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冤罪が根拠の死刑廃止の論理

 ( 議論掲示板 )
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ふんにゃ @sorairono ★HEPy1c8DtF_BXv

死刑廃止の主張に、冤罪、を根拠としたものがある。
それはどのような論理であるのか、示してみるのサ。

基本的なことから考えよう。

我々社会に刑罰制度は必要である。
刑罰制度には冤罪リスクがある。

以上の前提を否定できないならば、
「刑罰の冤罪はリスクとして認めなければならない」

冤罪リスクを否定すれば刑罰制度を否定することになる。

そこで、

「刑罰の冤罪リスクはどこまでが許容範囲であるか」
と考えることができる。
その許容基準はどこに置かれるべきか。

冤罪リスクを認めなければならない理由は、
「我々社会に刑罰制度が必要である」からだ。
だったら、
「刑罰制度の成立」がその基準になる、と考えられる。

さて、

日本の刑罰制度は、
財産(罰金)刑、自由(禁錮/懲役)刑、生命(死)刑、に分類される。
そして、死刑がなくても刑罰制度は成立する(廃止諸国のように)。
だから、冤罪リスクの許容基準を「刑罰制度の成立」に置くならば、

死刑は刑罰冤罪リスクの許容範囲を超えている。
と言える。

これが、冤罪根拠の死刑廃止主張の論理、なのサ。

反論ある?

・・・なんてな(*/∇\*) キャ

1年前 No.0
メモ2018/07/18 07:19 : ふんにゃ @sorairono★HEPy1c8DtF_a2e

<冤罪が根拠の死刑廃止の論理・改>


冤罪はあってはならない。


しかし、


刑罰制度には冤罪リスクがある。

これは客観的事実である。


だから、


我々は、刑罰に冤罪リスクがあることを認めなければならない。


そこで、


刑罰制度の冤罪リスクはどこまでが許容範囲であるのか。

その許容基準はどこに置かれるべきか。


と考えることができる。


冤罪リスクを認めなければならない理由は、我々社会に刑罰制度が必要であるからだ。


だったら、


「刑罰制度の成立」が冤罪リスクの許容基準となる、と考えられる。


死刑がなくても刑罰制度は成立する(廃止諸国のように)。


だから、


…続きを読む(11行)

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maco @maco7 ★AoaDFKeChD_EjY

>>517  ちょっとねさん

>死刑制度に死刑冤罪を容認するほどの価値がなければ、死刑冤罪を容認してでも続ける価値はないだろう?


論理魔さんがお書きになった、これに尽きます。

だから私もMobiusさんに直接

>まさか、「何年かに1人や2人冤罪でシんでも滅多に無いことだからそれくらいは大したことがない(しょうがない)」という考えですか?

と聞いてみました。
その考え次第で、今後の話も違ってくると思います。

冤罪を根拠にした死刑廃止の論理が成り立たないとするならば、「冤罪で誰かがコロされても構わない(仕方がない)」を前提にしてしか話ができないわけですから、それを正当化できるだけの理由づけが必要ですよね。


このスレが「冤罪」を根拠にしているとは言っても「死刑廃止」が論点なわけで、問題視しているのは「冤罪による死刑で理不尽に人命が絶たれること」であり、それを「ゼロにできるのが死刑廃止」という話ですからね。


これをスルーして、その他の冤罪の話に持っていくのは論点ずらしだと思います。
問題にしているのは「冤罪」そのものではなくて「冤罪による死刑」なんですから。


その他犯罪での「冤罪」も、本来は「あってはならない」ものです。
しかし、完全に無くそうとすると刑罰制度を廃止しなくてはならなくなる。

しかし、廃止により社会の安寧秩序が保てなくなったり治安を悪化させてまで廃止する合理的理由がないから刑罰制度は維持。

そのかわり、冤罪防止の工夫や死刑以外の刑罰制度事態の見直しは継続していくべきでしょう。

一方、死刑制度を廃止して困ることって、何がありますか?
それも他の方に聞いてみましたけど、勘違いや思い込みがもとになったお話ばかりでしたので、覆す根拠も示して説明しました。

他に何があるのでしょうか?


難しい理屈を抜きにしても、死刑の存置・廃止によるそれぞれのメリット・デメリットを比較すれば「廃止」となり、「死刑以外の刑罰制度の存置・廃止によるそれぞれのメリット・デメリットを比較すれば「存置(その上で改善)」という選択になるだけなんですけどね〜。

1年前 No.523

論理魔 ★PpsLsqRcDN_ouC

>>523

なぜ、死刑冤罪の話で、犯罪の冤罪全体の話を議論の基準にしなければならないのか?
この説明が聞きたいんだよね

死刑冤罪と 死刑以外の冤罪は明確な差がある
・人が死 ぬ、死 なない
・補填可能性0と1の差、賠償額・保証額の引き上げでこの差をもっと広げる事も出来る可能性もある

一方、死刑冤罪で執行されてしまった場合
・補填可能性は0
・無実の人が死 ぬ場合がある。

この差を無視して、犯罪の冤罪全体の話を議論の基準にしなければならないとする理由を聞いているのに、感覚的にはと答えてしまっている
その感覚は皆が共有できる感覚とは限らない為、どういう論理展開で、その感覚を導いたのかの説明を求めている

冤罪全体の話や、死刑制度にこの差を無視できるほどの、重大な意味があると言うなら、冤罪全体の話をしなければならないとは思うが、その差を無視していいとする重大な意味を持つ論理を果たして作成できるのか?と聞いている

感覚の話であれば、どういう感覚かを論理立てて説明して欲しいところだよね

「無実の人間が殺 されてもかまわない」とか、そういう非人道的な正当性を何も備えていない変わった感覚の事なのかな?

まあ説明を待つとするかね

1年前 No.524

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>521,522

>死刑廃止で、冤罪確率を0にすれば、冤罪で死刑になる人は0になる。これを矛盾なく、覆してみて

死刑廃止では冤罪確率は0にならない。当然のことだ。


>容認の意味を持っていない。どういう理屈で容認なの?そこに曲解や、極論的解釈は入っていない?

全く入っていない。冤罪はだめだがある。せめて死刑だけでも廃止にしよう。なら、無期懲役ならいいんだね?無実であっても。当然そうなるわけだ。


>そう見えたかな?新しいところにいこうとしただけだよ。答えてね。これはそもそも論だよだって、死刑制度に死刑冤罪を容認するほどの価値がなければ、死刑冤罪を容認してでも続ける価値はないだろう?

冤罪を防止したい、死刑廃止をしてはだめなのか?全然だめではない。有効ではないけどね。なぜなら、死刑を廃止したところで、冤罪はなくならないからだ。


>「悪い」の意味には何種類かある。そういう意味の「悪い」ではないよ。議論においては・・・と前提を付けている 今度は感覚ときたか・・

わかんないかな?だから、<思う>って書いてるでしょ。それは議論の筋の話だからだ。

うん、冤罪の話を死刑に限定しても全然かまわないよ。それを前提としているといっても構わない。その代わり、「他の罪状のことは無視している、死刑以外の無期懲役などに無実の人が問われても構わないというのか。」という批判を受けることは覚悟しないとね。「いや、それだって考えてるけど」なんて書いても言い訳だよ。

1年前 No.525

論理魔 ★PpsLsqRcDN_ouC

>>死刑廃止で、冤罪確率を0にすれば、冤罪で死刑になる人は0になる。これを矛盾なく、覆してみて
>死刑廃止では冤罪確率は0にならない。当然のことだ。

冤罪死刑執行死の事だよ。脱字だ。文脈から理解して欲しい


>全く入っていない。冤罪はだめだがある。せめて死刑だけでも廃止にしよう。なら、無期懲役ならいいんだね?無実であっても。当然そうなるわけだ。

だから「当然そうなる」じゃなく、なんで当然そうなるのか?論理的に話してねと指摘している。論理的な話は苦手かな?苦手だと思って話していないんだが・・


>冤罪を防止したい、死刑廃止をしてはだめなのか?全然だめではない。有効ではないけどね。なぜなら、死刑を廃止したところで、冤罪はなくならないからだ。

意味不明だよ。もっと論理的に説明して「なぜなら」を、どう言う論理的過程を経て導いているの?


>わかんないかな?だから、<思う>って書いてるでしょ。それは議論の筋の話だからだ。

だから議論の筋をどうやって論理的に導き出したの?飛躍なし、曲解なしで説明を求めている


>うん、冤罪の話を死刑に限定しても全然かまわないよ。それを前提としているといっても構わない。その代わり、「他の罪状のことは無視している、死刑以外の無期懲役などに無実の人が問われても構わないというのか。」という批判を受けることは覚悟しないとね。「いや、それだって考えてるけど」なんて書いても言い訳だよ。

前半はいいけど、なんで「そのかわり」となるの?が書かれていないため、いわれなき批判でしかない、としか思えないんだが?

冤罪は全部問題だよ。大問題だ、しかしとりわけ、死刑の冤罪はそれ以上の問題となる。死んだら補填可能性が0になるから

程度問題だよね

1年前 No.526

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>523

>冤罪を根拠にした死刑廃止の論理が成り立たないとするならば、「冤罪で誰かがコロされても構わない(仕方がない)」を前提にしてしか話ができないわけですから、それを正当化できるだけの理由づけが必要ですよね。


うん、違うね。「冤罪はあってはならない」が前提だからね。冤罪あっても構わない?


>このスレが「冤罪」を根拠にしているとは言っても「死刑廃止」が論点なわけで、問題視しているのは「冤罪による死刑で理不尽に人命が絶たれること」であり、それを「ゼロにできるのが死刑廃止」という話ですからね。

それは視野狭窄であり、キケンなレトリックでもある。どうキケンか。いまは、書かないでおこう。


>その他犯罪での「冤罪」も、本来は「あってはならない」ものです。しかし、完全に無くそうとすると刑罰制度を廃止しなくてはならなくなる。

本当にそうかどうかは分からない。


>一方、死刑制度を廃止して困ることって、何がありますか?それも他の方に聞いてみましたけど、勘違いや思い込みがもとになったお話ばかりでしたので、覆す根拠も示して説明しました。

俺個人にはないけどね。だが、廃止するにはそのためのしっかりした理由が必要だ。冤罪はそのための補助的議論にはなりうるが、「だから、死刑廃止しなければならない」にはたどり着かない論法であるというのが、この板で今のところ、なされている議論だと思ってるよ。

1年前 No.527

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>526

>>死刑廃止で、冤罪確率を0にすれば、冤罪で死刑になる人は0になる。これを矛盾なく、覆してみて
>死刑廃止では冤罪確率は0にならない。当然のことだ。
冤罪死刑執行死の事だよ。脱字だ。文脈から理解して欲しい

>そりゃ0になるだろうね。


>だから「当然そうなる」じゃなく、なんで当然そうなるのか?論理的に話してねと指摘している。論理的な話は苦手かな?苦手だと思って話していないんだが・・

当然というのは「論理的に」という意味ではない。色んな視点がありうる。その選択は恣意的だ。その中で議論の穴となる部分は当然批判の対象とあるだろうって意図だよ。


>意味不明だよ。もっと論理的に説明して「なぜなら」を、どう言う論理的過程を経て導いているの?

じゃ、逆に聞こうか。死刑を廃止して、冤罪はなくなるのか?冤罪死刑執行死のことじゃないよ。


>だから議論の筋をどうやって論理的に導き出したの?飛躍なし、曲解なしで説明を求めている

曲解はないつもりだがな。冤罪はあってはならないを前提にする以上、冤罪全体を視野全体に入れるのは当然だ。そうしないと視野狭窄になっちゃうからね。


>前半はいいけど、なんで「そのかわり」となるの?が書かれていないため、いわれなき批判でしかない、としか思えないんだが?冤罪は全部問題だよ。大問題だ、しかしとりわけ、死刑の冤罪はそれ以上の問題となる。死んだら補填可能性が0になるから 程度問題だよね

いやいや、それは問題だ。なぜなら、「無実の罪で、無期懲役となる人の人権はどうなる」となっちゃうからだ。これは「人権尊重」を謳う立場からすると痛手じゃないだろうか。

1年前 No.528

論理魔 ★PpsLsqRcDN_ouC

>>528

賛成派、反対派、共通・共有できる前提として「冤罪は全体的に問題である」という言う必要がない前提がある
そうしないと「冤罪は全体的に問題である」といちいち付け加えなければならず、議論が滞る
やってみせようか?


>当然というのは「論理的に」という意味ではない。色んな視点がありうる。その選択は恣意的だ。その中で議論の穴となる部分は当然批判の対象とあるだろうって意図だよ。

曲解・極論・論点ずらしで作られた穴ではないなら、批判していいと思うよ、ただ批判にも論理性が欲しい。でもハイレベルな論理性までは求めていない。敷居が上がってしまうからね

でも「冤罪は全体的に問題である」

>じゃ、逆に聞こうか。死刑を廃止して、冤罪はなくなるのか?冤罪死刑執行死のことじゃないよ。

国家権力は一度発動すると、リヴァイアサンという神話上の強い怪物に例えられるレベルの強さを出す。発動したら誰も逆らえない。危険な力だ。ゆえに立憲主義では国家を性悪説視点で見ることを前提としている
特に死を発生させる死刑の冤罪死は0にすべきである、不条理の極みだ

ゆえに、0に近づけなければならない

刑罰全体の冤罪を0にする議論はしていない。しかし
で、その質問の意図は?

でも「冤罪は全体的に問題である」

>曲解はないつもりだがな。冤罪はあってはならないを前提にする以上、冤罪全体を視野全体に入れるのは当然だ。そうしないと視野狭窄になっちゃうからね。

曲解とか、論点ずらしとか色々な要素を持っているよ。

例えば韓国の戦争犯罪をテーマにした限定的な議論で韓国側が「でも日本も戦争犯罪をやっていたじゃないか?戦争犯罪はどれも大問題だから、韓国だけの戦争犯罪ではなく、戦争犯罪全体を議論すべきだ!日本の戦争犯罪を問題視しないのは日本の戦争犯罪はあってもかまわないと言っているのと同じだ!」

とか言われたら曲解、論点ずらしって思わない?これと全く同じ論の質になってるよ?

でも「冤罪は全体的に問題である」

>いやいや、それは問題だ。なぜなら、「無実の罪で、無期懲役となる人の人権はどうなる」となっちゃうからだ。これは「人権尊重」を謳う立場からすると痛手じゃないだろうか。

なんで、なっちゃうの?「無実の罪で、無期懲役となる人の人権」に繋げるために必要な論理がない以上
それは論点ずらしだよ?と指摘すればいいことだろう
「無実の罪で、無期懲役となる人の人権」に「繋げるために必要な論理」を書いて欲しいんだよ

でも「冤罪は全体的に問題である」
今後、いちいち、これを書かないとダメかな?

ここは、賛成派、反対派、共通・共有できる前提なんだから、抜いていいだろう?だめ?

1年前 No.529

maco @maco7 ★AoaDFKeChD_EjY

>>527  ちょっとねさん

>うん、違うね。「冤罪はあってはならない」が前提だからね。冤罪あっても構わない?

私が「冤罪があっても構わない」という前提で話をしていないのは明らかですよね?
今ここでしているのは「死刑制度の廃止により、冤罪死刑はゼロにできる」という主張でしかありません。

死刑以外の冤罪は「あってはならないものの、刑罰制度の廃止によるメリットよりもデメリットが上回るゆえに廃止できない」だけです。

しかし死刑の冤罪はそうではない。
「あってはならないし、廃止することによりゼロにできる。また、廃止しても特にデメリットは無い」


反論する人達は死刑以外の「冤罪」を持ち出しますが、「その他の冤罪もあってはならない」から「ゆえに死刑制度はあってもよい」という結論は導かれませんよね?


死刑冤罪以外の冤罪も「あってはならない」ものだと思いますが、それが死刑制度存置の根拠にはなりません。

「冤罪はあってはならない。ゆえに死刑制度は廃止してはならない」

これでは、まったく筋が通っていません。


死刑冤罪以外の冤罪を問題視(あってはならない)とするのであれば

質問1. すべての冤罪をゼロにできる具体的な方法はなんですか?
質問2. 冤罪死刑をゼロにできる死刑廃止に賛成できない(死刑冤罪をゼロにしない)理由はなんですか?
質問3.死刑以外の冤罪の存在を理由として死刑廃止とはならないロジックはなんですか?

1年前 No.530

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>513
まぁ そんなに目くじら立てんで下さいな。こちらは素人なのですから。そちらさんも素人かもしれませんが。

>>514

>【質問】

>まさか、「何年かに1人や2人冤罪でシんでも滅多に無いことだからそれくらいは大したことがない(しょうがない)」という考えですか?


言い回しの問題、定量値の問題を抜きにすれば、論理的には「yes」です。
「冤罪リスクを完全に0にすることは 原理的に困難」かつ「死刑を存置すべき」なのだとすると、「冤罪死刑が0にならないことを認める」ということです。

以上、聞くまでもないことだと思います。

聞くまでもない質問を大げさに訊ねるということは、印象操作が狙いでしょうか?
だとしたら セコいですね。
議論の場なのですから、もっと内容のある話をしましょうよ。

1年前 No.531

maco @maco7 ★AoaDFKeChD_EjY

>>531  Mobiusさん

目くじらなど立てておりませんよ(笑)

しかし、他者が書いた内容を「いいかげん」と根拠なく断じるのであれば、当然自分も「いいかげん」なことは書かないための下調べくらいはするものではないですか?

それを「素人だから」と言い訳できるなら、他者の書いた内容も安易に「いいかげん」と言うべきではありませんね。

言うだけの根拠があれば別ですけど。


あと、Mobiusさんは

>「冤罪リスクを完全に0にすることは 原理的に困難」かつ「死刑を存置すべき」なのだとすると、「冤罪死刑が0にならないことを認める」ということです。

とはっきりお書きになりましたから、この回答への指摘を一つした上で質問します。

●冤罪リスクは完全にゼロにはできなくても、冤罪死刑はゼロにできます。
●死刑を存置すべき合理的理由の説明がまだなされていません。


質問1. 冤罪死刑をゼロにできる死刑廃止に賛成できない(死刑冤罪をゼロにしない)理由はなんですか?
質問2.死刑を存置すべき合理的理由はなんですか?
質問2.死刑以外の冤罪の存在を理由として死刑廃止とはならないロジックはなんですか?

1年前 No.532

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>518

>ここは核心だ。死刑制度に意味がなければ、無効化したってかまわないよね

>同様に、死刑廃止しても問題がないなら、何も問題がない

>他国の死刑執行停止も、死刑制度に意味がない か 害悪な制度だと考え、まず執行停止からスタートしているのではないかな?

>「制度として存在するから」 ではなく、ちゃんとした理由付けが欲しい

>なぜ、死刑でなければいけないのか?を正当化する有効な理由、明確な理由が、そもそもないのではないのか?あるのかな


・重度の人権冒涜行為に対して重罰を課すことは、人権冒涜罪の罪深さ ひいては 人権の大切さ を知らしめることにつながるから。

・死刑制度に意味がないのであれば、無効化したって構わない。しかし、(日本では)モラトリアムする機運すらない。ということは、何らかの意味があるからなのではないかと推察する。
(現在の世界情勢を考えれば、日本は死刑廃止に動いてもおかしくない。これからモラトリアムに入るのだろうか?)

1年前 No.533

論理魔 ★PpsLsqRcDN_ouC

>>531

>「死刑を存置すべき」なのだとすると、「冤罪死刑が0にならないことを認める」ということです。以上、聞くまでもないことだと思います。

「死刑存置すべき理由」が抜けてしまっている為、聞くまでもある事だよ
どういう視点で、存置すべきだと思っているんだっけ?明確に聞いた事がなかった

その理由とは、冤罪死刑をゼロにすることよりも重要性が高いものなのか?
だとしたら、その理由がなぜ、重要だと考えるのか?

これについても理由付けすべきである

1年前 No.534

論理魔 ★PpsLsqRcDN_ouC

>>533

>・重度の人権冒涜行為に対して重罰を課すことは、人権冒涜罪の罪深さ ひいては 人権の大切さ を知らしめることにつながるから。

2つある

・なぜこれが死刑でなければ達成できないのか?
・命の重要性を知らしめるために命を奪う、ここに矛盾や野蛮性、残虐性はないと思っているのか?


>・死刑制度に意味がないのであれば、無効化したって構わない。しかし、(日本では)モラトリアムする機運すらない。ということは、何らかの意味があるからなのではないかと推察する。(現在の世界情勢を考えれば、日本は死刑廃止に動いてもおかしくない。これからモラトリアムに入るのだろうか?)

その意味が、日本国民にとって有益性の高い理由であればいいが、有害な理由だったら、たまらんな
または、死刑制度が、有益性が高いと勘違いし、有害な効果を出しているなら、たまらんな


2030年までにはモラトリアムに入るだろう、圧力に屈する形で、いつまでも続けるわけにもいくまい
世界的に死刑が廃止されていない国、モラトリアムに入っていない国を見ると、問題のある国が多い
あ、これは特に反論というわけではない

1年前 No.535

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>529

そう、冤罪は全体的な問題なのだ。死刑に限定された話ではない。だから、冤罪を根拠に死刑廃止は残念ながら論理的には導かれない。俺の論旨はそういうこと。これを死刑に限定することは、他の罪状の冤罪を無視することを意味する。これは、個別の戦争犯罪を論議する話とは別物だ。個別の戦争犯罪を論議する際は、まず一般的な戦争犯罪に対する見解、判例(基本的には国際法だね)が確立した上で個別の戦争犯罪に適用されるが、冤罪とはそのような性格のものではなく、冤罪そのものが原則として個別に適用可能なものではなくて、冤罪を根拠とする際は、その冤罪の対象範囲がすべて視野に含まれるからである。

冤罪をなくすために必要な方法は考えられる。仮に0ではなくても、それをなくすために必要ことを考えることが重要なのである。その議論なく、安直に冤罪から死刑廃止に結び付けることは視野狭窄であり、思考停止である。冤罪を根拠に挙げた時点で、すべての犯罪と刑罰が対象となる。死刑以外も対象に上がるのは、その意味で当然のことだ。

前にも書いたように、俺は、冤罪を理由にした(あえて根拠とはかかない。)死刑廃止のレトリック(あえて論理とは書かない)は説得力のあるものだと思っている。しかし、既にこの板でも議論されたように「冤罪はあってはならない」を根拠に死刑廃止を論理的に導くのは無理があり、逆にそこに固執をすると、「無実の人の、無期懲役や禁錮」による不当な人権の抑圧(要するに人権侵害だ)を容認することになってしまう。これは論理構造上の必然だ。

貴方も書いていたではないか。
>死刑冤罪は0で懲役刑冤罪は1。冤罪による賠償額、保障額を引き上げ、冤罪判明で、出所する年齢によっては0と10の差にする事も可能

これは、まさしく、懲役刑冤罪(つまり人権侵害だ)を容認する内容だ。だが、しかし、いくら賠償されたところで、拘留されたことで失われた時間は取り返しはつかない。重篤な犯罪における冤罪であれば、それは気の遠くなるような時間となるだろう。死刑廃止派が冤罪を根拠の死刑廃止の論陣をはれば、死刑存置派は恐らくはこのロジックを持ち出してくるだろう。死刑廃止派は人権尊重派であろうから、これは、自分で自分を否定するロジックとなるのだ。だから、キケンなのさ。

1年前 No.536

ふんにゃ @sorairono ★HEPy1c8DtF_a2e

>>444

栃木小1女児殺害事件の二審判決の要旨を朝日新聞デジタルで読んだ。
全部コピペしたいところだが、朝日も商売だし、それはマズいだろう。
最初と最後だけ引用する。

引用開始
ーーーーーーーーーーーーーーー
【主文】

 原判決を破棄。被告人を無期懲役に処する。
ーーーーーーーーーーーーーーー
【一審・宇都宮地裁判決について】

 一審判決は客観的事実だけでは被告を犯人と認定できないとしつつ、捜査段階の自白供述は任意性に疑いはなく、殺人の一連の経過ログイン前の続きや行為の態様、場所、時間など、根幹部分は十分に信用できるとして、起訴内容通りに被告を有罪とした。

 ただ、自白の信用性を判断する補助証拠として採用した取り調べの録音録画映像で、犯罪事実を直接的に認定したことには法令違反がある。事実誤認もあり、破棄は免れない。
ーーーーーーーーーーーーーーー
 【高裁の事実認定と量刑の理由】

 被告は2005年12月1日午後2時40分ごろから、同2日午前4時ごろまでに、栃木県内、茨城県内またはそれらの周辺で、女児の胸をナイフのようなもので多数回突き刺し、失血死させた。事案の解明が十分とはいえないが、被告の犯行は極めて残虐で、遺族らの心痛は察するにあまりあり、無期懲役が相当だ。
ーーーーーーーーーーーーーーー
引用終了。


一審判決を破棄しておきながら、同じ無期懲役。
こういうのは珍しいのじゃなかろか。

そして、一審と二審の有罪理由は、真逆、である。

一審では、客観的事実から被告を犯人と認定できないとしつつ、取り調べの録画の自白は信用できるとして、有罪と判断した。
二審では、録画自白は信用できないが、客観的事実から被告を犯人と認定できるとして、有罪と判断する。

なんじゃこりゃ?

二審で、自白は信用できない、とするのはいいだろう。当然だと思う。
だけど、一審で客観的事実では犯人として認定できない、としてたのを、二審では犯人認定できるというのは、どーゆーわけなんよ。


このからくりには、訴因変更がある。

>被告は2005年12月1日午後2時40分ごろから、同2日午前4時ごろまでに、栃木県内、茨城県内またはそれらの周辺で、女児の胸をナイフのようなもので多数回突き刺し、失血死させた。

これだ。

一審では、自白に基づいて、犯行日時を2日午前4時、犯行場所を林道と特定していた。
これに対し、弁護側は、死亡推定時刻と矛盾し、林道にあるはずの大量の血液がなかった点で反論していた。

二審になると、東京高裁藤井敏明裁判長は「検察側に対し、殺害場所と日時の主張を変更する考えがないか明らかにするよう求めていた。(東京新聞)」

裁判長の要請に応えて、検察は訴因変更する。

犯行時刻を2日午前4時から範囲を広げ、「2005年12月1日午後2時40分ごろから、同2日午前4時ごろ」とし、

犯行場所も林道から範囲を広げ、「栃木県か茨城県内とその周辺」とまあ、えらく広範囲に変更した。

それが、そのまま、判決文の反映されることになる。
なんとゆーか、呆れ果てるとゆーか・・・

一審のままじゃ有罪にできないからと、中立であるハズの裁判長が検察側に訴因変更を求めて、検察もそれに応じ、・・・

ドラマ「99.9-刑事専門弁護士」にあったエピソードそっくりじゃないか。
松本潤はどこへいった?

「疑わしきは罰せず」「疑わしきは被告人の利益に」なんて、絵に描いた餅、であることがはっきりした。

いや、勝又拓哉被告が犯人かどうかなんて知らないよ。

ただ、

こんなデタラメな裁判で有罪判決を出していいの?

日本の刑事司法に、・・・、腹が立って仕方ないんだが、・・・

1年前 No.537

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>530

>私が「冤罪があっても構わない」という前提で話をしていないのは明らかですよね?今ここでしているのは「死刑制度の廃止により、冤罪死刑はゼロにできる」という主張でしかありません。


死刑廃止によって、冤罪が0になるものではない。いくら、そういうつもりで話していないと弁明しても同じことだ。


>「冤罪はあってはならない。ゆえに死刑制度は廃止してはならない」これでは、まったく筋が通っていません。


誰もそのようなことは主張していない。


質問1. すべての冤罪をゼロにできる具体的な方法はなんですか?

ゼロにできるという条件下では分らない。しかし、司法制度などの有様の見直しにより、リスクを大きく下げることはできるだろう。例えば、警察の取り調べの透明化(これは取り組みが始まっているはず)、物的証拠の必要性の徹底化(これは、難しいかも知れない。)、最高裁判決から死刑執行までの再吟味方法のシステマティック化などである。冤罪があってはならないということにはほぼ全国民の賛同が得られるだろうから、そのための法整備を進めるのは容易である。


質問2. 冤罪死刑をゼロにできる死刑廃止に賛成できない(死刑冤罪をゼロにしない)理由はなんですか?

前にも書いたように、俺に強い死刑賛成の理由はない。しかし、冤罪を根拠とするレトリックのみでは死刑廃止には賛成しないだろう。


質問3.死刑以外の冤罪の存在を理由として死刑廃止とはならないロジックはなんですか?

そのようなロジックは考えられない。「冤罪はなくさなくてはならない、従って死刑廃止としてはならない」とはナンセンス以外のなにものでもない。

1年前 No.538

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>535

>>342 にも書いた気がするが、ブレイビクや麻原彰晃への恐怖は、死刑でないと取り除けないから。

死刑が野蛮というのがわからない。「何故イルカを食べちゃダメなのか?」と同じくらいにわからない。

何故イルカを食べるのか? イルカを食べないと生きれないのか? イルカを食べる正当な理由は何か?
と訊ねられても答えられない。イルカは食べ物だから、漁で獲って食べればよい。

イルカを食べるのは野蛮と言われてもわからない。

極悪人を死刑にして、何が悪いのかわからない。
恐らく日本人の8割以上は、宅間守や麻原彰晃を死刑にしてはいけない理由がわからない。

1年前 No.539

maco @maco7 ★AoaDFKeChD_EjY

>>538  ちょっとねさん

>そのようなロジックは考えられない。「冤罪はなくさなくてはならない、従って死刑廃止としてはならない」とはナンセンス以外のなにものでもない。

冤罪はなくさなくてはならない → すべてのゼロは難しくても、冤罪死刑はゼロにできる。

>死刑廃止によって、冤罪が0になるものではない。いくら、そういうつもりで話していないと弁明しても同じことだ。

死刑廃止によって、死刑冤罪は0になる。


死刑存置 → すべての冤罪がゼロにできない
死刑廃止 → 死刑冤罪だけでもゼロにできる


これ、2択ですよ?

死刑存置、つまり、「すべての冤罪がゼロにできないほうを選ぶ」理由って何ですか?

1年前 No.540

論理魔 ★PpsLsqRcDN_ouC

>>539
>  >>342 にも書いた気がするが、ブレイビクや麻原彰晃への恐怖は、死刑でないと取り除けないから。

それは正当な理由になりえないよ
これを論拠にするならば

死刑制度の代案としては、終身刑ではなく

心 療内科・精神 科・もしくはカウンセリングなどの通院・投薬治療などで、その恐怖を取り除けたりはできないものなの??

死刑がなくてもかまわないよね

ということになるが?
怖かったら殺 してもいいとする根本的な理由に欠ける


>死刑が野蛮というのがわからない。「何故イルカを食べちゃダメなのか?」と同じくらいにわからない。何故イルカを食べるのか? イルカを食べないと生きれないのか? イルカを食べる正当な理由は何か?と訊ねられても答えられない。イルカは食べ物だから、漁で獲って食べればよい。

殺人が野蛮というのがわからない。「何故イルカを食べちゃダメなのか?」と同じくらいにわからない。何故イルカを食べるのか? イルカを食べないと生きれないのか? イルカを食べる正当な理由は何か?と訊ねられても答えられない。イルカは食べ物だから、漁で獲って食べればよい。

概念を同じ意味を持つ現象に置き換えてみると、こういう話になるが、これでいいかな?

もう少し正確に「殺人」を「国家の殺人」という概念に置き換えて読んでみてもいいが・・
殺人が野蛮な行為なのは、現代人の普遍的な倫理だと思い込んでいたが、違うのか?

1年前 No.541

論理魔 ★PpsLsqRcDN_ouC

>>536

>そう、冤罪は全体的な問題なのだ。死刑に限定された話ではない。だから、冤罪を根拠に死刑廃止は残念ながら論理的には導かれない。俺の論旨はそういうこと。

相変わらず、論理になっていない。どうしてその結論が導かれたのか論理的過程を書いてほしいんだよ

>これを死刑に限定することは、他の罪状の冤罪を無視することを意味する。

なんで意味するの?どうしてその結論が導かれたのか論理的過程、考察過程や繋がりを書いてほしいんだよ

>冤罪そのものが原則として個別に適用可能なものではなくて、冤罪を根拠とする際は、その冤罪の対象範囲がすべて視野に含まれるからである。

対象範囲を死刑に絞ったスレなのだが?説明として成り立っていない


>冤罪をなくすために必要な方法は考えられる。仮に0ではなくても、それをなくすために必要ことを考えることが重要なのである。その議論なく、安直に冤罪から死刑廃止に結び付けることは視野狭窄であり、思考停止である。冤罪を根拠に挙げた時点で、すべての犯罪と刑罰が対象となる。死刑以外も対象に上がるのは、その意味で当然のことだ。

その冤罪全てを対象とした議論の必要性について、書かれていない為、視野狭窄であり、思考停止である。


>死刑冤罪は0で懲役刑冤罪は1。冤罪による賠償額、保障額を引き上げ、冤罪判明で、出所する年齢によっては0と10の差にする事も可能「無実の人の、無期懲役や禁錮」による不当な人権の抑圧(要するに人権侵害だ)を容認することになってしまう。これは論理構造上の必然だ。

一切、その論理構造とやらについて書かれていないと思うんだが・・。それとただ、必然と言い張っているだけでは、何の必然性ももたせられないと言う事でしかないわけだが・・・文字を装飾して遊んでるようにしか見えない


>貴方も書いていたではないか。
>>死刑冤罪は0で懲役刑冤罪は1。冤罪による賠償額、保障額を引き上げ、冤罪判明で、出所する年齢によっては0と10の差にする事も可能
>これは、まさしく、懲役刑冤罪(つまり人権侵害だ)を容認する内容だ。だが、しかし、いくら賠償されたところで、拘留されたことで失われた時間は取り返しはつかない。重篤な犯罪における冤罪であれば、それは気の遠くなるような時間となるだろう。死刑廃止派が冤罪を根拠の死刑廃止の論陣をはれば、死刑存置派は恐らくはこのロジックを持ち出してくるだろう。死刑廃止派は人権尊重派であろうから、これは、自分で自分を否定するロジックとなるのだ。だから、キケンなのさ。

容認すべきではなく、失われた時間を金で少しでも、取り戻して欲しいから、「冤罪による賠償額、保障額を引き上げ」と書いている
その時点でこの話は終わっている。全ての冤罪ゼロを目指す為には刑罰制度自体をなくさなくてはならない。それは出来ない。現実的ではない。よって、そんな話に価値はない。しかし死刑制度を廃止するのは、それに比べたら現実論であろう

まあ、ここへの反論は、補填可能性ゼロと、1の差という言葉で十分であろう
死刑廃止派ではなく、立憲主義が人権尊重派なんだよ、俺らの国がそう掲げてるのよ
そういう詭弁を持ち出してきたら、論点ずらしでしかないとして、反論したらいいと思うよ。論点ずらしや、詭弁だって事を自分自身で、気付けないのかな?

1年前 No.542

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>540

なぜ、そのような書き方をするかよく分からないな。選択肢の限定ってやつかな。クリティカルシンキングか何かの本に書いてあった気がする。

俺が書いているのは「冤罪があることを根拠にすることによってのみ、俺が死刑廃止に賛成することはない。」ということだ。冤罪を問題視するなら、刑罰本体を変えるのではなく、冤罪そのものを削減することを考えるのが筋ってもんだろう。冤罪とは警察、司法制度全体の問題であり、その真因は誤認なのだから。

1年前 No.543

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>541
殺人が野蛮っていうのはわかるよ。私が生きた時代は殺人が横行してなかったからね。
でも、極悪人の人が死刑になるのは普通の出来事だった。ついこの間だって執行されてたし。クジラだって 普通に食卓に出てた。マグロや牛肉と変わらない。

1年前 No.544

maco @maco7 ★AoaDFKeChD_EjY

>>543  ちょっとねさん

書き方の問題じゃないですよ?

実際に、ここで論じているのは「冤罪」を根拠とした「死刑存置」か「死刑廃止」かでしょ?

中間や他の選択肢があるなら教えてください。



>「冤罪があることを根拠にすることによってのみ、俺が死刑廃止に賛成することはない。」

ですから、その「死刑廃止に賛成することはない」という結論がどういうロジックで導かれているのかを論理魔さんも私も聞いているわけです。


「冤罪があること(もしくはゼロにできないこと)」から「死刑廃止に賛成できないという結論」に至る過程がなく飛躍しているんです。


これが、「死刑廃止に賛成しないことで冤罪をゼロにできる」ゆえに「死刑廃止に賛成できない」となるならわかりますよ?

その場合でも、死刑廃止に賛成しないことでなぜ冤罪をゼロにできるのか説明してもたいたいですけど、実際には「ゼロにできない」を前提にしているのだから、成り立ちませんよね?

つまり、死刑を廃止しても存置しても、冤罪はゼロにできないから、どちらかにアドバンテージがある話ではないんです。よって、「冤罪ゼロ目的」からではどちらかの結論も導き出せない。

ところが、「死刑冤罪ゼロ目的」なら、死刑廃止のみにアドバンテージがあるんです。


死刑以外の冤罪を重視するならそれでも構いませんよ。

「死刑を存置すると、冤罪は解決するか?」

これに答えられますか?


死刑以外の冤罪を重視する立場方には、死刑存置によって「冤罪問題解決」にどんなメリットがあるのかという説明を是非お願いします。

死刑の存置でも廃止でも、冤罪ゼロは達成できないが、死刑廃止によってのみ死刑冤罪ゼロは達成できる。

これは紛れもない事実です。

1年前 No.545

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>542

>相変わらず、論理になっていない。どうしてその結論が導かれたのか論理的過程を書いてほしいんだよ

冤罪は警察、司法制度全体の問題だからで十分だと思うけどね。少なくとも、この板の論理はもう否定されている。


>なんで意味するの?どうしてその結論が導かれたのか論理的過程、考察過程や繋がりを書いてほしいんだよ

冤罪は全体の問題であるのに、死刑のみを対象としているからだ。


>対象範囲を死刑に絞ったスレなのだが?説明として成り立っていない

そこで既に視野狭窄となっており、冤罪の真因に対する考察が遺棄されている。


>その冤罪全てを対象とした議論の必要性について、書かれていない為、視野狭窄であり、思考停止である。

冤罪を問題視する以上当然のことだ。


>一切、その論理構造とやらについて書かれていないと思うんだが・・。それとただ、必然と言い張っているだけでは、何の必然性ももたせられないと言う事でしかないわけだが・・・文字を装飾して遊んでるようにしか見えない

どう書けばいいかな。冤罪は警察、司法制度全体に関わる問題、死刑はその一部のみ、死刑のみに議論を限定することは他を無視することを意味する。こんな書き方なら分るかな。


>容認すべきではなく、失われた時間を金で少しでも、取り戻して欲しいから、「冤罪による賠償額、保障額を引き上げ」と書いている その時点でこの話は終わっている。全ての冤罪ゼロを目指す為には刑罰制度自体をなくさなくてはならない。それは出来ない。現実的ではない。よって、そんな話に価値はない。しかし死刑制度を廃止するのは、それに比べたら現実論であろう

それが容認してるってことだよ。


>まあ、ここへの反論は、補填可能性ゼロと、1の差という言葉で十分であろう 死刑廃止派ではなく、立憲主義が人権尊重派なんだよ、俺らの国がそう掲げてるのよ そういう詭弁を持ち出してきたら、論点ずらしでしかないとして、反論したらいいと思うよ。論点ずらしや、詭弁だって事を自分自身で、気付けないのかな?

まあ、貴方が人権尊重派ではなく、死刑廃止のみを主張している輩なら、痛くもかゆくもないだろうな。

1年前 No.546

論理魔 ★PpsLsqRcDN_ouC

>>546

>冤罪は全体の問題であるのに、死刑のみを対象としているからだ。

冤罪は全体の問題だが、冤罪の中でも、死刑の冤罪死は特に問題であるというのは既に何度も説明されていて、なぜ問題なのかも書かれている
それに真っ向から反論する反論はなく、論点をずらした反論以外はなく、その論を認められないだけだよ


>冤罪の真因に対する考察が遺棄されている。

書くまでもなく、考察するまでもなく、死刑以外の冤罪はゼロにできない為だ。現行犯ですら、冤罪は起きる。量刑への冤罪が発生する。もちろん冤罪は、なくしたほうがいいし、減らす為の努力、冤罪が産まれる構造も改善すべきである
その考察に、どんな意味があるの?


>冤罪を問題視する以上当然のことだ。

文字を装飾しないで欲しいと書いたはずだ。当然と言えるだけの論理的繋がり発言内部に存在していない
理由を考えるのは辞めてしまったのか


>それが容認してるってことだよ。

ああ、わかった、意味がわかったわ。「冤罪をゼロにしないと容認する」という解釈をしていると言う事かな?
でも、それは唯の極論だよ。ゼロにできないものをゼロにしないと容認認定すると言っているようなものだ。めちゃくちゃだよ

何も論理的な繋がりを持つ理由を書いてもらえない為、こっちがその理由を予測するしかないわけだが、これであってる?


>まあ、貴方が人権尊重派ではなく、死刑廃止のみを主張している輩なら、痛くもかゆくもないだろうな。

俺は何派なんだろうな?戦略論派だよ
もし「ゼロにできないもの(冤罪全体)をゼロにする方法を考えないと人権を尊重していない事になる」という論理を用いているのであれば、詭弁派ということになる。というか、論理性が一切ない以上、詭弁にすらなっていないから、主張だけする派という事になるが?

まあ、とにかく全体を通して言えることだが、話の繋がりを持たせて欲しい

1年前 No.547

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

質問:宅間守を死刑にしてはいけない理由は何ですか?

回答1:冤罪死刑は0にすべきだから。

回答2:人権の価値が下がるから。

------------

質問:宅間守を死刑にすべき理由は何ですか?

回答1:適法だから(法と照らし合わせて、死刑にすべき犯罪を行ったから)。

回答2:「凶悪犯に寛容な社会を望まない」のが一般意志だから。

1年前 No.548

ふんにゃ @sorairono ★HEPy1c8DtF_a2e

>>546

>少なくとも、この板の論理はもう否定されている。

ぉお!!(゚ロ゚屮)屮sooodattanokaaa!!

1年前 No.549

ザビビのふくろう @owlman ★Android=cdZmIVbAmb

>>論理魔さん、maco さん


横から失礼します。

あなた方は、死刑冤罪はあってはならないということを前提に、一般に刑罰制度の存在は冤罪は0にできないことから、死刑制度を廃止すべきと主張していますよね。

しかし、スレ主旨は、死刑冤罪があってはならないことを前提にせず、存置派廃止派によらず認める事実及び「べき事実」から、ゴニョゴニョ言えば死刑制度が冤罪リスクの許容基準を越えるということを論理的に導出できる、という主張です。
ただ単に、冤罪は避けられないし、死刑冤罪は絶対避けるべきやから死刑制度を廃止すべき、という主張じゃないわけですよ。
あくまでスレ主旨は、一般的な冤罪はいかんということから、死刑冤罪は許容できないことを論理的に導出できるとする主張です。
私もちょっとねさんも、それは無理だと言ってるわけです。

冤罪はいかんに加えて、死刑冤罪はどのようにしても取り返し不可能だから、これだけでも死刑制度を廃止して冤罪リスクを0にすべきという主張は無論説得力もあります。
しかし反対意見もあり得ますし、仮に冤罪いかん、かつとりわけ死刑冤罪は取り返し不可能だから死刑制度はいかんということが認められたとしても、それは冤罪を根拠にして論理的に死刑冤罪・死刑制度が許容基準を越えているということを導出したことにはならないってことです。

で、その上で、ちょっとねさんは、最初に書いたあなた方の主張の根拠、すなわち冤罪はいかん、刑罰制度は冤罪を避けられないということから死刑制度の廃止をあなた方は主張しているわけですが、それにちょっと待てと言ってるわけですよ。
冤罪はいかんというなら、あえてオーバーに言いますが、安易に刑罰制度は冤罪を避けられないと前提にして死刑制度廃止と言うんじゃなくて、その前に冤罪リスクを下げる努力をするべきっていうのが筋っちゅうもん違うんかい、と言ってる、
のとちゃいますかね?(笑)

違ってたら、スンマセン。

1年前 No.550

maco @maco7 ★AoaDFKeChD_EjY

>>550  ふくろうさん

かなり前のほうの投稿で、「冤罪はあってはならない」という前提を私は「理想」だと表現したのですが、近頃は「理想論」という言葉のニュアンスで使われる悪印象のほうが強いのか、スレ主さんは自分の趣旨とは違うと感じられたようだったんですよね^^;

私が「理想」と書いたのは、「綺麗事だ」という批判の意味ではなくて、「冤罪はあってはならない」(あっても良いとは絶対言えない)ので、スレ主の第一前提に異論は無く、「目指すべきところ(目標)」としての前提という理解なのです。(実現可能かどうかはまた別問題)

だが しかし、その前提の上に立っても、現実にゼロにすることは困難。

というより、まず無理でしょう。タイムマシーンでも発明されて、みんなでそのシーンを確認できるとかならゼロにできるかもしれませんけど。(とは言え、悪意で捏造映像を再生されるとか、考えたらきりがなく、やはりゼロにできるとは思えない)


「じゃあどうする?」

という、そこから先の死刑廃止の議論なわけです。

つまり「冤罪はあってはならない」(と思うが、存在するしゼロにできない)が前提。

しかしそこから、「冤罪ゼロにできないから、死刑存置」という結論にはならないのです。


また、すべての冤罪をゼロにするために刑罰制度をすべて廃止すべきか?と考えた場合、そもそも刑罰自体が犯罪抑止の意味もある(犯罪の種類にもよりますけど)のだから、廃止によって軽犯罪が増えたり、犯罪被害者が増えたりして、社会秩序が保たれないという懸念が増大するから廃止は現実的ではありません。

この場合、メリットよりデメリットが上回る。

だったら、せめて事後検証や補償が不能(本人がすでにこの世にいないのだから)な死刑制度だけでも廃止すべきでしょ?ということ。

当然、死刑を廃止したらどんなデメリット(メリットも)があるか?も考えなければなりませんよね。
「廃止に反対」の人たちは、是非、その現実的の発生し得るデメリットの「有無」やその「程度」を考えてもらいたいのですが、個人的価値観や思い込みや勘違いでの主張にとどまっているわけです。

思考停止の結果が「冤罪はゼロにできない → 死刑存置」 という摩訶不思議な結論。


もし、死刑存置によって冤罪がゼロにできるなら存置の根拠になりますよね。
でも、現実にはそんな理屈は成り立たない。


すべての冤罪がゼロにできなくても、死刑冤罪はゼロにできるのに、なぜそれをしない?というのが率直な疑問です。

できもしない冤罪ゼロが達成されるまで死刑存置という理屈は筋が通らない。
逆に、
冤罪ゼロが達成されるまで死刑廃止という理屈なら筋が通る。

>その前に冤罪リスクを下げる努力をするべきっていうのが筋っちゅうもん違うんかい、と言ってる、
のとちゃいますかね?(笑)

そうすると、
「すべての冤罪ゼロを達成できるまで(つまり、永遠に)努力し続け、それまでは冤罪死刑で無実の人が死ぬことも仕方がない」
と言葉にしなくても考えていることになりますよね。


また、死刑廃止の立場であっても、「その他の冤罪はどうでもいい」という立場ではありません。

すべての刑罰に発生し得る「冤罪」をどうやって無くしていくかを考えるのに、死刑存置・死刑廃止、どちらの立場かは関係ありませんし、死刑の存廃によって左右されるものではないはずですよ。

1年前 No.551

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>547

恐らくは貴方の言っていることは、論理ではない。論理とは何かということは説明が俺には難しいが、話のつながりがあることは論理ではない。貴方は、人権派ではなく戦略論派だとのことだから、人権を喧伝するのも、結局、詭弁ということなのだろう。

もはや、お互いに水掛け論となってしまっているようだから、俺としては具体的な方策を提案することにして、終わりにしようと思う。

前から、書いてきているように、冤罪を問題視するなら、冤罪全体に目を向けるべきだ。しかし、特に、冤罪による無実の人の死刑が重篤であるもそのとおり。ならば、次のような提案が可能となろう。

仮に最高裁で死刑判決がなされようと、冤罪の可能性が残る場合、無期限拘留とする。これは、現在も法務大臣のサインがないと死刑は執行できないが、それをシステマティック化する提案だ。死刑執行は決審後おおむね6か月でなされることなっているが、守られていないことが現状だ。その現状を大臣の裁量ではなく、より組織的なものとする。(もしくすると現在も水面下で行われているのかもしれないが)例えば、物的証拠があるか、その物的証拠の科学的根拠は適切か、自白がない場合、容疑者が犯人であることが確実とされる証拠があるか。このような点を吟味し、わずかでも確実でないと死刑は執行されず、無期限拘留となる。これであれば、冤罪死刑の確率は0にできる。もちろん、容疑者が本当に犯人である可能性もあるが、本来的には疑わしきは罰せずであるし、無期限拘留が無期刑の代替となる。そして、確実となる新証拠がでた場合、死刑は執行され、冤罪である新証拠がでた場合、容疑者は適切な手続きを経て釈放され、賠償を受ける。

ここで、無期限拘留となる無実の人の人権はどうなるという声も聞こえてきそうだが、貴方は冤罪による無期刑を容認しており、そのリスクも上記以外の冤罪対策を実施することにより、低減できるはずだ。

建設的な意見だと思うのだが。

1年前 No.552

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>550

そのとおりでございます。

1年前 No.553

maco @maco7 ★AoaDFKeChD_EjY

>>552  ちょっとねさん

具体的な提案は、ただ単に批判をするとか、現実を無視したイメージ論を披露するより何倍も議論の意義がありますね。
ただ、せっかく出していただいた案には問題がありそうです。

>物的証拠があるか、その物的証拠の科学的根拠は適切か、自白がない場合、容疑者が犯人であることが確実とされる証拠があるか。このような点を吟味し、わずかでも確実でないと死刑は執行されず、無期限拘留となる。

これだと「疑わしきは被告人の利益に」に反しますよね。

冤罪可能性がある(犯人と断定するには証拠不十分)とわかった時点で、本来であれば釈放です。
刑罰は、証拠が揃って判決が下りてはじめて適用されるもの。

また、勾留には条件があり、ただ「疑わしい」というだけで何十年も勾留はできませんし、すべきでもありません。
これも憲法に定められた基本的人権を有しているからです。

そして、冤罪が発生するのは、その捜査や取り調べの過程で集められた証拠や証言の信憑性や強要による自白に問題があるからです。
どうしたって人間は間違えるし、冤罪はゼロにはできません。

実際、「わずかでも確実でないのに執行された事例」があったことを考慮すれば、

>確実となる新証拠がでた場合、死刑は執行され、

このように、冤罪がゼロにはできない前提を無視して非現実的な話をしても、それこそ絵に書いた餅になってしまいますし、「確実な新証拠」を特定できるだけの優れたシステムがあるなら、長期勾留の必要も無いですよね。

また、無期限勾留(という名前の禁錮)した挙げ句に死刑となれば、犯罪者は二重の罰を受けた形に。

【憲法第39条】
何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪につ
いては、重ねて刑事上の責任を問はれない。


しかし、このように具体的に提案してもらえると、どこが問題なのかの指摘もしやすく、問題があるならどこをどう変えればいいのか?も見えてくるので、イメージや思い込みや感情論での話よりは余程いいと思います。

1年前 No.554

ふんにゃ @sorairono ★HEPy1c8DtF_a2e

まだ、 >>0 が論理になってない、論理破綻だ、の反論は消えないようだねえ。

そんな議論したくてこのスレを立てたわけじゃないんだけど。

なんか、「論理破綻だ<冤罪が根拠の死刑廃止の論理・改>」のスレが立ってるみたいよ。

そんな議論したいなら、そちらですれば?

そこなら私も答えるからサ。

ただし、ヒマなときに・・・

1年前 No.555

削除済み ★PpsLsqRcDN_ouC

【この投稿は”管理者-kotori-”により削除されました】 削除者: ことり☆リーダー ( 2018/08/08 19:17 )  削除理由: マナー違反・リアクション違反

1年前 No.556

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

なぜ、提案に対して反論しないのか。つまらないことだ。

1年前 No.557

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>554

>これだと「疑わしきは被告人の利益に」に反しますよね。冤罪可能性がある(犯人と断定するには証拠不十分)とわかった時点で、本来であれば釈放です。

刑罰は、証拠が揃って判決が下りてはじめて適用されるもの。また、勾留には条件があり、ただ「疑わしい」というだけで何十年も勾留はできませんし、すべきでもありません。
これも憲法に定められた基本的人権を有しているからです。

そのとおり。これは、本来は司法の中で徹底すべき話だと思う。しかし、現実は異なっているのも、また、指摘のとおり。これはカンなんだが、裁判官は法律や過去の判例に基づいて判決を下すプロフェショナルではあるが、得られた証拠などから、容疑者が本当に犯人かそうでないかを見分けるトレーニングは十分受けていないのではないかと思われる。俺の提案は「冤罪での無期拘留は許容される」及び「無罪の人への死刑執行は許されない」という、これまで議論での共通認識に基づき、司法の外側にガードバンドを作ることを提案したものだ。
冤罪はあってならない。だから裁判は一審から最高裁まで何度も繰り返される。冤罪防止の仕組みはこの過程の中にも組み込まれるべきだ。俺はその方面はとんと疎いから良い案が浮かばないが、貴方も考えてみるとよいと思う。少なくとも、俺よりよっぽど詳しそうだ。


>冤罪がゼロにはできない前提を無視して非現実的な話をしても、それこそ絵に書いた餅になってしまいますし、「確実な新証拠」を特定できるだけの優れたシステムがあるなら、長期勾留の必要も無いですよね。また、無期限勾留(という名前の禁錮)した挙げ句に死刑となれば、犯罪者は二重の罰を受けた形に。【憲法第39条】

何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪につ
いては、重ねて刑事上の責任を問はれない。

その仕組みをどうするかも課題である。犯人であることを確実にするための証拠は、警察、検察に要請すれば必死になってやるだろうが、逆の証拠を誰がどう探すか。弁護士だけでは、実質困難だろう。そのための組織が必要とされる。俺の提案は現状を踏まえたものだ。俺の提案を実行したとしても、現実には、死刑は長い拘留期間を経て、実施されているから、実質の差はないと思われる。(いつだったか、だれだったか、忘れてしまったけど、長い長い拘留の後に、死刑囚の再審請求が通った事例があったと思う。それを、念頭に入れている。)

1年前 No.558

ザビビのふくろう @owlman ★Android=cdZmIVbAmb

>>551  macoさん

今回の私の >>551 のレスは、私の主張というよりは、あなた方とちょっとねさんの議論がずれていると思ったので、参考になればと思い、ちょっとねさんの意見についての私なりの解釈を述べてみた、というだけです。
残念ながら、あんまり役には立たなかったようですが。

>>555  ふんにゃさん

ゴメンゴメン。
いや、論理破綻については議論を続ける気はないよ。

前述したやうに、議論はもう詰んでいるし、あなたに理解させるのは無理なのに、これ以上続けるのは無駄だけでなく他の人にも迷惑だしね。

立場を説明するのに述べただけだったんだけど、誤解を与えたならスンマセン。

1年前 No.559

maco @maco7 ★AoaDFKeChD_EjY

>>559  ふくろうさん

あまり役に立たなかったかのように感じさせる書き方だったならすみません^^;

そんなことは無いですよ。すれ違いがあると感じて親切で書いてくださったことはわかっています。
ふくろうさんは、存廃について特に自分の強い主張がしたいわけではなく、他の人の主張のおかしなところ(辻褄が合わないとか)を説明したり、すれ違っている部分を説明してもつれている糸を解く作業がしたかったんですよね?
(違うかなw)

私は、ふんにゃさんの言い分も、ふくろうさんの言い分も、ちょっとねさんの言い分もわかっているつもりなんですよ^^
それをうまく説明できないのは、文才の無さです。

言い分を理解することと意見に賛同するかはまた別の話であり、主張の内容はわかるけど書き方がおかしいとか矛盾や疑問があれば説明したり質問して確かめておこうと考えるのは、ふくろうさんのと同じなのです(笑)

ただ、死刑制度の議論は数式を解いて正解が出るといった性質のものではありませんし、理論上の可否や整合性に拘って現実の可否(存廃)の話がそっちのけになるのは本末転倒に思えるんですよね。
(もうスレ主さんとその件は終了とのことなので、それ以上は言いませんが)

もし誰かの主張の中に明らかな事実誤認があれば、それは都度指摘しておかなければ間違ったまま話が進んでしまうから、いちいち口を挟みますし、前提から結論にいたる間の根拠が無かったり筋が通っていなければ、それにも説明を求めたり、こちらが説明したりします。

私個人が理解したいということと同時に、相手が様々なことを理解した上での主張なのかを確かめるためです。

私個人の主観ではないことの証に、資料の出典元を添えることもあります。

映画のレビューなら、各々がそれぞれの価値観で感想を述べるだけでいいと思いますが、現実にある法律の是非について話をしているのだから、現実の制度がどうなっているか?ということを把握しておくことは必要だし、言葉の定義についても明確にしておく必要がありますよね。

個人の思想や価値観を否定するつもりはありませんが、せめて事実関係や言葉の定義くらいは正しい情報を共有しましょうよ という立場で投稿しています。

思い込みや勘違いを元に判断している人も多いからです。
じゃなければ、いくら議論しても「人それぞれの価値観や考え方」で終わったり、「好きか嫌いかの話」(きのこたけのこ論争)のようになってしまいますしね^^;

しかし、あれこれ事実関係を説明しても検証しようともせず都合のいいところだけ抜き出して拡大解釈したり、結局最後には感情論に持っていく人の場合は、「何をどう説明しても最初から理解するつもりはなく、心が拒絶していることに理屈を捏ねていただけで議論する気は無い」と判断しています。

1年前 No.560

論理魔 ★PpsLsqRcDN_ouC

>>550

ふんにゃも、そういう議論がしたいのではないと何度か言ってるね
憲法は論理学を使っても読むことは出来ないし、解析できない。論理学だけでなんとかしようとするのは元々無理があった
ふんにゃの論理についてはもう終わった話で、論理のみでの議論はふんにゃも終わらせたいみたいだから、これ以上の言及を避ける

>冤罪はいかんというなら、あえてオーバーに言いますが、安易に刑罰制度は冤罪を避けられないと前提にして死刑制度廃止と言うんじゃなくて、その前に冤罪リスクを下げる努力をするべきっていうのが筋っちゅうもん違うんかい、と言ってる、

結論のみ、同意するが、そこは再三同意している。まあこの辺まで、言って欲しいところ、そうすれば反論出来る

しかし筋ってなんだろうねwすじとってねっすよの筋かなw

筋論で考えたら逆にこうも言えてしまう

しかし筋というなら、死刑を含む全冤罪リスクが避けられない事を認めるなら、まず死刑を廃止し、冤罪リスクが0か、極限にまで最小化したなら、死刑復活させる派
すなわち、冤罪リスクがまだ極限の最小化出来ているとまでは言えない段階でしかない今はまだ死刑廃止派である
冤罪リスクを下げる努力をするのはそれからだ。冤罪リスクが0に限りなく近くなった段階で、復活派に転じる。筋論で言えば、順序が逆ではないのか?

と言う立場になるのが逆の意味での筋っちゅうもん違うんかい。

ところで、筋って言葉を使うと江戸っ子っぽくなるんかな?関西弁かなこれ

このように議論している間にも量刑への冤罪死を遂げている人間が現に出ているそうな

オウムの井上あたりが、死刑か、無期懲役か、微妙なラインにいる死刑囚で一審無期懲役・最高裁死刑判決となったやつだが再審請求が通って裁判でもすれば、無期懲役もありえた死刑囚だったが、死刑執行されている

1年前 No.561

削除済み @shinwood ★mjl0ItnnrE_a2e

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1年前 No.562

ふんにゃ2 ★1EtWqlsWCQ_keJ

ちょっと停滞気味のこのスレか?

しかたがないので、ここで一席、論理の話でもしようと思ったが、

一身上の都合により、メビウスを退会することになってしまった。

というわけで、

ヾ(*^▽^*)oヾ(*^▽^*)oヾ(*^▽^*)o バイバイ♪

1年前 No.563

ふんにゃ @sorairono ★bXqlVCKD2A_khR

まあ、冤罪根拠の死刑廃止版もあげてみっかな。
何を書こうと思ったが、以前どこかで書いたのをコピペしてみよう。
ある著作の引用が長く、著作権上問題があるのでは?との指摘もあったが、「引用」として問題なしと思うのだがどうだろう?

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「死刑肯定論・森炎著・ちくま新書」を引用してみる。

「冤罪は死刑廃止の根拠にならない」とする存置派は、「死刑存置派は冤罪を無視してはならない」と強く主張する存置派の司法専門家にいかに反論するのだろう?
(略して、存置派は存置派にどう反論するのだろう?)


死刑存廃論を見ていると、冤罪は死刑廃止の根拠にならないとか、冤罪は無視できる、という存置派の主張が多く見られる。
しかし、「死刑制度には冤罪リスクがある」を否定できない以上、論理的には死刑存廃論の論点としての冤罪、を除外できない。

だから私は、死刑問題で冤罪を無視してならないと主張するのだが、いかんせん、主張するのが私だから説得力が無い。
ここは、権威に頼ろうw

以下の引用は、「死刑肯定論・ちくま新書」の著者は、大阪地裁・東京地裁の裁判官を歴任された死刑存置派である。
存置派が「死刑存廃においては冤罪を無視してはならない」と強く主張しているところが、ミソ。


(・・・引用始め・・・)
「死刑肯定論・森炎著・ちくま新書」
(森炎氏=東京地裁・大阪地裁などの裁判官を歴任した弁護士)

(第四章 「冤罪問題で死刑を廃止するか」より引用)

イギリスでは、冤罪が死刑廃止の大きな根拠になったわけであるが、わが国においても、死刑冤罪のおそれは、死刑廃止論の最大の根拠とされている(団藤重光『死刑廃止論』有斐閣など)。

このような死刑廃止論(冤罪主根拠廃止論)に対しては、「冤罪は裁判一般の問題である」「死刑に限ったことではない」と反論されるのが常である。そして、「冤罪を理由に廃止せよと言うならば、裁判自体を廃止しなければなくなるはずだ」とか、「取り返しがつかない点では他の冤罪も同じである。自由刑でも失った時間は戻ってこない」などと反論を伸張する向きが多い。

しかし、死刑冤罪の問題は、死刑制度と裁判制度の限界(誤判)がクロスする問題領域であり、死刑廃止論が強調するのは、そのクロスポイントにおいては、問題性が極限的不正義にまで拡大、増幅することである。いわば、特異点の指摘である。だから、冤罪は裁判一般の問題であるとして視点をずらすだけでは、十分な反論にはならない。

それに、冤罪主根拠廃止論は、死刑という一つの刑罰について立法政策上の刑種選択をしないことを主張しているのであって、裁判の在り方を言ってるわけではない。実際、それによって死刑裁判が終身刑裁判なり無期刑裁判なりに置き換わるだけであって、何か特定の裁判が廃止されるわけでもない。

また、自由刑と死刑の不可逆性を同視することは、質的に見て明らかに無理である。自由刑は、身体の自由を奪うだけで、基本的な意味での人間的尊厳は残すところに特徴がある。冤罪で誤って処罰される場合においても、基本的な意味における人間的尊厳は奪われてない。「自由刑でも失った時間は戻ってこない」とのカテゴリー攪乱的反論は、逆に、近代啓蒙期に刑罰体系が身体刑中心から自由刑中心への一斉転換した歴史的意味を十分に理解していないと言われてもやむを得ない。刑罰が「身体から自由へ」と移行した最大の意味合いは、罪を人間存在に刻印するのをやめた点にある(したがって、取り返しがつかない点では、死刑と身体刑が同様と言うべきで、自由刑は異なると言うほかない)。

その意味では、一般に言われてるところは、有効な反論になっていない。

冤罪で死刑にされることが極限的かつ絶対的不正義であることは、まごうかたなき真実であり、否定のしようがないだろう。

(あとがき、より引用)
第三に、本論でも出てきた死刑冤罪の問題がある。法治国家においては、その問題性は、やはり、大きい。冤罪の可能性を含みつつ死刑制度を存続させることは、目的や理由は何であれ、「罪なき者の血を流す」という思想を認めるにほかならない。その思想自体が、一方では、キリスト教的伝統をはじめ、人間倫理の根底を揺り動かしかねない異風であるとともに、他方では、ほかならぬ自己存在に流れ矢となって戻ってくる自縄自爆的な面がある。

戦後、日本で発生した死刑冤罪は、司法当局が公式に認めたものだけでも、今までに四件ある。それらは、死刑確定後執行前に冤罪であることが判明した分である。すでに死刑執行されてしまったケースや獄死を含めると、実数は、おそらく、二桁に昇るだろう。

確信的死刑肯定論者であるためには、冤罪で自分が死刑になる可能性を覚悟しなければならない。そうでなければ、ただの欺瞞に終わる。
(・・・引用終わり・・・)


質問=「冤罪は死刑廃止の根拠にならない」とする存置派は、「死刑存置派は冤罪を無視してはならない」と強く主張する存置派の司法専門家にいかに反論するのだろう?
(略して、存置派は存置派にどう反論するのだろう?)

8日前 No.564

ふんにゃ @sorairono ★bXqlVCKD2A_khR

コピペの続き、
-------------------------------------------


トピ主でございます。

私が「死刑肯定論」から引用した部分だけを見ると死刑廃止の主張にも見える。
実際、冤罪根拠の死刑廃止派の主張をよく代弁している、と言える。
しかし、著者森炎氏は死刑存置派だ。
だから、「冤罪で死刑にされることが極限的かつ絶対的不正義である」と語る後の部分で、冤罪根拠死刑廃止派への、反論、を主張している。
存置派としては、自分で語った主張に自分で反論しなければならなかったわけだ。
私の引用を読んで「死刑賛成派なのになんで?」という意見もみられたので、その反論部分も紹介する必要があると思う。
そんなわけで、この投稿をしようと思ったのでありました。
これから引用するが、( )、の部分は私による補足になる。

著者による反論は、
「国民世論を無視して死刑廃止をするわけにはいかない」
「凶悪犯を死刑にするのが正義なのか、無実の人間を死刑にしないのが正義なのか。どちらを選べと言われても判定不可能」
などがあるが、一番強く主張したいのは、
「死刑存廃論は形式論理では計れない」という点ではなかろうか。
___________________________

(引用開始)
死刑冤罪という不正義を避けるためには死刑廃止派どうしても必要であるというのは、制度の直接存在を形式論理的に把握する場合の立論である。
(・・・中略・・・)

(この、中略、の中で、著者は、廃止派の主張は形式論理的には正しいが、死刑存廃はその形式論理では収まらない議論である、という主旨の主張を展開する。が、その議論は抽象的でいささか分かりにくい。著者はそれを具体例で説明しているので、そちらを引用することにしよう)

アナロジーを用いて、もっと具体的に言えば、次のようなことである。
正当ならざる死を帰結する社会制度は、航空機、鉄道の運行、自動車の使用等、決して少なくない。航空機や鉄道の運行、自動車の使用が常態化した現代社会では、それによって、必ず統計的に一定数の死者を生ずる。
が、それでも、われわれの社会は、航空機や鉄道の運行をやめたり、自動車の製造・使用を禁止することはない。それはどうしてなのか。
(・・・中略・・・)
この種の社会制度にあっては、「利便性のために死者を出すことは認められない。したがって、それを極小化すべく努力しなければならない。他方では、それがゼロになることはないとしても制度として続行する」という考えが紛れもなく、まともなはずであるが、それが正当化されるのは、ただ物事の根拠を事実的な因果の糸で問い詰めるのではなく、意志による秩序の意味として探る場合である。
(・・・中略・・・)
死刑と航空機事故の類を同列に論ずるわけにはいかないが、結局、死刑冤罪について、事実の因果性として「いくら努力してもゼロになることはないのだから、それを絶つためには制度自体を廃止するほかない」と言うべきなのか。それとも、意思的な可能的秩序として「冤罪で死刑にすることは絶対に認められない。したがって、それを極小化すべく努力しなければならない。他方では、それがゼロになることはないとしても裁判制度として続行せざるを得ない」というべきか。それが問題である。死刑制度賛成八十五・六パーセントちおうのは、後者の生き方を社会が選んでいるということではないのか。それが現在の日本の法的確信にほかならないとも見られる。

その法的確信は、「冤罪があってもよい(ないしは、やむを得ない)」というのではなくて、「冤罪で死刑にすることは絶対に認められない」「しかし、それがゼロとなることを目指す極小化の努力の中でならば、死刑裁判は制度として続行することが許される」という確信だろう。
(・・・引用終了・・・)
_____________

以上、著者森炎氏による「冤罪死刑リスクがあるとしても死刑制度は正当化される」という廃止派への反論であった。
せっかくだから、これに反論しよう。

反論は3点ある。

@
航空機・鉄道・自動車などの社会制度は、廃止すれば社会が大混乱する。一方、死刑制度を廃止したとしても社会への影響はほとんどないだろう。死刑を廃止したら社会が大混乱した、などというのは聞いたことがない。だから、航空機・鉄道・自動車の存廃と死刑の存廃を同一視するのは無理がある。

A
>「冤罪で死刑にすることは絶対に認められない」
>「しかし、それがゼロとなることを目指す極小化の努力の中でならば、死刑裁判は制度として続行することが許される」という確信だろう。
>それがゼロになることはないとしても制度として続行する」

「冤罪で死刑にすることは絶対に認められない」と主張しながら「冤罪死刑がゼロにできる」断言できず、「死刑裁判は制度として続行することが許される」とするのは、論理的に言っていささか無理がある。

「冤罪死刑を否定する」「冤罪死刑をゼロにすることはできない」「死刑を制度として続行する」
と論理的に書き直せば、矛盾、になる。
「冤罪死刑をゼロにすることはできない」からは「冤罪死刑が存在する」が導出される。
つまり、「冤罪死刑の存在を肯定する」であり「冤罪死刑を否定する」と両立すれば、矛盾、になる。
まっ、著者は死刑存廃は形式論理には収まらない、という主張であるからそれでもよい、という考え方なのかもしれない。

B
著者は、航空機・鉄道・自動車は、事故死があっても廃止できない。同様に、死刑制度も冤罪死刑があるとしても廃止できない、と主張できる、という考え方であろう。
ここには明らかな誤謬がある。
たしかに、事故死を否定するなら航空機・鉄道・自動車は廃止せねばならない、と、形式論理的には言える。
しかし、冤罪死刑を否定しても刑罰制度を否定する必要はない。

交通機関の事故と刑罰制度の冤罪はよく似ている。

交通事故=物損事故・傷害事故・死亡事故
刑罰冤罪=罰金冤罪・自由刑冤罪・死刑冤罪

交通機関には死亡事故リスクがある。そのリスクを否定すれば交通機関の廃止になる。
しかし、冤罪死刑を否定しても刑罰制度の否定にならない。
死刑がなくても刑罰制度は成立するからだ。

だから、航空機・鉄道・自動車は、死刑制度に対応させるのではなく刑罰制度に対応させるのが適切だ。
航空機・鉄道・自動車を例に死刑廃止論に反論するのは適切ではない。

著者も、
>死刑と航空機事故の類を同列に論ずるわけにはいかないが、

と語ってはいるが、もっと強く、「死刑と航空機事故の類は同列には論じられない」とすべきだろう。
逆にそれは、冤罪根拠の死刑廃止論を支持する結果になるハズだ。

8日前 No.565

ゆみ ★LOZXJIYpXA_khR

死刑制度の効果ってどのぐらいなんでしょうね。

死刑になるから、殺人をしないって言う人、どのぐらいいるんでしょうか。

犯罪を犯したくない私からすれば、自由刑も死刑も同じ。

自分のしたことで、罰を受けるなんてまっぴらごめんなんですよ。

一般的には皆も同様にそう思っていると思う。

じゃあなんで死刑が必要なの?といえば、それは、社会的な感情としてそれを望む向きがあるから。

残虐行為に対して制裁を加えたいんですよ、人は。それが感情です。

制裁を加えれば、

・溜飲が下がる
・秩序が保たれて安心できる

のですよ。

死刑反対派はこれらの感情を冤罪を持ち出さずして、

どうコントロールすべきかを答えるべきだと思うんですけどね。

8日前 No.566

みたのしきま ★q3tWng5BEh_732

個人の尊厳を最大限に尊重しなければならない国家は、法律(刑法等)で個人の生命を奪う刑罰は自己矛盾です。

矛盾を無くせないなら、死刑を規定する刑罰は最小限にする刑事政策を採用する必要があります。

内乱罪関連だけとかに規制する。

冤罪は、刑事訴訟が手続き的な正義に裏付けられている以上、必然の存在です。

冤罪による死刑は最大限避けるべきですが、冤罪は死刑だけの問題ではなく、自由刑でも取り返しのつかないこと確かです。

8日前 No.567

終末 ★fDRK1HYmt2_keJ

みたのしきまさんは何と言うか、総じて個人の尊厳、と言う物がまだ整理・消化出来てない様に見えますね…
昇華していて会話のレイヤーが場面によって違うって話なのかもしれませんが…
それとも新自由主義的な尊厳認識だから「命ではなく金・所有で支払え」って話なのか…
でもそうなると国制貨幣制度と国制所有主義自体に疑問を持たないのが良く分からないんですよね…

8日前 No.568

みたのしきま ★q3tWng5BEh_732


*総じて個人の尊厳、と言う物がまだ整理・消化出来てない様に見えますね…

そうですか?

未消化ですか?

国民の尊厳ではなく、『個人』の尊厳ですよ。

『個人』のというのは、金融資本と領土資本を持つ領主たちのことだったのですよ。

国家は、個人を最大限に尊重しなければならないということは、

個人の資本の尊重と個人の生命の尊重とを合わせて不可分の概念です。

8日前 No.569

終末 ★fDRK1HYmt2_keJ

ああ、なるほど、「個人」の概念が全く違ったんですね
今ここに生きてる生の人間がどの様な物であるかと言うのが関係ない概念と言う事であれば納得です
ある時代(国制資本主義)における概念としての「個人」尊重だったのですね
なるほど、教えて頂きありがとうございました

つまりそれらを失って領主でなくなった人は個人ではないと言う事ですね
金融資本のマイナス資本はまだしも、領土の「0所有」も「持っている」に相当させるとなるとまた別なのかもしれませんけど

8日前 No.570

終末 ★fDRK1HYmt2_keJ

そうなると基本的に夜警国家主義ですかね

8日前 No.571

ふんにゃ @sorairono ★bXqlVCKD2A_khR

(誤解を招きかねない表現だが)<冤罪根拠の死刑廃止論は冤罪肯定論である>

>冤罪による死刑は最大限避けるべきですが、冤罪は死刑だけの問題ではなく、自由刑でも取り返しのつかないこと確かです。

こういうリアクションを見ると、私の主張は理解されていないのだな、と思う。
権威に頼ってもダメかw。まあ、私の説明に問題があるのかもね。

そもそも、

冤罪根拠の死刑廃止の主張は、冤罪の否定ではない。
とゆーか、刑罰制度を否定できないなら、冤罪の否定など誰にもできないのよね。

「刑罰制度には冤罪リスクがある」
この客観的事実を否定できない以上、刑罰制度は必要である、と考えるなら、冤罪リスクがある、も認めなければならない。

もちろん、冤罪はあってはならない。しかし、
「冤罪はあってはならない」の価値観の主張で、「冤罪リスクがある」の客観的事実を否定することはできない。
だから「冤罪はあってはならない」は、冤罪リスクの否定ではない。

冤罪根拠の死刑廃止の主張は刑罰廃止の主張ではないのだから、死刑以外の冤罪リスクは肯定することになる。
すると、「なぜ、死刑の冤罪リスクだけを否定するのか」という反論が起こる。

答えは単純、刑罰制度は我々社会に必要なものであるからだ、となる。

刑罰制度が必要なものである以上、冤罪リスクは認めなければならない。
逆に云えば、冤罪リスクを認めなければならない理由は、我々社会に刑罰制度が必要であるからだ。

そして、死刑がなくても刑罰制度は成立する(廃止諸国のように)。

だったら、冤罪死刑を認めなければならない理由も消失する。
そこに、冤罪根拠の死刑廃止の主張も成立するわけだ。

別に難しいこと云ってるつもりはないんだけどね。

なぜ理解されないのかしらん・・・・・・

7日前 No.572
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