Google
    
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▼レス(182) >>

続き、だから私は死刑に反対する

 ( 議論掲示板 )
- アクセス(734) - いいね!(0)

嫌われ霊夢と嫌われ魔理沙 ★fofH1MgenE_keJ

続・だから私は死刑に反対する  ( 議論掲示板 ) - アクセス(4588) - -
ふんにゃ @sorairono ★HEPy1c8DtF_gaI
凶悪事件のニュースは表面しか伝えないけど、
「この人、なんでこんなことしちゃったんだろ」

と、思う時がある。
私は、犯罪者を理解したい、と思うことがあるらしい。

犯罪者を理解する必要はない、という人もいるだろう。
凶悪犯なら、さっさと死刑にしてしまえばよい。
そうね。犯罪者を理解する必要がないなら、簡単に死刑を支持できるかも。

だけれども、

人間は、環境を選んで生まれるわけじゃない。
育つ環境が違えば、今の私の人格・考え方、も違ってたはずだ。
私が犯罪者の環境に育ったとして、そこで犯罪を犯すか否か、と「今の違った人格の私」が考えてもしゃーないことだ。

世の中にはいろんな人間がいる。男もいれば女もいる。
容姿端麗な奴、ブサイクな奴。価値観・考え方の違う奴。

国民の圧倒的多数の支持のもと、大通りを堂々と歩く死刑存置派もいれば、
少数派であるがゆえに、路地裏で石をぶつけられながら、惨めに座り込む廃止派もいる(ノ_・。)

そして、犯罪者になる奴もいれば、ならない奴もいる。

いろいろな人間を知ることは、人間を知ることだ。
犯罪者を理解するということは、人間を理解することでもある。
少しでも理解すれば、簡単に、死刑になれ、とは言えなくなる気がする。
そういう人は死刑廃止派になるかもね。


それから、


景気が悪くなると犯罪が多くなる。

もちろん、犯罪者が責任を逃れることはできないのだが、
犯罪の背景に社会的側面があることを無視することもできない。
犯罪を知ることは社会を知ることでもあるのだ。


犯罪者を理解する必要がないのなら、凶悪犯は簡単に死刑にできる。
反社会的凶悪犯だから抹殺しました。あとは、忘れてしまいましょ。
そうして、死刑に賛成するのだろうな。

でも、それって「臭いものに蓋」ってやつなんじゃないのか?

犯罪者を知ることは人間を知ることである。
犯罪を知ることは社会を知ることでもある。
人間を知り、社会を知れば、我々が為さねばならぬことも見えてくるだろう。

犯罪者を死刑にして「はいおしまい」では、
我々が本当に考えなければならないことを考えない「思考停止」にも見えるのだ。

(と、路地裏の廃止派として考えたのだった)


・・・なんてな(*/∇\*) キャ

ページ: 1 2 3

 
 
↑前のページ (132件) | 最新ページ

終末 ★fDRK1HYmt2_keJ

まぁ、人を殺してはいけない理由は?と言われたらないのは確かよ
ただ動物だって基本的には殺さずに済むなら殺さない方が精神衛生上も良いと思うけど
畜産的な関係が成り立つのはそこに意図的に断絶を築いてるからだしね
(カニバリズムは悪いかって言われても、いや別に、って論者なので、
 どっちかって言うと死刑を私刑にしないのがそう言う意味では欺瞞的ですらある)

まぁ、殺し合いたいかって言うと私はNOだし、犯罪者はクズだからだよとか敵かって言われたら、
順番的に言えば敵対したのは制度維持の側って可能性は少なくないからなぁ、と言う感じ

1ヶ月前 No.133

甚六 @migime☆N.KB19nHQU5L ★iNJBiOPyDg_khR

>>131
あれ?そういうこと?
法律で禁止していることを実行することがダメな理由について話してたの?
それだと、なぜ法律が必要なのかって話になりそうだけど、合ってる?
なんか自信が無くなってきた。

1ヶ月前 No.134

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

>>130

あと、 >>117

>単純に理屈のみでいけば、「人が人を殺してはいけない」のですから、死刑制度もあってはならないと思います。

って言ってるじゃん。

だから「人が人を殺してはいけない」根拠を述べなきゃ意味ないよって言ってるの。道徳の基礎付けに関する質問だね。

「殺人だから」以外に理由を挙げてる人にはその必要はないから私の問いを無視してねって言ったの。

1ヶ月前 No.135

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

>>132

>あまり人間を尊ばないほうが良いですよ。


これの主語は?モノポリーはあまり人間を尊ばないほうが良いって言ったんじゃないの?

そう思ったから、ああ、この人は私がそう思っていると思っているなって思ったから訂正しただけ。

皮肉のつもりだったのか・・・。気が付かなかったよ。嫌味かと思った。

1ヶ月前 No.136

甚六 @migime☆N.KB19nHQU5L ★iNJBiOPyDg_khR

>>135
そういうことか!
「そうだね。 >>117 を念頭に書いているから、「殺人だから」以外にも理由を挙げている人は無視すればいいね。」の文の意味がやっと分かったわ。

であれば、やっぱり主語に「死刑廃止論者」を使うべきではなかったね。
もしくは、「人が人を殺してはいけない」のみを理由にしている死刑廃止論者は・・・と書くべきだったかな。

私も死刑廃止論者だし、ここにコメントしてる人間だからね。ノーヒントで「あ、私は対象外だな」とは察せないよ。

1ヶ月前 No.137

甚六 @migime☆N.KB19nHQU5L ★iNJBiOPyDg_khR

>>136
主語はモノポリーさんで合ってるよ。
皮肉と嫌味なんて、遠回しに言うか直接言うかの違いだから、気付かなかったんなら「皮肉」だよw

1ヶ月前 No.138

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

>>134

>それだと、なぜ法律が必要なのかって話になりそうだけど、合ってる?

なぜここまで論点が次から次へと飛躍するのか、人生で最高に驚嘆してる。合ってないよ。

何度も言うけど、「人が人を殺してはいけない」という理由で死刑に反対するなら、その理由の根拠が必要でしょって言ってる。

その根拠として違法だからって言っても無限後退にしかならないよって。なんで違法なのって。

>殺人が違法な理由は「殺人だから」の一点でしょ。

これはトートロジーでしかないから、根拠づけとしては一歩も前に進んでない。むしろ殺人はダメだから殺人は違法なんだよってことが順番。

なぜか基礎付けの話になると「必要か」の論点に飛躍する人が多いけど、なんで?

法律の根拠を問うことと、法律の必要性を問うことがなぜ同一視できるのか?

1ヶ月前 No.139

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

>>138

???

>皮肉と嫌味なんて、遠回しに言うか直接言うかの違いだから


皮肉=遠まわし、嫌味=直接言うって言ってんじゃん。

でも、モノポリーがこう思ってるって直接的に言ってるじゃん。主語が「高貴な人」とか「誰かさん」なら遠まわしに言ってるなって思うけど。ああ。「モノポリー」=「高貴な人(誰かさん)」ってことだな、コノヤローって。

直接なら、嫌味でしょ。

じゃなくて皮肉=「相手が気づかない(遠まわし)」、嫌味=「相手が気づく(直接)」っていうなら皮肉だね。気づかなかったから。
でも、じゃあなんで発話者の発言の趣旨が聞き手の解釈によって決まるのかって意味論的な困難が生じるけど。

皮肉のつもりで言ったことを、相手が気づかなかったから皮肉だね!これが有意味なら「皮肉のつもりで言う」っていう言語行為の趣旨が発話者にしかわからないじゃん。アイロニックマスタベーションだね。あるいは、聞き手は皮肉を言われたってことに気づいちゃいけないってことが文法規則になってしまう、と言った方が分かりやすいか。聞き手が皮肉だと気付いてしまったら嫌味になっちゃうんだから。

むしろそのような場合は、皮肉の言い方が下手で相手を直接悪く言っちゃった(嫌味になった)と言うほうが自然じゃないか。

あるいは単に皮肉じゃなくて「誤解を与えた」って言えばいい。

ごめんね。細かいことにうるさくて。皮肉だったっていうならそれでいいよ。私個人では失敗してると思うことにするから。

1ヶ月前 No.140

甚六 @migime☆N.KB19nHQU5L ★iNJBiOPyDg_khR

>>139
ごめん。『殺人が違法な理由は「殺人だから」の一点でしょ。』の「殺人だから」はコメントの論理の象徴として持ってきただけなんだ。だから括弧で括ってるんだ。
本当にそのまま「殺人は殺人だから殺人罪だ!」みたいな暴論を言ってるつもりじゃなかった。

殺人が違法なのは殺人がダメだと決めた誰かがいるってことだから、ダメって決めた人に聞こうぜ。って言いたかった。
そもそも私は、殺人がダメだから死刑廃止という論理では考えてないから、あまり首突っ込まない方がいいかもだけどね。

法律の根拠と法律の必要性って、言葉の使い方の問題であって中身はほぼ同一ではないの?(ここら辺は知識無いので純粋な質問なんだけど。)

1ヶ月前 No.141

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

>>137

>死刑はダメだよ!だって人を殺しちゃダメなんだから!

>死刑廃止論者は何よりもまず「人を殺しちゃダメ」な理由を言わきゃ。

後の文は、当然前の文の発話者に対するものだ。じゃあ、死刑廃止論者=前の文の発話者だと思うのが自然じゃないの?

日本語はあいまいだっていうけど(英語なら死刑廃止論者にTheが付くからわかりやすいね)、単に文脈とか行間を読むってことが出来ないだけの場合も多いぞ。

「すべての死刑廃止論者」って書いたなら私が悪いけど、書いてないし。まあ、「この」とか「その」とは書いてもよかったけど、無くてもわかるやろって思うやん?

>もしくは、「人が人を殺してはいけない」のみを理由にしている死刑廃止論者は・・・と書くべきだったかな。

ここまでせなあかんの?

1ヶ月前 No.142

甚六 @migime☆N.KB19nHQU5L ★iNJBiOPyDg_khR

>>140
遠回しとか直接っていうのは、発言相手のことでは無くて文脈のことで合ってるよ。
モノポリーさん言った「人間様は高貴だね。だって○○だろ。」っていう『皮肉』が分かってたからこそ
「高貴じゃないぜ。だって○○だろ」ってそのまま乗っかったんだけど、ダメか。ごめん。

細かい指摘は歓迎だから気にしないでいいよ。
議論なんだから、根拠のある指摘は価値があると思ってる。

1ヶ月前 No.143

甚六 @migime☆N.KB19nHQU5L ★iNJBiOPyDg_khR

>>142
>>もしくは、「人が人を殺してはいけない」のみを理由にしている死刑廃止論者は・・・と書くべきだったかな。
>ここまでせなあかんの?

「死刑廃止論者」っていう言葉で相手を指定したいならそうだろ。
実際に引っかかってるのは死刑廃止のほうじゃなくて、その理由の方だったんでしょ。それならそれを明記すべきじゃないか?
殺人がダメな理由が薄弱だから死刑廃止の唯一の理由としては弱い、みたいなのがモノポリーさんの思考の背景にあると思うんだけど、
それを言わずに結論に向けて相手を誘導したいわけでしょ?
モノポリーさんは自分の頭の中が分かるから話がつながってるだろうけど、他人から見たら遠回りで面倒だよ。

1ヶ月前 No.144

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

>>141

>法律の根拠と法律の必要性って、言葉の使い方の問題であって中身はほぼ同一ではないの?


これをマジで言ってるんなら、相当論理に疎いと言わざるを得ない。

前者と後者が「ほぼ同一」だと、ご自身がそう思われるのであれば、それを論理的に説明しなきゃ。(私は違うと考えてるからしないよ)
どこが同じで、どこが少しだけ違うのかと。

もし、ほぼ同一だから「同一視していい」という考えなら、はっきり言わせてもらえば論理的に稚拙すぎる。

私がなぜ違うと考えているかについて簡単に述べておく。

前者は後者の「必要な理由」になるが、その逆はありえない。「論点先取」になるから。

また、必要のあるものでも「根拠づけられないもの」もある。言語哲学にこれでもかというぐらい実例があるよ。

1ヶ月前 No.145

dummy @oscar ★iPhone=Ni153b2Efq

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

1ヶ月前 No.146

甚六 @migime☆N.KB19nHQU5L ★iNJBiOPyDg_khR

>>145
論理の世界だと「法律の根拠」と言えば何か特定の目的に関する根拠だっていう暗黙の了解があるってこと?
法律を定めるうえでの根拠とか法律を実行するための根拠とか、何か他に補完する情報が無いのであれば
単に法律の根拠だから、法律が国家に存在する理由のことでしょ?

法律の根拠
 国家が刑罰を公正に執行するために明文化したルールが必要だったから?

法律の必要性
 国家が刑罰を公正に執行するために明文化されたルールが必要だったから?

・・・いや、俺が無知サイドなのは分かってるから、間違ってるってのは分かるんだけど、答えは分からんわ。

1ヶ月前 No.147

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

>>144

もうどこから突っ込めばいいのか・・・。

>「死刑廃止論者」っていう言葉で相手を指定したいならそうだろ。

指定したいわけじゃないし。もう一度言うけど、当然そう読んでもらえると思ってたんだよ。文脈から。
そして、あなたはそうは読まなかった。それだけの話じゃん。誤解は解けたんだからめでたしでしょ?
ここまでせなあかんということがわかったから、今後は私が想像するような小学生にもわかるように書くよ。懇切丁寧にね。

>実際に引っかかってるのは死刑廃止のほうじゃなくて、その理由の方だったんでしょ。それならそれを明記すべきじゃないか?
>殺人がダメな理由が薄弱だから死刑廃止の唯一の理由としては弱い、みたいなのがモノポリーさんの思考の背景にあると思うんだけど、
>それを言わずに結論に向けて相手を誘導したいわけでしょ?

マジで意味が分からん。私は「人を殺しちゃダメ」な理由があるんでしょ?って聞いたんだよ。The死刑廃止論者に対してね(わかりやすいでしょ。あなたのことじゃないよ)。

特に

>殺人がダメな理由が薄弱だから死刑廃止の唯一の理由としては弱い、みたいなのがモノポリーさんの思考の背景にあると思うんだけど、

どっからの推論なんだよ?さっきから言ってるじゃん。勝手に飛躍しすぎだって。

死刑制度に反対する唯一の理由なんてあるの?そんな主張した?それでは弱いって言った?

☆次重要だからよく読んでよ!

死刑はダメだよ!だって人を殺しちゃダメなんだから!

死刑廃止論者は何よりもまず「人を殺しちゃダメ」な理由を言わきゃ。

死刑に反対する理由を一つ挙げた。それの理由(むしろ根拠)をもとめた。

それができれば、The死刑廃止論者(わかりやすいでしょ。あなたのことじゃないよ)は死刑に反対する根拠を得るだろうね。

これがすべてですよ。私の書いた文の意味は。変な藁人形は作らないでね。言ってないから。

1ヶ月前 No.148

甚六 @migime☆N.KB19nHQU5L ★iNJBiOPyDg_khR

ごめん、たしかに思考の背景の話は飛躍し過ぎた。
ただ、誘導しようとしてるけど、誘導先は教えてくれなくてやきもきするっていうのが嫌だった。
「それができれば、死刑に反対する根拠を得るだろうね。」という着地点があるんだから最初にそれが目的だよ、って言ってくれよって話。
どこに向かって進んでるか分からないまま(モノポリーさんが最終的に何を言いたいのか分からないまま)進むのはストレスだったんだよ。
(そもそも俺に対してじゃなかったからいいけどさ。)

1ヶ月前 No.149

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

1ヶ月前 No.150

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

>>149

>「それができれば、死刑に反対する根拠を得るだろうね。」という着地点があるんだから最初にそれが目的だよ、って言ってくれよって話。

>どこに向かって進んでるか分からないまま(モノポリーさんが最終的に何を言いたいのか分からないまま)進むのはストレスだったんだよ。


根本的なというか議論に臨む姿勢の問題だから丁寧に言いますが、目的だとか着地点だとか最終的に言いたいことなんてものが議論に必要なのでしょうか?少なくとも私はそう思いません。というよりも、最終的に言いたいことなんて考えたこともないです。(思いつきの発想から、どのように進んでいくのだろうかと思考を巡らせるときこそ、ワクワクしませんか?)

どう転ぶかわからないのが議論の醍醐味だと考えます。相手はなんて言うだろう?そうきたか!間違ってたよ(泣)。これはいい指摘だ!そんな風だから楽しいのだと。

私自身は死刑に反対する持論も賛成する持論も両方持っています。だからこそ、自説に固執することなく自由に議論ができると思うからです。

なぜ、議論の前から強固な防御陣地を築いて「ここから一歩も出ない!」と決意する必要があるのでしょうか。相手の議論に打ち負かされるっていうのは、その防御陣地を明け渡すことですか?ならば、どこから攻撃されるかわからないのはなるほどストレスでしょう。

私は、むしろ自説を覆す気がないのに議論に参加している人に出会うことがストレスです。自分の意見はこう!反論は聞きたくない!みたいなね。

だからこそ、私は夢遊病者のように問題の周りをさまようのです。ストレスを避けながら。

とりわけ、私の方法は「書きながら考える」ので、投稿した瞬間に反対の立場から意見を言うことも多いです。それを矛盾していると言われるならば、私は論述に正当性を望むが、一貫性は必要ないと答えます。私は今正しいと思ったことを言っただけだ、結論は議論の先あるだろう、と。

1ヶ月前 No.151

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

1ヶ月前 No.152

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

さて、気を取り直して次の論述をば。

死刑廃止論の立場から「死刑制度」の廃止について私見を述べていこう。

私の立場は「功利主義」です。死刑制度は功利の原則に反しているが故に否定されるべきだと考えます。

ついでに、「刑法制度」についても、功利の原則に従って改定されるべきだと考えます。

1ヶ月前 No.153

甚六 @migime☆N.KB19nHQU5L ★iNJBiOPyDg_khR

>>150
「法律の根拠を問うことと、法律の必要性を問うことがなぜ同一視できるのか?」という話から
モノポリーさん自身である程度、法律の根拠と法律の必要性について定義できているものと
思っています。
しかし、私自身の答えは結局同一になってしまったので、モノポリーさんが知っている答えの
条件を満たせなかったです。

無知だから議論するという話は、私もそうだと思っています。
なので、議論の中に今時点でモノポリーさんが考えている答えを示してほしいです。
結局、法律の根拠と法律の必要性について、モノポリーさんの考えは教えてもらえないのでしょうか?


>>151
議論に関する考え方には私も全面的に賛同します。

ただ、私が求めたのは議論の着地点ではなく、モノポリーさんの問いかけに対する着地点です。
対面による議論であればその手法でもスムーズに話が進むと思いますが、掲示板形式で議論するのであれば
その問いの意図を一緒に伝えてほしいと感じた次第です。
やり取りをしてきて、モノポリーさんがロジカルで博識であることは何となく感じましたが、
モノポリーさんが頭で描いている構想を表に出さずに質問だけしているので、質問される側は
ただ尋問を受けているようにしか感じません。
論理の飛躍は、そうしたモノポリーさんの意図をこちらで埋めようとした時に発生しているのではないですか?

1ヶ月前 No.154

甚六 @migime☆N.KB19nHQU5L ★iNJBiOPyDg_khR

>>154
最後の行の「論理の飛躍は、そうしたモノポリーさんの意図をこちらで埋めようとした時に発生しているのではないですか?」は不要でしたね。
無かったものとして、訂正させて下さい。

1ヶ月前 No.155

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

>>154

お答えいたします。

考えながら書きますので、不備があれば喜んで批判を受け入れます。

書き始めて思ったのですが、かな〜り長くなります。ご了承を。とりあえずこれだけ先に伝えておきます。次以降内容を。

(あと「博識」とか言ってヨイショしても何も出ませんよw)

1ヶ月前 No.156

甚六 @migime☆N.KB19nHQU5L ★iNJBiOPyDg_khR

>>156
ありがとうございます。

>>153
死刑制度が功利主義に反しているという論理の具体的な話も、この後記述する予定と思ってお待ちしています。

1ヶ月前 No.157

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

>>154,155

最初に >>154 の後半部分に関するコメントを。

私の論述方法について、このスタイルは私の敬愛する「ウィトゲンシュタイン」の影響です。学生時代、彼の著作を読み耽りましたのでそういう風に考える癖がついてしまっています。
一度ウィトゲンシュタインでググってみてください。私が如何に彼の影響を受けているか見て取れるはずです。ああ、ウィトゲンシュタインの劣化コピーじゃんって。身の程を知れって。

尋問については、そう取られても仕方ないでしょう。私自身が私自身に対して尋問形式で考えているのですから。お前はそう考えるのか。よし、その根拠は?反対にこうは言えないか?ってなことを自分の中で延々やるわけですから、当然尋問ですね。おそらく、この方法が一番深く、広範的に問題を掘り下げられると思っています。自説に固執して視野を狭めてしまうよりは。確証バイアスとか言うんでしょう。見たいものしか見ないのは。

この方法が誤解を与えやすいとは理解していますが、それでもなお変えないのは、議論相手にも私と同じ問いを一度は考えてみてほしいから。尋問されれば答えずにはいられないでしょうが、(すでに持っている答えでもって)答える前に自分の頭で考えてほしいのです(誰かの意見を引用するんじゃダメだよ)。しかも、できれば肯定と否定の両方を。その考えをもとに議論すればいいじゃんって思うのです。誤解もその都度訂正していけばよいのだし、誤解をし得るってのは新たな発見にもつながるから。

詰まるところ、慣れてくださいとお願いするしかありません。答えや意図が分からなくて当然だと思えばストレスも減るでしょう。だって、まだ議論や考察の道すがらにいるのだから。

>>155

訂正する必要もありませんし、ありがたいご指摘だと思いますから、思ったことはどんどん書いていきましょうよ。というよりも書いてくださいよ。
私は、論点の飛躍だと何度も批判しましたが、本心としては、その論点の間の隙間を埋めていく覚悟があればどんどん飛躍させるべきだと思います。論点がつながれば立派な論証になり得るのだから。

例えば、ウィトゲンシュタインは『論理哲学論考』でこう述べます。

 独我論を徹底すると純粋な実在論と一致する

一見すると、独我論と実在論を同一視するというとんでもない飛躍があるように見えます。しかし、彼はそれを論証して見せたのです。成功か失敗かについては未だに考察に値する価値があります。

1ヶ月前 No.158

嫌われ霊夢と嫌われ魔理沙 ★fofH1MgenE_keJ

> >>157



結論
現在、功利主義は批判がものすごく多く、だれも採用していない

『騙されないように』

1ヶ月前 No.159

終末 ★fDRK1HYmt2_keJ

功利主義は功利主義で良いのですが、どの次元と階層で扱うか?と言うのは功利主義でも分かれてますね
功利主義を推し進めた結果、そもそも子供を残すのが犯罪だって意見を言う人もいますしね

1ヶ月前 No.160

甚六 @migime☆N.KB19nHQU5L ★iNJBiOPyDg_khR

>>158
そういった思考の背景が見えると、同じ質問でも咀嚼しやすくなるかもしれませんね。慣れるように試みてみます。
何が訊きたいのか理解できない時は、また訊くかもしれませんが、付き合って下さい。

>>159
私はそもそも"主義"に関して、考え方を上手くまとめてある個人の好み、ぐらいの認識しかありません。
なので、主義に対して安易に正しいとか間違っているといった判定はできないと思っています。
騙されているかどうかは、話の中身を聞いてから判断したいです。

1ヶ月前 No.161

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

>>154

法律の根拠と法律の必要性について

ある法律が必要かどうかについて、私たちはその根拠を示すことが出来る。

例えば、窃盗罪は必要である。なぜなら所有権を守るために。逆に、窃盗罪は不必要である。なぜならすべては共有物だから。

例えば、殺人罪は必要である。なぜなら人の命を守るために。逆に、殺人罪は不必要である。なぜなら自分を殺す自由があるのと同様に他人も殺す自由があるから。

どの論証においても(その論証が仮に論理的である場合は)、根拠の方を受け入れるのであれば、当然必要か否かの結論についても受け入れなければならない。

所有権が必要だと考えている人は、当然窃盗罪も必要だと考えているだろう。

このことをもって、根拠と必要性は「ほぼ同一」だと言えるか?

確かに根拠の方を否定すれば、結論としての必要性についても否定されるようにも見える。(つまり、ほぼ同一)

所有権を守らなくてもいいと考える人、言い換えれば、物を盗むこと(所有権の侵害とか否定)が法律によって禁止されている理由(法律の根拠)を受け入れない人は窃盗罪を必要(法律が必要)とは考えないであろうから。

おそらく、

>法律で禁止していることを実行することがダメな理由について話してたの?
>それだと、なぜ法律が必要なのかって話になりそうだけど、合ってる?

この文で言いたいことは上述のような意味で言われたのだと思う。つまり根拠を問えば、必要性も同時に(一緒に)問われる。

ここまでが、

>法律の根拠と法律の必要性って、言葉の使い方の問題であって中身はほぼ同一ではないの?

という部分に対する私の解釈です。これをもとに、私の見解を述べたいと思います。

続く

1ヶ月前 No.162

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

>>162

書いた後で気づいたが、違うな。

要は、

どうして人を殺しちゃいけないの?(人を殺しちゃダメな理由に対する問い)≒どうして殺人罪が必要なの?(人を殺しちゃダメと言う法律が必要かという問い)

これが「ほぼ同一」だって言っているのか!

なるほど、考えもしなかったよ。

1ヶ月前 No.163

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

>>163 の続き

どうして人を殺しちゃいけないの?(人を殺しちゃダメな理由に対する問い)≒どうして殺人罪が必要なの?(人を殺しちゃダメと言う法律が必要かという問い)

この二つの問いが「同一」でないことは簡単に説明できる。私の意見というよりも、プラトンの著書である『国家』のなかで、グラウコンという人物がこの二つの違いを精彩に描写している。以下引用。

 人々はこう主張するのです。―――自然本来のあり方からいえば、人に不正を加えることは善(利)、自分が不正を受けることは悪(害)であるが、ただどちらかといえば、自分が不正を受けることによってこうむる悪(害)のほうが、人に不正を加えることによって得る善(利)よりも大きい。そこで、人間たちがお互いに不正を加えたり受けたりし合って、その両方を経験してみると、一方を避け他方を得るだけの力のない連中は、不正を加えることも受けることもないように互いに契約を結んでおくのが、得策であると考えるようになる。このことからして、人々は法律を制定し、お互いの間の契約を結ぶということを始めた。そして法の命ずる事柄を『合法的』であり『正しいこと』であると呼ぶようになった。
 これがすなわち、〈正義〉なるものの起源であり、その本性である。つまり〈正義〉とは、不正をはたらきながら罰を受けないという最善のことと、不正な仕打ちを受けながら仕返しをする能力がないという最悪のこととの、中間的な妥協なのである。これら両者の中間にある〈正しいこと〉が歓迎されるのは、けっして積極的な善としてではなく、不正をはたらくだけの力がないから尊重されるというだけのことである。げんに、それをなしうる能力のある者、真の男子ならば、不正を加えることも受けることもしないという契約など、けっして誰とも結ぼうとはしないだろう。そんなことをするのは、気違い沙汰であろうから。

引用終わり。

次にグラウコンはリュディアの人ギュゲスの先祖〔同名のギュゲス〕が見つけた指輪を使った思考実験を通して次のように述べます。(その指輪は一般に「ギュゲスの指輪」と呼ばれ、そうなりたいときに人から見えない体になれる魔法の指輪、つまり悪事をしてもけっして露見しないようになれる魔法の指輪のことです)以下引用。

 さて、かりにこのような指輪が二つあったとして、その一つを正しい人が、他の一つを不正な人が、はめるとしてみましょう。それでもなお正義のうちにとどまって、あくまでも他人のものに手をつけずに控えているほど、鋼鉄のように志操堅固な者など、ひとりもいまいと思われましょう。市場から何でも好きなものを、何おそれることもなく取ってくることもできるし、家に入りこんで、誰とでも好きな者と交わることもできるし、これと思う人々を殺したり、縛めから解放したりすることもできるし、その他何ごとにつけても、人間たちのなかで神さまのように振舞えるというのに!

引用終わり。

このグラウコンの主張を読めば、先の二つの問いが全く異なるカテゴリーのものであることは明白でしょう。

ギュゲスの指輪を持つ者は、前者の問いには「殺しちゃダメな理由が無い」と答え、後者の問いには「殺人罪は必要だ」と答える。当たり前でしょ?

法律と道徳は、道徳が法律を常に根拠づけるように見えたとしても、まったく別のものであるということを理解しておかないと倫理学なんて出来やしませんよ。

私がこれまで出会った人の中にも、倫理的な問題を法律で解決しようとする浅慮で盲目で未開で醜悪な、あるいは衒学的、護教論的な、およそ学問を志す資格のないような人たちがいましたが、そのような人に出会うたび、私はストレスを感じずにはいられないのです。完全に余談ですけど、そういう人にはなってほしくありませんので、あえて書かせていただきました。

先にも述べましたが、批判があれば是非お願いいたします。

参考文献:プラトン著、藤沢令雄夫訳、『国家(上)』、岩波文庫

1ヶ月前 No.164

みたのしきま ★q3tWng5BEh_732

法律には、「人を殺してはならない」という規定はありません。


刑法第199条には、人を殺したるもの死刑又は無期等と規定があるだけです。

それ以上の罰は禁止なのです。例えば連座制。

しかも、死刑執行方法にはきちんと規定がありますので、監獄内で、交罪器械式で絞首

それ以外の方法で死に至らしめたならば死刑囚に対する殺人罪になります。

即ち、刑法等は国家刑罰権に対する、規制なのです。

1ヶ月前 No.165

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

むしろカントの定言命法を利用したほうが分かりやすかったかもしれない。

法律とか道徳は「定言」的であると解釈できる。実際には違うが、細かい話は置いておく。要は普遍的に妥当し、特殊な場合にはそれをしてもいいよなんて基本言わない。人のものを盗んではいけないのは、窃盗が普遍化できない(自分の所有権を放棄できない)からだって言うわけだ。

しかし、例えばプルードン主義者のように所有権の存在自体を否定している者にとっては、そもそも私的所有そのものが盗みなのである。
つまり、私的所有こそが普遍化不可能であるとして、所有をしてはならないという「定言命法」もまた可能である、と言うわけだ。

ヘーゲルは『法権利の哲学』のなかで、次のように述べます。

 所有権が存在し、人間の生命が尊重されるべきだということがすでに他の根拠に基づいて確立され、もし前提されているならば、盗みや殺人を犯すことは実際に一つの矛盾である。そもそも矛盾というものは、何ものかに対する矛盾でなければならない。つまり、確固たる原理として最初から前提された何らかの内容との矛盾でなければならないのである。

つまり、所有権を「確固たる原理として最初から前提」しておいて、窃盗罪を正当化するだけでは不十分である。
言い換えれば、所有であれ、生命の尊重であれ、それの存在を前提にして、それと矛盾するかどうかを考えるだけでは足りない。
(「確固たる原理として最初から前提」して、その前提の下で法律の必要性を問うこと)

倫理学説は、その「確固たる原理として最初から前提された何らかの内容」、つまり所有権とか、プルードン主義とか、生命の尊重とかいう社会規範そのものがなぜ存在すべきなのかについても考えなければならない。
(「確固たる原理として最初から前提された何らかの内容」そのものが、なぜ存在すべきなのかという根拠を問うこと)

この二つの問いは、決して同じレベルで為されるのではないということが理解できると思います。

1ヶ月前 No.166

終末 ★iPhone=XIg6BiPTLV

倫理は理念、法律は迎合的、表面的な現実、と言う感じですかね?

1ヶ月前 No.167

終末 ★iPhone=XIg6BiPTLV

法律は理念に出来る限り合わせるべき、と言うタイプの人も「同じ」と取る事がある気もしますが、如何でしょうか?
まあ、社会的理念と個人的理念の違いかも知れませんが…

1ヶ月前 No.168

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

>>165

いつ私が「刑法第199条」の話をしたのでしょうか?

人を殺しちゃダメと言う法律とは言いましたが、例えばそれが日本の「刑法第199条」のことだって言いました?覚えがないけど・・・。言ってたらごめんなさい。

私は意図的に個別具体的な法律には触れずに論述しています。というよりも実際の法律がどうかなんて論旨じゃないから。

きわめて抽象的な議論でもって法律一般の根拠や必要性の違いについて述べているのであるから、日本の法律の解釈として間違っていると言われても、そりゃそうだ、だって日本の法律の話なんてしてないもん、としか言えません。

申し訳ありませんが、日本の法律について具体的な議論をしたければ、他を当たってください。

1ヶ月前 No.169

みたのしきま ★q3tWng5BEh_732

法律は、規制の目的と目的達成のための手段の相当性により規制されています。

さもないと、基本的人権が無意味になってしまうからです。

昔は、

法律は、天皇の主権者の命令でしたから、フリーハンドで臣民は従属しなければならなかったのです。

故に、おかしな目的のための法律命令とか、目的は正当ですが手段が過剰でやりたい放題とか!?

1ヶ月前 No.170

終末 ★iPhone=XIg6BiPTLV

だから、あなたの考える基本的人権とその正当性について語ると良いんじゃないでしょうか?

1ヶ月前 No.171

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

>>167,168

何かものすごく重要なご指摘をいただいているような気がするのですが、私の理解力が低いせいで何を仰っているのか理解できません(泣)

今現時点で持てる私のすべての理解力をもってコメントしますが、おそらく的外れなものになるでしょう。先に謝っておきます。馬鹿で申し訳ありません。

>倫理は理念、法律は迎合的、表面的な現実、と言う感じですかね?

倫理は理念、かと言われれば、難しいところだと思います。

私は倫理とか道徳はホッブズが指摘したような「自然状態」からの脱出ルートのようなものと考えています。(ただ、私の意見では、自然状態とは歴史的事実ではありませんが・・・。)
※子供から大人になるためのルートとも言えます。
それは、社会契約説もルートの一つだし、義務論も、功利主義も、あるいは、倫理学を一度も学んだことがないような、一般的な教育(両親や学校の)によってもたらされる一般常識でもそうです。これが「理念」かと問われれば、そう言っても間違いではなさそうではあります。

ただむしろ、倫理というよりも「倫理観」と言った方がよいでしょうが、物心ついたときには既に「持ってしまっている」ような、「自分の意思による選択で選び取ったわけではない」ような、直感とか感性が望ましいと思う「考え方の集合」のようなものでしょう。

>法律は迎合的、表面的な現実

その各々の倫理を持つ権力者たちが作り上げ、守ってきたものが「法律」か?よくわかりません・・・。
民主主義の時代になってからは、大衆倫理に「迎合的」な法律が出来やすくなっているのかもしれません。(法律の専門家ではないのでわかりませんが・・・。)

>法律は理念に出来る限り合わせるべき、と言うタイプの人も「同じ」と取る事がある気もしますが、如何でしょうか?

基本的に、人間は理念よりも法律を重視することはありません。
例えばペットの死を不快に思う人が、法律で殺処分が合法だとしても、そのことで殺処分を「望ましい」ものだと言うようにはならないでしょう。

あくまでも、理念(倫理)の方に「法律が従属する」のだと思います。

であれば、例えば功利主義者が社会的に何の利益や選好充足ももたらさない死刑制度に反対する理由も理解できます。彼らは功利主義という「理念」に基づいて、「死刑囚」を社会的に有効活用する「法律」を求めるはずです。

その是非を問うのが政治学や倫理学の存在意義ではないでしょうか?

解答になっていなかったらごめんなさい。

1ヶ月前 No.172

終末 ★iPhone=XIg6BiPTLV

無自覚に意図的なのかなんなのか、割と目立つ感じで何名かレイヤーを過度にごちゃごちゃさせて来る人が居ますね
最初から複数のレイヤーで別々の話をしたいなら別として、
倫理の話をしてるのに法律を原理的根拠に持ち出すけど、
自分の中での法律と倫理の関係については明確にする事を避けるとか

1ヶ月前 No.173

終末 ★iPhone=XIg6BiPTLV

すいませんすぐ上のはモノポリーさんの返信に向けて言った話ではないです
連投出来ると思ったら合間に返信が入ってしまったわ!!

1ヶ月前 No.174


モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

1ヶ月前 No.176

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

結局のところ、倫理的にも、法律的にも、何一つ「正しいこと」がなされなかったのではないか?

それとも君は・・・。

1ヶ月前 No.177

終末 ★fDRK1HYmt2_keJ

>>172
うーん、自分で選びとっても多くの場合は最後はその「選んでいない物」に行き着く気はします
例えば所有権については原理主義の方は少なくない数が「倫理観」を根拠として持ち出しますが、
如何に多くの人が「現行の所有制の無謬」に違和感を感じる事例があるか、と言うのは余り気にされません
それに気が付いて理論を精査していくと、どうしても新たな「中心的価値」または「所有とはどういう前提により成り立つ物か」と言う形で理論を「新たに」します
しかし、そう言うのは「選んでいる」と言うよりは「気付きと再構築」ではあっても「選択」ではなかったりします
そしてその様な理論の再構築の結果「倫理観」すら逆に変わってしまいます
今までは「中心」として「所有権と別の何か」の二つだったものが「別の一つ」に統合される訳ですからね
何と言うか、言語化の難しい「理論」が「倫理観」で言語化に近い物は「倫理」なら、違いはなんとなく分かる気はがするのですが如何でしょう?

法律の迎合性や表面性については、次にあなた自身が仰ってるような、
「あくまでも、理念(倫理)の方に「法律が従属する」のだと思います。」と言う性質から見て見れば
法律と言うのは背景に経済観や人間観の絡む物であり、それらの複合的表出に過ぎません
しかし、法律を考える時に、余りその様な経済観や人間観に言及され、考え直される事は少ないので、
その様に「何か当たり前とされてしまっている事を無自覚に前提としてしまう事」を「迎合的・表面的な現実主義」と言った物です

最後については
あくまでも、理念(倫理)の方に「法律が従属する」のだと思います
と言うのを先ほど言った様な前提にある世界観・経済観・人間観まで広げると
「実質ほぼイコール」だと思うのではないか?と言う話ですね

1ヶ月前 No.178

dummy @oscar ★iPhone=Ni153b2Efq

死刑賛成派の人たちは、人々の感情に訴える具体的な事例を挙げて「これでもあなたはこんな非道なことをする犯人を許せるのですか?」と扇動します。

しかし一般の人々を感情的に煽って刑罰の制度を決めようとすると必ず専門家より重い刑罰を求めてしまいます。

刑罰は復讐ではないので気をつけなければなりませんね。

1ヶ月前 No.179

終末 ★fDRK1HYmt2_keJ

法律的に人間観とか世界観ってどうなってるんでしょうね?
後人間、一番残忍になれるのは「自分は関係ない」って言える状況なのでは?とネット見てると思ってしまいますね
なんか偶に被害者遺族が「死刑にはしないで欲しい、事実と原因を正しく知りたい」と言っても「人の心がない」とか言い出す人とか見ると、
「そう言えば昔って処刑が娯楽の一つだったんだっけ?」と思います
「自分が手を下す」「自分が決定を下す」のは嫌だけど「あいつが決めた」と言える状況が一番残忍になれるんじゃないかな…?と言う

1ヶ月前 No.180

嫌われ霊夢と嫌われ魔理沙 ★fofH1MgenE_keJ

で…カントが死刑賛成の議論は出てこないの?


『学説は歴史学的に』理解するし『書く』

いきなり『ヘーゲル』なんて持ち出さない

1ヶ月前 No.181

モノポリー @ludwig777 ★fvQhJ41C7d_6ll

>>178

なぜあなたはこんなにも素晴らしいのか?私がひとつ先へ進めるように「梯子」をかけてくれるのだから。

>何と言うか、言語化の難しい「理論」が「倫理観」で言語化に近い物は「倫理」なら

おそらく私が持っている漠然とした「倫理全体」のイメージを的確に表現されていると思います。
「倫理」(私は時に「道徳」と言ってしまいますが)とは、ウィトゲンシュタイン的に言えば「言語ゲーム」の駒なんだと思います。「殺しちゃダメ」、「盗んじゃダメ」、「親切にしなきゃ」とか、社会生活の中で〈実際に〉「主張されたり」、「使用されたり」するようなものでしょう。義務論も、功利主義も、一般常識も「倫理」の一部として言語化されていますから。

じゃあ、「倫理観」は何?って言われると、私も言語化の難しい何かだと言いたくなります。直感とか感性と言いましたが、ムーア的に言えば「直感」、カント的に言えば「傾向性」、ウィトゲンシュタイン的に言えば「生活形式」と呼ばれるような、我々の言語使用や行為の内に暗に示されるようなもの(漠然としていますが)だと考えています。「人が死ぬのはなんか嫌」、「困っている人を放っておけない」、「誰かが笑ってくれると嬉しい」とか、あえて言語化すればそういう表現になるような。

>自分で選びとっても多くの場合は最後はその「選んでいない物」に行き着く気はします

私の考えでは、「自分で選びとっ」たと言えるのは「倫理」まで、「最後はその「選んでいない物」」が「倫理観」としてあるのではないかと。

>そしてその様な理論の再構築の結果「倫理観」すら逆に変わってしまいます

倫理観が変わってしまうかどうかについて、次のウィトゲンシュタインの言葉が示唆的です。

 問題は結局こうではないか。「このような根本的な事柄に関しても、君の意見を変えねばならないとしたらどうか。」答えはこうあるべきだと思う。「考えを変えてはならない。〈根本的〉であるとは、まさにそういうことだ。」

>「何か当たり前とされてしまっている事を無自覚に前提としてしまう事」を「迎合的・表面的な現実主義」と言った

法律が「倫理(倫理観)」に迎合的に(むしろ「合倫理的」って言いたくなる)、表面的ではあるが現実化しようとするものであるなら、私のイメージと一致します。

しかし、こどもの教育の場面ではある意味逆のことが言えそうな気もします。(子供に直接「法律」が適用されることはあまりありませんが・・・。)

例えば、親が子供に「倫理観」を持たせる場合を考えるとわかりやすいと思います。つまみ食いをする、友達のものを盗んでしまう、友達とけんかする、嘘をつく・・・、そうすると親に「叱られたり」、「怒られたり」、時に「体罰」でもって教育されていくわけです。子供はそうやって、世の中には「守らないと自分が罰を受けるようなルール」があることを学んでいくが、その過程が作り出すものこそ「倫理観(倫理)」だとも言えるのです。こう考えると、法律やルール(この場合は「親のしつけ」ですが)に合致するような倫理を持たざるを得ない、つまり倫理の側が迎合的だと言わざるを得ないのではないか?これが次に取り組むべき問題です。

>「実質ほぼイコール」だと思うのではないか?

倫理と法律の関係が仮に私のイメージするものであるなら、そこに「乖離」はほとんどなくなるはずです。倫理は法律を根拠づけ、法律は倫理が目指す社会形成に貢献するであろうから。そういった意味では、内容的には「実質ほぼイコール」とも言える。

殺しちゃダメ!っていう倫理と、殺しちゃダメっていう法律が、ともに「命を尊重しよう」っていう内容をもつことはある意味自明ですから。

しかし、私は天邪鬼かつ論理的に潔癖症なので、こう言いたくなるのです。

「実質ほぼイコール」だね。賛成するよ。でも、「決して完全にイコールではない」とも確信している、と。

頭だけじゃなくて、性格も悪いでしょ?素直にイコールだって言っちゃえば楽なのに。

1ヶ月前 No.182
ページ: 1 2 3

 
 
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▲ページ上 >>
★必ず ローカルルールメビウスリングのルール をご覧ください。
 ▼スタンプ▲スタンプ
※スタンプはいちどに 3個 まで使えます  ×閉じる