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冤罪が根拠の死刑廃止の論理

 ( 議論掲示板 )
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ふんにゃ @sorairono ★HEPy1c8DtF_BXv

死刑廃止の主張に、冤罪、を根拠としたものがある。
それはどのような論理であるのか、示してみるのサ。

基本的なことから考えよう。

我々社会に刑罰制度は必要である。
刑罰制度には冤罪リスクがある。

以上の前提を否定できないならば、
「刑罰の冤罪はリスクとして認めなければならない」

冤罪リスクを否定すれば刑罰制度を否定することになる。

そこで、

「刑罰の冤罪リスクはどこまでが許容範囲であるか」
と考えることができる。
その許容基準はどこに置かれるべきか。

冤罪リスクを認めなければならない理由は、
「我々社会に刑罰制度が必要である」からだ。
だったら、
「刑罰制度の成立」がその基準になる、と考えられる。

さて、

日本の刑罰制度は、
財産(罰金)刑、自由(禁錮/懲役)刑、生命(死)刑、に分類される。
そして、死刑がなくても刑罰制度は成立する(廃止諸国のように)。
だから、冤罪リスクの許容基準を「刑罰制度の成立」に置くならば、

死刑は刑罰冤罪リスクの許容範囲を超えている。
と言える。

これが、冤罪根拠の死刑廃止主張の論理、なのサ。

反論ある?

・・・なんてな(*/∇\*) キャ

1年前 No.0
メモ2018/07/18 07:19 : ふんにゃ @sorairono★HEPy1c8DtF_a2e

<冤罪が根拠の死刑廃止の論理・改>


冤罪はあってはならない。


しかし、


刑罰制度には冤罪リスクがある。

これは客観的事実である。


だから、


我々は、刑罰に冤罪リスクがあることを認めなければならない。


そこで、


刑罰制度の冤罪リスクはどこまでが許容範囲であるのか。

その許容基準はどこに置かれるべきか。


と考えることができる。


冤罪リスクを認めなければならない理由は、我々社会に刑罰制度が必要であるからだ。


だったら、


「刑罰制度の成立」が冤罪リスクの許容基準となる、と考えられる。


死刑がなくても刑罰制度は成立する(廃止諸国のように)。


だから、


…続きを読む(11行)

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DN ★31YDPp6Yro_f1k

[碑文1]  >>1589

[碑文2]

>>1590

>そういうやりとりもすべて見ていただければいいと思っています。


 こんな泥仕合い誰が興味あんねん! 実際ほかの人たちは死刑制度についてまじめに議論しとるやろ。こんなしょーもないやり取り誰もまともに見てへんわ。


>人の内心を推し量るのは構いませんが、それが的外れでは困りますね。


 それが的外れかどうかはオーディエンスが判断するんでしょ? >>1527
 私はあなたの考えが書かれた番号を示し、それが何を意味するのかを抽出し、それについて意見しています >>1589 。一方あなたは、何度要求しても該当箇所を具体的に示さず「読み取った矛盾点を可視化した」と吹聴し続けていますね。 >>1527,1533
 そういうのを「捏造」と言うんですよ。捏造じゃないというなら、今からでも >>1522 の質問に答えればいい。それができないからオーディエンスはあなたの捏造を確信しているんじゃないですか。


>そもそも私は「DNは個別刑罰について語っている」とは思っておらず、逆に「個別のケースを想定していない」と思っているからこその質問ですので、悪意があるわけではありませんし捏造もしていません。


 その質問 >>1401 の直前部分に「被害者遺族の感情を汲んで刑罰を決めるとなると」とmacoさん自身が書いてますよ。その前にも「被害者遺族の感情を刑罰に反映させる」「まったく同じ犯罪をおかしたとしても、遺族の有無や遺族の感情次第で与える罰が違ってきます」と個別刑罰を前提として書いてます。
 これだけはっきり自分で書いといて「DNは個別刑罰について語っているとは思ってない」などとよく平気な顔して言えますね。「逆もまた然り」の時もそうですが、うそつくの平気なんですね。 >>1365,1367,1369,1398,1401,1477
 だいたいあなたは私の意見から読み取れる矛盾を可視化したと主張してたんでしょ >>1494,1527, 「死刑制度について語ってる」ことと「個別のケースを想定していない」ことがなんで矛盾なんだよ。これが矛盾なら死刑制度について語ってる全員が矛盾してることになるじゃねえか。ひでえ詭弁。
 捏造が明るみに出たら今度はうそで正当化しようとするとかどういう神経してるんですか。そんな人が冤罪反対などとよく言えますね。


>全員の考えが一致するなどということは現実としてあり得ないのだから、仮に「意思」を主張の根拠にするなら、多数の意思と少数の意思をそれぞれどう扱うのか?という問題が出てきます。

>だから、「個別具体的なケースについての問い」を投げかけたわけですよ。

>「被害者家族の意思」というものを一つの考えのまとまりであるかのように前提することはできないということに気づかせる為の質問をしています。


 「全員の考えが一致するなどということは現実としてあり得ない」のを「気づかせる為」に「個別具体的なケースについての問い >>1401 」を投げかけた、ということですか。死刑制度について語ってる私に、個別刑罰の例外を示して「ほら全会一致じゃないでしょ」と気づかせる為に質問したと言うのですか。死刑制度の是非が全会一致で決まるんですか。
 あなたが私の意見を「個別刑罰について」だと決めつけてたのはすでに示しましたし >>1589, さっきもそれについてのあなたの虚偽を示しました。これだけうそを連発して、よくも正義などとほざけますね。
 これも矛盾とぜんせん関係ねえし。もしかして自分の発言おぼえてねえの?


>誰かの主張に「穴」や「説明できなそうな箇所」や「疑問点」を見つけた時、質問して回答を得ることにより、その主張は補完されますから、主張の根拠や正当性を読み手が判断する材料になりますよね。みなさんに書き手の意図を理解してもらうことを促せるのだから、むしろアシストしていると言っていただきたい。


 あなたは私の主張に矛盾点を「読み取り >>1527 」「矛盾を可視化した >>1494 」と述べてますが、それをどこから「読み取り」「矛盾を可視化した」のか何度要求しても示せてませんね >>1522,1531
 ということは、あなたは人の意見を捏造し >>1406, その捏造を自分で非難し >>1543,1545,1549,1550, それが私へのアシストだと主張するわけですか。人をおとしめるための悪質な捏造がアシストになるはずないと思います。
 あなたは捏造がアシストになると考えているから捏造が平気なんですね。驚きました。


>それらは「総意」と言えるのか? 答えはNO。


 「総意」は全会一致と言えるのか? 答えはNO。
 同じような境遇であっても意見が一致しないのはわざわざ強調せんでも誰でも知っとるわ。「人はそれぞれ意見が違うのだ」とか小学生みたいなことドヤ顔でよく言えますね。



 あなたは絶望的に弁護が下手だな。あなたの悪評があなたのさらなるうそで改善するわけねえじゃん。まずうそつくの止めたら? これは人として言ってます。

2ヶ月前 No.1601

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_po8

>>1599

>死刑廃止の生産性はプラスでしょうか?マイナスでしょうか?

論理魔さんへの問いですが、私も少し述べさせていただきます。


死刑存置・死刑廃止、このスレに限定した話ではなく死刑存廃の議論において論拠はほぼ出尽くしている感じです。
そこで、死刑存置・死刑廃止の双方にメリット・デメリットの主張をしているわけですよね。

ですが、「生産性」と言ってもそれらはいずれも数値化できるものではありませんから、プラス・マイナスの判断も誰がどうやってするのか?という問題がまずあります。

数値化はできないけれど、プラスだと考えるかマイナスと考えるかという問いなら、存廃いずれの立場でも「そのほうが良い」と考えての事でしょうから、「プラス」と考えているとみていいのでは?

死刑制度の存在は国内問題に留まりません。
それこそ国際社会における日本と諸外国との外交上の問題などもあり、それによる不利益も実際にあるのです。

この外交上の問題について詳細を書きたいところですが、他の死刑スレで過去に出ている話であることと、現在の話の流れではまだそこにまで至っていませんのでとりあえず控えますね。

廃止派の主張は、どちらかというと「存置しておくことが日本の社会にとってマイナスになる」「廃止しても特段のデメリットはないと考えられる」ということだと思います。

もちろん、ここで言うメリット・デメリットとは「社会にとって」の話であって、個別の遺族にとっての話ではありません。

2ヶ月前 No.1602

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_po8

>>1592  華和さん

死刑冤罪の場合は「権利の回復及び謝罪を受けられる機会や補償の機会を失う」という点で、他の冤罪とは大きく違います。

冤罪で獄中死した場合ももちろん残酷ですが、その場合でも「国家によってコロされた」のと「獄中で自然死した」のでは意味がまったく違います。

もちろん、その他の冤罪なら残酷ではないという事ではありません。

ただ、「有罪判決」が出ていること自体、冤罪では無いと判断されたという大前提によるものなわけで、それでも尚、冤罪や誤判が発生してしまっているのは事実であり、避けることができません。

避けることができないから、再審の機会や謝罪や補償を受けられる道を残しておくべきなのだと思います。

どの冤罪も時間を巻き戻せないのは言うまでもありませんが、その中でも死刑に限っては、「国家が国民の生命を奪い、再審のチャンスも、権利回復や謝罪や補償の機会も奪う」ということを意味するわけですから、他の刑罰とは一線を画していると言えるのではないでしょうか。

dummyさんが >>1408

>死刑制度存廃の議論は、存置した方がいいか廃止した方がいいかという二者択一の議論ではなく、そもそも国家には国民の生命を奪う権利があるのかという唯一つのことを考える議論なのです。

と書いておられましたが、冤罪の場合も冤罪ではない場合も、「国家が国民の生命を奪うこと」を問題にしている廃止派にとっては、「冤罪があるから」というのはいくつかある廃止の論拠のうちの一つにすぎません。

2ヶ月前 No.1603

ヴィランのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_pzR

「冤罪があるから死刑制度は廃止すべし」という主張は、
だったら、「冤罪をなくせば死刑制度は廃止する必要がない」という反論を許す。
次のハッタリ君(仮名)の主張は、このような議論そのものを否定するものだ。

>死刑制度存廃の議論は、存置した方がいいか廃止した方がいいかという二者択一の議論ではなく、そもそも国家には国民の生命を奪う権利があるのかという唯一つのことを考える議論なのです。

そもそも国家に国民に対する生殺与奪の権利がないのなら、冤罪は死刑の是非に関係ない。
それ以前に、死刑は廃止すべきである、ということになる。
要は、冤罪なんか、関係ないんじゃ、ってことを含意している。
だから、このハッタリ君の主張と次の主張は相容れないものなのだな。

>「国家が国民の生命を奪うこと」を問題にしている廃止派にとっては、「冤罪があるから」というのはいくつかある廃止の論拠のうちの一つにすぎません。


そんなもの、論拠なんかじゃねえんだ、ってのがハッタリ君の言い分。
ギョイさん(仮名)はお師匠様にしっぽ振ってる割にはわかっていないわけよ。
ま、論理的思考力が気の毒だから、責任能力を鑑みて、責めるわけにもいかないが。

2ヶ月前 No.1604

ヴィランのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_pzR

>>1552  スレ主さん

>存置派に質問したいのは「死刑がなくても刑罰制度は成立するのに、どうして死刑が必要なのか」ということ。


刑罰制度が必要なのは、
法に基づく社会正義および社会の安寧秩序実現のためである。
そのためには、法が正義の法でなくてはならず、そのために死刑制度は必要だからだ。
私は簡単に言うと、以上のような理由・根拠で存置を主張している。

少し詳しく言うと、
法が正義の法であるためには、法のもとで人権は平等であるから、他人の人権を奪った者には、自らの人権を差し出させなければならない。
保護されるべき他人の法益を奪った者には、自分のその同じ法益を差し出させるのが公平な裁きというものだろう。
とりわけ生命権という被害者の法益は、他のなにものにも代替不可能であり、公平に裁くのなら、罰として、それを奪った者に自らの命を差し出させる他はない。
世の中には、何の罪科もない他人のかけがえのない命を身勝手極まりない理由で奪い、反省すらしようとしない者が現実にいる。
このような鬼畜と言うべき犯罪者に対して、自らの命をもって償わせることをしないのなら、どこに公平があり何が正義の法なのか?

誤解なきように付言すると、これはあくまで原則であって、すべての殺人にこれを適用しろと言っているわけではない。
しかし、上に述べたことは、死刑存置派の大方の人に賛同が得られるのではないかと私は思っている。
不思議なのは、死刑存廃問題について議論経験が豊かなはずだ廃止派の人が、このような存置派の見解について理解していないことだ。

2ヶ月前 No.1605

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_po8

dummyさんの以下の投稿を読めば、主張の意図はわかるはずなのに、本当にわからないのか、あえてわからないふりをしているのか、どちらなのでしょうか。

******** >>1161
死刑制度の是非は冤罪がどうのとか殺人犯を野放しにしていいのかとかそんな瑣末なことから提起されたものではなく、これはこの世界が進むべき潮流を考えなければなりません。

死刑制度廃止の論理は冤罪があるから廃止なんてそんな安直な理由によるものではなく、近代国家と近代国家が制定する法は民主主義的であるべきというW理念Wによるものです。

この理念が否定されて別のW理念Wをこの世界が選択しない限りは、死刑制度廃止という潮流を変えることはできません。

論理学だとか人道主義だとか社会正義だとか勧善懲悪だとかで死刑廃止の主張の補完や反論の一助はできても、それのみを根拠に廃止か存置かを決めるなんてそんな大雑把な議論など無意味です。
********


******** >>1347 (削除された投稿に書かれていたことから抜粋)

>現在、このスレでの廃止論者は、冤罪可能性が一般的に排除不可能であり、かつ原理的に不可能である、と主張していると考えられる。

それは妄想です。

廃止論者だけではなく常識のある一般人なら”経験則として「冤罪可能性」ではなく「冤罪」が排除できないことが分かっています。

排除すべきは「冤罪可能性」ではなく「冤罪」です。

>つまり、死刑冤罪可能性を排除することは、そもそも原理的に不可能である、という主張だと考えられる。

「冤罪可能性を排除すること」は可能ですが、「冤罪」を排除することができないんです。

言葉を正確に使わない人は議論できませんよ。
********


******** >>1408
300年前の思想をウロウロとしている人がいるかと思えば、支離滅裂なことを書いていた人が人類が3800年前に到達した地点までやっと辿り着いた人もいて、なかなかバラエティに富んでいますが、そういう方々は置き去りにさせてもらって現代的な視点で死刑制度について話をしたいと思います。

絶対君主制の時代であれば統治者に権力が集中するのは当然だし、それを正当化するために王権神授説なんていう神様を根拠にして誰にも反論できない形で自らを正当化できた訳ですが、現代の民主制の世界では権威の後ろ盾に神を使うことはできません。

更に民主主義には基本的人権の尊重という国家にとっては制約がセットになっています。

このような条件下において国家は何ができるのかを考えなければなりません。

現代の思想にまでなかなか到達できそうにない人たちは、何がしたいかという観点からばかり考えていますか、子どもではないのだから我儘ばかり言って駄々を捏ねるのも困ったものです。

死刑制度存廃の議論は、存置した方がいいか廃止した方がいいかという二者択一の議論ではなく、そもそも国家には国民の生命を奪う権利があるのかという唯一つのことを考える議論なのです。

死刑にしたいから死刑にする権利はないけど死刑にするのが社会正義だとか被害者遺族に寄り添ったものだとか、そんなことを考える人たちは、その手の話ならテレビのドラマの中にありますから、そこで日頃の憂さを晴らしてください。

そしてそれでも議論に参加したい人は、ドラマの中で復讐の代行をしてくれる普段は昼行灯と呼ばれて馬鹿にされる同心にその権利があるのかどうかを考えてみましょう。
********


dummyさんが「冤罪なんか関係ないんじゃ」なんて、言葉としても意図としても言っていないのは明らかです。

私が書いた「いくつかあるうちの廃止の論拠のうちの一つ」というのは、一般的に死刑存廃の議論の論拠として挙げられているもののうちの一つであるという意味。


>そんなもの、論拠なんかじゃねえんだ、ってのがハッタリ君の言い分。

この解釈は間違い。

上記引用した文中に

dummyさん>排除すべきは「冤罪可能性」ではなく「冤罪」です。
dummyさん>「冤罪可能性を排除すること」は可能ですが、「冤罪」を排除することができないんです。

とあるように、「冤罪は排除すべきだが排除できないもの」が前提にされています。
私も同じ前提に立って、「死刑存廃の論拠のうちの一つ」として、ここで議論してきています。


しかし、dummyさんは、本来の死刑廃止の主張は冤罪だけを根拠にしたものではなく、もっと根源的な問い

dummyさん>死刑制度存廃の議論は、存置した方がいいか廃止した方がいいかという二者択一の議論ではなく、そもそも国家には国民の生命を奪う権利があるのかという唯一つのことを考える議論なのです。

からきていると言っているのです。

だから、ここで死刑の存廃の議論が冤罪根拠だけに終始していることは、死刑存廃の議論全体からみれば本来おかしなことなんですよ。

それが歯がゆいのでしょう。


もし私の読解が間違っているなら、dummyさんが「macoさん違います」と指摘してくれると思いますよ。
立場や人間関係で考えるのではなく、「何を言っているか」 で、議論する方ですし、これまでも実際にそうでしたから。

私も、冤罪だけを根拠として死刑廃止を主張しても、「なら、冤罪が無ければ死刑でいいのだな」という反論が来る(それが実現可能かどうかは別にして)ということをスレ主さんに対して投げていることは過去の投稿を見ればわかります。

2ヶ月前 No.1606

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_po8

「保護されるべき他人の法益を奪った者には、自分のその同じ法益を差し出させるのが公平な裁きというものだろう。」

という考え方のおかしさについては、以前も議論になっていたはず。


例えば、

「お店で1万円相当の商品を万引した」

これに対して

「盗んだ商品を返させる」

「盗んだ商品と同等の品を返させる」

「盗んだ商品相当のお金を払わせる」


これが刑罰になりますか?


だから、「刑事と民事の違い」の話が何度もされていたのです。


「賠償」と「刑罰」を混同してはいけません。

2ヶ月前 No.1607

ヴィランのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_pzR

ファッファッファッファッ
ほんま笑わしてくれますなあ〜

「冤罪可能性を排除すること」は「冤罪」を排除することの、論理的十分条件なんだよ

なーにが

>言葉を正確に使わない人は議論できませんよ。


だよ。へそが茶を沸かすどころか、沸騰して空焚きになるっちゅうねん(笑)
まあ、あれだ。

根本的問題は、こんなこともわからないイタタタタタタタ過ぎる論理的思考力ってことだろうなあ。

2ヶ月前 No.1608

ヴィランのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_pzR

スレ主さん

私は冤罪根拠の死刑廃止論者に対して、次のような要求をしているが、まともな返事をもらえない。

>>1347

>それと、こちらからの「冤罪リスクを0にすることは不可能」と主張する論者に対しては、

>どうやって「疑わしきは罰せず」という原則と整合的に、有罪判決を下すことを認めるのか、それを説明せよと求めている。

>すなわち、冤罪リスクが0でありえないのであれば、いかなる有罪判決であれ、原則と背理してしまうのでは?という批判だ。

>これは死刑を排除して、終身刑や無期懲役刑を代わりにしたところで、同じことだ。


いかなる刑罰も冤罪可能性を排除できないというのなら、
「疑わしきは罰せず」の原則を大前提にすれば、
本来、有罪判決を下せないことになり、刑罰制度が成り立たないことになる。
スレ主は、「刑罰はどうしても必要だから」というが、有罪判決を認める限り原則と背理することに変わりはない。
この不整合をどう説明するのか?
きちんと答えてもらいたい。

2ヶ月前 No.1609

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_po8

>「冤罪可能性を排除すること」は「冤罪」を排除することの、論理的十分条件なんだよ


文章を記号で考える人には、そう思えるんでしょうね。


現実に当てはめて考えれば、

dummyさん>排除すべきは「冤罪可能性」ではなく「冤罪」です。
dummyさん>「冤罪可能性を排除すること」は可能ですが、「冤罪」を排除することができないんです。

この意味もわかりそうなものなのに。


実際問題として、「冤罪可能性がある」と判断されたら有罪判決は下りません。
ここで冤罪可能性は「排除」されている。

これが「不可能」なら、どんな刑罰も下せないということになりますよ。

しかし、後から覆す証拠や真犯人の登場、警察・検察の悪意や鑑定のミスの発生で「冤罪」というエラーが起きてしまうことを避けられない。


何故、現実を踏まえた話ができないのか不思議。

2ヶ月前 No.1610

ヴィランのふくろう @owlman ★CZPpJSpIQU_po8

まだ言うとるわ(笑)

しかし、そういうことか。
要は論理的能力の障害によって論理的不整合という指摘がほんまに理解できへんのやな。
せやから、詭弁を弄してごまかしているってわけでもないわけか。
とすれば、責任能力がないし、罪とは言えんな。

ん?
とすると、スレ主も、この不整合性を理解できるか否かで、その論理的能力が彼らと同程度か、もう少しましかということが分かるってことだな。ちょっとオモシロイな、これは。

2ヶ月前 No.1611

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1610
冤罪の可能性を排除した、つまり本当に冤罪であるものだけでなく冤罪っぽく見えても本当は冤罪ではないものまで排除したのなら、冤罪は起こり得ない筈では?
逆の言い方をすれば、冤罪の可能性を排除したにも関わらずまだ冤罪が残るのであれば、それは冤罪の可能性を排除し切れていないという事では?
あくまで理屈上の話ですが、そういう事になりませんか?
そう考えると「冤罪可能性を排除すること」は「冤罪」を排除することの十分条件であり、「冤罪可能性を排除すること」が可能なら「冤罪」を排除する事も可能である筈では?冤罪でないものもまとめて排除してしまう事になるだけで。

その上で、じゃあ冤罪の可能性を排除すると言ったところで、人は神様じゃありませんから、本当に冤罪かどうかを確実に間違いなく見分ける事は殆どの場合で不可能。
となると冤罪の可能性がない事なんてほんの一握り有るか無いかとなり、だからほぼ全ての場合で無罪となり、 >>1609

> 「疑わしきは罰せず」の原則を大前提にすれば、

本来、有罪判決を下せないことになり、刑罰制度が成り立たないことになる。
> スレ主は、「刑罰はどうしても必要だから」というが、有罪判決を認める限り原則と背理することに変わりはない。


となりませんか?

まあ、上記の理由から私なんかは >>1605
> 刑罰制度が必要なのは、

>法に基づく社会正義および社会の安寧秩序実現のためである。

>そのためには、法が正義の法でなくてはならず、そのために死刑制度は必要だからだ。


冤罪を見分けられない以上、有罪判決を受けた人の中には冤罪被害者が存在し、しかもそれは不可避である中で、冤罪被害者を罰するのが本当に正義の法なのかという疑問はあるのですが。
この辺は証拠とか論理とかでなく各個人の考え方次第なんじゃないかとは思います。だから中々交わらないのではないかと。

2ヶ月前 No.1612

ヴィランのふくろう @owlman ★CZPpJSpIQU_po8

こちらは応報刑論の立場から、 >>1605 で述べたあるべき公平な裁きについて主張している。
それを民事の理屈との勘違いだと矮小化するのは、やめてもらいたいね。
それは応報刑論的捉え方を理解もできずに否定する自分の立場を正しいと前提しているからに過ぎんのだよ。そんでもちろん、こっちはそんな前提を認めてなどいない。
これも去年何度も言ったんじゃなかったっけかな?
ギョイさんの、あるべき刑罰制度について論じる上での人権のとらえ方が論外であることは、1年前の次の議論で明白だと私は考えている。

http://mb2.jp/_grn/2220.html-1870,1891,1917#a

あと蛇足だが、冗談とは言え、 >>1611 の罪がないってのは無理があるね(;^_^A

おー、あの曲解大王でさえ、不整合性については一応理解しているようだな(笑)

2ヶ月前 No.1613


00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1613

> おー、あの曲解大王でさえ、不整合性については一応理解しているようだな(笑)


ここは曲解する人が多すぎて、誰の事を言っているのか分かりません。

2ヶ月前 No.1615

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>1600

そうだろうね。「冤罪は防げない」ってことを前提に、せめて、死刑廃止によって「冤罪死刑」だけでも防止しましょう。というのが、ふんにゃさんの主張であると俺も考えている。

だったら、冤罪によって無期懲役はいいんですか?冤罪によって10年懲役はいいんですか?ってのが俺の問いだ。貴方は、身に覚えがない罪で、10年牢屋にぶち込まれて、「はい、OKです」って言えるか?言えるはずもない。冤罪を問題視するなら、それを防止する手立てを考えるべきであるというのが俺の言ってることなんだね。

人間のやることに過ちはつきものだ。だから、完璧を保証することは困難かも知れない。しかし、必要と思われる処置、つまり、物的証拠の要求や、取り調べの透明性の確保によって、冤罪可能性は大幅に減らせるはずだ。それに、現実の死刑問題を考えた場合、最高裁で死刑判決が出されたからといって、即、死刑が執行されるわけでもない。死刑の執行には、法務大臣の承認が必要だ。再審要求があれば死刑は実行されないからだね。そういう意味では、今でも、冤罪による死刑執行に対するひとつのバッファーは設けられているわけだ。そのようなバッファーはあらゆる刑罰に設けられるべきと思うが、特に死刑に対して設けられているのは、それが重篤な刑罰であるという認識が政府側においてもあるからだろう。

俺には、冤罪根拠の死刑廃止は安直な解決方法だと思われる。本来的に「死刑の是非」と「冤罪の有無」は関係がないし、冤罪論拠の死刑廃止では、死刑以外の刑罰は置き去りにされるからだ。

冤罪はあってはならないのである。

2ヶ月前 No.1616

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_4CX

「疑わしきは罰せず」の原則を習うのは、小・中学生の頃であったろうか?

小・中学校では、「合理的な疑い」までは習わない。ましてや、「“合理的”といえる程度」については、ある程度専門教育を受けた人でないと知らないのではないだろうか?

「“合理的”といえる程度」が どの程度なら妥当なのかを理解していない人が、ネット上で拾った知識で応戦しようとしても、歯が立たないのでは無かろうか?

2ヶ月前 No.1617

DN ★P1pPnuLEFb_f1k

 macoさん、もう異議はありませんか?
 こっちは「矛盾を可視化」してあなたの捏造と欺瞞を数多く示してますから >>1589,1601 裁判官や傍聴人(オーディエンス)のあなたに対する心証は今のところ最悪だと思いますよ。「こんな泥仕合い誰も見てねえよ」と言いましたが、それでもあなたが極めて疑わしいという程のことはみんなに伝わってると思います。
 あなたも早く「私の書いた文章」と「私の回答」から矛盾を読み取り可視化しないと有罪が確定してしまいますよ。 >>1494,1527,  異議がないなら結審しちゃうけどそれでよろしいか?


>>1606

>死刑制度の是非は冤罪がどうのとか殺人犯を野放しにしていいのかとかそんな瑣末なことから提起されたものではなく、これはこの世界が進むべき潮流を考えなければなりません。死刑制度廃止の論理は冤罪があるから廃止なんてそんな安直な理由によるものではなく、近代国家と近代国家が制定する法は民主主義的であるべきという”理念”によるものです。この理念が否定されて別の”理念”をこの世界が選択しない限りは、死刑制度廃止という潮流を変えることはできません。


>>1161,1177,1185,1195,1225,1227,1228,1230,1232,1273

 堂々巡りになるといけませんから、もしこの話を続けたいなら、きっちり反論してからにするか、あるいは新たな論点を示すかしていただきたいです。

2ヶ月前 No.1618

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1616

> だったら、冤罪によって無期懲役はいいんですか?


全くその通りだと思います。

> 冤罪を問題視するなら、それを防止する手立てを考えるべきであるというのが俺の言ってることなんだね。


理屈は至極ごもっともだとは思いますが、その手立てが無いので困ったものです。
手立てが無いから、取り敢えず死刑だけでもという考え方も、刑罰の話に於いては馴染み難い話だとは思うものの生活一般に於いてはそういうやり方をする事は多々あるわけでして、それと同じと考えれば分からん話でも無いかと。
もちろん貴方が言う様に、じゃあ無期懲役は?10年懲役は?という話は付き纏いはしますが。

> 今でも、冤罪による死刑執行に対するひとつのバッファーは設けられているわけだ。


そのバッファは平たく言えば、死刑が下ってからも、ある一定期間猶予を設けるから、その間に新しい証拠を探してきてねという事を意味しているのですか?
仮にそうだとしたら、獄中の人に新たな証拠を探す事なんてそもそも無理だと思うのですが。
>>1566
> 時間が増えるのはわかる。しかし、「死刑」と「無期懲役」とではインパクトが異なる。「死刑囚」に対する関心は高いが、「無期懲役囚」に対する関心は低い。「死刑囚」には支援団体がつくことがあるが、それは社会的関心が高いからだろう。社会的関心が低ければ、弁護団もモチベが下がるだろう。


ここでいう時間が増えるとはバッファの事ではありませんが、 >>1561
>死亡まで時間があるから、冤罪発覚のチャンスが死刑に比べた場合はある事になる


そこから同質のものと考える事も可能かと思います。
さて、この話から、結局新しい証拠を探してきてくれるのは檻の外にいる支援団体であり、社会的関心の高い事件にはそういうものが付く事もあるが、そうでない事件にはそれが付かない場合もあるという事ではないでしょうか。
私は詳しくないので間違っていたら指摘してほしいのですが、恐らくそういった支援団体は受刑者本人が希望したら必ず付くものではなく、関心を持つ人が多ければ自ずと出来上がるものものではないのかと。
そうすると支援団体が付かなかった場合、バッファがあったところで無駄に時間が経過するだけという事になりませんか?
もちろんバッファは無いよりあった方が、可能性としては新たな証拠が出てくる事は期待できると思いますが、じゃあそれで冤罪をなくす事ができるかと言われれば、それはメディアの取り上げ方次第という事になりませんか?

> 俺には、冤罪根拠の死刑廃止は安直な解決方法だと思われる。

>本来的に「死刑の是非」と「冤罪の有無」は関係がないし、冤罪論拠の死刑廃止では、死刑以外の刑罰は置き去りにされるからだ。


判決を下す事と冤罪とは切っても切れない関係ですから、全く関係がないと言うのは言い過ぎ感は否めないものの、死刑の是非と冤罪とを強く結びつける事は相当難しいかとは思います。

スレの主旨からは逸れますが、凶悪犯罪加害者の各種調査サンプルとして、生かしておいた方が殺してしまうより有益だみたいな話を何処かで読んだ事があります。何処だったかな?
確かに殺してしまったらそれ以上何も得るものはありませんから、それよりもモルモットとして余生を過ごして貰った方が得るものはあるかも知れませんね。それと飼育費とを天秤に掛けてどちらがメリットがあるかですが。
そういう理屈なら死刑廃止にもある一定の説得力が生まれるのではないかとは思いますが、どうでしょうかね?

2ヶ月前 No.1619

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_4CX

“合理的な疑い”を挟む余地がないとしても、冤罪可能性は完全に排除されない。
なぜなら、“合理的な疑い”は 完全性を求められないからである。

>>1609

>「疑わしきは罰せず」の原則を大前提にすれば、

>本来、有罪判決を下せないことになり、刑罰制度が成り立たないことになる。

>スレ主は、「刑罰はどうしても必要だから」というが、有罪判決を認める限り原則と背理することに変わりはない。

>この不整合をどう説明するのか?


「疑わしきは罰せずの原則」の解釈に誤りがある。(前提不成立)
以上。

2ヶ月前 No.1620

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_4CX

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2ヶ月前 No.1621

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1620
あ、成る程。合理的な疑いを挟む余地がないなら有罪判決は出せるわけですね。そしてそれが仮に冤罪であっても構わないという事なのですね。
構わないと言うと誤解を招きそうですが、冤罪は起きてはならないから最新の注意は払わないといけないが、だからといって一点の曇りさえあれば何でもかんでも無罪にしろという事ではなく、普通に考えれば有罪でしょと考えられるものに対しては勇気を持って有罪判決を下しなさいと。そしてその判断が仮に間違っていたとしても、それを罪には問わないから、己の正義に従って勇気を持って判断しなさいと、そんな感じですかね。

裁判官が本当に己の正義と合理的判断に従って考えてくれるなら良いのですけどね。

> 「疑わしきは罰せずの原則」の解釈に誤りがある。


私は誤っていましたね。

2ヶ月前 No.1622

ヴィランのふくろう @owlman ★Android=Gh53RyBMOc

>>1620

こんなことが言いたいの?(笑)
>>1622

2ヶ月前 No.1623

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1623
貴方は >>1620 が何を言いたいと理解しましたか?

2ヶ月前 No.1624

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>1619

>だったら、冤罪によって無期懲役はいいんですか? >全くその通りだと思います。


本当?すごいね。俺は耐えられん。


> 冤罪を問題視するなら、それを防止する手立てを考えるべきであるというのが俺の言ってることなんだね。 >理屈は至極ごもっともだとは思いますが、その手立てが無いので困ったものです。


ないというのは思考停止でしょ。物的証拠の要求、捜査、取り調べの透明化、第三機関(裁判所:過去の判例を鑑み、判決を出す機関ではなく、冤罪の可能性があるかないかを検証することに特化した機関)による冤罪可能性の審査、とかね。問題は、それをやり過ぎると、逆に、たちの悪い犯人を牢屋にぶち込めなくなってしまうという弊害だね。


> 今でも、冤罪による死刑執行に対するひとつのバッファーは設けられているわけだ。>〜仮にそうだとしたら、獄中の人に新たな証拠を探す事なんてそもそも無理だと思うのですが。


再審請求をするのは被疑者ではない。


>私は詳しくないので間違っていたら指摘してほしいのですが、恐らくそういった支援団体は受刑者本人が希望したら必ず付くものではなく、関心を持つ人が多ければ自ずと出来上がるものものではないのかと。そうすると支援団体が付かなかった場合〜じゃあそれで冤罪をなくす事ができるかと言われれば、それはメディアの取り上げ方次第という事になりませんか?


例えば、そのような再審要否検討専門の機関をつくることも冤罪刑罰防止の一つになる。一つの機関では、手が回らないだろうから、恐らく、重篤な刑罰が最高裁で下されたものに限定せざるをえないだろうが。


>凶悪犯罪加害者の各種調査サンプルとして、生かしておいた方が殺してしまうより有益だみたいな話を何処かで読んだ事があります。何処だったかな?〜それよりもモルモットとして余生を過ごして貰った方が得るものはある〜それと飼育費とを天秤に掛けてどちらがメリットがあるか〜そういう理屈なら死刑廃止にもある一定の説得力が生まれるのではないかとは思いますが、どうでしょうかね?


そういうのは違うと思うよ。ま、話としてするなというのは、また、アレだけども。何、書いてもいいんだからな。しかし、人間はモルモットではない。死刑が処されるのは責任能力があると考えれるもののみ、つまり、「人間」と認められたもののみに処される刑であるということを考えてみるべきだ、と俺は思う。

2ヶ月前 No.1625

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1625

> 本当?すごいね。俺は耐えられん。


私が引用を省略したからか、読解に誤解がある様に思います。
>>1616
> だったら、冤罪によって無期懲役はいいんですか?冤罪によって10年懲役はいいんですか?ってのが俺の問いだ。貴方は、身に覚えがない罪で、10年牢屋にぶち込まれて、「はい、OKです」って言えるか?言えるはずもない。


に対してその通りだと言っています。

> ないというのは思考停止でしょ。


そうですかね?
> 物的証拠の要求、捜査、取り調べの透明化、第三機関(裁判所:過去の判例を鑑み、判決を出す機関ではなく、冤罪の可能性があるかないかを検証することに特化した機関)による冤罪可能性の審査、とかね。


それらをやるのは結局は人間ですよね。しかも
> 問題は、それをやり過ぎると、逆に、たちの悪い犯人を牢屋にぶち込めなくなってしまうという弊害だね。


ある程度で許容するという事は、そこに冤罪が生じる余地があるという事ではありませんか?
完全に冤罪0にするには刑罰を廃止する以外に無いと思いますよ。当然刑罰の廃止ですから犯罪天国にはなりますが。

> 再審請求をするのは被疑者ではない。


刑事事件の弁護士に無料相談「再審の流れ」より
以下引用
□ 再審を求めることのできる人
再審を求めることができる人は、以下の人たちです。
@検察官
A有罪の言い渡しをされた人
B有罪の言い渡しをされた人の法定代理人など(未成年の保護者など)
C有罪の言い渡しをされた人が死亡したときは、その夫や妻、親、子、兄弟姉妹
引用終わり

受刑者もできる様ですよ。
「刑事再審裁判の実例と再審制度の課題」より
以下引用
□ 再審請求の実情
最近の実情では、平均すれば年間の再審請求件数は、200件強のようです。
それらのうち、再審開始決定があったのは数件程度で、そのほとんどが検察官請求によるものです。
事案としては、道路交通法違反の罪、過失運転致傷の罪が相当部分を占めていますが、それらの交通事犯に関する確定した略式命令につき、犯人の身代わり、保険金目当ての事故偽装、氏名冒用などが発覚した事例が多いとされています。
引用終わり

今話をしているのは既に下った判決を覆す方向の話です。起訴した犯罪が無罪になる事は検察にとって好ましい事では無いのではないですか?そう考えると今の話で現実的に再審請求をするのは受刑者側の人ではありませんか?

> 例えば、そのような再審要否検討専門の機関をつくることも冤罪刑罰防止の一つになる。


そうかも知れませんね。

>一つの機関では、手が回らないだろうから、恐らく、重篤な刑罰が最高裁で下されたものに限定せざるをえないだろうが。


じゃあ重篤な刑罰以外なら冤罪はOKみたいな話が付き纏いませんか?それ正に貴方が「はいokです」と言えるはずもないと言った事と同じですよ。

> そういうのは違うと思うよ


敢えて悪い感じの言葉を選んだところもありますので、責任能力がどう等という話は横に置いて、考え方としてどうでしょうかね?
犯罪者の心理は犯罪者に聞かなきゃ分からない事もあるでしょうし、最高刑を死刑ではなく人権を剥奪する事とすれば、貴方の言う責任能力の話もクリアした上で人をモルモットとして扱えませんか?
まあスレチな話ではありますけどね。

2ヶ月前 No.1626

蚕子 @himehime10 ★Android=OQb5K1gHWZ

>>1626
被疑者は再審請求できないよー

2ヶ月前 No.1627

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1627
そうでしょうね。まだ受刑者になっていないのですから。で?

2ヶ月前 No.1628

蚕子 @himehime10 ★Android=OQb5K1gHWZ

>>1628
じゃあそれが正しいことを証明してね

2ヶ月前 No.1629

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1629
でしたらその前に >>1627 が正しい事を証明して下さいね。

2ヶ月前 No.1630

蚕子 @himehime10 ★Android=OQb5K1gHWZ

>>1627 は正しいことを証明できないから正しくないよー
>>1628 が正しいことを証明してね

2ヶ月前 No.1631

ヴィランのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_pzR

>>1620

>「疑わしきは罰せずの原則」の解釈に誤りがある。(前提不成立)


違う。
これは周知のように「有罪が確実であると立証されない限りは、被告人を有罪にしてはいけない」という意味。
合理的疑いを差し挟む余地がない、ということは、「有罪が確実であると立証された」ということだ。
これは、無罪の可能性がない、すなわち、有罪判決が下されても、冤罪の可能性は0だと証明されたということにほかならない。
つまり、原則に則るのであれば,合理的疑いとしての冤罪可能性が0であると証明されたからこそ、有罪にすることが可能なんだよ。
だから,合理的な疑いとしての冤罪可能性が0であっても、なお冤罪可能性が0ではない、というのなら、それは非合理的な疑いとしての冤罪可能性であるに過ぎない。

つまり、問題はこの法諺・原則の解釈にあるのではなく、「冤罪可能性」の解釈にある。
「冤罪可能性」の「可能性(冤罪かもしれない)」を「合理的疑い」と解釈すれば、原則と背理する。
いや、背理しない、すなわち合理的疑いの余地がなくても冤罪可能性(冤罪かもしれないという疑い)を完全には排除できないというのなら、
その冤罪可能性は「非合理的疑い」にほかならず、非現実的・ナンセンスなゴタクにすぎない。
現実の法言語ゲームでは、そんなナンセンスな「冤罪可能性」など問題にしていないと何度も言ってるじゃないか。いつになったらわかるんだよ。

“合理的な疑い”にあなたの言う「完全性」が求められないのは、それを求めるのが非合理的であり,もともと不可能だからだ。不可能な要求はナンセンス。
私は「冤罪可能性(有罪判決は間違っているかもしれない)」を合理的な疑いとして解釈して,原則と背理すると言った。
背理しないのなら、その「冤罪可能性(有罪判決は間違っているかもしれない)」は、非現実的・非合理的疑いにすぎず、そもそも現実の法言語ゲームにおいてはナンセンスだってことだ。よろし?

2ヶ月前 No.1632

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1631

> >>1627 は正しいことを証明できないから正しくないよー


では正しくない事を証明して下さい。

> >>1628 が正しいことを証明してね


>>1627 は正しくないのですよね?じゃあそれを引き継いでいる >>1628 も正しくないのでは?

2ヶ月前 No.1633

蚕子 @himehime10 ★Android=OQb5K1gHWZ

>>1633
じゃあ1628は正しくないよ

2ヶ月前 No.1634

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1634
さあ?正しいことを証明できなければ正しくないわけではありませんからね。

2ヶ月前 No.1635

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1632
裁判所のサイトより
以下引用
事件番号 □平成19(あ)398
事件名 □爆発物取締罰則違反,殺人未遂被告事件
裁判年月日 □平成19年10月16日
法廷名 □最高裁判所第一小法廷
裁判種別 □決定
結果 □棄却
判例集等巻・号・頁 □刑集 第61巻7号677頁
原審裁判所名 □高松高等裁判所
原審事件番号 □平成17(う)392
原審裁判年月日 □平成19年1月30日
判示事項
1 有罪認定に必要とされる立証の程度としての「合理的な疑いを差し挟む余地がない」の意義
2 有罪認定に必要とされる立証の程度としての「合理的な疑いを差し挟む余地がない」の意義は,直接証拠によって事実認定をすべき場合と情況証拠によって事実認定をすべき場合とで異なるか
裁判要旨
1 有罪認定に必要とされる立証の程度としての「合理的な疑いを差し挟む余地がない」というのは,反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく,抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても,健全な社会常識に照らしてその疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には有罪認定を可能とする趣旨である。
2 有罪認定に必要とされる立証の程度としての「合理的な疑いを差し挟む余地がない」の意義は,直接証拠によって事実認定をすべき場合と情況証拠によって事実認定をすべき場合とで異ならない。
引用終わり

> 合理的疑いを差し挟む余地がない、ということは、「有罪が確実であると立証された」ということだ。

> これは、無罪の可能性がない、すなわち、有罪判決が下されても、冤罪の可能性は0だと証明されたということにほかならない


いやいや、それは無いでしょう。

「合理的な疑いを差し挟む余地がない」というのは、反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく、抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても、健全な社会常識に照らして、その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には、有罪認定を可能とする趣旨であるわけですよ。反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても有罪とできる場合があるのですから、有罪判決が下されだからといって冤罪の可能性は0だと証明されたという事にはならないと思いますよ。

2ヶ月前 No.1636

蚕子 @himehime10 ★Android=OQb5K1gHWZ

>>1635
じゃあ正しいことを証明できなくても正しいって主張が通るってこと?
それって議論が成り立たなくなると思うけど?
とりあえずわたしは00100さんのゆうことは正しくないって証明できないけど00100さんのゆうことは正しくないって主張しておくね

2ヶ月前 No.1637

蚕子 @himehime10 ★Android=OQb5K1gHWZ

>>1636
事件番号 □平成19(あ)398
の判決が絶対に正しいって証明できるの?
誤審かもしれないよね?
誤審を元に冤罪とはなにか決めていいの?

2ヶ月前 No.1638

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1637

> じゃあ正しいことを証明できなくても正しいって主張が通るってこと?


普通は通らないと思いますが、貴方は通ると思うのですか?

>>1638
> 事件番号 □平成19(あ)398

>の判決が絶対に正しいって証明できるの?


裁判所に行けば見せてくれると思いますよ。

> 誤審かもしれないよね?


誤審?その可能性はあるとしても、裁判所のサイトとしてヒットするサイトで事件番号を検索したらこの判決が出てくる事は正しいですよ。

2ヶ月前 No.1639

蚕子 @himehime10 ★Android=OQb5K1gHWZ

>>1639
普通は通らないことを00100さんが無理やり通そうとしたってことだね

裁判所にいったら判決が絶対に正しいって見せてくれるの?
どーやって?
まーた嘘か
誤審を元に冤罪とはなにか決めていいの?
ってことに対しては反論できないの?

2ヶ月前 No.1640

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1640

> 普通は通らないことを00100さんが無理やり通そうとしたってことだね


どうしてですか?

>裁判所にいったら判決が絶対に正しいって見せてくれるの?


それは無理でしょう。

>誤審を元に冤罪とはなにか決めていいの?

>ってことに対しては反論できないの?


では先ず事件番号 □平成19(あ)398が誤審である事を証明して下さい。

2ヶ月前 No.1641

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_4CX

>>1632

>これ(疑わしきは罰せずの原則)は周知のように「有罪が確実であると立証されない限りは、被告人を有罪にしてはいけない」という意味。

>合理的疑いを差し挟む余地がない、ということは、「有罪が確実であると立証された」ということだ。


ここまではOK。(だと思う)
ここでいう「有罪が確実〜」の「確実」は、「完全(100%)」という意味ではない。
従って、

>これは、無罪の可能性がない、すなわち、有罪判決が下されても、冤罪の可能性は0(0%)だと証明されたということにほかならない。


を導くのは誤り。

ご参考)ソレイユ経営法律事務所のブログより
---引用開始---
「疑わしきは罰せず」を別の表現にすれば、「合理的な疑いを超える証明が無ければ無罪」ということになる。本当に理解しにくい表現だが、要するに、被害事実が証明されている場合であれば、「常識的(合理的)に考えて、被告人以外に犯人がいる可能性(疑い)があれば無罪」ということだ。ポイントは2つある。1つは、「常識的に考えて」という点だ。つまり、科学的な100%の証明は要求されていないということだ。ここは誤解が多い。論理的思考に馴染んでいる人ほど、ついつい、あらゆる空想的な可能性を想定してしまいがちとも言える。和歌山毒カレー事件についても、物証なき以上、被告人以外の犯人の可能性を100%排除することが出来ないから無罪だとする論評が多く見られるが、そこまでの証明は要求されていないのだ。
---引用終了---

参考2)
>>1250
>「なぜ冤罪が生じるのか?」という問いに、こう答えたいと思います。→「現実の世界は極めて複雑なので、誰が真犯人なのか決して確率100%で判明するはずが無いところを、100%確実に判明したかのように近似するところから、冤罪は生じる」

>その最たるものが、裁判官の判断でしょう。「裁判官が、「十分100%に近い確率」で、被告人こそ真犯人だと確信できたときには、有罪判決を下し、刑を執行して良いものとする」というルールです。「十分100%に近い確率」は「100%」とは異なるし、決して「100%」に到達することはできないので、あくまで近似に過ぎません。そして、100%でないものを100%だと近似するときに、必然的に冤罪確率α(>0)が生じてしまいます。

2ヶ月前 No.1642

ヴィランのふくろう @owlman ★CZPpJSpIQU_po8

>>1642
やれやれ、敗北を認めたくなくて、完全に意固地になってるね。情けない。

>ここでいう「有罪が確実〜」の「確実」は、「完全(100%)」という意味ではない。

>従って、

>>これは、無罪の可能性がない、すなわち、有罪判決が下されても、冤罪の可能性は0(0%)だと証明されたということにほかならない。

>を導くのは誤り。


私は、「確実」があなたが言う意味での「完全(100%)」だなどと言っていない。
そのあとすぐに、こう述べている。

>つまり、原則に則るのであれば,合理的疑いとしての冤罪可能性が0であると証明されたからこそ、有罪にすることが可能なんだよ。

>だから,合理的な疑いとしての冤罪可能性が0であっても、なお冤罪可能性が0ではない、というのなら、それは非合理的な疑いとしての冤罪可能性であるに過ぎない。


明らかに「合理的疑いとしての冤罪可能性が0であると証明された」と書いている。
これが要するに合理的・常識的に考えて冤罪である可能性はない、有罪が確実であるということが立証されたってことだ。
私の文章を曲解しなければ、こんなことは誰でも理解できるはずだ。
もうこれ以上続けても無駄だな。

だいたい、その引用は、あなたが依拠するSumioBabaさんのような理屈で『和歌山カレー事件』でも無罪を主張する人がいるけど、それは違うんですよ、っていう話じゃないか。
私が言ってることと同じじゃん(笑)(ただし、この文脈で同じというだけで、『和歌山カレー事件』については、調べた限り、異なる問題があると思う。)
私への反論になるわけないんだよ。

それとさ、SumioBabaさんの説を採用したら、冤罪がなくなるのか?って聞いてるんだよ。
その場合、どうやって有罪判決を下すんだって聞いてるじゃん。答えなよ。

2ヶ月前 No.1643

ヴィランのふくろう @owlman ★CZPpJSpIQU_po8

それと、もうこれはいいかと思っていたが、やっぱりあんまりひどいので、書いておく。

あなたが私の文章として引用したのは次。 >>1642

>これは、無罪の可能性がない、すなわち、有罪判決が下されても、冤罪の可能性は0(0%)だと証明されたということにほかならない。


しかし、元の私の文章は次。 >>1632

>これは、無罪の可能性がない、すなわち、有罪判決が下されても、冤罪の可能性は0だと証明されたということにほかならない。


見て明らかなように、何の断りもなく「(0%)」が挿入されている。意図も明らか。

これは「捏造」だよ、あなた。

議論する者としてサイテーじゃん。

2ヶ月前 No.1644

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>1626

>私が引用を省略したからか、読解に誤解がある様に思います。> >だったら、冤罪によって無期懲役はいいんですか?〜「はい、OKです」って言えるか?言えるはずもない。 >>に対してその通りだと言っています。


ああ、そういうこと。なら、納得。


> そうですかね?〜それらをやるのは結局は人間ですよね〜ある程度で許容するという事は、そこに冤罪が生じる余地があるという事ではありませんか?完全に冤罪0にするには刑罰を廃止する以外に無いと思いますよ。当然刑罰の廃止ですから犯罪天国にはなりますが。


完全性を要求された場合は、難しい部分があるのは認めよう。だが、冤罪があるのも事実。それを防止するためには、その防護壁をあげていくのが現実的な手法であると俺は考える。死刑廃止ではなくてね。


> 再審請求をするのは被疑者ではない〜刑事事件の弁護士に無料相談「再審の流れ」より〜受刑者もできる様ですよ〜無いのではないですか?そう考えると今の話で現実的に再審請求をするのは受刑者側の人ではありませんか?


そりゃ、そうだろうな。だが、俺が書いた元ネタは「そのバッファは平たく言えば、死刑が下ってからも、ある一定期間猶予を設けるから、その間に新しい証拠を探してきてねという事を意味しているのですか?仮にそうだとしたら、獄中の人に新たな証拠を探す事なんてそもそも無理だと思うのですが。」ってカキコミにある。獄中の外に支援者がいるから、そういったことが可能となるのであって、「獄中の人に新たな証拠を探す事なんてそもそも無理」ってのが反論としてそもそも無理だと書いているに過ぎない。問題は支援者を得られない被疑者(受刑者)がどうなるのかってことなんだね。そこには、冤罪による刑罰を少しでも和らげるための、改善の余地があると俺は思う。


> じゃあ重篤な刑罰以外なら冤罪はOKみたいな話が付き纏いませんか?それ正に貴方が「はいokです」と言えるはずもないと言った事と同じですよ。


現実問題としてはそこはぬぐえない問題である。だが、問題が冤罪なら、その防止のための手段を厚くすることがスジだってのが俺の言ってることだ。


> 最高刑を死刑ではなく人権を剥奪する事とすれば、貴方の言う責任能力の話もクリアした上で人をモルモットとして扱えませんか?


俺には、このような問題を考える際に、「モルモット」という言葉を安易に使用することに抵抗がある。所詮は、このような場でのやりとりなどどうでもいいから気にすんなよって言い方もあろうが、やっぱりね、そういうわけにはいかないんだね。性格なんだろうな。俺は、「人権」なんぞ存在しないと思っているが、死刑を処されるということは、「人間」として処されるということであるということであり、いわゆる人権をはく奪された状態としても、そこは、やはり、「人間」として扱われなければならないと考えている。

2ヶ月前 No.1645

蚕子 @himehime10 ★Android=OQb5K1gHWZ

>>1641
>>1627 は正しいことを証明できないから正しくないよー
正しいことを証明できなくても正しいって主張は普通は通らないんだよね?
一応わたしは00100さんのゆうことは正しくないって証明できないけど00100さんのゆうことは正しくないって主張しておくね

裁判所にいったら判決が絶対に正しいって見せてくれるってゆうのは嘘なんだねー

先ず事件番号 □平成19(あ)398が正しいってことを証明してよ
そんな誤審かどうかもわからないものを根拠にされても困るよー

2ヶ月前 No.1646

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1645

>完全性を要求された場合は、難しい部分があるのは認めよう。だが、冤罪があるのも事実。それを防止するためには、その防護壁をあげていくのが現実的な手法であると俺は考える。死刑廃止ではなくてね。


貴方の言っている事は現実的手法ではなく正論だと私は思います。
ただ何処まで貴方の言う防護壁を完璧にこなしたとしても、何処かに必ず冤罪の入り込む余地が生まれるとわたしは思います。
それに対してどう考えるのかは人によって考え方は異なるかと思います。人によっては、冤罪は無くすべきだがある程度は仕方が無いみたいな矛盾した考え方を矛盾と気付かず支持する人、妥協として受け入れる人なんかもいるかも知れません。
きっとそこに対する、万人を納得させられる答えを出せる人は誰もいないのではないかと思います。

> そこには、冤罪による刑罰を少しでも和らげるための、改善の余地があると俺は思う。


そうかも知れませんね。私が言いたかったのは、バッファが目的通りに機能しないケースは少なくないのではないか?という事です。

> 現実問題としてはそこはぬぐえない問題である。だが、問題が冤罪なら、その防止のための手段を厚くすることがスジだってのが俺の言ってることだ。


しかし世の中は正論通りには進まないものだと思います。

> 俺には、このような問題を考える際に、「モルモット」という言葉を安易に使用することに抵抗がある。


そうですか。意図をデフォルメするために敢えてそういう人に使うには相応しくない言葉を使いました。
表現を変えましょう。

「松本サリン事件から24年 河野義行さん「もっと深い真相を」 オウム真理教・死刑囚は今」より
以下引用
松本サリン事件で妻を亡くし、自らもサリン中毒により入院した河野義行さん。
(Q.事件の真相は明らかになったと思いますか?)
「それは無理だと思います。裁判で明らかにされるのは、検察の起訴事実だけなんですよね」(河野さん)
(Q.明らかにすべき真相はどこにある?)
「それはどうしてオウムが事件に走ってしまったかという真実ですね。そこを究明しない限り、再発防止の手は打てないと思います」(河野さん)
「(死刑囚は)複数いるわけですよね。それぞれの発言をつなぎあわせていけば、推測の一つの結論は出るんじゃないかなと思います」(河野さん)
 事件はなぜ起きたのか。“裁判では明らかになりきらなかった、もっと深い真相を知りたい”24年が経った今も、複雑な思いは消えません。
引用終わり

どうしてオウムが事件に走ってしまったかという真実はオウムの中にいた人、特に事件に深く関わった人にしか分からないと思います。
そういう人達を死刑にしてしまったら、彼等から情報を得る事はできません。
それは即ち、再発防止の手は打てないという事になるかと思います。
そのために死刑を無くすんだという理屈については如何考えますか?
この情報の得方は色々と方法はあり、その中には非人道的なものもあるかと思います。

2ヶ月前 No.1647

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1646

> >>1627 は正しいことを証明できないから正しくないよー


どうしてですか?

> 正しいことを証明できなくても正しいって主張は普通は通らないんだよね?


日本度としての意味が分かりません。つまり、どういう事ですか?

>一応わたしは00100さんのゆうことは正しくないって証明できないけど00100さんのゆうことは正しくないって主張しておくね


そうですか。証明できないなら却下されるだけですね。

> 裁判所にいったら判決が絶対に正しいって見せてくれるってゆうのは嘘なんだねー


嘘も何も、事件番号 □平成19(あ)398 の判決が絶対に正しいって証明できるのかと聞かれたから、裁判所に行けば、その事件番号の判決文を見せてくれるから、それと私のレスの内容とを見比べたら、きっと貴方にも事件番号 □平成19(あ)398の判決と私のレスの内容が同じである事が分かりますから、事件番号 □平成19(あ)398の判決が絶対に正しい事がそれで証明できますね。

> 先ず事件番号 □平成19(あ)398が正しいってことを証明してよ


ですから裁判所に行って当該事件番号の判決文を見せて貰ったら如何ですか?そうすればその内容が同じであるかどうかが分かり、即ち先ず事件番号 □平成19(あ)398があの内容で正しいってことが証明されます。

>そんな誤審かどうかもわからないものを根拠にされても困るよー


誤審?その可能性はあるとしても、裁判所のサイトとしてヒットするサイトで事件番号を検索したらこの判決が出てくる事は正しいですよ。

2ヶ月前 No.1648

蚕子 @himehime10 ★Android=OQb5K1gHWZ

>>1648
じゃあ >>1627 は正しいことを証明できないけど正しいの?

裁判所に行ったら事件番号 □平成19(あ)398判決文を見せてくれるってことを証明してよ
証明できないなら却下されるだけですね。

裁判所に行ったら間違いなく当該事件番号の判決文を見せて貰えることを証明してよ
証明できないなら却下されるだけですね。

誤審の可能性があるんだよね?
誤審を元に冤罪とはなにか決めていいの?

2ヶ月前 No.1649

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1649

> じゃあ >>1627 は正しいことを証明できないけど正しいの?


そうなのですか?では先ずは >>1627 は正しい事を証明できない事を証明して下さい。

> 裁判所に行ったら事件番号 □平成19(あ)398判決文を見せてくれるってことを証明してよ


いや、行っただけでは見せてくれませんよ。

> 誤審の可能性があるんだよね?


可能性ならあるでしょうね。

>誤審を元に冤罪とはなにか決めていいの?


さあ?分かりません。

2ヶ月前 No.1650

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_4CX

>>1644 ヴィランのふくろうさんへ、
あなたの言う「冤罪の可能性は0」は「冤罪の可能性は0%」という意味ではないのでしょうか?

一般に「可能性の程度」を数値表現する場合は 割合量を示しますので(例.「十中八九」など)、「0」も「0%」も同じ意味です。

2ヶ月前 No.1651

ヴィランのふくろう @owlman ★Android=Gh53RyBMOc

>>1651  捏造さん

だったら何故わざわざ捏造したんだよ?
可能性の意味の違いが問題になっているのに。
意図は見え見えだって言ってるだろ。
この期に及んでまだごまかせると思ってるのか?
有罪確定なんだって。
一人で冤罪だって叫んでろ。

2ヶ月前 No.1652

蚕子 @himehime10 ★Android=OQb5K1gHWZ

>>1650
わたしには >>1627 は正しい事を証明できないしする気もないよー
証明できないなら却下されるだけですね。
却下却下
却下されたね

裁判所に行ったら事件番号 □平成19(あ)398判決文を見せてくれるってことは証明できないんだねー
証明できないなら却下されるだけですね。
却下却下
却下されたねー

誤審を元に冤罪とはなにか決めていいのかどうかもわからないのに誤審の可能性があるものを根拠にしないでよー

2ヶ月前 No.1653

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1653

> 誤審を元に冤罪とはなにか決めていいのかどうかもわからないのに誤審の可能性があるものを根拠にしないでよー


どうしてですか?

2ヶ月前 No.1654

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_4CX

>>1632

>(前略)原則に則るのであれば,合理的疑いとしての冤罪可能性が0であると証明されたからこそ、有罪にすることが可能なんだよ。

>だから,合理的な疑いとしての冤罪可能性が0であっても、なお冤罪可能性が0ではない、というのなら、それは非合理的な疑いとしての冤罪可能性であるに過ぎない。


そうとは限らない。
判決の時点で「合理的な疑いの余地がない」と判断されても、後から未判明だった“合理的な疑い”が見つかることがある。この場合、「『合理的な疑いの余地がない』というのは誤りであった」「冤罪可能性は0ではなかった」ということが、後から判明することになる。
よって、

>その冤罪可能性は「非合理的疑い」にほかならず、非現実的・ナンセンスなゴタクにすぎない。


は、言い過ぎ。

あなたの言い方だと、過去の実在の冤罪事件についても、冤罪の証拠が見つかるまでの間の異議は 全て「非現実的・ナンセンスなゴタク」になってしまう。

以上。

2ヶ月前 No.1655

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_4CX

過去の冤罪事件は、全て「冤罪であったことが後から判明した事件」だ。
しかし、そうでない事件(冤罪であることが判明していない事件)の全てが「冤罪でなかった」とは言い切れない。
中には、「冤罪であるのにもかかわらず、その疑いが晴れぬまま執行されてしまった事件」もあるだろう。( >>1575 )
「執行後に冤罪が判明した例( >>1575 )」もあるだろうし、「執行後、未だに疑いが晴れぬままの例」もあるかもしれない。

普通に考えると、一度確定した刑を覆す方が稀だから、「冤罪が判明した例」より「(冤罪にもかかわらず)疑いが晴れぬままの例」の方が多いのではないかと推察する。

2ヶ月前 No.1656

ヴィランのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_pzR

ま、仮に百歩譲ってそうだとしても、捏造くんの事件は冤罪可能性は皆無だ。

なぜなら、この事件の場合、コピペしても、都合のよいような文言が勝手に挿入されることは常識的にに考えてありえないからだ。

意志的・意図的に改ざんしたことは明々白々である。神妙にお縄につけ(笑)

2ヶ月前 No.1657

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

まあ、なんと、尾籠なふくろうだことでしょう。

2ヶ月前 No.1658

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>1647

>貴方の言っている事は現実的手法ではなく正論だと私は思います。


正論ね。正論の代わりに青臭い理想論だと書いてもらってもよかったけどな。だけど、それは俺の意図を少し、カン違いしてるかな。冤罪を防止するための方策を高くしても、どこまでも冤罪の可能性は残る。例えば、一般的には、犯人の自白により、犯人しか知らないはずの場所から物的証拠(例えば、遺棄された凶器など)が出たら、「この容疑者は犯人しか知りえない情報を知っていたわけだから犯人と特定できる」と判断される。でも、もしかして、そいつが犯人の身代わりだったら?別のところにいる真犯人から言いくるめられて、犯人しか知りえない情報を与えられていたら?上記の判断は誤りとなることだろう。でも、俺の意図は、現実を考えろということだ。現実の仕組みは、もう、改善の余地は全くないのか?そんなことはない、ザルだろう。なら、冤罪を問題視するなら、スジとして、現実の仕組みの向上すべしとなるんじゃないのと書いてるんだね。

>〜そういう人達を死刑にしてしまったら、彼等から情報を得る事はできません。それは即ち、再発防止の手は打てないという事になるかと思います。そのために死刑を無くすんだという理屈については如何考えますか?


死刑を廃止すれば、そのようなものから情報を得ることができると考えるのは、甘いと思うけどね。言う覚悟を決めた奴は言うだろうが、そうでないものは言わないしな。俺には、そのような目的のために、死刑を廃止するなら、元々、死刑という刑罰に大した意味はないと言ってるのと同じだと思える。本当に死刑は刑罰として存在意義がないのかどうか?あるとすれば、どのような意義なのか?他国では、死刑なしで刑罰制度が成立しているというが、通念としての倫理観にたいして、制度としての歪がないのかどうか?もし、あるとすると、どういうことなのか?逆にない(むしろ死刑の方が通念としての倫理観に反する)とするならば、その宗教的、文化的背景は何なのか。それは、我々のそれと一致し、受け入れられるものなのかどうか?そういうことの方が、死刑の是非を論ずる際に考えるべきことなのだと思う。

2ヶ月前 No.1659

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1659

>現実の仕組みは、もう、改善の余地は全くないのか?そんなことはない、ザルだろう。なら、冤罪を問題視するなら、スジとして、現実の仕組みの向上すべしとなるんじゃないのと書いてるんだね。


はい。ザルとまでは言わなくても、改善の余地は少なくないと思いますよ。
ただ仮に思い付く改善を全部やり尽くしたとしても、刑罰を廃止しない限り、どこまでも冤罪の可能性は残ります。そしてそれに対してどう考えるのかは人によって考え方は異なるかと思います。
例えばザル対策をしてもどうせ冤罪の可能性が残るなら、苦労してザル対策をするよりは、ある程度の冤罪は必要悪としてしまった方が合理的だと考える人もいるかも知れません。

>>1659
> 言う覚悟を決めた奴は言うだろうが、そうでないものは言わないしな。


ここでいう「言う」とは彼等が情報を開示する(彼等から情報を得るの彼等側からの視点)という事ですか?
仮にそうなら、言わせる方法は色々あると思いますよ。

> 俺には、そのような目的のために、死刑を廃止するなら、元々、死刑という刑罰に大した意味はないと言ってるのと同じだと思える。


制度の存廃に関する主な論拠
http://www.moj.go.jp/content/000053167.pdf

ここに死刑の存置、廃止に関する論拠が幾つか挙げられています。
ただ、個人的な感想ではありますが、ただ殺してしまうより、どうして加害者が事件に走ってしまったかという真実ですね。そこを究明しない限り再発防止の手は打てないと思うという河野さんの考え方は、確かに一理ある様に思います。

> 本当に死刑は刑罰として存在意義がないのかどうか?


どうでしょうね?そういう事も大事な事だとは思いますが、将来に繋げる話も大事だと思います。

2ヶ月前 No.1660

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_4CX

例えば、
麻薬の不法所持だけで死刑になる国があったとして、その国のホテルに宿泊中に 自分の荷物の中に麻薬を入れられて、そのタイミングで 通報を受けた警察に踏み込まれて 麻薬不法所持容疑で逮捕され、その疑いが晴れぬまま有罪となり死刑執行されてしまった...

というようなことがあったら嫌だと思う。
上記の「死刑」を「有期懲役」に置き換えても嫌だと思う。

刑罰の重さの問題ではない。取り調べが雑で、“決め付け”で証拠を練り上げられてしまうような検察のありようが問題だと思う。

「量刑の問題」と「冤罪になりやすさの問題」は別だと思う。
「冤罪になりやすい」から「量刑を軽くする(例えば、死刑を廃止する)」というのは、理屈としておかしいと思う。

2ヶ月前 No.1661

ヴィランのふくろう @owlman ★CZPpJSpIQU_0zR

『和歌山カレー事件』のことだけど、

京大の河合潤教授の話を聞いたら、なんか冤罪ぽくね?

つーか、話を信用する限り(またできそうだけど)、無罪がいわば直接証明されているように思われるな。

2ヶ月前 No.1662

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1662
でも貴方の主張だと、この場合も合理的疑いを差し挟む余地がないから有罪判決が出て、ということは、「有罪が確実であると立証された」ということであり、
これは、無罪の可能性がない、すなわち、有罪判決が下されても、冤罪の可能性は0だと証明されたということにほかならないわけですよね?

2ヶ月前 No.1663

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_4CX

「京大の河合潤教授の話」も“印象操作”っぽい感じがしないわけではない。
人間は弱い。信じたいものを信じる傾向がある。とはいえ、信じるものがないと 合理的な思考もできなくなる。

「京大の河合潤教授の話」の信憑性が高いなら、再審請求が通っても良さそうなものだが、通らないのは何故だろう?

判断する側がバカなのか、それとも大衆がバカなのか?

2ヶ月前 No.1664

ヴィランのふくろう @owlman ★CZPpJSpIQU_0zR

>>1663
ほかの人も私にたいして同じ疑問を抱いているかもしれないので、今回は特別にお答えしよう。
前提として、私は現行制度の冤罪可能性が0だと言ったことはないんだよ。
今、ちょっとねさんが言っているような、改善策をいろいろ講じるべきだと最初から言っている。
そして、死刑の場合、判決も執行も、疑う余地のない、冤罪可能性のないものに限定すべきであり、それは実際に可能である、と主張している。
なおかつこの冤罪可能性は、あくまで具体的個別案件に定位した話であって、一般論としての可能性ではない、ということも強調してきた。

で、この事件の場合、明らかに「疑うべき余地がない」という判断を誤ったってだけだね。
この事件は以前から直接証拠がなく、状況証拠だけ、物証はヒ素だけで、その鑑定結果も怪しいとされていたよね。
とりわけ唯一の物証とも言うべきヒ素の鑑定が信用できないということで、冤罪の疑いがあったわけだけども、河合教授のおかげで、カレー鍋のヒ素と林死刑囚が使えたヒ素が、異なるものであるということが立証されたようだ(私の言い方は正確じゃないかもしれないが)。
これ、冤罪事件のDNA鑑定のミスとよく似ているパターンなんじゃないかな?
具体的現実的に疑うべき可能性があったのに、それを見落としていたと、そういうことだろう。
これはネットを私が調べただけでもわかったことだし、
ま、このような事件に執行命令を出したら、そりゃ法務大臣はアホだろうが、今の森さんはさすがに大丈夫なんじゃないかな。

とは言えだね、
だから「疑う余地がない」と判断したって、こうやって間違う可能性があるのだから、結局冤罪可能性を排除することはできない
っていうのは違うのよ。
具体的に言えば、現実的に疑う余地があったのに、それをきちんと検証していなかったからだ、この事件の場合。
しかし、衆人環視の中の犯行はもちろんだが、そうでなくても、直接証拠のある事件もあるだろうし、犯人性に疑う余地のないものはほかにもあるだろ。今年執行された2件はそういうもののようだね。調べた限り、犯人性について争ってはいないようだし、片方は確かあまりにひどい事件だったので、弁護士が裁判冒頭で被害者家族に謝罪したって書いてあったよ。
とにかく、具体的に見る必要があるってこと。既に直接証拠で立証されているような場合、後に新しい事実がわかったらひっくり返る、なんてことも常識的にはありえない。
そういうケースに限ればいいんだよ。

捏造くんの

>「京大の河合潤教授の話」も“印象操作”っぽい感じがしないわけではない。

>人間は弱い。信じたいものを信じる傾向がある。とはいえ、信じるものがないと 合理的な思考もできなくなる。


は、よう意味がわからんね。
これ自体が印象操作っぽいね(笑)

河合教授は専門分野で世界的にも一定の評価を得ている研究者のようだし、その鑑定には信頼がおけるように思うが違うのかな。

2ヶ月前 No.1665

ゆみ ★Dj4nhDoQCH_fZi

冤罪が根拠の死刑廃止論について

冤罪があって良いわけがないのだから、冤罪を根拠にした死刑廃止の論理は
「死刑を廃止すべきだ」という結論しか導き出されないのではないでしょうか。
冤罪リスクを考慮すれば死刑廃止の流れになるというような鉄壁の論理だという訳でも
なさそうです。

どういうことかというと、例えばこの論理の構造は、
銃を持つと人を簡単に殺せるようになるから銃を持つのはやめましょうみたいな
1体1の論理になっていて、そこにはライフル協会の権力が背景になっていることや、
誰かが持てば他も持たざるを得ないという心理が省かれてしまう結果になります。
それらが省かれてしまうと正しい議論にならない気がします。

今回のこの問題に関して言えば、死刑制度を存置したい人・廃止したい人の様々な感情や
価値観が内包されないまま議論されてしまう恐れがあります。
また、それだけではなく今後私たちの取るべき未来への道や選択肢が狭まる結果になるのではないかと考えます。

遺族感情から見た死刑制度や、そもそも制度廃止にした場合の殺人発生率、
それから実際の冤罪発生率。

死刑制度については、まずはこの3点を軸にした考えを基に
それぞれが自由で柔軟な結論を導き出し、主張に不備があった場合には適宜
他の人が指摘する。こういった段階を踏んで、切磋琢磨していかないと、
反対派も賛成派も本当に良い結論というのが出ないのではないかと思います。

私自身は死刑制度そのものは基本的になくていいと思っています。
なぜなら、殺人発生率の増加は、アメリカとオーストラリアの研究で否定されて
いるからです。
心情的には児童虐待などで子供を死なせたような親は死刑になってもいいぐらいに
思っていますし、そういう大人には社会的制裁を加えて実名報道と顔写真の掲載、
そして懲罰を与えるということをして、徹底して社会生活が送れないようにしたい
という気持ちに駆られますが、そうなると今度は更生という観点から言って
加害者が社会生活を送りたいと思った時に希望がなくなるという弊害も
ありますよね。だから中々難しい。

殺人をあやまちだと考えることができるようになったら、死刑ではなく
更生という道を辿って欲しい。そう考えるので、死刑制度には反対です。

2ヶ月前 No.1666

ゆみ ★Dj4nhDoQCH_fZi

>1666

>遺族感情から見た死刑制度や、そもそも制度廃止にした場合の殺人発生率、
>それから実際の冤罪発生率。

>死刑制度については、まずはこの3点を軸にした考えを基に

などと書きましたが実際の冤罪発生率などわかる由もないですよね。
失礼しました。

2ヶ月前 No.1667

志野 @sinomon10 ★mxUlIhmUYL_yoD

>ゆみさん

確かに仰るとおりです。
個人的には「遺族感情から見た死刑制度」、「そもそも制度廃止にした場合の殺人発生率」、「実際の冤罪発生率」、「社会への問題」の4つにしてもいいかなと思います。

死刑を廃止しても、凶悪事件に影響はあまりないというのはその通りだと思います。
何故なら、一定水準以上の犯罪を行うとなると、「死刑こそ英雄への道」のような思考が強くなるからです。
つまり死刑があろうがなかろうが関係ないということです。

次に冤罪発生率の観点からだと、0か0ではないかでいいのでは?
冤罪が発生する確率が0でない以上、死刑でも起きる確率は0でなくなるので。
そして逮捕や勾留の状態を鑑みるに、今の段階では0はほぼ絶望的です。
おそらく司法に携わる人々の考えなどが変わっても無理なのではないでしょうかね。
なにしろ、科学技術と言っても人によって作られたものなので、完全とみなすのは危険です。
故に人と人によって作られたもので行うのだからどうしても危険は残りますから。



ここからは話はかわり、最後に社会への問題説明を少々。
例えば死刑をなくすと、凶悪犯罪を犯した人でも監獄で過ごすことになります。
当然全員が更正する可能性は限りなく低いです。
すると、脱走という危険性も生じてきます。最近のニュースを見れば、間違いなく生じます。
そうすると死刑という方法をなくした中で、社会へ安全性をもたらせるのか?という疑問にも行き着くと思うからです。

2ヶ月前 No.1668

ゆみ ★Dj4nhDoQCH_fZi

志野さんへ

早速のレスポンスありがとうございます。
社会への問題も付け足した方が良さそうですね。

色々と着眼点はありそうですがまず思いついたものを羅列すると、

1 死刑にせずに無期懲役にした場合における囚人の増加率と国民の税金の負担額の予想
2 脱走兵をゼロにするための刑務所のセキュリティ対策
3 生涯を刑務所で悠々自適に暮らそうと考える言語道断な不届き者に対する従来の刑罰ではない新しい刑罰。
4 刑務官の志願者数がどこまで伸びるか
5 更生システムを考えるために心理学がどこまで応用できるか
6 更生システムを受けた後の社会的な受け皿

など。他にもあったら教えてください。

2ヶ月前 No.1669

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1665

> 前提として、私は現行制度の冤罪可能性が0だと言ったことはないんだよ。

>今、ちょっとねさんが言っているような、改善策をいろいろ講じるべきだと最初から言っている。


でもその理屈、 >>1632 の理屈とは合致しませんが。

> 具体的に言えば、現実的に疑う余地があったのに、それをきちんと検証していなかったからだ、この事件の場合。


じゃあ疑う余地の有無は結局どう見分けたら良いのですか? >>1632 ではそれを有罪判決の有無としていましたが、こうやって間違う可能性があるのだから、結局冤罪可能性を排除することはできていませんよね。

> 既に直接証拠で立証されているような場合、後に新しい事実がわかったらひっくり返る、なんてことも常識的にはありえない。


だけどそんな直接証拠って殆どの場合、ないのでは?
直接裁判官なりがその犯行の瞬間と今までの経緯をずっと見続けてきたなんて事はあり得ないわけでして、結局は残された証拠を積み上げて、そこから推理するわけですから、何が来ても覆らない直接証拠なんて基本的には無いと思いますよ。
その上で検察が出す証拠だって選択的だったり捏造・改竄されていたりするわけですし、証言だって何処まで信用できるか分からないものですからね。検査が出してきた証拠だけを見て常識的に判断したところで、検察の用意したストーリーに沿って進むことになってしまうのでは?

2ヶ月前 No.1670

安齋昌宏 ★IpEO77cCOU_fud

私たちカトリック教会では「死刑は殺人」ということで認めない立場です。十戒の「殺すなかれ」から来ています。

2ヶ月前 No.1671

ヴィランのふくろう @owlman ★Android=Gh53RyBMOc

>>1670

私の >>1665 は、そういう反論を想定して書いたものです。

なので、同じ説明はいたしません。

2ヶ月前 No.1672

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>1660

>例えばザル対策をしてもどうせ冤罪の可能性が残るなら、苦労してザル対策をするよりは、ある程度の冤罪は必要悪としてしまった方が合理的だと考える人もいるかも知れません。


必要悪という言葉の使い方がなんか、ちがうような。例えば「ヤクザは社会の必要悪だ。反社会的組織ではあるが、社会に適合できない乱暴者を救い上げ、義侠心の残るものたちであれば、自分のシマの一般住民に対しては、暴力的圧力に対する保護者となりうるからだ」的な使い方をするなら、分かるんだけどね。(本当に一般住民に対する保護者となっているかどうかは置いといてね)冤罪そのものは必要悪ではなく、単なる弊害だと思う。(この場合、警察権力が必要悪になる。)


>ここでいう「言う」とは彼等が情報を開示する(彼等から情報を得るの彼等側からの視点)という事ですか?仮にそうなら、言わせる方法は色々あると思いますよ。


そういう意味だが、そうだとして、その色々な言わせる方法は具体的には何を想定してる?


>ただ殺してしまうより、どうして加害者が事件に走ってしまったかという真実ですね。そこを究明しない限り再発防止の手は打てないと思うという河野さんの考え方は、確かに一理ある様に思います。


河野さんは松本サリン事件の冤罪被害者だったね。「真実を究明しない限り再発防止の手は打てない」ということはよく聞く表現だが、俺には上滑りな表現に聞こえるよ。真実を究明なんてそんな簡単なことではない。犯罪者を生かしておけば、真実が究明できるのか?「藪の中」って知ってるでしょ。真実は人の数だけあるのである。松本サリン事件の冤罪の真因は究明され、再発防止策は打たれたのだろうか?知っていたら教えて欲しい。

2ヶ月前 No.1673

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>1671

そういうのは、どうして、欧州で死刑廃止が進んでいるのか?ということに対するヒントを与えるように思う。俺の問い:「本当に死刑は刑罰として存在意義がないのかどうか?あるとすれば、どのような意義なのか?他国では、死刑なしで刑罰制度が成立しているというが、通念としての倫理観にたいして、制度としての歪がないのかどうか?もし、あるとすると、どういうことなのか?逆にない(むしろ死刑の方が通念としての倫理観に反する)とするならば、その宗教的、文化的背景は何なのか?それは、我々のそれと一致し、受け入れられるものなのかどうか?」に触れている話だ。

2ヶ月前 No.1674

ふんにゃ @sorairono ★bXqlVCKD2A_po8

<「無期懲役がなくても刑罰制度は成立する?」 無期懲役・終身刑がない国もいっぱいあるが・・・>

>>1597

>理屈は分かるものの、仮に死刑を無くしたとして最高刑が無期懲役になったとしても、遠い将来、今死刑を無くしたのと同じ理屈で無期懲役は無くすべきみたいな話になりませんか?

それは目下の論点ではない。・・・、とは言うものの・・・
そうねえ、遠い将来、・・・

ノルウェーのような北欧諸国の刑罰制度のように、・・・
国民の間に人権意識が浸透し、刑罰が応報じゃなく、犯罪者の更生・社会復帰のための教育刑が徹底される刑事司法・刑罰改革がなされるようになるのなら、無期懲役廃止の議論が起こることもあるかもしれない。

ホント、・・・、遠い将来の話。

だが、それは、目下の論点ではない。

2ヶ月前 No.1675

ふんにゃ @sorairono ★bXqlVCKD2A_po8

<「冤罪根拠の死刑廃止の論理」は冤罪じゃない死刑に反論できないのか>

>>1598

>俺の問いは「冤罪でないことが明瞭である重篤な犯罪(判例に照らして、死刑判決となって当然の事例)がある。その際、「冤罪根拠の死刑廃止」論理でその刑罰を否定できるのか?」ということだ。答えは当然Noである。なぜなら、このケースにおいては、冤罪の可能性はないと明瞭に判断されうるから。(本当はYes or Noと迫りたいところだが、逃げるだろうから答えは書いた。)

つまり、冤罪根拠の死刑廃止の論理は、冤罪じゃない犯罪者の死刑には反論できない、と言うわけだ。
答えは当然Noである。

冤罪じゃないことが明瞭である重篤な犯罪者を「凶悪犯」と呼ぼう(長いからw)。
「凶悪犯を死刑にする、ならば、死刑制度が必要である」とゆーことだね。


そして「死刑制度に冤罪リスクがある」こと自体はちょっとね殿も否定しないわけだ。
「死刑制度が必要であるならば、冤罪死刑リスクを肯定する」とゆーことでもあるね。

すると、

凶悪犯を死刑にする、ならば、死刑制度が必要である。
死刑制度が必要である、ならば、冤罪死刑リスクを肯定する。
すなわち、
凶悪犯を死刑にする、ならば、冤罪死刑リスクを肯定する。

になっちゃうでしょ。

凶悪犯の冤罪を疑っているのではないよ。
凶悪犯を死刑にするために死刑制度が必要ならば、死刑制度にある冤罪リスクも認めなければならない、ということだ。

何を言いたいかというと、

「凶悪犯を死刑にする」という個別のケースだけで死刑制度を語るのは片手落ちだ、とゆーこと。
死刑存廃論は個別の死刑についての議論ではなく、死刑制度全体についての議論なのだから。
死刑は、凶悪犯を死刑にするし、冤罪の人間を死刑にすることもありえる。
死刑制度全体の視点に立つならば、非冤罪も冤罪も、無関係ではいられない。

そして、上記の三段論法の帰結、
「凶悪犯を死刑にする、ならば、冤罪死刑リスクを肯定する」
論理的等価である、対偶、で書き換えるならば、

「冤罪死刑リスクを否定する、ならば、凶悪犯を死刑にできない」

つまり、
無実の人間が死刑になることを否定する、ならば、凶悪犯を死刑にできない。

というわけ。つまり、

凶悪犯を死刑にできない根拠は、冤罪、なのである。

かくして、

>「冤罪でないことが明瞭である重篤な犯罪(判例に照らして、死刑判決となって当然の事例)がある。その際、「冤罪根拠の死刑廃止」論理でその刑罰を否定できるのか?」

答えは当然Yes、否定できる、である。

結論=「冤罪根拠の死刑廃止の論理」は、冤罪じゃない犯罪者の死刑を否定する。

2ヶ月前 No.1676

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_4CX

ヴィランのふくろうさんへ、
>>1662

>『和歌山カレー事件』のことだけど、

>京大の河合潤教授の話を聞いたら、なんか冤罪ぽくね?

>つーか、話を信用する限り(またできそうだけど)、無罪がいわば直接証明されているように思われるな。

>>1665
>河合教授のおかげで、カレー鍋のヒ素と林死刑囚が使えたヒ素が、異なるものであるということが立証されたようだ(私の言い方は正確じゃないかもしれないが)。

(中略)
>河合教授は専門分野で世界的にも一定の評価を得ている研究者のようだし、その鑑定には信頼がおけるように思うが違うのかな。


あなたが「無罪が直接証明された」「カレー鍋のヒ素と林死刑囚が使えたヒ素が異なるものであるということが立証された」と判断した決定的な情報は何ですか?

情報のソースを教えて下さい。

2ヶ月前 No.1677

ヴィランのふくろう @owlman ★CZPpJSpIQU_0zR

>>1677
「知恵袋 河合潤」で検索

Yahoo知恵袋 の記事

「和歌山毒カレー事件の真相は、林家同様ヒ素を保持していた近所の一家の…」

ベスト・アンサー

あと、YouTubeでもカレー事件関連の動画で、本人がいろいろ出演している。

2ヶ月前 No.1678

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_4CX

>>1678 ヴィランのふくろうさん、情報ありがとうございます。後で読みに行ってみます。

2ヶ月前 No.1679

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_4CX

>>1678,1679
おおぉ すごい!!
これ、ご本人の書き込みですね。

2ヶ月前 No.1680

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_4CX

>>1678 ヴィランのふくろうさん、Yahoo知恵袋の記事の紹介、ありがとうございました。
大変参考になりました。河合教授ご本人が回答しているなんて驚きです。

その上で質問なのですが、ヴィランのふくろうさんが「カレー鍋のヒ素と林死刑囚が使えたヒ素が異なるものであるということが立証された」と判断した決定的な記述はどこの部分でしょうか?
記事を引用して示して戴けると理解の助けになってありがたいです。

2ヶ月前 No.1681

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>1676

遅いな、遅すぎる。 >>1598 から6日も経っている。もちっと、ビビッと返せないもんかね?まあ、いい、逃げなかったところだけは褒めてやろう。しかし、もー、グーの音もでないと思ったんだがな。どこ、押しゃ、そんな、減らず口たたけるんだろう?

まず、ふんにゃさんは凶悪犯(定義;従来の判例に照らし合わせて死刑判決が下って当然の重篤な犯罪を犯したもので、かつ、『冤罪の可能性がない』ところの犯罪者:これはふんにゃさん定義のタームでもある。)の死刑は否定しないってことでいいんだよね。そりゃ、当然だ。「冤罪根拠の死刑否定」なら、冤罪可能性がない場合の死刑を否定できないからね。そして、常識的に考えて、そのような犯罪者もいることも否定していない。そうだよね。Yes or No?答えは当然、これまでの文脈から、Yesと思うが、どう?

まずはそこから。時間がかからないように簡単にしておきました。Yes or No?

2ヶ月前 No.1682

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_4CX

>>1652 ヴィランのふくろうさん、
有益な情報( >>1678 )を提示して戴いたお礼に、 >>1652 について回答させて戴きます。
(わたくし的には、こういう質問は‘無視対象’なのですが...)

>>1652

> >>1651  捏造さん

>だったら何故わざわざ捏造したんだよ?


はて?「捏造」とは何のことでしょうか?
私には心当たりがございません。

もしあなたが >>1642 の中の >>1632 からの引用文中に 本文に無い「(0%)」という補足を入れたことを「捏造」と言っているのであれば、それは誤解です。

一般に引用文に対して引用者がカッコ書きで補足文を入れることはよくあることです。新聞記事などを読むと、そういう表現がところどころに使われています。
そういう補足文に対して「カッコ内は引用者による」などの注釈を添える場合もありますし、添えない場合もあります。 >>1642 の投稿は後者です。

あなたが“捏造”と判断したと思われる「(0%)」は、単なる補足です。( >>1651 で書いたとおり、「0」の後ろに「(0%)」を添えても意味は変わりません。)

「意味が変わらないなら補足を添える意味が無いのではないか?」という点に関しては、
私はその前の段で「完全(100%)」という表現を使用していますので、これとの対比をわかりやすくするために同様の表現「0(0%)」を使ったまでです。

「完全」と「0」は、対義語ではないので、このまま並べてもわかりにくいと思います。「完全(100%)」「0(0%)」と書いた方が、対比が明確になってわかりやすいのではないでしょうか?

以上です。

2ヶ月前 No.1683

ふんにゃ @sorairono ★bXqlVCKD2A_po8

冤罪じゃない犯罪者がいることは、Yes。
しかし、まだわからないのか。どう説明したものか。

単純な三段論法なのだよ、ワトソン君。

犯罪者を死刑にすることは死刑制度を認めることである。
死刑制度を認めることは冤罪死刑リスクを認めることである。
それゆえ、
犯罪者を死刑にすることは冤罪死刑リスクを認めることである。

逆に考えれば、

冤罪死刑リスクを認めないことは死刑制度を認めないことである。
死刑制度を認めないことは犯罪者を死刑にしないことである。
それゆえ、
冤罪死刑リスクを認めなければ犯罪者を死刑にできない。

だから、犯罪者を死刑にできない根拠は冤罪(死刑)なのである。

亀レスであったのは申し訳ない。
6日前が日曜日だったからだろう。
今日は土曜なので時間ができた。
スマホでチェックしてるが、私がいなくても議論が続いているのは結構なことだな。
それに、だいぶ、議論らしくなってるじゃないか。
私といえば、年末年始でさえ時間が取れそうにない。
だから、これからも亀レスになるだろうが容赦してくれ。

2ヶ月前 No.1684

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_4CX

>>1675 ふんにゃさん、リクエストにお答え戴きありがとうございます。

><「無期懲役がなくても刑罰制度は成立する?」 無期懲役・終身刑がない国もいっぱいあるが・・・>(中略)

>それは目下の論点ではない。


目下の論点か否かは重要ではありません。
「無期懲役がなくても刑罰制度は成立している」と言えるのか否か、ふんにゃさんのお考えを伺いたいというのが私のリクエストです。

もっというと、「ふんにゃさんは何をもって『刑罰制度成立している』と考えるのか?」というところをお聞きしたいです。

2ヶ月前 No.1685

志野 @sinomon10 ★mxUlIhmUYL_yoD

>ゆみさん

そのぐらいでいいと思いますよ。
「遺族感情から見た死刑制度」、「そもそも制度廃止にした場合の殺人発生率」、「実際の冤罪発生率」、「社会への問題」の4視点だとちょうど廃止論と存続論に傾きそうな視点が半々になりそうに思えます。
そこにちょっとねさんの書かれた視点を考慮してもおもしろそうですね。

2ヶ月前 No.1686

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>1684

なんか、引っかかる書き方だな。どうして、「冤罪じゃない犯罪者がいることは、Yes。」なんて、奥歯にものが挟まっているような言い方するかな。まあ、いい、ふんにゃさんは

凶悪犯(定義;従来の判例に照らし合わせて死刑判決が下って当然の重篤な犯罪を犯したもので、かつ、『冤罪の可能性がない』ところの犯罪者:これはふんにゃさん定義のタームでもある。)の死刑は否定されず、そして、常識的に考えて、そのような犯罪者もいることも否定しない。

ってことについて、Yesと答えたということを前提に話を進めることにしよう。

ふんにゃさんは書いている。「凶悪犯を死刑にする、ならば、死刑制度が必要である。」とね。死刑制度って呼び方は、俺は嫌いなんだ。だいたい、現行の刑罰の一つとして死刑が位置付けられているというだけであって、「死刑制度」なる制度は存在しないからだ。しかし、そんなんでナンクセつけようというわけじゃないんだよ。いずれにせよ、刑罰の中に死刑がなければ、凶悪犯(従来の判例に照らし合わせて死刑判決が下って当然の重篤な犯罪を犯したもので、かつ、『冤罪の可能性がない』ところの犯罪者)に対して死刑を処すことはできない。だから、そこのところは、まあ、そのとおりだなと思うところである。

で、次。「死刑制度が必要である、ならば、冤罪死刑リスクを肯定する。」ってとこはNOなんだね。なぜならば、刑罰の一つとして死刑が位置付けれていることと、冤罪死刑リスクがあることは別物だからだ。貴方は、「冤罪リスクのない」凶悪犯が存在することを認めている。なぜか。そのような犯罪があること、つまり冤罪リスクのない重篤な犯罪と、そして冤罪リスクのある重篤な犯罪が存在し、その間に識別可能な違いがあることを認めていることになるからだ。(無論、その線引きをどこにするかで、冤罪リスクが入り込む可能性があるが、まっとうな判断力があるものなら、これは冤罪の可能性はないなと認められる犯罪があるのも事実。)

ということは、犯罪の重篤性に関する量刑の判断(つまり、裁判所の判断)に加えて、冤罪の可能性有無の判断をするきっちりした仕組みを作れば、死刑を廃止する必要はなくなるということだ。そんな、簡単じゃないという反論もあろうが、明らかに冤罪の可能性がない場合を除き、その機関が十分な調査を行い、再審請求もその機関からだせるようにすればよろしい。法務省管轄の外部機関がよいだろう。(内部機関だと、忖度とか、色々ありそうだからね。)つまり、刑罰としての死刑を肯定したからと言って、冤罪リスクを肯定することには、ならないのである。

従って、凶悪犯に対して死刑を執行するに、冤罪リスクを認める必要はない。なぜなら、上記の定義による凶悪犯には、冤罪の恐れがないと判断されるからである。

また、レスに時間がかかりそうな書き方になってしまった。気を長くして、返信お待ち申し上げております。

2ヶ月前 No.1687

ゆみ ★Dj4nhDoQCH_fZi

ちょっとねさんへ

つまり、ふんにゃさんは冤罪リスクがなければ死刑存置派だということですか。

2ヶ月前 No.1688

ヴィランのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_pzR

>>1681
いや、私はその記事だけではなく、動画やほかの河合さんの鑑定について書かれた記事や、本人の論文などをちらっと見たりして、
yahoo知恵袋の最初の方に書かれた結論を信用していいんじゃないかと思っただけだよ。

特に、社会学者の宮台真司とジャーナリストの神保哲生のvideonewsの動画やマガジンの記事はわかりやすかったし(下記参照)、
河合教授も出演しているので、信用できると思った。
論文を見ても、鑑定の精度・信用度は疑いないんじゃないかな。

『和歌山カレー事件の鑑定ミスはなぜ起きたか』
『河合潤氏:和歌山カレー事件に見る、科学鑑定への誤解が冤罪を生む構造』
『やはり和歌山カレー事件は冤罪だったのか』

2ヶ月前 No.1689

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★XaDQxMu5Oy_4CX

>>1689 ヴィランのふくろうさん、回答ありがとうございます。

私も論文のチラ見はしてみましたが、“決定的”と思えるポイントが発見出来なかったものですから。
videonewsの動画もチラ見しかしていないので、今度時間がある時にじっくり見てみます。


追伸)
もしこの河合教授の鑑定結果が客観的に見て“決定的”なのだとしたら、再審請求が通らないのは何故だと思いますか?

2ヶ月前 No.1690

ヴィランのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_pzR

ど素人の憶測にあんまり意味があると思わないが、

理解できないんじゃないかと(笑)

ただ、和歌山地裁に提出された意見書が今回見つけられなかったから、

ほんとうにただの憶測。

2ヶ月前 No.1691

ヴィランのふくろう @owlman ★Android=Gh53RyBMOc

>>1683
ほんとは別にそんな言い訳はどうでもよかったんだけど。

冤罪可能性の意味の解釈がポイントになるところで、あなたは自分の都合のよいように私の文章の意図をねじ曲げて解釈した。
それには、その挿入が都合がよい。
これが事実。

一般に注釈が入れられるのは文章の意味を明確にするためで、誤解させるためではない。
ここは、議論のポイントになるところであって、何の断りもなく挿入してよい場面ではない。
また、仮にそうするなら、引用者による挿入であることを明示すべきだ。

ここで指摘されたのに未だにそういう言い訳をするというのは何の反省もないことを示している。
それがあなたの人間性を表している。

2ヶ月前 No.1692

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>1688

たぶん、ちがうと思うけど。ふんにゃさんは死刑廃止派だと思うよ。冤罪リスクがなくともね。しかし、ロジックとして冤罪リスクを論拠として死刑廃止を主張する以上、冤罪のない場合に対する死刑は、その論拠からは否定困難というだけのことだろう。

2ヶ月前 No.1693

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1672
しかし >>1632>>1655 を掛け合わせたところで、合理的疑いとしての冤罪可能性が0であると証明されたからこそ有罪にすることが可能なのだが、その有罪判決は「疑うべき余地がない」という判断を誤る事もあるから、改善策をいろいろ講じるべきだという話にしかならないと思いますが、
貴方がもう該当しないと言いますので、その意図は闇の中ですね。

2ヶ月前 No.1694

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1694 の訂正

貴方がもう該当しないと言いますので、


貴方がもう説明しないと言いますので、

2ヶ月前 No.1695

蚕子 @himehime10 ★Android=OQb5K1gHWZ

>>1695
その前に00100さんが事件番号 □平成19(あ)398が正しいってことを証明してよ
いつまで逃げ回ってるのー?

2ヶ月前 No.1696

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1696
事件番号 □平成19(あ)398が正しいってこととは?
裁判所に行って見せてもらったら如何ですか?

2ヶ月前 No.1697

蚕子 @himehime10 ★Android=OQb5K1gHWZ

>>1679
裁判所にいっても判決が絶対に正しいって見せてくれないんだよね?
>>1650
いや、行っただけでは見せてくれませんよ。

裁判所に行ったら事件番号 □平成19(あ)398を見せてもらえるってはやく証明してよー
証明できないなら却下されるだけですね。

2ヶ月前 No.1698

ゆみ ★Dj4nhDoQCH_fZi

>>1693
ちょっとねさんへ
なるほど、教えてくださりありがとうございます。

2ヶ月前 No.1699

00100 @00100 ★iPhone=66OcR1tS18

>>1698

> 裁判所にいっても判決が絶対に正しいって見せてくれないんだよね?


そりゃそうでしょうね。裁判所に行ってボーと突っ立ってても、貴方が何をしに裁判所に来たのかなんて誰にも分かりませんからね。

> >>1650

>いや、行っただけでは見せてくれませんよ。


???だから何でしょうか?

> 裁判所に行ったら事件番号 □平成19(あ)398を見せてもらえるってはやく証明してよー


それは貴方が裁判所に行くだけでその判決文を見せてくれると言っている人に聞いたら如何ですか?

>証明できないなら却下されるだけですね。


そうでしょうね。

2ヶ月前 No.1700


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