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豊臣秀吉は何故キリスト教を禁止したのか?

 ( 議論掲示板 )
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buserite0083tanaka ★jFanLzekyD_yoD

豊臣秀吉はキリスト教を禁止し、
江戸幕府もそれに倣って、キリスト教禁止令を出した。
そもそも豊臣秀吉は何故キリスト教を禁止したのか?

日本の教科書は欧米白人に媚びているので、

「キリスト教は神の下で全ての人間は平等と説いた。
それが気に食わないので豊臣秀吉はキリスト教を禁止した」と
書いている。
アホか!!
ならば全ての人間の平等を説くキリスト教国には王様はいなかったのか?
もちろん王様はいた。
イギリスにもフランスにもキリスト教国に王様はちゃんといた。
キリスト教では「王様」は神の代理人とされ、
特別な権威を与えられていた。
王権神授説である。
よってキリスト教は君主制、王制を否定しているわけではないので、
「キリスト教は神の下で全ての人間は平等と説いた。
それが気に食わないので豊臣秀吉はキリスト教を禁止した」というのは
真っ赤なウソだ。
では何故、豊臣秀吉はキリスト教を禁止したのか?
理由はキリスト教宣教師が神社仏閣破壊を起こし、
さらに日本人女性を海外に性奴隷として売り飛ばしたことが原因だ。
ちなみに私はキリシタン大名・高山右近で有名な大阪府高槻市在住だ。
高山右近は近隣の野見神社などを破壊し、
多数の日本人女性を宣教師に性奴隷として引き渡した。
それなのに高山右近はなぜか高槻市の偉人となっているww
さて、そういう状況で豊臣秀吉はキリスト教を禁止したのだ。

正しい史実を知ること、キリシタンの悪辣さを知ることが
大切ではないだろうか??

ページ: 1


 
 

厨二病 @kec ★n1iSzXUWLB_Qjg

秀吉の判断は正しかった。

2ヶ月前 No.1

厨二病 @kec ★n1iSzXUWLB_Qjg

当時のキリスト教は、布教目的でよその国に乗り込んで、貧民に金品を施して手懐けておいてから、

軍隊を派遣して、植民地にするという手段を使っていたから、タチが悪いですよね。

日本はそうならなくて良かった。

2ヶ月前 No.2

みそおでん ★m17bodaY3d_mgE

立花氏が嫌いだったから

2ヶ月前 No.3

厨二病 @kec ★n1iSzXUWLB_h7d

まぁ、キリスト教は同性愛者を迫害しているし、その点でもタチが悪いですね。

2ヶ月前 No.4

中世古 結希 @nacaseko ★Smart=ks2tm4Whce

キリスト教が広まることで命令を聞かなくなるかもしれないことから鎖国をした。
そしてキリスト教を広める恐れのないオランダと中国にかぎって貿易をした。

1ヶ月前 No.5

中世古 結希 @nacaseko ★Smart=ks2tm4Whce

豊臣秀吉じゃなくて徳川家光じゃなかった?

1ヶ月前 No.6

厨二病 @kec ★n1iSzXUWLB_h7d

>>6

秀吉はキリスト教の危険性を信長に訴えてました。

1ヶ月前 No.7

高槻 ★wPDmwOwW6f_mgE

うそだゾ
秀吉は大友宗麟(キリシタン大名)とも仲悪く無かったゾ

1ヶ月前 No.8

厨二病 @kec ★n1iSzXUWLB_WcJ

>>8

当時は本当に日本人が奴隷として、外国に売り飛ばされてたそうです。

28日前 No.9

ポテト ★iPhone=2kOWhQEfo4

その日本人奴隷を外国人に売っていたのは日本人の商人だったけどね。

28日前 No.10

ポテト ★iPhone=2kOWhQEfo4

なぜ秀吉がいきなり半世紀近く放任されていたキリスト教を禁止したか?それは当時の為政者、将軍も諸侯も含めて常に危惧していたのは一向一揆の再現であり、さらにその本願寺が大阪でなくローマにあるとなると始末が悪いと信じていた事、ただ一向宗が政治勢力として無力になるなら各人の宗教的信仰まで問わなかったように、キリスト教が教会領を持って1領国を形成するような事態にならなければ各人の信仰までは問わないのが家康までの原則であったと言える、じゃなきゃ、カトリックじゃなかったとは言え、プロテスタントのウィリアム アダムスやヤン ヨーステンを家康が自らの側近にする事はあり得ない、ちなみにヨーステンの日本語名が訛ったのが八重洲(やえす)で、八重洲駅はヨーステンの屋敷があった所である。
話しを戻すと要するに秀吉が教会領を没収しながら、一般の信徒を半ば放任した理由は、キリスト教徒が一向宗のように領土を持って暴れるのを恐れたから、織田信長、豊富秀吉、上杉謙信など皆、一向一揆に苦戦して、家康は殺されかけた、だから宗教が武装して政治勢力を持つのを恐れた、信長も秀吉も家康も徹底的に一向宗を叩き潰したが、一向宗が武装解除して政治勢力として無力化したあとは秀吉は寺を立て直したり援助している、戦国時代の為政者にとって信仰は問題ではなかった。

※警告に同意して書きこまれました (個人情報)
28日前 No.11

ポテト ★iPhone=2kOWhQEfo4

ただし、江戸初期になり、新井白石の時代になると、話が変わる、当時の幕府の責任者だったのは新井白石で、彼は当時の日本人の中で一級の知識人であった上に日本人で初めて日本社会と西洋社会の違いに気付いた人である、難しいし、俺も全てを理解してるわけじゃないから、完全には説明できないが、言わせると、西洋人の頭の中と日本人の頭の中は無茶苦茶違う、日本社会と西洋社会はかなり違う、西洋人は肉の支配と精神の支配という二つの権力があるのを当たり前とする社会である、肉の支配とは、皇帝や王が治める国の法律、精神、あるいは魂の支配は、教皇が治める教会法で、皇帝や王でも、精神の方には口出しできない、皇帝と教皇という二つの権威、二つのルール、肉体世界と精神世界の法律という二つの全く違う権威、アメリカの憲法で信仰の自由というのがあるが、それは外面上の国のルールにはしたがってもらうが、精神上の問題、宗教上の問題にはノータッチですという意味で、人が何を心に思おうが、外面上何もしなければ問題ないという事である、江戸時代の日本はそうではない、日本人は子供は親を天と崇め親は自分の組織を天と崇め組織はリーダーを天と崇めるように、子供は親を天と崇め、親は幕府を天と崇め、幕府は将軍を天と崇める、その上に天皇がいるというように基本的に日本はリーダーが一つの国で、西洋のように、肉体のリーダーと精神のリーダー二つのリーダーが同時に存在する社会ではない、日本は西洋のと違って肉体と精神を分解しない文化である、肉体と精神両方が同じなのが良いとするのが江戸時代の日本で、新井白石はキリスト教を受け入れたら、二君に使える事になるから日本の社会に混乱をもたらすから、日本には合わないと考えたのである、日本は一君の国だからである。

28日前 No.12

ポテト ★iPhone=2kOWhQEfo4

二君とは神と将軍のことであり、キリスト教を受け入れたら、将軍の命令を拒否する可能性が出てくる。

28日前 No.13

厨二病 @kec ★n1iSzXUWLB_WcJ

>>13

そういった懸念は明治時代になってもありました。

26日前 No.14

ポテト ★iPhone=OJrbeBVjRR

俺はキリスト教が邪悪だとは思わないけどな、マイナスな面や過激な集団は全ての宗教にあるし、例えばオウム真理教も仏教だけど、誰もそれが仏教の代表とは考えてないでしょ?戦国時代の一向宗もしかり、一向宗の坊主は酒、女、権力に酔い、民衆を扇動して、各地で暴力を振るったけど、その行為が仏教の教えを体現してるとは思わないでしょ?

20日前 No.15

ポテト ★iPhone=Wtt6Y4zhkh

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19日前 No.16

ポテト ★iPhone=85h2jJGzEN

まずキリスト教が邪悪で仏教が平和的というが、仏教が日本に入ってきた時は反対派の日本人を滅ぼして反対派の崇峻天皇まで滅ぼして、広めたんだが、そういう暴力的な事は邪悪ではないのか?

19日前 No.17

ポテト ★iPhone=85h2jJGzEN

厨二病さんのNo2はおかしい、スペイン人ならともかく、イタリア人宣教師のシドチなどはキリスト教を布教してもローマは植民地なんか持たないし、軍隊さえ持ってないのだから、他国に軍隊なんか送れないし、植民地さえ持ってないし、メリットもない、幕府の総責任者である新井白石にシドチは上記のような事を言っていて、新井白石も調査してシドチが本当の事を言ってるのを分かっているし、シドチが自分の命さえ試みずに純粋に善意で遠くローマから日本まで来て布教をしにきたのを認めていたし、尊敬さえしていた、ただし、当時の日本の社会構造にはキリスト教は合わないから、無理と断った、前にも言ったとおり西洋は外面の行動に関わる法律と内面の精神に関わる法律と二つの法律が存在するが、それが彼らの伝統であり基本であるから、シドチは白石に日本の外面上の行動上の法律は守るから布教させてくれと言ったが、白石は日本は外面上と内面上の法律を区別しない一君の国だと言って断った、その後丁重にシドチを故郷に帰れるように取りはからった、日本は一見、宗教に寛容に見えるが、精神構造は三共一致論を中心にしている、日本人の思想は分かりにくいが中国人ともインド人ともかなり違う、その理由はあまり自分達の思想を文字にして異民族に伝える機会があまりなかったからだと思う、例えば仏教を例にすると仏教の救済は実はかなり論理体系がありたくさんのお経、論理があるのだが、中国人、インド人はちゃんとそこを重視するが、日本人の場合は曖昧にするし、殆ど、仏教の論理やお経の研究などしなく、重視しない。

19日前 No.18

ポテト ★iPhone=Y40FtQRdXW

あと、ちなみに王権神授説は戦国時代から、かなり後になって出来た説であって、それは王様がブルジョワ階級と手を組んで貴族を倒してからの話であって、戦国時代までの西洋は王様は絶対ではない、法の前に全ての人民は平等であるとアメリカの憲法で書かれているのは神の前では全ての人間は平等と言う意味であって、絶対王制の時代を除いて西洋では伝統的に、王様でも大統領でも法律には逆らえない、一般民衆と同じく法の前で平等に罰せられる、上からは伝統と法律で抑えられ、下からは貴族に押されているのが当時の王様で、特別に他の貴族より強いってわけじゃなく、一応、みんなの調停者、代表者として存在していた、だから戦国時代の西洋に王権神授説を持ってくるのは間違っている、西洋は本質的に政府も王様も大統領も絶対とは考えていない、神のみが絶対であって、その前では全ては平等という思想、例えば、聖書で書かれている初代預言者にはモーセがいるけど、民衆を奴隷の状態から救って、約束の地に連れて行ったリーダーだったけど、用が済んだら神に用済みにされている、他の預言者もそう、預言者は神のために頑張るし、善人だけど悲惨な死にかたをしている、神が絶対であって、人間の行動には左右されないのが彼らの神の概念、預言者は精神面、信仰上のリーダーだけど外面上、行動上のリーダーは王様がいたけど、その王様も神の前で誓った契約は破れず、破ったら王様失格として預言者と民衆に糾弾されて、王で居られなくなる、王であるのは、あくまでも契約を守っているかのみで決まり、契約、今で言えば憲法を破ればその資格を失い、王が憲法を守っているかどうか監視しているのが預言者であり、預言者も王様も西洋では伝統的絶対ではない、政府、体制さえ絶対とは彼らは信じていない、というか政府は人工的に人間が作った物だから、仮に作った砂の城みたいな感覚で見てる、便利だから一応、一時的に作ったものという認識。

11日前 No.19
ページ: 1

 
 
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