向かうと、近づくにつれて使用人達が騒ぐ声と物が焼け焦げる臭いが強くなる。そして広間に到着し、混沌と化した邸内の中庭に見たのは巨大な蛇の頭だった。あれに立ち向かえる者はここにはいない。この屋敷はもう終いだ。それは仕方ない。この屋敷自体に、死してまで守る価値があるわけではない。皆を逃がさなければ――。
 そう思ったとき、慌てふためき騒がしかった中庭が急に静かになる。現れたのは父親であり当主の左京院伊織だった。短い言葉で避難する指示を出し、臣下を連れて裏門に消えていく。そうだ、輝夜、輝夜はどこにいる。怯え、右往左往するばかりの使用人達を華切を見回す。輝夜はどこだ? 広間にその姿が見えないことが分かると、華切は火の手が上がる宮の奥へと一人向かっていた。散歩をしたいと言った輝夜は、奥の部屋で歩きやすい着物に着替えさせてもらっているはずだった。徐々に煙が濃くなり、無意識に足早になっていく。

「輝夜!」

 梁が歪んでいるらしく引くことはできなかったため、襖を押し倒して輝夜の部屋に入る。中は煙が立ち込めていた。視界が悪い中、鼻と口を着物の袖で覆って二、三歩足を進める。目を凝らしても、室内に人の姿はなかった。この状態で此処にいれば無事では済まなかっただろう。そう思って少しだけ安堵する。既に外に出たのだろうか。それならば良いが確信が持てない以上すぐに逃げる選択肢は選べなかった。元は壁があった場所を通り、噎せながら隣の部屋に移動する。ここにも誰もいない――そう見えたが、部屋の隅に若草色の何かが見えた。よく見ればそれは着物で、細い足が覗いている。慌てて駆け寄り、横たわる上半身を起こすも、それは輝夜ではなかった。顔は見たことがあるが、名も知らぬ若い女中。かといって放っておくわけにもいかない。華切がどうするべきかと思考を巡らせていると、ばたばたと騒がしい足音を立てて誰かが追ってきた。

「げほっげほっ、ごほっ、か、華切様! 姫様は宮の外へ出られたとのことです、ですから早くお逃げくださっ、げほっ」
「それは確かか」
「ええ、間違いございません」
「――分かった……この娘を運んで逃げてくれ」

 ちょうど良いタイミングで現れた従者に女中を預け、華切は立ち上がる。

「か、かしこまりました。え、あれ? 華切様は?」
「案ずるな、私もすぐに行く」

 そう言い残し、華切は真っ直ぐにさらに別の部屋へ進む。既に輝夜は外に逃げたならば、とりあえずのところは安心だ。しかし、輝夜を囲い守る場所がなくなった以上、自分にも輝夜を守るための力が必要だ。いつも咲秋や吉継が守ってくれるわけではないのだから。
 華切が足を止めたのは、父、伊織の部屋だった。目当ての品――左京院家に伝わる一本の刀を慎重に握りしめる。真剣を握ったことはあるが、振るったことは、ましてや人を切ったことなどあるわけがない。自分には余りある物だということは重々分かっていたが、万一に備えて少しでも戦える力が必要だった。

>all

【ご無沙汰でほんとにほんとに申し訳ありません……!哉栄先生と絡みたい!と思っていたのに中々復帰できず、レスに華切つけてもらっていたのに申し訳ごさいません(´;ω;`)】

1ヶ月前 No.340

語り(モブ) @fue ★iPhone=uYwUDyqtCB

【(モブ下人)佐野 暁時/左京院邸】

夏の夜空を焦がして、栄華の跡が燃えている。肺を満たす苦い香りと熱気を巻き上げて、人の築きし欲の権化は崩れ落ちる。様も無い。視界を覆う紅は地を這い、波のようにうねり、曇天を突く柱となる。
真っ赤な梁が燃え落ちるのを飛び越えて、佐野暁時(さの あかとき)という壮年の使用人は燃え盛る左京院邸の中心を目指した。古びた粗末な草履も衣服も綻んでいて、顔も身体も煤だらけのまま邸内を駆け巡る。汚れ窶れた痩躯の、背を丸めて火の海を駆ける様は人というよりは地獄の亡者に近いものがあった。

ーー『大蛇にございます!』
ーー『華斬様、逃げましょう!』
混乱の極みと言わんばかりに、左京院家家臣達の声が囀る。宮中には南東の方角より大蛇が現れ、邸には業火が回っている。此れを一大事と言わず何と言おう。
そんな騒ぎを尻目に、暁時は単身、群れから離れて邸内を逆走する。ギラギラと憑かれた目を光らせて、黒茶けた褸衣を引きずり、灼熱の畳を土足で踏みつける。襖を開け、千切るように取り払っては、傍の焔に投げ与えた。餌に歓喜する獣のように焔が渦を巻き煙と火の粉を吹き上げる。
極楽浄土の権化と言われた麗しの大邸宅が、無惨な地獄絵図を経て燃えかすと化してゆく様はなんと無情で滑稽なことだろう。

窶れ汚れて屍の如きその顔の上で、二つの目ばかりが活き活きとしてギョロギョロと周囲を見回している。恐れもせず、焼け落ちて行く大邸宅の中を駆け巡り、彼はある物を探しているのだ。まだ邸内に当主の息子・左京院華切が居るとも知らずに。


これを好機と、襖を乱暴に蹴り開ける。目的のものは此処にもある筈だった。暁時の腕にはこの時既に、輝夜の部屋にあった調度品や高価な着物、伊織の所持していた茶器や宝石の類が抱えられていた。元々左京院邸に仕えていたこの下人の男は、火事の混乱に乗じて盗みを働こうとしていたのである。
襖の向こうに左京院華切という予想外の人物の姿を認め、盗人は一瞬凍りついた。
「……華切様」
しかしそれも束の間のことで、すぐに諦めにも似た下卑た笑みを浮かべた。
父の刀を手にする華切。盗んだ財宝を手にして襖を破壊した暁時。二人の間に、梁が燃えながら落ちてくる。畳に叩きつけられて、其れは砕けて火の粉を撒き散らした。
揺らめく熱風を透かして、華斬を睥睨する。火の粉が爆ぜるのを、花火を鑑賞する清々しい心持ちで眺めながら、暁時は鼻で笑った。

「お久しぶりですね、若君。以前此処に仕えていた頃より相当御立派になられたようだ。嗚呼、最も左京院には数多の使用人が居るのですから、あなた方にとっては雑草に等しい。貴方にはこの盗人が誰か分かりますまい」

>華切、all


【他のお方の都合がつくまで、モブ(元使用人の裏切者)で絡ませていただきますー。モブですので、好きに使っていただいても構いませんよー。放っておくと心を抉るかもしれません()】

23日前 No.341

絲祈 @september9☆l2RtaxPLX0X6 ★gXyGHSaxw7_M0e

【絲祈/城下・都の外れにある屋敷】

 月への調べを謳う祭り囃子が、段々と悲鳴に塗り替えられてゆく。遠く霞がかった夏の夜に、罪深き人間たちが見る悪夢。寝ても覚めてもけして消えぬそれは、人々にどれだけ深い傷を負わせるか。
 座敷の空気は張り詰めている。月の光が差し込む其処だけが、騒がしい現実から乖離しているかのようだった。我々を前にしてもなお余裕の表情をみせつつ在る吉継の、色の違う瞳を八つの瞳でじいと見つめる。絲祈はただただ、耳障りな笑い声をその喉から漏らした。

「――ふふ、流石は夜が見込んだ男子(おのこ)よ」

 先程彼が放った、間合いの内にいるような殺気でさえ絲祈は心地よく感じた。元々戦の中に身を投じるのを好む性分だ、彼がその気ならば、その殺気さえ糸で絡めて腹の底に引きずり込んでやろうかと思った時分ではあるが、それはまた別の楽しみにとっておくとしよう。絲祈は、今頃阿鼻叫喚の騒ぎとなっているであろう城下と宮中の様子に思いを馳せ、そっと舌なめずりをする。形あるものを壊す感触と上がる悲鳴、絶望の表情、そのすべてが絲祈の心を躍らせる。
 夜の艶やかな唇が、きれいな三日月を描いていた。彼女の浮かべる笑みの、その意味を絲祈は瞬時に理解する。さて、この人間の覚悟がいかほどのものなのか。試させてもらうとしよう。

「人の子よ」

 夜が立ち上がり、吉継に目線を合わせる。

「――――目を逸らすのでは無いぞ?」

 吉継の前に姿を現れたのは、夜の仮の姿でもあり、吉継がずっと目にしてきた、彼にとっては「本当」の夜の姿。表情を崩すことなく、その金色の瞳の奥に、夜は、皇出雲は静かに燃え盛る憎悪の焔を灯す。紡がれる恨みの言の葉がじわじわと屋敷の中に満ちていき、あっという間に三人を包んだ。

 紅玉のような蜘蛛の瞳がぎょろりと蠢く。吉継は今どのような表情をしているのだろう。驚愕しているか、落胆しているか、それとも。そちらに目を向けようとするのだが、奥座敷の光景がどんどん変わっていく。目に映るその光景を自分はよく知っている。それは遠い過去の記憶。身に染み付いた赤黒い血の色と、腕の中の感触。生暖かい血の匂い。強い、強い憎悪の感情、そして、視界に映っているのは――。

 無意識のうちに歯を食い縛っていたらしい。薄青の唇から垂れた血の雫が一滴、畳に染みを作った。絲祈は唇に滲んだ赤を指先で器用に拭う。
 赦してはならぬ、赦してはならぬのだ。この感情が廃れぬうちに、人間共に復讐せねばならない。

 胸の内が灼けるようだった。身体が熱く火照り、思わず手を握りしめる。今にも暴れ出しそうな復讐心を押さえ込んでいた所で、「絲祈殿」という夜の声が耳に届いた。
 顔を上げ、ゆっくりと息を吐く。あらかた、夜が吉継へ「代償」の説明を終えた所であろう。そして、自分に話題を振ったということは。
 再び絲祈は、余裕の表情を浮かべ、口を開いた。その唇は、先程の血のせいで、薄く紅を引いたようにも見えた。

「――なあに、主の覚悟とやらを、我らに見せて欲しいのだよ。我が今一度問いたいのは、嘗ての師を、同胞を……愛しい愛しい姫の為に斬り捨てる事が出来るのかという事。それを完遂した暁には……月の姫君を、夜ではなく、主の手で直接攫わせてやろう。勿論夜が手助けをする。宮中の信頼のある主と、内親王に成りすました夜。主ら二人が揃えば、いとも簡単に成せる筈だ」

 くっくっと、絲祈が愉しそうに笑った。残酷な代償を告げ、彼は吉継の返答を待たずしてその身を徐に動かす。八本の脚が無造作に蠢き、障子に影を作ったかと思えば、絲祈はそのまま壁伝いに、音もなく天井裏に蜘蛛の下半身を隠した。上半身を天井から覗かせ、不気味な笑みをその顔に浮かべたまま、再度口を開いた。

「此処まで来て、最早引き返せまい。主の腹も、決まっているであろう? …………言葉はいらぬ。よく考え、己の行動で示せ」

 そして絲祈は、禍々しい絡新婦の妖は、奥座敷から姿を消した。後に、蟲師の羽音のような嗤い声だけを残して。

>夜、吉継

【絲祈/城下・外れにある屋敷/???】

 其処は、絲祈の「巣」とも言える場所だった。
 幾重もの分厚い糸で覆われたその部屋は、奥座敷の半分ほどの広さである。壁、天井、畳、その全てに縦横無尽に張り巡らされた蜘蛛の糸に、屋敷の主人や妻、女中の皮が括り付けられている。何とも不気味な雰囲気の、月の光さえ入り込まない奥座敷の更に奥、絲祈と夜しか知らぬその「巣」の真ん中で、彼の八つの瞳が怪しげに光っていた。
 クスクスと笑いながら、時折何かをつぶやく。彼の指先を伝う無数の子蜘蛛が、かさかさと小さく音を立てながら屋敷の外へ列を成し出ていく。

 血のような、鮮やかな赤に染まる瞳。絲祈は子蜘蛛を操る手を止め、傍らにある小さな蝋燭に、そっと火を灯した。

「――――嗚呼、必ずや……」

>対象なし

【お返事が遅くなってごめんなさい! あとで絲祈の操る死人(モブ)を使って都にちょっと仕掛けをさせて頂きます……!】

20日前 No.342

藤堂吉継 @fue ★iPhone=uYwUDyqtCB

【藤堂吉継/城下・都の外れにある屋敷→路上】


夜の頭上から、手房から、被衣がはらりと落ちて床に転がる。水面に落つる花弁の如き衣擦れの音に、焚き染めた香が幽かにのぼる。何処ぞで聞いた覚えのある声音に思わず視線を引かれてその顔貌を見るや、信じ難き光景に眼差が開かれる。目を逸らすなという絲祈の言葉が、仮令無かったとしても。

「皇出、母、…………内親王様……」

驚きの余り掠れた息が締まった声帯を震わせ、条件反射的に体が額(ぬか)ずいてしまう。皇出母内親王。帝の孫娘にあたる佳人が、何故都の転覆を目論む妖達の中心にいるのか。その答えは、問わずとも大凡理解できた。かつて皇出母内親王と親交のあった自分の主・華切と彼女とのやりとりが、ある時を境に急にどちらからとなく変容した様子であったことを思い出す。なるほど、と呟いては、最高の敬意を示すその姿勢を解き、口許にふと笑みを浮かべた。それはどこか諦めに似た、暗い笑みであった。その笑みが、吉継の答えだった。
あれほど妖を差別し異形を排他する宮中の、その中央にさえ妖は潜り込んでいる。まして、貴族や城下の庶民など尚更だ。妖は何処にでもいる。この都は、とうの昔に妖共に囲まれ内部から蝕まれて喰われていた。二百年もの時を経て静かに浸潤し、深く染み渡っていた、怨念の毒。腐りきり呪詛に塗れた天地に、人間は気付くのが遅すぎる。勝ち目などないのだ。

「許すも何も。貴女がたの怨念と憤怒の前に、人間の為す術などそもそも無いように思う」

空が鳴り地の揺れる音が、人々の悲鳴が、この屋敷の中にまで聞こえてくる。その断続の間隔は次第に狭まり、外の喧騒は祭のものから阿鼻叫喚の地獄絵図を連想させるものへと変わる。都に放たれた魑魅魍魎の群れが、怨讐を振り翳し、呪詛を撒き散らし、人の命を刈りながら今も夜を征くのだろう。あの時、自分が止めもしなかったから。否、己一人が止めたところで都の命運など変わることはなかった筈だ。それだけ妖共の辛辣たる怨嗟の念は深い。どれだけ夜に賞賛されようと、吉継は少しも嬉しくなかった。

「深き業と愛の体現者……ね。やんごとなきお褒めの言葉を戴きまして。俺が行かずとも時間の問題で宮中の人間は殲滅されるように思うんだが?」

夜と絲祈の提示した代償≠ノ、ほんの少しだけ狼狽の色が浮かんだ。しかしそれはほんの僅かな事で、ややあってクックッと可笑しそうに喉を鳴らすと、皮肉混じりにそう言って愛刀を掴み立ち上がった。

「まあいいさ。時間の問題だ。大切なのは『覚悟』なのだろう。……仰せの通り、宮中へ向かうとしよう」

此度は斬りかかるような茶番など無く、求められた通り『行動』で示すかのように出入口と踵を返す。その間に背後で蠢いていた気配へと振り返れば、天井から絲祈の上半身が逆さまに生えている。重力を無視した奇妙な光景に眉を顰めながら座敷の奥の女郎蜘蛛と大守宮を一瞥すると、此方の退出を待たずして大蜘蛛の姿は消えた。吉継も奥座敷に背を向ける。鞘を握りしめる拳が微かに震えているが、その足取りは来た時よりも確りとしている。
来た道を真っ直ぐに戻り、あの悍ましい奥座敷が、今は不気味に静まり返った庭が、重苦しい門が、順に背の向こうへと消えていく。夢から覚めつつまだ寝ぼけて夢現の狭間に置き去りにされたように、吉継は今や地獄と化した城下の通りに立ち尽くしていた。

>夜、絲祈、all


【心に迫る勧誘シーンをありがとうございます! 偽継君もこれにて屋敷から退場させたいと思いますー。】

19日前 No.343

東雲 彼岸 @caim ★Vxqs1Pnm4y_mgE


【東雲 彼岸/城下の外れ・石階段】

 ――それは、本能であった。忘れかけていた恐怖であった。懐かしい焦燥であった。
 手の平が弓なりに撓ると同時に、柄を握っては引きずりおろすようにして肩から刀身を離した。一瞬だった。己の判断を下す時間を待つことさえ、億劫な程であった。柄頭を己の右腰に引き寄せ、逆手で刀身の上から手の平を乗せ構える。それは、攻撃ではなく防衛のための添えて突きの構え。
 だが、それは、いとも呆気なくおれの横を通り抜けていった。ぐしゃりと“それ”が地に伏せるのを認識した後、やや遅れて頬の横を汗が伝っていく。横髪が頬とじっとりとへばりついた。
 ただ一つ、焦燥が杞憂に終わってしまえば、残るのは不快のみであった。

 脅威となるだろうものに危機を感じるのは妖怪の本能であるのか、それでも此方に刃を向ける者ではないと落ち着いていられるのは人間としての理性であるのか。一度刀身で真横に空を薙ぎ払っては、静かに納刀を終えた。呼吸はとうに通常のものへ戻っていた。

「なんだ、それは。“それ”を、おれは教えてはいないが……」

 静かに近付き、目の前の“得体の知れない者”へ爪先を向ける。
 すんと鼻を鳴らす。気配は、間違いなく先の少年と同じであった。圧のようなものを本能的に感じていた。どうやら変化したのは容姿だけではないらしい。どうせ時空を越える奇跡が罷り通る世だ。妖怪の一匹が急に成長を遂げたとて何も不思議ではない。――ただ、気になるのは、力を手にしたこの狐が何を望むのであるか、だ。この狐は刀を取る理由を信じる道を貫くためだと言っていたが、その終着にはおそらく件の月の姫が絡むことであろう。他から月の姫を護るためか、それとも他を寄せ付けずして食すためか。

「子狐……いや、狐。お前、故郷は?」

 なぜそんなことを聞き出したかは、おれが一番驚いていた。己の表情を悟られぬように地に伏せる狐の横へとしゃがみ込んでは、目の前の白雪のような細い髪をぐしゃりと手の平で押さえ付けた。――白い髪の妖怪を見るのは、これで三度目か。
 ほんの、一瞬であった。視線を投げるように横にして、狐へと戻そうとした刹那、その瞬間は訪れた。

 けたたましい引き裂くような稲光と、轟音であった。
 湿る空気と共に、都に赤い光が移っていく。無意識に唇を、噛んでいた。尖った歯によって血が流れ始めてから、おれはその異常に気付いた。あのたった一人の友人の後姿が、瞼の奥で滲んでいたのだ。どうか護られていてくれと、おれを妖怪だと罵った人間たちの姿を思い浮かべていた。なんとも皮肉な話だ。それでも、おれの向かう先は決まっていた。どうせ人間に妖怪なぞ斬れるものか。

「詮索は止そう。おれは行かなければならぬ。……約束を果たし切れなかったことは、許せ。その代りに、一度だけ助けてやる。その時になったら、おれを呼べ。月の姫に手を掛けるのは、その後だ」

 もう一度、狐の頭を押さえつけては、下駄底を擦りながら立ち上がる。人間ではない気配の多さに、思わず喉を鳴らし口角を吊り上げた。やがて牙をむいてくるだろう脅威を脅威と正しく理解しなかったのは、既に己に目的が存在していたからかもしれない。


>珠芽、ALL
【たいへん遅くなりました、すみません;
 彼岸帰ろうとしていますが、此処で一緒に珠芽くんと妖怪軍を相手に共闘したいと思います……!】

15日前 No.344

はいせりひと @bloodycat☆T3u8MhS.e3A ★iPhone=vaUwG0CLgh

【光宮哉栄/宮中・庭にて】


 目の前の景色は本当に現実なのかと、哉栄は目を疑った。しかしすぐに、自らの持つ人離れした治癒の力を思い出し、現実なのだと理解した。畏怖した。何よりも、こうなっては野望が叶わないのではないのか――と。

 いっそ、憎らしいほどの無垢さで。悲しいほどの優しさで、目の前の少女は自分を望んだ。散歩がしたいというその一言に信頼の形が見えて泣きたくなるほど悲しかった。この状況に至って考えるのはやはり可愛い我が身、我が願い。かつての月の晩のように、何も知らなかった頃のように接することはもうできない。それは過去の自分が許さない。
 庭を歩く月の姫へと哉栄は近付いた。その足取りは散歩に行くというより罪人が処刑される寸前のようで、柔らかい薄茶の髪が揺れる度にうかがえる表情はひどく、暗い。おどろおどろしい光景を、大人である自分よりしっかりと見つめている姫は手を伸ばすのも躊躇うほど美しく、高貴で。汚してはならない存在に手をかける、殺してはならない人を殺そうとしている罪悪感に押し潰されながら前に出る足は止まらない。


 視界を塞ぐように、正面に立つ。あどけない顔立ちはそれでも、月の姫に相応しく凛としていて、儚くて、守ってあげたいと思う反面きっと殺めることができると思わせた。
 『僕』は手を挙げて、初めに彼女の手を取った。小さくて白い手、人と変わらない五本の指に淡い色の爪。それでも彼女は『人ではない』と言い聞かせ、その手を眼前へと持ち上げる。

「――あなたを殺し、そのにくを食べれば、奇跡が起こると聞きました」

 語る口調は淡々と、どこか幼さを感じさせ、懇願するような色を含んでいる。残念なことに、哉栄は今武器となるものを持っていない。持っていたとしても何もできないことを哉栄は分かっている。自分にこの子を殺せはしないことを、自分がずるい大人であることを。

 この子が優しいことを。

「兄が、いました。兄は、死にました。僕のせいで昔、死にました。僕が死ぬはずだったのに、僕をかばって、死にました。僕は、あの日のことを、もう一度やり直したいんです」

 ぽつり、ぽつりと。溜めていた思いを吐き出す――罪を、告白する。許しを乞うように見えてその実、許しを奪おうとしている。引き下がれない、もう止められない。堂々巡りを、終わらない輪廻を、断ち切りたい。

 少し、口を開ける。白い指を含み、そして思い切り閉じた。口に広がる鉄の味、皮膚を裂き、肉を貫いた先の硬い感触は骨だ。音はしなかった。ただきっと、こんなに深く噛んでしまっては彼女が痛いだろうと思うと、涙がこぼれた。一筋だけ、片目から、静かに流れていく。決して泣く資格などないのに。
 口からその指を解放して見れば、白い指は赤く染まっていた。哉栄の口周りも少量の血が付着しており、涙と混ざって赤い雫が顎から落ちる。

「ごめんなさい、――ごめんなさい。ぼくのために、死んでくれませんか」

 そうして、哉栄はわらった。
 ずるい言い方をしている。自分の手を汚さないやり方を選んでいる。

 血に染まる彼女の右手を、懇願するように握りしめ、嗚呼こんな姿をあの愛しい弟子や友人、慕ってくれる人々に見られたくないと保身を願ってしまう。
 こんな自分、はやく消えたくて、仕方ない。声なくもう一度、ごめんなさい、と少女の死を乞うた。


>>輝夜、all




【お返事遅れてしまって本当にすみません……!!哉栄のできる精一杯のむしゃりです。きっと哉栄なら、輝夜ちゃんの優しさを理解しそこにつけこむんだろうなあ、と思いがぶがぶしました。ずっとがぶがぶしたかったのでやっと念願叶いました、しかし輝夜ちゃんごめんなさい、本体の心が痛い。一人称『私』だとなんか違和感があったので、昔はきっと『僕』って言ってたんだろうなあと考えてちょっと変えてみました(雰囲気)。もし現在の状況と異なる部分がありましたら教えてください……!】

15日前 No.345

輝夜 @yuunagi48 ★Android=GJQVGCUts0

【輝夜/宮中 庭】
ごうごうと音を立て大地から吸い上げられる水のようで、人々が妖と呼ぶものを二つの瞳で真っ直ぐに見詰めていた輝夜は一歩、また一歩とその妖へ足を進める。その姿だけを見て判断するならば、恐れは無く、興味でも、宮中を守らねばという使命感でもない。まるで輝夜自身が吸い上げられる水の一滴となり引き寄せられるかのように、ゆっくりと歩み寄って行った。

輝夜が足を止めたのは視界いっぱいに、今目の前で起こっている惨状に似つかわしくない柔らかな色合いをした着物と白めの肌色が広がったからであった。視線を少し上に向ければそこには輝夜を見る哉栄の姿。輝夜は何も言わず哉栄を見詰め返す。先に動いたのは哉栄の方であった。

そっと輝夜の手をとる。哉栄の手に導かれ抵抗もなく上へと持ち上げられる。一枚、薄紫色をした花弁が開いた。
哉栄の唇が動き輝夜の背負っている定めを言葉にする。この世界では輝夜にそれを直接言葉にして伝えてきた者は哉栄が初めてであった。また一枚、花弁が開く。
更に哉栄の言葉は続く。ゆっくりと、一言一言を選び、胸の奥底から絞り出すように。輝夜は何も言わず真っ直ぐに哉栄を見詰め続ける。また一枚、花弁が開く。

思いを告げた哉栄は輝夜の指を自らの口に入れると、強く閉じた。瞬間の激痛。輝夜の体は反射的にびくりと跳ねた。皮膚が裂け、肉が断たれ血管から真っ赤な鮮血が噴き出す。体が小刻みに震え、汗がじわりと滲み出る。しかし、輝夜は顔を歪め息を呑むだけで叫び声をあげることはなかった。顔色は血の気が引き蒼白である。それでも哉栄を見る瞳は僅かに涙を潤ませながらも真っ直ぐなまま、恐怖も、怒りも浮かべてはいない。ただ、慣れぬ痛みを堪えているだけ。哉栄の片目から一滴の涙が頬を伝う。花弁がまた一枚開く。
離された指は溢れた血で赤く染まっていた。同じく輝夜の血に濡れた口で哉栄は再び言葉を紡ぐ。
ごめんなさい――と。そして自分の為に死んで欲しい――と。最後にわらった哉栄に最後の一枚が開き、星を描いた。

「……きれい」

月の姫に奇跡の為に死んで欲しいと願った男に、願われた少女がようやく発した言葉であった。右手を哉栄に握られたまま、自ら上げた左手で哉栄の頬に触れる。そっと、慈しむように。

「咲いたのね、美しい桔梗。優しい桔梗。香りはほとんど主張しないけれど、その色は見るものを癒し心落ち着かせる。とても他想いの優しい人」

振り返れば輝夜は哉栄の事を「蕾の桔梗」と咲秋に伝えていた。哉栄と出会ったあの夜、輝夜の目に映る桔梗はまだ蕾であり、花開いていなかったのだ。そしてそれが今目の前で美しく開花した。輝夜の表情が蒼白のまま和らぎ、ほほえむ。

しかし、直後に輝夜の眉尻が下がった。哉栄の頬に触れた手も加えられていた力を失い重力に従って下に下がる。一拍の間があき、輝夜は再び口を開く。

「だけど……あのね、私、桔梗の気持ちは、とても良くわかるの。大切な人を亡くしてしまう苦しみも、悲しみも、とても良くわかるの。だから私も桔梗に出来る事なら力を貸したい。でも!私を、大切にしてくれる人が居るから、守ろうとしてくれる人が居るから……私はその人達を、悲しませたくはないの。大切な人を失うのは……とっても苦しい事だから。大切な人に苦しんで欲しくないの。だから、私は……生きたい」

先程とは違い悩みが伺える。その言葉は途切れ途切れに声量も安定していない。それでも最後の一言だけは静かにはっきりと告げた。視線を哉栄の手と、未だ血を溢れさせる自らの手に向ける。そして更に続ける言葉から迷いは既に消えていた。

「それにね、桔梗。もし貴方が貴方の言う奇跡を得て、昔をやり直したとしても桔梗がその結果死んでしまったとしたら、今桔梗の目の前にいる私を含めて、桔梗を大切に想う人はとても悲しむわ。例えそれが無かった未来になってしまったとしても、桔梗の悲しみと同じ悲しみを抱くの。だから、もし、この先桔梗が過去をやり直したとしても必ず生きて。そしてやり直した桔梗として笑顔で今日をむかえないとだめ」

輝夜の言葉は矛盾する。生きたいと望みながら、桔梗が過去へ戻った時の話をする。そしてどちらも紛れもない本心であった。それはきっと経験があるからこそ、今どちらも伝えておかなければと思ったからであろう。

「桔梗は優しいから」

逃げられないと諦めている様子でもなく、かといって逃げ出す様子もない。全てを燃やしつくそうとする業火も、全てを飲み込もうとする濁流も、再びその傷口に歯を突き立てられるだけで強制的に時間を戻されてしまうこの現状も輝夜の目には見えていないのではないかと思えるほどに、ただ静かに笑ってた。
>哉栄、周辺ALL

【やったー!念願のむしゃり(←ぇ)哉栄先生が儚くて綺麗すぎて萌えております!(←)
かなり矛盾に長々と語っておりますが、もしこうして欲しい(食われて欲しい、逃げ出して欲しい、宮中から外に向けて欲しい等々)というのがありましたら追加で動きもくわえられますのでご一報ください!】

10日前 No.346

語り(モブ) @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【(モブ妖)鵺+火車+屍達/城下・石階段】

彼岸が珠芽の絹糸のような白髪を掌で抑えた其の瞬間、復た空が光り雷鳴が轟いた。
瞬くよりも短いほんの刹那、夜空は月も星も消え去る真昼の白さに閃く。珠芽の長い髪が、殊更に明るく銀のように煌めいた。
低い空に紫電が這い、不吉な鵺の鳴き声が幾重にも谺する。暗雲垂れ込める空の彼方から、生きとし生けるものを狙い撃つ恐怖の砲口が、轟音と共に稲妻を放ってまた一つ邸を造作もなく撃ち抜いた。

「……大蛇め。屑を無駄に蹴散らしおって。逃さず仕留めねば蜘蛛殿の本懐は遂げられまい。……くはは、逃げられると思うたか愚かしき人間!」

虎鶫の翼が、奇々怪々たる化物の身体をぶら下げて都の夜を滑空する。裁きの雷雲を引き連れて舞い上がり、高笑いと共に神の鉄槌を愚かしき人の世へと落とした。空が白く光るたび、民草からは悲鳴が上がり、それを鵺は愉悦の内に眺めては殺した。

洛西の一角は、既に焼け焦げた瓦礫と屍で埋め尽くされていた。雷電は住居を焼き、焔は住民を包んだ。直接的に落雷に撃たれた者も居る。その一角に突如として、ぼうと青い火が灯った。焔は一つが二つに、二つが四つに増えて、雨雲の間から落ちてくる。鬼火のようにぐるぐると回っていたそれは、よく見れば単なる火の玉ではない。地底湖のように青く燃え盛る人力車であった。到底この世の物ではない。煙も立てず幽かに透き通りながら青く揺らめく人力車を、二足歩行の猫のような妖が引いている。焼け焦げた屍の匂いを嗅ぎながら四匹の猫は四台分の火の轍を刻み都人達の死体を物色している。
「鵺サマ、人間遊ビ、シテモイイ?」
一匹が天を仰ぎ、小さな口を開いた。
「……向コウノ山ニ、遊ンデル強イ妖怪イル」
別の一匹も口を開いた。
「「人間遊ビ、シタイ」」
鵺は返答の代わりに空を劈く高笑いを一つ投げると、一際大きな稲妻を空に走らせた。
ーー「汝らの好きにするが良い、火車」

火車、と呼ばれた猫のような妖怪達は歓喜に小躍りし、手にした太鼓を打ち鳴らして集めた屍の周りをぐるぐると回り始めた。怪しい儀式のような、何処か滑稽で且つ不気味な光景である。太鼓を打てば音は電流に代わり、軈てそれは綾取り糸のように編み目を作って痺れるような音と光を立てる。織り上げた紫電の網に絡まって、死体が起き上がる。ばちばちと耳障りな音を立てながら、横たわっていた幾つもの死体が、仰け反るように背筋を弓にしてのたうち回り、筋の不随意運動に手足をびくつかせた。生命は内部に発生する電流によって神経を興奮させ体を動かしている。火車達の浴びせた僅かな電流により屍体に魂は無くとも反魂の術の如く筋を刺激し活動を与えているのだ。
「「ワアア、動イタァ!」」
焼死体が立ち上がり歩き出すと、火車達は歓声を上げる。黒く焦げて剥がれた皮膚を骨筋の上にぶら下げて、かつては都人達だったその死屍の群れは歩き出す。肉の焼けた酷い匂いが充満した。するとどういうわけか、火車達の引いていた人力車の中からも次から次へと人間の死体が溢れ出し隊列に加わった。火車は、罪人の死体を盗む妖。人力車の中には惨劇の都で彼らが集めていた死体が詰まっていたのである。
「行ケ行ケ、人間。山ノ妖ト相撲ダゾ」
火車が指揮をとると、数十名の軍勢にまでなった屍たちは一斉に神社へと続く石段を登り始める。いつの間にか手には武器を持って、はじめはぎこちなく歩いていた者も次第に俊敏な動きへと変わっていって、破れた皮膚やはみ出した内臓を引き摺りながら、鬨の声すら上げて石段を駆け上がった。其の先には、天狗の半妖と、若い狐の妖の姿がある。
二人が話している間に、火車に操られた屍の軍勢は取り囲むように分散し、各々武器を構えた。

彼岸が立ち上がったのと、其れは同時だった。何度目かの白い瞬きが宙を覆った。雷鳴が闇を破る開戦の銅鑼となって辺りに響く。それを合図に、既に魂を失っているとは思えない動きで屍達は一斉に二人に斬りかかった。

>彼岸、珠芽、all


【師弟の格好良い殺陣を期待しています! GOOD LUCK!】

7日前 No.347

夕臙 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【夕臙/城下→宮中・左京院邸 庭】

「光先生……何処に……!」

光宮邸に哉栄の姿は無かった。城下の其処彼処に溢れる妖達の目を掻い潜り此処まで辿り着けたのは、夕臙の日頃の行い≠フ賜物だろう。薬師寺や哉栄には勿論秘密にしていたが、もしかしたら薬師寺は薄々気づいていたかもしれない。なんとか光宮邸まで辿り着いたはいいが、哉栄が留守ということは、彼があの地獄絵図のような都の何処かにいるということになる。城下の有様を見たからこそ、夕臙は焦った。
「薬師寺さん! 思葉! 先生は宮中にいるっ!」
其れは強運の持ち主故の勘というものなのか、或いは聡い少年の推理であったのか、夕臙は突然そう叫ぶと鉄砲玉のように光宮邸から飛び出して、再び混沌の都の夜へと飛び混んで行ってしまった。

--

宮中へと潜り込むことは、想像を遥かに超えて容易かった。月の姫を狙って偵察していた時は巨大な門と立ちはだかる衛士の姿に侵入はまず不可能と思っていた殿上人達の住処も、今や門は開け放たれ門番も逃げ出したのか姿は無く、通過しても咎める者は無かった。最も、「哉栄先生を救う」という大義の前であればどんな危険が其処にあろうと今の夕臙は構いはしなかっただろう。
途中で落ち延びる貴族と思しき一団と擦れ違った。逃げていく者といってもその服装は夕臙が今着ているぼろよりも身綺麗で、牛や馬を連れている者もいる。泣いている女もあったが、夕臙は荒んだ心ですれ違い様に舌打ちした。今まで私腹を肥やしてきたであろうあの貴族たちの留守邸にこの好機に忍び込んだら、どれほどの豊かさを盗むことができるだろう。
ーー(……それどころじゃないから、しねぇけど)
夕臙は心の中で自問自答すると、一人流れに逆らって絆の呼ぶほうへと駆けた。

一際大きな邸の庭に、探し人の姿はあった。
先生、ーーと声を掛けようとして、慌ててそれを呑み込み、夕臙はさっと隠れた。
先生は……光宮哉栄は、月の姫と一緒に居たのである。その身を口にすれば時を遡る奇跡をもたらすという、月の女神。夕臙は薬師寺紫と共に光宮哉栄を死すべき運命から救う為にその少女の命を狙っていた。そのことは哉栄には勿論知らせていない。何故彼が月姫と共にいるのか訳が分からず、夕臙は混乱した。

ーー『……僕が死ぬはずだったのに、僕をかばって、死にました。僕は、あの日のことを、もう一度やり直したいんです。……』
ーー(せ、んせい……?)

聞いてはいけないものを、見てはいけないものを、見聞きしてしまっている。それを頭では分かっていた。分かっているのに、鼓膜に飛び込んでくる恐ろしい告白を、網膜に飛び込んでくる信じ難い光景を、遮断することすらできずに、夕臙は其処に根付いた植物のように立ち尽くしてそれを垣間見ていた。都じゅうの時が止まったような景色の中で、己の心臓がぎゅうぎゅうと大袈裟な脈を絞る。こま送りのように吸い込まれていく姫の白い指を、其処に歯を立てる師匠の姿を、息を詰めて見守った。膝が笑い手が震える。混乱のあまり頭が割れそうに痛かった。

あんな先生を自分は知らなかった。
あれが、先生の願い。先生は、その為に、月の女神を。あの先生が、願いの為に、……一人の少女を。
それでも、たとえ先生が自分に隠し事をしていたとしても良いと思っていた。先生の願いが叶うなら。過去の先生の願いが叶う事で先生が医者にならず、その神懸の力を使う事もなく、未来まで丈夫な身体を持ち幸せに生きてくれるなら。それで構わないと思っていた。その願いの為に代わりに殺人だって遂行する覚悟だった。
けれど、先生のやり直したい願いは、過去の光宮哉栄が兄の代わりに死ぬことだという。それでは、先生が死んでしまう願いでは、先生を救うことができない。それでは、先生の願いを叶える意味が無くなってしまう。

(先生、駄目だ、そんなの……)
如何すれば良いのか、此処にいない薬師寺紫に尋ねることもできずに夕臙は巨大な矛盾の前に立ち往生する。手を取り指先を齧る恩師の横顔は今にも消えそうなほど儚く、涙は見ていて苦しくなるほど美しかった。自分にとっての神が理想通りではなかった事は、衝撃ではあったが今は二の次で、それよりも彼を救う作戦が潰えた事が動けぬ程の打撃を与えていた。

(お願いだ、先生、やめて……)
哉栄が月の姫を食べてしまったら、時間が戻ってしまう。夕臙が生まれるよりも前かもしれない、光宮哉栄が子供のうちに兄の代わりに死んでしまう世界へ。
阻止しようと声を上げるより先に動いたのは、他でもない月の姫だった。
天女のような微笑みで哉栄を諭す輝夜に、夕臙は暫く我を忘れて魅入る。それほどまでにその物言いは神々しく、柔和で、慈愛に満ちていた。茶屋で花菖蒲≠切りつけた時に泣いているばかりだったあの子供と本当に同一人物なのか。月の女神は人ではないーーあのときは「こんな小娘が月の女神な筈はない」とさえ思っていた夕臙だったが、今こそは本気で信じた。普通の人間がそう思うのと同じように「生きたい」と願う彼女も、自分に危害を加えようとした相手に「生きて欲しい」と願う此の世の理を越えた彼女も、今目の前にいる美しい少女が、古より言い伝えられた奇跡の月姫なのだと。
夕臙が如何するか迷ったのは言うまでもない。輝夜を食べさせれば哉栄を救えると思っていた夕臙だったが、哉栄の願いと哉栄の命は矛盾するもので、更には輝夜の「桔梗が今を生きられないような願いは叶えるわけにいかない」という説得のほうが夕臙の願いに近かったのだから。握り締めた小刀の行き先を見失ったまま途方に暮れていると、視界の端で何かが動いた。

「ーーーー!」

一瞬小さな蝶が羽ばたき動いたように見えた。しかしそれはとんでもない幻覚で、其の正体は火の勢いを増して燃え上がった左京院邸の柱だった。火の粉を吹き上げながら根元から折れ、輝夜と哉栄がいるほうへと倒れてくる。

「危な………………いっ!!!!」

夕臙の頭から、理性というものが瞬時に消し飛んだ。叫び声と共に髪に付けたあの鈴の音が響く。気付けば、夕臙は哉栄・輝夜の二人と柱との間に飛び出していた。迫り来る柱が頭上に影を落とした時、
(嗚呼、そういえば……月の姫が言ってた桔梗≠ニかいう医者……なぁんだ、光先生のことだったんだな)
と酷く場違いで呑気な感想が浮かんだ。
師がその人ならざる癒しの力を使う時に表れる美しい星の華を思い出して、やり場のない切ない気持ちになった。その星の命の灯を奪って、この身は生きてしまったのだ。だから、元の生命が枯れるくらいなら我が身を紅く染めて離れていくべきだと、そう思っていた。
肌を焼く熱が距離を詰める。過去を悔やみ未来を憂いながら人の子は、今≠フ価値に抗えない。夕臙は両の手のひらを、師に生かされた紅葉の手のひらを前へと突き出した。

>哉栄、輝夜、all


【どうしても師弟に互いの真相を知らせてみたくなってしまった……(残酷)乱入すみません! ここからはどんな展開になっても楽しいのでお二人にお任せします!】

5日前 No.348

華切 @poko10 ★Android=MNgMSKnMpI

【華切/左京院邸】

 手にした刀を見つめて輝夜を案じる華切の耳には、邸が崩れ落ちる音も、使用人たちが騒ぐ声も、遥か遠くに聞こえていた。まさしく今現在の輝夜の置かれた状況を華切が知っていたならば、すぐにでも邸から飛び出していくのであろうが、何も知らない華切はただ、静かに輝夜の身を案じていた。
 そんな華切の佇む部屋に、突如襖を乱暴に蹴破って一人の男が現れる。その男にとっても華切がここにいたことは予想外の様子だった。華切を昔から知る様子のその男は、淡々と、そしてやや挑発的に華切に語りかける。

「佐野、暁時……」

 華切は男を見据えて、ぼそりと名を口にした。華切自身、自分が男の名を覚えていたことが意外だった。ここで再会することがなければ、恐らく一生このかつての使用人を思い出すことはなかっただろう。
 幼少の頃、華切はこの男と話すのが好きだった。決して子供扱いせず、かといってただ崇めるわけでもなく、暁時は華切に色々な話をした。知性に溢れるものではなかったが、彼の話は興味深かった。暁時自身が優秀さを垣間見せることはなかった。だが、父である伊織が彼を買っていたのだから、優秀な武士だったのだろうと思う。だからこそ、父は暁時の裏切りを許さなかったのだ。

「それが、今のおまえの仕事か」

 混沌と化した邸の中で盗み出してきたのであろう様々な物品を抱える暁時に、冷めた視線を向ける。邸はじきに灰塵となり果てるだろう。物も、金も、惜しくはない。善悪の区別がつかないわけでもあるまい。羞恥を覚えない幼子でもあるまい。己の首を絞めたければ、好きにすればいい。
 再び、二人の間に炎を纏った梁が落ちてくる。邸を支える骨組みの倒壊も、それほど遠くないのかもしれない。

「……ここから失せろ。死ぬぞ」

 ふいと暁時から視線を背け、刀に目を落としてそう告げた。

>佐野暁時、all
【素敵なモブおじさんありがとうございます!勝手に雰囲気こんなかなぁと定めてしまった節があり、申し訳ないです。どうぞ抉ってくださいませ!】

5日前 No.349

@kronos☆M83pBhikgC. ★Tablet=vxMphjjPfm

【薬師寺紫/思葉/宮中、左京院邸 庭】

「おや、まぁ、呆れたねえ」

直感というものに従い駆け抜ける夕臙を必死に追いかける二人。かく言うも阿鼻叫喚の城下はある種の障害物競走といっても過言ではなかった。小さな体で縫うように駆ける背中に振り切られなかったのは偏にやじ馬根性、または鉄火場をくぐり抜けた経験が活きたからだろう。とにかくも二人は夕臙の探し人を突き止めた。その勘の良さに当てられて出た言葉の主は思葉だったが、すぐにそれを制止する腕が伸びる。もう一人の男薬師寺紫だ。

哉栄の独白にも似た言葉は、幼なじみの長年の付き合いから何となく察しが付いていたため差ほどの驚きはなかった。寧ろ驚いたのはかぐや姫の方だ。宮中では物静かな人形然とした噂しか聞かないあの娘がまさかあのような言葉を吐くとは、とある種心動くものを感じた。

「夕臙、あれを……」

言いかけたが早いか、颯爽と飛び出したかの少年は、燃え落ちる柱から二人を庇おうと飛び出す。柱は目の前、踊り出たところであの矮躯では押しのけるはおろか反らすことさえ不可能だろうに。

「焼きが回ったかしらねぇ私も……」

薬師寺を抜けて動いたのは思葉だった。何度も官吏に捕まる経験のある思葉の姿は、がっちりとした体躯の偉丈夫へと変化し、夕臙の後ろからその丸太のような太い腕を突き出したのだった

4日前 No.350

語り(モブ) @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

【(モブ盗人)佐野 暁時/左京院邸】

佐野、暁時。まさかその名前を呼ばれるとは思わなかった。
華切が十数年越しにその名を呼んだことで、火事場の盗人に成り果てたこの男の心が一瞬揺らいだ。紅蓮の炎が波のように、二人の間を寄せては返す。

「華切様」
記憶の中の左京院の若君は、まだほんの幼い頃の姿のままで止まっていた。それだけの長い時間が、此処に居場所を失ってから流れてしまったのだ。時折揺らぐ橙色に染まる暁時の薄汚れた顔は、次の句を失ったような後悔の表情を滲ませた。しかしそれは名を呼ばれたその時だけのことで、華切冷めた視線を感じ取ってか元の厭な卑屈な笑みに変わった。

「ええ、若君の御父上様のお陰様でねぇ。この通り、日頃はしがない賭博師ですが都の危機とあれば職業は立派な物盗りですよ。それに今は『佐野』とは殆ど名乗りません。あなたの父上は、妻と病気の子のために生きて帰りたいと願った男を臆病者と謗り武士の名を剥奪したのだから」

足元に崩れ落ちてきた燃える御簾を軽々と跳んで避けながら、暁時は悪党然として豪放に笑った。如何やら盗みを生業としているこの男はもう火事場を歩く事には慣れてしまっているらしい。
華切が子供の頃左京院家に出入りし、暇があれば華切に気さくに頼まれもしない楽しい話を語って聞かせた嘗ての使用人は、輝夜姫がやってくる少し前に邸からひっそりと姿を消した。宮中にある宝物を守る任務を授かったというのに、敵が強大と知って命惜しさに逃げ出したということが左京院家当主伊織の怒りを買ったのだ。武士の名を剥奪されて宮中を追い出された彼はすっかり落ちぶれてこの有様というわけである。

「若君のその侮蔑の目、冷めた目。嗚呼、左京院様に似ているなァ。こうしなければ生きていけない者の事など理解も出来ないという貴族様の目だ。くははっ、言われなくともおれは此処で死ぬ気などない。お気遣いをどうもーーーーそうだ」

悪びれた様子など微塵も見られない。寧ろ自分から目を逸らし「失せろ」と言い放った嘗ての主人に、愉しげな声を蛇のように執拗に絡ませた。

「久方ぶりに興味深い話を致しましょうか、華切様? 今宮中を襲っているあの八岐大蛇は河の妖であって、火など吹かない。今更信じないかもしれませんがおれは別に左京院に放火するほどの怨みはない。今頃別の部屋を荒らしてるだろうおれの同業者達もだ。金品に興味があるだけ、人殺ししようとは思わねぇ。確かにざまみろとは思っているが、だがしかし火は放っていない」

ーー何が言いたいか判りますかい、ぼっちゃん?
その何処か少し砕けた親しげで飄々とした語り口調だけは昔のままで、嘗て少年華切に色々な話をしてくれていた暁時のようだった。しかしその口調で告げる真実は、少しも優しいものではないことを、人生を狂わされた裏切り者の暗い瞳が物語っていた。

>華切、all


【いえいえ、華切王子のおかげでモブおじさんのキャラに思いも寄らぬ深みが出て美味しいです……! 抉りに掛かりましたぁ!←】

4日前 No.351

絲祈 @september9☆l2RtaxPLX0X6 ★gXyGHSaxw7_M0e

【屍たち(モブ)/城下・宮中】

 きりきり、きりきり。
 か細くて、それでいて脳内に直接響くような嫌な音を立てながら、蜘蛛の糸が幾重にも幾重にも撓る。目を凝らさなければ気付かないような、ひどく細やかな銀色のその糸は、月の光を受けててらてらと濡れたようにきらめき、そして人々の悲鳴に共鳴するかのように震えていた。
 きりきり、きりきり。
 糸が撓るたび、すでに色を失った屍ががくりがくりと不気味に蠢く。死体の四肢から、首から、節穴と貸した眼孔から、張り詰められた蜘蛛の糸が伸びているのだ。蛇のように蠢くその糸は、まるで意思を持っているかのように着々と伸びてゆく。逃げ惑う人々の合間を縫って、きりきりという耳障りな音を立てながら、数多の死体を介して糸を伸ばしていく。

 崩壊しかけた屋敷の屋根に。
 折れた松の枝々に。
 動きを止めた水車の上に。
 かろうじて形を保っている家の垣に。
 ――あろうことかそれは、宮中にさえ侵入していた。

 建物に蜘蛛の糸が張り巡らされていく度に、それに合わせて哀れな屍がびくりと蠢く。黄泉の国から這い上がってきた彼ら彼女らは、死臭を漂わせながら、狂乱の都を闊歩する。張られた蜘蛛の糸に操られる哀れな人形(ひとがた)は、あるものは空洞となった頭から脳髄と髮を垂らし、あるものはそのぽっかり開いた胸から助骨を覗かせ、あるものはただれた手足を引きずりながら、それでもなお、残虐な蜘蛛の糸に操られていた。
 屍の口から、絲祈が屋敷から放った子蜘蛛がぞろりと溢れた。地に落ちたそれらは、新たな宿主を探さんとまた騒ぎの中へ繰り出していく。

 そして今、蜘蛛の糸は、城下と宮中、その殆どに張り巡らされた。

 ぴたり。蠢いていた屍たちが、動きを止めたかと思うと、そのまま天に引っ張られるかのように宙へ浮かぶ。高い木や屋敷の屋根から、細い銀の糸たちから吊られるように、力なく屍が夜の空を背に項垂れている。さながらそれは、蜘蛛の巣にかかった獲物のようだった。城下と宮中、その両方にて、点々と屍が蜘蛛の巣にかかっているという、何とも不気味な画が出来上がっていく。異変に気付いた人々が立ち止まり、訝しげな表情で屍たちを見上げた刹那。

『――――この世の地獄を、再び!』

 世にも悍ましい蜘蛛の妖、絲祈の声が、屍の口から溢れる。次の瞬間、吊られた屍たちが、一瞬にして青紫色の焔に包まれた。
 死臭と、腐った肉の焼ける匂い。その両方を当たりに散らしながら、鮮やかな焔は月の下でめらめらと燃える。生き物のように張られた糸を伝い、ひときわ焔の尾を揺らしながら、家屋や木々を焼いていく。昼間のような明るさの中、この世に現れた灼熱の地獄。美しい青紫の焔は次々と人を飲み込み、そして街のすべてを焼き尽くさんばかりに広がっていった。不思議な事に、蜘蛛の糸は焼け落ちる様子を微塵とも見せなかった。

>ALL 【絲祈の策略によって、城下と宮中に火を放させて頂きました……! 糸は焼け落ちないだけなので物理攻撃を加えれば千切れますのでよろしくお願いします】

2日前 No.352

佐竹咲秋 @fue☆dTW3Rdrh5/. ★iPhone=uYwUDyqtCB

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1日前 No.353
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