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だから私は死刑に反対する

 ( 議論掲示板 )
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ふんにゃ @sorairono ★HEPy1c8DtF_BXv

凶悪事件のニュースは表面しか伝えないけど、
「この人、なんでこんなことしちゃったんだろ」

と、思う時がある。
私は、犯罪者を理解したい、と思うことがあるらしい。

犯罪者を理解する必要はない、という人もいるだろう。
凶悪犯なら、さっさと死刑にしてしまえばよい。
そうね。犯罪者を理解する必要がないなら、簡単に死刑を支持できるかも。

だけれども、

人間は、環境を選んで生まれるわけじゃない。
育つ環境が違えば、今の私の人格・考え方、も違ってたはずだ。
私が犯罪者の環境に育ったとして、そこで犯罪を犯すか否か、と「今の違った人格の私」が考えてもしゃーないことだ。

世の中にはいろんな人間がいる。男もいれば女もいる。
容姿端麗な奴、ブサイクな奴。価値観・考え方の違う奴。

国民の圧倒的多数の支持のもと、大通りを堂々と歩く死刑存置派もいれば、
少数派であるがゆえに、路地裏で石をぶつけられながら、惨めに座り込む廃止派もいる(ノ_・。)

そして、犯罪者になる奴もいれば、ならない奴もいる。

いろいろな人間を知ることは、人間を知ることだ。
犯罪者を理解するということは、人間を理解することでもある。
少しでも理解すれば、簡単に、死刑になれ、とは言えなくなる気がする。
そういう人は死刑廃止派になるかもね。


それから、


景気が悪くなると犯罪が多くなる。

もちろん、犯罪者が責任を逃れることはできないのだが、
犯罪の背景に社会的側面があることを無視することもできない。
犯罪を知ることは社会を知ることでもあるのだ。


犯罪者を理解する必要がないのなら、凶悪犯は簡単に死刑にできる。
反社会的凶悪犯だから抹殺しました。あとは、忘れてしまいましょ。
そうして、死刑に賛成するのだろうな。

でも、それって「臭いものに蓋」ってやつなんじゃないのか?

犯罪者を知ることは人間を知ることである。
犯罪を知ることは社会を知ることでもある。
人間を知り、社会を知れば、我々が為さねばならぬことも見えてくるだろう。

犯罪者を死刑にして「はいおしまい」では、
我々が本当に考えなければならないことを考えない「思考停止」にも見えるのだ。

(と、路地裏の廃止派として考えたのだった)


・・・なんてな(*/∇\*) キャ

メモ2018/09/04 10:52 : maco @maco7★s3dqmEvCVz_gaI

【関連スレ】


続・だから私は死刑に反対する

http://mb2.jp/_grn/2238.html

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maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

>>1948  ふくろうさん

ふくろうさんは、【贖罪刑罰論】の最初の説明 >>1706 でこう書いておられました。

>法はその者が奪った権利(法益)と同等以上のものを差し出させる(剥奪する)こと。でないと、公正とは言えない。
>これが贖罪刑罰論に立つ、罰の本質的目的である。
>加虐に対して加虐で返すのではない。
>失わせたもの(奪ったもの)に対して、失わせる(国家が奪う)ものが刑罰。


そして、それ以降に加えられた説明と以下の説明 >>1498

>違法性の法益侵害説に立つ贖罪刑罰論では、

>実害同士の応報ではなく、それらを「一様に法益」侵害・剥奪として捉えます(以後、「法益応報」。


も含めて考えると、


・国家が加害者に差し出させる(剥奪する)もの(権利・法益)は、被害者が失った法益と同等以上のものが刑法の規定で刑罰に置き換えられている。

という解釈をされているということですよね?

疑問として当然出てくるのは

@刑罰は、失わせた(奪った)権利(法益)と同等以上の法益を奪う(最初のほうでは、侵害・剥奪と書いておられますから両方の意味で)ものとして定められているものなのか?

A失わせた(奪った)権利(法益)と同等以上の法益で肩代わりさせるという発想も応報ではないのか?

という疑問です。


そもそも、「同等以上」という言葉の使い方を間違っているのでは?

辞書では、

【同等】同じ、同じ程度

となっています。

これって、比べるものの性質が同じ場合にしか使えません。
だから、皆さん「同等」という意味通りで反論(同害報復と違わない・目には目をの理屈と同じ)することになるのではないでしょうか。

まったく性質が別のもの(権利・法益)を「同等」と見做すのは無理ですよ。


私がふくろうさんの贖罪刑罰の解釈を説明するなら【相当】という言葉にして下の@の意味で使います。
(贖罪刑罰の考え方に納得しているわけではありません)

【相当】
1.(何かの程度・状態が)他の物とちょうど釣合いがとれること
2.そのものとほぼ同等の資格や働きを持つこと。

が、「釣合いがとれている」と無理やり解釈したとしても、同害報復の「実害」を「法益」とか「権利」という言葉に置き換えているだけで、それが「やられたことと同じ罰」ではなくても、「相当する見返りの差し出しを強制すること」は、実害に対する代理応報でしかないでしょう。


また、「目的意図」次第で生命権の剥奪及び残虐な刑罰が許されるという発想はまったくもって理解不能です。
憲法36条を「加虐目的で拷問及び残虐な刑罰を与えること」と、さも目的の有無が重要であるかのように、また、それによって許可されたりしなかったりするように解釈できるのか、その理屈がわかりません。

「目的の有無」を根拠にできてしまうなら、公務員は「加虐目的ではなく教育目的で拷問した」だって、許されることになりますよ?


それから、以前出てきた「未遂」の問題。

例えば、

【傷害罪】刑法204条
人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

傷害に対しての罰金という刑罰は
「被害者に失わせた法益と同等以上の法益」に該当するのでしょうか?


それから、まだ説明がありませんが、「被害者に失わせた法益」がそもそも無い「未遂」でも、罪になる場合とならない場合があります。

贖罪刑罰論で、どのように説明がつくのですか?

1ヶ月前 No.1951

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

>>1951 の最後のほうにある

>それから、以前出てきた「未遂」の問題。

この文章は、【傷害罪】の話の前に入るものではなくて、その後に入る文章です。

1ヶ月前 No.1952

faker ★Android=p7ISKATSWi

小学生の言い訳とヤクザの論理という人としてどうなの?と思われることを平然と主張するのは、これが皮肉や冗談ではなくその人の持つ性質なのでしょう
ならば、小学生の言い訳とヤクザの論理の間にも中高生がよく使う屁理屈がその人にとっては理路整然とした論理だと思って使っていることでしょう
はい、ここまで書いたら勘のいい人は気付きますよね
「死刑は、生命権の剥奪を目的に行われるのであり、苦痛を与えること、身体に損傷を与えることを目的に行われるのではないゆえに、加虐を目的にした行為ではありませんから、残虐な行為ではない,すなわち違法違憲ではないのです。」
これって、イジメをする中高生がよく使う論理です
「ボクたち遊んでただけで〜す。虐めようとか思ってないからイジメじゃありませ〜ん」
目的がイジメじゃないから怪我をしても不登校になっても自殺してもイジメのせいじゃありません、という理屈と同じで、死刑は加虐を目的にしてないから残虐な行為じゃないし違法行為でもない、というのもまた子どもの屁理屈です
小学生の言い訳と中高生の屁理屈とヤクザの論理という、人として恥ずべきことが分からないというのは、その人の性質なのか育ちによるものなのかあるいは両方なのか分かりませんが、こういう理屈に騙されそうになった人はまだ引き返せます
ダークサイドに引きずり込まれる前に、光ある道を進んでください

1ヶ月前 No.1953

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

更に補足。

>>1951 の以下の文章

>例えば、

>【傷害罪】刑法204条
>人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

>傷害に対しての罰金という刑罰は
>「被害者に失わせた法益と同等以上の法益」に該当するのでしょうか?


は、

>まったく性質が別のもの(権利・法益)を「同等」と見做すのは無理ですよ。

の後に入る文章です。


順番が違っても中身は同じですが、自分的に話の流れとして気持ち悪いので訂正しておきます。

1ヶ月前 No.1954

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

>>1953  fakerさん

それ、私も「イジメの言い訳と同じ理屈だなぁ・・・」と思いながら読んでいました。

書くとまた「レッテル貼り」の一言で片付けようとされるかと思ってそうは書きませんでしたが、言っていることの理屈はまったく同じですよね。

イジメを正当化する言い訳と同じレベルのことを言っているようにしか見えません。

「目的如何」で解釈して憲法に逸脱するような行為も許されてしまうなら、万引きしても「盗んでお店に被害を与えることが目的ではなく、盗むスリルを味わうのが目的だった」という理屈だって通ってしまうことになります。

「行為」に対しての罰か、「結果」に対しての罰かという見方の違いはあっても、「目的の有無」は、「故意か過失か」という判断の場合に出てくるだけで、拷問や死刑で生命を奪うことが故意では無いなんて、まずあり得ないですよね。

1ヶ月前 No.1955

faker ★Android=p7ISKATSWi

>>1955
イジメの正当化と同じ論理構成の程度の低い言い訳が大人に通用すると思っている時点でそのレベルも推察できるというものです。
代用応報や贖罪は現代の刑罰で探すよりヤクザの世界で探した方がずっと簡単に見つかります
当番の若い衆がやられたらそれに見あった者を差し出さなければケジメになりませんし、下手を打ったらそれに見あったケジメをつけなければなりません
小指を詰めて差し出すのはかなり重いケジメですが、最近では金銭で代用することが多くなっています
任侠山口組が神戸山口組と和解できないのも贖罪や代用応報の考えがヤクザにはその身に染み込んでいるからでしょう
未遂罪を犯罪と見なさないのはヤクザにも劣ります
とまあこんな風に言いたい放題言っても論理的に反論できるはずもなく、最初に「ひどいこと書いてるからスルー」と宣言したのは戦略的には最善の選択だったかもしれませんねw

1ヶ月前 No.1956

faker ★Android=p7ISKATSWi

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1ヶ月前 No.1957

論理魔 ★X5qD4C0FNM_o1k

ただ48年の死刑違憲裁判事件でも

「子供の言い訳レベル」の程度の低い言い訳が36条の「絶対解釈」「残虐性解釈」で使われてしまっている

ふくろうは「目的」のみに焦点を当てて、残虐性評価しているが
48年当時の最高裁も「よくわからん謎の基準を持ち出して、その基準として残虐性評価をしている」
「謎の基準」とするのは、その基準を持ち出す意味に合理性を持たせるための合理的な論理が抜け落ちているためだ

ふくろうや、その例え話しに出てくる「いじめっ子」は子供(いじめっ子)だったり、もしくはイチ個人(ふくろう)に過ぎないわけだが
または、法の原理や、法の正義を知らない人間の口から出る言葉に過ぎないからまだいいが

国家が、最高裁という最重要な機関が、子供の言い訳をしてるようではダメだろう。裁判は子供の学級会じゃないからだ

法の権威も何もなくなるぞ。子供の言い訳を論拠に法が人を殺しているようではな。

死刑ってのは全ての刑罰の中で最も重い重要性トップの刑だ。それの存置理由が、子供の言い訳レベルでいいはずがない

まあ「ぼくは違憲判決出したくない、未来の人に違憲かどうかは、ぶん投げる!」
という内容の逃げの判決だったが
つまり未来に、違憲裁判、違憲評定をもう一度やってくれという内容を含んでいる判決だったが

こういう内容を持った判決が出た「48年の死刑違憲裁判事件」を死刑存置、死刑の合憲性の論拠として使うべきではない
まあ、最近のレスでは、死刑の合憲性の論拠として使ってる人間は、ほぼいなくなったけどね

1ヶ月前 No.1958

論理魔 ★X5qD4C0FNM_o1k

>>1943

>>ならば人生に価値を無くすような出来事、社会的状況・社会問題を一つ一つ地味に潰して行くしかない。

>ご意見ありがとうございます。より考えを深めたいので、最後の一文について質問をさせてください。

>例えを出します。宮崎勤ですがよろしいでしょうか。(彼が冤罪じゃないかという記事はネット上で多く見かけましたが、彼を犯罪者とみなして話を聞いてください)
>彼は残虐極まりない映画を見てマネしようと思ったから犯罪に手を染めたと人から聞いたことがあります。
(違っていても今回は仮定としてこのまま受け取ってください)
>親ですら止められなかった彼の残虐性。これについてこの犯罪を未然に防ぐためにどうすべきだったか、
論理魔さんのお考えをお聞かせ願えますでしょうか。宜しくお願いします。

親ですら止められないってどういう意味だろう。大犯罪者のバックボーンに毒親あり、人格形成のバックボーンには毒親がいる。親が大犯罪者になるような種をまず植える。そこから自らで植えられた種を育てる
大犯罪者においては親は止める側の存在ではなく、助長する側の存在になりがち。まあ親の子育ての段階で止めるのがベストだよね

「止める」とはどの段階で止める事を意味するのかがわからない

宮崎勤って、元祖オ タ批判・差別の元ネタになった宮崎勤だよね?
>「彼は残虐極まりない映画を見てマネしようと思ったから犯罪に手を染めた」
という仮定にどこまで従うべきかわからない。この仮定に従って話すと、宮崎勤の話しではなくなってしまう

つまりサイコパ スの犯罪について。ということになる。この仮定に従うと宮崎勤の話しではなく、サイコパ スの話しでしかなくなるけどいいかな
サイコパ スの話しは過去レスでしてると思う

サイコパスって100人に1人ほどいるんだよね。100人1人って、そこそこ多い数になるよね。日本には一億人ほど人がいるわけだし
また残虐ネタが落ちてるサイトの月間閲覧数は多く、サイト運営者には年間1億稼ぐやつもいる。アクセス数が多いというのは、残虐ネタが大好物のやつが数多くいる事を意味する。そのうちの99.99%は残虐性の高い事件など出来ない

つまり、この社会にはサイ コパスはありふれている。珍しくもない存在だということになる、それが第一点

しかし、サイコパスの99.99%は残虐性の高い犯罪は犯していない、この世界にこれだけサイコパスがいるとするなら、残虐事件だらけになりそうなものだが、そんな事件は数年に一度から、十数年に一度しか発生・発覚しない。巧妙に隠すため、発覚しないだけという説もあるが、発覚していない事件について、認識が出来ず、話す事は出来ないため、横に置く

残虐性が高いと言うだけで、人は、残虐事件を発生させる事は出来ない、更にいくつかの複合的な理由が必要になる
>(違っていても今回は仮定としてこのまま受け取ってください)
という条件をつけられたら、これ以上話す事は出来ない。あとメビウスの禁止語句の性質上、人体の破壊についてや、残虐事件の手法、犯人の性格的傾向について話す事について、この掲示板だと限界がある模様。差別語句が禁止語句になっているはず
精神疾患について性格的傾向について、詳しく話したら、フィルタが付くから、かなり気を使って書かないといけなくなる。気を使って書いても多分フィルタが付く。まあそちら側からは見れるのかな?フィルタついても

あと、サイコパ スの残虐性傾向にも小から大と幅広くいる
残虐性の高さをどこで見て判断するか?というと、殺害手法、遺体の損傷具合。証拠隠滅目的の損傷具合以外の損傷具合

宮崎は、異常性の強い犯罪者だが、言うほど強いサイコパス傾向は持っていないね。それでも日本では稀に見る大犯罪者だけどね
つまり残虐性がゆえに、あんな事件を起こしたのではない。そのため、残虐性を抜く手法、芽生えさせない為の手法について話してもあまり意味がないんじゃないかな?

1ヶ月前 No.1959

faker ★Android=p7ISKATSWi

社会に一定数いるサイコパスのうち極一部の起こした犯罪を例に挙げ、それを刑罰によってどうにかできると考える時点で導かれる結論は死刑に決まっています
だって教育が何の効果も持たない者に強制できなければ死刑しかないという2択しか選択肢を用意していないんですからね
刑罰の重さを犯罪の一般予防のために用いるなら、その刑罰の重さと犯罪の抑止力の間に明確な相関関係を示さなければならないのに、そこは何の根拠も示さない漠然とした「はずである」で済ませること自体、胡散臭さが充満しています
その臭さはどれだけ強烈でも、自分の家の臭いに気付かないのと同じで、他人が指摘しなければ分からないのでしょう
「お前んち臭くない?」と言われた時にハッと気付くような人ならここまで屁理屈を捏ねることもないのでしょうが…
刑罰の存在意義をもう一度きちんと問い直して見るためにも、刑罰とは誰が何のためにどんな根拠とどんな権限で行うことができるのか考えることが必要です
そうすれば過大評価している「被害者遺族の感情」も違った面から考え直すこともできるでしょう
と、何度も何度もヒントを出し続けていますが、ずれた話ばかりで誰もまともに考えてくれないんですよね
今まで何度も出てきている「社会の安寧秩序を守るため」という刑法の目的を守るのは誰で、それはどういう権限で行っているのか考えてみましょう
それもできないで刑罰の体系とその法的根拠を自分で作ろうなんて烏滸がましいにも程があります

1ヶ月前 No.1960

ザビビのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_keJ

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1ヶ月前 No.1961

ザビビのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_keJ

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1ヶ月前 No.1962

faker ★Android=p7ISKATSWi

>>1961,1962
反論というより言い掛かりですね
既に否定したことを気付かない振りして何度も何度も繰り返すだけ
矛盾することも整合性がとれていると言い張るだけで、結局は説明できない
未遂罪についても答えられないし、この分では故意犯と過失犯の差異も説明できないのでしょう
また破廉恥罪と破廉恥罪以外の罪についても贖罪などというレベルの話を持ち出しているのではまるでお話になりません
そもそも刑罰とは誰が執行するのか理解しているかどうかも怪しいものです
最初の一歩を間違えていることを指摘されても、それを認めることができずに他人の声も聞かずにどんどん間違った道を進むだけ
むしろここまで来たらどこまでその袋小路を突き進むのか見てみたい気もしますね
法を取り扱う人間は高い倫理観を持つ高潔な人格が要求されます
ヤクザの論理を使う人間に法律の体系を創造することはできません

1ヶ月前 No.1963

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

合憲判決は死刑合憲の根拠だよ。最高裁の判例だからね。それは、動かないよ。新しい判例が出ない限り。それはそれ、これはこれで話をしてるんじゃないの。メビリンで批判をしたら、判例が覆るわけではない。

さて、イタリアやフランスで無期刑の囚人が死刑を嘆願した話がでてきた。これは、死刑が必ずしも無期刑より厳しい刑ではないことの証左であり、そのような囚人は、延々と希望のない無期刑の中で苦しんでいるのだという。そういう人もいるだろうな。そのような人には、逆に無期刑の方が、厳しい判決となる。どうして、そのようになるのだろうか。なぜ、死刑の方がましだと思うのだろうか。未来に希望が持てないだけからだろうか。

俺が思うに、自己が自己自身を苛むからではないか。陳腐な言い方をすれば、良心の呵責とかいう奴だね。そんな単純ではないと思うが、やはり、生きている以上、人は何かを考えてしまう。どうして、あの時、殺してしまったのか。殺した相手の人生とは。俺が殺しさえしなければ。何もせず、拘束された状態で、そのようなことを延々と考える。そして、逃れることはできない。自己は自己自身から切り離すことはできないからだ。ある意味、地獄の苦しみであるが、そのような人は、恐らくは、本来は死刑にされるべきではない人間だ。だが、その場合には死刑は救いとなるのである。

だが、しかし、そうでない連中もいる。無期刑など屁でもない連中だ。そういう連中は、死を前にして考えさせる機会を持たせる必要がある。そして、それでもどうしようもない連中もいるだろう。精神錯乱を装って、死刑を逃れようとする奴らだね。恐らく、そのような場合、無期刑は有効ではない。まさに、極刑としての死刑のみが似つかわしい連中なのだ。だが、伝え聞く話だけだが、そんな連中でも、死を目の前にして、結構、まっとうな応対をするらしい。

そう思えば、死刑もあながち、残虐だから廃止すべきと安直に考えるわけにはいかない。むしろ、人として許されない犯罪を犯した人間にとって、どちらに転んでも、むしろ、人間的な刑といえるのではないだろうか。死刑は、真人間に対してなされる、あるいは人を真人間に戻す刑だから。たとえ、残虐であるとしても。いや、むしろ残虐であるからこそ、救いとなるのでないか。

1ヶ月前 No.1964

ゆみ @yumicoco ★M2tM0jQDcH_5qC

私は論理魔さんの「一つ一つ潰していく」というやり方を具体的に聞きたかったので例を出しました。
例が悪かったみたいですが、他の題材でもいいので、何か一つでもいいから教えてください。

1ヶ月前 No.1965

ザビビのふくろう ★ZRGZRP6lC7_keJ

>>1964  ちょっとねさん

また何も知らないやつって誰かに怒られるかもしれないけど、

無期懲役+死刑

というような刑は無理なんですかね?わかります?

殺人の場合、被害者家族も被害者ですよね。
例えば、子供なら扶養される権利があると思うんだけど、それを奪われるから被害者ですよね。

単純すぎる考えかもしれないけど、だから、被害者家族はまさしく法的な被害者でもあると思うんですよ。

普通に言って、財産を奪われるのより大切なものを奪われたんだから。

だから家族に対する罪としても裁判して、たとえば無期懲役にして、殺人に関しては死刑、で、合計

無期懲役+死刑

ってするのはダメなのかな?

これなら、すぐに死刑にしてほしくったって、希望どおりいかないし、いつ死刑になるかわからないし。

1ヶ月前 No.1966

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

そんなの俺に聞かれてもなあ。法的には無知なもんで。でも、それは、家族がいる場合といない場合で刑が違っちゃうから難しそうだ。

ただ、死刑は、すぐに死刑にしないところに、死刑の意味があると俺は思ってる。

1ヶ月前 No.1967

論理魔 @nasinasi ★X5qD4C0FNM_o1k

>>1965

>>ならば人生に価値を無くすような出来事、社会的状況・社会問題を一つ一つ地味に潰して行くしかない。(最後の一文)

社会問題を潰すって書いてある

宮崎もやっぱ、普遍的に問題になっている虐待の被害者だったはず。自身も児童虐待加害者だが被害者でもある

児童虐待問題は、現代でも流行中の社会問題だ
虐待とはバイオレンスの事であり、バイオレンス嗜好に影響をもたらす場合がある

しかし宮崎が子供の頃は、体罰推奨時代でもあった。児童虐待の通報件数が異常に少なく、この時代では児童虐待はたいして防止出来ない

現代は虐待件数の実数の割に、児童虐待の通報件数は多い、現代なら、この時点、幼少期の時点で、宮崎の犯罪の防止が出来ていた可能性もある

宮崎の人生・趣味嗜好を見ると
虐待 → 生来のア○ペ気質・ヲタ気質 → これらの気質への差別からのイジメ被害 → 孤立化 →インドア趣味 →○リ趣味・残虐映像と快楽を結びつけるようになっているという経過を辿っている → 最後に人格の分裂

ある種定番のような経過をたどる

人生の敗者になってくると失うものがなくなり、保身に走れなくなる

イジメも普遍的な社会問題。現代でも流行中の社会問題だ

イジメ被害 → 孤立化 この流れは防止できる。完全には防止できないが、宮崎の子供時代、および今より件数は減らせる
孤立化すると、インドア趣味に走りやすく、自分の価値観の異常性を矯正できない。妄想世界の住人になりやすい為だ

現代みたいにインドア趣味が多数ない時代でもね

こういうのを減らしていくことで犯罪防止にも繋がっていく

道徳観の向上などでも減らせる問題だよね。宮崎を助けるやつがいなかったわけだし

何らかの社会の闇の部分から産まれるのが闇が深い人間であるのは昔からの定番だ

他にもいくつかはあるが、他の問題はいくつか、社会問題と関連する部分もあるが長文化を防ぐため省略し

残りは、宮崎固有の問題となる。固有の問題は失うものを発生させることで防いでいくか個別の対処法が必要になる

まあ初期の初期にあった虐待さえ防げていれば、防げた問題じゃないかな?

1ヶ月前 No.1968

ザビビのふくろう ★ZRGZRP6lC7_keJ

>>1967

>そんなの俺に聞かれてもなあ


いや、それはそれでいいんです。
私だけが無知じゃないってわかったから(笑)

こういう刑が可能なら、死刑になりたい、って無差別殺人する奴に対して抑制効果がある気もするんですけどね。


だいたい大勢の人間を殺害した者に相応な刑罰って、ただの死刑じゃ足りない気がするしな。

1ヶ月前 No.1969

論理魔 @nasinasi ★X5qD4C0FNM_o1k

>やってることが同じならみんな同じなどというのなら、正当防衛や、人質を次々に殺害している引きこもり犯人を警官隊が射殺することも犯罪であることになってしまいます。

正当防衛や緊急避難とは刑罰制度の名前ではない
正当防衛とは「身を守る為」という目的は核になるが、「身を守る為」という目的・条件を満たしただけでは正当防衛・緊急避難は成立しえないよ

「身を守る為という認識」これが妄想や幻覚、思い込みによるものだったら、過剰防衛にすらならず、殺人罪として立件される

防衛のためと言い張り、許容できない執拗な攻撃をしてないか?と言う事を意味する「必要最小限(妥当性)」という条件もついている。緊急性も

植松も「高尚な目的」があったようだ、植松からすれば高尚な目的だ。しかし認められる事はない。妄想に過ぎない為だ

いくつかの条件を満たして、初めて、正当防衛が肯定されるし、成立する

警官の犯人射殺も同じだ、目的以外にも警官の犯人射殺が容認されるためには、条件がいくつかある

ゆえに正当防衛のように「目的以外の条件」も満たそうと何度も指摘している
正当防衛のように死刑を正当化出来るレベルに至るまで満たそう

「目的」という条件だけを満たして残虐ではないと言ってもあまり意味がない

正当防衛や、緊急避難が成立するケースの場合

「殺 さなければ、殺 される」
「殺 さなければ、死 ぬ」
「殺 さなければ、誰かが殺 される」
というトンデモない高い高いハードル(条件)が存在している。
この条件をクリアせずに、殺害したら、過剰防衛か、殺人罪だ

これは36条の「絶対」という言葉に相当するような高いハードルの条件に似ている
正当防衛や緊急避難を例に出すなら、この高いハードルを超えた上で
つまり、残虐性評価に厳しい制約をつけた上で残虐性を判断すべきではないのかな?

1ヶ月前 No.1970

faker ★Android=p7ISKATSWi

無期懲役+死刑www
どこまでその袋小路を突き進むのか見てみたいと書いたけど、本当に突き進むとはw
「オレ、新しい必殺技考えた!右ストレートと左フックを同時に出すスゲー威力の技!」なんていう○○○レベルの発言は記録しておくべきですねw
一応、気を使って伏せ字にしておきましたよw

1ヶ月前 No.1971

論理魔 @nasinasi ★X5qD4C0FNM_o1k

>>1964

>だが、しかし、そうでない連中もいる。無期刑など屁でもない連中だ。そういう連中は、死を前にして考えさせる機会を持たせる必要がある。そして、それでもどうしようもない連中もいるだろう。精神錯乱を装って、死刑を逃れようとする奴らだね。恐らく、そのような場合、無期刑は有効ではない。まさに、極刑としての死刑のみが似つかわしい連中なのだ。だが、伝え聞く話だけだが、そんな連中でも、死を目の前にして、結構、まっとうな応対をするらしい。

>そう思えば、死刑もあながち、残虐だから廃止すべきと安直に考えるわけにはいかない。むしろ、人として許されない犯罪を犯した人間にとって、どちらに転んでも、むしろ、人間的な刑といえるのではないだろうか。死刑は、真人間に対してなされる、あるいは人を真人間に戻す刑だから。たとえ、残虐であるとしても。いや、むしろ残虐であるからこそ、救いとなるのでないか。

「人間的な刑」という言葉が出てきた。実は道徳の話しをしていないか?

・悪いことをしたやつを殺 してお仕置きする
・悪いことをしたやつを苦 しめてから殺 す

この2つは、道徳的な行いであると考えていないだろうか?

仮に考えているとしたら、この道徳観の正しさを補強する論理が作れるかな?

1ヶ月前 No.1972

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

うん、そういう話ではない。刑の有様の話だ。分かりそうなもんだがな。ま、しかたがない。

1ヶ月前 No.1973

論理魔 @nasinasi ★X5qD4C0FNM_o1k

銃社会、アメリカを代表とする、犯罪多発地帯型銃社会では
警官がバンバン犯人を射殺しているイメージがあるわけだが

正当防衛や緊急避難とは、実はトンデモなく高いハードルを持っている
そのハードルを飛び越えなければ、犯人の射殺は行えない。行ったら殺人罪や、過剰防衛、もしくは警官専用の法律で犯罪者として裁かれる事になる

犯罪多発地帯型銃社会だから、トンデモなく高いハードルを軽々飛び越えているように見えているだけで
実は、トンデモなく高いハードルを超えた上で射殺しているということになる

別の言い方をすれば、トンデモなく高いハードルを超えた上でなら、殺 していいとする

アメリカに限らず、36条のある日本でも同じ事だ
緊急避難や、正当防衛は「36条の残虐性禁止」より上位の概念があるため、肯定される

生命の危機 と 生命の危機の構図で36条を突破する
この構図は、「36条の残虐性禁止」より優先順位で上位に当たる概念

生命権は、国民だけではなく公務員にも当然、存在している人権だ

「生命の危機が発生したら死 んでくれ」という法律は作る事は出来ない
一方「生命の危機が発生していないのに殺害する法律が死刑制度だ」

トンデモなく高いハードルを飛び越えずに、残虐性評価を「目的」だけをクリアする事で、残虐ではないと言い張る事は無理がある

死刑を贖罪刑罰論で、甘い残虐性評価基準で残虐性なしと肯定する論理と
正当防衛や緊急避難が成立する条件は「条件の甘さ」という意味で全く異質のものだ

緊急避難・正当防衛が成立する条件というのは、どの角度から見ても、批判が困難。

一方、ふくろうの残虐性評価基準は、正当防衛や緊急避難が成立する条件の厳しさと比べると、簡単に批判できるモノであって、残虐性評価の基準(目的)が甘すぎると言わざるを得ない。

正当防衛や緊急避難を例にあげるならば正当防衛や緊急避難が成立する条件の厳しさと同レベルの鎖を自らに課さなければならないだろう
そのレベルの論理の作成は不可能だろうがね

1ヶ月前 No.1974

論理魔 @nasinasi ★X5qD4C0FNM_o1k

>>1973

>うん、そういう話ではない。刑の有様の話だ。分かりそうなもんだがな。ま、しかたがない。

刑の有様の話しとは、道徳的な話に行き着く話しなんじゃないの?何の話しをしているの?

例えばさ「その刑の意味はなに?」と問われたとしたら

道徳的観点で返信するしかないと思うんだが?

1ヶ月前 No.1975

ザビビのふくろう ★ZRGZRP6lC7_keJ

>>1970

困るんだよね。
>>1961,1962 に結構大事なことをまとめて書いたのにフィルタがかかって、きみ読んでないでしょ?
意図的ではないにせよ、勘違いもはなはだしいんだよ。

またフィルタがかかるかもしれんが、関係する部分を引用する。

>>目的の有無」を根拠にできてしまうなら、公務員は「加虐目的ではなく教育目的で拷問した」だって、許されることになりますよ?


>私の定義では、目的のために不必要な、苦痛を与えたり肉体に損傷を与えたりすることは残虐であることになります。残虐な刑罰の定義Aをみてください。

>わかりやすく言うと、加虐か否かを分ける基準としては、

 >(正当な)目的を実現するための方法・手段としてそれは不可欠か、
>ということが問題です。

>たとえば、手術は肉体に損傷を与えます。しかし、それを残虐な行為などと言いません。なぜか考えたらわかりませんか?

>イジメねえ…やれやれ。

>こういう程度の低い反論にもならないいちゃもんは、ゲンナリします。

>相手の言っていることを理解しようとするんじゃなくて、何とかケチをつけようと必死なんですね。

>前に、絞首刑が違憲だと個人的に考える理由について次のように述べたでしょ。

>>私は単に裁判所は「判断を誤っている」と思います。

>>個人的根拠としては、現在は、死刑の目的である死に至らしめることから鑑みて、絞首刑以外に、より苦痛の少なく、身体への損傷を与えない方法があると思うし、見た目もより残虐でない方法が存在すると考えるからです。絞首刑は目的に「不必要な」苦痛を与える方法であると思うから、とも言えるでしょう。


>ついでに付け加えておくと、この「不可欠性」は、ある程度の客観性が要求されます。

>48年の合憲判決当時、絞首刑が死刑の方法としては、他の方法と比して苦痛の少ない方法であることが法医学的に認められていました。

>教育のために拷問が必要であると認める裁判官はいないでしょう。

1ヶ月前 No.1976

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

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1ヶ月前 No.1977

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>1975

なんと、フィルタされてしまった。

道徳の話をしているのではない。精神の話をしているのである。貴方は、道徳という言葉でいったい何をいおうとしているのか。

また、フィルタされたりして。

1ヶ月前 No.1978

faker ★Android=p7ISKATSWi

とうとう精神世界の話にまで逝っちゃいましたかw
法律に倫理や道徳を持ち込むところまでは分かるけど、精神とか宗教とかスピリチュアルな話はスレ違いだと思います
新たにスレを立てたらどうでしょう?

1ヶ月前 No.1979

論理魔 @nasinasi ★X5qD4C0FNM_o1k

ああ、言い忘れたが、道徳論、それ自体は問題ないよ

刑罰と関連する問題だ

法律や刑罰から正義が切り離せないのと同様に
正義からは道徳論の話しを切り離す事は出来ない

問題は道徳論の性質や、質

>>1976

ありがとう

>(正当な)目的を実現するための方法・手段としてそれは不可欠か、

>ということが問題です。

>たとえば、手術は肉体に損傷を与えます。しかし、それを残虐な行為などと言いません。なぜか考えたらわかりませんか?

医療のための人体破壊。患部を治すための破壊行為を手術と呼ぶ
「治す為」という行為は大きな正当性を持つ為、破壊が肯定される、また破壊行為であるため、同意書も必要となるが、死刑とは、「殺 すために殺 している」行為で、同意書もないよね

贖罪が目的だっけ?ならば、贖罪のために殺 すために殺 している。

オペのように「治すために破壊する」以上の正当性がそこにあるのだろうか?という新たな問題が浮上してくる

あと最大の問題は
「つぐなう」「贖罪」という概念は当然、道徳論だよね?道徳哲学。もちろん道徳的哲学
深い道徳的考察・深い道徳的哲学を抜きに「つぐなう」「贖罪」という、よくわかんない謎の概念を無批判で、肯定し、死刑の「核」にしている状況に問題を感じないかな?

ちょっと道徳的考察・深い道徳的哲学に触れた可能性はあるかもしれないが、
深い道徳的考察・深い道徳的哲学にはなっていないよね?

1ヶ月前 No.1980

faker ★Android=p7ISKATSWi

>>1974
論理魔さんは優しいなぁ

>正当防衛や緊急避難を例にあげるならば正当防衛や緊急避難が成立する条件の厳しさと同レベルの鎖を自らに課さなければならないだろう

>そのレベルの論理の作成は不可能だろうがね

「そのレベルの論理の作成は不可能」だと分かっているからといって、なにもそこまで甘くすることはないんじゃないですか?
「正当防衛や緊急避難が成立する条件の厳しさと同レベルの鎖を自らに課さなければならないだろう」というのはいくらなんでも甘すぎます
個人対個人の場合の正当防衛は、正対不正であるから厳しい条件付きで認められます
緊急避難は正対正の対立だから更に厳しい条件が科せられます
これはあくまでも個人対個人の話です
国家対個人の刑事裁判であれば、法益の侵害といっても今まさにその侵害が行われている場面ではないので、そもそも緊急性がありません
刑の目的を考えても他に代替方法がないわけでもありません
そんな中で死刑でなければならない理由はないし、現にこのスレでも2000レス近くになってもまだ誰もその理由を提示できずにいて、理由が言えないからぐだぐだと屁理屈を並べるだけではないですか
そろそろ論理魔さんにビシッと言ってスレを締めてもらいたいものです

1ヶ月前 No.1981

faker ★Android=p7ISKATSWi

贖罪贖罪と意味も分からず勝手気儘な自分定義で話を進めているけれど、贖罪に対する刑罰は贖刑といい、制限行為能力者(つまり、法律行為を一人でできない老人や子供やちょっとアレな人とかですね)や特定の身分の人に対して、換刑として認められるものですね
贖刑とは死刑や懲役刑を逃れるために財産刑にしてもらうことと言えば分かりやすいでしょうか
だから贖に反省の気持ちがあるかないかなんて関係ありません
むしろ潔く罰を受けるのではなく、身代わりを立てる訳ですから、金さえあれば何でもやっていいということにもなりかねません
そういう基本的なことも知らずに贖罪に過大な期待を寄せる人は贖罪に何を求めているのでしょうね

1ヶ月前 No.1982

faker ★Android=p7ISKATSWi

医者が手術をするために肉体にメスを入れるのは、正当業務です
正当業務の説明もしたはずだけど都合の悪いことは見えない都合のいい目を持っているのでしょうね
刑法は犯罪類型に該当する行為を規定してそれぞれに罰則を定めてはいるけれど、犯罪類型に該当すれば即罰則を与えるという風にはなっていません
犯罪類型に該当しかつ違法性と有責性があるものに罰則が与えられることになっています
そして違法性が阻却されるものとして、正当防衛や正当業務が規定されています
って、これは何度も書きましたよね?
まだ理解できないのかなぁ
それともこれを理解すると「論理」とやらが崩れてしまうから見えない振りかな?

1ヶ月前 No.1983

wham! ★0Jk5kcCA8E_Ew9

>>1937  ちょっとねさん
「死刑は必要」と「残虐な死刑が必要」というのが憲法を含めた今の日本社会としての境界線ちゃうかな?
つまり日本社会は「死刑は必要」には賛成するけど、「残虐な死刑が必要」には賛成せえへん
おっちゃんは個人的には残虐な死刑方法に反対やなあ


>>1942  論理魔さん
「死刑の存否は民主主義的判断に向かへん」という理屈はよくわからんわ
こういう人権の話こそ国民の意見を尊重すべきやろ
だから死刑の存否こそ国民の意見を取り入れるべきやと思うわ
人権と関係ない消費税増税の話とかは世論を無視して長期的な視点で選挙を気にせず断行すればええけど、
人権が絡む話に国民の意思を反映させへんのは間違いやと思う
「世論無視の死刑廃止論」は論理的に破綻してると思うなあ


>>1943  ゆみさん
解釈に間違いも何もないで
おっちゃんの解釈とゆみさんの解釈が違うってだけやし、
どっちが正しいかなんて誰にもわからん


>>1944  fakerさん
「倫理.道徳.宗教には凶悪犯罪抑止の効果がある」という考えはちょっと古ないか?
おっちゃんは凶悪事件発生の要因を犯人の資質にもとめるから、
その観点から言えば、
倫理.道徳.宗教の欠如というのは表面的なことであって、
本質的な犯罪発生要因はあくまで犯人の資質やと思うなあ

1ヶ月前 No.1984

wham! ★qh96bd6kZL_Ew9

>>1936  ふんにゃさんおかえり

>死ぬ勇気がないから死刑にしてもらおう

>死刑を確実にしたいなら、3人以上はころしておきたい。

>死刑があるから起こる凶悪犯罪、と言っていい。


「死刑があるから起こる凶悪犯罪」っちゅう仮説はやっぱり納得できへんなあ
死刑が無かってもやつらは凶悪犯罪起こすやろ、とおっちゃんなんかは思う
死刑が無かったらやつらは凶悪犯罪を起こさんかったとほんまに思うん?
やつらはそう言ってるけどそれってほんまやと思うん?
死刑が無かったらどうなってたかを確かめる術は無いけどおっちゃんはこの仮説には納得できへんわ

1ヶ月前 No.1985

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

死に関連する話をする場合には、精神の話は欠かせない。道徳の前段階の話だ。場合によっては、非道徳的な話になるだろうし、逆に、なぜ、死刑は否定されなければならないかという話にもなりうる。罪がどうして罪なのかについても、精神の話が欠かせない。俺が書いている内容はそうとう非道徳的だと思うよ。死刑が救いだと書いているのだから。







1ヶ月前 No.1986

faker ★Android=p7ISKATSWi

なんか自分に酔ってない?
ちょっと宗教っぽい話はスレ違いだと思うし勘弁してほしいものです

1ヶ月前 No.1987

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>1984

「おっちゃんは個人的には残虐な死刑方法に反対やなあ」

それは、それでいいんじゃないかな。俺は、死刑が死刑たるためには、死刑が残虐性を内包している必要があると思う。

1ヶ月前 No.1988

ザビビのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_keJ

>>1980
おや、フィルタのレスを読めるようになったの?
だったら、最低でも次を読んで。

>>1778,1840,1888,1948,1961

補足しておく。

現代法体系は、日本もそうだと思うが、基本は違法性を法益侵害と捉え、それに対する応報として刑罰を法益剥奪として捉えているようだ。
これは同害報復の論理と本質的に異なるものだ。
これを次のようにあらわすとしよう。
現代の法体系の論理= 法益応報の論理
これは、完全に法的に規定されたもので、それ自体独立した体系だ。
つまり、たとえば道徳規範に依存しているわけではない。
しかし、上の >>1888 にも書いたが、例えば裁判規範は行為規範でもあり、それは道徳的意義と本質的に結びついているのも確かだ。
その点で、法規範は、単なるゲームの恣意的ルールとは根本的に異なる。
私の贖罪刑罰論は、法体系をシンタクスとしてとらえ、それに倫理的意義を解釈する意味論的体系、すなわち道徳的セマンティクスを目指したもの。
後で補足のレスを書く予定だが、この法の意味論である贖罪刑罰論は、刑罰の本質を、「復讐」でも「懲罰」でもなく「償い」「贖罪」として捉えるものであり、法の哲学的解釈学を意図している。

>深い道徳的考察・深い道徳的哲学を抜きに「つぐなう」「贖罪」という、よくわかんない謎の概念を無批判で、肯定し、死刑の「核」にしている状況に問題を感じないかな?


感じない。深いとまでは言わないけれども、それなりに考えて選んでいる。
君も、せめてコトバンクやWikiで意味をきちんと調べてくれ。
他の人の言うことを鵜呑みにしないでほしい。
ちなみに、「贖罪寄付」というのが現在あり、それとも別に齟齬はないと思うよ。

上のレスで述べたように、法益応報の論理は同害報復の論理と異なり、
実害応報ではない。
実害を法益(権利)侵害へと置換しての応報であって、その意味で代理だ。
より強調すれば「代理にすぎない」。
例えば、ピアニストの腕にけがをさせて、ピアニストとしての未来を奪ってしまったなら、
どんなに償おうとしても、もう取返しがつかないのであり、その意味では真の償いにはなりえない。
その意味で、何を償い行為として行ったところで、それは「真の償い」の「代理行為にすぎない」。
その意味が、ただの「償い」だけではなく、「贖う」「贖罪」という意味と結びつくと考えた。
直観的にも少なくとも自分的には違和感がないし、辞書でいろんな例文を見たが、ずれはほぼないと判断した。

きみがそれでも不適切であると言うなら、きちんと根拠を述べて批判してくれ。
だったら私だってそこから学びうる。
単なるレッテル貼りとか、曲解では何にも学ぶことができない。

1ヶ月前 No.1989

ザビビのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_keJ

>Mobiusさん、ちょっとねさん、論理魔くん


同害報復っていうのは、ある意味きわめて自然で、ちょっとねさんが言うのとは違った意味で、きわめて人間的な感情であると思います。
しかし、私は近代民主主義国家は、本質的にいわゆる「目には目を」の同害報復と相容れないと思います。
というのも、同害報復の論理はあくまで国民vs国民のレヴェルのいわば水平の応報であって、これを離脱して、国民vs国家の垂直の関係の論理に従うことが、近代民主主義国家の本質であると考えるからです。

そして、このとき身体刑こそが排除されるべきものになると思います。
身体刑は、Mobiusさんが指摘したように、イコール復讐とは言えないかもしれませんが、
それは復讐または懲罰であり、後者はいわば国民全員による報復(リンチ)の代行です。
いわば国民全員に代わってお仕置きする、ってことだと思うんです。
そこにある残虐さは、国民の加虐感情に基づいているんじゃないでしょうか?
したがって、これは本質的に水平の論理であると考えます。

正直、懲罰についての考察はまだ不十分であると思いますが、
垂直の論理では、あくまで法の論理で裁かねばなりません。
そして、それが私見では贖罪の論理・償いの論理ということになります。
つまり、法を犯した罪人に対して、罰を科すことは、権利(法益)の侵害を受けた人に対して、償わせること、すなわち具体的にはその損失法益を補填させること、返すことがまずは第一条件となります。
殺人罪の場合は返す相手が存在しなくなるため、「返す」ことができないので「差し出させる」と表現していますが、本来的には「返させる」ということです。

水平応報:国民vs国民の応報:同害報復・懲罰⇒加虐
垂直応報:国民vs国家の応報:償い・贖罪

1ヶ月前 No.1990

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

スレも2000に近づいてきましたが、ちょっとここで【贖罪】という言葉について再確認です。
既に >>1712 でfakerさんが説明されているのが本来の意味です。

辞書も確認しましょう。

【贖罪】
@お金や金品を出して罪を許してもらうこと
A(神への罪から救うために)キリストが、全人類に代わって十字架にかかって死んだこと。

教会での懺悔のような気持ちを含んだ罪の償いのような意味で使っている人が多い印象ですけど、これって小説とかの影響も受けているのではないかと個人的には思っています。

湊かなえの小説に「贖罪」ってありますよね?
そのものズバリのタイトルですが、内容は皆さんがイメージするものに近いのではないでしょうか。

《あらすじ》
15年前、静かな田舎町でひとりの女児が殺害された。直前まで一緒に遊んでいた四人の女の子は、犯人と思われる男と言葉を交わしていたものの、なぜか顔が思い出せず、事件は迷宮入りとなる。娘を喪った母親は彼女たちに言った──あなたたちを絶対に許さない。必ず犯人を見つけなさい。それができないのなら、わたしが納得できる償いをしなさい、と。十字架を背負わされたまま成長した四人に降りかかる、悲劇の連鎖の結末は!?
(amazonより)

こうしたことからも「贖罪」という言葉への誤解が生まれるような気がしました。

1ヶ月前 No.1991

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

>>1990

36条の「残虐な刑罰」の英語ってcruel punishmentで、31条の刑罰の英語はcriminal penaltyってなってるんだよね。死刑はdeath penaltyだから後者に含まれるが、同じ意味の極刑はcapital punishmentでpunishmentになるらしい。だから、実は微妙な部分があるんだが、36条が「残虐な懲罰」と訳されていれば、36条根拠の死刑廃止論は成立しなかったと思う。言葉が違ってるから。36条の位置付けからすると、懲罰と訳した方が本来的な意味になりそうだ。死刑だともう、その後の人生はないから、punish「懲らしめる」の意味より、penalty「報い」の意の方が濃いからね。なんで、英語が違うのに、日本語が同じになっているのか。ま、色々、諸事情があったんだろう。

1ヶ月前 No.1992

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

>>1962  ふくろうさん

>私の定義では、目的のために不必要な、苦痛を与えたり肉体に損傷を与えたりすることは残虐であることになります。残虐な刑罰の定義Aをみてください。

「私の定義」の根拠はなんですか?
「目的の為に不必要」「目的のために必要」、これを分けて正当化する考えはなにを根拠にしたのでしょうか?
頭の中で勝手に定義づけしたり解釈したりするのは結構ですけど、その根拠は必要ですよ。


>やってることは同じなのに、正当防衛は違法性が阻却されて違法でなかったり、人質を次々に殺害している犯人を警官隊が射殺することが違法にならないこと、これをどう説明するんです?

「ちゃんと説明してください」とおっしゃいますが、これについても既出です。
「公共の福祉」がその根拠であると何度も説明されていたはずですけど。

また、fakerさんの投稿を読んでいないとのことなので再掲させていただきます。


>緊急避難や正当防衛には更に、「緊急性」という条件と「他に手段がない」という条件と「必要最小限」という条件がついています

>公共の福祉による制限が基本的人権に由来するものである以上、緊急避難や正当防衛と同等の条件を求められるのは当然です

>当然ですと言ってもここでもまた根拠を示せという人がいるでしょうから書きますが、それが一元的内在制約説なんです

>ですから逮捕・起訴されて拘束されている状態の被告人に対して他の基本的人権が侵害される「緊急性」もなければ、刑罰には死刑以外にも懲役や禁固といった刑罰という「他の手段」がありますから、刑罰の目的を遂行するための「必要最小限」のものを選べばいいということになります

>この三つの条件から死刑は排除されるわけですよね


(ふくろうさんの質問)
>だったら、なぜ、正当防衛の殺人や、人質犯人救出のためのSATによる射殺は法的に許されるんですか?

(fakerさんの回答と質問)
>え?「射殺は法的に許される」???
>もしかして日本は法改正して法的に射殺が許されるようになっていたんですか?
>それとも日本ではないどこか他の国の話ですか?
>SATって日本のSATの話じゃないならそう書かないとみんな誤解しますよ
>そういうミスリードは感心しません
>射殺が法的に許されるSATとは何を意味しているんですか?

(ふくろうさんの指摘)
>それどころか上に述べた外科手術だって明らかに肉体に損傷を与えますが、残虐な行為とは言いません。
これらが許されるのはなぜか、ちゃんと説明してください。

これもfakerさんが既に説明しておられますが、正当業務行為だからです。

格闘技の試合や医師の手術はこれに該当します。


【正当行為】
刑法上の違法性阻却事由の1つとして理解される(刑法35条)。すなわち形式的には犯罪類型としての構成要件に該当する行為のうち、法令上認められている行為と、業務として正当と認められる行為(正当業務行為)をいう。

法令による行為の代表例としては、刑事訴訟法に基づいてする逮捕などがあり、法令に規定された行為は、いっけん犯罪の構成要件該当性を否定すると言う趣旨である[1]。正当業務行為としては、医師の行う手術、スポーツに係る行為など、法令に規定は無いが、行為の本旨に違法性を欠くものであり、具体的には主として判例法により判断される。


正当行為の例はウィキにも載ってますから、確認してください。

1ヶ月前 No.1993

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

>>1989  ふくろうさん

>現代法体系は、日本もそうだと思うが、基本は違法性を法益侵害と捉え、それに対する応報として刑罰を法益剥奪として捉えているようだ。
>これは同害報復の論理と本質的に異なるものだ。
>これを次のようにあらわすとしよう。
>現代の法体系の論理= 法益応報の論理
>これは、完全に法的に規定されたもので、それ自体独立した体系だ。


法律に詳しくないから保留と言われてましたけど、「未遂」の例では「法益に置換した法益応報」では説明がつきませんよね?

だったら、その点で矛盾のない説明ができるまではこの論理自体「措いて」おくべきではないですか?

1ヶ月前 No.1994

faker ★Android=p7ISKATSWi

もう何を言っても聞く耳を持たない頑固親父みたいになってますね
しかも既に否定されていることを、理屈を捏ねればまだどうにかなると思っているようです
そんな記号トリオの皆さんに素敵な御提案を用意しました
人権による死刑廃止論がどうたらこうたら考えるなら、まず最初に明確にしなければならないのはその権限の源泉とその権限を行使する主体のことですよね
「今あるお金でハーゲンダッツが買えるのか、それともガリガリ君しか買えないのか」を議論する前に、その「今あるお金」って誰のお金?そのお金を使っていいの?使っていいとして誰が使っていいの?使っていいと言われた人はいくらまで使っていいの?という問題をクリアしないと、店の中でどれを買うかで言い争っても意味がありません
まずは、死刑にしろ他の刑にしろ、その刑罰で国民の権利をどこまで制限できるかの話の前に誰がどういう権限でできるのかを考えないと、できるかできないか分からないのに、死刑までできるとか、いや、しけいはできないとか話しても意味がありません
そこが分かってないから、「死刑廃止は民主主義の要請」という話を忘れて人権の前に神を重視して死刑を行う国が身体刑の例に出てきても何の違和感もなく受け入れられるんでしょう?
森の中でさ迷っているうちに、既に通った道を何度も通っていることにすら気付いていませんよ
まずは自分の位置を確認して俯瞰しましょう

1ヶ月前 No.1995

faker ★Android=p7ISKATSWi

penaltyとpunishmentの違いに悩んでいる人がいるようですが、どちらもラテン語のpoenaを語源とする言葉でほとんど同じ意味です

ほとんどとはいってもニュアンスは違います

どう違うかというと、penaltyの法は法令やルールブックに「○○したら□□の罰に処する」というように前もってきちんと書いてあるようなものがpenaltというイメージです

「宿題を忘れた?毎回毎回あなたって人は…それでは今回は○○しなさい」のように、その場に応じてよく考えて罰を与えるものにはpunishmentという感じですね

この二つを言葉の違いから「罰」の意味の違いを解き起こそうというのは、あまり有益ではないように思われます

1ヶ月前 No.1996

faker ★Android=p7ISKATSWi

>>1991
贖罪の説明をするとよくその湊かなえの『贖罪』を出してきて反論する人がいますね
反論といっても『贖罪』ではこういう使い方だから罪を悔いて償うことだと思い込んでいたという程度の反論ですけど
小説のタイトルが本当の贖罪の意味が分かっていたら、その小説の内容に対するタイトルの意味も変わってくるかもしれませんね

1ヶ月前 No.1997

faker ★Android=p7ISKATSWi

さて、最後に大きな置き土産です

日本の刑法で最も犯罪らしいものといえば、それは第何条の何という罪でしょうか?

これを知っていれば、贖罪だとか同害応報とか、そんなものを使った刑罰の理解が幼稚なことだとすぐに分かるはずです

1ヶ月前 No.1998

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

【犯罪(再犯)予防について】

サイコパスを考慮しない「教育」「犯罪(再犯)予防」という点に絞って書きます。

平常心での人間が犯罪を思いとどまるのはどういう時か?を考えると、大きくわけて4つ。

@その行為自体への生理的嫌悪感を感じた時(快・不快の天秤)
Aその行為自体が危険だと認識した時(安全・危険の天秤)
Bその行為に見合わないと感じる過分な罰を受けることを恐れている場合(損・得の天秤)
C人や物を大切に思う気持ち、人や動物の心や身体の痛みへの想像力が働いた時(善・悪の天秤)

番号の若い順で本能に近い判断ということが言えますね。

これらの天秤の優先順位とどちらにどれくらい傾くかのバランスが、踏みとどまるか一線を超える分かれ目だと思うのですが、この場合の価値判断は体験や学びからくる人格や知性や道徳観などの違いによって分かれるのだろうと思います。

つまり、幼少期からの養育環境や人間関係の影響を多分に受けることは間違いないでしょう。

【マズローの五段階欲求】
1.自己実現欲求
2.承認欲求
3.社会的欲求
4.安全欲求
5.生理的欲求

こちらは下にいくほど本能に近く、まず5番目が満たされて初めて「生命維持」に繋がるわけです。
生まれたばかりの赤ちゃんの欲求はほぼこれ。

成長するに従い欲求のレベルが上がっていくわけで、凶悪犯罪を犯した人物の過去を紐解くと、大抵これらの欲求が低いレベルでも満たされていなかったケースがよくみられます。

既にこのスレの中でも出てきた言葉だと思いますが、「衣食足りて礼節を知る」といいますよね。

もちろん、劣悪な環境で育っても強く逞しく生きている人はいますが、「運」の作用も大きいでしょう。
また、努力論や自己責任論は、犯罪抑止の話とはズレますのでここまでにします。


また、この天秤は「平常心」であれば正しく機能するでしょうが、短期的長期的を問わず、緊急時、危険が迫っている時、精神的に追い詰められている時には正常に機能しません。


凶悪犯罪の原因が仮に精神★病★質によるものなのであれば、犯罪予防は「治療」という観点での話になるのであって、「刑罰(死刑)」自体にその機能を求めるのは無理があるでしょう。

1ヶ月前 No.1999

maco @maco7 ★s3dqmEvCVz_gaI

さて、

Bを重視して育った場合はCの視点での学びが少ない為、人の心と身体の痛みを想像することが苦手です。
例えば、体罰を受けまくったりネグレクトに遭うと、親の顔色を伺うことを覚え、良いこと悪いことの基準が「自分の損得や身の安全」に置き換わりがちです。

そうなると、「自分を守るための嘘」をつくようになったりも。

自分が受けた「肉体や心の傷」を回復することができないままこじらせ、その傷や痛みが大きく深くなってしまうと、この傾向はより強まります。


具体的に「どうすれば防げる(防げた?)」の問いに答えるなら、「他者の心や身体の痛みを感じられる心をつくることができる学びの機会や環境(家庭も社会も)を整えること」でしょうね。

それは、実際に過ちを犯してしまった場合の「心からの反省」や「謝罪」ができるためにも必要なことだと思います。


また、それらは主体的・自発的に表してこそ価値があるもので、誰かに(特に国家に)強制されてするようなものであっては意味が無いでしょう。

存置派の方は、刑罰に多くの機能や効果を求めすぎなのでは?

遺族の心の回復にしても、犯罪者の更生教育にしても犯罪抑止にしても、別のアプローチで専門的に取り組むことを考える問題だと思うんですけどね。

fakerさんが >>1960 に書いておられるように

>刑罰の存在意義をもう一度きちんと問い直して見るためにも、刑罰とは誰が何のためにどんな根拠とどんな権限で行うことができるのか考えることが必要です
>そうすれば過大評価している「被害者遺族の感情」も違った面から考え直すこともできるでしょう

これが必要だと思います。


というわけで、fakerさんの >>1995 、1998を考えてみましょう。

1ヶ月前 No.2000
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レスが2000件を超えました。
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