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煩悩モラトリアム

 ( エッセイ投稿城 )
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青沼 静馬 @sizma ★bLq6eEKYZA_mgE

およそ6年ぶりにパソコンの前に立った。重い腰をあげ、今まで言いたくても言えなかったこのやるせない気持ちを書き溜めていく。
僕という人間は本当にまだ大人になりきれていない。未だに人生は何度でもやり直しがきくと思い込んでいやがる男である。
毎日が猶予期間であると思い込み、無駄に日々を食いつぶしていくことしかできないモラトリアム人間。

若いときに楽をしてきたツケと奨学金の請求がいつやってくるのかを日々おびえてながら暮らしている20代後半の男である。


……とまあこんな感じで始めていきます。最後までお付き合いいただければと思います。

メモ2018/01/27 04:10 : 青沼 静馬 @sizma★iPhone-5hO52oiA6I

基本的には日々思った事を書いていく。

ときには不平不満をただ思い切りブチまけて終わることもあるけれどもどうか黙認を

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削除済み @sizma ★bLq6eEKYZA_mgE

【記事主より削除】 ( 2018/01/26 03:40 )

4ヶ月前 No.1

青沼 静馬 @sizma ★iPhone=5hO52oiA6I

『古巣復帰』

先日はお騒がせをしてしまい、拝読している読者様を混乱させてしまった事を心からお詫びいたします。何故最初に書いた記事を削除してしまったのかを簡単に御説明させていただきますと、今回の記事を自分で読み直し、添削したうえで投稿をしたつもりが、思った以上に誤字脱字が多かった為に一旦削除してまた改めて投稿しようとしてみたのですが……やれ“二重投稿”だの“もう一度お確かめのうえ投稿してください”とエラーを連発しまして、しぶしぶサブ記事に分けて投稿しても同じ内容でエラーを連発。ピッチャーが下柳剛だったらグローブ何度叩きつけてたかわかったものじゃありませんよ(なんのこっちゃ)!

とまあ色々ありまして、我がプロフィールの方に掲載して何事もなかったかのように振舞っている次第でございます。しかしまあ振り返ってみますとなかなかの失態を犯したもので、オリックスの助っ人外国人が本塁打打ったのにベース踏み忘れて無になったような、WBCでホームランボールをキャッチして人生終了してしまった少年の気持ちですよ。そりゃ〜もうやらかしましたよ! はいはいはいはい焦りましたよ(このネタを知ってる人そんなにいないだろうな)!

だってね、実に6年ぶりにパソコンの前に座り、メビリンにねエッセイ書いた訳ですよ(まともな文章を書いたのも実に6年ぶり)。ずぅ〜〜〜とね、全角のフォントのままなんですよ! もう気持ちの悪いことこのうえない! 最先端技術が普及しつつある昨今の世の中。InstagramやFacebookといったものを一種のコミュニケーションツールとして使う事が当たり前の中でスマートフォンもロクに扱えず、ましてや全角を半角にも変えることのできないアナログ原始人の私。もうその事自体が“失態”でなりませんよ。ハイというわけで文明の所為にしたところで今回のテーマは古巣復帰について書かせていただきます。

広島東洋カープに新井貴浩選手が復帰して早2年という月日が経ちました。そこからのご活躍は周知の事ですが、本当に驚かされる事ばかりでした。2000本安打から始まり、300本塁打、そして忘れもしない“七夕の奇跡”と言われ伝説となった逆転スリーランホームラン……本当に挙げていけばキリがありません。阪神タイガースでもがき苦しんだあの日が嘘のように思えてきますね。ネットじゃ辛いさんやらツラゲだのdisられまくってたあの新井さんが古巣広島に復帰してからのご活躍っぷり。いやあー思い出すだけでも嬉しいですね。勿論この復帰の背景には同じシーズンに復帰した黒田博樹氏の後押しもありますよ。25年ぶりにセ・リーグ優勝した時にみせたあの男泣きで、カープファンの涙腺からは1リットルの涙を搾り取ったに違いありません(だって僕もねタップリ搾り取られましたから!)……まあ筆者のカープ愛が充分にわかったところで話を戻します。

やはり復帰するにも色々な理由があるもので「最後はお世話になったカープで散っていきたい
」と新井氏は会見でこう言ってました。じゃあ僕が何故古巣であるメビウスリングに帰ってきたのか? その理由は……ずばり“毒づきたくなった”のである。拝読されてらっしゃる皆様は頭にハテナが浮かんでると思いますが……6年前の僕はね、そりゃーもう悪い奴だったんですよ 笑

もう色んな人間の悪口や暴言非礼の数々挙げていけばキリがありませんでした。それで何人の敵をつくったんだってくらい忌み嫌われてましてね、ましてや一個人の利用者の分際で管理人様の悪口やこのサイトの文句ばかり垂れて、正論言ってやったゾと思い込んで悦に浸ってやがったんですよ(まあ書いている本人の事ですけれどね)。

しかしそんなある日の事、僕は深夜のバイトの休憩中に自分が書いたエッセイを読み返してたんですよ。そしたらね世間知らずで何もわかっちゃいないような妄言ばっかり書いてるんですよ。もう恥ずかしい事もおっ広げて書いててね、何というかバイタリティーっていうんですかね?
もの凄い書いている事に説得力があって無駄に理にかなっててね、活き活きしてるんですよ。まあ半分は妄言ばっかりなんですけれどもね。

あの頃の俺って本当にパンクだなあ〜(実家暮らしやけども)って思って、あんまりナルシストみたいな事書きたくないんですけれども、カッコいいなって悔しいけれどもそう思っちゃったんですよ。こんなバイタリティー溢れる文章書いてる筆者がね、社会に出て“大人の怖いところ”をたくさん見てきて、社会の荒波に揉まれに揉まれたらこうなるんだなあって思うと途端に怖くなってしまう。だって6年経ったら人間こんな腑抜けになってしまうんだもの。

上記でも少しだけ触れておいたけれども、最近SNSが普及していって自分の色んな心情であったりを書き込み、そしてシェアし合える時代になった。しかし身の回りにいる人間との距離感が近いが故に己の汲み取ってほしくもない気持ちも筒抜けなってしまいがちではないだろうか。会社の人間がいないのをいい事に会社を批判する内容を書いても誰かが何処かでみているという心配を忘れがちではないだろうか? 友達の友達を辿っていったらそこにいるかもしれないという不安があるはずだろう。

そんな中で良く言ってしまえば、僕はこのメビウスリングで青沼静馬という一個人の利用者となり、この広大な世界で不平不満を謳ってしまうことに怖い事なんてないと思ってるんだ。というか6年前の俺を見たときに改めて思い知らされてしまったのだ。正直な事を言うと、僕はこの6年間言いたい事も言えずに自分の気持ちに蓋をしたまま生きてきた。その結果シャレにならない病気になったりして大変な目にあった。酷い罵声を浴びせれて死んでやると思ってしまった。そんなやり切れない気持ちを吐き出す場所を探し求めていた。キャバクラ? バー? Instagram? ツイッター? Facebook? アメーバブログ? いや違う。やはり色んな場所に流れ流れてきたがやはり僕にはメビリンしかなかった。いや……僕にはメビリンしかないんです。その結果重い腰をあげて復帰する事に至ったのだ。

人間色んな居場所を探し求めて放浪していることもあるけれども、ちょっとここいらで初心に帰ってみて過去に行ってみた場所に足掛けてみるのも悪くないんじゃないかな? そこに居心地の良さを感じたらそこが君の“ホーム”なのかもしれないぞ。という訳で筆者のカープ愛とメビリン愛がわかってくれたら結構である。それでは今日はこの辺で失礼する。


4ヶ月前 No.2

青沼 静馬 @sizma ★iPhone=5hO52oiA6I

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※警告に同意して書きこまれました (性的な表現)
4ヶ月前 No.3

青沼 静馬 @sizma ★iPhone=E9eLTcSZRT

【お父さんありがとう】

我が父が急逝して、早いもので1週間が経とうとしている。55歳という若さで亡くなった。その日はいつもの何気ない一日だった。父は深夜に帰宅して再婚した奥さんの家で寝息を立てて眠ってから永遠に目を覚まさなくなってしまったのだという。まだハッキリとした死因がわかっていないのは遺族側が司法解剖を断った為である。

突然の訃報に僕は事実を直視できなかった。26年間生きてきて初めて身内の不幸なるものに直面してしまった為である。元旦に一度だけ顔を合わせるぐらいしか会う機会がなかったけれども、その時はとても元気だった。なのに何故? という気持ちでしかない。次に会った時は葬儀会場だなんて洒落あってほしかった。ドリフ大爆笑のコントのように青白い顔に三角の布をつけ、飄々とした声で「うらめしやあ〜」と言って起き上がってほしかった。けれどもそこには真っ白な死化粧をした父がいた。その顔はとても穏やか表情をしていたのを覚えている(正直、瞳を閉じてもその顔が浮かんでくるほどだった)。その顔を見て涙が止まらなかった。

父は寡黙な男だった。家に帰っても一言も発さず、一家団欒の食卓はそれはまあ閑散としたものだったのを今でも覚えている。母も何も言うこともなく台所で食事の支度をしているだけ。幼な子の俺はというとその状況を察してかただただずっと黙っていた。部屋には朝からつけっぱなしのテレビの音声が垂れ流しているだけだった。この時、俺は「この家族とはずっと一緒にはいられないかもしれない」と悟ったものだ。まあその予言は的中しましたけれどね……俺が小学校を卒業したと同時に離れ離れになりましたよ。

まあ上記で書いたように父は本当に何も言ってくれないもので、家族サービスなんてものをやった試しは無い! ほとんど母親と一緒に何処かへ遊びに行ってた。その時も親父は家にずっといた。日曜日の競馬中継を眺めていた。昼下がり綺麗なお姉さんのお尻を追いかけずに、テレビ越しに激走するナリタブライアンの尻ばっかり追いかけていた。で気が向いたら外へ出掛けてパチンコを打ってる毎日……あんまりこんな事を言いたくはないが、あの時 夢に描いた理想のお父さんからはかなり逸脱したジジイだった。いても居なくてもいいような道端に転がる石っころのようなお父さんだったのを今でも覚えている。でも不思議なもので、そんな石っころが死んじゃったって話を聞いて俺は何でこんなにも泣いているんだろう? お通夜から火葬まで立会ってる間、涙が止まらなかった。本当に人生で一番泣いた日だったかもしれない。後々喪主をつとめてた奥さんから聞いた話だが、俺はうわ言のように「お父さんありがとう」と呟いていたんだそうだ。

家庭を一切顧みなかったお父さんに感謝することなんてなかったのだが、何故がその日だけはその生き方を肯定していた。それはお父さんの職場関係者の方々に出会い、色々な話を聞いてからだった。

お父さんは離婚してから職を転々としていた。ただ腕利きの料理人であったことから、食い扶持はあった。色んな飲食店で雇ってもらい、そこでもがき苦しんだ。そして本当に自分がずっと続けてられるお店に出会った。日本酒と焼き鳥の旨い居酒屋さん。そこの料理長に任命されたのが俺のお父さんだった。家ではあれだけ寡黙で石っころのようなお父さんはいつしかそのお店のお父さんになっていた。バイトの子が抱える様々な悩みに真摯に向き合い、良いアドバイスをしていたお父さん。貧乏なバイトの子にまかないを腹いっぱい食べさせてたお父さん。それが原因でバイトの子達を激太りさせてしまったことを猛省していたお父さん。ちったあ加減をしろっ

職場の人たちにも愛されていたお父さんであるが、お父さんも店を愛していた。それは2週間前にバイク事故に遭い、右足を骨折する事件があった日に店側の反対を押し切り、出勤して厨房に立って見せたのだ。訳は語ることはなかった。だって何も言わないから。ただお客様の前では強がって「いやあー派手に転んじゃいましたよ。まあでもこの通り元気ですから」と言って患部をバンバン叩いて笑ってたんだそうだ。松葉杖つかねえと歩けないほど重傷のクセに何を言ってるんだ! 痛々しいギプス巻いてんのに何をやってるんだか。そしてギプスが取れて動けるようになったのもつかの間…………やはり突然すぎて受けとめられない。ただ一つわかった事は、家でやってる事と全然違うことをやっている事だけ。そんだけサービス精神あんなら家でもやってくれればええのに。そんな話を聞いてて少しだけホッとした。冷血漢じゃなかったんだ。ちゃんと人の心は捨ててなかったんだって。

上記で書いた事には色々解釈はあるけれども、離れ離れになってから色々と改める事がたくさんあったんじゃないかなとこうゆう風に思っている(あくまで勝手な憶測ですが)。これも後々聞いた話だけども、あれから賭け事も一切辞めて色々な所にデートに連れて行ったり、祖母と奥さんと一緒に国内旅行をしていたのだ。家族サービスをしなかったあの人がまさかの旅行やデートに行くなんて想像がつかなかった。俺のことなんて気にかけていなかったお父さんだったけれども、最近何を思ったのかFacebookをはじめて俺の投稿にずっといいねを押してくれていた。何で今更お父さんと繋がらなきゃならないんだって思ったけれども、実は俺の投稿を陰ながら見てて「アイツこんな事で悩んでんのか」とかをボヤいていたんだそうだ。

あまりにも息子のことに関心がないお父さんに奥さんがこんな事を言った。
「静馬くんの事心配じゃないの? アナタ親なんだからさ」
「大丈夫。俺Facebookでしっかり監視してっから。アイツ最近さあ彼女できたんだよーー」
とニッコリ笑って自慢してたんだそうだ。なんだか妙に誇らしげにしてたんだけども、何を誇らしくしてたのか理由はわからなかった。けれども親なのか心配はしてくれたようだ。しょうもない愚痴やダーツの事しか書いてないFacebookに全部いいね押してくれたお父さん。本当にありがとう。

そんなお父さんとも最期のお別れがやってきた。棺には生前気に入って着てた衣類や鞄、靴に趣味で始めたというカメラにおびただしい数のフィギュア。ありったけ詰めるため詰め込んで出棺。火葬場の前へ着いた時にお父さんの姿が浮かんできた。もういないお父さんなのにその時はハッキリと浮かんだのだ。棺の入れた衣類を身に纏い、ありったけのフィギュアを鞄に詰め込み、カメラを大事そうに抱えて「んじゃーまあ行ってくるわ」と一言言って、僕に手を振ってくれた。勿論そんな事はないのだけれども、そう見えてしまった。火葬のドアが閉じつつあるなか「行くな!」と言って手を出していたかもわからない。実際は呆然と眺めていただけだったけれども……本当に惜しい人を亡くしてしまった気持ちに変わりはない。

…………なんというかまとまりの文章を書いてしまった。それだけ取り留めのない気持ちでいっぱいなのである。立ち直るまでに少々時間はかかってしまったけれども、まあ結論を言ってしまうと、親の心子知らずっていうのは案外こうゆう事を言うんじゃないのかなあ〜って思うよね。だから親が嫌いっていう人がいたら、ちょっと考え直してほしんですよね。もっと気にかけてほしいっていうか、突然お別れの時がやってきて後悔してほしくないので、親は本当に大事にしなきゃいけないなあって心から思ってほしい。それでは今日はこの辺で。

4ヶ月前 No.4
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