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戰世に、繚乱

 ( 中級者 小説投稿城 )
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みこし @mikoshi ★Android=rvVdeo2GUN

太古より、日ノ本という国は"流脉"を守ることで平和を保たれてきた。

流脉――――それは異形のモノを鎮め、争いを知らず知らずのうちになくしてしまう見えざる力。日ノ本が大きな動乱に包まれぬようにと、何時かの賢者が造り出した究極の秘術。それを守ることにより日ノ本の平和は保証された。たとえ動乱があろうとも、長く続くことはなく、何時かは統治者が現れる仕組みになっていた。今まではずっとそうして、安寧は護られてきた。うまく、護られてきたはずだったのだ。
……しかし、何処からだろうか。日ノ本が乱れ始めた時、何者かにより流脉は乱された。日ノ本各地に張られていた結界や封印が解かれ、異形のモノが各地に現れ始めた。世は動乱の渦に巻かれ、異形のモノがいなくとも血にまみれた時代が訪れようとしていた。
かつてより流脉を知っていた者たちはひとつ、流脉を手っ取り早くもとに戻す方法を知っていた。各地にいちいち結界や封印を張らずとも、直ぐにできること。それは代々流脉を守り続けてきた「月詠家」の若者を、生け贄に捧げることだった――――。


血と陰陽、因縁とが織り成す怪奇戦記、始まる。

1年前 No.0
メモ2016/04/04 22:27 : みこし @mikoshi★Android-8LN7USHbJM

・いつの間にかいいねを十一つもいただいていて吃驚です。ありがとうございます、励みになります!

切替: メイン記事(16) サブ記事 (2) ページ: 1


 
 

みこし @mikoshi ★Android=rvVdeo2GUN

【序:孤独な神子と蟲毒なる術者】

幾多の年月を越えてきただろうか。自らにかけた不死の呪いは半分成功し半分失敗した。もしも失敗していたのなら自分は此処にいないだろう。彼奴を葬るまでは死ねぬ、と決意して何年経ったか、彼も正確には覚えていなかった。しかし、彼が生きていた時代が消えたのはわかる。貴族は公家と呼ばれるようになり、かつて権威を誇っていた藤原氏の名前は聞かなくなった。代わりに聞こえてくるのは、自分の知らない者たちばかり。やれ織田だ武田だ上杉だ北条だ……数え出したらキリがない。ただ記憶力は衰えていないので覚えてはいられる。この先重要になってくるだろう。

(……彼奴は生きておるのか?)

昔、散々に自分を叩きのめしたあの細面のすました顔を、彼は片時も忘れたことはない。都では天才だの最強だの言われていた彼の仇敵は亡くなったと聞いた。しかしどう考えてもあの者が普通に老衰や病で死ぬなどあり得なかった。そういうので倒せるのだったらとっくにそうしていた。だから、あの者が往生したことに彼は疑問を隠せずにいる。

(まあ良いか。儂は儂、彼奴は彼奴よ。気にしたところで出会えるわけでもなかろうに、はてさて儂は執念深しといったところかの)

今はもう、あのときとは違うのだ。彼はそう割り切ることにした。そうでもしないとあの者を思い出して仕方がなかった。そこまでの執念を持っているとなると自分でも恐ろしくなる。だが今はそんな昔日の思い出に浸っているわけにもゆかない。自分にはそれなりの任務が課せられているのだ。それを遂行しなければならない。さて……と彼は呟きたかった。しかし気を付けていたのにその言葉は口から出てしまう。こうなればもう良いかと思いつつ、彼は続きを声に出した。


「何時か、仇敵が目指していたものを――――成し遂げてみせよう、この蟲毒なる術者が」


1年前 No.1

みこし @mikoshi ★Android=rvVdeo2GUN

【壱:月の贄と其の翳、翠湖の畔にて】

近江、長浜。

琵琶湖を見渡せるこの地域は、近年安土に城を建設し始めたこともあってかにぎやかだった。それもそのはず、時の権力者である織田信長がこの地を押さえているのだから。楽市・楽座が行われているのもその要因のひとつだろう。長浜にはその家臣、羽柴秀吉が城を構えている。近江を押さえれば天下に近づく、というのも嘘ではないものだ。

「へへ、今日もたくさん釣れたな」

さて、長浜城が見えるか見えないかの位置にある雑木林。そこを身軽な服装に身を包んだ若者が桶を持って歩いていた。若者の名前は弥七。先ほどまで琵琶湖で魚釣りをしていた。一見少年にも見える外見の持ち主だが、実は弥七は少女だった。御年16歳、早くても結婚しているような年の瑞々しいお年頃だったのだが弥七は色恋沙汰を無視するかの如く、同じ年頃の者たちとたまに遊んだりするくらいだ。しかもこの弥七、交遊関係が広く、村人から羽柴に仕える武家の子まで友達がいたりする。さっきいっしょに魚釣りをしたのも武家の子や小姓たちだ。たまたま暇だというので誘ったまでのことで、無断で連れてきたわけではない。それくらいは弥七もわかっている。

「ただいま戻りましたぁ、篝さん!魚たくさん釣れたんで焼いて食べましょ!」
「……弥七、騒々しい。また彼奴らと遊んでいたのか」

雑木林の中にある、お世辞にも大きいとは言えないあばら家。そこに弥七は入っていくと、「篝さん」と呼んだ相手に笑顔を向ける。呼ばれたのは弥七と同じくらいの年頃の若者だった――――が、何処からどう見てもこんなあばら家に住んでいいのかと思うほどの美貌を持っていた。赤みのある茶髪はさらさらと絹のように滑らかで、肩口の辺りまで伸ばされている。陶器のようにすべらかな肌には汚れひとつなく、切れ長な瞳は光を反射して光る。そして桜色の唇は柔らかそうなことこの上ない。たとえ纏っているのが安物の袴でも、その美しさは落ちない。むしろ作り物っぽさを半減させる温かみに満ちている。こんな天からの授かり物を放っておくのが月詠篝という男だった。声を聞かなければ女性と言われても疑わないだろう。彼はぱたぱたとあおいでいた扇子をぱちんと閉じた。

「いいじゃないですか、代わりにこんなに釣れたんだから。篝さんは僕に感謝するべきですね」
「拾ってやったのは俺だろうが……。まあいい、料理ができる相棒を見つけられたのだからな。いつものように少し焦げ目がつくまで焼いてくれ」
「わかりましたぁ!」

弥七と篝、この二人が血縁でないのは明らかだが、本人たちはこの共同生活に満足していた。それもそのはず、弥七は昨年、路頭に迷っていたのを篝に助けられてここにいるのだから。あのとき、弥七は雨の降りしきる雑木林をさ迷っていた。名前や年齢はわかるのに、なぜか自分が過去になにをしていたのかがわからなかった。寒くて辛くて泣きそうなときに、番傘をさした篝が現れたときは、ついに往生するのかと悟ったくらいだ。篝は文句も言わずに自分を居候として迎えてくれ、弥七はここ篝の家で家事もろもろを手伝っているのである。

(篝さんは偏屈だし頭でっかちだし融通はきかないし口も悪いけど、こうして僕が生きていられるのは篝さんのおかげなんだよなぁ)

ともあれ、弥七は日々生きていることに感謝しながら、篝と共にこの長浜で静かに暮らしている、というわけだった。

1年前 No.2

みこし @mikoshi ★Android=rvVdeo2GUN

夕暮れ時、弥七と篝は昼食もとり終え、残った魚を干物にする作業に取りかかっていた。とはいっても篝は干したものとぬめっとしたものが苦手らしく、干物は全然食べない。食べるとしたら干し芋くらいだ。焼き魚は好きだけど干物は嫌い、という好き嫌いの多い面倒くさい御仁である。好き嫌いのない弥七がもりもり食べるのだが、なかなか身長は伸びない。そして綺麗にもなれない。

「はぁ……柿を食べれば美人になれるって聞いたのに。ちっとも綺麗になれないよ。しかも干し柿もらいすぎちゃったよ」
「お前はすぐ騙されるな」
「失礼ですね!素直でいいじゃないですか!そんなこと言うなら篝さんも食べるの手伝ってくださいよ。こんなに食べたらお腹壊しますって」
「干物は食わんと言っているだろう!」

とにもかくにも仲良く言い争いをしながら魚を干していた弥七と篝だったのだが、ふいに違和感を感じて静かになった。遠くから野犬の遠吠えのようなものが聞こえるのだ。ウゥ……ウゥ……と聞こえるそれは呻き声にも近くて、弥七は腕をさする。かつて織田軍に攻め滅ぼされた浅井氏の落武者の幽霊が出ると噂されることも少なくはない。弥七も羽柴の若者たちからさんざん怖がらされてきた。あのときは「えっ、怖くなんてないよー!幽霊なんて僕でも斬れるさ!はっはっは!」と強がってしまい、ある者からは嘘だろとからかわれ、ある者からはすげーと称賛され、ある者からは「ならば羽柴様に近寄るならず者をすべて斬れ」とけっこう真剣な面持ちで頼まれ、なんとかうやむやにしてきた。

「……いや、僕だってやればできるし……!多分、きっと……!」
「おい、なにをぶつぶつ言っている?野犬がいるなら外に干物を干すのはよしておいた方がいいのでは……な……っ!?」
「うわあっ!?篝さん!?」

突然篝が身を翻したために、弥七の視界からいきなり篝が消えることになった。そのためおおよそ女子とは思えぬすっとんきょうな声をあげてしまうが、恥ずかしがっている余裕などそのときの弥七にはひとつもなかった。目の前にいる者たちと、ばっちり目が合ってしまったのだ。――――いや、それは目と言えるのだろうか。


「出たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!落武者の幽霊ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


弥七と篝の目の前にいたのは、傷だらけかつ所々体の一部を失っている、表情というものが一切ない落武者たちだった。しかも全員肌は土気色、しかし得物はしっかり握っている。あまりのことに弥七は思わず篝に飛び付いてしまい(この場合飛びかかった、という方が正確か)、篝もろともごろごろと転がる羽目になったのだった。

「しっかりしろ弥七!とにかく町へ逃げろ、彼処なら警備もちゃんとしている!きっと手練れの兵士が守ってくれるはずだ!」
「そ、そうですね!逃げましょう!」
「おい、そっちは森に続いて……!ええい、この亡者共!お前らも追いかけてくるな!」

半分錯乱状態に陥っている弥七は、白くてすべすべとした篝の手を握りしめると、無我夢中で方向など気にせずに駆け出した。

1年前 No.3

みこし @mikoshi ★Android=rvVdeo2GUN

弥七が走っても走っても、亡者はしつこく追いかけてくる。いくら運動神経が悪くない弥七でも疲れは出るものだ。なんとか撒けないものか、と隠れてみたりはするが奴らは匂いでも辿ってきているのかすぐに追い付きそうになる。そして今しがた、町とは逆方向に走っているのだと気がついて絶望しかけたところであった。ぶっ倒れそうになる弥七を篝が励まそうとするが、そういう温かい言葉を遣い慣れていないために戸惑っている。

「弥七、焦るな!回り道になるが、町に着かないわけではない!俺もちゃんとついていくから、諦めずに走れ!」
「でも……逆に町に亡者共が出てったら僕らのせいになるんじゃ……」
「そんなのは俺が誤魔化す!今は逃げることだけを考えろ!」
「……そうですね!いい感じに誤魔化して僕らは被害者になりましょう――――あ……」

木陰に隠れていた弥七と篝だったのだが、いつの間にか四方を亡者に囲まれていて、見事に逃げ道が塞がれていた。一瞬見えかけた希望ががらがらと崩れていく。弥七はなんとか篝だけでも逃がしてやれないかと思い、ぐっと拳を握りしめた。喧嘩なら何回か勝ったことがある。亡者が相手だとしても少しの時間稼ぎはできるだろう……。そんな捨て身の戦法を覚悟していたとき、亡者共の視線がいきなり自分たちから外れ、別の方向を向いた。


「くふくふ、なんとも哀れな亡者共よ……生き血を望むとは傲慢が過ぎる。儂直々に祓ってやろうかの」


そこにいたのは、巫女装束の上に赤い羽織を羽織った少女だった。弥七と同じくらいだろうか、艶やかな黒髪がぬばたまのように美しかった。しかし彼女の見えている肌は顔以外すべて包帯が巻き付けられており、左目も隠されていた。しかもこの少女の発する声は、少女らしい高いものではあるが、地の底から発せられるような気味の悪いものだった。口調もなんだか古めかしい。亡者の視線を浴びながらも、少女は「くふくふ」と特徴的な笑い声を上げている。

「嗚呼、退く気なしと見える。いと哀れよの。死してなお殺められる運命を辿ろうとするなど……哀れ極まりぬ!可哀想ゆえすぐに葬ってやろう、感謝せよ」

そして少女は懐からなにか紙のようなものを取り出した。そこにはなにか文字が記されているようだったのだが、弥七には読めなかった。少女はそれを亡者共に向けて思いきり投げつける。同時に、少女はよく通る声でこう叫んだ。


「滅!」


瞬間、亡者共は呻き声をあげる暇もなくすべて灰塵に帰した。これには弥七も篝も驚きを隠せない。なぜ紙切れひとつで亡者共を倒せたのか、そもそもこの少女は何者なのか。疑問がぐるぐると二人の頭の中を巡る中、少女はくるりと振り返った。不思議なことに、先ほどまでの薄気味悪い微笑みは消えており、ただ能面のような表情のない顔つきで見つめているだけだった。

「……月詠、篝……ね?」
「いかにも、俺が月詠篝だが……なにか俺に用か?用があるなら、名乗ってほしいのだが」
「……そう……名前は、芦屋翠月……。月詠篝……あなたに伝えたいことがあるの……。家まで、案内してくれる……?」

なぜかおとなしくなってしまった少女は、消え入りそうな声で篝に尋ねたのだった。

1年前 No.4

みこし @mikoshi ★Android=rvVdeo2GUN

芦屋翠月、と名乗った少女は出された粗茶を無表情で飲み干した。ついでに、といった風に彼女は弥七が置いておいた干し柿もペロリと平らげてしまった。余り物なので食べてくれてよかったのだが。あばら家につれてきたはいいものの、彼女がなかなか話し出さないからいっこうに会話が進まない。しかもずっと無言のために弥七も篝も口を開きにくく、微妙な空気になった。弥七ははらはらとし、篝はせっかく茶を出してやったのにとでも言いたそうな顔をして翠月を睨み付けていた。すると翠月は視線に気がついたのか、虚ろな双眸を弥七と篝に向けてきた。光のない瞳はぽっかりと空いてしまった大穴のようで、悪い意味で吸い込まれそうだ。意を決したのか篝が開口する。

「……それで、用はなんなのだ?俺の名前を知っているようだったが……」
「あ……そうか……話があったわ……。……華月、頼める……?」

篝から問いかけられた翠月は思い出したかのようにポンと手を叩いた。そして誰もいるはずのない天井に向けて消えそうな声で呟く。弥七と篝が疑問に思っていると、いきなり翠月が「くふふふふ!」と気味の悪い笑い声を上げたためにひっくり返りそうになった。なんとか体勢を整えた弥七が涙目になりながら翠月に対して抗議する。

「だ、誰なのさ君は!本当に翠月かよ!?いきなり笑い出したりして、気でも狂ったのか!?」
「誰、か。くふくふ、おもしろい問いかけをする子よの。この女子が芦屋翠月、と名乗ったのはお主らも覚えておろう?儂は翠月の中に棲むもう一つの人格――――華月、と申す。翠月は人見知りでの、たいてい困ったことになると儂を頼る。ま、儂はお主らと仲良くしたいと思うておるゆえ……優しくしてくれると、いと嬉し」

華月、と名乗ったその人格は、平安の貴族のような話し方をしていた。突然のことに弥七も篝もあんぐりと情けなく口を開けたまま固まっている。そんな二人を見ておかしいのか「くふくふ」と笑うのをやめずに華月は続ける。

「とにもかくにも、話を進めねばなるまいな。月詠篝、儂らはお主に用があるのよ。嗚呼、隣の小僧は帰っても良いが」
「小僧じゃないっ、僕は弥七だ!それに、此処の居候だよ!篝さんに用があるなら、僕にも聞く権利はあるんじゃないかな!?」
「そうだ、弥七も置いてくれないか。こいつはわざわざ干し柿をお前らに振る舞ったのだぞ」

篝の気遣いは誠に嬉しかったのだが、それは余り物なので素直に喜べない弥七であった。篝が言ってくれたことで華月は納得したのか、「静かにしておれよ」と念を押した。どういうわけか、華月は弥七を子供扱いしているように感じる。自分とそう変わらないのに嘗めやがって……と弥七は内心この偉そうな訪問者に毒づいておいた。

1年前 No.5

みこし @mikoshi ★Android=rvVdeo2GUN

「まずは、近頃の日ノ本の情勢のことから話そうか」

非常に老獪な話し方をする少女は、行儀の悪いことに胡座をかいて話し始めた。華月というらしい人格はまさか男か?と疑いたくなる弥七だったのだが、この真剣な状況でそんな質問をするのは場違いな気がしたのでやめておいた。

「たしか、応仁の乱が起こったときから乱れ始めたな。各地に戦火が飛び火した」
「くふくふ、やはり月詠の一族は物分かりがよくて助かる。我が一族の名にお主らの名字を入れよと命じた初代は間違っておらなんだ。……おっと、話がそれてしもうたな。そうそう、応仁の乱が起こる少し前に、何者かによって日ノ本の"流脉"が乱されてしもうたのよ」
「流脉?なにそれ?」

聞きなれない単語に弥七が首をかしげて問いかけると、華月は呆れた表情をしながらも流脉についての説明をしてくれた。流脉というのは日ノ本を支えている基盤のようなものであり、太古の昔にこれまた何者かによって創られた究極の秘術だった。その流脉というのがモノなのかそれともモノではないのか、なんなのかは華月にもわからないらしい。ただその流脉が乱されたことにより、日ノ本は動乱に巻かれ魑魅魍魎が彷徨き回るようになったのだという。その流脉をもとに戻すために翠月と華月は篝のもとへやって来たのだそうだ。駆け足で説明されたが弥七にも状況は飲み込めた。

「要するに、その流脉とやらを戻せばいいんだろ?それなら手伝わせてよ!僕たちにできることならなんでもするからさ!」
「ふむ……良いのか?」
「もちろんだとも!困ってる人を見捨てておけないっしょ!篝さんもいいですよね?」
「ああ、俺にできることならなんなりと言え」
「ならば月詠篝、お主生け贄となれ」
「あはは、篝さん、生け贄ですって!篝さんならお茶の子さいさいですよね――――ってえええ!?生け贄ぇぇ!?」

いきなり繰り出された物騒な言葉に思わず弥七は二度聞きしてしまった。篝は飲みかけていたお茶を盛大に吹き出した。当然目の前に座っていた華月にお茶は雨のように降り注いだわけで、こうなると予想していなかった華月は頭からそれを被ってびしょ濡れになった。あばら家も簡単に地獄絵図に変わることを弥七と篝は知ることになった。

「どどどどどういうことなのだ生け贄とは!?」
「意味がわからぬか?人柱と言った方がわかりやすいかの」
「無理だ!俺は意味もなく死ねぬ!見知らぬ人間に生け贄となれと言われてはいそうですかわかりましたと言う方が可笑しいだろう!お前の頭には茸でも生えているのだな!」
「五月蝿いの、ちとばかし黙りゃんせ。このような濡れ鼠では話もできん。そこの……えー……可愛いの、拭くものをくれぬか」
「可愛いって言えばなんでもするわけじゃないからね!とりあえず手拭いで体拭きなよ!隻眼なのか知らないけど、包帯取って!手伝ってやるから!」
「あ、包帯を勝手に取るでない。お主のことだから大泣きするに決まっておろう……」

華月の忠告を華麗に無視して、弥七はてきぱきと華月の顔の半分を覆っている包帯をひっぺがした。彼女の左目はちゃんと存在した。いや、問題は左目ではなかった。そもそも、これでは目がひとつなくとも気にしなかったことだろう。

「え――――!?」

華月の顔の半分には、びっしりと文字が書き連ねられていたのだ。

1年前 No.6

みこし @mikoshi ★Android=rvVdeo2GUN

驚愕に言葉が出なくなっている弥七と篝とは対照的に、華月は慣れているのか相変わらず「くふくふ」と笑い続けていた。どことなく余裕があるように弥七には見えたが、今は落ち着いてそんなことを考えられる状況ではない。手拭いを水に浸すと力一杯ごしごしと華月の肌を拭いた。しかし文字は落ちることがなく、濡らしても効果はなかった。

「無駄よ。その呪詛は清められた水でしか落ちぬ」
「呪詛!?なんでそんなもの書かれてるんだよ!?もしかして誰かから呪われてるの!?」
「芦屋の一族は呪詛を使い生きてきた一族よ。だが時に術者までもを飲み込んでしまうほど強い怨念と合間見えることもある。そのときに呪いに巻き込まれてしまわぬよう、こうしてあえて呪詛を身に宿すのだ。死者の血液を混ぜた墨を使えば清水を使わぬ限り落ちることはない」
「死者の血液とは……考えただけでもおぞましいな」

ぶるりと篝が身震いした。生け贄になれと言われ死者の血液を体に塗りたくっていると暴露され、気が気ではいられないのだろう。彼のことを考えると弥七はもどかしくなった。もしも自分が役目を代わることができたのなら……。しかしそんな弥七も人間だ。戦でもないのに自分から進んで死のうとはなにがあっても思えない。強いて言うなら篝や友達が死んだときになら、そういう気持ちになるかもしれなかった。手拭いで顔を拭きながら華月は続けた。

「して、月詠篝。お主は生け贄になるか」
「ならん!そんなものには断じてなろうとは思わない!そんなものになるくらいなら生け贄を使わずに世を戻す方法を探すな」
「――――あいわかった。では、ちと面倒だが二つ目の方法を実行するかの」

篝の答えを聞くと、華月は満足そうににやりと微笑んで見せた。その不気味な微笑みに弥七は思わずたじろいてしまう。同じくらいの年頃の娘に、なにをおののいているのだと自分で呆れそうになる。だが華月が不気味なのは本当のことなのだ。

「二つ目、日ノ本全国の乱れている場所を儂らが巡り、そこに今一度封印を施すのだ。そして流脉の乱れの根源を見つけ、それを封じる。さすれば二度と日ノ本は乱れぬであろう。旅をするのは面倒だが、これだとお主が死なずにすむ」
「よかったぁ、篝さんが死ななくてもいい方法があって。だったら最初からそれを言えよな!もちろん僕もお供しますよ篝さん。篝さんってば鉄扇持ってるけど弱いから……」
「いや弥七、お主はついてこなくて良い」
「「はぁ!?」」

弥七がにこにこしながら話している最中にも関わらず華月が割り込んでしかも重大なことを言い出したのでまたしても弥七と篝は驚くことになった。しれっとした表情で弥七を見つめている華月に、弥七は食って掛かった。

「なんだよそれ!なんで僕がついてっちゃ駄目なんだよ!?僕は篝さんのお手伝いをするだけだぞ!」
「そうだ華月、弥七も連れていってくれ。こいつは身寄りもなく天涯孤独なのだ。一人にしてはあまりにも可哀想だろう」
「弥七には友がおろう?ならば平気よ。役に立たぬ者はついてきても仕方がない。足手まといになるだけに過ぎぬわ」
「……じゃあ、僕が役に立つ人間にならなきゃいけないってこと?」
「そういうことよ。では儂はそろそろ休む。翠月も疲れて眠ってしまうだろう、儂が引っ込んでそれでも起きぬ場合、布団を敷いてはくれぬか」

そう言い残すと、華月は引っ込んだらしく翠月の体が糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。すやすやと眠ってしまっている翠月を、弥七と篝は二人がかりで布団に持っていってやったのだった――――。

1年前 No.7

みこし @mikoshi ★Android=rvVdeo2GUN

翌日、弥七は眠っている翠月を起こさないように静かに支度を済ませた。篝はいつも同じ時間帯に起きるのだが、この日は妙にせかせかしている弥七を不思議に思った。いつもなら眠い眠いと言って朝飯を食べてからまた寝ようとするくらいなのに、今日はやけに準備が早いではないか。動きやすい服装に着替え、雑穀米で作った握り飯や水を入れた筒を持ち、弥七は篝に一声かける。出かけるときはこうしていつも伝えておいてくれるのだ。

「じゃあ僕、友達と遊んできますね。翠月が起きたら朝飯やってください」
「わかった。どれほどかかる?」
「宵の口辺りには戻りますから!」

おしゃべりな弥七にしては口数が少ない。それもそのはず、弥七はただ遊びにいくのではなかった。友達のところに行くというのは嘘ではない。しかし弥七の友達は村の子供から武士の倅、子飼いの子からお小姓様まで様々なのである。すごいのになると年若い兵士や武将に至ることもあった。これも弥七の交遊力と近江の人々の人柄のよさの賜物だ。弥七はさっそく知っている中でも武術に優れ、そしておだてたらすぐに調子に乗るような単純馬鹿――――ではなく純朴な少年を見つけて声をかけた。同い年ということもあってか彼は弥七と仲良くしてくれる。

「おう、弥七!今日はなにして遊ぶ?」
「君に武術を教えてほしいんだ。ほら、君って羽柴様に期待されてるだろ?僕の知り合いの中でもいちばん武術が得意じゃないか。それに他の武将様に頼るのは申し訳ないからさ、頼むよ」
「えー、そんなに言うなら仕方ねーなー。やっぱり俺すげーのかなぁ」
「すごいよ君は。きっと将来名だたる武将になってるさ。そのときには僕、君と友達になれたことを泣いて喜ぶかもしれないな」

こうして昼時まで弥七はその少年と武術の稽古をした。なんとなく剣術の基本というものを教えてもらいやはり自分には剣術が合っているのかな、と気づかされた。槍や薙刀は重くて使いにくそうだし、かといって二刀流も辛い。ここは無難に打刀を獲物にしようと思ったのだ。いっしょに昼食を食べ、礼を言ってから弥七は別の友達のもとへと向かった。おとなしく頭の切れるその少年とは、たまに共に書物を読んだりする仲だ。この少年のおかげで弥七は読み書きができるようになった。

「む、弥七。なんの用だ?」
「あのさ、学問を教えてくれないかな?ほら、算術とか、僕はよく知らないから。後々大切になってくるかなと思ってさ」
「たしかにな。俺でよければ教えてやるぞ」

その少年は教え方がうまく、弥七が思っていたほど辛いものではなかった。親切に教えてくれた少年に礼を言ってから、弥七は最後にいちばん仲のいい小姓のもとへと向かった。彼は篝と同い年(つまりは弥七のひとつ上)で、なかなか頭がいいと評判だった。ただ、先ほどの少年は友達が多いがこの少年は篝と競えるくらい友達が少なかった。つまりは偏屈だった。

「頼むよ、僕に礼儀作法を教えてくれないか?いちばん頼れる友達は君くらいなんだよ」
「いいだろうっ!みっちり叩き込んでやるから覚悟することだな!」

そのためかなりちょろかった。座り方から茶の淹れ方、そしてお世辞の言い方まで本当にみっちり叩き込まれた弥七は、夕暮れに染まる琵琶湖の畔で落日を見据えていた。彼女がここまで駆け回る理由は、ひとつしかなかった。

(僕は篝さんについていけるくらい有能な人間になるんだ。あの華月にも一泡吹かせてやるくらい、すっごい人物になって、いっしょに旅に出る!)

土産にまたしても干し柿をもらった弥七は、翠月にでもあげようかなと考えながら、小走りであばら家へ駆けたのだった。

1年前 No.8

みこし @mikoshi ★Android=rvVdeo2GUN

翠月はあばら家にいるものかと思っていたが、意外なことに途中の道で座り込んでぼうっとしていた。地べたに座り込んでいる姿は子供のようだが、目は虚ろで焦点が定まっていない。幽霊のようなその見てくれに弥七はぞっとする。まあ翠月も見た目は不気味だが大まかに分類してしまえば弥七と同じ女子なのだ。ああ見えて怖がられるのも嫌かもしれない。とにかく無視して通りすぎることもできないので、弥七は声をかけてみることにした。

「翠月、なにしてるんだ?着物が汚れるよ」
「……弥七。友達、たくさんいるの……?」
「うーん、篝さんよりは、ね。というか翠月、君僕の質問に答えてくれてないでしょ。さっちゃんだったら怒ってるよ」
「さっちゃん……?誰、それは」

弥七は友達にあだ名をつけている。さっちゃんというのは先ほど礼儀作法を教えてくれた某小姓のことであり、武術を教えてくれた少年はいっちゃん、算術を教えてくれた少年はきぃくんと呼んでいる。彼らは一応羽柴秀吉より名前を賜ってはいるが慣れないのか最初そう呼んだときには「そんな奴いないぞ?」と見事にボケられた。しかも幼名で呼ぶといっちゃんとかさっちゃん辺りは「嘗めんな!」と怒るのでこうしてあだ名をつけているわけだ。弥七にしたらあだ名で呼ばれる方が複雑な気持ちになる。彼らは気にしていないようだが。

「僕の友達の小姓だよ。そいつ、頭よくてさ。将来は政に関わりたいって言ってた」
「……将来、ね。その頃の日ノ本がどうなっているかは……わからないけど……。それで弥七は、さっちゃんのところでなにをしていたの……?」
「い、いっしょにお茶してたんだよ。別にいいだろ、篝さんは誰かさんのせいで旅支度に時間を費やしてるもんね」

皮肉混じりに言ってやると、翠月はきょとんとして弥七を見つめてきた。皮肉が効かなかったと知って少しへこむ弥七だったのだが、気を取り直して「で、翠月はなにをしてたのさ?」と前の質問を繰り返した。翠月は相変わらずぼんやりしながら答える。

「……琵琶湖を見ていたの。綺麗、だもの」
「そっかぁ。たしかに僕も琵琶湖は好きだよ。近江の生まれじゃないかもしれないけどさ、どこか親しみというかなんというかを感じるんだ。交通の便も整ってるからね。あとちょっとしたら上様の……信長様のお城が見えるようになるね」
「……そういえば、華月が弥七もついてきていいって」
「その上様がさ、南蛮の文化が好きらしくて、国友に――――って今なんつった!?」

突然の翠月の爆弾発言に弥七は驚いて思わず大きな声を出してしまい、通りがかった野良猫が一目散に逃げていった。「……家で話すから」とだけ翠月は言うとすたすた家路へ帰ろうとしてしまい、慌てて弥七は彼女を追いかけた。

1年前 No.9

みこし @mikoshi ★Android=rvVdeo2GUN

あばら家に戻ると、篝がむっとした顔つきで待っていた。そんな顔をしていても無駄に美しいのが地味に癪にさわる。異性からも同性からも愛されてしまうその美しさは大罪だと弥七は思う。何人羽柴軍及び近所の方々の心を射止めてきたことか――――数えたらお世辞にもいいとは言えない思い出も思い出してくるので弥七は忘れることにする。

「でもさ、なんで僕がいっしょについてきていいことになったのさ?昨日は華月、僕はついてきちゃ駄目だって言ってたよね?」
「……弥七をつれていったら、おもしろくなりそうだって華月が言ったの。それに、月詠篝が頭を下げたから……」
「篝さんが!?」
「悪いか」

不機嫌そうな表情のまま篝は弥七を睨み付ける。よく言えば誇り高く、悪く言えば自尊心の塊の篝が頭を下げたなんて考えられない。今まで告白してきたり押し倒したりしてきた者たちにも最後まで抵抗しようとして最終的には鉄扇で怪我をさせようとまでしていた篝がだ。たかだか弥七一人のためにずっと築き上げてきた誇りを捨てるとは、天地が引っくり返ってもおかしくはない。そこまで思ってくれていたなんて、と弥七は嬉しさのあまり涙ぐんだ。

「篝さん素敵!男前!僕、惚れ直しましたよ!あ、いや、惚れ直すっていうのは冗談なんだけど、とにかく見直したっていうか、はっはっは……」
「大丈夫……華月はもう、弥七が女だと知ってるから……」
「ええええ!?まさか篝さん、華月に告げ口しましたか!?見損ないました!」
「一瞬にして見直したり見損なったり忙しいな!いいか、俺は告げ口などしていない!自分が女だと間違われていたら話は別だが、お前を売るようなことは決してしない!」
「やれやれ、五月蝿い奴らだの……ちと静かにせぬか」

華月と入れ替わったのか、翠月の話し方がひどく老獪なものになった。ふぁ、と小さく欠伸をする姿は年若い少女そのものなのだが。そういえば、翠月の年齢を弥七は知らない。恐らく翠月自身は篝と同じくらいかそれよりも少し上といったところだろう。少なくとも背の高さやその他の発育の面から弥七よりも年上であることはたしかだった。男として振る舞っている上で困らないのは助かっているが、弥七も心はうら若き乙女である。自分よりも発育のいい女性を見るとどうしても唇を噛み締めてしまう。そのおかげでいつも弥七の唇はカサカサだった。桜色の潤いに満ち溢れた唇の持ち主である篝を見てしまうと余計悔しくなるのがまた嫌なところだ。

「ともかく、行きたいのならついてくるがよかろう。嫌ならこのまま近江でゆるりと平和に暮らせ。友もおるのだろう?」
「む……そういう君はどうなんだよ?友達いるのか?」
「いないわけがあるか?誰にでも友はおるものよ。嘗めてくれるな。それに――――儂の目は節穴ではないからの。愚かな人間とそれではない人間の区別くらいつけられる。お主がなにをしているかくらい見えておるわ」
「……君も人なんだね、一応」

華月という人間はあまり得意ではない人種だ。しかしこのとき、弥七の中では彼(もしかしたら彼女かもしれないけど)の好感度は少しだけ上がったのだった。

11ヶ月前 No.10

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出立は明日だと華月が言ったので、弥七は急遽旅支度をしなければならなかった。とりあえず生活に必要なものだけを持っていこうと思ったのだが、意外に自分の持ち物が少なくて旅支度にそう時間はかからなかった。こんな狭苦しいあばら家だ、詰め込めるものにも限りがある。それと節約していたのが幸いしたらしくこのときばかりは弥七はこのあばら家を好きになれた。もっとも、嫌いなわけではなかったが、他の友人の家と比べてしまうところがあったのだ。

「ねえ、僕たちはこれからどこへ向かうのさ?東国?それとも西国?」
「まずは那須を目指そうと思うておる。あそこには殺生石という石があり、そこから瘴気が漏れ出ているという噂がある。そこへ向かえば流脉の乱れを少しでも鎮められよう。どちらにしろ霊の類いが絡む場所へ向かうことになるであろうな」
「うげぇ……霊ねぇ……」
「嫌ならついてこなければよかろう」
「な、なにを言ってるんだよ君は!僕はこう見えてけっこう強いんだからな!霊でもなんでも斬れるさ、はっはっは!」

華月にも友人たちにと同じように強がりを言ってしまった。華月はいかにも愉快そうに「そうかそうか、ではいざとなったら頼むぞ」とくふくふ微笑んでいた。そもそもこの中でいちばん戦闘慣れしているのは華月だと弥七は思う。あの卓越した術を見せつけられてはどんな猛将も一度は自分の力を誇れなくなってしまうだろう。

「道はどこを経由していくのだ?」
「ふむ、今のところは美濃や信濃を通っていくつもりだがの……邪魔立てされたのなら別の経路を考えなくてはなるまい」
「邪魔立てって……敵でもいるのかよ?」

弥七が呆れたように華月に問いかけると、華月はぎろりと弥七を睨み付けた。その視線に逆らえないなにかを感じて、弥七はうっと反論するときに言おうとしていた言葉を飲み込んだ。華月はため息を吐いてから再び口を開いた。

「此度、流脉を乱した者やその手下ならばありえるだろうな。奴らは恐らく強大、儂だけの力ではとうてい抑え込めまい。奴らはきっと月詠篝を狙うであろう。そのときにはお主が月詠篝を守れ。儂が消えたときのことも考えておくことだの」
「わかった。――――でも、君は芦屋道満の子孫なんだろ?安陪の一族は邪魔してこないのか?敵対してたって聞いてるけど」
「嗚呼、安陪は儂がなにかをしなければ手を出しては来るまい。もしも奴が流脉を乱した者たちと手を組まなければの話だが……。安陪は儂の予測でいくと西国にいる。それゆえ東国から巡ることにしたのだ。安陪の一族はなかなか厄介だからの」
「俺は安陪の一族なら京にいるかと思っていたのだが……あまり近くにいるわけではないのだな」

近江から京へは近く、弥七と篝も幾度か訪れたことがある。このあと幾月かあとに三人は安陪の一族と出会うことになるのだが、それはまだ先の話。このときの三人には――――華月は薄々勘づいていたかもしれないが――――まだ知らないことであった。

10ヶ月前 No.11

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【弐:忠忍、不破の関で待つ】

近江を出たことのない(あったとしても記憶がない)弥七にとって、他の国というのはとても魅力的なものだった。美濃に足を踏み入れただけで「ふおおお!」と訳のわからない奇声を上げてぴょんぴょん跳び跳ねる始末で、篝には半目で見られ翠月には首をかしげられた。幸いなのは華月が出てこなかったことで、そうからかわれずに済んだということだ。

「弥七……気持ちが昂るのはわかるが、少しおとなしくしろ。子供ではないのだから」
「そうですけど……間違ってはないですけど、なんで篝さんはそんなに落ち着いていられるんですか?美濃ですよ、近江じゃないんですよ?僕琵琶湖が見えない場所とか不安になるんですけど」
「そこらの山に登れば見えるんじゃないのか」

ひとまずもう宵の口のために今夜はもう進まないことにした。この近隣に大きな町はないので、野宿か何処かの親切な者に泊めてもらうしかないだろう。小さい村があるようなので、とりあえず一行はそこに向かうことにした。

「そういえば翠月、ここってなんて地名なんだ?すっごい田舎だけど」
「……関ヶ原と、呼ばれている……。昔、壬申の乱と呼ばれる戦いが起こった場所としても……知られているかもしれない……」
「たしか天皇の後継者争いではなかったか?」
「よく知っているわね……恐らくそれだと思う……。あまり昔のことに興味はないから……いい加減な情報だと思うけど……」
「いやいや、教えてくれただけでもありがたいって!僕、本当に近江とか畿内のことしか知らないからさ」

弥七が礼を言うと、翠月は無表情のままぺこりとお辞儀をした。口数が多くないのは知っているが、せめて一言なにか話してほしい。翠月は根は真面目なようだからそこら辺はしっかりしていると思うのだが、あまりにもしゃべらなすぎては弥七も不安になってくる。話したとしても声が小さい上に話す速度がゆっくりめなのだが。いつも周りと比べると早口な篝や明らかに話すのが速い上に息継ぎが少ない友人と付き合っていた弥七にとっては少し違和感を覚える。

「……そうそう……此処は呪いの影響を受けやすいらしいから……。一応、調査はしておきたいって、華月が言ってた」
「ええっ、呪いの影響!?誰が誰を呪うって言うのさ!?」
「弥七、怖いのならそう言え。無理をしているのが丸見えだぞ」
「や、やだなぁ篝さん!僕を誰だと思ってるんですか!いっちゃんと剣術の修行してたらよくわからない石碑みたいなのを斬っちゃった弥七ですよ!」
「罰当たりではないのか!?」

後の世で、この場所で弥七の知り合いも多数参加した天下分け目の大戦が行われることはここにいる誰もわからない。このとき翠月が言った「呪いの影響を受けやすい」という話はあながち間違いではないのだがきっと弥七は信じないだろう。強がっているとは言えかなりの怖がりでビビりな弥七は、習ったばかりの刀を握りしめながら無理して笑っている。

「……?誰か、いるの……?」
「どっ、どうしたのさ翠月!?狐!?狸!?狩ろうか!?」
「……獣じゃない……誰かに見られている気がして……。気のせいかもしれないけど……少し気になったものだから……」
「ひいいい、怖がらせないでよ!僕は怖くないけど!本当に怖くないからな!?」
「本当は怖いんだろう。ほら、さっさと行くぞ。野宿は反対だからな。弥七も野宿は嫌だろう?」

篝にたしなめられながら、泣きそうになっている弥七は二人から離れないようにぴったりくっついて移動したのだった。

10ヶ月前 No.12

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幸い小さな集落を見つけた一行は、一晩親切な村人に泊めてもらうことに成功した。その村人は穏やかな雰囲気の老夫婦で、質素ながらも美味しい食事を出してくれ、寝床も用意してくれた。礼を言っても言い足りないほどよくしてもらったため、弥七たちは家事の手伝いをいくつか行った。今はそれらも終わらせて、床についている――――のだが。

「……やっぱりやめておいた方がよかったかな……」

なぜか弥七は寝付くことができず、体を疲れさせるためにも軽く外を走ることにした。いざというときのために護身用の刀も腰に携えておく。この時代、夜になると月明かりや星の光くらいしか照らすものがなくほぼ真っ暗闇だった。夜目が利く者ならまだしも、弥七は人並みにしかそれは利かなかった。目の前くらいはなんとか見えるが、いきなり飛びかかられたり声をかけられたりする気配はなかなか察知できない。そのため集落の周りだけを走ろうと思っていたが、どういうことか集落を出てしまったらしい。いつの間にか閑散とした風景が広がっていた。

(も、もしかしてこれって迷子!?いやもしかしなくても迷ってるよ僕!なんとかして戻らないと翠月の言ってた呪いとやらが……!)

まだ呪いのくだりを引きずっている弥七は垂れてきそうな鼻水をずずっと吸い上げて我慢した。女の子なのに汚い、とか言っている場合ではない。この際女としてのわきまえなど捨ててしまってもいい、集落に帰れるのならそれでいいのだ。そんなことを考えながら走り続けていると、少し距離をとったところに無数の人影が見えた。後ろ姿のためよくわからなかったがよかった。安堵した弥七は近づきながらその人影に向かって声を張った。

「あのー、すみません!ここらの集落の人ですかー?」

くるり、と一斉に振り返ったその人影は、この時代にしては簡素な鎧をまとっていた。そして顔色は土気色で乾き、目は落ち窪んでいてまったく生気を感じられなかった。萎びた口からは唸り声とも喘ぎ声ともつかないものを発している。要するに生きている人間にはとうてい見えなかった。しかも中には矢が刺さったり体の部分がない者もいる。


「うわああああああああ!!!」


突然現れた亡者たちに弥七は雄叫びを上げながら手元の石を投げつけた。どうでもいいが古くから合戦というものは投石から始まっており、投石はれっきとした武術であった。投げるものに問題がなければの話だったが、弥七はなんとか武術を以て亡者に対抗したということだ。石はいちばん前にいた亡者に命中し、その隙に弥七は逃げ出そうとした。

「ぎゃっ!?」

しかし恐怖のあまり足がもつれて、亡者たちの前で弥七は見事にずっこけた。少女らしからぬ色気も可愛らしさもない声を出して。それで亡者が哀れんでくれるはずもなく、好機とばかりに得物を片手に駆け寄ってくる。なんとか立ち上がって刀を構える弥七だったが、多勢に無勢。諦めの感情が浮かんだ弥七の横を、尋常ならざる勢いで通りすぎる者があった。それは弥七に斬りかかろうとしていた亡者の首を一振りで薙ぎ払い、驚いているのであろう亡者をいいことに弥七の手を握って一目散に走り出した。突然の助太刀にわけのわからない弥七だが、亡者をまいたのかその人物が立ち止まったところで礼を言うことにした。

「助太刀、ありがとう。よくわからないけど助かったよ。よければ、お名前を聞かせてもらってもいいかな?」
「いえ……あなたのお役に立てたのなら、喜ばしい限りです」

弥七を助けたのは彼女より少し年上であろう青年だった。月明かりで照らされたその顔立ちはきりりと整った精悍なもので、はっとさせられてしまう魅力があった。しかもふっと微笑むものだから幻想的なことこの上なかった。美形には慣れているはずの弥七でも緊張してしまう。

「もしできることなら、僕にお礼をさせてよ!僕は弥七っていって、旅をしてるんだけど……。できる限りのことならするよ!」
「そうですね……。ならば弥七様、俺の主君になってはいただけませんか」
「――――はぁぁ?」

突然現れた謎の美男は、弥七に向かってひどく純粋な目でそう跪いたのだった。

10ヶ月前 No.13

みこし @mikoshi ★Android=8LN7USHbJM

この戦国の世では、誰に使えるかがその人間の人生を変えるようなものである。もちろん下克上の世の中でもあるので身を立てても構わないが、それで生きて行けるのは限られた人間のみだ。要するに主君になるべき人物はそれなりの器を持っていなければならないということだ。人の上に立ち、命令を下す器は数少ないということを、弥七もよくわかっていた。だからこそ目の前の美男が言っていることを理解するのに数秒の時間を有した。

「……ちょっと落ち着いて考えようか。僕はなんの才能もないただの人間ね。僕に仕えたところで特別いいことがあるわけじゃないし、お金があるわけでもないんだ。ここまでわかった?」
「しかし弥七様、あなたはいずれ才を開花させると見えます。今は平凡に見えても、これからあなたは輝くとわかるのです」
「けどさ、よくよく考えてみてよ。僕には武術の腕も、知謀も、偉い人を支える才もない。君に出せる命令はせいぜい荷物持ちとか家事の手伝いとかそういうのだよ?これじゃただの使いっ走りだよね?それじゃ君は良くても君に対しての需要はないよ」
「需要ならあります!どうか、どうか俺を雇ってください!使ってください!」

ついに美男は土下座までしてきた。これには弥七も驚かざるを得ない。どうしてこの美男はここまで自分に仕えたがるのか。弥七はこの美男とは初対面だし、むしろ助けられたのは弥七だ。色々と疑問が生じたが、とりあえず美男には頭を上げてほしかった。

「ま、まずは頭を上げようか。そのままじゃ話しにくいしここ外だよ。汚れちゃうよ」
「はい!あなたがそうおっしゃるのなら俺はなんでもしましょう!」
「いやいや、まだ僕に仕えたことにはならないからね!?ちゃんとした話し合いをしようよ!このまますんなり認めたら駄目だと思うし……。もしかして僕を利用してなにかしようとしてるのなら、悪いけどお引き取り願うよ?」

弥七が精一杯ドスを利かせて美男を睨み付けると、美男ははっと衝撃を受けたような表情になった。そしてみるみる瞳が潤んでくる。泣き落としなら効かないぞという気持ちとまずい泣かせちゃったかという二つの気持ちが弥七の中を駆け巡った。端から見たら弥七がなにかキツいことを言って美男を泣かせたかのような絵面である。

「俺は……俺はそんな下棧な理由であなた様に近づいたりなどいたしません……!ただ純粋にあなた様に仕えたいだけなのです!そのためならば腹も切りますし誰であろうと始末してみせます……!」
「始末したら駄目だからね!?僕そこまで苛烈な性格じゃないからさ!とにかく泣くのやめよう?あんなこと言っちゃったのは本当に申し訳ないよ……。でも人間は表面だけで決めちゃいけないっていうからね。君をすぐに信用するわけにはいかないんだよ。ごめんね」
「……はい。取り乱してしまい、申し訳ございませんでした。俺も焦っていました」
「じゃあお話はここまで、だね。悪いんだけど、集落への行き方がわかるなら教えてくれないかな?わからないならわからないでいいんだけど」

すると美男は「ならば送っていきましょう」と弥七に背中を向けてきた。どうやらおぶってやるということらしい。知らない男性におぶられるのは弥七としては気恥ずかしかったが、おぶられないと動かないようだったので渋々おぶられることにした。美男は弥七を背負っているにも関わらずすたすたと早足で歩いていく。足腰を鍛えているのだろうか。

「君、力持ちなんだね。僕けっこう重いのに」
「なんの。あなた様をおぶることくらい簡単でございますよ。もう少し筋肉をつけられてもよろしいくらいです」
「あはは……太りにくい体質でさ……」

女子だから筋肉にも限度があるのとあまりつけたくないからだとは言えず、弥七は適当に誤魔化しながら集落のそばまで送っていってもらった。弥七が送ってくれたことへの礼を言うと、美男はとても嬉しそうに一礼して返したのだった。

10ヶ月前 No.14

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10ヶ月前 No.15

みこし @mikoshi ★Android=8LN7USHbJM

普通なら誰にでも人当たりのよい弥七だが、このときばかりはむすっとしていた。なぜならずっと先ほどの美男が隣にいて上機嫌だからである。あれからベッタリと弥七のそばを離れず、まるで警護するように弥七に侍っているのだ。しかも弥七には敬語を遣うが篝や華月には遣う気配がない。これではいちばん偉いのが弥七のように見えてしまう。

「……あのね、君。篝さんや華月とも仲良くしてね。そうしないといさかいが起こって悲しいことが起こるよ。みんな仲良しだよ」
「しかし……あやつらは弥七様のように綺麗な心を持っていません」
「たしかに二人とも歪んでるとは思うけどさ。僕は二人のことを仲間だと思ってるし、少なくとも篝さんは僕の恩人なんだよ。仲良くしてくれなきゃ僕君のこと嫌いになるよ」
「弥七様がそうおっしゃるのなら俺はそれに従いましょう!」

だいぶこの美男の扱い方を弥七も心得てきた。なぜか弥七の言うことだけはよく聞き、それは確実に遂行するらしい。まさに忠臣の鑑と言えようこの美男が、有力武将につかないとはもったいないことだと弥七は思う。きっとどこでも気に入られるというのに。

「お前、放浪する前はなにに仕えていたのだ?お前ほどの腕なら引っ張りだこだったのだろう?……と、弥七が言っていた」
「弥七様の命令なら仕方がないな」
「ちょっと、篝さん!僕をいいように使うのはやめてくれませんか!?」
「くふくふ、愛されているのよ。それゆえにお主は使われる。そう思えば文句はあるまい?」
「あるよ!」

篝の質問に、美男は首を縦に振った。なんであろうと弥七を絡ませておけばいいように扱えると悟ったのであろう。相変わらず頭だけはいいな、と弥七は篝のずる賢さに感心した。もともと読み書きもできる篝は基本的な学習を弥七に教えてくれたほどだ。頑張れば小姓にもなれたかもしれない篝だが、このような性格なのでうまくいくとは思えない。よほど変わり者か心の広い主君でなければ即刻無礼を理由に手打ちにされているだろう。

「俺はかつて忍としてある御家に仕えていた。そこでは忍は名を持たずに過ごすことになっていたゆえ、未だに名前はない」
「忍が素性を暴露してどうするんだ」
「その御家からは身を引いたからな。どう言おうが俺の勝手だ。俺は主君をその血族によって消され、失った。身を引くのが当たり前だろう」
「へぇ、君ほどの人間なら仇討ちしようとか考えそうなのに。そうは考えなかったの?」

段々と美男の話に引き込まれていった弥七は、少し気になって彼に問いかけた。このご時世でも忠臣が主の仇討ちをしようとするのは珍しいことではない。それほどよい武将であったとも言えるし、世の中下克上だけではないのだ。美男は悲しげにうつむいてから、それっきり言葉を発しなかった。

「……まさかこやつ、あの家の者ではあるまいな……」

華月の消え入りそうな呟きに気がついた者は、誰一人としていなかった。

10ヶ月前 No.16
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