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冤罪根拠の死刑廃止の論理2

 ( 議論掲示板 )
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ふんにゃ @sorairono ★bXqlVCKD2A_0zR

「冤罪が根拠の死刑廃止の論理」とは、「よーするに」で言ってしまうと、

「刑罰制度が必要なものである以上、冤罪リスクを認めなければならないのは仕方ない。だけど、せめて無実の人間が死刑になることだけは避けましょうよ」

という主張である。

ーーーーーーーーーーーーーーー
(日本の刑罰制度は、財産(罰金)刑、自由(禁錮/懲役)刑、生命(死)刑、に分類される)

冤罪はあってはならない。当然だ。

しかし「刑罰制度に冤罪リスクがある」の客観的事実を否定することもできない。
「我々社会に刑罰制度が必要である」ことも異論はないであろう。
だとすると、
「刑罰制度が必要なものである以上、冤罪リスクは認めなければならない」と云える。

冤罪はあってはならない。しかし、冤罪はリスクとして肯定されねばならない。
となる。(これは矛盾ではない)

冤罪リスクの否定は刑罰制度の否定である。
 「刑罰制度を肯定するならば冤罪リスクを肯定する」
   論理等価の、対偶、で書き換えれば、
 「冤罪リスクを否定するならば刑罰制度を否定する」となる。

そこで「刑罰制度の冤罪リスクはどこまでが許容範囲であるのか」と考えることができる。
その許容基準はどこに置かれるべきか。

冤罪リスクを認めなければならない理由は「我々社会に刑罰制度が必要である」からだ。
だったら、「刑罰制度の成立」がその基準になる、とも考えられる。

そして、死刑がなくても刑罰制度は成立する(廃止諸国のように)。
冤罪リスクの許容基準を「刑罰制度の成立」に置くならば、
死刑は刑罰冤罪リスクの許容範囲を超えている、云える。

刑罰制度が必要だからといって死刑も必要だとは云えない。
冤罪リスクを認めなければならないとしても、冤罪死刑リスクを認める必要はない。

「無実の人間が死刑になることはあってはならない。だから冤罪死刑リスクを否定する」の立場にたつならば、

「死刑廃止」がその論理的帰結である。

これが「冤罪が根拠の死刑廃止の論理」である。

ーーーーーーーーーーーーーーー
上記の内容を死刑制度に限って「冤罪根拠の死刑廃止」を単純化するならば、

死刑制度には冤罪死刑リスクがある。
冤罪死刑リスクを否定する。
それゆえ、
死刑制度を廃止する。

これに反論する死刑存置の立場とは、

死刑制度には冤罪リスクがある。
死刑制度を存置する。
それゆえ、
冤罪死刑リスクを肯定する。

となる。

この場合の廃止派と存置派の違いは、冤罪死刑リスクを否定するか肯定するか、の違いである。

ーーーーーーーーーーーーーーー
「冤罪根拠の死刑廃止の論理」に反論するということは、
「それでも刑罰制度には死刑が必要なのだ」ということになるだろう。

死刑制度が必要である根拠を、X、とするならば。
「Xのために死刑制度は必要である。だから、冤罪死刑リスクは認めざるを得ない」となるハズだ。

ーーーーーーーーーーーーーーー
反論ある?
・・・なんてな(*/∇\*) キャ

ーーーーーーーーーーーーーーー
前スレ「冤罪が根拠の死刑廃止の論理」  http://mb2.jp/_grn/2221.html

メモ2020/01/22 09:29 : ヴィランのふくろう @owlman★UeJTXbNcLw_pzR

【ヴィランのふくろうによる批判】

(1)http://mb2.jp/_grn/2221.html-1341#a

(2)>>50,51,468

ページ: 1 2 3 4 5 6 7

 
 
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ハムラビ ★7YZZ11FaxU_f1k

>>555
Mobiusさん

あなたが引用したwikipediaの「死刑が唯一の例外」なのは、応報刑論を重視した処遇だからだね
重視した処遇なんだから、死刑にも目的刑論の要素は含まれている
具体的には、特別予防論の無力化効果、つまり一般社会から犯罪者を永久に隔離する、こうゆうことらしいよ
あなたが言った、終身刑は目的刑論、これは、一般社会から犯罪者を永久に隔離する、つまり無力化効果があるからだね
これをあなたは、終身刑には「社会の治安・法秩序の維持」の包括的目的がある、と表現しただけ
終身刑が目的刑論の理由が他にあるなら述べよと言ったとたん、逃げちゃうんだから、あなたも無力化効果を想定してたんだろう
論理的に都合が悪くなると、逃げちゃうのは、よくないと思うよ、もう3度目やね

逃げちゃうんだから、 >>553 の他の指摘も、全面的に、あなたの論理破綻ということね
やっぱり問題は、あなたの誠実さだと、思うよ

>>561
え? つごうのいいとこだけ、意見すんだ? ふーん
は? それでなんで死刑が事実上の無効化になんの?  >>553 で、日本語表現がへんと指摘してるでしょ
死刑を二つに分けるだけで、死刑が事実上の無効化になる、こう思うなら、ふんにゃさんにでも提案すれば?

1日前 No.562

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>559

ご理解の程、ありがとうございます。

前にも似たようなことを書いたけど、俺が、死刑を必要と思っている理由は、極刑しか相当でない凶悪な事件が過去もあったし、今後もあるだろうと考えるからだよ。「極刑しか相当でない」と考えることの理論的根拠はないが、応報刑論的なのかなと思ったりもする。

1日前 No.563

議論脱退保留中のふくろう @owlman ★CZPpJSpIQU_hYg

>>556

>「主張であるとすれば、それは結論が真であるという主張でなくてはならない」などという主張は、ナンセンス、なのだ。

>論理学は議論に役にたつよ。だけど、その区別はしなきゃいけないねえ。


いやいや、真偽二値の古典論理の論証による主張の正当化について、あたりまえのことを私は言っただけだよ。
そして、死刑は廃止しなければならないという主張を、古典論理の推論を用いて「論理的帰結だ」と言ったのは君自身だよ?
「区別しなきゃいけない」?
だったら、最初から自分が古典論理を持ち出すなよ。自画自賛したのは誰やねん?(笑)
ブーメラン以外の何ものでもないじゃん。主張が破綻してるってわかってる?

1日前 No.564

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_1dE

>>563

>俺が、死刑を必要と思っている理由は、極刑しか相当でない凶悪な事件が過去もあったし、今後もあるだろうと考えるからだよ。「極刑しか相当でない」と考えることの理論的根拠はないが、応報刑論的なのかなと思ったりもする。


回答ありがとう。
自分も書くね。
自分が死刑を存置すべきと考えていた理由は、自らの政治信条のために77人も殺しておいて、悪びれもせず無罪を主張するような人間が、最低10年最高21年の有期禁固刑しか与えられず、受刑中も(活動は制限されているとはいえ)大学で政治学を学び、外の世界に影響を与え続けているというような状況は、社会にとって安全じゃないと思ったから。
今でもそう思っているが、この1年間で「私がいう目的なら、社会から隔離して復帰させない『終身刑』で事足りる。命までとる必要はない」というように考えが変わった。
個人的には死刑にしてほしいと今でも思うが、私が考える理由ではそこまでの正当性が主張できない。だから妥協して、「終身刑でOK」とした。
「死刑の応報目的」について考えるようになったのは つい最近のこと。応報が目的ならば、今の死刑基準は生ぬるいのではないかと。つまり、罪状によっては1名殺害でも死刑にすべきかと。
でも、今の社会はそうなっていないし、そうなる動きもない。だから、応報目的は相対的に低下しているのだと思う。このまま低下していけば、死刑についての正当性を主張するのが困難になり、そのうち死刑が廃止されることになるのは、仕方がないのかなぁと思う。

1日前 No.565

ふんにゃ @sorairono ★bXqlVCKD2A_hYg

やれやれ・・・

>>564

「ふんにゃの主張は論理的ではない」と言うので、根拠を示して論理的であることを説明すると、

「主張であるとすれば、それは結論が真であるという主張でなくてはならない」などと言い出すから、
「論理学の論理と議論の論理の違いが分かってない」と指摘すると、

「だったら、最初から自分が古典論理を持ち出すなよ。自画自賛したのは誰やねん?(笑)」と返すなんて・・・

だから、論理学も議論に役立つ、って言ってるでしょ。

とにかく、議論において「主張であるとすれば、それは結論が真であるという主張でなくてはならない」が間違っていることは認めるわけだ。

そして、それを言ったのは、キミ。間違ったのはキミ。

私のせいにするなよ。

ヽ(´ー`)ノ ヤレヤレ

1日前 No.566

議論脱退保留中のふくろう @owlman ★Android=Gh53RyBMOc

>>566

>とにかく、議論において「主張であるとすれば、それは結論が真であるという主張でなくてはならない」が間違っていることは認めるわけだ。


認めるわけないやろ。

理解も出来んでなに言ってる?(笑)

1日前 No.567

ROM ★hCVIHnIafQ_hYg

白熱の議論中失礼する。ふくろう氏のハンドルが面白い。議論脱退保留中じゃなく、議論脱退保留中を保留中止、にしたらどうか。ふくろう氏は自覚していないだろうが、鋭い舌鋒に似合わず、ユーモアを感じさせる。

さて、本論に入る。イスラム法のむち打ちや手首を切り落とす等の身体刑も残酷だと言われるが、より残虐な刑が生命刑であり、手首どころか命を絶つ死刑である。我が国には残酷と言われる身体刑はない。しかし、より重くより残虐だと思われる太古以来の生命刑、すなわち死刑が現在も生き続けている。

それがどのような意味を持つのか。死刑の特徴は不可逆性にある。死刑制度は冤罪による犠牲の可能性を完璧に防ぐことは不可能である。国家はいかなる理由があろうとも、殺人は禁じている。その国家による殺人ともいえる死刑が免罪による犠牲、道義上、基本的人権上、許されるものだろうか。

国連は何回にもわたって死刑廃止を視野に入れた、死刑執行停止を圧倒的多数で決議している。死刑廃止は世界の趨勢である。その趨勢に同調できない我が国に特異な理由でもあるのか。G7の先進国の我が国に国連、あるいはEU等からの圧力があるのも、当然と言わざるを得ない。

1日前 No.568

ハムラビ ★9OpDiC3Te7_f1k

>>560
ふんにゃさん

冤罪が根拠の死刑廃止の論理は、論理的じゃない、たくさんの人が、こう指摘してる
いいや論理的だ、こう言ってるの、たぶん、もう、ふんにゃさん、だけ
状況を普通に見れば、冤罪が根拠の死刑廃止の論理は論理的じゃない、これは確実でしょ
あなた自身も認めてるように、死刑事案は、冤罪の可能性がない、その他、この二つに分けれる
だから、冤罪の可能性のない死刑事案は、冤罪を根拠に死刑廃止することはできない、論理的にはね
つまり、冤罪が根拠の死刑廃止の論理は論理的に破綻してる、こうなると思うけど、どうよ?

1日前 No.569

ROM ★hCVIHnIafQ_hYg

>>568 >その国家による殺人ともいえる死刑が免罪による・・・免罪→誤 冤罪→正

1日前 No.570

01000 @monmonmon ★mnHyKXFS2v_Foa

>>556

>社会問題などについての議論も、論理的に展開することができる。

>そして、対立する結論の違いは、真偽、を問うものではない。

>どちらの結論を選択するのか、という問題なのだ。

>だから、議論において、

>「主張であるとすれば、それは結論が真であるという主張でなくてはならない」などという主張は、ナンセンス、なのだ。


でもスレ主は >>449

>ある主張が論理的であるからと言って、正しい主張とは限らない。

>(「冤罪が根拠の死刑廃止の論理」もそうなのよ)

>正しい前提を採用し、適切な論理手順を踏んで帰結を導き出す。

>これが、論理としても主張としても、正しい言説、となる。


と言ってるだろ。
冤罪が根拠の死刑廃止の論理も正しい前提を採用して適切な論理手順を踏んで帰結を導き出す。
これが論理としても主張としての正しい主張になると言ってるだろ。
ふくろうは真という言葉を使っているけどそれはスレ主が言う正しいというのと同じ意味なんじゃないの?

> >>0 の正しい反論の仕方とは、

>@論理であることを認めた上で、前提の間違いを指摘すること。

>A前提から帰結に至る、論理手順の不適切さを指摘すること。



そして「私の主張が間違っていると言うなら前提の間違いか論理手順の不適切さを指摘して見せろ!正しいか間違っているのかの問題である!」と
言ってるんじゃないの?

1日前 No.571

議論脱退保留中のふくろう @owlman ★CZPpJSpIQU_hYg

>>560

>でも、「信じる」という言葉には「本当のことはわからない」という意味が含まれてない?


含まれてるわけないやん。
もし含意されてるなら、きみが禁止するまでもなく、
「地球は丸いと信じてる」
が論理的に矛盾したナンセンスな表現になるんだよ。

「知っている」と言えるなら、その知られている事柄は論理的に真である必要があるが、
「信じている」は、真でなくても主張できる、つまりその発言をなすための必要条件ではないってことにすぎない。
だからまた、信じていることが真であっても、その信じられている事柄が真であるとは言えない、つまり信じていることはその対象が真であることの十分条件ではないってことだ。
これは「本当のことはわからない」ってのとは、意味が違うんだよ。

ふんにゃさんの言っていることは、論理的に支離滅裂だね。

1日前 No.572

議論脱退保留中のふくろう @owlman ★CZPpJSpIQU_hYg

>>552

>そういうバイアスを除く技術があって、それを以てしてしても十分に確からしいと言えるならそうなのかもしれないが、あいにく私はそのような技術を知らない。

>エラーを含む可能性を排除できない限り、それを元に判断した結果にエラーが入り込むことを阻止できないと思う。これはSF的な非現実の話をしているのではない。日常生活においてもそのようなエラーはしょっちゅう入り込むものだということ。唯一入り込まないものは、偽造されたものでない物的証拠のみ。

>(麻原の裁判の判決文を(引用者補足))読んで見たけど「首謀者が殺人を指示したとされる音声記録など」に関する記述は発見できなかった。


→こういった発言を見れば明らかなように、要するに、Mobiusさんは、物証がなかったり、状況証拠だけだったら、けして冤罪可能性を排除することはできないと主張しているのだ。
しかし,これはMobiusさん本人が引用した次の文章でも否定されている。

>論理的思考に馴染んでいる人ほど、ついつい、あらゆる空想的な可能性を想定してしまいがちとも言える。和歌山毒カレー事件についても、物証なき以上、被告人以外の犯人の可能性を100%排除することが出来ないから無罪だとする論評が多く見られるが、そこまでの証明は要求されていない(ソレイユ経営法律事務所のブログより)


この引用文の「和歌山毒ガレー事件についても」以降を,次に置き換えても,趣旨は全く変化しないのは明らかだ。

>論理的思考に馴染んでいる人ほど、ついつい、あらゆる空想的な可能性を想定してしまいがちとも言える。坂本弁護士一家殺害事件についても、音声データといった物証なき以上、被告人以外の実行犯によるなすりつけの可能性を100%排除することが出来ないから無罪だとする論評が多く見られるが、そこまでの証明は要求されていない


複数の人間による事件及び経過の具体的・詳細かつ整合的な証言でさえ、教祖に罪をなすりつけるための嘘話である疑いがあるとして、SF的技術でもってしかその疑いを晴らすことができないと言い、
それを理由に,坂本弁護士一家殺害事件についての証言さえ麻原の事件への関与を疑いうるというのなら、
これはもう、常識的(合理的)に考えて疑う余地がなくても有罪にはできない、と言っているに等しい。
まさに、現実の法原則・法理を否定しているわけだ。
つまり、Mobiusさんの疑いは、現実の法原則が否定するところの、まさに非合理的な疑いにすぎない。

ところがまた一方で,Mobiusさんはこうも言っている。
>>525
>常識的に考えて,麻原が有罪であることは疑う余地がない」ということは否定していない


これは上述の見解と,明らかに整合していない。
よって,Mobiusさんの主張は論理的に破綻している。

1日前 No.573

01000 @monmonmon ★mnHyKXFS2v_Foa

ふくろうは刑事裁判における有罪に出来る立証程度と確実に冤罪でないと言える基準(スレ主も >>42 で認めている >>7 のようなもの)
とをずーと混同しているんだよな。
前にも言ったけどスレ主他死刑反対派は「裁判において常識的に判断して疑う余地がない」として有罪になっても冤罪が起こっている。
だから冤罪死刑を避けるためには死刑廃止以外にないと主張しているんだよ。

「常識的に考えて疑う余地がない!だから死刑にしてもいい!」と言っても無意味。

>和歌山毒カレー事件についても、物証なき以上、被告人以外の犯人の可能性を100%排除することが出来ないから無罪だとする論評が多く見られるが、そこまでの証明は要求されていない


だからこそ冤罪リスクがあるんだよな。裁判で有罪か無罪かは裁判時点で法廷に出された証拠を基に判断しているだけなんだから。

1日前 No.574

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>565

ふんふん、死刑の是非についての考えが揺らいでいるんだね。

当該凶悪犯による社会の危険を回避する目的なら、当該の凶悪犯罪者は社会から隔離しておけばよろしい、ならば、終身刑で十分であり、Mobiusさんには、それを死刑にすべき正当性を主張できるだけのロジックはない、と。その一方で、応報を考えるなら、今のやり方はなまぬるい、一人でも死刑にすべきなのではないか、とね。

うんうん、分かりますよ。俺も似たようなもんだ。ポリシーのない(どうして死刑が必要かという明確なロジックを持っていない)保守派(これまでの制度でずっとあったものを、正当な理由なく急に変えるのもちょっとねと思っている)だから。

ただね、死刑がある社会と死刑のない社会ってその有様が根本的に違うと思うんだよ。極めて悪いことをしたら死をもって償う必要があると人々が考える社会か、どれほど他者を苦しめ、多くの命、未来、人権を奪い去ろうと、自分の命、人権だけは社会が守ってくれると人々が考える社会かという違いだ。制度は国家、社会の有様そのものである。俺は、死刑のある社会で育ったからかもしれないが、どれほどの人間を身勝手な理由で残虐に殺そうと死刑にならない社会、つまり、終身刑、有期刑とかで勘弁してくれる社会は、何か気持ちが悪い。どういえばいいんだろうか、真っ当ではないと感じるのである。

1日前 No.575

@bossbitter☆KjCIokkjh3la ★Tablet=LZDS6OmuHI

>>518
流れも早いので焦点を絞りますね。

>仮に、制度上でも冤罪でないことが確実である、というなら全ケースチェックは不要となる

>俺は現在の制度上でもとは言っていないよ。再吟味の基準の事例を書いてみただけ。


その通りである。ちょっとねさんのいう「冤罪でない事ことが確実な基準」は制度とは無関係である。関係がある・ない、とは制度の条文にその基準が具体的に書かれるかいなか、という意味で記述しており、実運用上の関係性の有無ではない。「冤罪でない事ことが確実な基準」が制度内の条文に書かれて、それに当てはまるケースは冤罪ではない、となって初めて、制度上のリスクがなくなる。ゆえに、ちょっとねさんのいうような冤罪でないことが確実な基準がいかに正確無比でも制度とは無関係であるので、制度上の冤罪リスクはなくならない。もう少し説明する。

ちょっとねさんのいう冤罪でないことが確実な基準は、ある証拠に関する基準である。ある証拠に関する基準の正確性が増すと、ある証拠に関する冤罪リスクが減少する。制度上の量刑判断(またはそこで生まれる冤罪)は、ある証拠に関する基準のみで行われるわけではない。事件発生から考えれば少なくとも、証拠収集、証拠提示、事実認定、吟味、量刑判断があり、それぞれの基準が必要である。さらに、証拠収集から証拠提示など、次フェーズにうつるとき、簡単にいえば伝言ゲームの要領で情報欠落、意味の変化が生ずる可能性がある。これが制度上で生ずるリスクである。ある一点の基準を強化しても、制度上のリスクはなくならない。制度上のリスクをなくすためには、ちょっとねさんのいうような確実なケースを包括して、なおかつ運用全体で冤罪リスクのないように設計する必要がある。

>技術の進歩により、これまで鑑定できなかった鑑定もできるようになるかも知れないでしょ。

>視点と経験、目的が裁判官と、俺が提案する専門機関では異なるのである。


ある「点」に関し手厚い冤罪リスク軽減をしても、「制度上のリスク」には、直接寄与しない。追加チェックのように点を増やすと、分岐が増えるということだから複雑さも増し、制度上のリスクが増大する恐れもある。ゆえに、シンプルに考えると、死刑制度上のリスクを問題視し「冤罪はあってはならない」と述べかつリスクなしの制度設計ができないとき、死刑廃止しかなくなる。大臣のサインなしが絶対であるなら、死刑求刑のみが残っても良いとは言えるだろう。
あるいは死刑は必要なのでリスクを許諾するか。リスクを許諾する上でのリスク軽減策がちょっとねさんが書かれている案ということになるだろう

1日前 No.576

議論脱退保留中のふくろう @owlman ★CZPpJSpIQU_hYg

>>574

>ふくろうは刑事裁判における有罪に出来る立証程度と確実に冤罪でないと言える基準(スレ主も >>42 で認めている >>7 のようなもの)

とをずーと混同しているんだよな。

混同なんてしてねーよ。
それを異なるものとするのがMobiusさんで、私は最初から、それが間違いだと言ってるんだよ。だからこそ、 >>468 で、
>冤罪可能性が排除できないなら、「疑わしき(冤罪可能性のあるもの)は罰せず」が原則である刑罰制度そのものが成り立たないということが、いつまでたっても理解できない。

と言っている。

>>和歌山毒カレー事件についても、物証なき以上、被告人以外の犯人の可能性を100%排除することが出来ないから無罪だとする論評が多く見られるが、そこまでの証明は要求されていない

>だからこそ冤罪リスクがあるんだよな。

 ↑
この考え方はMobiusさんの考えと同じ。
私は最初から違うって言ってる。
だったら、そこまでの証明を要求したらリスクがなくなるのか?
そんなの現実的に実行不可能だし(だからこそ非合理的・非常識的想定に過ぎない)、リスクがなくなるわけないだろう。
だから、そんなことを言ったって、ナンセンスなんだって私は言っている。

>前にも言ったけどスレ主他死刑反対派は「裁判において常識的に判断して疑う余地がない」として有罪になっても冤罪が起こっている


冤罪が起きる(冤罪リスクがある)原因は、上述の廃止派の言うようなものではなく、単に、現実的に疑いうる余地があるのに、ないと誤判断してしまったことにある、と当たりまえのことを私は主張している。
この「疑わしきは罰せず」の原則に則って有罪判決を下したものでも冤罪は起こるということは、現実の法原則・法理に従っても、「原理的に冤罪を排除することができない」ってことを意味するんじゃないんだよ。
冤罪の主な原因は、証拠が少ない状況で、有罪の決め手になる証拠――自白調書、科学鑑定・目撃証言等々――に信頼がおけないのに信用して根拠としてしまった、といったようなもので、これ自体は、現実的に疑いうるものなんだよ。
つまり、現実的な疑いの余地を残さないために本来絶対必要な慎重な手順なりやり方を、ミスってしまったってこと。
例えば冤罪死刑執行と言えば真っ先に出てくる飯塚事件は、その有罪の決め手となった科学鑑定が、既に足利事件の裁判で信頼性がおけないとされたにもかかわらず、執行をしてしまった。つまり、常識的に考えて、疑う余地が現実にあるのにもかかわらず、執行したから冤罪と言われてしかるべきなんだよ。
カレー事件でも、既に現実的に疑う余地があることは常識的に明らかだから、執行されたら冤罪だと私は言っている。

こういったエラーは現実社会でも起きるが、それは構造的原因を排除するシステムの改良と、二重三重のチェック等で対処するほかないし、また、それにより、現実的にはそれでエラーを排除することも原理的には十分可能なんだよ。
いくらチェックしても、それをやるのも人間である限りエラー可能性は原理的に排除不可能だなんていうのは、既に悪しき哲学的懐疑論にすぎない。

そういった常識的・合理的な考えに基づけば、 >>7 に挙げられているような衆人環視の中での犯行でなくても、麻原もそうだが、そういった先入観を取り払って死刑執行された事案を調べれば、具体的に調べれば調べるほど、冤罪の可能性なんてないだろうってことはわかるんだよ。
例えば、わかりやすいのは、森法相が執行命令を出して執行がされた直近の
『福岡一家4人殺害事件』
を詳細に調べれば、衆人環視の状況での事案ではないけれども、冤罪の可能性なんてあるわけないってことが明らかにわかるんだよ。
そうやって調べれば、ネットでの情報収集の限界があるにせよ、その限られた情報に基づく我々一般人から見てさえ、こりゃ有罪間違いないな、って思えるのは少なくない。
大体、そうでなくては裁判員裁判なんか不可能じゃん。
少なくとも私にとってはふぐの調理より、きちんとした調書などの情報が与えられていれば、有罪無罪判定のほうがよほど容易だ。
森法相の前の、山下法相が命令した令和になってからの二事案もそうだよ。
Mobiusさんなんかは、具体的に見ないで、一般的にリスクがあるから、どんな事案にもリスクがあることを前提して論を組み立ててしまうから、机上の空論だとずっと私は言っている。
スレ主についても同様で、 >>50 で、私はこう言ってる。
 ↓
>スレ主の頭の中では,「状況証拠だけ⇒冤罪可能性あり」が公式のように受け入れられて、思考停止しているんだろう。

>しかし,一般的には、状況証拠しかなくても、たとえば >>1782 で述べたような方法、原則に則って判断すれば、冤罪可能性を排除することは十分可能である。


以上、まとめとして言っておくと、
>>7 で挙げられている案件のような、衆人環視の中での犯行や物証や直接証拠のそろった事案と、そうでない事案とを区別して、法原則に従った判決でも冤罪が起きるがゆえに、後者は原理的に冤罪可能性を排除することは不可能である、ということを前提すること自体が間違っている、ってことだ。

22時間前 No.577

議論脱退保留中のふくろう @owlman ★CZPpJSpIQU_hYg

>>572
主旨は変更しないが、若干の修正。

>もし含意されてるなら、きみが禁止するまでもなく、

>「地球は丸いと信じてる」

>が論理的に矛盾したナンセンスな表現になる


この命題が
「古典論理において排中律が成立することを私は信じている」
に換えれば、そのままOK.
しかし、地球命題のような常識として周知の客観的事実については、
「信じる」という言葉に「本当のことはわからない」という意味が含まれているなら、
禁止するまでもなく使われない、使うのは論理的に適切ではない、ぐらいの言い方に留めておくほうがいいかな。

22時間前 No.578

ハムラビ ★rKdlekFOfh_f1k

>>576
tさん

たとえば、 >>7 にあげた事件では、冤罪の可能性は、ないよね
これは、衆人環視の状況での現行犯逮捕、という条件で、適当に選んだ事件
あなたは、冤罪を排除した死刑制度は設計不可能、たぶん、こう言ってるんよね?
でも、誰もが冤罪の可能性のない死刑事案があると認めてる
冤罪の可能性のない死刑事案と、その他、これを分けたら、冤罪を排除した死刑制度は設計可能、でしょ?
あなたは、これが無理だと、言ってるみたいだけど、576では、なぜ無理と言ってるのか、よくわからん
制度内の条文に書かれたら、制度上のリスクがなくなる、こう書いてるよね
誰もが冤罪の可能性のない事案を、条文に書くことができない、こういうこと?
それとも、ファンタジーな冤罪の可能性を想定してるの?
よくわかんないから、くわしく説明してくんないかな?

22時間前 No.579

志野 @sinomon10 ★mxUlIhmUYL_yoD

>Mobiusさん

>しかし、「重い罪ほど重い罰を」としないと根拠を失うのではないでしょうか?

根拠は失わないのではないかと思います。
何故なら、「罪を犯した者に刑罰を与えることは可能かどうか」のレベルの根拠なんですよ。
応報刑論と目的刑論は。
当然罪を犯しても何もできない・しないのはよろしくないということで、刑罰は許可されています。今の時点では。
では、ここからが

>「重い罪ほど重い罰を」

この話になってくるのです。
まあ、個人的には冤罪が発生しかねないのであれば、死刑にしないというのは「疑わしきは罰せず」の原則の応用にはなりそうな気がします。
ただ、以前に書かれた逃げ得防止という意味では、個別の条文を変更ということになると思ったりしますね。

22時間前 No.580

01000 @monmonmon ★mnHyKXFS2v_Foa

>>577

>だったら、そこまでの証明を要求したらリスクがなくなるのか?

>そんなの現実的に実行不可能だし(だからこそ非合理的・非常識的想定に過ぎない)、リスクがなくなるわけないだろう。


だから冤罪リスクが避けられないと言ってんだろ。。

>単に、現実的に疑いうる余地があるのに、ないと誤判断してしまったことにある、と当たりまえのことを私は主張している。

>冤罪の主な原因は、証拠が少ない状況で、有罪の決め手になる証拠――自白調書、科学鑑定・目撃証言等々――に信頼がおけないのに信用して根拠とし>てしまった、といったようなもので、これ自体は、現実的に疑いうるものなんだよ。

>つまり、現実的な疑いの余地を残さないために本来絶対必要な慎重な手順なりやり方を、ミスってしまったってこと。


そういう原因でも冤罪が発生するわな。俺も過去レスで「人間は完璧じゃないんだからミスを起こす。だから冤罪リスクがある」とも言ってるしな。
>>14 でも
ヴィクトワール法律事務所のHPより

冤罪とは何ですか?
冤罪とはいったい何でしょうか?
冤罪とは、一般的には、刑事事件において、犯罪を行っていないにもかかわらず、有罪の判決が確定した場合のことをいいます。判決が確定していなくとも、有罪の判決が言い渡されたり、被疑者として取り調べられたり逮捕された際などに、冤罪であると言うこともあります。


これまで、有罪判決が確定したにもかかわらず、その後の再審によって無罪となった事例があります。これなどは、典型的な冤罪事件であるといえるでしょう。判決は、裁判官という人により言い渡されます。裁判官は、法廷に提出された証拠によって事実認定を行います。刑事訴訟では、冤罪が起きないように心掛けられてはいますが、過去の事実を判断する以上、完璧な方法は存在せず、そこに誤りが入ることは避けることはできません。

以上引用

コピペを貼ってるだろ。
死刑賛成派ですら
>>494

>あったり前だろうが。人間は必ずミスをするんだよ。じゃ、死亡リスクを完全に排除した手術方法を設計してみろよ、出来るはずね〜じゃねえか。


と言ってるだろ。

>カレー事件でも、既に現実的に疑う余地があることは常識的に明らかだから、執行されたら冤罪だと私は言っている。


カレー事件でも裁判当時に被告人以外に犯人がいる可能性は合理性がなく抽象的可能性に過ぎないから無視されたんだろ。
あとになってどこかの教授が「冤罪では?」と言い出してきたんだろ。
>>527 にも貼ってるだろ。

>そういった常識的・合理的な考えに基づけば、 >>7 に挙げられているような衆人環視の中での犯行でなくても、麻原もそうだが、そういった先入観を取り払って死刑執行された事案を調べれば、具体的に調べれば調べるほど、冤罪の可能性なんてないだろうってことはわかるんだよ。


だからそれは、刑事裁判の有罪に出来る基準だろ。
「常識的、合理的に考えれば犯人に違いない!」と喚けば喚くほど誰からも相手にされなくなるということくらい理解しろよ。

21時間前 No.581

01000 @monmonmon ★mnHyKXFS2v_Foa

>>577

>、現実の法原則・法理に従っても、「原理的に冤罪を排除することができない」ってことを意味するんじゃないんだよ。


現実の法原則、法理に従えば事件当時に法廷に提出された証拠だけで合理的な疑いがないと判断されれば有罪にできるんだよな。
後になって新事実が発覚する可能性なんて非合理で抽象的な可能性だとされて無視して有罪にできるんだよ。
その新事実が真実の可能性があっても。

刑事裁判での証明程度は理屈で考えれば冤罪を排除することが出来ないわな。

20時間前 No.582

01000 @monmonmon ★mnHyKXFS2v_Foa

>>582 についてはふぐ料理大好きマンも

>>577

>そんなの現実的に実行不可能だし(だからこそ非合理的・非常識的想定に過ぎない)、リスクがなくなるわけないだろう。

>だから、そんなことを言ったって、ナンセンスなんだって私は言っている。


同意してくれているのでよろしくね。

20時間前 No.583

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_1dE

>>575

>ただね、死刑がある社会と死刑のない社会ってその有様が根本的に違うと思うんだよ。極めて悪いことをしたら死をもって償う必要があると人々が考える社会か、どれほど他者を苦しめ、多くの命、未来、人権を奪い去ろうと、自分の命、人権だけは社会が守ってくれると人々が考える社会かという違いだ。制度は国家、社会の有様そのものである。俺は、死刑のある社会で育ったからかもしれないが、どれほどの人間を身勝手な理由で残虐に殺そうと死刑にならない社会、つまり、終身刑、有期刑とかで勘弁してくれる社会は、何か気持ちが悪い。どういえばいいんだろうか、真っ当ではないと感じるのである。


まったく同感なのだが、それを全世界に向かって根拠づけて正当性を主張するには、どういえばいいんだろうか?

20時間前 No.584

01000 @monmonmon ★mnHyKXFS2v_Foa

>>577

>冤罪可能性が排除できないなら、「疑わしき(冤罪可能性のあるもの)は罰せず」が原則である刑罰制度そのものが成り立たないということが、いつまでたっても理解できない。


刑事裁判で冤罪を完全に排除出来るような証明程度にしてしまえばそれこそ >>7 のような事例しか有罪に出来ずに刑事政策そのものが
成り立たなくなるわな。まさに犯罪天国。

だから「合理的な疑いのあるものは罰せず」としているんだわな。

20時間前 No.585

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>584

どういえばいいんでしょうねえ?
そういった感覚に合意頂けたことはありがたいことではある。

20時間前 No.586

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_1dE

>>580 志野さん、
やっぱりわからないので、教えて下さい。

ものすごく単純化して例示しますが、
「3名殺害で事実上の終身禁固刑(死刑執行保留)」
「2名殺害で事実上の終身懲役刑(マル特無期懲役刑)」
だとすると、

罪の重さは前者が重く、罰の重さは後者が重い
ということになると思います。

「3名殺害で事実上の終身禁固刑」であるなら、それより軽い罪(2名殺害)に対してそれより重い罰(終身懲役)を与える根拠を欠くような気がするのですが。

20時間前 No.587

01000 @monmonmon ★mnHyKXFS2v_Foa

冤罪を撲滅するために刑罰に差をつけることが出来るかどうかは憲法14条に違反するかどうかの話なんじゃないの?
冤罪を撲滅するというのが合理的な理由として認められるかどうかの問題だろ。

20時間前 No.588

議論脱退保留中のふくろう @owlman ★Android=Gh53RyBMOc

>>581,582

なんだ、理解してないじゃん。

私としては言うべきことは既に言っているという認識。
なので、再反論の必要は認めないね。

20時間前 No.589

01000 @monmonmon ★mnHyKXFS2v_Foa

今現実にも死刑判決を受けて執行が保留されて獄死する人間もいれば無期懲役で獄死する人間もいるんじゃないの?

20時間前 No.590

01000 @monmonmon ★mnHyKXFS2v_Foa

>>589

>なんだ、理解してないじゃん。


あっそ。じゃあ別にいいよ。

>私としては言うべきことは既に言っているという認識。


俺も言うべきことは言ったつもり。

>なので、再反論の必要は認めないね。


俺も長々とした中身のない喚きをされると鬱陶しいんでそれでいいよ。

20時間前 No.591

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_1dE

>>587,588

>冤罪を撲滅するというのが合理的な理由として認められるかどうかの問題だろ。


なるほど。合理的な理由があれば、罪罰の軽重逆転も許されるということか。

19時間前 No.592

01000 @monmonmon ★mnHyKXFS2v_Foa

>>588 は冤罪死刑を避けるためと言うことな。すべての刑罰について言ってるのではないからな。

19時間前 No.593

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_1dE

>>593

>冤罪死刑を避けるためと言うことな。すべての刑罰について言ってるのではないからな。


OK OK.
大丈夫。そういうふうに汲み取ってる。

19時間前 No.594

@bossbitter☆KjCIokkjh3la ★Tablet=LZDS6OmuHI

>>579
まず、私は死刑制度の論理について話を行っているつもりです。この話の中では、良し悪しついてはまだ触れていないつもりです。あしからず。

>あなたは、冤罪を排除した死刑制度は設計不可能、たぶん、こう言ってるんよね?

冤罪「リスク」を排除した死刑制度設計は不可能だ、という主張を行っています。リスクなので、過去事例において冤罪を排除できたかどうかは、今段階の結果論です。誰も認識できなかった証拠が判決後に判明すれば、冤罪となります。こういったものをリスクと呼んでいます。

リスク(risk) デジタル大辞典引用
1 危険の生じる可能性。危険度。また、結果を予測できる度合い。予想通りにいかない可能性。


>冤罪の可能性のない死刑事案と、その他、これを分けたら、冤罪を排除した死刑制度は設計可能、でしょ?


このスレ内でもよく「分けたら」という言葉が使われていますが、未来の案件に対しても分別が可能なら裁判は不要と考えます。基準があっても有利または不利な証拠が捏造されたり提出されないことで冤罪はあり得る。これを制度上のリスクと呼んでいます。

>誰もが冤罪の可能性のない事案を、条文に書くことができない、こういうこと?

書くことができないと考えています。
リスク=可能性ですから条文に「明文化」し固定してしまうと、書いたことと逆の事象が生じると問題となります。そうなると○○なこともある、といったような書き方になってしまいますが、制度の定義(仕組みや決め事)に対しては不適切な文章であるように思います。結果、書けない。

19時間前 No.595

01000 @monmonmon ★mnHyKXFS2v_Foa

>制度の定義(仕組みや決め事)に対しては不適切な文章であるように思います。結果、書けない。


tttっていつも自分の感情だけで碌な理由もない喚きをするよな。
女性専用車両でも「理由はないけど不満だ」とか「女性専用車両は胡散臭い」とか「死刑賛成派は命を大切にしない」とか。

18時間前 No.596

waka ★j4r5afgHHE_hYg

これまでに下記のように考え、主張している方はいらっしゃらないという認識で良いのですよね・・・

aがb,c,d,e,fを殺害したという容疑に対し、日本の現行の実刑成立要件を満たす立証がなされているなら
・無実(aはb,c,d,e,fを殺害していない)であったとしてもそれとは無関係にaに対し死刑判決が下され実行される事は冤罪とはならない。
・無実(aはb,c,d,e,fを殺害していない)である事は100%ない為、死刑判決が下され実行される事は勿論冤罪とはなりえない。

18時間前 No.597

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_1dE

誰か一人でもふくろう氏の言っていることを(彼の意図どおりに)理解できる人はいるのだろうか?
(ここでいう「誰か一人」とは、もちろん ふくろう氏を除く。)
01000氏ですら理解できないとなると、彼の意図が正しく伝わるのは、もはや絶望的(?)

仕方ない。もう一度読み返してみるか。

17時間前 No.598

ハムラビ ★xszkoz5FmG_f1k

>>595
tさん

うん、まずは、良し悪しは置いといて、論理にのっとって、話をしよう
あなたの言ってるのは、冤罪リスクを排除した死刑制度は設計不可能だ、こういうことね
じゃあ、あなたの言う、冤罪リスク、これが何か、あなたの記述から、明確にしよう

冤罪リスクとは、
誰も認識できなかった証拠が判決後に判明すれば冤罪となります。こういったものをリスクと呼んでいます。
証拠が捏造されたり提出されないことで冤罪はあり得る。これを制度上のリスクと呼んでます。

この冤罪リスクをふまえ、ここからは、思考実験、仮想死刑制度を設計するよ、今の日本の死刑制度を元にする
衆人環視の状況での現行犯逮捕、その他、死刑判決をこの2つに分け、後者は死刑の執行を猶予する
こういう仮想死刑制度のもと、 >>7 の事件が起こったとする(ややこしいから新幹線殺傷事件も死刑相当と仮定する)
仮想死刑制度のもとでは、 >>7 の事件は、執行猶予の対象にはならない、つまり、死刑が執行されるよね
この仮想死刑制度のもと執行された >>7 の事件では、普通に考えたら、冤罪リスクの可能性はない
ということは、仮想死刑制度には、冤罪リスクはない、こう言えるんじゃないの?

ここに具体的な冤罪リスクを想定するには、ファンタジーな冤罪を想定する、未来は知りようがない、人間は間違えるもんだ、こういう非現実的なことを念頭に置くしかないんじゃないかな
tさんは、リスクという表現で、未来のファンタジーな冤罪を想定してる、こういうふうに見えるよ
非現実的なことを言う人を、わたしは、論外、こう言ってる
ここは現実の死刑の話なんだから、非現実的なものは、論理以前の話だと、思ってる

これでもやっぱり、冤罪リスクを排除した死刑制度設計は不可能だ、こう思う?

17時間前 No.599

議論脱退保留中のふくろう @owlman ★Android=Gh53RyBMOc

>>598

いや、無理して読んでもらわなくて結構。

私はここにいるかどうかもわからない、理解能力のある人に向けて書いているようなもんだし。

というより、正直言うと、曲解されるよりスルーされるほうがよっぽどいい(笑)

17時間前 No.600

carrot ★bGVZM0BZaq_hYg

>>597

>>599 の投稿は
aがb,c,d,e,fを殺害したという容疑に対し、日本の現行の実刑成立要件を満たす立証がなされているなら
・無実(aはb,c,d,e,fを殺害していない)である事は100%ない為、死刑判決が下され実行される事は勿論冤罪とはなりえない。

という主張に該当しますね。


>aがb,c,d,e,fを殺害したとい想定するには、ファンタジーな冤罪を想定する、未来は知りようがない、人間は間違えるもんだ、こういう非現実的なことを念頭に置くしかないんじゃないかな

tさんは、リスクという表現で、未来のファンタジーな冤罪を想定してる、こういうふうに見えるよ
非現実的なことを言う人を、わたしは、論外、こう言ってる

人間は100%未来を知っている、人間は100%間違えないと断言していますから。


それにしても、人間は100%未来を知っているし100%間違わないという事実を今生まれて初めて知りました。未来なんて知らないし、間違いを犯す事があるのはこの世の中で私一人という事なんでしょうね。

また、言おうとしていることが「そういう事を言い出したらきりがない、だから無視するよ」といった類である場合は事実上

・無実(aはb,c,d,e,fを殺害していない)であったとしてもそれとは無関係にaに対し死刑判決が下され実行される事は冤罪とはならない。
を肯定していますね。

>>599 はそれらを「非現実的」と断じているのでやはり前者ですね。

15時間前 No.601

@bossbitter☆KjCIokkjh3la ★Tablet=LZDS6OmuHI

>>599

>この仮想死刑制度のもと執行された >>7 の事件では、普通に考えたら、冤罪リスクの可能性はない

>>576
>>さらに、証拠収集から証拠提示など、次フェーズにうつるとき、簡単にいえば伝言ゲームの要領で情報欠落、意味の変化が生ずる可能性がある。これが制度上で生ずるリスクである。


制度上のリスクとは何か576で記載したものを再掲します。
うまく言えていませんが、私とハンムラビさんの間ではリスクの認識や取り扱いが異なるように思います。

>>これでもやっぱり、冤罪リスクを排除した死刑制度設計は不可能だ、こう思う?

答えを保留にしてみます。理由は最後に述べます。先に説明します。

誤解を恐れずにいうと、リスクとは先に上げた辞書の定義に従えば「悪いことが起きる可能性」ですから、リスクがあっても悪いことが発生しないことはあります。 >>7 の案件はたまたま悪いことが起こらなかったね、という主張ではありません。軽減・許容できる(できた)リスクであったということです。具体的には、 >>7 の案件は、衆人環視という強固な証拠があったから、長い裁判運用の中でリスク(上述の576の例)があってもそれを回避するように死刑判決できているだろうし、tが言うようなリスクが仮にあったとしても、 >>7 の案件の死刑判断は妥当だった、ということです。

これを良しとして、 >>7 のようなわかりやすい案件とそうでない案件が混在する中「リスク(上述の576の例)があっても」という制度の運用を継続するというのは、「あっても」というリスクは軽減できるし、あるいは許容できる、ということになるかと思います。

>ここに具体的な冤罪リスクを想定するには、ファンタジーな冤罪を想定する、>未来は知りようがない、人間は間違えるもんだ、こういう非現実的なことを念頭に置くしかないんじゃないかな

>tさんは、リスクという表現で、未来のファンタジーな冤罪を想定してる、こういうふうに見えるよ

>非現実的なことを言う人を、わたしは、論外、こう言ってる


そしてハンムラビさんのリスク評価が上記ということなのでしょう。繰り返しますがそれについての良し悪しは今は語っていません。

>>これでもやっぱり、冤罪リスクを排除した死刑制度設計は不可能だ、こう思う?


そして良し悪しは語っていないので答え保留にしました。答えるためには個人の価値観を含んだリスク評価が必要であると考えたためです。

15時間前 No.602

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_1dE

http://mb2.jp/_grn/2221.html-1782#a

>冤罪可能性0が成立するのは,

>(合理的に)疑う余地がないと立証されたとき,そのときに限る

>これは私が決めたことではなく,法言語ゲームの原則として決まってる


それでも、実際の司法の現場では冤罪が起きている。
だから、冒頭の「冤罪可能性0」は「(合理的に)疑う余地がないと立証されたとき」でも、必ずしも成立するとは限らない。

法言語ゲームの原則においては、疑いうる範囲を常識的な範疇に限定してしまっているから、それ以外のところに真相が埋もれている場合にエラーを生じる。そのような場合に冤罪が起こる。


>そして,「(合理的に)疑う余地がないと立証される」のがどういうときであるかは,個別案件によるから,具体的には前もって完全に規定しておくことは不可能なんだよ。それが可能なら公式化が可能だろう。

>だからこそ,刑法・凡例を総動員して,さらに裁判官の裁量に委ねられるわけじゃないか。

>“非現実的”どころか,これが現実の裁判だよ。


だから、ヒューマンエラーが入り込む余地がある。
繰り返しになるが、真相の見極めを間違えたときに冤罪が生じる。


>状況証拠しかない場合は,

>例えば,被告が犯人である(犯行を行う)ことが可能であり,かつ他に犯行を行えたものが存在する可能性がないと,立証されたとき,etc.(「可能性」は合理的・現実的可能性。以下同様)。

>あるいは,Aを犯人であると仮定したとき,現実の事件の諸事実・証拠が現実的・合理的に説明可能であるのに対して,Aを犯人でないとすると,きわめて不合理(非現実的)であるか,不合理な仮定を前提しなければ説明がつかないような場合。もちろん,A犯人仮説が現実に可能であり,A犯人仮説を反証するに足る事実がないことも立証されていることを前提する。

>ような場合etc.


いくら一生懸命書いたところで、それが「法言語ゲームの原則」の範疇の立証である以上、そこから抜け落ちたところに真相がある場合は、判断を誤る。判断を誤った場合に冤罪となる。
実際の司法の現場で冤罪が起きている以上、判断を誤ることあるという事実は消せない。
強弁したところで、事実は覆らない。

14時間前 No.603

議論脱退保留中のふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_pzR

>>603

やれやれ、やっぱり全然わかってないね。

>>577

にすでに反論になる内容は書いてある。

14時間前 No.604

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_1dE

>>577

>例えば、わかりやすいのは、森法相が執行命令を出して執行がされた直近の

>『福岡一家4人殺害事件』

>を詳細に調べれば、衆人環視の状況での事案ではないけれども、冤罪の可能性なんてあるわけないってことが明らかにわかるんだよ。

>そうやって調べれば、ネットでの情報収集の限界があるにせよ、その限られた情報に基づく我々一般人から見てさえ、こりゃ有罪間違いないな、って思えるのは少なくない。


全然わからない。Wikipediaに掲載された犯人X,Y,Zのうち、XとZが死刑、Yが無期懲役。
量刑が正しいのか、Zの関与は死刑相当が妥当なのか、無期懲役相当が妥当なのか、こんな限定された情報で素人が判断できるわけがない。

参考 Wikipediaより
---引用開始---
日本側の刑事裁判で審理された被告人Zは「計画を立案した2人(X・Y)に従った」と主張した一方、中国側で審理された被告人Yは「途中で何度も『殺したくない』と中止を訴えたがZが納得しなかった」などと供述したほか、3人ともB・C両被害者の殺害状況についてもそれぞれ「自分の責任ではない」と主張した
---引用終了---

14時間前 No.605

01000 @monmonmon ★mnHyKXFS2v_Foa

モビットが引用した刑事裁判での証明程度についての説明の前後も引用してみた
http://mb2.jp/_grn/2221.html-1642#a

ご参考)ソレイユ経営法律事務所のブログより
この判決に対する論評は様々だが、刑事裁判における「疑わしきは罰せず」という原則を正しく理解していないと思われるものが目立つ。
「疑わしきは罰せず」という言葉の意味自体は理解できるだろう。被告人が犯人であるかどうかが「疑わしい」というレベルでは無罪であり、「間違いない」というレベルに達しなければ有罪には出来ないという原則だ。
だが、どの程度のレベルまでが「疑わしい」というレベルで、どの程度のレベルからが「間違いない」と言えるのかは相当に悩ましい問題だ。おそらく、10人いれば10人ともが違うニュアンスで捉えている可能性が高い。

仮に、被告人が犯人である可能性を数字で表現できたとして、可能性が50%程度なら無罪だと言う人が多数派だろうが、可能性が70%に達すれば有罪だと判断する人が急増するのではなかろうか。
一方、可能性が90%に達しても、まだまだ無罪とする人もいるはずだし、可能性が100%でなければ全て無罪だと言い切る人もいよう。
もちろん、可能性を数字で表現すること自体が不可能だから、話は一層ややこしいのだが…。

「疑わしきは罰せず」を別の表現にすれば、「合理的な疑いを超える証明が無ければ無罪」ということになる。本当に理解しにくい表現だが、要するに、被害事実が証明されている場合であれば、「常識的(合理的)に考えて、被告人以外に犯人がいる可能性(疑い)があれば無罪」ということだ。ポイントは2つある。

1つは、「常識的に考えて」という点だ。つまり、科学的な100%の証明は要求されていないということだ。ここは誤解が多い。論理的思考に馴染んでいる人ほど、ついつい、あらゆる空想的な可能性を想定してしまいがちとも言える。和歌山毒カレー事件についても、物証なき以上、被告人以外の犯人の可能性を100%排除することが出来ないから無罪だとする論評が多く見られるが、そこまでの証明は要求されていないのだ。
 事実は小説よりも奇なりと言われるが、誰も想像だにしない真相というものがひょっとするとあるのかも知れないが、人間が判断を下す裁判システムにおいては、裁判官や裁判員に真相を見抜く神のような能力を求めているわけではないということだ。

もう1つは、「被告人以外に犯人がいる可能性」を検討せよという点だ。「被告人が犯人かどうか」という点だけに思考が集中すると、「被告人を犯人と考えれば全て合理的に説明が付く」というレベルで有罪にしてしまいがちになる。
だが、被告人を犯人と考えるのが合理的だとしても、被告人以外の犯人の可能性が合理的に排除できないという例はいくらでもあり得るのだ。
---引用終了---

この法律事務所の説明でも刑事裁判では裁判官や裁判員に真相を見抜く神のような能力を求めているわけではないこと。
さらに「被告人以外に犯人がいる可能性を検討せよ」と言ってるだろ。
被告人以外に犯人がいる可能性が合理的に排除しきれない場合もあるから冤罪リスク考えて被告人以外に犯人がいる可能性を検討するべきだと
言ってる。
被告人以外に犯人がいることが合理的に排除出来ないのに人間は神ではないから被告人以外の犯人がいる(被告人が犯人ではない)合理的な可能性を見落とすことにより冤罪が起こり得る。だから「被告人以外に犯人がいる可能性を検討せよ」と言ってるんだろ。
これらの説明は当然冤罪リスクについての説明だわな。

大体冤罪と言うのは被告人以外に犯人がいる(被告人が犯人ではない)と言うことだろ。
被告人以外に犯人がいる(被告人が犯人ではない)ことについて実際には合理的な疑いがあるにも関わらず裁判時点では抽象的な可能性に
とどまっているために検察の出した証拠に基づき被告人が犯人であったとしても合理的だというだけの判断により被告人以外の犯人が
いる(被告人が犯人ではない)合理的な可能性について見落としてしまい合理的な疑いが無いとして冤罪事件が起こり得るということを言ってる。

那覇地方検察庁のHPより
検事正が答える裁判員裁判FAQ(第2回)

◇最近も,最高裁判所は,同趣旨を判示しました。すなわち,被告人・弁護人が,「検察官が主張・立証しようとしているのとは反対の事実が存在する可能性がある。だから無罪である。」と主張している場合,「刑事裁判における有罪の認定に当たっては,合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要である。ここに合理的な疑いを差し挟む余地がないというのは,反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく,抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても,健全な社会常識に照らして,その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には,有罪認定を可能とする趣旨である。」としています(最高裁平成19年10月16日判決)。

◇また,そのほかにも,健全な社会常識に照らせば,検察官の主張に反する事実が存在するとの疑いに合理性がないと一般的に判断される場合として,最高裁判所は,その疑いが「抽象的な可能性」にすぎない場合を挙げています(最高裁平成19年10月16日判決)。
 つまり,「通常人なら誰でも疑いを差し挟まない程度に真実らしいとの確信を得る」ことができた場合には有罪なのであり(最高裁昭和23年8月5日判決),その場合に,「全くあり得ないことではない」という論理上の可能性や推測に基づく疑いが残っても,合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が果たされていることに変わりはなく,有罪を認定することはなお可能である,とされているのです。

以上引用

那覇地方検察庁のHPの説明でも検察官の主張に反する事実が存在することに合理性がないと判断される場合としては「抽象的な可能性」
「全くあり得ないことではない」と言った論理上の可能性や推測に基づく疑いがある。
このような疑いは無視して有罪判決を下す事が出来る。
だから人間は神ではないから検察の主張に対する本当は合理的な疑いがあるにも関わらずその反対事実を非合理であるとか抽象的な可能性だと
認識してしまい合理的な疑いを見落とすことにより検察の主張が常識的に考えて間違いないと思い込み冤罪が起こるんだろ。

9時間前 No.606

01000 @monmonmon ★mnHyKXFS2v_Foa

>>605

>全然わからない。Wikipediaに掲載された犯人X,Y,Zのうち、XとZが死刑、Yが無期懲役。

>量刑が正しいのか、Zの関与は死刑相当が妥当なのか、無期懲役相当が妥当なのか、こんな限定された情報で素人が判断できるわけがない。


そいつは量刑不当の冤罪について全く理解できず >>26 のような頓珍漢なレスをするような奴だからな。
そいつにそんなことを言っても理解出来ないと思うぞ?

9時間前 No.607

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_1dE

>>607

>そいつにそんなことを言っても理解出来ないと思うぞ?


じゃあ、伝わるように別の味方も示してみよう。
犯人たちもバカではないから、「全くの事実無根で、X,Y そんなヤツ会ったこともない」などと言っても認められないと判断したなら、犯行に関与したことを認めた上で「自分は首謀してない、無理強いされた、殺すつもりはなかった」など、減刑してもらうために、あらゆる言いのがれを言うだろう。弁護士からも入れ知恵されるだろうし。
だから、3人とも「やったこと」を認めているのだから、そこは「(合理的な)疑いのない事実」として関係者全員が認めている部分だ。そんなところにエラーは発生しない。
エラーが発生するのは、検察と被告人側の言い分が異なっている部分。

7時間前 No.608

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_1dE

>>606
ふくろう氏の残念な点は、その「抽象的な可能性」を 全て「非合理」「非現実」として排除してしまっている点。
実際の冤罪は、その「抽象的な可能性」の中に真相が含まれている場合に生じる。だから、それを「非現実」として排除するのは「現実を無視している」ということになる。

7時間前 No.609

議論脱退保留中のふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_pzR

>>605,608,609

>全然わからない。


えっ、マジか?(笑)
あなたは私に発言者の意図をくみ取れと偉そうにのたまうくせに、
私が量刑不当についてなんか言っていないことがわからんの?

「冤罪可能性なんてあるわけない」「有罪間違いない」って、私は書いているよね。
これ、「冤罪=無実の罪(濡れ衣)」という意味で私が述べているってわからんの?
この意味での「冤罪死刑」っていうのは、「無実の罪で死刑になること」だよ。
これ、普通の理解だよね?
だから要するに、私の主張は、
「この事案の場合、無実の罪で死刑になった可能性は全くない」
ってことだよ。
あなたは、この私の主張をわかってうえで、量刑不当に話をすりかえているわけ?
話がかみ合うわけないじゃん。

>>27 みたいな頓珍漢なこと言うやつのレスを真に受けて >>608 書いたみたいだけど、全く伝わらんわ(笑)

最高裁の判決文を見ても明らかなように、Wikiにも詳しく書かれているところの、3人の自白により推定される各犯行事実について、被告人はおおむね認めている。
これら犯行事実は3人の自白に基づいて推定されたもので、自白は彼らがなすりつけ合おうとしたことからもわかるように、口裏合わせで虚偽を述べたものではないと考えられる。
それらを総合して事実として認定されたものを、被告人はおおむね認めており、弁護人も争っておらず、それゆえ有罪であることに疑いの余地はない。
つまり、被告人がこの極悪非道の殺人を他の二人と共謀して計画し、実行したことに疑いはない。
もちろん、裁判所も被告人が首謀者でないことは当然わかっている。
弁護人は、この事実認定の間違いを主張しておらず、中国での裁判で一人が死刑を免れていること、被告人が反省していることを主張して減刑を主張しているだけだ。
それらを十分に考慮したうえで、裁判所は死刑を支持したわけで、どこに冤罪の可能性があるのか、どこに判決を誤らせているエラーが存在する余地があるのか、抽象的過ぎてさっぱりわからない。
もっと具体的に言ってくれないと。

まあ、この事案について、無実の罪で死刑になった可能性がある、と言うような人とは、しょせん議論をしても無駄だとは思うがね(笑)

>実際の冤罪は、その「抽象的な可能性」の中に真相が含まれている場合に生じる。


だから、この考えを私は否定する立場なんだよ。わかってる?

冤罪は、疑う余地がないと言うためには、本当はその仮説を慎重に却下する必要がある「現実的・合理的可能性」を見落とすなどして判断を誤るから生じる。というのが私見。
飯塚事件もカレー事件もそういうもの。
言い方を換えると、
「疑わしきは罰せず」の原則に則ってやっても冤罪は起きるのではなく、
その原則に則っていると思っていたが、実際にはそうではなかった(疑うべきを疑っていなかった)から冤罪は起きるのだ。
****************
以下、最高裁判決文より引用。改行は引用者。

以上のとおり,上記犯行は,被害者らに対する強固な殺意をもって敢行されたものであり,金品を得るという目的のためには,人の生命の尊さをも意に介しない被告人らの行為は,極めて冷酷,残忍なものである。
4人の生命を奪った結果は,極めて重大であって,何の落ち度もないのに突如非業の死を遂げた被害者らの無念さは,察するに余りある。
遺族の処罰感情がしゅん烈なのも当然である。
本件が社会に与えた衝撃不安も大きい。
被告人は,E及びFから誘われて上記犯行に加担したものではあるが,謀議犯行準備の段階から深く関与しており,犯行に際しては,実行行為の重要な部分を担当している。
以上の事情に照らすと,被告人の刑事責任は,極めて重大であるといわざるを得ず,被告人が本件各犯罪事実をおおむね認め,取り分け本件強盗殺人事件の犯行に及んだことについて反省後悔の念を深めていること,犯行後に中国に帰国した共犯者らのうち1名に対し同国の裁判所において無期懲役が言い渡されていることなど,所論が指摘する事情を考慮しても,原判が維持した第1審判の死刑の科刑
は,当裁判所もこれを是認せざるを得ない。

2時間前 No.610

01000 @monmonmon ★1Gvi1on4nz_emY

>>610

>私が量刑不当についてなんか言っていないことがわからんの?

>この意味での「冤罪死刑」っていうのは、「無実の罪で死刑になること」だよ。


だからモビット君は量刑不当の冤罪を考慮せずに「冤罪=犯罪をやっていないのに罪を着せられる」という意味に限定するのが
短慮だと言ってるんだろ。
>>21 でもお前のことを無知であると馬鹿にしているだろ。モビット君は。

00100のレス
http://mb2.jp/_grn/2221.html-1986#a

また、法学者の今村力三郎は、「世人は冤罪とは、常に全然無実の罪に陥ったもののように考えているが、我々専門家のいう冤罪とは、
ある罪を犯したる事実はあっても、裁判官の認定が事実の真相を誤ったり、あるいは法律の適用を誤ったりして、相当刑よりも過重の
刑罰に処せられたる場合も等しく冤罪とするのである」として、無実のみならず量刑不当も冤罪に含める見方を示している[10]。

以上引用

00100ですら自分で調べているぞ?
まあ、過失致死罪も知らないお前では仕方ないけどな。
少しは00100を見習え。

> >>27 みたいな頓珍漢なこと言うやつのレス


何が頓珍漢なんだ?お前がハットリ君とモビット君の言ってることも碌に理解出来ず大恥をかいてるだけだわな。
しかもお前は人を死なせる犯罪は殺人罪しかないと思い込んでいただろw
お前はホント00100以上に嘘を吐きまくるよな。

>まあ、この事案について、無実の罪で死刑になった可能性がある、と言うような人とは、しょせん議論をしても無駄だとは思うがね(笑)


またまたこいつは人の発言を捏造しているよ。こいつは00100なんて可愛く感じるほど人の発言を歪曲、捏造しまくるよな。
どうしてこんなにこいつは嘘を吐きまくるんだ?

>だから、この考えを私は否定する立場なんだよ。


だからお前は残念だと言われているんだよ。

>本当はその仮説を慎重に却下する必要がある「現実的・合理的可能性」を見落とすなどして判断を誤る


だから裁判時点で証拠がないとか判断ミスとかで合理的な可能性であると判断できず合理性のない可能性、抽象的可能性と判断されて
無視されて冤罪が起こるんだよな。
その合理性のない可能性、抽象的可能性と判断されて無視された可能性の中に真相が紛れていることがある。

>その原則に則っていると思っていたが、実際にはそうではなかった(疑うべきを疑っていなかった)から冤罪は起きるのだ。


人間は神ではないからな。まあ、超能力捜査官や神の能力を持つ裁判官を前提にしたSF喚きこそ非合理、非現実な机上の空論だよな。
しかし、ふぐ料理大好きマンみたいな奴を見ていると冤罪はなくならないと思うわな。
捜査関係者や裁判官の中にこいつみたいな奴が紛れ込む可能性があるからな。

9分前 No.611
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