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だから私は死刑に反対する

 ( 議論掲示板 )
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ふんにゃ @sorairono ★HEPy1c8DtF_BXv

凶悪事件のニュースは表面しか伝えないけど、
「この人、なんでこんなことしちゃったんだろ」

と、思う時がある。
私は、犯罪者を理解したい、と思うことがあるらしい。

犯罪者を理解する必要はない、という人もいるだろう。
凶悪犯なら、さっさと死刑にしてしまえばよい。
そうね。犯罪者を理解する必要がないなら、簡単に死刑を支持できるかも。

だけれども、

人間は、環境を選んで生まれるわけじゃない。
育つ環境が違えば、今の私の人格・考え方、も違ってたはずだ。
私が犯罪者の環境に育ったとして、そこで犯罪を犯すか否か、と「今の違った人格の私」が考えてもしゃーないことだ。

世の中にはいろんな人間がいる。男もいれば女もいる。
容姿端麗な奴、ブサイクな奴。価値観・考え方の違う奴。

国民の圧倒的多数の支持のもと、大通りを堂々と歩く死刑存置派もいれば、
少数派であるがゆえに、路地裏で石をぶつけられながら、惨めに座り込む廃止派もいる(ノ_・。)

そして、犯罪者になる奴もいれば、ならない奴もいる。

いろいろな人間を知ることは、人間を知ることだ。
犯罪者を理解するということは、人間を理解することでもある。
少しでも理解すれば、簡単に、死刑になれ、とは言えなくなる気がする。
そういう人は死刑廃止派になるかもね。


それから、


景気が悪くなると犯罪が多くなる。

もちろん、犯罪者が責任を逃れることはできないのだが、
犯罪の背景に社会的側面があることを無視することもできない。
犯罪を知ることは社会を知ることでもあるのだ。


犯罪者を理解する必要がないのなら、凶悪犯は簡単に死刑にできる。
反社会的凶悪犯だから抹殺しました。あとは、忘れてしまいましょ。
そうして、死刑に賛成するのだろうな。

でも、それって「臭いものに蓋」ってやつなんじゃないのか?

犯罪者を知ることは人間を知ることである。
犯罪を知ることは社会を知ることでもある。
人間を知り、社会を知れば、我々が為さねばならぬことも見えてくるだろう。

犯罪者を死刑にして「はいおしまい」では、
我々が本当に考えなければならないことを考えない「思考停止」にも見えるのだ。

(と、路地裏の廃止派として考えたのだった)


・・・なんてな(*/∇\*) キャ

1年前 No.0
メモ2018/09/04 10:52 : maco @maco7★s3dqmEvCVz_gaI

【関連スレ】


続・だから私は死刑に反対する

http://mb2.jp/_grn/2238.html

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ザビビのふくろう ★ZRGZRP6lC7_keJ

>>1894  Mobiusさん

>私が心配しているのは、その理屈だと 死刑もNGになるのではないか ということです。

>手の機能喪失がNGで、全身の機能喪失はOKなのは なぜか?

とか、
>手首切断がNGで、首を絞めるのはOKなのは なぜか?

とか。

フィルタされていることに今気づきましたが、 >>1778 を読んでくれたでしょうか?
死刑の本質は生命を奪うことであり、目的は加虐ではないというのが私の立場であり、そのように見なしうる根拠を1778で示しています。

>その理屈だと、贖罪のために手首を差し出す必要があるのなら手首を奪う必要があるのではないか、ということです。


その点については、現実的・具体的にはどうなっているのか知識不足でわかりませんが、私はあまり心配していません。
というのも、現在日本の刑法では身体刑は存在しませんが、
犯罪を法益侵害と捉え、どのような犯罪に対してもその被害をいわば法益損失に換算して身体刑以外の刑を科しているはずですので、手を差し出す必要はありません。

1年前 No.1901

ザビビのふくろう ★ZRGZRP6lC7_keJ

>>1897  志野さん

>ただ、それが刑法の一側面「教育」とどのような差があるのかなということに疑問があるだけです。


じゃあ、やはり考えている内容が異なるんでしょうか。
「教育」と捉えるのは、明らかに目的刑論の考え方で、刑罰を予防を目的とした手段として捉える考え方ですよね。

私の贖罪として捉える考え方は、刑罰を手段ではなく、それ自体を罪に対する贖罪として、絶対主義的な捉え方であり、「応報」という言葉のニュアンスは適切ではないですが、分類上は明らかに応報刑論に属すると思われます。
ただ、Wikipediaの応報刑論の解説で三つあげてあるんですが、正直どれでもあるように思えて確定させることはできないでいます(;^_^A

1年前 No.1902

志野 ★oxNziOTMi3_yoD

>ザビビのふくろうさん

応報ですか…。もしかして「応報型相対的応報刑論」の立場でしょうかね。
「正義としての応報」という主張がピンときたりするのでしょうかね…。
もしそうだとしたら、その視点から話をしてみますが…。


>fakerさん

それだと違和感はありますよね、確かに。
私はあくまでも「教育」だけの面から見ていたので、複雑にならぬよう、他は考慮せずに純粋にそこから話を持って行こうかなと思っていたのです。
でも、どうやら話は変わりそうなのでまた違った展開になると思いますが。

>「教育」の効果がある犯罪と効果がない犯罪がありますよね
>その区別はされないんでしょうか

きちんと視野には入れていますよ。そのための「応報」の側面などであったりしますからね。

1年前 No.1903

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>1901 ザビビのふくろうさん、
私はフィルターの影響を受けないので、 >>1778 は目にしていますが、macoさん 論理魔さん宛だったので、中味は読んでいません。


>死刑の本質は生命を奪うことであり、目的は加虐ではない


そうだとすると、「手首切断刑の本質は手の機能を奪うことであり、目的は加虐ではない」と言えてしまわないでしょうか?


>犯罪を法益侵害と捉え、どのような犯罪に対してもその被害をいわば法益損失に換算して身体刑以外の刑を科しているはずですので、手を差し出す必要はありません。


だとすると、「どのような犯罪に対してもその被害をいわば法益損失に換算して『死刑以外』を科せばよいので、死刑は不要」とも言えてしまわないでしょうか?

1年前 No.1904

ザビビのふくろう ★ZRGZRP6lC7_keJ

>>1904  Mobiusさん

>、「手首切断刑の本質は手の機能を奪うことであり、目的は加虐ではない」と言えてしまわないでしょうか?


いやー、手の機能を奪うこと自体傷害でしょう?

身体に障害を与えることじゃないの?

ロボットだったら、故障じゃない?

>「どのような犯罪に対してもその被害をいわば法益損失に換算して『死刑以外』を科せばよいので、死刑は不要」とも言えてしまわないでしょうか?


それについては
>>1868-1870
をご覧ください。

1年前 No.1905

ザビビのふくろう ★ZRGZRP6lC7_keJ

>>1905
じゃあいいや、補足訂正します。
【残虐な刑罰の定義】
@ 残虐な刑罰とは、苦痛を与えること・身体に損傷を与えること(以後、合わせて「加虐」)を目的とした刑罰、
A 若しくは、刑罰の目的(保護法益剥奪)にとって、不必要な加虐を含む刑罰のことをいう。

これでどうかな?(笑)

1年前 No.1906

faker ★Android=p7ISKATSWi

【残虐な刑罰の定義】
@ 残虐な刑罰とは、苦痛を与えること・身体に損傷を与えること(以後、合わせて「加虐」)を目的とした刑罰、
A 若しくは、刑罰の目的(保護法益剥奪)にとって、不必要な加虐を含む刑罰のことをいう。

これから言えることは、死刑制度存置の立場からは死刑は残虐ではないということで、死刑廃止の立場からは死刑は残虐な刑であるということですね
これでは何も導くことはできません

1年前 No.1907

faker ★Android=p7ISKATSWi

>1903 志野さん

>きちんと視野には入れていますよ。そのための「応報」の側面などであったりしますからね。

それであればなおのこと、応報の側面から贖罪は違和感がなければなりませんよね
それがないというのが不思議でなりません

1年前 No.1908

faker ★Android=p7ISKATSWi

手の機能を奪うこと自体傷害でしょう?
と言えるなら、
生命の機能を奪うこと自体傷害でしょう?
とも言えなければなりません
それを一方だけ認めて他方を認めないのはダブルスタンダードですね
手の機能を奪ったり生命の機能を奪ったりするその行為は傷害であり、その結果、手首の切断になれば傷害致傷であり、死亡すれば傷害致死となるわけですから
結果が致傷と致死と違いが出ますが、そこに至るプロセスはどちらも傷害です

1年前 No.1909

ザビビのふくろう ★ZRGZRP6lC7_keJ

>>1889-1891  macoさん

>「贖罪刑罰論」によると、「被害者が失った法益」と「同等以上の法益」を加害者に求めているのだから、「未遂」(失われた法益が無い)の場合はどうするのか?


これは少し面白い問題だと思いました。
これは違法性に関する法益侵害説そのものについての批判ポイントになりうるものですよね。
違法性の行為無価値論、結果無価値論などがあるようです。
ですから、これはじっくり考えたいと思いますので、保留にさせてください。


【罪刑均衡原則】
犯した罪に対して科される刑罰が、合理的な判断の下で相応だとみなされるものではならないという原則

「合理的な判断の下で、可能な限り相応だとみなされるものではならない」
と変更してはいかがでしょうか?

>失われた命(失われた人権)<生きている命(人権)


というのは、すなわち、

殺された人の生命の価値<殺した人の生命の価値

とみなす、ということです。
認められるわけありません。

1年前 No.1910

志野 ★oxNziOTMi3_yoD

>fakerさん

応報の面から見れば、そうですね。
でも私は「あくまでも「教育」だけの面から見ていたので」との但し書きをつけていますよ。

1年前 No.1911

志野 ★oxNziOTMi3_yoD

上のレスの続きです。

>きちんと視野には入れていますよ。

これですね、これが誤解を生んだ言葉かな。
視野と言うと誤解を生むとなると…その文ではなく、「了解した上で、あえて教育の面から見ることにした。」の方がいいですかね。

1年前 No.1912

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>1906,1907

ところで、なんで残虐な刑罰はダメなのでしたっけ?

ハッド刑が社会通念的に許される社会においては ハッド刑はOKなのですから、たとえハッド刑が残虐なのだとしても「残虐だから 取りも直さずNG」ということにはならないと思います。
「必要があれば、残虐な刑もOK」なのではないでしょうか?

(つまり、残虐な刑罰であっても「必要な人権制限のひとつ」の中に含め得るのであれば 許されるのではないか という考えです。現にイランやサウジアラビアでは許されているようですから。)

1年前 No.1913

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

>>1910

>失われた命(失われた人権)<生きている命(人権)

>というのは、すなわち、

>殺された人の生命の価値<殺した人の生命の価値

>とみなす、ということです。


どうしてそういう恣意的な解釈になるんですか?

私はそのあとに

>尚、ここに書いた「生きている命(人権」は、加害者一人のものを指しません。
>生きているすべての人とその人権を指します。注釈も入れてますよね?

と、そのように解釈しないように念押しまでしているのに。

勝手に「殺された人」と「コロシた人」に変換しないでください。

1年前 No.1914

ザビビのふくろう ★ZRGZRP6lC7_keJ

>>1913  Mobiusさん
困るな〜
憲法ですよ憲法。

第三十六条
公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。

これがあるからじゃないですか。
これがあるから、死刑を正当化するために、哲学板で鍛えた屁理屈で、こっちは苦労して理由を捻出してるのに。

1年前 No.1915

ザビビのふくろう ★ZRGZRP6lC7_keJ

>>1914  macoさん

>どうしてそういう恣意的な解釈になるんですか?


いやいや、もしも私の解釈が恣意的なら、そりゃあなたの文章があいまいだからでしょう。

macoさんの主張。
>失われた命(失われた人権)<生きている命(人権)
>尚、ここに書いた「生きている命(人権」は、加害者一人のものを指しません。
>生きているすべての人とその人権を指します

私は次のように解釈しました。

失われた命及び人権 < 生きているすべての人の命及び人権

すべての生きている人の命及び人権 > 亡くなった人の命及び人権

で、AさんがBに殺害され(亡くなり)、Bが生きているとすると、
Aさんの命(人権)は失われた命(人権)
Bの命(人権)は生きている命(人権)
だったら、
 Aの命(人権) < Bの命(人権)

ってことになります。

この私の推論自体は、論理的です。恣意的ではありません。
このように解釈したのが間違いだとすると、あなたの表現があいまいなんですよ。

大体あなたは次のように並べているんですよ?
>加害者の生命の価値≠被害者の生命の価値

>失われた命(失われた人権)<生きている命(人権)


はっきりあなたは書いていますよね。
macoさん説:加害者の生命の価値≠被害者の生命の価値
等しくないんでしょ?
じゃあ、不等式になるはずじゃないですか。
だから、注釈を含めて上のように解釈したんですよ。
だったら、次の@とAのどっちが正しいんですか?
@ 加害者の生命の価値 > 被害者の生命の価値
A 加害者の生命の価値 < 被害者の生命の価値

いいですか。
私の考えはこうです。
 ふくろう説:加害者の命の価値=被害者の命の価値
なぜなら、憲法により、
すべての人間は平等だからです。

1年前 No.1916

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

>>1916

その理屈を読んだ人が

「なるほど論理的だわ」
「それはmacoの表現があいまいだわ」

と思うなら、それでいいんじゃないですか?

既に失われた命(被害者のもの)と現在も生きている命(加害者以外も含むもの)

を対比させているのに、勝手に


>殺された人の生命の価値<殺した人の生命の価値


と、元の意味が変わってしまうような置き換えをすることがおかしいと言ってるんです。

殺された人の生命の価値も、殺した人の生命の価値も、「生きている間は同じ命」に決まってるでしょう。一体なにを言ってるんですか?


あなたは2つの意味で間違えています。

・人権を失った状態 と 人権を有している状態 を対比させているのに両者の違いを無視している

・亡くなった被害者個人 と 生きている多くの人 を対比させているのに「殺された人」と「殺した人」と、「個対個」の話にすり替えている


AとかBとか記号に置き換えて論理的だとか言っていますけど、それが論理魔さんにも注意された「思考の記号化」というやつですよ。

1年前 No.1917

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

>>1917

もうひとつ付け加えます。

失われた被害者の命は、加害者の命では代わりにならない。補填できない。

そういう意味での「≠」ですよ。

1年前 No.1918

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>1915 ザビビのふくろうさん、

私は、ザビビのふくろうさんは もうちょっと高度なことをおっしゃっているのかと思っていました。
人権根拠の死刑廃止論を否定するということは、日本にとどまらず 世界各国の「死刑廃止」に「No」を突きつける ということかと。

贖罪根拠の刑罰論によって死刑が正当化されるなら、身体刑も正当化されないと理屈に合わない気がするので、食い下がっています。

贖罪根拠の刑罰論より憲法36条の方が優先されるのなら、社会通念の変化により「死刑は残虐である」とみなされるようになれば、それに合わせて死刑を廃止せざるを得なくなります。

1年前 No.1919

論理魔 ★wmjIxmtBGc_o1k

残虐性評価について

そもそも評価に影響を与えるのは

目的(動機)
学問的分類(もしくは学問を付けず、建前的分類)
状況
行為
過程
結果
痛覚
見栄え1(死刑の暴力性)
見栄え2(遺体の凄惨性)

主観&客観1(執行する側、される側の主観)
主観&客観2(死刑執行を目視(直視)する側の主観)
主観&客観3(死刑執行を目視せず、想像だけで判断するような主観)

このうちの「目的」だけをクリアして残虐ではないと主張する事は詭弁だ
評価出来る点を無視して「目的」だけをクリアすることで残虐刑ではないと言い張っているのだからね

全てをクリアできなくても、ある程度はクリアしよう

21世紀以降
アメリカの爆撃はきれいな爆撃
というごまかしはもはや、通じなくなった

それと、同様に「国家の死刑はきれいな殺人」というごまかしは通じなくなってきて、死刑廃止国が増えている

なんらかの魔術を使って魂だけを抜き取る刑を死刑と呼ぶのではない。必ず肉体を傷つけてしまう

あと命を差し出させる事についても、意味が存在していない。生き返るわけではない。
あとカントに敬意を表し「差し出させる」「差し出す」という表現にこだわっているようだが、この表現、主体性がニュアンスに存在する表現じゃないのかな?
「強制的に差し出させる」というのは何かおかしな違和感のある表現になってしまう。まあ言語学はわからんから、ここは違うかもしれんが違和感を感じたとだけ言うが

民事訴訟・示談で、被害額と同額を被害者に弁償すれば、被害者の経済的観点のみで見た損害だけはゼロになる
刑事裁判で死刑判決を出し、刑罰で死刑にすれば被害者が生き返り損害がゼロになる

という性質を「死」を取り扱う刑に関しては持たない。
死刑制度および、あらゆる刑罰は、このような構図を持っていない
死刑とは命を移植する魔術的儀式の事ではない

他の部位は移植できる可能性があるが、命の謎すらわかっていない段階でしかないため、命は移植できない
命を移植するのではなく、命を奪うのであって、これではモノの弁償が性質と異なり、弁償になっていないんだよね

それと最も重要な部分が念頭に置かれていない、それは思想だ。思想は人それぞれ違うというものではない

現代の文明国・先進国、立憲民主主義の近代国家の根底的な思想に「国家の残虐な行為からの卒業の誓い」がある事を念頭(論の前提)に置いていない
身体刑を日本で置かないのも、この思想がある為だ。憲法はもとよりね。

1年前 No.1920

wham! ★ljU4mEuaOU_Ew9

>>1890,1891
「殺害された被害者は死んどるから人権はなく、生きてる死刑囚には人権がある」
というのは理屈としたらそりゃそうなんやろうけど、
この文言を世間が受け入れることはないやろう
世間が死刑囚から受け取る最初の印象は「絶対悪」で被害者は絶対善なんやから、
善をないがしろにして悪を優遇するように見える理屈にはまず拒否反応が出る
その後でいくら奇麗な言葉を並べても最初がアカンのやから全て拒否される
「死刑囚は絶対悪」というのは人間の原初的な感覚やろうから廃止論はこの前提を離れたらいかんと思うなあ
「死人に人権なし」という理屈で話をすすめるのは反発されるだけやと思う
「死んだら無」というのもほとんどの人の信条からは受け入れ難い理屈やな
実名でこんな発言したら炎上まちがいなしやで

廃止派三人衆は感情への配慮が欠けた理屈が多いように思うなあ
人って論理的に言いくるめられても考えを変えることは滅多にないやろ?
人間は理屈で生きてるんとちゃうからな

ほんまに死刑廃止を実現したいんやったら感情への配慮を欠いたらいかんと思うぞ

1年前 No.1921

faker ★Android=p7ISKATSWi

>1911,1912

>応報の面から見れば、そうですね。

>でも私は「あくまでも「教育」だけの面から見ていたので」との但し書きをつけていますよ。

>>きちんと視野には入れていますよ。

>これですね、これが誤解を生んだ言葉かな。

>視野と言うと誤解を生むとなると…その文ではなく、「了解した上で、あえて教育の面から見ることにした。」の方がいいですかね。


刑罰を「教育」から見るのは違和感がありませんか?

刑罰は「教育」だけでなく「応報」の面もありますよね

「応報」の面から見たらなおのこと違和感があるでしょう?

了解した上で、あえて「教育」のめんから見ることにしたんです

「教育」の面から見るのは違和感がありませんか?

無事に一周しましたねw

1年前 No.1922

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

>>1916

「失われた法益と同等以上が刑法に規定されている刑罰である」

とか

「必ずしも同じものを差し出す必要がない」

と無理やり解釈したとしても、

被害者にとっては、その刑罰によって何ら法益を補填されるわけではないのに、それを贖罪と見做すとは、まるで意味がわかりません。

また、殺人の場合のみ差し出すべき法益が命でなければならないとする根拠もわかりません。

「生命を奪うこと(死なせること)」になんの価値を見出しているのか、「生命を奪うこと(死なせること)」で、被害者(被害者遺族)にどんな法益の補填があり、またそれをなぜ贖罪を呼ぶのか、そこも理解できません。


被害者の命は加害者の命で補填できますか?
できません。

命の重さは同じでも、人生はその人固有のものです。
だから、同じということはあり得ないし、それゆえ代用もできない。
また加害者を死なせたところで被害者を生き返すこともできない。


「失わせる法益」を「子ども」の話で例えた時には、私が「被害者の子ども」という表現をしたため(これも、子どもが被害者であることはいちいち言うことでもないと思いましたけど)、「子どもの人権」があるとしてごまかされましたが、加害者にとっての「法益」とは一体なんなのか?「失わせた法益と同等以上の法益」の中身について、具体的にどう考えているか知るための質問でした。

fakerさんが「たこ焼き」の話でわかりやすく説明してくださっている通り、たこ焼きなら同じものを購入可能ですし、相手のものをこちらに寄越せということならできます(奪って食べることが可能)が、命を奪ってもそれを自分のものとして生かすことができません。

加害者の命を差し出せという要求は、被害者が加害者に「同じように川に捨てて食べられなくしろ」という要求と同じであり、被害者も加害者も「失った」だけになってしまいます。(fakerさんがご説明の通りです)

これで得られるのは、再度言いますが論理魔さんの説明にあった「(損したのは自分だけではなく相手にも損をさせたという)スッキリした気持ち」だけではないんですか?

これでは法益の補填にはあたりませんし贖罪にもなってません。


では、この話が「たこ焼き」ではなく「愛犬」だったらどうですか?

被害者が失ったのは「愛犬」」です。
犬に人権はありませんが、奪ったのは命です。

しかし、
刑法では「器物損壊罪」に該当し、「懲役1年以下、罰金100万円以下」となっています。
自転車の時と同じです。
動物愛護法では「みだりにコロスこと」の罰則で「懲役2年以下または罰金200万円以下」となっています。

そして、その両方の法律が愛犬には適用できます。

贖罪刑罰論に立つと、

「被害者は愛犬を失ったのだから」と、「加害者の愛犬の命」を差し出させるのですか?
それとも、「愛犬の命を奪った加害者の命」を差し出させるのですか?
この場合、「愛犬の命」>「加害者の命」になるのですか?
「愛犬の命」<「加害者の命」になるのですか?
他の犬を連れてきて「はい、代わりの犬です。弁償します」となるのですか?

巷では、愛犬や愛猫を失ったパートナーに対し「新しいのを買えばいい」と言って相手の心情がまったく汲めない慰め方をしたために別れるカップルもいるそうですが、「同じ犬じゃん」と言えてしまう人とっては「代わりがきく」という感覚でしかなく理解できないかもしれません。

また、被害者の愛犬が保護した野良犬なら無価値で、高級血統種のアシェラなら罰金刑以上の価値として高額賠償させるのでしょうか?

愛犬の命を刑法に定めた(失わせた法益と同等以上の価値のもの)に換算して弁償させるのでしょうか?
これは民法ですよね。

愛犬を失った悲しみを金銭に換算して慰謝料を支払わせるのですか?
これも民法ですよね。

「被害者遺族(この場合は愛犬の飼い主)の感情を汲むべし」を理由にするなら、失った命が人間でも愛犬でも同じ扱いになるのですか? ペットを我が子のように可愛がっている人は大勢います。

しかし、「どれくらい大切に思っていたか」を誰がどうやって量るのですか?


【質問】
これらの疑問についても自転車の時と同じように
「被害者から奪った法益と同等以上の法益を見做す刑罰が刑法に規定されている」として一律に懲役や罰金で代用できると考えるのですか?

他の解釈があるなら説明をお願いします。

1年前 No.1923

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

ハフィントンポスト フランス語版の記事の見出しより
「Peine de mort : Les Fran□ais favorables au r□tablissement de la peine capitale □ 52%」
フランスでも死刑復活を望む国民の声は大きい。
死刑制度復活を訴える政治勢力も存在する。

私は、「死刑支持」と「死刑不支持」を比較すると、全世界に見ても 前者の方が圧倒的に優勢であろうと想像する。
にもかかわらず、世界が死刑廃止の方向に向かって進んでいるのだとしたら、それは、何らかの意図を持って政治的に誘導しているからであろうと推察する。

死刑存置国の住民だって、なんでもかんでも死刑OKと言っているわけではない。(もちろん、そういう人もいるかもしれないが...)
死刑廃止国の世論でも、「凶悪犯罪者には死刑が適用されるべき」という意見が多い。(イタリアで60%近く という記事を発見)

日本では凶悪犯罪者にしか死刑を適用していないし、死刑廃止国の住民の多くも そう思っているのだとすると、「凶悪犯罪者は死刑にすべき」というのは、一般意志に近いのではないか?

1年前 No.1924

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

スレの本論には関係ない話ですが、 >>1923  の文中で例えとして適切ではない部分があったので訂正します。

高級血統種の「アシェラ」と書いているのは【猫種】なので、【犬種】の「チベタン・マスティフ」にでも置き換えてください。

昨年の調査では、飼育されているペット数で初めて猫が犬を上回ったという報告が出ているので最初は猫の話として書いていたのですが、飼育世帯数では犬のほうが多いため投稿内容の編集途中で「猫」を「犬」に変更したことによるミスです。

1年前 No.1925

ザビビのふくろう ★ZRGZRP6lC7_keJ

>>1919  Mobiusさん
ふむ、そういうことね。
だったら、まず、次の区別をしましょう。

(1) 人権根拠の死刑廃止論
(2) 残虐根拠の死刑廃止論
(3) 身体刑NG根拠の死刑廃止論
(4) 人権根拠の身体刑廃止論

まず、私は人権根拠の死刑肯定論とも言えるので、そういう意味では人権思想を前提にし、かつ、死刑廃止にしているのは不合理であると主張しています。
その意味では、次には該当していると思います。

>人権根拠の死刑廃止論を否定するということは、日本にとどまらず 世界各国の「死刑廃止」に「No」を突きつける ということ

ただし、人権思想を採っているところに限りであり、ハッド刑を許している国家が人権を認める国家かどうか現在私ちょっとわからないので、これは措きます。

で、(2)は日本についての、目下このスレで主張されているもので、(3)は、そのバリエーションと言うべきか、一般的根拠と言うべきかはさしあたり措きますが、一応これも日本限定での話とします。ただし、これは(1)をも前提としています。つまり、(1)のヴァリエーションと言えるでしょう。
で、私はこの(2)も(3)も否定しています。
つまり、日本国憲法と刑法を前提として、死刑廃止が帰結するという主張に間違っていると言っているわけです。
ですから、仮に、死刑違憲判決が出たら、「不合理である」と主張する立場です。

しかし、人権思想を採りつつ死刑廃止するのが不合理であろうとも、条文に「ただし、死刑は廃止」と書かれてしまえば、どうしようもないわけです。
また、将来、日本国民の多くが死刑を残虐だと思うようになり、36条に違反すると考えるようになって違憲判決が出たら、不合理であっても、これもどうしようもないわけです。
私が論として主張できるのは、いずれにせよ、「不合理である」という主張で、しかし、これは死刑廃止にNoとする主張ではあります。

で、(1)はむしろ一般論ですから、否定するのは簡単で、(2)と(3)のほうが正当化が難しいわけです。
つまり、「残虐な刑禁止」が、死刑禁止の十分条件である、ということの否定や、死刑が身体刑であるとする主張を否定をしなきゃならないので。

で、(4)については、Mobiusさんは間違っていると考えているんですね?
私としては、あなたの先の指摘により、身体刑イコール同害報復と言えないとは認めますが、
身体刑を認めると、同害報復を認めることになりませんか?
だとしたら、贖罪刑罰論からは否定します。
まあ、このへんのロジックはちゃんと考えてみる必要があると思いますが、
仮に、同害報復となる身体刑は禁止して、ハッド刑のようなものを認めることができるのか?ということが問題になるでしょうね。
ですが、ハッド刑の考え方は刑罰を懲罰とする考え方だと思いますので、贖罪とする立場とは相容れない気はします。
ま、しかし、これは要検討だと思います。

1年前 No.1926

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

ちなみに、英語だと死刑はdeath penalyで、刑罰としての分類は刑事罰criminal penaltyになる。ペナルティ、報い、なんだね。

1年前 No.1927

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

死刑にはある程度の残虐性は残されるべきだと思うぞ。だって、身勝手な理由で、罪もない人たちを殺しまくった奴が、苦しむことなく安楽死だなんて納得いかないじゃないか。

1年前 No.1928

論理魔 ★wmjIxmtBGc_o1k

>>1924

これいい視点

というより、常々言ってきただろう?

じゃあ一個だけ質問する

「国民が、絶対勝てない国と戦争をしたがったら、政府は戦争をすべきか?民主主義だから」
言い方を変えると「戦争支持が圧倒的多数、過半数、半数以上のいずれかだったら、政府はその国と、開戦をすべきか?」

質問は↑これだけだ。これに答えた事がないよね?民主主義の理屈をそもそも知らないからね

民主主義の国でも「国民の支持は絶対ではない」「絶対視するのは危険思想である」と常々言っている
民主主義判断に任せるべき判断と、民主主義判断に任せるべきではない判断、徹底して民主主義的判断に向かない判断というものがある

水道局民営化などが市場原理に任せるべきではない、という論理を聞いたことない?
自由主義だからって、何でもかんでも民営化にすべきではない。
民主主義だからって、何でもかんでも民主主義的判断に向く判断なわけではない

そもそも法律関係のことを少し調べたり、ググると、国民の声を判決や法律、法制度に反映させるのは危険極まりないという意見が多数、出てくる
危険極まりない理由も当然、出てくる。

一般意志に、死刑存廃の判断を仰がなければならない理由がない
また、日本の一般意志に、死刑存廃の判断を仰いだ場合、廃止派が多数派になる可能性があるが
それでも、一般意志に、死刑存廃の判断を仰ぐべきではない

残虐な行為からの卒業を理由に廃止すべきだろう
つまり究極の人権侵害の廃止を理由に、廃止すべき

48年の合憲判決は、合憲判決としての価値を持っていない。米国・連合軍の日本支配が終わった年が51年だよ。最後の戦犯が処刑された年が・・・まあ調べてくれ

つまり、違憲判決を出すわけにはいかない明確かつ客観的な理由が存在している

1年前 No.1929

論理魔 ★wmjIxmtBGc_o1k

>>1928

>死刑にはある程度の残虐性は残されるべきだと思うぞ。だって、身勝手な理由で、罪もない人たちを殺しまくった奴が、苦しむことなく安楽死だなんて納得いかないじゃないか。

それは、想像力の欠如と、知識の欠如というものだ。その理由は中盤以降で説明する

あと、人を苦しませて、娯楽とする考え方は文明国の考え方ではない

アラブでは死刑があるから、日本でもやっていい
中国では死刑があるから、日本でもやっていい
インドでは死刑があるから、日本でもやっていい

という類のものでもない
方向性がまるで、異なる。日米英法(コモンロー)も然り、比較する際も同じだね

では、想像力の欠落と、知識の欠落とは何を意味するか?

現状の死刑ですら、二重の罰だと、国連あたりからクレームが来ている
死刑執行は判決から、数日以内に執行されるものではない、冤罪可能性を取っ払わなければならない為だ
死刑判決から、数年後、数十年後に執行される事になる

いつ死刑にされるかわからない状況が延々と続くわけだ
こうなると食肉にされるタイプの経済動物のような立場に置かれ続けるハメになる
人間は考える幹という性質を持つ。思考する事をやめられない動物だ
人間が、経済動物なら、いつ肉にされるか、肉にされる日まで怯え続ける日々が続く事になる

足音に怯えたり、つまんねえ牢獄の中で、つまんねえ事を考える事によって、苦しませる事が出来ている。

国連あたりがクレームを入れているのはここだ

死刑とはあくまで「死」のみが刑罰。という建前が有り
死以外の苦しみを与えてはいけないという建前を無視する制度が死刑制度に備わっているため、クレームが入っている

つまり、死刑の瞬間だけ想像して、苦しんでいるかどうか、判断できるものではない

人間が魔術を使用出来るようになって、死刑囚から、魂だけを抜き取る術を身に着けたとしてもこの状況(死刑にされるまでの状況)に変化はない

1年前 No.1930

ゆみ @yumicoco ★M2tM0jQDcH_5qC

死刑制度については廃止にしても存置にしても様々な観点があって正直、どの観点から見て行けば私自身が正しいと
思える答えにたどり着けるのか、皆目見当もつきません。

今私が考えているのは死刑という刑罰の限界についてです。

2001年池田小学校児童殺傷事件の宅間守は、死んだ方が楽だと考えている人間だったそうですし、(弁護団の控訴を自ら取り下げ、死刑の早期執行を要望したことからうかがえること。)
2008年土浦連続殺傷事件の金川真大は、死にたいのか死刑になりたいのかどちらかを尋ねられると、
「死にたいが先です。その手段が死刑です。」と答えたそうですし、
2008年19歳の自衛官が、タクシー運転手の首を切りつけて殺害した事件でも、「人を殺して死刑になりたかった」と述べているし、
2012年5月に刑務所から出所した磯飛という男は男女2人を包丁で刺して死亡させた。男は、自殺しようと刃物を買ったが死にきれず、
死刑になりたくて人を殺したと述べた。


このことからも、死刑は悪用されて犯罪を誘発する原因になってしまっていることが少なくないことがわかります。

死刑賛成派に立つと死刑制度が悪用されているのだから、都合が悪いのは間違いないとしても、
死刑否定派に立ってもじゃあ君は死刑以上の厳しい罪を考えられるのか?という難しい問いがたてられ、都合が悪くなります。

はたまた、終身刑を考えた場合、それすら望む者が出たら、どうなるのか。

皆様の意見を聞きたくて投稿しました。宜しくお願いします。

※警告に同意して書きこまれました (個人情報)
1年前 No.1931

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>1926 ザビビのふくろうさん、
私の目的は、 >>1706 の検証です。
ふくろうさんが提唱する「贖罪刑罰論」によって死刑が正当化され、身体刑が不当化されるのかどうか?

私が読み取った感じだと、
>>1706 を肯定すると死刑も身体刑も肯定されてしまうし、身体刑を否定しようとすると死刑も否定されてしまう
となります。
以下 >>1706 を引用しながら説明します。

---------------

>犯罪とは、他人の権利侵害であり、他人の権利(法益・自然権の享有資格)を違法に奪う行為であり、失わせることである。

>それゆえ、刑罰を受ける本人は、自分が他人に失わせたものを、自分もまた失わねばならない。でないと、それは贖罪、つぐないとは言えない。

>法はその者が奪った権利(法益)と同等以上のものを差し出させる(剥奪する)こと。でないと、公正とは言えない。

>これが贖罪刑罰論に立つ、罰の本質的目的である。

>加虐に対して加虐で返すのではない。

>失わせたもの(奪ったもの)に対して、失わせる(国家が奪う)ものが刑罰。


「国家が被害者の代理で復讐するのではなく、国家が加害者に贖罪を求めるために刑を科す」というのは、考え方としてはわかるのですが、外形は「同害報復」に極めて近い内容になると思います。


>【死刑は残虐ではない】

>死刑の目的は生命権の剥奪である。

>他者から違法に生命権を奪ったものは、罪刑均衡の原則に従い、生命権を差し出さねばならない。


その理屈に従うならば、「他者から身体機能を奪った者は、罪刑均衡の原則に従い、身体機能を差し出さねばならない」ということになりはしないでしょうか?


>死刑は、苦痛を与えること、加虐、すなわち復讐が目的ではなく、目的は贖罪である。

>それゆえ、上の定義により、死刑それ自体は残虐ではない。


「目的が加虐ではなく贖罪であるならば残虐でない」とするならば、「贖罪目的の身体刑も残虐ではない」ということにならないでしょうか?

以上が「 >>1706 の理屈で死刑を肯定しようとすると、身体刑をも肯定されてしまう」の件です。

---------------

これに対し、「身体刑は、身体に傷を付けるから残虐である」とするならば、
「他者から身体機能を奪った者は、罪刑均衡の原則に従い、本来ならば身体機能を差し出すべきだが、身体刑は残虐である故 別の刑(例えば自由刑)で代替させる」ということであれば、「贖罪刑罰論」より「残虐刑禁止の原則」の方が優先順位が高いということになるので、
「死刑は残虐である」とする論に勝てない ということになると思います。

以上が「身体刑を否定しようとすると死刑も否定されてしまう」の件です。

---------------

再度書きますが、私個人の想いは脇に置いています。
あくまで >>1706 を読むと、そう読める という指摘です。

1年前 No.1932

faker ★Android=p7ISKATSWi

>>1932
引用部分は一番最初から間違いです

>犯罪とは、他人の権利侵害であり、他人の権利(法益・自然権の享有資格)を違法に奪う行為であり、失わせることである。

「他人の権利侵害」とは限りません
よってそれを前提としたそのあとの説明は意味がありません

1年前 No.1933

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>1929

>「国民が、絶対勝てない国と戦争をしたがったら、政府は戦争をすべきか?民主主義だから」

>言い方を変えると「戦争支持が圧倒的多数、過半数、半数以上のいずれかだったら、政府はその国と、開戦をすべきか?」


否。政府は国民の安全、財産を守る必要があるので、それができないことがわかっているなら開戦すべきでない。

---------------

だからと言って「一般意志を無視してよい」ということにはならない。あまり無視し過ぎると、「開戦派の政党」に政権を奪われてしまう可能性がある。

「否。すべきでない」と原則論を言っているだけでは、国民は付いて来ない。

1年前 No.1934

wham! ★GA6kQIwHE4_Ew9

>>1928  ちょっとねさん
残虐性が残されてよいわけなかろうが!! このさですとめ
ワナっぽいけどなんか面白そうやから普通に非難してみた

>>1929  論理魔さん
「民主主義の否定」と「人権擁護」ってケンカするんちゃう?
おっちゃんは「民主主義」と「人権」は同根やと思うんやけど
あと >>1839 でおっちゃんが質問出してるで
この話を拡げる気があるんやったら質問に答えてな

>>1931  ゆみさん
「死刑になりたくて人を殺した」という話をおっちゃんも聞いたことあるんやけど、
これはやつらのウソとちゃうか?
やつらには「男性」「社会への不満を持ってる」という共通した特徴があると思うんやけど、
そういう人間が死にたいと考えた際に社会への恨みを晴らすため無差別殺人に走るとか、
そういう人間がたまたま殺人に興味があったとか、薬の影響とかのが現実味があるように思うなあ
つまり死刑が無くてもやつらは殺人事件を起こしてた説のが有力やと思うわ

1年前 No.1935

ふんにゃ @sorairono ★HEPy1c8DtF_gaI

>「死刑になりたくて人を殺した」という話をおっちゃんも聞いたことあるんやけど、
>これはやつらのウソとちゃうか?

日本の自殺者は年間3万人前後だったかな。

その中で、

自分で死ぬ勇気がないから死刑にしてもらおう、とか、
こんな自分にした社会に復讐して死刑になってやろう、とか、
どうせ死ぬなら派手に目立って死刑になってやろう、とか。

そんことを考えるバ*カのいることが、そんな不思議なことかしらねえ。
なにせ、3万人の中のひとりやふたりのバ*カ、なんだから。

死刑を確実にしたいなら、3人以上は殺しておきたい。
だから、間接自殺としての死刑志願者による犯罪は、大量殺人になりがち。

また、白昼堂々の凶悪事件になることも多いわけだ。
死刑になるには捕まらなくちゃならないからねえ。

そんな事件を起こす犯罪者が「死刑になるとは思ってなかった」とは、どう考えてもありえない。
死刑になること前提での、確信犯、と言える。
(ああ、植松は例外か、どうせ死刑だろうが)

死刑があるから起こる凶悪犯罪、と言っていい。

1年前 No.1936

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

誤解があるみたいだが、死刑に残虐性が残されるべきというのは、それを見世物にすべきとかそういう意味ではない。犠牲になった多くの罪もない人々に対する報いとして、無期刑などでまかなうことの出来ない罪に対する極刑として死刑があるとするならば、それは、安楽死のようなヤワなものでは釣り合わないと言ってるんだよ。何というか、人をして、畏怖心を抱かせるようなそんな刑じゃないと極刑としての要件を満たせない。ない?そういう感覚。人の命が大切だからこそ、その対極に極刑があるんじゃないかなあ。罪もない犠牲者のことを思えば、凶悪な犯人がのうのうと刑務所の中で三食与えられながら天寿を全うしたり、安楽死で一切の苦しみなくあの世にいくなんて、やっぱ、なんかおかしいよ。

1年前 No.1937

ゆみ @yumicoco ★M2tM0jQDcH_5qC

>>1937
>罪もない犠牲者のことを思えば、凶悪な犯人がのうのうと刑務所の中で三食与えられながら天寿を全うしたり、
>安楽死で一切の苦しみなくあの世にいくなんて、やっぱ、なんかおかしいよ。

終身刑と死刑、どちらがより苦しいかというのは受刑者によって異なりますが、
ただ、少なくとも死刑の方が必ずしも誰にとっても苦しい選択だ、とはならない例があります。

2007年1月に死刑廃止国であるフランスで、終身刑の受刑者10名が
「火にじわじわと焼かれるより直ちに殺された方がまし」という公開状を提出しました。

さらにその4か月後、今度はイタリアで、終身刑の受刑者310名が
「いっそ死刑にしてもらう方がましだ」という嘆願書を大統領に提出しました。
「将来に希望がない我々の人生は無に等しく、毎日少しづつ命を削られるような刑ならいっそ死刑にしてもらう方がましだ」と。

ちなみにフランスでもイタリアでも終身刑には仮釈放の可能性を認められています。
日本の無期懲役刑に近いものです。

それでも「死刑の方がましだ」という嘆願書や公開状が出されるのです。

仮釈放の可能性のない終身刑ならなおさらのことでしょう。

上記の事例を踏まえるなら、「終身刑は死刑よりラクな刑罰だ」と一方的に決めつけることはできなくなります。

そうすると被害者遺族の応報感情も死刑一辺倒ではなくなるかもしれません。
「加害者も一生苦しむべきだ」という応報感情を満たすことができれば死刑より終身刑の方が良い場合もあります。

1年前 No.1938

論理魔 ★X5qD4C0FNM_o1k

>>1931

>死刑否定派に立ってもじゃあ君は死刑以上の厳しい罪を考えられるのか?という難しい問いがたてられ、都合が悪くなります。はたまた、終身刑を考えた場合、それすら望む者が出たら、どうなるのか。皆様の意見を聞きたくて投稿しました。宜しくお願いします。

俺から見ると、実は難しい問いではない
刑罰の枠外に出て考えれば簡単に答えが出る

つまり問いの答えは一つ「刑罰以外で犯罪を防ごう。」という一言に尽きる

犯罪抑止・防止論を考える時、あえて刑罰のみに固執して、罰で抑止力を出す事に、こだわらなければならない必要性がそもそも存在していない

死刑になりたがってるやつ、終身刑になりたがっているやつがどんなやつか?と想像すれば答えは容易に出る。
「何かが原因で人生に価値を無くした、生きている事そのものに痛みを感じる希 死 念 慮の強い人間だ」
ならば人生に価値を無くすような出来事、社会的状況・社会問題を一つ一つ地味に潰して行くしかない。

1年前 No.1939

論理魔 ★X5qD4C0FNM_o1k

>>1937

あるよそういう感覚、つか殺人犯に限らず、気に入らないやつを片っ端からアレしたい

しかし、これは2つとも、あくまで人間の根底にある「原始的欲求」ハンムラビ法典とかが作られた時代以前よりはるか昔からある原始的欲求だ

原始的欲求だからと言って、即座に否定されるわけではない

しかし文明国では、原始的欲求の中でも、残酷・残虐・暴力的なものを否定する
それが文明国の文明国たるゆえんだ

「つか気に入らないやつを片っ端からアレしたい」
こんな俺の腐った感情、腐った原始的欲求を、まがりなりにも文明国とされる我が国の法律・刑罰制度に反映させるわけにはいくまいよ

原始的欲求の話しをしているのではなく、文明国の刑罰制度の話しをしているためだ

でもまあ、原始的欲求の話しも深く関連するから、やってもいいと思うけどね

制度の話をする時は、こういう風に、個人の原始的欲求の話しと国の制度の話を切り分けて考えられる思考回路が必要になる

1年前 No.1940

論理魔 ★X5qD4C0FNM_o1k

>>1938

良い意見、「刑務所で幸せにヌクヌクと生きている」という設定を覆したね

欧州の刑務所は日本よりゆるい
しかしそれでも苦しみに満ちている

刑務所は楽園という設定で話す人がたまにいる

戦場だって、過剰適応さえ起こせば、楽園になる
アメリカの傭兵会社に所属しているやつは戦場を楽園だと勘違いしているやつがいっぱいいる

しかし一般的には戦場とは楽園の名ではない。現世に具現化された地獄の名だ

同様に、一般的に終身刑も楽園送りを意味しない。罰を受ける場だ

1年前 No.1941

論理魔 ★X5qD4C0FNM_o1k

>>1934

>否。政府は国民の安全、財産を守る必要があるので、それができないことがわかっているなら開戦すべきでない。

正しい、そのとおり、それは認めるんだね
だが、国民が戦争を勝てない国相手にやれやれと言っている、戦争をしようと判断しているということは、国民自ら安全、財産もいらない か、安全、財産を軽視してもいいから、戦争をしろということでもある

だが、それでも戦争すべきではないか?

と質問しても 否 とやはり答える事だろうからいいか

---------------

>だからと言って「一般意志を無視してよい」ということにはならない。あまり無視し過ぎると、「開戦派の政党」に政権を奪われてしまう可能性がある。
>「否。すべきでない」と原則論を言っているだけでは、国民は付いて来ない。

毎回話しているが、あくまで、「暴力的な事」「違憲性が発生する判断」「国民の大半は理解できない複雑な事」とかだな。無視していい領域が限定的にあるというだけで、民主主義判断の全てを否定するわけではない

だからこそ、全ての政治的判断において、一般意思を無視せよとは言わないわけだ、むしろ「民主主義的判断に向いた事は、積極的に国民の声を聞いて判断すべしである」と考える。
ただ、難しい事が多いからアレだけどね、だからこそ代理民主主義なのだが。専門家を交えて議論や、勉強会などをしながら、その都度、議員が判断している。ま、そんなことをやったところで、間違いまくりだけどね

911テロからの戦争で、ブッシュ政権の支持率が90%に到達した事は覚えているかな?
悪意の発散、怒りの放出、復讐ってのは支持を得やすい。国民に付いてこさせればいいってもんでもない
人類はまだ原始的欲求を刺激されることに対して、脆弱な段階にある。ムカつくやつはやっつけたいもんな

1年前 No.1942

ゆみ @yumicoco ★M2tM0jQDcH_5qC

wham!さんへ

>つまり死刑が無くてもやつらは殺人事件を起こしてた説のが有力やと思うわ

ご意見ありがとうございます。「死刑になりたかった」という動機は詭弁そのもので
そもそも犯罪者は生まれつきの素養や環境などで犯罪に手を染めてしまうものだという意見ですよね。
私の解釈が間違っていたらすみません。ありがとうございました。


ふんにゃさんへ

>死刑があるから起こる凶悪犯罪、と言っていい。

死刑は悪用されて犯罪を誘発する原因になってしまっていることを認めてくださったご意見ですね、ありがとうございます。


論理魔さんへ

>つまり問いの答えは一つ「刑罰以外で犯罪を防ごう。」という一言に尽きる

>犯罪抑止・防止論を考える時、あえて刑罰のみに固執して、罰で抑止力を出す事に、こだわらなければならない必要性がそもそも存在していない

>死刑になりたがってるやつ、終身刑になりたがっているやつがどんなやつか?と想像すれば答えは容易に出る。
>「何かが原因で人生に価値を無くした、生きている事そのものに痛みを感じる希 死 念 慮の強い人間だ」
>ならば人生に価値を無くすような出来事、社会的状況・社会問題を一つ一つ地味に潰して行くしかない。

ご意見ありがとうございます。より考えを深めたいので、最後の一文について質問をさせてください。

例えを出します。宮崎勤ですがよろしいでしょうか。(彼が冤罪じゃないかという記事はネット上で多く見かけましたが、彼を犯罪者と
みなして話を聞いてください)

彼は残虐極まりない映画を見てマネしようと思ったから犯罪に手を染めたと人から聞いたことがあります。
(違っていても今回は仮定としてこのまま受け取ってください)

親ですら止められなかった彼の残虐性。これについてこの犯罪を未然に防ぐためにどうすべきだったか、
論理魔さんのお考えをお聞かせ願えますでしょうか。宜しくお願いします。

1年前 No.1943

faker ★Android=p7ISKATSWi

死刑制度に犯罪予防の効果を期待しすぎる人が多いのはいつものことですが、死刑が求刑されるような犯罪は死刑制度の存在に抑止効果は期待できません
死刑制度があろうがなかろうが、死刑を求刑されるような犯罪は一定の割合で起こります
その割合を下げるのは死刑制度ではなく、倫理であり道徳であり宗教です
日本の歴史を見ても、仏教の普及で不殺生の観念が浸透して人の生命を奪うことが躊躇われた時代に対して、法然始まり親鸞が広めた悪人正機が知れ渡った時代には明らかに人々は生に対して残虐になっています
宗教が抑止力になっていることは疑いようがありません
その宗教感が薄れ道徳も倫理も軽視されると、最後の一線のハードルが下がり、「一定の割合」が増えるわけです
その中でも異常とされる犯罪は、一般的な抑止効果で予防できるものではないことを自覚するべきで、宮崎勤や宅間守の例を出してもそれを一般に適用することも、そこから何かを演繹することもできません
あくまでも例外は例外として個別の対応が必要です
一般的な抑止力を考えるには、一般的な事例で共通項を抽出することで検討しなければなりません
しかし、現在までの議論を見る限り、一般的な事例を考えているのだろうと思われるのは2〜3人で、他の人は特殊な事例を見つけ出して自説を補完しようとしているようにしか見えませんね
だから視野が狭く偏った考えになるのでしょう

1年前 No.1944

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>1944
その「異常な犯罪者」に対して「死刑」を適用すべきか否かの話をしているのですから、一般犯罪への抑止効果の話は(有ろうが無かろうが)関係ない ということになると思います。

逆に「異常な犯罪者」は、刑罰制度の影響を受けない(非常に小さい)のだとすると、「死刑制度の存在が異常犯罪者の増加に寄与している」という見方も否定されます。

---------------

宗教が犯罪抑止力になっているのだとすると、「死刑神話(「死刑には犯罪抑止効果がある」と人々が信じている状況)」は、一般犯罪の抑止力に寄与している ということになると思います。

実際、カナダやフランスの統計では、死刑廃止後の10年間で、殺人発生件数が倍増しています。

1年前 No.1945

faker ★Android=p7ISKATSWi

>>1945
>宗教が犯罪抑止力になっているのだとすると、「死刑神話(「死刑には犯罪抑止効果がある」と人々が信じている状況)」は、一般犯罪の抑止力に寄与している ということになると思います。

なりません

>実際、カナダやフランスの統計では、死刑廃止後の10年間で、殺人発生件数が倍増しています。

していません

この手の反論は飽きるほど見てきましたが、知っている人にとってはどちらも一言で済む問題です
知らないからこの使い古された反論を持ち出すのでしょう
死刑が求刑されるような犯罪は、その犯罪を犯せば死刑になるという抑止力は効きません
合理的な判断ができなくなるからそういう犯罪を犯すからです
それに対して倫理や道徳や宗教は人間の感情のもっと深い部分に浸透していますから、合理的な判断が効かない場面で働きます
死刑に「神話」という言葉をただ付けるだけでそれが宗教になることはないし、真相意識の奥底に浸透することもありません
一言で言えば浅はかな考えです
もう1つのカナダやフランスの統計は引用されるうちに真逆の意味に改竄されています
その統計から導かれる結論は凶悪犯罪の減少だったのですが、どこかでデータの切り取りにより改竄されて広まってしまいました
辿ってみたことがありますが、殺人発生件数が増加したとする資料は2ちゃんねるや個人のブログまでしか辿れませんでした
こういうことがあるから資料は一次資料に当たるべきなんです
一次資料では殺人事件の減少を示す不都合な部分が削除されていませんから、違いがよく分かります

1年前 No.1946

ザビビのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_keJ

>>1917,1918  macoさん

最初に言っておきます。

>AとかBとか記号に置き換えて論理的だとか言っていますけど、それが論理魔さんにも注意された「思考の記号化」というやつですよ。


そういう程度の低いレッテル貼りごっこは、冗談ならともかく、もうやめませんか?
誰に影響を受けたのか知りませんが、そんなふうに決めつけたって、自説が正しいことになりませんよ。

それとついでにこれも言っておきますが、
>fakerさんが「たこ焼き」の話でわかりやすく説明してくださっている通り、


私その人、 >>1406 のレスがあまりにひどかったので、
>>1426 で、そんな態度じゃ以後スルーするよと言ったら、
「スルー上等」みたいなレスだったんですよ、そのレスは削除されてますけど。
だから、ずっとスルーです。たまに目に入ったものを読むことはありますが、ほぼ読んでいません。
ですから、私がその人のレスを読んでいることを前提に話されてもわかりませんので、ご承知おきください。

>その理屈を読んだ人が

>「なるほど論理的だわ」

>「それはmacoの表現があいまいだわ」

>と思うなら、それでいいんじゃないですか?


同意します。

>既に失われた命(被害者のもの)と現在も生きている命(加害者以外も含むもの)

>を対比させている


気づきませんか?
その対比を法による裁きの話の中に持ち込むことが、そもそも間違っている、と言っているのです。

すべての人間は法の下に平等。
人間が人間を殺害した。
それを法によって裁くのなら、
人間と人間が平等であることを前提して裁かねばならない。

平等原則はいわば公理です。
ですから、nとmを任意の人間としても、
 人間nの生命の価値=人間mの生命の価値
これは動かせません。
法によって人間を裁くのであれば、これが大前提でなければなりません。

1年前 No.1947

ザビビのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_keJ

それとね、どちらの責任というわけじゃなくね、
 「代用」「代わり」
という語が混乱の原因になっている気がするんですよ。
そこでちょっと整理したいと思います。

同害報復の論理は、実害に対して実害を返す復讐の論理であり、
本質的に、実害vs実害同士の直接の応報(以後、「実害応報」です。
それに対して、違法性の法益侵害説に立つ贖罪刑罰論では、
実害同士の応報ではなく、それらを「一様に法益」侵害・剥奪として捉えます(以後、「法益応報」。
この立場は私の贖罪刑罰論だけではなく、現刑法の立場であると思いますので、とりあえず「法益応報の論理」と言い、「実害応報の論理」と対比して用いることにします。
で、この実害を法益侵害として捉えることは、
権利の侵害⇔権利の剥奪
と捉えることですから、それ自体が、既にその意味では代用、代行なわけです。
実害に対する応報を、法益(権利)侵害の応報へと置換するわけですから。
つまり、法益侵害に対する法益剥奪の応報は、実害同士の応報に対する、いわば「代理応報」なわけです。
もし、財産刑しかない場合だったら、すべての実害による法益(権利)侵害に対する応報を、財産権のはく奪に置換して応報することになりますよね。つまり、いわばお金による代理応報です。
何等かの犯罪による実害を罰金の刑罰に処するということは、その犯罪による実害を法益(権利)侵害として捉え、それを、いくらかの財産権と同等(以上)とみなして(応報として適切と判断して)刑を科しているわけです。
例えば器物損壊の犯罪の実害は、財産権の侵害として置換され、それに対して罰金が科せられる場合はその侵害された財産権と同等以上の財産権を差し出させるわけですし、罰金が払えない場合に懲役を科す場合は、その財産権の侵害に対して、自由権を差し出させる (剥奪する)ことになります。
つまり、この後者の場合、法益同士の応報でも、財産権侵害に対する財産権はく奪に、自由権はく奪で代用しています。
一般に、自由刑を科す場合、その理由となった犯罪がすべて自由権の侵害であるわけではありません。
ということは、様々な法益侵害に対する応報を、自由権はく奪で代用しているわけです。

少しまとめます。
同害報復のレベルでは、固有の価値を有するもの(かけがえのないもの)と交換可能なもの(代わり)はありません。
それで、
法益(権利)応報のレヴェルで代理します。
この時点ですでに「代理でしかない」と言えます。
生命についても同じです。
その意味では、いわば「被害者の生命権」というのも「被害者の生命」の代理にすぎないわけです。
しかし、被害者の生命と同じものは原理的にありません(かけがえがない)が、被害者の生命権(価値)には同じもの、すなわち他の生命権(価値)が存在します(∵人権平等)。

実害応報のレベル:被害者の生命≠加害者の生命, 被害者の生命≠任意のもの

法益侵害応報のレベル:被害者の生命権=加害者の生命権
        加害者の生命権≠加害者の自由権
        生命権≠生命権以外の任意の権利

以上、「代用」について、あるいは等式が成り立つか否かについて混乱がありますので、
少し、それを明確に区別するようにしてみました。
やはり重要なポイントは、同害応報の論理と法益(権利)応報の論理とを、きちんと区別することであると思われます。
死刑は生命を奪うことにおいて、「やってること自体は同じ」であるかもしれませんが、論理が異なり、その刑(行為)の目的意図が異なります。
死刑の目的はあくまで生命権の剥奪であり、これはあくまで法益応報の論理に則って行われるもので、実害応報の論理に則るものではありません。
やってることが同じならみんな同じなどというのなら、正当防衛や、人質を次々に殺害している引きこもり犯人を警官隊が射殺することも犯罪であることになってしまいます。
違法性の有無には、明らかに、その行為が何を目的に行われるかということが密接にかかわります。
死刑は、生命権の剥奪を目的に行われるのであり、苦痛を与えること、身体に損傷を与えることを目的に行われるのではないゆえに、加虐を目的にした行為ではありませんから、残虐な行為ではない,すなわち違法違憲ではないのです。

1年前 No.1948

faker ★Android=p7ISKATSWi

やっぱり贖罪ってやくざの論理ですね
反論できないものには「あまりにもひどいからスルー」と言っておけば反論を考える必要もありません
小学生の「宿題やろうと思ったけど、先生の言い方がひどいからやらなかった」みたいな幼稚な屁理屈です
代理応報などというのもまったくもってヤクザの論理そのものです

1年前 No.1949

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

>>1947  ふくろうさん

>そういう程度の低いレッテル貼りごっこは、冗談ならともかく、もうやめませんか?
>誰に影響を受けたのか知りませんが、そんなふうに決めつけたって、自説が正しいことになりませんよ。

これはそのままお返しします。
「そういう程度の低いレッテル貼りごっこ」という文言は、「程度の低いレッテル貼り」にはならないんですか?

ふくろうさんは、自分が批判された時はそのように反発しますが、私以外の方に向けても随分と失礼な物言いをされてますよ。他人に注意するなら自戒してください。

********

fakerさんの「たこ焼き」の話は、ふくろうさんが読んでいる前提で書いているわけではなく、「そのようなわかりやすい話が既に出ている」の意で、私の投稿はそれを元にしているとお知らせしているんです。

知らないなら探して読むか、該当投稿のNoを私に聞くなりすれば済むことですよね。
私の投稿の意味はそれを読んでこそ理解できるものと思います。

無論、読むことを強制するものではありませんけど、内容はふくろうさんの説への反論になっているのだから、読まずにこの反論を否定することはできないはずです。

お答えにならないのであれば、それは「反論(説明)できなかった内容であった」とさせていただきます。

1年前 No.1950

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

>>1948  ふくろうさん

ふくろうさんは、【贖罪刑罰論】の最初の説明 >>1706 でこう書いておられました。

>法はその者が奪った権利(法益)と同等以上のものを差し出させる(剥奪する)こと。でないと、公正とは言えない。
>これが贖罪刑罰論に立つ、罰の本質的目的である。
>加虐に対して加虐で返すのではない。
>失わせたもの(奪ったもの)に対して、失わせる(国家が奪う)ものが刑罰。


そして、それ以降に加えられた説明と以下の説明 >>1498

>違法性の法益侵害説に立つ贖罪刑罰論では、

>実害同士の応報ではなく、それらを「一様に法益」侵害・剥奪として捉えます(以後、「法益応報」。


も含めて考えると、


・国家が加害者に差し出させる(剥奪する)もの(権利・法益)は、被害者が失った法益と同等以上のものが刑法の規定で刑罰に置き換えられている。

という解釈をされているということですよね?

疑問として当然出てくるのは

@刑罰は、失わせた(奪った)権利(法益)と同等以上の法益を奪う(最初のほうでは、侵害・剥奪と書いておられますから両方の意味で)ものとして定められているものなのか?

A失わせた(奪った)権利(法益)と同等以上の法益で肩代わりさせるという発想も応報ではないのか?

という疑問です。


そもそも、「同等以上」という言葉の使い方を間違っているのでは?

辞書では、

【同等】同じ、同じ程度

となっています。

これって、比べるものの性質が同じ場合にしか使えません。
だから、皆さん「同等」という意味通りで反論(同害報復と違わない・目には目をの理屈と同じ)することになるのではないでしょうか。

まったく性質が別のもの(権利・法益)を「同等」と見做すのは無理ですよ。


私がふくろうさんの贖罪刑罰の解釈を説明するなら【相当】という言葉にして下の@の意味で使います。
(贖罪刑罰の考え方に納得しているわけではありません)

【相当】
1.(何かの程度・状態が)他の物とちょうど釣合いがとれること
2.そのものとほぼ同等の資格や働きを持つこと。

が、「釣合いがとれている」と無理やり解釈したとしても、同害報復の「実害」を「法益」とか「権利」という言葉に置き換えているだけで、それが「やられたことと同じ罰」ではなくても、「相当する見返りの差し出しを強制すること」は、実害に対する代理応報でしかないでしょう。


また、「目的意図」次第で生命権の剥奪及び残虐な刑罰が許されるという発想はまったくもって理解不能です。
憲法36条を「加虐目的で拷問及び残虐な刑罰を与えること」と、さも目的の有無が重要であるかのように、また、それによって許可されたりしなかったりするように解釈できるのか、その理屈がわかりません。

「目的の有無」を根拠にできてしまうなら、公務員は「加虐目的ではなく教育目的で拷問した」だって、許されることになりますよ?


それから、以前出てきた「未遂」の問題。

例えば、

【傷害罪】刑法204条
人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

傷害に対しての罰金という刑罰は
「被害者に失わせた法益と同等以上の法益」に該当するのでしょうか?


それから、まだ説明がありませんが、「被害者に失わせた法益」がそもそも無い「未遂」でも、罪になる場合とならない場合があります。

贖罪刑罰論で、どのように説明がつくのですか?

1年前 No.1951

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

>>1951 の最後のほうにある

>それから、以前出てきた「未遂」の問題。

この文章は、【傷害罪】の話の前に入るものではなくて、その後に入る文章です。

1年前 No.1952

faker ★Android=p7ISKATSWi

小学生の言い訳とヤクザの論理という人としてどうなの?と思われることを平然と主張するのは、これが皮肉や冗談ではなくその人の持つ性質なのでしょう
ならば、小学生の言い訳とヤクザの論理の間にも中高生がよく使う屁理屈がその人にとっては理路整然とした論理だと思って使っていることでしょう
はい、ここまで書いたら勘のいい人は気付きますよね
「死刑は、生命権の剥奪を目的に行われるのであり、苦痛を与えること、身体に損傷を与えることを目的に行われるのではないゆえに、加虐を目的にした行為ではありませんから、残虐な行為ではない,すなわち違法違憲ではないのです。」
これって、イジメをする中高生がよく使う論理です
「ボクたち遊んでただけで〜す。虐めようとか思ってないからイジメじゃありませ〜ん」
目的がイジメじゃないから怪我をしても不登校になっても自殺してもイジメのせいじゃありません、という理屈と同じで、死刑は加虐を目的にしてないから残虐な行為じゃないし違法行為でもない、というのもまた子どもの屁理屈です
小学生の言い訳と中高生の屁理屈とヤクザの論理という、人として恥ずべきことが分からないというのは、その人の性質なのか育ちによるものなのかあるいは両方なのか分かりませんが、こういう理屈に騙されそうになった人はまだ引き返せます
ダークサイドに引きずり込まれる前に、光ある道を進んでください

1年前 No.1953

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

更に補足。

>>1951 の以下の文章

>例えば、

>【傷害罪】刑法204条
>人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

>傷害に対しての罰金という刑罰は
>「被害者に失わせた法益と同等以上の法益」に該当するのでしょうか?


は、

>まったく性質が別のもの(権利・法益)を「同等」と見做すのは無理ですよ。

の後に入る文章です。


順番が違っても中身は同じですが、自分的に話の流れとして気持ち悪いので訂正しておきます。

1年前 No.1954

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

>>1953  fakerさん

それ、私も「イジメの言い訳と同じ理屈だなぁ・・・」と思いながら読んでいました。

書くとまた「レッテル貼り」の一言で片付けようとされるかと思ってそうは書きませんでしたが、言っていることの理屈はまったく同じですよね。

イジメを正当化する言い訳と同じレベルのことを言っているようにしか見えません。

「目的如何」で解釈して憲法に逸脱するような行為も許されてしまうなら、万引きしても「盗んでお店に被害を与えることが目的ではなく、盗むスリルを味わうのが目的だった」という理屈だって通ってしまうことになります。

「行為」に対しての罰か、「結果」に対しての罰かという見方の違いはあっても、「目的の有無」は、「故意か過失か」という判断の場合に出てくるだけで、拷問や死刑で生命を奪うことが故意では無いなんて、まずあり得ないですよね。

1年前 No.1955

faker ★Android=p7ISKATSWi

>>1955
イジメの正当化と同じ論理構成の程度の低い言い訳が大人に通用すると思っている時点でそのレベルも推察できるというものです。
代用応報や贖罪は現代の刑罰で探すよりヤクザの世界で探した方がずっと簡単に見つかります
当番の若い衆がやられたらそれに見あった者を差し出さなければケジメになりませんし、下手を打ったらそれに見あったケジメをつけなければなりません
小指を詰めて差し出すのはかなり重いケジメですが、最近では金銭で代用することが多くなっています
任侠山口組が神戸山口組と和解できないのも贖罪や代用応報の考えがヤクザにはその身に染み込んでいるからでしょう
未遂罪を犯罪と見なさないのはヤクザにも劣ります
とまあこんな風に言いたい放題言っても論理的に反論できるはずもなく、最初に「ひどいこと書いてるからスルー」と宣言したのは戦略的には最善の選択だったかもしれませんねw

1年前 No.1956

faker ★Android=p7ISKATSWi

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1年前 No.1957

論理魔 ★X5qD4C0FNM_o1k

ただ48年の死刑違憲裁判事件でも

「子供の言い訳レベル」の程度の低い言い訳が36条の「絶対解釈」「残虐性解釈」で使われてしまっている

ふくろうは「目的」のみに焦点を当てて、残虐性評価しているが
48年当時の最高裁も「よくわからん謎の基準を持ち出して、その基準として残虐性評価をしている」
「謎の基準」とするのは、その基準を持ち出す意味に合理性を持たせるための合理的な論理が抜け落ちているためだ

ふくろうや、その例え話しに出てくる「いじめっ子」は子供(いじめっ子)だったり、もしくはイチ個人(ふくろう)に過ぎないわけだが
または、法の原理や、法の正義を知らない人間の口から出る言葉に過ぎないからまだいいが

国家が、最高裁という最重要な機関が、子供の言い訳をしてるようではダメだろう。裁判は子供の学級会じゃないからだ

法の権威も何もなくなるぞ。子供の言い訳を論拠に法が人を殺しているようではな。

死刑ってのは全ての刑罰の中で最も重い重要性トップの刑だ。それの存置理由が、子供の言い訳レベルでいいはずがない

まあ「ぼくは違憲判決出したくない、未来の人に違憲かどうかは、ぶん投げる!」
という内容の逃げの判決だったが
つまり未来に、違憲裁判、違憲評定をもう一度やってくれという内容を含んでいる判決だったが

こういう内容を持った判決が出た「48年の死刑違憲裁判事件」を死刑存置、死刑の合憲性の論拠として使うべきではない
まあ、最近のレスでは、死刑の合憲性の論拠として使ってる人間は、ほぼいなくなったけどね

1年前 No.1958

論理魔 ★X5qD4C0FNM_o1k

>>1943

>>ならば人生に価値を無くすような出来事、社会的状況・社会問題を一つ一つ地味に潰して行くしかない。

>ご意見ありがとうございます。より考えを深めたいので、最後の一文について質問をさせてください。

>例えを出します。宮崎勤ですがよろしいでしょうか。(彼が冤罪じゃないかという記事はネット上で多く見かけましたが、彼を犯罪者とみなして話を聞いてください)
>彼は残虐極まりない映画を見てマネしようと思ったから犯罪に手を染めたと人から聞いたことがあります。
(違っていても今回は仮定としてこのまま受け取ってください)
>親ですら止められなかった彼の残虐性。これについてこの犯罪を未然に防ぐためにどうすべきだったか、
論理魔さんのお考えをお聞かせ願えますでしょうか。宜しくお願いします。

親ですら止められないってどういう意味だろう。大犯罪者のバックボーンに毒親あり、人格形成のバックボーンには毒親がいる。親が大犯罪者になるような種をまず植える。そこから自らで植えられた種を育てる
大犯罪者においては親は止める側の存在ではなく、助長する側の存在になりがち。まあ親の子育ての段階で止めるのがベストだよね

「止める」とはどの段階で止める事を意味するのかがわからない

宮崎勤って、元祖オ タ批判・差別の元ネタになった宮崎勤だよね?
>「彼は残虐極まりない映画を見てマネしようと思ったから犯罪に手を染めた」
という仮定にどこまで従うべきかわからない。この仮定に従って話すと、宮崎勤の話しではなくなってしまう

つまりサイコパ スの犯罪について。ということになる。この仮定に従うと宮崎勤の話しではなく、サイコパ スの話しでしかなくなるけどいいかな
サイコパ スの話しは過去レスでしてると思う

サイコパスって100人に1人ほどいるんだよね。100人1人って、そこそこ多い数になるよね。日本には一億人ほど人がいるわけだし
また残虐ネタが落ちてるサイトの月間閲覧数は多く、サイト運営者には年間1億稼ぐやつもいる。アクセス数が多いというのは、残虐ネタが大好物のやつが数多くいる事を意味する。そのうちの99.99%は残虐性の高い事件など出来ない

つまり、この社会にはサイ コパスはありふれている。珍しくもない存在だということになる、それが第一点

しかし、サイコパスの99.99%は残虐性の高い犯罪は犯していない、この世界にこれだけサイコパスがいるとするなら、残虐事件だらけになりそうなものだが、そんな事件は数年に一度から、十数年に一度しか発生・発覚しない。巧妙に隠すため、発覚しないだけという説もあるが、発覚していない事件について、認識が出来ず、話す事は出来ないため、横に置く

残虐性が高いと言うだけで、人は、残虐事件を発生させる事は出来ない、更にいくつかの複合的な理由が必要になる
>(違っていても今回は仮定としてこのまま受け取ってください)
という条件をつけられたら、これ以上話す事は出来ない。あとメビウスの禁止語句の性質上、人体の破壊についてや、残虐事件の手法、犯人の性格的傾向について話す事について、この掲示板だと限界がある模様。差別語句が禁止語句になっているはず
精神疾患について性格的傾向について、詳しく話したら、フィルタが付くから、かなり気を使って書かないといけなくなる。気を使って書いても多分フィルタが付く。まあそちら側からは見れるのかな?フィルタついても

あと、サイコパ スの残虐性傾向にも小から大と幅広くいる
残虐性の高さをどこで見て判断するか?というと、殺害手法、遺体の損傷具合。証拠隠滅目的の損傷具合以外の損傷具合

宮崎は、異常性の強い犯罪者だが、言うほど強いサイコパス傾向は持っていないね。それでも日本では稀に見る大犯罪者だけどね
つまり残虐性がゆえに、あんな事件を起こしたのではない。そのため、残虐性を抜く手法、芽生えさせない為の手法について話してもあまり意味がないんじゃないかな?

1年前 No.1959

faker ★Android=p7ISKATSWi

社会に一定数いるサイコパスのうち極一部の起こした犯罪を例に挙げ、それを刑罰によってどうにかできると考える時点で導かれる結論は死刑に決まっています
だって教育が何の効果も持たない者に強制できなければ死刑しかないという2択しか選択肢を用意していないんですからね
刑罰の重さを犯罪の一般予防のために用いるなら、その刑罰の重さと犯罪の抑止力の間に明確な相関関係を示さなければならないのに、そこは何の根拠も示さない漠然とした「はずである」で済ませること自体、胡散臭さが充満しています
その臭さはどれだけ強烈でも、自分の家の臭いに気付かないのと同じで、他人が指摘しなければ分からないのでしょう
「お前んち臭くない?」と言われた時にハッと気付くような人ならここまで屁理屈を捏ねることもないのでしょうが…
刑罰の存在意義をもう一度きちんと問い直して見るためにも、刑罰とは誰が何のためにどんな根拠とどんな権限で行うことができるのか考えることが必要です
そうすれば過大評価している「被害者遺族の感情」も違った面から考え直すこともできるでしょう
と、何度も何度もヒントを出し続けていますが、ずれた話ばかりで誰もまともに考えてくれないんですよね
今まで何度も出てきている「社会の安寧秩序を守るため」という刑法の目的を守るのは誰で、それはどういう権限で行っているのか考えてみましょう
それもできないで刑罰の体系とその法的根拠を自分で作ろうなんて烏滸がましいにも程があります

1年前 No.1960

ザビビのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_keJ

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1年前 No.1961

ザビビのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_keJ

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1年前 No.1962

faker ★Android=p7ISKATSWi

>>1961,1962
反論というより言い掛かりですね
既に否定したことを気付かない振りして何度も何度も繰り返すだけ
矛盾することも整合性がとれていると言い張るだけで、結局は説明できない
未遂罪についても答えられないし、この分では故意犯と過失犯の差異も説明できないのでしょう
また破廉恥罪と破廉恥罪以外の罪についても贖罪などというレベルの話を持ち出しているのではまるでお話になりません
そもそも刑罰とは誰が執行するのか理解しているかどうかも怪しいものです
最初の一歩を間違えていることを指摘されても、それを認めることができずに他人の声も聞かずにどんどん間違った道を進むだけ
むしろここまで来たらどこまでその袋小路を突き進むのか見てみたい気もしますね
法を取り扱う人間は高い倫理観を持つ高潔な人格が要求されます
ヤクザの論理を使う人間に法律の体系を創造することはできません

1年前 No.1963

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

合憲判決は死刑合憲の根拠だよ。最高裁の判例だからね。それは、動かないよ。新しい判例が出ない限り。それはそれ、これはこれで話をしてるんじゃないの。メビリンで批判をしたら、判例が覆るわけではない。

さて、イタリアやフランスで無期刑の囚人が死刑を嘆願した話がでてきた。これは、死刑が必ずしも無期刑より厳しい刑ではないことの証左であり、そのような囚人は、延々と希望のない無期刑の中で苦しんでいるのだという。そういう人もいるだろうな。そのような人には、逆に無期刑の方が、厳しい判決となる。どうして、そのようになるのだろうか。なぜ、死刑の方がましだと思うのだろうか。未来に希望が持てないだけからだろうか。

俺が思うに、自己が自己自身を苛むからではないか。陳腐な言い方をすれば、良心の呵責とかいう奴だね。そんな単純ではないと思うが、やはり、生きている以上、人は何かを考えてしまう。どうして、あの時、殺してしまったのか。殺した相手の人生とは。俺が殺しさえしなければ。何もせず、拘束された状態で、そのようなことを延々と考える。そして、逃れることはできない。自己は自己自身から切り離すことはできないからだ。ある意味、地獄の苦しみであるが、そのような人は、恐らくは、本来は死刑にされるべきではない人間だ。だが、その場合には死刑は救いとなるのである。

だが、しかし、そうでない連中もいる。無期刑など屁でもない連中だ。そういう連中は、死を前にして考えさせる機会を持たせる必要がある。そして、それでもどうしようもない連中もいるだろう。精神錯乱を装って、死刑を逃れようとする奴らだね。恐らく、そのような場合、無期刑は有効ではない。まさに、極刑としての死刑のみが似つかわしい連中なのだ。だが、伝え聞く話だけだが、そんな連中でも、死を目の前にして、結構、まっとうな応対をするらしい。

そう思えば、死刑もあながち、残虐だから廃止すべきと安直に考えるわけにはいかない。むしろ、人として許されない犯罪を犯した人間にとって、どちらに転んでも、むしろ、人間的な刑といえるのではないだろうか。死刑は、真人間に対してなされる、あるいは人を真人間に戻す刑だから。たとえ、残虐であるとしても。いや、むしろ残虐であるからこそ、救いとなるのでないか。

1年前 No.1964

ゆみ @yumicoco ★M2tM0jQDcH_5qC

私は論理魔さんの「一つ一つ潰していく」というやり方を具体的に聞きたかったので例を出しました。
例が悪かったみたいですが、他の題材でもいいので、何か一つでもいいから教えてください。

1年前 No.1965

ザビビのふくろう ★ZRGZRP6lC7_keJ

>>1964  ちょっとねさん

また何も知らないやつって誰かに怒られるかもしれないけど、

無期懲役+死刑

というような刑は無理なんですかね?わかります?

殺人の場合、被害者家族も被害者ですよね。
例えば、子供なら扶養される権利があると思うんだけど、それを奪われるから被害者ですよね。

単純すぎる考えかもしれないけど、だから、被害者家族はまさしく法的な被害者でもあると思うんですよ。

普通に言って、財産を奪われるのより大切なものを奪われたんだから。

だから家族に対する罪としても裁判して、たとえば無期懲役にして、殺人に関しては死刑、で、合計

無期懲役+死刑

ってするのはダメなのかな?

これなら、すぐに死刑にしてほしくったって、希望どおりいかないし、いつ死刑になるかわからないし。

1年前 No.1966

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

そんなの俺に聞かれてもなあ。法的には無知なもんで。でも、それは、家族がいる場合といない場合で刑が違っちゃうから難しそうだ。

ただ、死刑は、すぐに死刑にしないところに、死刑の意味があると俺は思ってる。

1年前 No.1967

論理魔 @nasinasi ★X5qD4C0FNM_o1k

>>1965

>>ならば人生に価値を無くすような出来事、社会的状況・社会問題を一つ一つ地味に潰して行くしかない。(最後の一文)

社会問題を潰すって書いてある

宮崎もやっぱ、普遍的に問題になっている虐待の被害者だったはず。自身も児童虐待加害者だが被害者でもある

児童虐待問題は、現代でも流行中の社会問題だ
虐待とはバイオレンスの事であり、バイオレンス嗜好に影響をもたらす場合がある

しかし宮崎が子供の頃は、体罰推奨時代でもあった。児童虐待の通報件数が異常に少なく、この時代では児童虐待はたいして防止出来ない

現代は虐待件数の実数の割に、児童虐待の通報件数は多い、現代なら、この時点、幼少期の時点で、宮崎の犯罪の防止が出来ていた可能性もある

宮崎の人生・趣味嗜好を見ると
虐待 → 生来のア○ペ気質・ヲタ気質 → これらの気質への差別からのイジメ被害 → 孤立化 →インドア趣味 →○リ趣味・残虐映像と快楽を結びつけるようになっているという経過を辿っている → 最後に人格の分裂

ある種定番のような経過をたどる

人生の敗者になってくると失うものがなくなり、保身に走れなくなる

イジメも普遍的な社会問題。現代でも流行中の社会問題だ

イジメ被害 → 孤立化 この流れは防止できる。完全には防止できないが、宮崎の子供時代、および今より件数は減らせる
孤立化すると、インドア趣味に走りやすく、自分の価値観の異常性を矯正できない。妄想世界の住人になりやすい為だ

現代みたいにインドア趣味が多数ない時代でもね

こういうのを減らしていくことで犯罪防止にも繋がっていく

道徳観の向上などでも減らせる問題だよね。宮崎を助けるやつがいなかったわけだし

何らかの社会の闇の部分から産まれるのが闇が深い人間であるのは昔からの定番だ

他にもいくつかはあるが、他の問題はいくつか、社会問題と関連する部分もあるが長文化を防ぐため省略し

残りは、宮崎固有の問題となる。固有の問題は失うものを発生させることで防いでいくか個別の対処法が必要になる

まあ初期の初期にあった虐待さえ防げていれば、防げた問題じゃないかな?

1年前 No.1968

ザビビのふくろう ★ZRGZRP6lC7_keJ

>>1967

>そんなの俺に聞かれてもなあ


いや、それはそれでいいんです。
私だけが無知じゃないってわかったから(笑)

こういう刑が可能なら、死刑になりたい、って無差別殺人する奴に対して抑制効果がある気もするんですけどね。


だいたい大勢の人間を殺害した者に相応な刑罰って、ただの死刑じゃ足りない気がするしな。

1年前 No.1969

論理魔 @nasinasi ★X5qD4C0FNM_o1k

>やってることが同じならみんな同じなどというのなら、正当防衛や、人質を次々に殺害している引きこもり犯人を警官隊が射殺することも犯罪であることになってしまいます。

正当防衛や緊急避難とは刑罰制度の名前ではない
正当防衛とは「身を守る為」という目的は核になるが、「身を守る為」という目的・条件を満たしただけでは正当防衛・緊急避難は成立しえないよ

「身を守る為という認識」これが妄想や幻覚、思い込みによるものだったら、過剰防衛にすらならず、殺人罪として立件される

防衛のためと言い張り、許容できない執拗な攻撃をしてないか?と言う事を意味する「必要最小限(妥当性)」という条件もついている。緊急性も

植松も「高尚な目的」があったようだ、植松からすれば高尚な目的だ。しかし認められる事はない。妄想に過ぎない為だ

いくつかの条件を満たして、初めて、正当防衛が肯定されるし、成立する

警官の犯人射殺も同じだ、目的以外にも警官の犯人射殺が容認されるためには、条件がいくつかある

ゆえに正当防衛のように「目的以外の条件」も満たそうと何度も指摘している
正当防衛のように死刑を正当化出来るレベルに至るまで満たそう

「目的」という条件だけを満たして残虐ではないと言ってもあまり意味がない

正当防衛や、緊急避難が成立するケースの場合

「殺 さなければ、殺 される」
「殺 さなければ、死 ぬ」
「殺 さなければ、誰かが殺 される」
というトンデモない高い高いハードル(条件)が存在している。
この条件をクリアせずに、殺害したら、過剰防衛か、殺人罪だ

これは36条の「絶対」という言葉に相当するような高いハードルの条件に似ている
正当防衛や緊急避難を例に出すなら、この高いハードルを超えた上で
つまり、残虐性評価に厳しい制約をつけた上で残虐性を判断すべきではないのかな?

1年前 No.1970

faker ★Android=p7ISKATSWi

無期懲役+死刑www
どこまでその袋小路を突き進むのか見てみたいと書いたけど、本当に突き進むとはw
「オレ、新しい必殺技考えた!右ストレートと左フックを同時に出すスゲー威力の技!」なんていう○○○レベルの発言は記録しておくべきですねw
一応、気を使って伏せ字にしておきましたよw

1年前 No.1971

論理魔 @nasinasi ★X5qD4C0FNM_o1k

>>1964

>だが、しかし、そうでない連中もいる。無期刑など屁でもない連中だ。そういう連中は、死を前にして考えさせる機会を持たせる必要がある。そして、それでもどうしようもない連中もいるだろう。精神錯乱を装って、死刑を逃れようとする奴らだね。恐らく、そのような場合、無期刑は有効ではない。まさに、極刑としての死刑のみが似つかわしい連中なのだ。だが、伝え聞く話だけだが、そんな連中でも、死を目の前にして、結構、まっとうな応対をするらしい。

>そう思えば、死刑もあながち、残虐だから廃止すべきと安直に考えるわけにはいかない。むしろ、人として許されない犯罪を犯した人間にとって、どちらに転んでも、むしろ、人間的な刑といえるのではないだろうか。死刑は、真人間に対してなされる、あるいは人を真人間に戻す刑だから。たとえ、残虐であるとしても。いや、むしろ残虐であるからこそ、救いとなるのでないか。

「人間的な刑」という言葉が出てきた。実は道徳の話しをしていないか?

・悪いことをしたやつを殺 してお仕置きする
・悪いことをしたやつを苦 しめてから殺 す

この2つは、道徳的な行いであると考えていないだろうか?

仮に考えているとしたら、この道徳観の正しさを補強する論理が作れるかな?

1年前 No.1972

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

うん、そういう話ではない。刑の有様の話だ。分かりそうなもんだがな。ま、しかたがない。

1年前 No.1973

論理魔 @nasinasi ★X5qD4C0FNM_o1k

銃社会、アメリカを代表とする、犯罪多発地帯型銃社会では
警官がバンバン犯人を射殺しているイメージがあるわけだが

正当防衛や緊急避難とは、実はトンデモなく高いハードルを持っている
そのハードルを飛び越えなければ、犯人の射殺は行えない。行ったら殺人罪や、過剰防衛、もしくは警官専用の法律で犯罪者として裁かれる事になる

犯罪多発地帯型銃社会だから、トンデモなく高いハードルを軽々飛び越えているように見えているだけで
実は、トンデモなく高いハードルを超えた上で射殺しているということになる

別の言い方をすれば、トンデモなく高いハードルを超えた上でなら、殺 していいとする

アメリカに限らず、36条のある日本でも同じ事だ
緊急避難や、正当防衛は「36条の残虐性禁止」より上位の概念があるため、肯定される

生命の危機 と 生命の危機の構図で36条を突破する
この構図は、「36条の残虐性禁止」より優先順位で上位に当たる概念

生命権は、国民だけではなく公務員にも当然、存在している人権だ

「生命の危機が発生したら死 んでくれ」という法律は作る事は出来ない
一方「生命の危機が発生していないのに殺害する法律が死刑制度だ」

トンデモなく高いハードルを飛び越えずに、残虐性評価を「目的」だけをクリアする事で、残虐ではないと言い張る事は無理がある

死刑を贖罪刑罰論で、甘い残虐性評価基準で残虐性なしと肯定する論理と
正当防衛や緊急避難が成立する条件は「条件の甘さ」という意味で全く異質のものだ

緊急避難・正当防衛が成立する条件というのは、どの角度から見ても、批判が困難。

一方、ふくろうの残虐性評価基準は、正当防衛や緊急避難が成立する条件の厳しさと比べると、簡単に批判できるモノであって、残虐性評価の基準(目的)が甘すぎると言わざるを得ない。

正当防衛や緊急避難を例にあげるならば正当防衛や緊急避難が成立する条件の厳しさと同レベルの鎖を自らに課さなければならないだろう
そのレベルの論理の作成は不可能だろうがね

1年前 No.1974

論理魔 @nasinasi ★X5qD4C0FNM_o1k

>>1973

>うん、そういう話ではない。刑の有様の話だ。分かりそうなもんだがな。ま、しかたがない。

刑の有様の話しとは、道徳的な話に行き着く話しなんじゃないの?何の話しをしているの?

例えばさ「その刑の意味はなに?」と問われたとしたら

道徳的観点で返信するしかないと思うんだが?

1年前 No.1975

ザビビのふくろう ★ZRGZRP6lC7_keJ

>>1970

困るんだよね。
>>1961,1962 に結構大事なことをまとめて書いたのにフィルタがかかって、きみ読んでないでしょ?
意図的ではないにせよ、勘違いもはなはだしいんだよ。

またフィルタがかかるかもしれんが、関係する部分を引用する。

>>目的の有無」を根拠にできてしまうなら、公務員は「加虐目的ではなく教育目的で拷問した」だって、許されることになりますよ?


>私の定義では、目的のために不必要な、苦痛を与えたり肉体に損傷を与えたりすることは残虐であることになります。残虐な刑罰の定義Aをみてください。

>わかりやすく言うと、加虐か否かを分ける基準としては、

 >(正当な)目的を実現するための方法・手段としてそれは不可欠か、
>ということが問題です。

>たとえば、手術は肉体に損傷を与えます。しかし、それを残虐な行為などと言いません。なぜか考えたらわかりませんか?

>イジメねえ…やれやれ。

>こういう程度の低い反論にもならないいちゃもんは、ゲンナリします。

>相手の言っていることを理解しようとするんじゃなくて、何とかケチをつけようと必死なんですね。

>前に、絞首刑が違憲だと個人的に考える理由について次のように述べたでしょ。

>>私は単に裁判所は「判断を誤っている」と思います。

>>個人的根拠としては、現在は、死刑の目的である死に至らしめることから鑑みて、絞首刑以外に、より苦痛の少なく、身体への損傷を与えない方法があると思うし、見た目もより残虐でない方法が存在すると考えるからです。絞首刑は目的に「不必要な」苦痛を与える方法であると思うから、とも言えるでしょう。


>ついでに付け加えておくと、この「不可欠性」は、ある程度の客観性が要求されます。

>48年の合憲判決当時、絞首刑が死刑の方法としては、他の方法と比して苦痛の少ない方法であることが法医学的に認められていました。

>教育のために拷問が必要であると認める裁判官はいないでしょう。

1年前 No.1976

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

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1年前 No.1977

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>1975

なんと、フィルタされてしまった。

道徳の話をしているのではない。精神の話をしているのである。貴方は、道徳という言葉でいったい何をいおうとしているのか。

また、フィルタされたりして。

1年前 No.1978

faker ★Android=p7ISKATSWi

とうとう精神世界の話にまで逝っちゃいましたかw
法律に倫理や道徳を持ち込むところまでは分かるけど、精神とか宗教とかスピリチュアルな話はスレ違いだと思います
新たにスレを立てたらどうでしょう?

1年前 No.1979

論理魔 @nasinasi ★X5qD4C0FNM_o1k

ああ、言い忘れたが、道徳論、それ自体は問題ないよ

刑罰と関連する問題だ

法律や刑罰から正義が切り離せないのと同様に
正義からは道徳論の話しを切り離す事は出来ない

問題は道徳論の性質や、質

>>1976

ありがとう

>(正当な)目的を実現するための方法・手段としてそれは不可欠か、

>ということが問題です。

>たとえば、手術は肉体に損傷を与えます。しかし、それを残虐な行為などと言いません。なぜか考えたらわかりませんか?

医療のための人体破壊。患部を治すための破壊行為を手術と呼ぶ
「治す為」という行為は大きな正当性を持つ為、破壊が肯定される、また破壊行為であるため、同意書も必要となるが、死刑とは、「殺 すために殺 している」行為で、同意書もないよね

贖罪が目的だっけ?ならば、贖罪のために殺 すために殺 している。

オペのように「治すために破壊する」以上の正当性がそこにあるのだろうか?という新たな問題が浮上してくる

あと最大の問題は
「つぐなう」「贖罪」という概念は当然、道徳論だよね?道徳哲学。もちろん道徳的哲学
深い道徳的考察・深い道徳的哲学を抜きに「つぐなう」「贖罪」という、よくわかんない謎の概念を無批判で、肯定し、死刑の「核」にしている状況に問題を感じないかな?

ちょっと道徳的考察・深い道徳的哲学に触れた可能性はあるかもしれないが、
深い道徳的考察・深い道徳的哲学にはなっていないよね?

1年前 No.1980

faker ★Android=p7ISKATSWi

>>1974
論理魔さんは優しいなぁ

>正当防衛や緊急避難を例にあげるならば正当防衛や緊急避難が成立する条件の厳しさと同レベルの鎖を自らに課さなければならないだろう

>そのレベルの論理の作成は不可能だろうがね

「そのレベルの論理の作成は不可能」だと分かっているからといって、なにもそこまで甘くすることはないんじゃないですか?
「正当防衛や緊急避難が成立する条件の厳しさと同レベルの鎖を自らに課さなければならないだろう」というのはいくらなんでも甘すぎます
個人対個人の場合の正当防衛は、正対不正であるから厳しい条件付きで認められます
緊急避難は正対正の対立だから更に厳しい条件が科せられます
これはあくまでも個人対個人の話です
国家対個人の刑事裁判であれば、法益の侵害といっても今まさにその侵害が行われている場面ではないので、そもそも緊急性がありません
刑の目的を考えても他に代替方法がないわけでもありません
そんな中で死刑でなければならない理由はないし、現にこのスレでも2000レス近くになってもまだ誰もその理由を提示できずにいて、理由が言えないからぐだぐだと屁理屈を並べるだけではないですか
そろそろ論理魔さんにビシッと言ってスレを締めてもらいたいものです

1年前 No.1981

faker ★Android=p7ISKATSWi

贖罪贖罪と意味も分からず勝手気儘な自分定義で話を進めているけれど、贖罪に対する刑罰は贖刑といい、制限行為能力者(つまり、法律行為を一人でできない老人や子供やちょっとアレな人とかですね)や特定の身分の人に対して、換刑として認められるものですね
贖刑とは死刑や懲役刑を逃れるために財産刑にしてもらうことと言えば分かりやすいでしょうか
だから贖に反省の気持ちがあるかないかなんて関係ありません
むしろ潔く罰を受けるのではなく、身代わりを立てる訳ですから、金さえあれば何でもやっていいということにもなりかねません
そういう基本的なことも知らずに贖罪に過大な期待を寄せる人は贖罪に何を求めているのでしょうね

1年前 No.1982

faker ★Android=p7ISKATSWi

医者が手術をするために肉体にメスを入れるのは、正当業務です
正当業務の説明もしたはずだけど都合の悪いことは見えない都合のいい目を持っているのでしょうね
刑法は犯罪類型に該当する行為を規定してそれぞれに罰則を定めてはいるけれど、犯罪類型に該当すれば即罰則を与えるという風にはなっていません
犯罪類型に該当しかつ違法性と有責性があるものに罰則が与えられることになっています
そして違法性が阻却されるものとして、正当防衛や正当業務が規定されています
って、これは何度も書きましたよね?
まだ理解できないのかなぁ
それともこれを理解すると「論理」とやらが崩れてしまうから見えない振りかな?

1年前 No.1983

wham! ★0Jk5kcCA8E_Ew9

>>1937  ちょっとねさん
「死刑は必要」と「残虐な死刑が必要」というのが憲法を含めた今の日本社会としての境界線ちゃうかな?
つまり日本社会は「死刑は必要」には賛成するけど、「残虐な死刑が必要」には賛成せえへん
おっちゃんは個人的には残虐な死刑方法に反対やなあ


>>1942  論理魔さん
「死刑の存否は民主主義的判断に向かへん」という理屈はよくわからんわ
こういう人権の話こそ国民の意見を尊重すべきやろ
だから死刑の存否こそ国民の意見を取り入れるべきやと思うわ
人権と関係ない消費税増税の話とかは世論を無視して長期的な視点で選挙を気にせず断行すればええけど、
人権が絡む話に国民の意思を反映させへんのは間違いやと思う
「世論無視の死刑廃止論」は論理的に破綻してると思うなあ


>>1943  ゆみさん
解釈に間違いも何もないで
おっちゃんの解釈とゆみさんの解釈が違うってだけやし、
どっちが正しいかなんて誰にもわからん


>>1944  fakerさん
「倫理.道徳.宗教には凶悪犯罪抑止の効果がある」という考えはちょっと古ないか?
おっちゃんは凶悪事件発生の要因を犯人の資質にもとめるから、
その観点から言えば、
倫理.道徳.宗教の欠如というのは表面的なことであって、
本質的な犯罪発生要因はあくまで犯人の資質やと思うなあ

1年前 No.1984

wham! ★qh96bd6kZL_Ew9

>>1936  ふんにゃさんおかえり

>死ぬ勇気がないから死刑にしてもらおう

>死刑を確実にしたいなら、3人以上はころしておきたい。

>死刑があるから起こる凶悪犯罪、と言っていい。


「死刑があるから起こる凶悪犯罪」っちゅう仮説はやっぱり納得できへんなあ
死刑が無かってもやつらは凶悪犯罪起こすやろ、とおっちゃんなんかは思う
死刑が無かったらやつらは凶悪犯罪を起こさんかったとほんまに思うん?
やつらはそう言ってるけどそれってほんまやと思うん?
死刑が無かったらどうなってたかを確かめる術は無いけどおっちゃんはこの仮説には納得できへんわ

1年前 No.1985

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

死に関連する話をする場合には、精神の話は欠かせない。道徳の前段階の話だ。場合によっては、非道徳的な話になるだろうし、逆に、なぜ、死刑は否定されなければならないかという話にもなりうる。罪がどうして罪なのかについても、精神の話が欠かせない。俺が書いている内容はそうとう非道徳的だと思うよ。死刑が救いだと書いているのだから。







1年前 No.1986

faker ★Android=p7ISKATSWi

なんか自分に酔ってない?
ちょっと宗教っぽい話はスレ違いだと思うし勘弁してほしいものです

1年前 No.1987

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>1984

「おっちゃんは個人的には残虐な死刑方法に反対やなあ」

それは、それでいいんじゃないかな。俺は、死刑が死刑たるためには、死刑が残虐性を内包している必要があると思う。

1年前 No.1988

ザビビのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_keJ

>>1980
おや、フィルタのレスを読めるようになったの?
だったら、最低でも次を読んで。

>>1778,1840,1888,1948,1961

補足しておく。

現代法体系は、日本もそうだと思うが、基本は違法性を法益侵害と捉え、それに対する応報として刑罰を法益剥奪として捉えているようだ。
これは同害報復の論理と本質的に異なるものだ。
これを次のようにあらわすとしよう。
現代の法体系の論理= 法益応報の論理
これは、完全に法的に規定されたもので、それ自体独立した体系だ。
つまり、たとえば道徳規範に依存しているわけではない。
しかし、上の >>1888 にも書いたが、例えば裁判規範は行為規範でもあり、それは道徳的意義と本質的に結びついているのも確かだ。
その点で、法規範は、単なるゲームの恣意的ルールとは根本的に異なる。
私の贖罪刑罰論は、法体系をシンタクスとしてとらえ、それに倫理的意義を解釈する意味論的体系、すなわち道徳的セマンティクスを目指したもの。
後で補足のレスを書く予定だが、この法の意味論である贖罪刑罰論は、刑罰の本質を、「復讐」でも「懲罰」でもなく「償い」「贖罪」として捉えるものであり、法の哲学的解釈学を意図している。

>深い道徳的考察・深い道徳的哲学を抜きに「つぐなう」「贖罪」という、よくわかんない謎の概念を無批判で、肯定し、死刑の「核」にしている状況に問題を感じないかな?


感じない。深いとまでは言わないけれども、それなりに考えて選んでいる。
君も、せめてコトバンクやWikiで意味をきちんと調べてくれ。
他の人の言うことを鵜呑みにしないでほしい。
ちなみに、「贖罪寄付」というのが現在あり、それとも別に齟齬はないと思うよ。

上のレスで述べたように、法益応報の論理は同害報復の論理と異なり、
実害応報ではない。
実害を法益(権利)侵害へと置換しての応報であって、その意味で代理だ。
より強調すれば「代理にすぎない」。
例えば、ピアニストの腕にけがをさせて、ピアニストとしての未来を奪ってしまったなら、
どんなに償おうとしても、もう取返しがつかないのであり、その意味では真の償いにはなりえない。
その意味で、何を償い行為として行ったところで、それは「真の償い」の「代理行為にすぎない」。
その意味が、ただの「償い」だけではなく、「贖う」「贖罪」という意味と結びつくと考えた。
直観的にも少なくとも自分的には違和感がないし、辞書でいろんな例文を見たが、ずれはほぼないと判断した。

きみがそれでも不適切であると言うなら、きちんと根拠を述べて批判してくれ。
だったら私だってそこから学びうる。
単なるレッテル貼りとか、曲解では何にも学ぶことができない。

1年前 No.1989

ザビビのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_keJ

>Mobiusさん、ちょっとねさん、論理魔くん


同害報復っていうのは、ある意味きわめて自然で、ちょっとねさんが言うのとは違った意味で、きわめて人間的な感情であると思います。
しかし、私は近代民主主義国家は、本質的にいわゆる「目には目を」の同害報復と相容れないと思います。
というのも、同害報復の論理はあくまで国民vs国民のレヴェルのいわば水平の応報であって、これを離脱して、国民vs国家の垂直の関係の論理に従うことが、近代民主主義国家の本質であると考えるからです。

そして、このとき身体刑こそが排除されるべきものになると思います。
身体刑は、Mobiusさんが指摘したように、イコール復讐とは言えないかもしれませんが、
それは復讐または懲罰であり、後者はいわば国民全員による報復(リンチ)の代行です。
いわば国民全員に代わってお仕置きする、ってことだと思うんです。
そこにある残虐さは、国民の加虐感情に基づいているんじゃないでしょうか?
したがって、これは本質的に水平の論理であると考えます。

正直、懲罰についての考察はまだ不十分であると思いますが、
垂直の論理では、あくまで法の論理で裁かねばなりません。
そして、それが私見では贖罪の論理・償いの論理ということになります。
つまり、法を犯した罪人に対して、罰を科すことは、権利(法益)の侵害を受けた人に対して、償わせること、すなわち具体的にはその損失法益を補填させること、返すことがまずは第一条件となります。
殺人罪の場合は返す相手が存在しなくなるため、「返す」ことができないので「差し出させる」と表現していますが、本来的には「返させる」ということです。

水平応報:国民vs国民の応報:同害報復・懲罰⇒加虐
垂直応報:国民vs国家の応報:償い・贖罪

1年前 No.1990

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

スレも2000に近づいてきましたが、ちょっとここで【贖罪】という言葉について再確認です。
既に >>1712 でfakerさんが説明されているのが本来の意味です。

辞書も確認しましょう。

【贖罪】
@お金や金品を出して罪を許してもらうこと
A(神への罪から救うために)キリストが、全人類に代わって十字架にかかって死んだこと。

教会での懺悔のような気持ちを含んだ罪の償いのような意味で使っている人が多い印象ですけど、これって小説とかの影響も受けているのではないかと個人的には思っています。

湊かなえの小説に「贖罪」ってありますよね?
そのものズバリのタイトルですが、内容は皆さんがイメージするものに近いのではないでしょうか。

《あらすじ》
15年前、静かな田舎町でひとりの女児が殺害された。直前まで一緒に遊んでいた四人の女の子は、犯人と思われる男と言葉を交わしていたものの、なぜか顔が思い出せず、事件は迷宮入りとなる。娘を喪った母親は彼女たちに言った──あなたたちを絶対に許さない。必ず犯人を見つけなさい。それができないのなら、わたしが納得できる償いをしなさい、と。十字架を背負わされたまま成長した四人に降りかかる、悲劇の連鎖の結末は!?
(amazonより)

こうしたことからも「贖罪」という言葉への誤解が生まれるような気がしました。

1年前 No.1991

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>1990

36条の「残虐な刑罰」の英語ってcruel punishmentで、31条の刑罰の英語はcriminal penaltyってなってるんだよね。死刑はdeath penaltyだから後者に含まれるが、同じ意味の極刑はcapital punishmentでpunishmentになるらしい。だから、実は微妙な部分があるんだが、36条が「残虐な懲罰」と訳されていれば、36条根拠の死刑廃止論は成立しなかったと思う。言葉が違ってるから。36条の位置付けからすると、懲罰と訳した方が本来的な意味になりそうだ。死刑だともう、その後の人生はないから、punish「懲らしめる」の意味より、penalty「報い」の意の方が濃いからね。なんで、英語が違うのに、日本語が同じになっているのか。ま、色々、諸事情があったんだろう。

1年前 No.1992

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

>>1962  ふくろうさん

>私の定義では、目的のために不必要な、苦痛を与えたり肉体に損傷を与えたりすることは残虐であることになります。残虐な刑罰の定義Aをみてください。

「私の定義」の根拠はなんですか?
「目的の為に不必要」「目的のために必要」、これを分けて正当化する考えはなにを根拠にしたのでしょうか?
頭の中で勝手に定義づけしたり解釈したりするのは結構ですけど、その根拠は必要ですよ。


>やってることは同じなのに、正当防衛は違法性が阻却されて違法でなかったり、人質を次々に殺害している犯人を警官隊が射殺することが違法にならないこと、これをどう説明するんです?

「ちゃんと説明してください」とおっしゃいますが、これについても既出です。
「公共の福祉」がその根拠であると何度も説明されていたはずですけど。

また、fakerさんの投稿を読んでいないとのことなので再掲させていただきます。


>緊急避難や正当防衛には更に、「緊急性」という条件と「他に手段がない」という条件と「必要最小限」という条件がついています

>公共の福祉による制限が基本的人権に由来するものである以上、緊急避難や正当防衛と同等の条件を求められるのは当然です

>当然ですと言ってもここでもまた根拠を示せという人がいるでしょうから書きますが、それが一元的内在制約説なんです

>ですから逮捕・起訴されて拘束されている状態の被告人に対して他の基本的人権が侵害される「緊急性」もなければ、刑罰には死刑以外にも懲役や禁固といった刑罰という「他の手段」がありますから、刑罰の目的を遂行するための「必要最小限」のものを選べばいいということになります

>この三つの条件から死刑は排除されるわけですよね


(ふくろうさんの質問)
>だったら、なぜ、正当防衛の殺人や、人質犯人救出のためのSATによる射殺は法的に許されるんですか?

(fakerさんの回答と質問)
>え?「射殺は法的に許される」???
>もしかして日本は法改正して法的に射殺が許されるようになっていたんですか?
>それとも日本ではないどこか他の国の話ですか?
>SATって日本のSATの話じゃないならそう書かないとみんな誤解しますよ
>そういうミスリードは感心しません
>射殺が法的に許されるSATとは何を意味しているんですか?

(ふくろうさんの指摘)
>それどころか上に述べた外科手術だって明らかに肉体に損傷を与えますが、残虐な行為とは言いません。
これらが許されるのはなぜか、ちゃんと説明してください。

これもfakerさんが既に説明しておられますが、正当業務行為だからです。

格闘技の試合や医師の手術はこれに該当します。


【正当行為】
刑法上の違法性阻却事由の1つとして理解される(刑法35条)。すなわち形式的には犯罪類型としての構成要件に該当する行為のうち、法令上認められている行為と、業務として正当と認められる行為(正当業務行為)をいう。

法令による行為の代表例としては、刑事訴訟法に基づいてする逮捕などがあり、法令に規定された行為は、いっけん犯罪の構成要件該当性を否定すると言う趣旨である[1]。正当業務行為としては、医師の行う手術、スポーツに係る行為など、法令に規定は無いが、行為の本旨に違法性を欠くものであり、具体的には主として判例法により判断される。


正当行為の例はウィキにも載ってますから、確認してください。

1年前 No.1993

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

>>1989  ふくろうさん

>現代法体系は、日本もそうだと思うが、基本は違法性を法益侵害と捉え、それに対する応報として刑罰を法益剥奪として捉えているようだ。
>これは同害報復の論理と本質的に異なるものだ。
>これを次のようにあらわすとしよう。
>現代の法体系の論理= 法益応報の論理
>これは、完全に法的に規定されたもので、それ自体独立した体系だ。


法律に詳しくないから保留と言われてましたけど、「未遂」の例では「法益に置換した法益応報」では説明がつきませんよね?

だったら、その点で矛盾のない説明ができるまではこの論理自体「措いて」おくべきではないですか?

1年前 No.1994

faker ★Android=p7ISKATSWi

もう何を言っても聞く耳を持たない頑固親父みたいになってますね
しかも既に否定されていることを、理屈を捏ねればまだどうにかなると思っているようです
そんな記号トリオの皆さんに素敵な御提案を用意しました
人権による死刑廃止論がどうたらこうたら考えるなら、まず最初に明確にしなければならないのはその権限の源泉とその権限を行使する主体のことですよね
「今あるお金でハーゲンダッツが買えるのか、それともガリガリ君しか買えないのか」を議論する前に、その「今あるお金」って誰のお金?そのお金を使っていいの?使っていいとして誰が使っていいの?使っていいと言われた人はいくらまで使っていいの?という問題をクリアしないと、店の中でどれを買うかで言い争っても意味がありません
まずは、死刑にしろ他の刑にしろ、その刑罰で国民の権利をどこまで制限できるかの話の前に誰がどういう権限でできるのかを考えないと、できるかできないか分からないのに、死刑までできるとか、いや、しけいはできないとか話しても意味がありません
そこが分かってないから、「死刑廃止は民主主義の要請」という話を忘れて人権の前に神を重視して死刑を行う国が身体刑の例に出てきても何の違和感もなく受け入れられるんでしょう?
森の中でさ迷っているうちに、既に通った道を何度も通っていることにすら気付いていませんよ
まずは自分の位置を確認して俯瞰しましょう

1年前 No.1995

faker ★Android=p7ISKATSWi

penaltyとpunishmentの違いに悩んでいる人がいるようですが、どちらもラテン語のpoenaを語源とする言葉でほとんど同じ意味です

ほとんどとはいってもニュアンスは違います

どう違うかというと、penaltyの法は法令やルールブックに「○○したら□□の罰に処する」というように前もってきちんと書いてあるようなものがpenaltというイメージです

「宿題を忘れた?毎回毎回あなたって人は…それでは今回は○○しなさい」のように、その場に応じてよく考えて罰を与えるものにはpunishmentという感じですね

この二つを言葉の違いから「罰」の意味の違いを解き起こそうというのは、あまり有益ではないように思われます

1年前 No.1996

faker ★Android=p7ISKATSWi

>>1991
贖罪の説明をするとよくその湊かなえの『贖罪』を出してきて反論する人がいますね
反論といっても『贖罪』ではこういう使い方だから罪を悔いて償うことだと思い込んでいたという程度の反論ですけど
小説のタイトルが本当の贖罪の意味が分かっていたら、その小説の内容に対するタイトルの意味も変わってくるかもしれませんね

1年前 No.1997

faker ★Android=p7ISKATSWi

さて、最後に大きな置き土産です

日本の刑法で最も犯罪らしいものといえば、それは第何条の何という罪でしょうか?

これを知っていれば、贖罪だとか同害応報とか、そんなものを使った刑罰の理解が幼稚なことだとすぐに分かるはずです

1年前 No.1998

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

【犯罪(再犯)予防について】

サイコパスを考慮しない「教育」「犯罪(再犯)予防」という点に絞って書きます。

平常心での人間が犯罪を思いとどまるのはどういう時か?を考えると、大きくわけて4つ。

@その行為自体への生理的嫌悪感を感じた時(快・不快の天秤)
Aその行為自体が危険だと認識した時(安全・危険の天秤)
Bその行為に見合わないと感じる過分な罰を受けることを恐れている場合(損・得の天秤)
C人や物を大切に思う気持ち、人や動物の心や身体の痛みへの想像力が働いた時(善・悪の天秤)

番号の若い順で本能に近い判断ということが言えますね。

これらの天秤の優先順位とどちらにどれくらい傾くかのバランスが、踏みとどまるか一線を超える分かれ目だと思うのですが、この場合の価値判断は体験や学びからくる人格や知性や道徳観などの違いによって分かれるのだろうと思います。

つまり、幼少期からの養育環境や人間関係の影響を多分に受けることは間違いないでしょう。

【マズローの五段階欲求】
1.自己実現欲求
2.承認欲求
3.社会的欲求
4.安全欲求
5.生理的欲求

こちらは下にいくほど本能に近く、まず5番目が満たされて初めて「生命維持」に繋がるわけです。
生まれたばかりの赤ちゃんの欲求はほぼこれ。

成長するに従い欲求のレベルが上がっていくわけで、凶悪犯罪を犯した人物の過去を紐解くと、大抵これらの欲求が低いレベルでも満たされていなかったケースがよくみられます。

既にこのスレの中でも出てきた言葉だと思いますが、「衣食足りて礼節を知る」といいますよね。

もちろん、劣悪な環境で育っても強く逞しく生きている人はいますが、「運」の作用も大きいでしょう。
また、努力論や自己責任論は、犯罪抑止の話とはズレますのでここまでにします。


また、この天秤は「平常心」であれば正しく機能するでしょうが、短期的長期的を問わず、緊急時、危険が迫っている時、精神的に追い詰められている時には正常に機能しません。


凶悪犯罪の原因が仮に精神★病★質によるものなのであれば、犯罪予防は「治療」という観点での話になるのであって、「刑罰(死刑)」自体にその機能を求めるのは無理があるでしょう。

1年前 No.1999

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

さて、

Bを重視して育った場合はCの視点での学びが少ない為、人の心と身体の痛みを想像することが苦手です。
例えば、体罰を受けまくったりネグレクトに遭うと、親の顔色を伺うことを覚え、良いこと悪いことの基準が「自分の損得や身の安全」に置き換わりがちです。

そうなると、「自分を守るための嘘」をつくようになったりも。

自分が受けた「肉体や心の傷」を回復することができないままこじらせ、その傷や痛みが大きく深くなってしまうと、この傾向はより強まります。


具体的に「どうすれば防げる(防げた?)」の問いに答えるなら、「他者の心や身体の痛みを感じられる心をつくることができる学びの機会や環境(家庭も社会も)を整えること」でしょうね。

それは、実際に過ちを犯してしまった場合の「心からの反省」や「謝罪」ができるためにも必要なことだと思います。


また、それらは主体的・自発的に表してこそ価値があるもので、誰かに(特に国家に)強制されてするようなものであっては意味が無いでしょう。

存置派の方は、刑罰に多くの機能や効果を求めすぎなのでは?

遺族の心の回復にしても、犯罪者の更生教育にしても犯罪抑止にしても、別のアプローチで専門的に取り組むことを考える問題だと思うんですけどね。

fakerさんが >>1960 に書いておられるように

>刑罰の存在意義をもう一度きちんと問い直して見るためにも、刑罰とは誰が何のためにどんな根拠とどんな権限で行うことができるのか考えることが必要です
>そうすれば過大評価している「被害者遺族の感情」も違った面から考え直すこともできるでしょう

これが必要だと思います。


というわけで、fakerさんの >>1995 、1998を考えてみましょう。

1年前 No.2000

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レスが2000件を超えました。
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