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つれづれ

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山人☆IszLALYaKJo ★jy5Y/xkYGps

2006年忘れられない日(熊狩りの記録)




 昨年は全く熊狩りに参加できなかった。
今年はウサギ狩りに何度か出猟し、まずまずの成果を収めていた。熊狩りの時期になったら、今年こそ参加しようと思っていた。
 熊狩りは、冬眠明けの熊に限って害獣駆除という名目で、数等の捕獲が許されている。この地域では狩猟を行う人が減少し、それに伴い熊の数は増えている。熊狩りを行う人は勤め人が多く、平日に熊狩りに出られる人は少ない。複数人でなければ熊の捕獲は出来ない。熊は他の獣と較べると著しく警戒心が強く嗅覚・聴覚が敏感だからである。強靭な骨格や硬い脂肪の皮脂があり、岩場から転がり落ちても怪我を負う事はない。まさにゴム鞠のような体なのだ。しかしながら、薮の中を猛進することができるよう目は小さく設計されており、視力は良くない。当地では熊のことを「シシ」と言う。参考に、ニホンカモシカは岩場に多く棲息しているので「クラシシ」と呼ぶ。 熊狩りイコール「シシ山」である。このシシ山は、狩猟人の集大成とも言える猟だ。チームワーク、勇気、あらゆる力が試される場でもある。
 我が部落小黒沢では、最長老の板屋氏の自宅がシシ山の本部である。現場のリーダーは最近選任された村杉氏。板屋氏は既に80を越えており、村杉氏も70近い。村杉氏の補佐や助言役として、私の父や元森林官など5名ほどが取り巻くと言う図である。
 熊の捕獲には、指示役・勢子・鉄砲場の3種類の役目がある。指示役が熊の位置を把握し、鉄砲場に熊が向かって行くよう勢子に効率よく熊を追わせる。熊が追われて逃げる地形はおおかた決まっていて、鞍部(稜線中の凹んだ場所)やヒド(沢状となった窪み地形)目掛けて移動する。全く障害物のない白い雪の台地を逃げることはなく、薮や木の多い所を逃げる。ウサギなども同じである。上手くいけば台本どおりだが、なにしろ大物猟だから、関わる人の意識は高揚しており、単純なミスも結構ある。人の立つ位置で大きく熊の進路が変わることもあり、慎重に作戦を立てる必要がある。
 熊狩りと他の獣猟と決定的に違う点は弾の違いである。通常、熊以外で扱う弾は散弾(ショットガンに用いるバラ玉)であり、細かい弾が一斉に薬莢から獲物目掛けて放たれる。狙点は1点なのだが、散弾の場合は動く標的を対象にしている。射手はじっとして獲物を狙うのではなく、動く獲物と同じように運動しながら引き金を引く必要がある。ウサギや鳥は体が小さいことから、散弾でなければならない理由でもある。一方、熊などの大物猟ではスラグ弾と呼ばれる一発単体弾を用いる。ライフル銃を持つ者も居る。ライフル銃の方が当然威力は強く、大物猟専用銃である。我々の持っている銃は散弾銃であり、構造そのものがライフル銃と異なる。威力は半分と言っても良い。

 その日は父から「熊が居る」と聞き、本隊から少し遅れて家を出た。ホテル天然館の除雪終了地点に車を止めると隅安君が居た。30代後半で猟友会では一番若い。いつもニコニコしている気さくな独身青年で、地元の建設会社で現場監督をしている。最近は猟のほうも腕を上げ、ウサギや鴨では一番の獲り頭となっている。「熊を撃て」と言うが、「いや、俺は勢子が良い」と、自分の持ち場を決めているらしい。
 私と隅安君は遅れて本隊に合流した。熊のおよその居場所は掴めているようだ。大門山塊に白姫(1368m)というピークがあるが、その1000m付近に居るらしい。隊は11名、鉄砲場(射手)3名、目当て(指示役)2名、本勢子3名、受け勢子3名という人員配置である。私達は受け勢子で、最も熊との遭遇が考え難い配置にあった。
 本隊は上白姫沢左岸尾根1000m付近の熊を囲むように配置された。私達受け勢子は、上白姫沢左岸尾根の左手にある黒禿沢左岸尾根に取り付いた。一番若い隅安君は上白姫沢左岸尾根に向かう途中の中腹に待機していた。元森林官の間島氏と私は、黒禿沢左岸尾根で様子を窺っていた。
 全員が配置につき、勢子の活動が開始された。真山(熊の居場所付近の配置)からなるべく遠いところから勢子を始めなくてはならないので、最初に間島氏が「鳴り」を入れた。残雪がたっぷり残る山々に、一見のどかな「おーい、おーい」の勢子が響き渡る。続いて勢子鉄砲を数発私が放つ。これものどかに「ポーン、ポーン」と雪山に響く。やがてイヤホンの無線から慌ただしく「シシ(熊)が動き出した」との無線が入る。それと同時に、今度は真山の下部にいた本勢子たちが「鳴り」に入る。村杉氏の無線によれば、熊は計画通り射手の方へ向かって進路をとっているとのことだった。私と間島氏は、熊の捕獲を確信し喜んだ。
 一閃、鉄砲が響いた。仕留めたのか・・・・。まるでスローモーションを見るように、熊は上白姫沢左岸尾根から隅安君のいる斜面に向かって走り出てきた。隅安君の近くをかすめるように熊は転げ、私達の方へ下ってくる。隅安君の銃は連続三発熊目掛けて射るが、殆ど当たりはないようだ。熊は私と間島氏の近く100mほどまで近づいてきた。「山人、撃てっ!」。必死に銃を溜め、熊に射る。これは、隅安君が再び熊を射止める為の勢子鉄砲であると共に、真山への勢子鉄砲でもある。一種の威嚇射撃である。熊は70mまで接近してきた。今度は本格的に射止める射撃に入る。しかし、最近熊を射止めたことがなく(9年前に30m近射で熊を射止めたことはある)、遠すぎてどこを狙って良いか戸惑いながらの発砲である。数発撃ち、徐々に当たりを確信した。しかし、酷にも弾切れに。「間島さん、弾が絶えた・・・・」。「散弾でも何でも良いからぶてや!」。必死に散弾を込めて放つ。
 熊は沢に入ることなく、再び隅安君のほうへ向かって逃げ始めた。熊は隅安君を見たのか、彼の30m下の雪と薮の間を進んで行く。間島氏はしきりに無線を入れて、隅安君に熊の位置を教える。私達からは熊の位置は丸見えだが、隅安君からは薮に隠れて見えない状態だ。熊は薮を上へ上へと移動しているので、先回りして熊の真ん前に出て撃てと言う内容の無線だ。隅安君も熊を確認したらしく、銃を構えながら薮の中の熊に接近し始めた。あまりにも近くなので、我慢し切れず隅安君は数発撃った。何秒もしないうちに、雪の上に熊が現れた。意外に早かったが、あとは隅安君が仕留めてくれるだろうと願った。ところが隅安君は逃げ始めた。弾切れになり、入れ替えが間にあわなかったようだ。10mほど逃げた。しかし熊の野生には敵わない。最後の抵抗で、銃床部分で熊の鼻先を叩いたようだが、彼らの背後には沢の岩肌が迫っていた。
 隅安君と熊は、互いに絡みつくように沢の窪みに落下した。同時に大きな雪塊が彼らのいる場所に落ちた。数秒後に熊は私達の間を横切り、途中の沢筋の穴に隠れて姿を消した。
 彼は独身だった・・・故に子供は居ない。それだけが救いであったのか。無線で事故の事を能天気で話している猟友もいる。まだ事故の重大さを皆が解っていないようだ。実際にこの修羅を目撃していたのは私と間島氏だけだったから。
 空は澄みきり青空だ。無線は相変わらずやかましい。私は祈るしかなかった。万に一つの可能性があるとすれば、生きていて欲しいということだけだった。間島氏は狂ったように、「なおー、なおーっ」と叫び続けながら、彼が落下したと思しき位置に向かって歩いていった。夏のような陽気で暑く、雪は重く粘った。
 「直治は意識はあるし、自力で立てる」・・・・・。全身の力が抜けてくるような、御来光のような無線だった。足場の悪い沢を上っていくと、隅安君がいた。顔中が腫れあがり、いたるところに血が出ていた。耳は片方の1/3ほど爪で打たれ欠損している。皆が集合して、鉄砲場の長井さんと私が応急処置にあたった。どこが一番痛いかと聞くと、右手の上腕が酷く痛むという。衣服を切り裂いて患部を開けてみると、すっぽりと穴が開き、中の肉が抉られているようだった。頭と上腕に手当てを施し、私のほか2名と下山した。隅安君は少し寒いという。軽いショック症状が出ているのかもしれないと思い、ジョークを言い合ったり衣類を着せたりした。出血はあまりなくて、どれも急所を外れた傷であった。
 ホテル天然館に着くと、警察・救急車や関係者でごった返していた。目撃者ということでもあり、私が警察やマスコミの質問に答えた。小黒沢集落の熊狩りの歴史上で、これだけの事故は初めてだという。熊と正面で出くわしたが、転んだ弾みで熊が人を跨ぎ、傷ひとつ負わなかったという事はあったらしい。
 今日の事故の責任は誰にあるのか、いろいろと戦犯も上げられた。最初の射手が動いたため、私達の所に熊が進路をとったとする説。私も戦犯の一人であると言われたのは言うまでもない。ただ、熊狩りで熊を撃つ場合は「なるべく近くで撃て」と言われていたはず。あの場面では、熊は黒い点の野球ボール程度にしか見えなかった。だが、当たらない距離ではない。結局、誰が悪かったのか・・・。あまり深い追求はしないにしようと相成った。
 しかし、熊と言う生き物の凄さを改めて皆が知ることになっただろう。隅安君はあれから小1ヵ月も入院し、その後元気に仕事に復帰した。彼を襲った熊は、事故後数時間で穴から出てきたところを捕獲された。
 復帰後のある日、彼は田の植え直しを黙々とやっていた。車を止め話しかけると「また、行かんばならねぇ」と相変わらずのニコニコ顔で言い放った。了





2010/03/13 05:39 No.0
メモ2010/06/11 15:36 : 山人★6L2elvzCyZM_bP

 初期HNはappa、現在は山人です。

主力は詩ですが、散文やSSなども書いています。

エッセイも、多くの方々から読んでいただき、大変ありがたい限りです。

御意見御感想批評など受け付けております。お気軽にお立ち寄りください。


尚、支持が増えました。どなたか存じませんがありがとうございます。

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山人 ★dKEb2L9.nEU_Vx

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2010/09/27 07:10 No.47

山人 ★fXqlOxhVdRc_Vx

先程、地元のニュース番組を見ていたら、惨いことに親子熊(母熊一頭と、小熊二頭、うち小熊一頭は瀕死で逃げたと伝えている)を地元猟友会が射殺したという。たかが、田園地区に出没したというだけで、警察に通報され、官は直接手を下すことなく、民に責任を暗に委ねたのである。
 なんというか、熊たちが可哀相なのもあるが、猟友会を悪とするマスコミの対応には辟易する。
 猟友会の人間達は、少なくとも私の知るところの人達は、そういう猟を極めて嫌う。私の属する猟友会の熊狩りのリーダーも親子は対象外とする確固たる理念を持っている。報道された地元の猟友会も官の意向には従うより他なかったのであろう。
 本来、里に出ることにない熊が里に出ることには他ならぬ理由があるはずであり、それを研究や調査する人員として多くの国費が投入されているはずなのに、何かあれば直ぐ猟友会を悪としてしまう体質に疑問を感じる。
 というか、そのような対象に対し、自分らの逃げ道に猟友会を利用しているのかと思う昨今である。

2010/10/11 18:34 No.48

山人 ★vOTyGR1vFx_7Rf

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6年前 No.49

山人 ★vOTyGR1vFx_7Rf

【現代詩フォーラムのポイント付与について】

 現フォの詩はことごとく目通ししているので、与えるポイントもかなり多い。つまりポイント吟醸度は低いという評価になっているが、すべて読んでいるので逆だろうと私は思う。ただ、目通しと言うだけあってなかなか深読みは出来ない。これだけ多くの詩が生まれるわけで、それを内臓まで緻密に読み込むことはまず無理というものであろう。しかし、冒頭からの掴みが良ければぐいぐいと引きずりこまれ読んでしまう。逆に読み落としていて、あとでイイ詩だと再評価するのもあるが、忘れてしまっている作品もある。
 私がポイントを与えたいと思う作品には色々あるのだが、奇妙な作品、あほな作品(良い意味で)、自分の心情とマッチしたもの、美しい作品、空気感のある作品、などがあげられる。苦手なタイプは読み難い詩で、カナだけとか平仮名だけで改行無しなんていうのは読む気になれない。あと/の並列とかその他記号みたいなものがたくさん見られる詩も難解だろうなと、バリアが張られる、が、理解しようと試みる。読み込んで読み込んで、ようやく何かぼんやりしたものが浮き上がってくるものも疲れる。あんまりガシャガシャした身上吐露みたいなのも苦手。あんまりポイントがついていない詩の中に、うん!?っていう詩が多いのもおもしろい。何でこれ、ポイント付かないんだろう?とか思ってしまうのだ。つまり、書き手のネームバリューもあるのかも知れないなと思うのである。やはりある程度選んで読んでいる部分も相当あるのだろう、なにしろこれだけ多くの作品が投稿されるわけだから。

 1日3作品投稿OKというのはちょっと厳しいかもしれない。投稿する側としては溜めていた作品を一気に出せるので良いかもしれないが、読む側はたいへんだ。過去に私もかなり投稿してきた経緯があるのであまり強いことは言えない。現在私が参加している他サイトは24時間経過後投稿できるシステムになっている。できれば、1日1作でも良いのではないかと思う。ただ、そうなるとポイントの付与数の制限も変更する必要も出てくるかも知れない。
 ポイントを付与する、あるいは頂くことによって、そこに何らかの感情が湧くのは常である。誰がポイントを献上してくれたかが特定できると、その作者を探ろうという気になる。クリック一つでポイントをくれた人の概要が解り、当然作品もそこに掲示されている。読む→なかなかいいじゃないか→ポイントをやろう、という心理スタイルになるのは人情というものであろう。ただ、そこに作品の良さがなければならないのは周知のことではある。
 お返しポイントというのがあるようだが、私はそれはしない。ただ、私の作品に対してのそういうものはあるのかもしれない。正直、あと1個あれば2桁いくのになぁ〜と、必死で作品を読む自分が居たりする。ただ、だからといって他者の作品を軽んじることはできないし、やたらポイントを付けたら逆に失礼だと思う。へたすると、一頁に数個しかポイントをつけない場合もある。そうかと思えば連続5個以上ポイント付与が続くこともよくあることである。
 こちらがポイントを付与しても、相手から何のコンタクトもないのもここでは普通で、それに対してどうこう言えるものではない。ただ、私はお礼が言いたいという気分になる。読んで頂けて評価までしていただいたわけだから、それに対してはたして何もしないのが当たり前なのかどうなのか。勿論、それによって、馴れ合いになるだとか自分の権威を落とすだとか、色々な論点はあるだろう。ただ、不利だろうな、と思うのである。ポイントを付け合ったりするうちに、自分の詩の傾向が見えてきたり、評価文をいただいたり、時には批評さえもしてくれる方もいるわけであり、けっして必要以上の馴れ合いに発展することはないと思うからである。

 最後に現フォは本当に良いサイトだと思う。これだけ充実した作品群は貴重だし、ハイレベルなものからそうでないもの(私のも含め)まで多岐に及び、その詩のスタイルも多岐に及んでいる。有名な玄人好みのサイトは散文詩に満ち溢れており、イミフの群落に圧倒されるが、ここはそれらも含め、詩の世界が広いと感じる。だから、色んな世界を学ぶことが出来るし、色んな感性をいただくことができるサイトであるといえよう。
 高卒で赤点製造機と呼ばれた私には、難解な詩も多々あるが、たくさんの詩を読んで色々と刺激になっている次第である。ちょっと困るのは、仕事そっちのけになっているっていうのが一番問題かもしれない。酒びたりならぬ詩作びたりになってはいけない。

6年前 No.50

守門 ★tuOnN6TpU5_5sp



玉子焼きについて


 妻は私によく言う。「あんたみたいに上手に玉子焼きが作れない」と。私も仕事柄料理はするのであるが、元来の料理人ではない。本業の一部としてやらざるを得ないからやるといったレベルなのだ。
 朝食メニューなどというものは、およそ決まっていて、玉子料理が必ず一品挟まるのが定番である。まぁ、1回目は目玉焼きとしても、2日目は別のメニューにしないとまずい。そこで考えられるのが、玉子焼き・炒り玉子・オムレツ風・生卵・・とかを計画する。初日は目玉焼きとすれば、2日目は玉子焼き、つまり厚焼き玉子だ。
 通常厚焼き玉子は、ダシ巻き玉子などと称されるが、ダシなど化学調味料でも良いし別にダシ汁をわざわざ作る必要もない・・・と、私は考えている。なので、若干の調味料と塩と水を適度に混ぜてかき回すだけの単純明快な配合だ。これでも相当美味い物がつくれる。ここで水の量はあまり多過ぎると厚焼き玉子用フライパンにくっついてしまうから要注意だ。
 難しいのはフライパン捌きと火加減だろう。私の場合は中火で行う。十分フライパンを熱しておくことが重要である。ざっと適度な量を一層目としてフライパンに流す。フライパン全体に玉子の液が均一に敷き詰められるように、フライパンを動かし調整する。この一層目の玉子液が少し多すぎた場合は、フライパンを少し動かして隙間を作りそこに玉子液を流し込む必要もある。とにかくなるべく時間をかけず一気に熱を玉子液にまわす必要がある。一層目の玉子液がやや固まりかけてきた頃を見計らい、奥のほうから菜箸を差込み一気に手前に玉子生地を返す。この返しがある程度の練習が必要であろう。フライパンで炒め物を作るよりももっとデリケートなフライパン捌きが必要となる。
 一層目を折りたたんだ後、次の生地を折りたたんだ玉子塊の底部分を菜箸で隙間を作り流し込む。ここもすばやい動きが必要である。すべて半熱が入った状態になれば次への工程を急がなければならない。完全に熱が入る前に工程を進めることで、全体がやわらかく仕上がるのである。
 最後玉子塊となるまで、余熱は適度に玉子に浸透し、最終的にはほどよく熱が入るという具合である。
 うまい玉子焼きというのは、うまいだし汁を作ることではなく、適度な水の分量とフライパンの扱いと生地回しにあるという、まことにどーでもイイねたでした。

6年前 No.51

山人 ★tuOnN6TpU5_qKG

『映画20世紀少年について』その1

1.はじめに

 20世紀少年という映画をご存知だろうか。3シリーズあり、トモダチが世界征服をたくらみ、それをケンジ達有志が立ち上がり阻止しようとする冒険活劇である。
 この映画は、どこにでもあった古き良き時代がストーリー展開の中でその都度盛り込められ、深いセピア色の風情が楽しめる作品である。また、俳優もいろんなキャラクターを有する俳優が固めており、それだけでも見る価値は大きい。名画というジャンルではないだろうが、3部作をトータル化して考えれば決してB級映画とはいえない味わいがあると感じた。
 この映画を何度が見るうちに、昔の甘酸っぱいようなやるせないような少年期の感覚が呼び戻され、何度も何度も見たくなってしまっていた。
 映画評論家の批評ではほとんど評価されることがなかった作品であるが、出演者達の個性やキャラクターが非常にうまく配置され自の味わいを感じさせる作品となっている。




2.あらすじ

1970年ごろ新宿区立第三小学校の5年生であるケンジ(唐沢寿明演じる遠藤健児)少年をとりまく、オッチョ(豊川悦司演じる落合長治)・マルオ(石塚英彦演じる丸尾道浩)・ユキジ(常盤貴子演じる瀬戸口雪路)・ヨシツネ(香川照之演じる皆本剛)・ドンキー(生瀬勝久演じる木戸三郎)・モンチャン(宇梶剛士演じる子門真明)・ケロヨン(宮迫博之演じる福田啓太郎)・フクベ(佐々木蔵之介演じる服部哲也)らは、古き良き時代の中、少年の楽しみを見出し、日々を謳歌していた。
 野原に草で作った秘密基地を作り、そこで流行のGSソングやボブディラン、クリーデンスクリアウオーターリバイバルなどをこっそり聴き、来たるべき万博への憧れを語り合っていた。
 秘密基地の中に居ると、何かを生み出したい感情に駆られるものである。彼らはそこで「よげんの書」を作成した。実に他愛のない、子供心満載の漫画ストーリーの創作である。30年後の西暦2000年に細菌がばら撒かれ、人類は滅亡の危機を迎えるというのである。その危機を救おうとケンジたちは彼ら独自のマークを作り旗も作った。
 彼らと敵対する傍若無人な双子ヤンボウ、マーボウ(一人二役佐野史郎演じる山田清貴)の極悪兄弟との抗争など、計り知れない正義感に満ち溢れていた少年期であった。「この旗を掘り起こすときは、西暦2000年に俺たちが悪の組織と戦うときだ」そう言ってケンジたちは土の中にそれを埋めた。

 199○年、ケンジはロックバンドを組み、活躍していたが、陽の目を見ることはなく、姉キリコ(黒木瞳演じる遠藤貴理子)の子供を母親と育てながら、キングマートというコンビニを経営していた。元は酒屋だったのだが、流行のコンビニ形態にしたのである。だらしない格好でおよそ客商売とは無縁の風体のケンジ、さらに背中には姉の残していったカンナという赤ん坊。コンビニの親会社から叱責を受けるところから物語は始まる。1997年である。
 ある日、ケンジのコンビニに五十嵐刑事(竜雷太演じる五十嵐長介)が現れ、ビールの配達先である敷島教授(北村総一朗演じる敷島鉄男)の所在を知らないかと来訪する。一家全員失踪したのだと言う。ビールのつけが残っていたケンジは断腸の思いで空瓶を回収に行く。そのとき、教授宅の壁に描かれた懐かしいマークを発見する。
 何日か後、新宿第三小学校の同窓会があり、ケンジも出席する。あの当時のマルオ・ケロヨン・モンチャン・ヨシツネ・フクベエなども出席しており、近況などを語り合う。同級生の一人がケンジのそばに来て話を始めた。なにやら自分は離婚したという話で、その原因が妻の宗教団体への加入だというのである。そしてその教団のシンボルマークが、ケンジたちが掲げたあの矢印と瞳のマークなのである。その教祖はトモダチと呼ばれ、あの当時の遊び仲間の誰かではないかという結論に達した。それとともに、その不穏な教団の被害者の会なども立ち上げられていppた。
 唯一の女の子ユキジは、税関職員となっており、麻薬取締官として空港勤務。マルオはファンシーショップ経営。ケロヨンは蕎麦屋。ヨシツネはコピー機の営業など、それぞれ社会人として責任ある30代後半世代となっていた。
 ある時、新聞を見ると、その当時の仲間、木戸(ドンキー)の事故死が掲載されていた。マルオらと共に、ドンキーの葬儀に出席し、死の原因を話し合い、昔埋めたとされる「よげんの書」を探す。しかし、「よげんの書」は見つからず彼らのシンボルの旗だけが土の中から見つかった。
 ケンジはドンキーの死の真相を探ろうと彼の妻を訪問する。高校教師をしていたドンキーは教え子の田村という青年が教団にかかわっている事に頭を悩ませていたという。引き続きケンジは田村宅を訪問し田村青年と会う。しかし、田村青年は奇怪な言葉を叫び、立ち去る。
 ある日、ケンジのコンビニに万引き集団が現れ、ケンジは万引き軍団のホームレスのカミサマ(中村嘉葎雄演じるカミサマ)に誘導され、彼らのアジトに連れて行かれる。カミサマのアジトの一角に血を流した男が横たわり、ケンジを待っていた。数日前にサンフランシスコに細菌兵器がばら撒かれ、次のターゲットも「よげんの書」どおりにばら撒かれるのだと男は言う。ケンジとオッチョがおもに考え出した「よげんの書」の事をケンジはとっさに思い出した。ケンジ達の住む町の一角にサンフランシスコという喫茶があり、その隣にロンドンというスナックがあったのである。それを知ったケンジは愕然とする。瀕死の男はケンジにレーザー銃の試作品を渡し、姉の子供に気をつけろ、と言い残し死ぬ。そして、トモダチの悪に最初から気づいていたドンキーを殺害した事実もそこで知る。
 その事実をマルオとヨシツネに伝え、戦いを挑もうと喚起する。しかし、彼らは今の現実が大事だと否められる。その時、「よげんの書」を思い出したケンジは、今日が空港爆破の日だと知る。羽田空港で麻薬取締官をしてるユキジの危険を感じ、ケンジはただ一人羽田空港へ向かう。そこにはトモダチの腹心、万条目(石橋蓮司演じる万丈目胤舟)が居た。ケンジの少年時代、羽田空港はなかったはずだと嘲笑する。それよりもカンナを心配したほうが良いと捨て台詞を吐く。
 キングマートはトモダチ信者の若者たちに埋め尽くされ、カンナを抱かせろ、神の子を抱かせろと歓声が上がった。間に合ったケンジはユキジと共にカンナを救い出すが、信者の若者同士が責任を擦り付け合い、信者の一人に灯油をかけ殺してしまう。それにより、ケンジのコンビニは火災で消滅する。
 ケンジはその怒りをぶつけるべく、トモダチコンサートに侵入する。ステージで、トモダチの悪や真実を観客に訴えるが、観客はトモダチに心酔しており、ケンジの訴えに聞く耳を持たない。そこにトモダチが現れ、ケンジと対面する。すでにトモダチはケンジをテロリストに仕立て上げようとしていたのだ。そして、トモダチは姉の子カンナは自分の子供だという。あっけにとられたケンジは呆然とする。その隙に武器を取り上げられ、外へと放り出された。 傷心のケンジはカンナを背負い、焼けたコンビニあとを見つめる。そのときカンナが土を指差し土を除けてみると、中からケンジたちの書いた「よげんの書」が現れた。
 3年経ち、ケンジはトモダチの手によって空港爆破などのテロリストとしてでっち上げられ、地下に潜伏する。その間、オッチョがタイから戻りケンジに会う。

 2000年12月31日、首都を巨大ロボットが襲い、細菌兵器をばら撒くだろう、「よげんの書」どおり事が進めば大変な事態となる。ケンジを筆頭にオッチョ・ユキジ・マルオ・ヨシツネ・フクベエ・モンチャンが集まり、戦いを挑む。巨大ロボットは、あらゆるものを踏み潰し、細菌を撒き散らしながら進んでいく。そのとき、どこかで遠隔操作をしているとの連絡が入り、フクベエとオッチョがビルの屋上へと向かう。しかし、フクベエはその操作する人間と共に屋上から落下してしまう。
 ケンジは必死にロボットに駆け上がるが、運転席にはダミーがあるだけだった。そのとき「ケンジ君、遊びましょー」とトモダチの声が。トモダチはスクリーンに映し出され、そのお面を取ると「よげんの書」どおり、あたりは大爆発を起こした。そして世界中に細菌が撒かれ、多くの人が死ぬ。「血の大晦日」、である。ここで第一章が終わる。


6年前 No.52

山人 ★tuOnN6TpU5_qKG


 2015年、トモダチの支配下に置かれた日本は国民の多くがトモダチを心酔し、世界的にも多くの信者を確保し、政治的なリーダーとしても崇められる存在となっていた。
 2000年、血の大晦日以来ケンジの消息はわからず、ほぼ死亡したものとして考えられ、フクベエもビルから落下し、死んだと考えられていた。
 一方、カンナ(平愛梨演じる遠藤カンナ)は高校生となり中華料理店でアルバイトの日々を過ごしていた。その中華街ではタイマフイアと中国マフィアの抗争が激化し、カンナの勤める店もかなりの影響を受けていた。その抗争を沈静化するべく警察は躍起になっていたが、その一人にかつてキングマートを訪問した伝説の刑事五十嵐の孫の蝶野刑事(藤木直人演じる蝶野将平)が居た。伝説の五十嵐刑事は部下の山本という刑事に細菌兵器で殺されていたのだった。その警察庁長官に五十嵐刑事を殺した山本が君臨していた。そのことを蝶野刑事は後で知ることになる。
 蝶野刑事は警察がトモダチに支配されている旨を長官に報告するが、それを知った長官は蝶野刑事を抹殺しようとたくらむ。蝶野刑事は狙われたが、代わりにニューハーフのホステスが身代わりになり殺される。
 カンナの通う学校では、ケンジたちを史上最大のテロリストとして授業の教材にさえなっていた。それに反発をしていたカンナは問題児として教師に目をつけられていた。カンナと共に、遅刻など要領の悪い小泉響子(木南晴夏)が更生施設トモダチランドにいくことになった。
 トモダチランドの教育係は女の高須幹事長(小池栄子)だった。トモダチランドで、ケンジたちをテロリストとして作られたシュミレーションゲームで高得点を出すとボーナスステージに入ることができた。しかし、そのボーナスステージというのは、廃人になる可能性を秘めた恐ろしいステージでもあった。
 小泉響子は恐怖のあまりトモダチランドを脱走するが、ヨシツネが誘導し、カンナと共にヨシツネ率いる源氏一派のアジトに身を隠す。真実を知るべきと再び二人はトモダチランドへ戻り、最終ボーナスステージへ到達し、トモダチの謎に迫るべく過去へとタイムとラベルする。小泉響子はそこでお面をかぶったサダキヨ(ユースケ・サンタマリア演じる佐田清志)と会い、カンナは理科室で新よげんの書を持ったヤマネとトモダチの首吊りを見る。そこに現在のトモダチが現れ、カンナに娘であると告げる。

 血の大晦日以来、テロリストとして刑務所に入れられていたオッチョと漫画家の角田は脱走し、カミサマに会う。カミサマの話によるとヤマネ(小日向文世演じる山根昭夫)は製薬会社の社長となり、ケンジの姉キリコと細菌を研究していたと伝える。

 モンチャンは不治の病に侵され、ユキジと共に病院に居た。「新よげんの書」の一部をユキジに渡し、その2日後にモンチャンは姿を消す。

 学校に英語の新しい教師が来た、サダキヨである。具合の悪くなった小泉響子を車に乗せ、送ると言ってトモダチ博物館へ連れて行く。そこでモンチャンを殺害した事実を告白し、モンチャンメモを小泉響子に渡し、トモダチ博物館で焼身自殺する。モンチャンメモにはカンナの母でありケンジの姉のキリコの秘密が書かれていた。

 カンナはキリコが以前居たとされる町を訪問する。岸壁の上に病院があり、そこでキリコはヤマネと細菌の研究をし、殺人ウイルスの培養に成功したと報告書に書かれていた。

 ヤマネから連絡をもらったオッチョは理科室で会う。血の大晦日以降、ヤマネはさらに強力な殺人ウイルスを開発した。その細菌を使い、トモダチは人類を滅亡させる計画を立てていた。それを阻止してもらうためにヤマネはオッチョにトモダチの暗殺を依頼する。
 「新よげんの書」では、《2015年、新宿の教会で救世主は暗殺されるだろう・・・》、こう書かれてあった。しかし、救世主はトモダチのことではなく、カンナのことであり、カンナに銃口が向けられたがオッチョに助けられる。一方、新宿視察中のトモダチはヤマネに撃たれ死亡する。ヤマネも、刑務所から出てきた田村マサオに射殺される。
 トモダチの葬式が執り行われるが、トモダチは動き出し生き返る。死んだものが生き返ることによってトモダチは神となった。

 「新よげんの書」は、最後のページを迎える。《あくまのせーるすまんがせかいをほろぼす》そう書かれていた。世界中にさらに強力な殺人ウイルスが撒かれた。
 ここで、第二章が終了する。
 ラストシーンにケンジが登場する。



 2017年(トモダチ暦3年)、ケンジはバイクにまたがり、生きていた。東京はトモダチの手によって1970年代の町並みに再現されていた。
 オッチョと漫画家はウイルスが蔓延する壁の向こうから、トモダチによって1970年代に復元された東京へと侵入することができた。
 東京では、反トモダチ組織としてヨシツネ率いる源氏一派と氷の女王と呼ばれるカンナ率いる組織があった。
 オッチョは氷の女王カンナ率いる組織と会い、ラジオから流れるケンジの新しいフレーズの歌を聞き、ケンジは生きていると確信する。
 トモダチは「2017年8月20日、宇宙人の襲来と未知のウイルスにより、人類は滅亡します。私を信じ、私とあるものだけが救われます」こう訴えた。

 国民的歌手、春波夫はトモダチの組織に属しており、ケンジたちの幼なじみマルオは春波夫のマネージャーをしていた。春波夫こそケンジたちの元ロックバンドのドラマーであり、焼き鳥屋のオヤジ(元YMO高橋)はベース担当であった。
 マルオはかつての仲間ケロヨンと会う。ケロヨンとマルオはキリコに会い、キリコの開発したワクチンの自己人体実験に立ち会う。そこでキリコは今までのいきさつを彼らに話す。
 【1994年、キリコはトモダチと出会い、1997年にカンナを出産する。それと同時にトモダチが悪の組織のリーダーだと知り、カンナをケンジに預ける。
 2003年、キリコは自分の開発した殺人ウイルスのワクチン製作をアメリカで行っていたが、トモダチに邪魔をされた。それを助け出したのが、アメリカでそば修行をやっていたケロヨンであった】

 ケンジは、東京の街へ行く関所に着く。関所の建物にはかつて友和党の党首であった万条目が関所代官として成り下がっていた。
 ----万条目の述懐----
 【1971年、露天商だった万条目はケンジたちの町に行き、露店を開いていた。そこにトモダチが現れ、首をつっても締まらないロープはないかとたずねる。
 1981年、万条目の事務所にトモダチが現れ、宗教団体のようなものを設立したのだが、パフォーマンスが必要で、万条目に力を貸してほしいと来訪した。1983年には、空中浮遊などのパフォーマンスで、さらに大多数の信者を抱えていた。
 1994年、トモダチは細菌科学者キリコを必要とし、当時キリコが交際していた、モロボシダンを殺害。その後、お茶の水工科大学の敷島教授を拉致し血の大晦日の巨大ロボットを作らせた。
 血の大晦日は未曾有の大爆発だったが、ケンジが乗り込んだロボットは操縦室が頑丈なシェルター状のつくりになっており、ケンジは一命を取り留めた。
 もう、トモダチはやることがなくなってしまい、後は世界を滅亡するしかないと思っている】
 万条目はケンジに友達を殺してくれと懇願する。
 ------ケンジの述懐-----
 【2000年、血の大晦日から命からがら逃げ出すが、記憶をなくし、ひたすら逃げる。15年後、突如ニュースを聞き、記憶が戻る。ふたたび狂ったように北へ北へと逃げ、死ぬ間際で猟師に助けられる。そこで、「現実から逃げない、目をそらさない・・」と心に誓う】

 地球防衛軍がオッチョとカンナを襲撃し、2人とも投降する。カンナはトモダチと会いトモダチに銃を向ける。実の娘に銃を向けられたトモダチはカンナを絶交するという。
 オッチョは、トモダチ側の科学技術庁長官となっていたヤンボウ・マーボウに地下を案内させる。地下室には宇宙人襲来に見立てた円盤2基と二足歩行ロボットが格納されていた。
 敷島製作所に行くと、敷島教授が開発したミサイル追撃ランチャーが開発されており、それをオッチョが操作することになった。

 トモダチの心の中で何かが崩れ始め、ついに人類を滅亡させようと最終決断に近づいていった。そして国民を前に、【2000年血の大晦日・2015年世界殺人ウイルス、すべて自分が計画し、やったこと】だと国民に公表。

 トモダチと会ったカンナは、トモダチが「万博会場だけは残したい」そういったのを思い出し、できるだけ多くの人を万博会場に集結させようと、かつての仲間たちとチラシを捲きコンサートを実施する計画を立てた。波春夫やケンジのオリジナル曲「グータラスーダラ」を聴くコンサートである。
 8月20日当日、多くの観客が朝からコンサート会場に集まった。春波夫の曲からコンサートの幕が開いた。
 一方、トモダチは幹部の前で円盤を発進し、不安げな幹部たちの前で「私を信ずるものだけが救われる」と言う。
 春波夫が歌いだすと同時に円盤から殺人ウイルスが散布され、多くの人が突然血を撒き散らし死んでいった。
 オッチョはミサイルランチャーで1基撃墜する。1台のヘリが現れ、そこにはかつて信者であり、スナイパーであり、囚人でもあった田村マサオが乗っていた。田村マサオのヘリは円盤に激突し、自爆した。

 トモダチは太陽の塔の上でリモコンを動かし、最後の中性子爆弾を積んだ二足歩行ロボットを起動させる。
 ユキジらは、残ったトモダチの残党をすべて制圧する。
 ケンジはロボットの足から内部に侵入すると、中にトモダチが居た。しかし、大きな振動でトモダチは失神する。早くロボットを止めなければならない。ケンジはロボットの足のバランスを悪くして転倒させた。
 ロボットが倒れると中からトモダチが現れる。オッチョが覆面をとると中の顔はヨシツネだった。ヨシツネはトモダチのダミーで、薬で眠らされて覆面をかぶせられていたのだという。
 外から、本物のトモダチが現れ、「ケンジ君遊びましょ」という。そして、トモダチは「僕だよ、僕がトモダチだよ」と覆面を脱ぐ。トモダチの正体はフクベエだった。ケンジは真実を理解し始めていた。「もうフクベエのふりをするな、ごめんな、俺が悪かった」と土下座する。 狼狽したトモダチは「やめろ、謝るな、終わっちゃうじゃないか」と訴える。背後から万条目に銃で撃たれ、トモダチは死ぬ。 結局はっきりとしたトモダチの正体はわからない。

 コンサートのとりにケンジがステージに上がり、グータラスーダラを歌い、カンナと再開する。ここで一応第三章(最終章)終了となる。
  -----エピローグ-----
 コンサート終了後、ケンジはトモダチランドに行き、過去に遡り、トモダチの正体を突き止めることとした。

 1970年ある日、理科の実験大好きカツマタ君は、夏休み中家族と万博へ行く予定だった。教室でも、ケンジを中心に万博の話題が持ちきりだった。いろんなことに詳しいカツマタ君はみんなの前で万博の概要を話し、みんなから尊敬のまなざしを向けられる。そして家族で夏休み中万博に行くことを宣言し、さらに羨ましがられる。
 しかし、現実的にカツマタ君は万博へ行くことができなくなってしまった。その恥ずかしさを隠そうとサダキヨのお面を奪い、夏休み中お面をかぶってやり過ごすことを考える。
 ある日、お面をかぶったままのカツマタ君は菓子の当たり券と地球防衛軍バッヂを交換してもらおうと雑貨屋を訪れる。しかし、店主が居らず、当たり券を置き、バッヂを持ち帰る。それを見ていたケンジはこっそりバッヂだけ万引きしてしまう。すぐ店主が戻り、バッヂが数分ないのを確認し、傍に居たカツマタ君が犯人だという。言わせたフクベエとイケガミはカツマタ君をいじめ、お前はもう死にました、とののしる。
 カツマタ君の万博行きの嘘も暴露され、バッヂ泥棒の烙印を押され、夏休み後のカツマタ君の机に花が飾られ、死んだことにされてしまった。以降、カツマタ君は不登校しみんなの記憶から消えていった。
 心の傷が消えないまま、中学生になったカツマタ君は、学校の屋上から飛び降りることにした。その一歩を踏み出そうとしたときに20世紀、センチュリーボーイ(T ・レックス)が流れる。カツマタ君は死を逃れ、友達になってくれない?とケンジに言う。お面をとったケンジとカツマタ君は屋上でグータラスーダラの歌を作った。

 ケンジは過去に潜入し、それぞれの自分の不当な行いを悔い、陳謝する。また、その都度のカツマタ君の消極的な行動を指摘し、お面を取れという。
 そして、ラストは「僕に初めて友達ができた」とカツマタ君のナレーションで終わる。

6年前 No.53

山人 ★tuOnN6TpU5_qKG

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6年前 No.54

山人 ★tuOnN6TpU5_qKG

Cキャストについて
 一応ケンジが主人公になるのだろう。ケンジ演じる唐沢は実力派の俳優である。シリアスな【白い巨塔】のような役柄から三枚目まで広くこなす。ごく印象に残ったシーンはコンビニ本社からの営業マンから指導を受ける際の「キングマートへ、ようこそー」という、壊れかけの笑顔が印象的なくらいで演技としては印象が薄い。また、オッチョ役の豊川・ヨシツネ役の香川・ユキジ役の常盤・フクベイ役の佐々木・モンチャン役の宇梶らの有名どころの演技はあまり印象が薄い。ミスキャストではないのだろうが、それぞれに主役級か準主役級の俳優達がこぞって出演しているがための、一種ハレーションを生じているからなのだと感じた。【点の記】で山の案内人宇治長次郎を演じた香川照之だとはまったく思えない地味な存在だった。
 これら同級生人の中で比較的良い味を出していたのが、ケロヨンこと宮迫とマルオこと石塚であろうか。共にお笑い芸人であるが、芸人としての言い回しみたいなものが、実にわざとらしくて見ている側としては楽しめた。
 先に述べたが、なんと言ってもカンナの友人役の小泉響子を演じた木南春香は秀逸だった。ああいうのを演技力というのかどうか専門家ではないので解らないが、とにかく言葉の抑揚と間のとり方が天才的だし、表情も実に豊かである。まさに動くゴム人間のようなおもちゃ的キャラクターなのだ。一方の準主役的なカンナは風貌こそマッチ感はあるが、演技は棒読みだし、可愛いのだが魅力は感じられない。ただ、設定的に演技力で勝負する立ち位置ではないので仕方ないのかもしれないが。
 とにかく三章とも、脇役が本当に旨い味を出していて、それだけでも大いに楽しめる作品だといえよう。新宿歌舞伎町教会の仁田見神父役の六平の演技は臭すぎるほどの演技なのだが、それを超えたところにオーラが発生していて、壮絶な芸という感じがしてしまう。カンナと神のことについて話す場面は、まさに赤子と大人程の演技幅があると感じた。
 どういうつながりがあるのか解らないが、お笑い芸人が数多く主演していることが不思議だった。マルオ役の石塚英彦・ケロヨン役の宮迫博之・第一章血の大晦日で原付に乗るちゃらい若者役のオリエンタルラジオ・地球防衛軍兵士役のロンブー田村・TVCMのタレント役の山田花子と藤井・お茶の水工科大学生役のタカ&トシ・物まね芸人の原口あきまさなどであるが、ほぼシリアスな演技であるというのも面白い。
 理解に苦しむキャスティングだったのは、かつて「ホテル」で主役だった高島政信の地球防衛軍兵士役である。もしかすると友情出演的な要素なのかもしれないが、ヘルメットを開けられて一言二言しゃべる俳優ではあるまい。

 第一章から三章にかけて絶対に必要だった役柄は、子供達のキャラクターであろう。大人たちだけの演技ではこの映画の味わいは出なかったといってよい。こと、ケンジを含め、彼を取り囲む子役達の演技は見ごたえがあった。むしろ大人達の演技を食ってしまっている子役もあった。
 なにはともあれ、よく本人と似ている子役を選んだものだと感心する。顔だけが似ている子供を選ぶのは出来るかもしれないが、演技が出来なければ始まらない。ケンジの少年時代の役を演じる西山潤君など、雰囲気が唐沢と似ている。ドンキー役やヨシツネ役の子役もかなり雰囲気が似ている。
 子役の中ではケンジ役の西山潤君が顔・演技とも良かったが、なんといっても個人的にはカツマタ君役の黒羽洸成君の存在感が群を抜いていたように思う。第三章まで、ほぼ彼の目いっぱい低音で作りこんだ声のナレーションが頭に残り、エピローグでのBGMと彼のお面を脱いだ滑らかな顔の印象が際立っている。
 個人的に最優秀女優賞に木南春香、助演男優に黒羽洸成君に差し上げたい。

D補足
 第二章で、カンナの住むアパートの火元責任者が【常盤たかこ】・・と、確か書かれてあった気がする。
 第三章で、トモダチがカンナと対峙しラーメンを食べようと椅子に座っているのだが、マスクを取るのだろうか?どうやって食うのか?
 上手い演技があるかと思えば、元K戦士の武蔵のド素人演技は公害以外の何者でもない。こういうシーンがあると、所詮お遊び作品なのかと勘ぐりたくなる。・・ということで、水を差す部分もそこそこあるのが現状でもある。
 お遊び作品と書いたが、ほぼ三章にわたって色んなパロディーやパクリがみられる。漫画家のウジコウジオ(不二子藤雄)・漫画家角田(たぶんつのだじろう)・遠藤健児(遠藤賢治)・小泉響子(小泉今日子)・波春夫(三波春夫)・・など。




5.おわりに

 結局、カツマタ君の負のエネルギーを増幅させた原因はケンジを含め同級生一同ではなかったと思われる。同窓会の時もカツマタ君のことをすでに死んでしまったフクベエだと言い、完全に一人として覚えているものが居なかった。無視され続け、その結果として記憶にさえ残らなくなってしまった自分の存在に落胆し、さらに負のエネルギー高めていったのではあるまいか。もし、あの同窓会でフクベエをカツマタ君だと誰かが言っていれば、その後の彼の暴走を止めることが出来たのかもしれない。
 現代の犯罪は、すべて法律によって裁かれている。人を殺せば悪であり、人殺し意外でも悪いことをすれば悪である。では、悪い事って一体何なんだろうか。いい事とは何なんだろうか。イイモン・ワリイモンっていったいどんな基準で定められているのであろうか。非常にもそれらはすべて警察が仕切り、裁判で悪のグレードが査定される。人を殺すことが悪だが、殺された人は悪ではなかったのか?
 昔なら、あだ討ちがあり、ある程度合法的に裁ける時代があったと聞く。しかし、現代はない。悪は(真の悪は)如何様にしても滅びることはなく、現世を生き続けるのだろう。









6年前 No.55

山人 ★tuOnN6TpU5_nNj

先月下旬、当地区において、大雨が続き、かなりの道路決壊やら崩落が見られ、今もなお不通となっている箇所が多々ある。
私の仕事は、主に登山客を扱う仕事であり、登山関係の仕事は大幅にキャンセルが発生した。登山道そのものの被害はないのだが、そこに至るまでの道路が決壊しており、登山口まで行くことができないのである。
登山客には中高年者が多く、なるべく短い距離で登ろうとする人が多いのが現状であり、奥まで入れないのは致命的なのである。
 昔から、山は逃げない、だとか、山は永遠に残っていく、などと言われた時期があったが、そこに至るまでのアクセスが駄目であれば、山を語ることも出来ない。

こういうことがあると、考え方を根本から見直さなければならないのではないかと言う気さえしてくる。つまり、なぜ自分がこういう仕事をしているのか、あるいはなぜこの仕事を選択し、リスクの多さを自覚しながらやり続けていかなければならないのか。、である。
そう考えたとき、最終的にふるいにかけられた感情は『やはり山がすきなのだ』という考えだけが残るのである。
 つまり、こういうときだからこそ、色んなものを店に広げるのではなく、あるものを大事にし、『俺にはこれだけなんだよ』と言う本心をさらけ出していくべきなのではないか、と思うのである。

6年前 No.56

山人 ★tuOnN6TpU5_Fqo

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6年前 No.57

山人 ★tuOnN6TpU5_Q84

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6年前 No.58

山人 ★tuOnN6TpU5_npf

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6年前 No.59

山人 ★tuOnN6TpU5_npf

 タラレバ・・良く聴く言葉である。
人生にはたくさんの分岐点があり、そこには必ず迷いが生ずるものである。人は年を重ねるごとにそれなりに考えも変わり、思考が熟成してくる。若気の至りで、とは良く言ったもので、若い頃には見えない部分も多々あるものなのだ。
自身を省みても、タラレバが大きく横たわり、そのかさぶたは剥がれることがない。つまり、過去の痛みはずっと残っていき、墓場まで持ち込むのだ。それゆえ過去は変えることが出来ないものであり、絶対的と言えよう。
 さて一方、過去は変えることは出来ないが、未来は変えることが出来る、そう言われる。確かにもっともである。過去に戻ることは100パーセントできずとも、未来が良くなることは可能性はゼロではない。そのことは間違いない、つまり未来は必ず今までどおり悪いとは限らない、ということであろうか。
しかしながら、未来に向けての流れというものがあり、数字的なものや機能的なものなど、理論で考えればおのずと未来を推定することが出来てしまうのが哀しい。これは、私達が足し算や引き算などの計算をするときと同じもので、かなりの確率で的中してしまうのである。
ただ、不幸は未然に防ぐことが出来るのならそれに越したことはない。良い未来は約束できないかもしれないが、それなりに悪くない未来なら造りだすことも可能なのではないか、そうも考えることが出来よう。
 自己啓発などで、良く言われていることの一つに、心を常にピュアに保つ、そういうこが言われている。つまり、悪い未来を悲観し、常に暗い気持ちで占められていると、あらゆる思考が縮こまり、その人の雰囲気もどんよりと重く、とてもその人に何かを発信したり話しかけたりする外部からのコンタクトも失われてしまうということなのだ。さらに気持ちが荒んでいくと、感性も乏しくなり、やる気も薄れ、チャンスを機敏に捉えることが出来なくなってしまう・・と、簡単に言えばそういう影響があるとされている。

なにかの物体があるとしよう、たとえば電話機。これは今では携帯電話が主流とされているが、私達が子供時代には、夢の機械であった。それこそアニメの世界でアトムやそういう冒険漫画には良く出てくる無線電話ともいえよう。それらは夢の機種であり、ありえないものであったのだ。電話にしてもそうだろう、初めて声が遠い相手から伝わってきたときに、一種魔術のようでもあり、奇跡的な事件だったに違いない。
電話だけに限らず、なにかモノを作り上げるときにはそこにまず想像力が発生し、物質が出来始める。それから徐々に机上の青写真が出来、あらゆる可能性が想像された結果、元となる機材が出来上がってきた経緯があった。それこそ、発明家はキチガイ扱いされてきた人も多々居たであろう。
数々の変わり者達のキチガイ染みた思い込みの末路として、今の現代があり、文明が存在するのだ。
 すなわち。未来を作り上げるためには、今悪い現実を体験しているものが少しでも良い未来をつくりあげるためには、強烈な思考操作が求められる。良い想像を、ひかり溢れる想像を、暇さえあれば行い続けることが求められる。良いことを想像するだけ、なのだが、そんな簡単なことが誰にでもできるのだろうか。現実的には結構難しい、それどころか下手すると無理かもしれない。それだけ負の遺産は心を蝕んでいて、すっかり脳内に染み付いているのである。長年積み上げてきたネガティブな種子は居着いてしまっていて、剥がすことは容易ではない。

過去を振り返り、過去を悪とする考え、つまり自己否定である。ならば逆に過去を悪とせず、良と考えたら如何だろうか。、と、まぁ、これは単に理論的な思考過程を想定するだけであり、そんなことをホイ、きた!などと実行できれば苦労はしないのである。ただ、すべて過去を悪の巣窟のように考えるのは未来を創りあげる作業をおこなう際にはネックとなるだろう。
 なにか、事が発生し、それが悪いことであるとしたとき、そこに意味があるという風に考えるのだ。すべてに意味があると考えると、強引だが少し納得できる部分もあるものなのだ。
そう考えると、ろくでもないお馬鹿な過去を持っていた私であっても、未来に向けて少しはポジティブになれるのかも知れない。

良い未来を想像するのが良い、こんな簡単で当たり前のことが出来ないのは普通でないからであり、まず少なくとも普通の心を取り戻す必要があろう。
私が良くやる手があるのだが、朗報の電話が来るという設定で、会話をするのである。他者から見れば独り言を言い続けるため、おかしい人、と言う印象は受けるだろう。だから都会に住む方々にはある意味難しいかもしれない。
朗報といっても、雀の涙のようなものだが、ほんの少しだけ成功したことがあった。よい仕事が舞い込む、と言う設定でシュミレーションしたところ、半年にもおよぶ良好な仕事を確保できたという経緯があった。
こに体験に理論があるとすれば、波動なのかもしれない。機能的なものが作用するものではなく、なにか零巻のようなものが私の中から相手に発せられ、私という存在が大きく心に投影されたのかもしれないし、私自身が何かしらの大きな存在となって相手に対して投影したのかもしれない。

現実的なことを考えてみても不思議なことは多い。
とても豊かな生活などできようも無い能力の人が豊かになっている現実もあるし、その逆もまた然りである。つまり、大なり小なり、心が何かを想像し、そこに何がしかのモノが生まれ育ち成熟してゆく、その成熟が、豊かさであったりその人の技術能力であったりするのだ。
 悲しいかな、自分の脳は自分だけしか用いることが出来ないものである。しかし、まだそこに可能性は残されていると思いたい。
すべては想像から発信される、すべては想いから。

6年前 No.60

山人 ★tuOnN6TpU5_fk0

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6年前 No.61

yamabito ★tuOnN6TpU5_XnV

「雑感・・っていうか、」

上記の記事で、なんか、宣言みたいな感じの記事を書いてしまったことを大いに後悔している。つまり、やっぱり、詩をとりあえず止めるとか、投稿しないとかはやっぱり今のところ無理だなと思うのだ。
人が息をするように、やっぱり息をしていたい、それが今のところ詩とかそういうものなんだろうと思っている。

んにしても、何か場違いなところに投稿しているんじゃないかって思う事が最近ある。まぁ、最近といっても随分経ってしまったが、文学極道なるサイトに四作投じた。結構、渾身な作品だった(・・と思っていたのだが)が、見事に尻すぼみとなり、四作目はお情けのワンレスのみ。んーーー、つまり、一品料理じゃなくて、さしあたってコースっぽいものを出せよってことなんだろうと思う。つまるところ、いくら得意料理だからといって、きんぴらごぼう一品じゃ相手にされませんよってことなんだと思う。もう一度つまるところ、色んな味わいを読者に与えろよってことなんだろうと勝手に解釈しているのだが・・・。

あー、でも、私事ではありますが、モーアシビって言う個人誌に、ある必殺技で投稿させてもらっているんですが、そこの投稿者がまったく凄いのなんの。
フランス文学者とか、プロのライターだとか、中原中也賞・現代詩手帳賞・・なんかをとった方や、はてさて数冊も詩集を出している方などホンとさまざまな実績を持つ方が居られるのだ。
つーことは、私もかなり肩身の狭い気持ちはあるのだが、潜在的に結構図太い部分もあったりして、あんたはもうイイって言うまで投稿機会があれば投稿したいと思っている。

いやー、久々に肛門緩みっぱの垂れ流し文を書いてみましたけれども、何か感じてもらえれば幸いです。

5年前 No.62

山人 ★tuOnN6TpU5_iF4

映画「岳」を見て


 本当は、シネマスクリーンで鑑賞したかったが、贅沢を言わずDVDが出るまで待ちとし、つい先日ようやく借りて観る事が出来た。
 結論から言うと、まるで面白くない作品だった。
 ある、一登山者が雪山で滑落し、ほぼ平に近い雪原のようなクレバスに落ちてゆくシーンから物語は始まるのだが、稚拙なトリック映像でまず一発削がれた。
主人公は山岳共助ボランティアの島崎三歩であるが、演じているには小栗旬。小栗のキャラと島崎三歩のキャラが合致せず、小栗旬らしい演技はひとつも無し。あんなに原作に忠実であってはむしろまずいだろう、そう感じる。
別な映画では「三丁目の夕日」が良い例だ。原作とまるで違う父親像を演じていたり、六さんが六ちゃんという女の子であったり・・・など、原作とはかなり違うが、そこに面白みが倍増されていてドラマが感じられる。島崎三歩のイメージを頑なに守りすぎた悪影響が出てしまっている。

 そのほか粗を探せばきりがないが、ストーリー展開が極めて凡庸で、台詞も臭すぎて観てる側が恥ずかしくなってしまうほどである。
 最近、見た映画の中ではワースト1であろうか。使われている俳優人が全くいいところ無しで終わっていて、むしろ気の毒である。
 数年前に『点の記』という大作が上映され、二匹目のどじょうを目論んだのかも知れないが、あれに較べるといかにも安っぽすぎてまともに鑑賞できないほどであった。この映画の評判や批評は如何だったんだろうか、まだそれは調べていないが、意外にも高評価だったりして・・・。

5年前 No.63

山人 ★tuOnN6TpU5_iF4

あいかわらず、詩というものがわからない。どうやって書けば評価されるのか、全く初歩的な話だが切実である。さらに、皆、その奥義を明かさない。とくにここメビでは、そういうものがうやむやと言い回され、核心に触れることが出来ないでいる。
結局、とにかく自分の作品を投稿、さらに他者の作品にコメントをつけるなどし、どこがどう拙いのか色々と研究するわけだ。
 そして自分の難点は、他者の作品が読めないと言う、全く致命的な詩音痴ですらある。つまり、そういう作品を自分が手がけることはなく、すべてストレート勝負の作品がおのずと多くなるのだ。結果として、再読されることの少ない作品となってしまう。
 ただ、このメビ投稿してから早2年3カ月が経過するが、その間、かなりベルアップしたと感ずる。数年前の日記帳(業務日誌)にメモ書きされた詩の一文を読むと、思わず目を逸らしたくなるほどの凡庸さである。その時期から較べれば数段とレベルはアップしているのだが、かなりネタは尽きかけている。たしかに、現フォに200を超える詩作を投稿し、メビでは『自然をうたう』や『怪しい日記帳』で1000を超す投稿をしているわけで、悪い言葉で言えば糞ポエムも量産してきた経緯がある。
第一工場が、この二つのコーナーであり、そこから選別されたものが現フォに行く。メビはそこからさらに選んでの投稿である・・・が、読み手の世代が違う部分も起因しているのかあまり評価はよくないようだ。従ってメビで評価を得られれば、文極などでもそこそこの評価は得られるのかもしれない。
 詩が詩作品として浮き上がり、息をし、自らが舞う様なもの・・・そんなものが書ければ嬉しいのだが。あまり詩作だけにのめりこんで、怠惰な生活を送ることは避けなければならない。

5年前 No.64

山人 ★tuOnN6TpU5_pXi

 ここのところ、日が長くなってきており、朝六時を過ぎるともう明るくなる。しかし、未だ3mを超す雪に覆われた山々がそこにあり、まだ春は遠い。春めいたと思ったら再び新雪が降り、冬に逆戻りする、そのようなことを幾度か繰り返すうちにようやく冬は旅立って行くのだ。
 冬というか、雪のイメージは大変重い。夏至を過ぎると日が徐々に短くなるのだが、そんな時からもう冬を感じてしまう。
秋が深まり、木の葉が色をつけ始めるとさらにまぶたさえも重くなる。さらに木の葉が落ちて、北風が吹き、冷たい雨がみぞれに変わる頃には体の心の骨まで寒さが染み入ってくる。思わず、頭蓋の中にクリアなワイパーが欲しくさえなる頃だ。
 まるで雪は、雪たちは、何かにとり憑かれたように降ってくる。冬の寂れた空間を貪るように埋めていく雪の群れ。すべてを埋め尽くすその様は体の内臓さえも取り除かれるような感覚になる。
四季の中で冬は一種宗教的なのかもしれない。雑多なものが取り除かれ、且つ、生きる五月蝿すぎる生き物も居ない、その、閑とした領域の中に静かに無言で入り込んでくる寒さと雪の粒、これはもうなにものにも変え難い、神秘的な自然現象でさえある。
 雪が降ると臨時の副業が舞い込み、午前4時半出勤となり、朝は3時に起床する。血圧が高い私は、それを気にしながら重い体にたっぷりの防寒義を着込んで表に出る。スコップで玄関に続くコンクリートの階段の雪を順々に落としていく。コンクリートとスコップの摩擦音が鼓膜から入り込んで、寒い嫌悪感を増幅させる。スノーダンプと呼ばれる、人力で雪を運搬する道具を出して除雪を始めるのだが、体が寒さに馴染むまで10分ほど掛かる。やがて、それを繰り返していると、体の心から熱が生まれ出て、冬の朝に入り込むことが出来る。この火照りのような温かさに安堵するのである。雪はそんなに悪いやつじゃなかった・・と。

 自然は人に対して特定に差別し、攻撃するものではない。人は人を差別してしまいがちであり、ランクを決めてしまうものである。それは本当に寂しい、そう感じてしまう。

5年前 No.65

山人 ★tuOnN6TpU5_bAg

なりたかった職業は多い。物心ついたとき、歌が好きだったから歌手になりたい、慢心の笑顔でそう言っていた気がする。環境の変化と色んなトラウマから私の性格は内向的となった。よって、歌手への希望は薄れ、漫画家への憧れが強くなった。詩を書いたり、作文を書いたりすることも好きではあった。
漫画はそこそこ描いた。何も娯楽のない開拓村では、自分の想像力をフルに発揮して、「何かを残し、形にする」というよろこびが唯一の娯楽であった。しかし、イラストやアニメは高校を卒業すると同時に全く書かなくなってしまっていた。
 現在、私は歌手になりたいと思っている。もちろん常識的には不可能であるが、正直な気持ちをここで書くことが犯罪にはならないだろう。さらに言うと、私は自分の歌に酔うことが出来る。ついでに自嘲すると詩も酔える。ただ、誰だって自分の書いた詩や歌う歌に酔えなければやりゃしない。酔って当然、酔ってあたりまえ、普通なのだ、私はただの普通でしかない。普通でないのはこうして公の場に本心をさらすことが普通でないのであろう。まぁ、ただ、普通は厭だから普通じゃないで結構ではある。
 何で歌手になれないんだろうなぁ、とつくづく思うのだが、特にそれについて働きかけや努力をしているわけでもなく、ただ望んでいるだけであって、あんたそれじゃぁなれっこないよって言う意見は多々あろう。いえいえ、全く努力をしてこなかったか?って言えばノーである。変声期のときにひたすら怒鳴り散らし、しゃがれ声を目指したが、結果的になれなかった。中途半端な佐野元春っていうか、ジョンレノンっていうか、ドンヘンリーみたいな声になってしまった。ああ、この三方、関連性が無いようで声質に同じ雰囲気があるのですよ、私理論では。
 二十歳を過ぎた頃から、フォークグループを結成し、さらに何年かしてバンドに参加させてもらい、そこでボーカルを担当した、っていうか、楽器を扱う仕事がダメなので、歌でもやってろ的なノリも多少あったんだろうな、今から思えば。初期の頃はとにかくコピーをやっていたのだが、そのジャンルも支離滅裂、オフコース・甲斐バンド・アルフィー・イーグルス・レッドツェッペリン・まぁ、その他色々やったが、特に力を入れたのが、イーグルスのホテルカリフォルニアと、レッドツェッペリンの天国への階段だろう。もちろん、コピるからにはオリジナルキー以外に選択肢はない。ホテカルに関してはキー的にはなんら問題ないのだが、同一音階が延々と中トロなしで一気ボーカルで続き、最初は声帯の筋肉が吊るほどであった。しかし、何回か歌うたびに、持久力がつき、今でも十分オリジナルキーで最後まで歌い切ることが可能だ。これも若い頃の特訓の成果だろう。・・・がしかし、ロバートプラント先生のボーカルは厳しかった。いえ、これはもちろん現キーで歌えるには違いないのだが、シャウトの高音がたぶん機能的に限界なのだ。八割はクリアできるがあとの二割は声質が実に汚い。高音シャウトに関しては限界を感じた次第である。ただ、それに関しては今でも諦めたわけではない。
 私が天性のボーカリストとしての力を持っているかと言えば否だ。それは一番大切な声量に不足感がある。声量を支配するものとしては、頭のでかさだとか、喉の太さ、えらの張具合、骨格、そういうものに左右される。
 詩は難しい。その難しさに正直辟易している自分が居る。その点、歌はそのまんまだ、心に入ってくるか来ないか、それだけのこと。
脳味噌をスプーンでやり取りするような行為、そんなものに飽き飽きしているのだが、でも、現フォはぜんぜんおもしろいサイトだと思う。
よいしょ!!

5年前 No.66

山人 ★tuOnN6TpU5_BdG

 どうも、おはようございます。
唐突ですが、皆様、平井さんという方を御存知ですか?
何を隠そう、私の友人です、なぜ、このような姑息な書き方をするのかというと、とても奇特な方なのです。その印象を少しだけ強めてもらいためにこういった書き方をしてしまいました。
 さて、この平井さん、実は本名なのです。私と同い年の54歳ですが、独身です。とても悠々自適なシングルライフをおくっています。そして、私はよく、彼の家に遊びに行くことが多いのです。その中で、少し、面白い話題を提供したいと思います。
 私と彼は同じ集落に住んでいるのですが、彼の家に来訪する際には、まぁ、ほぼ、飲酒運転で向かうのです、何かをするときには潤滑油が必要ですよね、山村では必須アイテムなのです。
 距離にして、約1.5kmほど離れておりまして、いくらなんでも歩いていく距離ではありません。あぁ、言い忘れましたが、山村では数百bの距離であっても徒歩が禁じられています、いえ、嘘ですが、たとえば歩いていたりすると、色々聞かれるわけです、つまりおちょくられる。、で、結果的に車での移動が多いのです。
 平井さんの家を訪ねるときは、たとえば冬の場合、私はいつもフリースの上にウインドブレーカを着込み、さらにその上にスキーウエアーで身を固めます。なぜでしょうか、種明かししますと、彼の家には電気コタツ以外の暖房が無いのです。
 電気コタツに足を差し込み、チリ産の一升ワインを勧められ、乾き物と共にいただきます。稀に彼の部屋では、外より寒いことがありますが、未だマイナスじゃないからあったかい・・・、そのように言ってのけるのです。ここではこういったジョークも酒の肴になるのです。とても楽しいのです。
 平井さんは、元東京の区の公務員でしたが、辞めてこちらに戻り、さらに山奥の、私たちの集落に中古住宅を購入し住み着きました。棲みついた・・のほうが適当かもしれませんね。
今の彼の仕事はというと、それこそ口の悪い集落民が『あっちで稼ぎ、こっちで稼ぎ』とからかうように、いくつかの仕事を複数こなしている自由業みたいな感じでしょうか。
私はといえば、自営業なのですが、彼と同じく限りなく一文字だけ『由』に近づいた距離となっております。
 彼が最終的に目指したい仕事は、『ザ・山師』でしょうかね。山菜や木の実、キノコを採り、それを売る、いわば山のプロですね。
昔、ノルディックスキーで鍛えた、驚異の心肺能力と、身軽さ。山野に対する勘、そういうトータル的なものが頭ひとつ抜き出ているのです。
 そんなことで、彼のイメージは獣のようなイメージととられる方も居られるでしょう。ところが、彼の家に行くと、まるで図書館のように本棚が立ち並び、数万冊の本と同居しているのです。さらに、おびただしいDVD はすべてマニアックな映画群。まさに、肉体派文化人なのです。そして彼の散文はプロの書き手にも認められている、まさに、何でしょう?つまり、そういう人なのです。
もし私が彼のように読書家で、知識があるのなら、もしかしてすごい詩人になっていたかもしれない・・・そんな可能性があるかもしれません。
 ですが、彼には本当に助けられてもらっているのです。私もささやかな自営をしていますが、たまには多忙になることもあり、彼は調理の強力な助っ人なってくれるのです。
彼は幸い、分欲や金銭欲もあまりなく、安いバイト代で来て頂いていますので、感謝のしようがありません。
 ただ、あらゆる物がもったいないと、灯油も使わず、あらゆる物を節約してきた結果として、かなりそこらへんが凍ったり、故障したりで、修繕費が一冬稼いだ金額全部が飛んでしまったと、笑っていました。


5年前 No.67

山人 ★tuOnN6TpU5_BdG

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5年前 No.68

山人 ★tuOnN6TpU5_YKb

なぜ、何かには数が暗黙のうちに決められているのだろうか?という設問について考えてみたい。
 以前、団子三兄弟という童謡があった。三兄弟のいわれなどはこの際どうでもいいのだが、団子は三個でなければならないという理由について無性に何かを書いてみたくなったのである。
 串に団子は幾つついていなければならぬか?という疑問について、おおかたの人は昔からのイメージにあるではなかろうか。大体の昔話や絵本に登場する団子は大体が三個で相場は決まっている・・・かのようなイメージを大概が持っているということになろうか。
 では、三という数字はそもそもどういったからくりがあるのだろうか。いろんなものを三つに区切ることは現世ではよく行われていることである、大中小だとか、カウントダウンだとか、まぁ、ここで如何こう例を挙げてもつまらないのでやめるが、とにかく三という区切りを私たちはつけたがる生き物なのである。
 それでは仮に串に団子が二個しかない場合について考えてみようか。串の長さにもよるが、一本の串に刺さるべく物体のバランスというものを考慮すると、やはり二個では潜在的な不足感は丸見えだ。つまり、一個食べてしまえば残りは二個しかない!という、いかにもネガティブ思考に陥ってしまうのが常であろう。
 逆に四個ではどうか、丸い玉が串に四個刺さっている姿を想像してみようではないか。美学的見地から見るとまるでソロバンである。見方を変えると、割ることの二で偶数割ができてしまう計算だ。つまり真ん中という存在がない。
 人間というものは、どこか節目節目で休憩なり、一息吐いたりできる間という時間が必要になってくる。つまり、串に三個刺さった団子を食べる心境はこうだ。
「コレはみたらし団子だな、うまそうだ」
そういう心境でまず一個目を食べるのである。甘辛い味わいとコクと風味が口中に広がり、モチモチした食感が噛み応えを感じ、程好く噛んだところで食道を通過して胃に収まっていく。そして、その瞬間にもっと食べたいな。という新たなる欲求が生じてくるのである。そして眼前には、丸々と太った光り輝くみたらし団子がぬらぬらと串に刺さっているのである。まだ二つもある、その安心感がもっとも大切な事柄なのだ。これが仮に残りが三個だとすると、人間の心理というものは逆に作用してしまう恐れがある。つまり、まだ三個もあるのかよ!という一種不満な心境に変換してくる場合もあるのだ。そのまた逆に、あと一個しかないといった状況の時には、飢えと危機感により膨大なストレスを発生する場合もあるのだ。
 三個の団子の串に二個残り、それを見て安心し、さらにもう一個胃に収める。この際に、一個目の噛み砕かれた団子の所在はいったいどうなっているかということを考えてみたい。一個目の団子はおそらく形こそ違えど、兄弟であるから、仲間を待っていると考えよう。二個目を胃に収めたときには、食べる人にとっての心情は、おそらく一個だけ残った団子は仲間と一緒にしてやりたいという気持ちが強まってくると考える。いや、食べる人がいちいち団子を兄弟扱いなどするはずもないのだが、ややもすると、兄弟ならずとも、全部まとめて胃に収めてやりたいとする潜在的な心情が作用しているやも知れぬのだ。
 つまり、団子が三個というのは、偶然ではなく、必然であるということであり、人間が人間の潜在的な部分をしたたかに操るひとつの策略ともいえよう。

5年前 No.69

山人 ★tuOnN6TpU5_YKb

 最近、酒をやめている。今日で六日目。記憶によると2008年におよそ4ヵ月にわたり禁酒していたが、それ以来の長さであろうか。ついでに言うと、2005年には7ヵ月間という長期禁酒を行っていた。
 世間一般に言われている適正酒量は、日本酒なら1合、ビールは中ビン1本(500CCくらいか)だと言われている。
医師などは、当たり前に言い放つ言葉であろうが、それを実直に聞き入れて、毎晩それだけの酒量で済ましている輩がどれだけ居るというのだろう。この位の量では、寝る子を起こすようなもので、かえって悶々とし、ストレスがたまるというものだ。
酒を飲まないか、適量を飲むか、といえば、まったく飲まないほうを選ぶ。なぜか?、自分の理性が、ほんの少しのアルコールにより崩れてしまうのが明白だからである。
1合の酒を飲めば、必ずもう一杯!となる。酒は薬じゃない、狂い水なのだ。体調を整えるために飲む飲料ではなく、自分を狂わせるために飲む飲料なのである。
狂う、というのは、もしかしたら酒を飲まない人にとってはぴんと来ない表現であろう。別な言い方をすれば、狂うというより正常でなくなる、と言ったほうが正解かもしれない。
 とにかく、どーでも良くなる気分になれるのだ。明日は明日の風が吹くー♪、みたいな気分になるのである。明日は明日の風が吹くのは間違いではないが、明日になればなるほどシリアスな風になることも解ってはいるのだが。
言ってみれば、酒に酔うという状態は現実逃避に他ならない。酔っている間じゅう、比較的物事を楽観的に捉えるという病的思考になり、それが日々1回は味わえるという楽しみが生ずる。それがさらにエスカレートしてくると、依存体質となり、病気としての立ち位置になるのであろう。
現に私はそういった診断をされてはいないが、かなりそれに近い距離にいることは認めるところである。
アルコール注入における身体的特徴も大切な事項だ。いわゆる酒の強い人は、アセトアルデヒドを分解する酵素を十分持つものであるが、私はそれが弱い。いまでも酒を飲むと心臓が高鳴り、調子が悪いときには、顔面や上半身でさえも赤く染まることがある。飲み始めのハイな気持ちのときは良いが、もう要らないって言うほど飲んだ後の、寝床に中で、バクバクとやかましい心音が鳴り渡り、夜中にトイレに起き上がるときですら動悸が治まらないこともままある。
これにより、さらに血圧も上昇し、いろんな部位にダメージを与え続けてきたと想像する。
 だがしかし、こういう情勢、状況の中で酒を絶ち、現実だけを見つめていくには辛い、辛すぎるものがある。かといって、そんなことを他者に持ちかけたところで、お好きなように・・・と一蹴されるのが関の山だろう。
 まぁ、つまり、禁断症状が出てきたって事なのだ。代用品としてコーヒーを盛んに飲むようになったのだが、ちょっとそれがエスカレートしていて、胸焼けまで起こすようになってしまったのだ。
もともと母親に似て居弱体質な体なのかもしれない。父は頑健で大酒のみだが、まるで動じない老人だ。悟るべくは、私は父にはなれなかった・・・ということなのであろう。
 つまらない事をグダグダ並べたが、私の体は随分痛めつられていたんだろうと思う、私自身に。

5年前 No.70

山人 ★tuOnN6TpU5_QbD

オリンピックのことだの、高校野球のことだの、色々と薀蓄をかましたい気分ではあるが、かといってそれについて何かを調べ語る気にもなれず、たまにはこうしてだらだらと書き散らかすのも良いだろうと今キーボードを叩いている。
 とにかく、ずっと仕事が多忙で、かといって儲かっているわけでもなく、ただただ忙しかった。あたりまえである、二つの仕事を同時にこなそうというのであるから、半端じゃない。
朝三時に起き、少々体を慣らすためのストレッチをやり、健康管理のために血圧を測り、四時ごろからもう仕事に入る。七時に少し休憩し、八時少し前に勤めへと向かう。
勤めの仕事は基本野外だが、この暑さでズボンまで濡れるほどの大汗は必死だ。そして昼食時には再び本業の仕事場へと戻り、昼食後の眠気を感じながらも夜の準備を少しやり再び勤めへ。
努めは野外勤務のため、五時前に作業は終わる。その足で慌てて本業の仕事場へと戻り、何食わぬ顔で本業に精を出すのである。
途中妻と交代し、犬を散歩させる。このひとときに多くの詩が生まれてきた経緯がある。
戻り、明日の準備をし、pcでネットをする頃には睡魔で朦朧としてくるのだ。夜中に目覚めると、肌寒くなっていて、テレビ・エアコン・各種電灯は点けっぱなしになっているケースがほぼ毎日だ。
 かれこれ、二ヵ月半、休みなく働いている。それまで本業は暇だったから仕方がない。水商売とはよく言ったもので、多忙以外は暇であり、ちょうど良い仕事量というのがなかなかないのが現状だ。

詩作のほうも滞っているというか、あまりコンスタントに書いていない。ただ、忙しいからといって書きたくないというのではなく、むしろ創作意欲が湧くことも珍しくない。多忙な激務をこなしていると、どこからか言葉が湧き上がってきたりすることもある。
 一方、現代詩フォーラムでは、これまで無理してでも完全目通しを完遂してきたが、最近此処一ヶ月以上ほとんど読んでいない。自分の揚げポイントは常に100を維持している。
この傾向が良いのは悪いのかはわからないが、やはりすべてに目通しするというのは、機能的に難しいというのがわかる気がする。
 あと、どちらかというと、文学極道なるサイトの月毎の優良・佳作を目指しているというのは本音である。以前は、フォーラムの10入りを目標にしていたが、最近はポイントの多さに一喜一憂することが少なくなっている自分が居る。自分の付くポイントの数がわかるようになってきたというか、そんな感じだ。

なんていうか、野放図にがらがらと書き散らかした感があるが、たまにはいいだろう。
まったくつまらない駄文を書いた、大変申し訳ない。

5年前 No.71

山人 ★tuOnN6TpU5_zzX

おふとり気味の皆様に朗報を少し。え!私は太っているか?と言うことで暴露しますが、身長1.76mで体重は77kg、太ってるっちゃ太ってるんでしょうけれど、腹は間違いなくメタボ。でした。これが遡ること5ヶ月前です。
で、今はなんと、体重69kgまで落としました。ふむ、すごいでしょ、でも、体重が問題ではないんですね。
以前、私も色んなダイエットを試しました。有酸素運動、食事減らし、アルコール断ち。しかし、いずれも疲れるし、ストレスもたまるのですね、これ。
2008年には今の体重にかなり近い値までたたき出したのですが、おなかはポッコリはさほど変わらず、しかも、毎日1時間以上のウオーキング&スクワット&プッシュアップ、禁酒、食事制限・・と、涙ぐましい努力を重ねての結果でした。しかし、今は数日に1回の犬の散歩以外あまり運動はしておりません。仕事上、月3回程度の登山的運動はしますが。
お酒も今は欠かさず、ビール大瓶1本&酒1合から2合飲んじゃいます。食事もご飯は1杯だけですが、ほどよく腹8分目程度に食べています。
 前と違う点を述べましょう。毎日ストレッチをやっています。これはダイエットのためではなく、腎臓の働きを高めるストレッチであったり、血行を促すものなど、それぞれの効果があるものです。そして本題です。
8月の20日過ぎくらいから、腹へこまし運動をやることにし、以来続けています。背筋を伸ばし、腹をへこまし数10秒後に元に戻す、これを幾度と、あるいは暇な時にどんどんやるのです。
少し多めに食べてしまった後など、これをやるといいでしょう。膨らんだおなかをへこますには、多くの腹筋とインナーマッスルが必要となります。これらが代謝を高め、余分な脂肪を燃焼さえるのです。
もうすぐ私の場合は、2カ月経過しますが、腹は若干へこんだ感じです。しかし、腹の皮下脂肪は確実に減っていますね。
 体重は減らすことは容易です。しかし、脂肪を減らすことは至難の業。
最近ようやく、85cm未満を体感しつつあります。

5年前 No.72

yamabito ★tuOnN6TpU5_UiK

メビリンを退会したいのだが、やり方が解らない・・というか、出来ないのだろうか。現代詩フォーラムでは退会の仕方が書いてあるがここにはない。やり方が解る方が居られれば、サブ記事などにお書きいただけると嬉しい。

 なんと言うか、あまりにも好き勝手に振舞いすぎた自分が居て、とても嫌な気分なのである。退会し、すべて自分の記事が削除されることを望んでいる。まぁ、それが無理なら、努めて投稿しなければ済むことなのであるが。心変わりが怖いのも現実ではある。
 とにかく、自分は若くないし、こういう世界では下手すると「じじい」である。現に他サイトでは「じじいは引っ込んでろ」といった罵倒もされている始末である。
 ただ、退会が無理なら、せめて自分の殻だけは残し、そこにヤドカリして、つまらない文章を載せ続けるという手もあるわけで。

余談だが、まだ自分、じいさんにはなっていない。

5年前 No.73

樹皮 ★tuOnN6TpU5_GhL

 朝起きると失われているものに気づく。それは昨日であり、瞬間瞬間である。つまり過去は消え、思いだけが残っていく。
こういった内容は自己啓発本でよく言われることである。
人は過去を振り返り、とり返しのつかない過ちを悔い、自暴自棄になったり、まだ訪れても居ない未来を悲観する。
 つまり、私はそういった本を読んだ本人なのであり、悔やまれる過去を送ってきた現実がある。
しかし、過去のことを「すでに終わったことだ」さらに、「今が完全だ」と啓発本は言うが、そういう風に思い込むことが出来るほど自己の気持ちをコントロールなどできないのである。
気持ちをコントロールできたらどれほど自由度が増すか知れない。
 ただ、言えることは残された時間をどれだけうまく使えるかということに尽きると思う。
 未来を悲観し、毎日泥のように眠り、次の朝を迎えるのは容易だ、つまり被害者意識に酔うことは辛くもなく、むしろ快感にさえ思えてくる。結果的に落胆の未来が見え、自然にマイナスな感情は増幅し、よりシビアな現実の未来がネガティブに待ち構えているのだ。
 そういった暗澹たる未来を少しでもよくするために何を心がけ、何をするべきなのか。自己啓発本は語る。朝とりあえず起きて一日の計画を練ろう。今日は何をして、どういう本を読んで、なにかの練習をしたり・・そして、就寝前に1日を振り返り、今日の反省をする。どれだけ目的を達成できたのだろうかと。
 本の中で、車の運転のことを書いていた。最初人は車に乗れず、教習所の指導員の脇で必死に慣れないハンドルを回すのだが、慣れてきて免許を取り、自家用車を一週間も運転すればずいぶん自然な運転が可能となる。次第に車を運転しながら音楽を聴き、考え事をし、違反ながらも携帯電話や携帯メールですらも打ててしまうのである。
 このように、人は学習できる動物であり、才能の有無はあるが、それなりに進化をしてゆくものである、ということ。1日の目標を定め、それをこなすことにより、ひとつの自信が生まれる。それはあくまでも辛い作業でなくてもいい、たとえば読みたい本を読むとか調べ物をするとか、そういった趣味的なものでもいいだろうし、色々とあろう。
なにか、明日のためになることを。一週後のために、一ヵ月後のために、一年後にために、そう考えながら1日を送ることが大切なのだ・・・。このようなことを啓発本は語っている。
 まさにそれを私自身の失敗などに置き換えてみると、とても核心を突いている。私は特に酒を嗜むが、飲んでしまうとどうでもよくなる。その日にやっておいたほうが良いことを先延ばし、あるいはとりあえずスルーしてしまい、結局あわててバタバタしてしまうという結果になっている。結果的に間に合ってしまったりするのだが、そこで集中して間に合わせの仕事をやってしまうため、後の雑用やらその他の仕事の内容が雑になり、結果として良い仕事ができない始末なのだ。
その時にやれないものは仕方ないにしても、そろそろやらなければいけないな・・という時にやれることはやっておかなければならない。
まさにこのエッセイもやる必要も無いことではあるが、自戒をこめて書く必要があったということにしよう。

4年前 No.74

山人 ★tuOnN6TpU5_Dxl

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4年前 No.75

山人 ★tuOnN6TpU5_Huu

 1年ほど前であろうか。ユーチューブを眺めていたら、シャリースという女性シンガーがエリックカルメンのオールバイマイセルフをカバーした動画にめぐりあった。
 シャリースは幼少時から各コンテストなどに出ては数々の賞を総なめしていたと、各動画は伝えている。
シャリースはアジア人で、体も小柄で故本田美奈子のようでもある。しかし、そのボーカルスタイルは本田のような細い声質ではなく、非常に広い音域だけでなく音色も兼ね備えている。
以来、私は折に触れ、彼女のCDを入手したいと考えていた。
しかし、そもそもオリジナルCDがあるのかどうか、全部カバー曲なのか?などの疑問があり、入手には躊躇していたのである。
偶然、町の小さな書店でシャリースのセカンドアルバム「インフィニティー」が一枚だけ残っていたので早速購入したのである。
 シャリースの一般的イメージは、セリーヌディオンやホイットニーヒューストンなどのカバー曲が有名である。よってシャリース=バラードを期待したのであるが、見事に裏切られた。
予備知識として、ユーチューブなどで、R&Bスタイルの曲を歌っていたシャリースを見ていたので、路線変更の危惧は薄々感じていたが、予想通りさしあたりショックを受けた。
 このアルバムは、基本、シャリースというシンガーの「腕の見せ所」といったスタイルかもしれない。サウンドに凝った曲作りよりも、シャリースという歌い手を前面に出していると感じる。曲中の余計なリードギターのフレーズなどほぼ皆無で、ひたすら音色としてのボーカルが曲全体を支配しているというスタンスだ。
 つまり、私はこのアルバムを聞くうちに麻薬のような感覚にとり憑かれ、嵌りこんでしまっている状態なのである。
これこそバラード、という曲は数曲にとどまり、あとはポップなもの、R&B、ミディアムバラードといった曲であり、曲数も多からずの11曲で収まっている。
 シャリースのシリアスな雰囲気、コケテッッシュなモード、ファンキーなリズム、ゴロの利いた歌詞曲調・・など、細かくその曲毎に薀蓄を並べてもしょうがないのでわざわざ書かないが、雰囲気だけはそんな感じである。
 美しいメロディーラインは数えるほどであるが、緻密な抑揚と見せ場のあるボーカルスタイルはたいへん満足できるし、何しろ癒されるし、心が躍る。
是非、お勧めしたい一枚である。

4年前 No.76

山人 ★tuOnN6TpU5_SNP

5/31からアルコールを断っている。理由は健康のためだが、確かに効果はあるようだ。それと経済的である。単純に考えれば、ひと月に2万円以上の出費が抑えられることになる。当然休肝日なる日は設けていなかったから、年間にすれば25万円から30万円は酒代に消えていたのだ。
 すでに2ヶ月が経とうとしている。このまま酒をずっと飲まないでいることのメリットはもちろんあるだろう。しかし、デメリットはどうか。人付き合いとか人間関係、そういったところだろうか。ただ、酒の付き合いで、物事が数段効果的に運ぶとは信じがたい。
現に、わたしはこちらの板で、かなりの飲酒書き込みをやっていた。年齢にそぐわない、若者の失笑をかうような幼稚な書き込みなど、過去レスを見れば容易に判断できよう。
今は従って、かなり自制が利いており、劣悪なレスを増産することもなく、連投もすることがない。

過去、最高7ヶ月の禁酒と4ヶ月の禁酒実績がある。現在は2ヶ月であるから、3番目の記録ということになる。両方とも健康的な理由からであり、禁酒が崩れたときも同じ理由からであった。
7ヶ月目で禁酒が崩れてしまった原因は、大きな仕事が絶ち消えとなったための自棄酒である。4ケ月目で禁酒が崩れた原因は、久々の宴会席での注がれた酒が引き金となっている。まさに、たったいっぱいの酒が延々とした連続飲酒のきっかけだったのである。
 今は少々健康上の理由から、本気で禁酒はおろか断酒もしなければならないとさえ危惧している。

禁煙はすでに11年経過し、全く吸ってはいない。ただ、禁煙直後は無意識にポケットを探るなど、著しい禁断症状があった。やめて数ヶ月はタバコの煙を夢想していた。
ここ最近、10年目くらいからようやく吸いたいという欲求がなくなった気がする。今では嫌悪感すらするようになった。
アルコールについてはどうか。今回に至っては数週間は呑みたい欲求に駆られたが、今ではさほどでもない。
 ここのところ酒を飲まなくなって変わったことといえば、前述した経済的変化のほかに、夜の時間を有効に用いることが出来ている。有効というのは正しい表現ではないかもしれないが、飲むとすぐ眠ってしまうというパターンから脱却できている。つまりそれにより、より濃い睡眠がとれるのではないかと思っている。
 いずれにしても私の選択肢は二つでしかなく、このまま禁酒継続か、適量を守り休肝日を医学的常識のとおり実行するかに限られると言うことであろう。

4年前 No.77

山人 ★tuOnN6TpU5_uFZ

人は死ぬのが怖いのではなく、死の瞬間が怖いのではないかと思う。
死んだことがないのでわからないが、生理学的に死ねば意識はなく、無となる、が、死を迎える瞬間は即死を除き意識は徐々に薄れ混濁し、死を認識しつつ意識を喪失していくプロセスとなることが予想される。
 人の魂があるとして、人が誕生し、死を向かえ、さらに死した後も永遠に魂が存在するとすれば、人が生を受けている間はなんと短い期間であろうか。たとえばそれは1日のうちで、ふとため息を漏らす瞬間のような短さであるかもしれないし、昔の思い出をふいに思い出す瞬時の時間くらいなのかもしれない。
もちろんこれは想像の域を出ず、医学的に現実を見れば全て無になると言うのが正論であろう。
魂が意識を存続し、この世に浮遊しているのであれば、その密度たるは尋常ではないだろう。この星に生を受けた人の数は数え切れず、その一個一個の魂が永遠に地球上に浮遊などしてるとは考えにくい。ただ、魂と言うのは質量もなく、何もない空気の一部のような存在であるとすれば、それは一理可能性があるかもしれない。しかし、思考するための器官を持たない魂などというものが意識のみを持つことなどありえないだろう。そのことがわかりすぎているからこそ人間は死の儚さを諦めきれず、あの世と言う架空の世界を作り出し、死の恐怖をできるだけ与えないようにしているのであろう。
 考えてみれば、日々多くの虫が死に、多彩な生物が死んでいく。その膨大な死は有機物からやがて無機物となり、土や別な生物の餌となり、さらに別な生物の生に関わる仕組みとして成り立っている。
人の死がそのような役目をすることはないが、1日に多くの人が息を引き取り、死した後も世の中は動き続け、止まる事がない。つまり、どんな幸福な成功者もどんな惨めな生き方をしてきた人も生と死は平等に訪れるのである。いくら金を積んでも死からは逃れられない。そう考えると幾分死ぬということに恐怖心が薄れることがある。
死は誰にでも訪れるものである。そして死は悪ではなく、良でもなく、ただの自然な現象である、と、考えられるような生き方をしたい。少なくともそのような考えに至る生き方を死ぬまでやるのが人間としての役目なのかもしれない。

4年前 No.78

山人 @ookumo13 ★dUuGjM86oQ_004

最近、詩が書けない。何を書いても凡庸に思えてくるし、構造詩を書くにしてもそれを考えることすら面倒くさい。
今まで装飾過多なワンフレーズ命、のような詩を追い求めてきたが、やはり流れは構造的に面白いものが評価されているようだ。つまり、感情にまかせて吐露してゆく語りではなく、確固たる主題を決定し、それを各所から脇を固めて大きく波立たせるような構造を持つもの、すなわち創作モノでないといけない気がする。
その場合、当然一発で書き綴ることは困難であり、いろんなメモ書きの中から基礎を固めていって、それぞれ棟を立ち上げ、外装や内装にまで持っていくという建築物のような手法が大切なのだろうか。
たとえ、それを追い求めてよい作品が出来たとしても、その後は単なる自己満足でしかない。
何か吐き出したいのに、吐き出すことが出来ないとなると、溜まるのはストレスしかない。
今まで詩作はストレスの発散だったが、それが出来ないというか、そういう行為を許さない自分がいることは確かだ。でも、其処までして巧くなる事に何の意義があるのだろう。
カラオケマシンのように、点数が表示されるものではなく、なにが良い代物なのかさえ解らなくなってくる。
そろそろ詩作から離れたい自分が居る。

3年前 No.79

山人 @ookumo13 ★dUuGjM86oQ_iSO

 日本のポップロックグループのことである。ポップロックグループというのは、私の勝手な命名である。
 私事ではあるが、青春時代にときめいたことがあり、その相手がこのアーチストのファンでもあった。
 九州地区は、たくさんのミュージシャンが輩出されており、その中で、このチューリップも一世を風靡したバンドである。
多くの人の支持を得た「心の旅」は一番有名であり、リバイバルとなった「サボテンの花」も一般的に知られている曲である。

初期の曲はいただけない。デビュー曲だった「魔法の黄色い靴」はヒットしたが、アレは好きではなかった。他にも初期作品はフォークソングのようなものが多く、バンドとしての音の厚さと曲自体がマッチしていなかった気がする。それが「心の旅」や「銀の指輪」が発表され、音としてのポップロックという音源を確立したのである。
 財津を中心に彼らが求めたものは、ビートルズであったが、微妙な勘違いが、逆に彼等の音楽性を確立したのではないかと思う。ビートルズは主にジョンとポールのどちらかのリードボーカルと二人を中心としたハーモニーであったが、ポールはバリバリのロックボーカリストであり、ジョンも古いタイプのロックボーカルであった。
チューリップの成功は財津がいたからいう向きもあるが、私は姫野達也だと思う。彼の上手いのかどうなのか良く解らぬ独特のファルセットモドキの滑らかな音質が、楽曲のドライブ感を醸し出し、ヒットはむしろ姫野のボーカルが在ったからではないかとさえ思うのである。
ビートルズはロックボーカリストであったが、チューリップは二人ともポップシンガーであった・・・というのが、日本の土壌に合い、功を奏したのだろう。
 オリジナルメンバーでの比較的後期の作品「メロディ」が最もすぐれたアルバムではないかと思う。普段はなよなよしたファルセットのボーカルをする財津が「さびしくてさびしくて」では、シャウト唱法で声帯の野太さを披露している。安部作詞、姫野作曲の「博多っ子純情」は詩的でとてもメロディアスな作品となっている。

最近のチューリップは全く知らない。
ミュージシャンには一番輝く時があり、あとは知名度や人気などで続いている場合があると思う。
「さびしくてさびしくて」「サボテンの花」「あの娘は魔法使い」「僕がつくった愛の歌」「銀の指輪」「心の旅」「夏色の思い出」「神様に感謝をしなければ」「青春の影」
「夕日を追いかけて」「約束」「娘が嫁ぐ朝」「博多っ子純情」「風のメロディ」などが印象深い。
 おっさんになるとなぜかセンチメンタルになる日が結構ある。ふと、こんなことを書きたくなったのだ。そして、もう一度チューリップの音源に触れて欲しいという願望もある。

3年前 No.80

山人 @ookumo13 ★QO5iRjp7YF_jwI

詩作依存症からの・・

@
詩作依存症であったと私自身思うのである。
2009年初冬にはじめてメビウスリングという掲示板に投稿し、次年度には現代詩フォーラム、そして文学極道などに投稿し常に詩作を続けてきた。
しかし、ここ半年ほどほとんど新作を書いていない。書けないのである。ネタ切れというのもあるが、臭いフレーズや凡庸な詩句が多く、書き始めるのであるが、すぐやめてしまうのだ。
当初、これは困ったものだと意気消沈していたのだが、ここのところむしろそれが当たり前となってしまい、あまり気にならなくなってきている。つまり、詩作依存症から少しづつ脱却しているのではあるまいかと思うのである。

3年前 No.81

asitanoakari @ookumo13 ★QO5iRjp7YF_jwI

詩において、私は時折批評のようなレスをさせていただくが、どうも主観的なものが多く、読めないネット詩人であるといえよう。このことについて、私を差し「怠惰で愚かなな読み手だ」と烙印を押された文章を覚えているし、これは一生忘れることはできない。
 しかしながら、これは精神的に憤慨するのは当然ではあるが、かなしいかな的を得ている。的を得ているが、果たして私は人の書いた詩を読めるようになるであろうか?という疑問。これは、たぶん私はそこそこ努力しても難しいだろうし、何かを文章の中から発見し、というエネルギーが薄れてしまっているようだ。
 文学極道(このサイトの作品が最上というわけではないが、一般的にネット詩では評価が高いサイトであろう…あくまで推測にすぎませんが)などで評価されている作品の中で、脳みそが沸騰するほどいろんな角度から読みを試みたことがあるが、ほぼ玉砕。つまり、そういった作品を読むための燃料がないということに気付くのである。
つまりそれは読書量であったり、知識量であったりする。
 極論すると馬鹿は詩が書けない。  (以下時間があれば続きを書きます。気が向けば)

3年前 No.82

asitanoakari @ookumo1310 ★z80q9lxKhR_jwI

淡々と物事をこなす。というのが、最近の私の目標である。
つい夏まで、ガサガサした日々を過ごし、全てに措いてがさつでった私だが、あるトラブル(怪我)から私の生活スタイルは一変した。
自由さが無いというのはとても不便であり、思考も閉塞せざるを得ない。あれもしよう、これもしようという考えはあるのだが、無理なのだ。まるで足をもがれた昆虫のように、味気ない風景をうつろな目で眺めるしかない。
 しかしながら、トラブルの日からほぼ一か月経過し、だいぶ自由が利くようにもなったが、まだやりたいことの半分すらもできぬ状態である。よって、今自分ができることは、できることをやることしかない。今まであんなことやこんなことができたのに、今はできない、というジレンマがあるが、それを敢えて蓋をし、今の自分ができることに対して真摯に向き合うという日々が続いている。
性格的に見た目と違い、私はたいへん激情型で短気ですらある。細かい作業を日々行っているのだが、一つの事を終わらせ、次の作業に移る際の洗浄やら後始末など、イライラすることが多いのだが、そんなときに「淡々とやろう」という呪文をかける。
 今までは、小規模な零細事業のほか、バイト的に山林作業に出ていたのだが、今は自分の稼業のみとなっており、こと、こまかい仕事に支配される。山林作業と家業の内容はまさに両極端であり、家業の細かい厨房仕事は基本イライラすることが多い。そんな時には、なぜ焦っているんだろう?と自問自答するこちにしている。すると答えは何もないのである。よってそういった苛立ちを感じた時には、まず、淡々と物事を行おうという呪文を心で唱える。
 長い人生の中の、折り返し地点を十分過ぎ、普通であれば、定年前のあと数年まで近づいたという年代である。この仕事を開始した当時のような野望や希望も失われ、今はただある仕事に対し、全うしていくことしか此処には存在しないのである。
 淡々と何かを行う。という言葉を細かくイメージしてみると、無感情で何かを行うというイメージが想像されるが、それは一種退廃的なものではなく、良く言えば一つの瞑想であるようにも感じられる。
たとえば、何品かの料理を作らなければならないときに、数々の仕込みを行うべく下準備をする。別な言い方をすると段取りである。何をどうしたらもっと効率が良くなるか?というのは、チームワークの中では重要な要素だが、単独での作業では無意味ですらある。頭の中に浮かんだ仕事と対峙し、一つ一つこなしていくのである。少しづつ、何かが変動し、形を変え、知らないうちに、私が何かを作ろうとイメージすることによって、自然とフォルムが出来上がってくるのである。
そして、言えることは、その予備作業も含め、一つ一つの作業に身を投じ、淡々と行うのだ、と言い聞かせている自分がいる。
 八月初旬の怪我で、ずいぶん回り道をしてしまったが、この、淡々と行う、というメッセージにずいぶん助けられた。そして、これからも色んな事柄に向けて、私は、淡々と行おう、とするだろう。

3年前 No.83

体内都市 @ookumo1310 ★z80q9lxKhR_jwI

 朝方は雨に近いみぞれだったが、いつもまにか大粒の牡丹雪が降り出し、本格的な冬のような降りとなっている。誰にけしかけられるでもなく、雪は味気なく空のふたを開けて降り出したのだ。
 山が彩りを始めると、人々はこぞって目を細め、その色合いを楽しみに山域へと繰り出す。様々な出来事はかなたの空に浄化させた、廃田に生えそぼる枯草のような夫婦が乗る車が停車された、寂れた国道の脇。すでに水気を失ったススキはかすかな風にさえなびいている。何とはなしに連れ合い、皮膚のわななきも微動せず、ただ二言三言のありあわせの言葉が交わされる。
 やがて散りゆく様を美しいと形容するのは、そこに滅び行く結末が見えるからであり、芽吹きから新緑へとうつり変わる季節に乾いた老夫婦は似合わない。年月の隙間に湧き出したオアシスのような思いがひとつずつ煌めき、シナプスを刺激する。滅びは無ではなく、一抹の期待と希望は混在し、しかしそこに私たちはいない。その虚無が、一層モザイクに散りばめられた色合いを、悲しく演出する。
 とある秋の日、私はそのように車の車窓から秋の日の、ある老夫婦を思い出していた。おそらく彼らの上着には防腐剤の匂いと加齢からくる臭気が立ち上がり、その古びた年月を被膜していたに違いない。

3年前 No.84

山人 @ookumo1310 ★z80q9lxKhR_jwI

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2年前 No.85

山人 @ookumo1310 ★z80q9lxKhR_jwI

1.
父は十代後半にO地に入植。昭和二十年前半だったと思われる。三十三年に私が生まれ、開拓村で生まれたので隣人が拓也と名づけたと聞く。
妹は五年後、自宅で産婆のもと生まれたのを記憶している。
 あまり幼いころは記憶に無いが、四歳くらいの頃マムシに噛まれたようだ。体が浮腫んでいる中、母の背中で祭りに連れて行ってもらった記憶がある。その後、その毒が原因なのかどうかわからないが半年の入院となった。病院は薄暗く、ただただ広く、いつまでも悪夢の中に出てきた負のイメージである。
 小学校は開拓村から四`下方にあり、朝六時半に開拓村の子供たち数人で出発し一時間掛けて歩いて通った。文字通り、子供らばかりの通学は道草を食いながらであり、春にはスカンポ(イタドリ・ツツジの花(ヤマツツジの花弁)・ウラジロウヨウラクの花弁などを食した。当然帰りも歩くわけで、少しでも歩きの負担を減らそうと砕石工場のダンプカーの後ろを追いかけ、つかまって飛び乗ったりした。当時はすべて砂利道で急坂が多く、走るとダンプに乗れた。
初夏には、おいしい果実が豊富だった。クワイチゴが一番糖度があったが、紫色の果汁で衣服を汚し、母に怒られていた。クマイチゴ>ナワシロイチゴ>イワナシと糖度が落ち、代わりに酸味が増した。
 今では考えられないが、昔は土木工事も盛んに行われ、女性も働き背中に大きな石を背負い働いたものである。安全管理もずさんで、土木工事のみならず林業の伐採でも多くの人が事故死したり重傷をうけた人もいたのである。
ひとりで帰り道を歩いていると、突然河原から発破が鳴り響き、私に周辺にリンゴ大の岩石がバラバラと降ってきたことがあった。運良く当たることがなかったからこうして生きている。ガキ大将のような奴がいて、危険を栄養にするような子だった。橋の欄干わたり・砂防ダムの袖登り・急峻なゴルジュを登り八〇〇bの狭い水路トンネルを通ったこともあった。冬は屋根からバック中をしたりと、デンジャラスな少年期を過ごしていた。
 冬はきちがいのように雪が降り、五〜六メートルはあたりまえに降った。そして今より寒かった。十二月初旬からすでに根雪となるため、私たち開拓部落の子供五人は小学校の近くの幼稚園と集会所と僻地診療所が兼用されている施設の二部屋を寮として提供されていた。そこに私達O地とG地区の子供たちがそれぞれ一部屋づつに別れ入寮していた。夜中の尿意が嫌だった。トイレは一階にあり昔墓だったとされたところで、下はコンクリの冷ややかな場所だった。薄暗い白熱電球をそそくさと点け、パンツに残った尿を気にもせずダッシュで二階に駆け上がった。
土曜の午後になると開拓村の父たちが迎えに来る。父達の踏み跡は広く、カンジキの無い私たちはそこを踏み抜くと深い深雪に潜ってしまう。長靴の中には幾度となく雪が入り、泣きながら家にたどり着いたのである。
たらいに湯を入れたものを母が準備し、そこに足を入れるのだが軽い凍傷で足が痛んだ。痛みが引くと父の獲って来た兎汁を食らう。特によく煮込んだ頭部は美味で、頬肉や歯茎の肉、最後に食べるのが脳みそであった。
一週間に一度だけ、家族で過ごし、日曜日の午後には再び寮に戻った。天気が悪くなければ子供たちだけで雪道のトレースを辿り下山するのである。私たちが見えなくなるまで母は外に立っていた。
クリスマスごろになると学校の先生がささやかなケーキなどを持ってきてくれた。初めてシュークリームを食べた時、こんなに美味いものがこの世にあったんだと思った。

2年前 No.86

山人 @ookumo1310 ★z80q9lxKhR_jwI

空洞がむなしく呼吸するように私の体は失われている。
車の背後座席で母の痛切な叫びが空々しい。
刈られた田はもう少しも息をしていなかった。
数十年もの間、這うように責任を果たし、ようやく免れた。
でも、まだ、世界中の空間を吐き出すほどのためいきを増産しなければならない。
目の奥に飛ぶ、きらきらと輝く海の上空を飛ぶ海鳥が私を一瞥し鳴いた。
帰れる保証もない、新しい戦いの場へ、私はアクセルを踏んでいく。

2年前 No.87

山人 @ookumo1310 ★z80q9lxKhR_jwI

2、
開拓村は山地であり、孤立していたので子供の数は五人ほどだった。
父親がアル中で働けない家庭や、若くして一家の大黒柱が林業で大木の下敷きになった家庭もあった。
若かりし頃、夢を追い、頓挫し、まだその魂に熱を取り去ることもできなかった大人たちの夢の滓。それが私たちだった。
 初雪が降ると飼っていた家畜があたりまえに殺された。豚の頭をハンマーでかち割り、昏倒させ、頭を鉞で□ぐと血液が沸騰するように純白の雪の上にぶちまけられ、それを煮た。
寒い、凍るような雪の日に山羊は断末魔の声を開拓村中響かせながら殺されていった。
傍若無人な荒ぶる父たちの悪魔のような所業、そして沸点を超え父たちは狂い水を飲んだ。

2年前 No.88

asitanoakari @ookumo13 ★bDJoqEzcCB_iye

3.私は良という不思議な年上の少年に常に魅せられていた。
良は父を林業で亡くし、おそらくであろう、生保を受けていた家庭だったのかもしれない。
母が初老の男を交わる様を、冷酷な目で冷笑していた時があった。
まるで良は、感情を失い、冷徹な機械のようでもあり、いつも機械油のようなにおいをばらまいていた。
良の目は美しかった。遠くというよりも魔界を見つめるような獅子の目をしていた。彼は野生から本当は生まれた生き物ではないか、とさえ思った。
良は、いつもいなかった。良の母が投げつけるように「婆サん方へ行ったろヤ!」そういうと、私は山道を駆け抜けるように進み、しかし、やはり良はいなかった。

1年前 No.89

山人 @ookumo13 ★bDJoqEzcCB_Xrr

私は頭の指示通りに手足を動かし作業する。何かをきれいにしたり、料理を作る時に私は作業をせざるを得ないのだ。
実は作業には実体がない。作業は単にプロセスでしかないのだ。
一つの結果のために、或いはいくつかの結果のために私は順序良くプロセスをたどる。
ただ、そのプロセスでさえいくつかの結果の連続である。
何かをつくるために用具を用いる、使う、洗う、仕舞う、拭く、あらゆることの連続がプロセスであり、いくつもの作業というのは、いくつもの卵を産み、倍増していくのだ。
私の脳内にはきっと別の支配者が居るのだろう。時にうつむき、うなだれ、稀に理性を持ち、しかしどこか常識的な側面を一様に保ち、常に動き続けているのだ。

1年前 No.90

山人 @ookumo13 ★bDJoqEzcCB_Xrr

駅のホームに立て灰皿のようなものが置かれ、雨が当たらないように上屋が掛けられている。その容器の蓋を開けると、中には白い顆粒が入っていた。
「ご自由にお舐め下さい」と書かれ、さらに「プラスチックスプーンで召し上がり、使い終わったら右下のゴミ入れに捨ててください」とある。
また、ホームの売店ではセットで水が売られていた。
少しだけ、手に取り舐めてみるとあきらかに塩である。何の変哲もないキッチンソルトであろうか。
昨今、塩分は高血圧には悪いとされたり、健康上なるべく少なめの設定となっている。
売店で塩とセットの水を買うともに、早速飲んでみる。柔らかいふくよかな、軟水であろうか。口の中の塩辛さを洗い流し、何事もなかったかのように口の中は平穏を取り戻した。
電車の中で、塩の行方を想像してみる。塩は体内に入り込み、いろんな打診を受けるだろう。胃はどうするのか、腸はどうするのか、体内には体内の掟があり、システムがあるはずだ。たぶん、いろんな手立てが下され、結果的にどこかに向かい結論が出されるのだろう。
その塩の事を想像していると、幾分体の温度が高まっていくのを感じてきた。
塩にはやはり何かがあるのだ、電車は揺れる、塩は物語を開始したのだ。



6ヶ月前 No.91

q&q ★1wlsxbuYIB_PHR

ほろ酔い

近頃は健康を考えて晩酌の量を制限している。制限すればするほど飲みたくなり、自分の酒好きを実感させられる。
若い頃は酒の味などはどうでもよく、みんなと騒ぐのが面白くて酒を飲んだものである。酒の味がわかってきて、
酒を楽しむようになったのは五十歳を過ぎる頃からだろうか。それまでは居酒屋で飲むにしてもひとりで飲むことは
なかったし、スナックなどではみんなとカラオケで騒いだりしたが、今はひとりで飲むことが多くなった。

ひとり酒といってもテレビドラマに出てくるバーのカウンターの隅で静かに飲む、という格好のいいものではない。
ひとり、食堂やレストランで飲むのである。何故食堂かというと値段が安いこともあるが、バーやスナックのように
カウンターの向こうにママがいて相手をするのとは違って、300mlの冷酒と三本の塩味の焼き鳥をテーブルに置けば、
後は放って置かれるのがいいのである。誰に気を使うこともない。

取りとめもないことを思い浮かべながら、ちびりちびり飲むのがいい。駅前にレストラン、食堂がひしめいている、駅の近く
だけに出張のビジネスマンや旅行者が多い。そしてほとんどの人々が食事より酒を飲むほうに比重をおいているように見える。
その人たちの、自慢話や、上役の悪口などを聞きながら、冷酒をちびちびやるのもわるくない。その人たちは無論、私と
まったく関係がない。彼等にとっては店に置いてある狸の置物や植木鉢と同じで、近くにいる私などは眼中にないのである。

大きな声で熱心に話してはいるが、聞こえてくる話は大半が、ひとりよがりの言いたい放題の話である。その「俺が俺が」
という自慢話が面白い。聞いていて思わずにやりとしてしまうこともある。自分にもそういうことがあった。「それにしても
ここの焼き鳥は肉も固いし味もよくねえなあ」などと思いながら、ぐい飲みでぐびっとやる。ガラスの瓶に目をやると残り少ない。
今度は冷奴でもう一本やるか。

そしてほろ酔いで家路につくのである。酒はほろ酔いでなければならない。店を出るとバスと乗用車が信号で長い列を
作っている。通勤の人たちや旅行者らしき人々が行きかっている、急いでいる人もいれば、そうではない人もいる。
何の変哲もない風景である。世の中は何の変哲もなく流れて行くのがいい。若い娘がきりっとした急ぎ足で追い抜いて行く。

だが、私には急ぐ理由も必要もない。ほろ酔いというのは物事にとらわれないで、思考が澄んでいる状態でもある。いつもは
雑念で気にも留めない風景が、その風景本来の姿をゆったりと見せていることに気がつくのである。何も疑わず、いらだたず、
あるがままに周囲のものに浸りながら、ひょうひょうと家に向かって脚を運ぶのである。それがほろ酔いというものなのである。

5ヶ月前 No.92

山人 @ookumo13 ★bDJoqEzcCB_Xrr

 アルコールは健康のため、一合、ビールなら500ml。焼酎やウイスキーはなんたらかんたら。そのくらいの量であれば、百薬の長として健康に良いとされている。
呼び水と言うのがあるだろう、あれだ。あるいは車で言えば暖機運転と言う奴、まさにそれだ。そのくらいの量をのんで物事が収まるはずがない。そんなほろ酔いはいかに罪作りな事か。まさに俺はそういう考え方だった。
しょぼい地元の肉体労働のあとのビールは、いたるところの細胞が打ち震えるほどの快楽だ。五臓六腑があるのかどうかはわからないが、無尽蔵の細胞群がスパークし始める。脳内の各所のブロックが徐々に緩み始め、崩落が開始される。その崩れ落ちる様をニヤニヤ笑いながらPcの前に座り、マウスをいじっている俺が居る。まだ破壊は始まったばかりだ。すべてのものモノが落下し始め、荒涼とした荒地になるまでにはまだまだ爆弾が必要だ。
ありとあらゆる液体を流し込むためのマグカップに、日本酒を注ぐ。ぬるい、やや粘性のあるその液体は、喉をいとも無造作に通り抜け、俺の胃腑におさまっていく。ビールのやや都会的な羽音のような味ではなく、山林の中の土着のこびりついた濃い味だ。
鼓動は増していく。たとえば今、静脈を切り裂けば、噴水のような血液が空中に飛び散るだろう。まさに今この時、俺の中の血液は飽和状態になっているに違いないのだ。たとえば、俺の頭のてっぺんが尿道だとすれば、大男にしごいてもらえば、天井に赤いスペルマが噴水のように飛び出していくだろう。
このように、俺はアルコールによって、狂いを求め、破壊され、そして静かに散っていくのだ。まさにそれは散りの美学、放念の美学だ。

5ヶ月前 No.93

山人 @ookumo13 ★bDJoqEzcCB_Xrr

 習慣を止めること、これも一つの美学ですらある。拘っていたものを解放してやる。それらのものはその基地から逃れ、自由に別な場所へと飛翔していくのだ。解放である。つまり、拘束していたことから逃れられるのだ。
服用化していた飲み物を、飲まなくてもいいのだと悟ること、そこから羽ばたける。
朝、目覚めると私の周辺に空間がある。その空間は私はもとより、あらゆるものを包み、愛と言う粒子すらも感じてしまう。そして、ところどころに居座る、小さな小人たちの笑い声や、ささやきが聞こえ、それらは野鳥の尾につかまったり、草木の露を瓶に入れたりしている。
鼓動はいたってシンプルで、シリアスな映画のようである。俗っぽい演出もなければ、脳髄を揺さぶるようなテレビショッピング的要素もない。あるのは、至って平穏な鼓動であり、昔の旅人が藻のように漂う古道のようでもある。
私はすでに解放されている。前線からの解放、妄想の酒池肉林からの解放である。
蜜月だった関係、血が濃く流れるために、固く心臓は鈍くリズムを刻んでいたあの日日。
今私は鼓動すらも感じない、覚めた風とともに、向こう側への風が体内に流れているだけだ。

5ヶ月前 No.94

山人 @ookumo13 ★bDJoqEzcCB_Xrr

数えきれない朝が生まれては死んでいった、朝と夜の間に生活し、私たちは行動するという事に執着した、風のない日もあった、真新しい血液が沸騰し、やがて静かに鎮静する日もあった、日々はそうしていつも手の中の皴の一筋一筋に刻印され、私たちは水中から陸へと向かって行ったのだ、まったりとした抵抗のある真水からつぶやくように目を開けると、歴史を重ねた無機質な土のにおいが立ち込め、まさにそこは陸のにおいであった、数々の草が生え、それらは土の子供のようでもあり、生をただ、真摯に激情を加えながら天へ向かって主張しているのだった、樹はすべてを達観し右往左往しない強さを秘め、生きるとか死ぬとかの俗世界を超越し、ただただ遥かな年月を共にし、念仏を唱えていた、虫どもは神の采配に意思をもがれ、自らの一生をただの事象にしか捉える術しかない、

5ヶ月前 No.95

山人 @ookumo13 ★bDJoqEzcCB_KxC

町のスーパー

日が落ちるのが早まった十月後半、仕事を終わらせ町のスーパーに出向く
近くに新しいスーパーができたせいか、いくぶん駐車場は空いていた
野菜売り場には、薬局で働いている男性が子供連れて買い物を楽しんでいた
カートに乗ったり、さりげない仕草が店内の明るさと融合していた

職場から直行した服装に身を包み
彼ら彼女らはカートを押し、かごをぶら下げ
食材の前で考え込んでいる
その先の向こうにはどんな食卓があるのだろう

それぞれの生活がところどころに点在し
ぼんやりとした灯りの中で適度な湿度と温かさを保ち
そうして人は多くの群れとともに日々を送っているのだろう



29日前 No.96
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