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解離性同一性障害

 ( メンタル相談所 )
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@akima ★Android=wrafVfZO60

初めまして、木下明と申します。

俺は解離性同一性障害という精神障害で、自分では18歳高校三年生の男性だという記憶も認識もあるのですが、身体と名前も性別も何もかもが違います。
自分の他に同じ身体を共有しているような人が何人かいて、人格と呼ばれるのだと知りました。
最初に目が覚めた時(ほとんど覚えていないですが)身体は10歳以下の女の子で、でも俺自身は自分が違うものなのだという強い感覚と、本当の身体の持ち主である女の子を助けなければという意思だけありました。

俺はISHと呼ばれる、基本人格(解離する前の一番基本的な人格)を救済する役割を持つ人格ではないかと言われました。基本人格は小さい頃から虐待を受けていて、そのせいで辛いことを切り離して生まれたのが自分だそうです。

さて、長くなりましたが相談です。
俺達人格は、必要なくなるとか、耐えられない出来事に遭ったりすると消えてしまったり、統合といって基本人格や他の人格と一つになってしまうことがあるそうです。
俺は基本人格を助けたいのに、俺が必要無くなれば自分自身は消えてしまう。そのジレンマに悩んでいます。消えてしまうのは死ぬことと同じではないかと考えるととても怖くてどうしようもないです。
どうしたらいいのでしょうか、と言うととても難しいと思いますが、何かいい方法はないのでしょうか?

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フェルディ @ferudhires ★pCtQIlBluB_cRU

>>明さん


はじめまして?でしょうか、某スレでお名前を拝見いたしまして、ふとこちらでもお名前を見かけましたのでお声をかけさせていただきました。

解離性同一性障害の罹患者さんということで、又聞きの不勉強な反応で申し訳ありませんが、参考にしていただければと思います。

まず初めに相談の内容といたしましてですが、これもまた不勉強なもので、少し調べさせていただきましたが、現代精神医学の世界においては、DIDの治療的なゴールは、必ずしも人格の統合にあるわけではないという考え方があるそうです。
相談に対するレスとしてどうなんだとは思いますが、私の経験論的な話をいたしますと、人は誰しもが自身の中において、「様々な場所、人に対する自分」を持っているものです。
古典的な心理学や哲学の範疇の話になりますが、人というのは必ずしも一つの統合された心を持っているわけではなく、様々な側面や性質を持った外的、もしくは内的な部分を持ち合わせているものです。
月並みな例ではありますが、例えば、一人の男性が居たとして、その人が家族に見せる顔と、友人に見せる顔、はたから見れば全く別の人物に映るかもしれません。
「そんな人だと思わなかった」、「人が変わったように」といった言葉が端的にそれを現しています。

もちろん、解離性障害の場合、それに記憶の統一性や断続性が持てないことが一番の問題点となるわけですが、これには大きく分けて二通りの結論を出すことができるかと考えられます。

一つは、内面を統合すると結論を出した場合。

この場合、先生などの方針にもよりますが、投薬等で短期的に統合する場合と、カウンセリングなどを重ねて長期的に統合していく場合が考えられます。
どちらにせよ、解離性障害を発症するということは、人格を分離することで精神の安定を図ってきた面がありますので、統合の過程でのトラウマのフラッシュバックや、それによる解離性障害の再発の可能性などと言ったリスクが挙げられることは否めません。
もちろん、精神医学の臨床段階では、患者さんにそのようなことがないように細心の注意を払って治療しているのであろうことは火を見るより明らかではあるのですが……。
不安にさせるようなことを言ってしまい申し訳ありませんが、メリットがないわけではありません。統合の結果症状が抑えられた、もしくは消滅したということは、その心的外傷を本人がうまく付き合っていけるようになったということでもあります。もちろん、そのためには何故その症状が発生したのかという点での根本的な解決が不可欠ではありますが、それは次項で挙げるデメリットがない、とも言い換えることができます。

二つ目は、統合しないと結論を出した場合です。

つまり、解離性同一性障害であるという前提の上で、それとうまく付き合っていくというスタンスですね。これの場合は、状況によってですが、投薬やカウンセリングも最小限で抑えることができますし、もし各人格が統合されるとしても、緩やかに、それぞれの納得のいく形に落ち着いたうえでの統合となると考えることができます。やり方次第では、最終的にも統合という結果とは別の選択肢を取るという可能性もあるでしょう。
しかし、これもまたデメリットは考えなくてはなりません。人格同士でコミュニケーションがままならない方(ここでは、記憶や経験などを共有していない方という意味合いで使わせていただきます)がいれば、その人物は記憶の連続性のなさにパニックに陥るでしょうし、そこからさらに人格が分離する悪循環に陥る可能性もあります。
これもまた聞きですが、友人から聞いた例では、本人が必ず見るようなところにメモのようなものを貼っておき、交換日記のような形で記憶を共有していない相手ともコンタクトをとった、というケースもあります。

もちろん、選択肢はこれだけに限らないはずです。難しい話ですし、もちろんあなた以外の方とあなたとの相談も重要だと思います。哲学的に言えば、人格として主観が成立した時点で、あなた自身も、それ以外の方々も、立派な一人の人間なのですから。
このレス自体も、一個人として、こんなものもあるんだよ、と言っているだけなので、参考程度に見ていただければと思います。
結論としては、人格の統合だけが選択肢ではないんだよ、ということが言いたかったわけです。
それでは、長文失礼いたしました。

11日前 No.1
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