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志野の徒然日記

 ( 日記投稿城2世(大人風味) )
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志野 ★nh6hs2FhLvw

初めまして。こちらで日記を書き始めたいと思い、このスレを立てました。
内容としては、私が考えたこと、経験から行き着いたことを書き綴れたらと思います。
あくまでも私の視点からの考えなので、その辺は悪しからず。
それと、特に年齢制限が必要な記事は書かないので、読んでいただける方がいらっしゃるのであれば、お気軽にどうぞ(笑)

2009/05/30 20:17 No.0
メモ2011/08/09 05:41 : 志野★0BKqfrPerZ_dWB

こちらは客員名簿?です。

私の日記に来てくださった方はこちらにお名前を記して、記念にすることもできます。

もちろんお名前を書いていただくことを強制は致しませんし、書き方も自由です。ただし、書いてもらっても何も出ません。


・志野(スレ主)( ̄ 。 ̄)y―~~


・アリス(同級生)( *´艸`)ムフフ♪


・にら玉(愛人(3号))(。-_-。)ポッ


・さく(変人28号)w(゜ロ゜;)w


・香華(お友達)( ̄(エ) ̄)ノ*


・JAM (隠し子(009号))(≧∇≦)/

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志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

柳田国男という人が民俗学の第一人者であった。彼の基本的なスタイルはそのフットワークにあった。
各地域に点在する「逸話」であったり、「物語」であったり、そういうものにスポットライトを当てた研究の手法である。
私は、彼の手法はかなり大切なものだと考えている。
それというのも、人間は思考と現実を常に目しつつ、これらを織りなす必要があると考えているからだ。
現実やら過去の研究やらをほとんどせずに、自分の思考のみで形成された結論は、偏見である可能性も大きい。
かといって、考えもせずに現実やら過去の研究に目をやっても、ただの丸暗記である。
つまり、それらを上手に織りなしていくことこそが、本当の意味での研究やら成長になるのではないか。

研究のために机に張り付いて、知識だけを膨張させ、あたかもそれは完璧であるような結論を出しても、実は現実から考えると的外れも甚だしいこともある。
そんな中で、現実に目をやりつつ、それらから研究を進めた柳田国男はやはり評価されるべき人物なのだろうな。

2年前 No.383

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

群馬大学の付属病院における手術ミスのニュースをやっていたことは記憶に新しい。
何月号か忘れたが、週刊文春を見たら関連の記事があって読んでみたことを思い出した。
渦中の医者は理論的にはなかなかの人物であったようだ。
だが、週刊文春には「理論的に優れているからと言って手術の技術が優れているというわけではない」という意味の言葉が書かれていた。
辛辣と言えば辛辣である。だが、どういう意味かというと、机上の論と現場での技術はわけが違うということだろう。

人は理論的に優れている人は技術が優れていると思いがちだが、それは違うということを示唆しているようにも思えた。
逆に考えると、理論をそのまま現場に持ち込むことは上手くいくこともいかないこともあるということも言えるのではないだろうか。
医療もしかり、教育などもしかりである。
理論を考えるのは素晴らしいことだ。だが、そのためには、いや、そのためだからこそ現場を、技術を把握する必要性があるのだろうな。

383の流れに少し付け足してみた。

2年前 No.384

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

最近ゲームとかやらなくなったなぁ。
「ゲームがなくなったら、休日に何をすればいいんだ」と思っていた時期もありましたね〜(遠い目)
最近は本とか読んだり、家事をしたりしていると1日が終わっている状況…。
もっとも、インターネットを利用したり、テレビは見たりしますが。
いろいろ年とともに変わるものだな。思考とか、嗜好とか。

2年前 No.385

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

今日、医者に行ったときに暇だったのでとある週刊誌を読んでみた。
そこに書かれていたのは、芦田愛菜さんという子役の記事だった。
最近この子の姿を見ないのは、彼女に対する評価とギャラに関することが理由だと述べられていた。
テレビで見るだけであり、特にこれと言って注目はしていなかったが、この記事には少し違和感を感じた。
彼女に対して「子供らしくない」と評価している大人がいるようだが、本当にそうだろうかと疑問に思う。
テレビ…マスコミの世界=現実世界と捉えている大人が多すぎるのではないかと思うのだ。
マスコミの世界=現実世界ではない。これはリップマンのステレオタイプなどを考慮すれば一目瞭然である。
マスコミの世界というのは、1つの擬似現実劇場とでも言った方が自然ではないかと思う。
つまり、現実に見立てた劇場であり、登場人物はシナリオに従って(擬似)現実を演じているのである。
そう考えると、テレビの中の登場人物を見ただけで、「子供らしくない」等、決めつける大人は、逆に「大人として思慮深さが足りない」と批判されても文句は言えまい。
そもそも、その人物のプライベートを私たちはほとんど知ることはないのだから。
「役者としてシナリオをこなしている健気な真面目な少女」という見方もできるのである。

結論として、彼女も大人のしがらみに翻弄されたのだろうと感じた。
彼女の中で負の遺産を溜め込んでいなければいいと思う。

2年前 No.386

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

ずいぶん前の話だが、とある人から山本五十六の「男の修行」という言葉を見せてもらった。
実は、個人的にタイトルは気に入っていないのだが、内容には感銘を受けており、ふとした時に思い出している。

最近、子ども・大人に関わらず、「こらえる」ことができにくくなっている感じを受ける。
苦しいことにこらえられないから逃げる。
言いたいことにこらえられないから言い訳する。
不満なことにこらえられないから暴走する。
こんな事例は増えてきている気がする。結局、こらえること=すぐに答えを出さないことでもあるんですよね。
自分の考えがあっているかどうか確かめないと気がすまなかったり、自分の力量がどれほどのものか分からないと不安だったりする。
そしてそれを確かめるために、ムダに誰かに絡んだり、誰かを見下したりしようとする。
そんな風景が増えてきている気がしなくもない。

情報化社会でスピードが命になっていることの影響なのかどうかは分からないが、時にはこらえることで修行をしたいと思っている。
さて、修行するぞ(マテ)

2年前 No.387

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

祖母に、「すぐ電話をしていろいろなところに知らせるのをやめてくれ」と言われた。
でも、それは無理な話だ。年寄りで、しかも介護認定を受けているわけだから、連絡しないでおいて、いざという事態になった時に私は責任をとれない。
「自分の体は自分が分かっている」と言っているが、それだけの頭のクリアさがどうにも見られない。確実にボケが進行している。
それならば、多少嫌な顔をされようが、みんなで情報を共有しておかないといざというときに助かるものも助からなくなってしまうだろう。
それが分からないから「老化している」ということになるんだろうけれど…。

2年前 No.388

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

最近、タバコを吸っている夢が多い気がする(汗)
個人的にタバコは吸いません。でも、何故か夢の中で吸っている。
私の中で、タバコを吸いたい願望があるのだろうか…。いや、あるな。(きっぱり)

でも、たぶん一度手を出したら、死ぬまでタバコを止めることはできなくなると確信している。
自分はそういう意志の弱い人間なのである(笑)
だから、中毒性のあるものにはとにかく手を出さないことが一番だと思っている。
例えば、タバコとか、ネットゲームとか、麻薬とか(マテ)。
あっ、でも酒だけは遅すぎたな。本来ならば、酒も手を出すべきではなかったのかもしれない。
最近の状態が「酒が飲める音頭」状態orz

2年前 No.389

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

以前にも少し書いたが、日本では神は自然の中におり、自然とほぼ一体化していたんですよね。
だからこそ、自然の「石」や「山」や「湖」といったものを信仰対象とする様式が古代日本から受け継がれているわけです。
それに比べて、欧米など(全てではない)では神は自然をも超越した存在として書かれているわけです。
それは、聖書などを見れば、そう考えざるを得ません。何しろ、神は7日で太陽やら月やら自然やらを作り上げているのですから。
つまり、自然を人間同様に神の創造物として捉えている欧米に対して、日本は自然を神として捉えているわけです。

そこに欧米と日本の決定的な違いがあると思うんですね。
例えば、和辻哲郎氏は「風土」で環境について述べているし、本居宣長氏が「もののあはれ」を重要視したことも、日本人が自然というものを敬っている証ではないかと思う。
日本思想・哲学などでも、やはり欧米と日本の特徴を注目すべきことは外せないし、それを外した瞬間に残念な結末になりそうな気がするのです。
もちろん、思想・哲学だけではなく、心理学や政治学といったすべての分野で古代日本の様式が内在している気がするのです。
最終的には日本人が時間を気にする理由さえ、「日本人は自然を敬い、自然に沿った生活を選んだため」とさえ考えられる気がするのです。
もちろん、これは全く理由もないし、今の自分の考えを記しておくメモ代わりとして書いていますが。
いずれにせよ、民俗学というのがこれほどまでに奥深い学問だとは知らなかったことに喜びを感じています。

2年前 No.390

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

今、ムカつく人をスカッと倒すTV番組をざっと見た。
ちょうど、いやみ課長の話だったが。どう見てもいやみというよりセクハラ&けちをつけるというべきだと思ったが。
私個人の予想は、迷子の子どもとそのお母さんが、実は専務か社長の家族でリストラされるオチかと思ってみていたら違ったようだ。
誰にも迷子はあるよと言いたい。

さて、本題?に入るが、私もムカムカすることがあったな。それはいたずら電話。
素晴らしく迷惑な話ですね。急いで電話にでてこれだと…ね。誰かスカッとさせてくれないかな。
どんな倒し方があるのかな。
いたずら電話ばかりしていたら、急病になって電話したら相手にしてもらえなかった…とか?
そこ、某物語のパクリとか言わないこと!!

2年前 No.391

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

撮り鉄の行動の悪さについて、とある週刊誌が報じていた。
ジャマな幼児を親から引き離して母親に謝罪させたという事例を筆頭に、いろいろな例が載っていたが。
個人的に撮り鉄だけの問題ではないと思う。仲間同士の注意がなされていないというだけのカテゴリではないのではないだろうか。
そもそも、子どもの行動が悪いだけならば、一理あるが、上の事例は確実に大人の行動だろう。
つまり、大人の行動も悪いのである。そこまでいくと、彼らの幼少期の躾や環境の問題でもあるのではなかろうか。
もう少し掘り下げると彼らが育っていく過程における問題とも社会全体の問題ともいえる。

そして、さらに考えていることがあるのだが(おそらくマスコミもだろうけれど)、これ以上は恐らくマスコミ関係でさえ絶対に踏み込めない領域だろうから、私個人には荷が重すぎる。

2年前 No.392

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

「自由にしてほしい」
祖母が機嫌が悪いという言葉。
でも、介護度の認定を受けた年寄りを自由にさせること=破滅を意味すると考えている。
何故なら、自由とは身の回りのことを全て自分でこなし、いざというときの責任は自分が被ることだからである。
そもそも、自由にさせておいて、いざというときの対処や身の回りの世話だけはしてくれということは不可能に近いのである。
いざというときが起こりそうなときは、干渉しなければ、対処することなどできないし、自由にさせてほしいのであれば、身の回りのこともその人の自由だからである。
つまり、不可能をやれと言っているわけだから、それは歪みが出ないはずがない。
それがストレスになるのだろうけれど、それは致し方ないことである。どこかで我慢しなければならない。
それは組織(家庭も小さな組織)が成立するには必須条件であろう。

2年前 No.393

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

もう1つ書いておこう(笑)

「時間とお金がたっぷりあって打ち込めるだけの余裕があれば、打ち込むのも面白いね」
いろいろな分野の勉強をしているときにたまに言われる言葉である。
でも、この言葉を言う人は勉強に関していうならば残念な人である。
「急ぎの仕事は忙しい人にやらせろ」という言葉があるが、その通りではなかろうか。
忙しい中で時間を割いて少しづつでも勉強をこなしていくことが大切だと思っている。
忙しい中ほど脳が働いている状態であるから、有効な勉強ができるし、何より忙しい時からというのは20代、30代から勉強しておくことである。
これに関してはかなりの人々が言っていることなので、間違いないだろう。

現に3行目の言葉を言った人は、「この年になれば勉強は無理だよ」と言っている。
結局「少年老い易く学成り難し」の典型ではないか。
…気をつけよう。

2年前 No.394

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

父親とゲーム大好き弟のバトルをやっていた。
これは見物としては面白いので好きなんですが…。
今回は弟と友だち2人とゲーム祭りをやっていて、最後は友だちのノートパソコン諸共ちゃぶ台返しをされてしまった。
星一徹か!?というツッコミもさながら、大丈夫だろうか?お父さん。
これが事実であるならば(ヤラセではない以上)、訴訟される確率97.9%、タイーホされる確率52.8%だぞ?
罪名は器物破損で。

まあ、これが原因でお父さんが逮捕されて、このTV?の続きが終了するという結末だけはないように祈るだけである。

2年前 No.395

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

くしゃみというのは「くさめ」の変化形のようだ。
日本では昔、くしゃみをすると魂が抜け、悪霊がそれに悪さをするという考えがあったようだ。それを防ぐために「くさめ」というある意味呪術的な言葉を用いた。
それが現在ではくしゃみの語源になっているということである。

実は同じような言い伝えが英語圏でも言える。
英語圏でもくしゃみをすると、「Bless you」と言うようである。
理由は上記と酷似している。やはり魂が抜けだすというのである。

果たしてこのようなくしゃみに対する似たような考えはどのような経路でもたらされたのであろうか。
1つは英語圏からシルクロードを通り、中国を経由して日本にもたらされた経緯。
一方では人間には、上記のようなくしゃみに対する共通の考えがあり、それによって各地で似たような言い伝えが生まれた。
もちろん、今の時点でどちらか知らない。ただ、上記のような事実があることを記すだけである。

2年前 No.396

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

西洋では、過去に様々な神がいたことは神話という形で残っている。
ギリシャ神話、北欧神話、クトゥルフ神話などでは1つの神ではなく、雷やら火やら大地やらを司る多数の神々の存在が見て取れる。
ちなみに、上記から神々が実際に存在していたと結論付けるつもりではない。
ただ、西洋の人々も過去においては、多くの神々を信じていたことの証であるということはできるだろう。
そして自然界と密接に関係していた神々である。言うなれば、自然界の中に神々が存在していたと考えていたのだろう。
だからこそ、大地や火や水や雷などの自然物や自然現象を司る神々の姿が、未だに残っているのであろう。
そこから絶対神がどのような手段によって誕生し、その後、古来の神々に取って代わったのか。
それに関してはまだまだ調べる必要ありと考えている。

さて、上記の西洋の例と同じように、日本でも神々は多々存在している。
さらに言えば、それらの神々は自然と結びついているのである。
ただ、日本において、未だこの多々の神々の文化は続いていることは興味深いともいえる。
もちろん、日本だけとは限らないことは承知しているが。
日本だけが多神教ということではないことだけは言える。古代は神々が多く存在していたと信じられていたのだ。
その流れが今でも残っているか否かの違いだけなのではないだろうか。

2年前 No.397

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

家片付け中…。
たいていを1人でやるのは少々というかかなり骨が折れるというものだ。
でも、天気もいいしやれるところまでやっとかないとな。

2年前 No.398

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

GWが終わりました。
なんていうか…終わるといつも思うことだが、何をやっていたのだろうかとね。
家の片付けもある程度はできたが、一番の異空間には手を付けられずorz
本も多少は読んだが、目標に届かずあえなくダウン(笑)
ん〜、まあいいか。そう思うことも大事なことです。
自分ができなかったことより、自分ができたことを褒めてあげるのも1つの策というものです。
というわけで、明日で2連休ですから、その時にできなかった分をやることにしますかね。

2年前 No.399

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

正常な判断というのは重要だなぁと痛切に思う。
階段の段が落ちたんですね。気を組んで作っている階段なのですが、木がすり減ってほとんどはまっていなかったorz
そんな状況だから、私は危険と判断したのだが、ボンドを塗って満足している人が…。
しかも、自分で正常な判断をしていないことに気付いていない様子で、専門家に依頼することも断固拒否。
火事現場で水鉄砲で水をかけて「消火しているから消防車なんて呼ぶな」と怒鳴りつけているようなものですな。

2年前 No.400

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

い、生きていました…。
最近は日常がバトルになりがちなので、生還しているのも奇跡です(マテ

…ワインのフルボトル+αを空けた身なので、とりあえずメモ程度の文章を残すことに留めますか。
前々から考えていたことですが、忘れないようにメモ。
諏訪神社の御柱というものが、もしミシャグジ様を封印する結界であるのだとするならば、それは強固なものである。
何しろダブルの結界が使われているのだから。ならば、ミシャグジ様というのは、非常に強力な存在として恐れられてきたことになる。
非常に強力な存在として戸谷氏は「地震」を挙げて、中沢氏との違いを述べているが、果たしてそうであろうか。
中沢氏が言うには、ミシャグジ様は宿神。すなわち、神々に活力を与えるべく、胞衣に囲まれた裏出の神とのこと。
ならば、地震とはまさに地殻という胞衣に囲まれた内部のマグマ。そしてそれは地球に地殻変動という活力を与える存在と考えることも可能。
すなわち、ミシャグジ様=最強の宿神と考えることも可能ではないだろうかとも思う。
以上メモ終了。

2年前 No.401

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

都竹宏樹さんの「青いバス」を聴いています。知っている人は知っている、「のんびりゆったり路線バスの旅」の主題歌です。
たまに無性に聞きたくなる音楽の1つです。

さて、私が今までに歩んできた人生というのは、人に話すと、波瀾万丈の中に入れられるようだ。
ただ、自分の中では取り立てて言うほどでもないと思っているので(まあ、一般に言う普通ではないとは思うが)、何となく申し訳ない?気になる。
とりあえず一人一人の人生などは千差万別であり、誰がどう足掻いても他人の人生に取って代わることはできないので、波瀾万丈という括りもおかしいと思うのであるが。
そんなことを青いバスを聴きながら思った。結局人々の人生などバスに乗っているようなものである気がする。
行先は千差万別であり、そこでいろいろな景色を見る。それ故に1人1人染まるものは違う。そして終点もである。
終点が都会であるかもしれないし、絶海の孤島かもしれない。でも、それで何が決まるというのだろうと思う。
絶海の孤島に行き、誰も見ないものを見た人が運命というのであれば、都会に行き画一化した人も運命である。
結局全ての人が運命を持ち、その運命の中で見るべきものを見るのが人生ではないだろうかとも思うんですよね。

2年前 No.402

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

たまたま私のエッセイのスレを読みかえしてみたら、「自分の人生は自分で創る力がある」的なことが書かれていた…。
そういえば、どこかのスレに「運命というもの+自分の決定により選択は進むものであり、人生とはその連続だ」みたいなことを書いたことがあるようなないような気が…。

ええと…当時「これってちょっとした発見じゃない?」みたいなことを考えていたような気がするが…。今思う。アドラー心理学のパクリじゃなイカ。
これって…どこかで似たような話を…。と考えていたら思い出した。
西遊記だ。孫悟空が筋斗雲でお釈迦様から逃げようとして、5本の柱に自分の名前を書いたらそれはお釈迦様の手のひらだったという話。
まさにその時の孫悟空のようなやられた感というかやっちまった感が…。
………
……

ほ、本当に知らなかったんですよ?アドラー心理学という名前さえも。決してパクったわけじゃないんですからね(笑)

2年前 No.403

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

最近考えていること。不完全なことを認める勇気は本当に必要だなと。
人にとって、自分が「完全ではない」ことを認めることほど辛いことはない。
それを認めることや認識することはなかなかにできることではないだろう。
ただし、自分が不完全と認めることで、完全なる自分に向けて足を進めることができる。
それと同時に…。
無知の知でははいけれども、人は完全ではないということを認める勇気は1つの大きな大切な力だよなと思う。

2年前 No.404

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

人は完全を目指す一方で、完全になることは絶対にないことをある程度了解しているのではないかとふと考えてみたり。
いわゆる神というべき存在に値する領域(例えばクローン技術とか)への挑戦などからも、完全を目指していることが言える。
しかし、神になることは叶わないということも認識しているのだろう。だからこそ、神は神なのである。
とまあ、そんな二律背反を人間は持っているのではないだろうか…とね。

それから思うことは、人は喜劇と悲劇という2つの相反するストーリーを望むのはある程度必然ではないのだろうか。
上記で考えたことに従うと、そもそも希望と諦観を併せ持っているのだから。
全てがハッピーになるという希望と理想郷はあくまで理想なのだという諦観。

ん、特にだからと言って何か言うわけではないです。
ここから何か結論を出すのかと思っていた人がいたら(いないだろうけれど)、そんなことはできません。
とにかく私のふとした考えを書いておくだけです。何より、自分のために(笑)

2年前 No.405

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

人は課題に挑戦することができる。課題に挑戦しないのは無能なのではなく、勇気がくじかれているからだ。
人は変わることができる。変われないと思っているのは性格のためでもない。勇気がくじかれているからだ。

ということになるのかなぁ。とある本を読んで自分の頭の整理を。

それとともに、横の関係…。対等である関係を意識するということ。
会話でも議論でもそうだが、相手を打ち負かそうとしたり、自分が正しいと感じた瞬間にそれはもう権力闘争に突入しているらしい。
議論でも会話でもなくなっているわけですね。
常に対等な関係を築ければ、別に権力闘争をする必要もないということかな。

これも自分の頭の整理。

これを全て理解するには自分の一生の半分はかかりそうですな。

2年前 No.406

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

まあ、にら玉さんがサブで何やら犯罪育成ギリギリな発言をしていますので、後半はカットしますか。
でも、議論の勝ち負けはね。社会でもあまり重要でないことには同意ですが、もっというならばお勉強にもあまり重要でないことにまで踏み込める気がする。

結局、議論の勝ち負けに拘ってしまうと、それは表現でも、理論・真理の追究でもなんでもなく、ただ相手より優位に立とうとする闘争の形しか残らなくなるんですね。
その結果は勝った者の履き違えた優越感と負けた者の復讐心ぐらいしか残せないんじゃないかと思う。
そもそも、議論で詰まったら堂々と引けばいいんです。それに対して人格的に追い打ちをかける人がいるとしたら、その人は議論をしていない人だ。
本人は断固否定するかもしれないが、人格やら立場やらの批判をしてきた瞬間に、その人はすでに議論をしていないと考えていい。
そんなものは議論に必要ないからであり、ただ優位に立つことが目的になっている。

2年前 No.407

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

生きてましたよ。
ただね、いろいろと死にかけていただけです。

とりあえず、明日からようやく夏休みに入れるかな。
もっとも、あまりやることは…あると言えばあるのだが(笑)
出かけることはないかな。

2年前 No.408

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

「戦争に行きたくない」は利己的発言…と書いてしまったとある議員がいたらしいが。
ご丁寧に砂川判決を持ち出して、国際的な活動に参加することは日本の義務みたいなことを書いていましたね。

まあ、平和活動に対して傍観していてはいけないことは認めましょう。
ただ、手段は正しいのでしょうかね?「身近な国々が平和のために戦争やっているから日本も戦争に加担する」という手段は。
平和のためにできること、するべきことは戦争だけではないですからね。

日本が戦争に加担することが、平和のための正しい手段なのだろうか。
一行目に書いた発言はその判断がいまいち欠けている気がする。
もっというならば、日本ができること・するべきことを考えることから逃げて、短絡的な考えを押し付けているような気がするのです。

2年前 No.409

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

夏季休業もお盆が明ければ終わりになるので、あと2日です…。
何か長期休業でなければできないことをしようと画策してきましたが、そろそろ焦りが。
とりあえず、現在進行中の読み途中の本を終わらせることを目標としています。

ん、職場の声を聴いていて思ったこと。
「忙しくて本を読めない」というのは言い訳だなと思うんですよね。
自分の、今でも思う無茶ぶり。「車の助手席に本を置いといて、赤信号になったら読んでいた」
なんというか。危険ではあるが、時間がないならそこまでやると思うんです。興味があることならば、人は。

2年前 No.410

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

ワインを飲みながら、ある動画を見て考えたこと。
現実の厳しさなんて何も知らないような甘々な内容で。
そんな現実が実現したら苦労はいらないと思えるようなそんな内容。
現実主義とはほど遠い、どこまでも理想主義的な内容だった。
でも、そんな甘ったるい内容の動画や話があってもいい。いや、寧ろあって欲しいと思う。
有りえないと思いつつも、そんな現実を切望するそんな時間があってもいいと思う。

ほんの一瞬でもいいから、少しでも多くのそんな現実に出会いたいなと思うのは私自身甘ったるい証だろうか。

2年前 No.411

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

携帯のインフォメーションをチェック。大人のいじめの実態でした。
なんというか、まるで子どもが精神的な成長なしに体だけ大人になった感じの内容でした。
まさに「体は子ども、頭脳は大人」ならぬ「体は大人、頭脳(精神)は子ども」のような感じです。
ん〜、大人になっても、人といじめやら暴力でしかコミュニケーションがとれないとはね。
共同体意識が得られず、そのまま放られたまま大人になった人なのだろうね。きっと。
つまり、劣等コンプレックスの塊のような人たちなのでしょう。自信がないのだろうね。
彼らも被害者(?)なのだろうか…?

2年前 No.412

志野☆XPx3I2Qoils ★29CgwHN8LE_m9i

推理ドラマの「殺人同盟」を見る機会があった。
内容は書けないけれど、4人の少女が原点だろう。それぞれの夢を持ち、語り合ったこともあった少女たち。
しかし、ある日を境に大きく変貌する。そして13年の時を経て、彼女たちは…。

「人間はどうして幸せでいられないのか?」物語最後の牛尾さん(片岡氏)のセリフ。
内容から見ても、劣等感・嫉妬・焦燥・悲しみ・憎悪などによる柵が邪魔しているとしか思えない。
それは人間関係からくるものであり、人間が人間であるためには避けようがないものなのかもしれない。
でも、仲間意識を得て、幸せと安らぎを得ることができるのもまた人間関係なのであって、人間が人間であるからこその賜物だろう。
結局、人間関係の中で、自分がどのような役割を果たすのかということだろうか。
互いが仲間意識を得られるように立ち振る舞えば幸福だろうし、そうでなければ…。
過去に人を破滅させた2人の電話帳には多くの名前があった。でも、その2人の死を悲しんだ者はいなかった。
生きていても死んでいてもどうでもいいような薄い人生。それがその2人に対するバチだとあったが、深い言葉である。

2年前 No.413

志野 ★yjLe54Cax1_yoD

久々に来ました。からの愚痴ww
うん、医者から「糖尿病になるよ」と脅されたのだが、どうなんだろう。
確かにいろいろとやりたい放題やっていたけれど。最近。

……
………
( ̄ 。 ̄)y―~~(ヤレヤレ)
運動+お酒控えるか…。←飲まないとは言ってない(マテ)

1ヶ月前 No.414

志野 ★yjLe54Cax1_yoD

!?見返してみて思った。

>←飲まないとは言ってない

こういう一言余計なことを書くから、メインサブ逆転現象が起きるのだろうか。
サブ記事欄に「飲むなよ!」というようなツッコミが一斉に入ったりする…それはないか。

1ヶ月前 No.415

志野 ★Dk8PA1Yjp1_yoD

車運転していたら、いきなり視界に自転車が現れた。
何を言っているのか分からないと思うが(以下略)
怖いですね。ホラーです。何事もなくてよかったです。
年末というのはどうにもせわしなくていかんですたい。

…そういえば、私が最初にここに来たのも12月だった気がする。
久しぶりに帰ってきた(?)のも12月。これも何かの奇縁なのかー?

1ヶ月前 No.416

志野 ★W3YFFItT3p_yoD

羽生さんが将棋永世7冠の偉業を達成しました。
そして新たに増えた将棋のタイトル「叡王」。

かつて不可能と言われていた7冠を達成し、さらに永世7冠まで達成した記録は、「不可能」の壁を崩す大きな原動力になるでしょう。
いつの日か、8冠、ひいては永世8冠の道を踏破し、伝説を塗り替える棋士も出てくるのだろうなと期待してみる。
誰とは言わないけれど(やめて)、私が生きているうちに見たいなぁ。

1ヶ月前 No.417

志野 ★gZKw2Pcy00_yoD

「這えば立て 立てば歩めの 親心」

子の成長を思う親心を詠んだ歌と言われている。
「這えば立て 立てば歩め」という文だから、這えたことを認めた上でさらに立つことを、立てたことを認めた上でさらに歩むことを望む姿が情景として浮かんでくる。
だからこそ、この歌は語り継がれているのだろう。
「早く立て 早く歩めの」となってしまったら、そこには認めるという行為自体が浮かばなくなり、ただただ先を先をと急かすだけの殺伐とした雰囲気になってしまうだろう。
そんな中では、思い通りにならない場合にどうなるのか。考えたくもなくなってしまう。

なぜ認めるという行為をしないのだろうか。
今まで取り組めなかったことに取り組み始めたのは大きな一歩。それを認めた上で、次を想うべきなのだろう。
今取り組んでいることが「簡単なことであり、抵抗が少ないから」と言ってしまったら(確かにそうかもしれないが)、それすらにも取り組めさせられなかったあなたは何なの?と思ってしまう。
「ただただ先を先をと急かすだけの殺伐とした雰囲気の前に敗北させられてしまったのではないか」そんなシチュエーションが頭に浮かんだ帰り道でした。

1ヶ月前 No.418

志野 ★cAOUwvUufy_yoD

相撲界での騒動冷め止まぬうちに今度は神社かと思う。
神聖であると思えるような組織をもってしても、しがらみは断ち切れないものなのだなぁ。

ふとそんなことを考えていたら、林先生が夏目漱石の命日(実際は9日)の話をしていたことを思い出した。
「智に働けば角が立つ 情に棹させば流される 意地を通せば窮屈だ とかくに人の世は住みにくい」という草枕の冒頭のフレーズがなんとなく自分の中に落ちたような気がした。

1ヶ月前 No.419

志野 ★cAOUwvUufy_yoD

灯は、暗く一歩先が見えない中で仄かに輝き、近いと思って見れば遠く、遠いと思ってみれば近いものである。
また、1つ1つの灯は街の明りに沈み、判別が付かなくなりそうになるけれども、目をこらしてみると、1つ1つ異なり、儚くとも確かに輝きを放っている。

その人その人が持つ人生のドラマというものは灯によく似ている。
誰かの人生を垣間見ることは、灯に向けて歩き続けることなのかもしれない。

黄昏の中、徐々に数を増やす灯を見つつ、帰ってきた今日でした。

1ヶ月前 No.420

志野 ★kQdty5yl0X_yoD

年末は危険が多い。
帰り道で、十字路から一時停止もせずに飛び出してきた自動車。
慌てて急ブレーキ発動で…セーフ。
一時停止…しろよ?
年末には気をつけましょう。

1ヶ月前 No.421

志野 ★g4ThMQ4mxs_yoD

「忘れようにも忘れられない一言」
いろいろなところで、聞いてきた言葉だったが、今までそんな深みがある一言にはなかなか出会えずに来た(或いは気付かなかっただけか)ので、どこか人事のように感じていた。
でも、そんな一言ってあるんだなぁとつくづくと感じている。

具体的なことは書けないが、あんな言葉を言わせたらダメだろうと思う。
どれだけ「自分」を見て、評価してほしかったのに、叶わないまま過ごしてきたのだろうかね。

1ヶ月前 No.422

志野 ★Tm3GLqlSbo_yoD

もつ鍋を作ってみた。
初めての経験だったが、クックパッドの助けを得て、そこそこのものに仕上がったと思う。
もつ鍋+ビール、日本酒の攻撃というものは、世のおじさん方にとっては回避も防御もできないはずだ(笑)
テレビでは、GメンVS諸々のごまかし組とのバトルをやっていたので、そのぶざ…もとい、人間臭いドラマを見ながら食した。
なかなかの華金だったと思う。

さて、明日は祝日で、明後日は日曜日。明日は医者に祖母を連れて行くこともできないので、年賀状でも書くことにしよう。そうしよう。
今日は…ネットサーフィンの後、早く寝るかなぁ。

30日前 No.423

志野 ★SXGjKQaA6B_yoD

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28日前 No.424

志野 ★CJ1CRj8Cfq_yoD

大掃除2日目。昨日は二階全室+階段と玄関の掃除を行った。
今日は1日かけてもいいから、我が家最大の要塞である、台所にメスを入れようと思っていたからだ。
そもそも、祖母がきれい好き(笑)の人なので、一昨年からだんだんと手を入れていた。
ブライトサイド(でいいのかな?)を見るだけでは、1日あればまだ分があるだろうと踏んでいた。
とりあえず目で見える範囲を2時間かけて掃除する。
いざ、要塞のダークサイドへと移った…。が、流石はダークサイド、格が違った。

例えるなら、銅の剣で魔王バラモスに喧嘩を売るようなものだ。
というわけで…つ「言われなくてもスタコラサッサだぜ」

22日前 No.425

志野 ★8bK8BGVYA6_yoD

大晦日の道路は危険で満ちている。
信号無視で突っ込んできた自動車。
ハンドルを切らなければ、あわや大惨事になっていた。
信号…見なよ?
来年を無事迎えられるよう、みなさん気をつけましょう。

21日前 No.426

志野 ★3D3iez4otD_yoD

温泉に行ってきました。今年初めて行ったんじゃないかな(汗)
昔はよく行っていたが、今はなかなか余裕がなくて行けなかった。
でも、いざ行ってみるといいものですね。
脱衣所がいい具合に暖かいし、広々と着替えられる。
洗い場も広い。シャワーはないが、それも味だと見てみると、寧ろない方がありがたくなってくる。
さらに、何よりも湯壺。体中広げて入れることが至福ですね。
最後に、風呂上がりのコーヒー牛乳でしめてきました。銭湯や温泉で飲むコーヒー牛乳はどうしてあんなに美味しいのだろうか。
普段、コーヒー牛乳などあまり飲まないが、温泉だと、まず飲みます。
カフェオレと書いていないところがまたいいですね。カフェオレだとかえって有り難みがないのだろうな。
コーヒー牛乳と書いてこそなのだろう。

さて、これから大人の飲み物を(え?
多分、この後落ちる可能性が大なので、ここにて今年最後の挨拶を。
皆様、よいお年を。(もし起きていたらまた来ますが)

21日前 No.427

志野 ★7NoH0OtxHc_yoD

明けましておめでとうございます。
昨日の夜はオードブルを、今朝からはお節料理を食べていたら、胃もたれが…。
とてもではないが、夕食の分のお節料理を食べることはできないと感じた。

冷蔵庫を見ると、きゅうりとみょうがと大根が。
きゅうり→もろきゅう
みょうが→刻んで、かつお節+醤油
大根→根に葉から一番遠い部分をおろし金で強めにおろして醤油
という3強を考えた。うん。考えただけで、おなかがすいてきた気がする(笑)

年かねぇ?

20日前 No.428

志野 ★7NoH0OtxHc_yoD

朝、5時に目が覚めたので、某グルメ漫画を読んだことは間違いであったとつくづく後悔している。
さっきから無性に麦とろ飯が食べたくて仕方が無いからである。

麦飯といえば、過去に「所得に応じて麦飯を食べたほうがいい」と発言をして総スカンを食らった総理大臣がいたが、今の人々が聞いたら笑い飛ばすだろう。
麦飯の健康成分を知らずに何バカなことを言っているのだろうかと。
麦飯の人気もそうだが、卵かけごはんもしかりである。おそらく20年前(私が子どもの頃)にレストランでこれを出す風景はまず見られなかったと思う。

漫画やアニメでも、昔に流行ったもののリメイクが再び流行っていたりする。「おそ松さん」はそのいい例だ。
最近、過去の物が見直される傾向が強くなっている気がする。
それはもしかしたら、日本の文化が、進むところまで進み、それ以上進みにくくなっている証なのかもしれない。
よって過去の栄光を再び再現しようとしているのか。
はたまた、ノスタルジックにかられているのか。
ふと「永劫回帰」という言葉が脳裏に浮かんだが、まさに今、そんなことが起きているのではないかと思っている。

17日前 No.429

志野 ★GujK0AeTBX_yoD

YAHOOニュースで、たまに「ほほぅ」と思った記事を読んでみることがある。
すると、それに乗じてコメントを見ることがあるのだが、良質なコメントが多い中、必ずあるのが「面が割れていれば、明らかにこんなコメントしないだろう」というものだ。

以前に小耳に挟んだもので、「バーかどこかに行き、金と酒の力に任せて、自分の有能さを語ったり、愚痴をこぼしたりしているくたびれたサラリーマンの話」があった。
だが、この話によく似ている状態が上記のような明らかにしないコメントではないかと頭に浮かんだ。
「インターネットの世界へ行き、(一見)匿名性の力に任せて、自分が力あるようにコメントしたり、相手を小馬鹿にしたりしている状況」はちょうど同様な構図が見て取れる。
しかも、バーかどこかでする話がいつも同じ話であるように、上記のような明らかにしないコメントでは、使われる汚い言葉がいつも同じなのが滑稽さを物語る。
店では、心の中ではどう思おうとも、お金を払うので、(まだ)お客様扱いしてもらえるかもしれないが、インターネットで、さらには無料のサイトなどで行っている様は哀愁さえ感じる。ふたをされていることに気付けてないのだなぁと。(はたまた、気付いているからこそだろうか)

インターネットは一見匿名性に見えることと、法律が追いついていないことから気が大きくなるようだが、それはかなり危ないことである。
以前、ここを使っていた人を、文章から特定できたことがある。
どんな場所でも100%安全はないのだから、やりすぎには要注意であるなと感じる。

13日前 No.430

志野 ★ND3bIdwMft_yoD

とあるYAHOO記事を見てふと考えたこと。
なんでもかんでも「時代遅れ」と言えば「なるほど、ごもっとも」と言われ、したり顔をできる。
そのような流れというのは本当にいいことなのだろうか。

確かに「時代遅れ」と伝家の宝刀を抜き放たなければいけないこともあるだろう。
だが、基本過去があり、現在がある(そして未来がある)。
この中で、過去に「時代遅れ」と一蹴された物が巡り巡って最先端に返り咲いた例も数多くある。
特に、文化や思想などはそういう例が多いのである。

軽く「時代遅れ」と言うことは、逆に物事を知らない人たちの言い分ではないかと疑ってしまう。
恥ずかしいことに、自分もかつて、無知であったために、「時代遅れ」と一蹴していたことが、いかに大切なことか十年後ぐらいに思い知らされたことがある。
そのブランクで逃したことはあまりにも大きかった。
「何故そういう文化や思想が生じたのか」ということをしっかり考えた上で、生かせることは生かし、確かに「時代遅れ」であることにはそのように自信を持ち、断言できるようにしていく必要があるのではないだろうか。

2日前 No.431

志野 ★A0FAH3Alib_yoD

ここ数年、コンビニ弁当の完食がきつくなってきたことをしみじみ感じる。
1口か2口ならば確かに「美味しい」と感じるのだが、全てを食べきるとなると苦しくなる。
どうやら味付けが、特に甘味が濃いことが原因である気がする。
前はそんなことを感じることもなく美味しくいただいていたのだが。
「少し物足りなく、どこか地味な味」がしっくりくるようになってきている気がする。

どこでだったか、煮物は汁まで飲まないので濃い味を、汁物は最後まで飲みきるので、少し物足りない味をつけるのがちょうどいいという記事を見た記憶がある。
味でも強烈なものは一見惹かれるが、長く付き合うには素朴で地味な方がいいのかもしれない。そう、何事も。

1日前 No.432
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