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なぜいただきますとごちそうさまを言うのか。

 ( 議論掲示板 )
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もちゃ20 ★4lMhcqSYIs_g5X

なぜいただきますとごちそうさまと言うのか。
これは誰でも考えることだと思います。
しかし、僕の知る限り、大体、作った人に感謝するとか、牛肉であれば、牛に感謝するとかだったりします。
牛に感謝する?植物に感謝する?どうもよくわかりません。(もちろん作った人に感謝しています。)

たまたまおばあちゃんが昔言っていたことを思い出しました。
「お米一粒一粒に神様が宿っている。」と言っていました。
日本には昔から、すべてのものには神様がやっどっている。(ここたま的な?)
だからいただきます、ごちそうさまは神様に対して言っているのではないかと思いました。

期待する、議論、コメントとしては、

1,もうすでに上のようなことは誰かが言っていたり、みんな知っている。
2,日本には昔から、すべてのものには神様がやっどっている。という考え方は日本にはもともと無い。
3,なぜいただきますとごちそうさまと言うのか。に対する他の考え方。
4,その他。

どうぞお手柔らかにお願いします。ルールに関しては一度読みましたが、なにか違反していたり、マナーに反するようなことがあれば教えてください。

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嫌われ霊夢と嫌われ魔理沙 ★fofH1MgenE_pzR

いわゆる「やおろずの神」でしたかね

日本ではすべてに神が宿っているという考えは昔からありますよ

日本では『もののけ姫』で描かれました

6ヶ月前 No.1

もちゃ20 ★4lMhcqSYIs_g5X

>>嫌われ霊夢と嫌われ魔理沙


なるほど「やおろずの神」ですか。
昔(いつかわからないが)ある考え方なのですね。
ありがとうございます。

6ヶ月前 No.2

dummy @oscar ★iPhone=Ni153b2Efq

>>0

ここたま→言霊(ことだま)

>>1

やおろずの神→八百万(やおよろず)の神

6ヶ月前 No.3

もちゃ20 ★4lMhcqSYIs_g5X

>>dummy


やおろずの神→八百万(やおよろず)の神
わかりました。

ここたまはこれのことです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%81%BF%E3%81%95%E3%81%BE%E3%81%BF%E3%81%AA%E3%82%89%E3%81%84_%E3%83%92%E3%83%9F%E3%83%84%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%93%E3%81%9F%E3%81%BE
説明が不十分でした。ごめんなさい。

6ヶ月前 No.4

ちきぽん @tikipon ★WiiU=Wghh5vexTu

アニミズムやな。

地霊信仰とかいうやつ。

言葉にすら魂が宿ってると言われてんな。

岩にしめ縄してあったり、御神木があったり、

つくもがみやどうそしんなんかの伝承も

その類いやわ。

6ヶ月前 No.5

もちゃ20 ★4lMhcqSYIs_g5X

>>ちきぽん

おお!それです!アニミズムというのですね。
あれ?魂?
「霊魂、または霊」とは神様とは違うのですか?

6ヶ月前 No.6

マー坊 ★18NbNZF3b4_7JB

>牛肉であれば、牛に感謝するとかだったりします。
>牛に感謝する?植物に感謝する?どうもよくわかりません。


牛肉になる前の元気な牛を見ているとわかると思いますよ。
「あの元気な牛の肉がこれなんだね」
牛が命を落として自分の食べ物になってくれたんだって。
とくに
自分が名前をつけて自分が育てた牛ならなおさらです。



お米や野菜を作ってみるとわかると思いますよ。
お米も野菜も牛と同じように育っているんです。
田んぼや畑にお金をまいても出来ません。
それは
お米も野菜も命があるからです。

人間が食べるものはたとえ加工食品でも命を頂いているんです。
だから
「いただきます」なんですね。

僕はそう思います。

6ヶ月前 No.7

dummy @oscar ★iPhone=Ni153b2Efq

>>4

アニメであるんですね。

失礼しました。

6ヶ月前 No.8

もちゃ20 ★4lMhcqSYIs_g5X

>>マー坊


>田んぼや畑にお金をまいても出来ません。

たしかにそのとおりですね。

>お米も野菜も命があるからです。

わかります。言いたいことはわかるのですが、

あなたにとって、お米や野菜や牛など、に感謝するというのは、調理してくれた人や育ててくれた人への感謝と同じもの(同列?)のものなのでしょうか?

6ヶ月前 No.9

もちゃ20 ★4lMhcqSYIs_g5X

>>dummy


こちらこそ説明不足でごめんなさいでした。

6ヶ月前 No.10

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_g5X

なんか偽善っぽくて好きじゃないんですよね。そういう考え方って。
僕が牛なら感謝なんてしなくていいから、食べないでほしいと思いますけど。

理解されないと思いますが・・・。

6ヶ月前 No.11

マー坊 ★18NbNZF3b4_7JB

もちゃ20さん


>あなたにとって、お米や野菜や牛など、に感謝するというのは、調理してくれた人や育ててくれた人への感謝と同じもの(同列?)のものなのでしょうか?


命をいただくことと料理をしてくれた人と感謝は同じだけど感謝を伝える相手が違う。
と思います。

6ヶ月前 No.12

マー坊 ★18NbNZF3b4_7JB

モノポリーさん


>僕が牛なら感謝なんてしなくていいから、食べないでほしいと思いますけど。

動物の肉を食べない人の中には「可愛そうだから」と言う人もいますね。
もしも
お米や野菜が「私たちも命があります。食べないでください」と言ったら?
どうされますか?

6ヶ月前 No.13

もちゃ20 ★4lMhcqSYIs_g5X

>>マー坊さん


>命をいただくことと料理をしてくれた人と感謝は同じだけど感謝を伝える相手が違う。と思います。

なるほど、わかりました。

>自分が名前をつけて自分が育てた牛ならなおさらです。

たしかにそうなのかもしれません。たしかに、赤ちゃんの頃から毎日、世話をしていたら、
殺したくないと思うと僕は思うし、食事の時にこれが、あの赤ちゃんの頃から毎日、
一緒に日々を過ごした、牛なのかと思ったら、きっと涙がでて、心から感謝するのかもしれません。

6ヶ月前 No.14

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_g5X

マー坊様

コメントありがとうございます。

>お米や野菜が「私たちも命があります。食べないでください」と言ったら?

食べます。たとえ泣いて懇願されたとしても。ここで必要なのは自身の残虐性と向き合うことだと思います。きれいな言葉でごまかさずに。誠実に。

例えば、人間を食料とする宇宙人がやってきて、「感謝しているから食べてもいいよね」って言われて納得しますか?

それでも、食べられちゃうんですよね。弱ければ。

6ヶ月前 No.15

マー坊 ★18NbNZF3b4_7JB

モノポリーさん


>例えば、人間を食料とする宇宙人がやってきて、「感謝しているから食べてもいいよね」って言われて納得しますか?
 それでも、食べられちゃうんですよね。弱ければ。


他に選択肢があれば宇宙人と交渉します。
しかし
それしか選択肢がなければそうするでしょうね。
それしか出来ないんだから。

牛が食べられるのはそういうことだと思いますよ。

6ヶ月前 No.16

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_g5X

『寄生獣』でしたっけ?

なんか人間を食べる漫画がありましたよね。記憶が曖昧で申し訳ないですが。

6ヶ月前 No.17

もちゃ20 ★4lMhcqSYIs_g5X

>>モノポリー

まさに「弱肉強食」ですね。
弱肉強食は中国の韓愈(かんゆ)という方の「送浮屠文鴨師序」という文章の中の「懼物之為己害也 猶且不□焉 弱之肉強之食」(他のものが自分に危害を加えることを恐れるが、免れることはできない。弱いものの肉は強いものの食となる。)というのが、由来だそうです。

しかし自然界では必ずしも弱肉強食ではなく、適者生存という、環境に適応するものが、遺伝子を残し、生存(種の)するそうです。
そういう意味では人間社会と似ているところがあるのかもしれません。

6ヶ月前 No.18

もちゃ20 ★4lMhcqSYIs_g5X

>しかし自然界では必ずしも弱肉強食ではなく、適者生存という、環境に適応するものが、遺伝子を残し、生存(種の)するそうです。

そういう意味では人間社会と似ているところがあるのかもしれません。

ごめんなさい。論点がずれてしまいました。

6ヶ月前 No.19

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_g5X

マー坊様

>他に選択肢があれば宇宙人と交渉します。

これは面白い考え方ですね。

例えば、ものすごい賢い豚が現れて、「我が同胞を殺す数を半分にしてくれないか」と言ってきたら?

日頃から豚に感謝している人たちでさえ、そんな提案に賛成するとは思えません。恩知らずとはこのことだと豚に罵られたとしてもね。

6ヶ月前 No.20

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_g5X

もちゃ20様

>まさに「弱肉強食」ですね。

ですね。

ただ、前に「偽善っぽい」って言ったのは、この自明な原理を「感謝」とかいう言葉でごまかそうとしているように感じるのですよね。

こういうのを良心の呵責とか言うのでしょうか?それに耐えきれない人がヴィーガンとかになるのでしょうかね。

6ヶ月前 No.21

マー坊 ★18NbNZF3b4_7JB

モノポリーさん


>例えば、ものすごい賢い豚が現れて、「我が同胞を殺す数を半分にしてくれないか」と言ってきたら?


牛の気持ちになって考えるのは自分でも考えたことはあるけど。
豚が話をするなんて
ありえない例え話はどうも苦手です。(笑)
僕の思考範囲から遠い話だから。(笑)

6ヶ月前 No.22

もちゃ20 ★4lMhcqSYIs_g5X

ある知恵袋の質問の回答にいただきますには次の5つの意味があると書かれています。

1,この食事が調うまでの多くの人々の働きに思いをいたします。(すべてのものに感謝)
2,この食事を頂くにあたって自分の行いが相応しいものであるかどうかを反省します。
3,心を正しく保ち過った行いを避けるために、貪りなどの心を持たないことを誓います。
4,この食事を、身体を養い力を得るための良薬として頂きます。(命を繋ぐため)
5,この食事を、仏様の教えを正しく成し遂げるために頂きます。(人生の目標の為に頂く)

僕はここに注目しました、2,この食事を頂くにあたって自分の行いが相応しいものであるかどうかを反省します。
こういう考えがあることは知りませんでした。

皆さんは、いただきます、ごちそうさまの際、2,この食事を頂くにあたって自分の行いが相応しいものであるかどうかを反省します。このようなことを考えますか?

6ヶ月前 No.23

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_g5X

マー坊様

ごめんなさい(笑)

ついついいらん事を言ってしまうのは悪い癖だと自覚はしているのですが。

要は、豚とか牛はただの「肉」であって、「尊重すべき命を持つ存在者」とは見なされていないことの一因として「知能の低さ」があるんじゃないのって考えているわけです。

そんでもって、実際は「尊重すべき命を持つ存在者」として扱ってはいないにもかかわらず、感謝とかで「表面上は取り繕っている」感じがするんです。

6ヶ月前 No.24

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_g5X

>「お米一粒一粒に神様が宿っている。」

>お米も野菜も命があるからです。

本当にそんな風に信じているとしたら、食事なんて出来ませんよ。本当に信じているならね。

結局は、本音と建前でしょう?そういう疑念が払拭できないんですよね。言行不一致とは言わないまでも。

6ヶ月前 No.25

マー坊 ★18NbNZF3b4_7JB

モノポリーさん


>そんでもって、実際は「尊重すべき命を持つ存在者」として扱ってはいないにもかかわらず、感謝とかで「表面上は取り繕っている」感じがするんです。

それは人の心の中の問題ですね。
言葉だけで感謝の気持を表す
心から感謝の気持を表す。
その違いは感謝の言葉だけじゃわからないってことですね。

「表面上は取り繕っている」ことが許されないということでしょうか?

6ヶ月前 No.26

もちゃ20 ★4lMhcqSYIs_g5X

どの程度の知能を持っていると考えられるなら、「尊重すべき命を持つ存在者」とされるのか難しい線引ですね。

例えば、日本では(にほん以外でもイルカ肉を食べる地域があるそうですが、)、イルカ肉を食べる地域があるそうですが、一時期大変、他国から非難されたそうです。
彼らが言うには、イルカは知能が高く、可愛そうだからだそうです。(一部では、イルカショーなるものをし、一部では、食べる。その差?といいますか、多重人格的なところを非難する方もいるそうです。)
他にも、中国とか東アジアでは、犬食と言って、いぬを食べる地域がもあるそうです。

イルカや犬のグロテスクな画像が、探せばインターネットに転がっています。そういう画像を見ると、たしかに可愛そうだと思います。
可愛そうだから、今すぐ牛などを含めた、動物を食べるのをやめるのかと言われれば、はいとは、言えません。

例えば、バッタがとても好きな人が、バッタが殺されているのを見たら、悲しみます。知能以外にも、関係するものがありそうです。

感情が絡んでくるとなかなか厄介です。

6ヶ月前 No.27

マー坊 ★18NbNZF3b4_7JB

モノポリーさん

>>「お米一粒一粒に神様が宿っている。」
>>お米も野菜も命があるからです。
>本当にそんな風に信じているとしたら、食事なんて出来ませんよ。本当に信じているならね。

信じても信じなくても
人は食べないと生きていけないから。
命が命を守るという解釈で良いと思いますが。

6ヶ月前 No.28

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_g5X

コメントいっぱいで嬉しいな。

>「表面上は取り繕っている」ことが許されないということでしょうか?

許す許さないではなく、一個余分なものがくっついているって感じですかね。「自己欺瞞」とか「良心の呵責に対する自己弁護」みたいな。

>人は食べないと生きていけないから。
>命が命を守るという解釈で良いと思いますが。

結局はそういうことだと思います。
結局は自分が生きていたいから他の命?神さま?を奪うわけです。どんなに感謝したとしても、その行為自体に違いはないわけです。

感謝という行為が、そんな「自分本位な行為」をせざるを得ない「自分を慰める」為の行為にしか見えないんですよね。

このことは、他者に対する思いやりとは対極に位置すると思います。

6ヶ月前 No.29

マー坊 ★18NbNZF3b4_7JB

モノポリーさん


>このことは、他者に対する思いやりとは対極に位置すると思います。

自分の命を支えてくれた命に対して
感謝の言葉である
「いただきます」と「ごちそうさま」
という言葉が他者に対する思いやりの気持ちの言葉だと思えば良いと思いますよ。

6ヶ月前 No.30

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_g5X

>>27

命の選別の問題とも言えるでしょう。

これは殺してもいい命、あれはダメ。

カナリアを飼っている人の前で焼き鳥を食べることは憚られる。たとえ心の底から感謝しているとしても。

イルカショーのあとで、そのイルカを食べようもんなら・・・。想像したくないね。

人間は何を殺してよくて、何を殺してはいけないのか?一体それを誰が決めるのか。

感謝すればオールOKとはいかないでしょう。

6ヶ月前 No.31

dummy @oscar ★iPhone=Ni153b2Efq

皆さんは「いただきます」という言葉をどういう意味で使っていますか?

「食べる」と「もらう」とどちらの意味で使っていますか?

6ヶ月前 No.32

もちゃ20 ★4lMhcqSYIs_g5X

僕は、作ってくれた人へのありがとう。として言っています。
そして、多くの犠牲によって、僕たちの生活が成り立っているということを、思い出すために、言っています。

神様に言う。の神様は、僕にとってすごく曖昧な存在です。神様とはなにか、とういうものが、
明確に僕の中に定まっていいないので、神様に言うなんて言おうものなら、頭のいろいろなところから、質問攻めにされそうです。

これは、あまり宗教について考えてこなかったからなのでしょう。
きっと、例えば、キリスト教を信仰する。(例えば、カトリックとかプロテスタントとか)とすれば、
神様とは誰かとか、食事の前の儀式が、誰にどういう意味で行うのかが明確に定まりそうです。

6ヶ月前 No.33

dummy @oscar ★iPhone=Ni153b2Efq

>>33

>僕は、作ってくれた人へのありがとう。として言っています。

>そして、多くの犠牲によって、僕たちの生活が成り立っているということを、思い出すために、言っています。


「いただきます」という言葉は、食べ物を作ってくれた人に対する感謝の気持ちを表すと日本人はいつの間にか刷り込まれてしまっているのではないかと私は思っています。

そしてその刷り込みはそう古い時代ではないのではなく、おそらくは近代以降の考えなんではないでしょうか。

日本人が日本古来の考え方だと思っているものの多くは、明治時代以降に形成されたものが多く、近世以前にはそんな概念はなかったというものが結構あります。

この「いただきます」という言葉もそんな概念の一つで、だから何となく漠然とみんなが同じように食べ物やそれを作った人に対する感謝の気持ちを込めてなんて思っていますが、考えてみると「いただきます」の「いただく」に感謝という意味はありません。

「いただく」にはいくつかの意味がありますが、そのどの意味で使っているかと問われたら一つに絞り込まないというのも、元々の由来が曖昧だからではないでしょうか。

だからこの食事前の「いただきます」の初出を調べたら案外古い時代に遡れないのかとも思います。

誰か初出を調べたり知っていたりする人はいないでしょうか。

6ヶ月前 No.34

Q&Q ★Q0RV7Iej5b_fud

私も以前、「いただきます」を言わない地方がある。と聞いたのでググってみたことがあります・・・「いただきます」は明治以降の学校での教育から、あるいは戦中の疎開での集団生活から始まった。

地方によって、言うところと言わないところがある。ラジオ、テレビが普及してから、食事の作法として全国に定着した・・・記憶が薄れて正確ではありませんが、概要はそういうことだと思います。dummyさんの慧眼のとおり、古くからあったものではないようです。

6ヶ月前 No.35

もちゃ20 ★4lMhcqSYIs_g5X

だいたい戦後に言われる様になったそうです。

もう少し調べたら、報告します。

6ヶ月前 No.36

Q&Q ★vqlVE62yQJ_fud

特に「いただきます」と共に手を合わせることを、テレビでよく見かけますが
私の子供の頃はそういう習慣はありませんでした。今も我家ではしていません。
これはごく最近に始まったものと思われます。テレビ番組由来ではないでしょうか。

6ヶ月前 No.37

もちゃ20 ★4lMhcqSYIs_g5X

>>Q&Q


>私の子供の頃はそういう習慣はありませんでした。

よろしければ、いつ頃のことか教えてくれませんか?

無理なら無視してください。

6ヶ月前 No.38

Q&Q ★wxlwYJvQs2_fud

>>38 子供の頃ということで、いつ頃か特定するのは難しいですが、
平成に入った頃かも知れません・・・自信はありませんが・・・

6ヶ月前 No.39

もちゃ20 ★4lMhcqSYIs_g5X

ちょうど30年ほど前ですね。
かなり最近になって広く言われるようになったのですね。

6ヶ月前 No.40

Q&Q ★1tc0mwSxaM_fud

>>40  私の子供の頃の記憶なので
信憑性はあまりないことをご承知ください。

6ヶ月前 No.41

Q&Q ★mSF5ffjGRR_fud

>>40 >かなり最近になって広く言われるようになったのですね。
私の子供の頃の記憶は食事の前の合掌のことです。
「いただきます」は、 >>35 が私の推測です。

6ヶ月前 No.42

dummy @oscar ★iPhone=Ni153b2Efq

食事の前の合掌は昭和の頃にも見受けられます。

古い映画やドラマの食事のシーンで見た記憶がありますから、ごく最近の習慣ということではなさそうです。

映像で時代を遡るのは限界がありますからあとは文献に頼るしかないのですが、食事の前の合掌がもし仮に戦後の習慣であれば、それはGHQの戦後の教育改革と関係があるかもしれないという推論もできそうです。

キリスト教信者は食事の前に神にお祈りを捧げますが、日本は神を信じないから間違った戦争を始めるのだと考えたとしたら、そしてその意を受けた日本人が日本人にあった作法を学校教育で普及させようとしたら、キリスト教信者の祈りのポーズに対して日本は仏教に由来する合掌を取り入れたと考えるのは不自然ではないでしょう。

同様に食事の前の合掌が明治以降の習慣だとしても、明治政府が西洋の文化を取り入れて西洋に並ぶ文化のある日本をアピールするためにキリスト教に対して仏教由来の合掌を取り入れて、食事の際の礼儀作法を整え国際社会に通用する文明国に日本をしようとしたと考えるのも、政治機構や法体系や建築やファッションまで西洋文化を取り入れて日本流に消化して普及させたことを考えると納得できることではないでしょうか。

しかしそれもあくまで推論ですから、それを裏付ける資料を探してみるのもこういう議論で知見を広げる楽しさでもあります。

何か面白いものが見つかれば情報交換しましょう。

6ヶ月前 No.43

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_KVu

いつから使うようになったかは聞いていないのですが、出典の根拠のない話で「いただきます」の由来として聞いたことがあるのは、「命(動植物問わず)を頂戴いたします」という意味だという説明でした。

だから、手を合わせるのだとも。

6ヶ月前 No.44

dummy @oscar ★iPhone=Ni153b2Efq

>>44

それだと仏教由来の合掌も説明が付きそうですね。

しかしそれでも疑問に残るのは、食事の後にも合掌して「ごちそうさま」と言うことです。

「いただきます」と「ごちそうさま」は互いにセットでなければ収まりが悪い気がします。

「いただきます」が「命を頂戴いたします」という意味の「戴きます」なら、「ごちそうさまでした」も「命を頂戴しました」という意味で「いただきました」と言うのが自然ではないかと思います。

「ごちそうさま」が「御馳走様」であるには作った人に対する感謝として発したもののはずです。

ということは、「いただきます」も料理を作った人に対して発する言葉であるのが自然な感じがするのですが如何でしょうか?

6ヶ月前 No.45

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_KVu

>>45

確かに、食べたあとには「ご馳走様」と言いますね。

「ご馳走様」の語源から考えると、食事を用意してくれた人への感謝の意ですもんね。


他のセット事例で考えてみました。

拝啓→敬具
いってきます→ただいま
こんにちは→さようなら

伝える相手は右と左で「同じ」ですね。


「いただきます」が「命に対して」なら、「ごちそうさま」も「命に対して」になるはずですが、そうなると、「馳走」は「食べた命」に対して使うのはおかしいですね 笑

6ヶ月前 No.46

□( □ω□ )□ ★KoaVx8nk2A_lvY

>>45
頂きます、ご馳走様は食の提供者に捧げるもの。

【食事を用意してくれた】人であり食事そのものである
@捕食される物(動物や植物)
A捕食されるものを一番最初に殺す者(漁師や牧場主)
B調理人(お前のカーちゃん)
C調理したものを提供する物(メッシー君)

>そうなると、「馳走」は「食べた命」に対して使うのはおかしいですね 笑


全然おかしくは無いぞ?笑

本来は@で使われるのだがむしが良すぎるのではないか?
【要するに無駄に生き物を食らい続けているが為に、感謝すれば自分は救われるという考え】
と考える珍しい考えの人がいて以後作法と呼ばれるA〜Cが生まれた。


本来は自分が生きるために犠牲となったものに対して使う言葉である

4ヶ月前 No.47

dummy @oscar ★iPhone=Ni153b2Efq

>>47

> 本来は@で使われるのだがむしが良すぎるのではないか?


「本来は〜」と書くのならそれが本来の用法である根拠を書いてから書かなければなりません。

何の根拠も示さずに「本来は〜」と決め付けることほど「むしが良すぎる」話はありませんね。

>【要するに無駄に生き物を食らい続けているが為に、感謝すれば自分は救われるという考え】

と考える珍しい考えの人がいて

これもそう。
それを示す根拠なり出典なりはあるんでしょうか?

その「珍しい考えの人」というのは史実としてあるのでしょうか?

>以後作法と呼ばれるA〜Cが生まれた。


もしかしてその「珍しい考えの人」というのはその作法を作った人のことですか?

ではその作法を生んだ人は誰なのでしょう?

それを示す資料は何なのでしょうか?

論理で導き出せることと事実として根拠を示さねばならないことは峻別すべきです。

脳内だけで考えていいのは論理で導き出せることだけですよ。

>本来は自分が生きるために犠牲となったものに対して使う言葉である


その根拠は?

決め付けだけで何の根拠も示さないのはW全然おかしいぞ?笑W

4ヶ月前 No.48

ゆみ @yumicoco ★Dj4nhDoQCH_1dE

キリスト教・仏教で食事とは…「神や仏から人に与えられる恵み」なのだそうです。
神道で食事とは…「神様の命の一部を分け与えられること」なのだそうです。

似ているようで実は違いますね。

ところで全く関係ないかもしれませんが、牛などの家畜動物は、
人間が食用にしたことで繁殖できて今も絶滅せずに生き残っているそうです。

皮肉ですね。食べられるために生かされる。

でも人間が食用にしていなかったらとっくに絶滅していたのだから
家畜にとってどの生き方が1番いいのでしょうね。
(家畜の話に関しては、余談なのでレスポンスは不要です)

4ヶ月前 No.49

\\\\□( &☆smPEvi6zpKc ★NMe6WxkmvN_hYg

>>49
一度人間が捕食側に回ればいやでもわかる事です

>「本来は〜」と書くのならそれが本来の用法である根拠を書いてから書かなければなりません。

>【食事を用意してくれた】人であり食事そのものである

>@捕食される物(動物や植物)

ヒンズー教とか仏教はそうなのだわ

それでもって虫のいい考え方したのがキリスト教

>キリスト教・仏教で食事とは…「神や仏から人に与えられる恵み」なのだそうです。

神道で食事とは…「神様の命の一部を分け与えられること」なのだそうです。

キリスト教だとアイツを葬ることは神が許すと言えば正義になるようなおかしな宗教だからな

3ヶ月前 No.50

ななし ★Tablet=yFrJoxCsCU

「行ってきます」。むかしは「行ってまいります」しか聞いたことがない。また「よろしくお願いいたします」の氾濫。非正規社員、アルバイトなどが普通になったので? むかし、私は正月にだけ。それも「よろしくどうぞ」とか。

18日前 No.51

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