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宗教について

 ( 議論掲示板 )
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ゆみ @yumicoco ★rdsPzrQVhs_qTF

私は宗教を否定しています。なぜなら、人から教えを乞うこと・教えという名の規律やルールに沿った生き方をしなければならないことが嫌いだからです。それだけでなく、毎年神社で「金持ちにしてください」と祈っても神様はその願いを聞き入れてくれていません。冗談はさておき、宗教とは、何を軸にして生きていったらいいのかという、自分のものさしがない、またはわからない人が信仰しているようにしか思えません。それが悪いことだとは思いませんが、そもそも自分のものさしなんて足りなくても生きていけると思っています。太古の昔だったら科学もまだ発達していないので、洪水や気象現象に怯え、これは神が怒ったからだと思う気持ちもわからなくないですが、現代人でそんな風に思う人はいないでしょう。つまりこの世に宗教など不要だと思います。

メモ2018/02/26 00:43 : ゆみ @yumicoco★M2tM0jQDcH_0Fn

一つ大事なことを言い忘れていました。


宗教を肯定される方に安心して意見を書き込んでいただくために一つルールを設けます。


なぜ宗教を肯定するのか、は、その人にとってかけがえのない大事な感性であったりしますよね。


なので、その大事な感性をぶち壊しにしないように反論をしていくつもりです。


あくまで論理的に話したいと思っています。


論理的追求を受けること自体がいやだと思われる方は、書き込まなくていいです。


ほかの参加者の皆さんも、「相手の感性を壊すような言い回しはしない」ということを


注意して書き込んでくださるようお願いします。


また、宗教に関することならなんでも話し合いましょう!どしどし書き込んでください!

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★Android=tS41nh4Ux5

>>833

>レッテル張りなんかされたら、普通に怒ると思いますよ。

レッテルを貼ることが目的化されている相手なら、相手は議論するつもりがありません。
相手を、議論できるものではないとレッテルを貼るなら
レッテルを貼ることが目的化されているので
自分から議論することをやめたということになります。
また、怒るのであれば、ゆみさんの議論の基本であるとした感情的にならないことをおかしたのは
普通に怒る側、つまり議論することをやめた側です。


視点を変えて、相手がレッテルを貼ることを目的としているかどうかはわかりません。
つまり、議論できる相手ではないとレッテルを張らないなら
どんな形でも議論は可能です。

例えば、私が男性で女性好きでも、アメリカでピンクの服をきていたり
ジーパンを腰で履いたりしていると、ゲイだと言われるでしょう。
なぜ、ピンクで腰パンがゲイなのか。
それを追求したいと思えば議論できます。

>「いや、俺は女性が好きなんですけど」って言っても「いいやお前は男が好きだ」とか言われたら、


言葉による表明が相手に通じないということは
それ以上の何かがあると言うことです。
それを追求したいと思えば議論できます。
追求したいと思えないのは、誰でしょうか?
議論を諦める者です。

マナー、空気を読む、相手に配慮する、社会においてはすべて必要だと認めると同時に
議論そのものには依存しないとも考えます。

1ヶ月前 No.835

ゆみ @yumicoco ★M2tM0jQDcH_0Fn

dさんへ

 >言葉による表明が相手に通じないということは
 >それ以上の何かがあると言うことです。
 >それを追求したいと思えば議論できます。
 >追求したいと思えないのは、誰でしょうか?
 >議論を諦める者です。

 >言葉による表明が相手に通じないということは、それ以上の何かがある。

 ふむふむ…まぁ何かあるんでしょうねぇ。

 >それを追求したいと思えば議論できます。

 んん?追求したいのは、「なぜ男は女が好きなのか」もしくは「なぜ男が好きな男がいるのか」なのであって、
 「あなたはなぜゲイに見えるのか」ではないはずですよね。

 そもそも本人がゲイではない、と表明している時点でノーマルな男性のデメリットを挙げていけば議論になるのに、
 いや、お前ゲイだろ。って言ってたら議論どころかそもそものスタンス分けの段階で、他人が口を挟んでいることに
 なります。

 私の思う議論というのはある一つのテーマに対する否定論者と肯定論者がいて成り立ちます。
 そして、そのスタンス分けの段階で横やりが入ると議論とは呼べなくなります。

 ここでは宗教に対しての否定論者と肯定論者がいる訳ですが、
 「ゆみは宗教の肯定論者である」という意見は否定いたしました。

 なぜならば、ここでの議論は「なぜゆみが宗教の肯定論者に見えるか」がテーマではないからです。

 宗教という存在について否定する人がいたり肯定する人がいてここでの議論が成立します。

 それを「ゆみがなぜ宗教の肯定論者に見えたか」をテーマにすることは、この掲示板を私的に使っていることにもなります。

 それは、そもそも一般的に許されない掲示板の使い方だと思っていました。

 もしdさんの言う目的を達成するなら、「どうして私、宗教の肯定論者に見えちゃったんだろう」という悩み相談掲示板に
 それを書き込んだ方が早いです。

 ここは議論掲示板なので、宗教をテーマに否定と肯定とで議論したかった、それが目的であるというだけの話です。

1ヶ月前 No.836

ゆみ @yumicoco ★M2tM0jQDcH_0Fn

dさんへ〜補足〜

 議論って参加するときに、「自分は肯定派だな」とか「自分は否定派だな」と決めてから、
 意見を書き込むものなのではないでしょうか。


 それを私は「スタンス分け」と呼んでいます。

 そしてそれは他人が決めることじゃなく自分が決めることだと思っています。

1ヶ月前 No.837

SumioBaba ★A5wHmsjWwP_yoD

>>837  ゆみさんへ

> 議論って参加するときに、「自分は肯定派だな」とか「自分は否定派だな」と決めてから、 意見を書き込むものなのではないでしょうか。

> それを私は「スタンス分け」と呼んでいます。

> そしてそれは他人が決めることじゃなく自分が決めることだと思っています。


 賛成です。
 もし「スタンス分け」する場合の基準が「公的基準」として定められ、それに従うことがルールなのであれば、それに従って「スタンス分け」する必要が有ります。しかし、いまこのスレッドでは、何をもって宗教の「肯定派」と「否定派」に分けるのか、はっきりした「公的基準」は定められていません。大まかな点では、多くの人々で一致するかもしれませんが、細かい点をどう判断するかは、各人が決める必要が有ります。
 A氏は自分の基準Aにより、自分を「肯定派」だと判断します。B氏は自分の基準Bにより、自分を「否定派」だと判断します。この場合、どちらの「スタンス分け」も尊重すべきです。A氏が「いや、基準Aによれば、B氏も「否定派」ではなく「肯定派」になるのだよ」と主張するのは、自分の基準を相手に押し付けていることになり、越権行為になると思われますね。

1ヶ月前 No.838

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>834 志野さん、ご指摘ありがとうございます。

整理します。

□ 人間が初めて宗教的になった時期は明確ではないが宗教的行為の信頼できる証拠は中期旧石器時代(5-30万年前)から見つかっている。(Wikipedia「宗教の起源」より)

→ これは、ネアンデルタール人の記述。


□ 現生人類のホモ・サピエンスは25万年前に現れ現在に至っている。(Wikipedia「人類の進化」より)

→ これは、現生人類に対する記述。

□と□とで対象が異なるので、□を以て□の対象の根拠とすることはできない。
ということですね。それはそうかもしれません。もう少し考えます。

--------------

>現人類の直接の先祖=ホモ・サピエンスというわけではないようですから。

>wikにはホモサピエンス・サピエンス(ホモサピエンスの亜種の1つ)と載っていました。

>そしてこの種は14〜4万年前のアフリカを起源とするようです。


これについては異論があります。
「人類の起源は30万年前、定説覆す化石発見」というキーワードで検索して頂けると、そういう論文が発表されたニュースにヒットすると思います。

----------------

私がいう「神を感じる能力」は、いつの時点で獲得されたものなのか?

1ヶ月前 No.839

アフロ ★fV8cNimO6O_Ew9

>>834
横スレ失礼します。

最近の研究では、現代人の起源として、ホモサピエンスとネアンデルタール人の混血説が有力らしいのですが、その他の種(ホモエレクトゥスなど)も混じっていると考えることができるのではないかと思います。
現代人の起源を混血を前提に考えるなら、各種族の保有する習慣や文化の一部も引き継いでいる可能性が高いのではないでしょうか。

1ヶ月前 No.840

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>839 が文字化けしたので、修正します。

1. 人間が初めて宗教的になった時期は明確ではないが宗教的行為の信頼できる証拠は中期旧石器時代(5-30万年前)から見つかっている。(Wikipedia「宗教の起源」より)

→ これは、ネアンデルタール人の記述。

2. 現生人類のホモ・サピエンスは25万年前に現れ現在に至っている。(Wikipedia「人類の進化」より)

→ これは、現生人類に対する記述。

1.と2.とで対象が異なるので、1.を以て2.の対象の根拠とすることはできない。

1ヶ月前 No.841

アフロ ★fV8cNimO6O_Ew9

>>836
横スレ失礼します。

本人がスタンスを表明したとしても、そのスタンス自体が間違っている可能性があるのではないでしょうか。
この場合、おそらく本人は気づいていないでしょうから、他の参加者がその間違いを指摘するケースは多々あるのではないかと思います。

1ヶ月前 No.842

★Android=tS41nh4Ux5

>>836

>んん?追求したいのは、「なぜ男は女が好きなのか」もしくは「なぜ男が好きな男がいるのか」なのであって、

>「あなたはなぜゲイに見えるのか」ではないはずですよね。

ゲイの例え話内の議論テーマが固定化されている、という認識はありませんでした。
ゆみさんは新たな考えに触れてそれに喜び、相手から考えを引き出すべきだとも述べました。
このとき議論テーマを固定化することは、この考え方に合致していないと思っています。
上述の例でいえばゲイからフォーカスは外れていないため許容範囲外という認識がありませんでした。

>スタンス分けの段階で横やりが入ると議論とは呼べなくなります。

スタンスの定義によって前提が変わってくるため、横槍が入ると思います。
宗教肯定、否定のスタンス分けは、そもそも宗教の定義が曖昧であり
宗教肯定によってゆみさんが論破されたというよりも
曖昧さの中に良い宗教もあるという指摘によって、スタンス分けそのものが崩された。
というストーリーになっていると読み取っています。
しかし、ゆみさんは、時さんへの返信ではこれを素晴らしい議論だと述べています。
今回は否定しています。
矛盾を感じます。

>議論掲示板なので、宗教をテーマに否定と肯定とで議論したかった、それが目的であるというだけの話です。

>「どうして私、宗教の肯定論者に見えちゃったんだろう」という悩み相談掲示板にそれを書き込んだ方が早いです。

肯定、否定で語り合うとき、その肯定や否定とは何なのか?は極めて重要なファクターであり
なぜ、肯定とみなされたか、は悩み相談には該当しない認識です。
目的を尊重すれば、良し悪しでなく「ゆみさんはその話はしたくなかった」ということだと考えました。

ここで当初の話しに戻ります。
>私が言いたかったのは、相手の意見の「封殺」です。議論に勝ちたい人からよく見受けられるのですが、

>「私は○○です」というと、「いいや、あなたは△△だ」と決めつけるのです。

「ゆみさんはその話はしたくなかった」ときそこに触れると
理由があっても封殺であると断定されるのでしょうか。

1ヶ月前 No.843

ゆみ @yumicoco ★M2tM0jQDcH_0Fn

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1ヶ月前 No.844

★Android=tS41nh4Ux5

>>838

>尊重すべきです。

ここまでは合意でき

>A氏が「いや、基準Aによれば、B氏も「否定派」ではなく「肯定派」になるのだよ」と主張するのは、

>自分の基準を相手に押し付けていることになり、越権行為になると思われますね。


上記、押し付け、越権行為が理解できませんでした。
そのような書き込みがあったとして、自らのスタンスが侵されることにはならず
相手が文字を書き込んだだけで侵されるなら、自らのスタンスを疑うべきであり
そもそも、目的が新たな考えに触れてそれに喜び、相手から考えを引き出すべきであるなら
諸手を挙げて喜ぶべき現象ではないでしょうか?

1ヶ月前 No.845

志野 ★oxNziOTMi3_yoD

すいませんが、都合上、返信の順番を前後させて頂きます。

>アフロさん

>現代人の起源を混血を前提に考えるなら、各種族の保有する習慣や文化の一部も引き継いでいる可能性が高いのではないでしょうか。

確かにその可能性は大いにあると思います。
ただ、Mobiusさんの返答次第では矛盾が生じてしまうことも考えられます。


>Mobiusさん

論文の件、拝見しました。
その発見された現人類の化石はホモサピエンス・サピエンスの可能性が高いと、私は感じました。
まずはアフリカで発見とあるので、アフリカ起源説を支持したものであること。
次にアフリカ起源説でアフリカに現れた現人類の先祖はホモサピエンス・サピエンスであること。
さらに、「かつては20万年前だったものが30万年前になった」という記述からも、ホモサピエンス(50万年前)よりもホモサピエンス・サピエンス(14万年前)の方が近いのではないでしょうか。
私たちと顔かたちが似ているということもホモサピエンス・サピエンスだと思われます。
上記のことを考えると、確かにそのニュースには「ホモサピエンス」とされていましたが、実際は「ホモサピエンス・サピエンス」ではないのかなと思うわけです。
そうなると、上記のアフロさんとの整合性はとれますね。

でも、Mobiusさんはこの化石は「ホモサピエンス」だと捉えているのではないでしょうかね。
そうなると、ホモサピエンス・サピエンス=ホモサピエンスということになりますね。
それだとアフロさんの可能性とは矛盾することになってしまいます。
なぜならば、ホモサピエンスとネアンデルタール人との混血だとすると、それをホモサピエンスと呼ぶことができなくなるからです。亜種となりますからね。

>私がいう「神を感じる能力」は、いつの時点で獲得されたものなのか?

寧ろ、こちらはそんなに悩む必要があるのかなと思ってみたりします。
旧石器時代の宗教は地母神信仰、すなわち自然に基づいた宗教なので、神=自然だったわけです。
自然より生じた人間が自然を感じないというのもヘンな話です。
そこは生まれながらにして自然を感じる力が宿っていたのではないでしょうかね。
1つ考えられるとしたら、それを感じるだけの脳の発達によるものだったと。

1ヶ月前 No.846

ゆみ @yumicoco ★M2tM0jQDcH_0Fn

>>843

 dさんへ

 >ゲイの例え話内の議論テーマが固定化されている、という認識はありませんでした。
 >ゆみさんは新たな考えに触れてそれに喜び、相手から考えを引き出すべきだとも述べました。
 >このとき議論テーマを固定化することは、この考え方に合致していないと思っています。
 >上述の例でいえばゲイからフォーカスは外れていないため許容範囲外という認識がありませんでした。

 なるほど、私が新しい考えに触れてそれに喜ぶことはテーマを固定化しない中に起こる、と思われていたのですね。
 それに関して私はかなり説明不足でした。申し訳ありません。

 私は、宗教というものを肯定するか否定するかという意見の中から今までにない新しい肯定の仕方や、今までにない
 新しい否定の仕方、というものに触れたかったのです。(さらに言えば新しい宗教のあり方や新しいカテゴリーが誕生するか否かまで
 想像してみたかったです)なので、テーマは固定化した状態である方が望ましいというか、
 固定化されていなければ意味がないです。

 >宗教肯定、否定のスタンス分けは、そもそも宗教の定義が曖昧であり
 >宗教肯定によってゆみさんが論破されたというよりも
 >曖昧さの中に良い宗教もあるという指摘によって、スタンス分けそのものが崩された。
 >というストーリーになっていると読み取っています。
 >しかし、ゆみさんは、時さんへの返信ではこれを素晴らしい議論だと述べています。
 >今回は否定しています。
 >矛盾を感じます。

 宗教の定義についてですが、辞書的な意味合いで足りると思っていました。
 もし「足らないでしょう」という方はご指摘いただけると幸いです。

 また、私の宗教否定の考え方は、宗教を肯定する人のかけがえのない気持ちを踏みにじるものではありません。
 宗教の教えについて話をされる方がいたら、その点を壊さずにお話をしたいと思っていました。

 で、私の意見は、そもそも団体ではなく個人ででき、お布施も存在せず、信者獲得もする必要がないという宗教が肯定派から出てきた時点で
 完全に論破されています。なぜなら、私の思い描く悪の宗教団体は上記のような「金もうけと信者獲得」という2つの悪要素が
 あった上での否定だったからです。この辺もあまり強調して文章にしなかったので、誤解を生んだと思います。
 申し訳ございません。

 >「ゆみさんはその話はしたくなかった」ときそこに触れると
 >理由があっても封殺であると断定されるのでしょうか。

 そのようなことはございません。自分のしたくない話に触れられたからといって、「封殺された」などとは、思いません。

 封殺については、 >>844 で私が書いた文章がありますので、その辺りも参考になるかもしれません。

 もし参考にならなかったり、dさんの中でまた疑問がわいたら、言ってください。
 よろしくお願いします。

1ヶ月前 No.847

ゆみ @yumicoco ★M2tM0jQDcH_0Fn

>>845
 dさんへ

 >そもそも、目的が新たな考えに触れてそれに喜び、相手から考えを引き出すべきであるなら
 >諸手を挙げて喜ぶべき現象ではないでしょうか?

 この最後の2つの文章は私が述べた考えなので私が答えさせていただきます。

 新たな考えに触れてそれに喜ぶというのは、まず議論の枠内での新しい否定の仕方、新しい肯定の仕方、だと述べました。
 (それ以上にもあるのですがそれはさておき)、相手から考えを引き出すべきというのは、議論の中で言い争いになってしまった
 場合の話です。相手の意見を封殺することに目的をおくのではなく、相手からの考えを引き出す努力をすべき、そのうえで自分の
 中で検討をして、否定なり肯定をするべきで、封殺を目的にするのはよくありませんよ、と言いたかったのです。

1ヶ月前 No.848

俺様 @mina21 ★Tablet=LsADUPKYuX

Mobiusさんの仮説を俺でも納得できるようにまとめた場合。

初期の人類が宗教観を持っていたのではなく、宗教観を持つことで猿から人類になった。

これの方が分かりやすいね。

人類がどこからなのかを決める基準として、宗教観を採用する。

しかし、これにはもう1つ疑問がある。

埋葬するという行為は宗教観なのか?

まず、死体を見ていたくない、腐敗する姿を隠したいという、衝動なのではないか。

次に生きていた生前の人物への敬意や憧れ、親しみなのではないか?

好きな人に花を送る、この行為は宗教観ではないと思う。

埋葬と言う行為を現在に照らし合わせ勝手に宗教的儀式としてしまってはいないか?

果たして当時の埋葬が現代の埋葬とその形式も概念も一緒だったのだろうか?

単純にそんな遺跡があったからといって、その当時の人類に宗教観などあったのだろうか?

同時に文明、文化の足跡が無ければ埋葬が宗教観であることにはなりずらいと俺は考えるけどね。(-.-)y-~

1ヶ月前 No.849

★kXFPmLg10J_pp5

>>847  ゆみさんへ

・宗教(しゅうきょう、英: religion)とは、一般に、人間の力や自然の力を超えた存在を中心とする観念であり[1]、また、その観念体系にもとづく教義、儀礼、施設、組織などをそなえた社会集団のことである。 (wiki)

・教義(きょうぎ、英: dogma、ドグマ)とは、宗教の教えを体系化したもの。
・儀礼(ぎれい)とは、一般的な定義では「宗教的な儀式や、一定の法にのっとった礼式」を指す。
・施設(しせつ)とは、社会生活を営む際に利用する構造物、建築物やその設備。国民の生活向上に必要な公共施設を社会資本・インフラストラクチャーなどという。
・社会集団(しゃかいしゅうだん、英: social group、独: Soziale Gruppe)は、人間において、相互行為や相互関係に規則性と持続性が見られる集団を指す。

・仏教約3億6,000万人(5.9%)

上記はすべてwikiからの引用ですが、私が学んだものは、まともに仏陀の教えという事での仏教だと思います。

独りの人間ができる事ですので「一般に、人間の力や自然の力を超えた存在を中心とする観念」などではありません。

教義は、仏典という形であります。
儀礼は、儀式や、一定の法にのっとった礼式は否定されていますのでありませんし、その施設もありません。もちろんこれは個人が行う事ですので、集団でもありません。

上記に当てはまるのは、「教義がある」だけになりますが、私が学んだ仏教、これは宗教なのでしょうか?

>  宗教の定義についてですが、辞書的な意味合いで足りると思っていました。

>  もし「足らないでしょう」という方はご指摘いただけると幸いです。


私には理解できませんので、再度、教えて頂けますか?ここで話されている「宗教」とはどのような定義なのでしょうか?

>  で、私の意見は、そもそも団体ではなく個人ででき、お布施も存在せず、信者獲得もする必要がないという宗教が肯定派から出てきた時点で完全に論破されています。なぜなら、私の思い描く悪の宗教団体は上記のような「金もうけと信者獲得」という2つの悪要素があった上での否定だったからです。


そうですよね。信者集めと金儲けが、ゆみさんのお考えになっていた悪の宗教団体ですよね。

この場合の悪の宗教団体は、教祖側の欲望を満たすための視点で発想されたものであるという事で、(仮に)個人で行う良い宗教の場合には、信じる側視点での心の安定等という視点でのものであるのでしょうか?

ですので、ゆみさんのお考えになる宗教の定義を、今一度、ここで教えて頂ければと思います。

1ヶ月前 No.850

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>846 志野さん、

>>私がいう「神を感じる能力」は、いつの時点で獲得されたものなのか?


>寧ろ、こちらはそんなに悩む必要があるのかなと思ってみたりします。


あぁなるほど。やはり視点が全然違うので噛み合いませんね。
私にとって重要なのは、むしろそっちなのです。

人類の起源については、いま世間で流布されている信頼のおける説から引っ張ってきただけの話で、私にとっては「前提」であり「本論」ではありません。

道具を使ったり言葉を使ったり家族より大きい規模の集団を営んだりという性質を獲得した後の状態を「人類」と呼んでいるだけで、それが「ホモ・サピエンス」なのか「ホモ・サピエンス・サピエンス」なのか「ホモ・〜〜」なのか については、「どれでもいい」のです。そこが入れ替わっても「本論」に影響しないので。


>旧石器時代の宗教は地母神信仰、すなわち自然に基づいた宗教なので、神=自然だったわけです。

>自然より生じた人間が自然を感じないというのもヘンな話です。

>そこは生まれながらにして自然を感じる力が宿っていたのではないでしょうかね。

>1つ考えられるとしたら、それを感じるだけの脳の発達によるものだったと。


ありがとうございます。その点に疑問を感じないのでしたら、志野さんとは議論すべき点がないのかもしれません。
私は「“神”は、人間が作り出した空想上の概念であり、実際には存在しない」という考え方に とても違和感を感じるものですから、「そうではなく、“神”は 最初から居て、言語化する以前から感じられる存在だったのではないか?」ということが言いたいわけです。

1ヶ月前 No.851

権兵衛 ★18NbNZF3b4_cjE

>>826

ゆみさんへ


>涅槃とか解脱とか全然わからないんですけど、

宗教には興味があって少しだけ本を読んだり宗教団体に参加して体験したことはあります。
そこで学んだことは知ることより体験することだと思いました。


>権兵衛さんもそのような体験をされたのですか?

脳外科医が体験した「宇宙と一体化」です。
僕の体験経緯は省きますが
簡単に言うと思考の世界(理屈の世界)をすべて否定することでした。
生まれてからの人生で培った知識や信じていることを全否定して、表現は変かもしれませんが生まれる前の脳に戻すことでした。
そうすると「自分は宇宙の一部だ」という感覚になります。
「すべてとつながっているんだ」と思いました。
それを例えるなら「一滴の水が海に入って海の一部になる」って感じですね。

それを体験した時一日だけ体験したことがあります。
木や草とテレパシーのような感じで会話したこと。
心で問いかけたら予測していた答えと違う答えが感情と一緒に聞こえてきたことでした。
科学的に考えられないことですけどね。(笑)


知らないことを知ることは好きだし意見交換も大好きです。
「百聞は一見に如かず」というのがありますが
一見してもすべては理解できないものです。
マグカップを上から見た人と下から見た人の意見はまったく違います。
あらゆる面から見ることも必要だけど
「百見は一体験に如かず」ということもあります。


体験して自分なりに考えたのが
「自分=宇宙=神」という図式でした。
それを思考的に理解するにはどうすればいいか?
人間の体に例えて考えました。
一つの細胞が約37兆個集まって一人の体ができている。
一つの細胞は人の一部であり人のために存在すると言うこと。
その中で宗教を作るとしたら?
心臓教、肝臓教、右腕教、左足教・・・
一つの中を分離するようなことはしないほうが良い。
そう思うようになりました。


だから
いまは世界平和を実現するために活動しています。
「世界平和提案書」というものを作りました。

1ヶ月前 No.852

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>850 時さん、横レス失礼致します。
時さんの説明を読む限りでは、時さんが学ばれた仏教は、宗教ではないと思います。

日本の一般的なお寺でやられていることは、宗教だと思います。

このように考えてみると、ゆみさんのおっしゃっていた「宗教に代わる何か」とは、「『時さんが学ばれた仏教』のようなもの」なのかもしれません。

1ヶ月前 No.853

俺様 @mina21 ★Tablet=LsADUPKYuX

>>852

あんた怖い(~_~;)

1ヶ月前 No.854

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>849 minaさん、

>Mobiusさんの仮説を俺でも納得できるようにまとめた場合。

>初期の人類が宗教観を持っていたのではなく、宗教観を持つことで猿から人類になった。

>これの方が分かりやすいね。


端的にまとめて下さり、ありがとうございます。私が伝えたいことのエッセンスが とてもわかりやすく表現されていると思います。

以降の内容については、もう少し考えてから反応したいと思います。取り急ぎお礼まで。


#「俺様さん」は 呼びにくいので、従来どおり「minaさん」と呼ばせて戴きます。

1ヶ月前 No.855

@mina21 ★Tablet=LsADUPKYuX

呼びずかい(~_~;)

では、こんなのはどうです?(^^;

1ヶ月前 No.856

ゆみ @yumicoco ★M2tM0jQDcH_0Fn

時さんへ

 定義が曖昧だと、そもそも時さんがここに参加した意味が問われるから、トピ主である私に定義をしてほしいと
 思われたんですよね。

 Mobiusさんが定義なさっていますが、大変恐縮ですがここでは以下の意味を宗教と定義づけてよろしいでしょうか。


 wikiより引用―――――――――――

 宗教(しゅうきょう、英: religion)とは、一般に、人間の力や自然の力を超えた存在を中心とする観念であり[1]、
 また、その観念体系にもとづく教義、儀礼、施設、組織などをそなえた社会集団のことである。 [2][3]。

 引用終わり――――――――――――


 私の中では信仰心=宗教だと思います。

 1)人間より上位の存在があり(もしくは人間の中での上位の存在)、2)それの教えを熱心に研究し、または研究することなく、

 3)⇒信仰する。

 この3つが合わさった時に「宗教」と呼ぶのだと思います。

 これをここでの定義とさせていただきたいです。

 よって、時さんのは宗教と言えると思います。

1ヶ月前 No.857

ゆみ @yumicoco ★M2tM0jQDcH_0Fn

〜補足〜

 wikiにはあくまで「社会集団」と、あたかも集団を想定して書かれていますが、

 私はそのような集団であるかないかを問わず、そもそも心のありようを宗教と呼ぶのではないかと思い、

 であるならば、信仰心を持たれている方はすべて宗教に属していると考えました。


 なので、wikiの集団というところは省き、

 宗教(しゅうきょう、英: religion)とは、一般に、人間の力や自然の力を超えた存在を中心とする観念であり[1]、
 また、その観念体系にもとづく教義、儀礼、施設、組織などをそなえた「個々の人間が持つ信仰心を宗教と呼ぶ」


 と定義します。


  >>857 の書き方がわかりづらくて申し訳ありませんでした。

 もう一度、 >>857 の後半部分をここに引用して終わります。

 ”私の中では信仰心=宗教だと思います。

 1)人間より上位の存在があり(もしくは人間の中での上位の存在)、2)それの教えを熱心に研究し、または研究することなく、

 3)⇒信仰する。

 この3つが合わさった時に「宗教」と呼ぶのだと思います。

 これをここでの定義とさせていただきたいです。

 よって、時さんのは宗教と言えると思います。”

1ヶ月前 No.858

ゆみ @yumicoco ★M2tM0jQDcH_0Fn

権兵衛さんへ


 世界平和提案書、ぜひここで聞かせてもらえますか? 長すぎる場合は、どこかにアップロードしてここにリンクを張ってください。

 ちなみにA4の紙で何枚ぐらいありますか?

1ヶ月前 No.859

★kXFPmLg10J_pp5

>>853  Mobiusさんへ

返信をありがとうございます。

> 時さんの説明を読む限りでは、時さんが学ばれた仏教は、宗教ではないと思います。

> 日本の一般的なお寺でやられていることは、宗教だと思います。


このご説明ならば、私は納得できるのです。

例えば、原点が、ナザレのイエスの教えで「イエス教」だったものが、政治利用され「救世主」という意味をつけて「キリスト教」に変化させ、強大な権力をもつようになったため、それの維持継続増大のために信者集めや金儲け、権力の増大をはかったのかな?と思います。

仏教も原点では、仏陀と言われる一人の人間の苦の滅尽の方法や考え方を教えただけのお話で、拝むとかお金を支払うとかはありませんでした。(布施と訳される行為は存在しましたが、現在の意味合いとは全く違います)

> このように考えてみると、ゆみさんのおっしゃっていた「宗教に代わる何か」とは、「『時さんが学ばれた仏教』のようなもの」なのかもしれません。


はい。もしもそうであるならば、やはり独りで行う事は大切ですね。なぜならば、例えば、私が学んだものをどなたかに教え、次に次にと教えを続けていくと、やがては大きな集団になるだろうからですね。ですので、学びの最小単位は、独りとなるでしょう。

ですので、”この場合でしたら”キリスト教も仏教もその原点では「宗教」ではなかった。と言えるでしょうか。

1ヶ月前 No.860

★kXFPmLg10J_pp5

>>857  ゆみさんへ

返信をありがとうございます。

>  定義が曖昧だと、そもそも時さんがここに参加した意味が問われるから、トピ主である私に定義をしてほしいと思われたんですよね。


はい。私のこちらでの参加の理由は別にありますのでそこは良いのですが、一応同じ定義でお話を進めないと、お話がかみ合わないと思ったためです。

>  私の中では信仰心=宗教だと思います。

>  1)人間より上位の存在があり(もしくは人間の中での上位の存在)、2)それの教えを熱心に研究し、または研究することなく、3)⇒信仰する。


>  この3つが合わさった時に「宗教」と呼ぶのだと思います。

>  これをここでの定義とさせていただきたいです。


>  よって、時さんのは宗教と言えると思います。


なるほどです。信仰心=宗教・・こちらでも理解しやすそうですね。しかし少し引っかかるのは「信仰心」です。

1)人間より上位の存在があり(もしくは人間の中での上位の存在)は、仏陀の事ですね。
2)それの教えを熱心に研究し、または研究することなく・・は問題ありません。
3)⇒信仰する。

・信仰 神や仏などを信じること。(wiki)
・仏  仏陀 - 仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教などインドの伝統で「覚者」「悟った者」のこと。如来、応供とも。(wiki)

wikiを基準に考えると、仏は、仏陀の事ですね。問題は「信じる」の解釈だと思います。

>>610
> ですので、神を知るものは、神を信じるなんて表現はしないと思いますよ。同時に、信じるとは、思考の中での最大の期待や希望、願いの事ではないでしょうか。つまり、それ自体を知らない、不安な部分があるという事でのその状態での思考停止の状態だろうと思います。


もしも両者(神・仏)ともに、遍く知って(理解して)いれば、それはもう信じる対象ではないのではないでしょうか?

もしかすると、その定義が、私には理解できないのかもしれません。

1ヶ月前 No.861

ゆみ @yumicoco ★M2tM0jQDcH_0Fn

時さんへ


  >>610
 >ですので、神を知るものは、神を信じるなんて表現はしないと思いますよ。
 >同時に、信じるとは、思考の中での最大の期待や希望、願いの事ではないでしょうか。


 wikiによると、

 −−−−−−−−−−−−−−

 信仰(しんこう、英語 faith)とは、

 神や仏などを信じること。また、ある宗教を信じて、その教えをよりどころとすること。[1]
 人やものごとを信用・信頼すること。[2]
 証拠抜きで確信を持つこと[3]。またそれらを信じることを正当化する要因[4]。
 信仰のことを仏教においては「信心(しんじん)」と呼ぶことが一般的である。

 −−−−−−−−−−−−−−

 となっていますので、私たち一般人が願い事をしたり、希望や期待を抱いたりすることとは少し性質が違うように思います。


 私がいくら定義したところで、時さんのスタンスは時さんがご自身で好きなように表明することができるし、
 こうでなければならない、なんてものはありませんので、ご心配なきよう。

1ヶ月前 No.862

★kXFPmLg10J_pp5

>>862  ゆみさんへ

>  となっていますので、私たち一般人が願い事をしたり、希望や期待を抱いたりすることとは少し性質が違うように思います。


うーん。意味が通じていないようですね。

>  私がいくら定義したところで、時さんのスタンスは時さんがご自身で好きなように表明することができるし、こうでなければならない、なんてものはありませんので、ご心配なきよう。


了解しました。レスをありがとうございました。

1ヶ月前 No.863

権兵衛 ★18NbNZF3b4_cjE

>>859

ゆみさん


>世界平和提案書、ぜひここで聞かせてもらえますか? 長すぎる場合は、どこかにアップロードしてここにリンクを張ってください。


ありがとうございます。

アドレスはここにコピペできませんので
「 楽天ブログ お金のない世界 知恵の輪 」
で検索してみてください。

「世界平和提案書」
「ユーチューブ用」
があります。
立派な文章ではないですが。(涙)



>ちなみにA4の紙で何枚ぐらいありますか?

A4サイズで言えば2枚位になると思います。

1ヶ月前 No.864

志野 ★oxNziOTMi3_yoD

>Mobiusさん

>人類の起源については、いま世間で流布されている信頼のおける説から引っ張ってきただけの話で、私にとっては「前提」であり「本論」ではありません。

そうですか。本論を展開するに至って、前提は大切になるということをどこかで見た記憶がありますが、大丈夫であるなら本論に移りますかね。

>「“神”は、人間が作り出した空想上の概念であり、実際には存在しない」という考え方に とても違和感を感じるものですから、
>「そうではなく、“神”は 最初から居て、言語化する以前から感じられる存在だったのではないか?」

それは山とかに登ったときに、その雄大な自然を見て「神を感じた」というようなイメージしか出ないのですが、見当が違うでしょうか?

1ヶ月前 No.865

ゆみ @yumicoco ★M2tM0jQDcH_0Fn

権兵衛さん

 ブログのご提示、ありがとうございました。

 国連に呼ばれた時の文章まで考えてるとは、すごいです。

 お金がない世界というのも斬新で、古い考えしかない私には、その素晴らしさがまだ飲み込めていない感じすらあります。

 がんばってくださいね、応援してます。

1ヶ月前 No.866

権兵衛 ★18NbNZF3b4_cjE

>>866

ゆみさん
ありがとうございます。

>お金がない世界というのも斬新で、・・・

世界平和を考える時、宗教は避けられない話題です。
たとえ話でも書きましたが
一つの体を支える細胞たちが互いに宗教を作って争っていたら?
一つの体を支える細胞たちがお金を使った交換システムを作っていたら?
一つの体はうまく機能しなくなります。
いままで「在って当たり前」だと思っていたことが
「無いことが当たり前」だと視点を変えて見ることも大切かもしれないです。


もう一つたとえ話です。
世界が一つの家族だったら?
70億人を超えてしまった家族だけど。
分かち合い助け合いにお金なんか必要のないもの。
生き方考え方が違っていても誰もが困らない生活ができるシステムは必要だと思いますね。


自分から離れて自分を見る
地球から離れて地球を見る
そういう感覚もたまには良いですよ。

1ヶ月前 No.867

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★etljaCOMxB_gi9

>>865 志野さん、

>そうですか。本論を展開するに至って、前提は大切になるということをどこかで見た記憶がありますが、大丈夫であるなら本論に移りますかね。


「本論を展開するに至って 前提は大切になる」というのは、「本論の成立に影響を与えるような前提の部分」に対してだと思います。

私の本論にとっては、「現生人類の祖先は、初期の段階において『家族より大きな集団(家族が数単位集まった規模の集団)』を営んでいる状態であった」という部分が前提になります。
ここが崩れなければ大丈夫です。

・人類が誕生した → その後(学習等によって後天的に)集団を営むようになった
 →このパターンだと困ります。(前提が崩れます。)

・人類になる前の段階から集団生活を営んでいた → 進化して人類になった
 →こうであれば、細かいところは問題になりません。(時期とか種が多少違っていても問題なし。)

※「現生人類(ホモ・サピエンス)が初期の段階において集団生活をしていなかった」のような証拠が見つかると、私の考えの前提が崩れます。

-----------------------------

>>「“神”は、人間が作り出した空想上の概念であり、実際には存在しない」という考え方に とても違和感を感じるものですから、

>>「そうではなく、“神”は 最初から居て、言語化する以前から感じられる存在だったのではないか?」


>それは山とかに登ったときに、その雄大な自然を見て「神を感じた」というようなイメージしか出ないのですが、見当が違うでしょうか?


誤解を恐れずに答えるならば、そういうことだと思います。
「神を感じる」というのは、言葉以前のプリミティブな感情だと思います。「自然に対する畏怖、敬虔 のような感情」と言えば伝わるでしょうか?

科学より呪術の方が先に発展したのです。もし「神」を人類が生み出したのだとすると、呪術より科学の方が先行していたことになり、不自然です。神を感じる能力が有ったので、呪術の方が先に発展し、後に科学信仰により他の呪術が廃れて今日に至ったのではないでしょうか?

#多少飛躍があることは自覚しています。

1ヶ月前 No.868

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★etljaCOMxB_gi9

>>860 時さん、

>ですので、“この場合でしたら”キリスト教も仏教もその原点では「宗教」ではなかった。と言えるでしょうか。


極論をいうならば「そうだ」と思います。イエスがやったことは、既存の宗教にNoを突き付ける行為です。

-------------------------

私が現世を見て思うのは、過去において既存の宗教に幾度となくNoを突き付けたにも関わらず、結局はそれが「新たな宗教」に変質してしまった ということです。

普通の凡庸な人々にとっては、宗教は必要なのではないでしょうか?
需要があるので、いくら既存の宗教を壊しても、その壊した勢力が新たな宗教になってしまう。

科学信仰が最たるものだと思います。

1ヶ月前 No.869

志野 ★oxNziOTMi3_yoD

>Mobiusさん

>「現生人類の祖先は、初期の段階において『家族より大きな集団(家族が数単位集まった規模の集団)』を営んでいる状態であった」という部分が前提になります。

それは大丈夫なのでは?
少なくとも現人類の祖先の頃には年代的に道具も狩りも行われていたので、共同体程度の集団をなしていたと考える方が自然である気がしますから。


>誤解を恐れずに答えるならば、そういうことだと思います。

ならば、846番はもう一度読んで頂きたい気がします。最後の一文が余計でしたかね…。
「それは山とかに登ったときに、その雄大な自然を見て「神を感じた」というようなイメージしか出ないのですが、見当が違うでしょうか? 」
というのは私の中で全く理解できないことではないので。
科学より呪術の方が発展していたというのも道理ですから。

1ヶ月前 No.870

★aQOIulxz4R_pp5

>>869  Mobiusさんへ

> 極論をいうならば「そうだ」と思います。イエスがやったことは、既存の宗教にNoを突き付ける行為です。


ユダヤ教の生活環境の中からイエスは誕生したのですね。

仏陀の場合は、他教の全盛のころに単独で自らが発見した真理を求めるものには説きだしました。ですが、仏陀自身は他の集団の人々との論争等は行わず、ただただ自身の道を歩んだだけのようです。

> 私が現世を見て思うのは、過去において既存の宗教に幾度となくNoを突き付けたにも関わらず、結局はそれが「新たな宗教」に変質してしまった ということです。

> 普通の凡庸な人々にとっては、宗教は必要なのではないでしょうか?

> 需要があるので、いくら既存の宗教を壊しても、その壊した勢力が新たな宗教になってしまう。


なるほど、よく理解できますね。

恐らくは、現代で教祖と呼ばれる人もそれに救いを求める人々も、その生への欲望、また苦から救われたいという欲望が渦巻いているように感じます。

歴史の中で時として単発で出現するイエスや仏陀のような特殊な人々。その時点では宗教ではなく、その後を普通の凡夫が真剣にであれ何であれ受け継ぎだすと、欲望の世界に浸ってしまう、いや、もともと欲望の世界に浸っている凡夫が受け継ぐという事でしょうか。そうなれば欲望に、より拍車がかかりますね。そして、無意識下での欲望を満たすための行為が、意識上では、良かれと思って行ってしまう一つの行為の「勧誘」・・「信者集め」でしょうか。

しかし考えてみますと、仰るように、普通の凡庸な人々にとっては、宗教は必要なのかもしれませんね。

宗教の需要と供給の関係の中で、人々のその幸不幸の均衡が保たれているのかもしれません。ですので、イタチごっこですね。

原点の教祖の教えの本質を知らずに法話を行うのも問題で、知っていて行っているのも問題でしょう。現世では、これらの方々はいったい何をしているのでしょうか?(笑)問題を問題だとは思ってもいないのでしょうね。

仏陀の予言通り、耳障りの良い教えに皆が飛びついています。偽物だとは知らずにね。しかし彼らには、本物に見えているのでしょう。

今回は、途中参加でゆみさんと会話をし、私が学んだ仏教をよい宗教だと言って頂けましたので、てっきりその教えを学ばれたいのかな?と思い込んでいましたが、私の早とちりのようでしたね。失礼しました。

1ヶ月前 No.871

mina-asobo @mina21 ★Tablet=LsADUPKYuX

そもそも、日本における宗教は万の神である。
そして日本を作った天皇である。
と、されていた。

その天皇を守るための陰陽師。

しかし、そこに怨霊が現れる、神である天皇と同じ血をひくもの。

その力は天皇と同じで、陰陽師も苦戦する。

そんなときに大陸に経典と言う便利な巻物が存在していた。

まぁ、一種の魔導書のようなもの、その巻物を手にいれ修行を積み、その力を手に入れれば怨霊も撃退できる。

そして、仏教が伝来する。

それは天皇を守るための学問として日本独自の進化をとげる。

仏教には経典の他にも便利なものが存在した、それが仏像である。

仏像はその存在があるだけで修行も要らず経典と同じ効果があるとされたため、日本中に広まった。

陰陽師と仏教に守られた天皇に怨霊は手を出せなくなり、その矛先は国そのもの、民へと向けられた、流行り病や飢饉が民を襲った。

そんなとき、新しい仏教が誕生する、修行も要らず簡単な呪文と高価な仏像も要らず簡易なお札で怨霊から身を守れる新商品、南無阿弥陀仏!

それは庶民達に瞬く間に広がった。

時の権力者はその庶民達の寺を崇める習慣を利用し、寺に対し特権を与える代わりに民の教育と管理を任せた。

民は生まれるときも死ぬときも寺により管理されるようになる。

1ヶ月前 No.872

mina-asobo @mina21 ★dWIa1WvV0K_M0e

新商品、南無阿弥陀仏!

新商品は「南無妙法蓮華経」でした。笑

1ヶ月前 No.873

かりんとう ★Android=YktXEU8sKw

既存の宗教要らないから自分は普通の汎用な人じゃない?かなりの確率で変人?

1ヶ月前 No.874

品川 美勇士 ★iPhone=jGDAOrPfY7

宗教はもはや、政治、利権、犯罪の利用でしかない。

例えば、オウム真理教は犯罪。

創価学会は、宗教の政治的優遇から企業やマネーの力などの利権。

既に日本の政界にいる神道は、政治的なもの。

今の宗教社会は、神や仏すら悪用する。

日本の祭りだって、ヤクザ社会の生業だろ。

つまり、我々は騙され続け、裏社会に同調しているだけの駒に過ぎない。

1ヶ月前 No.875

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>870 志野さん、

>ならば、846番はもう一度読んで頂きたい気がします。最後の一文が余計でしたかね…。


読んでみました。

>>846
>寧ろ、こちらはそんなに悩む必要があるのかなと思ってみたりします。

>旧石器時代の宗教は地母神信仰、すなわち自然に基づいた宗教なので、神=自然だったわけです。

>自然より生じた人間が自然を感じないというのもヘンな話です。

>そこは生まれながらにして自然を感じる力が宿っていたのではないでしょうかね。

>1つ考えられるとしたら、それを感じるだけの脳の発達によるものだったと。


志野さんの感覚と私の感覚は、近いと思います。特にずれは感じません。

1ヶ月前 No.876

@d114 ★Android=tS41nh4Ux5

神を信じる、というとなんとなくわかったような気になるが
科学を信じる、と言い換えるとそれが如何におかしなことかわかる。

25日前 No.877

かりんとう ★Android=5VgST0j5h4

今は宗教ビジネスと宗教秘密結社と宗教犯罪組織が牛耳る世の中で
純粋な宗教が残ってるんだか

23日前 No.878

mina-asobo @mina21 ★dWIa1WvV0K_M0e

>>877

へぇ〜。

私は神を信じるという人には恐怖を感じます。

科学を信じるという人には良識を感じますけどね。。。。。

11日前 No.879

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>879
それは同族嫌悪ですか?

11日前 No.880

mina-asobo @mina21 ★iPhone=ptSiRqpGIY

絡まれてます(ー ー;)

8日前 No.881

mina-asobo @mina21 ★iPhone=ptSiRqpGIY

ストーカー?
何が言いたいのだろう?
誹謗中傷だね。(ー ー;)

8日前 No.882

あいう ★zcn5HTsp03_8gk

宗教、重要な課題である。しかし、スレ主の >>0 を見てその幼さには閉口する。
皆さんよく相手をしてくれたものである。今はその宗教からも離れて皮肉の応
酬に終始している。そろそろこのスレもお開きの時を迎えたようである。

6日前 No.883

GOD366 ★Android=7xhPegeUgE

ぼくたの出張投稿。
もう、神の存在証明は、完成しました。

物質の原因が神であり、神に原因はない。神は、この世界の第一原因であり、原因の無い存在が存在するから、原因のある物質が存在できるのである。原因のあるものは、原因の無いものからしか発生できないので、原因の無い存在が、存在するのです。


宗教に意味が無いというが、実際幸せになるからやるのである。例えば、工事現場の安全第一のマーク。十字架、キリスト教の理念である。無宗教バカに従うと、安全よる効率優先になり、破滅する。作業員の習熟度があがる前に怪我で退職する。安全第一のほうが結果的にうまくいくとキリスト教国の経営者が気付いて、それが日本でも根付いた。世界の先進国は、全てキリスト教国である。

6時間前 No.884
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