Google
    
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▼レス(1047) >>

宗教について

 ( 議論掲示板 )
- アクセス(3091) - いいね!(3)

ゆみ @yumicoco ★rdsPzrQVhs_qTF

私は宗教を否定しています。なぜなら、人から教えを乞うこと・教えという名の規律やルールに沿った生き方をしなければならないことが嫌いだからです。それだけでなく、毎年神社で「金持ちにしてください」と祈っても神様はその願いを聞き入れてくれていません。冗談はさておき、宗教とは、何を軸にして生きていったらいいのかという、自分のものさしがない、またはわからない人が信仰しているようにしか思えません。それが悪いことだとは思いませんが、そもそも自分のものさしなんて足りなくても生きていけると思っています。太古の昔だったら科学もまだ発達していないので、洪水や気象現象に怯え、これは神が怒ったからだと思う気持ちもわからなくないですが、現代人でそんな風に思う人はいないでしょう。つまりこの世に宗教など不要だと思います。

メモ2018/02/26 00:43 : ゆみ @yumicoco★M2tM0jQDcH_0Fn

一つ大事なことを言い忘れていました。


宗教を肯定される方に安心して意見を書き込んでいただくために一つルールを設けます。


なぜ宗教を肯定するのか、は、その人にとってかけがえのない大事な感性であったりしますよね。


なので、その大事な感性をぶち壊しにしないように反論をしていくつもりです。


あくまで論理的に話したいと思っています。


論理的追求を受けること自体がいやだと思われる方は、書き込まなくていいです。


ほかの参加者の皆さんも、「相手の感性を壊すような言い回しはしない」ということを


注意して書き込んでくださるようお願いします。


また、宗教に関することならなんでも話し合いましょう!どしどし書き込んでください!

ページ: 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11

 
 
↑前のページ (997件) | 最新ページ

志野 ★oxNziOTMi3_yoD

>ザビビのふくろうさん

少し整理すると、恐怖と宗教が関係はないと言えないが、恐怖に対する儀式が行われる時点ですでに宗教的観念が発生している…ということでしょうかね。
まさにたまごが先か鶏が先かというあれに似ている構図ですか(個人の感想ですが)
Mobiusさんのレスも同じ指摘だったと思っているので、少しその辺を探る必要がありですか…。
そうですね、個人的には今後もここも見つつ、上の情報を探ってみます。
また書き込むことがあるかもしれませんが、その時はよろしくお願いしますね。

1ヶ月前 No.998

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>979

>あなたにとって「確認されていないもの」は、「存在しないもの」なのでしょうか?


私だけではないと思いますよ。「宗教は人為的に造られたもの」についてその根拠が確認されていないから存在しないのですよね?

>そうとは限らないのではないでしょうか?


確かに、そうかも知れませんね。

1ヶ月前 No.999

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★etljaCOMxB_APy

>>999 00100さん、

> >あなたにとって「確認されていないもの」は、「存在しないもの」なのでしょうか?


>私だけではないと思いますよ。「宗教は人為的に造られたもの」についてその根拠が確認されていないから存在しないのですよね?


「確認されていないもの」は、「存在しないもの」ではなく、「存在が不明なもの」ではないでしょうか?


なお、「宗教は人為的に造られたものではない」としているのは、「根拠が確認されていないから」ではなく、「人為的に造られたものだとすると、辻褄が合わなくなるから」です。

---

>>996 ザビビのふくろうさん、

>ところで、Mobiusさん、(以下略)


お気遣いありがとうございます。私はそんなふうに思っていませんので、ご安心下さい。

1ヶ月前 No.1000

ザビビのふくろう ★UeJTXbNcLw_8gk

>>997 00100さん

>この象の行動は宗教行為ですか?本能ですか?


私はそういう問題についての専門的知識がありませんので、わかりません。
ただ、あなたの問い方は、ある行為が宗教的行為とあるということと、
その行為が本能によるものであるということが、
排他的であることを前提としているように感じます。
しかし、それは事実を調べなければわからないのではないでしょうか?

>原始宗教と本能の違いは何ですか?


だからジャポニカ(orその他の辞典etc.)を調べてください。

正直言って、なぜこういう問いを私にするのか、質問の意図がわかりません。

>>998  志野さん

しつこく言って申し訳ないのですが、意図が伝わっているか不安なので言わせてもらいます。

もし、あなたがこれから述べる私の意図を理解された上でおっしゃっているなら仕方ないというか、いいのですが、
少なくとも、私の意図としては、

>まさにたまごが先か鶏が先かというあれに似ている構図ですか


ということについては、そうではない、ということを、根拠付きで説明したつもりです。

こちらこそよろしくお願いします。

1ヶ月前 No.1001

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>1001
そうですか。残念です。

1ヶ月前 No.1002

素人の意見 ★YqxeS1nJn5_zRF

ring様

>>976

>宗教を信奉している人で宗教について議論したがる人は、宗教について議論することの是非を一度よく考えてみてほしいと思います。



あくまで私個人の解釈で大変恐縮です。
このスレッドの主旨自体宗教は必要か?を問うものであり現参加者の方の中にも何かしらの信教をお持ちの方への糾弾、非難を目的とした方はいらっしゃらないという認識でいます。しかしながらどなたも「そのようなつもりはなかった」であるとしても信教者の方にすれば「冒涜」と受け止められ、本スレッドに参加された場合に、下記に書く通り、立場としては厳しいものとなります。

・議論などを扱う掲示板ではそういった思いを書けばただのリアクション違反にすぎないものと指摘されかねない。
・いわゆる「不快なら見るな。それなのに閲覧する貴方が悪い」の論理が成立しかねない。
・議論の邪魔と扱われ、当人達の間に留まらず別の参加者からもクレームの投稿が入る。

結果、傷ついた末に投稿したその方は更に辛い思いを余儀なくされます。
私個人の思いとしましてはその場合、
「理屈で上記が成立しようと、他者をそのような形で傷つけてしまう事に責任が持てない」
が一番の問題だと考えます。
前提や背景、過程の理屈を顧みることは大事ですが、それ以上に少なくとも「結果」に対する責任を有せる範囲内では「大人の配慮」を持って参加しなければと自分についても省みることができました。
ありがとうございます。

>わたしはお墓参りに行く理由を考えませんし考えようと思ったこともありません。宗教とはそういうものではないでしょうか。


何故お墓参りや法事に参加するのですか?と問われた場合、故人にお世話になり、故人が大好きだからと答えます。
「だからお墓参りに行くんだ?そう思う事と墓参りの関係性がわかんない。何故?」と問われたときにその方との会話を止めます。
理由は貴方様の言う通りその手の追及はナンセンスと考えるからです。
ただ、故人について思うとそうせずにはいられないというのは確かで、個人的にそう思うように洗脳されているという事ではないと考えています。
例として象の埋葬行為を挙げさせて頂きましたが、鳥類や犬猫による同様の行為も記録されています。
これについて、
1.同族の肉の味を他種族に覚えさせない、という意味合いでの本能的行為
2.一部の生物に人間と同様「道徳的知性」があることの示唆にはなるが、宗教的とまでは言えない。
3.れっきとした人間以外の動物による宗教的行為で、宗教的観念は人間独自の空想や創作に過ぎないものとは言えない

と、解釈は様々に取れるかと思います。私は3.であると考えておりますので時間のある時にもう少しそれについて書いていければなと思いますm(_ _)m

1ヶ月前 No.1003

素人の意見 ★YqxeS1nJn5_zRF

>>1003

>1.同族の肉の味を他種族に覚えさせない、という意味合いでの本能的行為


上記は「テリトリーを有する種族の本能であればこの行為はその本能を持った当該全個体がほぼ必須で行うはず」ですので取り急ぎ否定します。
対し、道徳的知性と宗教的観念は「生きるために必須」というものではない概念であり、「埋葬」はそれらの中でも断片要素です。これにのみスコープを絞り「全個体が行わない」としても否定されるものではありません。

1ヶ月前 No.1004

おじたみん @ojitamin ★1FbJwMfVdX_zRF

>なぜなら、人から教えを乞うこと・教えという名の規律やルールに沿った生き方をしなければならないことが嫌いだからです。

こりゃまたすごいですね。
日本に住みたくないよって言ってるようなもんです。
>教えという名の規律やルール

義務教育や憲法に従わずに生きていきたいって言ってる様な物
すなわち獣その物です。

1ヶ月前 No.1005

素人の意見 ★YqxeS1nJn5_zRF

宗教と科学の関係について考え、論じるとしましたら、最低限の既成事実(歴史)の確認・認識と文献の参照のみならず発言者各々の「研究」が必要になってくるのではないかという印象です。
全く個人的感覚ながらとっかかりやすかったのはgoogleで「「ドリー以後」の時代におけるキリスト教と科学」で検索するとでてくる金城学院大学人間科学部・助教授によるPDF文章でした。当該文章には無数のキーワードがでてきますのでそれらを吸収しつつ研究し、考えてみると良いと思います。
(あくまでとっかかりの一例です。よりとっかかりにふさわしい文献は勿論山ほどあると思います)


ところで、関連するわけではないのですが、引力を説明するためのモデルもお寺などに供えられた仏像もさほど大差はないと考えます。


引力のモデル
宙に布を張り、その上にピンポン玉やゴルフボール、バスケットボールなど大きさや質量の異なる物体を置きます。各個の大きさや質量により周辺の布に歪みが生じます。その状態でビーズなどを布の上にまくと距離が同じであれば当然歪みが大きな箇所のほうに引き寄せられるし引き寄せられるスピードも優劣がでてきます。
良く上記をモデルとして引力の説明がなされますが、空間は布じゃありません。これは人が認識しやすいよう取り計らったあくまでモデルと呼ぶべきものです。

仏像
崇拝対象を人が認知しやすいように偶像化しています。
人が認識しやすいよう取り計らったあくまでモデルと呼ぶべきものです。

1ヶ月前 No.1006

cure ★9tZ1Y3AWwD_9z1

ringさんがもしよければお戻りになられたら如何でしょうか?
ほかの参加者さん達は皆飽きて去ったようです。
また戻ってくるのか存じませんが振り回されるに値するようなものじゃないと思います。
もしも貴方が戻られたら私も是非参加したいです。
また、一つ意見を言わせて頂きます。
ringさんが、信仰を持っている人々に配慮が欠けていたと思った発言はどのようなところでしょうか?
私には全くわからなかったので・・・
また、他の参加者さんとの話がうまくいかなかったことを反省されている様子でしたが、

「相手を追っ払ってごめんなさい(笑)」

↑そもそも他の参加者さんをこのように害虫や害獣扱いしている人と普通に会話できると思いますか?
できるわけがありません^^少なくとも私には絶対無理です。それは貴方とて同様なはず。

確かに算数やゲームの攻略と違っておっしゃるとおり、宗教が不要・必要というのは対話として難しいのは確かだと思います。
また、スレ主さんが不在とあっては寧ろここで終わりが適切なのかもしれないですけどね^^;

でもまあ、もし気が向いたら遊んでくださいね^^

1ヶ月前 No.1007

ring ★7UvNH7tHbc_Ew9

>>1007
cureさん。
 皆さんの様々な意見を拝読させていただき、私自身どの意見にも納得できる箇所があるように感じていますが、それと同時に信仰心の篤い方からの意見が多いようにも思いました。信仰心の乏しい私が意見するのは、法話で盛り上がってる人達に難癖をつけるような行為だと思いましたので投稿するのを控えております。宗教について論理的に思考をすすめるのは宗教の本質から離れる行為だと考えていますので、このまま一読者のままでいようと思います。
たびたびお心遣いありがとうございます。

1ヶ月前 No.1008

cure ★9tZ1Y3AWwD_A7b

ringさん

>>1008

レスをありがとうございます。
貴方の他の人への配慮の心、私なりに理解できました。
確かにここは信仰することは自由であることを前提にではなく、端的には必要or不要で白黒つけるというスレですもんね^^;。
それにのみ私の意見を述べるとしましたら、
私自身に必要か不要か、有意義と考えるか無意義と考えるか、全く度外視でその道を歩んでる人が世の中無数にいらっしゃる事がそのまま答えだと確信しています。必要です。

一方で、不必要と主張される人のコメントをみても相応の理があることも見受けられますので、私も参加していれば遅かれ早かれ貴方とほぼ同様の理由で撤収してたんだろうなと思います^^;

1ヶ月前 No.1009

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>1009

>不必要と主張される人のコメントをみても相応の理があることも見受けられますので、


他人に信仰をやめさせるに値する理があるコメントとは具体的にどれですか?

1ヶ月前 No.1010

cure ★9tZ1Y3AWwD_A7b

00100さん

>>1010

>他人に信仰をやめさせるに値する理があるコメントとは具体的にどれですか?


例えば >>0
>宗教とは、何を軸にして生きていったらいいのかという、自分のものさしがない、またはわからない人が信仰している

そして
>それが悪いことだとは思いませんが、そもそも自分のものさしなんて足りなくても生きていけると思っています。

〜〜〜〜
だから宗教は不必要と主張されていますね。

これ理があるないで言えば全然ありますよ。事実、入信の動機としてはっきりそう断言している知人もいます。
しかしそれを承知の上でその人たちは信仰を続けています。

ですので必要・不必要で白黒つけるのなら必要です。必要としている人たちがいて、その人たちは理では動かないんですから。
ただ、上記例のような不必要だと主張する人達もそう言われてああ、その通りですよねと引き下がらないでしょうね。だからそのジレンマについて

>>1009 では書いたつもりです。

1ヶ月前 No.1011

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>1011
>>0 にはゆみさんが宗教は不要だと思う理由が書かれていますが、万人にとって宗教は不必要である事や、自分以外の人に宗教をやめさせるべきであるという事についてまでは言及していません。
何を軸にして生きていったらいいのかという、自分のものさしがない、またはわからない人にとって、そしてそれを必要としている人にとって宗教は必要であると思いますので、なので世間に宗教という存在は必要であると考えます。

1ヶ月前 No.1012

cure ★9tZ1Y3AWwD_A7b

00100さん

>>1013

私と異なっていたのは
・理の有無を00100さんのほうがより厳格に判定していた。
・私の方は理とその人の信仰はあまり関係がないことを前提としていた
だと思っていますが、
異議ありません。無駄なく綺麗にお考えと根拠がまとまっていると思います。

1ヶ月前 No.1013

cure ★9tZ1Y3AWwD_A7b

失礼しました。

>>1013

中の >>1013 は誤りで >>1012 です。

1ヶ月前 No.1014

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>1013
尚、ゆみさんは以降のレスで自分以外の人に対しても宗教は不要である(から信仰をやめるべきである)旨のレスをしていましたが。

1ヶ月前 No.1015

うさぎ ★NV90AsC0hA_UHY

00100さん

貴方の>887の宗教に対する見方は自分も同感でそのとおりで、よく考えておられると感心しておりました。

宗教は本当に死の恐怖と夢から発生したのでしょうね?

1ヶ月前 No.1016

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>1016
文書タイトル:宗教性と死に対する態度
以下引用
古来より,多くの文化圏において宗教は死と深い関係している。 清水(1990)は仏教の伝来が日本人の「祟り」 を持ち続けている。 その関係について波平 (1993)は
「宗教は,人間存在の基本的観念を明確にし,死後の世界や霊魂についての観念を体系的なものに整えるうえで大きな影響力を持つ 。 より正確には,死を扱うからこそ宗教は成立するの であり,人間の死について何の観念も行為の形 (儀礼)も明確にしなければ ,それは宗教ではない」(p.124)と表現している。
引用終わり

1ヶ月前 No.1017

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>1017
余計な文章が入っていますので、もう一度書きます。

以下引用
古来より,多くの文化圏において宗教は死と深い関係を持ち続けている。 その関係について波平 (1993)は
「宗教は,人間存在の基本的観念を明確にし,死後の世界や霊魂についての観念を体系的なものに整えるうえで大きな影響力を持つ 。 より正確には,死を扱うからこそ宗教は成立するの であり,人間の死について何の観念も行為の形 (儀礼)も明確にしなければ ,それは宗教ではない」(p.124)と表現している。
引用終わり

1ヶ月前 No.1018

地下水 ★otncK03kC4_BXv

>>1018
なるほど恐怖を否定する為に、宗教が形成されたのですか。
世界宗教に、次の六戒は凡そ共通です。殺すな盗むな淫かすな嘘つくな欲ばるな親をうやまえ。
その成因の一つには、ユダヤの民がエジプトで奴隷であった頃、されて困った事を、後の建国の時に互いにはするまいと律法に定めたのだそうです。
なるほどエジプト捕囚の時に恐怖だったのですね。
今アフリカのテロリストなどが、テロを行った村の子供に親親戚を殺させて、その子供をテロリストにして、婦女を誘拐してテロリストの子供を産ませて、次の村を襲う、と言う事を繰り返している様です。

神父様は、愛です、と仰います。親を殺され親の愛を失った奴隷の恐怖、親を殺さされて愛を失った子供の恐怖は大きいでしょうね。親をうやまえ、の戒律も必要ですね。
先輩の校長は、癒しです、と仰います。恐怖を否定する為に、癒しが必要なのですね。


人は必ず何時かは死にますね。必ず自分の死を、死に至る老化や病を体験しますね。その死に様は様々ですが、殺害者や兵士や被災者や事故処理者や警察や救急や消防や御医者様や看護士さんは、多くの死を見る事になるでしょうね。
そこに恐怖があれば、その恐怖を否定する為に、宗教が形成される必要があるのですね。それはやがて恐怖を防ぐ為の営為を生み出して行くのですね。

28日前 No.1019

地下水 ★otncK03kC4_BXv

>>1018
恐怖を打ち消す必要があるのですね。

28日前 No.1020

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>1020
打ち消したり否定するというよりは、緩和したり忘れさせる、目を背けさせるという効能の方が実態に近いかと思います。

27日前 No.1021

地下水 ★lHRYPNADL9_BXv

>>1021
なるほど、恐怖や災害の現場の職務や、医療の現場など、死や死に対する苦痛や怖れを、緩和したり取り除く為に、宗教を役立てるのですね。

26日前 No.1022

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>1022
そうですね。そういう事だと思います。

26日前 No.1023

うさぎ ★NV90AsC0hA_UHY

>1023さん

宗教に関しては、0010さんの言う、その通りだと思います。何かをお読みになったのでしょう?

ベルクソンも「道徳と宗教の二源泉」で貴方と全く同じことを述べていました。

仏教徒にそんなこと言っても無駄ですが・・・・

26日前 No.1024

地下水 ★otncK03kC4_BXv

>>1023
共産主義者は、宗教はアヘンだと言って、仏教寺院を破壊したり、孔子ですら皇帝におもねる体制を支持する者だと言って、悪人扱いしたと聞きます。共産国は宗教を破壊しても上手く機能しているのでしょうか。

26日前 No.1025

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>1025
江戸幕府にとってのキリスト教の様に時の政権にとって都合の悪いものだったのでしょう。
共産主義国から離れても、異教徒という言葉があります。
宗教に限らず、人がある程度の規模で群がった時、人は誰かを悪者やストレスの捌け口にする習性があるのでしょう。例えば学校のイジメだとか。

26日前 No.1026

阿蒙 ★wfLlSbJ9jg_mgE

 スレのテーマは宗教の要、不要ですよね。最近思うことがあったので、少し発言したいです。

以前スレ主とやり取りしたときに、俺は宗教容認派として意見を書かせてもらったのだけど、

スレ主の主張である、宗教(または神様でも)とは虚構であるというのは、宗教の要否を語る上で良い着眼だと思うんですよね。

宗教とは虚構である、この点を掘り下げて皆さんに問いたいのは、仮に宗教が虚構であっても宗教は必要である、と考える人はどれくらいいるのかな。

皆さんに聞いてみたいなと思ってしまったりして。ちなみに阿蒙は宗教容認派なので、宗教が虚構であっても必要派、にしておきます。

そもそも人間が作り出した虚構って宗教だけじゃないと思うんですよね。(仮に宗教が虚構だとしてですよ。)

お金とか、日本人とか、これらもある種の虚構なんじゃないか、これらも交えて考えたらどうなるのだろうか、と思いました。

26日前 No.1027

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>1027
私も宗教が虚構であっても必要と思います。
いや、宗教はキリスト教から新興宗教も含め現代の宗教は虚構であると思いますが、それでも宗教は必要と思います。

26日前 No.1028

阿蒙 ★wfLlSbJ9jg_mgE

 回答に感謝します。

とある文豪の言葉を拝借しますと、「この世は舞台。人はみな役者である。」

空想し、演じることは他の動物に出来ない、人間特有の能力なのだと思います。

人間の歴史とは架空の物語(虚構)を生み出し続けてきた歴史とも見れるのではないでしょうか。

例えば、愛するということは、本能でしょうか?

本能である部分もあると思いますが、それだけでは説明できないと思うのですよ。

人間だけが、本能以外の愛を空想し、信じ、演じることが出来る。

バーチャルな世界って現代だけじゃなくて、もっと大昔から人間社会にあったと考えると、

そういう空想の産物をみんなで共有することで、協力して助け合えるようになったと思うんですよね。

同じ日本人(阿蒙的には民族意識も虚構な気がします)が災害で苦しんでる、みんなで助けてあげようとか。

人間の協力の規模って他の動物と比べても桁が違う。そういう意味では、宗教もそう捨てた物でもないと思う、今日この頃でした。

26日前 No.1029

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★etljaCOMxB_APy

>>1027 阿蒙さん、

>仮に宗教が虚構であっても宗教は必要である、と考える人はどれくらいいるのかな。


この質問に答えるには、この文脈における「虚構」という言葉の意味を明確にしておく必要があります。


>お金とか、日本人とか、これらもある種の虚構なんじゃないか


だとすると、一般的に言われている“虚構”とは意味合いが違います。このような言葉の使い方だと「ソフトウェア的なもの」は全て虚構になってしまいそうです。


「ソフトウェア的なもの」というような意味であれば「宗教」も「法人」も「お金」と同様「ソフトウェア的なもの」なので、「虚構」ということになるでしょう。

---

お金がお金として通用するのは、信用の裏付けがあるからです。まったくのフィクションであれば通用しません。「この商品を100万ゴールドで売って下さい」と言っても、「ゴールド」という単位がフィクションであれば通用しないでしょう。

宗教も同様です。宗教が宗教として通用するためには「超越的な何か(例えば神)」のようなものに裏付けられている必要があります。人々がなぜお守りを持つのかというと、何らかの効用を期待するからです。効用が期待できないのであれば(例えば 自分の“気持ちスイッチ”のような位置付けなのであれば)、○○神社などの裏付けは必要なく、トリガーになる何か(例えば、マスコットのようなもの)でも持てばよいのです。

25日前 No.1030

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>1030

>この質問に答えるには、この文脈における「虚構」という言葉の意味を明確にしておく必要があります。


私は虚構という単語にあまり違和感が無かったのでその明確な意味をスルーしてしまいましたが、明確化には異論はありません。
確かにお金や民族も虚構に含んでしまっているため、ソフトウェア的なものという貴方の指摘も強ち間違いではないかも知れません。
その意味で宗教は虚構かと問われると、宗教は何かの目的遂行のために意図的に作られたものとも言い難いため、宗教は虚構ではないのかも知れません、いや、宗教が虚構では無いのではなく、お金や民族が虚構には含まれないのかも知れません。

>宗教も同様です。宗教が宗教として通用するためには「超越的な何か(例えば神)」のようなものに裏付けられている必要があります。


その裏付けとは実際に超越的な何かが起こるという事でしょうか?その意味であれば宗教には必ずしも裏付けはありません。願をかけたからといって人間が空を飛ぶわけでも撃たれても死なないわけでも弾が避けてくれるわけでもありません。
宗教に超越的な裏付けがあるなら戦争で死者がいるはずがありません。願いを込めて千人針を身に付けたりしたのに、それなのに多くの兵士が死にました。

>人々がなぜお守りを持つのかというと、何らかの効用を期待するからです。効用が期待できないのであれば(例えば 自分の“気持ちスイッチ”のような位置付けなのであれば)、○○神社などの裏付けは必要なく、トリガーになる何か(例えば、マスコットのようなもの)でも持てばよいのです。


いや、溺れる者は藁をも掴むわけでして、お守りは殆どの人にとって縁起担ぎだと思いますよ。

25日前 No.1031

阿蒙 ★wfLlSbJ9jg_mgE

>>1030

 ご意見ありがとうございます。

現状の阿蒙の考えを出来る限り説明させていただきます。

分かりやすい例えを出してもらったので、お金で考えてみますね。今、虚構という言葉の意味について二つの見解があります。

@実際に現実社会で流通しているお金は虚構なんじゃないのか?という阿蒙の考えと、

A虚構というのは実際には存在しないフィクションのことであって、お金で言うならドラクエ(勝手な妄想)のゴールドみたいなのが虚構なんじゃないの?というMobiusさんの考え。

楽観的な阿蒙は、円もゴールドも突き詰めたら同じようなものなんじゃないのか?と考えてるわけです。実際ドラクエで遊んでるときの阿蒙はゴールドで売買することに何の躊躇いもないのです。

なぜならドラクエ社会ではゴールドは唯一無二の通貨として認識されているからです。オンラインゲームでもプレイヤーはゲーム内の架空の通貨で取引します。共通認識として成立している為です。

 なんか痛い文章になってきたので、これくらいにしておきますけど、掘り進んでいったら結構面白いアイデアとか出てきそうな気がします。

25日前 No.1032

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>1032
読んでいて、Mobiusさんの言う虚構か否かの違いは、既成事実があるか否かの違いなのかと思いました。
お金は既に既成事実として社会に流通していますが、ゴールドはあくまでゲームの中の仮想通貨で社会には流通していません。
例えばリップルやイーサリアムは金融の世界でこそ取引されていますが、リアル社会でリップルで買い物をする事は未だできません。つまり社会で未だ仮想通貨取引の既成事実が存在しないという事です。
宗教は多くの人が初詣をしたりお守りを買ったりといった既成事実が存在します。お守りを持ったからといって守られるわけではない事は誰もが百も承知の上で、その上で人は守られる為にお守りを買います。
物事が廃れず既成事実化する為には、昔から存在して、人々からニーズがある事が必須です。歴史が浅ければ既成事実化する時間がありませんし、ニーズがなければ廃れますから。
宗教にはそれらがあったのだと思います。

24日前 No.1033

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★etljaCOMxB_Vk6

>>1031 00100さん、
前段の部分は、概ね肯定戴いているようですので、中段から反応させて戴きます。

>その裏付けとは実際に超越的な何かが起こるという事でしょうか?


そうではありません。例えば、〇○神社のお守りの場合ですと「そこに祀られている神」から賜った“神秘的な力のようなもの”が込められている必要があります。
実際に超越的な何かが作用しているかどうかはわかりません。

>宗教に超越的な裏付けがあるなら戦争で死者がいるはずがありません。願いを込めて千人針を身に付けたりしたのに、それなのに多くの兵士が死にました。


そうでしょうか? 超越的な何かに守られて死者が減ったかもしれません。千人針をしなければ、もっとたくさんの人が死んだかもしれません。
神による超越的な作用が働いたのか否かは検証しようが無いのでわからないです。

「わからないもの」,「知り得ないもの」を「わからない」とするのであれば話はわかるのですが、「わからないもの」を こともなげに否定してしまうところが00100さんのわからないところです。


>いや、溺れる者は藁をも掴むわけでして、お守りは殆どの人にとって縁起担ぎだと思いますよ。


別に溺れる人ばかりがお守りを買い求めているわけではありません。縁起を担ぐことに意味を見出す人は、縁起を担ぐものです。

24日前 No.1034

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★etljaCOMxB_Vk6

>>1032 阿蒙さん、お返事ありがとうございます。

虚構内においては その虚構が通用する(例えば、ドラクエ内においては ゴールドは通貨として通用する)というのは、そのとおりだと思います。
なので、ドラクエ世界の中では ゴールドは「現実的な通貨」なのではないでしょうか?
ドラクエ内では、魔法も現実ですし。

24日前 No.1035

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★etljaCOMxB_Vk6

>>1033

既成事実というよりは、信用の積み上げ といいたいですけど。

本当に何の効果もなく、単なる気休めに過ぎないのなら、なんでそんなに長くつづいているのでしょう?
本当に効果がないなら、廃れるのが普通だと思います。なぜ廃れないのでしょう?

(もちろん、廃れたもの(現存しない宗教とか)もあるとは思いますが。)

24日前 No.1036

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>1034

>例えば、〇○神社のお守りの場合ですと「そこに祀られている神」から賜った“神秘的な力のようなもの”が込められている必要があります。

>実際に超越的な何かが作用しているかどうかはわかりません。


実際に超越的な何かが作用しているかどうかは分からないのなら、お守りに「そこに祀られている神」から賜った“神秘的な力のようなもの”が込められているかどうかも分からない筈ですが。

>そうでしょうか? 超越的な何かに守られて死者が減ったかもしれません。千人針をしなければ、もっとたくさんの人が死んだかもしれません。


しかし○○さんが千人針を渡しそれを着用した**さんは死にました。何故**さんは死んだのでしょうか?万人に慈悲深い神が人の命に優劣を付けたのですか?その時点で万人に慈悲深い神は万人に慈悲深くない事になりますが。

>「わからないもの」,「知り得ないもの」を「わからない」とするのであれば話はわかるのですが、「わからないもの」を こともなげに否定してしまうところが00100さんのわからないところです。


千人針を着用した人が全員生き残っていないからです。自国が勝利する事を祈願した筈なのに両陣営共が勝利しなかったからです。だから死んだ人や負けた陣営にとって神の祈願は確実に無意味だったわけです。

>別に溺れる人ばかりがお守りを買い求めているわけではありません。縁起を担ぐことに意味を見出す人は、縁起を担ぐものです。


そうですね。溺れる人ばかりがお守りを買い求めているわけではありませんし、縁起を担ぐことに意味を見出す人は縁起を担ぐものですが、その縁起は必ずしも叶うものでは無いという事です。

>>1036
>本当に何の効果もなく、単なる気休めに過ぎないのなら、なんでそんなに長くつづいているのでしょう?


気休めそのものに価値があったのではないでしょうか。

24日前 No.1037

阿蒙 ★WVQQjiIpE4_mgE

 「宗教とは虚構である。」の虚構について、もう少し話しておきたいです。

>>1033

 00100さんの言う、多くの人に支持されて長い年月をかけて既成事実化した虚構(虚構とまで言ってよいかどうかの判断はまだ保留中かもしれませんが)、

宗教がそれに該当するとすれば、宗教が人々に必要とされるのはなぜか?という問題が重要だと思います。

 阿蒙は宗教が虚構だと思っている上で、人間社会に必要なものだと考えますが、それは人間が自分の置かれている社会に適合する上で、

虚構というものが、重要な意味を持っていると感じるからです。初詣に行ったり、お守りを買ったりすることでアイデンティティが形成されていくのではないかなと。

例えば、阿蒙が別の社会に生まれていれば、初詣も、お守りも知らないまま大人になり、別のアイデンティティが形成され、その社会で働くわけです。

阿蒙は現実的に見れば、ホモ・サピエンスの一個体にすぎません。ですが虚構によって役が与えられて、どの宗教の信者にもなりえるのです。

>>1035

 自分の考えをまとめますと、初めは人間社会には現実世界しかなかった、次に人間が空想することができるようになり虚構が誕生した、虚構の中に社会的な正当性を持つものができた。

こういう順番で、それ以降の人間社会は現実と虚構と正当性のある虚構などが並行する多重的な構造になり複雑化していったのかなと思います。

ドラクエのゴールドは、現実には正当性のない虚構、円は正当性を持つ虚構、現実の一万円札は文字が印刷された紙。阿蒙的にはそうなります。


 出来るだけ簡潔に、わかりやすく自分の考えを述べる努力はしておりますが、わかりづらい点がありましたら指摘していただけたら幸いです。

24日前 No.1038

★2ztkXPD5r4_A7b

>>1029  阿蒙さんへ

> 空想し、演じることは他の動物に出来ない、人間特有の能力なのだと思います。

> 人間の歴史とは架空の物語(虚構)を生み出し続けてきた歴史とも見れるのではないでしょうか。


横レス失礼します。

これは言い換えると、極論として「人生は虚構」ということで、その積み重ねが歴史という虚構ではないだろうか。そしてその元は、人間特有の空想力がその虚構を生み出しているのでははないだろうか?と言った感じでのご意見しょうか?

24日前 No.1039

阿蒙 ★WVQQjiIpE4_mgE

>>1039

 レスありがとうございます。

阿蒙は、人間社会は現実と虚構の多重構造と考えていますので、人生全てが虚構とまでは思いません。

歴史においても、例えばある時代に大規模な飢饉や疫病が起こり人類に多大な影響を与えたなど、史実としての側面もありますので、

あくまで一つの視点として、述べたつもりです。

 ただ人生は虚構であるという極論化は面白く感じました。頭に浮かんだのは仏教における「空」の手法です。

おそらくここで「空」について語れば、阿蒙が「空」に対して理解が浅いこともあり、

自論が破綻するのは目に見えておりますので控えさせてもらいますが、人生を徹底的に空じてみるのも悪くないと思います。

23日前 No.1040

★utdq5Bgvnr_A7b

>>1040  阿蒙さんへ

> 阿蒙は、人間社会は現実と虚構の多重構造と考えていますので、人生全てが虚構とまでは思いません。

> あくまで一つの視点として、述べたつもりです。


了解しました。でも、面白い視点だと思います。
人生が虚構は、少し極論でしたね(笑)

返信をありがとうございました。

23日前 No.1041

★fSu0dEVE3F_A7b

 ゆみさんへ

宗教の是非について考察してみます。

巷では、宗教活動による犯罪が過去にも起きていますね。そういった意味では、社会の平和を乱すという意味において、不必要だと考えますが、一方で、宗教により、その心の平穏を得ることも事実としてありますので、この意味において、必要だと言えると思います。

では、その宗教は、心の平穏をもたらす良い宗教と社会を乱す悪い宗教があるのでしょか?

私個人の考えでは、そうではありません。

現代の思想や学問を大きく分類すると、例えば、宗教、哲学、科学等にしたとします。上記の表現を用いると、科学においても、当初、平和利用目的で考えられたはずの原子力を、対極の使い方をすると、爆弾の材料にもできますね。では、その科学も平和をもたらす良い科学と、人類を滅亡に導く悪い科学があるのでしょうか。宗教と同じく、私個人の考えでは、そうではありません。

以前にどこかで書いたかもしれませんが、この宗教、哲学、科学はそれぞれ分野が違います。ですが、これらはスペクトラム状の連続体であり、その濃淡により分類されているだけです。その明確な区切りの線は存在しません。

ですが、その濃淡の濃いところ(例えば、宗教)だけを一部切り取ると、それ以外はその分野ではないという判断もできてしまいます。つまり、宗教、哲学、科学はそれぞれ分野が違うというのは、連続体の一部分(例えば、宗教)を切り取った場合に、それ以外(科学、哲学)は、宗教ではないという判断をするという事です。

これを虹に例えると、虹というのは基本多くの色が連続したものですが、その一部分の色を切り取ってそれを基準にすると、これは黄色ではない。これは赤ではない、という否定の判断になってしまうという事です。これが良い宗教と悪い宗教の2つが存在するように見えてしまうメカニズムです。

宗教においても、世間でいう専門莫迦が、時として大局での判断を誤るのはこの為だと思われます。おまけに、欲望や怒り、見栄や慢心等が絡んでくると、もう正しく進む道理はありません。

では、この宗教、哲学、科学の壁を超えることはどうすれば可能なのでしょうか?

これを文字で綴る事も、至極、簡単です。専門莫迦から抜け出せばよいのですね。

その方法は、各個々人での得意分野(宗教、哲学、科学)等での知識や経験を積みつつも、他分野の知識や情報を否定せずに、その知識や情報を取り込めばよいのですね。つまりは「思い込み」という本当は存在しない境界線を自らが取り払うという事です。というよりも、その境界線という幻想を見抜く事です。本来はそのような境界線は、存在しないのですから。

しかし、その幻想を真実だと思い込んでいる人には、他分野の情報は受け入れられないかもしれません。そうなると、例えば、殺すな、盗むな等という宗教の教えに反して争い事は消滅せず、よくて専門莫迦の世界だけで、一生を終えることになるでしょう。そして本末が転倒します。

本末転倒とは、宗教では、心の平穏が得られない事。科学では、それが平和目的ではない使われ方(戦争での兵器等)をする事。哲学では、思考の世界から抜け出せなくなる事。です。

結論

宗教は、必要だと思います。(科学、哲学も同じです)

19日前 No.1042

ゆみ @yumicoco ★M2tM0jQDcH_y9g

時さまへ

遅レス申し訳ございません。

忙しくて、この掲示板をチェックできていなかったことをお詫び申し上げます。

私がなぜ宗教が不要と考えるかというと、まさにその心の平穏において、考えるところがあるからです。
というのも、心の平穏を目的としたときに、たとえば宗教で「心がざわついた時は瞑想すべきである」という
規律のようなものを提示してきたとします。その「すべき」に私は問題があるのではないかと思っています。


瞑想なんてしてもしなくてもいいけど、してみると、案外いいもんだよ。みたいな提示方法と、
「すべきである」という提示方法には違いがあり、

すべきであるとした場合、逆に「しなくちゃいけないんだ!」ともなりかねず、
そのような気持ちは平穏という状態からかけ離れてしまう気がします。

宗教の「こうしなさい、ああしなさい」という意見の提示は、逆に心をがんじがらめにしてしまうのでは?と思えるということです。

ただ、こんな意見を言っておきながら、たとえば野球のイチロー選手なんかは、自分で自分を律して、
ストイックに練習し、試合で活躍できているところなんかを見ていると、

「やっぱり人間って規律が必要なのかな」とも思ったりもします。

一言で規律といっても、世の中には様々な規律が存在していて、その中でも
心の平穏を目的とした規律を掲げること、それを宗教と呼ぶのだと、私なりに定義しました。

心がざわついた時に瞑想することが正解なのかどうかということは、それは個人個人で思うところなので、
ここでは考えないとしても、それ以前に、「すべき」というのはいかがなものか、という意見です。

重箱の隅をつつくような意見だったかもしれませんが、私はなぜかそういう細かいところに目が行くタチで、
そういうことを気にしたり、重要視したりしてしまいます。

12日前 No.1043

★oze15dF3dN_A7b

>>1043  ゆみさんへ

お久しぶりです。返信をありがとうございます。

> すべきであるとした場合、逆に「しなくちゃいけないんだ!」ともなりかねず、

> そのような気持ちは平穏という状態からかけ離れてしまう気がします。

> 宗教の「こうしなさい、ああしなさい」という意見の提示は、逆に心をがんじがらめにしてしまうのでは?と思えるということです。


ゆみさんが危惧されていることは了解しました。

私の知る仏教でのお話になりますが、確かに「しなくちゃいけないんだ!」という気持ちになると、縛られているようですね。それだと平穏は得られませんよね。その縛りをなくす為に、最初の方で三結というものが学ばれます。

三結(さんけつ)とは、有身見(うしんけん)疑(ぎ)戒禁取見(かいごんしゅけん)の三つです。

この中の戒禁取見が「〜ねばならない」という縛りの事なのですが、これらを断じます。つまり、このような見解をもってはいけませんよと言う教えなのですね。

もともと仏教は、仏陀の教えに対して基本的には学びたいという人が集まりました。ですので、その仏陀から「〜しなさいよ」と言われれば「〜しなくてはいけないのだ!」と思い込んでしまう気持ちも分からでもありませんが、自らの学びたい、マスターしたいという気持ちとその教えの狭間で、仏陀の教え自体をどのように解釈して実践していくのか?という、いわばセンスが必要なのではないでしょうか。このために、当時でも戒禁取見を断じえないまま亡くなった弟子が少なからずいたように思います。(ここは想像です)

ですので、例えば仏陀が「瞑想しなさいよ」或いは「瞑想すべきです」と言ったのを聞いて「瞑想しなければいけないのだー」と叫ぶ弟子がいたとすると「私は、そのような事は言っていませんよ」と仏陀は答えると思いますよ。(少しややこしいですね?(笑))

ですので、仏教を正しく学んだものは、そのような縛りになる拘りがないはずなのですね。なぜならば、戒禁取見を断じているからです。

> 一言で規律といっても、世の中には様々な規律が存在していて、その中でも

> 心の平穏を目的とした規律を掲げること、それを宗教と呼ぶのだと、私なりに定義しました。


はい。ゆみさんはゆみさんの定義でよいと思いますよ。宗教の目的は、心の平穏や安定、静寂が目的だと私個人も思います。人によっては、それを幸せと呼ぶのかもしれませんが。自らが選んだ宗教という道で、自らが苦しむのは、何かがおかしいという事だろうと思います。

12日前 No.1044

ゆみ @yumicoco ★M2tM0jQDcH_y9g

時さまへ

仏教では、「〜ねばならない」を禁じているのですね。
勉強になりました、ありがとうございます。

しかしそこでまた疑問がわきます。

「〜ねばならない」を禁じたとしても、心が自然にそう動いてしまうその、
心の働きをどのように抑えることができるのか?についても
提示してもらわないと、教えだけでは不十分な気がします。


そこで、宗教ではない新しいカテゴリーに登場してもらい、
人の心のありようをベストな状態に保ってくれる便利な何か(笑)
が、あったらいいなと思うのです。

そうするとですね、
はてさて、宗教というものはいささか不要になってくるんじゃないか、と
思う次第であります。

私のような未熟者が偉そうにすみません、、

12日前 No.1045

★qx5UgVUX0h_A7b

>>1045  ゆみさんへ

> しかしそこでまた疑問がわきます。

> 「〜ねばならない」を禁じたとしても、心が自然にそう動いてしまうその、

> 心の働きをどのように抑えることができるのか?についても

> 提示してもらわないと、教えだけでは不十分な気がします。


仏教でのお話ですが、戒禁取見を断じつつ、それができない場合に「その心の働きをどのように抑える事が出来るのか?」は、多くの教えを多くの時間を使って、徐々に学んでいくしかないのではないでしょうか。もしも正しく学べれば、最終的には静寂の境地が得られると思います。

そしてそれがある為に、人によっては仏陀の教えを一瞬で了知し、また、人によっては数十年もの間、行を続けていても了知できないままに亡くなってしまうのでしょう。

一朝一夕では無理だと思いますので、ある程度の時間をかけて、多くの教えを学びつつ実践するしかないように思います。

> そこで、宗教ではない新しいカテゴリーに登場してもらい、

> 人の心のありようをベストな状態に保ってくれる便利な何か(笑)

> が、あったらいいなと思うのです。


例えば、アロマテラピー的な何かとかですかね?(笑)

> そうするとですね、はてさて、宗教というものはいささか不要になってくるんじゃないか、と思う次第であります。


ゆみさんのご認識は、了解しました。しかし仏教の慧解脱や心解脱も正しく理解、実践できれば、一生ものですよ。

ゆみさんのご提案での新しい何か?便利な何か?があるようでしたら、私は反対しないだろうと思います。簡単ならば簡単な方が良いですから。

> 私のような未熟者が偉そうにすみません、、


いえいえ、私も含め皆凡夫ですよ。以上です。

12日前 No.1046

★J8HhtxJQbd_A7b

 ゆみさんへ

例えば、2050年あたりに古い宗教に変わって、新しい精神安定法が編み出され、世の中に浸透したとしましょう。そして誰もがその精神安定法を行い、一応、試した誰もが精神の安定を得られたとしましょう。

ところがある時、その中の一人の女性が、

「あれ?この心の安定は本物ではないのではないだろうか?だって、精神安定法で私の心は安定しそうになった時に、決まって、これは本当の安定ではない!と心の中で誰かが叫ぶのですもの。」

「世の中には、この安定法をまねたようなものも沢山あるようだし、高額な入会金や会員費をとる所もあるのだから」

「効果があるあるっていうけれど、こんな安定法は、私は認めたくないわ。だって、私には効果がないのだもの。」

そこで、その精神安定法ではない新しいカテゴリーに登場してもらい、人の心のありようをベストな状態に保ってくれる便利な何か(笑)が、あったらいいなと思うのです。

そうするとですね、はてさて、今ある精神安定法というものはいささか不要になってくるんじゃないか、と思う次第であります。


そして、時は2120年・・・・古い精神安定法に変わって・・

冗談ですよ(笑)

11日前 No.1047
ページ: 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11

 
 
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▲ページ上 >>
★必ず ローカルルールメビウスリングのルール をご覧ください。
 ▼スタンプ▲スタンプ
※スタンプはいちどに 3個 まで使えます  ×閉じる