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【新撰組について】

 ( 議論掲示板 )
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な-ちむ.@sumomo555☆AHT/cZC0Wt6 ★SOFTBANK=x2SuewpEOi

貴方にとって新撰組は悪いイメージですか?


私は新撰組が好きなのですが、この前母親に馬鹿にされました。


「ただの人斬り集団で馬鹿の集まりだ」と。

政府に雇われてるのですから そうせざるを得ないじゃないですか。
馬鹿な集まりってのも新撰組は時代を動かそうとした1つの団体でもある。

なら維新志士も馬鹿になると思いませんか?
違いはなんですか?新撰組が人斬り集団だとしたら
京都を火の海にしようとしか長州の彼らは、より京都の治安を悪化させ、関係のないたくさんの犠牲を出す前に新撰組は長州藩士を捕らえた(池田屋事件)。


京都見廻り組も徳川幕府も会津藩も分からなかった、気づかなかった情報を得て、京都の町を守ったのも新撰組。


それに京都見廻り組は幕府に食費、隊服などを援助されていたのに、新撰組は援助0。
隊服も自腹で、軍隊とも認められず雇われたのにも関わらず、新撰組は幕府を守りつづけた。


この新撰組のどこが馬鹿だと思いますか?


新撰組内でも、暴れ出す隊士がいたから厳しい局中法度が出され、浪士の集まりですから厳しいルールじゃないと 新撰組内も壊れていく。

その局中法度も馬鹿馬鹿しい、と馬鹿にする母を殴ってもよろしいですか?

※警告に同意して書きこまれました (個人情報)
5年前 No.0
メモ2014/12/18 14:32 : あさり★cfHo7CUMKK_xKY

新選組は馬鹿の集まりなんかじゃありません!局中法度だって隊を引き締めるためだと私は思います。私は新選組の土方さんが好きですが鬼の副長と呼ばれていますが、小姓の市村鉄之助を逃がしたりと優しかったんじゃないでしょうか?鬼の副長と呼ばれてしまったのは新選組のためだと思いますし。。本当はそんな母親殴っちゃえ!と、言いたいところですが後で面倒なのでやめたほうがいいかと。。。。

ページ: 1

 
 

影丸@setunayuki☆f0Vd8zFhaMs ★5l6isxTNyK_B4w


お母さまを殴るのは宜しくありませんが、俺は新撰組が馬鹿馬鹿しいとは思いません。

俺は新撰組が好きですし、単純に尊敬します。
新撰組は今までの時代の中では小さな歯車に過ぎないかもしれませんが、己の信念を守り続け最後の最後まで命を懸けて戦った日本の誇れる武士集団だったのではいかと思います。

それに、もしただの人斬り集団の悪人だったら日本史の教科書に書いてあることは嘘ということになってしまいますね。
NHKでやっていた新撰組の大河ドラマでだって、凄く立派だったと思いますし^^

ということで、俺は新撰組には見習うべきところがいくつもあると思いますし、格好良いと思います。

5年前 No.1

フロイトの弟子 ★ZJBV4pt2pC_LiH

私も新撰組は好きです。

でも、池田屋事件は斬り合いになるのは防げなかったんですかね?

永倉新八の手記では、維新側が先に斬りかかったみたいですが。

新撰組カッコいいですよね。

5年前 No.2

茶番@nagoya☆XBTYt8ywMUS9 ★sFQMytmMjt_atp

新撰組と言う組織の活動は現在で言う所の政治警察であり評価の別れるのも当然と言えます。
革新勢力の思想弾圧・取り締まりを目的として組織運用された武装集団ですからね。
新撰組は最終的には野戦部隊として運用されていますが基本は警察機関です。
故に母親の評価も妥当と言えば妥当と言えるでしょう。
政治警察とは日本で言えば特高であったりナチのゲシュタポであったりと御世辞にも褒められる存在ではありません。
「思想も持たず用兵も心得ず刀を振り回して政治犯を捕まえただけ」と評することも出来る訳ですからね。
ただ「時代を動かそうとした1つの団体」と言う認識は明らかに誤っています。
新撰組は徳川幕府という既存体制を守ることを目的としていますから「時代を動かす」と言う表現は適当ではありません。
「時代を動かす」ならば新たな政治的思想を持った人物達の事を指すべきであります。
然るに新撰組に対しては「徳川の時代を守ろうとした集団」と評するべきでしょう。

5年前 No.3

フロイトの弟子 ★ZJBV4pt2pC_LiH

>>3

新撰組は今でこそ評価が高いですけど、同時代人の評価は物凄く低い。

京都では、「ウソから出た誠」と言う歌もあったそうです。

当時の士農工商と言う身分制度を守ろうとし、その中で立身出世しようとした集団だからでしょうか?

5年前 No.4

茶番@nagoya☆XBTYt8ywMUS9 ★sFQMytmMjt_atp

>>4

現在評価が高いのは創作によって美化された新撰組の印象が強いからでしょう。
同世代で評価が低いのは新撰組の行動にそもそも問題があるからだと思いますよ。
>>0 で「新撰組は援助0」とありますけれど商人から無理矢理資金供出を要求したりしていますからね。
「幕府からの支援は0」でも「民間人から資金を強請る」集団に当時の人間が好意を抱ける筈もありませんよ。
悪く言えば「横暴な成り上がり」である訳なんですから。

5年前 No.5

フロイトの弟子 ★ZJBV4pt2pC_LiH

>>5

商人からの借金は主に芹沢鴨がやってたんですよね。

新見錦は、それが原因で切腹になりましたし。

あの辺りから、局中法度に「勝手に金策するべからず」っていう掟が出来たんですよね。

5年前 No.6

茶番@nagoya☆XBTYt8ywMUS9 ★sFQMytmMjt_atp

>>6

実際は給料の支払いに関しても商人に依存していた事実もあります。
給料支払いと言う公的な支出に対しては局中法度の規制対象とはなりませんからね。
新撰組自体派閥抗争もありましたから一概に新撰組を評するのは矢張り難しいでしょう。
忠臣蔵でどうしようもない悪役である吉良上野介は実際に名君である様に、また専制君主制の悪玉にされるルイ16世が意外な良識人であったようにと創作は本来の業績を曲げてしまう。
新撰組に対する「カッコイイ」だとか「立派」という評価はその実像を観たときに大きく変わるのではないかと思う。
恐らく新撰組の「汚い面」に目を向けようとしない人も多いのではないか?

5年前 No.7

フロイトの弟子 ★ZJBV4pt2pC_LiH

>>7

私も新撰組はかなり本を読んで、詳しいつもりなんですが、彼らは汚い事もやっていたんですか、知りませんでした。

ただ、新撰組が近藤の時代になってからは、かなり厳しくなったんじゃないですかね。

「勝手に金策」する隊士はほとんどいなかったみたいです。

会津煩から公式に資金援助があったからなんでしょうけど。

臆病という事で脱退させられた隊士が(名前は忘れたんですけど)、町人から金を巻き上げた時には、即刻新撰組から、沖田や原田が派遣され、粛清された

みたいです。

乱れていたのは芹沢の生きていた時代だけと言う印象があります。

5年前 No.8

茶番@nagoya☆XBTYt8ywMUS9 ★sFQMytmMjt_atp

>>8

逆に言えば芹沢一派を粛正することにより近藤派は地位を盤石にすることが出来たと言えるのですよ。
芹沢一派は確かに金にだらしない存在ではあったが一時的ではあれど主流派閥だったのも事実です。
ナチが長いナイフの夜で突撃隊幹部を粛正し親衛隊が地位を盤石にしたようにね。
近藤勇の恐怖統率は芹沢一派の粛清があってこその事柄です。
無論近藤勇の統率が悪かったとは思いませんが「派閥闘争」という概念無しに新撰組を観るのもどうかと思います。
近藤勇に関しては生まれてくる時代が戦国時代当たりであれば立身出世出来たのではないかと思いますよ?
しかし近代用兵に無学な指揮官である以上、幕末期に野戦指揮官として評価することは出来ません。
また、確固たる政治理念を持たないので思想家としても評価できないでしょう。
良くも悪くも兵卒の域を出ないといった所でしょうかね。

5年前 No.9

フロイトの弟子 ★ZJBV4pt2pC_LiH

>>9

幕末の時代は軍隊を近代化する必要が叫ばれていた訳ですよね。

黒船が来て日本を守るには海軍が必要だという事で。

新撰組も鳥羽伏見の戦いで隊士がかなり死んでしまってたので、土方が「もう剣や槍では戦争は出来ません」と言ったみたいですね。

彼らも、大砲の練習はしていたみたいですね。

「新選組顛末記」を読むと近藤は「援軍が来る」とウソを言って隊士を怒らせたり、篝火をたいて大軍がいると見せかけて逆に維新側の軍勢を増やしてしま

ったり、あまり用兵には通じていなかったのかもしれませんね。

5年前 No.10

茶番@nagoya☆XBTYt8ywMUS9 ★sFQMytmMjt_atp

>>10

「新選組顛末記」は2門の大砲を分解し不手際から敵に砲撃を行えなかった旨も記されていますね。
結局、新撰組の敵は最後まで日本人であったということですよ。
幕府伝習隊は寄せ集めの志願兵でこそありましたが対外防衛を視野に入れてあるだけあり装備も戦術も比べ物になりません。
身内の日本人が相手だからこそ刀を振り回すだけで商売ができた新撰組では組織的な限界があったと言えます。

5年前 No.11

フロイトの弟子 ★ZJBV4pt2pC_LiH

>>11

幕末の京都では、井伊大老の暗殺以来かなり治安が乱れていたようです。

田中光顕によると、当時は勤王の志士と言うと「火付け、強盗とほとんど語感的に変わらなかった」そうです。

偽の勤王浪士が出現して、商人の家にやって来ては強請、たかり、強盗をやったりして、金品を巻きあげていたようです。

そういった中で、新撰組が果たした治安維持の功績は、大きかったんじゃないでしょうか?

池田屋事件も京都大火を未然に防いだわけですし。

新撰組もフランス式の軍事訓練をやっていたみたいですから、近代用兵とか野戦とかの研究もやってたんじゃないですか?

当時の武士は皆孫子とか呉子の研究はやっていたみたいですし。

5年前 No.12

茶番@nagoya☆XBTYt8ywMUS9 ★sFQMytmMjt_aln

>>12

辛口の評価ですが政治警察がテロを防止出来なければそれこそ本末転倒でしょう。
治安は維持できて当然、それが仕事です。
新撰組のフランス式軍事教練は期間が限られた上に用兵思想転換が遅れ有効性を見出す機会を逃したのも事実です。
また江戸時代の武士が学んでいた兵法は戦国時代から完全にストップした内容ですから形骸的なものでしかありません。
根本的に新撰組は軍隊ではありませんから限界もあったでしょう。

5年前 No.13

トマトフェイス ★u0K2ZiBMUu_bnV

 みんな、
 中高年版に「貴方が会って話してみたい歴史上の人物は」というスレがあります。
 新撰組もちょくちょく出てきたみたいです。
 そこでも語ったらどうかな。

5年前 No.14

フロイトの弟子 ★ZJBV4pt2pC_KMC

>>13

近代用兵と言っても、戦争の原理は戦国時代でも近代でも、それほど変わらないんじゃないですかね?

兵器が進歩するぐらいで。

池田屋事件で勤王側が京都大火を計画したという事ですが、これは幕府側の記録で勤王側にはこの記録はないそうです。

古高が新撰組に拷問されて苦し紛れに、話を作った可能性はありますね。

>>14

有り難う御座います、トマトフェイスさん。

5年前 No.15

茶番@nagoya☆XBTYt8ywMUS9 ★sFQMytmMjt_aln

>>15
世界を観れば既にナポレオン戦争が終了し大村益次郎と言ったような人物は積極的に国外の知識を持ち込んでいましたからね。
戦列歩兵の運用一つでも戦国時代とは対比にならない運用が必要とされます。
そもそも戦国時代に運用された火縄銃は「猟銃」であり「軍用銃」ではありません。
故に銃剣が登場することはありませんでしたからね。
銃剣突撃一つにしても戦国時代からは考えられない技術革新の一つですよ。
火砲の運用にしても本格的に榴弾や対人散弾を運用し始めたのはこのころです。
戦国時代は砲術は対人戦闘に向くものではないと解釈されていました。
しかし砲の発展がこの意識を覆した訳です。
兵器の技術的進歩が戦場に変化を齎し軍隊の編成から運用までも変えてしまったということですよ。
そういう意味では当時の日本でしかもガチガチな「御侍様」に憧れる人間にこれを求めるのも酷な話かもしれませんがね。

5年前 No.16

フロイトの弟子 ★ZJBV4pt2pC_KMC

>>16

なるほど、そうなんですか。

孫子は、今読んでも役に立ちますよね、ビジネスマンが読んだりしているみたいですが。

軍隊では砲弾の着地点を計算したりするために、数学の知識が必要みたいですね。

あまり、詳しく知らないんですが。

ところで、「新選組□末記」を読むと、近藤が流山で新政府軍に捕まる前に、永倉と原田達が近藤と決別しますよね。

あのシーンはドラマや小説にはし辛いですね。

「拙者はそのような私の決議には加盟致さん、ただ、今後は拙者の家臣となって働くというなら同意致そう」という近藤のセリフ。

何か、近藤の人柄がモロに出てしまってるような気がします。

ちょっと、後味が良くないですね。

5年前 No.17

茶番@nagoya☆XBTYt8ywMUS9 ★sFQMytmMjt_aln

>>17

「孫子の兵法」や「クラウゼヴィッツの戦争論」を今読んでも役に立つのは技術的革新を理解出来ている前提があるからです。
サラリーマンの営業知識にしても不変の物ではありません。
新しい情報をアップデートし絶えず更新せねばならないのです。
だから技術が停滞し外国との摩擦が極端に限定された徳川政権時代に幾ら孫子を学んだとしても実戦に応用することが出来ません。
これでは幾ら兵学を学んだとしても実戦に活用できず意味を成さないのですよ。
確かに気持ちの良いやり取りではないですね。
しかし武功や政治的功績に富んだ人物が必ずしも人間性に優れた人物だけではありませんから当然そういうやり取りも起こるでしょう。
まァ功績の偉大な人間が必ずしも人間としても偉大な訳ではないという一例ですね。

5年前 No.18

フロイトの弟子 ★28CuZLAgE6_KMC

茶番さんは、新撰組が嫌いなんですか?

私は新撰組は好きですけど、維新側の方が興味が湧くという感じですね。

人物として近藤と龍馬や高杉を比べると、龍馬とかの方が上かなと思ったりはします。

5年前 No.19

関西人 ★scobDy1bH1_EP8

新撰組!!僕は好きですよ

5年前 No.20

人生万事塞翁が馬 ★vWX7X8uxQ0_KMC

新撰組最強の剣士は誰か?

沖田?

斉藤?

服部?

誰だろう?

5年前 No.21

人生万事塞翁が馬 ★Hj4Z7hViPD_KMC

土方歳三、参る!

土方さんが明治の世に生きていたらどんな人生を送ったろうか?

明治政府に反逆したろうか?

5年前 No.22

格闘王 ★ubIuElIXXB_nXr

まぁ、池田屋事件で新撰組は
いきなり志士たちを斬り殺したわけだけど
もうちょっと、穏便に済ますことは出来なかったのかね

そういう事を思ったりする

4年前 No.23

格闘王 ★wDU1ygJXcv_nXr

議論版に新撰組スレを作ってもだれも来ないなww
まぁ、議論するほどの思想性が新撰組にはないしなw

4年前 No.24

格闘王 ★wDU1ygJXcv_nXr

池田屋事件が起きる前には既に見廻り組が誕生し
京都の治安維持に当たっていたというし

もし、新選組が池田屋事件を起こしていなかったら
解散命令が出ていたかもしれませんね

見廻り組は由緒正しい武士の集団であり
かたや新撰組は身分を問わない怪しげな浪士の集団というし

新撰組にしてみれば、この池田屋事件で手柄を立てなければ
失業してしまうという危機感が、あったんでしょうね

4年前 No.25

格闘王 ★wDU1ygJXcv_nXr

新撰組は浪士の逃亡を理由に隊士達が
見廻り組のテリトリーを荒らしたそうですが

これも、自分たちの生活圏を守ろうという
意志の現れなんでしょうね

トップ同士は仲が良かったそうですが

4年前 No.26

格闘王 ★wDU1ygJXcv_KMC

河合喜三郎の斬首事件は
後味が良くないですね

土方が斬首に決めたそうですが

会計方として隊の機密を握っていたから
除隊処分で済ますことは出来なかったという
事なんでしょうかね

4年前 No.27

格闘王 ★OP09FFB7Be_KMC

原田左之助は
なぜ急に靖兵隊から離れて
江戸へ帰ったんだろうか?

永倉新八が言っているように
妻子の愛着に心を惹かされて
逃げたんだろうか

4年前 No.28

格闘王 ★OP09FFB7Be_KMC

坂本龍馬の妻であるお龍さんの回想録を読むと
当時の京都の市民は新選組を暴力団の様に見ていたようだ

5、6人で束になって浪士に喧嘩を売って
浪士狩りをやっていたみたいだから
そういう風に見えない事もない

※警告に同意して書きこまれました (個人情報)
4年前 No.29

がそーるのゴハン ★tPbN0Bvt0t_Xty

榎本と土方は函館の五稜郭に立てこもって最後の抵抗をしたが、二人の運命は最初から同じエスカレーターに乗っていなかった。土方ら新撰組は長州から長年の恨みを買っていたから降伏しても許るされることはなく近藤勇が処刑されたように処刑されただろう。榎本は恨まれていなかったから許されて新政府の要人とまでなった。

4年前 No.30

SM ★Android=5jSWvNHpES

お母様に言ってやったらどうですか?
「新選組を馬鹿に出来るのなら新選組の全てを語ってみろ」って。
幕末は斬るのが当たり前です。
新選組だけが人斬りなら岡田以蔵は?中村半次郎は?
馬鹿な人達は浪士の方だと思うのですが…

3年前 No.31

無名 ★oLoiiTjmWE_mgE

新撰組はあまり人を斬らなかったみたいですね、年に一人斬るか、斬らなかったかくらいで。

3年前 No.32

女性専用車両賛成派。 @rgm7701 ★Tablet=bWasAlrmPU

おはようございます、はじめまして。
もしよろしければ参加させて下さい。

難しいお話しだと思いますよ?
志士としてみたら最強の厄介者。
京都の人からしたら、治安を守ってくれるのはいいが正直信用は出来ない集団。お金を貸してくれなかった商人のお店に大砲を撃ち込む所業をした前科もありますしね。プラス余所者です。
侍になりたかった、という純粋な気持ちを持っていて、最期まで幕府と共に戦った方が多かったという一面もあって、自分は好きですがね?

3年前 No.33

早稲田田んぼ(女性専用車賛成派) ★IvF7AsR47e_mgE

早く新政府側についてゴマをすればよかったのにバカだね会津は。

2年前 No.34

ほたる ★oLoiiTjmWE_mgE

会津は長州と敵対していたしそれは無理でしょう。

2年前 No.35

@giro☆KaoGH7xAroQ ★DOCOMO=AtDOcCQhmw

旧体制にしがみついて
のし上がろうとしたヤクザもんってイメージだな

新撰組創成期メンバーの
芹沢 鴨
なんか
正にそうだな
惨殺されたけど

金を貸さない質屋に
大砲ぶちこんだってエピソードなかったかな?
新撰組には

京都の治安維持なんざ
ただの建前
ってイメージ

でも
最後の最後まで
新政府軍に抗った
土方はカッコいい


個人にスポット当てれば
好感持てるけど
組織としては
悪いイメージしかない

2年前 No.36

★iPhone=8joO28IYdJ

参加させていただきますが…


確かに、お母様の仰るように、人斬り集団と言われるのも仕方ないかもしれません。

しかし、他の方が仰るように、仕方ないというのと真実は別です。

今の日本は明治維新があったからこそある日本です。
つまり、新選組の敵側の勝利による今の日本、と考えた場合は確かに新選組は今の人からすると敵になりますよね、

私も新選組に憧れています。
でも、確かに周りは人斬り集団という方々ばかりです。
人は確かに沢山斬っています。それでも、貫いた信念と胸に誓った「誠」は馬鹿にする、蔑む対象ではなく、尊敬するべき対象だと私は考えています。

しかし、その魅力を理解できないような方々に無理に理解をしてもらおうとは思いません。話題の共有できる人はいるといいですが、きっとまだ、他にいるはずです。新選組に憧れている人たちはきっと別にいると考えましょう?

2年前 No.37

霑キ縺□賢 @mebirin12 ★lFoLi7dEwE_VrM

池田屋事件が原因で幕府が諸藩の浪人とかを集めて、

海軍を建設するという計画がポシャッたみたいですね。

当時すでに見廻り組が京都の治安維持に当たり始めていて、

池田屋事件がなかったら、

新撰組もなくなっていたという説があるみたいですね。

2年前 No.38

雅楽 @125km☆QSLfrgtkv8w ★Tablet=jWu0eS5ByV

新撰組は同時代の人も評価していますよ。
桂小五郎は明治10年位に、
治安維持の為に新撰組のような組織を作ってはどうか、と提案していたはず。

何だかんだ言って敵も評価するだけの組織だったのでしょう。

2年前 No.39

霑キ縺□賢 @mebirin12 ★lFoLi7dEwE_JsZ

京都見廻り組という武士の集団が京都の治安維持をやっていたというし、

特に新撰組は必要なかったのかなと思います。

2年前 No.40

火(ほ)すせり ★u87JLSGDtJ_7s1

ゲシュタポと同様の連中。
京都では新撰組グッズが平然と売られているが、ナチスグッズで儲けてるのとおんなじ。

1年前 No.41

oki ★DSi=fjIcb7s0qX

 私も新選組が好きです。いつも、リビングで新選組に関する書物を読みます。
 つい先日、いつものように読書をしていたら、私の父に「人斬り集団のどこがいいの?」と言われました。父は、坂本龍馬様が大好きで、リスペクトしているので敵対する新選組を良く思っていませんでした。
私は、“人斬り集団”という言葉についカッとなって父を無視してリビングから出ていきました。この時私は父と私にも怒りを感じました。あの時、冷静だったとしても、私は新選組のどこが良いのか言えなかったと思ったからです。だから、一時期新選組に不信感を抱きました。ですが思い出しました。私は、新選組の前に土方歳三を好きになったと。土方さんは、永倉新八と原田左之助が離隊する時に、「今までありがとう。」みたいな感謝の言葉を述べたようです。自分を裏切る人達にですよ。私はかっこいいと直感しました。そこから新選組に本気でハマりました。
 これは新選組の良いところしか見ていないですが、自分が好きならそれで良いのではないのでしょうか?私は、他人に何を言われようと新選組が好きですよ。
(不信な時期あり) ←

1年前 No.42

つき ★DSi=cJ1kY5T9wQ

新選組というと近藤勇、土方歳三や沖田総司を思い浮かべる方が多いと思います。ですが、粛清された芹沢鴨は水戸では評判が悪くなく、弟子の面倒見も良かったと伝わっています。金策をして汚いというイメージもあるでしょうが、芹沢が金策をしなければ新選組は潰れていたともいわれています。つまり、芹沢は汚い役を買ったリーダーシップのある人間だったと言えます。他にも浅田次郎さんの「壬生義士伝」で有名になった吉村貫一郎や先日写真が発表された斎藤一(←私の一番お気に入りの人)などがすごい人がたくさんいます。国のため幕府のため大切な家族を守るため忠義を果たした人達が今に伝わっています。己の志を果たした者を嘲笑うことなんて誰にもできません!!        人を殺したい人間なんて新選組にはいません。いたとしても、土方に粛清されています。何のために彼らは人を斬ったのか考えてみて下さい。

1年前 No.43

新鮮組 総長 ★P9ZVRAL0zR_jmr

社チョー どうして俺はここにいるんだー 辺鄙なところで 主治医がへき地医療で 県から表彰されたんだけど自分どうしていいかわからん その病院 名誉院長とかいてみてもらって大丈夫かと思う。現在 俺 重病人だと思うけど先生に伝えていいのかわからん、自分が思うに 神経熱が出てクーラーかけても汗が出ていけん 寝汗なんだけど クーラーの設定温度は26度扇風機かけてやっと寝ている誰か助けてくれんかねって思ってるんだけど、冬まで待ってみようと思う とにかくあっちいい。

1ヶ月前 No.44

厨二病 @kec ★n1iSzXUWLB_WcJ

あの時、ペリーの来航で日本には海軍が必要だというのが、当時の識者の一致した意見だったそうです。

それが池田屋事件の影響で、海軍塾とかが閉鎖されて困ったそうです。

26日前 No.45

みたのしきま ★MSP1jLnajG_Y9V


*ペリーの来航で日本には海軍が必要だというのが、当時の識者の一致した意見だったそうです。

識者というのは、坂本龍馬以下バカの集まりですね。

黒船(鉄による造船と蒸気による推進力)の後を追いかけて海軍を作り始めるというのは永久に負け戦。

この時から、航空機の開発をすべきですよ。徳川さんのように。


徳川 好敏(とくがわ よしとし、1884年(明治17年)7月24日 - 1963年(昭和38年)4月17日)は、日本の陸軍軍人、華族。
清水徳川家第8代当主にあたり、陸軍で航空分野を主導した。軍人としての最終階級は陸軍中将。華族としての爵位は男爵。
1910年(明治43年)12月19日午前、軍公式の飛行試験で日本国内で初めて飛行機により空を飛んだ。Wiki引用

25日前 No.46

厨二病 @kec ★n1iSzXUWLB_WcJ

>>46

軍艦とかの近代的な船を作る技術がない時代に、どうやって飛行機を作るんですか?

23日前 No.47
ページ: 1

 
 
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